お嬢様「お手洗いで食べるご飯がこんなに美味しかったなんて!」(530)

お嬢様「それとも、あなたと一緒だからかしら?」

男(出てってくれないかなぁ・・・)

お嬢様「どうかした?」

男「ここ、個室なんだけど・・・」

お嬢様「そうね」

男「しかも、男子トイレの」

お嬢様「知ってるわ」

男「・・・あの、出てってくれない?」

お嬢様「イヤよ」

男「・・・・・・」

お嬢様「・・・・・・だいたい」

お嬢様「鍵を掛けない、あなたがいけないのではなくて?」

男「掛けようとしたら、キミが駆け込んできたんだけど」

お嬢様「そうだったかしら?」

男「それにここ、ご飯食べるところじゃないから」

お嬢様「あら、あなただって、お弁当広げているじゃない」

男「・・・僕は、いいんだよ」

お嬢様「そんなの納得いかないわ」

お嬢様「なんであなたは良くって、わたしはダメなの?」

お嬢様「あなたがよそへ行かない限り、わたしもここにいますから」

男「・・・じゃー、わかったよ。いいよもう」

男「隣の個室が空いてるから。そっちで食べていいから、ね」

お嬢様「ここで食べるわ」

男「狭いじゃないか」

お嬢様「気にしないわ」

男「僕が気にするんだよ」

お嬢様「器量の小さい男ね」

男「・・・」

お嬢様「時間、なくなってしまうわよ?」

男「・・・いただきます」パカ

お嬢様「・・・」ジー

男「なに?」

お嬢様「その・・・玉子焼き、美味しそうね」

男「べつに。ふつうだよ」

お嬢様「少しわたしに・・・、あ」

お嬢様「こ、交換っことか・・・しない?///」

男「え?」

お嬢様「いいでしょ、ね、ねっ?」

男「キミのその・・・、えぇと」

お嬢様「クラブ・サンドウィッチよ」

男「それ、サンドイッチなんだ」

お嬢様「食べたこと無い?」

男「サンドイッチはあるけど・・・」

男「それ、中身なに?」

お嬢様「ハムと卵とお肉と、トマト」

お嬢様「あと、トリュフよ」

男「トリュフ?」

お嬢様「ただのキノコよ」

男「サンドイッチにキノコ?」

お嬢様「はい、どうぞ」

男「・・・・・・」

お嬢様「それじゃあ、わたしはこれいただくわね」

お嬢様「・・・!わぁ、おいしいっ」

男「・・・」モグモグ

お嬢様「玉子焼きって、こんなに甘くてとろ~ってしてたのね」

男「うん」

お嬢様「・・・そっちは、あまり口に合わなかったかしら?」

男「そんなことないよ」

男「ただ、いつも食べてるサンドイッチと全然違ったから」

お嬢様「そう・・・次は、もっとあなたの口に合うものを作らせるわね」

男「うん。・・・ん?」

お嬢様「ごちそうさま」

男「あれ、もう? まだサンドイッチ残ってるよ」

お嬢様「あなたの玉子焼きで、おなかいっぱいになっちゃったのよ」

男「! ぜんぶ食べてるし・・・」

お嬢様「よかったらこれ、食べてくれないかしら?」

お嬢様「もし食べ切れなかったら、棄ててしまって構わないから」

お嬢様「それじゃ、またね」バタン

男「・・・」パク

男「・・・・・・」モグモグ

男「うん」

男「サンドイッチにキノコ、意外にイケるね」



女子生徒a「昨日のドラマみたー?」

女子生徒b「見た見た、キモタク超ヤバかったよねー!」

・・・

男子生徒a「帰りゲーセン寄ってかね?」

男子生徒b「いいねー。今日は隣街の、1ラインシャッフルのとこ行こうぜ」

・・・

女生徒c「え~、それってほんとー?」

女生徒d「マジマジ、あたし卒業した先輩から聞いたんだから」

・・・

男子生徒c「pubで一緒になったクソ外人のせいで、俺のhcウィズ子ちゃん(lv58)がお亡くなりに」

男子生徒d「だから、ワンパンマンなんかと組むのは止めとけって言ったろ」

・・・

お嬢様「・・・」

男(見事に孤立してるなぁ・・・)

男(そうだ。たしかあの子、一週間前に転入して来た、お嬢様さんだ)

男(自己紹介で盛大にやっちゃってからこっち、そのままズルズルきちゃったんだな)

男(この特別教室での授業にしたって、お嬢様さんの周りだけ人が座ってないし)

男「・・・それは、僕も一緒か」ボソ

お嬢様「・・・」ガタッ

男「ん?」

お嬢様「・・・」スタスタ

男「あれ?」

お嬢様「・・・」トスッ

男「え・・・」

お嬢様「ここ、座ってもいいかしら?」

男「もう、座ってるじゃない」

お嬢様「空いてるんだから、いいわよね」

男「自分で訊いて、自分で答えちゃったよ」

生徒たち「・・・・・・」ジーー

お嬢様「・・・」

男「・・・」

ガラッ

教師「全員、席に着けー」

お嬢様「・・・・・・テキスト」

男「え?」

お嬢様「忘れてしまったのよ。・・・見せてくれないかしら?」

男「いや、さっきの席に置――」

お嬢様「見せてくれるわよね?」

教師「よし、授業はじめるぞー」

お嬢様「・・・」

男「・・・いいよ」スッ

お嬢様「少し、見にくいわ」

男「ちゃんと真ん中に置いてるよ」

お嬢様「もっと、こっちに寄ってくれない?」

男「え?」

お嬢様「いいわ。わたしがそっちへ行くから」

男「な・・・」

男(腕が触れそうなくらいくっついてきた・・・)

お嬢様「こ、これでいいわ///」

お嬢様「・・・い、いいわよね?」

男「・・・うん」

生徒たち「・・・・・・」ポカーン

教師「こら、お前らよそ見してるんじゃない!」

男(はやく終わらないかなぁ・・・)



友「男、いまから帰りか?」

男「友・・・うん、まぁ」

友「なら、俺も帰ろうかな」

男「でも・・・」

友「坂を下るまでは一緒だろ?」

男「うん」

後輩「友せんぱぁ~い!」

友「ん?」

後輩「あのぅ、いまから友達とみんなでカラオケ行くんですけどぉ~、よかったら・・・」

友「ワリ。今日は、こいつと一緒に帰るから」

後輩「えぇ~・・・」チラ

男「あ、おれはべつに・・・」(「おれ」のイントネーションは語尾上がり)

友「また今度誘ってくれよ、な?」

後輩「友先輩、いっつもそう言って、一緒してくれないんだもん~」ムスー

友「今度は都合のいい日に、こっちからメールするから」

後輩「絶対、約束ですよぉ~?」

友「ああ」

男「・・・」

友「んじゃ、行くか!」ニッ

男「・・・僕に気を使うことないのに」

友「ハハ、そんなんじゃないって」

友「俺が、お前と一緒に帰りたかっただけだよ」

男「・・・うん」

男「ねえ、友」

友「ん?」

男「県大会、残念だったね」

友「またその話かー? ははっ、お前こそ、俺に気を使いすぎだって」

男「ごめん」

友「確かに惜しかったんだけどな。・・・甲子園かー」

友「でも、後悔はしてないぜ。未練も。野球は、そりゃあ好きだけどさ」

友「俺には、もっと大事な、夢があるからな」

男「それって」

友「男は知ってるだろ?」ニコッ

男「プロレーサー、でしょ。でも、とんでもなくお金がかかるって」

友「ん、まぁな。お金だけじゃない、コネも必要だし、何より才能だ」

男「才能なら、きっとあるよ。僕が保証する」

友「そりゃ、心強いな」ハハ

男「幼馴染の僕は、小さい頃から見てきたから」

男「たくさんのカートレーシングの大会で、表彰される友を」

男「それだけじゃないよ」

男「どんなスポーツも、勉強でも、いつだって友は、人よりも結果を出してきたもの」

男「だから、きっと大丈夫だよ」

友「おだてすぎだって。・・・結局、全日本カートで特別ライセンスは取れなかったんだ」

男「・・・」

友「でもな、腐ったりしないぜ?」

友「どんなに狭き門でも、一部の特権者が幅を利かせる世界だって」

友「ここを走るんだって、自分で決めた、俺の道なんだ」

男「自分の道、か」

男「羨ましいな。僕には・・・」

友「男だって、なんだってできるさ」

男「僕は、友みたく器用にはできないし、そんな風には思えないよ」

友「そんなことないさ、腕も足も二本ずつ、目と口もちゃんと付いてる」

友「しっかり見れて、はっきり喋れて、元気に走れる。俺も男も変わらない、同じ人間だ。違いなんか無いさ」

男「・・・」

友「そうだ」

友「運転免許な、今週末にセンターへ試験を受けに行って、取りに行く予定なんだ」

男「うん」

友「取れたら、どこかドライブでも行かないか?」

男「僕と二人で?」

友「華が無いかな? なら、妹か姉貴を連れてこう」

男「いや、そうじゃなくて・・・」

友「たまにはパーっと外でさ、遊ぶのもいいだろ? なっ?」

男「・・・僕は、いいよ」

男「代わりに、さっきのほら・・・あの女の子誘ったら?」

友「お前の代わりなんか、どこにもいねーよ」

男「・・・」

友「・・・」

友「なぁ男、まだ・・・一人でメシ食ってるのか?」

男「・・・」

友「時間が解決してくれる、なんて思ってたけどさ」

友「もう、そろそろさ、いいんじゃないか」

友「そうだ。明日は、俺と一緒に食べないか?」

男「でも・・・」

友「いや、もちろん、いきなりはハードル高いから、他のやつはナシで」

友「俺とお前二人でよ、屋上にでも出てさ・・」

男「友」

男「ありがとう。・・・でも、ごめん」

友「・・・」

男「やっぱり、まだ・・・」

友「・・・そか。無理強いは、よくないよな」

友「っ、なら、せめてさ! 今日の晩御飯、ウチでどうだ!?」

友「いやほら、妹も姉貴も男に会いたがってるし、母さんも・・・!」

男「友」

友「おうっ!?」

男「着いたよ」

友「あ、もう・・・坂の下か」

男「僕、こっちだから」

友「・・・ああ」

男「今日は・・・無理だけど、いつか行くから」

友「いつかっていつだよ・・・」ボソ

男「妹ちゃんや、おばさんに、よろしくね」

友「・・・ああ。伝えとく」

男「・・・」

男「そうだ、友」

友「なんだ?」

男「あのさ、トリュフって食べたこと、ある?」

友「チョコレートの?」

男「じゃなくて、キノコの方」

友「ないけど・・・、なんでまた?」

男「今日初めて食べたんだけど、けっこう美味しかったんだ」

友「へ、へぇ、そうなんだ?」

男「うん。白くて・・・クラブサンド、だっけな? それに挟まってて・・・」

友「・・・」

男「あ、それだけなんだけど・・・」

友「そっ、そうか」

男「うん。それじゃ・・・」

友「ああ」

友「・・・」

友「男が自分の事を、自分から話すの、久しぶりだな・・・」

友「ていうか、クラブサンドに白トリュフ?」

友「・・・」

友「プラチナ・クラブ・サンドウィッチ?」

友「・・・はは、まさかな」



お嬢様「やっぱり、あなたの玉子焼きは美味しいわね」

男「・・・そう」

お嬢様「家では、わたしが言って作らせても、こうはならないのよ」

お嬢様「なにが違うのかしら?」

男「・・・さあ」

お嬢様「なにか、特別な調味料でも入れているの?」

男「砂糖と塩と醤油しか入れてないと思うけど」

お嬢様「そんなはずないわ。・・・でも、じゃあ、作り方に秘密があるのかしら?」

男「ていうかね・・・」

お嬢様「? どうかした?」

男「今日でもう、二週間だよ」

男「キミがこうして僕の所に・・・二週間、ずっとだよ」

お嬢様「あら、もうそんなになるの?」

男「あのさ・・・いい加減、なんとかならないかな?」

お嬢様「そうは言っても、あなた全然ここから動かないんだもの」

男「僕はずっと、ここで食べてきたんだよ」

お嬢様「わたしも、ずっとここで食べることにしたのよ」

男「・・・」

お嬢様「・・・そ、そんなにイヤなら、鍵を掛けてしまえばいいでしょう・・・!」

男「鍵は・・・」

男「最初はああ言ったけど、掛けたことなんてないよ」

お嬢様「どうして?」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

男「・・・・・・」

男「怖いじゃないか」

お嬢様「え?」

男「・・・」

お嬢様「怖いって、なにが?」

男「・・・」

お嬢様「ねえ」

男「言っても、きっと分からないよ」

男「キミみたいな、世間知らずのお嬢様には」

お嬢様「!わたっ、・・・!」

お嬢様「そう・・・、わかったわ。・・・そうよね」ガチャ

男「あ・・・」

お嬢様「立ち入ったことを聞いてしまって、ごめんなさい」

お嬢様「悪気はなかったのよ・・・・・・、許して頂戴」

男「・・・」

男「・・・もう、来ないかな」

男「ううん、これでいいんだ」

男「・・・これで、いいんだよ」



友「なるほどね、そんなことがあったのか」

男「うん・・・」

友「そうか。だから、そんなに落ち込んでるんだな?」

男「え?」

友「男が、だよ」

友「その子のこと、気にしてるんだろう?」

男「べつに僕は・・・」

友「・・・実はさ、ここ最近、聞こうか聞くまいか迷ってたんだ」

男「なにを・・・?」

友「男、自分のことをよく話すようになったろ?」

友「どんなものを食べたとか、今日はこんなことがあったとか」

友「自分じゃ、気付いてなかった?」

男「・・・」

友「不思議に思ってたんだけどさ、良い傾向だからって、ずっと訊き損ねてたんだ」

友「でも、今の話を聞いて合点がいったよ」

友「お嬢様ちゃんか・・・」

友「変わった子だと思えるけど・・・、男が普通に話せる女の子なんて、珍しいんじゃないか?」

男「図々しいだけだよ」

友「はは。男が、そんな風に他人の事を言うなんてさ」

男「友、からかってるでしょ?」

友「まさか。・・・まあ、ちょっと無遠慮だったよな」

男「そうだよ、だから僕は」

友「言いすぎたって、思ってるんだろ?」

男「っ・・・」

友「・・・謝らないのか?」

男「・・・」

友「・・・男がどうしてもイヤに思ってるならさ、俺から改めて言ってやるぞ?」

男「え?」

友「男はあなたのことを、とても不快に思ってるので、金輪際近づか――」

男「そんな、だめだよ! ・・・あっ」

友「・・・なーんてな」

男「う・・・」

友「謝るんだろ?」ニコッ

男「ぼ、僕は・・・」

男子生徒a「おい! 正門のとこ見てみろよ、黒塗りのすンゲー車が停まってるぞ!」

男子生徒b「すっげぇ、マジだ! しかも、あれメイドか!?」

女子生徒a「あたし、本物のメイド初めて見た・・・」

男子生徒a「ていうか、メイドの左右で仁王立ちしてるの、spとか黒服ってヤツか・・・?」

女子生徒b「ねえ、あそこで大声で揉めてるのって、お嬢様さんだよね?」

女子生徒a「ホントだ・・・。やっぱり、あの子って普通じゃないんだ・・・」

男「・・・あの子がいる」ポカーン

友「へえ、どれどれ? ・・・って、すごい可愛いじゃないか!」

友「あの子が本当に、お前と一緒に二週間も、トイレでランチを?」

男「うん」コク

友「人は見かけによらないな・・・」

男「・・・」

友「で?」

男「え?」

友「行くんだろ?」

男「ええっ!? ・・・ど、どうしよう、友?」

友「俺は、彼女とは何の関係も無いよ。・・・男が決めるんだ」

男「・・・・・・。い、行くよ」

友「よし! なら、行こうっ」ポンッ

男「子供の頃はさ・・・いつも、友が前で、僕はその後ろを付いてってたよね」

友「はは、そうだな。たまには、逆もいいだろ?」

男「・・・そうかも」

友「男、後ろにいるからな」

男「うん・・・!」



メイド「お嬢様、何度も言わせないで下さい。これは、大旦那様の言いつけなのですよ?」

お嬢様「そっちこそ、何度も言わせないで! 嫌だって、言ってるでしょう!?」

メイド「・・・あまり子供のような我侭を申されて、困らせないで下さいませ」

メイド「今日、この日のことは、以前からお聞きなさっているはずではありませんか」

お嬢様「そんなの・・・っ! わたしは、承諾した覚えはないもの!」

お嬢様「ぜったい、絶対にイヤよ!」

メイド「お嬢様・・・・・・」

メイド「わかりました、仕方ありませんね」

お嬢様「・・・」ホッ

メイド「あなたたち、お嬢様をお車へお連れして」

お嬢様「! うそ、やめてよっ!」

黒服a「失礼します、お嬢様」

お嬢様「やっ・・・――!」

男「あのっ!」

お嬢様・黒服a「!」

メイド「・・・なにか?」

お嬢様「っ、離しなさい、よ!」バッ

お嬢様「・・・!」トタタッ

男(僕の後ろに隠れた・・・)

黒服a「!」ギロリ

メイド「申し訳ありませんが、いま立て込んでおりますので」

男「その、嫌がってますよ・・・彼女」

メイド「・・・失礼ですが、どこのどなた様でしょうか?」

男「あの、おれは、」

お嬢様「お付き合いしている方よ!」

男「・・・え?」

メイド「・・・・・・お嬢様、今、なんと仰いましたか?」

お嬢様「この方と、こっ・・・、交際していると言ったのよ!」

メイド「それは、友人としてではなく・・・男女の関係、という意味でしょうか?」

お嬢様「そうよ!」

メイド「・・・・・・本当でしょうか?」

お嬢様「ほ、本当よ!」

メイド「お嬢様ではなく、そちらの方に訊いております」

お嬢様「あっ・・・」

メイド「どうなんですか?」

男「お、おれは、その・・・」

お嬢様「っ・・・」ギュッ

男(あの子の、小さく震えた手が僕の腕を・・・)

男「・・・・・・」

男「本当、です」

お嬢様「!」

メイド「・・・そうですか。お嬢様、今のご自分のお立場は、分かっておられますよね?」

メイド「まさかとは思いますが・・・、これは大問題ですよ」

メイド「大旦那様が知ったら、きっとただでは済まないでしょう」

お嬢様「立場・・・問題・・・? なら、いいわよ」ギュ

お嬢様「わたし、家には戻らない」

メイド「なにを仰って・・・冗談はおやめください」

お嬢様「冗談なんかじゃないわ」

メイド「それでは、戻らなければ、どこに行かれるのですか?」

メイド「今のお嬢様は、現金どころか、身分を証明するもの一つだってお持ちではないでしょう?」

メイド「これは冗談ではなく・・・お嬢様一人では、どこへも行けませんよ」

お嬢様「わたしにとっては、このまま家に帰ることも、結局おなじことなのよ!」

お嬢様「だから・・・! お願いだから、放っておいて!」タッ!

男「わっ!?」グイッ

メイド「! お待ちください、お嬢様!」

お嬢様「追ってこないで!」

メイド「そうはいきません! あなたたち、すぐに連れ戻して!」

黒服a・b「はい」

友「おっと、ストップ」

友「忘れてるかもしれませんけど、ここ、学校の敷地内ですよ?」

メイド「なんなんですか、あなたは!」

友「あなた達が、どれくらいの無茶ができるかは分かりませんけど」

友「もうすぐ教師たちがやってきます。そうしたら・・・」

友「少なくとも、状況説明をする必要は、あるんじゃないですかね?」

メイド「! お、お嬢様っ・・・、もう、あんな遠くへ!?」

メイド「あなたたち、なにをしているんです! 押し退けて行きなさいッ!」

黒服a・b「はッ!」ダッ

友「だから、通行止めだって」スッ

ズシャッ!!

黒服a「足を引っ掛けやがった!?」

黒服b「この、ガキ・・・ッ!」

友「後ろを、任せてもらったんでね」

メイド「お嬢様、ああっ・・・!」

黒服b「そこをどけッ!」

友「・・・教師たちが来るまで、あと2、3分てところか」

友「男、時間稼ぎをしてやるからな」



男(僕の手を牽いて駆け出した、お嬢様さんは・・・)

男(しばらくすると立ち止まって、息をつくと、こんどは早足で歩きはじめた)

男(・・・その間、彼女は一度も振り返らずに、前だけを見ていた)

男(そうして今も、僕の前を歩いている。 ・・・繋いだ手は、そのままに)

お嬢様「・・・」トタトタ

男「・・・」スタスタ

男「・・・あの」

お嬢様「っ!」ビクッ

お嬢様「な、なによ・・・?」

男「いや、どこまで行くのかなって」

お嬢様「そんなの知らないわよ」

お嬢様「こんなところ、歩いたことなんてないんだから・・・」

男「・・・そう」

お嬢様「ええ・・・」

お嬢様「・・・」トタトタ

男「・・・」スタスタ

男「・・・あの」

お嬢様「今度はなによ!」

男「その、手・・・いつまで繋いでるのかなって」

お嬢様「て・・・っ!?///」

お嬢様「ちがうのよ!」バッ

男「なにが?」

お嬢様「これは、そういう・・・あの。 とにかく、違うからねっ?///」

男「あ・・・うん」

お嬢様「わかればいいのよ・・・!」コホン

男「あのさ」

お嬢様「なにかしら?」

男「さっきのことなんだけどね」

お嬢様「・・・・・・べつに、なんでもないわよ」

男「僕は、なにも訊かないよ」

男「何か、込み入った事情があるんでしょ?」

お嬢様「事情なんて・・・!」

男「いいんだ。ただ、その・・・これから、どうするの?」

お嬢様「どうするって?」

男「家には戻らないって言ってたよね?」

お嬢様「ええ、そうよ。 べつにいいでしょう?」

男「行くところ、あるの?」

お嬢様「・・・・・・」

男「あのさ」

お嬢様「イヤよ。家には戻らないわ、戻りたくない」

男「そうじゃなくって、その・・・」

男「・・・僕の家、くる?」

お嬢様「え?」

男「さっきの様子だと、もう一度話し合うにしても、日を跨いだ方が良さそうだし」

男「今日一日くらいなら、僕は構わないよ」

お嬢様「・・・いいの?」

男「うん」

お嬢様「でも、わたしはあなたに・・・」

男「ごめんね」

お嬢様「えっ・・・?」

男「キミに、悪気があったわけじゃないのは分かってたのに・・・」

男「あんな、突き放すような言い方しちゃって」

お嬢様「・・・」

男「ひどいこと言って、ごめん。 ・・・許してくれる?」

お嬢様「・・・」フルフル

男「だめってこと?」

お嬢様「・・・」フルフル!

男(どっちなのかなぁ・・・)

お嬢様「それじゃあ・・・」クルッ

お嬢様「二人とも、配慮に欠けてたってことじゃない。 お互いさまでしょ・・・」

お嬢様「許すも許さないも、ないわよ・・・っ」

男「・・・ありがとう」

お嬢様「・・・っ、・・・」グスッ

男「・・・」

お嬢様「・・・ぅ、・・・っ?」ゴソゴソ

男「ハンカチ、使う?」スッ

お嬢様「っ」

男「持ち物、全部置いてきちゃったもんね」

お嬢様「ちがうのよ・・・っ、あなたが変なことを言うから・・・!」

男「うん」

お嬢様「わたしは・・・、泣いてなんかっ、ないんだから・・・」

男「うん」

お嬢様「ぅ・・・く・・・」

男「ごめんね」

お嬢様「・・・」ゴシゴシ

男「・・・で、どうしようか?」

お嬢様「・・・・・・行く」

お嬢様「今日だけ、・・・お世話になるわ」

男「わかった」

男「ところで、僕の家なんだけど・・・」

男「ここからだと、ほとんど反対側になっちゃうんだよね」

お嬢様「それじゃあ、なんでこんなところを歩いているのよ」

男「キミが引っ張ってきたからでしょ」

お嬢様「わたしのせいだって言うの?」

男(そうなんだけどなぁ・・・)

男「・・・とにかく、日が暮れる前に帰りたいから。 こっちだよ」

お嬢様「待ちなさいよ」

男「・・・」

お嬢様「み、道が・・・分からないわ」

男「大丈夫だよ、何回か通ったことあるから」

お嬢様「そうじゃなくて・・・!」

男「?」

お嬢様「女性を・・・き、きちんとエスコートするのは、男性の務めでしょう?」

お嬢様「だから、そのっ・・・///」モジモジ

男「・・・手、繋ごうか」

お嬢様「! しょ、しょうがないわね・・・」

男「両手で握ってると、歩きにくいと思うんだけど」

お嬢様「そんなことないわ!」

お嬢様「いっ、いいのよ・・・これで///」

お嬢様「・・・もう、気付くのが遅いんだから」

お嬢様「でも・・・」クス

お嬢様「ふふっ、許してあげる!」ニコッ



お嬢様「ここ?」

男「うん」

お嬢様「立派な一軒家ね」

男「そうかな・・・。いま、開けるから」

お嬢様「ええ、・・・あ。ちょ、ちょっと待って!」

男「?」

お嬢様「・・・///」サッサッ

男「どうしたの?」

お嬢様「身だしなみを整えてるのよ・・・っ、お、おうちの方にご挨拶するんだから・・・」

男「ああ・・・」

男「大丈夫。誰もいないから」

お嬢様「え? お母様は・・・?」

男「いないよ。・・・誰もいないから」カチャッ

お嬢様「そ、そう」

男「気を使わなくていいよ。 どうぞ、あがって」

お嬢様「・・・お邪魔します」ペコリ

男「とりあえず、そっちの部屋で・・・って」

男「あの、お嬢様さん? なにしてるの?」

お嬢様「見れば分かるでしょう? 脱いだ靴を揃えているのよ」

男「そんなのいいのに・・・」

お嬢様「ダメよ。ご家族の方が帰られた時に、はしたない女だと思われてしまうじゃない」

男「・・・」

男「スリッパ、これ使って」

お嬢様「ありがとう、お借りするわね」

男「僕、着替えてくるから」

お嬢様「そう、わかったわ」

男「すぐに行くから、適当に座って待っててくれる?」

お嬢様「ええ。 あ、ちょっと待って!」

男「どうしたの?」

お嬢様「あの、・・・お手洗い・・・貸してくれないかしら?」モジ

男「トイレなら、そのすぐ横のドアだよ」

お嬢様「あ、ありがとう」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

お嬢様「なぜ、そこで立ったままこちらを見ているのかしら?」

男「・・・ちゃんとは入れるかなぁって」

お嬢様「・・・そう」

お嬢様「まさか、わたしが入るところ、見ているつもりじゃないわよね?」ニコ

男「え、ダメかな?」

お嬢様「だ、ダメに決まってるでしょう!?///」

男「一応、心配して・・・」

お嬢様「いいから、行きなさい。行くのよ・・・ね?」ニッコリ

男「お嬢様さん、こわい顔してるよ?」

お嬢様「! 誰のせいよ!」

男「わ、分かったよ」

お嬢様「・・・もうっ・・・///」



男「お待たせ」

お嬢様「あら、お帰りなさい」

男「・・・」

お嬢様「どうかしたの?」

男「・・・いや、あ・・・座ってていいって言ったのに」

お嬢様「勝手に座ったりできないわよ」

男「和室、珍しいかな?」

お嬢様「そういうことではなくて、お行儀が悪いじゃない」

男「気にしすぎだよ」

お嬢様「そういう風に躾けられてきたのだから、仕方ないじゃない」

男「そういうものかなぁ・・・」

お嬢様「そういうものよ」

男「とりあえず、座ろうよ。 はい、座布団」

お嬢様「ありがとう」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

男「・・・」

お嬢様「な、なにか喋りなさいよ・・・」

男「なにかって?」

お嬢様「なんでもいいわよ」

男「あ、それじゃあ・・・」

男「僕、ずっと気になっていたことがあったんだけど、聞いてもいいかな?」

お嬢様「ええ、いいわよ。なにかしら?」

男「なんであの日、僕のところに来たの?」

お嬢様「あの日・・・」

男「初めてキミがトイレに、僕が食べてるところに来た理由」

男「ずっと気になってたんだ。なんでなんだろうって」

お嬢様「・・・あなたのことを、ずっと見ていたからよ」

男「え?」

お嬢様「ふふっ、少し端折りすぎたわね」

お嬢様「わたしが、あなたのクラスへ転入した日のことは、覚えている?」

男「うん、覚えてるよ」

お嬢様「あの時、自己紹介が終わって、みんながわたしのことを笑っていたわ」

お嬢様「被害妄想なのかもしれないけれどね・・・、少なくとも、誰もわたしと目を合わせようとはしなかったわ」

お嬢様「・・・あなたをのぞいてね」

男「・・・」

お嬢様「皮肉なことにね」

お嬢様「他人と自分の価値観に、そんな風にズレがあるなんて、ずっと気付かないままでいたのよ」

お嬢様「・・・・・・あなたは、運命って信じる?」

男「運命?」

お嬢様「あの瞬間・・・頭の中が真っ白になってしまって」

お嬢様「小さい頃から、何不自由なく、それが当たり前のように生きてきたから」

お嬢様「だからこそ逃げられないんだな、って。 『わたし』はずっと『わたし』のまま」

お嬢様「人は・・・変われないんだって、これが運命なんだって。 大袈裟かもしれないけど、そう・・・思ったの」

お嬢様「・・・あなたの、小さな拍手が聞こえるまでは」

男「・・・僕は、ただ・・・」

男「キミが一生懸命なのが伝わったから」

男「きっと、頑張って話すことを考えたんだろうなって分かったから・・・」

お嬢様「・・・」

お嬢様「それから、あなたのことをそれとなく見ていたの」

お嬢様「そうしたら、他の人とは必要以上に言葉を交わさなければ、何をするにも一人でいる」

お嬢様「休み時間やお昼になったら、決まって姿が見えなくなるし」

お嬢様「・・・なによ。この人だって、十分変わってるじゃないって」

お嬢様「そう思ったら・・・ふふっ、なんだか興味が湧いてきたのよ」

男「それであの日、僕の後を尾けてきたの?」

お嬢様「ええ、そうよ」クス

お嬢様「びっくりしたわ。どこで食べるのかしらと思っていたら、お手洗いへ入っていくんだもの」

男「それで個室にまで付いてきちゃうんだから、僕の方がビックリだよ」

男「でも・・・そっか」

お嬢様「これでわかった?」

男「僕が変わってたからってことだよね」

お嬢様「・・・もう少しロマンチックに言えないのかしら」

男「ねえ、お嬢様さん」

お嬢様「なに?」

男「僕の友達が言ってたんだけどね」

男「しっかり見れて、はっきり喋れて、元気に走ることができれば・・・。人間に、違いなんか無いって」

男「二週間・・・短いけど、キミと一緒にいた僕が保証するよ」

男「キミは、他の人と何も違わない」

お嬢様「・・・」

男「頑固で、見栄っ張りで、図々しくて・・・」

男「でも、優しくて、照れ屋で・・・よく笑って、たまに泣いちゃう」

お嬢様「・・・」

男「僕にとっては、ただの可愛い、一人の女の子だ」

お嬢様「・・・っ」ポロッ

お嬢様「あ、あれ・・・なんで・・・うそ?」ポロポロ

お嬢様「・・・ぁ、・・・ぅ」

男「お嬢様さん・・・」

お嬢様「なっ・・・なにか喋ってとは言ったけど・・・っ」

お嬢様「泣かせてとは・・・ひっく・・・言ってないわよぅ」グスッ

男「・・・」

お嬢様「なによぉ・・・言いたいほうだい、言っちゃって・・・」

男「ごめん」

お嬢様「でも・・・ぐすっ・・・嬉しいの」

お嬢様「・・・すごく、嬉しいのよぅ・・・っ」ポロポロ

男「うん」

お嬢様「・・・っ」ゴシゴシ

男「・・・」

お嬢様「・・・」

お嬢様「あ、あなたといると・・・なんだか泣いてばかりだわ、わたし」

男「そういうところも、可愛いと思うけどね」

お嬢様「な、なに言って・・・///」

お嬢様「・・・・・・あ。あの、ね」

男「なに?」

お嬢様「あなたに、聞いて欲しいことがあるの」

お嬢様「わたし、じつは――」

ぐぅーーーー

男「・・・」

お嬢様「・・・」

男「僕じゃないよ」

お嬢様「っ///」

男「えぇと、さきに、ご飯にしようか?」

お嬢様「そっ・・・そう、ね・・・///」



男「食材、あったかなぁ・・・」

お嬢様「あら、あなたが作るの?」

男「うん。冷蔵庫の中、見てみるね」ガチャ

お嬢様「・・・・・・卵ばっかりじゃない」

男「そうだね」

お嬢様「ずいぶん偏ってるわね」

男「・・・僕の家の冷蔵庫がこうなったのは、キミのせいでもあるんだからね?」

お嬢様「あなた、そうやってなんでもわたしのせいにするの、やめてくれないかしら」

男「一度、僕のお弁当に玉子焼きが入ってなくて、大騒ぎしたのはキミでしょ」

お嬢様「それは・・・たしかに、そうだけど」

お嬢様「・・・あなたって、けっこう底意地の悪いところあるわよね」

男「そうかな? 初めて言われたよ」

お嬢様「見る目がないのね、みんな」

お嬢様「・・・・・・ないままでいいけど」ボソ

男「なにか言った?」

お嬢様「な、なんでもないわよ・・・///」

男「そう?」

お嬢様「・・・・・・ねえ」

お嬢様「もしよかったら、わたしが作りましょうか?」

男「・・・え?」

お嬢様「・・・」

男「料理、できるの?」

お嬢様「・・・あなたがわたしをどういう風に見ているのか、少し分かったわ」

お嬢様「人と比べたことがないから、基準は分からないけれど・・・」

お嬢様「レシピと材料があれば、大体のものは作れるわよ」

男「家で、自分でご飯を作ったりするの?」

お嬢様「しないわよ?」

お嬢様「決まった日に、お料理を教えてくれる人がいるの」

男「料理教室みたいなものだね」

お嬢様「お料理だけじゃないわよ?」

お嬢様「華道に茶道にピアノ、それからお着物の着付けに・・・小さい頃はバレエの先生もいたわね」

男「・・・」

お嬢様「ふふっ、すごいでしょ?」

男「本当に、お嬢様なんだね」

お嬢様「ええ、そうよ」クスッ

お嬢様「それで、どうするの? わたしが作ってもいいのかしら?」

男「あの、でも・・・僕・・・」

お嬢様「いいじゃない。ね、ねっ?」

男「・・・」

男「えっと・・・・・・、じゃあ・・・」

お嬢様「きまりねっ」パァッ

男「僕も手伝うよ」

お嬢様「いいわよ、あなたは座ってて?」

男「でも・・・」

お嬢様「道具の場所とか、分からなかったらあなたに聞くから」

男「う、うん・・・」

お嬢様「それじゃあ、えーっと・・・」ゴソゴソ

男「・・・」

お嬢様「あ、ねえ? このエプロン、借りてもいいかしら?」

男「あ、うん」

お嬢様「ありがとう。~~♪」

男「・・・」

お嬢様「あ、ねえ? 冷蔵庫の中にあるものは、みんな使ってもいいの?」

男「あ、うん」

お嬢様「わかったわ。~~♪♪ ふふっ」

男「・・・」

お嬢様「~♪、~~♪」

男「・・・」

男「あの」

お嬢様「あら、どうかした?」

男「やっぱり、僕も手伝っていいかな?」

お嬢様「・・・そんなにわたしって信用ないかしら?」ムス

男「そうじゃなくって・・・なんだか、落ち着かなくて・・・」

お嬢様「そうなの?」

男「うん・・・」

お嬢様「もう、しょうがないわね」

お嬢様「じゃあ、こっちの野菜を洗って、皮を剥いておいてくれる?」

お嬢様「わたしは、卵を溶かして下拵えしてしまうから」

男「わかったよ」

お嬢様「~♪~~♪」カシャカシャ

男「・・・」

男「すごく、楽しそうだね」

お嬢様「そう? 普通じゃないかしら・・・ふふっ♪」

男(料理するのが好きなのかなぁ・・・)

お嬢様「~~~♪」

途中で注意書きってのも、どうかと思ったのですが・・・
次回更新分は、ちょっと重めの話になってます
それから、シチュ的にラブエロ展開期待してる方いたら、先にゴメンナサイしておきます
ss自体はほぼ書きあがっていて、分量的には大体これで半分です



お嬢様「それじゃあ、いただきましょうか」

男「・・・う、うん」

お嬢様「どうかしたの? やっぱり、どこかおかしいかしら?」

男「ううん。すごく、美味しそうにできてるよ」

男「ただ、人が作ったものを食べるの、久しぶりだから」

お嬢様「あら、そうなの?」

男「うん」

男「・・・いただきます」

お嬢様「ええ、どうぞ召し上がって」ニコ

男「・・・」

お嬢様「食べないの・・・?」

男「・・・あ・・・」

お嬢様「もしかして、嫌いなもの入ってたかしら?」

男「だ、だいじょうぶ」

お嬢様「そう?」

男「・・・っ」ゴクッ

男「あむ・・・」

お嬢様「・・・どう、かしら? おいしく・・・できてる?」ドキドキ

男「あ・・・はは。う、うん・・・。おい――」

『――どう? 男ちゃん、美味しい?』

男(!!!!)

男「~~~ッ!!」ガタン!

お嬢様「きゃ・・・!?」ビクッ

ドタドタドタッ

男「ぅ、ぐ・・・っ、ォぇ・・・っ!!」

お嬢様「え、え・・・?」

お嬢様「! ねえ、だ、大丈夫!?」トタタッ

男「はぁ、はぁ、ぐ・・・ぅぇ・・・ッ」

お嬢様「どっ、どうして・・・。なんで? やっぱり・・・」

男「ちが・・・、キミの、せいじゃ・・・なくて」

お嬢様「お、お医者様よぶ?」

男「へいき・・・だいじょうぶ、だいじょ・・・ぅ゛、・・・ェっ!」

お嬢様「大丈夫に見えないわよ! ねえ、お母様、どのくらいで戻ってくるの?」

男「・・・・・・いよ」

お嬢様「え?」

男「・・・戻ってなんてこないよ」

男「はじめから、いないもの」

お嬢様「いない・・・、え?」

男「この家には、僕一人で・・・」

男「母さんなら、とっくに死んでるよ」

お嬢様「・・・うそ・・・」

お嬢様「! あの・・・っ、ご、ごめんなさい・・・!」

男「どうして、キミが謝るの?」

お嬢様「だって、わたしずっと・・・無神経なことを・・・」

男「・・・不公平だよね」

お嬢様「え・・・?」

男「キミは、ちゃんと理由を教えてくれたのに」

男「僕・・・誰かと一緒に物を食べることが、すごく苦痛なんだ」

男「特に、こうやって卓を囲んで食べるっていうのが、無理みたい」

男「拒否反応がね、でちゃうんだ・・・。ずっと、ここの胃の辺りがぎゅうって」

お嬢様「そんな・・・」

男「それに、人が作った料理を食べるのも、じつは苦手なんだ」

男「スーパーで出来合いのものとか、殆ど買うことないし・・・」

男「自分が食べる物は、自分で全部作ってる」

お嬢様「うそ・・・」

男「調子のいい時はね、少し気持ちが悪くなるくらいで済んじゃうこともあるんだ」

男「一口二口くらいなら・・・我慢できるし」

男「でも、そんなの続かないでしょ?」

男「ひどい時は、さっきみたいに吐き戻しちゃうし。みんな、すぐに気味悪がって・・・」

男「僕も・・・しょうがないかなって」

お嬢様「でも・・・だって、あなたはわたしと・・・!」

男「うん。・・・だから、心のどこかで期待してた」

男「もしかしたら、キミが作ったものならって」

男「あんな距離で食事ができるの、友達の家族以外じゃ、初めてだったから・・・」

男「それも、やっぱり楽じゃなくって・・・、苦しいの、我慢して・・・それが、申し訳なくて」

男「でも、キミと食べてる時は、イヤな気持ち悪さも感じなくて」

男「もしかしたら一緒に、普通に・・・食べれるんじゃないかって。僕も、自分で手伝えば・・・って」

お嬢様「・・・」フルフル

男「はは・・・馬鹿だ、僕。そんな保証なんて、どこにだってないのに」

男「素直に言えば良かった・・・。自分で勝手に期待を持って、こうしてキミにイヤな思いを・・・」

お嬢様「・・・」フルフル

男「・・・・・・ごめんね」

男「僕はこんなだから・・・ダメで、食べてあげられないけど・・・、キミは――」

お嬢様「っ・・・!」ダキッ

男「え・・・」

お嬢様「わたし、何も知らないし・・・何も訊かないわ」

お嬢様「世間知らずだし・・・お嬢様だし・・・」

お嬢様「もし話を聞いても、分かってあげられないかもしれないから」

お嬢様「でも・・・っ」

お嬢様「何も知らなくても、こうすることはできるわ」

お嬢様「だって・・・っ、きっとわたしなら、悲しいとき、誰かにこうして欲しいって思うもの・・・!」

男(正面から彼女に抱きすくめられた僕の首筋に、冷たい感触・・・)

男「泣いているの?」

お嬢様「・・・そうよ・・・」

男「・・・どうして・・・」

お嬢様「あなたが、泣かないから・・・」

男「・・・」

お嬢様「ごめんなさい・・・ごめんね。 悲しいわよね、ずっと、辛かったわよね・・・」

お嬢様「あなたの苦しい気持ちの、半分でもって思うのに・・・!」

お嬢様「なにも知らなくて、何もできない・・・、こんなわたしを、許して・・・っ」

男「僕は、・・・っ」ポロッ

男「怖いんだ、僕は・・・ずっとこのままなのかなって・・・っ」

男「そのうち、食事だけじゃなくて、何をするのも無理になっちゃって」

男「そうしたら、ずっと一人でいないといけないのかなって・・・!」

お嬢様「・・・うん」

男「毎日ずっと、僕は・・・僕だけで・・・! 一人きりで・・・生きてるんだって、実感がなくて」

男「平気じゃないのに、平気な振りをして・・・、いつかそれが当たり前になっちゃうんじゃないかって」

お嬢様「・・・うん」

男「キミが、このことを知ったらって思って・・・想像したら、どうしようもなく不安になって」

男「キミと出会って、話せて・・・嬉しかった。もう一度、頑張れるかもって・・・」

お嬢様「・・・うん」

男「でも、ダメだったっ! ・・・寒いんだ・・・っ、胸の辺りが、ずっと・・・」

男「どこにいても、何をしていても!」

男「ずっと、寒いんだよぅ・・・っ」

お嬢様「なら・・・」

お嬢様「わたしが暖めてあげる!」ギュッ

男「・・・っ」

お嬢様「わたしが、あなたを暖めるから」

お嬢様「・・・ほら、聞こえる? わたしの鼓動、とくんとくんって」

男「・・・・・・うん」

お嬢様「ね。・・・あなたのも、聞こえるわ」

男「・・・」

お嬢様「あなたは生きてる、ちゃんと生きているのよ・・・」

お嬢様「あなたはここにいる。わたしがしっかり抱いているもの」

お嬢様「ね? だいじょうぶ、大丈夫だから」

お嬢様「あなたが、寒くなくなるまで・・・ずうっと、こうしてるから」

男「・・・っ」

お嬢様「涙、拭いてあげる」ゴソ

男「ハンカチ・・・」

お嬢様「あなたのハンカチよ」

お嬢様「わたしの涙も混じってしまってるから・・・少し、冷たいかもしれないけれど」フキフキ

男「・・・・・・あったかい」ギュ

お嬢様「・・・」ソッ

男「あったかい・・・よ・・・っ」

お嬢様「よかった」

男「・・・」

お嬢様「・・・ねえ、ごはん・・・食べましょう?」

男「え・・・でも、僕は・・・!」

お嬢様「わたしが、食べさせてあげる」

お嬢様「きっと食べれるわ。・・・わたしが、あなたに食べて欲しくて作ったんだもの」

男「・・・」

お嬢様「怖い? 寒い?」

お嬢様「ほら、こうして手を握っていてあげる」

お嬢様「ちょっと・・・お行儀はよくないけれど・・・」クスッ

お嬢様「ほら、あーん。・・・ね?」

男「・・・っ」

男「・・・・・・あむ」

お嬢様「・・・」

男「・・・、っ・・・」モグ、モグ

お嬢様「・・・」ギュッ

男「・・・ん」ゴクン

男「・・・できた・・・」

お嬢様「ね?」ニコ

男「食べれた・・・気持ち悪くない・・・」

お嬢様「おいしかった?」

男「・・・よく、わかんなかった・・・」

お嬢様「もう、しょうがない人ね」

男「もう一回! 次は、しっかり味わって食べるから・・・」

お嬢様「ふふっ、いいわよ。また同じものでいい?」

男「えっと・・・こっちのも美味しそうだし・・・。あ。でも、そっちのも・・・!」

お嬢様「そんなに慌てないで」ナデ

お嬢様「心配しなくても、ちゃんと全部食べてもらうつもりよ?」クス

男「う、うん・・・///」

お嬢様「ずっと、こうして・・・」

お嬢様「もうあなたが一人で震えないように、寒い思いをしないように」

お嬢様「あなたの横にいて、わたしが暖めてあげるわ」

お嬢様「・・・そう、決めたからね?」ニコ



男「やっぱり、よくないと思う」

お嬢様「どうして?」

男「どうしてって」

お嬢様「わたしは、あなたの横にいるって決めたわ」

男「だからって、一緒のベッドで寝るのは違うと思うよ」

お嬢様「なにか問題あるかしら?」

男(問題だらけだと思うけどなぁ・・・)

お嬢様「わたしがいいって言ってるのだから、いいじゃない」

男「でも、恥ずかしくないの・・・?」

お嬢様「べつに、恥ずかしいことなんて、なにもないわよ?」

男「そっぽ向いたまま言っても、説得力ないし」

男「それと、耳赤いよ」

お嬢様「うそっ、部屋暗いのに、そんなのわかるわけ・・・!」

男「・・・」

お嬢様「ぁ・・・///」

男「ほら? やっぱり恥ずかしいんじゃない」

男「僕、やっぱり床に布団敷いて、そっちで寝るよ」

お嬢様「待って、行かないで・・・!」

男(彼女の指が、僕のシャツの裾を掴んだ・・・)

男「そんなに無理することないよ」

お嬢様「無理なんてしてないわ! ・・・あの、恥ずかしいのは認めるけど・・・」

お嬢様「あなたになにかあった時に、そばに居ない方がイヤ」

男「いや、気持ちは嬉しいんだけど・・・」

男「僕の場合、食事以外は問題ないから」

お嬢様「一人だと、寒いって言ってたじゃない」

男「うん。でも、キミがいれば大丈夫」

お嬢様「じゃ、じゃあ・・・いいじゃない、このままで・・・///」

男「いくらなんでも極端すぎるっていうか・・・、正直、かえって眠れくなっちゃうよ」

お嬢様「・・・なぜ?」

男「意識しちゃうから」

お嬢様「・・・わたしを?」

男「キミを」

お嬢様「! へっ、変なことしないわよね・・・!?」

男「しないよ・・・するわけないでしょ」

お嬢様「そう・・・? それはそれで、なんだか釈然としないわね」

お嬢様「ねえ、どうしてもダメ?」

男「うーん・・・」

お嬢様「わたし、頑張るから」

男「え、なにを?」

お嬢様「ドキドキさせないように、頑張るからっ」

男「・・・」

男「・・・じゃー、いいよ。わかったよ。とりあえずこれで・・・」

お嬢様「・・・!」コクコク

男「やっぱり眠れそうになかったら、布団敷くからね?」

お嬢様「わ、わかったわ・・・」

男「それじゃ・・・」ゴソゴソ

男「おやすみ」

お嬢様「・・・お、おやすみなさい」ゴソ

男「・・・」

お嬢様「・・・」

男「・・・そうだ」

お嬢様「なっ、なに?」

男「学校で、一緒にごはん食べてる間に、キミから分けて貰った物なんだけど」

男「あれ、殆ど食べれないまま、捨てちゃってたんだ・・・」

お嬢様「いいのよ。 何も知らなかった、わたしがいけないんだもの」

お嬢様「でも、全然気付かなかったわ。 いつも、わたしの前では食べてたし・・・」

男「少しなら・・・。 いつも、先に出て行くのがキミで助かったよ」

男「今更だけど、ごめんね」

お嬢様「ううん。気にしないで」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

お嬢様「ねえ? あなたの体のこと知ってるのって、わたしだけなの・・・?」

男「友っていう、幼馴染がいるんだけど・・・」

男「それから、友のお母さんと、友姉さんに友妹ちゃん。友の家族だね」

お嬢様「そう・・・」

男「でも、僕が人の作ったものが苦手だっていうのは、ずっと言ってない」

お嬢様「どうして?」

男「余計に心配して、きっと、もっともっと気を遣わせちゃうから」

男「すごく、大事な友達で・・・なんでも出来て。小さい頃の夢を、今も持ち続けて・・・」

男「叶えて欲しいんだ。 これ以上、僕が負担になりたくない」

お嬢様「・・・」

男「友の家族も、みんないい人ばっかりでね?」

男「母子家庭なのに、元気で明るくて、笑顔の絶えない家なんだよ」

男「すこし、羨ましいくらい・・・はは」

お嬢様「負担なんて・・・」

男「え?」

お嬢様「負担になんて、きっと思ってないわ」

お嬢様「大事なお友達なんでしょう? きっと、向こうだってそう思ってるわよ」

お嬢様「それなのに・・・あなたがそういう風に一人で考えてしまって、距離を取ったら・・・」

お嬢様「もしそれを知ったら、すごく寂しくて、悲しむと思うわ」

お嬢様「少なくとも、わたしだったら悲しいもの。あなたに、そんな風に思われたら」

男「お嬢様さん・・・」

お嬢様「だから、すぐでなくてもいいから・・・」

お嬢様「その人にも、話してあげて?」

お嬢様「・・・ね?」

男「・・・うん、そうだね。・・・そうする」

お嬢様「・・・」

男「・・・」

お嬢様「あの・・・」

男「・・・」

お嬢様「・・・ね、寝てしまったの?」

男「・・・起きてるよ」

お嬢様「あの・・・寒くない?」

男「ん。だいじょうぶ」

お嬢様「じゃ、なくって・・・その。・・・な、なんだか寒くない?」

男「毛布もう一枚持ってくる?」

お嬢様「い、いいわよ」

男「エアコンつける?」

お嬢様「そ、そういうのはいいから。・・・ちょっとだけ・・・」モゾモゾ

お嬢様「ちょっとだけ、そっちに行ってもいいかしら・・・?」ピトッ

男「もう、きてるじゃない」

お嬢様「こ、こうした方が、あったかいもの」

男「あったかいけど・・・」

お嬢様「・・・ドキドキしちゃう?」

男「うん・・・」

お嬢様「・・・離れたほうがいい?」

男「そのままで・・・」

お嬢様「・・・こっち、向いて?」

男「・・・」モゾモゾ

お嬢様「・・・ぁ///」

男「顔、真っ赤だよ」

お嬢様「暗いから分からないはずよ・・・」

男「これだけ近かったら、さすがにね」

お嬢様「ぅ・・・///」

お嬢様「あのね?」

お嬢様「さっきの、あなたの言葉なんだけど・・・」

お嬢様「家族が、羨ましいって。あれね・・・」

男「うん」

お嬢様「その、わたしが・・・あなたの家族に・・・なるわ」

男「え?」

お嬢様「ば、バカなこと言ってるのは、自分でも分かっているのよ?」

お嬢様「でも、わたしの今の、素直な気持ちっていうか・・・」

お嬢様「あなたと、ずっと一緒にいれたらって思ってるの。本当よ?」

お嬢様「・・・わたし、ここにずっといたら・・・だめ?」

男「・・・それは」

男「難しいよ・・・。キミの問題は何も解決してないし、僕たち学生だし、生活力ないし・・・」

お嬢様「・・・やっぱり、そうよね」シュン

お嬢様「ごめんなさい。いまのは、わすれて――」

男「――でも」

男「僕も、キミとずっと一緒にいたい」

お嬢様「ふぇ・・・っ!?///」

男「僕の今の、素直な気持ち。 ・・・キミに、僕の家族になって欲しい」

お嬢様「ぁ・・・ぅ///」

男「帰り辛いなら、ここにいていいよ。・・・ううん、いて欲しい」

男「僕は、ずるい人間だから・・・」

男「こんなの長続きしないって分かってても、甘えちゃうんだ」

男「だから・・・」

お嬢様「もういっかい」

男「えっ?」

お嬢様「・・・もう一回、言って?」

男「・・・どこを?」

お嬢様「あの、一緒に・・・ってとこ・・・///」ゴニョゴニョ

男「ずっと一緒にいたい」

お嬢様「っ/// そ、それから・・・っ?」ドキドキ

男「・・・家族に、なって欲しい」

お嬢様「~~~っ///」ダキッ!

男(抱きついてきた・・・)

お嬢様「・・・もういっかい」

男「・・・ずっと一緒にいたいよ・・・」

お嬢様「よく聞こえないわ、もっと大きな声で言って・・・?」

男「ていうか、布団の中の僕の胸に顔うずめてたら、聞こえづらいよね?」

お嬢様「~~♪」ギュ~

男「・・・人のこと言えないけどさ。キミ、スイッチ入るとけっこー変わるよね」

お嬢様「? ねえ、はやくいって?」

男「・・・・・・ずっと、一緒に・・・」

お嬢様「ふふ、ふふふっ♪」

男(はやく眠ってくれないかなぁ・・・)



友「そうか・・・」

男「今まで、黙っててごめん」

友「・・・どうして、言ってくれる気になったんだ?」

男「彼女がね・・・」

男「お嬢様さんが、知らないままでいる方が、悲しいことなんだって」

友「お嬢様ちゃんが?」

男「うん」

友「・・・そうか」

友「・・・・・・俺も、な」

友「ずっと、男には遠慮してたのかもしれない」

友「なまじ距離が近かったからってのを、言い訳にするつもりはないけどさ」

友「口ではなんのかんの言ったところで、結局は、腫れ物を扱うみたいにしてよ・・・」

友「負担っていうのなら、きっとそういうの、男には良くなかったんだろうな」

男「・・・良いとか悪いとか、僕には分からないよ」

男「でも友がいたから、彼女に会うまで、僕は僕のままでいれたんだ」

男「何も知らない外の人から見れば、それでも歪に映ったんだろうけど」

男「・・・定期診断から任意診断に切り替わったのも、中学を卒業して普通の高校に入れたのも・・・」

男「みんな友のおかげだよ。・・・本当に、ずっとありがとう」ニコッ

友「・・・・・・はは、まいったなぁ」

友「お嬢様ちゃんに、感謝しないといけないな」

男「え?」

友「どんなに図々しくて世間知らずでもさ」

友「男を・・・一人ぼっちのトイレから、手を牽いて外へ連れ出したのは、彼女だってことだ」

男「・・・うん」

友「それじゃあ、お嬢様ちゃんには、全部話したのか?」

男「僕の、体のことだけね」

男「そうなった理由は・・・話してないんだ」

友「話さないのか?」

男「話したくないわけじゃないんだけど、向こうが、あまり気にしてないみたいで」

友「聞いてこないか」

男「うん」

友「まあ、敢えてしなくちゃいけない話でも、ないのかもな」

男「もし訊かれたら、ちゃんと話すつもりだよ」

男「お嬢様さんには、僕のこと、みんな知っていて欲しいから」

友「・・・ゾッコンなわけだ?」

男「そうみたい」クス

友「・・・」ポカーン

友「ハハッ・・・ホント、まいったぜ」

男「ねえ、友は昨日、あの後大丈夫だった?」

友「ん?」

男「どこも、怪我とかしなかった?」

友「ああ、問題なかったぜ。 あちこち強く引っ張られて、制服が少し伸びたくらいだな」

男「よかった。心配してたから・・・」

友「さすがに、あそこで手を出してくるほど浅慮じゃないだろうよ」

友「しっかり分別を弁えた大人だったってことさ」

男「あの人たち、なにか言ってた?」

友「どうかな。すぐに教師が来て、連れ立って校舎へ入って行ったからな」

友「俺は俺で、その場で事情を説明しないといけなくってさ」

友「男とお嬢様ちゃんについては、知らぬ存ぜぬを通してみせたけど・・・」

友「あの人たちが、本当にお嬢様ちゃんの家の関係者なら、今頃大騒ぎだろ?」

男「きっと、そうだろうね」

友「そっちは、なんにもないか?」

男「たぶん。・・・少なくとも、目に付く範囲では」

男「僕としては、むしろ昨日のうちにでも、何かあるんじゃないかって思ってて・・・」

友「・・・どういうつもりなんだろうな?」

男「・・・わからない」

友「お嬢様ちゃんは?」

男「僕の家にいるよ。学校には、きてない」

友「教師からは、何も訊かれなかった?」

男「うん」コク

友「不思議だな。かえって怪しいというか」

友「俺は当事者なわけだけど・・・。あんなにギャラリーがいたんだぞ?」

友「いくら俺がトボけてみたところで、男やお嬢様ちゃんを見たって人は、いっぱいいるだろうに」

男「・・・」

友「そんな顔するなよ。 考えたって、仕方ないさ」

友「もし何かあったら、迷わず相談してくれよ?」

友「たとえ何があっても、世界で俺だけは、お前の味方でいるんだからな」

男「友・・・」

友「あー・・・、っと? もう俺一人だけじゃないのか」

男「?」

友「お嬢様ちゃんもなんだろ? ・・・世界で、二人だな」

男「! ・・・はは、そうだね」

男「昔からずっと・・・これからも、頼りにしてるからね、友」ニコ

友「ああ、任せとけ」ニッ



お嬢様「ごちそうさまでした」

男「ごちそうさま、美味しかったよ」

お嬢様「ふふっ、ありがとう」ニコ

男「なんだか、朝からやけに豪勢だったけど・・・」

男「なにかあったの?」

お嬢様「とくに、なにかあったわけじゃないんだけどね」

お嬢様「今日は、わたしがこの家に来て、はじめての休日でしょう?」

お嬢様「それでね? その・・・いろいろ考えていたら、なんだか浮かれてしまって」

お嬢様「き、気が付いたら、こんなことに・・・」

男「考え事って?」

お嬢様「それは・・・」

お嬢様「それは・・・」

男「僕には言えないこと?」

お嬢様「そうじゃなくって・・・」

男「あ。もしかして、あれ?」

男「この前、買い物に行った時、キミがこっそりカゴに入れた生理用品ならトイレの収納スペ――」

ダンッ!!

お嬢様「すこし、黙っていてくれる?」ニコ

男「・・・はい」

お嬢様「あなたって・・・」

お嬢様「意地が悪いだけじゃなくて、デリカシーにも欠けるわよね///」

男「ごめんなさい・・・」

お嬢様「まったく。 本当に、仕方のない人なんだから」

お嬢様「わたしが考えていたのはね、今日は休日でしょう? だから、一日中・・・」

お嬢様「あ、あなたと一緒にいれるんだなって・・・あの、そういう・・・ことよ///」ゴニョゴニョ

男「・・・・・・ぷっ」

お嬢様「! わ、笑ったわね!?」

男「だって、キミがあんまり可愛らしいこと言うから・・・」

お嬢様「な、なによぉ///」

男「ごめんね。 ・・・でも、そっか」

男「キミが来て、もう五日なんだね」

お嬢様「・・・」

男「・・・本当に、キミの家の人、だれも来てないの?」

お嬢様「ええ、来てないわ」

男「学校も、いつもどおり。 まるで、本当に何にもなかったみたいだ」

お嬢様「そう・・・」

男「・・・心配じゃあ、ないのかな?」

お嬢様「お父様は、なによりも面子を気にする方だから」

男「・・・苦手なの?」

お嬢様「人間としてはすごく立派な方よ。とても尊敬しているし、誇らしいわ」

お嬢様「でも、父親としては・・・」

男「・・・」

お嬢様「わたしが小さい頃は、違ったんだけどね・・・」

お嬢様「お母様が病気で亡くなってからは、あまりわたしのことを見てくれなくなったわ」

男「そうなんだ・・・」

お嬢様「そんな顔しないで? ありがちな話よ」

お嬢様「人間って、そんなに強くないもの・・・。 わたしお母様似だったから、尚更ね」

お嬢様「・・・あなたの前で、不幸自慢なんてできないわよ」クス

男「そんなの、比べるようなことじゃないよ」

男「・・・ホントは、寂しいんじゃないの?」

お嬢様「仕方ないわ。いつだって、多忙な方だもの」

お嬢様「でも・・・そうね。 『寂しい』『わたしを気にかけて欲しい』って気持ちが、ないわけじゃないわ」

お嬢様「だって、わたしのたった一人のお父様だもの」

お嬢様「血の繋がった・・・家族なんだもの・・・」

男「・・・」ギュッ

お嬢様「なんだか、考えていたら心配になってきてしまったわ」

お嬢様「ダメね、わたし。 自分でそうするって言って、その結果がいまの状況なのに・・・」

お嬢様「でもね、あまり体が丈夫な人ではないから」

お嬢様「去年から、胃潰瘍を患ってしまって・・・」

お嬢様「・・・・・・お薬、ちゃんと飲んでいるかしら」

男「連絡してみる?」

お嬢様「でも・・・」

男「やっぱり僕たち、ずっとこんなこと続けていたらダメだと思う」

男「そもそもは、僕がキミに甘えてしまったのが悪いんだけど・・・」

男「どこかで、しっかりケジメは付けないと」

お嬢様「・・・そうね。・・・あなたの言うとおりだわ」

男「じゃあ、」

お嬢様「でも・・・待って!」

男「?」

お嬢様「あの、今日だけ・・・今日だけは、一緒に・・・」

お嬢様「最後だから、今日で、最後だから・・・!」

お嬢様「あなたと、一緒にすごしたいの」

お嬢様「・・・これで、最後のワガママにするから・・・」

お嬢様「そうしたらわたし、お父様とちゃんと話せるから」

男「・・・うん」

男「わかった・・・今日は、ずっと一緒にいよう」

お嬢様「! い、いいの?」

男「もちろん」

男「・・・僕も、同じこと言おうと思ってた」

お嬢様「そうだったの? ・・・同じことを考えていたのね」

お嬢様「ふふ、なんだか嬉しいわ」

男「それじゃあ、どうしよう?」

男「どこか行きたいところとか、したい事とかある?」

お嬢様「あなたは、なにか考えているの?」

男「いくつか案はあるけど、できれば二人で決めたいな」

男「僕たちの、初めてのデートなわけだし」

お嬢様「でっ、デート・・・っ!?///」

男「そうでしょ? あれ、違う?」

お嬢様「ちがわないわ! ええ、なんにも、ちがうことなんてないわね!///」ブンブン

男「あ、うん・・・」

お嬢様「でーとっ・・・好きな人と・・・お出かけ・・・ふ、ふたりでっ・・・」ブツブツ

男「まだお昼前だし、定番だけどレジャーランドとか・・・」

男「ちょっと早いけど、イルミネーションを見に行ってもいいし・・・」

男「都心まで出て、ショッピングっていうのもあるんだけど・・・」

お嬢様「///」ポー

男「お嬢様さん、聞いてる?」

お嬢様「! き、聞いていたわよ?」アセアセ

男「それで、キミの方はなにかある?」

お嬢様「・・・あなたと・・・」

お嬢様「・・・遊園地で遊んだり、ライトアップされた街を歩くのも、買い物をするのも・・・」

お嬢様「みんな、きっと楽しくて素敵だと思うわ」

お嬢様「でも今日は・・・あなたと二人、ゆっくり過ごしたい」

お嬢様「・・・近所に、小さな公園があるでしょう?」

男「うん」

お嬢様「あそこへ行って、二人でベンチに腰掛けてね?」

お嬢様「手を繋いで・・・とりとめのない話をしながら、たまに、あなたの肩にもたれたりして・・・」

お嬢様「小さな子供やその兄妹、その子たちと遊ぶ父親に、迎えに来た母親、その光景を見守る老夫婦・・・」

お嬢様「・・・そうやって、あなたと二人、たくさんの『家族』を見て過ごしたいの」

男「・・・」

お嬢様「だめかしら?」

男「なんだか、年寄りくさい気がする」

お嬢様「もうっ! そういうことは、思っていても言わないものよ?」

男「はは。でも、僕たちらしいや」

お嬢様「・・・ふふっ、わたしも同じこと思ったわ」

男「ついさっきも、似たようなやり取りしたね」

お嬢様「こういうの、フィーリングっていうんでしょう?」クス

男「そうだね」ニコ

男「よし。初デートは、公園に決まりだ」

お嬢様「外は寒いから、温かいお茶を淹れて行きましょう」

男「僕、着替えてくるよ。 ついでに、キミの分のマフラーも持ってくる」

お嬢様「ええ。ありがとう」

男「・・・あのさ」

お嬢様「なぁに?」

男「僕、キミに会えてよかった」

お嬢様「どっ、どうしたのよ、急に?」

男「なんだか、言っておきたい気分になって」

お嬢様「変なこと言わないでちょうだい。縁起でもないんだから・・・」

お嬢様「・・・それとも、またわたしを泣かせるつもり?」

男「純粋な、感謝の気持ちなのになぁ・・・」

お嬢様「あんまり泣かせると、嫌いになってしまうからね?」クス

男「はは・・・気を付けます」

ピンポーン!

お嬢様「あら・・・お客様?」

男「友かな? でも、事前に何の連絡もないのは、らしくないし・・・」

お嬢様「わたし、見てくるわね」

男(訪問販売か新聞屋か、宗教勧誘かなぁ・・・)

お嬢様「どちら様でしょうか?」

お嬢様「・・・」

男「・・・?」

お嬢様「誰かが、間違って押してしまったのかしら?」

?「・・・私だ」

お嬢様「――!!」

?「ここを開けて、出て来るんだ」

男「え・・・だれ?」

?「聞こえたのだろう? 同じことを二度も言わせるな」

お嬢様「・・・」

男「? お嬢様さん?」

お嬢様「・・・・・・お父様」

大旦那「家族ごっこは、終わりだ」



メイド「お帰りなさいませ、お嬢様」

お嬢様「・・・」

大旦那「何をしているんだ。早く行かないか」

お嬢様「・・・っ」チラ

男「あ・・・」

大旦那「あまりモタモタするな。客人を待たせているんだぞ」

お嬢様「お父様・・・!」

大旦那「メイド」

メイド「はい」

大旦那「娘を着替えさせろ。それから広間へ来い」

メイド「かしこまりました。 ・・・お嬢様、行きましょう」

お嬢様「待って、待ってくださいお父様! わたしは、この方と・・・っ」

大旦那「この男を連れてきたのは、おまえがどうしてもとゴネたからだ」

大旦那「あんなところで大騒ぎして、衆目の目に晒されるのは、こちらも望むところではないし」

大旦那「・・・彼にとっても、無体なことだろう? 特段の理由があったわけではない」

お嬢様「お願いです、お父様。どうか、わたしの話を聞いてください!」

大旦那「お前のくだらない話に貸す耳は持ち合わせておらん!」

男「あの!」

大旦那「部外者は、黙っていてもらおう」ジロッ

男「う・・・」

大旦那「・・・さっさとしろ。これ以上愚図るようなら、この男には今すぐ帰ってもらう」

お嬢様「・・・・・・わかりました」

大旦那「メイド、娘が変なことをしないか見張っておけ」

メイド「・・・はい」

男「・・・」

大旦那「さて、お前はこっちだ。ついてこい」

男「彼女は、どこへ?」

大旦那「客人がいると言ったろう。それなりの格好をさせなければ、失礼に当たる」

男「客人?」

大旦那「結婚相手だ」

男「・・・は?」

ガチャッ

大旦那「先ほどから何か言いたそうな顔をしていたが・・・」

大旦那「これも巡り合わせだと思えば、話が早くて都合がいい」

大旦那「お前にも紹介しておこう」

?「やあ、はじめまして」

大旦那「娘の許婚の、御曹司殿だ」

男「・・・」

男「い、いいなずけ?」

御曹司「ああ。婚約者っていうことになってる、一応ね」

御曹司「遅かったじゃないですか。 ・・・彼が、例の?」

大旦那「うむ。不肖の娘と結託し、私の顔に泥を塗ってくれた男だ」

御曹司「へえ・・・。どう見ても、普通の高校生って感じだけどなぁ」

御曹司「ねえ、キミ。キミは、何を持っているの?」

男「? なにを・・・?」

御曹司「だって、そうだろう?」

御曹司「およそ凡人が考え得るものは、全て手に入れることができるだろう彼女がだよ?」

御曹司「一般人か、それ以下にしか見えないキミとさ・・・」

御曹司「レアリティの高い・・・そう、何か特別な物で釣ったとしか思えないよ」

大旦那「・・・」

男「レアリティ、って・・・? おれは、何も・・・」

御曹司「じゃあ、何か弱みでも握っていたとか」

男「なッ・・・!?」

御曹司「オレはね、彼女のことなら小さい時から知っているんだ」

御曹司「幼馴染ってヤツさ。 実際に会ったのは、片手で数えるくらいだけどね」

御曹司「金や物で、彼女が動くとは思えないし・・・もしそうだったら、とっくに誰かのモノさ」

男「・・・」

御曹司「だから興味があるんだよ、純粋に」

御曹司「一体なにが、彼女をそうさせたのかってね」

御曹司「考えたかないが、実際こうなってるからには、そうさせるなにかをキミは持っていた」

御曹司「オレにはなくて、キミが持ってるものねえ・・・」

御曹司「そんなモンあるか?」

男「それは・・・」

御曹司「ぜひ、ご教示願いたいもんだ」

大旦那「それは違うな、御曹司殿」

大旦那「その男は、私らの目を惹くものなど、何も持ってはいない」

大旦那「ただの、ペテン師だ」

御曹司「へえ? それって、どういう意味ですか?」

コンコン

メイド「・・・お嬢様をお連れしました」

大旦那「来たか。入ってこい」

メイド「かしこまりました」

ガチャ

お嬢様「・・・失礼いたします」

男「!」

男(ドレスと洋服を折衷したような服に身を包んだお嬢様が・・・)

御曹司「おお!」

お嬢様「・・・御曹司様、ご機嫌麗しゅう・・・お久し振りでございます」

お嬢様「はるばる遠い国から、海をお渡りし、おいで頂いたにも関わらず・・・」

お嬢様「このたびは、わたしの浅慮な取り行いによって、多大なご迷惑をおかけしたこと、深く――」

御曹司「まあまあ。そんなに、気にすることないさ」

御曹司「向こうは、いまは情勢や景気も大分落ち着いていてね」

御曹司「多少の時間なら、オレがその場にいなくても回せる程度には、軌道に乗せてきたつもりだ」

お嬢様「ですが・・・」

御曹司「この数日は、いろいろな観光名所に足を運ばせてもらってね」

御曹司「ネズミーランドに、アースツリーに・・・むしろ、退屈しないで済んだくらいさ」

御曹司「そして現に、こうして無事あなたに会えた」

御曹司「今ならば、あなたの言うことも瑣末なことだと思える」

お嬢様「・・・寛大なご深慮に、感謝いたします」

お嬢様「それで、ですね・・・。 あの・・・今回、ご来日頂いた件ですけれど・・・」

大旦那「空とぼけるのはやめないか。縁談交渉だろう?」

お嬢様「! お父様!」

大旦那「彼に気を遣っているのか? だとしたら、もう遅いな」

大旦那「ここへ入る前に、お前と御曹司殿の関係は話してある」

お嬢様「そんな!?」

お嬢様「あ・・・っ」チラ

男「・・・本当、なんだ・・・」ポツリ

お嬢様「ちが、違うのよ・・・! あ、いえ・・・そういう話があるのは、本当のことなんだけど・・・」

男「・・・」

お嬢様「っ・・・お父様に・・・」

お嬢様「お父様に聞く気がなくても、聞いていただきます!」

お嬢様「御曹司様も、恥知らずな女と謗っていただいて構いません、どうか聞いて下さいませ!」

お嬢様「わたしは・・・お嬢様は、彼に・・・そこに居る男性に心惹かれております!」

大旦那「何を言いだす! よさないか、馬鹿馬鹿しい!」

大旦那「曲がりなりにも婚約者がいる前で、別の男に惹かれているだと・・・?」

大旦那「そのような、はしたない女に育てた覚えはない!」

御曹司「はは、そんなに怒鳴ることありませんよ。 確かにいい気分はしませんが・・・」

大旦那「そうはいかん。この際だ、お前にも教えておいてやろう」

大旦那「そこの男はな、お前を騙して拐した、ペテン師だ」

大旦那「いや、ペテン師どころではないな。もっとタチが悪い・・・」

大旦那「――親に棄てられた、欠陥人間だ」

お嬢様「お父様ッ!!!」

大旦那「・・・ここ数日の、おまえたちのやり取りはほぼ全て把握している」

男・お嬢様「!?」

大旦那「お前の制服にはな、マイクが仕込んであったのだ」

お嬢様「な、なんですって・・・? そんなこと・・・」

大旦那「それで常に監視させるよう、メイドにいい付けていたのだ」

大旦那「そうして、別の人間には、その男とやらの徹底した身辺調査を行わせた」

男「・・・!」

大旦那「漫画やドラマの世界だけの話かと思ったか? ふふ、ありがちな話だ」

大旦那「不思議に思ったろう? 何もしてこないのは何故だ、と」

大旦那「敢えてしなかっただけだ。 そう、いつでも『何かする』のはできた」

大旦那「それが、たまたま今日になっただけだ」

お嬢様「・・・・・・さい」

大旦那「なんだ?」

お嬢様「・・・取り消してください」

大旦那「なにをだ」

お嬢様「彼は欠陥じゃないわ!」

大旦那「満足に食事もできん人間だろう? そういった者の末路は想像ができる」

大旦那「いずれ、他者といるだけで苦痛を覚えるようになる。 ・・・その男自身、言っていた通りな」

男「・・・っ」

大旦那「断絶された世界で、独りきりでいる人間が、正常なわけもなかろう?」

お嬢様「望んでそうなったわけではないわ!」

大旦那「過程は問題ではない。 勉学も、仕事も、芸術も、評価されるのは結果であり現状だ」

御曹司「・・・その通りだね」

御曹司「仮にあなたが彼と一緒になったとして・・・」

御曹司「オレには、それが上手くいくとは到底思えない」

お嬢様「そんなことない! わたしは、そんな風には思いません!」

お嬢様「第一、親が居ないと言うのなら、わたしだって同じでしょう!?」

大旦那「病気で死ぬのと、棄てられるのでは、まるで意味合いが違うだろう」

お嬢様「それで心が傷つくのは一緒よ! お父様の言う通り、大事なのは過去じゃない」

お嬢様「わたしの今の、この気持ちよ!」

大旦那「おまえがそこまで惹かれるのは、この男の何に対してだ?」

大旦那「金がないのは勿論、特別な才能の一つも持ち合わせていない、平凡な人間ではないか」

御曹司「少なくともオレなら・・・名誉も地位も、権力も、あなたのために用意できる」

御曹司「誰よりも裕福で、満たされた暮らしが約束できる」

大旦那「もちろん、ただ普通であるだけの男におまえをやるつもりなど毛頭ないが」

大旦那「その相手が、精神的弱者であるのなら尚更許し難い」

大旦那「娘を持つ一人の親としては、これは当然のことだと思うがな?」

お嬢様「・・・それは、でも・・・っ」

大旦那「なんであろうと、お前をその男にはやれん」

大旦那「・・・信用できんのだ」

大旦那「おまえが無知なのをいいことに、さんざ下卑た真似をしたのではとな」

お嬢様「彼は・・・! わたしは、彼と五日間、寝食を共にしましたけど」

お嬢様「彼が、お父様が心配なさるような、破廉恥な気持ちで・・・わたしに触れてくるようなことはなかったわ!」

大旦那「・・・それは僥倖」

大旦那「娘が傷モノにされる前に解決できてなによりだ」

お嬢様「っ・・・こんな・・・お、お母様がいれば、きっと!」

大旦那「! 生きている人間の話に、死んだ人間を持ち出すんじゃない!」

お嬢様「・・・じゃあ、わたしの、わたしの気持ちはどうすればいいの?」

大旦那「そんなもの、初めからこうなると、わかっていただろう?」

大旦那「それに・・・今更どうしようもない話だ」

お嬢様「・・・?」

大旦那「お前は明後日、御曹司殿と一緒に海外へ渡るのだ」

男「!?」

お嬢様「? な、何を言ってるの、お父様・・・冗談はやめて・・・」

大旦那「冗談ではない、既に学籍は除籍済みだ」

お嬢様「うそ・・・」

男(そうか。だから学校じゃあ、なにも・・・)

大旦那「航空便も手配してある」

大旦那「できれば専属輸送を用意したかったが、なにぶん急に用意する必要があったからな」

大旦那「申し訳ないな、御曹司殿。少々窮屈な思いをさせてしまうかもしれん」

御曹司「とんでもない。一般の航空機というのも、それはそれで興味があります」

大旦那「私も鬼ではない。学友や教諭らにお別れを言う時間くらいは用意してやろう」

大旦那「明日、メイドに身辺整理も含めて送迎させよう。 メイド、いいな?」

メイド「はい。委細、かしこまりました」

大旦那「だが、その男はダメだ。 お前が発つその瞬間まで、一切の接触を禁じる」

お嬢様「いや・・・そんなの! お父様・・・お願い、やめて・・・」

大旦那「やめるもなにもない。 もう、決まったことだ」

お嬢様「やだ・・・こんなの、こんなのあんまりよ・・・!」

大旦那「理不尽に思えるだろうが、いずれお前にも分かる時が来る」

大旦那「私は失敗したことがない。いつだって、正しかったのは私だ」

大旦那「だからお前は、わたしの言うことを聞いていればいいのだ」

大旦那「そうすれば、お前は幸せになれる」

お嬢様「・・・」フルフル

大旦那「聞き分けろ」

お嬢様「彼と・・・話をさせて、二人で・・・」

大旦那「ダメだ」

お嬢様「・・・っ!!」

大旦那「お間がいま持っている気持ちは、一過性のものだ」

大旦那「普通ではない出会い、普通ではない状況、普通ではない環境・・・」

大旦那「そういったものが、たまたまお前の感情回路に作用して生まれただけのものだ」

大旦那「いずれ冷静になった時に後悔する」

大旦那「その時傷付くのは、お前だけではない。彼も傷付くだろう。それでもいいのか?」

お嬢様「・・・・・・」

大旦那「理解したのなら、部屋へ行って、荷物をまとめろ」

お嬢様「・・・」フルフル

大旦那「メイド、娘を連れて行ってくれ」

メイド「しかし・・・」

大旦那「もう話は終わりだ」

大旦那「御曹司殿、すまないが、一緒に行って見てやってくれないか」

御曹司「そうですね。まあ、あっちで物に困ることはないでしょうが・・・」

御曹司「思い入れがあるものは、手元に残しておいたほうがいいでしょう」

御曹司「さあ、行こうか」

メイド「・・・お嬢様・・・」

お嬢様「・・・」フルフル

大旦那「いいから連れて行け!」

メイド「お嬢様、行きましょう・・・」

バタン……

男「あ・・・」

大旦那「いま、タクシーを呼ばせる。それで帰ってもらおう」

大旦那「私は、仕事が溜まっているのでな。これで失礼する」

男「・・・・・・待ってください」

大旦那「なんだ? まだなにかあるのか?」

大旦那「おまえが何を言っても、もう――」

男「それは、いいです」

男「あなたの言ったことはいちいち正論でしたし」

男「おれがあなたの言う通り、人間として欠陥なんだというのも自覚しています」

男「でも、彼女という存在を、ないがしろに扱うのは止めてあげて下さい」

大旦那「親が自分の子をどう扱おうと、他人に口出しされる謂れはないな」

男「おれは親が居ません。父は蒸発して、母は自殺しましたから」

男「だからもちろん、親の気持ちなんて分かりません」

男「けど、親が子を思うように、子も親を思います」

大旦那「なにが言いたい?」

男「おれたちの会話、聞いていたんじゃないですか?」

男「彼女、あなたのことをとても気に掛けていました」

男「胃潰瘍に罹ってるんですよね? ・・・薬、欠かさず飲んでますか?」

大旦那「・・・」

男「あなたの言うこと、おれ、分かりますよ」

男「自分が親になるなんて、想像もつきませんけど・・・」

男「おれがあなたなら、やっぱり納得行かないし、許せないと思います」

男「どんなに自分の子供が理想や感情を翳しても、相手が障害者だったりしたら躊躇います」

男「・・・それが当たり前です。好きだという感情一つで生きていけるほど、世の中簡単じゃないですから」

大旦那「見た目に反して現実主義だな」

男「ずっと戦ってきましたから。・・・現実と」

男「お金があって、物に溢れてて・・・それで、幸せなんでしょうか?」

大旦那「ないよりは、あったほうがいいのは間違いなかろう」

男「彼女、寂しいって言ってましたよ。父親が、自分を見てくれなくなったと・・・」

大旦那「・・・」

男「彼女に、別れを告げるような学友は居ませんよ」

大旦那「なんだと?」

男「知りませんでしたか?」

大旦那「・・・」

男「もう少し、時間をあげることはできませんか?」

男「おれと彼女の、ではなくて・・・」

男「彼女がもう一度好きだという相手が現れた時、それが、おれのような欠陥人間じゃなかったら・・・」

男「彼女とその男を・・・しっかり見てやって欲しいんです」

大旦那「・・・おまえは・・・」

大旦那「私がこんなことを言うのもなんだが、娘に未練はないのか?」

大旦那「なぜそのようなことを、笑って言える・・・?」

男「未練はありますよ。お嬢様さんのこと、一生忘れられないと思います」

男「彼女のおかげで、おれは救われました。誇張じゃありません」

男「だから、彼女にはうんと幸せになって欲しいんです」

大旦那「なら・・・なぜだ?」

大旦那「駆け落ちでも何でも・・・方法はあったろう」

男「おれは・・・おれが世界で一番、彼女を幸せにできるんだって」

男「そんな風に思い上がること、できませんから」

男「・・・それに、駆け落ちじゃあ、ダメなんです」

男「おれだけじゃダメなんです。あなたもいないと」

大旦那「私も?」

男「あなたにも、きっと祝福して欲しいんです。 だって、あなたは・・・」

男「あの子のたった一人、・・・血の繋がった『家族』なんですから」

大旦那「!」

男「・・・彼女のこと、よろしくお願いします」ペコリ

大旦那「・・・待て」

男「?」

大旦那「・・・・・・」

大旦那「欠陥と言ったことは、取り消す・・・」

男「え・・・」

大旦那「それと数日間とはいえ、娘の面倒を見てくれたことには・・・感謝する」フイッ

大旦那「屋敷の門前まで、黒服に送らせよう」

男「・・・はい」クス



お嬢様「・・・・・・」

メイド「・・・」

メイド「御曹司様、少しよろしいでしょうか?」

御曹司「なんだい?」

メイド「申し訳ありませんが、お嬢様は少し寄るところがあります」

お嬢様「・・・?」

御曹司「寄るところ?」

メイド「お察しください」

御曹司「・・・ああ」

メイド「ですので、先に、お嬢様の部屋の前でお待ちいただけますか?」

御曹司「そういうことなら、仕方ないな」

御曹司「了解だ。だけど、あまり待たせないでくれよ?」

御曹司「べつに待つのは嫌いじゃないが、今回は散々待たされたからね」

メイド「かしこまりました」ペコリ

メイド「・・・・・・」

お嬢様「メイド? わたしべつに・・・」

メイド「どうぞ、お行きください」

お嬢様「・・・え」

メイド「おそらく、大門を出てからタクシーに乗るはずです」

メイド「先に人払いをしておきますから、そこでお待ちになるといいでしょう」

お嬢様「メイド?」

メイド「・・・大旦那様の、おっしゃった通りです」

メイド「全てではありませんが、わたくしはお二人の会話を盗み聞きしておりました」

お嬢様「・・・」

メイド「お嬢様にとって、それがどれだけ許しがたい行為で・・・」

メイド「わたくしが何度地に頭を擦りつけようと、決してお許し戴けないであろうことも、覚悟しております」

お嬢様「そんなこと・・・」

メイド「どんな方なのか・・・。 はじめは、興味と警戒が目的でした」

メイド「しかし、日を追うに連れて・・・」

お嬢様「・・・」

メイド「血は繋がっていなくとも、お嬢様とあの方は、紛れもない家族でした」

メイド「なにより、お嬢様があのように笑ってらしたのは、わたくしにはとんと久しぶりに思えました」

メイド「・・・ああ。この方は、お嬢様を心から笑顔に出来る方なのだと・・・」

メイド「ですからこれは、お嬢様への謝罪と、あの方への感謝の気持ちです」

メイド「わたくしには、この程度が精一杯ですが・・・」

お嬢様「いいえ」

お嬢様「そんなことない、充分だわ。 ありがとうね、メイド・・・」ギュッ

お嬢様「わたし・・・行ってくるわね!」ニコッ

メイド「はい、行ってらっしゃいませ」フカブカ



男「・・・」

黒服a「よそ見してんじゃねえ」

男「あ、すいません」

黒服a「そんなに珍しいか?」

男「そうですね」

男「まず、家の中を車で移動するところが珍しいです」

黒服a「・・・」

男「・・・」

黒服a「おい」

男「なんですか?」

黒服a「おまえ、本当にお嬢様には指一本触れてないんだろうな?」

男「そうですけど・・・」

黒服a「・・・」

男「そういうのは全部、ケジメを付けてからだと誓っていたので」

黒服a「誓った? 何にだ」

男「自分自身です。 彼女を好きになった、自分にです」

黒服a「・・・」

黒服a「俺はな、この屋敷で、お嬢様のことをずぅっと見てきたんだ」

黒服a「だからかね? 大旦那様の前じゃ口が裂けても言えねえが、妹か、娘のように思ってる」

男「はい」

黒服a「これは、俺だけじゃねえ。同じように思ってるヤツはけっこういるんだ」

黒服a「だから、お嬢様を五日間も拉致監禁した、どこぞの腐れた馬の骨を憎む気持ちがないわけじゃねえ」

男「・・・拉致監禁・・・」

黒服a「だが・・・最低最悪の一歩手前のとこで、筋は通してるみてぇだな」

黒服a「次に顔を見たら、変形するくらいブン殴ってやろうと思っていたが・・・」

黒服a「・・・勘弁してやる」フン

男「・・・どうも」

キキッ

黒服a「着いたぞ。降りろ」

黒服a「降りたら、脇に人が出入りするための通用門がある。そこから出ろ」

男「わかりました。わざわざ、ありがとうございます」

黒服a「それから、こいつを」

男「この、封筒は?」

黒服a「大旦那様から、おまえ宛てに預かったもんだ。 必ず渡すようにってな」

男「・・・中身、お金じゃないですか・・・」

黒服a「だろうな。大旦那様が、どういうつもりで用意したかしらねえが・・・」

黒服a「受け取っておけ。 べつにあって困るもんじゃねえだろ?」

男「これ、手切れ金っていうのですか?」

黒服a「・・・・・・かもな」

男「返します」

黒服a「ダメだ。必ず渡せと言い遣ってる」

男「彼女と会わないということに、いまさら異論を挟むつもりはないです」

男「けれど、縁まで切って失くすつもりはありません」

男「だから返します。 もしあなたが返せないのなら、歩いて戻ってでも、自分で返します」

黒服a「・・・ちっ。 返せ、俺の方から上手く言っておく」

男「お願いします」

黒服a「・・・おい」

男「はい?」

黒服a「・・・お嬢様のこと・・・」

黒服a「もう、諦めんのか?」

男「・・・」

黒服a「べつにお前個人がどうのこうのってわけじゃねえぞ?」

黒服a「ただな、御曹司みたいな男に、お嬢様を預けるくらいなら・・・」

男「・・・ありがとうございます」

男「でも、もう決まったことみたいですから」

黒服a「そうか・・・そうだな」

黒服a「じゃあな。もう、会うこともないだろうが」

男「はい」バタン

ブロロロロ

男「・・・ふう」

男「・・・・・・」クルリ

男「大きいなぁ。・・・僕には大きすぎるや」

男「・・・言いたかったこと、まだまだあったんだけどなぁ・・・」

男「また、泣いてないかなぁ・・・」

お嬢様「泣いてないわよ」

男「!」

お嬢様「なによ、そんな驚いた顔して・・・」

男「・・・なんで、ここに?」

お嬢様「自分の家だもの、散歩くらいするわよ・・・」

男「そっか・・・」

お嬢様「・・・なんで」

お嬢様「なんで、そのまま帰ってしまおうとするの?」

男「・・・」

お嬢様「わたしに・・・! もう一度、どうにかして会いたいとか、おもっ・・・!」ポロッ

男「ごめん・・・」

お嬢様「・・・どうして・・・?」

お嬢様「どうして、何も言わなかったの?」

お嬢様「お父様や御曹司様に、あんな風に言われて・・・ぜんぜん、悔しくないの?」

男「は・・・」

お嬢様「あんな風に言われて、どうして何も言い返さないの?」

男「それは・・・」

お嬢様「わたしは悔しかったわ」

お嬢様「・・・あなたはダメじゃないもの」

お嬢様「わたしが知ってるあなたは、欠陥人間なんかじゃ、ないもの・・・っ」ポロポロ

男「・・・」

お嬢様「過去の自分がどうだったとしても」

お嬢様「人は、変われるわ。変われるのよ・・・」

お嬢様「あなたがそう、わたしに教えてくれたんじゃない!」

男「・・・」

お嬢様「なんで黙っているの?」

お嬢様「言いたかったこと、あったんでしょう? 言いなさいよ・・・」

男「僕は」ギュッ

お嬢様「・・・」

男(僕が、静かに涙を流す彼女の手を握ると、彼女もそっと指を絡めてきた・・・)

男「僕はずっと、自分のことが好きじゃなかった」

男「でも、キミのおかげで・・・。キミと出会って、キミの言葉で、キミがくれた温もりで・・・」

男「ほんの少しだけど、僕は僕で。 ・・・これでもいいのかなって、思えるようになった」

男「それが、僕にとっては変わったってことなんだとしたらさ」

男「僕にはもう、それで十分だよ」

お嬢様「・・・それで十分? もう・・・?」

お嬢様「・・・わたしたち、これで終わりでもいいの・・・?」

お嬢様「こんな風に、もう会えなくなって、お別れしてしまってもいいの?」

男「キミは、たくさんの人を幸せにできる人だよ」

男「僕一人じゃ、とても釣り合わない・・・勿体無い、女の子だ」

お嬢様「他の人なんて・・・! わたし考えられないし、考えたくないわ・・・っ」

お嬢様「だから、もう一度わたしと一緒に、お父様と話しましょう?」

お嬢様「わかってもらえるまで、何度も」

お嬢様「どうしてもダメだと言われたら、あなたと二人、どこか遠くへ・・・!」

男「それはダメだよ」

男「それじゃ、僕もキミも、幸せにはなれない」

男「キミだって、それは分かるでしょ?」

お嬢様「でも、それじゃあ本当に、お別れなの・・・?」

お嬢様「イヤよ、イヤ・・・あなたと離れたくない・・・ずっとあなたといたい・・・」

お嬢様「あなたは、そうじゃないの? ・・・わたしのこと・・・」

男「好きだよ」

お嬢様「・・・っ、ぅ・・・」ポロポロ

男「・・・」

お嬢様「っく・・・ぐす、ひっく・・・」ポロポロ

男「・・・やっぱり、キミのお父さんだね」

男「細かい仕草とか、照れたり泣きそうなると、背を向けるところとかソックリだ」

お嬢様「ぅ・・・っく・・・」ポロポロ

男「お父さんのこと、大切にね」

男「もっと、怖がらずに、自分のことをたくさん話して上げなよ」

男「直接話すのが難しいなら、メールでもなんでもいいから、ね?」

男「やっぱり『家族』はさ・・・一緒に居なきゃダメだよ」

お嬢様「・・・」

男「・・・」

お嬢様「・・・さいごのわがまま」

男「?」

お嬢様「デートには、行けなかったから・・・」

お嬢様「・・・まだ、有効でしょう?」

男「・・・うん。今ここで、僕ができることなら、なんでもするよ」

お嬢様「・・・目を瞑って?」

男「わかった」

お嬢様「・・・ん・・・」

男「・・・」

お嬢様「・・・」

お嬢様「ファースト・キスよ」

お嬢様「男さん・・・名前を呼ぶのは、初めてね。 なんだか不思議な感じ・・・」

お嬢様「あなたと過ごした時間は、わたしの人生の中で、一番安らぎに満ちたものだったわ」

お嬢様「男さん・・・・・・男様」

お嬢様「男様がそうであるように、わたしも、男様にどれだけ救っていただいたか・・・言葉にできません」

お嬢様「わたしの人生に、夢のような日々を、ありがとうございました」

お嬢様「・・・わたしは・・・お嬢様は、これから先もずっと、男様だけを想っております」

お嬢様「ずっと・・・ずっと、愛しております」

男「・・・」

お嬢様「さようなら」



タクシーの運転手「着いたぞ、兄ちゃん」

男「ん・・・ぅ」

タクシーの運転手「住所、ここで合ってるよな?」

男「・・・あ、・・・はい」キョロキョロ

タクシーの運転手「はっは、寝ぼけてるな? すっかり寝入ってたもんなぁ」

タクシーの運転手「悲しい夢でも見てたのか?」

男「え?」

タクシーの運転手「いや、頬に涙の跡がよ」

男「・・・」コシコシ

男「・・・いくらですか?」

タクシーの運転手「ああ、お代ならもう貰ってんだ」

タクシーの運転手「だから、そのまま降りちゃってくれや」

男「・・・そうですか」ガチャ

タクシーの運転手「・・・兄ちゃん、何があったかしらんけど、元気出せよ?」

タクシーの運転手「俺もよぅ、去年、二十年勤めた会社をリストラされちまってな」

タクシーの運転手「こんな時代だろ? 資格もキャリアもない中年オヤジには、再就職なんてホトホトなぁ・・・」

タクシーの運転手「でもよぅ。ウチに帰っと、笑顔の嫁が、泣き言一つ零さずに迎えてくれんだよ」

タクシーの運転手「毎日毎日よ。そしたらだんだん、自分が惨めに、情けなくなっちまってよ」

タクシーの運転手「俺と別れてくれ、自分の人生を歩いてくれやって・・・折れちまったんだなぁ」

男「・・・」

タクシーの運転手「でもよ、そしたら・・・はっは。『絶対に嫌です』って」

タクシーの運転手「『貴方がどんなに貧しくても・・・どれだけの不幸に見舞われようと、私は貴方に寄り添って歩いてゆきます』」

タクシーの運転手「『ですから貴方も、私の手を引いて歩き続けて下さい。前に、進み続けてください』」

タクシーの運転手「『そしてどうか、生きてるうちは、前に進むことを諦めないで下さい』」

タクシーの運転手「・・・それが、生きてる人間の唯一の義務です・・・ってよ」

男「・・・いい話ですね」

タクシーの運転手「ん、なんかノロケたみたいになっちまったか?」

タクシーの運転手「はっは、年甲斐もなくマジに語っちまって、恥ずかしいったらねぇな!」

タクシーの運転手「・・・なんだか、兄ちゃんの顔が・・・その頃の俺と、同じ顔してたように見えたからよ」

タクシーの運転手「見当違いなら、中年の戯言と思って、聞き流してくれや」

男「・・・はい・・・」

タクシーの運転手「それじゃあな、兄ちゃん」

男「ありがとうございました」バタン

ブロロ・・・

男「・・・」

男「いつの間にか、日がこんなに傾いて・・・」

男「・・・」

男「・・・なんだか、あっという間だったなぁ・・・」

ガチャ

男「ただいま」

男(そういえば、もう誰もいないんだったなぁ・・・)

友「おかえり」

男「! と、友!?」

友「鍵、かかってなかったぞ? 無用心だな」

男「あ・・・。 出る時、バタバタしてたから」

友「ウチの妹が、車に乗ってくところを見てたみたいでさ」

友「とにかく泣きつかれて、様子を見に来てみれば、こんな状態だろ?」

友「男・・・」

友「・・・ひとりか」

男「うん・・・」

友「お嬢様ちゃんは?」

男「帰ったよ、自分の家に」

友「そうか・・・」

友「まあ、気を落とすなよ。明日になれば、また学校で会えるさ」

男「学校は辞めたよ、彼女」

友「はあ?」

男「実は婚約者がいて、その人と、外国へ行くんだって」

男「いつこっちへ帰ってくるかは分からないし、僕はもう、彼女とは会えない」

男「会うな、って言われた」

友「・・・・・・は、」

友「話が急すぎて、把握しきれないんだが・・・」

友「それで、そのまま帰ってきたのか」

男「うん」

友「うん、って・・・! 男は、それでいいのか?」

男「そんなの、良いも悪いもないじゃないか」

男「土台、こんな状態長続きしっこなかったのは、友だってわかってたでしょ?」

男「彼女にはちゃんと本当の家族がいて、その父親が、彼女のためにそうすることを決めたんだ」

友「・・・お嬢様ちゃんが承諾するとは思えない」

男「そうだね・・・嫌がってたよ」

友「横暴じゃないか!」

男「僕といるよりはいい」

友「それは、お嬢様ちゃんがそう言ったのか?」

男「・・・」

男「彼女ってさ、ほら、お嬢様でしょ?」

男「僕とは、身分違いにすぎるって」

友「やめろよ! なんだよそれ・・・?」

友「人を好きになる気持ちに、貴賎なんてあるか!」

男「・・・もう、どうしようもないことなんだよ」

男「飛行機、取ったって。 ・・・明後日出発するみたい」

友「よし、俺が車を出す。 今すぐお嬢様ちゃんの所へ行こう!」

男「いいよ・・・。お別れなら、済ませてきたから・・・」

友「なんでそんなに淡白なんだよ・・・もう会えないんだろ?」

友「なんとも思わないのか? なんにも感じないのか?」

友「悲しくないのかよ!?」

男「――悲しいよ!」

友「!」

男「彼女にもう、会えないんだって・・・声が聞けないんだって思うと・・・」

男「寂しいし、辛いし・・・苦しいよ!」

男「でも、彼女はホントにいい子で、友みたいになんでもできて」

男「だから・・・僕なんかといるよりも、きっと」

友「・・・またそれか」

男「・・・」

友「二言目には決まって、自分みたいな人間はって言うんだよな」

友「・・・男はさ、ただ怖がっているだけだ」

友「繋がりを作ること、それを失うこと、そうして心が傷付くことを」

友「怖がって、避けてるだけじゃないか」

友「俺は、人並みの恋しかしたことないけど・・・誰かを好きになるのに、二番や三番はないんだ」

友「いつだって『誰が一番か』っていうのが、恋をするってことじゃないのか?」

友「お嬢様ちゃんにとっては、男が一番で・・・」

友「お互い好き合ってて、一緒にいる理由に、それ以上なにが必要だ!?」

友「彼女の気持ちを、彼女の一番(おまえ)が否定するなよ!!」

男「っ・・・」

男「・・・それじゃあ、どうするのさ」

友「とりあえず、どこか遠くへ二人で逃げちまえば・・・」

男「それこそ、この五日間となにも変わらない!」

友「帳尻なら、あとでいくらでも合わせればいいだろ!」

男「後ろめたさを抱えながら、彼女と暮らすのなら・・・僕は彼女の一番失格だ」

友「・・・っ」

男「それに、ほんの少しだけど・・・気後れしたんだ」

男「・・・住む世界が違うんだなぁって、そう思っちゃったんだ」

男「彼女を一番傷付ける考え方をして、僕は彼女の気持ちに背を向けた」

男「彼女から逃げたんだ! ・・・結局僕は、弱くて情けない、ダメな人間のままで・・・」

男「そんな男が・・・いまさら、どんな顔して会いに行けるんだ・・・?」

友「・・・」

友「・・・どんな顔だっていいじゃないか・・・」

友「誰だって、そんなに強くないだろ? みんな弱いところいっぱいあって・・・」

友「お嬢様ちゃんだって、そういう弱いところ全部裸になって、男に見せてきたんじゃないか」

友「男だって弱いところあって当たり前だろ」

男「・・・」

友「『僕は弱くて情けない、ダメな人間です』って・・・」

友「そういう顔していけばいいだろ!」

男「・・・・・・」

友「男が躊躇うのも仕方ないさ。・・・性格や価値観って、一朝一夕で変えられるほど単純じゃない」

友「だからおまえが、弱くて情けない自分を、どうしても信じられないのなら・・・」

友「お嬢様ちゃんを、信じてみたらどうだ?」

男「お嬢様さんを・・・?」

友「『あなたはダメじゃない』って、そう言ってくれた彼女の言葉を」

友「おまえが好きになった・・・お嬢様ちゃんが変わったと信じる『男』ってヤツのことを」

男「・・・」

友「・・・部外者の俺が、なに勝手なこと言ってんだって思うだろうけどさ」

友「俺は、男とお嬢様ちゃんの出会いは、特別なものだったんだって信じたいんだよ」

友「運命だったんだって」

男「・・・運命・・・」

友「俺も」

男「?」

友「お嬢様ちゃんが言うように、男は変わったって、信じてる」

友「彼女と出会って、おまえは変われたんだよ」

友「だからもう一度、理屈や建前は抜きで、自分がどうしたいのか考えてみてくれ」

男「どうしたいか・・・」

友「おまえが前へ進む気になったのなら・・・。俺が、必ず何とかしてやる!」

男「友・・・」

友「連絡、待ってるからな」

男「・・・」

男「・・・僕は・・・!」グッ



プルルルル・・・プ゚ルルル

・・・。

メイド「・・・もしもし? メイドです」

メイド「こちらは、さきほど学校に残った、お嬢様の荷物をまとめ終えたところです」

・・・。

メイド「・・・大旦那様は、お帰りなりましたか?」

・・・。

メイド「・・・そうですか」

・・・。

メイド「・・・お嬢様なら、今しがた、担任の教師へご挨拶へ伺ったところです」

・・・。

メイド「・・・それは、そうでしょう。いえ、少なくとも、表面上は・・・」

・・・。

メイド「・・・わたくどもより先に、大旦那様が帰られるようなことがあれば、しっかりとお出迎えを」

・・・。

メイド「・・・ええ。こちらも、あと数刻ほどで戻ります」

・・・。

メイド「・・・。ところで・・・」

メイド「あの、男という方が・・・屋敷に顔を出したりといったようなことは・・・?」

・・・。

メイド「・・・そうですか。もし・・・」

メイド「もし、彼が訪問してきたら、すぐにわたくしへ連絡しなさい」

・・・。

メイド「・・・もちろん、大旦那様には内密に」

・・・。

メイド「・・・構いません。責任は、全てわたくしが取ります」

・・・。

メイド「・・・そうであるのなら、なおのことです」

・・・。

メイド「・・・ええ、よろしくお願いします。・・・では」

ピッ

お嬢様「・・・?」スタスタ

メイド「お嬢様、お帰りなさいませ」

お嬢様「ええ・・・メイド?」

メイド「はい、なんでございしょう」

お嬢様「誰と電話をしていたの?」

メイド「屋敷の使用人です」

メイド「いくつか片付いてないままの雑務がありましたので、それを言伝たのと」

メイド「わたくしが帰る前に、大旦那様が戻られるようなことがあれば、しっかりお迎えするようにと」

お嬢様「そう・・・」

メイド「担任教師へのご挨拶は、お済になったのですか?」

お嬢様「ええ・・・」

メイド「なにか、お嬢様に仰ってましたか?」

お嬢様「そうね。向こうへ行っても、頑張るようにと」

メイド「・・・左様でございますか」

お嬢様「・・・」

メイド「・・・あの、お嬢様・・・」

お嬢様「帰りましょう」

メイド「・・・はい」

友「自分の教室には、寄っていかないの?」

お嬢様「? あなたは・・・」

メイド「! あの時の・・・!」

友「・・・男に、なにも言わないで行くつもりかい?」

お嬢様「っ・・・」キョロキョロ

友「男なら、ここにはいないよ」

お嬢様「!」

メイド「・・・どういった用件でしょうか?」

友「今日は、あのコワーイお兄さんたちはお留守番?」

メイド「・・・ええ、そうです」

友「そう、よかった。なら、まともに話ができそうだ」

お嬢様「はなし?」

友「そっちのクラスの先生問い詰めたら、今日の午後に来るって言うじゃないか」

友「昼休みからこっち、午後の授業全部サボって待ってた甲斐があったよ」

お嬢様「・・・メイド」

メイド「はい」

お嬢様「この人と、二人で話をさせて」

メイド「しかし・・・」

お嬢様「お願い」

メイド「・・・かしこまりました」ペコリ、スタスタ

友「・・・」

お嬢様「友さん、ですよね?」

友「そうだよ、お嬢様ちゃん」

友「お互い、男を通して話は聞いてるわけだけど・・・こうして話すのは、初めてだね」

お嬢様「そう・・・ですわね」

友「最初で、最後になるかもしれないけど」

お嬢様「っ・・・」

友「さっきはああ言ったけど」

友「男、学校には来てないんだよね」

お嬢様「! ・・・そう、ですか・・・」

友「気になる?」

お嬢様「・・・」

友「・・・・・・小学校の頃はさ」

お嬢様「?」

友「・・・俺たちが、ランドセルを背負ってそうしないうちまでは、男もああじゃなくってさ」

友「母親が旧友同士ってのもあったのかな。どこへ行くのも、何をするのも、二人つるんでヤンチャしてた」

友「俺って上も下も女だから、男のことは幼馴染っていうより、兄弟ってかんじなんだよなぁ」

友「誕生日、俺の方が少し早いのもあって、しょっちゅう兄貴風吹かせてさ」

友「あっちこっち連れまわして・・・俺はいつでも男の前を歩いて、後をついてくる男の手を引いてた」

お嬢様「・・・」

友「俺って、自分で言うのもなんだけど、器用な方でさ」

友「男にもよく、『友は何でもできるよね』なんて言われるんだけど・・・」

友「ほとんど、あいつのおかげみたいなところあるんだよね」

友「男が興味を持ったこととか、先回りして必死に調べてさ」

友「『友はやっぱりすごい』って、ニコニコしながら言われると、弟ってこんなかんじなのかなって」

お嬢様「・・・」

友「・・・小学校四年生の、夏休みの時だったかな」

友「男の親父さん、突然いなくなっちゃったんだよね」

お嬢様「・・・!?」

友「出かけたっきり、家に戻ってこないでさ。蒸発っていうの?」

友「もちろん捜索願いとか、できることは全部やったんだけど・・・」

友「もともと、あまり家にいる人じゃなかったみたいでさ。俺も、数えるくらいしか会ったことないんだ」

友「だから、そんなことになっちゃった理由は分からない。 きっと、男も、おばさんも・・・」

友「・・・それからは、目に見えて男と会って遊ぶ時間は減ったよ」

友「クソガキだった俺は、よく母さんに不満垂らしてたけど・・・当たり前だよな」

友「男は、おばさんの手伝いをするんだって、必死に家事を覚えはじめた」

友「掃除に洗濯・・・料理も。遊びたい盛りの子供がだぜ?」

友「俺からしたら、男のほうがよっぽどすごいヤツなんだよ」

お嬢様「・・・」

友「でも、おばさんは・・・。無理、してたんだろうなぁ・・・」

友「あんまり強くない人なんだなっていうのは、たまに男から聞く話で、思ってはいたけど・・・」

友「・・・・・・」

お嬢様「・・・?」

友「・・・俺たちが、中学へ上がってすぐだった」

友「強い雨が降る日だった」

友「・・・・・・おばさんは・・・・・・」



友「男と、無理心中しようとした」




お嬢様「――!!」

友「その日は、月に一度のご馳走の日だって・・・」

友「おばさんは、自分の作った料理に毒物を混入させて、服毒自殺を図った」

お嬢様「・・・りょうり、に・・・?」

友「男が気付いた時、目に入ったのは、テーブルに突っ伏して口から血と泡を溢したおばさんの姿だ」

お嬢様「・・・っ!!」

友「男はその光景を見て、その場で胃の物を全部ぶち撒けた」

友「そのうち吐くものが無くなってからも、涎と胃液を垂れ流し続けた」

お嬢様「・・・っ」ポロッ

友「・・・それが生理的、精神的な反応であったとしても・・・結果的には、それが良かったのかもしれない」

友「次の日、学校に来ないまま連絡のつかない男の家を訪ねた俺が見たのは・・・」

友「変わり果てたおばさんと・・・・・・涙と、自分の吐瀉物に塗れながら気絶する、男だった」

友「あの後、どう対処したのか・・・よく覚えてない。とにかく救急車がきて」

友「――男はそのまま三ヶ月間、家には帰れなかった」

お嬢様「・・・っ、ぅ・・・」グスッ

友「肉体的な後遺症が残らなかったのは奇跡だと、医者は言ってたけどね」

友「・・・ハハッ、なにが奇跡だ。ふざけんじゃねえよ・・・!」

友「あの時の・・・っ、男の姿を見ても、同じことが言えんのかよって・・・!」

お嬢様「ぅ・・・ぐす・・・っ」ポロポロ

友「・・・それから男は、人が変わったようになった」

友「ほら、そんなに大きくない町だろ? 噂も、すぐに広まって・・・」

友「心にひどい傷を負ったまま、あいつは独りになった」

友「・・・あとは、お嬢様ちゃんも知ってのとおりだよ」

お嬢様「・・・っ、・・・」ゴシゴシ

友「・・・」

お嬢様「・・・どうして、その話をわたしに・・・」

友「フェアじゃないと思ったからさ。 ・・・男には悪いけど、これからする頼みには」

お嬢様「頼み・・・わたしに?」

友「・・・・・・男を」

友「あいつを、拒絶しないでやってくれ」

友「・・・高校に入って、環境が変わってからも、男は独りでいることをやめようとしなかった」

友「でも本当は、救って欲しかったんだと思う」

友「他の人間との交流は頑なに避けるくせに、学校へは毎日律儀に通い続けて」

友「もう二度と辛い思いはしたくないと思いつつも、完全に独りきりになってしまうことが、怖かったんだろうな」

お嬢様「・・・」

『イヤなら、鍵を掛けてしまえばいいでしょう!』

『掛けたことなんてないよ・・・怖いじゃないか』

お嬢様「・・・ぁ」

友「実は俺、お嬢様ちゃんのこと、少し恨んでるんだよね」

お嬢様「え・・・」

友「お嬢様ちゃんは『蜘蛛の糸』なんだよ」

お嬢様「い、いと・・・?」

友「それがさ、引っ張り上げるだけ引っ張っておいて、最後の最後でそれを切っちゃう」

友「ひどいじゃないか? 中途半端で、男はどうするんだよって・・・」

友「だから、恨み言の一つでも言ってやろうかなって」

お嬢様「ぅ・・・」シュン

友「さっきの、男の話・・・ひいた?」

お嬢様「・・・・・・正直に言って、すこし」

お嬢様「嫌悪感ではなくて・・・。わたしでは、とても想像もつかないような出来事だから・・・」

友「そりゃあそうだ」

友「人間って、他人の痛みには残酷なくらい鈍感だよ。 まして心の痛みなんて、本人にしか分からないさ」

友「でも、お嬢様ちゃんは、男のために泣いてくれたじゃないか」

お嬢様「・・・でも、わたしは・・・」

友「俺に言わせればさ、二人して意気地なしなだけだ」

友「困難だから、それで諦めるの? 本当に、それで終わっちゃっていいの?」

友「・・・男のこと、好きじゃないの?」

お嬢様「好きですっ!」

友「!」

お嬢様「愛しています・・・!」

お嬢様「きっともう、こんなに誰かを好きになることありません」

友「・・・そっか。・・・それだけ聞ければ、十分かな」

お嬢様「・・・?」

友「明日、何時の飛行機?」

お嬢様「え、ええと・・・××空港から、十二時丁度初の、トルコ行きの便ですけれど・・・」

友「わかった」コク

お嬢様「でも、男さんは・・・!」

友「必ず間に合うよ。だって、男とお嬢様ちゃんは・・・家族なんだろ?」

お嬢様「・・・」

友「男を、必ずキミの所へ送る。それは、俺の役目だ」

友「誰にも譲るつもりはない」

友「だから信じて待っていてくれ、キミの一番を」

友「お嬢様ちゃんが好きになった、男って人間を」

お嬢様「・・・はい」クス

ポッ・・・

お嬢様「あら・・・?」

友「雨か・・・」

ポツ・・・ポツ・・・

友「まるで、あの日みたいだ・・・」ボソ

お嬢様「え、なにか?」

友「・・・あ、なんでもないよ」

友「・・・・・・」ジッ

友「・・・強く、なりそうだな・・・」



ポッ・・・

男「・・・雨・・・?」

男(箪笥の奥に仕舞っていた、父さんと母さんと僕が映った家族写真・・・)

男(それが収められた、小さな木製のフォトフレームを持つ僕の目の前の窓を、水滴が小さく叩いた・・・)

男「・・・」

男「母さん・・・」

男「僕、一晩考えてみたけど、もう一度彼女に会うよ」

男「会って、どうするかは決めてないし、分からないけど・・・」

男「きっと、彼女が好きになった僕なら、そうすると思うからさ」

男「だから行くよ。行ってくる」

男「・・・」

男「ねえ、母さん」

男「・・・どうして、僕と一緒に死のうとしたの?」

男「・・・僕は、愛されてなかったのかな・・・」

男「・・・」

ピンポーン!

男「? 誰だろう・・・?」

男「友かな?」スタスタ

男「・・・どちら様ですか?」

?「お嬢様の、屋敷のモンだ」

男「えっ・・・?」ガチャ

黒服b「いなけりゃ、帰ってくるまで張り付いてやるつもりだったが」

黒服b「ふん、学校はサボりか?」

男「あなたは・・・」

黒服b「・・・お嬢様が、お前に話があるそうだ」

男「! 彼女が来てるんですか!?」

黒服b「ここにはいねぇよ」

黒服b「大旦那様には内緒なんでな、後から来る。・・・お忍びってやつだ」

男「そう、ですか・・・」

黒服b「どうする?」

男「行きます」

男「僕も・・・彼女ともう一度、話がしたかったんです」

黒服b「・・・人気のない所に案内しろ」

男「え?」

黒服b「あまり、人に見られたくはないだろ?」

黒服b「そうだな。滅多に人の来ないところがいい」

男「僕の家じゃあダメなんですか?」

黒服b「あ?そうだな・・・。ここでやると、後処理が面倒くせぇからな」

男「処理?」

黒服b「・・・とにかく、外の方が都合がいいんだ」

男「わかりました。少し歩きますけど、いいですか?」

黒服「ああ、かまわねぇぜ」ニヤリ

・・・・・・

男「こっちです」

黒服b「・・・」

男「あの、聞いてもいいですか?」

黒服b「なんだ?」

男「お嬢様さん、変わった様子とか、ありませんか?」

黒服b「・・・さあな」

男「お父さんとは、仲直りしてましたか?」

黒服b「・・・さあな」

男「そういえば連絡って・・・彼女、携帯電話は持ってませんでしたよね?」

黒服b「まだか?」

男「あ・・・この、すぐ先です」

黒服b「ここはなんだ?」

男「養蚕工場、らしいです。元、ですけど・・・」

男「ここ、おれが小さい頃から廃工場で、友達とよく探検したり・・・って、関係ないですね」

男「今は、隅の一角を、粗大ゴミ集積場に使ってます」

男「とは言っても、予備ですから、ここへ持ち込む人はまずいません」

黒服b「ほぉ、ゴミ置き場か」

男「ここなら、人が来ることはないです」

黒服b「そいつぁ、都合がいい・・・」

男「え? 何が――」

ドガッ!!!

男「――・・・ッ!!?」ズシャッ

男(な、殴られた! 思いっきり・・・顔を!)

黒服b「・・・・・・てめえのせいだ」

バキッ!!!

男「ッ!?」

黒服b「てめえのせいで、お嬢様は!」

ドカッ、ドガッ!!

男「~~ッ!?」

黒服b「変わった様子は、だとぉ?」グイッ

男「・・・ッ・・・!」

男(倒れ伏す僕にのしかかり、髪を掴み上げてきた・・・)

黒服b「てめえと出会ってから、お嬢様は変わっちまったよ、なんもかんも!」

ガンッ!

黒服b「この俺が愛して病まない、儚く憂う表情はナリを潜め、夢だ恋だ乙女だの!?」

黒服b「あまつさえ、海外だァ!? ・・・俺の手の届かないところへ行っちまうだとォ!!」

ガンッ!!

黒服b「貴様のせいだ、このクズ野郎ッ!欠陥野郎がッ! 分不相応も甚だしい!」

黒服b「どこをとっても三流以下の、救いようのないゴミ人間が、この俺のお嬢様と五日も!?」

ガンッ!!!

黒服b「俺だけだ・・・! 世界中でお嬢様に触れることが、愛でることが許されるのは!」

黒服b「それをッ・・・!! 貴様は二度と、お嬢様の前に顔を出せないようなツラにしてやる!」

ドカッ、バキッ、ガンッ、グシャッ、ベキッ ・・・・・・・・!!

黒服b「はっ、はぁ、はぁっ」

男「・・・ぁ、・・・」

黒服b「ひ、ひひッ」

男「ぅ・・・っ」

黒服b「ひひひッ、どうだ思い知ったか!? 俺のモンに手を出すからだ!」

ドスッ!!

男「げェ、ッほ!」

男(お腹に・・・つま先を蹴り込まれた・・・)

黒服b「オラ、オラァ、オラァッ!!」

ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!

男「ぅぐ、ォ゛・・・ッぅ゛ぇ・・・ッ」

黒服b「おいおい、汚ねぇなぁクズ! ところかまわず粗相とは、気品が知れるぞゴミ人間!」

黒服b「そら、こっちだ・・・!」

ズリズリ

黒服b「オイオイ、よかったなァ、すぐそこがゴミ捨て場で?」

ドサッ!!

黒服b「おーおー。ゴミはゴミらしく、そこにいるのがよく似合ってる、ぜッ!」ペッ!

男「・・・っ」ビチャッ

黒服b「ひゃッひゃッ、じゃあな。 そのまま、業者に夢の国まで運んでもらえや!」

男「っ・・・ぁ」

ポッ・・・ポツ・・・

男(滅茶苦茶に殴られた顔が、熱い)

男(しこたまお腹を蹴られたせいかな、気持ち悪い)

ポツ、ポツポツ・・・

男(右目・・・瞼が重くて、開けらんないや。・・・頭、チカチカする。意識が、飛びそうだ)

男(僕、なんでこんな目に遭ってるんだろう・・・)

ポツポツポツポツ・・・

男(こんなことって、あるんだなぁ・・・)

男(ごめんね、友。 せっかく、背中を押してもらったのに・・・)

男(・・・・・・)

男(・・・ごめんね、お嬢様さん・・・)

ザアァァァァァ・・・

男「・・・・・・」



ザアアアア・・・・

(いつの間にか本降りになった雨が、僕の全身を叩く・・・)

(冷たいはずなのに、なんにもかんじない・・・)

ザアアアァァァ・・・

(何も、見えない・・・真っ暗だ・・・)

(体は動かないし、なんだか気力も湧かない・・・)

(僕は結局、なんにもできないまま・・・変われなかった・・・)

(もう、いいや・・・)

(もう、疲れた・・・)

・・・このまま、寝かせて・・・

・・・

『・・・男』

・・・?

・・・僕を、呼ぶ声がする・・・

・・・誰だろう・・・?

 ttp://www.youtube.com/watch?v=gblq6pnwsdk

『・・・』

『どうした? なんで、泣いている?』

・・・父さん・・・?

『辛い時にこそ、男は笑うもんだぞ』ニコ

『そうでないと、傍にいる家族が、不安になっちゃうだろう?』


・・・

『・・・父さん、また出かけるけど・・・母さんのこと、頼むな』

『俺がいない間は、男が父さんの代わりに、守ってやらないとな?』

『そんなに寂しそうな顔するなよ。なぁに、すぐに帰ってくるさ』

『いつだって、母さんと男のいるこの家が、父さんの帰る場所なんだから』ニコッ

・・・

『・・・男ちゃん、パパは必ず帰ってくるわ。ママは信じてる』

『だからそれまでは、ママが、男ちゃんとこの家を守るからね?』

『だってわたしは、男ちゃんのお母さんだもの、ふふっ』

・・・母さん

『男ちゃんは玉子焼きが好きなのね。じゃあ、ママが作り方を教えてあげるわ』

『いつか、男ちゃんが食べさせたい誰かに、美味しいって言ってもらえるようにね?』クスッ

・・・

『ごめんね、男ちゃん。ママ、忙しくって、授業参観にも運動会にも行けなくって』

『友くんのお母さんに、ビデオとってもらったから、後で一緒に見ようね?』

『ふふっ、だって親だもの。男ちゃんのことは、何でも知っておきたいの』

『運動会は、終わっちゃったけど・・・。ママに、男ちゃんのこと、応援させてね』ニコッ

・・・

『ごほっ、ごほっ。・・・ダメね、ママ。男ちゃんに迷惑ばっかりかけちゃって』

『・・・もう、泣いたらダメよ、男ちゃん。大丈夫、ママならすぐに元気になるから!』

『もうすぐご馳走の日でしょう? 男ちゃんの好きなもの、ママたくさん作ってあげるからね』ニコ

・・・

『どう? 男ちゃん、美味しい?』

『そう・・・。ふふふっ、よかったわ』ニコッ

・・・

ザアアアァァァァァ・・・

『ファースト・キスよ』

・・・あ・・・

『夢のような日々を、ありがとうございました』

『ずっと、愛しております』

・・・

『こうした方が、あったかいもの』

『あなたと、ずっと一緒にいれたらって思ってるの』

『わたしがあなたの家族になるわ』

・・・

『あなたはここにいる。わたしがしっかり抱いているもの』
 
『わたしが、あなたを暖めるから』

『そう、決めたからね?』

・・・

『ここ、座ってもいいかしら?』

『いいわ。わたしがそっちへ行くから』

『い、いいわよね?』

・・・

『わぁ、おいしいっ』

『玉子焼きって、こんなに甘くてとろ~ってしてたのね』

『お手洗いで食べるご飯がこんなに美味しかったなんて!』

・・・

―・・・『それとも、あなたと一緒だからかしら?』・・・―

ザアアアァァァァ・・・

男「・・・」

男「・・・うん」

男「きっと、僕も・・・」



お嬢様「お父様、いますか?」コンコン

大旦那「・・・」

ガチャ

お嬢様「・・・お父様」

お嬢様「・・・そろそろ、出発します」

大旦那「・・・そうか」

お嬢様「・・・」

お嬢様「わたし、御曹司様と行きます」

お嬢様「お父様の、言う通りにします」

お嬢様「だから・・・最後のお願いです」

大旦那「おまえの最後の我侭なら、もう聞いてやった」

大旦那「おまえがどうしてもとせがむから、一般の学校へ転校することを許したのだ」

お嬢様「はい。だから、これはワガママではなくて、お願いです」

大旦那「・・・なら、私がそれを聞いてやる道理はないな?」

お嬢様「彼のこと、お父様にお願いしてもいいですか?」

大旦那「・・・」

お嬢様「男さんのことを、どうかよろしくお願いします」ペコリ

大旦那「・・・あの男のことは、早く忘れるんだ」

お嬢様「忘れることなんて、できません」

お嬢様「人を、心から好きになるって、そういうことでしょう?」

お嬢様「お父様は・・・お母様のこと、忘れてしまったのですか?」

大旦那「・・・」

お嬢様「落ち着いたら、メールしますね」

お嬢様「わたし、お父様に聞いて欲しいこと、たくさんあるんです」

お嬢様「ずっと・・・今までのことも、これからのこともです」

大旦那「・・・私は忙しい。ちゃんと目を通してやれる保証などできんぞ」

お嬢様「はい、もちろんわかってます。それでもいいんです」

お嬢様「わたしのことを、お父様に知って欲しいっていう、わたしのワガママですから」

大旦那「・・・」

お嬢様「でも・・・」

お嬢様「お父様も、なにかあったらわたしに言ってくださいね」

お嬢様「他の人には言えないことでも・・・わたしには、遠慮しないでください」

お嬢様「わたしはお父様の娘で・・・」

大旦那「・・・」

お嬢様「お父様は、わたしのお父様なのですから」

大旦那「・・・」

大旦那「御曹司殿を、待たせているのではないか・・・?」

お嬢様「・・・・・・はい」

お嬢様「あの、お父様、最後に一つだけ」

大旦那「・・・なんだ」

お嬢様「・・・これからは、二人きりの時は『パパ』って呼んでもいいですか?」

大旦那「なに?」

お嬢様「まだわたしが小さくて、お母様も元気だったあの頃のように・・・」

お嬢様「・・・本当は、ずっとそう呼んでいたかったんです」クス

大旦那「・・・」

お嬢様「・・・それじゃあ・・・」

大旦那「・・・体には」

お嬢様「?」

大旦那「いや・・・」

お嬢様「・・・」

大旦那「・・・・・・・・・気をつけて行きなさい」

お嬢様「・・・っ」

お嬢様「はい、パパ」ニコッ

・・・・・・

ザアアアァァ・・・

男「・・・運休・・・全線?」

構内アナウンス「・・・えー、繰り返し申し上げます」

構内アナウンス「ただいま○×線は、昨夜から続く雨の影響と」

構内アナウンス「××駅で起きました人身事故の影響により、現在、運転を見合わせております」

構内アナウンス「お急ぎのところ、お客様には大変後迷惑をおかけします。 振り替え輸送のご案内ですが・・・」

男「あの、運転・・・再開の目処は、しばらく立ちそうにありませんか?」

駅員「ええ、そうですねぇ、今の所は・・・ひっ!?」ビクッ

男「・・・あ」

男「わかりました、どうも・・・っ」タタッ

男(いまの僕の顔、相当、酷いんだろうなぁ・・・)

ザアアァァァァ・・・

男「・・・まいったな」

男「タクシーもバスも、待っている人でいっぱいだ」

男「それにこんな顔してたら、乗車拒否とかされちゃうかな・・・はは」

男「痛っ・・・! 笑うと、顔に響くや・・・」

男「・・・どうしよう・・・」

ザアアァァァ・・・

男「・・・いや、行くんだ」

男「たとえ走っても、這ってでも、必ず・・・!」

男「・・・・・・必ず、行かないと」

ザアァァァァ・・・

・・・・・・

ザアァァァァ・・・

お嬢様「では、行ってくるわね、メイド」

メイド「はい、お嬢様。・・・寂しくなります」

お嬢様「ふふっ、わたしもよ」

メイド「向こうは、こちらとは風土も環境も違います」

メイド「慣れないうちにあまり無理をして、お体を壊されないよう、お気をつけ下さい」

お嬢様「そうね、ありがとう」

メイド「・・・」

お嬢様「・・・」

メイド「・・・お嬢様・・・」

メイド「わたくしの力が足りないばかりに、結局、このようなことになってしまって・・・」

メイド「本当に申し訳ありません、お嬢様」

お嬢様「謝らないで・・・? あなたは、十分助けてくれたもの」

お嬢様「もし、わたしにお姉様がいたら、あなたのような人だったらって思うわ」

お嬢様「・・・感謝しているのよ」

メイド「そんな・・・わたくしには勿体無いお言葉です、お嬢様」

お嬢様「・・・お父様のこと、お願いね」

メイド「はい、お任せください」

メイド「お嬢様の分も、わたくしが大旦那様をしっかりとお支えしてゆきます」

お嬢様「・・・ありがとう」

お嬢様「・・・・・・それじゃあ、ね?」

メイド「・・・はい」

メイド「あなたたち、いいですね?」

メイド「空港までお嬢様のこと、しっかりとお送りするように」

黒服a・b「はっ」

メイド「御曹司様は?」

黒服a「もう、むこうの車で待機しています」

メイド「そうですか・・・」

メイド「わたくしは、御曹司様と、少し話をしてきます」

メイド「あなたたちは、お嬢様を送る車に乗って待っていなさい」

黒服b「は・・・? しかしですね、雨天の影響で、多少の混雑が・・・」

黒服a「――了解です」

黒服a「ただ、あんまり余裕はないんで、早めに切り上げてくださいね」

メイド「ええ、そんなに時間はかけませんから」

スタスタ

黒服b「おい、どういうつもりだ? 時間は・・・!」

黒服a「まだ間に合う。・・・そんなに急ぐ必要もないだろう」

黒服a「・・・車で待機だ」

黒服b「チッ・・・!」

コンコン

・・・ウィーーン

メイド「御曹司様、少しよろしいですか?」

御曹司「なんだい? なにかトラブルでも?」

メイド「いいえ。わたくしが、御曹司様と個人的なお話をしたくてお伺いました」

御曹司「キミがオレに?」

メイド「はい」コクリ

御曹司「珍しいな、なんだい?」

メイド「・・・わたくしと、賭けをいたしませんか?」

御曹司「は?賭け? ・・・オレとか?」

メイド「はい。わたくしと、御曹司様で、です」

御曹司「そりゃあオレは構わないが、一体何を賭けるんだ?」

メイド「シンプルなことです」

メイド「今日、御曹司様とお嬢様が飛び発つまでに、あの方が・・・」

メイド「男様が現れたら、お嬢様との婚約の件は、無かったことにして頂きたいのです」

御曹司「・・・・・・本気か?」

メイド「わたくしは、冗談は苦手でございます」

御曹司「それで、オレが仮に頷いたところで・・・事はそう単純じゃあない」

御曹司「大旦那さんへはどう説明するつもりだ? ハイ、ソウデスカとはいかないだろ?」

御曹司「オレが、一方的に話を取り下げたら終わるような問題じゃない」

メイド「もちろん、大旦那様にも、わたくしからお話しを」

メイド「必ず承諾していただきます」

御曹司「・・・」

御曹司「そもそも、オレにメリットはあるのか?」

メイド「ございません」

御曹司「なんだと?」

メイド「ですが、このままお嬢様と一緒になられても、幸せにはなれません」

メイド「お嬢様はもちろん・・・御曹司様も」

御曹司「・・・ハッ・・・。メイド風情が、随分と・・・」

メイド「不敬は承知のうえで申し上げております」

御曹司「やたら強情に出ているが、使用人如きにそこまで口を挟まれるのは不快だな」

メイド「御曹司様の仰りようは、当然でございます」

メイド「この件がどちらに転んだとしても、わたくしのことは、どうぞお好きになさってください」

御曹司「たかだかメイド一人の人生と、彼女との婚約を秤にかけろと?」

メイド「はい。・・・どうか、お願い致します」フカブカ

御曹司「・・・なぜ、そこまで真剣になれる?」

メイド「こうすることが、お嬢様のためなのだと、心から思っているからです」

御曹司「・・・信じているのか?」

御曹司「キミは、あの男は来ると・・・」

メイド「ええ」

御曹司「・・・理解に苦しむな。まともに言葉を交わしたこともない人間を、どうして・・・」

メイド「そうですね・・・わたくしは、男様のことは何も知りません」

メイド「ですが、お嬢様が信じた・・・好きになった方です」

メイド「わたくしにはそれだけで、十分信じるに足る理由です」

御曹司「・・・」

メイド「・・・御曹司様」

メイド「受けて、いただけますか?」

ザアアァァァァ・・・

・・・・・・

ザアアァァァ・・・

友「止まなかったな、雨・・・」

友「男は、今朝も学校には来ていないか・・・」

友「男・・・」

友「来るよな・・・?」

教師「よーし、じゃあ次ページの英文を訳してもらおう」

教師「だれにやってもらうかな? そうだなー・・・」

ガラガラッ

男「・・・」

教師「――ん? うおっ!?」ビクッ

生徒a「! げッ、なんだあいつ!?」

生徒b「か、顔・・・ボコボコじゃねえか・・・全身ずぶ濡れだし・・・!」

ザワザワザワ・・・!

男「・・・」

スタスタ・・・

生徒c「きゃあ!?」

生徒d「ひぃっ!」

教師「お、おい! おまえ・・・どこのクラスの生徒だ!?」

教師「いまは授業中だぞ!? 自分の教室・・・いや、まずは保健室にだな・・・!」

スタスタ・・・

男「友」

友「・・・へへ。なんだ、随分男前になったじゃないか?」ニッ

男「彼女を、迎えに行く」

男「車を貸して」

友「・・・・・・」フゥ

友「先生!」

教師「な、なんだ?」

友「すいません、早退します」

教師「なんだと?」

友「こいつ、病院に連れて行かないと」

教師「あ、ああ・・・? しかし・・・」

男「友、僕は・・・」

友「貸してってな、お前、免許持ってないじゃないか」

友「だいたい、場所とか、飛行機の時間とか知ってるのか?」

男「・・・あっ」

友「おいおい・・・」

男「僕はとにかく、あの子のところ行かなきゃって、それだけで・・・」

友「・・・そうか、お前らしい」クス

友「気持ちは、固まったんだな?」

男「・・・うん」コク

友「よし。なら、俺が連れてってやる」

友「おっと、『でも・・・』はナシだからな?」

友「まったく、ヤキモキさせやがって・・・」

男「友・・・」

男「・・・・・・うん」

男「僕を、彼女のところへ連れて行ってくれ!」

友「ああ、任せておけ!」ニッ

・・・・・・

ザアアァァァ・・・

大旦那「・・・」

コンコン

大旦那「・・・だれだ」

メイド「メイドです、大旦那様。 ・・・入ってもよろしいですか?」

大旦那「・・・ああ」

ガチャ

メイド「失礼します」

大旦那「・・・」

メイド「間もなく、お嬢様たちが空港へ到着するそうです」

大旦那「・・・そうか」

メイド「・・・」

大旦那「・・・雨は、止みそうにないな・・・」

メイド「はい」

大旦那「・・・・・・『よろしくお願いします』、か」

大旦那「二人して同じ事を言って・・・」

大旦那「ふふっ・・・、これでは、私が悪者のようではないか・・・」

メイド「大旦那様・・・」

大旦那「メイド、お前はどう思う?」

大旦那「私が間違っていると思うか?」

メイド「・・・わたくしは・・・」

大旦那「無作法だと思うことはない。遠慮は要らんから、素直な意見を聞かせてくれ」

メイド「・・・大旦那様の仰った通り・・・」

メイド「気持ちというものは、ひどく不安定に揺れ動くものです」

メイド「愛しているから、と・・・」

メイド「言葉にするのは容易ですが、それを幸せという形にするには、とてつもない労力が必要でしょう」

メイド「・・・ですが、わたくしも女です」

メイド「立場や価値観を飛び越える、一生に一度の恋、運命の出会いというものには憧れますし」

メイド「そういうものが、きっと現実にもあって・・・」

メイド「そうして幸せになった人もいるのだと、信じております」

メイド「お嬢様にとって、それがあの方だと・・・男様なのだというのなら・・・」

メイド「わたくしは全身全霊をかけて、それを応援するだけです」

大旦那「・・・人を好きになる、か・・・」

大旦那「私とてな、木の股から生まれたわけではない」

大旦那「アレは・・・お嬢様の母もな、一般の家庭に生を受けた女だったのだ」

大旦那「笑った顔が向日葵のような、とても印象的な女でな」

大旦那「アレが笑うと、不思議と私まで温かい気持ちになれて・・・いつの間にか、どうしようもなく惹かれていた」

大旦那「・・・だが私の家は、父も母も、それは厳格な人だったからな」

大旦那「当然、私たちの関係が許されることはなかった」

メイド「・・・」

大旦那「そして、二人で遠くへ行った」

大旦那「色々な物を棄てて、親の手の届かないところへ」

大旦那「そしてお互い、死ぬ気で働いて・・・」

大旦那「ふふっ・・・当時は、自分がもし子供を持ったら『こんな想いは絶対にさせない』と誓ったものだが・・・」

大旦那「時の流れというものは皮肉で、残酷なものだ」

大旦那「・・・・・・アレが、病気で亡くなって・・・」

大旦那「私は、立ち止まることをやめた」

大旦那「振り返ってしまったら、彼女と過ごした日々を想ってしまったら・・・」

大旦那「そこから、二度と動けなくなりそうだったからだ」

メイド「大旦那様・・・」

大旦那「・・・パパ、か・・・ふふふっ」

大旦那「いつの間にか、わたしのことを『お父様』と呼ぶようになったお嬢様は・・・」

大旦那「笑った顔が、アレにそっくりに見えるくらい成長していた」

大旦那「・・・だから、怖くなったんだな、私は」

大旦那「また家族を・・・失ってしまうのでは、と・・・」

大旦那「仕事に一層傾倒し、娘と接する機会を出来るだけ削った。予防線のつもりだったんだろう」

大旦那「まったく・・・ダメな親の見本というやつだな」

大旦那「それに、娘から母親を奪ってしまったという負い目もあった」

メイド「それは・・・! 大旦那様せいでは・・・!」

大旦那「ああ・・・」

メイド「大奥様が亡くなられたのは、ご病気のせいであって、大旦那様は何も・・・!」

大旦那「みな、そう言うのだ」

大旦那「だがな、やはり思ってしまうのだ。当人としてはな・・・」

大旦那「あの時、あんな風に根を詰めるような働き方をさせるべきではなかった、と」

大旦那「・・・」

大旦那「逃げたりせず、トコトン・・・父と母が折れるまで、二人で話し合っていれば・・・と」

メイド「・・・」

大旦那「・・・お母様がいれば、か・・・」

大旦那「きっと、私はこっぴどく叱られるだろうな。『何を考えているの?』と・・・ふふっ」

大旦那「私は・・・間違ってしまったのかもなぁ・・・」

大旦那「もっと娘とゆっくり・・・時間をかけて、話すべきだったのだ」

大旦那「・・・家族、なのだから」

メイド「・・・・・・まだ」

メイド「まだ、間に合います」

大旦那「・・・」

メイド「お嬢様に、大旦那様の気持ちを伝えましょう」

大旦那「しかし・・・」

メイド「たとえ家族でも、言葉にしなければ伝わらないことはあります」

大旦那「娘を避け続けてきた私に、できるだろうか・・・」

メイド「・・・お嬢様が、仰ってました」

メイド「人は、変われるのだと」

大旦那「・・・あの子が・・・」

大旦那「私も、変われるだろうか。いまからでも・・・」

メイド「はい、きっと・・・!」

大旦那「・・・そうか」クス

大旦那「メイド、娘のいる空港まで車を出してくれ」

メイド「!」

大旦那「それから・・・」

大旦那「今日の仕事は、全てキャンセルだ」

メイド「・・・はいっ!!」パァ

・・・・・・

ザアァァァ・・・

友「男、もうすぐ着くぞ」

男「うん」

友「・・・腫れ、少しはひいたか?」

男「どうだろう・・・? よく、わかんないや」

男「でも、右目はどうにか開けれるようになったよ」

友「急場しのぎに、プレートアイス砕いたヤツ当てるだけでも、違うもんだな」

男「・・・あとでおばさんに、ちゃんとお礼言わないとだね」

友「その時は、お嬢様ちゃんと二人、一緒に来いよ」

男「そうだね・・・」

男「服も、ありがとうね」

友「男が着てたの、ビショビショの上に泥だらけだったしなぁ」

友「何より、一世一代の大勝負に出るんだ。おめかしくらいはな?」

男「だから、スーツなの?」

友「わかりやすくていいだろ?」

男「・・・」

友「・・・お嬢様ちゃんに、何て言うんだ?」

男「・・・」

男「・・・・・・夢でね」

男「父さんと、母さんのこと、少し思い出したんだ」

男「ずっと、思い出すの辛かったけど・・・」

男「いまなら、僕は二人に愛されていたんだって」

男「素直にそう、思えるんだ」

友「男・・・」チラ

男「父さんは、今も結局帰ってこないまま」

男「母さんも、僕を置いて逝ってしまったけど」

友「・・・空港に入るぞ」

男「子供の頃の僕は、自分のことを不幸だなんて思ったこと、なかったよ」

男「いつだって、写真に映る僕のように、笑顔でいれたんだ」

男「だから僕は・・・もっと、自惚れていいのかなって」クス

男「世界中の誰よりも、彼女のことを幸せにできるんだって」

男「彼女に会って、もう一度、今度は胸を張って言うよ」

男「好きだ、って」ニコ

友「・・・そっか」

友「もう、俺に手を牽かれなくても、男は一人で歩いていけるんだな」

友「・・・こういうの、寂しいって言ったら・・・ダメなんだろうなぁ」

男「友・・・」

友「よし、着いたぞ」

男「・・・うん。時間、何とか間に合いそうだ」

男「ここまで、いろいろありがとう」

友「ああ」

男「友は、これからどうするの?」

友「男は、男にしかできないことをするために行くんだろ?」

友「俺は俺で、自分にしかできないことをやるさ」

友「だから、後ろは俺にまかせて、お前は真っ直ぐ進め」

男「うん・・・!」

友「ここで、『無茶するな』なんて言わないぜ」

友「後悔しないように、思いっきり暴れてこい」

男「・・・行ってくる、友」

友「ああ。行ってこい、親友!」

ザアアァァァ・・・

・・・・・・

御曹司「a-29、a-29・・・ここか」

御曹司「さあ、座って」

お嬢様「・・・」トス

御曹司「ふむ。思っていたほどの窮屈さは感じないな」

お嬢様「・・・」

御曹司「・・・なにか珍しいものでも見えるのかい?」

御曹司「窓から外を見ているが・・・」

お嬢様「・・・」

御曹司「もしやと思うけど・・・」

御曹司「あの男を、待っているわけではないだろうね?」

お嬢様「・・・」

御曹司「来るわけないだろう」

お嬢様「・・・あの人は、来ます」

御曹司「なんで、そう言えるんだ?」

御曹司「・・・あの男とオレと、一体なにが違うっていうんだ?」

御曹司「オレは絶対に、あなたに不自由などさせない」

御曹司「あなたを、必ず幸せに・・・」

お嬢様「――御曹司様は」

お嬢様「わたしの、どのようなところに惹かれたのですか?」

御曹司「・・・」

お嬢様「幸せにしてくださると、言っていただけましたが・・・」

お嬢様「これから十年、二十年・・・五十年経っても、わたしのことだけを愛してくださいますか?」

御曹司「・・・」

御曹司「言葉にするのは、簡単なことだ。大事なのは・・・」

お嬢様「そうです」

お嬢様「きっと・・・そうなのかもしれません」

お嬢様「でも、わたしが欲しかったのは、そんな簡単なことで・・・」

お嬢様「あの人は、わたしにそれをくれたんです」

御曹司「・・・オレではダメだと? そんなにオレは、魅力がないか・・・?」

お嬢様「御曹司様は・・・たとえ『御曹司様』でなくても・・・とても、魅力的です」

御曹司「・・・」

お嬢様「ただ・・・」

お嬢様「わたしでなくても、平気な人なんです」

御曹司「・・・っ」

お嬢様「少なくともあの人・・・っ」ポロッ

お嬢様「男さんは、私でないとダメだって言ってくれたんです!」

お嬢様「言葉だけじゃなくて・・・っ、心から・・・!」ポロポロ

御曹司「あなたは・・・!」

お嬢様「御曹司様が、ダメなのではありません」

お嬢様「きっと、他の誰でも・・・」

お嬢様「男さんでないと、ダメなんです」

御曹司「く・・・っ」フイッ

お嬢様「・・・」グスッ

・・・・・・

グランドスタッフ「こんにちわ、お客様」

男「あの、十二時発の、トルコ行きの便なんですけど」

グランドスタッフ「トルコ航空の、イスタンブール行き直行便でしょうか?」

男「はい、それです」

グランドスタッフ「そちらは、すでに最終搭乗受付時間が過ぎておりまして・・・」

男「まだ、出発はしてないんですよね?」

グランドスタッフ「え? ええ、そうですが・・・」

男「知り合いがその飛行機に乗っているんですが、忘れ物をしてしまったようで・・・」

男「とても、大事な物なんです」

男「会って、渡すことはできませんか?」

グランドスタッフ「・・・それは・・・」

グランドスタッフ「問い合わせてみますので、少しお待ちいただけますか?」

男「・・・わかりました」

男「ちなみに、搭乗口ってどっちですか?」

グランドスタッフ「四階の、第三サテライト31番の、ゲートラウンジからになっております」

男「そうですか・・・」

グランドスタッフ「・・・もしもし、北口チェックインカウンターです」

グランドスタッフ「トルコ航空のtk51便なのですが、いま、乗客の方に荷物を届けにきたというお客様が・・・――!?」

 ttp://www.youtube.com/watch?v=dnwtyvwgozu

男「ッ・・・!!」ダッ

グランドスタッフ「お、お客様、どちらへ!?」

男「階段は・・・あっちか!」

グランドスタッフ「! だっ、誰か止めてッ!!」

空港係員a「なんだ!?」

空港係員b「不審者だ、各階へ連絡しろ!」

男「く、さすがに・・・ッ」


黒服a「なんだ? ――・・・アイツは・・・!?」

黒服b「!? あの野郎・・・!!」

男「なんとか四階へ・・・!」

黒服a「アイツ、まさかお嬢様のところへ!?」

黒服b「クソが、行かせッかァ!!」ダッ

黒服c「おい!?」

黒服d「ボケッとするな、俺たちも追うぞ!」

男「! あの人たちは・・・!」

空港係員a「そこの男、止まれッ!」

男「止まれといわれて、止まれるわけは!」

空港係員c「階段から移動するぞ、そっちに回れ!」

空港係員d「左右から・・・! エントランスの前にも何人か待機させるんだろ!」

男「!? くッ、あっという間に囲まれて!」

空港係員b「そのまま、壁際に追い詰めろ・・・そうだ!」

男「ここまで来たのに・・・! もう少しで届くのに・・・!」

空港係員d「こちらはもういい! 念のため、tk51便の機長に連絡を!」

男「彼女が、あそこにいるのに・・・ッ」

黒服a「おまえ、どういうつもりで・・・」

男「決めたんだ、もう何も零さないって・・・」ギュッ

黒服b「てめえは、あれだけやられてまだ理解できねえのかッ!」

男「父さん、母さん・・・僕はもう、過去には縛られないよ」

空港係員c「よし、警察署には連絡したんだな!?」

男「前を見て、生きていくんだ・・・変わってゆく、これからも・・・彼女と!」

黒服b「何をブツブツとッ・・・! 今度はその程度じゃ済まさねェぞ!!」

黒服a「なんだと、おまえ、どういう・・・!?」

男「だから、そこを退いてくれ・・・ここは――」




男「僕の道だぁぁァッッ!!!」




黒服b「――ッ!?」ゾクッ

空港係員a「・・・はっ、挟みこんで取り押さえろッ!」

黒服a「待ってくれ! 手荒な真似は・・・――なんだッ!?」

ガシャアアアアアン!!!

「「「!!!!????」」」

黒服a「な・・・ッ!?」

空港係員d「ま、窓から・・・!!」

空港係員b「乗用車が突っ込んで!?」

男(友―――!?)

友(―――男ッ・・・)

友「行っ、けぇぇぇッ!!」

男「ッ・・・!!」ダッ

空港係員a「滑走路へ出て行ったぞ!?」

空港係員c「ま・・・ッ、すぐに追いかけ・・・!」

ギャリギャリッ!!

黒服c・d「うおぉッ!?」

友(行かせねえよッ)

黒服b「うがあ゛あ゛あぁッ!!」ダッ

ギャキキキッ!!

黒服b「!?」

友「あいつの・・・俺の弟分の邪魔は、誰にもさせねえッ」

友(男・・・)

友(これが、俺がおまえにしてやれる、最後のことだ)

友「あとは、おまえ次第だからな・・・!」

・・・・・・

御曹司「・・・そろそろ、離陸時間だな」

お嬢様「・・・」

機内アナウンス「ご搭乗のお客様に、ご案内申し上げます」

機内アナウンス「当機、トルコ・イスタンブール行きtk51便は・・・」

機内アナウンス「ただいま、アクシデントが発生したために、離陸時間が遅れる見込みです」

機内アナウンス「設備トラブル等ではございませんので、ご安心ください」

機内アナウンス「離陸可能の目処が付きましたら、こちらのアナウンスにて、改めてご案内いたします・・・」

機内アナウンス「ご搭乗、お急ぎのお客様には、大変ご迷惑を・・・」

お嬢様「・・・?」

御曹司「トラブルだと? 一体なんの・・・」

お嬢様「・・・――うそ・・・」

お嬢様「っ!!」バンッ!

御曹司「な、どうしたんだ・・・?」

お嬢様「・・・きた・・・ぁっ・・・!」

 ttp://www.youtube.com/watch?v=nlibrzipg5y

・・・・・・

ザアァァァ・・・

男「ぜっ、ぜぇっ、・・・はっ、はぁ・・・はっ」

男「・・・・・・っ!」ゴクッ

男「(スゥー・・・)」

男「お嬢様ぁぁぁーーーっ!!」


男「きたよッ! 僕は・・・ここまで、キミに会いに来たんだ!!」

男「キミに、どうしても伝えたいことがあったから!」

男「僕はもう、諦めることはしないよ!」

男「生きることも、キミと一緒にいることも!!」

男「寂しいんだ! キミが僕の隣にいないと、苦しいんだよ!」

男「僕には、お嬢様が必要なんだ! お嬢様じゃないと、ダメなんだ!」

男「お金も、名誉も、才能もないけれど! キミの一番は、誰にも譲らない!!」

男「だからもう一度、今度は・・・! 今度も、心からの僕の気持ちを・・・」

男「僕だけの言葉で、お嬢様に届けるからッ!」

男「キミが僕の手をひいて連れてくれた、外の世界(ここ)で!!」

男「どうか、聞いて欲しいーッ!」

男「・・・僕の・・・っ、」




男「家族になってくれぇーーーっ!!!」




男「キミのことが好きだッ! 愛してるんだ!!」

男「誓うよ! キミのことを、世界の誰よりも好きな自分に、約束する!」

男「世界の誰よりも、僕がキミのことを幸せにするんだって!」

男「もう、涙は流させないから!」

男「笑わせ続ける・・・僕が、キミをずっと笑顔にするからッ!」

男「だから・・・!」

男「『さようなら』なんて、言わないでくれぇぇっ!」

男「・・・はぁ、っ、はぁ、はぁッ・・・」

男「お嬢様・・・」

男「僕の言葉が聞こえたなら、返事をしてほしいーーッ!」

男「それでここに・・・! 僕の・・・ッ、傍へきてくれ!」

男「この手を取って・・・! 僕のことを――」

男「抱きしめてくれえぇぇぇッ!!」

ザァァ・・・・・・

・・・ポツ、ポツ・・・

・・・・・・

お嬢様「ぅ、・・・っ、ぁ」ポロポロ

お嬢様「! っ・・・!」バッ

御曹司「・・・」

お嬢様「・・・ぁ・・・」チラ

御曹司「行くといいさ」

お嬢様「え・・・」

御曹司「・・・まさか、本当に来るなんてなぁ・・・」

御曹司「あの男にはあって、オレにはないものか・・・」

御曹司「そんなもの、あるわけないだろうと思っていたのにな」

御曹司「・・・あんな風に誰かのために、雨に打たれながら、好きだと叫び続ける・・・」

御曹司「ハハ・・・オレには、真似出来そうにない」

御曹司「・・・苦労なら、人一倍してきたつもりだが・・・」

御曹司「なまじ万能感なんて覚えてしまうから、小さくても大事なことへ目を向けられなくなってしまうんだな」

御曹司「・・・こんな気持ちは、初めてだ・・・」

お嬢様「・・・」

御曹司「あの男と、あなたを取り合う勇気は、オレにはとても持てそうにない」

御曹司「・・・・・・a-29、か」

御曹司「この席は、あなたには少し窮屈だったようだ」クス

お嬢様「・・・」

御曹司「行けよ」フイッ

お嬢様「御曹司様・・・」

御曹司「あなたの家の使用人に、伝えておいてほしい」

御曹司「・・・・・・賭けは、キミの勝ちだと」

お嬢様「・・・はい」コクリ

御曹司「『さようなら』、だ」

お嬢様「・・・」

お嬢様「さようなら、御曹司様」

・・・・・・

男「はっ、はぁ、はぁ・・・」

男(あ・・・足が・・・)ガクガク

男(でも、まだだ、まだ倒れるわけには・・・)

男(彼女は必ず来る、だから、その瞬間までは!)

男(男は、辛い時にこそ・・・)

男(・・・父さん、そうでしょう・・・?)

男「・・・ん?」

男「・・・あ・・・」

・・・・・・

友「! 雨が・・・」

友「って、いってぇ! もう何もしねえってば!」ドサッ

・・・・・・

メイド「! 大旦那様、外を・・・!」

大旦那「雨が止んで、雲が・・・」

・・・・・・

ビュウッ!

男(急に吹いた強い風に乗って、懐かしい匂いが鼻を掠める・・・)

男「・・・・・・かあさん?」

男「ぁ・・・っ」

男(急に雲が切れて、合間から光が・・・)

男「! まぶ、し・・・」

・・・・・・

お嬢様「どいてください! どいて! 道を空けてぇ!」

―走る。乗客を掻き分けて

お嬢様「あの人が・・・彼がそこにいるの! わたしを待っているの!」

―彼が何を言っていたかは、聞き取れなかった

お嬢様「だからお願いです! 通して! わたしを・・・っ」

―でも、わたしを求めてくれているのは分かった

お嬢様「彼のところへ行かせてぇっ!!」

―・・・運命だと、誰かがそう言うのなら、

―だからどうした、と。

―わたしの運命なんだ、わたしが決めてやらないでどうする。

―彼の横で、彼と一緒にずっと生きてゆく、

―もうずっと前に、そう、決めた。

―いつか、彼を愛するわたしにそう、誓ったのだから。

お嬢様「男様っ・・・男さんっ!」

男「! お嬢様さん!」

お嬢様「男さん、男さんッ・・・! おとこぉーー!」バッ

男「ッ・・・!」ダキッ

お嬢様「ぅ、ぐすっ、・・・おとこ、さん・・・!」

男「ごめんね。少し、遅くなっちゃった」

お嬢様「・・・」フルフル

お嬢様「顔・・・こんなにして・・・無茶ばっかり・・・!」

男「なんてことないよ」ニコ

お嬢様「もう・・・仕方のない人・・・なんだからぁ・・・」

男「好きだ」

お嬢様「・・・わたしも」

男「結婚しよう」

男「僕たち、本当の家族になろう」

お嬢様「はい・・・」

お嬢様「わたしを、もらってくれる?」

男「ずっと、そばにいてほしい」

お嬢様「ずっと、離さないでね?」

男「これからは僕が、キミの手をひいて歩くよ」

お嬢様「わたしも、あなたの手をひいて歩くから・・・」

男「二人、ずっと」

お嬢様「手を繋いで、一緒に」

男・お嬢様「「歩いていこう」」

お嬢様「・・・ぅ、っ・・・」グスッ

男「もう、泣かせないって決めたのになぁ・・・」

お嬢様「嬉しくて流す涙は、いいのよ・・・ふふっ」コシコシ

お嬢様「ねえ、あの時の、やり直し・・・」

お嬢様「してくれるでしょう?」

男「・・・うん」

お嬢様「・・・」

男「・・・ん」チュッ

男(空を厚く覆っていた雲に切れ目が入って、地上に太陽の光が差し込む)

男(長い滑走路が次々と陽光に照らされ、幻想的な光の道が、眼前に遼く伸びる)

男(僕には、その光景が二人の未来を示唆しているように、素直に感じられた)

男(口付けをおえた彼女がゆっくりと目を開けると、口元には柔らかな笑み)

お嬢様「わたし、いまとても幸せ」

男「・・・僕もだよ」

男(そう答えると、彼女は向日葵のような笑顔を浮かべ、それからまた静かに目を閉じた)

男「ふふっ・・・」クス

男(彼女もきっといま、僕と同じことを考えているのだろう)

男(僕は彼女の温もりをしっかりと胸に抱き寄せると、そっと彼女に唇を寄せた)

男「ありがとう」

男「キミに出会えて、よかった」

男「キミを好きになって、よかった」

男(太陽のアーチが僕らを包み、言祝ぐ)

お嬢様「わたしも、ありがとう」

お嬢様「あなたを愛して、よかった」

お嬢様「あなたに愛してもらえて、よかった」

男(そうして笑いあうと、僕たちは再び口付けを交わした)

いつまでも、

―・・・いつまでも、二人、一緒に。


fin

最後まで読んで下さった方、お付き合いありがとうございました。
進行中、乙や支援をくれた方、とても励みになりました。
とくにネタ元の、>>1のみを書くスレの>>30氏には、この場を借りて大きな感謝を。
未完ssマイスターの自分が完走できたのは、氏のおかげです。こんなオナニーに使ってごめんね。

反省点のだらけな上、なんか気軽に読むってカンジじゃなくなってしまって申し訳ない。
bgm云々ってのも、なかなか見ない形なので、人によってはウザかろうと思います。
あと、空港での大立ち回りはフィクションとして割り切ってください。

最後に、気付いた方もいるかもしれませんが、ドラマ「101回目のプロポーズ」から
いくつか台詞を拝借しました。脚本の野島さんに、勝手に感謝させてください。

あばば。
>>30じゃなくて>>31です。ホントごめんなさい。

おつ! 面白かった

後日談とかあっても……いいんだよ?

>>517
後日談は一度書いたんですが、蛇足に思えたので消しました

友妹視点で、男とお嬢様の結婚式に行くという内容で
お兄ちゃん(=男)大好きな友妹が駅前で泣いてるところを
お嬢様が声をかけて一緒に式場へ行き、なんだかんだで
スレタイ回収という、ラブひな最終回的なカンジでした

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom