晶葉「世界はそれを、愛と呼ぶんだ」 (48)




モバマス・池袋晶葉のSSです。




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科学者は、いつも「一途」で「欲張り」だ。



ゆずれない情熱の矛先がある。

そしてたいてい、その矛先は一つで収まらない。



私もきっと、そうだろう?



ロボ開発とか、

アイドル活動とか、

そして、目の前の君とか。





ガシャ ガシャ ガシャ … ダン!



晶葉「よーし、OKだな」

ライラ「おー」



レッスンの予定も特にない、おだやかな冬の日。

私はいつも通り研究室にこもっていた。

新機能を搭載したロボの動作は問題ないようだ。



晶葉「前回失敗した箇所もばっちりだ。お願いシンデレラならもう完璧に踊れるぞ!」

ライラ「ウサちゃんロボすごいですね」

晶葉「練習用のデモマシンとして使ってくれるらしいので、きっちり作らないとな!」

ライラ「はえー、ライラさんよりダンスうまそうです」

晶葉「ははっ、そこはまあ、私たちももっと頑張らねばいかんのだがな」

ライラ「ですねー」



ライラは最近、暇があるとよく研究室に遊びに来てくれる。

ぼんやりと座っていたり、話をしたり、簡単な作業補助をしてくれたり。

アイドル仲間であり、今はよき友達の一人でもある。



晶葉「そろそろお昼の時間だな」

ライラ「そですねー。準備するならお手伝いしますですよー」

晶葉「いや、今日のお昼は作ったり外食したりするわけではないぞ」

ライラ「…? ではどうしますですか?」

晶葉「ふっふっふ、今日は来客がもう一人いるのだ! 時間的にそろそろ…」



コンコン



みちる「こんにちはー!! おおはらベーカリーでーす!」ババーン!



ライラ「フゴフゴさんが来たですー。こんにちはー」

晶葉「ようこそみちる。わざわざすまんな」

みちる「なんのなんの! お昼を一緒に食べる機会ができて私もすごくうれしいです! 博士のラボにも一度来てみたかったですし!」

晶葉「それは光栄だな。ありがとう」

みちる「えへへ! はい、えっと、こちらがベーグル系、こっちのがフランスパン系です。さっきできたばかりですよ!」

ライラ「いっしょに食べますですねー。お茶入れてきます」





私がみちると話すようになったのは、実はここ最近のことだ。

以前は一人でひたすらパンを貪っているイメージが強かった彼女。

だが最近は周囲に対しても明るく、積極的に振る舞う姿を見かける。

心なしか笑顔も多くなったように思う。

まあ、人は成長するものだからな。



何気ない話の折に、

私の研究室に来てみたいと彼女が言うので、

快諾したところ、



じゃあお昼どきにお邪魔しますね!

いっぱいパン持って行きますから一緒に食べましょう!!!



となって、今である。





晶葉「これはうまいな!」モグモグ

みちる「でしょう! えへへ! フゴフゴ!」

ライラ「おいしいですねー」モムモム

みちる「ありがとうございます! フゴフゴ! 2人ともどんどん食べてくださいね!」



本当においしい。

…それにしても。



みちる「フゴフゴ! …それでですね! 食べてたら柚ちゃんがですね!」

ライラ「ふむふむ」モムモム



ライラに聞いた話だと、最近みちるは食べ方が静かになったという話だったが、

あいにく、どう見てもそうは思えない。



しかし。



ライラ「そんなことがあったのですか」

みちる「ねーびっくり! えへへ!」



最近のみちるは…こう…以前に比べ、とても愛らしさが出てきた気がする。

アイドルらしくなったというべきなのか。

かわいくなったというべきなのか。



みちる「で! そしたらその時にプロデューサーが現れてですね!」

晶葉「…そういえば、みちるは助手とも仲良くなった感じがするな」

みちる「! そうですかね! フフフ!」ニコニコ



む。



最近、みちるがPに積極的に話しかけている場面を見かけるようになった。

まあ、みちるが以前より社交的になったことの現れでもあるし、

Pが担当アイドルから信頼を得るのはいいことだと思う。





みちる「プロデューサーはいい人だし、すごい人ですね。頑張ったら頑張ったぶんだけアイドル活動が楽しくなってきました!」

晶葉「ふむ。それは私もアイドルを始めて感じたことだな」



助手は我々Cuチームのプロデューサーだ。

ライブやレッスンのフォローだけではなく、

公私いろんな場面で気づかってくれる。



卯月やみくのような人気アイドルをプロデュースしている忙しい合間にも、

私たち一人一人への配慮に余念がない。

面倒見がいい人だともっぱらの噂だ。



私が彼を助手と称して、なかば強引に研究に付き合わせる時も、

決して嫌な顔ひとつせず手伝ってくれる。

大切な存在だと、私も思う。





天才科学少女と呼ばれて、はや幾年。

近年はロボ開発と並行して、アイドル活動も楽しんでいる。



ピアノをやってみたり、

演技をやってみたり、

今も発見と挑戦の毎日だ。



アイドルも実に奥深く、なかなかに楽しいではないか。

それに、活動を通じて得られた仲間の存在も、大事な財産だ。

もちろん、Pの存在も。





みちる「プロデューサーもそうですけど、アイドルのみんなとも、もっともっと仲良くなりたいなって最近は思ってるんですよ」

晶葉「ふむ」

みちる「楽しいですし、いろいろ発見とか学びとかありますよね」

晶葉「それで最近、前より明るくなった感じがするんだな」

ライラ「フゴフゴさんいつも楽しそうですよね」

みちる「そうですか! ありがとうございます!」

晶葉「みちるも結構積極的なところがあるんだな」

みちる「いえいえそんな。えへへ…もぐもぐ」





みちる「あとプロデューサーは、ときどきご飯に連れて行ってくれたりします!」



む。



みちる「そういう…なんというか、ごほうびみたいなのって、大事ですよね!」

ライラ「わかります」

みちる「ねー」

ライラ「はいです」






晶葉「…」

みちる「♪」モグモグ

ライラ「♪」モムモム

晶葉「みちるは…」

みちる「?」



晶葉「みちるは、ひょっとして…その、好きとか、そういう感じなのか? Pのこと」

みちる「!」



ちょっと唐突な問いだったような気もする。

しかし。



みちる「んー、えへへ! どうでしょう?」ニパッ



違いますよーとか返ってくるかと思っていたが、

みちるの反応は、少し予想外のものだった。



これはつまり、そういうことなんだろうか。

私から切り出しておいてなんだが、

こういう話に疎い私には、その判断はなんともつかない。



だが確実なこととして、

見惚れてしまうような、かわいい笑顔がそこにあった。

みちるはこんなに魅力的な笑顔をする子だっただろうか。



アイドル仲間のとても素敵な一面が見られてわくわくする。

だが同時に、私の中に、煮え切らない思いがあふれている。



彼は私のプロデューサーであり、私の助手だ。

そして、みんなのプロデューサーでもあり、みんなのよき理解者でもある。

そうなんだけど、な。





柚「はーい次ユッコちゃんの番だよ!」

裕子「ムムムーン…クワッ!! 見えました! これとこれ! サイキックペアです!」バシッ

柚「………ざんねーん! 3と7でした!」

裕子「おしーい! そっちでしたかー!」

茜「ドンマイです裕子さん!!!」

晶葉「神経衰弱で惜しいって何だよ…ハズレはハズレだぞ、あと3はこっちだ」ペラッ

裕子「ええーっ!?」

晶葉「あとはもう…7がこっち、5がこれとこれ、で10がここの2枚だな」パッパッ

柚「すごーい! また晶葉ちゃんの圧勝だ!」

茜「私たちじゃ相手になってませんね!!! 楽しいですけど!!!」

裕子「いやぁ~サイキックも晶葉ちゃんには通用せずですね…」

晶葉「へへん、見たか! これが私の実力だ!」

裕子「よーし、次はポーカーやりましょポーカー!」

晶葉「受けて立とう!」



ワイワイ ガヤガヤ



翌日。

久しぶりにこうして、事務所でゆったり時間を過ごしている。

ロボ研究はちょうどいい区切りまで行ったことだし、

今日はお休み。



比奈「(晶葉ちゃんが一緒に遊んでるの珍しいっスね)」

杏「(あきえもんは…まあプロデューサーに用があんでしょ)」グデー



ガチャッ



P「戻りましたー」

晶葉「やあP! 今日も仕事お疲れ様だな!」

P「おう晶葉、待たせてすまんな」

晶葉「構わないよ、片付けが終わったら呼んでくれ」

P「わかった、もうちょっとだけ待ってな」

晶葉「ああ」



晶葉「~♪」



杏「(ね)」

比奈「(そっスね)」





晶葉「…で、そこで私のウサちゃんロボで一網打尽だったんだ!」

P「あはは、そりゃすごい」

晶葉「まあ私の作ったものだからな! 自信はあるぞ!」

P「晶葉はさすがだなぁ」



夕方から会議室でイベントの打ち合わせを済ませ、

その後、Pと一緒に近所の定食屋に来た。



少し早いが夕食でも行くか? というPの誘いが妙に嬉しくて、

軽くはしゃいでしまったことは反省しよう。



P「ごめんな、近場でご飯済ませちゃって。まだ会社に戻ってやることが残っているもんでな」

晶葉「何を言っている、満足だぞ私は。それにここのご飯はおいしいじゃないか」

P「いや、どこかに出掛けるのを期待していたかなと思って」

晶葉「なっ、いや、そんなことはないぞ! 気持ちはありがたいがな!」

P「フフッ、優しいな晶葉は」



行き慣れた定食屋だが、そんなこと微塵も気にしない。

どこに行くかよりも誰と行くか、

良いか悪いかよりもどうやって楽しむかだ。





P「そういえばこの間、事務所でライラが話しかけてきたよ」

晶葉「ほう珍しい。何かあったのか?」



Coチームであるライラは私と担当プロデューサーが違う。

うちのPとはほとんど接点がないだろう。

あちらは乃々とか飛鳥とか、良くも悪くも個性派揃いと謳われるチームだ。

まあライラも十分にその一員たるキャラクターだと思うが。



P「白衣をあげたんだって? 晶葉からこの服をもらったんだと、見せながら嬉しそうに説明してくれたよ」

晶葉「フフッ、喜んでもらえているならいいことだ」

P「いいね、池袋博士の助手って感じかな、って言ったらさ」

晶葉「うん」

P「『おおそれは嬉しいですねー、でもアキハさんの助手はCuプロデューサー殿だけですよ。アキハさんがそう言ってましたから』だってさ」

晶葉「ブフッ!!!」

P「信頼を得るのは嬉しいけど、『プロデューサー』より『助手』が定着しちゃいそうだな、ハハハ」



そこじゃない、そこじゃないだろ論点は。

だけど…うん、まあ、うん。



晶葉「ゲホゴホ、ゴホッ」

P「大丈夫か? お茶あるぞ」

晶葉「ああ…うん、すまない、ありがとう」ズズッ



まったく、ライラめ。

いや、事実なのは確かだが、しかし。





助手、か…。

彼はそう、私の助手だ。

以前、私も直接ライラから質問されたことがあったのを思い出す。



ライラ「アキハさんは担当のプロデューサー殿を助手と呼ぶことがありますですね。何か特別な意味が入っているのですか?」



ああ特別だ。特別だとも。



この気持ちはな…。

まあなんというか、わかっている。

私はこういう人間だが、それでも。



晶葉「…そうだな」

P「…? どうかしたか?」

晶葉「いや…、ちょっと考え事をな」

P「大丈夫か?」

晶葉「ああ、こっちの話だ」

P「…言いたくないなら構わないけど、相談ならいつでも乗るからな」

晶葉「ありがとう。その気持ちだけでも、…うれしいぞ、うん」



ダメだ。これ以上はまだ言えない。





夜。部屋のベッドに横になりながら、少し考える。



私も人間だ。まして10代の女子だ。

人並みの、この感情にどうこう懐疑的になる気はない。

私がPに対して、特別な思いを持っていることは…まあ事実だ。



「~~~ッッッ!!!!!」バタバタ



ダメだ!

意識すればするほど、ただただ、恥ずかしい。



いや、だがしかし。

Pと私の関係を何か変えたいというわけではない。

むしろ厚い信頼関係の下、これからも一緒に楽しめる、

そんな関係が続いていくことが何よりの願望なんだが…



だが。

この煮え切らない感じはどうだ。



きっかけは昨日のみちるだった。

みちるのあの笑顔。その向こうにいるであろうPの顔。



今になって考えれば、Cuのアイドルの多くがPとかなり親しく、

中には、そういう意味でも、かなり本気な子もいる…だろう。

私にもなんとなくわかる。



………まあ、要するに、

私は彼の一番でいたいと思っているんだよな。

だからモヤモヤしたものがある…わけで…。



「~~~ッッッ!!!!!」バタバタ



アホか!

わざわざ理詰めで整理して、

改めて自覚して恥ずかしいとか、アホか!!!





「はぁ…」



わけのわからない一人劇場で少し疲れてしまった。

まったく。



ま、まあ、思考の整理は少しできたし。

それは…うん。よかった…かな。

整理できたところで、このモヤモヤは晴れないままなのだが。

うーむ。



ブーッ ブーッ



「うわぁっ!」



電話? こんな時間に?

…知らない番号だ。誰だろう。



晶葉「もしもし」










「ヘーイ! 私よ!」





晶葉「…ヘレンか? 急にどうしt」

ヘレン「夜分失礼するわね。晶葉、あなた昔、消費カロリーと筋肉への負荷を計測できる機械を作ってなかったかしら」

晶葉「また唐突だな…まあウサちゃんロボの前々回のバージョンがそうだが」

ヘレン「どういう原理で計測しているの、それは」

晶葉「当人の体のデータをインプットしたウサちゃんロボが、当人と同じ練習メニューを一緒にこなして数字を出すという、いささか原始的な構造だな」

ヘレン「なるほど。そのウサちゃんロボ、しばらく貸してもらえないかしら」

晶葉「別に構わないが、何か特訓でも始めるのか?」

ヘレン「朝練を増やそうと思うのだけど、負担とか負荷を数字で見ながら、適切なものを随時考えていこうと思ってね」

晶葉「熱心なことだな。いいとも。明日から使うか?」

ヘレン「できるならぜひ、そうさせて頂戴」

晶葉「なら明日は私も同行しよう。初動の確認と説明をするから」

ヘレン「助かるわ。じゃあ明日、朝5時に事務所前に集合でいいかしら」

晶葉「5時!?」

ヘレン「そんなものよ、朝練って」

晶葉「…わ、わかった。5時にウサちゃんロボを持って行く」

ヘレン「よろしく。快諾と協力に感謝するわ。アデュー」



ツー ツー



晶葉「嵐のような人物だな…相変わらず…」



朝5時に事務所前か。

とりあえず、今日はもう寝ようか。





翌、早朝。

寒さと眠さに耐えながら事務所の前に行くと、

トレーニングウェア姿のヘレンが待ち構えていた。



挨拶もそこそこに、ウサちゃんロボの操作説明に入った。

ヘレンは話を聞きつつ、隣で柔軟体操を始めている。



晶葉「…で、ここの目盛りが数値になる。説明は以上だな。あとヘレンのデータを読み込んでいるからちょっと待ってくれ」

ヘレン「わかったわ、ありがとう」

晶葉「どういたしまして。しっかし、こんな寒い冬の早朝からホントにやるんだな…」

ヘレン「こんな寒い冬の早朝だからこそ、使う筋肉の負荷や消費するカロリーをきちんと確認しておきたいのよ」



堂々とした立ち振る舞いがまぶしい。いろんな意味で。



晶葉「…なんとなくだけど、ヘレンはあまり私を頼ったりしないイメージだったよ。何でも自分でこなすというか」

ヘレン「あら。そんなことはないわよ。ダンスやボーカルのことはトレーナーたちに、アイドル活動のことはPに、頼れる人には頼るし相談もするわ。もちろんアナタにもね」

晶葉「前向きなんだな、ヘレンは」

ヘレン「晶葉はもっと周囲に甘えてもいいと思うわよ。答えのないことを相談したり、迷ったままの言葉をぶつけたり」

晶葉「甘える、ねえ」

ヘレン「何気ない会話の中にも、発見はいろいろあるものよ」

晶葉「それは…うん、そうだな」



そう思う。

昨日のみちるの話がいい例だな。





ヘレン「冴えない顔をしているわね。悩みでもあるの?」

晶葉「ん? い、いや、そんなことはないと思うぞ」

ヘレン「…」

晶葉「…?」

ヘレン「晶葉。アナタは担当プロデューサー相手に、甘い言葉を囁いたりすることはあるかしら」

晶葉「はぁっ!? いきなりなんだ! なんでだ!」

ヘレン「別に、なんとなくよ。まあ、ないわよね」

晶葉「おいちょっと待て。今のはどういうことだ。説明しろ」

ヘレン「晶葉はCuのプロデューサーをかなり慕っているでしょう? より親しく、より深い関係を求めるなら、関わる機会や時間を増やすばかりじゃなく、たまには甘えてもいいんじゃないかしら。それだけの意味よ」

晶葉「いや、私は、別にそんな…」

ヘレン「最近のCuアイドルたちの活発さや、プロデューサーとの関係を見てモヤモヤしているのかと思ったんだけど」

晶葉「…」



ぐうの音も出ない。



ヘレン「愛ね!」

晶葉「待って待って待って」



展開が急すぎる。

ヘレンは本当に心臓に悪い。

いつものことといえば、そうなんだが。





ヘレン「まあゆっくり考えるといいわ。答えはひとつじゃないし。でもね、悩みを打ち明けられる相手は持っておいた方がいいし、相談できるクセはつけておいた方がいいわよ。天才少女とはいえ、アナタもティーンの乙女なのだから」

晶葉「…う、うん」

ヘレン「そろそろローディングは済んだかしら」

晶葉「あ、そうだった。…うん、いけそうだ」



ウサちゃんロボのデジタル部分に「準備完了」の文字が光っている。



ヘレン「晶葉、一つだけ。」

晶葉「?」

ヘレン「悩むことは悪いことじゃないわ。迷いなさい。考えなさい。悩み事は相談しなさい。でもアナタは基本的に自信と実力の塊であり、それが魅力でもあるの。だから元気を忘れないこと。アナタは天才なのよ」

晶葉「…ああ、ありがとう」

ヘレン「そして私は世界レベルよ!」

晶葉「フフッ」



まあ、そうなんだろうな。

ヘレンはいろいろ言われることもあるが、

なんだかんだ凄い人なんだと思う。



ヘレン「さあ行くわよ! ついて来なさいウサちゃんロボ!」ダッ



あのわけのわからなさは、もはや様式美であり、

最高の魅力だもんな。



ヘレン「…遅いわねウサちゃんロボ!」

晶葉「すまん、それは最高で5km/hしか出ないんだ」





ヘレンとウサちゃんロボをを見送った後、

寒さに負けて、近くのファミレスに入った。

熱いコーヒーを飲んでようやく落ち着く。



甘える、か。



Pが大切なのは確かだ。

私にとって彼は、なくてはならない存在なのだ。

だが、彼にとってはどうだろうか。

彼は私をどう思っているだろうか。

彼は周囲のアイドルたちをどう思っているだろうか。



己の気持ちと、彼の気持ちと。

そして周囲の、彼を好いている…かもしれないアイドル仲間たちと。



生きるということはなかなかに難しい。

最近は本当に、それをつぶさに感じてばかりの日々だ。



だがさっきのヘレンの言葉は心に響いた。

悩め、考え、相談せよ…か。

それと。



― だから元気を忘れないこと。アナタは天才なのよ。



きちんと指摘を受けると共に天才と称されるのは、嬉しいものだな。

光栄な言葉だ。





案外、喋ることで少し楽になった気もする。

相談…か…。

ヘレン以外にも、誰かに話をしてみるのもいいかもしれない。

とはいえこんな恋愛じみた話は…。



「…そうだ」



一人、意外な人物が思い浮かんだ。



そうだな、こんなモヤモヤしっぱなしの自分は、

少しガツンと言ってくれる人に

刺激を貰ったほうがいいかもしれないな。





悩み事は、解決への道を示してくれる人か、

悩みをまるごと一刀両断してくれる人に相談するのが一番だ。

それは別に、特別親しい知人・友人である必要はない。



「晶葉、ちょっとアイデアがほしいのだけど」



事務所のソファでくつろいでいると、

いいタイミングで、その人物が現れた。



晶葉「やあ、これはこれは。ちょうど私も相談したいことがあったんだよ」


「話聞いてる? 私が質問に来たのよ」



明瞭にして明快、辛口だが即断。

私にないものを持っている人物。

この状況にうってつけの人物…だと私は思っている。

たぶん、思っているのは私だけだろうけれど。





「それとも何? 貴女もあの豚と同じで私に口ごたえするの?」





きっかけはあまり覚えていない。

ある機械を修理してほしいという注文をいきなり言われたのが最初だったか。

ドSと噂の女王様が、至って普通のトーンで話しかけてきたのが妙におもしろくて。



晶葉「そんな話し方もできるんだな」



と言ってしまい、軽く鞭で叩かれたとか、確かそんな感じだった。



まあ女王様だって人間だし、ましてアイドルなんだし、不思議じゃないか。

子供番組ですっかり人気の巨乳の元ヤンキーだっているし。

世の中そういうものなのかもしれないな。



時子「亀甲しばりのロープに沿って、部分的に熱を与える方法を考えているんだけど」

晶葉「相変わらずノンストップでアブノーマルだな」

時子「何か手軽な方法はないかしら。ちょうど紐で縛った豚のブロック肉がここにあるから、実験も可能よ」

晶葉「加担したくないなぁ…そもそも何のために」

時子「言う必要はないわ」

晶葉「創作に動機は大事だぞ」

時子「貴女には関係ないわ」

晶葉「ならば提案できないなぁ」

時子「…」

晶葉「…」

時子「あの豚に見せつける為よ」

晶葉「あっさり言うんだな」

時子「うるさいわね」



晶葉「確認するけど、あの豚っていうのはPaのプロデューサーのことで、豚肉の方は普通の豚肉のことでいいんだよな?」

時子「アァン? 当たり前でしょ、他に何があるのよ」

晶葉「…」

時子「…」

晶葉「…このあたりに電流を流すか、えーと…」





晶葉「…そんなところかな。まあこれ以上過激になると室内じゃ危ないな」

時子「まあそんなところね。なるほど、ありがとう。また礼はするわ」



晶葉「そうだ時子、ちょっと相談があるんだけど」

時子「私に物を頼む態度ではないようだけど」

晶葉「お礼をしてくれると言ったばかりじゃないか」

時子「………何かしら」



時子が心底面倒くさそうに、隣の椅子に腰かける。

交差させる脚の長さが目立つ。

スタイル抜群で美人で、何より脚が長くてとても綺麗だ。

あの足にグリグリ踏まれていたPaプロデューサーを見たのは先月だったか。

あれがまた絵になるという不思議な光景だった。



晶葉「ええと、そのな、えっと」

時子「手短に話して」

晶葉「…君はその…担当プロデューサー相手に、甘い言葉を囁いたりすることはあるか?」

時子「脳味噌吹っ飛ぶような実験ミスでもしたの?」





時子「…つまり何? 担当プロデューサーに甘えたいような? シャンとした姿を見せていたいような?」

晶葉「ああ、まあその…」

時子「好きだけど、相手が好いてくれているかわからないから臆病になっていて? 自信がないから踏み込めない?」

晶葉「…う、うん。まあ…」

時子「プロデューサーに好意がありそうなアイドルが多くて? 負けたくはないけど競い合う勇気がない?」

晶葉「ん…うん、そういうことかな…」モジモジ

時子「…」イラッ



ピシィッ!



晶葉「うおっ! どっから出したんだその鞭」

時子「天才のくせにつまんないことでグダグダ言ってんじゃないわよ」

晶葉「天才はこの際関係ないんじゃ」

時子「うるさい」



艶のある長い髪にスラリとした体躯。

明るめの色で統一したジャケットとスカート。

濃紺のペンダント。

真っ赤なピンヒール。

そして、手には黒光りする鞭。



鞭を持っている姿がどうしてこんなにサマになっているのだろう。

アブノーマルさでは事務所でもトップだろうな。





時子「先に3つ答えなさい」

晶葉「えっ」

時子「ひとつ、なぜそれを私に相談したの。ふたつ、私に聞いてどういう返答が得られると思ったの。みっつ、実はもう答

えが出ているんじゃないの」

晶葉「…」

時子「早く」



晶葉「一つ目は、君なら明快なコメントをくれるか、問い自体を一刀両断してくれるかだと思ったから」

晶葉「二つ目は、えっと、とにかくアプローチするか、己を磨け…とでも言われるかと」

晶葉「三つ目は、…どうだろう。わからないな」



時子の顔を覗く。

彼女は既に、唾棄すべきものを見たかのような

実に刺々しい顔をしていた。



時子「つまらない答えね」



バッサリだった。

質問をバッサリいかれる覚悟はしていたけど、

解答予想を言わされた挙句にバッサリいかれるとは。



時子「そもそも、私と豚は主人と下僕の関係よ。晶葉とCuプロデューサーの関係とはまるで違うのだけれど」

晶葉「それもひとつの信頼関係の証で、実は時子もPaプロデューサーのことをs」



ビシィッ!!



晶葉「痛い! こっちに向けるな!」

時子「それ以上寝言をほざいたらぶっ飛ばすわよ。あと『様』をつけなさい」

晶葉「…わかった。けれど、アイドル活動には肯定的なんだろう? 君に理解のあるPaプロデューサーの存在は、少なくとも仕事においては大きいと思うんだが」

時子「…まあそうね、その点だけは認めるわ」

晶葉「そうかい」



図星のようだ。

ちょっと空気が和らいだ気がする。



そもそも、時子は決してただの暴君ではない。

それはここの事務所の人間ならみんなわかっていることだ。

だからこそ、私もこうして信頼しているのだ。





時子「…そうね、少しだけ私の話をするわ。聞きなさい」

晶葉「え、あ、うん」



しばしの沈黙の後、時子が口を開いた。

その語りは予想に反し、穏やかなものだった。



時子「私はね、あの豚にスカウトされたの」

晶葉「ああ、少し聞いたことがある」



時子の話とは珍しいな。

ちょっと興味深い。



時子「あの豚が言ったわ。私の魅力はこの気高さだと」

晶葉「気高…さ?」

時子「フンッ」ピシッ

晶葉「痛っ」

時子「黙って聞きなさい。気高さよ」

晶葉「あっハイ」





時子「私の美貌を評価し、おしとやかになりなさい、淑女になりなさいと言う輩はこれまで何人もいたわ」

晶葉「うん」

時子「でもあの豚だけは、今持っているその気高さを更に磨いてほしいと言ってきたの」

晶葉「…」

時子「首を傾げるとはいい度胸ね。ぶっ飛ばすわよ」

晶葉「フフッ、冗談だ。それで?」

時子「………私を肯定したのよあの豚は。私らしいこの姿を」

晶葉「ふむ」

時子「勘違いのないように言っておくけど、感謝とかそういう安っぽい話じゃないの」

晶葉「違うのか」

時子「あの豚は、私に見合うだけの場所があると言い、実際にそれを提示してみせたわけ。確かにそうよね。今の私がこうしているのだから」

晶葉「うん」

時子「だから私はこの私で、この世界で活動する。私でいることをやめない。私はこういう人間だと示し、その上で聴衆を惹きつけるということ。それだけのことなの」

晶葉「………」

時子「ファンの豚どもにも最高の私を見せて嘶かせてやるわ。それだけのことよ」



ひとしきり説明を済ませると、こちらをキッと見つめる。

深く椅子に腰かけたその姿と貫録のドヤ顔、

女王様ここにありという感じである。



晶葉「…時子らしいというかなんというか」

時子「『様』をつけなさい」グイー

晶葉「痛てて、耳を引っ張るな!」



それでも、わざわざこの話をしてくれたこと。

一見ただの自己主張のようでいて、

実は私のことをいろいろ考えてくれているのがわかる。



時子「ノブレス・オブリージュって言葉があるでしょ」

晶葉「ん、ああ」

時子「そういうことよ」

晶葉「…それは違うような」

時子「うるさい」





時子「あ、あと」

晶葉「ん?」

時子「ドーナツの量と味をそのままでノンカロリーにする機械も作って頂戴」

晶葉「…今更だが、私の専門はロボ開発なんだが」

時子「じゃあノンカロリーにしてくれるロボを作りなさいよ」

晶葉「ムチャ言ってくれる」

時子「どうして? いつもの貴女ならそう言って作り始めるわよ。強引に自分らしさの溢れるフィールドに引きずり込んででもやり遂げるわ。そういうところに期待しているんだけど」

晶葉「…!」

時子「腑抜けに用はないわ。貴女ならなんとかするでしょう?」

晶葉「…あはは、時子はすごいな」

時子「無駄口叩いてないでやりなさい。できないとは言わせないないわ。頼むわよ」

晶葉「…ああ!」

時子「フンッ」

晶葉「…きちんと食べてあげる時子は優しいな」

時子「ぶっ飛ばすわよ」



ふて腐れたような表情を見せた時子は、

もう話は終わり、と立ち上がった。

立ち姿だけ見ると本当に絵になる女性だ。

その振る舞い故に、いつも放送しづらい絵面になってしまう点はともかく。



でも、胸に響く言葉がある。

時子はやっぱりすごい。





再び時子がこちらに向き直し、口を開く。



時子「さっきの貴女の質問」

晶葉「ん?」

時子「好きな気持ちが変わらないのなら、魅了するだけじゃないの。積極的か受け身かの違いはあっても」

晶葉「う、うん」

時子「『助手』ってそんなに都合のいい言葉じゃないわよ」

晶葉「…」



いろんなピースが埋まっていく感じがあった。

実は難しい答えではなくて。

そもそも明快な答えなどなくて。



時子「つまんないことで迷ってないで、こだわりに華を持ちなさい。己に意地を持ちなさい」

晶葉「…ありがとう」

時子「フン、もう行くわ」



カツカツとヒールの音を響かせながら、

美麗な後ろ姿を示しつつ、彼女は歩いていった。

心なしか、鞭を握る手に力が入っているようだった。

この後おしおきタイムでもあるのだろうか。





ほどなく、私の手は携帯に伸びていた。



ピッ



― やあ、私だ

― 急にすまない。明日は忙しいか?

― こちらは研究が一段落していてね

― 明日午後はレッスンもないし、一休みするつもりなんだ

― もし君に時間があるなら、カフェでも

― む、そうか

― …

― いや構わない構わない、気にするな

― ん?

― いや、明後日か、それでもいいぞ!

― いや大丈夫だ、調整はつく

― よし、では明後日のお昼過ぎだな

― わかった、ありがとう!



ピッ



「よし!」



我ながらゲンキンな人間だ。

案外、心は晴れやかになってしまった。

だが仕方ない。

彼は、私の唯一無二の助手なのだ。

私は彼と会っている時間がとても楽しいのだ。





時子、君の言う通りだ。

「助手」なんて、そんな都合のいい言葉じゃない。

でもこれは、私と彼の間だけに存在する特別な肩書きでもあるんだ。

だから私は、ここから始まる。



べっ、別に告白とか、そんなんじゃないぞ!



でも、溢れんばかりのこの思い。

やっぱり私は、Pの存在が大切だ。



これからも一緒にいる為に。

いろんな形で繋がりあっていく為に。

だから、少しずつでも、踏み込んでいかないとな!



ヘレンの唐突な「愛ね!」発言を思い出す。

そうだな。

このモヤモヤもワクワクもみんなそう。



世界はそれを、愛と呼ぶんだな。





翌々日、事務所。



P「…どうかしたのか?」

晶葉「いやっ、その…なんというか…そのな…」

P「…?」



Pと合流し、カフェに出掛けようかというところで、

妙にテンパっている私に気づき、

Pが声を掛けてくれたのだが。



晶葉「…いやっ、なんでもない! 行こう!」



なんだこれは!

私はこんなに話すのが苦手だったか!?

むおお! 誰か!

好きな異性だと自覚した相手との話ってどうやるんだ!!!!!



柚「なんか晶葉ちゃんの様子が変だね」

時子「…チッ」

裕子「えっ、時子様なんでそんなイライラして…いらっしゃる…んですか?」



マズイ。これではカフェに行っても何も話せないのではないか。

汗が出てきた。えーと。えーと。





ぷにっ

ぷにぷに



晶葉「うわっ、な、なんだみちる」

みちる「ふふふー」



突然現れたみちる。笑顔で頬をつついてくる。



みちる「おかたい表情ですねー。どうしましたかー」

晶葉「え、いやあの」



グッ



みちる「(いつもの晶葉ちゃんらしくないですね。どうしましたか!)」ヒソヒソ

晶葉「(あ、えと)」ヒソヒソ

みちる「(片思いですか! 両想いですか! パン不足ですか!)」ヒソヒソ

晶葉「ブフッ!」



パン不足ってなんだよ。

あ、でも、つまりみちるも察しはついて…いるのか。



みちる「やっと笑顔になりましたね!」ニコー

晶葉「…あ、ああそうだな。ありがとう」



この子は天才かもしれないな。

負けたく…ないな。



スッ



みちる「?」

晶葉「(…りょ、両想い!)」ヒソヒソ

みちる「!?」



晶葉「(…の、予定!)」ヒソヒソ

みちる「………フフッ! さすがです! あははー!」

P「…?」





二人で向き合って軽く笑顔を交わす。

私はみちるも好きだよ。

初手から王を動かすようなこの胆力。

ときに奇跡は、こうした信念の下に宿るものだと思っている。

科学者が奇跡とか、おかしな話だって?

何をいう、奇跡やロマンを信じてこそ科学者だ。



みちる「では改めて! パン食べますか?」

晶葉「………頂こう!」



勇ましい仁王立ち、のつもりでポーズをキメる。



堂々としてこそ私だ。

挑んで、走って、道を拓いてこそ私だ。

それが私、天才・池袋晶葉だ!



晶葉「よしPもいっしょに食べよう!」

P「カフェ行くんじゃないのか」

晶葉「カフェはやめだ! パンを食べ終わったら研究室へ行こう!」

P「えっ」

みちる「フゴッ」



晶葉「スペシャルウサちゃんロボ・メイドバージョンがおいしい紅茶をごちそうするぞ! ついでに私も気品ある淑女姿で相手をしてやる!」

みちる「おおっ」



なぜ顔が熱いのだろうか。

わかっている。わかっているとも。




P「そりゃまた、いきなりだな」

晶葉「大丈夫だ! 私の立ち振る舞いについては琴歌から合格点は貰った! まだ拙いかもしれんがそのへんは気持ちでカバーだ! この間のイベントの成果を見せてやろう!」



まくしたてるように口が動く。

顔はもう、たぶん真っ赤だろう。

ええい、切った啖呵は最後までだ!



晶葉「お嬢様・池袋晶葉をもう一度、Pにだけ見せてやろう! 食後のティータイムだ!」

P「…急に元気になったな。まあそのくらいの方が晶葉らしくていいと思うぞ。ティータイム、そりゃぜひごちそうにならないとな」ナデナデ

晶葉「!」パアア





みちる「いいですねー! 私もまた"今度"、研究室にお邪魔させてくださいね!」

晶葉「え、あ、みちる…」



ススッ



みちる「(応援するのは今回だけかもしれませんケドねー)」ヒソヒソ

晶葉「(…感謝するよ。…でも、負けないからな!)」ヒソヒソ



私は素敵な友達を持ったな。



晶葉「よし、まずはパンだ! みちる頼む!」

みちる「あははー! どんどんどうぞ!」モグモグ

ライラ「ライラさんもー…いいですか?」フラリ

みちる「もちろん!」





柚「にぎやかになったねー」

茜「いい雰囲気ですね!」

時子「…フン。とっととレッスン行くわよ」グッ

裕子「え、時子様なんで鞭持ってるんですか? サイキック怖い!」





科学は万能ではない。

そして、それゆえに科学の可能性は無限大だ。

それは人にも似ている。



才能や感性だけで渡り往けるほど世の中甘くない。私だって努力はする。

私はいつだってその判断と実践が周囲より早かったし速かった。それだけだ。



今、そんな自分の知らない世界がまた広がっていこうとしている。

上等だ。最高じゃないか。

それは科学者とか関係ない。

私、池袋晶葉という、一人の人間の好奇心の賜物だ。



私はいつも「一途」で「欲張り」だ。

ゆずれない情熱の矛先がある。

その矛先は一つで収まらない。

ロボ開発とか、

アイドル活動とか、

目の前の君とか。





以上です。



過去作に

みちる「もぐもぐの向こうの恋心」

裕子「Pから始まる夢物語」

飛鳥「青春と乖離せし己が心の果てに」

があります。



別に続き物というわけではないですが、

登場人物の関係はだいたい同じです。

よろしければどうぞ。




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