春香「私との約束だよ!」 (21)
ある小さな街の広場にて
1人のアイドルがライブを行っていた
「みんな盛り上がってるぅ!?」
「イェーーーイ!!」
広場に集まった街の人達は祭りのように騒ぐ
人里離れたこの街では、アイドルが来たりするのは珍しいことだった
人気のアイドルだったこともあり、
なかには、遠い所からわざわざこの街に来る人も居た
アイドルは片手を上げるとぐっと拳を握った
「次の曲、いっくよぉ!」
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親子連れで遠い所から来る家庭もあるなか、
小さな子供も一緒になって歌っている
歌詞は分からなくてもいるだけで楽しいのだ
アイドルは曲が鳴り出すと
声援に応えるように歌い始めた
………………
…………………………………
公園にて
ある少女が言った
「こうやって歌ってたんだよ!」
もう1人の少女は首をかしげる
「おうた…?」
「うん!こう…こんなふうに」
手を前に広げて歌ってみせ、
嬉しそうに笑う
ライブは終わり、時は次の日。
広場の近くの公園で、
2人の少女が話していた。
お互い会ったこともない2人は公園で偶然知り合い、1人の少女がライブのことを話していたのだ。
2人とも親に連れられてこの街に来た、ライブを見ていた客の1人だった。
1人は赤みがかった茶色の髪をぱっつんと前髪で切り揃え、1人は青みが強い黒っぽい長髪をしている。
元気に喋るのは赤みがかった茶色髪の少女だ。
「お歌楽しかったね!」
「ふーん…」
対する青みがかった黒っぽい色の長髪をした少女は、とても静かだった。
落ち着いているのは、元々静かだからというわけではない。
遠方から来た疲労でライブ中眠っていたのである。
はしゃぐ少女の話に、共感はできなかった。
左耳から右耳へと話が流れていき、
退屈に思った少女は公園の中を見渡した。
ぐるっと公園を一周させた少女の目がふと止まる。
ライブの話より興味深いものが少女の目に映ったのだ。
それはそれは大きな猫が木影に座っていた。
…まるまるとした体に、銀色のフサフサした毛、ダルマのように怒った顔をしていて、猫も少女をじっと見ていた 。
これは、猫…?
見たこともない猫に、少女の目は釘付けになった。
「またお歌見たいね!」
「……」
「こう…わぁっと…」
元気に話す少女は暫く喋り続けていたが、やがて相手が話を聞いていない事に気がついた。
「…ねぇ?」
「……」
返事もせず、ずっとそっぽを向いている少女に問いかけた。
「…何見てるの?」
目線を追うと遠くに猫がいた。
「…わっ」
遠くからでも分かる大きさだ、
猫を見た少女はびっくりした。
(あの猫が気になるんだ!)
そう思った少女は、
わざと気が付いたふりをしてみせた。
「あっ…猫がいる!」
「………うん」
黙っていた少女も、返事をした。
(やっぱりあの猫が気になるんだね)
少女は笑みを見せるとこう提案した。
「もっと近くに行こ!」
「………えっ」
「ほら、行こうよ!」
少女は腕を掴むと、猫の方へと歩き出す。
相手は会ったばかりの知らない人だった。
猫が気になるなら猫の話をしよう
そう思ったのだ。
腕に引かれて抵抗することもなく相手は着いてきた。
やがて猫の側までやって来た。
猫は依然としてまるまるとした体を座らせていた。
その姿は、まるで腹を満たしたライオンのようだった。
少女は、わぁっと呟きながら言った。
「大っきいね!」
相手は黙ったままだった。
聞こえたのか、そうでないのか目をまじまじと開いて、興味深そうに猫を眺めていた。
繋いだ手は握ったままだ。
反応がないので、少女は自分も一緒に猫を眺めることにした。
猫は根元に体をもたらせ、
周囲に散る葉は家来のように囲っている。
近くで見るとより銀色のフサフサした立派な毛で身を纏い、少女を上から見下ろすような目でじっと睨んでいた。
ダルマのように怒った顔は王様のようだ。
少女も次第に興味が湧き始めた。
フサフサした毛に自然と手が伸びていく。
「…触ったら暖かそうだね」
…と、その時
「わっ!」
猫が物凄い勢いで立ち上がった。
「フゥーー…!」
「うっわぁ…!」
少女は目を輝かせた。
裕福な毛は、一変して針になった。
隣の少女は驚いたように後退る。
猫は尾を見せ、ゆっくりと走り出した。
(こんな猫見たことない…!)
少女はそう思った。
「行こ!」
「えっ……いい」
「なんで、逃げちゃうよ!」
「…お母さんが公園から出たらダメって、わぁっ!」
少女は繋いでいた手を引っ張る。
青い髪がふわっと舞った。
少女は手を強く握りしめ、猫を追いかけた。
猫は公園の出口を出て行った。
少女も、公園の外へと足を踏み出す。
「お母さん…」
振り返る少女の目先では、
母が知らない人と話していた。
道に出ると、
猫は茂みへと入っていくのが見えた。
「いいよ、少しくらい!」
元気に少女が言う。
「すぐ戻るから平気だよ、猫見たくないの?」
「……」
少女は黙っていた。
元々猫が気になっていた。
今見失ったら二度と見れないかもしれない。
そう少女の頭を過ぎる。
走る足が、少しずつ速くなった。
「いこっ!」
目の前に茂みがあった。
少女は頷いた。
この時にはもう母のことも忘れていた。
茂みを掻き分けて進む途中、
無口な少女は躓きそうになった。
雑草は少女の頭まで届きそうな程伸びていた。
手入れがされておらず、
自由に育った草葉が先に続いていた。
少女は、やっとの思いで走った。
茂みを抜けると足場は軽くなった。
少し茂みを走っただけだが、
何度も躓きかけたせいか疲れたように少女はうな垂れる。
それに気がついた様子もなく、元気に少女が言った。
「猫、どこ行ったかな」
少女は全く疲れていなかった。
立派な毛を逆立てる猫のことで頭はいっぱいだった。
必死になって周りを見渡す。
…が、次の瞬間、少女は身構えた
(………………迷路?)
先は、一歩踏み出せば道を失いそうな草道が続いていた。
高々と伸びた木々、生い茂る葉々。
しーん…と静まり返った真夜中を思わせる静けさのなか、ポツ…ポツ…と水滴が落ちる音が聞こえる。
陽は木に遮られ、中は暗い世界が広がっていた。
少女はぶるっと身震いした。
そのなかに、ポツリと遠くでこちらを睨むものが居た。
「………あっ」
睨むものは、猫だった。
銀色の毛は不気味に光り、
さっきまでとは違う雰囲気が漂っている様に見えた。
少女は猫に向かって足を動かした。
じわ…じわ…
猫が毛を逆立てて威嚇する。
「フゥー……!!」
……そのとき、
少女の腕を、 もう一人の少女が引き止めた。
「えっ、どうしたの?」
「……もういい」
少女は泣きそうな顔で首を振る。
「…お母さんのとこに帰りたい」
少女の力は強く、
なかなかその場から動こうとしなかった。
少女は思った。
(せっかくここまで来たのに?)
不満そうな顔で猫を見る。
だが、その背景に広がる暗闇を見て
少女はまた、身震いした。
暗闇は、まるで少女を迷路へと誘いこむように悶々と漂っていた
このまま歩いたら迷いそうだった。
幼い少女にも、それが分かった。
「…帰る?」
「……………うん」
二人はゆっくりと元来た茂みを歩き始めた。
躓きかけた少女も、
今度は足場をしっかり保って歩く。
その様子を見張るように
遠くで猫がじっと見ていた。
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