菫「魔法少女シャープシューター☆スミレR」 (325)
はじめに
注意
このssは、以前にvipでやっていたssのセルフリメイクです
自分で完結させておいて何だけど、半端に打ち切ったのが未練になっちゃったんで、キチンと成仏させてやろうかと
ついでに折角こっちに移転してきたんだしvipじゃ出来ないこともやれたらやるつもりですが
どんな感じのssかご存じ無い方は、もし興味ありましたら↓ご参照の事
リメイク前過去スレ
1個目 菫「いいだろう。なってやるよ、魔法少女!!」
菫「いいだろう。なってやるよ、魔法少女!!」 - SSまとめ速報
(ttp://www.logsoku.com/r/news4vip/1348918408/)
2個目 菫「少女シャープシューター☆スミレだ」
菫「魔法少女シャープシューター☆スミレだ」 - SSまとめ速報
(ttp://www.logsoku.com/r/news4vip/1350647635/)
3個目 菫「私が魔法少女になったのも、なにもかも政治のせいだったのか…」
菫「私が魔法少女になったのも、なにもかも政治のせいだったのか…」 - SSまとめ速報
(ttp://www.logsoku.com/r/news4vip/1355483517/)
前シーズンとの相違点
・もしかしたら安価?(システム考え中)
・前回とは世界線が違います。つまり1話から。ストーリーもいくらか変更するでしょう
・地の文あり
・基本ギャグ。ただ前回よりちょっぴりだけブラック
・更新のんびりめ
以上です
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1359895217
「この世界には」
「魔法少女が実在し」
「日夜、人知れず」
「人々に害成す」
「悪意達と戦っている」
「…と、云う」
「風潮」
「ハッ…ハッ…ハッ…はぁ…はぁ…はっ…!」
雨
雨が降っていた
「っ!痛ぅッ…!っくぁっ!」
熱い雨が
「はあ…はあ…ぜえっ!…っ!くっ!」
熱い
熱い
熱い
その熱い雨の中、彼女は必死に走っていた
何度も足を攣らせ、転び、泥濘に身を突っ伏しながら
それでも這い蹲りながら進み、起き上がって走った
振り向く事さえ出来ず、叶わず、許されず
救いを求め
只管に走った
「早く…早く、逃げなくては…」
どこに逃げようというのか、それすらも分からずに
それでも彼女は尚必死に走った
「逃げなくては……逃げなくては……逃げなくては……」
彼女は、追われていた
少女の背後で激しい轟音が響く
後ろで巨大な閃光が弾け、焼夷弾のように辺りに炎を撒き散らす。背を凄まじい勢いの熱風が叩きつける
もんどり打って倒れ伏し、言葉にならない悲鳴をあげながら無様に転がる
もう何度目かの、全ての始まりはなんだったのかという思考
不幸を嘆く間も無く、無意識に友の名を叫ぶ。拍子に舌を切ったが、もはや痛みすら感じない
薄れ行く意識を必死で繋ぎ止め、頭を振ってなんとか起き上がると、雨で出来た水溜りが、背後の太陽の様な熱の塊を反射して煌めく。再度弾けた炎の塊が辺りを焼き尽くす
未だ降りしきる筈の雨は炎を消すに到らない。どころか天まで伸びる炎の渦は降りしきる雨さえも熱湯のように変えてしまっている。一体どれほどの熱量なのかと慄くも、そうしてばかりは居られないと思い直し、震える脚に鞭を打つ
既に焼け野原となったそこを離れなければ。炎の華が咲く。舞う。全てを焼き尽くす。現実味の無い光景。夢でも見ているのか、幽玄とさえ呼べる光景。だがこれが現実だと、彼女は知っている。ならばそれは悪夢だ。不幸を撒き散らす、悪夢
立ち止まる事は許されない。それは罪だ。彼女は罪を犯す訳にはいかない。再び大きな閃光。新たに二つの炎の華が吹き上がった
一瞬迷い、方向を変える。まだ火の手の上がっていない場所へ行かなければ。焼け野原を逃げる。逃げる。逃げる。火の粉を振り払うための衣服の袖は、既に燃え尽きていた。肌が焼ける。爛れる。気にしている暇はない。急げ。どこに?
遂に炎に囲まれた事に気付く
逃げ場を失い、ああ、と彼女は小さく呻いた。結局、自分に出来る事などこんなものか
もう、立ち止まってもいいだろうか
炎が拡がる。暴れる。うねる。迫る。雨は炎の屋根に遮られ、既に少女の頭を濡らすことさえ出来ていない。もしかしたら、既に止んでしまったのかもしれない
彼女は次に何が起こるのかも知っている
深い闇が世を暗く覆い隠すのだ
その後は知らない。何が起こるのかも、その結果何がどうなるのかも
全てが終わった時、果たしてどうなるのだろうか?
何もわからない。ただ、恐ろしい。身体が震える。怖い。怖い。逃げたい。逃げなくては。誰か…!
彼女は知っている
祈りは無意味だ
だが無駄と知りながら、彼女は祈った
せめて
最後に夜が明ける事を祈った
「あ…」
そして
彼女は
立ち止まった
魔法少女シャープシューター☆スミレR
第1話
「うちと契約して、魔法少女になってよ!」
「ぜっはー!ぜひ〜!ぶへ〜!」
薄暗い路地裏に珍妙なかけ声が響く
その声の主の少女が走る
走る。走る。走る
必死に走る
本人は必死なつもりで、一応本気出して走る
季節は冬
雪は積もっていないとはいえ、彼女にとってこの時期、早朝の東京の空気はまだ刺すように寒い
荒い吐息が白く染まる
立ち消えゆく夜の空気を切り裂くよう(つもり)に、少女が走る
「よっ!ほっ!ほひー!」
だが、ど〜も緊張感がない
「ぜー!ぜー!ぜはーーー!」
大口を開けて必死に息を吸う少女のその様はどこか牧歌的で
「ふー!ふー!ふっひー!ぶはー!」
普段運動をしていないであろう事が容易に見て取れるその動きは、飼い慣らされた牧場の羊の様に鈍く
服は使い古したウールの様にヨレヨレ。足は生まれたての子羊の様にガクガク。巻き上げた頭髪は羊の様にモコモコ
「はー!ぜはー!ぜはー!くっそー!あいつらしつこかー!!」
ぶっちゃけ色々と羊だった
「あーーーーーもーーーーーーー!!東京なんか来んじゃなかったーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ガンッ
通りすがりのゴミ捨場の、大きなポリバケツを八つ当たりで蹴る。意外と重さのあったそれを蹴っても、足が痛かっただけだった
「〜〜〜〜っ!!」プルプル
涙目で足を抑えていると、路地の向こう側で叫ぶような声が聞こえ、身を固くする少女
「居た!?」
「こちらに追い込んだ筈ですが…」
「っ!」ビクッ
声と、少女の反応から、彼等との関係は容易に推測できた
即ち。彼等は狩人で、彼女は獲物。捕まればどんな目に合うのか…それも、追われる者である少女には、容易に予想できた
(まずっ!?ど、どっか、隠れる場所は…)キョロキョロ
もう脚の痛みは引いたが、耐久追いかけっこに関してはもうここらでいい加減気力の方が限界に近い
やり過ごす方法は無いかと辺りを見回すと、そこには…
「…」
ポリバケツ
「ウラー!」バッ
「…なんですか、その掛け声」
「いや、なんとなく…」
「居ませんねー。もっと先まで逃げているんでしょうか」
「んー。あいつの足の速さだとこの辺で追いつくもんだと思ってたんだけどなぁ」
「同感ですが…」
「ここはゴミステーションか。…先はなんだと思う?」
「わかりませんが…とにかく急ぎましょう。見失っては勿体ありません」
「んだなー」
タッタッタッタ…
「…」カパッ
(ゴミステーション?)
「…」クンクン
「…くさっ!」
ベチョッ
ポリバケツから這い出し、なんとなく袖の匂いを嗅ぐ。超臭い
鼻を顰め、首に引っかかったバナナの皮を摘んで、地面に叩きつける少女
ほっと一息、身体に付いた魚の骨やらを払いながら独りごちる
「やれやれ、とりあえずはなんとかやり過ごせたか」
「けど、根本的解決にはなっとらんよなー。くっそー。くっそー。くっそー」
「覚えとれよあの野蛮人どもめ。今にうちに手を出した事がどんだけ罪深か事かを、ガッツリ思い知らせちゃるき」ワナワナ
「…」
(…そのためには、やはり)
(『彼女』に会いに行かなければ)
「えーっと…地図地図…」ゴソゴソ
「…」
(…ここがどこかわからん)
仁美「…メェー」ポリポリ
「居たーーーーー!!」
仁美「メッ!?」ビクッ
「羊ちゃーん!大人しくこっちさ来ーい!」
仁美「くっ!三十六計逃げるに如かず!!」ダッ
「逃げました!」
「逃がすな追えーーーーー!!」
仁美「くっ…!これでも食らっとけ!」ポイッ
「うわっ!?」
「きゃっ!?」ツルッ
「バナナの皮!?だ、大丈夫か!?」
「あいたた…」
仁美「メーッヘッヘ!ざっまー!!」ピューッ
「にゃろう!」ダッ
「あ、ちょっと待って下さい!チョ…」
仁美「メーッヘッヘーーーーーー!!!」
仁美(あの場所へ…あいつのところへ行きさえすれば…!!)
仁美「…およ?」
仁美(あれ…)
仁美「…なんで?いつの間に回り込んどるん?」
チョコレ「道民なめんな」
仁美「…」
チョコレ「…」
仁美「ふっ」
チョコレ「…」
仁美「『名前がチョコレである』と言う風潮…」ビシッ
チョコレ「…」
仁美「そして…」
成香「追いつきました」
チョコレ「おう」
仁美(こいつらが『うちの天敵である』と言う風潮…か)
チョコレ「さて。そしたらさっさと絞めてジンギスカンの準備すっべ」シュボッ
成香「はい!」チャキッ
仁美「納得いかーーーーーーーーーーーーーーん!!!」
同じ街のどこかで怪しげな食物連鎖が繰り広げられようとしているその最中
所変わって、白糸台高校
ここはその、麻雀部の部室
弘世菫は、後輩の指導のために久しぶりに朝練へ顔を出していた
と言っても今は休憩中で、雀卓を離れて少々考え事をしているのだが
わいわいがやがや。賑やかかつ華やかな部室をぐるりと見回す菫
新エース大星淡の活躍もあり先日の冬の都大会において、白糸台高校は当然の如く優勝した
学生生活でも試験をなんとか乗り越えばかりで、名門として鳴らす白糸台としては珍しく、朝練にも穏やかで明るい雰囲気が漂っている
菫(…まあ、それが悪いって訳では無いんだがな)
既に部長を引退した身としては、余り口煩いのも上手くないだろう。新部長の誠子の顔を立てる意味でも、でしゃばりは良くない
第一、最近は学業も忙しく(麻雀での大学推薦が決まり、プロの誘いすら有ったのだが、一応性分として真面目に勉強しているのだ)
暇を見て指導に来る程度の事しか出来ていない人間が何か言うのはお門違いだろう
菫(それに、結果だって出しているし)
菫から見ればまだまだ頼りない誠子だが、なかなかどうして人望に厚く、面倒見も良いため部長としての評判は上々だ
近寄りがたい雰囲気を持っている菫や、照(最近は大分緩くなった)に比べると気軽に相談もし易いのだろう
自分には絶対出来ない部長としての役割を、彼女は立派に果たしていると言っても良い
菫(だがなー…私のようなお固い人間には、これで良いのかと不安になってしまうのも事実なんだよなぁ)
そう。菫の心配はそこだった
誠子は優しすぎる。今はまだいざとなったら怖い先輩が控えているから良いものの、自分達が卒業した後まで今の誠子が部長で大丈夫なものなのか
うちは白糸台なのだ。例え2軍であろうと全国クラスが鎬を削り、百戦錬磨の曲者揃い。当然腹に一物抱えているような連中だって多い
菫でさえ苦労したそういった『ある意味魔物』連中相手の立ち居振る舞いとまとめ役に、誠子と尭深、おまけに淡の前年度レギュラー組じゃ絶対荷が重い。下手したら敵対派閥扱いされかねない
菫「はぁ〜…」
誠子は頑張っているのは認めるし、尭深も支える努力はあれでいてしようとしてるのもわかっている。淡は知らん
菫としても可能な限り部長としての心構えなりなんなり教えたりしているが…
菫(良くて五分五分、ってところか。まあ、私の心配し過ぎなのかもしれないが)
とにかく。部内でのお家騒動で内部崩壊なんてみっともない真似だけは勘弁して欲しい
そんな事を考えながら無意識に眉間に皺を寄せて怖い顔を作っていると、部室の戸が開いた
外の冷たい空気に反応してそちらを向くと、そこには親友…というか、腐れ縁というか、手のかかるというか、未だによくわからない関係の友人の姿
照「あ、おはよう。菫」
菫「照か」
照「おはよう」
菫「ああ。おはよう」
照「なんだかしかめっ面だね?」
菫「まあな」
自覚は有った。頷いてやる
照「また誠子の心配?」
菫「…まあ、な」
照にまでそんな風に言われる程心配ばかりしている自覚は無かった。誠子に悪いなと思いながらこれも頷く
照「そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけど」
菫「根が心配症なんだよ。転ばぬ先の杖ってやつだ」
照「ふーん。お菓子食べる?」
そういってコンビニで買ったであろう新作のチョコを差し出してくる照。マイペースさが羨ましい
菫「…いただこう」
なんだか自分の考えていたことが馬鹿らしくなって、菓子を一粒口に放り込む。んまい
菫「…もぐむぐ」
照「おいしい?」
菫「ん」モグモグ
照「それは良かった」
菫(なんだかなー)
「あー!ずるーい!」
口の中の控えめな甘みをもごもご味わっていると、今度は後ろで声が響いた
菫(淡か)
照「淡だ」
淡「スミレばっかずるい!テルー!私もチョコ食べたいー!」
照「はい」ヒョイッ
淡「はむっ!」パクッ
手慣れた様子でチョコを淡の口に放り込む照。当然のように口を開け、あっさり目的を果たす淡
口の中でコロコロとチョコを転がして、リスのように頬を膨らませたりして味わっている
菫(行儀悪いなぁ)
菫「行儀悪いぞ」
思ったら即注意。淡にはこれが重要だ。何故なら、後で叱ってもとっくに忘れているから
淡「ふに?」コロコロ
菫(ポヘポヘしやがって…)
注意しても聞きやしない。こうやってストレスを溜めていったんだなぁ、と部長時代の自分に思いを馳せる
最近どうもこんな感じばかりだ
菫(部長引退したら解放されると思っていたんだが、一向に楽な気分になれないのは…これはもう性分なんだろうか)
しばらく適当に話をしていると、珍しく照が誘ってきた
照「ねえ、菫」
菫「ん?」
照「今日、帰りケーキ食べに行かない?」
菫「またお菓子か」
照「うん」
菫「よく太らないもんだ」
淡「胸も太らないもんだ」
照「…」ショボン
菫「…」ゴチン
淡「すみません!」
鉄拳制裁。もう何度やったか知れない。効果が無いのではと半ば諦めかけてもいる
菫「ケーキ、ねえ」
淡「私も行こうか?」
菫「お前は部活だろう」
淡「ちぇ〜」
会話に便乗してサボってるのだと看破し、淡をシッシと雀卓の方へ追いやりながら、そういえば暫くケーキなんて食べていないな、と考える
照「どうかな?」
すると照がまた聞いてくる。期待と、若干の不安入りが混じった視線を感じる
菫(そんなに大した事でもないだろうに、どれだけケーキに真剣なんだお前は)
と、思いながらも照の真剣な眼差しを見ているとそうも言い難くなってくる
その視線に耐えかね目線を逸らし、考えること数秒
菫「…」
照「…」
菫「そうだな。たまにはお前に付き合うのも良いかもな」
結局行くことにした。たまには勉強の息抜きも良いだろう、と
この時期の普通の受験生なら死んでも考えないような事も、既に進学先の決まった人間の余裕で考えてしまう
菫(まあ、一応、な。思うところもある訳だし)
本心ではあるが、少なからずケーキを楽しみにしている自分を誤魔化すように胸の内で呟いていると、照
照「そっか。ありがと」
菫「ん」
抑揚のない言葉で礼を言われた。穏やかな笑顔だった。随分と変わったものだ。昔はもっと冷たい感じがした筈なのに
そして
それを見てやはり、と菫は思う
照は
照は、寂しいのかもしれない
照は卒業後、プロになる
クラスの友人はほとんど進学で、今は受験勉強も追い込みの時期
元レギュラーを除く部の大半の連中にはある種の神格化をされており、どうしても気を遣わせてしまう
菫のように対等な立場・態度で接してくれる友人は、今の白糸台にはほとんど居ないのだ
頼もしくとも普段ぼんやりしたことのある、一足先に社会人になる友人に
菫は若干の後ろめたさと尊敬の念、そして劣等感を抱いていた
菫(それでお前の今の孤独が少しでも癒えるなら…な)
だからこそ、頼られて嬉しくもあるのだが
放課後
ケーキショップ『ウィントス』
最近駅前に出来た、カササギがモチーフのマスコットが可愛い、お洒落なケーキショップだ
店頭で受け取りの持ち帰り式と、喫茶店形式もやっており、今日は後者の喫茶店部分に入ることにした
何故マスコットがカササギなのかと疑問に思ったが、それはオーナーの出身地の県鳥だかららしい
地元愛に溢れたオーナーだな、とそんな店の経歴が書かれたメニューを眺め、ウェイトに注文を決めていく
菫はシンプルにショートケーキと紅茶。照はチーズケーキとチョコケーキとプリン・ア・ラ・モードとココアを頼んだ
菫「随分とその、なんだ。凄いな」
照「え?何が?」
菫「…いや、なんでもない」
照「全部美味しそうだったね。迷っちゃったよ」
菫「ん?…あ、ああ。まあ、な」
「お待たせいたしました」
菫「ああ、ありがとう」
照「おお。美味しそうだ」
菫「…」
「それではごゆっくり」
ケーキを食べながらも、談笑を続けてる二人
内容は今食べているケーキの事、学校の事、授業の事、友人、部活、学食、テレビ。新作のお菓子に、行き付けのショップのセール
そして、卒業後の事。エトセトラ・エトセトラ
話題は尽きるこ事が無い
菫(そういえば、照とこうやって二人で話をするのも随分久しぶりだな)
照自身、最近の放課後は卒業後所属するプロの練習に参加する事も増え、忙しい
らしくもなく、いつもより随分と女子高生のような話題を捻り出して来るのも、もしかしたら同年代との会話に飢えているのかもしれない
菫(これからは少し、こいつを構ってやる時間を増やそうかな)
まったく…とっくに引退したはずなのに、元部長も楽じゃない。まあ、友人の歳相応な部分を知ることが出来ただけでも、良しとするか
しばらく談笑を続けた後
時計を見た照が複雑そうな笑いを浮かべた
照「あ…もうこんな時間」
菫「ん?もうか?まだ5時前じゃないか」
照「そろそろ帰らなきゃ。今日は夜に長野の家族が来る」
菫「…ああ。なんだそうだったのか」
照「うん。お母さんが仕事帰りに迎えに行って、一回家に帰ってきて…そうしたら、家族みんなでご飯食べに行くんだ」
菫「それなら先に言ってくれよ」
照「ごめん、でも今日を逃したらまたしばらくこんな時間取れないだろうって思って…」
菫「いや、別に怒っているわけじゃない。そういう事ならいいさ。仕方ないものな。それよりケーキなんて食べて良かったのか?」
菫(しかもあんなに)
照「ありがと。あと、ケーキは別腹」
菫「そうか。…ご馳走様。久しぶりに食べるケーキはやはり旨かったよ。さあ、そろそろ行こうか」
照「うん。ご馳走様」
菫「それじゃあ、お会計に…」
照「ここは持とうか?」
菫「馬鹿を言え。そんな真似できるか」
照「でも、私来春からは社会人だし…」
菫「今はまだ同じ立場だ。ほら、行くぞ」
照「うん…」
数十分後。駅前にて、菫は一人佇んでいた
改札を過ぎる照を見送ってから、動けないでいたのだ。体調が悪くなった訳ではない
だが、気分は非常に悪かった
小さく溜息を吐く。最近どうも溜息が多いような気がする
心に、歯の隙間に何か引っかかったような違和感を感じる
言い知れぬような、もやもやとした、嫌な気分
菫(…くそっ)
胸中で毒吐く
菫(私は、何を苛ついているんだ?)
あるいは、それは焦りなのかもしれない
菫(照は…来週からプロ、か)
恐らく、彼女は即戦力として通用するだろう
虎姫
エース
チャンピオン
宮永照擁する白糸台は、夏のインハイで前代未聞の3連覇を成し遂げる
彼女は個人戦でも2連覇を果たし、一躍時の人となった
今年のストーブリーグの目玉として各プロチームが熾烈な勧誘合戦を繰り広げたのは記憶に新しい。マスコミも例年以上に煩かった
結局「今住んでいるところが近いから」とかいう田舎の高校進学みたいな理由で目黒を本拠地とするクラブに入団が決定するまで、高校が部外者の訪問を一切禁止したくらいだ
菫(そんな巫山戯た理由でチームを選べるのも…照がずば抜けた才能の持ち主だったから、かな)
だからこそ
菫「…はぁ」
面白く、無いのだ
菫(結局、あいつには一度も勝てなかったな)
高校時代からとはいえ、3年間共に鎬を削り、戦ってきた仲として
知り合って、初めて共に卓を囲んでからずっと持ち続けてきた願い
照のライバルでありたいと願いながら
その実、その実力差は離れていく一方だった事を、菫は心の奥底で認めていた
それは菫にとって大きな苦痛であって、同時に安堵でもあった。だからこそ、それを完全に認められずにもいた
認めてしまえれば、楽だ。特に生真面目な菫のような人間にとっては
大学の特待生になれたとはいえ、プロ入りの道を蹴ってまで進学を選んだのは、そういった菫の心境もあった
今はまだ、照と敵対するチームで戦える気がしないのだ。情けない話だが、まだ時間が必要なのだ
菫「…」
しばらく改札前で佇んでいた菫だが、ようやくそこから動く事を決めた
菫「…適当に、ウィンドウショッピングでもしていくかな」
中途半端に時間ができたせいで、暇と感情を持て余してしまった
久しぶりに駅前まで来たから、と小物でも冷やかす事にする
菫「まずは…どこに行こうかな」
踵を返し改札に背を向けると、その瞬間背筋に電流が走った
菫「…っ!?」ビクッ
菫「…?」キョロキョロ
菫「…」
誰かに名前を呼ばれたような気がして、辺りを見回してみる
誰も居ない
いや、人は居る。だが、彼等は違う。改札を潜り、進み、ホームへ、駅の外へと歩いて行く人達
それぞれがそれぞれの目的を持って進む、大勢の人。彼等は立ち竦む菫に見向きもしない
この先の人生においても関わる事など無いだろう人達
菫「…幻聴、か?」
菫「…ま、いいか」
菫「さて、それじゃあ行くかな」
菫「確か、プリキュアの映画の封切りが今日だった筈」
取り敢えずの行き先は決まった
プリキュアの大ファンである彼女は、ワクワクしながら劇場へと向かった
普段無駄な買い物をほとんどしない彼女には、潤沢な資金もある
無論劇場限定グッズを大人気なく大人買いするつもりだ
菫(前売り券欲しいなぁ)
勿論ピンクのきら☆るん♪パーティーバッグ目当てだ。ちなみに推しプリキュアはキュアビューティーだ
路地裏に、駆ける足音と叫び声が響く
成香「待ちなさい!そこの羊さん!」
仁美「待てと言われて誰が待とうか!いや、待たん!(反語)」
チョコレ「大人しくジンギスカンになれー」
ところどころ焦げた3人の少女の追いかけっこ
驚くことに、今日の早朝に始まり、今の今まで続いていたのだ
追手の二人の静止に反応し、くるりと身を翻し、仁美が虎の子の切り札に点火する
仁美「断固断るっ!喰らえっ!必殺羊ロケット!with爆竹!」
ヒューヒューヒュー
パパパパーン
パーン
成香「きゃっ!?危なっ!」
チョコレ「ロケット花火!?」
あんまりと言えばあんまりな武器に、あっけにとられ身を守る有珠山高校の二人
こうやって変な武器を大量に持っているので、追い詰めてもその度にギリギリで取り逃がして来たのだ
仁美「メーッハッハ!」スタコラサッサー
二人を尻目に成果を確認すらせずに一目散で逃げる羊
成香「待ちなさ…あうっ!」
チョコレ「いてててて!成香!羊は!」
ようやくすべての花火が燃え尽きて、成香が辺りを確認すると
成香「…逃げられちゃいました」
チョコレ「猪口才な羊め〜!」
成香「さっきも挟み撃ちにしたと思ったら、まさかの煙球で逃げられましたしね」
チョコレ「忍者かあいつは」
呆れたようにチョコレ
成香「どうしましょう。チョコレさん」
さっきのロケット花火で焦げた髪の毛を来にしながら成香
チョコレ「どうしようもこうも無い。あんな羊に舐められっぱなしってのも納得いかん。きっちりジンギスカンにしてやんなきゃ」
成香「漬けダレにしましょうね。あと、私、ウールのマフラー欲しいです」
チョコレ「あいつの毛で足りっかな?まあ、毛はやる」
成香「ありがとうございます」
物騒な会話もしたりなんかして
チョコレ「さあ、そうと決まったら追いかけ…」ヒュッ
成香「えっ?」
ボッチャーーーン
成香「えええええ!?」
追いかけようと言った瞬間、成香自身いつの間にかチョコレ、と呼ぶようになった少女の姿が、瞬時に立ち消えた
チョコレ「あんの羊ーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
地面からチョコレの怒号が響く
驚いて成香が足元を見やると、マンホールの蓋が外され大穴が出来ていた
成香(チョコレさん、この穴の中に落ちたんだ)
チョコレ「マンホールの穴の上に布敷いてやがったんだ!」
成香「危ない事しますね。上がってこれそうですか?」
チョコレ「なんとか…ぐぬ、くっせー」
成香「今、上がるの手伝いますから」
おろおろとマンホールの周りを回る成香。何をすればいいのかわかってない
そんな成香に、チョコレが声を荒らげる
チョコレ「いーや!私の事はいい!それより成香!」
成香「は、はい!!」
チョコレ「奴を追え!!」
成香「!!」
チョコレの指令に、目を丸くする成香
チョコレ「急げ!早く追わないと見失ってしまう!」
成香「け、けど!」
チョコレ「馬鹿!何躊躇ってる!行け!」
成香「〜〜っ!」
チョコレ「行け!成香!私を足引っ張って獲物取り逃がした愚か者にするつもりか!行け!」
成香「っ!わかりました!先、行ってます!」
チョコレ「そうだ!行け!」
成香「わああああ!!」
弾かれたように駆け出す成香
チョコレ「ふ…頼んだ、ぜ…」
これから死ぬっぽい感じで決めるチョコレ
仁美(なんやこの茶番…)
隠れてこっそり様子を見ていた羊先輩も呆れ顔ですわ
仁美(ともあれ。まずは一人)
ズリズリ
チョコレ「おおお!?急に暗くなったぁ!?」
外していたマンホールの蓋をちょっとした裏ワザで運び、チョコレを封印完了
仁美「マヌケやなーお前さん」
チョコレ「くっそーーーーー!!覚えてろ、羊こらーーーーーーーー!!」
仁美「メッハッハッハ」
ドンドンドン
マンホールを押し上げるほどの力は彼女にはないらしく、虚しくマンホールを叩く音が響く
仁美「さて、と」
後一人。大分楽になりはしたが、一度捕まったら終わりな事を考えると、決して楽観視は出来ない
このままもう一人の方に気付かれない内に目的の場所へ…
「見つけましたよ」
仁美「…げ」
成香「…もう許しません」
仁美「え、っと…」
成香「全力で」
仁美「…」ゴクリ
成香「やっつけます」
仁美「っ!」ダッ
成香「逃がしません!!」ダッ
仁美「ああああああ!!もういやーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
映画の帰り道
プリキュアを堪能した菫の顔は晴れやかだった
さっきまでとは別人だった
キャラが全然違った。緩んだ笑顔で一人、家路を急ぐ。あまりに面白過ぎて3回見てしまったのが原因だった
背が高く、眼力があり、迫力のある美人故、怖い顔をしてぶつぶつと呟く様はちょっとかなり怖い。しかも内容が内容だった
菫「…ふう。やはりプリキュアは良いなぁ。血湧き、肉踊る」シュッシュッ
菫「私もこう、魔法少女みたく華麗に悪者をやっつけて見たいものだ」シュッシュッ
シャドーボクシングのような動きも無駄に切れがあって怖い
流石にそれには気付いて自重する事にした。尚も独り言は続く
菫「…はは。なんて、馬鹿馬鹿しい。もう高3も終わろうという年の女が」
菫「照なんて社会人だぞ?こんな子供っぽい趣味、そろそろ終わりにしなくてはいけないのに…」
菫「…けど、この魔法少女趣味だけは出来れば続けたいというか、ライフワークというか…」
菫「…あー!だが!いつまでこんな趣味引きずってるんだって!もし万が一部の連中や大学の人間に知られたら私のイメージが…」
菫「…そうだ。私はもっと現実を見るべきなんだ。魔法少女なんて、そんな、都合の良い存在は居ないし、世の中はアニメのように悪人と善人で分かれているような単純な構造でもないし…」
菫「…はぁ」
ぶつぶつと呟くも、最後にはネガティブな感情で終わってしまった
菫(もう、子供の頃のように無邪気に魔法少女を信じられるって訳には、いかないんだよな…)
菫「…あーあ」
だが、人間にはわかっていても言いたいことがある。わかっているからこそ、思うことだってある
菫「私も、一度でいいから魔法少女やってみたかったなぁ」
「なんてな」と後に続けて思考を切り替えようと考えた瞬間
仁美「はぁ…はぁ…」
目の前には、どこかで見たことのある少女
菫「君…は…」
全身ところどころ傷付き、汗まみれ。髪はボサボサで、服も乱れている。長距離を走ってきたのだろう。息も上がっており、膝が笑っている
だというのに、目だけはギラギラと異様なまでに輝いている
菫(確か、福岡の、新道寺女子の…)
何故、ここに?
そんな疑問が頭に浮かぶが、その疑問を口にする前に、向こうが口を開いた
仁美「弘世、菫…」
菫「…ああ」
仁美「…」ジワッ
菫「…」
名前を呼ばれた菫が返事をした瞬間
仁美の目に、一瞬安堵の色と、涙が浮かんだような気がした
仁美「っ!」ゴシゴシ
菫「…」
袖で慌てて目を擦る仁美。その頃には、菫も彼女の名前を思い出していた
菫(確か、新道寺女子中堅の江崎仁美さん、だったか)
菫「何故、君がここに?」
仁美「頼みがある」
菫「…」
有無を言わせぬ、真剣な口調。必死な声音
目線で先を促す
仁美「…うちと」
菫「…」
仁美「…」
躊躇うように言葉を途切れさせる仁美
菫「…君と?」
何を言うつもりなのだろうか。
言い淀むような事なのか?先を言い易い様に、今度は言葉で促してやる
仁美「…うちと、契約して」
菫「…」
仁美「うちと契約して、魔法少女になってよ!」
To be continued
次回予告
「魔法、少女?」
「メーヘッヘッヘ!!」
「なんなんだこいつは!?」
「それが、『風潮被害』とよ!」
「一心不乱のジンギスカンを!」
「さっきまでは良くもやってくれおったのこらー!!」
「とりあえずコイツぶっ飛ばせばいいんだな?」
「お前、だったのか…」
魔法少女シャープシューター☆スミレR
第2話
「うさんくさい」
今日は終わりー
俺、やっぱ地の文上手くないわ
でもこれでいく
大体日曜日中心の週1、多くて2更新くらいのペースで行きたいと思います
ちょっとだけアニメみたいな構成を意識してます
なんでスポンサー枠にお気に入りの商品やssのCMとか打ってもいいよ
今日のss作成のお供は森永製菓様のチョコけんぴでした
ちっちゃい芋けんぴをホワイトチョコでコーティングした、美味しいお菓子です。ポリポリとした食感とチョコの甘味がグッド
おつー
個人的には地の文の割合がかなり丁度いいんだよね
照「洗濯ものを干していてもフローランブーケの香りがしシーツなど寝る時もとてもリラックスでき、」
照「日頃からいいパフォーマンスに繋がっている気がします」(営業スマイル)
ボーテ・ド・ラボ・ジャパンは協賛確定やね(ニッコリ
おつやでー
地の文はこれくらいでいいんじゃないかな
誠子「私のオススメのお店はみんな大好きタックルベリー」
誠子「みんなも私と一緒にLet’s Fishing!」
おつー
尭深「合宿使っている洗剤がとても気にってます!!」
尭深「柔軟剤がいらないんだよって先輩に言われ柔軟剤がいらない!!」
尭深「自分が今まで使っていたものとは全然違くふかふかで 汚れもすごく落ちていてさらにいい香りでした」
尭深「それがこの『エンブリー』」
尭深「洗濯ものを干していてもフローランブーケの香りがし、 シーツなど寝る時もとてもリラックスでき、日頃からいいハーベストタイムに繋がっている気がします」
尭深「尚且つ美容液配合ということで肌が弱い方や、乾燥している時期にもいいと先輩から聞きました」
尭深「チェック してください。オススメです!!!!」
乙乙!
ドム「わたしの今の身体を形作った強力無比な栄養源」
ドム「誕生日の蝋燭代わり、お口の寂しさの飴代わり」
ドム「頭に栄養 腹に栄養 牌を片手に徹麻上等」
ドム「君の腹肉の未来が視える」
ドム「スニッカーズ」
ドム「270kcal」
ドム「摂取はほどほど人並みに」
魔法少女シャープシューター☆スミレR
「はじまるよ!」メェー
前回までの魔法少女シャープシューター☆スミレRは!
「道民なめんな」
「納得いかーーーーーーーーーーーーーーん!!!」
「はぁ〜…」
「なんだかしかめっ面だね?」
「あー!ずるーい!」
「ケーキ、ねえ」
「でも、私来春からは社会人だし…」
「確か、プリキュアの映画の封切りが今日だった筈」
「待ちなさい!そこの羊さん!」
「メーッハッハ!」
「あんの羊ーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「…もう許しません」
「君…は…」
仁美「頼みがある」
菫「…」
仁美「…うちと」
菫「…」
仁美「…」
菫「…君と?」
仁美「…うちと、契約して」
菫「…」
仁美「うちと契約して、魔法少女になってよ!」
菫「…」
菫「はぁ!?」
魔法少女シャープシューター☆スミレR
第2話
「うさんくさい」
菫「魔法、少女?」
仁美「うむ」コクリ
菫「えっと…」
弘世菫は困惑していた
仁美「今なら特典も付けるとよ。えっと、ほら。この裏と表が反対の10円玉をやろう」メッヘッヘ
菫「馬鹿にするな。あとなんだその笑い方」
目の前には、ボロボロの少女
仁美「悪い話じゃなかとよー?」メヒヒヒヒ
菫(笑い方が禍々しい…)
所々すり傷だらけ、汗まみれ。髪はボサボサで、服も乱れている。長距離を走ってきたのだろう。息も上がっており、膝が笑っている
仁美「別に詐欺とかでもなかとよ?なあ、早く」ギラギラ
菫「あー…」
しかも、口調から察するにどうやら少し焦っているようだ。早口で、急かすような物言い。爛々と輝く瞳。全てが一つの印象に集約してゆく
仁美「良い事ばっかよ?別にお前さんにデメリットなんざこれっぽっちもなか。ただ、なんにも考えずに「契約します」って言えば良か。これマジオススメ。貴女は選ばれしものです。おめでとう」
菫「詐欺師のテンプレートかお前は」
取り敢えず
菫「うさんくさい」クルッ
仁美「ばっさり!?」ガビーン
速攻踵を返し、帰りが遅くなったが故のショートカットの為とはいえ、少々人通りの少ない路地裏のコースを選んだことを激しく後悔した
菫(最近の東京って危ないんだなぁ。いや、彼女は確か福岡の人だったが)
長年住んで、初めて感じる危機感と虚脱感
菫(さあ、早く帰って戦利品(劇場版プリキュアグッズ)をしたためよう)
それを全て無かった事にして元来た道を大股で帰る
仁美「ま、待たんか!おい!無視すんな!」
慌てたように声を荒らげ、カサカサッと滑るようにして回りこんでくる江崎羊
菫(うわぁ…)
ドン引く菫
菫「すみません。どこかでお会いしましたっけ?」
すっとぼけ、流れるような動きでついと身をかわして足早に歩き始める
仁美「惚けんな!お前覚えとるやろ!?さっきの「何故、君がここに?」発言と今の嫌そうな顔で分かるわ!おい!弘世菫!」
菫「ああ、勘違いですね。よく間違われるんです」
仁美「ぐぬぬぬぬ…」
めげずに回りこんできたのを再度あっさりかわすと、しれっと告げてやる。こういう手合いは構うそぶりを見せると付け上がるのだ
菫(気付いたら家に上がり込んで高い壺とか羽毛布団とか買わされるんだ。照や淡辺りに明日注意しておこう)
禍々しいオーラを発しながら唸り始める羊を横目で盗み見ながら考える。あいつらはきっと危ない。特に淡
菫(さて…)
羊が唸っている隙に、菫の用意はすっかり出来上がっていた
菫(家路までの人通りが多い最短ルートはシミュレート出来たな。さあ、それでは今から全力ダッシュで…)
路地を抜けようと、右足に力を込めた瞬間
仁美「…すっとぼけおって。『本気で魔法少女に憧れている』風潮の癖に」
菫「…」ピクッ
聞きづてならない発言が聞こえてしまった
菫「…」
仁美「…」ニヤリ
菫(…くそっ。やってしまった)
後悔する
仁美「メヘ…」
菫(無視するべきだった)
仁美「メヘヘヘ…」
菫(完全にタイミングを外された…!)
相手の言葉に虚を突かれて脚に溜めていた力を抜いてしまった
仁美「メヘ…」
菫(いや、まだ遅くはないか?)
運動神経には自信がある。気にせず走り抜けてしまえばいい。相手はそれほど運動神経が良さそうではないし、何より消耗している。十分振り切れるだろう
仁美「ヘヘヘ…」
菫(さっきはまるで心を読まれたかのような感じだったが…どうせさっきの独り言を聞かれていたとかに違いないし、気にしないでさっさと逃げ出せば大丈夫だろう。…この子怪しいし)
菫「…」
菫(……だが)
仁美「へへへ…」
菫(どうも引っかかる)
仁美「メーヘッヘッヘ!!」
菫「だからなんだよその変な笑い方はぁ!!!」
関係ない部分に中途半端にぬるいツッコミを入れてしまった時点で、菫はもうこの羊と関わる事を避けられないと半ば諦めかけていた
菫(くっ!切り替えていく!)
あとは、どうやって関わりを最小限に留めるかだ
それから
菫「…で、だ」
仁美「おー」チュー
菫「仕方ないから…そう、本当に仕方ないから。情けで。形だけ!話を聞いてやる事にした訳だが…」
仁美「ん〜」ズチュー
菫「…」
仁美「…」ズゴゴゴゴゴゴ
菫「…何故。カフェ」
仁美「いや。まあ、喉乾いてたし」
菫「ふ〜ん…」
仁美「それに、ここなら駒はいくらでもあっとね」ボソッ
菫「ん?」
あれから。二人は仁美の提案で、急かされるようにして移動する事になった
場所は駅前にあるカフェの2階。それも天気が良いから、とテラスに行くことを強引に決められて
菫(もう夕方だし、寒いんだが)
釈然としない菫。寒いという理由だけではなく
菫「なんだかさっきは追われていた感じだったが…いいのか?こんな目立ちそうな場所で」
素朴な疑問をぶつけてみる
仁美「木を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中。よく言わんか?」
やはり釈然としないが、取り敢えず一番気になったところをツッコむ
菫「はあ…って、やっぱり追われていたんだな。何をやらかした?詐欺か?密輸入か?ワシントン条約違反か?」
仁美「犯罪なぞしとらん!」カッ
菫「ああ、そう…」
肩を竦めて菫
仁美「なんやその気のない返事は!」キシャー!
菫「そう騒ぐと追いかけていた相手に気付かれるぞ」
仁美「おっと、いかんいかん」コソコソ
菫(なんだかなー)
この時点で菫の気力はほぼゼロになっていた
菫(まあ、このままダベっていても埒は開かないか)
付き合ってしまった義務感から、多少のコミュニケーションは取るべきだろうと自分から話しかける
菫「で、なんだったか。君は、えーっと、ほら、アレだろ、夏のインハイで福岡の新道寺女子の中堅で出てた」
仁美「…江崎。江崎仁美とよ」
菫「その江崎さんが、何故東京くんだりまで」
仁美「…」
菫「それに、魔法少女?なんだ?一体何の遊びだ?確か君、私と同学年だっただろ?流石にそういうのはそろそろ卒業するべきじゃ…」
少し苛ついているのがわかる。ややとげっちい言い方をしている自分に、申し訳なく思いながらも説教染みた言葉を紡いでいると
仁美「えっらそーに。自分の事棚に上げてよく言うわ。『魔法少女に憧れてる女』の象徴みたいな存在に成りつつある癖に」ボソッ
菫「っ!?」
独り言のように、しかし絶妙に聞こえる程度の音量で、仁美
菫(やはり聞こえていたか…)
最初の独り言を聞かれていたことを確信する
菫(だが…どうもさっきから言動がひっかかるような…)
仁美「メヘ」ニヤッ
菫(まさかそれをネタに強請る気じゃないよな!?)
チラリ、と目線を向けると、目が合った。仁美の禍々しい表情に、マスコミにバラされ、ネットで弄られ
魔法少女姿のアイコラが出回った自分まで想像して、脊椎が氷柱に入れ替わったような寒気を感じて戦慄する
仁美「安心せー。別にお前んこつ強請ろうとかたかろうとか考えとらん」
菫「そ、そうか…」
再び心を読まれたような気になって混乱しかけるが、今の言葉に少しだけ安心する
腰が若干椅子から浮いているのに気付く。咳払いを一つして座り直す
菫(いや、まさか、な。本当に心を読んでいる訳が無かろうに…)
長年麻雀をやっていて、オカルト染みた能力者の存在は知っている
というか、近くに沢山居る。菫自身も片足突っ込んでいると良く言われている
だが、本物の超能力者は流石に信じていない
菫(当たり前だ。何故なら私は…)
仁美「そんな事より、あんまり悠長にはしておれん。そろそろ本題ええか?」
菫「…ああ」
そこで我に返り思索を中断することにした
目の前にこんなにも怪しい羊が居るのに、考え事など愚の骨頂だと思ったからだ
だが、尚も菫の思索は続く。勝手に頭の中が予定を組んでいく
菫(この子の気が済むまで茶番に付き合って、そうしたら帰ろう)
方向性はかなり変わったが
菫(取り敢えず、詐欺にだけは引っからないように気を付けて…)
目の前の羊は取り敢えず何を企んでいるのか判断が付かない、と脳が警鐘を鳴らしていた
仁美「それじゃあまずはこの契約書にサインを…」スッ
菫「いきなりそう来たか!?」ガタッ
思わず立ち上がり叫ぶ菫
仁美「しーっ」
菫「あ…」
腹立たしい仁美の仕草に我に返り、辺りを見回す
何事かと周囲の客が菫の方を注目していた
菫「す、すみません…」ペコペコ
顔を真っ赤に染め、小さくなって謝る菫。消えてしまいたいと思った
仁美「う〜ん。この『ヘタレでポンコツ』な風潮…」
菫(誰のせいだ!)
仁美「なんもかんもお前が悪い」キシシシ
菫「〜〜〜っ!」ギリギリ
怒りのあまり指が白くなるくらいに拳を固く握る。もし相手が白糸台の部員だったらとっくにゲンコツの2,3発くれてやっただろう
仁美「まあ、というのはただの冗談として」スッ
菫「はっ…!?」
仁美の声に、いつだか自分でシャープシュートした千里山の1年のような顔でその契約書(仮)を見ると
菫「…おい」
仁美「いやん。あんまり見んといて」
菫「これ、住宅賃貸借契約書って」
仁美「フハハハハハハハ!!」ゲラゲラ
菫「しかも既にお前の名前でサインされてるし…」
仁美「あははははははは!!」
なんとなく分かった。この羊は、来春から東京の大学に進学するのだ
それで上京して、なにかのトラブルに巻き込まれた…んだろう。多分。きっと。そうなんじゃないかな?
菫(もうここまできたらドッキリの気もしないでもないが…)
がっくりと項垂れ、大げさにテーブルに突っ伏してみせる。良いようにおちょくられている自分に嫌気が差してきた
これでどこからか淡辺りがドッキリ大成功の看板でも持って「や〜い。引っかかった引っかかった〜」とか出てきたら、本気で暴れ出すのを抑えられる自信が無い
菫に出来るのは、ただひたすらそうならないよう願う事だけだった
菫(もう嫌だ…)
仁美「…と、すまんすまん。流石にやり過ぎたわ」
心の中で滂沱の涙を流していると、いい加減やり過ぎたと感じたのだろう。仁美が本気で申し訳なさそうに言ってきた
ここに来て初めて見る、苦笑いするような素の表情に毒気が抜ける
菫「本当だよ。もう帰っていいか?」
頬をテーブルに付けたまま、わざと情けない声で聞いてみる
仁美「いやいや。今からホントに本題に入るけー。頼むからちょっとだけ付き合ってな」
菫「わかったよ…」
度重なる話題の脱線で、菫の頭の中はサイドクロスを上げられまくって陣形が崩壊したサッカーチームのように機能しなくなり
思考回路はショート寸前になっていた
菫(もう色々考えるのも面倒くさい…)
後になって思えば、この時点で菫は嵌められていたのかもしれないのだが
仁美「メヘ」ニヤリ
十数分後
粗方の話を終え、仁美がフラペチーノのストローに口を付ける
菫はそれを複雑そう…というか、心底苦そうな顔で見届けていた
仁美「…ん。以上。まあ魔法少女に関してはこんなとこっちゃね。なんぞ質問あるか?」
ズゴゴゴ…と、中身の無くなって久しいカップが耳障りな悲鳴をあげる
菫「……はあ」
仁美「…なんやその厭世観溢れる溜息は」
ジト目で菫を睨んでくる仁美に、頭を振って言い返す
菫「いや。なんで私はこんな話を最後まで聞いてしまったのかと」
仁美「…くっ。具体的に話してやればもうちょっと興味持つかと思ったんに…」
悔しそうに舌打ちし、仁美
菫「持ってたまるか!小学生じゃないんだぞ!」
再び立ち上がりそうになるのをなんとかギリギリで踏みとどまり、せめてもと声を荒らげる
仁美「でもちょっとやってみたかったりー?」
菫「しーなーいー!」
「本当はわかってるんだぜ?」とでも言いたげな顔で微笑みかけてくる羊に、頑として譲れない部分を守る菫
仁美「ぬう…強情な奴め。意地で慾望を抑え込んどーと?それとも難しくて実はよう理解できんかったと?」
菫「はあ〜…」
もう一度、見せつけるように呆れた溜息を吐いてみせる
同時に行儀悪くテーブルに左肘を付き、人差し指を立てた右拳を突き出すように相手の前に持っていく
仁美「お?なんやなんや」
怯み、大げさに身を引く仁美。微妙に自分の挙動に対して信頼感がないというか、怯えられているような気がして心外な気分だ
菫(別に殴ったりしないって)
気にしないフリをして人差し指を左右に振りながら言う
菫「掻い摘んで、先ほどの大体君の話の概容は3つだ」
仁美「おおう」
感心したように羊
菫「まあ、君の話はよく出来ていると思ったよ。その…魔法少女とマスコット?この場合は私が前者で、後者は君か。の話」
社交辞令だった
仁美「おう。そうやろ?だって現実の話やしな」
得意げに羊
菫「で。私に魔法少女としての才能があって、君はマスコットで、私は君と契約することで超人的な力を持った魔法少女に変身できるようになる、と」
投げやりに、仁美の説明のおさらいをしてみせる
真剣に聞く気はなかったのだが、なんとなく一発で大体概要を把握してしまったのだ
仁美「うむ」
これが一つ目、と言いながら今度は人差し指を縦に振って見せると、大仰に頷く羊
菫「で、魔法少女は日夜人知れず、この世に存在する人々に害成す悪意と戦っている、と。まあ、これは基本というか、お約束みたいなものだな」
二つ目に中指を人差し指に沿わせて言ってやる
仁美「あーね」
菫(方言で返されてもわからないんだが…)
まあ、なんとなくニュアンスは通じたので、さっさと話を続ける事にする
菫「ああ。それで補足になるが、その悪意というのがどこからともなく人に付いた噂のようなもので、本人の意志に反してその噂通りの人間になってしまう…だったか」
仁美「それが、『風潮被害』とよ!」ビシッ
ジョジョ立ちで羊
菫「で、その『風潮被害』感染した人間が『風潮被害者』」
敢えて無視して菫
仁美「あーね」
わざとスルーしてやったのに、それさえ気にせずに仁美。舌打ちをして続ける
菫「…しかも、私も既に感染してると?」
仁美「あーね。それも、二つっちゃ。先も言ったとおり、我々マスコットは人に感染した風潮被害を看破する能力があるっちゃ」
菫「えっと…」
仁美「『本気で魔法少女に憧れている』と『ヘタレでポンコツ』な風潮やね」
菫「自覚ないんだが…いや、確かにプリキュアは好きだし、最近儘ならない事は多いが」
もうプリキュア好きを隠す気力もなかった
仁美「それはそうよ。風潮は、本人の気付かぬ内にその人物像を塗り替えよるちゅーんが怖かとね。ま、お前ん風潮被害はまだまだ軽度っちゃ。早めに魔法少女になって進行ストップするのオススメ」
菫「…疑わしいなぁ。ほんと、正直言って私の人生で五指に入るほど疑わしい。申し訳ないが」
仁美「なんぞ。まだ疑っとるんか?ならお前、いつからプリキュア好きになったか覚えとーと?」
菫「いや。そういうのは物心付く前から好きなものだし、いつなったとかわからないものだろう普通」
仁美「ややこしか風潮被害受けんなや!」カッ
菫「知るか!!」
何故か逆ギレされたので一喝して強引に次の話に移る
菫「で、これが最後、だ」
これが何よりも重要だった
仁美「ん」
菫「契約には合意の上でのキスが必要だって?」
渾身の引き攣った顔で聞いてやる。ついでに伸ばした二本の指の内、人差し指だけを拳に仕舞いこんで見せてやった
仁美「あーねー」
気にするそぶりも見せずに仁美
菫「出来るか!」
今度こそ全力でテーブルを両手で叩きつけ、その反動で立ち上がりながら菫
仁美「なんやと!?」
驚いたように仁美
菫「当たり前だ!!むしろその反応に驚くわ!」
正直、大した事の無いままごとのような契約方法だったら、やってやってもいいとさえ思っていた
そして今日は早く帰って寝ようと
だが、流石にファーストキスをこんな訳の分からない羊女にくれてやる訳にもいかない
菫(いや、それが例えセカンドだろうがサードだろうがサウザンスだろうが、Zやシードやダブルオークアンタフルセイバーだろうが断じてお断りだが)
後半は自分でも訳がわからなくなっていた
仁美「でもそれ無しに契約出来んっちゃよ?」
「やれやれ、我儘だなこいつ」と言った表情で肩を竦める相手に今日何度目かの我慢の限界を迎え、捨て台詞共に階段へ向かう
菫「だからなぁ!そもそもまず大前提としての魔法少女の存在自体がフィクションで…」
菫「…」
仁美「…」ジュゴゴゴゴ
菫「…おい」
…寸前に、気付き、止まる
仁美「…」ジュジュジュ…シュー
菫「…おい」
仁美「…」スーーースコーーーー…コクン
菫「…おい。江崎」
仁美「…ふー。んかったわー。流石東京のカフェ」
マイペースに最後の一滴までカプチーノを吸い終わった仁美に、若干声を荒らげて返事を求める
菫「おいっ!」
仁美「ん?どうしたと?」
菫「…なんだ。これは」
刺すような緊張感と重圧。腰を低く落としていつでも身体を動けるようにして、仁美の方を見ずに尋ねる
仁美「…菫」
菫「…」
仁美「命惜しければ覚悟を決めろ。時間がない」
返って来たのは、抑揚のない声だった。その声に苛立ち、悲鳴のような声でもう一度尋ねる
菫「なんなんだこいつは!!?」
眼前の、不気味な物体は
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…」
菫「っ!」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…」
菫「っ!?」バッ
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…」
菫「なっ!!!」
仁美「まずいな…まさかこんなに多いとは…」
「「「「「「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!!!」」」」」」
引き攣った声を喉から絞り出し、菫達を取り囲もうとしている生気の無い眼の「それら」は
紛れもなく、同じテラスに居た「元」同じカフェの客達だった
眠気で吐き気してきたんで一旦休憩。2話続きは明日中に
2話の続き
菫「くっ!」ダッ!
仁美「おおう?」
菫の行動は素早かった
菫「急げ!」
仁美「ま、待て待て。今領収書を…」
菫「そんな事言ってる場合か!」ズリズリ
この状況下で呑気な事を口走る仁美を無理やり引き摺って、ゾンビのような客達から距離をとる
菫「くそ…!なんだこれは…」
仁美「いやあ…ほら。あれやね。ほれ。さっき言った悪意の類的な」
菫「まさか!!…いや、しかし…」
反射的に否定しようとするものの、だが緩慢な仕草で自分達に迫る目の前の現実は、菫の常識の範囲外のものだった
菫(まさか、本当に…)
背筋に冷たいものが走る
仁美「馬鹿!避けろ!」
菫「っ!!」
「ゔあ゙っ!」
仁美の声に反射的にその場を飛び退くと、目の前をゆっくりと男の身体が通過していった
次いで不気味な掛け声と、グシャッという、硬いものの潰れる音
菫「テーブルが…」
そこには、あっさりとひしゃげたカフェのテーブル。体当たりのようにしてそれをやってのけた男が、焦点の合わない目でのろのろと立ち上がる
菫「おいおい…」
いよいよまずいな、と仁美の方を見やる。彼女の声がなければ危なかった
身のこなしから、彼女は自分よりも動けないだろうしここは守ってやらなければいけないだろう
助かったらさっきの事に関しても一言礼を言おうと思って…
菫「…ん?」
仁美が、ある方向を見つめて青褪めている事に気付く
菫「おい。どうした?」
仁美「あ、あわ、あわわわわ…」
菫「おい。なんだ。何があった」
仁美「そ、そんな。なんで奴がこのタイミングで…」ブツブツ
菫「おい!だから何が…」
ブツブツと魘されたような声を漏らしながら怯える仁美に業を煮やし、彼女と同じ方を見る。すると
成香「見つけましたよ。羊さん!」
眼を半分隠した髪型の少女がそこに居た
仁美「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
不気味な客達を見た時の数百倍の慌てようで悲鳴をあげる羊を余所に
菫「あー…あの子は、確か…」
菫(北海道の…)
本日二人目の、この街で会うはずの無い顔の少女の出現に、嫌な予感がビシビシと…
成香「うふふふふふ…」
菫「…」
不気味な笑いを浮かべる成香に、なんとなく魔法少女モノのお約束を思い浮かべ
菫(…この予想が当たっていたら、現実を受け入れてやろうじゃないか)
自分の予想が外れている事を願いながら、自分の身体を盾にしてチワワのように振動する仁美に尋ねる
菫「…なあ、ちょっといいか?」
仁美「…」ガチガチガチ
菫「…ふう」
菫(まあ、当たってるんだろうなぁ。どうせ)
半ば投げやりに、聞く
菫「彼女は、どんな『風潮』持ちなんだ?」
仁美「うち…『江崎仁美の天敵である』という風潮」
菫「なんだそれ」
成香「今度こそ!!」
訳が分からずに聞き返す菫の声を遮るように
成香「一心不乱のジンギスカンを!」
成香の叫び声が聞こえ
菫「…ああ」
菫(つまり、彼女がゾンビ客操ってる『ボス』な訳だ)
菫「だいたいわかった」
菫は、この現実を受け入れることにした
囁くように早口で仁美に告げる
菫「契約するぞ」
仁美「へ?」
呆気に取られたような声が返って来る
菫「…はあ」
色々な意味で溜息が出る。ぶっちゃけありえないと思った
仁美「お?お、おお!よし来た!」
少しの間を置いて納得したようにポンと手を打つ仁美。決意が揺らぐ前にヤケクソ気味に聞いてやる
菫「で、どうすればいい。必要なのは同意と、キスだったか。糞忌々しいが、仕方ない。やってやるよ」
仁美「ほっ…た、助かった。お前さえその気になってくれりゃあんな単発風潮被害者一発っちゃ」
菫「急げ。相手が何故かこっちに向かって来ない今の内だ」
成香の方を横目で見て、告げる
何故かは知らないが向こうも少し戸惑っているようで、威勢の良い掛け声の割にまごまごしているのだ
その証拠に、ゾンビ客共もさっきからまったく動こうとせずに、彼女の指示を待つように成香の方を向いている
菫(何か不具合でもあったのか?それとも罠か?)
気になるが今はそれどころではないと思い直し、契約の方に意識を向ける
菫「…さあ。早く」
仁美「…あーね」
そう言って
仁美が、頷くと
菫「…っ!?」
真剣な、深く赤い瞳と目が合った
仁美「ならば、弘世菫」
菫「…あ、ああ」
仁美「うちは、誓う」
菫「何、を…!」
意識が、流れてくる
何かとてつもなく大きな意識が
言葉に出来ない、何かの感情が
仁美「お前は、うちの相棒や」
菫「あ、ああ…!」
身体が重い
歯を食いしばってなんとか返事をする
仁美「お前は、うちの何者や」
菫「相棒…だ…!」
絞りだすような声で、なんとか答える
仁美「なら、お前はうちを裏切るな」
菫「わか…った…!」
必死に答える。返事をするのがやっとの状態だった
仁美「うちも、お前を裏切らん」
菫「あ、たり前、だ…!」
菫(気が…遠くなる…!)
必死に返す。凄まじい力の奔流に菫の意識が押し流されそうになる
仁美「ならば…」
真剣な仁美の声が聞こえる
仁美「その健やかなるときも、病めるときも、よろびのときも…」
声が遠い。まるで一人深海に沈んだような感覚だった。もはや彼女が何を言っているのか、菫には半ば以上理解出来なくなってた
仁美「かなしみのときも、とめるときも、まずしいときも…」
何故かわかっていた。ここで意識を手放しても、結果は変わらない。すでに契約における自分の義務は完了してるのだ
菫(駄目、だ…)
だが、飽くまでも抗わなければいけないと菫は思う
仁美「おまえをうやまい、なぐさめ、たすけ、そのいのちあるかぎり…」
理由は分からない。だが、聞かなくてはいけない気がしたのだ
必死に意識を繋ぎ留め
仁美「うちは…」
なんとしても…
仁美「おまえを…」
苦しそうな、彼女の、最後の言葉を…
仁美「 そ ら か …!!」
成香「いけないっ…!!!」
慌てたような成香の声を最後に
唇に柔らかい感触と、コーヒー豆の香りを感じ、菫は一瞬意識を手放した
意識を取り戻し、最初に感じたのは
仁美「…メッヘッヘッヘ…」
仁美「メヘヘヘヘヘ……」
仁美「メーッハッハッハァ!!!」
耳に、羊の高笑い
成香「くっ…!卑怯者!!」
仁美「さっきまでは良くもやってくれおったのこらー!!」
成香「卑怯ですよ!一般人を盾にするなんて!!」
仁美「勝てば官軍!最終的に勝てば良かろうなんっちゃー!!」
視界には、さっきまで菫達を襲っていたはずのゾンビが大将であるはずの成香に襲いかかっているという謎の構図
菫「…はあ?」
訳が分からず、起き上がる
仁美「おお!起きたか菫!!契約は成立とよ!」
菫「えーっと…これは…」
仁美「見よ!菫!これぞ我がマスコット固有魔法!秘技・羊催眠!!」
菫「…」
悪そうな顔でノリノリに解説する羊
仁美「その能力は、他者の意識に自在に介在する!操ったり、記憶を消去したり、恥ずかしい黒歴史を聞き出したり!!」
仁美「魔法少女や風潮被害者相手にはちと力不足っちゃが、バンピー操ってマリオネットにするくらい朝飯前よーーー!!!」
菫「なるほど」
つまり、そういう事だったのだ
成香「羊さん!常識で考えなさい!いくらなんでも一般人の方々に危害を加えるなんて、どんな恥知らずですか!!」
羊に操られた一般人の緩慢な攻撃から必死に身を躱し、成香。顔には怒りと焦りの表情が浮かび、段々追い詰められていっているのがわかる
仁美「おーおー!良い子ちゃんは窮屈でいかんな〜おい!フゥ〜ハァァ!!」
菫「とりあえずコイツぶっ飛ばせばいいんだな?」ガシッ
仁美「おおおおおおーーーーー!!?」
一番近くに居た悪人をヘッドロックに抱え、ギリギリと締め付ける
菫「私としたことが、真の邪悪を見違うとは…」ギリギリギリ
仁美「お、おい!菫!相手が違うぞ!風潮被害者はあっちっちゃ!」
ジタバタと暴れながら成香の方を指さす仁美
菫(最初あの操られた客達見た時心底ヤバゲな気分だったのに…まさか犯人が)
菫「お前、だったのか…」メキメキメキ
仁美「ぎゃああああああ!!骨!骨の継ぎ目入っとる!!割れる割れる」ジタバタ
成香「えっと…」
そんなこんなをしている内に、羊に操られていた客達がバタバタと倒れていく
本体を攻撃した事で催眠術から解放出来たのだろう
成香「あの…そろそろ止めてあげないと死んじゃうと思うんですけど…」
冷や汗を浮かべながら一応敵の羊を庇う成香。こちらを見ている彼女が遠い
菫「ああ。殺そうか」
成香「いやいやいや!」
菫「ふん」パッ
仁美「」ピクピク
静かになってきたので、そろそろ解放してやる
仁美「お、おま…録な死に方せんぞ」
菫「お前にだけは言われたくない。さっき客が襲ってきたのはあれか!私を追い詰めて契約させるための罠か!!」
仁美「ピューピュプヒュ〜♪」
菫「口笛で誤魔化すな!それと最後!吹けてない!」
成香「すみません、そろそろよろしいでしょうか…」
申し訳なさそうに話しかけてくる相手に、こちらこそ申し訳なくなってきて対応することにした
菫「ああ。すまなかった。今ちょっと魔法少女として悪を滅ぼす初仕事をしていたので…」
仁美「誰が悪や!!」
菫「お前だ」
仁美「即答!?」
成香「…」クスン
何故かキレる羊と、何故か涙目になる成香。抗議したい事がまだまだ有ったので折角なので文句をつけてやる
菫「大体なぁ!!お前、やっぱり詐欺だったじゃないか!!」
仁美「何がや!」
菫「な・に・が!魔法少女だ!何も変わっていないじゃないかと言っている!!」
仁美「は?」
「何言ってんだ?こいつ」と言った顔で仁美
菫「だから!!」
何もわかっていない羊に、半ば叫ぶようにクレームを付ける
菫「魔法少女になったのに衣装が変わっていないじゃないか!!!」
仁美「…」
菫「衣装!!コスチューム!!可愛い魔法少女服!!ふりふりの!ヒラヒラ!」バッ
腕を広げ、身振り手振りを交えて大仰に告げる
仁美「…」
菫「楽しみにしてたのに!!!」
仁美「お前…」
戦慄した表情で仁美
菫「くっ…!いや、そうか。違うのか?それとも、あれか。まだ変身していないだけか?そうだよな。まだ魔法の呪文唱えていないもんな。いや、私が悪かった。焦りすぎた」
仁美「いや、それが一番のツッコミどころ言うんならうちはそれでええけど…」
菫「さあ、江崎!呪文を教えろ!それとも魔法のコンパクトとかそういったアイテムか!?」
仁美「もう変わってるとよ」
菫「うおおおおおおおおおおおおおお!!」ドゴォ
仁美「!!?」
菫「!!?」
何気なく近くのテーブルに八つ当たりすると、とんでもない事になった
体重を乗せずに軽く小突いたつもりが、爆発するような音を立ててダンプカーにでも跳ねられたように吹っ飛んでいったのだ
菫「…」
仁美「これでわかったか?」
遠くで壁にぶつかり、バラバラになったテーブルだったものを見つめていると、横から仁美の声が聞こえてきた
菫「いや…身体能力の向上ってのは魔法少女モノのお約束だが、これって現実でやると正義ってよりやっぱり怪物寄りだよな」
冷静になると、自分が怖くなってくる。正義の味方に変身した高揚感よりも、吸血鬼にむりやり眷属にされたような感覚に近いとすら思う
仁美「何を今更」
菫「…とにかく暴れたい気分になってきた」
犬歯を剥き出しにして威嚇してやると、慌ててフォローが入る
仁美「あ、ああ!安心するがよか!大丈夫。コスチュームの変更希望なら、希望次第でちゃんとそういうのもオプションで付けれるっちゃ!」
いかがわしい感じの物言いだったが
菫「オプションって…まあいい、それは例えばどんな?」
仁美「今の制服をウール100%にしてやろう」
菫「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」バキィ
今度は手近にあった椅子を破壊してみせる。手刀で一撃加えたところから真っ二つになって崩れた
3歩ほど後ろに退いて羊。冷や汗が凄まじいことになっている
仁美「じょ、冗談とよ。えっと、今ぱぱっと出来そうなのなら……おお、競泳水着とかどうや?動き易かよ?サイズ一個合ってないからムッチムチになりそうやけど」
菫「痴女か。私は」
今度は怒る気力も無く、脱力してじっと手を見る
菫(もしかして、私は勢いでとんでもない事を決めてしまったんじゃないか?)
成香「あ、あの…」
菫「…」
少しばかりショックだった。それから、ふつふつと怒りがこみ上げる
菫(なんで私がこんなことに巻き込まれなくてはならないんだ!)
正直、魔法少女になる事に期待がなかった訳ではない
例えそれが風潮被害だかなんだかいうやつのせいで刷り込まれた感情だろうと、好きなものは好きなのだ
ただ、その「好き」を常識や胡散臭さが上回っていただけだ
菫(だというのに…現実は魔法少女になってもコスチュームチェンジも魔法のアイテムもない…とか)
そこではたと気付き、再度尋ねる
菫「なあ、羊」
仁美「ひつ…!」
絶句する仁美
菫「ちょっといいか?聞きたいことがあるんだ。重要案件だ」
無視して菫
仁美「…なんっちゃ」
半歩後ずさり、仁美
菫「…で、どうすればいい」
仁美「へ?」
菫「その、風潮被害をだな。退治?だか、解放?だか、するんだろ?」
仁美「そ、そうっちゃね」
菫「どうやってだ」
仁美「決まっとる」
菫「…」
仁美「ぶちのめせ」
クイッ。と、首を掻っ切る真似をしてみせる仁美
菫「…で?」
眉尻一つ動かさず、菫
仁美「…え?」
キョトンとした顔の仁美に
菫「どうやって?」
仁美「…」
菫「…当然、あれだろう?」
仁美「…」
菫「魔法使って浄化とか…するんだよな?」
詰問口調で、射殺すような目をして聞いている自覚はあった
仁美「……とりあえず、今日はスリーパーホールドでいってみようか」
菫「肉弾戦オンリーか!!」
仁美「う、うるさい!ドラクエの魔法使いだって最初は魔法使えんやろ!」
菫「魔法少女と一緒にするな!メラくらい使えるわ!レベル上がったら魔法使えるようになるんだろうな!?」
仁美「それは…」
菫「それは!?」
仁美「才能次第…」
目を逸らしながら言う仁美に
菫「…で、私にはあるのか。その才能ってやつは」
ゴキゴキと片手で指を鳴らしながら迫ってやると
仁美「め…」
菫「メ?」
仁美「メラの代わりにスリーパーホールド…」
菫「才能ないから武道家やってろってか!?」
ヤケになってかぶりを振る
成香「ひっ!」
すると、成香と目が合った。何故か悲鳴をあげられ不快な気分に拍車がかかる
菫「あああああっ!わかったよ!!」
成香「…」ガタガタ
怯える子羊のように震える少女を見て、一応最後の確認
菫「…本当に、彼女が風潮被害者なんだな?」
仁美「う、嘘は言わん。これに関しては」
菫「ふう…」
菫「と、言う訳だ」
成香「…戦う、のですね」
菫「なんだか申し訳ない気しかしないんだが」
成香「いえ。仕方ありません。私は風潮被害者で、貴女は魔法少女…ならばこれはもう運命かと」
菫(敵の方がよっぽど話が出来る…)
成香「いきます!」
成香が突撃してくる。お世辞にも洗練された動きでは無かった。これなら楽に対応出来そうだ
菫(まあ、油断は出来ないが…。私だって喧嘩なんて経験がない)
なので、運動神経に全てを委ねる事にする。行き当たりばったりだが、人間離れした今の身体ならどうとでもなるだろう
仁美「よしきた菫!相手は身体能力雑魚ぞ!さんざん追い掛け回されたうちの恨みの分も込めて、ボッコボコにしたれ!」
菫「外野うるさい」
足を開き、腰を落とし、迎え撃つ構えで野次を一蹴する。だが仁美は尚も続ける
仁美「風潮被害者は、魔法少女の攻撃によって意識を落とされた時、身体に溜め込んだ風潮力を放出する!それをうちらマスコットが浄化することで、その人物を元に戻せるとよ!」
成香「たあああああああああああああ!!」
相手が迫る。身を固くし、首を窄めている
菫「そういう大事な事は…」
十中八九捨て身の体当たりが来ると踏んだ
菫「先に言え!!」ゴキッ
飛びかかってくる成香に、気にせず全力で拳をぶつける
成香「ぴ」
菫「へ?」
アッパー気味に顎に入った拳が振りぬけ
成香「」ドヒューン
一言変な声を漏らし、成香が吹っ飛んでいった
二階のテラスから、地上へ
菫「…」
グシャッ
何か柔らかい物が潰れる音
仁美「…」
菫「…」
仁美「…悪は滅びた」
菫「おおい!」バッ
締めに入ろうとした仁美の言葉を遮って、慌てて下を見る
仁美「…だが、これが最後の風潮被害者とは思えない。正義の魔法少じ…」
菫「言ってる場合か!おい!これ、大丈夫なんだろうな!」
仁美「あ〜…」
菫「おい!江崎!」
仁美「ふふ…水臭か。これからは仁美、と呼んでくれてええんやで、相棒…」
菫「この場で言うな!」
仁美「まあ、正義の執行に多少の犠牲は付き物というか」
菫「今日完全に悪事しかしてないぞ!?私!!」
仁美「大丈夫っちゃ。人はやり直しのきく生きも…」
菫「そういうのはもう良い!彼女は大丈夫なんだろうな!」
仁美「ん〜…」ボリボリ
菫「おまえ、あんまりふざけてるとそのカーリーヘアバリカンで毛刈りする…」ワナワナ
仁美「…逃げられたか」
菫「…何?」
苦笑いしながら、菫の顔を見る仁美
仁美「まあ、今日は初仕事やったけん。こんなもんやろ」
菫「え…」
状況のわからない菫に対し
仁美「まあ、あいつ風潮被害者としては雑魚やったとよ。二階から落っこちたのこれ幸いと速攻トンズラこいた感じやね」
菫「そう…なのか?」
仁美「ん。あいつの気配は覚えたっちゃ。反応が遠ざかってくの感じるとよ」
驚くほど素直に解答をくれる
菫「…」
仁美「まだ信じられん?」
菫「…それは、何をだ?」
なので、少しだけ菫側から意地悪な質問をしてやることにした
仁美「…」
菫「…」
沈黙。少し考えるように口元に手を置いて
仁美「…そう、っちゃね」
菫「…」
口を開こうとしたところで
仁美「う…」
菫「信じるさ」
仁美「…」
再び、黙らせる
菫「信じる」
仁美「…」
言葉を紡ぐ
菫「と、言うか信じざるを得ない。今の私には圧倒的に情報も判断材料も足りないんだ。お前以外な。まったく我ながら軽率な決断をしたものだ」クスクス
仁美「…」
菫「正直、お前は胡散臭いし、性格悪いし、禍々しいし、外道だし、卑怯な奴だと思うけど」
仁美「酷くなか?」
流石に落ち込んだ声の仁美の抗議を苦笑いで受け流し
菫「でも、私はそうと決めたんだ」
仁美「…」
菫「お前を裏切らない。お前は私を裏切らない。契約を交わしたんだろう?なら、私はそれに従うまでさ」
仁美「っ!」
仁美の肩が跳ねる。そういう、如何にもこっちは裏切りを考えてましたみたいな動作は止めて欲しい
半ば意地になって続ける
菫「まあ、いきなり全てを、っていうのはどうしても難しいと思うけれどな」
仁美「…」
菫「だが、これからはどうせ時間もあるんだ。ゆっくり相互理解をし合っていこうじゃないか」
仁美「…あーね」
菫「ん。…ところで、このカフェの惨状はどうしようか」
壊れたテーブルと椅子、仁美の催眠術で倒れた客達を見渡し、一言
仁美「…客の記憶は消しとくっちゃ。壊れた備品は…後日、なんとかする。それ専用の魔法少女組織があるったい」
意外な返答だった。どうせ「踏み倒そーぜー」的な回答が来ると思っていたので
だが、そうとわかれば話は早い
菫「そうなのか?なら安心だ」
仁美「ん」
菫「…もうこんな時間か」
余裕が出ると、周囲の暗さにも気付く。腕時計を見ると、短針は7時を指していた
仁美「腹減ったとよ…」
情けない声で仁美が呻く
菫「そうだな。私も早く帰ろう」
さっきまで座っていた椅子の下から鞄を拾い、帰り支度を始める菫
仁美「…」
黙ってそれを見ている仁美に、本日何度したか覚えていない、質問
菫「そういえば、お前は今日はどこに泊まるんだ?」
仁美「ビジネスホテルを借りとーと。一週間くらいはこっちにおる」
菫「そうか。今日はあまり確認できなかった話もあるしな。こうなってしまったからにはまだまだ私も知らなくてはならない事が多そうだし、時間がある内に一度じっくり話をしよう」
仁美「ん。そうっちゃね。一人でいる時にまたさっきの見つかったら危険っちゃ。早めに対策も練らな。まあ今日はもう大丈夫やろーが」
菫「明日の放課後…午後4時ぐらいがいいかな。お前のホテルの部屋を訪ねる事にするよ。ホテルの名前と、部屋番号を頼む。ついでに連絡先の交換もな」
仁美「ん。今、書く」
菫「…お前、素直なら可愛げがあるんだけどなぁ」
仁美「やかまし」
菫の言うことに従い、持っていたペンで黙々と連絡先を紙に書いていく
仁美「ほれ」
菫「受け取った。ふむ…」
その紙に記されたホテルの名前は…そこそこに高級なクラスのものだった
菫(意外と金持ちなんだろうか)
まあ、そんな事を詮索するのは野暮だな、と思い直す
今日は色々あって疲れた。早く帰ってプリキュアのグッズをしたためて寝よう。そんな事を考えてテラスを出ようとすると、後ろから声がかかった
仁美「なあ、菫」
菫「ん?」
仁美「すまんな」
菫「…何を言い出すかと思えば」
変な事に巻き込まれたのは確かに迷惑だったが、まあこういうのも悪くない。どんな形であれ憧れの魔法少女になれたんだしな
多少の強がりを込めて、そう言い返してやろうと振り向くと
仁美「手持ち、無い…」
菫「…」
仁美の飲んだカプチーノの代金を肩代わりして店を出て
その後強引に人気のない路地裏に連れ込んで、尋問にかけてやると
逆エビ固めの角度が110度になった辺りで、従業員を催眠にかけて無料で泊まっていた事を自白した
「くす…」
「くすくす…」
「くすくすくす…」
「お待たせー。風潮被害者、見つけたとよ・・とぉ」
「うふ…うふふ…うふふふふふ…」
「随分機嫌良さそうやね。どうしたん?」
「いえ…大したことではないのだけど」
「…さっき、久しぶりに都会に来たから散歩してくるって言うとったよね?どこ行って…あ、これお土産?」
「面白い子を見かけちゃって、ね」
「わー。うちそっくりの冠羽持った鳥のコーヒータンブラー」
「キバタン、っていうのよ?」
「へー。…面白い子?」
「良い玩具になってくれるかも、ね?」
「オモチャ」
「ふふっ♪」
To be continued
次回予告
「お前達、詐欺師にだけは気を付けろよ…」
「あ、菫。今日は暇…」
「それじゃあ、魔法少女についておさらいとよー」
「要は身体鍛えろってことか…」
「風潮被害については…」
「お前はまだレベル1やけん」
「くすくすくす」
「舐められるのは好きじゃない」
「あら、いいの?」
「くそ…!」
魔法少女シャープシューター☆スミレR
第3話
「潰す」
書くのが遅い
地の文が安定しない
長い
WBCで浮かれて香川の試合見忘れた
もう駄目だ
来週こそちゃんと書きたいです。終わり
魔法少女シャープシューター☆スミレR
「はじまるよ!」メェー
前回までの魔法少女シャープシューター☆スミレRは!
「詐欺師のテンプレートかお前は」
「それに、ここなら駒はいくらでもあっとね」
「これ、住宅賃貸借契約書って」
「でもちょっとやってみたかったりー?」「しーなーいー!」
「『本気で魔法少女に憧れている』と『ヘタレでポンコツ』な風潮やね」
「命惜しければ覚悟を決めろ。時間がない」
「くっ…!卑怯者!!」
「その健やかなるときも、病めるときも、よろびのときも…」
「手持ち、無い…」
「面白い子を見かけちゃって、ね」
「ふふっ♪」
あれから仁美に交通費を無理やり渡し、帰宅して
菫「…」
いや、正確には帰宅する直前で。弘世菫は現在、自宅の目の前で立ち竦み呆然としていた
それは、激動の一日を乗り切り、ようやく休息を取れると思った菫にとって本日最大の衝撃だった
あまりのショックに既に目は虚ろ。身体は脱力しきって、左手に持っていた学生鞄はいつの間にか地面の上に取り落としているのに気付いてすらいない
菫「なんだこれ…」
たっぷり10分間家の前で置物になった後、ようやく漏らした声はただ一言
諸行無常感たっぷりの哀愁漂う声だった
菫「ははっ」
自嘲気味に笑う菫
菫「…はぁ」
溜息
菫「………すぅ〜」
それから長く、思い切り息を吸い込んで
菫「なんだこれはあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
腹に力を込め、力の限り叫んだ
突如巨大な武家屋敷に変貌した自宅の門を前にして
魔法少女シャープシューター☆スミレR
第3話
「潰す」
仁美「ほうほう。それは災難やったなぁ」
それから更に30分後
菫は、仁美の宿泊するビジネスホテルに居た
居た堪れなくなって逃げてきたのだ。あと、なんか怖くなって
「ホテル・パーサ」
最近東京に進出してきた京都資本の高級ビジネスホテルチェーンだ
充実したアメニティと豊富なメニューの朝食バイキング、そしてフランス製の高級ベッドで人気を博している
更にコインランドリーやクリーニングサービスもあり、ビジネスマンの長期滞在にも対応している、との事
菫(それをこの羊は数日間無料で利用してたのか)
まったく、能力の悪用も甚だしいものだ
悪びれること無くベッドに横になり、枕を抱えて菫の話に相槌を打つ仁美の顔を見て、溜息を吐く
菫(かと言ってうちに泊めてやるわけにもいかなくなったし…)
初めはそれも考えていたのだ
従業員を操ってホテルを無料で使わせ続けるくらいなら、自宅に泊めてやろうと
だが、先程は目の前の娘に部屋を提供したら絶対に碌な事にならないと思い直し、言葉を飲んだのだった
帰っているとそれ以前の問題になっていたが
仁美「ってか、儲けモンとは思わんかったん?家でっかくなった訳やし」
菫「馬鹿言うなよ。玄関の前…いや、存在しなかったはずの屋敷の庭に何人も黒服のいかついお兄さんが直立不動で立ってるんだぞ」
仁美「極道かい。……あ〜。ホンマっちゃ。新たな風潮が出来あがっとーね。『弘世菫が広域指定暴力団「弘世組」の娘である』という風潮」
菫「なんなんだよそのピンポイントな風潮は。…っていうかだな。話が違うんじゃないのかこれは」
仁美「んあ?」
菫「だから。話が違うだろうと言ってるんだ。お前、言ってただろう?魔法少女になったら風潮被害はその場で進行が停止するって」
また契約のために適当な事を言ってたのか、と仁美をジト目で睨んでやる
仁美「いやいや。あれ?おっかしかな〜。確かにその通りのはずなんやけど」
菫「はぁ?」
だが、予想外な事に、仁美自身も首を捻って不思議そうな顔をしている
菫「つまり、原因がお前にもわからないという事か?」
引き攣った顔で菫
仁美「あーね」
寝転がったまま仁美
菫「………もしかして、まずいのか」
更に引き攣って菫
仁美「あーね」
気だるそうに仁美
菫「……このままだと、どうなるんだ?」
仁美「さーね」
菫「…」
一番不安を煽る返答だった
仁美「まあ、今考えてもわからんわ。うちだってこんなケース聞いたことなか」
ベッドの上でもぞもぞと動き出し、寝転がったまま器用に寝間着に着替える仁美
話の終わりを感じ取って、肩を落として溜息を吐いて最後に一番気になった事を聞く
菫「前々から思ってたんだが、なんでお前だけ色々知ってるんだ?」
マスコットと魔法少女で持っている情報量が違いすぎる。と文句を言ってやると、そんなのうちに言われても困ると返された
唇を尖らせて無言の抗議をしてみせる。子供っぽいとは思ったが、こうでもしないとやられっぱなしだ
菫(って、こんな事しか出来ない己の無力さが泣けるな)
また溜息。今日だけで100回は溜息を吐いた気がする
仁美「まあ、ドンマイよ。ちゃんと必要な説明はしちゃるき」
けど、今日はもう眠いし明日なー。そう言って布団に潜ってしまった
菫「あ、おい…」
仁美「ひつじが一匹、ひつじがにひき…」
菫「お前がそれを言うのか」
取り敢えず義務感からツッコんでやる
菫「まあいいさ」
諦め、鞄から読みかけの小説を取り出して読み始める。照から借りていたやつだ
仁美「…」
菫「…」
仁美「…」
菫「…」
しばしの静寂。時折菫がページを捲る微かな音以外、無音で時が過ぎる
菫(このホテルのブックライトは光量があって良いな。長時間本を読んでも目を悪くしなさそうだ)
感心しながら備え付けの椅子に座って本を読んでいると、布団の中から声がした
仁美「……で」
菫「…」
黙って声の方を向いてやる
仁美「帰らんと?」
菫「…」
それから更に30分
ヤクザ屋敷に帰れというのかと抗議し、如何に黒服のお兄さんの風体が怖かったかを力説し
うっかり声を上げて見つかった際に「お嬢」と呼ばれた時の血の気の引く感覚を説明し
それならお前も付いてきてみるかと逆切れし、これで両親が和服にドスでも挿して出て来たらもう立ち直れないと泣き落とし
最後には「文句あるなら殴り合いで決着つけようか!?」と半分脅迫染みた説得まで行なって、「泊めて欲しいなら素直にそう言わんか」と呆れた声で窘められ
菫「よろしくお願いします」
断腸の思いで今晩の宿を確保した菫だった
翌日早朝
その日は朝から曇りだった
まるで今の菫の心を表しているようで面白くない
菫(いや。だとしたらむしろ雨が降っていないだけマシかもな)
いや。むしろ吹雪いていないとおかしいしな。と独りごちる
東京とは言え、あまり都会の方ではない白糸台の朝は人通りが少ない
流石に朝食バイキングまで勝手に拝借するわけには…と、思ったので、ぐーすか眠る仁美を叩き起こして部活の朝練に顔を出すと告げ(勝手に行けや、と物凄く不機嫌そうな顔で言われた)
シャワーを借りてからホテルをこっそり抜けてきたのだ
学校に辿り着いたのは午前7時前
菫(まあ、なんだかんだいつも通りってところか)
ならば誰かしら来ているだろうと思いまっすぐに部室へ向かい、部屋の戸を開けると予想通りいくつかの雀卓で練習が行われていた。その中の一つに、いつもの面子が揃って固まっている
誠子「あ、おはようございます!弘世先輩!」
一番に菫に気付き挨拶してきたのは、新部長となった誠子。釣りが趣味の彼女の朝は基本的に早い
朝練で部室の鍵を借りる為に職員室を訪れるのはほとんど彼女だった
尭深「おはようございます」
続いて尭深。朝のまっさらな部室に濃い緑茶の匂いが漂うのは、いつだって彼女の仕業だ
眠気覚ましも兼ねた朝の尭深の緑茶は、淡程度のお子様舌では飲み干せない程度には苦い。朝はあまり得意では無いそうだが、緑茶の力で頑張っているらしい
菫(授業中はどうしているんだろうな)
部活中は片時も湯のみを手放さない尭深を見て、疑問に思う
淡「あ、菫先輩だー」
淡も最近はよく朝練に来ている。基本的に寝坊助な娘だが、インターハイ以降思うところがあるのだろう
マイペースで一度寝たら目覚ましでも起きない彼女が、それでも眠い目を擦って練習しに来る光景は微笑ましくも頼もしいと思う
照「おはよう。菫」
照。来春からプロになる。だというのに、否。だからこそだろう。彼女も朝は弱いはずなのだが、ここ最近は時間の許す限り部活に顔を出して後輩の指導に当たっている
引退して100倍面倒見が良くなった、とは天衣無縫に物怖じしない淡の言である
菫「ああ。おはよう、みんな」
軽く微笑んで挨拶。菫に気付いた他の部員たちも口々に挨拶をしてくれた。それら一つ一つにも律儀に挨拶を返しながら彼女らの座る雀卓に歩いて行く
昨日からの非常識な非日常でささくれた気分が、日常によって癒されていくのを感じる
菫「今どんな感じだ?」
鞄を下ろしながら今の状況を確認する。照が席を立ちながら教えてくれた
照「ちょうど東風戦終わったところだよ」
椅子を引き、菫に促すように目線を送ってくる。次入れという事らしい。目礼してありがたく席に着く
お前は?と聞くと、ちょっとしたら他の卓に指導に行くと返って来た。淡じゃないが、本当に面倒見が良くなったと思う
淡「亦野部長がビリだったよ〜」
にこやかに淡。これで悪気は無いのが恐ろしい
誠子「うう…淡お前、そういう事言うなよ」
肩を落として誠子。まあ、淡と照が座っている卓ではある意味仕方ないとも思うのだが…
菫「なんだ。情けないな、誠子」
少しいじめてやろうと思い言った。曲がりなりにも白糸台の部長になったのだ。少し発破をかけてやる必要がある
淡「でも事実じゃん!」
誠子「うえ…」
追撃の淡。涙目で落ち込む誠子に、少し心配になる
菫(ああ。これは後でフォローすべきだろうか)
誠子「そうなんだけどさぁ…うう…淡のダブリー絶対安全圏に宮永先輩の連荘ギギギ。あとオーラスには尭深の役満」
誠子「なんて言うか、自信が無くなってきますよ。ホント、私なんかが部長で良かったんでしょうか」
菫「あー。ああ。まあ、その、あれだ。人望ってやつだ。部長に一番大切なのは」
泣き言を言う誠子に、なんとかフォローを試みる。誠子の実力だって本当は高い
だからこそ誠子には部長らしく常に堂々としていて貰いたいものなのだが
そういうものですかねぇ、とノロノロと頭を上げる誠子
淡「だから今年はたかみ先輩じゃなくて亦野先輩が部長で、去年はテルじゃなくて菫先輩が部長だったんだねぇ」
淡がうんうん、としたり顔で頷きながら何気にこの場の全員に喧嘩を売るような発言をする
菫(本当に悪気ないんだよな?こいつ)
ゲンコツをかましてやろうと思ったが、それも大人気無い気がして自重する。暴力は昨日散々振るった訳だし、平和に行こうじゃないか
尭深「弘世先輩が起家です」
見ると、菫達が会話をしてる間に自動卓の操作をしていた尭深が、サイコロまで回していた
練習なのでその辺は適当にやったりするのだ。大会が近付けばまた雰囲気も変わるし、そうすると正式な席の決め方でやるのだが
菫「ああ。すまないな」
せり出してくる配牌を見つめながら礼を言う。皆、瞬時に闘牌モードへ切り替わる
照「じゃあ、私はこれで」
卓を離れ他の部員の居る席に向かって歩いて行く照に軽く手を振って、牌を並べ直しながら考える
菫(さて、何を狙おうか…)
手配を見て考える。取り敢えずの手作りの方向性を定めて、捨てる牌を決めた
菫「ふむ」
淡「菫先輩はやくー」
急かす淡
菫「わかったわかった」
苦笑いしながら手牌から一枚を取る。やや高めに振りかぶって河に狙いを定めた
淡「おっ!やる気満々だね!」
淡の嬉しそうな声にこっちまで内心笑みが浮かんでしまう
いつも軽口や雑談が弾んでしまう面子ではあるが、なんだかんだこいつらと麻雀をするのは勉強になるし楽しいと思う
それに今は変なことや不安な事が多すぎるので、麻雀に集中する事でそういうのを一時的にでも忘れられるというのがありがたい
菫(あとは、家の事さえなんとかなればなぁ)
それだけは譲れないが
菫「よっ」
その件については後回し(忘れたふりともいう)にすることにして、軽い掛け声とともにやや強く卓に牌を叩きつける
あまり褒められたマナーではないが、最初なので景気よく行きたかったのだ
菫「と…」
だが
尭深「え」
淡「ほえ?」
誠子「うわっ!?」
『やや』強く叩きつけた菫の腕は
菫「おおおおおおおおお!!?」
交通事故のような大きな音を立て、まるで達人による瓦割りのようにあっさりと自動卓を砕いてしまった
誠子「ええええええええええ!!?」
尭深「弘世先輩!?」
淡「菫先輩すごーい!!」
三者三様の叫び声が部室に響く中
体重の預けどころを失いつんのめった菫は、メリメリとプラスチックだか樹脂だか金属だかが裂ける感触を感じながら、そのまま重力に従い盛大にひっくり返った
ざわめく人だかりの中、最初にはっきり聞き取れたのは焦ったような照の声だった
照「だ、大丈夫?菫」
続いて呑気な淡の声
淡「菫先輩、すっごいね〜。実は空手の達人だったとか!?」
呆れた誠子の声
誠子「そんな訳ないでしょうが。自動卓壊せるとか、人間技じゃないから」
冷静な尭深
尭深「古い備品だし、いつも淡ちゃんがばんばん叩くからガタが来てたのかも」
淡「だったらテルだって結構力強く打つじゃん」
誠子「まあまあ。酷使による卓の疲労・劣化でしょ。年がら年中誰かしら使ってるんだし。ってことで先生に報告しておくから」
そんな仲間達の声を自動卓の残骸の中に上半身を埋もれさせながら聞いていた菫が、ピクリと動く
照「菫、怪我はない?」
菫「なんとか」
それは問題なかった。というか、痛みすら殆ど無かった。忘れていた。そういえば菫はあれから変身を解除していない
と言うことは、ずっと魔法少女のままなのだ。化け物のような魔法少女の怪力で叩きつければ、それは自動卓くらいあっさり破壊できるだろう
絶対に言うわけにはいかないが
誠子「奇跡だ…」
淡「派手に突っ込んだからねぇ」
菫(お約束とか、年甲斐もなく魔法少女だと知られるのが恥ずかしいとかじゃなくて、格好悪いからって理由が情けない…)
まさか、魔法少女になりました。変身してたの忘れて卓ぶっ叩いたら壊れました。てへぺろ。などとは口が裂けても言えないだろう
罪悪感で押し潰されそうになりながら黙っていることにする
照「と、とにかく。みんな。菫を助け出さないと」
そう言って号令をかけた照の指示の下、蕪を引っこ抜くようにして菫を残骸から引っ張りだそうとする部員の面々
やろうと思えば自分で跳ね飛ばせそうだったが、不自然かもしれないので止めた。みんなのされるがままに任せる
大きな蕪作戦。聞こえた作戦名は、もし自分が魔法少女じゃなかったら絶対に止めていたであろうほどデンジャラスな響きを孕んでいた
照「それじゃあみんな、いい?今教えた掛け声に合わせて力を入れるんだよ。せーの」
照「うんとこしょー」
淡「どっこいしょー!」
珍妙な掛け声をあげる照と淡にそれぞれ両足掴まれながら
菫「お前達、詐欺師にだけは気を付けろよ…」
哀しみを帯びた瞳で、力無く漏らす菫だった
それから時間は過ぎ、朝のホームルーム10分前
最後まで部室に残っていた生徒たちも慌ただしく教室へ向かい始める中、照が菫に声をかけてきた
照「菫」
菫「ああ。照、さっきはありがとうな。なんとか無傷で脱出できた。奇跡的にな。ああ、奇跡的に。魔法的に」
照「びっくりだよ」
菫「全くだ」
苦笑いする照に苦笑いで返してやる。まさか変身の解除方法を知らないままとは。今日は早退も考えておかなければならないだろう
体育は確か無かったと思うが、今ならうっかり色んな競技の日本記録を塗り替えてしまいかねない
照「教室まで一緒に行こう?」
菫「ああいいぞ。あまり時間がないから早足でな」
と言って照の歩幅に合わせてやる。長身の菫の足は長い。普通に歩いては照を置いていく羽目になってしまうだろう
それに気付いたのか、若干早足になる照。言葉を真に受けたのか気を使っているのか微妙なところだ
照「1時限目、なんだっけ」
菫「数学」
照「そっか。大変」
菫「まあ我慢だな。どうせもうすぐ卒業だ」
照「…」
何気無く言ってから、しまったと思う
菫(馬鹿め。勝手にとはいえ、照が卒業を寂しく思っているのだと推測してる癖にその物言いは無いだろうよ)
自分に腹が立つ。頭の中がモヤモヤする。胃の辺りがチクリと痛んだ。照が立ち止まった
菫「照」
声をかける。なんと言っていいかわからないが、声をかけなくてはならないと思ったからだ
照「そうだよね」
菫「…」
照「もうすぐ卒業だもんね」
菫「…」
俯き呟く照に、今度は何も言えなかった。菫も立ち止る。立ち竦む
菫(ざまあないな。魔法少女と言っても、友人への気遣い一つすらまともに出来んのか私は)
それが魔法に関係無い事だとは理解しつつも、自嘲する
例えば、だ。もしも今どんな魔法も使えるのなら、今の自分はなんと唱えるのだろう
菫(馬鹿馬鹿しい。頭の中までメルヘンになっては終わりだな)
しばしの沈黙の後、照が思い切ったように顔を上げ、言ってきた
照「あ、菫。今日は暇…」
菫「ん?」
照「今日は、放課後暇じゃない?」
また放課後の誘いだろう。だが、今日は生憎と先約がある。しかも、結構深刻なやつだ
菫「すまない。今日は用事があるんだ」
照「そっか……」
菫「本当にすまないな」
照「ううん。用事あるならしょうがない。行こっか。遅刻しちゃう」
ニコリ、と笑って照
菫「ああ」
だが、菫は知っていた。その笑い方は
菫(営業スマイル……か)
照「…」
菫「…」
再度しばしの沈黙。その後どちらともなく教室への歩みを再会したが、それ以上の会話はもう無かった
放課後
仁美「それじゃあ、魔法少女についておさらいとよー」
ビジネスホテルの仁美の部屋にて
菫「おー」
約束通り、仁美による魔法少女に関する詳細情報の提供…というか、講義が始まろうとしていた
仁美「そんじゃちゃっちゃといってみよー」
気怠げに仁美
菫「おー」
こちらも気怠げに菫
仁美「…なんか張り合いがなかとね」
菫「そうは言われてもなぁ」
気のない返事を返してやる
照の誘いを断った後ろめたさもあるが、それよりもむしろ仁美の顔を見てテンションが下がったからだ
菫「お前、あれだろう。さっきまで寝てたろう」
仁美「まあ、ホテルから出れんとなるとなー。この寝心地の良いベッドの上でゴロゴロとなると…」
眠そうに目を擦る仁美。しかもヨダレが垂れている
真面目に授業に出て学校から帰ってきた菫にとって、なんというか…
菫「なんだかよくわからないが理不尽な気分だ」
やるせなさここに極まれりな気分で寝転がる仁美を立たせ、ベッドの脇に腰掛ける。高級を謳っているだけあって、座り心地も抜群だった
部屋の主が不思議そうな顔をしているので、お前も座れと指でさしてやる。ベッドの正面に設置してある椅子を
仁美「…」
菫「なんだ?言いたいことがあるならはっきり言ったほうが良いぞ。昨日の私のように」
複雑な表情で見られたが気にせずに言ってやる
仁美「…くそっ」
菫(ざまあみろ)
毒づき渋々と椅子に腰掛ける仁美に内心歓声を上げ、ベッドに深く座り直す。尻が適度に沈み、柔らかいスプリングが押し返してくる感触を堪能する
菫「勝利の味だな」
仁美「はぁ?」
菫「いや、なんでもない」
仁美「……まあよか。それじゃあぼちぼち始めようか」
菫「ああ。よろしく頼むよ」
一応。切り替えておく。背筋を正し仁美を見る。話を聞く体勢を作って話を待つ
仁美「と言っても、ん〜。何説明すればいいもんだか」
悩む仁美に、助け舟も出してやる。何も知らない人間に説明するのは得てして難しいものだというのは理解しているつもりだ
菫「先日の説明は追われていてあまり時間が無かったせいで、大分端折ったものだったんだろう?だったら初めから順序立てて説明して貰いたいんだが」
時間もある事だし、と付け加えると露骨に嫌そうな顔をされた
仁美「面倒臭」
菫「お前は本当に酷い奴だな」
仁美「まあ了解。そんじゃ始めから説明するとよ」
菫「ああ」
仕切り直し、講義再開。二人の手にはコーヒーの入ったマグカップが握られていた
仁美「それじゃあ、まずは魔法少女とマスコットについてからなー」
菫「ああ。そもそもだ。魔法少女やマスコットっていうのはなんなんだ?」
アメニティに有ったドリップ式のインスタントコーヒーは、インスタントとは思えないほど芳しい匂いを漂わせている
スティックシュガー1袋だけを入れ、カップに口を付ける。美味い
仁美「魔法少女とは、この世の法則より解放されしモノ。魔を操り、超常の力を行使する。そういう生き物達の総称よ」
菫「なんかそれだけ聞くと怪物みたいだ」
もう少し可愛らしい言い方は出来ないのだろうか。愛と正義の為に戦う魔法の戦士とか、なんかそんな感じの
仁美「で、マスコットはそのサポート役っちゃ。一人の魔法少女に一人着く。で、魔法少女の才能がある人間を探してそいつと契約するのが最初の仕事」
菫「ああ。それで、契約したんだったな。くれてもやりたくない私のファーストキスを罠に嵌めて奪って。大体普通魔法少女のマスコットと言ったら可愛い謎生物と相場が決まってるものなんじゃないのか」
ジト目で睨みつけてやる。思い出しても身震いするほど腹が立つ。せめてこう…ほら、わかるだろ?
仁美「け、けけけけどその後ほら、本当に風潮被害者来たし」
慌てて自己弁護の羊。まあ、一応動物っぽいので渋々マスコットと認めてやろうじゃないか。だが現れた彼女よりよっぽど羊の操り人形の方が悍ましい上に脅威だったのは決して忘れないだろう
菫「はぁ…もうくれてやったものは仕方ない。羊に噛まれたと思って諦めるさ」
仁美「羊に、て」
ショックを受けたように羊
菫「契約方法自体はロマンチックだったし、もし出会ったのがお前じゃないマスコットだったら良い出会いになってた可能性もあったかもな」
チクチク刺のある言い方で攻めてやる
仁美「あー。それ、無理」
菫「へ?」
だが、返って来たのは意外な返事だった
仁美「あのな。魔法少女とマスコットなんやけどな。最初からパートナーになる相手って決まっとるんよ」
菫「は?」
驚き、聞き返す
仁美「マスコットがマスコットになった瞬間にな。魔法少女の才能ある奴の中から一人が、自動的にパートナーに決まる。そいつ以外とは契約できん」
菫「どういうことだ」
仁美「だから。マスコットが魔法少女の才能持ちから選り取り見取りで相棒選べる訳で無く、もう最初から誰と契約すれば良いか決まっとるって話。まあ、たま〜に波長の合う複数人の中から選べる奴も居るらしいがうちは知らん」
菫「…」
仁美「あ。ちなみにパートナーは契約前でも大体は相棒になる奴の事わかるとよ。近付けば反応もわかるし。で、その子が魔法少女になっても良いって言うなら契約。抵抗あるなら説得から開始な」
無理矢理は出来んのよ。合意が必要やからねー。お前は風潮の割に骨が折れたわ。と付け加えて、この話は終わった
菫(つまり、私は最初からこいつと組むのが決まっていたって訳か)
己が不幸をこっそりと呪った。自分はきっと誰かに振り回されて生きる星の下に生まれたに違いない
菫(負けてたまるか!)
無駄に世の中に対して反骨心を燃やしてみたが、労力の無駄だと悟ってすぐに止めた
仁美「で、次な。魔法少女とマスコットの仕事について説明」
スティックシュガー3本とミルクのたっぷり入ったコーヒーを啜り、喉を潤してから仁美
菫「ああ。そうだな。頼む」
随分甘そうだな、と思いながら続きを促す
仁美「昨日も言ったな?魔法少女は日夜人知れず、この世に存在する人々に害成す悪意と戦っている」
菫「ああ。その悪意というのが『風潮被害』。…どうでもいいけど、『風評』じゃなくて『風潮』なんだよな」
昨日聞いたことを思い出しながら言ってみる。頷いて仁美
仁美「魔法少女の仕事はその『風潮被害』に感染した人間である『風潮被害者』を救い出すことにあるとよ」
菫「で、マスコットには人に感染した『風潮被害』を看破する能力、つまりセンサーのようなものだな?が備わっていると」
仁美「覚えが良くて助かるわ。そして魔法少女が発見した『風潮被害者』を打倒し、意識を刈る。すると『風潮被害者』は身体に溜め込んだ『風潮被害』の元となる力を放出するとよ」
菫「で、最後にマスコットがその元になる力を浄化することでその人物は正気に戻る、と。随分と乱暴だが、お約束って言えばお約束な気もしないでもない」
仁美「まあ、大体そんなもんやね。次行こうか。『風潮被害』についてな」
菫「それだ」
そう。それが問題だった
仁美「うん?」
どうかしたん?と聞き返してくる仁美に、若干目付きを鋭くして言ってやる
菫「『風潮被害』と『風潮被害者』については、昨日はまともな説明をほとんど受けていないからな」
仁美「あれー?そうだったっけか?」
あれ?と首を捻る仁美に、自分が昨日得た情報を全て伝えようと口を開く
その隙に二杯目のドリップを淹れ始める仁美。作業を行いながらも話は聞いているようなのでそのまま話し続ける
菫「昨日聞いた『風潮被害』に関しての情報はこうだ。『風潮被害』とは、どこからともなく人に付いた噂のようなもので、本人の意志に反してその噂通りの人間になってしまう現象の事」
仁美「うんうん」
菫「その感染者こそが『風潮被害者』である。感染者は本人の意志に反して、その噂された風潮通りの人間になってしまう。恐ろしいのは本人の気付かぬ内にその人物像が塗り替えられていく点である」
仁美「おー」
菫「だが、昨日の彼女は確かに自分が『風潮被害者』であることを自覚していた」
仁美「…」
——いえ。仕方ありません。私は風潮被害者で、貴女は魔法少女…ならばこれはもう運命かと
菫「これは明らかに矛盾している。そうじゃないか?お前、この間はいい加減なことを言ってたんじゃないのか?」
成香の台詞を思い出す。自分が風潮被害者である自覚があるのなら、それを解決できる人間と敵対する必要は無いのではないか?
そうすると何故魔法少女と風潮被害者が敵対することになるのかもいまいちはっきりしない
魔法少女の仕事が風潮被害の退治だとして、風潮被害者がなんだか分からないが襲いかかってくる魔法少女を敵と見なすのならわかる
だが、成香は口ぶりからしても魔法少女に関しての知識があるようだった
成香の場合、確かに仁美にとっては脅威の風潮だったかも知れないが、他の部分では一般人操って大立ち回り演じた仁美よりよっぽど常識人だったし
菫(あれじゃあどっちが悪人だか。いや、そもそも風潮被害者は悪人なのか?)
菫「それに、全ての風潮が悪いものだとも思えない。世の中には良い風潮だって存在するだろう?」
仁美「…嘘は言っとらんよ」
菫「暴走風潮被害?」
仁美「あーね」
コクンと頷き、仁美
仁美「『風潮被害』には段階がある」
菫「そういえばそんな事も言っていたな。私も既に軽度の『風潮被害』に感染しているとか」
仁美「ん。軽度っちゃ」
空になった菫のマグに手を伸ばし、話を続ける仁美。手際よくドリップの準備を整え、お湯を注ぐ
仁美「砂糖は?」
菫「ああ。一本でいい。ありがとう」
菫(意外だな。結構豆というか、気が利くというか…)
仁美「でな。軽度の風潮被害だと、正直な話、その風潮自体が相当たち悪いもんじゃない限り日常生活にはほぼ影響無かとよ。反応も微弱で、センサーにも引っかかりにくい」
菫「ああ。まあ、私もそうだったしな」
仁美「側に居る人間も、ちょっとキャラ変えた?くらいの違和感感じるか感じないか程度」
菫「そんなものか」
仁美「お前んちがヤクザ屋敷になったのとかは、中度ってとこかね」
菫「あれで中度か」
仁美「だいたいこの辺で傍目にはおかしな事になる。物理法則とか、常識が力尽くで塗り替えられる感覚っちゃ。進行速度は風潮によってまちまちやけど、お前んちのケースはよっぽど早かったんやなぁ」
魔法少女になってなかったらとっくに暴走してたかもな。と、のっぴきならない事を付け足される
菫(ヤクザ屋敷が暴走したらどうなるんだろう)
少しだけ気になった
仁美「次。重度風潮被害。この辺でもうあれ。ヤバイ。まさに言葉のマジック。これくらいになったらセンサーにもビンビン来る」
菫の分のコーヒーのおかわりを差し出し、説明を続ける仁美
菫「どうなるんだ?」
礼を言って受け取り、質問する。返って来た答えは菫の予想を遥かに超えるものだった
仁美「もう、風潮通りの人間になっとー。この辺から既に暴走扱いされるケースもある。例えば…そうやな。国士で有名なA議員が感染して、風潮で売国奴扱いされとったら、売国奴なって日本売り飛ばしたり」
菫「それってかなり危険なんじゃないのか」
仁美「で、多分。ヤクザ屋敷の風潮が重度になってたら、お前完全に極妻の登場人物っちゃ」
菫「おおう…」
予想を遥かに上回るアンタッチャブルっぷりだった
仁美「昨日の有珠山のはこれやね。重度風潮被害者」
菫「そうなのか」
仁美「この段階に来ると、被害者の意識に変なノイズ?ってのかね。変な刷り込みがされるらしい。」
菫「刷り込み?」
仁美「魔法少女に関する知識や、自分の事について」
菫「…」
仁美「敵だ、と認識するみたいやね。そうするともう説得は無意味とよ。ここからは抵抗されるんで、戦うことになるっちゃ。なんでそうなるかはわからん」
菫「…向こうにも都合みたいなのがあるのかね」
温かいコーヒーをゆっくりと啜る。芳しい香りとほのかな甘味だけが心地よかった
仁美「人格も少し本人と明らかに異質なもんが表に出てくるみたいやね。もしかしたらそいつが知識の原因かも。ちなみに、風潮の進行が進むにつれ本人の肉体強度や戦い方の上手さも向上するとよ」
菫「それは厄介だな。昨日の子程度ばかりなら楽勝だと思っていたのに」
仁美「そんな甘くないから気を付けーよ?あんなの雑魚も雑魚。うちが走ってしばらく逃げれてたって時点で最弱の部類っちゃ」
仁美「ついでに、お前みたく風潮被害が重複してる奴は、風潮の数だけ二倍三倍と強くなってく。まあお前の場合は全部進行したらヘタレ風潮が派手に−1してくれるから大したこと無さそうやけど」
菫「うえ…」
しんどいなぁ、と肩を落としてみせる。今のところこれでもかというほど嬉しくない情報ばかりだ
仁美「で、最後に暴走風潮被害な」
菫「ああ。そうなるとどうなるんだ?」
蓮っ葉に聞いてやる。返事はシンプルだった
仁美「極端を走る」
菫「…」
仁美「さっきのA議員の例で例えるとな。重度までは売国奴は売国奴でも、他の部分ではちゃんとA議員の議員しとるんよ。動物には優しい人だったらそのままだったり」
仁美「けど、風潮が暴走するともう違う。完全に売国だけする機械みたくなる。いや、売国奴の権化みたくなるっちゃ」
菫「…他の例だと?」
仁美「極道の娘って風潮なら制服のまま機関銃片手に敵の組に殴り込んでカ・イ・カ・ン言いながら皆殺しにしたり」
菫「…」
仁美「ヘタレって風潮だったら本気でなにやっても失敗するいいとこなしのポンコツになったり」
菫「それは…嫌だな」
仁美「花が好きって風潮なら、世界中の花を独占しようとしたりするやろね」
自分の風潮が暴走した姿を想像してゾッとする。成程、そこまで極端に暴走されては良い風潮も悪い風潮もないだろう
菫(つまり、結局どんな風潮被害者も倒しておかないと駄目か)
要はそういうことなのだ。まあシンプルに考えればいいか。と開き直っていると、仁美が話を続ける
仁美「で、暴走した奴のお決まりが」
菫「お決まりが?」
仁美「異常なまでに魔法少女を拒絶…っていうか、憎むって言うか。なんなんやろうね。マジで」
菫「…」
仁美「まあ、暴走される前に倒しきるなら倒しきーっちゃね。この間の奴も出来れば早いとこ」
風潮被害に関してはこんなものか?と自問するように呟いた仁美を遮って、菫
菫「いや。これが最後だ。魔法少女になれば、『風潮被害』の進行はストップする…筈だったよな?」
仁美「ああ。その事」
ポンと手を打って言う仁美
菫「だが、私は魔法少女になった後に家に帰ると新たな風潮が付いていた」
仁美「その原因はやっぱわからんなぁ」
菫「やはりそうなのか……」
頭を抱えて嘆息一つ。イレギュラーな事らしいし、仕方のない事なのかもしれないのだがやはり不安だ
だが、と仁美がニヤリと笑いかけてきた。疑問符を浮かべながら彼女の方を見る
仁美「だが、一つわかったことがある」
菫「なに?」
どういうことだ、と尋ねると
仁美「菫。お前さん、自分ちがやーさんちじゃなかったって、覚えとるんやろ?」
菫「あ…」
はっとして口を抑える。確かにそうだった。仁美の話だと、風潮被害者は重度まで進行しない限り自分が風潮被害者だとは気付かない筈だ
だが菫は軽度風潮被害者だという
仁美「ちなみにどんな家やった?家族は?」
菫「……あれ」
言われて自宅や家族のこと思い出そうとすると、靄がかかったように浮かばない
菫「そんな、馬鹿な…」
信じられなかった。自分が今まで住んでいた家と家族だ。普通忘れる事などある筈がない
仁美「なるほど。完全には抑えれんかったか」
菫「どういうことだ?」
仁美「つまり、やな」
彼女の推測によれば、菫の風潮被害は魔法少女になったことで確かに進行を抑えられているらしい
だが、魔法少女の抑止力で抑えきれないレベルに風潮被害の進行速度が早いのだとすれば?
仁美「徐々に蝕まれていく可能性はある。前例は聞いたことがないが、無かったとも言い切れん」
菫「……どうすれば良い」
自分が自分で無くなるのをただ黙って待っている程恐ろしいことはない
しかも、一般人とは違い魔法少女はそれを認識しながら変わっていくのだ。菫はこの時点で初めて自分の状態を本気で洒落にならない物だと理解した
菫(それに、私の家族にも影響を及ぼしているということだろう?)
自分の家族はどうなっているのだろう。まさか本当に極道になってしまったのか?だとしたら職業が職業だ。身の安全が心配だった
菫(あと、あの黒服のお兄さんたちはなんなんだ)
これは本気で謎だった
仁美「簡単よ」
菫「!」
仁美の答えはあっさりしていた
暗い話に落ち込んでばかりだった菫に、今日はじめて希望の光が見える
菫「どうすればいい!頼む、教えてくれ!」
勢い、頼み込む。頼れるのは現状目の前の少女だけだった
仁美「強くなればいい」
菫「!」
シンプルな答え。だが、力強い答え。目を見開く菫
仁美「魔法少女として強くなれ。そうすれば、魔力は増える。風潮を抑える力も増えるやろ」
マグのコーヒーを飲み干し、立ち上がる仁美
菫「有ったんだな!ちゃんと魔力って概念!」
それが一番驚きだった。少しテンションが上がってしまう
仁美「おー。もちろんあると。奇跡も魔法も、コスチュームチェンジだって、あるんとよ」
菫「ちょっとその言い回しは不吉な物を感じるが、言葉自体は心強い!で、どうすればいいんだ?どうすれば強くなれる?」
また少しテンションが上がる。年甲斐もなくはしゃいでしまったが、やはりその辺の話は魅力的だった
菫(強くなる方法、なんだろう。魔法のアイテム?呪文の練習とか。それともマスコットとの契約みたいなのでもあるのだろうか)
なんでも良い。とにかく、自衛のため、ひいては家族や風潮被害者のために。そして若干自分の趣味のために努力をしようと誓う
ワクワクしながら仁美の次の言葉を待っていると
仁美「筋トレ」
菫「…」
一気にテンションが冷えた
仁美「あと、他の魔法少女のケースだと、道場通ってたりとか」
菫「…他には?」
低い声で尋ねる菫
仁美「まあ、風潮被害者との実戦で勘を磨いたりとか」
菫「…つまり?」
もっとも効率の良い強くなる方法というのは…結局のところ?低い声で問う。返って来た答えは
仁美「掻い摘んで言えば、まあ…」
仁美「筋トレ、筋トレ、アンド筋トレ」
菫「要は身体鍛えろってことか…」
仰け反るようにベッドに倒れ込む。自重に任せただけなので今度は無駄な破壊を起こすことはなかった
菫(あ。そういえばまだ変身したままだった)
解除方法を聞いておかなければ、と思ったが思い直す。話の腰を折るのも悪い。終わったら聞こう
仁美「もしくは、風潮浄化するだけなら他の魔法少女にぶっ飛ばされて気絶してる内に浄化されるって方法もあるとよ」
菫「それは…なんかやだなぁ。情けないというか」
身も蓋もない解決策も有ったらしい
仁美「まあ、気絶させられてる内に何されるかわからんしな」
しかも何やら怖いことを言ってくる
菫「どうしようも無くなったら頼むことにするよ」
苦笑いし、それだけ言っておく
仁美「風潮被害についてはこんなもんでOK?」
菫「OK」
天井を見つめながら菫
横になっているとなんだか急に眠くなってきた
まだ寝るわけにはいかないよな、と慌てて起き上がる
菫「いかん。カフェインが足りない。すまないがもう一杯貰ってもいいか?」
仁美「眠いんか。えーよ。淹れたる」
菫「すまない。今度はブラックで」
仁美「んー」
すぐにコーヒーを淹れ始める仁美を見て、ふと思い出す
菫「そういえば、お前はもう使えるんだな」
仁美「ん?」
菫「ほら。あの、催眠術」
仁美「ああ。秘技・羊催眠な。うちの固有魔法よ。マスコットにはそれぞれ、使える魔法に違いがあるとよ」
得意気に仁美。マグを手渡してくる
菫「使い方はあれだが、便利だよな。私も早く魔法使いたいよ」
ありがとう、と言って受け取り一口啜る。濃い目に淹れたブラックコーヒーで意識が一気に覚醒した
仁美「お前はまだレベル1やけん」
馬鹿にするように言うので、こちらも言い返す
菫「その物言いだとお前は1じゃないのか?レベルいくつで初魔法だった?」
仁美「それは知らんよ。けど、マスコットは最初から魔法が使えて、魔法少女は肉弾戦が基本って話っちゃ」
菫「なんだそれ。それなら私もマスコットになりたかった」
仁美「…」
菫「ま、いいさ。プリキュアだって格闘戦多いしな」
仁美「それでいいんかい」
呆れた仁美の声が飛んできた
仁美「ふー。喋った喋った。喋りすぎて疲れたわ。腹減ったしなんか食べたかー」
仁美のそんな台詞に時計を見てみれば、時計は既に8時
菫(随分話し込んだんだな)
立ち上がり、伸びをしてみる。固まった筋がほぐれて気持ちいい
仁美「もう大体必要な情報は話したやろ。後はおいおい話してくからそれでええ?」
それとも他になんか聞きたいことある?
そう尋ねられたので、それじゃあ一つ。と前置きして気になっていた事を質問してみる
菫「お前はどうやってマスコットになったんだ?」
仁美「ん?」
菫「いや。そういえば、魔法少女はマスコットに選ばれて成るものらしいが、マスコットはどうやってなるものなのかな、と思って」
仁美「…」
菫「どうなんだ?」
興味本位から聞いてみる。それほど興味があったわけでは無いが、それでも疑問は解消したい性分だった
仁美「どうやってち」
だが、菫の予想に反し言い淀む仁美
菫「ん?」
仁美「……まあ色々あるっちゃよ」
それより腹減った。外に飯食いに行こ。強引に話題を打ち切られ、話はそこで終わった
菫「あ、ああ。わかったよ」
仁美「今日はちゃんと手持ちもあるから。銀行でおろしてきたし。怪しい金じゃなか」
外着に着替えながら仁美。もう外出する気満々だった。今日一日成香を警戒して引きこもっていたので、菫というボディガードが来た今、外に出たくてしょうがないのかも知れない
菫「わかったわかった」
まあいいか、と思って菫も外出の準備を整える。と言っても菫の場合大した用意がある訳ではなかったが
仁美「どうせ今日もうちの部屋に泊るんやろ?ええわええわ。わかっとるから」
菫「あ、ああ。ありがとう。事態が解決するまではちょっと帰りにくいしな」
仁美「そしたら何処行く?うちはあんまり詳しくないけん。お前近所でいいとこ知っとったら任す」
菫「そ、そうか。なら近所にファミレスがあるから…あ!そ、そうだ!変身解除!変身解除の方法教えろって!今朝もお陰で大変な目に…」
パタン
慌ただしく部屋を出て行く二人の声が、残された部屋の静寂からゆっくりと遠ざかっていった
ファミリーレストラン「ドロンパ」
今時珍しいチェーン系列でないファミリーレストランだ
元はスーパーの一角に有ったファミレスだったが、何年か前に遂に単独で店を構えるまでになったのだ。と言っても菫が高校に入学する遥か昔の話だが
24時間営業、充実したドリンクバー、安価でボリュームの有る豊富なメニューで、日夜白糸台はじめ多くの学生達や仕事帰りのサラリーマンに愛されている
菫も引退前まではよく照はじめ誠子や尭深、淡が入学してからは淡ともらと一緒に行ったものだった
今日は、いつもの面子とは違うが久しぶりの来店だった
菫「よし。席は空いているな。流石にもうピークは過ぎたか」
仁美「ほー。流石東京のファミレス。おしゃれやなぁ」
菫「あまりキョロキョロしないでくれ。恥ずかしい」
それに福岡だって十分都会だろう、と言うと東京様には敵わんでゲス。と何やら馬鹿にするように返って来た
ムカツクので頭を小脇に抱え締め付けてやる
仁美「いたたた。こら、やめんか!」
菫「ならもう少しまともに振舞え!」
仁美「人前で暴れるお前には敵わん!」
菫「くっ…!」
そう言われて腕を離す。確かに、ちらちらとこちらの方を伺う視線をいくつか感るようになる
何故かは知らないが、自分は普段からただでさえ目立つのだ。長身のせいだろか
菫「生きにくい世の中だよまったく」
仁美「お前、それ本気で言っとんのか」
頭を擦りながらジト目で仁美
仁美「おー。いたたた。お前、ほんとに変身解除したんか?そうでなくとも馬鹿力とよ」
菫「悪かったな。馬鹿力で。背が高い分、力はそこそこあるんだよ」
仁美「まあ、魔法少女としての才能はともかく戦士としての才能が有ることは分かった」
菫「素直に喜べん」
そこでウエイターがやってくる。魔法少女の話は打ち止めにして、メニューを頼む事にする
菫はハンバーグセットで、仁美はジンギスカン定食だ。どちらもドリンクバー付きだ
菫「お前、ジンギスカン定食頼むのか…」
若干引きながら菫
仁美「なんか昨日追い掛け回されてる間中ジンギスカンについて語られたせいで食いたくなったと」
菫「そうか。逞しいなお前は」
普通「お前をジンギスカンにしてやる!」と追い掛け回されながら語られたら、どんな好物だろうと食べる気を失いそうなものだが
菫「注文終わったし、ドリンクバー行くぞ」
仁美「んー」
「くすくすくす」
食後、帰り道で異変に気付いた
仁美「明日は晴れるとよ。良かったな。今日は曇ってるせいで寒か〜」
菫「そうか。確かに大分雲も薄くなってきたな」
スマフォで明日の天気を調べていた仁美に相槌を打っていると、気配を感じた
菫(これは…)
目付き鋭く、早口で仁美を呼ぶ
菫「仁美」
仁美「ん?」
菫「つけられている」
小声で、仁美にだけ聞こえるように告げた
仁美「へ?」
目を丸くしてキョトンとした表情の仁美
菫「何者だ?昨日の子か?」
聞くと、気配を調べたらしく返事が返って来る
仁美「いや。あいつの反応は無かけど…ていうか、お前凄かな。変身もせずにそれに気付くとか」
菫「どうする?きっと風潮被害者だよな。それともただの変質者か」
仁美「前者なら退治。後者なら余裕で返り討ちやね。けど、う〜む。これは風潮被害者…っぽくはないような…」
菫「ただの反社会的な人物ならお灸を据えてやるのも悪くない。重度以上の風潮被害者の可能性はどれくらいだ?」
仁美「姿が見えんしなんとも言えんな。風潮被害者なら見ればなんの風潮かなんとなくわかるんでそれで判断付くけん。直に見れば分かる」
仁美「けど、可能性はあると思うけん、人目に付くのは避けたか」
菫「丁度路地裏への道があるな。誘き寄せてみるか」
仁美「そう上手く行きーかいな」
菫「なんとかなるさ」
そこまで言って、二人、不自然で無いよう進路を変更する
後ろの気配が少し考え、追いかけてくるのを感じる
菫(素人め。バレバレだ。こちとら照のお陰でストーカーもどきには慣れてるんだよ)
照のプロ入りで世間の話題が持ち切りだった頃
照が最終的にどのクラブチームに入団するかを調べようとしていたマスコミが手当たり次第白糸台の生徒に突撃取材を繰り返していた時期があった
特に照と近く、チーム虎姫全盛期の部長でもあった菫への取材は尋常ではなかった。照に関しては学校やクラブ側もピリピリしていて手を出しあぐねていたマスコミが
ならば、と躍起になって追いかけたのが菫だった。待ち伏せ、尾行も日常茶飯事で、しかも彼らのそういった能力はまるでスパイ並なのだ
菫自身も彼らを撒こうと躍起になっていたため、そういった気配の察知力が妙に研ぎ澄まされていた
菫(例えば、当時風潮被害で私の実家が極道だったら彼らはどうしてたんだろうな)
あの図々しく小煩いマスコミ連中が家まで青褪める様を想像して、少しだけ愉快な気分になる
菫「さて」
仁美「…」
奥まった空間に出た。幾棟もの廃ビルが連なる、なんとも胡散臭い空間
曇り空も相まって、昨日までの自分なら気味悪がって絶対に足を運ぶことはなかったな、と頭の片隅で考える
ひょこひょこと辺りを警戒しながら付いてくる仁美を後ろに庇い、堂々と言い放つ
菫「そろそろ出てきたらどうだ?」
「!」
曲がり角の先で、息を呑む音。慌てたようにたたらを踏む微かな足音
菫「さっきからちらちら横目に入って非常に気になるんだよ。それに、歩き方がなっていない。摺足は良いが、こんなアスファルトの上で尾行するには適していない歩き方だったな」
砂を擦るような音が聞こえていると気付いてなかったか?
そう言ってしばし向こうの出方を待つ
すると
「くす…」
菫「…」
「くすくすくす……」
角の向こうから、薄気味の悪い笑い声が聞こえてきた
「くすくすくす…いい。貴女、やっぱり良いわぁ」
そう言って、影が一歩前で出る
ジャリ。とアスファルトを踏みにじるその足元には
菫(草履?)
今時珍しいな、と思って顔を上げたその瞬間
菫「君は…」
雲が、切れる
薄い雲の切れ目からゆっくりと月が顔を出すと同時
冷たい月明かりと薄暗い街灯の下、はっきりとその影の正体が顕になった
霞「御機嫌よう。白糸台高校麻雀部、元部長の弘世菫さん、だったかしら」
菫「永水女子の…」
忘れるはずもない。一目見て忘れられる人間は居ないだろう
神話の時代から抜け出てきたような朱と白の巫女装束
黒く長い、艶やかなロングヘア
あまりにも女子高生離れしたスタイル
端正な顔に溢れんばかりの母性を湛えた穏やかな表情だけが、今はサディスティックに歪んでいる
菫「石戸霞?」
何故君がここに?そう尋ねようとして口を開きかけた時
仁美「げえええええええええええええええええええええええ!!!」
菫の台詞ごと、羊の絶叫が夜の空気を引き裂いた
菫「なんだどうした」
煩そうに言ってやると、仁美の顔が真っ青だった
仁美「ま、ままま、ままままままままま」
菫「仁美?」
ガチガチと歯の根を鳴らしながら、霞の方を指す仁美。そして
仁美「魔法少女プリティーかすみん!!?」
菫「へ?」
裏返った声で、そう絶叫した仁美に
霞「くすくすくす…」
不気味かつ高圧的に笑う霞に
仁美「ま、まずい菫!逃げるぞ!早く!急いで!すぐに!可及的速やかに!」
霞「あら?連れないこと言わないで、ちょっとだけお話しましょう?」
仁美「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
菫「……訳がわからないんだが」
なんだかあまりよろしくない雰囲気だとは理解しつつも、一人状況に置いてきぼりにされて一人寂しくそう呟く事にした
ちょっと用事入ってもーた。中断
3話の続き
石戸霞
本年度麻雀インターハイ鹿児島代表永水女子大将
3年生
全国個人戦には出場なし
神代小蒔の親戚筋とかいう噂あり
おっぱい
菫(私が知っている事といったらこのくらいか)
突如菫達の眼前に現れくすくすと喉を鳴らして笑う霞を前に、菫は彼女に関して自分の記憶していたことを色々思い返していた
菫(ま〜た九州筋の方か)
仁美のせいで九州に対して変な色眼鏡で見てしまうようになっていた
インハイの会場で見かけた際には、大人っぽくて優しそうな子だ程度にしか思っていなかったのに。あとおっぱい
菫(それに今のあの顔は…ちょっとよろしくない表情だ)
仁美の怯え具合も少しだけ気になる
まあ、この羊の場合地元で何かやらかして追われていたとか言われても納得してしまうだろうが
菫(もしこちらに非があるようだったら謝罪して差し出そう)
さっきから逃げよう逃げようと五月蝿く喚きながら菫の袖を引っ張る仁美を見下ろし、そう心に決めておく
だが、それよりも何よりも
菫「えっと…少しいいだろうか」
霞「あら。何かしら?弘世さん」
にこりと微笑みを形作ったまま霞
落ち着いた大人の余裕というか、艶かしい仕草というか、同い年のはずなのに何故かさん付けしてしまいたくなるような雰囲気があった
菫「君も、魔法少女だと?」
恐る恐る尋ねる。いや、決して似合わねー!とか、年考えろよBBAとか思った訳ではない
だが、霞のような大人の雰囲気を纏わせる女性が嬉々として魔法少女に成るというのもどうも納得がいかなかった
菫(否。そんなことはどうでもいい!)
霞「ええ。そうよ。愛と正義と憎しみの魔法少女プリティーかすみん。それが私のもう一つの名前」
菫「憎しみって。あと、ノリノリだな」
名乗り、再びくすくすと笑い出す霞に少しだけ脱力する。尾行されていた、というのはなんだったんだろうか
もしかして新人を驚かそうと、軽い茶目っ気だったりするのだろうか。それか仁美が何かやらかした説が真実か
菫(あと、そうだよなぁ。しまった。あまりに慌ただしくて今まで肝心な事を考えてもいなかった。魔法少女ネームどうしようか)
菫「う〜ん…」
霞「?」
菫(とびっきり可愛い魔法少女ネームを考えなくては。それと、変身ポーズとか、名乗り口上も)
菫「すまない。とても大事な事に気付かせてもらったよ。ありがとう」
ぺこり、と頭を下げ菫。流石魔法少女の先輩だと思った
霞「え?え、ええ。どういたしまして?」
腑に落ちない表情の霞
菫「ともあれ、驚いたな。まさかこんな短期間で同業の子に出会う事になろうとは」
霞「ふふ。そうねぇ。私も、まさか大学生活のアパート決めに来て貴女みたいな素敵な子と出会えるだなんて予想外だったわ」
菫(また賃貸契約だし)
改めて自分の住んでいる場所が日本の首都であると実感する
それに、霞のような女性に素敵と言われて嬉しくないわけがない。ここは素直に礼を言うことにした
菫「なんだかくすぐったいな。ありがとう。私も君みたいな子と知り合いになれたのは嬉しい。初めての同業者だ。ところで…」
私はまだ魔法少女に成り立てなんだ。君はどれくらいになる?和やかになりつつある場の空気を感じ、そんなありきたりな質問をぶつけようとした
だが、その質問は、小さく呟いた霞の言葉によって中断されることとなる
霞「でも、まだ駄目ね」
菫「うん?」
ピク、と反応する菫。意味がわからず聞き返す
霞「貴女の事はインターハイで見ていたわ。鋭い眼差し、負けん気の強さ、氷のような冷静さと、炎のような闘志。まるで鷹ね。とても格好良かった」
菫「あ、ああ。ありがとう…?」
手放しの賛辞。だが、先程よりも声が低い。礼を言いつつも背筋に冷たいものを感じ、半歩後ずさる
霞「けど、魔法少女としては半人前…いえ、三流以下。毒にも薬にもならない、路傍の石のような小物」
菫「…何だと」
眉を跳ね、唸るように声を絞り出す
霞「まあ、『成り立て』じゃあそれも仕方がないかもしれないけれど……」
それにしたって不格好な戦い方だったし、まるで猪みたいだったわ
菫の露骨な変化を歯牙にも掛けず、くすくすと見下し、小馬鹿にするような表情で霞が言った
菫(と言うことは、昨日のカフェに彼女も居たのか)
それで、無様な新人に一言言ってやろうと思ってわざわざ探し出してストーカー紛いの行為までしてくれた、と
よっぽど暇なんだな。と皮肉の一つでも入れてやりたい気分だったが、それならまあこの状況の合点もいく
菫(だが)
菫「舐められるのは好きじゃない」
霞曰く、鷹のように鋭い目線とやらで睨みつけてやる。確かに本気で睨むと部員の90%が部室の片隅でカタカタと震えてくれるのは事実だ
霞「そう。なら盛大に舐めてあげる」
その視線を泰然と受け流し、あまつさえ露骨な挑発までしてくる霞
菫「……さっきから黙って聞いていれば、何がしたいんだ君は」
それに敢えて乗ってやる。向こうの目的が掴めない。イライラが最高潮に達する。とにかくまずは目的を知らなければ
霞「何がって。……向こうの羊ちゃんに聞いてないの?」
菫「…?」
指を指された方を見ると、遥か遠くから心配そうにこちらを見ている仁美と目が合った
合った瞬間引っ込んだ。そういえばまだ本気睨みモードのままだった
菫(というか、いつの間にあんな遠くまで逃げたんだあいつは)
さっきまで菫の袖を引っ張っていたくせに
菫(いや。そもそもだからって普通一人で逃げるか?)
霞「大変ねぇ。そっちも」
げんなりしていると、呆れた声で嘲笑われる
菫「うるさいな。で、いい加減に教えろよ。なんなんだ君は。何が目的でこんな真似をする。答えろ」
霞「仕方ないわねぇ。なら、特別に教えてあげる」
ジャリ、と霞の足元で音が鳴った。霞の重心が移ったのだ
菫「…」
バッ!と急に何やら複雑なポーズをとる霞
霞「マジカルプリティーキュアキュアりん!」
気合の入った凛とした声で叫ぶ霞
その瞬間、菫は悟った。霞は今、名乗り口上をあげようとしている!
霞「人々を苦しめる風潮被害、絶対許さない!愛と正義と平和のために!」
そう言っておもむろに襦袢の中に手を差し込み、胸の谷間から何かを取り出す
菫(でかっ!)
本当に胸の谷間に物を隠せる奴とか居るとは思わなかった
菫「ん?」
少しづつ谷間から出てくるのは…棒状の何か
霞の胸の谷間から、ズルズルとゆっくり、太くて長いピンク色の棒状のものが伸びてゆく
霞「うふふふふ…」
心酔した目付きで愛おしげにその棒を見つめ、両手で大事そうに持ち上げてゆく霞
よほど愛着があるのか、時折指で優しげに撫でたりもしている
せり上がってきた棒の先端を顔に付け、頬ずりして「ほぅ…」と切なくも甘い、息を一つ
熱に浮かされたような表情は、まるで狂信者のそれだった
菫「な…!」
ゆっくりと、ゆっくりと胸から引き抜かれ、遂に棒の全体が顕になっていく
菫「まさか…それは…!!」
霞「くすっ」
驚愕する菫に魅せびらかすように、それの頭に手をかけ、傾けて
霞「ちゅっ」
一番太くなった部分に口づけをしてみせる
菫「伝説のクリィミーマミ変身ステッキだとぉおおおおおおおおおおおおおおお!!?」
霞「いいでしょう」
得意げに霞
菫「おまっ!そんなレアアイテムを一体何処で」
霞「小さい頃、地元で近所のお姉さんが結婚した時に引越し手伝ったら貰ったのよ!田舎は物持ちがいいの!」
菫「いいなぁ!!」
菫の切実に羨ましそうな叫びに満足したのか、くるくるっと華麗なステッキ捌きを行う霞
動きが魔法少女というより日舞的なそれだったが、和風魔法少女というのもありかもしれないと菫的に表現点8だった
すると霞の身体が光に包まれ初め、今まで来ていた巫女装束が光に溶ける。もちろんその間霞の身体は宙に浮き、謎の回転を繰り返す。演出9点
足元から徐々に光が消え、その下には先程までと違う服。…ではなくて、巫女装束のまま。衣装5点。意外性がない。変化は大事だ
ゆっくりとコスチュームチェンジを終え、再びステッキを数回転。最後に刀を血振りするかのようにヒュッと袈裟に振り下ろし、その状態でビシッ!と決めポーズ
霞「愛と正義と憎しみの魔法少女プリティーかすみんここに推参!!」
最後の名乗りとキメポーズは菫的にも完璧だった。8・9・5・10で総合8点。中々の(魔法少)女子力だ
霞「そして、只今ライバル募集中!!」
最後にさらっと目的も教えてくれた。そう、魔法少女はお子様にもストーリーがわかりやすいのが肝要なのだ。8・9・5・10・10で総合8.4点
菫「なかなかやるじゃないか…」
霞「と、言うわけなのよ」
ポーズを解き、ステッキを大事そうに胸にしまい直す霞
菫「つまり、こういう事か。私に、君のライバルになって欲しいと」
それでさっきから挑発を繰り返していたのか?そう聞くと、肯定の返事が返って来た
霞「ええ、その通り。ややこしいやり方でごめんなさいね。けど、性分なのよ。真綿で首を絞めるようにアプローチするの好きなの」
菫「面倒なやつだ。だが嫌いじゃない。ついでに、なんで昨日今日魔法少女になったばかりの私にそんな大事なポジションへの白羽の矢を立てたんだ?」
相手の魔法少女への拘りは菫にも見て取れた。生半可な好きじゃない
そんな霞が自分をライバルにしたいと思った理由とはなんだろうか?気になったので聞いてみる
霞「だって」
頬を膨らませ、霞。こういう子供っぽい表情をすると歳相応に見える
霞「今まで何人か、それなりに強いと評判の魔法少女にアプローチしてみたのだけれど」
菫「ああ」
霞「ちょっと実技テストを兼ねて一戦申し込んだらそのままPTSDになっちゃったり、戦う前に必死に見逃してくれるよう土下座されたりで、全然元気な子居ないんだもの」
菫「は!?」
ぷー。と、ほっぺたから息を漏らし、物騒な事を言う
霞「だから、考えたのよ。新人で弱っちくてもいいから、ちょっと凹ましても何度でも立ち上がって逆に噛み付いてくるような負けん気の強い子は居ないかしらって」
菫「それが私だと?」
確かに負けず嫌いな自覚はあるが…それでややこしいのに目を付けられるのは勘弁願いたいと思う
霞「ええ。前々から思ってたわ。貴女が魔法少女なら、きっと私の最高のライバルになれるって!でも魔法少女だって話は聞いたこともなかったし諦めていたのだけどね?」
まさか契約してくれるとは、思わぬ幸運だったわ、と嬉しそうに笑いかけられる
菫「う〜ん…」
菫(何やら物騒な人みたいだし、どうやって断ろうか)
これで仁美がびびってたのにも納得がいった。要はこのプリティーかすみん、狂犬なのだ
ところ構わず「私のライバルになれ〜」と同業者に喧嘩を売ってトラウマ植え付けて回っているという事か
菫(それは仁美だってびびる。私だって引く)
霞「それに」
菫「…」
霞「貴女くらい悪人面がライバルだと、私の正義の味方っぽさが映えるわ」
目を見開き、口元を下弦の月のように裂き、真っ赤な舌の覗く笑みを浮かべて霞
菫「よし分かった。その喧嘩言い値で買おう」
条件反射だった
霞「あら、いいの?」
霞の笑みが一段と深まる
菫「さっきも言ったろう。舐められるのは好きじゃない。馬鹿にされるのはもっと嫌いだ」
霞「だったら舐めて、馬鹿にして、その後踏み躙って蹂躙してあげる。それだけで終わらないでね?ちゃんと這い上がってくるのよ?そうしたらまた屈辱を与えてあげるから、また這い上がるの」
菫「巫山戯るな。お前こそ古参ぶって余裕かましていると、無様に喉笛噛み千切られるぞ。舐めてかかった新人相手にな」
霞「牙もまだ生え揃ってない赤ちゃんが偉そうに」
髪をかき上げ、余裕の笑みを崩さない霞
菫「お前は耄碌してるだろ?老け顔女子高生が」
既に菫の睨み付けは藪睨みに近いところまで達していた
霞「……良いわ。元から今回は叩きのめしてヘイトを私に向けさせるのが目的だったけど、プライドというプライドをへし折ってあげるから。覚悟しておきなさい」
流石にカチンと来たのか、少しだけ霞の表情が崩れる。してやった、と菫は思う
菫「能書きはいいさ」
霞「…」
わざとそこで一旦区切り
続きを言い放つ前に首を持ち上げ、見下ろすような角度で霞を見て一言
菫「来いよ」
霞「……後悔して這いつくばりなさい!!」
菫「それはこっちの台詞だ」
霞「…」
一旦後ろに跳躍し、話は終わりとばかりに構えをとる霞。両足を肩幅くらいに開き、左足を斜め前に出して半身で構える
霞「…生きが良いのは助かるけど、随分と生意気が過ぎるわね。ライバル候補…と思ったけど、やっぱりよそうかしら。これだけ可愛いと我慢できなくてやり過ぎちゃうかもしれないわ」
両腕は自然に曲げて、掌が顔の高さにきている。そのままじりじりと距離を詰めてくる。柔道の組手のようだと菫は思った
菫「そうか。お前と違って私はまだピチピチだからな。もうそろそろ垂れ始めるんじゃないのか?いや、もう垂れてるか。悪かった」
合わせて菫も、適当に構えっぽいものを取ることにした
霞「……そう。そうなの。わかったわ。そんなに死に急ぎたいの。それならお望み通りにしてあげるわ」
霞を真似て両足を自然に開き、左半身に構える。他は大体相手のコピーだ。柔道はやったことがないので、もし相手が経験者だと相手にならない
霞「弘世菫。貴女はここで……」
とにかく先にぶん殴る事を目的に、拳を固く握り締める
霞「潰す」
菫(左ジャブで牽制し、右ストレートでとどめだ。鳩尾に突き刺してやる)
と、そこで
菫「くそ…!」
とんでもない事実に気付く
菫「仁美ぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
遠くでこちらの様子を窺っている仁美に届けと、必死で叫ぶ
菫「変身はどうやるんだ!!!?」
To be continued
今回から次回予告はその場のノリでなく本編のプロット立ててから書くことにします
本編投下日である日曜になる前に予告投下→日曜本編みたいな
あと、「あーね」の使い方教えてくれてありがとう。新道寺の方言講座ss読んで参考にしたんだけど、どうもまだ怪しいわ。もっかい読んでくる
日本全国ほとんど行ったけど、九州四国だけは足運んだこともないんでほんと今度旅行行きたい
魔法少女シャープシューター☆スミレR
「遅くなったけどはじまるよ!」メェー
前回までの魔法少女シャープシューター☆スミレRは!
「なんだこれはあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「極道かい」
「うんとこしょー」
「魔法少女とは、この世の法則より解放されしモノ」
「暴走風潮被害?」
「魔法少女として強くなれ。そうすれば、魔力は増える。風潮を抑える力も増えるやろ」
「お前、ジンギスカン定食頼むのか…」
「くすくすくす……」
「そして、只今ライバル募集中!!」
「よし分かった。その喧嘩言い値で買おう」
「仁美ぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
「変身はどうやるんだ!!!?」
霞「ふえ?」
仁美「……おお!」
呆気にとられ、間抜けな声を喉から漏らす霞。
ポン、と手を叩く仁美。
菫「仁美!急げ!おい!緊急事態だ!」
その中で菫は今、ただ一人必死だった。
ちょっと力を入れたくらいで自動卓を真っ二つにするような生き物を生身で相手にしたらどうなるか。想像したくもなかった。
菫「仁美ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
仁美「そういえば教え忘れとったわ」メハハハハ
遠くから仁美が笑う。距離は離れていたが、上手い事風にのって、羊の笑い声は良く菫の耳に届いた。
菫「笑ってんじゃないぞこらーーーーーー!!」
霞「…」
構えを解いて立ち尽くした霞の片肩から、襦袢がずれる。非常に古典的な呆れの表現だと菫は思う。ツッコんでやりたかったが、生身のままではちょっと怖い。
菫(と、とにかく!今の内に変身しなければ!)
見栄えも口上も何も無いグダグダだった。
仁美「集中して心の中で念じれば良か〜」
菫「それだけか!えらい味気ないな!」
霞「……慣れてきたら、色々用意すればいいのよ。ほら、イチロー選手のバット立てる動作みたいに、ルーティン組んで集中力上げるの」
菫「なんで敵にアドバイス貰ってるんだ私は!」
仁美「ツッコミ入れまくりやなー」
菫「あああああああっ!くそっ!兎に角!変身!!」
ヤケクソ気味にそう叫ぶ。すると、直後身体に違和感を感じ始める。
魔法少女シャープシューター☆スミレR
第4話
「はやりにおまかせ☆」
菫「っ!これは…」
戸惑うように手の平を見つめる菫。
姿形こそ変わらなかったものの、次から次へと力が溢れ出すようだ。身体が軽い。感覚が研ぎ澄まされる。
ちょっとした万能感すら感じて手を何度か握り開きしてみると、それから正面を向いた。そこでは霞が感心したように菫の顔を見つめている。
仁美「成功っちゃ!」
相変わらず遠くから仁美。
霞「へえ…凄いじゃない。初めてだったのにあれだけのアドバイスで一瞬で変身出来るなんて」
菫「集中力には自信があるんだ」
霞「そう」
菫「ついでに言えば、今なら誰にも負ける気がしないな」
霞「くすっ…」
挑発気味な笑みを作って霞に言ってやると、向こうも笑みを零した。嬉しくて堪らないという笑み。
霞「今日は味見だけのつもりではあるけど…すぐには沈まないでね?」
菫「努力するさ」
再び構えをとる霞。合わせて拳を握る菫。ジリジリと距離を詰め合い、相手の間合いを測る。
菫「ふっ!」
先に動いたのは菫だった。軽く地面を蹴って3歩で霞に肉薄する。霞はまだ動かない。
菫(このまま鳩尾に突き刺してやる)
先手必勝とばかりに右フックを叩きこもうと腕を振った瞬間…
菫(は!?)
霞の姿が消え、同時にぐるりと地面が回転した。
菫「がふっ!」
霞「マジカル背負投…」
仁美「マジカル…?」
菫「ごふっ!かはっ…!」
受け身も取れぬまま、背中を強かにアスファルトの路面に打ち付けてもんどり打つ菫。
霞の言を信じれば、どうやら菫は背負投で投げられたらしい。
仁美の小声でのツッコミに応えてくれる者は誰も居なかった。
菫「がふっ!おえっ!げふっ!」
霞「くすくす…」
菫(馬鹿な…!組まれたことさえ気付かなかっただと!?)
霞「動きが鈍いのよ。そんなんじゃ投げてくれって言ってるようなものだわ」
菫「はぁ…はぁ…」
酷く呆れたような霞の声が聞こえる。だが、今の菫にはそれどころではなかった。背中がバラバラになりそうなほどに痛い。
呼吸が乱れ、まともに酸素を吸い込めない。身体が動かない。気分が悪い。吐き気もする。思わずえづいてしまう。
菫(嘘だろ?こんな、たった一発の投げで…)
霞「それに、ちょっと投げられただけでもうこの体たらく。遅くて、脆い。これは予想以上に期待はずれだったかしらね?」
菫「こ、の…!」
侮辱の言葉に激しい怒りを覚え、気合でなんとか首だけを起こして相手を睨みつける。
霞「なんだかもう満身創痍って感じねぇ。初撃から手加減少なすぎたかしら」
菫「な、めるな…あ!」
地面を拳で殴りつけ、その反動で立ち上がる。背中が悲鳴を上げたが、それでもなんとか立ち上がることに成功した。
霞「あら。頑張るわねぇ」
感心と嘲笑の声。まるで軽く見られているのを自覚し、頭に血が上る。
菫「まだまだ始まったばかりだ」
虚勢とは自覚しつつも、譲れないものがあった。
霞「終わっておいた方が幸せだったと思うわよ?」
菫「だから、何度も言っているだろう。舐められるのは好きじゃない」
拳を固めて再度突進する。
菫「舐められっぱなしで終われるか!」
霞「くすっ」
菫「はっ!?」
霞「マジカル足払い…」
今度は足払いで軸足ごと刈られ、再度地面に突っ伏す。今度はなんとか受け身に成功する。
菫「くそっ…!」
直ぐ様立ち上がり再度攻撃に転じようとする菫だが
霞「そして!」
菫「!?」
霞「受けなさい!プリティーかすみんステッキ!」
菫「ああああああああああああ!!」
アスファルトに置いた手のひらに力を込め、立ち上がろうとした瞬間、先程霞の胸の谷間に収納してたはずの杖が背中に突き立てられる。
菫「ああああああああああああああああああ!!?」
グリグリと先端で背を躙られ、余りの痛みに悲鳴をあげる菫。
霞「あははははは!説明するわよ?プリティーかすみんステッキは魔力によって強化してあるの!飛んできた硬球を卵みたいに粉砕する強度と重量を誇るわ!」
笑いながらステッキの先端を刀で突き立てるように抜き差しし、菫の身体を何度も突く霞。
菫「あうっ!あぐっ!ひぐっ!!」
その度に短い悲鳴が菫の口から漏れる。
霞がその責めに満足し手を休めるまで、実に34回の突きが菫の背中のあちこちに突き刺されていた。
その間菫に出来たのは、うつ伏せになり、亀になったまま背中の筋肉に力を入れて、霞の攻撃が一刻も早く止むのを祈る事だけだった。
菫「うううううう…」
余りの痛みと悔しさの余り、無意識に涙が出ていた。
早く拭いたいと思っうものの、しばらくはそれすらもする事が出来ずに呻くだけの菫。
霞「あらあらあら。ごめんなさいね?ちょっとやり過ぎちゃったかしら。雛鳥ちゃんにはキツ過ぎた?」
菫「泣かしてやる…泣かしてやる…」
霞「へえ。まだそういう事言えちゃう」
背中越しの霞の嬉しそうな声が菫の耳に届く。圧倒的な絶望感。だが、それすらも凌駕する怒りが沸々と菫の腹の奥底を満たし始める。
菫「絶対に…泣かせてやる!」
霞「泣いてるのは自分ですけれどね」
菫「五月蝿い!!」
そう叫び、奇襲気味に目の前にちらつく霞の脚に飛びついた。
タックル気味に太ももに食らいつき、そのまま引きずり倒そうと持ち上げる。だが
菫「ふっ!…ふっ!……ふんっ!」
霞「非力ねぇ」
菫「な…」
体勢的には完璧に決まった筈のタックルに、霞の身体がピクリとも動かない。
まるで大木を持ち上げようとしているようだった。
菫「…」
恐る恐る顔を持ち上げ、霞の顔を伺うと
霞「ふふっ」
哀れみの表情で冷たい笑みを浮かべる霞。
菫「……このデブが」
霞「あら。ならそのデブの体重を支えてみる?」
軽口に対するカウンターは迅速かつ強烈だった。首根っこを抑えられ、そのまま押し潰される。
菫「あ…」
ベシャッ。と音を立て、菫の身体が地面に対し三度目うつ伏せに張り付けられる。今度は霞の身体による重しのオマケ付きだ。
霞「よいっしょ」
軽い掛け声とともに菫の身体がめくり返される。何の抵抗も出来なかった。
仰向けになった菫の顔を覗き込み、驚愕に見開いた瞳を確認すると、薄く笑って必殺の宣言が下される。
霞「必殺!マジカルプリティー上四方固め!」
菫「むぐっ」
非常に地味かつ厭らしい必殺技だった。
それまでの一部始終を遠目に観察し、仁美は溜息を吐く。
仁美「はぁ…」
数百メートル先で、菫が完全に極まった上四方固めの下で藻掻いている。
菫の頭側から両肩の下に、霞の両手が滑り込む。しっかりと制服のベルトを掴み、そこを軸に両脇を締めて、腹で菫の顔を押し潰すように抑え付ける。
セオリー通りしっかりと張られた胸は規格外サイズのおまけを伴い、柔らかい乳房が菫の顔をすっぽりと包み込んでいる。あれでは呼吸は一切出来まい。
脱出しようにも腕が脇で締め付けられてロックされているので、あれではもうどうしようもないだろう。
唯一自由の効く下半身、長い脚をこれでもかと振り回し拘束から逃れようとしている菫だが、霞は微動だにしない。
客観的に見てもう駄目っぽいな。と思った。
仁美「あー。まっずかこれー。今の内に逃げとこうか」
あれだけ派手に暴れたら、観戦の方向次第でスカートの下見えるやろなー。などと呑気な事を考えつつ、薄情な事を呟く仁美。
仁美(まあ、そういう訳にもイカンのがマスコットの辛いとこやね)
なんとかしてこの場を切り抜ける策を見出そうと、頭を捻る仁美。
仁美「……アカン。これ詰みですわ」
諦めが早かった。
菫「がああああああ!!」
霞「ねえ、その程度?その程度?その程度なの!?ほら!ほら!ほら!
全力を振り絞り霞を跳ね除けようと叫ぶ菫の悲痛な声が、霞の胸の下でくぐもって外に響き渡る。
対する霞は自身も興奮しているのか、頬を朱に染めつつ菫を煽る。何度も腕の力を入れたり抜いたりして緩急を付けて揺さぶっているのが見て取れる。
仁美「せめて死ぬな。菫…」
なむなむ。と両手を擦り合わせて適当に拝む羊。
菫「こひゅ…ふ…は…」
仁美「あ」
やがて、菫の動きが鈍り始める。バタつかせていた脚が持ち上がらなくなり、悲鳴も叫びも聞こえなくなった。
代わりにピクピクと身体が痙攣を始め、霞が鼻を鳴らす音が一つ。
霞「あら。もう力尽きちゃった?」
そう言ってゆっくりと菫の上から身体をどかすと、菫の反応が無い。
菫「…」
霞「白目剥いてるわ」
仁美「Oh…」
立ち膝のまま、仁美に聞こえるようにそう言ってきた。
霞「お〜い。起きなさーい」
それからすぐ、白目を剥いたまま菫の頬を軽くぺちぺちと叩き始める。
菫「う…うう…」
霞「良かった。気が付いたわね?」
うめき声が返ってくる。どうやら大事は無いらしい。反応を受けて、霞が優しげに微笑む。
菫「う…あー?」
目を覚ます菫。だが、眼の焦点が合っていない。頭に酸素が行き渡っていないようで、呆としたまま虚空を見つめている。
霞「大丈夫?」
そんな菫を心配してか、菫の目の前で手のひらをヒラヒラとさせたり顔を覗きこんだりする霞。
菫「あ、あれ?私…」
ようやく脳が再起動したのか、菫の瞳に理性が宿る。急速に現状を把握し始める。
菫「あ…」
そして、そこで気付く。
菫「わ、私は…」
愕然とした表情の菫。その眼前、3センチも見たない位置で
霞「そう。貴女の負けねぇ。滑稽で、無様な敗北の味はどう?」
勝ち誇る勝者。
菫「…っ!!ま、まだだ!まだ…」
霞「そうね」
菫「え?」
負け惜しみにまだ終わっちゃいない!と叫ぼうとした菫。
だが、霞は思った以上に無慈悲だった。菫が霞に対して敵意の混じった視線を送った瞬間、すでに次の行動が完了していた。
即ち
霞「私の必殺技パート2。マジカルプリティー袈裟固め」
これまた地味だった。
菫の首の後ろにいつの間にか霞の腕が回っている。抱きかかえるようにして上体の自由を奪う。
自分の胸側にある菫の腕を脇に挟み、ロックして殺す。菫の顔を覗き込むように顔を近づけて、上体でしっかりと抑え込む。
菫の顔半分が大き過ぎる霞の胸に覆われ、鼻と口が塞がれていた。片方の足を前に伸ばし、もう片方の足は膝を立ててバランスを取る。完璧な袈裟固め。
菫「がふ…」
霞「この技、相手の顔がよく見えて好きなのよね。必死に藻掻く表情も、苦しんでいる表情も、抜け出せないと悟って絶望する瞬間の表情も」
菫「ぐ…ふ…」
霞「どれも最高に可愛いの」
意識を回復して間もなかった菫は体力までは回復しきれなかったようで、抵抗も小さい。必死に手足を動かそうとはしているが、傍目に見ても無駄な抵抗だった。
菫の足がパタパタと力無く地面を叩く。対する霞は赤くなったり青くなったりする菫の顔をじっくりと観察しながらくすくすと笑っている。
仁美「…」
仁美(仕方なか。こうなったら羊催眠でその辺の通行人操って襲わせて、その隙に離脱を…)
悪の怪人でも躊躇うような下衆い作戦を思い付き、実行しようとコソコソと場を離れ始める仁美。
だが、その仁美の後ろから、彼女にとって聞き覚えのある声が響き渡る。
「仁美ちゃん?」
仁美「!!」
電撃に打たれたように跳ね、凄まじい勢いで振り返る仁美。
美子「やっぱり…」
そこには
仁美「美子…」
今、一番会いたくなかった人物の一人。
菫「ぜは…こひゅ…」
霞「はい。それじゃあこの技はここまで。ふふ。気絶されたら起こすのが面倒だしね」
袈裟固めを解き、そのまま大の字に伸びてピクリとも動けなくなった菫を見下ろして霞が笑う。
菫「ぜ…は…はふ…」
息も絶え絶えの菫は酸素を求めるが、大きく呼吸をする体力すら残っていなかった。
もうしばらくして回復し始めたら、恐らく霞はまた攻撃を仕掛けてくるだろう。
それが怖いと感じてしまい、そんな自分に腹を立てる。
霞「ふふ…だらしない顔。舌が出てるわよ。噛まないように気を付けなさいね。涙と鼻水も涎も垂れ流し。艶っぽいけど汚いったら」
菫「この…くそ…くそ…畜生…畜生…」
目の前の相手に、崩れた顔を見せたくなかった。
だが、現実には身体が意識に従ってくれない。悔しさで気が狂いそうになる。
霞「はしたない言葉使いねぇ。でも、良いわ。まだ心折れてないのね?私のライバルとしてはそれくらいの根性は必須ですものね」
菫「絶対に勝つ…お前にだけは…ぐ…ああああああああああ!?」
霞「一方的過ぎて欠伸が出ちゃう」
倒れた菫の胸骨の辺りに、足を乗せて体重をかける霞。グリグリと踏みにじり、痛みと屈辱感だけを増幅させる。
菫「うあああああああああああああ!!殺す!殺す!殺す殺す殺す殺す殺す殺す!絶対にぶっ殺してやる!!」
痛みに、遂に魔法少女にあるまじき呪いの言葉を叫んでしまう菫。
霞との戦闘に入ってから、今までの人生において体験したことがないほどの憎悪が急速に膨れ上がるのを感じていた。
美子「うわ…やりすぎぃ。そろそろ止めなアカンね」
菫達の方を見て冷や汗を垂らす美子。どうやら戦闘狂は霞の方だけらしい。内心胸を撫で下ろす仁美。
美子「だから、お話は早めにちゃちゃっと済ますとよ?仁美ちゃんも、相棒これ以上苦しめられるのは嫌やろ?」
正直、有り難い申し出だと思った。あの気の強い女ならそうそう心折れる事は無かろうと踏んでいたが、あそこまで一方的だとどうなるかわからない。
早めに美子に止めて貰えるなら止めて貰いたい。だが、そう易易と話を進めて良いものか、仁美は少し迷う。
第一、出来れば美子との話は避けたい事情もある。
仁美「何故お前がここに居る」
相手方の目的が読めない。疑問が色々と有った。それらをここで少しでも多く解消したい。
美子「何故って…わかるやろ?霞ちゃんが私のパートナーで、今日は霞ちゃんの東京への用事の付き添い」
仁美「用事?」
美子「進学の準備…っと、なんで私が仁美ちゃんの質問に答えとるん?仁美ちゃん、あっちの、ええと…わ。弘世さんや。心配や無いん?」
仁美「……ここで会ったのは偶然と言いたいんか?」
美子「うん。正直、私も内心びっくりしとる。まさかここで再会するなんて。って」
仁美「…」
美子「霞ちゃんがまたライバル候補見つけた、って喜び勇んでただけなんやけどね?」
仁美「噂には聞いておったけど…ほんまにそれだけの理由で魔法少女潰ししてたんかい。マジ迷惑っちゃ」
美子「ごめん。でもこっちにも色々複雑な事情が有ったりなかったりするんで…」
そこで口篭る美子。また脱線していた事に気づき、そうじゃなくて!と頭を振って話を戻す。
美子「用事も済んだし、こっちで見つけた風潮被害者も一人退治したし、明日帰る前にちょっと挨拶って出かけたから心配になって追いかけてきたっちゃ。そしたらこれ」
仁美「早く止めんかうっとおしい」
美子「それはわかっとるけど…仁美ちゃん、私の質問に答えてくれる?」
仁美「…」
美子「答えてくれたら、すぐにでも止めてあげるとよ」
仁美「……言ってみい」
それじゃあ、と頷いて美子。真剣な眼差しで仁美を見て、問う。
美子「どうして私達を裏切ったと?」
仁美「…」
菫「ああああああああああああああああああ!!!ああああああああああああ!!」
裏返るような菫の悲鳴。
仁美(そろそろ限界か…)
美子「霞ちゃん、そろそろその辺で」
いい加減可哀想になったのだろう。仁美の返答の前に美子が霞に静止の声をかけようとする。
仁美から目線を逸らし、霞の方を向いた美子の横顔を見て、仁美は…
仁美「メヘ」
嗤った。
菫「ああああああああああああああああああ!!!ああああああああああああ!!」
押し殺そう、押し殺そうと思っているはずの悲鳴が次々と口から漏れる。
菫はそれを恥だと感じる。今の悲鳴など声が裏返っていた。平静なら恥ずかしいと思う程度だが、今は違う。
霞「ふふ。大きい声が出たわね。可愛い声よ?ハスキーボイスが素敵ね。貴女」
菫「この…ぐふっ!」
鳩尾を軽く蹴られた。さっきから好き勝手に自身の身体を足蹴にしてくれる敵に、自分から悲鳴を絞り出そうとする憎むべき敵に
ただただ殺意と怒りの視線をぶつける。こんなにも自分の無力を感じたのは初めてだった。…いや、初めてではなかった。
菫(だが、こんなにも『相手に』ムカツイたのは確実に初めてだ!)
それで、色々と思い出してしまった。さっきまでとは比較にならないほどの怒りを霞に覚える。
だが現実、目の前の相手に対して一矢報いる方策も手段も思い浮かばない。
菫(だが、このままやられっぱなしで終われるかよ。絶対にその余裕の表情を歪ませてやる)
そこで仁美のことがふと気になり、横目でさっきまで彼女が居た方を見やる。
いや、別に彼女に期待したわけでは無い。無いと思う。無い筈なのだが…なんとなくだ。
菫(……何やってんだ?)
すると、先程までは居なかった筈の誰かと相対して何やらおかしな動きを…
仁美「メーッハッハァアアアアアアアアアア!!!」
辺りに、ゴキゲンな羊の笑い声が響いた。
霞「なっ!?」
驚き、声の方向を見やる霞。するとそこには
菫「…おお…もう…こいつは…」
ぶっ倒れたまま、菫も思わず情けない声を漏らす。
なんというか、酷い話だった。
仁美「魔法少女プリティーかすみん!!この女ん命は預かったーーーー!!」
美子「えっと…ごめん。霞ちゃん」
霞「美子ちゃん!!」
菫「お前…仁美…」
戦闘(一方的に蹂躙だとは認めない)によるダメージや疲労のためでなく、精神的な疲れから力無くそう呟く菫。
菫(しかもあの子、よく見たらインハイで私と対戦した安河内さんじゃないか)
霞「止めなさい貴女!美子ちゃんを離しなさい!!さもないと酷いわよ!?」
そう言う霞だが、明らかに狼狽しているのは誰の目にも明らかだった。大の字に転がる菫から脚を退け、仁美の方に向きやる。
仁美「おおーっとぉ!動くんじゃねぇ!一歩でも動いたらこん女の大事な冠羽がバッサリよ!!」
美子を組み伏せ、極上のゲス顔で羊。
ハサミを美子の髪の立っている部分に寄せてシャキーンシャキーンと鳴らす。黒くて長い事務用のやつだ。
菫(どっからそのハサミ出した)
内心ツッコミを入れる菫。もう声を出すのも億劫だった。
霞「やめて!威嚇でもやめて!!お願いだから!!」
仁美「動くんじゃなかぁあああああああ!!」
シャキシャキシャキシャキシャキシャキ シャキーン
高速でハサミを鳴らし威嚇する。目が血走っており、かなり危ない。
霞「いやああああああああ!!」
菫「お前…その子、チームメイト…」
仁美「メェエエエエエッヘッヘッヘーーーー!!」
美子「仁美ちゃんずるかぁ…質問に答えてもくれんし」
浮かない顔で美子がボソリと呟いた。
霞「やめて!お願いだから!ねえ!!」
仁美「なら交換条件…分かっとるよなぁ?ええ?」
悪そうに笑って交渉に移る仁美。局面は大きく変わった。
ただ、美子を人質に交渉を優位に進める仁美と、ぶっ倒れたままの菫を人質に取ろうともしない霞。
菫(どこで差が出たのか。慢心・環境の違い。あと、性格やら信頼関係やら…)
胸中で呟いていて泣けてきた。この涙は拭わなくていいと思う。
霞「くっ…!わ、分かったわ…あなた達にはこれ以上手を出さないから…」
ギリ、と歯を鳴らし、拳を握りしめて霞。
菫(こっちが完全に悪役だ!?)
仁美「おおん?手を出さないから?随分と強気に出たもんたいなぁ?あん?」
無駄に眉を寄せたり顔を歪めたり顔を上げたりして挑発する羊。
調子に乗ってヒーローに逆転されるタイプの小悪党を連想させ、菫は実にヒヤヒヤする。
霞「こ、この…!」
涙目になり仁美を睨みつける霞。足元には倒れたままの菫。
菫(やめろ!無駄に挑発するな!)
結構な死活問題として胸中そう叫ぶ菫。
美子を抑え付けたまま、余裕たっぷりに霞に命令する仁美。
仁美「さて、それじゃあまずはうちの要望に従って、無抵抗主義貫いて貰おうか。安心せい。あくまでこちらの安全を確保するのが第一とよ。やり過ぎたりはせん」
霞「……わかったわよ。で、どうすればいいの?」
仁美「そうさなぁ…おい、菫!そろそろ起き上がらんか!魔法少女の回復力ならいけるはずやろ!」
菫「無茶言うな…くっ…だ、だがなんとか立ち上がれた」
仁美の声に答えるように、ふらつきながらもなんとかっ立ち上がる菫。
仁美「よーし!なら菫!思う存分さっきの仕返しっちゃ!」
菫「えー…」
仁美「…」
菫「流石にそれは…ちょっと…あれだけやられてそういう仕返しは格好悪いというか、沽券に関わるというか。プライドが許さん」
渋る菫。というか、この局面でその行動は、菫にとっても譲れない部分だった。
仁美「ぬう…甘い奴め。くだらん。目的を達成するのが至上やろうが。出来るだけ汗をかかず、危険を最小限にし、バクチをさけ、戦いの駒を一手一手動かすのが魔法少女の戦いには必要なのに」
菫「はあ」
仁美「即ち!どんな手をつかおうが…………最終的に…勝てばよかろうなのっちゃァァァァッ!!」
ウィンウィンと美子の髪の毛をギターに見なしてかき鳴らす真似をしつつ仁美。
菫「お前、今、実に生き生きしてるな」
菫の声に返事はなかった。
霞「ふう…仕方ないわね」
菫「……石戸?」
霞「美子ちゃん」
美子「霞ちゃん、気にしないでやっつけてもええよ。ちょっと怒った」
霞「嫌よ。お友達を犠牲にしてまで暴れるのは本意では無いわ」
肩を竦め霞。
菫「耳に痛いわ」
肩を落とし菫。
霞「で、どうするの?」
霞が菫に聞いてくる。
菫「ん?あ、ああ…」
返答に困ってしまう。
霞「もうこうなってしまっては仕方ないわね。これは完全に先走った私のミスです。今回は敗北を認めましょう」
思いの外潔く諦め、敗北を宣言してくる霞。だがそれを認めては菫だって立つ瀬がない。仕方ないのでこういう提案をしてみる。
菫「いや。それは困る。私もまだ負けを認めるつもりはないが、あのままやっても嬲られ続けていただけなのは認めざるをえないしな」
霞「あら殊勝」
くすくすと笑われ、肩を竦め返してやる。我ながら無茶苦茶を言うじゃないか、と苦笑しつつ尋ねる。
菫「今回は痛み分けということで勘弁して貰えないだろうか?」
霞「痛み分け、ねえ」
菫「…」
目を細め、笑う霞。だが目は笑っていない。言いたいことがわかってしまい、気が狂いそうになる。
悔しくて堪らない。菫のプライドは今晩だけでボロボロに傷付いていた。
霞「ま、そういうことにしておきましょう」
何か言い返そうとして、諦める。代わりに仁美に美子を解放するように告げてやる。
今回の一番の被害者は彼女だ。何も悪くないのに羊の毒牙にかかって。本当に申し訳ない。
菫(って、保護者か私は)
菫「決まりだな。仁美。安河内さんを解放してやれ」
仁美「メェ!?」
菫「大丈夫さ。もう今夜は戦いの雰囲気では無いよ」
仁美「むぅー…」
頬を膨らませる仁美。
菫「私を心配してくれていたんだろう?それは有り難いし、正直助かったが私をこれ以上情けない気分にさせないでくれ」
仁美「わーかったっちゃ。ったくこの強情馬鹿」
ノロノロと、未練がましくしつつも美子を解放してやる仁美。
霞「大丈夫だった?美子ちゃん」
美子「うん。ごめんね霞ちゃん」
霞「ううん。こっちこそごめんね」
とてててと霞の方に駆け寄り、無事を喜ぶ霞に抱きしめられる美子。
お互いに短い会話を交わした後、霞の背中に隠れて仁美にあかんべーをしてみせる。
仁美「ぐぬぬぬ…」
霞「……約束だから、今日はこれ以上手を出さないわ。次会う日がいつになるかはわからないけど…せいぜい怯えながら強くなっておきなさい」
棒立ちに突っ立って一連を眺めていた菫に、霞が告げる。止せばいいのに、負けん気が先行する。言われっぱなしで終わるつもりはなかった。
菫「いずれ借りは返させて貰う」
霞「…」
霞の口角が釣り上がる。
菫「覚えてろ。絶対に復讐してやる」
既に先程までのダメージはほとんど回復していた。調子を取り戻して、霞を睨みつけたまま一歩前に出る。
菫「今度はお前を地べたに這いつくばらせて、悲鳴をあげさせてやる。自分から許しを請うまで嬲り尽くしてやるからな」
霞「…くすっ。良かった。今日貴女に会えて。やっぱり私の見込んだ通りの子だったわ。今日もっと虐めてあげられなかったのが残念だけれど」
菫「ああ。そういえば今日はまだやられっぱなしだったな。勿体無いな。今なら先程よりは上手く戦える気がするんだが」
霞「強気ねぇ。なんならもう一戦だけやってみる?」
霞が一歩前に出る。
菫「いいね。今度こそ一太刀食らわせてやりたいところだ」
菫、更に一歩前に。
仁美「ヒートアップしとる…」
仁美の不安そうな声が聞こえる。
美子「仕方ないなぁ」
美子の呆れた声も霞の背から聞こえる。
お互い掴み合いに突入しそうになった瞬間
「こらこらそこー!ケンカはやめなさーい!」
菫「へ?」
霞「あら?」
やたらにきゃるんきゃるんした声が辺りに木霊した。
菫「誰だ!?」
霞「この声…」
美子「どこかで…」
声の出処を探して辺りをキョロキョロ見まわる3人。
仁美「あそことよ!!」
一人離れた位置に居た仁美が一番先に気付き、一点を指差す。
全員でそこを見やると、そこには一本の街灯があった。その上に誰かがいる。
菫「あ、あれは!!」
既に夜は漆黒に更けていた。風が吹く。
その風にヒラヒラとした服をたなびかせ、叢雲がかかった月光をシルエットに、ピースを横にして目の前に置いたポーズ。
菫(格好いい!?)
甚く菫のツボを突くポーズ。
霞「誰!?」
叫ぶ霞。
「ふっふっふ…」
美子「えっと…」
困惑する美子。
「出会いの数だけ別れがあると、わかっているのに恋をする!」
ビシ!とピースを象っていた菫達を指差し、人影。
「涙を知らない人よりも、優しい別れを知る方がきっと幸せ近づいてくる!」
そこで右腕を掲げ、そのままくるりと一回転し、口上再開。
「夢を見て、夢に酔い、夢に飛び、さすらいながら明日を掴む魔法少女!」
左肘を曲げて胸の前に突き出し、その上に右腕を乗せて決めポーズ。
「とうっ!」
跳んだ。
「そう!人は誰でもローリングドリーマー!」
シュタッ。と重さを感じさせない音を立てて菫達の前に降り立ち、その頃には菫達にもその人物の顔がはっきりと見えていた。
菫「あ、貴女は!!」
驚く菫。その顔を見て満足したのか、にこりと笑い、その人物は最後の名乗り口上を完了させた。
はやり「愛と平和と破壊の使者!星の魔法少女マジカル☆はやりん推参!」
そこには、プロ麻雀カードと寸分違わぬフリフリの衣装のはやり。
霞「あら。瑞原プロじゃないですか」
はやり「ああん!霞ちゃん意地悪!魔法少女は簡単に正体知られちゃ駄目なんだってばぁ☆」
仁美「いやいや、見た目いつもと一緒やし」
美子「有名人なんですからそういうの控えて下さい」
はやり「みんな酷くない!?」
九州勢にボコボコにされ、涙目で抗議する。
それを見て、菫は
菫「な…ななな…」
菫「はやりんが魔法少女だとぉおおおおおお!!?」
仁美「ん?あれ、今、菫。お前風潮が…」
美子「『弘世菫がはやりんの大ファンである』という風潮?ねえ仁美ちゃん。この人魔法少女だよね?今、新しい風潮被害が増えた気が…」
菫「は、はやりん!ずっと前からファンでした!!」
霞「あらあら」
はやり「え〜?ほんと!?どうもありがとう☆」
はやり「とにかく!」
ビシ、と指を立て、はやりが大きな声で宣言する。
はやり「二人共。魔法少女同士で喧嘩は駄目だぞ☆」
ジト目で二人を睨み、強目の口調で諌めてくる。
霞「う…」
驚いたことに霞でさえもたじろいでいるようだ。
無論はやりんの大ファンである菫も、憧れの人に叱られては反論のしようがない。
菫「す、すみません…」
はやり「うんうん☆仲良き事は美しき哉。仲良く、仲良く☆」
霞「わ、わかりました。恩人である瑞原プロに言われては、ね。ごめんなさいね弘世さん」
菫「あ、ああ…まあ、うん。こちらこそ…?」
それでも感情的には納得いかないが。処世術というやつだろう。お互いに一応の謝罪を交わす。
菫(けど、こいつの目見てたらよく分かる。本当はまたいつでもやってやるって顔してる)
無論菫とていつか霞の顔を歪めるという予定を変更するつもりは一切ないが。
はやり「で、どうしたのかな?二人の喧嘩の原因は?」
霞「あう」
菫「あ〜。それは…ですね」
仁美「そんならうちが!」
美子「私が話します」
溜息を吐きつつ美子。
菫「うん。そうだな。それがいい」
ここで仁美に喋らせるとまたややこしくなりそうなので、任せることにした。
美子が話しを終え、はやりが納得したように頷く。
はやり「ふんふむ。なるほどなるほど、なるほど〜」
菫から見ても、美子の説明は実に公平だった。公平過ぎてつまり
はやり「それは霞ちゃんが悪いね」
霞「…」
当然全ての原因に非難の矛先が行った。
菫(ざまあみろ)
平静を装いつつ脂汗を流し目を泳がせる霞。
菫(心なしかそのクソ生意気な胸も萎んで見える)
偏見だった。
はやり「っていうか、菫ちゃんも簡単に挑発に乗ったら駄目だよ。初めての戦闘で、良く無事だったね?」
菫「ぐ。す、すみません…」
かすみ「べー」
はやりに見えないよう、声に出さずに舌を出してくる。
菫(なんて性悪なやつだ!)
はやり「で、霞ちゃん」
霞「はい!」
くるりと振り返ったはやりに、弾かれたように背筋をしゃんと伸ばして返事をする霞。
菫(なんか変だな、こいつ)
さっきの恩人発言といい、どうも菫の心に引っかかる。
表情に出ていたのだろう。横から美子が教えてくれた。
美子「霞ちゃん、過去に風潮被害で暴走した時に瑞原プロに鎮圧された経験があるの」
菫「そうだったのか」
美子「正確に言えばボッコボコにされた後で浄化される直前に辛くも逃げ出したって感じなんだけど…」
菫「ふうん」
霞「美子ちゃん!あんまり人の恥ずかしい過去バラさない!」
顔を赤く染めて霞。
はやり「で、霞ちゃん」
霞「あ、す、すみません。なんでしょうか」
はやり「ちょっと、お仕置きが必要かな?」
にっこり。優しげなほほ笑みでとんでもない事を言うはやり
霞「え…」
青褪める霞。
はやり「ちょっと頭冷やそうか」
霞「は…」
はやり「いっくよー!」
霞「待って」
はやり「えーい!マジカル☆レッグ・ラリアット!!」
慌てる霞を余所に、膝を突き出した状態で跳躍し、凄まじい速度で太ももを霞の胸元にぶち当てる。
霞「ごふっ!?」
あれだけ菫が踏ん張っても微動だにしなかったというのに、たったそれだけでもんどり打って倒れる霞。
はやり「追撃☆」
よろめき立ち上がろうとする霞の後ろに一瞬で回り込み、腋下に頭を入れて両腕で胴をガッチリと掴む。
はやり「マジカル〜…」
霞「や、止め!その技は!」
はやり「バック☆ドロップ!」
霞の身体を軽々と持ち上げ、自ら後方に反り返るように倒れ込む。
はやりのヘソを中心にして、美しい弧が描かれた。
菫(魔法少女ってすごいなぁ)
霞「ぐえっ」
肩から派手な音を立てて地面にめり込む。アスファルトに皹が入る。
はやり「うん☆こんなものかな?どう、反省した?」
霞「いたたたた…しました」
菫(しかもそれで痛いで済むんだ)
はやり「よーし!それなら、一件落着☆今日も良い事したぞー」
菫(〆に入ってる!)
怒涛の展開に、ただただ呆然とする面々。
菫は気付く。この面子で、自分しかツッコミが居ない事に。
菫(一体どうすればいいんだ!)
頭を抱え、本気で悩む。
はやり「それじゃあ、良い子のみんな☆」
菫(どこの子!?)
虚空に向かってなにやらつぶやき始めるはやり。
はやり「風潮被害に魔法少女同士の喧嘩、浮気調査に未解決事件。円高ハイパーインフレ、パソコンの不調、漫画の作者の怪我・遅筆。どんな不具合も魔法でパパッと解決☆」
はやり「一人で悩んでないですか?」
はやり「あなたの現在の悩みは、誰かに相談する事で解決する可能性があります」
はやり「例え解決しなくても。一緒に悩んであげることくらいは出来るんだよ。だから、まずは相談してください」
はやり「それは置いといて」
はやり「トラブルは」
はやり「はやりにお任せ☆」
ただひとつだけわかった事がある。
菫(嵐が来る)
To be continued
まだ月曜の夜でいいよね?一日遅くなりました。
明日以降平日はまた百合部屋の方です。来週こそ日曜にやりたい。
おやすみー
次回予告
「明日から住む所どうするかな…」
「お隣さんに挨拶とよ」
「君は…」
「暴力はんたーーーい!!」
「次会ったらあの奇乳絶対泣かす」
「やっぱりはやりんは格好良いなぁ」「菫、お前また風潮が…」
「お前はなんの為に戦う?」
「いーちー。にーいー…」
「感じる…!風潮被害者を!」
「今度こそ、初仕事だ」
「変身!!」
「愛と希望と[ピーーー]の使者!!」
「魔法少女シャープシューター☆スミレ!」
「ここに推参!!」
「さあ」
「豚のような悲鳴を上げろ」
魔法少女シャープシューター☆スミレR
第5話
「結構楽しいな、これ」
日曜深夜投下予定です。ヘタしたらまた月曜になるかも(白目)
あと、↑の[ピーーー]のところの単語を募集してみます。
もしこんなのどう?って単語があれば書いてってください。
面白いのあれば採用します。ssにもちょっとだけ影響させます。お遊び程度に。
期限はそこが初出するとこを投下するまで。
少ないと寂しいので、良かったらレスください(乞食)
企画
【ぼくのかんがえたまほうしょうじょとくせい。菫さんver.】
例
霞→愛と正義と『憎しみ』
はやり→愛と平和と『破壊』
この『』内
『暴虐』とか『復讐』とか
『総滅』や『根絶やし』とかにして前口上で手を合わせながらお辞儀しつつ
「ドーモ、(風潮被害者名)=サン。はじめまして、SSSです。風潮被害者滅ぼすべし」
とか言わせよう
魔法少女シャープシューター☆スミレR
「また遅くなったけどはじまるよ!」メェー
前回までの魔法少女シャープシューター☆スミレRは!
「今なら誰にも負ける気がしないな」
「マジカル背負投…」
「ごふっ!かはっ…!」
「がふっ!おえっ!げふっ!」
「舐められっぱなしで終われるか!」
「あうっ!あぐっ!ひぐっ!!」
「非力ねぇ」
「……アカン。これ詰みですわ」
「こひゅ…ふ…は…」
「白目剥いてるわ」
「魔法少女プリティーかすみん!!この女ん命は預かったーーーー!!」
「勝てばよかろうなのっちゃァァァァッ!!」
「愛と平和と破壊の使者!星の魔法少女マジカル☆はやりん推参!」
「ぐえっ」
「はやりにお任せ☆」
菫「ふう…疲れた」
仁美「うちも…」
どさり、とベッドに身体を投げ出して、菫は気怠げに呟いた。
仁美も横で猫背になって小声で同意してくる。
二人共、身体の芯から疲れ果てていた。
菫「このまま寝てしまいたい。けどシャワー…」
仁美「おい。菫。そのベッドうちの…」
腕を顔に近づけ、臭いを嗅いでみる。土臭さに混じって酸っぱい汗の臭いがする。
先程霞に散々転がされたお陰で泥まみれ汗まみれだ。このまま眠ってはまずいな、と思いつつも眠気に段々意識が支配されていくのを感じる。
菫「ベッドは一つだ。早い者勝ちだ」
仁美「居候がえらっそーに…」
仁美の呆れた声が聞こえる。だが、菫の意識は半ば微睡みの中。
幾ら毒を吐かれようと、意味を理解できねば彼女の可愛らしい声では子守唄のようだ、というのもその理由だったが。
菫「ああ…流石フランス製ベッド。やっぱり寝心地が良い…」
仁美「おい。菫ー。どけー」
逆にわざとらしくぐでーっと伸びをして、意地悪くベッドを占領してみせてやる。
ぐいぐいと制服の袖を引っ張ってくるが、また変身解除をしていなかった菫には蚊ほどの抵抗にも感じなかった。
菫「いいだろ。お前は今迄ずっとこのベッド使っていたんだから…」
仁美「ぬう…」
仁美も菫の状態に気付いたのか、悔しそうに言って手を放す。
仁美「せこかぁ…」
菫「はは…」
遂に諦めたのか、捨て台詞とともに溜息一つ。椅子に腰掛ける音がする。
もう少しだけ休んだら返してやろうと思って、眠ってしまわないように努めて話しかける。気になることもあったし、確認したいこともあった。
菫「なあ仁美。ちょっと聞いてもいいか?」
仁美「ん?なんや?」
菫「さっきの、あれはなんだったんだ?」
仁美「あれ、っていうと?いろいろあってどれの事だかわからん」
いい加減目を開けているのが辛くなってきた。
目を瞑り、先日の出来事を思い出す。霞。美子。歴然とした力量の差。そして…
魔法少女シャープシューター☆スミレR
第5話
「結構楽しいな、これ」
先刻、霞に襲われてボコボコのベコベコにやられた菫だったが、仁美の機転によって窮地を免れた後、新たな乱入者が現れた。
その人物は自らも魔法少女を名乗り、再び小競り合いに発展しそうになっていた菫と霞の仲裁を買って出る。
呆気に取られた一同だが、彼女の事は誰もが知っていた。
『牌のお姉さん』瑞原はやり。
業界では超が付く有名人だ。彼女を知らない雀士など存在しないだろう。
麻雀番組は勿論の事、教育番組やバラエティーにまで出演する業界一のタレント性の持ち主でもある。
麻雀に興味の無い人間でさえ彼女の顔と職業くらいは一致する程の人気を誇っていると言ってもいい。
菫「まさか瑞原プロが魔法少女だったとはね」
しかも菫が手も足も出なかった霞を一蹴するほどの実力の、だ。
仁美「ま、まあ。こっちの業界でも有名人ではあったとよ」
菫「そうだったのか」
あれからはやりはすぐにその場を去っていった。これから収録があるらしい。
少しだけ話をして知ったのだが、あの場に現れたのは偶然近くで戦っている物音を聞いたからだそうだ。
暴れるだけ暴れて風の様に去っていく所を見ると、二つ名のWhirlwind(つむじ風)というのは、本人の性格が由来なのではなどと勘ぐってしまう。
地面にめり込んだ霞もいつの間にか復活し(あれで一人で立ち上がっていたのは素直に凄いと思った)、ふらふらとした足取りながらも美子を伴って帰っていった。
しばらく途方に暮れていた二人だったが、冒頭の通り今し方仁美の滞在先のビジネスホテルに戻ってきたのだ。
仁美「そうっちゃ。それも最強の魔法少女の一角として。『愛と平和と破壊の使者 星の魔法少女マジカル☆はやりん』とよ」
最強だったのか、と胸中で呟いて、実際にはそれよりも気になっていた事を口にする。
菫「さっきから気になっていたんだが、その名乗りっていうか、魔法少女名には決まりでもあるのか?」
仁美「うん?どういう事?」
菫「愛と正義と憎しみの魔法少女プリティーかすみん」
仁美「おお。覚えとったんか。一発で」
ちょっと顔を引き攣らせて引かれる。何故だか分からない。魔法少女の変身後の名前や口上など基本中の基本だ。
菫「愛と○○と○○の魔法少女○○みたいなのじゃないか。二人共」
仁美「よく気付いたなぁ」
感心したような仁美の声。眠い。
菫「あれって、どうやって名付けるんだ?星の魔法少女とか、愛と云々の使者とか、マジカルとかプリティーとか」
仁美「みんな勝手に付けとるって話しっちゃな〜」
菫「そうなのか」
仁美「ん。まあ、決意表明みたいなもんやないの?お前も付けたきゃ考えて適当にやれば良か」
投げやりな声。眠気が酷くなければ盛大な抗議をしていたことだろう。
だが、今は睡魔に抗うのに精一杯で、なんとか声を絞り出す。
菫「それは…なかなか迷うな。すぐには決められそうもない」
仁美「なにゆえ」
菫「重大な事だからな。もう少し考えさせてくれ」
仁美「名乗りたいなら別に構わんけん、早く決めーよ?いつまでもダラダラ考えてても決まりつかん」
菫「わかって…る…さ…」
仁美の声がどんどん遠のく。話の途中で申し訳ないと思いながらも、次第に思考がブラックアウトしていくのを感じる。
菫(ああ…今日は随分とハードな一日だった…)
そんな事を考えたのを最後に意識を手放そうとした所で
仁美「なんならうちが今考えてやろうか?そうっちゃなぁ、『殺戮と誅戮と根絶やしの怨嗟 根絶やしの残虐超人バイオレンス☆弘世菫』とか」
菫「殺すぞ」
完全に意識が覚醒した。
腹筋だけで跳ね起き、油の切れた機械のような足取りで威圧しながらゆっくりと仁美に迫る。すると慌てて訂正が入った。
仁美「じょ、冗談っちゃ!現金(げんなま)にウキウキ!清き心!反逆の女子力チョコミルク☆スミレとか…」
菫「愛と希望と殺意の魔法少女とかいいかもしれないな。今の心境的には」
後でもっと可愛らしい名前を考えて付けるつもりではいたが、少なくとも今現在においては半ば本気だった。
逃げようとして椅子から転がり落ちそうになった仁美の脇を、彼女が床に落ちる前に抱き上げる。人形のようにぶらぶらと捕獲され、青褪める仁美。
仁美「な、何を…」
菫「次は必殺技を考えるとしよう」
頬を引き攣らせ何をするつもりだと尋ねてきたので、わかりやすく答えてやることにした。後ろ向きに床に降ろし、変身を解除する。
仁美「お、おい?何を…」
混乱する仁美の左足に無言で自分の左足を絡めてフックさせ、左腕を相手の右腕の下に潜らせてから首の後ろに巻きつける。自分でも驚くほど行動は素早かった。
菫「確か、こんな感じだったはず…」
仁美「メギャアアアアアアアアア!!?」
最後に背筋を伸ばすように伸び上がると、仁美の口から羊の断末魔のような声が聞こえてきた。
菫「見様見真似コブラツイスト成功。よし、これをマジカルスネークと名付けよう」
仁美「お、おま…そのノリは完全にプロレス…」
苦しそうにしながらもツッコミを忘れない仁美。
菫「だったらマジカルコブラツイストで良いか」
仁美「ぐふっ」
無感動に返答し、もう一度引き絞ると無念そうな声を発して崩れ落ちてしまった。
菫「…」
ちょっと仕返しするつもりがやり過ぎたな、と胸中で反省して仁美をベッドに横たわらせる。すぐに寝息が聞こえ始めた。
仕方ないので自分は今日は椅子で寝ようと決めた。暴れて目が冴えたのでシャワーを借りてから。それと、せめて一枚タオルケットだけは貰おう。
菫(とは言っても、それほど長くこんな生活を続けるわけにもいかないよな)
実家の変貌を思い出す。ヤクザ屋敷になった自宅には正直帰りたくなかった。
菫「……はあぁぁぁあ」
風呂場へ向かいながら、本日最大のため息を一つ。
菫「明日から住む所どうするかな…」
そう言ってホテルの浴槽に消えていった菫だった。
そして翌日。昨日のようにホテルから学校へ行き、部活に顔を出しもせず教室で放課後に今日こそ実家に帰宅するべきか本気で逡巡していると
仁美からメールが届いた(一応交換しておいたのだ)。今日はホテルではなくこの場所に来い、と地図の添付ファイル付きだ。
菫(どうしたんだ?)
疑問に思って何故だ?とメールを返すが、来ればわかるとしか返って来ない。
菫(さては説明が面倒になったな?)
大体向こうの性格が掴めてきた。仕方ないか、と呟いて教室を後にする。
途中で麻雀部の後輩に会ったので、今日は顔を出せない、と一言断りを入れておいた。
菫(と言っても、私はもうとっくに引退の身なんだが)
なんだかんだで顔を出してしまう我が身を振り返り、苦笑いしてしまう。
口煩い元部長があんまり行っても、他の部員達は面白く無いだろう。
菫(これを機に、今後は少し部活控えるかな)
どの道、これからは魔法少女の仕事も増えるだろう。いい機会なのかもしれないと思った。
誠子達だってもう何も出来ないわけでは無い。いつまでも嘴を挟んでは成長の枷になる可能性だってある。
菫(だとしたら、今後のことを考えればそれがお互いの為かもな)
そうと決めたら話は早い。颯爽と歩き出す。向かうは玄関口だ。
菫「まったく。仁美め、一体何の用なんだか」
ぼそぼそと独りごちながらも、口角が釣り上がるのを自覚する。
痛い目や散々な目にばかり合わされているが、それでもこういう特別な感じの話は魔法少女になったという自覚を促され、楽しいと思ってしまう。
自然と足取りも軽い。人目がなければ走って駆けつけたい気分だった。それをやるには些か羞恥心が勝っていたが。
「あ。ちょうど良かった。ねえ菫」
だからなのだろう。
「すみ…」
菫は気が付かなかった。
「…」
途中、この三年間で嫌というほど聞き覚えのあるその声と、そして寂しげな視線が自分の背中に向けられていたという事に。
数十分後
菫「なんだここは」
菫達は、ボロっちいアパートの前に居た。
仁美「今日からの新居とよ」
馬鹿でかいスーツケースに腰掛けて菫を待っていた仁美が、そのままの体勢で説明をしてくれる。
菫「新居?」
仁美「あのホテルは確かに居心地良かけん、長いこと暮らしとるとやっぱりホテル暮らしは味気なか」
菫「つまり?」
仁美「飽きた」
菫「そういうもんか」
仁美「そういうもんっちゃ」
菫「ふ〜ん」
頬を掻きながら仁美の話を聞く。
仁美「幸い賃貸契約は昨日のうちに終わったし、掃除も済んどった。やけん、大家に交渉して今日から住まわせて貰えるようにしたとよ」
菫「ほう」
なら今日からこのアパートに住むのか、大変だな。そんな視線を向けてやる。
だが少し憧れもあった。一人暮らしに対する甘い憧れというやつだ。
菫「まあ頑張るがいいさ。もう少ししたら一旦向こうに帰るんだろう?」
まずは地盤作りに励むんだぞ。一人暮らしの経験もないくせにそんなアドバイスもしてやる。
自分は卒業後も家から通えるところの大学だ。果たして一人暮らしする機会は今後訪れるのだろうか、などとぼんやりと考えたりもする。
仁美「ん〜…」
菫「なんだ?まだ卒業式も終わってないだろう」
少し困ったような顔で唸る仁美に、見咎める。
まさかこのままこっちに居続けるつもりではないだろうが、それでは親や向こうの友人たちは心配するだろう。
兎に角、ちゃんと挨拶とかはしてから戻ってくるんだぞ、などと言っていると、仁美から思いもよらぬ言葉が返って来た。
仁美「お前も住むとこ無いんやろ?」
菫「…」
仁美「だったらここ、一緒に使わんか?」
菫「……ルームシェアってやつか」
仁美「そ。幸い、ここのアパートは広いのだけは広いけん、一人が二人になろうが生活スペースには苦労しなかろう」
正直有り難い申し出だった。
実家のヤクザ屋敷には帰りたくないし、かと言って卒業間近のこの時期に友人の家を転々とするのもきつい。
変に勘ぐられたり、最悪実家からの探りでも入ったら現状では迷惑をかけかねない。
その点この羊だったら原因も知っているし胡散臭い催眠術も使えるので、心配は無いだろう。
菫「ちょっと考えさせてくれないか?」
だが、どうも何かがしっくりこないというか、抵抗があるというか…
仁美「なんや?何が気に入らんと?」
菫「いや、だってお前とルームシェアって…」
ぶっちゃけ、苦労が目に見えているようだった。
仁美「ふん。考えとることが手に取るようにわかるわ」
ジト目で睨まれる。だが菫だってそこは譲るつもりはなかった。
菫「馬鹿を言え。どうせそうやってルームシェアしたらお前、何も家事とかしないんだろ?炊事洗濯掃除にその他家事全般、全部私にさせるに決まってる」
お前はそういうタイプだ。自信満々にそう告げると、今度は小馬鹿にしたような目で笑われた。
仁美「メッハッハ!お前がそれを言うか!」
菫「なにぃ!?」
仁美「安心せー。お前に炊事やら洗濯やらさせるほどうちも自傷癖無かとよ〜」
ヘラヘラと笑いながら聞き捨てならない事を言われた。
菫「どういう意味だ」
仁美「お前家事壊滅的そうな顔しとる」
ビシッ!と指をさして告げて来られた。
菫「ば、馬鹿にするな!私だってパスタを茹でたことくらい…」
仁美「え〜ってえ〜って見え張らんでも。あ、でも掃除洗濯くらいはやっぱ少しくらい任せてもええかな。洗濯機のスタートボタンピって押すのと、トイレ掃除くらい」
菫「お・ま・え・は〜〜〜〜〜〜〜!!」
手をわなかせ、天に向かって吠えるように叫んだ菫の声は、澄み渡る冬の空に遠く響いていった。
菫が天に吠えていたその同時刻
とある路地裏にて
チョコレ「まったく。昨日は酷い目にあった」
成香「チョコレさん、大丈夫ですか?」
先日仁美と菫にしてやられた二人の風潮被害者が、ダンボールをゴザ代わりに、カップ麺を啜りながら会話を交わしていた。
チョコレ「酷いもんだ。あの後開いているマンホールを探して下水道の中を走り回ったんだ。お陰で一張羅が台無しだ」
成香「それでそんな格好なんですね」
そう言ってチョコレの格好を見る成香。今のチョコレは学校指定の体操服だった。
幾ら道産子とはいえ、冬にその格好は見ているだけで凍えそうな気分だと成香は思う。
成香(そもそもなんでチョコレさんは体操服なんて持ってきているんでしょう…)
女の子座りでちゅるちゅると味噌味のカップ麺を啜りつつ、そんな疑問が成香の脳裏を過ぎる。
チョコレ「それにしてもお前は本当にお嬢様みたいな奴だな」
成香「そうでしょうか?」
だが、呆れたようなチョコレの声に思考を中断されてしまった。
啜っていた麺を飲み込んでから返事をする。それに、体操服の云々などどの道考えても仕方のない話だ。
チョコレ「そうだよ。お上品に食べるなぁ。見てて堅苦しくていけない。さっきだって」
座り方とか、な。そう言って自分は胡座をかきながら少し伸びたカップ麺を一気に啜り始める。
成香もそれに習い食事を再開した。ちゅるちゅると、あくまで一本一本。
育ちがよく行儀の良い彼女は、カップ麺とはいえ食事中は正座を崩さない。
だが見てて息苦しいと先程チョコレに苦言を呈され、少し形を崩していた。それが彼女の妥協点でもあった。
そんな彼女が何故東京の路地裏でダンボールの上に座りカップ麺を啜るなどというホームレスのような所業を行なっているかというと
チョコレ「それにしても…くっそー、あの羊め。絶対に許さんからなー」
成香(早…)
成香がまだ半分も食べ終わる前に、スープまで飲み干したチョコレがカップを放りながら恨み事を言う。
後で拾っておこうと内心考えながら同意の声を上げる成香。
成香「同感です。まさか食料の分際で我々にあそこまで手を焼かせるとは」
チョコレ「それだけじゃなくてさー」
成香「はい」
チョコレ「まさか、あいつ追いかけてる内に二人共財布と携帯無くしたとかな〜。ホントどうすっべか」
成香「……はい」
そうだ。それが原因だった。そのせいでこんな目に合っているのだった。
チョコレ「地元に電話で助けを呼ぼうにも、公衆電話は見つから無いし、お金も無いし…」
成香「黙って出て来ましたからね。両親がどれだけ怒っているか不安で不安で…早く帰りたい」
チョコレ「だよなー。昨日東京に買い物行こうぜ—ってなってバスで新千歳行って羽田に降りたはいいけど、途中であんな美味しそうな羊っ娘見っけたらな〜」
成香「今思い返せばどんな行動力だったんでしょうね私達」
溜息を吐く成香。ノリって怖いと思った。思わず涙が零れそうになる。
チョコレ「さっき私が自動販売機から漁って得た500円玉で食料を買ったはいいが…」
成香「残金300円…」
節約のためにドラッグストアで買って、コンビニでお湯を淹れるという暴挙に出たりもしていた。
店員の白い目を成香は生涯忘れることはないだろう。
チョコレ「まあ、仕方ないさ。この300円でなんとか北海道に連絡を取ろうじゃないか。みんなに迎えに来てもらおう」
成香「そうですね。手持ちで勝負するしか無いんですものね…」
肩をがっくりと落とし、現状を受け入れる。そうだ。どうしようもない事を嘆いても始まらない。
成香「今は、極力節約に努めつつなんとしても向こうとの連絡を付ける方法を取りましょう」
チョコレ「ああ。それと、もう一つな」
成香「…」
急に低い声で、チョコレが指を立てながら言う。成香の目付きも険しくなる。
怪しい光を灯しながら、二人の会話は続く。
チョコレ「帰る前にあの羊にだけはきっちり仕返ししてやらねば」
成香「みなさんへのお土産にしましょうか」
チョコレ「いいな、それ」
再びアパートにて
菫「驚いたな。こんなに広かったのか」
そう言って菫はアパート内の仁美の借りた部屋で室内を見渡していた。
10畳はあるだろうワンルーム。何の荷物もないがらんとした部屋に一人立っていると、不思議な感覚に包まれる。
例えどんな理由であろうと、同居人が羊だろうと、新生活を予感させる何も無い部屋には、不思議な高揚感を感じさせる魔力がある。
自然、菫の内心にも期待感が溢れていた。
仁美「何ぼさっとしとんっちゃ!ほら!持ち物置いたらちゃっちゃと手伝わんか!」
後ろで急かすような声が聞こえ振り返ると、仁美がスーツケースから色々と荷物を引っ張り出している。
何が入っていたのかと興味を持って見てみると、出るわ出るわ。食器にフライパン・鍋に掃除道具、本、枕、文房具、服…。
他にも使い道のよくわからない物や小物がちらほらと。ノートパソコンまであった。
菫「凄いな。これだけあれば普通に生活できそうだ」
仁美「まだまだ!寝る時どうすると?布団がない!テレビもない!ネットもまだ繋がっとらんしレンジも掃除機も!あとトイレットペーパー!他にも沢山…」
菫「わ、わかったわかった」
捲し立てるように必要な生活品をあげる仁美に押され、慌てて静止する。どうやらこういった方面に関しては向こうに逆らえる余地はないらしい。
仁美「とりあえず今あるもの収めたら買い出しに行くとよ。菫、お前変身したら馬鹿力で物運べるんやからよろしく頼んだぞ」
菫「魔法少女そんなのに使うなよ…。それに何持たせる気だ」
仁美「まずレンジと掃除機とパソコン机とコーヒーテーブルと…」
菫「私を都市伝説にでもしたいのか」
それだけの荷物を軽々と運んでいるのを見られたら、それこそ怪物扱いだ。
せめてひっそりとやらせて貰いたいものだと思った。
仁美「おっと、いけんいけん」
菫「ん?」
そうやって軽口を飛ばし合っている内に、仁美がスーツケースの中を見て何かを思い出したように立ち上がる。
菫「なんだ、どうした」
仁美「忘れとった。大事な用っちゃ」
菫「大事な用?」
訝しむ菫に
仁美「お隣さんに挨拶とよ」
そう言って、手に持った引越しそばを掲げてみせてきた。
ピンポーーーン。
菫が唯一の隣部屋のチャイムを鳴らすと(角部屋だったのだ)、オーソドックスな呼び出しの音が響き渡る。
菫「…」
仁美「…」
沈黙。
菫「…」
仁美「…」
しばらく待って見るが、反応は無い。
菫「出かけてるのかな?」
仁美「それか居留守か」
そんな話を玄関前で交わす二人。持ってきた乾麺のそば入りのビニール袋を手持ち無沙汰にぶらぶら回す仁美。
菫「止めろ行儀悪い」
仁美「む〜…」
菫「……まあ、仕方ないか。どっちみち留守なら仕方ない。また今度出直すことに…」
そう言って踵を返そうとした瞬間、ガチャリと音がして玄関の戸が開く。
仁美「お、おったおった」
のんびりした声でそう呟く仁美に、慌ててそばをふんだくり、相手に手渡す形で挨拶を始める菫。
菫「あ、ああ。すみません。実は我々、今日から此方の隣に引っ越してきた人間でして…へ?」
そうして顔を上げ、家主の顔を見た瞬間…
菫「君は…」
菫の目が、大きく見開かれた。
路地裏にて
チョコレ「さて、それでは第一回、ドキッ!愛と怒りと哀しみのジンギスカン。漬けがええんか〜それともかけダレがお好み?有珠山地域は多分漬けダレ。羊捕獲大作戦作戦会議を開催する〜」
成香「わ〜」
気の抜けた号令と気の抜けたぽふぽふという音の拍手がこだまする。
チョコレ「まず、今回の会議の趣旨だが、成香」
成香「はい!我々が東京で偶然見つけた美味しそうな羊さん!彼女を捕獲し、毛刈りし、屠殺し、ジンギスカンにして食べちゃうための作戦を考えることです!」
チョコレ「然り」
物騒な発言に何の疑問も持たずに二人は話を進める。
チョコレ「加えて言うなら、そいつの肉と毛を土産にすることで勝手に一日行方を眩ませた事を有珠山のみんなに謝罪・許して貰うことも作戦のうちだ」
成香「卑屈ですね!」
チョコレ「ああ!特に…並行して大切な任務としては、なんとしても有珠山への帰宅手段を手に入れなければならない。今のところ最有力候補は、公衆電話だ」
成香「公衆電話があれば、有珠山の誰かにお願いしてお迎えに来て戴く事も可能ですね」
チョコレ「まあ、財布と携帯が見つかればそれに越したことは無いが…」
成香「電話代のためにも、残りのお金は大切に使わなければいけませんね」
チョコレ「そうだな」
そこで話疲れたのか、二人の会話が一旦止まる。
成香「こくこく」
チョコレ「んく…んく…ふう。まさかこっちに来てリボンシトロンを売っている自販機があるとは」
成香「ガラナが恋しいです…」
二人の残金、あと60円。
隣の家主に挨拶を終えた後、家電量販店にて
菫は、荒れていた。
仁美のお眼鏡に適った掃除機・電子レンジの箱を小脇に抱え、目付きを悪くしてズカズカと大股に店内を歩く。
運悪く偶然目があった女の子が、泣きそうな顔で逃げ出していった。
菫「いらいらいらいらいら」
仁美「口でいらいら言うなやうざったい」
菫「ああん?」
仁美「暴力はんたーーーい!!」
上手く聞き取れなかったので掃除機の箱を片手でふん掴み天高く掲げて聞き返してやると、仁美まで大げさに悲鳴をあげて後ずさる。
その様子に悪かったよ、と言って掃除機を脇に抱え直し、それでも苛立ちが収まりきらずにぶーぶーと不満を仁美にぶつけてやった。
菫「次会ったらあの奇乳絶対泣かす」
仁美「は。はははは…その前にうちが泣きそ」
見ると、仁美の顔色が悪い。いや、別に菫の態度にビビってだとか、そういう訳ではない(多分きっとおそらく)。
二人がこうなった原因は、隣の部屋の住人だった。いや、正確に言えば隣の部屋の住人の片割れ、さっき出てきた方で無い側のせい。
菫「ていうか、なんであいつらの隣なんだよ、お前知らなかったのか?」
仁美「知ってたら命賭けて入居断っとったわ」
菫「だよなぁ…」
仁美「なんでよりにもよって…」
菫「石戸霞の部屋の隣とか…」 仁美「美子の隣とか…」
つまりそういう事だった。
先程隣の挨拶に行った時、玄関から出てきた住人こそ他ならぬ安河内美子。仁美の高校のチームメイトであり、霞のマスコットの少女。
霞も居るのではと殺気立つ菫に、美子に会って取り乱す仁美。ただならぬ雰囲気の二人に対し、美子はただ一言、霞ちゃんなら九州に帰った、と告げた。
春からの部屋が決まり、あとは卒業まで向こうで生活するらしい。仁美が美子はどうして残っているのかと聞くと、他にやることがあるらしい。
霞が居ないなら、と殺気を鎮め引越しそばを渡す菫に、美子は素直に受け取って、ちょっと待ってて、と一旦部屋に引っ込んだ。
今のうちに帰ろうと喚く仁美を無視して美子に従い待っていると、今度はうどんを持って出てくる美子。
なんでも福岡はうどん発祥の地だとかなんとか。
香川じゃなかったのか、と驚く菫に一礼し、美子が言う。「霞ちゃんをどうかよろしく」
なんでもあんなに楽しそうな霞は初めて見たとの事で、菫とは良い関係を築ける可能性もあるんじゃないかな、と言われてしまった。
そこで冗談じゃない!と仁美と一緒に美子の部屋を後にした菫だったが…
菫「覚えてろよ、石戸霞。今度会った時は絶対にお前の泣き面を拝んで、許しを請わせて、命乞いさせて…」
ぶつぶつと暗い発言を繰り返す菫の黒いオーラに、また一段と逃げ出す周囲の客だった。
仁美「つってもお前あんなんに勝てるんかい」
そしてあっさりと痛いところを付いてくる仁美。
ギリギリと歯軋りをしながら前回の戦いを思い返す。差が有り過ぎた。だが勝てない訳でもない筈だ。
菫「今は無理でもな。はやりんみたいに強くなれば良いんだろ?」
仁美「…」
続いて思い返したのは、瑞原はやり。憎き霞をあっさりと畳んでしまった。次元の違う強さに驚くと同時に畏怖し、憧れた。
菫「やっぱりはやりんは格好良いなぁ」
仁美「菫、お前また風潮が…」
菫「ん?」
仁美「いや…『弘世菫がはやりんに憧がれている』という風潮…ちょっと成長しとーと」
菫「まさか。この感情は自然に芽生えたものだよ」
苦笑いする。そうだ。なんでもかんでも風潮のせいにするのもおかしい。
この気持ははやりの強さを格好良いと思ったからこその、自然な感情の発露だ。
仁美「お前がそういうならまあええけど…」
菫「ああ。私も早くはやりんみたいな立派な魔法少女になりたいものだ」
はやりを想う。急に気分が晴れやかになってきた。ポジティブな意志で、キラキラと表情が輝き出す。
2つの大型の箱を抱えたままスキップしてみせる。先程ビビって逃げた客達がちらちら此方を伺っているが、気にしない事にした。
菫「なあ仁美、はやりんみたいな立派な魔法少女になるには、私はどうすればいいと想う?」
仁美「……そーっちゃね〜…まあ、正義の為にでも戦っとけばええんやない?」
菫「正義か〜」
投げやりな返事に、だが正義という言葉に付いて考えてみる。
菫(そういえば石戸のやつは愛と正義と〜の魔法少女だったか)
菫「却下」
仁美「めんどくさ」
吐き捨てるように返された。
菫「もっと格好良い口上が良い」
仁美「ま〜た口上の話か。だからあれやろ。昨日決まったやろ。苦痛と粛清の帝国主義者 魔法少女タイラント☆スミレって」
菫「よほど命が要らんと見える」
仁美「じょ、冗談っちゃ…」
冷や汗をかき訂正に入る仁美。ちょっとレンジを頭上に持ってやっただけで大げさだと思う。
まあ、ちょっと手に力が入って箱の形が代わってしまったが、製品に影響の無いように気をつけているし。
仁美「暴食(グラトニー)スミレとか」
菫「七つの大罪とは私も随分大物になったものだ」
ショックで思わずレンジを取り落としてしまいそうになる。
菫の心傷具合を悟ってくれたのだろう。仁美も反省してくれたようだ。カタカタと震えながら謝罪してくれた。
仁美「すみませんでした」
菫「何、いいってことさ」
そんな小芝居をしつつレジに並ぶ。レジ待ちに異様な緊張感が漂いはじめたのはきっと気のせいだろう。
仁美「まあ、真面目なところな」
菫「うん?」
待ち時間に退屈したのか、仁美が小声で話しかけてくる。
仁美「口上ってのは決意表明。そう昨日も言ったやろ?」
菫「そうだったか?」
もう半ば眠ってしまっていて聞き取れなかった部分だった。そんなことを言われたような言われなかったような、どうもはっきりしない。
しっかりせーよ、と言いながら仁美が話を続ける。
仁美「つまり自分がどんな事をしたいか、どんな魔法少女になりたいか、そんな事を考えて決めたらええんとちゃう?」
菫「どんな魔法少女…」
そう言われ、考え込んでしまう。
ただ格好良い魔法少女になりたい、とは思っていたが、具体的にと言うとやはり浮かばない。
仁美「そう。かすみんは愛と正義のため、はやりんは愛と平和のためって言うとったやろ?そんな感じで、お前も戦う理由を考えとけばそれ言えば様になるやろ」
菫「憎しみとか破壊ってのはなんなんだよ」
仁美「知らん。悪ノリやない?多分」
菫「…」
やっぱり適当だなお前は、といってやりたいと思ったが、飲まれてしまっていた。
仁美「そうっちゃ。だから、弘世菫よ」
菫「…」
仁美「魔法少女よ」
菫「…」
仁美「うちがパートナーよ」
菫「…」
仁美「お前はなんの為に戦う?」
畳み掛けるように話しかけてくる仁美に、一方的に言わせるがまま黙りこくってしまう。
たまにこの娘がする迫力のある表情はなんなのだろう、と思う。真剣な声音についつい本気で考えさせられるのだ。
菫(なんの為に、か)
私は、知って欲しいと願う。
誰かに、知ってほしいと。
誰かに、呼んで欲しいと。
ああ、誰か。
誰か、お願いします。
どうか…
どうか…
誰か………
「私の名前を、呼んでください」
菫「いーちー。にーいー…」
仁美「これで、よしっと」
買い物を終えアパートに着いた時、辺りは既に真っ暗だったが江崎仁美はこの上なく上機嫌だった。
部屋に鍵を挿して捻る。扉が開く。今日からの自分の城。訳もなく感動する。明かりを点ける。まだ物の少ない部屋が視界に広がる。
菫に指示を出して今日買ってきたものをセットし終えたのは、たった30分後。魔法少女って凄い。改めて仁美はそう思った。
菫に礼を言って休ませ、本日買ったばかりのお米を研ぐ。本日買ったばかりの炊飯器にそれをセットし、スイッチを入れる。本日買ったばかりの冷蔵庫に本日買ったばかりのお惣菜を詰め込んでゆく。
あとは、米が炊けたら惣菜を本日買ったばかりの電子レンジに突っ込んで温めて、本日買ったばかりのコーヒーテーブルに並べ、本日買ったばかりの電気ポットでコーヒーを楽しむのだ。
菫「さーんー。しーいー…」
仁美(それが終わったら風呂入って、菫が風呂入っとる間は本日買ったばかりのテレビ見て、最後に本日買ったばかりの布団の中に潜り込んで終わりっちゃ)
魔法少女化した菫の体力と筋力は凄まじく、業者に頼まなければ不可能と思われていた大型家電や布団すら軽々と運ぶことが出来た。
お陰で大変だと思われていた引越しやルームメイク、荷出しも予想の何倍も捗った。送料の節約や仁美の値切りの腕前もあって、予算で買える以上のスペックの家電が手に入った仁美はほくほく顔だ。
菫「ごーおー。ろーくー…」
仁美(まあ、菫とルームシェアでうちが全部生活品の代金出すのもあれやけど、どうせこいつは問題が解決したら実家に戻るやろうし…)
菫「な、なー…は、は…はー…ちっ」
ヤクザ屋敷でも実家に戻らざるを得なくなったら、その際に向こうの屋敷の立派な調度を拝借出来ないだろうか、などとも黒いことを考え、メヘヘと笑う。
仁美(ま、ええわ。後のことは後で考える。どの道最初は完全一人暮らしする予定で金も預かってきとったし…)
菫「くっ…くくくく…きゅー!」
仁美「それよりも、っちゃ」
考えをまとめ終わり、今日の予定と今後の方針に結論を出し終えた仁美は、呆れた声を出して菫の方を見る。
仁美「何やっとるんお前」
菫「ぐぎぎぎぎ…じゅ、じゅ、じゅう…」
学校指定の芋ジャージに着替え(昨日の授業で使ったのでずっと持っていた)、部屋の鴨居で汗だくになりながら懸垂をしている170超の女ってどうやろう、と思いながら。
私は彷徨う。
声が聞こえる。
私は毒されている。
それに抗う。
ああ、此処には誰も私を知る者が居ない。
誰も私の名を呼んでくれる人は居ない。
誰も私の名を呼んではくれない。
ああ、嫌だ。
誰か…
誰か…
「私の名前を…呼んで下さい」
仁美「で、何がしたかったと?」
菫「いや、身体を鍛えようかと…」
仁美「変身解除して?」
菫「だって変身したままだと効いてる感じがしなくて。負荷もかかってない感じだし、やっぱり鍛えるなら変身解除後が効率いいかなと」
仁美「まあ、その考え方の否定はせんけど…」
菫「せんけど?」
仁美「お前は陸上自衛隊員か」
菫「…」
何故…
どうして…
何故なのですか
何故誰も私の名前を知らないの?
何故誰も私の名前を覚えていないの?
そんなの嫌
嫌です
嫌だから…
「嗚呼、誰か」
「誰か」
「誰か」
菫「仕方ないだろ。隣の部屋に石戸の奴が住むっていうんだ。それならあいつが卒業してこっちに戻ってくるまでになんとしてもあいつより強くなってボコらないと…」
仁美「意気込みは買うから、頼むから止めてくれ。部屋が汗臭くなるとよ」
菫「き、気を付けるから。終わったら芳香剤撒くし」
仁美「しかも色気もへったくれもないジャージ」
菫「き、着替えがこれしかないんだよ!」
仁美「やはり一旦実家に帰ったほうが…」
菫「それも断固お断りだ!」
仁美「んなこと言ったってまだ解決の糸口が見つかって無いのに着替えも無しに実家避けてもどうしようもなかろーに」
菫「ぐぬぬぬぬ…」
仁美「……うん?」
菫「どうした?」
仁美「…」
「私の名前を言ってみなさい」
仁美「感じる…!風潮被害者を!」
菫「何!?」
仁美「こっちとよ!急げ菫!!」
菫「わかった!!」
美子「…」
隣の部屋から、慌てて部屋から飛び出すような音が聞こえる。
続いて慌ただしい足音。どうやら二人が風潮被害者に感づいたようだ。
美子「勿体無いなぁ」
思わずそう呟くと、電話の向こうで相手が聞き返してくる。
『どうしたの?美子ちゃん』
美子「あ、なんでもなかと」
訝しむ相手に謝罪する。今は関係ないことだから、と。
『そう。それならいいのだけど』
そう言ってしまえば相手はそれ以上勘ぐっては来ない。信頼されているのだと実感する。
落ち着いた女性の声。いつもの彼女の声。そして、自分の側ではあまり聞かない声。
美子「それより、そっちはどう?」
『ふふ。こっちは相変わらずよ。みんな元気にしてる』
美子「そっか」
その声は、彼女のお姉さんキャラを通している時の声。
歳相応ではない。少しだけ、無理している時の声。
美子(早く会いたいなぁ)
この部屋の本来の主の顔を思い浮かべる。
きっと今頃はいつもの面々と一緒に姫様の世話を焼いて笑っているのだろう。
容易に想像がつく。イメージの中の霞に釣られ、美子も少しだけ顔に笑みを形作る。あまり上手く笑えなかった。
『それより、美子ちゃんはちゃんと食べてる?一人暮らし初めてでしょう?』
美子「お母さんみたいなこと言っとるし」
今度こそ苦笑いし、そう返してやる。
確かに一人暮らしは生まれて初めてだったが、ちゃんと自炊だってしている。今日だって唐揚げを作ってみたばかりだ。
結構美味しくできたので霞が戻ってきたら食べさせてあげたいと思う。
『まあ、失礼ね』
わざとらしく怒ったような声が返って来た。ごめんごめん、と言って謝る。
拗ねたようで、知りません。とだけ返って来た。それもすぐに止め、向こうから近況報告に戻っていったが。
やれ姫様は相変わらず居眠りばかり、やれ春ちゃんは、やれ巴ちゃんは、やれ初美ちゃんは…
優しい顔で黙って聞いていた美子だったが、電話越しに霞を呼ぶ声が聞こえて現実に戻る。
『あら、ごめんなさい美子ちゃん。次、私がお風呂の番みたい』
美子「そう。なら今日はこの辺で」
『ええ。名残惜しいけどそうしましょう』
それじゃあ失礼しますね、と言って電話を切ろうとした霞に、何気ない風を装って話を切り出す。
美子「あ、そういえば霞ちゃん」
霞「あら?どうかした?美子ちゃん」
美子「あの二人が、今日うちの隣に引っ越してきたとよ」
それから受話器の向こうで楽しそうな忍び笑いが響く。
少しして「わかったわ」とだけ言われて、この日の電話は終了した。
誰も居ない。
誰も居ない。
誰も私を知らない。
誰も私を呼んでくれない。
誰も居ない空き地で、彼女はただ立ち尽くしていた。
冷たい夜風の吹き渡る中、薄暗い星と月明かりだけが彼女を照らしていた。
「誰か…私の名前を呼んで下さい」
独りごちるようにそう呟く。だが、それは独り言ではなかった。
必死の懇願だった。
助けを求める悲鳴だった。
自分を知る者が居ない世界は、誰も自分の名前を呼んでくれない世界は、その味気なさを何に例えられるというだろう。
繋いできた絆も、紡いできた想いも、その風潮は全てを一瞬で無に帰した。
『依藤澄子の名前が誰にも覚えられていない』という風潮
それが、この風潮被害の持つ名前。
仁美「居た!!あいつっちゃ!!」
菫「居たか!!」
澄子「!!」
澄子の背後に人の声。それは、実に数日ぶりに澄子が聴いた誰かの声でもある。
澄子「貴女達は…」
肩を震わせ、恐る恐るといった風に澄子が口を開く。
ゆらりと振り返る。数日間何も食べていないというのに、身体は信じられないほど軽い。
菫「ん?君は…」
仁美「おお。見たことのある顔」
澄子「!!私を知っているのですか!?」
菫達の反応に可能性を見て、驚きとともに縋るような想いで既知を問う。
菫「あ、ああ。そうだな。確かに覚えがあるよ」
仁美「インハイに出とったよな?」
澄子「ええ!ええ!」
菫「確か、Aブロックの阿知賀や千里山と対戦していた…」
仁美「劔谷女子の子ばい!」
菫「おおそうだそうだ」
澄子「そうです!その通りです!」
どうしてこんな事になったのか、澄子は無意識にそれを思い返す。
初めはからかわれているのかと思った。部員たちが自分の名前を間違え始めたのだ。
またしようもない悪戯が始まったのだと、まともに取り合わなかった。
次に、部長に間違われた。生真面目だが茶目っ気もある人だし、意外と抜けたところのある人なので、部員たちに引っ張られたのだと思った。
少々傷付き家に帰ると、両親に間違われた。これは驚いた。自分も同じ名字だというのに。そこで異変に気付いた。
慌てて家を飛び出した。麻雀部以外の友人を訪ねた。もちろん間違われた。担任に電話してみた。当然のように間違われた。
親戚、塾、行きつけのショップ、全て間違われた。
居た堪れなくなって逃げ出した。どうやって歩いたかは覚えていないが、気付いたら東京行きの新幹線の中だった。幸い手持ちはあった。
同席の少女に話しかけられた。自分を知らない人間に会って、名前を間違われる事が無いということに安堵し、話し込んだ。
知らない人間に一から教えれば流石に間違われることはないだろうと、彼女の降り際に名前を教えた。予定調和の如く間違われた。
そこで意識を失った。気付けばそこは東京だった。人に名前を聞かれるのすら怖くなり、誰も居ない場所を求めてこの空き地に辿り着いた。
本人にその認識があるかは知れないが…彼女は、3日ここに立ち尽くしている。
当初中度で安定していた風潮被害は、その間に重度、そして間もなく暴走風潮被害へと変遷しつつある。
菫「次鋒だったよな。私と当たるかもしれないと見ていた記憶がある」
澄子「そうなんですか!?光栄です、弘世菫さん!」
そんな過去を思い出し、嫌な予感が頭を過る。だが、藁にも縋る気分で話を続ける事を止めることは叶わなかった。
菫「なんだ先に名前を呼ばれてしまったか、なんだか照れるな」
仁美「お前白糸台の知名度凄かぞ」
菫「そうなのか」
澄子「それで!」
菫「あ、ああ。すまない」
自分が変わる恐怖と湧き上がる喜びに支配されながら、澄子は問う。
これが分水嶺だった。縋るように、祈るように、慄くように。願わくは…と。
澄子「私の名前を知っていますか?」
渾身の想いを込めて、自らの存在を問う。
果たして何を願ったのか。それは今の彼女にはすでに判断できていなかったが。
菫「伊藤澄子さんだろう?」
仁美「あん?佐藤澄子さんやなかったっけ」
堰が、崩れた。
澄子「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
菫「おおお!?」
突然甲高い悲鳴をあげ、澄子の周りに力場が形成される。
驚き、仁美の背中を引ったくりながら後ろに後退る菫。
仁美「遅かったか!」
菫「遅かった?」
背中を菫に掴まれたまま、仁美が解説を始める。
仁美「今、彼女は風潮被害の最終段階へと入った!」
菫「……って、いうと!」
仁美「暴走風潮被害っちゃ!」
澄子を中心に風のような渦が吹き荒び、次第に彼女を中心に収束していく。
深呼吸をするように腕を軽く広げ、どんどん渦を取り込んでゆくようだった。それはまるで大気から力を受け入れているかのようにも見える。
余りに現実離れした光景と力の奔流に、菫達には黙ってその様子を見ているしかなかった。先日の成香の時とは大違いだ。
菫(これは…大丈夫か?)
菫の頭に不安が過ぎる。果たして自分の手に負える相手のなのかと。
唯一の救いは、現在は相手も身動き取れないのか、何も攻撃をしてこないというところか。
仁美「菫、菫」
菫「ん?」
その隙を縫って、こそこそと仁美が近づいてくる。
仁美「今のうちに変身しとけ」
どうやらそういう事らしい。実に効率的だと思う。
菫「いや」
仁美「なんでや!」
だが、その指示は断固拒否。
菫「相手の変身にこっちも変身を合わせるとか、格好悪い。別に特別な相手でもないし」
仁美「どーしてお前はそういうとこ拘るかなぁこの魔法少女オタクが!!」
地団駄踏むを踏みながら仁美が叫ぶ。だがここはどうしても譲れない部分だった。
そうこうしている内に相手の変身(?)が完了する。見た目は何も変わらない。だが、その狂気だけが菫達の鼻先に刺すように届いている。
澄子「名前は私と一字違いのくせに…」
菫「論点そこか!?」
澄子「お黙りなさい!魔法少女!」
菫「くっ!」
仁美「菫!」
謎の威圧感に思わず一歩後ずさる。
だが、菫はそこで踏み留まり足を肩幅に広げ、ポーズを取った。
さっきまで一日中考えていた自慢のポーズだ。
菫「今度こそ、初仕事だ」
澄子「何!?」
仁美「おお!」
イメージする。自分がふりふりの衣装を着て、格好良く悪の風潮被害と戦っている様を。
力が湧いてくる。勇気もだ。口上だけは少しまだ考え中だったが、ぶっつけ本番で心の赴くままに任せるのも悪くない。
菫(そうだ。プリキュアだって心に任せて口上を発しているんだ。だったら私だって…)
仁美の言葉を思い出す。自らの戦う理由。
自分の潜在意識にある、戦う理由。自分の真の想いに向き合い、扉にアクセスする。
そして、叫んだ。
菫「変身!!」
澄子「な、こ、これは!この力は!?ま、まずい!」
澄子の慄く声が聞こえる。
多幸感に包まれる。力が溢れ出す。感覚が研ぎ澄まされる。
目を閉じると、裸の自分が目の前に居た。自分と向き合う。もう一人の自分が頷く。自分も頷き返す。
すると感情が爆発し、その喜びの中で菫は遂に自分の本質を知った。
菫(愛と希望と…うん、最後は『清き心』で行こう。キュアビューティーと一緒とか凄く格好良い)
若干作為的なところもあったのは否定出来ない。不正はなかった。と胸中言い訳する。
菫(よし行くぞ!)
カッと目を見開き、満を持して熱い迸りとともに口上を叫ぶ!
菫「愛と希望と清きこ「なんだかよくわかりませんが喰らいなさい!!」 へぶぅうううう!?」
全て言い切る前に左頬を渾身のストレートでぶっ飛ばされた。
仁美「菫ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
慌てたような仁美の声がドップラー効果で離れていく。
澄子「あ、危なかった。なんだかよくわかりませんが危険な感じがしました!良かった、あんなに無防備を晒されていなかったら隙を突けず酷い目にあって居たかもしれません…」
胸を手で抑えながら、澄子が呟く。
仁美「くっ!あの馬鹿、だからさっさと変身しておけとあれほど…」
澄子「ふふ。油断大敵、と言うやつでしょうか。残念ですが、貴女達はここで終わりです。弘世さん同様、マスコットの貴女もまずは気絶させてあげましょう」
取り乱す仁美に、澄子が不敵に笑う。
仁美「あががががが、一気に大ピンチやん。くっそ、自分だけならまだしもうちの事まで危険に巻き込みおってあのポンコツが」
澄子「さあ、お眠りなさい。まずは貴女をやっつけてから、じっくりと魔法少女を無力化してあげる事にしましょう」
仁美「まっず…」
ゆっくりと躙り寄る澄子に、なんとか逃げ出す方法を考える仁美だが、この状況では流石にどうしようも無かった。
仁美(さっきから羊催眠かけてんのに全然反応すらせんとか…)
詰んだか?そう思って菫の方を見ると
菫「おい」
そこには鬼が立っていた。
菫「こっち向け伊藤」
澄子「だから依藤…」
ゴシャッ。と鈍い音がして、澄子がもんどり打って倒れた。
名前を間違えられ、訂正のために菫の方を振り向いた澄子は、そのまま渾身の頭突きを顔面に食らう。
不幸中の幸いでメガネは割れなかったようだが、額を抑えて転げまわる澄子を、頭から血を流した菫が冷たく見下ろしている。
菫「愛と希望と復讐の使者」
地の底から這い出てきた亡者のような低い声で呟く。左側からは鼻血も出ていた。
仁美(口上続けるんかい!)
命が惜しいので声には出さない仁美。
澄子「こ、この…よくも」
ふらふらと立ち上がり、澄子。
菫「魔法少女シャープシューター☆スミレ!」
だが、そんな相手の様子を意に介さず、今度は相手の両肩を掴む。
菫「ここに推参!!」
澄子「がふっ!?」
「参!」と同時に膝を鳩尾に突き刺した。身体をくの字にして悶絶する澄子。
豚を見るような冷たい目でえづく澄子を見下ろし、菫の唇が酷薄な笑みとともに歪む。
菫「さあ」
無防備に折り曲げた相手の背中を鷲掴みにして持ち上げると
菫「豚のような悲鳴を上げろ」
澄子「がぶっ!」
そのまま地面に叩きつけた。
菫「おいおいおいおいおおおおおおおおいいいぃいぃぃぃぃぃ。違うだろ?豚は「ぶー」だ。「がぶ」じゃない。やり直し」
澄子「ああああああああああ!?」
地面に張り付き、弱々しく息を吐く澄子の背中に無慈悲に踵を突き刺す。
そのままグリグリと踏み躙りながら、今度は言葉で攻撃を開始した。
菫「だから「あー」じゃないだろ。お前は豚だ。豚は豚らしく「ぶひーぶひー」鳴いてればいいんだ。ほれ、泣いてみろ。「ぶー」「ぶー」。なんだ?出来ないのか無能」
澄子「いやあああああああああああああ!!」
菫「なんだ。鳴きマネも出来ないとは豚にも劣るじゃないか。それじゃあお前は何だ?糞か?塵か?雌豚か?」
澄子「あっ!あっあっぅああうぅっひっ!あっあっあっあっあっああああああ!!」
菫「黙れよ糞喧しい雌豚。魔法少女の変身邪魔するとか畜生にも劣る。肥溜めの中で息絶えろ雌豚」
澄子「やめて!止めて下さうああああああああああああああああああ!!」
菫「だから違うだろうが。「止めて下さいでぶー」だろうが。脳味噌付いてんのかカス豚」
仁美(キレとる…)
菫「結構楽しいな、これ」
澄子「ふー!ふー!ふー!」
荒い息を吐く相手の背中をげしげしと蹴りで小突き、仁美に凛々しい笑顔を向ける菫を見て、仁美は生まれて初めて本気で人間というものに戦慄した。
菫「さあ、正義を執行しよう。こいつの意識を刈り取って落とせば良いんだよな?」
笑顔で仁美に確認してくる菫。
女帝の風格に頭から止めどなく流れる出血が相俟って、もはやその鬼気迫る様相は…
仁美「なんだか凄いことになっとる…」
もはや仁美ですら名状しがたい状況だった。
To be continued
はい今日の分終わりー。
という訳で、今回の募集は『復讐』を採用させて頂きました。
沢山の企画参加ありがとうございます。皆さんのレスが面白かったので、思いついたら予告に混ぜてまたこういうのやりたいと思います。
そして採用させていただいた>>209さんには、商品として「菫さんに直ちに命に関わるレベルでボコボコにされる権利」を差し上げます。
このレスを当人様が読んだ日の夜辺りに夢に出て来て、「このブタ野郎が」と罵りながら背中を踏み抜いてくれるでしょう。但し格好はジャージです。
返品?受け付けておりませんので悪しからず。
それではおやすみなさい。
魔法少女シャープシューター☆スミレR
「お、遅くなったのは、なんもかも政治が悪い…」メェー
前回までの魔法少女シャープシューター☆スミレRは!
「ふう…疲れた」「うちも…」
「あ。ちょうど良かった。ねえ菫」
「今日からの新居とよ」
「……ルームシェアってやつか」
「まさか、あいつ追いかけてる内に二人共財布と携帯無くしたとかな〜」
「帰る前にあの羊にだけはきっちり仕返ししてやらねば」
「石戸霞の部屋の隣とか…」「美子の隣とか…」
「私の名前を、呼んでください」
「居た!!あいつっちゃ!!」
「伊藤澄子さんだろう?」
「お黙りなさい!魔法少女!」
「菫ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「愛と希望と復讐の使者 魔法少女シャープシューター☆スミレ!ここに推参!!」
「がふっ!?」
「さあ、豚のような悲鳴を上げろ」
「いやああああああああああああ!!!」
夜のしじまに絹を裂くような絶叫が響く。
「ああああああああああああああああああああああ!!!」
「…」
「…」
その場——東京には珍しい何も無い拓けた空き地に居るのは、わずか三人。
即ち、魔法少女弘世菫とマスコット江崎仁美、そして当の悲鳴の主である依藤澄子の三人だけだ。
「ああああああああああああああああ!!」
「物分かりの悪い豚め。まだ人間様の真似をするか豚。巫山戯ろ豚。いい加減屈服しろ豚。早く啼け豚。喚け豚。ほら。ほら。ほら。ぶー。ぶー。泣けよおい雌豚」
悲痛な叫びは続く。延々と続く。永遠と続く。罵声も淡々と続く。
菫によって現在進行形で背中をぐりぐりと踏みにじられ、あまつさえ人格否定級の罵詈雑言を浴びせられ続けている澄子には、もはや反撃の体力は残っていなかった。
「強情なやつだなぁ…」
「いやああああああああああああああ」
いい加減諦めたのか、ようやく澄子の背中から足を退ける菫。先程に比べ澄子の悲鳴にも、か細さが目立ち始めていた。
「す、菫。そろそろその、あれぞ。楽にしてやるのも仏心っていうか、ほら」
初回から口上を邪魔された上に不意打ちで顔面をぶん殴られ、ブチ切れ菫にビクビクしながら仁美が言う。もう帰りたいオーラが全開だった。
「ん。仕方ないな。確かに相手も弱ってきたし、そろそろお約束的には決め技で浄化の時間に入る頃合いか」
「おーおー」
妙な納得をして自己完結に入る菫。
「で、どうやって〆ると?」
「ひっ!?」
仁美は仁美で結構容赦の無い質問を投げかける。側で彼女らの会話の一部始終を聞いていた澄子の顔が一段と青褪めた。
「そうだな〜。折角だし決め技は毎回同じがいいよな。光線とか出せないのは残念だが、せめてもの格好良い技何か無いだろうか」
顎に手を置き、「うーむ」と唸り始める菫。
「こだわりも大概にせーよ」
呆れた表情で菫を見やり「ま、ええわ。早く決めて早く落とせ」と何故か舌舐めずりを始める仁美。
「あわわわ」
「……まあ、最初だし暫定必殺技ってとこにしておこうか。正直、まだ技を覚えていないんだ。これから格闘技の本とか読んで勉強だな」
這いつくばったまま匍匐前進で逃げ出そうとする澄子の背中を再び足で抑えつけ、菫が薄い笑みを浮かべて彼女の顔を見下ろした。
(終わった…)
その菫の表情を見て、暴走風潮被害者 依藤澄子(よりふじすみこ)は、全てを諦めた。
そして、この光景を見ていた当事者外の人間も実は存在した。
「おい。あれなんだ。なんだあいつ」
「うわ…」
菫らの戦っている空き地の入り口にて、塀から顔を半分だけ覗かせて、二人の風潮被害者成香とチョコレは、冷や汗を垂らしてその壮絶な光景を目撃していた。
羊捕獲のための作戦会議をしていると、ちょうど仁美達が目の前を走って通りすぎて行き、慌てて追いかけてみたところこの空き地に辿り着いたのだ。
顔を引っ込め、ヒソヒソと会議を始める二人。
「どーなってんの。なしたのさあいつ。やばいって成香。あいつ魔法少女じゃん。なんで魔法少女がいんのさ」
「ああ。そういえば報告し忘れてました…。あの人達、パートナーになったみたいです」
「忘れてたっておま、あれどう考えてもやばいって。戦闘力は並クラスかもしんないけど、凶暴さがヤバイ。シャトゥーン(穴持たずの羆)並にヤバイ」
「そうでした。昨日私が羊さんを狩れなかったのも、最後にはあの人にコーヒーショップの二階から突き落とされたのが原因だったんです」
「躊躇なくそういう事するとかもうシリアルキラーの類だろ…弘世菫、たまに目付きが怖いとは思ってたがよもやそこまでとは」
「昨日は羊さんを狩れなかった報告しかしてませんでしたもんね。そこでチョコレさんの下水臭ささに気付いて服脱いでもらうまで逃げ出したんで、反省会が打ち切りになったんでした」
「必死に逃げ出したから何事かと思ったんだぞ。臭い取るためにわざわざ銭湯に不法侵入して身体洗ってきたし…って、また話が脱線した!」
首を振って嫌な記憶を振り払うかのような仕草をした後、もう一度菫達の様子を見ようと首を伸ばすチョコレ。成香もそれに追随するかのように控えめに首を伸ばす。
「どうした?この程度か風潮被害者ってのは」
「やめて!やめてください!お願い!後生ですから!!」
倒れている澄子を見下ろしながら挑発する菫。
必死で許しを請い、懇願する澄子を無表情で踏み躙っている。
「可哀想です…」
成香がポツリと呟いた。
チョコレも同感だった。というか、あの魔法少女は彼女に個人的な恨みでもあるのだろうか。
さっき何事か会話していたと思ったら戦闘になって、そこから猛反撃が始まったのをチョコレは記憶していた。
「チョコレさん、なんとかしてあげられませんか?」
「う〜ん。同じ風潮被害者のよしみだし、なんとかしてやりたい気もなくも無くもない訳でも無いのではあるが…」
消え入りそうな弱々しい成香のそんな声を聞いて、チョコレもなんだか居た堪れなくなってきた。
隙を見て助太刀に行ければ行ってやろうかななどと菫の様子を観察することにする。
「後生?後生というのは死後に生まれ変わることを指す単語だ。さあ、そろそろお前も一度死んで風潮被害という呪縛から解放されるがいいさ」
「いやああああああああああああああああ!!目!目が怖いです!!」
「失礼な。これでも結構申し訳ないと思ってるんだぞ」
「絶対嘘だあああああああああ!!」
毛ほども気にしていない表情で抗議し、うつ伏せに倒れた状態の澄子の身体をまたぐ菫。澄子の両足をそれぞれのわきの下にはさみこむ。
「そうっちゃ菫!やぁあああってしまえええええ!」
待ちわびたように煽る仁美に分かった分かったと目線だけで合図を送る。
「ひっ!?」
「喰らえ…!」
次の瞬間、自分ごと仰け反るようにして相手の背中を反らせ、引き絞るようにガッチリと極めた。
「えーっと…マジカル逆エビ固め?」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
澄子の背中と腰がメキメキと悲鳴を上げる音がする。
「うん。間接技はやはり強いな。どんなに弱い奴でも覚えれば強い相手を倒せようようになりそうだ」
「お前、石戸霞に寝技で絞められたのまだ根に持っとるやろ…」
ポツリと仁美の呟く声が菫に届いたかどうかは定かでなかった。
「今日は日が悪い。帰ろう」
観察から1分もせずに諦め、ニヒルな笑顔でチョコレ。
「はあ…」
「び、ビビったとかじゃないから。そろそろ今晩のねぐら探さないといけないだけだから」
「はあ…」
震え声で見栄を切ってみたが、成香の反応は思ったよりも冷ややかだった。誤魔化すように怒ってみせる。
「な、なんだその目は!」
「いえ、特に文句は…」
なんで怒られてるのかわからないといった顔で戸惑う成香に、これだけは言っておこうと思って胸を張って言い捨てる。
「言っておくけどな!あ、あんな奴私が本気になればワンパンだからな!ワンパン!」
「はあ…」
返って来たのは、故郷の北風よりも冷たい返事だった。
「てなわけで撤収!!」
「わかりました…」
気にしない事にして、撤収を宣言する。成香自身、もうどうしようもないと思ったのか敢えて何か言っては来ない。
内心ほっと胸を撫で下ろしながらその場をそそくさと後にするチョコレと、なんだか複雑な表情を浮かべつつ追随する成香だった。
「言っておくけど羊狩り諦めた訳じゃないからな」
「弘世さんに気付かれないように、ですか」
「うむ。その、なんだ。ほら、あれさ。無駄な被害は出したくない的な」
「…」
「うりうり」
容赦なく背中と腰を痛めつけ、時折ゆさゆさと揺らす菫。
「あ…あふ…」
遂に力尽きたのか悲鳴も消え入るような音量になっていたのが、しばらくするとガクンと澄子の身体が重くなった。
「お?」
手応えを感じ、技を解く。ちらりと横目で相手の様子を見ると、顔を地面に突っ伏していた。
「ふむふむ」
「……何やってんだ」
ゆっくり近づいてきて(戦闘に入ってからまた遠くに避難していた)澄子の手首を持ち上げでは離しを繰り返している仁美に呆れたように問いかける。
力の抜けた澄子の手は、持ち上げられ、手放される度にトーントーンと重力に従い地面に落ちる。それを3度ほど繰り返した後、立ち上がって仁美。
「勝った…!!」
「いや、見ればわかるだろ」
「これより浄化に入るとよ!」
「無視か。まあもう慣れた」
厳かにそう告げる仁美に、あとは任せたと言って数歩後ろに下がる菫。
「ん…」
コクンと頷いて、大きく息を吸い込む仁美を観察する事にする。
(そういえば浄化ってどうするんだろうな)
興味本位で見届けてやろうと思った。
「ん〜…」
「?」
そこで少し何か考えるよな仕草を始める仁美。
何か問題でもあったのか?と思ったが、どうもそのような感じではない。
此方をチラチラ伺っているのだ。
「まさか私に見られてやり辛いとか言うんじゃないだろうな」
「…」
「図星か」
お前変な所で神経質というか、シャイだな。と言って後ろを向いてやる。
こんなサービスはこれっきりにしておきたいものだ。
「おー。すまんな。なんや緊張してもーて」
「頼むよ。毎回こんなのは決まりが悪い」
「メヘヘ。まあ次回までにはなんか対策考えとくから」
「まったく…」
そこで会話が途切れた。仁美が浄化作業に移ったらしい。何か作業を行なっている気配を感じる。
「ほい、完了」
「早いな」
作業はつつが無く完了したようで、すぐに背中に声がかかった。実際あっと言う間だった。
「まー大した風潮量でも無かったけんなー。これがもっとでっかい風潮なら浄化も大変やけど」
「なる程ね」
そう言って振り返り、自分の極め落とした少女の顔を見る。
「けど、ここまであっさりだと何だか拍子抜けしてしまうよ。本当にこんなので良かったのか?」
若干調子に乗り過ぎていた自覚は有った。
慣れない戦闘で気が昂ぶっていたのかもしれない。本当にあそこまでする気はなかったのだ。
(…多分)
そうやって自分に言い聞かせながらさっきまでの自分を振り返り冷汗を垂らしていると、仁美から意図の見えない質問が飛んできた。
「菫、名前言えるか?」
「ん?」
意味がわからず聞き返す。すると「主語が抜けとった」と言い直してきた。
「この女ん名前。わかると?」
「えーと…確か劔谷高校の依藤澄子さんだったか」
「メッヘッヘ…」
「…」
そこで気付き、片眉だけ上げて驚きを示してやる。
「気付いたか。浄化完了とよ」
「驚いたな。一体どんな風潮だったんだ…」
さっきまで自分が彼女を伊藤と読んでいた事を思い出す。
今は「よりふじ」とはっきりとわかる。劔谷のレギュラーはインハイでもそこそこ警戒していたので、資料などで研究していたはずなのに。
「『依藤澄子の名前が誰にも覚えられていない』という風潮」
「えらく地味だな」
その風潮にどんな意味があるというんだ…と頭を抱えていると、仁美が首を振ってくる。
「確かに地味やけん、かなり怖い風潮とうちは思うとよ?」
「どういう事だ?」
真剣な表情に思わず聞き返す。その表情に少しだけ影があると感じるのは、菫の思い過ごしだろうか。
「だって、誰も自分ん名前呼んでくれんっちゃ。不安で不安で仕方なかろうよ」
「ああ、言われてみれば」
しゃがんで澄子の顔を伺ってみる。脂汗を流しながらうんうんと苦しそうに唸っている。
(この表情が風潮で苦しんでいた分の悩みなのか私のせいなのかは微妙なところだが…)
そう考えた瞬間別の意味で頬が引き攣った。
「見知った土地で、見知った人がまるで自分を異邦人のように扱ってくる。そんな孤独感、うちは想像すらしたく無か」
「…」
仁美も同じようにしゃがみ込み、菫の隣で澄子の表情を覗く。珍しくその顔には同情の感情が浮かんでいた。
「そうっちゃ。想像すらしたく無か…そんなん。絶対に」
「仁美…」
仁美がそっと苦しそうな澄子の頭を撫でてやる。
苦しそうな表情が少しだけ和らいだような気がして、菫も罪悪感が少しだけ薄れたような気持ちになれた。
「なあ?依藤菫…」
「……そのボケは少しツッコミをし難い」
「…」
珍しく真面目なことを言ってしまった照れ隠しだろうとは想像がついたが、菫を弄ろうとしているのか、澄子弄りなのか、
それとも自分の記憶力が無いという自虐ボケなのか。微妙に判断が付かない上にボケ自体にもキレも無かった。
「ああ、悪かった悪かった。謝る謝る」
無言でポスポスと背中をはたいてくる仁美をいなしていると、澄子の目が薄く開いた。
「あれ?私…」
「おっ。起きたか」
いい加減鬱陶しくなってきた仁美を怪我しないように優しくベアクローで制裁しつつ、優しい声を澄子にかける菫。
「きゃ…」
目が合った。
「きゃああああああああああああああああああああああ!!!」
その瞬間、まるでベラドンナでも注したかのように目を見開き、電流でも浴びたかのように立ち上がった澄子がこの日一番の絶叫を空き地に響かせた。
「ちょ!?」
「メッ!?」
「いやああああああああああああああああああ!!殺されるぅうううううううううう!!!」
「なっ!お、おい!聞き捨てならないことを言うな!」
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!!?」
ぶんぶんと腕を振り回しながら抗議する菫。顔を掴んだままの仁美の身体がまるで風船か凧のように揺れる。
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!」
その破壊的かつ暴力的な菫の様に慄き、最後の力を振り絞るように悲鳴を連呼する澄子。
ふらふらとした足取りながらも空き地から逃げ出そうとする。
「待てぇええええええええええええ!!」
「だ、だれか…助け…」
(なんの誤解かは定かでないが)誤解を解こうと凄まじい形相で澄子に駆け寄る菫。
「きゅう…」
その顔を見て、そこで緊張の糸が切れたのか、その場でぱたりと崩れ落ちてしまった。
「…」
まるで武装強盗団にでも襲われたような顔で気絶する澄子。
「…め…めぇ…め…」
ピクピクと痙攣しながら呻き声をあげる仁美。
「……なんだこれ」
唯一人、呆然と空き地に立ち、そんな事を呟いた菫に、返ってくる言葉は何もなかった。
それから少しして、何事もなかったように復活した仁美を歩かせ、崩れ落ちた澄子を背負い、自分たちの部屋に帰って来た菫。
買ってきたばかりの布団に澄子を横たえ、水を用意してやる。何かが違うような気もしないでもないが、取り敢えず濡れたタオルを頭の上に乗せてやることにした。
「これでよし、と」
「意味あると?それ」
「言うな…」
自分はさっさと風呂に入り、パジャマ(まさかの羊型フード付き)に着替えて寝る体制万全の仁美が茶々を入れてきた。
「って言うかもう風呂上がったのか。なら次入ってもいいか?」
さっぱりした仁美の姿を見て、自分も身体が気持ち悪さが我慢できなくなってきた。
戦闘もそうだが、夕方からずっと働かされっぱなしでいい加減に汗を流したいと思っていたところだ。
「ん?あ〜。ええよええよ。行ってこい行ってこい」
「そうか、悪いな」
「ん。シャンプーその他諸々は同じやつで悪いけど」
「ああ、そうだな。まあ仕方ないさ」
「なら早く行ってきー」
「ああ。ありがとう。行ってくる」
礼を言って立ち上がり、今日買ってきた下着とパジャマを持ってバスルームへ向かう事にする。
「さて、と」
菫がバスルームの戸を閉めた音を確認し、
「さっきは中途半端なとこで中断したけん、まだちょっち風潮被害残っとったようやったけど…」
未だ目覚めぬ澄子の顔を見る仁美。
「『これ』の事は菫にはまだ知らせる訳にはいかんけんねぇ…」
如何にも良からぬことを企んでいますという表情を作って、そんな事を呟く。
「おーおー。これはまたおいしそ〜な……」
ククク…と悪そうな笑いも忘れずに、不穏な呟き。
そして手を澄子の肩にそっと置く。顔を覗き込むような体勢のままゆっくりと薄い唇に自分の顔を近寄せていく。
まるでこれからキスでもするかという程に口が近付き…接触する直前
「こほん。では…」
おもむろに口を大きく開いて
「風潮被害、いただきます」
「そうだったんですか。私、そんな事を…」
「まー気にする事無かとよ。悪いのは全部風潮被害っちゃ」
「けど、急に行方を眩ませて3日なんて、家族や多くの方に心配をかけていると思いますし…」
「それは災難やったけどねぇ…そんなに気にしてもどーにもならんから…っと、上がったか」
菫が風呂から上がってタオルで頭を拭きながら部屋に向かっていると(ドライヤーが仁美の手にあったのだ)そんな会話が聞こえてきた。
「なにやってんだ?」
ひょい、と顔を出してやる。出した後にまた悲鳴をあげられるのでは、と少し後悔したが幸い杞憂に終わった。
「あ。弘世さん。先刻は大変ご迷惑をおかけしたようで…」
今度は怯えもせず、ペコリと頭を下げて謝罪してくる依藤澄子。
「あ、いえ。こちらこそ…」
先程自分でボコボコにした人間に謝罪されるとかなり心苦しいということを菫は学習した。
こちらも深々と頭を下げ、謝罪合戦を開始する。
「すみませんでした。調子に乗りました。お怪我はなかったでしょうか」
「は?ええ。まあ。というか何故謝られるのですか?暴走して暴れていた私を必死に抑えて浄化してくださったんでしょう?感謝こそすれ、謝られるなんて心苦しいばかりです」
「へ?」
なんだか色々と納得がいかないのは菫の方だった。
まず、キョトンとした表情の澄子の顔を見る。ピンピンしている。
「あの…どこか身体に痛むところはありませんか?」
「ああ、その事ですか?流石魔法少女ですね。覚えてはいないのですが、暴れている私をそれでも怪我のないように優しく気絶させて下さったと伺っておりますよ」
「そうですか…無傷ですか…」
ちらり、と仁美の方を見る。
「風潮が消えた後は、大抵の怪我は治るとよ。命に関わるような大怪我ならまた別なんやけどね」
「そうなのか」
目で違う!その事じゃない!と言ってやる。いや、それも気になってはいたのだが。
「どうせ暴走しとった時の事は覚えとらんけん、面倒臭かこつならんように多少脚色して説明した」
それもすぐに察したようで、ひそひそと教えてくれる。
「お前ってやつは…」
呆れ半分、安堵半分で溜息を吐く。
「メヘヘ…」
だが、それも本命ではなかった。今の会話で発生した最大の問題点。それは…
「それにしても、本当に魔法少女って実在するんですね。それもあの弘世さんがそうだなんて。私びっくりしてしまいました」
「話したのか。魔法少女のこと…」
「ん?おー…ああ、まあね〜。よくよく考えたら別に隠す必要も無いやんって思ったけん」
「はあ…」
どうやらこの羊には魔法少女としての美学というものがわかっていないらしい。がっかりと肩を落とす。
「まあいいさ。どうせお前はそんな女だ」
「なんか失礼な事言われとー!?」
訳がわからないよ!と言った顔でショックを受ける仁美を余所に、澄子に語りかける。
「あー…なんだ。その、一応、そうなんだ。私。魔法少女だ」
「凄いですね〜」
本気で感心したような顔で見られ、なんだか照れくさくなってしまう。少しだけ顔を逸らし、そっぽを向く。
「そ、それほど大したものではないんだがな。新人だし」
「いえいえ。それでも凄いですよ。滅多になれるものでもないですし」
「は、ははは…そ、そうだね。滅多になれるものではないのは確かだし、貴重な体験をさせて貰っていると思うよ…」
「私も成ってみたいです。どこで求人しているんでしょう?」
「ああ、いや。求人じゃないんだ。いや、どうなんだ?よくわからないんだ」
「そうなんですか。残念です」
(この子も少し世間ずれしてるなぁ…そういえば劔谷はとんでも無いお嬢様学校だとかいうしな…)
余りに素直でマイペースな澄子にテンポを崩され、どんどんぼろぼろになっていく菫。
もしかしたら自分は箱入りお嬢様のような子には弱いのかもしれないなどと思う。
「で…えっと、どうするんだい?」
「どうする、と申しますと?」
「その…帰らなきゃだろ」
「あ…」
「…」
「あの、私帰ります」
「「いやいやいや」」
すく、と急にその場を立ち上がり何処かへ行こうとする澄子を二人で押し留める。
「あの、すみません。でもみんなに心配かけているでしょうし。後日改めて御礼には参りますから」
申し訳なさそうにそう言ってくる澄子に
「いや、御礼とかいいから」
「御礼は楽しみにしとるとよ。ちなみにうちら今日からここに暮らすことになって何かと入用で…」
「お前は黙っとれ!」
脳天にチョップでツッコミを入れる直前で変身解除していなかった事に気付き、慌てて押し留まる。
普段淡にやるノリでやっていたら血の花が咲いていたかもしれない。内心胸を撫で下ろす。
「えっと…」
「ああ。御礼はいいから。本当に。くれなくていい」
これが魔法少女の仕事だからね。と少々気障ったらしく言って、話を続ける。
「それよりだ。君、今から兵庫まで帰るつもりかい?」
「ええ。勿論です。確かに東京からは遠いかもしれませんが、電車賃の手持ちはありますし、すぐに帰って謝罪して回らないと…」
「きっと、もう電車無いぞ」
「…」
「終電」
「まあ、今日はここ泊まってけ。電話だけ入れとけば良か」
「あの…すみません。ご迷惑をおかけいたします」
深夜。
2つしか無い(予備の布団も買って来るべきだったと後悔した)布団の一つに客である澄子を強引に寝かせ、残りの一つを菫に譲った仁美は、自前の巨大な旅行鞄の上に座り考え事をしていた。
すやすやという二人の少女の寝息をBGMに、薄闇の中でじっと自分の手のひらを見る。
「……あと、10個」
ふう…と吐息を漏らし、まだ遠いな、と声にせず口だけで呟く。
「否。これが始まりとよ。どうってことなか。すぐっちゃ。きっとすぐ…」
目を固く瞑り、厳しい表情でかぶりを振る。何かを払拭するように。
「菫…」
ちらりと菫の眠る布団の方を見る。頭まで完全に布団を被り、頭頂部以外は全て布団の中に隠れていた。
変な寝方だと苦笑いする。これでは悪戯も出来ないではないか。
「菫…」
もう一度相棒の名を呼ぶ。
「頼んだぞ」
縋るような声で小さくそう漏らし、一度天を仰ぐように首を上に向けた後、座ったままの体勢で仁美も眠りに就くことにした。
「それじゃあ学校行ってくる」
「はい。いってらっしゃい。あ、これお弁当です」
「……あ、ああ。ありがとう。行ってくるよ」
「私も8時の電車で帰りますので、それまで少しお時間ありますからお掃除やってしまいますね」
「ありがと…う?たすか…る…?」
早朝。学校へ向かう菫を、何故か澄子が見送ってくれた。しかも菫よりも早起きしてお弁当を作ってくれていたらしい。
ちなみに仁美はまだ寝ている。しかも菫の布団の中でだ(菫は朝起きたら布団を追い出されていた)
昨日買っておいたビニールパックにご飯やらおかずやらが入っていて、しかも丁寧にハンカチで包まれている。
学校へ行く支度中に随分手際よく料理をしていたのは見えていたが、まさかこの為だったとは思わなかった。
(今日は学食でこれ食べるか)
いつもは照ら虎姫メンバーと学食を利用しているのだが、今日は菫の分は必要無さそうだ。
淡辺りに羨ましがられるんじゃないかと少し思った。
「その、なんだろう。みんな、心配してくれていたんなら良かったじゃないか」
「そうですね。……迷惑をかけたのは確かですから、しっかり叱られてきます。昨晩も電話をかけた両親や友人にはお説教されましたけど」
「はは。お嬢様学校の優等生のプチ家出みたいな感じだったのか」
「そんな感じです。みんな結構驚いたみたいで」
「風潮被害のことは…」
「言えませんよ。魔法少女の事も。そんな事言ったらもっとお説教されそう」
「違いない」
「それに」
「?」
「魔法少女の存在は、世間には秘密ですもんね!」
「わかってるじゃないか。君は」
はにかむように言った澄子にニヤリと笑いかけて、菫は身を翻し、家を後にする。
鞄を背中に背負って、手を軽く振りながらぶらぶらと歩いて行く後ろ姿は、澄子の目にはとても絵になるように映った。
(ここでエンディングテーマ流れたら完璧だなぁ)
そんな事を思いながら部屋の戸を開けたまま菫の後ろ姿が見えなくなるまで見つめ続けていた澄子だった。
白糸台に着くと、菫の机の前で照が待っていた。
「お。やあ照、おはよう」
「あ、菫。昨日はどうしたの?」
菫に気付き、詰め寄るように迫ってくる照。
ちょっとした気迫のような物を感じて思わず後ろに数歩後ずさってしまう。
「おっと。なんだ照。どうした」
「昨日私無視して帰った」
「何?」
「声かけたのに無視して…」
「無視だと?馬鹿な。なんで私がお前を無視なんて…」
「とぼけないで!!」
珍しく、照が大きな声を出す。クラス中の視線が菫達に集まった。
「……なんでもない」
菫がそう言うと、訝しがりながらもクラスメート達は一人、また一人とホームルーム前の雑談に戻っていく。
「照。どうしたんだお前らしくもない」
流石に菫も少し言葉尻をきつくして、咎めるように照に言う。
「なんで私を責るの?無視したのは菫なのに」
「だから、いつ私がお前を無視したって言うんだ」
先程の反省から声自体は潜めたものの、尚も咎めるような照に、菫も少しだけ苛ついてくる。
「いつ?いつって言った?昨日だよ。昨日の放課後。玄関口の前の廊下ですれ違って声かけたのに、無視された。忘れたなんて言わせない」
「あの時か…」
昨日の放課後を思い返す。確か、あの時は仁美に呼び出されて急いでいた筈だ。
「それなら、確かに気付いていなかったかもしれないな。すまない。急いでたんだ」
「急いでた?急いでたから無視したの?」
「そうじゃなくて…」
「そうじゃなかったらどうだっていうの!」
妙に突っかかってくると思った。普段穏やかな照が菫にこんなにも突っかかってくるなんて珍しい。
だがそれ以上に
「また声が大きくなってきているぞ。興奮しすぎだ馬鹿め」
「っ!!」
菫は、こういう感情的な口論が大嫌いだった。幾ら友人相手であろうと、自分に非の無い点を責められて簡単に頭を下げられるほど菫の謝罪は安くない。
「……あれ?」
そこで照が困惑したような顔になった。
「なんだよ」
憮然とした表情で菫が問う。今度はどんなくだらない事で因縁をつけてくるつもりだ、と身構える。
「ねえ、菫。シャンプー変えた?」
「はあ?」
「ううん。まさかね。だって菫は昔からずっと同じやつ使ってたはずだし…」
「それがどうした。昨日は色々あって違うの使ったんだよ」
思い出す。照のよくわからない特技。効きシャンプー。
まさかこのタイミングで魔法少女になりましただなんてふざけたカミングアウトも出来ず、大雑把に誤魔化す。
「色々あってって…どうあったっていうの」
熱に浮かされたような口調で照が食い下がる。
「どうって…だから、いろいろだよ」
「言えないような事なの?」
糾弾するような口調で的はずれな事を言われ、イライラが段々連なってくるのを自覚する。
(これはまずいな…)
自分でも自制が利かなくなっているのを自覚する。だが、だからと言って今更言葉を飲み込むには気持ちが加速しすぎていた。
「なんだっていいだろ。しつこいぞ。それに違うシャンプー使ってたのは昨日だけじゃない。一昨日だって…」
「もういいっ!!」
また照が叫ぶ。今度は周囲の反応お構いなしに踵を返し、ズンズンと自分の席まで向かう。
(なんなんだ馬鹿…)
朝から複雑な気持ちになって照の背中を見つめる菫。その視線に気付いたのか、席に辿り着いた照が振り返る。
睨み付けられた。その表情には、はっきりと憎しみの表情が張り付いている。
(なんなんだよ…卒業も間近って時に…)
思えば、これが初めての本格的な喧嘩かもしれない。
この三年間で小競り合いのようなものは幾らでもあったが、照にあんな目で見られたのは初めてだった。
予鈴が鳴り、担任が入ってきて照が菫から目線を逸らす。出席を取り始め、朝礼が始まり、連絡事項が申し渡される。
それから一時限目の鐘が鳴り、二時限目の鐘が鳴り、三、四時限目と鐘が鳴り。昼休みが始まっても、照が菫の方を見ることはただの一度もなかった。
(卒業前に友人と一度だけでもいいから本気で喧嘩してみたい、なんて適当にでっちあげたような感動話みたいな事考えた訳じゃないんだろう?本当に、なんなんだよ…)
自分の席に腰掛けたまま、無人の照の机を見て考える。いつもなら菫を誘って一緒に学食に行くのは照の役割だった。
今日は昼休みのチャイムと同時に、菫を一瞥することも無く何処かへ行ってしまった。
(学食、行ってるんだろうか)
もしそうだとしたら、自分も行こう。行って、昨日のことを詫びよう。その後照と少し二人きりで話をして誤解を解きたい。
そう思ってやけに重く感じる腰を上げ、学食へ向かうことにした。
「……今日はお前らだけか」
「あ、はい。淡は忘れ物したって一旦教室に戻ってます。宮永先輩は…知ってる?」
「さっき購買でパンだけ買ってどこかへ行くのを見ました」
「そうか。ありがとう尭深」
学食で、菫の予想は外れてしまった。
いつもの席、いつものメンバーの中に照の姿が無かったのだ。
(これは徹底的に避けられてるな…)
下腹の辺りが重くなるのを感じる。陰鬱な気分に拍車がかかる。
本気で照が何を考えているのかわからない。
(無視したって…ガキかよ)
多分今追い掛け回しても意固地にさせるだけなのだろう。
照との対話を一旦諦め、お昼にすることにする。
澄子お手製の弁当はとても美味しそうだった。
(せめてもの癒しだな…)
「ねえ誠子ちゃん。そういえばさっきの…」
「あっ!そーだったそうだった!」
「ん?」
割り箸を割り暗い表情で弁当に取り掛かろうとしていた菫に、誠子の明るい声が届く。
「弘世先輩!聞いてくださいよ!」
「なんだどうした。随分嬉しそうじゃないか」
最近新部長としてのプレッシャーからずっと元気の無かった誠子のここまで嬉しげな声は久しぶりだった。
「それがちょーいいこと有ったんです!私初めて部長やって良かったって少しだけ思いました!」
「そうか。それは何より」
きんぴらごぼうに口を付け、先を促す。後輩の明るい声は弁当と共に菫にまた少し活力を与えてくれた。
「えっへっへ〜。なんだと思います?何があったと思います?」
(せめてもの救いその2だ。誠子の部長になって良かった談義でも聞いて気分を和らげようか)
口の中でポリポリと牛蒡を咀嚼しつつ傾聴の姿勢。
勿体ぶっている得意げな誠子の表情が微笑ましい。素朴な美味しさと相俟って頬が緩む。
「なんと!淡が私に完璧に敬語で喋ってくれるようになりました!!」
「…」
「…」
「あ、ちなみに私にもです」
「あれ、尭深にも?」
「うん」
「…」
「…」
「……弘世先輩?」
「へ?」
思わず箸を取り落としそうになった。
「はっはっは。誠子。尭深。ナイスジョーク」
やっとのことで口内の牛蒡を飲み込んで、なんとか声を絞り出した。
動揺していたのかもしれない。箸でミニトマトを摘もうとしたが手が震えて何度も取り逃がす。
やっとのことで串刺しにして口内に放り込む。味がしない。親の敵のようにしつこく咀嚼を繰り返す。
「いや、それがジョークじゃないんです。恐ろしいことに」
尭深が緑茶を飲みながらさらりと毒を吐く。
「はい。冗談ではないです。昨日の部活からですけどね。凄く丁寧に喋ってました」
誠子が真面目な表情で言う。
「でも口は悪くなってたかも。……ああ、ちょっとだけ毒舌になったっていう感じです」
「あと、やけに面倒見が良いって言うか。あいつが指導に回ってたのも初めて見たかも」
完全に液状化したミニトマト飲み込んでから菫も口を開く。
「いやいやいや。それはないだろう。おいお前ら。私を担ごうたってそうはいかないぞ」
「でも本当ですし…」
「ねえ?」
「……何があったんだあいつに」
「私が苦労してるの見てあいつなりに私も頑張ろうって思ってくれたんだったらいいな〜って思ってたんですけど」
「私はまた何かのドラマの影響かと」
「お前ら…」
自分に都合が良かったり天然の毒吐きだったり、この二人も大概な奴だなぁと思いながら菫は頭を抱える。
この面倒な時期にただでさえ照まで面倒になったのに、また面倒な事が起こる予感がしてならなかった。
「おっ。噂をすれば影」
「弘世先輩。よく見てて下さいね。淡ちゃん絶対変ですから」
「変って…遂に本音出たな尭深」
二人の見ている方向を見ると、そこには見慣れた金髪のふらふらとした人影。
(……いや。ふらふらしてない!?)
菫はすぐに気づいた。戦々恐々とする。
いつもだと数メートル歩くのにも色々な物に気を取られ、あっちに行ったりこっちに行ったりしている淡の足取りがおかしい。
(馬鹿な…!まっすぐやってくるだと!?)
淡が確かな足取りで、まっすぐに菫たちの居るテーブルに向かってくる。理由もなく怖くなる菫。
いつものように近くの適当なグループに突撃し唐揚げやデザートを分けてもらったりしていないため、もうすぐそこまで来ている。
(くっ!早すぎる!心の準備が…)
何故か焦りの余り変身の準備まで内心してしまった。
「すみませんお待たせしましたー」
なんとか踏み留まり、動揺している自分に呆れて、なんとか取り繕うように座り直すも落ち着かない気分のまま淡に向き合う。
そわそわしながら相手の様子を窺う事にしていると、淡が信じられないことを口にした。
「どうも申し訳ありませんでした先輩方。先生に宿題でわからないところあったの聞こうと思ってたのに忘れちゃってて」
「な…!!」
深々と頭を下げられた。絶句する菫。
「あ、これお待たせしたお詫びです。いちご牛乳人数分買って来ました。宮永先輩にはさっき偶然会ったんで渡して来ましたけど」
「な…なな…な…」
ぽかんと大口を開け、先程の淡の言葉を反芻する。日本語が理解できなくなったのかと我が耳を疑う菫。
「でも、あの人なんかすっごく機嫌悪そうでしたよ?いやだなぁ…あの人怒ったら怖いし。はぁ〜あ。また私が被害受けるのか」
「あ…ああ…あ、ああああ…」
掠れた声が喉から漏れる菫。
「まあもう馴れましたけど。いいですよ。どうせこれが後輩の役割です。下っ端の一年生の役割ですもんね」
「あ、あわ、あわわ…」
「あ。どーも弘世先輩。来てらしたんですね」
「……淡?」
「……?はい。如何にも私は大星淡ですが。……どうしたんですかそんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔して。あ、いちご牛乳飲みます?」
「あ、え?は…えーっと…うえ?」
差し出されたいちご牛乳の紙パックを受け取り、オロオロと戸惑う菫。
「……弘世先輩?」
怪訝そうな顔をする眼前の少女に、菫はそこでゴクリと大きく唾を飲み込み、話しかける。
「なあ、頼みがあるんだが」
「はあ」
「その、とても申し訳ないというか、非常に失礼というか、でも非常に重要案件というか…」
「いいですけど。はっきり言って下さい。歯に物が挟まったような物言い、弘世先輩らしくありませんよ」
「……あの、な」
「ええ」
「…」
意を決して、問いかけた。
「誰だお前」
「はあ?」
「いやマジで」
To be continued
ハギヨシがホモだという風潮が出来たのが俺のせいだという風潮
一理ない
遅くなってすみませんでした
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません