宮森(誰にも言えないことなのだけど)
宮森(最近、わたしは矢野さんのことばかり見ている)
宮森(斜め向かいの席を盗み見たり)
宮森(トイレに立つ背中を目で追って)
宮森(ようかんを食べる姿を見て)
宮森(あのようかんになれたらいいのになんて思ったりする)
宮森(自分でももう末期だと思う)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427972735
矢野「宮森、久々にお昼行かない?」
宮森「あ、はい、行きます」
宮森(矢野さんは素敵な先輩で)
宮森(わたしはただの後輩の一人)
宮森(会社では話したりもするけれど)
宮森(休みの日に一緒に出かけたりはしない)
矢野「見たい映画あるんだけどさ。なかなか行く時間がないんだよね」
宮森「そうなんですか」
宮森「……あの、矢野さん」
矢野「ん? なに?」
宮森「…………」
宮森「なんでもないです」
宮森(近づきたいと思ってるのに)
宮森(その勇気のない臆病なわたしだ)
宮森(それに、どうせ報われないのなら)
宮森(近づいたってしょうがないじゃないかなんて)
宮森(消極的なことを考えてしまう)
宮森(だってそうじゃないか)
宮森(わたしは女なんだから)
宮森(こんな気持ち、矢野さんにしてみたら)
宮森(気持ち悪いに違いなくて)
宮森(知られたら、きっと後輩の一人でもいられなくなるから)
宮森(絶対に知られるわけにはいかないのだ)
宮森(だから、この恋は決して報われることはない)
宮森(そう、ちゃんとわかってるのに)
平岡「この前偶然磯川に会ったんだよ」
矢野「へえ、珍しいね。磯川くんの家ってたしか調布の方だったでしょ」
平岡「それが最近引っ越したらしくて」
宮森「…………」
宮森(胸がざわざわする)
宮森(何を話してるんだろう)
宮森(気になって気になって仕方ない)
宮森(決して報われないならば)
宮森(せめて誰のものにもならないで欲しい)
宮森(そんな最低なことを思っている)
タロー「あれ、だいちゃん。もう帰んの?」
平岡「ああ。やることは全部やったからな」
タロー「じゃあ、俺の仕事の手伝いを」
平岡「自分でやれ」
タロー「だいちゃんのけちー」
平岡「言ってろよ」
平岡「なぁ、矢野。明日のことなんだけど」
宮森「!?」
宮森(明日? 明日って)
宮森(休みの日だよね……)
平岡「待ち合わせはいつものとこでいいか?」
矢野「うん。いいよ、それで」
平岡「了解。詳細はまたLINE送る。じゃあな」
矢野「うん、お疲れ」
宮森「…………」
宮森(もしかして)
宮森(デートだったりするのだろうか)
矢野「じゃ、わたし帰るね」
宮森「あの、ややや矢野さん」
矢野「どうしたの? そんなにテンパって」
宮森「わ、わたしも仕事終わったんですけど」
矢野「じゃあ一緒に帰ろうか」
宮森「!?」
宮森「はい! お願いします!」
矢野「そしたら池谷さんがさ」
矢野「雨樋つたって逃げようとしてるの」
矢野「三階の窓からだよ?」
矢野「あれはさすがにびっくりしたよ」
宮森(矢野さんの隣を歩く)
宮森(ひらひらと揺れる左手を)
宮森(つかまえられたらな、なんて)
宮森(絶対できないのに思っている)
宮森「あ、あの、矢野さん!」
宮森「明日、平岡さんとどこか行くんですか?」
矢野「そうだけど」
矢野「それがどうかした?」
宮森「…………」
宮森(ほとんどわかってはいたけれど)
宮森(それでも、実際に言われるとなかなかきついものがある)
宮森「あ、あの!」
宮森「あのですね!」
矢野「ん?」
宮森「わ、わわわわわわわわわわわ」
矢野「わ?」
宮森「わたしも行っていいですか?」
平岡「……なんでこいつがいるんだよ」
矢野「来たいって言うからさ」
平岡「だからって連れてくるか、普通」
平岡「磯川だってくるんだぞ?」
宮森「え?」
宮森(デートというのはわたしの勘違いで)
宮森(専門学校で同期だった三人で飲もうという話だったらしい)
磯川「なんで宮森さんがいんの?」
平岡「矢野が連れてきたんだよ」
矢野「いいじゃない。花は多いに越したことないでしょ」
宮森「…………」
宮森(磯川さんもいることだし)
宮森(節度を持って飲んで矢野さんに迷惑をかけないようにしないと)
二時間後
宮森「矢野さぁん。わたし、矢野さんのこと大好きですぅ」
矢野「宮森! わたし、お手洗い行くから離れて」
宮森「やーです! 離しません!」
平岡「完全に酔ってんな……」
平岡「タクシー代は磯川が出すから矢野が連れて帰れよ」
磯川「なぜ俺よ。まあ、いいけど」
矢野「と言っても、わたし宮森の家知らないし」
矢野「うちで泊める、か」
矢野宅
矢野「とりあえず、ベッドに寝かせて、と」
矢野「水飲む?」
宮森「飲みます……」
矢野「りょうかい」
矢野「ほら、宮森。水」
矢野「って寝ゲロしてるし……」
矢野「もう、しょうがないなぁ」
宮森「……ん?」
宮森「あれ、ここはどこ?」
宮森(ワンルームの部屋)
宮森(ソファーで矢野さんが寝てる)
宮森(多分矢野さんの部屋、だよね)
宮森(そうだ。わたし、ついつい飲み過ぎちゃって……)
宮森(や、矢野さんにご迷惑を!)
宮森(変なこととかしてないよね……)
宮森(全然まったく何一つとして覚えてないけど)
宮森「…………」
宮森(矢野さん、わたしにベッドつかわせてくれたんだ)
宮森「やっぱり、矢野さんのこと好きだなぁ」
矢野「あれ? 宮森、起きたんだ」
宮森「や、ややややや矢野さん!」
宮森「……もしかして、聞いてました?」
矢野「何を?」
宮森「いや、なんでもないです」
宮森(ほっとしたような、がっかりしたような)
矢野「しかし昨日は大変だったんだよ」
矢野「宮森、寝ゲロしちゃうしさ」
宮森「え……」
宮森「それ、ほんとですか?」
矢野「うん」
宮森「すいません! 本当にすいません!」
矢野「いやいや、そんな気にしなくていいから」
宮森「でも、矢野さんにご迷惑を」
矢野「先輩なんだから連れてった以上、これくらいは当たり前でしょ」
宮森「クリーニング代払いますから」
矢野「だからいいって」
宮森「何かお詫びをさせてください。じゃないと、わたしの気が済まないです」
矢野「お詫び、か。じゃあさ」
矢野「今日これから時間ある?」
宮森「花咲くいろはの劇場版ですか」
矢野「うん。ずっと見たかったんだよね」
矢野「けど宮森がいろは見ててよかったよ」
矢野「さすがに見てない人とは行けないからさ」
宮森(見ててよかったぁ)
宮森(ありがとう、花咲くいろは!)
宮森(ありがとう、P.A.WORKS!)
宮森(矢野さんと二人で映画なんて)
宮森(なんだか、デートしてるみたい!)
矢野「いい映画だったね」
宮森「作画すごく綺麗でしたね」
矢野「うん。冒頭のプールのシーンとかほんと綺麗だった」
宮森「それ思いました! 髪の濡れてる感じとかすごいなぁって」
矢野「わたしもあんな絵描けたらな」
宮森「矢野さんって同人活動されてるんですよね」
矢野「うん、専門学校時代の友達とね」
宮森「すごいです」
矢野「いやいや、へたくそだから」
矢野「そうだ、画材屋寄っていい?」
矢野「ちょっと買っときたいものあってさ」
宮森「いいですよ」
矢野「宮森もどこか行きたいとこあるなら言ってよ」
矢野「わたしでよかったら付き合うから」
宮森「いいんですか?」
矢野「うん。どこでも行くけど」
宮森「じゃ、じゃあお言葉に甘えて」
矢野「それで来るのが原画展って」
矢野「宮森は本当にアニメ好きだね」
矢野「原画なんて毎日いやになるくらいに見てるだろうに」
宮森「……いやでした?」
矢野「ううん。わたしもアニメ好きだから」
矢野「この原画、構図のバランスすごいなぁ」
宮森(矢野さんと二人……)
宮森(ほんとにデートみたいだ)
宮森(ずっとこのときが続けばいいのに)
矢野「そうだ。もう一カ所だけ行っていい?」
宮森「バッティングセンター、ですか」
矢野「うん。時々くるんだよね。ストレス解消になるというか」
宮森「ここ、小笠原さんと来たことあります」
矢野「あれ、来たことあるんだ」
矢野「小笠原さん、すごいよね」
矢野「フォームめちゃくちゃ綺麗だし」
宮森「わたし、全然打てませんでした」
矢野「まあまあ、やってみなって」
矢野「わたしが教えてあげるからさ」
宮森「当たりません……」
矢野「ボールちゃんと見て」
矢野「身体がぶれてる。しっかり両足で立つ」
矢野「バットを離さない。両手でちゃんと握って」
宮森「はい……」
宮森(そんなこと言われても、こんなの当たるわけ……)
かきん!
宮森「…………」
宮森「矢野さん、当たりました! 当たりましたよ!」
矢野「バカ、何よそ見してんの!」
矢野「次来るって!」
宮森「え?」
矢野「あぶな――」
宮森「ひっ」
宮森(ボールが身体に向けてとんでくる)
宮森(当たりたくない一心で)
宮森(目を瞑ってバットを振った)
かきいいいいいいいいいいいいいん!!!!
宮森「へ?」
「大きい、大きい、大きい。入ったああああ! 入りました! ホームランです!」
矢野「すごい! ホームランだよ宮森!」
宮森「や、矢野さん! やりました!」
矢野「いいスイングだったよ。2004年のイチローを彷彿とさせるというか」
宮森「ほ、ほんとですか」
宮森(矢野さんに褒められてる)
宮森(わたし、もう死んでもいいかも)
矢野「み、宮森! なにぼうっとしてんの!」
矢野「次くるって!」
宮森「へ?」
ドゴォ!
宮森「痛かったです……」
矢野「大丈夫?」
宮森「はい。なんとか」
宮森(すごく痛いけど)
店員「あの、ホームランなのでこれ、無料券です」
矢野「十回まで無料だって。やったね」
宮森「…………」
宮森「これ、矢野さんにあげます」
矢野「え? いいの?」
宮森「はい。わたし、あんまり来ないですし」
宮森「それに、昨日のお詫びと言うことで」
矢野「だからさ。昨日のことはいいんだって」
矢野「今度言ったら怒るよ」
宮森「す、すいません」
矢野「だからこれはお詫びとしては受け取れない」
宮森「はい」
宮森(怒らせちゃった)
矢野「でも、プレゼントしてくれるのならよろこんでもらうけど」
宮森「!」
宮森「はい! 矢野さんどうぞ!」
矢野「うん。ありがと、宮森」
矢野「今日は楽しかったね」
宮森「はい、幸せでした!」
矢野「宮森は大げさだね」
宮森(本心なんだけど)
矢野「それにしても、びっくりしたなぁ」
矢野「宮森がまさか」
矢野「平岡くんのこと好きだったなんて」
宮森「え?」
宮森「なんのことですか?」
矢野「照れちゃって。ちゃんとわかってるんだから」
矢野「平岡くんが気になるから、昨日の飲み会来たいって言ったんでしょ?」
宮森「いやいや、違いますって」
宮森「平岡さんのことは別に」
矢野「じゃあ、磯川くん?」
矢野「もしかしてわたしとか?」
宮森「…………」
矢野「なんてね、冗談冗談」
矢野「ほら、正直なとこ言ってみ?」
矢野「わたし、応援するからさ」
宮森「いや、でも、本当に違うんです」
矢野「でも、それじゃあさ」
矢野「昨日どうして来たかったの?」
宮森「それは……」
宮森「仕事の関係上、磯川さんと交流を深めたかったというか」
矢野「嘘だね」
矢野「だって、宮森は磯川くん来るの知らなかったでしょ」
矢野「ほらほら、悪いようにはしないからさ」
宮森(……このままじゃ矢野さんが好きだってことがばれてしまうかも)
宮森「…………」
宮森「実は、平岡さんのことが少し気になってて」
矢野「やっぱり! だと思った」
矢野「宮森見る目あるよ」
矢野「平岡くんいいやつだよ。ぶっきらぼうで不器用で誤解されやすいけどさ」
矢野「実は猫好きで猫カフェ行ったりするんだから」
宮森「そうなんですか」
矢野「わたし、応援するからさ!」
宮森(矢野さんがにっこり笑って言うものだから)
宮森(わたしは泣きそうになってしまった)
宮森(矢野さんは平岡さんのことをいろいろ教えてくれた)
宮森(好きなアニメ、好きな食べ物、好きな音楽、好きな本)
宮森(わたしの家まで来て、平岡さんが好きそうな服を見繕ってくれたりもした)
宮森(LINEでやりとりをすることも増えて)
宮森(休みの日に電話したりもするようになって)
宮森(それ自体はすごくうれしかった)
宮森(けれど)
宮森(どうしても、後ろ向きなことを考えずにはいられなかった)
宮森(この人はわたしを恋愛の対象とは見てないんだな、と)
宮森(ふとしたときに思い知って、突然泣きだしてしまったりもした)
宮森(矢野さんはわたしをそっと抱き寄せて)
宮森(そうだよね、不安だよね、と言ってくれた)
宮森(わたしはもっとかなしくなって)
宮森(矢野さんの鎖骨に頬を押しつけて泣いた)
宮森(矢野さんに呼び出されたのはそんなある日のことだった)
宮森(その日は休日で)
宮森(わたしは夜眠れなかった分、たっぷり朝寝坊して待ち合わせ場所に行った)
宮森(二十分前に待ち合わせ場所に着くと)
宮森(平岡さんが不景気そうな顔をして立っていた)
宮森「平岡さん」
平岡「…………」
平岡「もしかして、矢野に呼び出されたのか」
宮森「はい」
平岡「ったく。あいつはほんと余計なことを」
平岡「呼んでやる。ちょっと待ってろ」
平岡「電話でねえし」
宮森「…………」
宮森(がんばってね! とLINEが届いていた)
宮森(わたしはため息をつく)
平岡「…………」
平岡「とりあえず、どっか入るか」
平岡「昼飯まだだろ?」
宮森「はい」
平岡「適当に、入るぞ」
宮森(平岡さんはわたしをパスタのお店に連れて行ってくれた)
宮森(料理を待つ間、わたしたちはほとんど話さなかった)
宮森(きっとわたしが話す気になれなくて、スマホをいじっていたからだと思う)
宮森(わたしが食べ終わるのを待って、平岡さんは言った)
平岡「お前、俺のこと好きじゃねえだろ」
宮森「え?」
宮森「い、いや、そんなことは」
平岡「嘘つけ。つまんなそうな顔しやがって」
平岡「どう見たって好きなやつといるときの態度じゃねえだろうが」
平岡「好きなやつといるときはな」
平岡「お前が矢野といるときみたいな顔するもんなんだよ」
宮森「気づいてたんですか?」
平岡「まあ、薄々な」
宮森「もしかしてみんな気づいてたりします?」
平岡「いや、それはないんじゃないか」
平岡「俺は前の飲み会でお前が矢野さん好きーって抱きついてるの見てたから」
平岡「そうかなって思っただけで」
宮森「……わたし、そんなことしてたんですか」
平岡「めちゃくちゃ幸せそうだった」
平岡「俺が口を挟むことじゃないと思うが」
平岡「好きなら好きで言ってしまってもいいんじゃないか?」
宮森「それは……」
宮森「できないです」
平岡「ダメならダメで玉砕した方がまだマシだと思うけどな」
平岡「この先矢野は誰かを好きになるだろうし、付き合うだろうし、結婚だってするだろう」
平岡「それでも、お前はずっと矢野のことを思い続けるのか」
宮森「ほっといてください!」
宮森「平岡さんにはわからないです!」
平岡「それはそうかもしれないが」
宮森「これ、わたしの分のお金です」
宮森「また会社で」
平岡「…………」
「この先矢野は誰かを好きになるだろうし、付き合うだろうし、結婚だってするだろう」
「それでも、お前はずっと矢野のことを思い続けるのか」
平岡さんに言われたことが頭の中をぐるぐる回っていた。
わたしは未来のことを想像した。
別の誰かに微笑みかける矢野さんを、近くで見ている自分を想像した。
それはすごく簡単なことだった。
ほとんど必然と言っていい未来であるように思えた。
同時に、すごく悲しい未来だった。
考えただけで胸が張り裂けそうになった。
わたしは……。
わたしは、どうすればいいのだろう。
不意に、大好きな声がした。
矢野「宮森? こんなところでなにしてるの?」
矢野「平岡くんは?」
矢野「まさか、何かされたとか?」
宮森「矢野さん……」
涙が溢れて止まらなくなった。
矢野さんはわたしを抱きしめてくれた。
矢野「ごめん。ごめんね、宮森」
矢野「これはわたしの責任だ」
矢野「平岡くんはわたしが責任を持ってボコボコにするから」
矢野「ごめん。ほんとにごめんね」
宮森「ちがうんです、そうじゃないんです」
わたしは言った。
宮森「わたしが好きなのは平岡さんじゃなくて――」
宮森「矢野さん、なんです」
矢野「えっと……」
矢野「ごめん、宮森」
矢野「ちょっと事情が呑みこめないんだけど」
宮森「どうしてわからないんですか」
宮森「わたしは、矢野さんのことが好きで」
宮森「好きで好きで仕方なくて」
宮森「だから――」
そこまで言って、ようやく自分がとんでもないことを口走ってることに気づいた。
矢野「ちょっと! 宮森!」
わたしは矢野さんを振りはらって人の行き交う街の中を走った。
駅のトイレに逃げ込んだ。
狭い個室の中で鍵をかけて、
声を上げずにバカみたいに泣いた。
すべて終わってしまったんだ、と思った。
どのくらい泣いていたのかはわからない。
わからないけれど、わからなくなるくらい長い間泣いていたのは確かだった。
シャツの袖で涙をぬぐって個室から出ると、
矢野さんが腕を組んで、洗面台の脇に立っていた。
「ひどい顔」
鏡に映ったわたしの顔はたしかにひどくて、
見ないでください、とわたしは顔を覆った。
矢野「ダメ。ちゃんと見せて」
矢野「それで――」
矢野「ちゃんと言って」
宮森「言ってって」
何をですか、と続けようとしたわたしを制して、
矢野さんは言う。
矢野「さっき言ってくれたこと」
矢野「ちゃんと、最後まで聞きたい」
逃げようとしたけれど、
矢野さんの手はわたしの腕をしっかり掴んでいた。
わたしは観念した。
半ばやけになって言った。
「本当は、矢野さんのことが好きでした」
「いつも気づいたら目で追っていて」
「仲良くなれたらなぁって思ってて」
「だから仲良くなれてすごくうれしくて」
「一緒にいられたらもうそれだけでよかったんです」
「でも、知られたらきっと嫌われてしまう」
「今みたいに近くにいることもできなくなってしまう」
「こわくて」
「だから、嘘をつきました」
「すいません、気持ち悪いですよね。ひきますよね」
早口で言ったわたしに、矢野さんはやさしい声で、
大丈夫だからちゃんと聞かせて、
と言ってくれた。
「何度もあきらめようとしました」
「忘れようとしました」
「でも――」
わたしは言った。
「矢野さんのことが」
「もうどうしようもなく好きなんです」
「ありがとう」
「ちゃんと言ってくれて」
「気持ち悪くなんかないよ」
「うれしかった」
「でも、わたしは宮森のことをそういう風には見えないんだ」
「だからさ。少し時間をちょうだい」
「今はまだ突然のことで心の整理ができてないけど」
「宮森のことを好きになれるか、ちょっと試してみるからさ」
「だから、少しだけ待ってて」
何を言われたのかわからなかった。
わかっていたけれど、信じられなかった。
矢野さんがそんなこと言うわけないと思った。
きっと自分に都合のいい妄想を聞こえたみたいに錯覚したのだ。
でも、気づいたらわたしは矢野さんに抱きしめられていた。
柚子の香りがした。
背中に回された両腕はどこまでもどこまでもやさしくて、
それで、たしかに矢野さんの言葉だったんだってわかった。
わたしはまた涙が止まらなくなってしまって。
何も言葉にできなくなってしまって。
そんなわたしを矢野さんは、
ずっと抱きしめていてくれた。
いつまでも、いつまでも、抱きしめていてくれた。
三週間後――
矢野「宮森。仕事、終わりそう?」
宮森「あとちょっとですね」
矢野「ちょっとなら待ってるよ。一緒に帰ろう」
平岡「…………」
平岡「お先っす」
宮森「お疲れ様です」
矢野「お疲れ」
宮森(平岡さん、気を使ってくれたのかな)
矢野「そしたら池谷さんがさ」
矢野「スプーンで壁に穴空けて逃げようとしてたの」
矢野「ポスター貼って穴を隠してたんだね」
矢野「あれはさすがにびっくりしたよ」
宮森(矢野さんと並んで夜の道を歩いた)
宮森(矢野さんの左手がひらひらと、視界の端で揺れている)
宮森(つかまえたいな、と思うけれど)
宮森(やっぱりそんな勇気なんてないわたしだ)
宮森(わたしの気持ちはばれたけれど)
宮森(矢野さんとの関係はほとんど変わらなかった)
宮森(少し電話の頻度が増えたくらいだ)
宮森(休日に遊びに出かけることはあっても)
宮森(互いの家に遊びに行くことはない)
宮森(そこに矢野さんはまちがいなく一線を引いていて)
宮森(だから、ふられるかもしれないな、と思っている)
宮森(今度は取り乱さないように)
宮森(ちゃんと大人の対応ができるように、と思っているけれど)
宮森(きっと矢野さんにふられたら)
宮森(また子供みたいに泣いちゃうんだろうな、と思う)
矢野「ねえ、宮森」
宮森(矢野さんが数歩前に出て)
宮森(わたしに向き合って立ち止まる)
宮森「なんですか、矢野さん」
宮森(足を止めたわたしに、矢野さんは言った)
矢野「キスしていい?」
「え?」
わたしはきっと間抜けな顔をしていたと思う。
気づいたら、矢野さんがすぐ近くにいて、
唇に何かが触れていた。
柚子の香りがした。
大好きな、大好きな匂い。
鼓膜に触れてるんじゃないかってくらい近くで、
矢野さんは言った。
「好きだよ、宮森」
わたしはわけがわからなくなって、
やっぱり、やっぱり、泣いてしまった。
おわり
以上。
感想もらえたらうれしい。
このスレに続き書かないならHTML化依頼出してこい
■ HTML化依頼スレッド Part29-SS速報VIP
■ HTML化依頼スレッド Part29 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427506019/)
>>73
指摘ありがとう。
今出してきた。
他のスレについては出してるつもりだったのだけど、
何か間違えてたりするだろうか?
不慣れなので教えてくれると助かる。
ちなみに、過去スレというのはこの辺。
佐藤「仕事、辞めたいです……」【SHIROBAKO SS】
佐藤「仕事、辞めたいです……」【SHIROBAKO SS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427540813/)
ずか「ラジオの仕事、ですか?」【SHIROBAKO SS】
ずか「ラジオの仕事、ですか?」【SHIROBAKO SS】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427802188/)
みゃーもり「平岡さんが浮気した?」
みゃーもり「平岡さんが浮気した?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1427284738/)
横からだけど依頼はあれで大丈夫かと
ただHTML化は手動で行われており作業者が少ない為作業が遅れがちです
現在依頼して10日後位にHTML化されてるので今月中頃にはHTML化されてると思う
>>75
安心した。
親切に教えてくれてありがとう。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません