--- 渋谷 ----
千早(ラジオの収録、長引かなくて良かった)
千早「プロデューサーにもらったインディーズバンドのチケット、無駄にならずに済んだわね」
千早(というわけで仕事で私もよく使うライブハウスにやってきたのだけど)
千早「ロック中心のインディーズバンドの対バンライブ……私の参考になるかしら」
千早「参考にならなくてもプロデューサーが息抜きのためにくれたチケットなんだから楽しまなきゃ」
千早(本当は一緒に来られたら良かったのだけど……)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1431795142
ガヤガヤ
千早(このライブハウス、ロックサウンドのほうが音響的に良いのかも……)
千早「でも肝心の内容の方が……」
千早(旬のインディーズバンドが売り文句のわりには、いまいちピンとこないバンドばかりね)
千早(プロデューサーに素直に感想、伝えるべきかしら)
千早(トリは、パンクバンド……正統派のロックはよく聞くけど、パンク方面はあまり知らないから参考になるかも)
千早(四人編成ね。ドラム、キーボード、ベース、三人とも男性)
千早「でも、ギター兼ボーカルは……女の子のようね。私とあまり年は変わらなさそう」
千早(左目の下に星マーク。赤い髪の毛。いかにもパンクって感じね。ちょっと私の苦手なタイプかも)
千早「彼女、何も言わずにステージに一瞥くれてギターに手をかけて……」
千早(いきなり一曲目、ギターソロ。会場の空気が変わった……ボーカルもすごい……)
聞いたことのない独特のギターフレーズでした。基本的にはパンクだけど、ニューウェーブの感覚もあるみたいでした。
久々に他者の音楽的才能を感じて、魅入っている私に気づきました。
その感触は、春香の歌を初めて聞いたときに似ているのだけど、タイプは全く違う。
彼女はMCも無く、ひたすら曲を演奏し、頑なに歌いました。
でも、常に何か違和感がつきまといました。どの曲もとても良いのだけど。
(彼女、バンドの一員じゃなくて、ひとりきりでステージに立ってるみたい)
……もし、私の予感が当たっているのであれば、そういう人の心根をよく知っています。
『お前は、誰も寄せつけないのに皆を惹きつけるんだな』
プロデューサーに昔、言われた言葉を思い出していました。
彼女は私に似ているのかもしれません。
ボーカル「次で最後の曲だ!」
千早「次で最後の曲?もう?」
千早(演奏を始める前に、ベース担当の男性がボーカルの子にオフマイクで何か話しかけました)
千早(すると、ボーカルの子の表情が一瞬曇って、次の瞬間にはそれを拭うような怒りの表情が見えて……)
千早「あの二人、口論になってるみたい……」
千早(えっ?ベースがボーカルの子の胸をつかんで……)
ベース「ほんっと、うっすいな!胸板かよ!」
千早(……どんなやりとりがあったのかよくわからないけど、今許せない言葉がベースの人から飛び出したわ)
千早「ちょっと!あなた、やめなさ……」
ボーカル「うるさいんだよ、いいかげんにしろ!」
千早(ボーカルの子はギターのネックを両手で掴み、思い切りベースの顔面を殴りました)
千早(……スピーカーからはとてもいい音がしていました)
ボーカル「みんなごめん、いまのが最後の曲替わり。こういうのがパンクかもな」
ボーカル「……ああ、自己紹介がまだだった。あたしはジュリアだ。で、ついでにバンドは解散だ。じゃあな!」
千早(彼女……ジュリアはもう興味がないのか、ステージから去ろうとしました。振り向きざまに私に一瞥くれて)
ジュリア「注意してくれてありがとう。あんたいい声してるね」
千早(そう私に言葉をかけて、ステージから捌けていきました)
千早(ここで彼女をそのまま行かせてはだめ、そう感じて私は人を縫って外に出て行きました)
千早(息を切らせて搬入口まで走ってきました。ギターケースを背負った女の子がまさに去ろうとしていました)
ジュリア「お、さっきの。どうかした?」
千早「あなたの歌、まだ、もっと聴きたくて。どこで歌っているのか教えて」
ジュリア「ああ、毎週どっかの路上でやってるよ。新宿とかさ」
千早「次は、いつなの?教えてくれないかしら」
ジュリア「そんなに聴きたい?ちょうど来週の夜、南口だ」
千早「必ず行くわ」
ジュリア「ふーん……そう。じゃあ待ってるぜ」
千早(ジュリアは、赤く染めた短髪を翻したかと思うと、再びこちらを向きました)
ジュリア「そうだ、あんたの名前、教えてくれよ」
千早「如月、千早」
ジュリア「チハヤ?じゃあ 、チハだな」
千早「チ、ハ?」
ジュリア「じゃあな、チハ、また来週」
千早(胸騒ぎ、興奮、様々な感覚が去来しました。765プロシアターで彼女と切磋琢磨したいと強く思いました)
千早「……そうね、これが『ティンと来た』ってことなのかしら」
--- 765プロ事務所 ---
千早「……ということですプロデューサー」
P「じゃあそのジュリアって子をシアターのメンバーとしてスカウトしたいと」
千早「彼女の歌は本物です。何よりステージに立つ者に最も重要なものを持っています」
P「お?それってなんだと思ってる?歌唱力?」
千早「もちろんそれもひとつの要素ではありますけど、私はカリスマ性だと思います」
P「じゃあ実際、ステージに立っている千早にカリスマ性は足りてるってこと?」
千早「いいえ、まだ全然です。だから、彼女を、ジュリアを呼んできてそれを学びたいです」
P「千早もずいぶんと貪欲になったなあ。したたかというか」
千早「それは……褒めていただけているのでしょうか?」
P「もちろん褒めてるさ。アイドルってそういうもんだろ?」
千早「いささか歪んだ認識かと……」
P「そりゃ、プロデューサーだからな。ファンの視点とは違わざるを得ない」
千早「そういうこと765プロのみんなには言わないでくださいよ」
P「言うときは相手を選ぶさ。律子とかにはガンガン素直にいうけど」
千早「確かに、律子なら問題なさそうですね」
P「それが、あいつ意外にちょっと怒ってさ。よく考えたら、アイドル大好きだもんなあ」
千早「いずれにせよ、言動にはもう少し気をつけるべきだと思います。私に対してだったらなんでも大丈夫ですけど」
P「じゃあ……いや、怒るからやめよう」
千早「言うのはいいですけど、怒るときは怒りますから」
P(怖い笑顔だ。千早がめんどくさいのは怒ったときより、拗ねたときなんだよな……)
P「まあ、いいや。とりあえず、来週、そのジュリアって子の演奏を聴きに行こう」
--- 翌週・新宿駅南口 ----
P「新宿で路上といえば、やっぱりここか」
千早「もう何グループかが音を出してますね」
P「その子……ジュリアはどこに」
千早「声が聞こえます。多分、こっちに」
……
P(アコギを弾く女の子。赤髪、短髪)
P(メイクはいかにもパンクって感じで、アイドルとしては……どうだろう)
P(顔立ちは整っていて……すっぴんを見ないとわからんかな。でも、何よりアイドルにとって大事なのは……)
千早「あなた、アコースティックギターも弾けるのね」
ジュリア「お、チハだ。ほんとにくると思ってなかったよ」
千早「あのときは結構、真面目な顔して伝えたと思っていたのだけど」
P「しょうもない嘘つくやつじゃないしな」
ジュリア「あんたは……、ああ!チハの彼氏?」
千早「ち、違うわよ!?」
P「俺はやぶさかでないけど」
千早「この人は私のプロ……職場の上司よ」
ジュリア「へえ、見かけによらないな。もう働いてるんだ」
P(千早、なんでアイドルだってこと隠すんだ?)
千早(だって、いきなりアイドルプロデューサーが現れたら魂胆丸見えじゃないですか)
P(確かにそうだな……)
千早「先週言った通り、今日はあなたの歌と演奏を聴きにきたの」
P「俺はちはy……じゃなくて如月を追っかけてたらいつの間にかこんなところに」
ジュリア「なんだ、変なヤツらだなー。いいや、まだ何曲かやるから聴いてってくれ」
……
千早(この曲、KisSですね)
P(アコースティックアレンジだ。やっぱこの曲はグッとくるなあ)
千早(……色々大丈夫なんでしょうか)
P(ってなにが?)
千早(いえ、権利とか)
P(そもそも、この曲の権利って961プロにあるのかな)
千早(……ややこしい話はやめておきますか)
……
ジュリア「じゃあ、今の曲でおしまい。みんな、ありがとう」
P「結構な人だかりできてるな」
ジュリア「チハに、あとはあんたも。今日はありがとう」
千早「いいえ、あなたの歌、色々聴けてよかったわ。ライブハウスで聴いたのはロックナンバーだけだったから」
ジュリア「そういえば、そうだった。あのときはあんな風にステージ終わらせちゃってごめんな」
千早「いいえ。非道いこと、言われてたみたいだったから」
ジュリア「ほんと、どうしようもないヤツばっかだよ。あたしはただ音楽がやりたいだけだってのにさ」
千早「ええ、私も人間関係が煩わしくなることばかり」
P(それでも昔よりマシになったけどな)
ジュリア「やっぱり音楽が最高だよ、チハ。これだけ足を止めて耳を傾けてくれる人もいる」
千早「……」
ジュリア「……あんたぐらい歌えるなら共感してくれるかな、なんてさ」
千早「……じゃあ、私の歌、聴いてくれたってこと?」
ジュリア「ごめん、アイドルだっていうのも調べてた。765プロの如月千早だろ?」
千早「なら話は早いわ、ジュリア、あなたアイドルにならない?」
P「千早さん、俺のセリフ奪わないでもらえます?」
千早「この人、プロデューサーで、一緒にあなたのことを見にきたの」
P「……どう思う?」
ジュリア「あたしが?冗談だろ?」
千早「……アイドルは、ただの手段。私にとってもそう。歌うため、ただそれだけのため」
P(そんなこと昔言ってたな。今はジュリアを引き入れるためだろうけど)
ジュリア「……」
千早「それか、案外面白いものが見られるかも」
P「例えば?」
千早「プロデューサーが偉い人に土下座してるところとか……」
P「千早、最近俺への当たりが強くないか?」
ジュリア「それは……面白そうだなー」
P「いやいやいや……」
ジュリア「でも……それでも、あたしがやりたいのはパンクなんだ」
千早「そう……無理にとは言わないわ」
P「案外簡単に引き下がるな」
千早「でも、また来週も聴きにくるから。いいでしょう?」
ジュリア「それは、もちろんいいぜ」
千早「では、私は帰ります、プロデューサー。ジュリア、素敵な音楽をありがとう」
ジュリア「おう!じゃあなチハ!」
P(千早は人波を縫い、去っていった。俺を置いて)
P「置いてかれた。老いて枯れた……」
ジュリア「なあ、あんた、チハとは長いのか?」
P「10年目かな」
ジュリア「それだと年齢的におかしいだろ……冗談なんだろうけど。チハの性格ってどんな感じ?」
P「うーん、頑固者とか融通がきかないとか。良く言えば一途というか」
ジュリア「じゃあ、しばらくは勧誘されそうだな……」
P「……でも、そういうところが好きというか」
ジュリア「それは聞いてないからな」
支援だよ
>>1
如月千早(16) Vo
http://i.imgur.com/aGrusxs.jpg
http://i.imgur.com/8cqz4xd.jpg
>>4
ジュリア(16) Vo
http://i.imgur.com/K8j4fdZ.jpg
http://i.imgur.com/nRdin2u.jpg
--- さらに翌週・新宿南口 ---
千早(今週もジュリアの演奏と歌を聴きにきました)
ジュリア「次の曲は、『流星群』」
千早「やっぱり、すごくうまい」
千早(何人かが足を止めてジュリアの歌を聞いています。最初のうちは興味を持っているのだけど、何分かで去っていてしまう)
ジュリア『その繰り返しだよ。時々、穴を掘ってまた埋める作業みたいだって思う』
千早(演奏を始める前にそう言っていました)
歌を唄う表情には艶かしさすら感じられます。それにふと見せる笑顔も素敵でした。
でも、ある瞬間にひどく周囲を警戒したような顔を見せます。
なんだか、仮面をかぶっているみたい。演者の仮面?ただ単にそういう類のものではない気がする
何より不思議なのが、その表情に既視感を覚える私自身です。誰かと、似ている。
でも、その答えは簡単。もう、今の私なら、認められる。
あれは、昔の私。壁を作って、自分だけの世界を構成しようと企んでいた私のよう。
それでも、その私を美しいと言ってくれたプロデューサーの言葉を思い出しました。
『一途な人の目からは、ある種の狂気が溢れ出る』プロデューサーの言葉でした。
……
その瞬間だけ輝けばいいのであればそれでいい。
今の千早は花火だ。しかし、散るにはまだ惜しい。
ロウソクに火を移そう。そのうち、薪に移せばしばらくは燃やせる。
ただ、俺のできることは、風から火を守ることだ。着火するのは千早自身だ。
安定した青い炎を皆に提供してほしい。何か理由が欲しいだろう。
でも、そのうち、自ら己を生み出せるよ。
母親にも父親にも頼らず、自分自身を誕生させられる。
ひとりよがりじゃない真の自己世界を生み出せる。
それこそ、最高の芸術だと思わない?
ジュリア「……チハ、チハ?」
千早「えっ、ああ、ジュリア……うん、やっぱりいい演奏、それに歌も」
ジュリア「もう、みんな帰ったぜ?」
千早「……引きこまれていたわ、あなたの世界に。帰ってこられなくなるかと思った」
ジュリア「そんな、大袈裟な……」
千早「昔、私がプロデューサーにそう言われたの。私の歌は、みんなを連れて行ってしまう歌だって」
ジュリア「連れていく?良いことみたいだけど」
千早「いいえ。それを聴いた者は、歌声に誘われて、海に身を投げてしまう」
ジュリア「神話だな。セイレーンだろ確か」
千早「……意外に詳しいのね」
ジュリア「バカにするなよな。良い曲を唄うために色々なジャンルを聴いてるから」
千早「そうね、色々な歌を聞いて、貪欲に様々なものを吸収して……」
千早「ねえ、ジュリア、その先に何があると思う?あなたは結局、何を目標にしてるの」
ジュリア「目標、夢ってことか?」
千早「そうとも言えるわね」
ジュリア「沢山の人に演奏を、歌を聞いてもらう、それだよ」
千早「……そう。でも、それは……厳しいこと言い方かもしれないけど伝わっていないと思う。今日聞いたほとんどの人は明日から、あなたの歌を忘れて日常生活を送るはず」
ジュリア「そりゃ、あたしの技量が足りてないってことか?」
千早「いいえ。技量は十分だと思う。問題は、あなたが孤独であるということ」
ジュリア「……アーティストってやつは、孤独にならざるを得ないと思うけど」
千早「そうね。でもそれだけはだめ、私の持論だけど」
ジュリア「じゃあチハ、あたしはどうすりゃいいんだ。だからアイドルになれって言うのか?」
千早「いいえ。そういうわけではないわ」
ジュリア「じゃあどうしろって!?」
千早「……ごめんなさい、時間が。また来週来るわね」
ジュリア「……そうかい。企業秘密ってやつ?」
千早「いいえ、今度教えるわ」
ジュリア「じゃあ、待ってる」
千早「でもその前に。最近、プロデューサーは、私のことを孤高だって言ってくれるの。その意味、少し考えておいて」
--- 一週間後 ----
ジュリア「おっ、チハ、来てくれたか」
千早「ええ。約束したもの」
ジュリア「でも、何度来てもアイドルにはならないからな?」
千早「いいえ、ただ聴きたいだけだから」
ジュリア「そうか。じゃあ、今日も思ったように弾くからな」
千早「それにしても、一雨来そうね。空が暗いわ」
ジュリア「こういう日は嫌いじゃないぜ」
千早「奇遇ね。私も」
……
千早「……また、私を惹きこむような歌を唄うのね」
ジュリア「先週もそれ聞いたけど、そんなふうに言われたのは初めてだな」
千早「そうかもしれないわね。世の中の大半の人は、惹きこまれないかも」
ジュリア「確かに、ここを歩いてる人たちの心には残らないのかもな」
千早(やはり観衆は、足を止めても理解しがたそうな顔をしてジュリアの歌を聞いているのでした)
千早「どう思うの?一部の……私みたいな人にしか届かないことは」
ジュリア「そう悪いことじゃないと思うぜ。難病の特効薬みたいになれればいいんだけど。ごく一部の人に効果バツグン!みたいなさ」
千早「私も、昔はそう思っていた。でも、理解してくれる人が皆無だったらどうするの?」
ジュリア「それは……本当に、孤独だな。でも、もしかしたら、今まであたしは選んでそうしていたのかも」
千早「……なんだか、よくわからなくなってきたわ」
ジュリア「っていうと何が?」
千早「私も昔は孤独であろうと努めていたんだけど、いつからこうなったのかしら。今は私の歌を聞いてくれる人は沢山いて、765プロにも仲間がいる」
ジュリア「チハのこと調べたとき、インターネットに『孤高の歌姫』って書いてあったな」
千早「ええ、そのコピーを考えてくれたのはプロデューサーだから。そうね、私はもう孤独になれない。孤高であらざるをえない」
ジュリア「孤高と孤独の違い……、よくわからないけど、チハは孤独になりたいの?」
千早「昔は、孤独だったわ。プロデューサーに鬼気迫ってるってよく言われた」
ジュリア「じゃあ、なんで孤独であることをやめたんだ?」
千早「いろいろあるけど、維持ができなくなったから」
ジュリア「維持?」
千早「もう、周りが許してくれないの。いいえ、私自身も望んでいなかったのかも。ある日、プロデューサーに『孤高』だと言われて気づいたの」
ジュリア「持っているもの全部を捨てれば孤独に戻れるんじゃないか?」
千早「そんな勇気ないわね。色々、手に入れたし、それ以上に沢山のものを諦めたわ。少なくとも今ある大切なものを手放す気にはなれない」
ジュリア「大切なもの……あのプロデューサーか」
千早「それもそうだけど、一番は765プロという場所かも」
ジュリア「諦めたものは?」
千早「それは……、良いわ、あなたなら話せそう。諦めたものは、両親、学校での友人、それにごく普通の生活、幸せ……」
ジュリア「なんだか、悲しいな。でも、そうかも……わかる気がするよ。自分がそこにいるべきでないって感覚」
千早「そうね。相手を傷つけてしまうし、自分も傷ついてしまうの。無理に心をすり減らす必要なんてないわ」
ジュリア「チハ、雨だ」
千早「雨宿りしましょう」
ジュリア「まずい、急に強くなってきた!チハ、ダッシュだ!」
千早「ええ!」
千早(駅前広場に向かって駆け、屋根のあるエスカレーターに飛び乗りました)
ジュリア「チハ、こっち!」
千早(そのまま、高架下の仮設通路に入りました)
ジュリア「ギターは無事だよ」
千早「良かった……」
ジュリア「これだけ降ってきたら、ソフトケースじゃひとたまりもないな」
千早(一瞬で土砂降りに。辺りに人気はなく、雨が様々な人工物を叩く音に包まれていました)
ジュリア「なあ、チハ、少し歌ってくれないか。弾くからさ」
千早「ええ、いいわよ。誰もいないし」
ジュリア「プロにはギャラを払わないとな」
千早「じゃあ、あなたの自主制作CDでも」
ジュリア「OK、じゃあ『まっくら森の歌』だ」
……
千早(歌い終わっても、雨は降り続いていました)
千早「この歌、どう思う?」
ジュリア「普通なら、少し怖いなんて思うだろうけど」
千早「いえ、あなた自身の感想を聞かせて」
ジュリア「……心地がいいな」
千早「……本当、丸っきり私と同じ感想ね。この歌は私たちにとって優しい」
ジュリア「なあ、チハは、その……『他人だと怖がる場所』に居ちゃあだめなのか?」
千早「もう、私は、居られない、さっきのはそういう意味なの」
ジュリア「……そうか。じゃあ、あたしはもう少しそこに居ようと思うよ」
千早「解ったわ。これ以上は無駄なようね」
ジュリア「そうだな。そもそもあたしがアイドルなんて笑っちゃうよ」
千早「……帰るわ」
ジュリア「って、まだ雨降ってるぜ?」
千早「トレーニングしなきゃ」
ジュリア「あたしとトレーニングを天秤をかけたらそっちの方が重くなったか?」
千早「それは……そうね」
ジュリア「ははっ、最初からそうだってのにさ……」
千早「……もう、行くわ」
ジュリア「OK、じゃあな、チハ。また歌、聴きにいくよ。いい歌だったから」
千早「そうね。私もあなたの歌と演奏好きだから、いつか……」
千早(私は、踵を返しました)
--- 更に一週間後 ---
ジュリア「なんだ、今週はあんたが来たのか」
P「まずかった?」
ジュリア「いいや。でも、チハとの交渉は決裂したぜ」
P「……だろうな」
ジュリア「……あんた、解っててチハを泳がせてたってことか」
P「それは人聞きの悪い表現だ。無駄なことをさせたとは思っていない」
ジュリア「勧誘に失敗したのに?」
P「そうだけどさ。でも、あんな風に千早が他人を求めるのなんて初めてだったんだよ。だから、良い方に転がるかなと思って」
ジュリア「良い方に転がって欲しいってことは、チハに悪いところがあるってことか?」
P「いや、もうそれほど目立たないよ。良い方へ、未来へ動き出して、加速していくところだよ」
ジュリア「……あと、あんた、チハが他人を求めるのが初めてだって言ったけど」
P「うん?」
ジュリア「……いや、野暮ってもんだな」
P「そうか。それはいいが、俺だってそれほど鈍感じゃないさ」
ジュリア「なら、いいけど」
P「ところで、ここではアコギばかり弾いてたって千早に聞いたけど」
ジュリア「そうそう。今日はエレキなんだ。いつもはアンプとか用意するのがめんどくさくて」
P「そういう気分ってことか」
ジュリア「ああ、先週、チハと話してから……だな。モヤモヤしてさ。思いっきり気持ちをぶつけてスッキリしたいんだよ」
P「正直なヤツなんだな。……千早が来たのはやっぱり無駄じゃなかったな」
ジュリア「か、勧誘なんかに絶対負けないからな!」
P「さいですか……」
P(ジュリアがギターを弾き始めた)
P(本当にうまいなあ。あ、目にも留まらぬタッピング)
P「ジュリア、まだ高校生だろ、なんでそんなにうまい……」
そう、話しかけようとしたが、とてもそんな気にはなれなかった
ジュリアの目はどこか一点を見ているようだったが、その先がわからない。遥か先か一寸先なのか。
その目に既視感を覚えた。駆け出しの頃の千早が唄っているときの目にそっくりだった
あれは、有象無象のバンドの前座だったな。千早の声が伝わった物全てをバラバラに切り刻んでしまうような
ジュリアが切り刻もうとしているのは一体なんだろうと考える
それは自分自身なのではないだろうか。弦を弾くたびに、そんな気がした
ジュリアとギターのシンクロが最高潮に達しようとしたそのとき、
警官「君!演奏やめて!止めて!」
P(それでもジュリアは止まらない)
P「おい、まずいって!」
ジュリア「あ!?なんだ、お前!?」
警官「演奏を止めなさい」
P「ジュリア!」
P(俺はジュリアの肩を掴んだ)
ジュリア「にい……!? いや、あ、ああ……そうだ、そうだ……」
P「大丈夫か?どうしたんだ?」
ジュリア「そうだ、あんただ……ごめん」
警官「君、変な物持ってないよね?ちょっと荷物見せてもらうよ」
ジュリア「ああ、いいけど……」
P「……本当に変なものは無いんだろうな?」
ジュリア「危ないものは絶対に無い……」
P「そうか。信じるよ」
ジュリア「だけど……」
警官「薬物は無いな、しかしこれは、たばこ……」
P「あんた、ちょっとそれ見せてくれ」
警官「はあ?おい、持って行くな!」
P「いや、お巡りさん、すぐ返すよ、はい。これギター用のスモーキーアンプだぜ」
ジュリア(えっ?アンプなんて持ってないのに……)
警官「……確かに、たばこの箱に電子回路が入っているようだ。この箱はどうしたんだ」
ジュリア「……兄さんから」
警官「そうか……子供が紛らわしい物を持つな。それにここは路上演奏禁止だ。もうやらないように」
P「ちゃんと言い聞かせておきますよ」
P(そして警官は去っていった)
P「ほら、たばこ返すよ」
ジュリア「……すり替えたのか」
P「ああ、たまたま自作アンプを持ってたんでね」
ジュリア「タバコをケースにしたギターアンプか。銘柄まで同じ?よく出来た偶然だよ」
P「俺はこれしか吸わないし」
ジュリア「……だから、同じ匂いがするのか」
P「どういうこと?」
ジュリア「いいや、こっちの話だ。というかなんで、あたしを守ったんだ?」
P「そりゃあ、うちのアイドル候補がしょっぴかれるのを指を咥えて見ているわけにはいかないからな」
千早「しかし、アイドルがたばこを吸うのは致命的かと……」
ジュリア「チハ!?」
P「やっぱり来てたか」
千早「プロデューサーに行動を読まれるのは癪ですけど。それより、ジュリア、あなた……」
ジュリア「いいや、あたしは吸わないよ。それは、兄さんからの預かりものなんだよ」
千早「未成年の妹にタバコ持たせるなんて、お兄さんは何処にいるの?」
ジュリア「……ブタ箱ってやつだ」
P「はあ!?」
ジュリア「大した話じゃないさ、兄さんはすごいギタリストであたしはそれに憧れてギターを始めた。今じゃ家のいざこざでこのザマだ」
P「……そうか」
ジュリア「たばこはお守りだな。これがあるとギターがうまくなるんだ。思い込みだってわかってるけどさ」
千早「ジュリア、あなたも過去に囚われているのね」
P「……そうだな、誰だって、いろいろなものに縛られてるのかもな」
千早「……誰とは言わないけど、私、あなたとよく似た人を知ってるわ」
ジュリア「あたしみたいなのと似ているって?」
千早「その人も、家族と色々あって、何かに囚われながら音楽をやっているの」
P「……」
千早「でも、その人は、ダメだった。悲しいことだけを原動力にして歌い続けることは決してできない。いつか、壊れてしまう」
ジュリア「その人は、唄うことをやめてしまったのか?」
千早「いいえ、歌い続けているわ」
ジュリア「じゃあ、それとも、悲しさを忘れられたのか?」
千早「違う。忘れようとしてもその人の心の核にあるのは、悲しい出来事で、忘れることはできないと思う」
千早「その出来事は、弱さであると同時に、その人を形作るもので、取り除くことはできない」
ジュリア「一体、その人はどうやって……?」
千早「弱さを覆う物を手に入れたと言うべきかしら。やわらかい内臓のような部分を守るために"理由"で補強したの」
P("理由"は仲間のためか。それとも自分の理想像を見つけたからか……)
千早「そうしたら……弱さは理由によって強さに変わったの。逃れない呪縛でもそれを力に変えられる」
ジュリア「弱さを強さに変えてしまうのか。すごいな、本当に……」
ジュリア「ねえチハ、その人はこれからも歌い続けられる?」
千早「ええ。もちろん」
P「俺も同意見だ。しかも、その子は毎日進歩してるよ」
P(ジュリアは千早の目をじっと見据えた)
ジュリア「……あたしにもできるのかな」
千早「できる、できるわ、きっと……!」
……
P(ジュリアはアイドルになることを決心してくれ、先に帰った)
P「ジュリア、気づいてたみたいだな。さっきのが千早の話だって」
千早「もとからそのつもりです。婉曲的な方が粋かと」
P「粋ねぇ……。それでも、自分のことを話すのは怖くなかったのか?」
千早「いいえ、と言えればかっこいいのかもしれませんけど。それでも、もう立ち止まっていられませんから」
P「確かにそうだな。でもジュリアが千早の話を聞いて決心してくれて良かったよ」
千早「ジュリアは私みたいに暗い子ではありませんし」
P「それはまた自己評価が厳しいというか。性格なんて、他人と比べることは根本的に無意味だよ、自分を惨めにするだけだ」
千早「そうですね。そういう執着から逃れられる日が来ればいいですけど」
P「……絶対来る」
千早「……プロデューサー」
P「なんだ、千早」
千早「ジュリアとユニットを組ませてください」
P「これだけ頑張ってくれたんだ。きっちり企画書書いて社長に見てもらうよ」
千早「お願いしますね」
P(千早は微笑んでいた。未来は明るい、根拠はないがなんとなくそう思えた)
--- 765プロライブシアター ---
P「採寸した衣装来てみたか?」
ジュリア「……こんなフリフリの衣装着て歌えないよ」
P「アイドルの宿命だな。なあ千早」
千早「ええ。とっても似合ってるわよ、ジュリア」
ジュリア「あのさ、あんた……じゃなくてプロデューサー」
P「ん?」
ジュリア「恥ずかしいから、765プロには手違いで来たってことにしてくれないか?」
P「どーしよーっかなー」
ジュリア「た、頼むよ……」
P(少し涙目になってる……こ、これは……)
P「ジュリア、お前よく見たら結構かわいいな。つーかかなりかわいい。……アイドルになるべくしてなったんだな」
ジュリア「ば、ば、バカ!もう、帰るからな!」
P「……わかった。すまん。みんなには手違いで来たってことにしておくよ」
千早「あの、プロデューサー……私には、その、かわ……とかないんですか?」
P「ちーちゃんはかわいいですよ?」
P(と、フォローしたものの、やっぱり9393してる)
ジュリア「なあ、ギター弾いてもいいか?ステージでさ」
P「そりゃあ、要望はいくらでも聞くよ。アイドルは個性だから」
ジュリア「プロデューサーがあたしのこと、かわいいっていうなら、シアターに来る人にも観てもらいたいな」
ジュリア「もちろん、今までのあたしも、全部だ」
千早「……それが、ジュリアの今抱いている夢なのかもしれないわね」
ジュリア「……正直なところわからないな」
ジュリア「なぁ、あたしは無邪気にみる夢を捨ててしまったけど、どうやってまた夢を見ればいいのかな」
P「そうだな、俺は、夢を捨てる奴らが『大人になったんだ』と言うのに対して反吐が出るんだ」
P「それは、夢を捨てる言い訳だ。だから、〈子供みたいに夢を信じる〉んだ」
ジュリア「……ふーん、……ぷっ、あははは!」
P「なんで笑うんだ?」
ジュリア「はは、ごめん、見かけによらず熱いなって」
P「見かけによらずとはなんだ」
ジュリア「いや、でも、あんたの言うとおりかも。少なくても、今はそれを信じられるぜ」
ジュリア「だから、よろしく頼むよ、プロデューサー!」
おわり
--- おまけ ---
千早「エターナル・ハーモニー……」
P「ユニット名まで考えてたのか。シアターもまだ開業してないってのに?」
ジュリア「言うだけならタダだぜ、プロデューサー」
千早「遠足の前の日ってこんな感じでしょうか」
ジュリア「んー、そうじゃないか?」
千早「ふふっ、俄然やる気がでてきたわ。ジュリア、ボイストレーニングに行きましょう」
P(……最近春香の機嫌が悪いのはこういうことか)
ジュリア「OK、チハ。行くぞ!どこまでも行けるぜ!」
P(二人は音楽の話をしながらトレーニングへ向かった)
……
春香「プロデューサーさ~ん!」
P「お、春香どうした。もう終わるぞ」
春香「知りませんよそんなの!このままじゃジュリアに千早ちゃんをとられちゃいます!」
P「あのー、春香さん?後ろに何持ってるの?料理でもしてたの?包丁……」
春香「えへへ、何も持ってませんよ?ただ、私はシアター開始後のユニットについて意見が……」
P「……ワカリマシタ、ユニットニツイテハ再考イタシマス」
春香「プロデューサーさん、これからもよろしくおねがいしますね?」
めでたしめでたし
乙でした
>>48
エターナルハーモニー
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>>49
天海春香(17) Vo
http://i.imgur.com/QLbu28H.jpg
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