扶桑「私たちに、沈めとおっしゃるのですか?」 提督「そうだ」 (236)

 不気味なまでの静寂が胸に重く圧し掛かる。
 目の前にいる男が、自分の問いかけに即座に言い放った短い言葉に、一瞬呼吸を忘れそうになる。
 それほどまでに、男の言い渡した命令は非情のもので、ハンマーで頭を殴られたかのようにグワングワンと衝撃が襲う。

「なによ、それ……」

 自分の隣にいたもう一人の女がポツリと呟く。
 そちらに目を向けなくとも、その震えた声が彼女の表情を表していた。
 その気持ちが、痛いほどよくわかる。しかし、自分は彼女のように掴みかかるわけにもいかない。
 男の気持ちも、理解しているつもりだからだ。
 いや、自分だけではない、おそらく彼女も理解はしている。
 それでも彼女は、妹の山城は、男に向かって言葉をぶつける。
 
「わたっ、私たちがっ、どれだけこの鎮守府のためにっ」
「山城……」
 
 扶桑と山城はこの鎮守府でも最古参のメンバーだった。規模の小さな鎮守府で、新米の提督とともに支え合った。
 少ない戦力の中、艦隊の中心戦力であった彼女たちがいたからこそ、ゆっくりとだが確実に力をつけ、鎮守府拡大に大きな役割を果たした。
 鎮守府発展の礎を築いたメンバーである自負は、手前味噌であるが当然持っているし、のちに着任した他の艦娘たちからも多くの尊敬の念を集めてはいた。
 しかし、それももはや過去のもの。現状、二人が主力となって出撃する海域はほぼ0となった。
 海域を進むごとに扶桑型の欠点でもある速度、防御力などが如実に表面化しだした。
 それとともに敵である深海凄艦の強大化にも拍車がかかり、もはや二人の練度を挙げるだけでは対処できないようになったのだ。
 
「確かに私たちは何の戦力にもなっていない! でも、でもこんな作戦むちゃくちゃよ!」
「止めなさい、山城」

 それでも扶桑たちは願っていた。
 またいつの日か、艦隊の中心となって出撃することを。
 どんな小さな作戦でもいい、戦闘が無くてもいい。ただ、艦娘として、戦艦として誇れる出撃をしたかった。
 それさえ叶えば、なんだっていらない。そう思っていた。
 しかし、下された作戦命令を頭で反芻し、そのあまりにもの絶望に叫ばざるを得なかった。そして何より……

「上層部の作戦ミスのために、なんで私たちが死ななきゃならないのよ!」


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 軍人たるもの、上官は絶対。それは痛いほどに分かっている。
 しかし、今回ばかりは悪態が口から飛び出る。
 作戦ミス、と山城は言ったが実のところは少し違う。
 上層部は敵の罠にはまったのだ。
 
罠、と言っても本来、対人戦闘であれば基本的すぎて、すぐ見破れるほど簡易なもの。
 これを敵の作戦というべきか、もしくは単なる偶然に過ぎないのか真実は分からない。
 しかし、現実、上層部は罠である可能性を全く考えずに作戦を立案したのだ。
 そのありさまが、今の危機的状況の要因の一つでもある。

「……上層部だけじゃないさ」
 
 沈黙を貫いていた男、この鎮守府を任されている提督が口を開く。

「我々も、正直なところこの状況を予想していなかった。無能と罵られてもおかしくはない」

 提督は椅子から立ち上がると、窓の外を眺める。
 いつもと変わらぬ海原が少し傾きかけた太陽の陽を受けて凛々と輝いている。
 まるで平和な海だとでも錯覚させるほど。

「もう一度言う。扶桑、山城」

 振り向いた提督の顔は、見慣れた優しげな微笑みなどではなかった。
 長年ともに歩んできた扶桑、山城も思わず息をのむ。

「主力艦隊が駆け付けるまでの間、深海凄艦の大群から主要諸島を二人で守り抜け」

 その口から発せられた命令よりも、すべての感情が欠落したかのようなその無表情に、二人は恐れを抱いた。



北方海域と南方海域に大規模な深海凄艦の泊地が発見されたとの報が海軍本部及び各鎮守府に入ったのが数日前のこと。
その規模は二つとも前代未聞ともいえるほどの大きさであり、一つの鎮守府だけでは到底太刀打ちできないと上層部は判断。
各鎮守府に主要戦力の出撃命令が発令された。


扶桑たちの所属する鎮守府は発見された泊地のほぼ中間に位置することから北方、南方にそれぞれ別の部隊を派遣。
大和や長門達戦艦を中心に据えた水上打撃部隊、赤城・加賀をはじめとする空母機動部隊。
鎮守府の最大戦力を出撃させ、他の鎮守府との連携をもってこれの撃破に当たる。


 上層部は、これで確実に泊地を潰す算段であったし、そのために十分な戦力を投入したつもりだった。
各鎮守府も同様に考えていた。
もちろん提督もその一人だった。

実際に随時入ってくる報告によれば、苦戦しながらも確実に敵勢力を削りつつあり優勢であるという。
 損傷は出てはいるが、傷ついたものは撤退し、遂次戦力を投入。その間に回復に努め、再び出撃。
決して相手に休みを与えないこの戦法で幸いにもこちらの轟沈数は0。
敵の戦力ばかりが減っており、勝利は確実だった。

 そんな折。

 突如、新たに出現した深海凄艦の群れ。
件の泊地ほどではないとはいえ、戦艦が10、重巡が10、軽重15、駆逐艦に至っては50を超えるという。空母がいないことだけが幸いなのかもしれない。
しかもこれは確かの数字ではなく、推測でしかない。というのも遠征に出ていた他国の部隊が帰投中に発見し、命からがら逃げ延びた際に我が国に報告された数字。
これよりも少ない可能性もあるが、上回っている可能性も十分にありうる。
水中からの攻撃を受けなかったことから潜水艦はいないとみられるが、進攻とともに組み込まれるかもしれない。
 
そんな、数個の部隊を持って対処するべき群れが、当鎮守府管轄の諸島に迫っており1両日中にも到達するという。


北方海域と南方海域に大規模な深海凄艦の泊地が発見されたとの報が海軍本部及び各鎮守府に入ったのが数日前のこと。
その規模は二つとも前代未聞ともいえるほどの大きさであり、一つの鎮守府だけでは到底太刀打ちできないと上層部は判断。
各鎮守府に主要戦力の出撃命令が発令された。


扶桑たちの所属する鎮守府は発見された泊地のほぼ中間に位置することから北方、南方にそれぞれ別の部隊を派遣。
大和や長門達戦艦を中心に据えた水上打撃部隊、赤城・加賀をはじめとする空母機動部隊。
鎮守府の最大戦力を出撃させ、他の鎮守府との連携をもってこれの撃破に当たる。


 上層部は、これで確実に泊地を潰す算段であったし、そのために十分な戦力を投入したつもりだった。
各鎮守府も同様に考えていた。
もちろん提督もその一人だった。

17はミスです


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 この諸島はこの国を南北に二分するように東西に連なっている。
 もし、これらの諸島が深海凄艦の手に渡ってしまったら。
 もし、この諸島に件の泊地と同規模のものができてしまったら。 

 それだけは何があっても阻止しなければならない。
 しかし、問題は誰が、ということであった。

 管轄は扶桑たちの鎮守府。
 応援を頼もうにも、泊地撃滅のため他の鎮守府も主力艦隊を出撃中のため応援は見込めない。
報告された大群に太刀打ちできるような艦隊は同じく出撃中。
 まともに運用できる艦は数えるほど。
 なるべく犠牲を出したくない。

 その中で白羽の矢が立ったのが――


「お前たちというわけだ」


淡々と、ただ紙上の文面だけを読み上げたかのように、無機質な声で語る。
 敵の勢力を、鎮守府の現状を、諸島防衛の意義を。簡潔明瞭に、速やかに伝える。
 一切の感情を殺したような冷たさを、扶桑は感じていた。

「一応確認してもよろしいですか?」
「なんだ」
「護衛は本当につかないのですね」
 
 扶桑の問いかけに、短く、ああ、とだけ答える。
 思わず目を伏せ、フルフルと首を振ってしまう。隣の山城が震えているのがよくわかる。
 伝えられた作戦が、間違いであってほしかった。そんなことはないだろう、と心の片隅で期待していた。
 それも、その一言で潰される。

「念のため、諸島近くまでは駆逐艦数名を護衛につけさせる。だが、そこから先は2人だけで行ってもらう」

 先ほど提督は、できるだけ犠牲を小さく、と言った。それの意味すること。

「つまり、提督は、私たちは犠牲にならないといけない、と言うのねっ……」
「……そうだ」

 震えた声で話す山城に、扶桑は何も声をかけてあげることができなかった。
 何を、言えるというのだろう。ここでどんな言葉をかけても、それはただの気休めにしかならない。
 今、目の前で、死の宣告を告げられて。
 かける言葉など、持ち合わせてはいない。


「は……ははっ」
「山城……?」
「ははっ、あははははっ」

 両目を片手で覆い、声高らかに笑い声をあげる。
 通常ならば気でも触れたのかと思われても仕方がない。
 痛々しくて、憐みの視線を受けることだろう。
 だが、分かっている。

「ふ、不幸だ不幸だって言い続けてきたけどっ。まさかこんな最高級の不幸が待っていたなんてねっ」

 その眼を覆ったてのひらは、零れるものを隠すためだと。
 高らかな笑い声は、必死で我を保たせるためなのだと。
 知っているからこそ、痛いほど気持ちがわかるからこそ扶桑は心を痛める。
 最愛の、たった一人の妹が、ここまで追い詰められている。
 
「欠陥扱いされてっ、大した活躍もできないままでっ」

 隠れきれないものがその手から溢れ出る。袖でごしごしと擦り涙をふき、キッと提督をにらみつける。
 山城自身、敵意を込めて精一杯睨んだつもりだった。
 ただ、実際の山城の視線には一寸の怒気も含まれてはいなかった。

 必死で訴える、弱弱しい、懇願の眼だった。

「あんたに捨て駒として使われるなんてねっ!」


とりあえず、今日はここまでで
今回は小分けして投稿してみたけど、もうちょっとある程度の長さで投稿したほうがいいかな?

明日も一応更新できると思う

あと、作中に出てくる

「北方海域」「南方海域」「国」「他国」

といった言葉はすべて独自設定ですので悪しからず
特に海域名は本家とは全く関係ないものだとお考えください

それでは

19時頃から投稿開始します
大体1レス500~600字を目処に投稿していきます

 不幸型と揶揄されても。
欠陥戦艦だと馬鹿にされても。
それでも戦艦としての誇りだけは捨てなかった。

 盛大な砲撃音に、身も心も揺さぶるような振動。鼻を突く火薬の匂い。
 生と死の狭間で、唯一自分の存在意義を確認できた。
 兵器でもなく、純粋な人間でもない。そんな自分の存在意義を。

 だが、この作戦での自分の役割は勝つことじゃない。
 生き残ること能わぬ場で、1刻でも長い時間を稼ぐこと。
 もしかすると、数分も持たないかもしれない。
主力艦隊が駆け付けるまでの間耐え抜いたとしても、その間身を貫くような痛みや苦しみを味わうだろう。
 どちらに転んでも、それは地獄でしかない。

「……違う」

 力なく零したその声音は、いつもの勝気な山城からは想像もできないものだった。

「私が望んだ海戦は、こんなものじゃ……」

 血が湧き立ち、心躍る戦を。
 いつの日か、と待ち望んでいた。
 こんなの、望んでなどいない。提督は分かってくれているはず。
 これほどまで強く訴えているのに……。

――どうして何も言ってくれないのっ

 言葉もかけてくれない。表情も崩さない。 
 自分たちがこの戦でどうなるかくらい、分かっているはずだ。
 心配を見せるでもない。この作戦は正しいものなのだ、そう言葉に出さず投げかけてくる。

信頼する男から、死ねと言われて、願いも打ち砕かれて。
 どうして、気を保っていられようか。

「山城っ!?」

 逃げたい、この場から今すぐに。
 そんな考えが頭によぎった、瞬間、体が動き出していた。
 扶桑の制止も振り切り、提督室から飛び出した。


扶桑ののばした手は虚空を掴む。何も言ってあげられなかった。
 山城は自分のただ一人の妹だ。考えや思いなど簡単にわかる。
 そして、それは山城のことだけではない。
この表情を崩さない男のことも、また同じように。
 
 山城が飛び出た扉を見つめ、すぐに提督と向かい合った。

「……妹が、ご無礼を」
「かまわんさ。……君も私に悪態をついてもいいんだぞ?」

 その言葉にフルフルと首を振る。薄らとだが笑みも浮かんでいた。
 それが、喜の感情ではないことは、誰が見ても明らかであったが。

「そんなことをすれば、貴方を助けてしまいますから」
「……君は見かけによらず厳しい女性だ」
「私から提督への、せめてもの仕返しです」

 ふふっ、と今度はおかしそうに笑う。
 優しげな眼に、何もかもお見通しですよ、とでも言いたげなその瞳に、思わず提督は頭を下げる。

「……すまない」
「……なにを、謝ることがあるのですか」
「おかしいと思うべきだったんだ。突然泊地が、同時に2つも発見されるなんて」

 前代未聞、というべき規模の泊地が、同時に見つかる。何か裏がある、対人であるならば、そう思って然るべきだった。
 だが、相手は謎の深海凄艦。これまでも突然出現して手あたり次第襲っていく、というただそれだけの行動しかとっていなかった。
 
 断定はできない。
 だが、もしこれが、深海凄艦の作戦だとしたのならば。
 それは深海凄艦が策を立てて攻撃をする段階まで成長した、ということではないだろうか。
 
 泊地は囮だった。
 真偽がどうあれ、現状、この国は窮地に陥った。これもそれも、敵を舐めていたからだ。


「少しでも、多くの可能性を考えていれば、こんなことにはならなかった」
「それは提督の責任ではありません」
「だが、気付けていれば、君たちを……」

 その先の言葉が、紡げなかった。
 自分が立案した作戦だ。わざわざ言うべきではないし、どの口が言えるというのだろうか。
 いや、そんなことを言い出すなら、謝ることすらおこがましいことではないか。
 自分で死地に追いやるくせに、本人の前で謝罪など。罵声の1つや2つで済むような話ではない。

 扶桑と山城は大切な人だ。何もわからない自分を、ここまで成長させてくれたのはほかならない、この2人だ。
 艦娘たちに対しては、皆平等に扱っているつもりだ。艦隊の編成も、だからこそ実力主義で組むこともできたし、鎮守府の規模も国内有数のものとなったのだ。
 平等であるがゆえに、扶桑と山城の出撃頻度も減らした。理由も二人にはきちんと説明した。
 山城は怒り、扶桑とともに宥めるのに苦労したが。とはいえ、扶桑の悲しそうな顔は片時も忘れたこともなかった。そして、扶桑の言葉も。

「提督の、お考えのことですから……」

 扶桑は知っていた。
 提督が、誰よりも強くこの鎮守府を愛してくれていることを。すべての艦娘を強く愛していることを。 
 そして、誰よりも、この海を、この国を、愛しているということを。
 

少し席を離れます
今気づいたけど、深海棲艦の字ずっと間違ってた……?


 悩んだことだろう。苦しんだことだろう。
 全くの犠牲を出すことなく、この海を守りきる方法を、必死で考えたことだろう。
 だが現実は無情で、残酷だ。そんな方法あるわけがない。
 敵勢力に対して、運用できる艦はごくわずか。
中には練度が十分ではないものもいるし、戦闘に不向きなものもいる。
それらをすべて投入したところでいたずらに犠牲を増やすだけだ。
 深海棲艦から諸島を守り切りたい。犠牲は出したくない。両方が提督の強い本心で、優劣をつけたくなかった。
 だが、提督の立場がそうはさせてくれない。

 覚悟を、決めざるを得なかった。

 必死で考えた。最小限の犠牲で、守り抜く方法を。
 鎮守府に残っている艦娘のリストを眺め、諸島の周辺の地形をくまなく調べた。
 誰を行かせれば勝率が上がるか、どうやって戦えば生存率が上がるか……。
 

誰が沈んだら、一番痛手になるか……。


 ズキズキと胸が痛んだ。自分の立案した作戦を見返して、吐き気を催した。
 作戦が成功する確率は、ほぼ0だ。しかし、このまま何もせず敵の進攻を眺めるわけにもいかない。 
 2人から恨まれるかもしれない。それでも、命令を下すべきなのだ。
 自分は、この鎮守府の提督だ。所属する艦娘たちだけではない。市民の生命を守る必要がある。
 私情は挟むな、冷酷な人間になれ。


――2人から恨まれろ。


設定についてですが、色々とガバガバなところがあったり突っ込みどころが多数見受けられると思います。

それは単に、私の技量不足です。申し訳ありません


「提督、少し……お話を聞いてくれませんか?」
「扶桑?」

 比較的穏やかな表情と声色で、語り掛ける。
 なぜ、それほどまでに落ち着いていられるのか。山城のように、怒りをぶつけてほしいのに。
 そんな提督の思いも、扶桑はお見通しだった。提督が、自分たちに恨まれようとしている。
 そんな幼稚な考えなど、扶桑には通用しない。
 
「ずっと、考えてきました。出撃をほとんどしなくなってから、ずっと」

 皆が出撃していく中、自分たちだけが鎮守府に残り皆の帰りを待つ日々を思い出す。

「傷ついて帰ってきた者がいれば、私は何をやっているのだろう、と情けなく思いました」
 
 何もできない、ただ無事を祈るだけの日々が、歯痒くて、辛くて。

「帰投し、皆がつくる歓喜の輪を大外から眺めるしかなくて、素直に喜べませんでした」

 輪の中心にいる娘たちが眩しくて、目を背けてしまった、浅ましい自分の心。

「私たちは、艦娘は、海に出てこそ、艦娘なのだと……そう思い知らされました」

 ただの兵器でもない。純粋な人間でもない。そんな自分たちが存在する理由。
 艦娘という存在の意義など、考えるまでもなかった。

 大海原を駆け巡り、力の限りを尽くして戦うこと。

 それが使命という訳でもない。
ただ、それだけで、この心にできた空洞を埋めることができる。

「思えば、戦艦扶桑は、あの日、既に死んでいたのかもしれません」

 出撃がなくなった日。 
 戦に出ることがなくなったあの時から、既に存在の意味がなくなっていた。
 戦えない戦艦など、艦娘など、それはただの1人の女だ。
 それもそれで、一つの選択肢なのだろう。だが、自分はそれに納得がいかない。
 自分だって、誇りある戦艦なのだ。敵と撃ち合わず終える人生など、いらない。

「だから、提督……」

 例え、生きて帰ることが不可能な道でも。絶望しか待ち受けていないものであっても。
 
「ありがとう、ございます」

 艦娘として、最後にこのような場を与えてくれたことに。
 嘘偽りがない、本心を曝け出す。いつもと変わらない微笑みだった。

キリがいいし、今日はここまでにします

明日は、更新できるか不明なんで……
できるだけ時間作れるようにします

今日できれば少しだけ投稿します


また、明日からしばらく投稿できないので……

お久しぶりです
仕事が一段落したので夜から投稿開始します

「……不幸、だわ」

 今まで、幾度となく零した口癖を静かな海に向かって投げかける。
 だが、今回の不幸は今までの不幸とは比べものにもならない。
単純に不幸と言っていいのかも分からないが、こんな事になろうとは思いもよらなかった。

この出撃もない退屈な日々にうんざりはしていた。
 今回の泊地攻撃も、できることならば出撃したかった。
 だが、鎮守府を空にすることはできない、という理由で残された。
 もっともらしい理由だ。だが知っている。

 自分が出撃できなかったのは、単純な実力不足だからだ。
 それを再確認させられて、歯ぎしりをして吐き捨てる。

「しょせん私は……欠陥戦艦……」

 火力では大和や長門に、速度では金剛たちに劣る。
 伊勢、日向の下位互換だとも囁かれる。
 何もかもが、劣っている。何をとっても勝てない。
 誇れるものなんて、何もない。

「ここに……いたのね」
「……姉さま」

 
 
 


 後ろから掛けられた声に山城は振り返らずに返事をする。
  
「あなた、何かあるとすぐここにきて海を見てるのだもの。すぐわかったわ」
「海を見ていると……色々なことを思うんです」
 
 不安な心も、何もかもが海を見ていると洗い流してくれた。
 海の中には母がいる、とはよく言ったものだ。
 艦娘である山城たちには母という存在はいない。 
 だが、母とは、このようにすべてを受け入れてくれる存在なのだろう、と山城は思う。
 何か嫌なことがあったり、思うところがあるとき、山城はこの海を眺める。
 この海で自分の弱さを全部垂れ流して、扶桑たちと美味しいご飯でも食べて。
 そうすれば次の日にはケロッと忘れることができる。
 今日も、また頑張れる。そう思えた。

 ――今日だけは、無理だ。

 どんなに気勢を張っても、弱さを曝け出しても。
 この後の食事が美味しいわけがない、次の日などこない。
 「明日」という未来は訪れない。
 
「姉さま、私は……」
「山城」

 山城の言葉を遮って、力強く妹の名を呼ぶ。
 その眼は、決意で固まっていた。

「私は、出撃するわ」
「え……?」

 その声は、優しいいつもの扶桑のもの。
 しかし、その声は、覚悟を決めた強い声だった。

「姉さまっ?」

耳を疑った。嘘だと言ってほしかった。 
 私と一緒に、逃げてほしかった。

「姉さまっダメです! そんな……そんなっ」 

 死にに行くような真似だけは。
そんな真似だけは、絶対だめだ。

「出撃したところでっ。勝ち目なんかない! ただの無駄死にです!」
「……確かに、勝てないかもしれないわね」

 でも、と優しげなほほえみに、強い意志を宿した目で、言う。

「守り切れれば、沈んだとしても、無駄な死ではないわ」
「なっ!?」
 
 扶桑の言うことは、その通りだ。
 この作戦の目的は、応援が駆け付けるまでの間耐え抜くこと。
 応援さえ間に合えば、扶桑たちの死と引き換えだとしても、作戦は成功。
 自分たちの勝利である。
 
 それでも、持ちこたえられるかは分からない。
 失敗の可能性のほうが高いかもしれない。
 そうだとても。

「それが、どうしたと言うのよ?」
「姉……さま?」

 たとえ、死にに行くようなものだとしても。
 たとえ、絶望しかない道だとしても。  
 誓ったのだ、皆を守ると。この国を守ると。
 
 艦娘として、戦艦として、戦ってくるのだと。

「そのためなら、私は、沈んでもいいわ」

その言葉が、山城の身体を突き刺した。
 自分の姉が、その胸に秘めた覚悟の告白。
 逃げたい一心だった自分とは違い、皆のためなら死をも厭わない強い意思。
 自分の運命を、静かに受け入れることのできる、穏やかな心。
 それを見せつけられ、山城は言葉が継げない。
 言葉が見つからない。

「それと、山城」

 何も言えず、ただ立って扶桑を眺めることしかできない山城に投げかける。
 
「あなたは残りなさい。今のあなたじゃ、居ても居なくても同じだから」

 冷や水のように冷たく、身を斬られるように鋭利な言葉が山城を襲った。


短くて申し訳ないけど、今日はもう寝ないといけないので……



「クソ提督! いる!?」

 一人書類の束を見ていた提督は、静穏な部屋に突然襲った怒鳴り声に一瞬だけ目を上げる。
 が、訪問者を確認するとまた興味がないとでも言うように目線を落とした。
 そして、書類に目を落としたまま訪問者の名前を呼ぶ。

「その呼び方、曙かと思ったぞ、満潮」
「そんな減らず口は後にしてっ」

 鬼の表情でヅカヅカと詰め寄ると、バンッと大きな音を立てて机をたたく。
 それでも、提督は満潮を見ようともしない。それが一層、満潮の怒りを引き上げる。

「なんのようだ、と聞くまでもないかな。君たちの顔を見ると」

 満潮の後ろには時雨と最上が立っていた。
 時雨はどうしていいのか分からないかのように困った顔を。
 最上は満潮を諌めながらも、提督を見つめる目はどこか厳しいものを見つけることができる。

「朝雲と山雲はどうした? 2人がいれば勢揃いじゃないか」
「2人は扶桑たちを探しに行ったよ」

 答えたのは最上。この3人の中では1番外見が大人びており、興奮状態の満潮とは反対に冷静でいる。
 いや、冷静でいようとしている、といったほうが正しいか。握りしめた拳は力強く握りしめら、フルフルと震えていた。
 その言葉に、「そうか」とだけ呟き、やはり視線を向けようとしない。


「そんなことどうだっていいわ! なんなのよあの作戦は!?」
「そのままの通りだ」
「あんたねぇ!!」

 グシャッと、提督の持っていた書類を押しのけさらに詰め寄る。
 そのまま、殴りかかりそうな勢いだったが、実際に時雨に止められなかったら殴っていたことだろう。
 
「あんたっ! あの2人に沈めっての!?」
「……そうだ」
「こっ、のっ!?」
「満潮っ。落ち着ていてっ」

 拳を振り上げた満潮を必死で時雨が羽交い絞めをして止める。
 満潮の気持ちは痛いほどわかる。
 時雨 も、最上も、だからこそこうやって提督に説明を求めに訪れたのだ。

 西村艦隊。 
 在りし日の記憶、扶桑山城と満潮たちはその艦隊に所属していた。
 その記憶は艦娘となった現在も引き継がれている。もちろん、各々の最後も。
 艦娘となってからは、もちろん気まずさもお互い持っていたが、今は今、として信仰を深めていた。
 今は、人類のために深海棲艦と戦おう。
 そして今度こそ、みんな笑って、笑顔で戦いを終えよう。

 そう、誓い合ったのだ。
「……なさい」
「満潮?」

 キッ、と提督を睨み付けた満潮は叫んだ。
 
「私も! 出撃させなさい!」

 それは、誓いのための言葉。
 みんなで笑って、一緒に。
 その「みんな」には扶桑も山城も含まれるのだ。
 2人だけ先に、など許さない。許してはいけない。
  
 それを、

「ダメだ」

 提督は、やはり満潮を見ようともせず、即答した。




毎回スローペースで申し訳ない
今日も、明日早いので寝ます

23時までには再開します



「お前の練度では行ったところで対して戦力にはならん」
「なによそれ! そんなのやってみないと分からないじゃない!」


 潰された書類を手で伸ばしながら、冷たく突き放す。
 満潮はその言葉に怒りをぶつけるしかなかった。
 確かに、満潮は練度不足で、今までも実力を上げることに注力してきた。
 力がないことは自分でよくわかっている。それでも、譲る気などなかった。
 もはやこれは意地だ。ただ気に入らないことに対して、吠えているだけだ。


「お前たちが扶桑と一緒に出撃しようが、成功する確率はほとんど変わらない」
「確率確率って……そんなの、そんなのが絶対なわけない!」
「何の根拠もない安楽的思考に沿うことなんて、この立場じゃ許してくれないんだよ」



 この鎮守府を任されているものとして。艦娘全員の、そして市民の命を預かる者としての責務。

 可能性は0じゃない、皆の気持ちがあればなんでもできる。
 そのような言葉に、すがれるものならすがりついていたい。
 嫌なことから目を背け、誰をも守ろうと。
 それが出来るのであれば、何に変えても実行するだろう。

 だが、そういうわけにもいかないのだ。
 嫌なことに目を向けなければならない。
 誰かが傷つくのを恐れてはいけない。
 非情な命令を下さなければならない。
 少しの可能性? そんなものありえないことだ。

「満潮だけじゃない。時雨も、最上も。お前たちが行っても徒に犠牲が増えるだけだ」
「それは、扶桑たちには伝えたの?」

 時雨が言う。
 無力さと悔しさで、込み上げるものがあった。
 それを、唇を噛みしめて必死で耐える。

 提督は、ああ、と静かに答えるにとどまった



「扶桑は、分かってくれたよ」
「……そう、なんだ」

 扶桑の性格ならそう言うだろうね、と時雨は声には出さずに呟いた。
 優しく微笑み、語り掛けてくる扶桑を思い浮かべる。

 
扶桑は、その表情に違わぬ優しい女性だ。
滅多なことでは怒らない、皆に笑顔を振りまく優しい顔。
 しっかり者で、みんなの周りの世話も焼いてくれる、嫌な顔一つしない、お姉さん。

 
 しかし、その実、心は誰よりも熱く燃え、責任感も強い女性。
 姉という立場から、皆を守るためならば自分の身を危険にさらすことも厭わない女性。


 そんな彼女ならば、今回の出撃を受け、何を思うのか。
 時雨には痛いほどよく分かっていた。 


 それが、扶桑という存在だ。
 誰よりも優しく、誰よりも美しく、そして誰よりも熱く。
そんな扶桑の姿を知っているからこそ。


時雨は、悲しさを覚えるのだ。

「なんでよ……っ」

 ぽつりと満潮が力なく零す。
 もう堪えることができないのか、大粒の涙が両目から流れていく。
 
気勢を張って、態度を大きくして、言葉をきつくして。
 誰にも、舐められないように。見下されないように、必死だった。
 力のない自分が、皆に必死で追いつこうとした。
 他人の活躍の報を聞くたび、焦り、心も荒んだ。
 
 どうして自分だけ。どうして私は弱いままなの?
 焦燥のあまり過剰なトレーニングをした。手柄が欲しいからと、無茶な突撃も図り轟沈しかけたこともあった。
 早く武勲を、その一心で他を顧みず、個人プレーに走った満潮は当然のように艦隊で浮いていた。
 注意を受けようが叱られようが、それに噛みついてきた。好意に思って近づいてきた者にも砂を浴びせた。
 
私の気持ちなんて、誰にも分からない。分かってくれなくてもいい。

 そんな満潮に、傍に居続けてくれたのが扶桑だった。
 どれだけ満潮が罵声を浴びせようとも、笑顔を崩さず、ただ其処にいてくれた。
 叱りつけるのでもなく、窘めるのでもなく。また、意図して温かい言葉をかけてくれるのでもない。


 ただ、其処にいてくれた。
 クソガキだった自分を受け入れてくれた。
 くだらない愚痴を、嫌な顔一つせず聞いてくれた。
 そして、何気ない一言だったのだろうけれど、その言葉が胸に響いている。


――満潮は、頑張っているのね。えらいわ



 それだけで、その言葉だけで、満潮は救われたのだ。
 自分の全てを受け入れて、認めてくれる人。
 そして、自分を褒めてくれる人。
 
 他を顧みず行動してきた満潮にとって、その一言が強く胸を打った。
 私は、何のためにこんなに頑張ってきたのか。

 武勲を上げたいから。確かにそれもあるだろう。
 だが、求めていたものはもっと簡単だった。

 誰かに、褒めてほしかったのだ。

 よくやったな、と。偉いぞ、と。その一言が欲しかっただけなのだ。
 その時初めて満潮は、人前で涙を流し、咽び泣いた。
 
 扶桑にとって、満潮を救いたい、などという高尚な思いなど無かったのだろう。
 だからこそ、満潮は嬉しかったのだ。見返りも何も求めず、ただ、自然に接してくれたことに。

 救われたのだ。だからこそ、いつか扶桑が困っているときには自分が……。
 そう思っていたのに。

「私は……結局何もできないのっ……?」
「満潮……」

 膝から崩れ落ちた満潮の肩に、最上が手を添える。
 歯痒さも、悔しさも。皆が同じ思いを共有している。
 みんなが大好きな扶桑と山城を、助けることもできないことを。
 何かしたい、何か力になりたい。その思いだけが強くなっていってしまう。
 そして理想だけが大きくなり、何も出来ない現実を見てしまうと絶望しか浮かんでこない。




「まだ何も出来ていないのにっ。何一つ返せていないのにっ!」

 感謝の言葉も、恩返しも、誓い合った夢も。
 何一つ、出来ていない。叶えることもできていない。
 語り合った夢も、それを叶えようと皆で笑い合ったことも。
 何もかもが突然の終焉を告げられた。それを、どうして受け入れることができるだろうか。


「お願い、です、提督。扶桑たちを、行かせないで……」
「……」


 見る人によっては、哀れな姿かもしれない。 
 号泣しながら、懇願するさまは、駄々をこねる子供そのものだ。


「わた、しっ。もっと、素直になるからっ。いい子、にぃっ、する、からぁっ」


 到底聞き入れてくれるものではないことなど重々承知している。
 しかし、言葉が止まらない。胸に詰まった思いが全部、直接音になって飛び出ている。

 
「だからっ、だか、らぁっ!」


 それを止めることなどできない。そんな方法、誰も知らない。
 時雨も、最上も。そして、提督も。その悲痛の叫びに、皆、痛々しく表情を歪めることしかできなかった。



「……ありがとう、満潮」
「っ!?」



 いつも聞いていた優しい声音が、皆の耳に届いた。




今日はここまでということで。

満潮の下り、正直物語上、さほど必要じゃなかったかもしれません。
ただ、どうしても書きたかったものでもあるので、蛇足になること覚悟で書いてしまいました



「ふ、そう……?」

 入口にいつの間にか立っていた扶桑の名前を呼ぶ。
 扶桑だけではない、山城もその後ろに控えていた。
 
「満潮」

 泣き崩れた、満潮の傍に近寄り声をかける。
 普段通りの、優しい声で。毎日の挨拶でもするかのような、そんな声だった。
 扶桑はかがんで満潮と視線を合わせると、そっと手を満潮の頭にのせる。

「扶桑?」
「満潮、あなたは本当に優しい子ね」

 愛しそうに、我が子を愛でるように、優しく頭を撫でてあげる。
 いつもの満潮ならば、子供扱いするな、と怒ったのだろうが今に限ってはそんなこと出来るわけもなかった。
 

「憎まれ口をたたいて、何かと火種を作るのがうまいあなただけれど根は誰よりも優しいって、私は知っているのよ」
「そんな……やめてよ」
「だから、その優しさをいつまでも、ね?」
「だから、やめてってばっ」

 そんなこと言わないでほしい、と満潮は思った。
 そんな、まるで別れの言葉みたいに、言わないでほしかった。
 もう会えなくなるかのような、そんな言葉なんて、欲しくなかった。



「もう……。こんなに泣いちゃって。可愛い顔が台無しよ?」
「だっ、誰のせいだと……思ってんのよ……」

 こんなにも涙が出るのは、扶桑たちのことを愛しているからだ。
 扶桑には、その優しさに何度も救われた。
 山城は、ジメジメした空気にイラッとすることもあったが、それでも自分たちをちゃんと導いてくれた。
 
 2人とも、大切な家族だ。
 満潮だけではない。時雨も、最上も、みんなそう思っている。
 みんなで過ごした時ほど心安らぐものは無い、そう思えるほど楽しかった。
 
価値観がぶつかって喧嘩したこともあった。
 それでもみんながそうやって自分を出せることが、どれほど素晴らしいことか。
 一つの塊で、それぞれの色を出し合うことがいかに難しいことか、成長するにつれ自然と理解していく。 
 だからこそ、周囲の顔色を伺うことしかできなくなる。空気を読んでいる、とそれらしい言葉を掲げて。
 その実、行っているのはただ自己を殺しているだけ。
 
 そうなってしまわぬ様、どれだけ落ちこぼれても、周囲の目を気にしようとも。
 自分で自分を陥れるような真似だけはしない。
 それは、自分の存在の否定だ。それだけは、絶対にしてはいけない。
 
それが扶桑の考えだった。
 自分が自分を殺してしまったら、誰が認めてくれようか。
 
自分という存在を否定しないこと、常に存在する意味を見出すこと。
 みんながみんな、違うのだということを受け入れること。
 それが、自分を受け入れることに繋がるのだ、と。

 言葉にせずとも、その姿勢で、在り方で、皆に示してきた。
 それもこれも、全て彼女たちのため。

「これからの鎮守府を支えていくのは、あなた達なのだから」

 清く、正しく、真っ直ぐに。
 成長してくれたからこそ、扶桑には心残りなど微塵もなかった。



満潮は優しい子

おやすみなさい

今日は更新出来そうにないです……

すみません

 ゆっくりと更新していきます


 
 いつも眺めていた海が、こんなにも黒く、怖いと思ったことはなかった。
 自分たちを受け入れ、包み込んでくれた海が初めて拒絶をしてくるかのように、荒々しく波を立てる。
 明るさなど全く存在しない海路が、一握の希望すら抱かせてくれないように思えた。

 文字通り、行く末は暗く。
 一分の隙もあってはならぬほど険しく。


 ――もう帰ることはないあの場所は、振り返っても見ることができない 


 
 
 聞こえてくるのは、荒々しい波音と航行する音だけで、それ以外は何も聞こえてこない。

 陽が落ちた海は、何もかもを飲み込んでしまうように感じられ、微かな月明かりを頼りに海を進む。
 

 そこにいる誰もが言葉を発することはなかった。
 周囲を警戒中、ということももちろんあるが、そのようなことでここまで静まることはない。
 その最たる原因である扶桑と山城を中心に、航行する数隻の艦娘たちの表情はどこか歪んでいた。
 時雨に満潮、最上、朝雲に山雲。せめて、少しでも一緒に、という彼女たちの願いを提督は受け入れてくれた。
 だと言うのにお互い、顔を見合わせることも話しかけることもできない。
 

 これから死地へと向かう二人に、どんな顔を向ければ、どんな言葉をかけるのが正解なのか。
 無理やり作った笑顔で接するのも、明るい声で話しかけるのも、間違いでは無いだろう。
 それでも、それをできるような空気でもないこともまた事実で。
 結局、誰も話しかける勇気がないまま、進んでいく。


 共にいられる時間ばかりが減っていく。
 



「……ここまで、だね」

 先頭を進んでいた最上が立ち止り、小さな声で呟く。
 あらかじめ定められたポイントに到着したことを告げると、ゆっくりと皆が集まってくる。
 ここから先は、扶桑、山城のみが進むことになる。
 2人しか進むことが許されていない、破滅への道。
 皆思っている。提督の命に背いて、このまま扶桑たちとともに、戦おうと。
 扶桑と山城だけに、重荷を背負わせるわけにはいかない。辛い思いだけはさせるわけにはいかない。

 けれどそれはきっと、扶桑たちは許してくれない。
 そんなことを言い出したら、彼女たちの覚悟を踏みにじることになる。
 悲痛な思いを噛み殺して、絶対的な死の恐怖を飲み込んで。
 
 それでも、そんな恐怖を殺してまでも戦うと決意した。
 その心を蔑ろにするわけにはいかない。
 
 愛しているからこそ、自分たちの感情を出すわけには行けない。
 愛しているからこそ、理解したくないものも分ろうとしなければならないのだ。

「皆、ありがとう」

 護衛についてくれたそのお礼を扶桑は告げる。
 しかし、その言葉にはそれだけではない意味も持つように思われた。
 
「2人とも……気を付けて」

 もはや気休めの言葉にもなっていない言葉を時雨は言う。
 気を付けて、などはほとんど無意味な言葉かもしれない。
 それでも、何かを言いたかった。これが最後の会話になるのかもしれないのだから。



先ほど、ラストシーンが書き終わりました。
そこまではまだ全然できてませんが……

なんとかそこまで続けられたらいいなぁ……

扶桑姉さまの2周年ボイスと梅雨限定ボイスがかわいすぎて辛かった(唐突

ぼちぼち始めます


 皆、口々に言葉をかける。
 頑張って。待っているよ。無事に帰ってきてね。
 いつも通り平静を保って言葉をかけるよう努めた。
 しかし、それが出来ている者はいなかった。
 身体も声も震え、泣きそうな顔を皆懸命に押し殺して。
 それでも漏れてしまう悲しみ。痛みを、隠し通すことなどできなかった。
 
 それでも、一縷の希望にすがって、皆別れの言葉だけは言わない。
 夢物語であろうとも、非現実的な超展開であろうとも、笑えるくらい都合のいい結末であろうとも。
 最高の結末だけを思い浮かべ、望んでいた。
 皆、扶桑と山城の笑顔だけを望んでいた。

 だが、強くそれを望んでも、現実が嘲笑ってくる。
 起こるわけ無いよ、そんな奇跡。と馬鹿にするかのように。
 奇跡は起きないから奇跡なのだと、誰かが言った。
 希望は月明かりのように細く、闇に掻き消されそうなほど淡い光だ。

 だけれども。そうだとしても。
 それさえないとするならば、人はどうして生きていられようか。
 誰もが、もがき苦しんでいる。絶望の海に投げ込まれたとしても、皆その光だけを頼りにするのだ。
 その光だけを頼りに、その光だけを目指して足掻く。
 
 悲しみと絶望の闇で、彼女たちは笑えるくらい幸福な結末を思い浮かべる。
 そうすることでしか、笑うことができないから。
 そうすることでしか、安心させることができないから。
 そうすることでしか、心残りなく送り出せそうにないから……。





「作戦が終わったら、盛大なパーティーしないとね」

 だから、こんなことも言える。
 馬鹿みたいな未来を、馬鹿みたいに。
 名案でしょ、とでも言うように時雨が笑顔で言った。
 
「あらあら。提督が了承するかしら?」
「させるわよ。それくらい要求しても罰なんて当たらないわ」
「……提督も困ったものね」

 満潮の言葉に、おかしそうに、ふふふ、と山城が笑う。
 楽しみね、と扶桑も続く。
 立案者の時雨が誇らしげに人差し指を天に向け、言う。

「そうだよ、鎮守府全体で行う、大祝勝会さ。だから、さ……」

 だから、と消えそうな声でもう一度。
 そのあとの言葉が、なかなか出てこない。
 下手に言葉を発しようものならば、堰を切ったように思いが溢れ出てくる。
 口がいくつかの言葉を言おうと開いては、声に出せずに閉じる。
 思わず、扶桑の服の袖をつかんでしまう。
 行かないで、はもう言えない。扶桑たちの覚悟を知ってしまったから。
 戻ってきて、も言えない。それは無責任で、浅慮な言葉だから。
 だから、そのどれとも違う言葉を、2人に贈る。

「勝って、ね」

 作戦の成功を、2人の勝利を願うこと。
 そうすることが、軍人として、親しい友人として、そして家族としても。
 正しいことなのだと、そう信じるしかなかった。


 時雨のその言葉に、扶桑は思わず目を伏せる。

「……ええ」

 山城は、胸の前で拳を握る。

「必ず」

 それぞれが、短く言葉を紡ぐ。 
 ただの一言ずつではあったが、そこには十分すぎる強い決意が溢れていた。
 
 ありがとう、と言葉にする必要もなかった。
 そんな言葉を求めているわけではないことなど、言われなくとも分かっている。
 自分たちにできることは、彼女たちの願いを叶えてあげることだけだ。
 
 だからこそ、勝つ。作戦の成功に力を尽くす。
 それが自分たちに与えられた使命であり、責任。
 例え壊滅必須なものであっても、それが命を守ることになるのなら。
 

 ――この娘たちを守れるのならば、これ程嬉しいことはない


「満潮」
「え?」

 扶桑に名前を呼ばれて、間抜けの声を出す。
 そんなことを気にもせず、扶桑は自らの髪飾りへと手を伸ばした。
 シャリンッ、と耳に心地よい金属音を残し、1つ離し取る。
 それを未だ困惑する満潮に、微笑みながらそっと差し出す。

「これは……?」
「今まで、何もあげられてなかったから。だから、受け取って」
「それって……」

 このタイミングで、こんな贈り物。こんなの、ただの形見ではないか。
 それに、何もあげられていなかった、などというのは間違いだ。
 満潮だけではなく、時雨も最上も、皆みんな、扶桑と山城から沢山のものをもらっているのだ。
 突き返したいとも、思った。だけれど、口から出た言葉は違った。





「……預かっておくわ」
「え?」

 さすがに、予想していなかったのか、今度は扶桑がキョトンとした表情を作る。
 
「預かっておくって言ったの! 綺麗に手入れして! ずっと!」
「……そうね」
「だから、その時が来たら……」

 悲しみを乗り越えることは容易ではない。
 それでも、見せかけでもいい。作った笑顔であっても、今はいいではないか。
 必要なものは、悲しみを乗り越えようとすることなのだから。


 だから満潮は、悲しみを覗かせながらも、目一杯笑って見せた。


「絶対、返してあげるから!」
「……ありがとう」

 満潮の温かさと強さを目の当たりにして、扶桑の心が震えた。
 そして、それを見守っていた山城も。

「時雨」
「山城、君もかい?」
「そうよ、姉さまの二番煎じで悪いわね」

 クスクスとからかう様に笑う時雨に、ムスッとした表情で自分の髪飾りを押し付ける。
 仕方ないな、と微笑みながら時雨は受け取る。
 普段からクールな時雨だったが、今日ばかりは歯を見せて笑う。

「じゃあ僕も、預かっておこうかな」
「……そうしておいてくれるとありがたいわ。ほら皆も」

 そう言って、一人ひとり、髪飾りを贈る。
 皆、大事そうに、胸に抱えていた。
 別れが近いというのに、皆の顔には笑顔が浮かんでいた。




「それじゃあ……もう行くね」
「ええ、本当にありがとう、提督によろしく言っておいてね」

「うん。手筈通りに、こっちはやっておくから」 
  
 それだけ言い残して、満潮たちは去っていく。

 何度も振り返りながら、手を振り続けていた。
 暗闇で何も見えないだろうが、ずっと笑顔で。
 扶桑と山城も、それに答え続けていた。
 ずっと、笑顔だった。満潮たちも、扶桑たちも。
 その笑顔も、再び沈黙が周囲を支配すると、キッ、と引き締まる。

「山城……覚悟は、できた」
「……はい」

 そう、とその言葉に一瞬だけ頬を緩める。しかし、すぐさま表情を戻し山城に向かい合う。
 月明かりに照らされた、扶桑の姿は、どこか可憐で、儚く。

「戦艦扶桑、戦艦山城」

 そして、怖かった。

「出撃します」




西村艦隊の改二はみんな時雨みたいに扶桑たちの髪飾りをしていてほしい
そう思っているのは私だけ?

てことで今日はここまで

今帰ってきたので明日投稿します

こんな話書いてると、ほのぼのが書きたくなってきたw

申し訳ない
会社の人と飲んでました
明日こそは……



扶桑たちが守るべき諸島は大小合わせて8つの島々からなる。 
東をから西へ、進むには1つひとつ順に通過することになる。
 
提督からの作戦内容はあくまで諸島全体の防衛。
主力艦隊がどの程度応援に駆け付けられるか不明なことを鑑みると、後退ラインは4番目島まで。
3つまでならば艦隊を投入すれば奪い返すことができるという算段だった。
 
もちろん、上手くいくかは不明だが少しでも作戦を成功させるためには、全ての島を守る必要はない。
 1番目の島からすべてを守ろうと尽力を尽くし、時間を稼がないのならば、少しずつ後退してでも時間稼ぎに努めたほうがいい。
 幸いなことに、この3つの島は無人島であり人の生死は関わらない。
 しかし、逆に言えば3つまでしか後退できないともいえる。

4つ目以降の島も奪われるとなると奪還も非常に厳しくもなる。
 扶桑たちは、稼ぐべき時間も分からないまま、2人でひたすら耐える必要がある。
 
終わりが分からない。
ペース配分も分からない。
燃料、弾薬も、そしてスタミナもどれだけ持つかわからない。
 
そんな中で、敵を打ち倒すのではなく、唯ひたすら耐え抜くという苦行。
 想像もできないほどの地獄をこれから迎えるというのに。

扶桑の顔は涼しげで、汗1つかいていなかった。





「来た、わね……」
「はい……」

 遠くから、人のものではない鳴き声が戦慄く。
 低く、重く、大気を震わすかのような振動が伝わってくる。
 意気揚々と、敵地を侵略しようと乗り込んできたのだろうか、非常に戦意が高く見えた。
 百鬼夜行のごとく、群れを成して航行していくさまは見るからに獰猛、凶悪。
 暗闇の中でも、その大群の存在感は大きかった。

「準備はいい、山城?」
「はい。姉さま」

 敵はまだこちらの存在に気づいていないようだ。
 スピードを落とさずにそのままの勢いで第一諸島にと進行を続ける。

 よもや、敵も自分たちの迎撃のために送られた艦娘が2人のみとは思いもしなかっただろう。
これだけの大群の対処に当たるには、艦隊を組み、それを運用してするものだ。
 目視でそのような艦隊は確認できない。そこに油断が生まれる。

 岩陰に潜んでいた扶桑たちは、タイミングを計る。
 
 先手必勝。戦力的に大きく劣る彼女たちにとって取りうる手は限られてくる。
 扶桑は指を三本たて、ゆっくりとカウントしていく。
 
 そして、敵が射程圏内に入った瞬間。

「砲撃開始っ!」

 轟音とともに、数発の砲弾が深海棲艦の大群の中心に着弾した。



鼻を突く火薬の匂い。
身も心も揺さぶるかのような衝撃。
巨大な艤装は、威風堂々と熱を帯びていた。

誇らしげに。
嬉しそうに。
それはきっと、見間違いではなかった。

久々に放った砲弾による衝撃に、思わずバランスを失いそうになった。
しかし、久々といっても身体がその対処法を覚えているため意識することなく体勢を立て直す。
美しい放物線を描いた砲弾は、残念ながら敵に直撃はしなかった。

ただ、相手の群れのど真ん中に着弾したことで相手を浮き足だ立たせることには成功した。
敵影もなにも見えない、邪魔する者はいないと意気揚々に 乗り込んできた深海棲艦にとって、その襲撃全くの予想外と言っていい。
もとより、初弾は命中させるつもりはなかった。
相手を動揺させることが目的、当たれば儲けもの。
第2撃からが、本当の意味での攻撃。
細かい修正はほとんどいらない。たも、相手の群れのど真ん中にぶちこむだけ。
あれだけいれば、どれかには当たる……。
そんな、大雑把な考え。

だが、扶桑たちちとって、狙いを定めることで神経を集中させるくらいならば、その方が疲労も少なくてすむ。

ネット環境の不備で更新できてませんでした……
昨夜のもスマホでポチポチと打ったものだったりw

今日もできれば夜更新します

とりつけ忘れた・・・
上のは私です

 
 足の遅い身体を必死で前に動かしながら、扶桑と山城は暗闇に身を溶け込ませながら波をかき分けていく。
 後ろから敵の砲撃が着弾する音が聞こえてくるが、おそらく先ほどまで二人がいた場所めがけて砲撃をしているのだろう。
 ちらっと、扶桑は敵の様子を轟々と燃える炎と、深海棲艦が放つ砲弾の光を頼りに伺う。
 見当違いの方向へ攻撃を続ける深海棲艦に思わず口元が緩む。しかし、すぐに怪訝な表情を浮かべてしまう。

「報告よりも、敵が少ない……?」

 移動しながらなので正しい数字とは言えないだろう。
 戦艦、重巡の数は10前後と報告の数字と一致しているが、駆逐艦は多く見積もっても40もいない。
 
「報告が間違っていたのでしょうか?」
「そうかもしれないけれど……用心だけはしておきましょう」

 
 実際、追撃のために体を二手に分けていることも考えられる。 
 もちろん、山城の言葉通りかもしれないが、そのような都合のいい考えは持たないほうがいい。

 この場で考えるのは常に最悪のシチュエーションのみ。少しでも甘い考えは油断に繋がってしまう。
 気を引き締めるためにも、楽観的になってはいけない。
 冷静に、慢心せず、着々と作戦を進める。
 そうしてこそ、死を少しでも遅らせることができる。
 
 とにかくまずは、目の前にいる敵に集中しよう。
 そう思い、扶桑は主砲を深海棲艦へと向ける。
 例にもよって、標準はあえて合わせない。砲弾の行方は、神のみぞ知る。
 
 行く先も、運命も、すべて。

 

 海は、気分屋だ。
 飄々と穏やかに見守ってくれていると思えば、突如怒りの矛先を向けてくる。
 海は、いつ、機嫌を損ねるかわからない。
 
 本当に、海は気分屋だ。
 

砲弾を撃つ音と爆発音が激しさを増していく。
 突然の奇襲に最初は混乱していた深海棲艦だったが、今となってはすでに来た砲弾にたいして冷静に対処を続けている。
 それでも狙いを定めさせないため、扶桑と山城は常に移動を怠らない。
 相手は無数の砲弾の雨を降らせてくる。少しでも立ち止まると容赦なく、身体に突き刺さるだろう。
 決して回避力があるとはいえない扶桑型。それでも、寸でのところで避け続ける。
 頬を掠め、すぐ横に着弾しても、決してひるまない。足を竦めている暇など、ない。
 

 その表情には怯えなど一切なく、両目と砲塔は敵影のみを睨み付ける。
 鬼気迫るとは、獅子奮迅とは、まさにそのことを言うのだろう。
 圧倒的戦力差を恐れていない、なんてことはない。
 恐怖は、心を大きく蝕んでいる。気を抜くと、手足の震えも止まらなくなるだろう。
 怖くて、怖くて。今すぐにでも逃げ出したくもなる。
 それを、抑え込む。守るために、と理由をつけ、死の恐怖を受け入れる覚悟がある。
 
「姉さま! 魚雷っ!」

「分かっているわっ!」 
  
 避けるべき攻撃は、上だけではない。

 水中からは、相手の駆逐艦郡が発射する魚雷の群れ。
 直撃すれば、敵の砲弾よりも致命的かもしれない。
 通常の火力が低い駆逐艦の最大の武器であり、まともに命中すれば戦艦ですら無事ですまない。
 しかも、夜戦ともなるとその航跡も確認しにくく、回避難度も高い。
 それだけ、魚雷は扶桑たちにとっても最も気を付けなければならない攻撃。

 魚雷の防御方法は、音響遮蔽などが一般的だが、そんな装備はすべて主力艦隊のほうに預けている。
 防護ネットなら一応あるが、敵魚雷の性能の前にはほとんど無いものと変わりがない。
 つまり、基本的に回避行動をとるしかないのだ。
 ジグザグと動き、攻撃の的にならないように不規則な動きを続ける。

 ただ、何十本、という数の魚雷を避けるためには魚雷の動きを見極め、より細かく、集中して動く必要がある。
 それだけではなく、空から落ちてくる砲弾にも気を配らなければならない。
 そんな極限まで高めた集中力で、2人は全ての攻撃を避けきる。

 そして、休む間もなく砲撃。
 2人が放った砲弾は、それぞれ1隻ずつを仕留めた。

「次っ」
「はいっ」

 緒戦は、扶桑たちの奇襲攻撃によって主導権を握ることに成功した。
 ただ、忘れてはならない。ちょっとした油断が、隙が、命取りになることを。
 


 荒れた海とは正反対に、空は穏やかに雲を流す。
 空は続いていく。どこまでも遠く離れていようとも、そこから見上げた空は繋がっている。
 人々は空を見上げ、思う。願い、祈る。
 この思いが、どうか風に乗って、思い人へと届くことを信じて。

 
 月明かりが淡くひかり、電気も付けない執務室をほのかに照らす。 
 窓際で椅子に腰かけながら、提督は一人煌々と輝く月を見上げていた。

 その表情は、深く被った帽子に遮られ詳しく読み取ることができない。
 しかし、固く結んだ唇と、 微動だにしない身体が、周りの空気を冷たく、重いものへと変えている。
 右手には、クシャクシャになった書類。上層部から送られた、今作戦の要綱。
 
 ……扶桑、山城の2人による無謀ともいえる特攻作戦。その作戦の許可書。
 それをきつく、きつく握りしめていた。
 
 上に、この作戦を却下して欲しかったわけじゃない。
 むしろ、許可してもらわないと困るほど、この作戦の重要性は最上位に位置する。
 だが、実際にその許可の二文字を目にして。
 鼓動が、バクバクと大音量で脈を打ち始めた。
 掻いたこともないような汗が流れ落ちた。
 眩暈がした。
 吐き気がした。

 お前が立案した作戦じゃないか、と言われるかもしれない。
 それでも、込上げる思いを、抑えることができなかった。
 ふつふつと沸き立ち、キリキリと締め付ける、言葉にならない思いを。
 
 それでも思いのままに身を任せるような真似だけはしない。
 それが、上に立つものの責務だと、作戦を考案した者の取るべき行動だと自分に言い聞かせて。
 そして、この後の行動も……。


 そこまで考えたところで、ドアをたたく乾いた音が響いた。
 はいれ、と短く、空を見つめたまま一言だけ発する。
 
「失礼します」
「大淀か。どうだ?」

 あらかじめ伝えるよう言っていた事柄を、前置きもなく聞く。 
 大淀も、電気もつけていないことを咎める事もなく、手にした書面を読み上げる。

「はい。南方に出撃していた空母機動部隊ですが、その一部が先ほど出発したようです」
「諸島に着くのは、あとどれくらいだ?」
「……早く見て、5時間後、かと」
「……北方への派遣部隊は?」
「まだ出発しておらず、足の速い者を選別しても、大して変わらないかと……」
「夜明けまで……か」



 夜明けまでの間、扶桑たちは二人で食い止めなければならない。
 分かってはいたが、なんと酷な作戦だろうか。
 大淀は顔をしかめ、ふるふると首を振る。
 無事でいることは、まずないだろう。
 だからせめて、一刻も早く援軍が到着することを祈る。
 そうすることでしか、心から身を案じエールを送ることでしか、彼女はともに戦えないから。


「扶桑さんたちは、勝ちます」
「……そうだな」

 信じている。
 祈っている。
 
 その思いが届くよう、提督と大淀、空を見つめ続けた。

今日は、ここまでにします

この小説にあった絵とかないかなーっと検索しまくってたら、素晴らしい絵を見つけました

という訳でこんばんは、出来れば夜更新します。


 爆発音がより激しく、荒々しく、夜の海で鳴り響く。
 物量に任せた深海棲艦による一斉射撃によって、扶桑たちは徐々に主導権を喪失。
 戦は、少しずつとだが深海棲艦のペースとなっていった。
 もともと、奇襲による混乱など時がたてばいずれ沈静化するもの。
だからこそ、その間にもうひとつ決定打となるべき奇襲を仕掛けなかればならなかった。
 そうすれば、おそらくもう少し長く、相手を混乱させることができただろう。
 しかし、扶桑たちたった2人だ。取り得る手段も限られているのに、それを行うことはできいない。
 遅かれ早かれ、こうなることは目に見えていた。圧倒的物量の前に、精神論など通用しない。

 技術の差でカバーできるのは極僅かだ。
 精神力でのカバーも、いずれは途切れてしまう。
 ただ、次々と襲い掛かってくる攻撃に、やむことのないその黒い雨に。
 何もかも、押されていく。力も、戦局も、扶桑たちにとって悪い方向へと進んでいく。

「ぐっ!?」
「姉さま!? 大丈夫ですか!」
「ええ……直撃はしなかったわ」

 真横に着弾した敵の砲撃による水飛沫を、扶桑はモロに被り思わず呻き声を上げる。
 山城の言葉に短くそれだけ答えると、キッと敵をにらめ付ける。

 幾分か減りはしたが、それでもなお2人を沈めるのに十分過ぎるほどの数。 
 特に、相手側の戦艦にいたっては1隻も落とせないでいた。
 その、高い相手の防御力と自分たちの命中率の低さに思わず歯軋りをしてしまう。
 逆に戦艦の砲弾をまともに受ければ、自分たちはたちまち大怪我を負うだろう。
 もしかしたら、一撃で大破してしまうかもしれない。
 何があっても、直撃は避けないといけない。

 だからこそ、するべきことは攻撃よりも回避に重点を置くこと。
 当たらなければ、どうということはない。どんなに火力が強かろうと、だ。
 すべての弾をよけきる、なんてもちろんそんなこと出来るなんて、扶桑は思っていない。
 それでも、そのくらいのことをしなければ、勝利は見えてこないことは知っている。

 もともと無謀な作戦なのだ。求められる行動も、とるべき行動も、少し位無謀でないと、勝機は訪れない。


暗闇の中で、無理やりにでも光を見出そうとした。
 無茶苦茶だと分かっていても、やるしかなかった。
 希望とはまた違ったものを、強引ながらも作り出し、それを見据えて。
 
 ……見据えて、見たものは、無慈悲なまでの絶望だった。

 
 
 「――ぁ」


 そう小さく漏らしたのは、山城だった。
 今まで2人を、言い方はおかしいが、均等に狙ってきた敵の攻撃。
 その砲弾の雨が、すべて自分に向かっている。
 敵は、おそらく既に自分たちが戦う相手が僅か2人であることに気づいたのだろう。
 であるならば、何もわざわざ2人同時に攻撃を加える必要もない。
 各個撃破した後、もう一方を嬲ればいい。戦力的にも、時間的にも、戦況は深海棲艦側に大きく分があるのだから。
 

「くっ!?」

 振り落ちる砲弾を見据え、必死で回避を試みる。
 着弾点を予測し、行動に移る。
 1発目はすぐ横に移動し、簡単に避ける。
 2発目はひらりと身を翻し、華麗に。
 3発目、4発め、5発目、と増えていくたびぎりぎりの行動になっていく。
 そして。

「ぐっ!? きゃああっ!?」 

 ついに避け切れなかった攻撃が、山城に直撃した。




「山城っ!?」

 心配するそぶりを見せながらも、扶桑は山城に近寄らない。
 自分が今駆け寄ったところで、どうにかなるものでもない。
 今も、砲弾の雨は山城の周囲に降り注いでいるし、下手をすれば自分も巻き込まれてしまう。
 そうなるくらいならば、と扶桑は攻撃が山城に集中している隙に、初めて敵に標準を合わせる。
 狙いは、戦艦ル級。睨み付け、全砲門を向け、何も言わずに放つ。

 砲弾は、正確に真っ直ぐ、敵戦艦に直撃をした。
 悲鳴を上げ、直撃であがった炎に体をくねらせ、もがいている。
 そこにもう一撃、扶桑は静かに砲弾を与えた。
 扶桑の目は冷たく、敵が沈んでいくのを確認した後、山城にようやく声をかける。

「山城! 無事!?」
「は、はい。直撃はしましたが、たいした傷ではないです」

 そう、とだけ。ほんの一瞬だけ安堵の表情を見せたが、すぐさま敵を見やる。
 足を止めている暇はない。敵は既に次の攻撃の準備をはじめている。
 敵は、次も山城にのみ攻撃を浴びせるだろう。確かに、それは有効な作戦で、扶桑たちにとって最悪といってもいいものだ。
 扶桑は、ちらりと山城を横目で見る。確かに直撃はしていたが、かすり傷程度のもので対した実害はないだろう。
 
 ……思いついた作戦があった。
 敵が一方にのみ攻撃を集中してくれるということは、もう一方は相手への攻撃に集中できるということでもある。
 攻撃よりも回避重視、とは言ったものの、この状況であるならば一方が攻撃したほうが良いに決まっている。 
 それを、囮役を、どちらがするのか、それが問題である。
 
「山城……」

 自分が、と。そう山城に言い聞かせようとした。
 しかし、言い切る前に、山城が扶桑の言葉を遮った。

「姉さま、私が囮になるので、姉さまは攻撃を」

 妹の口から出たその力強い言葉に、扶桑は何か言いたげに口を開き、何も言わずに閉じた。
 山城のその目を見て、駄目だと、言うことが出来ずに。
 ただ、気づけば首を縦に振っていた。
 

短いけど今日はここまでで

これからもしばらくはゆっくり更新していきます……

10時頃から投稿予定で

 山城が敵の攻撃をひきつけ、その間に扶桑が攻撃に集中。
 その作戦は、今取り得る中でも最善のものである。
 現に、扶桑の攻撃は少しずつだが確実に相手の数を減らしている。
 今まで狙ってもいなかった攻撃を、照準を合わせ撃ち込んでいるのだからそうでないと困るのだが。
 
「ぁぐっ!?」

 この作戦は最善のものだ。現状、持ちこたえられる為の術はこれしかない、と。
 山城の苦痛の声を聞きながら、そう自分に言い聞かせ続けた。


横目に、着実と痛々しくも傷を増やし続ける妹がいる。
 この現状を打破するために、なんとか敵の足止めを続けようと。
 その体全身を使って、山城は敵の攻撃を引き受けた。
 
回避に自信があるわけではない。現に低速の身であるが故に、避け切れない攻撃も出始めている。
 今のところ、致命的なダメージは負わない。重い攻撃は、つまり戦艦の攻撃だけは受けないよう細心の注意を払っている。
 
 それでも。
 小さなダメージも、積もり積もって。
 それは、山城の体へと、突然襲い掛かる。
 

「ぁぁぁああああっ!?」
「山城っ!」


比較的小規模の爆発音が鳴り響く。
 噴煙と、わずかな血飛沫が舞い、山城が膝をつく。
 
「だ、大丈夫……です。小破、ですから問題ありません」
 
 だらりと下がった左腕を抑えながら、気丈に振る舞う。
 姉を心配させまいと、作戦を中断させまいと、目はしっかりと敵艦隊を見据え立ち上がる。
 しかし、足は震え、流れ出るその血と歯を強く噛み耐える表情が、山城を襲う痛みを物語る。
 扶桑は、そんな山城の姿を見て、次に深海棲艦へと目を向ける。
 ようやく崩れ落ちた山城に、敵はさらに戦意を高揚させているのが見て取れる。
  
 今、どれほど走ったのだろう。
 体力は、正直言ってきついものがあるが、まだまだ大丈夫だろう。
 燃料と弾薬に関しては、消費が激しい。このペースでいけば途中、必ず両者とも尽きることは間違いない。
 そうならないための策はあるが、そのためには一度引かなければならない。
 
 だが、まだ早い。
 敵の残存勢力を見る限り、もう少しここで減らしておきたい。
 ここで一旦退けば、その‘つけ’は必ず後に響いてくる。
 だからこそ、まだ粘って少しでも敵を。

「……引きましょう」 

 しかし、扶桑の出した決断は、それとは異なるものだった。


 

投稿が遅れるのは、本当に申し訳ないです……
ただ、最近忙しくてなかなかパソコンに触れず、という状況だったので

お久しぶりです

保守ありがとうございます


今日はもう遅いので、また明日投稿します

お久しぶりです

保守ありがとうございます


今日はもう遅いので、また明日投稿します

お久しぶりです
保守ありがとうございました

今日は遅いので、また明日から投稿します

投稿ミス(笑)
おやすみなさい


敵に背を向けての逃走ほど、屈辱的なものは無い。
 作戦上、致し方ないものなのかもしれない。しかし、それでも、だ。
 逃げるように走る自分達の姿が、あまりにも惨めで。
 強く唇を噛み、悔しさを押し殺し、敵の手に落ちる島を見もせずに走る。

 あと、2つ。
 扶桑、山城が掴む鎮守府全員から託された命綱は、あと2つ。

 

 はぁ、はぁ、と乱れた息を胸を押さえて整えようとする。
 相手の目の前の海面に何発も砲弾を撃ち込み、水柱を立てることで相手の視界を奪い、撤退。
 弾薬をかなり消耗するが、撤退し体勢を立て直すには致し方ないと割り切る。

 
 ほとんど無傷の扶桑と、傷を負った山城。
 2人の役割をみれば、この結果は必然なものでもある。
 山城が敵の攻撃を引き付けてくれているから、扶桑は傷を負わずにすんでいる。
 
 負い目はある。妹に、こんな辛い役割を担わせることに対して扶桑は、自分が変わりに、と言い出したかった。
 そもそも、自分がその役割を務めるつもりだった。
 それを。山城のあの眼を見てしまっては、何も言えない。言うことは、できない。

 山城が見せた、その覚悟を決めた眼に。一瞬狼狽え、そして少し、嬉しかった。

 
 

 ――あなたも、あんな眼ができるようになったのね……


 
 そんな場合ではないというのに、思わず頬が緩んだ。
  





 夜の鎮守府の静けさを破るように、駆け抜ける音が響く。
 帰投したばかりで疲れもあるというのに、構うことなく彼女たちはそのペースを落とすことはしない。
 反対に、目的地が見えると落とすどころか逆に心なしかさらに上げたようにも見えた。
 結局、扉を開けるために少し止まっただけで、しかし部屋には勢いよく飛び込んだ。

「帰投したよっ、司令官!」
 
 先頭を走っていた時雨が声を上げる。
 その声とほぼ同時に、扶桑たちの護衛についていた西村艦隊のメンバーが雪崩れ込む。
 薄暗い部屋に反して、努めて明るい声音が響く。

「ご苦労」
「司令官の指示通り、各諸島に燃料と弾薬の補給分を置いてきたよ。……微々たるものだけどね」

 第2、3、4諸島に補給用として燃料と弾薬をそれぞれ設置。
 撤退したとしても、これで少しだろうが回復をすることができる。
 もっとも、鎮守府の貯蔵量、他海域への派遣部隊に持たせた分などもあるため、その量は微々たるものだ。
 さらに言えば、補給できるのは燃料と弾薬のみであり、傷の手当てができるようなものは何もない。
 戦闘で消費した燃料と弾薬は回復できても、擦り減った体力と、その身を襲う痛みを癒す手段はない。



「援軍は、後どれ位で到着しますか?」
「つい30分ほど前、北方海域から出撃した、との連絡が入った。……早くてもあと3時間といったところだな」
「3時間……」
 
 だれかが、その長すぎる時間を呟いた。
 敵の大群を、たった2人で、あと3時間も耐え凌がなければならない。
 その壮絶さを想像して、改めて扶桑と山城が赴いた地獄を思い知る。
 誰もが、拳を握りしめ、唇を噛みしめる。
 だがしかし、誰もがその眼に、表情に、悲壮感はない。
 
 其処にいるものの誰もが、信じていた。
 扶桑と山城は、きっと勝つ。
 
 根拠は、ない。
 その絶望的なまでの戦力差にあって、99%敗北が決まっている状況において。
 妄想の垂れ流しだとでも、夢物語だとでも、好きに言えばいい。笑いたい奴は笑えばいい。

 それでも、誰もが勝利を疑わない。
 扶桑と山城は、私たちの家族は、負けない。
 血が流れ、弾が尽きようとも、彼女たちの心は折れないと。
 そう信じているからこそ。その身を案じはすれども、結果は案じなどしない。

 
 
「あ、そうだ提督」

「なんだ?」
「間宮さんに料理作ってくれるよう、お願いしてもいい?」


 その突然のお願いに、提督は意味が解せない、と頭に?を浮かべる。
 そんな提督を見て、クスッと笑い、笑みを浮かべ、言う。

「祝勝会の準備さ」

 
 

ようやく全体の、3分の4ほどまで到達。
もっと早く終わる予定だったんだけどなぁ……



 いつだっただろうか。
 夕日に染まる美しい海を、ゆっくりと眺めていた。
 優しく頬を撫でる風と、心落ち着く磯の香が、眺めるだけの時間に優雅ささえ感じさせた


 この海を、少し沖に進めば、そこは激しい戦場となるのに。
 その場だけは、穏やかに波音を立てる。
  
 磯風に揺れる髪を押さえながら、隣に座る者が語る言葉に耳を傾けた。
 それが楽しくて、思わずクスクスと笑いが漏れる。
 子供のように無邪気な笑顔で、時に可笑しな冗談も交えながら。
 この語らいの時間が、愛しく感じた。いつまでも、ずっとこの時間が続けばいいのに、と


 

 ――この海を、争いのない平和な海にしたいんだ……


 男が語るその言葉に。
 思わず、口をつぐんだ。
 

 あれは、いつのことだっただろうか。
 あの時、自分はいったい何を言いたかったのだろう。
 あの時、自分はどんな眼で、彼を見ていたのだろう。 



  
 第二諸島の戦いも、戦況は深海棲艦の圧倒的な物量に終始押されていた。
 敵の一斉射撃は、扶桑の反撃など意に介さず山城を次々と襲う。
 流れ弾がたまに 扶桑の近くに着弾することもあるが気にする必要もない程度。
 
 扶桑が攻撃を1発当てても、その何倍もの攻撃を山城が受ける。
 敵を1体沈めても、山城の受けるダメージは着実に蓄積していく。

 起死回生の一手など無く。
 ただひたすら、攻撃が当たらないように祈り、動き続ける。
 休むことすら許されず、体力も限界に近い。
 もはや、気力で倒れることだけは避けているといってもいい。
 
 だが、それだけだ。
 動きは明らかに鈍っているし、砲弾が当たれば矢継ぎ早に何発も襲い掛かってくる。
  
 その猛攻を受けて、ついに山城は膝をつく。
 ゼイゼイ、と激しく肩を上下させ、痛みに身を、苦しさに心を震わせる。
 辛い、痛い、もうダメだ、早く楽になりたい。
 思わず、弱い心が口から出そうになる。

「山城っ!」

 妹の名を呼ぶ扶桑の声には、焦燥も宿っていた。
 しかし、最も強く感じられるのは、叱咤の激励。

 何をしているの、と一見非情ともとれる扶桑の心。
 しかし、泣き言など聞いている意味も時間もない。
 
 ここで倒れたら、敗北は決定する。
 そして、一度戦場に立つ覚悟を決めたならば、最後まで立ち続けなさい、立って、敵と向かい合いなさい。

 
 言葉でなくとも伝わる姉の思いに、無理やり恐怖を押さえつけ、蓋を閉める。 
 
「分かって……いますっ!」


 ギンッと、より鋭さを増した眼光を、敵に向けフラフラと立ち上がる。
 
 だが、さらなる絶望が、すぐに訪れた。





「――ぇっ?」


 自分の真後ろから飛んできたと思われる攻撃の着弾に、扶桑は声を漏らす。
 敵は、全て自分の眼前にある。真後ろから攻撃が来ることはないはずだ。
 まさか、と思うと同時に、どこかで覚悟もしていた。

 ギリッと歯ぎしりしながら振り向き、睨み付ける。
 警戒はしていた。報告よりも数が少ない敵。楽観するならば、報告が間違えていたと言う捉え方で済んだ。
 だが、物事はそう都合の良い方に進まないらしい。考え得る最悪の現実を扶桑はその眼で捉えた。
 

「……引きましょう」


 これが相手の作戦だったのか。いや、深海凄艦は最初の扶桑たちによる奇襲に狼狽えていた。
 反撃があるなどとは思わなかったはずだ。
 となれば、何らかの事情でその一部を離脱させていたのか。

 真偽は不明だ。しかし、そんなことはどうでもいい。
 どちらにしても、扶桑と山城からすれば、その結果、現実がすべて。

 戦艦2、軽巡3、駆逐艦10近く。
 確認できた新たな敵影に、扶桑は撤退を選択せざるをえなかった。






上陸するその足取りが重いことは一目見て明らかであった。
 必死で耐えて耐えて。食らいつき、少しずつだが敵戦力を削っていたところに。
 まるで心をへし折るかのようなタイミングで現れた、新たな軍勢。

 ギリギリだった。
 山城のダメージは深刻なものではあるが、このペースでいけば若干の光が見えたかもしれない。
 もともと、勝ち目など無かった戦。
 それでも必死で前を見据えた。そうでないと、戦場に立つことすらできない。
 
 しかし、前を見据えた眼も今は俯いてしまう。
 食らいついて、しがみついて。どれだけ絶望的だとしても、心は強く持った。
 その希望を、嘲笑うように踏む抜かれた。精神的なダメージは計り知れない。
 
 特に山城が危険だ。
 あれだけ傷を負って、痛みを、苦しみを、一身に背負って走り続けたのに。
 なんて酷い仕打ちだろう。なんて救いのない現実だろう。

 フラフラと、覚束ない足取りで歩く山城。
 身体を動かしてきた気力が、もう尽きそうになり、まともに動ける状態ではなくなった。
 





 一歩を踏み出すのに、こんなに力を使うのは初めての経験かもしれない。
 立っていることが、こんなにも対r直を消耗することだとは思わなかった。
 

 ――もう……疲れた、な……


 視界が霞む。
 身体の感覚が掴めない。 
 痛みも感じなくなった。
 私は立派に戦った。こんな勝ち目のない戦で、頑張った。
 だから、もう、いいでしょう?


 ――もう、休んでも……いいわよね……?


今日はもう寝ないとなので
明日か、土曜には更新します


もうあと少しで、意識が飛ぶ。
 ほんの少し、体の力を抜くだけで、闇に意識をゆだねる。

 楽になりたい、解放されたい。
 苦しみ、痛みから逃げたい。
 
 そんな誰もが思う、逃げの思考。
 それを、愛する姉が許さない。
 
 倒れかけた山城の腕を、がしっと掴み無理やり立たせる。
 

「まだよ、山城」

 かけた言葉はそれだけ。
 非情な言葉に、縋るような目を向ける。 



「姉さま……」

 もう、もういいじゃないですか。
 これ以上、どうやって戦えというのか。

「その眼は、ダメよ。まだ、誇りを失ってはダメ」
「誇り……」

 またか、と山城は心で呟く。

 誇り。

 言葉にしてみれば、これほど清々しく、綺麗で心躍る言葉もない。
 だからこそ、山城は扶桑の言葉を聞いて、出撃を決意したのだ。


―――



「あなたは、残りなさい」

 扶桑の口から出た言葉が、鋭く、深く、突き刺さった。
 それは容赦ない切り捨ての言葉。
 
「今のあなたじゃ、居ても居なくても同じだから」
 
 足手まといだ、と愛する姉に言われてショックじゃないわけがなかった。
 その言葉、眼差しが、冷たく山城を射る。


「なんで、ですか……」 
 
 そう答えるしかなかった。

 厳しい言葉に、冷たい視線に、耐えて。
 しかし、内心そう言われることも仕方がないとさえ感じた。
 
 姉の覚悟を知った。胸に秘めた熱い思いを、知ってしまった。
 死を厭わず、皆を守る戦に出られることが幸いだと。
 玉砕覚悟の無謀な作戦だと、無意味な死だと後世に伝えられてしまうかもしれない。
 敵の罠に嵌ったがため、ヤケクソな特攻作戦で沈んでいった哀れな艦娘だ、と。
 
 名誉も武勲も何もなく沈む、そんな可能性だってあるのに、いやむしろその可能性のほうが高いのに。
 
 それが誉だという。
 それが艦娘としての矜持だという。
 一花咲かし、死に場所にこの海を選ぶことが。
 
 戦う機会さえ与えられなかった自分が、最後に戦場に立つことができる。
 それが、最悪の戦場であっても、だ。それだけの覚悟が、扶桑にはある。


 対して自分はどうだ、と山城は自問する。
 自分に、姉のような覚悟があったか、と。
 皆を守るために、我が身を省みず勇んで行くことができるかと。
 
 答えは明白で、悩む余地すらない。
 姉は熱く静かに戦う意思を燃やしているというのに。

 
 惨めに、メソメソと。 
 作戦内容を聞いて、死を背に受けてただ恐怖に身がすくんだ。

 皆の、大好きな家族のために戦おうとすら思わずに。

13日から夏休みなんで今月中の完結を目指します。
今日もまだ少し更新予定です。




「今のあなたには、誇りがないからよ」
「誇り……」

 艦娘としての誇り。戦艦としての誇り。
 海で戦うことへの誇り。愛する者のために力を振るう誇り。
 
 誇り無き者に闘志は無い。
 闘志無き者は戦場に不要。

 そうと言わんばかりに容赦なく吐き捨てる。
今のままでは、海に出たとしても数秒の命。
 何の役にも立てず、砲弾の1発も当てることなく沈むだろう。

 そうなるならば、最初からいらない。自分1人で出撃したほうがましだ。
 だからあなたは、ゆっくり陸で、休んでいなさい。

 そんな皮肉が、心に響く。

「姉さまはっ……誇りのために、沈むというのですかっ」
「ええ」

 
 必死で噛みついた、その言葉にさえ扶桑は迷わない。揺らがない。
 ならっ、と歯軋りを鳴らし、睨み付ける。その眼は、懇願し訴えかける。

「その誇りは、どこから来るのですかっ!」

 教えてほしい、と山城は思った。
 そのあなたの強く静かな闘志、意思、覚悟。
 それらの元となる誇りとやらは、いったいなんですか、と。
 私にはないその強さは、一体、何を依代にしているのですか、と。

「簡単よ」

 目を伏せ、風にたなびく綺麗な黒髪を気にも留めず、扶桑は即答する。
 その顔には優しげな、嬉しげな微笑み。

「私の誇りは――」 

 続く言葉を聞いて、山城は息をのんだ。


 

自分はどうかしていたのではないか、と今更になって思ってしまう。
 あんな、一時の感情の昂ぶりに身を任せてしまったのではないか。
 姉の言葉に、誇りなどという言葉に勝手に心奪われ、自ら地獄へと足を踏み入れた。
 自分に酔っていたのか、過酷な囮役まで引き受けて。
 
「不幸、だわ……」
「そうね……不幸、よね」
 
 肩を貸す扶桑も同じように呟く。
 忘れていた。自分たちが何と呼ばれて揶揄されてきたのかを。
 馬鹿にされてきた欠陥戦艦が、粋がったところでできることは限られている。
それさえ忘れて、身の程を弁えずに。活躍できると、勝つことができると夢を見た。

 だが所詮、できるのはみっともなく逃げ惑い時間を稼ぐことだけだ。
 だからこそ、この戦に出撃してしまったことを恨んでしまう。
 張りぼての気勢で囮役を担ったところで、所詮は張りぼてでしかない。

 扶桑の心に触発され、自分も強くなれると思った。
たかだか、そんな短期間で変われるはずもないのに。
 愚かな夢を見た。見てしまった。
 強くなりたい、姉と同じ土俵に立ちたいと、願った。






「山城、逃げたい?」
「……はい」

 扶桑の問いかけに、キュッと弱く姉の袖をつかむ。
 そう、とその山城の手に自分のものを重ねる。

「私も、よ。怖くて怖くて、逃げ出してしまいたい」
「姉さま?」


 山城に添えられた扶桑の手は微かに震えていて、それを抑え込めるかのように強く握る。
 見上げた扶桑の顔は、眉が下がり唇を噛み、戦場で見せた凛々しい表情とは打って変わっていた。

「痛いのが怖くて、あなたを失うのが怖くて……早く終わってほしいのよ」

 それは山城も同じだ。
 攻撃が当たれば痛いし、走り続ければ肺が破裂しそうだ。
 自分の死も怖いし、扶桑が沈むのも怖い。鎮守府の皆を守ることができないのも辛い。

 あんなに、強いと思っていた扶桑が。
 常に憧れの存在で、儚くも優しく、そして熱い。
 そんな扶桑が、自分と同じように情けなく泣き言を言っている。

 
「……大丈夫、です。姉さま」
「……山城?」

 
 
 愛する姉が、すごく強いのだと、ずっと思っていた。

 だが、実は違った。扶桑も、実のところ気勢を張っていただけなのだ。
 なんだ、と。こんな時なのに小さく笑ってしまう。
 

 ――この人は、やっぱり私の姉さまだ……

 


 
 
「姉さまは、私が守ります」

「え……?」

 抱き付くように、扶桑によりかかる。
 
「これからも、ずっと、私が……」
「ありがとう……ふふっ」
「どうしました?」
「ううん。これじゃ、山城がお姉さんみたい」

 
 冗談交じりに笑う扶桑に、山城も答える。

「姉さまは、私の姉さまです」
「そうね」
 
 優しく山城の頭を撫でる扶桑の手は優しく、心地よかった。
 
 張りぼての気勢でも。穴だらけの覚悟でも。
 こうやって、最愛の人と寄り添えるのなら、一緒に戦えるのならば。

「……見つけました」
「え? なに?」

 なにもないです、と顔をうずめる。

 ――私の誇りを、今……

 




 誉も、誇りも、強く持った者が勝ちだ。
 心の奥底で恐怖が蔓延っていようとも、気勢を張り、それを外に出さず。

 
 凛と、堂々と、振る舞っていれば。足が震えるのを隠せる。喉がカラカラに乾くのも誤魔化す。 
 
 最後に、こんな作戦だろうと出撃ができたことは本当にうれしかった。

 海で沈むのなら、本望だと。

 その言葉に嘘はない。

 だが、しかし。
 痛いものは痛い。怖いものは怖い。
 絶望が襲い掛かる、死の恐怖が波のように押し寄せる。
 
 それも、また本心だった。

 皆のためだと、送り出してくれた提督のためだと。 
 そして、最後になるであろう戦闘で、恥のない終わりを迎えるためにも。
 
 逃げ出すことだけは、出来なかった。




今日はもう寝ます。

おやすみなさい




 ずっと、その背中を見ていた。
 大好きな家族と接するとき、その背中はさながら母親のごとく優しかった。
 戦場を翔けて敵を屠るとき、その背中はさながら英雄のごとく頼もしかった。
 愛する男と寄り添うとき、その背中はただの可憐な女性のそれで、幸せそうだった。

 ずっと、その背中を見ていた。
 いつか、いつかその背中に追いつけることを願って。
 遥かな目標として、少しでも近づきたいと思って、手を伸ばし続けた。
 その小さく、しかし大きな背中に、いったいどれだけのものを背負っているのだろうか。

 その重さを知りたい。
 その重さを背負って眺める景色を知りたい。
 そしていつの日か、背中を眺めるだけで終わらず、隣に立って歩いてみたい。

 その偉大すぎる背中に、存在に。
 追いついて、自分も一緒に。

 手を取り、助け合い、共に在りたいと……。
 いつの日か、きっと……。

 そんな日が来れば、と願った。

 

耳元で鳴り響く轟音に、もうすでに聴力がおかしくなっていた。
 海水の飛沫と自らの血で視界もかすみ、蔓延する火薬の匂いで鼻も利かない。
 
 足がもつれ、よろける。よろけて、膝をつき、容赦なく上から降り続ける鉄の雨。
 それをその身ですべて受け止める。腕に、足に、背中に。

 肉の焦げた匂いと、夥しく流れ出る血。しかし、既に痛みも感じなくなっていた。
 衝撃を感じても、そういった感覚はすでに失われている。
 立ち上がろうとしても、力が入らない。状況も分らない。
 頭が真っ白になる。自分がどこにいるのかも分からなくなる。
 呼吸がきちんとできているのか、それさえも分らない。
 
 それでも、まだ生きている。まだ、戦える。

 
 
 ――姉さまは……あそこ、か……


   
 右後方で今も必死に抵抗を続ける姉の姿を見て、安心したように小さく笑みを作る。
 その姉の姿さえ、すでに朧げにしか見えていないというのに。
 攻撃を受け続ける自分を見つめる眼差しが、どんな感情なのかも分からないというのに。

 
 そこに、最愛の人がいる。 




 それだけで、山城は笑顔になれる。
 不思議なことに、恐怖心など、いつの間にか消えていた。
 共に在ると、戦うのだと。そう誓った、その想いは、もう揺るがない。

  
重い瞼を、無理やりこじ開ける。
 視界は黒く染まるが、敵影だけははっきりと分かる。

 ほとんど言うことを聞かない身体を気持ちだけで動かす。
 ガクガクと足は震え、水面に吸い付いたように固まっている。
 フラフラの身体で、ボロボロの身体で、それでも顔は前を向く。
 
砲弾が当たろうと、倒れない。倒れるものか、と歯を食いしばる。
 霞む視界で敵を見据え、フラフラの砲塔で狙いを定める。


「舐めるんじゃ……ないわよっ」


 自慢の主砲が火を噴く。その衝撃で、後ろに倒れそうになる。
 砲弾の行方は分からない。それでもいい、と。少しでも多く、敵を沈める。
 共に戦うと誓ったのだ。
 扶桑の横で、同じように戦って見せる、と。 


 ――姉さま……見つけましたよ 


 自分の近くで駆け回る扶桑の姿を思い、嬉しげに呟く。
 

「私の……誇り、を……」

 
 この地獄で、いや、今までも戦えてこられた、理由を。
 艦娘としての誇り。戦艦としての誇り。海で戦うことへの誇り。
 それらすべて、胸に秘めた確かな思い。しかし、それは艦娘であれば誰でも持ち得る誇り。
 山城の、自分自身の為の誇りではない。
 山城を、山城たらしめる存在意義は、それとは別のものだ。
 声に出さず、胸の奥底で明るく呟く。

 
 
 ――姉さまの家族として、戦えること……

  
 
   


    
 扶桑の、その誇りから来る強さに憧れた。
 扶桑の、時折見せる弱さに同調した。
 強さも弱さも、全部ひっくるめて最愛の家族だ。
 
 ただ、純粋に、凄いと思う。
 これだけの地獄に、その誇りだけで踏み込める強さが。
 絶望の中でも、決して揺るがず、前だけを見据える強さが。
 
 山城は、その強さが羨ましく、そしてこんな凄い人の、ただ1人の妹なのだ。
 世界一強い扶桑の、誰よりも近くで想いを共有し、ともに戦うことができる。


 それが嬉しくて、こんなにも胸が熱くなる。 
 扶桑の隣で、ともに戦い、傷つき、笑い合う。
 それだけで、十分戦うべき理由になる。堂々と立てる、誇りとなる。

 その誇りを知ったからこそ、山城は笑える。
 現状も忘れ、大好きな家族の笑顔を思い浮かべることができる。


 ――もう……何も見えないのに。聞こえないはず、なのに……


 扶桑だけではない。満潮も、時雨も、最上も、朝雲も夕雲も。  
 皆の笑顔が、脳裏に焼き付く。皆の笑い声が、耳の奥に響く。
 こんなにも温かい場所が他に、どこにあるというのだろう。
 こんなにも幸せな居場所など、他に、考えられない。
 
 その眼からは一筋の涙。
 脳裏に焼き付いた幻想をそのままに、山城はもう何も見えない両目を開いて弱々しく、呟いた。 


「帰り……ましょう、ねぇ、さま」

 
 だから、思った。
 思ってしまった。


「勝って……もう一度、あの場所にっ」


 
 直後。
 その日、一番の轟音が鳴り響いた。



 ――海は、気分屋だ。



 あたりに鳴り響く轟音に、扶桑も思わず立ち止まり耳を塞いでしまう。
 この戦闘でこれほど脳を揺さぶる轟音はなかった。
 顔をしかめ、視界を閉ざしてしまう。しかし、其処はさすがと言っていいか。
 その間はわずかに5秒にも満たない。すぐさま周囲を見渡し状況を確認する。
 あたりは煙が立ち込め、月明かりも役には立たない。    
 耳を頼りに敵の鳴き声が聞こえる方へと身体を向け、砲塔を向ける。
 そして、近くにいるはずの山城へと声をかける。

「山城! 無事!?」





 ――飄々と穏やかに見守ってくれていると思えば、突如怒りの矛先を向けてくる。


 


「……山城?」
 
 帰ってくるはずの返事がなく、怪訝な表情を作る。
 しかし、もうすぐ煙も晴れるころ合いで、敵の姿も見渡せる。
 目を逸らすわけには、いかず、ただ声だけで呼びかける。





 ――本当に、海は気分屋だ





「山城! どうしたの!? 返事をしなさい!」

 薄らと敵影も見え、その眼と身体に力を込める。
 煙が完全に晴れたら、またもう一度走り回って、反撃を与えて……。
 瞬時に、次にすべきことを頭の中で整理、優先づけていく。
 扶桑が考えている間も、山城の返事はない。
 煙が完全に晴れても、聞こえてくるのは波の音と猛々しく叫ぶ敵の声。
 痺れを切らし、扶桑は山城の方へと、顔を向ける。
 
「どうしたの! 返事をしなさい! やまし……ろ……?」
 
 目を見開く。
 一瞬、時間が止まった。
 ドクンッ、と心臓が大きく脈打つ。
 ワナワナ、と身体が震えだす。

 覚悟はしていたつもりだった。
 いや、むしろ、こうなることくらい、簡単に予想できた。
 こうなるほうが自然なことで、なにもおかしいことでもなかった。
 
 ただ、どこか、心の片隅で、願っていたのだろうか。
 奇跡が起きて、無事に帰投できる未来を。
 バカバカしいほど、最高に幸せなハッピーエンドを。 
 有り得ないと思って、そう思いながらも、どこかで期待していたとでもいうのだろうか。
 
 現実は、残酷な答えを突きつけた。
 そんな期待を、嘲笑い、馬鹿にするかのように。



 ――海は、あっという間に、全てを簡単に飲み込む。



 山城が先ほどまでいた場所に、人影はなく。




 ――別れを述べる時間も、ない。




 見慣れた髪飾りだけが浮かんでいた。


今日はここまでにします。

ここまでくればもう終わりも見えてきたので、なんとか今月中には完結できると思うので。
こんな展開ですが、最後までよろしくお願いします。

新実装艦が皆可愛いのでしばらく更新できません。

……冗談です。

水曜辺りに更新予定です。



 弾飛び交う戦場において、その伸ばした手は何の為に。
 その意味もない行動に、扶桑はすぐに我に返り握り拳を作る。
 思わず叫びそうになった妹の名を、唇を噛みしめて押し殺す。
 
 その行動に、意味はない。
 手を伸ばしたところで、その手を掴めるでもない。
 名を叫んだところで、返事があるわけでもない。

 ここは、今もなお弾が飛び交い、血が流れる無情な戦場。
 沈んでいった者を偲ぶ時間など、ない。

 だからこそ、扶桑は一瞬だけ悲哀の顔を浮かべはするが、すぐに押し殺す。
 耳に聞こえるのは、敵の歓喜の咆哮。敵を仕留めたことへの、狂気じみた歓声。
 深海棲艦の士気が、今の攻防で最高潮へと達したのが見てわかる。
 空に向かって、叫び拳を振り上げ、艤装をガチャガチャと鳴らし威嚇する。
 そして、山城を沈めた、そのままの勢いで、標的は扶桑へと移ることだろう。
  

 悲しみに暮れる時間など、ない。与えてくれない。
扶桑は走り出す。山城のいた場所へ、走り、孤独に浮かぶ髪飾りを拾い上げ、深海棲艦から距離をとる。

 ――待っていて、山城……

 髪飾りを懐へしまい、十分に距離をとれたことを確認してから、敵と向き合う。
 もう、山城はいない。敵の攻撃はすべて、今度は自分に降りかかる。
 反撃の暇もほとんどなく、回避に意識を取られることだろう。
 そうなれば、いや、もう既に、と言ったほうが良いか。
 見えていたかすかな希望の糸も、既に千切れている。
 
 ――私も、すぐにそっちに……

 それでも、この戦場から逃げ出すわけにはいかない。
 山城は、立派に戦った。名誉ある死を遂げた。
 無駄になんかできない。いや、させない。
 
 今、この場には1人。
 しかし、戦う覚悟は2人分。
 背負った想いは、数えきれない。

 
「――来なさいっ」

  
    
 その眼に、諦めなど無く。

 爛々と闘志だけが燃えていた。  
 
 



「昔……」
「提督?」

 
 ずっと、時雨たちに背を向け窓から外の景色を眺めていた提督が、沈黙を破り言葉を発する。
 提督が語る言葉を、聞き逃すまいと、皆耳を傾ける。

 
「昔、まだ私が鎮守府にきて間もないころ」 

 ただ、提督は誰かに聞いてほしいと思い言葉を紡いでいるのではなかった。
 無性に、ふと思い出したことをそのまま口に出しただけだった。

「一度、扶桑に語ったたことがあったんだ。あの埠頭の先で、夕焼けが綺麗だったことは覚えている」
「扶桑と、何を?」
「夢の話だよ」

 
 夢? と誰かが呟いた。


「ずっと、思っていたんだ。今も、そんな日が来ればと、そう思っている」
「提督の夢とは、いったい?」


 その夢は、まさに「夢」。
 希望に満ちた綺麗な、夢。
 しかし、実現は非常に困難で、まさしく夢物語だ。


「この海を、争いのない平和な海にしたい」

 
 だが、本気だった。
 可能だと、思った。
 皆が力を合わせれば、必ず、と。


「もちろん、今もそう思っているし、そのために力を振るっている」
「それを聞いて、扶桑はなんて答えたんです?」


 誰もが一度は考えたことがあるだろう。
 平和、という言葉のその響きに、心躍らせ希望を見る。
 それがいかに実現が困難だとしても、信じ続ければ必ず、と。
 皆の心が一つになれば、必ず、と。


「…………」
「提督?」
「何も、答えなかった」
「……え?」 


 間抜けな声を出してしまうが、提督は構わず続ける。


「扶桑は、何も言わなかった。笑わずに聞いてくれていた」
「だったら何が……」
「その時の扶桑の眼が、忘れられないんだ」 


 肯定するでもなく、否定するでもなく。
 扶桑は、いつだって話を聞いてくれた。
 語らい、笑い合う。いつだって真面目に、話を聞いてくれた。
 だからこそ、忘れられない。忘れることなどできない。


「あの、困ったような眼を。悲しげな眼を。そして、憐れむような眼を」

 
 あの時、君は、何を思ったのだろうか。
 あの時の、あの眼は、いったい、何を言いたかったのだろうか。
 いったい、何を伝えたかったのだろうか。

 それだけ、聞いておきたかった。






 その圧倒的な物量の前に、精神論など馬鹿馬鹿しく思ってしまう。
 数の暴力の前には、技術でのカバーなどただの希望的観測にすぎない。
 開戦から、いったいどれくらい時がたったのだろう。どれだけ、走ったことか。

 もはや、時間の感覚などない。 
 ただ必死で、がむしゃらに、走り続けた。
 この永遠とも思える苦痛の時間を、歯を食いしばって、必死に耐えた。

 必ず勝つと。絶対に負けてたまるかと、
 援軍が駆け付けるまでは、必ず持ちこたえてみせると。

 扶桑は、ボロボロの身体で地べたに倒れこみながら、それだけははっきりと強く思った。 






 ゼイゼイ、と息も絶え絶えに補給ポイントへと這いずってたどり着く。
 その一身に降りかかる殺意の波が、幾重にも押し寄せる。
 その重圧が、これ程までに重く激しく圧し掛かるものかと、扶桑は改めて思った。
 そして、山城が先ほどまで味わってきた世界を知った。

 ――山城……あなたは、こんな中で……

 こんな苦痛にまみれた、死の恐怖を背に。
 手足も心もガタガタに震えるそのような世界で、それでも折れずに戦った。
 そんな山城を、尊敬する。そして、誇りに思う。

 
「あなたも、私の誇りよ……山城」


 強く、強く、心を持った。
 最後の、死の際まで決して光を失わない。
 今更ながらにして、思う。山城は、勇猛果敢に戦った。
 その妹の姿を、誇りに、そして讃える。
 
 ならば、と。
 それならば、私が折れるわけにはいかない。
 誇りに思った山城が、愛してくれた自分。
 その自分が、山城の期待を裏切ってはならない。

 山城が耐えたこの地獄に、自分が折れてはならない。

 
 だからと、懐にしまった山城の髪飾りを強く握りしめる。 
 出撃前、あれほど萎んでいた山城が、あそこまで戦ってくれた。

 
 そこに、妹の成長を確かに見た。

 焚き付けてしまったのかもしれないと思ったが、最後は自分の意志で、その誇りをもって戦ってくれた。  
 
 自らを鼓舞するかのように、扶桑は、力強く、口にする。



「――私の名前は、扶桑」

 
 山城を焚き付けた言葉を。
 自らを奮い立たせた言葉を。
 戦場に赴く覚悟を決めた誇りを。


「――国の名を背負った、この誇りは、誰にも負けない」

 
 涼しげな顔で、熱き心を胸に。
 最後の戦場へと赴くその足取りは軽く、後ろ姿は何よりも大きく見えた。






 果てなき理想へ、歩を進めるのは容易いことではない。
 幾度となく、高く厚い壁が目の前を遮ることだろう。
 何度も、何度も、その心は挫けそうになるだろう。諦め、歩を止めることになるかもしれない。

 だが、その程度で諦める理想など、夢など、所詮その程度のものだということではないか。
 その理想が険しい道の先にあるものだと、理解しているのならば、きっとその程度の障害など予想の範囲内。
 それに折れるのならば、理想が理想で終わっているだけか、またはただの馬鹿か。
 
 本当に、その理想を最後まで貫きたいのならば。
 馬鹿にされても、馬鹿のようにただ愚直に進むしかない。
 手足が折れ、這いつくばろうとも、心だけは折れてはならない。
 
 その覚悟もないものが語る理想など、それは所詮、夢物語で終わる。

 
 
 ――あなたは、どうですか?


 ふと昔を思い出して、扶桑は呟いた。
 その声を聴く者は、傍に誰もいない。



 主砲を構え、敵に砲弾を与える。
 扶桑が1発敵に攻撃を与えても、その何十倍もの砲弾がその身に襲い掛かる。
 その痛みに、声を漏らすが歯を食いしばって耐える。
 そして、敵に向かって全速力で翔けてゆく。

 なかなか当たらない攻撃。向こうは数の暴力で押してくる。
 ならば、と。あえて敵の懐に飛び込む。至近距離で攻撃の命中率を上げる。
 相手は、同士討ちを恐れてわずかに攻撃の手が緩むことだろう。
 それでも、そんな至近距離でまともに砲弾を受ければ、ひとたまりもない。
 
 それでも、自分は戦艦だ。そうそう簡単に沈むものではないことも重々承知している

 相手戦艦の攻撃にさえ気を付ければ。それ以外の攻撃は一切無視だ。
 
 水面を滑らかに滑り、深海棲艦の懐へと入り込む。
 最初の標的は軽巡ホ級。特に理由はなく、近くにいたという理由でだけだ。

 ホ級の手を掴み、主砲を相手の身体へ押し付ける。 
 さすがにホ級も焦ったように、同じように主砲を向けてくる。
 が、それよりも早く、扶桑は砲弾を見舞う。
 至近距離で、戦艦の主砲を受けたホ級の身体には大きな穴が出来上がっていた。
 
 ビチャッと、肉片と返り血を浴びるが気にすることもなく、死骸を放り棄てる。
 その眼は、もう既に次の標的を見据え、そして同時に再び走り出す。 


 敵の攻撃が、頬を、腕を、足を掠めていく。
 それでも扶桑はスピードを緩めはしない。
 標的にされた重巡リ級は、狂ったかのように扶桑に向けて砲弾を打ちまくる。
 危険だ、とそう判断したのだろう。先ほどまでの、回避に重点を置いていた時とは違って、今はその扶桑の眼に恐怖さえ覚えた。

 しかし、当たらない。いくら撃とうが、扶桑の身体に直撃はしない。
敵が、緒戦の奇襲以降、初めて焦り、動揺している。
 この機を逃すほど、扶桑は愚かではない。グンッ、と相手の眼前へ迫る。

 眼前に突き付けられた砲塔をヒラリと華麗にかわし、相手の真横へとつける。
 リ級も、あわてて標準を変えるが、それでも、遅い。
 扶桑の攻撃が、リ級の頭部を吹き飛ばす。命絶えたリ級は、膝から崩れ落ちる。 
 それを確認し、三度走り出す。
 少しでも停止している時間を短く、敵に狙われないように。
 相手の攻撃は、近くにいた敵を楯代わり使い凌ぐ。
 少しでも多くの敵を道連れに。
 そして、少しでも長い時間を稼ぐ。

作戦は絶対に成功させる。絶対に、勝って見せる。
 それと同時に、今までにない高揚感を覚えていた。

 その口元に、笑みがこぼれていた。



 

 この土日で完結まで行きたいです。
 まぁ頑張れれば、ですが……



 ――動けっ

 敵の懐へ飛び込み、砲塔を構え、撃つ。
 
 ――動けっ
 
 氷の上を滑るように、滑らかに攻撃を避ける。
 
 ――もっと、早く……

 寸でのところでかわし、敵の砲塔を握りしめ足元へと向ける。
 その熱さで皮膚が焼ける音がするが、気にしない。

 ――もっと、もっと!
 
 自らを鼓舞し、戦意を高揚させる。
 体はボロボロ、足もガクガクと笑う。
 それでも。軋む身体を鞭打って動かす。

 ――まだよ……まだっ

 走る。翔ける。
 まだ、終わりじゃない。終っていない。

 勝つんだ、と強く噛みしめる。 
 
 
「っ!?」



 水面を駆け回る扶桑の少し手前に、今まで見たこともないような巨大な水柱がたった。
 さすがに思わず足を止めてしまう。

 これだけの水柱は、おそらく戦艦の砲弾のものだろう。
 いままで、まともにやり合わなかった敵の戦艦群。
 数は幾分か減ってはいるが、まだまだ健在の巨大戦力。
 そのなかでも、この威力は最大級の火力を誇ることだろう。
 扶桑は、睨み付ける。存在を確認はしていた、しかし今までずっと手出しはできなかった。
 おそらく、この深海棲艦群の中では最強、最大の個体。
 そして、艦娘側にもよく知られている恐怖の対象。
 
 雄々しく、叫ぶ。その眼に、象徴である黄色の光をともし、主砲をこちらに向けている。
 戦艦ル級。そのフラグシップ、と呼ばれる深海棲艦が、扶桑を睨み付けていた。





「……いいわ」

 
 水面に立つ扶桑がポツリと漏らす。
 その間も、背後から迫った軽巡の攻撃をまるで見えていたかのように簡単によけ、背中に1発。
 次の、馬鹿正直に突っ込んできた重巡を、足元に軽く蹴りを与えることで倒し、淡々と砲撃する。


「あなた相手ならば、敗れても、悔いはないわ」


 扶桑も、睨み返す。
 血にまみれ、その上で笑う扶桑の表情は、恐ろしささえ感じられる。

 ル級はその扶桑の眼に、1つ大きく吠える。
 その咆哮を、聞き取ったほかの深海棲艦が手を下げる。
 これは、私の獲物だ、とル級が伝えたのだろうか。しずしずと下がりはじめる。
 とはいえ、殺意の眼光は治まってはいない。ル級が一度許可をおろせば、いつでも扶桑に襲い掛かることだろう。

 
 扶桑はぐるりと、その状況を見渡し、ル級に向かい直る。  
 図らずとも、こちらの希望通り、1対1の直接対決と相成ったことに、扶桑は笑う。

 ありがとう、と感謝の念さえ抱いた。
 戦艦同士が撃ち合う砲撃戦。
それは海上決戦の華。
 憧れ、もう一度と、願っていた戦い。






こちらは満身創痍。
 燃料も弾薬も、後どれほど持つのか分からないが、そう遠くないだろう。
 たいして向こうは、無傷の身体。
 体力も砲弾も十分に有り余っていることだろう。
 
 20分、いや10分もあれば十分に扶桑は確実に沈められる。

 それでも。
 そんな戦いであっても、扶桑は嬉しかった。


 戦艦扶桑は一度、死んだ。
 出撃の回数がめっきり減って、海戦など夢のまた夢。
 戦わない戦艦など、艦娘など、死んでいるも同然ではないか。
 ならば、一度失った命ならば。
 今ここで、もう一度使い果たしても誰も文句は言うまい。

 最後の、死の間際に。

 このような艦隊決戦が行えるということに、扶桑は心躍らせた。 
 
 扶桑が構えると、ル級も同様に砲塔を向けてくる。

 さながら格闘場のように、2人の周囲を囲む他の深海棲艦の野次馬的歓声が上がる。
 その全てがル級の勝利を望んでいるだろう。
 扶桑が惨めに這いつくばって、泣き叫ぶさまを望んでいるのだろう。

 ごめんなさいね、と扶桑は独り言ちる。

 
 ――負けることはあっても、そんな無様なまねは、絶対にしないから。







 ――提督……覚えていますか……?


 敵の砲弾を、左右に移動し避け続けながら、扶桑は心の中で呟く。
 もう会うことのない、男の顔を思い浮かべ、思いを侍らせる。


 ――夕日が映える水面で、夢を語った、あの日を…… 


 真後ろに着弾した衝撃で前のめりに倒れてしまう。
 もう、踏ん張るような力も無くなってきたことに顔を歪める。
 急いで立ち上がり、すぐさま退避。数秒後、倒れていた場所に砲弾が降りかかる。


 ――あなたは、おっしゃいましたね……

 
 誰もが笑って過ごせる、平和な海を作りたいと。
 馬鹿真面目に、果てなき理想を笑いながら語る彼を思う。

 お返しとばかりに、扶桑もル級めがけ、放つ。
 自慢の主砲の火力も、当たらなければ意味がなく、ル級がにやにやと笑ったように見えた。


 ――その夢は……立派です。究極の、理想です……

 
 立派すぎる夢だからこそ、誰もが一度は考えたことがあるだろう、高貴な理想だからこそ。 
 ……扶桑は、決して叶うことのない夢だとも、理解していた。



 ――来ませんよ……提督……





 逃げ場のないほどの砲弾の雨が降る。
 先ほどまでならば、軌道を予測し被害を最小限に抑え込めるよう動けていただろう。
 
 だが、もはや、それほどの行動に身体が追い付かない。
 1発、2発、と直撃し、爆発の衝撃に身体ごと吹き飛ぶ。
 口から吐血し、骨が砕ける音が体の中で響き、肉が焦げる不愉快な匂いが鼻につく。


 ――この戦の果てに……誰もが笑って過ごせる平和など……

 
 平和と呼ぶには、血が流れすぎた。
 紅く染め上げるほど、夥しい血が流れたこの海に。
 誰もが笑える、そんな海なんて、どうすれば訪れるというのだろうか。


 ――それでも……


 フラフラと重い体を起こす。
 標準もままならない状態で、主砲を放つ。
 が、当然のように砲弾はまるで見当違いの方角へと飛んでいく。
 そればかりか、砲撃の衝撃に尻餅をついてしまう。
 その間抜けな姿に、深海棲艦は見世物を楽しむように笑いを上げたような気がした。


 ――それでも、私は、あなたが、羨ましかった


 提督自身も、困難な夢だと思っているだろう。
 ほぼ不可能な、ただの理想だと気付いているのかもしれない。

 それでも、諦めはしていない。
 本気で、その夢の実現に向けて努力を続けていた。
 内心、いつ諦めるのだろうか、と眺めていたこともある。
 それでも、その眼は輝きを失うことはない。
 敗北を重ね、そして幾度となく勝利をえ、それでもなお届かないその理想に。
 立ちはだかる現実の高い壁に、挫けることはなかった。


――屈託のない笑顔で、高らかに理想を掲げることができるあなたが……

 
 笑えるくらい馬鹿馬鹿しい夢を、なんの疑いもなく語るあなたが。
 とても、眩しく見えた。輝いているように見えた。

 立ち上がろうと、腕を立てる、その上から追撃の砲弾、爆発。
 再び、海面に押し付けられ、艤装も半分ほどバラバラに吹き飛ぶ。





 ――羨ましくて……愛おしかった……


 その笑顔が、語る言葉が、凛とした振る舞いが。
 その提督の全てが、愛おしくて、愛おしくて。
 だから、信じてみたくもなった。

 来ることはないと、そう今も思っている。
 その理想を、少し、信じてみたいと思った。
 その理想の世界を、見てみたいと思った。


 ――提督は……愚直に歩める人です……


 手足が折れ、地べたに這いつくばろうとも。
 心だけは決して折れない人だ、と。愚直に真っ直ぐ歩いていける者だと。
 

 ――だから、挑んでください……


 今後幾度となく訪れる壁に、抗い続けてください。
 決して挫けることなく、何度も何度も立ち上がってください。


 ――叶えてみせてください……


 無理だと言った。来るわけないと言った、その理想の世界を。
 かなえて、私を驚かせてください。
 そうしてこそ……。それでこそ……。

 
 ――私たちが、報われる……





 
 気づけば、空が白んできた。
 必死で水上を、そしてこの世の地獄を駆け回った。
 その時間は、永遠にも思えるほど長くも、刹那の瞬きのように短くも感じた。

 その空を見上げながら、扶桑はそれでもこれだけ耐えたのだと実感した。
 星が瞬いていた、そんな時間も終わり、その姿を徐々に太陽の明かりに掻き消されていく。
 だが、扶桑は、確に見た。


――陽を浴びて輝く、確かな光を。


 耳元で、水の跳ねる音が聞こえた。
 目線だけを動かしそちらに視線をやると、先ほどまで撃ち合っていた戦艦ル級。
 その顔を見て、微かに笑みを浮かべる扶桑。

 もう指も動かせない、そんな状況において。
 何を笑うことがあるのだろう、気でも触れたのか、とル級は不思議そうに首を傾げる。
 が、それも一瞬のことで、扶桑を確実に沈めようと、砲塔を扶桑に向ける。
 これで、終わりだ、とでも言うかのように、口角が上がる。

「そ……うね。あなたの……勝ち、よ……」

 自らの負けを認め、讃えるように笑みを浮かべる。
 状況下で、こちらには不利なことばかりだった。
 それでも、直接の対決で負けたことに関しては、言い訳するつもりもなかった。
 自分は負けたのだ、そのことに悔いはない。
 最後に、こんな戦艦同士の撃ち合いができて。
 最後まで、戦艦として生きることができた。
 それを誇りはするが、惨めには思わない。

 だからこそ、自分との勝者であるル級のことを讃える。
 よく戦った、と。素晴らしい戦だったと。
 そう、個人としては……。
 だけど、と小さく呟いた声は、はっきりと相手に聞こえた。





「私たち、の勝ちよ……」





――その呟きとほぼ同時に、低く響くプロペラ音と、機銃の音が辺りを埋め尽くした。










 周囲から聞こえてくる深海棲艦の断末魔。
 不意の奇襲により、その足並みを完全に崩れ、空からの攻撃に1体、また1体と倒れていく。
 出鱈目に対空砲撃を行う個体もいるが、完璧とも言える艦載機の連携についていけるはずもなく、それも意味の持たないものとなる。


 扶桑が相手していたル級は、憎しげに咆哮を上げ、扶桑を睨む。
 せめて、こいつだけは、とでも思ったのだろうか。扶桑に、最後の砲弾を与えようとした。

 が、しかし、それを空から艦載機が防ぐ。

 忌々しく空を、そして扶桑を睨み付け、一か所にとどまるのは得策でないと判断したか、扶桑から離れていく。
 深海棲艦の、怒号が、響いた。



 
「やった、わよ……提督……山城」


 不可能だと思われた、この作戦を。
 立派に遂行した。勇敢に戦った。
 勝つことが、できた。守ることが、できた。

 それを確認できて、一気に体の力が抜ける。
 それでも、左手に山城の髪飾りを胸元で握りしめ、右手を空に向け伸ばす。



「あぁ……、見て? 山城……今日もあんなに……」








 ――空が青いわ……










ここまで書くことができました。
出来れば、日曜の間にすべて書き切ります。

といっても、出来ているものをちょっと加筆修正するくらいなので、パソコンに触ることができれば、終えることができると思うので。

では、おやすみなさい。

パソコンさわれる余裕ありませんでした……

申し訳ないけど、今週中には必ず……




 ねぇ、誰か言ってよ。
 その命は、意味のあるものだったと。
 その死は、無駄ではなかったと。
 その生は、幸いなものだったと。

 誰か、教えてよ。
 この作戦は、必要なものだったのだと。
 この勝利は、どれほど尊いものなのかを。
 2人の名誉は、決して汚されないのだと。

 



どこまでも澄み通るような、そんな透明感も感じられる蒼い、蒼い空。
 そんな空を背に、少女たちが大海原をかけていく。

 上空からその様を眺めてみると、全くズレのない航行に感動すら覚えることだろう。
 皆同じタイミングで動き、次々と隊列を変えていく。 
 旗艦なのだろうか、先頭を走る少女が手振りで指示を出し。他の少女たちが指示通りに動く。
 これほどの練度を得るために、幾日も幾日も鍛錬を積んだことだろう。
 完璧なまでに統率のとれた航行に、少女達の血の滲むような努力の影を見ることができる。
 長い時間、じっくり磨かれ得た努力の結晶は、とても美しく、輝かしい。
 


 Φ


 
「ふぅっ……」
「お疲れさま、今日も素晴らしい指示だったよ満潮」

 陸に上がり、ゆっくりと息を吐く満潮に労わりと称賛の声を時雨がかける。
 その声に、ふんっ、と顔を背けぶっきらぼうに言葉を返す。

「まだまだ、よ。まだ詰めが甘いわ。最後もちょっと乱れるし……」
「満潮は、厳しいなぁ」

 あはは、と乾いた笑い声をあげる。
 それでも満潮は、胸を張って答える。

「当然じゃない。演習くらい完璧にできないと、実践で何の役にも立たないのよ」

 それに、と小さく呟く。


「これくらいこなせないと、いざという時、また見守ることしかできないから」
「満潮……」

 その声に、暗く重い影が落ちたのを時雨は聞き逃さない。 
 満潮の気持ちが強いほど分かる、そうだからこそ何も言えない。
 そして、その気持ちは時雨も同様に強く抱いている。

 もう、鎮守府で留守番なんてしたくない。
 今度は、誰かのために戦いたい。皆を守るために、皆と一緒に戦いたい。

 もう、1年以上たつ。
 それでも、あの日のことはよく覚えている。
 あの、人生で一番長い夜のことは、その日味わった痛みは、一生忘れることはないだろう。




「……そうか。……そうか。……あぁ、ご苦労。引き続き頼む」
「……どう、だった?」

 提督が受話器を置くと同時に時雨が静かに聞く。
 南方海域から、翔鶴・瑞鶴を中心とする支援艦隊が到着したとの報が入ったのが15分ほど前。
 その報を聞いても歓声は上がらず、ただ間に合っていてくれ、と皆が祈っていた。
 もし、到着が遅く、すでに第四諸島までが敵の手に渡っていたのならば、意味のないものだ。
 それは、扶桑たちが作戦に失敗したという意味でもある。

 扶桑たちのことは信じていた。絶対に勝つと、信じると誓った。
 しかし、それでもそれはある種の強がりでもあり、不安が全くないということはない。
 到着の報が入るまでの数時間もの間、西村艦隊の面々は誰一人指令室から出ようとはしなかった。
 いくら提督が、休め、と言おうが誰も言うことを聞かず、ただただ待ち続けた。 
 せめて、こうやって祈ることで、ともに戦っていると言っているかのように。


 彼女らの表情を見渡す。
 疲れ切った表情で、それでも必死で。
 不安で仕方がないことだっただろう。
 いまでも、その色は消えることはない。
 提督は、ゆっくりと口を開いた。


「間に合ったよ。支援艦隊は、第四諸島陥落前に深海棲艦の撃滅に成功。
 金剛・比叡を中心とする北方からの支援艦隊と合流次第、他諸島の奪還作戦へと移行する」
「それじゃあ……」

 ああ、力強く頷く。

「扶桑と山城は、勝ったんだよ」




 勝った。
 
 その事実に、満潮は安堵からか膝をつき、時雨と最上は顔を見合わせ笑みを浮かべ、朝雲と山雲は抱き合って喜びを表す。

 不可能だと思われたこの作戦を見事成功へと導いた。
 欠陥戦艦だと、不幸型だと揶揄されたあの2人が。
 艦隊のお荷物だと、役立たずだと馬鹿にされた2人が。
 
 成し遂げた偉業を思うと、胸が熱くなる。
 一体、どれ程の者が同じことをできると言うのだろう。
 これほどの無謀で絶望的な作戦を、誰が。
 

「だが、2人は……」

「……分かってる。分かっているから、言わないで……」 
 
 
 提督の言葉を、満潮が遮る。

 分かっている。何の犠牲も生じずに終わることがあり得ないことくらい。
 
 覚悟はしていた。もう2人が帰ってこないことくらい。
 2人の笑顔が見れないことくらい。笑い声が聞けないことくらい。
 それが怖く、恐ろしく。

 それでも、2人の覚悟を知ったからには、送り出さざるを得なかった。
 だからこそ大切なものは、2人の生死よりも、作戦の成功したのか否か。
 
 2人は、沈んだ。
 けれど、それは名誉ある死だったのだと。
 皆の命を救った。艦娘として、誇りある死を遂げたのだと。

 
 そう、思い込んだ。
 そう、思い込むことでしか、心を落ち着かせることなどできないから。
 込み上げるものを、抑えることなどできそうにないから。
 


 
「1つ、聞かせて」
「……なんだ」


 涙は、流さない。 
 泣き言は、言わない。
 そう決めていた。

 それでも、慰みの言葉が欲しかった。
 

「2人の死は……命は、無駄じゃなかったのよね……?」 


 満潮は問う。
 それだけ聞ければ、その答えさえ得ることができるのならば。


「それは、お前たち次第、じゃないのか?」
「……そうね」


 提督のその答えに、満潮は、ふふっと笑う。
 皆を、家族を守ると、その想いで出撃し、そして沈んでいった扶桑と山城。

 それを、意味のあるものとするのは、結局は残された者たちだ。
 扶桑たちが、命を投げ捨ててまで守りたかったものを、無くさないように。
 決して輝きを失わないように。


「強く、なるから……」
「……あぁ」


 力強く、覚悟を言葉にのせる。


「もうこんな作戦を立てる必要がないくらい、強くなるからっ!」
「……あぁ」


 守ってもらった。
 大好きな家族に、守ってもらい、生きることができた。

 ならば、次は自分たちだ。
 守られる側から、戦い、守る側へ。

 そのためには、まだまだ足りないものが多すぎる。
 だが、その程度の障害など、あまりに低い。
 簡単に、超えてみせる、強く強く心に誓い、その眼からは静かに零れるものがあった。
 





「見て、満潮。いい空だね」
「なによ、あなた雨のほうが好きなんじゃないの?」
「雨も好き、って言うだけだよ」


時雨が指差す空を見上げる。
 どこまでも続く大空。どこまでもつながる青空。
 この大きな空に比べれば、自分の存在なんてちっぽけなものなのだろう。
 悩みも、不安も、何もかもが小さく見える。
 

「ああ、でも本当……」

 
 陽の光に思わず目を細める。
 思わず口角も上がり、心も朗らかになる。


「綺麗な青空ね……」


 ――その言葉に答えるように、耳元でシャリンッ、と髪飾りが音を立てた。


遅れてすみませんでした。
とりあえず、ここで完結ということにします。

5月から今まで、呼んでくれた方には、大変感謝しています。
ありがとうございました。

ちなみに、後日談っぽいものも構想としてあったので、
これはまぁ別スレにしましょうか。
と言っても、いつかの話ですが。

シリアスな話ずっと書いていたんで、次はほのぼの系でも書いてゆっくりしますw

ではでは

≫233
書くとしてもまだ先のつもりですし、その間このスレ残しておくのもどうかと思って

近日中に依頼出すつもりだったのもあります。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月02日 (火) 07:10:45   ID: y6fgv5I1

ボクらのウォーゲーム的な、もしくはゴッドイーター的な絶望感

2 :  SS好きの774さん   2015年09月05日 (土) 13:51:10   ID: tZwpHROF

話が進まない、くどい

3 :  SS好きの774さん   2015年09月13日 (日) 20:53:48   ID: fgugyEiW

イラっとする

4 :  SS好きの774さん   2016年04月24日 (日) 00:06:36   ID: 33XgeHsq

終わり方だけが残念。特に提督が満潮の問いに対して、お前達次第、と言うのはどうかと思う。自らの命令で仲間を、特に思い入れのある人を死なせたのだから、力強く頷くべき。しかし内心では二人に謝り続けて苦悩の日々を送る、とかの方がしっくりくる。*あくまで個人的には*

5 :  SS好きの774さん   2018年12月13日 (木) 18:52:24   ID: ID2z5f6u

なんて読了感の悪いSSなんだ。無能のツケを払わされるのがお涙頂戴なのは当然だが、それをどう報われる形に持ってくかが大切なのに
上の人も言ってるが、最後の提督の台詞がただの無能で無責任な冷血人間にしか聞こえないわ

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