『 狐 に 制 裁 を 』
【 PART1 奪われたボーナス 】
アイチ ─ ジャパン ─
< オフィス >
兵十「ふんふ~ん」
OL「あらご機嫌ね、ミスター・兵十」
兵十「なにしろボーナスが出たんだ。ついでに鼻歌も出ようってもんさ」
兵十「それじゃ、お先!」バタン…
OL「彼、恋人に指輪でも買ってあげる気かしら?」
同僚「ノンノン、そんなんじゃないさ」
OL「え?」
同僚「あいつは母親と二人暮らしで──」
同僚「母親は大病を患って、もう長くはないらしい」
同僚「だから、ボーナスで豪勢なリゾートに連れてってやろうってハラなのさ」
OL「そうだったの……知らなかったわ」
< 繁華街 >
兵十(つい興奮のあまり、全額下ろしてしまった……)
兵十(やっぱりお金ってのはキャッシュでないとな)
兵十(これで……母さんを旅行に連れてってやれるぞ)
バッ!
兵十「うっ!?」
ごん「へっ、いっただきぃ!」シュタタッ
ごん「そんな大切そうに抱えてたら、大金持ってますっていってるようなもんだぜ!」
兵十「な……!(この若者は──町のギャング団!)」
兵十「待ってくれ! バッグを返してくれ!」
ごん「俺はかっぱらいの達人──人呼んで“狐(フォックス)”だ!」
ごん「狐が手に入れた獲物を、返すわけねーだろ!」スタタタッ
兵十「ま……待ってくれぇぇぇ……っ!」
< スラム街 >
ごん「ど~よ、今日の収穫は」ドサッ…
ギャングA「うひゃ~、すっげえ!」
ギャングB「ピカピカのドル札だ! たまんねえや!」スリスリ…
ギャングC「こんだけありゃ、当分スノー(コカイン)に困らねえぜ!」
ボス「さすが“狐”だ……相変わらずいい勘してやがるぜ!」
ごん「へへへ……」
ごん(さっきのマヌケヅラ──バッグに書いてあった名前は、たしか“兵十”)
ごん(ざまあねえぜ!)
ごん(俺のオヤジは典型的な飲んだくれで、アル中でくたばって)
ごん(優しかったお袋も、心労がたたって死んじまった)
ごん(俺は不幸な人間……いや“狐”)
ごん(俺には幸せな奴らから、幸せを奪う権利があるのさ!)
【 PART2 教会にて 】
< 教会 >
ゴォン…… ゴォン……
ギャングA「強盗なんてちょろいもんだぜ、銃(ガン)見せたらイッパツだ」クルクルッ
ギャングB「ヒュ~、やるじゃん」
ごん「その時の店長のツラ、見たかったなぁ」
ゴォン…… ゴォン……
ギャングA「さっきからうるっせえな、なんだあの鐘?」
ギャングB「葬式だろ? 真昼間から辛気臭いことしやがって」
ごん「…………!」ハッ
兵十「…………」
ごん(あれは──“兵十”! まさか、兵十の家族が死んだのか!?)
ごん「悪いお前ら、先行っててくれ」
ギャングA「おう」
ギャングB「早く来いよ!」
ごん「おい!」
参列者「なんだ君は!? 葬儀の最中だというのに!」
ごん「うるせえ、質問に答えろ! これ、だれの葬式だ!?」
参列者「ミスター・兵十のお母様のお葬式だよ」
ごん「!」
参列者「なんでも、ボーナスでお母様を最後に旅行に連れてってあげたかったけど」
参列者「ギャングの若者に金を奪われて、かなわなかったって嘆いてたとか……」
ごん「…………!」
ごん(母親を旅行に……!?)
ごん(そうか、あの時俺が奪った金がそれか!)
ごん(だけど、俺のせいで旅行に連れていけなくなっちまった)
ごん(俺は……俺は、なんてことをしちまったんだ!)
ごん「くっ、くそぉぉぉぉぉっ!」タタタッ
参列者「?」
【 PART3 “狐”の償い 】
< ストリート >
男「待ちやがれっ! 車泥棒ーっ!」
ブロロロロ……
ごん「ハーッハハハ、ちょろいもんだぜ!」
ごん「キーもかけずに、駐車してる方が悪いのさ!」
ごん(ううう……なんだ、心の痛みは……)
< スラム街 >
ごん(ダメだ、あの日以来……なにをやっても気分が落ちつかねえ)
ごん(これが……罪悪感ってやつなのか? 胸が張り裂けそうだ……!)
ごん(俺は……兵十に償わなくてはならない!)
ごん(だけどどうやって……?)
ごん(んなもん、決まってるじゃないか!)
ごん(“狐”なら“狐”の償い方をすりゃいいんだ!)
ところが──
< 兵十の自宅 >
警官「こいつはな、盗難届が出されてた車なんだよ」クッチャクッチャ…
警官「なんでキサマの家にこんなものが停めてあるんだ!?」
兵十「し、知らない! 本当だ! 私はやってない!」
警官「盗人はいつだってそういうんだ」クッチャクッチャ…
兵十「本当に知らないんだ! 信じてくれ!」
警官「ふん……署に連行して問い詰めればすぐに分かることだ! ついてこい!」
ごん(よかれと思って、兵十に車をプレゼントしたのに──)
ごん(まずいことになった……!)
< 警察署 >
警官「証拠不十分と、真犯人を名乗る男からのタレコミがあったことで」
警官「とりあえずは釈放してやるが──」
警官「疑いが晴れてないことは忘れるな!」
兵十「はい……」
兵十「ガッデム(ちくしょう)! いったいどこのどいつがあんなマネを!」
ごん(すまねえ……)
【 PART4 “狐”の決意 】
< 繁華街 >
ごん(ダメだ……今までの俺のやり方じゃ、償いはできない!)
ごん(兵十に迷惑をかけるし、俺の心もますます傷ついていく!)
ごん(まっとうに働いた金で、償わなきゃ……!)
ごん(だけど、それにはまず──)
< スラム街 >
ボス「チームを抜けたい?」
ごん「ああ……」
ごん「もう“狐”でいることに嫌気がさしちまったんだよ……」
ボス「ふうん、まぁいいさ。抜けたきゃ抜けろよ」
ごん「……すまねえ」
ボス「ただし、俺たちギャングの世界には“落とし前”ってもんがあるってこと」
ボス「忘れちゃいねーよな?」クイッ
ギャングA「臆病者(ラビット)!」ビュッ
ボカッ!
ギャングB「この裏切りもんが!」ブンッ
バキッ!
ギャングC「けっ!」シェッ
ガッ!
ドガッ! ガッ! ドゴッ! ガスッ! ドカッ!
ごん「ガハッ! ……ゴホッ!」
ギャングA「こいつ、動かなくなりましたけど、どうします?」
ボス「その辺捨てとけ」
ギャングA「へーい!」ポイッ
ドサッ……
ボス「“ゴミ掃除”は終わったし、バーで一杯やろうや」
ワハハハ…… ハハハ……
ごん「うう……うぐぐ……」ズル…
ごん「こ、これで……兵十に……償え、る……」ニヤ…
ごん(俺はもう“狐”じゃない)
ごん(兵十のためにまっとうに働いて、金を稼ぐんだ!)
新聞配達──
ミルク配達──
工事現場──
ホットドッグ屋──
バイク整備──
ごん(俺が、兵十とお袋の幸せを奪っちまったから──)
【 PART5 探偵・加助 】
< カフェ >
加助「ヘロー、兵十。三年ぶりくらいか?」
兵十「忙しいところを呼び出してすまないな」
加助「なぁに、探偵なんてもんは忙しい時は忙しいが」
加助「ヒマな時は雑誌のヌード写真だけをスクラップするほどに時間を持て余すもんさ」
加助「最近はヒマすぎて、ずいぶん“コレクション”が充実してきちまった」
加助「ところで用ってのは?」
兵十「実は最近……不思議なことが起こってるんだ」
加助「不思議なこと?」
兵十「俺の口座に匿名で、定期的に金が振り込まれてくるんだ」
兵十「それもかなりの金額なんだ……」
兵十「いったいなにがどうなってるんだか……」
加助「へぇ、そりゃまたずいぶん熱心なファンがついたもんだな」
兵十「茶化さないでくれよ」
兵十「俺はこの金を……どうするべきだと思う?」
加助「そりゃあ、あれだ」
加助「イエス・キリストのおぼしめしってやつさ」
加助「ありがたくもらって、“有効活用”すべきだと思うがね」
兵十「そうだな。そうだよな……」
加助「──で? まさか、そんな世間話だけのために呼んだわけじゃあるまい?」
兵十「お前は裏社会の事情にも通じてるっていってたよな?」
加助「まぁ、それなりにな」
兵十「それで……二つのことを頼みたいんだ」
【 PART6 兵十の依頼 】
< 公園 >
兵十(加助にいわれたとおりの方法で、“G”とコンタクトを取ったが……)
兵十(未だに現れる気配すら──)
ゴルゴ「兵十、だな……?」ザッ…
兵十「!」
兵十「あなたがゴル……いや、ミスター・デューク東郷……!」
ゴルゴ「用件を聞こうか……」
兵十「標的は……“狐”です」
ゴルゴ「狐……?」
兵十「正確には“狐”と呼ばれるギャングの若者です」ピラッ…
兵十「かつて、私のバッグとボーナスを奪った犯人です」
兵十「私の親友が調べ上げてくれました」
兵十「本名は、ごん」
兵十「異名の通り、狙った獲物は逃さない窃盗や強盗の常習犯と聞いております」
兵十「しかも手口は素早く巧妙で、捕まったことは一度もない、とか」
兵十「今は盗みはせず、いくつかの職場で働いているらしいのですが」
兵十「こんな男がまともに働くなどありえない」
兵十「おおかた、なにか新しい大がかりな盗みでも企んでいるのでしょう」
兵十「私はこの男にボーナスを奪われ、親孝行の機会を永遠に奪われました……」
兵十「それ以来、私はなにをするにしても気持ちが落ち着かない」
兵十「もちろん、あなたへ依頼したことでこの気持ちが晴れるとは限りません」
兵十「しかし、私はどうしても……この“狐”を許すことができないのです!」
ゴルゴ(…………)
兵十「報酬はこのとおり、キャッシュで二十万ドル用意しました……」チャッ
兵十「これでなにとぞ……!」
ゴルゴ(…………)
ゴルゴ「一介のビジネスマンであるお前に、簡単に用意できる額とも思えんが……」
兵十「……おっしゃるとおりです」
兵十「これまでの蓄えに加え、財産のほとんどを処分し、借金をし──」
兵十「それと、最近匿名で私に寄付をしてくれる方が現れたのです」
兵十「いったいだれが、なんのためにやっているのかは分かりませんが」
兵十「私はこれを神のおぼしめし、と思っております」
兵十「おかげで、このとおり依頼金をかき集めることができました」
ゴルゴ(…………)
兵十「そして……この狙撃(シュート)、条件があるのです」
ゴルゴ「条件……?」
兵十「はい、私の目の前で……“狐”を射殺して欲しいのです!」
ゴルゴ(…………)
兵十「これは先ほどの親友の調査により分かったことなのですが」
兵十「近頃“狐”は私の家を嗅ぎ回っているらしいのです」
兵十「おそらく……空き巣か強盗に入るつもりなのでしょう」
兵十「なので……ここであえて私は“狐”を待ち構え、私から“狐”に接触します」
兵十「その時、“狐”にあなたの一弾で制裁を……!」
ゴルゴ(…………)
ゴルゴ「分かった……やってみよう……」
兵十「おおっ!」
兵十「これで……これでようやく……亡き母に報いることができます!」
兵十「“狐”に私の苦しみを味わわせることができる……!」
ゴルゴ(…………)
【 PART7 お前だったのか 】
< 兵十の自宅 >
ごん(ここが、兵十の家……)コソ…
ごん(何度も何度も来ては帰り、を繰り返していたが──)
ごん(やっぱり、一度会って、きちんと謝りたい……!)
ごん(謝罪の言葉は、いっぱい書いて練習してきた!)
ごん(今日こそ謝るんだ!)
兵十「やぁ」ザッ…
ごん「!」
兵十「“狐”だな?」
ごん「俺のことを覚えていたのか……!」
兵十「忘れられるわけないだろ? お前のことは色々調べさせてもらったよ」
ごん「!」
ごん「そうか、あんたも俺が今なにをしてるか、気づいてくれたのか!」
兵十「ああ、気づいていたよ」
兵十「お前のせいで、私はかけがえのないものを奪われた」
ごん「!」
兵十「次はいったい、なにを奪いに来たんだ?」
ごん「!?」
ごん「ち、ちがうっ! そんなんじゃないっ! 俺は悪かったと思って!」
兵十「今さらなにをいおうが遅すぎる。すでに裁きの準備は整っている……」
ごん「なにいってんだ!? 待ってくれ! 俺は──」
ズキュゥー……ンン……
兵十(終わった……)
兵十(ん? ──この手帳は?)スッ…
兵十(なんだこれは……! 私への謝罪の言葉……!?)
兵十(それにこの振り込み予定表というのに書いてあるのは……私の口座!)
兵十「…………」パサッ…
兵十「“狐”……いや」
兵十「ごん……お前だったのか……」
兵十「いつも金を振り込んでくれていたのは……」
【 PART8 “G”は去る 】
ゴルゴ(…………)チャッ
ガチャッ バタン
ブロロロロ……
END
調べたところ「ごんぎつね」の舞台は愛知県とのことだったので
この話もその設定に合わせました
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