【俺ガイル】比企谷八幡は変化を受け入れる (493)

なんでもない日の比企谷家のリビング。
別に興味があるわけではないが、特にすることもないので小町が見ているドラマを俺も横で眺めている。
内容は俺からしてみたらくっだらねぇリア充同士の恋愛がメインで、ジャニーズ上がりらしい主演俳優の気障ったらしさがやたらと鼻につく。
「はぁ~生田目君かっこいいなぁ~。女の子との会話も自然だしさりげない優しさもほんと見とれちゃうよ」
「アホか、そりゃドラマなんだから会話も自然なもんになるだろーがよ」
この兄以外の男に見とれるとかそんなふしだらな妹に育てた覚えはありませんよ。

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「いやいやお兄ちゃん。生田目君はドラマじゃなくたってきっとこんな感じだよたぶん。なんか話題になる女優さんとやたら熱愛発覚とか言われてるし」
「む…まぁそれはそうなのかもな…。そりゃこの顔なら自分に好意を向けてくれるし、自信も持てて自然な会話も優しさも披露出来るんだろーよ」
少しだけ卑屈っぽい言い方になる。く、悔しくなんかないんだからねっ!
「じゃあお兄ちゃんだって出来るんじゃないの?」
何を言ってるのかしらこの子は。難しい比喩とか英語とかは使ってないんだけどな。

「お兄ちゃんは顔だって悪くないし、お兄ちゃんの回りの女の子は小町が見る限りみんな好意向けてくれてるよ?」
ななな何を言ってるんだ本当に。顔が悪くないのは知っている(自称)けど回りの女の子からの好意って…。
あ、あれか。好意といっても恋愛とかそんなんじゃなくて友達としてとか部活メイトとしてのことだよな。それならわかるようん。
慌てて反論が出来ずにいると小町が続けてこう言う。
「お兄ちゃんほんとにわかんないの?昔のトラウマで臆病になってるんだろうけどさぁ…。言っとくけどねお兄ちゃん、今向けてくれてる好意がいつまでも続くものと思ってちゃだめだよ?近づこうとしてるのに振り向いてくれないのって辛いんだからね?」

耳が痛い。なんか胸も痛くなってきた。それと同時に二人の顔が浮かんで消えて、その後さらに別の三人の顔が浮かんで消えていった。その中に戸塚がナチュラルに含まれるあたり俺どうなってんだ。八幡の思考が不安で頭がフットーしちゃうよぉ。
戸塚は置いておいたとしても、本心では自覚のある、自分に好意を向ける女の子は四人いるということなんだろうか。
「好意ってアレだろ?友達としてとかだろどうせ」

「小町の見る限りでは違うけどね~。あんなにわかりやすいのってなかなかないと思うんだけど。いつまで他人の感情から目を背けてるの、そんなんじゃゴミいちゃんだよゴミいちゃん。あとこれはあんまり言いたくないんだけど、たぶん人生最後のモテ期が来てるんだと思うよ…」
おいちょっと待て、最後とか勝手に決めつけないでもらえますか。いや違うそこじゃなくてモテ期?え?あの都市伝説が俺に!?同じ値段でステーキを!?
これまで間違え続けてきたから、きっとあれもこれも勘違いに違いないと自分に言い聞かせてきた。

俺は朴念人ではない。むしろ自意識過剰な面からそういった感情には敏感に反応してしまう。過敏に反応してしまうからこそ理性とトラウマを利用することで抑えつけてきた。
「モテ期…来てる?」
少しだけ自信を持っても、前向きに考えてもいいのだろうか。
「うん、きてるきてる」
棒読みみたいに言うなよ…ただでさえない自信がなくなってくるだろうが。
「からかってんじゃねぇだろうな」
「そんなお兄ちゃんに更なるトラウマを植え付けるようなこと出来ないよ小町は…。もう十分可哀想な目に合ってるよ…」

そうだよねお兄ちゃんの過去は十分可哀想だよね。神様がもしいるならそろそろいい目を見せてくれたっていいよね。そうじゃないなら敵だな。もしくは神は死んだ。
「俺も…俺は変われると思うか?」
「出来ると思うよ、なんたって学園のアイドル小町のお兄ちゃんなんだし☆あ、今の小町的にポイント超高い」
ウインクしながらさらっと言いのける。
さりげなく自分も誉めてんじゃねぇよ。イラッとした。八幡イラッとしたなー今。
けど小町あざとかわいい!アイドルでも仕方ないね!
そう考えると比企谷のDNA的には俺もいけるのではないかという気がしてくる。

「お兄ちゃんに足りないのは自信だけじゃないかな。いや、あとは目が…なんとか出来ないかな…」
「それはなんともならねぇな…親父が悪いんだろうこれは」
知ってましたとも。顔は整ってるけど目のせいで印象が悪いんだってことは。ちくしょう親父Fuc○k!あれこれ伏せれてねぇな。
「眼鏡とかで印象変えれないかな?」
「眼鏡か…。それなら思い当たることがある」
小町はキョトンとしていたが俺はある日の買い物のことを思い出していた。

変われるのか俺は。未だ半信半疑ではある。だが小町のいうモテ期が本当ならこのままじゃもったいなさすぎる気がする。さらに小町の言う最後の、というのが本当なら今何もしないわけにはいかないという気になる。いやほんと最後じゃないですよね?一般的には人生で三回あるって言うじゃないですか…。

翌日。
由比ヶ浜との買い物で雪ノ下のブルーライトカットグラスを買ったときに行った店へ一人で出掛けて、由比ヶ浜が似合うと言ってくれたものを買って帰った。
自分で試着もしてじっくり見たがどうなんだこれは。本当に似合っているのか自信がない。あとお金ももうない。だがこんな出費で自分の何かが変われるのなら安いものだ。

「…どう?」
「………」無言かよ。放送事故だよ。
「なんか言ってくれないと困るんだが…」
小町は呆けたような顔をしているが目はキラキラしているように見える。
「意外だけど似合う…というかかっこいい…」
由比ヶ浜と似たような反応が返ってきて思わず照れ笑いが込み上げる。
「そうなのか、それならよかった。印象変わるのかこれ?」
「うん…まるでお兄ちゃんじゃないみたい…。腐った目が中和?なのかな?ちょっと鋭くて知的な印象に見えるよ。恐るべし眼鏡効果、小町も似合う眼鏡探そうかな…」

眼鏡かけただけで知的って全然知的じゃないけどもうこれは日本人の魂に刷り込まれてるんだろうか。俺も美人女教師は眼鏡あった方がいいと思うし。これは関係ないか?ないな。
「あ、お兄ちゃんちょっと…」
思い出したように小声で俺を呼ぶと壁際に向かって歩いていく。なんで頬を染めてるの小町ちゃん。
「ちょっとこっちきて、小町の顔の横に手をついてみて」
言われていることがよくわからず、言われるままにやってみてようやく気がつく。素直な八幡ちゃんかわいい。こ、これはぁーーーーー!

「壁ドンだよお兄ちゃん!キャー!」
ちげぇよ壁ドンは由比ヶ浜の誕生パーティーの時に平塚先生がやってたやつだよ!だがもはやそんなのは過去の話になって一般的にはこちらを指すらしい。テレビの力って凄いよね。
「何やらせてんだよお前は…」
「いい…いいよお兄ちゃん!これはキく!小町ですら思わず支配されたくなっちゃったもん!」
支配ってなんだそれ。赤司君の必殺技?
「どう返せばいいのかわかんねぇよ。それにこっからどうすんだよこれは…」

律儀に壁に手をついたままなんだけど傍目から見たら間抜けじゃないのかしら。ぼく不安です。こんなとこで母ちゃん帰ってきたらなんて言えばいいんだよ。親父に見られたらそのまま壁にドンされて埋められかねん。
「まずいなぁこれは…予想以上だよ…。お兄ちゃん大丈夫、自信持っていいよ、小町が保証する!」
小町は自信満々に言っているが俺にはわけがわからない。もう少し目的語をだな…。
「変われるよ、お兄ちゃんは」

真面目な表情でそう言われると、おう…というぶっきらぼうな返事しか返せなかった。でもごめんな小町、お兄ちゃんはまだ自信が持てないんだ。
理由を他人に求めるとろくなことにはならないとわかってはいるんだ。だから、理由とまではいかないまでも。もう一つだけ背中を押す何かをくれないか。
「俺が変わったら、どう思う?」
「変わっても変わらなくてもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ」
笑顔で即答された。今のこそ小町ポイント超高いんだけどなぁ。
「あ、変わったら小町の友達が来ても部屋から絶対出ないでねって言われずに済むと思うよ!」

なんだそりゃこの野郎。さっきの小町ポイント相殺だな。山田くん小町ポイント全部持ってってー。
けど十分背中を押してくれた。少しだけ自信が深まる。よし、やってみるかな。よく考えたら臆病になって引っ込んでたところでもともと失うだけの評判は持ってないしな。開き直りは俺の得意なところでもある。
明日はモテモテ王国の建国記念日じゃよー!

さらに翌日。
初めて眼鏡を掛けて登校している。

うわぁ…慣れないし恥ずかしいなこれ…。自分が意識しているせいか登校中の回りの生徒にこちらをチラチラと見られている気がしてくる。多額の現金を持っているときに回りがみんな暗殺者に見える心理と同じだ。そんな金持ったことないからわからんけど。
要はこれも過剰な自意識がもたらすマイナス効果だ。だが雪ノ下に言われてわかった。ほとんどの回りの人は俺のことなど気にしていないと。そしてそれは事実だ。

俺は変わるんだ。自信を持て。理性によって抑えつけれるものがあるのもわかっている。ならば見られていると感じる自意識も抑えつけれるはずだ。放て俺の理性!いや放っちゃダメだろ理性は。
よし、少し落ち着いた。気がする。たぶん。
昇降口について上履きを下駄箱から出そうとしているところで後ろから声を掛けられた。
「ヒッキー、やっはろー!」
「あー、おはよう」
振り返って挨拶すると、由比ヶ浜は挨拶のためだろう、片手を上げていたがそのままの姿勢で固まってしまった。

「………」まただよ。放送事故流行ってるのか。
「なんだよ」
何でってそれはわかってはいるが、何故そんな反応になってしまうのか。
「ヒッキー、その眼鏡…」
「あー、由比ヶ浜が意外と似合うって言ってくれたやつ。おかしいか?」
「ううん全然全然まったく!」
ようやく固まっていた片手を下げ、両手を胸の前でぶんぶん振りまくる。
由比ヶ浜に関しては一度眼鏡姿を見ているし、悪い評価ではないだろうと思ってはいたがそれでも嬉しいものだ。照れながらもつい顔が綻んでしまう。

「ありがとな」
ちょっとだけこれまでは出せなかった勇気を出して、素直な感謝の気持ちを伝える。
すると由比ヶ浜はあわあわとしか表現できないほどに狼狽え、俺の下駄箱を背にした状態で俯いてしまった。何かモゴモゴ言っているが全然聞き取れない。
そのままじっとしているのも変なので、取り合えず下駄箱から出しかけた上履きを取ろうと右手を伸ばす。内側には由比ヶ浜の顔がある。昨日の小町とのやり取りがなければ自分はなんとも思わなかっただろう。

けど今は、と思ったところで顔の横に俺の腕があるのに気が付いた由比ヶ浜が勢いよく顔を上げ、至近距離で真正面から目を合わせることになってしまった。
下駄箱ドン!うわぁ変な名前。アンパン○マンの新キャラ?いやだから伏せれてねぇって。
そんなことを落ち着いて考える余裕など全くなくなってしまった。由比ヶ浜は耳まで真っ赤になっているし相変わらず口は半開きになっている。このままじゃまずい、何か言わなければと思って口を開いたはいいが、息が詰まって途中までしか声にならなかった。

「由比…」
「結衣って…ぇぇ…ヒッキーいきなり名前…」
あああああああ!!!違う!!!馴れ馴れしすぎだろう俺!!!
右手は相変わらず下駄箱についたままだ。こいつは俺の右手じゃない。意思に反して固まってもう動かないし。寄生されたのかな?
「…ヒッキーごめん、ここじゃ恥ずかしいし…用なら…放課後でも…いい…かな…?」
「あ、ああ…いきなりごめん…また放課後な」
お互い絞り出すような声だった。俺がそこまで喋ったところで、由比ヶ浜は足早に教室へ駆けていってしまった。

はぁ…焦った…。まだ心臓がバクバク言ってるよ。
ようやく上履きに履き替えると周囲から視線を感じる。これは気のせいではない。実際に見られている。
うん、朝から壁ドンならぬ人がたくさんいる下駄箱でドン!だからね。そりゃ目立つよね。あああああああ!!!
恥ずかしさから俺も足早に教室へ向かおうとすると、進行方向からこちらをねめつけるような目で見ている亜麻色の髪の女生徒と目があった。

一色だ。顔を見ていると不思議なことに字幕が見える。幻覚だ。
「朝から何やってるんですか先輩…。てゆーかその眼鏡なんなんですかー?説明してもらえますかー?」
目は口ほどにものを言うというが。いや幻覚だ。
引き返して別の道から教室へ向かおう。そして時間ギリギリに教室へ入ろう。
そう決断して一色から目を切り、くるりときびすを返し歩き始めた。

とりあえずここまで
疲れた
みんな何百レス分もとかすげぇなぁ

なんか改行とか読みにくさについてのことばかりだな…
こんなの書くの初めてなんだ、申し訳ない
次は気を付けることにする

予定通り時間ギリギリに教室へ入り、いつものように空気となって席につくつもりだったが、先に席についていた戸塚が気づいたようでこちらに向かってきた。

「おはよう、八幡。眼鏡どうしたの?目悪かったっけ?」

無邪気で無垢なその笑顔は俺に少しばかりの前向きさを与えてくれる。

それ以外にもいろいろ与えてくれる。何とは言わないが。

「いやー、なんだその、これ度は入ってないんだよ」

我ながらはっきりしないものの言い方だな…。

いつも通りではあるが、もう少しスパッとはっきり喋れないのか。

変わるんじゃなかったのか?八幡ガンバ!

「そうなんだ。じゃあイメージチェンジってこと?」

「そうだ。似合うか?」

キリッという擬音が聞こえた気がした。いや、キラーンかな?

どっちにしろ幻聴だな。

「うん…すごく似合ってるよ八幡!かっこいいよ!」

下からこちらの顔を覗き混むようにしてはしゃぐ。

戸塚かわいいな、略してとつかわいい。さらに略してかわいい。

あれ?かわいいが戸塚を指す言葉になった。まぁ間違いじゃねぇから大丈夫だ。

「そっか、ありがと」

「よしお前ら席つけー。ん…?」

平塚先生が入ってきて俺を見るなり怪訝な表情を浮かべる。

「なんですか、似合いませんか?」

「いやそんなことはないぞ。君は腐った目が誤魔化せれば…なんだ、その、比較的まともに見えるんだな…」

なんで先生が赤面してるんですかね…。みんなから注目を集めてるし。

由比ヶ浜も見ているのだと思うと先程のことを思い出して心がムズムズする。

何と返すべきか戸惑っているうちに、ハッと我を取り戻して平塚先生が教師の顔に戻った。

「よし、授業を始める」

これで取り合えず昼まではつつがなく過ごすことができそうだ。

昼休み。

放課後なと言った手前由比ヶ浜と顔を合わせるのも若干気まずいのでいつも通りぼっち飯を敢行することにした。

まあいきなりそんな変わりはしないか。

飯は一人でも全く気にならないから別に構わないが。

自販機の前で食後のマッ缶を楽しんでいると一色がこちらに向かっててとてとと近づいてくるのが見えた。

「あー、先輩やっと見つけたー。もうどこフラフラしてるんですかぁー」

相変わらず甘ったるいしゃべり方をするなこいつは。

「いつも通りだよ。なんか用か?」

「用というかなんと言うか…朝は何してたんですか?その眼鏡なんなんですか?」

やっぱりか。幻覚の癖に朝の字幕とピッタリじゃねぇか。こぇぇよ。

何と答えようか。素直に言うべきか。

答えるまでの時間を稼ごうと一色に飲み物をすすめることにした。

「何か飲むか?奢りだ」

「いやいいですよ、悪いです」

謙虚な私アピールか本当にいらないかは判断がつかない。

「遠慮すんな。俺だけ飲んでるのもアレだし」

「じゃあ…紅茶。無糖で」

指定通りに飲み物を購入し手渡す。

その時至近距離で初めてバッチリ目が合った。

呆けた表情になった一色は呟くように、独り言のように小さな声を発した。

「はー…私実は前から思ってましたけど先輩って顔は悪くないんですよねー…」

「え、そうなの?前からとは思えないんだけど…」

「あれ今の聞こえてました?おかしいなぁ…」

くっ。あざといのか素直な反応なのかわかんねぇ!一色やっぱちょっと怖い。

予想外な褒められ方をして気恥ずかしくなり一色の背後に目を反らすと、まさに一色の立っている場所目掛けてサッカーボールが向かってきていた。

なにこれ一色への狙撃?どんだけ嫌われてんだおま…と考える間もなく体が勝手に動く。

飲みかけのマッ缶を投げ捨て、全く気づいていない一色を突然抱き締めるような形で抱え、ぐるんと俺の立ち位置を入れ換える。

ボールはそのままの勢いで俺の背中に衝撃をもたらし、ンガッと変な声が漏れる。

背後ではボールが転々と転がり、すんませーん大丈夫っすかーという謝意の全く感じられない声が近づいてくる。

俺は一色を抱き締めたまま肩に項垂れるような姿勢で未だ内に残る痛みと格闘していた。

一色ちっちゃいなー。華奢だし。なんかいい匂いもするなぁ。

ようやく痛みが収まると顔を上げ一色に声を掛ける。

「一色大丈夫か、怪我してないな?」

うわ、予想より近い!吐息がかかりそうな距離だ。

「先輩…私をかばってくれたんですか…?」

とろんとした瞳を潤ませながらこちらを見上げる。こうかはばつぐんだ!

「ああ…お前が怪我すると俺が辛いからな」

目の前で起こっていることに対し何も出来なかったというのは辛い。

「あ、あ、ありがとうございます…」

こんなに慌てている一色を見るのは初めてかもしれない。

抱き締めたままの俺を優しく突き放すように両手を突きだしてきたので、ようやく二人の体が離れる。

「先輩…みんな見てますからここじゃちょっと…」

恥ずかしそうに俯いたところで、傍目から見ると俺が物凄く大胆な行動をしていることに気が付いた。

え、ここじゃ?どこならいいんですかね…。

「あ、悪い…。まぁアレだ、一色に怪我がなくてよかった」

やだ八幡すごい恥ずかしい。笑って誤魔化そう。

自分の中で精一杯の笑顔を作って一色に向けてみた。

「………」

だから無言はやめてよね。放送免許取り上げられるよ?

「先輩バカなんですかこんな所で私を弄ぶつもりなんですかダメですよそれは私がよくやる気さくなボディタッチで男子を手玉に取るやり方じゃないですか」

おいおい本音大分漏れてるぞ。

やっぱそんなことしてるのかよお前。

やっぱ職業ジャグラーじゃねぇかやめてよねほんとそういう純情な男子の心を弄ぶの…。

「あー、悪かった」

何が悪いのかはよくわからないが女の子に捲し立てられるとつい謝ってしまう。

小町の調教は体に染み付いているようだ。

お兄ちゃん世間的に大丈夫なのかな。

「いや…その…責めてるわけじゃ…。ま、また放課後で!」

気まずさに耐えかねたのか一色は小走りで逃げるように駆け出してしまった。

残された俺は投げ出してしまったマッ缶を拾いゴミ箱に捨てると、ふと背後からの視線を感じて振り返る。

そこには青ざめた顔で口をパクパクさせながらこちらを指差してプルプルしている由比ヶ浜と、こちらを射[ピーーー]ような視線を向ける雪ノ下がいた。

「あなた…何を考えているのこんな公共の場で…」

「あ、あわ、あわわわ…」

由比ヶ浜はもはや言葉にすらなっていない。

なんで俺が言い訳をせねばならんのだと思いながらもやり過ごす言葉を考えていると、雪ノ下がさらに冷たい声音で語りかけてくる。

「いろいろ言いたいことはあるけれど…放課後、部室で」

いや怖い雪ノ下さん怖い!

やだよぅ部室いきたくないよぅ!

「由比ヶ浜さん、行きましょう」

相変わらず言葉も出せない由比ヶ浜を従えて俺の横を通過する。

すれ違いざまにもキッと音が聞こえるような視線を向ける雪ノ下ほんと抜かりない。

視線の効果:俺は死ぬ

なんか変なことになってきたぞ…。

でも俺悪くないよね?

なに眼鏡が悪いの?悪いわけないんだよなぁ…。

昼休みももうすぐ終わる。教室に戻らねば。

放課後がどんどん重いイベントになりつつあるのを感じながらトボトボと教室へ足を向けるのだった。

改行入れるようにしてみたよ
落ちてなければ続きはまた夜に
なんか思ってるより大分長くなってきた

今調べた
なんのこっちゃ、sageなら入れてるぞと思ったらそんなんあんのね…
これでいいんかな
殺す

やー
楽しみとか言われると嬉しいもんだね
早いけどキリがいいとこまでいったので続きいきます

ついに放課後が来てしまった。

逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメ?逃げてもいいよね…?

いや弱気になるな八幡。

俺は何も悪いことはしていない。

変わると決めたんだ。初日にして挫折することなんてできない。

せめて三日ぐらいは…なんて弱気なんだ俺は。

チキン八幡と蔑む権利をみんなに与えよう。ビバ博愛主義。いやただのマゾだなこれ。

トボトボと部室へ向かい、扉の前までくるとそっと聞き耳を立ててみる。

特に話し声は聞こえない。

まだ誰も来ていないのかと思い、安心して扉を開けると三人の姿があった。

いつも通り文庫本を拡げる雪ノ下、携帯を掴んだままボーッと机に項垂れる由比ヶ浜、鏡を眺めながら暇そうにしている一色だ。

もう一色が当たり前のようにいることに突っ込む気にもならない。

それは雪ノ下と由比ヶ浜も同じようだ。

それにしても三人ともいるのに話し声が聞こえなかったのはどういう了見だろう。

な、何かあったのかしら…。

「あー、先輩やっときたー。遅いですよもぅ」

「あ、ひ、ヒッキーやっはろー…」

「来たわね」

三人が思い思いの挨拶をしてくる。挨拶?

「お、おう」

歯切れの悪い返事しかできなかった。

だってなんか空気が重いんですもの…。それぐらいは俺だってわかる。

「なんか依頼来たのか?」

「いいえ、来ていないわ。それより…」

俺がいつもの席についたのを見計い、咳払いをして居住まいを正すと改めてこちらへ向き直る。

「その眼鏡はなんのつもりかしら」

そっちからか…。でもこれは朝から何度も聞かれたことだし、素直に答えることができる。

「ただのイメージチェンジだよ。変化を恐れて現状維持を選択するのはもうやめだ。俺は自分の変化を受け入れることにした」

昨日決意したことをそのまま伝える。

「似合わないか?」

これは純粋に興味からの質問だ。

概ね好評ではあったが雪ノ下自身がどう思うかは気になる。

あんまり酷いこと言われたら眼鏡にヒビが入るかもしれない。

どうしよう怖くなってきた。

言いにくそうにしていたが、雪ノ下が答える前に他の二人が先に口を開いた。

「いいと思いますよー。死んだ魚のような目じゃないように見えます」

「わ、私もいいと思うなー…。その、かっこよくなったというか…いや前からヒッキーはちゃんとかっこよかった…と思う…」

二人の評価は既に聞いていたが、また照れるようなことを言われるとこちらもどう反応していいか困ってしまう。

え、一色のは誉めてるんだよねそうだよね?

「私も…似合っていると思うわ…悔しいけれど…。り…凛々しく見えるわ…」

最後の方はほとんど聞き取れない声だった。

そんなに言いにくそうにされると気まずくなるじゃないか。

しかし変わると決意した俺はひと味違う。

こんなことで気まずくさせるような俺様ではない。キャー八幡サーン!

「ありがとう、雪ノ下」

さらっと言ってなるべく自然に見えるよう笑いかける。

よし、今のは上手くいっただろう。

どう見えてるのかわからんのが不安だけど鋼(鋼とは言っていない)の心でスルーする。

「………」

なんで三人ともポカーンとするんだ。

不安になってくるじゃないか…。

三人は頭を付き合わせるようにボソボソと話し始めた。

俺には全然聞こえない。なんかやらかしたの俺…。

「…ちょっと、あれはどういうことなの。あんなの比企谷君じゃないわ」

「えー、でもこっちの方がよくないですか…頭もよさそうに見えて私的には好評価ですよ?」

「だ、だよねー。でもちょっとアレだとみんなヒッキーのかっこよさに気づいちゃうような…」

「いえ、見た目もなんだけれどそうじゃなくて…。あの応対のことよ…。あんな爽やかな笑顔…見たことがないわ」

「うっ、確かに…悔しいですけど私ちょっとドキッとしましたよ…」

「え、えー、いろはちゃんまで…。でも、あんなヒッキーも、素敵、だよね」

「ええ、悔しいけれど…不愉快ではないわ…。騙されているのかしら…。でも今までの比企谷君を知ってるからか…取り繕ったような笑顔には見えないのよね…」

「あーわかりますわかります!葉山先輩のとちょっと違うんですよねー…」

「うぅ…嬉しいんだけどちょっと複雑…」

俺はどうすればいいんだ…。

相変わらず三人でボソボソやっているが何の話か全然わからない。

おいてけぼりは寂しいナー。

思いが通じたのか雪ノ下がパッと顔を上げる。

視線は相変わらず冷たい。

「ところで…昼休みでの一色さんとの情事はなんのつもりだったのかしら?堂々と不純異性交遊は感心しないわね」

情事とか不純異性交遊とかそんな言葉使わないでもらえますかね…。あなたお嬢様でしょうが。

由比ヶ浜は耳を塞ぐような仕草で俯いている。

「あー、あれはですねぇー、話してたら先輩がいきなり抱き締めてきてぇー」

俺が答えるより先に一色が普段より一オクターブ高い、いつもの三倍甘ったるい声で話し始める。

おいちょっとまて誤解を招く表現とその猫ナデ声やめろこの野郎。

いや一色から見た俺の行動はそうなるんだろうが…。

場面を一部だけ切り取って印象操作はするのはすぐにやめるんだーっ!どうなっても知らんぞーっ!

この場合どうなるかわからないのは俺だけだな。早くなんか言わないと!

「あああれは…アレだ、一色にサッカーボールが当たりそうになったから庇っただけだ」

なぜか言い訳がましく聞こえるのは気のせいか。事実なんだけどな…。

「そうなの?」

表情を変えることなく冷たいままの視線をチラリと一色の方へ向ける。

その視線を受け一瞬たじろいだ一色だが、先程と変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。

「はい…そうなんですよー。先輩、私が傷つくと先輩自身が辛いからって、身体を張って助けてくれたんです」

一色はニコニコしながら俺の方へ目を向ける。

うぐっ。それを言ったのも事実だ…。

けどなんだかやっぱり印象が違う!

なんなの一色印象操作のプロなのマスゴミなの?

由比ヶ浜は先程まで俯いていたが今は仰け反って頭を抱えている。面白いなこの子。

いや、またなんか空気が重くなってきた。

何とかしたいけど何を言えばいいのやら…。

その空気を知ってか知らずか、またも一色が発言する。

「というかですねー、雪ノ下先輩は見てなかったと思うんですけどー、先輩、朝由比ヶ浜先輩に壁ドンしてましたよねー?あれなんだったんですかー?」

棒読みに聞こえるのはキノセイデスカソウデスカ。

「壁…ドン?何かしらそれは…。なんだかとても不穏なもののような気がするのだけれど…」

そうですよね、雪ノ下さんはそんなの知りませんよね。

「あ、あ、あれはヒッキーがいきなり…結衣とかって名前呼び捨てにして…」

あー、それも由比ヶ浜からしたら事実なんですよねー。

なんでこうも俺の印象と異なるのかなー?

雪ノ下と一色がピクッと反応した。ような気がした。

「とりあえず…壁ドンとやらを説明してもらおうかしら。比企谷君、由比ヶ浜さんにしたことを私にもやってみなさい」

何言ってんのこの人…。無知って怖い!

でもまぁ大したことじゃないよな?身体に触れるわけではないし…。

どうしたものかと迷っていると雪ノ下が歩いてきて、座っている俺を見下ろしながら凄んできた。

「やりなさいと言っているのよ。あなたはそんなに、今ここで私には出来ないようなことを由比ヶ浜さんにしたの?訴訟の準備をしたほうがいいのかしら?」

ひいい!何でこんな怖い思いをしないといけないんだ!

いいよ!やましいことはやってないよ!

やってやるさ!くらえー雪ノ下!

立ち上がって雪ノ下の手を掴むと強引に壁際まで引っ張る。

「え、何をするの、ちょっと」

雪ノ下は戸惑っているが、やれと言われたからやるだけだ。

壁に押し付けるような形に追いやると、不安げな表情を浮かべている雪ノ下の顔を正面から見据える。

こいつ、そこらの男にはそうそう負けない武力も持ってるのにこんな怯えた表情になるんだな…。

「比企谷、くん、怖いわ…」

俺が何も言わないのも怖く感じる原因なのかもしれない。

そのまま右手を、わざと音を立てるように壁に押し付けると、雪ノ下の身体がビクッと反応する。

目が泳いでいてこちらの顔を見ようとしない。

目を合わせないと、という義務感に駆られた。

いやー、雰囲気って怖いですね。

まさか自分が流されるとは思いませんでした。

俺は流されないんじゃなくてそんな雰囲気を知らなかっただけなんだな。

空いた左手で雪ノ下の顎を掴むと俺の方へ顔を向けさせる。

見つめ合う。

「雪乃…」

うわ、初めて雪ノ下の名前呼んだ。

つっても雪ノ下に雪乃も含まれてるから常に呼んでるようなもんか。

「ちょちょちょちょっと待ったー!ヒッキー!ゆきのんずるい!あたしそこまでやられてないよ!」

「せんぱーい…なんで顎クイまでやっちゃってくれてるんですか…調子乗ってるんですか?」

二人が喚くようにしているのを聞いて俺も我に返る。

あ、危ねぇ…。なんか自分の意思とは無関係に動いてた気がする…。

俺の身体やっぱり宇宙生物に寄生されてんじゃないの?

雪ノ下は朝の由比ヶ浜と同様、耳まで真っ赤になって俯いてしまった。

「比企谷君…はちまんの癖に…私の名前を呼び捨てに…こんなの初めてだわ…」

これまた同じようにボソボソ何か言っているが聞き取れない。

壁から離れ自分の椅子に戻る。

雪ノ下はまだ放心状態が抜けきらないようだ。まだボソボソ言っている。

もしかして怖がらせちゃったかな…。悪いことをしてしまったかもしれない。

「雪ノ下、今のが所謂壁ドンなんだけども…。怖かったか?ごめんな」

多少の罪悪感から謝ってしまった。

放心状態からようやく復帰した雪ノ下は顔を上げ、俺、由比ヶ浜と順に視線を向ける。

その視線にはこれまでの冷たさはもう見えない。

けど…なんなんだろうこれ。俺にはわからない、わからないんだよぉー!

「そう…比企谷君はこれを朝、由比ヶ浜さんにやったのね…」

「いやいやゆきのん!あたしは顎クイまでされてないよ…うぅ…」

雪ノ下は気を取り直したかのようにスタスタと自分の席を戻った。

また空気が重くなるかと思ったが、先程よりは落ち着いている感じはある。

女子三人の間で妙な視線が飛び交っているのは気のせいだよね。

ぼく鈍感だからよくわかんなーい!

部室に夕焼けがさす時間になり、みんなの顔が朱で染まっているように見える。

誰もが目線を合わせようとはせず、部室は沈黙で満たされている。

そんなに不愉快な沈黙ではないけれど。

これ、やっぱり俺のせいなの?

そうだよなぁどう考えても。

何とかしたいという思いはあるが。

そもそも何をどうにかすればよいのかがわからない。

教えて小町ちゃん!

変わるって大変なんだな。知らなかった。

変わらないでいるってのも大変だけど、変わるのだって大変なんだな。

こうして、変わろうとした初日の部活は、終わりの時間へ向けゆっくりと、確実に、時を刻んでいくのだった。

続きは明日になるかも
疲れたー

今見返してみたら助詞間違えてるのとか追記したいとこちょくちょくあるなぁ
なんともできないのがもどかしい

短いけどキリがいいので続き
行き当たりばったりなので今後どうするのか自分でもわかりません
小町との会話想像するのは楽しい

あれから部活は何分も立たないうちに一色と由比ヶ浜が用があると先に帰ってしまったため、雪ノ下と俺の二人になってしまった。

それから間もなくして雪ノ下が今日はもう終わりにしようと告げてきたので、結局のところあれからまともに話はできないまま帰宅し今に至る。

はぁ…いつもより疲れた…。

度が入っていないとはいえ慣れない眼鏡をつけたまま一日を過ごしたこともあるのだろう。

今は眼鏡をはずしリビングのソファでダラダラしている。

「たっだいまー」

小町が帰ってきた。声色からすると機嫌は良さそうだ。

リビングに入ってきた小町に声をかける。

「おー、おかえり」

小町は俺の顔を見るなり少し落胆の表情を見せた。

「なんだよ」

何もやってないつもりなのだが。

そもそも何も問題はなかった朝から会話もしていない。

小町は黙ったまま、外してテーブルに置いてある眼鏡を指差している。

「眼鏡?眼鏡がどうかしたのか?」

眼鏡を差していた指が俺の顔へと移動する。

かければいいのか?と小町へ目で伝えるとコクコクと頷く。 なんなんだ一体…。

ほら、かけたぞと小町へ向き直ると、これ以上ないほどわかりやすくパァァァっと明るい表情へ変化した。

「ただいま、おにーちゃん」

え、これどういうこと?

試しに眼鏡を外してみる。

途端に先程の落胆した表情になる。

眼鏡をかけてみる。

「おにーいちゃん 」

いつの間にか眼鏡に人格を乗っ取られていたらしい。

かけていないと会話ができなさそうなので眼鏡をかけたまま小町に話しかける。

「おい、お兄ちゃんは眼鏡じゃないぞ」

「いやー、もう眼鏡かけたお兄ちゃんじゃないと満足できない体になっちゃったよー」

「そんなに差があるのか」

「うん、お兄ちゃんとゴミいちゃんぐらいの差だよ」

もはや理不尽だ。言葉も出ねぇ。

お前昨日は変わっても変わらなくてもお兄ちゃんはお兄ちゃんだよ☆とか言ってたじゃねぇか。

俺は眼鏡なしで妹と会話もできないのか。

だがこれは眼鏡(俺)の評価が想像以上に高いということだ。

そう前向きに捉えないと俺の精神が悲鳴を上げ病院で離乳食を食べるハメになる。

逆説的に言える俺(俺)の評価が想像以上に低いという事実は心の雨でもう見えない。

「で、どうだったの?」

心で泣いていると小町が機嫌良さそうに眼鏡(俺)に話しかけてくる。

言葉が足りてないぞ、と 目で訴えるとはぁーやれやれとばかりにアメリカナイズなオーバーアクションを見せる。

「そりゃ眼鏡のお兄ちゃんのことだよー。みんな何か反応あったでしょ?どーれ小町に聞かせてみ?」

そう聞いてくる小町は楽しそうだ。いや、嬉しそうだ。

そうだよなぁ…俺小町に学校であったことの話とかしてやった(やれた)試しがないもんなぁ…。

負の思い出ならあるけどそれは俺の話で眼鏡とは別だ。

自然に別人格受け入れちゃってるけど俺の自我は大丈夫かしら。

「あぁ、まぁ、眼鏡は概ね好評だったな」

「でしょー?!だから言ったじゃん自信持っていいって。でもそれだけ?何か急接近とか急展開とか急転直下とかなかったの? 」

急転直下は悪い意味だけど小町はいっしょくたにしているようだ。受験が不安になってくる。

「んー、ないということはなかったが…」

「もー、歯切れ悪いなぁお兄ちゃん。お兄ちゃんのお話聞かせてほしいなぁ」

そりゃあ歯切れも悪くなるというものだ。

いくら妹とはいえ兄があんなことを、いや事実はちょっと違うんだけど。

あんなこと風なことをやっていたのを聞かせるというのは若干躊躇われる。

「ほらほら、言ってみ?ん?」

この流れは少し前にも見たことがあるぞ。

前回は俺が不機嫌だったこともあり小町を怒らせた結果、仲直りするまでにかなりの時間を要した。

あの時期は俺自身荒んでいたし、他に考えなければならない問題も多かったから耐えることができた。

だが今は小町と喧嘩することを想像するだけで涙が滲む。

俺メンタル弱すぎだろ。鋼(豆腐)のメンタルだな。

「わかったよ…話すよ。話すまでやめねぇんだろどうせ。もう小町と喧嘩したくねぇし」

そう言って朝から放課後までの出来事を順に話すことにした。

最初の出来事、由比ヶ浜との衆人環視の 壁ドンもとい下駄箱ドンを聞いた小町はキャーキャーと歓喜の声を上げながら聞いていたが、続けて衆人環視の一色抱き締め事件、最後の二人に見られながら雪ノ下壁ドンと、話を続けるにつれひきつったような顔になっていった。

最後は青ざめていたような気がする。どうした小町。具合でも悪いのか?

「う、うわぁ…」

「え、何その反応。お兄ちゃんショックなんだけど…」

「いや、えー?うーん…。だいじょぶかなお兄ちゃん、最終的に刺されたりしないかな…?」

やだ何それ八幡怖い。

「それにしてもお兄ちゃん眼鏡でどれだけ変わるの…そんなことできる子じゃなかったでしょうに」

確かに、と返事をする。

渦中にいると自覚はできなかったが、今思えばよく自分があんな行動を取ったものだ。

やっぱり大いなる意思(眼鏡)に操られている、もしくは宇宙生物に寄生されているのか…?

右手に寄生したからミギーと名付けるということは、俺の本体、ヒッキーに寄生しているからヒギィか…。

いやダメだろこの名前。こんな漫画売れるわけねぇ。

「うーんとね、取り合えず…その三人は嫌そうじゃなかった? 」

「あ、ああ…雪ノ下はちょっと怖がらせちゃったかもしれないけど…。あとの二人はここじゃちょっととか言ってたな…」

あんな反応でも実は嫌がっていたとしたら…というこれまでのどうせ勘違いに違いない思考は隅へ追いやる。

「お兄ちゃんの天然ジゴロっぷりには小町ちょっと驚愕だよ…もしかしてヒモの才能ほんとにあるのかも…。専業主夫もあながち無理じゃない気がしてきたよ…」

今、俺の夢に、希望が開けた。

これよく考えなくても全然かっこよくねぇな。

「お兄ちゃん…。とにかく人の恨みは買わないように振る舞うようにしてね」

「あー、うん…」

変われそうな気はする。自信も少しずつ増してきている。

しかし変わる方向としてこれは合っているのか?

結局変わるにしても変わらないにしても、安全ルートも攻略法も誰も指し示してはくれないということか。

どちらを選んでも自分は苦労をするのであれば。

せめて他人を、あいつらを、家族を悲しませないような選択をしていくことを心掛けよう。

取り合えず衆人環視の中あんなことするのはもう避けるべきだろう。

全部事故みたいなものなんだがなぁ…。

ここまで
また朝起きてからになると思います

書いてるうちに川崎がどんどん可愛くなってきた
サキサキ可愛いよサキサキ
続き

翌日。

早めに部活を切り上げて帰ってからうたた寝を何度かしていたせいか、朝も変な時間に目が覚めてしまった。

特に意味もなく早目に家から出たものの、こんなに早い時間から学校へ行く気にもならなかった。

コーヒーでも飲みながら時間潰すか…。

学校近くの店で時間を潰しても構わないが、他の生徒の目につきやすい場所をわざわざ選ぶのも憚られた。

少し考えると、過去の記憶から適当な店が比企ぺディア検索に引っ掛かったのでそこへ向かうことに決めた。

コミュニティセンター。

会議が踊って現場でなく会議室で事件が起きていたことは、まだ記憶に新しい。

嫌なことばかりではなかったが、不愉快な時間の方が長かった。

あの会長、まだあのキャラで頑張ってんのかな…とかどうでもいいことを考えながら、コミュニティセンター近くのコーヒーショップへ入る。

ブレンドを受け取り、外が見えるガラス張りの壁際カウンター席へ座る。

砂糖とミルクをたっぷり入れてから文庫本を広げ、ふと外を眺めると知っている顔があった。

青みがかかった髪をシュシュで纏めた長いポニーテール。

山川豊さんだ。違う。性別とか全部。

同じクラスの川崎沙希である。

こちらが見ていると向こうも気づいたようで、目が合ってしまった。軽く手を振る。

数秒の間、時が止まったかのように動きを止める川崎。

そして時は動き出すと、川崎も店内でコーヒーを注文して俺の隣の席へやってきた。

俯いたまま話しかけてくる。

「お、おはよ…なんであんたがここにいるのさ」

「あー、おはよう。早く家出過ぎちゃってな、時間潰そうと思って」

「ふーん…」

川崎はだいたい何の話をしても興味があるんだかないんだかわからないような反応をする。

だからある意味気が楽だ。普段の俺で素直に接することができる。

あんまりグイグイ来られると八幡まだ困っちゃう。

何か言いたいことでもあるのか、モジモジと胸の前で指を合わせている川崎が言いにくそうに声を出す。

「あ、あのさ…あんたそんな眼鏡かけてたっけ…目悪かった?」

別にそんなに聞きにくいことではないと思うが。

「いや、これ度入ってないんだよ。ただ印象変えようと思って。昨日もかけてたんだけどな…」

やはり俺が思うほど、他人は俺を見ていないのだろう。

「し、知ってるよ。昨日は結局声掛けれなかったからさ…」

川崎は違ったようだ。まあわかりやすい変化と言えるからさすがに気がつくか。

「似合ってると思う」

これまでずっと話しにくそうにどもっていた川崎が、今の言葉は詰まることなくはっきりと告げてきた。

自分の経験から鑑みると、普段と違うこの一言はシミュレートして練習してきたものに思えた。

けど川崎がそんなことするとは思えないしさすがに自意識過剰か。自重します。

昨日から何度もあったことだけれど、やはり褒められて悪い気はしない。

違うな、僕とっても嬉しいです。感謝せねば。

「ありがとう、川崎。嬉しいよ」

ワナワナと震えるような仕草を見せたかと思うと、こちらへ背中を向けてカウンターに肘をついて肘枕の姿勢になった。

一切顔が見えなくなってしまったからどんな表情をしているのかわからないが、こちらも聞きたいことがあるので声を掛ける。

「川崎はどうしてこんなところにいたんだ?」

「ああ…京華を保育園に送ったから」

姿勢は変わらない。

「京華…けーちゃんか。そうか、保育園コミュニティセンターの横だったな」

「そゆこと」

「偉いな、お前は」

素直にそう思った。上から目線に聞こえてないかな?

少しだけ身構える。

「…別に。大事な妹だし、普通だよ」

うんうん、その気持ちはとてもよくわかります。

「そうだなぁ。けーちゃんもさーちゃんさーちゃんってすげぇなついてるもんな」

ピクッと川崎の肩が動いた。

「あ、あ、あんたがさーちゃんとか言わないでよ…」

「俺なんか八幡だからはーちゃんだぞ。沙希ならさーちゃんでいいだろ」

ギギギッと錆びた機械が音を立てるようなぎこちない動きで川崎が椅子を回転させこちらへ向き直る。

「あ、あんたもあたしのこと沙希って呼ぶつもり…?」

膝の上に置かれた両手がせわしなく動いている。

顔は若干伏せたまま、上目遣いでそんなことを言う。

こいつのは計算や打算じゃないんだろうなぁ…。

初めて見る表情に俺もどぎまぎしてしまう。

でも冷静によく考えるとちょっと待て、なんでそうなる。

「いや、妹の話してたんだけど…」

「あ、そ、そーだよね、あたし何考えてるんだろ…」

冷静になったのかカウンターの方へ向きを変え、置いていたコーヒーを控え目に啜り始めた。

「沙希」

「へ…?」

「って呼んだほうがいいか?」

川崎って名前は覚えにくいしな。いや別に普通の名前だな。

「え、ちょ、おい、コーヒー漏れてんぞ」

ボーッとした表情の川崎の口の端からコーヒーがたらーっと一滴垂れていた。

「え、あ、わああああっ!」

大慌てになった川崎は制服のポケットからハンカチを取り出し口を拭う。

「………」

そりゃ気まずいよね…。なんとかフォローせねば。

フォロ谷フォロ幡の出番だ。語呂から何から全部ダメだ。

「なんかボーッとしてるし眠いのか?起こしてやるから寝ててもいいぞ」

「あ、ああ、うん…ありがと…」

その後川崎は何も喋らず、俺も特に言うことがなくなったので、開いたままで読んでなかった文庫本に目を通していた。

日差しが暖かい。ガラス一枚隔てた向こう側では学生やサラリーマンがひっきりなしに行き来している。

横を見ると川崎は足と腕を組んだ姿勢で静かに寝息を立てていた。

スタイルいいなぁこいつ。とても絵になる。

よく観察してみると、外を行く通行人の一部はこちらをちらりと除き見るような視線を送っている。

こちらといっても見ているのは川崎だろうが。

ああ、日差しが気持ちいいなぁ…。


「比企谷っ、おい、比企谷っ」

川崎に揺さぶられて目を覚ます。

日差しの暖かさを感じていたら、いつの間にかカウンターに突っ伏して寝てしまっていたようだ。

うぇ、文庫本にヨダレ付いてるよ…最悪だ…。

「ちょっとあんた、起こしてくれるんじゃかったの…」

そうだった!八幡君ったら超ドジッ子!

慌ててスマートフォンの時刻を見る。

なんだ、まだ15分あるじゃないか。

「あー、悪い…。静かだし気持ちよくてつい寝ちゃってた…。けどまだ余裕で間に合うぞ」

「あんたは自転車だから間に合うだろうけどあたしは間に合わないよ」

「後ろ乗れよ、それなら間に合う」

そんな発想は川崎になかったのだろうか。さほど突飛なことでもないと思うのだが。

「取り合えず出よう」

二人で店から出て自転車を止めた駐輪場へ向かう。

「え、の、乗せてもらって、いいの?」

「元はと言えば俺のせいだろ。これでお前だけ遅刻するとかあり得ねぇよ。お前が遅刻するんなら俺も遅刻する。むしろ一緒にサボる」

へんじがない。ただのしかばねのようだ。

少しの間を置いて川崎が決断する。

「わかったよ、乗るよ、乗りゃいいんでしょ」

なんでそんなヤケクソみたいな言い方なんですかね…。

「荷台だからケツ痛いかもしれん。それは勘弁な」

俺が自転車に跨がると川崎は横向きになって荷台に座った。

片側に両足を揃えて置く乗り方だ。手の重みがそっと俺の肩にかかる。

「じゃあ行くぞ」

「うん…悪いね」

後ろは見ていないのでどんな表情をしているかはわからない。

気にするのをやめて、学校へ向けて自転車を漕ぎ始めた。

まだ数分しか走っていないがペダルが重い。

そしてバランスが悪くて物凄く疲れる。

あ、そういえば俺後ろに人乗せたこととかこれまで一度もなかったな…。

そりゃ知らないよ!初めての体験だよ!

「…重くない?」

「そりゃ人が乗ってるんだからいつもよりは重いが、それより…」

「それより?」

「すまん、ちょっと乗り方変えてもらえるか」

そう言って自転車を一旦止める。

「どゆこと?」

こちらの意図がわからないようで首を傾げている。

「その、今の乗り方だと片側に体重がかかるからバランス悪くてな…そうじゃなくて荷台を跨ぐ乗り方にしてくれると助かる」

要は股を開けと言っているんだ。いや違うから。

「あー、そゆこと、わかった」

すぐに伝わったようだ。体重のかかり方が左右均等になったので見なくても座り方を変えたのがわかった。

「すまん、じゃ行くぞ」

川崎の手が腰に触れる。さっき肩だったじゃん…。

そんな、バイクみたいにスピード出ないから大丈夫だぞ、と思うが口には出さずにおく。

ただ俺の愛車の比企谷号は最高出力俺次第だから、バイクを凌駕する無限のパワーを秘めている可能性はある。いやない。

さっきより漕ぎやすくなった。バランスも安定したからスピードも出せる。

無言でペダルを漕いでいると背中に触れる感触があった。

何だろう。何か張られた?イジメ?

そんな考えを押し退けると予想はできる。頭だ。おでこと言うべきか。

背中の感触は離れない。

その感触を楽しみながら、無言で学校までペダルを漕ぎ続けた。

問題なく間に合ったようだ。割とギリギリになってしまったせいか登校中の生徒はまばらである。

校門を過ぎようかというところで川崎が口を開く。

「ありがと、ここでいいよ」

「いいよもうついでだ。先生もいないし駐輪場まで行くぞ」

「…わかった」

駐輪場に着き自転車を止める。

川崎、俺と自転車を降りて鍵を掛ける。

「ありがとね、助かったよ」

川崎は鞄を背負い直すと一足先に校舎へ向けて歩き始める。

「いや全然。俺のせいだし。しかし初めて人を後ろに乗せたんだが…案外疲れるな」

「初めてか…ふふっ。そりゃ光栄だね」

川崎が振り向いてニカッと笑う。

昨日からいろんな人の、いろんな初めての表情を見ている。

これもそうだ。

この表情は、俺が変わらなければ、きっと一生見ることができなかったものなんだろう。

変化すること。

それ自体は善でも悪でもない。

変わらないことがいい場合だってきっとある。

だが、変わることで見える、新しい世界というのはとても新鮮に感じる。

俺が停滞していた時間は無駄だったとは言わないけれど。

変化を受け入れた自分も、悪くない。

校舎へ向けて歩き始めるとき視線を感じ、ふと上を見上げてみた。

そこには何とも言えない不安げな表情をした由比ヶ浜と、冷酷な指導者のような雪ノ下が窓ガラス越しにこちらを見下ろす姿があった。

なんでいるんだよ…。とっとと教室に戻りなさいよぉー!

俺は相変わらず悪いことしてない気がするんだけど、また重い時間が待っているのだろうか。

あ、よく考えたら重い時間なら変わる前にもたくさんあったな。

じゃあ大丈夫か。何がだ。

俺が変わっても変わらないものもある。

奉仕部でのあの時間が、そうであればいいなと思いつつ教室へ向かった。

ここまで
見てる人いるのか不安だ…
これからどうするかなぁ
また夜に

おおぅ、小町忘れてた…
申し訳ない…
家族以外ってことでここは一つ…
そういうのだけはなるべくないように、って書いてきたのになぁ

たぶんこれまでの四人がメイン
どのぐらいで終わるのが適正なのかがよくわからない…

シリアスシーンは疲れますね
続き

結局遅刻ギリギリになってしまった。

川崎と急いで教室への階段を登る。

一段飛ばしで軽快に、俺の前を登っている川崎のスカートがヒラヒラとはためいているのが気になって気になってどうにも心が落ち着かない。

お前スカート短すぎだろう…。

短いスカートからスラリと伸びた均整の取れた長い足は、健全な男子生徒の心を掴んで離さない。

いやこれは健全とか男子生徒とかそんなもんではなく、全男性の心を掴むはずだ。

元寇の神風よろしく風よ吹け、出でよ風使い!と思っているうちに階段が終わり教室に着いてしまった。

朝のHRはまだ始まっていないようで、教室は喧騒に包まれていた。

前側の教室の扉から川崎に続いて入る。

その瞬間、一瞬だけではあったが先程までの喧騒が鳴りを潜めた。

皆の視線が川崎と俺に集まっているのを感じる。

おかしい…俺も川崎もこのクラスで注目されるような人間ではなかったはずだ。

あ、あれか。ぼっち同士が二人でつるんでるから珍しいと思われたのか。たぶんそうだな。

本当に一瞬だったので、思考を巡らせる間にも元の喧騒を取り戻す。

視線も既に集まってはいないが、一つだけ自分に向いたままのものがある。

今の俺は見ずともわかる。由比ヶ浜だ。

困ったような、羨むような、懇願するような目をこちらに向けている。

どうする八幡!?

脳内のコンピューター(2ビット)をフル稼働させて過去の経験から正解を探ろうと試みる。

残念!俺の経験データベースには類似例がありませんでした!

恋愛カテゴリの項目に至ってはところどころ文字化けしているし、それを引き出そうとするとハングアップする仕様らしい。

何これひどい。俺の脳はバグだらけだな。

過去からの対応は不可能と判断し、先日の笑ってごまかす作戦を決行することにした。

感じる必要はないのかもしれないが、少しだけの負い目があったため満面の笑みを繰り出すことは出来ず苦笑いのようになる。

八幡君キモくないかしら。ちょっと不安。

だが効果はあったようだ、本当によかった。

由比ヶ浜は面食らったような表情になった後、唇を尖らせながら俯きがちに目を反らしてしまった。

ほっとして前を向くと、後ろからこちらへ近づく足音がした。

左肩をちょんちょんと叩かれる。

「ヒッキー、お昼休み、ちょっとだけ、いいかな」

耳元で囁くような声だ。吐息がかかってこそばゆい。

「ああ、いいよ」

何だよとは聞かずにおいた。

「ありがと。じゃお昼にね」

柑橘系の爽やかな香りと耳への柔らかな感触を残し、由比ヶ浜は自分の席へ戻っていった。

ちょうど先生も入ってきて朝のHRが始まる。

さて、ちゃんと授業を受けようか。

眼鏡は頭がよく見える(約二倍。小町調べ)らしいから少なくとも維持はしないとな。


四限目が終わり昼休みになった。

教科書やらノートやらを片付けていると、素早く昼食の準備を整えたらしい由比ヶ浜が側にやってきた。

「ヒッキー、お待たせ。いこっか」

「ああ、でも先に購買寄っていいか?早めに行かないと食うもんなくなっちまう」

立ち上がり教室を出たところで由比ヶ浜が静かに呟く。

「今日はいいの、大丈夫だから。着いてきて」

そこにはいつぞやの決意めいたものが感じられる。

ここは黙って従おう。

校舎から出て中庭へ向かっているようだ。

「なぁ、お前いつも雪ノ下と昼一緒に食べてるんじゃないのか?」

ふとした疑問をぶつけてみる。

「今日は…断っちゃった。放課後は部活でみんな一緒だから…なかなかヒッキーと二人になれないと思って…」

「そっか…」

頬を染めながらそんなことを言われたものだから、瞬間的に心拍数が跳ねあがりぶっきらぼうな言い方になってしまった。

それ以降深くは追及せず、黙って移動する。

カースト上位の連中がたむろしている騒がしい地帯を抜けると、木陰にベンチの置いてある場所についた。

中庭の喧騒もここまでは届かないようだ。他には誰もいない。

由比ヶ浜はベンチへ座ると、横に座るよう目で俺を促す。

「ヒッキー、騒がしいの好きじゃないでしょ。だから、ここで…」

「あー、まあ騒がしいのは嫌だな…」

大人しくベンチに座ると、由比ヶ浜はスッと可愛らしい巾着袋に入った弁当を目の前に差し出す。

「お弁当、作ってきた、から…食べて…もらえるかな?」

購買が必要ないと言っていた時点でそうじゃないかとは思っていた。というかそれしかないだろ。

それはつまり、事前に覚悟は出来ていたということだ。

死にはしないだろう、たぶん…。本当にお願いします。

「ああ、食うよ」

選択肢自体もうないじゃねぇか…とは言わない。

仮にあったとしてもここで食べないなんて選択肢があるわけがない。

「でもなぁ…」

今までの由比ヶ浜を知っているだけに一抹の不安は拭えない。

「今日のは、大丈夫…だと思う…大丈夫!」

俺の不安を察してか、トーンダウンしていた語尾を無理矢理断定系に変え安心させようとしているらしい。

巾着袋を開けて弁当箱を取り出す。蓋を開けてみる。

…おぉ…?見た目は割と普通だ。

取り敢えずわかりやすく異臭を放つ物体や見るからに異物です!と主張しているものはない。

いや、見るからに異物入ってたら新手のイジメと認定するぞ俺は。

「…いただきます」

恐る恐る卵焼きに箸を付ける。若干の勇気を持って口に運ぶ。

…おぉ?なかなかおいしいぞ…。

絶品とまではいかないが、十分平均的なレベルと呼んでもいい。

なのに不安になるのは何故なんでしょうか。不思議です。

続けて唐揚げ、ポテトサラダ、お握りと食べたが、全て普通だ。

しいて言えばお握りや卵焼きの見た目が悪いことぐらいだろうか。

真剣な表情で黙々と食べていたからだろう。由比ヶ浜が不安げな声を出す。

「…どう、かな?何か言ってくれないと困る…」

「あー、ごめん。旨いよ、驚いた」

「…ホント?」

「本当だ。嘘じゃない」

満面の笑みとは今の由比ヶ浜のことを言うのだろう。こちらまで釣られて笑顔になってしまいそうだ。

「や、やったぁ!初めてヒッキーに美味しいっていってもらえたよー」

言いながら由比ヶ浜自身もようやく弁当を広げ始めた。

それからは二人で食べながら、弁当の内容についてとりとめのない会話を繰り広げた。

「ごちそうさん。旨かった、ありがとな」

キレイに平らげてしまった。完食だ。

由比ヶ浜も自分の弁当箱を片付ける。

「あのね、本当のことを言うと…さっきのお弁当、全面ママ監修の元で作ったんだ…おかずとかもほとんど手のかからないものだし…」

恥ずかしそうに言っているが、何も恥ずかしがることなどない。

人の力を借りてでも、美味しいものを食べてもらおうとしただけだ。

その過程に偽りはない、本物だ。

その頑張りは結果に関係なく、認めてもらうことで救われる。

それを俺はよく知っている。

過去の俺は自分の出した結果が最悪だったにも関わらず、由比ヶ浜に認められ、救われた。

今度は俺が返す番だ。

「それも含めて由比ヶ浜、お前の頑張りだよ。嬉しかった。ありがとう」

「ヒッキー…」

目をうるうるさせている。

「大袈裟だな、お前…」

あの時救われた俺の、何分の一かでも返せただろうか。

「だって、嬉しいんだもん…。ねぇ、ヒッキー…もう一つだけ、お願い、していいかな…」

「何でもとは言えんが…なるべく聞く」

「あの、昨日の朝みたいに、名前、呼んでほしいな…ずっと…」

昨日の朝…あれか…。

由比ヶ浜と言おうとしたのが途中で止まってゆいになったとは今更言えない雰囲気だ。

「い、いいけど、なんで?」

これまでと違う、真剣な声色に変わる。

「あのね、あたし、わかってるんだ。ヒッキー、みんなに優しいから。あたしも、ゆきのんも、いろはちゃんも、川崎さんも、ヒッキーはみんな大事にしようとしてる」

間が少しだけ空いた。

「あたし、あたしはヒッキーのことが、好き。大好きなの」

もうダメだ。ぼくの思考回路はショート寸前です。

こんなのに対する答えとか返答はまだ用意できていない。

俺が黙っているのを見越してか、由比ヶ浜は尚も話を続ける。

「でもね、それだけじゃなくて、あたしは、ゆきのんも同じくらい、奉仕部のみんなとの時間が、同じぐらい大事で、大好きなの。だから、だからね、えーと、ごめん、なんだかわかんなくなってきちゃった…」

「由比ヶ浜…」

「あの、今すぐヒッキーに答えてもらわなくても、大丈夫だよ。だけど、ちょっとだけ、みんなより、特別が欲しいの…」

「…それが、名前?」

「…うん。ヒッキー、みんな呼ぶの名字でしょ。だから、あたしだけ、とか…。ダメ、かな…」

由比ヶ浜はどこまでも優しい。

たぶん、こんなに優しい、素敵な女の子にはもう巡り会えない。

その優しさに甘えるばかりになるのはよくないことだ、と思う。

だから俺も伝えなければならないことがある。

「結衣…でいいのか」

「…うん、嬉しい…」

「あの、な。俺はこんな感じで、変わろうとしてるけど、まだまだ全然ダメで。みんなの優しさに甘えてばかりで…」

「うん…」

言葉に詰まると優しく頷いてくれる。

「自分のこともよくわかんねぇんだけど、結衣、には…これまで、沢山優しさを貰ってきたから、俺も返さなくちゃいけないんだと思う…」

「うん…」

「だから、必ず、答えを出すから…もう少し待ってくれないか」

「うん、わかったよ…ヒッキー」

昼休みはそこで終わった。

これまでの人生で最高にソワソワする。

あれでよかったのかはわからない。

けど今の俺の気持ちは伝えられた、と思う。

由比ヶ浜、は俺の答えがわかっていたのか、恥ずかしそうにしているだけでそれ以上の追及はしてこなかった。

ああ、やっぱり俺は甘えているんだな。

全く身の入らない六限目の授業が終わり、由比ヶ浜、と一緒に部活に向かう。

気まずい、というわけではないのだが、二人ともどこかぎこちない。

二人とも俯き加減で並んで歩いてる姿は傍目から見ればなんと思われるのだろうか。

部室への扉をくぐる。

「ゆきのんいろはちゃんも、やっはろー」

「うーす」

先に来ていた雪ノ下と一色が挨拶を返す。

「こんにちは、遅かったわね」

「こんにちはー、先輩」

全員が定位置に着く。

雪ノ下と一色はいつも通りだが、由比ヶ浜はどう見てもいつも通りではない。

携帯を握ったまま、チラチラとこちらに視線を向ける。

お前それバレないと思ってるのか…。ダメでした。

「んー?由比ヶ浜先輩どうしたんですか?もしかして昼間先輩と二人で中庭歩いてたのと何か関係あるんですかー?」

俺は何故全て筒抜けになるんだ…GPSとか仕込まれてねぇだろうな…。怖くなってきたよ…。

本へ目を向けていた雪ノ下の目線がゆっくり上にあがり

、やがて俺の目と合い、そのまま由比ヶ浜にも目を向ける。

「何かあったのかしら」

うう、怖い!この部屋怖いこと多すぎだろ!

そういえば由比ヶ浜は雪ノ下との昼食を断ってたんだよな…。

「いやー、お昼はね、あたしがヒッキーにお弁当作ったから、食べてもらってたの。あたし料理うまくないじゃん?だからヒッキーに食べてもらおうと思って、あはははー…」

だからってどういう意味だよ。俺なら死んでもいいのん?

お弁当、というキーワードに雪ノ下と一色が反応した。

「なるほど、お弁当ね…」

「はぁー、お弁当ですかー…」

重くなりそうな雰囲気を察してか、由比ヶ浜が慌てて口を開く。

「あ、あはは、お弁当だけだよね、ヒッキー?」

げ、こっちに振られた。スルー。はしても他に誰もいないから無理だ。

これは、あれか。確認か?いいのか?

答えを先送りにしてもらったんだ、せめてこれぐらいは答えないとな、約束したし。

「あ、ああ。弁当食べて感想言っただけだよな、結衣」

一色のこめかみに青筋が浮いたように見えた。

雪ノ下は見たら石になりそうなので見ない。

由比ヶ浜は今ので照れて下を向いてしまった。

由比ヶ浜は喜んでそうだしいいか。よくねぇ!

「え、はぁー?それ何ですか?先輩?」

「何なのかしらこの気持ちは…心の底で渦巻くものを感じるわ…」

ちょっと待て二人とも!

なんでその暗黒感情を俺だけに向けるんだ!

「え、んーとな、それはだな…」

言えるわけねぇだろ!由比ヶ浜お前も照れてないで何か誤魔化す手を考えろよ!

「あ、先輩。私のこといろはって呼んでもいいですよ?葉山先輩とか戸部先輩もそう呼びますし。一色って慣れないんですよねー」

「そうね、私のことも雪乃で良いわよ。昨日不覚にも呼ばれてしまったことだし。今更気にすることではないわ」

いいよ、って声じゃねぇだろそれ。

呼ばないとどうなるかわかってるな?ん?って副音声が聞こえたぞ。

由比ヶ浜はこの期に及んでまだ耳に入っていないようだ。

アホの子が今は羨ましい。

俺もアホの子になろうかな。ごめん由比ヶ浜それは無理だ。

あとこのプレッシャーも無理だ。

「…いろは」

何かが崩れ落ちた。

「えぇー、なんですかぁ、セ・ン・パ・イ」

わざとらしく照れながら一色は甘えた声を出す。

「え、ちょ!?ヒッキー!?」

目が覚めたか。すまんもう全ては終わってしまったんだ。

「…雪乃」

「どうしたの、八幡」

「ひ、ヒッキー!?ってゆきのん!?え!?えぇーーー!?」

由比ヶ浜はパニックになっている。

「どうしたの、由比ヶ浜さん」

「由比ヶ浜先輩、どうしたんですかー?」

この部屋は魔境になってしまったのだろうか。

まだ今日の部活は始まったばかりだ。

読んでくれる人を増やすにはどうすればいいんでしょうかね
楽しんでくれる人がいるならもう少し続けたい

そうか、考えすぎかな
初めてなので勝手がわからなくて不安で…申し訳ない

結衣が好きだからもともと結衣を幸せにしようとしてたのに何故かこんなことに

ガハマの「アホ&メシマズ」とか、いろはすの「あざとい」といったキャラを安易にはめ込んだりせずに、
各キャラに対して丁寧に可愛く書かれているから評判が良いんだろうなー

とりあえず「暴力アラサー」や「魔王」といったキャラを雑に当てはめられることの多い二人の出番に期待。

川崎の弁当コンプレックスてどこ情報ですかね?見当たらなくて…

真面目な感じとほのぼのな感じ、割合は原作みたいに同居する感じでやってみます
全員ちゃんと出せるかなぁ…

続き

小町が帰ってきた。

眼鏡(俺)を装着する。

小町は俺の顔を見ると納得したように頷いて笑みをこぼす。

「たっだいまーお兄ちゃん」

「おー、おかえり」

「さてさて、早速ですが今日のイベントについて聞かせてもらいましょうか」

何て嬉しそうな顔だ。なんで女子は人の恋路が気になるのだろうか。

俺は材木座とか葉山の恋路なんか全く興味ないぞ。

小町の恋路については聞きたくない。いや、認めない。というかそんなものは存在しない。

例え恋路ではなかろうと、小町の口からあの毒虫の話題が出るだけでも殺意の波動に目覚めそうになる。

うん、このぐらい兄としてはフツーフツー。シスコンなんてとんでもない。川崎はブラコンだからどうにかしたほうがいい。

「俺にも黙秘権やプライバシーはあるんじゃないか」

「いやいやお兄ちゃん、言えないことなら言わなくてもいいよ。話せることだけでも小町はじゅーぶん嬉しいんだよ。ってゆーかそんな深いところまで話されても小町困るぅー、テレテレ」

口で言うな。小町じゃなければドン引きだぞ。

「ま、それもそうだな…」

「ほら、んでんで?」

かいつまんで説明することにした。

当然昼休みの結衣の言ったことは伏せる。

話せるのは朝に川崎と会って登校したこと、結衣の弁当を食べたこと、明日雪ノ下が弁当を作ってきてくれることだ。

適当な相づちを聞きながら順に話す。

「ほぅほぅほぅ…大志君のお姉ちゃんともフラグ立ちましたか…」

やめろ小町、その毒虫の名前を口にするな。俺を修羅に変えるつもりか。

「立ってんのかアレ…。あいつぶっきらぼうだしよくわかんねぇんだよな…」

「お兄ちゃんがそれを言いますか…ま、今はちょっと違うのかもだけどー」

「そうだぞ小町。俺はお前が自慢できる兄に近づいてるんだぞ。たぶん」

「ま、それはもういいや」

えっ。お兄ちゃん褒めてほしくて言ったのに。

「結衣さんのお弁当は大丈夫だったの?」

お前失礼なこと言うなよ。 そりゃ前は酷いもんだったけど。あいつだって頑張ってるんだぞ。

「十分食えた。結衣…ガハマ も成長するんだな」

危なかった。まだ結衣と呼ぶようにしたのがバレると恥ずかしい。そもそもほとんど呼べてないんだが。

「ほぅほぅ…それなら料理の不安も消えた、と…プラス査定」

よかったバレてない。え? 何を査定しているのかな小町ちゃん。

俺が心の中で記録している恨み辛みノートと同じようなもんかな?違うなたぶん。

「明日は雪乃さんのお弁当かー。いいなぁお兄ちゃん。絶対美味しいよー、小町も食べたい」

確かに味は文句ないんだろうな。あいつほんと料理上手いからなぁ。凝り性なんだろうか。

「余ったの持って帰ってやろうか?」

「それ本気で言ってる?そんな恥ずかしいことしたら小町怒るよ」

「いや冗談だよ。折角作ってもらったものを残すのは悪いからな」

怖かった…小町を怒らせるところだった。

「うーん、小町は最近お兄ちゃんの楽しい話をたくさん聞けて、凄く満足です」

「へいへい、そりゃよかった」

「お兄ちゃん、小町と眼鏡に感謝の気持ちは忘れないようにね」

小町には言われなくてもしている。小町に背中を押してもらったからこそ今の俺はいる。

けどおい眼鏡に感謝ってなんだよ。お前毎日パンツに感謝とかしてんの?

小町は優しいししてるのかもな。いやこの解釈は無理だ。

まあいい、寝る前に眼鏡を拭いてやることにしよう。

風呂に入って自分の部屋に戻る。

ベッドに横になったところで考える。結衣に詫びなければ。

勇気を出して伝えてくれた言葉。

それを先送りにしてもらった甘えた自分の言葉。

一つだけの些細なお願い、自分だけの特別が欲しい、と。

それはもう結衣だけの特別ではなくなってしまった。

困ったような表情で頷く結衣の顔が思い浮かび、俺の心に微かな痛みを与える。

結衣の痛みはきっと、俺よりも深い。

かつて俺がやっていた問題解決の手段は、俺だけが痛いのだと思っていた。

痛いのが俺だけなら、他の誰も傷付かない世界になると思っていた。

だが実際は全然違っていた。

俺を見てくれている人などいないと思っていたが、全然そんなことはなかった。

俺だけが痛いと思っていたら、見てくれている人も大小の差はあれど、みんな傷付いていた。

なんて傲慢なんだ。独りよがりにも程がある。

前までの俺は孤独を気取り、側にいる人たちを巻き込んでみんな傷付けていたのだろう。

だが、どんなにうまくやれたとしても、人を全く傷付けず生きるのは不可能だ。誰もが近づけば傷付け合う棘を持っている。

平塚先生にも言われた。他人を大切にしようと思うのは、他人を傷付ける覚悟をすることだと。

俺の覚悟は出来た。俺はまた誰かを傷付ける。

他人の痛みに一番鈍感だったのは、自分が与えた傷を見て見ぬふりをしていたのは、前までの俺だ。

けど今度は、自分が人に与えた傷をちゃんと見つける。必要があれば痛みを分けあったり、埋めたりする。

そうするという覚悟が、今は出来た。

だから俺は、結衣に与えた痛みを埋める努力をする必要がある。

そのために、今真剣にメールの文面を考えている。

わぁ、なんかちっちゃーい。

送られる側の気持ちを考えるなんて、純情だった中学生のあの頃以来だ。

だがあの頃の俺とは経験値が違う。別に増えてなかった。

あの頃の俺はチェリー八幡だった。今はチェリー八幡だ。変わってなかった。

あ、あれー?おかしいな…。 自分が思ったよりも成長していないことに驚く。

結衣は顔文字を使って欲しいといつも言っているが、あれ使い方がよくわかんねぇんだよな…。

無理して使うのもアレだなと思い、結局いつもと変わらない文面のメールを作成する。

[結衣、ちょっといいか?]

送ってから三十秒毎にスマホを見ている気がする。…落ち着かねぇ…。

寝転がったまま顔の真上に掲げまだかと待っていると、不意にスマホが振動したため驚いて手を離してしまった。

うごごご、鼻がいてぇ!

痛みもそこそこにメールを開く。

[どしたのヒッキー?結衣、って改めて文字でみると照れちゃうね(*´ω`*)]

なるほど、これが顔文字の効果か。

本当のところは結局わからないが、怒っていないよ、と伝えようとしているように見える。

これも言葉の裏ということだろうか。これまでは負の面しか読もうとしていなかったが、こういうのもあるのか。

[お詫びしないとと思って。何がいいかな]

結局人任せか、という気もするが、自分だけで考えてもいい答えは出てこなかった。

すぐにスマホが振動する。

[お詫びって何の( ・◇・)?]

言いにくいな…。メールは顔を見られないのが利点だな。

きっと今の俺は変な顔をしている。

[結衣だけの特別。何か考えたいから。明日帰り時間あるか?]

[うん、大丈夫だよ(о´∀`о)どこ行くのかな(´・ω・`)?]

[決めてない。晩御飯でも食べながら話そう]

[わかったー(*´∀`)♪]

今にして思う。メールは便利だが本心を伝えるのには向かない。

言葉だけは伝えられるが、言葉だけでは伝わらないことの方が多い。

メールで告白とか何を考えていたんだ俺は…。

メールじゃなければ上手くいっていたとは全く思わないが、それでも振られた後は何か変わっていたかもしれない。

古傷が疼くような感覚に陥ってきたので布団を頭から被り、折本の顔を振り払おうとした。

「八幡、おはよー」

「おー戸塚。おはよ」

朝練を終えた戸塚と昇降口で出会った。運命に違いない。

一緒に教室へ向かいながら話す。

「八幡、なんか変わったね」

「そうか?眼鏡かけただけだぞ」

「いや見た目じゃなくてさ、見た目もなんだけど。なんて言うか、一人でいる時でも雰囲気が柔らかくなった、のかな?」

上手く説明できないのか、首を傾げきょとんとした顔になる。

かわいい(主語がなくても戸塚を指す言葉)。

「なんだそりゃ」

「言ってるの僕だけじゃないよ。前は回りを寄せ付けないような感じがあったけど、今は違う気がするよ」

最近感じる視線はこのせいなんだろうか。周囲と自分を断絶するために築いた壁の境界が曖昧になりつつあるのかもしれない。

「僕もイメージチェンジしようかなぁ」

「と、戸塚はそのままでもいいと思うぞ」

十二分にかわいいからな。だが戸塚自身はもっと男らしくなりたいと思っているのだろう。

「八幡、ちょっと眼鏡貸してくれる?」

はずして制服の袖で念入りに拭いてから手渡す。俺のかけている薄汚れた眼鏡を戸塚が…戸塚が!

「どう?」

凄まじい破壊力だ。紛争地帯を戸塚が歩くだけで世界に平和が訪れてもおかしくない。

眼鏡をかけてかわいい子というのはやはりかけなくとかわいいのだろう。

「か、似合ってるんじゃねぇか」

戸塚は窓ガラスに写った自分をいろんな角度で眺めている。

「ありがとう、でもやっぱり僕には似合わないや。八幡の方が似合ってるよ」

戸塚から眼鏡を受け取ると、つるの部分がほのかに暖かい。

戸塚の温もりを感じる。いやキモいから。自重しろ。

「ま、無理して変わらなくても戸塚は戸塚だ」

「あははっ、そうだね」

守りたい、この笑顔。

戸塚と教室に入り席につく。

教室の後ろでは結衣がいつものグループと談笑していた。

結衣と目が合ったので軽く手を振ると、向こうも控えめに小さく振り返してくれた。

三浦と海老名さんも視線を僅かにこちらへ向けたような、気がした。

昼休みを告げるチャイムが鳴った。

「ヒッキー、部室行くでしょ?」

結衣が近づいてくる。一緒に行こうということだろう。

「ああ。来いって言われてるしな…」

部室へ向けて歩き始める。俺は手ぶらのままだ。

「た、楽しみだねーゆきのんのお弁当。どんな感じなのかな、あたしのなんかと比べ物にならないんだろうな…」

声がトーンダウンしていく。

「まぁあいつ料理の腕前は本物だからな」

「だ、だよねー…」

そんな悲しい顔をしないでくれよー…。

「結衣も上達してるし、あんま気にすんなよ。お前の弁当のほうが手作り感は上だ」

「ヒッキーそれフォローのつもり?見た目がよくないって聞こえるんだけど…」

ジトっとした目でこちらを睨んでいる。

「ああ、いや、なんだ。結衣は他にいいとこいっぱいあるよ」

「むっかー!それ料理では勝てないってことじゃーん!」

地団駄を踏んで憤慨する。ちょっと可愛い。後ろから肩をバシバシ叩かれた。

「しゃあないだろそれは…勝てる未来が見えねぇよ…」

「確かにあたしもあんな風になれる気はしないなぁ…」

わかってるなら怒りをぶつけないでもらえますかね…。

部室に入ると雪ノ下と一色が座っていた。

「ゆきのんいろはちゃんやっはろー」

「こんにちは。来たわね」

「なんで一色までいるんだよ…」

「先輩、い、ろ、は」

無表情で告げる。やり直せということらしい。

「なんでいろはまでいるんだよ…」

割と素直に言えた。後輩だからだろうか。

「そりゃー雪ノ下先輩のお弁当気になりますよー。明日は私が作るんですし、参考にしないと」

こいつ一年で友達いないのかな…なんか恨みも買ってそうだし…。

みんないるところで話すことでもないし、別の機会に聞いてみるか。

結局いつもの部活の時間のように各自が席につく。

「比企谷君。これが本物のお弁当よ」

足元に置かれた袋から布に包まれた箱を取り出す。でかくね?

結ばれた布をほどき、中の箱が姿を表す。

重箱。二段。

「…お前、やっぱ常識あるけど常識ねぇな」

「どうやったらそんな一言で矛盾を起こせるの…才能かしら?」

自信満々なところ悪いが、我ながら的確な言葉だと思うぞ。

結衣といろはもドン引きしている。

「雪ノ下先輩…これはちょっと本気出しすぎじゃ…」

「え、ぇー…こんなの勝てないよ…」

「さあ、おあがりなさい」

まあ食べますけどね…。

蓋を開けると中身も異様に豪華だ。色鮮やかな見た目も食欲を一層そそる。

一段目の真ん中には伊勢海老が鎮座している。

ほんとバカじゃねぇのこいつ…そう言えば伊勢海老好きなんだったな。

「あのな…悪いんだが俺これ全部は食えねぇと思うわ…」

「そ、そう?調子に乗って作りすぎてしまったかしら…。作ってるうちに楽しくなってきちゃって…」

雪ノ下でも調子に乗ったりすることあるんだな。知らない面を見れた気がして少し嬉しくなる。

「だから、ゆ、雪乃も少し食べてくれよ。折角作ってくれたものを残したくない」

どもってしまった。やはり慣れない。結衣はどんな顔をしているだろうか。

「わかったわ…由比ヶ浜さんも一色さんも協力してもらえるかしら」

「美味しそうですし、喜んでー」

「う、うん…。でも食べるのも勿体無いぐらいだねこれ…」

全員で手をつけ始める。

雪乃の作った重箱弁当のメニューについて聞いたり話したり、話題に事欠くことはなかった。

豚の角煮とか作るのすげぇ大変なんじゃねぇのこれ…。

最後の一口を口に運び、食べ終えることができた。

「ごちそうさん。お前料理人になれるな…」

素直な感想を口にする。

「あ、ありがとう…。悪い気はしないわ…」

相変わらず素直には喜べないらしい。

「いやほんと凄かったです。雪ノ下先輩はやっぱり強敵ですね…」

そういう発言は聞こえないようにしてもらえますか。

「あたしのとは比較にならないなー、やっぱり…。もっと頑張らないと!」

結衣は落ち込みそうになっていたが、グッと気合いを入れるポーズを作って自分を鼓舞している。

「あの、雪乃。これはこれで旨いし嬉しいんだけど、もっと自分の弁当みたいな普通のでいいんじゃないか…。伊勢海老が入った学校の弁当とか、エンゲル係数どんな数字になるんだよ…」

「そ、そうね…。ちょっと調子に乗り過ぎたみたいね…反省するわ…」

雪乃は自分を恥じてか顔を背ける。

「でも、ありがとな」

顔は背けたまま、返事はない。

けど感謝の気持ちは伝わった、と思う。これだけ時間と手のかかるものを作ってもらって、嬉しくないわけがない。

「さー明日は私の番ですねー、先輩、楽しみにしてくださいね!」

「…重箱はやめとけよ」

「あんなの私には作れませんよ…悔しいけど…」

昼休みももうすぐ終わる。

「じゃあ、また放課後に」

それぞれが教室に戻る。結衣と俺は同じ教室へ。

「ゆきのんのお弁当、すごかったねやっぱり…」

「凄いけどありゃやりすぎだろ…」

「ね、ヒッキー。やっぱり、彼女にする、なら…料理うまくないと、ダメ、かな…」

詰まりながら話す結衣はどこかよそよそしい。

「…そんな発想で考えたことがないな…。上手くても困らないけど、下手だとダメってわけじゃないんじゃねぇか。下手なら俺が料理すればいいだけだしな」

「そっか…」

結衣の顔を見る。

なんでもないよ、と首を横に振った。

俺もそれから追及はせず、黙って教室へ戻った。

ここまで

小説て無駄な文をいかに削るかだと思うんだけど、
小説でもなくてただのSSだからもっと省かないとと思いながら、難しい

続きは夜で

んー、なるほど
そういう側面があるんだね
最初の方で落ちてなかったらとか書いてるの恥ずかしい
もうちょい小出しにしたほうが楽しんでもらえるんでしょーか

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年05月06日 (水) 18:59:44   ID: 8j6m_z2X

なんでこんなの書けるの
すごいよこれ
にしてもまとめフィルタ全然拾えてないねこれ
読む人は解除したほうがいいよ

2 :  SS好きの774さん   2015年05月08日 (金) 07:06:45   ID: Qby8B8F9

超期待
めっちゃ楽しみ

3 :  SS好きの774さん   2015年05月08日 (金) 13:48:28   ID: ZLVXJrW6

キャラの感じが良すぎ!

4 :  SS好きの774さん   2015年05月09日 (土) 23:49:38   ID: JrtdrB_H

続き待ってます!

5 :  SS好きの774さん   2015年05月10日 (日) 00:53:55   ID: tDpubsnB

もう終わってるよ
フィルタ全然拾えてないから解除しないと見れないね

6 :  SS好きの774さん   2015年05月10日 (日) 13:36:24   ID: -dZYRrlH

このss完結済みだね

一週間程前から取得が止まってる

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