男「ま、待ってくれ……!」
男「私には妻も子もいるんだ、殺さないでくれぇっ!」
殺し屋「そりゃね? アンタだって色々事情はあるんだろうさ」
殺し屋「だけどさ、俺も仕事だからさ」
殺し屋「どりゃっ!」ブンッ
ガツンッ!
男「ぐはっ!」ドサッ
殺し屋「よぉ~し、今日こそ間違いのないよう、念入りにトドメを刺しとこう」
ガッ! ドカッ! ガツンッ!
殺し屋「こんなとこでいいかな」
殺し屋「……うぅ~、人を殴るこの感触にはどうも慣れんわ」
殺し屋「さぁってと、あとは依頼人に報告して、報酬をいただきますか」
殺し屋「──ん?」
男「う……」ピク…
殺し屋「今、なんか動いたような……?」
殺し屋「気のせいだよな、うん、気のせいだ、きっと!」
……
……
……
依頼人「…………」
殺し屋「どうしたんすか、依頼人さん。黙っちゃって」
殺し屋「仕事はキッチリバッチリこなしましたぜ!」
依頼人「なにをいっている! なにがキッチリバッチリだ!」
殺し屋「え」
依頼人「あの男は生きていやがったんだよ!」
依頼人「ようするに、キサマは失敗したんだ! どうしてくれるんだ!」
殺し屋「ま、まぁいいじゃないですか」
殺し屋「なにも殺すほど悪いことはしてなかったでしょ、あの人」
殺し屋「俺、けっこう分かるんですよね、そういうの」
依頼人「そんなことはキサマが決めることではない!」
殺し屋「それは……そうなんですけどね」
依頼人「キサマはもう用済みだ! とっとと失せろ!」
殺し屋「わ、分かりました……分かりましたよ……」
殺し屋「だけど……」
依頼人「なんだ!?」
殺し屋「ほら、報酬の件なんですけど……」
殺し屋「半殺しにはしたんですから、報酬半額くださいよぉ~!」
依頼人「…………」ピクッピクッ
依頼人「ふざけるなッ!!!」
殺し屋「!」ビクッ
依頼人「キサマのせいで、こっちはいらぬ苦労をかけさせられてるんだ!」
依頼人「キサマが仕留め損ねたアイツの追跡は、もう困難だろうしな……!」
殺し屋「す、すんません……」
依頼人「ったく……」スタスタ…
殺し屋(ハァ~、またやらかしちった)
殺し屋(だけど、あの依頼人もケチだよな)
殺し屋(半殺しにはしたんだから、半額払ってくれてもいいじゃんか……)
殺し屋「──ん?」
黒服A「待ちな」ザッ…
殺し屋「なんだ、お前ら?」
黒服A「使えない道具を始末しに来たんだよ。あの方の命令でな」
黒服B「それに、あの方が殺し屋に依頼したこと自体、どこかに漏れては困るのだ」
黒服C「ようするに、口封じというやつだ」
殺し屋「なんだよ……どっちにしろ俺のこと殺すつもりだったんじゃん……」
……
……
……
黒服A「う、うげぇ……げぇっ……」
黒服B「が、は……」ピクピク…
黒服C「うう……う……」
殺し屋(三人とも、かろうじて息はあるみたいだな)
殺し屋「俺はしくじったけど、アンタらも俺に襲いかかってきたから」
殺し屋「これにておあいこってことで! それじゃ!」
アジト──
殺し屋「ハァ~……」
ベテラン「またダメだったのか」
殺し屋「またダメでした……すんません、おやっさん」
殺し屋「ったく半殺しにはしたんだから、半額くれてもいいでしょうに……」
ベテラン「くれないに決まってるだろ、そんなもん」
ベテラン「たとえば今オレが食ってる、このコンビニ弁当」
ベテラン「もし、これになんらかのミスで具が半分しか入ってなかったとして」
ベテラン「半分は入ってたから半額は払う、なんて奴はまずいないだろ」
殺し屋「あ~あ、俺って殺し屋向いてないのかなぁ」
殺し屋「せっかくおやっさんに仕込んでもらったのに……」
ベテラン「そんなことはないと思うが──なっ!」シュッ
殺し屋「うおっ!」パシッ
殺し屋「も~う、いきなりナイフ投げつけるのやめて下さいよ」
ベテラン「相変わらず、いい反応だ」
ベテラン(オレがナイフに手をかけた瞬間には、すでにコイツは反応していた……)
殺し屋「なんとか結果残さなきゃなぁ」
殺し屋「このままじゃ失敗のことが知れ渡って、この世界で食っていけなくなっちゃう」
ベテラン(昔、コインロッカーに捨てられていたコイツを拾ってから)
ベテラン(もうどのぐらいになるか……)
ベテラン(コイツの“素質”はオレよりも遥かに上だ)
ベテラン(にもかかわらず、コイツは仕事に失敗しまくっている)
ベテラン(オレは……間違ったことをしてしまったのかもしれんな……)
ベテラン「……なぁ」
殺し屋「なんです?」
ベテラン「どうもお前にゃ、殺しってのが向いてないらしい」
ベテラン「殺し屋がダメなら、いっそ“半殺し屋”でもやってみたらどうだ?」
殺し屋「おおっ、そいつはいい!」
殺し屋「そうします! おやっさん、俺は半殺し屋になるよ!」
ベテラン「…………」
……
……
……
青年「ひ、ひいっ! ぼくをどうする気だ!?」
殺し屋「アンタ、ネット上で結構悪さしてきたんだってな。だから殺す」
青年「ひえええ~っ!」
殺し屋「いや……そうじゃなかった。安心してくれ」
青年「よ、よかった……」ホッ…
殺し屋「殺すんじゃなく、半殺しにするんだった」
青年「えええええっ!?」
ドゴォッ! ベキッ! メキャッ!
青年「…………」ピクピク…
殺し屋「…………」チラッ
殺し屋「お~、バッチリ! いい感じに半殺しにできた!」
殺し屋「これなら報酬、バッチリもらえるよな!」
殺し屋(おやっさん……俺、やっと天職を見つけられたよ!)
アジト──
殺し屋「おぉ~い、やっと報酬をもらえたよ! おやっさ──ん!?」
ベテラン「うぐ、ううう……」
殺し屋「お、おいっ! 血だらけじゃねえか、しっかりしろ!」
ベテラン「オレとしたことが……待ち伏せされて……やられた……」
ベテラン「ありゃあ……かつてオレが仕留めた標的の兄弟分かなにかだろう……」
ベテラン「こんな稼業の人間の……宿命ってやつ、だな……」
殺し屋「おやっさん、すぐ闇医者に連絡する!」
ベテラン「いや……オレはもう、助からん……」
ベテラン「それより……聞いて、欲しいことがある……」
ベテラン「オレは……お前を……」
ベテラン「同じ道に引き込んだことを……ずっと、後悔してた……」
ベテラン「まだ人を殺っちゃいねえお前なら……まだ……やり、直せる……」
ベテラン「オレが死んだら……今からでも遅くはねえ……」
ベテラン「こ、殺し、なんか……しないような道を……」
殺し屋「お、おやっさん……!」
殺し屋「ま、まだだ!」
ベテラン「なにを……!?」
ベテラン「この出血では……助からん……。オレには分かる……」
殺し屋「そんなの、そんなの、わかんねえだろ!」ベチャ…
殺し屋「血を少しでも戻して……傷を、なんとか縫って……」ベチャ…
ベテラン(まったく……メチャクチャしやがる……)
ベテラン(だが、オレは……)
ベテラン(お前の……そういうところが、気に入って……いた……)ニヤ…
ベテラン「…………」ガクッ
殺し屋「お、おやっさぁぁぁぁぁんっ!!!」
……
……
……
ベテラン「──ん」
ベテラン「ここは!?」ガバッ
闇医者「おお、気づいたかね。ここはワシの医院じゃよ」
ベテラン「ア、アンタは……闇医者!」
ベテラン「さすがだな……」
ベテラン「オレの見立てでは、オレはもう確実に死ぬと思っていたが……」
闇医者「そう、その見立ては正しかった。アンタはまちがいなく死ぬところじゃった」
闇医者「なのにこうして生還できたのは……彼のおかげじゃよ」
ベテラン「彼……?」
闇医者「アンタをここまで運んできた、後輩じゃよ」
闇医者「彼の応急処置はメチャクチャだったが、なぜか──」
闇医者「瀕死のアンタを“半分生きてる”ぐらいにまで回復させていた」
闇医者「彼がいなければ、今頃ワシはアンタの死体を処理しとるとこじゃった」
ベテラン「…………!」
バタンッ!
殺し屋「おお、おやっさん! 生きてたか!」
殺し屋「よかったぁ~……!」ウルッ…
殺し屋「ところでさ、こないだはいいそびれちまったんだけどさ!」
殺し屋「半殺し屋は俺の天職だよ! まちがいねえ!」
ベテラン「……いや」
ベテラン「お前の、本当の天職は──」
……
……
……
その後──
闇医者「うへぇ~、すげえ患者が運ばれてきたわい! おい、出番じゃぞ!」
元殺し屋「お、どのぐらいすごいんだ!?」
闇医者「銃弾を十発ぐらい浴びて、なんつうかもうほとんど死んどる!」
元殺し屋「生きてるなら大丈夫だ! 死んでても場合によっちゃ大丈夫だ!」
元殺し屋「この俺が、必ず半分生きてるぐらいのとこまでバッチリ回復させてやる!」
元殺し屋「軽傷の患者はかえって酷い目にあわせちまうから、勘弁だけどな!」
おわり
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