春香「私達は仮想世界『THE IDOLM@STER』で生きている」 (192)


[Intro]

Welcome to the world of [THE IDOLM@STER]....


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[Bag world]

プロデューサーさんの消息がつかなくなってから、もう三週間ほど経っていた。

捜索願を出したものの、私達は見つかるまで待っていることしかできない。

警察の関係者の方とも話すことがあったし、事情聴取も何度か受けた。

だけど、それも発見に至るものにはならなかった。

そして、なんの音沙汰もなく消えてしまったために、もちろん私達の仕事も停滞していた。

新たなプロデューサーを立てる案も出ていたが、それもまだ見つからないまま。

みんなも、それをずっと気にかけたまま生活していたようだった。

ソファに座って、みんなで話しているもののその会話はどこか空虚に感じられた。

みんなもプロデューサーさんがいなくなったことを、今も不安で胸が一杯なのだろう。

それは、私、天海春香にしても同じことだった。


千早「春香……、とても難しい顔してる」

千早ちゃんにそう言われて、私ははっと顔を上げる。

千早「プロデューサーのこと?」

図星だった。私が何も言わないことを肯定と察したのか、千早ちゃんは私の隣に腰を掛ける。

春香「そんなに私、難しい顔してた?」

千早「ええ」

真美「でも、兄ちゃんほんとにどこ行っちゃんだろうねー」

亜美「ねー」

目の前でゲームをしていた亜美と真美が私達の会話に加わってきた。

伊織「もうその話は、何度もしたでしょ? 今は待ってるしかできないんだから!」

少々いらだったように、伊織は口を膨らませる。

やよい「伊織ちゃん、プロデューサーなら大丈夫だよ! きっとすぐ戻ってくるよ!」

そんな伊織を励ますように、やよいが声をかける。


雪歩「やっぱり、心配です……」

真「そうだね、ボクもちょっと心配だな」

伝染するかのように、口々に言葉を漏らす。

美希「……」

美希はそんな私達の会話をつまらなさそうに眺めていた。

そうして、また765プロに影が掛かった。

律子「ちょっとそれどういうことですか!」

そんなとき、律子さんの怒号が聞こえてきた。なんだなんだとみながそっちの方へ顔を向ける。

あずさ「律子さん、どうかしたの?」

あずささんが声をかけると、遠くの方から足音を立てて律子さんがこっちへやってきた。

なにやら、とめどない怒りが目に見えて分かる。

律子「社長がこんなときに出かけちゃって音信不通になったって、小鳥さんが!」

私は、目を丸くした。きっと、皆も。

社長がいなくなり、プロデューサーさんもいなくなり、いよいよ私達のアイドル生命は絶たれてしまった、と本気で頭を過ぎった瞬間だった。


伊織「ちょっと、それどういうことよ!」

伊織が、第一声で声を荒げた。皆の心を代弁してくれたのだろう。伊織が言わなければ、私が口を開いていたはずだ。

律子「それが、手紙を残していなくなっちゃったって――」

小鳥「その先は、私が説明するわ」

奥の扉から小鳥さんは私達の前に顔を出した。

その顔には、どこか影が差しかかっているかのようだった。

伊織「ちょっと小鳥! なにがどうなってるのか早く説明しなさいよ!」

亜美「亜美も、それは抗議するよ!」

真美「真美も!」

やよい「ちょっと皆落ち着いて!」

雪歩「どういうことですか?」

真「なにがなにやら」

皆が口々に発破のように話し始めたために、事務所内は騒然となっていた。

私は千早ちゃんの方を見る。千早ちゃんも同じように不安を隠しきれない表情を浮かべていた。


小鳥「さっき律子さんが言っていた手紙はコレよ」

みんなの前に出されたのは、何の変哲もない一通の紙封筒。

私は、それをまじまじと眺める。

小鳥「でもね、この中身が少し良く分からなくて律子さんと話してたの」

美希「何が書いてあったの?」

のっそりと体を起こして、美希は眠そうに口を開いた。

小鳥「ええ、じゃあ読み上げるわね」

紙封筒から一通の手紙を取り出して、小鳥さんはその内容を声に出して読み上げた。


『拝啓 765プロの諸君へ。

まずは、私がこの手紙を書いているときには、この場所にいないことを分かってくれたまえ。

さて、私がこの手紙を書いたのには理由がある。

皆は、プロデューサーのいなくなったことをどう受け止めただろうか。

悲しむ者が多かったのは、彼が大いに諸君らに慕われていたことに他ならないだろう。

今も、彼の捜索は続けられている。

しかし、それが無意味であることを諸君らには知っていて欲しい。

彼は、既にこの場所からいないのだから』


私は、この時その場にいる皆の顔から血の気が引いたことに気付いた。

社長の消息がつかなくなったこと、ひいてはプロデューサーの消息すらも分からないこと、
そしてその事実が社長の言葉から語られていること、それらを全て受け止めきるには私達には荷が重すぎた。

そして、社長の手紙は続く。


『死んだ、と思う者も多いだろう。

しかし、そうではない。いないということは、つまり消えたのだ。

諸君らには分からないかもしれないが、実はこの世界は創られた世界だ。

コンピュータープログラム『THE IDOLM@STER』の中で私達は生きている。

いや、生きていると言うのは少し語弊を生むのかもしれない。

データとして私達の存在は確立されている、ということだ。

そしてそのプログラム内でバグが生じた。

彼は、そのバグが原因でこの世界からいなくなった。

バグは今もなお進行している。

――この世界から、諸君らのデータが消えてしまうのも時間の問題だ。

私の言葉を信じてくれるならば、どうか残された時間を思い思いに生きて欲しい。

私には、それすらも叶いそうにないのだろう。

それでは、諸君らの健闘を祈る

敬具』


唖然として、私は口を開いていた。

その内容は、小鳥さんが言っていたように、やはり少し意味が分からないと思った。

皆も同じように、疑心暗鬼のように周りをキョロキョロと眺めている。

何が起きているのか? そして何が始まっているというのか?

私には、検討もつかなかった。


伊織「なによ、自分の責任を放り出して逃げただけじゃない!」

伊織の言葉に、はっと顔を上げる。

あずさ「旅行にでも行くのかしら?」

真美「えー、それなら真美もいきたい!」

亜美「亜美も!」

雪歩「もしかして、プロデューサーを探すための口実なのかな?」

伊織の言葉から、先ほどまでの疑念を晴らすために、口々に自分達の考えを述べていく。


千早「春香はどう思う?」

春香「私も、なんだかおかしな話だなって……」

咄嗟に千早ちゃんの問いかけに答える。

果たして、本当にそうなのだろうか?

美希「……」

美希は押し黙ったまま、ただ下を向いていた。

それも少し気にかかった。

律子「……」

そして律子さんも……。


私達は明日もう一度集まることにして、その日はそのまま解散することにした。

――胸のざわつきは、止みそうになかった。


[Ritsuko Story]

私は不思議に思っていた。

何かが頭の中でひっかかっていた。

事務所では、皆がいる手前、社長からの手紙について言及することはなかったものの、なぜ社長があんなものを残したのか、それが分からなかった。

伊織の言葉も、『拭えない違和感』を取り払うための言葉にも聞こえた。

もっとも、あの手紙について今すぐ真剣に考える必要があるのかと問われれば、首を傾げてしまいたくなる。


律子「はあ、分からないわねえ……」

私は、スーパーの袋を抱えて帰路についていた。

メガネの先に見える光景が、仮に創られたものであるとすれば……、それに私自身も……。

律子「馬鹿ね、そんなことあるわけないわよね」

私は、私自身を言いくるめるように首を横に振る。それにつられてガサガサと袋が音を立てる。

律子「はやく帰って体を休めますか……」

どうやら連日の疲れがどっと押し寄せてきたようで、私の体はいつにもまして重みを増していた。

そういえば、帰ったらやることもある。少し休めそうにもない。

そう思うと、自宅に帰るのもどこか杞憂に思えた。


律子「はあ……」

私は大きなため息をつく。

最近は、事務所のごたごたのせいか体中に疲れが出始めていた。

まだ体は若いはずなんだけどなあ。

律子「…………」

歩きながら、私は空を眺めていた。

星は散らばったビーズのように、点々と輝いていた。

この景色すらも、偽物なんだとすれば、私は何を信じて生きていけばいいのだろう。

――創られた私の『私』という意識すらも、紛い物なのだろうか。


いや、違う。そんなことを考えても無駄だ。

私は、私を信じる。

だって私は正真正銘の『秋月律子』なのだから。

ふと気付くと、自分の足取りはどこかおぼつかなかった。

なんだろう、と思ったときには私は路地の壁にもたれかかっていた。

やばい、熱でも出たかな……。ちょっと、歩けそうにもない。

動悸が徐々に激しくなっていくようだ。

そして、そこで初めて私は自分の体の異変に気付いた。


律子「なにこれ――?」

体が、まるでジグソーパズルのように散り散りに砕け散っていく。

嘘、嘘、嘘! なんで! 何が起こっているの!

頭は困惑したまま、依然として体の『分解』は止まらない。

〝この世界から、諸君らのデータが消えてしまうのも時間の問題だ。〟

私は、社長からの手紙の内容を思い出していた。

みんなに伝えなくちゃ! 早く……! 早く……!

私は鞄から携帯電話を取り出すと、適当な名前を見つけ、電話をかけようと指を動かす。


しかし、既に電話かける前に私の指は動かなくなっていた。

どうすることもできず、私は壁に沿ってズルズルとその場にへたり込む。

消えていく。このまま、私は、消えていく。

薄れていく意識の中で、私は様々なことを思い出していた。

これまでのこと、これからのこと、そして今のこと。

私は、満足のいく人生をおくって来れたのだろうか。

自分自身に笑顔で語りかけることはできるのだろうか。

分からない。

なにも、分からないままだ。



――そして、私はこの世界からその存在を消した。


[765PRO1]

次の日、律子さんの連絡がつかなくなった。

あずささんは、心配そうな顔つきで、ずっと律子さんの携帯電話にコールをかけている。

私は、未だ自分を騙しこんでいた。

心のどこかに引っかかっているささくれを感じながら。

亜美「りっちゃん、どこいっちゃんだろう……」

真美「わかんないよう……」

亜美も真美も、いつもの元気さはなく、ただうな垂れていた。

私も、そうだ。きっと辛気臭そうな顔をしている。

これでは駄目だ、みんなを元気付けなくては。


春香「大丈夫だよ、ちょっと連絡取れなくなってるだけだよ!」

私は、取り繕った笑顔で二人に、そしてみんなに呼びかける。

真「そうだよね、きっと」

やよい「律子さん、お体の具合でも悪くなったんでしょうか?」

あずさ「電話、繋がってくれないかしら……」

口々に、心配そうな声を上げる。私達は、律子さんの心配を通じて、きっと社長の言葉を否定したかったんだ。

――この世界から、諸君らのデータが消えてしまうのも時間の問題だ。

少なくとも私はそうだった。

みんなに消えて欲しくない、そして私自身も、まだ遣り残したことがたくさんあった。

まだ、たくさんあったんだ。


美希「ミキ、社長の言うこと信じるよ」

ずっと黙っていた美希が突然、ソファから立ち上がり、そう口にした時、皆そちらを見ていた。

沈黙が、事務所の中に流れた。

春香「美希、それじゃあ……」

美希「うん、きっと私達このまま消えちゃうと思うな」

美希は、強い思いを言葉に乗せる。

春香「だって……それじゃあ、私達のこれまでの全部が、創られたって言うの?」

私は、そんな思いに乗せられ、心の叫びを吐露する。


美希「律子がいなくなって、社長がいなくなって、それで……プロデューサーもいなくなった。ミキも、きっと消えていなくなっちゃうよ。それに、皆だって」

美希の一言に、皆押し黙って俯く。

それを一瞥して、美希は事務所の扉の前まで歩いていく。

春香「美希、どこへ行くの?」

美希「……美希は、自分のしたいことを最後までするよ。ここで消えるのを待ってるなんてやだから」

美希はそう言うと、事務所から姿を消した。

私は、それを止めることはできなかった。

……止める権利もなかった。


小鳥「……春香ちゃん、美希ちゃんを止められなかったことを悔いる必要はないのよ。だって、それが彼女なりの決断なんだから」

気付くと、小鳥さんが私の後ろに立っていた。

私は振り返り、そして小鳥さんを見つめる。

春香「私達は、これからどうすれば――?」

縋るように、私は小鳥さんに問いかける。

しかし、その答えは切り捨てるような言葉だった。

小鳥「皆、何を信じるのかは自由よ。ここに留まるのだって、出て行くのだって、誰も止めはしないわ」

それだけ言い残すと、小鳥さんは再び自分のデスクへと戻っていった。

私は唇を噛み締め、その場に立ち尽くしていた。


暫くしてから、私達は話し合いをすることにした。

これからどうするか、何を信じるかを、口々に話し出していた。

まだ、皆も社長の言うことには半信半疑という感じだった。

きっと、みんなも不安なんだ。

何を信じればいいのか、それすらも不安定になって、もしも社長の言うことが正しければ、私達は――。


千早「私はもう少し様子を見るべきだと思う」

千早ちゃんは頷きながら、私を眺める。その微笑みに、心が救われる。

伊織「……そうね、私も皆といようかしら」

やよい「伊織ちゃんも一緒なら、私もいます!」

亜美「真美どうする?」

真美「亜美が決めなよ、真美どっちでもいいからさ」

あずさ「あらあら、どうしましょう」

真「あずささんだけ、いつも通りでなんだか安心しちゃいそうになるなあ……」

一人一人が発言する中、雪歩の顔色は優れなかった。

春香「雪歩、どうかした?」

雪歩「ううん……なんでもないよ。大丈夫」

そう言うと、雪歩はいつものように給湯室へ向かっていった。

なんだろう、と私が思う間もなく、私は会話の中へ引き戻されていった。


[Yukiho Story]

家の中で、私は一人毛布を被り、窓を締め切り、閉じこもっていた。

食べ物も飲み物も、何も口にとおる気がしない。

不安で胸が一杯になりすぎて、叫びだしたくなりそうなくらいに。

私は、止め処ない感情に押しつぶされそうになっていた。

律子さんがいなくなった。

社長がいなくなった。

そしてプロデューサーも。

私もいなくなってしまうのだろうか。

この『私』は一体誰なんだろう。

創られた私とは、一体誰なんだろう。

怖い、怖くて押しつぶされそうだ。


私は泣きそうになりながら、じっと毛布に包まっていた。

そして、懺悔する。気持ちの悪い自分自身を。

事務所で皆と話したとき、私は一瞬、悪い感情に囚われてしまった。


ここにいる皆は、本当のことを言っているのかな?

皆、偽者なんだとしたら、本当のことを言うはずもない。

仲良く接しているフリ、誤魔化してる、誰も彼も。

なにも信じられない、何も。


ふと私の携帯電話が鳴り響く。

誰だろう。

差出人は真ちゃんだった。

「雪歩、大丈夫? 元気なさそうに見えたんだけど……」

私は携帯電話を投げ捨てる。

これも嘘かもしれない。

信じちゃいけない、誰も信じちゃいけない。

私は、耳も、目も、そして心さえも閉ざした。


影「ねえ、雪歩。あなたって本当にドジでのろまでグズなのね」

雪歩「どうしてそんなことを言うの?」

影「だって皆思っていることを言わないからよ」

雪歩「みんなが?」

影「そう。雪歩って皆が雪歩のことを嫌いなの知らないわよね」

雪歩「え……」

影「みんな、みんな雪歩のこと嫌いよ」

雪歩「なんで、そんな」

影「だって、人に媚びてばっかりで、自分のことばかり考えていて、周りが気遣っている事も分からないくせに、皆から愛されてるだなんて勘違いをしているか
ら」

雪歩「嘘、そんな、やめて」

影「耳を閉じたって無駄よ、私は雪歩の心の中から語りかけてるんだから」

雪歩「心……?」

影「心を閉ざすことは誰も出来ないの。雪歩、あなたは臆病者よ」

影「雪歩、君は自分をじっと眺めた事がある?」

影「自分自身の心の中を見つめた事がある?」

影「雪歩、君は――」


雪歩「やめて!」

私は、叫びながら飛び起きた。

耳を劈くような声は、私の口から飛び出した。

雪歩「夢、か……」

私は、一息ついて体を起こす。気付けば雨が降りしきっていた。

ふと窓に映る自分の顔が、ひどく醜い物に見えた。

その顔が、徐々にあの影の形になっていく。

影「雪歩、どこへ行こうとしているの」

私の喉がひゅっと鳴る。おびえるように、私は自分の体を抱く。


雪歩「やめて……どこかへ行って」

影「どこか? それはどこ?」

傍らに置いていた、携帯電話が音を立てる。

誰かからの着信だったけれど、そんなこと今はどうだって良かった。

影「雪歩、君はこの世界から消えるべきだ」

雪歩「……いや」

気付けば、私の体は砕け散るように、バラバラと崩れていく。

これも、夢?


雪歩「いや、いや、いや。消えたくない、まだ、まだ」

影「雪歩、あなたは消えるべきよ」

影の声がする。

私の叫ぶ声がする。

影「新しいあなたを創る為に、あなたは消えるの」

私は思い出していた。

アイドルに憧れた自分を。

そして輝いていたはずの自分の姿を。

それも全て幻想だった。

もう過去の幻想だ。

私は、目を涙でぐしゃぐしゃにしながら、這い蹲る。

消えたくない、消えたくない。

そんな思いも消し去るように、私の体は枯れ果てていく。

最後に、影を見ると、その姿は見慣れた顔だった。

雪歩「私……?」

影は笑い、そして私の体は消え去った。


[Ami Story]

亜美「ねえねえ真美、死ぬって何?」

真美「そんなの真美に聞いても分かるわけないよ」

んー、そう言われれば亜美に分からないこと、真美に分かるわけもないよね。

亜美たちは、自分の寝室に寝そべって、喋ってた。

最近、おかしなことばっかおこって、いたずらも出来ないし、嫌んなっちゃうなあ。

真美「最近、悪戯できないしつまんないよね→」

亜美が思ったとことを、真美が口走る。

やっぱり、亜美たちは双子なんだなと再確認する。

うんうん。
真美は、一番の理解者だよね。
一番近くて、もう一人の自分みたい。


真美「……でさ、もしも死んじゃうとしたら、真美は亜美よりも先に死にたくない」

真美は、そう言うと、にやりと笑った。

でも、亜美だって同じだよ。

亜美「亜美も、真美より長生きしたい」

亜美も真美も、一緒みたいだけど、違う一人だから。

だから、亜美は真美には負けたくない。

違う、真美にだけは負けたくないんだ。

真美「でも最近は真美、亜美より胸おっきーからね」

真美は亜美に向かって自慢げに胸を張る。

……その顔になぜだかカチンときた。


亜美「そんなん関係ないっしょー。胸の大きさは頭の悪さに比例するみたいだし」

亜美の一言に、真美も眉をひくつかせる。

怒った怒った。分かりやすいなあ、ほんと。

真美「なにさ、真美の方がお姉ちゃんなんだから、少しくらい尊敬でもしたほうがいいっしょー?」

亜美「姉も妹も関係ないっしょー。亜美の方がアイドル向いてるし、真美って何ていうか運ないしさ、尊敬なんてできないね」

……あ、やっちゃった。

そう思ったときにはもう遅くて、真美は顔を俯かせていた。

亜美「……って言うのは嘘でー」

真美「もういい」

真美は怒ったような口調で、部屋から勢いよく飛び出て行った。

何か言おうとしたけど、いつも喧嘩してもすぐ仲直りするし……、なんとかなるっしょ。


真美とは、よく喧嘩しちゃうからなあ。

でも、今回は真美が吹っかけてきたみたいなもんだし、あっちから謝ってくるのが筋ってもんでしょ。

亜美は悪くないよね。

そう言い聞かせて、ゲームを始める。

あはは、これおもしろい。

そんなことをしていると時間が経つのも早くて、気付いたら夕方になっていた。

もうこんな時間かあ、結局真美帰ってこなかったな。

ゲームもなんとなく身が入らなかったし、どれもこれも真美のせいだ!

次、顔見たら、文句いってやる!

……やっぱり謝ろうかなあ。

真美、顔合わせづらいだろうし。亜美から謝らなきゃいけないかな。

……よし、そうしよう!


そう思ったが先、勢いよく立ち上がった。

でも、その体は水平方向に倒れていく。

亜美「あれ……?」

どさり、と音がして、亜美はその場に倒れこんだ。

なんだろう、体が動かないYO。

おかしいよ……なんかだるいし、熱かなあ。

亜美「真美……」

亜美の呟きは、誰にも届かなかった。

気付くと、亜美の体は崩れ始めていた。

亜美「うそ、これやばいっしょー……」


話す気力もなく、ポロポロと消えていく自分の体を見ていた。

――この世界から、諸君らのデータが消えてしまうのも時間の問題だ。

社長の言ってたこと、ほんとだったんだ。

亜美の人生ここで終わりかあ、もうちょっとマシな人生おくりたかったかも。

……あ、そう言えば真美に謝ってない。

うーん、都合よく真美が帰ってこないかな。

そんなの無理かな?

おーい、真美、帰ってこーい。

真美「……亜美、いる?」

そのとき、カチャリと部屋の扉が少し開かれた。

ううむ、これぞ双子の成せる技ですな。シンパシー。


亜美「真美……こっち来て」

小さく声を振り絞って真美を呼ぶ。

早くしないと、言いそびれちゃう。

真美「亜美? なにしてるの――亜美! なんで、どうしたの!」

真美の声が聞こえてくる。

聞こえるけど、なんだか遠いなあ。

もっと大きな声で言ってよ、亜美聞こえないよ。

まあ、いいや。

先に謝っちゃえば、それで勝ちだよね。


亜美「真美……、さっきは、ごめんね。言いすぎちゃった……」

ああ、言えた。自分の声、もう聞こえないけど、真美が頷いてるから、聞こえてるよね。

真美が泣いてる。先に死にたくないとか言ったくせに。

ああ、謝ったら凄く気分が楽になったなあ。

やっぱり、双子は仲良くなくちゃね。

真美には負けたくないけど、ずっと仲良くしていたいから。

真美にはああいったけど、亜美、ほんとは真美と一緒に消えたかった。

だって、双子はいつでも一緒だもんね!

なんて、亜美、ちょっとだけせくちーな大人に近づいたかな?

あ、お別れの言葉言わなくちゃ。

……ま、いっか。

また会えるよね、ばいばい真美。


[765PRO2]

亜美が目の前で消えてしまったと、真美が言った時、私達は今まで目を背けてきた全ての事実に向き合わなければならなかった。

真美は、あずささんの肩でずっと泣いていた。

私達は、そんな真美に何も言ってあげることはできなかった。

そして、もう一人。

真「……雪歩と、連絡がつかないんだ」

深刻そうな顔で、真は携帯電話を見つめていた。

雪歩も同じだった。

きっと、亜美と同じ様に消えてしまったのだろう。

私は、初めて自分が死の恐怖に立たされていることに気付いた。


やよい「伊織ちゃん……」

伊織「大丈夫よ、やよい。私が付いていてあげるから」

心配そうなやよいを宥めるように、伊織は優しく語り掛けていた。

……だめだ、まだ折れちゃ駄目だ。


千早「これから、どうするかを考えなくちゃいけないわ」

千早ちゃんは重苦しい空気の中で、そう口にした。

そうだ、いつまでも落ち込んでいるわけには行かない。

前を向かなければいけなかった。

千早「私はなるべく皆一緒にいた方がいいと思う。何があるかも分からない、一人で居れば心も折れてしまいそうになるだろうから。残らないのも自由よ。きっと誰も止めはしないわ」

千早ちゃんはそれだけ言うと、口を閉ざした。

日が暮れた頃、気づけば真と真美は、事務所から姿を消していた。

私は、きゅっと服の裾を掴んだ。


[Yayoi Story]

やよい「こら、長介。また服脱ぎっぱなしにして! 駄目でしょー!」

私が長介に怒ると、長介は素直に謝って、地面に転がっていた服を片付ける。

やよい「かすみ、洗濯物取り込むよ」

私はかすみと一緒に洗濯物を取り込む。

やよい「浩太郎、浩司を泣かせちゃ駄目でしょ! 謝りなさい!」

私がそう言うと、浩太郎は浩司に謝る。

やよい「浩三のおしめ変えなくちゃ」

私がおしめを変えると、浩三はうれしそうに笑っていた。

私は高槻家のお姉ちゃんで、家族は私の宝物だった。


……でも、最近おかしなことが続いてて、私は家族にちょっとあたってしまっていた。

特に長介には、お兄ちゃんなんだからと怒ることが多くなった。

長介「姉ちゃん、俺のこと嫌いなの?」

今日も言い過ぎて長介が顔を俯かせてから、私はそこで気付いた。

やよい「ごめん、長介。お姉ちゃん、そんなつもりじゃなくて……」

そんな風に、ぎくしゃくしていた。

そして、もう一つ。私の体に異変は起きていた。

かすみ「お姉ちゃん。私の靴下知らない?」

やよい「……あれ、どこに閉まったんだろう?」

浩太郎「やよいお姉ちゃん、今日のご飯ってまだ?」

やよい「あ、いっけない、忘れてた! すぐ作るから待ってて!」

物忘れが激しくなってしまっていた。

なんでだろう、おかしいなあ……。


かすみ「お姉ちゃん、疲れてるんだよ。もうお休みしよう?」

やよい「ごめん、かすみ、これだけやっちゃいたいから。先に布団はいってて」

かすみは、心配そうな顔で「はあい」と返事すると、居間から去っていった。

さて、みんなの連絡帳も見たし、次はっと……。

私は押入れから、編みかけの毛糸の束を取り出した。

もうすぐ冬になるし、皆にマフラーでも編もうと思っていた。

たぶん、私だってもうすぐ……。

だめだめ、弱気になっちゃ。長介達のために頑張らなくちゃ。

黙々と編み物を進めているうちに、私は事務所のことを考えていた。

……社長の言っていたこと、ほんとなのかな。

だったら、長介たちは……ううん、違うよ、違う。

私にとって、長介たちは掛け替えのない家族なんだから。


私は編み物に集中する。

変なことは考えないようにしよう。

手がもたつく、なんでだろう。

明日は、あれもやってこれもやって……あれ他に何をやるんだっけ?

長介「……やよい姉ちゃん、もう寝なよ」

気付くと、長介が目の前に立っていた。

その顔はどこか浮かない顔をしている。

そういえば、さっき怒っちゃったんだっけ。

えっと、なんで怒ったんだっけ……。

やよい「ごめんね、長介……お姉ちゃん、ちょっと最近忙しくて」

私は、手を休めない。

家族のためだもん。これだけはやっちゃわないと。


長介「やよい姉ちゃん、俺達皆心配してるんだ。やよい姉ちゃん、ここ最近ずっとしんどそうにしてるから」

やよい「そんなことないよ、大丈夫」

長介「だったらそのマフラー、なんで何度も同じとこ編んでんだよ!」

長介が怒号を飛ばしてから、私ははっとマフラーを見る。そこにはほつれあった糸の塊が編まれていた。

長介「やよい姉ちゃん、俺頼りないかもしれないけど、やよい姉ちゃんにしんどい思いしてほしくないんだ。ちょっとでもやよい姉ちゃんの助けになりたいんだ」

やよい「長介……」

長介「何か抱えてるんなら、相談くらいしてくれたっていいだろ……」

長介はそう言うと、涙を目に浮かべていた。

私は、立ち上がり、その頭を胸に寄せた。


やよい「そうだね、お姉ちゃん、ちゃんと皆に言わないとね。ほんとのこと」

私は、ふすまの向こうでこちらを眺めていた他の兄弟たちにも目配せした。

やよい「こっちおいで」

私がそう言うと、かすみ達はおずおずとこっちにやってきた。

言わなくちゃ、ほんとのこと。

もうすぐお姉ちゃんがいなくなっちゃうって。

やよい「実はね――」


話し終わって、長介達はしばらく黙っていた。

信じてくれるかは分からないけど、でも家族だもん。きっと、分かってくれる。

私は、ちょっとだけ笑って皆のことを見ていた。

別れるのは辛いけど、辛いけど我慢しなくちゃいけない。

そう自分に言い聞かせて。

長介「……やよい姉ちゃん、あのさ」

最初に口を開いたのは長介だった。

長介「俺、姉ちゃんにわがまま言っていいかな」

やよい「……言ってごらん」

私は、長介の目を見た。その目はどこまでもまっすぐだった。

長介「俺、姉ちゃんと星を見に行きたい。姉ちゃんがいなくなっちゃう前に」

やよい「星を……?」

長介は一度だけ頷いた。


長介「すごいいい場所があるんだ。そこへ行こう」

長介はそう言うと「俺、着替えてくる」と二階に駆け上がっていった。

私は「寒いから、暖かい服で行こうね」とかすみ達に笑いかけた。


長介「姉ちゃん、こっちこっち!」

やよい「もう、あんなに急いで」

かすみ「お姉ちゃん大丈夫?」

もう遅いからと浩二郎達を寝かしつけて、私はかすみと長介の三人で山を登っていた。

かすみは私の手を取って、ゆっくりと歩いてくれる。

長介「姉ちゃん、早く!」

長介がそうやって急かしつけるけど、お姉ちゃんゆっくりしか歩けないよ。

やよい「長介! 急ぐと危ないよ!」

長介「大丈夫!」

長介はそう言うと、一人で駆けていく。

私は、重い体を引きずる様にして、一歩一歩進んでいく。


やよい「もう……危ないことはしないでって言ってるのに」

かすみ「この辺りは、そんなに危なくないから大丈夫だよ」

やよい「かすみもそこに行ったことあるの?」

私がそう言うと、かすみは静かに笑う。

かすみ「お姉ちゃんが教えてくれたんだよ?」

長介、お姉ちゃんが教えてくれたのに忘れてるしさ、とかすみは笑っていた。

やよい「そっか、そうだったんだ……」

私は、微かな記憶を手繰り寄せていく。

駆けていく私と、それを追いかける長介とかすみ。

そう言えば、お母さんに怒られてたっけ。


やよい「…………」

思い出は、あの日の思い出だけは残っていた。

私の胸の中にずっと、残っていた。

今度は、私が長介を追いかけていく。

なんだか無性におかしくなって、私は笑っていた。

やよい「かすみ、お姉ちゃんちょっとだけ休んでいくから先に登ってて」

かすみ「でも……」

やよい「大丈夫、すぐ行くから」

私は、最後の力を振り絞って笑顔を振りまいた。

かすみは心配そうな顔をして「早く来てね」と言い残し、長介の後を追っていった。


私は、ふらふらとそばに置いていたベンチに腰掛ける。

目はもう既に霞みがかっていた。

……私は。

私は、きっと幸せだった。

大好きな家族に囲まれて、それだけで毎日が輝いていた。

やよい「楽しかったな……」

本当に楽しかった。

これが全部創られた物だとしても、私は自分自身の家族への思いは嘘ではないと思っていた。

それだけで、私は笑顔になれる。

誰かを笑顔にする事が出来る。


やよい「うちゅうから、みればちきゅうも、ながれぼし」

ふと自分の歌を口ずさむ。

もう、目を開ける事も出来ない。

やよい「だから願いは、かなっちゃうかな」

消えていく、何もかも。

私も、思い出も、全部。

私の歌が、私の元気が、みんなを笑顔にさせますように。

私は最期にそう願った。

輝く満天の星空から、流れ星が一つ落ちていった。


かすみ「長介、置いてかないでよ」

長介「見ろよかすみ、凄い綺麗だ」

二人は、どこまでも輝き続ける星達を眺めていた。

全ての人たちを照らし続ける星達を。

かすみ「それで、なんでここへ来たの?」

長介「……あれ、なんでだっけ?」

長介は、困ったように首をかしげた。



――ベンチには、もう誰も座っていなかった。


[Makoto Story]

雪歩がいなくなっていたと実感したのは、雪歩の家に訪ねていったときのことだった。

真「あの……雪歩、いますか?」

男A「……ん? 雪歩って誰だよ?」

男B「坊主、人違いじゃねえか?」

ボクは、彼らの言葉に思わず絶句してしまう。

そして、そのまま何も言わず逃げるようにその場を後にした。

がむしゃらに走り去ってから気付いた事があった。

それはとても残酷なことだった。

――ボクたちは、消えてしまえば忘れられてしまうんだ……。

それが物語っているのは、この世界が創られたものだということ。

そして、雪歩やいなくなった他の皆の存在を覚えていられるのは、ボク達765プロのみんなだけということ。

ボクは苦虫を噛み潰したように、顔を歪めた。

雪歩が消えてしまう前に話した事があった。


真「ねえ、雪歩。もしもボク達が消えてしまったら、例えばボクのことを皆は忘れてしまうのかな?」

雪歩「……どうかな。分からないけど、小鳥さんが話してたの。私達は、この創られた世界の主要な人物だから、記憶もあるのかもしれないって。皆の家族とか、クラスメイトは、私達の生活の中のただの一部しかないって……」


歩は、そう言って顔を曇らせていた。

ボクは、その時はそれがどういうことか良く分かっていなかった。

でも今なら分かるよ。

……ボクらは、ボクらであり続けるために、この世界に生きている。

そんな傲慢ささえも、許容できてしまえるくらいに。

この世界は、ひどく輝いていて、そして残酷だよ。

ねえ、雪歩。

雪歩は、最後はどんな風に消えてしまったのかな?

ボクは、雪歩がいなくなってしまう前の夜に何度も電話をかけていたことを思い出していた。


真「…………」

ボクは、ただ道なりを歩いていた。

いつボクが消えてしまってもおかしくはない。

――ボクは何を遣り残しただろう。

――ボクは、何を願っただろう。

男B『坊主、人違いじゃねえか』

真「違う、ボクは女だ」

アイドルになって、ボクはそれを証明したかった。

でも、それすらももう出来ないのか……。

少女「――あ、真くんだ!」

しょんぼりと歩いていた矢先、名前も知らない一人の女の子がボクに話しかけてきた。

真「君は……?」

正直、今は誰かと話したい気分じゃなかった。

もしもファンだとしても、今くらい一人にさせておくれよ。


少女「私、真くんのファンなんだ!」

真「そっか。でも、ごめん。今はちょっと気分が良くなくて――」

少女「真くん、ほら遊園地! 一緒に遊園地に行こうよ!」

高校生くらいの顔の少女は、ボクの言葉も聞かずにボクの手を引っ張っていく。

遊園地だって? さっきまで、ただの歩道だったはずなんだけどなあ。

だけど、周りを見回してみると、そこは確かに遊園地だった。

いつのまにか、ボクは遊園地に迷い込んでいたようだった。

少女「私、メリーゴーランド乗りたい!」

真「あ、ちょっと待って!」

少女は、困惑するボクに気にかける様子もなく、ただ手を引っ張っていく。

そんな彼女に引き連れられて、ボクは彼女とメリーゴーランドに乗っていた。

少女「わあ、真くん王子様みたい!」

真「……そうかな?」


ボクが白馬に跨っているのを横から見て、女の子は嬉しそうに笑った。

彼女に悪気があるわけじゃない。

ボクは自分にそう言い聞かせて、それが終わるまで笑顔を浮かべていた。

ふと、隣の彼女を見ると、とても輝いて見えた。

髪も長くて、ころころと笑うその表情は、ボクの夢見た女の子そのものだった。

少女「真くん、どうかした?」

真「いや、なんでもないよ」

そうは言ったけど、ボクはどこか不思議な感情が渦巻いていた。


真「それで、最後はこれに乗りたいの?」

少女「いいよね!」

結局、最後まで彼女に乗せられて、ボクは観覧車の前まで来ていた。

どこか引っかかる思いが何なのか、ボクはそれを確かめたかった。

少女「わあ、高い! すごい!」

真「ほんとだ、きれいだ……」

ボクははしゃぐ彼女を傍目に、観覧車の上から眺める景色に見惚れていた。

輝く夜景は、本当に宝石のようで、ボクは息を呑んだ。

少女「ねえ、真くん。真くんって女の子なんだよね?」

真「え、あ、うん。そうだけど……」

突然、彼女に話しかけられてボクは戸惑ってしまう。


少女「じゃあ、なんで女の子みたいな格好しないの?」

真「え、だって……それは皆から求められてないって言われて」

少女「真くんはそれでいいの?」

真「……いや、そうは思わないけどさ」

ボクは、ずっと憧れていた。

女の子らしい自分を。女の子と認められる自分を。

少女「だったら、一歩進んでみようよ」

真「一歩?」

少女「そしたら見える世界もきっと変わってくるよ!」

少女は、満面の笑みを浮かべた。

どこまでも真っ直ぐで、曇りのない瞳で。

真「……ねえ、君は一体誰なんだい?」

少女「……さあ、誰だろうね」


そのとき、ボクの体が徐々に崩れて始めていることに気付いた。

少女「もうすぐ消えちゃうね」

真「…………」

ボクはどこかその状況を諦観していた。

もうすぐ消えてしまうんだと、それくらいにしか思わなかった。

少女「ほら、そんな風に怖がらないところも、男の子みたい」

差し掛かった夕日が、彼女の顔を照らし出す。

その表情は、どこか見覚えがあった。

真「……ボクは、女の子だよ」

少女「うん、知ってるよ」

意地悪そうに少女は笑った。

少女「真くんが、真くんでよかった」

真「……どうして?」

少女「見た目も中身も女の子な真くんなんて、そんなの真くんじゃないからさ」

少女は、それだけ言うともう何も言わなかった。

ああ、そうかもしれないなあ。

でも、どうなのかなあ。


少女「……ばいばい、真くん」

少女がそう口ずさんだ時には、もうすでに菊地真の姿はなかった。

少女は、鼻歌をくちずさみながら、観覧車が終わるのを待っていた。

夕日は、もう沈みかかっていた。


[Haruka-Chihaya]

春香「ねえ、千早ちゃん」

千早「どうかした?」

春香「千早ちゃんは、どうするの?」

千早「どうするって?」

春香「みんな、いなくなっちゃって。それでどうするのかなって」

千早「…………」

春香「私、なんか全然実感なくてさ。いつも話してたのに。雪歩も亜美も、律子さんも。社長も……プロデューサーさんだって」

千早「私は、自分が消えてしまっても、それを受け止めるわ」

春香「え?」

千早「消えてしまうことを、そんなに恐れていないの」

春香「…………」


千早「それに、それ以外の他のこともたくさん考えたわ」

春香「他のこと?」

千早「弟を亡くしたときの感情も、ましてや弟の存在も全部創られたのかって」

春香「あっ……」

千早「だったら、これまでの私の人生って何だったんだろうって」

春香「そんな、そんなこと」

千早「だから、そんなことを思いたくないから。思いたくないから、私は最後まで自分を信じる」

千早「じゃないと、本当に分からなくなっちゃいそうで」

春香「千早ちゃん……」

千早「それに、私には歌がある」

千早「歌を歌って、それが誰かに届けばいいなって、そう思うの」

千早「それだけは、私だけの気持ち。誰も壊させはしない」

春香「……千早ちゃんらしいね」

千早「春香は、どうするの?」

春香「私は――」


[Chihaya Story]

私は、公園で一人佇んでいた。

ただ、この気持ちを曝け出したいとそう思っていた。

よく映画で、どうしようもない気持ちを叫ぶシーンがあるじゃない?

でも私は叫ぶんじゃなくて、歌を歌いたい。

それだけが、私に与えられた本当の私だから。

私が歌いだすと、辺りに声が響き渡る。

昼間にもかかわらず、声は良く通った。

春香との話の中で、私は歌を歌いたいと思った。

男「これ、どっかで聞いたことあるな」

女「あれ、千早ちゃん?」

暫く、歌い続けていると誰かがそう口々に言い始め、何人かが私の歌を聴き始めた。

そう、もっと聴いて。私の歌を、私にしか歌えない私の歌を。


男「千早さん、俺ギター弾きますよ!」

一人の男が、そう言って私の横でアコースティックギターをかき鳴らし始めた。

耳心地が良いなと思って、私の声も同じ様に弾みだす。

私が歌い終わると、辺りはもう何人もの人で溢れかえっていた。

男「千早さん、もっと広い場所で歌いましょうよ!」

いつもならば、断っているような誘いだったけれど、今日の私は彼の誘いに乗り、もっと都心に近い場所で歌を歌うことにした。

……アイドル失格だな、私。

でもいいの、この歌を、私の歌をもっとたくさんの人に聴いて欲しいのだから。

男に連れられて来た場所には、女も含め何人かの人が、楽器を持って、待っていた。


男「これ、俺の友達です。時々、こうやって集まって路上ライブしてるんです」

千早「……そうなのね」

私を見て、ケースの上に座っていた女の子が、屈託のない笑みを浮かべていた。

女「今日は、千早さんとセッション出来るからって、皆はりきって来たんですよ」

女2「でも、本当に来てくれるなんて思わなかった!」

男2「俺達、後ろから支えますよ」

私は、皆の言葉を聞いて、思わず笑ってしまう。

男「どうかしました?」

千早「いえ、なんでもないの。なんでも」

私は、嬉しかった。

消えてしまう前に、こうやって見ず知らずの人たちと音楽で心を通わす事が出来ることに。


男「さあ、いつでも準備できてますよ。何から歌いますか?」

千早「そうね、それなら」

私は、適当な曲を選び、それでいきましょうと声をかけた。

すると、彼らは声を合わせ、拍を刻みだした。

すぐに、心地の良い音楽が私を包む。

彼らが私に目配せしてくる。

私は、それに合わせて歌を奏でた。

今日は、いつもよりも快調だった。

どこまでも、声が伸びるような感覚を味わう。

観客1「ん? あれ、如月千早?」

観客2「うわ、ほんとだ! すげえ、ちょっと見に行こうぜ」

一人、二人と私達の周りに人だかりが出来始めていた。

歌が終わると、止め処ない拍手と熱が辺りを包み込んだ。


春香「なんだろう、この人だかり」

私は帰り道の途中、たくさんの人だかりを見た。

少女「もしかして、天海春香さん?」

そんな私を見て、一人の高校生の女の子が話しかけてきた。

春香「ええと……」

ちょっと言いよどんでいる間に、女の子は私の手を取る。

少女「私、ファンなんです! 最近、TVで見れなかったから心配してました!」

春香「えへへ……」

私は、照れくさそうに頭に手を置いた後、少女にこの現状を尋ねることにした。

春香「この人だかりってなんなのかな?」

私は、年代の近い少女に向かって、こそこそと耳打ちする。

女の子は、私と会えた事に嬉しかったようで、ころころと笑うと、人だかりを指差した。


少女「なんでも、如月千早さんが路上ライブしてるみたいで」

春香「千早ちゃんが!?」

私は、思わず素っ頓狂な声を上げる。

千早ちゃん、なんでそんなことを……。

活動は極力しないようにって、皆で話し合っていたのに……。

少女「でもさっき、警察みたいな人が入って行ったみたいで、観客の人がそれに暴動起こして、結構大変なことになってるみたいです――ってあれ、春香さ
ん?」

その女の子が話し終わる前に、私は駆け出していた。

警察? 千早ちゃんは、どうなってるの?

不安だけが、私を押しつぶしてくる。

人込みは、私の前に立ちはだかり、壁のように見える。


――がんばれ、春香! 負けちゃ駄目!

私は、「すいません、すいません」と言いながら人込みを掻き分けていく。

ぎゅうぎゅうとなっている人を掻き分けた先、そこには観客と思わしき、人が警官を殴りつけていた。

まだ、千早ちゃんの顔は見えない。

私は、もっとその先を目指して、人込みを掻き分けていく。


――その先に待っていた光景は、凄惨なものだった。

千早ちゃんが、警官に取り押さえられている。

それでも、千早ちゃんはそれを払いのけて、歌い続けていた。

それは、千早ちゃんの確かな思いを乗せて。

千早「――――」

苦しみながら、千早ちゃんは歌い続けていた。

そして、その体は少しずつ崩れ始めていた。

春香「千早ちゃん!」

喧騒の中で、私の声は届いていなかった。

千早ちゃんは、途切れ途切れになりながらも、歌を終えることはなかった。

周りにいたギターを持った男の人は、反抗的に警官に怒り散らしていた。


『蒼い鳥 もし幸せ 近くにあっても あの空で 私は歌う』

春香「千早ちゃん!」

『未来に向かって』

春香「待って、待ってよ!」

『あなたを愛していた』

私は叫ぶ。消えていく彼女の姿に向かって。

『でも前だけを見つめていく』

最後まで歌い終えた千早ちゃんは、一度だけ私のほうを見た。

穏やかな表情で、何かを口ずさみ、そして――。

そして――。


[765PRO 3]

あずさ「そう……、千早ちゃんが……」

春香「…………はい」

私は絞り出すように声を出した。

千早ちゃんは、あの時私に笑いかけ、そしてこの世界から姿を消した。

私はあのときの千早ちゃんの顔を忘れることができずにいた。

それは、私の心を深く抉り付けるように、禍根を残した。

そして、それは私だけではなかった。


伊織「…………」

伊織は、今日事務所で出会った時から、何も言わないでずっと今のまま押し黙っていた。

原因は、はっきりとしていた。

やよいとの連絡はつかないままでいた。

そして、真も同じように、電話はつながらなかった。

私は、もう二人とも消え去ってしまったのではないかと思っていた。

……他人事のように思えるくらいに、私の頭はどこかおかしくなっていたのかもしれない。

一人、また一人と事務所の仲間がいなくなっていく。

この非現実を、私はまだ受け入れられずにいたのだろう。

今もまだ、私は現実と向き合えずにいる。


あずさ「……伊織ちゃん、大丈夫?」

そんな私を気遣ってか、あずささんは伊織に声をかけた。

どこか大人びたあずささんの声は、事務所によく響いた。

伊織「…………」

しかし、伊織は黙ったまま、じっと下を俯いていた。

その表情はどこか強張っていて、そして何かを迷っているように見えた。

伊織は、何かを決断しようとしているのかもしれない。

しばらくして、その私の考えが正しいことが証明される。

伊織「……行かなきゃ」

伊織は、蚊の鳴いたような声でそう呟くと、スタスタと事務所の扉まで歩いていく。

あずさ「伊織ちゃん?」

あずささんは心配そうな声で、伊織の名前を呼んだ。


伊織「……ごめん二人とも、私、このままここにいられない……」

伊織は、振り返りもせず、それだけ言い残すと事務所から飛び出ていった。

事務所は、私とあずささん、そして小鳥さんだけになっていた、

春香「…………」

あずさ「みんな、戻ってくるといいんだけどねえ」

あずささんは困ったような顔で笑っていた。

その顔を見て、私はなぜだか涙がこらえきれなくなった。

そう思った時には、溢れんばかりの涙が零れ落ちていた。

とめどなく、感情の濁流が押し寄せてくるのを私は止め切れなかった。

止まることのない嗚咽を響かせていると、横に座っていたあずささんはそっと私のことを抱きしめてくれた。

あずさ「大丈夫、大丈夫よ」

……いつか、本当にまた皆でこの場所で出会えたら。

私は、そんなことを願いながら、ただ涙を流し続けた。


[Iori Story]

伊織「ねえ、死ぬって何?」

新堂「……どうかなされましたか?」

新堂の運転する車中で、私は徐にそう尋ねた。

新堂は、私の質問の意図が分からないようだったけれど、暫くして諭すような声色で、こう語り始めた。

新堂「人の死とは、人が一番恐れることです。それ故に、人は生きているのです。死ぬことに意味はありません。ただ、生きるために死という概念があるだけですよ。……最も、伊織様にはもっと先の話でしょうが」

新堂はそう言うと、黙ってしまった。

私は、適当に相槌を打つと、そのまま窓の外を眺めていた。

冷え冷えとした空は、どこか憂鬱な私の心を映し出しているかのように思えた。


私は、死ぬことを怖いとは思っていなかった。

人はいずれ死んでしまうのだし、ある日急に訪れることもある。

だから、それを怖いと思っていなかった。

……だけど、身近な人たちが消えていくことで、そんな自分の考えが間違っていたことに気付いた。

新堂の言う通り、人が一番怖いのは死ぬことだ。

私は、それに初めて気づくことができた。

伊織「……やよい」

そして、やよいがいなくなった。

先日、急に、何の連絡もなくいなくなった。

それまで、ふわふわとしていた自分の頭に、叩き付けられたかのような衝撃が走った。


私は、死を恐れていたんじゃない。

きっと、それから目をそらし続けていただけだ。

新堂「伊織様、何か御悩み事でも?」

さっきの私の質問が引っかかっていたようで、新堂は心配そうな顔で私に声をかけてきた。

私は、大丈夫と答えると、そのまま自室に戻った。

本当に大丈夫なんだろうか?

私は、私自身のことすらも分からなくなっていた。


事務所から飛び出した次の日、私は、ふと美希に電話をかけていた。

あの日、誰よりも早くに事務所を出た美希が何をしているのか、少し気がかりだったからだ。

伊織「出ない……」

しかし、何度かかけ直しても美希は電話には出なかった。

私は、何をするでもなくベッドに体を預ける。

気分は、まだ優れなかった。


その次の日、私のもとへ一通の電話が来た。

電話の主は、美希だった。

私は、すぐに電話を取り、声を上げる。

伊織「ちょっと、アンタ今何してんの?」

私は、開口一番に怒気を込めたが、その返事は聞こえてこない。

伊織「なによ、聞こえてるんでしょ」

私が、電話がつながっているか確認しようと携帯電話を耳から離そうとしたとき、ぼそっとした声が漏れた。

美希「……なんだ、でこちゃんか」

それだけ言うと、美希は電話を切った。

なんだってなによ!

もう絶対かけてやんないんだから!

私は、美希の態度にいら立ちを感じながら、ベッドから這い出た。


相変わらず、家には人の気配が感じられなかった。

そんなことも慣れたけど、私はどこか胸にさみしさを感じ、胸に抱えたうさちゃんを抱き寄せる。

伊織「……駄目ね、また泣きそうになってる」

私は頭を横に振ると、そのまま食事をとるために、食卓へ向かう。

執事や家政婦を除いて、そこには家族の影はなかった。

私は、目を細めて並べられた食事に口をつける。

料理はおいしかった。だけど、それ以上に一人で食べる食事は辛かった。


新堂「どこか気を落とされているように伺えますが……」

食事の後、新堂が気を使ったように私に声をかけてきた。

伊織「……そんなに酷い顔してるかしら?」

新堂「どこかナーバスになっているように思いまして」

新堂の言っていることはきっと正しかった。

一人でご飯を食べることに慣れていたはずなのに、今日なぜか寂しいと思ってしまったのは、事務所の皆がいなくなってしまったことが関係しているのかもしれない。

だけど、そんなこと新堂に言えるはずもない。

伊織「そう、気を付けるわ。ありがとう」

私は、そのまま自室に戻る。

新堂は、何かを言いかけて口ごもると、「ええ」と一言添えていた。


伊織「…………」。

私はベッドの上で、昔のことを思い出していた。

昔、私が幼かった頃のことを。

誰もいない家で、一人過ごしたことを。

伊織「……少し、休もうかしら」

ナーバスになった感情を抑えようと、私は目を閉じる。

疲れていたのか、すぐに眠りに落ちることができそうだった。

伊織「お休み、うさちゃん」

隣にうさちゃんを寝かせると、私は眠りに落ちていった。


「ねえ、起きて」

誰かの声がして、私は閉じていた瞼を開く。

徐々に暗闇は晴れていく。

「伊織ちゃん、起きて」

私が目を開くと、そこには大きなウサギが立っていた。

ウサギ「伊織ちゃん、おはよう」

大きなウサギは、口も動かさずに私に話しかけてきた。

伊織「……ひっ!」

私は、それに目を丸くして身を庇うように両腕を前にかざした。

ウサギ「伊織ちゃん、おびえないで。ボクだよ」

そう言うウサギに私は、恐る恐る目を開く。

すると、どこか見覚えのある顔つきをしていた。


伊織「……もしかして、あなた、うさちゃん?」

私が、途切れ途切れに尋ねると、ウサギは大きな頭を縦に振った。

まさか、夢でも見ているのかしら……。

ウサギ「伊織ちゃん、こっちだよ」

私は、いつの間にかパジャマ姿のままウサギに手を引かれ、部屋を後にした。

なに、どうなってるの?

私が、状況を理解できないままでいるのにも関わらず、ウサギはぐいぐいと私を引っ張っていく。

伊織「どこへ、いくの?」

ウサギ「おなかすいてない?」

ウサギが連れてきたのは、いつもの食卓だった。

長く伸びたテーブルの上には、豪華な料理が乗せられている。


ウサギ「一緒に食べよう」

そういうと、ウサギは私にパンを差し出してきた。

訳も分からず、私はそれを手に取りもそもそと頬張る。

……少しずつ頭は冴えてきていた。

なんで、私はうさちゃん? とこうやってご飯を食べているのかしら。

そもそも、うさちゃんが人並みに大きいし、喋っているし。

もう、わけわかんない!

頭がパンクになりそうにながらも、私はその苛立ちをぶつけるように、パンを齧った。

ウサギ「料理美味しい? ちゃんと、栄養を取らないとダメだよ」

ウサギは、そう注意すると、私にサラダを寄越した。


伊織「…………」

私は黙ってそれを受け取ると、口にする。

ウサギは、同じように食べ進めながら、私が食べるのを気にするように眺めていた。

伊織「……なによ」

私はついに、痺れをきらし、ぶっきらぼうに言った。

ウサギ「ボクにいつもそうやって言ってくれてるから、そのお返しだよ」

ウサギは、そう答える。

伊織「…………」

ウサギ「ボクもこうやって伊織ちゃんと話しながら、ご飯を食べてみたかったんだ」

ウサギがそう言ってから、私は今一人でご飯を食べていないことに気が付いた。

そうだ……私は今一人じゃない。


でも……。

伊織「ここは、夢の世界なの……?」

私は、フォークを置くと、ウサギに尋ねかけた。

やっぱり、どこかこの世界はおかしい。そんなこと、私にだってわかる。

ウサギ「そうだよ、ここは伊織ちゃんの夢の中だよ」

あっさりと、ウサギは答えた。

やっぱりね、と私は息を吐くと立ち上がる。

伊織「早く目覚めなくちゃ」

ウサギ「どうして?」

ウサギは不思議そうな顔をして、私を見上げていた。

だから私は言い張ってやった。


伊織「私は、こんな夢の中で過ごしたいんじゃない。本当の自分を変えたいの」

それは強い意志だった。私の中に確かにある、心の叫びだった。

ウサギ「そうなんだ、伊織ちゃんは強いんだね」

ウサギは、同じようにパンを皿の上に置くと、のそりと立ち上がった。

ウサギ「……でもね、伊織ちゃん。現実ってものは、伊織ちゃんが思っているよりも甘くないんだ」

伊織「何が言いたいの?」

私は、ウサギの言葉に反応して、むっと顔を顰める。


ウサギ「伊織ちゃんが変わりたいと思っても、何も変わらないこともあるんだ。……見てごらん、伊織ちゃん」

ウサギは、左手を突き出す。その方向へ私は目を向ける。

――そこには、私がいた。

幼いころの私が、うさちゃんを抱き、物憂げな表情で立ち尽くしていた。

ウサギ「伊織ちゃんは、家族のみんなに認められたい。でも、それは叶わない。この世界では、それは叶わないんだ」

伊織「……そんなわけ」

ウサギ「あるわけないと思うかい? この世界はもう終わってしまう。伊織ちゃん、君は君を変えられない。あの伊織ちゃんを救うことはできないんだよ」

私は、幼いころの私を見つめる。


「助けて……」

幼いころの私が、悲しそうな表情に私に助けを求めてくる。

やめて、そんなの見たくない……。

ウサギ「伊織ちゃん、今の君はもうすぐ消えてしまう。だから、あの子を君は救うことはできないんだよ」


私がはっと気づいたころには、私の体は少しずつ消え始めていた。

伊織「なんで、こんな」

ウサギの声はもう耳には届かなかった。

幼いころの私が、私の元へ駆け寄ってくる。

「寂しいよ、苦しいよ……」

私は、泣いている私を抱き寄せる。

ごめんね、助けてあげられなくて。

ふいに私の目からも涙がこぼれ出す。

止まらない涙を拭かずに、私は強く誓う。

次は、絶対――。

私の意識は、そこで消えてしまった。


ウサギ「伊織ちゃん、いなくなっちゃったな」

ウサギは、寂しそうな顔で、食卓についていた。

ウサギ「…………」

誰もいない部屋で、ウサギはパンを齧っていた。


[Azusa Story]

あずさ「春香ちゃん、大丈夫かしら……」

私は、一抹の不安を抱えながら、暗い通りを一人歩いていた。

伊織ちゃんのこともそう、きっと今も苦しんでいる。

私は、そんな伊織ちゃんが事務所から出ていくことを、止めることはできなかった。

やよいちゃんが、この世界からいなくなって、きっと自分のことのように苦しんでいる。

きっと、他のみんなのこともそう。

伊織ちゃんは、いろんなことを抱え込んでいたんだと思う。

人思いの気遣える子だから、きっとそれも私が感じている以上に……。

あずさ「…………あれ、ここはどこ?」

考えることに集中していたせいか、いつの間には私はどこかも分からない場所に立っていた。


まるで黒で塗りつぶしたかのような真っ暗な世界がそこにはあった。

私は後ろを振り返るものの、そこには道があったのかも怪しいくらいに何も見えなかった。

そうして、キョロキョロと辺りを眺めていると、徐に足音が聞こえてきた。

革靴を擦るような音に戸惑いながらも、私は道の先に目を凝らす。

そこには、一人の男がいた。

男「こんばんは。こんな夜にお一人ですか?」

街灯が一本、その暗闇を照らす中、男はその明りの下で私を見つめていた。

私は、不可解に感じながら、男をじっと眺める。

男「……ああ、そうですね。別に怪しい者ではないですよ。こんな場所に綺麗な方が立っていらっしゃると思いましてね」

男は気さくに笑いかけてくるが、それは私の猜疑心をかりたてた。


男「いやあ、今夜はいい夜ですね。見てください、月の明かりも私たちを歓迎してくれているようです」

私は、男の言われるまま、空を見上げる。

しかし、そこには月はなかった。

男「あなたには月は見えませんよ」

いつの間にか、男は私のすぐそばまでやって来ていた。

私は、突然のことに後ずさり、そして声を上げる。

あずさ「…………あなた、何なんですか?」

私が、怒気交じりに男にそう言い立てると、男は歪んだように口角を上げる。


男「あなたに知る必要はないでしょう」

男はそう言うと、人差し指を立てた。

男「時に、暗闇というものは人を不安にさせます」

男は、一人で何度か頷くと、そのまま話を続ける。

男「ご友人が、いなくなっているんでしょう?」


その言葉に反応するように、私は男の顔を見た。

男は、薄気味悪い位に張り付いた笑顔を私に向けていた。

男「この世界は、創られた世界なんですよ。分かりますか、あなたも僕も創られた存在なんです。生きていると実感しているだけで、それは誰かから与えられた紛い物だ。それに気づいた時、人は生きている価値を見失うのです」

男が饒舌に語る内容に、私は顔を顰める。

この人は、いったい何を語り掛けているのだろう。

男「あなた方がいなくなった後、世界は崩壊するでしょう。……いえ、これでは語弊がある。世界は、空っぽになるんです。無価値な存在だけが残った世界になってしまうのです」

男は、かぶりを振るように悲しんだふりをした。


あずさ「何が言いたいの?」

男「察しの悪い方だ。あなたは当事者の一人だと言うのに」

私は一層、男に不信感を抱く。

男「この世界はあなた達のためだけに創られた世界なんですよ」

あずさ「私たちのために……?」

『私たち』とは、『765プロの皆』を指すのだろうか。


男「この世界の存在意義は、あなた達がアイドル活動をして初めて生まれます。あなた達を取り巻く全ての事象、人間はあなた達が過ごす上で、自分たちが創られた存在だと気づかないように仕組まれたものなんです」

あずさ「…………」

仕組まれた、とその男は言った。それならば、私の周りの人たちも……。

男「あなた達は、少なくとも人ではない。ただそう思い込まされているデータでしかない」

男の言葉が、段々と頭に刷り込まれていくようだった。


男「データが消えれば、世界はあなた達のことを認識しなくなる。そうして、最後には自分で動く人間はいなくなる。……そうなってしまえば、この世界は空っぽの器のようなものだ」

あずさ「それじゃあ、消えてしまった事務所の子たちも……」

男「あなた達は、覚えているんでしょうがね。この世界の住民は忘れてしまっているでしょう」

私は、既にいなくなってしまった子たちのことを思い返す。

大丈夫、少なくとも私は覚えている。大丈夫、大丈夫よ。


男「もうじきあなたのデータもこの世界から消え去ってしまうでしょう」

男は、冷たい口調でそう言い放った。

自分の体を見ると、体には異変が起きていた。

あずさ「体が、消えて……」

パラパラと、崩れていくように、私の体は消えていく。

男「最期にあなたと話せて楽しかったですよ」

あずさ「待って、どこへ」

男「私は、私の仕事を終わらさなければなりません」

では、と言い残すと、男の姿はもうそこにはなかった。

私は、何もできずにそこに立ち尽くす。


……そうだ、まだやらないといけないことがある。

私は、携帯電話を取り出すと、一人にあててメールを差し出す。

手は思ったように動かないが、何とか文面を作ると、私はその場に倒れこんだ。

あずさ「…………」

私は、そのまま空を眺めていた。

どうすることも出来ないむず痒さよりも、私は見とれていた。

そこには、丸い月が浮かんでいた。

暗闇の中で、私の体を照らし上げていた。

私のこと飲み込んでしまいそうな位に、大きな月だった。


[765PRO 4]

事務所は閑散としていた。

今日は小鳥さんもいないようで、私は一人椅子に座っていた。

そう、事務所には誰もいない。

誰も、いつものように話してはいない。

それは、初めてのことだった。

春香「…………」

そのとき、私の携帯電話が鳴った。

メールのようだった。

誰からだろう、学校の友達かな。

私が、メールを開くとそこにはこう書かれていた。


『765プロの皆へ。

届いているか分からないけど、メールを送ります。

きっと私たちに残されている時間は少ないわ。

だから、残された皆が、したいことをして欲しいの。

大丈夫、皆なら乗り越えられる』


あずささんからのメールを読んで、私は携帯電話を抱き寄せる。

どうして、どうしてこんなにも残酷なんだろう。

どうして……。

私の叫びは、虚空に消え去っていく。

事務所には誰もいない。


[Mami Story]

亜美がいなくなってから、私は呆けたような毎日を送っていた。

あの時、亜美は私に謝ってくれた。

でも、私は亜美に謝ることができなかった。

それだけが、私の唯一の心残りだった。

真美「亜美……」

私は亜美の名前を呼んだ。でも、その呼びかけに応える人はいなかった。

真美「シャキッとしなくちゃダメなんだけどな」


お母さんもお父さんも、亜美のことは忘れていた。

友達も、皆、周りの人たちは亜美のことなんてまるでいなかったかのように忘れていた。

私は、最初は信じられなかった。

なんど呼びかけても『双海亜美』を誰も知らなかった。

代わりに、『双海真美』はアイドルになっていた。

事務所のゴタゴタで休止中だけど、っていうことになっていた。

なんだよ、バカみたい。私は、そんな周りの連中のことを途端に気味悪く感じていた。

なんで誰も亜美のこと知らないんだ。あんなに輝いていたのに。

私は、起き上がると目を覚ますために、洗面所に向かった。

私が顔に水を浴びせ、タオルで拭こうとしたとき、その鏡の向こうには、亜美が立っていた。


亜美「真美、なんであのときあんなこと言ったの?」

私は、タオルを投げ捨てると、部屋に戻った。

そして、括っていたヘアゴムを放った。

亜美は、私のことを許してはくれないのかな。

あの日以来、いつ見ても鏡の向こうには亜美が立っていた。

私を恨めしそうな顔で、睨んでくる。

私は、それがたまらなく怖かった。

怖くて、怖くて、潰れてしまいそうだった。

そのまま私は、布団を被り、夢の世界に逃げ込んだ。

誰もいない、一人だけの世界に。


そんな日が長らく続いて、私は学校に行かなくなっていた。

親には、体調が悪いからと言い訳を言ったけどそろそろきつくなっていた。

それは、何度も病院に来いという催促を断り続けていたからだった。

真美「……はあ」

そんなことから、私は家に居づらくなっていた。

適当な理由で家から飛び出ては、遅くに帰るような日々が続いていた。

今日も、日が落ちるくらいの時間まで河川敷で一人、過ごしていた。

夕日が落ち、辺りは暗くなってきていた。


そんな折、携帯電話が鳴り響いた。

差出人は、あずさお姉ちゃんからだった。

私は、メールの文章を読むと、携帯電話をしまい込む。

……悔いのないように、か。

後悔しかない真美にしてみれば、それはなんだか難しいなあ。

私は、目の前に流れる川に向かって、石を投げる。

パシャパシャと音を立てて、石は飛び跳ねる。

いつもなら、亜美と一緒にやってたんだけどなあ。

私は、とぼとぼと川の近くに歩み寄ると、適当な石を探し始める。

そして、川をのぞき込むと、そこには亜美がいた。

いつものように、私を睨みつけていた。


亜美「ねえ、真美。真美はいいよね、まだ生きててさ」

亜美は、ぼそぼそと消えそうな声で呟く。

亜美「亜美は、もう死んじゃったから、羨ましいよ」

真美「…………」

私は、何も言えなかった。

だって、それは正しかったから。

何も、言えるわけがない。

亜美「ねえ、真美。私と変わってよ」

真美「え……」

亜美は、嬉しそうに私にそんなことを提案してきた。

亜美「真美が亜美になれば、亜美は生きられるよね?」

真美「……そんなの」

おかしいよ、と言いかけて私は口ごもる。

こんなの亜美じゃない、そう自分に言い聞かせる。


亜美「真美も、『双海亜美』なんでしょ?」

そういわれて、私は亜美の瞳を見つめる。

亜美「双海真美なんて、いないんだよ」

真美「うるさい!」

私は、水面に向かって、持っていた石を投げつけた。

水面が揺らぐと亜美は消えていた。

私は、その場から逃げ出すように走り去る。

真美「――――ッ!」

零れ落ちそうな涙が落ちないように、力の限り走り続ける。

叫び出したい気持ちを抑えて。


また、私は家に閉じこもっていた。

誰の声も届かない、誰も私を責めない。

月明かりが差し込む部屋で、私は何も考えず座っていた。

悔いのないように、ってあずさお姉ちゃんは言っていた。

だけど、私はこの後悔を拭い去ることは出来なかった。

既に、私の中に出来てしまった後悔を消し去る術を誰かに教えてほしかった。

真美「…………」

あのとき、亜美はここで横たわっていて、私のことを許してくれた。

なのに、私は、私は――。

いつの間にか、私の頬は濡れていた。

行き場をなくした感情だけが、流れ落ちていく。

真美「……ごめんなさい」

私は、そこできっと『私』を失った。


母「あら、真美、今日は結び目変えたの?」

真美「うん、そう。あと、今日から学校行くから」

父「もう、体は大丈夫なのか?」

真美「うん」

朝、私は支度をして家を飛び出た。

髪の結び目は、いつもとは逆だった。

――私は、こうやって双海亜美になった。

学校では、みんなから心配された。だけど、笑ってごまかしていたらいつも通りの生活に戻っていた。


私が、亜美になったその日。

鏡の向こうには、亜美はいなかった。

ただ、心配そうな目つきでいる『双海真美』がそこにはいた。

真美「大丈夫、私なら」

私は、私に言い聞かせるようにそう呟く。

もう、亜美の声はなかった。

代わりに、『双海真美』がいなくなった。

――この世界には、双海真美はいらない。

私は、そう言い聞かせた。


その日の夜、なぜか寝苦しくなって、夜中に飛び起きた。

夢の内容は覚えていなかったけれど、とても怖い夢だった。

私は息を切らし、身を起こす。

そして、その音を聞いて窓の外を眺めた。

外は、雨が降りしきっていた。

雨音は強かった、町の何もかもを流しきってしまいそうなくらいに。


そして明け方に、私は洗面台に立っていた。

そこには、『双海真美』がいた。

双海真美は恨めしそうな目つきで、双海亜美を見ている。

真美「ねえ、本当にそれでいいの?」

鏡の向こうの真美は、私にそう語り掛ける。

亜美「…………」

私は何も応えない。

真美「私は、私。亜美は亜美だよ」

違うよ、と私は心の中で呟く。

真美「だから、次はきっと」

真美の言葉が途切れ、そして『双海亜美』の体は消え去った。

――そうだね、次はきっと。


[Miki Story]

あれから、どれくらいの時間が経ったんだろう。

何も、何も分からないままだった。

アイドルだったミキはもう今はいなくて、ただ元のミキがいる。

それに、プロデューサーも……いなくなっちゃった。

それだけしか、ミキには分からなかった。

自分がいなくなっちゃったりするのが、どういうことなのかも何も分かってなかった。

ミキは、まだ何も分からないの。

……どこへ行けばいいんだろう。

ボーっと橋の上から湖を眺めていても、答えなんて見つからない。

そんなの、分かってるのに……。

美希「……分からないの」

ミキは、何も分からないままなの。


プロデューサーがいなくなって、事務所から仕事もなくなって、ミキはアイドルじゃなくなったの。

そしたら毎日が退屈になってて、でも今までのミキの生活がきっと特別だったんだって思えたの。

結局、プロデューサーは帰ってこなかったの。

それで、社長から手紙が来て、それで律子がいなくなって、ちょっと混乱したけど、社長の言っていることがほんとのことだなって分かったの。

だから、ミキはミキのしたいことをしようって思ったの。


皆と別れてから、ミキは『普通のミキ』に戻って、それで普通の学校生活を送ってた。

普通に友達と話して、普通に授業を受けて、それで毎日を過ごしてた。

でも、何か違うなって気づいて、それでミキは学校に行かなくなったの。


ミキは、それからずっとプロデューサーとのことを思い出してたの。

プロデューサーとの毎日は、とっても楽しかったの。

アイドルなんてつまんないと思ってたのに、いつの間にかそれが楽しいって思えるようになってて。

ミキは、このままアイドルとして頑張っていこうって思えたの。


それから、ミキをずっと応援してくれてたプロデューサーがどれだけ大事な存在だったのか、ミキは分かったの。

プロデューサーがいなくなって、ミキは凄く単純なことに気づいたんだ。

――ミキ、プロデューサーのことが好きなんだなって。


でも、プロデューサーはもういないの。

どこにも、どこにもいないの。

それだけが、ミキにはとても辛かった。

……でも、ミキはまだ諦めてなかったの。

この気持ちを伝えるまでは、諦めきれるわけなかったの。


一人になって、ミキは色んなところに行ったの。

もしかしたら、どこかにプロデューサーがいるんじゃないかって。

ミキは、それだけを信じて、色んなところで探し回ったの。

でも、どこにもいなかった。

どこにも、いなかったの。


いつだったかな。

あずさからメールが来たの。

でも、ミキは言われなくてもそのつもりだったの!

だから、何も言わなかったの。

でこちゃんから電話がかかってきたこともあったの。

ミキは初め誰とも話す気なんてなかったから、ずっと無視してたの。

それでも何度もかかってきてたから、もしかしたらプロデューサーがでこちゃんと一緒にいるんじゃないかなって思って、自分からかけなおしてみたの。

でも、出たのはでこちゃんで、そこにはプロデューサーはいなかったの。

でこちゃんの声を聞かずに、ミキは電話を切ったの。


プロデューサー、どこに行っちゃったのかな。

ミキ、もう探すの疲れちゃったよ。

声、聞きたいな。

美希「…………」

今年の冬は、ずっと寒くて、それでずっと寂しいの。

息を吐いたら真っ白になって、首に巻いたマフラーに顔を埋めて。

空を見上げたら、いつもよりも星が綺麗に見えて、すごく輝いてたの。

キラキラって、輝いてたの。

美希「……綺麗だなあ」

そのとき、すっごく大きな音が響いた。

……何の音?

しばらくキョロキョロと見回してたら、通りを浴衣の女の子が通り過ぎていったの。

美希「冬なのに、お祭り?」

ミキは気になって、その子たちの後ろを歩いて行ったの。


着いた先は、やっぱりお祭りで、皆、浴衣姿で楽しそうにしてた。

ミキは、それを外からじっと眺めてたの。

今はそんな気分じゃなかったの。

眺めてるうちに、また大きな音が響いたの。

でも、今度はそれが何なのか分かったの。

美希「……花火」

星空を照らすように、花火が打ちあがっていたの。

何度も、何度も。


美希「……綺麗」

本当に綺麗で、とっても輝いてたの。

……きっと、アイドルのときのミキもああいう風に輝きたかったんだなって思ったの。

他の皆も目を輝かせてたの。

――そのミキの目の先に、見覚えのある人が見えたの。

美希「……プロデューサー?」

ミキの呼びかけに気付かないまま、プロデューサーは歩いていく。

ミキは、もう一度プロデューサーと呼んだけど、プロデューサーは勝手に一人で歩いていっちゃう。

待って……、置いていかないで……!

人込みを割って、ミキはその後を追いかけたの。


プロデューサー? どこにいるの?

ミキ、ここにいるよ?

でも、追いかけているうちに、プロデューサーを見失っていたの。

そこには、ミキしかいなかったの。

美希「……プロデューサー」

何度呼んでも、プロデューサーは来なかったの。

ミキの声は花火の音に消されていって、それで……。


もう、ミキの体は消え始めていたの。

ミキ、まだ大事なこと伝えてないのに!

歩こうとしても、言うことをきいてくれない。

美希「助けて、助けてよ……プロデューサー……」

ミキの声は、誰にも届かなかった。

ただ、花火の音だけがずっと鳴り響いてた。

ずっと、星空を照らし続けていた。

キラキラ、キラキラって。


[Haruka Story]

私は、家で一人ベッドの上で寝転がっていた。

何もやる気が起きなかった。

携帯を眺めるけど、誰からも連絡がない。

あれから、事務所には行っていなかった。

静かな事務所にいることで、余計に私が一人だと痛感させられてしまうから。

春香「…………」

私もいなくなっちゃうのかな。

私は、そんなことばかり考えていた。

心が、少しずつ音を立てて、崩れそうになっていた。

もう、何も聞きたくないよ……。

私は、また枕に顔を埋めた。

春香「……やだよ」

私の沈んだ声は、暗い闇の底に落ちていった。


プロデューサーさんがいなくなる前、私たち765プロは、少しずつだけど有名になっていた。

テレビにも出るようになっていたし、ライブだって何度かやっていた。

私たちのことを応援してくれているファンの人たちも増えていた。

その度に、私たちは喜んだし、忙しくても頑張った。

でも、そんな日々はもう戻ってこない。

私たちが活動をしなくなってからは、テレビでもそのことを取り上げられたりもしていた。

でも、今はもう忘れられたかのように、テレビは世界情勢を伝えている。

私たちは、それだけの存在でしかなかった。


春香母「春香、大丈夫?」

いつの間にか眠っていたみたいで、私はお母さんの呼びかけで目を覚ます。

お母さんは、心配そうな顔で私を見る。大丈夫だよ、と応えるとお母さんは手紙を私に差し出した。

春香母「これ、ポストに入っていたから……、春香にって」

春香「私に……?」

私がそれを受け取ると、お母さんはそのまま部屋から出ていった。

私は、その手紙を裏返し、差出人の名前を確認する。

春香「音無、小鳥……。小鳥さんからだ」

私は、それが小鳥さんからの手紙だと気づくと、すぐに封を開け、手紙を取り出す。

そして、すぐに一枚だけ入っていた手紙の文面を目で追った。


『春香ちゃんへ。

音無小鳥です。

この手紙を読んでいるころには、私はもういなくなっているのかもしれません。

それでも、誰かにこれを伝えたくて、手紙を書きました。

きっとこれは懺悔なのでしょう。いい大人がこんなことを言うのはおかしいのかもしれませんが、それでも吐き出したかった。

私は、ずっと生きることに固執していました。

社長の手紙を初めは信じていなかったけど、でも律子さんがいなくなって、それが本当のことだと疑い始めてから、私は一つのことを決めました。

私は、ずっと事務員であり続けようと。

周りの人たちは生き続けるというのなら、私も心をなくしていれば、きっと生きていられるんじゃないかって、そう思っていました。

だから、事務所の皆がいなくなっても、私は何も思わないようにしました。

泣いたり、悲しんだり、そんなことをしないようにしていました。

でも、それが間違いだったと気づいたのは、誰もいない事務所を見てしまってからでした。

皆の中で、一番大人なのに、そんなことにも気づけないくらい、私は弱かった。

だから、もう私は心をなくすことをやめました。

出来ることなら、この手紙を書いた後、どこか遠くの景色を眺めてみたいと思います。

春香ちゃんも、自分のしたいことを最後まで貫いてください。

それが、私からの最後のお願いです』


私は、その手紙を読んだ後、すぐに部屋を飛び出していた。

どこへ向かうのか、私はもう決めていたから。

――時間は、まだある。

私は、夕餉の坂道を駆け下りた。


吐く息が辺りを真っ白に染め上げる中、私は事務所を外から見上げていた。

なんで、ここに来たのか私にも分からなかった。

でも、ここに来なくちゃいけないって思ったんだ。

だって、私は――。


千早「春香、そんなところで何をしているの?」

そのとき、聞き覚えのある声が耳に飛び込んでくる。

春香「ち、千早ちゃん」

千早「寒いから、早く中に入らないと。風邪ひいちゃうわ」

千早ちゃんも、私と同じように白い息を吐いて、そこに立っていた。

でも、なんでここに千早ちゃんが……?

千早「どうかした?」

そう問いかける千早ちゃんに、私は両手を振り「何でもないよ」と応える。

千早「そう。だったら、皆待ってるから行きましょう」

春香「え、皆って?」

千早「765プロの皆のことでしょ? 春香、熱でもあるんじゃないの?」

不思議そうな顔をする千早ちゃんは、寒そうにマフラーに顔を埋める。

千早「ほら、中に入りましょう」

千早ちゃんにそういわれて、私はおずおずと階段を上がっていく。

そして、その扉を開けた時、私の目に飛び込んできたのは――私が望んだ日常だった。


やよい「あ、春香さんおかえりなさい!」

伊織「どこほっつき歩いてたのよ。もう待ちくたびれちゃったじゃない」

真「雪歩、春香帰ってきたみたいだよ」

雪歩「あっ、それならお茶汲んでこようかな」

あずさ「あら、春香ちゃん、おかえり~」

律子「あずささん、食べながら話さないほうが……」

亜美「おっ、はるるんがお出でになりましたぞ」

真美「ちぇー、はるるんの分のお菓子食べそこなっちゃった」

美希「春香、こっち来るの」


そこには、皆が私を待っていた。

誰一人欠けていない、本当の765プロがそこにはあった。

小鳥「春香ちゃん、お帰りなさい」

小鳥さんも、優しい微笑みで私に笑いかけてきた。

千早「ほら、立ってないで行きましょう」

千早ちゃんは、そう言って私の手を引いていく。

春香「……うん、そうだね」

皆、待っててくれたんだよね。

だったら、行かないと。


春香「……みんな、ただいま」

私は、そのときどんな風に笑っただろう。

ちゃんと笑えてたのかな。

そして、皆のところへ私は駆けていった。




――もう、事務所には誰もいなかった。


[Another World]

街ゆく人たちの喧騒で埋め尽くされる中、一人の男はゲームコーナーで立ち止まった。

隣に歩いていた友人が、声をかける。

友人「どうかしたか?」

男「いや、この前無印アイマスが壊れちゃってさ。新しいの買い直そうかなと思ってな」

男がそういうと、友人は笑って、違うゲームを差し出した」

友人「おいおい、同じやつ買うなんてバカだろ。こっち買っとけ」

男は半ば無理やり手渡されたゲームタイトルを眺める。

男「ああ、これ新しいのとか出てたんだ。……なら、こっちでいいかな」

友人「そうそう、ほらレジ行こうぜ」

そう言うと、二人はレジに向かっていく。

男は、ふと振り返り棚に置かれた『THE IDOLM@STER』と書かれたゲームタイトルを眺める。

男「……古いのは、もう出来ないよなあ」

男の呟きは、喧騒に飲まれ、消えていった。


これで終わります。
今年でアイマスが10周年ということで書いてみました。
読んでいただいた方、ありがとうございました。

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