アイドル、島村卯月。 (35)
三月半ば。
都内のある会議室は、いつもよりたくさんの人で埋まっていた。
「本日はお集まりいただきありがとうございます」
私が話し始めると、一斉にフラッシュが焚かれた。
今まで経験したことがないくらいの量で、かなり眩しい。
隣にいるプロデューサーさんと社長は目を開けているのも少し辛いようだ。
「重要な発表があるとお話していましたが……」
知っているのは、プロダクションの上層部と、凛ちゃんと未央ちゃんくらい。
たぶん、すっごく驚かれるんじゃないかな。
だってその内容は――
「私、島村卯月は半年後に行われるドームライブで、結婚を期に引退します」
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『アイドル、島村卯月。』
「もう十年の付き合いになるか……」
並べられた料理を前に、黒井社長が呟く。
ここにいるのはCGプロから俺と社長と部長、そして黒井社長。
プロジェクトの全プロダクションが参加した会議が終わった後、CGプロの三人だけは黒井社長に呼ばれて料亭に来ていた。
「おいおい、私はかれこれ三十年以上顔を合わせているだろう?」
「貴様には言っていない」
「冷たいねぇ」
ウチの社長を軽くあしらって、酒を飲み干す。
黒井社長は最初からかなりのペースで飲んでいた。
「この席も渋谷凛の、ニュージェネレーションのプロデューサーと島村卯月のプロデューサーを労うために設けただけだ。勝手についてきただけだろう」
「それはなんというか、まぁ……」
勝手についてきた手前、社長も苦笑しかできない。
大人しく引き下がって静かにしていることにしたようだ。
「アイドルになって、トップになって、幸せを掴んで引退か……女の子の夢そのものだな。島村卯月はトップアイドルで、私のプロジェクトの顔だった。よくここまでのアイドルにしてくれた」
「卯月のおかげですよ。十分な素質はありました」
「島村のプロデューサーは俺じゃなくてこいつです。礼ならこいつに言ってやってください」
部長が珍しく俺を褒めた。
この人もずいぶんペースが速い。
あまり強いほうではないのだが。
「渋谷凛のプロデューサーは島村卯月が苦手か。私と少し似ているな」
黒井社長が心底おかしそうに笑った。
「アイドルは孤高であっても孤独であってはならない。最強であっても無敵であってはならない」
お猪口を眺めながら、黒井社長がポツリと呟いた。
「あれは、まだ私が若かった頃だ……」
「あの時のことかい?」
「ああ、そうだ。私達は同じ会社で競い合っていてね。高木の奴はあるアイドルのプロデューサーをしていた」
大きく息を吐いて、続ける。
「才能はあった。だからこそ、だろうな……」
何かを思い出すように細められた目は少し優しい。
「当時は日高舞の天下だ。どれだけ才能があろうと、どれだけ努力しようと、天の時を得ることはできなかった。運が悪かったとしか言いようがない」
あの時代のことはよく知っている。
今の形のアイドルが一般になった切欠がそこにある。
日高舞の圧倒的な力が世間を動かしたからこそ。
「結局は成功と言えるが十分とは言えない。そこで燻っていた彼女は高木の前から姿を消したよ。夢の先が見つからないと書き残してね」
華やかな時代だった。
それだけに、その影でひっそりと夢破れた者は多かったのだろう。
「最後に彼女が遺した物がある。タイトル無し、名義不明で出されたミニアルバムだ。通称『四部作』と呼ばれている」
「まさか……」
「ウィ。『空』、『花』、『光』、『幸』……アイドルに関わる者にとっては伝説だろう。彼女の残したメモに従ってあの形での発売となった」
「二人しかいないソロSランク。しかもたったひとつのアルバムの売り上げのみで達成した……」
「皮肉なものだろう?」
一度だけ、歌声だけは生で聴いたことがある。
あれほどの実力を持ちながら全てが謎のままとなっていたが……
「それと同時に日高舞も引退した。アイドルがつまらなくなったと言って。そこで私も会社を辞めた」
声には自嘲の響きがある。
「二人の才あるアイドルを失ったのだ。片方は同調を求めた結果、片方は孤独に陥った結果、な。他人の失敗だが、私も反省したよ」
また一杯、酒を飲み干す。
「それ以来、高木は団結を、私は孤高を目指すようになった。だからと言って、仲の悪さは変わらなかったがな」
黒井社長が次を注ごうとしたが、もう残っていなかったようだ。
「おい、そっちのを寄越せ」
「それくらいにしておいたらどうだ?」
「ここは私の奢りだ」
「やれやれ、わかったよ」
社長が抱えていた瓶を差し出した。
「『PROJECT CINDERELLA GIRLS』は、私の夢だ。夢と叶える力があれば誰でもシンデレラになれるステージ。全員が真にライバルとして競い合う……その中で、私のアイドルを王者にすることが」
一人話す声に熱がこもる。
「私の望み通り、ありすちゃん、アーニャちゃん、楓ちゃんの、『プロジェクトフェアリー』の頃から常に強敵として在り続けた。そのことに、礼を言おう」
黒井社長が頭を下げた。
「だからこそだ。この十周年は、ドームライブはこれまでの総決算とする。プロジェクトに関った全アイドルを出演させ……ここで、伝説を創り上げる!」
掴んでいたお猪口を机に叩きつけ、続ける。
「我々も、アイドルも、ファンも、この十年でなにを成し遂げてきたのかはっきりとわかるだろう。この先も誇りを抱いて進むために、丁度いい機会だ」
「……さっきの会議ではそんなこと言わなかったじゃないか」
「……言えるか、こんなこと。ああ、費用に関しては問題ない。いざとなればセレブな私がポケットマネーで出してやろうではないか」
「長い付き合いだ。だいたい考えていることはわかっていたが……いやはや……」
社長は呆れたように首を振るが、その顔には笑みが浮かんでいた。
しばらくの間、無言で料理をつつく時間が続いた。
視線すら合わせなかったが、不思議と居心地は悪くなかった。
「成功は約束されている。あとは、どこまで成果を上げられるかだ」
黒井社長が噛み締めるように呟いた。
「貴様等にも、馬車馬の如く働いてもらうぞ?」
……………
………
…
右手人差し指を立てて上に。
間奏分ステップを踏んだ後、左手を腰に、右手人差し指を頬に。
「ふぅ……」
これで今日の自主レッスン分、一通りの振り返りはできた。
ベンチに座ってタオルとペットボトルを手に取る。
午後の遅い時間から始めたせいか、公園は夕焼けで赤く染まっている。
八月ともなれば、日没は遅い。
どうやら、少し夢中になりすぎたようだ。
「それでも、最後に悔いのないように頑張らないと」
私自身の引退ライブといえるものは先月に終わっている。
私のソロ曲と、凛ちゃん、未央ちゃんと一緒にニュージェネレーションの曲を歌ったアリーナライブ。
二日間かけて主要な曲はすべてやりきった。
来月のドームライブは合同だから私の歌う曲数は少ないし、みんなとの合同レッスンは楽しいから積極的に参加している。
特に今回は懐かしい人ともたくさん会えるし。
だから、仕上がりに不安はないのだけれど。
こうして自主レッスンをするのは昔からの癖みたいなものだ。
「やっぱりここだったか、島村」
「部長さん?」
顔を上げると、部長さんの姿が見えた。
ニュージェネレーションの、そして凛ちゃんのプロデューサーさん。
私がニュージェネレーションでデビューしたときは、この人に見てもらっていた。
その後、ソロで活動するようになって私と未央ちゃんはそれぞれ別のプロデューサーに付くようになった。
「どうだ? Sランクというものは」
部長さんが隣のベンチに座って訊いてくる。
ベストアルバムの売り上げとライブの実績で、私は三人目となるソロSランクとなっていた。
「特に、変わったことはありませんよ」
Sランクになるには人気があった上で、もう一押しなにかが必要になる。
きっと、昔の伝説のアイドルを基準にしたせいだ。
ユニットならば今まで何組か到達しているが、ソロは引退を懸けてやっと届くくらい、その壁は高い。
あの春香ちゃんですらソロでは獲得したことがないほどに。
単純に、名より実を取る春香ちゃんの方針のせいなのかもしれないけど。
大きい仕事を断って、『突撃!隣の養成所』とかしてたっけ……
「そうだろうな。今更なにが変わるということもないか」
部長さんの声に変化はない。
相性はあまりよくないけれど、十年間一緒に仕事をしてきた。
なんとなくわかるくらいにはお互いのことは知っている。
「それでも、Sランクはひとつのゴールです。私の夢、トップアイドルになる夢を叶えてくれてありがとうございました!」
立ち上がって、部長さんに頭を下げる。
「俺が島村の面倒を見ていたのは最初だけだ。礼なら自分のプロデューサーに言ってやれ」
「それでも、私がデビューできたのも部長さんのおかげですから」
「まったく……」
部長さんは忌々しそうに吐き捨てると、天を仰いだ。
「十年と二ヶ月前だ。あるクソガキの入社試験をした」
「どうしたんですか? いきなり……」
「社長曰くピンと来たそうだ。当時は黒井社長のプロジェクト立ち上げに合わせて会社をつくったばかりで人手不足だった。そこに社長が話を持ってくるなら、少なくとも普通に使える奴だろう。社長の批評眼は信頼できる」
部長さんは私の言葉を無視して続けた。
「実際に面接をしてみてもそうだった。試験はそれだけだが、最後に気紛れで何枚かの写真を見せて選ばせた」
「それって……」
「最もアイドルに相応しい者を選べ……養成所に通っている新ユニットのメンバー候補だ。あの野郎、迷わず一枚の写真を手に取りやがった」
たぶん、プロデューサーさんのことだ。
部長さんは、プロデューサーさんのことになると言葉使いが悪くなる。
「『本当に楽しそうに、幸せそうに笑う子だ』……そう言っていたよ。それで決めた」
この話を聞くのは初めてだ。
部長さんもプロデューサーさんも、一言も言わなかった。
「俺には苦手なタイプのアイドルの選考だ。ならばあいつを、連れてきた社長を信じてみようと思った。だから、感謝するならあいつにしておけ」
「はい! 私を選んでくれて、デビューさせてくれてありがとうございました!」
「……は?」
理解できないものを見たように、部長さんが固まる。
その姿に堪えきれず、笑ってしまった。
「おい、理解できたか?」
「あははは、ごめんなさい。ただ、いいプロデューサーが二人もいて、私は幸せだなって思っただけです♪」
「ちっ、ったく……」
部長さんが少しイラついた様子で立ち上がる。
こうなったら部長さんが勝てないのはいつものことだ。
本当に、凛ちゃんに似ている。
「ああ、それから」
私に背中を向けたまま、立ち止まった。
「『夢の持つ力は大きいが、夢を追い続ける強さがなければ意味がない。卯月には両方があったからここまで来れた』、そんなことも言っていた。どうせあいつは直接言ってないだろう?」
たぶん、これもプロデューサーさんの言葉なのだろう。
「俺もそう思う。来月で最後だ。頑張れ、島村」
そう言うと、足早に出口に向かう。
「はい! 島村卯月、頑張ります!」
その背中に聞こえるように笑顔で元気よく、いつものおまじないを。
……………
………
…
ドームライブ二日目、本番の日だ。
一日目は現役アイドルのライブだった。
そして二日目は、引退組も含めた全アイドルによるライブ。
色々な事情で全員の曲はできないけれど、必ず一度はステージに立つ。
最初の曲は、一日目の出演者全員による『輝く世界の魔法』。
その後は主に現役組の曲が続く。
二曲目だけは私のソロが入っているから、こうしてステージの下で待機している。
開演時間を少し過ぎて、表からイントロと歓声が聞こえてきた。
ライブが始まった。
二曲目、『ENERGY☆SMILE』を歌い終えて舞台裏に戻ってきた。
今はニューウェーブが歌っている。
これで当分私の出番はない。
少しはゆっくりできるのだけど、こうも大きいライブになるとみんなバラバラになりがちだ。
近くにあった小さなモニタでステージを見る。
三曲目、『Orange Sapphire』が終わった後も、途切れることなく歌が続く。
みりあちゃんが、L.M.B.Gが、莉嘉ちゃんと梨沙ちゃんが、紗枝ちゃんと周子ちゃんが、フリルドスクエアが……
最初のブロックが終わる頃には会場の熱気はいつも以上に高まっていた。
そろそろ、次のブロック。
それから、私の出番だ。
第二ブロックは引退組を中心に現役組と一緒に。
ここのブロックでは過去に人気だったユニットも多く出てくる。
最初は……
「そのとき空から、不思議な光が降りてきたのです……」
「働かない全ての者たちに告ぐ!」
「地球に愛を届けるために!」
「いつもより高いギャラのために!」
「ナナ達は、帰ってきましたよ――!」
「今日だけアイドル復帰だぁ――!」
会場が爆発したかと思うくらいの歓声に包まれた。
あの二人はいつ見ても安定している。
その分、後に来る人が大変になってしまうけれど。
さて、そろそろ移動しよう。
「卯月さん、よろしくおねがいしまぁす!」
「うん、頑張ろうね!」
ステージの裏でさくらちゃんと合流する。
今回は私の曲をさくらちゃんと一緒に歌う。
別の場所では凛ちゃんと泉ちゃん、未央ちゃんと亜子ちゃんがスタンバイしているはずだ。
タイプは全然違うけど、ニュージェネレーションにとってニューウェーブは大切な後輩だった。
さくらちゃんは近くの椅子に座って伸びをしている。
本当に、落ち着いていて頼もしい。
この子達が、今ではみんなの中心だ。
「どうかしましたか?」
じっと見ていたら、気づかれてしまった。
とはいえ、もうあまり時間もない。
「また後でね。それじゃあ、行こう?」
「はぁい!」
さくらちゃんと並んでステージに出る。
さくらちゃんが選んだのは『Shiny Steps!!』。
ちょっと意外だったけど、さくらちゃんにはよく似合っている。
さあ、二人で笑顔の魔法をかけに行こう。
ポジティブパッションやトライアドプリムスも再結成した第二部も無事に終わって、今からは第三部に入る。
ここは他のブロックと比べたら格段に短いけれど、決して見劣りはしない。
蓮実ちゃん、美嘉ちゃん、聖ちゃん、アーニャちゃん、楓さん……
みんな、ここで歌っても文句のない実力を持った人ばかりだ。
そして最後に、ニュージェネレーションの出番もある。
そろそろ、凛ちゃんと未央ちゃんも来る頃だと思うんだけど……
「しまむうううううううううううううううう!!」
ちょうどそのとき、未央ちゃんが走ってくるのが見えた。
「あ、えっと……」
「未央、ステイ」
「わんっ!」
避けようにも狭い通路で困っていると、横から声と共に手が突き出された。
「まったく……」
「凛ちゃん!」
「久しぶり、卯月」
「本当だよ! ライブ始まってからすれ違いばっかりだったから寂しかったよ?」
ニュージェネレーションが集まったのは今日初めて。
ここまではみんなバラバラな場所に居たから。
「ニュージェネレーションもこれで最後か……」
「あと一曲だけって短すぎるけど、ここまでが長かったよねぇ……」
「そうだね、本当に色々あって……」
そのまま、無言の時間が続く。
「でも、友情はこれで終わりってわけでもないしさ! どーしてもまた歌いたくなったらカラオケ行けばいいんだよ!」
「カラオケって……でも、うん。卯月と未央とここまでやってこれたから、私は満足だよ」
「私も……でも、最後に悔いは残したくないですから」
「あの頃みたいに、やっちゃいますか!」
「これから歌うのもデビュー曲の『TRICHROMAGIC』だし」
三人で顔を見合わせて、笑みを浮かべる。
「ニュージェネレーション、出番です」
誰からともなく、自然に手を繋いだ。
「凛ちゃん、未央ちゃん。行きましょう!」
「よーし、それじゃ!」
「行こうか……走って!」
『TRICHROMAGIC』、そして第三部最後の曲『ススメ☆オトメ』を歌い終わり、照明の消えた会場にアンコールの声が響く。
六時間のライブをした後だと思えないくらいに大きく。
アンコールの最初は、私のソロだ。
私が一曲貰ったアンコールに、このブロックに『S(mile)ING!』を残したのは……
私のアイドルの始まりであり、共に歩んできた仲間であり……私の、アイドルそのものだから。
「アンコール、ありがとうございます!」
中央のステージに飛び出して深く頭を下げる。
大歓声と拍手に迎えられた。
「最後にあと二曲、歌わせてください!」
また歓声が上がり、すぐに納まった。
会場が痛いくらいに静かになる。
「私がアイドルになった時から、ここまでずっと私と一緒にいてくれた、大切で大好きな曲です。聴いてください、『S(mile)ING!』」
『憧れてた場所を、ただ遠くから見ていた』
小さい頃から、ただアイドルに憧れる普通の女の子だった私。
『隣に並ぶ みんなは まぶしく きらめく ダイアモンド』
歌も上手くはないし、運動も得意じゃない。
私には特別なものなんてなにもなかったけれど。
憧れの世界で、憧れの存在になることができた。
『スポットライトにDive! 私らしさ光るVoice!』
ステージは女の子に魔法をかけてくれる場所。
私も、ステージに立っている間は私じゃないみたいに素敵になれた。
『聞いてほしいんだ おっきな夢とメロディ』
子供の頃に願ったアイドルになりたいという夢。
この十二年の間、私の夢はずっと叶い続けてきた。
『Go! もうくじけない もっと光ると誓うよ 未来にゆびきりして』
本当に、本当に色々なことがあった。
楽しかったことも、辛かったことも、全部大切な思い出だ。
『Fly!「今さら」なんてない』
アイドルになりたての自分に、こんな歳までアイドルをしているって言ったら、信じてくれるかな?
『ずっとSmiling! Singing! Dancing! All my love!』
たくさんの人に支えてもらって、アイドルをしている私は、幸せだった。
『ゆっくりでもいいよ でも歩き続けるんだ』
ここまでアイドルに拘って来たけど、
『今はまだ真っ白だけど 見てほしい 知ってほしい みんなに』
これ以上、自分の道を歩いてる後輩達の邪魔にならないためにも、そろそろ退く時だ。
『伝えたいんだ ちっちゃなこだわりがラブ ほら カラフルに 今 ヨロシク』
……今は、こんなにたくさんのアイドルが、ステージに立つことができるのだから。
『憧れじゃ終わらせない 一歩近づくんだ さあ 今――』
私もSランクになって、みんなが憧れるような存在になれて。
最後に、こんなに大きなステージに立てて。
そんなアイドルになれたことが、本当に嬉しい。
『Live!「おしまい」なんてない』
今日でアイドルの私はおしまいだけど、
『ずっとSmiling! Singing! Dancing!All my ...!』
どこかに私の歌やダンスを覚えてくれている人がいて、
『愛をこめて、ずっと歌うよ――――――――!』
この先も、誰かに好きでいてもらえるといいな。
会場が拍手に包まれる。
私は、これで十分すぎるほど満足できた。
アイドルとしての島村卯月は、残り一曲で本当におしまい。
あとはみんなと、この先のために。
「シンデレラガールズ――――!! しゅ――ご――――――!!」
大きく息を吸って、マイクに向かって叫ぶ。
「みんな、行くよ」
「はいはーい! 未央ちゃんについてきなさいっ!」
凛ちゃんと未央ちゃんを先頭に、各ステージに衣装もバラバラなアイドルが溢れる。
「燃えてきましたー! 藍子ちゃん!! 走って行きましょう!!!!」
「ちょ、ま、まって茜ちゃんっ! もう私は昔みたいに動けないって! ここスタンドだから危なっ……引っ張らないでぇ~」
「宴も終幕の刻……我ら火の国の力を魅せようぞ!」
「うんっ! 今日だけは弾けちゃおっか!」
「かーれーん? 体力はまだ残ってるのか?」
「ずっと昔のことをいつまでも……そう言う奈緒こそ、バテてないよね?」
「こんな舞台に……わ、わたし、が、がんばりまつ! わわわっ」
「ふふふ……最後に悪夢、見せてあげる……」
「ここだけ暗いです……心霊です……やっぱり不幸が……あ、巫女さん」
「にゃっほーい☆ あーんーずーちゃーん! なーなーちゃーん!」
「おーい! お姉ちゃーん! ここだよー! やっほー☆」
「うふっ、こんな大きなステージは久しぶりですねぇ」
「メインステージじゃなくて、こっちを見てね! 見ろ☆」
「にゃーっはっはー♪ ありすちゃん楽しそうだね~♪」
「橘です。何年も言わせないでください」
「フフフフーン♪ ありすちゃん楽しそー♪」
「おわっ、危なっ! なんで空から太陽が降ってくんねん!」
「この衣装じゃ扉を通れんやったと……」
現役のアイドルも、引退したアイドルも、この一曲のためだけに来てくれたアイドルも。
「卯月、最後まで走り抜けるよ」
「しまむー、思いっきり行くよ!」
「もう杏はアイドルは引退したのに……本編だけじゃなくアンコールまで……」
「ほら、しっかり歩いてください! ナナより体力ないのはいいとしても、退化しすぎですよ!」
「この景色も懐かしいですね~。やっぱり、ステージも衣装も暑くないですか? 今から脱いでも……」
「Давно не видел. 元気そうでなによりです」
「魔法をかけまほーね…………あら?」
「もう、楓さん。それは反応に困るってー★」
中央には、凛ちゃん、未央ちゃん、杏ちゃん、菜々ちゃん、愛梨ちゃん、アーニャちゃん、楓さん、美嘉ちゃんが集まった。
これが、『PROJECT CINDERELLA GIRLS』が始まった頃に出したCDのオリジナルメンバーだ。
この九人で同じステージに最後に立ったのはいつだろう。
あの頃もこんな風にバラバラで、とっても賑やかだった。
さすがにこの人数の準備には時間がかかる。
その間に、会場全部をゆっくり見ることができた。
ピンク、ブルー、イエローの三色を中心に、たくさんのサイリウムが振られている。
アリーナ最前列だからって、全員がこっちを向いているわけじゃない。
横や、後ろを向いている人だっている。
遠くスタンドを一心に見つめて、声の限りに叫んでいる人だって。
みんながバラバラの方向に体を向けて、自分のアイドルを応援している。
最後にこの光景を見れただけで、私は――
「卯月」
後ろから声が掛けられる。
「最後なんだから、後ろは任せて卯月らしく思いっきりやりなよ。卯月が、杏達のセンターなんだからさ」
先頭に立つ杏ちゃんの後ろには、みんながいて……
「はいっ!」
少しだけ、ライトが滲んでいた。
足元のプロンプターに文字が表示された。
時間のかかっていたスタンドのトロッコも移動が終わったようだ。
これで全員が配置について、最後の曲の準備は整った。
総勢、183名。
「最後はみんなで! みんなで歌いましょう!! 行きますよー!? せーのっ!!」
「「「『お願い!シンデレラ』!!」」」
お願い シンデレラ 夢は夢で終われない 動き始めてる 輝く日のために――――
-fin-
以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
[2ndアニバーサリー]島村卯月が、[ワンダフルマジック]島村卯月が大好きです。
アイドルになるという夢を追っていて、悩みながらも前を向いて進み続ける卯月が大好きです。
歌って踊ってみんなを笑顔にする、普通のアイドルが大好きです。
卯月は普段からみんなの中心というわけではありません。中心は未央みたいな子でしょう。
みんなを引っ張るリーダーやエースでもありません。凛みたいな子がやっています。
センターの在り方にもいろいろあると思います。
でも、ステージの上では全てを背負って個性豊か過ぎるアイドル達の中心、中継地点になって支えられながらひとつに纏め上げる。
そういう意味でのセンターに立てる子は卯月しかいないと思っています。
この子に一度頂点を取らせたいんです。
島村卯月を、よろしくお願いいたします。
今まで同じ世界観で書いてきたのがこれです
時系列順
・菜々「怠け者のお姫様」
http://456p.doorblog.jp/archives/45730978.html
・藍子「路地裏の喫茶店」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-5529.html
・杏「天才への憧憬」
http://456p.doorblog.jp/archives/47047718.html
・藍子「今年の年越しは……」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-5737.html
・藍子「一度目のバレンタイン」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-4355.html
・藍子「旅行計画っ!」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-6187.html
・きらり「きらりんルームにご招待☆」
http://elephant.2chblog.jp/archives/52146375.html
・モバP「王道アイドル」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-4554.html
・藍子「茜色に染まる帰り道」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-5033.html
・桃華「星降る聖夜に」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-5697.html
・藍子「九度目のバレンタイン」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-4492.html
・アイドル、島村卯月。
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-6277.html
・高森藍子「アニベルセル」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-5032.html
・モバP「藍子と新婚生活」
http://ssimas.blog.fc2.com/blog-entry-4763.html
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