武闘家「ハーハッハー!」
武闘家「おい酒だ! 早くしろォ!」
店員「はいはい! ちょっと待ってな!」
兵士「おい武闘家さんよ、そんなに飲んでいいのか?」
武闘家「こんなに酒の旨い日はそうないさ!」
武闘家「流石王都! 人も強けりゃ酒もいい!」
店員「ほら! 次の瓶だよ!」
武闘家「おう、どんどん持ってきてくれ!」
兵士「昨日は王都の終わりだとか言ってたくせに」
武闘家「勇者がドラゴンに殺されたとばかり思っていたからな」
グビグビ
武闘家「ップハァ! ドラゴンは倒した!勇者は生きてる!」
武闘家「ついでに姫も助けたとなれば言うこと無し!」
武闘家「ほうら、どうしたお前も飲め!」
兵士「ん、ああ」
ゴクゴク
兵士「ふぅ、確かに旨い」
武闘家「なにをそんなにチビチビと。 いい気分の時にぐいっといくもんだ!」
兵士「お前は飲み過ぎなんじゃねえか?」
武闘家「ああ?」
兵士「どうしたんだよ。 そんなに騒ぐタイプでも無かったろ」
武闘家「ああ、これはな……」
武闘家「魔物の発生は人間の悪意が原因だということは知っているな?」
兵士「勇者がそんなことを言ってたな」
武闘家「人狼と戦うときは特にこれを意識する必要がある」
兵士「どういう意味だ?」
武闘家「うーむ、詳しく話せば辛気臭くなるからな……」
武闘家「簡単に言うと人が活気付けばそれだけで魔物は生まれにくくなる」
武闘家「だからこうやって飲んで騒げば! 魔物の予防になるわけだ!」
兵士「へぇー、そういうもんか」
兵士「人狼はどう関係があるんだ?」
武闘家「それは……」
武闘家「っと、来たな」
勇者「こんばんは。 やってるね」
兵士「勇者!」
勇者「あ、兵士さんもここにいたんだ」
勇者「凱旋中になにかおかしなところはなかった?」
兵士「ああ、パレードは賑やかなだけだったぜ」
武闘家「王都中が活気づいた素晴らしいものだったぞ」
兵士「その後の王宮のパーティどうだったよ! うまいもんたらふく食ったんだろ!」
勇者「たらふくじゃないけど……ご馳走になったよ」
武闘家「よし勇者! とりあえず飲め!」
勇者「ぶ、武闘家さん? 酔ってますね」
武闘家「ハーハッハー!」
「勇者!?」「勇者だって!?」
青年「おおすげえ! あんたが噂の勇者様だな!?」
勇者「ええと……勇者でいいよ」
兵士「なんだなんだ? すごい人気だな」
武闘家「当然だろう」
武闘家「王都中が勇者の話題で持ちきりだ」
武闘家「特に男が聞きたいことと言えば……」
青年「あのでかいドラゴンをどうやって倒したんだ!?」
勇者「どうやって? 方法ってこと?」
青年「ああ! ぜひ聞かせてくれよ!」
兵士「確かにそうだ」
兵士「人狼騒動ですっかり忘れてたぜ。 一体どうやったんだ?」
武闘家「俺も気にはなっていた」
武闘家「どうやってヤツをその気にさせたんだ?」
勇者「その気?」
武闘家「むっ?」
武闘家「ドラゴンを人間形態にしてから倒したのだろう?」
勇者「人間形態なんてあるんですか?」
武闘家「な、なんだと!?」
武闘家「ならどうやって倒した! 言え!」
勇者「それは……」
兵士「オレも聞きてえ!」
青年「おい! 俺が最初に聞いたんだぞ!」
勇者「ちょ、ちょっと! 押さないで!」
店員「やめないかお前たち! 勇者ちゃん困ってるじゃないか!」
勇者「あ、おばちゃん」
店員「おかえり。勇者ちゃん」
勇者「おばちゃん、その……えっと……」
勇者「……」
勇者「僕、やったよ!」
店員「……ああ! あんたはすごい子だよ!」
店員「疲れてるだろう? 今日はもう休みな」
店員「ゴミならあたしが処分しておくからさ」
勇者「ううん、僕がやるよ」
勇者「たまってそうだからね」
店員「そうかい? ならもう店をしめようか」
勇者「あはは、大丈夫だよ。 稼ぎどきじゃないか」
勇者「閉店まで水でも飲んでるよ」
店員「全く、もうちょっとわがまま言ってもいいんだよ」
武闘家「水か。 そういえば試したいことがある」
ポタッ…
武闘家「勇者、これを見ろ」
勇者「? 指に水なんかつけてどうしたんですか?」
ポタ……
武闘家「……よし。 次に垂れる水滴を手刀で払ってくれ」
勇者「??」
武闘家「落ちる瞬間を狙ってな」
勇者「はあ……」
勇者「……」
武闘家「……」
勇者(えーと……そろそろ落ちそうかな……)
ピッ
武闘家「!!」
勇者「こ、これでいいですか?」
武闘家「なるほど。 流石だな」
兵士「なんだ? 今のが何かすごいのか?」
武闘家「ああ」
武闘家「落ちる前から腕を動かしていただろう」
武闘家「水滴の変化からタイミングを予測したのだ」
勇者「えーと……なんとなくでやっただけなので……」
武闘家「数回練習すれば難しいことではない、しかし初見でやってのけるのは……」
兵士「なるほど、運がいいんだな」
武闘家「勘がいいんだ。 馬鹿かお前は」
兵士「なんだと!」
武闘家「何ならお前もやってみるか?」
スッ…
兵士「……」
兵士「そりゃっ!」
バシッ
武闘家「痛ゥっ!」
兵士「あ、悪い。 指に当たっちまった」
武闘家「貴様ァ! 本物の馬鹿か!」
兵士「あァ!?」
勇者「ま、まあまあ二人共落ち着いて」
勇者「そうだ、ドラゴンの話をするから……」
兵士「ドラゴン!? そうだった!」
武闘家「俺は本気で怒っていたわけではないがな。 聞かせてもらおう」
勇者「えーっと……あれ? さっきの人は?」
兵士「ん? ああ、あそこでうずくまってるぞ」
武闘家「……」
青年「いててて……」
勇者「大丈夫?」
青年「あ、ああ。 酔っ払ってるとかじゃないんだ」
青年「どうにも足の裏がチクチクしてな」
勇者「足? 靴に石が入ってるんじゃないの?」
青年「そんなはずは……」
青年「……」
青年「うぷ」
勇者「ちょ、ちょっと! やっぱり酔っ払ってない!?」
青年「ウぅ…………」
勇者「待ってて! すぐに何か……」
武闘家「勇者、下がれ」
青年「ウゥ……ウ……」
青年「ウゥゥゥウウウウゥゥウウウ……!」
勇者「え――」
青年→半人狼A「ウガァアア!!!」
武闘家「ハイヤッ!」
バシッ!
半人狼A「ガァッ!?」
ゴキン
武闘家「首を折った。 終わりだ」
勇者「あ……え……?」
兵士「な、なんなんだよ今のは!」
武闘家「場所を変えるぞ」
――
ドサッ
武闘家「こいつはお前たちが次に戦うことになる敵だ」
兵士「死体に……耳と尻尾が生えてやがる」
勇者「こ、この人は一体どうなったんですか!?」
武闘家「人狼の唾液には強力な菌が含まれている」
武闘家「これが血液に混ざると感染し、悪意により発症する」
武闘家「それがこいつ、半人狼と呼ばれる状態だ」
兵士「菌、感染……?」
武闘家「半人狼は新たな本能で人を襲う」
武闘家「襲われた人間は……また半人狼と化す」
勇者「それじゃあ人狼って……!」
武闘家「ああ、その通りだ」
武闘家「病名ライカン・スローピィ」
武闘家「人狼は伝染する」
このSSは
悪意が魔物を生む世界で
悪意を消す浄化の力を持った勇者がゴミ掃除をする話です
前スレ
勇者「さて、今日も王都の掃除がんばるか!」
勇者「さて、今日も王都の掃除がんばるか!」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1392648347/)
兵士「ちょ、ちょっと待てよ!」
兵士「今の王都は悪意が少ないって言ってたじゃねえか!」
武闘家「うむ。 それについてだが……」
武闘家「確かこいつは足に違和感があると言っていたな」
ズッ……
勇者「!! これは……」
武闘家「魔石だ」
武闘家「魔力で悪意を補ったのだろう」
兵士「この石と悪意がどう関係あるんだよ」
武闘家「魔力とは感情の力だ」
武闘家「そして魔石は感情が蓄積された宝石、当然悪意の代わりとなる」
勇者「……元の人間には戻せなかったんですか」
武闘家「ああ、骨格ごと変化してしまう」
武闘家「こうなっては魔物といっしょだ」
兵士「魔物……」
勇者「……」
勇者「武闘家さん」
勇者「人狼、すぐに見つけましょう」
武闘家「ああ、もちろんだ」
ドゴォオオオオオオンッ!!
武闘家「!! なんだ!?」
兵士「こ、この音は!」
勇者「うん! すぐに戻ろう!」
店員「な、なんだいこりゃ!」
スライム「ウゥ……アァ……」
兵士「あ! 酒場の店員が!」
武闘家「あれは……スライムか!?」
勇者「大丈夫! 間に合う!」
ダッ
勇者「聖火の……」シュボッ
勇者「掌底っ!」バシッ
スライム「ウギャァッ!」
武闘家「!!」
スライム「アァアアア……」
シュウウゥ……
兵士「すげぇ……一撃で……」
勇者「おばちゃん! 大丈夫!?」
店員「あ、ああ……うん」
勇者「よかった……」
――
「せ、聖火の魔法! 聖火の魔法!」
バシッ バシッ
スライム「コノミセヲ……オウトイチノ……」
「消えて! いなくなって!」
バシバシッ
「早く消えて! 消えてよぉ!」
シュボッ
スライム「グァアアア……」
ボォオオ…
「消えて! きえ……」
「はぁ……はぁ……やった……」
「わたしやったよ……お父さん……」
店員「あ……」
店員「あんた……」
「あなたは……このお店の……」
店員「こ、こんなところでなにやってるんだい! 逃げないと化け物が……」
「大丈夫です……今倒しました」
店員「えっ……」
店員「それじゃあ……あんたはあの人の息子さんなのかい?」
(息子? そっか……髪を溶かされたから……)
「そ、そうです! わたしは……いや、ぼくは!」
勇者「僕は勇者!」
勇者「これからは僕が! 王都の掃除をしていきます!」
店員「……」
ギュ…
勇者「わっ。 な、なに……?」
店員「『これからは』ってことは……そういうことなんだろう」
勇者「……うん」
勇者「急に消えるときは……僕の番なんだって教えられたよ」
店員「あんたはまだ子供じゃないか。 なのになんでこんな……」
勇者「それは……僕にしかできないことだから」
勇者「僕がやらなきゃダメなことだから」
勇者「それに……」
勇者「最初の『あんた』は僕のことじゃないよね」
店員「!」
店員「……そうだよ」
店員「化け物にやられたのは……うちの亭主だ」
勇者「わた……僕が未熟だったから助けられなかった」
勇者「それなのに……自分だけが泣いて甘えるわけにはいかないよ」
ギュウゥ…
勇者「えと……だ、だからもう放して?」
店員「それでも……それでも今は、こうさせておくれ」
勇者「……」
勇者「うん……」
――
店員「また……助けられちゃったね」
勇者「よかった……本当に」
武闘家「見事だ」
勇者「えっ?」
武闘家「掌底を一度見ただけであそこまでうまく使うとは」
勇者「はい、武闘家さんの戦い方はとても勉強になりました」
武闘家「俺も今日はいいものを見た。 スライムとの戦闘経験はないのでな」
兵士「そうなのか?」
武闘家「魔物とは凶暴化した獣……というのが一般的なのだが」
武闘家「王都はどうも違うらしい」
兵士「まあオレもこの間まで、王都に魔物なんざいないと思ってたからなあ」
店員「そ……それはなんだい?」
武闘家「おっと、持ってきてしまったな」
勇者「元人間の死体……聖火で燃やしましょう」
武闘家「待て。 これは王宮へ持って行こう」
兵士「な、なにぃ?」
兵士「酒場と言ってることが違うぞ! 大騒ぎになるじゃねーか!」
武闘家「王都へ侵入されたなら話は別だ、対策を練らねば国ごと人狼化するぞ」
勇者「……分かりました。 お願いします」
武闘家「ああ、お前は今日の魔物を防いでくれ」
ザワザワ…
「さっきの音は何だったんだ?」「うわっ。 ゴミが散らばってやがる」
「あの変な狼は見間違えじゃなかったのか!?」
兵士「お、おい。 人が集まってきたぞ……」
勇者「……うん」
町人A「ゆ、勇者様! これは一体……」
勇者「ええと……」
勇者(この人達は不安なんだ。 おそらくその気持ちがスライムを生んだ)
勇者(だからうまく勇気づけないとまた同じことが起こるかもしれない)
勇者(半人狼も見られてたみたいだ……下手な言い訳はできない)
勇者(それなら!)
勇者「大丈夫! もう倒しました!」
町人B「ほ、本当ですか?」
グッ
勇者「僕に任せて!」
勇者「一撃だ! 何も心配!いらない!」
ワァアアアアア!!
勇者(とりあえずうまくいった……かな?)
勇者(姫様に教えてもらった方法がまた役に立ったな)
勇者「それじゃおばちゃん、今日のゴミを持って行くね」
店員「……勇者ちゃん」
勇者「?」
店員「いや、なんでもないよ。 無理しないようにね」
勇者「うん!」
パチパチ…
勇者「ふー」
兵士「流石に疲れたな。 毎日こんなことやってんのか」
勇者「2日ぶりだからね、ゴミも溜まってるよ」
勇者「兵士さんがいなかったら朝までかかるところだったよ。ありがとう」
兵士「おう……ん?」
勇者「なにか音がしたね。王都入り口の方かな?」
兵士「オレが見てくる。 お前はもう寝ろ」
勇者「あはは、僕なら全然大丈夫だよ」
――
兵士「ぜぇぜぇ……お前走るの速えよ」
勇者「掃除し終わって身軽だからね」
勇者「それより……あっ」
パカラッ ザザッ
騎馬隊B「おや……お迎えとは」
勇者「あなたは……ええと……」
勇者「最初に塔へ向かった騎馬隊の人!」
騎馬隊B「はぁ……」
勇者「塔から帰ってきたんですね!」
勇者「ということは……」
ザッ
吟遊詩人「只今戻りました」
兵士「吟遊詩人! 本当に生きてたのか!」
吟遊詩人「ええ、なんとかね」
兵士「あんたには助けられっぱなしだな」
吟遊詩人「私の助力など微々たるものですよ」
ザッ
兵士「……勇者?」
勇者「吟遊詩人さん」
勇者「執事さんは一緒じゃないんですか?」
吟遊詩人「……」
吟遊詩人「はい。 途中で別れることになりました」
勇者「……無事なんですか?」
吟遊詩人「……」
勇者「答えてください」
吟遊詩人「あの方は……もう息絶えています」
勇者「――!!」
勇者「殺したのか!」
勇者「答えろ! 半魔!」
兵士「な、何を言ってんだ勇者!」
兵士「こいつがそんなことをするわけ無いだろ! なあ!」
吟遊詩人「……」
吟遊詩人「殺しましたよ」
兵士「!!!」
勇者「!!!」
勇者「な……なんで……どうして……」
吟遊詩人「知っているでしょう」
吟遊詩人「人が人を殺すのに最も共感できる理由です」
勇者「執事さんが故郷の仇だから……憎いから殺したっていうのか!」
吟遊詩人「……」
勇者「それなら僕は! お前を許せない!」
勇者「聖火の魔法!」シュボッ
兵士「お、おい勇者!」
吟遊詩人「浄化の炎……何度見ても美しい」
吟遊詩人「私もこの光のなかで最期を迎えたいものです」
吟遊詩人「しかし、その時は今じゃない」
スッ…
勇者(聖火に自分から手を……!?)
吟遊詩人「その魔法は脅しには向いていませんよ」
吟遊詩人「対抗魔法」
バシュッ…
勇者「!!」
勇者(聖火が消された!?)
勇者(いや……これは……)
吟遊詩人「私は吸血鬼討伐の依頼を受けここへ参りました」
吟遊詩人「受けた仕事を投げ出すわけにはいきません」
吟遊詩人「さあ、そこをどきなさい。 王都へ入らなければ」
勇者「だ、だめだ! 通さない!」
勇者「僕が聞いているのはそんなことじゃない!」
吟遊詩人「……ふむ」
勇者「なんで執事さんを殺したんだ! ちゃんと話してよ!」
吟遊詩人「言葉に凄みがありませんね」
吟遊詩人「ドラゴンへ向かう時の貴方はもっと絵になりましたよ」
ザッ
勇者「あ……」
勇者「ま……待ってよ!」
勇者「信じたのに! だから残したのに!」
吟遊詩人「心の弱さを表に出してはいけません。 それは魔族の力になります」
吟遊詩人「常に冷静でありなさい。 そうすれば貴方は無敵です」
吟遊詩人「また会いましょう、勇者」
勇者「……」
兵士「行っちまったな」
勇者「止められなかった……」
騎馬隊B「勇者様」
兵士「なんだあんた。 まだいたのか」
騎馬隊B「吟遊詩人殿は……憎さで執事様を殺したのではない」
騎馬隊B「……と、私は思います」
兵士「どういうことだよ」
騎馬隊B「執事様の死体は……綺麗に首を落とされていました」
騎馬隊B「これは憶測ですが」
騎馬隊B「吟遊詩人殿は執事様を介錯したのではないでしょうか」
兵士「ほ、本当かそれは!」
兵士「勇者、なにか気づいたことはないのか?」
勇者「……ありえる話だよ」
勇者「執事さんは瀕死だった」
勇者「もしかしたら解毒剤があるというのは嘘で……」
勇者「元々塔の下敷きになって死ぬつもりだったのかもしれない」
勇者「それともう一つ。 塔へ向かう時に緑さんが執事さんに目的を聞いていたんだ」
勇者「今思えば吟遊詩人……に関連した話だったんだろう」
勇者「あの時討伐隊は全員死んでいると思っていたから……執事さんは供養をしにいったのかもしれない」
勇者「それなら執事さんは吟遊詩人に強い罪悪感を抱いていたってことになる」
勇者「つまり」
勇者「執事さんは自分から『殺してくれ』と頼んだ」
勇者「殺すことでしか執事さんを楽にすることができない状況なら」
勇者「吟遊詩人がしたことは悪いことではないと」
勇者「あなたはそう言いたいんですね」
騎馬隊B「……その通りです」
兵士「ちょ、ちょっと待てよ勇者」
兵士「お前はそこまで分かっていて噛み付いたのか?」
勇者「兵士さん」
勇者「全部もしかして。 憶測の話だよ」
勇者「半魔が人間の敵か味方か、その判断を誤るわけにはいかない」
勇者「今王都には3体の魔族がいるんだ」
勇者「それに半魔が加わったら……手がつけられないよ」
兵士「それはお前がしなきゃいけないことなのか?」
騎馬隊B「そうですよ。 吟遊詩人殿はまだ近くにいるはずです」
騎馬隊B「私が居場所を突き止め、その後監視をつけましょう」
勇者「……それはダメです」
騎馬隊B「何故ですか?」
勇者「今日は真っ直ぐに帰ってください」
勇者「夜一人で出歩くのは危険なんです」
勇者「理由は王宮につけば分かるはずだから」
騎馬隊B「はぁ……分かりました」
勇者「さてと……」
勇者「じゃあ僕も帰ろうかな」
兵士「待てよ。 話は終わってねえぞ」
兵士「吟遊詩人は他のやつに任せるべき……」
兵士「いや、後回しにするべきだろ」
兵士「あいつは今まで何度も助けてくれたんだ」
兵士「悪いやつだと分かるまで信じてやればいいじゃねえか」
勇者「そうはいかないよ」
兵士「なんでだよ」
勇者「だって……僕のせいだから……」
勇者「僕が執事さんを置いていかなかったら……こんなことにはならなかった」
勇者「だから僕が……なんとかしなくちゃいけないんだ!」
兵士「……」
兵士「勇者」
兵士「お前がちんたら帰ってきたら人狼の対処がもっと遅れたぞ」
勇者「……武闘家さんが何とかしたさ」
兵士「あの店員を助けたのはお前にしかできなかっただろ」
勇者「それは……」
兵士「なんでも自分のせいにすんなよ」
兵士「人間できることしかできねえんだよ」
勇者「でも……」
兵士「あーもう面倒臭えな!」
勇者「えぇっ?」
兵士「オレよりずっと強いくせにグチグチ悩みやがって!」
勇者「僕は強くなんかないよ。 魔物との相性がいいだけさ」
勇者「だからドラゴンとの戦いでは……頼らざるを得なくなった」
兵士「それが面倒臭えんだバカ! 終わったことだろ!」
兵士「お前がそうするべきって判断したんだろ! じゃあそれは正解だろ!」
勇者「そ、そんな簡単な話じゃないよ! 取り返しがつかなくなったらどうするのさ!」
兵士「なんどでも取り返してやるんだよ!」
兵士「勇者! 悩むならオレが頼んでやる!」
兵士「まずはウルフ……いや、今はワーウルフか」
兵士「あいつをぶっ殺すぞ!」
兵士「オレは昨日コケにされたんだ! このままじゃ終われねえ!」
兵士「必ず一杯食わせてやる!」
兵士「でもオレ一人じゃ力不足なんだ! 手を貸してくれ!」
兵士「その時吟遊詩人や首謀者とやらが邪魔してくるなら」
兵士「全部ぶっ飛ばせばいいんだ! そうだろ!」
勇者「全部まとめて相手にするのは難しいよ」
兵士「はあ? まだそんなことを……」
勇者「でも、兵士さんの言うことも一理ある」
勇者「確かに人が多い王都では人狼の能力が一番危険だ」
勇者「最優先で始末しよう!」
兵士「おお! やってやろうぜ!」
勇者(そう……)
勇者(僕にできることは限られている)
勇者(今はとにかく、行動するしかない!)
――
城門兵「……」
城門兵「む、お前か」
勇者「夜遅くにすみません」
城門兵「半人狼の件か?」
勇者「はい。 なにか手伝えることがあればと」
城門兵「それはありがたい」
城門兵「しかしこの時間に正門を開けば騒ぎになってしまう」
城門兵「悪いが裏へ回ってくれ」
勇者(裏門か……)
勇者(そういえば最初はここからお城に入ったんだっけ)
勇者(今日は新月……あれからまだ半月しか経ってないんだな……)
勇者「あれ……橋がかかってないぞ?」
女魔導師「あっ、やっぱり来た」
勇者「女魔導師さん。 こんばんは」
勇者「よかった、お城に入れなくて困ってたんだ」
女魔導師「勇者、なんの用かしら?」
勇者「えっ? 半人狼の死体はここにあるんだよね?」
女魔導師「ええそうよ。 今青様が解剖してるわ」
勇者「それなら対人狼の会議があるんじゃないの?」
女魔導師「そうね。 それで?」
勇者「僕にも参加させてよ! なにか協力できることがあるはず」
女魔導師「……いいわよ。 箒に乗りなさい」
勇者「う、うん。 ありがとう」
――
勇者「あの……女魔導師さん?」
女魔導師「なに?」
勇者「ここは……」
女魔導師「あたしの部屋よ。 知ってるでしょ」
勇者「そうじゃなくて……なんで?」
女魔導師「勇者、あなたがドラゴンを倒したのはいつだったの?」
勇者「……? 今日の明け方だよ」
女魔導師「ほらみなさい。 夜明け前から一睡もしてないんじゃない」
女魔導師「今日はもう体を休めたら? 話は明日にしましょう」
勇者「ぼ、僕は大丈夫だよ。 今の状況で休んでなんかいられないよ」
女魔導師「……」
女魔導師「わかったわ。あなたがそう言うなら無理強いはしない」
女魔導師「でもそれなら、まずはお説教ね」
勇者「えぇっ?」
女魔導師「答えて。 なんであの武闘家を信じたの?」
勇者「ぶ、武闘家さん? いい人じゃないか」
勇者「そうだ、武闘家さんはまだ城にいるの?」
女魔導師「あいつはね、王宮に半人狼の死体を放りこんだ後」
女魔導師「『これがお前たちの次に戦う敵だ、調べておけ』と言って」
女魔導師「そのまま帰ったのよ? 信じられる?」
女魔導師「あいつが魔族と繋がってたらどうするのよ」
勇者「で、でも女魔導師さんが見た人だから魔族ではないよね」
女魔導師「魔族に協力してるかもしれないでしょ」
女魔導師「人を簡単に信用しちゃだめよ」
女魔導師「公爵様の一件をもう忘れたの?」
勇者「……確かに不用心だったかもしれない」
勇者「でも武闘家さんはいい人だよ。 信じられる」
女魔導師「根拠はあるの?」
勇者「一度手を合わせたことがあるんだ。 だから……なんとなく分かるよ」
女魔導師「はぁー…………分かった」
女魔導師「そこまで言うのなら武闘家の話はそれでいいわ」
勇者「ごめんね、ありがとう」
勇者「それで女魔導師さん、伝えておかないといけないことがあるんだ」
女魔導師「……吟遊詩人のことね。 騎馬隊から情報はきてるわよ」
勇者「本当? 無事でよかった」
女魔導師「王都に入った吟遊詩人は見つけたの?」
勇者「いや……ダメだったよ」
女魔導師「そう……とにかく一度話をする必要がありそうね」
勇者「……」
勇者「女魔導師さんだったらあの時どうしたかな?」
女魔導師「あら? あなたがそんなことを聞くなんてね」
女魔導師「話が本当なら吟遊詩人の態度は問題ありね」
女魔導師「拘束した後、判断を仰ぐんじゃないかしら」
勇者「そっか……」
女魔導師「正直あなたの対応はどうかと思うわよ」
女魔導師「聖火で脅したりして……怒り狂ったらどうするの」
勇者「それで暴れるぐらいなら倒すしかない……よ」
女魔導師「……」
トンッ
勇者「えっ?」
勇者「っとっと……」フラフラ
トテン
勇者「お、女魔導師さん?」
女魔導師「言っとくけど魔法じゃないわよ。 眉間を指で押しただけ」
女魔導師「そのまま横になりなさい」
勇者「でも……」
女魔導師「大臣の時みたいに倒れたらどうするの」
女魔導師「あなたの力は必要よ。 だからこそ、いつでも使えるようにしておいて」
勇者「う……うん。 分かったよ」
勇者「女魔導師さんがそこまで言うのなら……休ませてもらうね」
女魔導師「そう……ありがとう」ホッ
翌日
勇者「んぅ……朝か。 熟睡してしまったな」
勇者(女魔導師さんは……いない?)
勇者「いったいどこに……」
姫「おはよう御座います、勇者様」
勇者「ひ、姫様!?」
勇者「どうしてここに……」
姫「勇者様がこちらにいらしていると聞いて」
姫「約束の場所までご一緒しようと思いましたの」
勇者(約束……国王様との話し合いか)
勇者(どうしよう……結局褒美なんて考えてないぞ)
姫「勇者様?」
勇者「ええと、姫様。 約束の正午まではまだ時間がありますよね?」
勇者「それまでに今の状態を知りたいのですが……」
姫「今の状態……?」
姫「勇者様も人狼狩りに参加されるのですか?」
勇者「もちろんです。 見過ごせません」
姫「まぁ……! 流石ですわ」
スタスタ
姫「城内の兵士なら知っている者がいるはずです」
勇者「すみません、姫様に案内させてしまって……」
姫「気になさらないでください。 私がそうしたいだけですわ」
姫「あ……まずはあの兵に声をかけましょう」
精鋭兵「姫様? あまり城内を出歩かれては……」
姫「大丈夫、今の王都で一番安全な場所はここですから」
勇者「……」
精鋭兵「なるほど。 貴方の隣なら安心だ」
勇者「そんな、買いかぶりすぎですよ」
勇者「精鋭兵さん、それで人狼の件ですが……」
精鋭兵「ええ。 大変なことになりましたね」
精鋭兵「人を伝染していく魔族……王都にとって最も危険な敵です」
精鋭兵「それが今もここ潜伏しているとは……」
勇者「……」
精鋭兵「対策ですが、やはり潜んでいる人狼を探しだすしかないでしょう」
精鋭兵「現在魔眼持ちの方々が王都中で捜索しています」
精鋭兵「魔族を見かけた場合、直ちに戻って報告するそうですので……」
精鋭兵「貴方は王宮で待機しているのがよろしいかと」
勇者(捜索と戦闘部隊が別なのか……)
勇者(確かに大人数だと感づかれるし、不意打ちでも一対一で戦うのは危険過ぎる……)
姫「王宮魔導師達の連絡待ちですか……勇者様、それでよろしいですか?」
勇者(女魔導師さんも捜索しているはず……手伝ってあげたいけど)
勇者「はい。 みんなの邪魔はしたくありません」
勇者(今の僕は目立ちすぎるな)
姫「でしたらついてきて欲しい場所があるのですが……」
勇者「ここは……大臣が軟禁されている部屋ですね」
姫「はい。 午前の内に問い詰めておきたくて」
勇者「……そうですね。 人狼にもなにか関係してるかもしれません」
勇者(……? おかしいな、この前は見張りがついていたのに……)
姫「ありがとうございます。 それでは入りましょう」
勇者「待って。 僕が開けますよ」
ガチャ
大臣「うぅ……あぁ……」
魔導師・緑「あ、姫様ぁ。 おはようございます」
大臣「あぁ……ひめさ……」
勇者(だ、大臣……!?)
勇者(口が半開きで目が虚ろ……)
勇者(死んでいるわけじゃなさそうだけど……これは……)
魔導師・緑「姫様の言いつけ通り、話しやすい状態にしておきましたよぉ」
姫「私は薬を用意しろとしか言っていませんが」
魔導師・緑「そうですかぁ? まあ同じことですよぉ」
勇者「薬……?」
魔導師・緑「あ、勇者さんもいたんですねぇ」
魔導師・緑「この度はドラゴン退治、お疲れ様でしたぁ」
魔導師・緑「塔から落ちるのが見えたので、てっきり死んだのかと思いましたよぉ」
勇者「……そうですね。 いつ死んでしまってもおかしくない戦いでした」
勇者(この知らせを女魔導師さんが聞いたからあんなに心配されたのかな)
魔導師・緑「生きてて良かったですねぇ~」
勇者「それで緑さん。 薬というのは」
魔導師・緑「とても強い薬ですぅ。 ほぼ毒と言ってしまって問題ないほど……」
勇者「!!」
魔導師・緑「思考力を極端に弱くするものですねぇ」
魔導師・緑「こういう薬を使って情報収集するのがわたしの役目なんですよぉ~」
姫「……緑、もう下がりなさい」
魔導師・緑「はぁ~い」
魔導師・緑「……姫様」
姫「なんですか」
魔導師・緑「ふふっ、頑張ってくださいねぇ~」
勇者「姫様、本当にこのまま……」
姫「はい。 この状態の大臣を問い詰めます」
姫「いいですね?」
大臣「あぁ……分かりました……姫様がそうおっしゃるなら……」
姫「では勇者様、昨日の続きをしてくださいますか?」
勇者「……」
姫「勇者様」
姫「この状態の大臣を放置すれば責任を問われるのは緑です」
勇者「……大丈夫です」
勇者「僕もここで問い詰めることには賛成ですよ」
勇者「少し驚いただけです。 すみません」
大臣「うぅ……」
勇者(ゾンビみたいな声……これは偶然かな)
勇者「大臣、僕が分かるか」
大臣「あぁ……分かるぞ……うぅ……」
勇者「あの夜、地下の死体だらけの部屋で何があったのか思い出したか?」
大臣「あぁ……?」
大臣「けん……研究所……お前は関係ないだろう……」
勇者「……」
勇者「あそこはいったい何なんだ? なにをしていた」
大臣「研究だ……呪文の……」
姫「!」ピク
勇者(呪文……意識を与えて物を操る魔法だと青さんが言っていたな……)
勇者(それで死体を操る術を研究していたのか……?)
勇者「大臣、研究していた呪文とはなんだ」
大臣「人体を……蘇生する呪文……」
勇者「蘇生……? 一体誰を……」
大臣「妃様だ……」
姫「なっ……嘘です!」
姫「お母様の亡骸は火葬されたはず……!」
大臣「すり……すり替えました……」
大臣「王宮魔導師に……偽物を用意させて……」
姫「大臣!」ガタッ
勇者「ひ、姫様!?」
姫「お前はそのようなことをして……私やお父様が喜ぶとでも思ったのですか!」
大臣「姫様……申し訳……申し訳ございません……」
姫「恥を知りなさい!」
姫「お母様の亡骸を穢したお前は!私とお父様を!王都の人間全てを侮辱したのです!」
姫「大臣! お前は王都を汚すゴミに他なりません!」
勇者「お、落ち着いてください!」
姫「勇者様! 背の大剣で大臣を斬ってくださいまし!」
バタンッ
精鋭兵「姫様! 何事ですか!」
姫「この痴れ者の首をはねなさい! 今すぐに!」
精鋭兵「な……!?」
勇者「一旦部屋の外に出ましょう!」
――
姫「はぁ……はぁ……」
勇者「姫様、大丈夫ですか?」
姫「……はい…………」
姫「大変見苦しいところを……申し訳ございません」
勇者「いえ、気にしないでください」
勇者「……」
勇者「姫様、そろそろ時間なので僕は……」
姫「時間……正午ですね」
姫「分かりました。 行きましょう、勇者様」
勇者「姫様も来られるのですか……?」
姫「もちろんです」
勇者「その……少し休まれた方が……」
姫「お気遣いありがとうございます」
姫「しかしこのことは私からお父様に話さねばなりません」
姫「精鋭兵」
精鋭兵「はっ」
姫「大臣を決して部屋から出さぬように」
姫「お父様が直々に処分を言い渡すでしょう」
精鋭兵「は……ははっ!」
タッ…タッ…
勇者(国王様のいる部屋にまた行くのか……やっぱり緊張するな……)
貴族B「姫様、もう歩いてよろしいのですか?」
姫「ええ、心配いりませんよ」
貴族D「さきほど姫様の声が聞こえた気がしますが……」
姫「お父様との会談が終わり次第説明します」
勇者(姫様……あれだけ声を荒げていたのにもう落ち着いてる……?)
勇者(……)
ギィイイイ…
国王「おお勇者殿、待っておったぞ」
勇者「は、はい!」
国王「それでどうだ? 体調の方は変わりないか?」
勇者「ええと……もう万全です」
国王「うむ。 なによりだ」
姫「お父様? やけにご機嫌がよろしいようですが……」
国王「ああ。 昨夜は久々によく眠れたのでな」
国王「体の調子がすこぶる良いのだ」
姫「まぁ……」
姫「勇者様、私の要件は後で構いませんので」
勇者「そんな……いいんですか?」
姫「はい。 お父様は勇者様を待っていたのですから」
勇者「……分かりました」
勇者「では国王様。 これを」
国王「うむ」
姫「それが……勇者様の"許可証"ですか?」
国王「ああそうだ。 特別な紙で出来ていてな……」
国王「ここに我々王族の刻印をつけることで授与が完了する」
姫「授与……?」
国王「では……勇者よ」
勇者「はっ」
国王「そなたを27代目の浄化の者としてここに認めよう」
姫「27代……浄化……とは一体……?」
勇者「あの……僕にもよく分からないのですが」
国王「……やはりそうであったか」
国王「浄化の力を持つ者は身を隠さなければならぬ」
国王「ここに記されている者のうち、印が押されているのはお主を合わせて3人だけなのだ」
姫「3人……? ではこの27人のうち24人は……」
国王「我々に会うこと無く使命を全うしたということだな」
国王「だから勇者殿、そなたが自分が何者なのかを知らなくても不思議なことではない」
勇者「僕が……何者なのか……」
国王「うむ、よかろう」
国王「お主は知る権利がある。 姫にもいつか話すことだ」
国王「王都の歴史の話をしよう」
―王都の教会―
神父「おや、来られていたのですか」
「ええ。やっぱりここが一番安全みたい」
神父「城下町の人々はまだ浮かれていますが……」
神父「何人かローブを着ていない魔導師の方々を見かけました」
神父「見つかってはいないでしょうな」
「もちろん」
吸血鬼「緊張した鼓動は分かりやすいもの。 それを避けて歩くのは簡単よ」
神父「ほお……それは私からも?」
吸血鬼「ふふ……もっと近づけば分かるかしら」
神父「おやめなさい。 魔導師たちに見つかりますよ」
吸血鬼「あら、そんなつもりはないわ。 それより霊安室の鍵をもらえるかしら」
神父「ええどうぞ。 あのお方に御用で?」
吸血鬼「リーダーに聞きたいことがあるの」
?「おお。 待ってたぜ」
吸血鬼「……お見通しってことね。 待ち合わせならもっと綺麗な場所が良かったわ」
?「ははは、バンパイアといえば棺桶だろう」
吸血鬼「私は趣味じゃないのよね」
吸血鬼「空気がこもるしカビ臭いし……なにより音が反響して分かりにくいもの」
?「寝こみをハンターに襲われるのは怖いか?」
吸血鬼「そうね。 その魔物ハンターの話からしてもらおうかしら」
?「吟遊詩人か」
吸血鬼「ダンピールって苦手なのよねぇ」
?「あいつは特に聖人と魔族のハイブリッドだからな」
?「バンパイアからすればかなり厄介な相手だ。 魔法ばかりに目を取られるが……」
吸血鬼「能力よりも彼のルーツを教えてもらえるかしら」
?「んんっ? お前はバット上がりだと思っていたが」
吸血鬼「そうよ。 だから昔のバンパイア社会なんて関係ないわ」
?「じゃあなんで……」
吸血鬼「単純に興味があるの」
?「そうか。 まあせっかく来てくれたんだ」
?「王都の歴史からゆっくり話してやるよ」
――
勇者(王都の歴史……)
勇者(それが僕に関係している……)
姫「……」
国王「かつてこの場所は国境だった」
国王「世界一険しい山がそびえ立っており、3国の境界線であるにもかかわらず人の通りは全く無かった」
国王「貿易の際には大きく迂回せねばならず、国同士の交流自体がわずかなものだったのだ」
国王「それゆえか、豊かではないが平和な時代であったと記されている」
国王「……だが500年前、異常な大雨が降った」
国王「山が崩れ、谷が埋まり、馬車の通る道となり……人の往来は急激に増えた」
国王「そして一年と経たず戦争は起こった」
国王「思想の違い……川の問題……密入国……争いの火種様々だが」
国王「『攻めこむことができる』『攻めこまれるかもしれない』、この事実が国民に最も影響を与えたという」
国王「3つの国の感情は条約を結ぶ暇も与えないほど早く膨れ上がり」
国王「4つの軍隊による大戦争を引き起こした」
勇者「3つの国と4つの軍隊……ですか?」
国王「魔物の軍勢だ」
国王「戦争が始まれば、必ず魔物が生まれる」
国王「死とは最も人の感情を揺り動かすもの。一つの死が多くの魔物を生むこともあるのだ」
国王「三つ巴の大きな戦争は……魔物を指揮する魔王を生んでしまった」
勇者「魔王……魔族を束ねる者……」
国王「バラバラに人を襲う存在だった魔物が統率されたのだ」
国王「この恐ろしい軍勢は瞬く間に戦場を支配していった」
――
?「500年前、魔王を創りだそうをという話があった」
?「魔族ってのはどいつもこいつも自分が一番だと思ってるからな」
?「自分より上位の存在を欲しがるのはかなり珍しい」
吸血鬼「魔王……私も名前を聞いたことはあるのだけど、詳しくは知らないわ」
?「なんだ、結構若いんだな」
吸血鬼「失礼ね。 まだ人間より少し長生きし始めたところよ」
?「……」
?「それならまず魔王の定義からだな」
?「魔王とは世界を恐怖に陥れた魔族へ送られる後天的な称号だ」
?「魔王という種族がいるわけではない」
?「歴史上一番新しい魔王は丁度バンパイアだな」
?「吸血鬼貴族"バンパイアロード"なんて呼ばれていたらしい」
吸血鬼「……あまり惹かれないわ」
?「ははは、だろうな。 生まれは色々あるが元をたどればコウモリの種族だ」
?「派手な感情は核になりにくい」
?「そいつも仕方なく魔王になったんだろう」
吸血鬼「なんだか魔王って後ろ向きなのね」
?「計算違いがあったんだ」
?「元々は一から……つまり新しく魔物を作ってそいつを魔王にする計画だった」
?「それには圧倒的な魔力が必要だ」
?「つまり人間達の爆発的な感情だな」
吸血鬼「……それが500年前の戦争?」
?「そうだ。 人の心を最も大きく動かすものは人の死だからな」
?「当時あった三国にそれぞれ魔族が入り込んで戦争を引き起こした」
?「正確には元々高官の立場にいたバンパイアが喧嘩をふっかけて」
?「残りの二国がそれを買ったんだ。穏健派を魅了してな」
?「戦争を起こしてしまえばあとはトントン拍子さ」
?「勝手にそこら中で魔物がばんばん生まれる」
?「魔物の近くには人間が大勢いる」
吸血鬼「魔物が人間を殺して……魔族になる」
?「そういうことだ」
?「魔族が大勢いるんだ。 当然抜きん出た実力を持つやつもいる」
?「そいつが勝手に評価されて魔王になる。 そのころにはとんずら……って計画だったのさ」
吸血鬼「適当な計画ねぇ。何の魔族を魔王にするつもりだったの?」
?「なんでもよかった」
吸血鬼「あらあら」
?「どのタイミングで何が生まれるかは分からないからな」
?「それにさっきも言ったが、魔族は自分を一番だと思っている」
?「逆に言えばどの種族もそう思えるだけの能力を持っているんだ」
?「だから誰でも魔王になれる。 ある意味平等だな」
?「核となる感情についても予測はつかないが……」
?「戦争は一番分かりやすい人殺しだから問題ないと考えたんだろう」
吸血鬼「……」
?「しかし戦争中に生まれた魔物はどれも圧倒的な力は持っておらず」
?「結局バンパイアのリーダーが魔王となった」
?「世界中の魔族たちの間で噂になってしまったんだな」
?「大雨の魔法できっかけを作り、3国を操って戦争を起こしたやつがいると」
吸血鬼「すごい人だったのね」
?「そうだな。バンパイアのグループでも一目置かれていたよ」
吸血鬼「……」
?「計画は失敗。グループは解散。魔王はこの地に一人残って」
?「生まれたての魔族たちを率いて仕方なく戦場を支配した」
吸血鬼「そんなことができるのに魔王を作り出す必要があったの?」
?「ああ。 それはな……」
?「魔王になれば英雄と戦わなければならないからさ」
――
国王「戦場を支配した魔王はこの場所に砦を築き上げた」
国王「疲弊した人間にこれを攻略する術は残されていなかった」
国王「魔物たちだけが3国へ攻め込むことができる状況となり」
国王「世界が恐怖に包まれたとき……ゴホッゴホッ」
姫「お父様、少し休憩されては……」
国王「いいや、ここが大事なところだ」
国王「このとき一人の……そうたった一人の人間が魔王軍を壊滅させたのだ」
姫「……おとぎ話の英雄譚ですね」
勇者(英雄譚……?)
国王「今でこそ架空の話だが、これは実際にあった王都の歴史なのだ」
国王「英雄は本当にすごい人物だった」
国王「高い身体能力、魔法技術、そして……」
国王「神の能力を二つ持っていたという」
勇者「神……ですか?」
国王「唯一無二の特別な魔法……」
国王「一目見ただけで誰もが神の存在を信じたと記されている」
国王「人々は彼の戦いぶりを見て、神の生まれ変わりだと崇めた」
国王「戦いの後、英雄は三国から離れた土地に身をおいたが……多くの人がそれを追いかけ」
国王「英雄を王……いや、神として中心に置いた国を作った」
国王「それが聖地だ」
勇者「え……」
勇者「で、では王都は……?」
国王「二度と同じ愚を犯さぬよう三国が合併してできたのが王都だ」
国王「一つの国になってしまえば戦争は起こらない」
国王「力を合わせて残党を狩り、この地を開拓し大きな城を建てた」
国王「強い力を示すことで国民を安心させ、魔物を抑えようとしたのだ」
勇者「しかしそれでは……人が集まり過ぎてしまいます」
国王「うむ。人がいる限り魔物は必ず生まれる」
国王「そこで英雄は王都に子供を残した」
国王「無事生まれた英雄の子孫は、神の力の一つである"浄化"を持っていた……」
勇者「"浄化"の力……」
勇者「それが僕の聖火の魔法ということでしょうか」
国王「いかにも」
国王「英雄は魔王を誕生させないために力を遺伝させたのだ」
姫「それでは……王都の平和な500年の歴史は……」
姫「勇者様の一族がずっと守ってきてくれたものなんですね」
国王「そう。我々と同じく、王都にとって必要不可欠な人物ということだ」
姫「……」
姫「お父様、その力を沢山の人間に与えることはできないのですか?」
国王「どういうわけかこの世に一人しか持てない力なのだ」
国王「加えて親から子へとしか遺伝しないとされている」
姫「そんな……それじゃあ……」
勇者「僕の身にもしものことがあれば、浄化の血は途絶えてしまう……」
勇者(そうか……それで……)
勇者(それで戦士さんは僕を戦わせまいとしたのか……)
国王「浄化の力なくては王都は維持できない」
国王「だから我々はその存在を隠すことで守ってきた」
勇者「……申し訳ございません」
国王「?」
勇者「一族の使命も知らず……僕は目立ちすぎてしまいました」
国王「なにを」
姫「何をおっしゃいますか!!」
勇者「!?」ビクッ
姫「勇者様が行動を起こさなければ王都は未だドラゴンの恐怖の中!」
姫「私も塔の中で震えていましたわ!」
勇者「姫様……」
国王「姫の言うとおりだ。誇りこそすれ悔やむ必要はあるまい」
国王「それに目立つのは悪いことばかりでもない」
勇者「……?」
国王「ときに勇者殿、欲しい褒美は決まったかな?」
勇者「いえ……それがまだ……」
国王「ならば姫をもらってやってくれないか」
勇者「えぇっ?」
国王「王族となってしまえば護衛をつけることも自然だろう」
姫「お父様……? それは少し無理がありますわ」
国王「竜を倒した英雄が王となる。 無理な話ではあるまい」
国王「姫もえらく気に入っておったではないか」
勇者「いえ……その……」
勇者「僕、女なんです……」
国王「……なんと……!?」
国王「そ、それは本当か!?」
姫「はい。 そういえばお話しておりませんでしたわ」
国王「なん……なんということだ……!」
姫「……」
姫「うふふふ……」
国王「姫! 笑い事ではないぞ!」
姫「ふふ、すみません。 なんだかおかしくって……」
姫「お父様のそんなに驚いた声、初めて聞きましたわ」
勇者(姫様……本当に楽しそうに笑っている?)
勇者(なんだか王都に戻ってから喜怒哀楽が激しすぎるような……)
姫「勇者様、改めてお礼を言わせてくださいな」
姫「私たちを……王都を救ってくれて、本当にありがとうございます」
勇者「えと……ど、どういたしまして……?」
姫「うふふ」
国王「しかし状況は芳しくないぞ」
国王「おそらく敵は浄化持ちが女ということを知っていたから動き出したのだろう」
勇者「はい。 戦士さん……ハンターの人もそう言っていました」
国王「敵の狙いが勇者殿であるならここを動かぬ方が良いのではないか?」
勇者「いえ、人狼を放っておくわけにはいきません」
勇者「対処が遅れると王都が半人狼だらけになってしまいます」
勇者「それにドラゴンと違って聖火が効く相手です」
勇者「王都で発生する魔物……倒すのは元々僕の仕事です!」
姫「勇者様……」
――
吸血鬼「英雄を倒すこと」
吸血鬼「それが魔王を作る目的なのね」
?「そういうことだ」
?「自分より上位の存在を作ってでも倒したい相手……英雄の一族」
?「まあ当時は英雄になる前だったんだが、それでも一定の知名度があった」
?「やつに魔王をぶつけて共倒れにするのが理想」
?「勝っても構わないし、負けてもまあしょうがない」
吸血鬼「……?」
?「ははは。 お前でもこれは分かんねえか」
?「魔王でも英雄には勝てないんだ」
吸血鬼「勝ち目が薄いのにそんな大掛かりなことをしたの?」
?「目的は英雄を倒すことってので間違っちゃいねんだが」
?「それは最終目的なんだ。 最後の最後で倒せばいい」
?「まずは相手を囲むんだ」
吸血鬼「……」
?「英雄は神の生まれ変わりと称えられた」
?「当時細々していた宗教はすべて、奴を中心とした『教会』へ統一された」
?「さらには英雄が住む地を信者が取り囲んだ。聖地だな」
?「あそこを攻めるのは一苦労だが、向こうから直接やってくることはまずない」
?「そして、信者以外の人間はこの王都に住んだ」
?「英雄の子は監視しきれない人間を守るために神の能力を1つ遺伝し」
?「能力を隠して王都に住み着いた」
?「これが浄化持ちで……魔王を創りだした目的でもある」
吸血鬼「つまりリーダー……英雄の能力を分散するためだけに魔王を作ったの?」
?「リーダーはやめてくれよ」
?「オレは上に立つ器じゃない」
吸血鬼「そこまで知ってるのに?」
?「知ってるだけじゃ案外何もできないのさ」
?「さて、魔王を創りだした理由はそれで合ってる」
?「全ては浄化の能力を孤立させるため……王都もそのために作り出した」
?「この国は英雄の子孫を囲う檻であり……枷なんだよ」
吸血鬼「でもね? リーダー」
?「うん?」
吸血鬼「私が聞いたのは王都ではなく吟遊詩人のルーツなのだけど……」
?「ははは、そうだったな」
?「まあこんだけ話せば想像はつくだろ」
?「あいつは当時の戦争を企てたバンパイア連中の子孫なんだよ」
?「同時に戦争を収めた英雄の子孫でもある」
?「まあその子孫たち……聖人連中は知らなかったろうがな」
吸血鬼「バンパイア達は知っていたの?」
?「おそらくな」
?「……おっと」ピクッ
?「思ったより早いな」
吸血鬼「? なにも聞こえないわよ?」
?「聴覚に頼り過ぎると痛い目みるぞ。 またな」
――
城兵「国王様!」
国王「何だ騒々しい」
城兵「王宮魔導師より人狼を発見したとの報告が!」
勇者「! 分かりました!」
姫「行かれるのですか?」
国王「気をつけるのだぞ」
勇者「はい! おまかせください!」
―城下町―
タッタッタ・・・
魔導師C「勇者様!」
勇者「おまたせしました。 それで……」
見回り兵B「……」
勇者「……あの人ですか?」
魔導師C「はい。魔力が異常にゆらいでいて……あんな人は初めて見ます」
勇者「わかりました。行ってきます」
魔導師C「可能なら人気のない場所に誘導してから始末してください」
勇者「すみません、少しいいですか?」
見回り兵B「……? はい、なんでしょう?」
勇者「最近この辺りで……」
見回り兵B「あ、あなたは勇者さん!?」
勇者「えっ?」
勇者(……ハズレか)
勇者「はい、そうですけど……」
見回り兵B「ぜひ話がしたいと思ってました!」
勇者「ええと……歩きながらでいいですか?」
スタスタ…
勇者(まずは場所を変えないと……)
見回り兵B「それで聞きたいこととは?」
勇者「はい。最近この辺りでなにかおかしなことはありませんでしたか?」
見回り兵B「おかしなこと……ですか」
見回り兵B「城下町一体がドラゴンの話ばかりだったので」
見回り兵B「それ以外のことはあまり……」
勇者(なにも無いはずはない。 この人は多分……)
勇者「ほんの小さな違和感でもいいんです。例えば夜に不審な人影を見たとか」
見回り兵B「夜ですか……そう言えば昨日の話なんですが」
見回り兵B「その日は酒を飲んでいたので足元がふらついていて」
見回り兵B「何かにぶつかって転んでしまいました」
勇者「何かとは?」
見回り兵B「分かりません……人のような気がしたのですが、周辺を見ても誰もいなかったんです」
見回り兵B「とはいえ酔っ払っていたので壁にでもぶつかったんでしょう」
勇者「そうですか……」
勇者(この人は多分……昨日人狼に襲われている)
勇者(既に感染もしているはずだ)
見回り兵B「ところで勇者さん。その背の大剣はもしかして……」
勇者「……」
勇者「はい、ドラゴンと戦うときに使ったものです」
見回り兵B「そんなものを軽々と背負うなんてさすが! あのドラゴンを倒せるわけです!」
勇者「……」チラッ
魔導師C「……」コクリ
勇者(よし、人気のないところまで誘導できたな)
勇者「実はこの剣には秘密があるんです」
見回り兵B「秘密?」
勇者「今この剣は重さがほぼなくなっています」
勇者「だからこのように僕の力でも背負うことができ……」
勇者「そして剣を抜くと、一瞬間を置いてから重くなるんです」
見回り兵B「ほんとうですか!? それはすごい……」
勇者「よかったら見てみますか?」
見回り兵B「いいんですか?」
勇者「いいですよ。減るものじゃないですし」
勇者(魔力は減るけど……ここは聖火を使っておきたい)
勇者(半人狼となる直前の人……その人に向かって聖火を使えばどうなるか)
勇者(なにも効果はないのか……襲い掛かってくるのか……)
勇者(それとも……)
勇者「ではいきます。剣を鞘から抜くと……」シュッ
見回り兵B「おお、思ったより無骨な……」
ズシッ…
勇者「っとと……このように重くなるんです。そして……」
勇者「聖火の魔法」
シュボッ
見回り兵B「!!」
見回り兵B→半人狼B「ウ、ウァアアアアア!!」バッ
勇者(変身した! やっぱり聖火に反応するんだ!)
半人狼B「ウゥウウ……」
勇者(距離を取られた……警戒されてる……)
勇者(そしてすごい表情だ……僕への殺意がビリビリと伝わってきてる気がする……)
勇者(僕から逃げるためじゃなく……殺すために隙を伺ってるんだ……)
勇者「……」チラッ
半人狼B「ガァ!」ダッ
勇者(よし、目線を外したら飛びかかってきた!)
勇者(この大振りかわして掌底を……)
勇者(いや、ダメだ!)サッ
半人狼B「ガッ!?」
バターンッ!
勇者(ふぅ、危ない……)
勇者(相手は鎧をつけているんだ……僕の腕力で迎え撃ったら骨が折れてしまう……!)
勇者(ここはうまく遠距離から……ん?)
半人狼B「ガ……ヴヴ……」バタバタ
勇者(転倒してる……自分の重心を分かってないのか……)
勇者「聖火の魔法を……箒に!」シュボッ
勇者(相手のリーチの外から……顔を狙う!)
バシッ
半人狼B「アアアァアア…」
ボォオオオ…
勇者「よし、浄化完了だ」
兵士「おーい!大丈夫かー!」
勇者「あ、兵士さん」
兵士「こいつは……!」
勇者「半人狼だったけど……問題なく倒せたよ」
勇者「もうすぐ燃え尽きる」
兵士「……」
魔導師C「勇者様、そちらは……」
勇者「大丈夫、友達ですよ」
兵士「ああ、友達だ……」
勇者「兵士さんも人狼捜索を?」
兵士「そうだ。 それで勇者、すぐに来てほしいんだが」
勇者「! 人狼が見つかったの!?」
兵士「いや……見つかったと言えばそうなんだが……」
兵士「生け捕りにできたんだ」
勇者「なんだって!?」
兵士「とにかくきて欲しい」
勇者「う、うん、分かったよ」
魔導師C「……」
勇者「大丈夫ですよ。行きましょう」
―牢屋―
兵士「ついたぞ」
勇者(ここは……あの剣士が入っている牢屋……)
勇者(そしてこのあたりは……女性の受刑者の部屋みたいだ)
勇者(人狼は男だと聞いていたけど……?)
メイド「うぅ……ぐすっ……」
勇者「め、メイドさん!?」
メイド「あ……勇者さぁん……」
勇者「一体どうしたの……その――」
メイド「わたし……わたしっ……」
勇者「耳! しっぽ! 後ろ足!」
メイド「人狼にされちゃいましたぁ~~!」
メイド「うぅぅ……」
勇者「な、なんで……どうして……?」
メイド「わかりません……朝起きたら体中がすごく熱くなって……」
メイド「あわてて薬を飲んだら気を失って……気づいたらこの姿に……」
勇者「薬?」
メイド「えっと……その……」
メイド「吸血鬼に渡された薬です……」
勇者「な!」
勇者「なんで言わなかったんだ!!」
メイド「ひっ……だってその……」
メイド「勇者さん……みんなに囲まれて……忙しそうだったから……」
勇者「……」
勇者(どういうことだ……?)
勇者(耳や尻尾は会話に合わせて動いてる……作り物じゃない)
勇者(メイドさんは明らかに半人狼になっている)
勇者(それなのに自我があって話が通じるのは何故なんだ? 今までと半人狼と違う……)
勇者「メイドさん、姿が変わってしまって……それからどうしたの?」
メイド「えっと……女僧侶さんといっしょにお城へ行こうとしたら……」
メイド「兵隊の人に見つかってここまで連れてこられました……」
勇者「女僧侶さん? たしか今屋敷でいっしょに暮らしてる……」
女僧侶「私ならここにいますよ」
勇者「な、なんで……牢屋の中に?」
勇者「まさか……」
女僧侶「心外ですね。 私は人間です」
勇者「女僧侶さん、メイドさんの話は本当ですか?」
メイド「……」
女僧侶「はい、今朝私が彼女の部屋に行ったときには既にこの姿で気を失っていました」
女僧侶「王宮魔導師や勇者様の考えを聞くべきと思い、彼女に布をかぶせ王宮へむかったところ」
女僧侶「声をかけられて私まで牢屋の中に……」
女僧侶「勇者様、ここから出してください」
メイド「わ、わたしも……」
勇者「……」
兵士「勇者、どうするんだ?」
勇者「兵士さん……?」
兵士「お前がさっき倒していた半人狼、オレの友達なんだ」
勇者「!」
兵士「っつっても1回話しただけだしよ、そう思ってたのはオレだけかもしれないが」
兵士「……ドラゴンから逃げ帰ってきた翌日。 徴集されたのは7人中オレとあいつだけだった」
兵士「5人は体か心をやられたから兵隊を続けられなくなったんだ」
兵士「2人して笑っちまったよ。……あんなことがあったのに続けるオレたちは馬鹿だってな」
兵士「その1回だ」
勇者「……半人狼と化したら人間には戻れない」
勇者「ああするしかなかったんだ」
兵士「ああ、わかってる。 お前は正しい判断をしたんだよな」
兵士「でもよ……でもよぉ……」
メイド「あ、あぅ……」
兵士「なぁ勇者、どうするんだ」
兵士「人狼は王都にとっちゃまずい種族なんだろ」
兵士「ここで判断を間違えたらシャレにならないんじゃないか」
勇者「それは……」
ドゴォオオ……!!
勇者「!!」
兵士「!!」
看守「た、大変だー!」
看守「上の牢屋にスライムが出た! 助けてくれ!」
兵士「っ……どうするんだ!勇者!」
勇者「……」
勇者「……」フゥー
勇者「聖火の魔法!」シュボッ
メイド「ひっ!!」ビクッ
勇者「兵士さん、この松明を」
兵士「……オレが持つのか?」
勇者「スライムが相手なら僕が行くべきだ。一番早く片付けられる」
勇者「でもこのタイミングで魔物が出てきたのは……多分偶然じゃない」
勇者「ここに敵がくると思うんだ。メイドさんと接触するために」
勇者「だからこの松明でそれを阻止して欲しい。頼めるかな?」
兵士「……」
兵士「ああ!わかったぜ!」
勇者「ありがとう。じゃあ行ってくるよ」
タッタッタ…
看守「この階段を上がったらすぐだ!気をつけろよ!」
勇者「はい!後は僕に任せて!」
看守「頼んだぞ!」
勇者(ここか!)
囚人A「どいてくれぇえええ!」
勇者「う、うわっ! なんだ!?」
ダッダッダッダ…
勇者(すごい速さで駆け抜けて行ったぞ……?)
狼A「ガルルッ!」
勇者「!」
勇者「聖火の掌底!」
バシッ
狼A「キャイン!」
ジタバタ…
勇者(心臓部に当てたのに体が燃え尽きない……?)
勇者(そうか、魔物じゃなくて普通の狼か)
勇者「でもなんでこんなところに……」
ゴゴゴ…
勇者「!!?」ハッ
ゴーレム「オォオオオ……」
囚人B「ひぃっ!こっちにきた!」
囚人C「た、助けてくれっ!」
狼B「グル……」
狼C「……」
勇者(な、なんだこの状況は!?)
勇者(檻が壊されている……それで囚人たちが外に出ているのか)
勇者(でも狼がいるから牢屋の外には出られてないみたいだ……)
勇者(この狼達はどこから来たんだ? もしかして人狼がこの場にいるのか……?)
勇者(それに……)
ゴーレム「オォーッ!」
囚人B「うわぁ!」
勇者「危ない!」バッ
ズゥウウン…
囚人B「あ、あんたは……?」
勇者「とにかく僕の後ろに!」
ゴーレム「……」
勇者(石の大男……? 初めて見る魔物だ……)
ゴーレム「オー!」ブンッ
勇者(腕の振りは速い、でも初動が大きいから避けられる……)サッ
ゴーレム「ク……」
ゴーレム「クルナ……ヨルナ……!」
勇者(衝動的な言葉……)
勇者(こいつは今生まれたばかりの魔物なのか……?)
囚人C(へへっなんか知らねえがあいつが化けもんの相手をしてくれてるみたいだな……)
囚人C(脱獄のチャンスってわけだ……)
狼C「バゥ!」
囚人C「っ!」ビクッ
ゴーレム「!」
ゴーレム「オオォ…!」
勇者(まずい!)
ダッ…
勇者(魔物を挟んで反対側に人がいる! 間に合わない!)
勇者(でも僕に背を向けた……攻撃するチャンスだ!)
勇者(心臓部なら……一撃で決めれば助かるかもしれない!)
勇者「聖火の掌底!」バシッ
勇者「っ!」
ゴーレム「オオ!」ブン
グチャッ
勇者(ダ……ダメだった……)
勇者(たぶん衝撃が内部まで届いてない……なんでだ?)
勇者(……体格差か!)
勇者(この掌底は上へ向けて打っても効果が薄い。 きっと力を伝える別の型があるんだ)
勇者(僕の技は武闘家さんの見よう見まねだから、応用の仕方が分からない)
勇者(早くこいつを仕留めないと犠牲者が増えてしまうのに……!)
狼B「ウォウ!」
ゴーレム「…!」
勇者(!)
勇者(なにかに反応した……奥にもう一人いる……?)
勇者(今度は助けてみせる……だから聖剣を使う!)
勇者(投げると魔物を突き抜けて巻き込んでしまうかもしれない……接近するしかない!)
勇者「行くぞっ! 聖剣抜刀!」バッ
勇者(心臓部を狙って……突く!)
ゴーレム「オッ!」グルッ
ザクッ!
勇者(っ! 狙いがそれた!)
ゴーレム「クルナー!」ブンッ
勇者「くっ……」
勇者(攻撃は相変わらず大ぶり。問題なくかわせる……けど)
勇者(ここからどうする……?)
勇者(脇腹に聖剣が刺さってしまった……ドラゴンの時と同じだ……)
勇者(でもドラゴンと違ってこの魔物は"にぶい"……蹴りを入れても怯まないだろう)
勇者(隙を見て聖剣を引き抜くか……でも石の体内にガッチリ入ってしまってるぞ)
勇者(ならいっそ聖剣を足場にするか? あそこからなら掌底でまっすぐ心臓部を狙える)
勇者(よし――)
ズバッ!
勇者「!!」
「――――重いな」
剣士「こんな大剣、お前には過ぎた得物に見えるが」
勇者「あなたは……いや、お前は剣士!」
ゴーレム「コナイ……デ……クレ……」
ズズーンッ
勇者(倒れた……致命傷か)
剣士「お前とは言ってくれるな」
勇者「その聖剣は僕の5倍の重量がある」
勇者「石に埋まった状態で斬り上げるのは、人間の筋力じゃ無理だ」
剣士「……」
勇者「お前はもう……魔族となっているんだ!」
剣士「ほう……」
剣士「ならどうする?俺を浄化するのか」
勇者「そうだ!聖火の魔法!」シュボッ
剣士「!」ピクッ
勇者「バンパイアに魅了された人間がバンパイアになる条件は……」
勇者「魔物が魔族になる条件と同じ!!」
勇者「人を殺し続けることだ!許すことはできない!」
剣士「……いいだろう。その勝負受けて立つ」ブン
ズゥゥウウウン…
勇者「!」
剣士「お前の剣なのだろう?早く拾って構えろ」
勇者「いいのか? 敵に武器を渡してしまって」
剣士「館での負けは完全な形で返す」
勇者(聖火のついた箒を……まずは岩の魔物に)ボォオ…
勇者(炎の色が変わった……浄化完了か。このまま聖剣も軽くして拾おう)
剣士「どうした。早くしろ」チャキ
勇者(黒くて短い……ナイフ……?)
勇者(どうやってこの牢屋で用意したんだ……?)ボォ
ヒョイ カシャン
剣士「!?」
勇者(聖剣はとりあえず背負ったままにしておこう……)
勇者(相手が人型なら聖火をつけた箒のほうが取り回しがいい)
剣士「ま、待て。今のはなんだ」
勇者「……聖剣の特性だよ」
剣士「…………。 二言はない!かかってこい」
勇者(どうにもやりづらい……)
勇者(いや、相手が人間だなんて思うな……もっと集中するんだ……)フゥー
勇者(相手のほうが動きは速い、リーチで勝っていても潜りこまれたら終わりなんだぞ)
勇者「よし……いくぞ!」ダッ
―――ズバッ
勇者(!?)バッ
剣士「……」チャキ
勇者(な、なんだ……?)
勇者(いったいなにがおこった……?)
勇者「ハァ……はぁ……」
勇者(剣士の腕がいつの間にか上がっている……攻撃の動作にすら気づけなかった……)
勇者(とりあえず僕に怪我は無い……無意識のうちに躱せていたみたいだ……)
勇者(おそらく僕は箒を振る動きを途中で止めて後ろに下がった……?)
勇者(動きが見えないほど速い相手と勘だけで戦ってる……これじゃまるで……)
勇者(……)
勇者(クロスボウ!)ドシュ
キンッ
剣士「いまさらこんな玩具が効くか」
勇者(矢の先に刃の腹を合わせて流された……)
勇者(接近戦も飛び道具もダメ……これじゃまるでドラゴンと戦ってるみたいだ……!)
勇者(ここまでレベルに差のある相手だったのか……)
剣士「どうした? 消極的だな」
勇者「そっちこそ……!」
勇者(勝つには聖剣を使うしか無い……でも警戒されている……)
剣士「……」
剣士「おい」
勇者「!」
剣士「勝負を中止しなくていいのか?」
勇者「……どういう意味だ?」
剣士「人が襲われているぞ」
勇者「な、なんだって?」
剣士「こっちだ。ついてこい」
勇者「あ!ちょっと……」
タッタッタッ…
勇者(追うしか無いか……)
――
メイド「……」
女僧侶「……」
兵士「……」
メイド「あの……」
ボォ…
メイド「ひっ……いえ、なんでもないです……」
兵士「ちっ……」
兵士「なんだよ、言いたいことがあるなら言ったらどうだ」
メイド「いえ……」
兵士「それとも魔物だから会話もできねえってのか」
メイド「……」
メイド「……えっと」
メイド「私が初めてお屋敷に行ったときに、従業員の選別を手伝っていた人ですよね」
兵士「……」
兵士「そうだよ。それで?」
メイド「えっ! い、いえ……それだけです……」
兵士「……っ」
兵士「なんで……」
メイド「えっ?」
兵士「なんでお前だけ……なんであいつや先輩はよぉ……」
メイド「……」
――
タッタッタッ…
剣士「……」
勇者(こっちはあの大きな音がしたあたり……)
勇者(つまり誰かがスライムに襲われているのか……?)
半人狼E「ガァアアアア!!」
魔導師C「ひぃっ!」
勇者「!」
勇者(囚人服を着た半人狼!)
剣士「またこいつか」
ズバッ!!
半人狼E「グゥッ…!」
ドサッ
勇者(あの黒いナイフで胴を真っ二つに!?)
勇者(いや、あれは……ナイフじゃない)
勇者(半人狼の指か!)
魔導師C「あ、ありがとうございます……」
剣士「……」
勇者(剣士と魔導師Cさんの間に入らないと……)タッ
剣士「ハァ……ハァ……見くびるなよ……」
勇者(なんだ?様子が……)
剣士「人質など使うと思うか……?」ギロリ
勇者(!! 赤い瞳……!)
バッ
勇者「あ、どこへ行くんだ!」
勇者(すぐに剣士を追わないと……でもまずはこっちだ)
勇者「怪我はありませんか?」
魔導師C「はい。なんとか……」
勇者「このあたりにスライムがいたはずです。どこに行ったか分かりますか?」
魔導師C「スライム……?魔物のスライムのことですか?」
勇者「えっ……見てないんですか? でも確かに魔物が発生する時の大きな音が……」
魔導師C「大きな音は……この壁が原因です」
勇者「壁?……この大穴のことですか?」
魔導師C「はい。看守に壁の奥から音がすると言われて」
魔導師C「魔眼で見るとわずかに魔力反応があったので、みなさんを呼ぼうと思ったんですが……」
魔導師C「そのとき壁から魔物が……いえ、壁が魔物となって暴れ始めたのです」
勇者(大きな音は……あの岩の大男の……魔物の発生音と壁の破裂音だった……)
勇者「やられた…………!」
――
メイド「あっ」
兵士「今度はなんだよ」
メイド「だ、誰かきます……」
兵士「!!」
兵士(確かに足音が……!)
看守「おーい!オレだオレだ!」
兵士「ああなんだ、あんたか」
看守「上はもう魔物だらけだぜ。ひどいもんだ」
兵士「なんだって?」ボゥ…
看守「おっと、あんまり火を近づけるなよ。松明のマナーだぜ」
兵士「ん?ああすまん……」
看守「お前も加勢した方がいいんじゃないか?」
兵士「いや、オレはこのメイドを見張ってろと勇者に頼まれてるからな。ここにいる」
看守「ならもう少し警戒しろよマヌケ」
兵士「……あん?」
ゴッ!ガンッ!
兵士「ッ…!?」ドサッ
看守「さてと」
メイド「ひ、ひぃっ……」
看守「怯えることは何もないぞ」
メイド「ひ、人殺し……」
看守「頭をぶつけて気絶してるだけだ、あれぐらいじゃ人は死なねえよ。それよりも……」
看守「まずはおめでとう」パチパチパチ
メイド「……?」
看守「お前はこの世でもっとも自由に生きる権利を手に入れたんだ」
看守「もっと喜んでもいいんだぞ?」
メイド「なにも……嬉しくないです」
メイド「こんな姿じゃもうメイドのお仕事もできないし……」
メイド「お友達も作れない……勇者さんにも嫌われちゃった……」
女僧侶「……」
看守「できるさ。なにも不可能なんてない」
看守「お前は何も失っちゃいないんだ。人間と仲良くなってメイドの仕事だってできるし……」
看守「城の舞踏会で踊ることもできるだろう」
メイド「なっ……!」
女僧侶「さっきから聞いていれば意味不明なことばかり……」
女僧侶「あなたは何者なんですか。ここの看守ではありませんね?」
看守「この体は正真正銘看守のものだぜ?」
看守「ただ……」
ゴゴゴゴゴ…
バキッ ミシミシ…
看守「ぼちぼちこの牢屋は崩れるな」
メイド「ひっ……!」
看守「大丈夫。お前ならすぐ地上へ脱出できる」
メイド「う、腕が……」
看守「腕?あー……本当だ。さっきの聖火の熱で体が崩れてきてるな」
女僧侶「死体を操っていた……なんと罰当たりな……」
看守「そのとおり。この体を――から――てるんだ」
看守「あーいかんな――が切れ――――だけは言わ――」
看守「メイド」
メイド「!」
看守「まずはお前自身を信じることだ。例えば」
看守「その――子に――ない」
ドサッ ゴロゴロゴロ…
メイド「ひぃっ!」ビクッ
女僧侶「首が……」
グラグラグラ…
女僧侶「まずいですね」
女僧侶「どうやらここが崩れるのは本当のようです」
女僧侶「それまでに誰かが助けに来てくれればいいのですが……」
メイド「……」
パキンッ
ギィー…
女僧侶「えっ……?あなた今なにを……」
メイド「えっ? だって……最後に言っていたから……」
メイド「"その鉄格子にカギはかかってない"って……」
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