万里花を愛でるニセコイSS「オカエシ」 (16)

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の続き

風邪を引いた楽に、万里花がお見舞いのお返し

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目覚まし時計の音で一条楽は目を覚ました。

いつもならさっさと起き上がり、布団をたたんで朝食の用意に向かうところだが、何故か身体が動かない。
どうにか腕をついて上体を起こそうとしてみたものの、途中でめまいがしてまた布団に倒れ込んでしまった。
頭がクラクラする。

「やべえ……風邪ひいたかな……」

橘万里花のお見舞いのため、家に訪ねていったのが一昨日の出来事。
一月の寒空の下、町中を走り回るなんていう無茶がたたったのだろうか。
考えてみると、昨日からちょっと身体が怠かったような気がする。

「まいったな、今日は冬期講習があるってのに……」
正月休みが明けて新学期が始まる前に、進級に向けた特別な授業が行われるらしい。

「確か羽姉は準備のために今朝は早いんだっけ。となると、竜たちに頼るしかねえかな……」
さすがにさっぱり身動きが取れないというのはマズい。
学校に連絡を入れなければいけないし、薬や水分補給のための飲み物も調達する必要がありそうだった。

力を振り絞って起き上がり、組の人間を呼ぼうとした瞬間、ガラリと襖が開いた。

「あら、楽様。大丈夫ですか?」

襖の向こう「あったのは、見慣れたイカツイ顔の組員ではなく、小柄な少女、橘万里花の姿だった。

「ま、万里花? な、なんでうちに——」
言い終える前に、ぐるりと世界が回って。

「あっ、らっくん!」

楽は意識が遠のいていくのを感じながら、横倒しに崩れ落ちた。

「これでよし、と」
楽の額の上に絞った濡れタオルを乗せると、万里花は自分の額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。

目の前で楽が崩れ落ちた時は思わず狼狽して悲鳴まで上げてしまったが、玄関から楽の部屋まで案内してくれた竜とかいう強面の男性と
駆けつけてきた組員たちのおかげでどうにか楽を布団に戻し、看病の準備を整えることができたのだった。

「ううん……」
うめき声を上げて、楽が身じろぎをした。少し間を置いて、うっすらと瞼を開ける。

「楽様……大丈夫ですか?」
「橘……。じゃ、さっきのは夢じゃなかったんだな……。お前、どうしてうちに……?」

濡れタオルを絞るために持って来てあった洗面器を部屋の隅に押しやってから、万里花は座布団を楽の顔の隣に移動させて座り直す。

「すみません、勝手にお邪魔してしまいまして。実は私、楽様のお見舞いに参ったのですわ」
「ああ、そっか、お見舞いか。そりゃありがとう……って、あれ?」

いやいやいや、と楽は思い直す。
自分が風邪を引いていることに気がついたのは今朝起きてからだったはず。
それからすぐに起き上がろうとして、襖が開いたらそこにもう万里花がいたのだ。時系列的に説明がつかない。

「そんなに不思議そうな顔をされなくてもよろしいのですよ、楽様。実は私、昨日から楽様がもしかすると風邪を引かれるのではないかと心配しておりましたの」
「き、昨日から?」
「だって、楽様ときたらこんな真冬に一晩中外で過ごされたのでしょう? 風邪を引かない方がおかしいですわ」

それに、あの時、なんだか顔が赤かったですし、体温も高かったような気がしましたので。
そう続ける万里花の言葉に、楽は内心ドキリとした。
それは、風邪とはまた違った理由だった、はず。

「それで、こうして様子を見に伺ったのです。元はと言えば私のために風邪を引かせてしまったようなもの……。
 ですから、今日は私が、お見舞いのお返しをさせていただきますわ!」
「お、お見舞いのお返しって……」

「はい、楽様、あーんしてください」
「う、あ……あーん……」

ふうふうと冷まされてから、ずずいと差し出されたお粥。
恥ずかしいことこの上ないが、考えてみればこの前は逆の立場で自分がやっていたことだった。

あの時は万里花が照れなかったために楽自身も意識することは無かったが、いざやられる側になってみると、これは恥ずかしい……!

「ん……美味い!」

お見舞いのお粥にはいい思い出が無かったが、その記憶が塗り替えられそうな気がする。
風邪を引くとたいてい味覚がおかしくなってしまうが、そんなことを感じさせないほど豊かな風味が口の中に広がっていく。

「ふふ、特別にお出汁をとって入れてみましたの。消化に悪いものは入れてませんから、安心して召し上がってくださいね」
「お、おう……」

二口目、三口目と運ばれてくるお粥。楽は照れながらも食べていたのだが、ふと、万里花の顔も少し赤くなっていることに気がついた。

「おい、橘、お前なんだか顔が……」
「はっ……!」

万里花の頬がみるみる間に染まっていく。
どうやら、あーんをする側の万里花も内心、恥ずかしさを堪えていたらしい。

「な、なんかいつもと立場が逆だな」
「そ、そがん事言わんでくれんね!」

照れ隠しなのか、楽の口にお粥ごとレンゲがほとんど根元までねじ込まれた。

食事をして薬を飲んで、楽は布団に横になる。
その隣で、万里花はただただ幸せそうな微笑みを浮かべて楽の顔を見つめていた。

「そ、そう見つめられるとあまり気が休まらないんだが……」
「そうおっしゃらず。私が傍におりますから、今日は一日休んでくださいませ」
「あ、そういえば、学校に今日休むってこと連絡するの忘れてた……!」
慌てる楽を、まあまあと万里花がなだめる。

「大丈夫ですわ、楽様。学校には風邪でお休みすると、竜さん……でしたっけ? あのお方から連絡を入れていただきましたから」
「竜が? そっか、悪いな、橘。気を利かせてくれたのか」

「いえいえ、どういたしまして。そのぐらいの気が遣えてこその許嫁ですわ」
そう言いながら、万里花は心の中でぺろりと舌を出しながら楽に謝った。

学校に連絡を入れてもらったのは事実だが、風邪という事は伏せて、家庭の事情で外出することになった、という内容が伝わっているはずだった。
あの竜という男性にだけ、心配させたくないから病気だということは秘密にしたいと楽が言っていると、嘘をついてしまったのだ。
もちろん、あとで本人には謝っておくつもりだけれど。

なにしろ楽が風邪だと知れば、きっと自分以外にもお見舞客が押し掛けるであろうことは想像に難くない。
せっかく自分がいの一番に駆けつけたのだから、今のこの状況を独り占めしたって、バチは当たらないだろう。

それになにより、このお見舞いは、先日のお見舞いへのお返しなのだから。

「それにしても、こうしていると本当に立場が逆ですわね。昔から、私がベッドで寝ているところに楽様が遊びに来てくださっていたんですもの」
「ああ……そう言やそうだな」

楽にとってはうっすらとした記憶でしかなかったが、記憶の中の幼いマリーは、いつもベッドの中にいた気がする。

「療養所から出られなくて退屈していた私に、楽様はいつも色々なお土産を持って来たり、ステキなお話を聞かせてくださったものです」

ミニカーやらビール瓶の王冠やら森で拾ったドングリやら、今から思えばたわいのない品物ばかりだったけれど、あの頃は楽にとっても宝物だったのだろう。

ちらと布団の脇に目をやる。
楽の携帯には、南国風の木の実と貝殻で作ったストラップがぶら下げられている。

そして、万里花の胸元にも、同じ素材でできたネックレス。
自然と手が伸びて、ついつい、そこにあることを確かめるように触れてしまう。

「それ、着けてくれてるんだな……」

万里花の動きに気付いて楽が言う。
昨日、目の前にいる大好きな男の子からの10年ぶりにもらった贈り物。

「もちろんですわ。せっかく楽様からいただいたんですもの。肌身離さず、一糸まとわぬ時もこのネックレスだけは外しませんわ」
「いや、そこは別に外せばいいと思うけど……でも、その、に、似合ってる、と思うぞ」
「……あ、ありがとうございます」
二人揃って赤面してしまう。

「そ、それじゃ、あの頃とは逆に、今日は橘が俺に話をしてくれよ」
話題を変えるため、ちょっとだけうわずった声で楽が言う。

「お、お話、ですか?」
「ああ、そんなに大げさなことじゃなくてさ、橘が転校してくる前のこととか、昔どんなことをして遊んでたのか、とかさ」

万里花と二人で出かけたり話をしたことはないわけではなかったが、大抵の場合、そういう時に限って何かしらのトラブルに巻き込まれていたり、
万里花の策略によってゆっくり話をするどころではないシチュエーションであることがほとんどだった。

実際のところ、楽は10年前から今までの万里花の事を、ほとんど何も知らないということに今更ながら気がついた。

「ううーん、そうですねぇ……それほど面白い話があるわけではないのですが……」

元々過去を語らない万里花だったが、かつて自分に希望を与えてくれた男の子がやってくれたのと同じように、
自分が病床にある楽に対してお話を聞かせるという状況自体には胸が躍った様子で。

ぽつりぽつりと、思い出話を語り始めた。

どのぐらい話をしていたのだろうか。

10年前の、ほんの些細な出来事の思い出。

唯一と言っていい親友である篠原御影との出会いの話。

理想の女性になるために行った様々な努力のエピソードから、凡矢理高校への転入試験の苦労話まで。

話があっちへ飛んではこっちへ戻ったりしているうちに、いつしか万里花が一方的に話すのではなく、楽の思い出話も交えるようになっていた。

そんな楽しい時間に夢中になっているうちに日は傾き、気がつけば楽は眠りに落ちて、すーすーと寝息を立てている。

「私とした事が、看病を忘れてすっかり話し込んでしまいましたわ……」

話を始める前に交換した楽の額に乗せられたタオルは、すっかり温くなってしまっていた。
新しく水を洗面器に汲み、タオルを浸してしっかり絞る。

楽の額にはじんわりと汗が浮いていた。
汗をかくと言う事は、もうすぐ体温が下がるということだ。

楽が寝ている間にこっそり服を脱がせて身体を隅々まで拭きまくりたいという衝動に駆られたが、
この安らかな寝顔を見ていると、その邪魔をするのは申し訳ないという気持ちになる。

脳内で繰り広げられる天使と悪魔の攻防を、万里花は強靭な精神力で抑え込んだ。

タオルを乗せ変えて、また楽の隣に腰を降ろす。
楽は風邪で苦しんでいるわけなので不謹慎だとは思いつつ、寝顔を眺めながら万里花はこのひとときの幸せを噛み締めていた。

「ううーん……」

眠りながら、楽が何やらうなり声をあげる。
夢でも見ているのだろうか。
ごそごそと動くと、布団の中から手を伸ばすと、その指先で万里花の手に触れた。

「ひゃっ!?」

「うー……」
「ら、楽様……?」

寝ぼけているのか、夢うつつなのか。楽は万里花の手をぎゅっと握る。

熱が出ている時は不安な気持ちになりやすいものだ。だけど誰かに手を握ってもらうことで、なんだか安心することができる。

それが現実であろうと、夢の中であろうと。

「でも、一体、楽様は誰の夢をご覧になっているんでしょうね……?」

楽の手のひらの暖かさを感じながら、万里花が呟いた。
さっき交わした、楽との会話が脳裏をよぎる。

なんて事の無い楽の中学時代の思い出話。

他愛のないエピソードの中に繰り返し、楽自身が意識すらしていないぐらいにほんの些細な、でも確かな特別感を持って登場する人物がいた。

常に楽の事を想い、見つめ続けていた万里花だからこそわかる無意識の慕情。
その女の子もまた、楽の事を——。

空いた片方の手で、ネックレスに触れる。

この贈り物に、ほんの少しでも特別な気持ちが込められていると、期待をしてもいいのだろうか。

「楽様……私は、まだあなたのことを好きでいてもよろしいのでしょうか……?」

答えの返ってくるはずのない問いかけ。

だけど。

「ま……りか……」
「!!」

寝言だった。

「お、起きてらしたわけではありませんのね……よかったですわ」

心臓がドキドキと脈打っている。

でも、ということは。

寝言で、私の名前が呼ばれたということは。

楽の夢の中で、手をつないでいるかもしれない女の子は、もしかして……?

知らず知らずのうちに、頬が緩んで自然と笑みがこぼれる。

万里花はネックレスから手を離すと、そのまま楽の手を包み込むように重ねあわせた。
そのままぐっと顔を近づけて、決して起こさないように気をつけながら、楽の耳元でそっと囁いた。


「やっぱりずっと……大好きとよ、らっくん……」


おしまい

あと一ネタあるのでとりあえずはそこまでは。

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