【オリジナル】非可逆性恋愛一方通行 (15)
「……えーっと」
気まずい。
私は目の前に座っている友人ーー悠希の顔をちらりと見る。悠希は手元の紅茶に口をつけながら私の言葉を待っているようだ。
あー、うん、友達なんだけどなー。ていうか幼馴染なんだけどなー。今はちょい状況が違うからかー。ちょいなー。
何と申し上げ良いのやらとぐだぐだ悩んでいると、悠希の方から切り出してきた。
「ええと、瑞希さん…でしたっけ?」
「へ? あっ、はい」
思わず背筋がぴんと伸びてしまう。無理もないか。この『悠希』は私の名前を呼ぶのは初めてなのだから。
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「なんで私は連れてこられたんでしょうか」
「……そーですよね、気になりますよねーはは……」
そう、悠希をこんなちょい古くさい喫茶店へ連れてきたのは私だ。それも半ばナンパのように。
『お姉さんちょっとお話があるから飲みいこーぜー』でついてくる悠希も悠希だと思うけど。
……しかし不思議なもので、いつも見慣れてると思った悠希は、こうして向かい合ってみると艶のある黒髪、細みの輪郭、凛とした口元、可愛いというより美人な雰囲気。どれも勝てる気がしない。
「あの、何か付いてますか?」
「い、いやいや、何にも付いてないですよ! はい……」
だめだーそろそろ不審がられてるー。
「……瑞希さん」
「はいっ!」
「伝えたいことがある、と道中話してましたけど、それは何でしょうか」
「あー、いえ、あるっちゃぁあるんですけど……内容がいかんせんどーも」
取引先に言い訳してるみたいだ。
「……もし用件がなくここへ連れてきたのなら、私にも考えがあります」
そう言って、悠希は目を細めて私を見てきた。あー、これはヤバい。通報逮捕留置場裁判執行の流れだ。だが、下手に口を出すわけにもいかなく、悠希の言葉の続きを待った。
「瑞希さん……申し訳ありませんが、よろしいですね」
声に冷たい凄みを帯びてくる。もう無理っ……悪いことしてないのにごめんなさい……!?
悠希は少し体を乗りだし、目線を逸らさずーー
「瑞希さん」
「はいぃ……」
「このパフェ、頼んでもいいですか?」
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「ほれで、おはなひとはなんでひょう」
長いスプーンでクリームをすくいながら、もっさもっさと悠希はパフェを食べ続ける。どうも席に座った時からメニューにあったビックマウンテンパフェを食べたかったらしい。
もちろんお金はこちらが出資させて頂きます。その笑顔、プライスレス。
「じゃ、じゃあ話します……けど」
握っている手に汗を感じる。悠希は、信じてくれるだろうか。
「どうひまひた?」
「いや、その、かなり突拍子もない話なんで、信じてくれるかなー、と」
ごくん、と口の中のパフェを呑み込んで、長いスプーンで私のことを差しながら言葉を返してきた。
「大丈夫です。私は大概のことは信じますよ。サンタとか」
「あ、そうなの」
「ツチノコもUFOもカ○パ寿司の地下ではカッパ達が強制労働させられてることも」
「いや最後は間違いなく嘘だからね!?」
「ネズミのテーマパークの入出場の人数は違うっていうのも信じてます」
「やめてそれ聞きたくなかった!!」
「桜の根元には何が埋まってるんでしょう」
「思わせぶりやめ!! 春の桜並木の下通れなくなるから!!」
「ところで、瑞希さんのお隣にいらっしゃる方は注文されないんですか?」
「いや、誰もいないからね!?」
「……?」
「……えっ?」
「冗談はさておき」
「さておくなっ!!」
「まずは言ってみたらどうでふ?」
喋り終わる前にまた一口頬張った。嬉しそうな顔してる。確かにこのまま引きずっていても仕方ない。私は意を決して言った。
「あの、悠希さん」
「ふぁい」
「実は……私たちは友達なんです。しかも幼馴染の」
そういうと、悠希はきょとんとした顔で首を軽く傾げた。
「はぁ。でも、私たちは今日、先程会ったばかりだと思いますけど。記憶違いで無い限り」
うん、そう。ここでは。
「確かにそうなんです。けど、ホントは違くて……」
上手く説明できないけど、悠希は信じてくれるだろうか。こんな突拍子もない話を。
いや、信じてもらうしかない。私は数回深呼吸をして、改めて悠希を見つめた。
「ホントはーー」
「悠希は、私の世界から消失しています」
数秒の沈黙が永遠に感じた。
思い切って顔を上げると、悠希は頬杖をつきながら考え込んでいる様子だった。
私が本当のことを言ってるのか、それとも頭が残念な子なのか……。多分、後者。
しばらくして、悠希が口を開く。
「消失してる、とは?」
「ええと、説明し辛いんですけど、私の日常が先日目を覚ますと変わってました。学校とかそういうのは変わってないんですけど、ただそこに悠希さんがいないんです」
説明ヘタだなぁ、私。でも私の自身、はっきりと分かっていないことだから。
私は少しずつ話を続けてみた。つい先日から起きた、悠希の消失についてーー
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「へっ?」
それは、いつも通り起きて、いつも通りバタバタして、いつも通り学校に登校して、席に着いた瞬間だった。
悠希が座っているはずの机が、一式全て無かった。
おおかた誰か机を動かしたのだろう。そう思っていた。しかし、その列と、他の座席を数え上げてからーーぞっとした。
席が一つ、無いのだ。
おかしいな、と何となく胸でザワザワしたまま、自分の前に座っている男友達、もとい悠希の彼氏、涼に聞いてみた。
「ねぇ、涼」
「なんじゃい」
今日に椅子を傾けながら振り返る。
「今日悠希どうしたの? なんか席もないんだけど」
「……ん?」
「いや、んーじゃなくて……彼氏のあんたには多分連絡来てるんじゃないの?」
「ちょ、ちょい待ち。なんて?」
「聞いてよ! だから悠希がーー」
「だから、それよそれ。ーー悠希って、誰?」
どくっ、と心臓が跳ねた気がした。何言ってんだこの色ボケ男は。
「悪い冗談やめ。悠希だよ、安井悠希」
不安を拭うように問うても、涼はなお微妙な表情を浮かべた。
「知らんて。このクラスにはいないだろ、そんな人」
急に冷えた汗が全身から噴き出す。涼の様子を見てもふざけている様子は無い。
「彼氏って言われても……俺は瑞希としかーー」
そんな言葉も聞かないまま、私は勢いよく立ち上がり、教卓の上に置いてあった出席簿をめくった。
「お、おい……」
めくる、めくる。最初から最後まで。結果は同じだった。
安井悠希は、載っていなかった。
私は出席簿を叩きつけ、自分の席にかけていたカバンを手に取り、走って教室を後にした。
い、いやいやいや。そんな夢物語な。アホらし。たまたまっしょ。
いろんな言葉で不安を押し込め、私の家の向かい前にある悠希の家に着いた。
インターホンを鳴らす。無機質な機械音がさらにイライラを募らせる。
『はい』
「あ、悠希のお母さん。瑞希です。悠希はまだ寝てますか?」
『……』
無言。
「また寝ぼけてるんですよね! ちょっと部屋行って呼んできまーー」
『あの、うちには悠希なんて子はいませんけど』
冷たすぎる、返答だった。
「そんなっ……変な冗談やめてくださいよっ!」
『そちらこそ、迷惑ですのでどうかお取り引きを』
「変だよこんなの! 悠希はいるんでしょ!? ねえ! ねえ!」
『しつこいですね、警察呼びますよ!!』
私はそれ以上追求することもなく、ただ歩き出した。
こんなこと、現実にはありえない。起こりっこない。そんな話は本も映画も観てきた。フィクションだった。だけど、アレがもしドキュメンタリーだったら、まさにこんな思いをしているのだろう。
現実から一転、私の世界は重力を失っていた。
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