モバP「王道アイドル」 (24)
「天海春香と対決、ですか?」
Aランクアイドルとのライブ。
その企画を説明したときのちひろさんの反応は、随分呆れたようだった。
「やっぱり賛成できませんか」
「だって、以前その話を潰したのはあなたじゃないですか。どうして今更……」
あのときは引っ掻き回して潰したから、再戦すると言って素直に認めてはもらえないか。
だけど、
「これ、卯月から言い出したことなんです」
「卯月ちゃんが……?」
俺としては、今しておきたいという卯月の想いは理解できる。
「それで、チーフ。当然認めていただけますよね?」
この場にいたもう一人に話を振る。
「貴様がそう言うからには、勝算はあるんだろうな?」
「いいえ、まったくありませんね」
そう言うと、チーフまで呆れたような顔をした。
これ、大丈夫なんだろうか……
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「おかえりなさい。あの、どうなりましたか?」
プロデューサーさんが戻ってきた。
私のわがままを聞いてもらうことになったけど、大丈夫だったかな?
「勿論通ったぞ、卯月。さて、765さんの方へ決定の連絡しておかないとな」
「ありがとうございます! でも、また勝手に決めてたんですか?」
「まあ、あくまで仮だから」
「プロデューサーさん……」
無茶はしないでほしいけど、こうしてライブをさせてくれることだし……
「卯月?」
「あ、はい」
「もう形式もほぼ決まってるから、今伝えておくぞ」
「わかりました!」
今回のライブは一人一曲の合同フェスの一戦で行う。
お祭り的要素が強いイベントだし、特にランキングもない。
私も春香さんも元々出演の予定だったし、相手の調整をするだけだから比較的楽な仕事だった、らしい。
「つまり、春香さんと一曲だけライブできる……ってことでいいんですよね?」
「その通り。それで、今も気持ちに変わりはないか?」
「はい!」
即答できる。私は、春香さんとライブがしたい。
春香さんは私がアイドルになろうと思った最後のきっかけで、ずっと私の憧れで。
でも、これからはそれだけじゃ駄目なんだって思ったから。
「よし、決定の連絡を入れておく。歌う曲はどうしたい?」
これも春香さんとのライブを願ってからずっと考えてきた。
今回は一曲だけになったけど、私が一番歌いたい曲は、
「『S(mile)ING!』で」
「『S(mile)ING!』か……俺も、それしかないと思う」
プロデューサーさんも同じ意見だ。
後押しをしてもらって心強い。
「イベントまで短くはないが長くもない。万全の状態にしておいてくれ」
「わかりましたっ。レッスン、頑張りますね!」
「卯月ちゃんっ」
プロデューサーさんからもらった資料を読んでいると、声をかけられた。
「あれ? どうしたの?」
「どうしたじゃないってば……聞いたよ?」
「あ、あはは……早かったね」
まだそんなに時間たってないのに。
「プロデューサーさんが浮かれてたから締め上げましたっ」
「そ、そっちからでしたか」
プロデューサーさん、藍子ちゃんには弱いから仕方ないね。
「事が事だから、さっきまでさすがに話せなくって……」
「それでも、すぐに一言くらい言ってくれてもいいのに」
「ごめんなさい。この資料読んだらって思ってたんだけど」
「はぁ……天海さんとライブなんて、驚いたんだよ?」
うん、藍子ちゃんにとってはそうだよね。
心配かけちゃったかな?
「そろそろかなって思ってはいたけど、いきなり聞かされるほうの身にもなってよ」
「やっぱり、わかりやすかったかな?」
「それで、どんな感じになるの?」
「私も詳しく読んでる途中だから……じゃあ、これ一緒に読もっか」
「一曲だけで、『S(mile)ING!』かぁ……」
二人とも読み終わって、藍子ちゃんが呟く。
「うん、とってもいいと思うよ」
「藍子ちゃんもそう思う?」
「それが一番卯月ちゃんらしいからね」
藍子ちゃんにも賛成してもらえたのは嬉しい。
「それで、どうなりそう?」
「どう、って?」
「天海さん相手だと難しいかもしれないけど、やるからにはできれば負けたくないよね?」
そういうことか。
あんまり勝敗は考えないんだけど、
「勝てるかは正直自信がないよ。でも、せっかくだからみんなで楽しめたらいいなって」
「絶対に大丈夫」
そう、藍子ちゃんが言い切る。
「嬉しいけど、そんなに?」
「だって、私は卯月ちゃんのファンだから」
笑顔で言われて、なにも言えなくなってしまう。
藍子ちゃんはみんなを笑顔に、元気にできるから。
「天海さんも卯月ちゃんみたいなところはあるけど、私が憧れたのは卯月ちゃんだから。笑顔も歌も、私は卯月ちゃんのが好きだよ」
「ありがとう、藍子ちゃん」
こう素直に褒められるのもなんだかくすぐったい。
「卯月ちゃん、頑張ってね」
「うん、頑張るね!」
「1、2、3、4、1、2、3、4っと」
ライブの日まであと少し。
ここ最近は居残りでレッスンをしている。
「う、卯月ちゃん……?」
「あ、美穂ちゃん」
ちょうどダンスが終わったところで、美穂ちゃんが入ってきた。
「もうずいぶん遅いよ? まだやっていくの?」
「あと一時間やっていくつもりだよ。美穂ちゃんはどうしてここに?」
「卯月ちゃんがまだ残ってるって聞いたから。はい、これ」
そう言って、ドリンクとタオルを渡してくれた。
「ありがとう♪」
「私も残っていくね」
「嬉しいけど、時間は大丈夫?」
「プロデューサーさんに車出してもらうから大丈夫っ! 卯月ちゃんも一緒だよ?」
プロデューサーさんも大変だね。
「私が頼んでおいたんだけど……だめかな……」
「ありがとう。じゃあ、一緒に帰ろうね」
「うんっ」
色々と気を使わせちゃってるけど、しっかり頼ってほしいって言われてるから。
ライブまでは遠慮しないで頼ろうと思う。
「それじゃあ、続きするね」
「うん、私はこっちで見てるから。無理だけはしないでね?」
「大丈夫、わかってます」
「よかった。卯月ちゃん、頑張ってねっ!」
「はい、頑張ります♪」
ライブの日がやって来た。
午後からの出番で、昼には会場に入っている。
春香さんは仕事の都合で私達より遅く入るらしい。
「ああ、緊張してきた……まだ始まらないのか……」
「プロデューサーさん、ちょっとは落ち着いてくださいよ」
私よりも落ち着きがないのがプロデューサーさんだ。
こんなこと、今までなかったんだけど。
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いしますっ!」
プロデューサーさんがすぐに反応した。
遅れて、私も気づく。春香さんと、765プロのプロデューサーさんだ。
「卯月ちゃんは、会うのは初めてだよね? 初めまして、天海春香です」
「しっ、島村卯月ですっ! こ、こちらこそ初めまして春香ちゃ――じゃなかった春香さじゃなくて! 天海さん!」
ああどうしよう。やっちゃった。
ずっとファンだったから天海さんってとっさに呼べなくて、社内でだけ許してもらっていた春香さん呼び。
それだけじゃなくて、春香ちゃんって……
「春香ちゃんでいいよ」
「ええっ、でも……」
「ね、卯月ちゃん?」
「は、はい……春香ちゃん」
名前で呼ぶとぱぁっと笑って、この笑顔には勝てないなぁって思う。
「ねえ、卯月ちゃん。本番までまだ時間あるし、ちょっとお話しよっか」
「ええと……」
すごく余裕があるわけでもないけど、大丈夫なんだろうか。
「卯月、行ってこい」
「はい、ありがとうございます!」
「じゃあ、ちょっとこっちの方で……」
「ねえ、卯月ちゃん。たぶんだけど、昔私にお手紙送ってくれてたよね?」
「よ、読まれてたんですか?」
返事があったわけでもないけど、ずっとちょっとした近況を添えてファンレターを出していた。
「でも、途中から送られてこなくなって寂しかったな」
「それは……すみません」
アイドルとしてデビューしてからは、一度も送っていなかった。
「最後はアイドル目指して頑張っているところだったから、どこかで会えるかなって思っていたから。今日はすっごく嬉しよ」
「私もですっ!」
アイドルになったからにはファンレターという形じゃなくて、直接話したいと思っていた。
それを、今日叶えることができた。
「あ、そうだ。卯月ちゃんはあれできるかな?」
「あれ、ですか?」
「そうそう、いつも私達が最初にやってる……」
「ええっ、一応レッスンで練習したこともありますけど……」
「そっか。卯月ちゃんのトレーナーさんってなんて名前なの?」
「青木聖さんです」
「レッスンしたとき、なにか言ってなかったかな?」
「えっと、ちょっと前にけっこうできるようになったとは言われました」
「そっかそっか。じゃあ、決まりだね。プロデューサーさーん!」
「へ? 春香ちゃん?」
「ふぅ……」
一時はどうなるかと思ったが、なんとかなったな。
「随分逃げ回ってくれたじゃないか」
「げ、先輩」
765プロには研修でお世話になった。
そのときに担当してもらったのがこの人だ。
「いや、わざとじゃないんですって」
「わかってるけど、たまには後輩の顔も見たくなるものだろ?」
「ちょ、痛いですって!」
どうしても予定が合わなくて直接打ち合わせをすることができなかったけど、無理してでも一回はやっとくべきだったか。
「それはそうと、島村さん、春香に似てるな」
「やっぱりそう思いますか?」
卯月も天海さんも、突出したところはないが人を惹きつける。
強いて言うなら、持っているものはアイドルの才能か。
「だからこそ、この勝負は読めないぞ。最悪ポイント総取りもありうる」
似た系統のアイドルでは、実力差があると片方にほとんどのポイントが入ることもある。
違う系統だとある程度好みで分かれる分極端な結果にはなりにくい。
「そうなっても大丈夫ですし、そんな結果にはなりませんよ」
「そうか。いい子に会えたな」
「ええ、自慢のアイドルですよ」
今の卯月なら、天海さんともいい勝負ができると思う。
「プロデューサーさーん!」
「どうしたー! 春香ー!」
「私達の番、時間ありましたよねー! 最初にあれ一曲できませんかー!?」
先輩と天海さんがなにを話しているのかよくわからないんだが。
「うちのオープニングやりたいんだけど、島村さんはできるか?」
「ええと……あれは卯月は好きですから、レッスンに使ったりしてました。今でも聖さんのお墨付きです」
「了解。春香ー! オーケーだぞー!」
「わかりましたー! それじゃあ、お願いしまーす!」
どうやら、予定にない曲をすることになったようだ。
「変わりませんね、先輩」
「お前とそのアイドルを信頼してやってるんだ。さあ、これから忙しくなるぞ!」
春香ちゃんに手を引っ張られて、出て行った先はステージの上だった。
「みんなー! こんにちはーー!!」
「みなさんっ! こんにちはっ!」
びっくりしたけど、すぐに切り替える。
ステージの上では、私はアイドル。
「ちょっと予定を変更して、最初は私達二人でお届けします! 曲は! せーの――」
「「『THE IDOLM@STER』」」
ただただ、夢中で歌って踊った五分間だった。
自分の持ち歌じゃなかったから必死だったけど、それすらも楽しくて。
「どうだった? 卯月ちゃん」
「もう無我夢中で……でも、とっても楽しかったです!」
「よかった。卯月ちゃんもすごかったよ。それでね……」
春香ちゃんが私に一歩近づく。
「卯月ちゃんがなんで私とライブしようって思ったのか、なんとなくわかるんだ」
そう言って、春香ちゃんはにっこり笑った。
「だから……私の一番大切な曲、みんなと聴いてね。それじゃ、プロデューサーさん。行ってきます」
『もっと遠くへ泳いでみたい 光 満ちる 白いアイランド』
先攻、春香ちゃんの曲が始まった。
『ずっと人魚になっていたいの夏に……今Divin――』
曲は『太陽のジェラシー』だ。
ライブで歌われることもあまりない、春香ちゃんのデビュー曲。
きっと、デビューからずっと一緒に歩んできたから特別な曲なんだろう。
ラブソングだけど、春香ちゃんが歌うと伝わってくるのはそれだけじゃない。
人気や盛り上がりでは上回る曲はいくつもあるけれど、春香ちゃんの積み重ねが一番表れるのはこれの他にない。
もっと歌の上手い人もダンスの上手い人もいるけれど、みんなが惹かれる魅力が春香ちゃんにはある。
気づけば、みんな春香ちゃんの歌に聞き入っていた。
会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
「そう来たかぁ、そう来るとはなぁ」
「確かに、予想外の選曲でしたね」
事前にプロデューサーさんと考えていた春香ちゃんの選ぶ曲は全く違っていて。
先輩と春香ちゃんに予想を完全に外されたプロデューサーさんは悔しがっている。
「……卯月はなんだか嬉しそうだな?」
確かに予想したエース曲ではなかったけど、私が嬉しくなるのは、
「春香ちゃんは本気で私と向き合ってくれたのがわかったから、です♪」
「そうなんだよな。本当にいい人達だよ……」
「そうですよね……」
ついに、私の番だ。
いつもの、ライブ前のプロデューサーさんとの最後のやり取り。
「向こうがここまでしてくれたんだ。卯月の好きなように、思いっきりやってこい!」
「はいっ!」
ただ、今の私の精一杯で。
『S(mile)ING!』は、私のアイドルそのものだから。
『憧れてた場所を、ただ遠くから見ていた』
小さい頃から、ただアイドルに憧れる普通の女の子だった私。
『隣に並ぶ みんなは まぶしく きらめく ダイアモンド』
歌も上手くはないし、運動も得意じゃない。
私には特別なものなんてなにもなかったけれど。
春香ちゃんに出会って、飛び込む決意ができた。
『スポットライトにDive! 私らしさ光るVoice!』
アイドルになってからは、とにかく大変で、でも楽しくって。
『Go! もうくじけない』
本当に大変なときもあったけれど、それだってみんなのおかげで乗り越えて。
『もっと光ると誓うよ 未来にゆびきりして Fly!「今さら」なんてない』
だんだん人気も出てきて、みんなの前で歌って踊れて、笑顔にできて。
『ずっとSmiling! Singing! Dancing! All my love!』
春香ちゃんみたいな、みんなを笑顔にできるアイドルに少しはなれたのかなって思えた。
『ゆっくりでもいいよ でも歩き続けるんだ』
夢中で走ってきたけど、ちょっと落ち着いた今。
『今はまだ真っ白だけど 見てほしい 知ってほしい みんなに』
いままでのことと、これからのことを考えたときに、やりたかったことがひとつあった。
『憧れじゃ終わらせない 一歩近づくんだ さあ 今――』
春香ちゃんとのライブ。
憧れは憧れのままでいてほしい。
でも、私はアイドルとして……肩を並べて、一緒に誰かを笑顔にしたかった。
『Rise! もう諦めない』
Aランクアイドル。
その壁は私にはまだ高く見えるけれど。
『Live!「おしまい」なんてない』
これは、最初の挑戦。
今日及ばなくたって、また明日、明後日も同じなんかじゃない。
『ずっとSmiling! Singing! Dancing!All my ...!』
いつかは絶対に並んでみせる。
その後も、どこまでも一緒に、どこまでも輝けるとしたら、それはとっても幸せなこと。
だから、これからも――会場の「みんな」に伝わるように!
『愛をこめて、ずっと歌うよ――――――――!』
……
…………
……………………
「お疲れ様。大健闘だったな」
「ありがとうございます!」
春香ちゃんを相手に16%差は十分誇れる。でも、
「今回で『乙女』を見れなくてこの結果は、やっぱり悔しいです」
春香ちゃんの全力は、『乙女よ大志を抱け!!』だ。
これがあるのとないのとではライブの盛り上がりが違う。
『太陽のジェラシー』も実際はそれらの曲にそう劣らず強かったとはいえ……
『START!!』も『キラメキ進行形』も出してもらえなかったのは、ちょっとだけ悔しい。
「あれは流石になぁ……それで、卯月。楽しかったか?」
私の憧れのアイドルと、全てを出し切っての初めてのライブ。
そんな人と私でライブをして、みんなで笑顔になって。
そんなの当然、負けて悔しいけど、それ以上に、
「はい! とっても楽しかったです! 私、アイドルでいて本当によかった! だから――」
もっともっとたくさんレッスンして、私――
「私、次は本気で全力の春香ちゃんと、楽しくライブがしたいですっ!!」
「よく言った! それじゃあ、あれやってみるか?」
「あれ、ですか?」
「ああ……いくぞ? めざせ!」
「「トップアイドル――!!」」
「懐かしいなー、って思ってますか?」
「おい春香。俺はまだそんな歳じゃないぞ」
「私は思ってますよ。私もこんなに憧れられるアイドルになれたんですね……」
「はあ、まったく。そうだぞ。春香も、もう立派な先輩なんだからな」
「えへへ。プロデューサーさん。私、卯月ちゃんとまたライブするのが楽しみです。あ、でも、あの子が先になるかな? いやいやあの子も……」
「……心配しなくても、きっと来るさ。すぐにな」
以上です。読んでいただきありがとうございました。
春香と卯月はどこまでもアイドルらしいアイドルだと思います。
卯月には春香の見た景色を見せてやりたいし、はっしーにも繪里子さんの見た景色をいつかは見てほしいと思っています。
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