綺羅ツバサ「私たちはgleeじゃなくてザ・グリードをオマージュするわ!」 (274)


これはラブライブ!板に投下したものの修正版です

申し訳程度の加筆の他、読み直して気付いた限りの誤字脱字、演出上のミス、台詞の一部を直してあります

予めご了承ください


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1432468807


※B級映画注意

前回のラブライブ!

廃校の危機に瀕した母校を救うため、武装強盗団μ'sを結成した私たち

穂乃果『私、廃校を防ぐためだったら何だってするよ。やるったらやる!』

お金さえ払えば何でも運んでくれる密輸船A-RISE号をチャーターして、
目指すは南シナ海を航行中の豪華客船、ニシキノーティカ号

絵里『もうすぐ目的の海域よ。例のものを準備して』

凛『あいにゃ!』

もう後戻りはできない私たち、今更何が起きようが気にするもんか! さあ、お次は何だ?


21世紀のいつか、暴風雨吹き荒れる南シナ海のどこか


鼻先も目視できないような嵐の中を一心不乱に突っ走る一艇の密輸船、A-RISE号
オンボロの船体を疾駆させる船長(キャプテン)ツバサが、無線を通じて船外作業中の仲間に檄を飛ばす


ツバサ「あんじゅ、外の様子はどう? まだ生きてるかしら」

『日に2ドルのチップでここまでさせるなんて正気? もうフォールド(降り)させてもらっていい?』

ツバサ「残念だけどそれは出来ないわ。人手が足りなくてね」

      
そう言う自分は空いた手で備え付けのPCを操作し、CPUとのポーカーゲームに興じていたりする

船舶レーダーの表示を兼ねるディスプレイに映し出されたツバサの手はフルハウス
しかし相手がフォーカードを繰り出し、ゲームオーバーの表示とともに画面がブラックアウトした


ツバサ「クソッ、英玲奈! またレーダーの調子が悪いわ、どうなってるの?」

『いつものことだろう、ツバサの乱暴な扱いのせいだ。私は知らん』

ツバサ「つべこべ言ってないで、さっさと直さないとあなたたち両方ともぶっ叩くわよ?」

『やれやれ、言った筈だぞ。機械とメカニックには優しくと』




ガチャッ

絵里「調子はどうかしらぁ? …うぇっぷ」

海未「オェッ…この揺れどうにかなりませんか?」

ツバサ「こんばんわ、お客さま方」


ツバサ(今宵のゲストは、この二人を含めた八名の乗客。積荷は耐衝撃コンテナが二十近く)

ツバサ(依頼された目的地は南シナ海のど真ん中。付近には海図にも載ってないような小島が点々とあるだけ)

ツバサ(一体こんな場所でどんなパーティ始めようっての?)


ツバサ(――なんて、余計な詮索する気はないけど。長生きの秘訣その1よ)

ツバサ「目的地まではあと数十分ってとこかしら。揺れは我慢して、この高波で転覆しないだけマシでしょ」


同時刻、同海域を航行中の豪華客船“ニシキノーティカ号”の船内パーティホール


乗客「凄いわ船長さん、この船全然揺れないのね」

船長「十二メートルの波でもシャンパンが零れません。これも全て船内コンピューターによる自動制御の賜物です」

乗客「まぁ、素晴らしい」


「当然デッショー、なんたってこのまきちゃんのパパが目を付けた船なんですもの」


乗客「あら、あなたは?」

船長「紹介が遅れましたな。こちらこの船のオーナーである西木野先生のご息女の…」


真姫「西木野真姫よ。ようこそ、ニシキノーティカ号へ。心ゆくまで楽しんでいきなさい」




真姫「随分盛況なようね、船長」

船長「はい、なにせ三千人は乗っていますから」


四階建てホールのてっぺんから階下までを埋め尽くし華やかな宴に興じる乗客たちの姿を見やって、
彼女は率直な感想を述べる


船長「しかし驚きましたよ。出航前日になって急にあなたが乗船すると知った時は」

真姫「どうしてよ?」

船長「これまで何度もオーナーや奥様はこの船に乗船されましたが、あなただけは頑として顔を見せなかった」


船長「失礼ですが前々からあなたはその――オーナーのこのビジネスに対して
   あまり良い印象をお持ちでないようだとお見受けしておりましたので…」


真姫「……」



真姫「別に…心境の変化よ、悪い?」

船長「そうでしたか、つかぬことをお伺いして申し訳ありません」

船長「クルー一同、本日のあなたの乗船を大変喜んでいるということをお伝えしたかったのです。それでは私はこの辺で」

真姫「あっそ、お疲れサマ」


そっけない調子で船長と別れ、人のいないデッキにでも出ようかと後ろを振り向いた彼女に誰かがぶつかった


?「きゃっ」

真姫「ちょっと、どこ見て歩いてんのよ。ドレスにシャンパンがかかったじゃない」

?「あわわっ、スミマセン。前見てなくて…」

真姫「あら、あなたどこかで…」

?「あっ…」



雪穂「ひょっとしなくても、真姫さんじゃないですか!」

真姫「あなた、雪穂ちゃんね。穂乃果の妹の」

雪穂「えへへ、ボンソワールです」

真姫「はぁ、まさかあなたがこの船に乗ってるなんて。自分で言うのもなんだけど、結構高いわよ。ここの乗船料」

雪穂「それがですね――なななんと商店街の福引で当たっちゃたんですよ、このクルーズのペアチケットが」

真姫「へぇ、ペアチケットねぇ。それじゃあなた、誰かと一緒に」


ドツン!

真姫「ヴェ! ま、またぁ…?」

??「ご、ゴメンナサイ」

雪穂「駄目だよ亜里沙、気をつけなきゃ」

亜里沙「ハラショー! 真姫さん、お久しぶりです」

真姫「なるほどね、亜里沙と一緒に」

雪穂「それにしても、またμ'sのメンバーに会えるとは思いませんでした。ねー亜里沙」

亜里沙「うんっ、アリサ感激です!」

真姫「あなたたち…」


雪穂「その、もし知ってたら教えてくれませんか? お姉ちゃんたちが…μ'sが今どこで何をしてるか」

亜里沙「アリサからもお願いします」

真姫「それは…」


真姫「――穂乃果たちのことは知らないわ。私はμ'sを抜けたの、知ってるでしょ?」

真姫「廃校を防ぐためにはどんな手段も厭わないなんて…」

真姫「今の穂乃果たちはテロリストみたいなもんよ、ツイテケナイ」


雪穂「そうですか…」

亜里沙「ううっ…」

真姫「力になれなくて残念よ…パーティ、楽しんでね。それじゃ」


亜里沙「ううっ…ぐす、お姉ちゃぁん」

雪穂「もういいよ亜里沙、真姫さん自分から向こうへ行っちゃったから」

亜里沙「え、ホント? それは好都合だね」

雪穂「じゃ早速人気のない方へ…」


ちらちらと周りを確認しながら、二人は外のサイドデッキへ通じるドアへと入っていく
いくつもの救命ボートが吊り下げられたこの場所に他の客の姿は見えない

それも当然である。この嵐だ、何を見ようというのか


雪穂「じゃじゃーん見てみて、この船のセキュリティキーカード。真姫さんの財布からくすねたよ」

亜里沙「ハラショー! 相変わらず鮮やかなお手並みだね」

雪穂「へへーん、このくらいちょろいちょろい。やっぱ私、才能あるよね」


商店街の福引は嘘、二度の衝突は故意。雪穂と亜里沙にはとある計画があった

それは今夜、この海域で交錯しようとしている様々な思惑の一つに過ぎなかったが、
程度の差こそあれ、人を陥れようとする計画に偶然性は必要ない


ただ一つ、誰にも予測しえないことがあったとするなら……




《キュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……》





亜里沙「なにこの音…不気味」

雪穂「さ、早く中に戻ろ」


――――――――――――――――――


~A-RISE号 貨客室~


花陽「はふはふっ、むしゃむしゃ」

穂乃果「もぐもぐ、がつがつ」

凛「二人ともこの揺れでよく食べれるにゃー。どういう胃をしているの?」

穂乃果「んぐ…ライブの前とか、大事なことに臨む直前ってお腹がすくでしょ? 腹が減っては戦は出来ぬ、だよ!」

花陽「同感、です…!」

ことり「や~ん、この衣装可愛いぃ」

にこ「ホントだー。このデザインならμ'sの小悪魔系担当のにこにーにはぴったりニコ♪」

絵里「ううっ、二人とももう少し声を抑えてくれないかしら。脳髄に響いて気持ち悪いの…」

海未「絵里、いいことオェ思いつきました……皆のように他の事に集中すれば酔いも気にならなくなるはずです」

絵里「他の事って…?」

海未「希、ナイフを貸してくれますか」

希「ええよ」シャキン


絵里「海未? なにするの、手を私の手に重ねて……ああこれ知ってるわよ休み時間にボールペンでよくやったわ」


絵里「でもちょっと待ってよこの揺れで……ええっここからさらにスピードあげるのっ?? ちょっ、いや!」


海未「もぞもぞしないでください集中してるんです」カンカンカンカンカン


希「みんなちゅもくー! 海未ちゃんがエリち使って面白いことやってるよー!」


絵里「はなっ、離してぇぇぇえええあああああ」


海未「」ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン!!!!!


絵里「はらしょぉぉぉおおおおおおおおお」


凛「わぁ」



あんじゅ(うわぁ…)


海未「お粗末さまでした」フゥ

絵里「」プシュー

穂乃果「凄いよ海未ちゃん! もう一回見たいなぁ、ねっねっ?」




あんじゅ(個性的で面白そうな人たちだけど、何だろう…)

あんじゅ(直感的に関わるとロクなことにならない予感がする)

あんじゅ(早いとこ着替えてツバサたちのとこに戻りましょ)

あんじゅ(コンテナの陰に隠れて……忍び足っと)








『あんじゅ、遅いわよ。サボってないで、さっさと戻ってきなさい』

あんじゅ「今着替え終わったところじゃない。せっかちなんだから」

あんじゅ(また貨物部屋を通らないと。こういう時って大抵…)


ガチャッ

海未「ふぅ、起動準備にも手間がかかりますね」ピッピッ


あんじゅ(ほら、やっぱり誰かいた)

あんじゅ(何をいじってるの? コンテナの蓋が開いてるけど…)


見つかるとまずいことになると分かりながらも、湧きあがる好奇心には勝てずついつい覗きこんでしまう

チェーンで固定された輸送コンテナの一つが開かれ、そこから顔をのぞかせている細長い物体
成人男性一人分ほどの大きさながらも無駄のない流線型のボディ、根元には土星の輪っかを想起させる巨大なプロペラ


あんじゅ(これは――ロケット? ミサイル? いいえ、ここは海上だから)


あんじゅ「魚雷、か」


あんじゅ「……えっ、ウソ。ひょっとしてこれ全部…」



海未「ちょっとあなた」


ドサッ

海未「積荷を見られました」

希「お、可愛らしいネズミさんやね」

凛「ねえ、ネズミさん。覗きはいけないんだよ?」

あんじゅ「ね、ネズミじゃなくてルームサービスでーす」

穂乃果「ルームサービスさん、パンのおかわり!」

花陽「ご飯お櫃でお願いします…!」

ことり「やんやん♪ ねえ、この娘どうしちゃう?」

絵里「決まってるじゃない、口を封じないと」


あんじゅ(冗談が通じなさそうなのが二人と、冗談めかしてるけど顔が笑ってないのが約三名)

あんじゅ(やだ、これだけでフルハウスじゃない。私トんじゃうかも…)


にこ「ほらっ、そんな怯えた顔しないで。にこと一緒ににっこにっこにー!どんな時でも笑顔が肝心にごっ」


英玲奈「彼女を離してもらおう」


扉の近くにいたせいで英玲奈に銃を突きつけられ、にこの頬と笑顔が歪む


絵里「見ざる聞かざるの契約違反よ、聞こえてる船長?」

英玲奈「ツバサは今操縦で忙しくて手が離せないそうだ」


絵里「そう、なら断末魔の悲鳴を聞かせてあげましょうか?」

凛「しゃー」

海未「この距離なら外しません」


英玲奈「この状況は――メキシカンスタンドオフ、膠着状態とでも言えばいいのだろうか」

英玲奈「聞こえたなツバサ」



『I make it, baby♪』



絵里「何を…」


次の瞬間、船体が急ターンをかけ、その場にいる全員の頭が天井にぶつかりかけた

海未「しょ、正気ですか…」

凛「信じられにゃいにゃ…」


英玲奈「これでお分かりいただけただろうか。うちの船長は少々頭の具合が悪くてね。私にも修理出来ない」

英玲奈「君たちもそうなりたくなかったら、あんじゅを解放してくれないか」


絵里「舐めないでよ、私たちを…」

穂乃果「絵里ちゃん」


穂乃果「もう十分でしょ、離してあげよう?」

絵里「穂乃果…」

希「確かに、これ以上の諍いは無意味やね」



かくして英玲奈とあんじゅはほぼ無傷で貨物部屋を後にした

ほぼと言うのは急速旋回時にあんじゅだけが実際に頭を打ち、額を切ったからだ


英玲奈(最初はあの金髪がリーダーだと思ったが…)

英玲奈(穂乃果という彼女、最初から最後まで笑顔のまま一人だけ落ち着いていた)

英玲奈(見かけによらず要注意かも…)


『んふふ…』


英玲奈「…なんだツバサ」


『いや、別にー? ただね、私って……あ、やっぱり何でもない。アハハ』


英玲奈(こちらもニヤニヤしてるのが声を聞いただけで分かるな…)

あんじゅ(助けてもらってなんだけど、正直ウザい…)







『セキュリティルームへようこそ。左が制御室、右が金庫室です』


『セキュリティキーカードをお入れください』


『ようこそ――』



挿入口にカードが吸い込まれて二秒足らずで、システム制御室と書かれた重々しい扉があっさり開く

スパコンの排熱でむわっとした室内に足を踏み入れると、手早くキーボードを叩く
システムデータが書き込まれたディスクを取り出し、持ってきたものと入れ替える

パネルには新たなデータをロード中との表示。完了まで十分とかからないだろう

あと数分、数百秒足らずでこのハイテク大型客船は
ノータリンの木偶の坊に成り下がって、広い南シナの海上で完全に孤立するのだ



「こんばんわ、二人とも」


不意に後ろから声をかけられてぎょっとする


亜里沙「ど、ドーブリヴェーチェル~♪」

雪穂「ま、またお会いしましたね真姫さん……びっくりしちゃいました」


真姫「こっちこそ驚かされたわ、まさか二人がこんなコソ泥みたいな真似をするなんて」

雪穂「コソ泥って…や、やだなー何言ってるんですか、人聞きの悪い」

真姫「じゃあその手に抱えてるたくさんのネックレスとダイヤは何よ? 言っとくけどここ、金庫室よ。部屋を間違えたのかしら?」

亜里沙「そうみたいですね、それじゃ…」


素早く真姫の横をすり抜けようとした亜里沙だったが、彼女の後ろに控えていた屈強な船員たちの姿を見て考えを変える


真姫「このセキュリティカードは返してもらうわ。船長!」バチン!

船長「アイ、マム」

真姫「食糧庫があったでしょ、電子ロック付の。そこに放り込んでおいて」

船長「承知しました」

雪穂「ちょっとちょっと! 麗しのレディ二人を監禁するつもり!? 私たち、仮にも一等船室の乗客だよ?」

真姫「あなたたちは私の顔見知りで、立派な犯罪者よ。とても残念なことだけど」


ちぇっ…と心の中で舌打ちしながら、雪穂はここから監禁室までの間で
如何にしてもう一度真姫からカードを盗むことが出来るだろうかと考えを巡らし始めた

―――
――


絵里「皆、準備はいい? こうなった以上、手早くやるわよ」

凛「あいさー!」

花陽「いよいよ、ですね…」ブルッ

穂乃果「心配ないよ! 今日のために私たちは頑張ってきた、私たちは絶対成功するんだって、私たち自身が信じなきゃ」

穂乃果「じゃあいつものあれ、いくよっ!」


穂乃果「いち!」

ことり「にっ」

海未「さんっ!」

―――――――――――――――――――――

真姫「呼んだ? 私に大至急見てもらいたいものってなによ」

船員「そ、それが…大変なことになりまして」

真姫「どうしたの、そんなに慌てて」



【ブリッジ】

真姫「航行不能?」

船長「正確には、機関部に異常はありません。しかし…」

船員「見てください。レーダーにGPS、姿勢制御装置のためのセンサー類等々、これら安全な航行に不可欠な機能が全て使用不能になりました」

船長「救難信号はどうなった?」

船員「さっきから試し続けてますが、予備の予備含め全く反応が有りません。どうやら私たちはこの大海原で完全に迷子になってしまったようです」

真姫「はぁ? ふざけないで! ニシキノーティカ号はパパが大金つぎ込んで購入した最新鋭の船なのよ? これくらいで…」

船長「真姫さんどうか落ち着いて…」

船員「航行制御システムに何らかの異常が発生したものと思われます」

真姫「制御システム……セキュリティルーム……」

真姫「…まさか」



【食糧庫】

ゆきあり「乾杯~」チン


船員「船長、ソナーに反応が!」


真姫「えっ?」


船長「こんな時に何だというんだ」


船員「何かとてつもなく……大きなものが、本船真下から急速に浮上してきます」


船長「…クジラの群れじゃないのか?」


船員「有り得ません、31ノットの速さで海中を突き進んでいるんですよ? 」


船員「あと140メートル…速い、120メートル」





真姫「ちょ、ちょっと待って! じゃあ一体…」



船員「100メートル…このままじゃ激突する! 70メートル…」



真姫「避けられないの!?」



船員「今からでは間に合いません! よ、40メートルです…!」



船長「総員、衝撃に備えろ!」




真姫「ヴェエエ…」




――

―――――

日曜洋画劇場




            ラブライブ!×ザ・グリード







「な…何が起きたんだ!?」


「い、一体今の衝撃はなんだぁ!」


「だ…だれか起こしてくれ……腰が…」


「おい! どうなってるんだ! 責任者出てこい!!」


「おおお客様、れっ冷静にお願いします…」


「ねえ、この人さっきから動かないの! 誰か来てぇ!」


「血が…」


「手を貸してください、テーブルの下敷きになってる人がいるんです!」


「なんなのよぅ…」





――――キュオオオオオオオオオオオオッ……




「なに、今の?」


「事故か? 沈むのか? この船は沈むのか!?」


「大変…」


「きゃああああ!!!」


「冷静に、どうか冷静に…うわっ!」


「どけよっ、邪魔だ!」


「押すなよ、ガラスで転びそうだろうが!」


「逃げろぉ!! あ、痛てぇ!」


「押さないで……押さないでください…」


「ちょっと、踏まないでよっ!」



「開けてよ、ここを開けて!」



乗客の一人――先ほど真姫や船長と言葉を交わした女性客が婦人用トイレの扉を激しくノックした


この手の豪華客船の常――完全プライベートを保障する個室の空間に、自分と同じように混乱した乗客の一人が


逃げ込む姿が見えたのだ



「開けなさいってばっ、この人でなし!」



とはいえ、彼女はまだ比較的冷静な方だったと言えるかもしれない


船内の通路は、パニックに陥ってがむしゃらに逃げようとする乗客たちで大混雑していた


あんなところにいては、それこそ我を忘れた人々に押し潰されて死んでしまうかもしれない


そんなことを知ってか知らずか、室内の先客は先程から無視を決め込み、ドアを開けようとは―――




――――ジャバァァァァァァァ………



「?……」



水洗便座の水を流すような音、続いて鍵の外れるガチャリという金属音が聞こえた


まるでトイレの順番待ちだ――次はあなたの番ですよ、と言わんばかりの



何かひっかかる感じを覚えながらも、女性はドアノブに手をかけ……








ツバサ「魚雷ですって?」

あんじゅ「積荷が全部そうだとしたら軽く10本以上、空母が沈むどころか粉々になっちゃう。あイタタ…」

英玲奈「動くなあんじゅ、縫いにくい」

ツバサ「見間違いでしょ。でなきゃ、さっきの打ち所が悪かったとか」

英玲奈「おお船長、我が船長。あれを見てもそう思うか?」

ツバサ「んー? ――ってちょっとあなたたち、何やってるの!」



花陽「凛ちゃん、この位置で良いかな?」

凛「オッケーだよ。溶接開始、いっくにゃー!」ババババババ



ツバサ「私の船になに勝手なもの取り付けてるのよ! 弁償しなさい、このーっ!」

あんじゅ「外にいるんだよ。聞こえてないって」

英玲奈「…あれは魚雷発射管だな。いよいよやつら、本気みたいだぞ」

ツバサ「やれやれ、お次は何が来るっての?」


その時、レーダーが針路上に障害物を捉えたことを警告するランプが、一瞬点滅した



あんじゅ「今のって」

ツバサ「…ダメ、また映らなくなったわこのポンコツ」ガンガン


凛「おーわりっと! てっしゅう~」


ツバサ「早く退いてよ、前が見えないじゃない」


英玲奈「どうだ、何か見えるか?」

ツバサ「まだ分からな――いえ、ちょっと待って」



ツバサ「……ああ大変」


ツバサ「皆何かにつかまってぇ!!」





   ドガァァァン!


――
――――


希「わっはっはっはっは! 生きてる! 首も魚雷も吹っ飛んでない!」

希「やっぱウチらってホントラッキーガールなんね!」


プシュウウウウウウウ!

ことり「こっちも消火できたよっ」

海未「一体何とぶつかったんですか!?」


英玲奈「…どうやらモーターボートらしい」

エンジン機関部に挟まったスクリュー部品の残骸を取り除きながら、呆れた様に呟く英玲奈

英玲奈「どうやってこんなところまで来たんだ?」


あんじゅ「あーダメ、信じられない。第二エンジンは機能停止、燃料が漏れてるっぽい。浸水もしちゃってるし」

絵里「関係ないわ、さっさと目的地まで急いで頂戴。時間もないの」

あんじゅ「あーダメ、この人もっと信じられない。辿り着けたとしてもそこで立ち往生よ?」


『いや、そうでもないみたい。二人とも、一度操縦席まで戻ってきて』


ツバサ「あれが見える?」


英玲奈がツバサから手渡された暗視機能付きスコープを覗くと、そこには馬鹿でかい客船の姿が映し出されていた
何故か自分たちと同じく、大海原のど真ん中で停止している


英玲奈「不幸中の幸い、とでも言うのだろうか。あれほどの大型船なら燃料を分けてくれる余裕もあるだろう」

ツバサ「修理道具や部品にも困らないでしょうね。神様ありがとう」

あんじゅ(あれ、何か嫌な予感が…)


ツバサ「ところで気になるのは、そろそろ目標の海域に着くということなんだけど」

ツバサ「――もしかしてあなたたちの目的ってアレだったりする?」


海未「ご明察の通りです。お仕事ご苦労様でした」


いつの間にか、ツバサたちの周囲をごつい小銃を構えた少女たちが取り囲んでいた
反応する間もなく、ツバサの腰のホルスターから銃が抜き取られる


穂乃果「絵里ちゃん、にこちゃん、他の二人からも武器を没収して」

あんじゅ「そうくると思った…」

穂乃果「悪いけど、今から私が船長だよっ」





ツバサ「ねえ、考え直したほうがいいと思うけど」

ツバサ「このオンボロ船と違って向こうの設備は最新もハイテク、救難信号の数だって10や20じゃ足らないわ」

穂乃果「今はゼロだけどね」

ツバサ「…?」


英玲奈「この人数で、あの船を襲う? 向こう見ずとでも言えばいいのだろうか、八人いてなお、冷静さを欠いている」

希「M1L1トリプルパルス・アサルトライフル」ジャキン

希「この銃の名前やん。これ一挺で歩兵100人分の制圧力があるって言われてるのだ!」

希「まあ、黙って見ててよ」


穂乃果「さて、船長命令です。今からニシキノーティカ号に乗船するけど、修理工としてツバサさんと英玲奈さんも着いてくること」

穂乃果「あんじゅさんはここに残って船が沈まないよう応急処置をしてね。にこちゃんは魚雷発射の準備をしながら見張り番をヨロシク」

にこ「りょーかい」


ツバサ「待って、私たちは三人でないとどこへも行かないわ」

英玲奈「行くならあんじゅも一緒だ」


にこ「あ~ん、どぅめどぅめどぅめぇ~」チッチッ

にこ「そんなのは認められないわぁ、なんちゃって」


英玲奈「おい、ふざけるな…」

にこ「聞き分けのない悪い子わぁ、お仕置きニコ♪」



――タァンッ



英玲奈「ぐうっ…」


にっこり笑顔で、にこはあんじゅから取り上げた.45(フォーティファイブ)で躊躇なく英玲奈の右足を撃ち抜いた


にこ「ん~イマイチかな」ポシャン


その反動の強さに顔をしかめると、既にくるぶしの高さまで海水が侵入してきた床に放り捨ててしまう


あんじゅ「え、英玲奈ぁ!」

ツバサ「あなた何て事を…!」


にこ「あっれー、まだ撃たれ足りない?」

穂乃果「にこちゃん、どうどう」


穂乃果「みんなのアイドルにこにーが銃なんて振り回しちゃ駄目だよ。あ、でも素手だとにこちゃん勝ち目なさそう…」

にこ「うっ…前半も後半も同意せざるを得ないニコ」

絵里「ふざけてる場合じゃないわよ、これから本番だっていうのに」

絵里「もっと緊張感を持ちなさい、いい?」

一同「はぁ~い」


一種触発だった雰囲気を冗談めかした調子でうやむやにすると、半笑いのままの穂乃果がツバサに向かってウィンクを飛ばした



ツバサ(この子…)


英玲奈「あんじゅ…」

あんじゅ「英玲奈…」


英玲奈「……」


英玲奈「…すまない」



穂乃果「よし、行こう!」


ニシキノーティカ号 【2F マリン用品格納庫】


海未「随分と散らかっていますね…」

ことり「いいよ穂乃果ちゃん、他のみんなも上がってきて!」


その声に呼応してワイヤーガンの射出音、続いてワイヤーを巻き取るモーターの駆動音が断続的に響いた


穂乃果「全員そろったね。それで、まずはどこへ行けばいいのかな、花陽ちゃん?」

花陽「はい、まずは乗客の皆さんを全員メインホールに集めましょう」

花陽「と言ってもスケジュール通りなら今頃パーティの真っ最中なので、ほとんどのお客さんは最初からそこにいるはず…です」

穂乃果「オッケー、そしたら各自グル―プに分かれて行動だね」

ことり「プランタンの担当は金庫室だよね? 場所は」

花陽「6階です」

凛「かよちん、凛たちが行く4階は何のお部屋?」

花陽「ええっと――あった、カジノになってるみたい」

希「よっしゃ! ウチらは楽しめそうやね」

海未「駄目です、真面目にやってください。何しに来たと思ってるんですか」

凛「海賊様のお通りにゃー」


絵里「あなたたち二人は私と一緒に船底よ。修理部品を見繕ってもらうわ」

ツバサ「……」

絵里「ちょっと、聞いてる?」

ツバサ「えぇ…」

ツバサ(あの花陽って子が持ってる端末、この船の見取り図が表示されてたけど)

ツバサ(それだけじゃない、さっきあの端末を操作したことで格納庫の隔壁が開放された)

ツバサ(こんな豪華客船を襲うくらいなんだから、それ相応の準備をしているのは当然だけど。何か腑に落ちないわね…)

ツバサ「………」



海未「この先を抜ければいよいよメインホールです。全員気をにゅかないで」

凛「あはっ、噛んだにゃ。うみちゃん緊張しすぎ」

花陽「私も、身体が震えてるよ…」

希「だーいじょうぶ。この計画は成功するって、ウチのカードも言っとるんよ」

穂乃果「皆、ファイトだよっ!」

絵里「…さぁ、パーティを始めましょう」






凛「パーティ、終わっちゃってるにゃー…」

ことり「誰もいない……どうして? 三千人は乗ってるって聞いてたのに」

海未「寝ているんでしょうか…」

花陽「きゃ、客室を見てきます…!」

穂乃果「待って、サイドデッキを調べに行った絵里ちゃんたちからの報告を待とう」


海未「――穂乃果、今連絡が入りました。やはり誰もいないそうです。それと」

海未「救命ボートはほとんど手付かずのままだったと…」

穂乃果「うーん、逃げ出したわけでもないのかぁ」



英玲奈「ツバサ、どう思う…?」


ツバサ「…これまた随分とショッキングなパーティをやらかしたみたいね」


英玲奈「そうだな。とりあえず私なら、どんなに盛り上がっても会場の机や椅子を全部ひっくり返すような真似はしない」


ツバサ「誰よ、シャンデリアを床に落っことしたのは。どんだけエキサイトしてたのよ」


ツバサ「――それだけじゃないわ。皿、グラス、食事、チップ、携帯電話に…」


ツバサ「あら、あれショパールの腕時計じゃない? ほら、あんじゅが欲しがってたやつ。持ってけば喜ぶわよ」


英玲奈「流石にあれはないだろ………血でベトベトになってるやつだぞ」






エレベーター『3階です』ポーン


穂乃果「!?」ババババババッ


背後からの電子音に驚いた穂乃果が、振り向きざまに思わずトリプルパルス銃の引き金を引いてしまう


海未「何事です!? 敵ですか?」

凛「とにかく撃つにゃ!」ズバババババッ

ことり「へっ? へっ? えぇ~」


ツバサ「危ない、伏せて!」

英玲奈「くっ…」

花陽「ひゃぁ」


穂乃果「わぁああ何これぇ!」ドルルルルルルルルルルッ

小鳥「きゃあっ!」


猛烈な勢いで回転する5本の銃身から吐き出されるNATO弾のリコイルにのけぞったことりが、
まき散らされた多量の空薬莢に足を取られてずっこけた


ツバサ「ちょ、ストップ! もういいでしょ! やめよ、やめ!」


穂乃果「うあああああっ!!」バババババッ

ツバサ「やめなさいってば!」パシーン

穂乃果「あいたっ!」



海未「あっつ、熱い!」


スニーカーと足の隙間に熱々の空薬莢が入り込んだ海未が、片足を抱えてぴょんぴょん飛び跳ねていた


穂乃果「えへへっ…」

凛「凛、これ気に入ったよ!」


一方こちらの二人は満面の笑みで、お互い顔を見合わせる。クリスマスの朝に新しい玩具を手にした子供のそれだ


穂乃果「凛ちゃん!」

凛「うん!」

ほのりん「いえええええええ!!」ズバババババババッ


花陽「ぴゃあっ」

ツバサ(大丈夫かしらこの子たち…)


海未「あちち!」




絵里「…これはどういうことかしら?」


エレベーターだったもの「」チーン


損害………ホールのエレベーター×1基

消耗………トリプルパルス銃の弾倉(装弾数1000発)×2本


メインホールのエレベーターは使用不能――と言うより、今やそこだけ空間が削り取られたような有様だった

戻ってきた絵里にたっぷり説教された後、一行は階段を使ってブリッジに向かうこととなった


絵里「やっぱり私がついてないと駄目みたいね」

絵里「穂乃果と凛がツバサさんたちを連れていきなさい。他は私と一緒に来て」

凛「ぶーぶー」

絵里「異論は認ないわ」


――――――――――――――――――


【10F ブリッジ】


絵里「ここももぬけの空、か…」

花陽「通信設備は全部使用不能になってます。計画通り、だね…」

絵里「彼女は上手くやってくれたみたいね。でも…」

ことり「こちら、ことりです。海未ちゃん、カジノには誰かいた?」


『いいえ、お金とチップが丸々残されていましたが…』

『相変わらずだーれもいないんよ。みんなどこへ行ってしまったん?』


絵里「了解。行ったり来たりで悪いんだけど、またこっちに合流してくれる? 別の場所を捜索しましょう」

花陽「だ、だけど…これで船内のめぼしい場所はほぼ調べちゃったよ…?」

絵里「そう、よね」



絵里「乗客はどこへ消えたの…?」






雪穂「うぅん…」

雪穂「……はっ、体重増えた!」

雪穂「じゃなくて、亜里沙起きて~」ユサユサ

亜里沙「う~ん、もうちょっとだけ…」

雪穂「寝ぼけてる場合じゃないよ、何があったか覚えてる?」

亜里沙「ユキホ…あっ、アリサたち捕まって」

雪穂「そうだよっ、二人で乾杯してたらどっかーん!って船が揺れて」

亜里沙「地震?」

雪穂「もうボケはいいから。ここは海の上でしょ。事故かな、何かにぶつかったのかも」

亜里沙「それは大変! タイタニックになる前に脱出しないと」

雪穂「そうね。でも私、結局真姫さんからカード盗れなくってさ…」

亜里沙「安心して。こんなこともあろうかと、アリサは船長さんのカードを盗んでおいたの」

雪穂「…さっすが♪」


【船底区画 通路】


チャポ…チャポ…


穂乃果「ううっ、冷た…」

凛「ちょっと寒くないかにゃー」ブルッ

穂乃果「ちょっとどころじゃないよ。足元まで水が…」


ツバサ「…まずいんじゃない、この船」

英玲奈「同感だ…」

凛「何が?」

英玲奈「これほどの大型船だ。船底の厚さは相当なものだろう」

ツバサ「浸水してるってことは、それが破れてるってこと。つまりこの船は」

穂乃果「沈んでるってこと…?」


英玲奈「それもそうだが、その前にどうして船底が……痛ぅ」ジャバッ

ツバサ「大丈夫? 英玲奈」

英玲奈「ああ、海水が傷口に染みた…」


凛「さっさと歩いてもらわないと凛たち困るよー」

穂乃果「また絵里ちゃんにどやされるのは勘弁してほしいよね…」


ツバサ「英玲奈、良かったら手を貸すわ」

英玲奈「…いや、大丈夫」

英玲奈「先に行って(ボソッ)」

ツバサ「…!」




英玲奈「なあ、この足で歩くのに疲れたよ。少しの間休憩させてくれないだろうか」

凛「駄目だよー。凛だって休みたいけど、早く修理道具を持って合流しろって絵里ちゃんにゲンメイされてるの」

穂乃果「うん、うん」

英玲奈「少しだけでいいんだ。すぐに後を追うから」

ツバサ(私からもお願い、するのは不自然すぎか。ここは何も言わないでおこうっと)


穂乃果「むむむ。まぁ、ちょっとくらいなら…いいんじゃないかな」

凛「しょうがないなーもう」


英玲奈(よし…あとはどちらが残るかが問題だ)

英玲奈(見た目からして掴み合ったら楽に勝てそうなのは穂乃果という女の方だ。だが貨物部屋の一件もある、油断はできない)

英玲奈(すると言葉で翻弄し易そうな猫女のほうが楽か? いやしかし――)


凛「じゃあ凛たち先行ってるから、すぐ来てよね」


英玲奈「……」

英玲奈「…あ、あぁ」


穂乃果「いくよ、ツバサさん」

ツバサ「…うん」




英玲奈(――本当に行ってしまった)

英玲奈(一か八かの賭けに打って出たつもりだったが、何とも…)

英玲奈(あいつら、思ったより悪い奴らじゃないのかも)


英玲奈(とはいえ、笑って人を撃つようなやつとあんじゅを一緒にしてはおけない)

英玲奈「さて、ここからどうやってA-RISE号へ戻ろう…」



チャポン…



英玲奈(奴ら、もう戻ってきたのか…!)

英玲奈(くそうっ、やはりそう上手くはいかないか…)



チャパ…  

 チャパチャパチャパ…



英玲奈「……?」



英玲奈(奴らじゃ、ない…?)


人間の足が水をかき分けるのとは違う、しかし耳を澄ませば
タービンの回転音と蒸気の吹き出す音に混じって、確実に何かの音が聞こえてくる。今――



キュオオオオオオオオオオオオ……!!!



英玲奈「!」


地の底から響いてくる亡者の呻きにも似たその音に、英玲奈は全身の毛が逆立つのを感じた



英玲奈(あいつらじゃない……)


英玲奈(しかしここには、何かがいる…!)



ゴポ……


      ゴポ……



英玲奈「!?」



通路の向こう、暗がりの奥――
蒸気の霧に覆われた無数のパイプ群のそのまた向こう側に、“それ”は潜んでいた




ゴボゴボゴボ……!!



英玲奈「なんだ、これは…」









《グウウウウウウウウウウウウウウウウウ…》







英玲奈「……?」



音の正体を見極めようと、激しく泡立ち始めたパイプの根元に顔を近付けたところで




英玲奈「―――うあっ!?」




凄まじい力でもって、彼女はパイプの向こう側へと引きずり込まれた


【船底区画 部品倉庫】


ツバサ「――それで、最後に海に飛び込んだ人が言ったの。『しまった、ボートを忘れたわ!皆で泳いで取りに戻りましょう』って」

ほのりん「あはははっ」


穂乃果「でも不思議だよね。どうして皆救命ボートを残していなくなったんだろ」

凛「今の話だってあり得るんじゃないかな。皆パニックになって一目散に海へ飛び込んだ…とか」

穂乃果「うーん、そんなことはないと思うんだけどなぁ」



凛「……あっ」

凛「凛、今気付いたんだけどさ」

凛「エレナって人、遅くない?」



ツバサ(…六分ちょいってとこね。英玲奈、どこまで行けたんだろ)



穂乃果「ちょっと私、見てくるね」

凛「了解! 見張りは任せて」

ツバサ(私がリーダーだったらこの子には絶対任せないけど)


ツバサ「~♪」カチャカチャ


口笛を吹き、何も知らない素振りを見せながら、補修部品をバッグに詰めていく
ついでに何か武器になりそうな物も探していたが、


凛「んー、タイクツだにゃ。何か面白いものは…」ガチャガチャ


ツバサと肩を並べ、凛まで一緒になって棚を荒らしだす
流石に武器を手放しはしなかったが、その銃把が今にもツバサの手の届きそうな位置にあった


凛「わあ、凛いいもの見つけちゃった♪」

ツバサ「……カップラーメン? こんなにたくさん…」

凛「中々のコレクションだね」


凛「…でもお湯がないよう」


凛「どこかに湯沸かし器ないかな~」


ツバサ(今がチャンス……かな?)


ツバサ「……」ソロ~


『……ザザーッ、凛…聞こえる?』


凛「!……はい、こちら勇気凛々あなたの凛です!」


ツバサ「っ…」


『……船中そ……したけど誰もいないわ。そっちは…か見た?……』


凛「ううん、誰も! ……絵里ちゃん、ちょっと聞こえ辛いかも」


『…そ……ガガッ……たら、すザザッ…どってきな…い』


凛「絵里ちゃん? おーい…」


『……ザザッ………ブツッ』


凛「もー、よく分かんないよ」



凛「こーなったらとっておきを出すんだから」ゴソゴソ


凛「んん……くっついて上手くとれない」


ツバサ「……何なのそれ」


凛「…ほむまん」チマチマ


凛「穂乃果ちゃんからもらったの。穂乃果ちゃんの実家は和菓子屋さんなんだ」


ツバサ「…へぇ」


ツバサ(菓子職人の娘が客船を武装強盗なんて…人生どうなるか分からないものね)


凛「すっごく美味しいんだ。あ、でもこれは凛がもらったやつだからあげないよ?」


ツバサ「いいわよ別に…」


凛「あっ………!」ボチャン




凛「落としちゃった……」










あんじゅ(足元に何か…落ちてる?)


ジジジジジジジジジジジジ……


A-RISE号の破損部位を溶接する手をとめ、あんじゅは太ももの高さまで浸かった水面の底に目を凝らした
バーナーの鮮烈な炎に照らし出され、何か光るものが反射したように見えたのだ


あんじゅ(もしかして…)


真っ先に頭に浮かんだのは、ちんちくりんのおさげ女に没収され捨てられた自分の銃


あんじゅ「んっしょ…」


淡い期待を抱き、冷たい海水の底をすくいとるように弄る

やがて硬質なものが手に触れた感触がし、目当てのものを探り当てたと思った彼女はそれを掴み出して――



あんじゅ「きゃあっ!」


それはチタン製の腕時計が巻き着いた人間の手首だった

驚いてその場で転倒し、千切れた手首もどこかへ飛んでいく

手の中に残る、海水でふやけてぶにぶにとした感触に怖気が走った


あんじゅ「なんなのもぅ…」


全身、この忌々しい海水でずぶ濡れのベトベトだ

苛々しながら、船外で魚雷発射の準備を進めるお目付け役に聞こえるよう大声で叫ぶ


あんじゅ「排水ポンプを“強”にして! 溺れ死んじゃう!」


あんじゅ「……ちょっと、聞いてる!?」



『はいはい、わかりましたよー! 全く、人質のくせに人使いが荒いニコ…』







チャポン…

     チャポン…




あんじゅ(寒い…)ブルッ


あんじゅ「英玲奈…早く戻ってきて」




《――――――――グルルルルルルルルル》





この時、彼女は気付いていなかった


あんじゅの背後、A-RISE号の船体に空いた大穴から、目を持たぬ“何か”が
しかし確実に彼女のことを“視て”いるのを



そしてあんじゅが今すぐ会いたいと願った彼女――英玲奈との再会の時が、
すぐそこまで近付いているということに、あんじゅは最後まで気付くことは出来なかった





凛「穂乃果ちゃん、遅いなぁ」


ツバサ「……」


凛「…そうだ、無線で連絡すればいいんだ」


凛「りんりん、こちら凛だよ? 穂乃果ちゃん応答して?」


『ザザッ………ブッ………』


凛「…穂乃果ちゃん?」


ツバサ「…ねえ」ジャバッ


凛「」ビクッ


凛「動かないで!」ジャキッ



―――ガァアアァン! キィィィィン…



りんツバ「!?」


ツバサ「この音は…?」




【6F セキュリティルーム】


亜里沙「変よユキホ、ここに来るまで誰とも会わなかった…」

亜里沙「アリサたちも早く逃げた方がいいよ」

雪穂「分かってる。でも日本には、据え膳食わぬは武士の恥って諺があってね…」


『セキュリティキーカードをお入れください』


雪穂「ほら、早く」

さっきからそわそわと落ち着かない様子のパートナーを急かして、金庫室の扉にキーカードを挿入させる


『ようこそ船長、ロックを解除します』





希「あ~! 第一村人、もとい乗客発見やん!」


雪穂も亜里沙も、聞き覚えのあるその特徴的な喋り方に反応して後ろを振り返る

いつの間にか開かれていた保安室の入り口から、無遠慮な海賊たちが大股で乗り込んできたところだった


亜里沙「あ、あなたたちは…」


二人には、彼女たち一人ひとりの顔に見覚えがあった





絵里「あ、アリサ…? どうしてここに…」


亜里沙「お姉、ちゃん…」





数か月間音信不通だった姉との、久しぶりの再会


―――だが、それもほんの一瞬のことだった


真姫「この怪物め!」


――ドッ!


亜里沙「ぐぼっ…!?」


背後で開放された金庫室の扉から飛び出してきたのは、真っ赤なファイアアックスの切っ先――


亜里沙「iko4ぃふj#77p…!」


後頭部に渾身の力でそれを突き立てられた亜里沙は、眼球が飛び出すほど困惑した表情を姉に向けたまま、
酔っぱらいのような足取りで二歩、三歩と前に進み……



亜里沙「ぇう」



ドシャ!





雪穂「あ、亜里沙ぁ…」



花陽「きぃやあああああああ!!!!」



真姫「あ……あ……」



絵里「こ………このっ、」



船長「よ、よせぇ!」




絵里「кчёрту!(畜生!)」



その惨劇は一瞬

目の前で妹を殺された怒りに戦慄く絵里

反射的に叫ぶことしか出来なかった船長

咄嗟の判断で部屋の隅に身を投げ出した真姫

そして秒間20発の連続撃発音


海未「やめてください絵里! 落ち着いて!」

間髪入れず海未が絵里を静止するも、金庫室の床には既にぼろ切れになった船長の骸が横たわっていた


真姫「な、なんてことを…」

絵里「それはこっちの台詞よっ!来なさい!」


憤怒の形相で真姫の首根っこを押さえ、外へと引っ張り出す絵里

いつの間にか、雪穂の姿は消えていた


絵里「よくもアリサを…妹を!」

真姫「ごめんなさい! 許して!」

絵里「人を殺しておいてなによ!」

海未「絵里、真姫を離して…」

真姫「間違えたの! あいつらかと思って…」

ことり「あいつら…?」

真姫「あいつらかと思ったのよ!」

絵里「……ううっ、アリサぁ」


絵里が力なく床に崩れ落ち、真姫の首を絞めていた手も離れた


真姫「ゲホッ…」

海未「一体どうしたというのです。真姫、あいつらとは…」


『ザザッ……海未ちゃ……事して…!』


海未「凛…? どうしました?」


『…しん状態が悪……で、よく聞こえ……せん…』


凛「聞いて…! 穂乃果ちゃんが…」

凛「……いなくなっちゃったの」


『……!………穂乃果が…?……ザザッ』


ツバサ「…ここには何かがいるわ。退散した方がいいんじゃない?」

凛「ちょっと、静かにしてて!」

ツバサ「そっちの人、聞こえてる? さっきから変なのよここ、浸水もしてるし…」

凛「黙ってって言ってるでしょ! なんであなたが凛と海未ちゃんの話に入ってくるの!?」


ツバサ「…銃を向けないで。あなた、さっきから興奮しすぎよ。落ち着きましょ?」

凛「そんなこと…」




――ジャボッ…!





りんツバ「!!」




凛「まただ…」



ジャボ…  ジャボ…



ツバサ「何かいるわね…」



凛「やだよぉもう…」




ガチャン!



凛「ひぃ――」




穂乃果「ごめん、英玲奈さん逃げちゃったみたい!」



凛「あ……」


ツバサ「……」



穂乃果「?……どうしたの、二人とも」



凛「もおぉぉ穂乃果ちゃぁん、脅かさないでほしいにゃぁ」



穂乃果「へ?」キョトン


凛「……ああっ! 密輸船の人! さては凛のことをかついだんだね!?」

凛「最初からあのロボットみたいな人を逃がすつもりで…!」


ツバサ「さあね?」クスクス

凛「うぐぐ…」



『凛――もう一度言ってください――穂乃果は無事なのですか?』


凛「あ、海未ちゃん。ごめんね、凛の勘違いだったみた」




ジャバアアアアアアッ!!!



凛「うあああああああっ!!???」



水面から突如巻き上がった水飛沫が、凛の身体を覆い尽くす

その勢いに思わず顔を背けたツバサと穂乃果が視線を戻した時には、
凛の身体は“何ものか”に引っ張られて水面を滑走していた



     凛「わぁぁぁあああああっ!!!!」



ちょっと楽しそうにも聞こえる声が、しかしほどなくして助けを求める悲鳴に変わる




     凛「穂乃果ちゃん、これ何とかしてぇぇぇ!!!」




穂乃果「わっ…わっ…どうしよ」


穂乃果「う、撃てないよっ、凛ちゃん!」



  ガシッ!


     凛「くぅぅ…!」



水中を凄まじいスピードで引きずり回されながらも、
その優れた反射神経で、凛は壁から伸びるパイプの一本に捕まることに成功した



     凛「ふぎぎ…はやくぅ」



ツバサ「くっ!」ダッ



銃を抱えてあたふたするばかりの穂乃果を尻目に、ツバサが凛の元へ走り寄る
それを見て、遅れて穂乃果も追従した

しかし膝の高さまである海水というものは、思ったより移動の足かせになるものだ



ツバサ「手を!」

        凛「…っあ!」



それは紙一重のタイミング。ツバサの伸ばした手が凛を掴む直前で、
自身を咥え引っ張り続ける力に根負けした凛の手がパイプを離れ、再び水中を引きずられる




そして――固いもの同士がぶつかってひしゃげるような、恐ろしい音が響いた





穂乃果「凛ちゃん!」


                 凛「…」



複数の極太パイプに叩き付けられた凛の身体から、明らかに力が抜けていた

ぐったりとした彼女の頭から赤黒いものが流れだし、水面に鮮やかな一筋の線を引いていた



脳震盪を起こしてしまったのか、気絶して無抵抗になった彼女を、
“何か”は半分閉じかけた防水シャッターの向こう側へと引きずり込み―――






                    ブシャッ! ブシャァァァ!! ザバァァァアアア!!!



穂乃果「ひぅ…凛ちゃ」


グイッ


穂乃果「!」


ツバサ「何ぼさっとしてるの!? 逃げるわよ!」


言いながら大慌てで作業台の上の部品をかき集めるとバッグに放り込む



       《キシャアアアアアアア!!!!》



ツバサ「何なのよっ…!」


片手で穂乃果の腕を掴んだまま、もう片方の手でちゃっかり拾っておいた凛のトリプルパルス銃のトリガーを引く

耳をつんざく撃発音に混じって“何か”が水中を突き進む唸り声が、倉庫内に反響した


海未「っ―――??」


『ガギャギャギャ!!!! ズザザザザザザザザザッ!!!!!』


希「な、何? この音」

花陽「凛ちゃん…? 返事をして、凛ちゃん!」


海未「穂乃果……! 凛……!」


真姫「聞いたでしょ…今の声……やつら船中にいるのよ」


真姫「早く逃げましょ、お願い…!」


海未「………」


ことり「海未ちゃん、どうしよぅ」


海未「……分かりました、船底を調べに行きます」


海未「これからは全員で行動します。希、絵里をお願いできますか」


希「エリち、立てる?」


絵里「うう……アリサを置いていけないわ…」


希「後で戻ってこよ。今は…な?」






『6階です』


ポーンという呑気なエレベーターの到着音を聞くなり、雪穂はその中へと滑り込み、
閉鎖、10階の順に昇降パネルのボタンを連打する


雪穂「はぁ…はぁ…」

雪穂(亜里沙、こんなことになるなんて――)


『5階です』


雪穂「はぁ? 上だって言ってるじゃん!このっ…」ドツ!ドツ!


『4階です』


雪穂「もうっ、なんで…!」



――ガァァン!



雪穂「ひぃっ!?」


揺さぶられている。エレベーター全体が、何かの圧力にさらされて

エレベーターは自力で下降していたわけではない、上から何かに押されているのだ



『3階です2階です1階です』



『船底1階です』


グゥゥゥゥゥゥゥゥゥ…


雪穂「っ…」



ぐるぐると喉か腹を鳴らしているような音が――

まるで何ものかが雪穂を丸かじりにしようと舌なめずりをしているような
彼女にはそのように感じられた


雪穂「き、きなさいよ…っ」


履いていたヒールの片方を手に取ると、顔の高さに持ち上げる
扉が開いて何かが入ってきたら、思いっきり振り下ろしてやるつもりだった



『船底2階です』ポーン


「来たわ! 早く乗って…」


雪穂「ええぃ!」ガンッ!


「きゃあっ!」


扉が開くなり飛び込んできた黒い影めがけ、ヒールの踵を叩き付けた雪穂は
額を押さえて怯んだそいつの脇を走り抜けようとして、隣にいたもう一人に身体を押さえつけられた


「落ち着いて! 私たちは敵じゃないよ!」


雪穂「やぁぁっ! 離して!」


「話を聞いてっ!」


思いの他強い力で後ろの壁までドツンと叩き付けられ、雪穂と揉み合った相手はそこで初めてお互いの顔を見合わせた



穂乃果「…ユキちゃん?」


雪穂「お姉…ちゃん…?」


『扉が閉まります』


穂乃果「どーして雪穂がここにいるの…」

雪穂「お姉ちゃんこそ…」


ほのゆき「………」


ツバサ「あのー」

ツバサ「感動の再会のところ悪いんだけど、これおでこ切れてない…? 血が…」


雪穂「あ、ごっごめなさい。でも…」




キィィィィィン――――!!!!


穂乃果「!」

ツバサ「ちっ、ここにも?」チャッ

雪穂「そうなの、この上に何かがいるの!」


『1階です』



グチャ…

    グチャ…



ツバサ「っ……」



『3階です』



穂乃果「」ゴクッ



 キキィ…



雪穂「なんなの…」




『6階です』ポーン



背後で開いた扉にツバサがいち早く反応し、トリプルパルスガンの銃口を向ける
だが、その向こうで待ち構えていた相手の顔を見るや、この状況でそれは悪手だったことに気付く


絵里「銃を捨てなさい!」ジャキン

ツバサ「っ…」

海未「穂乃果…!」

絵里「捨てて! 早く!」

希「エリち、落ち着けって…」

絵里「聞こえないの? 捨てろって言ってるでしょ!」

ツバサ「……仕方ない」


開ききった瞳孔とめくれ上がった唇を見て、相手は興奮状態にあることを悟ったツバサは
不承不承といった様子で銃を放り投げた


花陽「あ、あのっ…凛ちゃんはどこ…?」


絵里「そうよ、凛がいないわ。彼女をどうしたの…!」

ツバサ「……」

穂乃果「あっ、あのね絵里ちゃん……凛ちゃんは…」

絵里「まさか…」

穂乃果「……」

絵里「凛まで……なんてこと」

花陽「そっ…そんな…? 凛ちゃんはどうしちゃったのぉ? ねえ…」

絵里「あなたが…っ」

ツバサ「は…?」

絵里「あなた、凛に何をしたの?」

希「ちょっと、エリち」

ツバサ「…何もしてない」

絵里「何をしたかって聞いてるのよ! 答えなさいっ!」



ガッ!



絵里「…ぅぐうっ」ドサッ


ツバサ「何もしてないって言ってるでしょ」


海未「乱暴はやめてください!」


希「……ごめんな。この子今取り乱しちゃってて…」


ことり「一体下で何があったの? 凛ちゃんはどこへ行っちゃったのっ?」


ツバサ「何かよく分からないけど凄いやつに襲われたのよ。私たちも、その凛って子も」


海未「その説明だけでは要領を得ません。もっと具体的にお願いできますか?」


真姫「いいえ海未、その人の言う通りよ。あいつらは…」


真姫「なんて形容したらいいのか――あんなもの初めて見たわ」


ツバサ「こちらの方はお知り合い?」


希「とにかくエレベーターを動かさんと…」ポーン


ツバサ「待って、今動かしたら…!」


―――キィィィィィン……ガタガタッ!


雪穂「きゃああっ!?」


希「な、何…? 重量オーバー?」


ツバサ「そんなわけないでしょ!」



『7階です8階です9階です8階です―』



花陽「ひやぁっ」



グラッ…


『8階です――9階です』



ことり「…収まった?」




ジュル…
 
     ウジュル…



穂乃果「またこの音…」



キィィィィィン!!



希「うわぁぁ! また揺れ始めたぁ!」


真姫「もう嫌! こんなの!」



ガタガタガタ……



『10階です』




『サマウィー トンデー』



花陽「!?」



『サマーウィーング~♪』



ツバサ「何…この曲」


ことり「これって……私たちの」


希「『夏色えがおで1,2,Jump!』やん」


穂乃果「真姫ちゃん、私たちの曲を船内BGMにしてたの?」

真姫「…だっ」カァァ

真姫「だったら何よ? 文句あるわけ!?」

穂乃果「いや、ちょっと嬉しいなって。えへへ…」



ツバサ「ねえ、よく分からないんだけどさ」

ツバサ「とりあえず10階着いたみたいだし、早く降りたほうがよさそうじゃない?」

海未「名案ですね…」


雪穂「ちょっと、開いて! 開けってば!」


ガツン! ガツン!


海未「扉をこじ開けられませんか!?」

希「このぉ…」ギィィ



  グワァアアァァアア―――――ブチブチブチ!!!



花陽「こ、この音…」

ことり「何かを引きちぎってるみたい…」

ツバサ「マズい…!」



『スピードダシテフラーイ~♪』



ツバサ「皆何かにつかまてぇぇぇえええ!!!」


彼女が叫ぶのと、エレベーターのワイヤーが食いちぎられるのは、ほぼ同時だった




ゴオオオオオオォォォォ―――――!!!!!



真姫「ああああぁぁぁぁぁああああああっ」



ことり「やぁああああああああああああああ」



『7階です6階で5階4階です2階』



希「うわぁぁぁあああああああああ」



『(キラリキラリオチルアセニ~♪)』



雪穂(お姉ちゃん…!)モギュッ



花陽「だ、誰か助けてぇぇぇええええええええ」




『船底3―』





―――――ズシャアアアアアアアン!!!!!


爆発したような勢いでエレベーターの扉が吹っ飛び、中にいた全員が外へと投げ出される


『このエレベーターは故障中です』


真姫「ぜぇ…はぁ…」

穂乃果「ううっ…」

絵里「痛たぁ……何?」


ツバサ「…大丈夫?」

雪穂「あ、ありがとお姉ちゃん……じゃない!?」

ツバサ「クスクス、悪い気はしなかったわ」

雪穂「あっ…その、スミマセン///」


海未「うっ、この匂いは…」

希「ラッキーやったね。ちょうどここに何か柔らかいものがあって…」


そう言いながら自分の尻に敷いたものを手に取る希

その正体がほとんどゼリー状になるまで溶けかかった人間のしゃれこうべだと気付いて
悲鳴を上げるのに、さほど時間はかからなかった



希「ぎぃやあああああああ!!!」

雪穂「きゃああ!!」


ヌルヌルとした地面に足を滑らしそうになり、雪穂が近くにいた花陽にもたれかかる
バランスを崩して咄嗟に壁に手を付いた花陽は、ぬめっとした感触と共に手にまとわりついたピンク色の物体を見てこちらも絶叫する


海未「な、何ですかこれはっ!!」


全員が投げ出された通路の床は一面の血の海

それは通路の至る所に散乱する人骨に付着した、細切れの肉片から滴る血液の赤だった
その数も10や20では済まない。通路の端から端まで、人だったものの残骸が臭気と共にこの空間を埋め尽くしていた


ことり「うぇええええ、こんなのいやぁぁ」


ことりが泣きながら身体に纏わりついた人骨の切れ端を振り払い、
床に落ちた自分の銃に肉片がたっぷりと付着しているのを見てまた泣き出した


ツバサ(銃とバッグはどこ……?)


エレベーターから乱暴に放り出されたとき、両方ともどこかへすっ飛んでいってしまったようだ
この肉片の山を掘り返してそれらを探すのはツバサとしても御免こうむりたいところだったが――



ツバサ(あんなところに…)

絵里「ちょっとあなた、どこへ行くつもりなの」

ツバサ「修理道具を入れたバッグが通路の奥まで飛んでいったみたい。あれが無いと私の船は数百メートルも走れないわ」

ツバサ「だからちょっと取ってく」




ギィィィィィィ―――!


海未「今度は何ですか!?」


金属が無理やりに捻じ曲げられ、きしむような異音が通路に反響する

音の主は通路奥の水密扉――完全にロックされたそれをこじ開けんとするように、
外側から扉が膨れ上がるようにひしゃげていった


絵里「は、ハラショー…」


思わず感嘆の言葉を呟く絵里

何かに圧迫され、通路両側の鉄製の壁がまるで粘土細工の如くグニャグニャと変形していくのを見たからだ



穂乃果「ツバサさん、これ!」

ツバサ「!」パシッ


穂乃果が投げ渡したのは、ツバサが探していたもう一つのもの――トリプルパルス銃
自らもそれを構えると、二人はうなずき合って変形した壁の方へと近付いていく


花陽「あ、危ないよ…穂乃果ちゃん…」

穂乃果「任せて…」


既に変形はぴたりと止まっていた。不気味なほど静かな沈黙が流れる中、
グチャグチャと二人が肉骨片を踏み付けて進む嫌な音だけが聞こえていた


ツバサ「……」

穂乃果「……」ドキドキ


通路の端まで到達し、顔を見合わせる二人

何も起こらないことに安堵し、そろそろと音を立てないよう慎重にバッグを拾い上げる

そのずっと後ろの方では仲間たちが、緊張の面持ちでその様子を見守っていた



海未「っ…」ゴクッ

絵里「はぁ…はぁ…」





  パキン!


ことり「ぴぃ!?」

海未「どうしたんですか!?」

ことり「また踏ん付けちゃった…!」

希「しっ…」



《ギュオオオオォォオオオオォオオオ!!!!!》



穂乃果「きたぁぁ!」

ツバサ「撃って!」


謎の雄叫びと共に再び変形を始めた壁めがけて、二人は滅茶苦茶に銃を撃ちまくる

外側から壁を圧迫しているものは何なのか、はたしてこの銃撃が効果があるのかどうか――
そんなことを考える暇もなくツバサと穂乃果は重たい銃身を振り回す



真姫「逃げて! 逃げるのよ!」


非常用通路へと通じる扉を開放し、真姫が他の者たちの脱出を扇動する


真姫「二人とも、早く!」








キャアアアアア!!!!



にこ「…何、今の?」


にこ「ねえー、どうかした?」


にこ「おーい!」


にこ「………」


にこ「…隠れておどかすつもりかな?」


にこ「ま、いいや。相手なんてしてあーげない。にこには仕事があるんだから」


そうひとりごちて、魚雷発射管の方へと目をやる

既にほとんど準備は整っている。あとは穂乃果たちが戻ってくるのを待つだけ

彼女たちは自分の働きに驚嘆し感謝するだろう

当然だ、にこは頑張ったんだから――



グシャッ!



にこ「あっ――」



にこが時間をかけて調整した発射管が、彼女の目の前でいとも容易くへし折られた



        《オオオオォォ…》



あんじゅを南シナの海へと引きずり込んだ何ものかが、新たな獲物を発見した瞬間であった


日曜洋画劇場




            ラブライブ!×ザ・グリード


【船底区画 作業員控室】


海未「ここには何もいないみたいです。今のところは…」

花陽「」ホッ

真姫「はぁ…」


先ほどの骨肉通路から息も絶え絶えに逃げ出した一同は、
花陽の持つ見取り図と船内に詳しい真姫の誘導に従い、ひとまずの安息地点を確保した


海未「それで、何があったか話してもらえますか? 真姫…」


海未の言葉に、その場の全員の注目が真姫へと集まる

髪先を弄るいつもの手癖を無意識に披露しながら、彼女は大きく深呼吸をすると――


真姫「船が突然襲われたのよ……何かとてつもない化け物に」



ツバサ「化け物、ですって?」


真姫「やつら、船底を突き破って飛び出してきて――それはものすごい衝撃だったわ」

真姫「それから怪物が乗客を次々襲い始めたの。三千人いたホールが、あっという間に血のパーティ」

真姫「サイアクだったのは、タイミングが悪すぎたことよ。救難信号を全く送れなかった…」


雪穂「あの、それじゃあ今からブリッジへ行って、SOSを発信しましょうよ」

真姫「……」

絵里「……」

雪穂「えっ、えーっと…何か変なこと言いました?」



真姫「…何かが船の制御システムを壊したみたいなの。それで信号を送れなくて」

ツバサ「何か、ではなく誰か、の間違いね」


ツバサ「自己紹介がまだだったわね、私は綺羅ツバサ」

ツバサ「高坂さんたちをここまで運んできた密輸船、A-RISE号の船長よ。で、あなたは?」

真姫「西木野真姫……この船のオーナーの娘よ」

ツバサ「ふぅん、なるほど」

真姫「…何よ」


ツバサ「この船を乗っ取るって聞いたときからおかしいと思ったの。厳重なセキュリティをどうやって掻い潜るつもりなんだってね」

ツバサ「でも内部に協力者がいるとなれば話は別。最初は穂乃果さんの妹だっていうあなたがそうだと思ったんだけど…」

雪穂「え…ち、違います」

ツバサ「そうよね。この船を混乱に陥れた犯人は……」



ツバサ「西木野真姫さん、あなたよね」



真姫「ぐっ……それは」

絵里「…中々賢いわね、綺羅ツバサさん」

ツバサ「こんなの誰にだって分かるわよ。で、システムは直せるの?」



真姫「……」

穂乃果「真姫ちゃん」

穂乃果「私たち皆の命がかかってるの。正直に言って…?」

真姫「……」



真姫「……もう二度と復旧できないよう、システムを根幹から破壊したの。だから」

真姫「信号を送るのは、無理よ…」


希「……」

ことり「そんなぁ…」



雪穂「どうして…」

雪穂「どうしてこんなことしたの? お姉ちゃんたちは、何が目的だったの…?」

雪穂「半年前、スクールアイドルを解散してから、お姉ちゃんたちは学校を辞めてどこへ行ってたの?」

穂乃果「や、辞めてないよぅ。 休学してるだけ」

雪穂「μ'sの噂は聞いてたよ。武装強盗団だって…? バッカじゃないの? そんなことして廃校を防ぐための資金稼ぎでもするつもりだったの?」


海未「雪穂、穂乃果だけを責めないでください。私たちは現実に気付いてしまったのです」

海未「いくらスクールアイドルで学校を盛り上げて翌年の入学希望者が増えたところで、もはや既定事項である廃校決定が覆るとでも思いますか?」

海未「それよりも私たちは現実的な手段を取ることにしたまで……すなわちお金の力です」

海未「お金さえあれば……本当にどうとでもなってしまうのです。この世の中は…」

ツバサ「分かった、保険金かしら。 この船幾らぐらいしたの?」



真姫「4億…」

真姫「4億8760万“ドル”よ…」



ツバサ「」ヒューッ


真姫「この船はパパが全財産のほとんどをつぎ込んで購入したの」

真姫「ホント…馬鹿だわ。周りの俗物どもに煽られて、ついその気になっちゃって」

真姫「でもいざ運行しだして気付いたの。設備の維持と運営に費用が掛かりすぎて、運賃だけじゃとても賄えないって」

真姫「パパは次第に追い詰められていった……借金にまみれて、酒に溺れて、そして」

真姫「とうとうこの間、首を吊ったわ」

ほのうみことぱなのぞえり「………」


真姫「ママは別の男と何処かへ逃げた。後に残ったのは借金と、運行すればするほど赤字になる船が一隻」

真姫「パパが死んだことはまだ秘密なの。でもこのままじゃ汚い銀行家どもにパパが残した船を取られちゃう――それなら」

ツバサ「一芝居うって、強盗のせいにして沈めてやろうってことね。そして保険金をがっぽりせしめる」

真姫「…その通りよ」


ツバサ「乗客はどうするつもりだったの? まさか、一緒に海の藻屑にする気だったとか?」

海未「まさか、私たちはそこまで非人道的ではありません!」

ことり「お客さんとクルーさんたちには、真姫ちゃんが扇動してボートで脱出してもらうはずだったの…」

希「うちらはその後でゆーっくりお客さんの残りもんを頂いてから、船を沈没させる予定だったんよ」


ツバサ「なるほどね。大した悪党じゃない、あなたたち」クスクス

絵里「……そういうあなただって密輸屋でしょうに。どの口が言うのかしら」



ドンッ


雪穂「ふざけないで!」


穂乃果「雪穂…」

雪穂「これが私の憧れてたμ'sなの? 危険を冒してまで追い求めてきたμ'sの正体がこれ?」

雪穂「私はお姉ちゃんたちの姿に憧れて……私だけじゃない、亜里沙だってそう!」

絵里「っ……」


雪穂「μ'sに入りたいって思ったことも一度や二度じゃない」

雪穂「スクールアイドルだった頃のお姉ちゃんたちはとても輝いてて…そんな人たちだから」

雪穂「お姉ちゃんたちが姿を消してから……私と亜里沙はずっとμ'sを追いかけ続けた!」

雪穂「危険な闇の世界で……か弱い女子二人が自力で生きていけるよう、必死に努力して…!」

雪穂「その結果がこれなんて――私、失望したよっお姉ちゃん!」


穂乃果「ユッキーには関係ないでしょ!」

雪穂「なんだって?」

穂乃果「そもそもこれは私たちの問題なの。私たちが決めたことなんだから、やるったらやるの!」

穂乃果「それを、勝手に追いかけてきて…失望したって怒られても困るよっ」

穂乃果「大体なに? その様子じゃ雪穂だって学校行ってないじゃん」

穂乃果「私たちに憧れて音ノ木坂を受けたんじゃなかったの?」

雪穂「うるさいっ、私がどんな気持ちで…」

穂乃果「なにをーっ」

海未「ちょ、やめてください二人とも。こんな所で喧嘩ですか?」

ことり「ねぇ、穂乃果ちゃんも雪穂ちゃんも仲良くしようよ? お願ぁい…」

雪穂「離せーっ!」



ツバサ「あらあら…」



ツバサ「姉妹、か」



絵里「やっぱり、こんなこと計画するんじゃなかった」

希「エリち…」

絵里「アリサは私たちを追ってこの船に…」

絵里「私たちがこんなことしなければ……アリサは」

真姫「絵里……それは違うわ、亜里沙は」

絵里「触らないで…!」

真姫「っ…」

絵里「元はと言えばあなたが間違わなければ…!」

真姫「だ、だから…そのことはさっきから何度も謝ってるでしょ!」

希「や、やめーや! こっちも掴み合いするん?」

花陽「あわわっ、どうしよう、どうしよう…」



雪穂「もう、お姉ちゃんなんか知らない!」


海未とことりに無理やりに引き剥がされ、未だ怒り収まらずといった様子で
雪穂がツバサの方へ歩いてきた


そこで初めて、ツバサは彼女がパーティドレスから、タンクトップにジャケット、
パンツルックにスニーカーといった活動的な服装に着替えていることに気付かされた

いつの間に……と感心する間もなく、雪穂の履いたズボンの腰に見覚えのある拳銃が差さっているのを見つける
それはこの船への乗船前に穂乃果に没収されたコルトXSE――ツバサが普段愛用している45口径だった


ツバサ(今の掴み合いのどさくさに紛れて…)

ツバサ(ふーん、頭に血が上っているようでいて、意外としたたかなのね)

ツバサ「好みだわ、あなたみたいなタイプ」

雪穂「はぁ…?」

ツバサ「…あら、口に出てた?」

雪穂「……これ(銃)のこと? 何か文句でも」


ツバサ「いいえ。これ、よかったら使って」ガチャッ

雪穂「これは…」

ツバサ「その銃の予備の弾よ。それ、元々私のなの」

ツバサ「しばらく貸しといてあげる。後でちゃんと返してよね」

ツバサ「……」ジーッ

雪穂「え、えーっと…」

ツバサ「うん、結構似合ってるわよ」

雪穂「あ、ありがと…」



海未「絵里、真姫から離れてください!」

ことり「何でこっちも喧嘩になってるの~?」



花陽「あわわっ…誰か二人を止めてあげてぇ…」




ペチャ…  ペチャ…



花陽(?……何だか生臭いような)



――ベチャッ!



花陽「!?」



花陽「何これ……ぬるぬるして…」




キュウウゥウウゥウウウゥゥゥ……




花陽「ひっ…??」クルッ




花陽「ひやぁああああああああ~~!!!」



“それ”は、一言でいえば棘の付いた触手だった

表面は独特の異臭を放つ粘液で覆われており、動くたびにそれがべちゃべちゃと地面へと滴り落ちてくる


花陽が悲鳴を上げたのは、その触手が――大小様々なそれらが数えきれないほど
天井の鉄骨やケーブル群にまとわりついているのを見たからだ



ツバサ「なっ…」

雪穂「っ…」




グジュ……グジュグジュ……


          ――――ブロロロロロロロロロッ!!!!!!




蠢く触手たちの中でもひときわ太い一本が、唐突にその身を震わせ始めた

巨体がポンプのように収縮し始め、内側を何かが高速で流されていく

あれは―――


――ズドドドドドドッ!!!



《キシャアアアアアア!!!!》



ブビュゥゥ! 
        ビチャッ…



ことり「やぁん!」

絵里「ひゃぁっ??」

真姫「なっ、何これぇ…」



ツバサのトリプルパルス銃が放った弾丸がでっぷりとした触手の図体を切り裂き、
そこから吹き出した液体を被った者たちが悲鳴を上げた


真姫「こ、これ……人間の血じゃないっ!」


しかし、怪物の体から漏れ出したものはそれだけではなかった



     ドシャッ……!



花陽「ね、ねぇ…! 何か落ちてきたよっ…!」


真姫「何アレ…」



???「」ベチャ…グチャッ



穂乃果「う、動いてる…?」



希「なぁ、あれってもしかして……」




絵里「人……間……?」




それはこの世でもっともおぞましい光景だったと言えるかもしれない


裂けた触手の中から落下し、地面に叩き付けられたもの


二本の足と二本の腕とを動かして、それが起き上がろうとする様が、
この場にいる者たちにはよく分かった――骨の動きまで、よく分かるようだった



なぜならそれは――はた目には人だと分からぬような外見のそれは、
全身の肉を溶かされ、ほとんど骨がむき出しになっていたから




「………っこに………にっこ……」


グチャッ… ドチャッ…



とうとう立ち上がったそれが、前進しようと一歩を踏み出す度、
身体から何らかの部位がこぼれ落ち、不気味な音を立てて地面に落下した


残された僅かな皮膚はもれなく火傷したように爛れあがっており、
まるで腰巻のように巻き付いた衣服の残骸をずるずると引きずっている


――それだけでも、彼女たちを戦慄させるのには十分過ぎる光景だったが、
残酷な運命の女神はさらに追い打ちをかける



真姫「ま、まさかあれって…」




「……なたのはぁとに、にっこにっこにぃ……」




絵里「なんてこと……あれはにこだわ! ああ神様…」



その肉塊はうわ言のように、矢澤にこの口癖である前口上を口ずさんでいた

そうでなければ、誰もそれが彼女だとは分かりはしなかっただろう



「……みんなぁ……どぅめどぅめ………いつでも、えがぉがかんじん、に…こ…」



バキッ、と音を立てて右の足首が砕け、それのバランスが崩れた途端――



グチャァァァァッ…!!!



花陽「ひぃぃ…!」


再度地面に叩き付けられ粉々に崩壊したそれは、もう二度と起き上がりはしなかった


絵里「酷い…ひど過ぎる! あんまりよっ!!」


絵里のトリプルパルス銃が、持ち主と共に絶望の咆哮を上げる
それを契機として、ほかの者も次々と怪物めがけて怒りの銃撃を浴びせかける


穂乃果「こんのぉぉぉっ!」ズドドドドドドドドドッ


海未「許しません…!にこを…!」ズダダダダダダダッ


絵里「にこを返しなさいよぉぉぉ!!!」ドドドドドドドドドドドッ



   《ギャアアアアアアアアアア!!!!!》



犠牲者のものと思わしき血液をそこら中にぶちまけながら、
その身をぐちゃぐちゃに引き裂かれた触手が天井の奥へと退散していく

しかし新たな触手が彼女たちの頭上から次々姿を現し、
ぬめぬめとした体が新たな獲物を見つけた喜びに身をくねらしていた



ツバサ「数が多すぎよ! 逃げましょう、ほら走って!」



「きゃぁあ! こっちにもいるわ!!」



「まずいです、この触手至る所に…!」



「うじゃうじゃいるやん!」



「これ、どーやったら弾が出るの……ぴゃあっ!」ズドドドドドドドドッ



「あそこにいるわ、撃って!」



「数が多すぎてキリがないよっ…!」



「穂乃果ちゃん、どこにいるの~っ?」




雪穂「私たち、皆とはぐれちゃったみたい…」

ツバサ「そのようね…」



ズドドドドドドドド…


ツバサ(あっちで銃声が…)

雪穂「ね、ねぇ……ツバサ、さん…」


ツバサ「んー、なぁに?」

雪穂「ツバサさんは、自分の船でここまで来たんですよね?」

雪穂「その船に、ついでに私も乗せてくれると嬉しいなーって…」

雪穂「も、もちろんお礼はします! 何でも欲しいものあげますから!」


ツバサ「…何でも?」

ツバサ「今何でもって言ったかしら…?」


雪穂「う、うん……何でも」

雪穂「何でも、です……多分」



ツバサ「そうねぇ……だったら」

雪穂「」ゴクッ



ツバサ「あなた―――食べたい―」

雪穂「ぶーっ!」


ツバサ「あなたの家のほむまんが食べたいな」

雪穂「な、何を言って……へ? ほむまん?」


ツバサ「聞いたわよ、高坂家は美味しいって評判の和菓子屋さんなんでしょ」

ツバサ「無事に帰れたら、ご馳走してくれるかしら」

雪穂「……」


雪穂「は、はい! お安いご用ですよっ」

ツバサ「フフ、約束よ?」






《ギャオオオオオオ!!!!!》




それはあまりにも唐突

二人がもたれ掛っていたパイプの隙間から、突如としてあの触手が顔を出したのだ



雪穂「ひっ、ひいいいい!」



仰天した雪穂は通路を一目散にひた走って行ってしまった。一方、ツバサは



ツバサ(こ、腰が抜けて…)



目を持たぬ触手――まるで巨大ミミズのようなそれは、今やツバサを次の標的として捉えていた


落っことした銃は目と鼻の先、しかしそれを拾う余裕すら――



    ビチャビチャビチャビチャ……



触手の鋭い先端が、まるで花弁が開くように六つに割れた

その中から六角形状の大口が姿を現し、だらだらと涎を垂らすその姿にツバサの全身が委縮する



ツバサ(ダメ…! 喰われ――)



    《グルルルルルルルル……グワァアッ!!!》




ツバサ「っ…!」




――タァンッ  ビチャッ…!



ツバサ「……?」



パァン パンッパァン


    《グワアァアァ!!!》



雪穂「ううっ、ツバサさん逃げてぇ!」パァンッパァン



ツバサ「よ、よしっ…!」



雪穂「うわぁぁぁ!」タァンッタァン








ツバサ「借りが出来たわ…」

雪穂「はぁ…はぁ…」


雪穂「そうです……私はあなたの命の恩人ですよ」

雪穂「でも無事家に送り届けてくれれば、プラマイゼロです」

雪穂「だから…それまでは私を守ってください」

ツバサ「うん、約束する」

雪穂「……信じても、いいですか?」

ツバサ「もちろん、約束は守るタイプよ」


ツバサ(この子もかわいそうに。さっきの今で、うかつに姉を頼り辛くなっちゃてるのね)

ツバサ(一人っ子の私にはよく分からないけど――色々難しいんでしょうね、こういうのって)


ツバサ(二人のわだかまりが消えるまで、私がお姉ちゃん代わりか…)




真姫「皆、どこ行っちゃったの…?」

真姫「一人にしないでよ…」



……ツイ………アツ………



真姫「!?」

真姫「だ、誰かいるの?」



ウ………ウウ………



真姫「誰…? 返事して!」




確かに声は聞こえる

だがそれは単に呻いているだけのような、人間のものと断定するにはいまいち要領を得ないものだった

もしかしたら、この暗がりの先に潜んでいる怪物の呻き声かもしれない

この曲がり角から、さっきの触手が飛び出してくるかもしれない……しかし、



真姫(助けなきゃ…)



仮にも医者の卵としての義務感のようなものが、真姫の足を突き動かす


そんな彼女が、曲がり角の先で目にしたものは――




海未「ぐっ、うぅぅぅぅ…」




真姫「海未…?」


真姫「どうしたの? そんなところで倒れて…」



海未「!………!!……」



彼女は真姫の存在に気付くと、何やらぱくぱくと口だけを動かし、声にならない叫びを上げていた



真姫「どこか怪我してるの? 今助け…」



近付いてようやく分かった、海未がうまく声を出せないでいる訳が


ズズッ…

     ズズズズズズズッ……



海未「ふぅぅぅぅぅぅっ…!」



彼女は文字通り、例の触手に腰のあたりまで飲み込まれていた


恐らくすさまじい吸引力で下半身を圧迫されているのだろう、苦悶の表情を浮かべながらも
それ以上飲み込まれまいと床の金網に指で必死にしがみ付いている



真姫「ひっ…」



目の前で起きているあまりにショッキングな光景に、仲間を助けなければという気持ちと裏腹に
真姫はその場に尻餅をついてしまう


ズルッ…
      ズズズッ…!
     


そうしている間にも、少しずつ海未の身体は怪物の体内に引きずりこまれていく


海未「……っ!………!!」


真姫(動いて、私の身体…動いてよ!)


真姫(このままじゃ海未を、大切な仲間を見殺しにしちゃう…!)




雪穂「海未ちゃんっ…!」

ツバサ「今助けるわ!」


真姫「あっ…」


今しがた通路の非常用ハシゴから顔を出した二人が、迷うことなく海未の元へ手を貸しに行く


ツバサ「捕まって!」

雪穂「ふんっ…」


絵里「何事なの!?」


ガンガンガンガンと、今度は背後にある階段を複数人が駆け下りてくるその音に、
安堵感と後ろめたさの入り混じった奇妙な感覚が真姫の胸中を支配する


希「…大変や!」

穂乃果「海未ちゃん!」


状況を即座に理解した穂乃果が我先に飛び出し、ツバサや雪穂と一緒になって海未を引っ張る


ことり「やぁぁ、見てられない…」

花陽「誰か、ダレカタスケテ…」



真姫(助けて、誰か…?)


真姫(私が……やらなきゃ…)



穂乃果「ううんんんんんっ」

雪穂「駄目、三人がかりで引っ張ってるのに…!」

ツバサ「こいつどれだけ食い意地張ってるのっ」

穂乃果「諦めちゃ駄目だよ! 海未ちゃん、絶対助けるから!」



  ズチュッ…


海未「っぁあ!」


希「ああっ…あかん!」


真姫(私がっ…!)


通路の壁に備え付けてあったファイアアックスを手に取り、真姫は駆け出す



真姫(今度こそ間違えない、私は…)


真姫「海未から離れなさい、この怪物!」


樽ほどありそうな怪物の胴めがけ、目いっぱいの力で斧を振り下ろす――!



《キシャアアアアアアアアア!!!!!》


悲鳴にも似た唸り声をあげて触手が身をくねらせ、その勢いだけで海未の身体がもっていかれそうになる

しかし穂乃果一人が手を離さず、触手や海未と一緒に
あやうく宙に浮きかけた彼女の身体を、間一髪ツバサと雪穂が掴んで引っ張り下ろす


雪穂「このままじゃ、お姉ちゃんまで!」

穂乃果「やだ! 離さないぃ」


海未「!………!!!」フルフル


穂乃果「何で、海未ちゃん!? 嫌だよ、穂乃果はっ、絶対諦めないよ!?」


真姫「そうよっ、皆! 斧の刺さった辺りを狙って撃って! もっと近づいて、早く!」



ことり「う、海未ちゃんに当たっちゃいそ…」

希「真横から狙うんや!」

花陽「は、はい!」

絵里「これでも喰らいなさい化け物!」


ほとんど至近距離で四挺の回転銃身が一斉に火を吹き、
計二十門の銃口から放たれた弾の嵐が怪物の胴を次々食いちぎっていく



《ギュオオオオオオォォォォォッ!!!!!!!》



狂ったようにのた打ち回る触手の間を掻い潜り、床に落ちた斧を拾った真姫が
“それ”のほとんど千切れかかった部位にとどめの一撃を叩き込んだ



ザシュン!



ことり「やったぁ…!」



《―――シャアアアアアアァァァアア!!!!》



床に血の尾を引きながら、捕食器官を失った触手は通路を猛烈な勢いで後退していき、ほどなく闇の中に姿を消した


ツバサ「彼女を引っ張りだすわよ!」

穂乃果「海未ちゃん、しっかり!」


触手を撃退したことで、わっと歓声が上がり皆が安堵の表情を見せる


ツバサ「せーのっ、………!??」


しかし切断された触手の中から引きずりだされた海未の半身を見て、
ある者は悲鳴を上げ、またある者は目を覆った



花陽「あ……あぁ………ああぁ……」

雪穂「ひっ、酷い……」

希「あんまりや…神様」


穂乃果「うわあああああああああああ!!!!!」




海未の下半身の肉は怪物の体液によってどろどろに溶かされており、
ほとんどゲル状になった筋繊維の残りカスが僅かに骨にこびり付いているような有様だった――




真姫「そんな――ウソよ」

真姫「有り得ないっ! 嘘よ嘘よ嘘!!!」

真姫「……嘘よぉ」

ことり「う、うぅ…くっ、ぃ、いやだよぉぉ…うみちゃぁ……ぅぅあ」


海未「ほ……ほ、のか……」

穂乃果「う、うみちゃ…ぐすっ……喋っちゃ、駄目ぇ…」


スッ

穂乃果「えっ…」


震える手が穂乃果の後頭部に伸ばされ、汗と涙と海水とでぐちゃぐちゃになったその顔を
鼻と鼻が触れ合うほどの距離まで引き寄せると、海未はすんすんとその香りを鼻孔の奥に吸い込んだ


そして何事かを穂乃果の耳元で囁くと、その瞼はゆっくりと閉じられていった


穂乃果「何、言ってるの…? 全然いい匂いなんかじゃないよ、うぅっ」

穂乃果「海未ちゃぁあん…」


顔を背けたくなるような凄惨な下半身の状態とは対照的に、幼馴染の腕に抱えられたその死に顔は安らかだった



――ガァァァァン!


花陽「ひっ…?」

絵里「何なの、一体何なのよあの化け物は!」


怒りにまかせて壁に叩き付けられた絵里の拳がわなわなと打ち震えていた

自分たちを襲った全くの未知なる生物―――訳も分からず喰われるという運命の理不尽さに
μ'sの誰もが閉口するなか、最初に口を開いたのは部外者のツバサだった



ツバサ「聞いたことがある。このあたりじゃ大昔から数えきれない船舶が
    何の痕跡も残さず消息を絶ってるって話」


ツバサ「18世紀までは悪魔の潜む海域と噂されて船乗りたちに恐れられていたそうよ。
    巨大な蛸(デビルフィッシュ)の触手が仲間を海に引きずり込むのを見たって報告が相次いだらしくてね」


ツバサ「ここ南シナの底にある海淵はエベレストを飲み込めるほど深いの。
    その前人未踏の領域に“なにか”が潜んでるってわけ」


ツバサ「――と、まあこんなのはどの海域にもあるヨタ話の類だけど。
    でも20世紀に入ってから今世紀にかけて、今でも実際にこの近辺で
    消息不明になる船が多いのはホントのことよ」



真姫「……」


希「あぁ! 思い出したぁ!」

絵里「と、突然何よ希」

希「もしかしてあの怪物の正体って、チョー古代の地球に生息してたっていう蠕虫(ワーム)類かも!」



ツバサ「確かにあれは蛸っていうより、どちらかというとミミズよね…」


花陽「希ちゃん、それはどんな生き物なの…?」


希「とにかく食に関してはもの凄い欲張りさんで、自分の体より小さなものなら何でも食べるんだって」

希「大きさは水深4000メートルで10センチ弱、でも1万2000メートルでサメを丸呑みできるサイズに成長するって話やん」


ことり「…さっきツバサさんが、ここの深さはエベレストを飲み込むくらいって」

絵里「」ゴクッ


希「ほら見て、こいつの口! ○研の本に載ってた想像図にそっくりなんよ!」



切り落とされた怪物の残骸に近寄り、希は恐る恐るといった風にそれに触れる

先端はそれ自体が六つに分かれた棘のある触手の集合であり
その奥にはさらに細かい歯がびっちり生えそろった口と
猛禽類の鋭いくちばしを想起させる器官が複数顔をのぞかせていた



希「こいつは、この爪たちで獲物を捕らえて、それから……それから」


真姫「……どうするっていうの」


希「…丸呑みにするんよ」


希「餌を生きたまんま飲み込んで全身の体液をしゃぶりつくしたら、その絞りカスを排泄物として出すんだって」


希「本には…そう書いてあった」



――重苦しい沈黙が、その場を支配する



花陽「そんな、そんな生き物がいるなんて…」

花陽「私たち、これからどうしたらいいの…?」


真姫「…決まってるじゃない」


床に落ちていた海未の銃を引っ掴んで、真姫が立ち上がる
同時に着ていたチャイナドレスのスリットを動きにくいと言わんばかりに引き千切り、
その艶かしい太ももが露出した


真姫「穂乃果、船には魚雷も積んであるのよね?」

穂乃果「…うん」

真姫「だったら私たちにだって勝機はあるわ」


真姫「海未、凛、にこちゃんの敵討ちよ。あいつら皆殺しにしてやる…」

真姫「そうでしょ、穂乃果…?」



穂乃果「……」



ツバサ「あいつらと戦おうっての? フフ、それなんて冗談?」

ツバサ「それより名案があるの、聞いて」

真姫「部外者は黙ってなさい。私たちのリーダーは穂乃果よ、誰もあなたの言うことなんて従わないわ」

ツバサ「あら、そう。だったら勝手にさせてもらうわ」

ツバサ「私は自分の船に戻ってさっさと逃げ出させてもらいましょ。別にあなたたちの仲間の復讐とか、私に関係ないし」

絵里「あ、あなた…」

ツバサ「金髪さん、さっきあなたが言ってた通りよ。私、こう見えて悪党なの」


       
ツバサ「じゃあねμ'sの皆さん。さ、高坂さん、行きましょ?」

雪穂「あ…え、えっと」

穂乃果「……」

ツバサ「さっきの約束、忘れてないわよ。あなたは必ず家に送り届けるわ」


ツバサ「他にも着いてきたい人がいたらご自由に」




真姫「っ~~~~~」


のぞぱな「………」


ことり「……ど、どうするの? 穂乃果ちゃん」


絵里「…」チラッ





穂乃果「…」




穂乃果「……」




穂乃果「…行こう。ツバサさんと一緒に」





ツバサ「…」クス






プシュウウウウウウ…


雪穂「狭い通路…」

ツバサ「で、どっちに行けばいいのかしら」

真姫「…上に行くには、こっちを右に迂回する必要があるわ」

花陽「で、でも…! 見取り図だと、この先行き止まりになってるよ…?」

真姫「改修工事で少し形が変わったのよ。その図面、建造当初のやつだから…」

希「何でもいいから先に進まない? ここ、やばい雰囲気がするんよ…」



チカ…  チカ…



ことり「あ、明かりが…!」




プシュウウウウン…




「ひゃっ」



「真っ暗やん…」





「何も見えないじゃない!」


「絵里ちゃん、しーっ…」




「……って、……感じたんだ……」




パァァァ


雪穂「うぁ! 眩し…」



穂乃果「……そうだ…ススメ……」



ことり「穂乃果ちゃん…」




穂乃果「後悔したくない目の前に……僕らの道がある……」


穂乃果に倣い、全員が銃に装着されたフラッシュライトを点灯させる

この真っ暗闇を照らし出すのに、30ルーメンというその光量はあまりに頼りないものだったが――



穂乃果「前向こう 上を向こう 何かを待たないで」


ことり「さあ行こう 君も行こう ススメ トゥモロウ」


穂乃果につられ一人、また一人と、かつて幾度となく歌い慣れ親しんだ曲の歌詞を、自然と口ずさみ始める



真姫「Let,s go 変わんない世界じゃない」


希「Do I do I live」


花陽「Let,s go 可能性ある限り」


絵里「まだまだ あきらめない…」



日曜洋画劇場




            ラブライブ!×ザ・グリード






ツバサ「これは…完っ全に水没してるわね」

希「でも、上に向かうにはここを通らんといけないんでしょ?」

真姫「ええ…」

花陽「図面でもそうなってます…」


ことり「じゃあ、ここを泳がなきゃいけないの?」

絵里「花陽、距離は…」

花陽「おおよそ30メートル、……ってところでしょうか…」


雪穂「30メートルを、息継ぎなしで?」

絵里「……不可能ではないわ」

真姫「でも、もし水中であの化け物が襲ってきたら…」



穂乃果「私が、行く…」


雪穂「お姉ちゃん…」

穂乃果「向こう側にたどり着いて、安全だって分かったら銃を撃って合図するから、皆も来て?」

真姫「でもあなた一人じゃ…」


ツバサ「私も行くわ」

穂乃果「ツバサさん……うん、頼りにしてるね」


絵里「な、なら私も…」

希「いーから、エリちは少し休んどき? ウチが行くよ」

希「一人より二人、二人より三人のほうが安心やん?」


懐かしいなあ
日曜洋画劇場っていうより木曜洋画劇場のイメージだけど


――




絵里「遅いわね……まだなの?」


穂乃果、ツバサ、希の三人が水中に飛び込んでから、既に十分近い時が経過しようとしていた

残された仲間たちは後に戻ることも、かといって安全が保障されていないこの先に進むことも出来ず、
不安と焦燥だけが募っていく



花陽「ヒュー…ヒュー…」

真姫「ちょっと花陽、あなた大丈夫? 喘息か過呼吸起こしてるんじゃ」

花陽「だ、大丈夫…ちょっと、緊張しちゃって…はぁはぁ」



花陽「着衣で30メートルも潜水なんて……私、出来るかなぁ……ううん、きっとムリダヨ…」


真姫「何言ってるの、合宿を思い出して」


真姫「私たち、地獄の遠泳10キロを乗り越えたじゃない……海未に、付き合わされて……」


花陽「でも…それと、ずっと呼吸を止めて泳ぐのとじゃ全然違うよぉ。やっぱり私…」



真姫「…安心しなさい」


真姫「花陽を一人だけ溺れさせるなんて、私が絶対にさせないわ。担いででも連れて行くんだから」





―――ドカァァァン! ガシャァァァン!!




雪穂「なに、爆発っ?」

真姫「いえ、違う…」

絵里「奴らだわ…」




《グワァオオオオオッ!!!!》 《グギャァアアアアアッ!!!!》




真姫「ハッチを閉めて!」

ことり「ひ~ん、もう嫌ぁ」



通路の奥から、それこそ先を争う様にしてこちらに突進してくる二本の触手を目にして、
涙目のことりが水密扉を閉鎖した


もっとも、これでどの程度の時間稼ぎになるというのか



雪穂「ど、どうするんですか…!? 水の中に飛び込んで逃げる?」


真姫「駄目よ…! 奴らに追いつかれてお尻から食べられちゃう」


絵里「ここで戦うしかないわ、覚悟を決めて!」



ドギャァン! ガツン! ガツン!



花陽「と、扉を破ろうとしてる…」


真姫「ことり…! この銃どうやって撃てばいいの?」


ことり「ここのロックを外して……反動が強いから気を付けて…!」


絵里「さぁ、来るなら来なさい…!」





《グルルルルルルルルルルル…》



乱暴に扉がノックされる音がやみ、怪物が低く唸る声がする

脇から聞こえるカチカチカチ…という音に、思わず絵里が横に立つ花陽の方を見る


それは震える彼女が上下の歯を打ち鳴らす音だった

しかし絵里もまた、先ほどから銃を構える手が上下に震えっ放しでいる




《オオオオオオオオオォォォ……》




そして、ついにその時は来た―――



バゴォォォォオオオ!!!



水圧吸収型の特殊ヒンジなど意にも介さず、触手によって留め具ごと吹き飛ばされた水密扉


ことり「きゃっ!」

雪穂「わぁぁ!」ドボンッ


――それに巻き込まれる形で、ことりと雪穂の二人が水中に転落した



だが残された三人には、彼女らの身を案じる余裕もなかった




《グワァァァアアアア!!!》 《グオオオォォッ!!!》




真姫「わああああああっ!」ドギャギャギャギャギャギャ


絵里「ああああああああ!!」ドドドドドドドドドドドッ


花陽「ひゃああああああ!!」ズドドドドドドドドドッ




《ギャアアアアッ!!!》 《ギョェェエエエ!!》



真姫「ああああああぁぁぁぁぁっ」ドドドドドドドドッ


絵里「死ねぇえええええええええ」ドルルルルルルルルルルッ


花陽「来ないでぇぇええええええええ」ズダダダダダダダダッ



《ギュアォォオオオオ!!!!》  グチャアッ!


片方の触手の頭が弾け飛んだ。残った方も悲鳴を上げながら通路を奥の方へズルズルと後退していく


絵里「ああああああっ!」ズドドドドドドドドッ


真姫「絵里、もう十分よ! 今のうちに逃げましょ!」


花陽「すぅ……はぁ…」


真姫「いくわよっ? いっせーのっ」


ドボンッ ドボンドボン…!









ゴボゴボゴボゴボゴボ………


一面の青白い視界、しかしここは船の中


砕け散った機関部品の残骸が漂う中を真姫が先行して進み、その後を絵里と花陽が追いすがる

ここでも複数伸びているパイプの群れをかき分け、ともすれば迷子になってしまいそうな水中を
真姫が二人に道を示しながら泳ぎ進んでいく



ゴボゴボゴボゴボゴボッ―――




しかし三人は忘れていた

水中こそが、怪物の最も慣れ親しんだホームグラウンドだということを






ギュオオオオオオオオオオ




花陽(…!?)

絵里(きた――!)



振り返れば先ほどの触手が、喰い損ねた獲物を求めて水中を突き進んで来ていた

先頭を行く真姫はまだ気付いていない



絵里(どうしよう……!)



絵里たちの持つこの銃は防水仕様だ。しかし水中でまともに使えるという訳ではない

では背を向けて必死に逃げるか? いや、あのスピードでは追いつかれてしまう

隣の花陽は半ばパニックを起こしてもがいていた。どうすれば――



絵里(―――!)





絵里(銃が駄目なら――爆弾)


開かないドアを爆破するため、いくつか用意しておいた手榴弾のうちの一つが、今絵里の手元にあった


絵里(これを使って……!)



もう迷ってる暇はない、怪物は自分たちにぐんぐん迫ってきている。その距離は5メートルもない



絵里(花陽、全力で泳いで!)



背後にピンを抜いた手榴弾を投げ、花陽の身体を掴む


怪物との距離、速度、爆発までのタイムラグ――永遠とも思える数秒感


半ば捨て鉢な絵里の行動は果たして――


ボコンッ、という大量の酸素が弾けるような音に驚いた真姫は、
思わず肺の中の空気を吐き出しかけた



真姫(何――?)



振り向けば青白い世界に、何やら赤い染みが広がっていくのが見えた



真姫(!???)



ばらばらに砕け散った怪物の皮膚とその体液が、ぐるぐると渦を巻く水中に溶け込んでいく

その無重力の中を、大きな二つの塊が同じようにゆらゆらと漂っていた



絵里「~~~~!」

花陽「」ゴボゴボ



真姫(絵里――! 花陽――!)





二人の元まで泳いで戻り、その容態を確認する


絵里「ッ~~~~」


絵里は腹部を押さえて呻き、その表情は苦悶に満ちていた。食いしばった歯の隅間から、コポコポと赤い空気の気泡が漏れ出ている


真姫(何があったの―――?)


花陽の方は完全に意識を失っていた。見たところ頭部に深い裂傷を負っているようで、溢れ出る血潮が頭の周りの空間だけを赤黒く見せていた

彼女の口はだらしなく半開きになり、そこから大量の海水が流入していってるであろうことは、誰の目にも一目瞭然だった


二人とも、どう考えても自力でこの通路を泳ぎ切るのは不可能な状態である



真姫(私が――連れて行くしかない)




最初は二人を脇に抱えるようにして泳ごうとした


真姫(駄目……こんなの無理)

真姫(二人を引っ張りながら地面を這うように進む――?)


それも無理だ、時間がかかり過ぎる

どちらかと言えば運動は苦手な方で、泳ぎに関して特に心得があるわけでもない真姫に、
人間二人を抱えながら上手く泳ぐ方法など思いつきもしなかった



真姫(だめ――そろそろわたしも――)


苦しい、脳に送る酸素が無い


思考力が低下し、判断力が失われてきているのが自分でも分かる




痺れ切った真姫の脳が思い出したのは、在りし日の父から教わった医療用語



花陽「」ゴボゴボゴボゴボ…



真姫(花陽……)



≪――担いででも連れて行くんだから≫




絵里「!~~~~」ジタバタ


真姫(………)




――トリアージュ(選別)の刻が、迫っていた



【船底区画 非常用気密室】


雪穂「何だろ…さっき、水面が爆発したみたいにボン!って」

ことり「三人とも、大丈夫かな…」

ツバサ「………」



チャポ…



穂乃果「あ…」



ジャバァァ…!



真姫「ぷっはぁぁ…」



穂乃果「真姫ちゃん、絵里ちゃんっ」



真姫「はぁ……っはぁ……」

絵里「げほげほっ……うっ………ぐぅぅ」

穂乃果「絵里ちゃん怪我してる!? 大変…」



ことり「は、花陽ちゃんはどうしたの?」

真姫「……」

ことり「そんなぁ…」ジワッ



希「なんてこと…! 花陽ちゃんまで…」

希「エリちも怪我して……次にやられるのは誰!? 誰なん?」


ツバサ「これからどうする?」


頭部にガーゼをバンダナのように巻き付けたツバサが聞いた
この部屋の棚にあったものを適当に千切って、ずっと手当してなかった額の傷にあてがったのだ


真姫「…この部屋を出ればエレベーターがあるわ」


有り合わせの医療道具で、絵里の負傷に応急処置を施しながら真姫が答える

彼女の傷は想像していたよりもずっと深かった
本物の医者とより設備の整った環境があれば治療は出来るのだろうが、今の真姫には……


雪穂「え、エレベーターは、もう乗りたくないかな…」

ことり「ことりも…」



ツバサ(――もうすぐ、2時か)

ツバサ「事故にあってから数時間経ったことになるけど、助けが来てくれたりはしない?」

真姫「定時の連絡を入れたのが夕方過ぎよ。異常事態だと判断されて救援が派遣されるには、
    少なくともそれから24時間待たないとダメ」

雪穂「あと半日…? もつわけないじゃん…」



ガチャン、という閉鎖音が響いた。真姫たちが上がってきたハッチの蓋を、希がロックした音だった



希「なぁ、みんな。ウチにいい考えがあるよ」


希「この部屋に立て籠もろう? そして救援を待とう!」


ツバサ「本気…?」


棚にあったフランスパンをかじりながら、有り得ないといった風な目で希を見やる


希「本気も本気、さっきカードで占ってみたんよ。そしたら…」

ツバサ「嘘おっしゃい、カードなんて水で濡れて使い物にならなくなってるでしょ」

希「ぼ、防水仕様だから…」


真姫「……希が完全に間違っている、とは言えないわ」

真姫「この部屋の用途は災害時の気密室。見ての通り、水に食糧、厨房まである」

真姫「完全閉鎖してしまえば、もしかしたら怪物の侵入を防いで、救助が来るまで籠城できるかもね」


希「そうでしょそうでしょ、だから…」


真姫「でも、それは無理なのよ…」



絵里「ぐぅぅ……痛っ……」

穂乃果「絵里ちゃん? 無理して起きちゃ駄目だよっ」


真姫「絵里の傷、思ったより深刻みたいなの。早く専門的な場所で治療した方がいいと思う…」

絵里「だ、大丈夫よ……これくらい、何てこと……」プルプル


希「ほ、ほら、エリちもそう言ってるし…」

真姫「……どうしたっていうのよ希、あなたらしくないわ」



希「………」


希「……嫌なんよ」


希「触手に追っかけられて…命からがら逃げて…ウチの仲間が一人ずつ減っていくのを見るんはもうたくさん…!」


希「船は怪物だらけ、とても乗ってきたボートまで辿り着ける気がしない」


希「それよりここで頑張った方がいいやん? 皆一緒に、力を合わせて…」



ツバサ「…付き合ってられないわ。私は行かせてもらう」


希「そこを開けちゃ駄目!」ジャキン


ことり「希ちゃん…」


ツバサ「…銃を下ろしてくれる?」


希「どうしても行くって言うなら撃つよ…? これは脅しじゃない」


穂乃果「やめて、希ちゃん!」

穂乃果「真姫ちゃんの言う通りだよ。ここで立て籠もっても助かるとは限らないし、何より絵里ちゃんが…」

穂乃果「お願いだから、先に進もう? ねっ?」


希「いやっ、ウチは絶対に嫌!」チャッ


穂乃果「なっ…」

絵里「の、希……」


真姫「信じられない……私たちに銃を向けるなんて」

真姫「……もう、勝手にすれば?」


希「……」


ツバサ「これは」

ツバサ「とある実験の話」

雪穂「?」

ツバサ「水槽には蛸が一匹。その中に魚が入ったコルク栓付の容器を沈めてみたの」

ツバサ「すると蛸は容器を触手で撫でまわして栓を外し、その隙間から侵入して魚を食べた」


真姫「…まさに今の私たちの状況ね」

ツバサ「どうしても残ると言うなら止めはしないわ。でも私はこんな所で死にたくない」

ツバサ「危険でも上に進んで、私の船にたどり着く。そしてもう二度とこんな海には戻ってこない」



希「……」



穂乃果「希ちゃん…」



希「………」



希「……だったら、行きたい人だけ行けばいいやん」




真姫「希…」





希「ウチはここに残る……ウチは…」





ことり「あ――」






希「――なに?」




雪穂「あ……あっ……」





希「何なの…? 皆……どうしてそんな目でウチを見るの…?」





ツバサ「」ゴクッ






希「だから、なに…」ジワッ








絵里「希ぃぃ、後ろッ!!」





《キシャアアアアアアッ!!!!》



いつの間にか、閉鎖したはずの水密扉をこじ開けていた触手が、希の背後でその大口を開いた―――



希「あああぁぁぁああっ!」ズドドドドドドドドドッ



まるでこうなることを予期でもしていたように、希が後ろに向けて銃を撃ちまくる



ことり「見て! こっちからもっ!」



完全閉鎖の気密部屋など名ばかりもいいところだった

厨房の換気扇、天井、パイプの中から、隙間という隙間から怪物の触手が飛び出し、
室内の人間を取って喰らおうと襲いかかる



真姫「に、逃げてぇ!」


自力での歩行が困難な絵里に肩を貸し、真姫が真っ先に部屋を飛び出していく


誰もが応戦するより逃げることを選んだ、そんな中で――



希「あああああっ!!!」ズガガガガガガッ



穂乃果「希ちゃん! 逃げよぅ!」



希「わああああ!」ガガガガガガガッ



穂乃果「希ちゃん…!」



希「行ってぇ! 早く!」



穂乃果「っ……!」



《グオオオオッ!!!》 《シャァァアア!!!》 《ギャオオオオッ!!!》



希「こんのぉぉぉ化けもん!」ドガガガガガガガッ


希「くたばれやぁぁぁぁ!」ガガガガガガッ


《ガアアアッ!!!》


希「くそぅ、こっちにもっ」ズガガガガガガガッ


複数の触手にじりじりと包囲され、希は奥の厨房まで後退する


希「死ね! しんじゃえ!!!」ガガガガガガッ


キッチンの換気扇から這い出た触手に銃弾の嵐を見舞い、怪物の体が壁に叩き付けられる

その銃撃の一部がコンロの元栓を引き千切り、火薬とは相性の悪い気体が漏れ出し始めた



希(――分かってた)



そんなことはお構いなしに、希のトリプルパルス銃は弾丸を吐き出し続ける


ほどなくして、凄まじい轟音と共に部屋全体が爆発の炎に包まれた





分かってたんよ



気密室にたどり着いたとき、占いで出てた



次に死ぬのはウチだって



怖かった 本当は一人になんてなりたくなかった



みんなと一緒にいたかった



でもウチと一緒だと、他の誰かまで巻き添えで犠牲になるかもしれない



だから――



これは仕方のないことなの




パラパラパラ……


希「ううっ……」


希「……ウチ、生きてる…?」


希「なんで……」



偶然クッションになったらしい段ボールの山を押しのけ、希は起き上がる



希「………これ」



床に落ちていた焼け焦げた紙片を拾い上げる。それは半分が焼失したタロットカード、『Death』



グルルルルルルルルルルルル……



希「!!!」



背後から聞こえる、恐ろしげな死の音に希の全身が強張った



希「……ほら、な」



とっくに分かっていたはずの運命――

希の頬を伝う一筋の涙が零れ落ちるより早く、腹を空かせた触手は彼女を頭から豪快に貪り食った

日曜洋画劇場




            ラブライブ!×ザ・グリード






バタンッ


ツバサ「!」


ツバサを先頭に通路を駆ける一行の目の前で、突如として水密扉がひとりでに閉鎖した
キュウウウ…という音と共に、ご丁寧に外側からロックまでされる


ツバサ「引き返して! こっちはダメ!」

真姫「っ…」


絵里の身体を抱きかるように支えながら、しんがりの真姫がきびすを返すも、
見えたのは反対側の扉が同じように閉まるところだった


ことり「ねえっ、今の見た?」

ツバサ「あいつらまさか…」

穂乃果「鍵を閉めてるの!?」

雪穂「ウッソー?」


真姫「くっ…こっちよ!」



ガシャアン! バチバチバチ…


真姫「きゃあっ!」


天井から降ってきたケーブルの束が火花をまき散らす

また道を塞がれた――これでもう何度目…


ツバサ「これは罠よ!」

穂乃果「私たちをどこかへ追い立ててるみたい…」

絵里「ぜぇ…はぁ…」

真姫「こっちも塞がれたとなると、残るは…」

ことり「あっち…? あっちには何があるの…?」



真姫「船首よ…」



穂乃果「行こう……行くしかないよ」


――――

――



ことり「う……あっ…」


真姫「ナニコレ…」


雪穂「うぐっ……ゲェッ!」


穂乃果「雪穂、大丈夫?」サスサス


ツバサ「やつらはこれを見せたかったの――?」



それは一面の地獄絵図。船首船底のだだっ広い空間は、怪物たちの掃き溜め

おびただしい数の犠牲者の骸、骸、また骸―――生きたまま骨と皮になるまでしゃぶられ
吐き出されたそれらが隙間なくこの場所を埋め尽くしている様は、まさに地獄の底のようだった


絵里「ここは、三千人分の―――ゴミ捨て場ってとこかしら……ゲホゲホッ」


真姫「絵里? しっかり…!」



グオオオオオオオオオオオオオ!!!!!



ツバサ「!」



オォォォ―――ギィィィィン―――!  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…



雪穂「ゆ、揺れてる…?」


穂乃果「次は何だっていうの!?」


真姫「嘘でしょ…この音、またなの!?」



ウウウウゥゥゥン………



ことり「またって、なにが?」


真姫「船底が破れる音よっ!」


餌場のあちこちから、水飛沫が上がった。いや、それは飛沫というよりもはや洪水と言った方が正しい

大量の水流が船底に溜まった怪物の排泄物ごと飲み込み、まんまと誘導されてきた次なる犠牲者たちに襲いかかる



穂乃果「みんな、逃げるよっ!」


ことり「ひぃぃ…」


ツバサ「走って! 早く、早く!」




ザッバァァァァァァァァァァ―――!!!!




想定外の事態に皆がパニックに陥り、彼女らはてんでバラバラな方向へと駆け出した



それがそのまま運命の岐路になっているとも知らずに―――








雪穂「こっちです! 急いで!」

ツバサ「くっ……」


間一髪で、半ば閉じかけた水密隔壁の隙間に滑り込むツバサ

規格外の水量を感知し、自動閉鎖したそれに挟まれなかったことに胸を撫で下ろす


ツバサ「……あ」


しかし、そこで自分が一つ致命的なミスを犯したことに気付いてしまった

何てこと、あれがないと――



ジャバァァァァァァ!



雪穂「うわっ! また来たぁ!」

ツバサ「っ……」


――どうやら気に病む余裕など無いらしい

休む間もなく、ツバサと雪穂は新たな水密隔壁を探して通路を逃げ惑う





                              《ギュオオオオオオオオッ!!!!》



穂乃果「!」

ことり「ねぇ穂乃果ちゃん! 今の声…」


あっという間に太ももの高さまで浸水してしまった通路を、水の抵抗を押し分けながら二人は懸命に走っていた


ことり「来てる! 怪物さんが追っかけてきてるよぅ!」

穂乃果「あっちに逃げるよっ!」

ことり「うんっ…ひゃぁっ!」ズデーン

穂乃果「うわっぷ…!」



ことり「ごめん…転んじゃって」

穂乃果「ドンマイだよ……あれ?」

ことり「え…? ない、ないよっ、ことりの銃がない!」

穂乃果「穂乃果のも……流されちゃったみたい」



                        《シャァァアアアアアアアッ!!!!》



ことり「あぁっ、どうしよう…」

穂乃果「立って、走ろうっ」



ジャバジャバジャバ…



                     《ギャオオォォオオオオォオオッ!!!》




ことり「すぐそこまで来てる! 追いつかれちゃう!」


穂乃果「ことりちゃん、何か気を逸らせるような……餌になるようなものとかってない!?」


ことり「餌…? おやつとか!?」


穂乃果「ほむまんは――凛ちゃんにあげたんだった」


ことり「おやつ…! おやつになるようなもの…!」ゴソゴソ


ことり「――あっ」

ことり「おやつじゃないけど、これなら…!」



ことりが差し出したのは二組の手榴弾――絵里が持っていたものと同型のものだった



穂乃果「一つ借りるよっ!」



穂乃果「ピンを抜いて……二秒待って……」


穂乃果「ええいっ」       ボジャンッ


穂乃果「よしっ、走るよっ!」


ことり「あ、待ってぇ~」



ジャバジャバジャバ!



穂乃果「はっはっはっ…」

ことり「ひぃ……ひぃ…!」




           《ギュオオオオオオオオオッ!!!!!》




穂乃果「はぁ……はぁ…!」

ことり「ひぃ、はぁ……」




     《グアアアアアアアッ!!! ギェエエエエエッ!!!!》




穂乃果「……」



穂乃果「…どーして爆発しないのぉ!?」


ことり「水に濡れて、駄目になっちゃったのかもっ」

穂乃果「そんなぁ…」





      《グルルルルルル……グワアァァァアアアッ!》





穂乃果「あああ来たあぁ!! 走って、走ってぇ!」

ことり「はぁっ……もう無理…」

穂乃果「頑張って…! ほら、あの扉まで!」

穂乃果(あそこまで、あの扉までたどり着ければ、外側からロックして――)





穂乃果「えっ…なにこれ開かない!?」ガンガン!


穂乃果「なんで、どうしてぇー!」


ことり「穂乃果ちゃあん…」グスッ





穂乃果(いや、諦めないもん…!)


穂乃果「ことりちゃん、ここ…!」


穂乃果が通路の壁に見つけたのは、貨物運搬目的の小型エレベーター

人が乗ることを想定しているものではないので、内側から操作できはしないだろうが、
無理をすれば小柄な女性二人が潜り込めるほどのスペースはありそうだ


穂乃果「ここに隠れるよっ!」

ことり「で、でも――」



  《グワォォォオオオオオオ!!!!》



ことりは骨肉通路での出来事を思い出していた

あの触手には目がなかったが、それ以外の感覚器が鋭敏に発達しているらしい


つまりはこれから二人がやろうとしていることも――




ことり「ここに入っても、すぐ怪物さんに…」



穂乃果「でもっ、それしか手は…!」




ことり「っ――」






ことり「………まだ手はあるよ」






ことり「ことりが―――おやつになるっ」





穂乃果「へ―――んん?」


その言葉の意味を理解する間もなく、穂乃果はことりに唇をついばまれた


それは口づけというより、頭で頭を押すような、ほとんど頭突きに近いものだったが



不意なことでバランスを崩し、穂乃果は彼女に押されるがまま、エレベーターの内部へ尻餅をついた



穂乃果「ことりちゃんっ!」


起き上がった時にはもう、エレベーターの扉が閉じていく。外側から閉鎖スイッチが押された――



ことり「ごめんね……私、足手まといになってばかりで」


その手にはピンを抜いた手榴弾。きつくそれを握りしめる彼女の目は涙を流していたが、顔は精いっぱいの笑顔を作っていた



穂乃果「ことりちゃぁあん!」


泣き笑いのまま、左手を振る彼女の姿が、閉じゆく扉に邪魔されてもうほとんど見えない

扉が完全に閉鎖する直前、怪物がことりの横っ腹から喰らい付き、その身体が有り得ない方向にねじれるのが見えた



穂乃果「ああっ―――!!」



間髪入れず、無事起爆に成功した手榴弾の爆風が襲ってくる

扉越しの衝撃波で穂乃果は壁に後頭部をしたたかに打ち付け、その意識を手放した――



ジャバ… ジャバ…


絵里「うぐっ……ううぅ…」

真姫「しっかりしなさい、絵里!」


水浸しの通路を、ほとんど絵里を引きずる形で真姫は懸命に進んでいた

その遅々とした歩みにも関わらず先ほどの水流に飲まれずに済んだのは、
ひとえに彼女が船内の構造を熟知していたことが大きい


先に逃げ出した他の二組よりも、安全なルートを取ることが出来たのだ



絵里「っくぅ……うおおおぇっ」ビチャビチャ

真姫(!………)


絵里「ッ……ぜぇはぁ」



絵里「……もうダメよ、私…」



真姫「何言ってるの、ここまで頑張ったんだから…」

絵里「無理よ……さっきから血反吐ばかり出て………もう助からないわ」


絵里「……置いてって。それが、お互いのためよ…」

真姫「………」




真姫「絵里、このまきちゃんを見くびらないでくれる?」


真姫「さっき私は、負傷したあなたと花陽の命を天秤にかけた…」


真姫「そしてあなたを選んだのよ、より助かる可能性の高い方にかけたの」


真姫「絶対にあなたを船まで連れて行くんだから。たとえ担ごうが引きずろうが、どんなことをしてでも」


真姫「――それが、花陽に対するせめてもの弔いよ」


絵里「……」


真姫「そしてこの私も……ボートにたどり着いて絶対脱出してやる。こんな所で死ぬもんですか」


真姫「私が死んじゃったら、誰がこの船にかかった保険金を受け取るっていうの?」


真姫「生き延びて――四人で復活した音ノ木坂に帰るのよ。そうじゃなきゃ、死んだ皆に顔向けできないじゃない」


絵里(この期に及んで……まだそんなことを考えてるの…)




真姫「これで話は終わりよ……うぇ、この扉開かないの?」

真姫「――おかしいわね、非常用ロックが作動したのかしら」

真姫「ごめんなさい絵里、ちょっとここで休んでてくれる?」



ゆっくりと絵里を地べたに座らせながら、彼女の肩に回した手を放すと、
真姫は電子施錠された扉の脇に備え付けられた端末を弄り始めた



絵里「はぁ、はぁ……」



絵里(苦しい――)




 ――もう歩けない


     音ノ木坂? 廃校?


死にたい           何で私がこんな目に


     ―――どうでもいい


 あいつがアリサを殺した


                   こんなところ来なければよかった
私のせいで花陽は――

                      助からない 
            希 どうして
    助けて           

                   死にたくない
        おばあさま




真姫「パスコードが分からない…」


夢中で端末と格闘する真姫の背後で、絵里は自分たちに残された最後の武器を取り出す

あの時の真姫の判断で、二人のトリプルパルス銃は花陽と一緒に水の底だった


絵里「………」チャキ



乗船前に英玲奈から取り上げた自動拳銃――それすらも、いつの間にかマガジンが脱落していた

弾は薬室に装填された一発のみ。そう、たった一発――




絵里(一発で何が出来るっていうのよ…)




≪―――もう助からない≫




真姫「開いて……開きなさいよ! このっ…」




≪―――復活した音ノ木坂に帰るのよ≫




絵里「………」









絵里「……」









真姫「絵里…? それ…」









――パァァァンッ






【2F マリン用品格納庫】


ジャバジャバ…


雪穂「水が…この階まで来てる」

ツバサ「さっきのが大分効いたみたいね。この船はもうすぐ沈むってことよ」

ツバサ「行くわよ……せえのっ」


今も開放されたままのその搬入口から、ツバサと雪穂はA-RISE号に飛び移る

侵入時に使用したワイヤーガンも今や必要ない
それほどまでに、沈みゆくニシキノーティカ号はその喫水を深めていた


雪穂「!……ツバサさんあれっ、あそこ! 見えますか?」



隣の雪穂がなにやら興奮した様子で叫んでいる
未だ治まらぬ暴風雨に辟易しながら、彼女の指し示す方にツバサも目を凝らす



ツバサ「島がある――ツイてるわ」


日曜洋画劇場




            ラブライブ!×ザ・グリード






ガッ…ギィィィィ


穂乃果「っ…ぐぐぐ」


内側から力任せに扉を開き、貨物エレベーターの外へ穂乃果は身を投げ出す
赤黒く濁った水面に頭からダイブし、どろどろとしたその水を全身に被る



穂乃果「ふ……ぐすっ……ことりちゃん…」



そんな彼女の背後で、鈍い金属音と共に電子ロックされていたはずの扉が突然開いた



真姫「マッタクー、パネルを撃つなら先に言いなさいよ。びっくりしたじゃない」

絵里「………わる、かったわね」

真姫「って、穂乃果? あなた無事だったのね!」



穂乃果「真姫ちゃん…絵里ちゃぁん…」


~A-RISE号~


雪穂「えぇ~また船内に戻るぅ!? ツバサさん、あなた正気ですか?」

ツバサ「もちろん、だってこの船じゃあの島までたどり着けないんですもの」

雪穂「ど、どうして…」


ツバサ「……落としたのよ」

ツバサ「さっきのどさくさで、修理部品が入ったバッグを何処かに落としてきちゃったみたい」

雪穂「なっ……!」

ツバサ「部品無しじゃ、この船は百メートル走れるかどうか。燃料だって五分ともたない。島に着くまでに確実にエンスト起こしちゃう」


ツバサ(それにもし部品があったとしても…)



ツバサ(英玲奈……あんじゅ……)




雪穂「ううっ……終わった……おしまいだぁ」


ツバサ「泣かないで、名案があるって言ったでしょ」ナデナデ


雪穂「へ…」


ツバサ「名残惜しいけどこの船とはお別れよ。さっきの格納庫に何があったか覚えてる?」


雪穂「あっ…」


ツバサ「おニューの機体で新たな船出と行こうじゃない」


――
――――


ツバサ「銃と弾は持った?」

雪穂「はい、ばっちりです」グッ


貨物部屋のコンテナの中には、予備のトリプルパルス銃と弾倉がいくつか残されていた


ツバサ(ついでに無線機の予備もあったら、はぐれた四人と連絡が取れたのに)

ツバサ(穂乃果さんたちには何とかして自力でこの船までたどり着いてもらうしかないわね…)


ツバサ(発射管が壊されている以上、魚雷を撃ち込んで化け物を一網打尽にすることも出来なくなった)

ツバサ(この船にオートパイロットが積んであれば、話は別なんだけど…)



ツバサ(フフ、いいわ…危険は承知よ――人生、勝負を投げたらそこでリタイアも同然でしょう?)



ツバサは額の包帯を、雪穂は羽織っていたジャケットを、それぞれ船の操縦席に引っ掛けた
後からやってくる仲間たちに、この船に二人がたどり着いたという、せめてもの目印になればと考えたのだ


雪穂「行きましょう、ツバサさん」


いよいよ長年連れ添った三人目の相棒であるこの船の姿も見納めである

ハッチから船外へ出ていく直前、ツバサは操縦席の脇に括りつけられたある物に目を留める


それは銃身を切り詰めた旧式の水平二連散弾銃
ガドリング小銃でもなかなか怯まない怪物相手にどれほど効果があるか分からないが――



ツバサ「…あなたも一緒に連れてってあげる」



  ガシャァァンッ


ツバサ「!」



    《シャァァァァッ!!!》



ツバサ「くっ…!」


散弾銃の収まったホルスターを引っ掴み、慌てて身を引っ込める
怪物の大口が操縦席をかすめ、包帯とジャケットが床に落ちる




雪穂「どうしたんですか!?」

ツバサ「あいつらのお出ましよ。ホント間が悪いんだから…」



    《ギュオオオオオ!!!》



ツバサ「格納庫に飛び移って!」



【4F サイドデッキ】


穂乃果「二人とも、見て! 島があるよ!」

真姫「丁度良いわ、あそこに逃げ込みましょう!」

絵里「……コヒュー……コヒュー……」

穂乃果「でもこの高さからどうやって下に降りよう…」

真姫「心配しないで」


真姫が壁面のレバーを操作し、三人の前にするすると、ロープで吊られた人が乗れそうな足場が降りてくる


穂乃果「わぁ、まさに天からの助けってカンジだね」


それが元々はA-RISE号に衝突したモーターボートがぶら下がっていたフックだということを、彼女は知る由もない


真姫「これで降りるわよ。穂乃果、絵里を乗せるの手伝ってくれる?」





~A-RISE号~


真姫「これって…」

穂乃果「……ゆき、ほ」


へし折れた魚雷発射管、割れた操縦席のガラス、そして床に残されたたっぷりの粘液と
それに塗れた包帯にジャケット――これらの状況はここで起きたことを容易に想起させ
それは三人を落胆させるには十分過ぎた


穂乃果「………」


真姫「穂乃果、その」


穂乃果「…変なの、真姫ちゃん。涙がね、出てこないんだ。悲しいはずなのに」


穂乃果「…全然実感湧かないの。雪穂が……私、信じられないよ……」


真姫「穂乃果…」


真姫(一体どうすればいいのよ。船を直せる人間も、化け物を倒せる手段も失ってしまった。私たちは…)



絵里「…ボート」

絵里「救命ボートを使いましょう。それで逃げるしかないわ……とりあえずは」


真姫「…そうね」


絵里「じゃあ…二人とも、お願いできる? 私、ここから一歩も動ける気がしない…」


穂乃果「でも……絵里ちゃん一人残していくのは危険じゃないかな」

絵里「あなた一人で行く方がもっと危険よ。行って……私は、大丈夫だから」


真姫「…分かったわ」

穂乃果「すぐ戻ってくるからね…」

絵里「」コクッ




絵里(……いきなさい、二人とも)


【3F メインホール】


バァンッ


雪穂「もう、今日、一日…走って、ばっかり…」

ツバサ「良かったじゃない、ハァ…ダイエットできて…」

雪穂「言ってる場合ですかっ、怪物がすぐそこまで――あれ?」


シーン…


雪穂「追って来て、ない?」

ツバサ「…ねえ、これと似たようなことが前にもあった気が」

雪穂「私も…」



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……




雪穂「ああもーっ、お次は何なんなのー!?」



グラグラグラグラ……!!!!



ツバサ「振動してる…! 何度目よ、この展開…」



ズゥゥゥゥゥゥンン―――! バゴォオオオオン!!



鼓膜が破れてしまうのではないかという大音響とともに、ホール中央にある大階段が、爆発したように弾け飛んだ

まるで“その下”にいた何ものかが、這い出すのに邪魔だと言わんばかりに

 
雪穂「…危ないっ!」


粉々になった大理石や木材の破片がばらばらと降り注ぎ、たまらず二人は頭を庇い身を伏せる





やがて顔をあげると、階段中央に穿たれた大穴、“それ”にとっては隙間ともいうべき大きさの場所から

これまで自分たちを付け狙ってきた悪魔の化身が姿を現していた―――



【2F マリン用品格納庫】


穂乃果「真姫ちゃん、これ使えないかな?」

真姫「ダメよ、あなた操縦できるの?」


穂乃果が見つけたのは、壁面のパネルに収まった水上バイクの起動キー

しかしここにある中で彼女たちにも扱えそうなものといったら、
水面にぷかぷかと浮かんでいるサーフボードくらいのものだ


真姫「やっぱりもう一度サイドデッキに戻るしかないか…」



                   《グルルルルルッ…》


真姫「ッ!?」

真姫(この声――まさか!?)

穂乃果「あっ――」


身の毛が逆立つ恐ろしい呼び声がする

今しがた二体の餌をホールに誘い込んだばかりの触手が、新たな食事とご対面した――


真姫「に、にげ…」

穂乃果「逃っげろおおおおおお!!!」




    《オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ…》



ツバサ「あれが、化け物の正体?」

雪穂「すごく……おっきい……」


    シュルシュルシュルシュル…


ツバサ「!!」


 《グワァオッ!!》


ツバサ「きゃぁっ!」


雪穂「!! ツ、ツバサさん…!」


感嘆している場合ではなかった

一瞬の隙を突き、素早く這い寄ってきた触手がツバサの身体を絡め取り、“本体”の元へと引き寄せる


ツバサ「ぐっ……ああぁっ!!」


必死に抵抗を試みようとするも、骨を砕かん勢いで締め付けられた拍子に手から銃が離れ、ホールのどこかへ落ちていってしまう


雪穂「ツバサさぁぁああああん!!!」



メキメキッ…


ツバサ「っあ…! ぐああああっ!!」


雪穂「ああっ、どうしよ。このままじゃツバサさんが…」

雪穂(でも、私ひとりじゃ……こんな…)



《グワァッ!!》 《グルルル…》 《シャアア!!!》



雪穂(か、囲まれてる…触手が、私の方にも…!)



《ギャオオオッ!!!》




雪穂「ああぁ…」



雪穂(助けて―――誰か――)



雪穂「お姉、ちゃん…」



――バタンッ


「こっちだよ、真姫ちゃん!」


「間一髪ね――って何よこれ!? キモチワルイ…」







雪穂(―――――!)



雪穂「……この声」



雪穂「お姉ちゃん!?」







「……雪穂? 雪穂なの!?」





雪穂(来てくれた――私の――)


【4F メインホール2階】


穂乃果「雪穂、やっぱり生きてたんだね! 良かった…本当に良かったぁ」




「勝手に殺さないでよ! でも……今ちょっとヤバいかも!」




穂乃果「待ってて、今助けるから…!」


真姫「穂乃果、ここから触手を撃ちまくるわよ!」


穂乃果「よぉし、行っくよー!」         





「お姉ちゃん、やっつけちゃえっ!」   



穂乃果と真姫、そして雪穂の、三つの回転銃身が斉唱し触手が悲鳴のハーモニーを奏でる

階下の雪穂に襲いかかろうとする触手に向け、穂乃果と真姫からの容赦ない銃撃が叩き込まれていく




ツバサ(穂乃果さん、流石ね…)



ツバサ(ところで感動の再会のところ悪いんだけど――なーんて水を差すほど野暮じゃないの、私)




ツバサ「さぁて、こっちは自分で何とかしないとね…!」


 《シャアアッ!!!》


穂乃果「! ……真姫ちゃん、避けてぇ!」


真姫「えっ…ヴェエエエエ!」
                《グワオオオッ!!!》




穂乃果「このっ…!」ズガガガガガガガッ


真姫「あ、危なかった……あの触手、この部屋のどこにいても攻撃が届くのね」


穂乃果「くっ…動きが速すぎるよ!」           《ギャオオオッ!!!》



これまで戦ってきた狭い場所とは違う、四階建てホールの広大な空間を触手はめまぐるしく動き回り、
上下左右あらゆる角度から、穂乃果たちに襲いかかってくる


一撃離脱の立体的な戦法に、彼女たちはうまく弾を当てることすらままならない



穂乃果「どうしよ…」


真姫「……穂乃果、あれよ! シャンデリアが落ちてる!」


穂乃果「へ?」


真姫「天井のシャンデリアを狙って撃って!」



西木野オーナーが特注させた重さ100キロ近くはありそうな豪勢なシャンデリアが、
彼の娘によって固定ボルトを破壊され撃ち落とされる




      《グギャアアア!!!》 《ギョアアアアッ!!!》



豪快な音を立てて落下していくそれは、直下に居座る怪物の“本体”を直撃し、
複数の触手を根元から押し潰して切断した



穂乃果「やった…!」


真姫「でも、まだ触手は残ってるわ。これじゃキリがない」


真姫「やっぱり本体のほうを何とかしないと…」


穂乃果(ツバサさん…)



ツバサ「…カメラでも持ってくればよかったかしら?」


皮肉なことに、捕らえられて宙に持ち上げられ、近くへと引き寄せられたことで、化け物の全貌がよく分かるようになった



ウジュル……


    ウジュルルルルルル……


一本一本が独立した個々の怪物だと思っていた無数の触手は
全てこの“本体”から生やされた触腕に過ぎない―――こいつはそれをすべて船内に張り巡らしていた



ツバサ「あなた、やっぱりタコだったの!?」


          
    《グ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ !!!!!!!!!》



正確に言えば“タコのような”生物だ。少なくともツバサの知っているタコは、
太古の恐竜のようにびっしり牙の生え揃った大口で、こんな風に吠えたりはしない

大階段に空いた大穴から頭と数本の触手がだけがはみ出したその軟体は、
恐らくはこのホールに収まりきらないほどの巨体なのだろう

船底を破られたニシキノーティカ号がこれまでの時間沈没を免れていたのは、
こいつ自身の体がコルクの栓だったから―――





     《グ ル ル ル ル ル ル ル ル ル ル……》



深海の底で、進化の過程から置き去りにされたカンブリア紀の超生物は
これまで自身を散々手こずらせてきた小さな獲物を、その醜悪な姿形には不釣り合いと言える
青く澄み切ったつぶらな瞳で睨み付けた。



ツバサ「…あら、なかなかキュートな目をしてるじゃない」



ツバサの手がそろそろと慎重に、背中に背負った水平二連銃を引き抜く



ツバサ「そんなに見つめないでよ、照れるでしょ…」



その銃口が、自家用車のタイヤほどの大きさがある化け物の目玉を見つめ返し―――




――ズドオォン!




     《ギ ョ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア ッ !!!!!!!!》



モンスターの目ン玉が破裂した――そう思った時にはもう、ツバサの身体はホールの床へ落下し始めていた


ツバサ「くっ……!」


咄嗟に受け身をとって衝撃を分散させる、その背に――



         《グワオオォッ!!!》



雪穂「危ない!」ドドドドドドッ


襲いかかる触手を、雪穂の射撃が薙ぎ払う


ツバサ「格納庫まで走って!」ズドォンッ


化け物に餞別代わりの一撃を叩き込み、ツバサはホールの階上を見上げる

そこでも、同じように彼女を見下ろす者がいた


ツバサ「穂乃果さん、やっぱりあなた最高よ!」


「ツバサさんも! 島で会いましょう!」


ツバサ「約束よ?」


まるで放課後の邂逅を約束する友人同士のように、二人は笑顔を交わしながら出口に向かって走り出す


背後で、片目を失った巨体が悶える苦痛の咆哮が轟いていた



【4F サイドデッキ】


真姫「さあ、とっととボートを降ろして脱出するわよ!」

穂乃果「うんっ、それで穂乃果は何をすればいいの?」

真姫「ロープの様子を見てて、たわんだりしてないかを」

穂乃果「よしきた……あ、あれ? ねえ、真姫ちゃん下を見てっ」

真姫「何よ――あ? A-RISE号が…?」



『……ザザーッ……穂乃果……聞こえる?』



穂乃果「絵里ちゃん…?」


【2F マリン用品格納庫】


ツバサ「A-RISE号が、発進していく――?」


雪穂「ど、どーして? だってあの船じゃ島まで行けないって…」



ツバサ(まさか――)


ツバサ「雪穂ちゃん、すぐ出発するわ! 乗って!」


ツバサ「全く、今日は人生サイアクの日ね…!」



穂乃果「絵里ちゃん? 何やってるの? その船じゃ…」


『私ね……ロシアにいたころ、州主催の川下り選手権に出たことがあるの…』


穂乃果「?…?…」


『真っ直ぐ走らせるくらいなら出来るのよ……』


穂乃果「何言って…」

真姫「こんな時に面白くもない冗談はよして!」

真姫「あなた…このまま船で突っ込む気!?」


『流石真姫ね……あなたなら気付くと思ったわ』


真姫「ふざけないで! それじゃ私は何のために……絵里!」


『皆の……μ'sの仇を取るって言ったじゃない、真姫…』


『……私にやらせて頂戴』


穂乃果「絵里ちゃん…」


『突然のことで悪いと思ってるわ……でも、誰ががやらなきゃいけないことなのよ』


『そしてこれは、私がやるって決めたこと。チームには、皆一人ひとりの役割があるわ…』


『これが…これこそが、私の役目なのよ……』


穂乃果「…そうやって何でも一人で背負いこむの、絵里ちゃんの悪い癖だよ」


『フフ、あなたに言われるなんて……そうね、結局死ぬまで治らなかったみたい……ザザッ』



真姫「絵里……意味分かんないわよ」


真姫「――全然、分かんないっ…!」


真姫「私は…結局、誰も……」


『……あなたがいなければ私は、船で溺れるか怪物に喰われていたわ』


『私をここまで連れてくる……それがあなたの役割だったのよ、真姫…』


真姫「絵里ぃ…」


『さあ、時間がないわ。お願いだから早く脱出して…』


『ダスヴィダーニャ。また会いましょう、いつの日か……ブツンッ』


穂乃果「絵里ちゃん!」




  ガコンッ!





真姫「い、今の…」

穂乃果「ロープが止まった…」


《グオオオオオ………》


メキメキと金属のきしむ異音がし、ボートを吊り下げるダビットが捻じ曲げられていく

底意地の悪い怪物の鳴き声と一緒に、穂乃果たちの目の前で、降下途中のボートが真っ逆さまに落ちていった


穂乃果「ああっ…」

真姫「ちっ、なんで…なんでこう上手くいかないのよ…!」



―――この船は全体が怪物の胃の中も同義だ


吹き込む雨が顔を打つサイドデッキの中、食べ残しを逃すまいと

複数の触手がその鎌首をもたげ、二人を見下ろした




ブロロロロロロロロロ……


ツバサ「いい? これから助走を付けて加速するわ」


水上バイクの運転席に跨ったツバサが、格納庫搬入口の内側に倒れきった扉を指さす


ツバサ「あれをジャンプ台に見立てて、ここから飛び出すわよ」

雪穂「了解です、露払いはお任せを!」


片手をツバサの腰に、もう一方の手でトリプルパルス銃を構えた雪穂が頼もしく返事をする


ツバサ「しっかり捕まってて。私の運転は荒っぽいんだからっ」


言うなり、ツバサはアクセルを急速にふかし、その場で船体を急旋回させる


雪歩「うはっ!?」


勢いでバイクの前端が持ち上がり、滑り落ちそうになった雪穂は銃を放り出し、慌てて両腕でしがみ付く


全域が浸水したこの階の水面を、ツバサの駆る水上バイクは猛スピードで疾走していく――



ツバサ「ふっ…!」

雪穂「きゃっ!」


適当な所でターンをかけ、来た道を逆走する。このまま加速し、格納庫のジャンプ台から――



雪穂「ああっ、駄目ぇ!」


《グワァァァッ!!!》 《グオオオォォッ!!!》 《キシャァァアア!!!》


ツバサ「もうっ、しつこい!」


出口をふさぐ形で待ち伏せしていた触手たちの前で再度急旋回し、水面を船内の奥へと逃げる、逃げる――



雪穂「もっと速く飛ばして! 速くっ!」    《グアアアアアアアッ!!!!》 《ギャオオオオッ!!!!》


飽きもせず追いかけてくる怪物たちめがけ、ツバサは背中の散弾銃を抜き後ろに向ける


ツバサ「これでも喰ってなさい!!」


そのまま立て続けに二連射、しかし全ての触手を撃退するにはまだ足りない


ツバサ「弾を込めて!」


後ろに差し出された銃身を雪穂がぎこちない手つきで折り曲げ排莢、ツバサの背中のホルスターからシェルを抜き取ると、装填した


ツバサ「ほら、おかわりは!?」ドォンッドォンッ   《グギャァァアアッ!!!!》


ツバサ(いつまでもこんな鬼ごっこやってる場合じゃないってのに――!)




真姫「穂乃果、危ない!」

穂乃果「うわッ―――!!」


真姫に押し倒される形で、身を伏せる穂乃果。その頭上を、触手に絡み付かれた救命ボートが死神の大鎌の如くかすめていく


穂乃果(ボートの振り子が止まらない――!)

真姫「――走るわよ! 今ッ!」

穂乃果「う、うん!」


慌てて立ち上がって、その場から全力で離脱する。直後、背後に先ほどのボートが投げ込まれ、突き刺さる



真姫「あいつらマジで私たちのこと殺す気だわ…!」

穂乃果「親玉に喧嘩売っちゃったもんね…」


真姫「!…す、ストップ! 止まって…」




      ガシャァァン! グシャァァン!



ボートの残骸「」

真姫「また…!」

穂乃果「道を塞がれちゃった…」




《ギュアォォオオオオ!!》


  ほのまき「くっ…」


《ギェアアアアアア!!!》



挟撃してくる触手に対し、こちらも背中合わせで迎え撃つ



穂乃果「ふぉのぉぉっ…!」

真姫(もうボートを降ろしてる暇なんてない、この船が爆破されるまでの猶予もない…)



穂乃果「真姫ちゃん!」

真姫「なにっ!?」



穂乃果「飛ぼう!」

真姫「はぁ…?」



穂乃果「このままじゃドン詰まりだよっ、でもまだ可能性は残されてる…」

真姫「ちょ、ちょっと待って! あなた本気!? この嵐の海に」


穂乃果「もう、無茶だって思うから出来ないの! 」


穂乃果「これまでもそうだった――やろうと思えば、できっこないことなんてない!」


穂乃果「だから私を信じて、四の五の言わずについてきてっ」


真姫「っ……」



真姫「――もう、どうなっても知らないんだからっ!」

穂乃果「さあ、行こう! せえのっ…」








ブォォォォン!


ツバサ「もうすぐこの船は吹っ飛ぶわ! その前に…」

雪穂「ウソ――ツバサさん前っ、前!」

ツバサ「ああ~もうっ!」


ポーン、という間の抜けた音と共に前方に立ち塞がるは、あの忌々しいエレベーターの閉ざれた扉


ツバサ「リロード、急いで!」


薬室を開放し、吐き出された空のショットシェルが海中に没する。雪穂が大わらわで散弾を押し込む


ツバサ「あなたにはウンザリ!」ドォンッ


『2階です』


一撃で昇降ボタンが吹き飛び、誤作動を起こしたエレベーターの扉が開放された
その奥に出現したもう一枚の扉も、同じように操作パネルを吹き飛ばし、こじ開ける



《ギャオオオオオオオオッ!!!!!》



――ズゴォン! グシャ!



エレベーターを突破した二人の背後で、再度閉鎖したそのドアに怪物が激突する音が聞こえた


雪穂「ぃやったぁ~!!」


もう彼女らを阻むものはいない――自由への道を、二人を乗せた水上バイクが駆け抜けていく







絵里(……穂乃果たちは、逃げれたかしら)


絵里「アリサ、やっぱりお姉ちゃんって駄目駄目みたい。最後まで皆に迷惑かけっぱなしで…」


絵里「にこ…凛…花陽…海未…ことり…希………もうすぐそっちへ行くわ。また私を仲間に入れてくれるかしら」



割れた操縦席の窓から見える景色が、段々と黒い船体に近付いていく


にこが全て起爆準備をすませた魚雷たちは、貨物部屋の中でその時を今か今かと待ち受けている


この船は、一発の弾丸だった。絵里の手で、全てを終わらすための――



絵里「さあ、パーティはお終いよっ、化け物ども…!」



船舶レーダーとポーカーゲームの表示を兼ねるディスプレイが、
『異常接近注意』と『ゲームオーバー』の文字を交互に明滅させていた




ドオォォン!



雪穂「わあっ!?」

ツバサ「ッ…!」


船全体を揺さぶる衝撃に、あやうくコーナーに激突しそうになりながらもハンドルを切る

すると今度は背後に炎の壁が噴出した


ニシキノーティカ号の壁面に衝突したA-RISE号から解放された魚雷十数本分の破壊の炎が、
ブリッジを、カジノを、客室を、船底を、そして暴食の海魔ごとホールを焼き払う





    《グ ギ ャ ア ア ア ア ア ア ア ア ア ア !!!!!!》






肥大化して動けなくなった怪物が、その抱え込んだ大きすぎる欲望と共に爆ぜる音が、船内中に響き渡った



ツバサ「しっかり捕まって!」

雪穂「ッ~~~」ギュウ


迫りくる炎の熱を感じながら、スロットルを全開にし、ジャンプ台へと突っ込む

勢い余って浮いていたサーフボードが巻き込まれ、二人と一緒に外へ射出された




ツバゆき「あああああああぁぁぁ―――――!!!!」




三メートル直下に叩き付けられるように着水したバイクの背後で、
救命ボートの一つに至るまで粉々に吹き飛んだニシキノーティカ号が沈没していく


三千と九人分の夢と希望と絶望と一緒に、全てが水の底へと飲み込まれながら……



日曜洋画劇場




            ラブライブ!×ザ・グリード






ザザーン


「ホントに防水仕様だったんだ…」


穏やかな波と共に船の残骸が流れ着く孤島の浜辺で、ツバサは一枚のカードを拾い上げた

『Judgement』と記されたそのタロットの意味するところは、彼女には分からなかったが
                                               

「何見てるんですか?」


「…船のお土産よ」


そう言って振り向いたツバサの額の傷に、雪穂の唇が軽く触れた

ぽかんとした表情のツバサを前に「殴ったお詫びです」と少女ははにかんだ





ザザーン



ツバサ「このバイクはもうダメね、英玲奈かあんじゅがいればなぁ…」


雪穂「……ツバサさんも、大事な人を亡くされたんですね」


ツバサ「雪穂ちゃん…」


雪穂「私、実感湧かないんです。姉が…お姉ちゃんが、死ぬなんて信じられない」



ザヴェーン



雪穂「今にもひょっこりそこから出てくるじゃないかって、そんな気がして…」



ツバサ「………」








       C A S T <声の出演>

       綺羅 ツバサ…桜川 めぐ

       高坂 穂乃果…新田 恵海

       高坂 雪穂…東山 奈央

             ・
             ・
             ・







          ザッパーン 


        チョ、バランスクズサナイデ!  オーイ!





ツバサ(ん……?)





ツバサ「!……ね、ねえ雪穂ちゃんあれ」





穂乃果「お~待~た~せぇ~~~~!!!!」





雪穂「お、お姉ちゃん!?」






穂乃果「おぉ~い!」


真姫「だから動かないでって……きゃあ!」ザブン!




穂乃果「いや~もーちょっとで死ぬところだったよー」

真姫「ホント、あと少しでお尻をかじられるところだったわ。海に飛び込んで、必死になって泳いで逃げたの」


穂乃果「そしたらどかーん!って船が爆発して、びっくりしてたらこのサーフボードが流れてきたの」

真姫「あとは二人でタンデムよ。転覆しないようにしがみ付いてるのが精一杯だったけど」


ツバサ「あの嵐の中をよく…」

穂乃果「途中で私が嵐やめーってお願いしたのが効いたかな」


雪穂「お姉ちゃん……あ、あれ? 何で涙が今頃…」グスッ

穂乃果「よしよし、心配かけちゃったね」

ツバサ(ホント、良かったわね。二人とも…)




真姫「…へえ、中々いい島じゃない。このまきちゃんの次の別荘地にしようかしら」









真姫「何よこの島……サイアク」


真姫「通りはゴミだらけ、それを漁ってる野犬まで。家も荒れてるし」


真姫「とても人の住む環境とは思えないわ」


雪穂「一応、入り江にはヨットや船が何隻かありましたけど…」


ツバサ(ほとんど転覆したものばかりだったけどね)


穂乃果「ひょっとしてこの島、いわゆる廃村ってやつじゃない?」


ツバサ(私もA-RISE号を失っちゃったし、この商売も廃業ね。これからどうしようかな…)


真姫「それにしては妙よ。さっき道端に転がってた新聞紙、覚えてる?」


穂乃果「うーん、私日本語以外は読めなくて…」


ツバサ(ずっと行ってなかった学校に戻って――スクールアイドル、やってみるのも面白いかも)


真姫「内容じゃなくて日付よ。1週間前のものだったわ」


真姫「つい最近まで人がいたことは間違いないのよ」



ウウ………ウゥ……



真姫「何、この声……誰かいるの?」


雪穂「…三人ともあれ見て!」



老人「ううっ……ぐうっ…」



穂乃果「人が倒れてる……おーいっ、大丈夫ですかー?」


雪穂「あぁ…! なんか怪我してるみたいだよ」


ツバサ「墓地の真ん中で死にかけなんて笑えない冗談ね…!」


穂乃果「しっかりしてっ、おじいさん!」


真姫(この人、酷い怪我……)


雪穂「何があったんですか…?」


老人「ううっ、き、君たちは…」


ツバサ「私たち、さっきこの島に流れ着いたんです」


老人「他所者か……どうしてこんな場所に来たりした……」


老人「ここはもうお終いだ……誰も助からない…」



ツバサ「……え?」




雪穂「何を、言ってるんですか…?」

老人「ここに来るまでにやつらを見なかったのか? やつら、島のそこらじゅうにいる…」

真姫「やつら…? やつらってもしかして…」



ツバサ「人喰いの…怪物?」

老人「ああ……そうだ……ゲホゲホッ!」



穂乃果「そ、そんな……」

雪穂「やっと助かったと思ったのに…」


穂乃果「でも、どうして? あれは海に住んでる生き物じゃなかったの?」

老人「はぁはぁ………何を、言っているんだ……君は」



老人「あれは地獄よりの使者だ……地獄が、地上に這い出してきた…」


老人「私はメナード……この島で診療所をやっている医者だ」

老人「あれが始まってから……私はずっと原因を突き止めようとして……ゴフッ!」ビチャッ

穂乃果「うわっ…血がこんなに……手当してあげなきゃ」

老人「駄目さ、もう助からん……自分でもよく分かる…」

真姫「……」



老人「……ひとつ、頼みを聞いてくれないか」


老人「島のはずれにある診療所に………孫とその友達がいるんだ…ちょうど君たちくらいの…」


老人「……息子は…死んでしまった、今あの子は…私の帰りを待って…ごぷっ」


雪穂「ひっ…も、もう喋っちゃ駄目ですよっ、ホントに死んじゃう…」


老人「……彼じょたちを、たすけ……名まえは……」


老人「ま……り……ぃ……」


穂乃果「おじいさん…!」



老人「……The horror…The horror……(地獄だ、恐ろしい…)」



雪穂「し、死んじゃった…」


穂乃果「……」


ツバサ(この島にも怪物が…)



老人「」



真姫(この人の傷、全身あちこちを抉られたような…)


真姫(いえ、噛まれたのかしら。やつらに…?)




ボコッ…!





真姫「!?」



ボコッ…
      
     ボッコン…!




雪穂「な、何…? 地面が…」


穂乃果「何か、出てくる…!?」


ツバサ(まさか、やつらが地中から―――!?)





“何か”に下から押し上げられ、地面の土が盛り上がり、木で作られた簡易的な十字の墓標が倒される


ゆっくりと緩慢な動きで、地中から這い出してきたものの正体――それはツバサの予想に反して、

ぬめり気のある人喰い触手などではなく、かさかさに乾燥し今にも崩壊しそうな程ボロボロになった人間の手だった



ツバサ「―――!!!」



ウウウウウゥゥゥゥ………



聞こえてきたのは、海の底からやって来た貪欲な捕食者の唸り声ではなく、まるで地の底から響いてくるような亡者の呻き声




雪穂「な、何これ――」





『ウウウゥゥ…』 


          『アアァァァ…』



彼女たちは“そいつら”の姿にどこか見覚えがあった――つい数時間前、よく似たものを見たから

触手の怪物に喰われ、骨がむき出しになるほど全身の肉をこそぎ取られた死に体の身体で歩いて見せた、にこという女



真姫(どうして、そんな状態で生きてられるの……)



四人の周囲の地面から、次々と人の形をしたものたちが這い出し、よろよろと起き上がってその姿を見せつける


皮膚はぐじゅぐじゅに腐乱し、眼窩には目の代わりに複数の蛆が収まり、恐らくは腹の底まで腐りきっているであろうその肉体は、

燦々と照りつける陽の元で耐えがたい臭気を放ちながらもなお、その活動をやめてはいない




ガチャン、という金属音に、真姫は歩く死体に釘付けになっていた目を音の主へと向ける

それはツバサが水平二連の銃身を折り曲げ、新しい弾薬をセットした音




雪穂「……」

穂乃果「雪穂…」



掌にぎゅっとした感触――雪穂が左手で穂乃果、そして右の手でツバサの掌を掴んでいた

何かにすがるように、頼りなさげに震えるその両手を、二人は力強く握り返す




生き残る――たとえ、この先どんなことが起きようとも




ツバサ「さぁて、お次は何が始まるの?」




To be continued…?


ラブライブ!サンゲリア!!に続く…かも


以下、おまけ


エンディングテーマ


3レスで分かるザ・グリード ~唐突に歌い出すミュージカルver.~


                作詞 畑 亜貴×東宝東和 宣伝部



『グワァオオオオオッ!!!!』 『グギャァアアアアアッ!!!!』



絵里「奴らだわ…」


真姫「ハッチを閉めて!」



ドギャァン! ガツン! ガツン!


花陽「と、扉を破ろうとしてる…」


絵里「さぁ、来るなら来なさい…!」



バゴォォォォオオオ!!!



~♪~♪


あんじゅ「Eating Eating Non Stop My Eating」

英玲奈「Party Bloody Party 始める準備はどう?」



触手『グワァァァアアアア!!!(90分で 3000人)』 

触手『グオオオォォッ!!!(人を喰うため 生まれてきた)』



絵里(銃を撃ちながら)「ミミズなのか タコなのか はっきりしなさいよ!」

真姫(銃を撃ちながら)「何もしなくても 船沈む タイミング悪い イミワカンナイ」

花陽(水中に飛び込みながら)「こんなことなら 来なきゃ良かった ダレカタスケテ」



海未(腰まで飲み込まれながら)「つまみ喰い 踊り喰い しゃぶり喰い」

希(頭から飲み込まれながら)「そんなに喰って お腹壊さないん?」

ことり(マカロンを食べながら)「おやつは 別腹です」

にこ(胃の中を流されながら)「消化不良起こしてるじゃない!」




触手『グワァァァアアアア!!!(もっと 喰いたい 喰いたい 過剰なLife)』 


凛(水面を滑走しながら)「怪物には 名前を つけようか“ザ・グリード”」


触手『グオオオォォッ!!!(喰って 喰って 喰いまくれ)』



穂乃果(舷側欄干から飛び降りながら)「エロ グロ B級 最後は やっぱり」


ツバサ(水上バイクで脱出しながら)「大爆発でしょう?」


雪穂(おでこにキスしながら)「ヒロインとのキスもね」


ゾンビ『アアアァ…(続編フラグも お忘れなく)』



亜里沙(カチンコを持ちながら)「おしまい!」



カン!



Chapter

これまでのラブライブ!~B級映画ver.~ >>3

パーティを始めよう! >>4

深海浮上-ファーストアタック- >>26

Shocking Party >>49

にこ溶解 >>103

深海No.1クリーチャー >>131

お次は誰だ? >>154

餌場-ワンダーゾーン- >>188

ラスト・バレット(bullet/ballet) >>202

Music S.T.A.R.T!! >>250


補足・解説


島に流れ着いたタロットカード(希のもの)

【Judgement(審判)】

カードの意味

正位置:復活、再生、再会、敗者復活

逆位置:行き詰まり、悪い報せ、再起不能



【ニシキノーティカ号】

西木野真姫の父親が大金を投じて買い取り新たなオーナーとなった豪華客船
元々はギリシア神話に由来するアルゴノーティカという船名だったが買収に伴い現在のものに
洋風だった内装も今では船の目玉である巨大カジノの入り口に鳥居が立ち、
船内音楽として和太鼓が打ち鳴らされ、タキシードやドレス姿の客たちの間を獅子舞が練り歩くといった
カオスな和洋折衷空間へと変貌を遂げた
最大乗客数は3000人超、自動航行システムや高性能ソナー等のハイテク設備を完備した典型的な近代船舶



μ'sの武装 

【M1L1トリプルパルス突撃銃】

共産圏の某国が開発した秘密兵器
キャリコM955Aをベースに銃身を5本束ねた回転式とし、加えて自動冷却機構を搭載することで、
1000発という驚異の装弾数を空になるまで連続射撃することが出来る
平たく言うと小銃サイズにまで小型化されたガドリング砲
完全防水仕様でダットサイトとフラッシュライトを標準装備する

http://i.imgur.com/8VlOi6R.jpg
http://i.imgur.com/I6Q1siu.jpg




A-RISE WEAPONS


にこが英玲奈を撃った銃(元はあんじゅのもの)

【S&W Model 945(スライドシルバー/フレームブラック)】

コルト社の銘銃1911ピストルを、ライバル企業であるS&W社のカスタム部門
『パフォーマンスセンター』が製作し販売した高級クローンモデル
単なるコピーではなく、半分はS&W独自の改良が施された“S&W版ガバメント”

シンプルで武骨なオリジナルに比べ、こちらは全体的に気品さに溢れたエレガントな佇まいになっている
あんじゅのものはスライドをステンレス地金、フレームは黒染めというツートン仕様とし、
特注コンペンセイターやマグウェルの追加、操作系パーツの交換に加え
フィーディングランプの研磨やスライドのタイトフィッティング作業など、
内部も含め銃全体に隅々まで手が加えられた、俗に言うフルハウスカスタムとなっている

http://i.imgur.com/44XMqU8.jpg



絵里に残された最後の銃(元は英玲奈のもの)

【S&W Model 945(スライドブラック/フレームシルバー)】

基本的にはあんじゅの銃と同様のものだが、こちらはスライドが黒染めでフレームがステンレス地金という逆の仕様

二人の銃は、元はあんじゅがオールシルバー、英玲奈がオールブラックのモデルを購入し
互いのスライドを交換して装着、そのあとフレームとのフィッティングをやり直すという
一見すると非効率かつ無意味に思える工程を踏んで完成されている

カスタムの一環としてマガジンキャッチが延長され操作しやすくなっているが、
言い換えれば誤って押されやすく、意図せず弾倉が脱落する可能性が高まっている



雪穂が穂乃果からくすねた銃(元はツバサのもの)

【コルトXSE】

86年のパテント失効後、各社から1911ピストルのクローンモデルが続々発売される中、
満を持して本家コルトからリリースされた100周年記念カスタムモデル

他社製クローンが差別化を図るため外観や機構をアレンジするなど独自色を打ち出しているのに対し、
XSEは数箇所のパーツを近代化・小加工したのみで大きな変更は加えられていない
1911は必要最低限の改修で今でも十分通用するという本家本元のどっしりとした
存在感と余裕・カリスマ性を体現した実用本位なモデル

http://i.imgur.com/aborqWI.jpg



ツバサのショットガン

【水平二連散弾銃】

適当に調達した品名も分からない旧式の水平二連の銃身を
適当にソードオフ(切り詰め)したもの

僅か2発の装弾数で至近距離以外では役に立たない代物だが、
接近戦から対怪物用途まで何でもござれの破壊力と
シンプルイズベストな操作性・信頼性を併せ持つ

http://i.imgur.com/tyZbjx2.jpg



以上です、完全な自己満足にお付き合いいただきありがとうございました
一気投下の強みで、投稿時刻と劇中時刻をリアルタイムでなるべくシンクロさせるよう努力しました


もし原作の映画を未見の方で興味を持った人はレンタル店へGO
セルDVDは現在廃版、TV版吹き替え入りのBDの発売が望まれます


>>156
日曜洋画劇場の放送で出会い、録画テープを擦り切れるほど観たので
個人的には日曜映画のイメージが強いです

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