京太郎「その片思いは八方塞がり」 (116)
東京から長野に向かう電車の中、須賀京太郎は窓の外に視線を向けて考え事をしていた。
想うのは東京で偶然出会い、一時を共に過ごした一人の少女のこと。
一緒に過ごした時間はごく僅かなものだったが、確かに京太郎はその少女に恋慕していた。
瞼を閉じれば鮮明に脳裏に浮かぶワインレッドの髪をお団子にした年上の少女。
「塞さん……」
一人ポツリと呟く。もう会うことは叶わないかもしれない、その少女の名を。
想いを伝えておけば良かった、連絡先くらい交換しておけば良かった。
そんな後悔の気持ちで胸を一杯にした京太郎は長野に帰るまでただただ彼女の事だけを考えていた。
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清澄高校麻雀部がインターハイで華々しく優勝を飾ってからしばらくしたある日、麻雀部の部室では四人の一年生が卓を囲み、一人の二年生がその様子を見守っていた。
「それロンだじぇ!」
「……」
「おい犬、早く点棒を出すじぇ」
「京ちゃん?」
「あ、悪い。ちょっとぼーっとしてた」
「なんか、最近の京ちゃん元気ないね」
「そうですね、全く集中出来ていません」
「そ、そうか?」
「そうじゃのぉ、東京から帰ってからはずっとこんな調子じゃな」
「すみません……」
他の部員達に麻雀に意識が向っていないことを指摘されて申し訳無さそうな顔で謝る京太郎。そんな彼にに咲が尋ねる。
「東京で何かあったの?」
「……別に大したことじゃねえよ」
「むっ、こっちは京ちゃんのこと心配してるんだよ?」
「いやでも本当に皆に言うようなことじゃないっていうか」
「須賀くん、何か悩みがあるのなら話してください。私達は同じ部活の仲間なんですから」
「和……」
「ほら、さっさと話すじぇ犬」
「ほうじゃ、誰も笑ったりせんけえ言うてみんさい」
「そう、ですね……それじゃあ」
そう言って顔を上げて四人の少女の顔を順番に見回すとゆっくりと語り始めた。
個人戦が終わった次の日、出発まで一日あるということで俺は一人東京見物をしていた。
疲れているであろう咲達を連れて行くのは少し気が引けたし何より東京を見て回るにしても女子だけで行った方が楽しいし自分も気を使わずに済む。
そんなことを考えながら一人電車に揺られているとある少女と目が合った。その少女は俺を見ると少し脅えるように顔を背けた。
大方不良だと思われたのだろう、金色の地毛のおかげでそんな反応には慣れていたしその時は特に気にかけることもなかった。
しばらくして慣れない満員電車で人に押されながら立っていると丁度先ほどの少女の隣に来た。どこかで見たような顔だと思い横目で顔を覗き込むと何やら様子がおかしい。顔を赤らめて何かに必死に耐えているようだった。
まさかと思い少女の後ろを見ると一本の腕が人混みに紛れて彼女の下半身を撫で回していた。
周りの人達がその事態に気づく様子はない。初めて痴漢の現場に遭遇した俺は咄嗟に声をかけていた。
「大丈夫ですか」
俺の問いかけに少女はこちらを見て潤んだ目を丸くした。
「次の駅で一旦降りましょう」
小声でそう呟くと少女は目に涙を浮かべながらコクコクと頷く。
しばらくして電車が駅に到着すると俺は少女の手をしっかりと握り電車から降りていく人の流れに乗って彼女を連れ出す。
ひとまず落ち着かせる為ホームのベンチに彼女を座らせる。
少女は少し休むと落ち着いたようで隣に立つ俺の顔を見上げて口を開いた。
「ありがとう、ええと名前は……」
「須賀京太郎。京太郎で良いですよ」
「京太郎君ね、ありがとう。痴漢なんて初めてだったから……その、助かった」
少女は頬を染めてはにかみながらそう言った。
「おっと、名前言ってなかったね。私は臼沢塞。塞って呼んで」
それが、俺と塞さんの出会いだった。
とりあえず今日はここまで
時間がある時に少しずつ書き溜めて週一くらいで投下する予定
「臼沢……塞……?」
「うん?」
聞き覚えのある名前に思わず首を傾げる。塞さんも塞さんで俺の様子を見て小首を傾げていた。
そして俺の頭のなかで欠けていた記憶のピースがカチリとはまる。
「ああっ!!」
「うわっ……な、何?どうしたの?」
「臼沢塞さん!」
「う、うん」
「和と打った!宮守の!!」
「そうだけど……って和?」
「えーっと、俺清澄の部員なんですよ」
「へぇー……って、ええっ!?」
「まさか清澄の部員だったとはね……」
「ホント、偶然ってあるもんですね」
「ところで、これからどうしますか?」
そんな偶然の出会いに二人顔を見合わせてひとしきり笑った後、塞さんにそう問いかける。
「んー、私はこれから浅草に行く予定だったけど」
「あ、俺もです」
「え、本当?」
「はい」
「そっかー……よし、それじゃあ一緒に行こう!」
そうして俺は何故か突然テンションが上がった塞さんと一緒に浅草へ向かうことになった。
年上の女性、それもなかなかの美人と二人きりで観光というのはこれまでデートの一つもして来なかった俺にとってはかなり刺激的な体験だった。移動中も塞さんの見せるふとした仕草の一つ一つにドキリとさせられる。
今思えば俺は既にこの時には自分に楽しげに笑いかける年上の少女の笑顔の虜になっていたのかもしれない。
「そういえば京太郎くんもうお昼ごはん食べた?」
「食べましたよ、まあ浅草でお菓子も食べるつもりだったんで軽くですけど」
「それなら大丈夫だね、私もお昼は軽く済ませたから」
うんうんと頷く塞さんにふと思いついた疑問をそう言えばと問いかける。
「他の皆さんはどうしたんですか?」
「……スカイツリーに居ると思うよ」
「別行動なんですか?」
「だってさぁ、私が浅草行きたいって言ったら何て言ったと思う?『おばーちゃんみたい』だよ?酷くない!?」
「あー、それで一人で……」
だから俺が浅草に行くつもりだったと言った時あんなに嬉しそうだったのかと得心する。そんな俺に塞さんは少しむっとした表情で俺を見つめてくる。
「何、その納得気な表情は」
「いえ、俺も今朝部長に浅草に行くって言ったら『渋いわね』って返されので」
「あぁ……」
「なんででしょうね」
「ね、良いと思うんだけどなぁ。浅草」
そして俺達は二人してどうにも納得が行かないという面持ちで浅草へと向ったのだった。
短いですがここまで、次回は塞さんとの浅草デートということでー
「あ、雷門!」
隣を歩いていた塞さんはそう言って赤い提灯を指さすとこちらを見て嬉しそうに笑った。その無邪気な笑顔についつい頬を緩ませながら「そうですね」と相槌を打つ。
雷門をくぐり、店を見る度に目を輝かせる塞さんと共に仲見世通りを歩いて行く。
途中、お土産に揚げおかきと手焼きせんべいを買った俺は先に次の店を見に行った塞さんを探すため辺りを見渡し、すぐ隣りの扇子の店に塞さんの後ろ姿を見つけた。
「塞さーん、お土産買えましたー」
そう声をかけて塞さんに近寄ると、俺に気付いた塞さんは俺の名を呼びながら手招きする。何だろうかと思いながら隣に立つと、塞さんは並べられた扇子のうちの一つを手に取るとそれを顔の前に運び口元を隠してこちらに顔を向けた。
「どう?」
そう尋ねる塞さんの姿は様になっておりどことなく艶やかな雰囲気にドキリとさせられる。
「す、すごく似合ってます」
「そうかな?ふふ、お世辞でも嬉しいよ。ありがと」
塞さんは緊張でぎこちなくなった俺の返事を聞いてニコリと笑うと手に取った扇子を元の場所に戻す。
「買わないんですか?」
「んー、まだ考え中かなぁ」
「そうですか……」
似合ってたのに残念だなという俺の考えは表情に出ていたらしく塞さんは俺の顔をまじまじと見つめると再び尋ねた。
「そんなに似合ってた?」
その問いかけに対しコクコクと頷くと塞さんは少し恥ずかしそうに「そっか」と呟く。それに続けて照れを隠すようにおどけた。
「それじゃあ私も扇子持って麻雀打ってみようかな!三尋木プロみたいに」
そんな塞さんの冗談に二人で笑いあっているとふと頭にある考えがよぎる。
「三尋木プロと言えば、塞さんも着物とか似合いそうですよね」
「へっ?」
「着物の塞さんが扇子を片手に佇む姿とか、凄く絵になりそうだし……」
「なっ……」
気づくと塞さんが顔を真っ赤にして俺の顔を見つめていた。つい思ったことをそのまま口に出していたらしい。
気不味い沈黙が訪れる中どうしたものかと考えていると塞さんが徐ろに扇子を手に取った。
「そ、そんなに言うなら……買って……みようかな」
頬を染めたまま扇子を見つめる塞さんがそう小声で呟く。ややあって塞さんはこちらを見ると今度は耳まで真っ赤にしながらまくし立てた。
「べ、別に京太郎くんに似合うって言われたのが嬉しかったとかそんなんじゃっ……と、とにかく買ってくるね!」
「ま、待ってください!ちゃんと値段確認しましたか!?」
「値段?」
どうやらすっかり忘れていたらしく、塞さんは値段と聞いて動きを止めるとゆっくりと値札に目を向ける。そしてしばらく値札を穴が空くほど見つめた後、肩を落として扇子を元の場所に戻した。
「これ、こんな高かったんだね……」
「あっちに安いのもありますけど」
「……やっぱり扇子はやめとくよ」
「そう、ですか」
「あ、私ちょっとお手洗い行ってくるからここで少し待ってて」
塞さんはそう言い残すとどこか寂しそうに店を出て行った。
そして一人取り残された俺は先程まで塞さんが手にしていた扇子を手に取った。
「……よし」
塞さんが戻るまでの時間を潰そうとスマホを取り出して麻雀のアプリを開く。なかなかうまい具合に手が進み早い段階で聴牌、すかさずリーチをかけるとあとはオートで対局が進んでいく。そんな様子を眺めていると塞さんの声が聞こえてきた。
「ごめんごめん、おまたせ!」
どうやら元気を取り戻したらしく明るい表情でこちらに歩いてくる塞さんに目を向けていると手元のスマホから『ロン!』という音声が鳴る。
「げっ……」
スマホの画面に視線を戻すとそこには自分が親に振り込んだというリザルトが表示されていた。がっくりとうなだれていると横から塞さんが覗きこんでくる。
「ん?麻雀?」
「一応麻雀部員なんで」
格好のつかないリザルト画面を見られて苦笑いしながら答える。
「初心者なんだっけ?」
「はい、まだ始めたばっかりで。地区予選では初戦敗退でしたし」
「そっかぁ」
そんな会話をしていると次の局が始まる。
「あ、そろそろ行きましょうか」
そう言って一時中断しようとすると塞さんに「待って」と止められる。
「折角だからお姉さんがちょっとだけ教えてあげる」
そして塞さんはその対局が終わるまで俺に麻雀の指導をしてくれた。
「やった、一位だ!」
教えてもらいながら打ったとはいえ普段なかなかなることの無い一位になりついはしゃいでしまう。そんな俺を見守る塞さんの視線はとても優しく、暖かかった。
しばらく店を見て歩いていると塞さんがある店を指さして俺の肩を叩く。
「ねえ京太郎くん、あの店のアイス買って食べない?」
「ちょうちんもなか……?」
「うん、私食べてみたいな」
「わかりました、それじゃ一緒に食べましょうか」
アイスは様々な種類があり、どれにしようか悩む。それは塞さんも同じなようで俺の隣で難しい顔をしてメニューとにらめっこしていた。
「ねえ京太郎くん」
「なんでしょう?」
「二人で違うの買って半分こにしない?」
「いいですよ」
「本当?それじゃあ私はあずきにするね」
「なら俺は抹茶で」
それぞれ抹茶とあずきのアイスもなかを買うと歩きながら食べる。
「んー!美味しい!」
「この抹茶もなかなか……」
「よし、それじゃ京太郎くん」
そう言って食べかけのあずきのアイスもなかを俺に差し出す塞さん。
「ありがとうございます」
俺も半分まで食べ進めた抹茶のアイスもなかを塞さんに手渡そうとする。と、その時になって俺たちは気づいた。
「これって……」
「あー……」
そう、食べかけのアイスもなかを交換すれば自然と間接キスをすることになってしまう。交換する時になってそのことに気付いた塞さんは顔を赤くし、俺はその様子を見て初めてそのことに気付いた。
「あの、嫌だったら別に交換しなくても……」
「だ、大丈夫!私は気にしないからっ!だからはいっ!」
「そういうことなら……」
塞さんの勢いに押されて食べかけのアイスもなかを交換する。それから俺達はお互いアイスもなかを持ったまま次の行動に移せず暫くの間押し黙っていた。
「き、京太郎くん、早く食べないと溶けちゃうよ?」
「塞さんこそ食べないんですか?」
無意味なやり取りを続けながら時間だけが過ぎていく。既にアイスは溶けかけていた。ここは俺が先に食べよう。意を決してアイスもなかを口に運ぶ。それを見た塞さんも目を瞑ってゆっくりと口を付けた。
「……美味しかったですね」
「うん……そうだね」
頬を染めて俯いて俺の隣を歩く塞さんは一言そう返すと黙りこんでしまった。お互い意識してしまい二人の間に沈黙が訪れる。どうにかして空気を変えようと考えていると浅草寺に到着する。
「塞さん、おみくじ引きましょう!」
そう声をかけて塞さんの腕を掴むとおみくじの方へと歩いて行く。驚いて俺の顔を見上げる塞さんにニッコリと笑顔を見せて俺はおみくじを引いた。その結果は……
「凶!?」
まさかの結果に思わず叫んでしまう。凶が出るなんてそんなん考慮しとらんよ……。
肩を落として悪態をついていると後ろから笑い声が聞こえる。振り向いて見れば笑っていたのは塞さんだった。
「私も引いてみようかな」
塞さんが笑いながらそう言っておみくじを引く。だがその結果を見て塞さんの顔から笑いが消えた。
「どうでしたか?」
塞さんのおみくじを覗きこむとそこには『凶』という文字が書かれていた。二人で顔を見合わせ、やや間があってから同時に吹き出した。
「まさか二人とも凶を引くなんてねー」
「ホントですよ、凶がよく出るとは聞いてましたけど」
「だね。っていうか私達逆にツイてるかもよ?」
そんな会話をしながらおみくじを結ぶ。さっきまでの気不味さは既に無くなっていた。『凶』のおかげかもしれない、なんてことを思いながら塞さんと談笑する。
駅までの夕暮れの道には二つの影が長く伸びていた。
今日はここまででー
帰りの電車に揺られながら塞さんは自分の部活の友人達の話をしてくれた。嬉しそうに語るその笑顔は眩しくて、塞さんがその仲間達を大切に思っているのがよくわかる。
楽しい時間というのは早く過ぎてしまうもので、気付けば俺達は目的の駅に着いていた。ホテルまでの帰りの道は別々になるので塞さんとはここでお別れしなければならない。
「塞さんっ」
駅を出て別れる直前。俺は勇気を振り絞って塞さんを呼び止めた。
「どうか、した?」
こちらを振り向き小首をかしげて笑いかける塞さんに、俺は鞄の中からあるものを取り出した。
「これ、あの時の……」
「受け取ってください」
そう、俺が取り出したのはあの時の扇子。塞さんが居なくなった後に購入しておいたのだ。
「でも、こんな高価なモノ……」
「気にしなくて大丈夫ですから」
「だ、だって今日初めて会ったんだよ?なのに……」
「塞さんが使う所を見たかったので、だから俺のためだと思って受け取ってください!」
「なっ」
申し訳ないと言って扇子を受け取るのを拒もうとする塞さんにそう言って無理矢理に扇子を押し付ける。扇子を受け取った塞さんは俺の言葉に唖然とし、しばらくして溜息を吐いた。
「もう……そんなこと言われたら断れないじゃん」
小さな声でそう呟くと扇子を広げる。扇子を複雑そうな面持ちでじっと見つめた後、塞さんは俯きがちになりながら俺の目を見て言った。
「あ、ありがと」
噂に聞く上目遣いの破壊力というものを初めて体感した瞬間だった。
何故あの扇子をわざわざ買ったのかと言えば特に理由はない、家がわりとお金持ちでお小遣いに余裕があるとは言え普段の俺ならばただよかれと思っただけではそこまで高額な物をその日初めて会った少女にプレゼントするなんてことは無かっただろう。
だが俺は扇子をプレゼントしたことは全く後悔していない、むしろ目の前の少女が自分の渡した扇子を持って嬉しそうに笑う姿を見るだけで心が満たされていた。
きっと惹かれていたのだと思う。初めて出会った時から、臼沢塞という少女に。
その時俺は確信していた、自分の塞さんに対する想いを。
「あの……!」
そして決意した。告白しよう、と。出会ったその日に告白するなんて、もしかしたら気持ち悪がられるかもしれない。だけどきっとこれが最初で最後のチャンスだ。
自分の中のちっぽけな勇気を振り絞って声をかけようとしたその時だった。
「あ!塞!」
「ちょー会いたかったよー!」
「く、胡桃に豊音?」
俺の声は突如現れた二人の少女によって掻き消された。
振り向くとそこには背の高い少女と小柄な少女が並んでいた。よく見るとその後ろには白髪の少女と彼女を引っ張って歩く異国の少女が居る。
「今帰るところ?」
「うん!」
「偶然だよー」
「ダル……」
「シロ!チャント、アルク!」
「あはは、シロはまたエイちゃんに引きずられてるのかー」
俺を取り残して塞さんと楽しそうに談笑する四人の少女たち。その様子で察する、きっとこの人たちが塞さんの大切な仲間なのだ、と。
「その子……誰?」
「ああ、こっちは清澄の部員の須賀京太郎くん。今日は偶然会って一緒に浅草を回ってくれたんだ」
「清澄の!?それじゃあ原村さん達とチームメイトなんだ!ちょー羨ましいよー」
「塞と浅草って、おじいちゃん?」
「キミも麻雀、つよいの?」
「キヨスミ!ワカメの!」
「あ、あはは」
初対面の少女たちに囲まれて愛想笑いを浮かべる俺。普段女子部員に一人混ざっているとは言え気心が知れた仲間であるかどうかという差は大きい。そんな俺の様子に気付いてか、塞さんが助け舟を出してくれた。
「ほらほら、京太郎くんが困ってるでしょ。そういえばさっき何か言いかけた?」
そして笑顔で問いかける塞さん。言うのか?ここで?そんな考えが頭を駆け抜ける。ここで言わなければ恐らく二度と次の機会はやってこないだろう。
しかしこの場で想いを告げて、どうなるのだろうか。よしんばOKして貰えたとしても、自分のせいで塞さんの大切な場所に亀裂を入れてしまうのでは無いだろうか。
結局俺は、一歩を踏み出す勇気を持てなかった。
「い、いえ、何でも無いので気にしないで下さい」
「そう?」
「塞!そろそろホテル戻るよ!」
「早く帰って寝たい……」
「シロ!ドウロデネナイ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
友人達に急かされた塞さんは振り向くと最後に一言だけ俺に言葉をくれた。
「京太郎くん!ありがとう、すっごく楽しかった!」
「お、俺もですっ!!」
そして俺は遠ざかって行く塞さんの背中が小さくなって角を曲がって見えなくなった後も、ずっとその方角を見つめていた。
今日はここまで
ここからしばらく塞さんの出番が無いかもしれませんが許してください何でもしますから!
そういう安直なネタは良いから完結させーや
小ネタで塞さん書いてもいいのよ?
何でもって言ったな?
じゃあしっかりハッピーエンドにしてください
乙です
>>52
こっそり他スレのタイトルネタ仕込むのやめーやw
「……ってなわけだ」
京太郎は頭の中にあの日のことが鮮明に思い起こすと重要な部分を抜粋して部員の面々に話した。
冷静になって考えてみればあの場で告白に踏み切るのは早計だったし連絡先の交換くらいはしておくべきだった、思い出す度にそんな自責の念に駆られる京太郎は少し緊張した面持ちで顔を上げた。
まず始めに京太郎の目に入ったのは正面に座り雀卓に突っ伏して眠る優希だった。苦笑混じりに見回すとそこには三者三様の表情があった。
「そうじゃのぅ……」
「臼沢さん、ですか」
「嘘……」
真剣に何か考えこむまこに難しい顔をする和、そしてこの世の終わりでも見たかのような表情の咲。
「なるほどねぇ」
部員たちの中に沈黙が流れたその時、京太郎の背後から聞き慣れた声がした。一同が慌てて声のした方を振り向くがそこには誰も居ない。
一体どういうことかと京太郎が首を傾げようとしたその瞬間だった。突然ロッカーが勢い良く開き中から一人の少女が姿を現した。
「話は聞かせてもらったわ!」
その様子を見た四人が口をあんぐりと開ける。何故なら突如ロッカーから現れた少女とは夏のインターハイで清澄高校麻雀部を全国優勝に導いた張本人、麻雀部元部長の竹井久だったからだ。
「部長。おんし何をやっとるんじゃ」
「あら、私はもう部長じゃないわよまこ」
「ああそうじゃった、なかなか慣れんのう」
「そ、そんなことよりどうしてロッカーの中なんかに居たんですか!?」
「落ち着きなさいよ和。うーん、そうねぇ……理由なんて特に無いけど、強いて言うなら狭い所って落ち着くじゃない?」
「そんなところで落ち着くなんてありえません!」
「えー?和も一度入ってみたらどうかしら、きっとわかるわ」
「わかりたくありません!!」
「まあまあ落ち着いて、そろそろ須賀くんの話に戻すわよ」
横道に逸れた会話を久が仕切り直す。
「それで、須賀くんはどうしたいのかしら」
「そりゃあ塞さんと付き合うことが出来るなら付き合いたいですけどもう会えるかもわかりませんし……」
「会えるか分からない?高校が分かってるんだから須賀くんが岩手まで行けば会えないことは無いんじゃないかしら」
「それは、そうですけど……」
「竹井先輩は臼沢さんの連絡先とか知らないんですか?もし知っているなら須賀くんに教えてあげてはどうでしょうか」
京太郎がはっきり答えられずに俯く様子を伺っていた和が助け舟を出した。
和の問いかけに対してスマホの連絡先を確認しながら久が答える。
「んー、臼沢さんのは無いけど胡桃の連絡先ならあるわね」
「そ、それじゃあっ!」
「胡桃経由で臼沢さんの連絡先を教えてもらう?私は構わないけど、須賀くんはそれで良いの?」
「それで良いってどういうことですか」
「臼沢さんの連絡先を私から貰って、それでどうするの?」
「そりゃあ電話とかメールとか……」
「そうね、でも臼沢さん達も三年生、きっとこれからは受験でどんどん忙しくなるわ。そんな状況で本当に付き合える?」
「……わかりません」
「須賀くんには覚悟が足りないわ」
「本当に臼沢さんと付き合いたいという覚悟が伝わってこない」
「まあ今の話を甘酸っぱい青春の一ページとして思い出に残していくって言うなら別にそれで良いけど、そうじゃないんでしょう?」
「竹井先輩!言い過ぎですっ」
「いや、良いんだ和。本当のことだ」
「ですが……」
京太郎は自覚していた。一時の感情に押し流されたとはいえ告白しようとしたにも関わらず結局告白に踏み切れなかったことも、その後何の行動も起こせずにいたのも自分に覚悟が足りなかったからだ、と。
変えなければいけない、弱さに甘えて諦めを許してしまう自分を。
そして久が再び同じ問を繰り返す。
「それで、須賀くんはどうしたいのかしら」
ここだ。京太郎の本能が叫ぶ。塞さんと付き合う為ならなんだってする、そんな揺るぎない覚悟を決めるにはここしかない。
瞼を閉じてゆっくりと深呼吸した後、京太郎は目を見開いた。
「塞さんと付き合いたい……いや、付き合ってみせます」
そう言い放った京太郎の目からは先程までの迷いは消え、ただまっすぐに前を見据えていた。
「それで、これからどうするんじゃ?」
まこが尋ねると京太郎は勢い良く立ち上がり答える。
「俺、今週末にでも岩手に行ってきます!」
「資金はあるんか?」
「あー……」
「なんじゃ、そんなことも忘れとったんか。熱くなるのも言いがちっとは冷静に物事を見んさい」
「そ、それじゃあ染谷先輩のところでバイトを!」
「まあ須賀くん、ちょっと待ちなさい」
「はい?」
「確かに直接会いに行ったり電話やメールでコンタクトを取るのは悪くないと思うわ」
「でも、それじゃ平凡すぎる」
「そういう竹井先輩には何か平凡じゃない考えがあるんですか?」
「そうねぇ、それじゃあ須賀くん」
久は不敵に笑うと言った。
「賭けを、してみない?」
「賭け……ですか?」
「そうよ」
「……俺はどうすれば?」
「……インターハイで優勝する」
「なっ!?」
「久、おんしは何を言うとるんじゃ」
「そうですよ、須賀くんはまだ初心者でっ」
「まあまあ、落ち着きなさい。人の話は最後まで聞くものよ」
「じゃが……」
「わかりました……」
「それじゃあ続けるわね。インターハイで優勝する、そして優勝すればインタビューがある。それも全国で放送される、ね」
「そこで、臼沢さんへの思いの丈をぶつけるの」
「そ、そんな破廉恥な……」
「ロマンチックで良いじゃない、私だったら惚れちゃうわ」
「それは竹井先輩の願望であって臼沢さんがそんなことされて喜ぶとは限りません!」
「そう?和はときめかないの?何気なくテレビを見ていたら昔会った麻雀初心者の男の子が全国優勝して、その後のインタビューで自分に告白するのよ?」
「そ、それは……嬉しいかもしれませんがやっぱり恥ずかしいです」
「恥ずかしくても、気持ちは届くわ」
そんなやりとりを見て、京太郎はいつのまにか笑い出していた。
「あら須賀くん何を笑ってるのかしら?」
「面白い案だなって」
「あら、そう言って貰えると嬉しいわ」
「でも、その案かなり無理がありますよね」
「そうね、まず優勝出来ても臼沢さんがインタビューを見なければ不発に終わるしOKが貰える保証は無いわ」
「それに須賀くんは麻雀初心者で前回の地区予選は初戦敗退で全国出場すら絶望的」
「でもね、最悪な方法に見えるかもしれないけど私にとってはこれが最善なの」
「これまで分の悪い賭けをし続けて来たから、私はこういうやり方しか教えられない」
「このやり方よりも良い方法なんていくらでもあるだろうし私の戯言に耳を貸す必要もないわ」
「だけどね、私はあなたの力になってあげたいの」
「私は分の悪い賭けに勝って、最後の最後に団体のメンバーが揃って優勝出来た」
「これは皆のおかげ。勿論咲をここに連れてきてくれたあなたも例外じゃないわ」
「それなのにあなた一人だけ、全国の舞台に立たせてあげることが出来なかった」
「だからこれは私のわがままでもあるの」
「須賀くんに全国を感じて欲しい、私達の味わった緊張を、興奮を、高揚を、本当の意味で実感させてあげたい」
「須賀くんが初心者なのはわかってる、でも麻雀を知らないということはそれだけまだ無限の可能性があるということ」
「だから私に手伝わせて欲しいの、あなたが臼沢さんと付き合うという夢を叶えのも、全国で優勝するのも」
そこまで言い切ると久は最後に尋ねた。
「さあ、どうする?」
まっすぐに久の目を見つめる京太郎。彼の胸中は感謝の思いで一杯だった。まさかそこまで自分のことを思ってくれているとは考えもしなかった。目頭が熱くなる。
そして京太郎は久の最後の問いかけに答えた。
「やりますよ、分の悪い賭けは嫌いじゃありません」
今日はここまででー
>>60
小ネタかあ、本編以外で特に書きたいものも無いからこのスレでは多分無いと思う、ごめんね
>>61
わかりました(ハッピーエンドにするとは言ってない)
>>62
なんのことですかねー(すっとぼけ)
「それじゃあ特訓開始……と行きたいところだけれどももう遅いし今日は解散。須賀くんの特訓は明日からね」
「わかりました、ほらボケっとしてないで行くぞ咲」
「ふえ!?あ……そ、そうだね京ちゃん」
「ゆーきも起きて、帰りますよ」
「うーん、もうたべられないじぇ」
「優希はいつまで寝とるんじゃ」
「まこ、私達も行くわよ」
「ちょっと、待ちんさい」
そうしてそれぞれが帰路に着く。
「そう言えば咲、ずっと喋ってなかったけどどうかしたのか?」
「へ!?べ、別に何もないよっ!?」
「そうか?それなら良いけど」
「……京ちゃん」
「なんだ?」
「あの話……ううん、やっぱりなんでもない」
「咲?」
「ごめん、本当になんでもないから。気にしないで」
「ん、なんか変な咲だな」
「あ、あはは」
「須賀くん、大丈夫でしょうか……」
「ん?犬がどうかしたのか?」
「そういえば優希は寝ていたんでしたね」
「ああ、ぐっすりだったじぇ」
「……優希は、須賀くんがインハイで優勝できると思いますか?」
「犬が?そんなの無理に決まってるじぇ」
「ですよね」
「でも……」
「でも?」
「あいつはやる時はやる男だじぇ」
「……ふふっ」
「のどちゃん、なに笑ってるんだ?」
「いえ……確かに、優希の言うとおりかもしれませんね」
「じぇ?」
「ねえまこ」
「なんじゃ」
「どう思う?」
「好きにしたらええ、わしは黙って付いて行くだけじゃ」
「そっか」
「ほうじゃ」
「……いつもありがとね、まこ」
「殊勝なおんしは珍しいのう」
「ふふっ、そうかも」
「全く、何を笑っとるんじゃ」
その日の夜、京太郎は自室で一人考えていた。
自分は本当に強く成れるだろうか。
一人になって冷静に考えているとそんな不安が頭を過る。
いや、成れるかでは無く成るのだ。
臆病風に吹かれないよう自分に自分で言い聞かせる。
昨日までの京太郎だったらきっと弱い自分に負けてしまっていただろう。
だが今の京太郎は違う。
強くなって憧れの少女と付き合うという覚悟がある。
その覚悟は京太郎の中で火種となって小さいながらも確かに燃えていた。
目を閉じて今日のことを思い返す。
自分のことなど気にかけてなど居ない、そう思っていたあの竹井先輩があそこまで言ってくれた。
ならば自分もそれに応えねばなるまい。
そして目を閉じると瞼の裏に映し出されるのは何度思い出したかわからない憧れの少女の笑顔だ。
手を強く握り、京太郎は瞼を開くと窓の外の夜空を見上げる。
「俺、強くなってみせます。だから待っててください、塞さん」
「さて、全員揃ったわね」
放課後の部室には清澄高校麻雀部のメンバーと元部長の久の合計六名が集まっていた。
「それじゃあ早速須賀くんの特訓を始めるわよ」
「確認するけど須賀くんは麻雀のルールと役くらいは分かってるわよね?」
「はい、一応は」
「それなら十分よ」
「それで、特訓って一体何をするんですか?」
「須賀くんには優希と東風戦をしてもらうわ。他の面子は私とまこと和で交代で入って空いた一人は須賀くんの打ち筋を見て指導ね」
「あの、私はなにをすれば……?」
「咲はパソコンでネトマよ」
「ネ、ネトマ……!?」
「貴女は感覚に頼らずに打つことを覚えなさい」
「そんなぁ……」
「最初は私が須賀くんの指導に入るわ。さあ、始めるわよ」
こうして、京太郎の特訓は幕を開けた。
「うあー、疲れたじぇ」
日が暮れてすっかり暗くなった部室で優希が声を上げた。雀卓に突っ伏す優希の様子を横目に久は時計を一瞥すると部活の終了を告げた。
「今日はこの辺りでお開きにしましょうか」
「じゃな。皆気をつけて帰るんじゃぞ」
「ほら優希、いつまでも寝ていないで帰る支度をしますよ」
「咲、俺達も帰ろうぜ」
「ヤッパリアンナノマージャンジャナイ……」
京太郎がうわ言のようにそう繰り返す咲を連れて帰ろうとすると久に呼び止められる。
「あ、須賀くんは帰っちゃダメよ?」
「へ?」
「これからまこのお店で特訓の続きよ」
「……マジっすか?」
「マジよ」
「ほれ、おんしはこっちじゃ京太郎」
唖然としながらまこに引きずられていく京太郎。放心状態の咲も和と優希に連れられて部室を後にする。
そうして部室には久だけが残った。
暗くなった部室で一人、久は牌譜を片手に今日の部活の様子を振り返る。
「今日の優希、東風戦でも最後の方は息切れしてたわね」
「須賀くんはまだまだこれからってところかしら」
「咲は相変わらずネトマだとダメダメね」
「このまま練習を続けて優希には集中力の持続時間を、咲にはネトマでもそれなりに打てるようなって貰うとして」
「須賀くんは経験を積む為にも東風戦とまこの店の手伝いをして……そうね、東場の優希に少しは食らいつけるくらいになるまではこのままかしら」
「まこと和については私が助言できることは無さそうね」
「さて、それじゃあこっちの準備も始めようかしら」
眺めていた牌譜をパタリと閉じた久は携帯を取り出すとある人物に電話をかける。
数回のコールの後に電話が繋がる。
「もしもし、私だけど」
「うん、少しお願いがあるの」
電話越しにそう語る久の顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
短いけどここまで
麻雀に関しては少しルールをかじった程度なので特訓の内容が謎だったりこれから出てくるであろう麻雀描写でおかしな部分があるかもです
脳内変換して生暖かい目で見守ってやって下さい
それでは
乙
今年のインハイはもう終わったのでは?
「流石に疲れたあ……」
特訓開始から月日は経ち日が沈むのも早くなったある日、雀卓に突っ伏した京太郎が吐き出す様に呟く。
彼の目の下には隈が出来、一目見ただけでも分かるほどに疲れきっていた。
それもそのはず、あの日からと言うもの部活の間は優希との東風戦をして部活が終わってからはまこの家の店で手伝いながら合間に常連のおじさん達から手ほどきを受け自宅に帰ってからは教本を読みあさるという生活を続けていたのだから。
「気持ちはわかりますが無理は禁物ですよ?」
「そうだよ、最近の京ちゃんちょっと根を詰め過ぎだよ?」
「ああ……だけど、俺はもっと頑張らないと」
チームメイト達からの気遣いは有難いがこれでもまだまだ足りない、京太郎はそう思っていた。
これまで部活で行った優希との東風戦では一位どころか二位になれたことすら無い。良くて三位、酷い時は起家の優希の連荘で飛ぶこともざらだ。
このままでは全国など夢のまた夢だという焦りと、僅かだが確かに上達しているという感覚が京太郎をハードな練習へと駆り立てていた。
「京太郎、おんしは……」
新しく部長となったまこはそんな一年生達の様子を眺めながら京太郎の特訓が始まる前日、前部長の久との会話を想起していた。
「そうだまこ、須賀くんをあなたの家のお店の手伝いに行かせることってできるかしら?」
「ん?ほうじゃな、大したバイト代は出せんがそれでええんなら大丈夫じゃ」
「ありがとう、それじゃあ明日からお願いしたいのだけれど」
「……なあ、おんしは何を考えとるんじゃ?」
「黙って着いて来てくれるんじゃなかったの?」
「腹ん中が分からんのはいつものことじゃが今回は大切な後輩の行く末が懸かっとるけえ、やっぱりそのくらいは聞いとかんといかんと思ってのう」
「ちゃんと部長らしくなってきたじゃない」
「茶化すのはやめんさい、それで京太郎をどうするつもりじゃ?」
「あら、聞いてなかったの?全国の舞台に立って、インハイチャンプの座まで登りつめて貰う。それだけよ」
「……本当に出来ると思っとるんか?」
「ええ」
「何を根拠に……」
「そうねぇ……勘、かしら」
「おんしは勘だけで後輩にインハイチャンプを目指せっちゅうんか」
「そうよ」
「そんな……」
「荒唐無稽な話よね、わかってるわ」
「なら!」
「でも本当に感じるのよ、可能性って奴をね」
「ねえまこ、あなたは無いかしら?須賀くんの麻雀に違和感を覚えたこと」
「違和感も何も初心者の麻雀じゃろう、ああいう初心者はよう見てきたけえ特に新鮮なことも無いわ」
「違うわ、打ち方なんかじゃない。彼の麻雀は初心者故に平凡に見える。だけど……もっと恐ろしいモノが潜んでるわ」
「もっと恐ろしいモノ?」
「これ、彼の対局の牌譜よ。ある規則に従ってまとめてあるから須賀くんの配牌に注目してみて」
「これは……」
「そう、時期を重ねる毎に彼の東一局の時の配牌が異様に良くなっていっている」
「優希の影響を受け取るとでも言うんか?」
「そして須賀くんが槓した時、必ず有効牌を引いているわ」
「咲の……」
「槓については回数自体が少ないからまだ断言は出来ないけど、東一局の配牌の良さははっきり言って異常だわ」
「確かに……」
「須賀くんの麻雀に優希と咲の特徴的なスタイルが影響しつつある」
「和が聞いたら何て言うかの」
「『そんなオカルトありえません』かしらね、確かにあの子のスタイルならその考え方は正しい……でも、私達はこの夏見せつけられてきたわ。疑いようのない『オカルト』をね」
「そうじゃな」
「だから須賀くんも持っているのよ、きっと……ううん、彼は確実に持っている。そして私の推測が正しければ彼の『オカルト』は咲や優希、そして全国で競い合った猛者達すらも凌駕する強力な『力』よ」
「それがおんしが京太郎がインハイチャンプになれると思う理由か」
「ええ」
(もし……もし、本当にそんな『力』が京太郎にあるのなら……)
まこがそんなことを考えながら立っているとタコスを抱えて勢い良く部室に入ってきた優希とぶつかった。
「ご、ごめんだじぇ部長」
「いや、呆けとったわしが悪かった」
「あ、タコス!」
そう言って優希がタコスを手放した方向を振り向くとタイミング良く部室に入ってきたのかギリギリでタコスをキャッチした久の姿があった。
「もう、気をつけなさい優希」
「ごめんなさい……」
小言を言われてしおらしくタコスを受け取った優希は雀卓に着くとすぐに元気を取り戻した。
「それじゃあ始めるじぇ!」
「切り替え早すぎませんか?」
「全くじゃ、今日はわしと和が入る番じゃったか?」
「そうね、それじゃあ私は後ろで須賀くんを見ていようかしら」
「京太郎?」
部活が始まろうとする中、一言も喋らない京太郎を不審に思った優希が声をかける。
「ああ、悪い。少しぼうっとしてた」
そんな京太郎の顔を一瞥した優希は抱えた袋からタコスを一つ取り出すと京太郎に差し出した。
「優希ちゃんのタコスをくれてやるじぇ、これを食べて元気を出すんだな」
そんな優希なりの気遣いに京太郎は笑いながらタコスを受け取り一気に頬張った。
「むぐ……ごちそーさんっと、それじゃあやろうぜ!」
すぐにタコスを食べ終え座り直す京太郎。そしてその時、その場に居た京太郎と和以外の四人は確かに感じていた。
(なんじゃ……?)
(今、確かに風が吹いてきたじぇ)
(京ちゃん……?)
(……ついに、かしら)
そんな中、親決めが始まる。
「それじゃ私が起家だ……じぇ?」
優希が裏返した牌は南、起家の東では無い。普通なら驚くことでは無いがこれまで部活で優希が起家で無かったことは無い。その場に異様な空気が流れる。
そして、その空気を断ち切ったのは和だった。
「運なんだからそういうこともあります、というか今までがおかしかったんですよ」
「で、でも……」
「でもじゃありません、さあ早くめくりましょう」
「そうじゃな」
和が裏返したのは西、まこが北。つまり最後に残った京太郎の牌は、東――。
そして始まった東一局、京太郎は初心者ながらも配牌と自摸に助けられたおかげで早く高い手を和了ることに成功。だが次の局には優希が和了って親は流れ、そこから優希と京太郎の一騎討ちが始まった。
和とまこは元々積極的に和了は狙わず優希と京太郎に打たせるようにしていたが今日のこの一局だけは違った。何かに憑かれたかのように加速する二人に付いて行くことは出来ず、手が出来る前にどちらかが和了している。
そんな異様な状況で迎えたオーラス。得点は優希が一歩リードしているものの満貫直撃で埋められる点差、まだ京太郎に勝機はある。
「チ、チーッ!」
九索を鳴いて聴牌した京太郎の手配は自風の北にチャンタ、ドラ一で満貫には届かない。初心者故に目先の聴牌に飛びついてしまったせいで逆転は絶望的。だが、京太郎は感じていた。
(これじゃ逆転には届かない……でも……!)
初めて味わう牌が自分に道を示すような感覚。そして親の優希が切った牌は――北。
(来た……!)
「カン!」
「じぇっ!?」
優希の切った北を明槓して嶺上牌に手を伸ばす。
「嶺上開花、全帯幺九、北、ドラ1……8000点です」
大明槓の責任払いで満貫直撃。点差は覆され、須賀京太郎は初めて麻雀で一位になった。
今回はここまで
麻雀に関してはルールかじってアプリで遊んでる程度なのでおかしなところとか有れば指摘して貰えると助かります
>>98
終わってますが何かおかしな点ありました?
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