みゃーもり「赤ちゃんパブのこと平岡っていうのやめましょうよ!」 (93)


 みゃーもり「たしかに赤ちゃんパブは無愛想で」

 みゃーもり「無能でクズでコミュ障で風俗狂いで」

 みゃーもり「つっかえねえなぁ、こいつって日々イライラさせられますけど」

 平岡「…………」

 みゃーもり「でも、違う名前で呼ぶのはよくないって思うんです!」


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 みゃーもり「名前ってお母さん、お父さんから最初にもらえる大切な贈り物じゃないですか」

 みゃーもり「きっと赤ちゃんパブって名前にもご両親からの真摯な願いが込められてると思うんです」

 みゃーもり「うっざいなぁ、ってちょっとつらくあたっちゃうのは仕方ないかもしれません」

 みゃーもり「でも、名前だけは赤ちゃんパブってちゃんと呼んであげましょうよ!」

 赤ちゃんパブ「…………」 



 矢野「み、宮森!」

 矢野「なに言ってるの、彼は平岡くんでしょ!」

 みゃーもり「矢野さんまでなにいってるんですか!」

 みゃーもり「赤ちゃんパブは赤ちゃんパブです!」

 みゃーもり「万年平社員みたいな名前してそうなのは事実ですけど」

 みゃーもり「赤ちゃんパブって呼ぶくらいしてあげてもいいじゃないですか!」

 赤ちゃんパブ「…………」


 赤ちゃんパブ「俺は武蔵野アニメーションを辞めた」

 赤ちゃんパブ「悪口を言われるのには慣れているとは言え」

 赤ちゃんパブ「さすがに厳しいものがあった」

 赤ちゃんパブ「元々すぐ辞めようと思っていた会社だ」

 赤ちゃんパブ「どうにでもなる、と安易に考えていた」


 赤ちゃんパブ「転職先はまるで見つからなかった」

 赤ちゃんパブ「不採用通知でメールボックスがいっぱいになった」

 赤ちゃんパブ「どうやら俺の噂は業界中に知れ渡っているらしい」

 赤ちゃんパブ「知らない人に冷たい目で見られたり、指を指されて笑われたりした」

 赤ちゃんパブ「それに、年齢的なものも理由だったようだ」

 赤ちゃんパブ(30)「俺は30になっていた」


 赤ちゃんパブ「アニメ業界を追われた俺は」

 赤ちゃんパブ「便所掃除のアルバイトで日々を乗り切っていた」

 赤ちゃんパブ「4畳半に引っ越すことになったし、ネットもつなげなくなった」

 赤ちゃんパブ「売れる物は全て売った」

 赤ちゃんパブ「でもアニメに関するものだけはどうしても売れなかった」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「バカな話だと自分でも思う」

 赤ちゃんパブ「高梨太郎が訪ねてきたのはそんなある日のことだった」


 タロー「よう、だいちゃん。探したぜ!」

 赤ちゃんパブ「……どうして俺のアパートがわかった」

 タロー「それは、まあ、人脈ってやつ?」

 タロー「だいちゃんアニメ会社というアニメ会社片っ端から落ちただろ」

 タロー「その中には俺と付き合いのある会社もあったってわけ」

 赤ちゃんパブ「何しに来た。俺を笑いに来たのか?」

 タロー「まさか。俺がだいちゃんのこと笑うわけないだろ?」

 赤ちゃんパブ「……じゃあ、何しに来たんだよ」


 タロー「実はさ。俺、ムサニ辞めたんだよね」

 赤ちゃんパブ「は?」

 赤ちゃんパブ「嘘だろ?」

 タロー「いや、ほんとほんと」

 赤ちゃんパブ「どうして? お前、俺とは違ってうまくやれてただろ」

 タロー「まあ、たしかに居心地は悪くなかった」

 タロー「でも、だいちゃんがいられなくなるような会社、いてもしかたないだろ?」

 赤ちゃんパブ「…………」



 赤ちゃんパブ「こいつはとんでもないバカだと思った」

 赤ちゃんパブ「でもこいつのバカさ加減はそれだけには留まらなかったんだ」


 タロー「ま、ムサニごときじゃ俺の大きすぎる器を収めるには足りなかったってわけよ」

 タロー「で、俺は俺という器を収める特注の箱を作ることにした」

 タロー「会社を作ろうと思うのであーる」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「冗談だろ?」

 タロー「いやいや、本気も本気。おおマジよ」


 タロー「だいちゃんにはそこで社長をやってもらいたいんだよね」

 赤ちゃんパブ「は? 俺が社長?」

 赤ちゃんパブ「お前やらねーのかよ」

 タロー「言ってるっしょ? 俺は監督一本狙い。社長なんかこれっぽっちも興味ないの」

 タロー「めんどくさそうだし」

 赤ちゃんパブ「会社って何の会社やるんだよ」

 タロー「勿論アニメの会社」

 赤ちゃんパブ「じゃなくて、どうやって利益出すのかって聞いてんだ」

 タロー「さあ? それはこれから考える」


 赤ちゃんパブ「バカバカしい」

 赤ちゃんパブ「うまくいくわけないだろ」

 タロー「そんなのやってみないとわからねーじゃんかよぉ」

 赤ちゃんパブ「わかるよ。丸わかりだよ。三歳児でもわかるわ。まずうまくいかない」

 赤ちゃんパブ「そもそも、俺とお前だろ? お前はまだまだ経験浅いし」

 赤ちゃんパブ「……俺は業界の鼻つまみ者だ」

 赤ちゃんパブ「一体なにができる? 絵は描けない。演出もできない。脚本もCGだってできない」

 赤ちゃんパブ「無理な物は無理なんだよ」


 タロー「まあまあ、やるだけやってみようよ、だいちゃん」

 タロー「案外なんとかなるんじゃねーの?」

 タロー「だって、俺とだいちゃんは最強のバディだから!」

 赤ちゃんパブ「……バカバカしい」

 タロー「やろうよぉ、だいちゃん」

 赤ちゃんパブ「やらねえよ。世迷い言は別のやつに言ってろ。俺は今日の飯代稼がないといけねえんだ」

 赤ちゃんパブ「お前みたいに先がある状況じゃねえんだよ!」

 タロー「だいちゃん……」

 赤ちゃんパブ「二度と来んな」

 赤ちゃんパブ「お前といるとバカが移る」


 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「俺はバカか」

 赤ちゃんパブ「なに期待しちまってんだよ」

 赤ちゃんパブ「どうせまた裏切られるだけなのに」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「それに、俺といるとあいつにまで迷惑がかかっちまう」

 赤ちゃんパブ「これでよかったんだ」

 赤ちゃんパブ「これで」


 客「おにいさん、生二つ」

 赤ちゃんパブ「はいよ」

 赤ちゃんパブ「ったく。どいつもこいつも好き勝手言いやがって」

 赤ちゃんパブ「景気が良いなぁ、ちくしょう」

 赤ちゃんパブ「ん? あれは」

 りーちゃん「高梨さん辞めちゃったんすね」

 みゃーもり「そうなの。もう人いなくて大変」


 赤ちゃんパブ「うわ、顔合わせたくねえ……」

 厨房「平岡、これ三番テーブル」

 赤ちゃんパブ「……マジかよ」

 赤ちゃんパブ「しゃあねえ。腹くくろう」

 みゃーもり「タローさん最近すごく仕事できるようになってたのに」

 赤ちゃんパブ「ソルティドッグとピーチサワーです(裏声)」

 みゃーもり「…………」

 りーちゃん「…………」


 みゃーもり「それでさ。代わりに中途の募集かけたんだけど」

 赤ちゃんパブ「なんとかごまかせたか」

 りーちゃん「あー、そうなんすね。むずかしいんすねえ」

 みゃーもり「そういえばさ、ふと思いだしたんだけど平岡さんって」

 みゃーもり「りーちゃんが原因で赤ちゃんパブって言われてたんだよね?」

 赤ちゃんパブ「……え?」

 りーちゃん「そうなんすよ。まいたけさんの課題に冗談半分腹いせ半分で書いたら」

 りーちゃん「それが思いの外受けちゃって……」


 りーちゃん「伝言ゲームでどんどん一人歩きしていっちゃったっす」

 りーちゃん「みんな平岡さんが赤ちゃんパブ常連だって思ってるし」

 みゃーもり「わたしもそう思ってた」

 りーちゃん「みんなが言ってると書いたわたしまでそんな気がしてくるから不思議っすよね」

 りーちゃん「わるいことをしてしまったっす」

 みゃーもり「わたしも。万策尽きて頭がいっぱいいっぱいになっちゃって」

 みゃーもり「それで平岡さんにひどいこと言っちゃった」

 みゃーもり「平岡さん、どこかで幸せにやってくれてたらいいんだけどなぁ」

 りーちゃん「ほんとっすね」

 赤ちゃんパブ「…………」


 赤ちゃんパブ「怒りとかは別になかったように思う」

 赤ちゃんパブ「もうそれすら通り越していたのか」

 赤ちゃんパブ「もしくは、アニメ業界がいかに人を歪ませるのか」

 赤ちゃんパブ「俺自身よく知っていたからかもしれない」

 赤ちゃんパブ「すべては、きっと少しめぐりあわせがわるかっただけなのだ」

 赤ちゃんパブ「そう思うと、視界が開けたような気がした」

 赤ちゃんパブ「俺は高梨に電話をかけた」

 赤ちゃんパブ「一緒にやらせてくれ、と言った」


 赤ちゃんパブ「高梨は思っていた以上に考え無しだった」

 赤ちゃんパブ「会社を立ち上げようと言いながら」

 赤ちゃんパブ「そのために具体的になにが必要なのか、どういう手続きが必要なのか」

 赤ちゃんパブ「何一つとして知らなかった」

 赤ちゃんパブ「俺は図書館で起業の仕方を勉強し」

 赤ちゃんパブ「事務的作業のすべてを一人でやった」

 赤ちゃんパブ「隣でいびきをかいて寝てる高梨をぶち殺そうかと思ったことを覚えている」


 赤ちゃんパブ「おい、高梨、起きろ」

 タロー「……なによ、だいちゃん」

 赤ちゃんパブ「さっき書類を出してきた」

 赤ちゃんパブ「これで一応手続き上、俺たちの会社ができたことになる」

 タロー「……そうなの? じゃあもうちょっと寝かせて」

 タロー「って」

 タロー「おお、さすがだいちゃん!」

 タロー「タカナシアニメーションがここに爆誕したわけか!」


 赤ちゃんパブ「……なあ。やっぱその社名変えねーか?」

 タロー「なんでよ。仕事できそうないい名前じゃん」

 タロー「特に前半四文字の響きが」

 赤ちゃんパブ「……まあ、いいけどさ」

 タロー「さあ、今ここから日本アニメの夜明けが始まるのです!」

 赤ちゃんパブ「大げさだっての」


 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「俺たちの会社か」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「俺が、社長か」


 赤ちゃんパブ「会社ができたときは正直わくわくした」

 赤ちゃんパブ「何をしてもいい。何だってできるんだ、と思った」

 赤ちゃんパブ「新しいことが始まるときの漠然とした期待感で胸がいっぱいだった」

 赤ちゃんパブ「タカナシアニメーションなんてバカげた名前をニヤニヤしながら見たりもした」

 赤ちゃんパブ「でも、現実はそう甘くは無かった」


 赤ちゃんパブ「俺たちはスタジオタイタニックのような下請けの作画スタジオとして活動を始めた」

 赤ちゃんパブ「俺にはそれなりに人脈があったし、経験があった」

 赤ちゃんパブ「一応作画スタジオの体裁は取れた」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「でも体裁が取れただけだった」


 赤ちゃんパブ「タカナシアニメーションは作画スタジオのようなことをしていたが」

 赤ちゃんパブ「作画スタジオと呼ぶにはあまりにも技術が足りなかった」

 赤ちゃんパブ「同好会レベルと鼻で笑われるような作画しか作れなかった」

 赤ちゃんパブ「それもそうだろう」

 赤ちゃんパブ「これは俺の会社だった」

 赤ちゃんパブ「俺という人間をそのまま拡張して作ったような会社だった」


 赤ちゃんパブ「そんな会社に仕事を頼みたい物好きなんているわけない」

 赤ちゃんパブ「うちに仕事を持ってくる制作はみんな一様に死にそうな顔をしていた」

 赤ちゃんパブ「頼むあてが無くなり、万策が尽きて」

 赤ちゃんパブ「首をくくって責任を取る一歩前でドアを叩くのがうちの会社だった」

 赤ちゃんパブ「起業の際、勿論借金をした」

 赤ちゃんパブ「借金はどんどん膨らんでいった」


 赤ちゃんパブ「このままではいけないのはわかりきっていた」

 赤ちゃんパブ「一人前の作画スタジオだと胸を張って言えるものが作れるようになる必要があった」

 赤ちゃんパブ「しかし俺が頼めるのは適当な仕事を適当にしているやつらばかりだった」

 赤ちゃんパブ「当然だと思う」

 赤ちゃんパブ「ちゃんとした能力のある人間は」

 赤ちゃんパブ「社長が日に一食しか食えないようなスタジオの仕事なんて受けない」


 赤ちゃんパブ「なあ、高梨」

 タロー「なによだいちゃん。辛気くさい顔して」

 赤ちゃんパブ「もう、無理だと思うんだよ」

 赤ちゃんパブ「ここが潮時だ」

 赤ちゃんパブ「俺たちにまともなアニメ会社なんて作れない」

 赤ちゃんパブ「土台無理な話だったんだよ」


 タロー「そんなのまだわかんないって」

 赤ちゃんパブ「いや、もうどうしようもない」

 赤ちゃんパブ「作画の技術をあげないといけないのに」

 赤ちゃんパブ「それができる人に頼めるだけの金と信用がない」

 赤ちゃんパブ「金と信用を得るには作画の技術がいる」

 赤ちゃんパブ「手詰まりなんだよ」

 タロー「…………」

 タロー「なにいってんのよ、だいちゃん」

 タロー「人がいないなら育てりゃいいだけのことでしょうが」


 赤ちゃんパブ「高梨太郎はバカだ」

 赤ちゃんパブ「俺は自分の人生であんなにバカな人間を見たことが無い」

 赤ちゃんパブ「でも、バカだからこそ、意外と人には見えない真実が見えていたりするのかもしれない」

 赤ちゃんパブ「それでも、いつもなら机上の空論だと笑い飛ばす話だっただろう」

 赤ちゃんパブ「しかし、俺はその言葉を啓示みたいに受け止めた」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「俺にも高梨のバカが移り始めていたのかもしれない」


 赤ちゃんパブ「俺は適当なやつらを一流のクリエーターとして扱った」

 赤ちゃんパブ「リスペクトし、献身的に尽くし、ちゃんとやればできるレベルの仕事を要求し」

 赤ちゃんパブ「褒めて、褒めて、褒めまくった」

 赤ちゃんパブ「元々みんな一流になりたくて業界に入ったはずなのだ」

 赤ちゃんパブ「手抜きをすれば、露骨に不満を態度で示し」

 赤ちゃんパブ「良い仕事には最大級の賛辞を送った」

 赤ちゃんパブ「それでも人なんてそうそう変われるものじゃない」

 赤ちゃんパブ「作画のクオリティは上がらなかった。借金は膨らむ一方だった」


 赤ちゃんパブ「それでも」

 赤ちゃんパブ「ずっと変わらないでいられる人間もいない」

 赤ちゃんパブ「止まっているような速さで何かが変わっていったのだと思う」

 赤ちゃんパブ「ある日不意に気づいた」

 赤ちゃんパブ「いつの間にかタカナシアニメーションは十分見える作画ができるようになっていた」


 赤ちゃんパブ「俺は有頂天になった」

 赤ちゃんパブ「これなら十分やっていける」

 赤ちゃんパブ「仕事がどんどんくるはずだ」

 赤ちゃんパブ「借金だって返せる」

 赤ちゃんパブ「そう思った」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「でも、現実はそう甘くない」


 赤ちゃんパブ「合格点の仕事ができるようになるまでの長い間」

 赤ちゃんパブ「タカナシアニメーションは不合格の作画を垂れ流し続けていた」

 赤ちゃんパブ「信用はもう、取り返しがつかないところまで落ちていた」

 赤ちゃんパブ「くるのは相変わらず最後の手段として妥協の末の仕事ばかり」

 赤ちゃんパブ「借金は増え続けた」

 赤ちゃんパブ「借金を返すために借金をした」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「破滅のときはすぐそこまできていた」

 赤ちゃんパブ「いや、気づいていなかっただけでもう破滅していたのかもしれない」


 赤ちゃんパブ「大きな仕事が必要だった」

 赤ちゃんパブ「そこで周囲を見返す必要があった」

 赤ちゃんパブ「地に落ちていた評判を一気に上げるには」

 赤ちゃんパブ「目に見える成功が必要だった」

 赤ちゃんパブ「それができるだけのものは積み上げたはずだ」

 赤ちゃんパブ「でも、そんな仕事誰がうちにくれる?」


 赤ちゃんパブ「俺は制作会社を片っ端から訪問しては頭を下げた」

 赤ちゃんパブ「最近の仕事を見せれば、わかってもらえるかもしれないと思っていた」

 赤ちゃんパブ「これじゃ話にならないと言われた」

 赤ちゃんパブ「ゴミだと吐き捨てられた」

 赤ちゃんパブ「それもそうだ。うちのような底辺のスタジオは」

 赤ちゃんパブ「まともな仕事をしたところでそういう色眼鏡で見られてしまう」

 赤ちゃんパブ「万策尽きた」

 赤ちゃんパブ「ホームセンターで縄を買った」



 赤ちゃんパブ「最後に門をたたいたのが武蔵野アニメーションだった」


 みゃーもり「そんな、平岡さん、困ります!」

 赤ちゃんパブ「お願いします! 俺たちに仕事をください!」

 赤ちゃんパブ「絶対に後悔はさせません!」

 みゃーもり「お願いだから、頭を上げてください!」

 赤ちゃんパブ「上げられません! 俺は今日仕事がもらえなければ死のうと思ってここにきました!」

 赤ちゃんパブ「どうか、どうか」

 赤ちゃんパブ「うちがどういう仕事をしているかだけでも見てもらえませんか!」

 みゃーもり「…………」

 みゃーもり「わかりました」


 赤ちゃんパブ「すいません、無理言ってお時間を取らせてしまって」

 みゃーもり「いえいえ」

 赤ちゃんパブ「武蔵野さんのような業界のトップを走る会社がうちに仕事なんて」

 赤ちゃんパブ「土台無理がある話なのはわかってるんですけど」

 みゃーもり「いや、そんな大したものじゃないですよ」

 赤ちゃんパブ「なにいってるんですか、すごいですよ」

 赤ちゃんパブ「三女以降、出す作品はことごとく大ヒット」

 赤ちゃんパブ「アンデスチャッキーリメイクの劇場版は万と万尋の神隠し以来のアカデミー賞を取りましたし」

 赤ちゃんパブ「チャッキーは正直感動しました。作り手の思いが感じられるというか、魂入ってるなって」

 みゃーもり「あ、ありがとうございます……」


 みゃーもり「お仕事、拝見させてもらいました」

 赤ちゃんパブ「はい」

 みゃーもり「…………」

 みゃーもり「すいません、これは持ち帰らせてください」

 みゃーもり「社内で検討した上で、ご連絡致しますので」

 赤ちゃんパブ「!」

 赤ちゃんパブ「ありがとうございます!」

 赤ちゃんパブ「なんと、なんとお礼を言っていいか……」

 みゃーもり「平岡さん、頭を上げてください、困ります」


 赤ちゃんパブ「本日は本当にありがとうございました」

 みゃーもり「いえいえ、とんでもないです」

 みゃーもり「また後日ご連絡致しますので」

 赤ちゃんパブ「はい。よろしくお願いします」

 みゃーもり「…………」

 みゃーもり「平岡さん、なにか変わりましたね」

 赤ちゃんパブ「そうですか?」

 みゃーもり「はい。なんか、かっこよくなりました」

 赤ちゃんパブ「は、はぁ……どうも」


 赤ちゃんパブ「結論から言うと、武蔵野アニメーションはうちに仕事をくれるようになった」

 赤ちゃんパブ「買った縄は使われずに押し入れに眠ることになったわけだ」

 赤ちゃんパブ「俺たちはなんとしてでもチャンスをものにしようと馬車馬のように働いた」

 赤ちゃんパブ「気づいたら二日寝てない、とかそんなのはざらだったと思う」

 赤ちゃんパブ「休みなんてものはなかったが、休みを欲しいとも別に思わなかった」

 赤ちゃんパブ「納期に遅れたことは一度も無いし、クオリティも胸を張れるだけのものを出したつもりだ」

 赤ちゃんパブ「武蔵野さんが使ってるなら、とうちにもどんどん仕事が来るようになった」

 赤ちゃんパブ「借金は少しずつ減っていった」

 赤ちゃんパブ「俺たちは氷山をなんとかかわしきったように見えた」


 赤ちゃんパブ「高梨が絵コンテを書き始めたのはそんな時期のことだった」

 赤ちゃんパブ「仕事が珍しく早く片付いたその日」

 赤ちゃんパブ「高梨はいつものように俺を飲みに誘うこと無く」

 赤ちゃんパブ「延々と事務所の机の上で絵コンテを描いていた」

 赤ちゃんパブ「そう、延々と」

 赤ちゃんパブ「延々とだ」


 赤ちゃんパブ「この頃高梨は演出の仕事をするようになっていた」

 赤ちゃんパブ「というか、演出としてうちにはなくてはならない存在だった」

 赤ちゃんパブ「うちが作画スタジオとして武蔵野に認められるだけの仕事ができたのも」

 赤ちゃんパブ「高梨の力がかなり大きかった」

 赤ちゃんパブ「高梨は演出として、一人でも十分食べていけるだけの力を付けていたわけだ」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「話を続けよう」


 赤ちゃんパブ「来る日も来る日も高梨は絵コンテを描いた」

 赤ちゃんパブ「どうしてそんなに熱心なんだ、と俺は聞いた」

 赤ちゃんパブ「描きたいから。シンプルな答えだった」

 赤ちゃんパブ「俺はあいつの絵コンテを見た」

 赤ちゃんパブ「話にならなかった。とても見えたものじゃない」

 赤ちゃんパブ「これでは監督は無理だな、と思ったことを覚えている」

 赤ちゃんパブ「そのうち飽きるだろう、と放って置いた」

 赤ちゃんパブ「高梨はいつまでもいつまでも絵コンテを描いていた」


 赤ちゃんパブ「借金を返し終わった夜」

 赤ちゃんパブ「俺は高梨と事務所でささやかな飲み会をした」

 赤ちゃんパブ「高梨が先に潰れた。疲れているようだった。いつもより随分と早い」

 赤ちゃんパブ「一人になった俺は何の気なしに高梨が書き飛ばして捨てた絵コンテを見た」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「一目で魅入られた」

 赤ちゃんパブ「それは魔法の絵コンテだった」


 赤ちゃんパブ「俺は朝、高梨が目覚めるまで絵コンテを次々に読み続けた」

 赤ちゃんパブ「天才だと思った」

 赤ちゃんパブ「こんな絵コンテを俺は見たことが無い」

 赤ちゃんパブ「起きた高梨に俺は熱っぽく自分の感想を伝えた」

 赤ちゃんパブ「これなら大ヒット間違いなしだ、と」

 赤ちゃんパブ「高梨はかなしげに目を伏せた」

 赤ちゃんパブ「そして言った」

 赤ちゃんパブ「でも、タカナシアニメーションでは作れない、と」


 赤ちゃんパブ「高梨の絵コンテは天才的に面白かったが」

 赤ちゃんパブ「それを作るのにはたくさんの人手と、優秀な脇を固めるスタッフが必要なのは明白だった」

 赤ちゃんパブ「高梨太郎という天才に、タカナシアニメーションという箱は小さすぎたのだ」

 赤ちゃんパブ「俺は躍起になって会社を大きくしようとした」

 赤ちゃんパブ「経営は軌道に乗っていた」

 赤ちゃんパブ「会社の規模はどんどんと大きくなった。グロスを任されることも増えた」

 赤ちゃんパブ「それでも、高梨の作品を作るには全然足りなかった」


 タロー「だいちゃん、最近調子いいね」

 赤ちゃんパブ「そうだな」

 赤ちゃんパブ「昔はノウナシアニメーションとか言われたけど」

 赤ちゃんパブ「今じゃタカナシアニメーションなら間違いない、だ」

 赤ちゃんパブ「俺たちは成功者だ」

 タロー「うん」

 赤ちゃんパブ「…………」

 タロー「…………」


 タロー「人も随分と増えた」

 赤ちゃんパブ「ああ」

 タロー「演出のスタッフだって俺の他にもいる」

 赤ちゃんパブ「……何が言いたい?」

 タロー「…………」

 タロー「武蔵野から監督として誘われてる」

 タロー「タカナシアニメーションを辞めようと思う」

 赤ちゃんパブ「…………」


 赤ちゃんパブ「ふざけんなよ」

 赤ちゃんパブ「お前が言い出したことだろうが」

 赤ちゃんパブ「社名にだってお前の名前が入ってんだぞ」

 赤ちゃんパブ「勝手にやめるとか絶対許さねえからな」

 赤ちゃんパブ「お前がいなきゃ誰が演出するんだよ」

 タロー「木佐も三村もどこに出しても恥ずかしくない仕事をする」

 タロー「俺がいなくてもうちは大丈夫だ」

 赤ちゃんパブ「ああ、そうだよ。知ってるよ」

 赤ちゃんパブ「そんなの誰よりも知ってるよ」

 赤ちゃんパブ「でも……」


 赤ちゃんパブ「お前じゃねえとダメなんだよ」

 赤ちゃんパブ「お前じゃねえと何の意味もねえんだよ」


 タロー「ごめん、だいちゃん……」

 赤ちゃんパブ「…………」


 赤ちゃんパブ「行けよ」

 タロー「…………」

 赤ちゃんパブ「どこにでも行け」

 赤ちゃんパブ「二度と顔を見せるな」



 赤ちゃんパブ「それから高梨には会っていない」


 赤ちゃんパブ「データ届けに来たぞ」

 みゃーもり「ありがとうございます」

 赤ちゃんパブ「災難だったな。FTPサーバーがダウンするなんて」

 みゃーもり「はい。でも、平岡さんが持ってきてくれたのでほんと助かりました」

 みゃーもり「どうやって持ってきたんですか?」

 赤ちゃんパブ「車。徳島から高速で」

 みゃーもり「……ほんとうにありがとうございます」

 赤ちゃんパブ「いや、まあ偶然帰るところだったし」

 赤ちゃんパブ「徳島の第三スタジオで作ってたのも原因ではあるし」

 みゃーもり「いえ、ほんとうにたすかりました」


 みゃーもり「あれから、随分経ちましたね」

 赤ちゃんパブ「そうだな」

 矢野「お、社長。最近調子はどう?」

 赤ちゃんパブ「まあ、普通かな」

 矢野「あんなに大ヒット飛ばしておいて。やっぱ業界トップは言うことが違うわ」


 矢野「そうだ。新作、劇場アニメ、やるんでしょ」

 赤ちゃんパブ「さすが。よく知ってんな」

 矢野「天才監督を迎えるんだよね。非公表だから大きな声では言えないけど」

 矢野「でも、関係者は大盛り上がりよ」

 みゃーもり「ピクサー帰り一本目の作品ですからね」

 矢野「日本のアカデミー賞受賞作三本目間違いなしって」

 赤ちゃんパブ「……まあ、あの監督四年連続で取ってるからな」

 赤ちゃんパブ「足を引っ張らないようにしねえと」


 赤ちゃんパブ「今日これから、その監督と打ち合わせなんだよ」

 矢野「そうなんだ」

 赤ちゃんパブ「正直、ちょっと緊張する」

 矢野「だろうね」

 赤ちゃんパブ「ま、適当にやってくるよ」

 矢野「とか言いつつちゃんと仕事をするのよね。昔とは大違い」

 赤ちゃんパブ「……言うな」


 矢野「でも、今の平岡くん、わたしは好きだよ」

 赤ちゃんパブ「は?」

 赤ちゃんパブ「な、なに言ってんだよいきなり」

 矢野「あ、いや、恋愛的な意味じゃなくてね」

 赤ちゃんパブ「……なんだよ。びっくりして損した」

 矢野「その分だと相変わらず彼女とかいないみたいね」

 赤ちゃんパブ「仕事が大変なんだよ」

 赤ちゃんパブ「早く会社大きくしねえといけなかったから」


 赤ちゃんパブ「まあ、でも。それも今日で一応の片は付いたかな」

 矢野「え?」

 赤ちゃんパブ「いや、なんでも。じゃあな」

 矢野「うん、おつかれ」

 みゃーもり「お疲れ様です」



 赤ちゃんパブ「…………」


 赤ちゃんパブ「すげえ緊張する」

 赤ちゃんパブ「……帰りてえ」

 赤ちゃんパブ「どんな顔して会えばいいんだよ」

 赤ちゃんパブ「天才だぞ? 超大物だぞ?」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「…………」


 赤ちゃんパブ「あ、こんにちは」

 赤ちゃんパブ「本日はよろしくお願いします」

 スーツの外国人「よろしくお願いします」

 赤ちゃんパブ「遠いところ大変だったでしょう」

 スーツの外国人「いえいえ、日本はわたし好きですし」

 赤ちゃんパブ「あの、それで監督は?」



 大物監督「よう、だいちゃん」



 赤ちゃんパブ「よう、高梨。久しぶり」


 二年後――


 赤ちゃんパブ「めっちゃ緊張するんだが」

 タロー「だいちゃんが緊張してもしょうがないじゃん。トロフィーもらうわけでもないし」

 赤ちゃんパブ「ばかやろう」

 赤ちゃんパブ「カンヌだぞ?」

 赤ちゃんパブ「それもパルムドールだぞ?」


 赤ちゃんパブ「そりゃ昔は若気の至りで『ある視点部門』と『国際批評家連盟賞』取りたいって思ってたよ」

 赤ちゃんパブ「でも『パルムドール』ってありえねえだろ」

 赤ちゃんパブ「アニメが取れる賞じゃねえっつうの」

 タロー「でもノミネートされたじゃん」

 赤ちゃんパブ「お前すごすぎんだよ、ふざけんな!」

 タロー「怒ってんの、褒めてくれてんの?」

 赤ちゃんパブ「どっちもだよ!」


 タロー「でも、この作品がここまで評価されてるのはだいちゃんのおかげだと思う」

 赤ちゃんパブ「は?」

 赤ちゃんパブ「俺なんて大したことしてねえっつうの」

 赤ちゃんパブ「せいぜいお前が働きやすいようにスタッフ集めたくらいで」

 タロー「いやいや、それが難しいんだって」

 タロー「俺、こんなにやりやすい現場初めてだったもん」


 タロー「ぶっちゃけ脚本も音響も演出も作監も」

 タロー「一人くらい他の誰かだってこの作品は作れたと思うけど」

 タロー「でもだいちゃんがいなかったらこれは作れてなかったと思う」

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「やめろよ」

 赤ちゃんパブ「泣いちまうだろうが」

 タロー「泣いていいのよ?」

 赤ちゃんパブ「うっせえ」


 タロー「しかしだいちゃんも小さい男だねぇ」

 赤ちゃんパブ「は?」

 タロー「だってそうでしょ。賞がどうこうで一喜一憂しちゃってさ」

 タロー「俺たちの作品はこんな作品で収まるようなものじゃないって思わない?」

 赤ちゃんパブ「そんなわけ……」

 赤ちゃんパブ「まあ、あるか」

 赤ちゃんパブ「次はもっといいの作れるだろうし」


 タロー「でしょうよ。こんなのは通過点通過点」

 タロー「だいちゃんが大きな箱を作ってくれたから」

 タロー「俺ももっとがんばって仕事しないとね」

 タロー「こんな箱じゃすぐに収まらなくなるから」

 赤ちゃんパブ「ねえよ。俺が箱大きくする方が早いっつうの」

 タロー「はてさて。そんなうまくいくかな」

 赤ちゃんパブ「いくね。いかせるね」

 赤ちゃんパブ「お前はずっと俺と作品作ってればいいんだよ」

 タロー「だいちゃん……」

 タロー「そんなこと言って恥ずかしくない?」

 赤ちゃんパブ「うっせえよ」


 タロー「お、発表だ」

 『カンヌ国際映画祭。今年度のパルムドールは――』

 赤ちゃんパブ「…………」

 赤ちゃんパブ「ま、でもこんな賞じゃ収まらないってのはたしかかもな」

 『タロウ・タカナシ監督! ぷるんぷるんシャングリラです!』

 赤ちゃんパブ「だって俺たちは――」



 赤ちゃんパブ「――最強のバディ、だもんな」


 おわり

以上。
感想もらえるとうれしい。

今までのパターンを崩せたのが偉いぞ!褒めてやる
ずかちゃん年増スレと同路線で成功して汚名を晴らせたな
前言ってたくだらない奴ってのは書かないのか

長くて申し訳なかった。
一番自信なかったから案外好意的でうれしい。
しばらく書けないと思う。四日間楽しかった。
読んでくれた人、感想くれた人、本当にありがとう。

>>81
昨日の時点でこれの冒頭があった。
これはくだらん、と思った。
ジャージーボーイズを見た。
こうなった。そういうこと。

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