触手「こちら触手探偵事務所」ウネウネ…(401)

第一話『町をうごめく触手』



< 公園 >

女助手「先生、そっち行きましたよ~!」タッタッタ…

猫「ニャーニャー」タタタッ…

触手「おう、任せとけ!」シュルルッ

ガシィッ!

触手「よっしゃ! 迷子の猫、確保完了!」ウネウネ…

猫「ニャーニャーッ!」ジタバタ…

女助手「さっすが、先生! ナイス捕獲!」

触手「お前もよくやってくれたな。
   んじゃ、コイツを依頼人に届けて、報酬をもらうとするか!」

< 探偵事務所 >

女助手「先生、今日もお疲れさまでした!」

触手「おう」

触手「動きまわったせいで先っぽがだいぶ乱れたから、切って整えてくれ」ウゾ…

女助手「アイアイサー!」スラッ…

女助手が腰に差した剣を抜く。

女助手「はああ……」

スパパパパッ!

素早い剣さばきで、触手の先端が整えられる。

触手「お~、よくやってくれた!
   放っておくとすぐボサボサになっちまうからな~、俺は」ウネウネ

女助手「あたしは先生のために、剣を練習してるんですもん!
    これぐらい当然ですよ!」

触手「ところで、さっきポストに手紙が入ってたけど、ありゃなんだ?」ウネ…

女助手「あれですか? 今度の町長選のお知らせですよ」

触手「そういや、もうそんな時期だったな。候補は……だれとだれだっけ?」

女助手「もう……しっかりして下さいよ! 先生だって選挙権はあるんですから!
    候補は町長さんと実業家さんです!」

触手「あ~……ずっと長い間、町長のじいさんが町長を務めてたけど、
   よそから対抗馬が現れたんだっけか」

触手「対抗馬の実業家はまだまだ若いし……まさに老若対決だな」ウネウネ

女助手「しかも、実業家さんって性格がとってもさわやかなんですよ!
    商売もバリバリやってて、お金持ちですし!」

触手「ふ~ん、だったら玉の輿でも狙ってみたらどうだ?」ウネッ

女助手「イヤですよ! あたしは先生一筋なんですから!」

触手「はぁ……」ニュル…

触手「お前はさ、人間なんだからちゃんと人間と恋愛しろって」ウネッ

女助手「なんでそんなこというんですか? 傷ついてますよ、あたし!
    あたしは絶対、先生と結婚します!」

触手「俺、こうして言葉をしゃべってるけど、
   魔法や呪いで人間から触手になった、なんてオチはないからな?」ウネウネ…

女助手「知ってますよ、そのぐらい!」

触手「いや、だからさ……俺なんかと結婚したら親御さん、泣くって」

女助手「大丈夫! お父さんもお母さんも先生ならいいっていってました!」

触手「ホントかよ……(おかしいって……絶対)」ウネ…

触手「だいたいさ、俺みたいな巨大イソギンチャクもどきのどこがいいんだよ?」

女助手「全部です!」

女助手「あたしは本気ですよ、先生!」

触手「分かった分かった、この話はまた今度な」ウネッ

女助手「あ~、またすぐはぐらかす!」

コンコン……

事務所のドアをノックする音がした。

実業家「こんにちは」

女助手「あ、ウワサをすれば実業家さん!」

実業家「ウワサ?」

触手「(バカ……)あ、いや、ちょうどコイツと町長選の話をしてたもんでね」

実業家「ハハハ、そうだったのかい。話題にしてもらえるとは光栄だな」

触手「ところで……今をときめく実業家さんが、ウチになにか用かい?」ウネッ

実業家「実は……触手さん。あなたを優秀な探偵と見込んで、仕事を依頼したいんだ」

触手「ほぉう? いったいどんな?」

実業家「仕事というのは、ずばり……町長の弱みを調べて欲しい!」

触手&女助手「!」

触手「ふうん……弱みっていうと?」

実業家「なんでもかまわない」

実業家「今度の町長選、今のところ戦況は五分五分といったところだ。
    ──となると、情報戦がカギとなる!」

触手「なるほど……弱みを握ってネガティブキャンペーンを展開するつもりか」ウネッ

実業家「……そのとおりだ」

実業家「この町はここしばらく、大きな変化がなく停滞しているが……
    私が町長になれば、この町をもっともっと大きくすることができる!
    もはや彼のような年寄りが、リーダーをやるべきではないのだ!」

実業家「おっと……興奮しすぎたようだ。失敬」

実業家「どうかこの頼み、引き受けてはもらえないだろうか」

触手「…………」

女助手(弱みを握る、かぁ……。なんだかフェアじゃない気がするけど、
    先生はどうするんだろ?)

触手「オーケー、引き受けよう」シュビッ

女助手「!」

実業家「おお、本当かい!?」

触手「依頼料はまた相談することになるが、俺がもらえる期間は?」ウネウネ…

実業家「本格的な選挙戦は、町の決まりで一週間後からスタートすることになっている。
    だから……それまでにお願いしたい」

触手「分かった、任せておきな!」ウネッ

実業家「ありがとう! これで私の勝利がぐんと近づいたよ!」

実業家は意気揚々と、事務所から出て行った。

女助手「あ、あの……先生」

触手「ん?」

女助手「町長さんの弱み探し、本当にやるんですか?」

触手「当たり前だろ。依頼を受けたんだから」ウネッ

女助手「でも……こういうのってなんだかずるい気がしません?
    相手の弱みを握って選挙に勝つだなんて」

触手「な~にいってんだ。今や選挙戦なんてそんなもんだぞ」ウネウネ

触手「政策について議論するより、対立候補の弱みを握って評判を落とす方が
   よっぽど手っ取り早いし効果がある」

触手「それに、握られるような弱みがあるとしたら、そいつだって悪いんだしな」

女助手「そういうもんですかねぇ」

触手「そういうもんさ」ウネウネ…

コンコン……

再びノックの音がした。

町長「おジャマするぞよ」

触手&女助手「!」

女助手「ちょ、町長さんっ!?」

町長「これは菓子折りじゃ。受け取ってくれ」スッ

女助手「わっ、クッキー! あたしこれ大好きなんです! ありがとうございま~す!」

町長「ところで触手君。君を町一番の探偵と見込んで、頼みたい仕事があるのだが……」

触手「頼みたい仕事?」
  (町一番っていうか、この町に探偵は俺しかいないけどな)

町長「今度の町長選のことは君も知っておろう?
   ワシの対立候補になっている実業家のことも……」

触手「ああ、もちろん」ウネッ

女助手(さっきまで忘れてたくせに……)

町長「君に頼みたい仕事というのはすばり……実業家の弱みを握って欲しいのじゃ!」

触手&女助手「!」

触手「弱みって……たとえばどんな?」

町長「なんでもかまわん」

町長「今度の選挙、ワシはなんとしても勝たねばならん」

町長「なにせ、奴は町長になったらこの町にあれこれと手を加えようとしておる。
   町の発展のため、などといっておるが、
   ようするに、この町を自分の商売道具にするつもりなんじゃ!」

町長「だから……どんな手を使っても奴が町長になるのを阻止せねばならん!」

女助手(まるで実業家さんと正反対……。先生、どうするつもりだろ?)チラッ

触手「分かった、引き受けよう。ところで、期限は?」

女助手(え~~~~~っ!?)

町長「おお、引き受けてくれるか! 選挙戦が始まる一週間後までにはお願いしたい」

触手「了解」ウネッ

満足そうな笑みを浮かべ、町長は事務所を出て行った。

女助手「先生! 同じような依頼を二つも受けるなんて、どういうつもりですか!」

触手「どういうつもり? なにか問題あるか?」

女助手「だって……なんかずるいですよ! 人の道から外れてます!」

触手「だって俺、人じゃないし」ウネッ

女助手「屁理屈……」

触手「冗談はともかく、この選挙が町の方向性を決めることになるのはまちがいない」

触手「二人が同じ戦法を取るってんなら、同じ土俵に立たせてやらなきゃな。
   ……町の人間のためにも」

女助手「あっ……そこまで考えてたんですね!」

触手「それにこんな面白い仕事、そうそうないぞ? やらないでどうする?」ウネッウネッ

女助手「……やっぱりそっちが本音ですか」

触手「触手ってのはそういうもんさ。面白いもんを見つけたら、
   どれもこれも捕獲しなきゃ気が済まないもんなのさ」シュバッシュバッ

触手「ってわけだから、今夜から調査を始めるぞ」シュビッ

女助手「アイアイサー!」

その夜──

< 町長の家 >

触手「ここが町長の家か……古びてるが、けっこうデカイな」ウネッ

触手「よっしゃ、忍び込むとするか!」

女助手「え? 忍び込むってどうやって?」

触手「俺の『虹色(レインボー)触手』のうちの一つを使えば、どうってことねえさ」

女助手「おおっ、久々に!」



『虹色(レインボー)触手』とは──

触手探偵の触手は全部で百本近くあるが、そのうちの七本は、
他の触手とはちがう七つの色と、七つの特殊能力を備えている。

この「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」の触手を、
彼らは『虹色(レインボー)触手』と呼んでいる。



触手「今回使うのは、潜入や探索に持ってこいの──“青の触手”だ!」シュルッ

触手「この“青の触手”はもっとも細く長くしなやかで、しかも鋭い五感を持っている!
   ゆえにどんな場所にも忍び込んで、情報を入手することができるのだ!」ウネッ

女助手「へぇ~」

女助手「──って知ってますけどね。なんで今さらあたしに説明したんですか?」

触手「……こないだ、町の広場で包丁の実演販売してるのを見てたら、
   ああいうのをやりたくなっちまったんだよ!」

女助手「先生ったら、おちゃめなんですから~! 結婚しましょうね!」

触手「しません」

触手「んじゃ、さっそく“青の触手”で忍び込むとするか!」ウネッ

触手「お前は周辺を見張っててくれ。
   “青の触手”を動かす時は、かなり集中しなきゃならねえからさ」シュビッ

女助手「アイアイサー!」

ウネウネ…… シュルルル……

青い触手が、窓の細い隙間から町長宅へと潜入する。

町長の家の中──

触手(町長の部屋はどこかいなっと……)シュルル…

触手(お、あそこっぽい!)ニュルッ

触手(鍵がかかってるが……“青の触手”なら数ミリも隙間があれば侵入できる)

触手(ノックは無しで、失礼しますよっと)シュルル…

青い触手が、町長の部屋に侵入を果たす。

町長の部屋──

触手(……なんだこの部屋?)ウネ…

触手(この町の古い写真や絵があちこちに飾られて……)

触手(しかも……だれだ、あの女性は? いや人間じゃない……ありゃ人形だ!
   町長と人形が一緒にいる!)



等身大と思われる女性の人形に、熱い眼差しを向ける町長。

町長「ワシは必ずこの町を守る!」

町長「お前との思い出がたっぷり詰まったこの町を、
   あんなよそからやってきた若造の好きにさせてたまるものか!」



触手(人形に話しかけてる……。なかなかショッキングな光景だな、触手だけに)

触手(こいつは、もっと調べていけば“弱み”になりそうだ。
   よし、今日のところはこれぐらいにしておくか)シュルル…

触手「潜入完了!」シュルル…

女助手「お疲れさまで~す!」

女助手「……で、どうでした? 成果ありました?」

触手「ん~、まぁな。実業家の依頼はなんとかなりそうだ」

女助手「そうですか!」

触手「ここで調査を一段落してもいいが……まだ夜も更けてないし、
   せっかくだからもう一軒行くぞ!」ウネウネッ

女助手「もう一軒って、はしご酒みたいにいわないで下さいよ、先生!」

< 実業家の家 >

触手「実業家の家も、町長の家に負けず劣らずデカイな……。
   といっても、俺の“青の触手”にとっちゃ無防備も同然だがな」ウネウネ

女助手「先生、かっこいい! いよっ、大悪党!」

触手「さ~て、ちゃっちゃと忍び込んでくるか……」シュル…

女助手「気をつけて下さいね、先生!」

触手「おう」ニュルルル…
  (──って、中に入るのは“青の触手”一本だけなんだけどな)

実業家の部屋──

触手(写真立てがある……)ウネ…

触手(スラム街かなんかの、不良集団の写真のようだな。
   この中央にいる奴……誰かに似てるけど、もしかして実業家か?)

触手「!」



ガチャッ……

実業家が部屋に入ってきた。むろん、“青の触手”には気づかない。

実業家「もうすぐだ……」

実業家「あの地獄のようなスラム街から……やっとここまで上り詰めた!
    もう俺は、昔の俺じゃない!」

実業家「町長になってこの町をでかくすれば、きっと俺はトラウマを払拭できる!」



触手(ふうむ……)

触手(実業家は実業家で、他人にはいえない“弱み”を持ってそうだな……。
   今日のところはこれぐらいにしとくか!)シュルル…

女助手「先生、お疲れさまです! ……どうでした?」

触手「収穫はあった」ウネッ…

女助手「ホントですか!?」

触手「ただし、“弱み”にするには、もうちょい調査が必要だがな」

触手「残り一週間、俺とお前で調査して、なんとか報告できるレベルに持っていくぞ」

女助手「アイアイサー!」

触手「お? さっきはずるいとかいってたのに、やけに乗り気じゃんか」

女助手「なんたって、あたしは先生の助手ですから!
    それにあたしも……ちょっと楽しくなってきました!」

触手「それでこそ、俺の助手だ」ウネッ

触手「じゃあ、本格的な調査は明日からってことで、今日はもう解散だ。
   気をつけて帰れよ!」

女助手「はいっ!」

それから一週間──

触手「お前は実業家の故郷を探ってきてくれ」ウネウネ

女助手「アイアイサー!」



女助手「先生、聞き込み終わりました!」

触手「これで、だいたい町長の過去が分かったな」



触手「今晩、もう一度あの二人の家に忍び込む」シュルル…

女助手「いよいよ大詰めですね……!」



触手と女助手は、町長候補二人の“弱み探し”に奔走した。

………………

…………

……

調査期限当日──

< 探偵事務所 >

女助手「報告書、まとめ終わりました!」トントン…

触手「ご苦労」ウネッ

触手「さぁ~て、と。まずは実業家の家に報告に行くぞ」

女助手「はいっ! ……って、わざわざ家まで行くんですか?
    お二人を事務所に呼べばいいのに」

触手「バカ。んなことして、あの二人がはち合わせたらどうすんだ?
   あっという間に俺を糾弾する場になっちまうぞ」ウネッ…

女助手「あ、そっか!
    先生がどっちの依頼も受けてたってバレたら、大変ですもんね!」

触手「そういうこと」

触手「さぁて、お出かけだ」ウネッ

今回はここまでとなります
よろしくお願いします

< 町 >

女助手「あ、いい石みっけ! 実業家さんの家まで蹴っていきましょっか」コツッ

触手「子供じゃあるまいし、やめろよみっともない」ウネッ

女助手「アハハ……」

触手「──と、お前が子供じみたことをしてたら、あんなところに子供がいるぞ」

少年「あ! 触手さん、女助手さん、こんにちは!」

触手「おう」ウネッ

女助手「こんにちは~!」

少年「ねえねえ触手さん、またあれやってよ! スーパー触手たかいたかい!」

触手「遊んでやりたいのはやまやまなんだけどな……。
   俺たち、これから仕事が待っててな。できる触手のつらいとこさ」ウネリ…

少年「ちぇっ、そうなんだ」

女助手「今度遊んであげるから、またね!」

少年「うん! バイバ~イ!」

< 実業家の家 >

実業家「待っていたよ。報告を聞かせてもらおうか」

触手「俺はこういうの苦手なんでな……女助手、頼む」ウネッ…

女助手「はいっ!」

女助手「え~っとですね……。町長さんは自宅の自室に、
    等身大の女性の人形を置いています」

実業家「ほう、人形を……?」

女助手「これはご存じかもしれませんが、町長さんは若い頃に奥さまを亡くされて、
    それからずっと独身なんです」

女助手「お子さまも皆、独立して町を出てしまったので、
    寂しくなった町長さんは、人形職人に奥さまの人形を作らせたんです」

実業家「……なるほど」
   (泣かせる話ではあるが、リーダーとしては女々しいともいえる。
    うまく使えば十分、町長のイメージダウンにつなげられそうだ)

触手「死んだ嫁さんのことが忘れられず、
   高い金かけてまでリアルな人形を作っちまうくらいだ……」ウネッ

触手「あのじいさんがこの町の現状維持にこだわるのは、
   嫁さんとの思い出の町を変化させたくないから、ってのもあるようだ」

触手「職務上、不正したことも特にないし、弱みといえる弱みはこれぐらいだな。
   この情報をどう使うかは……実業家さん、アンタ次第だ」

実業家「ありがとう、十分だよ。やはり君たちに依頼してよかった」

実業家「これは依頼料の残りだ。受け取ってくれたまえ」スッ…

触手「毎度」シュルッ…

女助手「ありがとうございます!」



実業家(この情報を使って……俺が、この俺が! 町長になってみせる!)

< 町 >

触手「次はじいさんの家だな」ウネッ

女助手「はいっ!」

少年「こんにちは~!」

触手「おうボウズ、また会ったな」

少年「お仕事終わったんでしょ? スーパー触手たかいたかい、やってよ!」

触手「わりィな、まだ終わっちゃいねえんだ。
   その代わり、今度会ったらハイパー触手たかいたかいをやってやるから」

少年「ちぇ~っ! 絶対だよ! じゃあまたね!」



女助手「先生って、いいお父さんになりそうですね!」

触手「お父さんって……お母さんがいねえだろ」ウネ…

女助手「それはもちろん、あたしです!」

触手「アホくさ……急ぐぞ」ウネウネ…

< 町長の家 >

町長「おお、待っておったぞ。報告を聞かせてもらおうかの」

触手「んじゃ、女助手から説明させてもらう」

女助手「はいっ!」

女助手「実業家さんはですね、元々貧民街の生まれで、
    少年時代は不良グループのリーダーをやってたこともあるんです」

町長「ほぉう……」

女助手「恐喝や窃盗などを日々繰り返し、実業家さんの故郷では、
    今でも実業家さんの名前を耳にすると、震え上がる人も多いとか」

女助手「もっとも、実業家さんは両親もなく天涯孤独の身で、
    育った貧民街も盗みでもしなきゃとても暮らしていけないような場所なので
    仕方ないといえば仕方ないという部分もあるんですが……」

女助手「その後、ギャンブルで得た大金を元手に商売を始め、大成功を収め、
    表舞台に立つようになり今に至る──というわけです」

町長「ふむふむ……」
  (あのさわやかイメージの実業家を蹴落とすには、もってこいの材料じゃわい!)

触手「さらに調査を進めたところ、実業家が生まれた貧民街とこの町は、
   町の大きさや構造がどことなく似てた」

触手「実業家はこの町をでかくする、と躍起になっているが──
   これはその頃のつらい思い出を、この町を豊かにすることで払拭したい、
   ってところから来てるようだ」

触手「俺たちは調査は、こんなところだな」ウネッ

町長「かたじけない」

町長「これは依頼料の残りじゃ」スッ…

触手「毎度」シュルッ…

女助手「ありがとうございます!」



町長(今のところ、ワシと実業家の戦況は五分五分じゃ……。
   この情報をうまく使い、なんとしてもワシが町長として君臨し続けてみせる!)

町長(ワシが愛した妻との思い出が残る、この町を守るために……!)

< 探偵事務所 >

触手「あ~、終わった終わった!」ウネウネ…

女助手「やっと肩の荷が下りましたねぇ。
    あの二人、選挙で“弱み”をどう活用するんでしょうか?」

触手「さぁな。こっから先は俺たちが立ち入るべきじゃねえよ」

触手「あとは町民って立場から、高みの……いや低みの見物をしてりゃいいのさ。
   きっと選挙戦はドロドロになるぜ……?」ウネリウネリ

女助手「先生ったら、悪いウネウネの仕方してますよ」

触手「ほっとけ」

触手「あ、そうだ。せっかくだから、お前の剣で俺の先っちょを整えてくれよ。
   長丁場の依頼だったから、だいぶボサボサになっちまってる」ウネッ…

女助手「アイアイサー!」

スパパパパッ!

長丁場の依頼を終えた解放感からか、女助手の剣は一段と冴えていた。

翌日から、いよいよ選挙戦が本格的にスタートする。

< 広場 >

町長「皆さん! 実業家は元々は不良グループのリーダーだったのじゃ!」

町長「町長になりたいのも、不良グループの時に抱いていた野心を、
   この町で発散させたいがためだという!」

町長「あんな輩を町長にすれば、みんな後悔することになるぞ!」



実業家「町民の皆さまは、現町長の趣味をご存じでしょうか?」

実業家「なんと町長は、毎日自分の部屋で女の人形に語りかけているのです!」

実業家「しかも、この町を自分の思い出のままにしておきたいから、
    現状を維持したいという女々しさ! こんな人が町長でよいのでしょうか!」

選挙戦は、触手の予想通りネガティブキャンペーンの応酬となった。

ザワザワ…… ドヨドヨ……



触手「こりゃ面白い! 俺たちの仕事が立派に生かされてるぞ!」ウネウネウネ…

女助手「先生……」ジロッ

投票日が間近まで迫ってきたある日──

触手「さぁ~て、今日も二人のバトルを楽しむとするか」ウネリウネリ

女助手「先生ったらもう……」

触手「お、やってるやってる!」



町長「ええい、元チンピラなんぞにこの町は渡さんぞ!」

実業家「黙れ! いい年こいて人形遊びなんかしてやがるくせに!」

町長「なんじゃと!? キサマには敬老精神というものがないのか!?」

実業家「敬老精神だと!? 敬われるような生き方をしてからいったらどうだ!」



女助手「……もはや、ただの悪口のいいあいですね。
    町の人もみんな、二人の過去なんかどうでもよくなってますよ」

触手「うんうん。これぐらい派手にやってくれりゃ、探偵冥利に尽きる」ウネッウネッウネッ

女助手(先生、いつになくリズミカルに動いてる……)

実業家「だいたいアンタ、どうやって俺の過去を知ったんだ!」

町長「キサマこそ! なにか汚い真似をしたんじゃろうが!」

ギャーギャー……!

触手(あらら……。まさか二人とも探偵を雇いましたなんていうわけがないから、
   安心して高みの見物ができるんだけどさ)

少年「あっ、触手さん!」

触手「おう、ボウズ」ウネッ

少年「聞きたいことがあるんだけど、聞いてもいい?」

触手「質問は子供の特権だ。なんでも聞けよ」

少年「こないだ、触手さんはどうして町長さんと実業家さんの家に遊びに行ってたの?
   今やってる“せんきょ”に関係あるの?」

触手「!?」ギクッ



不運にも、少年の声は罵声を飛ばし合っている二人にも聞こえるほど、よく通った。

町長&実業家「!」ピクッ

町長「触手君!」
実業家「触手さん!」

触手「はいっ!?」ウゾッ…

町長&実業家「今のはいったいどういうことだ!?」

触手「あ、いや……その……」ウネウネウネ…

少年「?」

町長「まさか、おぬし……二重依頼を受けておったのか!?」

実業家「君を信頼していたのに……ひどすぎる!」

触手「ま、まぁ、ひとまず落ちついて下さいよ……ね?」ウネッ…

町長「これが落ちつけるか!」

実業家「きちんと説明してもらおうか!」

触手「えぇ~と、あ~っと……」ウネウネウネ…

女助手(あっちゃ~、大ピンチ! どうするんですか、先生!?)

すると──

触手「ショォォォォォック!!!」

町長&実業家「!」ビクッ

女助手(出た! 先生のショックシャウト! 半年ぶり……ぐらいかな?)

触手「俺が二重依頼を受けていた……それのどこが悪い?」

町長「い、いや……悪いじゃろ」
実業家「う、うん。町長のいうとおり……」

触手「俺が悪いなら、アンタらはいったいなんなんだ!?」ウネ…

触手「選挙戦とは名ばかりの、互いの誹謗中傷ばかり!
   町民のことなんか完全に置き去りにしてしまっている!」ウネウネ…

触手「仮にも一つの町の運命を背負う身で、恥ずかしいとは思わないのか!?」シュビッ

町長「ぐっ……!」
実業家「むむ……!」

触手「町長目指すんなら──悪口じゃなく、政策で勝負せんかいッ!」

町長「それは……そうじゃな……」シュン…
実業家「た、たしかに……」シュン…

女助手(無理やり獲物を絡め取るような力技もお手のものですね! さっすが先生!)

女助手(って、本当にこんなんでいいのかなぁ……)

町長「おぬしのいうとおりじゃ……触手君。
   ワシらは選挙に勝つことだけを考え、町民のことなど置いてきぼりじゃった」

町長「実業家君、これから投票日までは互いの誹謗中傷はやめ、
   この町や住民をどうしたいか──政策だけで勝負といこうじゃないか!」

実業家「望むところだ、町長!」

にらみ合い、火花を散らすライバル同士。

触手(ふうっ、危ないとこだった……)ウネッ…

少年「女助手さん、ボクなにか悪いことしちゃったのかな?」

女助手「ん~ん、君はなんにも悪くないよ。悪いのは先生なんだから」

触手「うぐっ……!」ウゾッ

女助手「あ、もちろんあたしも共犯ですよ!
    もしペナルティがあるならあたしも受けます!」

触手「おお、共犯になってくれるか……。でもなんでちょっと嬉しそうなんだよ」ウネウネ

女助手「だって先生とあたしは、運命共同体なんですから!」

触手「やっぱり俺の単独犯ってことで」

これまでのやり方を反省した町長と実業家は、
うってかわってこの町に関する政策のみを論ずるようになった。



実業家「この町は私の手でもっともっと発展できるのです!」

実業家「国王陛下のいる王都や他の市町村とのパイプを太くし、
    この町をより豊かな土地としてみせます!」



町長「急速な変化というのは、必ずどこかに歪みを生じさせるものじゃ!」

町長「この町は歴史が古く、昔ながらのしきたりなども多い!
   ゆるやかな発展こそが、この町にとって肝要なのじゃ!」



触手「へっ……最初からこうしとけってんだ」ウネウネ…

女助手「先生がいっていいセリフじゃないですね」ニコッ



そして、いよいよ投票日当日!

< 投票所 >

ワイワイ…… ガヤガヤ……

触手「にぎわってんなぁ~」ウネウネ…

触手「こりゃ、投票率100パーセントいくんじゃないか?」

女助手「ですね!」

触手「みんな、よっぽどヒマなんだな」ウネッ

女助手「先生!」

触手「こうして町のみんなが選挙に関心を持ったのには、
   俺たちの仕事のおかげってのもあるだろうけどな!」ウネッ

女助手「……そういう側面も、あるにはあるとは思いますけどね」



やがて投票は終了し、町役場の人間による開票作業が始まった。

結果は──

有権者数 1659人

町長 829票

実業家 829票



ザワザワ……

「まったく同じ票数だ!」 「ホントだ!」 「この町の有権者は奇数のはずなのに!」

町長「うむぅ……。つまり、誰か一人が入れてないというわけじゃな?」

実業家「そういうことだな。いったい誰が……」



女助手「町長選挙は一票でも多く入った方が勝ちになる仕組みですけど……
    棄権したのはいったいだれでしょうね?」

触手「…………」

触手「あ」ウネッ…

みんなの前に出る触手。

触手「わるいわるい」ウゾウゾ…

触手「そういや、俺も選挙権あったから今から投票するわ」ウゾウゾ…

「触手探偵だ!」 「最後の一票は彼か」 「彼にも選挙権があったのか!?」

町長「そういえばそうじゃった!」

町長「今の法律によれば、たとえ人間でなくとも、ある程度の知能を有しており、
   規定年数以上居住していれば、選挙権を得られるからのう」

実業家「ということは……彼の一票で勝敗が決するというわけか!」

触手「ってことになるな」

女助手「ど……どっちに入れるんです!? 責任重大ですよ、先生!」ゴクッ…

触手「そりゃもちろん──」シュルッ

触手がペンで、白い紙に名前を書き入れる。

触手「町長だよ」ピラッ…

町長「おおっ!」

実業家「くっ……」ガクッ…

女助手「先生……いったいどうして町長さんに?」

触手「え、だって──」

触手「事務所にやってきた時、町長は菓子折りを持ってきてくれたからな」ウネウネ…

女助手「あ、クッキー……たしかにおいしかったです」

触手「ってわけで、菓子折りの差で、町長!」ビシッ

町長「たかが数百ゴールドのクッキーじゃったというに……」

実業家「いや……商売でも小さな心配りで大きな差が生まれることがある。
    この勝負……私の負けだ!」

実業家「こうなった以上、私は町長の座をいさぎよく諦めるとしよう……」

町長「いや、待ってくれ! 実業家君!」

実業家「!」

町長「今回、触手君を通じて君に秘密を暴露されたことで、ワシは悟ったよ」

町長「ワシは……過去にこだわりすぎていたのではないか、とな」

実業家「町長……」

町長「実業家君……どうか、商売人としてワシをサポートしてくれんだろうか。
   ワシとて、この町をもっと発展させたいという気持ちはあるのじゃ」

町長「きっと……そうした方が亡き妻も喜ぶと思うしのう」

実業家「…………!」

実業家「──私こそ! ああやって過去の自分を暴露されたことで、
    むしろスッキリしました!」

実業家「これからは過去を消し去りたいなどという後ろ向きな気持ちではなく、
    真に町の視点に立って、町の発展に力を尽くします!」

実業家「そしていつか……私の故郷をも救いたいと思います!」

ワイワイ…… ガヤガヤ……

町長「実業家君……よろしく頼む!」

実業家「はいっ! 町長!」

ガシィッ……!

固い握手を交わす二人に、町民からも温かい拍手と声援が送られる。

パチパチパチ……! パチパチパチ……!

ワアァァァァァ……!



触手「…………」

触手「全て……俺の狙いどおりだ」ウネッ

女助手「ウソつかないで下さい!」







~ おわり ~

第一話終了です
引き続き書いていきますのでよろしくお願いします

第二話『ドクター・触手』



< 探偵事務所 >

新聞を読みながら、はしゃぐ女助手。

女助手「先生、この記事すっごいですよ!」

触手「どんな記事だ?」ウネッ…

女助手「ある奇病に悩まされてた村に立ち寄った薬売りさんが、
    たちまち村の人たちを救ったんですって!」

触手「へぇ~、医者が不足してる今の世にとっちゃ、ありがたい話だな。
   この町も大してでかくもない診療所が一つあるだけだし……」ウネ…

コンコン……

触手「ん、客か?」

女助手「どうぞ、お入り下さい!」

依頼人は、まだ女助手と同世代であろう若い娘であった。

触手「ま、お茶でも飲んで……用件を聞かせてもらおうか」シュル…

村娘「は、はいぃっ!」

村娘「ア、アタシ……この町の人間じゃないですけれどもっ!
   アナタならどんな事件も解決してくれると聞いて、やってきましたぁ!」

触手「ん~……それほどでも、あるけど……」ウネウネ…

村娘「お願いしますっ! どうかアタシたちの村を助けて下さい!
   ──お願いしますぅぅぅっ!」

女助手「お、落ちついて! ゆっくり話して下さい! ……ね?」

村娘「あ……失礼しましたぁっ!」

触手(女助手に似て、そそっかしそうな娘だな)

村娘「実は……アタシの村でおかしな病気が流行っとるんです!」

触手「病気?」ウネッ…

村娘「はい……体がだるくなって、微熱が出て、手足がシビれて……
   大事には至っていないんですが、大勢の村人がそれにかかってしもうて……」

触手(ちょっと強力な風邪……みたいな感じか)ウネ…

女助手「あのう……。たしかに先生はすっごい探偵ですけど、
    そういうことは、お医者さんに相談した方がいいのでは?」

村娘「おっしゃる通りです」

村娘「だけど……アタシの村には医者はいないし、
   この町のお医者さんに頼んでみたら、忙しいからと断られて……」

触手「今はどこも医者が不足してるからなぁ……。
   突然、風邪もどきみたいな病気を治しに村まで来てくれといわれても
   すぐには動けないだろうな」ウネッ…

村娘「もしこのまま放っておいて、みんなが倒れていったら……!」

村娘「お願いします! アタシの村を……助けて下さい!」

触手「…………」ウネウネ…

女助手(いくら先生でも、こんな依頼は受けられないだろうなぁ……)

触手「引き受けよう」

女助手「え!?」

触手「病は専門じゃないし、力になれるかは分からんが、
   ちゃんとした医者が来るまでの“つなぎ”にはなるかもしれないしな」ウネッ

村娘「あっ……ありがとうございますぅぅぅっ!」

馬車の支度をするという村娘を外に出し、準備を整える触手。

女助手「先生、ホントに行くんですか?」

触手「なんか面白そうだし、俺なら病気にかかることもないだろうしな。
   お前は来なくていいんだぞ?」

女助手「なにをおっしゃる! 先生が行くところなら火の中、水の中、病気の中!
    どこへだって、あたしはこの剣とともにお供しますよ!」

触手「くれぐれも用心しろよ。命に関わる病気じゃないらしいが……
   俺が帰れっていったら大人しく帰るんだぞ」ウネッ

女助手「アイアイサー!」



触手「お、いい馬車じゃんか。それじゃ、村まで案内してもらおうか」ウネウネ

女助手「レッツゴー!」

村娘「はっ、はいぃっ!」

村娘が操る馬車に乗り、一行は村を目指す。

ガタゴト…… ガタゴト……

村娘「ところで、触手さんは今までどんな事件を解決してきたんですか?」

触手「ん~……色々あるよ。
   猫を捕まえたり、盗賊団をやっつけたり、なくした宝石を見つけたり……
   最近では町長選挙でのいさかいを、みごとに和解させてやった」

村娘「すごいなぁ~……」

村娘「女助手さんは剣を持っとりますけど、強いんですか?」

女助手「いえいえ! これはあくまで先生のお手入れをするための剣ですから!
    あたしは全然強くないんですよ~」

触手「ウチの町にも剣の訓練場があるからコイツもちょくちょく通ってるが、
   生徒の中で一番弱いんだとさ」

女助手「アハハ……」

村娘「そうなんですか……」

触手(そう、たしかに強くない……。普段はな)

村娘「さあ、もうすぐアタシらの村に着きますよぉ!」

< 村の入り口 >

ヒュゥゥゥ……

村娘「ここがアタシの村です! ……普段はもう少し、にぎやかなんですけどね」

触手(まるでゴーストタウンだな……)

女助手「のどかな村なのに……ひどいなぁ……」



しかし──

ワイワイ…… キャッキャッ……

子供A「いけいけ、ボクのカブトムシ!」

子供B「なんの、やれ! クワガタ!」

元気に昆虫と遊んでいる子供たちがいた。

触手「珍しいな。この季節にカブトムシやクワガタだなんて」

村娘「あれは少し前まで村にいた行商人さんが売っとったんですよ。
   この季節にも活動する種類だとか」

触手「行商人?」ウネッ

村娘「ええ、珍しい虫をいっぱい売ってましてね……。
   虫の成分から抽出したっていう軟膏を塗ってくれたこともありました」

触手「おいおい、もしかしてその軟膏が病気の原因ってオチじゃないのか?」ウネウネ

女助手「あっ、そうか!」

村娘「それも疑いましたけど……ありえませんよ!
   だとしたら、アタシやあの子らだって病気になっとるはずですし。
   たしか、村のほとんどの人が塗ってもらったはずです」

触手「さすがに、そううまくはいかないか……」ウネッ…

女助手「ドンマイ、先生!」

触手「…………」

< 村の寄り合い所 >

村娘「病気になった村人たちには、ここで寝泊まりしてもらっとります」



「うぅ~ん……」 「体がだるい……」 「くそぉ~、力が入らねえ」



患者は全て、村の十代から二十代の男性であった。

女助手「これはひどいですねえ……」

触手「…………」ウネッ

村娘「村の若いもんはこのとおりで……」

村娘「村にある薬草なども試したんですが、ちっとも効かなくて……」

女助手「病気になったのが、若くて体力のありそうな人たちだけっていうのが、
    まだよかったですね」

村娘「ええ、不幸中の幸いでした。だけど、他の人間もいつ病気になるか……」

触手「一人……なるべく元気な患者を診せてもらってもいいか?」ウネウネ…

村娘「は、はいっ! アタシでよければっ!」

触手「いや、アンタは病気じゃないだろ」

村娘「失礼しましたぁぁぁっ!」

村娘「それじゃ、茶髪くん。触手さんに容体を診てもらっていいかね?」

茶髪「あ……いいっすよ……」ゲホゲホッ

触手「よし……俺の『七色(レインボー)触手』のうちの一本を、
   使う時がきたようだな」ニュルッ

女助手「おおっ! 今日はいったいどれを?」

触手「“黄の触手”を使う!」

女助手「おおっ、“黄の触手”! たしかにこんな時にはうってつけですね!」

村娘「なんなんです? “黄の触手”って」

女助手「人や動物の体から、体液を吸い取ることができるんです。
    しかも、その体液を分析することもできるんですよ!」

触手「チクっとするが、我慢してくれよ」シュッ

ドスッ……!

茶髪「あんっ……!」

触手&女助手&村娘(あんっ、て……)

触手「…………」チュウチュウ…

茶髪「いいっすねぇ~……。気持ちいいっすよぉ~……」ビクビクッ

触手「こらこら、あまり動くな」チュウチュウ…

女助手(先生に吸われてる……! いいなぁ……!)ソワソワ…

村娘(女助手さん、めっさソワソワしとる……)

体液をいくらか吸い取った触手が、分析に入る。

触手「…………」ウネウネ…

触手(やはり、これは──)

女助手「先生、なにか分かりましたか?」

触手「ああ、二つのことが分かった」ウネッ…

村娘「まさか、治療法!?」

触手「それが分かるようなら、俺は探偵じゃなくて医者になってるっつうの。
   絶対そっちのが儲かるしな」

女助手「その時は、あたしはナースですね! で、二つのことというのは?」

触手「一つはこの若者たちが死ぬようなことはないってことだ。
   彼から吸った体液に含まれてる成分は、到底人を殺せるようなもんじゃない」

村娘「よ、よかったぁぁぁ……」ホッ…

女助手「──で、もう一つは?」

触手「それをたしかめるため……ちょっと村を散歩してくる。女助手、お前も来い」グイッ

女助手「わ、わわっ!」

< 村 >

女助手「先生、いったいなにをたしかめるつもりですか?」

触手「…………」ウゾウゾ…

触手「お、やっぱり!」

女助手「?」

触手「よっと」ヒュババッ

ヒュバババババッ! ヒュバババババッ!

数本の触手が、ムチのように振り回される。

女助手「な、なにやってるんですか、いきなり!?」

触手「ん~と、昆虫採集」ウネッ

女助手「こ、昆虫……? 子供たちのカブトムシやクワガタが逃げたんですか?」

触手「んじゃ、寄り合い所に戻るぞ」ウネウネ

女助手「ちょ、ちょっとぉ~、教えて下さいよ~!」

< 村の寄り合い所 >

触手「村娘ちゃん」

村娘「は、はいぃっ!」

触手「おそらくあと二、三日でこの病気はこの村から消えてなくなる。
   それはもう、キレイさっぱりとな」

女助手&村娘「ええええええええええっ!?」

村娘「なんでぇ!? なんでなんですぅ!?」

女助手「どういうことなんですか、先生!?」

触手(二人とも、期待以上のリアクションだな。実にやりがいがある)ウネッウネッ

触手「ま……とにかく待つことだ」ウネ…

触手「ってわけで村娘ちゃん、少しの間この村に厄介になってもいいか?
   この騒動は見届けたいしさ」

村娘「それはもちろん、かまいませんけど……」

触手「女助手、お前は帰った方がいい。親御さんが心配するからな」シュルッ…

女助手「心配無用!」

女助手「こんなこともあろうかと町を出る時に、しばらく泊まりになるかもって
    弟に手紙を渡しておきましたから!」

触手「……やるじゃん」



触手と女助手は、しばらく村に滞在することになった。

< 村娘の家 >

村娘「今日は……来て下さってありがとうございましたぁぁ!」

女助手「いえいえ」

触手「まだ村人の病気が治ったわけでもないしな」ウネッ

村娘「いえ……。アタシ、アナタたちが来てくれただけで嬉しいんです。
   それだけで、なんていうかホッとしちゃって……」

村娘「さっきまでは村を救いたい気持ちだけでいっぱいでしたが、
   今は……アナタたちに病気になって欲しくないです」

村娘「だから滞在中、決して無理はしないでくださいね」

触手「ありがとよ」ニュルッ

女助手「村娘ちゃんが少しでも元気になってくれてよかったです!」

村娘「えへへ……」

寝室──

女助手「ねえ、先生」モゾ…

触手「ん?」

女助手「さっきのチュウチュウ吸うの、あたしにもやって下さいよぉ~」

触手「なんでだよ。お前はいたって健康体だろうが」

女助手「じゃあ、久々にくすぐったりマッサージして下さいよぉ~!
    最近、ご無沙汰じゃないですか~!」

触手「ダメだ」ウゾッ…

触手「お前はものすごい声出すからな……村の人たちが起きちまうよ」

触手「それにこの件では、お前をマッサージする必要はないだろうさ」

女助手「ちぇっ」

今回はここまでとなります

翌日──

< 村 >

女助手「おはようございます! 今日は何をするんです? 調査? それとも治療?」

触手「いや、何もしないぞ」

女助手「へ?」

触手「せっかくこんな静かな村に来たんだ……久々にのんびりしようぜ」ウネウネ

女助手「……そうですね!」

女助手「お、キレイな石が落ちてる! よ~し、蹴ってあっちまで持っていこう!」コツッ

触手「まぁ~た石蹴りかよ」ウネ…

触手(だけどコイツのこういうところ……俺、結構好きかも)ウネウネ

子供A「ねーねー、遊んでよ!」

子供B「行商人さんいなくなっちゃったしさ……」
  
触手「ん? 悪いがな、俺はけっこう多忙な触手なんだ」

女助手「今日はやることないっていってたじゃないですか! さ、遊びましょう!」

子供A&B「わぁ~い!」

触手「ったく、しょうがねえなぁ……。
   つい最近開発した新技、ウルトラ触手たかいたかいをやってやる!」ウゾッ

子供A&B「うわぁ~い!」

女助手(先生って、ホント子供に好かれるよなぁ……)

触手「ところでボウズども」ウネッ

子供A「なぁに?」

触手「ボウズどもに、カブトムシやクワガタを売った行商人ってのは、
   どんな顔だった?」

子供A「ん~、わかんない」

女助手「へ? どうして?」

子供B「だって……おかしな布で顔を包んでたから」

女助手「むむ……どうやらよほどシャイな人だったみたいですね!」

触手(やっぱり……そうなるよな)ウネ…

触手「よぉし、お礼に“触手乱舞”を見せてやる! めったにやんないんだぞ!」ウネッウネッ

子供A&B&女助手「やったぁ~!」

触手「──って、お前まで一緒に喜ぶなよ」

女助手「す、すみません……」

< 村娘の家 >

女助手「今日も泊めてもらっちゃって、ありがとうございます!」

村娘「いえいえぇ! 子供たちと遊んでくださったみたいで……。
   若いもんがみんな倒れてしまったので、本当に感謝しとります」

村娘「それに、触手さんの診断で命に関わることはないと分かったので、
   みんなホッとしとりますしねぇ」

触手「そりゃよかった。多分、明日あたりにこの一件は解決するしな」

村娘「明日ですかぁ!」

女助手「それはいったいどうして──」

触手「さぁ~て、寝るか!」ウネッ

村娘「は、はいぃっ!」

女助手(んもう、全部話してくれればいいのに、先生ったらもったいぶるんだから……)

翌日──

< 村 >

女助手「先生、今日はどうするんです?」

触手「昨日とおんなじさ。病気がなくなるのをのんびり待つ」ウネッ

女助手「アイアイサー!」

触手「ん? えぇ~、またですかぁ~、とかいわないんだな」

女助手「あたしこの村のことが結構気に入っちゃって……。
    村の人としゃべったり、子供たちと遊ぶの楽しいし……」

女助手「もし、先生の推理が外れて当分この村にいることになっても、
    それはそれでいいかな……って」

触手「……お前の適応力は見習うべきものがあるな」ウネウネ



ザワザワ…… ガヤガヤ……

女助手「あれ? なんだか……騒がしいですね」

触手「来たな……」ウゾッ…

村人たちが、薬箱を担いだ青年を囲んでいた。

「本当かね!?」 「あなたなら病気を治せると!?」 「まさか……」

薬売り「はい……全てぼくにお任せ下さい」



女助手「だれですか、あの人?」

村娘「なんでも、旅の薬売りさん、みたいです」

女助手「あっ、もしかして、新聞に載ってた人じゃ!?」

女助手「そうか! 先生は近いうちにあの人が来てくれるって、推理してたんですね!
    すごいです! さすがです!」

触手「まぁ……な」

< 村の寄り合い所 >

薬売り「この症状には……この薬が特効薬になるはずです」

薬売り「さ、飲んでみて下さい」

茶髪「うう……」ゴクッ…

薬を飲んでから少し経つと──

茶髪「おお、ホントっす! だいぶ楽になったっす!」

「本当かよ!」 「オラにも飲ませてくれ!」 「お、俺にも!」

薬売り「薬はたっぷりあるので大丈夫です! お安くしておきますよ!」

ワイワイ…… ガヤガヤ……



村娘「やったぁぁ……みんな治っていく! よかったぁぁぁ……」グスッ…

女助手「よかったね、村娘ちゃん!」

触手「…………」ウネ…

夕方になり──

薬売り「皆さん、ほぼ全快されたようですし、ぼくはこれにて失礼します」

村人「あのう……ぜひ泊まっていって下さい!」

薬売り「ありがたい話ですが、ぼくはもっと大勢の病に苦しんでる人を救いたいので……」

「ありがとうございました!」 「あなたは救世主だ!」 「助かったよ!」

ワイワイ…… ガヤガヤ……



村娘「よかったぁ……これで村は元通りだぁ……」

女助手「結局あたしたちの出番はほとんどなかったですねぇ」

触手「しゃーない。こういうことは俺たちの専門じゃないからな」ウネウネ

村娘「いえ、お二人が来て下さったから、村が明るさを保てたんです!
   アタシ、本当に感謝しとるんです! ありがとうございます!」

女助手「こちらこそ、村娘ちゃん!」

触手「そういってもらえるとこっちも嬉しいよ。
   明るく楽しくうねる、ってのが俺のモットーだからな」ウネッウネッ

こうして村は活気を取り戻し、全てが元通りとなった。

触手「……さぁて」ウネッ

女助手「?」

触手「女助手、ヤツを追うぞ」ウネウネ

女助手「ヤツ? ヤツって……薬売りさんですか?」

触手「ああ」

触手「こっからが俺の、いや俺たちの“専門”だ」

女助手(なにがなんだか、よく分からないけど……)
   「アイアイサー!」

薬売りは村からかなり離れた地点に、テントを設けていた。

< テント >

薬売り「よし……」ジャラッ…

薬売り(これだけあれば当分は生活できそうだ……。
    だけど、こんなこといつまでも続けられるわけがない……)

薬売り(いいや、考えるのはよそう! 一度外の空気を吸って──)ガサ…

薬売りがテントの外に出る。



ウネウネ…… ザッ……

触手「よう、商売繁盛でなにより」ウネウネ…

女助手「こ、こんばんは」



薬売り(触手の魔物と……若い女の子!?)

薬売り「だ、だれだ君たちは……!?」

触手「俺はこのとおり触手なんだけどさ。
   触手のくせにねちっこい責めってのが苦手なんだ。だからズバリいうぜ」

触手「お前、あの村でカブトムシやクワガタ売ってた行商人だろ」シュビッ

薬売り「!」ビクッ

女助手「へ?」

薬売り「な、な、なにを──」

触手「村の若者の体液に含まれてた成分、あれは細菌の類じゃねえ……」

触手「毒だ」

女助手「ど、毒ですって!?」

触手「毒性は大して強くない……せいぜい気だるさを覚える程度だ。
   ただし、人体から排出されるのはえらく時間がかかるってシロモノだ」ウネウネ

触手「解毒剤がなきゃ、かなり長い間苦しむことになるだろうな。
   たとえば……さっきお前が村人に売りつけてた薬とかな」

薬売り「…………!」

女助手「で、でも先生! あんな大勢に毒を盛るなんて、絶対ムリですよ!」

触手「虫だよ」

女助手「虫!? カブトムシやクワガタに毒なんてありましたっけ?」

触手「ちがうちがう。コイツはそいつらとは別に、虫を飼ってんだ。
   ちっこいけど、厄介な毒を持ってる羽虫をな」ウネ…

触手「お前と村を散歩した時、案の定見慣れない羽虫が何匹かいやがった。
   フェロモンかなんかで回収したんだろうが、しきれなかったんだろうな」

触手「捕まえてみたら、病人たちの体液に混ざってた毒と同じ毒が検出された。
   多分、テントを調べりゃ、ビンかなんかであの羽虫を飼ってるはずだ」ウネウネ…

薬売り「ぐ……! うぅ……っ!」

女助手「つ、つまり、この人は……虫を使って毒をばら撒いて……
    解毒剤を売りつけてたってことですか!」

触手「そういうこと」ウネッ

触手「自分で火をつけて、自分で消す。典型的なマッチポンプってやつだ」

触手「つまりお前の正体は、行商人でも薬売りでもなく──
   虫使いにして毒使いだった! ……ってわけだ」

薬売り「う、ううっ……」

女助手「だけど先生、それだったら村娘ちゃんや子供たちも病気……
    いえ、毒に侵されてないとおかしいんじゃ……」

触手「軟膏だよ」

触手「元々あの羽虫に人を刺す習性はないんだろうが……
   おおかた、あの虫の攻撃行動を促す薬品だかを混ぜた軟膏を塗りつけることで、
   人間を攻撃させたんだ」ウネウネ

女助手「だけど、軟膏は村の人みんなに塗りつけられたんですよ?」

触手「そんなもん、軟膏を二つ用意してたに決まってんだろ。
   虫を刺激する成分が入った軟膏と、入ってない軟膏をな」ウネッ

触手「んでもって、羽虫を村にばら撒けば、“病人”が何人も誕生する」ウネウネ

触手「あとは虫を回収して村を出て、少し間を空けて解毒剤を持って村を訪ねれば……
   救世主のできあがりってわけだ」

女助手「そういうことだったんですか……」

触手「さて……と、なにかいいたいことはあるかね? 薬売り君」ウネッ…

薬売り「あ、う……ううう……」ガタガタ…

触手「ホントはテントの中を調べる予定だったが……調べるまでもねえな、こりゃ」

触手「なんでこんなことをした?」ウネッ

薬売り「ぼ、ぼ、ぼくは……」

触手「あんなレアな羽虫を操るのも、解毒剤を作るのも、
   生半可な知識じゃできねえはずだ」ウネウネ

触手「それだけの能力がありながら、なぜこんなマネをしたんだ?」

女助手(先生……)

薬売り「ぼ、ぼくは……昔は医者を目指していた……」

薬売り「だけど……医学界はぼくの想像してたような世界じゃ、なかった……」

薬売り「力のない医者の手柄は力のある医者に取られ、
    お金を持ってない患者を親切心で治療すると、怒られ……」

薬売り「それに……医者同士も対立して、ほとんど交流をしない……。
    ある国ではある病気に対する有効な治療法が見つかったのに、
    隣の国の医者はそんなことまったく知らない、なんてこともザラなんだ……」

触手「…………」

薬売り「結局ぼくは……ダメになってしまった。
    そ、それで……色んな国をあてもなく放浪して……」

触手「身につけた知識を生かして、こんなチンケな商売を始めたってわけか」ウネッ…

女助手(お医者さんって、一種の特権階級みたいなところがあるし、
    厳しい社会だとは聞いてたけど……そこまでだったなんて……!)

女助手(だからって、この人のやったことは許されることじゃない……!)

触手「薬売り……ハッキリいって、お前は最低の人間だ」ウゾッ…

触手「医者の世界はすごく厳しくて汚いから……なんて理由にもならねえ。
   ムシケラ以下だよ、お前」

薬売り「うぅっ……! そ、そのとおり、です! ぼ、ぼくはもう……!」

触手「そんなムシケラなお前に、俺から一つ提案したい」ウネウネ…

薬売り「提案……? な、なんですか……?」

触手「見逃してやろうか?」

薬売り「へ?」
女助手(え!?)

触手「見逃すにあたっての条件は二つ」ウネッ

触手「一つは、今回この村からもらった金は、全部返してもらう。
   適当なこといって、俺から村人に返しておくよ」

触手「そしてもう一つは──」

触手「お前、もう一度医者を目指せ」シュビッ

薬売り「だけど! ぼくはもう……ただの犯罪者……」

触手「俺は探偵でな。こういう職をやってると、コネクションも広がる」

触手「お前のことを、ある医者に紹介してやるよ。
   そいつはお前がいったような汚れた医学界とは無縁のヤツさ」

触手「もちろん、もう一度挫折したって俺は責めやしねえ……。
   目指せば必ずなれるってほど、甘いもんじゃねえだろうしな」ウネッ

触手「ただし──」

触手「もしまた……今回みたいな下らない事件を起こしたと知った時には……」

触手「お前の穴という穴から侵入して、身動きも取れない状態にして、
   三日三晩、死んだ方がよっぽど幸せっていう激痛を味わわせる」ウゾ…ウゾ…



触手「そんでもって体内から全身をバラバラに引き裂いて、殺してやる……!」ウゾッ…



薬売り「…………!」ゾクッ…

女助手「…………!」ゾッ…

薬売り「うあ、あ……!」

触手「ビビるんじゃねえよ」ウネッウネッ

女助手(今のを聞いて、ビビるなって方が無理ですって……)

触手「さて、薬売り。なんで俺がこんな提案するかってのも教えてやろう」

触手「お前は……あの羽虫で、女子供や老人といった弱い連中は狙わなかった。
   村自体も、今の時期はさほど忙しいわけじゃなかった」

触手「お前はどうしようもないヤツだが……根っこまでは腐ってない、と思った」ウネッ

触手「でなきゃ、今ここでブチのめして村人に突き出すところだった」ウネウネ…

触手「それにさ、お前のことを救世主と思ってる人たちに、
   アンタら騙されてたんだよって、今さらタネ明かしするのも気が引けるしな」

薬売り「…………」

女助手(先生……)

触手「……どうする?」シュルッ

薬売り「や、やります……! やらせて下さい!」

薬売り「ぼくにはもう……人を救う仕事につく資格なんかないけれど……!
    も、もう一度……!」

触手「よし」ウネッ

触手「やるからにはしっかりやれよ」

薬売り「は、はいっ……!」

こうして触手は、村人たちに金を返還し、
薬売りについては“信頼のおける知人”に預けることにした。

そして──



< 探偵事務所 >

女助手「……先生」

触手「ん?」ウネッ

女助手「なんであの人……捕まえなかったんですか?」

触手「別に俺は正義の味方じゃないしな。それにほら、今医者不足だろ?
   アイツならもしかしたら、すげえ医者か薬剤師になれるかもしれないしな」

触手「たとえとしては適当じゃないかもしれんが、
   悪いことをしたニワトリを絞め殺して終わらすより、卵を生ませた方がいい。
   ──と考えたわけだな、俺は」ウネウネ

女助手「…………」

触手「不満か?」ウネッ

女助手「先生が正しいです! ……とはいいたくありません。
    あの人はあれだけ大勢の人を苦しませたんですから……」

触手「だよな」ウネッ

触手「お前は俺にただくっついてきてるだけのように見えるが、
   たまにそうやって俺にビシッといってくれるよな」

触手「お前のそういうところ……結構好きだぜ」ウネ…

女助手「ええっ、それってまさかプロポーズ!?」

触手「ちげーよ!」ウゾッ

女助手「……残念」

女助手「ところで、薬売りさんを預けたお医者さん、ホントに大丈夫なんですか?」



エルフ医師『ほぉ~う、虫を使ってそんな悪さを!? なかなか見どころある人間だな!
      オレもやってみよっかな! ヒャヒャヒャヒャァ!』



触手「……多分」ウネ…

女助手「そ、そうですか」

女助手「あと……最後に一つだけ。
    薬売りさんにやった脅し、もし彼が約束を破ったら本当にやるつもりですか?」

触手「さぁて、な」







~ おわり ~

今回はここまでとなります
引き続きよろしくお願いします

第三話『王と触手と真剣勝負』



< 城 玉座の間 >

国王に謁見する二人の武器職人。

国王「今年の『ソードオブザイヤー』はおぬしら二人のうち、
   どちらかの品から選ぶこととする」

国王「一ヶ月後までにそれぞれ一振りずつ剣を仕上げ、
   より優れていた方が、『ソードオブザイヤー』受賞となる」

国王「よいな?」

鍛冶屋「はいっ!」

職人「承知いたしました!」

< 鍛冶屋の家 >

鍛冶屋(『ソードオブザイヤー』の候補になることができた……。
    これだけでも、私にとっては十分誉れ高いことだ……)

鍛冶屋(あとは邪念を捨て、最高の剣を作ることだけを考えよう!)

カンッ! カンッ! カンッ!

これまでに培った技術と経験を全て注ぎ込むように、ハンマーを打つ鍛冶屋。

鍛冶屋(最高の剣を作るんだ……)カンッ カンッ

鍛冶屋(最高の剣を……!)カンッ カンッ

『ソードオブザイヤー』品評会まで残り十日──

鍛冶屋「やった! ついに完成したぞ!」ギラッ…

鍛冶屋「切れ味も強度も文句なし。グリップもしっくりくる。
    まちがいなく今までの私の作品の中で、最高の剣だ!」

鍛冶屋(あえて余計な装飾はせず、このまま王に献上しよう)

鍛冶屋(おそらく職人も、ものすごい剣を作り上げてくるだろうが、
    この剣で負けたのなら悔いはない!)

鍛冶屋(文字通り、職人との真剣勝負だ!)

ところが──

鍛冶屋「……あれ!?」

少し目を離した隙に、鍛冶屋の剣がなくなってしまった。

鍛冶屋「ない! ないぞ!? たしかにここに置いておいたのに……。
    どこにもないッ! どこにいってしまったんだ!?」

鍛冶屋「……私としたことが、なんという失態だ!」

鍛冶屋(くう……! 今から大急ぎで作ったとしても、
    似たようなものは作れても、あのレベルの剣はとても作れない!)

鍛冶屋(それに、もしあの剣を悪用されたら、大変なことになってしまう!)

鍛冶屋(なんとか見つけ出さなければ……)

鍛冶屋(しかし……どうやって探したらいいのか、見当もつかない!)

鍛冶屋(そうだ! この町にいる探偵さんに相談してみよう……!)

< 探偵事務所 >

女助手「どうぞ、コーヒーです!」コトッ

鍛冶屋「ありがとう、女助手ちゃん」

触手「なるほどね……。『ソードオブザイヤー』用に作った剣が突如消えてしまい、
   それを探して欲しいと……」

鍛冶屋「はい……」

触手「ところで、先に聞いておくべきだったんだけど」ウネウネ

鍛冶屋「なんでしょう?」

触手「『ソードオブザイヤー』ってなに?」ウネッ

女助手「あれ、先生? 『ソードオブザイヤー』をご存じない?」

触手「え、お前知ってんの?」

女助手「これでも剣士のはしくれですからね!
    では鍛冶屋さんの代わりに、あたしからご説明いたしましょう!」

女助手「『ソードオブザイヤー』というのは、王様の面前で行われる剣の品評会です!」

女助手「年に一度、優れた武器職人を二人選び、その二人に剣を作らせるんです!」

女助手「そして、王様の目の前で兵隊さんがその剣を使って試し斬りや演武をし──
    王様の目にかなった方が『ソードオブザイヤー』受賞となるわけです!」

触手「ほぉ~」ウネウネッ
  (剣術がさかんなこの国らしい催しではあるな)

女助手「受賞すれば、当然鍛冶職人としての名が上がりますし、
    受賞をきっかけに宮廷鍛冶師にまでなった人もいるんですよ!」

女助手「しかも、候補になるまでがまた大変で……」

触手「分かった分かった、もういい、ストップ」シュバッ

触手「とにかく、アンタにとっちゃなんとしても獲得したい賞ってわけだ」

鍛冶屋「はい……。少なくとも、こんな形のリタイアでは悔いが残りすぎて……。
    なんとかなりますでしょうか?」

触手「とにかくやってみよう。見つかり次第、アンタに連絡させてもらうよ」

鍛冶屋「どうか、お願いします……!」

鍛冶屋は触手たちに全てを託し、事務所を後にした。

女助手「…………」

女助手「実はあたしの剣を作ってくれたのも、鍛冶屋さんなんです!
    だから絶対受賞して欲しいんですよね~」

女助手「だけど……たった十日で見つけられるものでしょうか?」

触手「……十日どころか、おそらく今日中に報告できるだろうよ」ウネッ

女助手「え……えええええっ!?」

触手「もう剣のありかの目星はついてる。
   探索専門の“青の触手”の出番だ! 出かけるぞ!」シュバッ

女助手「アイアイサー!」

その日の夜──

< 鍛冶屋の家 >

触手「夜分に悪いね……アンタの剣のありかが分かったよ」ウネウネ…

鍛冶屋「こ、こんなに早く!? ──で、どこにあったんですか!?」

女助手「実は鍛冶屋さんの剣は、隣町にいる職人さんの工房にあったんです……」

鍛冶屋「!?」

鍛冶屋「ど、どういうことです!? なんで私の剣が、彼の工房に!?」

触手「アンタもお人よしだな……。ようするに、アイツはアンタの剣を盗んだんだよ。
   『ソードオブザイヤー』を受賞するためにな」ウネッ

鍛冶屋「そ、そんな……」

触手「仕事場を覗いてみたが、職人はさほど腕がいいとはいえねえな。
   おそらくだが、金をばら撒いたり宣伝をしたりして、
   今年の『ソードオブザイヤー』の候補にまで上り詰めたんだろう」ウネウネ

触手「だが、品評会はそうはいかねえ。まともにぶつかりゃ、まずアンタの勝ちだ」

触手「だが、アンタの剣を盗んでしまえば……王に献上するにふさわしい剣と、
   ライバルの脱落、同時にできることになる。一石二鳥ってわけだ」ウゾウゾ…

鍛冶屋「なんとか取り返す方法はないんでしょうか……!?」

触手「難しいな」ウネッ

触手「アンタとちがって相手はこっちが取り返しにくることを想定してる。
   事実、職人は家に警備をつけていた」

触手「職人が剣を盗んだって証拠はないし、もし取り返そうとしてそれがバレたら、
   まんまとこっちが悪者にされる可能性もある」ウネッ

触手「俺の“青の触手”は侵入はできても、剣を運び出すようなマネはできないしな」

鍛冶屋「では私はもう、どうしようもないんでしょうか……?」

女助手「そうですよ、このままじゃ鍛冶屋さんが気の毒すぎます!」

触手「俺も色々考えてたんだが……一つだけ方法がある」

触手「あの悪徳職人を出し抜いて、
   なおかつ鍛冶屋さんが正当な評価を受けられるようにする方法がな……」ウゾ…

鍛冶屋「そんな方法があるんですか!?」

女助手「いったい……どういう方法なんです?」

触手「鍛冶屋さん。アンタ、アンタが作った剣と同じ外見の剣を、もう一振り作れるか?
   外見がそっくりなら、ナマクラでかまわない」ウネッ

鍛冶屋「装飾は最低限にしてましたし、外見だけならなんとか……」

触手「それでいい。アンタは十日後までになんとしても、剣を作り上げてくれ」

触手「──で、当日アンタはその剣を持って、女助手と一緒に城に行くんだ」

女助手「あたしと鍛冶屋さんで?」

触手「ああ……お前は鍛冶屋さんの弟子っていう設定でな。
   そうすりゃ『ソードオブザイヤー』の品評会に参加できるはずだ」ウネウネ…

女助手「アイアイサー!」

触手「そして……鍛冶屋さん、アンタは品評会で絶対に余計なことをいうな。
   全て俺に任せてくれ。どんなにピンチになっても、だ……いいな?」ウネッ

鍛冶屋「……わ、分かりました! 探偵さんにお任せします!」

『ソードオブザイヤー』品評会、当日──

< 鍛冶屋の家 >

女助手「おはようございます、鍛冶屋さん! おっと、今日は師匠でしたね!」

鍛冶屋「おはよう、女助手ちゃん」

鍛冶屋「ところで、触手の探偵さんは?」

女助手「先生は別ルートでお城に入るっていってました。
    あたしにも詳しくは教えてくれなかったんですけど……」

女助手「ところで、剣は出来上がりましたか?」

鍛冶屋「このとおり、用意してあるよ」スラッ…

女助手「お~っ、かっこいい!」

鍛冶屋「見た目だけのナマクラだけどね。切れ味はないに等しいよ」
   (しかし……いったいこんなもの、何に使うんだろうか?)

< 城門 >

鍛冶屋「『ソードオブザイヤー』の品評会のため、参りました」

門番「うむ、そうか。くれぐれも粗相のないようにな」

門番「ところで、後ろの女子は?」

女助手「あたしは……鍛冶屋さん──師匠の弟子です!」

鍛冶屋「なかなか骨のある娘で……勉強のために連れてきたんですよ」

門番「ほう、女で武器職人を目指すとは珍しいな。いい心がけだ。
   ただし、腰に差している剣は置いていってもらおう」

女助手「分かりました。お預けします!」スッ…

門番「では入れ」

ギィィィ……

鍛冶屋「これもいい機会だ。しっかり勉強するんだぞ」

女助手「はいっ!」
   (うわぁ~……。お城に入るなんて初めてだから、ドキドキしてきたぁ……)

< 城 >

職人「おや……これはこれは、鍛冶屋クン。いい剣は作れたかね?」

鍛冶屋「ああ、なんとかね」

職人「そりゃよかった。ワタシの剣とキミの剣、どちらが優れているか、
   正々堂々勝負といこうじゃないか」ニィ…

女助手(鍛冶屋さんの剣を盗んでおいて……ひどい!)ムッ…

職人「ところで、そちらのお嬢さんは?」

鍛冶屋「この娘は私の弟子だよ。勉強のために連れてきたんだ」

女助手「よろしくお願いしますっ!」

職人「そうかね。なかなか活発そうなお嬢さんだが、ここはお城だからね。
   くれぐれも王様に失礼がないようにね」

女助手「はいっ!」

職人「…………」

職人(妙だな……。調べによると、鍛冶屋に弟子はいなかったはずだが……?)

< 城 玉座の間 >

国王「ではこれより……今年の『ソードオブザイヤー』を決める品評会を開始する」

国王「両者、剣をこのテーブルの上に置くがよい」



鍛冶屋「はい」ゴトッ…

職人「かしこまりました」ゴトッ…

職人(む……盗んだ剣と同じ形だ! 同じのを作り上げてきたのか!?
   いや、ワタシの方が性能がいいに決まっている!)

女助手(お~、すごい! あたしじゃ全然区別がつかないほど似てる!)



国王「ほう……そっくりだな(今はこういうデザインが流行っておるのか)」

国王「さて、品定めの方法だが──
   剣は外見よりも性能、すなわち“切れ味”が重要であると余は考える」

職人「ごもっともでございます」

国王「ゆえに、まず第一に“切れ味”を試すことにする」

職人「ご存分にお試しくださいませ、陛下」

鍛冶屋(探偵さんからは余計なことはなにもいうな、といわれてるが……
    いったいどうする気だ……?)

女助手(先生、このままじゃ鍛冶屋さんが負けちゃいます!)

国王「実は……今朝、この城に“剣の実験台”になりたいという者が現れてな。
   ここに呼ぶとしよう」

国王「入ってくれたまえ」

玉座の間に入ってきたのは──

触手「はいは~い」ウネウネ…

触手「いくらでも再生できるので、いくらでも試してくださ~い」ウネウネ…

女助手「せ、先生!?」

国王「先生……?」

触手「バッ、バカ!」ウネッ

女助手「あっ!」

国王「先生、というのはどういうことだね?」

触手「う、うぐっ……。こうなっては仕方ありません……」ウネ…

触手「実は私はこのとおり、触手の魔物であるのですが──
   職業は……探偵をしておりまして。彼女は私の助手でもあるのです」

国王「なるほど、触手の職種は探偵、と……。
   して、なぜ探偵であるおぬしが、このようなところにやってきたのだ?」

触手「こういう職についていると、実にさまざまな情報を耳にするのですよ。
   たとえば──」

国王「たとえば?」

触手「テーブルに置かれてある二つの剣のうち、片方は真っ赤な偽物、だとか」ウネッ…

国王「なんだと!? どういうことだ!?」

触手「つまり……彼ら二人のうち、どちらかは
   相手の剣とそっくりなナマクラを作って、それをどこかの段階ですり替え、
   『ソードオブザイヤー』をかすめ取ろうとした悪人というわけです」ウネッ

触手「いや……もしかしたら、もうすり替わってるかもしれませんな」ウゾッ

触手「だってこの二つの剣、いくらなんでもそっくりすぎやしませんか?
   まるで示し合せたみたいじゃありませんか」

触手「“こういうデザインが流行ってるのか”では済まされないほど瓜二つです」

国王「う、うむ! そのとおりっ! 余も怪しいと思っておった!
   あえて指摘はしなかったが……」

触手「しかし、ご安心下さい」シュルッ

触手「『ソードオブザイヤー』は私も毎年楽しみにしておりましてね。
   それを汚す輩は許せない、という義憤にかられてこのたびやってきたのです」

触手「これから、私がどちらが悪人かをあぶり出してやろうと思います」ウネウネ

国王「ふむ、面白い! しかし、どうやって?」

触手「よっと」シュルッ…

バババババッ! ヒュバババババッ!

触手は二つの剣を掴むと、超高速でジャグリングを行った。

職人「な……!?」

触手「これでもう、どっちがどっちかは分からなくなりました。
   この私と……まともな目を持つ武器職人以外にはね」パシッ

国王「読めたぞ! 今からあの二人にどっちが本物かを当てさせようというのだな!」

触手「そういうことです。さぁ~すが陛下!」ウネッ

国王「むふっ、照れるではないか」ニコッ

触手「ですが……それだとちょ~っと生ぬるい気もいたしますね」

触手「いっそ、斬り合いをさせるってのはどうでしょう?」ウネッ

女助手「えええっ!?」

今回はここまでです

職人「ふっ、ふざけるな! だれが斬り合いなど──」

触手「おっ、自信ありそうだなアンタ。よっしゃ、先に選んでいいぞ。
   いいですよね、陛下?」ウネッ

国王「うむ、よかろう」

職人「ううっ……!」

女助手(先生、相変わらずの力技だなぁ……王様すら巻き込んじゃってる)

触手「お~し、じゃあ女助手! お前にも役目を与えないとヒマだろうからな。
   お前が剣を持っとけ!」

女助手「はっ、はいっ!」

触手「まず一振り目」シュルッ…

女助手「はい」ガシッ

触手「もう一振り」シュルッ…

女助手「わっ、刃なんか持っちゃダメですよ!」

女助手「んもう……」ガシッ

そっくりな二つの剣は、女助手の手に渡った。

触手「職人さん、アンタから選んでもらおうか!
   女助手が持ってる剣のうち、どっちが本物なのかをな!」

職人「ぐっ……!」

職人(この探偵と助手……まちがいなく鍛冶屋が雇った奴らだ!)

職人(鍛冶屋がわざわざ盗まれた剣とそっくりなナマクラを作ってきたのは、
   当初の予定ではあの探偵が実験台のフリをして、
   本物とナマクラをすり替える予定だったのだろう!)

職人(だが、あの娘の失言で自分が探偵だとバレてしまった……!
   だから、シナリオを変更したんだ!)

職人(ようするに、待ってるんだ……。ワタシがビビって、自白するのを……)

職人(バカめ。だれが自白などするか……!)

職人(むしろ、このピンチを逆手にとってやる!
   ここで“当たり”を引いてしまえば、ワタシの勝ちなのだからなァ!)

職人(だが……どっちだ! どっちでナマクラで、どっちが本物なんだ!?)ジッ…

職人(分からん……!)

鍛冶屋「…………」

職人(ヤツには分かっているのか!? どっちが本物かが!)

職人(くそっ、なにか手がかり……手がかりはないか!?)

職人(あの二振りの剣の切れ味を示すような手がかりは──)

職人「!」ハッ



触手『もう一振り』シュルッ…

女助手『わっ、刃なんか持っちゃダメですよ!』



職人(あの探偵、助手に剣を渡す時──二振り目を渡す時は刀身を持っていた!
   もし剣が本物なら、あんなことをすれば、触手は切れてしまうはず!)

職人(つまり、“本物”は最初に渡した方ということになる!)

職人(ククク、バカめ! いくら探偵といってもしょせんは触手!
   人間であるワタシにかなうわけがないんだ!)

職人「ようし……決まった」ニヤ…

職人「ワタシはキミが先に受け取った方の剣にしよう」

女助手「はいっ、どうぞっ!」サッ

鍛冶屋「…………!」

触手「んじゃ、鍛冶屋さんはもう一方の剣だな。渡してやれ」ウネウネ

女助手「どうぞ!」

鍛冶屋「あ、ああ……」ガシッ
   (こっちの剣は……!)

触手「二人とも、もう交換はできないからな。変な動きするんじゃないぞ」

触手「陛下、始めてよろしいですね?」ウネッ

国王「うむ!」

触手「先攻は……今度は鍛冶屋さんにしよう」

触手「職人さんが構えてる剣に、鍛冶屋さんが剣を振り下ろすんだ。
   どっちがナマクラか分かるまで、交代してこれを続ける」

触手「んじゃ、始めっ!」

鍛冶屋と職人が向かい合う。

職人(触手め……平静を装っているが、分かるぞ!
   ワタシが自白しなかったから、焦っているんだろう!?)

職人(さぁ……来い! ナマクラでの一撃など、きっちり受け止めてやる!)サッ

鍛冶屋「ぐ……!」

鍛冶屋(ダメだ……! この剣では勝てん!)

鍛冶屋(探偵さんの計算では、剣を選ぶ段階で職人が降参するはずだったんだろうが、
    失敗に終わってしまった!)

鍛冶屋(しかし、今さらどうすることもできない……!)



触手「ところでさ」ボソッ…

女助手「なんですか?」

国王「なにをしておる、鍛冶屋。早くせんか」



鍛冶屋「は、はいっ!」チャキッ

職人(さぁ、来い! キサマの一撃を受け止めて、
   ワタシの剣でナマクラ剣を叩き折ってやる!)

職人(これでワタシは『ソードオブザイヤー』を受賞……!
   武器職人としての栄えある人生が約束されるというわけだ!)

職人(キサマを踏み台になァ……)ニタ…



触手「お前ってさ、城に似つかわしくない女だな、っていったら傷つく?」ヒソヒソ…

女助手「もう! 傷ついてますよ!」

触手「バ、バカッ……! 声がデカイ!」ウネウネッ



職人「!?」

突然、みるみる職人の顔が青ざめていく。

職人(今のは……今のはまさか!?)ガタガタ…

鍛冶屋「?」

国王(なんだ? 急に職人が震え始めたが……?)

女助手(どうしたんだろ?)

触手「…………」

触手「おい、ボケっとしてんなよ、鍛冶屋さん! とっととやれっ!
   ヤツが構えてる剣に、思いっきり振り下ろしてやれっ!」ウネッウネッ

鍛冶屋(そうだ……もうやるしかないんだ!)チャキッ

鍛冶屋が剣を上段に構える。

職人(思いっきり振り下ろす……? ま、待て! そんなことされたら──)

国王「では──始めっ!」

鍛冶屋「だあああああっ!」ビュアッ







職人「ま、待ったァァァァァッ!!!」







女助手&国王&鍛冶屋「!?」

触手「…………」ウネッ…

青白くなった顔で、床にひざまずく職人。

職人「ワ、ワタシの負けだ……ッ!」

触手「──ってことは認めるんだな? お前の罪を」ウゾッ

職人「そうだよ……。ワタシが、鍛冶屋の剣を盗んだんだよォォォッ!」

職人「う、ぐぐっ……」ガクッ

触手「──だそうです、陛下」ウネッ

国王「ふ、ふむう……。なるほど……」
  (といってみたものの、なにがなにやら……)

触手「勝負あったところで鍛冶屋さん、アンタに聞こう。
   アンタの剣と職人の剣、ちゃんと切れ味がある“本物”はどっちだ?」ウネウネ

鍛冶屋「……職人が持っている方です」

職人「!?」

職人「な、なんだって!? ワタシが持っていた方が“本物”だとォ!?
   バカな、そんなはずがあるかァ!」

国王「え……えぇ!? ちょっと待て! いったいどういうこと!?」

触手「逆に俺から聞こう」

触手「職人、なんでアンタはそっちの剣を選んだんだ?」ウネッ

職人「そ、それは……キサマが剣を助手に渡す時、刀身を持っていなかったからだ!
   だからこっちが切れ味があると判断して“本物”だと……!」

触手「そう……よく見ててくれたよ。
   さすが、腕はともかく『ソードオブザイヤー』候補になるだけのことはある」

触手「んじゃ、せっかく“本物”を選んだのに、なんでビビっちまったんだ?」ウネッ

職人「その女が、キサマに向かって“傷ついてる”っていったからだ!
   だから……キサマが刀身を持っていた方が切れ味のある“本物”だと──」

職人「!」ハッ

職人「そ、そうか! キサマ、助手に“傷ついてると言え”といったな!?」

触手「い~や、俺たちはただ雑談してただけだぜ?
   俺はさ、女助手にこうささやいてやったんだ」ウネウネ…

触手「“お前って城に似つかわしくないな、っていったら傷つく?”ってな」ウネッ

職人「な……!」

触手『お前ってさ、城に似つかわしくない女だな、っていったら傷つく?』ヒソヒソ…

女助手『もう! 傷ついてますよ!』

触手『バ、バカッ……! 声がデカイ!』ウネウネッ



触手「もちろんアンタにゃ、俺のヒソヒソ声は聞こえなかった」

触手「そしてアンタはこのやり取りを、“俺(触手)に傷がついてる”と解釈した。
   ──俺の狙い通りにな」ウネッウネッ

職人「ぐ、ぐぐっ……!(なんてムカつくうねり方だ……!)」

女助手「ちょっと待って下さい、先生!」

女助手「それだったら、あたしに悪口いわなくても、
    職人さんのいうとおり“傷ついてると言え”っていってくれれば……」

触手「そんなことしちまったら、職人に演技っぽさを見破られるかもしれないだろ?」ウネッ
   
触手「逆にいえば、演技っぽささえ排除できれば、
   職人は女助手のいうことを信じてくれると確信してたしな」ウネウネ

鍛冶屋「!」ハッ

鍛冶屋「もしかして……女助手ちゃんが最初に口を滑らしたのも、
    探偵さんの計算のうちだったんじゃ?」

触手「正解」シュビッ

触手「あそこで女助手が、俺のことを盛大に探偵だとバラしてくれたおかげで、
   この場にいる人間にあることを植えつけることができた」

触手「“この娘は思ったことをすぐ口に出してしまう人間だ”ってな」ウネッ

触手「だから職人は、女助手の“傷ついてますよ”で、
   俺が刃を持った剣は切れ味のある“本物”だったと判断してしまい──
   自分の剣こそが“ナマクラ”だと思っちまったわけだ」

国王「ふうむ……ようやく分かった!」

国王「触手探偵よ。君の作戦は君が女助手君のことをよく理解していたからこそ、
   成功したというわけだな?」

触手「おっしゃるとおりです、陛下」

触手「コイツは……俺の最高のパートナーです」ウネッ

女助手「せ、先生……」ドキッ…

職人「ワタシの……完敗だ……!」

触手「陛下をだまそうとしたのは未遂だし、
   アンタが問われるのは窃盗罪ぐらいだろう。すぐ出てこられる」ウネウネ

触手「観察眼だけはたしかなんだから、次はもっとそれを生かした商売をするんだな」

職人「うぅっ……。うぐぅぅ……」

国王「残念だが、罪はつぐなってもらわねばならん。兵よ、職人を連行してくれ」

兵士「はっ!」ビシッ

うなだれた職人は、兵士によって玉座の間から連れ出された。



国王「鍛冶屋よ、災難であったな。あらためて、おぬしの剣を評価させてもらおう」

鍛冶屋「かしこまりました、陛下」

触手「切れ味は俺で試させてやるよ」ウネウネウネ…

女助手「じゃああたし、斬る役やっていいですか!?
    あたし、いつも先生を斬ってますから自信あります!」

国王「うむ、よかろう!」

スパァッ!

鍛冶屋渾身の作は、期待以上の切れ味を誇った。

国王「うぅむ……みごと! おぬしの剣が、今年の『ソードオブザイヤー』である!」

鍛冶屋「あ……っ、ありがとうございますっ!」

女助手「やりましたね、鍛冶屋さん!」

国王「さてと……触手探偵にも、なにか褒美を与えたいが……」

触手「いえ! すでに鍛冶屋さんから依頼料はいただいてますし、
   これ以上なにかを望むことはいたしません」

触手「あれこれ捕獲しようとする触手は身を滅ぼす、といいますしね」ウネ…

女助手(そんな格言聞いたことないけど……)

国王「そうか……。ならば無理強いはすまい」

国王「これにて、今年の『ソードオブザイヤー』品評会は終了とする!」

………………

…………

……

< 探偵事務所 >

女助手「今日はお疲れ様でした、先生!」

女助手「きっと鍛冶屋さんはもっとすごい武器職人になりますよ!」

触手「だといいがな」ウネッ

女助手「でも……一つだけ聞いてもいいですか?」

触手「ん?」

女助手「今回の件なんですけど、王様の目の前で
    “鍛冶屋さんは職人さんに剣を盗まれました”っていえば、
    全部解決したんじゃないんですか?」

触手「…………」

女助手「なのに、ずいぶん回りくどい方法を取ったな、と思いまして……」

触手「残念ながら、それじゃ解決しないんだな」ウネウネ

女助手「へ? どうしてです?」

触手「まず、俺たちには職人を盗っ人呼ばわりする証拠がなにもなかった」ウネッ

触手「あそこで職人を糾弾しても、盗んだ盗んでないの水かけ論になっちまう。
   すると、目の前で口論を始められた王様はどう思う?」

女助手「──そうか! 呆れてしまうかもしれませんね……」

触手「そう。で、今年の『ソードオブザイヤー』は“該当なし”にされる可能性が高い。
   下手すりゃ、鍛冶屋さんは二度と候補にすらなれなくなるかもしれない」

触手「武器職人にとっちゃ、自分の人生がかかった一大イベントかもしれんが、
   王様にとっちゃ余興みたいなもんなんだからな」

触手「それによ、鍛冶屋さんが剣を盗まれたこと自体がそもそも大チョンボなんだ」ウネッ

触手「私は剣を盗まれました~なんて泣きついたら
   じゃあお前の管理はどうだったんだよ、って話にだってなりかねない」

触手「つまり、鍛冶屋さんに『ソードオブザイヤー』を受賞させ、
   なおかつ職人のやったことを暴く方法はただ一つ」ウネウネ

触手「こっちからは盗まれたといわずに、王様を楽しませるような演出を盛り込み、
   職人に“私が盗みました”といわせる罠を仕掛けることだったってわけだ」ウネッ…

触手の説明に、女助手は納得した表情を浮かべる。

女助手「なるほど! よく分かりました!
    あたしはてっきり、目立ちたいがためにあんなことしたのかと……」

触手「そんなわけないだろうが。ちゃんと考えてるんだよ、俺は」ウゾウゾ

女助手「はいっ、すみませんでした!」

触手「…………」

触手(そんなわけ……あったりして……)ウネッ

触手(コイツもだいぶ、俺のことを理解してきたようだな……)







~ おわり ~

これで第三話終了です
次回へ続きます

第四話『触手は温泉がお好き』



< 探偵事務所 >

女助手「──えぇっ、温泉旅行チケット!?」

町長「うむ。今、ワシと実業家君で協力して、色んな地域と交流を図っておるんじゃが、
   ある領主さんからお話をもらってのう」

町長「なんでも温泉が湧いたので、領主さん自らオーナーとして旅館を立ち上げ、
   領内のスライム集落と力を合わせて、観光地として開拓しておるんだとか」

女助手「へぇ~、すごい! 面白そう!」   

町長「ところが、ワシらはどうしても行けそうになくてな。
   君たちには選挙の時の恩もあるから、よかったら……と思ったのじゃ」

女助手「行きましょうよ、先生! 最近ヒマでしたし!」

触手「ヒマってのは余計だが……たまには旅行もいいかもな」

触手「町長さん、チケットありがたくもらうよ」ウネッ

町長「楽しんでもらえれば幸いじゃ」

女助手「パンフレットによると、旅館周辺は遊べるスポットがたくさんありますね!」

女助手「ボート乗り場や釣り堀がある湖に、色とりどりの花でいっぱいの花畑、
    草原ではスポーツも楽しめるみたいです!」

触手「気合入ってんなぁ」ウネウネ

女助手「こんな風に人と魔物が協力し合ってるなんて……ステキですよね。
    なかなか見られる光景じゃないですもん」

触手(コイツ、俺が魔物ってこと忘れてないか?)

触手「んじゃ、近いうちに二泊三日の温泉旅行とシャレこみますか!」ウネッ

女助手「はいっ!」

一週間後──

< 探偵事務所 >

触手「よぉ~し、待ちに待った今日、いよいよ温泉旅行にレッツゴーだ!」

女助手「アイアイサー!」

触手「着替え持ったか?」ウネッ

女助手「はーい!」

触手「剣持ったか?」ウネッ

女助手「はーい!」

触手「親御さんに許可取ったか?」ウネッ

女助手「はーい!」

女助手「……ところで先生の荷物は?」

触手「なーい!」

女助手「なーい、じゃないですよ!」

触手「だって……俺は手ぶらでいいんだもん」ウネ…

旅館までの道のりは、馬車に揺られることとなる。

ガタゴト…… ガタゴト……

触手「調査のため、よその町に行く……なんてことはしょっちゅうだが、
   たまにゃこういう旅行もいいもんだな」

女助手「そうですね~、ワクワクしちゃいますよ!」

女助手「今日から三日間、たっぷり楽しみましょうね!」

触手「そうだな、骨休めといくか!」

女助手「……先生に骨はありませんけどね」クスッ

触手「やかましい」ウネッ

< 旅館 >

オーナーを務める領主が、二人を歓迎する。

領主「ようこそいらっしゃいました! 触手さんと女助手さんですね?」

触手「どうも」ウネウネ

女助手「よろしくお願いしますっ!」

領主「すでに町長さんと実業家さんから連絡はいただいております。
   どうぞ、おくつろぎ下さいませ!」

触手「楽しませてもらうよ」ウネッ

領主「それでは、彼女が部屋まで案内しますので……ごゆっくりどうぞ」

“彼女”とは、桃色のスライムであった。

桃スライム「こちらへどうぞ……」

触手「!」ピクッ

< 部屋 >

女助手「わぁ~っ、ステキな部屋!」

触手「悪くねえな」ウネッ

触手「ところで、桃スライムさん」

桃スライム「はい?」

触手「ここの従業員は、ほとんどがスライムだって聞いてるが……」ウネ…

桃スライム「ええ、スライム集落の者たちが領主様に雇っていただいておりますの」

女助手「領主さんって、優しいんですねぇ……」

桃スライム「あの方には、感謝してもしきれませんわ」

触手「集落ってのは……どんな場所なんだ? 興味あるんだが」ウネッ

桃スライム「なにもないつまらない場所ですわ……。
      それよりも、ぜひ他の観光地を回って下さいませ」

触手「…………」ウネ…

桃スライム「それではごゆっくり……」

触手「あ、ちょっと待った」ニュルッ

触手が桃スライムの体にタッチした。

桃スライム「きゃっ!?」

触手「あ、悪い……」シュルッ

女助手「なぁにやってるんですか、先生! セクハラですよセクハラ!
    セクハラならぜひあたしに──」

触手「なにいってんだ! ホコリがついてたから、はらっただけだ!」ウネウネッ

桃スライム「ありがとうございました……失礼します!」シュタタッ

女助手「本当ですか? 怪しいなぁ……」ジロ…

触手(ぐ……こういう時のコイツは異常に鋭いな……)

触手「そうだ、さっそく温泉に入らないか? いつでも入れるみたいだしさ!」ウネッウネッ

女助手「いいですねぇ、そうしましょう!」

女助手「一緒に入りましょうね、先生」

触手「なんでだよ。ちゃんと男湯、女湯に分かれてただろうが。
   別々に入るに決まってんだろ」

女助手「え~、でも先生って性別ないでしょ?」

触手「まぁ……そうなんだけど、心は男のつもりだしな」

女助手「ちぇっ、先生にあたしのヌードを見せたかったのに」

触手「なぁ~にいってやがる。
   んなこといったら、俺なんか常にヌードみたいなもんじゃねえか」ウネウネ

女助手「あ、そっか!」

女助手「そう考えると、なんだか先生を見る目が変わっちゃいそうな……。
    えへへへ……」

触手「そんないやらしい目で俺を見るな!」ウゾッ…

< 温泉 >

女湯──

女助手「はぁ~……気持ちいい……」

女助手「極楽だぁ~……。極楽ってのはこういうことだぁ~……」チャプ…

桃スライム「お湯加減はいかがかしら?」

女助手「もうサイコーですよぉ~……。
    このままお湯の中に溶けちゃっても、悔いはありませんねぇ~……」チャプ…

桃スライム「ふふっ、ありがとう」

女助手「この温泉を掘り当てたのも、スライムの方たちなんですか?」

桃スライム「そうですわ。そこで領主さんが協力を持ちかけてくれて……」

女助手「へぇ~」

女助手「この地方では、人間とスライムが一体となって、
    地域を活性化させようとしてるってことですね! すごいです!」

桃スライム「ええ……」

男湯──

触手「はぁ~……」チャプ…

触手「ふぅ~……」チャプ…

触手「ほぉ~……」チャプ…

触手(事務所にも風呂はあるが、やっぱり温泉は最高だ!)

触手(他に客がいないから、思いっきり触手を伸ばせるしな!)ウネ…ウネ…

触手(しっかし、あの桃スライム……。あの言葉、あの弾力……)

触手(なぁ~んか気になるんだよなぁ……)チャプ…

温泉を上がった二人は、卓球台を発見する。

女助手「おっ、テーブルテニスの台ですよ!
    温泉といったら、やっぱりこれですよね、先生!」

触手「いやいや、その認識はまちがってるぞ」

女助手「じゃあ……やめときますか?」

触手「やるに決まってんだろ! ──来いや!」シュルッ

カッ! コッ! パシッ! コッ!

女助手「でやっ!」バシッ

触手「うおっ!」パシッ

女助手「──あぁっ!」

女助手「先生、ラケットじゃなく触手で打ち返すのは反則ですよ!」

触手「ふ、ふんっ! 探偵ってのはどんな手段でも使うもんなんだ!」

< 部屋 >

女助手「ご飯もおいしかったし、サイコーの宿ですね!
    きっとこれからますます流行るでしょうね」

女助手「ところで、明日のスケジュールはどうします?
    一つのところで楽しむか、あるいは色々と見て回るか……」

女助手「なにしろ、面白そうな場所が多すぎて、とても一日じゃ……」

触手「…………」ウネ…

触手「明日、なんだけどさ……。集落に行かないか?」

女助手「へ? 集落……ですか? スライムさんたちの?」

触手「ああ……どうだ?」ウネッ

女助手「もちろん、かまいませんよ!
    ──ってなんで、そんな遠慮がちになってるんですか? 水くさい」

触手「だってさ……お前にもお前なりのプランがあったろ?
   ここを回りたいとか、あそこに行きたいとか」

女助手「いえいえ、あたしは先生と一緒にいられれば、幸せですから!」

触手「安上がりでいいよなぁ、お前は」
  (……ありがとよ)

夜も更け、就寝の準備をする二人。

女助手「ねえ……先生」モゾッ

女助手「一緒の布団で寝ませんか?」

触手「バカいえ」

女助手「ちぇっ」

女助手「じゃあ……マッサージして下さいよ!」

触手「それもダメ」

女助手「ケチ!」

触手(なるべく……やりたくないんだよ。お前にマッサージはな)

女助手「ま、いいや。明日も早いですし、おやすみなさ~い!」ガバッ

触手「おう」モゾッ…

翌日──

女助手「おはようございます! それじゃスライム集落まで行きましょう!」

触手「そうだな」ウネウネ…

女助手「地図によると、集落までは二時間も歩けば着くはずですよ」

触手「結構遠いんだなぁ。この旅館まで通勤するのは一苦労だろ」

女助手「桃スライムさんの話によると、もっと近くにあったみたいですが、
    旅館周辺は観光地にするってことで集落ごと引っ越したみたいです」

触手「……ふうん」ウネッ

女助手「そうだ! 石蹴りでもしながら楽しく歩きましょう!」コツンッ

触手「そんなことしてたら、二時間じゃ着かなくなっちまうよ」

やがて、二人はスライム集落にたどり着いた。

< スライム集落 >

集落はお世辞にも栄えているとはいえない有様だった。

女助手「な、なんていうか……この前の村娘ちゃんの村を思い出しますね……。
    静かというか、活気が少し足りないというか……」

触手「やっぱりな」ウネッ

女助手「やっぱり?」

触手「あんないい旅館で働いて、それなりの給料もらってるだろうに、
   従業員のスライムたちはみんなやつれてたし、弾力もなかった」ウネウネ

触手「それがどうしても、気になってたんだ」

女助手「あたしには全然分からなかったですよ!
    あ、もしかして、桃スライムさんをさわったのもそのためですか?」

触手「ああ、弾力をたしかめたかったんだ」

女助手「セクハラじゃなかったんですね。
    だったらあたしにも教えてくれればよかったのに」

触手「やつれてることを他人に話すのは、なんか気が引けたからな。
   それに……スライムは体調の変化が外見に出にくい魔物だ。
   ほとんどスライムと接したことがないお前が気づかないのも無理はないさ」ウネ…

触手「だけど原因がハッキリした以上、ここからはお前にも協力してもらう」シュビッ

触手「集落のスライムたちに、話を聞いてみよう」ウネウネ

女助手「アイアイサー!」

子スライムA「おなか、すいたね……」

子スライムB「うん……」

触手「おい、これを食いな」ニュル…

触手は、橙色の触手を差し出した。

女助手「あ、あれは『七色(レインボー)触手』の一つ、“橙の触手”!」

子スライムA「なにこれ……?」

触手「食え、うまいぞ。しかも栄養豊富だ」

子スライムB「でも……食べちゃったら、痛いんじゃないの?」

触手「痛くねえよ。それにいくら切られようが食われようが、すぐ再生できるからな。
   遠慮せず食ってくれ」

子スライムA&B「…………」ゴクッ…

子スライムA&B「いただきます!」

子スライムA「おいし~!」モグモグ…

子スライムB「なにこれ! すっごくおいしい!」モグモグ…

触手「ほれ、食え食え」ウネウネ

女助手「おいしそうに食べますね~、よっぽどお腹が減ってたんでしょうね」

触手「そういやお前は“橙の触手”を食ったことがなかったんだっけか」

女助手「あたしは助手ですから、先生を食べることはしないって決めてるんです!
    本当は食べてみたいんですけどね……」ジュルリ…

触手「舌なめずりしながらだと、食べたいってのが別の意味に聞こえるからやめろ」

触手「──さてと、腹いっぱいになったか?」ウネッ

子スライムA「うん!」プルンッ
子スライムB「ありがとう!」プルルンッ

女助手「おお、すっかり弾力が戻った!」

触手「んじゃ、ギブアンドテイクだ。この集落で一番えらいスライムはどこにいる?」

子スライムA「えぇ~っと、あっち!」プルンッ

触手「そうか、ありがとな!」ウネッ

< ツノスライムの家 >

集落のリーダーは、鋭いツノの生えたスライムであった。

ツノスライム「おうおう、てやんでぇ! 来客たぁ珍しいじゃねえか!
       しかも触手と人間の娘のコンビたぁ、まさに珍客だぁな!」

ツノスライム「なにしろあの旅館ができて、あそこでオレらが働くようになってからは、
       この集落に客なんか来なくなっちまったからなァ!」

ツノスライム「もっとも、領主の親分にゃ感謝してるがなァ! ガッハッハ!」

触手(領主を親分呼ばわりかよ)

女助手「それにしても、すごいツノですねぇ。10センチぐらいありますよ」

触手「俺もツノが生えたスライムなんてはじめて見たよ」ウネッ

ツノスライム「あ、これ? 取れるよ」キュポン

触手&女助手「え」

ツノスライム「これでも集落を束ねる身だし、まずは格好から……ってなもんよ」プスッ

触手&女助手「…………」

触手「リーダーさん、アンタも旅館で働いてるのか?」ウネッ

ツノスライム「あたぼうよ! ただし、オレは接客はしねェがな!
       もっぱら観光地の開拓……力仕事が専門ってわけよォ!」

触手「で、けっこういい給料をもらってるわけだ」ウネウネ

ツノスライム「まぁな! けっこういい額をもらってるぜ!」

触手「んじゃ、単刀直入に聞こう。
   どうして、この集落のスライムたちはみんなやつれてるんだ?」ウネッ…

女助手「子供たちも満足に食べられてないようすでしたし……」

触手「それにアンタ自身……強がっちゃいるが、だいぶ疲れがたまってるようだ。
   リーダーとして弱いところは見せられないってのは分かるがな」

ツノスライム「…………」

ツノスライム「そのわけは……話すわけにゃいかねェ。悪いが帰ってくれねェか」

触手「ふうん……」ウネッ

触手「もしかしたら……話しちまうと、この地方の観光地としての価値が、
   ガタ落ちになるとか?」

ツノスライム「ゲェッ!」ギクッ

触手「図星だな」ウネッ

ツノスライム「くっ、おめェさん……さてはプロだな!?」ハァハァ…

触手「ああ、プロの探偵だ」ウネッ
  (つっても今の反応なら、だれだって分かるけど)

触手「俺も魔物だし、こうやって温泉旅行できる身分になるまでは苦労したよ。
   せっかく手に入れた仕事を、台無しにしたくないって気持ちは分かる」

触手「だけどさ、女子供をやつれさせてまで、やることじゃねえだろう!」シュビッ

ツノスライム「う、ぐぐ……」

女助手「話して下さい! 絶対、悪いようにはしませんから!」

ツノスライム「…………」プルンッ

ツノスライム「わ、分かった……。全てを話すよ……」

ツノスライム「実は……オレたちはタチの悪い山賊集団に目をつけられてんだよ」

女助手「さ、山賊ぅ!?」

ツノスライム「元々オレたちは自給自足で細々と生活してたんだが、
       そこに領主の親分が目をかけてくれてなァ……仕事をくれたんだ」

触手「仕事……旅館での接客や、観光地の開拓とかだな」ウネッ

ツノスライム「オレらもやっと、日の当たる身分になれたってわけよ」

ツノスライム「──ところがだ! ちょうどその頃から
       アイツらが出没するようになってよォ。
       結局、稼ぎのほとんどは持っていかれちまうんだ」

女助手「グッドタイミング……じゃなくてバッドタイミングですねぇ」

ツノスライム「ホント目ざといねェ、ああいうヤツらは。悪さしか能がねぇくせにさ」

女助手「領主さんに相談してみなかったんですか?」

ツノスライム「親分にチクったら、次のターゲットは親分や旅館にするって
       脅されててよ……。それもままならねェのさ」

女助手(……まぁ、当然そうなっちゃうよなぁ。
    旅館に被害が出れば、もう観光業はやっていけなくなっちゃうだろうし……)

触手「リーダーさん」

ツノスライム「なんだい?」

触手「山賊たちってのは、どこにいるんだ?」

ツノスライム「オレたちにも分からねぇんだ。
       あの旅館のことを知って、どっかから遠征してきたんじゃねェか?」

触手「それじゃ、さっき稼ぎを持っていかれるっていってたが、
   これはつまり定期的にこの集落にやってくるってことだよな」ウネウネ

触手「いつも、どのぐらいの時期にやってくるんだ?」

ツノスライム「そうだなァ、毎月月末にやってくるから……明日あたり、だな。
       ホント参っちまうよ」

触手「グッドタイミングだ」ウネ…

触手「喜びな。俺たちが山賊をブッ倒してやるよ」ウネッ

ツノスライム「!」

ツノスライム「オイオイオイ、無茶いうもんじゃねェぜ! 触手のダンナ!
       相手は屈強な男どもが30人はいるんだぜ!?」

触手(“ダンナ”呼ばわりされるのは初めてだな……)ウネ…

ツノスライム「もちろん、最初はオレたちも戦ったが……
       このツノで脅しても全然効果ねぇし、惜しくも惨敗しちまった……」

ツノスライム「観光客をそんな危険な目に合わせるわけにゃいかねェぜ!」

触手「あいにくだが、俺はこう見えても武闘派触手で通っててね」

女助手「初耳ですよ、先生……」

触手「それに、俺一人じゃたしかにキツイが、お前もいるしな」ウネッ

女助手「えぇっ!? あたしですか!?
    そりゃま……二人でがんばれば、何とかなるかもしれませんけど……。
    あまり期待されても……」

ツノスライム(たしかに……ダンナも嬢ちゃんもとても戦えるようには見えねェなァ)

触手「とにかく……明日、もう一度ここに来る。
   そしてこの事件、解決してやるよ! ──探偵としてな!」シュビッ

触手(そして……同じ魔物としてな)

今回はここまでとなります

< 旅館 >

領主「いかがでしたかな? 我々が精魂込めて作り上げた観光地は?」

触手「いやぁ~、あっという間の一日だったよ。
   なにしろ、回りたい場所が多すぎてさ。回り切れなかった」ウネッ

女助手(え!?)

領主「それはなによりでした。町長さんと実業家さんにもよろしくお伝え下さい。
   あのお二人を通じて、私はこの地をもっと宣伝したいので……」

触手「そうさせてもらうよ」ウネウネ

女助手「…………」

女助手「あのぉ……集落の件、話さないんですか?」ボソッ…

触手「必要ないだろ」

女助手「はぁ……」

< 温泉 >

女湯──

女助手「はぁ~……極楽、極楽」チャプ…

女助手「山賊かぁ~」

女助手「明日は忙しくなりそうだから、今日はゆっくりつかって体を癒そうっと」

女助手「ふんふ~ん」チャプ…



男湯──

触手「あ~……気持ちいい」ウネ…

触手「そういや、温泉の湯ってのは飲んでも効果があるらしいな。
   “黄の触手”でちょっと吸ってみるか」チュウチュウ…

触手「効くゥ~!」ウネッウネッウネッ

触手「俺……温泉、大好き!」

< 部屋 >

部屋の中で、ストレッチを行う二人。

触手「今日はよぉ~く、体をほぐしておけよ」ウネウネ…

女助手「はいっ!」グッグッ…

触手「明日は朝一番で旅館を出て、山賊たちを待ち構える」ウネウネ…

女助手「はいっ!」グッグッ…

触手「多分……お前に頼ることになる」

女助手「ってことは……マッサージですね!?」ゾクゾクッ

触手「ああ。なんとしても、あのスライムたちを救うんだ!」シュビッ

女助手「アイアイサー!」

女助手(なんだか先生、いつになく燃えてるなぁ……)ペター…

触手「それにしてもお前、またさらに体が柔らかくなったんじゃねえの?」

女助手「そりゃまぁ……いつも先生を目指して運動してますから」

触手(そのうち、ホントに俺みたくグニャグニャになりそうで怖い……)ウゾ…

翌朝──

< スライム集落 >

触手「おはよう」ウネッ

女助手「おはようございまぁ~す!」

ツノスライム「おっ、ダンナに嬢ちゃん! ホントに早いな!」

桃スライム「長(おさ)から話は聞きましたが、ホントに来て下さるなんて……」

触手「山賊ってのは、いつもどのぐらいの時刻に来るんだ?」ウネウネ

青スライム「だいたいいつも、お昼過ぎぐらいに来ます」

ツノスライム(しっかし、ホントに戦えるのか? この二人が……。
       やっぱり今のうちに止めた方がいいかもしれねェな……)

触手「よ~し、十分“チャージ”する時間はあるな。女助手、こっち来い」クイクイッ

女助手「はいっ!」

ツノスライム(チャージ? いったいなにするつもりだ?)

すると──

触手「よし……やるぞ」ニュルルル…

女助手「んっ……」ピクン

触手「今度はこっちだ」ニュルッ…

女助手「んああっ! あ、あっ、あああああっ……!」

触手「ここはどうだ?」ウネウネ…

女助手「うひぃっ! そ、そんなとこはダメですよぉ、先生っ!」



桃スライム(あらま……)ポッ

青スライム(背中や肩をマッサージしてるだけなのに……なんかやたらエロイ!)

ツノスライム「オイオイオイ、なぁ~にしてやがんでぇ! おめェさんたち!」



触手「今回はコイツの力が必要なんでな。ほ~れほれ」シュルル…

女助手「いいっ! すごくいい! いいですぅぅぅぅぅっ!」ビクビクンッ

昼すぎ──

スライム集落の天敵“山賊集団”が、押し寄せてきた。

ザッ……!

ボス「スライムども! 今月分のカネをもらいにきたぜぇ!」

ボス「テメェらがどのぐらい稼いでんのかは、調べがついてんだ!
   きっちり払ってもらうぜぇ……?」



ザワザワ…… ドヨドヨ……

「また来たよ……」 「でも払うしかないんだ……」 「チクショウ!」



手下A「オラ、とっとと出せや!」

手下B「いつだったかみてぇに痛い目にあわされたくねぇだろ!?」

触手「ちょい待ち」ウネッ

ボス「!」

ボス「(触手の魔物……!?)なんだテメェは!?」

触手「お前らさ、山賊なんだってな?」

ボス「スライムどもから聞いたのか? そのとおりだ! オレらは泣く子も黙る──」

触手「ふうん……。そのわりに、身なりが整ってるし、
   山で暮らしてる奴特有のニオイもしないんだよなぁ……」ウネウネ

触手「お前らってさ……本当に山賊?」

ボス「!」

ツノスライム「ダ、ダンナ!? なぁに寝ぼけたこといってんでい!
       ツノでつついて目ェ覚まさせてやろうか!?」ツンツン

触手「やめてくれ! 今いいとこなんだから!」ウネウネ

ボス(コ、コイツ……! まさか……!)

触手「『七色(レインボー)触手』でもっともパワーがある──“赤の触手”ッ!」ブオンッ

赤い触手がムチのようにしなり、山賊たちに襲いかかる。

ズドォッ!

「ぐげぇっ!」 「いだだぁっ!」 「ギャアッ!」

触手「もいっちょ!」ビュオッ

バチィンッ!



手下A「あの触手……手強いっすよ!」

ボス「なら囲んじまえ! あの触手が生えてる“核”を狙えば倒せるはずだ!」

ザザザッ……!

触手(さっすが……対応が早い! この人数に襲いかかられたらひとたまりもねえ!
   やっぱり、アイツに頼るしかねえってことか!)ウゾッ

触手「女助手っ!!!」シュビッ

触手の呼びかけに応じ、女助手がやってきた。ところが──

女助手「先生ぇ~……」スタスタ…

ボス(お、女……!? なんだ、あのトロ~ンとした目つきは……!?)

「へっ、女かよ!」 「油断すんな、剣を持ってる!」 「……酔っ払ってねぇか?」

女助手「あふっ!」ビクビクッ

女助手「ああ……まだ、あたしに先生の感触、残ってるぅ……」

女助手「き、気持ちよかったぁ……。
    今ならあたし、先生のためならなんだってやります……やれます……」

しゃべるたびに、女助手の目が虚ろな光を帯びる。

女助手「なにをすれば……いいですかねぇ?」

触手「…………」

触手「俺を囲んでる人間ども……こいつらはみんな悪い奴なんだ。
   こいつらを殺さないよう、やっつけろ!」

女助手「アイアイサ~!」

返事とともに女助手が駆け出す。

──普段の彼女では考えられないようなスピードで。

女助手「失礼しまぁ~す」ヒュバッ

ザシッ!

手下A「いだっ!? ──ぎゃあああっ! あ、足がぁっ!」

女助手「大丈夫! 歩けなくなっちゃうような箇所は斬ってませんから~!」



ボス(なんだ、今のスピード……! あの女のがよっぽどやべぇじゃねえか!)
  「おい、先にあの女を片づけろ! ──全員でだ!」



女助手「あたしね……先生に気持ちよくしてもらったのね?
    だから恩返ししないといけないの……。だから動かないでね?」

女助手「あ、だけど……動いても一緒だけどね?」

ビシュッ! ザシィッ! シュパッ!

「あがっ!」 「ひぃぃっ!」 「ぐわぁぁっ!」

女助手の振るう剣が、手下たちを次々に行動不能に追い込む。

手下B「もらったっ!」ブオンッ

女助手「あはぁ……」ヒョイッ

手下Bの棍棒を、のけぞって回避する女助手。

手下B(なんだぁ、今の動き!? まるで……触手じゃねえか!)

女助手「惜しかったですねぇ~。惜しかったので……お返しです!」

シュザッ!

手下B「ぐおああああっ!」ドサッ…

女助手「ごめんね? だけど、これも先生のためだから許してね?
    きっと、全治一週間ぐらいだから」

女助手「じゃあ、体もあったまってきたので……」チラッ

女助手の恍惚とした目が、“山賊集団”を射抜く。

「なんなんだよ、この女ァ!」 「こっち来たぞ!」 「うわぁぁぁっ!」

ビシュッ! ザシィッ! シュバッ!

子スライムA「おねえちゃん、つよ~い!」

子スライムB「山賊を次々にやっつけてるよ!」

ツノスライム「いったいどうなってるんでえ!?
       あの娘があんなに戦えるなんて、オレのツノもビックリだ!」ビンビン

触手(付けヅノのくせして……)
  「……普段のアイツは、多分子供のスライムにも勝てないよ」ウネッ

ツノスライム「マジかい!?」

触手「だけど……俺に長時間くすぐられたりマッサージされると、ああなっちまうんだ」

触手「ああなっちまったアイツは俺に絶対服従で……強い。
   小さいとはいえ、盗賊団をやっつけたことだってあるくらいだ」

青スライム「たしかに、先生のためならなんだってやる、といってましたね」

触手「だから、女助手をあの状態にすることを
   二人で“チャージ”って呼ぼうって決めたんだ。
   『今日も触手でエネルギーチャージ!』みたいなノリでな」

ツノスライム「なるほどねぇ! ガッハッハッハッハ!
       すぐ栄養補給できる携帯食みたいなフレーズで、粋じゃねえか!」

触手「…………」

桃スライム「二重人格のようなものなのかしら?」

触手「いや、そういうわけでもないらしい。
   アイツ、ああなってる時の記憶はちゃんとあるからな」ウネッ…

ツノスライム「不思議な人間もいるもんだなァ! オレもツノ生えてるけど!」ピーン

触手(付けヅノのくせして……)ウゾッ

青スライム「なんにせよ、ありがたいです! 山賊を退治してくれてるんですから!」

「がんばれぇっ!」 「いいぞっ!」 「俺たち(スライム)みたいに柔軟だな~」

女助手を応援するスライムたち。



触手(エルフ医師でも、アイツがああなる原因は分からなかった……)

触手(強いて原因を推理するなら──)

触手(普段、アイツの優しさに封じ込められてる、
   俺を手入れするための剣の稽古の成果だったり、剣の才能みたいなもんが、
   マッサージやくすぐりの快感であふれ出る……ってところなのかな)ウゾウゾ…

触手はどこか複雑な心境で、女助手の戦いを見つめていた。

手下C「あがぁぁぁっ!」ドサッ…

女助手「痛かった? ごめんね? でも先生のためだからね?」

女助手「さぁ~て、残るはあなた一人!」チャキッ

ボス「みくびるなよ、小娘!」スラッ

ボスはサーベルの使い手であった。

ビュバッ!

鋭い突きが女助手を襲う。

女助手「ひえぇっ! あっぶないなぁ、もう!」

ボス「オレは他の奴らのようにはいかんぞ!」

女助手「ううう……」ゾクッ

ボス「ふん、怖気づいたか?」

女助手「うあ、あっ、あっ、あっ、あああ~……」ゾクゾクッ

女助手「あなたぐらい強い人倒したら……先生、きっともっと喜ぶ……よね?
    ね? ね? ね、ね、ね?」

ボス(なんだコイツ!? ますます目がトロ~ンと……)

女助手「先生! あたし、どうですかぁ~?」

触手「うん、すごいよ(……色んな意味で)」ウネッ

女助手「アッハァ~、じゃ、もっともっとすごいとこ見せますねぇ~!」シュタタタッ

ボス「このアマァ!」ザザッ…

ガキンッ! ギンッ! キィンッ!

女助手「あらら」ヨロッ…

ボス「死ねぇっ!」シュッ

女助手「おっと」ヒョイッ

ボス「ウソ──!?」

まちがいなく当たるタイミングで放たれた突きを、持ち前の柔軟性でかわすと──

女助手「えぇ~い!」

ガツンッ!

ボス「ぐおぁ……!」ドサッ…

柄を用いての一撃で、ボスを失神させた。

女助手「あはぁ~……これで先生、喜ぶ、喜ぶ……」ニコニコ…

女助手「…………」ビクンッ

女助手「!」ハッ

役目を果たし、我に返る女助手。

女助手「あ、先生! あたし、勝っちゃったみたいです!」

触手「おう、よくやったな」シュビッ

女助手「え、と……次はどうすればいいですかね?」

触手「俺の触手を切って、ロープ代わりにして、全員縛り上げてくれ」ウネウネ

女助手「アイアイサー!」

ツノスライム「オレたちも手伝わせてくれェ!」ビーン

女助手「ありがとうございます、皆さん!」

こうして“山賊集団”は全員捕縛された。

しばらくして──

ボス「……ん」

触手「やっと起きたかい、大将」ウネッ

目を覚ましたボスは藍色の触手によって縛られていた。

ボス「ぐっ……! こんなもん……!」グッグッ…

触手「ムリムリ」

触手「『七色(レインボー)触手』でもっとも丈夫な“藍の触手”で縛ってんだ。
   いくら力んでも切れねえよ」ウネウネ

ボス「くっそ……! オレをどうする気だ!?」

触手「俺はお前らみたく野蛮じゃないんでね。質問に一つだけ答えてくれりゃいい。
   お前らを動かしてる黒幕、いったいだれだ?」

ボス「黒幕ぅ? 笑えないジョークだな。オレたちゃ山賊だぜ? 黒幕なんかいるかよ」

触手「あっそ……答えないんだ」ウゾッ…

触手「笑えない上に答えないんだったら、くすぐらせてもらう」ウゾウゾウゾ…

ボス「くすぐりだと? ハハハ、下らん! くすぐりなど屁でもない!」

触手「ちなみに今までの最高記録は37秒な。ヨーイ、スタート!」

無数の触手がボスの体のあちこちをくすぐる。



コチョコチョ…… コチョコチョ……



ボス「ん!? むぅぅ!? んほほほほほほほっ! あひゃひゃっひゃっ!」

ボス「んひひっ! あひゃっ、あひゃひゃっ! ぶほっ、ほっほほぉう!」

ボス「や、やめれ……うっ、うひゃああああああああああああっ! ひゃあっ!」

ボス「やめれええええええええええええっ!!!」



ツノスライム「おっそろしい……!」ビンビン

女助手(いいなぁ……)

触手「吐くか?」コチョコチョ…

ボス「はっ、吐きましゅぅっ! 全部吐く、吐くから……ゆるしてぇぇぇぇぇんっ!!!」

触手「記録、13秒。まさに口だけだったな」シュルル…

ボス「オ、オレたちのく、黒幕は──領主でぇっす!」

ツノスライム「!」

ツノスライム「なんだとォォォ!?」
女助手「ええっ!?」

ザワザワ…… ドヨドヨ……

集落のスライムたちに動揺が走る。

触手(予想してたとはいえ……つらいな)

ツノスライム「親分が……黒幕だァ!? ど、どういうこった!」

触手「ようするに、コイツらは回収係だったんだよ。
   領主が従業員であるスライムに対して支払った給料のな」ウネウネ

女助手「そんな……」

触手「おおかた、お前は傭兵崩れ、残りはそこらでかき集めたゴロツキってとこだろ?
   さ、もう全部吐いちまえよ」ウネッウネッ

ボス「うぅぅ……。わ、分かったよぉ……」

~ 回想 ~

領主『──では頼んだぞ。毎月、スライムどもから金を巻き上げてくれ。
   山賊のフリをしてな』

ボス『了解した……。だが、もしスライムどもがアンタに助力を求めたら、
   アンタはどうするつもりなんだ?』

ボス『領主として、動かないわけにもいかないだろう?』

領主『心配いらん。口外すればこの私を次のターゲットにする、とでもいっておけば
   スライムどもがよそにこのことをバラすことはない』

領主『奴らは私を“仕事と役割を与えてくれた素晴らしい人間”だと信じているからな』

ボス『観光客がスライム集落に行って、このことを知ってしまう可能性は?』

領主『それも心配いらん。この旅館の周辺は、観光スポットの宝庫だ。
   なにしろ、奴らをこき使って、あちこちを開拓させたからな。
   わざわざスライム集落までいく物好きなどおるまい』

領主『それにスライム側としても、わざわざ山賊のことを観光客に話して、
   この地方の観光地としての価値をおとしめるようなことはすまい』

領主『つまり、スライム集落を狙う山賊のことが発覚することは絶対にありえないのだ』

ボス『……なるほど』

ボス『しかし、スライムがくたばっちまったら、働き手はどうするつもりだ?』

領主『そうなったら、今度はちゃんと人間を雇えばいい。
   ようするに、奴らは“つなぎ”だよ』

領主『こんなすたれた地域の領主に任命された時は、絶望したもんだが、
   頭を使えばこんな土地でも観光地として盛り上げられるということだ』ニィッ

………………

…………

……

ボス「──ってわけだ……」

桃スライム「こ、こんな話って……」

青スライム「なんてことだ……!」

女助手(みんな、領主さんを信じてたのに……)

触手「どうする? リーダーさん」

ツノスライム「…………」

ツノスライム「ずいぶんと長い間、だまされてたもんだ……。ガハハッ……。
       働いて、金奪われて、働いて、金奪われて……情けねェ」

ザワザワ…… ドヨドヨ……

女助手「ツノのスライムさん……」

触手「なぁ」ウネッ

触手「もし領主に報復するんなら、存分に手伝ってやれる」

触手「俺だって魔物だ。人間に頼りにされて舞い上がる気持ちはよく分かる。
   俺だって……領主を許せねえ」ウゾウゾ…

女助手(先生がいつになく燃えている理由……そういうことだったんだ……)

青スライム「長(おさ)……」

ツノスライム「…………」

ツノスライム「……触手のダンナ」

ツノスライム「たしかに領主は許せねェ……ド外道だ」

ツノスライム「だがよ、利用してただけとはいえ、
       オレたちに新しい生き方を示してくれたのは紛れもない事実……」

ツノスライム「それに……戦ってもらって、真相を暴いてもらって、
       後始末までやってもらう……そこまで世話になるわけにゃいかねぇ」

ツノスライム「ダンナ、幕引きはオレたちの手でやらせてもらえねェか。頼む……!」

触手「……分かったよ。アンタたちの意志を尊重しよう」ウネッ

触手「俺たちは何も見なかったことにする。女助手も……いいな?」

女助手「はいっ!」

触手は後のことはスライムたちの手に委ねることにした。
スライムたちが真に自立できることを信じて。

触手「よぉ~し、旅館に戻るか!」

女助手「アイアイサー!」

< 旅館 >

旅館に戻ると、領主は相変わらずの営業スマイルを振りまく。

領主「おおっ、朝から姿が見えないので、心配しておりましたよ」

触手「今日で旅行も終わりだし、色んなとこを回ろうとしたら、時間を忘れちゃってね。
   早起きしたかいがあって、いっぱい楽しめたよ。なぁ?」ウネッ

女助手「ええ、楽しめました!」

領主「ハッハッハ、楽しんでいただけて光栄ですよ。
   ぜひとも、また遊びに来て下さいませ」

触手「もちろんさ。ところで……」ニュルル…

コチョコチョ……

領主「あひゃひゃはははははっ! ──な、なにをなさるので!?」

触手「おっと失礼……。近いうち、笑えなくなることが起こるかもしれないから、
   今のうちに笑ってもらおうと思ってさ」ウネッ

触手「アンタもせいぜい旅館経営を楽しんでくれよ! ……悔いのないようにな」ウゾ…

領主「…………?」

女助手(先生ったら……)

触手と女助手の温泉旅行は終わりを告げた。

帰りの馬車にて──

ガタゴト…… ガタゴト……

触手「ふぅ~……あとはスライムたちがうまくやれりゃいいがな」ウネウネ

女助手「大丈夫ですよ! スライムさんたちが一致団結すれば、
    絶対に悪徳領主を追い出せます!」

触手「……すまなかったな」ボソッ

女助手「へ?」

触手「本当は二泊三日、もっと色んなところで遊びたかっただろうに……
   俺のワガママに付き合わせちまって……」ウネウネ

触手「今回の事件に首を突っ込んだのは、正義感とかじゃなく、
   ほとんど私情だったんだ」ウネッ

触手「あのやつれた桃スライムを見たら……
   なんとなく、領主のやってることが分かっちまってな……」

触手「いつだったかの毒虫で悪さしてた薬売りからは
   まだ“良心”を感じられたが、領主からは全く感じられなかった」ウゾッ

触手「いくら力や知恵があっても、魔物はしょせん少数派(マイノリティ)だ。
   だから、人間に認められたくて必死なんだ……。
   その心を利用するなんて……とても許せなかった……。だから……」ウネウネウネ…

女助手「もう、なにいってるんですか! あたしはぜーんぜん気にしてませんよ!」

触手「だが、お前に“チャージ”して、好きでもない戦いまでやらせて──」

女助手「かまいませんよ。あたしは先生の助手なんですから!」

女助手「それに……正直いって、あたしは“チャージ”された時の方が
    役に立つと思いますから……」

触手「フッ、それはそうかもな。あの状態だと俺のいうことを完璧に聞くしな」ウネッ

女助手「うぐっ! や、やっぱり……」

触手「だけどな、俺はなんでもいうことを聞くお前なんか、面白くないんだよ。
   なるべくなら、あの状態にしたくないんだ。
   普段のお前の方が、ずっと魅力的だからな」ウネウネ

女助手「…………」ポッ…

女助手「や、やっぱりあたし……」ドキドキ…

触手「?」

女助手「先生と結婚したいですっ!」

触手「それはダメ」シュビッ

それから二週間後──

< 探偵事務所 >

町長と実業家が事務所にやってきた。

触手「町のトップ二人がそろい踏みとは……だれかの弱みでも握りに来たのか?」ウネッ

町長「い、いや! なにをいうんじゃ!」
実業家「う、うむ! あれはもう終わった話じゃないか!」

触手「こりゃ失礼」

実業家「実は……ついこの前、君たちが行った温泉旅館で事件が起きたんだ」

女助手「事件……?」

実業家「スライムたちの訴えで、あの地方の領主が、
    スライムに不当な労働をさせていたことが発覚したのだよ」

触手&女助手「!」

町長「事態が事態だけに、まだニュースにはなっておらんがのう」

実業家「そんなこととはつゆ知らず、我々は手を貸してしまっていた。
    まったく恥ずべきことだよ」

女助手「旅館は……どうなっちゃうんですか?」

実業家「旅館や観光地の運営はスライムたちに委託される予定だ。
    領主については、最低でも追放か……あるいはさらなる重罰が下るだろう」

女助手「スライムさんたちだけで、大丈夫でしょうか?」

実業家「心配はいらない。この件でスライムたちの努力は評価されるだろうし、
    我々も全力で支援するつもりだからね」

女助手「そうですか! よかったぁ!」

町長「もしかして、おぬしらはあの旅館の“闇”に気づいたりしとったか?」

触手「い~や、全然」ウネウネ
女助手「まったく気づかなかったです!」

町長「ある意味ではその方がよかった。おぬしらの性格なら、
   気づいていたら旅行どころじゃなくなったじゃろうからな」

町長「それと、おぬしらの住所を知らんかったのじゃろう。
   旅館のスライムたちから、手紙が来ておるぞ。あとで読むといい」サッ

触手「ありがとう」シュルッ

二人が帰った後──

女助手「手紙……読んでみましょうか?」

触手「おう」ガサゴソ…



『触手のダンナ 助手の嬢ちゃんへ

 今回の件では本当に世話になった! いくら感謝してもしきれねえ!
 大した礼もできなかったが
 アンタたちならタダで泊めてやっからまた遊びに来てくれ!

                       ツノスライム スライム集落 一同』



触手「……だとよ。また近いうちに遊びに行くか?」

女助手「今度はめいっぱい遊びましょう!」







~ おわり ~

>>179>>180の間に抜けがありました
申し訳ありません!

触手「お前らの正体は──」シュビッ

ボス「テメェら、あの触手を殺せぇっ!」

手下A「い、いいんすか!? 魔物とはいえ、もし観光客だったら──」

ボス「かまうもんか! いざとなりゃ殺しもオーケーって許可ももらってるしな!
   ここで口を封じておかねえと、面倒なことになるぞ!」

手下A「そりゃそうっすね!」

手下B「ようし、金を巻き上げる前に運動といくか!」



ウオォォォォォ……!



手下たちが触手に襲いかかってきた。

触手「ふん……やっぱこうなるかよ!」ウネウネ

これで第四話終了となります
間が空くかもしれませんが引き続きよろしくお願いします

レインボー触手が
>>12では『虹色(レインボー)触手』
他では『七色(レインボー触手)』となっていますが
『七色(レインボー)触手』でいきたいと思います

第五話『騎士団闇討ち事件』



< 騎士団兵舎 >

真夜中、騎士が兵舎内を巡回していると──

騎士A「……ん?」

甲冑「…………」ガチャッ…

騎士A「なんだ、お前は?」

甲冑「…………」チャキッ

騎士A「おっ、お前はまさかっ! 団長をやった──」サッ

ビュアッ!

キィンッ! ザシッ……!

「ぐああああああっ……!」

………………

…………

……

< 探偵事務所 >

触手「なるほどねぇ。騎士だけを狙った闇討ち事件、か……」ウネウネ

銀騎士「最初に団長が倒され、これで五人目になります。
    さいわい皆、命を奪われたわけではありませんが……」

女助手「五人もですか……」

銀騎士「団長はもちろん、他の四人もすばらしい腕前を持っていました。
    なのに……敵わなかった」

銀騎士「あなたがたの『ソードオブザイヤー』品評会でのご活躍は、
    陛下からうかがっております」

銀騎士「そして私自身、人を見る目には自信があるつもりです!
    どうか、お力を貸していただきたい!」

触手「俺は腕っぷしには自信がないんだが、そこまで見込まれてるなら、
   逃げるわけにもいかないだろうな……」ウネ…

触手「女助手、準備しろ」ウネッ

女助手「アイアイサー!」

< 騎士団兵舎 >

騎士団の兵舎は、外観も大きさもまさに一流と呼ぶべきものであった。

女助手「わぁ~、立派な建物ですね!」

触手「屋敷……。いや、ちょっとした城だな、こりゃ」ウネッ

銀騎士「剣術が盛んである我が国では生まれに関わらず、
    大きな武勲を立てた者は勲章をたまわることで騎士となれますが、
    この兵舎に入れるのは、騎士の中でも特に優れた者だけです」

触手「王国の精鋭部隊、ってわけか」ウネウネ

銀騎士「おっしゃるとおりです」

銀騎士「今現在、世の中は平和ですが、水面下では国同士の抗争は絶え間なく
    続いています」

銀騎士「我が国にもスパイが潜んでいるのではというウワサもあるほどです」

銀騎士「今回の件も、敵国の仕業ではないか? ──などともいわれてましてね」

女助手「騎士団の方々がやられたら、国を守る人がいなくなっちゃいますもんね!
    この事件、絶対に解決しないと!」

触手「さすがにここでは石蹴りなんかするなよ」ウネッ

女助手「しっ、しませんよ!」ギクッ

まず触手たちは、兵舎の中にある団長の部屋に案内された。

< 団長の部屋 >

銀騎士「団長、触手探偵をお連れしました」

右足に包帯を巻き、ベッドの上に横たわる団長。

団長「横たわったままで失礼……。はじめまして、私がこの騎士団の団長だ」

触手「よろしく」
女助手「は、はじめまして!」

団長「今回の事件は我が騎士団始まって以来の危機であり、恥辱である。
   犯人はもちろん悪いが、たるんでいる我が騎士団もまた悪い」

団長「このとおり、私もしばらくは職務に復帰できそうにない」

団長「触手探偵殿、女助手殿。陛下からあなたがたのことは聞いている。
   どうか、力を貸していただきたい」

触手「もちろん、全力を尽くすよ」ウネッ

女助手「強そうな人でしたね~」

銀騎士「ええ、実際に団長の剣の腕は騎士団でもナンバーワンですから。
    団長に憧れている騎士も多いですよ」

触手「今回の犯人……どうやら相当に手強そうだな。
   銀騎士さん、アンタは今回の犯人像をどう考える?」ウネッ

銀騎士「……そうですね」

銀騎士「騎士団兵舎はある意味、もっとも安全な場所ですから、
    ここを叩いて動揺させることで……なにかを得ようとしている人物……
    と考えています」

触手「スパイってことか?」

銀騎士「いえ、そこまでは……」

銀騎士「ただし、安全であることもあって、兵舎の近くには
    重要機密が眠る倉庫もありますから……可能性はゼロではないかと」

触手「…………」ウネ…

銀騎士「続いて、兵舎の主だったメンバーを紹介します。ついてきて下さい」

< 大部屋 >

兵舎内の大部屋に騎士たちが集められる。

ズラッ……

触手(強そうなのばっかだな……。こういう雰囲気、苦手……)ウネリ…

女助手(うわぁ~、すごいすごい! こんな間近で騎士を見られるなんて!)

銀騎士「紹介しよう。今回の闇討ち事件解決に協力してくれることとなった、
    触手探偵と女助手さんだ」

銀騎士「しばらくこの兵舎に滞在してもらうことになる」

触手「ども」ウネッ

女助手「よろしくお願いしますっ!」

シ~ン……

触手(さすが騎士……。触手である俺にもまったく動じず、リアクションも薄いな)

銀騎士「では、騎士団の主だったメンバーを紹介しましょう」

赤騎士「……よろしく」

触手(赤い鎧の騎士、か……。いかにも猪突猛進ってツラだな)ウネ…

青騎士「よろしくお願い致します」

女助手(青い鎧の騎士さん。さわやかでカッコイイ! ……先生ほどじゃないけど)

黄騎士「よろしくねぇ~」

触手(黄色い鎧の騎士……間延びした喋り方しやがるな)ウネ…

女騎士「よろしく頼む」

女助手(女性の騎士もいるんだ。すごいなぁ……)

銀騎士「この四人は若手ながら、武勇にも優れており、
    “四騎士”などとも呼ばれています」

触手(団長をトップ、銀騎士をナンバーツーとすると、
   この四人がその下に来る……ってところか)ウネ…

銀騎士「今回の事件は、騎士団の存亡にすら関わる重大事件である。
    また、他国のスパイが関わっているというウワサもある」

銀騎士「もちろん、先入観を抱くことはよくないが、
    それだけの事件であることを心得よ!」

ビシィッ!

銀騎士の一喝で、その場にいた騎士全員の姿勢が引き締まった。

触手(さっすが……)

女助手(おぉ~、カッコイイ)

銀騎士「──では、私は執務があるのでこれにて失礼いたします。
    お二人の部屋は、女騎士が案内しますので」

銀騎士が大部屋を出て行く。



すると──

赤騎士「ふん……」

赤騎士「ウワサにゃ聞いてたが、触手の探偵なんてもんがホントにいるんだな。
    犯人の脇腹をくすぐって、自白させたりすんのか?」ケラケラ…

触手「まぁな」ウネッ
女助手「はいっ!」

赤騎士「……ふざけんなッ!」ドンッ

二人は正直に答えたのだが、赤騎士は茶化されたと感じたようだ。

青騎士「赤騎士、よしたまえ。もう少し上品なふるまいを──」

赤騎士「うるせえ! こういうのはな、ハッキリいっといた方がいいんだ!」

赤騎士「いいか……。この件にお前らみたいなよそ者の出る幕はねぇ!
    まして魔物風情がな……!」ギロッ

触手(あ~、めんどくせえな。予想してた反応だけどさ……。
   こういう手合いは適当にハイハイすみませんって受け流すのが一番──)

女助手「なんですか、よそ者とか魔物風情って!」

触手(え)

女助手「そうやって、人を邪険にするのが騎士団のお仕事なんですか!?」

赤騎士「なにィ……!?」

触手(ちょ、ちょっと……)ウネウネ

赤騎士「ほぉ~う、いい度胸だな。ねえちゃん」

女助手「ありがとうございますっ!」

赤騎士「……へ」

一瞬、呆気に取られる赤騎士。

赤騎士「ねえちゃんも剣差してるってことは腕に覚えがあるんだろ?
    手合わせしねえか?」

赤騎士「もしオレに一撃浴びせられたら、さっきのは訂正してやるよ。
    なんなら土下座してやったっていい」

女騎士「赤騎士!」

赤騎士「いいじゃねえかよ。やらせろよ」

女助手「受けて立ちます! あたしが一撃当てたら先生に謝って下さい!」

触手(お、おいおい……)

売り言葉に買い言葉。女助手は赤騎士と勝負することになってしまった。

< 鍛錬場 >

触手と騎士数名の立ち会いのもと、訓練用の剣を手にする二人。

赤騎士「打ち込んでこいよ、ほれ」スッ

女助手「…………」ゴクッ…

女助手「でやぁぁぁっ!」

赤騎士「!」

ガッ!

女助手の攻撃は簡単に受け止められ──

赤騎士「ぬあっ!」グイッ

女助手「きゃあっ!」ドザッ…

赤騎士が強引に剣を振ると、女助手は腰からダウンした。

触手「なっ!」ウネッ

女助手「あうぅ……いたた……」ググッ…

触手「おい、大丈夫か!?」ウネウネ

女助手「は、はい! だ、大丈夫です! ……うっ!」

赤騎士「くっ……」

触手「おい! なんてことしやがる!
   アンタほどの腕前なら、勝負にならないことぐらい分かってただろ!」ウゾゾッ

赤騎士「ふん!」

赤騎士「……忠告しといてやるがな。
    この件は今までお前らが解決してきた事件みてえに生易しいもんじゃねえんだ!
    命が惜しかったら、首を突っ込むなよ!」

触手「…………!」

< 客室 >

ベッドにうつ伏せになる女助手。

女助手「事件が解決するまでは、ここに泊まるわけですね。 ……んっ!」ズキッ…

女助手「あだだっ……!」

触手「大丈夫か? 試合を止められなくて、すまなかったな……」

触手「これぐらいの打ち身なら『七色(レインボー)触手』のうちの一つ、
   “緑の触手”から出る汁を塗りたくってやれば、すぐ治るはずだ」スリスリ…

緑色の触手が、女助手の腰をさする。

女助手「あぁ~……き、気持ちいい……! あぁぁ~っ!」

触手「あえぐなって」スリスリ…

女助手「くぅあ~……いいですっ!」

触手「しっかし、あの赤い騎士はホント腹が立つヤロウだな」スリスリ…

触手「できるもんなら、証拠でもなんでもでっちあげて、
   アイツを犯人にしてやりたいぐれえだ」スリスリ…

女助手「先生、あたしのために怒ってくれてるんですか?」

触手「当たり前だろうが! こんな目にあわせやがって!」スリスリ…

女助手「先生……あ、あたし、嬉し──」

コンコン……

触手&女助手「!」ビクッ

姿勢を正す二人。

触手「入ってくれ」ウネッ

入ってきたのは女騎士だった。

女騎士「触手殿、女助手殿……。先ほどは赤騎士がすまなかった」

女騎士「我々も得体の知れぬ相手に、闇討ちを繰り返され、気が立っているのだ。
    どうか許して欲しい」

女助手「いえいえ、かまいませ──」

触手「気が立ってるから、で済まされるんならこの世に騎士はいらないよなぁ~。
   そもそもこういう場合、本人が来なきゃ意味ないよなぁ~」ウネッ

女騎士「む……。それはそのとおり、なのだが……」

触手「冗談だよ。アンタはなにも悪くないしな。
   ついでにあの赤騎士のことも許しておいてやるよ」ウネッ

女騎士「そ、そうか。かたじけない……」ホッ…

女助手(よかったぁ~、またケンカになるかと)

女騎士「それだけをいいたかった。これにて失礼する」

触手「わざわざどうも」ウネッ

女助手「あたしはなにも気にしてませんから!」

バタン……

女助手「あの人、美人で凛々しくて、なんか……憧れちゃいますねぇ。
    とても敵わないですよ」

触手「だな」ウネッ

女助手「だな、ってウソでもいいから『お前も負けてないよ』とかいって下さいよ~!」

触手「ん? 俺がそう思ってることくらい、わざわざいわないでも分かるだろ?」

女助手「え……!?」

触手「ウソだよ」ウネッウネッ

女助手「……んも~っ!」

この日、特に事件は起こらず、二人は兵舎での一日目を終えた。

今回はここまでとなります

翌朝──

< 大部屋 >

触手「おはよう」ウネッ

女助手「おはようございまーっす!」

黄騎士「やぁ~、おはよぉ~」

青騎士「昨日のケガは大丈夫でしたか? お嬢さん」

女助手「はいっ! 先生のおかげで、すっかり痛みはなくなりました!」

赤騎士「……昨日はすまなかったな。つい力が入っちまった」

女助手「!」

女助手「いえいえ、あたしはけっこう丈夫ですから!」
   (それに、おかげで先生の“緑の触手”を味わえたし……)

触手「…………」ウネ…

触手(あの女騎士がたしなめたんだろうが、案外いい奴らなのかもな)

朝食として、トーストを食べる女助手と、水を飲む触手。

触手「お~、うめえ」チュウチュウ…

女騎士「本当に水だけでいいのか?」

女助手「はいっ! 先生は水だけでも生きていけますから!」サクッ

女騎士「……便利なものだな」

触手「そういや、今日のアンタたちの予定は?」ウネッ

女騎士「午前中は鍛錬で、午後は魔法講義の予定だ。
    ところでどうだ? よかったら、お二人も参加してみないか?」

女助手「えっ、いいんですか!? やります、やります!」

触手「元気だなぁ、お前は。俺はパスさせてもらうよ」

女助手「えぇ~、先生もやりましょうよ!」

触手「俺は運動、苦手なんだよ……。
   ま、昨日ちょいとケガしたんだし、あまりムチャすんなよ」ウネウネ

< 鍛錬場 >

まずは、体をほぐすためにストレッチを行う。

女助手「よっと」ペター…

黄騎士「おぉ~、すんごいねぇ~」
青騎士「これはこれは、すばらしい柔軟性ですね……」

女騎士「私も柔軟性においては騎士団で一番という自負があったが、
    女助手殿にはとてもかなわんな」

赤騎士「ハッハッハ、まるで触手みたいだな!」

女騎士「無礼だぞ……!」ギロッ

女助手「ありがとうございます! あたし、少しでも先生に近づきたくて、
    体を柔らかくしてきたので!」

赤騎士「えっ。あ、そ、そうなんだ……」

女騎士「……えぇ~と、その体の柔らかさを生かせば、きっといい剣士になる」

女助手「はいっ! がんばります!」

訓練開始──

赤騎士「さぁってと、いくぜ!」

青騎士「悪いけど、今日はボクが勝たせてもらうよ」

ガッ! バシィッ! ガガガッ! ガッ!

実戦さながらの激しさで、熱戦を繰り広げる両騎士。



黄騎士「さあさあ、どんどんかかってきてぇ~。ほれほれぇ~」

黄騎士も口調に似合わぬ素早い動きで、他の騎士を指導する。



触手(おぉ~、すげぇな。女助手が“チャージ”してもかなわねえかもしれねえ)ウネッ

触手(さて、アイツは──)チラッ

女騎士に胸を借りる形で、訓練する女助手。

女騎士「さぁ……好きなように攻めてきてくれ」

女助手「い、いきますっ!」

女助手「でいっ! でやっ! でいっ!」ブンブンッ

女騎士「どこを振っている? ちゃんと私を狙わねば!」

女助手「は、はいっ!」ブンブンッ

女騎士「う~ん……。決して筋は悪くないのだが、
    他人に剣を振り下ろすことに遠慮しているように感じるな」



触手(案の定、だな……)ウネリ…

触手のもとに銀騎士がやってきた。

銀騎士「いかがですか?」

触手「ん……なんつうか騎士の鍛錬ってもっと優雅なもんを想像してたから、
   こんなにバチバチやり合うとは思ってなかった」

触手「いつもこんな感じなのか?」ウネウネ

銀騎士「ええ、なにしろ我が国は剣に秀でた国ですから。
    鍛錬も当然、激しいものになるのです」

銀騎士「ちなみにこの後は、他国からお招きした魔術師殿による、
    対魔法講義も予定しております」

触手「はぁ~……そこまでやってるのか」
  (アイツ、ついていけるのかな……)

触手「さて、と」ウネッ

銀騎士「おや、どちらへ?」

触手「せっかくだから、騎士団兵舎の敷地内を回ろうかと思ってさ」ウネウネ

銀騎士「でしたら、私がご案内しましょう」

触手「そりゃ助けるけど……鍛錬はいいのかい?」

銀騎士「かまいませんよ。それに触手探偵お一人では、怪しまれる可能性もありますから。
    本来、この敷地内は騎士以外は入れないのです」

触手「じゃあ、よろしく頼むよ」

銀騎士「かしこまりました」ニコッ

鍛錬場を出た触手と銀騎士。

触手「改めて、兵舎の敷地内について確認しておきたいんだが」ウネッ

銀騎士「はい」

銀騎士「まず兵舎内には、客室や騎士たちの部屋の他──
    皆が集まる大部屋、講義室、医務室などがございます。
    兵舎の外には先ほどの鍛錬場、あとは倉庫と武具庫がございます」

触手(ふむふむ……。デカイ兵舎の他には、鍛錬場、倉庫、武具庫、ね……)ウネ…

触手「……で、闇討ちはいつも兵舎の中で起こってるんだったな?」

銀騎士「はい」

銀騎士「夜間、兵舎内を見回る騎士を次々と……」

銀騎士「今のところ、比較的軽傷で済んではいるのですが……」

触手「神出鬼没ってやつか……」ウネ…

触手(ちょっとした城っていっていいほどの広さの兵舎だし、
   潜める場所はいくらでもあるからな……)ウネウネ…

< 倉庫 >

銀騎士「こちらが、国の重要資料が眠る倉庫です。
    この中には、王国の兵士や騎士に関する機密が詰まっております」

触手「見張りの騎士がいるな……三人も」

銀騎士「ええ、ここは24時間、見張りをつけております」

触手「騎士のスケジュール管理は、アンタがやってるのか?」ウネウネ

銀騎士「そうですね。私と……団長で相談して決めております」

銀騎士「ここの警備をする時のみ、騎士には異常を知らせるベルを持たせます。
    これは貴重な品で、兵舎の敷地全体に響き渡る音が出るというシロモノです」

銀騎士「騎士三人とベルがある以上、ここを突破するのはいかなる賊でも不可能です。
    たとえ私や団長でも、無理でしょうね」

触手「ようするに、特別扱いってわけか」ウネッ

触手(もし、この倉庫が目的なら、チマチマ闇討ちなんかやらねえよなぁ。
   余計に警戒されちまう)

触手(ってことは、ここが目的って可能性は薄い、か……?)ウネ…

< 武具庫 >

触手「ここは……?」ウネウネ

銀騎士「武具庫です。刀剣の類や、盾、甲冑などが入っています」

触手「こっちは全然、警備されてないんだな」

銀騎士「ここに置いてある武具は、どれも一昔前の骨董品ばかりですからね。
    武具庫というより、博物館といってもいいぐらいです。
    若い騎士には、ここに入ったことがない者も多いでしょう」

触手「武器防具の進歩は日進月歩だからなぁ。
   なにしろ『ソードオブザイヤー』なんつうもんをやるくらい、
   武器の開発が奨励されてるしな」

銀騎士「我々騎士も、当然その進歩に追いつかねばなりません。
    国や市民を守るために……」

触手(騎士ってのも大変なんだなぁ)ウネッ

< 騎士団兵舎 >

触手たちの客室の前にて──

銀騎士「……こんなところでしょうか」

触手「ありがとう。色々と勉強になったよ。
   ここで知ったことは、口外しないから安心してくれ」

銀騎士「恐れ入ります」



ちょうど、訓練を体験してきた女助手も帰ってきた。

女助手「あっ、先生! お疲れさまで~す!」

触手「お、どうだった?」ウネッ

女助手「なんかもう、今日一日でだいぶ強くなった気がしますよ!
    今ならもう、どんな相手にだって負けません!」

触手「そういうのをな、気のせいっていうんだよ」ウネッ

女助手「うう……。先生のせいで、元に戻っちゃいましたよ……」

< 客室 >

大げさに両手を動かし、魔法講義について語る女助手。

女助手「もうすごかったですよぉ~! 魔術師さんが呪文を唱えると、
    炎がボワァってなったり、氷がビュアアってなったり……」

触手「へぇ~」ウネッ

触手「この国には魔法を使える奴なんて、ほとんどいないからな。
   貴重な体験ができたじゃんか」

女助手「なんでですかねぇ? あんなに面白いのに」

触手「この国は、剣や鎧といった武具が発達した国だからな。
   『ソードオブザイヤー』なんてもんを設けるくらいにな」

触手「事実、この国の兵士は魔法に劣らないぐらいの精強さを誇ってる」ウネウネ

触手「だけど、騎士ってのは国を守るために常に進歩しなきゃならねえからな。
   魔法使いを招いたのも、そういうことなんだろう」

女助手「なるほどぉ~! 勉強になります!」

触手(ほとんど、銀騎士さんの受け売りだけどな)ウネッ

女助手「ところでどうです? 闇討ち事件についてなにか分かりました?」

触手「いやぁ~……さっぱりだな」ウネッ

触手「だけど、銀騎士さんのおかげで、敷地内のことはだいたい把握したし、
   明日は団長さんを始めとした被害にあった騎士たちに、話を聞いてみようと思う」

女助手「もう、なにも起こらなきゃいいんですけどね……」

──その時であった。



ぐあぁぁぁ……!



触手&女助手「!!!」

触手「悲鳴……!?」

女助手「今のはたしか……青騎士さんの声ですっ!」

触手「くそっ!」ウネウネウネッ

兵舎の廊下には、すでに大勢の騎士が集まっていた。

ザワザワ…… ドヨドヨ……

触手「どうしたんだ!?」ウネッ

女騎士「青騎士が襲われた! 足を斬られたようだ……!」

青騎士「ぐうっ……!」

触手「ちょいと出血が多いな……止血だ!」シュルルッ

ギュッ……!

一本の触手が青騎士の太ももに巻きつき、出血を止める。

触手「女助手! 切って結んでくれ!」

女助手「はいっ!」スパッ

女助手「これで大丈夫です!」ギュッ…

二人の連携プレイで、応急処置は完了した。

青騎士「あ、ありがとうございま、す……!」

女騎士「よし、医務室に運ぶんだ!」

< 大部屋 >

赤騎士「ちくしょう……とうとう青騎士まで! ……ちくしょうッ!」ダンッ

女騎士「落ちつけ、赤騎士!」

黄騎士「そうだよぉ~」

銀騎士「興奮したところでどうにもならん。
    出血は多かったが、さいわい復帰に時間がかかる傷ではないようだ」

赤騎士「そういう問題じゃないでしょう!」

銀騎士「赤騎士! くれぐれも軽率な行動は──」

赤騎士「銀騎士さん! アンタだって分かってるはずだ!
    この件はオレたちの手でケリをつけなくちゃならないって!」

銀騎士「…………」

赤騎士「次はオレがやってやる! これから毎晩、オレは巡回をさせてもらいますよ!」

赤騎士「おい、探偵とねえちゃん!」

触手「ん」
女助手「は、はいっ!」

赤騎士「マジでいっておく……アンタらは手を出すな」

赤騎士「いっとくが、これはアンタらがうっとうしいからいってるんじゃねえ……。
    本当にヤバイからいってやってるんだ」

触手「……心にとどめておくよ。守るかどうかは別だがな。
   なにしろ、触手ってのは獲物がでかけりゃでかいほど、よくうねる」ウネッ

赤騎士「へっ」

バタンッ!



ザワザワ…… ドヨドヨ……

騎士たちの中でもトップクラスの実力を誇る青騎士がやられたことは、
騎士団に大きなショックを与えた。

今回はここまでとなります

翌日──

今日は合同訓練はなく、ほとんどの騎士たちはそれぞれの任務のために解散した。

< 客室 >

女助手「おはようございます!」

触手「おう」ウネッ

女助手「うっ! あだだっ……!」ズキッ

触手「おいおい、大丈夫か?」

女助手「トレーニングの筋肉痛、ですかね……」

触手「だから、ケガしてんだからムチャすんなっていったのに……」

女助手「先生の“緑の触手”で治してもらったので、ついはりきりすぎちゃいました」

触手「俺はケガの専門家でもなんでもないっつうの。
   そうやって気を抜いた時が一番危ないんだ。気をつけろよ」ウネウネ

女助手「はいっ! 気をつけます!」

客室の外へ出ると──

銀騎士「おはようございます。触手探偵、女助手さん」

触手「おはよう」ウネッ

女助手「おはようございます!」

銀騎士「本日はどちらへ?」

触手「情報収集、ってとこかな。今までは遠慮してたが、
   やっぱり闇討ちされた騎士から話を聞かなきゃならないと思ってね」ウネウネ

銀騎士「そうですか」

触手「もしできるなら、仲介役を頼みたいんだが……」ウネ…

銀騎士「申し訳ありません。これから私、王都の病院へ向かわねばなりませんので」

女助手「病院? まさか、銀騎士さんもどこかおケガを?」

銀騎士「そういうわけではないのですがね」

銀騎士「おっと、そういえば魔術師さんがぜひあなたにお会いしたいと……」

触手「魔術師?」

銀騎士「我々騎士に、魔法講義をなさっている方です。
    あなたがたと同じく、今は客室に泊まっております」

触手「分かった、ありがとう。あとで寄ってみるよ」ウネッ

女助手「もしかしたら、面白い魔法を見せてもらえるかもしれませんね!」

まず、触手たちは団長の部屋に向かった。

< 団長の部屋 >

団長「おや、君たちか」

触手「ちょいと聞きたいことがあってね」ウネッ

女助手「ご協力お願いします!」

団長「かまわんよ」

触手「あんまり話したくないことだろうが、ずばり聞かせてもらおう。
   団長さん、アンタどうやって負けたんだ?」ウネウネ

団長「ふむ……」

団長「あれは十日ほど前、深夜に兵舎内を歩いていたら、
   いきなり斬りつけられてしまったのだ」

触手「いきなり? つまり不意打ちだったってわけか」

団長「……ああ、気づかなかった」

女助手「うむぅ……団長さんに気づかれないなんて、恐るべき使い手ですねぇ」

触手「で、肝心の相手はどんな奴だったんだ?」

団長「……甲冑を身につけた……戦士だったよ。顔は……分からなかった」

女助手「ちゃんと顔を隠しているとは……恐るべき使い手ですねぇ」

団長「私の足をこのように斬りつけた後、あっという間に逃げ去ってしまった」

女助手「剣も速ければ、逃げ足も速い、と……恐るべき使い手ですねぇ」

触手(コイツ……恐るべきボキャブラリーのなさだな)ウネ…

触手「ところで、他の騎士が比較的軽傷なのに対して、
   アンタは十日経ってもベッドにいなきゃならないほどの傷だが、心当たりは?」

団長「さぁ……騎士団リーダーであるから、強めに斬られたのかもしれんな。
   あるいは私個人に恨みがあったのか……」

団長「いずれにせよ、この傷は騎士団をたるませてしまった私への罰なのだと
   認識しているよ」

触手「なるほど、ありがとう。参考になったよ」ウネウネ

女助手「ありがとうございました!」

触手(さてと、今度は医務室に行ってみるか……)

< 医務室 >

団長の次にターゲットになった四人の騎士たち。

騎士A「真夜中、巡回をしていたら、犯人が突然現れて……
    立ち向かったんだが、足を斬りつけられて──」



騎士B「兵舎を歩いていると、甲冑をつけた剣士がやってきたんです。
    戦闘になりましたが、あえなく……」



騎士C「とてつもない強さだったよ。
    とっさに剣を抜いて応戦したんだが、あっさり打ち払われてさ──」



騎士D「俺の剣をかわし、足に斬りつけた後、無言で逃げていきやがったよ……」

そして、昨日闇討ちにあった青騎士。

青騎士「おやおや……お二人とも、昨晩はお世話になりました」

女助手「いえいえ、こちらこそ!」

触手「なにか、犯人について分かることがあれば教えて欲しいんだが」

青騎士「…………」

青騎士「面目ありません。犯人の手がかりとなるようなことはなにひとつ……」

女助手「なにも……ですか!?」

青騎士「……ええ、なにも、です」

触手「そうか」ウネッ

青騎士「協力することができず、申し訳ありません」

触手「いや、気にすることはない。ゆっくり傷を癒してくれよ」ウネ…

医務室を出ると、二人は約束通り魔術師のいる客室に向かった。

< 魔術師の客室 >

魔術師「オォ~、よく来てくれたァ~」

触手「うっ……!」ビクッ

魔術師「ワタクシの国にも、人間と生活する魔物はいるけど、
    探偵をやってる魔物ってのはさすがにいないからねェ~」

触手「ど、どうも……」ウネッ

女助手「じゃあ、先生に会いたいっていうのはもしかして──」

魔術師「うんうん、単なる興味本位だったんだねェ~」ニカッ

触手「…………」ウネッ…

女助手「ああっ、先生が露骨に不機嫌なうねり方を!」

魔術師「おおっ、こいつは失敬! せめてものお詫びとして、
    ワタクシの魔法の数々、披露させていただこう!」

炎を出し、氷を飛ばし、電気を操り──数々の魔法を披露する魔術師。

触手「ほぉ~……」ウゾッ

女助手「ね、先生! 魔術師さんってすごいでしょ?」

魔術師「こんな魔法だってあるよ! ほォ~ら」パァァ…

近くにあったロープが、触手のように動き出す。

女助手「うわっ、すごい! まるで先生みたい! こんな魔法もあるんですね!」

触手「おおっ! たしかに俺みたいだ! 模倣(コピー)したのか!」

魔術師「もっと魔力を使えば、もっと複雑な動きや命令をこなさせることも可能さァ~」

魔術師「他にもこんな魔法も……」パァァ…

壁に付着している汚れが、きれいさっぱり落ちた。

魔術師「ね?」

女助手「お掃除に便利ですねぇ!」

触手「う~ん、魔法ってすげえ!」ウネッウネッ

女助手(あれ……? 先生の触手が一本、ぼんやりと光ってる……)

魔術師の客室を出た二人。

触手「──俺としたことが、すっかり楽しんでしまった」ウネッ

女助手「先生ったら、はしゃぎすぎですよ~!」

触手「しょうがないだろ! この国じゃ、なかなか魔法なんて見られないんだから!」

女助手「失礼しましたっ! ところで先生、闇討ち犯の方はどうですか?」

触手「…………」ウネ…ウネ…

触手「今のところ……なぁ~んか怪しいのは団長だな」

女助手「えええっ!? どうしてです!?」

触手「あの人だけ他の騎士に比べ、目撃した内容があやふやだった。
   騎士団ナンバーワンの人が、不意打ちを喰らうってのもおかしな話だしな」

女助手「それは……たしかにそうですね」

女助手「ですが、団長さんは足にケガをしてるんですよ?
    いくらなんでもそんな状態で、他の騎士の方を闇討ちできますかねえ?」

触手「そりゃもちろん、さすがにムリだろうな」ウネウネ

女助手「でしょう?」

触手「だが……そんなムリが可能になる状況がひとつだけある」

女助手「え? なんですか、それ?」

触手「たとえば、最初からケガなんかしてなかった……としたらどうだ?」ウネリッ

女助手「あ……」

触手「自分が最初にやられたふりをして、闇討ちを繰り返す……。
   なんのためにやってるのかまでは分からんが、ありえそうな話だ」ウネッ

触手「それに……騎士を次々に闇討ちするなんて、
   そもそも相当な実力がなきゃできないハナシだ」

女助手「ようするに、強いから犯人だってことですか?
    それなら、仲間の騎士の方々がとっくに追及してるんじゃ──」

触手「あの人は騎士団にとっちゃ、憧れの的だぜ?
   いくら怪しくとも、面と向かって『お前犯人だろ』なんていえる奴はいないだろ」

触手「犯行を暴くには……正々堂々倒すしかない」

触手「それに赤騎士のイラ立ちや、青騎士のなにかを隠すような態度は、
   団長が犯人だと分かってるから……って気がしてならないんだよな」ウネウネ

女助手「じゃあ……どうしましょ? 今の話、銀騎士さんにしてみますか?」

触手「い~や、証拠がないしな。それに……銀騎士さんだって怪しい」ウネッ

女助手「え!?」

触手「騎士団で実力が飛び抜けてるのはあの人も同じことだからな」

女助手「だけど……銀騎士さんはあたしたちの依頼人じゃないですか!」

触手「まぁ……そうなんだけどさ」ウネウネ

触手「とにかく今夜もう一度、団長さんの部屋に行ってみよう」ウネッ

触手「──で、俺が合図したら、団長さんにケガを見せてくれといってみてくれ」

女助手「あたしが……?」

触手「俺が聞くと、警戒されちまうかもしれねえからな」

触手「もし、ケガを見せようとしなければ、団長さんは怪しくなる。
   逆にケガが本当だったら、銀騎士さんが怪しくなるって寸法だ」ウネウネ

女助手「アイアイサー!」

その夜、触手と女助手は再び団長の部屋を訪れる。

< 団長の部屋 >

団長「おや……? 触手探偵殿」 

触手「夜分おそくに失礼。気になったことがいくつかあってね。
   質問、いいかい?」

団長「……かまわんが」

女助手(う~ん、たしかに今ためらったように見えた、かも……。
    ダメダメ! 先入観を持ったら!)

触手「アンタは普段からこの騎士団兵舎に常駐してるのか?」

団長「いや……このところは城での執務がほとんどだ。
   騎士団長とは名ばかり、ほとんど銀騎士に任せきりになってしまっているよ」

触手「ってことは、騎士たちとも訓練はしていなかったってことか?」

団長「うむ……私と手合わせしたことがない騎士も多い。
   さすがに銀騎士や、四騎士らとは剣を交えたことは幾度もあるがね」

触手(つまり、仮に変装した団長と戦っても、
   気づく奴と気づかない奴が出るってことか……)

団長「しかし、リーダー不在という状況が続いたせいか、
   騎士団はすっかりたるんでしまった」

触手「…………」

団長「そのせいで、こんな闇討ち事件が起こってしまった」

団長「残念ながら、騎士だけでは解決できず、君たちを巻き込むことになってしまった。
   本当にすまない」

触手「いや、気にしないでくれ」ウネッ

女助手「そうですよ!」

団長「ありがとう」

触手(……演技っぽくはねえが、なんともいえねえな)ウネ…

触手(そろそろ、本題に入るとするか!)

触手(よし……女助手!)ニュルルッ

女助手(あたしの出番ですね!)

女助手「あ、あのっ!」

団長「ん?」

女助手「けっ……けけけ、け、けっ」

団長「毛?」

女助手「ケ、ケガを見せてくれませんか? 団長さんのケガ、見たいんです!
    お願いしますっ!」

触手(あっちゃ~、不自然すぎる……。やっぱこういうのは向いてなかったか……?)

団長「…………?」

団長「かまわんが……」ベリベリッ

触手&女助手「え!?」

団長が足の包帯を解くと、痛々しい切り傷が姿を見せた。

女助手「うっ……!」

触手(かなり深いな……)

団長「こんなところでいいかな?」ギュッ…

女助手「は、はいっ! ありがとうございましたぁっ!」

触手(この傷で、騎士たち相手に大立ち回りをするのは難しいだろうな……。
   う~ん……)

騎士団兵舎内の廊下にて──



赤騎士「……出やがったな」

赤騎士「このオレが、アンタの正体を暴いてやる! 覚悟しやがれぇっ!」

甲冑「…………」ガシャン…

ギィンッ! キンッ! ガキンッ! キンッ! ──ギンッ!

激しい打ち合い。やや押されているのは赤騎士。

赤騎士「ちいっ!(あの重装備で、なんてすばやい!)」ザッ…

甲冑「…………」サッ

赤騎士(長期戦は不利……一気に仕留める!)

赤騎士「だああああっ!」ダッ

ビュオァッ!

赤騎士捨て身の一撃は、甲冑に危なげなくかわされてしまう。

甲冑「…………」ザッ…

赤騎士「しまっ──」

ビシュッ……!

赤騎士「ぐぅぅっ……!」ガクンッ

腰のあたりを斬られ、赤騎士が膝をつく。

甲冑「…………」クルッ

ガシャンガシャンガシャン……

甲冑は逃げ去ってしまった。

赤騎士「ち、ちくしょォ……。待ちやがれ……」ヨタヨタ…

赤騎士も追うが、到底追いつけるはずもなく──



「赤騎士さん!」 「赤騎士!」 「血が! 大丈夫ですか!?」

< 団長の部屋 >

ガチャッ!

女騎士「失礼します、団長!」ザッ…

団長「どうした?」

女助手「女騎士さん!?」

触手「血相変えて、どうしたんだ?」

女騎士「お二人もおられたか。実は、赤騎士が……襲撃を受けました」

触手「なんだってぇ!?」ウネッ

女助手「赤騎士さんが……!?」

団長「……分かった。触手探偵殿、どうか騎士たちに力を貸して欲しい」

触手「もちろん!」ウネウネッ

< 医務室 >

医務室にはすでに大勢の騎士が集まっていた。

ザワザワ…… ドヨドヨ……

赤騎士「あれだけ大口叩いといて、面目ねぇ……完敗だったよ」

黄騎士「まさかオマエを倒すほどだなんてぇ~!」

女騎士「気にするな。この借りは騎士団の名誉にかけ、必ず返す」

女助手(勝負にならなかったとはいえ、あたしも戦ったから分かる……。
    赤騎士さんはものすごく強い……。なのに、完敗だなんて……!)

触手(俺たちは団長さんと話していた……。つまり、あの人は犯人じゃない)

すると、銀騎士がやってきた。

銀騎士「赤騎士が倒されたと聞いたが……」ザッ…

赤騎士「銀騎士さん……このザマです。オレが……甘かった。
    あなたも娘さんの件で大変な時に、すみません……」

銀騎士「済んだことだ。とにかく今は傷を癒すことだけを考えろ」

触手「…………」ウネ…

触手「銀騎士さん、アンタは病院に行くといってたが、今はどこにいたんだ?」ウネウネ

銀騎士「私ですか? 私は王都から戻ったあとは、
    あちらの騎士三人と打ち合わせをしておりました」

騎士E「ええ。銀騎士さんの部屋で、明日の予定について話し合ってました」

騎士F「まさか、赤騎士までやられるなんて……」

騎士G「くそっ! 騎士団をなめやがって!」



触手「…………」ウネ…

触手(赤騎士を襲った闇討ち犯は、銀騎士さんでもありえない、か……。
   今日で目星をつけられると思ったんだが、当てが外れたな……)

触手「ここにいてもジャマになるだけだし、一度部屋に戻ろう。
   んで、明日どう動くか話し合うぞ」ウネッ

女助手「分かりましたっ!」

女騎士「その話し合い、私も参加させてもらえないだろうか?」

女助手「もちろん、かまいませんよ! 女騎士さんもいた方が心強いです!」

触手(闇討ち犯は全身を甲冑で固めた人間……。
   女性である女騎士さんが犯人である可能性は薄いだろう)
  「よろしく頼むよ」ウネウネ

< 客室 >

女騎士「まさか、青騎士に続き、赤騎士までやられるとは……」

女助手「あんなに強い人たちなのに……」

触手「こうなったら、俺も巡回に参加しよう」ウネッ

女助手「ええっ!? 危ないですよ!」

触手「俺はちょっとした微振動でも感知できるからな。
   もしかしたら、先制攻撃できるかもしれない」ウゾウゾ…

女助手「だ、だったら……あたしも連れてって下さい!」

女騎士「私もだ!」

触手「まぁいいけど……。今回は事前に“チャージ”するぞ」ウネウネ

女助手「アイアイサー!」

女騎士「チャージ?」

触手「信じられないかもしれないが、コイツは触手でくすぐったり、
   マッサージしてやると、強くなるんだよ」ウネウネ

女騎士「な、なんだと!?」
   (とても信じられん……)

女助手「あ、そうだ! 女騎士さんもぜひ体験して下さいよ!
    先生のマッサージは絶品なんですから!」

女騎士「ほう、いいのか?」

触手「俺はかまわんぜ」ウネッ

女騎士「では、よろしく頼む」

ベッドにうつ伏せになる女騎士。

触手「んじゃ、マッサージ開始!」ニュルル…

うつ伏せになった女騎士の肩や背中を、無数の触手が揉みほぐす。

シュルル…… ウネウネ…… モミモミ…… ムニュムニュ……

女騎士「ほう……」

女騎士「うむぅ……」

女騎士「ふむ……」



30分後──

触手「よぉ~し、バッチリだ!」ウネウネッ

女騎士「おおっ、たしかに体が軽くなった!」クイクイッ

女助手「でしょう? 先生のテクニックはすごいんですからぁ~!」

触手「…………」

女騎士「うむ、堪能させてもらった。では明日の巡回について、
    銀騎士殿に報告してこよう」

女騎士は客室を出て行った。

触手「…………」ウネ…

女助手「?」

女助手「先生、どうしました?」

触手(あの女騎士、結局ほとんど声をあげなかったな……)

触手(なんだろう、この敗北感……)ウネ…

触手(俺は自分が触手であることに特に誇りなんざ持っちゃいないが──)

触手(なんか……触手という種族の名に傷をつけちまったような……
   そんな気持ちになっちまってる……)ウネ…

女助手「せ、先生……? なにか悩みでも……?」

触手「──ん、ああ、なんでもない。なんでもないんだ」ウネウネ

触手「この事件、明日が正念場だ。体調整えておけよ!」シュビッ

女助手「アイアイサー!」

< 女騎士の部屋 >

バタン……

女騎士「…………」

女騎士「くっ……」ビクッ

女騎士「うっ、くううっ! ──あぁっ! ああっ、くっ……あぁっ!」ビクビクッ

女騎士「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

女騎士(なんという恐ろしいテクニック……!
    もう数分長くやられていたら、みっともない声を出すところだった……!)

女騎士(あの触手殿……できる!)

女騎士「……コホン」

女騎士(さて、と……今日は早めに寝るとしよう。
    せっかく軽くなった体も、寝不足では重くなってしまうからな)

今回はここまでとなります

翌日──

触手たちが兵舎にやってきてから、今日で四日目となる。

< 医務室 >

改めて赤騎士を見舞いにやってきた触手と女助手。

触手「傷は浅いようで、なによりだ」ウネウネ

女助手「ええ、よかったです!」

赤騎士「心にもないこといいやがって……」

触手「まぁな。ちょいとばかり“ざまあみろ”とも思ってるよ」ウネッウネッ

女助手「せ、先生!」

赤騎士「へっ……。で、こんなザマなオレになにか用か?」

触手「今夜、俺たちも巡回に参加する。もちろん、銀騎士さんに許可は取ってある」

赤騎士「!」

触手「アンタには反対されてたから、一応報告だけでも、と思ってな」

赤騎士「……やられちまったオレに、止める権利はねぇよ。
    せいぜい気をつけるんだな」

赤騎士「それと、ねえちゃん」

女助手「は、はいっ!?」ビクッ

赤騎士「アンタ、剣の筋はけっこういい。あとは自分の力を思いきり出せるようになれば、
    もっとすごい剣の使い手になれるはずだ」

女助手「……ありがとうございます、赤騎士さん!
    今日は先生に気持ちいいことしてもらう予定ですから!
    きっと自分の力を出し切れるはずです!」

赤騎士「へ? 気持ちいいこと?」

触手(バカ、余計なことを……)

触手「あと……最後にひとつ伝えとくよ」ウネッ

赤騎士「なんだ?」

触手「昨夜、アンタが戦ってた頃、俺たちは団長さんとしゃべってた。
   したがって、団長さんは闇討ち犯じゃない」

赤騎士「!!!」

触手(今の反応……やっぱり団長さんが犯人だと思ってたようだな)

赤騎士「そうか……ありがとよ」

赤騎士は、どこかほっとしたような表情をした。

赤騎士「しかし、そうなるといったい誰が──」

ガチャッ!

黄騎士が医務室に入ってきた。

黄騎士「やぁ~! ベッドの上じゃ退屈すると思ってねぇ~!
    本を買ってきたよぉ~!」

赤騎士「お、ありがとよ!」

触手「それじゃ俺たちはこれで」ウネウネ

女助手「どうぞ、お大事に!」

夜になり──

< 騎士団兵舎 >

触手、女助手、女騎士が集合する。いよいよ巡回の始まりである。

触手「さてと……行くか」ウネッ

女騎士「うむ、黄騎士らが回っていない場所を中心に、巡回するとしよう。
    と、それはいいのだが……」チラッ

女騎士が女助手に目をやる。

女助手「アハァ~……。気持ちよかったぁ……」

女騎士(女助手殿の目つきがおかしい……。まるで別人ではないか……。
    これが“チャージ”というものなのか……!?)

女助手「あたし……ぜぇったいに、先生のお役に立ってみせますからぁ……」

触手「張り切るのはいいが、三人で協力することを忘れるなよ」ウネッ

女助手「アイアイサ~!」

三人で、薄暗い兵舎内を歩きまわる。

女助手「いっぱいマッサージされて……くすぐってもらえて……天国だったなぁ~」

女騎士「…………」

女騎士「触手殿、本当に大丈夫なのか?」ボソッ

触手「心配しなくていいよ。目つきはおかしいが、まちがいなく戦闘では役に立つ」

女助手「そうでぇ~す。どんどん頼って下さいね? ね? ね?」

女騎士「う、うむ……」
   (もはやただの酔っ払い……いや、もっと危ない人にしか見えんが……)

触手(さてと、気配を探るか)ウネウネ…

床や壁に触手をくっつけることで、微振動探知に取りかかる。

巡回を始めて、およそ30分。

なかなか、それらしき気配には出会えずにいたが──

女助手「うふふ、ピクニックみたいで楽しいですねぇ~」

女騎士(少なくともピクニックという気分ではないが……)

触手「!」ピクッ

触手(──これだ! 今までに出会った騎士と、明らかに歩き方がちがう!)ウゾッ…

触手「あっちだ! 三人で固まっていくぞ!」シュビッ

女騎士「承知した!」

女助手「アイアイサ~!」

ついに──触手たちが闇討ち犯“甲冑”と出会う。



甲冑「…………」ガシャン…

触手「コイツか……」ウネ…

女騎士「キサマが闇討ち犯かッ!」チャキッ

女助手「アハァ~……こんばんはぁ~」ニコニコ…

触手「二人とも、あまり刺激するな」シュビッ

触手が甲冑に話しかける。

触手「女二人はともかく、俺は腕っぷしには自信なくてね。
   できれば、平和的に話し合いってやつをしたいんだが……」ウネウネ

甲冑「…………」チャキッ

触手「聞く耳持たずかよ……」ウゾ…

女騎士「よくも、騎士団の名誉に傷をつけてくれたな……許さん!
    いざ尋常に勝負しろ!」ダッ

勢いよく、女騎士が甲冑に斬りかかる。

キィンッ!

女騎士の剣を受け止めた甲冑は、即座に反撃に出る。

ビュオッ!

女騎士「くうっ!(あの装備でなんという速さだ! ……信じられん!)」

触手「女助手! 援護してやれっ!」

女助手「アイアイサ~!」

女助手「い、い……い……」ビクッビクッ

女助手「今助けまぁ~す!」スタタタッ

ギャリィンッ……!

女助手が横から斬り込むが、これも難なく受け止められる。

女助手「アハッ」ザッ

甲冑「…………」ザッ

女騎士「この男は危険だ! 女助手殿、今すぐ下がって──」

全身のバネと柔軟性を生かした軽快なフットワークで、猛攻をしかける女助手。

キィン! ギン! ガキィン!

女助手「アッハァ~」ヒュババッ

甲冑「…………」キキキンッ



女騎士(なんという剣だ!)

女騎士(体の柔軟性を最大限に活用し、上下左右から入り乱れるように
    剣を放っている!)

女騎士(触手殿に“チャージ”されただけで、ここまで変わるものなのか!)



女助手「でぇ~い!」シュバッ

甲冑「…………」キンッ

キキンッ! ギンッ! キィン!

甲冑「…………」グッ…

ガキンッ!

甲冑の一撃が、女助手を大きく吹き飛ばした。

女助手「あうっ!」ドサッ

触手&女騎士「!」

触手(やっぱり……あの甲冑のがずっと強い! ……ムリはさせられねえな!)
  「おい、一度戻れっ!」シュバッ



女助手「強い……ですねぇ~」

女助手「ってことは、あなたをやっつければ……
    先生、ものすごぉ~く、喜んでくれるってことですよねぇ?」トローン…

再度、甲冑に立ち向かう女助手。



触手「おいっ!」ウネッ

ギィンッ!

女助手「くぅ~、やりますねぇ~! だけど、あたしだって……!」ビュアッ

キィンッ! ガッ! ギャリッ!

さらにトロ~ンとした目つきとなって粘るが、甲冑の優勢は覆せない。

触手「女騎士さん、手助けしてやってくれ!」ウネウネッ

女騎士「もちろんだ!」

女騎士「加勢する! ──はぁぁっ!」ヒュオッ

ガキィンッ!

女騎士「くうっ!(スキを突いたのに、あっさりと防御するとは!)」

キィン! キンッ! ギィンッ!

女助手と女騎士の二人がかり。にもかかわらず、甲冑の防御はビクともしない。

女助手「一発も当てられないなんて、すごい、スゴォ~イ」キンッ

女騎士(青騎士や赤騎士をも倒している相手なのだ……。
    やはり、私たち二人でもどうにもならんか……!)シュバッ

キィンッ! ヒュオッ! ギンッ! キン! シュバッ!

ガギィンッ!

甲冑が、女助手と女騎士を同時にハネのける。

女助手「きゃあっ!」ドサッ

女騎士「ぐっ……!」ザッ…

甲冑「…………」ガシャ…

だがこの一瞬、さすがの甲冑も動きが止まった。

触手「!」ピクッ

触手「(今だッ!)どりゃあああああっ!」ニュル…

ブオンッ!

『七色(レインボー)触手』の一つ、“赤の触手”が唸りを上げる。

ズガァンッ!

ドガシャァンッ!

派手な音を立てて、壁に叩きつけられる甲冑。
ところが、ダメージなどないかのように平然と動き出す。

甲冑「…………」ムクッ

女助手「わぁ~お」

女騎士「バカな! 今の一撃を喰らって、なんともないのか!?」



しかし、触手は甲冑のタフネスに驚くよりも、むしろ──

触手(今の感触……)ウネ…

触手(……そうか! そういうことだったのか!)

甲冑「…………」クルッ

ガシャンガシャン……

背を向け、三人から逃げ出す甲冑。

女助手「ダメですよぉ~! 逃げたらダメですよぉ~!」

触手「よせ、追うな! これ以上暴走したら、嫌いになるぞ!」シュバッ

女助手「!」ビクッ

女助手「はいぃ……すみませぇん……」シュン…



結局、三人は大きな負傷こそしなかったが、甲冑も逃がしてしまうという結果になった。

女騎士「悔しいが、あのままヤツが逃げずに戦ったとしても、
    倒すことは難しかったろうな……」

女助手「あぁ……あたし、役に立てなかった……。あぁぁ……」

触手(いや……十分役立ってくれたよ)ウネッ

女助手「!」ハッ

我に返る女助手。

女助手「犯人は逃げてしまいましたね……って、いたたたたっ!」ズキッ…

触手「斬られたわけじゃないが、派手にふっ飛ばされてたからな……。
   すぐ“緑の触手”で治療してやる」ウニュル…

女助手「ありがとうございます……!」

女騎士(いつもの女助手殿に戻った……。まったく、不思議なものだ)

女騎士「女助手殿の奮闘があったおかげで、大きな被害がなくて済んだ。ありがとう」

女助手「いえいえ! 女騎士さんこそ! かっこよかったです!」

女助手「だけど……結局、闇討ちを止めることはできませんでしたね……」

触手「なぁに、もういいんだ」ウネウネ

女助手「先生?」

触手「もう……カラクリはだいたい分かった」



三人は解散し、騎士団兵舎四日目の夜は終わりを告げた。

そして、五日目の朝──ついに触手が動く!

今回はここまでとなります

早朝──

< 武具庫 >

こっそりと、兵舎近くにある武具庫に忍び込む触手と女助手。

触手「…………」ウネウネ

女助手「ふぁぁ……。先生、こんなところになんの用ですか?」

触手「ほれ、この甲冑を見てみろ」シュビッ

女助手「!」

一つだけ、大きくへこんでいる甲冑があった。

女助手「こ、これって、まさか……!?」

触手「そうだ。お前たちのおかげで、俺が一発お見舞いした時にできたやつだ。
   “赤の触手”とへこみがピッタリ合うし、まちがいねぇ」

触手「そして、これを──こうする!」シュルルル…

紫色の触手が、へこみのある甲冑に巻きつく。

触手「…………」ボァァ…

女助手「“紫の触手”が……うっすらと光り始めました!
    そういえば、魔術師さんの部屋に行った時もこんな風に光ってました!」

女助手「ところで、“紫の触手”って、どんな能力があったんでしたっけ?」

触手「お前にはどこかで話してたが、忘れちまうのもムリはないな。
   なにしろ、お前とつるんでから、これを使う機会は一度もなかったからな。
   『七色(レインボー)触手』の中じゃ、一番影が薄い」

触手「ちなみに、なんで光ってるかっつうと……“魔力を感知した”からだ。
   ようするに、この甲冑には魔力が込められていた痕跡がある」ウネ…

女助手「魔力! ──ということは、まさか犯人は……!」

触手「そう。そのまさか、だ」

触手「女助手、昼にでも騎士を大部屋に集めてくれ。俺から全て説明する」シュビッ

女助手「アイアイサー!」

< 大部屋 >

正午過ぎ、騎士団の主だったメンバーが大部屋に集結する。

触手「みんな……お忙しい中、集まってくれてありがとう」ウネウネ

銀騎士「まさか、闇討ち犯の正体が分かったのですか!?」

触手「ああ」ウネッ

赤騎士「マジかよ……!」

青騎士「まさか……!?」

黄騎士「いきなりそんなこといわれても、とても信じられないよぉ~!」

魔術師「ほォ~う、こりゃまた興味深い!」

女助手「本当なんですか、先生!?」

触手(……なんで、お前まで驚くんだよ)

女騎士(昨晩のあのやり取りで、犯人を特定したというのか……!?)

団長「……では教えてもらおうか、触手探偵殿。
   多くの騎士たちを傷つけた、恥知らずの正体を明かしてもらおう!」

触手「分かった。俺の至った結論を、順序立てて説明させてくれ」ウネウネ

触手「まず、闇討ち犯の最大の特徴は、凄腕の剣の達人ってことだ」

赤騎士「ああ。なにしろ、オレや青騎士がやられてる。
    アンタらも追い詰めたが、仕留めきれなかったって聞いてるぜ」

触手「そして、もう一つの特徴は──」

触手「闇討ち犯は、騎士たちに深手を負わせることはしなかった……ってことだ」ウネッ

青騎士「おっしゃるとおりですね。ボクや赤騎士も、このとおり回復しています」

触手「仮に、犯人が他国のスパイだとかの“悪意ある者”だとして──
   騎士を“殺さない理由”は、色々と推測することができる」

触手「たとえば……死人を出すと、騎士団を本気にさせてしまうから、とかな」ウネッ

触手「だが、わざわざ“軽傷で済ませる理由”は正直いってピンとこない。
   つまり、犯人は“悪意のない者”だと考える方が自然だ」

触手「よって、犯人は騎士団に情を持っている、剣の達人と考えられる……。
   たとえば、団長さんとかな」ウネ…

ザワッ……

多くの騎士が、団長に遠慮がちに視線を向ける。

団長「…………」

赤騎士「なにいってんだ! アンタ、団長じゃねえっていってただろ!」

ドヨドヨ……

触手「そうだ。あの甲冑は……団長さんじゃない。
   赤騎士が甲冑と戦ってた時、団長さんは俺たちとしゃべってたんだからな」

青騎士「では……あの甲冑の中身はいったい誰なのです!?」

触手「誰でもないよ」ウネッ

青騎士「……へ?」

触手「あの甲冑の中に……人間は入ってない」

女騎士「な、なんだと!?」

黄騎士「人じゃないってことは、動物かなぁ~?」

触手「(そんなわけねえだろ!)俺は昨夜、あの甲冑にキツイ一発を浴びせた」ウネッ

触手「で、その時の感触……想定よりやけに軽かったんだ」

触手「つまり、あの甲冑は空っぽだったってわけだ」

赤騎士「──ってことは甲冑が勝手に動いたってのか!? ──んなバカなッ!」

触手「誰も見向きもしない古い武具ばかりが集められた武具庫……。
   その中に、昨日俺が与えた一撃の跡が残ってる甲冑が保管されていた」

触手「……さてと、話は変わるが、俺は『七色(レインボー)触手』を持っている。
   無数の触手のうち、七本だけ特殊な能力を持ってるんだ」ウネウネウネ…

銀騎士「それらを駆使して数々の事件を解決してきたと聞いています」

青騎士「これはこれは、カラフルで美しいですね」

触手「そして、その甲冑は……俺の“紫の触手”が反応した」

触手「女助手、“紫の触手”の能力はなんだっけ?」ウネッ

女助手「はいっ! 魔力を感知することができます!」

女騎士「魔力を……?」

赤騎士「魔力だと……!?」

青騎士「となると、甲冑は魔力……魔法で動いていたということになる……!」

黄騎士「ま、まさかぁ~……!」



触手「そうだ。闇討ち犯の正体──その一人はアンタだ! 魔術師ッ!」シュビッ

触手で指された魔術師は、満面の笑みを浮かべる。

魔術師「んふふ……おみごと! 正解だァ!」

赤騎士「てめぇっ!」ガシッ

魔術師「ぐうっ……!?」

赤騎士「なんでこんなことした!? てめぇがウワサのスパイだったってのか!?
    とっとと答えねぇと、この剣で──」 

銀騎士「よせっ、赤騎士!」ガシッ
黄騎士「やめろぉ~!」ガシッ

銀騎士と黄騎士が、赤騎士を取り押さえる。

触手「さっきいったばかりだろ。犯人に悪意はないって」

触手「それに、魔術師は剣に関してはシロウトのはず。
   剣のシロウトが、あれほどの強さの戦士を生み出せるわけがない。
   いくらなんでも、そこまで魔法は万能じゃない」ウネウネ

触手「魔術師は、俺の動きをロープにマネさせる魔法を見せてくれた。
   あの時、もっと魔力を使えば複雑な動きをさせることも可能、といっていた。
   おそらく、あの魔法を使ったんだろう」

青騎士「マネ……模倣(コピー)ですか。そんな魔法が……」

女騎士「魔術師殿に己の動きを精密にコピーさせた者こそが、魔術師殿の共犯者──
    いや、主犯だということか」

触手「ああ」ウネッ

触手「メチャクチャ強い闇討ち犯を作り出すには、当然……
   メチャクチャ強い戦士の動きをコピーしなきゃならない」

触手「コピーすれば当然……甲冑の動きも本人に似ることになる」ウネウネ

触手「そして……剣ってのは人それぞれクセがある……。
   今回の件、少なくとも赤騎士と青騎士は“誰の動きに似ているか”が
   分かってたはずだ」シュビッ

青騎士「ま、まさか……」ゴクッ…

赤騎士「闇討ち事件の“真犯人”は──」





「──私だ」

赤騎士「だ、団長……ッ!」

団長「……この事件の責任は全て私にある。魔術師殿に協力してもらい、実行したのだ」

団長「触手探偵殿、事件を解決してくれてありがとう。
   君たちには本当に迷惑をかけてしまった。この償いは必ずさせてもらう」

触手「…………」
女助手「団長さん……」

女騎士「団長……」

黄騎士「ううぅぅぅ~……」

団長の告白に、騎士たちは動揺を隠せない。

赤騎士「…………」ギリッ…

赤騎士「団長ォッ! ──どうしてだ!?」

赤騎士「わざわざ魔術師を使ってまで……なんでこんなことをした!?
    なにがしたかったんだよ!」

銀騎士「…………」

団長「騎士団のため……だったのだ」

団長「この国は、平和になって久しい」

団長「他国との戦争もなくなり、治安もずいぶん安定している。
   今この場にいる者の中で、戦争といえるような戦いを経験した者はいないだろう」

団長「……むろん、これは残念がることではなく、喜ばしいことだ。
   しかし、それゆえに我が騎士団内においても“たるみ”が発生してしまった」

団長「だから、私は一騒動を引き起こして、今一度騎士団を引き締めたかった……」

団長「そして、魔術師殿に協力してもらい、“闇討ち犯”を作り上げたのだ」

触手「……足の傷は、自分でつけたものだな?」ウネッ

触手「第一被害者を装って自分を容疑者から外すためと、
   コピーとはいえ自分の手で傷つけることになる部下たちへのけじめのために……」

団長「おっしゃるとおりだ」

団長「……すまなかった」

団長「元々処罰は覚悟の上で始めたことだが、こうして明るみに出た以上、
   私は陛下に全てを報告するつもりだ」

すると──

赤騎士「いえっ! オレたちがまちがってたんです!」

青騎士「ボクたちが情けないばかりに、団長にこんなことをさせてしまって……」

黄騎士「団長、すみまぁせぇ~ん!」

女騎士「団長がそこまで思い詰めているとは……気づきませんでした」

「申し訳ありませんっ!」 「団長は悪くないっ!」 「団長ォ~!」

ワイワイ…… ガヤガヤ……

次々に謝罪を口にする騎士たち。中には涙を流している者すらいた。



女助手「せ、先生……? これはどういうことでしょう?」

触手「え、えぇ~と、俺の役目は犯人を当てるとこまでだから……」ウネウネ…

銀騎士「団長は騎士団にとって、象徴ともいえる存在です。
    この程度のことでは、団長への尊敬や忠誠心が揺らぐことはありませんよ」

女助手「うぅぅ……いいおハナシですねぇ」

触手「う~ん……。ま、本人たちがいいなら、かまわねえけどさ」ウネッ

団長「触手探偵殿、すまなかった」

団長「騎士団の中で解決すべきことに、君たちを巻き込んでしまって……」

触手「ったく、ホントだよ。
   俺の助手は、アンタのコピーと戦ってふっ飛ばされたんだからな」ウネッ

団長「申し訳ない……!」

女助手「いえ、あたしは全然気にしてませんから! もう全然!」

触手「……ま、コイツはこういってるし、もうゴチャゴチャいうのはナシだ。
   あとは事件の後処理さえ、ちゃんとやってくれればな」

団長「うむ……きちんと責任は取るつもりだ」

魔術師「ワタクシも反省しております……」シュン…

ワイワイ…… ガヤガヤ……

ようやく緊張から解放され、談笑し合う騎士たち。

赤騎士「団長のコピーにすら不覚を取るとは情けねえ……もっと腕を上げねえとな!」

青騎士「そうだね。今まで以上に厳しい鍛錬をしなければ……」

銀騎士「よし、今日だけは特別だ。お前たちもゆっくり休むといい」

騎士E「はいっ!」

女騎士「ふうっ、兵舎がこんなにも和やかな雰囲気になるのは、本当に久しぶりだな」

黄騎士「事件が解決してよかったねぇ~」

女騎士「うん、これも触手殿と女助手殿のおかげだ」

ワイワイ…… ガヤガヤ……



女助手「今まで騎士の人たちがピリピリしたところしか見られませんでしたけど、
    こういう姿を見ると、同じ人間なんだなってホッとしますね」

触手「そうだな。これを機に、さらに結束が固まればいいけどな」ウネッ

今回はここまでとなります

< 客室 >

銀騎士「触手探偵、女助手さん、本当にありがとうございました」

銀騎士「団長があそこまで騎士団について思い詰めているとはつゆ知らず……
    これからは、騎士団をよりよくしていく所存です」

触手「なんのなんの」ウネッウネッ

女助手「これがあたしたちの商売ですから!」

銀騎士「ところで……もしお帰りになるということであれば、
    馬車を用意させますが……?」

触手「ん~、もう一日ぐらい泊まっていってもいいか?」ウネウネ

銀騎士「もちろん、かまいませんよ」

女助手「やったぁ!
    あたし、ここのふわふわベッドがクセになっちゃったんですよねぇ~」

銀騎士「ハハハ、それは光栄です」

触手「…………」

触手(なぁ~んか、まだ頭に引っかかってんだよなぁ……。俺に頭はねえけど)ウネ…

夜になり、帰り支度を整えた二人。

女助手「いよいよ明日、この兵舎ともお別れですね」

触手「…………」ウゾ…

女助手「……どうしました? 悩みがある時のうねり方してますけど」

触手「いや、なんつうか、なにかが引っかかってんだよ……」ウネウネ

女助手「なにかが……」

女助手「あ、もしかして、あたしのことが心配なんじゃ?」

触手「へ?」

女助手「ほら、あたしの体のことですよ!」

女助手「少し前にいってたじゃないですか! 気を抜いた時が一番危ないって。
    だからあまりムリはするなよって。でもあたしはへっちゃらですよ!」

触手「…………」シーン…

女助手「す、すみません! 変なこといっちゃって……」

触手(そうか……! やっと分かった!)ウネッ

触手「……女助手」ウネ…

女助手「はい?」

触手「これから出かけるぞ。二人きりでな」ウネウネ

女助手「ええっ!? まさか、兵舎内でデートですか!?
    どんな過ちが起きても、あたしは受け入れますよ!」

触手「悪いがデートじゃない」

触手「これがこの闇討ち事件における、俺たちの最後の仕事になるだろう」ウネウネ

女助手(仕事……!? なにがなんだかさっぱりだけど──)

女助手「アイアイサー!」

深夜──

< 倉庫 >

騎士団兵舎近くにある倉庫にて、人影が動いていた。



(よし、狙い通りだ……)コソッ…

(今が唯一にして……最大のチャンス!)

(カギを壊し、すばやく侵入──)ガキンッ

ギィィ……







触手「おっと! カギなんか壊してなにやってんだ? スパイさんよ」

触手「いや……」ウネッ

触手「──銀騎士ッ!」



銀騎士「…………!」

倉庫に侵入しようとした人影の正体は、銀騎士であった。



女助手「銀騎士さんが……! どうして……!?」

触手「今回の闇討ち事件、本当の黒幕はこの人だったってことだ」シュビッ

触手「さっきお前が話してくれただろ? 気を抜いた時が一番危ないって」ウネウネ

女助手「あ……」

触手「アンタは……ずっとこの時を待ってたんだ。いや、作り出したんだ。
   闇討ち事件が解決し、騎士団全員の気が緩む──この瞬間を!」ウネッ

銀騎士がゆっくりと振り返る。

銀騎士「……どうして分かったんです?」

触手「俺は団長さんにある違和感を抱いていた」ウネウネ

銀騎士「……ほう?」

触手「団長さんは今の騎士団について、ことあるごとに“たるんでる”とこぼしてた」

女助手「たしかに……そうでしたね」

触手「だが、俺からしてみれば、騎士団は──
   たしかに騎士としてのプライドが高くて暴走してるようなとこはあったが、
   少なくとも“たるんでる”って印象は受けなかった」ウネッ

触手「むしろ、この平和な世によくやってるな、ってなもんだ」

触手「この俺の印象と団長の評価の食いちがいが、ずっと俺の中でくすぶってたんだ」

女助手(これが先生の引っかかっていたことか……)

触手「しかも、近頃は団長さんが騎士団を直接指導することはなかったという。
   それなのに、なんで“たるんでる”なんて分かる?」ウネッ

触手「団長さんに“近頃の騎士団はたるんでる”って報告した奴がいるってことだ」

触手「そんな報告ができる立場にある奴は、アンタ以外に考えられない」ウネ…

触手「それに、兵舎内を巡回する騎士を一人ずつ闇討ちするのも、
   団長さんと魔術師だけでやるのは、やっぱり難しすぎる」

触手「その計画を練られるのは、騎士団のスケジュールを完全に把握してたアンタだけだ」

銀騎士「…………」

触手「団長に騎士団の“たるみ”を報告した際、
   きっとアンタはこんな提案をしたんだ」シュビッ



“団長、騎士団を引き締めるため、一騒動起こしませんか”



女助手「騒動……」

触手「こうして始まったのが、一連の事件だ」ウネッ

触手「魔術師によって、団長の剣技をコピーされた強力な甲冑が、
   夜な夜な騎士を襲撃する……」

触手「騎士団の存在意義をも否定しかねない大事件だ。
   犯人は団長か? それともスパイか? 騎士団の緊張感がピークになる」ウゾウゾ…

触手「そこへ登場するのが、俺たちだ。
   『ソードオブザイヤー』の件で王様に認められた実績もある俺たちが、
   甲冑の謎を解き、みごと事件を解決してみせた」ウネウネ

触手「事件の真相は、騎士団を案じた騎士団長によるものでした……。
   めでたし、めでたし……」ウネウネ

触手「普段、部下に『たまには警備サボってもいいぞ』なんていっても、
   『そんなわけにはまいりません』と返されるのがオチだろうが──」

触手「これだけやれば、一晩ぐらいは“任務を解除”させてもいい、
   ってムードになるもんな」ウネッ



銀騎士『よし、今日だけは特別だ。お前たちもゆっくり休むといい』

騎士E『はいっ!』



触手「人間がもっともたるむのは、極限まで高まった緊張感が解けた直後──
   アンタは騎士団をたるませたかったのさ」

触手「そう、国家機密が眠るというこの倉庫に侵入するために」ウネッ

触手「団長さんの性格なら、自分が提案したことをバラさないってことも、
   計算のうちだったんだろう」ウネウネ

触手「このことが分かってから、アンタの行動を振り返ると、色々と見えてくる」ウネッ

触手「“事件の犯人はスパイかもしれない”とやたら強調してたのは、
   真相が解明され事件が団長の自作自演と分かったら、
   逆にみんなは“スパイなんかいなかった”って安心してしまうからだ」ウネウネ

触手「それと、俺たちに魔術師に会うよう勧めてきたのもアンタだったな」

触手「あの時、魔術師は色んな魔法を見せてくれたよ。
   今回の事件のカラクリだった、模倣(コピー)の魔法もな。
   あの魔法は普段の講義じゃ見せてなかっただろう」

触手「だから俺たち以外には、甲冑が魔法でひとりでに歩いてるなんて、
   想像することすらできなかったはずだ」

女助手「で、でも先生! どうして銀騎士さんはそこまでして、
    あたしたちに解決させようとしたんですか!?」

女助手「たとえば……赤騎士さんや青騎士さんにヒントを与えて、解決させても、
    結果は一緒だったんじゃ……」

触手「お前もいってたろ? 俺にケガを治してもらったから、はりきりすぎたって。
   人は、えてして“専門家”ってのに弱い」ウネウネ

触手「“専門家”がいったなら、無条件で信用し、安心しちまう。
   医者に大丈夫だ、といわれたら自分はもう健康なんだと信じてしまう。
   騎士に君は強い、といわれたら自分は強いんだと信じてしまう」

触手「そして……事件解決の“専門家”が事件を解決したんなら──
   みんな、もう終わったんだと信じてしまう」

触手「だから、“専門家”である俺を利用したんだろ? アンタは」ウネッ

銀騎士「…………」

女助手「今の先生の話……。当然、魔術師さんも銀騎士さんの仲間だってことですよね?」

触手「ああ、ヤツもスパイだ。すでに兵舎敷地外で、この人を待ってるんだろう」

ここにきて、ようやく銀騎士が口を開く。

銀騎士「すばらしい……。すばらしいですよ、触手探偵」

銀騎士「認めましょう……あなたがいったことは全て正しい。
    私は……この倉庫に侵入する機会を得るためだけに、事件を起こさせたんです。
    団長を口車に乗せてね」

銀騎士「それだけの信頼は得ていましたから……」

女助手「銀騎士、さん……」ゴクッ…

触手「銀騎士さん。俺は触手だが、人を見る目はあるつもりだ」ウネウネ

触手「まだ間に合う。考え直してくれないか」シュルッ

触手「アンタが他国のスパイに協力した理由……なんとなく想像はつく。
   おそらく、娘さんのため、だろう……?」

銀騎士「ええ、そのとおり……。娘が原因不明の難病に侵されてしまったのですが──
    あの魔術師が自分ならば治せる、と私に近づいてきたのです」

女助手(まるで、薬売りさんの事件じゃない!)

女助手「そっ、そんなの、絶対怪しいじゃないですか!
    魔術師さんが病気そのものを仕組んだ可能性もあります!」

触手「そのとおりだ」ウネッ

触手「今の医者どもは、互いの知識や技術を披露し合わないとも聞くしな。
   もし他国の薬物による症状なら、この国の医者じゃどうにもならない」

触手「だが、俺たちは……幅広い知識を持ってる奴を知ってる。
   力になれるかもしれない」ウネウネ

女助手「お、お願いしますっ! 銀騎士さん! どうかっ……!」

銀騎士「……そうですか」

銀騎士「今の口ぶり、私のことはまだ誰にも伝えていないのですか」

触手「伝えてない。安心してくれ」ウネッ

銀騎士「…………」

一瞬、銀騎士の口がほころんだ。

銀騎士「触手探偵、依頼時にいったように、私もまた人を見る目には自信があります」

銀騎士「あなたを解決役に選んだのは、『ソードオブザイヤー』のことだけではない。
    ちゃんとした理由があるのです」

女助手「残念でしたね! 先生は実は人じゃなくて、触手なんです!」ビシッ

触手「お前はちょっと黙ってて」ウネッ

銀騎士「あなたのことは調べさせてもらいましたよ」

銀騎士「あなたの町の選挙では、町長と実業家が同じ条件で戦えるよう取り計らったり、
    『ソードオブザイヤー』品評会でも連行される犯人に、
    次はもっといい商売をしろ、と励ましたそうですね」

銀騎士「おそらく私が知らない事件でも、そういったことをされているのでしょう」

女助手(たしかに……薬売りさんをあえて村の人に突き出さなかったり、
    スライム集落の件でも、後始末をツノのスライムさんたちに委ねたっけ……)

銀騎士「魔物であるあなたはいわば、“事件”を我々人間とはちがった角度から見られる。
    だから、そういった計らいをする“余裕”があるのでしょう」

触手「……それがどうしたってんだ?」ウゾ…

銀騎士「ようするに──」

銀騎士「あなたが私のことを読み切ったように、私もまた読んでいた」

銀騎士「あなたなら、仮に私の正体がバレたとしても、
    私を気遣い、他の騎士たちにそれを明かすことはないとね」

触手「な……!?」ニュルッ

銀騎士「たしかに私がスパイに身を落としたことはバレてしまった。
    しかし……今ここであなたがた二人を殺せば、なんの問題もない」チャキッ

銀騎士が剣を構える。切っ先は、明らかに殺気を帯びている。

女助手「銀騎士さんっ……!」ゾクッ…

触手「ぐっ!」ウネ…
  (銀騎士は説得できる! ──はずだったのに! そう思ってたのに!)

触手(女助手も“チャージ”させてねぇ! ……なんてマヌケだ、俺は!
   これじゃみすみす殺されに来たようなもんじゃねえか!)ウネウネウネ

今回はここまでとなります

触手「だったら、実力を捕えるまでだっ!」ニュルニュルニュル…

無数の触手が銀騎士に群がる。

銀騎士「ふん」ヒュッ

銀騎士の一閃で、数十本の触手がまとめて切断された。

ボトボトッ……

触手(おいおいおい、マジかよッ!)ウネ…

女助手「先生っ!」

触手(だったら……“藍の触手”を巻いた、“赤の触手”でっ!)ビュオンッ

銀騎士「無駄だ」ヒュバッ

ザンッ!

もっとも頑丈な“藍の触手”と、もっともパワフルな“赤の触手”の合わせ技すら、
銀騎士はあっさり斬り払う。

触手「ぐっ……!」ウゾ…

銀騎士「いくら触手を斬ってもダメージ無し、か。
    やはり、触手を生やしている本体──“核”を狙わねばならないようだ」

ザシィッ!

触手「ぐおああああっ……!」グニュル…

女助手「先生ぇっ!」

触手の根がある中心部──すなわち“核”に傷がついた。
この部分を破壊されてしまえば、触手にも“死”が訪れる。

触手(やべぇ……コイツ、とんでもなく強い!
   とても、やり過ごせる相手じゃねえ!)グニュル…

触手(せめて、女助手を逃がさなきゃ──)

銀騎士「触手探偵……さらばだ!」

ヒュバァッ!

トドメの一撃が、触手に迫る。

キィンッ!

銀騎士の剣を、女助手が受け止める。

銀騎士「む」
女助手「先生、逃げてっ!」グググッ…

触手「なにやってんだ、バカ! 今のお前じゃどうやったって勝てねえっ!」グニュ…

女助手「“チャージ”してなくたって……先生を守るためならっ!」グググ…

触手「バカヤロウ、とっとと逃げろ! これは俺のミスだ!」ウゾッ

女助手「先生はミスってなんかいません!」グググ…

女助手「銀騎士さんはいい人です! あたしもそう思います!
    だから……先生は間違ってなんかいないッ!」

銀騎士「いい人? 私が? ──笑わせるなァッ!」ブオンッ

女助手「あうっ!」ドサッ…

女助手「まだまだぁっ!」ダッ

女助手「だあああっ! でいいいっ!」

銀騎士「…………!」

キンッ! ガンッ! キィンッ!

ザシィッ!

銀騎士の刃が、女助手の肩を切り裂いた。

女助手「うああっ……!」ガクッ…

触手「女助手っ!」ウゾウゾッ

銀騎士「いい加減にしろ! その程度の腕では私は倒せんッ!」

女助手「倒せなくていい……先生が逃げてくれればっ!」

銀騎士「くうっ……!」

再び女助手が斬りかかるが、実力差は歴然であった。

触手「落ちつけっ! 退けっ、退くんだ! 死んじまう!」ウゾゾッ

女助手「あたしは……落ちついてます!」

触手「!」

女助手「あたし、先生が好き! 好きな人を守るのは当然のこと!」

女助手「それに、ここで先生がやられちゃったら──
    銀騎士さんも、これから事務所に先生を頼ってやってくる人たちも、
    救われなくなっちゃう!」

女助手「あたしより、先生の命を優先するのは当然です!」

銀騎士「まだいうかァ!」ビュアッ

女助手「はいっ!」キンッ

キィンッ! ギィンッ!

女助手(普段のあたしは……“チャージ”してもらってないあたしは……
    弱くて、役立たずかもしれないけど……!)

女助手「先生だけは守るッ! うわあぁぁぁっ!」ダッ

銀騎士「!」

女助手が銀騎士の手元を狙うが──

ガキィンッ!

ついに剣をはじき飛ばされてしまう。

女助手「あっ……!」

銀騎士「諦めろ! もう剣はなくなった!」

女助手「ま、まだですっ!」

ガシィッ!

銀騎士の両足にしがみつく女助手。

女助手「先生、逃げてっ! 逃げてぇっ!」ググッ…

銀騎士「ええい、はなせっ!」

触手「逃げられるわけねえだろ! お前がいなきゃ……俺なんてただの触手だ!」ウネッ

女助手「逃げてぇぇぇっ!」ググッ…

銀騎士「おのれ……!」

銀騎士が、しがみつく女助手の背中に剣を突き立てようとする。

触手「やめろォッ! ──やめてくれぇっ! やるんなら俺をッ!」ウゾッ

女助手「逃げてぇぇぇっ!」

銀騎士「く……!」

次の瞬間、闇を切り裂くような凛々しい声が響き渡った。







「待て、銀騎士ッ!!!」







銀騎士「!?」ビクッ

銀騎士「こ、この声は──」



銀騎士「団長……ッ!?」

団長「間一髪、といったところか」ザッ…

銀騎士「な、なぜあなたが……ッ! 兵舎とこの倉庫は距離がある……。
    あの程度の騒ぎで、気づかれるはずが……」

団長「触手探偵殿の“青の触手”が私のもとまで伸びてきて、導いてくれたのだ」



触手「お前が……必死になって戦ってくれたおかげだ!
   俺たちは、お前のおかげで助かったんだ!」ガシィッ

女助手「は、はい……っ!」

触手に抱きかかえられ、女助手は嬉しそうに微笑んだ。



団長「まもなく、他の騎士もやってくるだろう。観念しろ」

銀騎士「……まだだッ! ケガをしてるあなた相手なら、十分勝機はある!」

団長「……バカモノめ!」

銀騎士が団長に猛然と襲いかかる。

ガギィンッ!

銀騎士の剣を受け止めた衝撃で、団長の足の傷が開いてしまう。

団長「ぐうっ……!」ブシュッ…

銀騎士「自分でつけた傷が命取りになるとは……実にあなたらしい!」ニヤ…

団長「なんの……これしきィ!」ビュオッ

銀騎士「なっ!?」

ドシュッ……!

起死回生の一撃が炸裂し、銀騎士が膝をつく。

銀騎士「ぐおおっ……!」ガクッ

銀騎士「ぐぐっ……! あの傷で、あれほどの……踏み込みを……!」

団長「敵の負傷を当てにするような心の持ち主などに、私は負けはせん。
   普段のお前が相手ならば──倒れているのは私の方だっただろうがな」

銀騎士「ハ、ハハ……。さすが、です……」

勝敗を分けたのは、剣ではなく心の強さ。戦いは団長の勝利に終わった。





女助手「団長さん……つ、強いですねぇ……」ゴクッ…

触手「今の動き、団長のコピーのはずの甲冑よりも速かった。
   さすがは剣で栄えた王国で、もっとも強い騎士団長ってところか」

触手「やれやれ、オイシイところを持っていかれちまったな」ウネッ

女助手「ふふふっ、先生ったら……」

触手「ありがとよ、団長さん。助かったぜ」ウネウネ

団長「いや……助けられたのは私の方だ。
   触手探偵殿がいなければ、銀騎士の企みは成就していたのだから……」

触手「おっと、礼ならコイツにもいってやってくれ」ウネッ

団長「これは失礼。女助手殿、君の奮闘が騎士団を救ってくれたのだ。
   本当にありがとう」

女助手「いえいえいえっ! あたしは悪あがきしただけですから!」

うなだれる銀騎士に、団長が剣を向ける。

団長「──さて、魔術師はどこにいる?」チャキッ

銀騎士「……兵舎の敷地外に馬車を待機させて……私を待っているはず、です。
    おそらく、護衛も十数名、いるはず……」

団長「そうか」

すると──

ザザザッ!

赤騎士「団長ッ! 銀騎士さん! これはいったい……!?」

青騎士「なにがあったのですか!?」

黄騎士「団長ぉ~!」

女騎士「触手殿と女助手殿まで……!」

騎士たちが続々と駆けつけてきた。

団長「詳しく説明しているヒマはない。ただちに敵国のスパイを捕えに向かう!」

赤騎士「分かりましたァッ!」ビシッ

ザッザッザッ……!

迅速な行動で、スパイ討伐へと向かう騎士団。



触手「さぁて、こっから先は出番ナシだな。ゆっくり休ませてもらおうぜ」ウネッ

女助手「アイアイサー!」

触手「とりあえず、傷を手当てしとかないとな」ニュルッ

“緑の触手”が、女助手に近づいていく。

女助手「先生、タンマ! 手当てなら、あたしより銀騎士さんが先です!」ビシッ

触手「なにいってんだ、お前!? この人はさっきまで俺たちと戦ってた相手だぞ!」

銀騎士「そうです……。それに私の傷口、死ぬほどではない……」

女助手「死ぬほどではなくても、痛いでしょう? 先生、お願いしますっ!」

触手「……しかたねぇな」ニュルル…

もっとも頑丈な“藍の触手”で傷口周辺を縛り、“緑の触手”で治癒を施す。

触手「気休めにしかならんが、痛みを多少和らげるぐらいの効果はある。
   じっとしててくれよ」スリスリ…

銀騎士「なぜだ……なぜ私を助ける!?」

触手「そりゃこっちのセリフだ」スリスリ…

触手「アンタの腕なら……今の女助手ならたやすく斬れただろう。
   なんでやらなかった?」スリスリ…

銀騎士「…………」

女助手「そりゃもう! 銀騎士さんは騎士道精神の持ち主ですから!」

銀騎士「いや……本当にそんなものを持ってるなら、スパイなんかやらないでしょう」

女助手「あ、いや、その、あの……」

銀騎士「私は騎士にも、スパイにもなれなかった半端者……それだけのことです」

女助手「そんなことありませんっ!」

銀騎士「!」

女助手「銀騎士さんは、スパイはスパイなんですけどいいスパイであって……
    スパイ精神を騎士道精神で乗り越えて……えぇっと……
    娘さんのために戦い、あたしの命も助けてくれた、真の騎士なんです!」



シ~ン……



銀騎士「…………」
触手「…………」ウネ…

触手「ようするに、アンタはスパイだったが、最後に騎士に戻ったといいたいらしい」

銀騎士「ど、どうも」

触手「せっかくだ。ぜひ、娘さんの件も協力させてくれ。
   さっき女助手のいったとおり、魔術師が仕組んだ病気の可能性が高い」

触手「俺たちには似たような事件をやらかした知り合いがいてな……。
   きっと力になれるはずだ」

女助手「そうですよ!」

銀騎士「……ありがとう、ございます」





一方、魔術師たちの居場所を突き止めた騎士団はというと──

赤騎士「このクソヤロウどもが!」ザシュッ

青騎士「ボクの美しい剣技を披露させてもらうよ!」ズシャッ

黄騎士「今までの借りはきっちり返すぞぉ~!」ザクッ

女騎士「騎士団の誇りを踏みにじったその罪、あまりに重い!」ドシュッ

ドサッ! ドササッ……!

「うげぇ……」 「つ、強すぎる……」 「あぎゃぁぁぁ……っ!」



団長「キサマらの負けだ」チャッ

魔術師「んふっ……分かりきってたことだけど……
    やっぱり真っ向勝負じゃ太刀打ちできないかァ~……」



魔術師たちは一網打尽にされ、事件はようやく本当の終焉を迎えた。

………………

…………

……

その後──

< 病院 >

触手は親友であるエルフ医師と、再起を図る薬売りの青年を呼び寄せた。
もちろん、銀騎士の娘を救うためである。

娘「うう……」ハァ…ハァ…

薬売り「この症状は……世界各国を放浪してた時、見たことがあります!
    たしか、魔法毒薬の一種だったかと……」

エルフ医師「よし……オレが延命治療をするから、キサマは急いで解毒薬を作れ。
      このくたばりぞこないの小娘を健康にし、生の苦しみを味わわせるのだ!」

薬売り「はいっ!」

娘「あ、ありが、と……」ハァ…ハァ…



触手「さっすが元犯罪者。毒薬に関しちゃお手のものだな」ウネッウネッ

女助手「先生!」ジロッ

エルフ医師「ふん、あの小娘はどうにかなりそうだ……。
      しかし、触手よ……こいつァ高くつくぞ?」

触手「分かってる」ウネッ

女助手(もしかしたら、何百万ゴールドだとか請求されるんじゃ……)

触手「今度、新技“触手(ショック)ウェーブ”を見せてやるよ」ウネウネウネ…

エルフ医師「よし、それで手を打とう」

女助手(案外、安上がりだった……)ホッ…

女助手「……薬売りさんも、ありがとうございました!」

薬売り「いえ、ぼくなんかがお役に立つことができて、嬉しいです!」

触手「やっぱりお前は人を苦しめるより、助ける方が性に合ってるらしいな。
   表情が生き生きしてるよ」

薬売り「は、はいっ! これもみんな、あなたたちに出会えたおかげです!」

触手「よせやい」ウネリッ

女助手「アハハ、先生ったら照れちゃって。うねり方で分かりますよ」

触手「お前にゃかなわねえなぁ……」ウネウネ

事件から一ヶ月ほど経ったある日──



< 探偵事務所 >

女助手「先生、先生! 女騎士さんが来て下さいましたよ!」

触手「なんだと?」ウネッ

女騎士「失礼する」

女騎士「だいぶ遅くなってしまったが、本日は事後報告に参った」

触手「おお、ずっと気になってたんだ。
   あの事件は新聞でも報道されなかったしな」

女騎士「まず……事件の黒幕である銀騎士殿は、本来極刑でもおかしくなかったが、
    どうにかそれは免れることができた」

女騎士「結果的にはスパイを捕えることができたので、だいぶ情状が酌量されるそうだ」

触手「そうか……」ウネ…

女助手「よかったぁ……」ホッ…

女騎士「また、事件の一因となってしまった団長は、謹慎と降格処分となった。
    本人は騎士を辞するといっていたが、どうにかそれは押しとどめたよ」

女助手「……それじゃ、今はどなたが騎士団長なんですか?」

女騎士「赤騎士に決定した。それを私や青騎士、黄騎士で補佐していく、
    という形になるだろう」

触手「赤騎士ィ~? あんな血の気の多い奴が団長なんて務まるのかよ!?」ウネッウネッ

女助手「せ、先生っ!」

触手(ふん、アイツが女助手にやったことはまだ根に持ってるぜ。
   触手はしつこいからな)ウネッ

女騎士「むろん、赤騎士はまだまだ団長や銀騎士殿には及ばない。
    しかし、剣技もリーダーシップもメキメキと成長していることはたしかだ。
    地位が人を作る、とはよくいったものだ」

女助手「きっと騎士団は、これからもっとすごくなりますよ!」

女騎士「ところで……女助手殿」

女助手「はい?」

女騎士「団長のコピー……あの甲冑との戦い、みごとだった。
    我々騎士と比べても、決して見劣りしない戦いぶりだったよ」

女助手「ア、アハハ……いつもあれぐらい強ければいいんですけどねぇ」

女騎士「それだけではない。銀騎士殿にも勇敢に立ち向かったと聞いている。
    その心こそがすばらしいのだ」

女騎士「騎士団のみんなも──」



赤騎士『あのねえちゃんは絶対いい騎士になれる!
    経過報告に行くんなら、ぜひスカウトしてきてくれ!』

青騎士『それはいい考えだ。二人目の女性騎士というのも悪くはないね』

黄騎士『本格的に鍛えれば、絶対エースになれるよぉ~』



女騎士「──と」

女助手「えぇ~!? あた、あたしが騎士!?」

触手「あいにくだが──」ウネッ

触手「コイツは俺の助手だ。騎士団なんかにゃ渡さねえよ」ニュルニュルッ…

決して渡さないという意思表示をするように、触手が女助手を抱き寄せる。

女助手「せ、先生……!」ポッ…

女騎士「フッ……そうだったな」

女騎士「では私は失礼させてもらうが……ところで、触手殿」

触手「ん?」

女騎士「あの時のマッサージ、大変気持ちよかった。またいつかお願いしたい」

触手「……任せときな!」シュビッ

女助手「な……! 女騎士さんにばっかり、ずるいですよ! 先生!」







~ おわり ~

だいぶ長くなりましたがこれにて第五話終了です
ありがとうございました

次回短めの話にて物語の締めとしたいと思います
よろしくお願いします

最終話『触手と女助手』



< 探偵事務所 >

触手「この書類仕分けしといてくれ」ニュルッ

女助手「はいっ!」

女助手「うっ……」クラッ…

触手「おい、どうした?」ニュルルッ

触手が女助手の額に触れる。

触手「ん……? 熱があるんじゃねえか……? 今日はもういいから帰れ!
   で、明日もとりあえず休め!」

女助手「そんなぁ~……イヤですよ」

触手「給料か? 給料のことなら心配すんな。
   休んだからって減らしゃしねぇよ。だから帰って休め! な?」

女助手「いえ、帰りません、休みません……。その代わり、給料はいりませんから……」

触手「お前はなんのために働いてんだよ!? いいからとっとと帰れ!」ウネウネッ

翌日──

< 探偵事務所 >

この日は朝から雨が降っていた。

ザァァァ……

触手「雨か……」

触手(そういや、アイツと初めて出会った日もこんな雨の日だったっけな……)ウネ…

触手「アイツのことだから、心配ないとは思うが……
   見舞いぐらい行っておいてやるか」

触手は早々に事務所を閉め、女助手の家に向かった。

< 女助手の家 >

女助手の両親が触手を出迎える。

母「あら、触手さん。いらっしゃい」

父「やぁ、久しぶり! 娘がいつも世話になってるね!」

触手「ども」ウネッ

触手「見舞いに来たんだけれど……娘さんのようすは?」ウネウネ…

母「どうやら風邪をひいたみたいで……」

触手「会っても大丈夫かな?」

母「ええ、大丈夫です」

母「あの子、今日も出勤しようとしてたんですけど止めたんですよ。
  そんな体じゃ足手まといになるっていったら、やっと……」

触手「昨日もなかなか帰ろうとしなかったんで、大変だったよ」ウネウネ

触手「それにしても、いつもいつも娘さんをあちこち連れ回したり、
   時には危ない目にあわせたりして……本当に申し訳ない」ウネッ…

父「……たしかにね」

父「一度、娘にいったことがあるよ。
  助手をやるのはいいが、危険なことはしないでくれって……」

触手「…………」

父「だが、娘はこういったよ」



女助手『あたしにとっては、先生といる時が一番楽しくて、安全なの!』



父「──ってね。だから、俺としては君と娘を信じることにしたんだ」

父「それに、昔は娘も引っ込み思案で、一人きりで石を蹴ってるような子だったが、
  君と出会ってからはすっかり明るくなったからね」

父「本当に感謝しているよ」

触手(この期待と信頼……裏切るわけにはいかねえな)ウネ…

母「ところで、いつ娘と一緒になるの?」

触手「へ!?」

父「うん……。娘は真剣なようだが、どうなんだ?」

触手「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺はアイツと結婚するつもりはないよ!
   俺みたいなイソギンチャクもどきと結婚しても、アイツは幸せになれない!」ウネッ

母「あら、そんなことはないと思いますけど?」

父「うむ……。俺も触手さんであれば……」

触手(え~……!?)
  「だって……孫の顔とか見られないぞ?」

父「案外できるかもしれんよ? なぁ?」

母「ええ」

触手「あの……それじゃ、見舞いに行ってくるんで!」ウゾウゾウゾ…

触手(やっぱりどっかおかしいって、この両親は……)

逃げるように、触手は女助手の部屋に向かった。

廊下でばったりと、女助手の弟と出会う。

触手「よう、元気か?」ウネッ

弟「触手さん! 姉ちゃんに会いにきたのか?」

触手「ああ、風邪ひいたんだって?」

弟「うん、バカなのになぁ」

触手「人間なら、だれだって風邪はひくんだよ」

弟「ハハハ、バカは否定しないんだ」

触手「バカには、いいバカと悪いバカがいる。アイツは……いいバカだ。
   姉ちゃんを大切にしてやれよ」ウネウネ

弟「分かってるよ! ──じゃな、触手さん!」スタタタッ

触手「おう!」ウネッ

女助手の部屋──

部屋では、パジャマ姿の女助手が横になっていた。

触手「具合はどうだ?」ウネッ

女助手「あっ、先生!」ガバッ…

触手「起きなくていいよ。寝てろ寝てろ」ニュルッ

女助手「はいっ!」モゾッ…

触手「ほら、お前の好きなクッキー」シュルッ…

女助手「わぁっ、ありがとうございます!」

触手「ゆっくり治せよ。お前がいた方がそりゃ助かるが、
   俺だってそこまでヤワじゃねえんだからな……信頼してくれよ」

女助手「そうですよね……すみません」

触手「それに、ちゃんと治さずに風邪が長引いちまったら、
   弟にますますバカにされちまうぞ」

女助手「アイツ、さっきもバカなのに風邪ひいた、なんていってきたので、
    枕投げつけてやりましたよ!」

触手「なぁ~にやってんだか」ウネッウネッ

触手は女助手の机の上に、小さな石が置かれているのを見つけた。

触手「!」ウネッ

触手「あの石は……。お前、あんなもんまだ持ってたのか」

女助手「はい……だってあれはあたしの宝物ですから!」

触手「懐かしいなぁ……」ウネ…

触手(そう、あの日も今日みたいに雨が降ってたっけ──……)



………………

…………

……

~ 回想 ~

およそ10年前──

触手は町で探偵事務所を開いていたが、
依頼人は全くやってこないという日々が続いていた。



< 探偵事務所 >

触手「ちっ……」ウネッ

触手(森で生まれて、知能を得て、旅立ってからもうどのくらいになるか……)ウネ…

触手(ようやく魔物として、人間たちが住む町への居住権を得て、
   『七色(レインボー)触手』を使って探偵業を始めてはみたが──)

触手(この三ヶ月、だぁ~れも来やしねえ)ウネッ

触手(ま、俺は金なんかなくても、最悪水だけで生きていけるからいいんだけど……
   そうそううまくはいかないもんだな……)

触手(どっちにしろ、今日は雨だから客なんか来なかったろうけどさ──)

コンコン……

ノックの音がした。

触手「ん? どっ、どうぞっ!」ウネッ

ガチャッ……

少女「あの……あなた、探偵よね?」

入ってきたのは、まだ10歳にも満たないであろう幼い少女だった。

触手(なんだ子供か……。迷子か?)ウネウネ

少女「…………」

触手「なにか用か?」ウネッ…

少女「あたし、石蹴りが好きなんだけど、せっかくいい形の石を見つけたのに、
   どっかいっちゃったの!」

少女「だから、あたしが蹴ってた石を探して!」

触手「ハァ!?」

石を探して欲しい。探偵に依頼するにしては、あまりにもふざけた内容である。

触手(本当なら、追い出してやりたいところだが……どうせヒマだったしな……)ウネッ

触手「いいぜ、探してやるよ」ウネウネ

少女「ホント!? あっ、ありがとう!」

まさかの快諾に、少女は涙を浮かべるほど感激する。

少女「自分で探してもダメで、みんな手伝ってくれなくて……」ウルッ…

触手(そりゃなぁ……手伝うわけねぇよ、雨の中で石探しなんて。
   俺みたいなヒマ人……じゃなくてヒマ触手でなきゃな……)

少女「ありがとう、ありがとう、ありがとう!」

触手「ありがとうは一回でいい。ついでにいうと、まだなにもやってない。
   とにかく、その石をなくしたところに連れてってくれ」

少女「うんっ!」

< 町 >

ザァァァ……

雨の中、町の一角で石探しを始める二人だが──

触手「これか?」ヒョイッ

少女「ううん……もっと平べったかった」

触手「そっか」ポイッ

ニュルニュル…… ウネウネ…… モゾモゾ……

一時間は探しただろうか。少女がなくしたという石は一向に見つからない。

触手「…………」ウネウネウネ…

少女「……ごめんなさい」

触手「ん?」

少女「触手さん、ありがとう! ……もう帰ろう!」

触手「!」

触手「じゃあ、先に帰っててくれ。俺はもうちょっとやってくから」ウネッ

触手「候補の石をいくつか見つけたら、お前んちに持ってって見てもらうよ」

少女「でも……見つかりっこないよ! 触手さん、風邪ひいちゃうよ!」

触手「ふっ、心配すんな。俺は風邪をひかねぇから」

少女「え、それって……触手さんはおバカさんってこと?」

触手「ちげーよ! 触手は風邪なんかひかねぇんだよ!」ウネッ

触手「それに、お前だって本当は俺みたいな触手、話しかけるだけで怖かったはずだ。
   なのに、勇気をもって俺に話しかけてくれた。
   だったら俺は探偵として、お前の期待に応えてみせる!」ウネウネッ

触手「分かったら、先に帰ってな。そっちこそ風邪ひいちまう」

少女「触手さん……」

触手(くっそぉ~……! こんな小さな子供に気づかわれるとは情けねえ!
   絶対見つけてやる!)ウネウネッ

触手と少女は石を探し続けた。

さらに一時間後──

触手「こ、こいつはどうだ?」ニュルッ

少女「!」

少女「これ! これだわ! うん、まちがいないよ!」

触手「本当か? 本当だな? 俺を気づかってちがう石なのにウソついてないよな?
   触手に妥協の二文字はないぞ?」ウネッ

少女「ううん、絶対これ! ……ありがとう!」

触手「どういたしまして」

二時間以上かけ、ようやく触手は初めての依頼を達成した。

触手(はぁ~……やっと終わった)グニュル…

少女「嬉しい……!」ポロッ…

触手「!?」ギョッ

少女「ありがとう、触手さん……」ポロポロ…

突然の涙に、触手は戸惑ってしまう。

触手(なんで泣く……? ど、どうすりゃいいんだよ! ──ええいっ!)

触手「泣くな! こういう時は笑うもんだ!」ニュルニュル…

とにかく泣き止ませるために、少女をくすぐる。

触手「ほれ、笑え」コチョコチョ…

少女「ひひひっ、あははっ! す、すごいっ! あはははははっ!」

触手「よぉ~し、笑ったな」シュルル…

少女(き、気持ちよかったぁ……)ハァハァ…

触手「──お、ちょうど雨も上がったな。んじゃ、これでお別れだ。
   まっすぐ帰るんだぞ」

少女「あ、でもなにかお礼しなきゃ……」

触手「いらねえよ、礼なんて。サービスだ」ウネウネ…

少女「そんなわけにはいかないよ! だって、お父さんもお母さんも
   人にお世話になったらきちんとお礼しなさいっていってたもん!」

触手「う~ん……。だったら、もうちょいでかくなったら、俺の助手になってくれ。
   たっぷりこき使ってやるから」ウネッ

少女「うん、分かった! あたし、絶対今日のこと忘れない!
   触手さんの役に立つから!」コクッ

触手(……なぁ~んてな。どうせ忘れちまうだろ、こんな約束)

少女(よぉ~し、あたし絶対、助手になる!)



なお、この一件はある種の美談として、町じゅうに広まり、
触手は頼れる探偵として少しずつ町の人々に受け入れられるようになる。

やがて、成長した少女は約束通り触手の助手となるのだった。

……

…………

………………

触手(あ~……懐かしい)ウネ…

触手(そうか……。俺がくすぐったりすると、
   コイツがあんな風になっちまう理由がなんとなく分かった気がする……)

触手(多分、あの時の嬉しさみたいなもんがよみがえって、
   持ってる力を丸ごと発揮できるようになる、って感じなんだろうな)

触手「ふふっ……」ウネッ

女助手「先生が笑うなんて珍しい。どうしました?」

触手「いやぁ~、お前ってさ、ホント面白い奴だなと思ってさ」

女助手「な、なんですか、それ~?」

触手「わるいわるい」ウネウネ

触手「……ありがとな」

女助手「どしたんです、いきなり?」

触手「魔物である俺が町で受け入れられて、こうしてやっていけてるのは──
   お前のおかげだ」ウネ…

触手「お前がいなきゃ、今の俺はなかった」ウネ…

触手「だから……ゆっくり休んで風邪治せよ」

女助手「それって……プロポーズと受け取ってよろしいんですか!?」

触手「ちげぇよ!」シュビッ

女助手「アハハッ、冗談ですよ、冗談!
    だけどいつかきっと、あたしに惚れさせてみせますからね!」

触手「そんだけ元気がありゃ、すぐ復帰できそうだな」ウネウネ

触手(今一瞬、コイツと結婚したい、なんて思っちまった。危ない、危ない……)

しばしの談笑の後、触手の見舞いは終わった。

三日後──

< 探偵事務所 >

女助手「お待たせしました!」シャキンッ

女助手「すっかり風邪も治ったので、今日から助手復帰です!」

女助手「剣さばきもこのとおり!」ヒュババババッ

触手「元気があり余ってるようだな。なら、手加減しねえぞ?」ウネッ

女助手「はいっ!」

触手「じゃあまず……そっちに溜まった書類を仕分けしてくれ」

女助手「アイアイサー!」

てきぱきと、書類をまとめ終わった女助手。

女助手「終わりました~!」

触手「ご苦労だった」
  (早いな……。やっぱりコイツがいるとはかどるよ)

女助手「次はなにを?」

触手「よぉし……ご褒美だ。久々にやってやるよ」ニュルッ

女助手「え、え、え……ま、まさかっ!」

触手「たっぷり楽しませてやるよ」ニュルニュル…

女助手「そ、そんな……」

触手「俺のマッサージをな!」ウネッ

女助手「や、やったぁ!」

女助手「先生、あたしにはあんまりマッサージしてくれないんですもん」

触手「お前はいちいちでかいあえぎ声出すし、
   やりすぎると“チャージ”状態になっちゃうからな」ウネウネ

ソファに横たわる女助手の背中を、無数の触手が揉んでいく。

触手「どうだ?」ニュルニュル…

グッグッ…… モミモミ……

女助手「あっ……! あああっ……!」

女助手「あああっ! んあああっ! あああああっ……!
    せ、先生ぇ! き、気持ちよすぎっ! どうにかなっちゃいそう!」

触手「だ~か~ら、あえぐな!」ニュルニュル…

女助手「でもぉ~……あぁっ! あうぅぅ……あぁ~……」

女助手「あ~……最高ぅ~……」ビクッビクッ

触手「おっと、この辺にしとかないと“チャージ”されちまうからな。
   あんなトロ~ンとした表情で事務所にいられたら困る」シュルル…

女助手「ありがとうございましたぁ……」ハァ…ハァ…

女助手「う~ん、気分爽快! 体もさらに柔らかくなった気がします!」ペター…

触手(うおっ! ホントにますます柔らかくなってる!)

女助手「さ、今日も一日がんばりましょう!」

触手「おう」ウネッ



すると──

ガチャッ……

町民「すみません、依頼したいことがあるんですが……」

触手「どうぞどうぞ、ソファにかけてくれ。女助手、お茶を頼む」ウネウネ

女助手「アイアイサー!」







~ おわり ~

以上で完結です

投下ミスをやらかしてへこんだりもしたのですが
皆さんのレスが大変励みになりました

全六話お付き合いいただきありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom