男「男女間の友情は成り立つか否か」 (114)

男(高校二年生)

男(今にときめき、先にときめき、キラキラ輝かしい青春を送っている学生)

男(汗を流し、涙を流し、現状に対する不満を垂れ流し、周囲に流し流されを繰り返す学生)

男(根拠のない自信と定まっていない正義を振りかざし、愛想愛嬌を抱えて奔走する学生)

男(そう、そういった年頃だと言ってしまえば全てに片が付くと思っている学生、貴様らの事だ)

男(俺は、お前らとは違う)

男(俺は至高であり、人として優れている)

男(くくく、聞こえるか?俺のこの声が……)

「アイツ、いっつも寝てんな」

「一年の時からああだし、喋った事ねーわ」

「あー」

男「…………」

男(俺はお前らとは違うんだ)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1435053027

男(どこで俺の道が間違ってしまったのかは分からない)

男(俺自身、間違ったとは思わないが……恋に焦がれる爽やかな日常というものは、そう簡単には手に入らないものらしい)

男(青春に憧れるも、理想の青春を手に入れる事など不可能に近いのだ)

男(ぼっちじゃない。俺はぼっちなんかじゃない。そこを勘違いしてもらっては困る、クラスメイトよ)

男(俺が人間でないのであれば、どれだけ気が楽だろうと現状に辟易する)

キーンコーンカーンコーン

男「…………」ムク

男(帰るか……)

男「…………」

「男ー」

男「あ、どうも」

女「……今日も疲れたね」

男「なー」

男(俺はぼっちじゃない。なぜならこんな風に可愛い女の子から声をかけられるからだ)

女「一緒に帰る?」

男「おう」

男(俺はぼっちじゃない。なぜならこんな風に可愛い女の子から一緒に帰るかと訪ねられるからだ)

女「少しは愛想を良くした方がいい」

男「別に、昔からこうだし。お前はもうちょっと愛嬌を振りまいた方が良いぞ」

女「このままで大丈夫だから」

男「あっそ、友達なくすぞ」

女「……出来てから言って」

男「うわー、手厳しい」

男(彼女は小学校から同じ学校に通っている友人だ)

男(静かで、いつも眠そうにしていて、いつも気怠そう)

男(口数も少なくて、愛想も愛嬌もクソもない可愛げのない女子だ)

女「男、これ返す」ゴソゴソ

男「貸してあるものが多すぎるんで何を貸したか覚えてないんですけど」

女「本。それ以外は私も覚えがない」

男「あー、忘れるようなもんだし、どうでもいいけど」

女「……じゃあ貰うよ?」

男「あげねーよ。返せ」

女「じゃあ、とりあえずこれは返す」

男「はいはい……で?これはどうだった?」

女「そこそこ。男にしては面白い話を選んでると思った」

男「あー、そうですか」

男(俺は彼女の事が好きだ。出来れば彼女になって欲しいと願うまでもある)

男(透き通るような白い肌も、長くてしっとりした艶のある髪も、大きいはずなのにあまり開いていない目も)

男(彼女の考え方も、性格もドストライクと言ってもいい)

男(そう俺は今青春を送っているのだ。灰色でもなんでもない、俺だけの青春を)

女「おでこ」

男「あ?」

女「赤いよ。また寝てたの?」

男「起きてるよ、ちゃんと」

女「寝てたら友達できないよ」

男「善処する」

男(ただ一つ、問題があるとすれば……)

女「そうだ、友くんが男は元気かー、って」

男「元気だよ、それ昨日も聞かれた」

女「だよね。本当、友くんは心配性」

男「だよなー」

男(俺の好きな彼女は、俺の親友と付き合っている)

男(人は他人になれる事はない。例え姿形が他人になったとしても、その人自身になることなど出来ない)

男(例え似せる事が出来たとしても、その人が培った思い出や過去などを自分が体験し、その人と同じように行動する事など不可能なのだ)

男(奪う勇気もない。現状維持に満足する気概のない人間なのだ、俺は)

女「今度、友くんと遊びに行くけど……男も来る?」

男「俺が行ってどうすんだよ。お二人さんの邪魔なんて出来ねーっつの」

女「別にいいのに」

男「俺が嫌なんだよ」

男(俺が遊びに行ったとしても、俺がどうあがこうとも彼女は俺に振り向く事はない)

男(彼女が一番幸せな道がこれなのだから、俺があがく意味もない)

男(さっぱり切ってしまう事が出来たら楽だが……俺の中で最高の女性であり、理想なのだ)

男(そうそう忘れて他の人……なんて真似は出来そうにもない)

男(本当に惨めだ)

男(イケメンが憎い、モテるヤツが憎い、こんな自分が嫌いだ)

男(こんな泥沼から抜け出せる力や機会がある人間の物語に憧れるものの、現実はそう甘くはない)

男(機会も力もクソもねー)

男(物語も何もない、平凡な男の何もない人生)

女「明日、私のオススメの本持ってくるから」

男「はいよ、楽しみにしとく」

女「私と、男の趣味って似てるし……面白い、はず」

男「女が面白いって言うなら間違いないな。趣味似てるし」

女「ね」

男(本当は似てるんじゃあない。俺が必死こいて似せてるだけ)

男(好きになった人の事が知りたくて本も読み始めたし、似たようなジャンルの話を選ぶようになったし、会話が盛り上がるように色々勉強するようになった)

男(でも、それだけだ。彼女が俺に振り向いてくれる事など永遠にないのだ)

男(俺の人生は、そう都合良くできていない)

男(運命感じちゃったのは同じ高校に入学できた事ぐらいだ)

女「じゃ、また明日」

男「うーい」

男(奪う機会は俺の気合いと根性次第……だが、どうしようもできない)

男(いっその事すっぱりと振られてしまえば踏ん切りがつくもんだが、告白なんてできない。しちゃあいけない)

男(俺はこのまま彼女の影を背負い続ける羽目になる)

男(どんな女の子と出会おうと、きっと彼女の影が付いて回る)

男(亡霊に取り憑かれた、と表現するのが一番だろうか)

男(それだけ、妄信的になっているのだ、俺は)

男「ぼっちならどれだけ幸せだろうなぁ……ホント」

翌日__________

男「あー、死にたい」トボトボ

男(今日も今日とて日常が始まる。なんの変哲もないつまらない俺の青春が)

女「男ー」フリフリ

男「おー」

男(彼女と会うとバラ色に染まるのはつまらなくはないけども)

友「よっ、久々」ヒョコ

男「お、おう……」

男(もれなくバラ色の青春には毒が含まれている、という事を忘れてはいけない)




男「今日はこっちなんだな」

友「今日から、な。寮辞めたんだ」

女「……」ボー

男「なんでまた」

友「家から通う事にしたんだ。寮は寮で面倒だったし」

男「ふーん」

女「これから、三人で学校行けるね」

友「そうだな。女、寝坊すんなよ?」

女「頑張ります」ブイ

男(刺さる、ラブラブな雰囲気が独り身の心に突き刺さるぅ)

男「なんだったら俺一人で学校行くようにするけど」

友「気にすんなって。登下校ぐらい楽しくしようぜ」

女「男もいた方が楽しい」

友「そうだそうだ、俺らと一緒に登校しやがれ」

男「分かった分かった、そうさせて頂きますよー」

男(俺の方が、今まで女と登校してたんだけどな……)

男(友がいる場合、俺は二人にとっての友人ではなく、良く見知っているおまけのような物になっているように感じる)

男(友の友達で女の友達。それ以上でもそれ以下でもないおまけ)

男(正直、女のような可愛い子と付き合える友が、何かの物語の主人公のようでたまらなく羨ましい)

男(言うなれば、俺はモブなのだ)

女「…………」

男「おら、彼女が寂しそうだろ。手ぇぐらい繋いでやれよ」

女「えっ……はぁ?」カァ

友「ま、マジ?……」カァ

男「きゃー、熱々ー。タマンナイネー」

友「お前なぁ!」

女「……私は、繋ぎたい、かな」

友「…………はい」ス

女「……ん」キュ

男「ほら、学校向かわねーと」スタスタ

男(繋がれた手、俺では染める事の出来ない頬、高める事の出来ない心拍数)

男「そういった雰囲気を、おまけとして端から見つめるのが恐ろしくて、心が抉られそうで、俺は彼女らを背に歩き出す)

男(俺は友達なのだから、これが正しいのだ)

男「まったく、朝から甘ったるいもん見せんじゃねぇよ」ブツブツ

友「聞こえてるぞー、男」

男「おっとしまった」

女「……男も早くいい人見つかるといいね」

男(私じゃない誰か、という意味ですね。身に染みます)

友「男は頑張ればすぐ出来そうなんだけどなぁ……」

男「だろ?なんで出来ないのか俺にはさっぱりだ」

友「あー、なるほど、そういう態度だわ」

男「やめてー、いじめないでー」

女「男は格好良い、頑張れば出来る」グッ

男(お世辞ですか。俺がどうあがいてもお前は友が一番なんでしょうが)

男「ま、適当に頑張るさ」

男(どんな相手だろうと結局女と比べてしまう事がなければ、もう少しハードルは下がりそうな物なんだろうけど)

友「じゃ、俺こっちだから」

女「……友くん、またね」

友「おう、頑張れよ」ヨシヨシ

女「うん、頑張る」

男(重たい……この胃にずっしり来る感じ……まさしく蜂蜜たっぷりのホットケーキ。もれなく生クリームも付いてくる)

友「じゃあ男、頼んだ」

男「頼まれましたー」



男「……じゃ、遅れないうちに行くか」

女「うん」

男「……」

女「…………」

男「……」

女「男、聞きたい事がある」

男「はいはい、なんでございましょう」

女「男の人って……触りたいのかな……?」

男「はぁ?」

男(好きな人なら触りたいに決まってんだろぶっ飛ばすぞ)

女「……手、とか……身体……とか」

女「友くんの事が嫌ってわけじゃなくて……うーん」

男(それ、男の俺に聞いちゃいますか)

男(よりによって俺に聞いちゃいますか)

女「他の人……知らないから。それが普通なのかなって」

男「あーうん?うん……なるほどねー」

男(勘違いしてはいけないのが、これはあくまで一般的な男性がどうしたいかを聞いてるだけであり、聞かれてるのは俺の意見じゃあない。惑わされるな……)

男「普通、だったら触ったりしたいんじゃね?好きなんだし」

女「……そういうものか」フムフム

男「大丈夫、普通だから」

男(その普通すら出来ない俺は……っと、自己嫌悪に陥ってる場合じゃない)

女「私……変なのかなって」

男「何が?」

女「友くんと……もっと手、繋いだりしたいって思う」

男「すりゃいいじゃん。アイツも男なんだから嫌がる事なんてないっつの」

女「そっか……ありがと。なんだか勇気が湧いてきた……!」

男(俺は勇ましくもない気が余計に滅入ってきたよ、バカ)

女「あ、あと……」

男「何、まだあんの?聞くけどさ」

女「うん。凄く申し訳ない頼み」

男「いいよ、別に。どうせしょうもない頼みなんだし」

女「私は真剣なんだけど」

男「一言多かったな、すまん」

女「……友くんって、女の子に人気あるよね」

男「さぁ?確かに良い男だけどどうなんだろうな」

女「浮気とか……心配だなー、なんて」

男「アイツに限ってそんな事しねーって。心配し過ぎ」

男(浮気。付き合ってるだの付き合ってないだの、口約束の上で発生する二心は果たして浮気になるのだろうか)

男(いや、お互いに意思を確認し合っているからこそ、浮ついてしまえばアウトなのだろう)

男(彼女の相談を聞いて、俺は浅ましくも友が浮気してしまえば……と自分に都合の良い展開を想像してしまう辺り、本当に駄目な人間だと思う)

女「もし……もしね、そういう話があったら……私に教えて欲しいの」

男「はいよ。ま、束縛も程々にな」

男(その”もし”が現実にあったとしたら、彼女はどれぐらい悲しむだろう)

男(現実になって欲しいと思う俺と、彼女が悲しむ姿は見たくないと思う俺がいて……ドロドロ渦巻く感情が結局彼女を傍に置いておきたいと思う事に行き着き、やっぱりうんざりする)

男(どうあがいても、この壁は取り除く事はできないだろう)

女「友くんだって、束縛するもん」

男「え?すんの?アイツが?」

女「……」コク

男「へー、サバサバしてると思ったら意外と……」

女「本当だったら、私と男も会わせたくないって」

男「マジかー、信用ねーなー、俺」

女「出来れば二人きりになるのは避けろ、って言われた」

女「でも……友達だし、そんな事言うの……おかしいと思う」

男「そっか」

男(友と俺は親友だと思ってたが、女が関わるとどうやら俺も敵の仲間入りをしてしまうらしい)

男(女を取るような真似、出来るはずないだろ)

男(彼女はちゃんと恋人として友が好きなのだ。俺に対する友達としてじゃない、次元の違う好意だ)

男(彼女はそういった線引きをする事に関しては結構几帳面でちゃんとしている)

男(間違う事はないと言って良い程に彼女は友に惚れているのだから、付け入る隙なんてありゃしない)

男(だからこそ俺は彼女の人間関係の線引きに従い、友達として接する)

男(そうするしか、彼女と話す方法なんてないのだから)

男「ま、友がそこまで言ってるっつーのなら、女も友について色々聞いたりすんのは間違いじゃないな」

女「……ごめんね」

男「任せとけって。もし友が間違いを犯した時は叩きのめしてやる」

男(もし友が浮つくような事があったら俺が慰めてやる。なんて背中のゾワゾワするような台詞も浮かんできたが、彼女に対してその台詞は、友達の関係を裏切る事のような気がした)

男(だからこそそれ以上何も言わず、学校へと歩を進める)

男(これが、俺と彼女の関係なのだ)

男(俺が彼女に合わせて、必死になってすがりついている友情なのだ)

男(友と俺が友人として関わりを持つようになったのは中学からだ)

男(アイツは俺と同じ運動部に所属していて、小学校とは違う新たなコミュニティで仲良くし始めるのに、そう時間はかからなかった)

男(成績は上の下、スポーツに関しては何事も卒なくこなせる。明るく社交的で、彼女と同じように芯の通った良い男だった)

男(多分、今もそれに変わりはないんだろう)

男(俺と仲の良かった彼女が友に惹かれるのも、時間の問題だったんだろう)

男(そしてあるとき、女から相談を持ちかけられた)

男(”二人きりで話したい事がある、誰にも知られないように”)

男(陽気でハッピーな思考をしてたあの時の俺は、自分の勇気のなさで踏み出せなかった一歩を彼女が埋めてくれるものだと勘違いをした)

男(そして俺は決心していた。もし彼女が想いを告げてきたのであれば、男らしく、俺からもキチンと想いをぶつけよう、と)

男(思えばこんな浅ましく、行動力のない俺に彼女が惹かれる事などありもしない話だったんだ)

男(彼女が想いを寄せたのは俺ではなく、友だった)

男(内向的な彼女が見せた、俺の知らない外へ向ける感情)

男(応援なんて出来るわけがない)

男(したくもなかった)

男(だが、他でもない彼女の頼み。俺の好きだった人の頼みを断るなんて事もできない)

男(これは俺の優柔不断が招いたものなのだ)

男(俺はその日、三人で一緒に帰る提案をした後、一人で帰った)

男(その日程、変わらない日常に甘えていた事を後悔した日はなかった)

男「……………」

男(クラスメイトの青春が様々な色で彩られていく中、俺の青春は線画のまま、完結した)

男(つまらなさそう、いつも寝てる、ぼっち)

男(俺に対する評価は散々な物だが、鉛筆だけ握って絵の具を買い忘れた俺にはこれ以上何もできなやしない)

男(自分のミスを棚に上げて、精一杯の強がりから生まれる憎悪を周囲に向ける事しか出来ない、クズな人間なのだ)

男(転校生も来ない、非日常も来ない、自分が選ばれた人間だったなんて都合の良い種明かしもない)

男(こうして、今日も今日とて普通のどこにでもいる高校二年生である俺は、非現実に憧れながら虚しく生きるのだ)

男「……………」

男(ざわついてるクラスで、俺だけフワフワ浮いてるみたいだ)

「男、今日も寝てんの?」

「あー、アイツそんな名前だったんだ」

「誰か喋りかけてあげなよ」

男(今日も寝たふりしてますよー。そんな名前ですよー。喋りかけても話題なんて見つからないですよー)

男(なんて、俺に対する小さな声を拾って、頭の中でコミュニケーションを取るしかないのだ)

男(新しく好きになれる人を探そうにも、こうなったら詰み、だよなぁ……)

「おいお前、起きてんだろ」

男「…………」

「なー、聞きたい事あんだけど」

男「……なんすか?」ムク

男(一目でチャラいと分かる出で立ち)

男(校則に引っ掛かる髪の長さ、色、着崩した制服……あとイケメン)

男(仲良くなれば良いヤツなんだろうけど、初対面からしたらただただムカつく野郎だ、という感想だけがでる)

「お前さ、何中出身?」

男「西だけど」

「お、やっぱり噂通りだわー。いやー良かった良かった」

男(噂……どういう噂かは皆目見当もつかないが、おそらく良い噂ではないんだろう)

「二組にいんじゃん、女さん。知ってる?」

男「あー、うん。まぁ」

「可愛いよなー、あの子」

男(そんな事は知ってる。そしてコイツが何を聞きたいのかも分かる。こういう変な虫はどこにでも湧くものなのだ)

男「アイツ、彼氏いるよ。付き合って二年になるし」

「へー」

男「で?何が聞きたいわけ?」

「いや、ただ仲良くしたいなって思っただけ。ありがとな」スタスタ

男(……何が聞きたいのか結局言わないままだったが、俺の受け答えは完璧だっただろう)

男(今の話を聞いてチャラ男君が何をするかはサッパリだが、ほんの些細な露払いぐらいはできただろう)

男「…………」

男(友、マジで大事にしねーとぶっ飛ばすぞ。クソ)

男(人は誰しも悩みを抱えているが、表に出す事はない)

男(悩みは自身の弱点であり、下手に悩みを弄くり回される事は自身の培った経験や築き上げた自己を崩壊させかねないからだ)

男(おちゃらけているような人も、ひたすら何かに打ち込む人も、少なからず悩みを抱えている)

男(この教室にいるクラスメイトも例外ではない)

男(俺が見て、聞いて、過ごしているほんの小さな箱庭でさえ、自分という人間をを演じ、過ごしている)

男(極稀に全てに対してオープンなヤツもいるが……重い、うっとおしい、ネガティブ思考でこっちまで気分が悪くなる……というように、良い評価はされないだろう)

男(だからこそ明るく元気な人に惹かれるのだ)

男(自分の悩みで手一杯なのに、わざわざ悩みを増やす人の所になんて行きたくはない)

男(むしろ解決してくれるような人の所へ行きたくなるのは人として普通の事なのだろう)

男(正直、悩みを持ってこられても困るばっかりだが……世の中には人気者とかいう、万能超人がそこかしこに存在している)

男(万能超人であるからこそ惹かれる。そして人気者になる)

男(理解されない理解されないと閉じこもってウジウジしているヤツは、ただ人気者に対して憎々しいと敵意の籠った視線しか向けられないのだ)

男(上手く生きるには、そういった腹の中の物を隠し通せる道化にならなければならない)

男(こうして、周囲を恨みながら卒なく淡々と過ごすのが、普通なのだ)

男(身の丈を知って、理想に対して妥協して、悲しく生きるのが俺にとっての普通だ)

男(普通に生きるのだと頭の中で言い聞かせているのにも関わらず
、心は暴れたい放題だ)

男(もっとこうしたい、ああしたい。思考とは裏腹に暴れまくる心に言い聞かせる)

男(こんなちっぽけな能力と平凡な容姿ではどうしようもないだろう、と)

男(上手くいっている人に対してコンプレックスしか抱けない小さな小さな人間だろう、と)

男(俗に言う、普通の人生を正しく歩むので精一杯。そんなに器用な人間じゃないのが俺だ)

男「…………」

男(今日も、いつかどうでも良くなるような事を考えてるうちに一日が終わってしまった)

男(自分に言い訳をして、不満をぶつけるだけの一日が終わった)

男「…………」ガタ

男(女、今日は来ないのか)

男(ま、当然だよな。友も寮生活やめて一緒に帰れるようになったんだ。恋人同士の空間に友達とかいうオマケは必要ないもんな)

男(クラスメイトよ、俺はお前らの思っているように正真正銘のぼっちになったぞ。笑え、蔑め、安心しろ)

男「……」スタスタ

男(……虚しい)

「へー!そうなんだー!」

「あはは、でねー!」

男(他愛もない会話で楽しく話が出来てるのが羨ましい。それだけ道化の自分と、本来の自分のブレをなくして生きたいもんだ)

「なぁ、連絡先教えてよ、女さん」

「えと……」

「いいじゃん、私も知ってるし。連絡取れた方が便利じゃない?」

男「………」

男(気のせいか、彼女の名前と聞き覚えのある綺麗な声が聞こえた)

男(階段を降りた先、下校する生徒が必ず使う下駄箱)

男(女子が三人、男が二人のグループの中に彼女の姿が見える)

男「…………」

男(ああ、あの状況じゃあ助け舟を出そうにも、彼女の同性の友達から攻撃されるのが見て取れる)

男(友に対する罪悪感と友達としての付き合いの狭間で苦しんでいるんだと、彼女の困惑した顔が心情を浮かべているように見える)

男(”そいつ、彼氏いるからちょっかい出すな”なんて言った日には、付き合いの悪い人間として少し距離を置かれてしまうだろう)

男(現実は、恋人がいるだけで生きていくのは難しい)

「いいじゃんか、別に」

女「…………」

「女ちゃんさ、逆になんで駄目なの?友達なんだし普通じゃん」

男(恋人と離れている環境で、一人で普通に生きるのは難しい。学生生活というものは、共同生活だから)

男(もし今日乗り越えたとしても、次の日、また次の日と、深くなっていく人間関係の中で同じ事を繰り返す事になるのは、正直彼女の心には重過ぎるだろう)

男(俺も、彼らと同じ立ち位置なんだろうか……友にとっても、女にとっても)

男「女、何してんの?」

女「………」

「誰?」

女「友達、中学一緒だった」

「へー」

「あ、男君じゃん。昼間はどうも」

男(二人いる男の片割れ。俺に話しかけてきたチャラ男君……なるほどね、あの会話は”手を出すけど別にいいよね”、っつー確認だったわけだ)

男「どうも」

男「……女、友がお前の携帯家に置きっぱなしだったって連絡きてたぞ」

女「え……あ」

男「今学校の近くまで持ってきてくれてるらしいから行くぞ。連絡先交換タイムはまた今度だ」

女「う、うん」

「あ、じゃあ私が茶髪に連絡先教えるけど」

女「……ごめんね、また明日でいいかな?」

茶髪「ああ、いいよいいよ。ちょっとタイミング悪かったな」

「ま、いっか。別に今日じゃなくても」

「だねー」

女「あ、待たせちゃ悪いから、私帰るね」

「りょうかーい」

「じゃあねー」

「また明日!」

茶髪「…………」

女「男、帰ろ。友くん、待ってるんでしょ」

男「おう」

男(間違ってはいないはずだ)

男(携帯を他所に忘れた……なんて結構無理があるような気もしたが、何となく納得してくれたみたいだし、今日の所は問題はないだろう)

男(女も上手く合わせてくれたし、助かった)

男(ただなぁ……友、俺には言わないだろうけど怒るだろうなぁ……)

男(こればっかりは人付き合いだしどうしようもないだろう、って思うし、友には納得してくれなきゃ困るんだけど)

茶髪「あ、男君。ちょっと」

男「………」

女「……」

男「先行ってて」

女「………」コク



男「……はいはい」

茶髪「お前が女さんの彼氏なの?」

男「そんなわけないじゃん」

茶髪「だったら邪魔しないでくれる?」

男(……邪魔。コイツの言う邪魔とは一体どういう事なんだろうか)

男(友達になる事に関して邪魔なのか。彼女を狙う際に邪魔になるのか……)

男(どっちにしろ、俺はコイツが嫌いだ)

男「タイミング悪かったんだろ。話はそれだけ?」

茶髪「……ああ、もういいよ」スタスタ

男(俺が彼を気にいらないのは、俺と違う立ち位置にいるからだろう)

男(大切な友情のない、新たな存在)

男(友との過去も、女との過去もない人間だからこそ……)

男(踏み出しても関係が壊れない人間だからこそ、気に入らないのだろう)

男「…………」

女「茶髪くん、用事なんだった?」

男「あー、

男「…………」

女「茶髪くん、用事なんだった?」

男「あー、なんだろ、よろしくって感じの話」

女「そう……」

男(よろしく。あながち間違いではないだろう)

男(”自分という人間はこれからちょくちょく見かける事になるぞ”という意味合い。邪魔をするな、と直接言われたのだ)

男(凄く純粋じゃないか。だからこそ腹が立つ)

男(引く手数多であろう容姿を持ちながら、自分の欲しい物を何としてでも手に入れようとする意地の悪さ)

男(誰かの恋人であろうと、我が道を行かんとする図々しさ)

男(なんだかんだ、ああいうヤツが成功の道を歩むのだろう……)

男「お前、嫌な時は嫌って言わねーと駄目じゃん」

女「うん。でも、どうすればいいか、分からなくって」

男「あんなの適当に誤摩化して逃げときゃいいんだよ」

女「……難しいなぁ」

男(女の性格から言ったら誤摩化すなんて真似できそうにもないが、そういう事も覚えてもらわなきゃ困る)

男(付け入る隙があるからこそ、つけ込まれるのだから)

男(嘘をつくのは簡単だ。俺のように周囲との関係を良好に保てない人間だったら特に容易なものだ)

男(逆に、糞真面目過ぎる人間は良くも悪くも事実に則して会話をしてしまう)

男(食い物にするにはうってつけなのだろう)

男「でも悪かったな。あれじゃ連絡先教える羽目になっちまうな」

女「……仕方がないよ」

男「それぐらい友も許容してくれりゃあ、いいんだけどな」

男(友に許容させる……彼女に関する縛りを緩くする事)

男(詰まる所、それだけ他の人との関わりが増えてしまうのだ)

男(現実、人との関わりはどれだけあるか分かったもんじゃあない)

男(この先出会うであろう人物は決まっていないのだ)

男(この先出会う人に、モブなんていないのだ。等しく人間であるからこそ難しい)

女「友くん、怒るかな」

男「……良い気はしないだろうな」

女「そう、だよね」

男「ま、ブレなきゃ問題ねーよ」

男(どうして俺はこうまでして女と友をくっつけたままでいさせようと頑張っているのだろう)

男(彼女の恋路に俺はいない。それなのにどうして関わってしまうのだろう)

男(この先交わる事のない、平行線の道なのに俺はどうしてこうまでしてしまうのだろう)

男(せめて俺の知っている友人として、幸せであって欲しいからか)

男(自分の知っている、憧れの人だからこそそのまま幸せになってくれればいいと思うエゴなのか)

女「嫌われたくない……」

男「でしょうね」

女「こんなに難しいのかな……」

男「そりゃあ難しいだろうよ。今までどれだけ狭いコミュニティにいたと思ってんだ」

男(板挟みが嫌ならどっちか捨てちまえば楽だ)

男(どっちの板も立てようとするから挟まれてしまうのだから)

男(八方美人、八方塞がり)

男(逃げ場のない人間関係程面倒な物はない)

男(ただ俺の言える事は進んでいる方向への些細な説明であり、明確な助言などではない)

男(彼女の選ぶ道なのだ。外野がとやかく物言いをしようと、結局は自身の選択)

男(俺は現状、こうしていられるだけでも幸せだ)

男(欲を言っても満たされる事はないが、彼女と悩みを共有できる事が、些細な幸せなのだ)

男(盲目だろうとなんだろうと、彼女に奪われてしまった目の使い方なんてこれぐらいしかないだろう)

男(浅学非才の思考停止。一度組み立てられたロボットにこれ以上の思考回路は持ち合わされていない)

男(彼女は何を求めているのだろう)

男(彼女の考える答えはどのようなものなのだろう)

男(自分の考える答えにすら蓋をしてしまう自分が誰かの答えを知りたいと思うのは、ズルいだろうか)

男「女はさ、友が好きなんだろ?」

女「……うん、好き。大好き」

男「俺だったら好きな人以外いらないと思うけど」

女「友くんは、一人しかいないもんね」

男「だろ。その辺り、気をつけろよな」

男(想像以上に自分の好きな人の口から、自分ではない誰かの名前が出てくるのは辛い物がある)

男(どうして自分ではないのだろう。ここまで想っているのに言葉に出来ない弱さが原因か)

男(ここまで拗らせた片思いは、心をズタズタに虫喰む化物だ)

女「あ、友くん」

男「…………」

友「よっ。はー、追いついた追いついた」

女「お疲れさま」

友「おう、女も男もお疲れ」

男「ん」

女「友くん、今日はね……」

男(三人組の時は一人がハブになる法則)

男(どうして俺はこの場にいるのだろうと虚しくなるばかりの状況)

男(邪魔なんだよ、と言われてしまえばそれまでだが、そういう関係なのだから仕方がないだろう)

男(俺たちの学校も友の学校も同じ方向にある)

男(順番としては友の家、女の家、俺の家、と着くようになっている)

男(友の家はとっくに通り過ぎてはいるが、わざわざ送っていく友も律儀なヤツだ)

男(俺がいるのが原因かもしれないが、少しでも会って話をしたいものなのだろう)

女「それじゃあ、またね」ニコ

男「おー」

友「また明日な」

パタン

男「…………」

友「じゃ、俺も帰るかなー」

男「……喉乾いた。付き合え」

友「何?奢ってくれんの?」

男「がめついな、おい」

友「奢ってやるからついてこいって言ってるようなもんだろ」

男「間違ってはねーからいいけどさ」スタスタ

友「はぁ、心配だ……」

男「俺はそんなに信用ないか?」

友「お前じゃねぇよ。他のヤツ」

男(他のヤツ。もし俺が友人の範疇を越えて動こうものなら、きっと俺も他のヤツとして扱われるのだろう)

男(俺は動かない限り、友達をなくさないで済むのだ)

男(言いたい事を言い合える仲。本当に言いたい事なのかは別にして)

男「………」ガコン

男「ほらよ」

友「おう、サンキュー」

男「…………」カシュ

友「で、話って?」カシュ

男「大事にするって、その場所から全く動けないようにする事なのかねぇ……」

友「はぁ」

男「大事な物だから壊れないように気をつけるのは当然だけど、ずっと引き出しの奥にひっそりしまっておくのは、大事な物にとってどうなんだろうな」

友「相変わらず回りくどいな。ズバッと言えばいいじゃん」

男「…………おう」

友「なんか、不満だってか?」

男「向こうも心配なんだよ。お前同様」

友「俺駄目だなー……相変わらず」

友「お前がいないと気づけないって、ちゃんと話せてないって事だもんな」

男(本来であればお互いにそういう気持ちを話し合う事が必要になるのだろうが、ぶつかる前の緩衝剤として第三者の存在があると楽だろう)

男(危険予測のための警報機、船乗りのための灯台、道路に描かれた白線)

男(危険が実際に自分に降り掛からないと、回避方法も思いつかない……いや、死んでしまったらそれっきりだが)

友「また考え事か?」

男「口下手だからな。伝わるように考えて話さないと捻じ曲がって伝わっちまうし」

友「回りくどい事言う癖に」

男「回りくどい表現でも正しく伝わって欲しいんだよ」

友「はいはい」

男「悪い癖だな……」

友「……そういえば、女が俺に対して怒った事ってないなぁ」

男「いい子、だからな」

友「でも、お前にはそういうの言うじゃん」

男「……ぬいぐるみみたいなもんだろ。独り言にはうってつけだ」

男(お前にとっても、彼女にとっても)

友「一人歩きするボイスレコーダーみたいだ」

男「金よりも銀の方を取る辺り、人としてマズいな」

男(もし俺がいなかったら、この二人の関係はどのようなものになっていただろう)

男(もし俺がいなかったら、彼女と友はこのような関係に至っていたのだろうか)

男(もし俺がいなかったら、彼女の恋心は淡いまま日常に掻き消されていたのだろうか)

男(この”もし”が現実であれば俺は彼らの幸せの一端を担ったのだと誇らしく感じなくもないが、おそらく……何も変わらないだろう)

男(頼りにされていると勘違いする事で、自分の存在は間違っていないと言い聞かせなければ潰されてしまいそうなのだ)

男(ジグソーパズルの一ピースのように、存在を理解されたいのだ)

男(作り上げる最中は気にも留められないような些細な一ピースでも、必要だったと思われたいのだ)

男「……女、変なヤツに絡まれ出してるから気をつけろよ」

友「はぁ!?」

男(ああ、案の定の反応だ)

男(遅かれ早かれ発覚する事だし、こんな反応を女が見て畏縮してしまったら溝が出来てしまうだろう)

友「男……お前それ見て何してたんだよ」

男「助け舟は出したけどさ、いつかこうなるんだって」

男(いつまでも同じ世界の中で生き続ける事などできないのだから)

男(同じ場所にいても、周囲は風化し、錆び付き、世界は徐々に変わっていってしまうのだから)

友「…………悪い、ちょっと動揺してる」

男「これで動揺しなかったらお前の度量にビビる」

友「…………」

男「ここで余計に縛ったら、余計に離れちまうと思うぞ」

男(頑丈な柱に縛られた人間は、柱を忌々しく思う前に目の前に広がる景色に憧れる)

男(縛り付けている鎖よりも、解き放たれた時の事を思うのだ)

男(傍にいようと、心は遠く離れた所へスルリと鎖を抜けていくのだ)

友「……だな」

男「間違えた時は俺が教えてやる」

友「おう、頼むわ」

男(人は誰しも間違える)

男(そして大人になった時に呟くのだ”若かったなぁ””充実した青春だった”と)

男(間違えてしまうものなのだから、そうやって大きな間違いを肯定してしまうのは仕方のない事なのだ)

男(それもまた、自分という人間を作り上げる際のスパイスだったのだと、懐かしむばかりなのだ)

男「この先誰に言い寄られるかも分からねーのに、いちいち反応してたらやってらんねーだろ」

友「おう」

男「そんな誰かにちょっかいかけられるだのなんだのってビクビクしてる暇があったら、お前ら二人の時間を大事にしろっつの」

男「他のヤツに目を光らせてる分、女の事が放ったらかしになるって事、忘れんなよ」

友「……そう、だな」

男「お前が見るのは他の男じゃない。女の事だけだろ」

友「おう」

男「よろしい」

男(俺が友に説教できるような立場じゃないのは分かる)

男(彼女は、友の恋人なのだ)

男(しかし、好きな人と付き合う事が出来ているのだ)

男(誰よりも、相手の事を見つめていなければ…………そうでなければ困る)

男(ズルいじゃないか。自分の方が想っているのにも関わらず、生半可な想いで通じ合う事ができるなんて)

男「………」

男(これ以上、選ばれない現実に恨みを募らせる毎日が正しいと思わせないでくれ)

男(雨を降らせないでくれ。水溜まりに空を映させないでくれ)

男(届かない空を、うずくまっている俺に見せないでくれ)

男(触れた先から波紋によって消えてしまう空ならば、見えない方が遥かにマシなのだから)

友「よし、サンキューな、男!」

男「はいよ」

友「少しでも女の事考えられるように頑張るわ」

男「そうしてやってくれ。お似合いのカップルだよ馬鹿野郎」

友「ははは、男も早く良いヤツ見つかるといいな」

男「だな」

男(見つけていた。ずっと近くにいた)

男(見つける事ができても、自分と共に歩んではくれない)

男(歩みがとてつもなく遅い俺は、何に追いつく事もできない)

男(追い越されていくばかりで、先に進んでいく背中を見つめる事しかできない)

男(遠くに消えていく背中に向けて声を振り絞っても、届かない限り独り言なのだ)

男(待ってくれなんて叫んで、聞こえたはずだと淡い期待を抱きながら足跡を追いかけて行くしかない)

友「……もし悩んでる事があったら、いつでも聞いてやんよ」

男「悩みか……出来たら真っ先に言いに行くから覚悟しとけよ?」

友「少しでも助けになれればいいんだけどな。じゃ、そろそろ行くわ!」

男「おう」

友「気をつけてな、また明日!」

男「また明日」

男「…………」

男「お前に言えるような悩みが出来たら、いいんだけどな」

男(赤から青へ。移り変わる景色を信号に、どす黒い感情と規則正しく
塗られた白い感情の上を歩く)

男(コロコロ移り変わる白黒に、自分はどうしたいのかと訪ねても返事は返ってこない)

男(どうしていいか分からないやるせなさ)

男(こんなに複雑なものだったろうか)

男(もっと単純なものだったのではないだろうか)

男(縁石の隙間から顔を出す雑草)

男(早く枯れてなくなれば楽だろうに、一度根付いてしまったっきり離れない辺り救いようがない)

男(もっと、雑草なりに生きやすい環境はあるだろうに)

男「……雑草の考える事は分かんねーや」

男(一人になると孤独を余計に感じて、ドロドロと不安が押し寄せる)

男(周囲に噛み付こうと、恨みを募らせようと、孤独のままでは生きていけない)

男(ぽっかり空いた穴を何かで埋めようと模索して生きる)

男(誰かを探す事で自分を保っているのだ)

男(見つかるかも分からない誰かの事を考えるだけでも、世界に一人きりのような孤独から少しだけ距離を置く事ができる)

男(友達のいない孤独とはまた違う、人がいるからこその孤独)

男(これからも、この先もこの感情と共に歩いて行くのか、と自分に疑問をぶつけてみると”このままでは嫌だ”と答える)

男(ではこれから、この先、この感情から解放されるのか、と疑問をぶつけてみると”多分そうなるんじゃないか”と答える)

男(願望は自分を否定するだけ否定して、何も言わずに傷だけ残して行くのだ)

男「………」ガチャ

男「ただいま」

「おかえりー」

男(帰れる家があるだけで、俺の幸せは打ち止めでいいのかもしれない)

男(どれだけ傷つこうと、現実に押しつぶされようとも、住処に逃げ帰って寝てしまえばいいだけの話なのだ)

男(どうせ大して変わりのない毎日を過ごすだけなのだから)

男「夕飯、何か手伝う事ある?」

「もう出来るから良いよ。手、洗ってきなさい」カチャカチャ

男「ん」

男「ふぅ……」ドサ

男(ため息は良い。身体の中いっぱいに詰まった毒気がほんの少し抜けて行くようで)

男(幸せが逃げると言われているが、逆に幸せを掴むための動作も一緒に教えて欲しいものだ)

男(結局、普通にしているだけで逃げ出す幸せなど、抱えるだけしんどい)

男(……逃げ出さない幸せが欲しい)

「妹、部屋にいると思うから呼んできて」スタスタ

男「弟は?」

「さぁ、まだ友達と遊んでるんじゃない?」

男「ふーん」

「まったくもう……」



男(毎日顔を合わせる家族は時々鬱陶しく感じてしまうような時もあるが、それだけで特に何もない)

男(話題の共有をしたりするが、友達ではない)

男(わざわざ一挙一動を気にするようなものでもなければ、気に留められる事があるわけでもない)

男(兄弟が何をしようとも、迷惑をかけるような事だけはするなと思うだけで、後は勝手にしていろというスタンス)

男(これはどこでも同じなのではないだろうか)

男(仲が悪かろうと良かろうと結局家族は家族なのだ)

男(ここにいても埋まらない不安は、外に出なければ解消されないものなのだろう)

男(朝目が覚めたら、また外へ傷つきに出掛けるのだ)

男(捨てても帰ってくる呪いの人形のような物を、再び捨てに行くようなものなのだが)

男(拾わなければ良かったと後悔しても、もう遅いのだ)

男(俺には一体何ができるのだろう)

男(小さな頃は自分がなんでもできるのだと思っていたし、誰もがなっているように普通に大人になるものだと思っていた)

男(友達が百人出来るかどうかなんて歌ってた時は、周囲がここまでめまぐるしく変わるだなんて思ってもいなかった)

男(友達は百人もつくれない。自分が見ていた
大人は普通にはなれない)

男(無茶を知らない小さな心は、どうして強いのだろう)

男(心や身体が大きくなればなるほど怖いものが増える)

男(ありもしない何かに怯える事は少なくなるだろうが、その分色々なものが怖くなる)

ピピピピピ

男(メール……女からか)

男(”今日は友くんと色々話した。上手く言えなかった事も言えたよ。男のおかげだね、ありがとう”)

男(返信……良かったな。…………だけでいいか)

男(また一つ、彼女が遠くなる)

男(今まで俺を介してでしか言えなかったような事も、言えるようになっていく)

男(小さな子供がするような伝言ゲームは、もう必要ないのだ)

男(彼女の中から俺の存在が薄れて行く)

男(友の存在ばかり大きくなって、俺は思い出から弾き飛ばされて行く)

男(……これでいい)

男(彼女が俺に関わらなくなってくれれば、忘れてくれれば、少しは楽になるだろう)

男(忘れようとしているのに、目の前に現れるほど強烈に頭に残るものはないのだから)




男(今日も気だるい一日が始まる)

男(規則正しい生活)

男(彼女達のこれからに、誰かの話は必要ない)

男(誤植。俺が間にいた事は誤りであり、修正されるべき事)

男(規則正しい生活は検閲のようなものである。消されて、直されて、アルバムに綴じられる)

男(もう一人で学校に行っても、何の問題もないだろう)

男(……というより、元々問題なんて何一つなくて、むしろ俺がいる方が異常だったのだ)

男(友に連絡もしておいたし、後はなるようになってくれって感じだ)




男(平和じゃない学校生活)

男(俺に向けられる物ではない言葉の銃撃戦の中を、机に伏せてやり過ごす)

男(流れ弾に当たって死亡だなんて、正直頂けない)

男(たまに手持ち無沙汰になった人間から、手頃な空き缶のような俺を的にする時もあるが、動きもしなければ反撃もしない空き缶をいつまでも打ち続ける程彼らの視野は狭くはない)

女「男」

男「………うっす」

男(スナイパー……これの存在ばっかりは気づかなかった)

男(狙撃銃なんて持ち出して、ピンポイントに俺を狙ってくる辺り容赦がない)

女「今日、どうして一人で行っちゃったの?」

男「はぁ……別に良いだろ」

女「これから三人一緒に登校できるねって、昨日話したばかり」

男「俺に構ってると友に悪いだろ」

男(友に悪い。半分の理由はそれだが、もう半分はこれ以上関わるのがしんどいのだ)

男(小さなまま、燻って燃え尽きようとしている気持ちが風に煽られて一層強く熱を発するのだ)

男(じわりと広がる熱に対して、燃やせる物を持ち合わせていない俺は目にしみる煙を被るしかないのに)

女「そういう事を言ってるんじゃない。私はそんな風に思ってない」

男「……お前が一番そう思わなきゃいけない立場だろうが」

男(何を言っているんだと、そう思った)

男(俺の事を邪魔だと思ってくれなくては……友の気持ちは、女の友への気持ちはどうなるというのだ)

男(何より、これ以上俺を苦しめさせてどうしたいんだという気持ちが強かった)

男(俺が彼女に想いを伝えていないから、勝手にのたうち回っている自分の気持ちを考えろだなんて言う事は勝手気侭極まりない事なのだろうけど)

女「……でも、私たちは……」

男「悪い。でもこの話は別の場所でしてくれ」

女「…………」タッ

男(いつものんびりした彼女が、見せた事もない速さで、表情で、その場を去った)

男(何を言いたいのか分かってしまったからこそ、これ以上何も言って欲しくなかった)

男(教室内はざわついたままいつも通りの流れで時を刻んで、小さな亀裂にも気付かないまま談笑を続ける)

男(この亀裂は、俺にとっては結構致命的なものなのだろうけど)

男(”私たちは”の後に続く言葉は恐らく”友達でしょう?”だ)

男(そう、このままダラダラ楽しく仲良しこよしの三人組として、その関係を壊したくなかったのだろう)

男(俺は友達なんかじゃいられなかったのだ)

男(彼女の思う友達に、俺はなる事ができなかった)

男(捨て切れない癖に踏み出せない生半可な想いを抱えているがために、俺は大事にしたい人を傷つけたのだ)

男(これでいい)

男(頭の中を駆け巡る自分に対する”どうして”を一ずつ勝手な理由で撃ち落とす)

男(こうするしかなかったじゃないか)

男(自分が傷つかないために、俺は友達を捨てる一歩を踏み出したのだ)

男(色付きの物まねをしたとしても、所詮俺に描けるのはモノクロだけ)

男(差し出されたほんの僅かな色をはたき落とし、完璧に灰色の青春を歩み出すのだ)

男(彼女の悲しむ姿を見たくないと思う気持ちと同等に、これ以上彼女を見つめ続ける事が出来ないという気持ちが大きかった)

男(視線を外に向けろだなんて言われても、一度焼き付いたフィルムは他に何も写してはくれないのだ)

男(本当、勝手なヤツだ)

男「…………」

「ねぇ」

男(俺に声を掛けてくる人なんて珍しい……なんて馬鹿な事を考えながら視線を向ける)

男(閉じこもっている人間に目を向けるだなんてそうそうある事ではない。そこに埋もれて見つかる事などないのだから)

男「はい」

「アンタ、女ちゃんに何したの?」

男「何って…………」

「”昨日の友達の所に行ってくる”って言って、帰ってきたら見るからに落ち込んでんだけど」

男(ああ、そう言えば彼女は結構表情に出すタイプだった)

男(少ない口数も減って、ふさぎ込んでしまうのだ)

男(こんなに他人と関わりなく過ごして、あまり知らない人の感情の機微なんて上手く察せない俺でも分かるぐらいなのだから、この人が気付くのも当然だろう)

男(こんな、会って話しをすれば友達だと言ってしまいそうな、見た目で分かってしまう明るさに目が眩む)

男(俺も、友やこの人のように生きていけたら、少しは楽だったのだろうか)

男(考えない人間は欠陥と言っても良いが、考え過ぎてしまう人間も同じくして欠陥なのだ)

男「ああ、それは悪かった」

「で?何したわけ?」

男「俺みたいなヤツと関わる必要ないだろって、遠回しに伝えただけ。分かるだろ?」

男(一言二言話して理解できるだろう。虫酸が走る程卑屈で腐った人間だという事が)

「は?」

男「なんつーのかな………とっ」バシンッ

男(衝撃、右へ勢いよく線のように流れる教室。鋭い音が頬の痛みと一緒に頭を転がる)

「最っ低……」スタスタ

男「…………」

男(頬の痛みよりも周囲の視線のを痛く感じる)

男(まぁ、妥当と言えば妥当な裁きなのではないだろうか)

男(彼女に対する罪悪感を引きずる俺に、普段何もしてくれない神様とやらがようやく俺に関わってくれたのだろう)

男(じんじんと痛む頬が、免罪符のように感じるが………)

男(泣きそうだ)

男(情けないとは思うが、自分にのしかかる何かに……もう、耐え切れなくなったような気がした)

男(痛みに耐え切れなくなった時、人はどのように行動するのだろうか)

男(……確実に、必ず、人は逃げる事を選択する)

男(例え逃げ切れるような事ではないとしても、何かしらの逃げ道を見つけ出す物なのだ)

男(そして、痛みから逃げ出す事が出来ない、なんて事は決して無いのだ)

男(空白の苦痛。形のない凶器から、自分を守る盾を作り出す)

男(それが更なる苦痛を味わう逃げの道であったとしても、裸足でその道を駆けていく)

男(俺の逃げ道は……俺が彼女を手に入れる事が出来ない逃げ道は、人から隔離される事だと)

男(ただ、そう感じる)

「なになに?」

「今の、凄かったよな」

「バチィって、ねー」

男(外側に刺を持たない人間はぬめりとした皮膚の内側に、身体をズタズタにするように刺を持っている)

男(他人は、それを押し込むだけなのだ)

男(優しさで、嫌悪で、意地悪さで、温かさ冷たさ罵詈雑言叱咤激励、いろんな物で)

男(彼女に痛みを与えられるぐらいなら、俺はこんな風に針の筵を引きずられた方が幾分かマシに感じる)

茶髪「聞いたよー、男くーん」

男(不快な声……今の俺は、誰の声であっても掛けられる言葉全て不快になるんだけど)

男(爽やか……の中にうっとおしいぐらいの×が押し込められている矛盾)

男(冷たい風をいつまでも通し続ける吹きっさらし)

男「何?」

茶髪「女さん泣かせて、報復食らったって話」

男「……で、君は報復の傷を抉り倒しに来た、と。性格悪いね」

茶髪「いやぁ、実際ホッとしてるんじゃないかと思ってさ」

男(ホッとしている。間違いではない)

男(ただこんな、俺の頭を到底理解出来ないであろう男に、分かった風な口を聞かれるのは我慢ならない)

男(しかし実際、分かりやすい考え方をしているという自覚はある)

男(違う、そうじゃない、と……簡単に出入り出来るからこそ、誰にも足を踏み入れて欲しくないからこそ腹が立つ)

茶髪「諦めたくないくせに、諦めなきゃならない状況に追い込まれてる状況っていうの?」

茶髪「他に地面はあるのに、その地面を踏む余裕の無さっていうの?」

茶髪「お前、結構仲良くなれそうだわ」

男「はぁ?」

男(複雑な思考回路は単純な思考回路を理解出来ない)

男(花を百の言葉の中から表現するよりも、一言で済ませられる明快さ)

男(結局、思考回路なんて複雑になってもたかが知れているのだろうけど)

茶髪「唆したらすぐ行動しそうなぐらいチョロい人間って楽だもん」

男「唆す人間にそんな事言ったら反発されると思うけどな」

茶髪「いや、お前はそれでも動くよ」

茶髪「その場で停滞してる事に不満だらけな人だもん。動くに決まってる」

男(何を根拠にそんな事を言っているのか分からない)

男(多くの人との付き合いがそうさせるのか、それがコイツの持って生まれたセンスなのか)

男(ただ、コイツの言うように仲良くなんて、到底なれない)

男(ムカつく、腹の辺りが熱くなって大声を張り上げたくなる。頭の中で脳を宙づりにしてる糸が一度に全部切れそうになる)

男(爽やかな笑顔。冷たい風を通し続けるその表情が気に入らない)

茶髪「自分が嫌なくせに、どうしてそうやって我慢してるのか分かんねーわ」

男「………」

男(どうして我慢しているのか)

男(それは自分で理解している。それが彼女の今の幸せなのだから)

男(誰かに押し付けられるような、淡々とした幸せではなく、彼女が自分の手で握ったものだ)

男(それを投げ捨てる事を望む事は、幸せのあり方を否定する事なのだ)

男(現状よりも簡単に手に入る大きな幸せばかり得る。そんな淡白な関係だけなのだしたら、どんなにつまらない世の中だろう)

男(大きな物よりも小さな物を手に取る。人は逆選択をした故に掴んだ幸せを時折美談として好む)

男(欲に塗れた人間は、損をするのだ)

男(結局、持っていた細やかな幸せこそが正解だったのだと、終わった後に後悔するのだ)

男(俺が余計な事をすると、余計な物が壊れてしまうから)

男(俺はこうして動かないままなのだ。例え、それで俺が傷つくとしても)

茶髪「少なくても五十年か六十年?多くて八十年とか百年も生きるのに、たった三年ちょっとの恋心で全部決めるのってツマンないじゃん」

茶髪「お前が抱えてる心はー……女さんの彼氏さんよりも長ーくあったんだろ?」

茶髪「重たく考え過ぎだよ、男君」

茶髪「たった数年の間に出会った数人なんて、この先何十年の間に出会う大勢の人間には敵わないでしょ」

男「お前の考えなんて理解したくねぇ」

茶髪「チャンスは来るよ」

男「チャンスってなんだよ」

男(機会、奇怪、毀壊
。現状をブチ壊す不思議な出来事)

男(そんなものが訪れようとも、俺は眺める事しか選択なんてしない)

茶髪「お前は盲目、彼は青眼。さて、彼は過ちを犯す事がないと言い切れるでしょうか」

男「知るか。消えろ」

茶髪「手厳しいな」

男「アイツはしっかりしてるし、お前が考えてる程浮ついてない。軽い人間と同じにすんな」

茶髪「人間はみんな軽いもんなんだよ。勝手に重しをつけて何が楽しいのかサッパリだ」

茶髪「期待は常に裏切られるもので、不安は常に現実になるものなんだよ」

茶髪「お前は裏切られたくないから絶対に動く」

男「…………」

茶髪「楽しみにしてるわ。無茶苦茶する人って面白いからなー」



男「…………」

男(蛇の私語に唆される程、俺は欲しがりじゃあない)

男(俺の目の前にあるのは神から食べる事を禁じられた果実じゃあない)

男(俺が俺であるために、自ら食わない方が賢明だと判断した果実だ)

男(熟したリンゴは勝手に落ちる。落ちて潰れて栄養に)

男(果実は木と添い遂げた方が幸せなんだと思う)

男(木の世話をする人も、果実を食べたがる人も関わらずに放っておくのが一番なのだ)

男(アイツの面白いようには、動きたくない)

男(こうして、また逃げ道が塞がれたと気が滅入るばかりだが)

キーンコーン

男(今日も、学校での一日が終わる)

男(今日という日が終わりを迎えなければ、時間が進まなければ、どれだけ良いだろう)

男(そう感じるのはきっと、今目の前に広がりつつある未来への不安が原因なのだろう)

男(必ず来る明日への対抗策というものが、社会にはバラまかれているのに自分の手元にはそれがないのだ)

男(いつも通り、彼女の笑顔に縛られてさえいれば、霧掛かった今日を歩く事もなかっただろうに)

男(いつも通りという痛みから抜け出した先には想定不可能な痛みを繰り出す非日常)

男(こうなる事は分かっていた事なのだから、踏み出した以上愚痴を垂れた所で仕方の無い事だ)

「男!!」

男「…………」

女「……一緒に帰ろう?」

男(何故、自分が泣いてしまう程の拒絶をされたのに再び向かってくるのか)

男(人の気持ちというものを全く理解出来ない人間ではないはずなのに)

男「……女さ、今日俺が言った事、分かってんの?」

女「分かんないよ」

男(彼女はまだ、分かっていないフリをする)

男(自身を縛る物など、見えていないかのように精一杯引き延ばして)

男(例え身体に食い込もうとも、伸ばせるだけ手を伸ばす)

女「私、男が何をしたいのか分かんないよ……」

女「どうして話が出来ないの?」

女「どうして一緒に歩く事がいけないの?」

女「どうして自分が邪魔だって思うの?」

女「どうしてそんな風に思っちゃうのか、私には……分からない」

男(”どうして”を繰り返す彼女が、儚げに見える)

男(分からないなんて事はないのだ)

男(俺は彼女に、彼女が投げかけたどうしての答えを今まで投げかけているのだ)

男(一吹きすれば散ってしまう疑問の花)

男(大きく息を吸って、今度こそはっきりと)

男(分からないなどと逃がしはしない。どうしてなどと疑問も抱かせない)

男(明日への不確かさに、身を投げるのだ)

男(縛っていた物を何もかも断ち切って。今の痛みから逃げ出して)

男(飛ぶ)

男「もう、友達じゃいられないんだよ。俺は」

男(言ってしまった)

男(近くにいられるだけで満足だとか、悲しませたくないだとか、そんな気持ちを抱えていたくせに)

男(結局、自分自身が一番可愛かったのだ)

女「どういう……」

男「友達止まりで女を見てるのが辛いんだよ」

男「俺じゃなくて、友が一番だって見せつけられるのがキツいんだ」

男「好きな相手が一生振り向かないのに見守るなんて真似、俺には出来ないんだよ」

男「もういいだろ……ほっといてくれ」

女「…………」



「てめぇええええええええ!!!!」ダダダダダッ

男(怒声、踏み抜かれる地面、鬼の形相、置いてけぼりになった荷物)

男(ああ、昼に話した女の友達だ……)

「さっきから見てたらお前何様だよ!なんでテメェなんかがそんな事言えんの!?」ガシ

男(コイツが何を言いたいのか分からない)

男(コイツの怒りは、俺が彼女を傷つけた事にあるのか)

男(俺が何を考えているのか分からないくせに、知らないヤツに責められるのがたまらなく悔しい)

男「お前には関係ないだろ」

「テメェみたいな腐った男は死んじまえばいいんだ!被害者面してんじゃねぇよ!!」バシッ

男「っ……俺だって、そう思うっつの」

男「もういいだろ……もう……いいじゃん…………」

「あ!?今度はテメェが泣くのかよ。どんだけお前の事考えてくれてるのか知らねぇ癖にふざけた事ばっか言ってんじゃねぇぞ!!」ブン

女「やめて!」ガシ

「ちょっと女……!」

女「ごめん………ごめんなさい……わた、私……」

男「いい。全部、俺が悪かったんだ」

女「ごめんね……ごめん、ね……」

男(泣きっ面に蜂、踏んだり蹴ったり、弱り目に祟り目)

男(惨めに惨めを重ねて、本当にズタボロだ)

男(感情的になっても、どうしようもない)

男(泣き寝入り)

男(自分の行動の結果というものは、甘んじて受け止めなければならない)

男(染みる)

男(ようやく、痛みから抜け出せても大きな傷が残る)

男「今まで抉られ続けてきた傷は、風に触れて固まるよりも先に痛みをチリチリと伝える)

男(永遠の痛みよりも、一時の激痛)

男(逃げ出せた事に、どこかホッとしている自分がいた)

男(男女間の友情は成り立つか否か)

男(友達とは一体なんなのだろう)

男(関わるたびに一喜一憂し、関わらなくても相手の姿を思い耽てしまうものが、果たして友達と言えるのだろうか)

男(自分の持てる浅はかな頭で考えた結果、そんな相手に対して友達として付き合って行く事など、到底出来やしないという考えに至ったのだ)

男(詰まる所、俺に男女間の友情を成立させる事など不可能だったのだ)

男(例え相手が……彼女が友情というものを感じ、信じていたとしても、それは彼女の中で作り上げた一人の人間との付き合いでしかないのだ)

男(俺は、彼女が知らない俺は、友達を知らないのだ)

男(友達であった時の彼女の記憶が曖昧で、恋心を抱いてしまった彼女しか知らない)

男(もしも性別と言うものがなければ、友達として一緒にいる事に不満などなかったのだろう)

男(ああ、忌まわしき人の欲)

男(彼女の事を気に掛けていたのは恋心があるだけで、友情など微塵も感じてなどいなかったのだ)

男(考え方の相違、似たようで所々違う間違い探しの絵、材質の違う合わせ目)

男(時間が経てば経つ程ズレを感じてしまう)

男(恐らく俺は頑固過ぎるのだ。愚直であるならもう少し気の利いた素直さが欲しかった)

男(人は他人にはなれない癖に、完璧な一致を求めるなど愚の骨頂だ)

男(無性に叫びたい)

男(ひた隠しにしているくせに誰かに知っておいて欲しいという矛盾)

男(特に意見が欲しいわけではない。ただ、そういう考えもしているのだと、些細ながらも知っておいて欲しいという)

男(俺は、ここにいるのだと知っておいて欲しいだけなのだ)

男(愚かな人間に残された道は悲しいながらも孤独だけ)

男(無駄な事を考える人間はだいたいが欠陥で、不自由)

男(勝手に狂う人間なんて、全員死んでしまえばいいのだ)

男「…………」トボトボ

ブーッ ブーッ……

男(メール……友か)

男(”今、どこにいる?”)

男(今は帰り道をのんびり歩いてる……と)ポチポチ

男(さて、友にまで話が知れてしまったが、一体何を話せと言うのだろう)

男(俺の中に抱えた不満をぶつけて、友の怒りをただただ俯いて聞く事しかできないのに)

男(何かが変わるわけでもない、不毛な論点の上で小躍りをかます様はどれだけ間抜けだろう)

男(荒れ果てた地面に水をかけても、しみ込んで流れるか蒸発するだけで何も生えない)

男(例え草が生えたとしても、それは苛立ちと不満を現したささくれにしかならない)

男(吸い上げるものが良くない雑草は、地面をさらに乾かす)

男(これ以上何もない俺から、奪い取るのはやめてくれー)

男(なーんて……)



友「…………」

男「おう、来たか」

友「男、お前……」

男(その視線はなんだ?)

男(どうしてしまったのかと言いたげな、哀れみの目)

男(何をしてしまったのかと言いたげな、冷ややかな目)

友「どうしちまったんだよ」

男「どうもこうもあるか。元々、色々考えてたんだ」

男(そう、何も俺の中で変わってなどいないのだ)

男(彼らの目の前で出していた自分と言う人間は、元来このような人間なのだ)

男(それを少し出しただけで、ここまで人間関係とは駄目になるものなのか)

男(それほど、今までの俺の人間関係は浅いものだったのか、と……とても悲しくなる)

男(言っていないのだ。伝わるはずもない)

男(勝手に理解されているものだと期待するのは、自己中心的思考が過ぎる)

友「何が気に入らなかったんだよ。なんでお前はそうやって離れようとすんだよ」

男「…………」

男(言えるわけ、無いだろう)

男(俺が、女の事が好きで遠くへ連れて行ってしまったお前の事が気に入らないなどと、変わらない事実に対して文句を垂れても意味などないのだから)

友「だんまりか……とりあえず女呼ぶから、ちょっと話そうぜ」

男「……女は呼ぶな」

友「はぁ?」

男「いいから」

友「お前が変に意地になってたら、いつまで経っても仲直りなんて出来ねぇだろうが」

男(仲直り?冗談じゃあ無い)

男(仲直りなんてしてしまったら、一瞬の激痛の意味も何もなくなってしまうではないか)

男(鈍感になれない、長くジワジワと焼いていくような痛みの中に再び身を投じる気力など、俺にはもうないのに)

男「…………」

友「……はぁ……分かった、分かったよ。二人で話そう」

友「さて、何から話すかなー」

男「別にアイツの事で話す事なんて何もねぇよ」

友「俺はあるんだよ」

男(どうでもいい。今さら彼女の事で何か話したとしても、変わる事などないのだから)

友「急に不貞腐れて何があったんだっつの」

男「……………」

男(友の言うように、急に不貞腐れて八つ当たりのような行動をしてしまったという自覚がないわけではない)

男(今の今まで不満を抱いている事を隠してきていたのだから、何に対しての怒りであるのか、彼らにはあまり理解できないだろう)

男「お前は、気付いてなかったのか?」

男(違和感、異常、変化。些細な物であれ身近にいる人間であっても、それに気付かせないように我慢してきた俺が凄いのか?)

友「……何に?サッパリ分からねぇよ」

男「俺が」

男「……………」

友「俺の事を妬ましいと思ってる事か?」

男「……」

友「お前が彼女いないって嘆いてる事か?仲良くなれる人間が少ねぇって諦めてる所か?」

友「それとも……お前が女の事が好きだって事か?」

男「…………なんだ、気付いてたん、じゃん」

男(声が震えた)

男(今目の前にいるこの男は、全てを何となく知った上で、俺と友達をしていた)

男(その冷たい事実が、ドロリとした俺の感情を凍らしていくように感じて、余計に震える)

男(隠し通していたんじゃなく、隠してもらっていたのだ)

友「まぁな」

男「だったら、友にとっても好都合だって分かるだろ?」

友「はぁ?んなわけねーじゃん!」

男(何故友が彼女と仲の良い俺を放っておいて、輪に入れていたのか)

友「友達なのにいなくなっていいはずねぇだろうが」

男(……俺が一人の人間として眼中に無いのは、女も、友も……同じなのだ)

男(俺の気持ちに気付いていて、ここまで友人として付き合っていたのは、こういう理由なのか)

男(良いように使い、ヘタレだからと蔑み、彼女が相手にするはずがないと見下していたのだ)

男「友達って、そういう風に使うんだな」

友「何言ってんだよ」

男(俺が知らなくて当然の事だ)

男(俺は普通の人のように友情を感じた事もなく、築き上げられようとしていた友情でさえ、淡い期待で汚していたのだ)

男(色は混ざれば混ざる程、濃く澱み、使い物にならなくなる)

男(友情とかいう訳の分からない物に、余計な物を混ぜてしまった故に全て破綻し、真っ黒になってしまっていたのだ)

男「もう、話す事なんてないよ」

男(歯車に合わない部品は取り除かれるべきであり、不適合であり続ける俺は、在庫として抱えていくだけ無駄になる)

男(爪弾き、鼻摘まみ)

男(そんな者に対して、まともな人間関係が成立する事なんて、あるはずなかったのだ)

友「お前はいつまでそうやってるつもりだよ」

男「…………」

友「いつまでもウジウジウジウジ、言いたい事も無茶苦茶あるくせに言葉選んで黙り決め込んでよ」

友「自分がこうしたいだとか、ああしたいだとか、そういうもんがあるくせに自分じゃどうしようもできない問題だからって諦めてんじゃん」

友「で、諦めてる癖に内心文句タラタラで一人で愚痴って、勝手に不機嫌になりやがる」

男「じゃあお前は俺にどうしろってんだよ!」

友「知るか!駄々をこねてるクソガキがどうしたいだなんて、俺がなんか言っても聞くわけねーだろうが!」

友「俺は言いたい事、言ったからな。それで男がどうしようとどうでもいい」

男「…………」

友「男らしくしやがれ、アホ」スタスタ

男「……………」

男(嘘は吐き続ける事ができれば本当になる事がしばしばだ)

男(ただ、自分の中の想いでさえも捻じ曲げてしまえなければ、それは嘘のままなのだ)

男(思い通りにならないからと言って、不貞腐れているガキ)

男(友の言う事はもっともな分、自分がどうしたいかではなく、誰が俺にどうあって欲しいのかと考えて生きていた分、分からない)

男(自分の考えは二の次にして、優先していたのは周囲の環境)

男(そんな俺に自由に動いてみろだなんて、分かるわけがない)

男「俺じゃあ、どうしようもねぇだろうが……」

男(上を見る事に疲れて、下ばかり見るようになったのはいつからだろう)

男(自分に見る事ができる上の部分があまりにも限られている物だと気付いた頃だろうか)

男(身長が以前程大きく伸びる事がなく、目線が代わり映えしなくなったからだろうか)

男「…………限界」

男(狐と葡萄、合理化、人と空)

男「男らしく、ね」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年08月25日 (火) 18:25:56   ID: VjLSDtw3

自分の事のようで鳥肌がたちましたw

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom