赤城みりあ「モバP、みりあ、わるい子になっちゃった……」 (190)




とあるマンションの一室。
薄暗い部屋の窓を雨が激しく叩く音がする。


薄明かりが照らす下、
ベッドの上には一人の男性と一人の少女の姿があった。

「プロデューサー……っ」

少女は彼の胸に顔を埋め、彼の名を呼ぶ。


「どうしよう……っ。
 みりあ……みりあ、わるい子になっちゃった……っ」

少女の頬と枕が涙に濡れる。

男性……プロデューサーと呼ばれた彼は
特別慌てる様子もなくほんの少しだけため息をつく。
少女がこうなるかもしれない、という予兆はあった。

ただ、その時その場にいるのは自分ではないと思っていたし、
或いは時間が解決するものだと考えていた。


だがこうして関係を持ってしまった以上、
最後まで向き合う義務があると彼は感じていた。


彼は事の発端を思い出す。
それはもう1年近く前のことだった。


………………
…………
……



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※※※

| このSSはアイドルマスターシンデレラガールズの二次創作SSです |
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| 主人公はいわゆるアニメ版P、武内Pではないのでご了承下さい..  |

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| 一部アニメ版設定、ゲーム内設定を採用していますが、        |
| 厳密に沿うものではありません。                       |

※※※


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寒い冬が終わり、暖かい春がやってきた。

春は様々な形で季節の変わりを告げる。
雪は溶け、草木は芽を出し、鳥や動物達は喜びの声を上げる。

もっともそんな情緒豊かな話は都内の街中と縁遠く、
せいぜい街歩く人々の服飾の変化が目立つ程度だろう。


そんな風情のない今日この頃、事務所に暖かい一報がやってくる。



「えへへ、プロデューサー♪」

椅子に座りノートパソコンに向かっている男性――
プロデューサーと呼ばれた彼に少女が近づいてゆく。

両の手を後ろで組み、そわそわしながら見上げる顔。
弾むような仕草に二つ結びの髪が揺れる。


「どうした、みりあ。良い知らせか?」

名を呼ぶと少女が満面の笑みを浮かべた。



事務所に所属する駆け出しアイドル――赤城みりあ。
小学校の高学年と年少でありながら、既にいくつかアイドル活動をこなしている。
まだまだ駆け出しの、才気と元気に溢れる可愛らしい少女。

花開くようなその笑顔に、彼は春の到来を感じた。

「プロデューサーに、とーっても大事な発表がありますっ!」


彼は仕事を止め、みりあの方を向む。
だいたいこの場合、おしゃべりが止まらなくなるか不意に飛びついてくるからだ。
実際今にも跳び跳ねんばかりにその身体は弾んでいた。


「実はね――」

みりあは大きく息を吸い、胸を張った。


「なんとっ、赤ちゃんができたの!」

「赤ちゃん……?」


両手を広げ全身でおめでたさを表すみりあをよそに、
彼は少し言葉の意味を考える。

彼女は興奮するとたまに言葉が足りなくなる。


なんということはない。結論に至った彼は口を開く。

「おめでとう。何ヶ月くらいなんだ?」

「えーっとね、2ヶ月くらいだって。すごいよね、すごいでしょ!」


そう言うとみりあ服をまくり上げ、可愛らしいお腹をぽんぽんと叩く。
こういうことを平然とやる癖は早めに止めさせないと、
と彼は少し手で首の後を掻いた。

「ったく、そういうことやってると悪い大人にさらわれるぞ」

「ねえねえ、あとどれくらいで生まれるのかなあ?」

「十月十日って言うから、8ヶ月もしたらひょっこり生まれるさ」






「わぁーいっ! 楽しみだなあ♪ 赤ちゃん生まれたら、私お姉さんだよ♪」

「そうだな。お母さんにもおめでとうって伝えてやってくれ」


彼の口元も思わず緩む。
みりあの母に新たな生命が宿ったのだ。


みりあの家は父母娘の3人家族。

彼も何度か挨拶に行く度食卓に誘われたりしている。
両親はみりあに負けず劣らず素敵な人達で、
絵に描いたような幸せな家庭に、妙な居心地を覚えるほどだった。

そこに新たな家族ができる。
弟か妹はかわからないが、とても喜ばしいことだと彼は思う。




一方で彼はそれに乗じて画策する。
人を疑うことを知っている者ならその悪い表情から察したであろう。


「じゃあお姉ちゃんになるんだから、いい子にしてなきゃな」


姉になるということは、これから段々落ち着きが出てくるだろう。

すると年少であるみりあを見習い、更に年下の子等も落ち着く。
日頃、彼のことを作りのいいアトラクションか何かと勘違いして
じゃれてくる子達に対する負担も減るというもの。

「うんうんっ、お手本にならなきゃいけないもんね!」

「まず、お母さんのお手伝いはすること。料理とか洗濯物とか。
 妊娠中は色々大変になるから、お父さんと協力してな」

「はーいっ☆」

「勉強もしっかりやること。お姉ちゃんなんだから、将来教えてやれないと困るぞ」

「いっぱい、いーっぱい勉強するね!」

「あとレッスンも頑張ってランニングもいつもの倍やって
 LIVEも頑張ってあと俺の肩も揉んで」

「だいじょーぶ、プロデューサーのいうことなんでも聞くよ♪」

「ごめん今のナシ。悪かった」

調子にノリました、と彼が両手に顔をうずめ頭を下げる。
反省する彼をよそにみりあが肩を揉み始めた。

(いや、冗談なんだけど……
 ダメだコイツ、しあわせしか頭に詰まってない。頭を叩いたらきっと愉快な音がする)

一生懸命な小さな手が日頃の疲れに効いた。

そういえば担当アイドルの家族の妊娠祝いは出した方がいいだろうか?
肩揉みにあげるお駄賃は財布の中にあったっけ? 等と彼は思考を巡らせる。



「……まあ、コレだけ守れ」

もういい、と肩揉みを終わらせると彼がみりあと向き合う。
100円がみりあの手に握らされた。


「『家族を大事にする』。

 お前が思う範囲でいい。
 色々大変だと思うけど、それだけ守れたら何してもいい子扱いしてやる」


「わかったよっ! 赤ちゃんのために色々ガマンする」

「ガマン?」

「うん、美嘉お姉ちゃんだって莉嘉ちゃんにCDデビューの番ゆずってたもん!」

莉嘉はみりあとよく絡んでいる1つ年上の娘で、美嘉はその姉である。
2人とも今はCDを出す程度に活動しているが、
妹の莉嘉の方がデビューは先だった。

「ああ……そうだな。そういうことになってるな、うん。
 他にも妹や弟がいるやつがいるから、話を聞いてみたらどうだ?」

「そうしてみるね! よぉーし、がんばるぞー!」

両手をきゅっと握り、意気込みは十分。
あふれる元気と無邪気さゆえ時々制御が効かなくなる彼女だが、
どうこう定義する以前にいい子なのだ。




「ねえ、ところでプロデューサーは赤ちゃんできたりしないの?」

「言ってなかったかもしれないが、結婚してないからな。まず嫁がいない」

世間には結婚してなくてもできるカップルもいるらしいが敢えて彼は伏せる。
みりあが机に両手と上半身を乗せ、不思議そうな顔をした。

「プロデューサーは結婚できないの? 
 事務所のみんなはプロデューサーのこと好きなのに?」

「できるし。しようと思わないだけだし」

一瞬彼の視線が泳ぐ。
彼はあまりモテた覚えがない。みりあの評価が正しいかはさておき。

「じゃあプロデューサーは結婚したくないの?」

「仕事が楽しいし忙しい。
 今結婚したところで嫁さんを放ったらかしにしてしまいそうだ」

そう、お嫁さんを放っといてはいけない。
結婚はできる、できるが場所と時は指定されていない。
彼はその気になれば10年20年後とその言い訳を盾に戦うことも可能だ。

弁護すると、一応これは彼の本音。


するとみりあが「閃いた」とばかりに両手を合わせ頬に添えた。
ほんのり赤い頬が芽吹いた桜を思い起こさせる。


「じゃあー、結婚できるようになったらみりあとする?
 私お姉さんだから色々ガマンできるよ♪」

「ハハハこやつめ。
 さ、そろそろレッスンの時間が近い。お姉ちゃんは早め早めに行動」


彼は部屋に入った野生動物を追い出すようにみりあを抱き抱え、
事務所のドアまで持っていく。
みりあも特に抵抗なく運ばれていった。

みりあは手を振ると、放たれた子犬のようにレッスン場へ向かって行く。
時々彼女の後ろ姿には耳と尻尾が幻視される。


「ふー」

ため息をつき、プロデューサーがドスンとソファに身を投げた。
結婚か、と彼は人知れず天井を仰ぐ。

確かに今すぐ結婚の意志はないものの、
悪気はなくともあのようにつっこまれると少し意識してしまう。
というより小学生にナメられたような気がしてならない。


一度婚活パーティでも行ってみるか! と明後日の方向にやる気を出した彼と、
それを知った事務所の面々から総ツッコミを入れられたのはまた別の話。



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  (思い返せばこの時点で兆候はあった。
   けど、ここで察せと言われても正直俺も困る)


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春は終わり、夏が過ぎ、秋から冬へ移り変わり。
しばらくの月日が経った。


みりあの人気は順調に上がっている。

トップアイドルにはまだまだ遠い。
だが、雑誌の取材も増え、巷でのウワサ話も耳に入るようになった。


今日は事務所にみりあの姿は見えない。
母の出産の前後は家に居られるようスケジュールを調整したからだ。

(……簡単に調整できるあたり、まだまだか)

と彼は安堵やら不服混じりのため息をついた。


「お疲れですか? プロデューサーさん」

コト、とティーカップと皿が彼の目の前に置かれる。
差し出した手は透き通るように白い。



「ありがとう。ネネ。ハーブティか?」

ネネと呼ばれた少女はお盆を前に下ろすとくすりと笑い、頷く。
爽やかな柑橘系の香りが彼の鼻孔をくすぐる。

「レモンマートルって言うハーブですっ!
 以前オーストラリアに行った時に買ってきました」

ネネが手をグッと握る。黒く長い綺麗な髪が揺れた。

趣味が健康作り、とだけあってそれはアイドルになってからも余念がない。
幼少の頃の自分や病弱な妹のために健康に気遣っていたら
それがいつの間にか周りに広まっていた、とのこと。

実際、彼女がスカウトされてから事務所全体の健康度が向上している。
多忙かつ悩みの多い彼が胃痛に苛まれないのはネネを含め、
同じ部屋にいるだけで身体によさそうなアイドルが側に居るのが大きい。


「ああ、あの時はお疲れ様。
 みりあの奴もスケジュール合えば参加させてやればよかった」

「そうですね。中々動物さんたちの言葉がわからなくって。
 みりあちゃんならわかったかもしれません」

「いやアイツは通訳じゃないからな?」

彼はカンガルーやコアラに懐かれるネネを思い出し苦笑いする。
その時は裕子の方が大変で助けるどころではなかったのだ。主に迷子問題で。



「……最近、ソワソワしてますね」

「……そうか? 言われるまで気付かなかった」

「もしかしてそのみりあちゃんのお家のことですか?」

ネネの言葉か、或いはハーブティの香りで少し頭が冴えたのか、彼の合点がいった。
自然にみりあの名が口から出ていたあたり、相当意識していたことに気付く。

ちなみに赤ちゃんは診断から女の子であることが伝えられている。

「そうだな……ちょっと気になる。
 お母さんも健康そうだしたぶん大丈夫だとは思うんだが……」

そう言って彼は窓の外を見やる。

他人の家の事情に過保護ではないかと思われるかもしれない。
彼からすれば担当アイドルのメンタル面への影響を考慮するのは当然なのだが


「わかりますっ! 私も昔妹が生まれる時にそんな感じでした!
 また生まれてからも大変で」

「世話とか覚えないといけないし、家の手伝いも大変だしな」

「それもありますけど、お姉ちゃんとしては他にも……」

頬に手をやり、懐かしげにネネが微笑む。
兄弟のいない彼にとってそれは分かりづらい経験なのだと察した。



「ふふっ。でもプロデューサーさん、まるでお父さんみたい♪」

「ま、ある意味プロデューサーっていうのは娘を見守る父親に近いな」

「楓さんや早苗さんでもですか?」

「アイツ等が酔っ払うと子供になる話してやろうか?」

終電がなくなってしまい、酔いつぶれた大きい子供を自室に何度泊めたことか。
そのせいか彼はマンションの一人暮らしでありながら、
来客用の布団や数人分の食器が常備されている。

彼は当時の記憶を思い出し、もう二度と泊めてやるかと苦虫を噛むような顔をした。
どうせまた上がり込まれるんだろうなあ、とネネが言いかけて止めた。

ふとネネが思いつく。お盆で口元を隠し、おずおずと尋ねた。

「……私も娘みたいなもの?」

「もちろん」

彼が微笑みながら答える。
彼からすれば好意的な扱いであり、さぞ喜ぶだろうとネネの反応を伺った。



すると何故かネネが頬を膨らませ、目線を逸した。

「……お父さんっていうより、孫が生まれるおじいちゃんみたい」

「じじ!?」

やや不満そうなネネの言葉が彼に突き刺さる。

まだ20代だしジジくさくないもん、と彼も頬を膨らませ、ぷくーとしてみせる。
かわいくない。

「…………」

「…………」



「そ、そうだっ! 前に婚活パーティに行ったとか。
 あの、どうだったんですか?」

少しバツが悪くなったのか、ネネがどうでもいい話題を出す。


「出禁になった。会場でスカウトし始めたのがまずかったらしい」

「あはは……」

以前その件で事務所の面々にお叱りを受けていたのはそのせいもあったらしい。
お姉さん方だけでなく、
何故か千枝のような少女にまでお説教をされていたのをネネは思い出す。

結局彼はまだ仕事の方が第一のようだ。



その時、彼の携帯が震え出す。
電話の主はみりあだった。彼はやや早めに携帯を手にとった。

「…………そうか、わかった。事務所のみんなにも言っておく」

電話を終えると、彼はその事をネネに伝える。

すると溢れる喜びを隠することなく2人は手を合わせてはしゃいだ。
何事かと声を聞き、その場を訪れた者達にもそれは伝わっていく。




葉はすっかり散り1年もそろそろ終わる頃、一つの産声が上がった。








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  (そう、あの時は心底嬉しくて、自分の娘が生まれたみたいに喜んで)


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――その後しばらく、みりあの日刊妹速報が続いた。


「プロデューサー! 今日ね、ママが退院してくるの♪
 サンゴのひだち……? もいいんだって!」



「ねえねえきいてきいて! はじめて妹を抱いたの!
 すっごくちっちゃくて、かわいいんだぁー♪ 名前を呼ぶと笑うの!」



――寒い月日でも暖かい風を届けてくれるその笑顔はとても眩しい。


「妹がね! 私の指をギュってにぎってくれたんだ♪
 でもなかなか離してくれなくってこまっちゃった」


「妹が着てる服、みりあが着てた服なんだって。
 ママ、大事にしまっててくれたの!」


「きのうはパパもママも私もずーっと妹を眺めてたの!
 妹はかわいいねーって。みりあも前はこんなだったって! 信じられないよー」



――だがいつ頃からだろうか。



「ほ乳瓶で妹に粉ミルクを飲ませたの。
 でも、ちょっとむせちゃったみたい。ママに怒られちゃった」

 
 
「妹のほっぺたをさわったら泣いちゃった。

 ……私、悪いことしてないのに」


「今日は……ううん、なんにもなかったよ」






――みりあの様子が少し変わった。








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  (みりあにあんな感情が芽生えるなんて。
   それに気付けなかった。もっと早く気付くチャンスはあったはず)



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兆候は彼の目にわかりやすいものだった。

「ねえプロデューサー。たまにはどこか遊びにいこうよー」


まず、妹が生まれたすぐと比べると明らかに家族に対する文句が増えた。

「きのうね、パパはお仕事でママは出かけなきゃいけないっていうから
 ずーっとお留守番だったの。妹におうたを聞かせてあげたら泣いちゃうし……
 妹がなに考えてるのかわかんないよ」

それに伴い、笑顔が減った。

別に事務所で仲のいい娘と話す分には以前と変わらぬ様子だし、
彼と話すときはむしろ以前より積極的なくらいだ。

仕事には夢中になるようで今の所撮影に支障はない。
しかし彼を含む勘のいいスタッフはピンとこない何かを感じている。


みりあもそろそろ年頃だし月に幾日かアンニュイな時期があるのかとも彼は考えたが、
どうやらそういった類の問題でもないらしい。

「パパもママもさいきんどこにも連れてってくれないんだもん。
 みりあ、つまんない」





それより少し前の事。
彼がみりあの家を尋ねた時のことだ。

『お姉ちゃんは本当にいい子で、アイドルの活動も大変なのに……
 家事や下の子の面倒も見てくれて、本当に偉い子です』

年齢のわりに若い容貌の母親が自慢気に話していたのを彼は思い出す。
家では名前でなく、お姉ちゃんと呼ばれていた。

彼は普段は飄々としているが、常に最悪の状況も考えて動く。
もし家族の不和がみりあを曇らせているというのであれば……とも考えた。

だが、あの両親に限ればそれはあるまいと、可能性を抱いたことを恥じた。


「妹のことはいつもなでたりかわいいって言ってくれるのに……
 プロデューサー、聞いてる?」

「聞いてる。悪いが仕事中。近々大きいLIVEを考えてるんだ」

「ぶー」



そしてかなりわかりやすい違い。

事務所にいる時はプロデューサーの膝に座ってるか、
後ろから抱きついていることが多くなった。
多くなったというか、いる時はだいたいそのどちらかだ。

別に膝の上に誰かが乗ってくるのは今に始まったことではないので
彼は支障なく作業できる域にある。

猫を追い払うように摘んでポイしてた時期もあったが、
どの道どかしたところで5分後には戻ってくる。パッションタイプは5分持たない。


だが、より面倒な問題として膝の上を奪われた子から苦情や抗議が出ている。
当初はお姉さんみりあの効果に期待していたはずが、
甘えん坊みりあと化した今となっては逆効果になっている。

現にみりあと同い年で黒髪の少女、千枝が
今まさに向こうで物欲しそうな目で彼等を見ていた。





「えーっと……『大人も子供もトリコにする悪魔っ娘LIVEフェス……』」

みりあがノートパソコンの画面を読み上げる。

恐らく数日中には事務所全体に知れ渡るだろうな、と彼は確信した。
本当に知られたくない情報なら彼は本気で隠すので、別に構わないことなのだが。

「次の企画の草案だ。衣装と概要は固まってるけどメンバーがな」

「前にやったハロウィンみたいなの?」

「そう。角や尻尾を生やして……槍を持たせるのもいいか」

「体をまっくろけっけにして」

「ただの虫歯菌だな、それ」

歯磨きのキャンペーンやるんじゃないんだぞと軽くツッコミが入る。
それはそれで可愛らしいかもしれないが。

「まあ全体的に黒系の衣装にはなるけど。
 路線は……そうだな。
 普段から悪いやつより、普段いい子が悪くなった、ってコンセプト」

仕事の話ということで彼はみりあを膝から下ろす。
この手の話は真面目に聞かせなければいけない。


それから少し離れていた千枝を手で呼び寄せた。
ハッと気づいた千枝がトコトコと近寄ってくる。

「失礼します」

そう言うと千枝がぺこりと頭を下げ、待ってましたと彼の膝の上に乗った。

「違う、そうじゃない」

どけられた千枝は今年一番の切なそうな表情をしていたが、
彼からは背中しか見えてなかった。


「お前たち、同じ衣装でユニット組まないか?
 たまにはイメージを変えて、悪い子ユニット」

「千枝ちゃんとおんなじ……?」

「みりあちゃんとですか? わぁ、楽しみっ!
 ずっと前からいっしょにお仕事したいなって思ってたんです!
 大人っぽい衣装だといいな!」 

人材に恵まれている事務所だが、実は同年代同士の仕事は中々少ない。
特定の嗜好に偏るよりも幅広い層を狙っていくのが事務所の意向だからだ。

しかしたまには仲の良い子同士で組むのも悪く無いだろう、と彼は考えた。
もちろんファンへの受けを第一としている。
その上でアイドルの感情がついてくるようならそれに越したことはない。

彼は2人の様子を伺った。


「…………うーん……」

千枝が両の手を合わせはしゃぐその横で、みりあは何かを考えている。
千枝が怪訝そうにみりあを覗きこんだ。

「……みりあちゃん? 千枝とじゃダメかな……?」

「う、ううん! そうじゃないよっ。
 みりあも千枝ちゃんとできるの楽しみにしてたもんっ!
 京都とか遊園地もいっしょにあそびたかったし! わーいっ!」

「よかったっ、千枝もだよ! 今度のお仕事、いっしょにがんばろうね♪
 でもわるい子ってどうしたらいいんだろう……?」

「じゃあ衣装お揃いで細かいとこを変える方向で……」

コンセプトが決まれば次は大雑把な人選だ。
彼の脳裏には星花、美波といった清純派や蘭子といった王道魔族が浮かぶ。






「でも…………」


千枝と一緒に飛び跳ねて喜んでいたみりあだったが、
両手を胸の上で合わせ、すぐにまた悩み始めてしまう。


彼は一呼吸置き、語りかけた。

「……みりあ」

日常でアイドル達と接する時とは違う、落ち着いた、静かな口調。

「プロデューサー……?」


真剣な眼がみりあに向けられる。
その表情は重大な案件の交渉の場と変わりない。
みりあだけでなく、千枝も思わず身を縮こませた。

「思うことがあるなら聞かせてくれ」

みりあの考えなど正直彼にはわからない。

「絶対に子供扱いしない。笑わない。怒らない」

「………………」


だが、子供だからと言う理由でそれを切って捨てたくはない。

どれだけ大人から見てくだらない話でも、
背の小さい彼女達からしたら世界がひっくり返る大問題なのだ。

それを忘れれば相応の報いがあるし、
それで取り返しのつかない失敗をした同業者を彼は何人も知っている。

彼自身危うかったことが何度もある。

「ちゃんと聞く。頼む。頼れ」

例え何歳であろうと意志ある一人として、彼女達と向き合う。
身体だけでなく心の目線の高さを合わせる。
結果が伴わなくとも、理解しようとしたその証は残したい。


それが彼の信条。



みりあは少し悩んだ後。


「……っ、プロデューサー!」

大きく身を乗り出した。
彼の顔が目と鼻の先になる。

「おねがい、プロデューサー!
 次のイベントは特別にいーっちばん、かわいい衣装にして欲しいの!」

勢いに驚いたものの、彼はみりあを押し戻しながら冷静に思案する。


イベントに用いる衣装は大きくわけて2種類。

そのイベントのメインに位置する数人専用の衣装と、
ある程度統一された複数人用の衣装。
今回みりあと千枝に任せようと思ったのは後者であり、メインからはやや外れる。


別にそれが悪いことかというとそうではないし、
彼は常に最高の結果を目指し組み合わせや売り出し方を模索している。

実際フタを開けてみればメインのアイドルよりも
そちらの方が話題になった例もある。

以前みりあがメインの扱いになったこともあったが、
その時はもっと子供らしい可愛い要求をしていた。

しかし、今のみりあはその時とは何かが違う。
子供なりに何か危機感を持っているような、焦りを感じさせる。


「……何か理由かアイディアでもあるのか?」

彼の知るみりあならば恐らく無い。
みりあは考えて動くより、まだまだ感情のままに生きる年頃だ。

今までなら可愛い衣装がいい、目立ちたいとその程度。





「…………ううん」

みりあがしゅんとして首を振る。
縮こまるその様子はいつもより輪をかけて幼く見える。

隠し事ができるような子ではない。
恐らく本人も理解できてない何かがあるのだ、と彼は読む。


(例えばこれが思春期における向上心の現れというなら歓迎したい)

アイドル業界において他者より前へ、
自分だけのものがいいという意識は決して悪いものではない。

それはどこかで迎えるべき成長である。
そしてそれと向き合うことも。


「でもね……さっきの話を聞いて、
 大人の人も夢中になるようなかわいい衣装を着てみたいと思ったの」

「みりあちゃん……」

心配そうに千枝がみりあを見やる。
彼女も幼いなりに最近のみりあの変化を感じている。

元々千枝は年齢のわりに控えめなタイプだが、
大人になりがたりな性格からくる共感があるのかもしれない。



「……わかった。
 千枝、みりあとのユニットはちょっとお預けでいいか」

「うん……でも、いっしょのイベントに出られるんですし、
 それだけでも千枝、うれしいですっ!」

「みりあにとって大事な時期みたいだ。埋め合わせはいつかする」

ごめんな、と彼が千枝の頭をやさしく撫でる。
不意をつかれたように彼女の肩が跳ねたが、すぐにほうっと表情が和らいだ。

「あっ、みりあもなでて!! みりあもなーでーてー!!」

「はいはい」

「……えへへ♪」

ふっといつもの子供らしいみりあに戻る。
彼はその様子に安心もしたし、一抹の不安も覚えた。


「衣装は今度また相談しよう。
 あと、2人で悪い子についてちょっと考えておいてくれ」

「悪い子……ですか? うーん……
 みりあちゃん、悪いことしたことないよね?」

「う、ううんっ! みりあいい子だもん☆
 でも千枝ちゃんもいい子だし……」

「他の子に聞いてみよっか。愛海さんとか」

(きよらさんこっちです)

2人は仲良く手をつなぎ、部屋を出て行った。



2人が去った後、入れ替わりに違う少女が彼の元へと現れる。
ようやく静かになるかと思っていた彼の手に少女の指が重なる。

「ほうほう……
 話は聞かせてもらったよ、プロデューサー★」


「ん。莉嘉とのシークレットLIVEの企画があるから
 お前は今のところイベント出演考えてないぞ。美嘉」

美嘉と呼ばれた彼女は制服姿だったが、派手な装飾や着こなし、
髪色から街で遊んでいる様子が伺える。

もっとも、彼は美嘉の裏でのマジメさや色々残念な部分を知っている。


「悪魔っ娘LIVEフェスでしたっけ? なんだか面白そうですね」

美嘉に続いてネネも姿を現す。
2人共、部屋の前で立ち聞きをしていたらしい。珍しい組み合わせである。

「残念。ま、アタシに悪魔っ娘やらせたら他の娘に悪いくらい目立っちゃうしー。
 みりあちゃんや千枝ちゃん達をお姉さんとして暖かく見守るだけかなーっ」

「あははっ、莉嘉ちゃんがまた頬膨らませますよ?」

「大丈夫大丈夫♪ まとめて面倒みてあげるからー。
 そーれーよーり、みりあちゃん随分積極的だったじゃん」

「そうだな。少し驚いた」

彼とネネが顔を見合わせる。
彼女達もみりあの変化を感じ、疑問に思ったようだった。

うんうんと美嘉が頷くと、パチンとウインクをした。
その一瞬、何か下らないこと考えたな、と彼は察した。



「あれってもしかしてー、
 プロデューサーを”誘惑”しようとしてるんじゃない?」


「あ゛?」

「ゆ、誘惑ですか!?」

ネネの白い頬がカァっと赤く染まる。
彼女はこの手の話には特に疎い。

「ほら、みりあちゃんもそろそろお年ごろだしー、
 恋の一つや二つしててもおかしくないでしょ?」

「恋だなんてそんな……み、みりあちゃんにはまだ早いですっ!」

「いやー、うちの莉嘉ともよく話してるし、
 前はお姉ちゃん相談が多かったけど、最近オシャレの事も聞かれるんだよねー。
 莉嘉経由でアタシのカリスマ恋愛テク伝わっちゃったかなー★」

「で、でももしそうだったら……
 プロデューサーさんの気を引こうとしたりとか……」
 
とネネが頬に手を当て、身を捩らす。
美嘉は人差し指を立て、武勇伝でも語るように話を続けた。

「オシャレもギャルも恋も、いくつの時に目覚めてもおかしくないしねっ!
 そう、アタシがギャルに目覚めたのは――――」



「じゃあ試しにその恋愛テクで俺を誘惑してみろ」

「え」




彼は頬杖をつき、ツンとそっぽを向いていた。
狐のように目を細めて余裕の態度。

一方美嘉は顔を赤くして冷や汗をかき、明らかに動揺している。

「え? あー……あはははははっ、そのー。

 ……………………膝の上に座ったり……とか?」
 
なんとかひねり出して出てきたのは小学生レベルの発想。
思わずネネも苦笑いを浮かべた。

世間一般にはセクシーなカリスマギャルで通ってるのがこのザマ。
これでよく百戦錬磨かのように見せているか、彼は心底感心していた。

とはいえ男性付き合いがないのはアイドルとしてはむしろ好ましく、
この扱いができるのも彼との信頼から成るものなのだが。


「もー、冗談だってばー……
 ……婚活パーティでスカウト走ったくせに」

「合コンの女王」

「「………………」」

黒歴史を差し出しあい、2人は心中した。





彼はため息をつき、みりあの赤い実が弾けた可能性も一応考えてみる。

(ないな)

が、すぐに結論が出る。
彼にはそこまで好意を持たれるようなことをした覚えがない。

美嘉に妙な影響を受けることもそうそうないだろう。
それに彼女に恋のいろはを問うのであれば、
ませた子供のおままごとでも見てた方がまだ勉強になるかもしれない。


(むしろ可能性があるとしたら……)

どちらかと言えば影響力で心配なのは子供。美嘉の妹、莉嘉だ。
その手の話を自重してくれる美嘉よりも莉嘉の方が扱いとして困る時もある。

以前、莉嘉とみりあが少女漫画を2人で読んでいることがあった。
彼が強制的に拝借したところ、主人公の少女が男の家に
『今日は帰りたくないの……』と上がり込むというものだった。

いい年の男女が一緒にお風呂に入ったり少女が男のYシャツを着たり、
しまいには仲良くベッドインと、
近頃の少女漫画の内容に思わず彼は戦慄した。

ぶーぶー文句を言う2人だったが、どうやら机の下で拾ったとのこと。

その日彼は事務所の机の下を徹底的に掃除して回り、
結果、森の生き物が住処を追われた。


長女長男の悩みは結構響くよな



「あの、合コン……ってなんですか? 言葉は耳にするんですけど」

「自己紹介して席替えしてゲームすることって
 美嘉が言ってたって未央が言ってた」

未央のやつ~……と美嘉が俯き、拳を握りしめる。

あとで未央がどんな目に合うか、彼の知ったことではない。
彼女のことだろうから上手く交わすだろう。


「なんだか楽しそう! 今度3人でしましょうか♪」

「男女1:2の合コンってどういうことだ」

「あれ? もっと人数いないとダメですか……
 じゃあ、私の家で妹といっしょに。莉嘉ちゃんも呼んで」

「1:4になった!」

「あ、それいいかも★ ネネちゃんの妹って会ったことないんだよねー。
 莉嘉と仲良くしてくれそうかな~?」

「きっと仲良くなれますっ♪ 
 莉嘉ちゃんやプロデューサーさんに会ったらもっと元気になってくれるかも!」

「ねえねえ、やっぱネネちゃんみたいに妹さん肌白いの?」

「そうですね、生まれてからあまり外に出てないので……」

彼のツッコミも虚しく、ガールズトークに花が咲いてしまった。

こうして目の前で合コンという名のプチパーティの計画が進んでいく。
どうせ巻き込まれるなら楽しくやってくれ、と彼は半ば諦めの境地にあった。


「そっかー……アタシは昔っから莉嘉を色々連れ回してたからなー。
 アタシが見てないと勝手にどっか行っちゃうんだもん」

「羨ましいですっ。いつか妹をどこか旅行に連れていってあげたらなって
 子供の頃から思ってて……」

「お前等、生まれた時から妹と仲よさそうだな……」

話は次第に妹談義へとシフトしていく。
この2人のユニットもいずれ組んでみるか、と彼は窓の外を見つめた。









(…………?)



ふと彼の中で何かが引っかかる。

彼女達の会話をよそに彼は思考を巡らせた。
何気ない話、何気ない光景のはずなのだが、
そこに疑問の答えが何かが隠れているような。そんな感覚に襲われる。

少し伸び気味の髪をいじりながら考える。
が、答えには行き着かない。

元より彼は知識はあっても直感で行動する事が多く、
結果や答えは後からついてくることが多い。

それに恐らく彼には経験のないことなのだろう。



「悪い、ネネ、美嘉。少し話を聞いていいか……?」」


「なーにー? ちゃんとアタシ達が持て成してア・ゲ……」

彼の真剣な目を見ると、途端に美嘉が手を下ろし姿勢を正す。
ネネも何か察したように彼と向き合った。

「……マジ話?」

「何か私達に相談が……?」











---------------------


  (そう、この時点で答えにはたどり着いていた。
   けど、結局それには触れないことを選んだ。
   
   時間が解決するなら、それが一番いいと思ったからだ)


---------------------







光輝くステージに響く歓声。
幾度味わおうと再び観客を呼び寄せる興奮がそこにある。

本来ならば客席でファンの一人としてその夢に浸りたい、
とも思うが彼には役目がある。


舞台から降りた彼女達を暖かく迎えること。


感動を伝えたいあまり抱きつく者もいれば、感極まり涙する者、
時には彼に辛辣な言葉をぶつけてしまう者もいる。
まだ舞台に心を置き去りにしてしまっている者も。


舞台に上げたのが己ならば、
転ばぬように手を引き降ろしてあげるのも己の務め。

支える手も受け止める心も持たぬ車輪になるべきではない。
一度携わったことは最後まで見届けるべきであるというのも彼の信条だった。



「千枝、お疲れさま」

演目を終えた千枝が肩を上下させながら彼のもとへとやってくる。

その身体は汗に濡れていたが、とても短い言葉では表せないほどの感動を
胸に秘めていることが見てとることができる。

森久保とばっちりw

ホントCoの14歳組って変なのしかいないな



得意のダンスはともかく、トークでは必死にいたずらっ子を演じようとしては
年上に翻弄される様を思い出し、彼は言う。

千枝が少し肩を落とし、シュンとした。


すると彼は快活そうに笑い

「でも、可愛かったぞ。頑張ったな。さすが千枝だ」

千枝の頬の汗をタオルで拭った。

緊張の解けた千枝の顔が思わず綻ぶ。
締まりのないその顔に気付いたのか千枝がハッとタオルで鼻から下を隠した。


「他の連中は?」

「えっと、愛海さんが……」

千枝が言った瞬間、件の魔物の断末魔が聞こえた。
清良をユニットに入れて正解だった、と彼は密かに拳を握った。



「あっ、プロデューサーさん! そろそろみりあちゃん達のステージが始まります!」

千枝の指が舞台上を移す画面を指す。
美波、幸子と組むユニット"ファニーデビル"。

蘭子や星花と並び、今回のメインとなるユニットの一角が舞台にあがる。


みりあの要望通りならソロユニットの選択肢もあったのだが、
敢えて彼はユニットを組ませることを選んだ。
彼女もそれには衣装を見た時点で納得している。

美波に指揮は任せてあったし、幸子も場数を踏んでいる。
みりあも出番が決まって以降レッスンに励んでいた。

心配の余地はない。
少なくとも3人のステージに関しては。


彼は他のメンバーにも声をかけた後、彼女達の舞台が見える場所へと向かった。




ぶっちゃけネネさんの妹の方が色々気になる


………………
…………
……



大歓声の中、ファニーデビルのユニット曲が終わる。
彼はそのステージを分析評価していた。


3人とも卒なくダンスも歌もこなし、時にはアドリブも交えるなど余裕が見て取れた。
美波は普段の清楚な姿からは想像もつかない色気を醸しだしており、
彼も少しクラクラしてしまうほど。

幸子も動きにくい衣装でありながら危なげないステップで
惜しげなくその姿を見せつけていた。
これでもう少し控えめな性格ならば新たなファンの開拓もできるものなのだが。


そしてみりあも元気一杯にステージ上を飛び跳ね周り、
その小さな身体を精一杯動かすことで持ち前の可愛らしさをアピールしていた。

客観的に見ても大成功と言える出来。

(そうだな、ライブは成功でいい……けど)


それでも彼の中からみりあへの違和感は拭い切れていなかった。



ミーティング中の彼女の表情。
口を真一文字に結び、俯き、何かを決意したような顔。

彼女の持ち味はどんな時でも明るく周りに元気を振り向いて回れる、そんな子供が持つ魅力。
みりあをよく知る人物ならば、らしくないと思うだろう。

そんなみりあに気を使い、
美波や幸子が積極的に声をかけていたことを彼は嬉しく思った。

もちろんみりあとていつまでも子供ではない。
その表情が成長によるものなのか、或いは別の何かなのか。


(いや、もう見当はついている……)

壁に背を預け彼は思考を巡らす。
みりあの変化の原因について彼なりの見解は既に出ている。

そしてそれに自身も関係している。

ただ、それに対して自らどうこうする気は彼になかった。







「――今日のLIVEは悪魔っ娘ということで……どっ、どうだったでしょうか。
 こんな衣装、初体験でまだ胸がドキドキしているんですが……」


舞台上でのトークの最中、美波が恥ずかしそうに手を胸に置き、ファンに問いかける。
ファンの歓声を聞けば、評価は一目瞭然。

「ありがとうございますっ!
 それじゃあ幸子ちゃんやみりあちゃんに悪魔っ娘フェスらしく
 小悪魔エピソードを聞いてみたいんですが――」

「ふふーん! いつもはカワイイ天使なボクですが、
 今日は小悪魔でカワイイボクが見られて、ほんっと皆さんは幸せ者ですね!」

美波の言葉を待たずして幸子が小悪魔トークという名の自画自賛を始める。
うんうん、と相槌を打つ美波の対応は慣れたもの。

「――まあ、美波さんは色気がその……すごかったですし、
 みりあちゃんは子供らしく元気でしたし。
 でも、ボクが一番カワイイってことは皆さんに伝わりましたよね?」

幸子は器用なもので、自分を褒めながら周りも褒める癖がある。
その為その自己主張過多なトークもさほど問題視されていない。

そろそろみりあちゃんに変わってあげて、と美波に促され幸子がシメに入る。
幸子のトークの間、みりあは大人しくそれを聞き入っていた。


聞き入っていたというよりも何かを見計らっていた。
ライブ前の表情よりもみりあの違いはわかりやすい。

以前ならば『みりあもしゃべる!みりあもお話すーるー!』
とマイク争奪戦に参加しているはず。
今日の彼女は幸子のトークに相槌を打つだけ。

客席でも、何人か勘のよいファンが顔を見合わせていた。

「幸子ちゃんありがとう。
 じゃあみりあちゃん、ちょっと時間が押してるけど……」





「――っ、みんなーっ!!!」

両手でマイクを握り、みりあが大きな声でファンに問いかける。
キィンとハウリングを伴う突然のそれに、幸子がくせっ毛を跳ね上がらせた。



「幸子ちゃんも美波ちゃんもかわいかったけど――


 今日はみりあが一番かわいかったよねーーーーっ!?」


「ええっ? ええーっ!!?」


「みんなっ、他のこと忘れてみりあに夢中になっちゃうくらいっ!
 みりあがかわいかったって言ってほしいの――っ!!」


みりあの突然の問いかけに幸子も美波も、ファンも、そして彼も戸惑う。
反応から分かる通り、このようなセリフは打ち合わせにない。

しかしファンは少しざわめいたあと、
オレンジのサイリウムを掲げみりあコールを始めた。

「ちょっ、ちょっとみりあちゃん!
 ボクが一番カワイイんですってばーーっ!?」

「幸子ちゃん、ごめんねっ!」



「でも――
 大事な人に伝えたいのっ!!



 みりあのこともっ、ちゃんと見て――って!!!」



呆気にとられていた美波だったが、ハッと我に帰ると言葉を挟んだ。
慌てて、しかし表面に出さず笑顔で冷静に。


「大事な人って……ファンのみんなのことかな?
 大丈夫、きっと伝わったよ」

「……え?」

「まっ、まあそのファンサービスに免じて
 今日はみりあちゃんに一番を譲ってあげますよ。ボクはカワイイので!」

「私が一番、そんな可愛いワガママ小悪魔みりあちゃんでした。
 次は蘭子ちゃんのソロステージです。最後まで盛り上がっていってくださいねっ!
 それでは、"ファニーデビル"でした!」


歓声の中、美波が2人の背中を押し退場した。





ファニーデビルが舞台を去った後、彼は舞台袖へと向かう。


「あ、プロデューサーっ、客席から見てたよー★」

彼が3人のいる場所へ着いた時、見知った2人と目が合った。

「美嘉、ネネ」

「ちょうどオフだったので。
 せっかくだからたまにはお客さんになってみました」

2人が彼に笑いかける。
美嘉は美波を、ネネは幸子を労っている様子だ。

「悪魔っ娘、いいよねー。やっぱアタシも出ればよかったなー。
 中でも美波ちゃんはアタシのイチオシ★ あとは千枝ちゃんとか……」

「ふふっ、ありがとう美嘉ちゃん。
 小悪魔な感じっていうから最初は戸惑ったけど……
 ありがとう、忙しいのに私達のレッスンも見てもらって」

「はい、幸子ちゃん。差し入れのドリンクっ。
 疲れに絶対効くからね♪」

「さすがネネさん、気が効いて……にがー……」 


幸子はやや不服そうな顔でネネにステージのことを話していたものの、
みりあに文句を言うわけでもなく仕方ないですね、といった様子。

美波はステージが終わったばかりにも関わらず美嘉に寸評を語っている。
美嘉と客席から見た評価を並べ、すり合わせてた。






「……プロデューサーさん」

一人立っていた彼のスーツの裾をネネが引っ張る。
彼が気付くと、4人が彼のことを見ていた。
目配せしたその先には一人の少女。

漏れ出る舞台の明かりが当たらない影、
美波や幸子から離れた場所に一人、みりあは佇んでいた。

背をピンと張り、手をギュッと握りしめ。
口はきゅっと真一文字を結び、その目は何もない場所を見据えている。


LIVEに納得のいかなかった娘が時折そんな表情を見せることがあるが、
それとは明らかに違う。

例えるならば、悪いとわかっていたことをやってしまい、
怒られることを覚悟している。そんな悪い子の顔。

みりあが見せる表情としてはあまりにも寂しげだった。



「みりあ」

「…………?」

彼が近づき名を呼ぶ。
1・2秒したあと、ハッとみりあが顔を上げた。

「……プロデューサーーーっ!!」

するとラグビー少女を思い起こさせるような突撃を受け、彼が少しよろめく。


半回転した彼はバランスを取るためみりあを抱き留める。
わぷっ、と珍妙な音を立てそのままみりあが彼の胸に顔を埋めた。


「どうだったっ!? みりあっ、ちゃんと出来てた!?
 しっかり踊れてた!? 歌は!?」

「大丈夫、ダンスも歌も練習以上にできてた」

「みんなより、かわいかった!!?」

「幸子が一番を譲ってくれたんだ、可愛かったに決まってる」

彼がみりあの頭をやさしく撫でる。
結んだ髪と、小悪魔の羽根飾りが揺れた。

するとみりあが彼を抱きしめる力が強くなった。


ふと彼は思い出す。

悪魔っ娘フェスへの参加を決めて以来、みりあから甘えられた覚えがない。
手すら繋いでいなかった。
彼から積極的にみりあへ話しかけなかったという事情もあったが。


それが今はまるで充電でもするかのごとく、
ただただ彼に身を預けている。
LIVE後の熱が彼女の身を通して彼に伝わってきた。

「……みりあの言いたいこと、伝わるかな?」





「ああ。伝わるさ。きっと」


何を言いたかったのか、何を伝えたかったのか。
みりあから彼に直接伝えられたわけではない。

ただ彼はそれを肯定した。
みりあの内に秘めた感情はもう動き始めていている。

終着点がどこなのか、それはまだわからない。

「LIVEのこと、テレビでやるよね? いつ? 何時?」

「オンエアは今度の土曜7時。
 有料チャンネルだからちゃんと番組表見ておけよ?」

「うんっ!」






---------------------



  (もっとも、時間が解決してくれたのならばこれで話は終わり。
   終わらなかったからこの日がきてしまった)



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暗くなった部屋で彼が目を覚ます。
時刻は土曜夜の8時前。フェスから数日が過ぎていた。

(……半分気絶してたなこれは)


彼はマンションの自室に帰るとベッドに倒れ込み、
そのまま意識を失ったことを思い出した。

望んでやっている仕事だが、時には加減を忘れてしまい、
不意に電池が切れたように眠りこけてしまうときもある。
事務所のソファで目覚めたら誰かの膝の上などという話も何度かあった。


窓を開けると冷えた空気が頬を撫で、彼の意識を覚ます。
春の夜空は雲で覆われ月は姿を隠している。夜中に雨の予報が出ていた。

土曜だしそのまま寝てしまおうか、
とネクタイを外す彼だったが、空腹感がそれを邪魔した。

(録画中のこの前のLIVEでも見ながら飯食うか……)

近場のスーパーへ行くべく彼は上着を羽織ると、傘を持たずに部屋を出た。



彼のマンションはやや高級な部類で、住居スペースへと入るには認証を要す。
来客があればインターホンで呼び出し通してもらう仕組みになっている。
そのため玄関には椅子が置かれ、待合いスペースも兼ねていた。


しかしそんな用途を知ってか知らでか。
椅子に座らず円柱に背を預け、床に座り込む少女が1人。
顔を伏せ、膝を抱える少女はマンションの住人ではない。

管理人の目に留まれば声をかけられ、
来客でも住人でないとわかれば追い出されてしまうだろう。

そんな少女に声がかけられる。


「こんなところで何をしてるんだ」

「………………」

彼は腰を下ろし、少女の隣へと座り込む。
そのまま数秒立ったが、少女はじっとしたまま距離を置こうともしない。

「良い子はおうちに帰る時間だ」

「……今日は帰りたくないの」

彼の問いかけに、少女が顔を伏せたまま答える。少女の二つ結びが揺れた。

もしこれがドラマの一場面で年頃の女性の言葉なら
男と一夜を共にしたい、とも取れただろう。


「お前みたいに可愛い子が夜の街に1人でいたら、悪い大人にさらわれるぞ」

「……いいよ。悪い大人になって」

「親だって今頃探して」

「どーせ、みりあなんてどーでもいいんだもん」

あまりにも投げやりな少女の言葉。
彼は立ち上がると、少女の正面に立つ。


「今なら家まで送ってやるけど」

「やだ。帰んないもん」

「夕飯は食べたか?」

「食べてない」

「携帯は持ってこなかったのか?」

「わすれてきちゃった」

「じゃあ何持ってきたんだ?」

「おサイフ、ティッシュ、ハンカチ、アメ、
 千枝ちゃんにもらったヘアピンと、莉嘉ちゃんにもらったシールと……」

「もうちょっと計画性のある家出をだな……」

「だってぇ……」

顔を上げ小さく抗議するその声はなんとも弱々しい。
彼がため息をついた。


「じゃ、悪い大人になってみりあをさらっちまおうかな」




すると彼はみりあの両脇に腕を入れ、抱え上げた。
抱っこされたみりあはきょとんとし、目をパチクリさせる。

「……いいの?」

「あとで泣いてお父さんお母さんって言っても知らないぞ」

「……うんっ!」

物騒なセリフと裏腹に彼の口調は優しい。
拾われた子犬のようにみりあに笑顔が戻った。

「悪い大人だから子供に仕事もさせるぞ。
 まずは夕飯の買い物だ。ついて来い、みりあ。荷物持ちさせてやる」

「はいっ! プロデューサー!」


こうして彼等の長い一夜が始まった。










「んで帰り道突然のゲリラ豪雨に見舞われたんだが」

スーパーからの帰り道。
唐突な豪雨に打たれ、2人は身体を濡らしていた。
びしょ濡れという程ではないが、髪や上着からは水滴が滴っている。

マンションの軒先に入っても大粒の雨が顔まで跳ねるほどに雨は酷い。
みりあが全身を震わせ、水滴を飛ばそうとした。

「犬かお前は」

「もーっ、せっかく楽しくお買い物してたのに……
 終わってもプロデューサーが長電話してるからだよー!」

「悪い大人は人を待たせるくらい平気でやる」

彼は耳に小指を当て、へーへーと反省の色のない声を出した。

「さ、とにかく上がれ。まず身体を暖かくしないと」

彼の部屋の前に着くとドアが開く。
みりあが小さな買い物袋を中へと運びこんだ。

部屋の明かりと暖房が入る。
するとみりあが感嘆の声を上げた。

「わぁーっ!
 プロデューサーのお部屋、蘭子ちゃんのとこよりおっきいね♪」

部屋の真ん中でみりあが手を広げてくるりと回ってみせる。

みりあが言う蘭子の部屋とは女子寮の一室である。
彼の部屋は荷物置場も兼ねて広い。

彼は買い物袋をドスッと台所に下ろした。

「ネコちゃん、クマトモちゃん、みどり色の変なのまでいるー♪」

「ああ、事務所の連中からぬいぐるみやら色々もらったりするからな。
 それより先に風呂入れ。風邪引くから」

「うん、プロデューサーもいっしょに入ろ」


「1人で入れ」

髪をタオルで拭き、彼がピシャリと言った。
みりあが眉を八の字にして彼を両手で揺する。

「えーっ、だってプロデューサーがカゼ引いちゃうよー。
 2人いっしょならおフロも楽しいよ?」

「プロデューサーは丈夫なのが採用条件だから風邪とか引かない」

「丈夫なの?」

「金髪の子を車から庇っても死なないのが条件って噂に聞いた」

「そっかー……じゃあ先に入っちゃうね」

なぜか納得したみりあを彼が風呂に案内する。

ユニットバスを見たみりあが「ホテルみたい!」とはしゃぐ。
彼は目の前でみりあが服を脱ぎ始めたのを見るや否やドアをバタンと閉めた。

みりあが風呂に入っている間に、と
彼は濡れた上着を脱ぎ、夕食の下ごしらえを始める。





「プロデューサー。リンスってないのー?」

「シャンプーに入ってるから洗ったらよく流せ。
 あと風呂の戸を開ける時はタオル巻け!」





プロデューサーの顔に似たブサイク人形を変なのと言うのはやめて差し上げろ



「下はさっき着てたやつまた着るとして……
 上の服は乾くまで俺のやつ適当に羽織っていいから」

「はーい☆」


みりあが風呂からあがると彼が交代で入る。
冷えた身体を震わせ、やや熱めのお湯で身体を流していく。

「くしゅっ」

鼻をすすり、翌日風邪を引かないことを祈りつつ彼が風呂場を出た。



「みてみて、プロデューサー!」

みりあの呼び声に目をやった彼は一瞬固まってしまう。

「プロデューサーの気持ちになるですよー♪」

みりあがどこかで聞いたようなフレーズを発し、
くるくるとゴキゲンな子犬のようにその場で周る。

ダンスが得意な彼女らしい小刻みなステップと
手の長さが足りず折れた袖をパタパタ振る仕草は確かに可愛らしい。

「いや適当な服を着ていいって言ったけどな」

「莉嘉ちゃんが、男の人はこうするとよろこぶってー☆」

「脱げ」


下には先ほどまで着ていたスカート、
上半身にYシャツ1枚だけ纏うみりあがそこにいた。



それが彼の視界に入った瞬間、別の服が投げつけられる。
彼は背を向け、後日莉嘉にするお仕置きの内容を考え始めた。

口を尖らせ、みりあが下からボタンを外していく。


「むぅー……。プロデューサー、一番上のボタン硬くてとれない……」

「つけられたんだから自分で取れるだろ」

「とってー、脱がしてー」

「子供じゃないんだから」

「みりあ、まだ子供だもーん♪」

甘えるような声でみりあが彼に抱きついた。
上目遣いで見上げ、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。

それはどこか小悪魔的で、先日のライブのレッスンの成果が如実に出ていた。


ともすれば男を誘惑するような行動に、彼がぽつり呟く。






「……お姉ちゃん、だろ」

「あっ……」



途端にみりあが彼から離れる。表情から笑みが消えた。


「…………うん」

「着替え終わったら料理作るの手伝ってくれ」

みりあは肩を落とし、部屋の隅へ座りボタンを外し始める。


彼はそんな反応を意外に思うでもなく、料理の続きを始めた。







「みりあの家ではハンバーグに何かける?」

「デミグラスソース使うよ。
 でも蘭子ちゃんはケチャップで食べるんだって」

「そうか。俺はケチャップとソースを混ぜる。試してみ?」

「えー、おいしいのかなあ……あっ、みりあこれ好き!」

無事Yシャツを脱いだみりあは彼と一緒に料理を仕上げていく。

彼女も始めはローテンション気味だったものの、
彼と話しているうちに段々落ち着きを取り戻していた。


みりあは不器用ながら野菜を切ってサラダを盛り付け、
ハンバーグの形を整える。

「プロデューサー、料理上手だねー」

「お嫁さんいなくても生きてけるようにな」

「いらないの?」

「冗談。いくつかは自信あるけど色んなものは無理」

冗談という言葉を聞いたみりあが嬉しそうに笑う。


例えばチャーハンであったり、例えばラーメンであったり、
多くの男はこだわりの料理だけであとはからっきしと彼は語った。


「パパもそうなの! お肉焼いたりは得意だけど……なんでもない」

「ママは料理得意か?」

「うん、みりあもよく手伝う……
 ねえ、プロデューサー。私お腹空いた」

「そうだな。あと焼き上げるだけだから」



彼が作った小判型のハンバーグと
みりあが作った動物耳のついたようなハンバーグが十分に熱されたフライパンへ乗せられる。

下手に作れば肉汁が溢れ旨味が逃げてしまうところをじっくりと焼き上げ
蓋をかぶせることで全体に火を通す。
焼き方さえちゃんとしていれば形はちょっと崩れていてもいい。

十分に熱され、鼻孔をくすぐる肉の香りが出たところで火を強め、焦げ色をつけていく。
フライ返しの端で表面を突くと透明な肉汁が流れ出る。
みりあのお腹がくるくるとかわいい音を立てた。

目を輝かせるみりあに待ての指示をし、野菜の乗った皿にハンバーグを移す。
炊きたての白米とインスタントのオニオンスープを並べ、少しだけ豪華な食卓が出来上がった。


「いただきます! プロデューサー!」

「いただきます」






遅めの夕食を食べ、2人が談笑する。

事務所の他の娘の話、学校であったこと、今日見られなかったアニメの話など、
みりあのおしゃべりは留まることを知らない。

彼は食事中にしゃべることを咎めるでもなく積極的に話題を引き出していく。
程なくして皿の上は綺麗になり、食器を2人で片付けた。


台所仕事を終えた彼は床に座り、あぐらをかく。
するととみりあが隣に座り、彼に寄り添うよう身体を預けた。

彼がわしゃわしゃと髪をかき乱すとみりあが困ったように笑う。
解いた髪は肩まで届き、彼女をやや大人びて見せる。
そのままみりあが彼の膝の上へ頭を預けた。

手櫛で髪を梳かれ、みりあが幸せそうに目を瞑る。
喉元を撫でてやればゴロゴロ言いそうな程に
彼女は緊張感の欠片もなくだらしない笑顔を見せていた。。


このまま穏やかに夜を過ごすのも悪く無いか、とも彼は思った。





「……そうだ。みりあ、今日のTV見てないよな」

ふと彼がリモコンを操作し、テレビをつける。
すると画面にLIVEの光景が映し出される。


それまで安らいでいたみりあの表情が強張った。


「この前の……LIVE」

舞台上には黒い悪魔調の衣装で着飾ったアイドル達が並んでいる。
飛ばし飛ばしに見ていくうち、みりあ達が画面へと映る。

みりあが不安そうに彼の服の裾をぎゅっと握った。
まるで見てもらいたくないものがそこに映るかのように。


『でも――
 大事な人に伝えたいのっ!!

 みりあのこともっ、ちゃんと見てって!!!』



ファニーデビルのトークのラスト。

突然の告白がTVの画面から聞こえる。
小悪魔の衣装がそうさせたのか、或いは。


「……伝わったか?」

ぽつり、短く彼が呟く。
その答えを彼は既に知っている。

「…………ううん。伝わんなかったみたい」

するとみりあが立ち上がり彼の後ろに回る。
膝をつき彼の肩に手を添え、背中にコツンと額を当てる。


「……まだ足りないのかな、みりあの声」




「世の中うまくいかないこともあるさ」

振り向かず彼がみりあの手に自分の手を添える。

「難しく考えるな。思った通りでいい。
 話したいことがあれば話せ。やりたいことがあればやれ」

「プロデューサー………」

「お前はそれでいい。俺はそれに応える」


みりあは少し悩んだように黙っていたが、彼から離れ立ち上がった。

「ううんっ、いいよ!
 もう眠くなっちゃった! 寝よ?」








テーブルがどけられ、ベッドに沿うよう床に来客用の布団が敷かれる。
本来ならばみりあをベッドに寝かせ彼が床で寝るのが紳士的なのだが。

(加齢臭とか言われたら俺死ぬ)

と思い、彼はベッドに、みりあは布団へと入った。
幸い来客用の布団は洗ったばかりで清潔だった。

明かりを消し、就寝のあいさつを交わす。

「おやすみ、みりあ」

「おやすみ……プロデューサー」


彼は寝返りを打ち、みりあに背を向ける。
成人が寝るにはまだ時間が早い。

この部屋のベッドは窓のすぐ側にある。
彼は窓に近付き外の雨にそとっ耳を傾けた。

一時の豪雨は止み、穏やかな雨音へと変わっている。

プロデューサーという職業柄、雨にあまりいい思い出はないが、
寝床で聞く雨音だけは心地よく好きだった。


(結局みりあは話さず仕舞い、か。
 それがアイツの意志ならそれでいい、が…………)

しとしと降り注ぐ冷たい雨。
それは誰かの心情を表しているのか。

だとしたら明日には晴れて欲しい、と彼は思う。


ふと雨音に混ざり、後ろで何かが動く音がした。


(トイレにでも起きたか?)

それは布団から這い出て立ち上がると、
数歩歩いて彼の後ろで止まる。

少しの間何かを思い悩むように立ち止まっていたが、
それは彼のベッドへと潜り込んでくる。


「………………ん」

布団の中をもぞもぞと移動し、背中越しに彼の胸に手を回す。
みりあの、歳のわりに発育のいい身体が彼に押し当てられた。

トクン、トクンと彼女の鼓動が彼の背中に伝わってくる。
子供の体温がベッドの中を暖かくした。




だがそれすら意に介すでもなく彼はみりあに問いかけた。


「眠れないのか」

「……うん」

「そういう日もある。俺も小さいころはそうだった。
 何か悪いことをした日なんて特に」

「………………」

彼はみりあの行動に別段抵抗する様子がない。


みりあがスン、と匂いを嗅ぐ。

「プロデューサーのにおいがする」

「……クサイとか言うなよ」

「ううん。すごく落ちつく……」

母犬に寄り添う子犬のように、或いは想い人に甘え恋焦がれる少女のように。

そのままみりあは彼の背にしばし顔を埋め、
そこが自分の居場所であるかのように頬をすり寄せていた。


雨音が少し弱くなった。


「プロデューサー」

「何だ?」




「みりあ、このまま帰りたくない」




彼の背中から少し顔を離し、ゆっくりとみりあが続ける。

「そんなに居心地がよかったか?」

「プロデューサーはね……
 いっつも私のこと考えてくれて、
 かわいいってほめてくれて、優しいの……」

「………………」

「いっしょにお買い物して、お料理して、おしゃべりして。
 すっごく楽しかった……」

「たまにはこういうのもいいかも、な」

みりあの言葉に彼が苦笑いで返す。
それを肯定的と捉えたのか、みりあが淡い期待を抱く。
言葉が熱を帯びていく。


少女の鼓動は早鐘を打った。


「私ね。プロデューサーが好きだよ」


逸る想いを隠そうともせず、みりあが意を決し打ち明ける。
彼女らしい、ストレートな言葉だった。


「ずっと、ずっとここで暮らしたい。
 だから――」





「明日には帰れ。送ってく」



彼が寝転がり、仰向けになる。
それと同時にみりあの方を向く。その顔は笑っていなかった。

淡々としたその答えにみりあは思わず言葉を詰まらせる。
先ほどまで急ぎ波打っていた心臓の鼓動が止まった気すらさせた。


「どう……して?」


常夜灯がみりあの顔を僅かに照らす。
その目尻にうっすらと涙が浮かんでいた。

雨音が再び強くなった。



「一晩ならともかく、家族でもないやつを部屋に住ませられるか」

「……っ!
 それなら私、プロデューサーのお嫁さんになる!」

勢い良く身体を起こし、みりあが彼の顔を見下ろす。
彼は表情一つ変えようとせず、視線を逸らした。


するとみりあは身体を浮かせると彼の腰の上に座った。
馬乗りの姿勢になった彼女の両手が肩を掴む。




「お料理も、お洗濯もするよ!」

彼の両肩が揺すられる。
どうすれば彼の心が揺れるのか、縋るような目を向けみりあは必死に考えた。


「お嫁さんがすること、してほしいことぜんぶするから!」


「プロデューサーの言うことなんでも聞きます……」



「だからっ…………」



純真な彼女の言葉全てに嘘偽りはない。
それは聞く者によってはさぞ魅力的に聞こえる提案だっただろう。



だが、彼の口から出た言葉に熱を帯びさせるには足りなかった。
片手で自分の頭を抑え、念を押すよう彼が言う。

「……今は仕事が楽しいし忙しい」

「いいよ、お仕事も手伝って……」


「結婚したところで嫁さんを放ったらかしにしてしまいそうだ」

彼はそう呟き視線を戻す。

みりあは言葉の意味に気付き目を見開く。
その先を言わないで欲しい。今すぐにでも彼の口を塞ぎたい。

そうとすら彼女は思ったが、既に遅かった。


「……ほっとかれてもいいのか?」




最後の道を失った、とでもいうようにみりあの腕の力が抜けた。
そのまま彼女は彼の胸へパタリと倒れ込む。

彼の腕が優しくみりあを受け止めた。


「……ほっとかれるのは……イヤ…………」



彼は目を瞑り、過去の記憶を辿る。

「……俺達大人は何でもわかるわけじゃない」

子供は誰しも大人になれば何でもできると思っている。
だが実際になった時、誰もが思い知る。

「むしろわからないことだらけで、いつだって必死に考えてる。
 お前が思うよりずっと俺達はカッコ悪い」

「………………っ」

みりあがブンブンと首を左右に振る。
そんなことないよ、とでも言うように。

「だから、ずっとお前が何を悩んでるのかもわかってやれなかった」

「プロデューサー……っ」


「それでも……まだ頼ってくれるか?」



みりあが声を詰まらせ、コクコクと頷く。
彼の指が優しくみりあの涙を拭った。


(他人が抱える問題に足を踏み込むのはいつだって勇気がいる。
 もし間違っていたら、理解してあげられなかったらと……)


 
(けど、関わってしまった。ここまできてしまった。
 だから向き合わなきゃならない。みりあの本当の気持ちに)





「みりあ、お前は――ー」











「――妹ができて、
   お父さんとお母さんに構ってもらえなくなったんだな」










=====================



――今より遡ること、数時間前のこと。


『ただいま』

『おかえり~!』


みりあの父親が帰ってくる。
それをみりあが笑顔で迎える。
何か悪巧みをするいたずらっ子のような笑顔。

台所では母親が料理をしており、居間のベビーベッドでは妹が寝ている。

父親は本当ならばもう少し遅い時間に帰ってくるのだが、
みりあがどうしても見せたいものがあるから、と早めに帰ってきていた。

『パパとママに見せたいものって何かな?』

『えへへ☆ ヒミツだよー♪』



両親はわからないフリをしているが、
みりあが何を見せたいかは見当がついている。

それはTVで放送する先日のLIVEの番組。

どうしても都合が重なってしまい見に行けなかった為、
見てもらいたいのだろうと両親は思っていた。


『妹にも見てもらうんだ♪ ……あれ』

ベビーベッドを覗きこんだみりあが見たもの。


妹の様子がどこかおかしい。
熱っぽく、心なしかぐったりしている。

『ママ! 妹のおでこが熱いの!』

『本当!? まあ、麻疹かしら……パパ』

『とにかく車を出そう。ママもついてきてくれ。みりあはお留守番をしてなさい』

『え?』



台所の火を止め、母親と父親が出かける支度を始める。
困惑するみりあが父親の手を引っ張る。

『パパ! みりあ、見せたいものがあるって……』

『今は我慢してくれ。お姉ちゃんだろう?』

『ママ……』

『みりあはいい子だから、1人でご飯食べれるよね? パパと行ってくるから』


そう言い残し両親と父親が家を後にする。
1人、残されたみりあは差し出した手を静かに下ろした。


TVの賑やかな音楽がLIVEの始まりを告げていた。



=====================




「もうわけわかんなくなっちゃって……っ
 そうしたらプロデューサーの顔を思い出して……っ」

今日ここに来るまでの経緯。
それを語り終えたみりあの目に再び涙が浮かぶ。


彼はポンポンと背中を叩き、少しでも落ち着くようにと務めた。

「……妹が生まれてから、パパもママも妹のことばっかりっ!
 みりあはいい子だから、お姉ちゃんだからって……っ!」

「ずっと、甘えるのを我慢してた……と」



お姉ちゃんだから。



その言葉を彼も口にしたことを覚えている。
大人からすればなんと勝手の良い響きだろう。

だが、みりあからすればそれは束縛にも近い言葉。
理不尽で、暴力的で、勝手な役割。



ハッピーバースデーを思い出すわ……



「お手伝いも、お勉強も、がんばったんだよ……?
 事務所のみんなに、お姉ちゃんがしなきゃいけないこと聞いて……」



「妹はずっとベッドで寝たり泣いたりしてるだけなのに……
 アイドルのお仕事も、いっしょうけんめいやってっ……それでもダメで……」



「プロデューサーが……一番かわいい衣装用意してくれて、
 せっかく千枝ちゃんといっしょだったのに……
 『ステージいっしょに立てなくてもいいよ』って……言ってくれたのに……っ」



みりあの顔が嗚咽の前触れのように歪む。


彼女がどれだけ頑張ってどれだけ我慢してきたか。
みりあの笑顔しか知らない者には決してわからないだろう。

それでもみりあは震える声で全てを伝えようとしている。

彼はただただそれを受け入れた。




「美嘉お姉ちゃんも、いそがしいのにレッスン手伝ってくれて……っ
 幸子ちゃんも、美波ちゃんも、
 ……ファンのみんなも、かわいいって言って、くれた……くれたのに……っ」


「……だから言ったんだな。
 フェスのトークで、大切な人――お父さんとお母さんに向けて。

 『みりあを見て欲しい』って」


彼の中での推測が確信へと変わる。



みりあにとって”可愛く在る”ということは自己表現の一つであった。


ファンがアイドルを評価する基準であるように、
両親に愛されるために必要なことだと彼女は思っている。


だが、直接それを言うことはみりあの中では”悪い事”だった。


もっと頑張れば、もっと可愛くなれば思わず両親が見てくれる。
妹ではない。誰でもないみりあを。

褒めてくれる。頭を撫でてくれる。ただそれだけでよかった。


そう信じて今日まで努力を重ねてきた。

勉強も、仕事も。美嘉にオシャレについて聞いたり、
LIVEを成功させようと必死に。


「あれで、パパとママに伝わるって、思ったの……。
 でも……っ」


堰を切ったようにみりあの目から大粒の涙が溢れ出し、彼の服にシミを作る。

こみ上げてくる感情は抑えきれず、
それでもみりあは一言一言絞りだすように続けた。


「ダメ……だった……っ 
 パパもママも……っ ……やっぱり、妹の方が……かわいいんだ…………」



「どうしてっ……? みりあは、みりあなのに……っ
 妹ってズルいよ……!」





「もう、妹なんて…………っ ……いらない……!」






みりあは思いの丈を打ち明けた。


「……あっ」



打ち明けてしまった。
その手がワナワナと震えだす。


「…………ああぁ……っ」


自分が何を言ってしまったのか、彼女は口に出して理解してしまった。
心の悲鳴は声にならない声となり唇から漏れ出る。

味わったことのない寒気と絶望感が彼女を苛んだ。


みりあは顔を上げ、彼を見やった。
その顔は涙と鼻水でグシャグシャになり、とてもアイドルとは思えない。



「プロデューサーっ……」

彼は目を背けるでもなく、沈痛な面持ちでみりあを見ていた。

みりあが彼の胸へ顔を埋めた。


「プロデューサーに……家族を大事にしろって、言われたのに……
 あんなに、かわいい妹だって……思ってたのに……っ…………」

>>83
わかるわ・・・



彼女は耐えてきた。

それは今日彼の部屋に来た時より、フェスに選ばれた時よりも前。


妹が生まれた時からずっと。


元々我慢強い性格ではない。賢い子ではあるが計算高くもない。
それでも必死にできることを探した。努力した。

考えないようにしてきた。


両親にいらないと思われたのではないか。
彼や仲間達の心遣いを無駄にしてしまったのではないか。


もう自分はいい子ではなくなってしまったのではないか。


みりあの小さな心を黒い影が蝕む。







「どうしよう……っ。
 みりあ……みりあ、わるい子になっちゃった……っ」




もう後は言葉にならず。

もはや止められるわけもなく、大きな泣き声が部屋に響き渡った。



呼応するように雨音が一層強まった。







(みりあ……違うんだ)

彼は泣きじゃくる彼女を抱きしめ、
みりあの家族を思い浮かべていた。


(両親は……ちゃんとお前のことも見ていた)

みりあを連れて買い物に出た時のこと。
彼は買い物を終えるとみりあを待たせ、母親へと連絡を取っていた。

(お前がいなくなったことを知って、あの人達は本当に心配そうで……)

みりあが彼の元へいると知った母親は慌て、すぐに迎えに行くと申し出た。
しかし、恐らく両親と何かあったのだろう。
そう考えていた彼は母親にそのことを尋ねた。


すると先ほどみりあから語られた顛末の一部を聞くことができた。
それを聞き彼も推測を述べた。

みりあが抱いている感情……嫉妬を。


(大人だって、親だって最初はわからないんだ……
 ましてや始めての妹にお姉ちゃんがどんな感情を抱くかなんて……)

両親は妹が生まれた後もみりあに変わらぬ愛情を注いでいた。

ただ、”お姉ちゃん”であり”いい子”で在らねばならなかったみりあにとって
それは全てが受け入れられるものではなかった。
彼女は埋まらない愛情の器を、彼や事務所の仲間やファンへと向けた。


だがそれで満たされるはずもなく、彼女の心には小さな穴が開いていた。
この子は立派なお姉ちゃんだから、という両親の安堵がすれ違いを生んだ。


もしアイドルをしていなかったら家族の時間がもっと作れていたのでは、
もしファンに可愛い、可愛いと持て囃されていなければ。

そんな可能性が彼の脳裏をよぎる。


明るく3人で笑っていた頃の家族を思い出し、
彼はまるで自分の家族のことのように胸を締め付けれる思いに駆られた。



心の中を語った母親は急いで迎えにいくと言ったが、
彼はそんな母親を冷静に落ち着かせた。

聞けば妹の熱はまだ下がっていないとのこと。
そんな時に果たしてみりあとしっかり向き合えるだろうか。

彼は心を落ち着かせ、母親に逆に申し出た。


『……彼女を、一晩預からせてください。
 もし彼女が話したいことがあるのなら、それを聞きたいと思います』


『彼女がどう考えていようと、明日には必ず家へ送り届けます。
 それまでにあの子とどう向き合うか、考えてください』



『家を出たのは彼女なりに必死に考えた結果です。
 だから……今日だけは、妹さんだけの両親であってください。
 お姉ちゃんの……いや、みりあのためにも……』






(その結果、俺達はここでこうしている……)


どれだけの時間、みりあが泣いていたか彼は覚えていない。

もしかしたら短い時間だったかもしれないし、
日付が変わるまでずっと泣いていたかもしれない。

彼は力強く、それでいて優しくみりあを抱きしめ続けた。
彼女の努力を労うよう、彼女の我慢に報いるよう。

今ここにいることができない両親の代わりになれるように、と。



みりあの慟哭はやがて啜り泣く声へと変わる。
泣き疲れたその身体の熱が彼へと伝わってくる。


やがてみりあは雨音にもかき消されそうな声で呟いた。

「わるい子は……怒られなきゃいけないよね……」

頬から滴る水を拭い、みりあがすがるような目で彼を見る。
まるでドラマのシーンの佳境の女優のような、切ない表情がそこにあった。



「プロデューサー……私を…………叱って……」


「みりあ…………」

今のみりあならばどんな罰でも受け入れるだろう。
それ程までに彼女の心は酷く弱っている。

まるでこれから打たれる子供のように、
みりあは彼の目の前で目を瞑っている。


(両親はちゃんとお前のことも愛してる……
 でも、これは俺が伝えるべきことじゃない)

どれだけ両親がみりあ大切に想っているか。

たとえ巧みに交渉術を使おうと美辞麗句を並べようと、
それを一番上手く伝えられるのは彼ではない。


(今、俺にできること……)


客観的に考えれば彼はみりあに利用されていたとも取れる。

両親の気を引くためにフェスへの参加を熱望し、
家族から離れるために彼の部屋へと逃げ込んだ。


例え子供であろうと、それ等は咎められるべきではないだろうか?
そしてみりあは罰されることを望んでいる。



意を決し、彼はみりあへと手を伸ばした。











「…………いいんだ」



「えっ……?」





たった4文字のシンプルな言葉。
彼はみりあの頭に添えた手に、全てを込めた。

先ほどの抱擁は両親の代わり。ならばこれは彼自身から。


「いいんだ。妹なんていらない。妹はズルい。
 そう思ったって構わない」

「で、でもっ……」

叱られると思い身構えていたみりあは
彼の許容の言葉に戸惑っている。

彼は一旦みりあを離し、もう一度彼女と向き合う。


彼の顔は真剣であるものの、どこか柔らかな表情だった。



「けど、知っておいて欲しいことがある」


そう前置き、彼は語り出した。

みりあよりも先に姉となった少女達の話を。



=====================



『お姉ちゃんになってから、すごく嫌だったことですか?』


時は遡ること数週間前。

みりあが彼の部屋に来た日よりも、フェスよりも以前の
みりあのフェスへの参加を決めた日。


彼はネネと美嘉に尋ねた。

『んー、アタシはないかなー。
 だって可愛い妹じゃん?』

美嘉はその質問を否定する。
莉嘉と美嘉の仲のよさを見ればその答えは頷ける。
ネネは手を口元へ当て思案する。


『もー、マジな顔するから何かと思ったらー。
 そりゃまあケンカしたりはしょっちゅうあるけど、この前なんか──』

そのまま美嘉はしばし莉嘉との思い出話に花を咲かせた。
その横でネネは考え続けていた。


するとネネが静かに呟く。



『…………私は、あります』



目を細く開け、どこか寂しそうな、懐かしむような顔。

美嘉が慌て、口をつぐんだ。


『ネネちゃん?』

『ネネ……もし話したくないことなら』

『ううん、大丈夫です。昔話ですから』



=====================





「ネネの妹が病弱な子だっていうのは知ってるか?」

「うん……妹のために色々してあげたって」

2人はベッドボードを背に、膝を曲げて座っていた。
1つの布団に身を包み、親子のように身を寄せあう。


まだみりあの目は赤く泣きはらしていたが、
話を聞ける程度に落ち着きを取り戻していた。

「だから、私も妹のために……」

「そうだな。ネネはそこまで教えなかった」

「ネネちゃんが教えなかったこと……?」



=====================



『プロデューサーさんや美嘉さんも知っての通り、
 私の妹は生まれつき身体が弱いです。……今よりも、もっと』


ネネは静かに語りだす。

彼が知るネネの妹は長時間でなければ外へ出られる。
それこそネネのLIVEの会場に来たこともある。


だが、幼いころはそれこそ家の中だけが彼女の世界だった。


『私も身体が弱い子でした。
 だからあの子には両親の助けが必要なんだってわかってた。
 ……わかってたんです』

ネネが俯き、重ねた両の手をギュッと握る。
噛み締めた唇が辛い思い出であることを物語った。


『両親と一緒にいる時間が減りました。
 両親が名前を呼ぶ回数も妹の方が増えました。
 寂しくて当たり前です。もう両親の愛情を独り占めできないんですから』

『ネネちゃん……』

事情を察した美嘉がネネの肩へそっと手を置く。
ネネはそれに視線を向け頷いてみせた。

『それでよかったんです。私は妹よりも元気だったから……
 でも、ある時私はどうしてもワガママが言いたくなって。
 欲しいぬいぐるみがあったのかな? ふふ、もう忘れちゃいましたけど』

ネネは微笑み、少し幼い口調で喋る。
まだ幼かったネネが妹へ投げかけてしまった言葉。


『妹ばっかりズルい。妹なんていなかったら……って、言ったんです』



=====================





「ネネちゃんが……?
 本当にネネちゃんがそんなこと言ったの!?」
 
みりあが身を乗り出し、彼に問う。

皆が知るネネはおっとりとしていて穏やかな性格。
みりあだけでなく、他の年下の子の面倒もよく見てくれる娘。


何より妹想いである彼女からはとても想像できない話だった。



「さあな。ネネのことだから本当はもっと柔らかい言葉だったかもしれない。
 でも、そう聞こえる言葉を言ったんだろうな」







=====================



『そうしたら妹はなんて言ったと思います?』


家の外へと飛び出した幼いネネ。
だが、妹は追いかけてこない。

気付き、ネネは妹の部屋へと戻った。

『泣きながら”お姉ちゃんごめんなさい……”って言ったんです。
 まだ小学校にも行ってない頃だったのに』

両手で涙を抑え、泣いて謝る妹。
だがそれすら身体は許さず、咳き込んでしまう。
幼いネネは慌て彼女の背中を擦った。

『お父さんもお母さんも私を怒りませんでした。
 でも、私は悲しくて、悲しくて……』


『……ネネちゃんは、姉妹ゲンカもできなかったんだね』

美嘉の顔に悲痛の色が浮かぶ。

(もし莉嘉がそうだったら……)

ベッドから身を起こし自分を眺める莉嘉を想像し、
美嘉が思わず身震いした。



『私達はそれが普通でした。
 それから私は妹と半分こすることにしたんです』




=====================





「ぬいぐるみを?」

「いいや。もっと大事なもの」

みりあは指を折り、いくつかを言葉にする。
大好きな食べ物、かわいい洋服、面白いオモチャ。


彼は首を横に振る。
だがネネが口にした言葉はどれでもなかった。



=====================



『私の”欲しい”の半分」


そう言うとネネは安らかな笑みを浮かべ、自分の身を抱く。
まるでそこにいない誰かを抱擁するように。

美嘉はそれに黙って頷いていた。

『誰かに教えられたのか?』

『いいえ。自分で思ったんです。
 私が欲しいと思ったものを半分あげようって。
 我慢したんじゃないんです。そうしたかったから。それから……』


彼はネネとの出会いを思い出す。
彼女が語ったアイドルとしての目標。

その重みに改めて彼は気付いた。

『あの子に元気をわけてあげられる方法をずっと探していました。
 それがプロデューサーさんとの出会いで見つかったんです』

『……俺は、ただ直感でアイドルの素質がある子を見つけただけだ』

『ふふっ、それでも構いません。
 でも、本当に感謝してるんです。
 いつかプロデューサーには話しておきたいと思ってました』



『あのさ……アタシも聞いちゃってよかったのかな』

少しバツが悪そうに美嘉がぼやく。
ネネが振り返り、くすりと笑った。

『美嘉さんならきっとわかってくれると思って。
 私達は姉妹で言えないこともあるけど……
 ずっと、莉嘉ちゃんとの関係を羨ましく思ってたから』



=====================




「ネネちゃんはガマンしたんじゃなかったの……?」

みりあにとって姉とは、妹のために我慢しなければならないものであった。
欲しいものも、やらなければいけない手伝いも。

両親の愛情も。

「ああ。義務というか使命感というか……
 勝手に気付くものだから、説明しづらいな。
 いつかそうしなきゃいけない、って思うようになる」

「……私にはわかんない」

ベッドに顔を埋め、みりあが拗ねたようにぼやく。
彼はそんな彼女の後ろ頭を撫でてやった。

「……みりあもね。
 美嘉お姉ちゃんと莉嘉ちゃんみたいになりたかった」

みりあやネネが望んだもの。
それは美嘉と莉嘉のような姉妹像。


お互いに心の中を言い合える関係。


「そうだな……でも、アイツ等もアイツ等で色々あるんだ」




=====================



『……ゴメン、プロデューサー、ネネちゃん!
 ちょっと見栄張ってた。アタシもあるよ、イヤだったこと!』

『大丈夫です♪ 笑ったりしませんから』

美嘉が恥ずかしがるように謝るとネネが微笑んでみせる。
やはりこの2人はいいユニットになれそうだ、と彼は思った。


『って言っても、ネネちゃんのとこみたいに重くないけど。
 勝手にアタシの服着たり、どこに行っても付いてきたり……』

美嘉は語りながらソファへと座り込む。
ネネがその隣へ座ると美嘉はその長い脚を組み、彼へと向けた。


『そのクセ勝手にどっか行って、
 迷子になったら、どうして見てなかったの! ってアタシが怒られるし』

『ああ。今は俺が困ってる。莉嘉のやつ神出鬼没だからな……』

『あははっ、莉嘉を迷子にしたらアタシが承知しないからっ★
 ……ネネちゃんのあとだと気が引けるね』

チラリと美嘉がネネの様子を伺う。

元気になった妹が遠くへ行ってしまい、それを追いかける。
手を振る妹にネネが息を切らしながら追いつき、手をつなぐ。

そんな姉妹像をネネがどれだけ望んだか。

『いいえ、大丈夫です。
 ……きっと参考になるようになりますから!』

『そっか……そうだよね。
 なら遠慮なく話すよ』



『アタシがイヤだったのは……
 ”お姉ちゃんズルい!”って言われること、かな』



=====================





「ズルいって……妹の方がズルいよっ!」

美嘉の話を聞いた途端、みりあが思わず顔を上げ憤慨して見せた。


「そう思うか?」

「だって、ぜったい妹の方がいいもん!
 パパもママも怒んないし、お手伝いもしなくていいし……
 今度莉嘉ちゃんがそんなこと言ったらみりあ、怒っちゃうんだから!」


膝を抱え、頬を膨らませてぷんぷんと怒るみりあを見て思わず彼が吹き出す。


まるでお姉ちゃんみたいだな、と。


彼はその丸い頬をつつきたい衝動に駆られたが、我慢し話を続ける。


「前に聞いたな。妹が着てる服、お前のお古だって」



=====================



『そりゃ、アタシも返すよ。莉嘉の方がズルいって』

『お姉ちゃんズルい……ですか』

ネネがその言葉を反復する。
ネネの妹が何度その言葉を言ったことか。恐らくそれは一度もなかった。

その言葉を遠慮無く言い合える、その関係に改めて彼女は気付いた。

『でも、だんだん気付いてくるんだ』


そう言うと美嘉は靴を脱ぎ、膝を抱え少し俯く。
その姿は普段の美嘉よりも彼の目に幼く見えた。


『……あの子はいつも2番目なんだって。
 立って歩くのも、ランドセルを背負うのも、オシャレな服を買ってもらうのも』


『”はじめて”はほとんどアタシのもの。
 莉嘉が何をする時も美嘉はこうだった、ってお母さんもお父さんも言った』


美嘉が目をそっと閉じる。
思い浮かぶのは何かと突っかかってくる幼い莉嘉の姿。


『ケンカしたってアタシの方が強い。リモコン争いもアタシの勝ち。
 身長だって、胸だってアタシの方が大きい。
 お小遣いもアタシの方が多いし、部屋もアタシの方が広い』


『それにアタシってどこ行っても目立つからさ。
 アタシのこと知ってる学校の先生とかからしたら
 莉嘉は”城ヶ崎の妹”なんだよね』



『そうか、”莉嘉”じゃなく”城ヶ崎美嘉の妹”、か……』


彼はふと思い出す。

雑誌に姉妹揃って載る時、
時折莉嘉のことを”カリスマちびギャル”と書かれることがある。

それは明らかにカリスマギャル美嘉を意識したものであったし、
もし美嘉が存在していなければ別の肩書になっていただろう。


『いつも一緒にいるから、あの子はいつもアタシを見てる。
 莉嘉の好みってアタシと同じとか、アタシが好きだから莉嘉はこっち、
 みたいにアタシが基準になってることが多いの』

『私の妹も……そうですね。
 私が好きって言ったものを好きでいてくれます』

『いいなー。ネネちゃんの妹は素直そうで。
 ねえねえ、莉嘉と交換しよっか?』

『ふふっ、ダメです♪』

だよねー、と美嘉が口を尖らせる。
美嘉の表情はどこか楽しそうなものへと変わっていた。


『でもそれが鬱陶しい時もあって……
 あの時が一番莉嘉を泣かせた時かな……』

『なんて言ったんだ?』




『”莉嘉なんて知らない、もうお姉ちゃんやめる”って言ったの』





莉嘉と大ゲンカをした幼い美嘉。
部屋へ鍵を掛け、莉嘉の呼ぶ声に耳を貸そうともしない。

『やめるって言ったからやめられるわけないんだけどさ。
 ……あの子の部屋には宝箱があるの。
 ビー玉とかセミの抜け殻とかしょうもないのがいっぱい入ってるんだけど……』

だがいつまでも引きこもっているわけにもいかず、ドアを開けた美嘉。
それを待っていた者。

『莉嘉が宝箱をアタシに押し付けて泣きながら言ったの』



”おねえちゃんごめんなさい、おねえちゃんをやめないで。
 アタシのおねえちゃんはひとりしかいないから”




=====================






「…………」


みりあは真剣に話を聞き入っていた。
まだ彼女の頭の中では全てが整理できていない。無理もない話だ。

ネネが妹へ言った言葉。
美嘉が莉嘉へ言った言葉。

それは彼女の中の理想像から程遠いものだった。


「……お姉ちゃんっていうのはお前達の妹にたった1人しかいない」

みりあの思考のパズル埋めを手伝うように彼は言葉を足していく。
ピースだけ渡し、当てはめるのは自分でやるよう促す。


「お母さんが1人しかいないように。
 お父さんが1人しかいないように。
 2人姉妹なら、お姉ちゃんは1人しかいないんだ」





=====================



『あの子現金な性格だから。ケンカの後は絶対”お姉ちゃん大好き”って言うの!
 こればっかりはズルいよ。うん……妹ってズルい。
 世界に1人だけの、アタシの妹』

だからアタシも莉嘉のこと大好きだよって言い返すの、と
美嘉は照れながら語った。

『たぶん彼氏ができるまで莉嘉が一番大事。
 ううん、彼氏ができても莉嘉が一番かも。
 それがわかってくれる人がいいな、アタシ』

そう言って美嘉が彼をチラりと見やる。
ネネも彼を見てすぐに顔を伏せた。彼はその意図がわからなかった。


『それからはネネちゃんと同じ。頼られてあげようって思った。
 まあアタシの場合はむしろそれが自信になったかな。
 妹を引っ張っていくんだって。これからもずっと』

美嘉が歩いた道が莉嘉の道になる。
そう信じて美嘉は歩き続け、アイドルの道に足を踏み入れた。


『CDもアタシが先に出すと思ってたんだけどなー』

そう言うと美嘉が彼をちらりと見る。
彼が少し顔をしかめた。


『でも、莉嘉ちゃんはお姉ちゃんがデビューを譲ってくれたって……』

『あー、それ? ウソウソ。莉嘉が先に実力でデビューしたの』



=====================




「えっ!? だって莉嘉ちゃんも美嘉お姉ちゃんもは……」

「別に美嘉が嘘を吐いたんじゃない。莉嘉が勝手にそう思ってるだけ」

デビューが決まり、はしゃぐ莉嘉をみりあも見ていた。
お姉ちゃんが譲ってくれたと吹聴する莉嘉の姿はみりあの記憶にも残っている。


すると彼はベッドから出て台所へ向かう。
帰ってきた彼の手にはマグが2つ。甘く温めのココアが入っていた。


「美嘉のメンツもあったから俺も否定しなかった」




=====================



『譲ったわけないじゃん★
 プロデューサーを問い詰めたよ。どうしてアタシじゃないのって。
 あの時は色々当たっちゃって……もう覚えてないよね?』

『絶対忘れない。許さん』

『げ……』

彼はいかにも恨めしげなセリフを笑って吐いてみせる。

確かに彼は美嘉に責められたし、彼女の気持ちがわからないなりに
落ち着くまで話に付き合った。

だからこそ今の彼等の関係がある。


『姉妹デビューは確かにおいしいと思ったけどな。
 あの時のお前は歌下手だったし、莉嘉はちょうどノッてた時だったし。
 というか今でもお前は下から数えた方が早い』

『言ってくれるじゃーん……ネネちゃん、今度歌教えてよ』

『ええ。私でよければいつでもっ!』

『ありがと★ ……でも、今はそれでよかったと思ってる。
 莉嘉が話してくるんだ。歌のレッスンしたり、収録したり。
 あんなに得意気で楽しそうな莉嘉を見られるなんて思ってなかった』

莉嘉に先を越され、美嘉も一時期気落ちしていたものの
反骨心で特訓し、彼女もまたCDデビューに至った。

その間に莉嘉は他のアイドルとも組み、
今でもロッキングガール等のユニットで活躍している。



美嘉は微笑み、天井を見上げる。

女子のカリスマと呼ばれる彼女が見せるその一面を彼は知っている。
その表情は先ほどのネネと同じく慈愛に満ちていた。


『あの子を”アイドル城ヶ崎美嘉の妹”にしちゃわなくてよかった……』


莉嘉はこれから美嘉とは違う道を歩んでいけるだろう。
同じ血を引いていても、いつしかそれは別れる。

それを美嘉は寂しく思うも、嬉しくも思っていた。


ネネもまた同じく夢見るよう、愛しい妹を想い天井を仰いだ。


=====================




「……どうしてみりあは、
 美嘉お姉ちゃんやネネちゃんみたいになれなかったんだろう」


いつしか雨はだいぶ弱まり、しとしとと降り続いていた。

両手でマグを持ち、みりあがココアを飲む。
甘いはずだが、その顔は苦いものを口にするようだった。


甘いものを飲むと頭の回転が早くなると言う。
彼女の頭の中もある程度まとまりつつあった。

彼女達の立場は同じだった。
お姉ちゃんになってしまった。お姉ちゃんになろうとした。

そして同じ間違いをしてしまった。


「美嘉お姉ちゃんは莉嘉ちゃんのことが好き。
 ネネちゃんも妹のことが好き。
 みりあだけ、妹のことが好きじゃないんだ……」

美嘉ともネネとも今の自分は違う。
それがみりあの認識できた現状。



「そればかりは俺もコレって答えが出せない」

世の中には不仲な兄弟姉妹など珍しくもない。

全くコミュニケーションが取れず、あるいは取る気になれず
分かり合えずに育った者も多い。

全く言葉を交わさない者。口を開けば罵詈雑言しか出ない者。
むしろ美嘉やネネ達ほど仲の良い兄弟姉妹がどれだけいることだろうか。


半分空になったマグを持ちながら彼はベッド端へと座る。
みりあもその隣に座り込んだ。

「だから、もしかしたらこうなんじゃないかってことしか言えない。
 ……信じるかはみりあ、お前次第だ」


=====================



『…………ありがとう、2人とも』

話を聞き終えた彼は2人に深々と頭を下げる。
だがそれでも彼は疑問の答えにたどり着いていなかった。


『いいっていいって★
 でもプロデューサー、なんで急にこんなこと聞いたの?』

『わからない』

『え? なんで?』

『なんとなく、お前達なら答えがわかるかもと思ったんだ』

美嘉は頭上にはてなマークを浮かべながら彼を見ている。
当然である。彼の中の疑問を彼女達に話していなかったのだから。


『……みりあちゃんのこと、ですか?』

あっ、と美嘉が気付いたようにネネを振り返る。
彼もネネの勘の良さに驚いた。


『美嘉さんも気付いてると思います。最近のみりあちゃんの変化に』


『う、うん……まあさっきは誘惑してるなんてふざけたけど。
 確かにちょっと変わったよね。あの子』

『プロデューサーさんは、もしかして……
 みりあちゃんに妹ができたことが原因じゃないかって思ってるんじゃ?』

『正解』

実を言えば彼自身ネネや美嘉に声をかけた時点ではそれがわかっていなかった。
ただなんとなく直感に従い、彼女達の話を聞いたのだ。


『ただ、今のみりあはお前達とは違う感じがしてな……』

ネネや美嘉の話では関係が微妙な時期が確かにあった。
だが、それを乗り越えて2人とも立派に姉を務めることができている。
多少思うことはあれど、それは2人の負担になっていない。

だが、もしみりあが家族の話をしなくなったこと、彼に甘えるようになったことが
妹が生まれたことによる負担からくるものだったなら。


違いは確かにある。

だが何が違うのか、それが彼の中で靄がかっている。
まるで答えだけ分かって過程が出てこない数式のように。

しばし彼等は黙り考える。
果たして本当に原因が妹にあるのだろうか。

まったく別の要因ではないのか。





ふとネネがイタズラっ子のように笑む。

すると両手で髪を持ち二つ結びをつくり、
ニッと白い歯を覗かせ美嘉の方を向いた。

『おねーちゃん♪』


『ぷっ……なにソレー、莉嘉のマネ?』

驚く美嘉を見てネネがクスクスと笑う。

『ふふっ、いつも莉嘉ちゃんはこんな感じです。
 ……プロデューサーさん、言葉は力を持ってると思うんです』


ふと彼の脳裏にある言葉が過る。

言霊。言葉には力が宿るという日本人の考え方。
良い言葉を発せば良いことが。
悪い言葉を発せば悪い事が起こると伝えられている。


『ファンの皆さんに私の名前を呼んでもらえるのはすごく気持ちいい』

LIVE会場に響き渡るアイドルの名前。
それは力を持ち、アイドルが輝くための糧となる。



『でも、それとは別に……
 私は、妹に”お姉ちゃん”って呼ばれるとすごく幸せな気持ちになります』



『あー…………』

納得した、とでも言うように美嘉が声を漏らす。
彼女にはネネが言わんとしていることが理解できていた。





『アタシ達は妹と歳が近いから、妹が赤ちゃんだった頃なんて
 大して頭よくなかったもんね』

『はい。でも、みりあちゃんは10以上も離れてるから……』


あまりにも歳の離れた兄や姉は小さな保護者になるのだという。

赤ちゃんは守られるべき存在であると認識し、
自然に弟や妹の面倒を見るようになる。親の育児も楽になる。


だがその一方で彼等はまだ子供。
減ってしまった親の愛情を求め足掻いて見せる傾向もある。


『あの子、お父さんとお母さん大好きだもん……
 寂しくなるよ、そりゃ』

『私達はそれでも大丈夫でした。
 それを埋められる妹の笑顔があったから。
 でも、みりあちゃんは……』



ここまで来て彼もようやく気付く。
そして自身の勘を信じ、良かったと実感した。




『あの子はまだ、”お姉ちゃん”って呼んでもらってないから』





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空になったマグが2つ、台所に置かれている。
ベッドに座るみりあは彼を見上げ呟いた。


「お姉ちゃんって……パパもママもみりあのことをそう言うよ?」

脚をブラブラさせ、いかにも不機嫌そうにして見せる。
番組の収録で使うブザーが欲しいな、と彼は思った。


「違う。お前はまだ妹にお姉ちゃんって呼んでもらってない」

「だって……あーとかうーとかしか言わないもん」


「みりあは、蘭子の言葉はわかるよな?」

そう言い、彼の頭にゴシック衣装に身を包むアイドルが思い浮かぶ。
フェスではユニットこそ違うものの、同じ舞台に立った仲間。

自分の世界観を通すことで周りとの疎通を図ってきた彼女。
もはや彼は慣れたものだったが、初めて会う者にその意志は汲み取りにくい。


「うん。蘭子ちゃんのこと好きだから……」

だがみりあは難なく彼女と話してみせる。
曰く、好きな人の気持ちならわかるとのこと。

それが成長期特有の豊かな感性からくるものなのかは誰にもわからない。




「実はな。お前の妹も、お前のことが大好きなんだ」

「えぇ!?」


みりあが驚きの声を上げる。
一度もそんなこと考えたことなかった、とでも言うほどに。

「世話をしてくれて、アイドルで、自慢のお姉ちゃん。
 よっぽど捻くれてなきゃ嫌いになるわけないだろ?」

「でも…………」

枕を抱きしめ、彼の言葉にみりあは戸惑う。

無理もないことだ、と彼は思った。

みりあからすれば、妹は突如現れ両親の愛情を取っていった存在。
自然と妹はみりあのことが嫌いなのだと彼女は思い込んでいた。



「赤ちゃんのうちは当然喋れない。
 何かしてほしくても、何かを伝えたくても泣くくらいしかできない」

それがわからず母親ですらノイローゼになってしまうこともある。
もっとも、多くは成熟した心と母性を持って子供を育てられる。

保護者になるにはまだみりあにはそれが足りていなかった。



「でも、ちゃんと見てるんだ。お姉ちゃんの頑張りを。
 お父さんもお母さんも、他の皆も。俺も、ネネも美嘉も」





=====================



『プロデューサー。アタシ、みりあちゃんと話すよ』


そう言って美嘉が急ぎソファから立ち上がる。

『そういうことならアタシが適任でしょ?』

『いや……今はいい』

『どうして?
 アンタだってみりあちゃんがあのままでいいと思わないでしょ!?』

机に両手を置き美嘉が抗議の姿勢を取る。
美嘉が莉嘉のこと以外でこのように熱くなることは珍しい。


『私も、できれば声をかけてあげたいです。
 みりあちゃんは話したがらないかもしれないけど、
 優しく聞いてあげれば、きっと』

ネネが美嘉の隣に立つ。
美嘉ほどの勢いはないものの、その目からは凛とした姉の強さが見て取れた。


彼は少し頬を掻くと、ごまかしは効かないと悟り2人に自身の考えを話した。

『……1つは、必ずしも俺達が考えるように妹が原因とも限らないこと。
 もしかしたらもっと別の原因があるかもしれない』



『もう1つは……何をどう考えたかは置いといても
 みりあが相応の覚悟を持ってフェスに挑んだからだ』

『でも、みりあちゃんはまだ子供……!』

『子供だとしても、みりあは俺を頼って舞台に立ちたいと言ってくれた。
 みりあがどこに行き着くのか、それを見届けてやりたい』


放任主義と罵られるかもしれない。
或いは察しがいい人物なら、フェスまでみりあのやる気を削ぎたくないのでは?
と思われるかもしれない。

それでも彼は最後まで付き合うことが責任と感じていた。
彼女を信じてやりたかった。


見届けた上で必ずケアはする。そう彼は2人に言い聞かせた。


『……わかった。プロデューサーがそう言うなら……』

『ちょっかいを出すことが必ず相手の為になるわけじゃない。
 放っておくのはお姉ちゃんからしたら心苦しいかもしれないが……』

例えばもし別の世界があったとして。
美嘉が誰かの世話を焼こうとして、
それが余計なお世話になってしまうことがあったとしたら。

それは確実に美嘉を傷つけていただろう。
彼はそれを望まない。



『その代わり、もしみりあから相談されたら……
 その時は耳を傾けてやってくれ。すまん、都合のいいことばかり』

『はいっ! あの、美嘉さん……
 もしその時は、美嘉さんと莉嘉ちゃんのことを話してもいいですか?』

『いいよっ。本当はこんな話オフレコなんだけど……
 みりあちゃんのためなら、ね。ネネちゃんもいいかな?』

『ええ。お姉ちゃんだけのヒミツってことで』


美嘉が手をグーにして胸の前に置くと、ネネが慣れない手つきでグーを合わせる。

彼女達なりの決意の現れなのだと彼は感じた。


『その代わり、私達にできることをしましょう』

『いや、だから今みりあに話すのは……』



『違う違う★ みりあちゃん達のレッスン見てあげるよ。
 アタシのレッスンの合間になるけど……絶対成功させてあげなくっちゃ!
 それならいいでしょ? プロデューサー!』

『私も事務所の皆にみりあちゃんのこと聞いてみます!
 何かわかることがあるかもしれないし……
 心の健康を作るのも、私の仕事ですからっ!』




『本当に……ありがとう、2人とも』




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「ネネちゃんっ……美嘉お姉ちゃんっ…………」


これで全部、と彼が話の終わりを告げる。
全て聞き終えたみりあが涙み、腕で顔をグシグシと拭った。


「……みりあ、ぜんぜん気づかなかったっ……」

「自分がどれだけ想われてるか、
 どれだけ大切にされてるか。中々気付かないものさ」


愛情の形は色々ある。


甘やかすのも愛ゆえのこと。叱るのもまた愛。
大事に思うことと実際に大事にするのもまた違う。

その全てがそのまま伝わることはない。
今回のみりあもまたその典型的な例だった。



「ネネや美嘉達がそうだったように……」

「じゃあ、パパも、ママも……妹も、みりあのこと……」



「ああ、お前のことが大好きだよ」


人は大人になるにつれて、
自分が嫌われているのではないか? という不安と戦わなければならなくなる。


アイドルであればそれは尚の事。
何が評価され、認められるかを自分で判断しなければならない。

少女が1人で立ち向かうのにその壁はあまりにも大きい。


「なのに、私……逃げちゃった…………っ」


「みりあ」

芯の通った声がみりあの心の動揺を抑える。


「今日だってちゃんと妹の熱に気付いただろ?
 そのまま黙ってれば、
 LIVEをお父さんとお母さんに見せられたかもしれない」

「そんなことできないよ、だって……」

「ああ。それでもお前はよく妹を見てて、ちゃんと伝えた。
 逃げたのだって、妹にお父さんとお母さんを譲ってやったから。
 LIVEまで気持ちを隠したのも、両親を困らせたくなかったから」


俯くみりあの肩にそっと手が添えられた。

みりあが振り向くと、そこには優しく微笑む彼がいる。



もう外では雨が降り止んでいた。

.





「お前は家族を大事にした。
 ……悪い子じゃない。立派ないい子だ」





ちょっと弟に優しくしてくる



「……プロ……デューサー…………っ」


再びみりあの顔に止めどない涙が流れた。

だが、それは先ほどと同じ悲しみの涙ではない。


「それでも……まだ悪いと思うなら、謝ろう。
 お父さんとお母さん、妹に」

「……ゆるして……くれるかな…………」


「勇気が出ないなら、俺がくれてやる」


その言葉を聞き、みりあが彼に身を寄せる。
震える手を差し出すと、彼の手が重なった。

それは絶望の寒さに凍えていた彼女の手に温かみをもたらした。


「手を繋いでやる。一緒に歩いてやる。
 1人のときは守ってやる。これからも」


「だから、忘れるな。それでも寂しい時は思いだせ」



涙が止まらないのに何故だか心が暖かい。

不思議だな、とみりあは思った。





「お前はいつまでも……
 妹のお姉ちゃんで、お父さんとお母さんの子供だ」








一頻り涙を流し終えたみりあがぽつり呟く。


「……明日、帰るね。パパとママと妹にあやまる」

ああ、と彼は頷いた。
もう語るべきことはない。


「……あのね。みりあ、今までプロデューサーのこと好きだったの」

「……説教臭くて嫌いになったか?」


みりあが彼から手を離し、距離を置いた。
俯き、彼からはその顔が伺えない。


彼は仕方ないか、と少し肩を落とす。
みりあが言う好き、とは恋愛ではなく親愛の意だと認識している。

今日という日で彼女を何度も泣かせた。


それでも後悔はしていなかった。
そうすべきだと信じやったことだと。




するとみりあは顔を上げ、笑顔を浮かべた。


「ううんっ、大好きになったっ!!」




「うおっ!?」


突然彼に飛びついた。
不意を突かれた彼もろとも2人はベッドへは倒れこんだ。


「ありがとうっ!!
 ずっとみりあのこと見ててくれて……」


押し倒された彼の胸へみりあが頬をすり寄せる。
安心感からか疲れ果てた彼は抵抗せず苦笑いを浮かべ、それを受け入れた。


「大好きだよっ、プロデューサー……っ!!」


顔を上げ、彼が見たもの。

もうそこにかつて思い悩んでいたみりあの姿はない。




それは彼がもう何ヶ月も見ていなかった彼女のあの輝くような笑顔だった。








(……今回は、どうにかなった……)


みりあの確かな重みを身体に感じながら、彼はふと思い悩む。


(悩みに気付いてやれた。
 けど、ネネや美嘉がいなかったら……)

みりあは今日偶然彼の元へとやってきた。
だが、もしも彼女が彼の元へとこなかったら。

夜の街へ消えていたら。


それを考え彼は身を震わす。
自身が抱える命の重さを改めて実感する。

(もっと俺はアイドル達に近づいて離れないようにすべきなのか?)

少女達の自由を奪い、目の届く場所へ置く。
それは容易に考えられる、彼女達を守るのには楽な手段。

ケージに入れられた子犬のように、安全で隔離された世界。
それは彼女に好ましいものだろうか、と。



無論彼はそれを否定する。
彼女達、特にみりあのような娘は自由でなければいけない。

不安は常に付き纏う。
それを1人抱えていかなければならないことを彼は悟る。





「プロデューサー」

そう思い悩んでいた彼の身体がふいに軽くなる。


「大丈夫だよ……だいじょぶ」

彼の隣で半身を起こしみりあが彼を見下ろす。
そして頭に小さな手が添えられた。


みりあの反応に思わず彼は驚く。
先ほど考えたことを無意識に口にしていたわけではない。


「悲しいことや、辛いことがあったら言って?
 パパもママも妹も、たった1人しかいないけど……」


だが何かを感じ、みりあは優しく彼の隣で髪を撫でる。
いい子、いい子と慰めるように。

その手が彼の心を軽くした。


それは日頃彼がみりあにしてきたことのお返し。

「忘れないでね。プロデューサーも……
 みりあの、私のたった1人のプロデューサーだから」


不意に彼は当たり前のことを思い出す。

自分もまた彼女にとってたった1人の存在であること。
そして、みりあの魅力はその無邪気さで周りに元気を振りまけること。

確かな元気を受け取った彼は、元のみりあが戻ってきたのだと実感した。




すると彼は寝返りをうちながら苦笑いし、ごまかした。

「……将来いいお父さんになれるか不安になってな」

プロデューサーとしての、
大人としての不安を口にするのはみりあには難しいことだし、
何より格好悪いと思ったからだ。


「心配ないよっ♪
 だって、プロデューサーがいなかったら私ずっとお家にいたからっ!」

「え? マジ?」

「パパとママと妹がいなくなったとき、
 私の中で一番近くにプロデューサーがいたの。
 プロデューサーのことずっと信じてたから、ここまできたんだもん♪」


”信じていた”
その言葉に彼は自分の中の不安が消えていくのを感じた。


「ねえねえ、みりあもいいお母さんになれるかな?」

「なれるんじゃないか? でも、その前にいいアイドルになって」

「いいお姉ちゃんになる、だよね。
 もし妹が私を見てアイドルになりたいっていったら……
 その時はプロデューサー、おねがい♪」

「ははっ、気の長い話だな……」



ふと将来みりあの隣に立つ男性は誰だろうか、という考えが彼の脳裏を過った。

みりあはいい男性に巡り会えるだろうか。
ある日彼女が彼氏を連れてきて、ある日教会で式を挙げ……


そんなことを考えてしまう自分はプロデューサーとしてどうだろう、と
彼は思わず笑ってしまった。

みりあもそれにつられて笑った。


「プロデューサーは何人くらい子供欲しいの?」

「そうだな、お前等みたいなのが2人か3人くらいは欲しいかな……」

「ふーん…………」



両肘をつき、寝ながらそんな話をしていたみりあだったが、
不意にガクッと頭が下がる。


気付けば子供が寝る時間はとうに過ぎていた。


「もっと、お話してたい……」

「いい子はもう寝る時間だ」

イヤイヤと駄々っ子のようにみりあが首を振る。
それでももう瞼は降りかけている。

「うぅ…………プロデューサー、もう1回ナデナデして」

「もう今日は十分だろ。あんまり撫でられるとハゲるぞ」

「やーだぁ、もっと、もっとぉ……」

そう言い、みりあが彼の寝間着を掴んで抱きつき身を捩らせる。
だが、それ以上はもうおねだりせず、
やがて彼女の睡魔への抵抗は終わりを告げた。


「さて……」

みりあが寝入ったのを見計らい彼がベッドの中から出ようとする。

別に一緒に寝てやる道理はない、と思った彼だったが、
みりあの腕はガッチリ彼を掴んで離さない。

「ま、いいか…………」


彼は空いている手でカーテンを少しだけ開く。
夜空の雲の合間から月が彼等を照らした。



(そうだな……信じてもらえるなら)


今回の件は彼等を待ち構える多くのうちの1つだろう。
これ以上に厄介な不安や悩みが次々に起こりうることは目に見えている。


(それでも、俺が彼女達を信じて、彼女達が俺を信じてくれるなら……
 きっと乗り越えられる)


過度な保護は必要ない。
ただ信頼を築き、それに気付きさえすれば悪い方向へはいかない。


そう考えているうちに、安心からか彼にも睡魔が襲い来る。
それに無抵抗宣言をし、みりあにお休みの言葉を投げようとした瞬間だった。。





「……パパ……ママ……愛してる…………♪」

みりあの口から言の葉が漏れる。
呆れたように彼がため息をついた。

「夢の中でLIVEでもしてるのか……」


「……一緒に……いてね…………」

それはみりあの持ち歌の歌詞。
彼女が愛する世界をそのまま書き起こした可愛らしい歌。

まだ妹がいない頃の世界の歌。
それは明日からどう変わっていくのか。


「……なでな、で……し、て、ね…………」




「……おやすみ、みりあ」

愛するパパとママの代わりに、と最後にもう一度だけ。


彼の手がごく自然にみりあの頭へ伸び、彼女を慈しんだ。
彼女がもう絶望に苛まれないよう、彼女が立派なお姉ちゃんになれるように、と。






「…………えへへ♪」

するとみりあが隠しきれないというように、とろけるような笑みを浮かべた。


彼は気付き、しかめっ面になる。


「寝たフリしてたな……」


しかし彼は怒らず、その幸せをおすそ分けしてもらうことにした。


みりあのこんないい笑顔を知らずプロデュースしてきたのか、と
自分に呆れ、彼もまた笑う。



この笑顔を世界に広められるべきもの。
だが、今日だけはその笑顔は彼だけのものだった。


.






「狸寝入りするなんて……やっぱ悪い子だな、みりあ」





そのまま彼はみりあが本当に寝入るまで優しく頭を撫で続け、
そして自身も深い眠りに落ちた。





---------------------



その晩、みりあは夢を見た。


ある日みりあが妹のいるベビーベッドにいくと、
妹が立ち上がりベビーベッドから降りてくるではないか!

そして「お姉ちゃん」と彼女を呼び、抱きついてくる。
振り返るとパパとママ、そしてプロデューサーがいる。


プロデューサーはどこからともなく素敵な衣装を取り出し、
みりあと妹に差し出した。
いつの間にか周りにはたくさんのファンや仲間が彼女達を囲んでいる。

姉妹2人で踊り、歌い、笑う。
誰もが笑顔で、可愛らしい、幸せな世界。


そんな、楽しい夢だった。



---------------------



明くる朝。
窓から差し込む日の明かりでみりあが目を覚ます。


(とってもいい夢を見てた……)

目を瞑り彼女はその夢を思い出そうとする。
しかしそれは逃げ水のように記憶の彼方へと消えてしまった。


(でも、いつか見られるよね……きっと)



顔を上げるとそこには安らかな寝息を立てる彼。
みりあのことを心の底から信じてくれた人。

普段彼女が大人の象徴であるように見ている彼であったが、
その寝顔は幼く同級生の男の子を思わせた。



ひとときの間、彼の寝顔をじっと見つめていたみりあだったが、
やがておもむろに彼の手へと腕を伸ばす。

みりあが起きるまでずっと頭に添えられていた優しい手。


(ずっと、私をなでてくれてたんだね……)


大きな手のひらに頬をそっと近付け、静かに擦り寄せる。
満足したみりあはベッドから抜け出し、うんと背伸びをした。


ひどい寝癖をなんとか直し、鏡に向かって笑顔。

鏡に移ったみりあの目は赤かった。

「うさぎさんみたい……」

うさぎは寂しくて泣いちゃうから目が赤い、と
みりあは誰かから聞いたことを思い出した。



「大丈夫だよ。もうさみしくないから」




顔を洗いユニットバスを出ると
ベッドから身を起こした彼とみりあの目が合う。

彼は気だるそうなその手でカーテンを開ける。
雨上がりの朝はどこまでも晴れ渡っていた。


少し寝ぼけ気味に彼が微笑んだ。

「おはよう、みりあ」

「おはよう、プロデューサーっ!」

彼とおはようを言い合えるのがみりあには何故かたまらなく嬉しかった。
彼女は鼻歌交じりに台所に立ち、振り返る。

「朝ごはん作ってあげるねっ! 目玉焼き作るんだー♪」




程なくしてテーブルの上に少し焦げたパンと作りおきのサラダ、
それにスクランブルエッグのような炒り玉子のようなものが並ぶ。

彼がジト目でみりあを見る。
みりあは恥ずかしそうに笑った。


「……今度は上手に作ってあげるねっ♪」


また来る気かよ、と思い彼も笑う。

そしてそれを悪くないかもと少し思ってしまった自分にも。







日曜の朝の道路を行き交う車。そのうちの1台。


助手席座るみりあの表情は険しい。

初めての授業参観の日のように、
ギュッと握られた両手を膝に置いて固まっている。


「ん」


赤信号で止まった際、運転席の彼から手が差し出される。
その手に込められた意味をみりあは知っている。


みりあは手を取らず、首を横に振った。


「ううん。大丈夫☆
 プロデューサーには昨日いっぱい勇気をもらったから」

「そっか」


素っ気ない彼の返事にみりあは笑顔で頷いた。


信号が代わり、車は動き出す。
そのまま赤信号にかかることなく目的地へ向かっていった。




やがて2人の時間は終わりを迎える。
車は止まり、みりあの育った家の前へ2人は降り立つ。


家の前ではみりあの両親と妹が2人を迎えた。
両親の目の下にはクマがあり、あまり休めなかったのだろうと彼は察した。


彼が目配せをするとみりあが一歩前へ出る。

胸に手を当て、深呼吸。そして



「パパ! ママ!
 勝手にいなくなっちゃって……ごめんなさいっ!!」



大きく頭を下げて謝り、そして両親に向かい駆け出した。
父親がみりあを受け止め、そのまま抱きしめた。


「パパとママこそ……っ!
 寂しい想いをさせてごめんね、みりあ……!」


妹を抱く母親もそれに加わり、親子4人は1つの影となった。


まるでそれはドラマのラストシーンのようで。
彼は唯一の観客であった。




そのまましばらく抱き合っていた親子だったが、
両親の愛情を確認できたみりあはふと妹を指差す。


「ねえ、ちょっと抱いていーい?」


一瞬母親は不安そうな表情をしたが、
少し離れたところで彼が頭を少し下げてみせると
おずおずと妹をみりあへと渡した。



それまで寝ていた妹はみりあの腕の中で目を覚ます。
みりあを見上げ、手を伸ばした。


「………………」


みりあは静かに妹の顔を見ていた。

想いを伝えるように。想いを受け取るように。



するとやがて2人―― 姉妹は微笑みあった。



みりあがぎゅっと妹を抱きしめた。
強く、強く。血を分けた愛おしい彼女を。



「…………そっか。ごめんね、気付いてあげられなくって」



我慢や義務感からくるものではない。暖かく柔らかい笑顔。

その顔はまるで妹を語るネネや美嘉と同じ、お姉ちゃんの顔だった。



「パパ、ママ! プロデューサーっ!
 妹がねっ、私のこと大好きだって!!」



この事を世界中の全てに教えたい、とでも言うような幸せそうな声。
3人も微笑み、それを暖かく聞き入れた。



彼は笑う。アイドルならそれも不可能じゃない、と。

.



「私がんばるよ。アイドルも、お手伝いも、もっと、もーっと!」


それが本当に妹の言葉だったのか、誰にも保証はできない。


それでも彼等にはそれが真実であるという確信があった。





「だから……」




.









「だから、いつか”お姉ちゃん”って呼んでねっ!」










---------------------



ぽかぽかと雨上がりのあたたかな陽気。

人混みを器用に避け、少女は駆ける。
誰にも邪魔されず、風を切って駆ける。


道を進むとやがて少女の目の前には大きな水たまりが広がる。
それは少女の背の高さよりも広く、ひとまたぎでは到底超えられない。

だが少女は水たまりを避けようともせず、大きく、大きく跳んだ。

1m、2mと距離を伸ばし水たまりを超え、少女は地に踏み付け
そのまま止まることなく駆け出した。



『昨晩は出過ぎたことを言ってしまい、申し訳ありませんでした』

『いえ……全て私達親の責任です。
 そのうち、ゆっくり食事でもしながら話しましょう。
 今度は家族4人で迎えたいと思います』



(あの後、プロデューサーとパパがなんだか難しいお話をしてたみたいだけど、
 何もなかったみたい)


彼は仕事があるといい、長居せず車に乗りその場を去った。


家族4人の場に自分は不要という気持ちもあったし、
日曜を丸々潰せるほど彼に暇もなかった。





(パパとママは今日は一日一緒にいようって言ってくれたけど)



彼が去った後、両親はみりあに様々な提案をした。

ベビーシッターを見つけたから、今日はみりあの好きな場所に行こう。
動物園でも、遊園地でもどこでもいい、と。


だがみりあは今1人、レッスンスタジオへと向かい走っている。
早く美嘉やネネ達にお礼が言いたいということもあるのだが。



(でも、今日はなんだかすごくレッスンがしたいなって思ったから)



今日はいいよ、と言うみりあの反応に両親はひどく驚いた。

それは反発心からくるものではない。
首を振るみりあの笑顔がそれを物語っていた。

妹は病み上がりであったし、両親が疲れているのは知っている。


それでも大好きな家族がいっしょにいようと言ったことを
みりあは嬉しく思ったが。




(だって、どこかいくなら家族みんないっしょがいいもん♪)


そんなみりあを両親は偉いね、と撫でてくれた。
ずっと彼女が待ち望んだ、幼心地を満たす手。

満面の笑みを浮かべるみりあだったが、少しだけ疑問に思うことがあった。



(パパとママになでてもらうのと、
 プロデューサーになでてもらうの……なんだか違った)



今までみりあは両親に撫でてもらうのも
彼に撫でてもらうのも同じものだと思っていた。


だが、今は確かに何か違うものを感じている。

彼になでられたことを思い出すと、
なぜだかドキドキと胸がいっそう暖かくなるのだ。


(プロデューサーに聞いてみようかな……頼れって言ったもん♪
 でも、やっぱりナイショにしようかな? どうしようかな?)



どうしようか迷っている間にレッスンスタジオへと着いてしまう。

また今度、と疑問を胸にしまい込み、みりあはスタジオへと飛び込んだ。










「みりあちゃんこんにちは~♪」

「若葉ちゃん、こんにちはっ!」

先にレッスンをしていた少女……もとい若葉お姉さんと会い、元気にあいさつ。
お姉さん、最重要項目。


若葉はみりあを見かけるやいなや、手を水平にしてみりあを訝しげに眺める。

「みりあちゃん、背伸びたかしら?」

「えっ? 本当!?」

若葉は何度も自分とみりあを比べていたが、
確認し終えると安堵の息を吐いた。
少なくとも若葉の背が縮んだわけではなかった。


「うーん、やっぱり伸びてないかも……
 なんだか大人になった気がしたんだけど~」

「そうかなあ……えへへ♪」


大人、という言葉を聞きみりあが照れたように笑う。
すると若葉がみりあを伺うように肩に手を置いた。


「あらあら~。何かいいことあった?
 若葉お姉さんに聞かせて?」

「やーん♪」


歩いて逃げるみりあだったが、若葉は聞きたい聞きたいとみりあを離さない。
元よりみりあ自身、お友達に話したくてうずうずしているのだ。


そんなやりとりを5分も続けているうちに
とうとう我慢しきれず、みりあが口を開いた。








.



「あのねっ! きのうプロデューサーといっしょに寝たのっ!
 いっぱい泣いたり、恥ずかしいとこ見せちゃったけど、
 プロデューサーはやさしくみりあのこと抱いてくれたんだよ!
 あっ、あといろいろお話したよ!
 プロデューサー子どもは2,3人ほしいんだって♪ それから、それから……」



                                     おわり



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

P「このあとメチャクチャSYAKUMEIした」

最後のオチは入れようかどうか迷いましたが、
元々このネタがやりたかったので初志貫徹。




アイマスはPもアイドルも成長していくコンテンツです。

その中に置いて「子供であること=成長しないこと」が
キャラクターとして重要な割合を占めているロリ勢は不利なように思います。
特にPを男性として意識しているかというのは人気面でワリを食ってる気も……


アニメのみりあには色んなお姉ちゃんがいます。
美嘉は元より、美波も今回は言及しませんでしたが弟持ち、
ユニット結成前にはみくが面倒を見てくれて、ユニット結成後はきらりお姉さん。
ちなみに筆者はシンデレラプロジェクトで言うとみくPですにゃ。

自分を守ってくれる沢山の存在に囲まれるみりあですが、そんな彼女も実はお姉ちゃんなのです。
(アニメではどのタイミングで妹ができるかわかりませんが)

子供にとって守るべき存在ができるというのは成長において重要なファクターです。
あまりゲームではプッシュされてませんが是非ともアニメの1エピソードで取り上げてほしい要素。

もしこのSSで赤城みりあという子の”可能性”を感じてくれた方がいれば幸いです。


あと書いてて思ったんですが、美嘉はもとよりネネちゃんの意外なスペックに驚き。
病弱の妹持ちというだけでこれだけキャラが掘り下げられるとは……
是非ともみりあ、美嘉、ネネのお姉ちゃんズは公式でも取り上げてほしいユニットでした。


ちなみに読んだことがある人は文章の癖で察したかもしれませんが、
世界観的には過去に書いた千枝ちゃんSSと同じパッションPです。

佐々木千枝「モバPさん、ひめはじめってなんですか?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1420631905/)


だいぶ長いSSになってしまいましたが、お付き合いありがとうございました。

最後がなければいい話で終わったものを

オチが酷いwwww

大作乙。すげー良いSSだった



スレタイから焼却事案だと思ったら普通に良い話だった(最後から目を逸らしつつ)

おつ
のめり込みすぎて律っちゃんの生誕祭出遅れたじゃないかどうしてくれる

とりあえず棲家を失った森の生き物はレッスン室にでも放り込んでおくか

読後感の爽やかなSSだった。妹が出来て姉としての自覚を持ち始める微妙な心理描写が秀逸ですね
この>>1は間違いなく女にモテる
俺もちゃんと兄をやっていれば、弟と絶縁状態にならなかっただろうな…
乙でした

若葉ちゃんには過激じゃないですかねー
妹ってのはいくつになっても可愛いんだ

いいSSだった、掛け値なしに

あ、書き忘れてた。




スレタイ見てやましいこと考えてこのスレ開いた人はIDの数字だけガチャ回せ


弟妹いる俺はみりあの気持ちはよくわかるわ
親の愛情を独占したいって気持ちはあるよなぁ

いい話だなあ

>>164
やだなーPがみりあちゃんとにゃんにゃんして2ヵ月目だよどーしよー
とか考えるわけないじゃないですかーあははー(ガチャガチャ

アニメ見るまでみりあちゃんの魅力に気づかずPやってた俺には最高のSSだった

また書いて





『お姉ちゃんになってから、すごく嫌だったこと?』

時は遡ること数週間前。

みりあが彼の部屋に来た日よりも、フェスよりも以前の
みりあのフェスへの参加を決めた日。






彼は佐藤心に尋ねた。




『こんなにスウィーティーでかわいいお姉ちゃんが妹を嫌うなんてぇ☆
 あ、でもよっちゃんのやつ、はぁとがこの前衣装代で足が出ちゃった時に
 3万でいいから貸せよ☆ って言ったらガチャ切りされたのぉ、もぉムカつく☆』


『役に立たねぇ!!』

おおう、>>169は名前ミスってました……




(城ヶ崎家にて)

莉嘉「お姉ちゃーん!
    アタシのお洋服勝手に持ってかないでよー!」

美嘉「別にいいでしょー? 元々アタシが着てたやつなんだから」

莉嘉「てゆーかこの荷物なにー?
    誰かうちに泊まりに来るの??」

美嘉「みりあちゃんがもしかしたらアタシを頼って
   うちに泊まりに来るかもしれないのよ!」

莉嘉「……はい?」

美嘉「ちっちゃいちっちゃいみりあちゃん!
    お父さんとお母さんにほっとかれてかわいそうなみりあちゃん!
    美嘉お姉ちゃんが優しく優しくお姉ちゃんについて教えたげるからね!
    かわいいみりあちゃんにはそのままでいて欲しいけど
    でも妹のことで心痛めてるなんて美嘉お姉ちゃんは耐えらんないよ!
    ああ早く来ないかなー。でもうちに来るってことはお父さんとお母さんと何かあるってことだし
    アタシから声かけたらプロデューサーとの約束破っちゃうし ああっ!」

莉嘉「ウェーン('A`) お姉ちゃんがきもちわるいよー。お姉ちゃんきらーい」

美嘉「ちょ、莉嘉! 今回はキモチワルイモードじゃないってー!」


彼は佐藤心に尋ねた。




『こんなにスウィーティーでかわいいお姉ちゃんが妹を嫌うなんてぇ☆
 あ、でもよっちゃんのやつ、はぁとがこの前衣装代で足が出ちゃった時に
 3万でいいから貸せよ☆ って言ったらガチャ切りされたのぉ、もぉムカつく☆』


『役に立たねぇ!!』

オチで草

すみません、疲れてて今度は思い切りコピペミスりましたorz




(仕事帰りに赤城家に呼ばれたP)


  P「妹も結構大きくなったなー」

みりあ「ねえねえ、手とかさわってみて♪
     妹もプロデューサーのこと大好きだってー♪」

  P「おー、柔らかい手だ(ぷにぷに」

みりあ「でしょでしょ☆ 愛梨ちゃんの胸みたいにやわらかいの♪
    (※パッションアンソロドラマCDより)
    ……あれ? プロデューサー、どうしたの? もっと触ってあげなよー」




  P「お……お、俺っ……もう赤ちゃんの手触れないかもしれない……」


みりあ「ぷ、プロデューサー!? どうして泣いてるの!?
     いいお父さんになれないよ!? しっかりしてーっ!!」


こないだの新Sレアが性的すぎるのがいけないんです(言い訳)

乙です。
惹き込まれたわ

タイトルでいかがわし事考えましたごめんなさい。
からのめっちゃ感動話で一気に読み終わってしもうた(オチから目を逸ら(ry

みりあちゃんがレイナさまとタッグで事務所を恐怖のズンドコに落とす話かと思ったが普通に感動した


あとファニーデビル出てたから言ってみるが
何気に幸子もニナチャーン公認の「お姉さん」なんだぜ?(小声)

乙です
弟が生まれてから16年間も抱えてきたもやもやの答えがここで出た気がする
とりあえず森久保には少女漫画について語る番組をやらせようか

乙、素晴らしいSSでした…
兄と弟がいるちゃんみおもお忘れなく。


まさかそんな如何わしいことなんて考えるわけないじゃないか(棒読み)

一緒になって弟可愛がってた記憶しかねえから分からんわ

結構なお点前でしてー
ぐいぐい引き込まれた。

まとめで読んだら最新今日だったから来た

良作ありがとうー乙!

>>83
うっわメッチャ懐かしいタイトル・・・

あの作品は小学生俺には重すぎた
帰ったら読み直すわ


用意したティッシュで涙を拭くって諺があってだな・・・(ガチャガチャ)

いいSSだった、乙(ガチャガチャ


だが数年後、オチよりもハチャメチャな関係になるとはPに予想出来るはずも無かった…

ところでオチ要員のお姉さんに救済はないんですか

良かった。
姉妹のいる身として感情移入が抑えられなかった。

乙乙よかった!

乙乙
>>155の千枝ちゃん、今回のみりあちゃんと来たらCuのロリも期待せざるを得ない

おつおつ

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