1,2,3 (28)
1>>2
2>>3
3>>4
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1428988107
チビ
デブ
ハゲ
確認しましたが帰宅が遅かったので明日書きます
僕が高校二年生になったとき、彼女は同じ高校の一年生として入学してきた。
彼女が入学したときにはその容姿から、ものすごい美人がいるぞ、と噂になり、僕の耳にまで届いてきた。
うらなりなんて渾名を甘んじて受け入れているような僕であったが、そこは花の高校生ではあったので、友人と連れ立ってそのご尊顔を拝みに行ったりしたものだった。
初めて見た彼女は長い絹のような黒髪に、白磁のような肌。
噂に違わぬ美人であった。
かと言って、美人だなと思いはしても彼女に対して淡い恋心を抱くようなことはなかった。
短身痩躯な、つまりはチビガリな自己を省みて、どうせ自分には釣り合わないと考えたわけではない。
僕にとって彼女は、あの美術館に有名な絵が飾られているぞ、あの動物園に珍種の動物がいるぞ、といったようなものであり、その価値、この場合は彼女の美しさは大いに認めるものの、それ以上ではなかったのだ。
そんな心境が変化したのは、梅雨の時期には珍しい、ある晴れた日のことだった。
僕の高校の近くにはコンビニがあったが、校則で昼休みに校外に出ることは禁じられていた。
もちろんそんな校則をお行儀良く守る生徒ばかりではなく、その日も何人かが裏門を乗り越えており、たまたま通りかかった僕と友人はそれを目撃した。
男女合わせて5人ほどのその集団は、リボンとネクタイの色を見るに三年生だろう。
そのような行為を見つけたときにはすぐに教師に言うよう指導されていたが、僕も友人もそんな告げ口のような真似をするつもりは毛頭なく、苦笑しながら肩をすくませ合うだけだった。
その日の帰り、体育日誌を持って体育教官室へ向かうと、地獄の底から響くようなそら恐ろしい声が轟いてきた。
体育教師のなまはげが、女生徒の集団に、「正直に言え!」と怒鳴り散らしているところだった。
なまはげと言うのは言うまでもなくその教師の渾名であるが、本物と並べて立たせても遜色ないだろうと思わせるような人物だった。
なんだなんだと物陰から窺って盗み聞きをしていると、大体の状況が把握できた。
彼女らは昼休みの脱走者として嫌疑をかけられているのだった。
少し迷ったが、こうなっては告げ口がどうこうとも言ってられまい。
一年生とおぼしきその集団は完全に怯えきっており、それを見捨てるのはあまりにも人でなしだ。
ややこしいことになったら友人も巻き込もう、そんなことを考えながら意を決して歩み出したとき、その集団の中に異質な一人がいるのに気づいた。
美人と評判の彼女だ。
怯えて丸まっている他の子と違い、彼女はすっと背筋を伸ばし、教師の怒鳴り声の間隙に、「私たちじゃありません」と真っ向から反論していた。
それを聞いた教師は、証拠がある云々とますます怒声を張り上げるが、彼女がそれに動じる様子はなかった。
やっていないことを只そう言っているだけなのだが、その凛とした立ち姿は、古来より揺るがず立ち続ける大木のような、そんなしっかりとした芯を感じさせた。
そのとき初めて自覚したのだが、どうやら僕はそういった確たる自分を感じさせるものに弱いようで、すっかり彼女に心を奪われてしまった。
だがそのまま見惚れているわけにもいかず、慌ててその喧騒の中に割って入り、昼間に脱走者を見かけたこと、それが三年生で、彼女たちではなかったことを伝えた。
それを聞いてもなまはげは、お前が見ていないタイミングで抜け出したんじゃないか、そいつらはコンビニの袋を持っていたぞ、と疑っていた。
そう言われると僕も返しようが無く困っていると、怯えていた一人が思い出して財布からコンビニのレシートを取り出して僕に見せてきた。
そこには朝の、通学中の時刻が打刻されていた。
僕がそれを指し示すと、なまはげもようやく納得したようだった。
わかった、行って良いぞ、と言うなまはげに、彼女らに謝らなくて良いんですか、と声をかけると、それを聞いた後輩たちは慌てて首を左右に振った。
そんなことより早く解放されたいのだろう。
美人な彼女も驚いたように目を丸くしていた。
そんな彼女らをよそになまはげは、疑って悪かった、と素直に謝った。
入学したての彼女らは知る由もないだろうけど、なまはげは頑固で疑い深くよく怒鳴り散らすが、自分の非を素直に認める程度には良い先生なのだ。
落着したところで本来の目的だった体育日誌を所定の場所に置いていると、お前も見かけたらすぐに言いに来んか、と矛先がこちらに向きかけたので、次から気を付けますと言い捨て、慌ててその場を逃げ出した。
そんなことを切っ掛けに僕は彼女に惹かれ、半月ほど思い悩んでいたが、梅雨も開けようというある日にその想いを告げることにした。
自信があったわけでもなく、駄目元というわけでもなく、たんに想い悩むのに疲れただけというなんとも情けない理由であったが、なんにせよ、そう決心したのだった。
それからなんとか二人きりのシチュエーションを作ることに成功した僕は言い淀みつつも、あなたが好きです、と告げた。
対する彼女はなまはげに対峙していたときと同じように真っ直ぐに僕を見据えて、「私のどこが好きなんですか」と問うてきた。
僕はあのとき感じたことを伝えようと、木のようなところ、と返すと彼女は「木?」と不思議そうな様子であった。
これじゃ伝わらないかと思い直し、昔からある巨木のような、どっしりとした様子の、などと言葉を重ねていったが伝わる様子は欠片もなく、彼女の頭の上にクエスチョンマークが飛び交うのが見えるかのようだった。
「とりあえず、よくわからないけど私を好きだということはわかりました」
彼女のその言葉に、さあどう返ってくるのだと身構えた僕だったが、彼女は「返事は一月後でも良いですか?」と有無を言わさぬ様子で僕に告げた。
即座にお断りされなかったことを喜ぶべきか悲しむべきかわからなかったが、頷く以外の選択肢は僕にはなさそうだったので、わかった、と僕が言ったところで人生初めての告白は終了した。
それから、しばらくもしないうちに彼女は学校にほとんど来なくなった。
来ても保健室にいるようで、会うことはできなかった。
その間に噂に聞いたところ、彼女に告白した人は僕以外にもいたようだが、揃って返事を保留されているようなのだ。
僕より一月前に告白した人は二月後に返事を、僕より半月前に告白した人は一月半後に返事を、そして僕は一月後に返事を、といった具合で、どうやら同じ時期に返事をしようという算段らしい。
横に並べられて、さあどれが良いかしらん、などとやられてはあまりにも晒し者で堪ったものではないが、僕が知る範囲の彼女の性格ならそんなことは杞憂に終わるだろう。
結局何があろうとも僕は彼女を待つしかないのだ。
そして彼女に一度も会えぬまま約束の時期となった。
彼女から指定された時間に指定された場所へと赴くと、久しぶりの彼女がいた。
今日は保健室に行っていたようでブレザーを着ているが、少年に似合いそうなつば付きのキャップを目深に被っていた。
挨拶もそこそこに、彼女は「まだ私のことは好きですか?」と尋ねてきた。
どうやら無駄話をするつもりはなさそうだ。
僕が、うん、と頷くと、彼女は「そうですか」とだけ言って、目深に被っていたキャップを脱ぎ去った。
「これでも、ですか?」
それは、なんと言ったら良いのだろう。
一言で、となれば無惨としか言いようがなかった。
彼女の美しい黒絹のような髪はその大半が抜け落ち、地肌を晒していた。
長い髪が部分的に残っているが、それがかえって無惨さを強調しているようだ。
透き通るようだった白い肌もややくすんで荒れていた。
どうしたのそれ、と僕の当然の質問に、彼女は淡々と答えた。
「薬の副作用です」
髪が抜けるような副作用、もしや癌か、と考えてしまうのは自然の流れだったが、彼女は苦笑しながら「違いますよ」と言った。
「そんな死ぬような病気じゃないです。でも、もうずっとこのままです」
死ぬような病気じゃないと聞いて胸を撫で下ろしている僕に、彼女は、「どうですか」と短く尋ねた。
そう言った彼女はやはり僕の目を見据え、変わり果てた容姿を、内心はともかく見た目上は、恥じてなどいないかのように堂々としていた。
そんな強い心を感じさせる彼女は、僕には眩しく見えた。
もちろん、比喩的に、だけど。
さて、どうですかとは、きっと、いや間違いなくその容姿についてだろう。
なんと答えたものかと迷ったが、とりあえず持ち前の素直さを発揮することにした。
ええと、前は白磁の壺ような肌だったけど、今は弥生土器、いや肌が荒れてるから例えるなら縄文土器のような肌だね。
つっかえながらそう言った僕に、彼女はなんとも言えない表情を見せた。
「じゃあ、この髪はどうですか?」
そうだね、髪については僕の家系は父も祖父もそのまたご先祖も禿げているから、あと何十年かしたら僕も禿げ上がって、お似合いのハゲ夫婦になれるんじゃないかな。
それを聞いた彼女はますます複雑な表情を見せた後、ついには眉間に軽く握った拳を当てて俯いてしまった。
そのままなにも言わず俯いたまま肩を震わせていた彼女は、やがて「お願いします」と呟いた。
何を、と僕が問いかけると「お付き合い」と彼女が答えて、僕と彼女は付き合うこととなった。
その後、しばらくして夏休みとなり、僕は足しげく彼女の家にお見舞いに通った。
少しの間は元気が無かったが、やがてすっかり良くなったようで、今ではお見舞いというより単に遊びに行っているようなものだった。
他愛の無い話をしていると、11時をまわり、彼女は昼食の準備を手伝うと言って立ち上がった。
彼女も、彼女の母も料理上手なようで、以前は小食だった僕はこの家でご飯をご馳走になるようになってからだいぶ食が太くなった気がする。
立ち上がった彼女を、ふと見上げる。
彼女は夏休みに入るよりもっと前に尼さんのような立派な頭になったが、今ではベリーベリーショート程度には髪の毛が生え揃っていた。
あるとき、もう生えないんじゃなかったっけ、と尋ねてみたところ、恥ずかしそうに彼女は答えた。
「私って美人じゃないですか」
そう言いきれる彼女に嫌味を感じないのは、きっと彼女の徳のなせる業だろう。
「だから例えば顔に痣なんて作ったら、私を好きだった人はどうなるんだろうって思ってたんです」
要するに、大幅に容姿が変化するのを良い機会と前々からの疑問の答えを探ってみたというわけだった。
彼女が恥ずかしそうにしているのは、きっと誰かを試すような真似をしたことに対してなんだろう。
ちなみに他の告白してきた人たちは、揃ってタイミング悪く他に好きな人ができていたそうで、告白は白紙になったらしい。
彼女の肌も白磁の壺寄りの弥生土器くらいまでに戻っていた。
髪の毛と同じで、こちらも薬の効果が切れて元に戻り始めているらしい。
夏休みの間に治るようにお医者さんと相談しながら薬の服用時期を決めていたんだそうだ。
まあ、さすがの彼女もあの姿を堂々と衆前に晒すつもりはなかったんだろう。
「今日もご飯食べていきますよね?」
彼女の言葉に自分のお腹を見る。
まだ目に見えて変化はないが、ほぼ毎日のように美味しいご飯をたらふく食べていた結果、この夏でだいぶ体重が増えてしまった。
このままいくと、将来的にはチビでデブでおまけにハゲ……?
思わず身震いしてしまいそうな自分の将来像を想像してしまった。
「どうします?」
でも、きっと彼女は僕を容姿で判断するようなことはないだろうと思って、ありがたくご馳走になることにした。
終わり
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません