提督「ハイライト売りの少女」 (108)
榛名「うー………」
浜風「………」
榛名「うー、うーん」
浜風「………」
榛名「あー、はあー………うーん」
浜風「………何か御用ですか?」
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榛名「あ! 浜風さん!」
浜風「あ、じゃないです。これみよがしに溜め息を吐いて、どうしたのですか?」
榛名「いえ! 榛名は大丈夫です!」
浜風「そうですか。では、さようなら」
榛名「待ってください! 丁度ジュースを買いすぎたところなので一本どうですか!?」
浜風「何味ですか?」
榛名「オレンジです!」
浜風「さようなら」
榛名「待ってください! グレープもあります!」
浜風「いただきます」
榛名「どうぞ!」
浜風「では、ごきげんよう」
榛名「待ってください! 丁度ベンチを用意しすぎたところなので一席どうですか!?」
浜風「何製ですか?」
榛名「プラスチック製です!」
浜風「さようなら」
榛名「待ってください! 籐椅子もありました!」
浜風「座りましょう」
榛名「どうぞ!」セッセ
浜風「ありがとう」チューチュー
榛名「………うー」
浜風「………」ゴクゴク
榛名「………はあー」
浜風「………何ですか?」
榛名「いえ! 榛名は大丈夫です!」
浜風「そうですか」
榛名「………」
浜風「では、さようなら」
榛名「待ってください! おやつのケーキも余ってました!」
浜風「何味?」
榛名「チーズケーキです!」
浜風「さようなら」
榛名「待ってください! チョコレートケーキもありました!」
浜風「よくそんなに色々と手際よく余らせることができましたね」
榛名「はい! ポケットに入れて叩けば増えます!」
浜風「さようなら」
榛名「待ってください! 冗談です! 冗談! 金剛お姉さま直伝の英国風ジョークです! このケーキは新品です!」
浜風「あなたのお姉さまはユーモアセンスが皆無ですね」
榛名「直伝というのも冗談ですけどね!」
浜風「………」
榛名「待ってください! どうして無言で立ち去ろうとするのですか!? せめて挨拶はして欲しいです!」
浜風「はあ」
榛名「溜め息なんてついてどうしたのですか!? お悩みですか!? 榛名に任せてください! 榛名は大丈夫です!」
浜風「………それでわざわざ私をもてなした理由は何ですか?」
榛名「いえ! 浜風さんが元気なさそうだったので、元気になってもらいたくて!」
浜風「元気なさそうに振舞っていたのはあなたの方でしたけど………そうですね。ならば、榛名、あなたはどうなのですか?」
榛名「そんな、榛名に悩みなんてありません!」
浜風「それでも何かあるでしょう?………このケーキのお礼に話ぐらい聞かせてもらえるかしら?」
榛名「えっと、でも………」
浜風「さっさと話して」
榛名「はい! 榛名もこの鎮守府に長いこといるのは知っていますよね」
浜風「そうですか。初耳です」
榛名「それでですね。昔と今のギャップというものがありまして。わかりますよね? 浜風さん」
浜風「わかりません」
榛名「浜風さん、ひどいです!」
浜風「何がですか?」
榛名「………うー」
浜風「おかわりありますか?」
榛名「………どうぞ」
浜風「ムシャムシャ」
榛名「ギャップというのは、なんというか鎮守府の空気がピリピリしていると言いますか」
浜風「ピリピリ? ところで、ケーキにタバスコをかけたら美味しいのでしょうか? タバスコありますか?」
榛名「………どうぞ」
浜風「………ふむ、これはまずいです。とてもではないが食えたものじゃない。犬の餌です。なので、榛名、口を大きく開けてください。あーん」
榛名「………あーん。もぐもぐ」
浜風「どうですか?」
榛名「まずいです!」
浜風「そうですか。それは良かった」
榛名「よくありません!」
浜風「もぐもぐ。何度口にしてもまずいケーキです。榛名、もう一度食べなさい。ほら、あーんです」
榛名「………もぐもぐ。まずいです!」
浜風「そうですか。それは良かった」
榛名「だから良くありません!」
浜風「そうですか? これで私とあなたの間に初めて共通理解が得られたわけです。このケーキはまずいとね。喜ぶべきところでしょう」
榛名「それなら、美味しいケーキを食べたかったです!」
浜風「共有することはプラスよりマイナスのことの方が信頼しあえるというものです」
榛名「よくわかりません!」
浜風「ならば、簡単に言いましょう。美味しいケーキをあなたに食べさせるのはもったいないということですよ」
榛名「?………それって意地悪されたってことですか!?」
浜風「別に意地悪をしたかったわけではありません。ただ美味しいケーキをあなたにあげるくらいなら、私が食べた方がいいという判断に従ったまでです」
榛名「それでまずいケーキを作るのは余計にもったいない気がします!」
浜風「私はまずいケーキなんて食べたくありません。ほら、榛名」
榛名「むぐっ!? ゴホッゴホッ………何するんですか!?」
浜風「どうですか?」
榛名「まずいです! それで、なんで急に、むぐっ!?」
浜風「私は今とても施しをしたい気持ちです。雛鳥のように開いた口を向けられると餌をあげたくなるわけです。慈愛に満ちた状態です」
榛名「自愛? とてもエゴイスティックです! むごっ!?」
浜風「つまり、あなたが口を開くたびにケーキを食べる羽目になるわけです」
榛名「もぐもぐ。まずいです!」
浜風「それは困ったことです。これ以上食べたくないならば、贅言を排し言葉少なく洗練された発話で用件を済ませなければいけませんね?」
榛名「贅言を弄し、話を邪魔してるのは浜風さんじゃ、むぐっ!?」
浜風「おいしいですか? ペロっ。私はまずいと思いますが」
榛名「………」
浜風「どうしたのですか? 黙りこんで。喋るだけならオウムでもできますよ?」
榛名「………どうしたらいいのでしょう?」
浜風「何をですか?」
榛名「お勤めが終わり帰ってきて私室の鍵を開けると、駆逐艦が我が物顔でくつろいでいる状況です」
浜風「不思議なこともあるのですね。そういう場合は取り敢えずその駆逐艦をもてなすべきでしょう。きっと幸運の女神ですよ。ほら、あーんです」
榛名「もぐもぐ。まずいです」
浜風「おや、元気がなくなりましたね。それであなたの悩みはそんな座敷童じみたメルヘンではなく、現実問題なのですよね? それを言ってください」
榛名「………昔と比べてなんだか、みんなピリピリ、緊張感があって、笑い合う関係が少なくなった気がします」
浜風「ムシャムシャ」
榛名「いえ! 確かに緊張感があるのはいいことなのですけど! それでも、どこか悪いところがあって、殺伐としているというか………だから、元気付けようと思って色々しているのですけど、空回りしてばかりで」
浜風「その剣呑な雰囲気の原因は何ですか?」
榛名「わかりません」
浜風「即答。原因が分からないなら、空回りしても仕方ありませんね」
榛名「浜風さんは何が原因かわかりますか?」
浜風「わかりません」
榛名「………」
浜風「どうしましたか?」
榛名「いいえ、特には」
浜風「わかりました。榛名は鎮守府の方たちに元気になってもらいたいわけですね?」
榛名「はい。それはそうですけど、でも、どうすれば」
浜風「私にいい考えがあります」
榛名「どうするつもりですか?」
浜風「これです」
榛名「とんがり帽子みたいな形状の金属器具です。確か果物を搾るものですね」
浜風「スクイザーです」
榛名「でも、少し小さくありませんか? これだとレモンを搾るのも一苦労です」
浜風「大きさはこれで十分です。これは搾る対象が少し特殊ですから」
榛名「では何を搾るのですか?」
浜風「希望です」
榛名「あの良くわかりません」
浜風「爛々と無邪気に輝く瞳にあてがい回します。ハイライト・スクイザーです」
榛名「?」
浜風「怪訝な顔です。では、実践してみましょうか」
榛名「あ、あの! どうして近づいてくるのですか!? 顔が近いです!」
浜風「大丈夫、大丈夫、大丈夫。私に身を委ねてください」
榛名「ちょっと、なぜ顔を固定するのですか!? ………え!? これを目に入れるのですか!? ま、待ってください!」
浜風「大丈夫、大丈夫、大丈夫。ほら、目を固く閉じないでください。ちゃんと搾れませんから」
榛名「目を搾る!? 失明しちゃいますよ!」
浜風「大丈夫、大丈夫、大丈夫。痛みはありますが、危険性はありません。私が保証します」
榛名「―――――っう、くあ」
浜風「ふむ。最初だから抵抗感が強いようです。それでも、この小瓶一つ分はたまりましたか」
榛名「痛いです」
浜風「慣れですよ。それよりも、ほら、これが見えますか?」
榛名「黄金色に輝いていて綺麗です」
浜風「これが希望の輝きです」
榛名「………それでこれをどうするのですか?」
浜風「鎮守府の方に売るのです」
榛名「売る?」
浜風「はい。人類最初の美酒は希望ということで名称はアダムスエールという洒落たものがあるのですが、客層を考える必要があります」
榛名「えっと」
浜風「そうですね。せっかくオレンジジュースの瓶に入っているので「榛名のオレンジジュース」という名前で売れば提督は購入するでしょうか」
§
榛名「浜風さん! 浜風さん! やりました!」
浜風「分かりましたから、どいてください。苦しいです」
榛名「………ごめんなさい」
浜風「その様子だと売れたようですね」
榛名「はい! 五百円で売れました! ほら、見てください!」
浜風「いえ、あの、コインを差し出されても困ります。いりません」
榛名「え!? どうしてですか!?」
浜風「榛名の「オレンジジュース」の対価でしょう? いりません」
榛名「もしかして、また馬鹿にされてますか?」
浜風「穿ちすぎです。それはあなたの報酬です。それに私が貰っても仕方ありません」
榛名「どういうことですか?」
浜風「あなたがそれでケーキを買ってきて私がそれを食べれば良いだけです」
榛名「榛名は小間使いですか!?」
浜風「売上に関してはどうでもいいです。それでどうでしたか?」
榛名「………何がですか」
浜風「オレンジジュースの効果です」
榛名「ええと、あれはすごかったです!」
浜風「足りないです」
榛名「?………じゃあ、とってもすごかったです!」
浜風「すみません。私の言葉足らずでした。具体的にはどうでしたかという意味です」
榛名「なるほど! 提督に売りました! 榛名のジュース買ってくださいと言ったらすぐに購入してくれました!」
浜風「はい。それで」
榛名「それで?」
浜風「………今日あなたは随分とご機嫌ですが、それは何か良いことがあったからでしょう? それを教えてください。よもや提督が榛名ジュース購入への意志を迅速に固めたというだけで気分を良くしたわけではありませんよね」
榛名「それは、でも、なんというか。あのジュースを飲んでから提督の表情が朗らかになりました」
浜風「朗らか」
榛名「そうです。提督の笑った顔を久しぶりに見ました」
浜風「もともと提督は無表情だったのですか?」
榛名「いいえ。私が着任した頃はよく笑いかけてくれて、「今日も頑張ったね」と頭を撫でてもらいました」
浜風「にわかには信じがたいことです。提督は仕事一辺倒でそういった感情を表に出さない人ではありませんでしたか?」
榛名「最初はそうだったのですが、いつ頃からかどんどんそういった感情は薄れていきました」
浜風「その理由は、………分からないのでしたね。では、ジュースの効果について続けましょう。摂取後の提督は昔の状態に戻ったということですか?」
榛名「完全にというわけではありませんが、今までよりマシになりました」
浜風「マシ?」
榛名「あ! えっと、今の提督に不満があるというわけではなくて! 決してその提督を採点しようなんて気持ちはなくてですね!」
浜風「大丈夫、大丈夫。私はあなたを責める気はありません。ただ今までどこか引っかかりがあったのですよね? その違和感が少なくなったことを言いたいのだと理解しています」
榛名「………今までは執務中もどこか冷たい感じがして、笑い合うどころか会話もなく、どこか機械的だったんです。それが、今日はよく話してくれましたし、なんだか血のかよった人間と仕事している気持ちになりました」
浜風「あなたの悩みは提督から優しさがなくなって、過剰に厳しくなったという類ではないのですね?」
榛名「はい。執務でミスして厳しくお叱りを受けるなら、それは良しです。ミスをしても淡々と修正されて何事もなく進んでいくより良いです」
浜風「あなたの悩みは鎮守府全体に蔓延している無関心ゆえの仲間の離心、それに伴う熱感のなさだったわけですか」
榛名「はい。みんな他人行儀で、昼の食堂さえも水を打ったように静かで、食器が擦れ合う音が聞こえるぐらいです」
浜風「では、次のターゲットは艦娘です。ほら、目を開けなさい。搾りますよ」
§
榛名「あの浜風さん! もう少しジュースの生産を増やすことはできないのですか!?」
浜風「………帰ってくるなり肩を揺すらないでください」
榛名「………ごめんなさい。それでどうなのですか!?」
浜風「不可能ではありません」
榛名「それなら!」
浜風「しかし、そんなに急ぐものではありません。それに最初に比べたら瓶一つ分増えたではありませんか?」
榛名「でも、あれは好評ですよ! 提督は本日も購入してくれて、更に昔みたいに優しくなりました。笑って榛名の頭も撫でてくれました!」
浜風「劇的な変化で舞い上がるのもわかりますが、焦ってはいけません。ハイライトの光は暖炉の炎に似ていて継続的に燃え上がりますが、一度に取れる暖には制限があるのです」
榛名「では、どうして今回は増えたのですか?」
浜風「それはあなたがスクイザーに少しは慣れたからです」
榛名「慣れたら増えるのですか?」
浜風「だからといって一日に何回もしようなんて提案は受け付けませんよ。それにドリンクの効能を目の当たりにしてあなた自身の希望が増大したことにも原因があります」
榛名「はい! 提督とまたああして話せることに感激です!」
浜風「それは良かったです。しかし、いきなり生産量を増やせと言ってきたのですから、二本目も売れたのですよね?」
榛名「はい! 今日は金剛お姉さまにも買ってもらいました!」
浜風「金剛、あの人にドリンクが必要だったのですか? 快活な人柄だったと記憶していますが」
榛名「………はい。昔は」
浜風「また昔ですか」
榛名「はい! また昔なのです!」
浜風「元気に答えないでください。呆れているだけです」
榛名「どうしてですか!?」
浜風「そもそもあなたは昔という言葉でどれくらいの時を考えているのですか」
榛名「それはえっと、練度を上げるために行った実践訓練の日々あたりでしょうか」
浜風「今もそうしたレベリングは行われていますが」
榛名「まだ南西諸島海域の攻略作戦中の時です。バシー島沖でよく訓練していたのですけど、あの時は楽しかったなあ」
浜風「………」
榛名「た、確かに実践なので気を引き締めてましたけど、ゆらゆらと暖かい気候のもとで軽くお喋りしながらの遊泳。この人たちとなら戦えると互いの信頼感がありました。でも、沖ノ島海域攻略あたりから、そんな関係も冷めていって」
浜風「………そうですね。そこは難関海域で忙しかったのでしょう。そして、提督もそこを攻略したことにより本部から評価され任務が多く回されはじめたはずです」
榛名「………榛名たちが攻略しなければ、まだ昔のままでいれたのでしょうか」
浜風「馬鹿げたことを。………あの、ケーキがありません」
榛名「あ、どうぞ」
浜風「箱に二つあるのですが」
榛名「あ! それは私の分です! 売上が増えたので買えました!」
浜風「そうですか」
榛名「………あの」
浜風「何ですか」
榛名「まさか二つとも食べるわけありませんよね? い、いえ! 別に食べてもらっても全然! 全然、榛名は大丈夫なのですけど! さ、流石にケーキ二つはカロリー摂取が多すぎると言いますか!」モジモジ
浜風「………安心してください。取り上げたりしません。あなたは私をどう見ているのですか。鬼か悪魔にでも見えているのですか」
榛名「えっ」
浜風「えっ」
榛名「そんなわけないじゃないですか! 浜風さんは頼りになる私の相談相手さんです!」
浜風「………」
榛名「えっと、食べましょうか。浜風さん、あーん」
浜風「いえ、結構です」
榛名「私にはあんなにつっこんできたのに、ずるいです!」
浜風「それより榛名ジュースの効果は姉妹である金剛にも適切に作用しましたか?」
榛名「はい! 提督にアタックしにきたお姉さまを久しぶりに見ました!」
浜風「服用前の金剛はどんな様子だったのですか」
榛名「ええと、冷たかったです!」
浜風「はい」
榛名「元気づけようと、金剛お姉さまの髪にフレンチクルーラーを髪留め替わりにつけてみたら、とても冷ややかな目線で見下されました! 怖かったです!」
浜風「………どうしてそんなことをしたのですか」
榛名「お菓子の甘い香りは女の子の気分を良くしますから! でも、クリームでベタベタな髪の毛を鬱陶しそうに処理するだけでダメでした!」
浜風「あなたの冗談は人を不幸にします。今後慎むように。ところで、どうしてそんなに胸を張っているのですか」
榛名「金剛お姉さまの滅多に見られない表情が見られたので、榛名は満足です!」
浜風「………はあ」
榛名「なんで溜め息をつくのですか!? あの時は久しぶりにお姉さまにまっすぐ見つめられて構ってもらえたと少し喜んだのですよ!」
浜風「それで今日は構ってもらえたのですか?」
榛名「はい! 冷ややかな感じではなく、ちゃんと構ってもらえました!」
浜風「あなたは注意すべきでしょうね」
榛名「何にですか?」
浜風「少し女らしすぎます」
榛名「? 榛名は女ですよ? それにそれって悪いことじゃ」
浜風「承認への欲求と思い込みが強いと言いたいのです」
榛名「そんな、今日の金剛お姉さまの態度は偽物だとでも言うのですか!」
浜風「いいえ。本日金剛が榛名へ優しく振舞ったということをあなたの思い違いとは言いません。ただ自分の性格を自覚してくださいと言っているのです」
榛名「そんなこと言われても………浜風さんは、浜風さんはどうなのですか? 自分の性格を分かっているのですか?」
浜風「はい」
榛名「どういう性格なのですか」
浜風「案外優しい」
榛名「………」
浜風「何ですか」
榛名「いえ………」
浜風「何か言いたいことがあるなら明確に述べてください」
榛名「………じゃあ、今日はどれくらい搾るのかなあ、なんて」
浜風「既に言ったように、急激な増量は不可能です。ただ少しは搾れる量が増えているはずです」
榛名「じゃあ、今やっちゃいましょう。怖いものは先に済ませたいです!」
浜風「少し積極的になりましたね。では、目を開けてください。搾ります」
§
榛名「なんだか鎮守府の空気が明るくなった気がします」
浜風「そうですか」モグモグ
榛名「今日は駆逐艦の娘達が飲んでくれたのですが、それだけが原因じゃないようです」
浜風「それだけじゃない」
榛名「はい。金剛お姉さまと提督が昔のように明るい雰囲気を出すようになったので、それに引っ張られるように少し全体的に明るくなりました」
浜風「そうでしょうね」
榛名「聞いていますか」
浜風「聞いています」
榛名「ケーキに夢中のように見えるのですけど」
浜風「気のせいです」
榛名「ひどいです」
浜風「いつものことです。それに鎮守府全体が落ち込んでいたのは提督のような組織の主要人物が落ち込んでいたからというのも大きかったのです。そこが改善されれば、結果は見えていました」
榛名「今日はお姉さまと提督とお茶会しました」
浜風「どうでしたか」
榛名「楽しかったです」
浜風「良かったじゃありませんか」
榛名「このジュースってすごい効果ですね。私が今まで出来なかったことを容易く遂行しました」
浜風「そんなにドリンクを見つめて、どうしましたか」
榛名「みんなこれを飲んだら憑き物が落ちたかのように晴れやかな表情になるんです。飲んだら、どんな気持ちなのでしょうか」
浜風「えいっ」
榛名「痛いです! なんで打つんですか!」
浜風「あなたのアダムスエールの服用を固く禁じます」
榛名「どうしてですか!」
浜風「………よくよく考えてください。あなたの、そのドリンクには、量の制限があるのですよ? あなたが飲むぐらいならば、それを誰か、必要とする人に渡すべきだとは思いませんか?」
榛名「それはそうですけど。少し気になって」
浜風「そんな無駄なことを考えている暇があるならば、早く休息を取りなさい」
榛名「命令口調………浜風さん機嫌悪い」
浜風「悪くありません。生成は既に済みました。量が多くなっているので、明日はどこに配って歩くか考えてください」
榛名「でも、すぐに売り切れると思いますよ」
浜風「………休みなさい。私も眠いのです。………ふわあ、おやすみなさい」
§
浜風「そろそろ次の段階に進みませんか」
榛名「次?」
浜風「そうです」
榛名「それは何ですか」
浜風「ここ数週間、生成したドリンクで鎮守府全体を活気づけてきたわけですが、そろそろスクイザーに頼ることをやめましょうと提案しているのです」
榛名「なぜですか? 確かに随分と雰囲気が良くなりましたが、それでもまだ鎮守府の成員全てに行き渡っているわけではありません」
浜風「はい」
榛名「だったら」
浜風「ダメです」
榛名「………なぜですか?」
浜風「あなたの到達目標は何でしたか」
榛名「それは、鎮守府みんなの元気がなかったので、元気になってもらいたいということです。だから、あれはまだ必要なのです!」
浜風「ドリンクは希望の火種なのです。火の消えた薪に再び灯りを取り戻させることが役割です。なるほど火種を投入し続ければより強く燃え上がるかもしれませんが、暖炉に向かってずっと火を焚き続けるなんて本末転倒です」
榛名「じゃあ、榛名にどうしろと言うのですか」
浜風「一度火がつくと暖炉は基本的に自ずと明るく燃えてくれます。あなたはそれをどう維持するかを考えればいいのです」
榛名「………やっぱりジュースを」
浜風「それではダメです。ハイライト・スクイザーなんて装置に頼らずとも、あなたの自力でその暖かな鎮守府を守るためにできる道を捜しなさい」
榛名「でも、榛名はそれが出来なかったのですよ」
浜風「………独りじゃない」
榛名「え? 何ですか? 聞こえませんでした」
浜風「最初にあなたが私に相談した時と現在の鎮守府は条件が異なっています。だから、つまり………」
榛名「言葉に詰まるなんて、いつもの浜風さんらしくありません」
浜風「………あなたは脆弱な存在ですから、仲間に頼ってもいい。………それらと手を取って今度は希望を失わないように努力していけば、いい」
榛名「え?」
浜風「何ですか」
榛名「いえ、浜風さんの口からそんな言葉を聞くなんて思ってもいなかったので。………もしかして、浜風さんもその仲間のうちに入っているのですか? 照れているのですか?」
浜風「最近少しは大人びた落ち着きを持ったと思ったら、その鬱陶しさは変わらないのですね。入っていません。あなたの仲間なんて不本意です」
榛名「またまた」
浜風「はいはい、分かりました。訂正します。あなた一人でどうにかしてください。仲間に頼らないでください。いつまで経っても弱いままですよ。さようなら。今夜はなしです」
榛名「行ってしまいました。でも、私一人でもスクイザーを使えるようになったことを知らないのでしょうか。明日の分を搾って、おやすみなさい」
§
浜風「あなたは何をしているのですか」
榛名「紅茶を準備しています。今日は特製品です。ふふ」
浜風「そうではなく。秘書艦をやめて何をしていると聞いているのです」
榛名「それはジュースを売りに行くためです。秘書艦じゃなければより多く配ることができますから。あ、秘書艦は金剛お姉さまが勤めてくれていますので執務は大丈夫です」
浜風「あなたは………」
榛名「どうしましたか?」
浜風「いいえ。何でもありません」
榛名「ふふ、おかしな浜風さん。はい、どうぞ」
浜風「ええ、いただきます。………っこれは」
榛名「どうしましたか」
浜風「………榛名、あなたには説明の義務があります」
榛名「何のですか?」
浜風「この紅茶にはドリンクが含まれています。本日のドリンクは全て売れたはず。どこからこの余剰分を確保したのですか」
榛名「………」
浜風「あなたに沈黙は許されていません」
榛名「自分で搾りました」
浜風「………どうしてそんなことをしたのですか」
榛名「足りないからです」
浜風「………それではどうして私に服用させようとしたのですか」
榛名「だって、浜風さん。いつも私に冷たいし、これだと浜風さんも私に笑いかけてくれるかなって。ふふふ」
バチン
榛名「痛いです」
浜風「どうしましたか。反抗的に起き上がる気力もないのですか?」
榛名「反抗? どうしてですか? だって、これは浜風さんが榛名のことを考えてのことですよね? ならば、嬉しいと感じるならまだしも怒りなんてありませんよ。ふふふ」
浜風「………そうですか。ならば」
榛名「なんですか」
浜風「これは私が回収します。あなたが一人でスクイザーを使っているなんて。数日は生成を行いません」
榛名「そんな」
浜風「これは覆りません。あなたが規則違反をしたが故の当然なる帰結です。眠りなさい」
榛名「………」
§
榛名「浜風さんを見なくなりました。あんなことをしちゃったから怒っているのでしょうか。なんであんなことをしてしまったのでしょう」
榛名「謝りたいです。でも、提督に浜風さんのことを尋ねても、そんな艦娘は着任していないって言われましたし、困りました」
榛名「………することがありません」
榛名「目が冴えて眠ることもできません」
榛名「秘書艦も金剛お姉さまが務めてくださっていますし、榛名、お荷物みたいです」
榛名「疲労を知らないおさぼり榛名には安眠が許されていないのでしょうか」
榛名「………これは、提督のシャツ? どうして」
榛名「そういえば、洗濯物を引き受けていたような。ダメです。今日一日ぼーっとしてそのまま持って帰ってきたようです」
榛名「………」
ごそごそ
榛名「くんくん」
榛名「………提督の香り」
榛名「すーはー、すーはー」
榛名「………落ち着きます」
もぞもぞ
榛名「………っん」クニクニ
榛名「………あっ、はあ、んぅ」クチュクチュ
榛名「………司令官、しれいかぁん」チュプチュプ
榛名「……はぁっ…い、いっちゃい……ん」ビクビク
榛名「………」
榛名「何をしているのでしょうか」
榛名「シャツもショーツも汚して」
榛名「提督のシャツも汚しちゃいました」
榛名「でも疲れることはできました」
榛名「………今夜はこれで眠れそうです」
§
榛名「今夜も浜風さんはいません」
榛名「提督の下着」
榛名「無断で借りてきてしまいました」
榛名「………ダメですよね」
榛名「………ん」スルスル
榛名「………あっ、はあ」クニクニ
§
榛名「………司令官、そこは………」クチュクチュ
§
榛名「………あっ、司令官、司令官! はげしいぃです」グチュグチュ
§
榛名「いっ、いくっ! あ、ああっ」プシャアア
榛名「………こんなことをいつまで続ける気ですか」
榛名「仕事もせず薄暗い部屋に引きこもって」
榛名「私の一日の労働はこれだけです」
榛名「あげくに盗みまで」
榛名「提督に顔を合わせづらくて表に出られません」
榛名「このままではダメです」
榛名「何かしないと」
榛名「でも何を」
榛名「………ジュース」
榛名「そうです。ジュースを売れば喜んでもらえて、こんな榛名でも皆さんのお役に立てることができます」
榛名「でも、搾り出す道具は浜風さんが持っていきました。どうしましょう」
榛名「………あれって案外簡単な作りだったような気がします。もしかしたら、榛名でも作れるかもしれません。試してみましょう」
榛名「………ふう。時間がかかりましたけど、どうにか記憶のものと形的には同じものができました」
榛名「では、さっそく」
榛名「っ痛い! 痛い!」
榛名「………やっぱり偽物です。でも、少し搾ることに成功しました」
榛名「量も少ないですし、色合いもくすんでいる気がします。それにオリジナルとは比べ物にならない程生成に痛みが伴います」
榛名「しかしそれでも複製できました」
榛名「これで、また皆さんに喜んでもらえます。ふふ」
榛名「………でも、量が少ないですから、不満に思われるかもしれません」
榛名「………やっぱりもっと搾っておきましょう」
榛名「っくう、あが」
榛名「……大丈夫、大丈夫。ふふふ」
§
榛名「余り売れませんでした」
榛名「皆さん、榛名の顔を見た途端、怪訝な表情を見せてきました」
榛名「部屋で寝てなさいですって」
榛名「金剛お姉さまと提督までもそんな反応です」
榛名「榛名の居場所はもう鎮守府にないのでしょうか」
榛名「そうですよね。盗んだ男性の下着で身もだえているような浅ましい女はこの鎮守府に必要ないですよね。ふふ」
§
榛名「今日はついに誰も買ってくれませんでした」
榛名「榛名のジュースより綺麗な色をしたものが店頭に並んでいました」
榛名「榛名にできる唯一のことまで奪われてしまいました」
榛名「いよいよ榛名は鎮守府に不必要な存在になりました」
榛名「誰も彼もが榛名のことを疎ましく思っているのです」
榛名「私のことを腫れ物に触るかのように扱って」
榛名「………結局これはどんな味がするのでしょうか」
榛名「飲もうとするたびに浜風さんに叱られてきました。自分で飲むぐらいなら、他に回せと」
榛名「でも、もういいですよね。榛名もこのジュースも必要とする人がいないのですから」
榛名「見れば見るほどこの世のものとは思えない輝きです」
榛名「では、少し失礼して」
榛名「っこれは、なんという! 美味! 驚きです。こんなものがあるなんて」
―――――――――――――――
「榛名さん! おめでとうございます!」
榛名「え? あなたたちがどうして」
「まあ、榛名さんなら許してあげるわ」
「榛名さんなら当然ふさわしいことです!」
榛名「えっと、何の話ですか」
「「「おめでとうございます! 榛名さん!」」」
―――――――――――――――
榛名「―――――っは、今のはいったい。幻覚………?」
榛名「それにしてもとても夢だとは思えない現実感でした」
榛名「でも、一体何を祝福されたのでしょうか」
榛名「………もう一度飲めば分かるのでしょうか」
榛名「では、もう一度。ごくり」
榛名「ああ、光に包まれていきます」
―――――――――――――――
浜風「榛名、おめでとう!」
榛名「ええ! 浜風さん!?」
浜風「今までよく頑張ったわね! あなたの願いは完遂されたのよ!」
榛名「え? 浜風さんからハグ? え? ええ!」
浜風「あなたのおかげで鎮守府のみんなは活気を取り戻した。そして、あなたは、……っ…………おめでたいことね」
バチン
―――――――――――――――――
榛名「痛いです! 浜風さん!」
榛名「って、いつの間にか消えてる………」
榛名「うー。急にいつもの冷たい目になって殴ってくるなんて、やっぱり浜風さんは浜風さんでした」
榛名「でも、これを飲んでいると少し気分がよくなってきました。えへへ」
榛名「ジュースは余ってるんだし、もっと飲んでいいわよね」
榛名「えいっ」
―――――――――――――――
提督「榛名、おいで」
榛名「提督! えっと、これはどういう状況でしょうか」
提督「何って榛名はおかしなことをいうね。俺たちは結婚をしたのだからこうして一緒にいるのは当然だろ」
榛名「け、結婚」
提督「ああ。愛しているよ、榛名」
榛名「あ、あの………」
提督「なんだ?」
榛名「えっと………私も、………私も愛しています」
提督「嬉しいよ。榛名」
榛名「………っん。………き、キス………」
提督「どうした?」
榛名「う、嬉しいです。もっと、もっとして欲しいです」
提督「今日の榛名は随分と他人行儀だな。付き合う前みたいで少し寂しいな」
榛名「え、えっと………あの、も、もっとちょうだい? ねえ」ギュ
提督「そうか。じゃあ、もっと良いことをしようか―――――」
榛名「っ提督が薄らいでいく………! 待って!」
榛名「そうだ! ジュース………空!? こんな時に」
榛名「じゃあ、ここで新たに搾って………」
バリン
―――――――――――――――
榛名「っあ、があっ! 痛い! 痛い! 痛い!」
榛名「………ふーっ、ふーっ、何この痛み? 格段に………それよりもジュースは」
榛名「な、なにこれ………黒い? 泥水みたい」
榛名「味は、ゴホッゴホッ。ネバネバしていて灰を飲んでいるようです」
榛名「目が悪いの? でも、目は二つあります。ならばもう片方で」
バリン
榛名「あっああああああああ!」
榛名「ああ、あがっ、ああ、な、なに? 体の芯が折れたように力が入りません」
榛名「それで………ど、どうしてできないの!?」
榛名「も、もう一度」
榛名「痛い痛い痛い痛い痛い! お願い出てよ! 欲しいのは黒いのじゃないの!」
榛名「うううぐ………出ない。どうして………」
§
榛名「今日金剛お姉さまと提督が仲睦まじく話していました」
榛名「提督の手の中にはリングケースがありました」
グリュグリュ
榛名「榛名のジュースは黒いままです」
榛名「ふふ、ふふふ。ふはっ、あはははは」
榛名「………涙も真っ黒です」
榛名「榛名には、榛名には、もう何も残っていません」
榛名「みんな榛名を置いて先に行っちゃいました」
榛名「うっうっひぐっ」
榛名「………提督」
榛名「提督、提督、提督。………ふふ。告白したら私のものにならないかしら」
榛名「そうよ。榛名はまだ提督を所有する努力さえしていない。体の節々が痛い。でも、この願いはなんとしても叶える。榛名は大丈夫です」
§
浜風「とても無様なご様子で。榛名」
浜風「こんな寒空の下で一人、いえ二人ですか? まあどちらでもいいですけど、孤独に朽ち果てていくしかないのですから」
浜風「え? 暖かい? 錯覚です。あなたの抱き枕は冷えた死体ですし、それにもうあなたの四肢は感覚がないはずです」
浜風「ええ。わかりますよとも。艦娘は精神性に左右される存在ですから。あなたの瞳を見れば誰でも分かります。あなたの榛名としての精神は完全に枯渇しているのだと。手遅れだと」
浜風「物理干渉が不可能な艦の精神に存在を託すことにより、人間ではありえないほど衝撃や熱に強くなる艦娘ですが、今回ばかりはそれが裏目に出ましたね」
浜風「それでその状態になるまで搾ったということは自分から生産したアダムスエールを飲みましたね」
浜風「あれは希望が原材料ですから人の精神を活発にすることができます」
浜風「しかし、原材料が自分の希望である場合、それは危険なほど舌に合うのです。だって自分の希望ですもの」
浜風「そしてそれを飲んだからといってハイライトが戻るわけでもありません。だから、あなたに飲まそうとはしなかったのです」
浜風「どうして教えてくれなかったですか。教えると意志の弱いあなたのことです危険と知っても飲むと思ったからです」
浜風「それに本当の理由なんて知る必要もなかったですしね」
浜風「スクイザーは私の管理下にありましたから、ドリンクが余るようなら使用を禁止するだけで良かったのです」
浜風「………私の誤算は二つありました」
浜風「一つはあなたがジュースを「足りない」と言った時、鎮守府の需要に対して供給が追いつかないことを言っていたわけではなく、ただあなたの売り子としての仕事量が足りないと言いたかったということです」
浜風「あなたは鎮守府の方々にドリンクが行き渡ることより、あなた自身が役立っているという実感を欲しがっていたのですね」
浜風「二つ目は、あなたが存外賢かったことです。スクイザーの使用、果てはコピーまで。正直、馬鹿だと思っていたので見直しました。まあ現状を見る限り馬鹿だったと再評価しますが」
浜風「要するに私はあなたの行動原理と能力を見誤ったということです」
浜風「ああ、安心してください。別に私が間違えたがゆえにこの惨状を引き起こしたなんて罪悪感は持ちませんから。全面的に悪いのはあなたですから」
浜風「………何か言いたげですね」
浜風「それと、これは没収です。………劣悪なコピーですね。全く」
グリュグリュ
浜風「え? 私の右目に光がない? そんなことはどうでもいいじゃありませんか」
浜風「私がどうして私のことに興味を持たないといけないのですか」
浜風「ほら、できましたよ。飲みなさい」
浜風「最期の景色が絶望一色というのも可哀想ですからね」
浜風「何を驚いているのですか。………いいえ、正当な反応かもしれません」
浜風「私も驚いています。私は別にあなたがどうなろうと知ったことではないのですけど」
浜風「恐らくあなたが騙して飲ましたドリンクの効果が今頃出てきたのかもしれません」
浜風「案外優しいのですねって、私は前にそう言ったじゃありませんか。浜風さんは案外優しいのです」
浜風「………どうしました? 飲まないのですか? ………そうでした。腕、動かないのでしたね」
浜風「では、私が飲ませてあげましょう」
浜風「瓶だと難しいですね。仕方ありません。口移しです」
浜風「………ん。どうしましたか? 吐き出し咳き込んで………ああ、間違えました。これはタバスコでした」
浜風「では、もう一度。暴れないでください。最期の生命をこんなことで燃やさないでください」
バタバタ、コロリ
浜風「提督の懐から指輪と書類が出てきました」
浜風「………なに? 提督は金剛と結婚する? ………いえ、しかし、ここには金剛の名前ではなく、」
浜風「いいえ。何でもありません。既に榛名でないあなたには関係のないつまらない個人情報です」
ビリビリ
浜風「ほら、あなたの大好きな抱き枕をしっかり抱えなさい。それはもうあなたのものです」
浜風「口移しが嫌なら、ドリンクを唇に塗ってあげますからそれを舐めなさい」
浜風「そしてもう眠りなさい。真夏の夜の夢は醒めると大団円を迎えますが、真冬の夜の夢はどうでしょうね」
浜風「目が覚めた後に期待していなさい。後のことは大丈夫です。すぐに新しい提督と榛名を本部から配給させます」
浜風「大丈夫、大丈夫、大丈夫。ほら、幸福な夢は短いですよ。目を閉じなさい」
浜風「あ、待ってください。本日のケーキをまだ食べていません」
浜風「ちょっとまだ死なないでください。最期の責務を果たしてください」
浜風「………ああ、もう既に完全に抜け殻ですか」
浜風「これを見る人はどう思うのでしょう。「若いカップルが切羽詰まり心中したのか。可哀想に」でしょうか」
浜風「恐らく彼らはこの僅かな微笑みを見逃します。もちろんその意味も」
浜風「彼女が最期にどんな楽しい夢を見たのか誰も知らないのです。誰も」
浜風「おや、雪が降ってきました。冷えますね」
浜風「さてさて、私も準備をしなければなりません」
浜風「また明日からも代わり映えのしない日常が続いていくのです」
浜風「ではどうかお幸せに見知らぬ誰かさんたち」
おわり
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