【艦これ】神通「私と提督の、恋」 (759)

神通主役のSSです、激情に揺れる神通の心情描写に挑戦。
地の文・長編SSが好きであればお付き合い下さい。


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↑こちらの神通視点でもあります、よろしくどうぞ。


その他 青葉「司令官をグデングデンに酔わせてインタビュー!」
青葉「司令官をグデングデンに酔わせてインタビュー!」 - SSまとめ速報
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ほのぼの(?)も書いておりますので、宜しければ。
では、初めて行きます。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1427886950

「これ以上あなたと・・・”提督”と話すことはありません、失礼します」



ついさっきまでこの人に感じかけていた好意が、一辺に薄れていくのを感じます。

暖かい親愛の情から冷たい憎しみとすら言える醜い感情が私を支配していくのも。


何故、こんな出会い方をしてしまったのでしょうか。

いえ・・・それ以前に何故、私の気持ちはこんなにも風が吹き荒れているのでしょう。

尚も話しかけようとするその人の視線を断ち切るように踵を返し、私は鎮守府の門をくぐりました。

ミュールの踵が石畳を叩く音に意識を集中させて。

後ろからかけられる声が努めて耳に入らないように注意を払いながら歩き続けます。

艦娘ではなく人間と話して、こんなにも気分が落ち着かなくなるのはいつ以来でしょう。

胸の内にあった温かい感情を無理やり打ち消した自己嫌悪を抱えながら・・・。

私は川内型の自室に帰るために早足で歩き続けるのでした。

何故・・・何故、どうして。

答えのない問が、私の心の中に響きます。

ただでさえ10時には執務室に集合しなければならないというのに、何故今から憂鬱な気分にならなければいけないのか不満を感じながら。


私はついさっきあった朝の出来事に思いを馳せるのでした。

【神通side】


早朝、出撃から帰投した私たち軽巡4人は陸に上がり、それぞれの部屋に帰ります。

天龍さんと龍田さんとは別れ、私と川内姉さんも一緒に部屋の中へ。


「朝・・・眠いよぉ・・・おやすみ」

「川内姉さん、ちゃんと着替えないと・・・シワになっちゃいます・・・」

夜戦の後の川内姉さんはいつもこんな感じです。

私の力弱い静止を気にもとめず、眠りについてしまいました。

室内はシンと静まり返っていて、眠りに就いた川内姉さんと二人だけで過ごすには寂しさを感じてしまいます。

私はというと、夜戦帰りだというのに妙に目が覚めてしまって眠れそうにありません。


「少し、外を歩いて来ましょうか」

私服に着替え、川内姉さんの体に毛布をかけると、私は部屋を後にします。

艤装とは違った落ち着きのあるロングスカート。

そして買ったばかりのミュールが春の装いを感じさせて、私の心をいくらか弾ませます。


踊り場を通りかかると、丁度休憩していた夕張さんと目が合いました。

「おはよう、神通・・・朝早くからお出かけ?」

「おはようございます、夕張さん。ええ、ちょっとだけ」


また工廠に篭って開発でもしていたのでしょうか。

彼女の開発マニアぶりは鎮守府で有名です。

眠そうな眼をこすりながらコーヒーをすすっている夕張さんに別れを告げて、鎮守府の寮を出ました。

人間嫌いの天龍さんや龍田さんと比べて、私はたまに人間の街に出ます。

艦娘の詳しい情報は一般人にはほとんど知らされていませんが、私たちの存在が人類の敵

―――深海棲艦に対する兵器であることは知られています。


気味悪がって近づかない人もいれば、関係なく接してくれる人もいて様々です。

私が艦娘であることを気にしない方のお店に寄るのは、数少ない趣味といえるものでしょう。


鎮守府から街へは、歩いてもそう遠くはありません。

「神通ねーちゃん、おはよう!」

「おはよー」

「はい、おはようございます」


早朝からお店の準備を始める、修業中の子供たちと挨拶を交わしながら。

私は街の中央へと歩を進めました。

どこか馴染みのお店で朝食を頂こうと考えながら。

街の中央には、古びた煉瓦造りの時計塔と噴水があります。

お昼の賑わい時には待ち合わせなどで沢山の人が行き交うここも、早朝ともなれば貸切です。

私はいつもここで一息ついてから、その日に寄るお店を決めることにしているのですが・・・。


「あら、珍しいですね・・・こんな時間に」

どうやら今日は、先客がいるようでした。

私よりも頭一つ背の高い、若い男の人。

顔立ちは柔和な文化系の人ですが、線の細さは感じられません。

たくさんの荷物が入っているであろう大きな旅行鞄、地図を片手に首をかしげるさまを見ると、土地勘のない旅行者であることは一目瞭然でした。


「何か、お困りでしょうか」


こちらに気づいていないうちに通り過ぎることもできたのですが・・・。

その時の私は何故か、その男の人に自然と声をかけていたのでした。

すみません少し席を外します、今日中にもう少し投稿します。

うむ

再開

【提督side】


「何か、お困りでしょうか」


声をかけられたことに気づいた俺は、地図から眼を離して顔をあげる。

目の前に、少女が立っていた。

タートルネックのセーターにクリーム色のロングスカートという出で立ちは、年頃の娘にしては少し地味に感じるが・・・。

しかし、少女の持つ清楚な雰囲気に良く似合っている。

こちらを覗き込む際に揺れる前髪に、凛とした顔立ちと佇まい。

全てが朝の静謐な空気と一体化した美しさを表していて、俺はしばらく言葉を失う。

「あのう、私、何か失礼なことを?」
「ああ、すみません」


見かねた少女がもう一度話しかけてくれたおかげで、俺は忘れていた言葉を取り戻す。

街娘だろうか、丁度いい。地図を片手にウロウロするより大分助かるだろう。


「実は、道に迷ってしまって・・・宜しければ案内して頂けないでしょうか」

言ってから、しまったと思った。

こちとら素性も分からぬ旅人である。

年頃の娘さんに対してこの申し出は、怪しまれてしまうのではないだろうか。

これから重要な任務に着く身として、トラブルは避けなければならないのに・・・。


「ええ、いいですよ」


俺の心配とは裏腹に、少女は静かな微笑みを浮かべて承諾してくれた。

困っている人を見ると見過ごせない娘なのだろうか。好感が持てた。

「ありがとうございます」

「どちらまで行かれるのですか?」

「ええ・・・鎮守府の方まで」


今思えば目的地を告げた時に、少女の微笑みが微かに曇ったのを。

そう、俺はもう少し重要視すべきだったのかもしれない。

【神通side】


何故私はこの男の人に声をかけたのでしょう。

もう一度、自分の心の内に問いかけますが・・・答えは出ませんでした。


青年から鎮守府、という言葉が出た瞬間、私は微笑みが陰るのを悟られないように取り繕いました。

本日着任する、新しい提督のことを思い出してしまったからです。

・・・挨拶がある10時までは忘れようとしていたのに。

とは言え、それはこの方とは関係がありません。

何人か提督が交代するのを見てきましたが、皆さん年配の方たちばかりでした。

・・・それに、私の様な若い娘に頭を下げるようなことはありませんでした。


恐らくこの人は鎮守府の周りにある整備施設で働く工員さんなのでしょう。

職を求めて鎮守府がある地に移り住む人は多いと聞きます。でも。

「ここから鎮守府まで、さほど遠くありません・・・お急ぎなのですか?」

「いえ、まだ余裕はあるのですが・・・道に不慣れだから早めに行こうかと」


「多分、こんな早朝からですと・・・ほとんど誰も起きてないかと思います・・・」

「げっ・・・それはまいったなあ」


工場が動くのは艦娘たちの出撃や帰投に合わせて。

なので、緊急でもなければこんな早朝に起きている人はそういないでしょう。

「さて、どうするか」


男の人の方から困惑した声と、それから。

ぐうううう、っとお腹の虫が鳴く声が同時に聞こえてきて。


「ふふ、それでは朝食が取れるお店をご案内しましょうか?」
「ははは、お恥ずかしい・・・お願いします」


私はクスリと笑って、街のガイドを買って出ていたのでした。

私が兵器ではなく、普通の街娘だったら・・・こうやって始まる恋もあるのでしょうか。

・・・出撃時の川内姉さんとの会話のせいで、そんな無意味なことを思いながら。

朝早くから開いているお店を、私は何軒か知っています。

その中でも行きつけのパン屋さんを紹介したのですが。


「おいしい、これは美味しいですね!」

「気に入って頂けて・・・嬉しいです・・・」

「いつもここで朝食を?」


自分が好きなモノを褒められるということにこそばゆさを感じながら・・・。

照れを気取られないように、私もパンに手を伸ばします。

「ええと・・・いつもでは・・・ないです・・・」


男の方とこうしてテーブルを囲むことなど初めてのことです。
今更それに気づいてしまった私は、恥ずかしくって落ち着きません。


(うぅ・・・どうしましょう・・・)


戦闘で敵を目の前にした時とは違った火照りを身体に感じて。

私はますます萎縮してしまい、次の言葉が出てきませんでした。

何か返さなければ失礼になってしまうのに。

「神通ちゃんは良く来てくれるわよ、毎日じゃないけどねえ」

パン屋のおばさまが私に代わって答えます。

いつも私に良くしてくれる方です。


「神通・・・というのは、あなたの?」
「はい・・・神通と言います」


遅れて自己紹介をすると、珍しい名前ですね、と言われました。


「艦娘・・・ですから・・・」

私の言葉に男の人はピクリ、と切れ長の眉を動かしました。

この人は、深海棲艦と戦う力のある私たちにどういう感情を抱いているのでしょうか。

艦娘だと知られた瞬間、手のひらを返されたことなどいくらでもあります。

人は、得体の知れない力に恐怖する生き物ですから・・・仕方ありません。

慣れました。

「そうですか、では私の仕事仲間にあたるということだ」

「え?」

「これから、よろしくお願いしますよ・・・神通さん」


それは春の草原を駆け抜けるかのように颯爽と。

私の心に・・・風が、吹きました。

屈託のない満面の笑み。

人と・・・男の人ともう少し話したい、などと思ったのは初めてのことで。

兵器のくせに私は、顔を赤らめて俯くのでした。

そんな私の態度を勘違いして受け取ったのか、工員さんは少し焦った口調になります。


「ありゃりゃ、迷惑ですか?」

「そ、そんなことは・・・ありません・・・」

「はは、それは良かった」

私を気遣ってか、性格によるものか。段々と彼はおどけた口調になってきました。

元々口数が少ない私・・・しかも今は混乱状態です。

話の主導権を握ってくれる彼に助けられているのを感じます。

この人に任せておけば場がしらけることはないだろうと安心しました。



そう思ったのも束の間、パン屋のおばさまから思いもしない言葉が飛び込んできます。

「でも意外だねえ、まさか神通ちゃんが男の人を連れてくるなんて」

「え?」

「この人・・・神通ちゃんの”いい人”なのかい?」

「えっ、えっ・・・え?」


おばさまの意地悪な問いに、私はまたも身体が火照っていくのを感じました。

男の人と食卓を囲んでいる私を外から見ると・・・そう見えてしまうのでしょうか?

恥ずかしさのあまりそれ以上何も言えず、またしてももじもじと下を向いてしまいます。

「そうです・・・と言いたいところですけれど、実は今日会ったばかりです」

「なんだい、そうだと思ったよ!」


私の代わりに工員さんがおばさまに答えてくれます。


「アンタも男前だけれど、それだけで神通ちゃんが靡きそうにないものね」

「私はあなたの様なマダムにも心惹かれているんですけどね」

そんな軽口で話題を逸らしながら、工員さんは気を良くしたおばさまに焼きたてのパンをサービスされていました。

うぅ・・・まだ恥ずかしいです。


「この子は身持ちが固い娘だからね、頑張らないといけないよ!?」

「はい、参考にさせて頂きます」

「も、もう・・・それ以上からかわないで下さい・・・」

丁度、食事が終わったのを良い事に。

私は工員さんを連れて、逃げるようにしてお店を後にしました。

私が男の人を連れてきたのが本当に意外だったのか、帰り際までおばさまの話題はそれ一色でした。

鎮守府とは違って、一歩街に出るとみんな、その話題を出します。

恋心。

それは、今日の出撃で艦娘たちの話題にも登ったのでした。

恋心が、私たち艦娘を強くする。

話題に出したのは、意外にも川内姉さんでした。

その話が本当かどうか、私には分かりません・・・恋をしたことが無いのですから。

でも、それが・・・恋心が本当に艦娘を強くするということがありうるのなら。

私たち艦娘は、恋をしてみるべきなのかもしれません。



・・・・・・・・・・・・1隻でも多くの敵を、沈めるために。

・・・・・・・・・・・・あの深海棲艦たちを、暗い海の底まで。

・・・・・・・・・・・・私の胸に居座る、深い憎しみとともに。

「・・・さん、神通さん」


横から声がして、私は現実に引き戻されます。

工員さんが心配そうな顔でこちらを見ていました。


「どうか、しましたか?」
「え?」


その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えて・・・。

私はまともに答えることが出来ませんでした。

「何度呼んでも俯いて、元気がなさそうでしたから」

「あっ・・・、すみません・・・」


今日会ったばかりの私を心配してくれるあたり、この人はとても優しい人なんだなと思いました。

こういう誠実な人であれば、恋をしてみても良いのでしょうか、なんて。

憎しみを抱えた私が思ってはいけないことを思ってみても、意味のないことです。

「おや、大分活気が出てきましたね!」


元気のない私を気遣ってか、隣からことさら楽しそうな声がします。


「はい、そうですね」

見ると、丁度街中が朝の準備を終えて、市場が開いていく途中でした。

既にお目当てのお店に並ぶお客さんがそこかしこに見えて、街は陽気なムードに包まれています。

「どんなお店があるんですか?」

「さっきの様なご飯が食べられるお店と・・・後はお洋服や雑貨、書店・・・色々です」


お気に入りのお店の特徴を、いくつか挙げてみました。


「全部寄って行きたいくらいだね」

「そんな・・・遅刻してしまいます・・・」


私の面白みのない返しに、それでも工員さんは笑ってくれて。

「うん、そうみたいだけど」

「楽しそうなお店がいっぱいあるのが悪いんだ、そうでしょう?」


イタズラっ子の様な発言に、私は笑ってしまいました。

ここまで来ると、私も段々彼の性格が掴めて来ます。

真面目な雰囲気はあるものの、とても冗談が好きな方のようで。

お喋りな様ですが、ちゃんと私の反応を見て話題を選んでいます。

世間の普通の女の子たちは、こういう人に恋をするのでしょうか?

トクン、と胸が跳ねます。

でも、それは叶わぬ夢・・・この人と話すことは、今日以降もうないでしょうから。


「また今度、案内していただけると嬉しいのですが」

「すみません・・・それは・・・無理だと思います・・・」


ですから私は、本心とは逆の言葉を口にしていました。

「ありゃ、振られてしまいましたか」

「そ、そうではないです・・・!」


何を必死に否定しようとしているのだろうと、心の中でつぶやきます。


「私たちは艦娘、ですから」

「・・・ええと?」


首をかしげる工員さんに、私は言葉を続けます。

「私は深海棲艦へ対抗するための人類の切り札・・・兵器です・・・」

「軍の限られた人以外と一緒にお出かけしたり・・・そんな事・・・」


クスリと笑って、工員さんが続けます。


「もうこんなにお話しているのに?」

「今日は・・・お互い不可抗力です・・・」


「私たちは兵器、ですから・・・」


そんな私のつぶやきに、工員さんはそんな事はないけどなあと呟いて。

それでこのお話は終わりとなりました。

自分で工員さんの誘いを断ったくせに私は。

他に答えようがなかったものかと、ウジウジと悩むのです。


「あのう・・・すみません・・・気を悪くしないで・・・」

「いや、艦娘は確かに軍の機密ですから・・・軽率なことは出来ないでしょう」


申し訳なく思いながらも、私はそれを否定しません。

兵器が、軽々しく人と接点を持つべきではありませんから。

私たち艦娘という兵器が接していい人間・・・。

それは軍の中でも選ばれた人たちだけ。

そう、例えば鎮守府で言えば・・・。


「あなたが、私たちの提督だったら良かったのに」


今日着任する、おそらくは年配の偉ぶった顔をする上官へのあてつけを含みながら。

私にしては珍しく、思ったことを素直に口に出せたのです。

それは決して実現しない、陽炎のような幻なのだからこそ、言えたのですけれど。

突然放たれた私の言葉に、工員さんはびっくりした様子でした。そして。


「そう言ってくれると嬉しいですね」


満面の笑みで、さっきみたいな冗談を続けてくれるのでした。


「では神通くん、私の鎮守府まで案内してくれたまえ」


イタズラっぽく放ったその言葉に。

私は今日初めて、屈託のない笑顔を彼に向けることが出来ました。


「はい、お任せ下さい・・・提督」

街から鎮守府への道のりが、もう少し遠くても良いのにと感じたのは初めてのことです。

一般人に鎮守府のことを話すのは褒められたことではありませんから、私は話しても良い範囲で、工員さんに鎮守府の・・・主に艦娘のお話をしました。



私には姉がいて、同じ部屋で暮らしていること。

みんないい人たちばかりで、優しくしてくれること。

たまに、息抜きも兼ねて街に出てみること。

普段聞き役に徹する私が、思いのほかたくさんのことを口にした気がします。

工員さんは楽しそうに私の話を聞いてくれて、それがとても嬉しく感じました。

あのことがあって以来・・・こんなに温かい気持ちになれたのは久しぶりです。

願わくば、あと少しだけこの気持ちを持ち続けることをお許し下さい。

この工員さんとお話する機会は、きっともう二度と無いのですから。



そして私は、今日のこの出会いを綺麗な思い出の1ページとして心にしまい込むのです。

時折それを私だけの秘密の宝箱から取り出して、いっときの心の安らぎを得るために。

兵器として生きる私にも、神様。それくらいはお許し下さい。



そんな願いはしかし、予想通り叶えられることはありませんでした。

そんな願いはしかし、予想とは違った展開で潰えることになるのでした。

「着きました、この門をくぐると鎮守府です」

「ありがとう、神通」


この頃になると工員さんの”提督ごっこ”もすっかり馴染んできて、私のことを呼び捨てで呼んでいました。

それも、これで最後となるわけですけれども・・・。


「鎮守府の外壁を回って奥に進めば、人間が勤める工場や施設があります・・・」

「そうか」

次の瞬間、私は驚きのあまり声を張り上げます。


「な、何をしているんですか!?」


工員さんは思いもよらない行動をしました。

ここでお別れになると思っていたのに、あろうことか鎮守府の門を潜ろうとしたのです。


「何って・・・鎮守府に入ろうと」

「そんな・・・いけません、工場はあっちです!」

鎮守府は軍の施設です。当然、許可された者意外の方が立ち入ることは出来ません。

詳しくは知りませんが、生易しい処罰ではないでしょう。


工員さんはまた、私を驚かせるために冗談を言ったのでしょうか?

私は慌てて顔を覗き込みます・・・そして、ホっとしました。

今日何回見たかわからないそれは、冗談を言う時のイタズラっぽい笑みでした。

「すまないね、驚かせようと思って」


でも、次の言葉を聞いた瞬間、今までの全てが台無しになりました。


「俺の仕事場は工場じゃない・・・ここさ」
「え」


そう言って、工員さんは門の先・・・鎮守府を指します。


「驚いたかい、神通」

神通さん、ではなく。

神通、という呼び方が・・・。

それが、工員さんの・・・いえ、”提督”の言葉が今度こそ冗談では無いことを私に教えてくれました。

頭が真っ白になります。

この人が、新しい提督。

よりにもよって、この人が・・・。


「でも、別に嘘は言ってないんだよ。君の勘違いを利用はしたけれど」


この人が、提督。


「ちょっと、驚く顔を見てみたくて・・・ごめんな?」

――――あなたが、私たちの提督だったら良かったのに



ついさっきまで、ありえないと思っていたからこそ口にした無責任な言葉。

それは、叶うはずのないことだからこそ願えた想いであって。


「現実にして欲しいなんて・・・誰も頼んでない・・・」
「え?」


今度は、反対に工員さんが・・・いえ、提督が聞き返す番。

でも、そんなことはもう、関係ない。

「これ以上あなたと・・・”提督”と話すことはありません、失礼します」


この人に向けるにはあまりに理不尽な憎しみと怒りだということを分かってはいても。

それでもなお私は、目の前の提督に向かって、冷たい決別の言葉を放ったのでした。




もしもあなたが提督でなかったのなら。

私たちはもう少し、穏やかな出会いが出来たのではないでしょうか。

例えばそれは、少し前まで私が感じていた。

私のような兵器が望むにはあまりに儚く、そして夢のような気持ちを抱えたままの出会いが。

【提督side】


「これ以上あなたと・・・”提督”と話すことはありません、失礼します」


さっきまで年相応の優しげな笑みを浮かべていた彼女。

神通はその顔を辛そうに歪ませて、瞳に怒りと憎しみを宿していた。

俺がかける言葉も無視して去っていく。

俺が提督だと黙っていたことに怒ったのだろうか・・・いや、違う。

冗談が通じない杓子定規な娘には見えなかったし、何よりもあれは。

”俺”に向けられた怒りではなく。

”提督”に向けられたものの様に感じられた。

――あなたが、私たちの提督だったら良かったのに。


そう言ってくれた神通の言葉は、素直に嬉しかった。

あの時の優しげな微笑みと、先ほどの憎しみに囚われた瞳が・・・。

俺の中であまりにも噛み合わず、しばらく呆然としてしまった。

「やれやれ、難儀なことだ」


彼女・・・神通が艦娘だと明かしたときはツイてると思った。

労せずして艦娘の一人仲良くなり、良い印象を持って貰うことが出来ると。

それが、どうだ。いきなり大きな一歩を踏み外した気がする。

それでも、俺のやることは変わらない。

彼女たち艦娘を恋に落とし、そして。


「全ての深海棲艦どもを、殺してやる」


先ほどの少女――神通と同じ怒りと憎しみをその瞳に灯し。
俺は鎮守府の門を一人で潜るのだった。

プロローグと第一章(?)終了、本日の投稿もここまでです。

やはり今回も長くなりそうです、私の悪癖ですね・・・。
天龍編を超えないようにはまとめたいかなと思います。
よろしくお付き合い頂ければ嬉しいです、では。

天龍編を既に見ちゃってるから提督の「全ての~」の台詞がちょっと面白く感じてしまう

待ってた
乙です
長くても良いんやで

待ってたぜ

投稿していきます、今日は短めで

コツコツコツ。

提督の革靴が、リズムよく床を鳴らします。

まるで舞台役者の様に、それが執務室の空気を支配して。


提督は私たちに言い放ちました。


「みんな、沈むな。これだけだ」


・・・・・・これが、提督の所信表明でした。

秘書艦の叢雲だけがフン、と鼻を鳴らした他は、みんな呆気に取られています。

当然です・・・沈んででも敵を倒して来いと言い放った提督はいても。

その逆はありませんでしたから・・・。

何で・・・何でいまさら・・・。



夕張さんや天龍さんが矢継ぎ早に質問をしています。

あまりのことに理解が追いつかない、といったところでしょうか。

「沈むな、とは?」

「文字通り、さ。君たちは敵の攻撃を艤装で守れると聞いているが」



・・・聞いている、とはどういうことでしょう?


艦娘の情報は一般人には秘匿されています。

でも軍人・・・それも提督になるような方でしたら、当然の知識だったはずです。

「でも、限度があるのだろう?」

「はい、航行不能になった状態で敵の攻撃を受けると、私たちは沈みます」


その先がもっと聞きたくって・・・。

提督の疑問に、思わず答えてしまいました。



・・・絶対にこの人とは喋らないと決めていたのに、何故でしょう。

自然と口が動いていました。

「なるほど、ありがとう・・・神通」

この部屋に入ってから、まだ私は提督に名乗っていません。

さっきの出会いを無かったことにする気はない、というメッセージでしょうか。

いちいち含みを持たせる物言いに苛立ちを感じます。


「・・・・・・・・・」


視線を逸らして、私は今度こそ沈黙を守ることにしました。

この人とは今、初めて会った・・・今までと同じようにただの上官として付き合えばいい。

そう思うことで、心の中から沸きあがろうとする何かを、必死で押さえ込みます。

「それは、敵を倒すまで沈むなって、そういうことか?」


天龍さんが鋭い言葉を提督に投げつけます。

こういう時、矢面に立ってくれるのはいつもこの人です。



天龍さんの質問に提督はフッと笑って、答えました。

先ほど私に街で見せた時と同じ、さわやかな微笑みを浮かべて。

僅かに、天龍さんが仰け反るのが分かります。

「何でそうなるかな・・・。俺は、君たちに沈んで欲しくない、生きていて欲しい・・・もちろん、戦争で勝つことは重要だけどね。」

「だからといって、勝つために君たちが沈んでもいいと思っている訳じゃない・・・こう言えば伝わるかな?」


皆さん、呆気にとられていました。

この提督は、本当に艦娘のことを思いやっているのではないか。

そう、思ったのでしょう。

そんな事は、あるはずもないのに。

提督というのは、私たちを使い捨ての兵器としか思っていない人間なのに。


私の心がまた、沈んでいくのを感じます。

あの深い深い海の底に・・・どこまでも沈んでいくような、おぞましい感覚。

兵器、兵器、兵器。


そう、私たちは兵器です。


壊れるまで敵に向かっていき、力尽きたモノからあの深い海に沈んでいく、兵器。

だから、今更のように微笑みかけてくる目の前の男の人に、私は・・・。

今までにない強い感情を抱きました。

これは何でしょうか・・・怒り、憎しみ、それとも・・・?

こんな熱い感情を、今まで抱いとことがないから・・・分かりません。


「なんで意外そうな顔をするのかな。沈めって言われると思った?」

提督が意外そうな顔をして、話を続けます。

自分の意見がそんなに驚かれるようなことだろうか、とでも考えていそうな顔。

その穏やかで余裕を浮かべた表情に、私はまたしても苛立ちを感じました。


どんなにか、その通りです・・・と答えてやろうかと思ったか・・・・・・。

そんな私の葛藤を無視して、話は進んでいきます。

天龍さんがさらに提督に切り込んで、まるで挑発するかのように言葉を紡ぎます。


「ああ、そのほうが予想通りだったぜ」

「て、天龍ちゃん!」

龍田さんが焦って、天龍さんを止めようとしますが、無駄でした。

提督の真意を知るためにも、ここはもう少し様子を見るべきでしょうか。

そうした私の考えは、次の瞬間塗り替えられましたけれど・・・。



「今までの奴らは、1人2人の艦娘が沈んでも、勝利できるなら安いものだと思ってたみたいだからな」


「・・・・・・・・・」

ヒヤリ、とした感覚が私の中を駆け抜けます。

それ以上は言わないで、と私の中で私が囁きます。

お願い、天龍さん・・・もう止まって・・・。


過去を思い出すように、天龍さんが顔を歪めて。

「撤退を進言しても受け入れられなかった時もあったし。現に・・・」



「天龍さん」




自分でも驚く程冷たい声が、私から放たれていました。

「・・・わりぃ」


気まずそうに、天龍さんが謝ります。

・・・何も、悪くなんかないのに。

・・・気を使わせた私のほうが悪いのに・・・・・・。



空気を変えるように、提督に向き直った天龍さんが発言します。

私が自己嫌悪に陥らないように、という配慮もあるのでしょう。

本当に、気の良い方です。

「要するに、今までの提督にはそう言われてきたんだ。沈んででも敵を倒せってね」

天龍さんの言に、皆さん揃って頷きます・・・そして。


「なるほど、分かった」


提督が、それを受けて答えます。

先ほどの一幕が気にならなかった訳はないのに、おくびにも出さず。

爽やかな、それでいて含みを持たせた余裕たっぷりの表情で語ります。

「じゃあその考えは捨ててもらっていい。仲間の安全を第一に考えること。危なくなったら撤退すること。決して沈むな。これは、今この場にいない艦娘たちにも伝えて欲しい。以上だ」


私たち艦娘たちは今度こそ完全に提督の空気に呑まれて、何も喋れません。

それを見計らったかのように叢雲が前に出て、場を締めました。

「このあと任務が控えている人たちは、任務票を受け取って確認して。今日から任務の完了報告は秘書艦じゃなくって、提督にというのを忘れないこと。じゃあ、解散ね。」


「ああ、それから」


でも、それだけで話は終わらず。

最後の最後に、退出していく私たちに提督は、爆弾を投げかけるのでした。

「俺、この前まで軍人じゃなかったから、軍事については素人なんだ。君たちの戦い方に口は出さない。進軍や撤退の指示は出すけれど、現場の判断は現場で、ね?」


目の前が・・・クラクラしてきてしまいます・・・。


私たちをかき回した張本人はというと。
・・・提督はまたしてもイタズラっぽい笑みを浮かべていて・・・・・・。

本当に、冗談が好きな方です。

・・・面白くもない冗談が。

ああ、今、分かりました。



私は提督のことが・・・私の心を落ち着かせないこの人の微笑みが。

・・・・・・・・・大っ嫌い。

【提督side】


「上々と言ったところかな?」

今までの提督たちの評判は総じて悪いことだけは知っていたから・・・。

艦娘たちに『今度の提督は一味違うぞ』と思わせたかったのだ。



俺が艦娘たちの味方だぞ、という所まで信じて欲しかったが。

みんな呆気に・・・というか、疑っているだろうな。

沈んで欲しくない、というのは・・・俺の本心なんだけれど。

「まあ、最初から信じてなんて貰えないわな」

そんな俺の独り言を聞きつけたのか、隣から不機嫌そうな声がする。

「当たり前よ・・・アンタみたいな胡散臭い男、そう簡単に信じられるわけないでしょ」

「はは、秘書艦さまは手厳しいな」


秘書艦、という立場から・・・実は彼女とだけは前から面識がある。
そのおかげか、叢雲だけはある程度、俺に信を置いてくれている。


・・・はずだ、はずだよな?
不機嫌さを上官である俺に隠そうともしないのがその証拠・・・だと思うことにする。

「しかしまあ、手っ取り早く俺を信頼してくれる出来事が起こらないかねえ?」

「そんなのある訳ないでしょ・・・」


不機嫌の次は呆れ声。実にツンケンした娘である。

無愛想だが・・・感情表現はけっこう多彩なのかもしれない。

「うーん、手強そうな娘もいるしな」

「それって、誰のこと?」


こちらを試すような声音。ちょっと楽しそうだ。

俺がトンチンカンな答えを出したら、さぞからかう気だろう。

「それって全員挙げるのか、それとも一位だけ?」

「ふふ、1位だけ」


ふむ。
先ほどの一幕を頭の中で順繰りに再生してみる。

手ごわそうな娘は何人かいた。

まずは俺に喰ってかかった天龍・・・俺を試す気マンマンだ。

その後ろで天龍を止めつつも、冷静に俺を値踏みしていた龍田。

この二人・・・特に龍田は手強そうだ。

我関せず、と上官の前で船を漕いでいた黒髪の艦娘も、別の意味で手強そうだけれども。



それでも今・・・あえて一人、選ぶとするのなら。

「神通、かな・・・・・・」

「へえ、意外と見る目あるじゃない・・・見直したわ」


まあな、と答えて俺は黙り込む。

先ほどの出会いがなければ、ただの控えめな艦娘としか見なかったかもしれない。

でも・・・出会いが衝撃的すぎたせいか、彼女が一番不安定な気がするのだ。

・・・何がどうとは言えないけれど。

「俺の評価・・・今どの位?」

気になって聞いてみる。

「10点、といったところかしら?」

「低い・・・」


なら頑張って稼ぐことね、と笑う叢雲に少し・・・イタズラ心が沸いた。

優雅に礼をとり、手を差し出す。


「ならこれから一緒に食事でもどうだい、お嬢さん?」
「マイナス15点」


稼いだ分以上に削るんじゃねーよ・・・。

叢雲に冷たくあしらわれた俺は、一人でこれからの対策を講じるのであった。

叢雲は気を抜くと、メインじゃないのに可愛くなりすぎるあざとい女ずい・・・。
さじ加減に気をつけます・・・では、本日はこれで以上です。


やはり提督視点もあると更に面白い
そしてみんな可愛い

投稿はじめ

【神通side】


「うさんくせー」
「もう、天龍ちゃん。そんな事言っちゃ駄目よ~?」


着任の挨拶を終えて、私たちは食堂【間宮】で食事をとります。

午後はまたそれぞれの任務がありますから、お話が出来るとしたら今だけです。

話題はもちろん、先ほどの提督の言葉でした。

「だってよぉ。『沈むな、それだけだー』だぜ?」
「確かに、初めて見るタイプだよねー!」


すっかり元気になった川内姉さんが天龍さんに答えます。

天龍さんと龍田さんは、新しい提督のことを疑っているようです。


反対に、好感を抱いているのは。

「私は、今までの提督に比べてみると随分いい人に見えるけど?」


よく通る、雲雀の様な可愛らしい声。私たちと同じ軽巡・夕張さんです。

夕張さんも秘書艦時代には、理解無い上官に苦労していました。

確かに、今までの頭ごなしに怒鳴りつける提督よりはマシかもしれません。

街を案内した時に見せた、あの爽やかな微笑みも・・・。

そう、旧任の提督たちからは考えられないものです。


「確かに・・・そうかもしれません。今までの提督は、その・・・」


パン屋のおばさまに、恋人と間違われたことを思い出します。

きっと、私が普通の女の子なら・・・惑わされていたでしょう。

そんな私の心を射抜くように、天龍さんがポツリと矢を放ちます。

「まあ、確かに今までのオッサンより大分若くて、見てくれも良かったけれどよ」


ドキリ、としました。

つまるところ、私が言いかけていたことは・・・天龍さんの言と寸分違わず・・・。

”そういうこと”だったからです。

その事実を私は認めたくなくて。

兵器である私は、認めてはいけなくて。


気づかれないようにとぼけた顔をして、こう発言しました。



「い、いえ、外見ではなく・・・その。『艦隊の指図はしない』とおっしゃった所が気になったのですが・・・」


失言を悟った天龍さんは少しの間、龍田さんたちにおもちゃにされるのでした。

再び提督の外見に触れたのは、意外にも川内姉さんでした。


「結構格好良い方だよねえ。いっぱい夜戦させてくれるなら私はアリかも!」


深く考えた発言では無いにしろ、意外でした。

姉さんが人間を・・・それも『提督』を、男の人として見るなんて。

そう言えば『恋が艦娘を強くする』という噂を持ち出したのも川内姉さんでした。



とはいえ・・・提督に注目する理由が夜戦だなんて。

「姉さん、流石にそれはちょっと・・・」

「ええ、何で~!?口を出さないって言ったじゃん!なら、夜戦もやりたい放題!?」



夜戦をさせて貰えるかどうか、は恋人の条件じゃないような気がします。

他の皆さんも同じような考えの様で、夕張さんが口を挟みます。

「あのねえ。進撃や撤退の判断はするって話でしょ。なら、夜戦やるかどうかも提督が判断するってことよ」

「あの・・・その中で、戦闘に入ったら余計な口出しはしない、ということだと思います」

「ああ、多分そういうことだろうな」


うとうとしていた川内姉さんは、自分に都合のいい所しか話を聞いていなかったのでしょう。

すぐに意見を撤回しました。

「なーんだ、そういう事か。指図しない、しか聞いてなかったからいっぱい夜戦できると思ってたのに。提督、つまんないや」


結局、皆さんの提督への評価は『保留』という生易しい結論に落ち着きました。

欠片でも信頼できる、という可能性を残すなんて・・・信じられません。



でも、それを口にすると・・・自分という存在がどこまでも壊れていってしまいそうで。

「み、みなさん・・・。上官は、その、信頼するものです・・・」


傍目に、天龍さんが微かに顔をしかめるのを感じながら。


自分さえ信じていない薄っぺらい言葉を口にして。

心の内にこみ上げる何かを、私は必死にこらえるのでした。

「天龍、行くわよ!暁についてきなさい!」

「はいはい・・・わーったよチビ助」

「もう、お子様扱いすんな!」

「あらあら、天龍ちゃんは人気者ね~」



天龍さんと龍田さんが6躯の駆逐隊に連れられて出撃へと向かいました。

夕張さんはゴキゲンな様子で工廠へ。

午後の開発だそうです。

天龍さん、龍田さん、川内姉さん、そして私。

夕張さんは開発が主ですから、鎮守府の主戦力はこの4人です。

自惚れではなく、私たちの実力は相当のものだと思います。でも。



「何故でしょうか・・・・・・」


・・・それでも、勝ちきれない。

今攻略中の海域は南西諸島・・・正直、手強い敵はそういないはずなのに。

避けきれるはずの攻撃に当たる。思ったよりも火力や速度が出ない。

何故でしょうか・・・それは私たちがずっと抱えて、モヤのかかった感覚です。



「ああ、駄目です・・・こんなことだから・・・」


こんなことだから・・・いつまでも抜け出せないのです。

私の心が抱えている、怒りと憎しみと・・・悲しみから。

私はというと、川内姉さんと共に午後は任務がありません。

特にやることがないのなら・・・・・・。


「演習にでも、向かいましょうか」

深海棲艦を倒すには、やはりまだまだ練度が足りないと感じますから。


そんな私の言葉に、横から呆れたような声が響きます。

「げぇ・・・また演習!?」


もちろん川内姉さんです。


「姉さんも、どうですか?」

「私は嫌だねー、というかご飯食べたらまた眠気が」



ふわぁ、と先ほど恋を語っていた乙女にあるまじき大あくびをして。

自室へと戻るのでしょうか、席を立って歩き始めます。

「神通さ、今度の提督と・・・何かあった?」

「え」



こちらを振り向かず、前を向いたまま。

川内姉さんが私に問いかけます。

「私・・・提督のことで何か、おかしなことを言ったでしょうか」


姉さんに対して警戒するような声で話しかけるなんて・・・思いもしませんでした。

でも私は何故か、悟られたくなかったのです。

執務室で顔を合わせる前に、私と提督との間に出会いがあったことに。



私が・・・”川内型の私が”知らなかったとはいえ。

提督という存在に、少しでも心を許しかけていたことに。

「うーん、おかしなことが無かったのがおかしいというか」

「あの・・・どういうことでしょう・・・?」

だってさ、と告げる川内姉さんの次の言葉に、私は何も言い返せませんでした。



「神通、新しい提督だけは・・・意識して嫌おうとしてる・・・そんな気がするから」

「・・・・・・・・・」


そして、何も答えられない私にもうひとつ・・・今度はトドメを。

「そういえば、朝の戦闘の報告出しておいてよ。神通が旗艦だったでしょ?」
「あ・・・」


今日から任務の報告は提督に・・・先ほど叢雲の言葉がよみがえります。


「にしし、問題起こしちゃダメだぞ~?」

「ね、姉さんだけには・・・言われたくありません・・・」


そんな私の・・・負け惜しみに近い呟きなど耳もくれずに。


困り果てた私を置いて、川内姉さんは去って行きました・・・・・・。

「失礼します」

「ああ、どうした?」


先ほど退出した執務室に再び入ります。

素早く秘書艦の席を確認しますが、叢雲はいません・・・お昼でしょうか?



この人と二人きりというのに居心地の悪さを感じながら・・・。

私は手短に用件を済ませることにしました。

「朝の出撃の報告です・・・」

「うむ・・・・・・ほう、9隻撃破じゃないか、凄いな」

「素人なのに、分かるのですか?」



思わず突き放したような問いかけをしてしまいました。

上官に対してあるまじき口の利き方です・・・。

「これでも着任するまでに色々学んできたからね・・・」

「戦果の確認くらいは出来るさ・・・おっと、おまけに無傷じゃないか」

「鎮守府のエースの4人・・・特に君は凄いな、この戦闘のMVPか」



知識をひけらかすところがまた、鼻につきます。

・・・何も知らなければそれはそれで、腹が立ったかもしれません。

微かな反発を言葉に込めて、私は答えます。

「MVPとか撃破とか・・・そんな事は何の意味もありません」


続けたまえ、と提督が目で促します。


「肝心なのは、まだ沈めるべき敵が・・・深海棲艦がまだ、海にたくさんいるということです・・・」

「全ての深海棲艦を沈める、と?」

「はい」

少し会話を区切って、提督。

「それは俺の目的と全く同じだな・・・」


街で誘った時のような口ぶりで。

私をまたしても、苛立たせます。


「どうだい、目的が同じもの同士・・・もう少し仲良くいこうじゃないか?」

「例えばそうだな・・・オフの日は一緒に街までいくとかね」

心のどこかで僅かに・・・僅かに頷きそうになるのを堪えて。


「“上官と部下として“のお付き合いはさせて頂きます・・・」
「街へ行くというのは、任務ですか?」


命令するならば付き合いますよ、という失礼極まりない返し。

賢い方の様ですから・・・・・・皮肉も伝わるでしょう。

「残念ながら、違うね」

「そのようですね・・・本当に残念です」



ニコリ、と私は・・・相手を傷つけるためだけの笑顔を作ります。

これでいっそ、怒って怒鳴り散らしてくれた方がどんなに楽か・・・・・・。

でも提督はそんなことはせずに。

困ったな、とでも言うように曖昧な笑みを浮かべるのでした。


ズキン、と心が痛みます。

・・・・・・傷を負ったのが私の方だけなんて、なんてズルいんでしょう。


「報告はしました、それでは」
「うむ」


もう一刻も早くこの場から逃げ出したくて。

先ほど鎮守府の門でしたときと同じように、私は踵を返しました。

【提督side】


ワークチェアに腰かけ、俺は先ほどの会話を反芻する。

やはり神通という娘は、どこか不安定だ。

提督を・・・軍の人間を信頼していないのはすぐに分かった。


けれども反抗するでもなし、割り切って従順に従うでもなし。


中途半端だ。
そしてそれが、付け入る隙かな?


「任務なら付き合う、と・・・そう言ったな、神通」


俺の誘いを完全に断ったことにはならない。
そのことに、彼女自身は気づいているのだろうか?

書き溜め分終了、たまり次第投下しますのでいったん区切りです。

乙です
期待してます

駆け引き感がいいっすねー。

再開。

【神通side】


頬を敵の銃弾が霞めるのを気にも留めず。

私はさらにぐんと前進し、敵の軽巡の横っ腹に主砲を押し当てます。


「これで・・・終わりです・・・」


ズドン、という発射音。

数瞬後に、断末魔の叫びを上げて・・・深海棲艦が沈んでいきます。

味方が撃沈されている間に私の背後に回った駆逐イ級を副砲で牽制しながら・・・。


「天龍さん!」

「おうっ!任せな!」


敵旗艦を庇う随伴艦を、天龍さんが刀で崩す隙を付いて。

「龍田さん、川内姉さん・・・!」
「了解」
「了解で~す」


私たち3隻から放たれた魚雷が放物線を描き・・・天竜さんが引付けた随伴艦たちに収縮していきます。

爆発音とともに天高く上がる水しぶき。


「へへ、戦闘終了のようだな」


天龍さんが得意げに呟きます。

魚雷を受けた深海棲艦から立ち上る煙の向こう側で・・・。

敵旗艦が指示を出しているのが見えたのでしょう。

これ以上の戦闘は無理と判断したのか、敵は部隊を纏めて撤退するつもりです。


「逃がすと・・・思いますか・・・?」

「神通!?」

「おい、待てよ!」



大破炎上する敵の随伴艦・・・だったモノたちの間を駆け抜けて。

煙の向こう側へ出て視界を確保します。


「次発装填・・・当たって・・・!」

撤退する敵部隊へと追撃の魚雷を放ちますが・・・。


「駄目、ですか・・・・・・」


今度は距離があったのと、敵が警戒していたのとで。

全て回避され、有効弾は有りませんでした。

「ったく、あぶねーことしやがる」

「もう、夜戦にいくまで無茶は駄目でしょ!?」

「神通さん、一人で前進しすぎです」



私の無茶が一斉に窘められます。

撤退中とはいえ、敵の部隊に単騎で挑むのは少々無謀だったかもしれません。

「ごめんなさい・・・皆さん・・・」

でも。

「戦果、上がりませんね・・・」


倒したのは駆逐や軽巡の・・・弱い敵ばかり。
結局、今回の出撃も振るわない戦果ばかりでした。

「まあ、しゃーねーな」


上がらない戦火に歯噛みしながら、私たちは帰途につくのでした。


こんなんじゃ・・・憎しみを燃やすことすらできやしない・・・。


「もっと鍛錬を増やさないと・・・」
そうつぶやく私に。


「・・・・・・・・・」


川内姉さんが寂しそうな目を向けていることに気づかないようにして。
結局、鎮守府に着くまでに私たちは、一言も喋りませんでした。

皆さんの、提督への評価が変わったのは翌日でした。

それを知ったのは【間宮】で夕食をとった時の天龍さんの言・・・。


「んでよー、提督ったらよ、『すまなかった天龍、俺が間違っていた』ってよー!」

「あーんもぅ、その話はさっき聞いたってばぁ」


上機嫌な天龍さんに呆れ顔な夕張さん。

事の発端は、今日の進撃。


天龍さんと龍田さんは今日、6躯の駆逐の娘たちと出撃したのですが・・・。

暁と雷が中破した報告を受けて提督が撤退を指示、無事帰投しました。


問題はそこからです。
天龍さんは・・・・・・。


「いやあ、見せたかったぜー、オレの名演技!」

そう、提督を試したというのです。

撤退を望まず、進撃して敵を倒したかったと。

何故撤退させたと激怒したフリをして。

・・・・・・今までの提督たちであれば喜んだでしょう。その意気や良し、と。


ただ、今の提督は違った反応を見せました。
天龍さんの演技を吹き飛ばす勢いで・・・彼もまた、激怒してみせたそうです。



駆逐の娘たちを犠牲にしてまで、勝利など欲しくない・・・と。

着任の時の提督の話が嘘ではいないということが証明されたかたちになります。


おかげで天龍さんは上機嫌です。

今度の提督は信頼できる、とそこかしこで触れ回っています。

「ふーん、だ。演技が下手すぎてバレてなければいいけど?」

「あら~、意外と上手だったのよ~。みんなにも見せたかったくらい」


ちょっと拗ねている夕張さん。

・・・また天龍さんにからかわれたのでしょうか?

顔には安堵の表情・・・あまり提督を疑ってはいなかった人ですから仕方ありません。


龍田さんもやや、提督に対する警戒は解いている様です・・・。

「意外と抜けている所もありそうだからな・・・オレたちが支えてやらないと」


中破状態でも轟沈すると思い込んでいた・・・。

だから、進軍を主張した天龍さんに声を荒げたそうです・・・。



『中破轟沈説』など、かなり前に否定された説を信じていたそうで・・・。

天龍さんに気付かされたあとは平謝りだったそうですが・・・。

「意外とうっかりさんなのかなー、今度からかってやろ」


「おいおい、可哀想だからやめてやれって」


「アンタねえ、駆逐の娘たちにバラした天龍が何を言うのよ・・・」



天龍さん、夕張さん、川内姉さんはすっかり信頼モードです。

それとも、私がおかしいだけでしょうか・・・ある疑問が浮かびます。

軍事の素人で、例え付け焼刃の知識で着任したとしても・・・。

『中破轟沈説』なんて・・・とうの昔に否定された説を、今更信じるでしょうか?


着任初日の任務報告を思い出します。

少なくとも彼は、私たちの上げた戦果を評価する程度の知識は身に着けていました。


提督が指図するのは進軍や撤退という艦隊の方向性だけ・・・。

ならばその一点だけは、間違いようの無い知識を身に着けているはずでは・・・?


「天龍ちゃんたちは、あれでいいのよ~?」

「きゃっ」

気がつけば龍田さんが私のすぐ横に席を移していました・・・びっくりです・・・。


「疑うのは私たちの仕事・・・ね?」

可愛く首を傾げて、龍田さんが言います。


「龍田さんはやはり・・・まだ疑っているのですか?」
「ええ、でも神通さんほどではないわ~?」
「・・・・・・・・・」


見透かされているようで、視線をそらしてしまいます。

でもね、と龍田さん。


「ちょっと、都合が良すぎるかしらって思うわ~」

「都合、とは?」

「天龍ちゃんが好きそうなお話だと思わない?」

ああ。
先ほどから漂っていたフワフワとした疑問が腑に落ちました。


仲間思いの熱い上官。

・・・天龍さんに好かれるにはもってこいの設定です・・・。

もしかして・・・?



「でも、それがワザとでも私はかまわないわ~?」

「えっ?」

うふふ、と笑って・・・龍田さんが続けます。


「それだけ天龍ちゃんのことをよく見てる、ってことでしょう?」


天龍さんのことを・・・よく見てる?

ドキ、と心臓が跳ねます。

「今まで、艦娘に合わせようとした提督なんて・・・いたかしら~?」

「いえ・・・」



・・・龍田さんの基準は私と違うようです。

提督の見せている顔が素顔か仮面かなどはどうでも良いと。

大事なのはもっと別のことだと言わんばかりです。

「任務の間だけでも・・・頼りになれば問題ないわ~」


それは私もそうです・・・。

相手は上官・・・任務の間だけなら、割り切ることも必要でしょうから。


私がそんな気持ちの整理をしたのを見計らったかのように。

【間宮】に穏やかな男性の声がしました。

「みんな揃っているな・・・何を話しているんだ?」


「ああ、提督・・・座られますか?」


「いや、すぐに行くから結構」


席を譲ろうとした夕張さんを手で制します。

「へへ、丁度おめーの話をしてたところだぜ?」


「おま・・・まさかあれこれ喋ってないだろうな?」


初めて見ると言って良い、提督の慌てた表情です。

こんな顔もするのですね・・・。

「さあ、どうだったかな?」

「くそ、減給だ減給・・・覚悟してろよ!?」

「やれるもんならやってみなっての~」


親しげに話す提督と天龍さん・・・そして周囲におこる笑い。

まるで私だけが世界に取り残されたように沈黙しています。

「まったく・・・俺はお前たちに笑われるために来たんじゃないぞ?」


そう言えば、提督は何をしに来たのでしょう。

食事処に来たくせに…すぐに行く、と言っていました。

・・・どうしたことでしょう?

「俺も着任したばかりで、何かと物入りでな」

「へえ、最新の軍学書とかかねぇ?」


このやろう、と茶化す天龍さんの頭を、提督がポカリとやります。


「・・・・・・・・・」


馴れ合いが気に喰わないです、公私混同ではないでしょうか?

そんな事を思っていると。

提督がチラリ、とこちらを見たような気がして・・・。

思わず私はピン、と背筋を張ります。


「そこで、街に買出しにでも行きたいんだが」


ああ。

先ほどの予感は気のせいではなかった…と私は悟ります。

この人のこの眼は・・・何かよからぬことを考えている眼です。

「誰か、案内が出来る娘がいれば頼もうかと思ってな?」


・・・白々しい。

“誰が街に詳しいか”なんて、聞かずとも分かっているくせに。

あえてみんなの前で尋ねるのは、私の逃げ道をふさぐため。


やはりこの人は・・・嫌いです。

「それなら神通じゃねーか?」

「そうね、今朝も出かけていたみたいだし」


仲間内から挙がるのは、もちろん私の名前。

「ほう、そうなのか」


さらに惚ける提督に、ますます苛立ちがつのります。

着任のあいさつで私のことを神通、と呼んでおいて。

あの出会いを無かったことにしない、と示したのは目の前のこの人のはずです。



何を今更、知らないフリをしているのでしょうか・・・?

「じゃあ神通・・・明日、街の案内を頼む」

「私、ですか・・・」



何とか断る方法はないものか思案します。

川内姉さんたちがいる手前、私もあまり強くは出れません。

「俺も身の回りのものが揃わないと、何ともできないからな」

「まあこれも、“任務“の一種だと思ってくれ?」

「っ・・・・・・・・・!」


―――街へ行くというのは、任務ですか?


先日私が放った皮肉を、こうもストレートに返されるとは・・・。

悔しさに言葉も出ません。

「おぉー、すごい・・・デートじゃん!」

「違います、川内姉さん・・・デートではありません!」


慌てて否定する私に、今度は天龍さんがヒュウ、と口笛を吹きます。


「天龍さん・・・!」


思わず睨みつける私に・・・彼女は怖い怖い、と肩をすくめます。

「ですから・・・これはデートなんかではなく、ただの任務・・・あっ」


言ってしまってからしまった、と思いました。

先ほどまで何とか断るすべはないかと考えていたのに・・・。

自分で逃げ道を塞いでどうするというのでしょう。

「よろしくな、神通」


私のそばに寄ってきて、提督がさらにひとこと。

耳元で、私だけに聞こえるように・・・。


「任務なら受けてくれると言ったもんな?」

おそるおそる、提督を見ます。

イタズラの成功を喜ぶ、子供みたいな笑み・・・。

それを、こんなにも間近で見てしまって。


怒りか、それとも他の何かか・・・。

それを見た途端、心臓の動きが乱れ・・・身体の火照りを感じます。


兵器の私にはあるまじき反応です・・・。

「分かりました・・・では今日はこれで、失礼します・・・・・・」


震えるような細い声で、何とかそれだけ言うと。

私は逃げるように席を立ち、【間宮】を後にします。


もちろん、あの意地悪な人がそれを見過ごす訳もなくって。


「街に行くんだ・・・艤装じゃなくて私服で来るんだぞ?」

「・・・・・・・・・」

席を立っていて正解でした。

ぎゃぁ、やっぱりデートじゃん、などと騒ぐ川内姉さんたちに・・・。



羞恥か怒りか・・・気分が高揚していることを証明してしまう・・・。

この真っ赤な顔を見られずにすんだのですから。

【提督side】

奇襲作戦の成功に、俺の心は浮かれていた。

案の定、任務だということを強調したら神通は誘いを受けた。
前の自分の発言に縛られたのだろう・・・実に生真面目な娘だ。

後は明日の散策を利用して、少しでも神通の気持ちを俺に向けることが出来たら。

何もかも規定通りの行動だというのに。
俺の心はもう明日へと跳んでいて。


「本当に楽しみだよ・・・心からね」


耳まで真っ赤に染まった彼女の後姿に思いを馳せながら。
可愛らしい女の子とお出かけ、という楽しみに胸を弾ませるのであった。

いったん終了、書き溜めたら再開ですね、書き溜められたら。

素晴らしい

行きます

【神通side】


門の前で待ち合わせ。
これでは、本当にデートみたいです。
・・・・・・いけません。


「これは任務・・・任務です・・・」


そう自分に言い聞かせます。

いえ・・・言い聞かせる、ではありません。

それではまるで、私が今日のお出かけを任務だと思っていないみたいじゃないですか。

・・・・・・。


そう、これは任務です。
ドラマでやっているような、恋愛が絡むものではありません。


ドラマを始めとしたテレビ番組は、最近の鎮守府で流行り出しました。

提督が艦娘たちに好かれ始めているのがきっかけの様です。

夕張さんなんかは、もっと前から工廠に持ち込んで見ていたようですが・・・。

深夜、たまに工廠から夕張さんの奇声が響きます。


天龍さんも最近、人間の文化に歩み寄ったようです。
恋愛モノの番組は妙にそわそわしていますから、気になるのかもしれません。


などと意味のない思索に耽っていると、待ち人が登場しました。

「・・・すまない、遅れたか?」

「いえ、私も今来たばかり・・・っ」


思わず、恋愛ドラマ定番の台詞が出そうになりました。
私は慌てて口を塞ぎます。


これは任務ですから、そんな浮ついた台詞は似つかわしくないのです。

「提督・・・本日の道案内、お任せ下さい」


気を付けと礼、上官に対する時の基本を忠実に守ります。


「こらこら、今日はそんな堅苦しくするんじゃない」
「でも・・・任務ですから・・・」


あくまで任務であることを強調します。

・・・・・・勘違いされては困りますから。

「分かってるさ、でも街に行くのに敬礼が必要かい?」

「・・・いらない・・・かもしれません」


「街中で普通の女の子が敬礼したら、目立ってしょうがないぞ」
「普通の女の子じゃありません、艦娘・・・ですから」


ふう、と溜息をひとつついて、提督。


「今の君を見て、艦娘だと思う人がどれくらいいるかな?」

街へと向かう道すがら、私たちは取り留めのない会話を続けます。

まるで初日の、街娘と工員さんに戻ったかのような会話を。

そんな中での、提督の何気ないつぶやき一つに一つに。

私の心がざわめいてしまいます。

そんな中。

提督の視線が私の服へと向かうのに気付きました。


考えないようにしていた問いが、脳裏に浮かびます。

私の服装、変じゃないでしょうか・・・・・・?

普段街へ行くことが多いですから、私服はそれなりに持っています。

ですが、今日はいつもとは違いますから・・・・・・。

提督をご案内するという任務上、変な服装では上官に恥をかかせてしまいます。



ですから、ちゃんと身綺麗にしてきたつもりです。

女の子っぽい服装を意識したとか、そういう他意はありません・・・任務ですから。

任務、任務、任務・・・。

そう、これは任務です。

そう言っていないと、心の平静は保てません。


既に私の心臓はドク、ドク、ドクと脈打って。

うるさいくらいに私が考えるのを邪魔します。

これが戦闘中の洋上でなくて良かったと思う反面。

戦闘中にこんな気持ちになったことがあるでしょうか、と。

意味のない考えが私を渦潮みたいに捉えてしまって。



私、すっかり混乱しちゃいました・・・・・・。

「その・・・」

提督が、珍しく口ごもります。

不思議に思って彼の顔を見上げると。


「すごく似合っているんじゃないか。いいと思う」

らしくない、焦ったような早口で。

微かに頬を染めながら、というのは私の欲目なのでしょう。

良く見えなかったので、確認できませんでした。

だって・・・そっぽを向いて、視線をそらすんですもの。



本当に、ずるい人・・・・・・。

【提督side】


余裕ぶった口調は、まだ維持できているだろうか?

本当は門のあたりで彼女を見つけた瞬間から、俺は引き込まれていたのだけれど。



カットソーの上に羽織った紺の上品なカーディガンが、彼女をいつもより大人に見せる。

膝丈のフレアスカートはゆったりとした春を演出していて、落ち着いた服装なのに気分を軽くさせていた。

加えて、普段は緑色のリボンで纏めている髪を下ろしていて。

真っ直ぐに伸びた髪が、春の風に吹かれて揺れるのを片手で抑えながら。


「おはようございます、提督」


あの朝見せてくれたのと全く同じ。

・・・身構えてない、本当の彼女の微笑みを見せつけられた。

どんな服装だろうと、まずは褒めようと決めていた。
だけれど。


「・・・すまない、遅れたか?」


つまらない打算は、神通の微笑みの前にあっさりと砕け散った。

口から出てきたのは、台本にはないはずの言葉だけ。

だって、こんなに可愛いだなんて、聞いてない。

・・・反則じゃないか?



本当に、ずるい奴だ。

神通は神通で緊張しているのか、何かしきりにブツブツ言っている。

俺の動揺には気づいていないのが救いだ。


この隙に立て直して・・・。

いつもの余裕たっぷりな口調を意識し出す。

ああ、そうだ。

どこかで、ちゃんと褒めてあげないとな。


打算でも何でもなく、本心から。
彼女がいつもより一段と可愛いのは、紛れもない事実なのだから。


・・・・・・吃るなよ、俺?

役者の名が廃る。

【神通side】


服装が変だと思われていなくて、ホっとしました。

今まで人の目を意識した着合わせはしてきませんでしたから、不安だったのです。



・・・・・・これは提督に褒めてもらいたかったからという訳ではありません。

そう、あまり変な格好だと、上官に恥をかかせてしまうから。

それだけ、それだけです。

自分の中で意味のない言い訳をしながら・・・。


言い訳?


もう、どうしたら良いか分かりません。

だから、丁度街に着いたのは救いでした。


これ以上、私が浮ついた気分になるなど・・・許されることではないのですから。

「提督、着きました」

「ああ」

「まずは何をお求めですか?」


私の質問に、提督の動きがピタリと止まります。

「最初、最初ねえ・・・何にしようかな」

「提督・・・まさか」


何も考えていないなんっていうことは・・・。

私を誘い出しておいて、そんなことは許せません。


「いや、そんなことはない。そんなことはないぞ!?」


私の視線を感じてか、早口にまくしたてます。

若干、挙動があやしいですけれど・・・。

「この前教えてもらった、あのパン屋さんはどうだ?」

「お腹が空いているのですか?」

「いや、食べてはきたけれど」

「では、却下です」

「そんなあ・・・」


こんな恰好で、しかも提督と二人きりで。

・・・おばさまにからかわれるに決まっていますから。

「じゃあ・・・そうだな、書店に行きたい」

「そうですか、ではこちらです」


当然、手を取る・・・ことなどせずに。

街中を突っ切って、提督を案内します・・・任務、スタートです。

古びた本屋の店主は、久しぶりと私を迎えてくれました。

ここのおじさまは無口なほうで、あまり喋らないのがありがたいです。

提督に視線を向けてぎょっとしましたが、私が上官ですと言うとそれ以上詮索しませんでした。

「何を買われるのですか?」

「まずは軍学書・・・だな」


イタズラ心が沸きます。

いつもやられてばかりではいけませんから。

「最新のもの、ですか?」

「お前までそれを言うか・・・・・・」


提督のうめきに気分を良くします。
あの失敗が素でなかろうと、今は提督をやり込めれらればそれで良いです。


「でも、それなら鎮守府の資料室で足りるのでは?」
「公式のものは堅苦しくていかん」


なるほどと納得です。

「後は、趣味だな・・・おっと、こいつはまだ読んでいない」


一般小説も読むのでしょうか。

文科系の顔立ちも相まって、よく似合います。

この人は指揮官よりも一介の書生の方が様になると言ってよいでしょう。

そんなことを、隣で本を広げている提督を見て思いました。

「・・・、神通?」

「!?」


少しぼうっとしていたところに、声がかかります。

出会った日もこんなことがありました。

・・・・・・別に見とれていた訳ではないんです。

「何でしょうか、提督?」

「いや・・・神通は本、読むのかなって」


人並みには読みます。

特に、出撃で身体を損傷した時はやることがないですから。

「へえ、どんな本?」


最近読んだのは・・・駄目です、言えません。

題名を口にして、もし本の内容を提督が知っていたら・・・。

ああ、恥ずかしくて死んでしまいます。



突拍子のない男女の出会いから恋に発展する話なんて。

そんなありふれた話に憧れていると勘違いされては困りますから。

「私も、軍学書でしょうか」

「うむ・・・固いな」

「兵器ですから」


それ以上提督は答えませんでした。

何故私はこうも、空気を重くしてしまうのでしょう。



気まずくしてしまった空気を払うように、思いついた冗談を口にします。

・・・・・・少し提督に毒されすぎでしょうか。

「将、外に在りては」

提督が渋面を作ります。

「・・・おいおい」
「分かりますか」


「背かれないように、頑張るよ」


見当違いの指示は現場で無視されますよ、とからかったのですが。

きちんと伝わったようです。賢い方。

「期待しています」
「えっ」


提督が、驚いた声を上げます。
私・・・何か変なことを言ったでしょうか?


「期待、してくれるんだな」
「あっ」


・・・・・・失言を悟ります。

これではまるで、私が提督を信頼しているみたいじゃないですか。

書店を出て、次のお店へ向かう途中で提督が呟きます。


「誰も、犠牲にならないやり方で勝利を収めるさ」

「口で言うのは、誰でも出来ます」


照れを隠すぶっきらぼうな言い方・・・上官に対する言い方ではありませんけれど。

今の私は、そんなことを気にしている場合ではありません。

「なあ、神通」

「なんでしょうか」

「やっぱり君は、兵器なんかじゃないよ」


兵器、兵器、兵器。

そう言って自分を貶める私を心配してくれている。

それだけは、素直に理解出来ました。



それでも。

「それでも私は、兵器です・・・兵器でなきゃ、いけないんです」


そして、提督。

あなたのことが嫌いでなきゃいけないんです。

提督が、静かに口を開きます。


「下手な指示には従いませんよって、さっき言ったよな」
「はい」


とってつけた様な、私の予防線。


やめて。


それだけは。


「命じられるままに動く兵器は、そんなこと言わないよ」


それだけは、破らないで。

「だからです」

「え」

「あの時は言えなかったから・・・。だからです」


提督が、私を慰めるために放った言葉は。


「だから・・・私は兵器じゃなきゃ、いけないんです」


私を一番追い詰める言葉でした。

書き溜め分終了です。

神通ちゃんめんどくさい!(褒め言葉)
こういうめんどくさいヒロインが大好きなんです。

では、また書き溜めが出来たら来ます。

乙です ここからどう神通を攻略していくのか…

今日は少しだけ投下

【提督side】


夕暮れに染まる水平線を見渡しながら、二人で連れ立って歩く。
あれから神通は何も話そうとしない。


自分を兵器だと蔑む理由も。
何故提督である俺を避けようとするのかも、何も。

あと少し、あと少しで彼女の内面に迫れる。
そんな気がするのに、そのあと少しを、神通は絶対に譲らない。


なんて強情な奴だろう。


一緒に街に来れば、出会った頃に戻れるかと思った。
提督とか艦娘とか、そんなものも関係ない男女に。


でも、それは違ったようだ。
途中までは上手くいきかけていたような気がするのだが・・・。

状況を打破する起爆剤が欲しい。
そんな思いから俺は、こんなことを口にしていた。


「艦娘の強さは・・・強い感情に左右される」


突然の俺の言葉。
不思議そうに神通がこちらを見てくる。

「人間だってそうだな。誇り、忠誠、使命感・・・」
「でも、人間のために艦娘にそれらを持てと言っても難しいだろう」


神通が何かを察したようで、彼女の形の良い眼が見開かれる。


「そう・・・なら、艦娘にやる気を出させるもっとも手っ取り早い方法は」


「恋心、ですか・・・」


心当たりがあるようだ。

どこかで聞いたのだろうか?

神通の答えに頷いてみせる。

「この人のためなら、と想う気持ち。それは何よりも強い原動力となる」

「それは、艦娘に限った話じゃないがね」



深く息を吸い込んで、台詞を吐き出していく。

なるべく露悪的に、自分の一番醜い部分を晒すように。

「君たちに好かれるためになら、俺はなんでもする」
「昔の説を信じていた、なんて抜けている新米の演技だってするし」


「街に誘いだってする、ですか?」


またしても彼女の問いに頷く。

「君も、深海棲艦を倒したいんだろう?」


「だから、俺に惚れてくれ」
「どうだい、俺も大概・・・酷い奴だろう?」


「結局、俺も前任の提督たちと同じさ」


「君たちを利用し、深海棲艦たちを沈めるためにここへ来た」

怒りに震えると思っていた。

あるいは、傷ついて泣きだすかもしれないと。



神通の性格であれば・・・そうだな。

前者のうえに、一発貰うくらいは覚悟していた。


・・・・・・あるいは、そう期待していた。

「そう・・・ですか。あなたが着任してきた訳が・・・やっと分かりました」


けれども、彼女の反応は。
ただ、寂しそうに俯くだけで。


「でも、私にその作戦は無駄です」


力なく首を振る。


「私は、兵器。兵器は誰かを好きになったりなんかしないんです」

「恋なんて、しちゃいけないんです」


どうしようもなく、胸が痛む。

利用するはずだった兵器が、兵器であることを認めているだけなのに。

何故俺はこんなにも悲しく、こんなにももどかしい気持ちになるのだろう。



結局、俺の言葉は・・・神通を頑なにさせるだけで。

何も変えられやしなかった。

何が艦娘を惚れさせる、だ。

演技だって?

観客を騙しきれない役者など、二流もいいところ。


悔しかった。

無力感を味わった。

自分を兵器だと貶めるこの娘を、俺は全く救えていない。


だから。

「何度でも言うよ、神通」

「君は、兵器なんかじゃない」


愚直に繰り返す。


「そして、君に沈んで欲しいとも思っていない」

「ふふ、それも演技なんでしょう?」


いつものように、余裕たっぷりに笑ってみせて。

「そう言っていられるのも、今のうちさ」


宣言するんだ。


「君を必ず、落としてみせる」


打算も偶然も、本当の思いも、何もかもごちゃまぜにして。


今度こそ本気で、行かせてもらうから。

本日分以上。
今まで主役に置いた娘の中で神通が一番難しい。
我が嫁ながら手のかかる子です。

乙!

めんどくさ可愛い

投稿始めます

【神通side】


また、やってしまいました・・・。
口を開けば、提督を否定する言葉ばかり。


自分の態度が演技だと口にした瞬間の、提督の寂しそうな顔・・・。


本当は、それを見るのがどうしようもないほど切なくて。
すぐにでも駆け寄ってあげたかった。

でもやはり、それは許されないのです。
私が幸せになることは・・・許されないのです。


だから、今度こそ私は決めました。
この人の誘惑など、根元から断ち切り・・・。


兵器としての使命を全うすると・・・。
多分、それが私にできる唯一の償いなのですから。

・・・・・・泣きたくなるのを必死にこらえて。


ごめんなさい、ごめんなさいと。

それは自分にか、提督にか、それとも・・・・・・。

誰に謝っているのかも分からない謝罪の言葉を心の内で繰り返しながら。


私と提督は、無言のまま帰路についたのでした・・・。

【提督side】


「今日は楽しかったよ、ありがとう」


「・・・・・・・・・」


鎮守府の門をくぐったところで、神通に声をかける。
神通はコクリと頷いてうつむいたまま、何の反応も返さない。

けれども、気のせいだろうか。

俺には彼女が、悲鳴をあげているように聞こえる。

助けて、助けて、寂しい・・・・・・と。


だから、もう立ち止まらないことにした。

なりふり構ってなどやらない。

神通と別れ、俺は自室へと・・・ではなく、早足に執務室へと向かう。


今日は街へ出るために非番にした。
出撃も抑えて演習や遠征だけにしているから、秘書艦の仕事もないはずだ。


だけど、いる気がした。


扉から光が漏れている。
思わずニヤつく頬の緩みを引き締めて、ドアに手を付ける。

ガチャリ、と無機質な音が執務室にこだまして。


「え、な・・・誰!?」


「よう、叢雲・・・遅くまでご苦労だな」


相棒に声をかける。

俺がここに来るとは思っていなかったようで、珍しく動揺している。

「あ、アンタ・・・何しに・・・今日は来ないと思ってたわ」
「どうして俺が来ないと?」


そわそわと落ち着きのない様子で。
いつもはおっかない、鋭い眼光をどこかへ逸らしたまま。


早口で叢雲は告げる。

「だ、だって・・・その。今日は神通と・・・デ、デート、してたんじゃない・・・?」

「ただ二人きりで街へ行って、買い物をしてきただけさ」

「それをデートって言うんじゃない!」



へえ、知らなかった。

だとしたら今日は、随分とシリアスなデートをしてしまったな。

「神通も災難ね、アンタなんかに付き合わされて!」


「神通とは何も無かったぞ、これで安心したか?」


少なくとも、恋愛的な進展は、なにも。


「あ、当たり前でしょう!アンタなんかがそう簡単に、モテるわけないじゃない!」


いつもは冷静・・・というかツンケンしている叢雲にしては珍しい。

焦って口走ったためか、自分の失言に気づいてもいない。

少し、いじめてやるとするか。


「おや、それはどういうことかな?」
「へ?」


だめだ、もうニヤケが止まらない。

「俺は”神通は変なことをされていない”から、安心しろと言ったんだが」

「あっ・・・」



自分の間違いを悟ったらしい。



じわり、じわりと逃げ道を塞いでいく。

獲物を狩る狼のように。

「叢雲は言ったのはこういう意味かな、”俺がモテないから安心だ”」

「あ・・・う・・・・うぅ・・・」



耳まで真っ赤になって、もはやまともな言葉さえ出てこないらしい。


可哀想なので、早めにトドメをさしてやることにした。



「今度一緒に、街へ行こうな?」

「・・・・・・・・・バカ」

俯く叢雲の頭でも撫でてやりたかったが、今やると確実にぶん殴られる。

だから、茶番を切り上げて本題に入ることにした。


「過去の出撃データ、ですって?」


まだ赤い顔のくせに懸命に冷静さを装いながら、叢雲が聞く。


「ああ・・・過去の提督たちが手がけていたもの、全てだ」

神通の頑なな態度に迫れる何かが、そこに隠されている気がした。

兵器兵器と自分を貶めるからには、戦場にヒントが残されているのだろう。



「それとも、お前が教えてくれるか。神通の過去を」


「嫌よ、そんなの・・・」


叢雲が辛そうに顔を背ける。

「だろうな・・・俺も人から聞き出すよりも、自分で調べたい」


「私が、隠すとは思わないの?」


「そこはほら、お前を信じているからな」


「それともこの程度の仕事も出来ないのかな、俺の秘書艦は?」


「言ってくれるじゃない・・・」



瞳にふつふつと闘志が沸き上がってくる。
やっといつもの叢雲だ。

「任せた、3日ほどで出来るか?」


愚問ね、と叢雲の答え。


「明日までで十分よ」


頼もしいやつ。

やっぱり今度、どこかへ誘ってみようか。

今日はこれで終わります。

いいねぇ、この感じ好きだわ

乙です

叢雲が可愛いんじゃあ^~

投下して行きます。

【神通side】


霧が立ち込める洋上に、私は一人でいます。

敵の攻撃を交わしながら何とか味方と合流しようと、何も見えない四方を見渡して。

随伴の駆逐たちはみな、霧の外に逃がしましたからおそらく無事でしょう。


あとは・・・。

ふいに砲撃の音がやみ、主砲の音とは別のシュ、という短い音がしました。

何が起きたか察して、背筋が凍ります。


「魚雷・・・いけない、避けて!」


どこにいるか分からないあの娘に向かって声を張り上げますが、反応はありません。

私の声は届いているのでしょうか?

シュゥゥゥゥ・・・。

そうしている合間にも、悪意の塊は水底から・・・私たちを捉えようと近づいてきます。


ふいに、今まで何気なく立っていたこの海が。

深い深い闇に通じていることを思い出し、恐怖が私の心に絡みつくのです。



この霧の中、魚雷の姿が見えた時にはもう・・・間に合わないでしょう。

私は祈るように目をつむりながら、デタラメに回避運動を試みました。

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。


何も、起きません。
魚雷は私がいる位置とは検討外れの方向に打たれたのでしょうか・・・?


交わしきった・・・。
そう安堵した瞬間。


ドカン、と。


立ち込める霧の中・・・絶望の音が、洋上に響き渡ったのでした。

「那珂ちゃん!」


心臓がバクバク、と破裂せんばかりに哭いて。

私は川内型の自室から・・・。

三段ベッドの真ん中から、飛び起きました。

ああ。


もう何度見たことでしょう。

また、あの悪夢。
また、あの時の、悪夢。


「夢・・・でしたか・・・」


自分の犯した罪を思い出させられる。

・・・忘れようなんて、していないのに。

昨日は提督と街へお出かけしました。

結局、私の頑なな態度で彼を不快にさせてしまったでしょうが・・・。



それでも、私は・・・少しだけ嬉しくて、幸せな気持ちになったのです。
こんな私を、諦めないと言ってくれた人がいるから。



でも・・・切なさと暖かさを感じた瞬間、思ったのです。

ああ、またあの夢をみるだろうな・・・と。

私が幸せになることは許されないのだ、と思い知らなければなりません。

那珂ちゃんを・・・妹を沈めた、この私が。


こみ上げてくる胸の痛みにしばらく耐えて。
ふいに私は・・・ベッドの上で寝ている姉の存在を意識しました。


妹の名を呼んだことを・・・聞かれたでしょうか?

舞ってた

「あの・・・川内姉さん・・・?」


「むにゃ・・・提督、夜戦しようよぉ・・・」


ホっとします。

姉さんは朝が弱いですから、時たま悪夢を見る私の様子に気づいていません。

今日もそうだったことに・・・卑屈な安心を抱えて、私はベッドから抜け出します。

三段ベッドの一番下段が視界に入らないように注意しながら。

今日は出撃も遠征任務もありません。


「演習場に向かいましょうか・・・」


旗下の駆逐艦娘たちがやってくる時間まで、一人で。

心に迫る罪の意識に耐えるには、じっとしてはいられませんでした。

そう言ってくれると嬉しいです
残業のダメージがデカすぎた

【提督side】


「これは・・・すごいな」


「何よ、アンタが調べろって言ったんじゃない」


早朝の執務室にて。

思わず呟いた俺の言葉に、何時もどおりむくれる秘書艦。

元凶は俺の手に広がる分厚い報告書。

昨日、俺が指示した過去の鎮守府の出撃データだ。



確かに今日中に提出すると言っていたが・・・。

ちょっと早すぎないか、これ。

相棒はそんな俺の内心を察しているのかどうか。

眉間にしわを寄せてこちらを睨んできているから、分からない。



「・・・お前まさか、あれから寝てないんじゃ?」



「何言ってんの、そんなものちょっと早起きすれば楽勝よ」

「ま、優秀な私だからこそ出来たことよ」

嘘だ。


どんなに蓮っ葉な口調にしても、目元の隈は誤魔化せない。

そしてこいつも、俺が気づいてないとは思わないだろう。



ふふ、と漏れる俺の笑い声に。



「な、何よ・・・文句でもあんの?」


机に肩肘をついてそっぽを向く叢雲。

これ以上は本当に機嫌を損ねるので、俺は黙って報告書を読み解くことにする。

「ふむ・・・天龍は撤退率が多いな。6躯の娘たちを抱えていると特に」


なんだかんだ言ってアイツは面倒見が良い。

自分の功績よりも仲間の安全を重視する態度は見ていて気持ちが良かった。



また、指導者が良いのか・・・幼い6躯も遠征成功率がずば抜けている。

とくに響。まれに軽巡を抜かしてMVPまで取っている。

夜戦での活躍はやはり川内。

野戦バカ、と言われることだけはあるけれど。


意外に艦隊の損害は少ない。

普段の印象とは違って丁寧な指揮・・・。

紙の上でしか見られない繊細さが面白い。

>>283
誤字訂正



夜戦での活躍はやはり川内。

夜戦バカ、と言われることだけはあるけれど。



意外に艦隊の損害は少ない。

普段の印象とは違って丁寧な指揮・・・。

紙の上でしか見られない繊細さが面白い。

龍田、夕張、6躯・・・それから陽炎や不知火など。

個々の艦娘たちのデータを見ていくのも興味深いが・・・。

今はこれだな。



神通の項目。


「まったくこいつは・・・大した奴だ」

川内型軽巡洋艦『神通』



演習参加率:1位

出撃参加率:1位

敵艦撃破率:1位

夜戦参加率:2位

被弾率:1位

大破率:1位

旗艦率:2位

「それ、褒めてるの」

「そんな訳ないだろ」


ふん、と鼻を鳴らす叢雲。

数値だけ見ると好成績だが、自身を兵器と呼ぶ発言と合わせると。


「被弾も大破も1位か・・・」

しかし、一体何が彼女をそうさせるのか。

答えはやはり、過去の出撃記録にあるはずだ。


この秘書艦が意図的に情報を伏せなければ。

そしてもちろん、叢雲はそういう奴じゃない。


「これか」

ページをめくる俺の指が、ある項目で止まった。

叢雲の頭の艤装がピクリと動くのを傍目に、読み進める。



『大破進軍回数』・・・1回
軽巡洋艦:1隻轟沈(仮)



悪天候の中の進軍指示からの、陣形を維持できず結局撤退・・・。

そして護衛対象の輸送船団は大半が・・・。

旧任提督の艦娘の命を軽視した命令が伺える。

しかし気になるのは・・・(仮)?



「叢雲、大破進軍の項目だが」
「何、私の分析が不満なの?」


こちらを向き直り・・・不機嫌さを装って。

気がついているだろうか、声が少し震えてる。

「この、1隻轟沈(仮)というのは?」

「実際に轟沈した所を、誰も見ていないからよ」

「いや、見てないといっても」



確かに、記録を見ると”悪天候の中での戦闘”となっている。

視界が晴れた頃には誰もいなかったということ・・・だとしたら。

大破進軍して、戦闘後に海上に艦娘が立っていなければ、それは。

「見て、いないからよ」

「・・・悪かった」



叢雲の懇願の折れてみせる。

女の子の泣きそうな顔なんて見たくない。

仮、という一文字に込められた優しい願いに心を寄せて。

「うん、大体見当がついたよ」

「つまり、この時の旗艦が」



もう秘書艦は答えを寄越さない。

無言の肯定。



これ以上は、本人から聞かないとな。

「さて、行くか」


席を立ち、部屋の外へ・・・。


「ちょっとアンタ、どこへ行くのよ」


出ようとしたところを、秘書艦様に呼び止められる。

「いや、この流れで言ったら神通の所しかありえないだろう?」


「まだ朝の仕事終わってないでしょうが!とっとと席に戻りなさい!」


「なんだ、俺が他所へ行くからって妬いてる―――」


「せ・き・に・着きなさい」


「はい・・・」


ドサクサに仕事を押し付けようとした俺は。

叢雲の一喝ですごすごと席に戻るのであった。

ああ、早く終わらせて外に行かないと。

もうちょっと融通の聞く奴を秘書艦にすれば良かったかなあ・・・?



「アン、何かいったかしら!?」

「別に、何も」


叢雲イヤーは地獄耳~、っと。

「アンタいい度胸ね、酸素魚雷食らわせたげるから表出なさい!」

「お、外出ていいのか。よっしゃ」

「~~~~~~~っ!!」


秘書艦のゲンコツは、流石に痛かった。

やっと那珂ちゃんの名前登場。
休憩後(多分)今日中にまた投下します、そろそろ風呂敷をたたみ出す時期ですね。

ひとまず乙!

再開です

【神通side】


敵陣の真ん中にくい込んだ私は、一気に喉元に飛びつこうと突撃します。

単艦での戦いはいかに敵をかき回すかによって勝敗が決まりますから。


常に進み続ける、これが勝利への道です。

「わわっ」
「そこです」


私の勢いに驚き、隙を見せた者から狙いを定めた刹那・・・。


「不知火、潮、機銃掃射っ!とにかく打ちまくって!」


甲高い少女の声が演習場に響きます。

一拍遅れてタタタ、タタタと私を目掛けた機銃の掃射。

命中度外視の、牽制を目的とした攻撃・・・良い判断です。

不本意にも後退を迫られた私と標的・・・駆逐艦:曙との間に距離が生まれ。


「今よ・・・曙と合流、体制を立て直すわ!」


敵旗艦、駆逐艦:陽炎の宣言のもと隊列が整えられていきます。

こちらの突撃を許さない絶妙な距離感、部隊展開の速度・・・。

単艦の上、私を包囲するように単縦陣を敷かれてしまいました。

これで丁字不利・・・現時点の彼女が採れるベストの指揮でしょう。



普段、天龍さんや龍田さんが暁ちゃんたちを指揮するように。

私と川内姉さんは陽炎、不知火、曙、潮を旗下に置いて動いています。

今回の演習は寝坊した川内姉さんを抜いて、部隊を二つに分けました。

すなわち、私とそれ以外の4人というかたちで。


「良い指揮です、陽炎・・・私が鍛えた甲斐がありました」


私の賞賛を受けて戦闘終了と判断したのか、隊列を外れて陽炎が進み出ます。


「あら、ありがとうございます・・・では、今日はこれで」


でも、まだ甘さがありますね。

この程度で戦闘終了だと思うようでは、まだ私には及びません。

「何を言っているんですか」

「え」


駆逐艦たちに動揺の色が走るのに気付かなかったフリをして。

私は戦闘の続行を告げます。

「まだ、こちらが少し戦いにくくなっただけではないですか」

「そんな・・・駆逐4隻に囲まれて丁字不利・・・”詰み”でしょう?」


いかに自分たちが有利か・・・誇示するように陽炎は告げますが相手にしません。

「隊にお戻りなさい、陽炎。5秒後に突撃を敢行します」

「神通さん、それで無事にすむ訳がないじゃないですかっ」


なかなか自分の意見を曲げない。

強情な娘です・・・誰に似たのでしょうか?

この程度の不利、私にとってはどうでもいいことです。

1隻でも多くの敵を屠る・・・それが私の役目ですから。


「まずは私と1対1がお望みですか。では行きます」


ズドン。

身構えた私の足元を狙っての一撃。水柱が陽炎と私を隔てます。

「陽炎。神通さんはやる気です・・・戻りなさい」
「不知火・・・でもっ」


「指揮権を不知火に委譲しますか?」
「・・・・・・っ」


悔しそうに顔を歪め、駆逐隊の指揮へと戻っていく陽炎。

不知火では荷が重いでしょうし、それでいいんですよ。

「川内型軽巡洋艦、神通・・・参ります」


川内姉さん、那珂ちゃんと鍛え上げた、可愛い後輩たちに。

私は悪鬼のごとく襲いかかるのでした。

「冷静に・・・よく引きつけて。第一射は私と不知火。続いて曙、潮よ」


前進、前進、ひたすら前進。

回避など頭から考えず、真っ直ぐに突撃して行きます。



「撃てー!」



天に突き出した腕を振り下ろして、陽炎が高らかに叫びます。

主砲の一撃は流石に無視できません。

喰らってしまうと敵を倒しにくくなるからです。


仕方なく回避行動をとりつつも接近を試みる私と。


「今よ・・・第二射、撃て!」


私の航行ルートを読み切っていた陽炎の指揮。

すでに回避行動をとり始めていた私は、急激な方向転換が出来ず。

「きゃあっ!」
「よし、当てたわ!」


ここで曙の主砲をまともに喰らってしまうのでした。


「まだよ、油断しないで!」
「え・・・何でよ、もう終わったでしょ?」


警戒を解かない陽炎と違って曙はまだまだです。

・・・ここまでは私の想定通りという事に気づいていない。

演習用の模擬弾による攻撃を受けた私の艤装に、妖精さんたちが判定を下します。


「小破判定、ですか・・・思ったよりも軽傷です」


判定に応じて、実際の損傷と同じように艤装の能力が制限されました。

小破ならまだ航行に問題はありません。

突撃を続けます。

「うそ、まだ諦めないなんて!」

「距離をとりつつ陣形を維持、囲むように撲滅するわ!」


陽炎、あなたは本当に良い指揮官としての片鱗を見せています。

これならいつ私が・・・。

いつ私が沈んでも、大丈夫ですね。

もはや順序などなく、次発装填したものから撃ちだす白兵戦。

砲撃の間をぬって、私はどんどん接近していきます。


そして。


「捉えました」

「ひゃぁ・・・!?」

私の気迫に攻撃をためらった潮を目掛けて、至近から一撃を――


ズドン。

「がっ・・・」


真横から一撃を叩き込まれました。

これで中破・・・それでもまだ。

模擬弾といえど、直撃すれば想像を絶する痛みが身体を襲います。

それを無視してなおも襲いかかろうとする私に。


ドン。


「か・・・はっ・・・」

止めの一撃。

大破判定を受けた私は、そのまま演習場に倒れ込みます。

「神通さん・・・」

「大丈夫ですか!?」


私を心配して駆けつけてくれる娘たち・・・本当に優しいですね。

痛みを堪えて立ち上がると、みんな私のもとに集まっていました。

「陽炎、あなたの指揮は見事でした。もう少し磨けば実戦の旗艦も務まるでしょう」

「そんなのいいから・・・!」


「ねえ、神通・・・大丈夫なの・・・?」


どうやら先ほどの一撃は、曙が放ったものらしいです。

泣くのを懸命に抑えて、心配そうに尋ねてきます。

演習なのですから、気にすることはないのに・・・。

「曙、あなたは予期せぬ事態への対応がもう少し向上すれば―」

「もういいです!もういいから!」

「何ですか、陽炎」


辛そうに顔を歪める陽炎。

だから、気にすることないのに。

包囲戦を想定した演習なのですから傷つくことが当たり前です。

「もうやめにして、休憩にしましょう?」

「ほら、間宮さんのところに新しい甘味も入ったらしいです・・・さあ」


天龍さんに似た、普段のカラっとした笑顔を無理やり作って。

陽炎がそう提案します。


でも、彼女は少し勘違いをしているようです。

「何を言っているんですか、もう一度です。演習はまだ終わっていません」



「なっ・・・」

「もうボロボロじゃないですか・・・無理ですよ!」



陽炎たちが一斉に説得を開始するのを無視して。

「さあ、最初の位置に戻ってください。艤装のダメージ判定もリセットして」

「こんなこと・・・いつまで続けるんですか」


上官に対する反発だなんて・・・酷いものです。

本当に考えられません、そういう教育をしてきたつもりはないのですが。

「私が出来るようになるまでです」

「そんな・・・沈んじゃうのが先です・・・!」



それも、いいかもしれないなんて。

あやうく口にするところでした。



私を慕ってくれる娘たちへの、それはこの上ない裏切りです。

気づけば4人とも俯いて。

それでも私を説得する言葉を探しているようで。

申し訳なさと、それでもどうしようもない闇が私の心を満たします。

そんな時。


「さあ、夜戦だー、夜戦の練習だぞ~!」


底抜けに明るい声が、演習場に加わりました。

一先ずここまで

乙です

不幸に酔ってますねー

さあ、飛ばしていくぜー!

【提督side】


「さあ、夜戦だー、夜戦の練習だぞ~!」


助かった。


川内の登場に、俺はホッと胸を撫で下ろす。

結局、半端で仕事を叢雲に押し付け・・・任せてきた俺は演習場に来ていた。

こんな演習、続けさせるわけにはいかない。



どうにもならなければ俺が割って入るつもりだったが・・・。

”提督”が立ち入ることがどういう効果をもたらすか・・・。

それが予想できなかったので迷っていたのだ。

川内は一見、お気楽にはしゃいでいるだけに見える娘だけれど。

こうした時は神通とは違ったリーダーシップを取ることができる娘だ。


・・・・・・夜戦の練習をしたいというのは本心だろうが。

「川内姉さん・・・今はその、別の演習をしていて・・・」


「えぇ~、神通ってばまた陽炎たちシゴいてたの?それじゃ嫌われちゃうぞ?」

「あの・・・違います、どちらかといえば私の特訓で・・・」


先程までの勢いはどこへやら、神通が口ごもりだした。

「なになに、じゃあ私も神通の方に入ってシゴけばいいの!?」

「いえ、でしたら・・・川内姉さんも陽炎の隊に入って・・・」


「なんでよ、それじゃ1対5じゃん超不利じゃーん!」

「あの・・・ですから・・・そういう特訓・・・」


すごいな、もう会話がすっかり川内のペースだ。

「そんなのよりー、ほら。夜戦しよ?」


川内が手に持った装備を披露していく。


「照明弾に~、探照灯。あと開発中の夜間偵察機ってやつだって!」


あのヤロー・・・夕張の工廠から拝借しやがったな・・・。

夜戦装備の開発は俺が夕張と極秘裡に行っていたのだが・・・。

川内の夜戦に対する嗅覚を舐めていた。

後でキッチリ締めておかないと・・・って、ん?
こちらをチラりと見たような。


「提督も使用許可済だから大丈夫よ!」


・・・・・・・・・。

やってくれる。
川内だけは俺の存在に気づいているようで。


この場を収めてやるから、持ち出しは目を瞑れってことだなこりゃ。

仕方なく頷く。

「じゃあ私と陽炎、潮はこっち。後は神通組ね・・・夜戦演習だ~」

「あの・・・川内姉さん・・・もう夜戦演習でいいですから・・・」



ああ。

もうやめておけ、神通。

「ん、何よ神通」

「このまま、陽炎たちの隊に入ってください」

「・・・・・・」


踏みやがった。

「ねえ、それってどういうこと」

川内の声が一段、低くなる。


「そういうこと、です」

対する神通も譲らない。



さっきまで頑張っていた陽炎ももう、オロオロするばかり。

後輩たちには少し、荷が重いだろう。

「こんな演習に何の意味があるの」
「姉さんだって夜戦がしたいだけじゃないですか」


「姉ちゃんの言うこと、聞けないの」
「旗艦は私です」



やれやれ、これはもう。

俺が出るしかないか。



川内に目配せする。

彼女は一瞬、何か言いたげな顔をした後。


「って、喧嘩しても仕方ないよね。そんなエネルギーがあったら夜戦したいもん!」
「ね、姉さん?」


無理矢理な、から元気。

姉の矜持として、妹は自分で救いたかったろうに。

・・・ありがとう、川内。

「こういう時は提督に決めてもらわないとね!後はまっかせた!」


任せとけ。

ふう、と一息。

少々キツイ荒療治になるだろう。

【神通side】


あの人に、見られた・・・。
一体どこから?


もしかして最初から・・・。
私が無謀な演習をしているところからでしょうか。

この人にどう思われようと関係ない。
それどころか、嫌われた方が都合が良いはずなのに・・・。


なのに私は、今更のように取り繕おうとしている様で。


もうどうしていいか分からない。

嫌おう、嫌われようとしているくせに。

私は縋る様にあの人を見つめるのでした。

【提督side】


神通の縋る様な視線を感じる。
その顔は今にも泣き出してしまいそうで。


先ほど鬼のように暴れまわった彼女は何処へ行ったのか。

もう大体、彼女の過去には見当が付いている。

それでも一度、彼女の口からそれを吐き出させなければ・・・何も進まない。


だから神通。


こんなこと、したくないけれど。


一度君の心を折るよ。

多分俺たちは、そこから始めないといけないのだから。

”提督”という名の仮面を被って、俺は一歩、前に出る。


「話は大体、理解しているつもりだ」


第一声を放ち、みんなの反応を見る。


俯き、暗い顔をしているのが神通。
能天気な姉という仮面が剥がれないように必死な川内。


後は、いきなりの提督の登場にどうしたらいいか分からず不安、といった駆逐たち。

親しまれつつあるとは言っても、提督を怒らせたらどうなるか・・・。
今まで話す機会が少なかった陽炎たちにとっては怖くて仕方ないだろう。


まずは彼女たちから安心させなくては。


「陽炎」
「は、はいっ」


気を付けと敬礼が俺に対して掲げられるのは、公式の場か慣れてないかのどちらかだ。

叢雲を見習え、上官にゲンコツだぞ、ゲンコツ。
天龍なんてノックも無しに入室して来るしな。


とはいえ、今は駆逐とじゃれあっている時間はない。


「いい戦闘指揮だった。凄いじゃないか!」

「・・・へっ?あ、あの・・・ありがとうございます?」


褒められるとは思わなかったのか、少し混乱している。

「駆逐艦のナンバーワンは叢雲だと思ってたが・・・実戦じゃ陽炎かな」

「あいつが威張り散らせなくなるように、もっと実力つけてくれ。な?」

「は、はあ・・・どうも」


褒められた本人よりも隣の不知火のほうが誇らしげなんだが、それはどういうこっちゃ。

そして俺は視線を陽炎よりも頭二つ低い、目つきの悪い少女に移して。


「曙・・・君は」

「フン、何よ」


この娘はちょっと扱いづらい。

不幸な誤解もあることだしな。

「陽炎に比べるとまだまだだが・・・やっぱり優秀だ。頑張ってくれ」

「フンッ・・・クソ提督なんかに言われなくったって頑張ってるわよ」



「あ、曙ちゃん・・・そんな呼び方は駄目ですぅ・・・」

潮がオロオロと曙を嗜める。

「こいつなんかクソ提督で十分よ、私たち、着替え覗かれたの忘れたの!?」


え、という空気が全体に流れる。

・・・イカン、変態ロリコン提督のレッテルだけは、今後に支障が出る。

「あれは不幸な事故じゃないか・・・着任したてで部屋を間違えたのは知ってるだろ?」

「ふん、どうだか・・・今だって潮のこと、やらしい目で見てるんじゃないの?」

「ひゃぅぅ・・・あ、曙ちゃん!」



・・・・・・このまま言われっぱなしでは面子が立たないな。

一つ、上官の威厳とやらを見せてやるとしよう。

「曙のことなら、やらしい目で見ているぞ?」


へ、という間の抜けた声。

まさか、自分が女の子と見られているとは思わなかったらしい。

まったく・・・不足の事態に弱いと注意したばかりなのにこれだ。

そんなのだから、俺みたいなのにつけ込まれる。

「とくに今日」

「きょ、きょきょ、今日!?」


顔が既に赤い。叢雲より分かりやすい奴だ。


「スカートの中・・・気をつけような、魚雷打つとき丸見えだったぞ?」

「なっ・・・あ・・・ああ・・・」

動揺のあまり気付いてないらしい。

バッ、っと今更のようにスカートの裾に手を当ててしゃがみ込む仕草が可愛い。

ネタばらししようとしたところで、潮がおそるおそるしゃべりだす。



「あの・・・曙ちゃん、大丈夫だよ・・・」

「何が大丈夫よ、見られたもん、クソ提督に見られたもん!」

「た、多分・・・み、見られてないから・・・」

「何でよ、丸見えだって・・・魚雷打った時・・・あっ」


気づいた様だ。


「曙、不知火が思うに・・・私たちは今日、魚雷を打っていません」


事実の指摘が何よりも鋭いトドメとなるのを、俺は今日初めて知った。

おお、曙の顔が更に真っ赤になっていく。

「ク、クソ提督・・・」

「良かったな、曙。パンツなんて見られてなかったぞ?」

「クソ提督クソ提督クソ提督っ・・・大っ嫌い!」


艦隊に軽い笑いが起きる。
張り詰めていた緊張が緩和したところで・・・。


「さて、本題だ」

駆逐艦娘たちは再び口を噤む。

けれど、さっきみたいに死にそうな表情は見られないから良しとする。


視線を川内と・・・神通に向ける。

川内は・・・全て俺に任せる、と言った通り。

寂しそうな微笑みと俺に対する信頼の表情。

神通は・・・俺と視線を合わせようとしない。


どんなことがあろうと、何をしようとも。
君の心を水底からすくい上げてみせる。


だから。
だから、しばらく心を鬼にする。

「さて、神通・・・これは少々無茶な演習じゃないか?」

「提督には関係のないことです」



「ふむ」


肩を竦める。余裕たっぷりに、少々嫌味っぽく間を取って。

「艦娘のコンディションを整えるのが俺の仕事だからね、関係無くはない」

「そして、その観点からこの演習は好ましくない。分かるね?」


強情にも神通は首を振る。

「私のコンディションなど、あの程度の演習では影響ありません」


「君の、じゃない。後ろの仲間たちの、だ」



ハッ、と顔を神通。

相手の一番痛いところを突く・・・大切なものを人質に取るようにして。

なんという卑怯。でも。

「やっと顔を上げてくれたな」


真っ直ぐに神通を見据える。

相手の心を射抜く最高の瞬間を計算して、言葉の矢を放つ。



「俺が提督をしている間は、お前たちを沈めたりしたくない」

「君が、それでも沈みたいと思っているのなら勝手にしろ・・・しかし」

ああ、俺は最低だ。

この言葉が彼女を・・・神通をどんなにか傷つけるのかを知っているのに。

それでも今、言わずにはいられない。




「仲間までも道連れにして、沈める気か?」

神通の顔が蒼白になる。

全ての感情の色が消え失せ、残った色。



俺の優しさを求めて縋るような瞳が光を失い。

胸の前で組まれていた手がだらりと下がる。



川内がぎゅ、っと拳を握って耐えている。

手を出さない、という誓いを守っているんだな、ありがとう。

神通、お前にそんな顔をさせたのは誰だ。

言え、教えろ・・・俺がぶっ殺してやるから。



「それでも私は・・・この生き方を変えられません」



馬鹿なやつだ、本当に。

君は、この冷たい世界で生きるにはあまりに真っ直ぐで、優しすぎるんだ。

「そうか、では俺もそれなりの処置をしなければならない」


唇を噛んで、それでも俺は告げるのをやめはしない。


「神通・・・君を水雷戦隊の旗艦から解任する」


艦娘たちには初めて見せる、提督としての冷徹な顔。

艦隊全員に衝撃が走るのが分かる。

「今の君では、大切な仲間を一緒に沈めかねない」


いやいやと力なく首を振る神通に対して、俺は一切の妥協を許さない。


「代わりに川内、お前が指揮を取れ」

「なん・・・いや、私より神通の方が上手いし・・・」


それは、この娘を愛してる姉に対してもだ。

「お前、艦隊全体のダメージコントロール得意だろ」

「夜戦時に6隻全て戦闘可能な状態に保つのは、実はお前が一番上手い」



「・・・バカ、何で気づいてるのよ」



きっちりお前も巻き込むからな、もう逃げるんじゃない。


それと・・・この娘は完全にとばっちりだが・・・仕方ない。

「川内が負傷して指揮を取れなくなった場合・・・旗艦は陽炎、お前だ」

「えっ・・・・・・私!?」



神通の肩がピクリと動く。

万が一にも神通に指揮権を渡さないという俺の意思ははっきりと伝わったようだ。

「あくまでも一時的に、な。鎮守府への撤退を最優先して無事、帰投すること」

「そして一切の進軍は禁止、今日の艦隊のまとめ方を見ての判断だ・・・出来るな?」


「でも、私・・・」
「陽炎、やれ」


ここでもたついている場合じゃない。

神通が放心状態の今のうちに、やるべきことをやっておく。

その為に、有無を言わせぬ口調で陽炎を見つめる。

「は、はいっ」



「以上、今日はみな出撃任務は無かったな。無理してでも休め、遊ぶのも良い」

「気持ちを切り替えて、明日からの任務に引きずらないこと。では解散」



執務室・・・はまだ叢雲がいるな。結局俺が押し付けた仕事をやっているだろう。



「神通だけは話がある。俺の部屋まで来い」

第二ラウンド。
ここからが本番だ。


俺の私室は執務室のすぐ上にある。
ベッドと本棚、机以外何もない簡素な部屋だ。

さて、どう切り出していくかなんて。

考える間もなく、神通がポツリ、ポツリと語りだしていった。


すべてのはじまり。
あるいは、すべてのおわり。


あの日のことを。

次回は過去のお話。
いよいよ大詰めへ向かいます、目標は今日中完結。

書き溜め、推敲に時間をかけますがまた来ます、それでは。

乙です

面白い

今日中完結とか馬鹿じゃねーの・・・。
余裕で無理でしたし本日も完結まではいきません!

許してくださいなんでもしまかぜ。
では投下していきます。

【神通side】


私の妹の那珂ちゃんは・・・とにかく明るい子でした。

テレビを見るのが好きで、特にアイドルが好きでした。



私は艦隊のアイドルになるんだー、って歌まで歌ったりして。

いつも私やみんなを笑顔にしてくれる、私の大切な妹・・・でした。

当時の提督は・・・紛らわしいので、ここでは司令官としましょうか。

更迭されて、どこか僻地の・・・艦娘もいない小さな泊地に赴任されているそうですから。



司令官は例によって艦娘の負担など考えない、傲慢でひどい方でした。

私たちは・・・特に6駆の娘達を守る天龍さんはそれに反発したものです。

私もそうです。

艦娘は命令に従うだけの兵器じゃないなんて言ってて・・・笑っちゃいますよね。


ただ、結局は・・・完全に上官に逆らうことは出来ません。

どこかで折り合いをつけて、最悪の結果だけは避けると言った方針でした。

さて、当時の鎮守府は・・・今よりも過密な出撃スケジュールが組まれていました。

他の鎮守府が功績を上げる前にと、出世競争に遅れまいと司令官が焦っていたからです。


とにかく出撃出撃、艦隊の疲弊はかさんで行き、もちろん戦果は・・・。

そうしてますます焦った司令官の無茶な指揮という負のサイクルが出来上がって。



みんな、限界まで来ていました。



そして、運命のあの日がやって来たのです・・・。
霧の、濃い日でした。


「戦闘終了です・・・帰投致しましょう」


旗艦である私は、周囲の敵を殲滅したところでその判断を下しました。

艦隊を見渡して、これ以上の進軍はやめようと判断したからです。

「えぇー、那珂ちゃんはー、まだやれるよ~?」

「嘘つきなさい・・・さっき攻撃されてたの見たわよ」

「きゃは、叢雲ちゃんの目つきこわーい!」

「アンタ・・・」



那珂ちゃんの軽口に叢雲が腹を立てるのはいつもの事です。

自分のペースを乱されるのに弱いのかもしれませんね。

「しかし・・・今日は視界も悪いです、これ以上は危険かと不知火は思います」

「うーん、神通さんのしごきよりはマシですけどね」



真面目な不知火と茶化す陽炎。

二人は最近、私の旗下に入り鍛えているところです。

まだそんなに厳しい指導はしていないのですが・・・。

演習メニューをもう少し優しくすべきでしょうか。

・・・・・・でも考えてみたらこれ以上優しくする余地がありませんね。

これから厳しくしていく要素ならたくさんあるのですが。



そんなことを考えつつ、那珂ちゃんに向き直ります。

中破状態・・・まだ戦えますが、ここは念の為に。

「那珂ちゃん、無理は駄目よ。大事を取って一度帰投しましょう・・・ね?」

「うーん、でもぉ。ここで帰ったらまた嫌味言われちゃうよ?」



海域のボスを倒す・・・どころか姿さえも掴めない現状。

帰投すると司令官に嫌味を言われるのは毎回のことでした。

特に旗艦はネチネチとしたお小言に付き合いことになりますが・・・構いません。

「そうだよー、夜は夜で出撃があるんだしさ!」


そして・・・川内姉さんだけは疲れを見せません。
今日の夜戦を想像してか、目を爛々と輝かせています。


「川内ちゃんはそればっかー。夜戦してたら夜の番組が見れないのに」


同じ姉妹でも、好みは全然違います。

その事におかしさを感じて、私はクスリと笑ってしまって。

過密な出撃スケジュールや上官の無理解は辛いけれど。


みんなが笑顔でいるこんな日常がいつまでも続けばいいな、と。
そう思うのでした。


その時です、あの悪夢の指示が下されたのは。

ガガ、ガガガガガ。


通信係は不知火の仕事。
彼女の報告を待ちます。


「神通さん、鎮守府より入電です」
「内容は?」


通信用の電探に入った命令を不知火が読み上げます。

「船団を護衛し、物資と乗客を送り届けよとのことです」

「もう・・・何でこのタイミング!?」



川内姉さんが声を荒らげるのも当然です。

そんな予定はありませんでしたし、それに。

「船団護衛なんて重要任務が、何故こんな突然決まるのかしら」


怒りを含んだ叢雲の声が、艦隊の総意を代弁します。

この様子だと、秘書艦を務める彼女にさえ知らされていなかったのでしょう。



「叢雲・・・この任務は?」

「聞いていないわ」


苛立たしげな返答。

やはり・・・では、それはなおさらおかしいです。

物資と人命。この二つがかかっている任務は普通、数日前から通達されます。

万が一にも深海棲艦たちに沈められるわけにはいかないからです。



隣接する鎮守府と連携を取り、各艦隊が責任を持って海域を通る船団を護衛する・・・。

海域攻略のついでにするようなものではありません。

ましてや今日という悪天候、那珂ちゃんは中破状態・・・。


「不知火、鎮守府に意見具申。負傷者を抱えており一度帰投したし、と」
「はい」



通常、船団護衛任務は鎮守府側に決定権があります。

護衛する艦隊がボロボロでは話になりませんし、今日の様な視界の悪い日は守りにくい。

出航を別の日にするよう船団側に指示を出すのは珍しいことではないのです。

「うぅ・・・ごめんねー、那珂ちゃん迷惑かけちゃった」

「いいのよ、あの無能がワガママ言ってるだけなの」


叢雲の毒舌を、今や誰も咎めません。

それ程までに先ほどの指示は、私たちを馬鹿にしているとしか思えないものでした。

ガガ、ガガガガ。


「・・・・・・・・・神通さん」


新たな入電を目に、不知火が私の名前を呼びます。

まるで信じられないものを見たかのように、驚きの表情で。

「・・・・・・・・・読みなさい」


一抹の不安を抱えて不知火に命じます。


「不知火?」


テキパキとした不知火が口ごもるなんて・・・。


「はい・・・船団は既に出航済。速やかに合流しこれを護衛せよ、と」

愕然とするとは、まさにこういうことでしょう。

既に出航している・・・?


本来であれば、船団が港を出るその瞬間から艦娘がついて然るべきなのに。

この制度が整うまで、一体どれだけの人的・物的被害が出たか。



予想されるのは、霧という悪天候の中での戦闘。

敵を倒して終わり、ではなく護衛というハードルを超えなければ・・・。

しかも、既に中破している那珂ちゃんを抱えて。

行かなければ多くの命が危機に曝されるでしょう。


選択が迫られます。


判断するのは、あくまでも旗艦の私。

脳裏に浮かぶのは、この間読んだ軍学書の言葉。



“将、外に在りては、君命に従わざるところあり“

解体されることも覚悟でそれを実行に移すか・・・。

今帰れば、私たちは無事帰投できます。



しかし、船団は・・・。

いえ、もしかしたら襲われることなく無事、目的地へ付けるかもしれません。

深海棲艦と遭遇することのほうがまれなのですから。



でも、でも、どうしたら。

答えのない堂々巡り。



そんな時。

「・・・・・・行こうよ」


「那珂ちゃん・・・」
「那珂・・・」


最初に口を開いたのは那珂ちゃんでした。

「もしここで帰って、船団の人たちが襲われちゃったら・・・悲しいよ」

「それって、アイドルのすることじゃないよねっ!」


あくまでも明るく。

一番怖いのは、負傷している自分のはずなのに。

・・・なんて優しい、誇り高い私の妹。

「でも、那珂・・・やっぱりここは帰ろうよ」


珍しく弱気なのは、川内姉さんです。

旗艦ではなく・・・一歩外にいる立場だからこそ下せる冷静な判断。


どんなにか、思ったことでしょう。

あの時、姉さんの意見に従っておけばと。

守るべき全てを犠牲にしてでも撤退しておけば・・・と。

「あ~んもう、那珂ちゃんなら大丈夫!いざとなったら自分だけ逃げちゃうから!」

「ね、だから神通ちゃん・・・早く行って終わらせちゃお?」


中破状態ならまだ・・・それに最近は強敵の姿も見えないですし。

そして私は、あの悪魔の決断をしてしまうのでした。

「分かりました・・・神通水雷戦隊、これより船団護衛任務に就きます」

「まずは船団との合流を速やかに・・・道中はなるべく戦闘を避けて行きます」



「応!」



一度下した決断に、みんな全力で従ってくれて。

底知れない不安を抱えたまま、私たちは霧の中を駆けました。

【提督side】


俺の部屋のベッドに力なく腰掛けて。


どこか感情の色を失ったまま。
神通が語りだしたあの日の出来事に俺は耳を傾けていた。


「その時の提督・・・いや、司令官は・・・どうしてそんな指示を?」

まず気になるのはそこだ。

俺より経験は豊富なはずなのに、俺ですらしない間違いを犯したのは?


「後から知ったのですが・・・やはり、上がらない戦果への焦りでした」

「そして、点数稼ぎ・・・要するに、胡麻すりです」



同僚に先駆けて少しでも上げたかった戦果。海域攻略という殊勲。

でも、それが思うように得られない・・・過密な出撃スケジュールを組んでも。

そんな中、軍から船団護衛の依頼が緊急で舞い込む。

できる限り急いで物資と・・・ついでに乗客を送り届けて欲しいと。


通常なら、船団を港に留め・・・天候や艦隊を整えて受諾する任務だけれど。

日数がかかれば、お偉いさんは渋い顔をするだろう。


それを最速で出来れば、逆に覚えがめでたくなるのではないか?

丁度出撃中の”奴ら”がいるし、やらせておこう・・・。

そんな、反吐が出るほどの、くだらない考えで。

自分の保身しか考えていない馬鹿どもの考えは・・・いつもそれだ。


相変わらず神通はがっくりと項垂れながら。

決して俺と目を合わせることなく。


咎人の告白は、今しばらく続く。

一度休憩します。
あとはご飯食べてからかな。

明日投稿させていただきます

乙です

投稿するすると言ってできずにすみません
昨日の宣言どおり今日投下します

【神通side】


複縦陣を保ちつつ、艦隊を率いていきます。

先頭は私と叢雲。

真ん中に川内姉さんと那珂ちゃんを置いて、最後尾に陽炎、不知火のコンビ。

幸運にも敵との遭遇はなく、このまま船団がいるであろう地点へ到達出来そうです。


天候も良いとは言えませんが・・・。
薄靄のかかった洋上は味方の識別には困らない程度。


「今のところ、問題なさそうです」

「うんうん、やっぱり那珂ちゃんの判断正解っ!」


ふっと笑いが漏れます。

でも、悪い知らせというのは得てして、こういう時に訪れるものです。

「ちょっと、不知火・・・これ」
「どうしました、陽炎」


後方で後輩たちの声がして、私は振り返ります。


「どうしたの陽炎、報告して」

「あの、水上電探で掴んだ船団の航路なんですが」

「予定してた進路を大きくずれています」


船団が予定通り進めない要因なんて、そんなの一つしかありません。


「深海棲艦に襲われて・・・・・・」

「それしかないわね・・・ったく」


最悪のケース。

このままでは全滅の可能性もありえます・・・。

「進路を修正・・・可能な限り急ぎます、皆さん着いて来て」

「ええ」

「那珂ちゃんにお任せだよ!」



進撃を選択して正解だった、と。

この時点の私は思っていました。

「見えた・・・あれよ!」


不安要素だった霧が思ったよりも薄くなったのが、逆に悔やまれます。


見渡すばかりに立ち込める煙と、炎上する船たち。

現場は地獄の様相を呈していました。

深海棲艦の攻撃を受けている船からは悲鳴が。

そして、仲間がやられている間に何とか逃げ出そうとする船たち・・・。


その中にあって私たちは、少しでも出来ることをする。

それが、艦娘の使命です。

「まずは敵の艦隊を確認します・・・陽炎、不知火が先行」


「はい!」
「お任せを」


那珂ちゃんを中央とした輪形陣をベースに。

陽炎が右舷、不知火が左舷を先行し索敵に移ります。

最近のこの海域は、目立った敵が確認されていません。

それが変わっていなければ・・・・・・。


「右舷敵影なし・・・生き残りの船団もそちらへ退避して行きます!」

「左舷・・・敵軽巡2、駆逐3・・・船団を攻撃しています」


これで決まりです。

船団を守りながらの戦闘は骨ですが、敵勢力は艦娘にとって大したことがありません。

早く片付けて、鎮守府に帰投するとしましょう。

「叢雲、那珂ちゃんは右舷へ。逃げていく船団の誘導をお願いします」


これなら中破状態の那珂ちゃんでも問題ない役回りです。

叢雲をサポートにつければ大丈夫と判断します。

「任せなさい」

「うん、行くよー」


二人が右舷へと流れています。

指示しなくても叢雲が先頭に立ち、弾除けの役割を担っているのは流石です。

「残った3隻は私と一緒に左舷へ・・・敵を殲滅します」

「了解、さっさと片付けて夜戦だね!」


川内姉さん軽口に頬を緩ませて。

私たちは戦場へと駆け出したのです。

こちらの戦力が4隻、相手は5隻・・・・・・。

相手が1隻多いですが、同格の軽巡までしかいないのは確認済みです。

それならば、私たちの敵ではありません。



事実、艦娘が戦闘に加わってから沈む船団はなく・・・。

那珂ちゃんと叢雲の誘導に従って、少しずつですが襲撃から逃れ出しました。

「陽炎、不知火が引きつけているうちに」

「攻撃よ、攻撃!」



不知火が釣りだした敵の側面に、陽炎の主砲が炸裂します。


「よっしゃ、敵駆逐1隻撃沈・・・あんたらやるじゃない!」

「へっへー、川内さんも参考にしてくれて良いですよ?」

「なんだとこのぉ・・・っと、神通任せたよ」


こんなに良い連携を見せられては、先輩として黙っているわけにはいきません。

はい、と短く返事をして。

川内姉さんの牽制に気を取られている内に、突撃を敢行します。

陣形の中央に私という楔を打ち込まれて。

敵艦隊に動揺が走るのが手に取るように分かります。



分断された艦隊は容易に私の接近を許し、そして。


「これで終わりです」

ドド、ドドドドド。


至近からの一撃を浴びて、敵軽巡1隻、駆逐1隻が水底へと沈んで行きました。


「あちゃあ・・・あれには適わないわ」


陽炎の呟きは当然のものです。

そう簡単に追いつかれては困りますから。

これで残りの敵は・・・中破状態の軽巡1隻、駆逐1隻。

対してこちらはほぼ無傷の状態で艦隊を保っていますから・・・。



「気を引き締めて・・・残りを確実に片付けます」


戦闘の収束を意識した指示を私が出したのも、無理からぬ事でした。

そう・・・これで、終わると思っていた。

いつもなら、これで終わってた。



なのにこの時は。

この時だけは、それが許されなかったのです。

本日ここまで。
今週平日は忙しそうですので短めでもお許しを。

乙です


続き待ってる

投稿あるのみじゃ

背後で、ドカンと・・・主砲の音がしました。
咄嗟に、那珂ちゃんか叢雲の一撃かと思いましたが・・・。


それは違うと、すぐに脳裏で否定します。


避難誘導をかけている彼女たちは、極力目立たないのが仕事です。

そんなミスを犯す様な二人ではありません。

何か、嫌な予感がします。


ザザ、ザザザ。
隊内無線が入り、叢雲の呆然とした声が響き渡りました。


「右舷より敵影を確認・・・新手よ」

自身の失敗を痛切に感じます。
何故、増援の可能性を考えなかったのでしょう。


最近の敵数が少なかったことからの、完璧な判断ミスです。


もっとも、それを考慮していたとしても・・・。

6隻という限られた兵力では、作戦は変わらなかったでしょうが・・・。

そんな事は問題ではありません。

静かに、現状を確認する様に図らいます。


「叢雲・・・敵の数は」
「重巡2、軽巡1、駆逐3」


背筋が凍ります。

旗艦である私よりも格上の重巡が2隻・・・。

しかも兵力まで敵が多いとなると・・・。

「・・・・・・っ、那珂ちゃんは!?」


先ほどの、おそらくは敵重巡の発砲音。
あれは一体・・・。


同じく、体内無線から妹の声。



「えへへ、那珂ちゃんはまだ平気だよ~?」


その声に思わずホッとしたのも束の間。

「アンタ・・・どこが平気なのよ、大破状態でしょ!?」

叢雲の声に胸が締め付けられます。


「那珂ちゃん!?」

「もう、叢雲ったら、チクりは芸能界じゃ厳禁だよ?」

「バカ・・・」

「神通、落ち着いて。まずは那珂と叢雲と合流を―」


川内姉さんの言葉に我に帰った私は、手持ちの艦隊に指示を出します。


「全力で那珂ちゃん、叢雲のもとへ急行、合流します」


最初の敵部隊は半壊状態ですから、追撃の心配はないでしょう。

背後を振り返ることなく、私たちは駆け出しました。

待っていたのは、地獄の続き。

誘導役の那珂ちゃんと叢雲が無力化されたことで、またしても船団が襲われています。


一撃、また一撃と敵主砲が船団に当たっていき、次々と船が炎上、沈んで行きました。


「神通・・・」


泣きそうな叢雲の顔。

初めて見る顔です。

「あなたは悪くありません・・・那珂ちゃん、状態は?」

「うぅ・・・ごめんね、那珂ちゃん大破しちゃった」



原型をとどめていない艤装が痛々しく・・・また顔も煤で真っ黒です。

それでも命がある事にみんなホッとして。



そして私は、決断を下します。

「撤退します」


目の前で襲われている、大勢の命を切り捨てて。
それでも私は、この娘を・・・大切な妹を失いたくない。


「そんなの駄目だよ!」


でも、それを・・・なんであなたが許してくれないの。
・・・・・・・・・那珂ちゃん。

「まだ襲われてる人たちがいる・・・助けなきゃ」

「でも那珂さん・・・大破して」


「それでも」

ああ、この娘は強い。

「それでも、ここで撤退しちゃって・・・あの人たちが死んじゃったら」

「きっとみんな後悔するよね、違うかな?」


そして誰よりも正しくて、優しいのです。

「倒すのは無理でも、船団が逃げるまで引き付けることは出来るよ!」


再びくる、決断の時。

それでも、と撤退に傾きかけていた私の心を揺り戻したのは。



ガガ、ガガガガ。

憎しみすら感じる、電探がかき鳴らす音でした。

「鎮守府より入電です」

不知火の疲れきった声が、命令を告げていきます。



「今・・・同じく出撃中の天龍隊に救援依頼をしたそうです」

遅い。なんでもっと早く・・・。

「天龍さんの隊も戦闘後に駆けつけるため疲弊している様です」


ここで撤退したら、天龍さんの艦隊とは入れ違いになってしまうでしょう。

そして・・・天龍さんたちがどれくらいの状態でいるのかが分かりません。

少なくとも、彼女たちの隊だけに敵を任せることは・・・。



「合流するまで持ちこたえよ。撤退は認めず、と・・・」



ああ、これで・・・決まってしまった・・・と、私は思いました。

私などでは抗えない何かが、私たちを潰そうとしているとも。

あの時。


少女の様に泣き叫べたらどんなにましだったろう。

やはり私は兵器です。この時も、こんな指示が出来たのですから。

ぎゅっと拳を引き結んで、私はそれでも旗艦としての役割を果たしました。



「撤退戦を開始します・・・船団を可能な限り守りつつ、戦闘続行です」



地獄から本当の地獄へ。

戦いはまだ続きます。

【提督side】


気休めは口に出来ない。

それは安い言葉をかけて安心したい俺の自己満足でしか無いのだから。


だから俺は、淡々と事実のみを問題にして話を続ける。

「撤退を許さなかったのは、やはり」

「後の評価を司令官が気にしたのでしょう」


船団全滅と生き残りがいるのでは、確かに心象が違うだろう。

ただ、その為に部下を更なる死地へ追いやったそいつは、最低のクズだ。

「あなたならあの時、どんな指示を下すのでしょう」


憂いを帯びて・・・卑屈な笑いを含んで神通は口にする。

今この華奢な肩を抱きしめて、優しい言葉をかければ・・・この娘は堕ちるだろう。


当初の目的通り。

全ての艦娘をモノにする・・・その第一歩じゃないか。

どうした、俺?

「俺とそいつは違う、意味のない問だな」


結局、口にしたのは卑怯な逃げの言葉。

誰よりも俺自身が、それを逃げだと感じる。


どうした、彼女を救うためなら何でもするんじゃなかったのか?

「そうですね」


求めていた答えを与えられず、落胆の色を見せながら。


いよいよ話は確信に迫っていく。

軽巡:那珂の轟沈・・・その瞬間へと。

明日で過去編終了です
ごめんよ那珂ちゃん

乙です

でも那珂ちゃんいたら全員落とすって計画に支障が出てた気がする(身持ち的な意味で)

敵には勝たないといけないけど
軍もちょっと腐り過ぎてて別に滅ぼされてもいい気になってしまうな
提督勢や上の連中クズしかいなさそうだし

今日は早めに

【神通side】


「散開と集合を繰り返して・・・敵を牽制します」


「応!」


那珂ちゃんを再び輪形陣の中央へ戻し、私たちは密集します。

あとは攻撃が集中するタイミングを見計らって。

「散開、川内姉さんと陽炎前へ」

「不知火、叢雲は私と援護射撃です」


「行くよ陽炎」

「お任せを!」



実際に突撃しなくてもいい。

その構えを見せるだけで敵は私たちに備えなければなりません。

そこを突いた形の防衛戦は当初、上手くハマりました。

敵艦隊は炎上する船団への攻撃にも未練があるようで、どっちつかずの攻撃となっていることも要因の一つです。


「川内姉さん、陽炎後退・・・続いて不知火、叢雲前へ」


「はい」

「行くわよ」



続いて控えの二人を前に出して牽制を続けます。

こうして時間を稼いでいる間にようやく・・・。

「船が1隻、戦闘海域から離脱し始めたよ、頑張って!」


見張り役に徹している那珂ちゃんから報告が入ります。

まずは1隻・・・確実にあがる成果を前に、この作戦が間違っていない確信を得ます。



あとはこのまま敵の攻撃をいなし続けて。

全ての船団の撤退か、天龍さんたちの救援を待つ。

正面きって戦うわけにはいかない私たちが採れる最善の策です。

今、もう一度あの戦いの指揮を採れと言われても。

私はもう一度、あの作戦を採るでしょう。



そして・・・そして、同じ結果を招くのでしょうか。

川内姉さんと陽炎の後退。
不知火と叢雲の前進で、輪形陣が綻んだまさにその一瞬。


最悪のタイミングで、それは起こりました。

突然、視界が真っ白に染まります。
それは、かろうじて繋ぎ止めていた希望が絶たれる、終焉の色。


「霧が・・・」


「こんな時に!」


遠くで川内姉さんの声がしますが、姿は確認できません。

「皆さん、一度こちらへ集合を――」


何とかして体勢を立て直そうと声をかけますが・・・。


「駄目よ、神通・・・陽炎とはぐれないようにするのが精一杯」
「こっちも同じね、不知火とは一緒にいるわ!」


艦娘どうしの連携が取れず、組んでいた輪形陣はなし崩し的に崩壊しました。

今やそれは2隻同士のペアが3組あるというだけの状態・・・。

これではどうしようもありません。

「各員、霧の外を目指して後退・・・合流はその後です」


私の判断に応、という掛け声のもと散らばる艦隊・・・。

それきり離れた味方の声は聞こえなくなりました。

「那珂ちゃん・・・」

「うん、足の遅い私が逃げられれば・・・」


せめてお互いにはぐれない様にと繋ごうとした手は。

結局、触れ合うことがなくて。

「回避っ!?」

「きゃあ!」



私と那珂ちゃんを引き裂くように、砲弾の雨が降り注いで。

私と那珂ちゃんは、離れ離れに回避行動を取らざるを得ませんでした。

ここから先を、何度夢で見たことでしょう。

あと何度、見せられるのでしょう。



私が守れなかった、妹。

私が死地に追いやった、妹だった、あの娘。



ああ、もうすぐ魚雷の音がします。

そして、霧が晴れたあと・・・呆然と立ち尽くす私の周りには。

誰も・・・誰もいなくて。

深海棲艦だけが、私を取り囲むよう近づいてくる・・・。

その姿を私は、焦点の合わない目で見渡します。

重巡2、軽巡1、駆逐3。



戦闘開始時と全く変わらない、圧倒的に有利な編成で。

格好の獲物を見つめる眼、眼、眼。

ついさっき沈めた艦娘と同じように、今度は私を・・・。

ああ、私もここで沈むのか。

最初に思ったのは、そんな諦めです。



船団を見捨てていれば、こんなことはなかったのでしょうか。

でもそれは、命と引き換えにもっと尊い何かを失ったことでしょう。

先ほど、戦闘海域から離脱しつつあった船があったのを思い出します。

他の船は全部、深海棲艦に沈められてしまったけれど・・・。

あの1隻だけでも守れて良かった・・・無駄では無かった。

私が・・・那珂ちゃんが、命をかけて守った船の行く末を確かめに後ろを振り向くと。

「あっ・・・・・・ああっ・・・」


先ほど、唯一離脱しかけた船がまだそこに在って。

そしてそれは、轟々とその身に炎を抱きながら・・・。

天高く、呪詛のように煙を吐き出し続けているのでした。

ナニモ、マモレナカッタ。


那珂ちゃんも、那珂ちゃんが守ろうとしたものも、なにも。


ナニモ、ナニモ・・・。


「あっ・・・・・・ああ・・・」



ワタシタチハ・・・。


ワタシタチハ・・・ナンノタメニ・・・。

丁度、私に突撃をかけてきた敵軽巡に狙いを合わせて。


ズドン。
私の主砲が、それを打ち抜きます。


次発装填。

今度は反対側・・・左翼の重巡へ狙いを合わせて。

無意識のうちに身体が動いたと思ったら。

次の瞬間・・・今までにない速度で、敵の懐に入り込んでいました。


ズドン、次発装填。ズドン、次発装填。


次発装填、次発装填、次発装填、次発・・・・・・・・・。



「あぁ・・・あっ・・・あ・・・」

「ああああああああああああああああああああ!」



狂ったように私は、敵を打ち続けたのでした。

「・・・っ、神通!起きろ!」


「ぅ・・・あ・・・こ、こは・・・?」



目覚めたのは洋上。

私の体は天龍さんに抱き抱えられて、かろうじて浮いていました。

周囲には・・・・・・おそらく私が蹴散らしたであろう、深海棲艦の残骸と。

無言のまま倒れる私を囲んで俯く、援軍の天龍隊の皆さんがいました。



真っ先に浮かんだ言葉は。

「そうだ・・・那珂ちゃん、那珂ちゃんは!?」

「・・・・・・・・・っ」


夕張さんが喉をつまらせて隊列を離れます。

私のために泣くのをこらえている、そんな気付きたくもない優しさに気付いてしまう。

私の、意味のない問に。


「今、炎上中の船から救助活動をしている・・・生き残りがいるかもしれない」


返されるのは、答えにならない答え。


それだけ言うと、天龍さんは唇を噛み締めて押し黙ってしまいました。

そんなこと、聞いてない。聞いてないですよ・・・天龍さん。



涙は、流れませんでした。

「そうですか」


「川内姉さんや、叢雲たちは?」


「ここへ来る途中ですれ違ったわ、今頃帰投しているはずよ」



いつになく早口の龍田さんに、もう一度そうですかと冷たく返事をして。

「では、私たちも」


「おい、どこへ行くんだよ」


慌てて声をかけてくるのは天龍さんですけれど。

何を言っているんでしょうか。

鎮守府に帰投する・・・それ以外ありえないじゃないですか。

「船団護衛任務は失敗しました・・・帰投して報告をしなければなりません」


「お前っ・・・・・・こんな時にっ」

「天龍ちゃん」



発言が龍田さんに切り取られます。


それきり私たちは喋ることなく。

時折、天龍隊の中から嗚咽を噛み締める音が聞こえるほかは。



驚く程静かに、整然と帰投を果たしたのでした。

ここで区切らせて頂きます。

艦娘たちが抱いていた”提督”への不信感。
天龍編から頭の中にあった考えをやっと形に出来ました。長かった。

乙です

再開、今日完結させたいなどと抜かしてみる

【提督side】


もしも、あの時に戻れたらなんて。
意味のない問を、神通は紡ぎ出す。


「私は司令官の命令を・・・那珂ちゃんの意思を無視して撤退するでしょうか」


力なく神通は首を振る。


「いいえ、しません。何故なら、私は兵器だからです」


ああ。
だから君は、自分のことをそう呼ぶのか。

「兵器は、命じられたままに敵を倒し、傷つき、沈んでいきます」

「そこには誰の・・・私の意思も、選択も、介在する余地はありません」

「ですから私は兵器です。兵器じゃなきゃいけないんです」



そうでしょう、と・・・神通。

これが、答えか。

どうしようも無かったからだと思いたくて。

浮かんでくる、消えることのない”もしも”から逃れるために。

妹の死から目を背けるために君は。



「だってもし・・・もしもあの時、私が理不尽な命令に逆らう事が出来たなら那珂ちゃんは」

「いいえ、いいえ・・・そんな選択肢は有りません、無かったんです」

「私は兵器だから・・・兵器だから、命じられるままに戦った、それだけです」

ぎゅ、っと目を閉じて。


「そうでなければ、那珂ちゃんが沈んだのは・・・」



神通がその言葉の続きを言うことは無かったけれど。


私のせいじゃないですか。


言葉に出さなくとも聞こえてくるのは。

あの日からずっと、ずっと叫び続けている、神通の哭き声。

選択を迫られる。
今度は神通ではなく、俺に。


君は兵器じゃない、という冷たい真実か。
君は兵器だ、という優しい嘘をつくか・・・そのどちらかを。


俺はこの娘の提督として。
この娘に寄り添う者として、選択しなければならない。

知ってるよな、神通。
俺が意地悪ばっかの、いけ好かない男だっていうことをさ。


だから、楽になんかしてやらない。
苦しんで苦しんで、それでも”艦娘”として生きる道を示してやる。

「それにしても、君の妹の・・・那珂、だったか」


がっくりと項垂れる神通からは何の反応もない。
それを見下ろして、俺は言葉の刃を振りかざす。


「酷い奴だよな」


最後まで言い切る前に、衝撃が俺を襲った。

「どういう意味ですか」
「かっ・・・はっ・・・」


軍服の襟を掴まれて、壁に叩きつけられる。


「聞きたいのは悲鳴や嗚咽じゃありません、どういう意味かです」


ぐり、っと・・・襟を掴む腕に力が込められる。

初めて向けられる、神通からの殺意。

散々嫌いだなんだと言われてきたけれど。

あれ、手加減してたのね・・・優しいじゃん。




「だってそうだろ、大好きな妹が沈んで悲しんでるお姉ちゃんを」

「自分は兵器だなんて言わせて、こんなにも苦しませているんだから」



「違う!」

「そうじゃないか。君が、自分は幸せになる資格なんてないと」
「あまつさえ兵器だ、と言うのはあの娘のせいなんじゃないのか?」


そんな事、誰も思っていない。

言葉を放つ俺さえも。



会ったこともない軽巡の女の子に心の中で謝りながら。

もう少しだけ演じるんだ。

最低の悪役っていうやつを。

「なあ神通、正直に言ってしまえよ」


「違う、違う違う違う!」



「那珂は・・・君のせいで自分が沈んだと」
「そう思うような娘だからこそ、こうして落ち込んでいるんだろう?」

「私が壊れてしまったのは、あの娘の・・・那珂ちゃんのせいなんかじゃない!」

「それは私が勝手に思ってるだけで」

「あの娘は・・・あの娘は何も・・・!」


そうだな。
そうだよ、分かっているじゃないか、この天邪鬼め。

「ほら、今のが答えだ」


「えっ・・・・・・・・・」


「君の妹は・・・君が落ち込んでいるのを喜ぶ娘じゃない」
「そんなの、さっきまでの話を聞いてれば分かる」


轟沈の危機に瀕してさえ、人の命を救おうとする優しさ、気高さ。

そんな娘が、自分の姉を呪うはずがないんだ。

事実の指摘はなによりも強力なトドメとなる、だったか。


「那珂は・・・君に笑顔でいて欲しい、兵器でいて欲しくなんてない」
「そう思うんじゃないのかな?」


瞳にいっぱいの涙を抱いて。

それでもこの娘は、それを零す事を・・・泣くことさえ自分に許していない。

まるでそれさえも、大切な妹との絆だと言うように離しはしないのだ。

ああ、この娘はなんて強くて。

そして、弱くて不器用な娘なんだろう。



「でも・・・でも、でもっ・・・!」
「あの日、あの娘が命をかけて救おうとしたものは、全て水底に沈んで行きました」


「残ったのは、私の憎悪と、悲しみと、無力感だけ」


助けて、という声が聞こえた気がした。

「なんだったんですか」


それは、あの日から聞こえてくる、か弱い一人の少女の言葉。

「あの日の、いえ・・・私たちの今までの戦いは、なんだったんですか」


ああ、今やっと。
本当の神通に会えた気がする。

「教えてください、提督・・・私はこれから、一体何のために戦えば」


「そうだ、私は・・・私はあなたのために」


例えば天龍ならば、その答えに頷けた。

ひたすらに真っ直ぐで、あけすけな彼女がその答えをはじき出すのなら。

だけど、お前は駄目だ。その答えはお前を不幸にする。

「駄目だ」


だから、すがろうとするその手を振り払う。


「なぜですか!」


「轟沈者を出さないんでしょう、そういう指揮をして下さるんでしょう」


それなら私は、と言う神通を押し留めて。

「そう、そして今度は俺が命じるがままに戦うのか?」

そこに逃げるようじゃ、何も変わらない。


それは信頼ではない、ましてやもっと尊い・・・恋なんかではない。
一方がもう片方にもたれかかるような馴れ合いは、断じて。

「あっ・・・ああ」


神通が怯む。

でも、逃がさない。


「俺は、神通。君と一緒に幸せになりたい」


だから、何度でも言おう。

「君のことが好きだ、神通」


「そして俺は、好きな女に甘えは許さない」


「じゃあ・・・じゃあ、私はどうすれば」


甘えは許さない、そう言ったはずだ。

「それは自分で決めろ」


「ただ、俺は道を示そうと思う。君が自分を兵器だと罵らずに済むような」


「君が心から自分のことを許せるようになる、そんな道を」


絶対に、君を諦めたりなんかしない。

【神通side】


部屋を出ると、川内姉さんが待っていました。


「少しは、喋れたの」


その言葉に私ははい、と返事をします。



「良かった」

「良かったって!」


思わず突っかかる私に、川内姉さんが一言。

「やっと、吐き出せたみたいで」


「いやー、私夜戦しか取り柄ないからさ。こういうの苦手なんだよねー」


「妹のこと励ましてやろうかと明るくするけど、結局騒いでばかりで」



ことさらに明るく言おうとしていますが、声が震えています。

本当は分かってた。川内姉さんが無理矢理明るく振舞っていたことなんて。


どんなにか辛かったことでしょう・・・大好きな妹の一人が沈んで。


もう一人はといえば、それを自分のせいだ自分のせいだと塞いだまま。

「川内姉さん・・・」

「ん」


だから、せめてこの言葉を。


「ありがとう」

「うん」



「後は、私が頑張るだけです」

「そっか」


それだけ言うと、もう二人の間には会話はなくて。

でも、姉妹の間に安らかな時間だけが流れていくのを感じました。

ああ、早く・・・本当の意味で立ち直らないと。



でも、どうしたら・・・・・・?

どうしたら、私は全てを受け入れて。

素直に提督のことを好きと言えるのでしょう?



いつまでも逃げてばかりはいられません。

ちゃんと、自分の気持ちに区切りをつけてなくては。

【提督side】


”俺のため”なんかに戦っては、きっとまた彼女は駄目になる。


何のために戦うか、なんてのは自分自身で決めることだけれど。


今までの戦いが無駄ではなかった、という事くらいは教えてやりたい。

神通の過去を聞いているうちにおや、と思った。


彼女の凄絶な過去を聞いている、そんな時ですら計算を働かせる自分に嫌気が差しながら。


それでも俺は冷徹に思考を回転させているのだ。


ここに最後のピースがあるんじゃないのか?




妹を亡くした衝撃が大きすぎて、神通は気がついていないけれど。


神通を立ち直らせるための、最後の。

我ながら反吐が出る。

人の善意・・・心を利用する醜悪な思いつき。

吐いて捨てるようにある、何の面白みもないお涙頂戴の寸劇。



でも、やるんだ。

俺の思いつきが正しければ、これで事は成る。

彼女を立ち直らせるためなら、なんでもする。

湧き上がる嫌悪感をそうやって抑えながら、俺は下準備に取り掛かった。

【神通side】


旗艦の任から外されて数日が経ち・・・。

執務室に呼び出された私は、明日時間を作れ、と提督に言われました。

少し遠出する、と。



海域攻略の期限を残り1週間と決めたこの大事な時期に、何故・・・。


というと、こともなげにこう答えました。


明日で君を立ち直らせるから、と。

どうやら、何かを考えている様です。

私も、頑張らなきゃいけない、そう思いました。


提督と一緒に街の駅まで行き、そこから汽車を何本か乗り継いで。
朝方に出かけたのに、着いたのはお昼前でした。

たどり着いたのは、内地の片田舎。
駅からでたそこはのどかな畑とあぜ道が広がっている、艦娘とは全く縁のない土地です。


海のない土地に、何故艦娘である私を連れてきたのでしょう。



「ここだな」



あぜ道を山の方へずっと進んでいって。

たどり着いたのは、古びた洋館でした。

「お待ちしておりました」


物静かな雰囲気の老女が出迎えてくれます。


提督の挨拶の仕方を見るに、初対面の様です。

ますます訳がわからなくなっていく・・・。



いったい、何故私をここへ連れてきたのでしょう。

「遠いところをわざわざ・・・」

「いえ、こちらが頼んだことですから」


提督と私を洋館の中に案内しながら、老女が語り出します。


「今はここで・・・幼い子供達と静かに暮らしています」


あれ、と思いました。
失礼ながら、子供がいらっしゃる年齢には見えませんから。

「我々のような軍の人間が来て、変な刺激をしないか心配だったのですが」

「いえ、そのご心配には及びません」

「みんなもう、気持ちの整理は付いているはずですから」


それに、と女性は私を見据えます。
淡い悲しみと、静かな安らぎをたたえた瞳。


「あなたにお礼も言いたかったことだし」

「え?」


訝しむ私をよそに、女性は廊下の端で足を止めて。

両開きの扉を前に、私の方を振り向きます。

「さあ、入って」

「私が先に、ですか」


不安になって提督の方を見ても、頷くばかり。


自分の気持ちを整理して・・・・・・提督に好きという。
そのために。


意を決して、扉を開きます。

パン、パン、パンという複数の、甲高い音が室内に響きます。

「敵襲!?」


思わず口からついて出た言葉ですが、そんな訳もなくて。



「「じんつうお姉ちゃん、はじめまして」」

「へ?」

クラッカーの音が鳴りやんで。

聞こえてきたのは、子供たちの声。


男の子が5人、女の子が4人・・・・・・。

幼稚園から小学校の高学年くらいの、年齢もバラバラな子供たちが、こちらに向かって一列に並んでいます。

「今日は、遠い所を来てくれてありがとうございます」


「「ありがとうございます」」


一番年上らしき男の子の号令に従って、歓迎の挨拶が始まります。

困惑、そう・・・困惑しかありません。



「僕たち」


「私たちと」


「「お友達になってください」」

子供たちの挨拶を、ただただあっけにとられて見ていると。
いつの間にか、私の隣に先ほどの女性が立っていました。


あの子達を優しげな目で見つめながら、呟きます。


「あの子達も、そして私も」

「あなたが・・・いえ、あなたたちが救ってくれたんですよ」


どういう、ことでしょう。

自分のことを兵器、兵器と蔑んできた私に。

誰かの命を救ったことなんて、一度もないはずです。

「あの日の戦いは無駄だったと、君は言ったな」


あの日・・・それはもちろん、那珂ちゃんが沈んだ・・・。



「でも俺は・・・果たしてそれは本当だろうかと、お前の話を聞いて思ったんだ」

「そんな・・・だって私たちはあの日、何も守れなくて」

「いいえ」


老女が優しく首を振ります。

「あなたがいなければ、私は今・・・ここにいることはなかったでしょう」


「そして、あの子たちも」


「え?」


釣られて子供たちを見ます。

”海から離れた”場所を選んで住む、子供たちを。

「あの日、大勢の命が失われました。私の夫も、あの子達の親も、兄弟も、たくさん」


遠くを見るように老女は呟きます。



「でも、私たちは生きてここにいる。それは、あなたのおかげなのですよ。神通さん」


「まだ、分からないかな」



「提督・・・」


「お前たちが鎮守府に帰投する前に・・・天龍が何て言ったか覚えているか」


「まさか・・・」

ある可能性にたどり着きます。
那珂ちゃんを失った衝撃で今まで見落としていた・・・深く考えなかった可能性。



『今、炎上中の船から救助活動をしている・・・生き残りがいるかもしれない』


天龍さんの言葉が頭の中に蘇ります。


まさか、まさか・・・ああ。


子供たちの声が聞こえてきます。

「じんつーさん、助けてくれてありがとうございました」


「「ありがとうございました」」


「今からぼくたちが、感謝のうたをおくります、聞いてください」



ああ、この歌は。
よく、那珂ちゃんが歌っていた・・・。


歌を聞きながら、老女の語りかけに耳を傾けます。

「私たちを救うために、あなたの妹が犠牲になった事を聞きました」


「本当は、謝るべきなのかもしれません。でも」


「それでも私はあなたと・・・あなたの妹にこう言いたいのです。ごめんなさいではなくて」


「助けてくれてありがとう、と」




無駄ではなかった。
・・・・・・無駄じゃなかったよ、那珂ちゃん。


心が・・・あの日以来塞いだままだった心が開放されていくような気がしました。

歌が終わって。
この先は何もシナリオがないのか、子供たちも不安げにこちらを見てきます。


私も何を話したらいいのか分からず、立ち尽くしていると。


「行ってあげなさい」



提督が背中を押してくれました。

おそるおそる子供たちに近づいて。



「神通と申します・・・よろしく・・・お願いします」


私はあまりにも不器用に、”お友達”との最初の挨拶をすませたのでした。

【提督side】


神通の背中を押した。
これで彼女は立ち直るだろう。


そう仕向けたのは他ならぬ俺のはずなのに。
心の中はもやもやとして晴れ渡ることはなかった。


みんなの澄んだ心を利用している罪悪感。
それすらも、今の俺に抱く資格はないのかもしれない。

「彼女のため、なんでしょう?」


穏やかな老女の瞳が、今度は神通ではなく俺に向けられている。


「あなたが苦しんでいるのは」


何もかも、見透かされて。


「謝らなければいけないのは、誰よりも俺なんです」


俺は心の内を正直に打ち明けていた。

「いいのではないかしら」


「あなたのちっぽけな自己嫌悪なんて、どうでも」


「大事なのは、好きな人が笑顔でいること。その隣にあなたがいること」


「それは、お互いが生きている間にしかできないことなのだから」


「そうですね・・・それで、いいのかもしれない」



全く、情けないな。

神通どころか俺までも助けてもらったようだ。

【神通side】


本日中に鎮守府に帰るとのことで。
お昼過ぎには、私たちは洋館を出ました。


子供達と老女に名残を惜しまれながら。
また来ます、と約束をして。


先ほど歩いてきたあぜ道を、二人して引き返します。

「もう、沈むことは出来ないな」
「はい」


私と提督が交わした会話はそれきりで。


鎮守府のある駅に着くまで、無言の旅が続きました。

鎮守府への帰り道に、いつもの街を横切って行きます。

夕暮れに染まる街はもう、人通りがなくなっていて。



「今日はありがとうございます、提督」


奇しくも、私が声をかけたのは、提督と初めて会った噴水の前。

先を行く提督の足がピタリと止まります。

「君が勝手に救われただけさ、俺は何もしていない」

「本当に良かったのか、迷っている。あの人たちを利用してしまった」


ああ。
この人もけっこう、強情でいじっぱりで、ひねくれているんです。


そんな不器用なところが私とすごく似ていて。


私はそんなこの人のことが、たまらなく好きなのです。

だから。

「その、神通・・・」


だから、その申し出は卑怯です。


「さっきからずっとこらえているようだから言うんだが」

「なんでしょうか」

私の方を振り向いて。
夕暮れを背に、彼が呟きます。


「もう、泣くのを我慢しなくてもいいんじゃないかな」


その一言に。

あの日から溢れないようにしていた感情の奔流が、堰を切りました。

「う・・・あぁ・・・提督っ」


提督の胸元へ思わず駆け出します。
そんな私を提督は優しく受け止めてくれて。


「馬鹿、ばかばかばか・・・!」

「うん」

「なんで・・・なんでもっと早く!あなたみたいな人が来てくれなかったんですか!」
「そうすれば、あの娘が沈むこともなくて!」


もう自分で何を言っているのかも分からないまま。


「ごめん」

「なんで、なんでなんで。私、ずっとつらくて」

「あなたが悪いんです、あなたさえ来なければ、私はずっと兵器でいられて!」

「こんな、こんな辛さと向き合うことなんてなかった、目を背けていられた!」


ただただ、溢れ出る感情に任せて。

私は提督のもとで泣きじゃくりました。

「もう、兵器だなんて言えない。思い知らされてしまったから」


「那珂ちゃんの思いは無駄じゃなかったって。報われたんだって」



そして。



「あなたのことが好きだから。もう私は兵器でいられない」


やっと、やっと認めることができました。

伝えることが出来ました。

「なんでですか」


でも、まだ止まりません。
今までせき止めていたものは、あまりにも大きすぎたから。


「なんで、私なんかに優しくしてくれるんですか」

「一目惚れでした。あんな・・・あんな出会い、反則すぎます」


あの日からずっと、私の心は不安定で。

「私なんかが幸せになっちゃいけないと思って、あなたを遠ざけて」


でも、あなたは諦めてくれなくて。


「本当は嬉しかった。私が遠ざけても、あなたは諦めてくれなくて」

「話しかけてくれて、街に連れ出してくれて、嬉しかった」


もう一度、聞きます。


「なんで、私なんかに優しくしてくれるんですか」

突然。
胸を借りて泣くだけだった私の肩が、強い力で引き寄せられます。


ぎゅうっと、痛くなるくらいに。
提督の二本の腕に抱きしめられて。


抱きしめられたまま、宣言されるのです。


「君のことが、好きだからだ」

だって、だって。


「まだ、怖いんです。幸せになるのが。いいのか、許されるのかって」


私なんかが。そう言おうとした私の口が。


「っ・・・!?」


提督の口で塞がれました。

これが、これが口づけ。
唇と唇が触れる、優しいキス。


初めての、キス。


それは一瞬だけの出来事でしたけれど、私を黙らせるのには十分でした。

「もう私”なんか”って言うの、禁止な」


その言葉に。
普段、ひねくれて強情なこの私が。


「はい・・・」


俯いて顔を赤くして。

驚く程素直に、そう返事してしまうのでした。

あ~、やっとデレた
一先ずここで休憩します。

続きが書けたらまたきますのでよろしくお願いします
まああとはイチャつくだけの予定ですけれど

この前日に天龍とイチャついて(攻略して)たんだよなぁ……罪な奴よ


続きまってる

乙です

書けた所まで投下

「こっちを向いてごらん」


真っ赤になって地面を見つめる私の頭の上から、提督の声がします。


その声はいつもより優しくて。
でも、なんだか怖い。


恥ずかしくてますます俯いてしまう私の頬にそっと手を添えて。

その提督の手に導かれて、私は顔を上げました。

目と目が合うその瞬間。

私は本当の意味で、恋を知りました。



今までにない近い距離で。

私たちはお互いを見つめ合います。



見つめるだけで満たされていく、そんな感じがするのに・・・。

実際は、それだけでは満たされる気がしなくて。

恋とは、こんなにも恐ろしいものなのでしょうか。

今、提督と向き合って、抱いていただいて・・・とても幸せなはずなのに。



足りない。

それだけじゃ、全然足りません。

もっと、提督のことが知りたい。

もっと、提督に知ってもらいたい。

・・・・・・なんてはしたない女なのでしょう。

私がこんなことを思っているなんて知られたら。

幻滅されるでしょうか。嫌われてしまうでしょうか。



「どうした、いきなり黙ってしまって」


「怖いんです」


だから、正直に話しました。

「幸せになることが、か?」


いいえ。
それはもう、怖がらないって決めました。


「提督に・・・嫌われてしまうのがです」

「嫌うわけないじゃないか」


頭を撫でられます。

そして、優しくされたあとは。

「そもそも、あんなに反発されたんだぜ?」


「うぅ・・・あれは・・・ごめんなさい」


ちょっとだけの意地悪。

でも、提督に意地悪されるのが好きだなんて。

やっぱり言えません・・・だって。

「だからな、神通。ちゃんとお前の気持ちを聞きたいんだが」


「俺のこと、どう思ってる?」


ほら、すぐに調子に乗るんです。


「そんな事・・・恥ずかしいです・・・」


私が恥ずかしがって困るのが分かっているくせに。

それを見て、この人は楽しむんです。うぅ、最低です。

ああ、改めて言葉にしようと意識すると。


ドク、ドク、ドク。
心臓が、これ以上の恥ずかしさには耐えられないと叫んでいます。


「それに、私の気持ちはさっき言ったはずです」


私が逃げようとすると。


「あんな勢い任せの言葉じゃ分からないな」


頭を撫でていた手が、再び私の頬へ。

逃がさないぞ、というように・・・私を捕まえに来ます。

「俺は、君のことが好きだ。神通」


こんなに顔と顔を近づけて、そんな言葉を言われたら。

きゅう、と私の胸が、痛いくらいに切なくなって。

嬉しさと、ドキドキと、恥ずかしさと・・・色々なモノが私のなかで混ざり合って。



そして生まれてきたのは、たったひとつのシンプルなことば。


「私も、提督のことが大好きです」


それが全てでした。

先程は突然でしたけれど・・・。

今度は、お互いの意思のもとゆっくりと。

顔と顔が・・・いえ、唇と唇が近づいていきます。



目を閉じて、踵を上げて。

それが作法と聞いていました。



夢見た通りの、大人のキスは。

「誰か来るな」


道の奥からにわかに聞こえてきた人声によって叶えられませんでした。

しばらく待つと、お勤めを終えた人たちがそれぞれの家路へとついて・・・。

先程まで私たちしかいなかった特等席は、ざわめき出してしまいました。

「帰ろうか」

「はい・・・・・・」



提督の後を追って、鎮守府までの道を歩き出します。

その距離は、噴水の前に差し掛かるまでの二人よりも近くて。

抱きしめられたときよりも遠い、そんな距離でした。

もう一度・・・キス、したかったな。


はしたない、はしたないなんて言いながらも・・・。


そう思ってしまう私がいました。

【提督side】


もう一度キス、したかったな。


そんな事を思いながらも俺は、鎮守府への帰り道を進んでいく。

いかんいかん、俺の邪な思いばかりを優先させちゃ駄目だなんて反省しながら。


つかず離れず・・・微妙な距離感を保ちながらついてくる神通を後ろに見やる。

目を閉じた神通があまりに可愛くて、先程は我を忘れそうだった。

彼女にとっては初めての経験ばかりのはずだ、いきなりやりすぎるのも可哀想。

常にそう思っていないと、俺が途端に暴走してしまいそうだった。



冷静に、冷静に。


今日は立ち直ってくれたことで良しとして、ゆっくりと絆を深めていこう。

鎮守府の門にたどり着く。

少し冗談でも交えて、お茶を濁して。

笑顔で帰るとしようか。



「ほら、門に着いたぞ」


「・・・・・・・・・」



無言で、俺の背後に立ち止まる神通に向き直って。

「今日は、門を通るななんて言わないのかな?」


意地悪な笑みを浮かべる。


初めて会った時の・・・。

俺の正体を勘違いしていたことを持ち出してからかう。

忘れて下さいとか、恥ずかしいですとか。

そんな言葉を期待していたのだけれど。

俺の子供じみた企みは、粉々に打ち砕かれる。



神通の手がおそるおそる伸びてきて俺の手を繋ごうと・・・。

繋ごうとして、結局軍服の袖をそっとつまむ。

そんな弱々しい力で大の男がどうこうなるわけないのに、俺は釘付けになった。

「まだ、だめです」


神通はそう言って駆け出して、門の前に立ちふさがる。

俺を通さないように。


「まだ、帰っちゃ駄目です」

今までにないくらい顔を真っ赤にして。

袖をつかむ手を震わせて、それでも真っ直ぐに俺を見据えて。



「ここなら、誰も来ませんから」



俺の心をきれいに打ち抜きやがったんだ。


「さっきの続き、してください」

あーあ、やってくれる。

俺がどれだけ自制を効かせてたかなんて、全然分かっちゃいない。



「それなら、さっきの告白の続きから―――」



先ほどとは真逆で、今度は俺の逃げを神通が許さない。

「好きです」


「大好きです」


ああ、もう知らないからな。
我慢なんてもう、してやらない。


そう思って俺は、愛おしい存在を確かめるように貪りだした。

一先ずここまで
次回神通ちゃんハイパーペロペロタイム

はいぱーおまんこぺろぺろたーいむ

乙です

いいねぇ、ニヤけるねぇ
乙です

投稿あるのみじゃ

エロシーンはないからそこのところよろしく
健全なイチャつきばかりですはい

【神通side】


「きゃっ」


憧れていた王子様のキスは。

私が思っていたものよりもずっと乱暴で、荒々しいものでした。

「ん・・・ちゅっ・・・ふあぁ」


いきなり抱き寄せられたかと思うと、私の唇を貪り出します。

抱きしめ方があまりに強くて、折れてしまいそう。

でもその痛みですら、提督が与えてくれるものだから・・・心地いい。



提督と密着すればするほど、私の中の何かが燃え上がっていくのを感じます。

「ん・・・ふぁ、駄目です、提督・・・こんな、乱暴にしちゃ・・・んっ」


でも、口を付くのはこんな言葉ばかり。

かたちばかりの、意味を成さない拒否の言葉。

そんな私のか弱い悲鳴を無視して、提督は口づけを続けます。

「はぁ、はぁ・・・んっ・・・い、いやっ」


嘘です。嫌な訳がないです、むしろ・・・。

やっと呼吸を許されたかと思うと、すぐに口が塞がれます。



「はぁ・・・んんんっ、提督・・・ていとく・・・」

「好きだよ、神通」

好きだよ、そう言われるたびに私の心が満たされていって。

どういうことでしょう、同時に、どんどん乾いていくのです。


この人の愛が、もっと欲しい・・・これじゃ足りない。

もっと、もっとして欲しい・・・だから。



「んんっ・・・ていとく、ていとく・・・私も、私も」
「私も、どうした?」


口づけと口づけの間に交わされる、愛のことば。



「私も、好き。好き、好き、好き・・・大好きです」

今まで言えなかった分を取り戻そうとするように。

それでも、私の”好き”は止まらない・・・止めようが、ない。


気づけば・・・ああ、後から思い出すだけでも、顔から火が出そうです。

私を抱きしめる提督の首に両腕を掛けて・・・自分から、キスをせがみに行ったのです。

「んっ・・・提督」


成すがままの状態で、唇を貪られるのではなく。

私の方から、提督の唇に触れてしまいました。


「なっ・・・神通っ・・・ん」
「・・・ていとく、ていとくっ・・・んっ」


さすがの提督も少し驚いたようで、でも・・・喋ることは許してあげません。

今度は私が、提督を貪るのです。

そして、私は知りました。

愛の味は、いくら味わっても満たされることはないのだと。


砂漠で一滴の水を飲んだせいで乾きに気づいてしまう様に。

私は狂ったように提督を味わい続けるのでした。


もう戻れない。

提督のことが嫌いだなんて、自分を騙そうとしていたあの頃には、もう。

「ひどいです、提督・・・」

息を切らせながら、私は言います。


「あなたのこと、どんどん好きになっちゃいます・・・・・・」


「こんな幸せなこと知ったら、知ってしまったら」

「もう私・・・あなたを失えなくなっちゃう」

「俺も一緒だよ、神通・・・お前を失うことなんて出来ない。絶対に沈ませない」


だから、と提督が続けます。

射抜くような鋭い目で見つめられて、宣言されます。


「お前の全ては、俺のものだ」

ゾクリ。

冷たい何かが私の中を駆け抜けて、背筋を震わせます。

ゾクゾクする、だけれども身体が・・・熱い。


二律背反する心の動きに、上手く自分が保てません。


何もかもを奪われて、この人のものになる・・・それが。

たまらなく心地よくて、早く、早くこの人に全てを捧げたくなる。

「はい、私を・・・あなたのものにしてください」


言った瞬間、またしても私は強く抱きしめられて。

そして次の瞬間、唇を奪われるのです。

「ていと・・・きゃっ・・・んんんっ・・・ふぁ!?」


奪われたのは唇だけじゃなくって。

驚いて出た悲鳴がかき消されます・・・提督の口によって。


キスをしながら提督の舌が、私の口の中に侵入して来ました。

乱暴とか、優しくとか・・・そんな手ぬるいキスじゃありません。

私の何もかもを味わいつくし、堪能して奪っていく・・・そんな情熱的な、キス。


「だ、だめっ・・・だめ、こんなのだめですっ」


パニックになって、私は提督に懇願します。

奪って欲しいという先ほどの懇願とは、まったく逆のもの。


だって、だって、こんなの。

「だめ、だめぇ・・・こんなの、しらないっ・・・んんんっ」


唇と唇の、甘い口づけなら・・・何度も思い描きました。

もちろん、登場人物は提督と・・・私で。ロマンチックな光景を想像して。

何度も、何度も。



でも、こんなの、想像したこともない。

こんなキスがあるなんて、存在すら・・・。



それを、私は今、この人に。

教え込まれているのです。

私の脳に、痺れるような甘さと快楽とともに、それが刻まれていくのを感じます。


「ふぁ・・・んっ・・・ちゅっ・・・ふぁぁ・・・」


はあはあと、どんどんお互いの息遣いが荒くなっていくのを感じながら。

少しずつ、私の口のなかで動き回る提督の舌の感触が分かってきました。

いえ、分からされて、きました。

入口の・・・唇をなぞられたかと思うと・・・次の瞬間、唇の上下をこじ開けられて口内へ。

再び提督の侵入を許してしまいます。


「いや・・・ひやぁ・・・・・・てい、とく・・・んんっ」

「ひゃ・・・ぁ・・・んんんっ・・・はぁ・・・ぁ・・・」



口では拒否の言葉を放っているくせに。

私の手は力なく提督の胸元に添えられて、ちっとも攻撃を防いでくれません。

作法も何も・・・目を閉じることもできなくて、結局。

蕩けるような顔で提督を見つめてしまって・・・。

それが、どんどん提督を調子に乗せてしまうのでした。


「んんんっ・・・ふぁ、んんんっ!?」



口内に入った提督の舌は、それだけでは満足してくれなくて。

ゆっくりと、奥の方から・・・私の歯茎をなぞり始めたのです。



左から、前歯を経由してゆっくりと右の歯へ。

今度は右から左へ、ゆっくり、ゆっくりと、その繰り返し。

目に涙を浮かべて、こんなにも私がパニックになっているのに。

提督は私の口の中を貪るのをやめてくれません。



「ふぁ・・・あぁ・・・あぁ」



提督の舌のせいでだらしなく開けられている口からは、お互いの粘液が混ざり合って。

こんないやらしいことをしてしまって、ああ・・・罰が当たらないものでしょうか?

「ん・・・ふぁあ、んん・・・ていとく・・・」


そんなことを陶然と考えていると、またしてもいきなり。

私の歯茎を弄んでいた提督の舌が、次の悪戯を始めました。



奥の方で縮こまっていた私の舌を、自分のものと絡ませ始めたのです。

「~~~~~~~~っ」


ドロリとした、声も出ない快楽が私を襲います。

提督の舌を噛み切らなかったのは僥倖と言えるでしょう。

無意識に逃げようと一歩引いた分、提督がしっかりと距離を詰めてきて。



「ぷはっ・・・はぁ、はぁ・・・」


口と口が離れたからか・・・二人を繋ぐように、口から粘液の糸が垂れています。

私がどんなにかいやらしいことをしていたのかを見せつけられて。

ドッドッドッドッド


心臓が痛い・・・身体がぼぅっと火照ってしまって、思考が働かないです。

こみ上げてくる何かを必死に抑えながら、口を開きます。

・・・・・・もうすっかり、提督と交換されてしまった唾を飲み込みながら。



「こんな・・・こんな、提督、何を?」



じりじりと後ずさろうとする私を優しく追い詰めて・・・逃げることは許されません。

「なにって・・・キスして欲しいって言ったのは神通じゃないか」


「わ、私が思っていたのは・・・こういうキスじゃなくって・・・」



ふうん、と提督が鼻を鳴らして・・・いつの間にか私は彼の腕の中に捕まっています。

ああ、またこの顔です・・・。

私に、意地悪する時の、顔。

「こういうキス、っていうのは」


「んっ・・・」


ちゅ、っと・・・唇と唇が触れ合って、また離れて。



「これじゃなくて」


今度は、また舌が入って来ます。



「ふぁ・・・あぁ・・・んんんっ・・・ん・・・てい、とく・・・」


「こういうキスのこと?」

うんうんと、子供みたいに頷いて意思を伝えます。

そうすれば一先ず、やめてもらえると信じて・・・。


「ん・・・ひぁ・・・んんっ・・・ていとく、てい・・・と・・・んんっ!?」


けれどそんな期待はあっさりと裏切られます。



「どうした、やめるとは言っていないぞ?」


「ふぁ・・・だって、だってだって・・・んっ」

涙目でする懇願をやっと受け入れてくれたのか、私はしばらく開放されます。

そうして今度は、甘く・・・ゆったりと抱きしめられて、頭を撫でてもらいます。


そう、私はこれだけでも幸せ。

でも・・・そうして優しくしたあと、決まってこの人は。



「じゃあさ、神通。選んでもいいよ」


決まってまた私に、意地悪するのです。

「な、何を・・・」


おそるおそる問いただします。


「どっちのキスをしたいか」


ああ、私は。


「今から俺は、お前が選んだ方のキスしかしないから」



悪魔に魅入られてしまった。

「そんなの・・・・・・ずるいです・・・・・・」


「ん?なにが?」


分かっているくせに。

分かっているくせに、分かっているくせに!



「選ばなかった方は・・・どうなるんですか?」


「今日は二度としない」

つまり、唇だけの方を選べば・・・・・・そう、私が戸惑うことはありません。

キスをした、というだけで私たちの関係は大進歩なんですから。

激しい方のキスは、また今度・・・心の用意が出来た時にすればいい。




・・・・・・でも、でも、でも。

答えられず悩む私の髪をかき分けて。

耳元でこう囁かれます。


「さあ、どっちがいい?」


なんてずるい人なんでしょう。

こんなの・・・私が選ぶ答えは・・・。

【提督side】


唇だけの方、と答えれば話は早いのに。


神通の顔には困惑と期待の色が浮かんでいて・・・それがさらに俺の嗜虐心を煽るのだ。

撫でた頬が熱い。

今は耳まで真っ赤に染まっていて、照れた顔を隠そうと懸命に下を向こうとしている。

そんなに可愛い仕草をするから・・・。

俺みたいなのに目をつけられるんだ。



「さあ、どっちがいい?」



耳元で囁く。

追い詰められた彼女は、素早く顔を上げて・・・。

「なっ・・・!?」


拙いキスだった。

神通は俺の唇を奪ったあと、チロっと自分の舌を俺の口内に差し入れて。

僅かに俺の舌と神通の舌が触れ合う。



「はぁ・・・はぁ」


潤んだ瞳に顔をすっかり上気させて。

口で荒い呼吸、舌を突き出したまま俺を見上げてくる神通を見やる。

ゾクリ、とした。

目の前の女の子の全てを自分のモノにしたいという欲望が抑えられない。




「どっちを選んだか・・・分かりましたか?」


俺を誘うような神通の挑戦的な言い方に、タガが外れた。


後悔するほどのキスを、教えてやる。

【神通side】


「んんんっ・・・はぁ」


さっきまでのどのキスよりも乱暴に、提督の舌が侵入してきます。

今までは、なんだかんだ言って手加減されていたんだなと思うと。

彼の優しさを感じられて、乱暴にされているというのに私は幸せでした。


もうすっかり提督に毒されているみたいです。

蕩けるようなキスに恍惚としていると。


「ひゃぅ・・・ふぁ・・・ふぁぁあんっ!?」


キスをして、私の舌を貪りながら提督の手が・・・私の背筋をなで上げます。

驚きの声を上げようとする私の口は塞がれていて、何の役にも立ちません。

「んんっ・・・んんんっ・・・!」


どんどんと提督の胸元を叩いて抗議しますが、そんなことで辞める訳もなく。


「ひゃ・・・あぁぁ・・・あ、んっ・・・」


撫で上げた手がまた下がり、また上がって・・・。

執拗に背筋が撫でられる度に、快感が走ります。

「ふぁ・・・あぁぁ・・・んんっ」


背筋を撫でていた提督の指が首筋へ。

微妙なソフトタッチがもどかしくって、もう・・・どうしたらいいか分かりません。



「気持ちいい?」


提督の問いにはしたなくも頷いてしまって、もう餌をねだる雛の様です。

「じゃあもっと気持ちよくしよう」


提督の指が私のうなじから耳を撫でた途端。


「ひゃぅ」


限界に近づいていた私の足は力を失って・・・。

提督の胸に身体の全てを預けてしまうのでしいた。

腰に手を回されて抱きしめられるかたちで。

私は体ごと提督に引き寄せられます。



「舌、絡めてみて」



一方的に貪られるほうから、貪り合う立ち位置まで。

要求された通りに、私に侵入してくる提督の舌に、自身の舌を絡めていきます。

ドロリ。

味わったそれは、今までとは明らかに違う・・・いやらしい喜びを私の身体に刻みます。

それが、提督となら・・・全然嫌じゃない・・・むしろ嬉しいことも思い知りながら。



「あ、んっ・・・んんっ・・・んんん、提督」

「神通・・・」



名前を呼ばれながらキスをして。

ますます私の思考は蕩けていきます。

【提督side】


夢中で神通を貪る。

恍惚の表情で”次”を期待している表情を見ると、もう止まらない。



背筋から指を首筋、うなじへと移すと・・・きめ細やかな素肌に触れることになり・・・・。

それがいっそう俺の興奮を誘っていた。

「神通、好きだ」

「私もです、好き、好きすぎて死んでしまいそうです」



「死んでもらっちゃ、困る」

「はっ・・・んんっ・・・ふぁ・・・ひゃぅ!?」



舌を絡めるたびに色っぽい吐息が。

首筋や耳を撫でるたびに歓喜の悲鳴が神通上がるのを聞くのがやめられない。

ドス黒い欲望。

「提督、てい・・・とくっ」

「んんっ」


俺の攻めが静まるのを感じてか、再び神通の攻勢が始まる。

神通の方からキスされ、舌を差し出され・・・自分が動かなくなった分、いくらか視界が広がる。

・・・っと、視界の端に赤いものがチラリと見えた気がした。

神通とのキスを続けながらさりげなく目を向けると。


「・・・・・・・・・」


迫る夕闇によく馴染む漆黒の髪を揺らしながら。

身につけた艤装と同じく顔を真っ赤に染めた川内が。

俺と神通の様子を見つめていた。

川内と俺の視線が合う。

気まずそうにこちらを見ている川内の顔。


「んっ・・・ていとく?」


俺の動きが緩んだのを不思議に思ったのか、神通が声をかけてくる。

俺の方を向いているせいで、彼女は背後で姉が見ていることに気づいていない。

もう一度、チラリと川内に視線をやって、俺は心の中でつぶやく。

いいさ、そんなに見たいのなら・・・見せつけてやる。

どうせ、火が点いた俺たちは止まりやしないんだから。



惚けた神通に、無理矢理舌を差し入れる。

「ひゃぅ・・・んんっ・・・てい、とく・・・急に・・・んんっ」


またも漏れ出る神通の吐息と。


「・・・・・・・・・・・・っ!」



声もなく悲鳴を上げて、その場に立ち尽くす川内。

妹の様子を見て両手を口に手を当てる仕草が、普段にはなく女の子らしい。

お前も、俺とキスしているときはこんななんだぞ、と教えるように。


姉の目の前で、妹を貪り尽くす。

「んんっ・・・あぁ、ていとく、ていとく・・・私・・・ふぁ」


舌と舌をお互い激しく絡ませて。


「いや、いやぁ・・・ひゃうん・・・っ」


髪、首筋、うなじ、耳元から頬。

神通の全てに触れていく。

そして。


「や、やっ・・・・・・駄目ですっ」


両腕を俺の首に絡ませているため、空いている神通の脇を撫でかけた途端。

今まで恍惚としていた神通から、焦ったような、明確な拒否の声があがる。

「なんで?」

「そ、それは・・・」


慌てて両脇を締めようとするのを許さずに、俺は問いかける。

髪も首筋も耳元も頬も・・・キスさえ許しているのに、ここだけ慌てるなんて。

それがなんだかおかしくって笑ってしまう。

「ここだけ駄目だなんて、なんでだい。キスの方が恥ずかしいだろう?」

「た、確かに・・・でも何故でしょう・・・胸が、近いからでしょうか」



思わず俺の視線が神通の胸元へと向かうのを感じてか。

言ってしまってから神通は、しまったという顔をした。

【神通side】


言ってしまってから、しまったと思いました。

提督の視線が、私の胸元へと移動するのが分かります。



私より背の高い提督から見ればどうしても、襟の隙間が覗ける立ち位置にいて。

今日のブラウスは少し古風なデザインだから・・・・・・。

一番上までボタンが止められて、下着が見えることはないはず・・・です・・・けれど。



思わず私は自分で自分の肩を抱いて、身体を隠すように縮こまります。

「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」

「・・・・・・だって、視線が・・・いやらしいです」


う、っと声を詰まらせる提督。

それは図星だからでしょうか。

「嫌だったか?」


本心は・・・例え好きな人だろうと、まだ胸は、怖い・・・・・・。


でも、そう言ってしまったら。今更そう言ってしまったら、嫌われてしまうかも・・・。



川内姉さんも、天龍さんや龍田さん、夕張さん、叢雲も・・・・・・。

鎮守府には私よりも魅力的で、素敵な女性がたくさんいます。

そして、彼女たちも少なからず・・・あるいはすごく、提督のことを慕っています。

もう、私は提督なしでは生きていけないんです・・・だから。

意を決して、提督を受け入れる言葉を口にしようとした瞬間。



「すまん、まだ早かったな・・・焦りすぎた」

「あの、提督・・・私嫌じゃないですから・・・いいです、大丈夫です」



失点を挽回しようと焦る私の頭を優しく撫でてくれて。

「いいんだ、怖がらせてごめん。少しずつ、ゆっくり慣れていこう」



意地悪したくせに、その後は決まって、私に優しくしてくれるのでした。

本当に、本当にずるいひと。

こんなひとだから、ますます・・・好きになっていってしまう・・・。

「こんなに優しくされたら、私・・・どんどん好きになっちゃいます・・・」

「ああ、なってくれ」


もうしないと言ったはずの、唇だけのキスをして。

提督はゆっくりと、私を抱きしめます。


「あっ・・・・・・んんっ・・・」

続いて、舌を絡めたキスと同時に提督の手が私の背筋を撫で始めます。

続いて指が首筋・・・うなじ、耳元へ。

優しさに包まれながらキスされる私は、またしても蕩けていきます。



手のひらで頬を撫でられたときは、嬉しさで涙が出そうになりました。

提督の手がそのまま、今度は私の肩へ下降していきます。

強く抱きしめられて、釣られてキスも強く、激しくなって。


「んんっ・・・ふぁ、提督・・・激しいです・・・んんんっ、はぁ・・・」


でも、その手が肩から下・・・脇と胸元にさしかかると。

またしても私はピクリと硬直してしまって。

「ん、ちゅ・・・・・・んんっ」


それをフォローするように提督は、私の髪を撫でて、優しいキスをしてくれました。

今までで一番、愛されてる。大事にされているという感覚が私の中に広がっていきます。



もう一度、提督の手が背筋を下って行きます。


「ん、ていとく・・・ふぁ・・・いいです、来て、ください・・・あぁ」


今度は優しくなくて、くすぐる様に、私を嬲るように指が背筋を下っていって。

キスが激しくなって・・・・・・両腕で、腰を抱かれます。

提督の手が、さらにその下・・・私の腿の方へ行きたがっているのを感じ取れて。

腰だって、その先だって・・・胸と同じくらい・・・いえ、それ以上にこわい。

でも、しばらく提督の手は私の腰を掴んだまま動きません。



「んっ、はぁ・・・・・・提督・・・んん・・・提督?」

「大丈夫?」

提督は優しく・・・私がどこまで”許せる”のかをはかろうとしているようでした。

こわい。

さっきはそれで、やめてもらいました。



「ふぁ・・・ていとく、ていとく・・・んんっ、好きです。好き、好きぃ・・・」


でも今は。こわいけれど、今は。

好きな人に、こんなに優しくされてしまったら・・・・・・。

なんでも、許してしまえそうでした。



このひととなら、どこまで堕ちてしまってもいい。

「ひゃぅ・・・んんっ、ていとく・・・私、提督のことが好きだから・・・」


「だから、いいです・・・んんっ・・・提督の好きなように・・・して、ください」


不安と期待と、恐怖と快楽と。

その全てがごちゃまぜになったまま、私は次の愛を提督にねだるのでした。

提督がゴクリ、と唾を飲み込むのが分かります。

こんな私に、欲情してくれているのでしょうか。


もしもそうなら、たまらなく、嬉しい。

さっきまで、あんなにこわがっていたくせに。

今の私は、提督にどんなことだってして欲しいとさえ思えました。

だから、提督の手が腰から下へ・・・伸びて行くのを感じて。



提督の手が、スカートの裾とその奥の・・・私の太ももへと差し掛かった瞬間・・・。


「だ、だ、っだ、だめええええええええ!」


私とよく似た・・・でも、私の声より少し高い悲鳴が、後ろから聞こえてきました。

【提督side】


見せつけるつもりだったけれど、夢中になって途中からすっかり忘れていた。

川内が、ずっと俺たちのキスを見ていたことを。



「ね、姉さん!?」

「だ、だめだめだめ、そういうのはまだ・・・そう、まだ早いんだから!」



川内も神通もすっかり動転しているようで、会話が成り立たない。

「まったく、今日は神通を立ち直らせるって言ってたろう、無粋だな」

「立ち直らせるとは言ってたけど、キスするなんて言ってないでしょ!」



「キ・・・はぅ・・・川内姉さん、どこから見て・・・・・・」

「え、あの・・・・・・」



もじもじと真っ赤な顔のまま、川内が言いづらそうに。

「まだ帰っちゃ駄目です、のあたりから・・・」

「~~~~~~~~~~っ!」



・・・・・・最初じゃねーか。それにしてもバカ正直な。

恥ずかしさのあまり、神通が死にそうな顔になっている。

倒れそうになる神通を優しく抱くと。



「ちょ、ちょっと!まだ続ける気!?」

「そんなわけないだろ・・・・・・」


ますますヒートアップしていく川内は止まらない。

「大体なによ、私に気づいたあとも神通とイチャイチャしてさ!見せつけるみたいに!」

「えっ・・・・・・提督!?」


「だって、見せつけていたしな」

「そんな・・・私にも教えてくれれば」


いや、教えたら確実にそこで終わるだろう。

「キス、途中でやめたかったか?」

「そ、それは・・・・・・」


沈黙がなによりもはっきりとした肯定となって返ってくる。


「ちょっと、何二人だけの世界に入ってるの!」


ぶーぶーとやかましく文句を言う川内。

おや、これは。

「もしかして神通に嫉妬してる?」

「なっ・・・・・・」


こちらも沈黙。

図星か、ふぅん・・・なるほどね。


ニヤニヤと笑いながら。

「安心しろ神通。川内もキスする時はこんなもんだ」

「やっ・・・・・・ちょ、なんでばらすの、ばか!」



「そう、なんですか」

「ああ」



軽くからかったつもりだったけれど。

「キス、したんですか」

「へ?」



踏んでしまったみたいだ。

俺の横から、神通の・・・底冷えするような、声。



「”川内姉さんとも”キス、したんですね、提督?」


ニッコリと笑ったそれは、天使のような微笑みで。

噛み締めるように事実を問いただす・・・それが何よりも恐ろしい。

前に一緒に出かけた時に、神通には俺の計画を話している。

そして神通以外の艦娘とは親密に話すようになっていたから、知っていると思っていた。

事実、勘付いてはいたのだろうけれど、今言葉にしたのは・・・失敗だった。



「いや、その・・・今日はもちろん、していないぞ?」

「当然です、私と結ばれるその日に他の娘とキスしてたなんて・・・もしそうだったら」



ゴクリ。

さっきとは違う意味で唾を飲み込む。

「もし、そうだったら?」

「ふふ、聞きたいですか?」



力なく首を振る。

さっきまでこの娘の全てを貪って、自分のものにしたつもりだったけれど。

これじゃどっちがどっちのものか、分かりやしない。

「まったく、とんでもない娘を好きになったもんだ」

「ふふ、気付かなかったんですか」


まさか、と薄く笑う。


「むぅぅ・・・」

俺たちを見て、面白くなさそうにする川内に。


「川内姉さん」
「は、はいっ」


神通が一歩、川内へと近づく・・・その背中を見て。

ああ、この娘はもう、大丈夫だと・・・。

そう、思った。

「姉さんも、提督のこと・・・好きですか」

「えっ・・・・・・あ・・・・」


うん、と川内。

頷くときに俺の反応をチラリと見るのが女の子らしい。



「私もです」

「艦娘として、そして・・・一人の女の子として提督が、好きです」



だから、と神通は続ける。

「だからもう、私は兵器なんかじゃありません」


背中越しなのが残念だなと思った。

そう言い切った神通はきっと。

とても澄み切った、最高の笑顔を浮かべているだろうから。



「そっか・・・そっか。良かった」



姉妹が抱き合う、仲直りの瞬間。

でも、仲直りができたからこそ・・・始まる関係もある。


「でも、川内ねえさん」

「へ、まだなんかあんの?」



川内の間の抜けた反応にはい、と短く返事をして。

ツカツカと、神通が俺のもとへ歩いてくる。

そして。

ちゅっ


「は?」
「え?」


目を閉じて、踵を上げて。

完璧な作法を実践しながら。



神通が俺の頬に、口づけてみせた。

「提督は私のものですから・・・・・・川内姉さんだろうと渡しません」


初めて見るいたずらな、女の子の笑顔を見せながら。


「それでは提督、ありがとうございました」

「お、おう」


顔は赤いままで、それでも精一杯、淑女の微笑みを保ってみせた。

「今日はこれで。失礼します」

「川内姉さんも、またあとで」


「あ、う・・・うん」


艦娘ではなくて、女の子の走り方で、神通が駆け出していく。


「じ、神通っ!?」


カッカッカッカッカ。

ミュールの踵が石畳を叩いて、俺の呼びかけをかき消していく。

まるで、初めて会った時のように。

あの日と違うのは、ただ一つ。

取り残されたのが俺だけじゃなくって。



「なっ、なっ、なっ・・・」

完全に妹にしてやられて、呆然としている姉も一緒にいるということ。

最後の最後で。


「やられた・・・・・・・・・」


本当に、これじゃどちらが惚れさせたか分からない。

だから、ますます、好きになっていくんだ・・・神通のことを。


そして。

「俺たちも帰るぞ」

「え、あっ・・・・・・うん」


急に俺と二人きりなのを意識しだしたのか・・・・・・。

落ち着かない川内を見て、俺は妙に落ち着いてしまう。



「今日は神通と結ばれた日だからな・・・お前とはキス出来ないぞ?」

「何言ってるの、当たり前じゃない!」



ほう、当たり前か。

少し期待して、チラチラとせわしなく俺を見ていたくせに。

「う~ん、せがまれたら我慢出来たか怪しいけど。分かってるならいいよ」
「えっ」

揺れる川内の表情を堪能して。

俺がニヤついているのに気づいたのだろう。


「あ、提督・・・私をからかったでしょ!?」

「隙を見せるのが悪い」



川内を手玉に取って、少し自信を取り戻して。

「馬鹿・・・」


恨みがましくこちらを睨んでくる川内にくすりと笑って。


「さあ、明日から出撃だ」


一言そう呟いて俺は。

神通が走っていった先へ・・・鎮守府へと続く道を歩き出したのだった。

ここで終わったほうが区切りがいいような気がするのですが、終章としてもう少し書かせて頂きます。
どうせもう長いのは変わらないし、やりたいことやったほうがいいからね、ちかたないね。

いずれにしろ今日中に投稿は出来そうです、よろしくお願いします。

一旦乙
最初俺のイメージと違って違和感あったけど
ここまで読んで良かったわ
最後まで期待してる

乙です。姉貴攻略編はまだですか(必死)

乙です

さて、これで一気に最後まで行きます

【神通side】


そして、決戦の日。


朝から雲一つない晴天で、波も穏やかでした。

鎮守府は快進撃を続け、海域の敵旗艦の場所も明らかにしています。

後は、倒すだけ。

天龍さんの第一艦隊は2時間ほど前に出撃しています。

敵のボスを倒す道のりを開けるために、私たち第二艦隊より早めに出撃したのです。


これから戦場に向かうとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべて。

私は執務室の扉をノックして、入室します。

「軽巡洋艦、神通。出撃の指示を頂きたく参りました」


「おかしいな、旗艦は川内のはずだが?」


おどけた表情で提督が私を迎え入れます。

そう、提督の言葉通り・・・まだ私は旗艦の任を解かれたままです。

私が立ち直った翌日・・・。

提督が私を旗艦へと戻そうとしたのを、私自身が止めたから。

戦う理由を、ちゃんと決めてから拝命したいと。



「ここに来たということは、決まったのかな?」


はい、と短く返事をして宣言します。

私なりの答えを、今ここで。

私が戦う理由・・・それは。


「あなたのために」


「おいおい・・・・・・」


それは以前、提督に跳ね除けられた答え。

ただただ、縋る相手として提督を選びんだというだけの、不誠実な答え。

「そして」


あの日の不完全だった答えに、もう一つ付け足します。


「あなたが好きな、私のために」


提督の目が見開かれます。

でも、まだ。

まだ、あるんです、提督。

「そして、私が好きな、全ての人たちを守るために」


「私はこれからも戦います」



ふう、と短くため息をついて、提督が答えます。



「やられたよ」


そうして、私のところまで来て。


「軽巡洋艦:神通。君を第二艦隊の旗艦に任命する」

「拝命致します」

敬礼が交わされたあとは、上官と部下の時間は終わり。


「よく、答えを見つけてくれた」


出撃までの残った時間は、恋人の時間です。

那珂ちゃん、私はいま、幸せだよ。



心の中で妹にも、静かに語りかけて。

今、目の前の愛しい人を見上げます。

丁度、提督も私のことを見つめていて、上目遣いの私と視線が合いました。

可愛らしく小首をかしげてみると、提督がちょっとたじろくのが分かります。



女の子っぽい仕草をするのは恥ずかしいですけれど。

こうすると、提督はちょっと照れるのです。



出撃と演習のことしか考えてこなかった私が。

この人の照れた顔を見たくって、随分と茶目っ気が出てきたように思えます。

だから、簡単に私を捧げてあげたりなんか、してあげない。


気恥ずかしさを誤魔化すためか、口づけようとした提督の唇に指を立てて。



「天龍さんとも、同じ様にキスしたんですか?」

「うっ・・・それを言われると・・・」

イタズラっぽく問いかけると、彼は返事に詰まってしまいました。

自分で私たちを落としたくせに、それを負い目に感じるお人好し。



なんてずるくって。

なんて不器用な人なんでしょう。

余裕ぶっているけれど、この人の本質は。

初めて街で会った時に会った時に見せてくれた、素朴で純粋な工員さんなのです。

それを知っているのは、鎮守府で私だけ。

少し・・・優越感を抱いて。



ちょっとだけ、意地悪しちゃいます。

「提督?天龍さんとキス、したんですか?」


「はい」


観念するように提督が短く返事をして。

それをどう料理するかは、私の裁量次第です。


「他の娘とキスした後に、私とキスしようとしたんですか?」


「それは・・・すまないとしか」


今日は私が優位に立てたようですから、それを最大限利用します。

・・・・・・この間は川内姉さんと一緒に、好きなようにされてしまいましたから尚更です。

「じゃあ罰として今は、キスしてあげません」


なんだか犬がしょげているみたいで可愛いです。

・・・・・・もっと意地悪しちゃいたくなりました。



「海域を攻略して、私が帰投してきたら・・・真っ先にキス、してください」


「お前それ、艦隊の他の娘たちもいるだろう!」


みんなの前で、私は俺のものだ、と宣言して欲しくて。

「ふふ、知りません」

そう答えちゃいます。



「そろそろ時間です、行ってきますね」

「あ、おい」


提督の腕の合間をするりと抜けて、私は執務室を後にしました。

あの人に初めて意地悪できたドキドキを、大切に胸にしまいこんで。

艦隊を率いて出撃します。


今までになく身体が軽い。

それは艤装の効果でも、訓練の成果でもなく・・・。


本当にこれが、恋の・・・力のなのでしょうか?


振り向かずとも旗下の艦娘たちの状態が分かります。

まもなく主戦場・・・天龍さんたち第一艦隊の戦況報告を不知火が読み上げます。

「道中の敵を片付けてボスの取り巻きを倒しにかかった、とのことです」


艦隊におお、というどよめきが生まれます。

かつて無いほど好調に戦いが推移しています。


「これなら私たちの全力を、敵のボスにぶつけれます」

「でも皆さん、油断はしないで」



応、という掛け声のもと。

艦隊がひとつの獣となってまとまっていきます。

第一艦隊が見えてきました。


「天龍さん!」


「神通、後は頼んだぜ」


「お願いね~」



天龍さんも龍田さんも中破状態・・・戦闘の激しさが垣間見えます。

ですがそれよりも、私は彼女たちが上げた戦果に目を見張ります。

海域に残った敵艦隊は・・・。


ボスである重巡リ級・・・私たちがflagshipと呼ぶ強固な個体以外の取り巻きが。

あるものは黒煙をあげながら、またあるものは音もなく。

次々と海の底へと沈んでいくところだったからです。



「へへ、雑魚どもは全部沈めといてやったからよ」


この強さは・・・これもまた、恋の力なのでしょうか?

「無茶しすぎです、天龍さん」


「あのな、おめーに言われたくはねーよ」



これまでの私の無鉄砲を茶化す天龍さんに、私もひとこと。



「女の子言葉、使わなくっていいんですか?」

「あ、あれはお前なんかの前じゃ使わないんだっ・・・くそ!」


傷ついた天龍艦隊を後ろに下げるため、艦隊を動かしながら。

私たちはしばしの間、言葉を重ねました。

「お前、面白いこと言えるようになったじゃないか」

「天龍さんも随分、女の子らしくなりました」


「後は任せたぜ」

「はい、きっと」



天龍さんの第一艦隊が無事、撤退していきます。

後は、こちらに憎しみの視線を向けている敵重巡に、第二艦隊の全力をぶつけるだけ。

それでこの海域攻略は、成る。


「神通、覚悟はいいわね」


隣から来る川内姉さんからの声にはい、と返事して。
戦闘開始の号令をかけます。


「神通水雷戦隊、これより海域攻略戦へと突入します」


天高く突き上げた腕を振り下ろして。


「突撃」


戦いの火ぶたが切って下ろされました。

晴れ渡る空のもと、戦闘は佳境を迎えています。


陽炎と曙の主砲が放った弾丸が炸裂。

敵の注意を引付けた瞬間を、私は見逃しません。

行ける、と思いました。

「川内姉さん、潮は援護射撃、突撃をかけます!」

「えぇ、無茶です」


潮が悲鳴を上げるころにはもう、私は駆け出していました。



「もう、そういうところは変わってないんだから!」


川内姉さんのお叱りは後で受けるとしましょう、旗艦は私です。

随伴艦もなく、陽炎と曙に釘付けの敵重巡が私の接近に気付いた時には。


「もう、遅いです」


突撃前に放っていた私の魚雷が、深海棲艦の前で爆発します。
直撃はしませんでしたが、敵の態勢が崩れたところを私が肉薄して。


「終わりです」


突きつけた私の主砲が、敵を零距離から粉砕しました。

呪詛の雄たけびを上げながら。

私を呪い殺さんばかりに睨みながら、敵重巡が沈んでいきます。



その、意味するところは。



・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。



海域、攻略。

その事実を、すぐには受け入れられなくって。

私たちは集合することもなく、その場にへたり込んでしまいました。



突撃をかけたせいで、私一人が艦隊から突出したかたちです。

陣形も何もありませんが、もはや問題ないでしょう。

艦隊の仲間たちを見やります。


「やった、やったわ!」

「ちょっと、引っ付くなうっとおしい!」


深海棲艦の注意を引付けていた二人は・・・陽炎が曙に抱き付いています。

照れる曙と、しつこくまとわりつく陽炎を遠目に、反対側を見ると。

「陽炎・・・騒ぎすぎです・・・」

「あ、あぁ・・・やり、ました・・・」

「やった、やったぞ~!」



不知火が曙をうらやましそうに見ていて。

そのすぐ後ろで、泣き出した潮を川内姉さんが抱きしめています。

対して自分はというと・・・。
敵重巡を沈めたとき、引き換えにくらった一撃で大破状態となりました。


それでも、終わった。
これからも続く、長い長い戦いの一区切りがついた。


誰もがそう、油断したころに。

それは起きました。

突然、視界が真っ白に染まります。

晴れ渡っていた空はいつの間にかどこかへ行っていて。


「何、これ!?」


遠くで陽炎たちの悲鳴が聞こえてきます。

「霧が・・・」

「なんで、こんな時に・・・!?」


川内姉さんの声は、あの日の記憶を再現したかのよう。


「・・・・・・・・・っ」


吐きそうになるのを辛うじて堪えます。

乗り越えたと思っても、あの日の記憶の再現は私を動揺させるのに十分です。

ユラリ、と。
白い靄の中、私の目の前で影が動きました。


川内姉さんでも陽炎でも不知火でも・・・曙や潮でもありえない位置。

味方でないとしたら、それは・・・・・・。


「敵艦見ゆ・・・・・・皆さん、逃げて!」


声を張り上げます。

「神通!?ねぇ、神通どうしたの!?」

「神通さんって今、大破状態じゃ!?」

「どこにいるんですか、今助けに――」



「逃げて下さい!」



残弾はゼロに近く、みな一様に負傷しています。

この状態のままもう一戦すれば、確実に轟沈者が出るでしょう・・・・・・。

「各自、霧の外を目指して退却して」


「川内さん!?」


「そんな、何か方法が・・・」


「早くっ!」



川内姉さんが苦渋の決断を下し、その後は誰もが音を発しません。

それはあの日、私が下した決断と全く同じもので。

川内姉さんは苦しむでしょう。

私の様に・・・あの時、別の決断を下していればと。

でも、大丈夫・・・・・・川内姉さんは私の様に壊れない。

提督という寄り添う存在が、もうすでにいるのだから。



それでも。

悔いは残ります。

「せっかく、兵器じゃないって思えるようになったのに」

「せっかく、愛する人ができたのに」


涙が溢れてきます。

これから、妹と同じ所へ行くというのに。

少し前であればそれが、当たり前のことだと思っていたのに。



今はそれが、悲しくて仕方ない。

「もっとあの人と一緒にいたかったな」


艤装の損傷が激しいのか、身体が上手く動きません。

敵艦が目と鼻の先に立つのを、雰囲気で感じ取ります。



せめて、私を沈める敵を。

私と愛する人の絆を断つモノを一目みてやろうと思って、私は顔を上げます。

そして。



「え・・・・・・・・・」



思っていたのとは違う衝撃が、傷ついた身体を駆け巡るのでした。

病的な青白い素肌に、黒い艤装のコントラスト。

瞳は私たちへの憎しみの炎を、これまた青白く照らしていて。



紛れもない深海棲艦の姿をしたその存在を、それでも私は。


「那珂、ちゃん・・・・・・?」

そう、それでも私はその深海棲艦を・・・。

沈んだはずの妹だと認識したのでした。

眼に溢れた涙が、思いもよらない理由で頬を伝います。


「・・・・・・・・・」


私の声に応えるでもなく、さりとて私を沈めようとするでもなく。

彼女はただ静かに、私を見下ろしていました。

「那珂ちゃん、なんでしょう?」


必死に呼びかけます。


「私よ、神通よ・・・私が分かる?」

「・・・・・・・・・」


表情も変わらず、みじろきもせず、ただ静かにそこにいて。

そうしている間にも霧が少しずつ晴れてきて・・・。

彼女の全身が段々はっきりと見えてきました。

それと同時に、背後から味方の声が聞こえてきます。


「神通、神通・・・どこ!?」


視界の回復を待たずに、艦隊を纏めた川内姉さんたちが進軍してきた様です。

援軍の気配を感じ取ったのか、彼女はくるり私に背を向けて立ち去ろうとします。

「那珂ちゃん!」

そうして踏み出した一歩を、私の叫びが押しとどめて。


「どうすれば、また会えるの。どうすれば、あなたを救えるの?」


尚も妹に話しかけます。



「ススンデコイ・・・ソノ、サキニ」

振り返りもせず彼女は。

そのつぶやきだけを残して、霧の向こうへと消えていきました。


「進んでこい、か・・・その先にあなたがいるのなら、私は」


決意を新たに、彼女が消えたその先を。

私は静かに見つめるのでした。

「神通、神通神通・・・良かった、良かったよお・・・・・・っ!」


霧が完全に晴れて。
私は無事、川内姉さん率いる艦隊に保護されました。


目の前には私を抱きしめて泣きじゃくる川内姉さん。

そんな私たちを囲んで、駆逐艦娘たちも私の無事を喜んでくれました。

そんなみんなに曳航されながら、私たちは鎮守府へ帰投していきます。

既に私が大破して、霧で姿が見えなくなったことは報告済だそうで。



その後、無事であることも報告してあるはずなのですが・・・。


「また鎮守府より入電です・・・」


不知火が呆れたように読み上げます。

「神通は無事か、早く帰ってこい、と。これで何度目でしょうか」


「あ~、もう。煩いって送ってやって」


私に代わって旗艦を務めている川内姉さんが、不知火に告げます。

普段生真面目な不知火も、その指示通りに発信して。

「神通さんったら、司令に愛されてますね!」

「はい、そうですね」


私を支える陽炎が茶化してきたのを、笑顔で真っ直ぐに受け止めます。
これが大人の女か、と呟く陽炎。


そんな会話をしているうちに、鎮守府が見えてきました。

「川内姉さん、旗艦の任・・・返して頂いてもいいでしょうか?」


「オッケー、じゃあみんな、神通を中心に陣形変えて!」


阿吽の呼吸で伝わるのは二人だけ。

他の娘たちは訝しがっています。



「あのう・・・もうすぐ帰投なのに、なんでそんなことを?」


代表して陽炎が聞いてきます。

「もうすぐ帰投だからこそ、です」


ふらつく身体を支えなしで、なんとか持ち直して。
旗艦として、あの人のもとに帰るために。


「女の子なんだし、あまり恰好つけなくても・・・」

「女の子だから、ですよ」


私のその答えに、みんな息をのんで。


「そっか・・・・・・そうですよね」


もうすぐ、上陸です。
ほら、もうあの人の姿が見える。

身を乗り出して、私の無事を一刻でも早く確かめようとしているのが見える。

似合わない落ち着きの無いさまに、クスリと笑ってしまいます。


出撃の時にした約束、覚えてくれているでしょうか。

あの人は帰ってきた私を、どんな風に迎えてくれるのでしょう。



・・・・・・ちゃんとキス、してくれるかな?

そうそう、キスの後で・・・報告しなければいけません。


戦う理由が増えちゃいました、と。


そう言ったらあの人は、どんな顔をするでしょうか・・・楽しみです。

私が戦う理由、それは。

あなたのために。

あなたを好きな、私のために。

私が好きな、みんなを守るために。

そして。

妹を救い出すために。



精一杯、胸を張って。
私は今日も、好きな人のもとへ帰ります。



神通「私と提督の、恋」


長かった・・・スレ立てから20日、7万7千字・・・。
以降後書きとこれからの予定です。

【後書きと次回作について①】


天龍編に続き神通編も完結、長くしすぎました!
当初から考えていた 那珂ちゃん轟沈→神通ぶっ壊れ→復活、那珂ちゃん深海化 までやり切れて良かった。天龍編で明言しないようにするの大変でした。


ゲームでは着任して即、好感度がMaxに近い神通ですが・・・この手のヒロインが捻くれると一番メンドクサイ(可愛い)と思い、妄想を形にしました。
ちなみに軽巡の中では神通がぶっちぎりで好き、愛が溢れすぎました。


神通=めんどくさそうなヒロインというのは結構共感を得られるのではないでしょうか?
一応ツンツン→ツンデレ→デレデレを意識して書いています。


後は提督もバックグラウンドなんかを過去編で表現したいですがそれはずっと後です。
順序的には次に川内√、龍田√のち夕張叢雲たちの短編をやれたらと思います。


川内まだかという声、ありがたいです。
最近彼女の株も爆上がり中なので、正直書きたくてたまらないです、構想もあります。
後一番重要な・・・どんな風に乱れるのか書いてみたい(ゲス顔)

【後書きと次回作について②】

ただその前に艦これで新しく作りたいお話があります。
地の文でラノベっぽいお話で、おおざっぱに構想はあります。
出来次第スレ立てしますがタイトルは・・・。


・キスから始まる提督業!
・艦娘たちのご主人さま


こんな感じでしょうか、センスねーな・・・どうしよ。
っていうか俺のSSキスしすぎだろ・・・。
まあ艦娘とのキスは業務のうちだし仕方ないか。


それではここまで読んでくれた方がいましたら・・・ありがとうございました!

乙でした
神通のイメージは若干ずれてはいるものの面白かった
川内も待ってる

乙でした!
他の娘の話気になるけど今終わった娘の余韻に浸っていたい…ってこれ完全にギャルゲじゃねえか!wクオリティ半端ねえ!
続きも全力で待機じゃー!

天龍に続き今回も面白かったー
デレ神通可愛すぎるわ…本当にお疲れさまでした
そして良いSSをありがとう!


陣痛のイメージが変わった

>>755
すまねぇ…神通だ……

乙です

乙!


おもしろかったし続きもたのしみ

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