ゴルゴ13「用件を聞こうか……」兵十「標的は“狐”です」(44)

『 狐 に 制 裁 を 』



【 PART1 奪われたボーナス 】



 アイチ  ─ ジャパン ─



< オフィス >

兵十「ふんふ~ん」

OL「あらご機嫌ね、ミスター・兵十」

兵十「なにしろボーナスが出たんだ。ついでに鼻歌も出ようってもんさ」

兵十「それじゃ、お先!」バタン…

OL「彼、恋人に指輪でも買ってあげる気かしら?」

同僚「ノンノン、そんなんじゃないさ」

OL「え?」

同僚「あいつは母親と二人暮らしで──」

同僚「母親は大病を患って、もう長くはないらしい」

同僚「だから、ボーナスで豪勢なリゾートに連れてってやろうってハラなのさ」

OL「そうだったの……知らなかったわ」

< 繁華街 >

兵十(つい興奮のあまり、全額下ろしてしまった……)

兵十(やっぱりお金ってのはキャッシュでないとな)

兵十(これで……母さんを旅行に連れてってやれるぞ)



バッ!



兵十「うっ!?」

ごん「へっ、いっただきぃ!」シュタタッ

ごん「そんな大切そうに抱えてたら、大金持ってますっていってるようなもんだぜ!」

兵十「な……!(この若者は──町のギャング団!)」

兵十「待ってくれ! バッグを返してくれ!」

ごん「俺はかっぱらいの達人──人呼んで“狐(フォックス)”だ!」

ごん「狐が手に入れた獲物を、返すわけねーだろ!」スタタタッ

兵十「ま……待ってくれぇぇぇ……っ!」

< スラム街 >

ごん「ど~よ、今日の収穫は」ドサッ…

ギャングA「うひゃ~、すっげえ!」

ギャングB「ピカピカのドル札だ! たまんねえや!」スリスリ…

ギャングC「こんだけありゃ、当分スノー(コカイン)に困らねえぜ!」

ボス「さすが“狐”だ……相変わらずいい勘してやがるぜ!」

ごん「へへへ……」

ごん(さっきのマヌケヅラ──バッグに書いてあった名前は、たしか“兵十”)

ごん(ざまあねえぜ!)

ごん(俺のオヤジは典型的な飲んだくれで、アル中でくたばって)

ごん(優しかったお袋も、心労がたたって死んじまった)

ごん(俺は不幸な人間……いや“狐”)

ごん(俺には幸せな奴らから、幸せを奪う権利があるのさ!)

【 PART2 教会にて 】



< 教会 >

ゴォン…… ゴォン……





ギャングA「強盗なんてちょろいもんだぜ、銃(ガン)見せたらイッパツだ」クルクルッ

ギャングB「ヒュ~、やるじゃん」

ごん「その時の店長のツラ、見たかったなぁ」

ゴォン…… ゴォン……



ギャングA「さっきからうるっせえな、なんだあの鐘?」

ギャングB「葬式だろ? 真昼間から辛気臭いことしやがって」

ごん「…………!」ハッ



兵十「…………」



ごん(あれは──“兵十”! まさか、兵十の家族が死んだのか!?)

ごん「悪いお前ら、先行っててくれ」

ギャングA「おう」

ギャングB「早く来いよ!」

ごん「おい!」

参列者「なんだ君は!? 葬儀の最中だというのに!」

ごん「うるせえ、質問に答えろ! これ、だれの葬式だ!?」

参列者「ミスター・兵十のお母様のお葬式だよ」

ごん「!」

参列者「なんでも、ボーナスでお母様を最後に旅行に連れてってあげたかったけど」

参列者「ギャングの若者に金を奪われて、かなわなかったって嘆いてたとか……」

ごん「…………!」

ごん(母親を旅行に……!?)

ごん(そうか、あの時俺が奪った金がそれか!)

ごん(だけど、俺のせいで旅行に連れていけなくなっちまった)

ごん(俺は……俺は、なんてことをしちまったんだ!)

ごん「くっ、くそぉぉぉぉぉっ!」タタタッ

参列者「?」

【 PART3 “狐”の償い 】



< ストリート >

男「待ちやがれっ! 車泥棒ーっ!」



ブロロロロ……

ごん「ハーッハハハ、ちょろいもんだぜ!」

ごん「キーもかけずに、駐車してる方が悪いのさ!」

ごん(ううう……なんだ、心の痛みは……)

< スラム街 >

ごん(ダメだ、あの日以来……なにをやっても気分が落ちつかねえ)

ごん(これが……罪悪感ってやつなのか? 胸が張り裂けそうだ……!)

ごん(俺は……兵十に償わなくてはならない!)

ごん(だけどどうやって……?)

ごん(んなもん、決まってるじゃないか!)

ごん(“狐”なら“狐”の償い方をすりゃいいんだ!)

ところが──

< 兵十の自宅 >

警官「こいつはな、盗難届が出されてた車なんだよ」クッチャクッチャ…

警官「なんでキサマの家にこんなものが停めてあるんだ!?」

兵十「し、知らない! 本当だ! 私はやってない!」

警官「盗人はいつだってそういうんだ」クッチャクッチャ…

兵十「本当に知らないんだ! 信じてくれ!」

警官「ふん……署に連行して問い詰めればすぐに分かることだ! ついてこい!」



ごん(よかれと思って、兵十に車をプレゼントしたのに──)

ごん(まずいことになった……!)

< 警察署 >

警官「証拠不十分と、真犯人を名乗る男からのタレコミがあったことで」

警官「とりあえずは釈放してやるが──」

警官「疑いが晴れてないことは忘れるな!」

兵十「はい……」



兵十「ガッデム(ちくしょう)! いったいどこのどいつがあんなマネを!」



ごん(すまねえ……)

【 PART4 “狐”の決意 】



< 繁華街 >

ごん(ダメだ……今までの俺のやり方じゃ、償いはできない!)

ごん(兵十に迷惑をかけるし、俺の心もますます傷ついていく!)

ごん(まっとうに働いた金で、償わなきゃ……!)

ごん(だけど、それにはまず──)

< スラム街 >

ボス「チームを抜けたい?」

ごん「ああ……」

ごん「もう“狐”でいることに嫌気がさしちまったんだよ……」

ボス「ふうん、まぁいいさ。抜けたきゃ抜けろよ」

ごん「……すまねえ」

ボス「ただし、俺たちギャングの世界には“落とし前”ってもんがあるってこと」

ボス「忘れちゃいねーよな?」クイッ

ギャングA「臆病者(ラビット)!」ビュッ

ボカッ!

ギャングB「この裏切りもんが!」ブンッ

バキッ!

ギャングC「けっ!」シェッ

ガッ!

ドガッ! ガッ! ドゴッ! ガスッ! ドカッ!

ごん「ガハッ! ……ゴホッ!」

ギャングA「こいつ、動かなくなりましたけど、どうします?」

ボス「その辺捨てとけ」

ギャングA「へーい!」ポイッ

ドサッ……

ボス「“ゴミ掃除”は終わったし、バーで一杯やろうや」

ワハハハ…… ハハハ……





ごん「うう……うぐぐ……」ズル…

ごん「こ、これで……兵十に……償え、る……」ニヤ…

ごん(俺はもう“狐”じゃない)

ごん(兵十のためにまっとうに働いて、金を稼ぐんだ!)



新聞配達──

ミルク配達──

工事現場──

ホットドッグ屋──

バイク整備──



ごん(俺が、兵十とお袋の幸せを奪っちまったから──)

【 PART5 探偵・加助 】



< カフェ >

加助「ヘロー、兵十。三年ぶりくらいか?」

兵十「忙しいところを呼び出してすまないな」

加助「なぁに、探偵なんてもんは忙しい時は忙しいが」

加助「ヒマな時は雑誌のヌード写真だけをスクラップするほどに時間を持て余すもんさ」

加助「最近はヒマすぎて、ずいぶん“コレクション”が充実してきちまった」

加助「ところで用ってのは?」

兵十「実は最近……不思議なことが起こってるんだ」

加助「不思議なこと?」

兵十「俺の口座に匿名で、定期的に金が振り込まれてくるんだ」

兵十「それもかなりの金額なんだ……」

兵十「いったいなにがどうなってるんだか……」

加助「へぇ、そりゃまたずいぶん熱心なファンがついたもんだな」

兵十「茶化さないでくれよ」

兵十「俺はこの金を……どうするべきだと思う?」

加助「そりゃあ、あれだ」

加助「イエス・キリストのおぼしめしってやつさ」

加助「ありがたくもらって、“有効活用”すべきだと思うがね」

兵十「そうだな。そうだよな……」

加助「──で? まさか、そんな世間話だけのために呼んだわけじゃあるまい?」

兵十「お前は裏社会の事情にも通じてるっていってたよな?」

加助「まぁ、それなりにな」

兵十「それで……二つのことを頼みたいんだ」

【 PART6 兵十の依頼 】



< 公園 >

兵十(加助にいわれたとおりの方法で、“G”とコンタクトを取ったが……)

兵十(未だに現れる気配すら──)



ゴルゴ「兵十、だな……?」ザッ…

兵十「!」

兵十「あなたがゴル……いや、ミスター・デューク東郷……!」

ゴルゴ「用件を聞こうか……」

兵十「標的は……“狐”です」

ゴルゴ「狐……?」

兵十「正確には“狐”と呼ばれるギャングの若者です」ピラッ…

兵十「かつて、私のバッグとボーナスを奪った犯人です」

兵十「私の親友が調べ上げてくれました」

兵十「本名は、ごん」

兵十「異名の通り、狙った獲物は逃さない窃盗や強盗の常習犯と聞いております」

兵十「しかも手口は素早く巧妙で、捕まったことは一度もない、とか」

兵十「今は盗みはせず、いくつかの職場で働いているらしいのですが」

兵十「こんな男がまともに働くなどありえない」

兵十「おおかた、なにか新しい大がかりな盗みでも企んでいるのでしょう」

兵十「私はこの男にボーナスを奪われ、親孝行の機会を永遠に奪われました……」

兵十「それ以来、私はなにをするにしても気持ちが落ち着かない」

兵十「もちろん、あなたへ依頼したことでこの気持ちが晴れるとは限りません」

兵十「しかし、私はどうしても……この“狐”を許すことができないのです!」

ゴルゴ(…………)

兵十「報酬はこのとおり、キャッシュで二十万ドル用意しました……」チャッ

兵十「これでなにとぞ……!」

ゴルゴ(…………)

ゴルゴ「一介のビジネスマンであるお前に、簡単に用意できる額とも思えんが……」

兵十「……おっしゃるとおりです」

兵十「これまでの蓄えに加え、財産のほとんどを処分し、借金をし──」

兵十「それと、最近匿名で私に寄付をしてくれる方が現れたのです」

兵十「いったいだれが、なんのためにやっているのかは分かりませんが」

兵十「私はこれを神のおぼしめし、と思っております」

兵十「おかげで、このとおり依頼金をかき集めることができました」

ゴルゴ(…………)

兵十「そして……この狙撃(シュート)、条件があるのです」

ゴルゴ「条件……?」

兵十「はい、私の目の前で……“狐”を射殺して欲しいのです!」

ゴルゴ(…………)

兵十「これは先ほどの親友の調査により分かったことなのですが」

兵十「近頃“狐”は私の家を嗅ぎ回っているらしいのです」

兵十「おそらく……空き巣か強盗に入るつもりなのでしょう」

兵十「なので……ここであえて私は“狐”を待ち構え、私から“狐”に接触します」

兵十「その時、“狐”にあなたの一弾で制裁を……!」

ゴルゴ(…………)

ゴルゴ「分かった……やってみよう……」

兵十「おおっ!」

兵十「これで……これでようやく……亡き母に報いることができます!」

兵十「“狐”に私の苦しみを味わわせることができる……!」

ゴルゴ(…………)

【 PART7 お前だったのか 】



< 兵十の自宅 >

ごん(ここが、兵十の家……)コソ…

ごん(何度も何度も来ては帰り、を繰り返していたが──)

ごん(やっぱり、一度会って、きちんと謝りたい……!)

ごん(謝罪の言葉は、いっぱい書いて練習してきた!)

ごん(今日こそ謝るんだ!)

兵十「やぁ」ザッ…

ごん「!」

兵十「“狐”だな?」

ごん「俺のことを覚えていたのか……!」

兵十「忘れられるわけないだろ? お前のことは色々調べさせてもらったよ」

ごん「!」

ごん「そうか、あんたも俺が今なにをしてるか、気づいてくれたのか!」

兵十「ああ、気づいていたよ」

兵十「お前のせいで、私はかけがえのないものを奪われた」

ごん「!」

兵十「次はいったい、なにを奪いに来たんだ?」

ごん「!?」

ごん「ち、ちがうっ! そんなんじゃないっ! 俺は悪かったと思って!」

兵十「今さらなにをいおうが遅すぎる。すでに裁きの準備は整っている……」

ごん「なにいってんだ!? 待ってくれ! 俺は──」





ズキュゥー……ンン……

兵十(終わった……)

兵十(ん? ──この手帳は?)スッ…

兵十(なんだこれは……! 私への謝罪の言葉……!?)

兵十(それにこの振り込み予定表というのに書いてあるのは……私の口座!)

兵十「…………」パサッ…

兵十「“狐”……いや」

兵十「ごん……お前だったのか……」

兵十「いつも金を振り込んでくれていたのは……」

【 PART8 “G”は去る 】



ゴルゴ(…………)チャッ

ガチャッ バタン



ブロロロロ……







END

調べたところ「ごんぎつね」の舞台は愛知県とのことだったので
この話もその設定に合わせました

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