八幡「人の評価なんて当てにならねえ」 (100)
自分が以前書きました、
八幡「メガネにするか、コンタクトにするか」
のanotherです。
注意:八幡の性格が若干攻撃的です。
書き手の国語の成績は10段階で3~5です、おかしいところはご指摘下さい。
お時間に余裕がある方の暇つぶし程度におつきあい頂ければ幸いです。
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眼鏡やコンタクトで印象や雰囲気が変わることがある。きついタイプの委員長タイプがコンタクトにしたら柔らかくなるというものや、チャラチャラした奴が眼鏡をすると真面目に見えるなどがわかりやすい例だ。
印象が変われば評価が変わる。評価が変われば人間関係が変わる。漫画の中でよくある眼鏡を取り、髪を下すだけでただのクラスメイトが美少女へと評価が変わる。男どもは彼女を見て色めき立ち、変化することで不要な妬みを買う。
目立つことは悪いことではない。悪いのはそれを妬み恨み暴力へと転換する奴らに他ならないのだから。
「ヒッキー、やっはろー!」
「うす」
「元気ないなー、今日もガンバロー!」
由比ヶ浜は元気だ。常に周りに気を配り、周りを少しでも和ませようとその場を取り繕う。悪いことではない。調和を重んじることは平和に他ならないから。性格は明るく気配りで面倒見も悪くないだろう。ただ見るものによっては意志が弱く流されやすいと評価される。
「八幡、おはよー」
「戸塚!今日もいい天気だな!朝から元気で何よりだ!」
「こういう日はテニスの練習に最適だから今から放課後が待ち遠しいよ」
「そうだな。頑張るのはいいが怪我だけは気をつけろよ。何かあったらすぐに駆けつけるからいつでも呼んでくれ!」
「うん!頑張るね」
戸塚はいつも笑顔だ。いつだってその笑顔に俺は癒されている。その誰とでも仲良くなれるような人懐っこさが俺との距離感を一瞬で縮めた。だからこの笑顔は今日のこの日は記念日として未来永劫記憶に残さなければならない。それが俺のジャスティス。
チャイムがなると同時に平塚先生が教科書を片手に教壇に立つ。また合コンで上手く行かなかったのだろう、表情が暗い。こう言う日はおとなしくするに限る。本気で相談話という名の愚痴を聞かされるからな。最近は生徒とプライベートのやり取りもコンプライアンス的に良くないらしい。ただ教師と生徒の立場は重んじる大人だ。
葉山グループは騒がしい。一様に想像する青春を謳歌するテンプレートみたいなものだ。一方で学校での居場所を確認するようなライフワーク。身の回りで起きたことを面白おかしく盛り上げるその生活がいつまでも続くと信じた物を、将来は思い出として懐かしむのだろう。笑い声は今日も尽きない。
「比企谷は模試受けるの?」
「受けるぞ。お前も受けるだろ」
「あたしは京華の遠足の付き添いで無理そう」
「大変だなお前」
「模試の問題、後でコピーさせてくれる?」
「わかった。月曜渡す」
「ありがと。よろしくね」
川崎は真面目だ。限りある時間を効率よく使う。家族も学生生活も母代わりも、全てに力を注ぐ。責任感の強さが原動力なのか。迷いなく進む姿がその姿を際立たせ、一人で立ち向かう姿勢は既に大事なものを理解しているからだろう。俺には真似できん。
雪ノ下は孤高。強くあり続けることで自尊心を維持し、何事も本気で取り組む。自分にも他人にも完璧を求める行動力が時に儚い。志の高さと揺るぎない決断が彼女の生き方なのだろう。
俺の周りにいる奴は相応にして強い。一人でも戦える者、誰かとともに戦える者。きっとそれは誇っていいものだ。俺にはないものであり強さに違いない。
俺は俺のやり方しか知らない。それが誤りであっても、別解があったとしてもそうすることしかできない。答えは出てしまえばそれが全てだから。
いつからこうなったのか、目について言及を受けたのはいつからだったか。やれ腐っているだの濁っている、死んだ魚の目をしていると言われたが、疑問に思うことはなかった。原因はわかっていたし、人を信じるとか、友情だ愛だというのは酷く滑稽だと感じていた。
高校では取り巻く環境が変わることはあったが、俺へ興味を持つものはいなかった。いたかもしれないが好奇心や物珍しさといったものだろう。高校生活はそういった意味では無味無臭、俺の世界には俺しかいなかった。入ってくる者、近づく者は俺を蔑み嘲笑うと満足したかのように踵を返した。
最初に入ってきたのは平塚先生だった。俺の生活態度に苦言を呈し、そこからは少しづつ俺を取り巻く環境が変わっていく。
学年トップの成績を誇り奉仕部という活動を行う雪ノ下雪乃。クラスメイトでトップカーストの地位を確立している由比ヶ浜結衣。ワナビの孤独者である材木座義輝。テニスに想いを綴る戸塚彩加。一匹狼で面倒見の良い川崎沙希。奉仕部を通してただの知り合いから顔見知り程度にはなった。
果たして彼ら彼女らと今後どのような付き合いが続くのかはわからない。だが、取り巻く環境が変わり周りから見られる立場に変わりつつある。これからは影を潜め続けるのは難しくなるだろう。
人は誰しも表と裏の顔がある。表の顔はいくらでも変えることが可能だ。裏の顔を見せる必要はないし、知ったところで無理に抱え込む必要もない。
「先帰るわ」
「お疲れ様比企谷君」
「ヒッキーお疲れー!」
キッカケが些細なことに過ぎないのは世の常だ。俺が今の様な身の置き方で落ち着いたのも、奉仕部に入ることになったことも。
変わらないのは家に帰れば小町が居ること、それとカマクラは今日も俺に無関心であることくらいだろう。
現在の俺が周りにどう思われているかは自分が一番よくわかっている。大半のネガティブな意見と、少数の理解者。以前に比べたらこれでも十分すぎる程だ。
故に未だに俺の存在を疎んじる者は少なくない。関わる人間が増えれば俺が望むことなく周りを侵食する。夏祭りに由比ヶ浜が相模から哀れみや侮蔑のようなものを向けられた時、俺はその場を離れるしかなかった。
原因が分かっていれば対処をする。今より悪くなることがないなら試しにやってみればいい。その結果周りが違和感を覚えようが、奇異を感じようが、やがてそれらは収束する。
人の評価なんて当てにならねえ。世の中は嘘と欺瞞に満ちている。
翌日から眼鏡をかけ始めた。以前小町と外出した際、遊びでかけた眼鏡でどういうわけだか、いいよー、お兄ちゃんいいよー。とおっさんくさいリアクションと合わせてお褒めの言葉をありがたくいただいた。その時は不要と断り購入しなかったものの、先日なんとなく遊びで買ってみるから一緒に見てほしいと話したら、小町の独断的趣味と感性とノリノリで選ばれたものだ。
こんなことで何かが変わるとも思っていないが、妹の言葉は無条件に信じてやるのが兄だ。どうせ今より悪くなることなどないのだからと半ば開き直りもある。髪型や着こなしについても考えたものの、イタズラに目立つだけだしそもそもセンスがないのでそうそうに無理と判断した。
「ヒッキーおはよー!……眼鏡!?どうしたの?」
「大した理由はない。必要になったからかけただけだ」
由比ヶ浜は俺の顔を覗き込み、正面、右から、左から見ると納得したように二回頷く。
「あったほうが似合ってるね!」
「そうかよ」
「眼鏡一つで印象って結構変わるんだね!あたしはあった方が好きかも」
「それは何よりだな」
その後、由比ヶ浜とは雑談程度の会話を続けたが取り留めのない物ばかりだ。俺にはトップカーストの話もクラスの話題も興味はない。
「ゆきのんもヒッキーの顔見たらチョットびっくりするかもね」
「そんなに変わるわけ無いだろ、俺の顔どうなってんだ」
今は悪い方に左右されなければ良い。元々が最低評価だから下がる事がないとも言えるがな。
戸塚にも俺の眼鏡は好評だった。マジか俺の時代来たんじゃね、ウェイ!とかそんなテンションになりかけたものの、不審人物という新たな汚名は百害あって一利なしのため戸塚にも眼鏡を勧めておいた。絶対可愛いからな!
戸部や葉山、三浦に海老名さんからも似合っているという反応を貰うのは意外だった。きっと由比ヶ浜あたりが俺の眼鏡の話題でも出したんだろう。
「ヒキタニ君マジ眼鏡似合ってんじゃん!今度カラオケとか行っちゃう系?」
もう何て言ってるのかわかんねえ。カラオケとメガネの関連が全くもってわかんねえ。
「お、おう。サンキュー」
「ヒキオ眼鏡一つで変わるじゃん。いいよ」
女王から褒められるとはな。嵐の前触れじゃねぇか。実際俺がこんなに注目をあつめたことは過去に何度かあるが、ほぼすべてにおいて悪目立ちの方だ。こういうことをされると反応に困る。
由比ヶ浜は何故か意味もなくニコニコと笑っている。次に声をかけてきたのは葉山だ。
「ヒキタニ君はその方が良いね。よく似合っているよ」
別に言われたことに対した意味はないだろう。葉山に限ってはそれらしいことを言うだけで周りが勝手に解釈してくれる。相変わらずさわやかな笑顔ですね。
「隼人君がヒキタニ君を褒める。そこからヒキタニ君が隼人君を意識し出して二人は見つめ合い手を取って……は、はやはち!はやはちキター!」
「ちょ海老名マジ擬態しろし!」
あっちは我が身可愛さに反応しない方が良さそうだ。トップカーストに認められればこれからの生活は安泰か。
変化に失敗すればその反動が降りかかる。そして反動は合わせ鏡のように向かってくるが、この分ならそれも杞憂で終わりそうだ。
現国の授業では平塚先生のリアクションが普段と異なった。そこは大人ですぐに立て直したが、俺を指名する際に一瞬間が開いて、不要な注目を浴びるとは思わなかったがそんなに驚かれる物なのか。
先生の指名には卒なく答え、俺のターンは終わり。授業終了後に声をかけられたので、普段通りに対応する。
「何か用ですか」
「いや、大した理由ではないんだが」
その後のアクションは由比ヶ浜と大差ない。一通り見られたあとテンプレートのようなやり取りがあった。印象が良くなっただの、似合っているという類のものだ。その後少し違うのは、俺の今後についての話になった。
「印象が変わった事で良いこともあれば悪いことが起きるかもしれん。君は良くも悪くも注目されやすいからな」
「なら、授業中にわざわざ注目されやすい時間を作らないでくださいよ。生徒を守るのが先生でしょう」
「私も人間だ。個人的に比企谷を気にかけているが、及ばない事だってあるさ。相談には応じるつもりだ。何かあれば声をかけてくれ」
そう言い残し先生は教室を後にした。注目されやすいなんて大げさだ。ただの物珍しさ。次第に慣れれば周りも日常に染まるだろう。
放課後は由比ヶ浜と奉仕部に足を運ぶ。いつもと同じ挨拶を行い、引き扉を開けると雪ノ下は文庫からこちらに顔を向けいつも通りの挨拶を返す。
「こんにちは、由比ヶ浜さん、比企谷君」
いつもの形式通りに挨拶を返すと、由比ヶ浜が俺の眼鏡について雪ノ下に投げかける。
「ゆきのん。ヒッキー眼鏡をかけたんだけどどう思う?あたしは掛けたほうがいいと思うんだよねー。ほらほら見てー」
由比ヶ浜に腕を捕まれ、雪ノ下の前に出される。雪ノ下の表情は変わらない。瞳は見定めるように上から下へと目線が流れていた。
「随分と印象が変わるのね」
「ねー、びっくりしちゃった。やっぱりあった方が良いよねー」
「あまり興味はないけれど、悪くはないと思うわ」
雪ノ下からも悪くない評価を貰うとは。だが俺のことに興味無いなら、じっくり見る必要もなかったんじゃないか。
話はそこで終わり、以降は文庫を読む二人と携帯をいじるいつもの光景だ。学校の平和は保たれているのか依頼が来る様子はない。やがてチャイムが鳴り、解散となる。
「先に帰るわ」
「お疲れ様!ヒッキー、ゆきのんまた明日!」
「お疲れ様、由比ヶ浜さん、比企谷君」
日は落ち、俺は下駄箱に向かう。高々眼鏡をかけてこうなるならもっと早くすべきだった。由比ヶ浜が夏祭りにあんな目に会うこともなかったかもしれない。
曲がり角を曲がったところで誰かとぶつかった。眼鏡が床を転がり、相手の痛がる声が聞こえる。
「いったーい!もう、ちゃんと前見て下さいよ」
「悪いな、考え事をしていた」
非難の声を上げるのは一色いろは。俺とは生徒会長の選挙で知り合うこととなった一年で、何かと俺に責任を持ち出す後輩だ。
「先輩どうせ足下ばっかり見てたんじゃないですか。前見ないからこんなことになるんですよ」
「謝ってるだろ、悪いがその眼鏡をとってくれ」
「眼鏡?あ、これですか」
一色から眼鏡を受け取りなれない手つきでかける。俺の顔をマジマジと見ているようだが、特に意に介す事なくその場を離れる。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「俺は謝ったぞ、これ以上の用は無いだろ」
「先輩、ちょっと背筋伸ばして下さい。そして顎を引いて私の方に向いてもらえますか?」
「メンドイ。帰らせろよ」
「ぶつかってきたのは先輩が悪いんですから少しくらい聞いてください!」
五月蠅いやつだ。それで気が済むなら付き合ったほうが早く帰れる。意図は分からないが、自分の意見を通す為ならこいつはどんな手を使ってでもするからな。
俺は言われた通りに顎を引き、背筋を伸ばして一色に向き合う。
「これで良いか」
「そのままでいてください」
すると何処からかスマホを持ち出すと何枚か撮られた。
「お前、本人の許可なく撮るなよ、最低限の礼儀くらいは守れ」
「良いじゃないですか!あ、足が痛いなぁ。これじゃちょっと歩けないかもしれません」
「ふざけんな、……もういい。写真は消しておけよ」
まともに相手にしてもあまり意味がないのは経験上わかっていたことだ。俺は一色の声を無視してその場から離れた。
だがその行動が誤りで会ったことに気づくのは翌日の事だ。面倒な出来事は俺の願いに反していつだって降りかかる。結局俺の望む世界には俺自体がイレギュラーだと言うこと。
そして出来るのはいつだって俺に優しくない世界だ。
翌日、普段通りに学校に着くと、勢い良く駆けてきた由比ヶ浜に声をかけられた。
「ヒッキー!これ、ヒッキーだよね」
見せられたのは一枚の画像。それは先日一色に撮られたであろう写真だ。
「やっぱりヒッキーだったんだ。いろはちゃんから送られてきたからびっくりしたよ」
「あいつ、消せって言ったのに回したのかよ」
「んー、でも気持ちはわかるかも。知ってる人が変わったら、なんとなく教えたくなるし」
「俺が嫌がるのわかってやってるだろうな。少し考えれば想像できるレベルだろ」
由比ヶ浜が俺の事を察して画像の削除を進言するが、由比ヶ浜は人が嫌がることはしないだろうと思い、削除は本人に任せた。
「ヒッキーは嫌でしょ。消すから待ってて」
由比ヶ浜は俺の目の前で画像を削除すると俺に画像フォルダを見せてデータの痕跡が無いように確認を促した。無いことを俺が確認すると、俺に微笑みかける。
「いろはちゃんにも言っておくから、ヒッキーは心配しないでね」
「悪いな。俺が言ってもダメみたいだから頼む」
「うん!じゃ。またね」
やはり昨日画像を目の前で消させなかったのは失敗だった。
俺の考え過ぎで終われば何事もなく事態は収束するだろうが、嫌な予感は消えなかった。後日それはネット世界の怖さとして俺は身を持って知ることとなる。
奉仕部でいつも通り文庫を読んでいると、材木座から連絡があった。なんでも急ぎという事なので、これからここに来るらしい。由比ヶ浜も雪ノ下も何時もの依頼だろうと高を括っていたが、先日の写メに関することだという。
電話から程なくすると、慌てた様子の材木座が奉仕部に入ってくる。
「八幡!お主裏サイトで祭り上げられていることは存じておるか」
「裏サイト。うちの学校にもそんなものがあるのか。存在自体初耳だな」
裏サイト、そこは学校の内部に特化した掃き溜めだ。噂が噂を呼びその世界でしかない不文律があり、現実世界ではあまり目にすることの無い人々の闇が含まれる。もちろん単純な話題提供の物もあれば、個人に対する攻撃、中傷、差別、侮蔑、批判など見るものによって不快に感じる物も少なくはない。そんなところに俺に関するものが上がったとあっては、ほぼ間違いなく誹謗中傷だろう。
「あたしわかるよ。ちょっとまって」
由比ヶ浜が携帯のブラウザを開くとお気に入りからうちの学校の裏サイトを開く。様々なスレッドが立ち並び、中には雪ノ下の事についてのスレッド、葉山グループや葉山についてのスレッド、一色や城廻先輩に文化祭関連などがある。由比ヶ浜が画面を操作するが何分小さい画面ということもあり効率は悪い。
「由比ヶ浜さん、これは携帯からでなければ見れないのかしら」
「多分携帯じゃなくても大丈夫だと思うけど……」
雪ノ下は慣れた手つきでノートPCを出して机の上に出した。電源を入れて少し待つとOSのロゴが立ち上がり、ログイン画面にIDとパスワードを入力するとOS標準のブラウザに由比ヶ浜が表示されたURLをタイプしてエンターを押下する。
周りの三人が表示されるブラウザを囲むように見入っていると、裏サイトが表示された。
「そこで次のように検索して貰って良いか『この画像なんだが、こんな奴うちの学校にいたか?』と」
雪ノ下が材木座の言う通りに入力し再びエンターを押下すると該当のスレッドが引っかかる。マウスでカーソルを合わせると、スレッドが表示され先日由比ヶ浜に見せてもらった画像が表示された。
「ヒッキー、これ」
「お前に見せてもらった画像に間違いないな」
雪ノ下は俺と由比ヶ浜に向き合うと、有無を言わさぬ態度で申し出た。
「比企谷君、私にもわかるように説明してもらえるかしら」
俺は三人にこの画像が一色に撮られたものであること、それが一色から何らかの形で多数に流されたこと、その結果何者かがこのスレッドを立て俺の画像をアップした事を説明した。
「これは肖像権の侵害ではないか」
「具体的には人格権になるわね。材木座君がこの画像から比企谷君であることがわかったことから、訴えを起こせば十中八九勝訴になるでしょう」
雪ペディアさんは今日も大活躍だ。判例まで入っていてもおかしくないが、そんなに即座に出てくるもんなのか。由比ヶ浜は若干頭を悩ませたあと、見られたくない写真が誰でも見れる場所に置いてあることがどれだけ怖いことかを説明したところ理解したようだ。
雪ノ下はしばらく思案すると、独り言のようにつぶやく。
「何故こんなことをするのかしら」
「そんなもん、ただのイタズラに決まってんだろ」
「それはわかっているわ。私が訊きたいのは、この画像はあなたを知っている人であればわかるはずよ。だからこの画像をアップした人、もしくはこのスレッドを立てた人はあなたのことを知らないという事にならないかしら」
「……そういうことかよ」
「ヒッキーどういうこと?」
「八幡、我にも分かるように説明してくれない?」
一度に説明するより順序立てて説明する方が良いだろう。二人には問いかける形で進める。
「この画像を見たお前らが俺だと特定できたのは何故だ」
「それはあたしと中二がヒッキーの事を知ってるからでしょ?」
材木座も由比ヶ浜の回答にうなづく形で同意する。
「知っている奴なら、わざわざこんな裏サイトに投稿する必要があると思うか」
「そりゃないよね。だって知ってるもん」
「なる程、そういう事であったか」
材木座はここでわかったようだ。この程度頭が回るならラノベの作成にも向けろよ。
「え、わかってないのあたしだけ?」
「つまり、この画像をアップした奴、もしくはスレッドを立てた奴は俺のことを知らない。文化祭で2-F、まぁ俺らのクラスメイトは少なからず俺のことを知っている。ということは、このオリジナル画像の発信元が一色だとすれば、既に一色の交友関係を越えて拡散されていることになる」
俺の言葉をフォローするように雪ノ下が由比ヶ浜に説明する。
「由比ヶ浜さん、仲間内で撮った写真を全く知らない、それこそ一度も話したことのない男性が持ってるとしたらどう思うかしら」
「それ怖すぎるよ!どうしよう!」
雪ノ下はそのまま続けて今後の考えうる状況をを思い描く。
「比企谷君は男性だから女性のようなストーカー行為には発展し辛いとは思うのだけれど、一時的に悪目立ちしたあなたの事を何らかの形で追い回したり、興味本位で近づく輩がいてもおかしくはないわね」
「別にそれだけなら構わない、俺が一人で耐えれば済む話だからな」
「それはダメだよ!ヒッキーがわざわざ危険な目に遭うことないよ!」
この場合危険を避けることならそうしたいところだが、そうできない理由がある。
「そうでもないぞ。俺は男だが奉仕部に在席しており、周りにはお前らがいる。お前らに被害が及ぶ可能性がある以上、巻き込むわけには行かない」
「それは……そうかもしれないけど」
雪ノ下は顎に手を預け考える。由比ヶ浜も雪ノ下の提案に期待しているようだが、これは俺の問題だ。お前らの手を煩わせる事はない。
「私はまだ何とか出来るかもしれない、でも由比ヶ浜さんの安全を保証できる案は思いつかないわ」
「そんな!ゆきのん!何かないの!?」
恐らく雪ノ下のも様々な思いを巡らせているのはわかる。だが現実的な案として全員を守る事が出来るほど丸く収まることは難しい。由比ヶ浜は思いついたアイディアを投げかける。
「そうだ、隼人君にお願いすれば良いじゃないかな!」
「ダメよ」
雪ノ下の回答は無慈悲にも由比ヶ浜の希望を砕く。それは俺も頭をよぎった。だがその葉山グループには三浦や海老名さん、何より由比ヶ浜がいる。雪ノ下がその案を飲むとは思えない。
「それじゃ、えーと、うーんと」
俺が誰かを頼るなら、結局はお前らに被害が及ぶかもしれない。だから雪ノ下が知恵を絞って考えても可能性がある以上誰かを頼る事は出来ない。
すると今まで沈黙を守っていた材木座が口を開く。
「それなら我が可能な限り八幡と行動を共にすれば良いではないか」
「ま、それが落としどころだろう」
「その案しかなさそうね。何かあっても材木座君が比企谷君を置き去りにしている間に助けを呼びに行く事で対処するくらいかしら」
「あっれー!?そこはNGになる展開ではないか!」
お前、言い出しておいてそれかよ。ないわ、材木座ないわー。俺が戸部化するくらいないわー。
「中二を見直しかけて損したよ」
「ま、まぁ言い出した者としてはその案で進めてもらって構わんぞ!」
お前足震えてるぞ。何だその足は。武者震いとでも言う気か。そこまで言ったら後戻りはできないがそのつもりで考えさせてもらう。この案で進める方向で行くか。
「それなら具体案を詰めましょう」
「大丈夫かなぁ。あたし不安だよ」
「対策は立てておいて損することはない。根拠のない自信から最悪の自体になるよりかな」
「それってあたしたちの事?」
「そうだな、俺ら三人が一緒にいる時に男10人とかに囲まれてみろ。俺一人だったら逃げることも一人で怪我するくらいで済むかもしれんが、お前たちが足手まといになることだってあるんだからな。由比ヶ浜や雪ノ下が盾に取られたら俺は選択の余地もない」
「ヒッキー、お願いだから気をつけてね」
「これからそうならないように話し合うんだろ。お前も俺の心配をするなら少しでもアイディア出してくれ」
「わかったよ!」
それからチャイムが鳴るまで俺らは今後について話し合いを行った。結局多くの人の手を借りることが難しいので出来ることには限りがあるが、方向性と基本的な対処についてはまとめた。
由比ヶ浜が誰に聞くわけでもなく呟く。
「結局のところ、犯人って何が目的なんだろうね」
「それがわかれば一番良かったんだがな、敵を知れば的を絞った対策も立てられるんだが」
「本当にただの愉快犯の仕業なのかしらね」
「さぁな。絞りきれない以上余計な先入観は誤りの元だ。いざとなれば材木座が助けてくれるだろ」
そこで返事が返ってこないのは仕方ないが、俺を少しでも安心させてくれる気があるなら嘘でも任せろくらい言ってほしいものだ。それでも手を上げてくれた事には感謝してるが。
「頼りにしてるぜ、材木座」
「ふっ、任されよ」
こいつを乗せるには少しコツが居るな。全く良いキャラしてるよお前。
本日はここまでです。
一応話は完結させているのですが、今も投稿中に誤字を見つけたので、また次よろしくお願いします。
対策はそれなりに取ったが、今後の展開は正直なところ全く予測ができない。今の状態は俺らはもとより、犯人も想定しない自体が起きる可能性がある。
個人攻撃の場合、今回のケースが一番困る。愉快犯の影響を受けた読み手がどんな行動をするかはわからないのだから。
扇動や誘導を懸念したが、今のところ例のスレッドには俺が2-Fに在席していることも書かれてはいなかった。
つまり特定が進んでいない、裏サイトが盛り上がらない限り俺への個人攻撃が激化する事はないという事だ。一番の願いとしてはこのままスレッドが盛り上がらず収束してしまえば全て取り越し苦労で終わる。
だが、俺の予感はいつも悪いことばかり当たる。そしてそれは今回も例外ではなかった。
遅かれ早かれ個人情報が流出している為、特定されるのは必然だ。特に学校という閉鎖的な空間では、辿り着くのはそれほど難しい事ではない。
奉仕部入部前であれば、こんなことにはならなかっただろう。俺に興味を持つものなど、ましてや俺が誰かと繋がりを持つことなど無かったから。たいした情報もないスタンドアローンPCをハッキングする様なクラッカーはいない。
授業の合間にスレッドを確認すると更新された部分には、雪ノ下や由比ヶ浜の名前が加えられ、その最後に俺の名前があった。
想像よりは遅かったが、ある程度は予想の範疇だ。奉仕部の関係がバレた以上、あいつらとはしばらく別行動だな。
既にこの場合の対処は俺ら三人と材木座、あと平塚先生とも共有済みである。
「比企谷の写メが裏サイトに載っているとはな。これからどうするつもりだ」
「おそらく俺へ何らかのアプローチ、もしくは直接的な対峙もあり得ると考えます。あまり大事にはならないとは思ってますが、俺個人が特定された際は暫く奉仕部活動そのものを自粛させて欲しいので、了承してもらっていいですか」
「流石にこれでは了承しないわけにはいかないだろう。しかしどうするつもりだ。収束するまで手をこまねいているつもりか」
「対策は行ってますが、今のところ情報が少なすぎてこちらからのアクションはとれないところです」
「やり方は任せるが、私も教師だ。君たちにまかせっきりにするわけにはいかない。これからも相談には乗るし裏サイトの件は私が対応しよう」
こうして了承を貰っているが、個人的には見えない敵の目的が分からない以上、余計なことはしないに限る。一言で言えばいつも通りなのだが今後のことを考えるとあまり良いものではない。今も精神的には緊張し、普段通りに振る舞えている自信はない。
由比ヶ浜達とは今後メールでのやり取りがメインになる。基本的には俺が通常通り振る舞い、二人は俺に関わらないというスタンスでいるつもりだ。その辺の進め方は逆に裏サイトの書き込みの反応を利用させてもらう。材木座にも色々と協力を取り付けた。
「八幡!探したぞ」
「何の用だ、俺から用はねえぞ」
「ラノベの設定ができたのでな。是非披露したく探していた」
そう言いながら、設定資料の一番上の紙は白紙だ。俺らの間も通常通りを振る舞うということでこの形を採用することになった。
『情報が更新されておったぞ』
「お前は設定の前に完結させろ、話はそれからだ」
話ながら、設定資料の1枚目にコメントを書くように筆談を進める。
『三人の名前があった。当分の間連絡はこのやり方で取る』
「既に書いておる。少し見てもらえぬか」
『承った』
「お前、……この主人公のソース元何だよ」
『スレッドの件は俺から二人に共有しておく』
「パ、パクってなどおらんぞ!」
『ねぇ、我の心折れそうなのだが』
筆談でお前の心情を聞く必要はないんだが。俺なんてまだ優しい方だろう。そのうちこいつの小説の感想をアウトソーシングとして投稿サイトに載せて感想をもらうまである。コイツ著作権だとか言い出さなければいいが。
由比ヶ浜達と連絡は取るが、なるべく人に見られない方が良さそうだな。俺はトイレの個室に鍵をかけると由比ヶ浜にメールを送信する。
由比ヶ浜からの返信は短く了解。の文字だった。顔文字もないあたりあいつらも緊張しているのだろうか。
結局その日は大きな進展もなく、また俺に声をかけてくるような輩も存在しなかった。まだ初日だしな。そんな毎日見てるような暇人は俺らだけで充分だろ。
二人とは別行動となっているので、部室には当分寄らず材木座と帰宅する。話をしながら見慣れないやつが辺りにいないことを確認しつつ、胸を撫で下ろし家へ帰る生活だ。奉仕部への入部前の状態に戻ったが、こんな形で戻ることになるとはな。
具体的なアクションがあったのは、三日後。クラス外の人間が教室の前側出入口あたりに数人程度来ている。
数人程度の女子が休み時間になると現れては消えてを繰り返しているようだ。
俺はというと教室内であれば誰かしら目撃者が出ることもあり、いつも通り文庫に目を通しているフリをしながら音の出ていないイヤホンを耳に掛け様子を探る。
だが、良い意味で期待外れなものばかりだった。
あの写真は奇跡の一枚のようなものだ。端的に言うと普段の俺はあんなに背筋を伸ばすこともなければ、顎を引いて歩くことなどまずない。そういう普段の所作が異なるだけで印象は変わる。なんともおかしな話だ。動いている俺を見てある種の期待外れという反応を示すものがほとんどだった。
結局そういうところで判断されることを喜ぶべきか嘆くべきかはいったん置いといて、俺自身の身の危険はそこまで高くなさそうだということが分かっただけまだいいのかもしれない。
裏サイトにおける例のスレッドはその後俺の情報が数件書きこまれているのを見かけた。
内容は、実物を見たけど期待外れであることを書き示したものが多く、結局写真は当てにならないというものが大半だった。
このままなら大したこともなく事態は収束に向かうだろう。そう思っていた。
翌日、由比ヶ浜からメールが入っていた。例のスレッドを確認してほしい旨が記載されており、早急に確認する事を示すように顔文字、絵文字がなかった。
改めて確認すると、文化祭において俺が相模に行ったことが書かれていた。
その事から、俺の行いについて俎上に載せる行為がスレッド上でも横行していた。特に目についたのは
『こいつ、相模を散々罵倒したんだろ。壁に押しつけられて殴られかけたらしいじゃん』
『それならやられたことをやり返されても文句は言えないんじゃね』
というものだ。それ以外には期待したハズレのコメントが殆どのようだった。一部とはいえ、アグレッシブな輩に目を付けられたものだ。全く俺の悪運は続くらしい。
通常通り制服に着替えると、小町に愛を告げ自転車に乗ると学校へ向かった。
昼休みは材木座と食べるのが日課だ。最近戸塚から一緒に食べようと誘われたものの、泣く泣く断ったことは一生忘れない。犯人は万死に値する。
そして、今回の件でハッキリしたこともあった。間違いなくコレは俺個人を狙ったものであると。まだわからないことは多いが、分かっていることとわからないことは奉仕部の女性陣と共有し、対策も見直す必要があるな。材木座には今日で一旦解消する旨を伝え、何かあれば連絡する方向となった。
やることが固まっただけ裏サイトの情報は有意義だったのかもしれない。今日は久々に奉仕部に向かうことにする。
「うっす」
「ヒッキー!?」
「比企谷君」
二人には何も言ってなかったな。驚かれるのも無理はないか。
「ちょっとわかったことがあってな。今日はその相談に来た」
「それはいいけど、大丈夫なの?」
「この男が何も考えなしに来るはずがないわ。勿論そのお土産は有意義なもの何でしょうね」
「あぁ、話が長くなりそうだから飲み物買ってくる」
「ここに来るのも久しいでしょう。今日は私が淹れるわ」
雪ノ下の淹れる紅茶が懐かしいとは、そんなに長い間ここを離れた気はしていないのだが、思った以上に離れていたのかもしれない。雪ノ下はスマートにお茶の用意を始める。
「でも、急に分かったなんて何か情報でも出てきたのかしら」
「朝の裏サイトと何か関係あるの?」
「そうだな。由比ヶ浜には助かった。サンキューな」
「ううん、あたしが解決の手助けが出来たのならすっごく嬉しいよ!」
あんまり急接近しないでくれませんかね。ちょっと良い匂いしちゃうんですけど。ぼっちに急に近づくと寿命が縮むとか思わないのかよ。
雪ノ下が紅茶を俺と由比ヶ浜に差し出す。紅茶の香りが俺らを包むように漂う。これがここの日常だったんだな。
懐かしむ様に紅茶を口に含むとこんな味だったなと、記憶の中の味と比較する。俺と関わったが為にこんなことになっているというのに二人は俺が話し始めるのを待ってくれている。今までこんなことなど無かったから、恥ずかしいような心苦しい様な気分だ。
「まず、わかったことだが、これは俺一人を狙ったものだと思う」
「その根拠を聞いてもいいかしら」
由比ヶ浜も頷いている。
「根拠は今朝由比ヶ浜から教えてもらった裏サイトの書き込みだ。雪ノ下、ノートPCを使いたいんだが借りていいか」
「勿論構わないわ」
一応部長に確認し、ノートPCを出すとOSへのログイン画面が表示され俺の手が止まる。
「ヒッキーどうしたの?」
「IDもパスワードもわからん」
緊張が解けたのか、女性陣からは深いため息が出る。そんな事を言われても何時も用意してるのが雪ノ下なんだから知るわけ無いだろ。教えてもらってないのは俺のせいじゃないぞ。因みに雪ノ下に訊ねたところ
「あなたに教えると卑猥なサイトを見るでしょう。履歴に残っていたら私の怒りがあなたに向かうことを理解出来ていればご自由に」
そんな風に思ってたのかよ。悪いが昔と時代が違うんだ。そんな事で一々学校の共有PCを使ったりすることはねぇよ。今の時代モバイルでアダルトサイトから、エロ同人誌までなんでも落とせるんだぞ。そうiphoneならね。
雪ノ下は呆れるようにしてIDとパスワードを入力するとブラウザの履歴から裏サイトを表示する。
「開いてもらったところで画面を見ながら説明するが、まず由比ヶ浜に教えてもらった箇所を見ていきたい」
俺は該当部分まで画面をスクロールすると、既に緊張が解けているのか、普段通りのツッコミが入る。
「比企谷君が期待外れ、ね。元々期待なんてしてどうするつもりだったのかしら」
「でも、写真を信じて来たんだからそう思われても仕方ないんじゃないかな。あたしも最初に見たとき、えっ!ってなったもん」
本人横にしてディスるとか何なの。つーか俺が見て欲しいのはそこじゃねーから。俺の精神力ゴリゴリ削らないでくれませんかね。
「そこは飛ばすぞ。で、問題の箇所がここだ」
『こいつ、相模を散々罵倒したんだろ。壁に押しつけられて殴られかけたらしいじゃん』
『それならやられたことをやり返されても文句は言えないんじゃね』
「あー、この書き込みでヒッキーヤバイなって思ったんだよね」
「いつもあなたが受けている罵倒に過ぎないと思うのだけれど、あなた私からの依頼の時にこんなことしていたのね」
「受けてるのは主にお前からだよ雪ノ下。その点を責めるのは後にしてもらってだな。注視するのは書き込みの具体性だ」
「具体性、これを知る人は」
「少ねえと思うぞ。語るに落ちるとはこの事だろうな」
「またあたしだけわからない!?」
「流石にこれだけで全てわかったら探偵になれるだろ。由比ヶ浜、クラスで聞こえてきた話の中で、俺が文化祭の最後で相模にやったことはどの程度知ってる」
「なんかさがみんに酷いことを言ったのは聞いてるかな。隼人君が助けに入ったのも知ってるけど」
「私もその程度はきいたことがあるわ。でも特に矛盾した点は見受けられないのだけれど」
「確かに矛盾したところはない。むしろ詳細に書かれている」
「詳細?」
「葉山君が壁に押しつけてあなたが殴られかけたという点かしら」
「雪ノ下正解。由比ヶ浜は次回に期待」
期待しても由比ヶ浜が成長するより早く雪ノ下が正答しまくる気がするがな。気分はどことなく先生だ。雪ノ下も小さくガッツポーズをするあたりホント勝負事には拘るのな。
「つまり、葉山が助けに入ったことと、俺が相模を罵倒したのは流れている噂と一致するので周知の事実だ。だがその際俺が壁に押しつけられて殴られかけた点については少なくとも俺は聞いていない」
「その時点で犯人はほぼ絞られるわね。その現場にいたのは?」
「俺と葉山それと相模と相模とつるんでいた女子二人だな」
「隼人君とヒッキーは違うだろうから」
「三人の内の誰かでしょうね」
「そういうことだ。悪意は俺単体に向いていると思っていい。わざわざ女子が俺を理由に雪ノ下と由比ヶ浜に楯突く理由は無いだろう」
これが今回の顛末になるだろうな。よってマークすべき対象はこの三人に絞られた。
「でも、ホントにこの三人だけかな。他にも協力者がいる可能性とかないのかな」
由比ヶ浜にしては鋭い指摘だな。それは俺も考えたが恐らくそれは無いだろう。
「多分無いと思う。俺のこの姿はどういうわけだから好評でな。由比ヶ浜も俺が葉山達に似合っていると言われたのは見ていただろ」
「うん、ヒッキーがカッコよくなったのを知って欲しかったから!」
ホントお前いいやつだよな。良いやつ過ぎて詐欺にあったりしないか心配になるレベル。
「つまり、俺のことはトップカーストからもどういうわけだか認知されている。この影響は大きい。ぼっちが一瞬にしてトップカーストの仲間になったかのように見える奴もいるかもしれない。そんな奴に手を出すようなやつがいると思うか?俺ならよっぽどバレないかエゲツない手を思い浮かばない限りは動かないし、賛同しない」
「あるいは個人的な恨みが強ければ、と言うところかしら」
「そういう事だ。なので協力者はこれ以上増えることは無いと思う。最大三人、最小で相模一人と思っている」
最下層の底辺が一瞬にしてトップカーストと同等の位置に収まるとしたら、相模からしたら許されないだろう。動機になる理由としては十分だ。
しかも助けて貰った葉山にすら俺が認められているとなれば相模の心中は穏やかじゃないどころか、一度は助けてくれたのにどうして比企谷の味方をするのかと想像できる。
全く迷惑な話だ。だから今回相模には折れてもらうことにする。悪いが俺はお人好しではない。その為には不本意だがトップカーストも利用させてもらう。
「悪いがもう少しだけ協力してもらっていいか」
「相模さんと、二人を様子見すればいいかしら」
「話が早くて助かる」
「勿論いいよ!早く解決させようね!」
今までどうやって対象を貶めたのかは知らない。だが世の中には常に上には上がいる。
やられる側になって初めてわかることもある。それを今回は知ってもらうことにしよう。相模、エゲツなさでは俺には勝てねぇよ。
俺が行動に移す前に平塚先生から呼ばれた。内容は裏サイトに関すること。昼休みに生徒指導室へ移動し、詳細を伺う。
「来たか比企谷。裏サイトの件だが画像は私からアップロード先に削除を申請しておいた。当該画像をアップロードした者の特定は行っているが、あまり期待しないでほしい」
「いえ、十分です。ありがとうございます」
「比企谷、これからどうするつもりだ」
「事が大きくなる前に対処しようかと」
ほう、と平塚先生はタバコを咥えようとしたが、生徒指導室であることを思い出したのか火を付けず口元から戻す。
「どうやって対処をするかについては君の良識に任せよう。決して悲しませないことを教師として願う」
俺がこれからやることを見透かされている気分だ。正直に話せばほぼ間違いなく止められるだろう。だから俺は短く返事をした
「うす」
「今はそれだけ聞ければ良い。一つだけ君に伝えよう。生きていれば型が合わなくなることはいくらでもある。問題は合わなかった時にどう合わせるかということだ。君は聡い、正しさではなく君が後悔しないよう、私は教師として、また人生の先を歩む者として祈っている」
完全にバレてるといわんばかりの話だった。若干の後ろめたさと共に俺は生徒指導室を後にした。
これからは相模を注視していけばおそらく何かしらのボロを出すと思って待っていればいい。目的が俺であるならいつも通りに過ごし、相手に感知されなければ行動もそう遠くないうちにすることだろう。
由比ヶ浜はほとんど安心しきっているようで、以前と同じように接してくる。どういうわけだか葉山グループから話しかけられる事が稀にあるが、大した変化ではないので許容範囲だ。
だが、そのリーダーが単独行動を起こすのは俺の想定外だ。
「ヒキタニ君、ちょっといいかな」
「俺は特に用はない」
「ちょっと来てもらっていいかな」
「勝手に仕切るな。行かねえぞ」
「裏サイトの件、といえばいいかな」
「……お前」
「放課後、そうだな17:30頃に屋上に来てくれ」
「わかった」
何故葉山が裏サイトの件で俺に話をしてきたのかはわからない。問題はほぼ片付いている物の、あいつは残りのパーツを持っているような気がした。17:30か、こういう時に限って時間の流れが遅い。俺は久しく感じていないもどかしさを抱き、放課後を待った。
「やぁ、来たか」
葉山はサッカーのユニフォーム姿で待っていた。部活を抜けてきたのだろうか。総武高校のカリスマは立っているだけで絵になる。それともう一人俺を待っているヤツがいた。
「先輩こんにちはー」
挨拶をしてきたのは一色。あざとく笑いかける姿は相変わらずだ。この場にいることが今回の件と関係すると理解した途端、沸々とした気持ち悪さを感じた。
「俺は葉山に呼ばれてきたんだがな」
「ちょっと先輩にお話がありまして」
相変わらずだな。普段ならそのぶりっ子の調子はお前の美徳でありキャラで許された。だが今回の件でその態度をとり続けるのであれば、俺はお前に対して容赦しない。
「葉山、どういうことだ」
あからさまに不機嫌な物言いに次の瞬間空気が変わる。いつもの柔らかい一色の態度が神妙なものへ変わっていく。三人の誰も言葉を発することなく時間だけが過ぎていく。
「いろは、比企谷が待ってるよ」
「は、はい」
やがて意を決した一色が語り始めた。
「先輩すみませんでした。裏サイトに書いたのは私です」
「どういうことだ」
一色の体が強張る。普段とは明らかに違う俺の態度がそうさせているのは間違いないが、意外にも葉山がフォローをすることはなかった。
「……ちょっとしたイタズラのつもりでした。余りにも先輩がいつもと違ったので、最初は葉山先輩達に送って反応を見て楽しむつもりでした」
「俺は言ったはずだ。すぐに消せと」
「それについてはすみません」
一色の声が小さくなる。俺に怯えているのが手に取るようにわかる。このままでは話にならない。仕方なく俺は態度を軟化させた。
「もういい。……葉山、お前はいつから知っていた」
葉山は普段と変わらない穏やかな表情だが、淡々としつつも言葉を選んでいるようだ。
「気付いたのは当初からかな。確信はなかったけど、チェーンメールの件があってからそういう事は俺らの中で禁忌される行為だという事は仲間内で話していた。だから俺らの中でこんな事をする奴はいないと思っていた」
葉山の言葉に一色の表情は暗い。平静を取り繕おうとしているのが見て取れる。憧れの先輩から死刑宣告を受けたようなものだから当然だろう。
「サッカー部でも裏サイトの件は話題になったよ。比企谷には申し訳ないが盛り上がる話だったからね、だから静観していた。だが先日の書き込みがあって流石にシャレにならないと思っていたところ、いろはの態度も明らかに変わってそれとなく聞いてみたら、ということさ」
それでこの場を設けたということか。内容が内容だけに一色が一人で謝罪するには荷が重いからお前が俺に声をかけた。わかってしまえば大したことのない些細なものだ。
「部長様も大変だな」
「もっと早く動けばよかったよ。済まなかった」
葉山が俺に頭を下げる。意外とプライドの高いこいつが下げる頭は決して軽いものではないだろう。
「別に頭を下げてほしいわけじゃない、大体お前のせいじゃないだろ。後輩のしたことだ。頭を上げろよ」
その言葉に一色は安堵の表情を浮かべるが、俺の話はまだ終わっていない。
「だが責任は取ってもらおう。先輩なら当然だろう」
再び一色の表情が変わる。憧れの先輩に迷惑をかけることがどういう物か一色の想像力では考えられなかったらしい。その顔に絶望の色が染まっていく。
「比企谷の言うことは最もだ。俺は何をすればいい」
「葉山先輩は悪くありません!全部私が悪いんです!だから私が責任を取ります!」
「責任か。一色の責任の取り方次第で葉山への事は帳消しにしてもいい。ただし俺が許容できるものであればだが」
謝れば許されるという訳ではない。謝罪は加害者から被害者へ伝える最低限の義務だ。許すかどうかは被害者が加害者の話を聞いて納得し、初めて受け入れるものだ。だがこの世界はそんなに優しくはない。そんな世界なら傷つく者などいないのだから。
「ど、どうすれば許してくれますか」
「お前は俺の出した条件を必ず受け入れられるのか。どうせ口だけだろ」
「そんなことありません!私ができることで先輩が納得できるのであればするつもりです!」
「それじゃ、今ここで全裸で土下座しろと言えば出来るのか」
「比企谷、それは」
「俺は一色に聞いている。答えろ」
「そ、それは……」
即座に出来るとは言わないと思っていた。そこまでの覚悟がない事も。ただ覚悟をしなければ人は変われない。だから言葉を待った。コイツなりに必死で考えて死にものぐるいで出さなければ、意味など無い。
「決めるのはお前だ。どうする」
「おい、比企谷!いくら何でもやり過ぎだ!」
葉山が一瞬で距離を詰めて文化祭の様に俺を壁に押し付ける。壁に叩きつけられるも、一色との距離が離れたのを確認し、俺は葉山に小声で告げる
「……悪いようにはしない。信じろ」
葉山は俺の眼を力強く射抜く。その視線は俺の言葉が信じるに値するかを見極めているのだろう。その姿勢から葉山の力が徐々に弱くなり、離れ間際に一歩距離を置く。
完全に俺から距離を置くと、後ろにいる一色に問いかける。
「いろは、どうする。喋れないなら俺が」
「……大丈夫です。これ以上葉山先輩には迷惑かけられませんから」
そう言うと一色の顔が変わった。先ほどの和やかな佇まいから凛呼とした態度に変わり、少し無理して笑いかけた面持ちがその覚悟を物語っている。
「ただ、ちょっと恥ずかしいので、……葉山先輩には見られたく無いから、下で待っててもらえますか」
声が震え弱弱しかった。俺の条件を真に受けたのだろう。震えたのは声だけではない。両腕で肩を抱くように支え、俺の目を見る瞳には力強さがあった。
「先輩の条件、お受けします」
「……わかった。葉山、終わったら行くから下で待ってろ」
心持ち、俺と一色を交互に見ると葉山は俺の横を通り過ぎる。
「信じるよ」
俺だけに聞こえる様に言うと葉山は扉を閉めて階段を降りていく。やがて足音が消えて俺と一色は改めて向かい合う。
風が吹いていた。囁くような静かな風が俺と一色の間を撫でるように通り過ぎる。
沈黙が続いた。一色は最初の一歩を踏み出そうとするがなかなか移すことはできない。形相には覚悟と絶望が混じっていた。何度も服に手をかけては戻る。
「一色」
「……ごめんなさい」
誰への謝罪なのかはわからない。葉山に宛てた物なのか、自分の行いに対する物なのか、俺への物なのか。
そして一色が意を決し、自らスカートに手をかけたところで俺は一歩踏み出すと彼女の両腕を握りしめ、耳元で告げた。
「お前の覚悟はわかった。だからもういい」
こんな状態で俺の顔は見たくないだろう。俺も見ていられなかった。握った両手をそっと離すと、自分のジャケットを脱いで一色に羽織らせる。そのまま糸が切れたように一色は俺の胸に顔を預けると泣き声が響いた。何度も謝罪の言葉を口にして、落ち着くまで俺は遠くの空を眺めていた。
「せん……ぱ……い」
やり過ぎなのは自覚していた。だからなるべく穏和に語りかける。
「悪いことした奴には罰が必要だった。お前はもうしないだろ。これ以上は何の意味もない。悪かった」
「ご、ごめ……ん……なさっ……い」
「葉山に甘えておけ、こんなチャンスないだろ。ジャケットは葉山に渡してくれれば良い」
俺は踵を返しそのまま扉を開けて階段を降りる。足音が響く中、降り切った階段の下に葉山が居る。時間は最初の時間から既に一時間は経過していたようだ。明るかった日はもう千葉の空に無く、今頃別の国を照らしているだろう。
「後でジャケット返せよ」
「また嫌な役を押し付けてしまってすまない」
「お前が一色をどう思っているか知らないが、今日だけは優しくしてやれ。それがお前の責任だ」
「……もう少しどうにか出来ないのか。そのやり方」
「生憎他のやり方が思いつかないんだよ。お前みたいな平和的解決ってやつがな」
「この事はいろはにも言っておく」
「勝手にしろ。これ以上は俺の管轄外だ」
疲れた。正直な感想としてはそのくらいしか出てこない。お灸を据えるには間違いなくやり過ぎた。後で一色に攻められても言い訳のしようがない。ただこれでわかってくれることを俺は祈るしかない。
人は簡単に傷つく。些細で、ちょっとした事で、取るに足らないことかもしれなくても、そう思っているのはいつだってやった方の言い分だ。やられた方の受け止め方をやった方は考えない。
誰だって間違える。だから反省して次は失敗しないようにしたい。俺のやり方ももっと上手く出来たのかもしれない。でも次は無いかもしれない。それが最後かもしれない。俺も一色も葉山も。
だから後悔だけはしたくない。例えやり過ぎでも、失敗だったとしても、二度目が無くても。
家に帰ると小町にジャケットの有無を聞かれたが、俺のファンの子に貸したと言った途端にジト目をして去っていった。小町が関わることはない。もう少しで片付くハズだ。
残りはまた夜あたりに。
超展開は書き手の能力不足です。
翌朝はジャケットなしの登校だ。まだ朝は冷える。昨日のことを思い返すと罪悪感が半端じゃない。正直一色にはしばらくどころか二度と会いたくないまである。
誰にも会わないよう早朝から登校すると、俺の机にはジャケットが置いてあった。昨日葉山が置いていったのだろう。袖を通すと一枚の紙が落ちた。
『もう大丈夫だ。またいろはと話をしてやってくれ』
余計なお世話だ。さっきまでの罪悪感がより重いものとなってプレッシャーを感じる。ため息以外何も出ない。
だが、まだ本命の問題が残っている。これが終わらない限り俺に安息の日々は戻らない。果たして本当に戻るんだろか。
由比ヶ浜には昨日は特に何もなかったことを報告し、またマークしていた二人の行動にも特に怪しい点は見られないとのことだ。
俺の提案で協力者の有無を確認する為、相模以外の二人の動向を依頼した。二人に任せるならリスクは少ないほうがいい。
一体いつ動き始めるのか。裏サイトも進展は見えない。あの書き込みの後は想像に反して盛り上がらず、レスは止まったままだ。
こうなると硬直状態が続くかあっさり動き始めるのかわからない。再び緊張した日々が続くとなると集中力も持たない。常に顔が濡れて力が出ない状態だ。
授業中の方がリラックスできるというのも皮肉な話だ。あまり身に入らないのは普段と一緒といえばその通りだが、休み時間の方が意識しなくてはならないのは俺にとっては拷問に等しい。休むはずの時間に休めないとかブラック企業かよ。
一見通常通りの時間が過ぎていく中、奉仕部の活動を終え昇降口の靴を履こうとするが、あるはずの靴がない。
とうとう行動に出始めたようだ。
すぐさま奉仕部に戻り雪ノ下と由比ヶ浜に状況報告をする。
「一緒にいた方の二人にはアリバイがある事はわかっているわ」
「今日は学校が終わった後、すぐに帰ったみたい。二人のクラスメイトから教えて貰ったよ!」
これでほぼ決まったようなものか。このまま収束を願った俺の祈りは届かない。
「とうとう始まったようね」
「でも、これが解決出来ればヒッキーも晴れて自由の身だね!」
「別に犯罪者が刑期終えて出るわけじゃないんだが」
「似たようなものじゃない。元々あなたは制限されているでしょ。行動が」
「別に何もしたくないから出ないだけで、それは制限じゃないだろ。関係なくない?」
「まぁまぁ、今はヒッキーの靴を探すのが先だよ。それにしてもどこに行ったんだろ?」
「大丈夫だ。すぐ見つかる」
「根拠は?」
「もちろん対策済みだからだ。この手の輩がまず行うのは靴と相場が決まってる。次に教科書ノート類や体育着、そして机へのイタズラだ」
「どんな対策したの?」
「最近は便利な世の中だよな。GPSなんて道具が出来たおかげでそこまで苦労せずに見つかりそうだ」
幸い小型のGPSなんてものが最近はある。靴の中敷きの下に挟むだけ。こう言うのを使う本来の目的ってなんなんだ。人を信じられないなら最初からぼっちでいいじゃねえかと思う。
「ただし予定外の出費だ。レンタルの癖にそこそこするんだよな。こんなところでスカラシップの金が出ていくことになるとは。犯人には請求書をのし付けて渡してやる」
俺の話に二人は何故かため息で反応する。
「あなたよくそんな対策思いつくわね。本来役に立たない経験が生きて良かったんじゃないかしら」
「ヒッキー、すごい通り越してキモイ」
俺の知恵を褒めるところじゃねぇのかよ。もう少し心配しろ。
相手の出方も想定の範囲を超えそうにない。この分なら決着はそう遠くないうちにつくだろう。
結局靴はリアルタイムGPSで検索すると、女子トイレにあった。ただGPSはおおよその位置が特定できるものの、フロアまではわからない。二人には申し訳ないが1Fから各階のトイレを探してもらい、俺の靴を見つけてもらった。
靴は見つかるからまだいい。次は教科書などの俺の身の回りの物に手を出すだろう。そうなると無人でも録画できる機械が必要になりそうだ。
こういうことは単独ではマズイ。一歩間違えると犯罪者になるので、事情を知っている平塚先生に相談してもいいのだが、少し悩みどころだ。
盗聴ならギリセーフだろうが、まずは出来るところから攻めるか。雪ノ下と由比ヶ浜に簡単なお願いをする。特に由比ヶ浜には葉山への依頼も忘れずに伝える。
「そんな事でいいの?」
「確かに日本人の犯罪心理としては有効ね」
「これで抑止は可能だ。その間に俺は別の準備を進めておく」
二人に依頼したのは難しいことじゃない。単純な声掛けだ。声掛けの効果は思っているより有効らしく、日本人は誰かに見られていると思うと心理的なブレーキがかかるらしい。
葉山や俺、雪ノ下に戸塚や川崎に出会う度に声掛けられたら、バレているんじゃないか。大丈夫なのかと思うのが心理だ。
正直犯人がこれ以上踏み込んでこないことを願いたいのだが、この程度で辞めるようなタイプじゃなさそうだ。その程度の覚悟なら今俺はこんな事にならないだろう。
これで一時的に俺への被害が収まるようであれば炙り出しとしても有効だろう。少なくとも相模のメンタルはそこまで強くない。一色程度のメンタルがあれば或いはと思うが、間違いなく普段の態度に出る。覚悟はあっても、普通を装う程強くは無い。
窮鼠猫を噛む。此れには二つの意味がある。一つは追い詰めてはいけないということ。もう一つは弱いものを侮ってはいけないということ。
ここまでする奴に俺は侮りはしない。俺は俺のやり方で全力を持って応える。その結果相手がどうなっても俺の知ることではない。
追い詰めてはいけないというのは、逃げ道を塞ぐということ。交渉の場では最後に逃げ道という名の妥協案に誘導できれば良いのかもしれないが、相模にとっての逃げ道は、俺への攻撃理由の言い訳に他ならない。己の幼稚さが生んだ結果を受け入れて貰おう。
対象が反撃しないとでも思ったのか。それともそんなことすら想像できないのかはわからない。うまくやっていると思うのであれば、その慢心は業火となり降りかかるだろう。
あとは証拠となるシーンを含めて映像に残しておきたい。あまり良くはないが、力技でゴリ押すか。
もはやこういう時に頼む奴は決まっている。コール音が二、三回聞こえた後、俺は相手の声を遮って依頼をする。
「材木座か、来週から頼みたい事がある。お前にしか頼めない事だ。出来るか」
これだけで乗ってくれる事に感謝と不安を抱きつつ、物の用意を進める。ビデオカメラは実家の物を借りるか。
さて、次のステージは決まった。犯人には自ら幕を引いてもらおう。こんな事はもうゴメンだ。
翌日から声掛けは始まった。当初は葉山から声をかけて貰ったことで多少明るく見えたが、俺や川崎にまで挨拶されると何やら思うことがあるのか一人呟いている姿が散見された。
その後は徐々に葉山と俺の関連を察知したのか、陰鬱に塞ぎ込むようになり影を潜めるどころか負のオーラを纏うようになった。
そして効果を裏付けるように声掛けが始まってからは俺への直接的な被害は被っていない。
沈静化も葉山から声掛けが始まったことによる自尊心の回復なのか。俺らからの声掛けによる疑心暗鬼によるものか、それは本人しかわかりえない。
相模はもはや何と戦っているのだろう。己の自尊心の回復なのか、クラスにおける地位の向上なのか、俺への復讐なのか、それら全てなのかキッカケを意識しているのかもわからない。だがもう後には引けないのだろう。相模の姿を見れば追い詰められたであろうことが俺以外でも明らかだ。
だから準備を進めることにしよう。最後の舞台の主役にはきっと悲劇がお似合いだ。
「八幡よ、今日こそ来るだろうか」
「わからん、だが行動を移すならそろそろだ。あいつは追い詰められている。間違いなくな」
「しかし、現場待機も四日目となると我も集中力が続かん」
「そう言うな。終わったらまたラノベのダメ出しをしてやるよ」
「八幡、我を労る気無いな」
教室のベランダで俺と材木座は待機中だ。俺がもうそろそろだろと思ってから四日目を迎えた。逆にすぐ来ないのであれば葛藤でもしているのだろうか。出来れば来ないに越したことはない。だがその時は来た。俺の全身からスーッと熱が冷めていく。
「材木座、頼むぞ」
「任された」
犯人は相模で確定。力なく教室に入ってくると、俺の教科書やノートを徐ろに座席から出している。そしてその教科書とノートを彼女は持ち出しフラフラとした足取りで教室を出る。
材木座にはビデオカメラと俺のスマホで撮影を頼んでもらっている。スマホはその一部始終を、ビデオカメラは全貌を依頼した。
俺らはそのまま後をつけると、皮肉にも彼女は屋上に向かっていた。おいおい、屋上でのイベントにはロクなもんがねーな。材木座の携帯で由比ヶ浜に一言、屋上。とだけ打って送信する。直ぐに相模を追いかけると屋上の真ん中辺りでその足が止まり、俺の机から拔いた教科書類を取り出すとライターを取り出した。
「俺の教科書に何をするつもりだ」
俺の一言に驚きの反応が返ってきた。見られていると思わなかったのだろう。相模の口元が歪み唇を噛み締めたような表情で俺を睨む。
「……なんであんたが」
「お前さ、馬鹿だろ。全部分かってるから無駄なことすんなよ」
「五月蝿い!教科書燃やすわよ!」
「勝手にしろ、でもそれよく見てみろ。一年時の教科書とノートだぞ」
相模は歪んだ笑みを浮かべる。
「どうでも良いのよ、あんたが苦しむなら私はそれでいいんだから!」
「そうか、だが苦しむのはお前の方じゃないか」
俺の背後にいる材木座を指差すと、カメラを回した男の存在に気付いたのだろう。歪んだ笑みが憎しみの表情へ変わる。
「消せ!……消せ消せ消せ消せ消せ!」
「お前に逃げ場は無いんだよ」
「あ、あ……あー!!!!!」
相模が壊れていく。もはやそれを人と呼ぶには烏滸がましい程、彼女は叫び続けた。直ぐに声がドス黒いものに変わる。
「比企谷ぁ、あんたが全て壊したんだ!クラスの地位も、友人関係も!私の高校生活全て!あんたが、あんたが!」
「高校生活に終止符を打ったのはお前だろ。こんなことをしなければお前はまだ戻れたハズだ。自らの手で幕を下ろしたんだよ」
「うるさいうるさいうるさい!」
俺の視線の先にいるそれは悲鳴と叫び声が入り混じった奇声を発する。
「お前がどうなろうが俺には関係ない。さっきまでの映像はiCloud driveに今もバックアップ中だ。俺のスマホが壊れてもデータはクラウドストレージに保存されている。この意味がわからない訳はないだろ」
コイツは今も興奮状態だ。恐らく俺の声は届くまい。映像が一番の弱みになることは違いないが、今は暖簾に腕押しか。
「お前の負けだ。諦めるなら早い方が良いんじゃないか。今なら口外を控えてもいいが、どうなっても良いなら好きにしろ」
それは考える様子も悩む様子もなかった。これだけ鞭と少々の飴を提示しても応じないとはな。嫌われるとここまで論理的に考えられないものなのか。不本意だがジョーカーに登場願おう。
「俺の言葉など届かないか」
俺は材木座から携帯を受け取ると、最近登録した番号にかけた。
「よう、お前の手を借りるつもりはなかったが、俺じゃダメだ。これから屋上に来てほしい。これでチャラだ」
携帯の通話が終わると、程なくして駆けつける奴がいる。ここからは文化祭の焼き増しだ。
階段を勢い良く駆け上がる音がする。乱暴に開いたドアから出てきたのはカリスマ様だ。
「想像以上に早かったな」
「……葉山君」
「これでチャラとはね。君もつくづく甘いな」
「ちゃんと終わったらだ。悪いが出来高次第ではチャラにはできねぇぞ」
こうなる事は予想できた。俺が何を言っても目の前のコイツには届かないだろうと。結局最後は情による訴えでしか届かない。その時に必要なのはコイツを理解しようとするものの存在だ。
俺が何をやってもダメな場合は手を貸してもらう。それで一色の件はチャラという口約束だったが、葉山の性格なら断ることはないと思っていた。保険は多いに越したことはない。
後は俺の出る幕はない。振り返り葉山へ向かうとすれ違いざまに一言告げる。
「適材適所だ。あとは頼む」
最後に委ねるのは葉山の言葉だ。俺にはないもので包み込むしかないのだろう。葉山は踏み出し、それと対面する。
「どうしてこんなことを」
「それは……」
「相模さんがやった事は決して褒められた物じゃない。理由があったんだろ。聞くよ」
葉山の言葉は安心させる何かでもあるんだろうか。それはポツポツと心情を吐露し始める。俺からすればどうでもいいものだ。
「うち、辛かった。あいつに、比企谷に言われて、体育祭で言われて、消えてしまいたくなったし、何もかも消えちゃえって思った。だから滅茶苦茶にしてやりたかった!私をこんな風にした奴を!比企谷を!私がこんな事になったのに、コイツは眼鏡をかけたくらいで周りからちやほやされて!イラついた、憎くなった、だから壊してやりたくなった。全部、全部!比企谷が消えればいいんだ!」
よくこんなくだらない話聞けるな。俺は初めて葉山を尊敬する。仲間内でつるむとこんなことがあるんだろうか。俺には分からない。
「そうか、……でもそれを招いたのは誰が悪いのかな」
風向きが変わる。てっきり相模の愚痴を聞くだけ聞いて吐き出した後、優しく言葉の一つで済ませて終わらせるだけだと思っていた。それが葉山隼人のやり方であり平和的解決ってやつだと思っていた。
「そ、それは」
「比企谷は全部被ったよ。自身を悪役にする事で相模さんの事も文化祭実行委員長としての役割を全うさせる形で丸く収めた。それは君も頭では分かっていたハズだ。相模さんが何を求めてこの場に至ったのか俺にはわからない。でも、そのままじゃ誰も手を差し伸べないし、離れていく。変わらなければ何も残らない。やった事は取り返しがつかないんだ。出来ればやったことを受け入れてもう一度考え直してほしい。僕から言えるのはこのくらいだ。今やらなければならないのは何なのか、考えて欲しい」
葉山はそこで言葉を一旦切る。
「これ以上、君が落ちていく姿を俺は見たくない」
らしくないやり方だが、今までと違う葉山の片鱗を垣間見た。変わろうとしているのは誰なんだろうな。
あとは相模の言葉だけ。葉山は待っているようだ。相模の言葉を。
屋上は風が良く流れる。一人でいればこれ程過ごしやすい場所はないんじゃないかと思えるような。先程までの耳を突く音はもう聞こえない。時間が止まっているかのような穏やかな時間が流れていく。
相模からポツポツと何やら声が聞こえる。
「……な……さい」
「それを言う相手は俺じゃないよ」
葉山の声は酷く澄んだものだ。相手を思いやる為に出たヤツの本心なのだろう。俺にはあんな事、言えない。
葉山は相模の手を取ると、俺の前までゆっくりと案内する。俺は何も言わない。口が挟めるような立場でないことくらい理解していた。
「ごめんなさい」
相模は俺の前で頭を下げた。弱々しくも拙い声が俺に届いた。この短時間で冷静になったのか、葉山の言葉にはそれほど人を動かすものでもあるのか、葉山が敵に回ることを想像したのか、本人は何も口を割らないだろう。俺には後悔しているようには見えない。ただ葉山はその姿を見て、俺に返事を促す。
「比企谷」
なんと返せば正しいのだろう。相手にここまでされた以上許すことはできない。相模はまた明日から俺のことを貶めるだろう。信じることは出来ない。されたことを忘れることはできない。聖人君子にはなれない。その言葉も取ってつけたものだと思っている。俺の答えは……。
「……もうするなよ」
それだけだけだった。
葉山が相模に俺の私物を片付けるように促すと、俺の下まで近づく。その顔は妙に晴れやかで、誰もが知るいつもの葉山隼人がいた。
「もっと甘い言葉で宥める物だと思ったんだがな」
葉山はふっと笑う。
「君の影響かもな」
「俺が?冗談だろ」
作っているような、それでいてどこか自然に笑って答える。
「さてね。これでチャラって事でいいかい」
「あぁ。お疲れ」
俺は材木座にビデオカメラを止めるように伝え、その場を去った。残った相模がその後どうしたのかは知らない。葉山は相模に何を促したんだろうか。
俺の思い描いたストーリーからは逸脱した。ヒロインは最後イケメンに救われ、ハッピーエンド。そして誰も悲しむ者がいないなんて俺らしくない終わり方だ。
だが、こんな終わりがベストなのかもしれない。文化祭とは違うエンドロールには、未来へ繋がるものがあったように思える。
屋上から階段を降りると、雪ノ下と由比ヶ浜が待っていた。二人ともあの光景をどう捉えたのか、正しいやり方とは言えないまでも、落としどころとしてはまあまあじゃないか。
先に進言したのは雪ノ下だった。
「あなたらしくない終わらせ方だったわね」
「葉山がいたからだろ、俺は何もしちゃいない。罵倒して追いつめて逃げ場をなくした所に葉山が来ただけだ」
「ヒッキー凄かったよ!」
「そうかよ。まぁ良かったんじゃねえの」
「遺恨残さないで終わると思わなかったから、凄く嬉しいよ!」
由比ヶ浜が遺恨なんて言葉を知っているだと……。偽物だろこいつ。あと興奮のあまり抱きつくとか俺の健康状態が著しく悪くなるので早いところ離れて!色々当たるわ、柔らかいやら、いい匂いしちゃうから!
「あんなやり方もできるのね」
「出来てねえよ。殆ど持っていったの葉山だろうが」
「少しだけ見直したわ」
雪ノ下は俺の眼を見つめ、俺も吸い込まれるように見つめ返す。
「お疲れ様、比企谷君」
雪ノ下でもそんな顔するんだな。そう思えるような優しい笑顔だった。出来ることならまたその表情を見てみたいと思う程に、俺らしくない事を思いながら。
あれから二週間が経った。結局のところ俺が眼鏡をして何か変わったかと言われると、大した変化などない。俺が知らない葉山の一面を見たが、だからと言って仲良くするわけでもないし、距離が縮まったわけでもない。
あの後暫く相模が怯えていたようだったが、俺が実力行使に出ないことがわかったのか、陰鬱なオーラは影を潜めそれなりにやっていると思われる。
俺は相模が改心したとは思っていない。だが少なからず意味があったとは思う。二度とやりたいとは思わないが。それに次は動画をバラ撒かれると思えばそんなことはしないだろう。
些細なことで世界は変わる。大したことない出来事が変な事件に発展し、周りをあんなに巻き込む結果になるなんて誰が想像しただろうか。神くらいしかわかんねえよ。
一色にはあの後改めて謝罪した。気まずくなるかと思いきや、思ったより普通の反応で拍子抜けだ。
自販機で買った紅茶を一色に手渡す。俺はいつものマッ缶だ。俺の左側、壁にもたれる様に一色は立ち、俺は並ぶ様にもたれるとプルタブを空けて一口流し込む。
「もう、本当に怖かったんですからね!先輩、他の方にはあんな接し方じゃないですよね?」
「葉山から理由聞いてるだろ。お前の行動が目に余るからだ」
「私だからですね。そうですかー」
何でちょっと明るい感じの声が返ってくるんですかね。やっぱりやり過ぎたか。ヤバイことしたな。
「もういいだろ。紅茶の缶一本でチャラにしろとは言わねえよ。だが人の嫌がる事はやめろ。自分がちょっと可愛いからって調子に乗るなって事だ」
「何ですか可愛いとか口説いてるんですかちょっと和解したからってあんまり調子に乗らないで下さいね!」
「……今日は振らないのかよ」
「いやー、若干トラウマができて先輩には強気に出れなくなってしまいまして」
「悪かったよ。もうしないだろ?俺もするつもり無いっての」
「それはわかりません。人は間違えたり失敗しますし、私はつい調子に乗ることもありますから」
清々しい笑顔で言われても反応に困るんだが。これ以上穿られると流石に間が持たないので勢い良くマッ缶を流し込む。
すると隣に立っていた一色は距離を詰めて耳元で囁く。
「だから、次は優しく叱ってくださいね」
甘える様な声音に俺は顔を背け、空を仰ぐ。こんな時はきっと小悪魔めいた笑顔でからかっていることを、俺は知っている。
教室での過ごし方も平常運転に戻った。授業以外リラックス出来ないブラック企業生活から抜け出せたことは俺にとって大きな意味がある。
普通の生活が如何に大切なものであるかなどと噛みしめるつもりは一切なかったが、今回の事で一層就職への気概は離散した。両親が大変な思いをして養っている事に感謝し、その思いに報いることなく俺は怠惰な生活を夢見る。
放課後に平塚先生から呼び出しを食らった。要件の想像はつく。見るものが見ればクラスの雰囲気が変わったことは一目瞭然であり、相談事が解決しているのも見透かしているのだろう。白衣を纏い、タバコを手にする姿は今日も凛々しい。
「比企谷、事態は収束したようだな」
「もう俺の事を気に留める奴が居なくて一安心です」
「しかし、色々と感じることもあったんだろう、心なしか目の濁りがいつもより控えめだ」
「控えめに濁るってどういう状態なんすか。ほとんど変わりませんよ」
平塚先生が右手に持つジッポの蓋を開けて一度閉じる。金属音が拡散する様に反響し、俺の顔を見て問いかける。
「適材適所、君はどう思う」
「何すか、クイズですか」
「そう取ってもらって構わない」
「良いと思いますよ。できる奴が得意分野で勝負するわけですし」
「そうだな。得意な奴の行動を見れば新たな発見と刺激になるだろう。比企谷、君が観察する時には何を思うんだろうな」
そしてタバコを咥えると流れるように火をつける。ジッポの金属音と燃え始めるタバコの音が辺りの静けさを際立たせていた。
「答えは急がなくていい。ただ出るまで問い続ける事だ」
「うす」
俺を試すように問いかけ、そっと立ち去る。見ていないようで生徒を見守るのが先生のやり方なのだろう。一つ選択を誤れば実力行使でねじ伏せる。それでも信頼が足りるからこそ出来る事だ。教師として理想的ですらある。もし、もう少し歳が近ければ或いは……。
一人であれば人間関係のトラブルは少ない。違う悩みも出るだろうが別に一人は悪いことではない。一人でカラオケに行くことも、焼き肉に行くことも咎められにくくなった。俺が時代の最先端であることは間違いないが、それに耐えられない者もいる。
誰だって人の眼は気になるし気にする。でもそれは当人が思っているほど大したことじゃない。周りだって言うほど見てないし、気にも止めない。先生の言う通りにしても小言は言われるし、要領が良ければある程度の評価は貰える。その程度のものだから大多数の評価なんて気にするだけ無駄だ。
優しくない俺の世界は、少数の物好きで支えられている。
以上でした。
本編の6.5巻あたりを参考にしつつ、省けるものは省いてノリと勢いで書いてみたものの
俺ガイルである必要性とSS速報に投稿する必要ないんじゃね?と思いながら今に至ります。
超展開について、書いてる方は気にしてませんでした。そんなに変?と書き込みを見て気付いたくらいです。
暇つぶし程度にはなったでしょうか。
お付き合いいただきありがとうございました。
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