【アイマス】踏み出す一歩 (25)


初めてのTV出演を終え、事務所で反省会をしようということになった。

「改めてお疲れ様、千早」

「お疲れ様でした、プロデューサー。私、ちゃんとできていたでしょうか」

「うーん、歌は流石だったけどそれ以外はギリギリ及第点、かな」

言いにくいことではあるが、こういうことはハッキリというべきだと思う。
当の本人も自覚はあるらしく俯いてしまっている。

「やはり、人前で話をしたり表情を作ったりというのは苦手です」

「いきなり完璧にこなすのは無理ってもんだよ。至らなかったところは、今後の課題として焦らずやっていこう」

コーナー自体が新人アイドル発掘という方向性だった為、カメラ慣れしていない部分は特に問題視されなかった。
むしろ、カメラの前での初々しさと歌唱力とのギャップでなかなかの高評価を頂いたくらいだ。


「今回は番組コンセプト的にも問題なかったわけだし、良しとしよう」

「でも、それは別の仕事では通用しないということでは?」

「その辺は場数を踏むしかないね。あとは普段の過ごし方とか」

「場数は分かりますが、普段の過ごし方というのはどういうことですか?」

「いくら上手に表情を作っても、地の部分は見えてきちゃうってこと」

10年嘘吐きをやっていても、ひょんなことから素の表情は零れ落ちてしまう。
人の顔は、思っている以上に無意識の感情を映し出してしまうものだ。

「それにアイドルなんだから。素直な感情を表に出したほうが、ファンには好かれると思うんだ」

「無理に表情を作る必要はない、と?」

「もちろん仏頂面はダメだし、基本は笑顔だけどね。日頃から喜怒哀楽を自然に出していけばいいんじゃないかな」

「……わかったような、わからないような」

「事務所のみんなといるとき、いい顔してることあるよ?そういうことだよ」


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――――
――

話がちょっとした雑談に移り変わるころ、後ろから声をかけられた。

「あのー、プロデューサーさん。ちょっといいですか?」

振り返るとそこには天海さんが立っていた。
更にその後ろには萩原さん、高槻さんもいる。

「なんでしょうか、天海さん」

「それです」

ん?それ?
何を聞かれているのかさっぱりわからない。
頭の上の疑問符が見えたのか、天海さんは言い直してくれた。


「なんで千早ちゃんは呼び捨てなのに私たちは名字呼びで、しかも丁寧語なんですか?」

「それは、重要なことなのでしょうか」

「重要ですよ。何時の間に千早ちゃんとそんなに仲良く……じゃない、距離感ですよっ、距離感っ!!」

前半部分は流したほうがよさそうだ。
距離感と言われても、彼女たちの担当をしているわけではない。
だから馴れ馴れしく話しかけるのもどうだろうと思っていたのだが。

「プロデューサーさん、千早ちゃんとは普通にお話してるのに。でも私たちには線を引かれてるみたいで、なんだか嫌なんです」

千早とはまあ、色々とあったし、その延長で今の状態なわけだけど。
彼女たちには何か特別なことをした記憶がない。
それなのに、彼女たちは自分を受け入れてくれるらしい。
いい、のだろうか。


「後ろの2人、も?」

「私はもっと、プロデューサーと仲良くなりたいかなーって」

高槻さんは花が咲くような笑顔で答えてくれた。
こんな笑顔を向けられるにふさわしい人間になれるだろうか。
ならないと、いけないよな。

「わ、私も、事務所の仲間なのに、ちょっと他人行儀過ぎるかなって思います」

萩原さんはおっかなびっくり、それでもはっきりと言ってくれた。
男性恐怖症だというのに、信頼してくれるというのか。
その強さはどこから来るのだろう。

「ちなみに、ほかのみんなもおんなじ気持ですからね?」

天海さんはそう言ってこちらの目を覗き込んでくる。
仲間なんですから、変な遠慮はしないでください。
そう言われた気がした。
こんな自分でも、いいらしい。

「わかった。改めて、よろしく」

みんな笑顔で応えてくれる。
萩わ……雪歩はまだ及び腰だったけれど。
ようやく俺は、本当の意味で765プロの一員になれたらしい。

「みんな、口調が固くなっていたら、真顔で目を見るといいわよ」

「ちょ、千早。やめてそれ怖いんだから」


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「千早ー、次の仕事決まったぞ」

TV出演を果たしてから数日。
とある雑誌からのオファーが舞い込んできた。
この前の騒動以来、千早もアイドルというものに前向きになってきている。
けれど歌が第一なのは相変わらずで、歌じゃないって知ったらテンション下がるんだろうなぁ。

「今回は雑誌の取材。これから売り出していく注目アイドル、っていう企画の」

「……そう、ですか」

ほらやっぱり。

「すまんな。歌関係の仕事が取れるよう頑張る、って言ったのは俺なのに」

「い、いえ、決してプロデューサーを責めているわけでは。……歌の仕事につながる回り道、なんですよね?」

「この前のTV出演がきっかけでこの話が来たんだ。なら、これを歌の仕事に結び付けるのが俺の仕事だ」

「わかりました。なら私は、誠心誠意仕事に取り組みます」


ここでこうやって気持ちを切り替えられるようになったのは大きな前進だと思う。
一抹の不安は残るものの、今は千早を信じよう。

「ちなみに、現場まではついていくけど、取材中は俺カカシだから」

「何かあっても助けてくれない、ということですか?」

じっと見つめられる。
千早の言う『何か』は、聞かれたくない、答えたくない質問のことだろう
プロデューサーとしての不誠実さを責められているようで、居心地が悪い。

「そういうこと。如月千早を知ってもらえるチャンスなのに余計なことはしたくない」

だから、事前に取材内容は確認して、不適切と思える質問は断固として受け付けないつもりだ。
そう告げると千早もいくらかは安心したようだ。

「まだ不安って感じだけど、失敗したらしたでいいんだよ。それもきっと糧になる」

千早はアイドルとしてまだまだ駆け出し。
今は色んな状況にぶつかって、様々な経験を積むことが重要だ。
その経験はアイドル如月千早だけでなく、人間如月千早も成長させてくれるだろう。
そしてそれは、彼女の歌にもいい影響を与えるに違いない。


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「いい記事じゃないか」

「写真の顔が固いのはご愛嬌ですが」

出来上がった雑誌を片手に、社長と盃を交わす。
俺は下戸なので最初の一杯だけだが。

見開きのページには4人のアイドルのインタビュー記事がそれぞれ掲載されている。
良く言えば一途で真面目、悪く言えばアイドルらしくない硬質な表情。
雑誌の片隅にはそんな顔をした千早がいた。

「これはこれで、私はいいと思うよ。実に如月君らしいじゃないか」

その社長の言葉は確かに同意できる。
千早を知る者にとってならば、という条件は付くが。

「しかし、これからアイドル如月千早を知ってもらうにはちょっと……」

記事の内容を確認した時には特に気にならなかった。
歌に対する真剣な想い、歌に乗せて表現したい願い。
如月千早という人間がどうありたいのか、どうなりたいのか。
そういったものを真摯に、正直に語ったインタビューの内容とその表情と。
それは、文句のつけようがない出来だった。


「写真も内容も、ほかのアイドルと並べてしまうと違和感が拭えないというか」

「しかし、君にもわかっているんだろう?これこそが如月君であり、この姿勢を失ってしまえば意味がないことを」

失礼します、と断ってから煙草に火を点ける。
社長の言う通り、このスタンスを崩してしまっては千早は千早でなくなってしまう。
しかし、アイドルとして売り出していこうとするならば、もう少しわかりやすい魅力を押し出す必要があるのではないか。
歌一本でやっていくには知名度が足りないし、何より自分の力量でうまくいくとは思えない。
紫煙とともに弱気な心の内が吐き出されていく。

「君が765プロに来てから、もう3ヶ月ほどか」

ふっと、社長が遠い目をしてつぶやいた。

「もうそんなですか。毎日必死でしたから、本当にあっという間でした」

「君のおかげで、事務所にも活気が出てきた。アイドル諸君も君を信頼しているようだが、気づいているかな」

「ええ。つい先日、春香たちに詰め寄られました。いつまでも線を引いてないでくださいって」

「はっはっは、流石は天海君だね。実際、君はよくやってくれている。私の目に狂いはなかったようだ」


実績らしい実績はまだ残せていないのだが。
自分で取ってきたと言える仕事は、この前のオーディションくらいのものだし。

「如月君も以前に比べ、随分といい顔をするようになった。君のお陰だよ」

過大な評価を頂いでいるようでどうにもむず痒い。
千早のことにしても、自分が何かした結果だとは思えなかった。

「君の立ち居振る舞いがみんなにいい影響を与えているんだ。自覚はないかもしれないがね」

臆病者が居場所を得ようと必死になっていただけなのだが。
……いや、社長がこうまで言ってくれているのだ、少しは自信にしなければ顔向けできない。

「仕事の面でもお役に立てるよう、頑張ります」

煙草とともに弱気をもみ消し、顔を上げる。
今の自分にできることをしよう。

「ところで、如月君の件なんだがね」

そう言って社長は、ある提案をした。


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「ユニット、ですか?」

翌日事務所の応接室。
社長の提案を千早にも聞いてみた。

「そう、ユニット。正直に言って、千早の魅力はソロでは伝わりにくいんじゃないかっていう話でな」

落胆というか悲哀というか、そういった負の感情が膨れ上がるのがわかる。
言葉を間違えた。
ただでさえ千早はマイナス方向への切り替えが早いというのに。

「別に千早が悪いとかじゃなくて、むしろ俺の力不足の話なんだ」

恥も外聞もなく、ありのままを告げる。
どうにも千早の前では格好をつけることができない。

「俺の実力では千早を歌だけで売り出すのは難しい。でも、売れるために千早が変わってしまうのは本末転倒だし、俺もそんなことしたくない」

この世界は、実力があれば売れるという単純なものではない。
それ以外の部分をサポートするのがプロデューサーの役目なのだが、素人に毛が生えた程度の自分ではまだ荷が重い。

「それで、足りないなら補い合えばいいじゃないか、という話なんだ」

「確かにこの前の取材の時も、うまく表現できなくてもどかしい思いを何度もしました」

「そういう苦手部分をフォローし合って、得意分野で高め合っていける仲間がいればなって思ったんだ」


もちろんプロデュースの対象が増えることで、俺の負担もより大きなものになるだろう。
けれど、現状で足踏みをしてしまうことに比べればどうということはない。

「それに、アピールポイントが増えたほうが俺としても仕事を取りやすいし」

ユニットであれば注目されるきっかけが増えるだろう、という心算もあった。

「わかりました。私なんかと組んでもいいと言ってくれるなら、ですけれど」

千早は事務所内で結構気に掛けられてるんだが、自覚がないんだろうか。

「千早、もう少し自信持て」

「プロデューサーが言いますか?」

「あー、いや、その、うん」

心当たりがありすぎて反論のしようがない。

「冗談ですよ。お任せします、プロデューサー」

ちょっと笑いながらそう言って席を立つ。
なんというか、この先も千早には敵わないんだろうな。

社長とユニットについて話をしていた時、脳裏に浮かんだのは2人。
とりあえず話だけでもと、それぞれに声をかけることにした。


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翌日、目の前には3人のアイドル。
事前に話はしてるし、お互い仲がいいのだから緊張とかはしてなさそうだ。
むしろ自分が一番緊張している。
これが本当に最善の手段だったのか、自分にみんなを導けるのか。

「プロデューサー、いきなり後ろ向きにならないでください」

そんな不安をあっさりと見抜かれ、千早に呆れた目をされた。
嘘を吐いたり取り繕ったりは得意だったはずなんだけどな。

「そうですよっ、プロデューサーさん」

「や、やっぱり私なんかが選ばれちゃったから……」

「ほら、プロデューサーさんがそんなだから雪歩が」

「あ、ああ、そうだな。すまん」

コホンと咳払いを一つ。

「今日集まってもらったのは他でもない。春香、千早、雪歩の3人でユニットとして活動していこうと思う」

どういう集まりなのかは周知の事実だったので、歓声が上がるとかそういうのはなかった。
だが、彼女たちの目には少々の疑問の色が浮かんでいた。


「ち、千早ちゃんは元々プロデューサーの担当なのでわかりますけど、なんで私と春香ちゃんなんですか?」

おずおずと、雪歩が疑問をぶつけてくる。
そういえば、その辺りの説明を飛ばしていた。

「まず春香」

「はいっ」

「正直に言って、春香は特別歌がうまいとか、ダンスが飛びぬけているとか、そういうのはない」

「うう、自覚はありますけど、そんなにはっきり言うことないじゃないですかぁ」

ちょっと涙目になって訴えてくる。
いかん、もう少し言葉の選び方を考えないと。

「でもさ、春香は努力を辛いとか思ったことあるか?」

「……それはない、かな?」

「悩みがないとは言わないけどさ。どんなことでも前向きに捉えられる強さは、何物にも代えられないと思うんだ」

それは努力でどうこう出来る性質のものではない、春香の才能なんだと思う。
その姿勢はきっと、みんなにとっていい方向に働くだろう。

「えへへ、なんだか照れちゃいますね」


「で、雪歩なんだけど」

「ひっ」

いきなり話を振ったせいか、驚かせてしまったようだ。
こういうとこ、まだまだだな俺。

「雪歩ってさ、男の人怖いんだろ?」

「は、はい。でもでも、そんな自分を少しでも変えたくて……」

「うん知ってる。俺がここに来た頃、目が合うといつも身構えてたのに。最近じゃ、たまに話しかけてきたりお茶淹れてくれたりしてくれるもんな」

「それは、私が慣れるまでプロデューサーが気を遣ってくれたからで、私は別に何も」

「はじめてお茶淹れてくれたとき、こっそり感動してたんだよ?苦手を克服するって、言うのは簡単だけど、一歩踏み出すのはすごい勇気がいるの知ってるからさ」

それはかつての自分にはなかったものだから。
その勇気がなかったが為に、人生を誤魔化し続けてきた。
今こうしているのも、背中を押してくれるものに出会えたからで、自分だけでは殻に閉じこもったままだっただろう。


「そんな、私なんてダメダメで」

「そんなことない。雪歩がダメダメなら、俺なんてどうなっちゃうんだよ」

「……どういうことですか、プロデューサー?」

いずれは言うつもりだったから、ちょうど良かったかもしれない。
あの日千早にも話した内容をかいつまんで説明することにした。

 人間不信に陥っていたこと
 自分の存在価値を否定していたこと
 今も人との距離の取り方がわからないこと
 歌に救われて、今の自分があること

歌ってたのが千早だったとかその辺りは適当に誤魔化す。
流石に恥ずかしい。

「とまあ、そんなわけでね。君たちは俺が憧れる強さを持ってるんだよ」

それがこのユニットで行こうと思った理由。
そう告げると、みんな納得した目で見てくれた。


――――――
――――
――

「それで、これからの仕事なんだけど」

期待に満ちた6つの視線に射抜かれる。
みんな、ごめん。

「今のところ白紙」

春香はだあぁ、という感じでくずおれる。
雪歩は不安を隠しきれない様子。
千早は、ただひたすらに冷たい目でこちらを見ていた。

「なので当面はユニットとしての連携を深めるためにもレッスン中心で。俺は仕事を取れるように粉骨砕身、頑張ります」

「よろしくお願いしますね、プロデューサーさん」
「うう、大丈夫でしょうか」
「プロデューサー、お任せしますからね」

三者三様の返事を胸に、とりあえず解散する。

彼女たちの可能性は疑っていない。
あとは自分がどこまでやれるかだ。

「んじゃ、行ってくるから」

決意も新たに事務所の扉を開く。


<続>

とりあえず続く予定なんだけど時間がかかるかもしれない
こういう時は依頼出しといたほうが良いんでしょうか

おつ

1ヶ月レスがないと自動的にHTML化対象になるので
時間がかかるというのがそれくらいのスパンの話なら依頼して別に立てた方がいいかも
そこまででもないなら続けて使えばいい気がする

ただ、短編でいちいちスレ立てまくるな、という意見の人と
別にいいんでね?というスタンスの人と両方いるので
究極的には好きにしたらいいと思います

二ヶ月は落ちないし大丈夫ユニットで春香は予想できたがもう一人は雪歩だったか…
やよいかな?と思ったけど

>>20
一応キリが良いところまでか書けたので依頼してきます

>>21
実は雪歩のほうが先に決まってた

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