赤城「赤土提督?」提督「アーカードだ」 (391)


 提督の第一印象?
 ……提督だとは思わなかった、ですね。
 ふざけた芸人が提督の机に座っているのかと思いました。
 端的に言って腹が立ちました。
 普通そう思いますよ。誰でもね。

 でも、それでも提督は……私たちの……私の提督です。

*―――――――――――――――――*

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赤城「あなたがこの鎮守府の提督……ですか?」

提督「アーカード提督だ。よろしく」

 闇に舞うような黒髪に鋭い切れ長の目。
 不適な笑みを浮かべるその男は黒の夜会服に赤色のロングコートを着込み、執務机に乗せた両の足を組み、椅子にゆったりと背中を預けている。

赤城「一航戦赤城、帰らせて貰います!」

提督「どこに行こうというんだ。
   お前はお前の意思でここに来た。
   誰の意思でもなくお前の意思で」

赤城「いいえ。あなたが敵空母撃破の任務を達成したので、その実績を買われて本部で待機していた私がここに派遣されただけです。」

提督「……そんな冷たい言葉を浴びせられて平気な化け物(フリークス)はいない」

赤城「?。とにかく一度本部に連絡を取っていただけますか?
   あなたは色々と問題があるようですから」

 提督を名乗るその男が口を開こうとしたとき、男の隣に控えていた水色のロングヘアーが印象的な少女がそれを遮った。

叢雲「すこし黙っていなさい」

 この少女も提督を名乗る男に負けず劣らない不適な笑みをしている。

叢雲「初めまして赤城。私は叢雲」

 少女から立ちのぼるただ者でない雰囲気に飲まれ、赤城は差し出された右手をとった。

赤城「……よろしく。」

叢雲「戸惑うのも無理ないわ。でも、受け入れなさい。今の世の中、私たちが思っているような提督ばかりでは無いわ。
 それこそ、普通に軍服を身にまとった提督から、少年の提督、水着の女性提督、犬、板、触手とよりどりみどりよ。
 あなた、配属はここが初めて?」

赤城「ええ」

叢雲「ならば、色々と教育が必要なようね」

 叢雲は笑みを深めた。

叢雲「まずは、改めて司令官の紹介から、彼は赤土提督」

提督「アーカードだ」

叢雲「カツラよ」

 叢雲が提督の黒髪に手を伸ばす。
 提督はそれを首を横に傾けて必死に回避した。

提督「地毛だ」

叢雲「服装については本部も了解してるから安心して良いわ」

提督「奴らが認めようが認めまいが知ったことではない」

叢雲「頭下げて許可を取りに行った人間の言葉とは思えないわね」

提督「人間ではない。吸血鬼だ」

叢雲「彼は純度100パーセントの人間なのだけれど、訳あってこのようなことをしているの。
 大目に見てあげて」

赤城「この鎮守府は凄まじい戦果を挙げているとの話を聞いたのですが」

叢雲「それは追い追い分かっていくでしょうね。
 思い通りの鎮守府じゃなくて拗ねるのも良いけれど、あなたはここに配属されて赤土提督はあなたの上司よ」

提督「アーカードだ」

叢雲「拗ねて本部に帰ろうとするのはいつでも出来る。
 それよりも、まずはこの鎮守府と……戦いの事を知る方が先決じゃないの?」

赤城「……そう、ですね。
 私も大人げなかったです。
 一航戦赤城、当鎮守府に着任しました。指示を願います」

提督「指示?オーダーと言え」

赤城「お断りします」キッパリ

提督「それと、表情が硬い。
 この鎮守府は笑顔の絶えない職場だ。
 どんなときでも笑顔を忘れるな」

 そう言って提督と叢雲はそろって不適な笑みを浮かべた。

*―――――――――――――――――*

提督「まずは訓練の様子から見て貰おうか」

赤城「はあ」

 提督と肩を並べて歩く赤城は気の抜けた返事をした。

提督「赤城は我が鎮守府の第一艦隊通称ヘルシングに編入してもらう。
 活躍を期待しているぞ」

赤城「はあ」

提督「どうした赤城。何か心配事でもあるのか」

赤城「先ほどからすれ違う艦娘に見られているようなのですが」

叢雲「それは新入りなら誰でも見るでしょう」

赤城「驚かれているような……」

提督「それはお前が当鎮守府初の正規空母だからだ」

赤城「え!?」

 赤城は驚いてその場に立ち尽くすが提督と叢雲は気にせずに先に行ってしまう。

提督「この先で訓練が行われている。遅れるな」

赤城「初の……正規空母?
 凄まじい戦果というのは嘘だったようですね」

 赤城はぼやいた。

*―――――――――――――――――*

提督「ここが砲撃の訓練場だ」

電「提督なのです!」

 そこには青い海と晴天が織りなす水平線に向け砲を撃つ艦娘がいた。
 提督の姿を見た途端、わらわらと集まってくる。

提督「彼女たちは当鎮守府の第二艦隊通称イスカリオテの艦娘たちだ」

赤城「いす、かり?」

提督「挨拶を」

電「はい!」

 電は右手を差し出した。
 赤城がそれに答えようとしたところ、電は突然自分の右腕と左腕を胸の前でクロスさせる。

電「我らは提督の代理人。
 砲雷撃戦の代行者。
 我らが使命は我らが提督に逆らう愚者を、その肉の最後の一片たりとも絶滅すること――電なのです!」

赤城「え、あの……」

 赤城は握手をしようと差し出し掛けた手をおずおずと引っ込めた。

鈴谷「鈴谷だよ」

赤城「私は――」

鈴谷「加古ォォ!起きろッ!加古ぉ!」

 鈴谷は立ちながら寝ている少女の肩を乱暴に揺すった。
 肩を揺すられた少女は覚醒するなり水平線に向けて砲を撃つ。
 轟音が辺りに響くが周りの者はそれを気にする様子はない。赤城以外。

赤城「」ビクゥ

加古「偉大なる提督に逆らうドぐされ外道共!地獄に落ちろ!」キョロキョロ

赤城「」

加古「獲物はどこだ鈴谷!!手伝ってやる!!」

鈴谷「敵はいないよ。新人はいるけど」

加古「あっ……そう。私は加古、よろし…zzz」

 展開についていけない赤城は目を白黒させていたが、彼女に対して二人の艦娘が友好的な笑顔で近づいていく。

大井「いやぁ、さすがに正規空母。手入れがいいですね。」

龍驤「そうやねぇ。
 いっぱい艦載機があるしね」

大井「そうそう。ゼロ戦なんて始めて見ました。ゼロ戦!!」

赤城「は、はあ、ありがとうございます」

大井「それがどうした」

赤城「――え?」

大井「こちらが下手にでていれば調子に乗りやがる。
 グダグダ抜かさずに話を聞け。非北上派のメス豚共」マジキチスマイル

赤城「……はいぃ(どういうことなの?)」

提督「メス豚?さすがは泣く子も黙る北上派、言うことが違う。
 北上のドロップ報告がある海域への出撃は当面の間取りやめだ」

大井「そんなっ」(絶望)

龍驤「下手打ったな。
 話はきいとるで赤城。
 こっちのクレイジーサイコレズが大井。
 うちは龍驤や。よろしくな」

赤城「ど、どうぞよろしくお願いします。」

提督「あと一人いるはずなんだが」

 提督が言うと同時に物陰から眼帯の女性が現れた。

提督「何やってるんだお前」

天龍「フフフ、怖い」

提督「そういう人見知りは良いから。ほら、挨拶をしろ」

天龍「天龍だ。フフフ、怖いよな、こいつら」

赤城「……赤城です。よろしくお願いします。」

 ようやく普通の艦娘に会えた。
 そう思う赤城であった。

提督「では、お前たち。
 艦娘の射撃というものを見せてやれ」

電「電の本気を見るのです!」ジャキ

提督「やってくれるか」

電「なのです!」

 電はそう言うと水平線に砲を向けた。

赤城「……目標物がないようですが?」

提督「出ている。60km先にな」

赤城(何を言ってるのだろうこの人は)

叢雲「言いたいことは分かるわ。
 大型戦艦ですら有効射程距離は20km~30km。
 さらに地球は丸く、いかに遮蔽物がない状態といえど見渡せるのはせいぜい40~50km程度が限界。
 60kmなんて砲が届くどころか見えやしない」

提督「でも当たる。
 今叢雲が言ったのは人間の常識だ。
 人間と同じように撃ったら人間と同じようにしか当たらん」

叢雲「そうね。私たちは艦娘よ。
 人間が倒せない深海棲艦を屠る私たちが人間と同じように闘ってどうするの?」

雷「命中させちゃいます!」

 轟音と共に放たれた砲は彼方へと消えていった。
 それを見た赤城の瞳が驚愕に揺れる。
 一瞬にして理解する。
 これは本来駆逐艦ができる砲撃ではないと。
 否、駆逐艦でなかろうとも、赤城が知るどんな優秀な船でも不可能な砲撃であると。

提督「発射時の音と衝撃は艦娘パワーで安全に保たれてる」

叢雲「不思議ね」

 しばらくして赤城の耳に着弾の音が聞こえてきた。
 ただ水面に着弾したのではない、鉄と木を潰す音が混じる着弾音である。

赤城「命中……ですか」

提督「分かるか」

赤城「何かに当たったと言うことだけなら」

電「命中なのです!提督!」ダキッ

 電は笑顔で提督に抱き付いた。

提督「素敵だ。やはり駆逐艦は素晴らしい」ホッコリ

鈴谷「憲兵の出番かな?」

提督「やめろ」(真顔)

叢雲「まあ、遠距離射撃くらいは軽くできる所を見てもらったところで、次は――」

提督「鎮守府内の案内。まずは入渠施設から工廠、補給施設、まあ、食堂だな。
 この案内をする。」

赤城「……食堂」

提督「でもまずは」

赤城「……ごはん」

提督「第2艦隊がそろそろ出撃するからその見送りだな」

叢雲「必要かしら?」

提督「必要でないワケがない」

叢雲「時期というか……はっきり言えば、新人には刺激が強すぎるんじゃないかしら?」

赤城(新参とはいえ、こうも心配されては情けないばかりね)

赤城「私なら大丈夫です」

提督「本人もこう言っている。行くぞ。
 我が鎮守府の第三艦隊那智艦隊を紹介しよう。」

*―――――――――――――――――*

那智「諸君、私は戦争が好きだ。
 諸君、私は戦争が好きだ。
 諸君、私は戦争が大好きだ。
 殲滅戦が好きだ。
 雷撃戦が好きだ。
 打撃戦が好きだ。
 防衛線が好きだ。
 包囲戦が好きだ。
 突破戦が好きだ。
 退却戦が好きだ。
 掃討戦が好きだ。
 撤退戦が好きだ。
 鎮守府正面海域で 南西諸島沖で
 製油所地帯沿岸で カムラン半島で
 バシーで オリョールで
 モーレイ海で キス島で
 ジャム島で カレー洋で
 この海上で行われるありとあらゆる戦争行動が大好きだ。

 戦列を並べた艦隊の一斉砲撃が轟音と共に敵陣を吹き飛ばすのが好きだ。
 空中高く舞う敵戦闘機が三式弾でばらばらになった時など心がおどる。
 戦艦が操る46cm三連装砲が敵駆逐艦を撃破するのが好きだ。
 悲鳴を上げて燃え盛る海域から飛び出してきた敵兵を副砲でなぎ倒した時など胸がすくような気持ちだった。
 射線をそろえた潜水艦が敵の戦列を蹂躙するのが好きだ。
 恐慌状態の新兵がすでに息絶えた敵兵何度も何度も砲撃している様など感動すら覚える。
 敗北主義者の逃亡兵達のパンツを廊下につるし上げていく様などもうたまらない。
 叫び狂う深海棲艦が私の降り下ろした手の平とともに金切り声をあげる7.7㎜機銃にばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ。
 哀れな敵駆逐艦が雑多な火器で健気にも立ち上がってきたのを軽空母の艦爆が水面ごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える。

 深海棲艦のレ級に滅茶苦茶にされるのが好きだ。
 必死に守るはずだった艦隊が蹂躙され大破していく様はとてもとても悲しいものだ。
 ミッドウェーの物量に押しつぶされて殲滅するのが好きだ。
 深海棲艦に追い回され害虫のように水面を這い回るのは屈辱の極みだ。
 諸君、私は戦争を、地獄のような戦争を望んでいる。
 諸君、私に付き従う戦友諸君。
 君たちは一体何を望んでいる。
 更なる戦争を望むか?
 情け容赦ない糞のような戦争を望むか?
 鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を[ピーーー]嵐のような闘争を望むか」

レーベレヒト・マース&マックス・シュルツ&ビスマルク&プリンツ・オイゲン「クリーク!!クリーク!!クリーク!!」

あきつ丸「なのであります!」

那智「よろしい。ならば戦争だ。
 我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。
 だが、この狭い地上で12時間もの間耐え続けてきた我々にただの戦争ではもはや足りない!
 大戦争を!一心不乱の大戦争を!
 我々は一個艦隊。10に満たぬ艦隊に過ぎない。
 だが諸君は一騎当千の古強者だと私は信仰している。
 ならば我らは諸君と私で総兵力6000の軍集団となる。
 我々を忘却の彼方へと追いやり海にのさばる連中を叩き起こそう。
 髪の毛をつかんで引きずり降ろし眼を開けさせ思い出させよう。
 連中に恐怖の味を思い出させてやる。
 連中に我々が立てる波音を思い出させてやる。
 天と地のはざまには美しい海が広がっていることを思い出させてやる。
 艦娘の戦闘団で敵艦隊を燃やし尽くしてやる。
 那智艦隊、出るぞ」

提督「行って来い」

赤城「」ドンビキ

 那智艦隊は英気を漲らせると海面へと飛び出した。
 小さくなっていく背中を提督と叢雲は不敵な笑みで見送る。

あきつ丸「よっしゃー!やってやるのであります!やってやるのであります!」

 鎮守府海域に那智艦隊を構成するあきつ丸の声が響いた。

赤城「……あの人、テンションが一人だけズレていますが大丈夫ですか?」

提督「あきつ丸のことか?
 あいつは陸軍から来たルーキーだ。
 赤城が来る前は第一艦隊ヘルシングに所属していた艦娘だ
 お前が来る前の……この鎮守府では2番目に若い新人だな」

叢雲「あれでも最初に比べれば随分とましになった方よ」

赤城「最初はどんな様子だったんですか?」

 叢雲は咳払いを一つして声色を変えた。

叢雲「自分、あきつ丸であります。艦隊にお世話になります。
 提督殿、見たところこの部隊の編成には偏りがあるな。趣味でありますか?」

提督「なんだそれは、笑わせてくれる」

叢雲「艦娘パワーキック」

 叢雲は少し顔を赤くして提督の脛を蹴りつけた。
 鈍い音が響き、笑顔を張り付けている提督の額に脂汗が滲む。

提督「こんなに痛いのは久しぶりだ。
 貴様をカテゴリーA以上の艦娘と認識する」

叢雲「はいはい」

赤城(何なんだろうこの人たち)

*―――――――――――――――――*

提督「正規空母。ここがお待ちかねの――」

赤城「食堂ですね?」

提督「いや、入渠施設だ」

赤城「そうですか」ショボン

提督「我が鎮守府は女所帯だからな。
 ここでも最高のリラックスが体感できるよう色々と工夫している」

赤城「例えばどのようなところです?」

提督「風呂上がりの牛乳が用意してある」

赤城「上々ね」

提督「更衣室を出ると共用のスペースになっていただろ。
 あそこには世間で流行っている貸し出し自由のマンガが用意してある。
 恋愛物が中心だ。
 お前らは女はあれだろ?
 なんか携帯小説が元ネタだったような恋愛マンガを読んでればとりあえず満足なんだろ?」

叢雲「馬鹿にしているのかしら?」

提督「鈴谷が悲恋のマンガを読みながら『……リアル』とか言って泣いてたときは腹がよじれた。
 恋愛経験の一つもない小娘にしてはイカした冗談だったからな」

叢雲「その後、真顔の鈴谷に2時間も追いかけ回されたのを忘れたのかしら?」

提督「……忘れた。覚えていない」

叢雲「最後はカツラとコートを脱ぎ捨てて、本気で逃げてたのよ?」

提督「覚えてない。そもそもカツラって何だ。俺のこれは地毛だ」

叢雲「はいはい」

提督「次は工廠だ」

赤城「え?」

提督「どうかしたか?」

赤城「……いえ、何もありません。(……牛乳……)」

 提督たち三人は入渠施設をを出てからしばらく歩き、工廠へとやってきた。
 そこでは妖精たちがせわしなく働いている。
 妖精が現時点で作っている物や積み上げられている制作物を見て赤城が疑問の声を上げる。

赤城「この鎮守府には兵装専門の工廠があるんですか?」

提督「ないが?
 どうしてそう思った?」

赤城「見たところここの工廠では兵装の開発しかされていないようだったので」

提督「なるほど。
 俺も先ほどの答えを改めるべきかもしれないな。
 俺の鎮守府では確かに艦娘の建造はやっていない。
 兵装の開発だけだ」

赤城「なぜ、そのようなことを?」

提督「……何故?」

 常に不敵な笑みを浮かべている提督だが、この時、ぼんやりと目線が遠い場所を見た。

赤城「?」

叢雲「戦力には不足してないからよ」

赤城「でも、この鎮守府では正規空母は私が初めてなんですよね?
 ならば建造で制空権の強化も図った方がよいのでは?」

提督「……神は、助けを乞う者を助けたりしない。
 慈悲を乞う者を救ったりしない。
 それは祈りではなく神に陳情しているだけだ。
 戦え。皆、戦え。戦いとは祈りそのものだ。
 あきれかえる程の祈りの果てに。艦娘は降りてくる。
 最高の艦娘は降りてくる!!」(ドロップ派)

叢雲「それで。それで、降りてきたの?
 目的の艦娘は。
 どうしの?答えなさい提督。
 正規空母ドロップ率0%の提督」(建造派)

提督「……エイメン!」

叢雲「勢いでどうにかしようたって無駄よ?
 さっさと建造もやりなさい。
 資源はいくらでもあるんだから」

提督「神は、助けを乞う者を助けたりしない」

叢雲「そう」

提督「そうだ」

赤城(なんだか気まずい雰囲気が……)

叢雲「ま、せいぜい頑張りなさい」

提督「次に行くぞ」

赤城(食堂ね)

*―――――――――――――――――*

提督「ここが改装倉庫だ」

赤城「……上々ね」

 予想していた場所は食堂ではなかったものの、その装備資機材の充実に赤城は素直な感想を述べた。

提督「先ほども言ったように俺の鎮守府では建造はやらない。
 その代わり開発は腐るほどやる。
 兵装は選びたい放題だぞ。
 正規空母、手始めに今装備しているおんボロをここの兵装と入れ替えるぞ」

赤城「……おんボロ」

提督「とりあえず烈風でも積んでおくか」

赤城「烈風?知らない子ですねぇ」

叢雲「せっかくの正規空母よ。
 こっちを積みましょう」

 そう言って叢雲が持ってきた艦上戦闘機に提督は満足そうな笑みを浮かべた。

提督「はは……これは」

叢雲「対B29用局地戦闘機「震電改」。
 従来型戦闘機とは打って変わって水平尾翼を廃して、かわりに主翼の前方に小翼をつけた形態の前翼型飛行機。
 全長9cm、幅11cm、全高4cm。
 機関銃は4門あって各門60発の弾丸が用意されて爆弾も用意済み。
 もはや人類では扱えない代物よ」

赤城(艦娘の兵装ですし。
 人類に扱えないのは当然ね)

提督「弾殻は?」

叢雲「なんか、そこそこ良いみたいよ」

提督「炸薬は?」

叢雲「知ったことではないわ。炸薬は炸薬でしょ?」

提督「弾頭は?通常弾か?焼夷弾か?」

叢雲「見た感じだと角錐状の被帽がかぶせられてるし徹甲弾なんじゃない?」

提督「パーフェクトだ叢雲」

叢雲「感謝の極み」

赤城(しんでんかい……知らない子ですね)

提督「赤城。とりあえず、これを装備しておけ」

赤城「分かりました」

提督「後は烈風と流星改を適当に積んどくか。
 明日には軽く出撃してもらう」

赤城「分かりました」

提督「経験を積むためにも旗艦はお前にするが、心配はいらない。
 一緒に海を駆ける艦娘は猛者どもだ」

赤城「第一艦隊へるしんぐ、でしたっけ?」

提督「そうだ。
 俺の鎮守府で最強最高の艦隊だ。
 希望するなら第二艦隊那智艦隊、第三艦隊イスカリオテの経験的編成も考えるが?」

赤城「い、いえ、今のところは結構です。
 まずは、第一艦隊の艦娘と挨拶をさせてもらわないと」

提督「良い時間だしそろそろ第一艦隊の紹介といくか。
 ついてこい」

 提督はマントを翻して歩き始めた。

*―――――――――――――――――*

提督「諸君。今日は予てより予告していたとおり、艦隊に新しい仲間が加わる。
 歓迎してやろうではないか」

 第一艦隊を紹介すると誘われるがままについて行った先は食堂であった。
 室内は手作り感満載の飾り付けがされており、まさに大盤振る舞いといった料理が大テーブルにところ狭しとならべてある。

赤城(こ、これは!
 駄目よ赤城。笑っては駄目!)ニタァ

潮「ひやぁ!」

 豪勢な料理を前に顔がにやける赤城であったが、それを無理矢理押さえようとしたのが悪かった。
 赤城の顔は笑みを押さえようとして、結果それに失敗。
 見事に邪悪な笑みをその顔に浮かべた。
 対面に座る艦娘はたまったものではない。

提督「何をすっとんきょな声を出している。
 まずは自己紹介でもしておけ」

 そんな訳で対面に座る艦娘達によろしくない第一印象を与えていた赤城であるが、そんなことは隣に座る提督も叢雲も知るところではなかった。

潮「は、はい
 特型駆逐艦、綾波型の潮です」

赤城「赤城です。よろしく」ニタァ

潮「ひっ!も、もう下がってもよろしいでしょうか」

提督「何を馬鹿なことを言っている。
 これからパーティーだぞ?
 ケーキもでるんだぞ?
 好きだろ?ケーキ」

赤城(ケーキ!?
 笑うな!笑うな赤城!一航戦の誇り、失うわけには!)ニコォォ

潮「」ガタガタガタ

 震える潮の隣には落ち着き、というよりも、どこか沈んだ雰囲気のある艦娘が座っており、女性は赤城のにやけ面をじっと見つめ、それに特に反応するでもなく口を開いた。

扶桑「扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です」

 これに続き、扶桑の隣に座っている艦娘が続いた。

山城「同じく妹のほう、山城です」

赤城「よろしくお願いします」ニヤリ

山城「……不幸だわ」

提督「叢雲の紹介はもう良いな。
 これからは叢雲、潮、扶桑、山城に赤城を加えた編成が第一艦隊だ。
 他にも俺の鎮守府には仲間がいるわけだが、いちいち自己紹介をしていたらきりがない。
 ここでは、とりあえず第一艦隊の面々だけの紹介にしておくが、他の艦娘ともおいおい仲良くなってくれ」

赤城「分かりました」ジュルリ

提督(よだれ凄いな)ビクッ

赤城「どうかしましたか?」ジュルリ

提督(美人だしまじめな表情をしているのによだれが凄い。
 さらに、どうかしましたか、ときたもんだ)

赤城(顔に何か着いているのかしら?)

 不思議そうに首を傾げた赤城に提督の笑みが漏れる。

潮「あ、提督が」

扶桑「……提督」

叢雲「……赤土提督。そろそろ乾杯の音頭をとっていただけるかしら?」

提督「赤土ではない!アーカードだ!
 お前ら!日頃からご苦労!好きなだけ食らえ!」

 提督の雑な言葉を皮切りに艦娘たちは料理に手を付け始める。
 食堂は一気に姦しい声に包まれた。

赤城「いただきます」

 赤城はそう宣言して料理を上品に食べ始めた。
 しかし、機械的なその手つきは緩むということを知らなかった。

提督「美味いか?」

赤城「上々……いえ、最高です!」

提督「そうか、好きなだけ食え」

赤城「良いんですか!」

提督「自分の意思で食物を食らい!
 自分の力で海を渡る!
 本物の艦娘に――」

叢雲「はいはい。そういうのは良いから」

 叢雲はテンションが上がり始めた提督の言葉を遮ると、色とりどりの料理を少量づつ盛り寄せた大皿を提督の目の前に突きだした。

提督「なんて量だ。それに俺に人間の料理は要らない。
 吸血鬼が必要とするのは血液だけだ」

叢雲「だったら新人の血でも吸ってみる?」

提督「後でな」

赤城「え?私の血を吸うんですか!?」

 さすがに赤城の食事の手が止まる。

提督「恐れるな。吸わない」

叢雲「だったら誰の血を吸うのよ」

提督「それは……夜な夜な町中に繰り出し美女の生き血を――」

叢雲「憲兵呼ぶわよ?」

提督「止めろ」

叢雲「止めて欲しかったらこの料理を食べなさい!」

提督「せめて量を減らせ。食い切れるか」

 提督はそう言うとゼスチャーで大皿の半分をどけろという手つきをした。

叢雲「でかい図体して全然食べないじゃない。
 最近またやせたんじゃない?」

提督「鍛えてるからな。シェイプアップされてる」

叢雲「埒があかないわね。
 潮、扶桑、山城、提督を取り押さえて。
 無理矢理食べさせるわ」

 叢雲の声に潮、扶桑、山城が席を立つ。
 赤城はその光景を見つつ食事を再開した。

提督「お前たち本気か?」

叢雲「本気よ。無理矢理でも食べてもらうわ。
 だって、おめでたい席ですもの」

提督「俺は提督だぞ?
 負ける気がしないな」

 提督も腕まくりをしながら席を立つ。

叢雲「座りなさい」

 提督は意気込みもむなしく艦娘の圧倒的なパワーの前にあえなく着席することとなった。

提督「馬鹿力めっ!」

叢雲「感謝の極み感謝の極み」

提督「褒めてない!」

 申し訳なさそうにしながらも着実に近づいてくる潮、ほほえみを浮かべながら扶桑、無表情で近づいてくる山城に提督は目を向け、不敵な笑みに一筋の汗を流した。

提督「女に無理矢理食事を食べさせられるだなんて大の大人が――大の吸血鬼が泣く。
 分かった、止めろ、自分で食べる」

叢雲「そう言ってこの前も食べずに無理矢理食べさせられたわよね?」

提督「はっきり言わせてもらうぞ。
 量が多いんだよ!」

叢雲「多くないわ」

提督「ピーマンも多い」

扶桑「提督にとってピーマンは大敵ですものね」

山城「……情けない」

提督「私にとってピーマンは大敵ではない。
 大嫌いなだけだ!」

叢雲「同じ事じゃない」

潮「好き嫌いは駄目です」

赤城(ピーマンもおいしい)モシャモシャ

提督「私にとってピーマンは大敵ではない。
 大嫌いなだけだ!!」

叢雲「何度言ったところで同じよ。
 食べなさい」

提督「くそっ!分かった!食べる!だから止めろ!」

叢雲「汚い言葉遣いは止めなさい。
 それに、そんな嫌々……料理を作った人に申し訳ないとは思わないの?
 厨房を見なさい。
 あそこにこちらを捨てられた子犬のような瞳で見ている鳳翔さんがいます。
 まあ、今は関係なかったわね。ごめんなさい。
 さあ、料理を食べて良いのよ?嫌々でしょうけど」

 提督は一瞬苦悩の表情を浮かべ、不敵な笑みへと表情を戻した。

提督「いただきます」

叢雲「はじめからそうしていれば良いのよ」

赤城「……提督は、食事を取るのが嫌なんですか?」

 一部始終を見ていた赤城が信じられないといった様子で言った。
 それに対して山城が露骨な舌打ちをする。

扶桑「はぁ、空はあんなに青いのに」

赤城(何か言ってはいけない事を言ってしまったかしら?)

提督「当たり前だ。
 俺は吸血鬼だからな。
 いや!鳳翔!違うぞ!
 鳳翔の料理はおいしいし吸血鬼の俺でもおいしく食べられるからな!」

 提督が慌てた様子で厨房に向かって声を上げる。

赤城「……また、それですか?
 吸血鬼だとかへるしんぐだとかいすかりおてだとかなち艦隊だとか……もううんざりです。
 今日一日鎮守府を見学させてもらって分かったことがあります。
 この鎮守府の練度は高いですし、装備資機材も充実しています。
 でも、規律がありません。
 提督のあなたがそのようにふざけてどうするのですか?」

 赤城の一喝に食堂が静まりかえる。

赤城(言い過ぎたかしら……言い過ぎたのね)

 周りの艦娘から放たれる肌を焼くような威圧に赤城はじわりと汗を浮かび上がらせた。
 しかし、重い空気を提督の笑い声が吹き飛ばす。

提督「良いぞ赤城。
 自分の言いたいことを言い、好きなように考え、好きなように選択しろ。
 やはり正規空母は違うな。素敵だ。
 柔軟だ。自分の正義を持っている目だ。
 規律を重んじるだけの機械ならば、どんなに上官がくそったれでも文句一つ言わないだろう。
 赤城、お前はここの艦隊に「合っている」ぞ」

 赤城は馬鹿にしているのかと怒りがこみ上げるのを感じ、席を立とうとしたが、自分のための歓迎会、それに料理のこともあり実行には移さなかった。
 これ以上雰囲気を悪くする事も利口ではないと分かっており、あふれ出る不機嫌を押さえ込む。

赤城「そうですか。
 すいません、場の雰囲気を壊すようなまねをして」

提督「気にするな。
 配属初日は誰もがブルーになるものだ」

赤城(やっぱり提督とは仲良く出来そうにないわね)

 この後、提督は珍しく不敵な笑みから一転。まずい物を食べている顔の標本にでもなりそうなほど露骨に顔をしかめながら料理を口へと運んでいた。
 食べることが幸せである赤城にとって提督のこの行動が神経を逆なでしたのは言うまでもなかった。

赤城(腹が立ちますねぇ)

*―――――――――――――――――*

翌日

提督「不安か」

赤城「特には」

 柔らかい波が立つ波止場に第一艦隊ヘルシングの面々が揃っていた。

提督「まずは赤城、お前が旗艦として好きなようにやってみろ。自由にやれ」

 提督の新人に丸投げするような采配に対し、赤城は無責任だとは思わなかった。
 むしろ、自由に動けて楽だと。

赤城「了解。皆さん、よろしくお願いします。
 一航戦赤城、出ます!」

 赤城そう言って海へと飛び出した。
 この鎮守府に来る前までも演習で何度も海に立ったことがあったが、このとき赤城は足下の波に足を掬われるような感じを受けた。

赤城(波が強いのかしら?)

提督「赤城、もう一度言っておこう自由にやれ」

赤城「……了解」

叢雲「さあ、行きましょうか。
 提督、お風呂と食事の準備お願いね」

提督「なんて人使いの荒い……お前こそ帰り道にサザエの一つくらい取ってこい」

叢雲「気が向いたらね」

 かくして晴天の海原に5人の艦娘が滑り出したが、戦闘をゆく赤城の気持ちは晴れやかなものではなかった。
 海を渡るのにある会話と言えば進路が合っているかどうかだけである。
 鎮守府の影も見えなくなったところで赤城は口を開いた。

赤城「提督は……どうしてああなのでしょうか」

叢雲「嫌なの?」

赤城「そうですね。
 遊びではないのでもっとまじめにやって欲しいという思いはあります」

叢雲「そう。
 ……あなたはそのままで良いと思うわ。
 理解する必要もないでしょうし。
 どうしても気に入らないというのであれば、ある程度の練度を積んで他の鎮守府に行くって手もあるわよ」

 短いつきあいとは言え、ご飯を共にした艦娘にあっさりと他の鎮守府に行くことを勧められた事に寂しさを感じなかったわけではないが、そういった手を考えなかったわけでもなく、赤城は押し黙った。

扶桑「駄目よ、意地悪したら」

叢雲「意地悪なんてしてないわ。
 それに、他の鎮守府に行こうとしたのは赤城自信よ。
 私はそれを始めに引き留めたんだし、まだ他の鎮守府に行きたいというのならそれを止める必要はないんじゃない?」

山城「少なくとも優しくはないわね」

叢雲「悪かったわね」

潮「喧嘩はよくない、です」

扶桑「赤城さん。
 うちの提督は少し……随分と変わった方ですが、昔からああだったわけでは無いですよ。
 それに、どこの鎮守府もそれぞれの理由でどこか変わった提督ばかりです。
 私たちはただの鉄の塊だった頃の提督というものを知っていますから、初めはそちらの印象が強くて違和感を感じるでしょうけど、今は人類は慢性的な人手不足。
 私たちが海で戦い始める前に人類は制海権を奪われて人も多く死にました。
 海を奪われると言うことは流通にも支障が出てくるという事よ。当然、空にも。
 国交も通商も資源も失って経済は縮小し、多くの人口を支える国力を失い、更に人は減った。
 現在の提督とは、軍とは、昔のそれとは違う。
 ただ、戦う意思のあるもの、才能があるもの、強制されているもの、それと、とびっきりの馬鹿。
 このどれかよ」

赤城「……それは」

 それは、聞いたことが無かった。
 ただ、予想はついていたことではあった。
 鍛錬ばかり積んでいても世の中の情勢を全く聞かないという訳では無い。
 そこから得られる情報から総合して、世の中の情勢は厳しいものであると予想はついていた。
 しかし、それを直接だれかの口から教わるのは初めてだった。

扶桑「まあ、これは提督の受け売りなんだけど」

赤城「提督の?
 どこの提督ですか?」

扶桑「私が提督と言ったら赤土提督しかいないのだけれど」

赤城「あの提督が?」

扶桑「信じられない?」

山城「信じろという方が無理でしょう。
 それに、その話は昔の提督が言ったことでしょう?」

赤城「昔の?」

 赤城は話しの整理をしようとした。
 扶桑という艦娘は狂っているのだろうか。
 それとも、赤土提督とは二人いるのだろうか。

山城「昔のといっても同一人物よ。
 昔の提督は、そうね、あなた好みだったんじゃないかしら?
 まず、変な格好をしていないし、聡明で機を失さず勇猛果敢。
 でも、足りないものが一つ」

赤城(聡明で気を失さず勇猛果敢?
 知らない人ですねぇ)

山城「運」

扶桑「不運というのは……全てを台無しにするわ」

潮「お二人が言うと説得力があります」

山城「沈められたいの!?」

潮「ひっ、あああああ!」

叢雲「昔の話なんてどうでも良いでしょ?
 気分が悪くなるわ。
 今だって幸運になったとは言えないんだし、運にケチを付け始めたら末期よ」

扶桑「ごめんなさい」

叢雲「その言葉、大嫌いなの。
 言わないでって言ったわよね?」

扶桑「ごめ……えっと……えいめん!」

叢雲「その言葉を勢いとノリで使うのは止めた方が良いわよ。
 西洋の人が聞いたら怒りそうだわ」

赤城「……なにがなんだか。
 でも、それなら、なぜ今の提督はあんなことを?」

扶桑「それは――」

叢雲「それは、本人に聞きなさい。
 来るわよ」

赤城「来るって?何が」

叢雲「あなたはここに何をしに来ているの?」

潮「敵が……来ます」

赤城(敵!?私の偵察機からはまだ――)

 そう思った次の瞬間、偵察機から赤城に敵艦隊発見の知らせが届いた。

赤城「っ!隊列を組んでください!」

 肉眼で影が捕らえられたと思った次の瞬間には、どんどんとその影が近づいて来るのが分かった。
 この様子ではお互いに削り会いが始まるまでに数分もないだろう。

赤城(こんなに早いの!?)

叢雲「言いたいことは分かるわ。
 それはそうよ。
 人間が、彼らが総兵力を持ってして負けた戦力なのよ」

赤城「わ、私が第一次攻撃隊を発艦します。
 叢雲たちは有効射程に敵が入り次第、随時砲雷激戦を開始してください」

 赤城は言うやいなや震電改を弓に番え、放った。
 矢のように見えるそれは、海面をしばらく走ると十数機の戦闘機へと姿を変え空へと飛び立つ。

叢雲「次の矢を番えなさい。
 墜とされるわよ」

赤城「え?」

叢雲「遅い。
 敵の重巡の対空装備と敵空母の戦闘機が見える?
 あれにあなたの戦闘機は墜とされるの」

 叢雲の宣言したとおり赤城の放った震電改は重巡の対空射撃の嵐に晒され、銃弾と煙の中で爆発で散り散りとなり、爆煙を抜けた震電改も敵ヨ級の放った戦闘機で数で劣り、敢えなく空のチリと化した。
 それだけでは無い、敵の戦闘機は艦攻、艦爆を引き連れこちらの隊列へと迫ってきた。

赤城(やられるっ!)

 赤城は急いで矢を番えようとしたが、その手を白い小さな手に止められた。

赤城「な、何を――」

潮「ご、ごめんなさい。
 でも、今じゃないです」

叢雲「そういうことよ」

扶桑「それじゃあ」

山城「やりましょうか」

 赤城は背中を虫が這うような寒気を感じて仲間の四人を振り返った。
 にじみ出た闘気が尋常なそれではなかった。
 一言で言えば不安。
 見ているだけで心を乱されそうな重い空気が滲み出している。
 仲間であるはずの赤城もその姿に身構えるものを感じた。

赤城「あ、の。
 随時、対空射撃の後、随時砲雷激戦を――敵艦隊を沈めてください!」

 誰がこの声に応えたのかは赤城には分からなかった。
 ただ、帰ってきたのは――。

「沈める? 殺 す の よ」

 次の瞬間、空を漂う雲をも微塵と化す対空射撃が始まった。
 金切り声を上げて弾を履き出す砲、それを操る艦隊娘は皆不敵な笑みを浮かべ、奇跡的と言っても良い敵戦闘機が艦娘に向けて放った弾丸は小賢しいとばかりに手の甲で弾かれる。
 悪魔的な光景だった。

叢雲「一匹たりともこの海域から生かして返さないわ。
 教育してあげましょう」

扶桑「あぁ、良い天気になってきましたね」

 一際大きな砲撃が空気を振動させた。
 敵艦隊のイ級と重巡が体を引き裂かれ海面に這いつくばるのを赤城は見た。
 潮と山城の砲撃である。
 二人の砲撃に叢雲と扶桑も続く。
 4人が敵砲撃を避けるために移動し始めたのに釣られるようにして赤城も移動していた。
 砲雷激戦の中、赤城は敵艦隊の悲鳴を聞いた。

潮「今です、艦爆、開始してください」

赤城「あっ、はい!」

 赤城は一瞬、誰が誰に言ったのかと思ったが、艦爆と言えば自分しかいない。
 急いで矢を番えようとして一本を海に落としてしまう。

赤城「私は何をやって――」

 いらだちと共に次の矢を番えた赤城は異変に気がついた。

赤城「こんな――ごめんなさい!
 こんな――当たりません!」

 一定のレベルに達しているからこそ自分の放った矢がどうなるのか理解できた。
 赤城は弓に矢を番え、その矢先が震えているのを見て取ったのである。
 こんな事では当たるはずはない。

叢雲「……いいえ。当たるわ。当たるし今度は墜ちない。
 弓道じゃないのよ?
 矢先がぶれたからと言ってそれがどうしたの?
 波で足が掬われるからどうだというの?
 矢が放たれ、そこから現れる戦闘機の性能は?
 敵の銃弾で散るの?散らないの?
 さあ、やりなさい」

赤城(そんなこと言われても)

 赤城は再度、弓を引いた。

叢雲「人間と同じように撃ったら人間と同じようにしか当たらないわ。
 もっと言えば、他の艦娘と同じように撃ったら他の艦娘と同じようにしか当たらないわ」

赤城(当てる、当てる、当てる。
 なんでこんなことに……今までの私は最高峰の練度を誇る艦載機を繰り出して敵を沈めてきた艦だったのに)

 赤城はそう自問して突如答えに行き着いた。

赤城(そうだ――私、私の意思で敵を殺したことがない。
 いつも意思を持っていたのは私の中に乗っていた人たちで、私は完全な機械だった。
 提督も、自由にやれって……提督は、私に敵を倒せだなんて言ってない)

叢雲「あぁ、なんてことなの」

 赤城がそ放った矢は、残りの一隻となったヨ級へと向かった。
 すでに、虫の息と言っていいヨ級は力を振り絞り迎撃態勢を取る。
 二つの戦闘機が空で交差し――数でも性能でも勝るはずの赤城の戦闘機は残らず散った。

赤城「あ――」

 その光景を見て、得も言われぬ空しさに襲われる。。
 自分の迷いが彼らを空に散らした。それが分かっているが故に。

扶桑「主砲、副砲、撃てぇ!」

 耳を劈く轟音と共に放たれた砲弾はヨ急に直撃した。
 海面を跳ねるヨ級はピクリとも動かなくなり、やがてずぶずぶと海中へと沈んでいく。
 敵艦隊がいた場所では未だ、沈みかけの艦隊や残骸が散らばっていた。

赤城「すぐに沈むわけじゃ、ないのね」

叢雲「……帰りましょう」

赤城「え!?でも、私たちは無傷です」

叢雲「でも戦えない艦娘がいるでしょ?」

扶桑「安心して赤城さん。
 初めてだもの、こんな事はよくあるのよ?
 恥ずべき事じゃないわ」

潮「帰りましょう」

赤城「でも、でも――」

叢雲「うるさい!帰るわよ!」

赤城「……はい」

*―――――――――――――――――*

 鎮守府に戻ってきた赤城は恥と不安とで胸がいっぱいになっていた。
 しかし、そんな内面を知って知らずかすれ違う艦娘はいつもと変わらない挨拶をする。
 提督の執務室の前に立った時、赤城の胸は張り裂けそうなほど鼓動を打っていた。

赤城(一戦交えて役にも立てず、無傷で帰還だなんて……こんな、はずじゃ……)

叢雲「入るわよ」

提督「入れ」

 執務室の中から聞こえてきた声に赤城は体を震わせた。
 おずおずと入室すると初めて出会ったときと変わらない様子で提督が待ち構えている。

赤城(……なんなんだろう、この人)

提督「報告を頼む」

叢雲「敵と一戦交えてきたわ。
 完膚無きまでに破壊してやった」

提督「被害は?」

叢雲「ないわ」

提督「なるほど。赤城」

赤城「は、はい!」

提督「初めての闘争の愉悦の具合はどうだったかな?たぎったかね」

赤城「た、たぎっ!?」カァァ

山城「もしもし、憲兵ですか?」

 山城は机の上にある受話器を耳に当てて言った。

提督「止めろ」

山城「大丈夫です。憲兵には繋がっていませんから。ジョークですよジョーク。
 扶桑型ジョーク」

提督「全く笑えん」

提督「お前たちもう下がって良いぞ。
 風呂と食事は用意してある」

叢雲「帰りにサメを捕ってきたわ」

提督「いらね」

叢雲「なんで?
 フカヒレよ」

提督「いらね」

叢雲「後で料理してくるから食べなさい。
 じゃないと、鮫肌で全身の皮膚をこそぎ取るから」

 そう言うと叢雲は退室し、他のメンバーもそれに続く。

提督「赤城は残れ」

赤城「……はい」

 執務室に取り残された二人は無言を貫いた。
 赤城は提督の言葉を待ったが、提督はいきなり書類の山に目を通し整理を始める。

赤城「あの、私に話があったんじゃ……」

提督「私が?赤城に?」

 提督は面白いことを言うとでも言いたげだった。

提督「私はない。あるのはお前だろ?」

赤城(……そうだ。私から言わないと)

 静寂が包む執務室の中で赤城はぽつりと呟いた。

赤城「提督、私、駄目でした」

提督「そうか」

赤城「全く役に立たないどころか……次の戦闘だってちゃんとこなせるかどうか……」

提督「そうか」

赤城「提督は、何故私に自由にしろと言ったのですか?
 戦えと命令してくれさえいれば、戦えたかもしれなかったのに」

提督「戦えと命令して欲しいのか?」

赤城「そうすることで戦えるのなら」

提督「そうか。
 なら、私はこう言おう。
 自分の意思で食物を食らい。自分の力で海を渡れ。
 本物の艦娘になれ。
 お前は自由だ」

赤城「何故、そんなことを」

 赤城は声ばかりか視界が揺れるのを感じていた。

提督「何故って……お前が戦う理由があるのか?
 人に言われて戦うくらいなら戦わなければ良いだけじゃないか」

赤城「は?」

提督「馬鹿にしているわけでも何でもないぞ。
 用なしだと遠回しに言っているわけでもない。
 俺にはお前たち艦娘が必要だ。
 この鎮守府に足を踏み入れた艦娘は等しく家族も同然だ。
 戦いたくなければ戦わなければ良い。
 好きなことだけをして好きなように生きろ。
 この鎮守府が後ろ盾になってやる」

赤城「でもそんなこと――」

提督「許されないか?
 誰が許し、誰が許さないんだ?」

 誰もいない。

提督「人類は深海棲艦に蹂躙し尽くされた。
 それに唯一対抗できる艦娘が現れ……人間が戦いを強制する?
 馬鹿げた話じゃないか。そんな図々しいことが出来るのはもはや人間ではない。そんなものは豚だ。
 豚共は艦娘の庇護がなければ生きられぬと言うのに……豚が悲鳴を上げたところでどうと言うことはあるまい」

 赤城の頭の中では提督の言葉がガンガンと反響していた。

提督「タダ飯を食うのが辛いというのなら他に仕事はいくらでもある。
 選びたい放題だ。
 この鎮守府に限らず前線に出ない兵というのは当然いる。
 軍では役割分担は当たり前だろ?」

赤城(だからといって、だからといって)

提督「赤城」

赤城「は――いいい!?」

 いつのまにか目の前に立っていた提督に赤城は驚いた。
 提督は赤城の顔をのぞき込むように見ている。
 近いと言える距離に居心地の悪さを感じないわけではなかったが、馬鹿らしい維持で赤城はその場にとどまった。

赤城(近い……何なんでしょうか)

 負けじと視線をそらさない赤城は、提督が整った顔立ちをしていることに気がつき更に居心地が悪くなるのを感じた。

提督「ほう……これは失礼した。
 一航戦赤城。
 お前の目には闘志が未だ宿っている。
 なるほど、戦いたいのに思うように戦えないのがもどかしいのか」

 赤城は心臓が跳ねるのを感じた。

提督「大丈夫だ赤城。
 その解決法を私は知っている」

赤城「ほ、本当ですか!?」

提督「あぁ、時が解決してくれる。
 第一艦隊の席は空けておいてやる、戦う理由を見つけたら私のところに来い」

赤城「時が、ですか」

提督「悩みなんてそんなものだ」

赤城(なんで、この提督は――)

赤城「……提督、提督は昔、聡明で機を失さず勇猛果敢……だったそうですね」

提督「なんだそれは?
 まるで今の私は違うとでも言いたげだな」

赤城「少なくとも規律はないのでは?
 そんな格好をしている理由を教えていただきたいのですが」

提督「理由、だと?
 理由か……聞く必要が?」

赤城「そうですね。
 私の中で提督のそれは凝りになっていますし、理由を聞くことで何か納得できるかもしれないからです」

提督「格好いいからだ」

赤城「……は?」

提督「理由なんて特にない。
 この格好をしていると何でもなしえる様な気持ちになってくるからしているだけだ。
 ……そうだ、お前も読んでみるか?」

赤城「は?え?」

 提督は机の引き出しの中から10冊程度の漫画を取り出した。
 予想外の答えの上に漫画が執務室の机から出てきたことで赤城のこめかみに青筋が浮かんだ。

提督「読んでみろ。
 大昔の漫画でヘルシングというんだがな、最高だぞ」

 提督に半ば押しつけられる様にして赤城は漫画の山を受け取る。

提督「貴重な漫画だ。
 汚してくれるなよ?」

赤城「帰ります!!」

 赤城は漫画を突き返すのも馬鹿馬鹿しく感じて執務室から扉を蹴破りかねない勢いで退室した。
 不機嫌を全身で表現し、大股で歩く赤城の行く先に第一艦隊の面々が入浴道具を持って待ち構えていた。

扶桑「ほら来た」

叢雲「遅いわよ」

山城「ほら、早く準備して」

赤城「皆さん、なにを?」

潮「なにをって、一緒にお風呂に入ろうと思って」

 潮はそう言って赤城の待つ漫画の山に目をやった。

潮「……なるほど」

扶桑「だから心配はないっていったでしょ」

山城「戦う事を選んだのね」

叢雲「どうでも良いわよ。さっさと準備しないとおいていくわよ」

赤城「……皆さん」

 この仲間の為になら戦えるかもしれない。
 赤城はそんな事を少しだけ思った。

 この後、赤城は風呂場で扶桑と山城の爆乳に驚き、潮の駆逐艦離れした胸を二度見し、叢雲の裸を見てほっと一息を吐いた。
 皆のことをもっと知りたい、そう思い、まずは彼女たちが何故か慕っている提督からと、自室で漫画を読み進めていったが、これが読めば読むほど腹が立つ。
 提督の言動から、第一艦隊を初め第二艦隊、第三艦隊も漫画の影響を受けていると知れば腹が立たない道理はない。
 はらわたを煮えくりかえらしながら漫画を読み切った赤城はお茶を一口、心を静めようとしてそれに失敗。
 ぽつりと一言呟いた。

赤城「提督、殴ろ」

*―――――――――――――――――*

あきつ丸「戦う理由でありますか?」

赤城「こんな事を聞くのはおかしな話かもしれませんが、どうしても聞きたくて」

 翌日、赤城は鎮守府の中庭でぼんやりとしていた提督曰く陸軍からの新人、あきつ丸を発見し、声を掛けてみることにしたのであった。

あきつ丸「どうして自分なのでしょうか」

赤城「あなたは私の前に来た新人だと聞いたので。
 ちなみにこの鎮守府に来てどれくらいになるかしら」

あきつ丸「1年になります」

赤城「……思ったより長いのね」

あきつ丸「ここを去った艦娘を抜けばの話ですが」

赤城「やっぱりいるんですか?」

あきつ丸「うちの提督はあの通りの方ですから。
 海で出会ういわゆるドロップ艦はすぐに転属を願います」

赤城「あなたは何故、残ることにしたんですか?」

あきつ丸「悩んでいるようならここを出て行ったらどうです?」

赤城「……」

あきつ丸「冗談であります」

赤城「……なるほど、陸軍ジョークかしら。
 陸軍は笑えないんですよ」

あきつ丸「そうでありますか。
 まあ、いいや」

 あきつ丸は投げやりにそう言うと、一瞬鋭い目つきとなり、周囲を気にするように目を配った。

あきつ丸「提督殿は正規空母に期待していますし、この鎮守府の今後の事を思えばあなたにはここに残って戦って欲しい、と自分は思っているのであります。
 だから、私がここに残ろうと思った理由を話します。
 ……ここからの話は他言無用。
 といっても、今から私が話すことはこの鎮守府の古株なら当然知っていることでしょうし……調べようと思えば外部資料からでも簡単に分かることなので私の知ることは包み隠さず話しましょう」

赤城(やけにもったい付けるのね)

あきつ丸「まず初めにあなたの質問に答えましょう。
 自分がこの鎮守府に残った理由は義務だったから、であります」

赤城「義務?」

 あきつ丸は露骨な溜息をついた。

あきつ丸「赤城、あなたはもう少し戦い以外の事を考え、覚えた方が良いと思うのであります。
 ここが、どんな鎮守府かもまるで分かっていない」

赤城「……変わった提督と艦隊がいるって事は知っているわ」

あきつ丸「ぶち[ピーーー]ぞ、一航戦」

赤城「それも漫画の……ヘルシングの真似事?
 冗談抜きでストレスが溜まるので止めてくれませんか?」

あきつ丸「アーカード、格好いいのであります。
 でも、自分のおすすめは少佐殿ですね」

赤城(大丈夫なのかしらこの子)

あきつ丸「この話はまた今度ゆっくりとしましょう」

赤城(え?したくありません)

 赤城は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 あきつ丸からはまだ、聞かなければならない話がある。

あきつ丸「この鎮守府は端的に言えば海域の要にあります。
 他にもここに似た鎮守府やもっとひどい所はありますが、要にあるとどういうことになるのかと言えば、敵は強いし、遭遇率も高い、なにより、敵が制海権を確保しようと作戦的な行動を取り始めたときには死を覚悟しなくてはならないほどその戦闘は苛烈を極める、ということなのであります。
 要とは制海権を奪い奪われを繰り返しているような場所なのです。
 提督は提督育成の学校で主席だったらしく、当初より希望していた厳しい情勢の鎮守府への着任が命じられました」

赤城「主席!?」

あきつ丸「そんなに驚くようなことですか?
 提督が言うには子供や犬が混じってるような学校だから自慢にもならないそうなのですが」

赤城「意味が分かりません」

あきつ丸「提督養成の学校なんてそんなものでありますよ?
 話を戻しますが、人手不足の中、重要鎮守府の戦力強化のために私は転属してきたのであります。
 無理を言えば私の意見も叶ったでしょうし、ここの提督殿も止めはしなかったでしょうが、自分の性格的に任された仕事を放り出すのはどうも……初めに提督を見たときはおかしな場所にに来てしまったと嘆いたりもしましたが、義務と思い残っていたのであります」

赤城「立派ね」

あきつ丸「今では自分の意思ですが」

赤城「何があったの?
 洗脳?脅迫?」

 あきつ丸はもう一度辺りを見渡した。

あきつ丸「……この話をするする時には周りに注意してください。
 出来ればしない方が良い話であります。
 ……私がこの鎮守に来る2ヶ月前の話です、敵艦隊の連合艦隊がこの鎮守府に迫ったのであります。
 敵兵力は今となっては今となっては不明ですが、鬼が5隻、姫が4隻、フラグシップ級が14隻確認できたそうです。
 鬼や姫は分かるでありますか?」

赤城「艦娘でそれを知らなかったら致命的ね」

 一言でいうならば深海棲艦をとりまとめているような強力な艦だ。

あきつ丸「出撃で疲弊したところを狙われて、海に出ていた艦娘は選択を迫られました。
 その場にとどまり一隻でも多くを道連れにするか、全力で鎮守府に逃げる帰るか……殿を立てるか。
 分かりますよね?」

赤城「……戦うのは現実的ではないし、ただ、逃げ帰っても敵に追いつかれるか敵を引き連れて帰ってしまうだけ……殿を立てるしかないでしょうね」

あきつ丸「選択としてはそれしかないのであります」

赤城「それで――」

あきつ丸「轟沈しました」

 話の流れ的に当然の答えであったが、赤城は言葉を失った。

あきつ丸「あの一連の戦いでこちらの鎮守府が失ったのは奇跡的に一隻のみ。
 でも、その一隻で提督は――」

那智「おい、その辺にしておけ」

 背後からの声に二人は飛び上がった。

あきつ丸「驚かさないでほしい!のであります!」

那智「第1、第2艦隊の奴らが帰ってきてる。
 もう止めた方が良い」

あきつ丸「ご忠告どうも。
 盗み聞きはいつからでありますか?」

那智「そうだな。お前が『今日の夕ご飯はカレーか……テンション上がるのであります!』とか言った後、カレーの具を想像しながらぼんやりとしていた所からだ」

あきつ丸「それ、赤城が来る前の話!」

那智「私に気がつくかどうか試していたのだ。
 ちょっと気配を消したくらいで情けない。
 私にも気がつけないのに内緒話なんかしない方が良いぞ」

 あきつ丸はぐうの音も出ないといった様子で押し黙った。

那智「ということだ、赤城。
 私が言った意味を考えたら分かるだろうが、気をつけるべき相手は分かるな?
 それに、この話の続きが知りたいのならある程度のリスクは覚悟しておけよ」

赤城「分かりました」

那智「ところで諸君。
 私はスイーツが好きだ。
 間宮のスイーツを望むかね?」

レーベレヒト・マース&マックス・シュルツ&ビスマルク&プリンツ・オイゲン「スイーツ!!スイーツ!!スイーツ!!」

 物陰から飛び出してきたドイツ艦に赤城は飛び上がるほど驚いた。
 あきつ丸は那智が出てきた段階で予想していたのか、やっぱりかと言いたげな表情であった。

那智「よろしい。ならばスイーツだ」

ビスマルク「プリンでも良いのよ?」

あきつ丸「団子」

ビスマルク「プリン」

あきつ丸「団子」

那智「どちらも用意できるはずだ。
 行くぞ」

赤城(スイーツ……)

 那智たち第3艦隊はまとまって中庭から立ち去っていった。
 その後ろ姿を捨てられた子犬のような瞳で見ていた赤城を第3艦隊が振り返る。

那智「何をしているんだ、貴様。いくぞ。
 それとも、スイーツを望んでいないのか?」

赤城「スイーツ!」

 赤城はそう言って第3艦隊と合流した。
 この後、赤城はたらふく甘いものを食べながら他愛のない話をした。
 その時間で分かったことといえば、第3艦隊の面々は決して戦闘狂でも戦争を望んでいるわけでもないということ。
 那智曰く「負けないための儀式だ」である。
 漫画の影響を受けているのは理解していたが、今の赤城にはそれを責める気にはなれなかった。

赤城(話を整理すると、提督が可笑しなマネをし始めたのは、艦娘が轟沈したことが原因で間違いないのかしら。
 この轟沈に関わっている艦娘がいる可能性があるのが第1、第2艦隊と言ったところかしらね)

 艦娘の轟沈は提督にとってかなりの心的ストレスになると聞いたことがある。
 今の提督の行動が轟沈の影響による物なのは間違いない。
 提督のふざけた行動も那智が言っていたように願掛けみたいな物なのかもしれない。

赤城(……といっても、予想の域をでませんね……アイスおいしい)

*―――――――――――――――――*

赤城(提督に轟沈が理由でそんなことしてるんですか……って直接聞いたらまずいですよね)

 ここ数日間、赤城は昔の資料を集めようとこそこそとしていたが、これがなかなか作業が進まない。
 広報誌程度の内容は自分でも手に入れることが出来たが、目新しい情報をてにいれることができず、今は鎮守府内を行き先も決めず歩き回っていた。

赤城「あきつ丸に提督の事をもう一度聞いてみましょうか」

提督「私に何かようか?」

 赤城は心臓が跳ねるのを感じたが、外面には出さないようにしながら振り返った。

赤城「いきなり声を掛けないでください。
 吃驚するじゃないですか」

提督「すまないな。
 ところで、私の名前が出たようだが?」

赤城「……気のせいでしょう」

提督「そうか。なら良いんだが。
 何か用事があるんなら遠慮なく言えよ」

赤城「提督はこれから何を?」

提督「私か?
 私はこれから演習の指揮をとる」

赤城「演習!?」

提督「そんなに驚くようなことか?」

 演習といったら他鎮守府との交流の場だ。
 派手な模擬戦闘の後はもてなしの料理が用意されたりもする。
 演習に参加していれば当然、その料理にもありつけるという寸法だ。

赤城「私、演習に出たいです」ジュルリ

提督「うぉ!?」ビクッ

提督(なんの涎だ?)

提督「なぜ、いきなりそんなことを」

赤城「え?
 あー、戦いに慣れるため?」

提督「……そうか、なるほど。
 お前は勘違いしているようだが、今日の演習はこの鎮守府内で行われるだけの小規模なものだ。
 赤城、お前は食べるのが好きだったりするのか?」

赤城(一航戦の誇り……失うわけには)

赤城「好きです。
 あ、間違えた。そんなことありません!」

 提督は弾かれたように笑い始めた。
 不敵な笑みでない、自然な笑い声に赤城も顔がほころぶのを感じる。

赤城(この人も色々あったんでしょうね。
 馬鹿なことをしてますけど、こんな風に笑うことも出来る。
 悪い人じゃないんでしょう。ふざけているわけでも。)

赤城「良い笑顔ですね。
 子供みたい」

 提督はそう言われると片手で顔面を揉みほぐし始めた。
 手をどけたときにはいつもの不敵な笑みになっていた。

提督「そうか?」

赤城「それじゃないです」

 赤城は軽くではあったが反射的に提督の腹部を殴っていた。

赤城「あ、やってしまいました」

 提督と赤城は一瞬顔を見合わせてお互いに吹き出した。

提督「やはり私が言ったとおりになったか。
 規律とか言っていた奴がものの数日でこの容赦のなさか。やるじゃないか」

赤城「えぇ、提督のおかげです。
 結局の所、勝たないと意味がない。何もかもが。
 提督の方針が勝つためだというのなら、私はそれに従いましょう。私の意思で。
 これからよろしくお願いします」

提督「これが本当のよろしくと言うことか」

 二人は廊下で握手を交わした。

叢雲「……なにをやっているの?」

 二人がいる廊下に曲がってきた叢雲は不機嫌そうであった。

叢雲「演習の準備は出来たわよ。
 いつまで待たせるつもり?」

提督「今日の演習は赤城も参加することになった」

叢雲「まあ、良いけど。
 わざわざ探しに来た私には何もないわけ?」

提督「ご苦労」

 叢雲ジト目で提督を見続けた。
 提督は困ったように眉を顰める。

提督「すまん。お前が何を求めているのかが分からない」

叢雲「ん」

 叢雲は頭を突き出した。
 さすがの提督でも合点がいったようであった。

提督「珍しいな。
 それも、人前で」

叢雲「駆逐艦らしいでしょ?」

提督「いや、そういうことを言う奴は駆逐艦らしくない」

 提督は言いつつ叢雲の頭を撫でた。

提督「じゃあ、行こうか。
 赤城は叢雲旗艦の第一艦隊に入れ、演習相手は第二艦隊イスカリオテだ。
 私は各艦隊の指揮を3回ずつ執る。
 私の指揮下にないときには旗艦の指示に従って私に勝て。
 了解か?」

赤城「了解」

提督「漫画を貸してやったのにまるで成長していない」

 提督は溜息をついた。

提督「『認識した。マイマスター』といえ」

赤城「お断りします!」

*―――――――――――――――――*

 演習の場は鎮守府近海であり、提督はメガホンを片手にモーターボートで海に出てきていた。

提督「この辺で良いだろう。
 あまり鎮守府から離れる訳にはいかない」

 第二艦隊は天龍を除き、電、鈴谷、加古、龍驤、大井が異様な雰囲気に包まれつつあった。
 赤城は初めて敵と戦ったときに見た叢雲達の様子を思い出して今更ながら不安になる。

赤城「大丈夫なのでしょうか」

扶桑「演習も初めて?
 大丈夫よ。沈めるつもりじゃなかったら沈まないわ。
 万が一があっても、みんながいるから轟沈しかけても陸までたどり着けるわ」

 赤城が鎮守府の砲へと目を向けると見物に来ているのであろう他の艦娘が見える。
 良いところを見せてやろうと赤城の気持ちも引き締まった。

提督「まずは第一艦隊の指揮からとる。
 陣形を組め」

 当然、距離をとるものであると思っていた赤城であったが、電が近づいて来たのにつられて赤城も反射的に前へと進み出る。

叢雲「何やってるの?
 こっちよ!」

 後ろから声がかかって、赤城は緊張のあまり視野が狭くなっていることに気がついた。

提督「おもしろい。
 このままやらせろ。
 戦場で不測の事態はつきものだ」

赤城(え?本気?)

 そう思った赤城であったが、皆の目がある手前、今更引き返せない。
 不敵な笑みを浮かべる電に内心恐怖しながらも平静を装って進み続ける。
 電と赤城は対面する場所より少し進んだ場所、お互いに背を向けるような位置で停止した。

提督「叢雲、合図を。
 砲弾が海面に着弾するのと同時に開始だ」

 叢雲は空に向けて砲撃を行う。
 緊張が頂点に達した赤城は弦に矢を引っかけながら口を開いた。

赤城「この辺りに深海棲艦はいないのですか?」

 言っておいて馬鹿なことを聞いてしまったと後悔する。
 しかし、電がこの質問を気に入ったのは声色から理解できた。

電「とうの昔に始末したのです。
 とんだ雑魚だった。楽しむ暇すらありはしない」

赤城(これってまさか……)

電「残っているのは貴様らだけなのです」

提督「このような場合においてお前たち第一艦隊が勝つ方法は――とりあえず、赤城は放っておく。
 目標、想定敵軽空母龍驤!砲雷激戦、用意!」

赤城「え!?ちょ!」

 叢雲が空に向けて放った砲弾が着水した。

提督「てぇ!!」

 叢雲たちの砲撃は赤城と電の頭上飛び越えた。

提督「赤城!10時の方向!全速前進!」

赤城(え!?攻撃じゃないの!?)

 一瞬判断が遅れた赤城は電の砲撃を間近で受け、さらには、どこからともなくやってきた魚雷により艤装が一瞬で吹き飛び、水切りのように提督の乗るモーターボートのそばまで跳ね転んだ。

赤城「こ、こんなはずでは」プルプル

提督「だから言ったのに」

赤城「あの場面は提督が貸してくれた漫画の流れからしても攻撃でしょう!?」

提督「だってお前まだ弱いし。
 そんなことしても勝てない」

 赤城はムキになって言い返そうとして海面に突いている右手が滑ったのを感じて慌てた。
 そして、右手付近を見てみると、そこには右手の肘辺りまでが海中へ沈んでおり、よく見れば膝や左肘もそうである事に気がつく。

赤城「私、沈んで――ッ!!」

提督「慌てるな。沈みはしない」

 提督はそう言うとボートから高速修復材を持ち出し赤城にぶちまけた。

赤城「わぷっ!?」

 赤城は一瞬にして回復し、海中に自分の手足が沈んでいない事を確認した。

提督「先のが轟沈の一歩手前。大破状態というやつだ。
 体験して分かっただろうが攻撃はもちろん、航行すらまともにはままならなくなる。
 特に正規空母は大破の一歩手前の中破の状態でも戦闘機を飛ばせなくなるからな。
 戦闘では動き続けて攻撃をもらわないことを第一に考えろ」

赤城「ご親切にどうも!」

 ずぶ濡れになった赤城が言う。

提督「ボートに燃料、鋼材、ボーキサイトも少し積んでいる。
 補給しておけ。
 ボーキサイトはにんげ――吸血鬼にとっても有毒だから扱いには気をつけてくれよ」

 赤城は資材に手をつく。
 鋼材が霧の如く分解されて赤城に纏わり付き、それはやがて飛行甲板へと姿を変えた。

提督「色んなやり方があるよな」

赤城「口からもいけます」

提督「私の鎮守府ではそれは遠慮してもらっている。
 何というか……衝撃的だ。
 おっと、そろそろだな」

 そう言った提督の視線を赤城も追った。
 戦闘は佳境に入っているようであった。
 第一艦隊の被害は、山城、潮が小破程度。
 第二艦隊にあっては中破した龍驤が大破した大井に肩を貸し、こちらに向けて戦線を離脱していた。

電「一撃で何もかも一切合切決着するのです!」

叢雲「行くわよ」ヒュパッ

 第一艦隊と第二艦隊はお互いにあと数秒程度ですれ違うような形で移動していた。

赤城(この形だとお互いに雷撃も砲撃を当てるのは難しい。
 形を整えるのが先決でしょうか)

提督「いや、赤城、両艦隊とも攻撃を当てるぞ。
 タイミングの問題だ」

赤城「……私、そんなに思っている事が顔に出ます?」

 ピタリと両艦隊の速度が合った。いや、どちらかが、あるいはどちら共が合わせた。

提督「あきらめが人を[ピーーー]。あきらめを拒絶した時、人間は人道を踏破する権利人となるのだ。
 砲雷激戦!用意!てぇ!!」

 両艦隊が雷撃と砲撃の嵐に見舞われる。
 煙が晴れたとき、第一艦隊には叢雲が無傷、扶桑山城が小破、潮が大破している状態であり、第二艦隊に合っては電が中破している以外は全員が大破してた。

提督「1回目終了だ!
 おまえら戻ってこい!」

赤城(勝った。タダでさえ5名で編成されている第一艦隊。
 私が一瞬で大破したから実質4対6だったのに)

提督「信じられないと言いたげだな。
 だが、戦いなんて往々にしてそんなものだろう?」

 言われるまでもない。
 それは、前世で多くの戦いを見てきた赤城にも分かる。
 「本気でありますかぁ!?上官殿!!」と言ったような選択の方が結果的に良い方向へ 進むのを何度も見たことがある。

赤城「大体なんで第一艦隊は5名編成なんですか?
 ちゃんと6名で編成してくれていれば私にも活躍の機会はあったかもしれないのに」

 自分でも無茶苦茶を言っているとは分かっていたが、赤城は拗ねたように言った。

提督「……お前たちの力なら5隻で十分だ」

 そう言った提督の方へと振り返った赤城はすぐに視線を正面へと戻した。
 提督のいつもの不敵な笑み。
 それは消え失せ、どこか申し訳なさそうな、寂しそうな顔をしていた。

赤城(……ふざけているわけではないんですね)

 あきつ丸から聞いた轟沈の話が脳裏を過ぎる。

赤城(もしそれが理由だとすると……あるいは初めから狂っている可能性も捨てきれませんが……もし、それが理由だとするのなら……)

 その艦娘はなんてうらやましい。

赤城「……何を馬鹿なことを」

 赤城はぽつりと言った。
 沈んでもなお狂うほどに思われ続けている艦娘をうらやむなど、それこそ狂気である。

提督「次は第二艦隊の指揮か。
 赤城、先に言っておくがお前を真っ先に潰す。
 叢雲はあきらめてお前を大破状態で切り捨てるだろうから、自分で対処するように」

赤城「ほぇ!?」

提督「いいか、攻撃をもらわないように動き続けながら隙を見て発艦。
 発艦の際には出し惜しみするなよ。
 移動、回避、発艦!
 繰り返せ」

赤城「移動、回避、発艦!」

提督「よし、出来るな!」

赤城「はい!」

 この後、全ての演習で大破した赤城であったが、沈み込んでいた気分は昼ご飯をたらふく食べたことにより容易に回復。
 あまりの食いっぷりに潮が大まじめにスタンディングオベーションを初めたため、大食艦の二つ名を冠することとなってしまった。

赤城(一航戦の誇り……こんなことでは失われはしません!)

 赤城はこの時、自分のメンタルは強い方であることに気がついた。

赤城(……明日から、また、海に出してもらおう)

 第一艦隊、第二艦隊に比べたらマシ、という思いからだった。

*―――――――――――――――――*

提督「大破の赤城」

赤城「そんな呼び方止めてください」

 執務室で事務処理に当たっていた提督と赤城であったが、無音の中、いきなり提督が暴言ともとれる言葉を呟いた。

提督「赤城がこの鎮守府に来てもう6ヶ月になるが、これまでに行ってきた戦闘から統計を出してみた。
 結果、大破の赤城と呼ぶことにした」

赤城「止めてください!」

提督「特にその日一番の戦闘での大破率がひどいな。
 見てみろ」

 そう言って手渡された資料に目を通した赤城は思わず唸った。

赤城「確かにそうですね」

提督「大破の赤城、解決策はあるのか?」

赤城「提督こそ何か良いアイディアはないんですか?」

提督「この鎮守府に来てから嫌だ嫌だと言いつつも戦いに明け暮れたお前の練度は高い。
 戦術も悪くない。
 故に内面的な何かが理由だと考えるが、それはお前にしか解決できないものだ。
 まあ、戦わなければ大破はしないという極論もあるが?」

赤城「それは極論過ぎます」

 理由については赤城はすぐに思い至った。
 戦いにも慣れ、恐怖に打ち勝っても敵を沈める事への抵抗感を未だ感じていることが原因だろう。
 大破させられるとようやく気が引き締まると言った寸法である。

赤城(解決……ですか)

 敵を沈める事への抵抗感を無くす、と言うことが抵抗感への理由だろう。

赤城(でも、抵抗感を無くす方法って……そもそも、無くして良いものなのかしら)

提督「赤城のやる気は分かっているつもりだ。
 だから、一つ警告しておこう」

赤城「何でしょう」

提督「戦場は――心を壊しやすい場所だ。
 私はそんなことになってまでお前たちに戦場に出てもらおうとは思わない。
 もし、お前が壊れる一歩手前だと私が判断したときは、私の判断で戦場から引いてもらうぞ」

赤城「……分かりました」

赤城(おそらく私の表情を読んでの言葉……と言うことは遠回しに抵抗感を無くすなと言っているのでしょうか。
 ……難しい注文ね。
 そもそも、提督の指す心が壊れるとはどういう状況なのでしょうか)

 赤城の脳裏に鎮守府の艦隊の顔が思い浮かんだ。

赤城(彼女たちも十分壊れているように感じます)

 およそ6ヶ月間のつきあいの中で、赤城は提督や鎮守府の艦娘の事をより深く理解した。
 第一艦隊のみならず、時には第二、第三艦隊と共に戦い、海で、鎮守府で交流を深めてきた。
 鎮守府の所在している町に他の艦娘と繰り出し、甘味をあさりに行ったりもした。
 やけに町の人たちが優しかった印象があるが、大井にそれを言うと「提督のせいよ。気にしないで、あまり関わらないようにしなさい」との不可解な回答であった。

赤城(みんないい人達ですけど、戦闘に関してはシビアというか……普通の艦娘とはやっぱり違うんですよねぇ)

 秘書官なんかもやり始めてからは提督の事も随分と分かり始めた。
 一つ、提督は常に寝不足な人である。
 一つ、提督は食事をするのが嫌いな人である。
 一つ、提督は艦娘の申し出を断らない人である。(無理なことや艦娘に危険が及ばなければであるが)
 提督が申し出を断らないという事を知らなかった頃の話である。
 一度、不手際により数種類の調味料の備蓄が切れていた時があった。
 もちろん、非常用の備蓄はあるのだが、それは非常用という事で使うわけにはいかない。 赤城が朝食の目玉焼きに掛ける醤油ない事に「醤油ないんですね」。
 提督が「買ってこようか」。
 そんなことだけのために本当に町にまで出るわけがない。
 ましてや提督ともなれば鎮守府を出るのにも本部に一報しなければならない。
 醤油を買いに出るためそこまでするわけがないと赤城が高をくくって「お願いします」と返したところ一時間後に醤油を持って赤城の前に提督が現れた。
 当然、食事なんてとうの昔に済ませている赤城であり、呆然としているところに提督が一言「すまん、遅れた」ときた日にはさすがの赤城も萎縮しきってしまった。
 その数日後であるが、未だに完全に理解していなかった赤城が甘味の雑誌を読みながら「わっはーはっわー」言っていたところ、提督が「食べたいのか?」と一言。
 赤城が涎を流しながら「食べたいですねぇ!」と答えたところ、夕方に甘味雑誌に載っていたスイーツをトラックで大量購入して来た提督が赤城の前に現れ「トラックできた。みんなで食べろ」と一言。
 申し訳ないと思いつつも鎮守府の艦娘とスイーツをわいわい食べていたところ、電が赤城の肩をポンと叩き「ちょっと表に出るのです」と誘われ、電に提督の前でうかつな事を言うなとじっくりと、優しい口調で教育してもらった。
 教育していただいた。

赤城(教育していただいたのです)

 睡眠に関してはどうしようもない。
 こればかりは艦隊の航行ルートや基本的な戦術を決める時間とのことで、艦隊出撃の前日は徹夜でこれを考える。
 これを止めろといった日には「それは出来ない」と言い、艦娘を閉め出した後、執務室に籠もる。
 昔、叢雲たちがベッドに提督を縛り付けた事があったらしいが、結局、提督は一睡もせず朝になってから「頭の中で作戦を練ったから余計に時間がかかった」と言って呆れさせたらしい。

赤城(気絶させるというのはどうなんでしょうか)

 食事に関しては比較的簡単である。
 無理矢理口に詰め込み、飲まし、吐かさないようにする。
 第二艦隊の連中の話を聞いてぞっとしたのだが、彼女たちの中には提督を背後から注射針で刺し、栄養剤なる物を注入する艦娘もいるそうだ。
 いきなり針で刺された時の提督の表情と「アッー!」なる叫び声は鎮守府内の一部で人気だと聞く。

赤城(この人、艦娘がいなかったらとっくに死んでそうですね)

 そうこう考えながら書類を片付けていると赤城の腹時計が鳴る。

赤城「提督……ごはん……」

提督「先に食堂に行ってろ。
 私も後で行く」

赤城「そんなこと言わずに!
 行きますよ!」

 赤城は提督の腕を掴み無理矢理立ち上がらせる。

提督「最近強引だぞ!!」

赤城「一航戦の誇りに掛けて、提督にはちゃんとした料理を食べてもらいます」

提督「分かったから離せ。
 軽く握ってるつもりだろうがゴリラが腕を掴んでいるようだ」

赤城「失敬な!」

 赤城はいいながら手を離した。

赤城「そのゴリラパワーで無理矢理食事を口に詰め込まれたくなかったら自分でちゃんと食べてくださいね」

提督「分かっている。
 まったく……うちの艦娘は強引な奴らばかりで困る」

 この後、提督は例のまずそうな顔をしながらも食事をとった。
 その日の夕方のことである。
 赤城は書類の整理を勧めていると報告書に町に新しい甘味処が出来たとの一文を見つけた。
 詳しく読み進めていくとこれがまた女心をくすぐる甘味を大量に用意していたりする。

赤城(上々ね!)ダラー

提督「……おい、赤城。
 何を見ている見せてみろ」

赤城「え!?
 ただのつまらない報告書ですよ!?
 提督に目を通して貰うようなものじゃありません」

提督「そういう訳にいくか。
 良いから貸せ」

 赤城の脳内に冷たい目をして淡々と優しい口調で教育していただいた艦娘の顔が過ぎった。
 教育の賜であった。

赤城「不敬なのです我ら提督の代理人提督の手足となって働くことこそが至上の喜び奉仕の心ではないのですそれこそが艦娘にとって当然の生き様お前はまともじゃない提督に楯突こうだなんてそれが許される理由など那由多の彼方を探しても見当たりはしないただ我々は――」

提督「なんだお前、大丈夫か?」

赤城「はっ!
 だ、大丈夫です」

提督「大丈夫じゃないだろ、目のハイライトが完全に消えていた」

 提督はそう言うと赤城に近づき資料を奪った。

赤城「駄目です駄目です駄目なのです」ガタガタガタ

 提督は資料に目を通すと鼻を鳴らした。

提督「こんな事だろうと思った。
 よし……この資料は私が初めに見て日頃から勤勉に働いているお前たちの為に俺が勝手に甘い物を買ってくることにしよう。
 赤城、お前には買い出しを手伝ってもらうぞ」

赤城「……大丈夫なのでしょうか」

提督「お前が何におびえているのかは知らないが俺が勝手に決めたことだ。
 お前が責められる道理はない」

赤城「提督!!」キラキラ

提督「さあ、行くぞ!ぐずぐずするな一航戦」

*―――――――――――――――――*

 提督と共に意気揚々と町に繰り出した赤城は鼻歌を歌いながら軽い歩調で歩いていた。

赤城「提督は外に出るときまでいつもの格好なんですね」

提督「別に不便はない」

赤城「先から行き交う人に見られているような気がするんですが」

提督「それは私もお前もそこそこ顔が売れているからな。
 どんな格好で歩いていようと注目を浴びるだろうさ」

赤城「そうでしょうか。
 どうでも良いですけど!」

提督「ご機嫌だな」

 そんなこんなで目的の甘味処に到着した提督と赤城であったが、そこで赤城は甘味処の亭主に衝撃の事実を告げられる。

「今日の分は売り切れました」

赤城「ほわああ!?」

 愕然とする赤城であったが無いものは無いので仕方がない。
 また、後日出直そうと思い直していたところ、提督が亭主に詰め寄った。

提督「おい、貴様、ふざけるなよ?」

 聞いたことのない声色に赤城はそれが提督の声だとは気がつけず、辺りを見渡す。
 ようやくその声が提督のものであると気がついたときには、まずいことになりそうだと思いつつも、突然のこと過ぎて何か行動に移すという事は出来なかった。

提督「艦娘が鎮守府からわざわざやってきてこれが欲しいと望んでいる、それを売り切れたの一言で済ませるつもりか?」

 まさか、こんなにも相手が怒るとは思っていなかったであろう甘味屋の亭主は泡を食って目を白黒させた。

提督「今から作れ。54個だ」

亭主「54!?
 今すぐには無理です。
 それに、注文された品は限定品で材料が――」

 そこまで言ったところ提督の腕が伸び、襟元を捻りあげた。

提督「豚が……何が限定品だ。
 費用はこちらで持ってやる。
 なんとしても――」

 この状態になってやっと赤城は動くことが出来た。
 提督と亭主の間に慌てて割って入る。

赤城「何やってるんですか!
 止めてください!」

提督「心配するな。
 欲しい物は手に入れてやる」

赤城「こんなやり方――恥を知ってください!
 私はもう良いですから!
 甘味ももう要りません!」

提督「それはただの遠慮だ。
 お前たちが遠慮をすることなど何もない」

赤城「例え遠慮であってもそうするのが常識です!
 こんな暴君じみた所行が許されて良い訳がありません!」

提督「許されるとも。
 この町の連中など鎮守府の加護がなければ……艦娘の加護がなければ生きてはいけない。
 これくらいが許されない訳はない」

赤城「……それは、私たちの為にはなっていません。
 そんなことされても私は嬉しくありません」

 赤城は毅然とした態度で言った。
 提督の顔が驚きのそれへと変わり、一瞬、苦悩に満ちた顔になった後、いつもの不敵な笑みへと戻った。

提督「……分かった。
 私が間違っていた。
 ……帰るぞ、他に欲しい物があるだろ、それをいくらでも買ってやる」

赤城「いいえ、提督、ありません」

提督「そう……か」

 気まずい雰囲気の中、赤城が甘味処の店主に頭を下げ、出て行こうとしたところ、店の奥から店主の妻とおぼしき女性が慌てて現れた。

「夫がとんだ失礼を。
 夫は他の地方らやってきたのでこの町のことをまだよく理解できてなくて……赤城さん……ですよね。
 いつもありがとうございます」

 思わぬタイミングで一般人からの謝辞を受け、赤城は「こちらこそ」などと全く気の利かない返事を返すので精一杯だった。

「提督さんを責めないであげてくださいね。
 あの地獄のような戦いで姉のように慕っていた艦娘を失ったんですから……あの戦いの真っ直中にいた提督さんの中には艦娘に心残りをさせたくないという思いがあるんだと思います」

赤城「姉のように慕っていた艦娘?」

 赤城の反応に店主の妻は困ったように提督へと目を向けた。

「余計な事を言ってしまったかしら」

提督「……事実だ。
 別に隠しているわけでもないし赤城がそれを知って不都合があるわけでもない」

「そうですか……赤城さん、また来てくださいね。
 歓迎しますから」

赤城「ありがとうございます」

提督「……行くぞ」

 そう言って店を出た提督の後を追った赤城であったが、提督の背中がいつもより小さく声を掛けるのは憚られた。
 無言で鎮守府を目指す二人の足取りは鎮守府を出たときとは打って変わって重い物であった。
 そんな二人を指さして子供が騒ぎ立てる。

「提督だ!」
「あれが!?」
「違うよ、あれは吸血鬼だよ!
 早く寝ないと血を吸いにやって来るってお母さんが言ってたもん!」
「そうだよ、吸血鬼は凄いんだよ!
 素手で深海棲艦をやっつけるんだから!」
「隣のきれいな人は彼女?」
「熱々カップル?」

 最近の子供は耳年増だなと思いつつ、提督と二人で歩いている所をカップルと指さされ、赤城は顔が熱くなるのを感じた。

「カップルじゃないよ。あれは艦娘だよ!」
「艦娘?」
「艦娘は人間じゃないんだよ!
 兵器なんだからカップルじゃないよ!」

 この言葉に赤城はずきりとした物を感じた。
 子供の包み隠さない言葉というのは人々の本音だったりするのだろうか。

赤城(そう……ですよね。
 まあ、関係ないですけど。
 別に提督とそのような関係になりたいわけでもないですし)

 次の瞬間、赤城が気がついたときには提督が例の言葉を言った子供の前に立っていた。
 相手は分別のつかない子供であり、その子供が言ったことである。
 提督も先のような無理はしないだろうとたかをくくっていると、次の瞬間には提督は子供の顔面を蹴り飛ばしていた。
 あまりの事態に赤城はもちろん、その周りの子供も、更にその周りの大人達も呆然とする。

提督「広い海にただの身一つで出て……嵐に見舞われても、夜の寂しさに身を削られても、それでもお前たちを守ると息巻く艦娘に、どうして優しく出来ないんだ?
 何も出来ない俺が、お前たちが。出来ないばかりかどうしてそんな事が言えるんだ」

 提督は淡々と、相手に聞かせる意思があるかも怪しい低音でそう言った。
 顔面を蹴られた子供はもちろん、周りの子供も割れたガラスのように泣き始める。
 それを見てそそくさと立ち去る大人や間に入ってあれやこれやと弁解を始める大人など対応はそれぞれであった。

赤城「提督!」

 赤城は提督に近づくと肩を掴み振り返らせ、頬を張った。
 ビンタとは思えないえげつない音が鳴り響き、提督は2回転ほどした後、もんどりうって地面に倒れ、ピクリとも動かなくなる。

赤城(……加減間違えましたか?)

 泣きわめいていた子供たちも押し黙り、目を見開いて提督と赤城に交互に視線をやっていた。
 そこで子供が一言「やべぇ」。

赤城(やっぱり、やばいですかね)

 そう思っていたところ、提督が生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がった。

赤城「あ、頭は冷えましたか!」

提督「冷える頭がオリョールまで吹っ飛んでいくかと思った……だが、おかげで目が覚めたよ叢雲」

 赤城はここで叢雲の名前が出てきた事に内心では相当腹が立ったが、努めて笑顔で提督の襟首を掴みやるべき行動をとった。。
 笑顔を振りまきながら周りの人間に頭を下げ、子供には後日謝罪に行くと言って、名前と住所を聞く、そして、提督を引きずりながら鎮守府に向かって歩き始める。

赤城「目が覚めましたか、それは良かったです!
 私は赤城ですけどね!」

提督「そうか……そうだな、赤城だったな。
 すまない」

赤城「別に良いですけど」

提督「すまない。今日は最悪だ、どうかしてた」

赤城「だから良いですって。
 でも、子供には後でちゃんと謝罪しておいてくださいよ」

提督「分かってる。でも、駄目なんだ、ああいうこと言われると考えるより先に手が出て……すまない……最悪だ。
 すまない、叢雲」

赤城「だから、赤城ですって」

提督「そうだったな、赤城だ。
 すまない」

赤城(強く叩きすぎましたか……でも、もう一度言ったら許しませんけど。
 それは、長い間旗艦をしている叢雲が頼りになることは分かりますけどね。
 だからといって、間違われて気持ちがいいものではないです)

 提督が艦娘の為に本気で怒ってくれるのに内心嬉しくないわけでもないが、明らかにやり過ぎであった。
 しかし、やはり本音を言うと不器用で偏っているその愛情でも嬉しいものなのだ。

赤城(やっぱり、この人は私たち艦娘がいないと駄目ですね。
 ダメダメです)

 甘味は手に入らなかったが、他の収穫はあったと思う赤城であった。

赤城(姉のように慕っていた……艦娘……ですか。
 本当に姉のように?)

 そこまで考えて赤城は自嘲した。

赤城(関係ないことですよね)

 この後、鎮守府に帰るまでに提督の左頬は数倍に晴れ上がっていた。
 赤城がこのまま鎮守府に入るのはまずいと入り口でいじいじしている所を天龍が発見。
 素早い報告により第一艦隊と第二、第三艦隊どころか十数人の艦隊娘がすっ飛んできた。
 緊迫した様子で何があったのかと聞かれ、どもり続けている赤城の右手を捻りあげた電は提督の左頬と照☆合。
 「はわわ」なる可愛らしい声とは裏腹に、とてもじゃないが駆逐艦がして良いような表情ではない狂った笑みを電が浮かべていたときには、赤城は割と大まじめに死を覚悟した。
 それでも赤城が無傷で助かったのは、そのときに必死の弁解を怠らなかった赤城の勇気、提督の「私が悪かったんだ」との一言、叢雲の「まあ、いいんじゃない?」の決定打により電が万力のように締め上げていた赤城の腕を解放したからである。

赤城(全く、ちびるところでした。
 ……………あれ!?)

*―――――――――――――――――*

提督「赤城、今日のお前の出撃は取りやめだ」

赤城「……もう一度、言ってもらえますか」

 翌日、朝一番で意気揚々と出撃の報告を入れに来た赤城を執務室で出迎えたのは昨日より晴れは引いたものの未だに痛々しい左頬の提督、執務机の上に腰掛け機嫌の悪そうな叢雲の二人であった。

提督「今日、予定していた赤城の出撃は取りやめだ。
 これは旗艦の叢雲にももう通達している」

赤城「……当てつけですか?」

 赤城は提督の左頬を見ながら言った。

赤城「最近は深海棲艦の動きも活発化しているとの報告もありますし、一線で戦っている私もそれを感じています。
 そんなときに休んでいる暇もありません」

提督「当てつけのではない。そんな事するか馬鹿馬鹿しい。
 これは、言うなれば強いお願いだ。
 お前には急遽やってもらうことが出来た」

赤城「特別な任務ですか」

提督「あぁ、とりあえず昨日の甘味処の店に行ってたらふく食ってこい」

 なんだこの狂人。
 赤城はそう思った。

赤城「……それが特別な任務」

提督「そういうことになるな」

赤城「それが私の出撃を取り消した理由?」

提督「その通りだ」

赤城「あんな事があったのに昨日の今日でいけるわけないでしょ!
 叢雲からも何か言ってください!」

叢雲「提督がこう言ってるんだからそうしなさい」

赤城「そ、それで良いんですか!?」

叢雲「あなた一人がいないところで戦闘に大した影響はないしね。
 むしろ、駆け出し大破がなくてありがたいわ」

赤城(言いにくいことをずけずけと)プルプル

赤城「とにかく、昨日の今日じゃ無理です!」

叢雲「じゃあ、どうするというの?
 戦いには連れて行かないわよ」

赤城「……一航戦赤城、寝ます!」

提督&叢雲「出る?
 駄目だって」

赤城「寝ます!」

提督&叢雲「あぁ、寝る、ね。
 良いよー」

 ハモっている二人の回答に、完全に赤城は頭に来た。
 赤城はふて寝を敢行することにしたが、先ほどの提督と叢雲の様子が脳裏に焼き付いてなかなか寝付けない。

赤城(提督も提督なら叢雲も叢雲です!
 こんな横暴を許すだなんて!
 それに、戦闘に参加しなくても大した影響はない?
 それを提督の前でずけずけと言うなんて)

赤城「そりゃ、私はあなたたちのように化け物のようには強くないですよ!
 でも、練度も高くなったし普通の深海棲艦には負けないんですから!」

 赤城は大声で言ってむなしくなった。

赤城「……慢心しては駄目。
 叢雲の言ってることも一理あるし、私ももっと強くならないと」

 でも、どうやって?

赤城「……寝よ……」

 かくして赤城は眠りについたのだが、よく寝たと思い目を覚ましたときは、まだ昼間であった。
 何もしていないのにお腹だけはすいていた。

赤城「……ご飯食べよ」

 提督にも食べさせないと。

赤城「……提督の所に行ってみますか」

 半ば寝ぼけたような状態で執務室の前まで来た赤城で合ったが、扉の前で立ち止まった。

赤城(なんだか入り辛いですね。
 ……今日の秘書官は誰なんでしょうか
 ……電様とかだったら私がわざわざ来る必要なんて無いですし、もし、そうだとしたらお前何しに来たんだって目で見られるんじゃないでしょうか。
 ええい!うじうじ考えていても仕方がありません!)

赤城「一航戦赤城、入ります!」

 赤城はそう言うと勢いよく扉を開けた。
 幸いなことに秘書官らしき艦隊娘はいない。
 ただし、白い軍服を着崩している男がいた。

赤城「きゃああああああああ!?
 誰ですか、あなた!」

「え!?いや、私は提督などではありませんが、出て行ってもらえると大変助かる!」

赤城「……ん?」

 目の前の男性の服装には全く見覚えがない。
 いや、海軍では見慣れた軍服であるが、少なくともこの鎮守府に来てからは見ていない。
 だが、目の前の男性の顔には見覚えがあった。

赤城「提督じゃないですか!
 何してるんです!?」

提督「赤城、声量を落とせ。
 他の奴らが集まってくるだろ。
 さっさとドアを閉めろ」

赤城「す、すいません」

 赤城はそう言いながらドアを閉めた。
 赤城は執務室の中に入っていた。

提督「着替えてるんだが……何で入ってたんだ?」

 全くその通り。
 そう思った赤城であったが、それを素直に認めてしまうのも癪であった。

赤城「別に見られて減るものじゃないでしょうが!」

 赤城は自分でも三下のゲスのような言葉が突いて出てきた事を激しく後悔した。

提督「……まあ、お前がそれで良いというのならかまわんが」

 提督はそう言うとボタンが全開だったシャツを脱いだ。

赤城(え!?着るんじゃなくて脱ぐんですか!?)アタフタ

 赤城は反射的に提督から視線をを逸らす。
 この部屋に入ってから提督の今年か目に入っていなかったが、よく見れば椅子にはいつもの赤いコート、それにカツラが掛けてあった。
 白い軍服に身を包んでいた提督(と言っても半裸であったが)は、黒髪の短髪であり実に軍人らしかった。
 いや、本物の軍人と言うものを知っている赤城にとっては、軍人らしくはなく、むしろ、ドラマに出てくるような大衆が喜びそうな俳優が演じているかのようなかっこうの良い軍人だなと赤城は感じた。

提督「がっかりしたか?」

 それが何に対しての質問なのかは要領を得なかったが、赤城は反射的に答えた。

赤城「いえ、なかなか良い体でしたよ」

 と言っても、腹筋辺りしか見ていないが、赤城は鍛えてるなぁと感じるくらいのできばえではあった。

提督「……いや、そんな事ではなく、私が吸血鬼でなかった事に対してだ」

赤城「……は?
 そんな事、もはや当たり前過ぎてどうでも良いです」

 赤城は何かをごまかすように半切れで言った。

提督「そ、そうか」

赤城「それより、どうしていつもの格好じゃなかったんですか」

提督「昨日の甘味処と子供の所、他にも色々と頭を下げて回った。
 さすがにいつもの格好では、誠意というものがな」

赤城「そこら辺の常識はまだ生きてるんですね」

提督「人を駄目人間みたいに言うな」

赤城「だって、そうじゃないですか」

 提督の方が気になった赤城は視線を向けて驚愕した。
 提督はパリッとした白シャツを脱ぎ、上半身裸であった。
 予想以上の筋骨の発達具合に驚愕したのではない、提督の左腕、左の二の腕の生々しい傷が目に飛び込んできたからだ。

赤城「どうしたんですかこれ!」

 嬉しそうにドレスシャツに腕を通そうとしていた提督に赤城は詰め寄った。

赤城「謝りに行ったときに何かされたんですか!?
 だとしたら私、私が――」

提督「何をいきなり興奮してるんだ?」

赤城「左腕の、それ!」

 提督は左腕に目をやって合点がいったように頷いた。

提督「心配するな。
 これは古傷だ」

赤城「古……傷?」

提督「と言っても1年前の奴のだがな」

赤城(一年前……と言うことは提督が姉のように慕っていた艦娘を失った戦いで?)

提督「調子が良くなったのは赤城が来る少し前くらいの話だ。
 筋断裂と複雑骨折だったんだが、もう、直った。
 これでも医者にはかなり治りは早いほうだと言われたんだぞ」

 赤城は提督曰く古傷に目を向けた。
 大きな切り傷のようにも見えたそれはよく見れば、腕を一周する大きな歯形、であった。

赤城(これ……深海棲艦の駆逐艦の歯形かしら)

 なんで、そんな事になるんだ、と聞いてみたい気持ちがなかった訳ではないが、それを口にすることに提督との関係が何か変わってしまうのではないか、そのような思い出赤城はこの傷が出来た経緯を聞くことはすまいと考えた。

赤城「……左手といえど随分と日常生活で苦労したんじゃないですか?」

提督「そうでもない。
 叢雲が色々と世話を焼いてくれたからな。
 叢雲が出撃でいないときは他の艦娘がいたし、あいつらのおかげで不自由に感じたことはなかった」

赤城「また、叢雲ですか」

提督「どうした?」

赤城「いえ、何でも。
 ところで、ちゃんと謝れたんですか?」

提督「当たり前だ」

 提督はそう言うとテキパキと着替えを済ませ、カツラをかぶっていつもの格好になった。

提督「パーフェクトだ!」

赤城(何がでしょうか)

提督「赤城、お前にお土産があるぞ」

 提督はそう言って執務机の影から紙袋を取り出した。

赤城「これは?」

提督「その、あれだ、昨日食べられなかった奴だ」

 提督は若干照れたように言った。

提督「買い占めるのも何だからな……今日は一つしか無いが言い出しの赤城からと言うことで遠慮せずに食べろ。
 他の艦娘にも行き渡る手はずになっている」

赤城(……この人は……)

 赤城には甘味処の店主に謝罪した後、言い辛そうに甘味の購入を申し出る提督の姿がありありと想像できた。
 想像できた瞬間には赤城は提督に抱きついていた。

提督「ここまで喜んでもらえるとは思っていなかった。
 味わって食べろよ」

赤城「……えぇ、感無量というやつです」

 この後、赤城は二人分の茶を用意して甘味も提督と半分にした。
 甘味を半分にしたとき、提督は大まじめな顔をして「槍が降るかもしれないから、今日は第二艦隊の出撃は中止にしよう」と言った。
 これに対して赤城は無言の笑顔で応酬し、提督を震え上がらせた。

赤城「提督、おいしいですか?」

 赤城は甘味に舌鼓を打ち、自分でも顔が緩んでいるのを感じた。

提督「ん?あぁ、おいしいよ」

 提督はそう言いつついつもの食事をとる時の顔だった。
 それどころか、若干心配になるほどいつもよりか、顔を顰めていた。
 もはや、喉を通らないもの、トゲが無数に生えているピンボールでも飲んでいるかのように必死と言った様子である。

赤城「だ、大丈夫ですか?」

提督「あぁ、大丈夫」

赤城「甘いもの苦手でしたか?」

提督「あぁ、そんな事ないよ」

 提督はそれでも何とか完食して見せた。

提督「ごちそうさま。
 おいしかったな、赤城」

赤城「……そうですね」

 元々は昼食を誘いに来た赤城であったが、提督の青ざめた顔を見ればそんな気分にはなれなかった。
 これ以上何かを食べさせると吐いてしまいそうだ。

提督「よし、糖分も補給できたし仕事でもするか」

赤城「私も手伝わせてください」

提督「悪いな。
 よろしく頼む」

 赤城は書類の半分くらいを自分が処理するものと決めて受け持った。
 赤城がその資料の3分の1ほどを終えたとき、提督は全ての資料を片付け「あぁ、面倒くさかった」などと言っていたが、海図と出撃や遠征で手に入れた統計を取り出すと打って変わってまじめな顔つきとなる。
 出撃に備えての基本的な戦法、どの艦隊を使うか、装備、ルートを決める作業の時はいつも提督はまじめな顔つきとなる。
 厳密に言えば、いつもの不敵な笑顔なのだが、所謂目が全然笑っていないという奴だ。
 こうなってしまえば完全に会話はない。
 提督と赤城は黙々と目の前の紙に打ち込んだ。

*―――――――――――――――――*

 柔らかい日差しが差し込む中、無言の中で書類に打ち込んでいた赤城はいつのまにか眠ってしまっていたことに気がついた。
 窓から差し込む夕焼けが目に痛いほど赤い。

赤城「ね、寝てませんよ。
 一航戦が仕事中に寝るわけないじゃないですか」

 赤城は意識が覚醒すると同時にそう言って、提督の方を見た。
 すると、提督も目を伏せて寝息を立てていた。

赤城「……ご覧ください。
 提督の貴重な寝姿です」

 初めて提督の寝姿を見た赤城は、日頃の疲れが出たのだろうと思い、提督を起こさないでおこうと考えた。

赤城「……ふふっ、カツラずれてる」

 そう言って笑うと、椅子に背を預けて目を伏せている提督の表情が若干曇った。

赤城「……起きてます?」

 提督は反応しない。
 しかし、表情は更に険しいものとなった。

赤城「悪い夢でも見てるのかしら」

 そう言っている間にも提督の眉間には深い皺が刻まれ、脂汗がにじみ、呼吸が浅くなってきた。

赤城「て、提督?」

 提督は何やらうわごとのようなことを言っているが、聞き取れはしない。
 そもそもが、意味をなす言葉を喋っているとも思えない。

赤城「提督!!」

 さすがに、寝かしたままには出来ないと感じた赤城は提督の肩を激しく揺すった。

赤城「提督、起きてください!!」

 激しく揺らしすぎて提督の頭からカツラがずり落ち、提督自身も椅子から転げ落ちそうになる。
 慌てて、体を支えたところ、赤城は提督の藻掻くような声を聞いた。

提督「叢雲」

 赤城は提督の体を支えたままそれ以上の事が出来なくなった。
 そっと、提督から手を離すと執務室を後にする。
 部屋を出ると早まる足を止めることは出来なかった。

*―――――――――――――――――*

提督「と言うわけだ。
 分かったな?」

赤城「……」

提督「聞いているのか赤城?」

赤城「え?
 あ、はい、聞いてます」

提督「ボウッとしていたように見えたが?」

赤城「今回の出撃は近日活発傾向にある深海棲艦の動向を探ることです。
 出来るだけ交戦は控えて敵地に潜り込み情報の収集に努め、交戦して中破の艦が出た場合はその時点撤退……ですよね?」

提督「まあ、その通りなんだが……本当に大丈夫なんだろうな?」

赤城「提督は心配性過ぎます。
 前回も出撃を取り消されるという屈辱を味わったのに、今回もと言うのならさすがに許しませんよ」

 ここ数日、提督を避けるようにして過ごしていた赤城であったが、昨日は潮から出撃の予告があり、今日は出撃前に執務室へと集められ、再度提督から指令の確認が行われていた。
 日数にすれば、提督の顔を見ていないのは3日程度であるが、それでも、この3日間で提督はやつれたような印象を赤城は受けた。

提督「……そうか、そこまで言うのなら……お前たち、くれぐれも無理はさせるなよ。
 進路も一応は決めているが、結局、陸にいる俺が出来るのはここまでだ。
 最後は現場の判断になるが、くれぐれも無茶はするな」

赤城「言われるまでもないです」

提督「そうか。
 それでは、叢雲旗艦第一艦隊ヘルシング。
 出撃せよ」

叢雲「認識したわ」

 提督はいつものように陸から艦隊を見送った。
 積極的に手を振り返すのは扶桑と潮くらいで、叢雲と山城は1回だけ仕方ないとばかりに手を振り替えした。
 赤城もいつもであれば仕方がないと1回は手を振り返すのだが、今日に限ってはそれはしなかった。
 赤城が横目で最後に陸の方を確認すると、提督はそれに気がついたように手を大きく振った。
 赤城がそれに答えずにすっと視線を戻す間際、提督のどこか寂しそうな、残念そうな笑みが目の端に焼き付く。

叢雲「提督と喧嘩でもしたの?」

 水平線を随分と進んだ場所で叢雲が口を開いた。

赤城「してません」

叢雲「だったら、その態度はなんなの?」

赤城「別に、普通です」

叢雲「普通じゃないから言ってるのよ。
 士気に関わるからそういう態度は止めなさい」

赤城「分かりました」

叢雲「分かって無いじゃない。
 ……そんな態度をしてまで提督にかまってもらいたいの?
 貪欲と言うよりもはや卑しいわね。
 あなたの食欲みたいに」

山城「叢雲、言い過ぎ」

 赤城はなんでそこまで言われなくてはならないのかと頭に血が上るのを感じた。
 それに、提督など全く関係ない。
 そのことをはっきり言おうと考え、口を開く。

「叢雲には分かりませんよ。
 提督はいつもいつも叢雲叢雲、そればかり。
 辛いことがあったらすぐに叢雲、苦しいことがあったらすぐに叢雲。
 私がビンタをしたときでさえ叢雲、先日なんて執務室でうなされていたから起こしてあげようと思ったら、うわごとで叢雲ですよ?
 さすが、提督からの信頼の厚い叢雲ですね」

 赤城は自分で言った言葉を反芻して激しく後悔した。
 言いたかったことと全く違う上に、八つ当たりや嫉妬ともとれる言動は羞恥の極みであった。
 このような物言い、叢雲にとってはさぞ滑稽で不快で面白かった事であろうと赤城は思った。

赤城「ご、ごめんなさい。
 私、どうかしてまし――」

 そこまで言って赤城は自分の手が無意識に矢を触ったのに気がついた。
 目の前にいる叢雲は怒ってはいなかった。
 笑ってもいなかった。
 侮蔑もしていなかった。
 何もなかった。
 ただ、空っぽの井戸底を意味もなく見続けているかのように恐ろしく何もない表情で赤城を見ていた。
 そんな、叢雲の様子に赤城の本能は警鐘を鳴らしたのである。

叢雲「そう」

 叢雲はしばらくして白いお面がいきなり横に裂けたかのように、口の端を左右に引き上げてそう言った。
 氷の柱に背を預けたかのような寒気が赤城を襲った。

赤城「わ、私――」

 そこまで言ったところで赤城は扶桑に手を引かれた。

扶桑「喧嘩をしたら駄目。
 今はもうお互いに何も言わない方が良いわ」

赤城「……はい」

 叢雲の方には泣き出しそうな顔をした潮が滑り寄っていた。

赤城(……先のはいったい……)

 赤城が考えていると山城が背後からそっと、赤城にしか聞こえない程度の小声で囁いた。

山城「赤城さん。私たちから離れないで。
 姉さんと私、潮から離れないで」

赤城「え?
 どういうことですか?」

潮「敵艦隊!!来ます!!」

 あぁ、そういうことか。
 相変わらず狂った性能である。
 空母より先に敵を発見してしまうだなんて。
 こうなってしまえば、そう時間はない。
 敵艦隊とはものの数分で交戦状態に入る。

潮「敵駆逐艦イ級2隻、空母ヨ級2隻、重巡リ1級隻……南方棲戦姫、来ます!」

扶桑「引きましょう」

叢雲「なぜ?
 勝てるわよ?」

山城「無理はするなとの指令があるわ」

叢雲「無理じゃないわ。余裕よ」

 叢雲ははね飛ばすように言った。

叢雲「単縦陣をとれ!迎撃するわ!」

扶桑「本気なの!?」

叢雲「何をそんなに弱気になっているの?
 さぁ――いつものようにやろうか?」

 いつもとは違う、嫌々といった様子で陣形は組まれた。
 敵艦隊がはっきりと目視できたときには凄まじい早さで戦況は回り始めた。
 互いの砲撃が空と海面を振るわせる、水柱が無数に立ち込める中をお互いがそれを縫って接近する。

赤城(……相手の練度も高い。
 でも、いつもの調子でやれば!)

 扶桑、山城、潮が敵の南方棲戦姫、重巡、空母を押さえ込んでいた。
 駆逐艦が2隻こちらへと向かってきているが、心配は要らないであろう。こちらには叢雲がいる。
 これまで、叢雲の護衛で弓を放てなかったことはないのだ。
 赤城は弓に矢を番えた。
 接近してくる駆逐艦を無視して弓を引き絞る。
 叢雲の空を引き裂く砲撃が駆逐艦を海へと巻き込んだ。
 赤城もそれと同時に矢を放ち、ヨ級の戦闘機へと向かう。

赤城(やった!
 勝てます!)

 そう思った瞬間、水柱を裂いて敵駆逐艦が急速に赤城へと迫った。

赤城「――え」

 叢雲の砲撃で沈んだものと思っていた駆逐艦は、2隻とも健在であった。
 いや、1隻は中破しているようであり、健在とは言えないが、間違いなく、片方1隻だけは間違いなく健在であった。
 水をかぶった程度の被害しか受けていない。

赤城「しまっ――」

 駆逐艦2隻からの砲撃が赤城を襲う。
 気の緩んでいた赤城は。かつてない衝撃に襲われる。
 海面を跳ね、這いつくばり、呼吸もままならない状態である。
 片目は見えない。
 手足があるかさえ判断がつかない中、片目が映し出した映像で手足はまだくっついてるんだなと赤城はぼんやりと思う。
 その手足が海面へと沈みつつあるのもどこかぼんやりと感じ取る。
 ――かつてない轟沈の色濃い匂いを赤城は感じた――

赤城(このままだと沈……む)

 海面に影が映り込み、赤城は正面を見た。
 駆逐艦イ級の大きな口が吠えるように開かれていた。
 2隻のイ級が赤城を引き裂かんとしてまさに飛び掛かっているところだ。

赤城(あぁ、これ……沈むのね、私。
 提督……ごめんなさい)

 やけに時間が進むのが遅く感じるが、体は動かないのでそのことに意味はない。

赤城(あぁ、さようなら、提督。
 ごめんなさい、提督。
 私、あなたを悲しませるのかしら)

 赤城は片目から透明の雫が流れ落ちたのを感じた。

赤城「……あぁ、そうか……私、提督が好きなんだ」

 そうか、と全てに合点がいった。
 おそらく、自分でもうっすらと気がついていた事実を、この状況になって強く認識する。
 死の間際に立って、あのどうしようもない提督をどうしようもなく愛しているのだと自覚する。

赤城「沈みたくない」

 かつて、幾百と轟沈していった艦娘は当然、轟沈から逃れようとして、その中には提督を愛していた者もいて、それでも運命から逃れられなかった艦が数え切れないほどいるのだろうと赤城は思った。
 赤城も今、愛を自覚し、必死に生きようと思っても、どうしようもなく轟沈への運命の歯車が回っているのを感じている。

赤城「それでも」

 それでも、あのどうしようもない提督の、寂しそうな笑顔が脳裏に過ぎって仕方がない。
 最後に見た彼の顔がそんなものだなんて到底受け入れられない。
 生き残らなければならない。
 でも、どうやって生き残る?
 幸いなことに赤城は狂った実例を知っていた。
 信じられないようなことをする奴は、時に過酷な運命を切り開く。

赤城「――帰らないと――提督の所へ――」

 どこかの歯車が壊れたような音がした。

赤城「っ!犬がぁ!」

 赤城はそう言うと、頭蓋をまさにかみ砕こうとしていたイ級の横っ面を張り飛ばした。
 鋼鉄が砕け、弾みでそのイ級は中破していた隣のイ級をかみ砕き、轟沈状態へと追いやる。
 赤城は更に大きな口から覗いている砲身を上方へとへし曲げた。
 苦悶の叫びがイ級から上がり、尻尾を巻いた犬のように赤城に背を向ける。

赤城「もう、関係ない。
 お前たちが何者であろうと関係ない」

 赤城は自分自身で何が自分の体を体を動かしているのか理解していなかったが、元々、冗談のような存在の自分たちである、何が起ころうと驚くべき事ではなかった。

赤城「突然現れ、海を武力で制し、女子供まで皆殺しにする。
 挙げ句、砲身を少し曲げられた程度で戦う事すら出来ない。
 あなたたち、それでも軍艦のつもりですか。
 恥を知りなさい!!」

 赤城は海に沈みかけていたイ級に手を突いた。
 ガリガリと燃料と鋼鉄を奪っていく、霧のように纏わり付くそれは赤城を修復し、飛行甲板を顕現させた。

赤城「ごめんなさい」

 それは、敵に向けたものではない。
 先ほどもだが、今まで自分が発艦して海や空に消えた戦闘機に対してだ。
 結局の所、赤城は自分の搭載機を誇りに思っていても結局は負けて沈んだのだと言う前世からの思いから、決して無敵ではないという観念にとらわれていた。
 しかし、確実に、自信を持って言える事があることに気がついた。

赤城「私の艦載機は世界最高峰。
 最高の練度を誇る、至上中の至上」

 赤城は弓に矢を4本番えた。
 弓道ではない。
 めちゃくちゃに飛んでいくと思われた矢は美しい規則性を持って四散し、何十機もの幻影のような戦闘機が現れる。
 海面すれすれ行う機や空中で一回転をするものがいる。それは、赤城の信頼に応えてのただのサービスであった。
 幽鬼のようなそれらは、駆逐艦を飲み込み瞬時にバラバラにした。
 そのまま、敵の対空砲撃を浴びながらヨ級の艦載機と交戦する。
 羽虫のように海に沈み、空に散るのはどれも敵艦隊のものであった。
 あまりにも理不尽な光景に敵艦隊が戦慄するのを赤城は感じた。
 まさに、レベルが違うと言った光景だ。
 赤子の手を捻るが如く敵戦闘機を撃墜してゆく。

扶桑「今、第一艦隊ヘルシングは成りました!
 目標、敵南方棲戦姫!
 主砲、副砲、撃てぇ!!」

 扶桑の合図で砲撃の激しさが増す。
 もはや、負けようがないと言った圧倒的な戦場であった。
 そらに、数で勝る至上の戦闘機が飛び回り、海では悪魔のような砲撃を4隻が行っている。
 南方棲戦姫はそれでも、圧倒的不利であっても、最後まであきらめまいと足掻いていた。
 赤城は南方棲戦姫の目を見た。

赤城(沈みたくないですか……でも、だめです)

 赤城は砲撃を受けて沈みかけていたヨ級に滑り寄った。

赤城「鉄火を持って闘争を始めた以上は駄目なんです」

 ヨ級からボーキサイトを奪い去り、それは弓で放つまでもなく戦闘機へと姿を変え、南方棲戦姫に襲いかかった。
 爆撃が、銃弾が、南方棲戦姫を引き裂いていく。
 南方棲戦姫は夢幻のように轟沈した。

*―――――――――――――――――*

 帰還した第一艦隊は速やかに執務室へと赴き、報告を行った。
 淡々と報告を行った叢雲に、提督は頷くと赤城の頭に手を置いて何度も何度も撫でた。
 存命を確認するようなその行為をしながら、提督は「よかった」と繰り返す。

叢雲「結論から言って深海棲艦が活発化しているのは間違いないわ。
 このままだと、1年前のような大規模な戦闘が起きるかもしれないわね」

提督「その可能性は当然のものとして行動してきた。
 対策は十分だ。
 前回と同じ規模の戦闘なら難なく勝てる。
 後はやる気の問題だな。今夜、確認するとするか」

叢雲「そう。なら、招集を掛けておくわね。
 ヒトハチマルマルに講堂で良いかしら」

提督「頼む」

叢雲「じゃあ、行くわ」

提督「何があるか分からん。
 休息を十分にとっておけ」

 叢雲は言われるまでもないと言った様子で手を振りながら執務室を後にした。

提督「赤城も頑張ったな。
 本当に良かった」

赤城「お腹がすきました」

提督「轟沈しかけたというのに赤城らしい。
 戦闘能力が上がった感想もないのか」

赤城「私はありません。
 提督こそ、私に何か言いたいことがあるんじゃないですか?」

提督「帰ってきてくれてありがとう。
 だが、今の気持ちは言葉に出来ない。
 良かったとしか」

赤城「そうですか」

提督「……赤城、お前なんか柔らかくなったか?」

赤城「失礼な。
 これでも体調管理はバッチリです。
 太ってません」

提督「何の話をしてるんだ。
 性格の話をしてるんだが」

赤城「提督勘違いですよ」

提督「そうか?
 最近はなんだか冷たい印象を受けていたんだが」

赤城「そんな事はありません。
 私は……ずっと同じ気持ちで接していました」

提督「そうか?」

赤城「そうです」

 山城がわざとらしい咳払いをする。

山城「うっとうしい空気を作らないで。
 赤城の事は私たちに任せて提督は早く仕事に戻ってください。
 本部への報告もしなくちゃいけないでしょ」

提督「そうだな。頼む」

扶桑「今日は秘書官がいないようですが、誰か呼びますか?」

提督「急務が出来たからなぁ……電を呼ぶか」

赤城「はわわ!」ビクッ

提督「何だ!?」ビクッ

赤城「……コホン……何でもありません」キリッ

提督「そ、そうか」ニヤリ

 赤城と提督の無理矢理感の漂う真顔と不敵な笑みが交錯した。

扶桑「では、提督。失礼します。
 行きますよ。赤城さん」

 執務室を出ると放送室からであろう、叢雲の声で午後6時に講堂に集合旨の放送があった。

山城「電も放送で呼びますか」

電「私に用なのです?」

山城「っ!?やるわね。私の背後をとれるのはこの鎮守府でも7人くらいしかいないわ」

電「多いのです。
 で、私に用事があるんじゃないですか?」

山城「ちょうど良かった。
 提督が電に仕事を頼みたがってたのよ」

電「それを先に言いやがるのです!」

 駆けだそうとした電は赤城に目をとめた。

電「一航戦赤城。
 恐ろしいものになって帰ってきたのです」

赤城「えぇ、そうです。
 私はもう何も怖くありません」

電「はわわ!!」ニコォ

赤城「」ビクッ

雷「素敵なのです。
 本当の艦娘に成ったのですね。
 自らの意思で行動する唯一の1隻に。
 私たちなんてざまだと提督が泣いています。
 自由になったのにさらなる闘争を望むだなんて」

赤城「私が望んでいるのはそんなものではありません」

電「なら、何なのです?」

 赤城は提督の笑顔を思った。

赤城「光」

電「……赤城、第二艦隊に来る気はないです?」

 これに食いついたのはなぜか扶桑達三人であった。

扶桑「本当ですか?」

山城「もし、本気なら電から提督に進言しておいて」

潮「おねがいします」

 共に戦ってきた第一艦隊の仲間にこのように言われ、赤城は少々どころか波のような悲しみが心に襲ってくるのを感じた。
 追い出されるほど嫌われているとは、露程も思っていなかったのである。

電「何かあったのです?」

扶桑「理由は聞かないで?」

 扶桑は回りに視線を走らせた。

電「……なるほど。
 分かりました。
 提督には私から言っておきます」

 そう言って、電はこの場を後にした。

赤城「私……私……」

 赤城は涙が瞳に浮いてきたのを感じた。

山城「めそめそしないで」

扶桑「ちょっと……こっちへ」

赤城「え?なんですか?」

 扶桑は赤城の腕をとり、空き部屋へと誘った。
 普段は教養の場として使われている場所であり、今は誰もいない。
 扶桑は山城と潮に目配せすると、二人は部屋の外で左右を見張った。

赤城(この流れは――しごき!)

 赤城は海軍精神注入棒がどこから出てくるのかと身を震わせた。

赤城「ぼ、暴力反対です。
 暴力ならまだしも悪い噂で海軍精神注入棒を女性にとって良くない使い方をする輩がいるとかなんとか……そういうのは本気でよくありませんよ……そうなったらこっちも本気ですからね?お互いに大けがですよ」

扶桑「?。ごめんなさい。何を言ってるのか分からないわ。
 用件は早く済ましたいし率直に聞くわね?
 あなた、今日の戦いのアレどう思ってる?」

赤城「アレ……ってなんでしょう?」

扶桑「あなたが沈みかけたこと」

赤城「……率直に言えば、怖かったですね。
 沈みたくないって思って――」

扶桑「そうじゃなくて、もうはっきり言いますけど、あなた叢雲にわざと沈むように仕向けられたのよ?」

赤城「…………そんな馬鹿な話」

 何を言っているのだろうか、と言うのが率直な思いだ。

扶桑「そうね。
 沈めようとしたのかは分かりませんけど、でも、叢雲が駆逐艦2隻を突破させたのは明らかに故意よ。
 だから山城が私たちから離れないようにって言ったのに……ぐずぐずしているから私たちと分断されるような陣形を組まされるんですよ」

赤城「ちょ、ちょっと待ってください。
 そんな……そんな、ことをされる覚えはありません。
 たしかに……戦闘が始まる前に叢雲とちょっとした口論はありましたけど、それだけの事で叢雲がそこまでの事をするとは思えません。
 今までも、口論くらいなら何度かありましたし、彼女には色々とお世話になりました、ましてや、今回の喧嘩なんて私の八つ当たりみたいなものでしたし、内容的には叢雲にとっては嬉しいものじゃないですか?」

扶桑「……赤城さん。あなた、根本的に勘違いしてるのよ。
 言っておくべきだったんでしょうけど、誰も言えなかった事を……言っておきましょう」

 赤城は目の前に立つ扶桑の影が濃くなったような印象を受けた。

扶桑「……提督の言う叢雲と赤城さんの知っている叢雲は……別の艦です」

赤城「――は?え?」

扶桑「一年前の戦いで提督が失った艦、それこそが、提督が幼い頃に命を救われ、姉のように慕い、そして、いつしか愛していたであろう艦、叢雲です」

 赤城はぞくりと身を震わせた。

赤城「だったら、彼女は?
 私の知っている叢雲は何なんです?」

扶桑「……彼女は……提督の愛していた叢雲が殿となり沈んだ日、彼女が敵艦隊と沈んだであろうその海を漂っていた艦娘です。
 所謂、ドロップ艦です」

赤城「叢雲が沈んだ戦いでのドロップ艦が今の叢雲?」

 だとしたら、彼女はどんな思いで――あの時の私の言葉を聞いたのだろう。

扶桑「昔話をしましょうか。
 叢雲が沈んだ……沈む前の話を」

*―――――――――――――――――*

 10年前。

 提督が鎮守府に着任しました。
 これより艦隊の指揮に入ります。

提督「赤土提督です。みんな、よろしく」

 この挨拶が行われたのは赤土提督が鎮守府に着任してから数日後の話であり、数名の艦娘がその場にはいた。
 理由は至極単純である。
 着任当日から資材を備蓄し、溜まった資材を利用して建造を行ったからである。

扶桑「扶桑です」

山城「山城です」

扶桑「姉妹ともども、よろしくお願いいたします」

提督「扶桑、山城……戦艦か!
 よっし!やったぞ叢雲!」

 提督がそうはしゃいだ瞬間、凄まじい勢いで前へと飛び出した。
 建造された艦娘たちの足下へ土下座するような形で滑り込んでいく。

電「なんなのです!?」

 先まで提督が立っていた場所を見てみると、水色のロングヘアーに大きな槍が印象的な艦娘が立っていた。
 というよりかは、片足を前に突きだした状態で停止していた。
 まるで、何かを蹴ったかのような格好で。

提督「何しやがる!」

叢雲「人間、第一印象が肝心なのよ?
 そんな風にはしゃいだら威厳も何もないわ。
 もっと提督らしく振る舞いなさい。
 ただでさえ、あなたは今年16才になったばかりだし、なんて言ったら良いのかしら……あぁ、クソガキなんだから落ち着きくらいは持ちなさい」

提督「お前のせいで威厳も何もないわ!
 完全に初対面から土下座をお披露目してしまったわ!」

 提督は白い軍服にこびりついた砂埃を払いながら叫んだ。

叢雲「それと、赤土提督じゃなくてアーカードと名乗りなさいって何度言ったら分かるの?」

提督「意味が分からん」

 叢雲は心底呆れたと言いたげな長い溜息をついた。

叢雲「駄目ねこの子。全然駄目だわ。一つも言うこと聞かない。
 育て方間違ったのかしら」

提督「お前に育てられた覚えは――まあ、あるけど爪の先くらいだ。
 基本的に叔母さんにお世話になっていたんだし、叢雲は意味が分からない自称責任者だったじゃないか」

叢雲「あー、お腹減った」

提督「自由か!話を聞け」

叢雲「後でみたらし団子買ってきてちょうだい」

提督「誰が行くかバーカ」

電「あ、あの、司令官さん、それで、私たちはこれからどうしたら良いのでしょうか」

提督「そうだなぁ、当面は遠征と鎮守府内で演習。
 初めに言っておくけど、ここはなかなか厳しい海域らしくて、不定期に大規模な敵が攻めてくるらしい。
 前の司令官は3ヶ月前に鎮守府正面海域まで敵の大艦隊に攻め込まれてその際に「戦死」した。
 しかし!心配ない!
 この俺は大丈夫!死なない!もちろん、お前たちも!」

叢雲「勢いだけで根拠がないじゃない」

提督「……大丈夫なものは大丈夫!」

叢雲「仕方がないわね。
 私がみんなに説明してあげる」

提督「おい、止めろ」

叢雲「みんな、大丈夫よ。
 ここにいる提督はアーカードという不死の吸血鬼よ。
 必ずや艦隊を勝利に導いてくれるわ」

 叢雲は大まじめな表情で言った。
 集まっていた艦娘は「こいつは狂ってるぜ」と言いたげな表情を一様に浮かべていた。

提督「お前のその脳内設定ってなんなの?
 なんで俺を吸血鬼にしたがるの?」

叢雲「だって、吸血鬼の方がかっこいいでしょ?」

提督「意味が分からない」

扶桑「提督、そこの叢雲さんは今回の建造で生まれた艦じゃないのかしら。
 随分と気心が知れているようですね。
 初期艦ですか?」

 提督は初期艦と聞いて顔を顰めた。

提督「いや、叢雲とは提督になる前からの付き合いだ」

叢雲「私をそこら辺でたたき売りされている初期艦と一緒にしないでちょうだい。
 不愉快よ」

提督「またそんな事を言う……あの時だって初期艦を1隻選んで良いって事になってたのに……」

叢雲「要らないものを要らないと言って悪い理由はないわよね?」

電「なにかあったのです?」

提督「この鎮守府に来る前の話なんだが、手を貸してくれるという艦娘がいたんだ。
 そのせっかくの申し出をこいつが断りやがった。
 断ったというか、その話をしていたら艦娘に後ろから膝蹴りを食らわせやがった」

電「膝!?」

叢雲「こうやってね!」

 そう言うと叢雲は助走を付けた膝蹴りを電の顔面にたたき込んだ。

電「ごふぅ!!??」(こいつ……マジでイカレてやがるのです)

提督「何やってんのおまえええぇぇ!?」

叢雲「私の方針に文句がある奴は今すぐに出て行きなさい!」

提督「俺の鎮守府なの!
 そういうことを決めるのは俺の仕事なの!
 俺の鎮守府はそういう感じじゃないの!
 アットホームな感じで行きたいの!」

叢雲「秘書艦というものがあるのを知らないの?」

提督「知ってるけどお前は勘違いをしている!」

叢雲「まあ、右も左も分からないクソガキ提督は大人しく秘書艦に従っておきなさい。
 本物の軍隊という物を見せてあげるわ」

 そう言うと叢雲は長刀を頭上で振り回し、空を切るようにしてそれを止めた。

叢雲「貴様ら一人前のくせして全くの機械だ。
 文句ばかりは一丁前で本当に大切なことは一人では決められない。
 自分の意思で食物を食らい。自分の力で海を渡れ。
 本物の艦娘になりなさい!
 貴方たちは自由よ!」

 ここで、今まで事の成り行きを見守っていた艦娘が口を開いた。

大井「何が本物の軍隊よ。
 自由を謳っている時点で――」

叢雲「海軍精神注入!」

 叢雲は長刀の柄を大井の頭上に振り下ろした。

大井「見切った!」

 大井はそれを半身になって避ける。

叢雲「豚のような悲鳴を上げろ」

 叢雲はすかさず手刀を大井の首にたたき込む。

大井「かふぃぃ!!」(ここまでする!?)大破

提督「何で服がはじけ飛んだんだ?」

叢雲「何見てんのよこのエロ。
 思春期、変態」

提督「何言ってるんだお前」

叢雲「あなたくらいの年齢の人間が考えていることなんてお見通しよ……このエロ大魔神!」

提督「言いがかりはよせ!」

叢雲「え?
 あなた大丈夫?
 そっち系の欲求はないの?
 それは、それで問題ね
 もしかして、ホ――」

提督「違うわ!」

叢雲「大丈夫よ。
 あなたが私のお風呂を覗いて興奮していたのは知ってるから」

提督「よ、よせよ。
 あるか、そんなこと」

 挙動不審であった。

叢雲「汚らわしい」

 ジト目であった。
 周りの艦娘がざわつく。

叢雲「……まあ、こんな提督だけどよろしくしてあげてちょうだい」

提督「叢雲の馬鹿野郎ぉ!
 秘書官は電!これ決定!」

 そう言って、提督は執務室に逃げ帰った。
 数分後、執務室に叢雲がやってきて「電は泳ぎたいって海に飛び込んだわ」といって執務室の椅子についた。
 さらに数分後、ずぶ濡れの電が執務室に飛び込んできて「食らうのです!」と叫びながら叢雲に殴りかかった。
 叢雲は「邪魔」の一言で蹴り飛ばし、執務室のドアごと大破させた。
 この日、爪に火をともす思い出貯めた資材で建造した艦娘から続出する転出願いに提督は震えた。

*―――――――――――――――――*

赤城「随分と滅茶苦茶だったんですね」

 扶桑は話を区切り、ほっと溜息をついた。

扶桑「何もかもが型破りでした。
 強さも尋常ではなかったので、電や大井はいつも喧嘩をしてはコテンパにされてましたね」

赤城「電様が?」

扶桑「それはもうボロぞうきんのように成ってましたよ。
 電も今ほど強くはありませんでしたから」

赤城「信じられません」

扶桑「それでも、仲は悪くなかったのよ。
 叢雲の無茶苦茶な性格に呆れて鎮守府を去る艦娘がいたのも確かだけど、逆を言えば残った艦娘というのは叢雲のそういう部分も許容できたり、ある意味、あこがれのような感情を抱いていた艦娘でしたから。
 かくいう私も叢雲の自由な姿に憧れていました。
 楽しかったなぁ」

 扶桑はしんみりと言った。

扶桑「提督は慎重派です戦術も徹夜で組み立てるような人ですから、あの日まで轟沈なんてなかったですし鎮守府の雰囲気も良かったんですよ?
 でも、前も言ったけど、提督には運がなかったの」

赤城「運……ですか」

扶桑「戦い続けて勝ち続けて……感覚が麻痺するんだけど……この戦力で十分だってね。
 提督は正規空母なんて建造できたことないですしドロップ艦も運が良くて重巡みたいな人でした。
 戦いが進むにつれて無理が出てきましたし、敵が活発化し始めてからの提督の必死な姿は見ていられませんでした。
 大規模な戦闘に備えての人員確保のために、色々な所に増援を求めていましたが、基本的にはどこも人手不足です、し強力な艦娘を特別に配備するに当たってはこの鎮守府の成績は良すぎた。
 結局は鎮守府内でどうにかするしかなかったのよ。
 上の人間からしてみれば確かにここは厳しい敵情勢を抱える鎮守府ですけど、ここを奪われたから……だからといって直ぐに許容できない被害が出るのかと問われればそうではない、結局は使い捨てることができる場所だと目されていたんです」

赤城「そんな」

扶桑「今でも思うんです。
 提督はあの日、叢雲を出撃させたくなかったのではないかと。
 どの艦が沈む可能性が濃厚である状況下において叢雲の出撃に、内心穏やかではなかったと思います。
 そして、あの日、叢雲と私と山城、潮、龍驤、大井は海に出たんです」

*―――――――――――――――――*

 敵が強くなって来た気がする。
 私たちももう十年近く戦って練度は高い。最高値だと言っても過言ではないだろう。
 提督も寝ずに戦闘の準備に明け暮れている。
 なのに敵が強くなった気がする。
 叢雲は出会ったときから強かった。
 初めて海に一緒に出たときなど聞いたこともないような戦闘の性能に度肝を抜かれた。
 訳の分からない射程で砲撃を当てるし、その威力たるや46センチ砲も真っ青、魚雷を戦闘が始まる前に撃って敵を轟沈させ大井が本気で怒り、接近したとみるや殴る蹴る長刀で両断するの乱舞だ。
 彼女は出会ったときよりも強くなった気がする。
 なのに敵が強くなった気がする。

扶桑「ごめんなさい。やられてしまいました」中破

叢雲「そんなの見れば分かるわ」

 第一艦隊が出撃して今日一番の戦闘で会ったが、叢雲以外小破以上の被害を受けていた。
 提督の予定では3戦して戦線を押し上げるはずであったが、最近は押されているのを肌と戦績で感じる。
 以前、行けていた海域までたどり着けないことが多々あるのだ。

叢雲「いったん鎮守府に引くわよ」

龍驤「……なぁ、叢雲。
 ウチらちょっとピンチ過ぎるんとちゃう?」

叢雲「私は何の問題はないわ。
 ピンチなのは貴方たちだけ」

龍驤「冷たいなぁ」

叢雲「いい加減貴方たちも強くなりなさい」

龍驤「無理無理。
 叢雲が言う強くなれって言うのは、ようは叢雲みたいに無茶苦茶な性能になれってことやろ?
 分かって無いようやけど、あんた無茶苦茶なんよ。
 他のどこ探しても叢雲みたいな馬鹿げた性能の艦娘なんておらへんよ」

叢雲「あきらめが人を[ピーーー]。
 艦娘も同様!」

 叢雲はそう言うと龍驤の頬を張った。
 龍驤の首が嫌な方向に曲がる。

龍驤「ちょ、ちょっと待って。
 あかんって」

叢雲「あかんことないわよ?」

 叢雲は不思議そうな顔をして頭を傾けると今度は逆側に頬を張った。

龍驤「あっかーん!」中破

大井「ちょっと!
 今は出撃中なんだからふざけるのもいい加減にしてちょうだい!」

叢雲「また、中破したの?
 馬鹿なの!?」

 叢雲は躊躇なく手刀を大井の喉に突き刺した。

大井「かふっ!?」

叢雲「装甲が薄いとか言い訳だから」

 この光景を巻き込まれないように遠目から見ていた潮の方向に叢雲の首だけが向いた。

潮「!?」ビクッ

叢雲「じー」

潮「な、なんでしょうか」

叢雲「手加減してるんじゃないわよ!」

 叢雲は潮の頭を片手で掴むと激しく揺する。
 それだけで潮は目を回してしまっていた。

叢雲「迷いがあればいつか大破だけじゃ済まなくなるわよ」

潮「で、でも、敵も生きてて、仲間がいて、な、中には私たちに似た艦もいたりします。
 深海棲艦って何なんでしょうか。
 もしかしたら――」

叢雲「だからなんなの?」

 叢雲は潮の胸ぐらを捻りあげる。

叢雲「鉄火を持って闘争を始める者に人間も艦娘も深海棲艦もあるか!
 彼女たちは来た!殺し、打ち倒し、朽ち果てさせるために!
 殺されに、打ち倒されに、朽ち果たされるために!
 殺さなければならない!」

潮「で、でも……」

叢雲「ま、どうでも良いけど。
 せいぜい、おっかなびっくりついてきなさい」

 叢雲はなぜか満足したように言った。

潮「は、はい!」

叢雲「とりあえず鎮守府まで戻るわよ。
 で、貴方たちにバケツをぶっかけて再出撃よ!」

龍驤「ブラックやぁ」

叢雲「そこに直りなさい!
 指導して――」

 叢雲はそこまで言うと水平線の彼方へと視線を向けた。
 いつになく真剣な表情でそちらの方向を見つめ続ける。
 そして、にやりと口元を歪ませた。
 いつものように。

叢雲「さあ、貴方たち鎮守府に帰りなさい」

 他の艦娘たちは揃って首を捻った。
 叢雲の言い方に違和感を覚えたからだ。

大井「ついにまともな日本語も話せなくなったのね。
 さっさと帰るわよ。叢雲」

叢雲「いいえ、私はここに残るわ」
 
大井「……は?
 何を言っているの、あなた」

叢雲「あなた達のことが嫌いなの。
 顔も見たくない、さっさと失せろ、雑魚、消えろ」

 大井のこめかみに青筋が浮いた。

大井「何よその言い方!
 こっちだっていつも甘味処に行っては私の分まで食べられてそろそろ我慢の限界――」

叢雲「さっさと帰りなさい!!」

大井「っ!
 ……分かったわよ、置いて帰るからね!
 敵艦隊に襲われても知らないんだから!」

 大井はそう言って叢雲に背を向けた。
 だが、龍驤が異変に気がつく。

龍驤「……なんや、この数……」

 龍驤の顔から血の気が失せた。

龍驤「12時の方向、偵察機が敵艦隊多数を捕捉!
 連合艦隊……そんな、生やさしい感じじゃあらへんよ!」

 艦娘たちの視線が叢雲に集まった。

扶桑「まさか……あなた……。
 迎撃しますか、撤退しますか?」

叢雲「……まったく、文句だけは一人前に言えるくせに、最後まで自分で決断できる骨のあるところを見せてはくれなかったのね。
 迎撃は論外。
 撤退よ。
 ただし、1隻殿を残してね」

大井「あなたがここに残るつもり!?
 許さないわよ!」

 大井は叢雲に詰め寄り両肩を揺さぶる。

叢雲「誰にも許してもらう必要はないわ。
 さっさと鎮守府に帰って報告しなさい。
 雑魚のあなた達だけど鎮守府の資源があればやりようはいくらでもあるわ」

大井「私もここに残るわ!」

潮「わ、私も」

山城「……私と姉さんで足止めした方が良いのでは?」

龍驤「ウチ艦載機もう飛ばせんけど、敵を引きつけておくくらいなら何とかなるで?」

 水平線の彼方に敵艦隊が見えた。
 その艦隊の頭上はまがまがしい雲で覆われていた。
 まるで、嵐を引き連れてきているかのようである。
 一見して、姫や鬼などの強力な艦が数隻見て取れた。

叢雲「…………飽きれた馬鹿共ね。
 だから嫌いなのよ。
 さっさと行きなさい。
 あなた達がいたところで何の役にも立たないし――」

 叢雲は大井の胸を掌で突いた。
 大井は思った以上の衝撃に後ろへとよろける。

叢雲「邪魔なのよ」

大井「……なんなのよ……先までいつもみたいに過ごしていたじゃない。
 戦って、勝ったらみんなで喜んで、叢雲が調子に乗るなって暴力振るって。
 戦って、負けたらみんなで反省して、叢雲が強くなれって暴力を振るって。
 そうだったじゃない、先だって。
 その後はいつもみたいに鎮守府に帰ってお風呂にゆっくり浸かって提督や他のみんなと食事をとるんでしょ?」

叢雲「勝手にやってなさい」

扶桑「やっぱり私たちも残ります」

叢雲「邪魔だって言ってるのよ不幸艦!!
 馬鹿なの!?
 誰かが足止めしないと駄目なの!それが出来るのは私なの!いち早く鎮守府に報告をして迎撃の態勢をとらないと駄目なの!それが分からないの!?
 だから、あなた達のことが嫌いなのよ!
 鬱陶しい!」

潮「そんなこと言わないでください!
 ここにいるみんな、昔からの仲間じゃないですか。
 何をするにしてもみんな一緒だったじゃないですか。
 叢雲さんは楽しくなかったんですか!?」

叢雲「別にあんた達と過ごした日々なんて楽しくとも何ともな――な、な」

 叢雲は言葉が引っかかりその先が言えなかった。
 それを見た潮ははっとして悲壮な表情を浮かべた。

潮「……ごめんなさい」

扶桑「……帰還……します」

 残りの艦娘は身をよじるような苦悩に襲われたが、敵艦隊は直ぐそこまで迫ってきていた。
 やがて、鎮守府の方向へと進路を向けた。

大井「絶対に迎えに来るから!
 隙を見てあなたも逃げなさいよ!」

山城「……提督に言っておくことはある?」

龍驤「山城!」

山城「取り繕っても意味がないわ。
 悔いを残させる方がいけないと思うの」

大井「あんたねぇ!」

 大井が襲いかからないばかりに凄んだ。

叢雲「なにもないわ」

 そう言って、叢雲は艦娘に背を向けた。
 鈴のような声だった。
 嵐を引きつける敵艦隊を前に、叢雲の頭上は澄み渡っている空を見上げていた。

叢雲「なにもない」

山城「そう」

 それが、最後の会話だった。
 扶桑達5隻は壊れても構わないとばかりに速度を上げ、鎮守府へと向かう。
 あっと、いう間に叢雲の姿は見えなくなったが、冗談のような砲撃音の数が狂ったように背後で響くのを聞いた。
 阿鼻叫喚の戦闘の音を聞いた。

大井「あぁ、提督になんて報告すれば良いの?」

*―――――――――――――――――*

扶桑「それが、叢雲の最後」

 話を聞き終えた赤城は何も言えなかった。

扶桑「それが、叢雲の最後。
 沈む瞬間なんて誰も見ていないのに、彼女はもうこの世にいなくて、今、この鎮守府にいる叢雲は昔の叢雲では決してないの」

 扶桑はそこまで言うと両目から涙を零した。

扶桑「ごめんなさい。
 これ以上はもう――でも、分かって」

赤城「……えぇ、分かりました」

 赤城はそう言うと部屋を後にした、外を見張っていた山城と潮との会話はなかった。
 自室に戻った赤城はまだ聞かなければいけない事があると感じた。
 それを話してくれるのは――。

赤城「提督」

 赤城の頭に彼女が知る叢雲の言葉が思い起こされた。

赤城「貪欲と言うよりもはや卑しい……ね。
 そうね。
 自分でも……そう思うわ」

 この日の夕方、午後6時。
 提督はいつもの格好、いつもの様子で鎮守府の皆の前に立った。
 そして、いつもの調子で言った。

提督「近日中に大規模な戦闘が予想される。
 やる気のある者の気勢をを削ぐような事を言うのは心苦しいが、いつも言っているように、君たちは自由だ。
 もし、来る戦いに恐れがあるのならば、この後、いつでも良い、私にそれを伝えてくれ。
 望むようにしてやる。
 戦えないからと去る必要はない、避難をしたいというのであれば別だがな。
 恥じなくても良い、戦いに恐れを抱くのは正常な証だ。
 だが、その恐怖を前にしてもなおここに残り戦ってくれる者、自分の意思で残り戦ってくれる者、私に力を貸して欲しい。
 以上だ」

 これを聞いた艦娘たちの反応は「何言ってるんだ?こいつ」「時間を無駄にした」「わざわざ集められた理由ってこれ?」程度のものだった。
 元々、この鎮守府に残っている艦娘というのはそんな艦ばかりなのだ。
 どうしようもない提督とどうしようもない艦娘たちばかりだ。
 その繋がりは――

赤城「それは違う。
 違いますよ。提督」

*―――――――――――――――――*

 提督が皆を講堂に集めた夜。
 提督は艦娘が来るのを待っていた。
 しかし、夜も更けきり、鎮守府もすっかりと静まりかえり、歩哨の明かりがちらほらと見られるようになった頃、提督は今日は艦娘は来ないと結論付け、仕事をしようと卓上に地図を広げた。
 そんな時であったため、執務室の扉がノックされた事に提督はいささか驚いたような顔をした。

提督「入れ」

 提督の声の後、執務室の扉が開かれるが、誰かが入室してくる気配は一向もない。

提督「……誰だ。
 入って良いぞ」

 扉は開いたまま、向こう側の暗い廊下が見えるだけだった。

提督「……叢雲?」

赤城「心せよ亡霊を装いて戯れなば、汝、亡霊となるべし」

 風と共に背後から響いた声に提督は体を震わせた。
 その震えを押さえるように赤城は提督の両肩に手を乗せる。

提督「赤城か、脅かすな!
 いや、驚いてはいないがな!」

 提督は立ち上がろうとしたが、肩に置かれた赤城の両手がそれを許さなかった。
 椅子に押さえつけられるようにしてピクリとも動けない。

提督「……窓から入ってきたのか」

赤城「えぇ、ドアの方は艦載機です。
 驚きました?」

提督「いいや?」

 卓上に広げられているものに赤城の目線が注がれたのを提督は直感で理解した。

提督「気にするな」

 提督はそう言うとバツが悪そうに地図、統計、作戦指令書を手早く裏返す。

赤城「どれもこれもに私の名前があるのに気にするなとは可笑しな話ですね」

提督「ここに来たという事はそういう事なんだろ?
 お前は何も気にしなくて良い。
 好きなようにしろ」

赤城「そうですか」

 赤城はそう言うと背後から提督にしなだれかかった。

提督「何だ?」

 僅かに驚いたような声が提督から上がる。
 背後を確認しようと首だけ振り返り、至近距離で顔をのぞき込むようにしていた赤城の不敵な笑みに対面した。
 鼻先が触れるような距離で提督は赤城の瞳を覗き込む。

赤城「正気を疑っています?」

提督「いや」

赤城「腹が立つ人ですね。提督は。
 私はこんなにどきどきしているのに、あなたと来たら犬猫が戯れてきた程度の動揺しかないんですね。
 それは、あなたの心の中に叢雲がいるからですか?」

提督「……それは――」

 提督は言葉に詰まった。

赤城「私、提督が好きです。
 愛しています。
 だから、戦いましょう明日も明後日も命尽きるその日まで」

提督「は?
 それは――」

 提督の表情が苦悩に揺れた。

提督「それは……良くない」

赤城「何でです?
 私が私の意思で決めたことです。
 誰の許可なんて要らないんです。
 提督も気にしなくても良いんです。
 私が勝手に、好きでやっている事なんですから」

提督「おかしいだろ……そんなの。
 大体……こんな私のどこを好きになったと言うんだ……おかしいだろ」

 赤城の、ふふふふふ、と言う心底面白そうな声が執務室に響いた。

赤城「有り体に言えば、全部です。
 面倒くさいところも、一生懸命なところも、弱いところも、強いところも、壊れてしまっているところも、苦悩している姿も全部好きなんです。
 だから、提督は私の愛に応えようとせずとも、慰めようともしなくても良いんです。
 拒絶してくれても良いんです。
 私、提督の一隻の艦娘に一途な姿も好きですから」

提督「それは……それは、愛なのか?」

赤城「それを知ったのは提督と出会ってからなので、若輩の私が言うのも何ですが……提督のソレこそ愛なんですか?」

提督「……なんだって?」

赤城「気がついていますか?
 この鎮守府にいる全ての艦娘は提督の事をにくからず思っている事を、それは、愛情であったり、信愛であったり、友情のような感情であったりするのでしょうが……一人一人が提督の事を死なせたくないと思っているんですよ?
 だからね、提督――私は口に出して提督の為に戦うと言っただけで、皆、同じ気持ちなんですよ。
 どうしようもない提督の元に残る艦娘なんて、どうしようもない艦娘に決まっているでしょう?」

提督「そんな馬鹿なことがあるか」

 提督は頭を抱えた。

赤城「心優しい艦娘が「人々」の為に戦禍に飛び込んで言っているのだと思いましたか?
 提督、ここに残っている艦娘はそんなものじゃありません。
 顔も知らない「人々」の為に戦うなんてまっぴらごめんなんですよ。
 ただ、提督の為に戦い、沈むことになろうとも、それでも構わないと言える艦娘なんです」

提督「そんな馬鹿なことがあるか」

赤城「提督は悪くありません。
 周りがただ、そうなんです。
 提督はただ、一隻の艦娘を愛し続けただけ……だから、周りの好意に気がつかなくても、それを責められる必要はないんです」

提督「そんな馬鹿なことがあるか」

赤城「良いんですよ?
 提督がただ一隻の沈んでしまった艦隊を愛していると言うのであれば、皆はそれで納得してしまっているんです」

 赤城は提督を覗き込むようにして言った。

提督「……お前は……どうなんだ」

赤城「私ですか?
 当然、私も提督がただ一隻の艦を愛するというのであれば、それはそれで納得します。
 そうであるのならですが」

提督「それを口にすること自体が、不服を申し立てているようにとれるが?」

 赤城は目を細めて口の両端をつり上げた。

赤城「私しか――私しか、言わなかったでしょう?こんな事は。
 周りの艦娘にも私と同じ気持ちである艦が要るはずなのにも関わらずです」

提督「それは、お前の勘違いだからだ」

赤城「いいえ、彼女たちは二人に優しいんですよ。
 提督と沈んでしまった叢雲の二人にね。
 だから、提督がその一隻に全てを捧げるのも沈んでしまったその一隻が提督の全てを繋ぎ止めているのも許容できるんです」

 赤城の提督の肩を押さえる力が強まった。

赤城「でもね――でもね提督。
 私は提督に優しくなれてもその一隻にまでそこまで優しくはなれません。
 提督が全てをその艦に捧げるというのなら、私はなんの文句もないんです。
 でも、その一隻が全てを繋ぎ止めているのだけは我慢ならないんです」

提督「大丈夫か?赤城。
 何が言いたい」

赤城「教えてください。
 提督の愛してやまない叢雲という艦を。
 私を納得させてください。
 それが、私へのせめてもの慰めだと思って」

 提督は話すべきかそうするべきでないかを迷っている用であったが、赤城にしてみれば滑稽なことこの上なかった。
 もう、答えは出ているのだ。
 提督がこのように艦娘に頼まれて、断れるはずがない。

提督「……分かった」

赤城「よかった。
 ありがとうございます。
 じゃあ、聞かせてください。」

提督「どこから話そうか」

赤城「全部」

提督「……そうか。
 そうだな……叢雲と出会ったのは6歳の頃の話だ。
 あの日は、私の誕生日だったんだが――」

*―――――――――――――――――*

「今日は誕生日じゃなかったっけ?」
「前から楽しみにしてたじゃん」
「どうしてこんな所にいるの?」

提督「どこにいようと良いじゃないか」

「ほら、言った通りだろ?
 こいつの父さん提督だから絶対に無理だって言っただろ」
「なんで無理なの?」
「提督は忙しいからだよ」
「艦娘に命令しているだけじゃん」

 当時、6歳だった赤土提督は、当然、このときは提督でも何でもなかったし、当然、カーカードなどと名乗っているなかった。
 一介の子供だった。
 父親は提督で鎮守府は危ないからという理由で、鎮守府には住まわず、父親が配属となっている鎮守府の保護下にある町中に母親と二人で過ごしている。
 今日は以前から家族水入らずで誕生日を祝おうという話をしていたのだが、父親が今朝になって深海棲艦の動きが活発だからという理由でこれをキャンセルした。
 母は二人でも祝おうとしている様子だったのだが、内心とても楽しみにしていた少年赤土は夕方になって我慢の限界を迎え、家を飛び出したのであった。

「赤土、お前、艦娘と話したことある?」

提督「あるよ」

「どんなのだった?」

提督「わかんない」

「何それ」

提督「普通の人と変わらなかったよ。
 もしかして、騙されたのかも」

「多分そうだよ」

提督「……じゃあね」
 
「帰るの?」

提督「うん」

 そう言って、その場を離れた提督であったが、当然の如く家には帰らなかった。
 日は傾き、夕焼けが目にまぶしい時間になっていたが、近くの公園でブランコでもして遊ぼうと考える。

提督「…………なに、アレ」

 公園に着いた時の感想がソレであった。
 ブランコをしようと思っていたのだが、先客がいた。
 ブランコは二つあるのだが、そいつはものすごい勢いでブランコを漕いでおり、隣のブランコを使う気には到底なれない。
 本当はブランコがしたかったのだが、仕方なしに鉄棒をすることにした。
 ブランコの方を気にしながら、周りの遊具で遊んでいく。
 ついにはブランコを使っているアレは一回転を何度もし始めたが、一向に満足する気配がない。
 仕方なしに、本当に仕方なしに砂場で山を作り始めたとき、ブランコをこいでいたアレがブランコからふっとんだ。

提督「あっ」

 と思ったのは一瞬で、アレは空中でくるくると回転すると見事に着地して見せた。
 狂ったような勢いであったのに関わらず、勢いも重さも感じさせないような軽やかさで着地したのは、水色のロングヘアーの少女だった。

提督「……すげぇ」

 凄い、と子供ながらに感じた。
 その少女がその体術を披露した事に対してではない。
 彼は、今までここまで綺麗な少女を見たことがなかったのである。
 自称艦娘を名乗る女性は確かに綺麗だったのだろうが、年上過ぎてそこら辺の事がよく分からなかった。
 艶のある軽やかな髪の毛、整った顔立ち、陶器のような肌。
 一目見た瞬間には次にとる行動を自制することは出来なかった。

提督「ちょっと!」

「……なに?」

 提督に声を掛けられた少女は不機嫌そうに振り返った。

提督「一緒に遊ばない?」

 少女はすでに日が沈みきった空を見上げた。

「遊ばないわよ。
 子供がこんな時間まで外に出て何をやっているの?
 早く帰りなさい」

提督「帰りたくないんだ」

「あっそ」

 少女は背を向けてその場から立ち去ろうとする。

提督「僕の名前は赤土。
 君は?」

「……赤土?
 ここの鎮守府の人間も赤土だったわよね?」

提督「僕のお父さんだよ。
 提督なんだ」

「提督じゃないわ」

提督「提督だよ?」

「私が提督と認めなかったら提督じゃないのよ」

 こいつはちょっと変わった奴だな、と赤土は考え始めていた。

「でも、赤土というのは良い名前ね」

提督「そうかな?」

「でも、あなた自信は冴えない性格をしているわね。
 私、自分でやりたいことを決断できない奴は見るのも嫌いなの。
 あなた、ブランコをやりたかったんじゃないの?」

提督「そうだけど、君がやってたから」

「隣のブランコが空いていたじゃない」

提督「君が凄い勢いで漕いでたから……怖いから近づけなかったんだ」

「情けないわね。
 それに、君じゃないわ。
 私は叢雲という名前があるのよ?」

提督「むらくも?
 変な名前。名字?下の名前?」

叢雲「そいっ!」

 提督が言った瞬間、叢雲の膝が赤土の鳩尾に突き刺さっていた。

提督「っ!?」

 その場に、膝を突き、軽い呼吸困難に襲われる。

提督「やばいなこいつ」

叢雲「ぶち殺 すぞヒューマン」

提督「それより叢雲ねぇちゃん」

叢雲「叢雲ねぇちゃん?」

提督「僕、6歳だけど、叢雲の方がたぶんおねえちゃんだよね?」

叢雲「私、生後2週間程度だけど?」

提督「……意味が分からないよ。
 よく言われない?
 狂ってるって?」

叢雲「あなたがあと10歳年上だったらマウントをとって顔面を左右の拳で死ぬほど殴っている所よ?」

提督「叢雲ねぇちゃん。どこに住んでるの?
 今まで見たことないけど引っ越してきたの?」

叢雲「あなた、人の話を聞かないわね。
 まあ、引っ越してきたと言えばそうなのかしら。
 海から来たわ」

提督「変わってるね」

叢雲「ちょっとね」

提督「何して遊ぼうか」

叢雲「遊ばないけど?」

提督「明日は?」

叢雲「明日も遊ばないわよ?」

提督「だったら、明後日の朝10時にここで待ち合わせね。
 じゃあね」

 そう言って、走り出した。

叢雲「は?
 何勝手に約束して――ちょっと!?
 あなた本当に人の話を聞かないわね!」

 全力疾走と、叢雲という少女と会話が出来たことで、胸は痛いほど高鳴っていた。

*―――――――――――――――――*

 二日後、少年赤土は朝8時には公園に来ていた。
 ただ、あの少女が来るのを待っていた。
 約束の10時になった時、公園にいるのは赤土と赤土より小さな男の子とその母親だけであり、休日だというのに閑散としていた。
 それから2時間が経ちいつもなら昼食をとっている時間になっても、赤土はその場にとどまり続けた。
 実は、昨日の家に帰った後、心配をして近所を走り回っていた母親にしこたま怒られており、今日も半分逃げるようにして家を出てきた。
 ぽつり、と雨が赤土の脳天に落ちた。

提督「……雨、かぁ」

 赤土が言った後、雨足は強まり、少年を一気にずぶ濡れの状態へと変えた。
 それでも赤土は動こうとはしなかった。

「雨か、じゃないわよ」

 後ろからかかった声に赤土は振り返る。
 そこには、ビニール傘を差し、ぼろぼろの旅行鞄を持っている叢雲を名乗る少女がいた。

叢雲「なんで帰らないのよ」

提督「やることがないから」

叢雲「帰って勉強でもしなさい」

提督「お父さんとお母さんは遊べって言うよ。
 遊びすぎたら怒るけどね。
 勉強ばかりしてた人は勉強ばかりしてそのまま死んじゃうから。
 僕の友達の親はほとんどそうだよ」

叢雲「それはあきらめよ。
 こんな人の命が軽い世の中ならいっそのこと悔いのないように生きようというあきらめよ。
 あきらめが人を[ピーーー]。
 覚えておきなさい」

提督「だったら何をすれば良いの?」

叢雲「自分で決めなさい!」

 容赦ない張り手が赤土を襲った。
 半回転して、泥の中に両手を突く。

提督「ひどいよ、叢雲ねぇちゃん」

叢雲「泣かなかったのは褒めてあげるわ」

提督「何して遊ぶ?」

 叢雲は雨が降る空をビニール傘越しに見上げた。

叢雲「……もしかして、あなた狂ってるの?
 家はどこ?
 フルネームは?」

 赤土は自分のフルネームと住所を言って見せた。

叢雲「ふむ。
 だからどうしたって感じね。
 まあ、いいわ」

提督「じゃあ、何して遊ぶ?」

叢雲「……どうして、私と遊びたいの?」

提督「可愛いし、元気だから」

叢雲「子供って正直ね。
 私が魅力的なのが悪いのね?」

提督「うん。
 強そう」

叢雲「強そうとか意味わかんない」

提督「叢雲ねぇちゃんなら簡単に死なないよね?」

叢雲「は?」

提督「もう飽き飽きしてるんだ。
 学校の友達も近所のお兄さんもさ、友達になったと思ったら死んだり引っ越したり、引っ越しならまだ良いんだ。
 でも、知ってる人が死ぬのはもう飽きたよ」

叢雲「飽きた……ねぇ」

提督「深海棲艦って何なんだろうね?
 あいつらのせいで僕の誕生日もなくなっちゃったし」

叢雲「どうでも良いわ」

提督「戦ってる意味が分からないよ。
 みんな仲良く出来れば良いのに」

叢雲「それが出来ないから戦ってるんでしょ?
 まあ、私には関係ないけど」

提督「そんな言い方良くないよ。
 人間の代わりに艦娘とかいう人たちが戦ってくれてるんだし」

叢雲「私から言わせれば、艦娘こそ何のために戦っているのかが分からないわ。
 ……あなた、艦娘と直接会ったことはある?」

提督「たぶんないよ。
 自分は艦娘だっていう女の人と話した事はあるけど」

叢雲「ふぅん、そいつと何を話したの?」

提督「確か、鎮守府が近海まで深海棲艦が乗り込んだときの対処法」

叢雲「なんでまたそんな話を」

提督「最近、鎮守府の近くまで深海棲艦に攻め込まれた事があって……砲撃の音も凄く聞こえていたからちょっと見に行こうと思って。
 そしたら、町中の警護に出たとかいう女の人に止められた。
 命ある限り海とは反対方向に逃げろって言われたよ。
 でもさ、まっぴらごめんだよね、そんなこと。
 ちょっと戦いは見たかったし、艦娘なんて見たことないけど、もし、そういう人たちが戦ってくれているんなら人は逃げるべきじゃないよね」

叢雲「ふぅん。
 いても邪魔だし、逃げても良いんじゃない?」

提督「そうかな?」

叢雲「そうよ」

提督「そうだね。
 確かに、そのときも結局怖くて海には近づけなかったし、そうするのが良いのかも。
 ところで、叢雲ねぇちゃん。
 そのゴミ何?」

 提督は叢雲が持っている手提げ鞄を指さしながら言った。
 その瞬間、脳天にチョップを見舞われる。

叢雲「お宝を指さしてゴミとは何事?」

提督「そんなぼろぼろの鞄の何がお宝なの?」

叢雲「鞄自体はボロだけど、中に入っているものは極上のお宝よ」

提督「見せて」

叢雲「いやよ。
 あなたには早いわ」

提督「……もしかして、エッチな本?」

 赤土は首が嫌な音がするほどの強力なビンタを食らった。

提督「首が取れるよ!」

叢雲「あなたが変なことを言うからでしょ!?」

提督「あぁ、これ、首おかしいよ、絶対にちょっとおかしいことになってるって」

叢雲「見せてみなさい……何ともないわよ」

提督「そう?
 だったら、何して遊ぶ?」

 叢雲は空を見上げた。
 雨雲の隙間から晴れ間が覗いていた。

叢雲「しつこいわね、あなたも」

 提督は大きなくしゃみをする。

叢雲「分かったわよ。
 ちょうど、暇をしていたことだし、お遊びにつきあってあげる。
 ただし、明日からね。
 今日は大人しく家に帰りなさい。風邪引くわよ」

*―――――――――――――――――*

 約束通り、翌日から叢雲は顔を合わせれば少年赤土のお遊びに付き合ってくれるようになった。
 大抵の事を「悪くないわ」の一言で済ませ、危険が及ぶと判断すれば常人離れした身体能力で助け船を出し、諍いがあれば何があろうと両成敗する叢雲を赤土が本当の姉のように思うに時間はかからなかった。
 ただ、叢雲への情が深まる一方で不満も同じように積もっていった。
 少年赤土と叢雲が遊んでいる姿を周りのものが見ないわけがない。
 特に子供となれば叢雲に持つ興味を行動に出さないはずがない。
 少年赤土の「叢雲ねぇちゃん」はいつのまにか「みんなの叢雲ねぇちゃん」になっていた。
 更に少年赤土にとって気にくわないことが起きた。
 叢雲が艦娘だと言う話が持ち上がったことに起因する一連の流れである。
 赤土も不思議に思ったことは何度もあった。
 いつ行っても公園にいる叢雲、人間離れしている運動能力、日が暮れれば普通は親に「危ないでしょう!」と怒られるのが常だが叢雲と遊んでいる時は少しくらいの遅れは許される。
 赤土の母も「叢雲さんが遊んでくれてるんでしょう?だったら安心ね」という反応であった。
 そこに、叢雲は艦娘だという話が出てきたのだ。

「間違いないよ。僕のお父さんとお母さんも言ってたもん」

 たまたま公園に叢雲がおらず、叢雲を慕って集まった子供が10人ほどでわいわいやっていた。
 その中で、一人の少年が声を上げた。

提督(……なるほど。どおりで人間離れしてると思った。
 それなら、納得できるよ。
 あんなに綺麗なのもあんなに強いのも、叢雲ねぇちゃんは人間じゃなくて艦娘だからなんだ)

 言われてみれば抵抗なく受け入れられる話であった。

提督(そうか、凄いな叢雲ねぇちゃんは)

 赤土は人のために海原で戦う艦娘が姉のような存在であることに少し誇りに思った。

「すごいなぁ!」
「かっこいい!」

 同じように思ったのは赤土だけではなかった。

「気持ちが悪いよ」
「兵器なんでしょ?」
「なんで海に出ないの?」
「叢雲は僕たちを騙してたんだ」
「こんなところで遊んでるだけだなんて、叢雲は臆病者だよ」

 しかし、それ以上に反発の声が上がる。
 それを切っ掛けに子供達は一気にヒートアップした。
 そして、その中でも我慢ならなかった者からつかみ合いの喧嘩が始まる。
 しかし、叢雲を擁護する人数はあまりにも少なく、あっという間に地面に叩き伏せられていくのが現状であった。
 赤土はそんな光景を離れた場所から冷静に見ていた。
 冷静に見て叢雲を侮辱し、擁護した者を叩き伏せた少年の背中を後ろから蹴った。
 背中を蹴られた少年は振り返って赤土の姿を認めると、次はお前かとばかりに掴みにかかる。
 そんな少年の顔面に赤土は拳を振り抜いた。
 柔らかい鼻先と柔らかい拳がぶつかり合い、ぶつかり合った両方から血が流れでる。
 つかみ合いの喧嘩をしていた子供たちの間に静寂が流れ、殴られた少年の泣き叫ぶ声に呼応するように少年達の間に戦慄が走った。
 赤土の拳はずきずきと痛み、骨とぶつかり合ったことで小指が折れていた。
 それは、赤土にも分かっていた。
 赤土は顔面を殴ってやった少年に飛び掛かると押し倒し、両膝で肩を押さえた。

提督「教えてよ。どうしてそんな事が言えるのか」

 赤土はそう言って少年の顔面を殴りつけた。
 少年の悲鳴が上がる中、赤土は何度もその顔面を殴りつけた。
 周りの子供達はそれを止めることも出来ず、固唾を飲んでその光景を見つめている。

提督「手が痛いなぁ。
 そういえば、僕のお母さんから聞いた話なんだけど、艦娘も戦いで死んじゃうことがあるんだって。
 かわいそうだね。海も底に、お墓も何も残らない場所にひっそりと沈んでいくんだって。
 そんな話聞きたくないよね。
 僕は聞きたくなかった。
 でもね、そういう現実から目をそらしたら駄目だって僕の周りの大人はいうよ?
 死んでしまったその人を労ってあげるためにも。
 手が痛いなぁ。
 でも、きっと、死んでしまうよりかは痛くないよ」

 それは、相手の反応を期待していない完全な独り言であった。
 赤土は「痛い痛い」と叫ぶ少年の顔面を殴り続けた。
 あまりにも凄惨な光景に周りの子供も泣き叫び始める。

叢雲「何やってるの!!」

 背後からの怒声に赤土の手が止まった。
 振り返れば、信じられないと言いたげな、叢雲の表情が目に飛び込んでくる。

叢雲「どきなさい!」

 叢雲は赤土の体を突き飛ばすと、顔面を血でぬらしている少年の怪我の具合を素早く確認し始めた。

叢雲「何でこんなになるまで……大丈夫?
 意識はあるわよね?」

 赤土は叢雲の悪口を言っていた少年が叢雲に泣きついてる姿を見て、頭のそこが冷え込むような感じを覚えた。
 赤土がもう数発殴ってやろうと考え時には体はすでに動いていた。
 叢雲の背後から拳を食らわせてやった。
 さすがの叢雲も背後から飛んできた思わぬ拳に目の前の少年の顔面を殴らせるのを止めることは出来なかった。
 顔を真っ赤に染めた少年は言葉にならない叫び声を上げると足をじたばたとばたつかせ、藻掻いた。

叢雲「あなた頭おかしいんじゃないの!?」

 叢雲は怒りに満ちた表情で赤土の腕を捻りあげる。
 赤土の顔に苦悶の表情が浮かぶと、叢雲は力を緩め、その拳を見て愕然とする。

叢雲「折れてるじゃない……なんでこんな……」

 叢雲は赤土のもう片方の拳も確認して片手で額を押さえた。

叢雲「こんなの、子供がやることじゃないわ。
 なんで、こんな事を」

 叢雲がそう言うと、顔面を殴られて苦悶の声を上げていた少年が喚いた。

「艦娘なら人間を守れよ!
 僕、殺される!
 赤土に殺されちゃうよ!」

 それに続いて、周りの子供も一斉にここに至った経緯を好き勝手に不器用に説明し始めた。
 叢雲はそれを聞いて赤土に近づいた。

提督「叢雲ねぇちゃん、艦娘なの?」

叢雲「……違うわ」

提督「ふぅん。どっちでも良いけど。
 でも、叢雲ねぇちゃんも分かってくれるよね?
 艦娘の悪口を言ったそいつの方がよっぽど悪いよね?」

叢雲「いいえ。あなたが悪いわ。
 やり過ぎよ」

 叢雲はそう言って赤土の頭を押さえつけた。

叢雲「あなたは歩いて病院に行きなさい。
 私はこの子を病院に連れて行くから」

 そう言うと、叢雲は顔面を血でぬらした少年を背負い、滑るようにその場を後にする。

提督「なんで?」

 残された提督はぽつりと言った。
 悪いことをすれば基本的に容赦ない暴力を振るうのが叢雲である。
 喧嘩ならば両成敗だ。
 しかし、今回の叢雲は誰も殴りつけなかったし、両成敗もせずに赤土にはっきりとお前が悪いと言った。
 赤土の胸に去来したのは空しさだった。
 悪いことをした自分を殴りもしなかった叢雲。
 それは、見捨てられたも同然のように感じたのである。

*―――――――――――――――――*

 その後の一連の流れを少年赤土ははっきりと覚えていない。
 ただ、病院に行って先生に治療を受けている間に母親が現れ、結果、右手の小指と薬指、左手の中指が折れている事がを聞かされた。
 その後は、少年赤土が殴った相手の家に母親と共に謝罪をしに行った。
 相手の少年は赤土を恐れて出てこなかったが、相手方の母親から赤土が殴った少年は赤土の両手の指が折れていた事もあり意外にも力が入っておらず、大事には至らなかったと聞かされた。
 とはいえ、後に鼻が折れていたと聞かされたような気がする。
 普段、温厚な赤土の母だったが、このときばかりは少年赤土の尻を百叩きの刑に処した。
 というのは、赤土が自分の非を謝罪しに行った時にも一切認めなかったからだ。
 それどころか、「艦娘の加護がある町で艦娘の悪口を言うなんてお前の息子は馬鹿だ」と暴言を吐く始末であった。
 相手の母親もそこはバツが悪かったのか不機嫌な顔をするのみであった。
 そんなこんながあったが、赤土の母親は少年赤土の尻を百回叩いた手で頭を撫でながらぽつりと呟いた。

「まったく、艦娘のことになるとすぐにムキになるんだから。
 あの日の事が良くなかったのかしら」

提督「あの日?」

「ごめんね。
 忘れてちょうだい」

提督「……うん」

 この件を切っ掛けに少年赤土は叢雲を避けるようになった。
 具体的には公園に寄りつかなくなった。
 なので、叢雲の方から少年赤土に会いに来たことに、赤土は少なからず動揺した。
 少年赤土が騒ぎを起こした日から1週間が経った頃の学校からの帰り道であった。

叢雲「赤土」

提督「叢雲、ねぇちゃん」

 赤土は肩を振るわせた。
 叢雲は家の塀に腰を下ろしており、赤土を見下ろしていた。

叢雲「あなたの方から私に遊んで欲しいと頼んでおいて何も言わずに会いに来なくなるんあんて……身勝手が過ぎるわよ?」

提督「ごめんね。
 もう、僕と遊んでくれなくて良いよ。
 叢雲ねぇちゃんは自分の好きなことをして」

叢雲「随分と殊勝な性格になったわね。
 反省ここに極まれり、かしら?」

提督「反省?
 あぁ、あの件はどうでも良いんだ。
 次に同じ事を言ったら今度は歯を全部折ってやろうと思ってる」

叢雲「……何があなたにそこまでさせるのか知らないけど、やり過ぎよ」

提督「確かにやり過ぎかもね。
 でも、あんな奴を同じ人間だとは思いたくないんだ。
 恥ずかしいよ。
 でも、仕方がないのかも、僕もあの日の事がなかったらたぶん、同じだ」

叢雲「あの日?」

提督「この前、お母さんと話してた時に思い出したんだけど、僕はあの日、海に行ってた」

叢雲「いつの話よ」

提督「前に話さなかったっけ?
 僕が艦娘に会ったときの話。
 命ある限り海とは反対方向に逃げろって言われた時の話。
 やっぱり、そうするのはまっぴらごめんだったんだ。
 僕はその後、海に行った。
 それで、見た。
 艦娘と深海棲艦の戦いを。
 怖いって感じたのはその時だよ。
 格好いい戦いを見に行くつもりが、ただただ、怖かった。
 深海棲艦はまるっきり化け物だったよ。
 アレと戦うだなんてまともじゃない。
 でも、それを艦娘はやってくれてるんだ。必死で。
 沈んでいく艦娘を見たよ。
 その日は、何時間も泣いたよ。
 泣きすぎて酸欠で病院に運ばれたのかな?
 その時に医者が「気にしなくて良い」って言うもんだから座ってる先生の顔に跳び蹴りしたんだよ。
 そしたらまた怒られた。
 おかしいよ。
 納得が出来ない」

叢雲「おかしくないし、納得もしなくて良いのよ」

提督「叢雲ねぇちゃんにそう言ってもらえると気が楽になる。
 でも、もう良いよ。
 叢雲ねぇちゃんが気を遣ってくれてるのは分かってる」

叢雲「気を遣う?」

提督「もうとっくに分かってる。
 叢雲ねぇちゃんは艦娘だよ」

叢雲「ふぅん。私が艦娘だから人間に気を遣ってると」

提督「艦娘は優しいから」

叢雲「それこそ馬鹿にしてるわ」

 叢雲は塀の上から少年赤土の上に着地した。
 上からの圧力に咄嗟に地面に手を突いた赤土が悲鳴を上げる。

提督「ひどいよ!」

叢雲「そんなわけないでしょ。
 艦娘は優しいんでしょ?」

 赤土は困惑した。

叢雲「勘違いしているようだから何度でも訂正するけど私は艦娘じゃないわ」

提督「……嘘だよ」

叢雲「私、人の為に戦うだなんてまっぴらごめんなの」

提督「本当に?」

叢雲「うん」

提督「そっか。
 本当のことを言うと叢雲ねぇちゃんが艦娘なのは嫌だったんだ。
 人の為にあんな戦いをするなんて馬鹿げてる」

叢雲「まぁ、私には関係ない話ね」

提督「そっか、良かった」

叢雲「……何して遊ぶの?」

提督「両手が自由に使えないから当分の間は本でも読んで大人しくしておくよ」

叢雲「その本、私にも読ませなさい」

提督「……いいの?」

叢雲「私の退屈に付き合いなさい」

 叢雲は優しく微笑んだ。

*―――――――――――――――――*

 それから、少年赤土と叢雲は暇を見ては公園や川縁で読書にいそしんだ。
 それは、叢雲曰く「退屈」であったが、少年赤土にとっては満足この上ない時間だった。
 赤土が騒ぎを起こした件で、叢雲に近づく子供が極端に減った事から叢雲は本当に退屈をしているようであった。
 赤土は「ごめん」とは言ったものの心の中では全く悔やんでなどいなかった。
 そして、少年赤土の両手がすっかり完治した頃の話である。
 最近は引っ越しが増えていた。

叢雲「最近は引っ越す人が多いみたいね」

提督「海の方が慌ただしいみたい。
 お母さんが言ってた」

叢雲「なるほど、それで避難している訳ね。
 あなたはしないの?避難」

提督「僕のお父さんは提督だから。
 逃げないよ」

叢雲「関係ないわね」

提督「そうかな?
 お母さんも避難の事なんて全然言わないし、別に良いんじゃないかなそんなこと。
 それより、叢雲ねぇちゃんは避難しないの?」

叢雲「しないわ」

提督「危なくないの?」

叢雲「自分の身くらい自分で守れるし、いざとなればコレを持って逃げるだけだからね」

 そう言って、叢雲は汚れた鞄を持ち上げて見せた。

提督「あぁ、エロ本」

叢雲「違うわよ!」

 叢雲の容赦ないビンタが炸裂する。
 来ると分かっていても避けられない。

提督「だったら中身はなんなの?」

叢雲「宝物よ」
 
提督「そんなに人に見せられないような物なの?」

叢雲「そんな事はないけど、何となく嫌というか……まぁ、元々は拾いものなんだけど、私の生き方を決定づけたと言っても過言ではない物なの」

提督「拾いもの?良いの?もって来ちゃって」

叢雲「良いのよ。海に浮かんでたんだから」

提督「……海」

叢雲「川だったかしら?」

提督「……叢雲ねぇちゃんに戦いは関係ないよね?」

叢雲「当たり前じゃない」

提督「人の為に戦うなんてまっぴらごめんだよね?」

叢雲「そうね」

提督「良かった。
 何があっても自分の事を一番に考えてね」

叢雲「言われるまでもないわ」

 少年赤土は安心した表情を浮かべると、夕焼けの空を見た。

提督「もう遅いね」

叢雲「帰りなさい」

提督「また明日ね。
 明日は学校も休みだから朝早くから会えるよ」

叢雲「そんなに張り切らなくても良いわ」

提督「本当は叢雲ねぇちゃんが僕の家に来てくれたら良いんだけど。
 僕の家に住んじゃえば良いじゃん。
 お母さんも絶対に反対しないよ」

叢雲「するに決まってるでしょ」

提督「そうかなぁ。
 まぁ、いいや。
 明日は朝の7時にいつもの公園で待ち合わせね」

叢雲「早ぁ!?」

提督「じゃあね。
 約束だから!」

叢雲「ちょ、まっ!」

 それだけを言うと少年赤土はその場から走り去った。

*―――――――――――――――――*

 次の日の朝、少年赤土は聞き慣れないけたたましい音と、母親の声で目が覚めた。

提督「なに?」

 未だ覚醒していない状態で寝ぼけ眼をこすりながら返事を返すと、腕を引かれて無理矢理立ち上がらされた。
 驚く暇もなく赤土の母は少年赤土に服を服を乱暴に着させるとまくし立てるように何度も同じ事を言った。

「深海棲艦がそこまで来てるの、お母さんは鎮守府に行くからあなたは反対側に逃げてね。 出来るわよね?」

提督「学校でも訓練してるから大丈夫だよ」

「じゃあ、お母さんいくからあなたも気をつけてね」

提督「うん」

 そう言うと赤土の母親は家を飛び出してしまった。
 何とも勝手な親だなと思いつつも赤土は伸びをして外の様子に耳を澄ませた。
 轟音と何かが倒壊する音、地面が砕けるような音、人の悲鳴、聞いているだけで心臓の鼓動が早くなる。
 外に出ると少年赤土の心臓は加減を知らぬほどに早まった。
 遠目ではあるが地上で戦火が目に入った。
 必死の形相で逃げ惑う人々の中で赤土は燃え上がる鎮守府を見た。

提督「母さん……もう、手遅れだよ」

 赤土は母親が死ぬ気で鎮守府に向かった事を悟り頭の中に思考が渦巻き、考えがまとまらない感覚を受けた。
 人の波に押されるようにして歩いていると、ふと、頭に思い浮かぶ事があった。

提督「あっ、叢雲ねぇちゃん」

 昨日、あの公園で待ち合わせをしたのだ。
 赤土が目を覚ましたのが6時00分。
 その公園は鎮守府の近くにある。

提督「待ってるわけないか」

 赤土はそう呟くと、小走りに人の波に乗った。
 怒号や人の悲鳴に飲まれ、砲撃が様々な壊れゆくのを背後で感じた。
 赤土はくるりと反転すると、小走りのまま人の波に逆らった。

*―――――――――――――――――*

 少年赤土は例の公園に来ていた。
 人影はもちろん、辺りには人の気配もない。
 奇妙な感覚だった。
 こんなに寂しい場所なのに、辺りでは砲撃の耳をつんざくような音が響いている。

提督「くそっ、やっぱりいないか。
 当たり前か」

 空気を振るわす爆発音に赤土は顔を上げた。
 鎮守府が瓦解する光景が目に飛び込んできた。
 強いめまいが赤土を襲い、足下がふらついた。
 赤土は踊るように回転すると地面に倒れ伏した。

提督「母さんごめん。
 僕も駄目みたいだ」

 緊張と脱力が体の隅々を支配しているのを感じた。
 逃げることなどもう不可能だと赤土は悟る。
 砂を踏む音が耳に入り、赤土はそちらへと目を向けた。

提督「何でこんな所にいるの」

叢雲「何でこんな所にいるのよ」

 二人は同時に言った。
 叢雲は呆れかえった表情をしていた。

提督「叢雲ねぇちゃん、ちょっと常識外れなところがあるからさ、こんな状況でももしかしてここに来るんじゃないかと思って心配になって見に来たんだよ。
 思ったとおり来たね」

叢雲「馬鹿、アホ、まぬけ。
 ちゃんと、反対側に逃げていたわよ。
 でもあんたってちょっと常識外れなところがあるから、もしかしてと思ってここに来ただけよ。
 こっちこそ、思ったとおりよ」

 叢雲は赤土に近づき見下ろした。

叢雲「何をしてるのよあんた。こんな所まで来て。
 母親が心配するわよ」

提督「母さんは鎮守府に行ったよ」

叢雲「鎮守府に?」

 叢雲は怪訝な表情を浮かべ、燃え落ちた鎮守府を見た。

叢雲「……そう。
 立てる?
 逃げるわよ」

提督「僕はちょっと休憩してから逃げるよ。
 叢雲ねぇちゃんは先に逃げていて」

叢雲「甘ったれるな!」

 叢雲は赤土の脇腹を蹴り上げた。

提督「これ致命傷だ!」

 赤土は咳き込みながら言った。

叢雲「あなたは両親の為にも生きなくちゃいけないのよ?
 立ち上がって走って逃げなさい!」

 叢雲はそう言うと赤土が立ち上がるのを待たず、腕を掴んで引き上げた。

叢雲「行くわよ」

提督「無茶苦茶するね、叢雲ねぇちゃん」

 赤土がそう言ったとき、木々をなぎ倒して何か巨大な物が公園に飛び込んできた。
 色は黒く、濡れたように光っており、歯があり、体の至る所から砲身が伸びている、血の気の失せている肉体が鉄に混じって覗いているが、人間では決してない。

叢雲「深海棲艦……軽巡ホ級」

提督「なんだ、こいつ」

 赤土は全身が震え上がり、体が硬直するのを感じた。
 その巨大さ、力強さ、機械的な冷徹な威圧感。
 一瞬で理解する。
 敵う相手ではないと。
 生身の人間などその気になれば、粉のようにすりつぶせる生き物であると。

叢雲「……赤土、騒がずに歩いて逃げるわよ」

 叢雲が囁くように言った。
 そのささやき声すら耳ざとくホ級が聞き取り、叢雲へと目を向ける。
 叢雲が舌打ちをした。

叢雲「そうは行かないわよね」

提督「なんだ、こいつ」

 赤土は心臓が跳ね、血潮が指先まで行き渡るのじわりと感じた。
 なんだこいつ。
 軽巡ホ級は体を赤土たちに向け、鼓膜を振るわせる咆哮を上げた。
 明らかな敵意があった。

叢雲「赤土、ここは私にまかせて逃げなさい」

 赤土は叢雲にそう言われた瞬間、走り出していた。
 ホ級なる化け物と叢雲から距離をとる。
 そして、赤土はいきなりしゃがみ込むと足下の石を拾い、ホ級に向かって投げつけた。 石は真っ直ぐと飛んでいき、補給の体にぶつかった。
 ホ級は赤土など取るに足らないと感じていたのか、叢雲に対峙していたのだが、こんな事をされては赤土を気にせざるを得なくなった。
 ホ級は赤土に咆哮を向け、叢雲は唖然とした表情を赤土に向けた。

提督「なんだお前」

 叢雲のような少女の前に立ち、砲身で覆われた巨躯で威嚇し、殺意を向ける。
 恥の極みだ。
 こいつは化け物だが化け物の風上にも置けないクズだ。
 こいつは倒さなくてはいけない。

提督「こい!
 戦ってやる!」

 赤土は石を拾い、棒を拾った。
 赤土はホ級から嘲りのような雰囲気を感じた。
 砲身は赤土から逸れている。
 使うまでもないと言うことだろう。
 ホ級が赤土を[ピーーー]のに選んだ手段は体当たりであった。
 ホ級は咆哮と共に赤土に猛突進した。

提督(!?。避けられないぞ、これ。
 まぁ、いいや。
 何とか生き残って何とかして殺そう)

 赤土は息を止めて、衝撃に備えた。
 ぶつかると思った瞬間、赤土の前に叢雲が割り込んだ。
 衝撃が空気を伝わり赤土の体に伝わる。
 赤土は次に目に飛び込んできた光景に叫び声を上げた。
 化け物の突進を止めようとしたのか叢雲は突きだしている右手は手首までが相手にぶつかっている状態で無くなっていた。

提督「叢雲ねぇちゃん!」

 赤土は目の前の光景が受け入れられず、喚いた。

叢雲「うるさいわよ」

 赤土を振り返った叢雲は右手が悲惨な事になっているにも関わらず、不敵な笑みを浮かべていた。

提督「叢雲、ねぇちゃん!
 右手が!」

叢雲「……これ?」

 叢雲はそう言って、化け物から右手を引いた。
 そうすると、化け物の体の中から、ずるり、と右手が現れた。
 体と言っても分厚い鉄板に覆われている場所だ。
 手を引き抜かれたホ級はそこから真っ赤な液体をだらしなくこぼれさせ、崩れ落ちる。
 あまりに非現実的な光景だった。
 血のにおいに誘われるように、同じような化け物や、もう少し小さい化け物や、人の形をした化け物が公園に集まってくる。

提督「叢雲ねぇちゃん?」

 そんなことしたら駄目だ。
 そんなことは人間に出来ない。

提督「叢雲ねぇちゃん……艦娘……みたいだ」

 叢雲は微笑んだ。

提督「でも、違うよね。
 人の為に戦うなんてまっぴらごめんだもんね」

叢雲「そうね。
 人の為に戦うなんてまっぴらごめんだわ」

 赤土はほっとした。
 化け物に囲まれているこの状況下で安心感に包まれた。
 叢雲が血だらけの右人差し指を赤土に向けた。

叢雲「だけど、私は艦娘。
 あんたは提督」

提督「……は?」

叢雲「あんたは私の司令官」

 叢雲は唄うように言った。

叢雲「さあ、行くわよ!
 歌い踊れ深海棲艦共!
 豚のような悲鳴を上げろ」

 叢雲の体に黒い霧のような物が纏わり付いた。
 それは、槍に、砲身に姿を変えていく。
 それは、一般に艤装と呼ばれるものであった。

叢雲「さあ、やろうか?」

 それを皮切りに深海棲艦が二人に襲いかかる。
 叢雲はそれに対して砲撃と槍を用いる体術で迎えうった。
 あまりにも強すぎた。
 あの深海棲艦が夢のようにちぎれ飛んでゆく。
 叢雲は不敵な笑みを絶やさず、危なげなく立ち回り、血煙の中を提督を小脇に抱えて飛び回った。
 辺りが静けさを取り戻したとき、辺りには深海棲艦の亡骸が乱雑に横たわっていた。

提督「何してるんだよ、叢雲ねぇちゃん」

叢雲「助けてあげたのにその言いぐさは何?」

提督「助けてくれてありがとうございます。
 じゃあ」

 赤土はそう言って叢雲に背を向けた。

叢雲「そうはいくか」

 叢雲は赤土の肩を掴む。

提督「痛っ!力強!ゴリラ!」

叢雲「誰がゴリラよ!」

 叢雲は赤土の背中を蹴り飛ばした。

叢雲「逃げようとしたって無駄よ。
 あなたは私の提督。
 これは決定事項なの」

提督「提督って艦娘に戦わせるのが仕事でしょ?
 無理だよ」

叢雲「駄目なの!
 あなたは私の提督なの!
 分かった?」

提督「無理だって」

叢雲「無理じゃないの!」

提督「僕、そんな仕事嫌だよ」

叢雲「本気で言ってるの?」

 赤土の目には、この時、叢雲が今にも泣き出しそうに写った。

提督「……叢雲ねぇちゃんは強引だなぁ。
 仕方が無いから、ちょっとだけやってあげるよ」

叢雲「……当たり前ね。
 私の提督が出来るんだから光栄に思いなさい」

提督「ところで、提督ってどうやってなるの?」

叢雲「さぁ?
 鎮守府で提督を名乗って艦娘がいたらいいんじゃないの?」

*―――――――――――――――――*

 その後、赤土と叢雲は提督は勝手に名乗れないことを知る。
 海軍の養成学校で資格を取る必要があるようだ。
 叢雲は万が一そこで適正なしと見なされては大事だと判断し、独自に赤土を教育することを決定。
 両親を亡くし親戚に身を寄せることとなった赤土について来て鬼のような教養と体力作りを行った。
 親戚一同に叢雲は赤土を将来立派な提督に育て上げると宣言し、親戚も艦娘にここまでしてもらえるなんて赤土は幸せ者だと大喜びであった。

提督「いや、僕は提督になりたくないけど?」

 などというと、親戚一同は「お父さんは立派な提督だったのに」とがっかりし、叢雲は「そんな事無いわよね?」と言い、手つなぎランニングが開始する。
 手つなぎランニングとは、言葉のとおり叢雲と手をつないでランニングをすることだ。
 初めてこのランニングを行った開始20分くらいは赤土は子供ながらにドキドキしたことを覚えている。
 しかし、30分くらいでランニングの影響で心臓が高鳴り、1時間で疲れを感じ、1時間30分で徐々に限界を感じ始め、2時間が経つ頃には「コレはやばいぞ」と感じ始め、そこから抜け出そうと抵抗を試みるも手を艦娘に拘束されていては抜け出せない事を悟る。
 3時間艦娘のペースでランニングに付き合わされた日には胃内容物逆流は必死であった。
 艦娘と合同の体力トレーニングは強制されれば立派な拷問であった。
 さらに、叢雲は提督に必要な知識を赤土に与えようとするのだが、教え方が糞下手くそだった。

提督「何言ってるのかよく分からん」

 などというと、「私もよく分かんないから適当にこの教材を書き取っておいて」と本ごと丸投げである。
 しかも、一言一句を書き移す姿を叢雲は見張る。
 赤土はこの勉強方法を地獄写経と呼んでいた。
 こんな事を8年は行っていた。
 そして、満を持して海軍の門を叩くことになる。

提督「ここで提督になれるって聞いたんですけど」

「なんだお前」

 門扉を警護する兵士が言った。
 当然の反応であった。

叢雲「これは提督になるんだから早く資格をよこしなさい」

 そこへ割り込んでいった叢雲を見て兵士はさすがに動揺する。

「駆逐艦叢雲!?
 なんでこんな所に?
 どこの所属だ?」

叢雲「所属なんて無いわよ。
 とりあえず、これは私の提督だから早く鎮守府をよこしなさい」

「……所属なし?
 意味が分からん。
 ちょっと、待ってくれ」

 兵士が無線を飛ばしてしばらくすると人事課を名乗る男が現れた。
 叢雲はこの男に色々と質問されていたが、長々と続いた質問についにはキレた。

叢雲「もう良い。
 もう、二人で勝手にやる!」

 こう宣言して立ち去ろうとした。
 これに慌てたのは周りである。
 「それは困る」と行く手を塞ぐ。
 こうそうしている間に基地から、艦娘が現れた。
 走ってくる速度や身のこなしで人間で無いことは明らかであった。

「大人しろ。私は戦艦――」

 ここまで言ったところで、叢雲の怒りの飛び膝蹴りが顔面に突き刺さっていた。

提督「なんてこった!」

 女の顔面を躊躇無く攻撃できる叢雲に心底どん引きした。

叢雲「さあ、やろうか?」

 と言った時には戦艦某は叢雲の足下でのびていた。

叢雲「弱っ!?」

 しかし、わらわらと集まってきた一見して艦娘たちに叢雲は不敵な笑みを作る。

叢雲「行くわよ!
 豚のような悲鳴を上げろ」

提督「やめろー」

「君!
 あれの提督なんだろ!?
 止めさせろ!
 何だその止める気も無い声は」

提督「提督じゃないし、叢雲を止めるのは無理ですから」

 叢雲は高笑いをしながら押さえかかってくる艦娘を合気道の演武のように投げ飛ばしていた。

「なんだ、あの叢雲!
 どんだけレベリングしてるんだ!」

提督「最初からあんな感じでしたよ?」

「嘘吐け!」

 こうしている間に、叢雲を取り押さえようとしていた艦娘からも泣き言が上がり始める。

「強すぎる」
「酷すぎる」
「無理だ」
「かっこいい」
「これ勝てませんわ」
「こんな駆逐艦あってたまるか!」

 この騒ぎを嗅ぎつけて直ぐに兵士たちも集まってきたが、騒ぎを起こしているのが艦娘なだけあって困り顔を浮かべ、その大立ち回りに徐々にやれやれコールが上がり、賭を始める不埒者も出始めた。
 ここで人事課を名乗った男は赤土の手を引いて艦娘が乱舞する輪の中に入っていった。
 そして、赤土に「協力してくれ。大丈夫、弾は抜いてある」と耳打ちした。

「止まれ、この男がどうなっても知らんぞ!」

 そう言うと男は拳銃を赤土の頭に突きつけた。
 その瞬間、周りは静まりかえったと言うよりも冷え切った。
 叢雲もその周りの艦娘も兵士もである。

「それは不味いですよ」
「あの人間、最低だな」
「これだから民間上がりは」
「おい、憲兵呼べ!」

 などと周りから声が上がる。
 しらけきった艦娘は叢雲から一歩引いて取り押さえる意思を失っているようであった。

提督「叢雲。それくらいで止め――」

 さすがにコレは何らかの犯罪に当たるのではと思っていた赤土はこの猿芝居に乗ろうと思っていたが、叢雲の表情を見て一瞬で考えを改めた。
 叢雲の顔からは不敵な笑みが消え去り、能面のように無表情だった。
 その状態で艤装を顕現させたときには、これはまずいことになると誰もが感じる。

提督「馬鹿、叢雲!止めろ!」

叢雲「安心して。助けるから」

提督「馬鹿馬鹿止めろ!」

 血を見る結果になるのを肌で感じた。
 それを感じたのは赤土だけでは無かった。

「止まれ!
 艦娘のくせに人を傷つけるのか!」

 赤土の頭に向けられていた銃口が叢雲に向いた。
 拳銃の銃弾など砲撃に身をさらす艦娘にとっては豆鉄砲も良いところだが、その行為は更に周囲を冷え込まさせた。
 艦娘に武器を向けるなど全体未聞である。
 冷え込んだ周囲をよそに、今度は叢雲の表情に焦りが浮かんだ。

叢雲「馬鹿馬鹿止めなさい!」

 叢雲が言った時には赤土は叢雲に銃口を向けている男の腕を掴み、肩を支点にして間接を逆に曲げ、その腕をへし折っていた。
 何をされたのか分からなかった男は遅れて叫び声を上げる。

提督「お前が何を向けたのか試してやる」

 赤土はそう言うと男が落とした拳銃を拾い上げ、痛みで膝を突いている男の額に銃口を向けて躊躇無く引き金を引く。
 カシンっ、とむなしい音が響いた。

提督「……なるほど」

叢雲「なるほど、じゃないわよ!」

 叢雲が10メートルは地面と平行でかっとぶドロップキックを赤土にかます。

提督「背骨が折れるわ馬鹿たれ!」

叢雲「馬鹿ね、あんた。
 なんてことしてるのよ」

 そういう叢雲の表情は不敵な笑みが張り付いていた。

叢雲「さて、これからどうしましょうか?」

提督「捕まろう」

叢雲「馬鹿なの?
 あんたがどこぞへぶち込まれている間、大人しく待ってる私じゃないわよ?」

提督「じゃあ、逃げようか」

叢雲「ダッシュでね」

 これまでになかったのであろう自体に艦娘も兵士もどうしたら良いのか分からず対応策を捻出しようと四苦八苦している様子であった。
 しかも、そんな中、艦娘の中に赤土の狂った所行を褒める者が現れ始め現場は更に混乱する。

「感動しました!」
「良いんじゃない」
「ハラショー」

 そして、まさに赤土と叢雲が逃げだそうとしたとき、基地内から艦娘を連れ従った制服をぱりっと着こなしている高齢の男性が現れる。
 周りから元帥との声が上がり、赤土は叢雲に耳打ちをした。

提督「元帥ってやばくないか」

叢雲「……え?
 海軍大将?
 ちょっと、やばいわね」

 高齢の男性は赤土たちの前に立つとにやりと笑った。

「勉強不足だな。
 今の時代、元帥なんていくらでもいる。
 提督内の序列と言うよりかは純粋に功績に与えられる階級だ」

提督「そういえば本にそんな事が掻いてあったような……どちらにしろ凄いけど」

叢雲「その元帥様が直々にお出ましとは……面白くなってきたじゃない。
 いったい何の用よ」

「おいおい、そんな言い方あるかね?
 そこの青年を提督にしたいのでは?」

叢雲「これはもう私の提督で、提督なことは間違いないんだけど、資格がないと色々と不便だからその資格と鎮守府をもらいに来ただけよ?」

 この答えに元帥は弾けるように笑った。

「君、才能あるね」

 そう言って、赤土の肩に手を置く。

「良かったら、俺が採用係に進言しようか?」

 思いがけない申し出だったが、これまでも思いがけないことなどいくらでもあった。
 赤土と叢雲は顔を見合わせ、同時に言う。

提督&叢雲「ぜひ」

*―――――――――――――――――*

 そこからは早かった。
 普通に試験を受けてそこそこの成績で提督養成学校なる場所に入校する、赤土の後をホーミングしてくる叢雲の姿のおかげで、提督としての適正はずば抜けて高評価であった。 しかし、それ以上に叢雲の存在は混乱をもたらした。
 曰く、前例がない。
 学校にいる期間だけでも他の場所で過ごしてくれないかと様々な者が叢雲に頼み、時には艦娘を使った実力を伴う排除も行われたこともあったがどれも失敗に終わった。
 叢雲曰く「ここには他の艦娘もいるのに私が駄目な理由が分からない」である。
 確かに教育係として艦娘が提督養成学校にはいたが、普通に考えて教育機関に親しすぎる艦娘がいることが良くないのだろう。
 そして、提督養成学校にいた艦娘が原因で叢雲が悶着を起こすことになる。
 赤土が入校して一週間も経っていない頃の話である。
 彼が校内で叢雲の後ろ姿を見かけ、声を掛けた。

赤土「叢雲、こんなところで何してるんだ?」

「……なに?」

 振り返った叢雲を見て赤土は瞬時に理解した。
 こいつは俺の知っている叢雲じゃないぞ。
 どこからどう見ても叢雲ねぇちゃんだが違う。
 同じ種類の艦娘が何体もいるとは聞いたり勉強している過程で知りはしていたが、全く同じような見た目に赤土は少し衝撃を受けた。

赤土「すいません。
 俺の知ってる叢雲かと思って」

「あぁ、あの叢雲?
 こっちも迷惑してるのよ。
 私があの叢雲だと勘違いされてこの前なんて戦艦たちに基地からつまみ出されて万歳三唱よ?」

赤土「それは……うちの叢雲ねぇちゃんがとんだご迷惑を」

「叢雲ねぇちゃん?」

赤土「気にしないで」

 赤土はちょっと恥を掻いたなと早足でその場を立ち去ると、廊下の曲がり角で壁に背中を付け、腕組みをしている叢雲を発見した。
 この叢雲はまさしく叢雲ねぇちゃんであった。

赤土「柄悪いな」

叢雲「……あんた、アレを私と勘違いしたわね?」

赤土「は?
 あぁ、最初にちょっとな。
 もしかして怒ってるのか?」

叢雲「は?別に」

赤土「良かった」

 赤土がそう言った瞬間、叢雲はローキックを放った。

提督「痛ぁ!?何でだよ!」

 またある時の話である。

叢雲「今日はクリスマスよ!
 これがケーキ!」

提督「クリスマス?西洋のお祭りだろ?
 今入校中だし……それに、授業中だし」

 叢雲はケーキの乗った白い皿を片手に自慢げな顔をしていた。
 赤土は今まさに授業中であり、教室の中で所在なさげに肩身を狭めた。
 教室中の人間が冷静な目でどうなるのかを観察していた。慣れきっていた。

叢雲「エイメン!
 食べてみましょう!」

提督「いや、授業ちゅ――」

 そこまで言ったところで、赤土は切り分けられたケーキを口の中に突っ込まれた。

提督「なんだコレ!?おいしぃ!!」

叢雲「本当?」

 そう言って叢雲もケーキを口に運ぶ。

叢雲「おいしぃ!!えぇ!?」

提督「ところでこれどうやって買ったんだ?」

叢雲「外に行ってあんたのお金で買ったわ」

提督「マジか。また、買ってきてくれ」

 きりが良いと思ったのか教壇に立っていた教官が口を開く。

「赤土、良いと言うまで外を走ってろ」

 また、ある時の話である。

提督「正月か」

叢雲「正月はさすがにお休みなのね」

提督「さすがにな」

叢雲「……なんで兵舎にいるわけ?」

提督「お前が色々やらかすから外出許可を取る暇がなかったからだろ」

叢雲「まぁ、良いわ。
 炬燵もあるし」

提督「この炬燵せまいな」

叢雲「あんたがでかいのよ。
 ちょっと離れなさい」

提督「おかしくないか?
 何で隣に入ってるんだよ」

叢雲「逆側は窓側になって背中が寒いじゃない。
 文句があるのならあんたが向こう側に行きなさいよ」

提督「やだよ。
 それに、なんで炬燵があるんだ」

叢雲「買ってきたわ」

提督「無駄遣いだな」

 赤土は入校中であるが、こういった学校では勉強をする身でありながら給料が出る。
 使い道のないそのお金は世話になった親戚へ仕送りする他は全て貯蓄に回っていた。
 赤土は叢雲から金の使い道についてセンスがかけらも感じられないと言われた時から自分だけで物を買うことは控えている。

提督「そういえば俺が買った給料3ヶ月分のジュラルミンケースはどうなってる?」

叢雲「……あれね。
 使ってるわよ」

提督「使ってるのかよ。
 散々こき下ろしたくせに使ってるのかよ」

叢雲「給料三ヶ月分の――ジュラルミンケースって言われた時には体が震えたわよ」

提督「嬉しそうにしてただろ」

叢雲「途中までね」

提督「意味が分からん」

叢雲「でしょうね!」

提督「なんでキレてるんだ?
 はい、みかん」

 そして、またある時。

提督「学校のランニングって楽だな」

叢雲「私と一緒に走ってたからそれに比べればね」

提督「でも泳ぎは苦手だな」

叢雲「海軍失格ね」

提督「練習してこなかったし、そもそも才能がないみたいだ」

叢雲「訓練する?」

提督「叢雲と一緒に?
 だったら水着がいるな」

叢雲「いや、私は水の上に立てるし。
 見ててあげるから勝手に練習しなさい」

提督「面倒だけど今日の夕方から始めるか」

叢雲「え!?今日!?」

提督「明日は休みだし体が壊れるほどやるぞ。
 思い立った日に行動を移すようにどっかの艦娘に散々言われてるからな。
 どうした?」

叢雲「……まあ、いいけど」

 そして、その日の学科が全て終了し、夕食を食べ、腹ごなしと準備体操を終えた赤土がふんどしを片手に叢雲と校内を歩いていると、前から艦娘が歩いてきた。

叢雲「なに?」

「今日は赤土さんに用がありまして」

叢雲「今から訓練だから明日にしてくれる?」

「すぐに済みますから」

 赤土の前に立ったのは艦娘の指揮訓練で模擬演習をしてくれる戦艦榛名であった。

「この前の演習の指揮、素晴らしかったです。
 榛名、感動しました」

提督「え?負けたけど」

「いいえ、あれは艦娘の練度の差が出ただけであって指揮自体は素晴らしかったです」

叢雲「私だったら勝ってた」

「実は、いつかお礼を言おうと思ってたんです」

提督「お礼?」

叢雲「無視かしら?」

「えぇ、あの日、艦娘に銃を向けた人間の腕を折った時のお礼を」

叢雲「艦娘じゃなくて私ね。
 私じゃなかったらこいつもそこまでしないわよ?」

「艦娘の為にそこまで出来る人間がいるんだって……とても元気をもらいました。
 将来、こんな人の元で戦いたいって」

 そう言うと、榛名は包みを取り出した。

「もし良かったら、この榛名のチョコレート、貰って頂けますか?」

提督「いいのか?
 じゃあ、ありがたく」

 赤土が包みを受け取ると榛名はその場から走り去った。

提督「なんか今日凄いな」

叢雲「何が?」

提督「今日、なんかチョコレートよく貰うわ」

叢雲「は?いつのまに?」

提督「なんか、年に一回こんな日があるよな」

叢雲「……あんた、2月14日が何の日か知ってる?」

提督「ふんどしの日」

叢雲「意味分かんない。
 意味分かんない」

提督「はは、叢雲って結構抜けてるよな。
 2月14日はふんどしの日なのは当たり前だろ。
 だから今日は俺はふんどしで泳ぐつもりだ」

叢雲「なんで、海パン持ってるはずなのにふんどし持ってきてるんだろうって思ってたらそういうこと!?」

提督「ちなみに今はいてるふんどしは定価4万円したちょっと良い奴だ。
 今手に持ってるのは水泳用のふんどし」

叢雲「高ぁ!?4万円のふんどし!?水泳用のふんどし!?えぇ!?
 だから、物を買う時は相談しなさいって言ってるでしょう!」

提督「下着くらい勝手に買わせろ。
 お前は俺のおかんか」

叢雲「一生のお願い。本気で膝蹴りさせて?」

提督「アホか。体がちぎれ飛ぶわ」

叢雲「今度私に無断で何か買ってたら本気で膝蹴り食らわせるわよ。
 問答無用で」

提督「やりかねないから恐ろしい」

叢雲「……ところで、ちなみにチョコレートどれくらい貰ったの?」

提督「兵装実験軽巡の夕張と演習艦の川内、先の榛名」

叢雲「……あいつら……私は関係ありませんみたいな顔をしておいてぇ」

提督「あとは同期の田中君と斉藤君と阿部君」

叢雲「え?」

提督「チロルチョコも合わせると大林君もか?」

叢雲「エイメン!
 なんてことなの……エイメン!」

提督「どうしたそんなに興奮して。
 顔色も悪いようだが?」

叢雲「今日から対人格闘術も訓練するわよ!」

提督「対人なんて全く重視されてない科目なんだが」

叢雲「やらなくちゃ(使命感)」

提督「叢雲がそこまで言うんなら」

 この日、赤土は数時間の練習の末、人並みに泳げるようになった後、叢雲による格闘術をへとへとになるまで叩き込まれた。

叢雲「あぁ!?今何時!?」

提督「フタサンヨンゴだな。
 もう一本こい!」

叢雲「終了!!今日は終了よ!!」

提督「本気かよ」

 合法的に叢雲に組み付ける事に気がついた赤土はこの時間を最高に楽しんでいたため、心底がっかりした。
 がっかりする赤土を尻目に叢雲はその場から消えるように走り去る。
 仕方なしに片付けを初め、汗を拭いていると、叢雲が猛ダッシュで戻ってきた。

叢雲「フタサンゴーゴー、よし!
 はい!飲み物!」

提督「サンキュー、ちょうど喉が渇いてて……って熱っ!?
 ホットココア!?
 運動の後にホットココアとか聞いたことないわ!!」

叢雲「う、運動の後のココアは体に良いのよ」

提督「マジかよ」

 後日、体育の科目の後、ココアを飲む赤土が皆の好奇の目に晒され、「なぜ、そんなイカレたマネをしてるんだ」と訪ねてきた同期にどや顔で「知らないのか?運動の後のココアは体に良いんだぜ」と返す事となった。
 このようなことの連続であった学校生活だったが、無事に卒業。
 もっとも、無事だったのは赤土と叢雲の二人という意味で、卒業当日、初期艦を申し出てきた榛名、夕張、川内は叢雲に鬼のような膝蹴りを食らい無事ではなかった。
 しかし、この日、何とか赤土は提督になれたのであった。

*―――――――――――――――――*

 学校卒業後、鎮守府で着任した時から、叢雲は赤土のことをアーカードとしつこく呼び始めた。
 当面の戦力は叢雲1隻だけでも大丈夫だろうとの狂った見通しから資材を為に為上げ、建造を行い、一悶着の末に建造した艦娘十数隻に移籍を申し出られる自体となったりもした。
 その後、戦果を重ねていく提督であったが、建造にしろドロップ艦にしろ何年経っても若干戦力に不安があるものしか出てこないことに気がつく。
 提督自身はどのような艦が来ようとも喜んでしまう質であるのだが、いざ、その艦を現状の戦力で守り通せるのかを考えた時、不安が残るのも事実であった。

提督「……どこか平和な場所でみんなと暮らせたら良いのにな」

叢雲「……なに、あんた流の泣き言なの?」

提督「すまん。忘れてくれ」

叢雲「別に良いわよ」

提督「……そういえばさ。
 叢雲にぬいぐるみ買いたいんだけど良いか?」

叢雲「なんでそんな事本人に聞くわけ!?
 それに、ぬいぐるみとか意味分かんない!」

提督「だって、この前、一緒に買い物に行った時に熱心に見てたじゃないか。
 あの白いもこもこの熊の奴で良いんだよな?」

叢雲「い、いらないわよ。
 子供じゃないんだから。
 私くらいになったらもっと大人な……ゎとか、ネックレスとか?
 そんなのが欲しいわ」

提督「ふーん。
 じゃあ、それも今度買おうか。
 一緒に選ぶのが一番良いのか?」

叢雲「ば、馬鹿じゃないの?
 そんな事にお金使う意味が分からないわよ」

提督「そんなことか。
 まあ、良いか」

提督(叢雲に無性に何かをプレゼントしたいが……何をプレゼントしたら良いのか全く分からん本人に聞くのが一番良いんだろうけど……ネックレス?
 よく分からんな)

叢雲「……何?」

提督「女の人って何が欲しいものなんだ?」

叢雲「……知るか」

 そう言うと、叢雲は珍しく目の前の書類に没頭し始めた。
 この日から数日後の話である。
 提督は演習を通じて知り合った他の鎮守府の提督と電話で連絡を取っていた。
 相手の提督は今年で50になる熟練の先達であった。

「君ももう24歳か。
 いい加減結婚して落ち着く歳だろう」

提督「結婚……ですか」

 結婚という言葉に提督は秘書官として仕事にいそしんでいる叢雲に目をやってしまった。
 目がバッチリとあってしまい、居心地が悪くなる。

「実はちょっと見合いをして貰いたい奴がいてね。
 と言うのも私の娘なんだが、どうもじゃじゃ馬が過ぎるようようでね。
 私が言うのも何だが美人な事は確かなんだ。
 でも、ちょっと、おてんばが過ぎるというか……まぁ、君の所の叢雲を見ていると何となく君なら何とかなるんじゃないかと思ってね。
 どうだい、一度顔を合わせて見てはくれないか?」

 まくし立てるように言われて提督は困り切った。
 その気は全くないが、ここであっさりと断ってしまうのも失礼な気がする。

提督「分かりました」

 奇人を演じてフラレて来るかと提督は腹をくくる。

「悪いね。
 同業で忙しいのは重々承知してる。
 君の時間がとれる時にこちらから向かわせるよ」

提督「なら、今週の土曜日に」

「二日後か。
 急な話だが仕方がない。
 急なのはこちらだったわけだし。
 ヒトマルマルマルにそちらに向かわせるよ」

提督「了解」

 提督はそう言って、受話器を置き、深い溜息をついた。

叢雲「……あんた、結婚するの?」

提督「どうなるか分からん」

叢雲「……ふぅん、まあ、どうでも良いけど。
 確りしなさいよ。
 あんたならボウッとしている間に縁談がまとまってるって事が起こるかもしれないし」

 結婚に関して叢雲にどうでも良いと言われたことに提督は激しく動揺した。

提督「……余計なお世話だ。
 お前は俺のおかんか」

叢雲「何よその言い方。
 せっかく心配してあげてるのに」

提督「余計なお世話だって言ってるんだよ」

叢雲「まったく、一体いつからそんな話があった事やら。
 そんな大事を隠されて秘書官としては少しやる気を無くすわね」

提督「意味が分からん。
 今突然決まったことだよ」

叢雲「どうだか。
 あんた最近女の人がプレゼントされて喜びそうな物を調べてたようだし。
 なんか結婚雑誌まで買い漁ってたし。
 ……馬鹿みたい。さっさと結婚したら良いんじゃない?」

 プレゼントは叢雲のためだし、結婚雑誌も叢雲と盛大に式を挙げたら面白いだろうなと勝手に妄想する最近の娯楽だ。
 だが、叢雲にこう言われては一気にやる気を失うというものだ。
 提督は一気に全てが馬鹿馬鹿しくなった。

提督「糞っ、馬鹿馬鹿しい!
 やってられるか!」

叢雲「どこに行くつもり?」

提督「巡回!
 ……という名のサボりだ!!ほっとけ!!」

 この後、提督は会うたびに艦娘から機嫌が悪いのかと尋ねられ、15回目に同じ質問をされた時に生まれて初めて怒りを持って艦娘に怒鳴った。
 これに一番ショックを受けたのは提督自身であった。

提督「すまん。お前は何も悪くないのに。
 心配してくれてたんだよな」

鈴谷「……テンションさがるし……何かあったの?
 ……叢雲と喧嘩した?」

提督「……叢雲?
 関係ないよ」

鈴谷「大人なんだから早く仲直りしてよね」

提督「喧嘩なんてしてないし。
 ……でも、仲直りってどうやったら良いんだ?」

鈴谷「……あー、駄目だこの提督」

提督「くそっ、波瀾万丈な人生が俺という男から常識という常識を全て奪い去ったからな。 仕方ない、上手いこと謝る方法が思い浮かばないのは仕方がない。
 ……時間が解決してくれるだろ」

鈴谷「うわっ、マジで駄目じゃんこの提督!!」

 二日後、提督は上の空で知り合いの提督の娘を出迎えた。
 鎮守府で出迎えたのはマズかった。
 一気に噂が鎮守府中に広まり、何か知っているだろうと目を付けられた叢雲は根掘り葉掘り質問をされ、全てを話してしまった。
 確かに娘は綺麗な人だった。
 元気もあり、言われているほどじゃじゃ馬でもなく、欠点という欠点など見当たらない。
 提督は、この人は所謂高嶺の花と言う奴なのだろうと結論付けた。
 なので、こんな辺鄙な鎮守府で提督をやっているような男の元に縁を探しに来ることになっているのだろうと。
 デートなどどうやってやるのかと思ったりもしていたが、鎮守府を出るといつも叢雲と一緒に歩いている場所を思い出し、意外にも滞りなくいってしまった。
 提督は最大限一般人とは話が合わないことを艦娘の話ばかりを意図的にして分からせようとし、さらには、例の白いもこもこの熊のぬいぐるみがどうしても気になった提督は行き先をねじ曲げて目的の店に行き、そのぬいぐるみを購入した。
 持ちうる力の全てを尽くし、キメ顔とイケメンボイスで「自分用に。ラッピングもお願いします」と言い放った時にはさすがの娘さんもどん引きだろうと提督は確信した。
 そして、娘を駅まで送り届けた後にある程度の破談の匂いを感じながら鎮守府へと帰った。

電「帰ってきたのです!」

鈴谷「おぉー、意外にもお早いご帰宅」

加古「それで?」

提督「それで、とは?」

龍驤「何はぐらかしとんねん、君。
 デートの結果の事に決まっとるやない」

 おそらく破談だろう。
 狙いどおりだ。

提督「狙いどおりの結果になりそうだ」

 驚きの声が周囲から上がる。

大井「あり得ないわ」

扶桑「信じられません」

提督「はっはっは、心配するな!
 ところで、叢雲は?」

電「……」

提督「おい、叢雲の居場所を知ってる奴はいないのか?」

電「は!?
 む、叢雲なら食堂にいるはずです」

 提督は意気揚々と食堂に向かった。
 気が楽になったためである。
 電の言ったとおり、叢雲は食堂にいた。

提督「落ち着け。
 平常心だ」

 叢雲の姿を見ると若干緊張したものの、今日は心強いアイテム、ぬいぐるみがある。
 提督は覚悟を決めて叢雲に近づいた。

提督「……どんだけ食ってるんだよ……お前」

 それは素直な感想であった。
 叢雲の目の前には皿やデザートのカップが山積みとなっていたためだ。

叢雲「……なに?
 別に良いでしょ、お腹が減ってるのよ」

提督「ほどほどにしておけよ」

叢雲「ふん、余計なお世話よ」

提督「……まあ、いいや。
 これをお前にやる」

 提督はそう言って、ラッピングされたぬいぐるみを叢雲の頭に乗せた。

叢雲「……何コレ」

提督「開けてみろ」

叢雲「デートだったんじゃないの?」

 叢雲は言いながらラッピングを開いた。

提督「まあな」

叢雲「……デート中にこれを?」

提督「まあな」

叢雲「……色んな意味で失礼な男ね、あんた。
 他の女とデート中に購入って」

 提督は言われてみて確かにと思った。

提督「……いや、今日のデートはそのぬいぐるみを買うついでみたいなものだったし……」

叢雲「相手の女の人に失礼極まりないわね」

提督「仕方がない。
 そいつが頭から離れなかったんだ」

叢雲「……そう。
 それで、デートはうまくいったの?」

提督「うまくいったと思うか?」

叢雲「思えないわね」

提督「俺もそう思う」

叢雲「そう」

 叢雲はそう言ってぬいぐるみを膝の上に載せてもてあそび始めた。
 随分と同じ時間を過ごしてきたが、叢雲はであった当時から何も変わらない。
 初めて見た時からずっと綺麗だ。

提督「叢雲は変わらないな」

 叢雲がピタリと手を止めた。

叢雲「変わったわよ」

提督「そうか?」

叢雲「そうよ、内面なんか特にだし、外面も少し大人びたでしょ?」

 艦娘が大人びるとはどういうことなのだろうか。
 時間的な要因で外面に影響が出ることがないことを提督は知っていた。
 だから、これはちょっとしたジョークなのだろうと提督は思った。

提督「いや、同じなんだが」

叢雲「うるさいわね!!」

 瞬間的に、爆発したような怒声が食道に響いた。

叢雲「どうせ、私は成長しないわよ!
 私は艦娘だから成長しないのは当たり前なの!
 そんな当たり前のこといちいち言わないで!
 あんたは人間なんだから勝手に大きくなって結婚でも老衰でも何でもしてなさいよ!
 艦娘は深海棲艦を倒すことが役割なの!
 こんなもの買ってこないで、嬉しくとも、何ともない!」

 叢雲はそう言うと食堂の窓から海に向かってぬいぐるみを放り投げた。
 放物線的に夜の暗い海に着水することは間違いなしだろう。
 怒声の余韻が食堂にキーンと響き、静けさが訪れる。
 食事をとりに来ていた他の艦娘が目を丸くして二人を見ていた。

提督「すまん」

 叢雲が言ったことが頭の中で全く理解できなかった。
 だが、叢雲が本気で怒った事だけは分かった。
 よく考えれば……いや、よく考えなくても叢雲が本気で怒った事など今までになかったため、提督はどうすれば良いのか分からず、頭が真っ白になっていくのを感じた。

提督「すまん。
 でも……そんなの叢雲ねぇちゃんらしくない」

 その瞬間、叢雲は食堂から飛び出した。
 取り残された提督は頭を掻いてとぼとぼと執務室に戻る。
 そこでボウッとしていると、潮や扶桑が心配して様子を見に来た。
 二人は事情を知っているようであったが、何も言わずに暖かい飲み物や甘味を勧めた。
 ある程度、落ち着いてきたところに電話が掛かってきた。
 例の娘の提督からだった。

「今日はありがとう。
 それでなんだが……君、何をしたんだ?」

提督「すいません。
 俺は何も知らない世間知らずなもので……楽しませようとしたのですが……」

「いや、娘は君の事を大絶賛だったよ。
 また会いたいそうだ」

提督「……本当ですか」

「来週の土曜日で良いかい?
 今日と同じ時間で」

提督「待ってください」

 提督は何かこの場を切り抜ける良い方法はないかと考えようとしたが、何も考えつかなかった。

提督「……えぇ、そうしてください」

 提督はそう言って、電話を切った。
 溜息を吐くと全身の力が抜けるのを感じる。

潮「今日の相手方からですか?」

提督「……まあ、その親だな」

潮「駄目だったんですか?」

提督「意味が分からないことに、また、会いたいとか相手の娘さんが言ってるらしい」

潮「え?え?」

扶桑「……あぁ、勘違いしてましたけど、提督はこの話には乗り気ではなかったんですね。
 私、叢雲から話を聞いててっきり乗り気なのかと」

提督「そんな訳ないだろ」

扶桑「ですよね。
 叢雲があんな風に言うからてっきり、私たち色々と『勘違い』をしていたのかと思いましたけど、『勘違い』ではなかったんですね」

提督「勘違い?」

扶桑「ふふっ、気にしないでください」

提督「不味いな。断り切る自信がないぞ」

扶桑「それは駄目ですよ。
 相手のことも考えて、はっきりと答えを出すべきです。
 よく考えて決断してください」

提督「……最悪だ。
 叢雲も昔に同じようなこと言ってたな。
 なるほど、叢雲に怒られて当然か。
 自分のやりたいことを決断も出来ずに、実行も出来ないんだもんな」

潮「叢雲さんがそんなことを?」

提督「随分と昔にな。
 そんな事を言っていた」

 扶桑と潮は顔を見合わせて困ったように笑った。

扶桑「だったら、叢雲も自己嫌悪中なのかしら?」

*―――――――――――――――――*

 この1週間、提督は作戦の完成度が低いとの理由で出撃を控え、遠征と鎮守府内の整理にいそしんだ。
 本当の所の理由は叢雲と顔を合わせ辛く、どのように接すれば良いのかが分からない為、関わることを避ける為そのようにしているだけであった。
 そして、顔見知りの提督の娘と会う日がやって来た。

提督(どうすれば良いんだ)

 提督は胃の底がキリキリと痛むのを感じた。
 助けを求めようにも艦娘は世間一般の事に疎い、叢雲ならば何とかしてくれるとの思いもあるが、今は頼れない。

提督「行ってきます」

電「大丈夫です?」

 鎮守府を出る際、門の近くで待機していた電に声を掛けられた。

提督「正直、苦しい。
 どうすれば良いのか分からない」

大井「情けないですねぇ。
 さっさと元気になってください!
 こっちは魚雷が撃てなくてイライラしてるんですから!」

提督「すまんな。
 敵の動きも活発化している時に。
 なんか昔から間が悪いんだよなぁ」

 提督はそうぼやきながらデートへと赴いた。
 以前と同じように思いつくままに行動しているだけであった。
 しばらく町中を回り、喫茶店に入るととりとめのない会話が続いた。
 提督業のこと、艦娘のこと、くだらない話など話し始めると意外と尽きない。

提督(……この人はすごいな。
 美人で人当たりが良く、提督業にも理解を示してくれる。
 俺にはもったいない人だ。
 だけど……)

 だけど、この人に感じる感情はそこまでだ。

提督(やっぱり叢雲とは違うな)

 提督はぼんやりと思った。

「一番お気に入りの艦娘とかはいるんですか?
 艦娘って美人が多いですよね」

提督「美人が多いから提督ってのは大抵奥さんからあらぬ疑いを掛けられるらしい。
 君はそういうことは気にしないの?
 軍とは名ばかりの女所帯で指揮官やってるだけのしがない職だよ」

「そうですね。
 私の父も母にそのことでコブラツイストを何度も掛けられています。
 でも、それは母が父の愛の言葉を聞きたいが為にやっている芝居だって分かってますから」

提督「すごいね。
 愛とか何だとか、俺には語る口はないよ。
 ……君の父はどんな風に愛の……その、言葉を?」

「私に言わせるんです?」

 さすがに困ったようであった。

提督「ぜひ」

「まあ、良いですけど」

提督(愛って何だ?)

「私の父は母にコブラツイストを掛けられながらこう言うんです『いつでも君の事を考えてるよ。鎮守府にいる時も、海を見ている時も、食事をしている時も、例え艦娘が戦っている時でさえ俺は恥もなく君の事を考えているよ』……と」

 提督は「あっ」と思い、初めて海を見た時のような、視界が広がり、美しい光景が飛び込んでくるような感覚を受けた。

提督「……すごいな」

「私も、あなたと会ってからあなたのことばかり考えています。
 もっとあなたのことが知りたい」

 俺は馬鹿だ。
 この人にここまで言って貰う価値などない、最低の男だ。
 初めからこうするべきだった。

提督「……俺は自分が恥ずかしい。自分で自分を馬鹿だと思うよ。
 君は本当に綺麗で優しくて聡明だ。
 俺の不明を許してくれ。
 今……気がついたことがある。
 君が気づかせてくれた」

 娘の顔が曇った。

提督「お気に入りの艦娘がいるかと聞いたね?
 いるよ。
 初めて見た時、その艦娘は透きとおる花のように綺麗だった。今でも同じように綺麗だ。
 その艦娘は俺にとって姉であり師匠であり口やかましいおかんであり、守りたいものだ。
 ……出会った時から、いつでもあの艦娘の事を考えてる。
 楽しい時も苦しい時も怒りに震えている時でさえ考えてしまう。
 これからも、そうだと思う。
 俺はどうしようもなく俺の思いを、喜びも怒りも全てあの艦娘に捧げてしまう」

 二人の間に長い沈黙が流れた。
 そして、娘は納得したように頷いた。

「初めから縁が……なかったと言うことですか」

提督「申し訳ない」

 提督は深々と頭を下げる。

「……あなたという人を知れて良かった。
 これからも父と仲良くしてあげてくださいね?
 ……さようなら」

提督「……お達者で」

*―――――――――――――――――*

 数時間後、提督は一人でぼんやりと海を見ていた。

提督「勝手が過ぎるな、俺は」

 だが、本気で自覚してしまった。
 叢雲が好きだ。
 愛している。

提督「とことん勝手になるか」

 提督はそう言うと、再度町に足を運ぶ。

提督「ネックレスが欲しいって言ってたよな」

*―――――――――――――――――*

龍驤「……なんや君、その荷物」

提督「……お菓子」

 提督は予定より随分と早めに鎮守府に帰還した。
 駄菓子の詰まったダッフルバッグを背負っての帰還だった。

龍驤「デートに行ったと思ったら……どうなってるの?」

提督「いっぱい買ってきたぞ」

龍驤「君、叢雲に怒られるよ?」

提督「構わん!俺は俺の好きなようにする!」

龍驤「ふぅん……と、ところで、デートとかどうなったの?
 みんな気にしとるし、結果だけでも――」

提督「デートか、駄目だったよ」

龍驤「へ?
 ……冗談抜きでゆうてるの?」

提督「冗談でこんなこと言わない」

龍驤「……なんやぁ、君!
 まあ、こういうこともあるよ!
 元気にいってみよう!」

 龍驤は提督の肩をバンバン叩きながらいった。

提督「ところで、叢雲はどこだ」

龍驤「君ぃ……二言目には叢雲なのは癖なん?
 それに、今喧嘩してるんじゃないの?」

提督「あぁ、だから仲直りしてくる。
 ただでさえ、叢雲のことで頭がいっぱいなのにこんな状態が続くと業務に支障が出るからな。
 イライラして寝ても覚めても叢雲だ」

龍驤「……おぉう」

 龍驤は目を白黒させると変な声を上げた。

提督「で、叢雲は?」

龍驤「自分の部屋でしょ。
 籠もって出てこないし」

 提督はそれを聞くと、鎮守府内にある叢雲の私室に足を運んだ。
 ドアの前に立つと提督は背中のダッフルバッグを床に下ろし、肩を回し、扉をノックした。

提督「叢雲ー、居るかー?」

叢雲「……居ないわよー」

提督「そっかー、入るぞー」

 そう言ってドアノブを回せば、カギが掛かっていることが分かる。

提督「鍵が掛かってるんだが?」

 部屋の中から返事は帰ってこない。

提督「……入るぞー」

 提督はドアノブの鍵の辺りに全力で蹴りを叩き込んだ。
 施錠設備が破壊され、ドアが開く。

提督「1週間ぶり」

 叢雲は正座をしている状態で暖かい緑茶を飲んでいたが、その格好のまま、驚いたような表情を提督に向けていた。

叢雲「何してるのよ」

提督「叢雲に会いたくてな。
 ドアが邪魔だったから壊した」

叢雲「い、意味が分からないわ」

 よし、いうぞ。

提督「……叢雲」

叢雲「……なに?」

 提督はあまりの緊張から壁に寄りかかった。
 気持ちを伝えた後、今までのように過ごせるのか。
 叢雲に拒絶をされたら明日からどんな顔をして生きていけば良いのやら。
 緊張の波に襲われていた。
 数時間前からである。

提督「……結婚の件なんだが……なくなったから」

叢雲「ふぅん、そうなんだ」

提督「俺にはもったいない人だったけど、断ってしまった。
 もっと、大事なひとが居るって気づかされたから」

叢雲「……は、え?」

 どこかぼんやりとしていた叢雲の顔に朱が差した。
 この状況である。
 提督のいわんとしていることが察せないほど鈍感ではないということだろう。

提督「叢雲、お菓子食べるか?」

叢雲「い、いらないわ。
 大体、何よその量。
 買いすぎなのよ」

提督「まぁまぁ、そう言わずに」

 提督はそう言うと、ダッフルバッグからチョコの入っている箱を叢雲に渡した。

叢雲「だからいらないって」

提督「まぁまぁ、食べて食べて。
 チョコレートには心を落ち着かせる効果があるそうだ」

叢雲「別にそんな効果必要としてないわ」

 文句を言いつつも叢雲はお菓子の箱を開けた。
 その箱の中には数個のチョコレートとおまけにおもちゃの指輪が入っていた。
 その指輪が入っていることを提督は知っていた。
 提督自身が指輪を買って中に入れておく……などという気取ったマネをしたわけではない。
 その指輪は正真正銘、初めからこのお菓子に入っているおもちゃの指輪だ。
 数時間前、提督は叢雲にネックレスを買おうと決めて町に行った。
 しかし、提督はそこで見事なチキンっぷりを発揮、数時間店内で悩み抜いた挙げ句、結局変えず帰路についた、その途中でこのお菓子が売っているのをたまたま見かけたのである。
 指輪とはこれまた、と思いもしたが、本物はもちろん、おもちゃですら叢雲に渡すのには勇気がいる。
 それほどに愛している。
 なので、提督はそのお菓子の他に、更に他の駄菓子を数十点に至って買い漁った。
 そんな、駄目な提督のただのおもちゃの指輪だった。
 そんな指輪を叢雲はじっと見つめている。
 その姿を見て提督は、なぜか、あの日のことを、叢雲に提督になれと言われた日のことを思い出した。

提督「……叢雲」

 この気持ちを言葉にするのは難しい。
 だから提督は叢雲の隣に腰を下ろした。

提督「こうしているだけで、俺は幸せだ」

 提督は叢雲の驚いた表情を間近で見た。
 そして、長い沈黙の後、意を決したように叢雲が口を開く。

叢雲「私、も」

 消え入るような声で、最後には視線を逸らしてそう言った。

提督「そうか」

叢雲「……馬鹿、近いのよ」

 叢雲はそう言って、頭を提督の肩に預けた。
 ふわりと甘い香りが提督の鼻孔をくすぐる。
 思わずさらりと流れる水色の髪に手が伸びた。
 目を白黒させてあたふたする叢雲の姿は提督の心臓を跳ねさせた。
 そういう反応をするのか、と。

叢雲「女の髪を気安く触るなんて、ば、馬鹿なんじゃないの?
 いくら子供の頃からの知り合いで、家族みたいに過ごしてきたからって――」

提督「気安く触っているつもりはない。
 正直、心臓が張り裂けそうだ」

叢雲「ど、どうしちゃったのよ、あんた。
 あんたらしくもない」

提督「それを言い始めたら、叢雲こそ叢雲ねぇちゃんらしくないぞ。
 借りてきた猫みたいだ」

叢雲「そんな事ないわよ!」

 そう言って叢雲は提督を見た。
 髪を覗き込むように見ていた提督と文字通り目と鼻の先の距離となる。
 叢雲が肩で息を飲むのが分かった。
 顔は朱が指すどころではない。茹で上がっている。

叢雲「近い、のよ」

提督「そうだな。
 でも、俺は不快じゃない。
 幸せだ」

 提督は自分で自分が喋れていることが奇跡のように感じた。
 目の前がくらくらして夢の中にいるようだった。

叢雲「私、も」

 そんな中、叢雲が消え入るように叢雲が言った。

*―――――――――――――――――*

 それからは、笑ったり喧嘩をしたりしながらも幸せな日々が続いた。

叢雲「はい、こちらアーカードの鎮守府」

 叢雲は電話を取った瞬間顔を曇らせた。
 それから、「はぁ」とか「そうですか」とか「いや、それは……」等と聞き慣れない相づちを打つと最後には「すいませんでした。こちらから言っておきます」等という物だから提督はいよいよ不安に苛まれた。
 事務処理の手を止めて、叢雲が受話器を置くのを待つ。

提督「誰からだ?」

叢雲「憲兵」

提督「なにそれ怖い。
 何やったんだよ叢雲」

叢雲「あんたに用事だったわよ?
 警告」

提督「憲兵にお世話になるようなことなんて何も――してないとは言わないけどごめんなさい。
 ちなみにどれだ?
 演習先の提督を海に叩き込んだやつ?」

叢雲「いいえ」

提督「チャック全開で町中を散策したやつ?」

叢雲「いいえ」

提督「週に8度の空母召喚の儀?」

叢雲「いいえ。でも、それに近いかもね。
 用は住民からの苦情が多数入ってるらしいわ」

提督「住民とは上手くやっていると思っていたが」

叢雲「宝石店で数時間もうろうろするのは止めろ、不審者、仕事しろ等の苦情よ」

提督「……なるほど」

叢雲「何してんのよあんた」

提督「……何も……いや、ほんとに何も……」

 提督は少し落ち込んだように言った。

叢雲「……ほどほどにね」

 また、ある日のこと。
 提督の執務机の上にはこんもりとチョコレートが積まれていた。

叢雲「年に一度のよくチョコレートをもらえる日って事ね。
 ……これ、そこに落ちてたわよ」

提督「2月14日が何の日か知ってるか?」

叢雲「はいはい、ふんどしの日ふんどしの日」

提督「バレンタインデーとか言う日らしい」

叢雲「…………え?」

 10月31日は鎮守府で行われたイベントの中でも一段の盛り上がりを見せた。

提督「……なんだこの格好」

叢雲「パーフェクトね。
 とりあえず、教えたとおりに言ってみて」

提督「拘束制御術式零号……開放」

叢雲「……パーフェクトね!
 さすがは吸血鬼アーカード!」

提督「お前はどうして俺を吸血鬼にしたがるんだ?」

 提督はこの日、夜会服に赤いロングコート、さらには長髪のカツラにより仮装させられていた。

提督「大体、この格好吸血鬼じゃないだろ。
 お前の中の吸血鬼ってどんなイメージなの」

叢雲「不死の化け物。
 さあ、今日は忙しくなるわよ!」

 ちなみに、クリスマスの日もこの仮装を強要されることとなった。
 駆逐艦勢には意外と好評であった。

 年越し。

提督「餅つき大会を行う!」

叢雲「やだ、寒い」

提督「ルールは簡単。
 5人一組のチームを作り、一番おいしい餅をついた者が優勝だ」

叢雲「餅なんて誰がついても同じでしょ」

提督「優勝チームには金一封と最近町に出来た旅館での2泊3日の休暇を許可する」

叢雲「……やろうかしら。
 チームを集めるのが面倒だわ、あんたは私のチームに入りなさい」

 この日、叢雲は提督の手を杵でついて見事に敗北を決した。

 そして、春を迎えた。
 暖かく、さわやかの風の吹く春に。
 一年前のあの春を迎えた。

提督「誰だ、俺のみたらし団子食った奴」

 提督は執務室においてある小型の冷蔵庫を覗き込みながら言った。

叢雲「冷蔵庫に入ってたやつ?
 私が食べたわよ」

提督「まあ、いいや」

 提督はそう言うと冷蔵庫からホイップクリームにフルーツと豪華に彩られたプリンを取り出し、スプーンで手早く食べ始めた。

叢雲「ちょっと!?
 あんた何食べてるのよ!」

提督「プリン」

叢雲「ゴージャスプリンがぁ!
 私のゴージャスプリン!
 出撃前に食べようと思ってたのにぃ!」

 騒ぐ叢雲を尻目に提督は一気にプリンを食べた。

叢雲「食べ方っていう物があるでしょ!?
 味わいなさいよ!」

提督「みたらし団子の方が美味いな」

叢雲「言うに事欠いてそれか!」

 叢雲が提督に飛び掛かる。

提督「この凶暴艦が!
 今日は一泡吹かせてやる!」

 この後、十数秒後に提督は床に押さえつけられ、泣き言を言う羽目になっていた。

提督「……おう、今日は俺の負けのようだな」

叢雲「今日も、でしょ?」

 二人が騒いでいると扶桑、山城、潮、龍驤、大井が執務室へとやって来た。

扶桑「お邪魔でした?」

提督「いや」

山城「……情けない」

提督「それでは出撃前の指令を与える」キリッ

潮「お願い叢雲さん。
 提督を離してあげて」

 提督は床に押さえ付けられた状態で話を進め始めた。

提督「近年、敵深海棲艦の動きは活発の一途を辿っている。
 防衛ラインも前々年度に比べて押し返されているしな。
 しかし、計算では補給ラインを確保していれば鎮守府近海までは確実に防衛は可能だ。
 つまり、無理をする必要はない。
 敵の情報と防衛ラインの維持を目的に戦い、機を失することなく撤退の判断をしろ。
 叢雲、了解か」

叢雲「認識した」

提督「それでは、第一艦隊出撃!」

 一つ返事に艦娘は執務室を出て行く。
 最後に叢雲が出ていく時、提督が口を開いた。

提督「叢雲……気をつけてな。
 プリン、買って待ってるから」

 叢雲は振り返らずに手を振った。

叢雲「40個用意してなさい」

 叢雲が部屋を出て行くと、執務室に静けさが訪れた。

提督「……さて、俺も仕事するか」

*―――――――――――――――――*

 叢雲達が出撃してから提督は今日の何度目になるか分からない溜息を吐いた。

電「そんなに心配しなくても叢雲なら大丈夫なのです」

 秘書官を務めている電が呆れたように言う。

提督「……別に叢雲の心配なんてしてない。
 ただ、他の艦が心配でな」

電「はいはい」

提督「最近、電が冷たい」

電「そんな事はないのです」

 提督が溜息をつくと、電話が掛かってきた。
 内線であり門を警護している艦娘からである。

提督「そうだ。事前に伝えてあったプリンの件だ。
 そうそう、数を確認して料金を渡しておいてくれ。
 ……なに?
 9個しかない?
 ……まあ、いいや。
 それだけ分の金額を払って受け取っておいてくれ。
 他の艦娘に取りに行って貰うから」

 提督はそう言って受話器を置いた。

電「プリン?」

提督「ゴージャスプリンなるスイーツだ。
 電、悪いが受け取りに言ってくれ」

電「全部食べても問題……ないですか?」

提督「あるわ!」

電「電の本気を見るのです!」

 電は部屋を飛び出した。

提督「ちょっと、電ちゃん!
 待って!」

 数分後、那智に拘束された電が部屋に連行されていた。
 プリンは那智が無事に持ってきた。

提督「すまんな。これは礼だ」

 そう言って、プリンを一つ那智に渡す。

那智「良いのか?」

提督「良いのだ。
 今日は9個しかないけど、また注文すれば良いだけだ」

電「司令官さん……電には?」

提督「電は今日は無し」

電「はりゃー!?」

提督「お仕置きなのです!」

那智「貴様が言うと気味が悪いな」

提督「傷つくのです!」

 そんなことをしていると鎮守府が騒然とする。
 そんな騒ぎ声と騒然とした雰囲気が鎮守府に伝染し、いずれ、そんな雰囲気が鎮守府を包み込んだ。

提督「なんだ?」

電「第一艦隊が帰還したみたいなのです」

提督「……聞こえたのか」

電「少しだけ」

提督「何かあったのかもしれん。
 鎮守府の警戒レベルを上げる。
 各個配置に付け」

 提督が言うと執務室にボロボロになった扶桑達が飛び込んできた。

提督「どうした。何があった?」

 叢雲はどうした。

扶桑「提督、拘束修復材の使用許可を願います。
 入渠後、すぐさま発艦します」

 扶桑には珍しくまくし立てるように言った。

提督「落ち着け。何があった?」

潮「大規模な敵艦隊が攻めてきています。
 数はおよそ30」

提督「30?
 問題ない。
 発艦は控えろ鎮守府で迎え撃つ。
 配置準備。演習どおり鎮守での迎撃班と遊撃部隊に分かれて鎮守府近海で確実に防衛しろ」

山城「提督、落ち着いて聞いてください」

提督「落ち着くのは山城の方だろ。
 息の上がりようが尋常じゃないぞ」

大井「提督!
 ご、ごめんなさい。
 叢雲、叢雲が帰ってこれてないんです」

 大井が顔をぐしゃぐしゃにしながら言った。
 提督の頭はこの言葉を一瞬で理解できなかった。
 ただ、耳鳴りが酷くなった。

提督「……どういう意味だ」

龍驤「うちらを逃がすために殿になって……ごめん」

提督「誰が」

扶桑「叢雲がです!
 すぐに助けに行きますので早く入渠を!」

提督「ちょっと、待ってろ」

 提督は卓上の地図を取ろうとするが上手くいかない。
 紙の端を上手く掴むことが出来ない。
 視界も悪いし、指先が言うことを聞かない。
 やっとの思いで地図を取った提督は皆に向かって広げて見せた。

提督「慌てるなたかだか30だぞ?
 叢雲が負ける訳がない。
 どこだ?」

扶桑「ここです」

 そう言って、扶桑が指さした場所は平均的な速度で片道2時間は掛かる場所で会った。

提督「……相手の戦力は?」

扶桑「鬼が5隻、姫が4隻、フラグシップ級が14隻。
 残りは護衛の駆逐、軽巡級でした」

 提督の視界がぐらりと揺れた。
 無理だ。
 いや、無理じゃない。
 あきらめが人を殺すと叢雲も言っていた。
 大丈夫だ。

提督「ちょっと静かにしてくれ」

 その時、誰も喋っては居なかった。
 ただ、耳鳴りが煩わしい。
 視界も揺れて思考がまとまらない。

提督「静かに、待てよ……待てよ……。
 扶桑達はとりあえず入渠。
 それで、それで……静かに。
 それで――」

 叢雲の救出に向かわせるのか。
 叢雲は生きているから早く救出に出さなくては。

提督「待て待て静かに。
 駄目だ。それは駄目だ」

 お前は扶桑たちを轟沈させるつもりか、と頭の隅が警鐘を鳴らした。

提督「叢雲は大丈夫だ。
 大丈夫。
 うん、静かに。
 救援か」

大井「早く出撃させてください!」

提督「電、暗い。
 電気を付けてくれ」

電「は、はい!」

 昼間で青空の日である。
 執務室は明るかったが、電は言われたとおりにした。

提督「うるさいな。
 待て待て。
 救援は……いらない」

大井「いらない!?
 叢雲を見捨てる気ですか!?」

 大井がものすごい剣幕で提督に詰め寄った。

提督「叢雲なら大丈夫。
 それより、救援に行った場合のお前たちへの被害の方が心配だ。
 正規ルートを通れば敵艦隊と鉢合わせるのは間違いないだろうから、少し遠回りをしないといけない。
 そうなれば、燃料の関係で敵艦隊と接触した場合、かなり危険だ」

扶桑「大丈夫です。
 叢雲も戦って相手の戦力も落ちているはずです。
 私たちの事なら心配しないで」

提督「心配しないでって」

 そうはいくか。

電「私からもおねがいするのです!
 私も救援に行きます!」

提督「いや、待て待て。
 静かに……だったら、電を旗艦に……いや、扶桑だな。
 扶桑を旗艦に電を第一艦隊に編入させて入渠後、直ぐに発艦。高速修復材の使用は当然許可する。
 叢雲の救出に迎え。
 ……いや、俺は何を言ってるんだ」

 駄目だ。
 そんなこと。

提督「いや、でも、待て待て。
 くそっ、叢雲ねぇちゃん。
 落ち着け、落ち着け……やっぱり駄目だ。
 叢雲は――」

 もう――。
 視界が一際大きく揺れ、床が近づいてきたように提督は感じた。
 糸の切れた操り人形のように提督は床に倒れ伏す。
 薄れゆく意識の中。
 扶桑の「第一艦隊発艦」の声を聞いた。

提督「駄目だ」

 提督の声は誰にも届かなかった。

*―――――――――――――――――*

 目を覚ますと執務室のソファであった。
 寝汗を嫌と言うほど掻いており、誰かに水をぶっかけられたのかと提督は首を傾げた。
 砲雷激戦の音が間近で聞こえる。
 窓から外を覗くと艦娘たちが鎮守府から海に向かって砲撃を行っている。

提督「なんだ?」

 そう言うと、眠りにつく前のことが頭の中で火花のように散った。

提督「……いや、夢か?」

 ぼんやりと鎮守府近海まで攻め込んでいる深海棲艦の駆逐艦を見ながら言う。

提督「しょぼい相手だな」

 提督の評価は妥当であった。
 敵艦隊は駆逐艦級がほとんどであり、3隻程度が軽巡級、1隻だけ戦艦級が見られるだけであった。
 どう足掻こうとこの鎮守府を落とすことは出来ない。

提督「敵も思い切ったなぁ。
 ここまで入って来るとは」

 そう言って、遠くの海を見る。
 提督の視界に扶桑、山城、龍驤、大井、潮、電が見えた。
 5隻は背後から敵艦隊に砲雷を浴びせ、道を切り開くと一気に鎮守府に接近する。
 それを援護するように鎮守府からの支援射撃が行われた。
 その5隻にの他に、提督は確かに見た。
 流れるような水色を。

提督「夢じゃなかったか!
 でも、叢雲も無事だったんだな!」

 提督は部屋を飛び出すと階段も飛び降りて海へと向かう。

提督「当たり前だ!
 まったく心配してなかった!
 叢雲ねぇちゃんが沈むなんてあり得ない!
 あぁ、扶桑たち!ありがとう!」

 提督が海辺に着くのと扶桑たちが鎮守府の敷地を踏むのはほとんど同時であった。

提督「みんな無事だったか!」

 引きつったような表情の扶桑が提督に顔を向けた。
 大井、電などは涙を流している。
 山城、潮、龍驤は死人のように青ざめていた。

提督「どうした?
 怖かったよな!
 すまない!無理を言って!」

扶桑「て、提督」

 敵の砲撃が鎮守府の地を抉った。

提督「おぉ!危ないな!
 みんな、とりあえず入渠しろ!」

山城「ごめんなさいごめんなさい」

提督「何のことだ?
 大丈夫だ。
 鎮守府に攻めてきた敵はいずれ全滅する。
 心配するな」

潮「敵を避けるために遠回りしたのがいけなかったのかも」

提督「何を言ってるんだ?
 おい、叢雲。
 何があったんだ?」

 提督は5隻の後ろに隠されるように立っていた水色の髪の艦娘に声を掛けた。
 声を掛けられた艦娘は力強い足取りで提督の前へと進み出る。

叢雲「あんたが司令官ね。ま、せいぜい頑張りなさい!」

 提督の脳内で情報が痛いほど行き交い、思考した。

提督「……俺の叢雲じゃない」

 血の気が失せ、提督は再び意識を失った。

*―――――――――――――――――*

 次に目が覚めた時、提督は自室のベッドの上だった。
 目が覚めると、心配そうな顔をした艦娘たちの顔が目に入る。
 提督は誰から説明を受けたか分からないが三つのことを理解した。

 一つ、敵の攻撃は凌いだが、第二陣の動きが確認されたこと

 一つ、叢雲の救援隊が初めにこのたびの敵艦隊を発見した場所で、ドロップ艦の叢雲を発見したこと

 一つ、提督の所謂叢雲おねぇちゃんは……発見に至らなかったこと。

 ドロップ艦の叢雲を発見した場所には、深海棲海の残骸が山ほど浮かんでいた。
 初めに確認できた鬼や姫、フラグシップ級はここで沈んだものと推測できる。
 そして……叢雲も。

提督「……いや、まだだ。
 まだ沈んだと決まったわけじゃない」

 まだ、沈んだと決まったわけではないと提督はつぶやき続けた。
 そんな提督を元気づけようと艦娘たちが色々と言ったりやってくれたようであったが、そのことを提督は覚えていない。
 ただ、電が料理を持ってきてくれた事だけは覚えている。

電「食べないと体に悪いですよ?」

 提督を半ば引きずるようにして食堂まで連れて行った。
 他の艦娘も食事を取っており、適当に挨拶を交わして席に着く。
 目の前に出されたのはハンバーグ定食であった。

提督「豪華だな」

電「えぇ、食べてください。
 明日も戦いに備えないといけませんから」

提督「……そうだな。
 いただきます」

 ご飯を一口食べると叢雲の事を思い出した。
 最近は食事を叢雲と取ることがほとんどであった。
 時々、お互いに料理を作ってはやっぱり鳳翔の料理の方がおいしい、という結論に至っていた。
 だけど、言葉にはしなかったが、提督にとっては叢雲の作った料理こそが世界で一番だった。

提督「……叢雲……」

 今日出撃する前の事を思い出す。
 そうだ。
 叢雲のゴージャスプリンを食べた。
 叢雲はなんと言っていた?
 たしか、「出撃前に食べようと思っていたのに」と言っていた。
 それを食べてしまった。

提督「可哀想だ……叢雲、ごめん」

 激しい吐き気に襲われ、嘔吐する。

電「提督っ!?」

 胃の中が空になっても吐き気は収まらなかった。
 食べ物を見ていたら胃がざわつく。
 おいしい物を食べている自分が許せない。
 提督が自分が汚したものを片付けようとすると、艦娘たちが後は片付けておくからと食堂からたたき出された。
 さらに、風呂へと引っ張られ、キャーキャー言われながら服を脱がされると浴槽へと突き飛ばされる。

提督「……本当に、沈んだのか……叢雲?」

 提督は熱いお湯にどっぷりと浸かりながら言った。

*―――――――――――――――――*

 就寝時間となっても提督が寝ることはなかった。
 正確に言えば寝付けなかった。
 体がやけに熱く、不快で、泣き出したくなるような静けさを感じる。

提督「……叢雲、帰ってないか?」

 提督は呟くと叢雲の部屋へと行く。
 ドアをノックしてしばらく待つ。

提督「入るぞ?」

 そう言うと、提督は叢雲の部屋に足を踏み入れた。
 暗い部屋に目をこらすが、気配はない。
 電気を付けてもベッドとちゃぶ台があるだけだ。

提督「……帰ってないか」

 部屋を出て行こうとした提督であったが、ふと足を止めた。
 何となく、本当に何となく、ベッドの下も確認してみようと思ったのだ。

提督「叢雲?」

 ベッドの下を覗き込んで銀色が視界に飛び込んできた時、どきりとした。

提督「……ジュラルミンケース……俺がプレゼントした奴か」

 提督はケースを引きずり出した。
 ジュラルミンケースには紙がセロハンテープで貼り付けてあり、紙には「触ったら殺す。触ったら分かる」と書かれていた。
 「触ったら殺す」という文言は魅力的だった。

提督「叢雲が来てくれるのか?」

 是非とも触らなくては。
 ジュラルミンケースも開けてみよう。
 しかし、鍵とパスワードが掛かっている。

提督「鍵は……たぶんちゃぶ台の裏だな……ほらあった。
 パスワードは……なんだ?」

 とりあえず、ダイヤルを回して色々と試してみる。

提督「……考えないと駄目だな。
 ……コレを買ったのが学校に居る時の話だから……入校の日?」

 違う。

提督「プレゼントした日」

 違う。

提督「叢雲に命を助けられた日」

 ガチャリと鍵が回り、提督の心臓が跳ねた。

提督「開いたか」

 この中には叢雲の宝物が入っている。
 子供の頃、散々エロ本とからかいビンタを食らう原因となった物が入っている。
 提督はケースを開けた。

提督「……漫画?」

 それは10冊の漫画であった。

提督「ヘルシング?」

 提督は漫画をパラパラと捲り、読み進める。

提督「…………ははっ、叢雲……この漫画のマネをしてたのか……吸血鬼アーカードって……叢雲、このことか」

 更に、漫画の下に何かがあるのに提督は気がつく。
 漫画をどかし、提督は固まった。
 そこにあったのは、熊のぬいぐるみを取り出す。

提督「……海に捨てたんじゃなかったのかよ、叢雲」

 いつぞや、食堂に居る叢雲に渡し、起こった叢雲が海へ向かって放り投げた熊がそこには居た。
 洗剤の匂いと叢雲の匂いがした。

提督「……拾いに行くくらいなら投げなかったら良かったのに」

 さらに、ジュラルミンケースの中に入っていたアルバムを取り出す。
 中には、いつ何のイベントで取ったかという情報と一口コメントが書かれた写真が貼り付けられていた。
 「私の司令官」という題名で取られた提督の写真を初めにイベントについてのコメントを読み進める。
 楽しかったイベントではいかに楽しかったのか、つまらなそうにしてたイベントについては「もっと、楽しめば良かった」との後悔の言葉。
 「来年は楽しむ」との言葉を見つけて提督は心臓が跳ねた。
 見ていられなくなり、アルバムを閉じる。

提督「やりたいことをやるんじゃなかったのかよ、叢雲」

 ジュラルミンケースの中を全て取り出したと思ったが、もう一つ、正方形のケースを見つける。

提督「……なんだ、これ」

 掌に収まる程度の小さな箱。
 ぱかりと開けてそこにあった物に提督は殴られたかのような衝撃を受けた。
 そこには指輪があった。
 その箱は指輪を入れるためのケースであり、そのケースの中におもちゃの指輪があった。
 いつぞやのチョコレートのおまけとしてついていたおもちゃの指輪である。

提督「叢雲、叢雲……ごめん、ごめん」

 提督は咳き込むと溢れる涙を止める事が出来なかった。
 叢雲にもっと優しくしてあげれば良かった。
 叢雲にもっとおいしい物を食べさせてあげれば良かった。
 叢雲に口に出して愛していると伝えればよかった。
 叢雲に本物の指輪を買ってあげれば良かった。

提督「ご、ごめん、叢雲。
 俺は、俺は」

 ぽろぽろと流れ出る涙は止めどなかった。
 提督が声を押し殺して泣いていると、部屋の入り口に気配を感じる。
 驚いて振り返ると水色の髪の艦娘がそこには立っていた。
 ――触ったら殺す――その文言が頭を過ぎった。

提督「叢雲!」

 提督は両手を広げて迎え入れようとするが、瞬時に気がついた。

提督「す、すまん。
 今日着任した方の叢雲か」

叢雲「……えぇ」

提督「情けないところを見られてしまったな」

叢雲「……別に……情けないとは思わないわ」

提督「優しいんだな。
 叢雲ねぇちゃんとは大違いだ」

叢雲「あなたの言う叢雲の話を他の艦娘から聞いたわ。
 ……随分と好いていたのね」

提督「そう……だな。
 ……それで、何の用だ?」

叢雲「何の用って……私も眠れなかったから夜の散歩をしてたの。
 そしたら、なんだかすすり泣く声が聞こえてきたから……大丈夫なの?」

提督「大丈夫だ」

叢雲「それで……」

 叢雲は良い辛そうに眉を顰めた。

叢雲「私はこれからどうすれば良いのかしら。
 まだ、指令を貰ってないのだけれど」

提督「そう……だな」

 正直、この叢雲に対しては失礼な事を色々したので、残ってここで働くという選択をしてくることは以外であった。

提督「とりあえず、今回のほとぼりが冷めるまで待機しておいてくれ。
 まだ、練度も低いし、戦いに出すわけにはいかない」

叢雲「……分かったわ」

提督「お互いにもう寝よう。
 明日も早いぞ」

 提督はそう言って部屋を出ようとする。

叢雲「ちょっと。
 片付けていかないの?」

 ジュラルミンケースから取り出されていた漫画や写真、ぬいぐるみや指輪を指さして叢雲が言った。

提督「いいんだ」

叢雲「いいんだって……」

提督「そうしてた方が、叢雲ねぇちゃんが見つけた時に怒りやすいだろ?」

*―――――――――――――――――*

 結局、一睡も出来ずに朝を迎えた。
 敵の攻撃に備えながらの1日だったが、結局この日は何も起こらずじまいであった。
 3日目にはさすがに睡魔に襲われ、執務室で眠りに落ちたが、秘書官をしていた那智にたたき起こされた。
 なんでも、尋常じゃないほどうなされていたらしい。
 食事が喉を通らず、錠剤に頼っていたところ、山城たちに無理矢理食事を口に詰め込まれ、吐かないように口を塞がれた。
 それでも、吐いてしまう事があり、そのたびに提督は最悪な気分になった。
 そんな日々が1週間くらい続いた時には、提督の顔は病的にやつれていた。
 そんな状態で敵艦隊を迎えることとなったのである。

扶桑「敵艦隊接近!数、およそ40!」

提督「……戦力は?」

扶桑「鬼が2、フラグシップ級が3、後は護衛艦のようです」

提督「分かった。
 まずは、鬼とフラグシップ級に集中射撃、削ったところを遊撃部隊を発艦させ……」

 発艦させるのか?
 沈むかも知れない海へと。

提督「いや、鎮守府からの砲撃で迎えうて」

扶桑「それは……」

提督「以上だ、掛かれ」

扶桑「……分かりました」

 すぐさま激しい砲撃戦が始まった。
 数の上ではほぼ互角である。
 しかし、こっちは大破した瞬間に高速修復材を使用し、弾も鋼鉄もボーキサイトも補給し放題という圧倒的な地の利があった。
 よほどの戦力差がないことには正攻法では鎮守府を落とすことはまず不可能である。
 それは、敵の深海棲艦にも分かったのか、数十隻を残して、鎮守府から離れた陸へと向かう敵艦隊が見られた。

提督「まずいな」

 砲撃の中、前線に出てきていた提督が言った。
 海に残っている敵艦は絶妙な位置に居る。
 砲撃を避けやすく、かつ、無視できない距離。
 それらを残して町に向かっている敵艦が居る。
 本来ならば遊撃部隊が町方面から押しつける仕事もあったのだが、提督がそれを許さなかった結果だった。

提督「くそっ!
 装甲車に乗れ!
 町に行くぞ!」

 町の人間には鎮守府への攻撃が始まってから避難勧告をだしている。
 命の問題にはなってこないだろうが、町を壊されれば町民は黙ってないだろう。

大井「提督!出撃の許可を!今なら敵の背後を叩けます!」

提督「敵の背後を叩いた後に、別の敵艦に背後を叩かれるぞ」

龍驤「何びびってるの!?
 君らしくない!大丈夫!行ってみよう!」

提督「……駄目だ。
 お前らを沈めさせる訳にはいかない。
 せっかく、叢雲が体を張ってここまで返したんだ。
 沈めでもしたら帰ってきた叢雲が悲しむ」

 そう、悲しむ。
 叢雲のアルバムには仲間との思い出も詰まっていた。
 叢雲がたぶん、一度も言葉に出さなかった言葉と共にアルバムに閉じられていた。

提督「15名、準備できた者から装甲車にのれ!
 残りは鎮守府で迎撃態勢を維持しろ!
 鎮守府が落とされたらお終いだぞ!」

 装甲車に乗り込んだ艦娘は実際のところ何名だったのかは分からない。
 ただ、準備完了!の声と共に出発した。
 装甲車を走らせながら数えれば17隻いたようである。
 町に着くと悲鳴が上がっていたことに提督は驚いた。

提督「避難したんじゃないのか!?」

 町には人影が多く見られた。
 中心部ならともかく、海に近い場所でだ。
 敵の駆逐艦や軽巡が町を破壊している。

提督「くそっ!
 降りるぞ!」

 艦娘は装甲車を飛び降りるとすぐさま砲撃が開始された。
 大地を裂くような砲撃の応酬に町民悲鳴が上がる。
 腰を抜かして動けなくなっている者や怪我をしている者を安全な場所まで引きずる役を提督や戦いがそれほど得意でない艦娘が引き受けた。

提督「なんで、こんな場所に残ってるんだ!?」

 提督は腰を抜かした中年男性に肩を貸しながら怒鳴るように言った。

「俺たちは思ってた以上にあんたを信頼してたみたいだ。
 10年もここを守ってくれたんだ。
 たぶん、今回も大丈夫だろうって……安心しちまってた。すまねぇ」

 砲弾が近距離に着弾した。
 散弾風のような砂が提督の脇腹を掠めた。
 脇腹から血がにじむ。

潮「提督!」

提督「大丈夫だ!
 あらかた避難できたな?
 撤退!撤退!
 一時、撤退して隊列を組み直すぞ!」

 提督が叫んだ時、予想外の場所から駆逐イ級2隻が家屋を壊しながら現れた。
 地面に打ち上げられた魚のように、暴れている。
 巨大で鋼鉄の魚が暴れており、人間では手に負えない。
 そんな、イ級が一時的に避難させた、町民へと突っ込んで行っている。
 護衛としてついていたのであろう艦娘は戦闘慣れしておらず、砲撃が当たらない。

提督「くそっ!」

 提督は走り出した。
 提督横を後ろから砲弾が過ぎ去り、イ級に命中する。
 潮の砲撃だと分かったが、安心して足を止めるわけには行かない。
 もう一隻いる。
 提督はいつぞやのように石を拾い、健在のイ級へと投げつけた。
 動きが少し止まったところに、鉄パイプを拾い、イ級に叩きつける。
 予想以上の衝撃が提督を襲った。
 イ級の鋼鉄の体は鉄パイプによる殴打などものともせず、逆に提督の腕を芯からしびれさせた。

提督「しまっ――」

 イ級の顎門が限界まで開かれるのを間近で見て、背筋が凍る。
 周囲から悲鳴が上がった。
 それがこちらへと向かって閉じられた時、提督はまだ自分が死んでいないことが信じられなかった。
 見れば、左腕が巨大な歯に挟まれている。
 切断を間逃れたのは、良い具合に鉄パイプが挟み込まれたからだろう。
 イ級の食いしばるような咆哮が上がった。
 恐ろしい。素直にそう思った。

提督「これがただの駆逐艦だと!?」

 提督の体はいとも簡単に押され、壁との間に挟まれる。

 怖い怖い怖い怖い怖い!
 これが敵駆逐艦。
 駆逐艦ですらこの化け物っぷりだ。
 到底敵うはずもない生き物だ。
 こんなのを相手に艦娘は戦いを繰り広げている。
 分かっていたとはいえ、間近でこのように対峙したことはない。
 圧力がまし、横からも中破状態のイ級が来ているのが見えたが、横からのイ級は潮が砲撃で完膚無きまでに破壊した。
 大きな鉄片が飛び散ってくるのが見え、あわやあの世行きであったが、幸運にも鉄片は左腕に噛みついている駆逐艦級の眼球にぶつかった。
 眼球でさえそれなりの強度があるのか、破損させるに留まっていた。
 潮は更にこちらへと砲を向けたが、それでは提督を助けることが出来ないと瞬時に悟り、青い顔をしてこちらへと走ってくる。
 潮だけではなく、第一艦隊の面々を筆頭に艦娘たちが提督の元へと走る。
 しかし、それに呼応するように、それより早く目の前の人間を殺そうとの意思がイ級からあふれ出る。

大井「止めてぇ!!叢雲!叢雲!叢雲ぉ!」

 艦娘たちの悲鳴を聞いて提督は運命を悟った。

提督「俺を殺すのか」

 それも良いかもな。

提督「分かってたよ。
 叢雲ねぇちゃんが沈んだって事は」

 だから諦めるのか。
 あの世で、叢雲ねぇちゃんに顔向けできるのか?

提督「だからといって生きるのか?」

 無理だ。
 叢雲ねぇちゃんのいない世界で生きていくなんて無理だ。
 20年前の俺なら出来たかも知れない。
 しかし、今の俺にはもう無理だ。

提督「なんで、俺を残して死んだ……叢雲!」

 ふっと、答えを与えるように、脳裏に叢雲が残したアルバムの写真が過ぎった。
 何気ない集合写真だった。
 しかし、みんながみんな仲が良い鎮守府だ。
 最高の集合写真だった。
 俺も叢雲も少しばかり狂ってる。
 そんな鎮守府に残って命をとしてくれる最高の仲間たちとの集合写真だ。
 そんな艦娘たちが今も必死になってくれている。

提督「死ねない……よなぁ。
 そうか、叢雲。
 死ねないって分かってたな。馬鹿野郎」

 目の前のイ級を見た。
 恐ろしい、が、それがどうした。
 殺さなくてはいけない。
 こんな化け物共に叢雲は沈められた。
 最後に何を思った。
 墓も残らない海に沈んで何を思った。

提督「なぁ、教えてくれ。
 なんで、叢雲だったんだ?」

 なんで、死んだのは叢雲だったんだ。
 そんな言葉が出た瞬間、激しい後悔と自分の浅ましい心を知った。
 叢雲のためなら他の艦が犠牲になっても良い。
 そんな思いが心の奥底にあるのを知った。
 叢雲と他の艦を天秤に掛ければ、いくら片側に命を積まれようと叢雲の乗っている皿へと傾く歪な天秤は醜いことこの上ない。
 おそらく、叢雲も知れば幻滅するだろう。
 全く持って、醜い。
 しかし、それほどまでだった。
 叢雲という存在はそれほどだったのだ。
 しかし、その叢雲はもういない。
 だが、生きなくてはならない。

提督「……お前に心臓をくれてやっても良かった……でももう、だめだ」

 俺は生きないといけない。
 叢雲が命を張って守ったこの艦娘たちを守れるのは……俺だけだ。
 艦娘には提督が必要だ。

提督「お前に俺は……私は倒せない」

 提督は右手を振り上げると、イ級の眼球へと手刀を振り下ろした。
 先ほど破損した箇所へと目一杯の力を込めて手を突き入れる。
 イ級が苦悶に身を捩り絶叫した。

提督「化け物を倒すのはいつだって人間だ。
 人間でなくてはいけないのだ!」

 そうだよな、叢雲。
 眼球部分が破損していて良かった。
 コレなら、殺せる。
 提督は一度突き入れた右腕を引き抜くと、雄叫びを上げて再度突き入れた。
 すでに、一度手を突き込まれた場所へと腕が肩まで埋まるほど突き込む。
 突き込んだ先の何やら内蔵のようなものを手でぐちゃぐちゃにかき回し、掴んで、引きずり出す。
 イ級は激しく痙攣して力尽きた。
 しかし、まだまだ、敵はいる。
 だからどうした。
 負けるわけには行かない。
 倒れるわけには行かない。

提督「さあ、行くぞ!
 歌い踊れ深海棲艦共!」

扶桑「提督……提督!」

提督「あぁ、俺はお前たちの提督だ。
 だが、俺は……私は吸血鬼アーカードだ。
 私は期待している。
 お前たちが自分の意思で食物を食らい!
 自分の力で海を渡る!
 本物の艦娘になることを!
 私は殺せと命令しない。
 殺すのは結局の所自分の意思だ。
 演習でお前たちの練度を上げよう、装備も用意しよう、食事も、服も、望むものは全て!
 だが、最後は自分の意思で決めろ。
 今から私はこの深海棲艦共を皆殺しにしようと思うのだが……お前たちはどうする?」

 提督は答えも聞かずに海へと歩き始めた。
 そして、提督は懐かしい、鈴の鳴るような声を聞いた。
 一瞬、幻聴かと思った。
 声がした方を見れば、叢雲がいた。
 ドロップ艦の叢雲だ。
 叢雲は胸の前で片手を握りしめ、夢を見るように瞳を潤ませていた。

叢雲「司令官……私の司令官。
 あんたは私の司令官」

 なぜ、ここに、と言う疑問を浮かべるよりも先に激しい砲撃が辺りで舞い上がった。
 叢雲も扶桑も山城も電も大井も潮もどいつもこいつも狂ってしまった。
 かつての叢雲のようにとてつもない艦娘になってしまった。
 千の暴虐の嵐となった。

*―――――――――――――――――*

提督「……満足したか、赤城」

赤城「えぇ、とても」

 長い時間話し続け、提督は疲れたように溜息を吐いた。
 そんな事は知らないとばかりに赤城は鼻歌を歌い始める。
 提督の肩を押さえていた手を離し、机の前へと歩き始めた。

赤城「お茶でも飲みませんか?」

提督「……ワインをくれ」

赤城「キャラ作りは良いですから。
 お茶にしますね」

提督「……機嫌が良さそうだな」

赤城「上々です。
 私、言いましたよね?
 提督が全てをその艦に捧げるというのなら、私はなんの文句もない。
 でも、その一隻が全てを繋ぎ止めているのだけは我慢ならないって」

提督「言ったな。
 どういう意味かは分からないが」

赤城「そうですか?
 つまり、私が言いたかったのは、提督が轟沈した叢雲を愛するというのなら文句はない、でも、轟沈した叢雲に愛もなく繋ぎ止められているのは我慢ならないって言うことです」

提督「なら、文句はないか?」

 赤城は提督の前にお茶を置いて不敵な笑みを向けた。

赤城「いいえ?」

提督「どういうことだ?
 私は叢雲を愛して――」

赤城「それは勘違いです」

 赤城は真っ向から言い放った。

提督「何を馬鹿なことを」

赤城「なら、なんで提督は叢雲の話をする時にそんなに苦しそうな顔をするんですか?」

 提督ははっとして、顔を押さえた。

赤城「自分でも気づいていませんでしたか?」

提督「……何を馬鹿なことを。
 私は叢雲を愛している」

赤城「惚れたよしみです。
 教えてあげましょう」

提督「結構だ」

 提督の表情に恐怖が過ぎる。

赤城「提督、あなたは叢雲を愛していない。
 1年前、叢雲が轟沈する前のあなたは、確かに叢雲を愛していたんでしょう。
 でも、1年前に轟沈したのは叢雲だけじゃなかった。
 叢雲を愛していた提督も跡形もなく死んでしまったんですよ。
 言っておきますが、轟沈した叢雲が今の提督を見たところで惚れてはくれませんよ?」

提督「勝手なことを言ってくれる」

赤城「話を聞くだけで分かりました。
 と言うより、直接触れ合ってきて気がついていなかったんですか?」

提督「何がだ?」

赤城「叢雲は提督の事を心から愛していました。
 それに、独占欲も強かったんですよ?
 提督の歪な天秤を心から愛していました。
 でも、そんなあなたは1年前に死んでしまった。
 今のあなたは例え轟沈した叢雲が戻ってこようとも偏った愛を向けられないでしょう。
 まあ、沈んだ艦が戻って来るなんて事はあり得ませんけど」

 提督の額に脂汗がどっと滲んだ。

赤城「今ひとつ、確認しておきましょう。
 提督は叢雲が轟沈したと口で入っていますが、本心では、沈んだ叢雲が帰ってくるかも知れないと……そんな夢のような事を考えています。
 第一艦隊に一つ空席を作っているのもそのためでしょう?
 でもね、提督、聞いてください。
 沈んだ艦が戻ってくる来るなんて事はあり得ないんですよ」

 提督は卓上のお茶をはね飛ばし、机を乗り越えて赤城に迫り、胸ぐらを掴んだ。

提督「そんな事を分かっている!!」

 赤城は提督の手に自分の手を重ねて、柔らかな声で言う。

赤城「なら、どうして沈んでしまった叢雲を愛してあげないんですか」

 提督は目を見開いた。

赤城「だから、叢雲のことを愛していないと言ったんですよ。
 提督は叢雲の死を受け入れられず、苦しみに逃げている。
 あなたは生きていた頃の叢雲ばかりを夢想して、死んでしまった叢雲の事なんてこれっぽっちも考えていない。
 墓も残らない海へと沈んだ艦を、労ってあげられるのは提督だけです。
 お願いです。
 叢雲を沈んだことを認めてください。
 彼女はあなたと出会い、あなたの為に沈んだ。
 それが、彼女の一生だったんです。
 彼方へ去った叢雲に……今一度提督の愛を……」

 赤城の胸ぐらを掴んでいた提督の手が制御を失ったように震える。
 提督の双眼からは堰を切ったように涙が流れ出た。
 咳き込み、嗚咽し、膝から崩れ落ちる。

提督「む、叢雲ねぇちゃん!叢雲っ!
 愛していたよ、今でも、愛してる!
 直接言えなかったけど……何度も言おうとしたけど、愛してたんだ!
 どうして、死んでしまったんだ!
 苦しいよ!
 でも、叢雲が救ってくれた命だから、苦しくても生きないといけない!
 俺の中には叢雲との思い出もある、冷たい海に沈んでしまったけど、魂は暖かい場所にあるって信じてる!
 俺は生きるよ!
 生きて、叢雲の事を思って涙を流してしまうだろうけど、心配しないでくれ!
 ありがとう叢雲……安らかに……眠ってくれ……」

 それを最後に提督は声を押し殺して涙を流し続けた。
 赤城は静かにその場を立ち去る。

赤城「……少し、格好を付けすぎましたかね」

 自分で言ってじわりと視界が歪むのを感じた。

赤城「全く……困った提督です」

 ふと、視線を感じて背後を振り返った。
 暗い廊下が続いているだけだ。

赤城「……全く、もう一仕事……しますか」

*―――――――――――――――――*

 翌朝、鎮守府中を沸き立たせる自体が食堂で発生した。
 提督が食堂に自ら現れ、あまつさえ、大盛りを平らげようとしていたからだ。
 食事を口に運ぶ際、周りの艦娘はそれを固唾を飲んで見守っていた。
 提督が箸を取り、魚を口に運ぼうとして――笑みを浮かべた。
 不敵な笑みではない、ふっと顔を緩ませた。

提督「見過ぎだお前たち、食べ辛い」

 そう言って、パクパクと食事に有り付いた。
 この有様に、ある艦娘は驚愕し、ほっと脱力し、涙をする者もいた。

赤城「隣、良いですか」

提督「いいぞ。
 ……朝からどんだけ食うつもりだ?」

赤城「普通です」

 赤城は大盛りの更に数倍上を行く何かを提督の隣の席へと置いた。

提督「さすがは正規空母」

 赤城は「いただきます!」と嬉しそうに言うと、次々と食事を嚥下した。

提督「……美味いな」

赤城「上々ね」

提督「赤城」

赤城「なんですか?」

提督「ありがとな」

*―――――――――――――――――*

 提督の様子が変わったことはすぐさま鎮守府中が知るところとなった。
 とりわけ、鎮守府で噂となったのが、第二艦隊ドミノである。
 今日は暖かかった。
 そんな中、鎮守府の警戒体制を見回っていた提督は、遊撃部隊として待機していた第一、第二艦隊の所へと見回る頃には、汗だくとなっていたのだ。
 と言うのも、例の赤いロングコートの所為だろう。

提督「暑いな」

 提督がこのように言った。
 これに答えたのが大井であった。

大井「そんな服着てるからですよ」

 これに次のように提督は答えたのだ。

提督「でも、死んだ叢雲がこの格好を気に入ってたからなぁ」

 提督が何ともないように言った言葉に大井がつんのめり、電を押し倒し、電が鈴谷、鈴谷が加古、加古が龍驤、龍驤が天龍と言った具合にドミノ倒しとなったのである。
 それほどまでに提督が叢雲の死を認めたことが彼女たちには衝撃的であったのだ。
 第一艦隊もアイスを食べていたのだが、スプーンで掬った状態で固まり、溶けたアイスを地面に染みこませている有様であった。
 そんな中、赤城と叢雲だけは冷静にアイスを食べ続けていた。

提督「そんな事より、今後の事なんだが、初めに謝っておく。
 第一艦隊の空席を埋めたいと思ったんだが、お前たちに足並みを揃えられる艦娘がいない。
 いるにはいるんだが、それぞれ、第二、第三艦隊に編成されてるから現状ではこの席を埋めることが出来ない。
 もっと早くに見込みのある艦娘に重点訓練をすれば良かったんだが……天龍みたいに」

 天龍が重点訓練という言葉に肩を震わせる。

天龍「怖い」

提督「可笑しな奴だな。
 自分から望んだのに」

龍驤「ほら、天龍って勢いだけの所あるから」

提督「でも、あれだけ前線で戦いたいって熱望されたからには沈まないレベルにはなって貰わないと困るからなぁ」

天龍「フフッ……調子に乗ってました」

提督「なんかすまん。
 ……とりあえず、現状で第一艦隊の空席を埋める適任はいない。
 すまないが今回の作戦もお前たち5隻で乗り切ってくれないか」

 提督は叢雲に言葉を向けていった。
 叢雲はアイスを食べながら頷く。

叢雲「問題ないわ。
 なにも」

提督「敵艦隊もこちらの動きを見極めようとしている。
 そして、こちらが鎮守府で迎え撃つのは分かっているだろう。
 攻めてくる時は、ある程度の勝率を見いだした時だ。
 俺の見立てでは3日以内に敵は動く。
 みんなで乗り越えよう」

叢雲「えぇ。
 分かってるわ」

*―――――――――――――――――*

 その日の朝は、緊迫した雰囲気に包まれていた。
 波の音だけがやけに耳に残る、そんな朝だった。
 敵艦隊に動きがあったと哨戒に当たっていた者からの報告があったのである。
 数十分後にはここは砲雷激戦の地になる。
 しかし、今は鎮守府は静けさが支配していた。

赤城「今朝の魚いつもと違いませんでした?」

扶桑「お醤油が変わったそうですよ」

赤城「そうですか」

扶桑「どうかしたのですか」

赤城「いつもと違う味付けだったので」

扶桑「気に入らなかったと?」

赤城「そういう訳ではないんですが」

 配置につく前だというのに赤城と扶桑はのんびりとこのような話をしていた。
 それを聞いていたのが提督だった。

提督「いつもの醤油がいるのか?」

赤城「提督!?
 止めてくださいね、また無茶をするのは」

提督「艦娘の為に無茶をせずして何が提督だ。
 ……しかし、あの醤油は生産量が減少してこちらまで品が届いていない用だからな……手に入れるのに少し時間が掛かるかも知れないぞ」

赤城「良いですよ。醤油くらい」

提督「そうか。
 醤油はまかせろ……今日で片がつくぞ。
 気を抜くな」

赤城「敵艦隊に動きがあったと言っても攻めてくると決まったわけでは――」

提督「決まってるんだよ」

 提督は例の不敵な笑みを浮かべた。

提督「必ず来る」

 提督がこのように言った4時間後の事であった。

 敵艦隊が鎮守府へと手の伸びる所までへと迫った。

 決戦の火ぶたが切って落とされようとしていた。

提督「ほら、だから言っただろ?
 必ず来るって。
 来ないといけない。
 来るしかない。
 すぐさま撤退を選んでおけば良かったんだ。
 なら、退くか攻めるかの選択肢がお前たちにも残されていた。
 しかし、大艦隊で何日も海を漂い、鎮守府とにらみ合いをしてしまったお前たちに選択肢はない。
 単純な話だ。
 燃料と弾薬で優位に立ち体制が整っている俺たちに背を向けると言うことは、タダで味方の艦隊の命をくれてやると言うことだ。
 苦しい選択だが、お前たちは一矢報いるという選択肢しか残されていない。
 ……さぁ、やろうか?」

 戦いの火ぶたが切って落とされた。
 爆炎と轟音が巻き起こり、煤けた煙が目に染み、熱された鉄が海水を蒸発させてむせ返るような臭気を立ちこめさせる。
 深海棲艦は隊列を組んで鎮守府へと砲撃を、鎮守府はそれに陸から応戦している形となった。
 お互いに射程距離にそれほどの違いがあるわけではない。
 違いがあるとすれば、深海棲艦が大破して海へと沈んでいくのに対し、鎮守府にいる艦娘は被弾すれば素早く撤退し、高速修復材を使用して戦線へ復帰できる。
 弾薬も尽きるところを知らなかった。

提督「深海棲艦も勝てる……とか、一瞬でも妄想したりするのかな」

 提督は呟いた。
 砲弾が数メートル隣を抉る。

那智「貴様、何をやっている!
 引っ込んでろ!」

あきつ丸「格好つけるな!であります!」

 それからは酷かった。
 艦娘と肩を並べて砲雷激戦の嵐の真っ直中に居た提督へと向けられる「帰れ」コール。
 提督は聞こえないフリというささやかな抵抗を実施したが、最後には艦娘から蹴りを入れられる始末であった。
 泣く泣く、本当に泣きながら提督は後ろへと下がる。

提督「……ここで見ていて良い?」

ビスマルク「良いのよ?」

 提督は最終的に少し下がった場所で戦況を見守ることとなった。

提督「……情けないなぁ、俺。
 でも、お前たち深海棲艦程じゃないよ。
 お前たちは次にどう考える?」

 提督が呟いた時、深海棲艦は半数を鎮守府への攻撃に残し、離れた陸地を目指し始めた。
 鎮守府の攻撃を続けている深海棲艦の位置は絶妙である。
 砲撃はぎりぎり届かないが、かといって無視はできない距離だ。

那智「提督!深海棲艦が町の方に!」

提督「あぁ、予想どおりだな。
 全く、恥も外聞もない化け物共だな」

 深海棲艦は目指していた陸地、町からの砲撃に海上で一気に隊列を崩す。
 数は少ないが正確無比で強力な一撃は狙われれば死を意味することを強制的に理解させた。
 町方面の波止場から11の艦娘が海水へと着水した時、ぞくりと深海棲艦が震えた。

叢雲「行くわよ」

扶桑「良い天気ですね」

赤城「さぁ、私たちのターンです!」

 砲撃の嵐と空を覆う戦闘機に深海棲艦の悲鳴が上がる。
 砲撃戦でも、雷撃戦でも、航空戦でも、勝てはしないと骨身に叩き込まれる。
 深海棲艦はたまらずに撤退を開始し始め、鎮守府から歓声が上がった。

叢雲「追うわよ!」

 叢雲は深海棲艦の背中を追い始める。

電「提督の立てた作戦に追撃はないのです!」

 電は行く手を塞ぐように滑り込んだ。

叢雲「それは提督の艦娘に対する優しさよ。
 轟沈を恐れる弱さよ。
 今後の事を考えるのならば、皆殺しにするのが当然良いに決まってるわ」

 叢雲はその横を通り過ぎる。
 通り過ぎた叢雲の背中を見て、反射的に追いかけたのが扶桑、山城、潮、大井、龍驤だった。
 彼女たちに叢雲を置いていくなど、もう二度とできない。
 電、鈴谷、加古、天龍が迷いながらもその後を追った。

赤城「提督に知らせて」

 赤城は機体を一機空に飛ばしてその後を追う。

*―――――――――――――――――*

 逃げる深海棲艦を背を追い続けた。
 沈めた敵艦は数えればキリがない。
 鎮守府から随分と距離が開き、連戦で燃料と弾薬の不安が皆の不安をくすぐった。

扶桑「叢雲、鎮守府へと戻りましょう」

 叢雲は答えずに前へと進み続けた。

電「叢雲!聞いているのですか、叢雲!」

 何も答えずに前へ前へと進む叢雲の様子に、鈴谷と加古が顔を見合わせた。
 速度を上げて、叢雲に近づき、その肩を掴む。

鈴谷「待ちなって!
 様子がおかしいじゃん!
 どこか怪我したの?」

加古「無理しても提督は喜ばないよ?」

 叢雲がぴたりと止まる。

叢雲「……ここで良いわ」

 叢雲が振り返る。
 二人の喉元を掴んだと思った次の瞬間には、至近距離からの砲撃を浴びせていた。

鈴谷「な、なん……で?」

 海面で腕をまでを海に沈ませながら鈴谷が言った。
 二人が苦悶の声を上げるに至までの一部始終を周りの艦娘は見ていた。
 しかし、あまりにも予想外で想像だにしなかった光景に、呆然と立ち尽くすのみであった。

叢雲「なんで?
 ……あなたには分からないでしょうね」

 叢雲はそう言って鈴谷に砲を向けた。
 鈴谷の顔から血の気が失せる。
 今、砲撃を受ければ間違いなく轟沈する。

鈴谷「い、いやぁ!」

叢雲「大丈夫。
 提督が悲しんでくれるわよ」

 叢雲の気勢が増した時、ようやく扶桑たちが動き始める。

大井「止めなさい!」

 しかし、行動するには遅すぎた。
 今から動いてももう間に合わない。
 助けるつもりがあったのなら、もう数秒早く動いておかないといけない。

 赤城のように。
 
 上空から戦闘機が舞い降り、叢雲に向かって銃撃した。
 叢雲は蝶のように身を翻し、それを避ける。
 海面に銃弾が着弾し、細い水柱を作った。
 その間から叢雲視線が鈴谷と加古を捕らえる。
 再び砲が向けられるが、赤城の艦載機が投下した魚雷が叢雲の着地点へと滑り込み、叢雲はそちらへと砲撃の目標を変更せざるを得なくなった。
 一際大きな水柱が立ち、雨粒が雨のように艦娘たちの頭上に降り注いだ。
 そんな中、叢雲と赤城が対峙した。

叢雲「仕留めようと思って仕留め損なったのは久々よ?」

赤城「そうですか」

 二人は不敵な笑みを作った。

電「叢雲、裏切るのですか!!」

叢雲「裏切るとかそういう話ではないわ。
 ただ、よく考えてみて……やっぱりあなた達を沈めようって……」

電「叢雲……どうしちゃったのです?」

叢雲「深海棲艦に洗脳され……操られ……とでも答えれば満足なのかしら?
 私は自分の意思でここに立っている。
 私は私の殺意を以て、あなた達をこの冷たい海の底へと沈めようと思う」

電「提督の敵になったのですね!」

 ならば容赦はしないと電が砲を向けた。
 叢雲の笑みが深まり、砲撃が海面を抉った。
 寸のところで砲撃を交わし、水柱を縫うように進む。
 赤城が艦載機を放ち、電を支援した。

電「前へ、前へ前へ前へ!」

 電という艦は少々特殊であった。
 彼女は自分が傷つくことを厭わない。
 叢雲が敵になった……なら沈めてしまおう、などという選択を普通の艦はできない。
 裏切ったとはいえ、沈めてしまえば提督が悲しむのは目に見えている。
 沈めた艦を責めるやも知れない。
 しかし、それを電はやってしまう。
 それが提督の為になると信じているからだ。
 叢雲と電は互いに砲撃し合いながら接近し、接近戦へともつれ込んだ。
 お互いに一撃必殺の近距離での打ち合いである。
 砲を向け、払い、爆風で視界がかすむ中、打ち合う。
 叢雲は赤城が放った艦載機の攻撃も捌ききりながら電を徐々に追い詰めていった。

電「叢雲っ!!」

 化け物のような闘争を続けてきたこの場に居る全員が悟った。
 電の遅れは致命的になってきていると、あと、4手もしないうちに捌ききることは敵わなくなると。

大井「叢雲、止めて!」

叢雲「止めてみなさい!」

 電の眼前へと砲が向けられた。
 轟音が鳴り響くより一歩早く、艦載機の銃撃が砲を僅かに狙いをズラさせた。
 それでも、肩口に砲撃を受けた電は大破状態で海面を転がった。

叢雲「赤城……邪魔なのよ。あなた」

赤城「叢雲……私と遊びましょう」

 叢雲の能面のような表情に怒りが過ぎる。

叢雲「ふざけないで、遊びじゃないのよ?」

赤城「付き合わされるこっちの身にもなってください。
 まあ、羽目を外したくなるその気持ち……分からなくもないです」

 二人の間に流れる緊張感の甘い蜜に誘われ、犬のように逃走していた深海棲艦が引き返してきた。
 扶桑たちは深海棲艦へと砲撃を開始する。
 電、鈴谷、加古も必死の応戦を始めた。
 そんな、彼女たちに向かって、叢雲は砲撃をした。
 水柱をかぶり、よろける彼女たちであったが、構わずに砲撃を続ける。
 電は提督に崇拝じみた感情を抱いているので一度は攻撃を仕掛けたものの、攻撃を仕掛けた彼女だからこそ分かった事があった。

潮「もう、止めてください!
 なんで、なんで、こんな事を!」

叢雲「理由なんて――」

赤城「理由はただ一つ。
 彼女が彼女であるためです」

 叢雲は目を見開いた。

電「……安心してください。
 沈みはしないのです。」

 電も続くようにして言った。

赤城「さあ、やりましょう。
 あなたの遊びに付き合えるのはもはや私だけです」

 叢雲は空を見上げた。

叢雲「……あなた達、1隻残らずここで轟沈するべきよ。
 でないと傷つくだけ。
 提督は……あの叢雲の死を受け入れてしまった。
 それでも、あの叢雲を愛していると言ったわ」

 静かな動揺が艦娘の間に走った。

赤城「あの日、視線を感じましたが、やっぱりあなたでしたか」

叢雲「なんで、あの日に沈んでおかなかったの?
 この先、戦って戦って戦い続けて何があるの?
 報われると思っているの?
 あり得ないわ。
 その先にあるのは孤独だけ。
 でも、ここで死ねば提督は悲しんでくれるかも知れない。
 あの叢雲が死んだ時と同じように」

赤城「あなたはそんな事、どうでも良いと思っている。
 そもそも、あなたに私たちを沈める意思は無い。
 沈めようと思えば沈められるタイミングはいくらでもあったはずです」

叢雲「……沈めようと思ってるわ」

赤城「思っていません」

叢雲「思ってるの」

赤城「思っていません」

 空を見上げていた叢雲は赤城の真っ直ぐな瞳を正面から見た。
 両眼から一筋づつの涙が零れた。

叢雲「思ってるの!
 沈めたくない……でも、沈めたい!
 だって、あなた達を沈めたら、提督は悲しむでしょ!?
 私を恨むでしょう!?
 恨んで恨んで、私を見てくれる!
 でも……あなた達を……沈めたくない!」

電「……叢雲」

叢雲「あなた達が羨ましい!」

 声を投げかけられたのは扶桑たちであった。

叢雲「なんで私をあの鎮守府に連れて帰ったの!?
 こうなるって分からなかったの!?
 私はこの海で生まれて、一人訳も分からず海で佇んでいて……あなた達が現れて……仲間だと思ったら青い顔をされて……鎮守府に連れて行かれたと思ったら……提督は、提督は、俺の叢雲じゃ無いって……私、ドキドキしたのに!
 目の前の人が私の司令官で、そんな人に私は何を言おうって考えると頭がごちゃ混ぜになって……何を言ったのか覚えてないくらい緊張してた!
 非道い司令官だったけど、沈んだ艦娘の為に泣いている姿を見て、私もいつかこれくらい愛してもらえるんだって……そんな馬鹿なことも考えたりした!
 でも、でも、愛どころか……わ、私、一度も私として見られたことが無い……司令官はいつも私を通じて死んだ叢雲を見てた。
 それに気がついてからはだんだん自分が嫌になってきて……もう、駄目……。
 赤城、私を……沈めて」

赤城「……分かりました」

 赤城が言った瞬間、深海棲艦と砲撃の応酬をしていた艦娘たちから悲痛な叫び声が上がる。
 慌てて叢雲と赤城の間に割って入る。

大井「止めなさい、赤城!
 本気なの?」

赤城「私、冗談は苦手なんです」

 赤城は弓を引き絞った。
 ピタリと矢先が叢雲の額に向けられる。

赤城「安心して叢雲、約束は守ります。
 死出の旅に相応しい最後を。
 ……服を……直して。
 髪が跳ねています。
 ……良いですか?」

扶桑「赤城さん!」

 扶桑たちは叢雲に抱きついた。
 攻撃を当てさせてたまるかと、必死で隙間を埋めた。

赤城「叢雲、良いですか?」

叢雲「…………えぇ」

赤城「さようなら。
 叢雲」

 赤城はそっと、弓矢を放った。
 水面を走った矢は途中で鋼鉄の機体へと姿を変えた。
 低音を放ち叢雲へと迫ったそれに、扶桑たちは血の気を失わせたが、予想していた結果とは違い、艦載機は叢雲たちの横を通り過ぎ、空へと昇った。
 そして、叢雲たちの周りを旋回し始めたそれから声が聞こえた。

「お前たちが気を抜くなんて珍しいこともあるものだな。
 後ろを見ろ」

 艦載機から聞こえてきたのは間違いなく提督の声であった。
 言われたとおり、振り返ってみれば、やかましい音を立てて演習で良く活躍するモーターボートでこちらへとやって来ていた。
 深海棲艦が現れてからと言うもの、単身でこんな所にまでモーターボートでやって来た馬鹿はそういないであろう。

山城「提督!?
 何やってるんですか!」

提督「それはこっちの台詞だ」

潮「て、提督……」

提督「事情は分かっている

 提督のモーターボートには赤城が先ほど発艦させたものと同じ艦載機が乗っていた。

提督「お前たち、ありがとう。
 今の俺から言えるのは……すまないがそれだけだ。
 こんな馬鹿提督に着いてきてくれたことを心から感謝している。
 俺には贅沢な話だ。
 ……叢雲」

 名前を呼ばれた叢雲は肩を震わせて、他の艦の影に隠れようとしていた。

提督「……叢雲の声、届いたよ。
 ごめん。勝手な提督で。
 確かに……今でも俺は沈んだ叢雲の事を愛してる。
 でも、俺は生きるって決めたんだ。
 俺は……前を向いて歩く。
 お前たちと歩いて行きたいんだ。
 一人も欠けさせない」

 提督は叢雲の頭に手を置いた。

提督「俺の叢雲だ。
 勝手に沈むことは許さない。
 こればかりは自分で決めても駄目だ。
 俺がもう決めたからな。
 沈ませないって」

 叢雲の目から涙が止めどなく溢れた。
 と思われた次の瞬間にはプルプルと震え初め、最後には大声を上げて泣き始めた。
 扶桑はそんな光景を見ながら赤城へと近づく。

扶桑「……こんな叢雲は初めて見ました」

赤城「ちゃんと、沈めたでしょ?」

扶桑「なるほど、今までの叢雲は確かに……死んだかもしれませんね」

電「それは良いとして。
 こいつらどうするのです?」

 深海棲艦はこちらの混乱に便乗しようとしていたのか遠巻きから様子を伺っていたが、何やらまとまったような様子を見せ始めたことに混乱を見せていた。

提督「……敵を叩いて、反転したところで俺たちも逃げる。
 このまま背を向けると背後を突かれる」

潮「少し数は多いですけど、練度を考慮すれば難しい話ではないです」

赤城「その役。私がやります」

提督「できるか?」

赤城「一航戦の誇り、お見せしましょう」

 赤城は絶望的に思える状況において敵に立ち向かい、沈んだ叢雲の気持ちが分かったような気がした。
 艦娘として生を受け、戦う事にも沈むことにも文句は無い。
 誰かの為に戦うのは気持ちがいい。
 艦娘冥利に尽きる。
 誰かの為に死ねたのならそれはこの上ない満足だったのだろう。

大井「私も行くわ。
 負けるんじゃ無いわよ」

赤城「負ける?
 一体誰が?
 私が?」

提督「……え?」

赤城「負ける?
 私が負けるですって?
 私が深海棲艦に私が倒されると?」(慢心)

龍驤「……あかん」

赤城「私は断じて負けません。
 負けるはずがありません、決して」(慢心)

 この時の赤城は一言で言えば最高にハイだった。
 並外れた力を手に入れ、提督と叢雲の心の傷を解決し、彼女の中で間違いなく最高に気持ちの良い瞬間だった。

赤城「敵艦の残骸もあんなに沢山……食い放題も良いところです!」

 ドヤ顔で敵艦隊に突っ込んで行った赤城がどうなったのか。
 一言で言うと、大泣きをしていた叢雲はまだ泣き足りなかったのだが、致し方なく敵を殲滅した。

*―――――――――――――――――*

 あれから数ヶ月。
 すっかり鎮守府は落ち着きを取り戻していた。
 先の作戦で鎮守府が失った艦娘はゼロ。
 この結果は、まさに偉業と言われ、提督の胸には勲章が煌めくことになった。
 式典に参加するとの事で提督は3日前から出かけている。

叢雲「大破の赤城」

赤城「止めてください。ごめんなさい」

叢雲「いいのよ。
 謝罪をするべきなのは私の方。
 感謝もしているわ。
 それより、大破の赤城、こんな話を知っているかしら」

赤城「なんですか。ごめんなさい」

叢雲「私たちの提督が勲章を貰いにわざわざ中央に出向いているけど、どうやら中央に向かったのはそれだけが事情じゃ無いみたいよ?」

赤城「何かあるんです?」

叢雲「どうやら、艦娘の戦闘力向上のための新技術が開発されたから、そのことについて会議があるらしいの」

赤城「どこで聞いたんですか、そんな話」

叢雲「この前他の鎮守府から演習で来ていた艦娘から聞いわ」

赤城「それで、その会議がどうだと言うんです?」

叢雲「会議はどうでも良いのよ。
 なんでも、その新技術の名前はケッコンカッコカリって言うらしいの」

赤城「ケッコンカッコカリ?」

叢雲「指輪型の戦闘力向上装置だって聞いたわ」

赤城「馬鹿馬鹿しい話ですねぇ。
 もし本当にそうだとしたら上層部のセンスには頭を垂れるばかりですよ」

叢雲「そうね。
 確かに馬鹿馬鹿しいけど、もし、提督が指輪を持って帰ったらって考えたら面白くない?」

赤城「あり得ませんよ」

叢雲「興味ないの?」

赤城「あり得ませんから」

叢雲「だったら、提督が指輪を持って帰ってきたら私が貰っても良い?」

赤城「は?」

叢雲「みんなには迷惑を掛けちゃったし……情報は教えておこうと思うんだけど、さすがに指輪まで譲るのはちょっと……」

赤城「……自分が貰えるというような前提で離していますけど、提督が指輪を渡すとしたら誰よりも提督の事を理解している私に決まっています」

叢雲「慢心大破の未来が見えるわ」

赤城「止めてください!」

叢雲「まあ、赤城はケッコンカッコカリには興味は無いって事で」

赤城「別に興味は無いとは……この話、他の誰かにもしましたか?」

叢雲「意思確認のために結構言っちゃってるから、みんな知ってるんじゃない?」

赤城「……ふーん、まあ、良いですけど」

 赤城は窓を開けると艦載機を放った。

叢雲「何してるの?」

赤城「別に?」

 そのおよそ30分後、そわそわと窓の外を気にしていた赤城が慌てたように席を立った。
 叢雲も席を立つ。

赤城「どうしたんです?」

叢雲「何でも無いけど?」

赤城「ふぅん?」

 二人はゆっくりと歩き始めやがて先を競うように走り始めた。
 全力疾走で鎮守府の建物を出た時、赤城は潮、叢雲は扶桑にぶつかりかけた。
 が、それぞれ、構わず走り続ける。
 門の所に着くまでには、15隻程度の艦娘が殺到していた。

叢雲「あんたたち、興味ないって言ってたじゃない!」

鈴谷「み、見に来ただけだから」

加古「貰えるんなら貰うよ」

電「私は提督のお出迎えに来ただけなのですよ?」

 殺到した艦娘たちを見て提督は笑顔を浮かべた。

提督「なんだお前たち。
 3日間会えずに寂しかったのか?」

叢雲「えぇ。それで……どうだったの?」

提督「これを見ろ」

 提督が例のコートのポケットに手を入れた瞬間、艦娘たちの並々ならぬ興味がそこへと注がれた。

山城「その格好で行ったんですね」

大井「恥ずかしいから止めてくださいって言いましたよね?
 酸素魚雷ぶち込みますよ?」

提督「じゃじゃーん!
 みんなの栄誉の勲章だ!」

 提督が満開の笑みで取り出したものを艦娘はしらけきった表情で見ていた。

提督「……なんだ?
 反応薄いな」

龍驤「良いからそう言うの。
 ほら、もう一つあるでしょ?」

提督「なんだ。
 知ってたのか」

 「おぉ」と艦娘から歓声が上がった。
 やはりあの噂は本当だったのかと。

提督「でも、慌てること無いだろ?」

龍驤「そうかも知れないけど……ちなみに誰にあげるとか決まってるの?」

提督「誰に?
 全員に決まってるだろ」

龍驤「とんでも無い浮気者やな、君!」

提督「意味が分からん。
 ほら、これだろ?」

 提督は醤油を2本取り出して言った。

龍驤「違うわ!」

提督「え!?
 醤油の味が変わったって不評だったじゃ無いか!」

 艦娘たちは提督の必死の弁明を余所に解散し始めた。
 そんな中、赤城は提督にこそりと耳打ちをする。

赤城「……ケッコンカッコカリ」

 ぎくりと提督の肩が震えた。

叢雲「……全く、あんたも成長しないわねぇ。
 まぁ、良いわ」

 この鎮守府はどうしようも無い提督の元に集まったどうしようも無い艦娘ばかりだ。
 喜びと悲しみが波のように引いては押し寄せるような毎日だが、その全てが愛おしい。

赤城&叢雲「今は、あなたがそばに居てくれるだけで幸せだから」




fin.


 1月中旬に島風ちゃんが轟沈しました(激怒)。
 寂しさを紛らわせるために書きましたが、長すぎて最後の方は適当になってしまった。
 とりあえず赤城に「食い放題も良いところだ!」がやらせたかったんです。

ここまで読んでくれた人。ありがとう
以前書いた↓もよろしく!
キョン「長門の肛門を徹底的に犯す」
岡部「クリスティーナを無視ししつつも愛情をそそぐ」.
天王寺「何やってんだ?岡部」鈴羽「あぅ…ぁ…ぁぁ…」
鈴羽「またあたしのお尻なの…?」
岡部「精力増強剤?」ダル「うん」
P「やっぱ響はイジメがいがあるな」響「うぅ……やめて欲しいぞ」
春香「アイドルマスター!(物理)」
貴音「荒野の女王」
P「3分だ。3分でここにいる全員を犯す」

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年02月25日 (水) 09:55:22   ID: MHR5Lqo9

クリーク!クリーク!

2 :  SS好きの774さん   2015年04月13日 (月) 22:03:25   ID: Lj3O2PXX

パーフェクトだウォルターッッッ!!!!!!!!!!

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