君と見た青空 (22)


俺はぽこちんをブラブラさせながらブラブラと街を歩いていた。

別に特別な目的があったわけじゃない。

この済んだ青空の下、素っ裸で練り歩いたら気持ちいいだろうな……。

とまあ、そう思っただけなんだ。


ただ、3月のはじめはまだストリーキングをするには寒すぎるようだ。

鳥肌が立った肩をさすりながら、俺はあたりを見回した。

「それにしても人がいないな……」

平日の昼間、しかも普通の規模の街ならこんなものかもしれないが、本当に誰もいない。

あるのはこのどこまでも広がる大空と俺、そしてぽこちん。

もちろん大勢に見られるのは問題なのだが、完全に一人ぼっちというのも何か物寂しい。

見てくれる人がいるから脱ぐというわけじゃない。

だけどなんだろう、このもやもやとした気持ちは……。


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とりあえず俺は公園にでも向かうことにした。

公園なら小さな子供連れのお母さんたちがいるかもしれない。


***

(おお、いるいる……)


コートと帽子を身につけた母親が、ベンチに座って微笑んでいる。

すぐ傍の砂場では子どもが夢中になって砂の山を作っていた。


「隣、いいですか?」

近づいて行って声をかけてみる。

母親は声をかけられて初めてこちらに気づいたのだろう。

「どうぞ」とにこやかに返事をしてみせた。

しかしその笑顔もすぐに驚きと焦りの表情に変わった。

「どうかしましたか?」

そう言って俺はわざととぼけてみせた。


母親は何も言わずに立ち上がり、子どもの手を引っ張って足早にそこを立ち去る。

まあ当然だろう。

大声で叫ばれなかっただけでも良しとするか……。

それにあの表情が見れて良かった。

本当はスプーン一杯ほどの恥じらいがあれば尚良かったのだが、それは贅沢と言うものだ。

俺は心にポッと温かいものが灯ったのを感じた。


***

「もしもし」

突然ポンと肩に手を置かれる。

少しドキッとしたが、まぁこんなのは予想の範囲内だ。

俺は即座に振り返り、「すみませんでした」と言って両手を突き出す。

「いえいえ、私は警察なんかじゃありませんよ」

目の前に立っていたのは30くらいの男性だった。

トレンチコートを羽織っている。

「ただそんな恰好で座っていると風邪をひきますよ?」

「ええ、思ったよりも寒かったみたいです」

「まだ3月ですからね。でもほら、春の兆しが」

彼が指さした先で、梅の花が咲いていた。

小さな白い、かわいい花だ。


「……驚かれないんですね」

俺は不思議そうに尋ねた。

「ああ、ストリーキングですか? それはホラ、私も同業者ですから」

そう言ってトレンチコートをバッと広げる。

立派なイチモツがぶらりと垂れ下がっていた。

「なるほど……」

「昔はあなたのように何も身につけてはいなかったんですがね……ある時風邪をこじらせてしまいまして」

「そうでしたか」


「まぁこの性癖も、病気と言えば病気なのかもしれませんが……」

「となると、我々は不治の病を背負っているわけですね」

「不治の病……なるほど……ふむ……」

彼は興味深そうに考え込んだ。

「何か気になることでも?」

「いえ、不治の病かどうかは人それぞれかと思いまして」

またコートで前を隠しながら、彼は隣に座った。

先ほどは気づかなかった柑橘系のコロンの香りがふわりと鼻をくすぐる。

「こう見えても私、一度この世界から足を洗ったんですよ」

「そんなばかな」

「ね? ストリーキングに嗜みがある人なら驚くんですよ。なるほどやはり、あなたは立派な犯罪者のようだ」

「それはどうも。しかしこの快感を手放すなんて、俺には理解ができなくて……」


彼は答えず、ただ微笑みを返した。

「何か理由がありそうですね」

「話せば長くなります」

「いえ、構いません。もしよかったら今後の参考にしたいので、お話くださいませんか?」

なんで初対面の変態にここまで興味を持ったのか、自分でも分からない。

ただ、何かこう、惹きつけられるものを感じたのだ。

「……ちょうど10年前になります。妻と出会ったのが……」

彼はとつとつと語り出した。



***


その頃の私は、完全に行き詰まっていました。

短大を出たんですが、就職のあてがなくて……。

家も貧しかったもんですから、自分には猶予なんか無かったんですよね。

なんとかバイトで食いつなぐ毎日でした。

まぁ仕事を選り好みしていたというのもあったのかもしれませんが。

……とにかく当時は先行きの見えない不安に押しつぶされそうだったんです。


ストリーキングを知ったのはそのときでした。

知った、というより発見したと言った方が適切かもしれません。

ただがむしゃらに、自分をがんじがらめにするこの状況をを全部脱ぎ捨ててしまいたいと思ったんです。

気づけば素っ裸で外にいましたよ。

夢中で走り回りました。

来る日も、来る日も……。

当然何度かお巡りさんのお世話にもなりましたけどね。


……鳥になったような気がしました。

ああ、人間ってこんなに自由になれるんだなって。

それでお金もないのにいろんなところに行きました。

遊園地、ショッピングモール、飛騨山脈、中学校、留置所、裁判所……。

や、失敬、最後の二つは行ったっていうより連れてかれたって感じですがね。

とにかく自分の見聞を広げることに躍起になっていたんです。

図書館にも行きました。

全裸でゲーテを読んだことはありますか?

一度やってみるといい。

不思議な精神世界へ誘われますから。


でもある時、バイト先にそのことがバレてしまったんです。

ラーメン屋で働いてたんですが、あらぬ噂も飛び交いましてね……。

このスープのダシは私なんじゃないかって。

ひどいですよね、何の証拠もないのに。

まぁ店長がいないときにとんこつスープに浸かっていたのは事実なんで、反論しようという気も起きませんでしたが。


結局私は辞めさせられてしまいました。

僅かな収入源も断たれて、生活は日に日に苦しくなっていきました。

そうなってくると、もうストリーキングをしていてもこの生活への不安からは逃れられない。

一日中街中を走り回って、走り回って、休むとまた不安が甦ってくる。

そんな繰り返しでした。


……その日も私は走り疲れて、このベンチで休んでいました。

見事に晴れ渡った青空でしたが、心の中がどんよりと曇っていて、私は鬱々と下を向いていました。

その時の私のぽこちん、今でも覚えていますよ。

しなびたミミズのようでした。

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