姉「七色の」妹「まにまに」(225)


姉「虹の赤色を渡ると、そこは美男美女の国でした」

妹「みんな、眉毛が細いなぁ。それに二重だなんて、うらやましい」

姉「顔立ちもハッキリしてますね」

妹「それにほら、肌もすごくキレイだよ」

姉「本当ですね。男女ともに」

妹「むしろ妬ましく思えるよ」

姉「周りは八頭身だらけです」

妹「私たち、なんだか浮いちゃってるねえ」


姉「私も妹も背が低いですからね」

妹「背の問題なのかなあ」

姉「どうしました?」

妹「なにが?」

姉「目が輝いていますよ」

妹「うん、まあ……」

姉「年頃ですからね、美容に興味を持つのは当然です」

妹「お姉ちゃんは?」

姉「私はいいです」

妹「一緒に見て回ろうよ」


姉「なにが見たいのですか」

妹「ほら、美人麗人だらけの国なんだよ?」

姉「はい」

妹「きっと美容に関してはどこよりも発達してるに違いないよ」

姉「そうなのでしょうか……」

妹「化粧用品とか、ファッション雑誌とか、いっぱいありそうだもん」

姉「持って帰るつもりですか……」

妹「あ、でも私たちお金ないねえ」

姉「そうですね」


妹「じゃあ本屋にでも入って立ち読みしよう」

姉「まあ、別に構いませんが……」

妹「ダイエットの情報とかもあるかもねえ」

姉「そうでしょうか」

妹「みんなボンキュッボンなんだから、きっとあるよ」

姉「この姉にはよくわかりません」

妹「お姉ちゃんもこれを機におしゃれしようね」

姉「いいです」


妹「連れないなあ。自分磨きだよ?」

姉「その言い方は違うと思います」

妹「どうして?」

姉「世の多くの女性は、磨いて輝く原石ではないですよ」

妹「そうかなあ」

姉「自分磨き、というよりせいぜい垢擦りといったところでしょうか」

妹「それは言い過ぎだよ」

姉「化粧はメイクではありません。メッキです」


妹「よくこの国でそんなことが言えるね……」

姉「私は落ちない汚れを落とそうとするような、ムダな努力はしないのです」

妹「わかったわかった」

姉「隠そうとはしますけどね」
妹「結局するんだねえ」

姉「そもそも私は化粧のノリが悪くて……」

妹「はいはい。早く行こうね、お姉ちゃん」

姉「ちょっと、聞いてください。あっ、待ってよ妹ちゃん……」


―ショッピングモール―


妹「うわあ、すごく大きいね」

姉「なかなかですね」

妹「人もいっぱいだあ」

姉「やはりここにも、オシャレで端正な顔立ちをした人しかいませんね」

妹「目の保養になるねえ」

姉「そうでしょうか……」

妹「かわいいとかかっこいいとかを通りこして、美しさを感じるもん」

姉「同感です。が、なにか違和感を感じますね」

妹「違和感?」


姉「はい」

妹「ううん、そうかなあ」

姉「……体制化されているんでしょうか」

妹「なぁに、それ」

姉「いいえ、なんでもないです」

妹「じゃあ、さっさと本屋に行くよ」

姉「場所はわかっているんですか?」

妹「さっき案内板を見たからね」

姉「では、エスコートしてください」

妹「はいはい」


姉「こういうの、デートみたいですね」

妹「そうだねえ」

姉「あっ、見てください。映画館までありますよ」

妹「へえ、ほんとうだ」

姉「いったいどんな映画があるんでしょうか」

妹「見てみる?」

姉「……お金が」

妹「……ああ、うん」

姉「でも大丈夫ですよ」

妹「なにが?」

姉「赤ちゃん貯金はちゃんとしてますから」


妹「そうなんだ。気が早いねえ」

姉「なにをおっしゃるやら」

妹「お相手はどなた?」

姉「あらまあ、いけずですね」

妹「え?」

姉「わかっているくせに」

妹「……ああ、ね」

姉「手、繋ぎましょうか」

妹「ええっ、恥ずかしいよ」

姉「ふふふ」

妹「お姉ちゃんは私のこと大好きなんだねえ」


姉「はい、大好きですよ」

妹「ありがとう」

姉「そんな、礼を言われるようなことでは」

妹「私もお姉ちゃんのこと好きだよ」

姉「あらまあ、両想いですね」

妹「そうだねえ。でも、お姉ちゃん」

姉「はい」

妹「女同士だと子どもは生まれないんじゃないかな」

姉「……いつの間にそんな無駄知識を」

妹「いや、必要な知識でしょ」


―本屋―

姉「では、私は漫画コーナーに行ってきます」

妹「えー」

姉「む、なにか文句がありそうですね」

妹「一緒に来てよ」

姉「……もちろんです」

妹「よろしい」

姉「しかし、雑誌とは1人で読むものでしょう」

妹「そういうわけでもないと思うけど」

姉「面白いものが見つかったら教えてくださいね」

妹「うわあ、このモデルさんすごくかっこいいね」


姉「そういうのはいらないです」

妹「読者モデルなんだって。すごいね」

姉「読者モデルってなんですか」

妹「へえ、この国の最近の流行りはマキシワンピかあ」

姉「マキシ? ワンピ?」

妹「あっ、ほら上手なアイラインの引き方が載ってるよ」

姉「愛裸淫……!」

妹「……聞いてる、お姉ちゃん?」

姉「もっ、もちろんです」


妹「いろいろな特集が組まれてるね」

姉「あまり有益ではありませんね」

妹「……確かに、目新しい情報は無いなあ」

姉「この国の人たちはもともとがああなのでは?」

妹「そうだったらすごいけど……。あっ、お姉ちゃん、これ」

姉「どれどれ……」

妹「な、なんだか変わった特集だね」

姉「……整形特集、ですか」


妹「こんなのまとめられても、困るよねえ」

姉「ふむふむ……。今流行りの鼻は鷲鼻らしいですよ」

妹「な、なにそれ……」

姉「鷲鼻とパッチリ二重のコーディネートが、この夏のトレンドらしいです」

妹「ちょっと、鼻にトレンドなんてあるわけ……」

姉「雑誌に書かれてます」

妹「……わけがわかんない」


姉「他にも、目指せeカップ! やら、お尻の肉を引き上げます! やら」

妹「あーあー、聞こえない聞こえない」

姉「なんと、贅肉も落としてくれるそうですよ」

妹「きっと有名なスポーツトレーナーが指導してくれるんだろうね」

姉「手術で」

妹「あーあー」

姉「……しかしこれは、まあ」

妹「なんというか、ねえ」

姉「両親の営みを覗いてしまったときの気分ですね」

妹「例え最悪だね。的確だけど」


姉「この国ではこれが当然なんでしょうか」

妹「雑誌に載ってるくらいだから、そうかも」

姉「美容整形をここまでプッシュするとは」

妹「悪いことではないんだろうけど……」

姉「味気なく感じてしまいますね」

妹「……うん」

姉「まあ、現実なんてこんなものですよ」

妹「軽いね、お姉ちゃん……」

姉「それよりもお腹がすきました。お弁当を食べましょう」


妹「お弁当なんて持ってきてるの?」

姉「早起きして作ってみました」

妹「男子に言ってあげなよ、そういうことは」

姉「素直じゃないいもちゃんもかわいいです」

妹「いもちゃんって言うな」

姉「ごめんなさい」

妹「どこで食べる?」

姉「フードコートに行きましょう」

妹「それなら、確か3階だったね」

姉「では階段を使いましょうか」

妹「うん」


―フードコートwith姉弁―

姉「それではいただきましょう」

妹「……」

姉「どうしました?」

妹「思ったより豪華でびっくりした」

姉「それはまあ、早起きしましたからね」

妹「お姉ちゃんって料理得意だったの?」

姉「姉弁のメニューなら何でも作れますよ」

妹「その、姉弁って何なのかなあ」

姉「その真髄は女体盛りですね」

妹「食欲無くすからやめて。本気で」

姉「ごめんなさい」


妹「……こう、じっくり見ると」

姉「はい」

妹「私の好きなものしかはいってないね」

姉「姉弁ですから」

妹「もはや妹弁だよ、それ」

姉「イケますね」

妹「そうかなあ」

姉「ささ、早く召し上がれ」

妹「はあい」

姉「私も食べます」

妹「おいしいね」

姉「そうでしょうとも」

妹「うまうま」

姉「うまうま」


………

……



姉「ふう。ごちそうさまでした」

妹「おいしかったよ」

姉「えへへ」

妹「ありがとうお姉ちゃん」

姉「また作りますね」

妹「うん」

姉「……どうしました? なんだかソワソワしてますね」

妹「うーん、そのう」

姉「トイレですか。ついて行きますよ」

妹「そうじゃなくて、なんだか変な感じがしない?」


姉「変な感じと言うと?」

妹「……あそこのカップル」

姉「……あれは、うーん」

妹「おかしいよね」

姉「なんで2人とも携帯をいじっているのでしょうか」

妹「さっきからずっとなの」

姉「きっとケンカしてるんですよ。見てる方が気まずくなりますね」

妹「……私も、そう思ったんだけど」

姉「だけど?」


妹「お姉ちゃん、よく周りを見回してみて」

姉「……」

妹「……」

姉「……これは」

妹「……ね?」

姉「あっちの家族連れも、そっちの学生たちも」

妹「olもサラリーマンもおじいちゃんおばあちゃんも」

姉「……みんな、携帯をいじっていますね」

妹「おまけに、だれもしゃべってないね」

姉「さっきまであんなに賑やかだったはずなのに……」


妹「それなんだけど、ほら」

姉「……なるほど。お店の従業員たちのかけ声だったのですか」

妹「不思議な光景だねえ」

姉「……私は嫌悪感を覚えますね」

妹「この国の風習なんじゃないかなあ」

姉「食事の時は喋ってはいけないと」

妹「うん」

姉「だったら私たち、かなり空気読めてないですよ」

妹「……そうだね」

姉「……逃げましょう」


妹「うん、もう行こう」

男「……ちょっとよろしいですかな」

姉「……なにか?」

男「相席をお願いしたいんですが」

妹「……」

姉「構いませんよ」

男「ありがとう。……お嬢さん方、異国の方かね?」

妹「は、はい、一応」

姉「観光に来ているのです」

男「なるほど。道理で、違うと思いました」

妹「違う……?」

姉「何のことでしょうか」


男「背も低いですし、髪型もださい。服装も時代遅れ」

妹「……バカにしてます?」

姉「だいじょうぶ、妹はかわいいです」

男「はっは、失礼。何より、携帯を持ってはいないようですからね」

妹(……この人、見た目はお姉ちゃんと同じくらいの若さなのに)

姉(声は完全に、初老の男性のそれですね)

男「ここがどんな国かはご存知ですかな」

姉「さっき雑誌で見ました。美容の最先端の国だと」

男「その通りです」


姉「特に美容整形技術に明るいようですね」

男「明るいどころではありません。もはや極めていると言っていい」

妹「それと携帯が、なにか関係あるんですか?」

男「……私、何歳に見えますかな」

妹(……正直、未成年にしか)

姉「二十代後半でしょうか」

男「残念ながら、ハズレです」

妹「おいくつなんですか?」

男「今年で70歳になります」


姉「そ、それはまあ、おめでたい……?」

妹「お、お若いですね。見た目は……」

男「はっは。やはり驚かれているようですね」

姉「……それも、整形なんですか?」

男「ええ。30年前からずっとこの見た目です」

妹「……」

男「最近では、声帯をいじったり変声機を埋め込んだりして、理想の声に変えることも流行っているようですが」

姉「なるほど。なんとなくわかりました」

妹「えっ?」


姉「あなたは30年前からその見た目と言いましたが」

男「ええ」

姉「周期的にいじっているのでしょう? 若さを保つために」

男「そうです」

姉「だとしたら、携帯は必需品ですね」

妹「ど、どういうこと?」

姉「人の印象というものは、眼鏡一つでだいぶ違って見えるものです」

妹「うん」

姉「顔を変え、声を変え、スタイルを変え……。そんなことが頻繁に起こっているとしたら」

妹「……誰が誰だか、わからなくなっちゃうね」


姉「この国でいう携帯とは、個体識別番号のような物なのでしょう」

男「実に聡明ですね。素晴らしい」

姉「普段から電子メールのような手段を使って、コミュニケーションをとっているのですね」

妹「でも、お店の人たちは……?」

姉「よく聞いてみてください」

妹「……」

姉「ね?」

妹「完全に、マニュアル通りっていう感じだね」

姉「店員と客、もしくは店員同士なら、個体の識別は必要ないですからね」


男「この国にはね、お嬢さん方」

姉「はい」

男「雄大な自然も、歴史ある建物も、おいしい食べ物もありません」

妹「……」

男「でもね、人の美しさに関しては、世界で一番だと胸をはって言えますよ」

姉「……私たちには、理解できません。ねえ、妹」

妹「あっ、うん。……そうだね」

男「それは残念なことですが、価値観の違いもまた尊重すべきことでしょう」


姉「……そろそろ私たち、失礼させていただきますね」

男「そうですか。そう言えば、ずいぶん人も少なくなったようですな」

妹「ほんとうだ……。さっきまであんなにいっぱいいたのに」

男「四時から、南側にある美容院でタイムセールが始まるんです」

妹「美容院で……」

姉「……タイムセール、ですか」

男「美容院と病院。この二つの単語はよく似ていますよね」

姉「ええ、そうですね」


男「美を求めることは、人間が持つ一種の病なのかもしれません」

妹「……」

男「お元気で。またどこかでお会いしましょう」

姉「はい」

妹「また、どこかで」

男「その時はまた、今と違う私かもしれませんがね」

姉「笑えない冗談ですね」

男「はっは、これは失礼。……では」

妹「さようなら」

姉「さようなら」


―虹の赤―

姉「いもっちゃん」

妹「……いもっちゃんって言うな」

姉「落ちこんでいますね」

妹「……だって、あんなの、ダメだよ」

姉「でも、妹もかわいくなりたいんでしょう?」

妹「それはそうだけど、そうじゃないの……」

姉「あの人も言っていました。価値観の違いは尊重すべきだと」

妹「うん」

姉「私たちには異常なことですが、彼らにはそうじゃない」

妹「……」

姉「それだけの話です」


妹「人は、美しさを求めるべきじゃないのかなあ」

姉「難しいですね」

妹「どうして美しさを求めるんだろう」

姉「おそらくは、価値があるからでしょう」

妹「それって誰が決めたの」

姉「わかりません。でも、誰かが決めたのでしょうね」

妹「いやだなあ……」

姉「あるいは、私たちが自分で決めつけているのかもしれませんが」

妹「……」


姉「知っていますか」

妹「なぁに?」

姉「虹を見つけたとき、太陽は自分の背後にあるのですよ」

妹「へえ、そうなんだ」

姉「美しいもの、珍しいものは人の目を奪います」

妹「うん、そうだねえ」

姉「しかしそんな時こそ、本当に大事なものは見えなくなってしまうのです」

妹「それって、なんだか変だね」


姉「キレイなものを見ているのに、なぜか醜くなってしまうんです」

妹「だって嫉妬とか、しちゃうもん」

姉「輝いているからといって、それが宝石とは限りません」

妹「うん」

姉「本質を見極めて、あるがままを愛せるようになりたいものですね」

妹「……難しいけど、がんばるよ」

姉「あっ、私のことももっと愛してくださいね」

妹「考えとく」

姉「いやん」




【美容の国編】
―おわり―


姉「虹の黄色を渡ると、そこには勝つか負けるかしかありませんでした」

――――

妹「ちょっと、これどういうことなの」

姉「仕方ないですよ」

妹「仕方なくないよ。私すごく楽しみにしてたのに」

姉「野球の試合なんていつでも見られるでしょう?」

妹「何にもわかってないね、お姉ちゃん」

姉「ほう、この姉に向かってそんなことを言いますか」


妹「お姉ちゃん、よく聞いて」

姉「いいですよ」

妹「私はね、今日のこの試合を楽しみにしていたの」

姉「それは知っています」

妹「ほら見て」

姉「メガホンにユニフォームにバルーンに縫いぐるみ……」

妹「これはね、私が今日の試合のために祈りを捧げながら買ったんだよ?」

姉「はあ」

妹「絶対に勝ちますように」

姉「必死ですね」

妹「当たり前じゃん。この国で最強のチームを決める試合だよ」


姉「あのですね、いもっち」

妹「いもっちって言うな」

姉「この国に来てから、早3日です」

妹「ふうん。もうそんなに経つんだね」

姉「まだ3日しか経っていないのですよ」

妹「まだ、って……」

姉「なのに、なぜお気に入りのチームができるのですか」

妹「……だって、地元のチームだし」

姉「ここは地元じゃないです」

妹「住めば都って言うよね」

姉「住んでないです。寝泊まりしてるだけです」


妹「もうっ、何をそんなに怒ってるの?」

姉「あなたがムダな買い物をしたせいで帰りの電車賃がなくなりました」

妹「……」

姉「……」

妹「……」

姉「なにか言いなさい」

妹「何を言ってもダメな気がする」

姉「よくおわかりです」

妹「……どうしよう」

姉「まったく、にわか野球ファンはこれだからイヤなんです」

妹「あっ、ひどい」

姉「ひどくありません」

妹「ひどいよ」


姉「これから歩いて帰らなければならないんですよ?」

妹「……うん」

姉「その事実が私を鬼にします」

妹「うわあ、こわい」

姉「これはお尻ペンペンの刑ですね。さあこちらへ」

妹「いやだよ。お尻サワサワの間違いでしょ」

姉「今日はモミモミもしちゃいます」

妹「うう……」

姉「さあ。さあ」

妹「……なによ、お姉ちゃんだって」

姉「私が、なにか?」

妹「お、お姉ちゃんだって……」

姉「完璧な私が、なにか?」


妹「ええと、お姉ちゃん、だって……」

姉「この姉が、なにか?」

妹「……へ、へ、変態じゃん」

姉「……」

妹「……そうだね、お姉ちゃんは変態だった」

姉「……」

妹「やあい、変態お姉ちゃん」

姉「……」

妹「……お、怒った?」

姉「返す言葉もなくて困ってました」

妹「そ、そうだよね。事実だもん」

姉「言葉がないので、行動で表すことにしました」

妹「ちょ、ちょっと」

姉「この姉は、妹のためなら神にも悪魔にもなります」


妹「じゃあせめて変態にはならないで」

姉「わかりました。ではいきますよ」

妹「や、やだあ……」

婦警「こら、君たち!」

姉「……婦警さん?」

妹「た、助かったあ」

婦警「こんなところで何やってるの!」

姉「妹と遊んでました」

婦警「ウソおっしゃい!」

姉「妹で遊んでました」

婦警「ふざけてる? 君たちねえ、ケンカしてたでしょ」

姉「してた?」

妹「ううん、してない」


婦警「あ、あら?」

姉「私たち、ケンカなんてしてないです」

妹「仲良し姉妹ですから」

婦警「なぁんだ、そうだったの」

姉「なので、その銃をしまってください」

婦警「あらあら、ごめんなさいね私ったら」

妹「あ、あの」

婦警「なにかしら?」

妹「私たちって、そんなに凶悪に見えますか?」


婦警「いいえ、見えないわよ。むしろとっても良い子そうに見えるわ」

妹「そう、ですか……」

姉「だったらなぜ、いきなり銃を構えたんですか?」

婦警「おかしなことを聞くわねえ」

妹「おかしなことって……」

婦警「ははあん。さては君たち、異国の旅行者ね?」

姉「はい。観光がてらこの国にやってきました」

妹「私たち、まだ来たばかりなので、あまりこの国のことは知らないんです」


婦警「そうだったのね」

姉「この国では、ケンカをしてはいけないんですか?」

婦警「ううん、いけないと言うか……」

妹「いけないと言うか?」

婦警「重刑よ」

姉「……たかがケンカで?」

妹「……ただのケンカで?」

婦警「現行犯ならその場で射殺可なの」

姉「……」

妹「お、お姉ちゃん、この国危ないよお……」


婦警「あははっ。いやー危なかったわねえ」

妹「あんたが笑うな」

姉「……もう少し、詳しく教えてくれませんか?」

婦警「うん、いいわよ」

姉「ケンカとは、具体的にどういうことなのですか?」

婦警「殴り合いから口喧嘩まで、いろいろね」

妹「そのいろいろが一番大事なんです」

婦警「要するにね、争いごとは禁止ってこと」


姉「争いごとが禁止……」

妹「それって、まさか……」

婦警「そういえば、なんで君たちはこんなところにいるの?」

妹「や、野球の試合を観に来たんです。そしたら、中止だって……」

婦警「あら、国内リーグのこと?」

妹「はい」

婦警「それならだいぶ前から中止になってたわよ」

妹「……知りませんでした」

姉「まさに私は骨折り損のくたびれもうけなわけですが」


妹「お姉ちゃんは黙ってて」

婦警「なに、ケンカ?」

妹「ち、ちがいますっ」

姉「婦警さん、すみませんが」

婦警「なにかしら」

姉「帰りの電車賃が無いので、送っていってください」

婦警「やあよ。なんで私が」

姉「あら、あらあら。無実の人に銃口を向けておいてその態度ですか?」

妹「お姉ちゃんがウザくなっちゃった……」


婦警「あはは、罪悪感に訴えかけようとしてるのね」

姉「いえ、ただの脅しですが」

妹「お姉ちゃん、聞こえるよっ」

婦警「言っときますけどね、私、もう何十人も撃ってるから」

妹「ちょっと、シャレになりませんよ」

婦警「シャレじゃないもの。その内のほとんどが君たちのような異国人だったわねえ」

姉「……」


婦警「まあ、安心しなさい。仕方ないから送っていってあげるわ」

妹「い、いいんですか?」

姉「どこかへ連れ去る気ではないでしょうね」

婦警「やっぱり警察は弱いものの味方でなくちゃね」

妹「よく言うよね……」

姉「私たち、もう少しで死んでたんですよね……」

妹「早く帰りたい……」

婦警「あはは。……とりあえず、ようこそ! 争いの無い、世界で一番平和な国へ!」


―公園―

姉「ひどい目にあいました」

妹「ほんとうだね」

姉「あなたのせいです」

妹「争い禁止」

姉「ぐっ……」

妹「とはいえ、これじゃあ言いたいことも言えないよねえ」

姉「思ったより窮屈ですね」

妹「あそこのベンチでちょっと休憩しよう」

姉「賛成です。……おや?」

妹「荷物が置いてあるね」

姉「誰のでしょうか」

妹「周りには誰もいないけど」

姉「いいです。端に寄せて、座りましょう」


妹「ふああ。眠たいや」

姉「この姉の太ももを貸しましょうか」

妹「なぜか怖いからいい」

姉「なにもしませんよ」

妹「それに、お姉ちゃんのは細ももでしょ」

姉「妹の頭に合わせているのです」

妹「太ももは、お肉ぷにぷにの方が好きだなあ」

姉「ちょっと焼き肉食べてきます」

妹「そんなにすぐ太れるわけないでしょ」

姉「ああ、この細い身体が恨めしい……」


妹「それ、嫌みに聞こえるよ」

姉「妹はどこもかしこもぷにぷにでうらやましいです」

妹「……」

姉「あっ、胸以外」

妹「お姉ちゃんっ」

姉「争い禁止」

妹「ぐっ……」

姉「この場合はどちらが悪いのでしょうかね」

妹「先にふっかけてきたお姉ちゃんだよ、きっと」

姉「喧嘩両成敗という言葉もあります」

妹「納得できない」


姉「明日になったら、ここを去りましょうね」

妹「大賛成」

姉「野球、残念でしたね」

妹「もういいよ、別に」

姉「お姉ちゃんと一緒なら……」

妹「思ってないから」

姉「残念です」

妹「でも、お姉ちゃんのことは好きだよ」

姉「妹……」

妹「お姉ちゃん……」

姉「ダメです。不意打ちすぎて心臓が……」

妹「えへへ。勝った」


姉「ですから争いは……」

女「あっ、あー!」

姉「はい?」

妹「だれ?」

女「お前ら、そこあたしが座ってたベンチだぞ!」

姉「……ああ、この荷物の持ち主ですか」

妹「なあんだ。良かったね、盗まれなくて」

女「いやーほんと安心したよ!」

姉「うっかりさんですね、もう」

女「ってちがうわ!」

妹「いたっ。叩かないでよ……」

姉「こらっ、誰の妹に手ぇ出したお前」

女「ひっ!?」

妹「お姉ちゃん私は大丈夫だから落ち着いて」


………

……



姉「なるほど、この荷物は場所取りのためだったと」

女「はい。……ぐすん」

妹「よしよし」

姉「ジュースを買いに行っていただけだったと」

女「はい。……ひっく」

妹「よおしよし」

姉「よくわかりました」

女「わかっていただけて嬉しい限りでございます……」

姉「それでは、荷物を持って早く去りなさい」


女「だからちょっと待て!」

姉「まだなにか?」

妹「立ち直ったみたいだねえ」

女「このベンチは先に私が座ってたんだ!」

姉「はあ」

女「去るのはお前らの方だろ」

姉「おやおや、私たちと争うつもりですか」

女「なっ、なんだよ」

姉「警察に通報しますよ?」

妹「お姉ちゃん、悪だよ……」

女「……ぷっ」

姉「かっちーん。もう怒りました」


女「ごっ、ごめんなさいごめんなさい! ……じゃなくてっ、お前らさては異国の人間だろ」

妹「やっぱりわかるものなんだね」

姉「そこはかとなくバカにされてる気がします」

女「争うごとは禁止、ってのは知ってるみたいだな」

姉「婦警さんが教えてくれました」

女「……でもなあ、合法な争いだってあるんだぜ?」

妹「……それは」

姉「いったい……?」


女「この世で最も公平な争い」

姉「それは争いなんですか……?」

女「男だろうと女だろうと、じじいでもガキンチョでもできる勝負だ!」

姉「な、なんと……」

女「どんなハンディも影響しない、純粋な戦い!」

姉「早く教えてくださいっ」

女「そ、の、名、も……」

妹「ジャンケンでしょ」

女「おいこらお前!」

姉「私の妹がなにか?」

女「すっ、すいません!」


姉「ふむ、ジャンケンですか……」

妹「確かに、簡単だし公平だね」

姉「人によってある程度パターンがあるかもしれませんが」

女「それでも、他の勝負よりはマシだろ」

妹「勝ち負けがハッキリわかるっていうのもいいよね」

姉「ふむふむ。それで、この姉と、ジャンケンがしたいと?」

女「おうよ。負けた方がここから去る!」

妹「そこまでこのベンチが大事なの?」


女「まあな。あたしの故郷みたいなもんだ」

妹「絶対言い過ぎだよね、それ」

姉「わかりました。その勝負、受けて立ちましょう」

女「よしきた! じゃあルールは標準の三本勝負な。後出しはファウルだ」

妹「標準ルールがわからないんだけど……」

姉「あ、ああなるほど、標準ですね」

妹「絶対わかってないよ……」

女「おい妹、お前審判な!」


妹「はあい」

女「じゃあ行くぜ! 最初は……」

姉「最初っから」

女「あっ、お前ずるいぞ! おい審判!」

妹「いや、さすがにダメだよお姉ちゃん」

姉「冗談ですよ」

女「1ファウルな。3つたまったら退場だぞ」

妹「どこから退場……?」

女「最初は……」

姉「グッとだすバカがいる」

女「あっ、お前ずるいぞ! おい審判!」

妹「お姉ちゃん……」

姉「冗談ですよ」


………

……



妹「負けちゃったね、お姉ちゃん」

姉「少しショックです……」

妹「マジメにやらないから」

姉「いえ、正直言うとバカらしくて」

妹「まあ、わかるけどね」

姉「聞いた話だと、民事裁判もジャンケンで決めるらしいです」

妹「平和主義って言うより、適当なだけだよねえ」

姉「それどころか、刑事裁判までジャンケンで決めるという意見が多いらしいです」


妹「誰と誰がジャンケンするの?」

姉「弁護士と検事と裁判長が」

妹「弁護士が勝ったら?」

姉「無罪です」

妹「検事が勝ったら?」

姉「求刑通りです」

妹「裁判長が勝ったら?」

姉「陪審員の意見が通ります」

妹「うん、この国は直に終わると思うよ」

姉「最高裁判所は五年前に更地になってしまったそうです」

妹「必要ないもんね」


姉「必要な争いなんて、この世にたくさんあります」

妹「そうだよね」

姉「ケンカするほど仲がいいとは、よく言ったものですね」

妹「私とお姉ちゃんのことだね」

姉「そうですね。雨降って地固まるとも言いますし」

妹「私とお姉ちゃんのことだね」

姉「私たち、もう付き合っちゃいましょうか」

妹「トンだね、話が」

姉「いつものことです」

妹「あっ、自覚あったんだ……」


―虹の黄―

姉「そういえば、妹は野球が好きなんですよね」

妹「うん。にわかだけどね」

姉「野球だって、不公平なスポーツです。才能やら名門やら努力やら……」

妹「でも、それはしかたないよ」

姉「そうですね」

妹「それに、さっきのジャンケンを見てて思ったんだけど」

姉「はい」

妹「つまらないなあ、って」

姉「ですよね」

妹「逆境とか、一方的な展開とか、不利を背負って頑張る選手とか」


姉「ええ。いろいろなドラマがありますね」

妹「だから楽しいし、燃えると思うんだよねえ」

姉「大して努力をしてない人間ほど、浅ましく公平を求めるものです」

妹「うん」

姉「勝てない勝負を避けるのは正しいですが」

妹「負けたくない、って思いはそれで満足しちゃっても、勝ちたいって思いは満たされないよね」

姉「そうそう、もう一つ」

妹「なに?」


姉「野球には、引き分けというものがあります」

妹「多くのスポーツにはあるね」

姉「でも、ジャンケンには勝ちか負けしかないんですよ」

妹「あいこは?」

姉「あいこでしょっ」

妹「続いちゃうんだ……」

姉「争い事を無くして平和になったつもりでも、優劣をつけたくて仕方がないんでしょうね」

妹「本音と建て前ってやつだねえ」


姉「もちろん、姉より優れた妹などいませんが」

妹「どうかな?」

姉「……」

妹「……」

姉「じゃんけん」

妹「ぽんっ」




【ピースの国編】
―おわり―


姉「虹の橙色を渡ると、そこは雪国でした」

妹「どこかで、聞いたこと、あるね」

姉「カチカチうるさいですよ」

妹「だ、だって寒いんだもん」

姉「薄着しているからです」

妹「こんなに寒いとは思わないよ」

姉「その点、この姉は万全の装備です」

妹「モコモコしてるね」

姉「女性のダッフルコートとカーディガンは、果たしてどちらが可愛いでしょうか」

妹「お姉ちゃんは何を着ても可愛いよ」


姉「えへへ。照れます」

妹「えへへ」

姉「そんな妹にはマフラーをプレゼントしてあげましょう」

妹「わあい、ありがとう」

姉「手袋も片方どうぞ」

妹「うん」

姉「そして裸の手を繋ぎます」

妹「カンペキだねえ」

姉「妹の手はあったかくて気持ちいいです」

妹「お姉ちゃんの手はちょっと湿ってる」

姉「……」

妹「……手汗?」

姉「仕方ないです。生理現象です」


妹「別にいいけどね」

姉「それにしても」

妹「なあに」

姉「最近の女性は冬でも薄着なのが多いですよね」

妹「知らないの? 流行りだよ」

姉「流行りなのですか?」

妹「厚着すると太って見えるからね」

姉「寒さよりも見た目ですか」

妹「ヒートテックとかあるから、言うほど寒くないけど」

姉「それは変態です」

妹「なんで……」


姉「薄着して体が火照っているだけです」

妹「それは変態なの?」

姉「はい」

妹「お姉ちゃんが言うなら間違いないね」

姉「……どういう意味ですか」

妹「そのままの意味だよ」

姉「ここで一句」

妹「いきなりだね」

姉「ゐもうとよ 寒さで鼻が 赤いぞよ」

妹「……もう、からかわないで」

姉「ふふん」

妹「あっ、私も一句」


姉「聞きましょう」

妹「ほんとうは 愛しています お姉さま」

姉「……致死量の恥ずかしさです」

妹「お姉ちゃん手汗がやばい」

姉「しかしこうして手をつないでいれば、どちらの手汗かわかりません」

妹「ごまかさないの」

姉「ああ、どんどん熱くなってきました」

妹「私はまだ寒いんだけど」

姉「どこかで暖まっていきましょうか」

妹「そうだねえ。でも……」


姉「見渡す限りのシャッター街ですね」

妹「今時シャッター街なんて珍しくないけど……」

姉「これはさすがに異様ですね」

妹「コンビニや大型スーパーまで閉まってるなんて」

姉「どれだけ不況なのでしょうか」

妹「雪が降ってるから、臨時休業なのかも」

姉「それにしても、人っ子一人いないなんて」

妹「さっきから誰の姿も見てないね」

姉「きっとここは引きこもりの国ですね」

妹「そ、それはイヤだねえ」


姉「このままじゃ凍えてしまいますね」

妹「そうなる前に、どこかに入ろう」

姉「適当に民家をあたってみますか?」

妹「そうだね」

姉「では、まずはあそこから……」


………

……



妹「……ここって、ほんとに引きこもりの国なのかもね」

姉「五軒あたって全てハズレですから、私も落ちこみます」

妹「話し声は聞こえていたから、明らかに居留守だし」


姉「許せませんね」

妹「はあ、私凍え死んじゃうかも」

姉「このままじゃ、フランダースの姉妹になってしまいます」

妹「それ、誰も感動しそうにないよ」

姉「マッチ売りの妹」

妹「どの道私は死んじゃうんだね」

姉「この姉が阻止します」

妹「期待してる」

姉「とにかく、親切な人を探すしかないですね」

妹「そうだねえ。歩いていれば少しはあったまるし」


姉「こういうのも、ゴーストタウンと言うんですかね」

妹「ちょっと、怖いこと言わないで」

姉「どこからともなく、雪を踏む音が聞こえてきませんか」

妹「やめて」

姉「脅かしているわけではありません」

妹「えっ?」

姉「後ろです」

妹「……誰かいるね」

姉「親切な人だったらよいのですが」

妹「声、かけてみる?」

姉「そうしましょう」


妹「あのう」

作業員「……なんだい?」

姉「何をしているのですか?」

作業員「ちょっと見回りをね」

妹「見回り……」

作業員「こんな状態だから問題はないと思うんだけど、念のために」

姉「こんな状態というのは、引きこもっている方々のことですか?」

作業員「うん」

妹「ああ、やっぱり引きこもってるんだ……」

姉「しかし、いくら寒いといえ……」

作業員「そうか、君たちは旅行者なんだね」


姉「はい。虹を渡ってきました」

作業員「なるほど。だからこうして出歩いているのか」

妹「どういうこと?」

作業員「ここじゃなんだから、僕たちの仕事場までくるといい」

姉「おお、ありがとうございます」

妹「やっと暖をとれるね」

作業員「ははっ。暖をとる、か……」

姉「……?」

作業員「いや、何でもない。こっちだ」

妹「……どんなところなんだろうね」

姉「さあ。何にせよ、やっと休憩できます」


―発電所―

作業員「……どうぞ、適当にかけてくれ」

姉「あの、ここって」

妹「発電所だね」

作業員「そうだね。この国唯一にして最大の発電所さ」

姉「唯一とは、またどうして……?」

作業員「正確に言うと、唯一稼働してる発電所だね」

妹「人手不足なの?」

作業員「うん、みんな引きこもっているから」

姉「それはいったい、なぜ?」


妹「寒いからってわけではないと思うけど……」

作業員「どうなんだろうね」

妹「そんな」

作業員「……雪が止まなくなってから、気づけばもう10年以上経ってる」

姉「止まないとは……」

作業員「不思議だよ。でも、誰にも解明できない。誰も解明しようとはしない」

妹「雪が止まないから、引きこもるって……」

姉「異常気象ですか」


作業員「……止まない雪が降る少し前のことだよ」

姉「……」

作業員「この国のどこかで、新種のミカンができたんだ」

姉「新種とは?」

作業員「その美味しさもさることながら、そのミカンは単細胞分裂を繰り返すんだ」

妹「た、単細胞分裂?」

姉「ありえませんね」

作業員「僕もそう思う。でも、これが公式な見解さ」

妹「単細胞分裂って、なに?」


作業員「単細胞生物の体細胞分裂という意味の造語らしい」

姉「ミカンが単細胞だなんて」

作業員「だからこそ新種だったのさ」

妹「それは、どうなるの?」

作業員「増えるんだ。一定の周期で」

姉「そんなバカなこと」

妹「でも、ほんとだったらすごいね」

作業員「本当だよ。放っておいたら1つが2つに、2つが4つになる」


妹「だったら、食べるものに困らないね」

姉「ずっとミカンは飽きますよ」

作業員「そうだね。誰もがそう思っていた」

姉「ならば……」

作業員「そこで降ってきたのさ。止まない雪がね」

妹「雪でミカンっていうと、コタツだねえ」

作業員「そう。多くの人々はコタツから出なくなり、ただミカンをむさぼっているのさ」

姉「うう……。想像するだけで気持ち悪いです」


妹「でも、コタツにミカンがあるならもう動けないよね」

姉「気持ちはわかります」

作業員「居心地は良いだろうけど、やはり異常だよ」

姉「……あなたたちはなぜ働いているのですか?」

作業員「僕たちは異常に気づいた人間さ。ライフラインを確保しようと思って集まったんだ」

妹「ミカンを食べなかったの?」

作業員「中には引きこもっていた人もいたが、ある時ふと『自分がやらなきゃ』と思ったらしい」

姉「それがあなたたちの……」

作業員「行動理念、というのかな」


妹「食べ物があっても、電気や水がないと困るもんね」

姉「この寒さでは、コタツがないと凍死してしまう人もいるでしょうね」

作業員「そう。だから僕たちがやらなきゃいけない」

妹「立派だねえ」

作業員「君たちは旅行者だろう?」

姉「はい」

作業員「悪いことは言わない、この国にいても良いことなんてないよ」

姉「でしょうね」

妹「寒いしね。でも……」


作業員「僕たちのことは気にしないでくれ」

妹「そういうわけには……」

作業員「信じてるんだ」

姉「……」

作業員「いつかみんな、目を覚ましてくれるんじゃないかと」

姉「信じることは、良いことだと思います」

妹「……がんばってね」


作業員「ははっ。ありがとう」

姉「こちらこそ、ありがとうございました」

作業員「帰り道はわかるかい?」

姉「はい。……最後に1つ、いいですか?」

作業員「うん?」

姉「その、増えるミカンの生る木がどこにあるか、教えてください」

作業員「……聞いた話だと、ここから南に下った先にある果樹園」

姉「わかりました」

作業員「行く気かい?」

姉「はい。観光に」


作業員「観光、か……」

妹「お姉ちゃん、本気なの?」

姉「はい」

作業員「止めはしないよ。でも、決してミカンを食べちゃダメだ」

姉「約束します」

作業員「君もだ。いいね?」

妹「う、うん」

作業員「……うん。気をつけて行っておいで」

妹「ありがとう」

姉「また、どこかでお会いしましょう」

作業員「……元気でね。さようなら」


―果樹園―

姉「ここ、果樹園らしいですよ」

妹「ずいぶん荒れてるね」

姉「足元、気をつけてください」

妹「うん」

姉「さあ、いったいどんな形なのでしょうね」

妹「増えるミカン?」

姉「良いおみやげになりますね」

妹「ダメだよ、お姉ちゃん」

姉「冗談です」

妹「私も食べてみたいけどね」

姉「禁断の果実ですね」


妹「増えるミカンに、止まない雪かあ」

姉「何もしない人に、何かをする人」

妹「私だったら投げ出してるよ」

姉「……どうでしょうね」

妹「お姉ちゃんは?」

姉「私は、そもそもそんな怪しいミカンを食べたくないです」

妹「ごもっともだね」

姉「ここは、不思議な国ですね」

妹「不思議?」

姉「なんでもないです」

妹「お姉ちゃん、寒くない?」


姉「私は大丈夫です。いもりんは?」

妹「いもりんって言うな」

姉「ごめんなさい」

妹「さっき上着をもらったから、あったかいよ」

姉「妹ちゃんは、夏と冬はどちらが好きですか?」

妹「私は冬かなあ」

姉「なぜ?」

妹「暑いのはどうしようもないけど、寒ければ着込めばいいだけだし」

姉「そうですね」

妹「涼しいより、あったかいの方が気持ちいいもん」


姉「同感です」

妹「だから、この国の人たちの気持ちも少しはわかるなあ」

姉「でも、あなたはさっき言ってましたよね」

妹「なんて?」

姉「歩けば少しはあったかくなる、と」

妹「あ……」

姉「寒ければ動けばいいんです」

妹「たしかに、そうだねえ」

姉「寒いから動かないなんて、余計に寒くなるだけですよ」

妹「そう考えると、やっぱりおかしいかも」


姉「もし、電気の供給が止まったら……」

妹「ひどいことになるんじゃないの?」

姉「わかりませんが、もしかしたら……」

妹「リスクが大きすぎるよ」

姉「そうですね。私たちも、信じましょうか。あの人たちを」

妹「うん」

姉「おや、看板がありますね」

妹「新種のミカンが生る木、この先にあるみたい」

姉「行きましょう」

妹「はあい」


姉「まだあるんですかね」

妹「殖え続けるんなら、あるんじゃないかなあ」

姉「妹、手を」

妹「繋ぐの?」

姉「少し怖いです」

妹「私も。……はい」

姉「これは冷や汗ですからね」

妹「手汗には変わりないよ」


姉「……さあ、ここですね」

妹「うん」

姉「この壁の向こうに、あるんですね」

妹「……扉、開けるよ」

姉「……」

妹「……」

姉「……」

妹「これは……」

………

……




―虹の橙―

妹「……」

姉「……気分が重いですね」

妹「うん、そうかも」

姉「あの国は、私たちに何を見せたかったのでしょうか」

妹「何も見せたくなかったんじゃないかなあ」

姉「……」

妹「……お姉ちゃんはわかってたの?」

姉「なんとなく、ですが」

妹「やっぱりお姉ちゃんはすごいねえ」

姉「姉ですからね」

妹「私のお姉ちゃんだもんね」


姉「……妹ちゃん」

妹「なあに?」

姉「『自分がやらなきゃ』と思う人」

妹「うん」

姉「『自分はやらなくていい』と思う人」

妹「うん」

姉「どちらの人が先に生まれたのでしょうか」

妹「ううん、やっぱり後者じゃないの?」

姉「『自分がやらなきゃ』という人の思いが増えるミカンを生み出し」

妹「……」


姉「結果、何もしない人を生み出した」

妹「でも、何もしない人がいないのに、『自分がやらなきゃ』なんて思うかなあ」

姉「最初は『自分がやりたい』程度の思いだったんでしょう」

妹「意志が、いつの間にか義務に変わっちゃったの?」

姉「妹ちゃんも、もう少し大人になったらわかることですが」

妹「なに?」


姉「人の原動力は、意志ではなく義務と義理です」

妹「……どうして、義務になっちゃうのかな。何かをしたくて大人になったはずなのに」

姉「簡単なことです」

妹「それは……」

姉「私たちは常に脅されているんですよ」

妹「脅されている……」

姉「そう。……実体のない何かから、ね」




【犬と猫の国編】
―おわり―



姉「虹の青色を渡ると、妹が宗教の勧誘に引っかかりました」
――――

妹「お姉ちゃんとはぐれちゃった……」

中年「むっ、ちょっとそこの君!」

妹「なあに?」

中年「……まずい、実にまずいぞ!」

妹「ええっ」

中年「右肩のあたりに悪魔の姿が見える。これはまずい!」

妹「あ、悪魔?」

中年「しかもかなり強いぞ」

妹「そうなんだ」

中年「そうなんだ、じゃない。これはまずいんだ!」

妹「ど、どうなるの?」


中年「……このままだと、君は死ぬ!」

妹「そんなあ」

中年「まずいだろう?」

妹「どうすればいいの?」

中年「……うむ。悪魔を退けるには鋼の心が必要だ」

妹「鋼の心……」

中年「しかしそれは、簡単に手に入るものではない!」

妹「そうだよね」

中年「修行が必要になるのだよ」

妹「ふうん。キツいのはやだなあ」

中年「なあに、我が神の教えに忠実でいれば、辛いことなど何もない!」


妹「それはすごいねえ」

中年「ああ。……そこで、どうだろう」

妹「なにが?」

中年「見たところ君は旅行者のようだが」

妹「うん」

中年「ということは、無宗教だったりするんじゃないかね」

妹「うちは、そうだよ」

中年「ならば、私と共に神の教えを学び、大衆に説かないかい?」

妹「ううん、でもそういうのってお姉ちゃんが怒りそう」

中年「君のお姉ちゃんもきっとわかってくれるさ!」

妹「このままだと私、死んじゃうの?」


中年「ああ。遅かれ早かれ君は死ぬ!」

妹「死ぬのはやだなあ」

中年「だったら、ね?」

妹「ううん……」

中年「なあ、いいだろう?」

妹「……うん、わかっ」

姉「おいこら」

中年「……はい?」

姉「今死ぬか、天寿を全うしてから死ぬか選べ」

中年「……」

妹「あっ、お姉ちゃん」

姉「まったく、探しましたよ」

妹「こっちのセリフだよ」

姉「それでこの、髪がどうとか言っているハゲは誰ですか?」


中年「か、髪じゃない。神だ!」

姉「どうでもいいです。それより、早く選びなさい」

中年「……」

姉「は、や、く」

中年「……くそっ、神に裁かれてしまえー!」

姉「捨て台詞が小物臭いです」

妹「お姉ちゃん、やりすぎ」

姉「しかしですね」

妹「めっ」

姉「くっ、妹の可愛さは神レベルです……」

妹「まったくもう」

姉「でも、危ないところでしたね」

妹「そう?」

姉「……わかっていないのですか?」


妹「宗教の勧誘なんて、めずらしくないでしょ」

姉「まだ、知らないようですね。この国について」

妹「もう調べたの?」

姉「前回までの反省を生かしたまでです」

妹「たしかに、いつも大変な目にあうもんねえ」

姉「このパンフレット、読んでみてください」

妹「ん、どれどれ……」

姉「……」

妹「突き詰められた信仰の自由……」

姉「はい」

妹「救われないあなたを救う、あなただけの神様をつくろう……」


姉「そういうことです」

妹「えっと、これってつまり」

姉「この国の人々は、それぞれが違った神を信仰しています」

妹「うん」

姉「そして、どれも自分だけに都合の良い神様です」

妹「なんだか賑やかで面白そうだね」

姉「さっきの中年みたいな人をいちいち相手にはできません」

妹「日が暮れちゃうね」

姉「何より、いもったん」

妹「いもったんって言うな」


姉「ここはあなたが思っている以上に危険な場所です」

妹「そうなの?」

姉「旅行者であることが免罪符にはならないでしょうね」

妹「お姉ちゃんが切羽詰まった顔してる……」

姉「だいじょうぶ、あなたはこの姉が守ります」

妹「こ、怖くなってきちゃった……」

姉「さわらぬ神に祟りなし、です」

妹「うん……」

姉「もう行きましょう」


妹「それにしても、危ない国ばかりだね」

姉「次に賭けましょう」

妹「せっかく来たんだから、食事の1つでもとりたかったなあ」

姉「それは絶対にダメです」

妹「……ちょっとだけ」

姉「命が惜しくないのですか、あなたは」

妹「そんなに危険なの?」

姉「……わかりました。ならば実際に覗いてみましょう」

妹「ありがとう、お姉ちゃん」
姉「妹の好奇心にも困ったものです」


妹「ほら、あそこにレストランがある」

姉「私から離れないでくださいね」

妹「ちょっと心配しすぎじゃない?」

姉「備えあれば憂いなし」

妹「ううん……」

姉「杞憂で終われば万々歳です」

妹「それもそうだね」

姉「……」

妹「……あれ、なんだか」

姉「やはり、騒がしいですね」

妹「ど、どういうこと? 事件でもあったのかな」


姉「あそこの陰から覗いてみましょう」

妹「う、うん」

姉「……どうです、見えますか?」

妹「うん……。女の人と男の人が言い争いをしてるみたい」

姉「ふむ……」

妹「……それに、別の人が加わった。すごく怒った顔してる」

姉「声は?」

妹「聞こえない」

姉「そうですか」

妹「……お姉ちゃん」

姉「はい」

妹「なんだか、怒ってる人がどんどん増えていってるよ」


姉「そろそろ暴力に発展する頃合いですね」

妹「止めなきゃっ」

姉「ダメです」

妹「……そんな」

姉「言ったでしょう」

妹「さわらぬ神に祟りなし……?」

姉「そういうことです」

妹「でもっ」


姉「本当に、危険なんですよ」

妹「……」

姉「わかってください」

妹「……うん」

姉「例えば、あなたが信仰する神の教えが、『右手を食事に使ってはいけない』ことだとします」

妹「うん」

姉「しかしレストランに行くと、そんな人いっぱいいますよね?」

妹「それは、そうだよ」

姉「神への冒涜です。あなたはそれを許せますか?」

妹「……」


姉「また別の人は、『食事に箸を使ってはいけない』という教えに従っているかもしれません」

妹「でも、そんな人はいっぱいいる……」

姉「これも神への冒涜です」

妹「だから、あんな争いが怒ってるの?」

姉「その通りです」

妹「間違ってるよ」

姉「当人からしたら、私たちこそ間違って見えるでしょうね」

妹「いったい何のために、信仰の自由なんて……」


姉「この国では数年前に、ひどい災害が起こったそうです」

妹「言われてみれば、工事中の道路が多かったね」

姉「まだ復興の途中なんでしょう」

妹「うん」

姉「災害の後、この国にはとても大きな傷跡が残りました」

妹「だろうね」

姉「その傷口から生まれたのが、終末論です」

妹「終末論……」

姉「世界は終わる。これは神の怒りだ。私たちは裁かれる」


妹「そんな、バカみたいなことが……」

姉「これはそれまでの国家宗教の影響だったようですね」

妹「そうなんだ」

姉「だからこそ国は、信仰の自由を突き詰めたのです」

妹「人の心を救うために?」

姉「というよりは、混乱を治めるためでしょう」

妹「なのに、こんなことになるなんて……」

姉「誰かを救うことより、自分を救うことを優先した結果でしょうね」


妹「結局、誰も救われてないんだね」

姉「いいえ、彼らは救われていますよ。今、この瞬間も」

妹「宗教とか神様って、何が正しいのかわからないね」

姉「正解なんてないんです」

妹「全て間違いなの?」

姉「正解を探そうとする姿勢が、一番正しいんですよ」

妹「難しいね」

姉「そうですね。この姉にも、未だによくわかりませんから」


妹「信じるものしか救わない神様、かあ」

姉「私たちの国でもそうですよね」

妹「そうなの?」

姉「長い歴史をみれば」

妹「歴史は苦手だなあ」

姉「人を救うはずの神様が原因で、いくつの争いが起こったでしょうか」

妹「おかしいよね」

姉「人を救うのも、裏切るのも」

妹「愛すのも傷つけるのも」

姉「いつだって、生きている人間でした」


―虹の青―

妹「ねえお姉ちゃん」

姉「なんでしょうか」

妹「私、神様に祈ることはないかもしれない」

姉「どうして?」

妹「だって、私が辛い時も、くじけそうな時も」

姉「……」

妹「お姉ちゃんが、そばで支えてくれるでしょ?」

姉「……」

妹「私は、お姉ちゃんを信じるよ」

姉「まったく、手の掛かる妹ですね」


妹「気づいてるの」

姉「何にですか?」

妹「これまでも、ずっとそうだったってことに」

姉「……私は、姉ですからね」

妹「だからって、妹に頼っちゃいけないなんてことないからね」

姉「ふふ、頼りないですからね。妹は」

妹「私、お姉ちゃん教に入信します」

姉「……いえ、お姉ちゃん教の教えによると」

妹「うん」

姉「妹は天使です」

妹「いやん」




【八百万の国編】
―おわり―


姉「虹の藍色を渡ると、そこは一見普通の国でした」

妹「でも、油断ならないよ」

姉「人間とは学ぶものです」

妹「まずはコンビニだね」

姉「この国のガイドブックと、あとは新聞もほしいです」

妹「なにが地雷がわからないっていうのは怖いねえ」

姉「まあ、あまり緊張する必要も無いでしょう」

妹「そうかな」

姉「はい」

妹「じゃあ、ゆっくり行こうか」


姉「観光と言いつつ、あまりできてませんからね」

妹「本当だね」

姉「今まで見た名物と言ったら……」

妹「ほら、美容の国の美男美女」

姉「……たしかに、名物と言えば名物かもしれませんが」

妹「この国には何があるんだろうね」

姉「そうですね……」

妹「おいしいものが食べたいなあ」

姉「ふふ」

妹「なあに?」

姉「妹はまだまだ、色気より食い気ですね」


妹「もう。お姉ちゃんってすぐ私のこと子ども扱いするんだから」

姉「ふふん。この姉は常に妹の一歩先を行っていますからね」

妹「ふうん」

姉「それは何故かというと」

妹「うん」

姉「あらゆる危険からあなたを守るためですよ」

妹「わあ、ありがとう」

姉「この世には、それはもう多くの危険がありますから」

妹「そうだねえ」


姉「常に予測してるんです」

妹「例えば?」

姉「次の瞬間、妹が転ぶかもしれない」

妹「私そんなにドジじゃないよ」

姉「誰かとぶつかるかもしれない」

妹「お姉ちゃん、前向いて歩いてよ」

姉「急性アルコール中毒で倒れるかもしれない」

妹「飲ませたの?」

姉「酔った妹も可愛かったです」

妹「いつの話?」

姉「『大きくなったらお姉ちゃんと結婚する!』って言ってた頃の話です」

妹「捏造しすぎだからね」


姉「捏造じゃないです」

妹「ウソだあ」

姉「この姉はちゃんと覚えてます」

妹「それ、妄想じゃない?」

姉「……言われてみれば」

妹「もうっ」

姉「よくあります」

妹「ないよ。あったらダメだよ」

姉「幼い妹を酔わせた挙げ句、プロポーズされる妄想」

妹「犯罪の匂いしかしないね」


姉「そう言ってもあなた、顔赤いですよ」

妹「あっ、えへへ。わかる?」

姉「はい。照れてるんですね」

妹「今日は薄くチークをのせてみたの」

姉「……」

妹「私色白だから、ピンクのをね」

姉「……」

妹「お姉ちゃん?」

姉「……ちょっと、30秒ほど拗ねていいですか」

妹「……なんかごめん」

姉「……」

妹「……」

姉「……ふう。ほっぺたピンクの妹も可愛いです」


妹「お姉ちゃん、私が化粧するの嫌いなの?」

姉「姉としては、どんな妹でも愛してみせます」

妹「でも、いつも一分ぐらい拗ねるよね」

姉「……」

妹「お姉ちゃんが嫌ならやめるけど」

姉「嫌なわけありません」

妹「ほんとうに?」

姉「ただ、大人びた妹を受け入れるのに少し時間がかかるだけです」

妹「そっかあ」

姉「姉というのは複雑なのですよ」

妹「デリケート?」


姉「そこらの精密機械より」

妹「そんなお姉ちゃんも大好きだよ」

姉「だから、いきなり言うのはずるいです……」

妹「あっ、コンビニあったよ」

姉「そうですね。行きましょう」

妹「アイスも買おうよ」

姉「いいですね」

妹「半分こだよ」

姉「2つ買えますよ?」

妹「半分こなの。仲良しなんだから」

姉「ふふ、そうですね」

妹「うん」


―公園のベンチ―

姉「さて、早速ガイドブックを読みましょう」

妹「わくわく」

姉「……」

妹「……」

姉「……ふむふむ、なるほど」

妹「どうだった?」

姉「この国には、警察がいないようですね」

妹「えっ」

姉「文字通りの無法地帯みたいです」

妹「治安が悪いの?」

姉「逆です。治安が良すぎたために法律の必要性が無くなったのです」

妹「……ううん、よくわかんない」


姉「道徳意識というものがとても高い国なんです」

妹「うん」

姉「みんな、何が悪く何が良いか、自ずと理解しているようですね」

妹「じゃあ、犯罪は起こらないの?」

姉「新聞を見てみましょう」

妹「うん。……無いね」

姉「私たちの国なら、一つくらい載っていますよね」

妹「少なくとも、私たちの国よりは治安が良いんだね」


姉「一概にそうとも言えませんがね」

妹「でも、例えば交通事故の時はどうするんだろう」

姉「そこが怪しいですね」

妹「警察がいないっていうことは、現場検証もできないもんね」

姉「交通事故自体、道交法を守っていればそうそう起こることではありません」

妹「そういうことなのかなあ」

姉「何にせよ、少しは警戒していたほうが良さそうですね」


妹「そうだね。……?」

姉「どうしました?」

妹「お姉ちゃん、あそこ」

姉「……女の子。泣いているんですかね」

妹「……」

………

……



少女「あ、あのう」

姉「はい」

少女「すみません、ハンカチ」

姉「いえ、いいんです」

妹「何かあったの?」

少女「……」

姉「話を聞くぐらいなら、できますが」


少女「……2人は、旅行者なの?」

妹「うん」

少女「……この国については知ってる?」

姉「ある程度は調べました」

少女「どう思った?」

妹「モラルが高いのは、素敵だと思うよ」

姉「まあ、そうですね」

少女「……」

妹「……?」

少女「……そんなことない」

妹「えっ」

少女「ぜんぜん、素敵なんかじゃないよ……」

姉「……胸を貸しましょう。悲しいなら泣けばいいですよ」

妹「お姉ちゃん……」

少女「ぐすっ、ごめんなさい……」


姉「落ち着きましたか?」

少女「うん。ありがとう」

妹「聞かせてもらってもいいかな」

少女「うん……」

姉「……」

少女「たしかにね、この国はとても治安がいいの」

妹「うん」

少女「でもやっぱり、犯罪というか、モラルに反した行為も起こるの」

姉「そうでしょうね」

少女「そんなとき、どうすると思う?」

妹「どうするって……。どうもできないんじゃないの?」

姉「……社会的制裁ですね」


妹「社会的制裁?」

姉「……おそらくですが、私刑というものもあるんでしょう?」

少女「……うん」

妹「私刑って?」

姉「リンチと言えばわかりやすいでしょうか」

妹「……そんな」

少女「この前、怒りに我を忘れて殺人をした人がいたの」

姉「……」

少女「……その人はまだ、市役所の前に張り付けにされてる」

妹「ひどい……」

少女「通りすがった人はその人の体に印をつけなきゃいけないの」

姉「なぜ?」


少女「今回の場合、印が1000個で許されるんだって」

姉「……」

少女「……私、も。それが普通だと思ってた」

妹「……」

少女「でも、いざとなったら、なんだかすごく胸が痛くて、苦しくて……」

姉「……辛いでしょうね」

妹「誰も、おかしいって言わないの?」

少女「みんな、今の状況が正しいって思ってるから……」

姉「……結局、多数決なんですね」


少女「この国の法律が無くなった理由は知ってる?」

妹「道徳意識が高いからだって、ガイドブックに書いてあったけど」

姉「他にも?」

少女「たくさんいたの。犯罪者が」

妹「うん」

少女「でも、その全てがちゃんと裁かれるわけじゃない」

姉「……ふむ」

少女「まず最初に問題になったのが、時効だったの」

妹「時効……」


少女「時効が成立したら、法では裁けない」

姉「そこで、私刑というわけですか」

少女「他にもあるの」

妹「なに?」

少女「少年法」

姉「……なるほど」

妹「私たちの国でも、よく問題になってるね」

少女「法が裁いてくれないなら、自分たちで裁くしかない」

姉「でもそれは、犯罪ですよね」

妹「そうだね」


少女「でも、たしかに民意は固まりつつあった」

姉「と言うことは、政治家ですか」

妹「どう言うこと?」

姉「マニフェストとして掲げたんでしょう」

少女「あるはずのない道徳意識をでっちあげて、ね」

姉「国民の総意があれば、地位を手放したくない多くの政治家は反対しないはずです」

妹「それで、成立したんだ……」

少女「人が人を裁く、理想の社会だと教科書には書いてあったの」


妹「そんなの、絶対に違うよ」

姉「同感ですが……」

少女「三年前に法律が無くなってから、たくさんの『元』犯罪者が私刑に処された」

妹「……うう」

少女「服役中の罪人も、同じ」

姉「……聞くに堪えないですね」

少女「解体された警察は、私刑代行機関となったの」

姉「……」

少女「みんな、自分がモラルを破らないように神経質になってる」

妹「おかしいよ……」


姉「……もう、いいです。よく、わかりました」

少女「ごめんなさい。こんなこと、この国の人には話せないから……」

妹「どうするの、これから」

少女「たぶん、もうどうにもできないと思うの」

姉「……」

少女「いつか、自分の番が来る」

妹「やめて。そんなこと言わないで……」

少女「……人を許せないと思ったあの日から、私たちは犯罪者になってしまったの」


妹「違うよ、何も悪くなんてないっ」

少女「……ありがとう」

姉「……私たちに、なにかできることは」

少女「気持ちだけで十分だよ」

妹「……」

少女「……そうだ!」

姉「……?」

少女「私と、友達になって!」

妹「友達……」

少女「うん、一緒に遊ぼう!」

姉「……それは、楽しそうですね」

妹「うん。……うん、そうだね」

少女「えへへ、こっちこっち!」


妹「あっ、待ってよお」

姉「駆けっこなんて、何年ぶりですかね」

妹「ほんとだねえ。……でも、きっと楽しいよ」

姉「ふふ、そうですね。やりましょうか」

少女「早く早くう!」

………

……



姉「……2人とも、元気ですね」

妹「お姉ちゃん、しっかり」

少女「しっかりー」

姉「妹が2人いるみたいで嬉しいです」

妹「もう、節操ないんだから」


姉「いもぴー、嫉妬ですか?」

妹「いもぴーって言うな」

少女「あははっ、いもぴー!」

妹「ちょ、ちょっと」

姉「ぷぷっ、いもぴー」

少女「やあい、いもぴー」

妹「こらあっ、待ちなさい」

姉「逃げましょう」

少女「うんっ!」

妹「もうっ。……ふふ」

………

……



少女「ふわあ、疲れたあ」


妹「私も」

姉「特にこの姉が疲れています」

少女「……ほんとに、ありがとうね」

妹「水くさいこと言わないで」

姉「そうですよ。友達なんですから」

少女「……また、会える?」

妹「……」

姉「……わかりません。でも、忘れません」

妹「うん。今日一緒に遊んだこと、友達になったこと」

少女「私も、忘れないよ」

姉「ええ、約束ですね」

妹「うん」


少女「……これからこの国が、私がどうなったとしても」

妹「……」

少女「2人には、今日の私を覚えておいてほしいな」

姉「はい」

妹「うんっ」

少女「えへへ。ありがとう」

姉「こちらこそ、楽しかったです」

妹「……気をつけて帰るんだよ?」

少女「うんっ!」

姉「では、さようなら」

妹「元気で、ね」

少女「バイバーイ!」


―虹の藍―

妹「……またいつか、会いたいなあ」

姉「……絶対的な基準というのはやはり必要なんですよね」

妹「普段は煩わしく感じちゃうこともあるけど」

姉「とても大事なものなんでしょうね」

妹「お母さんも」

姉「はい」

妹「普段はガミガミうるさいけど、とても大事だよね」

姉「ふふ。法律と母親を並べて語りますか」

妹「あっ、内緒だからね」


姉「……少女ちゃんは、友達がほしいと言いましたね」

妹「うん」

姉「倫理という言葉があります」

妹「道徳と似たような意味だっけ?」

姉「倫理とは、仲間内での共通の論理のことです」

妹「……」

姉「仲間じゃなくて、友達がほしいと言ったんです。彼女は」

妹「……やるせないね」

姉「……彼女のような人が増えることを祈りましょう」


妹「同じ思想を掲げて固まる仲間と」

姉「違う価値観を切磋琢磨しあう友達」

妹「……私たちと少女ちゃんは、ずっと友達だよね、お姉ちゃん」

姉「もちろんです」

妹「またいつか、会えるまで」

姉「どうか、元気で」

妹「願わくば、幸せに……」




【正しすぎた国編】
―おわり―


姉「虹の緑色を渡ると、私は王女様に呼ばれました」

王女「ようこそ、我が国へ」

姉「はあ」

王女「ごめんなさいね、いきなり呼びつけて」

姉「全くです」

王女「なんだかソワソワしているわね」

姉「それはそうでしょう」

王女「落ち着かない?」

姉「お城に入るのなんて初めてですよ」

王女「楽にしてくれてかまわないわ」

姉「こっちがかまいます……」


王女「今、お茶の用意をさせているから」

姉「……はあ」

王女「さあ、椅子に座って」

姉「なんだか随分フレンドリーですね」

王女「気さくな王女って、いいでしょ」

姉「どうなんでしょうか」

王女「いいのよ、どうせ年齢も近いのだし」

姉「……」

王女「疑っているようね」

姉「……すみません」

王女「いいえ。好きよ、そういうの」

姉「そういうの?」


王女「腹のさぐり合いって言うのかしら」

姉「……」

王女「まあ、無理もないわね」

姉「……はあ。埒があかないみたいですね」

王女「そうそう。せっかくこうして話せるのだから、楽しみましょう」

姉「お城のおもてなしですか」

王女「なかなか味わえないわよ」

姉「楽しみですね」

王女「この国はね、良質の茶葉が取れるの」

姉「名産品ですか」


王女「そう。あなたの国にはないものだと思うわ」

姉「楽しみです」

王女「お昼時にテラスで優雅なティータイム。悪くないでしょう?」

姉「私まで貴族になった気分です」

王女「うふふ。面白いわね、あなた」

姉「それにしても、周りは都会の街並みなんですね」

王女「ビルが多いでしょう。せっかくの景観がぶち壊しだわ」


姉「都会の真ん中にお城がある方がおかしいと思いますが」

王女「とは言っても、築1000年よ」

姉「なんとまあ」

王女「歴史ある建物だから、ヘタにいじれないのよ」

姉「壊れたりしませんよね」

王女「耐震工事は万全よ。安心して」

姉「悪いことは言いません。引っ越しなさい」

王女「うふふ」

姉「あ、お茶とお菓子が運ばれてきましたね」

王女「いただきましょうか」


姉「むっ、……これは絶品ですね」

王女「そうでしょう」

姉「妹にも食べさせてあげたいです」

王女「向こうにも同じものを運ばせてあるわ」

姉「さすが王女。おみそれました」

王女「大切なお客様だもの」

姉「胡散臭いですね」

王女「あらあら」

姉「私たちのような旅行者など、珍しくもないでしょうに」

王女「そうね」


姉「旅行者なら全員、こんな風にもてなすんですか?」

王女「そんなわけないわ」

姉「私になにかお話が?」

王女「むしろあなたのお話を聞きたいんだけどね」

姉「虹を渡った話ですか」

王女「ええ、そうよ」

姉「それこそ、他の旅行者からいくらでも聞いているでしょう」

王女「ええ」

姉「ならば……」


王女「でもね、あなたたちの場合は少し違うと思うのよ」

姉「なぜ?」

王女「さっきあなたは、旅行者が珍しくないと言ったわね」

姉「はい。事実でしょう」

王女「そう、事実よ」

姉「……?」

王女「確かに、あなたのような旅行者は珍しくないわ」


姉「私のような……」

王女「でも、あなたの妹さんは」

姉「……」

王女「……ちょっと、違うわよね」

姉「……ふむ」

王女「どう?」

姉「そうかもしれませんね」

王女「あらあら、濁すわね」

姉「この姉にも、よくわからないことがあるのですよ」

王女「……」

姉「……」


王女「なぜ彼女は、虹を渡れるのかしらね」

姉「……なんだかんだ言って」

王女「ええ」

姉「お姉ちゃんっ子ですからね」

王女「うふふ、そうみたいね」

姉「はい、可愛いものですよ」

王女「あなたを追いかけて来たのかしらね」

姉「そういうことになるんでしょうね」

王女「まあ、だとしても納得のいく答えではないわ」


姉「私にはわかりません」

王女「あなた、楽しんでいるんでしょう?」

姉「何をですか」

王女「妹さんと共に、虹を渡ることを」

姉「……」

王女「どうなの?」

姉「……あの子は頼りないですからね」

王女「あらあら」

姉「教えることが多すぎて、それどころじゃないです」

王女「素直じゃないわね」


姉「何にせよ、一言で片づきますよ」

王女「教えて」

姉「奇跡です。あの虹がくれた」

王女「まあ、ロマンチックね」

姉「ちょっと恥ずかしいです」

王女「素敵よ。愛の力ってやつかしら」

姉「そうとも言いますね」

王女「えらく自信満々に言うわね」

姉「両想いですから」


王女「うふふ。憧れるわ」

姉「私から言わせれば、王女だって憧れの対象ですよ」

王女「私が?」

姉「いえ、王女という立場が」

王女「なぜ?」

姉「だって王女と言えば……」

王女「白馬に乗った王子様、って?」

姉「はい」

王女「あなた、やっぱりロマンチストだわ」

姉「ニヤニヤしないでください」


王女「……そうね。この国について、少し話しましょうか」

姉「聞きたいと思っていました」

王女「この国にはね、臆病者が多いのよ」

姉「臆病者、ですか」

王女「ええ。遥か昔からの、国民性というやつかしらね」

姉「なるほど」

王女「例えばあなたの目の前に、二つの箱があるとするわ」

姉「……はい」

王女「片方には金銀財宝が」


姉「太っ腹ですね」

王女「もう片方には、そうね。爆弾が入っているとしましょう」

姉「は、はあ」

王女「選ぶまで中身はわからないとすると、二分の一の確率であなたは死ぬわ」

姉「まあ、そうでしょうね」

王女「でも、どちらかを選ばなければならないの」

姉「……ふむ」

王女「あなたはどちらの箱を選ぶ? もちろん時間制限つきよ」


姉「適当に選びますね。確率ですし」

王女「……だからあなたって好きよ」

姉「私にはそっちの気はありません」

王女「どの口が言うのかしら」

姉「それで?」

王女「……この国の人たちはね、臆病者だから。どちらも選べないのよ」

姉「しかし、時間制限があります」

王女「そう。結局タイムオーバーで死んじゃうの」

姉「……はい」


王女「かつて、この国が戦争に巻き込まれたとき」

姉「はい」

王女「当時の国王は、民に言ったわ」

姉「なんと?」

王女「国を捨てるか国を守るかは、自分で選べと」

姉「……なるほど」

王女「そして、タイムオーバーよ」

姉「現状は?」

王女「今の世界は平和だからね。植民地なんてないわ」

姉「ふむふむ」


王女「当時の高名な劇作家は、その様子についてこう述べた」

『自分の人生は自分が主役の物語のはずなのに、私たちは主役どころか舞台に立つことすらできない。演じられる芝居をただ見ているだけの観客だ』

姉「……ずいぶん悲観的ですね」

王女「でも、よくわかるわ」

姉「自分たちの臆病を嘆いていたのですかね」

王女「そうね。だからこそ、今の様な状況になってしまったのかもしれない」


姉「今の様な?」

王女「その戦争が終わってしばらくたったころのことよ」

姉「はい」

王女「臆病な民たちは、とうとう何も選べなくなったの。自分では」

姉「自分では、ですか」

王女「なぜかは誰にもわからない。今も研究が続いているけど」

姉「得体の知れない力だとか言う気じゃないでしょうね」

王女「正にその通りよ」

姉「勘弁してください……」


王女「臆病な民たちは、気づくと何かを選んでいるの」

姉「得体の知れない力によって?」

王女「ええ。今日の朝御飯から将来の進路、果ては結婚相手までね」

姉「……それはあなたも」

王女「例外じゃないわ」

姉「……なるほど」

王女「私、来年には結婚するのよ」

姉「なんとまあ、お早いですね」

王女「なかなか良い男よ」

姉「……良かったではないですか」


王女「運が、良かったわ」

姉「……」

王女「相手も、同じことを思っているかもね」

姉「理不尽な話ですね」

王女「そうなのかしら」

姉「だって、そうでしょう」

王女「因果応報」

姉「……」

王女「結局、臆病な私たちが悪かったのよ」

姉「そうですか」

王女「私たちが、ほんの少しでも勇気を持っていれば……」

姉「……私たちをここに招いたのは、あなたの意志ですか?」


王女「そうでもあり、そうではない」

姉「ふむ」

王女「あなたたちがこの国に来たのは……」

姉「何か意味がある、と」

王女「ええ」

姉「あなたはわかっているんでしょう?」

王女「なんとなく、だけど。あなたを見ているとわかってきたわ」

姉「……私も、今この国にいる間は」

王女「……」

姉「自分の意志で何かを選ぶことはできないんでしょうか」


王女「それはないわ」

姉「そうなんですか?」

王女「だってあなたは強いもの」

姉「まあ、姉ですからね」

王女「守るべきものがいるから?」

姉「いいえ。支えてくれる人がいるからです」

王女「……ほんとうに、素敵ね。悔しいくらい」

姉「生来のカリスマ、いえ姉スマですね」

王女「うふふ。バカみたい」

姉「言ってくれますね……」


王女「じゃあ、そうね」

姉「はい?」

王女「選んでもらおうかしら。この国の誰よりも強いあなたに」

姉「……選ぶ、とは」

王女「あなたの命と妹の命」

姉「……」

王女「二つに一つよ。簡単でしょう?」

姉「……今死ぬか、すぐ死ぬか選べ」

王女「あらあら、それは迷うわね」

姉「じゃあ、迷わないでいいように今すぐ死ね」

王女「落ち着いて?」


姉「……」

王女「まだ、妹さんは無事よ」

姉「……」

王女「そして、妹さんを無事のままでいさせたいなら」

姉「……はあ」

王女「聡明なあなたなら、わかるわよね」

姉「人質ですか」

王女「人質だなんて、人聞きが悪いわ」

姉「つまらない冗談はやめてください」

王女「うふふ。……さあ、選びなさい」

姉「……」

王女「……」

姉「……私の命を選びます」


王女「えっ?」

姉「私の命を選びます」

王女「……それは、あなたの妹の命を捨てるということだけど」

姉「ええ」

王女「……」

姉「なにか?」

王女「……わからないわね。大切な人なんでしょう」

姉「もちろんです」

王女「ならば、なぜ」

姉「愚問ですね。話になりません」

王女「教えなさい」


姉「あなたは私たちのことを何も知らないでしょう」

王女「ええ。異国の旅行者ということぐらいね」

姉「だから話にならないのです」

王女「教えなさいと言っているでしょう」

姉「……」

王女「……」

姉「……私は、一度あの子を置いてけぼりにしているんですよ」

王女「……へえ」

姉「そのことがあの子をどれだけ苦しめたか、想像に難くないですが」

王女「……」

姉「この姉は、妹に同じ苦しみを与えるような真似を二度もしません」


王女「……」

姉「置いていかれるということは、一人で死ぬことより何倍も辛いのです」

王女「……そうなの」

姉「それに私は誓ったんです。虹の麓で、妹に会ったときに」

王女「なんて?」

姉「もう二度と、この子を置いていったりはしない、と」

王女「……それが、どういう意味かわかってる?」

姉「はい。そして、不可能だということもわかってます」


王女「……」

姉「……」

王女「もしも私に何かを選ぶ強さがあったなら」

姉「はい」

王女「私はきっと、大切な者の命を選んでいたと思うわ」

姉「姉としては落第点ですが、女としては及第点ですね」

王女「うふふ。……口が減らないわね、ほんとうに」

姉「で、結局どうするつもりですか」

王女「……そうね」

姉「まあどちらにしろ、あなたも道連れですがね」


王女「……それじゃあ、私も選ぶことにするわ」

姉「あなたが?」

王女「誰も死なない世界を、私は選ぶ」

姉「……」

王女「これが私の、私たちの、この国の、勇気ある初めの一歩になることを願って」

姉「……はい」

王女「あなたの答えだわ」

姉「私の答えが、何か?」

王女「女としては落第点だけど、姉としては及第点だってこと」


姉「……ずいぶん粋なことを言うのですね」

王女「うふふ。久しぶりに楽しかったわ」

姉「私は久しぶりにブチギレそうでしたよ」

王女「……あらあら」

姉「まあ、別にいいですけど」

王女「ありがとう。ほんとうに」

姉「……」

王女「さあ、扉を開けるといいわ」

姉「そうさせてもらいますよ」

王女「……最後に」

姉「何でしょうか」


王女「今一度聞いてもいいかしら。あなたの名前を」

姉「……私に名前など必要ありませんよ」

王女「……」

姉「あの子の姉であるということ。それが私の存在証明です」

王女「……うふふ」

姉「……」

王女「ここは枝分かれの国」

姉「……」


王女「あらゆる可能性の中から、たった一つを選ぶことができる場所」

姉「勇敢な国ですね」

王女「……あなたたちのおかげだわ」

姉「こちらこそ、お世話になりました」

王女「……選ばれた未来に、どうか幸多からんことを」

姉「私も祈りましょう。自分のために、この国のために」

王女「さようなら、勇敢なる選択者」

姉「それでは」

王女「……また、会う日まで」

姉「……さようなら」


―虹の緑―

妹「今回はいっぱい観光できたねえ」

姉「ええ、そうですね」

妹「お城の料理もおいしかったし」

姉「ふふ。いもきゅんはやっぱりそれですか」

妹「いもきゅんって言うな」

姉「ごめんなさい」

妹「……えへへ」

姉「……どうしました?」

妹「ううん」

姉「……?」

妹「楽しいね、お姉ちゃん」

姉「……」

妹「ずっと、こうしていたいなあ……」

姉「……はい。ほんとうに」


妹「……お姉ちゃん、そっちに行ってもいい?」

姉「おいで」

妹「うん」

姉「甘えん坊ですね、今日は」

妹「たまにはね。お姉ちゃんにサービスしないと」

姉「あら、私のためだったんですか?」

妹「……さあねっ」

姉「……」

妹「……」

姉「……妹ちゃん」

妹「なあに?」

姉「あなたの前には、たくさんの道があります」

妹「うん」


姉「この虹のように、七つしかないというわけではありません」

妹「うん、そうだねえ」

姉「あなたはその中から、たった一つを選べますか?」

妹「……ううん、どうだろう」

姉「……」

妹「やっぱり、迷っちゃうよね」

姉「はい。それでいいんです」

妹「いいの?」

姉「さんざん迷って、それでも選んだ。そんな勇敢な自分を、誉めてやってください」


妹「……うん、そうする」

姉「はい」

妹「ねえ、お姉ちゃん」

姉「なんでしょう」

妹「そういえばさっきの国って、どんなところだったのかな」

姉「ああ……」

妹「お城以外は普通な感じだったけど」

姉「……それはですね」

妹「それは?」

姉「ふふ。……とっても、勇敢な国ですよ」




【枝分かれの国編】
―おわり―


姉「虹の紫色を渡ると、そこは宇宙空間でした」

妹「……」

姉「言葉がでませんね」

妹「うん」

姉「ここが、虹の終点なんでしょうか」

妹「そうなのかなあ」

姉「だとしたら少し、悲しいですね」

妹「どうして?」

姉「覚えていますか?」

妹「なあに」

姉「妹がまだ小さかったころ、おじいちゃんが亡くなりましたよね」

妹「うん」


姉「あなたはおじいちゃんによく懐いていました」

妹「そうだったねえ」

姉「泣いていましたよね、私の手を強く握って」

妹「……うん。何が悲しいのかわからないけど、とにかく悲しかったんだ」

姉「私だってあの時、泣きたかったんですよ」

妹「悲しくて?」

姉「いいえ」

妹「私のせい?」

姉「どうしてもあなたが泣き止まなかったものですから」


妹「えへへ。ごめんね」

姉「でもね、あなたはふと顔を上げて私に聞いたんです」

妹「……なんて聞いたんだっけ」

姉「おじいちゃんはどこに行ったの、と」

妹「あらら」

姉「あらら、じゃないですよ」

妹「仕方ないよ、子どもだったんだから」

姉「当時の私は、もう人の死について学んでいましたから」

妹「うん」

姉「どう答えたものか、と悩みました」


妹「それで、何て答えたの?」

姉「お決まりのセリフです」

妹「……」

姉「お空の向こうに行ったんですよ、と」

妹「……私は」

姉「あなたは、だから煙になったんだね、と更に激しく泣き出しました」

妹「……困った子だねえ」

姉「……それから、しばらくして」

妹「うん」

姉「学校の宿題で、将来の夢について書けと」

妹「あるね」


姉「あなたは私のところに来て、実に楽しそうに言いました」

妹「……思い出した」

姉「科学者になりたい」

妹「うん、そう言ったね」

姉「いきなりだったので驚きましたよ」

妹「だって、お姉ちゃんがああ言ったから」

姉「ロケットを作って、おじいちゃんに会いに行くの」

妹「だって、空の向こうって宇宙だもん……」

姉「ふふ。……この姉は、素敵な夢だと思いましたよ」


妹「……なんで私、忘れてたんだろ」

姉「あなたはいつか、気づいたんでしょう」

妹「なにに?」

姉「もう、おじいちゃんはどこにもいないと」

妹「……そっか」

姉「あなたも私も、たくさんの夢を持っていましたね」

妹「お姉ちゃんも?」

姉「はい」

妹「聞いていい?」

姉「……」

妹「……」

姉「……虹を架けたかったんです」


妹「虹を……」

姉「虹を見れば、あなたも泣き止むんじゃないか」

妹「私のために?」

姉「つまり、自分のために」

妹「……その夢は」

姉「果たして叶ったのか」

妹「……」

姉「あなた次第ですよ、妹ちゃん」

妹「私、次第」

姉「……はい」

妹「……わかんない」

姉「……はい」


妹「ねえ、お姉ちゃん」

姉「なんでしょう」

妹「お姉ちゃんは、私のこと好き?」

姉「もちろんです」

妹「世界で一番?」

姉「それくらいです」

妹「……大切?」

姉「ええ」

妹「……離れない?」

姉「……」

妹「……答えてよ」

姉「……ふふ」


妹「どうして笑うの」

姉「あなたは、私のこと好きですか?」

妹「大好きだよ」

姉「じゃあ、それでいいじゃないですか」

妹「よくないよ」

姉「過去は忘れます」

妹「……」

姉「未来はわかりません」

妹「……」

姉「今のお互いの気持ちを、何より大事にしましょう」

妹「……お姉ちゃん」

姉「今触れあえている時間を、何より大切にしましょう」


妹「お姉ちゃん」

姉「はい」

妹「お姉ちゃんはいつも、私のこと子ども扱いするよね」

姉「妹扱いしてます」

妹「それが子ども扱いなの」

姉「はあ」

妹「でもね、私だって、いろんなことを知ってるんだから」

姉「ほう、面白いことを言いますね」

妹「おじいちゃんがもうどこにもいないってことも、ちゃんと気づいたんだから」


姉「……」

妹「最近、お母さんが少しやつれてきてるのも」

姉「……」

妹「お父さんが、私に心配かけまいと強がってるのも」

姉「……妹ちゃん」

妹「……お姉ちゃんが、遠くに行ってしまうことだって」

姉「……」

妹「……私、わかってるんだから」

妹「……子どもじゃないもん」

妹「お姉ちゃんに、会いたかったけど」

妹「……我慢したんだよ?」

妹「お母さんとお父さんを困らせたくないから」


妹「……寂しいことにも、慣れたんだよ?」

妹「だって、お姉ちゃんも一人で頑張ってるんだから」

妹「……ねえ、お姉ちゃん」

妹「……」

妹「……お姉ちゃん?」

妹「お姉ちゃん、私のことを誉めてよ」

妹「……好きだって言って、抱きしめてよ」

妹「お姉ちゃん……」

妹「……苦しいよ」


妹「……一人じゃ、息もできないんだね」

妹「お姉ちゃん……」

妹「……」

妹「……どこにいるの、お姉ちゃん」

妹「助けてよ……」


―虹の紫―

妹「……虹が、架かってる」

姉「綺麗でしょう?」

妹「……お姉ちゃん」

姉「ここにいますよ」

妹「お姉ちゃん」

姉「……強くなりましたね」

妹「……」

姉「しばらく見ない間に、あなたはとても大きくなりました」

妹「……」

姉「この姉は、とても嬉しく思います」

妹「本当に、そう思ってる?」

姉「はい」


妹「……そっか」

姉「そして私は、あなたの姉であることを誇らしく思います」

妹「……うん」

姉「もう、何も心配はありません」

妹「……ちがうよ」

姉「どうして?」

妹「まだ、一人じゃ歩けないもん」

姉「一人で歩く必要などありませんよ」

妹「……」

姉「助け合って生きなさい。一人は、寂しいですからね」

妹「……」

姉「……」


妹「お姉ちゃんは……」

姉「はい」

妹「……」

姉「……」

妹「ううん、なんでもない」

姉「はい、そうだろうと思いました」

妹「お姉ちゃん、私のこと好き?」

姉「はい、好きですよ」

妹「大好き?」

姉「はい」

妹「愛してる?」

姉「愛しています」

妹「えへへ、ありがとう」

姉「いいえ、お礼を言われるようことではありませんよ」


妹「それじゃあ、ね? お姉ちゃん」

姉「はい」

妹「……とどめを刺して、この夢に」

姉「……」

妹「もう、いいの。もう、大丈夫だから」

姉「……」

妹「……」

姉「……ふふ」

妹「……?」

姉「なぜ、夢だと?」

妹「……だって」

姉「はい」

妹「宇宙に、こんなに綺麗な虹が架かるわけないでしょ?」

姉「……ふむ」


妹「そのくらい、私にだってわかるよ」

姉「……」

妹「だから、ね」

姉「……スターボウ」

妹「……えっ?」

姉「星虹とも訳されるそれは、正に宇宙に架かる虹です」

妹「星の、虹……?」

姉「そう。綺羅星が見せる虹です」

妹「うそ……」

姉「……理論上の話です。現代の科学力では、到底ムリですね」

妹「でも、あるんだ……」


姉「あなたが信じれば、きっと架かりますよ」

妹「……私、次第」

姉「はい。あなたが実現させればいい」

妹「私が……」

姉「夢から覚めたら、あとは叶えるだけです。ね?」

妹「お姉ちゃん……」

姉「そしていつか渡りましょう。二人で、一緒に」

妹「……約束してくれる?」

姉「はい、もちろんです」

妹「じゃあ、私、がんばってみるよ」


姉「でも、忘れないでくださいね」

妹「なあに?」

姉「あなたという太陽がそばにいれば、私の前にはいつでも虹が架かります」

妹「うん」

姉「あなたにとってのこの姉も、そういう存在になりたいんです」

妹「……もう、なってる。なってるよ」

姉「ふふ。……それはよかったです」


妹「ありがとう、お姉ちゃん」

姉「いいえ」

妹「大好き、お姉ちゃん」

姉「はい」

妹「……さようなら、お姉ちゃん」

姉「……はい」



姉「またね、妹ちゃん」




【虹の終わりの国編】
―おわり―


………

……




「……」

妹「……」

「……おはようございます」

妹「……ん」

「ふふ、起きましたか」

妹「……お姉、ちゃん」

姉「はい、お姉ちゃんですよ」

妹「お姉ちゃん」

姉「はい」


妹「お姉ちゃん。お姉ちゃん」

姉「ちょっ、どうしたんですか?」

妹「お姉ちゃん、お姉ちゃんだよね?」

姉「はっ、はい。お姉ちゃんですよ」

妹「……夢じゃないんだ」

姉「退院したばかりですからね、まだ実感がわきませんか?」
妹「お姉ちゃん……」

姉「朝から甘えん坊ですね」

妹「お姉ちゃん、なんでこの部屋に?」


姉「なんでって、妹におはようのチュウをチュウチュウしようと」

妹「……よかった。この変態っぷりはお姉ちゃんだ」

姉「そこで判断されても困りますが」

妹「お姉ちゃん、もっとくっついて……」

姉「チュウチュウしましょうか」

妹「それはダメ」

姉「な、なぜ」

妹「寝起きは口臭が気になるから」

姉「私はむしろそれが……」


妹「ああ、この癖になる変態っぷりはお姉ちゃんだ」

姉「私、そんなに変態ですかね……」

妹「……」

姉「……」

妹「……」

姉「……おや」

妹「なあに?」

姉「妹ちゃん、窓の外を見てください」

妹「……あれは」

姉「虹、ですね」

妹「そうだねえ」

姉「神秘的で、壮大で、とても綺麗です」

妹「うん」

姉「覚えていますか?」


妹「うん?」

姉「昔はよく、二人で虹を作ろうとがんばってましたね」

妹「そうだったねえ」

姉「虹の麓を探そうと、あちこち探検もしましたね」

妹「……うん」

姉「……今でも私、虹が好きですよ」

妹「もちろん、私もだよ」

姉「はい」

妹「ねえ、お姉ちゃん」

姉「なんでしょう」

妹「……いつか、虹を架けよう」

姉「……」


妹「そして渡ろうよ。二人で一緒に、離れないように」

姉「……素敵ですね」

妹「今度はどこに行こうかなあ。会いたい人も、いっぱいいるんだよ」

姉「行き先は、ね」

妹「……えへへ」

姉「決めてくれるでしょう、虹が」

妹「連れて行ってくれるよね、私たちを」



姉「七色の――」

妹「――まにまに」




おわり

読んでくれた人乙

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