元戦士「廃村の偏屈魔女」 (141)
魔女「ふぅ…」
窓の外を眺めながらふとため息。
ここ2年程、憂鬱を感じない日は無かった。
魔女(あぁ、今日もまた1日が始まる…)
何かをする気力が起きない。自分にとって、1日は長すぎる。
これといって何か嫌な出来事があるわけでもないが、かといって良いことも何もない。
こんな無気力な自分に比べれば、魔物に怯えて暮らしている人達の方がずっと「生きている」。
それでも魔女に、生きている理由がないわけではなかった。
魔女(彼に生きろって言われたから――)
それだけが魔女が、この憂鬱な世界から逃避しない唯一の理由だった。
魔女(憂鬱になったのは、貴方がいなくなったからなのに)
頭の中にその人を思い浮かべながら、魔女は自嘲気味に笑った。
魔女「…あ、お客人の気配がする」
退屈な日常を刺激する何かがやってきた。
もっともそれは、魔女にとって面倒臭いだけの事だったけど。
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元戦士「…」
元戦士は遠くから集落を見ていた。
ここまで来るのに、まだ慣れない義足で歩く山道はかなりきつかった。
元戦士(あれが、世捨て人が集うという集落か)
世捨て人の集落――ここは廃村に、帰る場所がない者だの、前科のある人間だのが集まって出来た集落と聞く。数日前までは、自分がここを訪れることすら考えていなかった。
元戦士(俺はここの集落に受け入れられるのか…)
自分も数日前、世を捨てた。元戦士がここの住人と決定的に違うのは、決して彼は「世に捨てられた」わけではなかった。
元戦士は元々勇者一行にいた。だが、ある時の戦いで右半身に大きな損傷を負った。
勇者「戦士…私はどうやって貴方に償いをすればいいの」
勇者の名に恥じぬ戦闘力を持つ勇者だが、戦闘を離れればごく普通の少女だった。
世界中から英雄視されている勇者に対し、元戦士は幼馴染として、昔から変わらずに接していた。
元戦士「気にするな、俺だから死なずに済んだんだ」
泣きそうな勇者の頭をポンポン叩く。確かにこの大怪我は勇者を庇って負ったものだが、元戦士は勇者を守れたことが満足だった。
自分にこんな怪我を負わせた相手…確か魔剣士といったか。剣と魔法を駆使するとんでもない力の持ち主を相手に、この程度で済んだのはむしろ幸運だったかもしれない。
元戦士「だが、俺はもう戦えん。後は頼んだぞ」
勇者「戦士、動けるようになったら故郷に戻ってね。魔王を倒したら、私も戻るから」
元戦士「…」
その言葉が元戦士に刺さった。
今まで勇者と肩を並べ戦ってきた。それがもう自分は、大人しく勇者の武勇を伝え聞くしかない身。
それだけではない。故郷に戻った後も、勇者は、自分のことをずっと引きずっていくだろう。
元戦士「あぁ」
嘘をついた。この時既に、世捨て人の集落へ行くことを決めていた。
そこが元戦士の知る、勇者と完全に決別できる世界だった。
元戦士(とりあえず入るか)
魔女「お客様?それとも移住希望者?」
元戦士「!」
急に声をかけられ驚く。
背後に魔女が立っていたことに気付かなかった。
元戦士「…移住希望者だ」
魔女「そう」
元戦士「あんたはここの集落の人間か」
魔女「えぇ。移住なら適当な空家に住めばいい」
魔女は事務的で、やや面倒臭そうに説明していた。
顔貌は整っているが、何だか生気の抜けたような女――それが元戦士の抱いた印象だった。
魔女「あ、それともうひとつ。ここに住む人同士、あまり互いの事情に踏み込まないこと。それがここの唯一のルール」
元戦士「唯一の、か。揉め事が起こったらどう解決してる?」
魔女「どちらかが折れればいいんじゃない。あ、揉め事が大きくなって殺された人もいたけど」
元戦士「それは怖いな」
魔女「そういうこと。それじゃ」
元戦士「あ」
魔女は説明を終えるととっとと集落に戻っていった。
どうやら、元戦士そのものには興味がないらしい。
元戦士(…まぁ、都合がいいか)
元戦士は、ここに住むことを決めた。
盗賊「おっすー、新入りかぁ?」
集落に足を踏み入れて建物を物色してると、集落の住人らしい奴が気さくに声をかけてきた。
盗賊「家なら、あそこの並びの家は全部空家だぞ」
元戦士「そうか、ありがとう。ところで、ここの集落では飯はどうすればいいんだ?」
盗賊「魔女の屋敷の畑からとって好きに食えばいい」
盗賊は集落の端にある、この集落の中では大きめな屋敷を指差した。
元戦士「いいのか…人の家のものだろ」
盗賊「あぁ、あそこの畑は魔女の魔力で野菜がなるんだ。魔女も自分が食べる分さえ確保できりゃ、俺らが食っても構わんみたいだ」
元戦士「魔女…というのはもしかして、さっき会った女か」
盗賊「あぁ、あの女は集落のボスみたいなもんだからな、ここを訪れる奴をああやってお出迎えしてんのさ」
元戦士「そうか」
元戦士は周囲を見渡した。
集落の者たちはいかにも世捨て人といったボロボロの風貌をしている。それに比べ、あの魔女は――
盗賊「あの女に惚れんなよ」
元戦士「…は?」
盗賊「ほらあの女、この集落では浮いてる程いい女だろ。だからあの女に襲いかかる馬鹿が一定数いるんだけど、全員ズタボロの返り討ちだ」
元戦士「そうか。気をつける」
とは言ったが、初めから魔女に女としての興味などなかった。
自分が気になる女は世界でただ1人――最も、彼女とは自分から決別してきたばかりだけど。
>次の日
元戦士(ここの畑だよな…)
元戦士は恐る恐る魔女の屋敷の敷地内に足を踏み入れ、畑を見つけた。
畑にはふんだんに野菜がなっている。
元戦士(とりあえずカボチャでもとらせてもらうか…)
元戦士は地面に膝をつき、土を掘り始めた。
と、その時。
魔女「…」スタスタ
元戦士「あっ」
足音がして振り返ると、魔女が出てきた。
目は眠いのか何なのか、やや虚ろだ。
元戦士「おはよう。盗賊って奴に聞いて、野菜をとらせてもらってい…」
魔女「挨拶はいらない」
魔女はのんびりした声で元戦士の言葉を遮った。
魔女「挨拶って面倒臭い。勝手に持って行って」
元戦士「あ、あぁ」
魔女はそれだけ言って元戦士の方を見なかった。
それからカボチャが何個か土の中から出てきて、その内の1個は魔女の手元に空中移動した。
魔女はカボチャを手に取ると、さっさと屋敷の中へと戻っていった。
元戦士(…ま、ああいう奴なんだな)
元戦士は土の中から出てきたカボチャをありがたく持って帰ることにした。
今日はここまで。ゆっくりいきます。
恋愛ss書くの好きです。早速魔女も元戦士もそれぞれ恋愛事情があるようでwktkします。
盗賊「おーっす、野菜だけじゃ力つかねーだろ」
切ったカボチャを煮ていると、盗賊が家に入ってきた。
元戦士「勝手に入ってくるな、驚くだろう」
盗賊「わりわり。それよりも魚獲ってきたから分けてやるよ」
元戦士「いいのか」
盗賊「その代わり、そのカボチャちょっと分けてくれ。俺、面倒臭くて滅多に料理しねーんだ」
元戦士「あぁ。調味料がないので味気ないとは思うが」
盗賊「調味料?料理するなら今度とってきてやるよ」
元戦士「どこから」
盗賊「麓の街。たまーにあそこで物品調達してくるんだ」
それは盗んでくるのか…咎めたい所だったが、ここは世捨て人の集落。きっと咎めるのは集落のルールに反するのだろう。
盗賊「まぁ、直に集落のルールもわかってくるさ」
元戦士「俺は慣れるのに時間がかかりそうだ」
盗賊「まぁ、そうだろな。勇者一行の戦士様ともあればモラルも高いんだろ」
元戦士「!?」
盗賊「半身がそんなんになってるから気付くの遅れたけど、あんた勇者一行の戦士だろ」
元戦士「う…」
一瞬、まずいと思った。
というのも勇者一行は魔物だけでなく、人間の悪党も沢山倒してきている。この集落で勇者一行に恨みを持つ者がいる可能性は、十分にあるのだ。
盗賊「あー大丈夫だ、他の奴は勇者一行の奴の顔なんて知らねーから」
盗賊は戦士の不安を笑い飛ばすように陽気に言った。
元戦士「…あんたはどうなんだ」
盗賊「俺はここに来る前はカタギの旅人でな。あんたらに助けてもらったこともあるんだぜ。つまりあんたは命の恩人だ」
元戦士「そ、そうだったのか」
盗賊「でも勇者一行に助けられておいて盗賊になるなんて、罰当たりだよな~」
元戦士「…全くだ」
口ではそう言ったものの、元戦士の口元は笑みを浮かべていた。
この盗賊、決していい奴ではないのだが、それでも憎めない雰囲気がある。
元戦士「俺も勇者一行だったが、正義感がさほど強いわけじゃない。こんな体だから色々と世話になる」
盗賊「おう、宜しく頼むぜ」
世捨て人の集落というから陰鬱なイメージがあったが、こういう陽気な奴がいることに安心した。
元戦士自身陽気な方ではないが、陰気な雰囲気は苦手だ。
元戦士(勇者、魔法使い、僧侶…あいつら全員陽気だったしな)
仲間たち1人1人の顔を浮かべ、少し思い出に浸っていた。
それから元戦士の集落での生活は始まった。
魔女の畑のお陰で食料には困らなかったし、交友関係の広い盗賊の計らいで、集落の者ともすんなり打ち解けることができた。
それに案外集落の者たちは親切で、狩りに出られない元戦士に干し肉や魚を差し入れてくれることもあった。
勿論してもらうばかりではなく、薪割りや大工仕事など、できる限りで彼らに協力をした。
盗賊「おぉい、葡萄酒作ったんで飲み会するんだけど、来ないか」
元戦士「あぁ、参加させてもらおう」
酒が好きな奴が多いのか、その飲み会には集落のほとんどの面子(20人くらい)が集まった。
元仲間達は酒が飲めなかったので、元戦士にとっては久しぶりの大勢での飲み会だ。
元戦士「…」キョロキョロ
盗賊「どうした」
元戦士「いや…やはり、あの女は来てないんだな」
盗賊「魔女?あいつは来ないよ、こういう場には」
元戦士「そうか」
たまに畑で魔女と顔を合わせるが、会話はおろか挨拶もすることはなかった。
畑以外で魔女を見かけることもなかったので、交流嫌いなのだろうと納得した。
元戦士「ちょっと用を足してくる」
戦士はその場から離れ、集落の外に出る。
家に戻るより、集落の外でした方が早かった。
元戦士(全く、陽気な場所だなここは)
元戦士「…ん」
その時、元戦士は気配を感じ取った。
元戦士「上か…!!」
遠くの空より、何者かが接近してくる。
先日まで戦いに身を置いていた戦士は、その気配を敏感に感じ取った。
元戦士(だが…)
その頃と違って、半身を損傷した戦士は戦うことができない。
ならどうするか。急いで飲み会の場に戻って、それを皆に伝えるべき…そう判断した。
元戦士(急ぐぞ!)
ガサッ
元戦士「…っ」
集落の方に踵を返した時、意外な人物が出てきた。
元戦士「魔女…?」
魔女「…」
顔を合わせた魔女は一瞬、無反応だったが、一言。
魔女「邪魔だから下がってて」
元戦士(この女…)
配慮が足らない言葉に若干プライドが傷ついたが、全くもってその通りなので大人しく引き下がる。
そして、上空からそいつは現れた。
悪魔「コンバンハァ~」
黒い翼を広げた、魔物だった。
魔女「また貴方」
魔女は若干ウンザリしたように言う。
だが悪魔は気にせず、陽気に大笑いしていた。
悪魔「連敗のまま引き下がれっかよぉ!!今日こそお前に勝つ!!」
魔女「私は不戦敗でも構わない」
悪魔「俺はお前の心臓を食いたいんだよ~ウケケケケ」
魔女「…」ハァ
ため息をつきながら、魔女は魔力を手に溜めていた。
どうもその仕草も気だるそうで、明らかにやる気がない。
それに反し悪魔は。
悪魔「死んでちょうだあああぁぁぁいっ!!」
魔女に急接近し、爪を振り下ろす。動きは速い。
それに対し魔女は反応しない。切り裂かれる――そう思った。
悪魔「うおっ」
だが魔女の周囲に火柱が立ち、悪魔は瞬時に後退した。
魔女「…行け」
火柱が消えると魔女は手から閃光を発した。
閃光は悪魔を追い、悪魔はそれから逃げる。
悪魔「こんなヒョロい閃光…この通りぃ!!」ズバッ
悪魔は爪で閃光を引き裂いた――が、
悪魔「どわぁ!?」
引き裂かれた閃光が散って悪魔にまとわりつく。
悪魔「な、何じゃこりゃ~…う、動けね…」
魔女「…」ピタ
悪魔「!!」
魔女は悪魔の額に指を当てる。
そして――
悪魔「おわぁっ」ヒュンッ
悪魔は、その場から一瞬で姿を消した。
元戦士「殺した…のか?」
あっという間にケリがついた戦いに呆然としながら、元戦士は魔女に声をかけた。
魔女「別の空間に飛ばしただけ」
元戦士「飛ばした…じゃああいつ、また来るんじゃないのか」
魔女「来ると思う。でもあの悪魔、魔王軍幹部だから。殺したら更に面倒なことになる」
元戦士「魔王軍…幹部!?」
魔王軍は、つい先日まで戦っていた相手だ。
元戦士を引退に追い込んだ相手、魔剣士も確か魔王軍幹部だったはず。つまり、幹部はそれだけとんでもない強さの連中というわけだ。
元戦士「どうして幹部がこの集落に?」
魔女「あの悪魔、殺しを楽しむタイプみたいだから。多分最初は大した理由もなく来たんだと思う」
元戦士「それで返り討ちにして、奴に執着されてるわけか…」
魔女「そう」フゥ
それはまた面倒な状況だと、元戦士は魔女に同情する。
だが、それにしても…
元戦士「魔王軍幹部を圧倒できるなんて、あんた1人で軍隊並の力があるわけか」
魔女「…」
元戦士「この集落はあんたに守られて、どの街や村よりも安全なのかもしれんな」
魔女「守ってるわけじゃない」
魔女はすぐに否定する。
魔女「別に私、もしここが皆殺しにあっても何とも思わない」
元戦士「じゃあ何で最初の時、戦った」
魔女「死臭が漂うのは嫌」
元戦士「なるほど」
性格の悪い理由だが、この魔女が言うなら違和感もなかった。
自分も今は守られている身、反感を覚えるなど罰当たりだ。
魔女「このことは誰にも言わないで」
元戦士「何でだ?」
魔女「お礼言われるの、面倒臭い」
元戦士「…」
多少なら気持ちがわからないでもないが、魔女の場合は心底面倒臭いのだろう。
元戦士「何か、力はあるのに無気力な奴だな」
魔女「…」スタスタ
元戦士(無視…。まぁいいか、飲み会に戻ろう)
魔女「…」
元戦士『何か、力はあるのに無気力な奴だな』
自覚はしている。
2年前のあの日から、自分はずっと無気力に生きてきた。
逆に言えば、それまでは充実した時間を過ごしていた。彼と一緒に。
魔女(だけど私には、力が無かった)
彼との楽しかった時間。まだ守られていた弱い自分。
彼を失った事件。あれで眠っていた力が目覚め、自分は強くなった。
魔女(でも、もう――)
彼がいない世界はあまりにも味気なくて、前向きになんてなれやしない。
彼を失って得た力。なのに力を全て賭けだとしても、彼は戻ってこない。
魔女(割に合わない)
そんな想いに気持ちを曇らせながら、誰にも会わずに家に戻った。
今日はここまで~。
自分好みの話なんですが、どうも難しいです。
それからまた数日経った頃だった。
盗賊「おっすー」
元戦士「おう」
料理の匂いにつられて盗賊がやってくる。元戦士もこれには慣れてきた。
ここ数日盗賊は姿を見せていなかったが、きっと街の方に行っていたのだろう。
盗賊「聞いたぞ~」
元戦士「何をだ?」
盗賊「勇者一行の噂話だよ」
元戦士「…興味ない」
勇者の名前に一瞬反応しかけたが、あえて突き放す。勇者と決別する為にこの集落に来たのだ。
盗賊「まぁそう言うなって。あんたも関係あることだし」
元戦士「俺はもう勇者と何の関係もない」
盗賊「いやいや。勇者が探してるんだってよ、大怪我負ってパーティー離脱した後、姿を消した仲間を」
元戦士「…!」
間違いなく自分のことだ。
盗賊「今は山の麓の街に向かってきているそうだ」
元戦士「俺のこと探している場合じゃないだろ…」ハァ
盗賊「いやー、それだけ大事なんだろ、あんたが」
ニヤリと笑う盗賊。何か、誤解しているようだ。
元戦士「…勇者はそういう奴だ。他意はない」
盗賊「じゃあ尚更、何も言わずに別れてきたのはまずいんじゃないかね~」
元戦士「いや、言えば追いかけてくるから尚更まずい」
盗賊「ほ~、追って追われるような仲」ニヤニヤ
元戦士「だから、あいつはそういう奴なんだ!そんな関係じゃない!」
盗賊「俺は何も言ってないけど「そんな関係」ってどんな関係よ」
元戦士「うぐ」
駄目だ。口下手な自分じゃこいつには勝てない。
元戦士「「互いの事情に踏み込むな」この集落のルールだろ忘れたか!」
盗賊「はいはい、じゃこっちで勝手に妄想させて頂きます」
元戦士「するなーっ」
盗賊「おーコワ。今日は退散~」
元戦士(何しに来たんだあいつ…)
何だかどっと疲れた。
元戦士(俺と勇者は、そんなんじゃ…)
>昔
勇者『ぎゃー悔しい、また戦士に負けたーっ』
戦士『ピーピー喚くな、だから強くなれないんだよ』
勇者一族の一人娘である勇者は、自分と同じ師の下で剣を習った幼馴染である。
勇者『もう、どうして勝てないんだよぉ…』グスッ
一族の方針で男のような格好をしている勇者だったが、そのせいでかえって女々しさが目立っていた。
戦士『負けて泣くような奴が強くなれると思ってるのか?』
勇者『そ、そんなのわかってるもん!』
戦士『そうかよ。ほらもう泣くな、な?』
勇者『あ…』
勇者の頭をポンポンとよく叩いてやった。そうすると、勇者が泣き止むからだ。
勇者『…って、子供扱いしないでーっ』
戦士『ガキだろ』
勇者『うぎゃーっ!!』
子供の頃は喧嘩したり競い合ったりしたが、翌日にはすぐ仲直りするような関係だった。
勇者『よ、っと』
戦士『…っ!!』カキーン
成長するにつれ、勇者の剣の才能は開花していき、15歳頃には差がほとんど無くなっていた。
勇者『うーん、戦士に2戦分負け越してるなぁ』
この歳になると立ち振る舞いも落ち着いてきて、昔のようにすぐ泣くことはなくなった。
戦士『身体能力は俺、技能はお前の方が上。タイプが違うし、競い合っても仕方ないんじゃないか』
勇者『ま、そうだけど。競っていたいじゃない、ライバルとして』
戦士『ライバル…なのか?』
そして半年前。
勇者『戦士、王様より魔王討伐の命令が下されたよ』
戦士『そうか…』
前々から人間と魔物の争いが激化しており、この日が来るだろうとは思っていた。
勇者『あれー、もっと何か言うことないのー』
戦士『何て言えってんだよ』
勇者『ほら…「絶対に死ぬなよ」とか「お前が心配だ」とか…』
戦士『あほか。言うわけないだろ』
勇者『そうだよね、口にしなくても戦士が思っていることくらいわかるよ』ヘヘ
戦士『…』
本当に、こいつは…。
戦士『で、いつ旅立つんだ?』
勇者『明日の朝、かな…』
戦士『そうか』
勇者『それで、ね、戦士…』
戦士『ん』
勇者『…ごめん、やっぱ何でもない!それじゃ、今日は早めに休むね!』ダッ
戦士『おー』
戦士『…本当にあほな奴』
>翌朝
勇者『それじゃ行ってきます、皆』
勇者『…』
勇者『皆見送りしてくれたのに…。何で来てくれなかったのかな、戦士のばか』
戦士『ばかで悪かったな』
勇者『わっ!?』
戦士『よぉ。派手に見送りされたもんだな』
勇者『あ、う、うん…戦士もお見送りに来てくれたの?』
戦士『何言ってやがる。とっとと行くぞ』
勇者『え…?』
戦士『俺だって、お前の考えていること位わかる』
勇者『私の考えていること…?』
戦士『ついて来てほしかったんだろ、俺に』
勇者『…』
勇者『』ボッ
勇者『あ、あの、戦士、そそそれはね…あの、あの、えっとね、1人じゃ心細いっていうか、その…』
戦士『ごちゃごちゃ言うな』ゴン
勇者『あだ』
戦士『一緒に行くのか行かないのか、それだけ言え』
勇者『…行く』
戦士『なら行くぞ』
勇者『う…うん!』
*
元戦士(俺と勇者は、少しだけ親密な幼馴染)
元戦士(「そういう気持ち」は、俺からの一方通行で――)
元戦士(そう、それだけだ)
今日はここまで。
元戦士=戦士です。
>魔王城
悪魔「くっそー、あいつめー」バッサバッサ
魔王「悪魔、お前最近仕事をサボって遊んでいるようだな?」
悪魔「ギャース!」
悪魔を出迎えたのは現魔王。見た目は30代のグラマー美女である。
魔王「お前にはお仕置きが必要かもしれんな」
悪魔「待ってくれ!これには男のプライドを賭けた、ふか~い理由があるんだ!」
魔王「何だ、理由とは。言ってみろ」
悪魔「実はだな~…」
悪魔は魔王に説明する。
1ヶ月程前に暇つぶしで襲った集落で、魔女に手も足も出ずに大敗したこと。
それからリベンジに何度も挑んでいるが、その度に負けていること。
魔王「完全に私情だな。その上魔王軍の恥を晒しおって」
悪魔「あ、やっぱお仕置き?」ハハハ
魔王「しかしお前程の者が1人の女に手こずるとは、おかしな話だな」
悪魔「だろだろ?んーまぁ、あんな集落に引きこもってるような奴だし、魔王軍の邪魔はしねーとは思うけどォ~」
魔王「その集落とはどこにあるんだ?」
悪魔「んーと…あぁ確か、2年前滅ぼした廃村だよ。ほらあの、変な宗教が流行ってた村」
魔王「む…」
魔王「まさか、北方山の村か」
悪魔「そ。あそこに世捨て人が集まって集落になったそうだぜ~」
魔王「ということはまさか、その女とは…」
悪魔「ん、どうした?」
魔王「悪魔…その襲撃の時に、殺しそこねた奴がいたのは知っているか?」
悪魔「知らん」
魔王「そうかそうか…これは良い事態だ、ククク…」
悪魔(説明しろよオバハン)
魔王「悪魔、魔剣士を呼んで来い」
悪魔「あーヘイヘイ」
>集落
盗賊「あーうー二日酔いだ~」
飲み会の翌日、集落はゲロ臭が漂っていた。
どうもここの連中は、飲みで自制がきかないらしい。
元戦士(あまりゲロ臭くしたら魔女に皆殺しにされるかもな…)
漂うゲロ臭に耐えながらも、元戦士は魔女の畑を訪れていた。
元戦士「あ」
魔女「…」
魔女が畑にやって来たが、相変わらずこちらを無視している。
元戦士「…ひでぇ匂いだな」
魔女「慣れた」
元戦士(そうか、死臭は駄目でもゲロ臭は大丈夫か)
5秒で終わった会話を気にせず、元戦士は野菜をもぎ取っていた。
魔女「…!」
元戦士「ん」
だが隣で、魔女が何かを察知したようだった。
元戦士「どうした」
魔女「…こっちに来る。とてつもない力の持ち主が」
元戦士「何だって」
ざわざわ
魔王「まさかまた、この村に来るとはな…」
集落の中央に降り立った魔王の異質な雰囲気に、集落の人々はざわついていた。
元戦士「何だあいつ、魔王軍の奴か?」
魔女「…!」
魔女はその光景に驚いていた。
元戦士は知らないが、この集落には魔物の侵入を拒む結界を張ってある。
魔王軍幹部である悪魔ですら破れない程巧妙な結界なのだが、目の前の女はそれを簡単に破ったのだ。
魔女「まさか貴方…魔王?」
魔王「いかにも」
元戦士「なっ…」
呆気に取られる。
つい最近まで、魔王を目指して旅をしていた身。旅を引退したばかりだというのに、魔王の方からやってくるとは思いもしなかった。
元戦士(魔王の奴、殺気むんむんだな…)
元戦士は魔王の視界に入る前に物陰に隠れた。
魔王「お前、「忌み子」だろう」
魔女「…」
元戦士(忌み子?)
魔王「2年の間にその力を解放させたのか」
魔女「…だから何」
魔王「そう邪険にするな、お前に頼みたいことが…」
魔女「断る」
元戦士(すっぱりだな)
そう返事ことは予測済みだった。
だが次の瞬間――予測外のことが起こった。
魔王「ふんっ」
ドガアアアァァァン
「「「うわああああぁぁぁ」」」
元戦士「!?」
魔女「…」
魔王の後方で大きな爆発が起こり、建物や巻き込まれた人々が吹っ飛んだ。
元戦士(こ…これが魔王の力…)
物陰に隠れていた元戦士の足が震える。
もし自分が戦える体だったとしても、まともに戦えたかどうかもわからない。
魔王「さて…お前なら、私とお前の力の差くらいわかっているだろう?」
魔女「だから?」
それでも魔女は動じていなかった。
魔王相手に戦えるとでも思っているのか――いや、というよりあれは――
魔女「殺したければそうすればいい」
魔王「諦めるのが早いのだな?」
魔女「抵抗は無駄だし、貴方の言葉にも従いたくはない」
魔女はいつも通りの、やる気のない口調で言った。
そんな魔女の様子に、魔王は大笑いする。
魔王「気に入ったぞ!!ますますお前を従わせたくなってきた!!」
魔女「無駄」
魔王「ふっ…私が無計画に来るわけなかろう」
魔王が指をパチンと鳴らす。
すると魔王の横から、ある人物が現れた。
元戦士(あいつは…!!)
魔剣士「…」
顔全体を隠した仮面に、鋭い剣技を放つ華奢な体。
そいつは元戦士の半身を奪った、魔剣士だった。
魔王「行け」
魔剣士「…」ダッ
魔剣士は無言のまま魔女に駆ける。
前に戦った時もそうだったが、魔剣士の声を元戦士は聞いたことはない。
魔女「…」
魔女も無言のまま手をかざし、魔剣士に魔法攻撃を放つ――が魔剣士は高く跳躍し、それを回避。
元戦士(そうだあいつ、相手の魔力の流れを読み取って魔法を回避するんだ)
前に戦った時も、魔剣士は魔法使いの攻撃をそうやって回避していた。
魔女「…面倒」ボソ
そう言うと今度は魔女の手から閃光が放たれ、それは魔剣士の周囲を照らす。
魔剣士の方も魔女との距離を1メートル以内に詰めたが――
魔剣士「…!」
閃光がバチバチ弾け、魔剣士を襲った。
その攻撃の激しさに、魔剣士はそこから動けずにいる。
魔女「そのまま閃光に焦がされて――」
その時、魔剣士の仮面が2つに割れた。
魔女「――えっ?」
そして、魔女は動きを止めた。
魔剣士「…」
露わになった魔剣士の顔は、仮面同様の無表情。
元戦士よりやや年上に見える、若い男だった。
元戦士(魔女の奴…どうしたんだ?)
魔女「うそ…魔剣士?」
元戦士(え?)
元戦士は魔女の異変を感じ取った。
魔女の声は震えていて、弱々しくて。
魔女「魔剣士、魔剣士なんでしょ!?どうして!?」
今度はヒステリックに魔剣士の名を呼ぶ。明らかに、いつもの魔女じゃなかった。
魔剣士「…」
だが、魔剣士は肯定もしなければ否定もしない。
まるで魔女の声が耳に入っていないかのように、虚ろな目で遠くを見つめていた。
魔王「ククク…」
魔女「貴方、魔剣士に何したの!?」
魔王「2年前の騒動の際か…死にかけていたそいつを、私が貰った」
魔女「!?」
元戦士(2年前…?)
魔女「魔剣士が、私を忘れるわけがない…」
魔女は魔王を睨みつけた。
魔女「魔剣士の記憶を奪ったの!返して、元の魔剣士に戻して!!」
魔王「ならば、私から奪い返してみろ」
魔王は冷淡に言い放った。口元の笑みは状況を楽しんでいるようにも、魔女を嘲笑しているようにも見えて…
魔女「あああぁぁっ!!」
魔女は容易に挑発に乗った。
目で見える程膨大な魔力を、魔王に躊躇なく放つ。
だが――
魔王「ふんっ」
魔王は壁のようなものを作り、攻撃を防御する。
魔王「返すぞ」
魔女「…っ!!」ドサアァ
元戦士「あっ!!」
そして跳ね返された力により、魔女の体は大きく吹っ飛んだ。
魔女「~っ…」
魔王「さっきも言ったはずだ。私とお前の間には、大きな力の差がある」
魔女を見下ろしながら、魔王は余裕の笑みを浮かべていた。
それでも魔女は立ち上がり、戦闘態勢を崩していなかった。その姿に、ある種の執念を感じる。
魔王「まぁ落ち着け」
そんな魔女を魔王がなだめる。
魔王「さっきも言ったはずだ、お前に頼みたいことがある」
魔女「貴方に従うのは嫌だって…」
魔王「それを果たせば、魔剣士を元に戻してお前に返してやる」
魔女「!!」
魔女の顔つきが変わる。
それは驚きのようで、不信感のようで――期待のようで。
魔女「…頼みたいことって、何」
魔王「勇者の持っている、女神の剣――あれを破壊してくれないか」
元戦士(何だって!!)
先祖代々勇者一族を補佐している巫女が守護するほこら。そこを訪れたのは、元戦士がパーティーから離脱する数日前のことだった。
勇者『真の勇者にしか、この「女神の剣」は抜けないんだってさぁ…』
戦士『怯えてないでまず引っ張ってみろ。抜けなかったら、その時はその時だ』
勇者『戦士ぃ…引っ張るの手伝って?』
戦士『だ・め・だ!!』ビシィ
怖気づく勇者の尻を叩いて挑戦させる。
すると剣は意図も簡単に抜けた。
勇者『や、やったああぁぁ!!皆、私は真の勇者だって!!』
戦士『おぉ良かったなー、偉いぞ』ポンポン
勇者『子供扱いするなーっ』
巫女『その女神の剣なら、魔王の心臓を貫くことも可能でしょう』
戦士『だとよ。無くすなよ』
勇者『魔王軍に奪われたり壊されたりしないかなぁ…』
巫女『その剣は魔物では触れることすらできません』
戦士『なるほど、女神の加護を受けてるってわけか。ちゃんと手入れしろよ』
勇者『わかってますーっ』
魔王「女神の剣は、我々魔物では破壊することができん。そこで、お前に剣を破壊してもらいたいのだ」
魔女「…」
魔女は返事をしない。
その沈黙に、元戦士は嫌な予感がする。
魔王「まぁ今すぐ返事をしろとは言わん。だが…」
魔女「あ…っ!」
魔剣士が魔王の傍に寄った。
魔女は魔剣士に手を伸ばすが、その気持ちが届くはずもなく…。
魔王「朗報を待っているぞ…!」
魔女「魔剣士…っ」
声が届いてからかその前か、魔王と魔剣士は姿を消す。
魔女は未練を抱いてか、2人がいた所から目を離すことはなかった。
元戦士「おい魔女…まさか、魔王の話を受けるのか?」
魔女「…」
魔女は返事をしなかった。
今日はここまで。
戦闘シーン書くのは苦手だけど恋愛シーン書くのは好きなので頑張っていきます。
何かすげー久々にみた
暗黒騎士最近書かないんだね
>夜
元戦士「…ハァ」
元戦士はぐったりしながら腰を落とした。
魔王の襲撃で亡くなった者たちを埋葬していたら、こんな時間になっていた。
元戦士(大した理由もなく、何てことしやがる…)
墓標が並ぶ光景を眺め、元戦士は怒りを覚える。
1番仲の良かった盗賊も、巻き込まれて死んでいた。呆気ない最期だった。
元戦士(何もできなかった…)
憤りと無力感が同時に沸く。
だが感情に任せて突っ走ることは無意味。
元戦士(魔女は…)
屋敷の灯りはついている。
魔女はまだ屋敷にいる。魔王の挑発には乗らないということか、それとも――
元戦士「…」
魔女『魔剣士の記憶を奪ったの!返して、元の魔剣士に戻して!!』
だが、あの時の魔女の様子は、ただ事ではなかった。
『忌み子が生まれてしまったか…』
事の発端は、魔女が生まれた時に巻き戻る。
『生まれながらにして、これだけの魔力を持つとは…』
『これは間違いなく、邪神の加護を受けた証拠』
『この赤子を村の一員として迎え入れるわけにはいかん』
魔女の生まれた村は村独自の宗教に染まっており、大きな魔力を持って生まれた魔女は、忌み子と言われた。
『成長する前に殺してしまおうか』
生まれたその日に、彼女は死を望まれた。
『だが邪神の加護を受けた子を殺せば、我々が呪いを受けるかもしれん』
そんな物騒な存在として扱われていた。
『ならば忌まわしい力を解放させず、その生涯を終わらせれば良いだけのこと――』
そうして魔女は、村の座敷牢で育てられることとなった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
魔女『あ、ちょうちょだ~♪』
魔女は座敷牢に軟禁されながらも、順調に育っていた。
魔剣士『ごめん、遅れた!』バタバタ
魔女『わぁい、まってたよ魔剣士ー』
魔剣士『ほんっとにごめん!!』
魔女『来てくれたから、いーよ!』
魔剣士は、村中から敬遠されていた魔女の世話係であり、唯一魔女が話せる相手だった。
魔女『あれ?魔剣士、ケガしてる?』
魔剣士『あ、これ…?ちょっと転んだんだよ』
魔剣士(魔女に言えるわけないよな…)
人間と魔物の血を引く魔剣士もまた村の嫌われ者で、村中の人間が嫌がる魔女の世話係を押し付けられたのも、そのせいである。
魔女『気をつけなきゃ駄目だよー。痛いの痛いの、とんでけー』
魔剣士『あ、痛いのとんでった。ありがとうな、魔女。さて、体拭こうか』
魔女『はーい』ヌギッ
魔剣士(恥じらいの欠片もねーなこいつは)
だけど魔剣士にとって魔女の世話は決して嫌なものではなく、むしろ、魔女と過ごす時間は良い時間だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
魔剣士『ほら魔女、お土産』
魔女『お花!』
魔剣士は外に出られない魔女の為、色んなものを土産として持ってきた。
魔女は女の子らしく、可愛いものが大好きだった。
魔女『魔剣士、今度は新しい本がほしいの』
魔剣士『そうだな、せっかく字を覚えたんだしな。どんな本がいい?』
魔女『あのねー、王子様とお姫様のお話!』
魔剣士『そうだな、そういうのは子供向けだから魔女でもすんなり読めるのが多いな』
魔女『…』ムゥ
魔剣士『どうした?』
魔女『魔剣士、お花のかんむり作って!』
魔剣士『ん?うん。こうやってこうやって…はい』
魔女『ありがと!魔剣士、私、お姫様みたい?』
魔剣士『あぁ、お姫様そのものだ。似合ってるよ』
魔女『それじゃあ、お姫様には王子様だねぇ』チラチラッ
魔剣士『ん…?うん、そうだな』
魔剣士(王子っぽい人形でも持ってきてやるかな)
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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
魔剣士『魔女ー、来たぞー。体拭こうなー』
魔女『あ…うん』モジモジ
魔剣士『どうした?』
魔女『えっとね…今日は自分でやる!』
魔剣士『ん…そうか』
魔剣士(そういう日もあるか)
魔女『…』ゴシゴシ
魔剣士『…』
魔女『ま、魔剣士』
魔剣士『ん?』
魔女『あの…背中だけ、お願い…』
魔剣士『おう』
魔女『…』モジモジ
魔剣士『…』ゴシゴシ
魔剣士(そっか…魔女も恥じらう年頃になったか)
魔剣士(何か、俺も恥ずかしいな…)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
魔剣士『それじゃ魔女、俺今日はもう帰るからおやすみ…』
魔女『ま、待って』ギュッ
魔剣士『うん?』
魔女『もうちょっと、一緒に…』モジモジ
魔剣士『ん…別にいいけど』
魔剣士(どうしたんだろう)
魔女『…』モジモジ
魔剣士『…』
魔剣士(引き止めておいて何も言わんし)
魔剣士(ま、いいか。寂しい時もあるんだろうな)
魔女『…すやー』
魔剣士『ってオイ…人の肩に頭預けて寝るなよ…』
魔女『むにゃむにゃ…魔剣士ぃ…』
魔剣士『はいはいどーした』
魔女『むにゃ…だい、す、き…』
魔剣士『っ!?』
魔剣士(変な夢見てるだけ、だよな…?)
魔剣士(でもちょっと待てよ…魔女位の年頃なら、恋愛するのはごく普通の事…)
魔剣士(で、魔女が知ってる男は俺だけ…)
魔剣士『…』
魔剣士(ま、まままままさかなぁ!?)
魔女『うーん』ドサッ
魔剣士『うわっ体ごと預けて…』
魔女『すやすや』
魔剣士『…』
魔剣士(こうして見ると、随分大人びてきたよな…発育もいいし…)
魔剣士(…って何考えてるんだ俺っ!!駄目だ駄目だぁ!!)ブンブン
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
魔女『ねぇ魔剣士』
魔剣士『わり、もう帰る時間だから』
魔女『…』
魔剣士(そんな悲しそうな目で見るなよ)
魔女『魔剣士…最近冷たいよ?』
魔剣士(仕方ないことなんだよ…)
魔女『ねぇ魔剣士、私何か魔剣士に嫌われるようなことした??』
魔剣士(逆だよ…だから駄目なんだよ)
魔女『何か言ってよ』
魔剣士『…おやすみ。明日もまた来るから』
魔女『あっ…』
魔剣士(明日もまた来なきゃいけない…俺は世話係だから)
魔剣士(本当は距離を置かなきゃいけないってのに…)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日はここまで。
すみません更新頻度落ちます。エタりはしません。
>>43
お久しぶりですw
自分は今でも暗黒騎士萌えですが、前は暗黒騎士ばっか書いてたので読む方は飽きてるかな~とか思ったりで。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
魔剣士『じゃ、もう帰る時間だから』
魔女『待って魔剣士』
魔剣士『じゃあな』
魔女『待ってよ!』グイッ
魔剣士『…っ!』
魔女『最近変だよ魔剣士…?どうしてそんなに冷たいの』
魔剣士『それは…』
魔女『魔剣士、私のこと嫌いになったの…?』
魔剣士『…そうだ』
魔女『!!』
魔剣士(ここで突き放さなきゃいけない)
魔剣士(魔女の気持ちを受け入れることはできない)
魔剣士(だから…)
魔剣士『嫌いだ、魔女』
魔女『…嘘』
魔剣士『!』
魔女『魔剣士は嘘ついてる!私、魔剣士が嘘ついてたらわかるもん!』
魔剣士『嘘じゃない、俺はお前が――』
魔女『私、魔剣士が好き!!』
魔剣士『!!』
魔女『魔剣士は私に楽しいことや嬉しいことをくれる人で――』
魔剣士『それは違っ…』
魔女『何よりも、ドキドキする気持ちを教えてくれた』
魔剣士『それ以上は…』
魔女『魔剣士は私の王子様で、大好きな人なの!』
魔剣士『…っ』
魔女『魔剣士…?』
魔剣士(そんなにはっきり言うなよ…)ポロポロ
魔女『泣いてるの、魔剣士…?』
魔剣士『…駄目、なんだよ…』
魔女『え…?』
魔剣士『魔物との混血である俺も、忌み子であるお前も、恋愛なんて許されないんだよ!!』
それは、この村の掟で。
魔剣士『お前は、俺以外の男を知らないだけだ!』
自分も、魔女以外の女は知らなくて。
魔剣士『俺、だってなぁ…』
言っちゃいけないのに。
魔女『魔剣士…?』
魔剣士『俺だって――』
ずっとずっと――
魔剣士『お前のこと好きだよ!!でもいくらお互い好き同士でも、結ばれることなんてないんだよ!!』
それは、ずっと押し殺していた気持ちだった。
魔女『…ごめんね、魔剣士』
色んな気持ちがごちゃまぜになって魔剣士は泣いた。
魔女はそんな彼を気遣ってか、掴んでいた手を放す。
魔女『魔剣士のこと困らせるつもりはなかった。私、魔剣士のこと苦しめていたんだね』
魔剣士『お前のせいじゃ…』
魔女『でもね、私はいいの』
そして魔女は、包み込むように魔剣士を抱きしめた。
魔女『物語みたくハッピーエンドじゃなくていい。私は魔剣士と一緒にいられたら、それで幸せだから』
魔剣士『…っ』
魔女『だから――これからも一緒にいてよ、魔剣士…』
魔剣士『っ、当たり前だろ!!』
魔剣士も魔女を抱きしめる。その気持ちを込めてか、力強く。
魔剣士『俺はお前のこと幸せにできないし、王子様になんかなれない!!だけどお前への気持ちは本当だし、お前と一緒にいたい!!』
魔女『いいよ、それで――私、それだけで幸せ』
魔剣士『魔女…っ』
それ以上気持ちを言葉にできなくて、溢れる想いを止めることができなくて、魔剣士は魔女の唇を塞いだ。
許されぬ恋と知りながら、幸せな結末はないと知りながら、互いを想う気持ちは抑えられなかった。
魔剣士(せめて――)
少しでも長く一緒にいられるように――無力な彼には、そう強く願うことしかできなかった。
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魔剣士(ああぁもう…)
いけないとわかっていながら想いを伝えてしまった。
後悔――と同時に嬉しさが湧き出てくるのは、どうしようもない。
魔剣士『俺はお前のこと幸せにできないし、王子様になんかなれない!!だけどお前への気持ちは本当だし、お前と一緒にいたい!!』
魔剣士(って…今思い返すだけでも情けねー台詞だよな…)ズヨーン
魔剣士(そうだよ…そもそも何で、俺や魔女がこんな目に遭ってるんだよ)
魔剣士(魔物の血を引いてたり、生まれつき高い魔力を持ってるってだけで、村に受け入れてもらえないなんて…)
魔剣士(じゃあ…村の外の世界ではどうなんだ)
魔剣士(魔女と一緒にこの村から逃げれば…)
閉鎖的な村で育った為、村の外の世界は知らない。
だけど今の状態が不服なら――今の殻を破ってみるのも悪くはない。
魔剣士(そうだ、俺は何の為に自分を鍛えてきたんだ)
魔剣士(よし決めた!この村を出るぞ!魔女は俺が守る!)
『敵襲だー!!』
魔剣士『…え?』
悪魔『ウケケッ、本当に皆殺しにしちゃっていいんだよな~?』
魔王『あぁ構わん。今回の襲撃は首都部に攻め入る訓練だ、手を抜かずにやれ』
悪魔『はいは~い♪田舎だろうと容赦しねーぜ!!』
『くそっ守りを固めろ!』
『女と子供を屋内に隠せ!』
魔剣士(敵の総魔力量が桁違いだ…こりゃ勝てないぞ)
魔剣士(しかも慣れない修羅場に混乱してやがる)
魔剣士(…ん、待てよ、今なら…)
魔剣士は周囲を見渡す。戦える者たちは迎撃準備に入っており、誰もこちらを見ていない。
魔剣士(今ならドサクサに紛れて魔女を逃せるんじゃ…)
魔剣士『…』
魔剣士(考えるより行動だ、行くぞ!)ダッ
魔女『あれ…?どうしたの魔剣士?』
さっき別れたばかりの魔剣士が戻ってきたことに、魔女はキョトンとしていた。
魔剣士『逃げるぞ魔女』
魔女『逃げる…?』
魔剣士『村が魔物の襲撃に遭ってる。ここにいたら殺される』
魔女『えっ』
魔剣士『一緒に逃げよう。村を出るんだ』
魔女『…』
魔剣士『どうしたんだ?』
魔女『怖い…』
魔剣士『怖い?』
魔女『私、ここから外を知らない…知らないのは怖い』
魔剣士『…』
不安がる魔女に、魔剣士は微笑みかけた。
魔剣士『俺も知らないよ、村の外の世界は』
魔女『魔剣士…怖くないの?』
魔剣士『怖くない』
だって、さっき決めたばかりじゃないか。
魔剣士『魔女を守りたいから、怖がってなんかいられない』
魔女『魔剣士…』
魔剣士『それに、いいことあるかもしれないじゃん』
魔女『いいことって…?』
魔剣士『俺と魔女が、ハッピーエンドを迎えられる世界かもしれない』
魔女『…!』
魔剣士『だから行こう。このままじゃどの道、殺されてバッドエンドだ』
魔女『あ、あの、魔剣士…』
魔剣士『ん?』
魔女は魔剣士の手を、両手でぎゅっと握る。
魔女『離さないでね…私のこと』
魔剣士『…当たり前だろ』
決意の表れは、手を握り返す力で証明してみせた。
今日はここまで。
魔剣士イケメンすぎて辛い。
襲撃された村では、あちこちで戦闘が繰り広げられていた。
魔剣士『こっちだ』
魔剣士は彼らの目をかいくぐり、村の外まで魔女を誘導する。
魔女『…』ブルブル
その物騒な光景を見た魔女の手は震えている。
生まれて初めて見た外の光景がこんなものとは、何て気の毒なことか。
魔剣士『俺だけ見てな』
魔女『う、うん…』
魔剣士『じゃ…突っ切るぞ!』
走ることに慣れていない魔女を抱え、魔剣士はひたすら走った。
村はどんどん遠く離れていく。何者かが追って来る気配は感じない。
魔剣士(この山を降りるんだ…!)
魔剣士はただひたすら走り続けた。
悪魔『ヒャーハハハハ、あぁ楽しかった~』
幹部『遊びすぎだぞ悪魔』
悪魔『楽しくなけりゃ殺戮じゃありませ~ん』ベー
魔王『お前達、期待通りの暴れっぷりだったな』
悪魔『だろだろ~♪魔王軍に敵はなし!』
魔王『だが気付かなかったか?2匹程、取り逃がしてしまったようだぞ』ニヤ
悪魔『なぬ』
魔剣士『ハァハァ…』
魔女『ま、魔剣士、大丈夫?』
魔剣士『あぁ…でも一旦休むぞ』
村から大分離れた川辺に来た。魔女を下ろし、そこに座り込む。
濁流の音に耳が鈍るが、警戒は解かない。魔力には敏感なので、何者かが近づいてきたらわかる。
魔女『ここが森?絵本とちょっと違うね』
魔女は生まれて初めて見る外の世界に目をまん丸くしている。
ここの森は若干荒れていて、綺麗な色彩で描かれた絵本の光景とは大分違う。
魔剣士『絵本と同じものなんてないさ』
魔女『そうなの?』
魔剣士『あぁ。絵本は理想を詰め込んだ、綺麗な世界ばかりだ。現実はあんなに綺麗じゃない』
魔女『でも私、絵本の王子様より魔剣士の方が好きだよ』
魔剣士『…』
魔女『どうしたの?』
魔剣士『いや…』
魔剣士(少しは恥じろ!!)
魔剣士(でもそうだよな…魔女は絵本の綺麗な世界しか知らない)
魔剣士『魔女…きっとこれから沢山の辛いことや苦しいことがあると思う』
魔女『え?』
魔剣士『絵本のお姫様もそうだろ。色んな試練を乗り越えて、ハッピーエンドを迎える。だけど現実は、試練を乗り越えてもハッピーエンドを迎えられるとは限らない』
魔女『…』
魔剣士『だけど俺、魔女を守るから…』
魔女『平気だよ、魔剣士。私も頑張るよ』
魔剣士『魔女…』
魔女『魔剣士の言う通り、きっとこれから沢山辛いことや苦しいことがあると思うけど、それでも、魔物に殺されていれば良かったって思う程のことはないと思うの』
魔女は魔剣士に、ニカッと屈託ない笑顔を見せた。
魔女『それに、魔剣士がいるしね!』
魔剣士『…約束してくれ魔女』
魔女『うん?』
魔剣士『これからどんな辛いことや苦しいことがあっても、ハッピーエンドを諦めたりしない。精一杯、生きていくって約束してくれ』
魔女『うん、約束する!指切りしよ!』
魔剣士『…約束だぞ』
魔剣士『――っ!!』
魔女『どうしたの、魔剣士?』
魔剣士『凄いスピードで魔物が近づいてくる…!!』
魔剣士は魔女を庇うように前に立ち、剣を構える。
相手のこのスピード、自分の足では逃げきれない。
魔剣士『来るなら来い…!!』
獣人『見つけたぞ…!!』
魔剣士『クッ』
来たのは二足歩行の、言葉を喋る獣。その毛に染まった血は、村での激戦でついたものだろう。
獣人『ここまで逃げた所を気の毒だが、誰一人逃がすなという命令だ。ここで死んでもらう』
魔剣士『殺されてたまるかよ、来やがれ!!』
そう叫ぶと、魔剣士は剣に炎を纏わせた。
攻防は一進一退。どちらの攻撃も負けてはいなかったが、互いに致命傷を負わせるには至らない。
獣人『先ほどの奴らよりは骨があるな』
力は拮抗している――しかし時間が経てば、ある一点で差が出てくる。
魔剣士(早く倒さねぇと…!!)
魔剣士は焦り始めていた。
早く倒して逃げないと、援軍が来る。1匹相手に手こずっているのだから、援軍が来れば100%負ける。
魔剣士『くっそ、早く倒れろ…っ』
獣人『焦ったな、人間』
魔剣士『!!』
焦りから来る隙を獣人は見逃さなかった。
その爪は魔剣士の腕を大きく切り裂いた。
魔剣士『…っ!!』
魔女『魔剣士ぃ!!』
魔剣士(くそ、これで不利になった…)
腕の痛みに攻撃力が鈍る。
その上更に、現状に追い討ちをかける事態がやってきた。
魔剣士(…っ、援軍が近づいてきてる!!)
魔剣士(このままじゃ2人とも殺される…)
魔剣士(こいつからは逃げられないし…)
魔剣士(魔女に1人で逃げろ…つって逃げるわけないし)
魔剣士『…』
獣人『どうした?覚悟を決めたか?』
魔剣士『あぁ』
魔女『魔剣士…』
魔剣士『だが、死ぬ前に1つ頼みがある』
獣人『何だ』
魔剣士『最後に、最愛の恋人にキスを贈りたい』
魔女『!!』
獣人『ふ…いいだろう、1分だけ待ってやる』
魔剣士『感謝する』
魔剣士『魔女…』
魔剣士は魔女の前に立つ。
その表情は憂いを含んでいて、瞳には魔女だけを映していた。
魔剣士『ごめんな、魔女』
魔女『…』
ハッピーエンドを迎えることはできない。それに対しての「ごめん」だろう。
魔女『ううん、いいよ』
だけど魔女は悲しいとは思わなかった。
物語のようなハッピーエンドは自分にやってこないとわかっていた。それに――
魔女『魔剣士と好き同士でいられたから、それで幸せ』
純真な笑顔を向ける。
それを見た魔剣士の目に、じわっと涙が浮かぶ。
魔女『それより――』
目を瞑り、キスを催促する。
魔剣士『魔女――』
魔女『んっ――』
これが最後の思い出――そう思うと何て甘美なことか。
最愛の人と共に死ぬことができる、それは幸せなことに思えて――
どんっと体を押される衝撃。一瞬、最期の時を迎えたのかと思った。
だが、違った。
魔女『え――』
気がつくと魔女は、背後の川に投げ込まれていた。
魔剣士『生きろよ、魔女――』
獣人『貴様…っ!!』
魔剣士『引っかかったな、ばーか…』
魔女を川の濁流に押し出した魔剣士は、最後の抵抗とばかりに獣人を笑った。
魔剣士(魔女の奴泳げないだろうけど…でも、少しでも生き残る可能性があるなら――)
獣人『死ね、人間!!』
魔剣士『…っ』
獣人の一擊に魔剣士は倒れる。
意識が途切れる瞬間、魔剣士は魔女のことを想った。
そしてそれが、彼が彼でいた時の、最後の記憶となった。
魔女(ぐるしい゛…っ!!)
濁流に飲まれた魔女は溺れていた。
猛スピードで流されていく状況にパニックになり、必死にもがく。だが水を掴んでも、止まるはずもなく。
魔女(もう…)
まともに息ができず、気が遠くなっていた。
死ぬと思った。それなら魔剣士と一緒に殺される方が良かった。そんなこと考えている場合じゃないのに、そんなことだけは冷静だ。
魔女(だ…め…)
そして魔剣士への想いを最後に、意識を手放そうとしていた時だった。
魔女『…ぶはっ』
急に、息ができるようになった。
魔女『え…?』
そして魔女の周囲には空気の塊ができていて、濁流は塊を避けて流れていた。
これはどういうことか――だけど、1つ実感していたことがある。これは、自身で作り出したものだと。
魔女(どうして…?)
魔女は気付いていなかったが、死を目前に彼女の持つ力は覚醒していた。
解放された力は、魔女自身が意識しなくても、彼女を助けていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
魔女『う、う…』
それからどうやって山中を彷徨っていたかは記憶にない。
だが魔女は気付いた時、既に廃墟となった村に戻っていた。
魔女『やっぱり、いない…』
彼女の生まれ育った座敷牢に戻って、一言呟く。
期待していたわけではなかった。それでもやはり心のどこかで、いつもの場所で魔剣士に会えるような気がしていて――
魔女『う…あああぁぁぁっ!!』
生まれてからずっと軟禁されていても、魔剣士がいたから孤独じゃなかった。
魔剣士が世界の全てだった。
だけど彼は、もういない。
魔女『魔剣士、魔剣士いいぃぃ!!』
最後に見た彼の記憶が蘇る。
あの時手を伸ばしていたら、彼と共に逝けただろうか。
魔剣士『生きろよ、魔女――』
魔剣士から聞いた最後の声は、魔女に無理難題を押し付ける。
魔女『もう、やだよぉ…』
魔剣士のいない世界で生きていたいとは思わない。
だけど彼に生きろと言われた。だから、生きなくてはならない。
魔女『魔剣士…ぃ…』
こうして魔女は、死んだように生きていくことを選んだ。
彼女が実りをもたらした廃墟には、自然と世捨て人が集まるようになり、そこは世捨て人の集落となった。
かつてのように魔女を虐げる者は、そこにはいなかった。
それでも魔女の心は、いつまでも魔剣士を引きずっていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
今日はここまで。
魔女の過去編終了です。
>山の麓の街
勇者「あぁあの喫茶店可愛いなぁ…」
魔法使い「こら勇者、目的忘れたか」
僧侶「そうですよ、あんな可愛い外観のお店に戦士さんがいるわけないでしょう」
勇者「そうだよね~…でも戦士と行ってみたいなぁ」テヘヘ
魔法使い(駄目だこりゃ)
僧侶「ここの山の集落にいなければ、もうお手上げですね…」
勇者「世捨て人の集落…戦士ならきっとそこに行く…」
魔法使い「流石古女房。夫のことは何でも知ってるか」
勇者「うん…」
魔法使い「否定せんのかい」
勇者「え、あ!?ちち違う、今のはボーッとしてて!!」
僧侶「まぁ何でもいいです。とりあえず山に入りましょう」
勇者「うん!」ダッ
魔法使い「初っ端から走るなー。バテるぞー」
ガサガサ
魔法使い「流石、世捨て人の集まる山なだけあって、人を拒むかのような足場の悪さだね」
僧侶「戦士さん、あの足でここを歩くのは容易ではないかと思いますが…」
勇者「うん…それでもし魔物なんかに遭遇したら…」
シーン…
魔法使い「ま、まぁ、まずは行ってみないとわからないか!戦士ったら勘はいいし、魔物避けて通る位朝飯前だべ!」
僧侶「それでは勇者さん、あれを…」
勇者「うん!女神の剣よ、その力を!」ピカー
魔法使い「便利だよなー。これで雑魚の魔物は近寄ってこれなくなるんでしょ」
勇者「よし行こう!」
「見つけた」
勇者「!?」
魔法使い「えっ!?」
僧侶「!!」
魔女「その力…それが女神の剣かな」
魔法使い「い、いつの間に…」
僧侶「…この魔力、人間のものですが」
3人に気づかれずに後方に立っていた魔女を警戒し、3人とも身構える。
魔女「貴方たち、勇者一行?」
勇者「ん?うん…私が勇者だけど」
魔女「それじゃあ、やっぱりそれが…」
魔女は女神の剣を睨む。
魔王に「破壊しろ」と命令された剣――
勇者「なに、なに?この剣がどうかした?」
魔女「お願い――」
魔女は大きな魔力を放出する。
魔女「大人しく、その剣を手放して!!」
狙いは一点。猛スピードで魔力の塊が剣に向かっていった。
僧侶「何のつもりかわかりませんが…」
魔法使い「させるかあぁぁっ!!」
2人同時に防壁を張り、魔女の魔力は打ち消された。
僧侶「…っ、2人がかりの防壁が一擊で壊れました!」
魔法使い「凄い魔法の使い手だ!」
勇者「剣を狙ったね、どういうつもり!?」
魔女「私はその剣を破壊する、それだけ」
僧侶「これは魔王を討てる唯一の武器なんですよ、それをわかっていて!?」
魔女「そんなの――」
魔女の目的の前には関係ないし、理解して貰おうなんて思わなかった。だから事情の説明をする気もなかった。
魔法使い「剣を狙うなら迎撃するだけだ、行くよ僧侶!」
僧侶「はい!」
2人は魔力を纏い、迎撃の構えをとる。
だが――
勇者「待って」
勇者が2人の間を突っ切り、前に立った。
勇者「2人は下がってて。私がやるよ」
魔法使い「え!?」
僧侶「そんな、危険ですよ」
魔女「…」
勇者の意図は魔女は勿論、味方もわからなかった。
だがそれでも、勇者は力強い表情で2人を制する。
勇者「私が相手する。2人は、私が負けそうになった時に助けて」
魔法使い「あー、ハイハイ。言いだしたら聞かないんだから」
僧侶「わかりました、お気を付けて」
勇者「ありがと。じゃ、行くよ」ダッ
勇者は一直線に魔女に向かっていった。
魔女「…」
魔女は冷静に勇者の動きを見る。
速度、そんなに速くない。剣のリーチまで、あと4歩といった所か――
魔女(ギリギリ近づいたら、撃つ)
ビュンッ――
魔女「!?」
急な風切り音に嫌な予感がした。
魔女は咄嗟に周囲に防護壁を張った。そしてその判断は、間違っていなかった。
ビュウウゥゥンッ
魔女「…っ!!」
勇者「あー…」
勇者から放たれた剣撃が風を起こし、周囲の草や木を切り刻んだ。
もし、ガードしていなければ自分も今頃――
勇者「それじゃ、これは?」
魔女「!!」
勇者が地面を叩きつけたと同時、地面に亀裂が走り、それは魔女に向かっていった。
魔女「…っ」
魔女はふわっと体を浮かせる。
地面の亀裂は後方の木に向かい、木が真っ二つに割れた。
勇者「外した」
魔女「…その力は何」
どう見ても人間離れしている技だが、魔力は感じられない。
疑問が口に出たが、答えて貰えるとは思っていなかった。
勇者「あぁ、これ?女神の剣には、自然界の精霊の力も宿ってるみたいで」
魔女「…」
だから勇者があっさり白状したことが、魔女には理解できなかった。
魔女(でも、勇者が仲間を下がらせた理由がわかった)
勇者の攻撃は範囲が広くて、仲間を巻き込みかねない。
仲間を気にせずに1人で戦う方が、戦いやすいのだろう。
魔女「いいわ、貴方を倒して剣を破壊する…」
魔女は電撃の塊を手に纏う。
魔女「だから早く倒れて…!」
勇者「やだね、迎え撃つ!」
魔女「…っ!!」ドゴオオォォン
勇者「せやあぁっ!!」
魔女の攻撃を勇者が斬り、勇者の剣撃を魔女が防御する。
攻防は互いに、ダメージを与えることなく続いていた。
魔女(厄介…)
勇者は悪魔みたいに単純な相手ではない。
精霊の力という、魔女にとっては未知の力を巧みに操る。
魔女(やり方を変えないと、倒せない)
勇者「せやーっ!!」
魔女「ふん」ビュッ
魔女は勇者の攻撃を一旦弾いた後、空中に退避した。
魔女(これしか手はない)
安全策で戦っていても勇者は倒せない。
勇者を倒す為には――捨て身の覚悟で行かなければ。
魔女「…」ゴオォッ
魔法使い「!?」
僧侶「凄まじい力…」
魔女(全力をこの一擊に託す…!!)
ありったけの魔力を手に溜めた。
その魔力放出量に魔女自身、頭がクラクラしたが、これ位やらないと足りない。
そしてそのまま目標――勇者と剣に狙いを定める。
魔女「魔剣士…」
勇者「…っ!!」
魔女が魔剣士の名を呟いたと同時、勇者は魔女の執念を感じ取ってか身震いする。
一方で魔女の決意はより固いものとなる。
負けられない。ここで勝って、絶対に魔剣士を――
魔女「――――っ!!」ゴオオォッ
勇者「!!!」
魔女は猛スピードで勇者に向かって落下する。
超至近距離で勇者の剣に攻撃を叩き込むつもりだ。接近戦が苦手な魔女にとっては危険そのものだが、威力は確かだ。
魔女「倒れて――っ!!」
勇者「――」
「勇者ああぁぁ――っ!!」
魔女「!?」
勇者「あっ!?」
腕に走る激痛。魔女は一瞬、何が何だかわからなかった。
だけど腕が目標から弾かれ――結果、大きな隙が出来た。
勇者「でああぁっ!!」ドゴッ
そして今度は、腹に打撃を喰らい――
魔女「えぁ…っ」
勇者「峰打ちだよ」
魔女は地面に膝をつく。
倒れざま魔女は、目線の先に予想外のものを2つ、捉えた。
元戦士「ハァ、ハァ…」
バランスを崩しそこに座り込んでいる元戦士。そして…
魔女(義足…?)
先ほど自分の腕を打ったものの正体――元戦士が投げた、義足だった。
今日はここまで。
義足外して立位バランス崩しながらも義足ブン投げて狙い通りヒットさせるとはなかなかやるなとツッコまれる前に言っておく(`・ω・´)
勇者「戦士ぃ!」
義足を失い動けずにいる元戦士に、勇者が駆け寄る。
勇者「戦士、だ、大丈夫!?」
元戦士「こっちの台詞だ…」ゼーゼー
魔女「~っ」
魔法使い「おっと、動くなよ」
この隙に立ち上がろうとした魔女だったが、その前に魔法使いが魔女の額に指を当てる。
もし下手なことをすれば、やられるのは自分だろう。
僧侶「貴方は何者ですか。どうして剣を狙ったんですか」
魔女「…」
元戦士「そいつは口下手だから俺から説明する。つっても、俺も全部わかってねーけどな…」
そう言って元戦士は勇者達に、知る限りのことを説明した。
集落を魔王が襲撃してきたこと、魔剣士は魔王に記憶を奪われているらしいこと、そして魔女は、魔剣士を人質に取られ、剣の破壊を命じられたことを。
魔法使い「なるほどなぁ。女神の剣は魔物には破壊不可能。だから勇者に匹敵する力を持つその女を、魔王は利用したってわけか」
勇者「そうだったんだ…」
僧侶「でもこの剣を破壊したら魔王を討つ手段は無くなるんですよ。この世界が魔王に支配されたら、どんなことになるか…」
魔女「関係ない」
僧侶「関係ないって…」
魔女「私には魔剣士さえいればいい…魔剣士さえ側にいてくれれば、世界がどうなっても構わない」
僧侶(何て厄介な…)
元戦士「おい魔法使い、その女やっちまった方がいい。じゃねぇと、また襲いかかってくるぞ」
魔法使い「そうだね」
勇者「待って」
元戦士「勇者?」
勇者「ねぇ…魔剣士って、魔女さんにとって大事な人なんだよね?」
魔女「…えぇ」
勇者「そうか…」
元戦士「おい勇者…」
勇者「それなら仕方ないよ。私、魔女さんを許す!」
元戦士「は!?」
魔女「!」
魔法使い「!?」
僧侶「えっ…」
魔女は一瞬、その言葉に耳を疑った。
元戦士「おい馬鹿かお前、許すって…」
勇者「魔女さんは大事な人の為に利用されただけだもん、だから許すよ」
元戦士「だから許すって…一歩間違えば、この女の行動によって世界が魔王に支配されていたんだぞ!なのに…」
その通りだ。自分は勇者にとって、許されないことをしたはずだ。
勇者「でも勝ったのは私。それに…」
勇者は元戦士を、哀しげな目で見つめる。
勇者「大事な人が自分の目の前からいなくなったら――私、その気持ちわかるから」
元戦士「勇者…」
魔女(あぁ…そうなんだ)
勇者と元戦士、互いを見る目に自分と魔剣士を重ね、魔女は2人の想いを察した。
勇者「私にいい考えがあるの」
元戦士「いい考え?何だそりゃ」
勇者「それはね…魔女さん、私達の仲間になって!」
魔女「…え?」
魔法使い「ちょ、待てっ!」
僧侶「勇者さん、どういう意図で…」
勇者「だって魔剣士にかけられた呪いは魔王がかけたんでしょ?なら、魔王を倒せば呪いはとける。魔女さんが仲間になってくれれば心強いよ!」
魔女(…ばかなの、この子は)
魔法使い「で、でも仲間にするのは反対だなー。だっていつ裏切るかわからないよ」
魔女(…その通り)
魔女は今ですら、女神の剣を破壊することを諦めてはいなかった。
きっと行動を共にすれば、自分はその隙を伺うだろう。
勇者「うーん。じゃあさ魔女さん、裏切ってもいいけど、それはある瞬間が来るまで待っててくれないかな」
魔女「ある瞬間…?」
勇者「そ。魔女さんの目で私と魔王の戦いを見て、それでも私が負けるだろう…って思った瞬間」
魔女「…!?」
勇者「魔女さんは強い方につけばいいだけだから、損はしないと思うよ!」
元戦士「そんな上手いこといくと思ってんのか!?」
勇者「勿論」
勇者の表情は自信に満ち溢れていた。
勇者「だって私は勇者だよ。人々を救うのが私の使命――だから、魔女さんのことも救ってみせる」
魔女(救う…?私を…?)
魔剣士以外の誰かに手を差し伸べてもらったことはない。
それが当たり前だと思っていた。だから魔剣士がいなくなってから誰にも頼らず生きてきたわけで――
勇者「安心して魔女さん、絶対に魔剣士を正気に戻してみせるから!」
魔法使い「…こりゃもう言っても聞かないパターンだな」
僧侶「そうですね」
元戦士「ったく、相変わらずだなーぁ…」
仲間たちは反対しなくなっていた。こんなことは日常茶飯事だからか、勇者を信頼してのことか。
勇者「ね、魔女さん。だから私に、力を貸して!」
差し伸べられた手。それは何だか「救い」に見えて――
魔女「…うん」
気付いた時には、自分はその手を握っていた。
初めて触れた、魔剣士以外の誰かの手は、これ以上ない位温かかった。
>山の麓の街・宿
元戦士「…」
勇者「さーて戦士、話をじっくり聞かせてもらうよ」
元戦士はベッドで勇者に追い詰められていた。
さっき勇者を助けた際に乱暴な扱いをされた義足は壊れてしまい、そのせいで物理的に逃げられない状態になってしまったのだ。
勇者「どうして勝手にいなくなったの」
元戦士「別に…」
勇者「戦士の体のことで、私が気にすると思ったの?」
元戦士「…」
図星を突かれ何も言えない。
勇者に自分を忘れてほしいという気持ちがあったのは確かだ。
勇者「…ばか戦士。黙っていなくなられた方が気にするよ」
元戦士「あー…」
勇者がそう言うことは予想できないわけではなかった。
勇者「戦士が待っていてくれるなら、私は安心して魔王討伐に――」
元戦士「そうじゃない」
だけど失踪した理由は、それだけじゃなくて。
元戦士「お前の武勇が耳に入らない場所に行きたかった。…惨めになるから」
それが自分が失踪した、もう1つの理由だった。
元戦士「同じ師の下で剣を習い、肩を並べて戦ってきたお前と差がつく――こんなに惨めなことはない」
勇者「そんなっ、それは戦士が私を庇ったせいで…」
元戦士「違う。俺が言いたいのはそういうことじゃない」
勇者が思っているよりも、ずっとずっとシンプルな理由。
元戦士「俺自身の未練を断ち切りたかった――お前の仲間という立場へのな」
世界を救う旅を、勇者と共に全うしたかった。
いや、それ以上に。
元戦士「俺は――」
魔女と同じだ。
世界がどうとか、そんなのは二の次だ。
ただ単純に、勇者の側にいたかった。
勇者「…私もだよ、戦士」
元戦士「…え!?」
一瞬どきりとした。思っていたことを口にしてしまったか。
だが、そうではなかった。
勇者「私、戦士の考えていることわかるよ」
元戦士「…」
屈託のない笑顔を見て思う。
勇者が言うなら、きっとそうなのだろう、と。
元戦士「まぁ安心しろ」
何だか気恥ずかしくて話題をそらす。
元戦士「義足が直るまでどこにも行けん。それに集落はもう壊滅状態だ、行く場所もない」
勇者「うん…早い所魔王を見つけ出して倒さないと、集落みたいな場所が増えてしまうね」
魔女「その話だけど」
元戦士&勇者「!?」ビクウゥッ
急に入ってきた魔女に2人同時に驚く。
元戦士「お前な、ノックくらいしろよ!」
魔女「どうして?」
元戦士「…」
先ほど魔女の生まれ育った境遇を軽く聞いたが、魔女の育ちはかなり特殊だ。
きっと「ドアはノックして入るものだ」というマナーすら、身につける場面がなかったのだろう。
勇者「ま、まあいいや。それで魔女さん、話があるの?」
魔女「えぇ。魔王の居場所、特定できる」
元戦士&勇者「!!」
魔女「魔王の魔力はかなりのものだから、離れていても感じる」
勇者「それで、魔王はどこに!?」
魔女「方角としては、あっち」
魔女は窓の外を指差す。
魔女「私の浮遊魔法を使えば、2日くらいで行けると思う」
勇者「そうなんだ!連れてってくれる、魔女さん!?」
魔女「えぇ」
元戦士「そうか2日後か…」
元戦士は集落で見た、あの圧倒的な魔王の力を思い出す。
あれと勇者が戦うと考えただけで、不安だ。
勇者「あれあれ~?戦士ったら心配してくれてるの~?」
元戦士「…そりゃ相手は魔王だから、心配しないわけがないな」
勇者「ふーん…理由はそれだけ」
魔女「………あ、ごめん」
勇者「え、何が?」
魔女「話は終わったから、あとは2人で思う存分イチャイチャしてて」
元戦士&勇者「!?!?」
魔女「それじゃ…」
勇者「ちょちょちょっと待ってえぇ!?イチャイチャって!?」ガシッ
魔女「え?2人は恋人じゃないの」
元戦士「違あぁう!!」
勇者「そ、そ、そうそう、幼馴染で…」
魔女「あぁ。両思いで恋人未満」
元戦士「」ブーッ
勇者「りょ、両思いだなんて」アワワ
魔女「まぁ別に何でもいいけど。私は邪魔だろうから出て行く」
元戦士「空気読んでるようで余計なお世話だかんな!?」
魔女「よくわからないけど…それじゃ」パタン
元戦士&勇者「………」
とても気まずい空気を残して、魔女は部屋から出て行った。
元戦士「……」
勇者「……」
元戦士&勇者「「あの」」
元戦士「な、何だ?」
勇者「あ、いや、戦士がどうぞ!?」
元戦士「やーその………か、勝てよ」
勇者「……うん」
元戦士&勇者「………」
この空気、どうしてくれようか。
結局どうすることもなく、気まずいまま時間は流れた。
今日はここまで。
恋愛事に関して素直な魔女には、元戦士と勇者の互いに気恥ずかしい気持ちが理解できないのです。
乙!
魔王の所に行くまで山も谷も無いのかww
>翌日
勇者「それじゃ戦士、行ってくるね」
元戦士「あぁ」
松葉杖に頼りながら、街の前まで勇者達を見送りに来た。
これから4人は、世界の命運を賭けた戦いに挑むのだ。
魔法使い「戦士、今度は逃げるなよ~。魔王を倒したら、君も勇者一行の一員としてパレードに強制参加ね」
元戦士「おいおい…やめてくれ、俺は目立つのは嫌いなんだ」
僧侶「でも戦士さんがいたから、勇者さんはここまで強くなれたんです」
勇者「そうだよ戦士。戦士がいなかったら私、旅の序盤でくじけていたと思うよ」
魔法使い「君は勇者一行にとって、なくてはならない存在だし、今でも仲間だよ!」
元戦士「皆…」
魔女「まだ~?」
勇者「あ、ごめん魔女さん!今行くから!それじゃあね戦士、期待して待ってて!」
元戦士「あぁ」
そして4人は、魔女の浮遊魔法で魔王のいる方角へと向かっていった。
元戦士は、4人が見えなくなるまでその姿を見送った。
元戦士(無事に戻ってこいよ…)
>2日後、魔王城付近
勇者「こんな所に魔王城があったなんて…」
魔法使い「人がなかなか訪れない場所のようだね。空気が全然違う」
魔女「結界があって、これ以上は近づけない。着地するよ」
僧侶「結界ですか…どうやって中に入りましょうね…」
魔女「…今はそれ所じゃないよ」
勇者「え?…あっ!!」
立ち往生していると、魔王城の中からわんさか魔物が出てきた。
侵入者の気配に気付いて来たのだろうか。
悪魔「いひゃひゃ、まさかそっちから来てくれるとはな~ァ!!」
獣人「魔王様のご命令だ、全員生きては返さん」
50匹近い魔物達は全員殺気立っている。これはもう、戦闘は避けられないだろう。
勇者「仕方ない、やるか!」
魔女「いや、貴方は先に行って」
勇者「え?」
魔女「結界の魔力を探ってみたんだけど、女神の剣の加護を受けている貴方なら通れそう」
勇者「そ、そうなの!?」
魔法使い「それならここはウチらが引き受けて、勇者は先に行った方がいいな」
勇者「でも…3人とも大丈夫?」
悪魔「なーにゴチャゴチャ言ってやがる、来ねぇなら食っちまうぞ~!!」
魔女「貴方程度の魔物、何匹集まろうと同じ事」
魔女が前に出ると、彼女を中心として炎の渦が出来上がった。
一瞬の出来事に魔物達はざわつきだす。
魔女「魔物達の気を引くから、その隙に行って」
勇者「う、うん!」ダッ
魔女(さて――)
勇者が魔王を倒すまで――どれ位かかるかわからないが、やってみせる。
勇者「でりゃああぁぁ!!」ズバッ
勇者(城内は雑魚しかいないな…主力はさっき全員出てったのかな)
勇者「魔王、どこだーっ!?」バァン
魔王「うるさい小娘だな」
勇者「あっ!?」
勢いよく開けた扉の先――そこには威圧感たっぷりの女が待ち構えていた。
勇者「お前が魔王!?」
魔王「その通り…よくぞ来たな勇者よ」
勇者(う…強そう)
魔王「たった1人で私を倒せると思って来たのか?笑わせてくれる」
勇者「勇者をなめないでよね!」
勇者は剣先を魔王に向け挑発する。
勇者「勇者は魔王を討つ英雄なんだ、1人でも勝ってみせる!」
魔王「ほう…面白い!!」
両者の戦いの火蓋は、切って落とされた。
>一方…
魔物「「ぐあああああぁぁぁ」」
悪魔「クッソ、この数を相手に…!!」
魔女「…次にやられたいのは誰」
戦いが始まって数分で、魔女は10匹もの魔物を焼き尽くしていた。
これでも力はセーブしている。余裕の表情に偽りはない。
魔女「…今まで散々手を煩わされてきたけれど、貴方を生かしておく理由もなくなった」
悪魔「げっ」
魔女に睨まれた悪魔は硬直する。
魔女の強さは、この中では悪魔が1番知っている。彼女が今まで、悪魔を殺さないよう手加減していたことも…。
魔女「強い人から削った方が後々楽。貴方は魔王軍幹部だし…」
悪魔「お、おおぉ」ブルブル
悪魔は正直怖気づいていた。
だが他の魔物達の手前、逃げ出すわけにはいかない。
魔女「さよなら」ゴォッ
悪魔「!!!」
魔女が放った火の玉を回避できず、悪魔は一瞬死を覚悟した――
――が、しかし
シュバッ
魔法使い「あっ!?」
僧侶「!!」
巨大な火の玉が2つに割れた。
悪魔「た、助かった~ぁ…さんきゅ魔剣士」
魔剣士「…」
魔女「魔剣士…」
群れの中にいるだろうとは思っていたが、やっと姿を現した。
悪魔の声かけにも反応せずこちらに剣を向ける姿は、まるで操り人形。
魔女(魔剣士…絶対に貴方を取り戻してみせる)
魔剣士「…」ダッ
魔女「魔剣士…!」
向かってくる魔剣士に魔女は構える。
魔剣士だけは殺さない。だけど手を抜いて自分が殺されては意味がない。
勇者が魔王を倒すまで魔剣士を抑える――戦いの目的は決まった。
魔剣士「…」ビュンッ
魔女「…っ」シュッ
剣と魔法を両立した戦い方は2年前と変わらなかったが、彼は明らかに強くなっていた。
恐らく魔王に拾われてから剣も、魔法も、鍛えられたのだろう。
魔女(それだけじゃない)
魔王に奪われたと思われる「心」。
感情に左右されなくなったことで、彼の戦い方に迷いが無くなった。
魔女(だけど)ドオオォォン
魔剣士「…っ」ドサッ
それでも、魔女が苦戦する程ではなかった。
2年前に解放してから、努力もせずに強くなった恐ろしい程の魔力――それは魔女が忌み子と恐れられたのも納得できる程のものがあった。
魔女(いける!)
魔剣士「…!!」
重力魔法で魔剣士を抑えつける。
これで魔剣士は思うように動けない。この間に他の魔物を倒す。
魔女は魔物達の群れに意識を戻す。
だが、その時だった。
勇者「うわあああぁぁぁ」
魔女「…勇者?」
魔王城の最上階から勇者が落ちてきた。
魔女はそれを冷静に眺めながら、勇者の落下先に魔法をかけた。
勇者「痛ぁっ…く、なーい!?」ポヨン
魔女「何」
勇者「あ、魔女さんが助けてくれたの、ありがと~」
魔女「魔王との戦いはどうなったの」
勇者「あ、うんうん、今戦闘中!」
魔女「…」
何だか気が抜ける。
しかし見た限り勇者に大きな怪我はない。どうやら魔王相手に善戦しているようだ。
魔王「何だ、まだ1人も削れていないのか。情けない奴らめ」
勇者「あっ!」
魔王が城の最上階からゆっくり降りてくる。
魔王は魔女と目が合うと、愉快そうに笑った。
魔王「まさか勇者側につくとはなぁ…一体どんな口説き文句で落とされたんだ」
魔女「勇者が貴方に負けそうだったら、いつでも裏切っていいって」
魔王「ほう…それで、この勇者の醜態を見ても裏切りはしないのか」
勇者「私はまだ負けてない!!」
勇者は魔王に一擊を叩き込む…が、魔王は硬質化した腕で剣をガードした。
魔王「ひ弱な小娘が」ドォン
勇者「…っ!!」ブワッ
魔王の魔法が発動したと同時、女神の剣が爆風を起こし勇者を吹っ飛ばした。
その様子だけ見れば間抜けだが、これにより勇者は攻撃を回避していた。
魔王「やはり厄介な剣だ。全く、たかだか小娘1匹倒すのに何て面倒な」
勇者「まだまだ勝った気にならないでよね!!」
真空、地割れ、雷、炎…女神の剣は様々な力を発揮し魔王に攻撃を仕掛ける。
だが魔王はそれを次々ガードしていた。
魔王「無駄だ、精霊の力など容易く読める!!その程度で私を倒せると思うな!!」
魔女(…確かに効いている様子はない)
考える。勇者と魔王では魔王の方が格上ではないか。
考える。魔王との戦いに集中している今の勇者なら、不意打ちも容易い。
考える。魔剣士が戻ってくるのなら、どっちが勝とうとも――
魔女「…」
魔女は勇者の戦いを注視する。
勇者がこちらに背を向けた瞬間――その時を狙って…
勇者と魔王の打ち合いは白熱している。あと少し、あと少し…
魔王「――今だやれ、魔剣士!!」
魔女「――っ!?」
勇者「は!?」
魔剣士「…」ビュンッ
魔剣士が魔王と挟みうちになる形で勇者に攻撃を仕掛けていた。
魔女(いつの間に…)
勇者と魔王の戦いに集中していたせいか、魔剣士への重力魔法が弱まっていたらしかった。
しかし勇者を裏切ることに決めた魔女に焦りはなかった。
――その判断が、間違っていたと気付かずに。
勇者「くっ!!」カァン
勇者が魔剣士の剣を受け止める。
それと同時だった。
魔王「かかったな勇者、死ねえええぇぇっ!!」ゴオオォォッ
魔女「!?」
魔王の放った火炎放射は、魔剣士ごと焼き尽くそうとしていた。
魔女(うそ、魔剣士が…!!)
魔剣士を助けたかった。だが魔女の反応は遅れていた。
もう駄目だ――
魔女(魔剣士…っ!!)
勇者「でりゃあ!!」ドカッ
魔剣士「…っ」
魔女「!?」
勇者の蹴りが、魔王の攻撃範囲内から魔剣士を押し出していた。
魔法使い「危なぁい!!」ドカアァァン
勇者「あだーっ!!」ドサッ
間一髪。魔法使いの爆発魔法によって勇者は吹っ飛ばされ、火炎を免れた。
勇者は地面に思い切り尻を打ったようだが、それでも大ダメージは回避できた。
勇者「~っ、魔剣士を囮にして不意打ちとは、それでも魔王か!!」
魔王「お前がややこしい戦い方をするからだ」
勇者「今度は引っかからないからね!!」
勇者はひるむことなく魔王に向かっていく。
その一方で、魔女は混乱していた。
魔女(勇者が蹴飛ばさなければ、魔剣士は殺されていた…)
魔女(勇者はどうして魔剣士を…?)
勇者『だって私は勇者だよ。人々を救うのが私の使命――だから、魔女さんのことも救ってみせる』
勇者『安心して魔女さん、絶対に魔剣士を正気に戻してみせるから!』
魔女「…っ!!」
勇者はまさか、魔剣士を助けようとしてくれたのか――自分が殺されるかもしれない、その瞬間に。
魔女(今勇者を裏切れば、魔剣士が返ってくるかもしれない…)
魔女(魔王は、魔剣士を犠牲にしようとしたのに…)
魔女(だけど勇者は魔剣士を助けてくれた…)
魔女(そんな勇者を裏切ってもいいの…?)
魔女(それを知ったら魔剣士は、どう思う…?)
魔女「…」
今日はここまで。
あと1回の更新で完結させたい所です。
>>108
いらない描写はどんどん削っちゃうよォ♪って感じです。
えー、終わるの?
面白かったからもっと楽しみたかったのに…
勇者「ハァ、ハァ…」
何とかここまでギリギリ持ちこたえてはきた。しかし勝機を見出すことはできない。
魔王「どうした勇者ぁ!!動きが鈍っているぞ!!」
勇者「…っ」
勇者は疲れていた。パフォーマンスは確実に落ち、それが魔王との差をどんどん広げている。
勇者(このままじゃ…)
魔女『諦めるの?』
勇者「――え?」
魔女『貴方は勇者なんでしょ…魔王を倒すんでしょ』
勇者(この声…頭に直接響いてくる)
魔女『私にしてくれた約束、覚えている?』
勇者「当たり前っ!」
救うと約束した人の前で弱気になんてなれない。
それに――
勇者(戦士…っ)
今も信じて待ってくれている人がいる。
彼の所に帰るまで――
勇者「絶対に、負けられるかああぁぁっ!!」
魔女「…安心した」
闘気を持ち直し、魔王に向かっていく勇者の耳に、魔女の声は届かなかった。
そして――
魔王「――っ」
勇者「…えっ!?」
魔王「が…っ」
女神の剣は魔王の胸に、深く突き刺さっていた。
だが、突き刺している勇者自身が信じられなかった。
自分が向かっていった時、まだ魔王との距離が足りなかったはずだ。それなのに、まるで――魔王の方からこっちに向かってきたような…
勇者(というか、何か背中を押されたような…)
魔王「グ…き、貴様…っ」
勇者「え?」
魔王が睨んだ先――それは勇者の向こうにいる、魔女だった。
魔女は相変わらずの涼しい顔をして、魔王の睨みを受け流す。
勇者(そういうことか…)
それでようやく勇者は察した。自分が魔王に狙いを定めた瞬間、魔女が魔法で自分を押し出して魔王との距離を一気に縮めたことを。
魔女(上手くいくものね)
正直、賭けに近い方法だった。
こんな方法取るより、勇者を裏切る方が遥かに簡単な手段だった。
魔法(それでも、まぁ)
魔剣士を助けてくれた勇者を裏切るよりは、遥かに気持ちのいい手段だった。
悪魔「ま、マジかよ…魔王のおばちゃんがやられちまった…」
魔王が倒れると同時、集まっていた魔物達の勢いが無くなる。
勇者は魔王の胸から剣を引き抜くと、魔物達を睨みつけた。
勇者「残党刈りといこうか…?」
悪魔「へっ、冗談じゃねぇ」
悪魔初め、翼のある魔物達は宙に舞う。そうでない者たちは、既に逃げ出していた。
悪魔「魔王無き魔王軍が勇者と戦う理由なんざ無ぇよ!けど覚えてろよ、新たな魔王が現れた時、俺たちは再び人間に牙をむく!!」
そう言い残し、魔物達は飛び去っていった。
何やら不吉な言葉だが――しかし今は、魔王を倒したことを喜ぶべきか。
勇者「さぁ、これで魔剣士にかかっていた呪いも解け…」
魔王「そうはさせるか…」
勇者「――え?」
魔王「魔剣士、死ね!!」
魔女「!?」
かすれた声の魔王の怒号が響くと同時、魔女は振り返る。
だがその瞬間には――
魔剣士「…っ」ズシュッ
魔剣士が、己の胸に剣を深く突き立てていた。
魔女「魔剣士いぃ――っ!!」
魔女は悲鳴をあげ、すぐさま魔剣士に駆け寄る。
勇者「何のつもりだ!?」
魔王「クク…魔王に逆らったことを…こうか…い…」
勇者「!!」
魔王はそれきり動かなくなった。
だが今はそれよりも――
魔法使い「僧侶、早く治療を!!」
僧侶「くっ…回復速度が追いつきません…!!」
地面に倒れた魔剣士を取り囲む。
魔剣士の息は荒く、顔色は真っ青になっていた。
魔女「魔剣士、魔剣士、嫌あぁ!!」
魔剣士「魔女…か…?」
魔女「!?」
勇者(魔剣士…正気に戻った!?)
魔剣士「俺は、ずっと魔王の奴に…お前にまで、剣を向けて…」
魔女「いいの、魔剣士は悪くない…!」
魔剣士「魔女…俺のことなんて、忘れて良かったのに…」
魔女「忘れられるわけないじゃない! 魔剣士は私の、大事な人だもの…」
魔女の目からぼろぼろ流れる涙が魔剣士の顔に落ちる。
そんな魔女とは対照的に、魔剣士の口元は笑みを浮かべていた。
魔剣士「俺はお前に、生きろって言ったよな…」
魔女「うん、うん。生きていたよ。ずっと貴方を思いながら生きていたよ」
魔剣士「馬鹿だな…ずっと俺を引きずって、死んだも同然の生き方して…そんなの、生きてるって言わないだろ…」
魔女「仕方ないじゃない…」
魔女は魔剣士の両頬を抑えて、声を震わせた。
魔女「魔剣士がいない世界なんて、死んだも同然だもん…そんな世界で、生きていけるわけないじゃない…」
魔剣士「お前、本当に馬鹿」
魔剣士は困ったように笑う。だが言葉とは反面にその表情はどこか、幸せそうだった。
魔剣士「あぁ勇者、色々と悪いことをした…俺にはもう、償う手段が…ゲホッ」
魔女「魔剣士ぃ!!」
勇者「ああぁ…」
そして魔剣士の瞼は、ゆっくり閉じていき――
魔女「…いや」
だが、閉じきる前のことだった。
魔女「絶対に、嫌!!」
魔法使い「魔女…?」
魔女「また魔剣士がいなくなるなんて、そんなの嫌あぁ――っ!!」
魔女の体が発光し――そしてその光は、魔剣士の体に吸い込まれていく。
勇者「これは…魔女さんも回復魔法使えたの!?」
僧侶「この力は…違う、これは魔力じゃない…」
魔法使い「えっ?」
僧侶「これは魔力じゃなくて…魔女さんの生命力です!!」
勇者「!?」
魔剣士「馬鹿お前、やめ…」
魔女「やだよ」
魔女は魔剣士の上半身に体を重ね、彼に顔を近づけながら手をしっかり握った。
魔女「だってこれが、私のハッピーエンドだもん」
魔女の笑顔に陰りはない。
魔女「私を生かすことができるのは魔剣士だけ。それは変わらないの、今も、昔も」
魔剣士「魔女…」
魔女「魔剣士なしじゃ、私、生きられないから…」
魔剣士「…」
何か言おうとした魔剣士だったが、諦めたように笑い、そして魔女の体を腕で包み込んだ。
魔剣士「本当に馬鹿だよな、お前って」
魔女「そうだね…魔剣士のこと以外は、私の頭空っぽだもん」
魔剣士「ごめんな、長いこと1人にさせて…」
魔女「魔剣士、これからは――」
魔女は魔剣士の唇に唇を重ねた。
これからは、ずっと――
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元戦士「…なるほど、それが向こうであった出来事か」
勇者「ごめんね、最初に戦士に伝えたかったんだけど…」
元戦士が事の経緯を聞いたのは、魔王を討伐してから1週間後のことだった。
国の占い師が魔王討伐を察知したことにより、勇者達は元戦士に会う前に国に連れ戻されてしまい、それから1週間はお祭り騒ぎでゆっくり話している時間も無かった。
元戦士「けどまぁ、何となくそんなことじゃないかと思ったがな」
元戦士は並んで眠る2人…魔女と魔剣士を横目で見ながらそう言った。
元戦士が国に戻ってきた時、2人は既にこの状態になっていた。
元戦士「もう目を覚ますことはないのか」
勇者「わからない…けど2人両方を助けるのは難しいって…」グスッ
元戦士「どっちか片方だけ助けるのは、助かった方が納得しねぇわな」
勇者「戦士、私、2人を救うって約束したのに…」グスグス
元戦士「救われたと思うぞ、2人とも」
その証拠に2人とも、幸せそうな笑顔で眠っている。
元戦士「きっと2人ともここではない、2人だけの世界にいるんだろうな」
勇者「うん…うん」グスッ
元戦士「ほらもう泣くな、そんな顔他の奴に見られたら、世界救った英雄として恥ずかしいぞ」
勇者「わかってる…わかってるけど、戦士だけは…うわあああぁぁん」
勇者は元戦士の胸に飛びついて大泣きする。
元戦士はそんな勇者の頭を、黙ってポンポン叩いてやるのだった。
元戦士(あぁ仕方ねぇ、落ち着くまでこうしているか)
勇者、魔法使い、僧侶、そして元戦士――彼らは英雄として、全世界から喝采を浴びる存在となった。
毎日様々な国から客が訪れ、気の休まる日はない。
勇者「あーもうヘトヘト。って、もう1日が終わるー」グッタリ
元戦士「ま、その内客足も落ち着くだろ」
勇者「だといいけどー…」
元戦士「もうちょい辛抱しろ、大人ならな」ククク
勇者「辛抱できますー、大人ですからーっ」
元戦士「そうかそうかー」
2人でいる時は、互いに自然な自分を出せる時間。
最近はこの時間が、とても貴重なものに思える。
勇者「それより戦士…悪魔が去り際に言った言葉だけど…」
元戦士「あぁ、確か…」
悪魔『覚えてろよ、新たな魔王が現れた時、俺たちは再び人間に牙をむく!!』
元戦士「…とか言ったんだって?」
勇者「新たな魔王って、いつ現れるんだか…」
元戦士「魔物の寿命は人間の何倍もあるからな。俺らが生きている間に現れるとは限らねぇ」
勇者「そうだね…歴史上でも魔王が現れる周期ってのは不定期だから」
元戦士「魔王を倒しても勇者の使命は終わらない。また新たな魔王に備えておかなければならないな」
勇者「うん…」
元戦士「不安そうな顔をするな、お前なら大丈夫だ。頭は悪いが、女神の剣に認められた勇者だからな」
勇者「一言多いよー」ムゥ
元戦士「悪い悪い」
勇者「でもそうだね…次の魔王が現れるのはいつかわからない。だから、勇者一族を途絶えさせるわけにはいかない」
元戦士「そうだな…」
勇者「で、で、でね~、戦士いぃ~?」
元戦士「ん?」
一瞬シリアスになりかけたが、勇者の緩んだ声でその雰囲気が壊れた。
勇者「一族を途絶えさせるわけにいかないってことはぁ…」
元戦士「うん」
勇者「子供、一杯いた方がいいと思うのね」
元戦士「…うん?」
何だか話が急にぶっ飛んだような…。
勇者「だ、だからね、結婚は早くしないと…ねぇ?」
元戦士「………」
勇者「………」
元戦士「………そうだな」
勇者「………」
何だこの沈黙。
勇者「ああああぁぁ!もう戦士ったら、馬鹿馬鹿ばかばかーっ!!」
元戦士「はあぁ、誰が馬鹿だって…」
勇者「戦士が悪いんだからね!!」ガバッ
元戦士「うわぁ!?」
元戦士の上に勇者が覆いかぶさり、しかも力一杯押さえ付けていた。
元戦士「おい…何のつもりだ」
勇者「こっちの台詞。本当は男の子の口から言うものでしょ」
元戦士「な、何を…」
勇者「戦士との子供、一杯欲しいの」
元戦士「………」
元戦士「」ブハアアアァァッ
勇者「ねぇ?戦士ぃ…」
元戦士「ば、馬鹿、物事には順序ってもんがなぁ!?」
勇者「その順序を踏んでくれないのは戦士の方だもん、だからもうこうするしかないんだもん!!」
元戦士「~…っ」
勇者は元戦士の服のボタンを震える手つきで外そうとする。
元戦士は、それを制止するように勇者の手を握った。
元戦士(観念するっきゃねーな、こりゃ)
そして勇者の顔を少しだけ強引に引き寄せ――
元戦士「んっ――」
勇者「あ――」
不意の口づけに熱は急上昇。
勇者の手は既にガチガチに固まっており…。
勇者「…ぷはぁっ!!」
元戦士「色気の欠片もねーな」
勇者「ば、ばかーっ、初めてだったのにこんな突然…」
元戦士「いきなり男を押し倒すお前よりは馬鹿じゃない」
勇者「う、ううぅ…」ボロボロ
元戦士「おい、どうした…」
まさか覚悟なしにキスしたことで傷つく勇者でもあるまい。勇者の涙に慣れてる元戦士は動揺も心配もしなかった。
勇者「嬉しいーっ!」ガバッ
元戦士「そうかい」
勇者「私、絶対に戦士を幸せにするね!だから戦士も私を幸せにしてっ!!」
元戦士「…」
こんな体の自分では勇者の足かせになると思っていた頃があった。
だが勇者の顔を見てそんな気持ちも吹っ飛ぶ。この勇者相手には、そんなこと関係ないのだ。
元戦士「お前が笑っていれば、それで幸せだ」ボソッ
勇者「え、今何て言ったの?」
元戦士「いや別に」
これからも勇者には色んな苦悩が待ち受けるのだろう。
だが絶対に勇者を支えてみせる。今度は逃げない。勇者を孤独にはしない。
勇者「これからも、ずっとずっと――」
元戦士「――あぁ」
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「静かだね…」
あぁ、と彼は返事する。
たった一言の短い言葉。だけどそれは穏やかで、暖かくて。
「幸せ」
――何が?
「ここでは、貴方の声しか聞こえないから」
――そうだな、ここは俺たち2人だけだ
「魔剣士は、嫌じゃない?」
――嫌なわけ、あるかよ
「この時がいつまで続くかわからないけど――」
――今は浸っていればいいさ
彼の温もりが私を包み込む。
ここでは彼の声しか聞こえない。だけど言葉が無くても、彼を感じられるだけで胸がきゅんとなる。
これがきっと、生きているってことなんだろうな――
「これからも、ずっと一緒だからね――」
Fin
ご覧頂きありがとうございました。
話の構成がかなり難しかったですが、久々にがっつり恋愛物書けたので幸せです。
>>123
ありがとうございます、嬉しいです。
物語を引き伸ばす手段はあるのですが、自分の実力でそれをやると冗長でgdgdな話になってしまうので、これ位の話にまとめました。
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