長門「ユッキー……私の事を呼ぶならそう呼んで」 (29)

お蔵出しスレ。

※エロ。男同士、女同士、ふたなり、カップル陵辱色々。
※絡みは無節操だけど、基本理念はキョンとハルヒにエロイことしたいというアレ。
※6,7年ものなのでノリが懐かしい。



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物語は突然に。そして唐突にエキセントリックかつ支離滅裂な設定を押し付けられるものである。
それを多少マイルドにするために――……かどうかは定かでないが、昔々と言う常套句があるものだが、
残念ながらこの話は昔でもあるところでもない時間平面上に起こった物語なので、やはり、唐突に始まらざるを得ない。
ただし、俺個人は魔法的近未来的超常的なものとは一切無縁の平々凡々な男である。
春から高校一年生、男、以上だ。
あえて特筆するところを上げるとすれば妹持ちということくらいか。
ともかく俺は新たな命の萌出ずる春、期待と不安に胸膨らませ、いそいそハイキングコースじみた通学路を急ぐ、この入学生たちとなんら変わりない、
集合写真の中でも特に目を惹かぬ秀でた特徴のない男である。
くどいほどに言うのは他でもない

俺がこれから巻き込まれることへの理不尽さを最大限、読者諸賢に感じて欲しいからだ。
この目論見が成功した暁には全米は号泣し観客は総員画面の前で悶え転げ、同情の悲鳴を漏らすことだろう。
できない奴は感情が欠落している。
己の心無さを猛省しろ。


入学式の後、一見して体育専門と分かる担任に引き連れられた教室は、五組だった。
教師から向かって右端手前から自己紹介していく面々は誰も無難な文句を零して、特に意味もなく起こる生温かあーい拍手に包まれ着席していく。
俺もまた、当たり障りない挨拶を配って、ヨロシクオネガイシマスを締めに着席した。
異変はここからである。
教師に促され、後ろの奴が立ち上がった。
わざわざ体をねじってそちらを向くのも億劫で、前を向いていた俺は耳だけでそいつが立ったのを知った。
皆の注目が集まる中、そいつが発した言葉といえば――



「……」



何もなかった。



うんともすんともおうとも言わない。
自己紹介の文句を逡巡しているにしてはいささか長すぎる沈黙に、教室中戸惑った視線を交し合う。
秒針が一周するあたりで、さすがに俺も振り返った。

清楚な少女がそこに居た。

シャギーを入れ顎辺りでそろえた短髪に、端正な顔に張った氷のような無表情。
軽く結ばれた口元は意志の強さと言うより無感動さを思わせる。
細身の眼鏡の奥には底知れぬ瞳が鎮座ましまして、肌は雪のように白く、
温暖地帯に辛うじて発生した芯のないツララのように、触ると折れてしまいそうな危うい雰囲気を漂わせていた。



「……」



教師に何事か促されても、彼女は上下の唇をぴったりくっつけたままだ。
ぴんと背筋を伸ばしたまま、無言のまま、一心に前だけを見据えている。
ポーズ状態の彼女に、周りの視線も訝しげなものから不安なものへと変わり、さっきまで何となくぬるまっていた空気はじょじょに冷えていきつつあった。
それでも瞬き以外はしないところを見ると、度を越えた内気か、度を越えた無口か。
後者かな。
まじまじと見すぎたか、彼女の視線が不意に下がって俺の視線とばっちり合った。
刹那、彼女の右手がすと持ち上がる。
なんだなんだと思わず身構えた俺から、何事もなかったかのように視線を外し、彼女は眼鏡の縁に触れた。と同時に初めて口を開いた。



「……長門有希」



恐ろしく平坦な声。
待ち望んでいたはずなのに、彼女の声が落とされた途端、教室はぴしりと音を立てて瞬間冷凍された。
長門有希はいささかも動揺することなく席に腰を落とす。
紹介、終わりかよ。
新品の定規で引いたかのようにまっすぐな視線とまたかち合ってしまい、俺は慌てて目を逸らした。

こうして俺たちは出会っちまった。
つくづく思いたい、偶然であると。



長門有希は孤高の人だった
誰とも何も、必要最低限の会話すらしない。
授業中指されても答えを指差すか黒板に書くだけ。
それでも促されたときは過剰に無駄を省いた台詞でブリザードを巻き起こした。
彼女の台詞は400字詰め原稿用紙一行、いや半行を超えることすら稀なのだ。
 
また、彼女は謎の多い人物でもあった。
その数々は細分しても七つもないが、クラスの局地では長門七不思議とされている。

というわけで不思議その一。
徹底した無表情。クールとかそういうレベルじゃない。
入学からこっち、クラスの誰も彼女が顔筋をぴくりとも動かしたところを見たことがないのだから驚嘆に値する。
果たして、そんなことが人間に可能なのだろうか。

不思議その二。
やっぱり無口。
誰が何を言っても無視される。
そのせいで我がクラスでは長門有希が発言した日はいいことか悪いことかどちらかが起こるという阿呆らしいジンクスまで根付いてしまった。

不思議その三。
休み時間は消失する。
文字通り、チャイムがなると同時に消えていなくなるのだ。
そして本鈴がなる頃にはまた、いつの間にか席についている。
彼女が教室のドアをくぐるところは、これまた誰も見たことがない。

不思議その四。
出自不明。
といったら仰々しいが、つまり出身中学を誰も知らないのである。
暇な奴が教師から得た情報によると、どうも県外からの越境入学らしい。
まあ、大方親の仕事の都合で引っ越してきたのだろう。
なんか段々不思議と言うには苦しくなってきたな。
しかし、何となく長門有希のこととなると不思議っぽく思えてしまうのだから不思議だ。

そんな得体の知れぬ人、長門有希にも楽しみらしきものがあるらしかった。
本である。
彼女は入学当初から一日も欠かさず本を読んでいた。
それも人一人撲死させかねない分厚いやつを。
一度は辞書さえ熱心に読んでいたほどだから、度を越えた読書家なのかもしれない。
何が面白いのか、昨今の風潮にあわせ活字アレルギー気味の俺には理解不能だが、気のせいか活字を追う彼女の目は輝いて見えた。
流石にその小さな鼻をくっつけて読むような真似はしなかったが、そのままページをむしゃむしゃやってしまったとしても俺はさして驚かなかっただろう。
それほどの気迫が彼女にはあった。
クラスメイトもそういう雰囲気を感じてか、読書中には、彼女を中心に逆ドーナツ型の空間が出来上がるのが常だった。

かといって彼女にアプローチをかける人間が全くいなかったと言うわけではない。
まず、彼女のビスクドールじみた容姿に惹かれ血迷ったクラスの男ども。
更にクラスになじむ気配すらない彼女を見かねた担任の岡部教諭。
結果は……傍で聞いているこっちがいたたまれないほどの凄惨さだったとだけ言っておこう。
そして俺は彼女の語彙に「そう」と「別に」と「割と」しかないのを知った。





さて、早いもので彼女が教室をシベリア送りにした自己紹介からはや一ヶ月。
下半身男子も熱血教師も門前払いした長門有希はいよいよクラスで孤立しつつあった。
かといって困るそぶりなど微塵も見せず、彼女は今日もハードカバー一冊で構築した絶対防衛ラインに鎮座している。
相変わらず機械を思わせる精密さでページを繰る様には、何者をも寄せ付けぬ威厳があった。

んが、この長門有希の名誉ある孤立を良しとしないおせっかいやきが、クラスにはまだ残っていた。

その名は朝倉涼子。
クラス委員長である。


「顔だけでいうならAAランクプラスだな。アレはきっと性格まで良いに違いないぜ」


とは、先だっての『長門七不思議』において、長門有希の出自を教師にまで聞きに行った超暇人の台詞である。
さて、果たして奴が入学時からせこせこ作ったと言う『一年女子データベース』にどれほどの信憑性があるかは疑問だが、この情報だけは当たっているに違いない。
高校生にもなって学級委員長などをやっている辺りからしてもう人のよさが垣間見えるし、
容姿を鼻にかけない人柄ととっつきやすい性格は万人の好意を生み出す。
既にクラスの中心的人物となった彼女は当然のように教師からの評判もよく、早速ファンクラブまがいのものまでできているらしい。
それにも飽き足らず、朝倉は岡部教諭が匙を投げた後も、なかなかクラスに溶け込まない長門有希に積極的にアプローチを仕掛けていた。
並みの人間には出来ないことだ。



「せっかく同じクラスになれたんだもの、できるだけ仲良くしたいじゃない?」



しかしてこの一ヶ月ふたりの間に進展はなく、長門有希は相変わらず無言を貫くか、そう、別に、割との三語のみで話し、視線は活字に固定されて微動だにしない。
そのたびに朝倉は困ったような微笑を浮かべるのだった。
そんな顔をするくらいならやめておけよ。
よくやるぜ、全く。

そう思いながらも、美人で面倒見のいい学級委員長の淋しそうな笑顔は少しずつ俺の胸に澱となって積もり積もり、
その日の朝とうとう許容量一杯にまで達してしまった。
孤軍奮闘する彼女はけなげといってもいいくらいで、クラスメイトとして男として庇護欲くすぐられることこの上なく、
ついつい援軍になってやろうかと血迷った俺を誰が責められよう。

かくして俺は席に付くや、後ろの席の女子に声をかけた。
かけてしまった。




「よう、おはよう……」


沈黙。


「……何、読んでるんだ?」


沈黙。
無視、と思いきやゆっくり表紙を見せてきた。


「……面白いか?」


沈黙。と思いきや


「……ユニーク」


おお。
やったぞ俺、新しい語彙を引き出せた。



「……本が、好きなんだな」

「……割と」



どうも会話がワンテンポ遅れる仕様になっているらしい。


「あー、その……」


会話が続かない。
ふと長門有希が顔を上げた。


「なに」


その瞳は、容赦なく俺の角膜を貫き、能天気な脳ミソを貫いた。
俺のくだらない下心や妄想や邪念やその他色々疚しいものを容赦なく暴きかねないと、そう思わせるほど彼女の瞳はまっすぐだった。
もはや語彙がどうたらなどと考える余裕はなく、辛うじて浮かべた愛想笑いは恐らくかちんこちんに凍り付いていたことだろう。



「いや、なんでもない……」

「そう」



絶対零度の視線が俺から外れると同時、氷結した体が解凍され、俺は急いでねじっていた体を戻した。
会話時間おおよそ二十五秒。
どっと疲れた。
ふかぶか溜息をつく俺の傍にそっと誰かが屈んだ。ふわりと優しい香りが鼻腔をくすぐる。
見覚えのあるやわらかい微笑。
朝倉だ。



「気にしなくていいわよ。長門さん、いつもああなの」

「え、ああ……」


それから、と朝倉は少しだけ目線をさまよわせてから、ぱちりと片目をつぶった。



「ありがとうね」



びっくりするくらい完璧なウインクだった。



その瞬間、長門有希との対話で赤ランプの付いていた俺のヒットポイントは一気に全回復した。
これが毎日見られるなら長門有希とコンタクトを取るのもやぶさかではない。
そう考える俺は近年稀に見る阿呆面だったことだろう。
女に意地汚い谷口が朝倉との会話を見咎め、問い詰めてきたのは言うまでもない。
だが、俺は断固として何を話したのか明かさなかった。
もし『長門有希に話しかければ朝倉とお近づきになれる』などという噂が流れでもしたら不味い。
朝倉を狙う下心満載の男どもに群がられたりしたら、さすがの長門有希も迷惑に思うことだろう。
そのいたわりや思いやりが自分に向けたものでさえなければなおさらだ。
となればやはり、この裏技は俺の心の中だけに秘めておき、長門有希を介して縮まっていく朝倉との距離を、一人寂しく楽しむべきだろう。
フハハハハハ、やぶさかじゃあないぜ。

かくして、大方満足に終わったものの、俺の対長門有希ファーストコンタクトは失敗に終わった。
しかしその週末、事態は進展を見せる。



桜はすっかり散って青々とした木々が並木道を飾る、春も半ば。
俺は図書館へと向かっていた。
俺は読書家ではない。どころか、ちょいと難解な絵本でさえ読む気になれない。
そんな俺がわざわざどうして貴重な休みを潰してまでそんなところに向かっているのかといえば、答えは簡単。返却期限を超過した妹の図書を返すためである。
母親がランドセルの奥深くに眠っていたそれを見つけ出した時は既に遅し、当の妹は元気に遊びに飛び出していった後で、
当然の帰結として俺に白羽の矢が立った。解説終わり。



「……やれやれ」



この歳になってお使いまがいのことをするのもさながら、『赤い実はじけた』何ぞ持って駅前を闊歩する虚しさも一入よ。
あいつには、帰って来たら厳しく説教してやらねばなるまい。
今頃友達と健康的に遊んでおろう愚妹を忌々しく思っていると、ふとコンビニに見慣れた顔を見つけた。
休日なのになぜか制服姿のそいつは、機械的に店内を見回し、目標を特定するやこれまた合同演習のごとく規則正しい足取りで近づくと手に取り、レジへ向かう。
会計を済ませ、90度回転。
自動ドアをくぐって来たのは、誰あろう、長門有希その人だった。



「よう」



呼び止めたのに他意はない。本当だ。
ただ、こいつでも飯を食うのだなと当たり前のことに変に感心してしまった(彼女は昼休みにも消える。きちんと食べているのかしらと朝倉が案じていたのを思い出した)。
長門有希はぴたりと足をそろえて立ち止まった。
ロボットのような挙動で顎を上げると、計ったようなタイミングで瞬きをひとつ。


「奇遇だな。買い物か」



ワンテンポ遅れて、かくんと首が落ちる。
その反応から、何となーくだが、顔を覚えられていないんだなーと分かった。



「弁当、買いに来たのか?」



首肯。



「親は?」

「……いない」

「出張とか?」

「……最初から、私ひとり」

「そうなのか」

「……そう」



どういう事情かは知らんが、毎日出来合いとは不摂生極まりないな。だからそんな青白い顔をしているのだろうか。
まるで、そう、月の裏側から来た宇宙人のような……。
そこまで考えたところで長門有希の目が動いた。


「……それ」


そう言って視線を落とした先にはブックカバーにくるまれた某小学校推奨図書。
さすがだな。本を感知するレーダーでも付いてるのか。



「私にそのような機能は搭載されていない」



いや、まじめに返すなよ。
首を傾げられてもな、ジョークだよ、ジョーク。



「……ジョーク」


そう、冗談。


「……そう」


そう。


「……あなた」



心なし上がり調子。もしかして質問のつもりか?
ならもうすこし主語述語をはっきりさせて喋ってくれ。助詞もつけてくれると、なおありがたい。
そういうと長門有希はゆっくり目を閉じて、開いた。彼女なりの逡巡なのだろう。



「……あなたはどこへいくの」

「えっ」



自分から言い出したこととはいえ、まさか本当に喋ってくれるなど思いもよらず、俺はいささか狼狽した。
てっきり、「そう」「別に」「三点リーダー」のコンボで押し切られてしまうと思っていたのに。



「あ、ああ、今から図書館に行くところなんだ」

「……」



またミリ単位で首を傾げられる。



「もしかして、行ったことないのか?」



はなはだしく意外である。
辞書までむしゃむしゃ食べてしまうほどの勢いで熟読していた彼女が、書籍のパライソともいえるあそこを未体験とは。
思わず零した俺の言葉に、長門有希は更に数ミリ首をかしげた。
じいっと、ブラックホールを内包した目で見つめられてはこう言うしかあるまい。



「……一緒に来るか?」

「行く」



思いのほか早いテンポで返事が返って来た。
やはりこいつの興味を惹くのは目下、インクの染みた紙の束だけであるらしい。



図書館に足を踏み入れた長門有希は、本棚の間でしばらく硬直していたが、やがてゆっくりすぎる動きで館内を見渡すと、朦朧とした足取りで本の海に呑まれていった。
まあ全て俺の主観でしかないから、長門有希が本当に浮かれていたかどうかは分かりかねる。
何事もなく本を返し、長門を探すと、本棚の前で腕が折れてしまいそうなほどぶ厚い本にかじりついていた。
相も変わらぬ表情だが、今までにない覇気を感じる。気がする。


「おい、長門」

「……」

「長門」

「……」



返事はおろか反応ひとつしやしない。
これは完全に空想世界へダイブしてしまっているな。
このまま帰ってしまおうかという考えがちらと頭を過ぎったが、流石にそれは気が引ける。
帰り道も知らないだろうし、何より、閉館時間どころか地震雷火事親父が来てもその場に根を張って動きそうにない長門有希に、俺は少々不安を覚えた。



「長門」



肩を揺さぶると、ようやく精神が帰還したらしく、長門は顔を持ち上げた。
のろのろというか、しぶしぶというか、とにかく、俺が思わずたじろぐほど、人間じみた動きで。



「……何」

「いや。……その本、そんなに面白いか?」

「……興味深い」

「借りるか?」

「どうすればいい」



即効返事上がり調子第二段。
さっきより随分分かりやすくなったと思うのは、長門有希が心を開くようになってくれたからか、俺の観察眼が鍛えられたからか。
はたまた、全部が俺の妄想か。



「ああ。カードは持って……ないよな。作りに行くか」

「……カード」



そこで長門は本を閉じた。
連れて行けということだろう。
その後、まるで宝物を守る小学生のように本を抱えて離さない長門有希の代わりに手続きを終え、図書カードを作成してやった。
カードを手渡すときでさえ、こくりと首を落とすだけだった彼女だったが、何となくその目は輝いているように見えたようなそうでもなかったような。
ともあれ図書館デビューおめでとう長門、これからは本が読み放題だな。
せいぜい中毒をこじらせないようにするといい。
そのことがあったからというわけではないが、何となく、なんとなあーく俺たちは言葉を交わすようになっていった。
彼女は休み時間にはいないから、ホームルーム前の僅かな時間に限られたが。
愛想皆無の態度に、もしや迷惑なのかもしれないとも考えたが、長門は無口であって内気ではないから本に集中したければしたいとはっきり言うだろう。
黙って会話に乗っかってくれているのだから、少なくとも邪魔とは思っていないはずだ。
多分な。そうだと思おう。




「最近はどうだ、面白い本は見つけたか」

「……割と」

「感想は?」

「……興味深い」

「お前が面白いって言うならそうなんだろうな」

「……」

「図書館は、あれから行ってるのか」

「結構」

「よっぽど気に入ってるんだな」

「入ってる」

「そうか」

「そう」




返事が5字にも満たないのは相変わらずだが、俺の思い上がりでなければ、俺たちふたりの距離はナメクジの匍匐前進と同じくらいのペースで、しかし着実に縮まりつつあった。
この会話をした翌日、貸すから、と分厚い本を渡されたときは感動さえ覚えたものである。
長門有希は俺が思っていたよりもたくさんの表情を持っていたらしい。
顔に出にくい性質なのか、環境がそうさせたのか、何にせよ難儀なことだ。
せめてあの本への情熱のひとかけらでもコミュニケーション不全の改善にぶつければ健全な学校生活を送れるような気がしないでもないのだが、
まあ俺が進言してやることじゃあない。少なくとも、今は、まだ。


「にしてもキョンよお、お前一体どんな魔法を使ったんだ?」



読者諸賢、ご紹介しよう。
いつもの通り昼休み開始の鐘と同時消えた長門有希の席を陣取り飯をかっくらっているこいつが、天下の阿呆と名高い谷口だ。



「長門有希があんなに長く喋ってるのなんて、初めて見たぜ。今まで誰とも接点を作りたがらなかったのによぉ」



驚天動地だと首を振る。
その隣で中学の同期だった国木田が、ちまちま白米を摘みつつ、


「キョンは昔っから変な女が好きだからねえ」

「誤解を招くようなことを言うな」

「あはは」

「変な女ねえ……」



谷口はなぜだかレモンを丸々一個食いしたような顔をした。



「思い出すぜ。俺の中学にも奇天烈な女がいてさあ。アレに比べりゃ、長門有希が可愛く思えてくる」

「へえ、随分だね」

「中学からの腐れ縁でよ、本当、わけのわかんねえことをしでかしてやがったもんだ」



有名なのは、と谷口が箸を振る。



「校庭落書き事件。理由は教師総出で問い詰められても言わなかったんだけどよ、出来損ないの何とかの地上絵みたいなのをグラウンドにでかでかと描いたわけだ」

「何を?」

「だから!出来損ないの何とかの地上絵みたいな奴をだよ!」

「ああ、そういえば地元の新聞で見たことあるなあ。あれでしょう? なんか……」



この会話だけでもふたりの知能指数は推して測れるだろう。
一生に照らせば出会って瞬きするくらいの時間しか経っていないというのに、こうも息ぴったりなのはなぜなのか。波長が合ったのだろうか。
その調子で融和し混じり合い、合体してお笑いコンビでも作ってしまえ。谷口に国木田、言いにくいな、谷木田、もしくは国口か。どちらにせよしっくりこん。
ぼんやりと話を右から左に受け流す俺の態度をいいように取ったようで、谷口は嬉々としてその女の伝説を語り始めた。
落書き事件から始まり、屋上にペンキで魔法陣らしきものを描いたり、教室中に怪しげなお札を貼りまくったり、奇妙奇天烈摩訶不思議なおさがわせはとどまるところを知らない。
数々の奇想天外な行動は、谷口曰く、


「意味わかんねーよ」


の一言に四捨五入されるらしい。
ただ見てくれはものすごくいいので、それ目当てで言い寄ってくる男が多かったそうな。
そして何を思ったのか、その女はそいつら全員と付き合ったのだそうな。一時期はとっかえひっかえとも言っていいくらいだったそうな。
そして、その全員が全員とも『普通の人間』だからというこれまたピントのずれた理由で一月と経たずにフられていったのだそうな。
長門もそうだが、そいつは健全な学校生活というものを知らんのかね。

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