青年「俺のオヤジは元勇者だけど全く尊敬できない」(80)

― 青年の自宅 ―

母「遅刻しちゃうわよ! ほら、着替えて!」

青年「うるっせえなぁ……分かってるよ」

母「んもう、なんなの! その口のきき方は!」

父「今日は魔法の授業はあるのか?」

青年「……あるよ」

父「そうか! 魔法使い――おっと、今は賢者だったか。
  あいつによろしくな!」

青年「…………」プイッ

妹「お兄ちゃん、いってらっしゃーい!」

青年は妹に軽く手を振ると、カバンを持って学校に出発した。

― 学校 ―

教室にて、魔法知識に関する授業中――

青年「でさぁ……」ボソボソ…

友人「へぇ~、マジで?」ヒソヒソ…



賢者「そこの二人……私の授業はそんなにつまらんか?」



青年&友人「!?」ビクッ

賢者「お前たち、授業というものは静かに聞くものだ」

賢者の冷たい迫力に、たじたじになる問題児二人。

青年「すっ、すみません……」

友人「静かにしてます……」

賢者「特に……」チラッ

賢者が青年に目を向ける。

賢者「お前の父上は、あの勇者さんなのだぞ?
   お前もあの人のような、立派な人物にならねばならん」

賢者「だから授業はマジメに聞け。分かったな?」

青年「はぁ……」

放課後――

友人「いやぁ~、今日も賢者先生はおっかなかったな」

青年「ホントホント。あの人に睨まれると、背筋が凍りつくよ」

友人「さすが、かつてお前のオヤジさんと一緒に魔王を倒しただけのことはあるよな」

青年「……賢者先生はたしかにすごいけど、オヤジは全然大したことねえよ」

友人「へ、どうして?」

青年「魔王を倒したはいいけど、その後は姫にプロポーズしてフラれ、
   いたたまれなくなって王都を出て、仲間だったお袋にお情けで結婚してもらって、
   今じゃ畑仕事に夢中……」

青年「どーってことない、ただの冴えないオヤジだよ」

青年「だからさ、オヤジのようになれ、なんていわれても全然ピンとこねえのよ」

友人「ふうん、オヤジさんを尊敬してないのか?」

青年「ぜーんぜん」

― 青年の自宅 ―

夕食後、ぎこちない父子の会話が始まる。

父「今日は学校はどうだった?」

青年「……別にフツーだよ」

父「剣と魔法の授業はどうだ? ちゃんとついていけてるか?」

青年「剣技はAランクで、学年トップの成績だよ。校内大会でも優勝したし。
   魔法も今のところ、特に難しいところはないかな」

青年(ただし、授業態度は最悪だけど……)

父「おっ、さすが俺の息子! 鼻が高いぞ! これも血筋かな、なーんてな」

妹「お兄ちゃん、すっごーい!」

青年「…………」

妹「ねーねー、お父さん、魔王退治の冒険のおはなししてー!」

父「いいとも!」

父「じゃあ、今日は霧の山で不思議な助っ人に出会った話をしてやろう」

父「霧の山は、霧の山ってぐらいだから、とにかく霧が多くてな。
  お父さんもキリッとした表情で、山を歩いて――」

妹「きゃはははっ!」

青年「…………」



青年「いい加減にしてくれよっ!!!」



妹「きゃあっ!」

父「ど、どうしたんだ? いきなり……」

青年「オヤジ……もっとしっかりしてくれよ!」

青年「かつては勇者だったかもしれないが、そんなもんはもう、過去の栄光なんだよ!」

青年「いっとくがな……オヤジが魔王を倒してから、剣も魔法も格段に進歩してるんだ。
   今が“革命期”なんていわれてるぐらいにな」

青年「それこそ、剣か魔法かどちらかの成績がAランクなら、
   学校の生徒でも単独で魔王を倒せるレベルにある、なんていわれてる!」

青年「ようするに今の俺なら、あんたが四人がかりで倒した魔王を倒せるんだ!」

父「ほぉ、そりゃすごい!」

青年「…………」イラッ

青年「悔しがれよ、もっと! 情けなくねえのかよ、時代遅れになってるってのによ!」

青年「みんなに尊敬され、慕われてた勇者が、
   今じゃこんな田舎町で畑仕事……みっともないったらないぜ!」

父「なにしろ、俺は姫様にフラれてしまったからなぁ」

父「さすがに王都で生活するってわけにはいかなかったんだよな、ハッハッハ」

青年「ハッハッハ、じゃねえよ!」

父「うっ……」

青年「俺の周りの人は、みんなオヤジはすごいすごいっていってくるけど、
   そのたびにみじめになるんだよ!」

青年「なにせ、実際のオヤジはこんなに冴えないんだもんな!」

青年「毎回毎回、イヤミをいわれてる気にすらなってくるんだ!」

すると、青年の母がキッチンからやってきた。

母「いい加減にしなさい! お父さんに向かって――」

父「いやいや、いいんだ」

父「すまん……」

青年「そこで謝るなよ! プライドとかポリシーってもんがないのか、あんたには!」

青年は一瞬、泣きそうな顔になった。

青年「……もういい! 俺はこんな家、出ていくッ!」



バタンッ!

青年「…………」



家を飛び出した青年は、友人の家に転がり込む気にもならず、

ひたすら自分の町から遠ざかるように旅を始めた。



勇者によって魔王退治がなされてからは、交通がしっかり整備されたので、

ほんの数日で青年は全く来たこともないような地域にたどり着いていた。



そして、いつしかその足は自然とある場所に向かっていた。





常に白い霧が立ち込める秘境、霧の山に――

― 霧の山 ―

青年(昔はこの山も魔物だらけだったらしいが、今は安全な山になってる。
   といっても、さすがに観光客はいないけど)

青年(魔物がいりゃ、俺が退治してやったってのによ)ヒュンヒュンッ

得意げに、家を出る時に持ち出した愛用の剣を振り回す。



しばらく山道を進んでいると――

青年(――ん? なんだあれ?)

青年(あそこだけ、やけに霧が濃い……)

青年はまるで誘われるように、濃霧が集まる場所に近づく。



青年(そういや、授業で習ったっけ……)

青年(霧の山の“白い霧”には不思議な作用があって、
   特に濃い霧に近づくと、異世界に飛ばされてしまうなんて言い伝えがあるとか……)

青年(ふん、異世界か。面白いじゃねえか!)

青年(そんなもんがあるなら、連れてってみろってんだ!)

青年(魔界だろうが、地獄だろうが、どんとこいだ!)



すると――

青年「――うわっ!?」

青年「な、なんだこりゃ!?」

白い霧が、まるで生き物のように、青年の体にまとわりついてきた。

青年「うわっ! やめろっ! なんだよ、これっ!」



青年「うおぁぁぁぁぁ……っ!」



………………

…………

……

……

……

……

青年「う、ううう……」

青年「ここは……?」キョロキョロ

立ち込める白い霧。ここがどこであるかは明白だった。

青年(助かった……ここは“霧の山”みたいだな。
   異世界に飛ばされたなんてオチじゃなくてよかった……)

青年「――ん?(人がいる!)」サッ



勇者「君は……?」

勇者「君は何者だ? どうしてこんなところに?」

青年(なんだこいつ……? 俺に似てるような気がするが、ちょっとちがうか。
   そもそも、霧のせいでぼんやりとしか顔が見えない……)

青年は腕っぷしには自信があったので、強気に出ることにした。

青年「誰でもいいだろ。人に名前を聞くんなら、そっちから名乗れよな」

女戦士「なによあんた! いきなりアタシたちの前に現れたくせに!
    叩き斬られたいの!?」

勇者「いやいや、いいんだ。俺が悪かった」

勇者「俺は勇者……魔王を退治するために旅をしてる者だ」

青年「……は?」

仲間たちも自己紹介を始める。

女戦士「アタシは女戦士よ! 女だからってナメないでよね!」

魔法使い「ぼ、ぼくは……魔法使い……」

女僧侶「私は女僧侶と申します」ペコッ

青年「え……え……?」

青年(なんだこいつら……俺をからかってるのか?)

青年(――そうか! 憧れの勇者パーティーになりきってる仮装集団ってやつだな!
   世の中広いな、こういう奴らもいるんだなぁ)

女戦士「さぁ、今度はあんたが名乗りなさいよ!」

青年「ハッ、お前らみたいな仮装集団に名乗る名なんてねえよ。
   子供ならともかく、いい年して魔王退治ごっことか、頭おかしいんじゃねえの?」

女戦士「なんですってぇ!?」

青年「悔しいか? なんだったら、かかってこいよ。遊んでやるからさ」

女戦士「むうう……許せない! 勇者、こいつやっつけちゃおうよ!」

勇者「いやいや、彼は魔物じゃないし――」

女戦士「あんたが行かないなら、アタシが行くから!」ダッ

女戦士が青年に殴りかかるが――

バシィッ!

女戦士「きゃっ!」ドサッ

青年のチョップで、女戦士はあっさりとダウンした。

女戦士「いたた……! なんなの、今の動き……!」

女僧侶「女戦士さん!」

魔法使い「ひええっ……!」

青年「ふん、こんなもんかよ。そっちの自称勇者さんはかかってこないのか?」

勇者「よくも女戦士を……! いいだろう、勝負だ!」

青年「お、やる気になったか。だったら今度は剣で決着つけないか?」チャキッ

勇者「受けて立つ!」チャキッ

キィンッ! ギンッ! キィン!

勇者「くっ! ――ぐぐっ!」

青年「どうしたどうした? お前、動きに無駄ありすぎだろ」

剣と剣の戦いは、手を抜いている青年のペースで進み――

ドカァッ!

勇者「ぐあっ……!」ドサッ

勇者「つ、強い……」ゲホッ

青年「当たり前だろ。これでも剣技の成績はAランクなんだ。
   魔王退治ごっこで遊んでる奴らには負けられないっての」

勇者「俺たちのやってることは……しょせん“ごっこ”だったというのか……!」

青年(こいつ、なに真剣に落ち込んでるんだよ……のめり込みすぎじゃないか?
   あれか? 現実と遊びがごっちゃになってる、みたいな人種か?)

青年(でもまぁ、ちょっとやりすぎた気もするし……)

青年「ごめんごめん、悪かったよ。俺もちょっと大人げなかったよ」

青年「お詫びといっちゃなんだけど、俺もお前たちの魔王退治ごっこに参加させてくれよ」

青年「ただし、ずっと付き合ってはいられないから、“助っ人”みたいな設定でさ」

女戦士「だから、ごっこじゃないってのに!」

勇者「いや、君ほどの剣士からすれば、たしかに俺たちのやってることなんて、
   “ごっこ”に過ぎないだろう……」

勇者「こちらこそ、よろしく頼むよ」

青年「おっ! お前、なかなか見どころあるな!」

握手を交わす二人。



魔法使い「なんだか、すごい人が仲間になったね……」

女僧侶「ええ……何者なんでしょう?」

青年「だけどさ、なんでわざわざこんな山に来たんだ?」

勇者「俺たちは、この山に巣食う“ホワイトデビル”を退治しにきたんだ」

青年「あぁ~、はいはい。うろ覚えだけど、ガキの頃、オヤジから聞いたことがある。
   霧の山では、白い悪魔と戦ったって」

青年「敵なんかの設定も、事実に基づいた設定にしてるってわけだ。
   ちゃんと勉強してるんだなぁ」

女戦士「んもう、なんなの!? そのムカつく言い方!」

勇者「ハハハ、まあまあ……」

青年「それじゃ、さっさと山頂までホワイトデビルを倒しに行こうぜ」
  (といっても、ほとんど観光みたいなもんだけど――)

青年「――ん?」





ドドドドド……!

「ギシャァァッ!」 「ガアァァァッ!」 「グオォォォッ!」





青年「!?」ギョッ

凶悪な眼光の、白い獣が襲いかかってきた。

青年「ひいぃぃぃっ!? な、なんだよ、あれ!?」

勇者「あれは……“ホワイトビースト”の群れだよ」

女戦士「ホワイトデビルの使い魔みたいなもんよ。
    ――って、なんでこの山に来てるのに知らないのよ!」

青年「し、知るかよっ!」



青年「魔物なんて初めて見たぁぁぁっ!」

戦いが終わり――

女僧侶「ふうっ、なんとか撃退できましたね」

勇者「うん、フォローありがとう。女戦士もよく戦ってくれた」

女戦士「誰かさんと誰かさんは、全然役に立たなかったけどね」チラッ

青年「ぐっ……!」

魔法使い「ご、ごめんなさい……」グスッ…



青年(どうなってんだよ、これ……)

青年(魔王がオヤジに倒されて、人間界にいた魔物は全て魔界に戻ったはずじゃ……。
   なのになんで……)

青年(ま、まさか……)

青年「あのさ……質問なんだけどさ」

女戦士「なによ、役立たず」

青年「うっ、うるさい!」

青年「今年って何年だ?」

女戦士「なんなのいきなり? 今年は王暦527年よ」

青年「!!!」



青年(やっぱり……! 俺が生まれた年より、ずいぶん前だ……!)

青年(ってことは、俺は今、過去の世界にいるってことか!?)

青年(ってことは、こいつらは“本物の勇者パーティー”ってことか!?)

青年(ってことは――)

青年(こいつら、オヤジやお袋の若い頃だってことかぁぁぁっ!?)

今回はここまでです

青年の顔から血の気が引いていく。

青年(マジかよ……!)

青年(あの濃い霧に呑み込まれたせいで、こんなことになっちゃうなんて……!)

青年(過去の世界に飛ばされるなんて、異世界に飛ばされるより、
   よっぽどとんでもないじゃないか!)

勇者「どうかしたのか?」

青年「い、いや……なんでもない」

勇者「さぁ、出発しよう」

女戦士「んもう、魔法使い! あんた、また逃げてたでしょ!」

魔法使い「ごめん……」グスッ…

女僧侶「まあまあ、仕方ありませんよ。いきなりでしたから」

女戦士「ほら、そうやって甘やかしちゃダメだって!」



青年(え、と……勇者はオヤジで、女戦士はお袋、魔法使いは賢者先生で、
   女僧侶は先生の奥さんだったよな)

青年(今はあんなに怖いのに、先生、昔はあんなに泣き虫だったんだな……)

青年(さて、どうする……)

青年(ここでオヤジたちと別れて、あの濃い霧を探すか?)

青年(――いやっ!)

青年(あいつらがオヤジたちってんなら、ちょうどいいじゃねえか!
   ここであいつらをビビらせるほど活躍してやる! 見返してやる!)

青年(なにしろ、俺の方が奴らよりずっと強いんだからな!)

青年(時代遅れの勇者なんかより、俺のがすごいってことを証明してやるんだ!)

青年(よぉっし! 気合を入れ直す!)パシッ



勇者の血筋か、あるいは本人の気質か。

青年はこの異常事態にもかかわらず、気持ちをシャキッと切り替えた。

しばらく歩くと、一行はまたしてもホワイトビーストの群れに遭遇した。

勇者「さっきより数が多い……! みんな、気をつけろ!」バッ

青年「今度は俺に任せな!」

青年(冷静になれば、こんな奴ら!)スッ…

ザシュッ! ズシャッ! ザンッ……!

青年は一太刀ずつで、群れを全滅させてみせた。

青年(さっきは初めての魔物にビビって、かっこ悪いことになったけど……
   一度体験すりゃ、こっちのもんだ!)



勇者「すごい……! 一匹につき一撃ずつで仕留めるなんて!」

女戦士「むうぅ……少しはやるじゃないのよ……」

ところが――

「ギシャァッ!」バッ

密かに隠れていた一匹が、青年に飛びかかった。

青年「うわっ!?」

勇者「はあっ!」ヒュオッ

ザシュッ!

「ギエエェッ!」ヨロッ…

女戦士「たああっ!」シュバッ

ドシュッ! ザンッ!

「ギャァァ……!」ドサッ…



青年(この二人、仕留めるまでの手数は俺より多いけど、
   奇襲に対する反応は俺よりずっと早かった……)

青年「なぁ……」

勇者「ん?」

青年「今、奇襲に対してものすごく反応がよかったけど……どうしてだ?」

勇者「どうしてっていわれても……あえていうなら、慣れかな、慣れ」

女戦士「うん、魔物の襲撃って、基本的に奇襲ばかりだもんね。
    おちおち考えごともしてらんないわよ」

青年「…………!」

青年(学校の剣技の授業じゃ、向かい合っての一対一が基本だから、
   奇襲なんかありえなかった……)

青年(たしか、オヤジは旅立ちから魔王を倒すまでに、
   およそ一年かかったっていってたよな)

青年(こんないつ敵に襲われるか分からない、命懸けの旅を一年も……)

夜になると、勇者たちは山道の外れにテントを張った。

テントは二つ。男三人と女二人に分かれて眠る。

魔法使い「シールド魔法をかけておいたよ!」

勇者「ありがとう、魔法使い」

勇者「さてと……それじゃ今日の日記を書くとするかな」

青年「日記? なんでそんなものを?」

勇者「出くわした魔物や、俺たちがどういう戦いをしたか、どう勝ったか、なんてのを
   できるかぎり詳しく記述するんだよ」

勇者「そうすれば、俺たちが魔王を倒して平和になった世の中で、
   この日記をもとに剣や魔法のレベルを飛躍的に向上させられるだろ?」

勇者「もちろん、悪用されるような事柄は省いているし、
   技術だけ向上してもなんにもならないから、
   それを使う人々の心にも訴えるような日記にしたいと思ってる」

青年「…………」

勇者「あ、それというまでもなく、君のことは書かないよ。
   あれほどの素晴らしい剣技――きっと秘中の秘だろうからね」

青年「日記書くの……やめた方がいいんじゃないか?」

勇者「どうして?」

青年「だってさ、あんたたちがこの旅で得た経験ってのは、
   いってみれば普通の人じゃ絶対発掘できない貴重な宝石だぜ?」

青年「そんなもんを、みんなに安売りしちゃっていいのかよ?」

青年「たとえばさ、あんたが戦いの中で必死こいて開眼した剣の極意を、
   後の世で教科書かなんかでちゃちゃっと覚えて強くなった奴がいたとする」

青年「そんな奴がもし、あんたの苦労も知らずに、
   剣も魔法もずっと進歩してるんだ! お前なんか時代遅れなんだ!
   ――なんていってきたらどうする? 腹が立たないか?」

勇者「全然!」

青年「!」

勇者「俺は“勇者”を名乗ってるけど、英雄になるつもりはないよ。
   自分の役目は、あくまで次世代に平和な世界を残すことだと思ってる」

勇者「だから、もし俺が魔王を倒して、俺に息子ができて、
   “俺なら魔王なんか楽勝だよ! 父さんは手こずったみたいだけどね!”
   なんていわれたら――」

勇者「これほど嬉しいことはないね!」

青年「…………」

勇者「なーんてね。これで魔王を倒せなかったら、かっこ悪いけど……ハッハッハ」

青年「い、いや……! 俺はオヤ――いや、あんたなら魔王を倒せる、と思う……」

魔法使い「そうだよ、勇者! ぼくも君なら魔王を倒せると信じてるよ!」

勇者「ありがとう、二人とも!」

青年(オヤジ……)

次の日――

早くも魔物との戦いに慣れてきた青年が、八面六臂の活躍をする。

青年「はああっ! だあっ!」

ザシュッ! ドシュッ! ザンッ!



勇者「昨日、ホワイトビースト相手にあたふたしてたのがウソのようだ……」

女戦士「なんなのよ、こいつ……。いったいどんな修行してきたってのよ……」

女僧侶「まるで魔法ですね……」

勇者「君、ホントにすごいね……。君一人で、俺たち四人以上の働きをしてるよ」

青年「いや……俺なんか全然大したことないって。あんたの方がすごいって」

勇者「?」

女戦士「ふうん……昨日に比べて、ずいぶん謙虚になったじゃない」

女戦士「――まぁ、こいつはいいとして、魔法使い!」ギロッ

魔法使い「ひっ!」ビクッ

女戦士「あんたまた逃げたでしょ! いい加減にしてよ、もう!
    ちゃんと魔法でフォローしてよ!」

魔法使い「う、うう……ごめん……」グスッ…

女僧侶「まあまあ、あまり怒らないであげて下さい」

女戦士「あんたも甘やかしちゃダメだって!」

青年(先生……)

青年(今までの俺だったら、先生のこんな姿見たら、爆笑してただろうけど……
   今は……なぜか笑えない……。笑う資格なんかない……)

勇者「魔法使い」

魔法使い「ゆ、勇者……」グスッ

勇者「旅立ちの初日、たしかお前は100メートル以上逃げた。
   一週間前は10メートルだった。今はせいぜい5メートルほどだった」

勇者「これは大きな進歩だ」

魔法使い「そんな……進歩だなんて……。ぼく、全然ダメだ……」

勇者「王都を発つ時、俺の仲間になりたいっていう魔法使いは大勢いたけど、
   俺はその中からお前を選んだ。なぜだか分かるか?」

魔法使い「わ、分からない……」グスッ

勇者「俺はお前が“魔王を倒して立派な先生になる”っていった時の目に、
   なにかすごいものを感じたからだ」

勇者「お前は絶対すごい魔法使いになるって思ったからだ」

青年(――そうだ! 俺の天敵になるほどにな!)

勇者「さ、自信を持つんだ」ポンッ

魔法使い「う、うん……! ありがとう……勇者……」

勇者「女戦士もクールダウンしよう。仲間割れしたら魔王が喜ぶだけだ」

女戦士「うん……」

女戦士「ごめんね、ちょっといいすぎたわ」

魔法使い「ぼくこそ……次は絶対逃げないから……」

女僧侶「そう、その意気ですよ」

勇者「よぉし、出発だ!」



青年(すげえな、オヤジ……ちゃんとパーティーをまとめ上げてる。
   リーダーって感じだ……)

青年(剣での勝負なら、俺はオヤジに無傷で楽勝できるだろう。
   なのに、全然勝ってる気がしない……)

その夜――

テントで眠ってた青年が、ふと目を覚ましてしまう。

青年「……ん」ムクッ

魔法使い「すぅ……すぅ……。もう、にげない、ぞ……。すぅ……すぅ……」

青年(あれ? オヤジがいない……)キョロキョロ

青年(どこいったんだ? ションベン?)

勇者を探すために、青年もテントの外に出る。

青年「!」

青年(あ、あれは……! オヤジとお袋! なにやってんだ、こんな真夜中に……)



勇者「…………」

女戦士「…………」



青年(なんだなんだ、あの二人、なんかいいムードじゃないか?)

青年(オヤジの話じゃ、冒険中はオヤジとお袋にまったく恋愛感情はなかった
   ってことだったけど……)

青年(どれ、もうちょい近づいてみるか……)コソッ…

女戦士「――ダメよ、そんなの!」

勇者「いいや、俺はお前が好きだ。愛してる」

女戦士「だけど、あなたは姫様から熱烈なアプローチをされてた身……
    次期国王を約束された身なのよ!」

女戦士「それをもし、断りでもしたら、どうなるか……分かってるでしょ?」

勇者「ああ、おそらく俺は王都にはいられなくなるだろう。
   剣技で食ってくこともできなくなるだろうな」

女戦士「だったら……!」

勇者「だけどな、そんなことはどうでもいいんだ」

勇者「まだまだ先の話だけど、もし魔王を倒したら、俺は絶対お前と一緒になる」

勇者「田舎町で畑でも耕しながら、一緒に暮らしていこう。
   それでさ、子供が生まれて、ささやかな幸せを築いていけたら最高じゃないか」

女戦士「だけど……」

勇者「お前は俺を好きじゃないのか? 愛してないのか?」

女戦士「そんなことない! けど……」

勇者「なら、もう議論はいらないな」ガシッ…

女戦士「!」

熱い口づけを交わす二人。



青年(ちょっちょっちょっ! オヤジ、こんなにグイグイいく人だったのかよ!
   昼間と全然キャラがちがうじゃねーか!)

面食らいつつ、赤面する青年。

青年(しっかし、意外だったな……)

青年(俺は、姫にフラれたオヤジが、ふらふらしてるうちに、
   仲間だったお袋となし崩し的にくっついたって認識でいたけど……
   事実は逆だったんだな……)

青年(おそらく、姫サイドがそういう情報操作をしたのか、
   あるいは、オヤジが姫の顔を立てるためにフラれたことにしたんだろう)

青年(元勇者にもかかわらず、王都にも住めず、剣技指南の仕事にもつけず、
   畑仕事に精を出してるのは全てはこのためだったのか……)

青年(ったく、地位より愛を迷わず選ぶとは、とんでもないオヤジだ)フッ

青年(とっととテント戻ろ……)コソコソ…

霧の山攻略は、それから数日間にわたって続いた。



勇者「この辺りは足場が極端に悪くなってる! 慎重に進もう!」

青年「オッケー!」



青年「どりゃあああっ! はあああっ!」

ザンッ! ザシュッ! ズバァッ!

女戦士「アタシが一匹倒してる間に、10匹倒すなんて……ぐぬぬ……」



女僧侶「皆さん、回復します!」パァァァァ…

魔法使い「えぇーい、炎よ!」ボワァァァァッ

青年(先生、やっと逃げなくなってきたな!)

そして――

勇者「霧に邪悪な気配が混ざってきた……。
   あの山頂で、“ホワイトデビル”が俺たちを待ち構えてるはずだ」

勇者「みんな、準備はいいか?」

女戦士「もっちろん!」

魔法使い「ぼくも……大丈夫! うん、大丈夫! 多分、大丈夫……!」

女僧侶「フォローはお任せ下さい」

青年「俺もバッチリだよ。オヤ……勇者」

勇者「よし……山頂に乗り込もう」



その時だった。

突如、白い霧が集まって、青年を包み込み始めた。

青年「うわっ!?」

青年「これは……!?」



勇者「どうしたんだ!?」

女戦士「まさか、ホワイトデビルの攻撃!?」



青年(いやっ……! これは違う! これは……数日前と……同じ!)

青年「おーいっ、みんなっ!」

勇者「なにしてる、早くこっちへっ!」

青年「俺は心配ない! だけどお別れだっ!」

青年「最後に一つ! みんななら、ホワイトデビルどころか魔王だって――」

ブオァァァ……



………………

…………

……

……

……

……

青年が目を覚ますと、やはり周囲には霧が立ち込めていた。

青年「…………」

青年(なんとなく……分かる)

青年(俺は帰ってきたんだ、って……)

青年(おっと、ちゃんと家にも帰らなきゃな。
   オヤジはともかく、お袋は激怒するだろうなぁ……きっと)

青年は霧の山から下山し、家出の終着点――“自宅”を目指した。

― 青年の自宅 ―

家に戻ると、家族だけでなく、賢者夫妻まで待っていた。

これはこっぴどく叱られる、と覚悟を決めた青年だったが、話は意外な方向に進んだ。



父「すまなかったな……全て俺が悪いんだ。
  今までお前にかっこいいところなんて、なにひとつ見せてやれなかったから……」

賢者「いえ、勇者さん、これは私の責任です。
   ことあるごとに、私が父親のようになれ、とプレッシャーをかけたので……」

青年「…………」

母「無事に帰ってきてくれてよかったわ。今日はもう休みなさい」

賢者妻「ええ、疲れてるでしょうから」

母「あと、明日になったら学校のお友だちにも連絡しなさいね。
  特に友人君は心配して、何度もうちを訪ねてくれたから」

青年「…………」

青年「オヤジ」

父「!」ビクッ

妹「お兄ちゃん……怒っちゃやだよ」

青年「大丈夫だよ。怒ってないよ」

青年「こっちこそ、突然家を飛び出してゴメン。
   オヤジがどういう人生送ってきたかなんて、まったく知らないくせにさ……」

青年「俺が……子供だったんだ。本当に、ごめんなさい」

父「いや……そんなことは……」

青年「今度さ、俺に剣の稽古つけてくれよ」

父「剣の稽古って、俺じゃお前の相手になれるかどうか……」

青年「ハハハ、大丈夫、大丈夫。親子のスキンシップってやつだよ」

賢者「ふむ……どうやら家出したことで、一皮むけたようだな。顔つきが変わっている」

青年「…………」チラッ

青年の中で、“厳格な賢者”と“泣き虫魔法使い”がオーバーラップする。

青年「――ぶふっ!」

賢者「え?」

青年「先生こそ、何十皮とむけてきたんですもんね」

賢者「む? どういう意味だ?」

青年「いえ、なんでもないです……ぷぷっ! ひひひっ……」

賢者「なんでもないってことはないだろう! どっ、どういう意味だ!?」

賢者妻「まあまあ、あなた落ちついて」



こうして、青年の奇妙な家出は幕を閉じた。

それから数日後、青年と父は約束通り、一対一で剣の稽古をした。

といっても、元勇者である父は青年の動きについていくことさえできなかったが……。



ドサッ……

父「はぁっ、はぁっ、はぁっ! いやー、全然かなわんな! 悔しい!」

父「くっそー、子供に負けるのがこんなに悔しいとはなぁ!」

青年(そのわりに、ニコニコしすぎだっての)

青年「ところでさ……」

父「ん?」

青年「俺が家出する寸前、“霧の山で不思議な助っ人に出会った”っていってたけど、
   どんな奴だったの、そいつ?」

父「ああ、その話か? いやー、なにしろ本当に霧だらけの山でな。
  残念ながら、顔はぼんやりとしか覚えてないんだが……」

父「性格はちょいと憎たらしかったが、とにかくやたらめったら強くてな。
  俺は内心、この人に魔王倒してもらおうかな、なんて考えてたよ。ハッハッハ」

青年(そんなこと考えてたのかよ!)

父「しかし、あの人は突然いなくなってしまってな。
  霧の山を攻略後も何度か捜しに行ったが、結局二度と会うことはできなかった」

父「あの山の霧には不思議な力があるなんて言い伝えもあるし、
  もしかしたら、霧が作り出した幻の助っ人だったのかもしれんな……」

青年「…………」

青年「俺にはそいつが何者かなんて、想像もつかないけど……
   きっとそいつも、オヤジを……尊敬してると思うよ」

父「おっ、お前もなかなか味なことをいうようになったな」

青年「さぁ、おしゃべりはこの辺にして、もう一丁付き合ってくれ!」

父「え!? ま、待ってくれ……まだ息が……」



母「お父さん……こりゃ明日はまともに動けないわね、きっと」

妹「あははっ、かわいそー!」







                                   ~おわり~

完結となります
ありがとうございました

長編を期待していた方には物足りない感じになってしまったと思いますが
楽しんでいただければ嬉しいです

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