灼「あっちが変」豊音「こっちが変」 (97)

地の文ありの阿知賀SS
豊白の会話のみの宮守SSを二作投下

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灼「あっちが変」


 ある日の放課後。

 部室には私、鷺森灼と、松実玄の二人きり。

 季節は冬で、雪が降っていた。

 通いの憧からは、この雪で来るのが遅れると連絡が入っていた。

 中等部の穏乃は日直の仕事で遅れるらしい。

 宥さんが送れる理由は聞いていない。

 玄は、寒くて教室から出られなくなっているのだろうと話していた。

 担任が教室のストーブの火を落とせば、こちらに来るだろうと。

 まぁ、あれはどうもそういう体質らしいから仕方がない。

 全員が揃うまで、まだ少し時間がある。


 私と玄は並んで窓辺に立ち、外の降雪を眺めていた。

玄「よく降るね~、ぼた雪だ」

灼「ほんと、寒いはずだよ……」

 冷たくなった手をすり合わせる。

 部室のストーブは点けたばかりで、まだ室内は寒かった。

 私も玄も、コートやマフラーを着けたままだ。

 玄のほうは、まだ手袋も外していない。

 指先で窓に触れる。

 触ってみると、如実に外の冷気を感じる。

 昼過ぎから降り始めた雪は放課後になっても止まず、すでに薄っすらと路面や山の木々を白く覆っている。

 先ほど用務員さんが除雪機に給油しているのを見かけた。

 予報はチェックしていないが、もしかすると、このまま本格的に積もるのかもしれない。


灼「参ったね。今日は練習時間そんなに取れないかも……」

玄「どうして――って、そうか、雪のことだね」

灼「? うん」

玄「それなら大丈夫だよ。さっき憧ちゃんからメールが来たんだけどね、もし積もるようなら、憧ちゃんのお姉さんが車で迎えに来てくれるって」

灼「家まで送ってもらえるの?」

玄「うん。練習短くなるといけないからって」

灼「そっか。ありがたいね、それは。穏乃あたりがごねないか心配だったんだ。どうやって説得して早めに帰そうかって」

玄「ふふ。穏乃ちゃん、やる気満々だもんね」

灼「いくら時間がないからって、大雪の中で遅くまで練習してたら、学校側に問題にされちゃうからね」

玄「しっかりしてるね、灼ちゃんは。でも大丈夫だよ? 穏乃ちゃん、あれで案外聞き分けはいいんだから」

灼「そうなの?」

玄「そうだよ」

灼「そうなんだ……」

 来年の春までは非公式な部活動だが、みんなに誘われて再建された麻雀部に参加して、数ヶ月が過ぎた。


 最初の頃よりは気安く付き合えるようになったと思うけれど、やはり子供の頃から付き合いのある玄と違って、穏乃、憧のことはまだ知らないことのほうが多い。

 多少接点のあった宥さんにしても話すようになったのは久しぶりで、よくわからないというのが本音だった。

 相変わらず寒がりだなと、そんなふうに思うばかりだ。

 正直な話、同級生の玄といるときが一番落ち着く。

 他の四人と部活をしているときも楽しいことは楽しいが、少し気疲れがないでもなかった。

 玄は一緒にいて疲れるタイプでもないから、今のような時間があるとほっとする。

玄「……」

灼「……」

灼「憧のお姉さん……望みさんだよね、晴ちゃんのチームメイトの……」

 ついまったりして、黙り込んでしまった。

 会話を続ける。
 

 
 私が四人の輪に入りきれず、ひとりで黙っていると、要らぬ気を遣って寄って来るのが玄だ。

 今の会話からも、私の感傷に勘付かれてしまったのではないかと勝手に焦っていた。

玄「うん、そうだね」

 いつも通り、穏やかに微笑む玄。

 その表情を見て、自分がやや自意識過剰になっていたことを自覚する。

灼「……」

 あまり考えすぎるのもよくない。

 今よりもみんなに馴染めるかどうかという問題は、いずれ時間が解決してくれる。

 みんな、良い子だから、その辺りに不安はない。

 とにかく今は、少ない練習時間で全国を目指すこと、正式に認可されるまでの学内での活動を、なるべく無難にこなすこと、それだけ考えていればいい。 
 
 私個人のことなんて二の次だ。


灼「……OGにも期待されてるんだ。頑張らないとね」

玄「うん」



灼「……」

玄「……」

 しばし沈黙。

 風もなく、しんしんと降り積もる雪をただ眺める。

 横目に玄を見る。

 何が楽しいのか、玄は口元を緩めてにこにこしている。

 黙っているのも何なので、その横顔に声をかけようと口を開く。

 すると、ちょうど私が喋ろうとしたのと同じタイミングで、玄もこちらを向いた。

 視線がかち合う。

 玄は私に何かを言おうとしたらしい。さらに、こちらが何か話そうとしたのを察したようだった。

玄「何? 灼ちゃんお先にどうぞ」

灼「いや、大したことじゃない……玄が先に話してよ」


玄「そう? 私も大したことじゃないんだけど……」 
 
 私の手を見て、玄は言う。


玄「灼ちゃん手袋は? まだ寒いし着けてればいいのに。朝は着けてたよね?」

灼「ああ……」

 どうやら玄は、私がさっきから手を擦っているのを気にしていたらしい。

灼「いや、さっきトイレに行ったときにさ……」

 言いながら、コートのポケットから手袋を取り出す。

灼「手を洗ってるときに流し台に落としちゃって……」

 開きっぱなしの蛇口の下に落としてしまい、毛糸の手袋はびっしょり濡れてしまっていた。

 できるかぎり水気は取ったが、とても防寒具として使える状態ではなかった。



玄「ありゃりゃ。ストーブ温まったら乾かさないとね」

灼「うん」

 お母さんのようなことを言いながら、私の濡れた手袋をぐじぐじとつつく玄。

 玄はそのまま、指先を手袋から私の手に移した。

玄「うわ! 灼ちゃん手ぇ冷た!」

灼「うん、まぁ。さっき水で手を洗ったとこだし……」

玄「それにしたってキンキンに冷えてるよ、灼ちゃん冷え性だっけ?」

灼「いや、別にそんなことはないんだけど……これくらい寒いとこんなの普通じゃない?」

玄「いやぁ……これは冷えすぎだと思うよ。夜足が冷たくて眠れなかったりしない?」

灼「……言われてみれば。そういうことあるかも」


玄「やっぱり冷え性なんだよ、灼ちゃん。辛くないの?」

灼「大丈夫。こんなのいつものことだし。牌がツモれないほどじゃないし」

玄「手袋貸したげようか?」

灼「いいよ。あとでストーブであっためるから……」

玄「いや、だめだよ。あのストーブ古いから、温まるまでまだ少し掛かるし……」

 何か思案している様子の玄。

灼「玄?」

玄「よし、ここは私が暖めてあげる! 灼ちゃんの手!」

灼「え」

 それはつまり……。

 玄が私の手をさすって、はぁーって吐息かけたり……ってこと……?

 それはさすがに……。

灼「い、いいよ。 こうやって自分で擦ってるだけで十分だから……」

 恥ずかしい。同級生にそんなことしてもらうなんて。


玄「そんなこと言わないで。遠慮しなくてもいいんだよ」

 
 言いながら、なぜかコートを脱ぐ玄。


灼「……ん?」

玄「よくお姉ちゃんにもやってあげるから、私得意なんだ!」


 得意げに胸を張りつつ、玄は続いてブレザーも脱いだ。


灼「…………あれ?」

玄「さ、灼ちゃんこっち。窓辺は冷えるからね!」


 なぜ、玄はコートとブレザーを脱いだのか。

 まだ部室の中は寒い。玄自身が言ったとおり、あのストーブは年代物で、温まるまで時間が掛かる。

 だというのに、なぜ脱ぐ。

 末端冷え性を我慢するという私を諭しておきながら、なぜ玄は自身の上着を一枚、また一枚と脱いでいくのか。

 首を傾げながらも、玄に言われるまま休憩用のテーブルに向かう。



玄「ささ、座って灼ちゃん」

灼「……うん」


 玄は椅子を二脚向かい合わせにして、私に座るよう促した。

 脱いだコートとブレザーを椅子の背もたれに掛けている。

 そして。


玄「んしょ」

灼「……!?」


 玄は、いつも着ているカーディガンも脱いだ。

 だから、なぜ脱ぐ。

 『手ぇあっためたげるね!』からの脱衣。

 その脈絡のなさに面食らい、言葉を失う。


玄「この時期はお姉ちゃんも暖房頼りだから、これやるの久しぶりだよ~」

灼「どれやるの……?」

 
 手を温めると言いながら、脱衣。

 玄の意図を測りかね、私は訊ねた。

 すると玄はブラウスのボタンに手を掛けて――


 掛け……て……外した。

 

 
 一番上のボタンはそのままに、二番目と、三番目のボタンをぷつぷつと外した。


 ブラウスの合わせ目を、がばりと開く玄。

 宥さんに負けず劣らずの、大きなおもちの谷間が露になる。

 上着で抑えられていた玄の色香が、急激に強くなる。 

 同時に、私の動揺も強まる。


灼「玄……何してるの……!?」

玄「はい、準備できた! 灼ちゃんどうぞ」

 ずずいと胸を私に差し出す玄。

灼「!????」

玄「もぉ、遠慮しなくていいのにぃ」

 玄が私の手を掴む。

 そして掴んだ私の手を、自分のおもちの谷間に迎え入れた。

 ずぼにゅ、とマイハンドが玄の谷間にダイブした。


灼「~~~~~~~ッッッ!?」

玄「ひゃあ、やっぱり灼ちゃんの手つめた~い」




 玄の谷間は暖かかった。

 その暖かさで、私は玄の行動の意味を理解した。

 『灼ちゃん手ぇ冷たいね』

 『私があっためたげる!』

 そして玄は服を脱いだ。

 私の手を谷間にインさせた。

 私は思い違いをしていた。

 玄には最初から、手でさすって暖めるという発想はなかったのだ。

 最初から、おもちの谷間で温めるつもりで、私の手を温めると申し出たのだ――

 玄は――

 
 とんだ破廉恥さんだった。  


玄「灼ちゃんあったかい?」

灼「あ、あ、あ、あったかいけども!」

 それ以上にびっくりだよ!



灼「いきなりなんてこと――」

玄「あ、灼ちゃんそっちの手も入れないとね」

 いきなりの破廉恥行為に抗議する私を、玄は華麗にスルー。

 わっしともう片方の私の手を掴み、そちらも谷間にインさせた。

 期せずして、私の手は玄の谷間の中で合掌を組んだ。

灼「玄……! これはいったい……!」

玄「? どうしたの? さっきから」

 何これ、何この状況……! 

 なんで私、玄のおもちの谷間で合掌してるの!? 
 
 何を拝んでるの私! 

玄「さぁて、これでセット完了~」

灼「セット!? まだ準備段階だったの!?」

玄「? そりゃそうだよ。これからじゃない、あっためるって言ってるんだから」

灼「!!???」

玄「?? それじゃいくよ~」

灼「あ――っ! な!」

 セットが完了したという玄は、自分のお持ちを両サイドから掴み、谷間にある私の合掌をむにむにと圧迫し始めた。


玄「よいしょ、よいしょ」

灼「~~~~~~~!!!!」





 一気に全身が熱くなる。

 友達にいきなり破廉恥行為を働かれた羞恥――もちろんそれもある。

 だが、それより何より、玄のおもちの感触が圧倒的だった。

 玄のおもちは温かく、柔らかかった。肌の質感も吸い付くように瑞々しい。

 同性でも自分にはないものだから、こんなにも柔らかいものなのかと驚愕する。

 こんなにも温かなものなのかと、これが母性かと、合掌を組んでいることもあって、心が平伏していく。

 まるで弥勒菩薩を拝んでいる気分だった。

 弥勒菩薩なんて拝んだことないんだけど。

 それどころか弥勒菩薩ってどんなだっけってレベルなんだけど。

 それでも確かに感じる。

 慈愛……圧倒的慈愛。慈しみ……母性。

 松実玄の圧倒的母性。

 合掌した手のひらを包む、玄の母なる愛情……!




玄「んしょ、んしょ……は、ふ……ふぅ」

灼「……!」

 玄の息が僅かに乱れる。

 急いで温めようとしてるせいだろうか。

 玄のおもちをむにむに寄せる動きは徐々に速くなっていき、微かに乱れた吐息が漏れていた。

 間近にいるから聞こえる程度の、ほんの微かな息の乱れ。

 その息遣いと、リズミカルなおもちを寄せる動きが合わさり、どこか神性さえ感じさせた玄の圧倒的母性が霧散する。

 代わりに覗いたのは玄の……なんと言うのか、その……『女の顔』だった。

 言ってしまえば、いやらしい。

 玄、なんだかえっちな感じだった。

玄「ふ、ん……んしょ、んしょ……」

灼「玄……!」

 ああ……なんてこと……。なんて顔してるの玄……。

 玄、玄……松実玄……!

 整った顔立ちで、それでいて愛嬌があって、長くて綺麗な黒髪が似合っていて、その上スタイルもよくて……。

 家業の影響なのか面倒見がよく、性格も明るくて誰にでも分け隔てなく接する、清楚で可憐な私の自慢の友達……。

 その、玄が。

 私の中には綺麗なイメージしかない玄が……。

 浅ましくも自分の胸を掴み、級友の手を谷間に迎え入れ、挟んで揉みしだいている……!

 その上いやらしい吐息まで漏らして……!!


灼「……!」

 信じられない光景だった。

 玄の絶え間ない手の動きも、口から漏れ聞こえる吐息も、全てが私には信じられない。

 旅館の仕事を手伝うことで身についた品の良さ、慎ましさが、今の玄からは欠片も見えない。

 今の玄は、なんだか酷く軽薄な感じだった。

 こんなの玄じゃない、いつもの玄じゃない。

 困惑し、玄を見詰める。

玄「? えへへ……」

灼「……!?」

 私の視線に応えるように、玄はやや赤らんだ顔で笑う。

玄「ん、ふぅ……灼ちゃん」

灼「な、なに……?」

 搾り出すような玄の声。

 淫猥とさえ言えるその声音に、震える声で応じる。

玄「気持ちいい……?」

灼「う、うん、気持ちい――って!」

 素直に答えかけて、私は玄の谷間からにゅぼるんっと手を引き抜いた。

 今のは明らかにおかしい……! 絶対おかしい!


灼「き、気持ち良いってなに! て、ててて手を温めてただけなのに! 気持ち良いって問いかけはおかしい!」

玄「へ? なんで? 灼ちゃんの手、温かくなってきたから、気持ちいいかなって。そういうつもりだったんだけど……」

灼「あ」

 ああ……そうか。

 そりゃそうだ。冷え切った手が温かくなったら気持ち良い。

 当然のことだ。そうりゃそうだ。玄の言う通りだ。どうかしてたよ、私。一人で勝手に変な意味に捉え――――

 ――って! 違う違う違う! 

灼「そうじゃないでしょ! 問題はそこじゃない!」

玄「え~? じゃあ何が問題なの? ていうかそもそも問題なんてあるの? 私なにかまずいことしたかな?」

灼「く、玄……! なに言ってるの!? いきなり人の手をおもちで温めるなんておかしいよ! 問題だよ!」

玄「?????  おもちで手を温めることの、どこが問題なの……?」

灼「なっ……!」

 絶句。

 谷間を露出させたまま、玄はきょとんと首を傾げている。

 どうやら、おもちで手を温めることに何の疑問も抱いていないらしい。



灼「どこがって……! 全部変だよ! 普通おもちで手を温めたりしない!」

玄「ええ? でも、私、子供のころからやってるよ? お母さんが生きてた頃は私もお姉ちゃんもよくやってもらってたし、おもちが大きくなってきてからはお姉ちゃんによくやってあげるようになったし……」

灼「!? 子供の頃から……!? お、お母さんにも……!?」

 なんてこと……幼い頃、知り合った時点で既に、玄がそんなにいやらしい子だったなんて……!

灼「玄は、それを普通のことだと思ってるの……? おもちで手を温めることが……誰かに変だとか言われたことなかったの……?」

玄「中学の頃は穏乃ちゃんや憧ちゃんにもよくやったげたよ? 私も和ちゃんのおもちであっためたことあるし……誰も変だなんて言わなかったもん。ていうか、普通のことなんだから変だなんて言わないよ。言うわけないよ」

灼「……!」

 玄は何も変だと思っていない……それどころか、おもちで手を温めることをごく普通のことだと思っている……!?

 穏乃や憧にもやってあげた……!?

 何を……。

 何を言ってるの、この子……。

 まるで、おもちで手を温めることを変だという、私こそが変だと言わんばかりの物言い……!


 言いようのない憤りが湧いてくる。

 憤り。はっきり怒りと言っていい。私は玄に対して、怒っている。

 なぜ私は玄に怒りを抱くのか。その感情の根底にあるものが、怒る理由が何なのか自分でも測りかね、胸中を探る。

 すぐに気づく。

 私は怒っている。玄だけでなく、穏乃や憧や宥さんに……そう、裏切られたことに。

 私は四人が、まさかそんな破廉恥行為をやり合う仲だとは思っていなかった。

 思っていなかったからこそ、私は四人を親しく想い、これから来年の夏まで五人で上手くやっていけると思っていたのに。

 つい先ほどまでの玄のいやらしさは、そんな私の想いを裏切るのに十分なものだった。

 ついでに、そのいやらしさを私以外の四人で共有していたことも腹立たしい。

 こんなに素晴らしいおもちで手を挟んでもらえる私は、きっと特別な存在に違いない、とか思っていた自分が恥ずかしい。

 ヴェルタース勘違い恥ずかしい。


 疎外感どころの話ではない。これはもう隔絶だ。

 おもちで手を温めるのが普通だという玄。

 それを変だと言う私。

 変だと言う私を、変だと言う玄。

 そのうえ私には変だとしか思えない玄の行為を、麻雀部の他の四人は容認しているという……。

 とても理解できない。相容れない。噛み合わない。

 数ヶ月の付き合いで、ある程度は把握できたと思っていたみんなの人物像が、私の中で音を立てて崩れていく。

 再構築はままならない。何せ、冷えた手はおもちで温めるのが当たり前の人間なんて、これまで出会ったことがない。

 あ、手ぇ冷えてるね、おもちで温めてあげるね、が当たり前な価値観を持つ人物……そのパーソナリティを推し量るのは難しい。

 目の前にいる、よく知っているはずの玄が、今は得体の知れない魔物のように感じられた。


玄「あ、灼ちゃん? 私なにか灼ちゃんの嫌なことしちゃったのかな……? もしそうなら教えて欲しいな。ちゃんと直して、謝るから……ね?」

灼「……」

 嫌なこと……。

 考えてみれば、嫌なことなんて一つもなかかった。

 玄のおもちは柔らかくて温かくて、正直なところ気持ちが良かった。

 なのに、嫌なことなんて一つもないはずなのに、あとからあとから湧いて出るこの強い拒否感はなんだ。

 谷間を露出させ、泣きそうな顔で許しを請う玄に、背徳的な魅力を感じている自分が怖い。

 こんな玄は見たくなかった。

 玄をこんなふうに思う自分なんて、知りたくもなかった。

 玄を見ているのが辛い。ここにいると息苦しい。

 いたたまれなくなり、私はテーブルに置いてあった鞄を手に取った。

玄「あ、灼ちゃん?」

灼「……ごめん。今日は帰る」


玄「そんな……ねぇ、ごめん謝るから……」

 立ち上がり、私の肩に手をかける玄。

 私はそれを振りほどいた。

灼「どいて」

玄「そんなぁ……」

 玄の瞳にみるみる涙が溜まっていく。

 それが零れ落ちるのを見る前に、私は玄に背を向けた。

 玄は謝っている。しかし、何が私の気に障ったのかまではわかっていない。

 それがどうにも腹立たしい。拗ねているだけだと言われればそれまでだが、とにかく今は玄のいないところで落ち着きたかった。

玄「灼ちゃん……!」

 部室を出て後ろ手に扉を閉める刹那、涙に震える玄の声が聞こえた。

 無視して扉を閉め、私は駆け出した。


   *


   *


灼「はぁ……」

 生徒玄関に到着。

 自分の下駄箱から靴を取り出し、上履きを脱ぐ。

 靴を床に置いたとき、頭上から声を掛けられた。

「あら灼さん、あらあら~」

灼「憧……」

 顔を上げると、そこには寒さで頬を赤くした憧がいた。

 ひらひらと手を振っている。

憧「……あらあら~」

灼「……それ、挨拶のつもり?」

憧「うん、そう。返事はこうよ。私があらあら~って言ったら、灼さんはたそたそ~って返すの」

灼「たそたそ……? 何それ……」

憧「たそたそは、たそたそよ。灼さん、うちの部じゃ一番たそ感強いから」

灼「たそ感……?」

憧「あらあら~」

灼「たそたそ~……」

憧「えへへ」

灼「……?」

 なんだろう。何かいやらしい意味の言葉だろうか……。

 つい先ほど、みんながおかしな習慣を持つ異人種だと知ってしまったばかりだから、妙に勘ぐってしまう。


憧「まぁ、それはいいとして。どうしたの灼さん、鞄持ってるけど、今日は部活休むの?」

灼「……うん。ちょっと用事があって」

憧「ふぅん……」

灼「……?」

 腕を組み、私をじっと見据える憧。

灼「なに……?」

憧「灼さん、玄と喧嘩でもした……?」

灼「……別に。してない」

 嘘は言っていない。

 さっきのあれは、私が一方的に拒否感を示しただけで、別に喧嘩をしたわけではない。

憧「嘘でしょ」

灼「……なんでそう思うの」

 このまま適当にあしらって帰ってもよかったが、一応訊ねた。

 私が誰かと喧嘩をしたというところまではただの当てずっぽうだとしても、その相手を玄だと決め付けたのは何故なのか、その点が少し気になった。

憧「だって、灼さんなんかピリピリしてるし。誰かと喧嘩でもしたのかなーって思って。さっき玄に遅れるってメールしたら、『灼ちゃんとゆっくりお茶して待ってるね』って返信あったから」 

灼「ふぅん……」

憧「それに、しずが目上の人と、相手が怒って帰っちゃうような喧嘩するとは思えないし。宥姉ぇは寒くてぐずる程度で灼さんのことガチで怒らせるとは思えないし……」

灼「……」



憧「……玄がなんかやった? 灼さんが喧嘩の原因作るとは思えないんだけど……」

 もう憧は、私と玄が喧嘩をしたと断定しているらしい。

 玄と違って察しがいい。

 もう、先ほどあったことを憧に話してしまったほうが楽かもしれない。

灼「――――あ」

憧「? なに?」

 失念していた。

 そうだ。憧もまた、手を温めるならおもちで、という異文化に親しんできた人間……。

 先ほどのことを話しても、どうせ玄のように私が変だと言うに違いない。

灼「……いや、なんでもない。とにかく、察しのとおりだよ。今日のところは気まずいから帰る。またね」

 乗りかかった船だから、部を辞めようとまでは思わない。

 けれど、今はとにかく落ち着く時間が欲しい。

憧「……だめ」

灼「え」

 ブーツを履き、帰ろうとする私の手首を憧が掴んだ。

 靴を脱ぐために手袋を外していた憧の手はひやりと冷たい。

 相対的に、自分の手にある温もりに気づく。

 玄のおもちで良好な血流を取り戻した、自分の手の温もりに。


 みんなが来るまで、玄が私とお茶して待つつもりだったという話が引っかかる。

 先ほどの玄の泣き顔に、ようやく少し罪悪感を覚える。

憧「来年の夏まで時間ないんだからさ、こんなつまんないことで時間無駄に出来ないでしょ。何があったのか話して。そんで今日中に玄と仲直りするの」

灼「憧……でも……」

憧「ああ、もう。じれったいわね。ほら行くよ! 靴脱いで!」

灼「あ、憧……」

 憧は私の手首を掴んだまま、ブーツを脱ぎ捨てた。

 問答無用の憧の様子に、諦めて私も靴を脱ぐ。

 憧は来客用のスリッパに、私は上履きに履き代える。

 その間、憧はずっと私を捕まえたままだった。

 憧に手を引かれ、廊下を行く。

 子供麻雀クラブ時代に出入りしていたため、憧にとっては勝手知ったるなんとやら、なのだろう。迷いなく、私をどこかに連行していく。

 最初は部室に連れ戻されるのかと思ったが、そうではなかった。

 向かったのは中等部の校舎。穏乃のクラスだった。


憧「しずー」

穏乃「おーう、憧ー、と灼さん! なんです? 日直今終わったところだから部室行こうと思ってたんですけど……」

灼「いや……」

 憧を見る。私だって、なんで穏乃のところに連れてこられたのかわからない。

憧「しずひとりね」

穏乃「? うん、もう一人の日直の子は帰った」

憧「ちょうどいいいわ。部室行く前にちょっと話あるから、ちょっと残って」

穏乃「へ? 話ってなに……も、もしかして二人で私にお説教……? 私なんかしたかなぁ……?」

憧「違うわよ。ちょっと灼さんと玄がとらぶったから、その話をあんたも聞くの」

穏乃「灼さんと玄さんが……? なにがあったんですか?」

憧「ほら灼さん、座って」

灼「うん……」

 自分のクラスでもないのに、それどころか自分の学校でもないのに、やたらと堂々としている憧。

 私は憧が引いてくれた椅子に座った。隣に憧、その後ろに穏乃も座る。

 事情を知らない穏乃はきょとんとしている。

 憧に急かされ、私はまた変だと言われはしないかと不安になりながら、恐る恐る口を開いた。

 
 そして数分後。



憧「……」

穏乃「??? 今の話のどこに怒るポイントがあったんですか……? おもちで手を温めて貰って? それで灼さんは玄さんに怒って……?」

灼「……」

 全てを話し終えた。

 穏乃は案の定のリアクション。憧は黙って眉根を寄せ、何事か思案していた。

 穏乃はやはり、玄のやったことをおかしいとは思っていないらしい。

 その点には落胆したが、憧のほうはどうだろう。

 憧は何かにつけて聡い子だし、黙って何か考えているのを見ると、私に理解を示してくれるのではと期待してしまう。

憧「……なるほどね、そういうことか」

 やがて憧は、重々しく口を開いた。

穏乃「何がなるほどなのさ」

憧「つまりね、あれよ……カレーよ」

灼・穏乃「カレー?」

 なぜカレー……?


憧「しず、あんたんちって、カレーにトマト丸ごと入れるじゃない」

穏乃「ん、うん、入れるね」

灼「トマトを丸ごと……? ルーにトマトピューレを混ぜるとかじゃなくて……?」

穏乃「はい。普通にカレー作って最後に煮込む段階になったときに、トマトを丸ごと放り込んで一緒に煮込むんです。ほら、おでんの具にトマト煮込む奴あるじゃないですか、あんな感じで。お皿によそうときに切って取り分けるんですよ。ほどよく崩れてルーに混ぜると美味しいんですよ」

灼「へぇ、珍しいね……」

憧「そう、珍しいのよね。でね、しず。あんた小さい頃は、カレーにはトマトが丸ごと入ってるのが当たり前だと思ってなかった?」

穏乃「あ~、思ってた思ってた。大きくなって憧んちでカレーご馳走になったときとか、店で食べたときとか。あれ? トマト入ってない、とか思ったっけ」

憧「で、人んちのカレーって変だって思わなかった?」

穏乃「ああ……まぁ、ちょっとは思ったかな。でもそういうもんかって、すぐ慣れたよ」

憧「でしょ。家ごとの文化の違いってあるものなのよ」

穏乃「だねー。で、それがどうかしたの? なんで今カレーの話?」

灼「……」

 憧の話に、穏乃は首を傾げている。なーんかカレー食べたくなってきたー! とか言っている。

 私のほうは憧が何を言いたいのか理解していた。


憧「灼さん、私が何を言いたいのかもうわかったでしょ? だから……玄のこと変だなんて思わないであげて。灼さんがびっくりするのも無理ないけど」

灼「憧……」

 つまり、こういうことだ。

 おもちで手を温めるという習慣は、松実家特有の文化で、玄はそれを当たり前のことだと思っている。

 広く一般的には非常識でも、特定の家庭においては局所的に常識とされる、その家庭限定の文化というのはあるものだ。

 憧はその一例として、カレーの具をたとえ話に持ち出した。

 穏乃はカレーにトマトが丸ごと入っているのが当たり前だと思いながら育ち、それがスタンダードなものではないと成長してから知った。

 穏乃はカレーの具の違いという、家庭間のカルチャーギャップを知り、認め、受け入れた。

 きっと憧も小学生の頃、松実家の特異な習慣に驚いた経験があるのだろう。

 しかし、それを松実家独特の文化だと認め、受け入れ、今日まで玄と付き合ってきたのではないだろうか。


 穏乃のほうは、なるほどすごいや! おもちで手を温めるとあったかいや! とか思っていたに違いない。

 受容までの過程こそ違えど、二人は松実家の特異な文化を認め、玄と親しんできた。

 だというのに、私はどうだ……。

 自分が情けない。

 きっと憧は今、暗に私を諭している。

 松実家特有の文化を、冷えた手はおもちで温めるという習慣を、一概に否定すべきではないと。

 そんなことで友達との間に溝を作るのは良くないと……。

 本当に、憧の言う通りだ……。

 いくら、変に艶っぽい玄の姿に動揺したとはいえ、さっきの私のあの態度はよくなかった。

 きっとさっきのあれは玄にとってはごく当たり前のことで、いやらしい意図なんて微塵もなかったのだ。

 なのに私は一人で動揺して、玄やみんなのことを変だなんて思ったりして……。

灼「……憧の言いたいことはよくわかったよ。確かに、私が悪かった。今から部室に行って玄に謝るよ」

憧「灼さん……わかってくれてよかった」


灼「ごめんね、憧。心配かけちゃって」

憧「ううん、いいのよ。私らみたいのが玄のあの行動にびっくりするのも、無理ないもの」

灼「そうだよね……『あっためたげるね!』から、いきなり脱ぎ出すんだもん。びっくりしたよ」

憧「ああ~、わかる! 懐かしい! 私も小学生の頃そんな感じだった! 最初はさ!」

灼「はは、やっぱりそうなんだ……」


 ……ん?

 …………『私らみたいのが』……?

 どういう意味……?


憧「ほんと、手をあっためるって言ったら、普通使うのはお尻よね! 私たちの家の場合!」


灼「――――」


 ――――……え?



灼「え、あの憧、今なんて……?」

憧「え? だから、手が冷えたら、私たちみたいなおもちの小さい家系の子は、お尻であっためるわよねって」

灼「は……?」

穏乃「ああ! そういうことか! そっか~! 灼さん、今までおもち派の家の子と付き合いなかったんですね! そっか~、それで玄さんにおもちであっためて貰ってびっくりしちゃったと! なぁんだ、そういうことか~!」

憧「あんた、察し悪すぎ。今頃気づいたの?」

穏乃「ええ~、だって憧回りくどいんだもん……カレーの話なんかしてさー」

憧「そりゃ、私だって年上の灼さんに直で説教なんて出来ないから、回りくどくもなるわよ」

穏乃「ああ、そりゃそうか」

憧「でしょ。ほんと、灼さんが察しが良くて助かったわ。手のあっため方ひとつ取っても家ごとに違いがあるよねって、カレーのたとえ話でわかってくれて」

穏乃「確かに、最初はビックリしたような覚えがあるよ、玄さんのあれ。今じゃもう当たり前になってるけど」

憧「そうよね。私らの年代だと、松実姉妹レベルでおもちが大きい子ってなかなかいないしね」

穏乃「小学生の頃だと尚更だよ。ああ! おもちの大きいうちの子はこうするんだって、衝撃的だったよなぁ……!」

憧「お尻とか太ももじゃないんだって思うわよね~」

穏乃「ね~」


灼「」



 ……。

 …………。

 …………疎外感。

 まるで、おもちで手を温めるのが巨乳あるある、お尻で温めるのが貧乳あるある、みたいに言われても……。

 ついていけない……全然ついていけない……。

 憧が先ほどの私同様、過去に玄のおもちで手を温めて貰って驚いた経験があるという推測は、間違っていなかった。

 しかし、それに対する新子家、高鴨家の手を温める方法もまた、普通ではなかった。

 ……お尻。お尻である。あと太腿も使うことがあるらしい。

 まぁ、確かに大腿部は血の流れがいいから、温かいことは温かいんだろうけど。

 だからといって納得できるものではないし、共感もできないけれど。

 お尻って……これならまだおもちのほうがわかるよ……お尻って……下半身で手を温めるとか……ないわー……。

 ほんとないわ……。

 
憧「寒い時期はよくお姉ちゃんのズボンに手ぇ突っ込んでさ、お尻鷲掴みにしたもんよ。背後から……」

 しみじみと、昔を思い出している様子の憧。

灼「……」

憧「お姉ちゃんが冷たくてびっくりするのが面白くてさぁ……」

 話しながらチラリとこちらに視線を寄越し、そういうのみんなやるよね? と目で同意を求めてくる。

 だが当然、まったく同意など出来るはずもない。

 私はお尻で手をあっためたことなんてない。



 私には憧の話が、家族間セクハラの思い出話にしか聞こえていなかった。

 しかし穏乃には共感できる話らしく、うんうん頷いて憧に相槌を打っている。

穏乃「巫女服のときは正面からだったよね」

灼「……正面からって?」

 まだバリエーションが……?

憧「ああ、袴の横ん所にポケットくらいの大きさのスリットみたいのがあるんだけど、そこからずぼっと手を入れて正面から抱きつくような感じでさ」

灼「ああ……」

 うわぁ……。

穏乃「あれいつもいいなーって思いながら見てたよ。お尻で手を温めて貰いながら頭まで撫でて貰えてさ」

憧「まぁ、うちの特権よね」

灼「……」

 巫女服を着た望さんに、幼い憧が正面から抱きついている画を想像する。

 確かにそれは、自分が子供だったなら羨ましいと思える、微笑ましい姉妹のスキンシップに見えたかもしれない。

 しかし、その抱きつく憧の手が望さんのお尻を鷲づかみにしていると思うと、印象は百八十度変わってくる。

 明らかにスキンシップ過剰……いや、異常なスキンシップと言える。

 姉妹で何やってるの、としか思えない。

 ドン引きである。


 だが、私がドン引いている当の相手、憧から言われた言葉……『変だなんて思わないであげて』という言葉が思い出され、強い拒否感を示すに示せない。

 はっきり言って、正直なところ、私は玄も憧も穏乃も、変態さんだと思っている。

 なのに、その変態さんの一人である憧の言い分は至極真っ当だ。

 家庭間のカルチャーギャップに拒否感を示すのは失礼で、ましてそれを理由に仲違いなんて馬鹿らしい。

 憧の論調はだいたいそんなところ。

 それはよくわかる。納得できる。

 でも普通、思わないじゃない……普通、おもち派とお尻派の間に生じたカルチャーギャップの話をされるなんて、思わないじゃない……。

 二人のあるあるトークとセクハラ思い出話を聞きながら、私は窓の外を眺めた。

 外では相変わらず、しんしんと雪が降り続けている。


 幼い冬の日を思い出す。

 お手伝いで皿洗いをやって、終わったあとでお婆ちゃんに手を温めてもらった、あの日のことを。

 お婆ちゃんは冷たくなった私の手を、自分の手のひらで包んで、さすって、温めてくれた。

 あれ、普通のやり方じゃなかったのかな……。

 私がおもちで手を温めるなんて変だと言ったときの玄の反応……そして今の二人の話を聞いていると、そんなふうに思ってしまう。

 おもちor おしりが普通で、それ以外は変なんじゃないかって……。

灼「……」

 ……何考えてるんだろ、私。

 そんなわけないじゃない。

 手で手を温めることの何が変だって言うの……。

 変なのはあっち。あっちが変。私は普通。

 そう自分に言い聞かせるも、「あっち」と「こっち」、此方と彼方を分ける自分の思考に、自分自身の心を傷つけられる。

 私がこっちで、他の四人はあっちだと気づき、傷つく。


 憧と穏乃は、幼い頃如何にして姉や母親の尻を揉みしだいたかを、うふふあははと語り合っている。

 到底理解できない。何を言っているのか全くわからない。

 望さんのお尻の感触が、二十歳を過ぎた頃から成熟した大人のそれに変わり始めたとか、そんな話をされても困惑困惑あんど困惑。

 またしても疎外感。

 こんなに近くにいるのに、二人が遠い。

 所詮私は新参だったのだと、他の四人とは違う文化圏の人間だったのだと、実感させられる。

 私は鞄を手に取った。

 立ち上がる。

憧「灼さん……?」

穏乃「あれ、もう部室行きます?」

灼「いや……なんか気分悪くなってきたから、今日は帰るよ……」


穏乃「え、大丈夫ですか?」

憧「灼さん……」

灼「憧、わかってる。玄には夜にでも電話するから。悪いけど部室行ったらフォロー入れといて……」

憧「……? うん、それはいいけど……」

灼「それじゃ、ごめんね……」

 お大事に、と言う穏乃の声を背に教室を出る。

 一人冷たい廊下を行く。

 玄のおもちで一度は温まった手は、すでに冷たくなっていた。

灼「変態……変態……変態……」

 堪えきれず、四人を否定する言葉を小さく、小さく呟く。

 しかし反面、変態四人の親しげで自然な結束は美しく、羨ましくもある。

 認めたいのに認め難い四人の文化、習慣が、私を苦しめていた。


 * *


 * *


穏乃「憧、携帯震えてるよ」

憧「ありゃ、お姉ちゃんから電話。対局中だから、席についたまま失礼するね」

玄「うん……」

宥「もう遅いから、今日はお開きかな」

穏乃「そうですね。それじゃ、この半荘で最後ってことで」

玄「うん……そうだね」


憧「うん、うん。わかった。みんなにも伝えとく。それじゃ、あとでね」


穏乃「望さん、来てくれるって?」

憧「うん。もう随分積ってきたし、そろそろ帰ったほうがいいって。あと二、三十分でこっちに来るって」

宥「助かるね、お迎え。こんなに降ってるのに、いつもと同じくらい練習できたし」

玄「うん……そうだね……」

穏乃「玄さん? どうかしました?」

憧「……玄、まだ灼さんのこと気にしてるの?」

玄「うん……」

憧「だから言ったじゃん。あれは灼さんがお尻派だったからびっくりしちゃっただけで、玄は何も悪くないんだって」

玄「うん……それはわかるんだけど……なら灼ちゃん、なんで帰っちゃったのかなって……」

穏乃「それは灼さんが体調崩したからで……」

憧「それに、玄にきつく当たっちゃったから気まずくなったんだよ、多分。あとで電話するって言ってたし。灼さん、こういうのずるずる引きずる人じゃないと思うけど」

玄「そうかなぁ……」


宥「大丈夫だよ玄ちゃん。灼ちゃん、大人しいけど優しい子だから……」

玄「でも、なんかおもちで手を挟んであげたときの灼ちゃん、私のこと気持ち悪いものでも見るみたいな感じで……私、灼ちゃんに嫌われちゃったのかも……」

穏乃「そんなの、玄さんの考え過ぎですって」

宥「そうだよ。灼ちゃんに限ってそんな……」


憧「……」


穏乃「なぁ、憧?」

憧「いや……案外、気持ち悪いものでも見るみたいってところは当たってるのかも……」

穏乃「……!? 何言うんだよ、憧! 灼さんがそんなこと思うわけ……!」

憧「しず、さっき三人で話してるとき、気にならなかった?」

穏乃「なにが?」

憧「灼さん、ノリ悪くなかった? そういうときは普通お尻よねって話の振り方すれば、もっと乗ってきてくれると思ったんだけど……そうでもなかったのよね、灼さん」

穏乃「そりゃあ、灼さんは物静かだから……憧が思うようなノリの良さはないんじゃない?」

憧「それにしたって、って話よ。なんだか灼さん、私としずがお尻の話で盛り上ってるのを見て、ちょっと戸惑ってたような気がするのよね……よくわかんない話に無理して相槌打つみたいな……」

穏乃「?? う~ん、言われて見ればそういう気もしないでもないけど……」


憧「それに、一度は部室に行って玄に謝るって言ってたのに、急に帰るって言い出したのも変よ。きっと、私たちとの話の中に、玄との仲直りを先延ばしにしたくなるような何かがあったんだわ」

穏乃「私たちとの話の中に……? おもちじゃなくてお尻だよねって話のどこに……?」

憧「そう。私たち、おもちじゃなくてお尻よねって話しかしてないのよね。だから、灼さんの心変わりのきっかけになったのは、その話なのよ」

穏乃「どういうこと?」

宥「憧ちゃん、何を考えてるの……?」

憧「うん、さっき灼さんと話してたときに思ったんだけど……」

玄「……?」


憧「灼さん…………おもち派でもなければ、お尻派でもないんじゃないかって……」


穏乃「!?」

玄「そ、そんな……!!」

宥「――――」



穏乃「あ、憧……! いったい何を根拠にそんな……ッ! おもちでも、お尻でもない!? じゃあどこだって言うのさ!!」

憧「体のどの部位を使うかまではわかんないわよ。でも灼さん、玄がいきなり脱ぎ出してびっくりしたって言ってた……そのときはさ、ああやっぱりお尻派なんだって思ったのよ。でも……」

宥「いざお尻の話をしたら、灼ちゃんの食いつきは悪かった……? 無理をして二人に話を合わせている感じだった……!?」

憧「ええ、そしたら灼さん、急に帰るって言い出した……。体調が悪くなったなんて取ってつけたような嘘をついて……」

穏乃「あれ、やっぱり嘘だったのか……」

憧「そこは気づいてたのね」

穏乃「うん……だって、灼さんからは健康な高一女子の匂いしかしなかったから……」

憧「またワイルドな判断基準ね……どういう匂いよ、健康な高一女子の匂いって」

玄「灼ちゃん、おもちで手を温めるのは変だってはっきり言ってた……そのうえお尻の話にも食いつきが悪かったから、憧ちゃんは灼ちゃんがおもち派でもお尻派でもないと思ったんだね……」

憧「そういうこと。たぶん灼さんは私たちを相手に、玄との一件の戸惑いを吐き出せると思ったのよ。でも、その私たちもまた自分とは違う習慣に馴染んできた人間だとわかって、一度はすっきり出来ると思ったのに、出来なかった……それで灼さんは」

宥「気を悪くしちゃった……?」

憧「そういうことなんだと思う」


玄「うーん……あの灼ちゃんが、そんなことで機嫌悪くなったりするかな……?」

憧「しないとは言い切れないわ。だって今回のことって、灼さんと私たちで四対一じゃない? 結果的にだけど、私たち四人の常識を、灼さんに押し付けた形になっちゃってる。軽く拗ねちゃうのも無理ないわ」

玄「そっか、そうだよね……灼ちゃん……」

穏乃「それにしたって……! 一言、私んちはこうするよって、言ってくれればよかったのに……」

憧「言えなかったんでしょうね、おそらく」

玄「どうして?」

憧「灼さんは私たちの家の習慣を知って、『ああ、それが普通なんだ』って思ったのよ。そして、『私の家のやり方ってもしかして変なのかな』って思っちゃったんでしょうね」

玄「そっか、灼ちゃん、自分が変だって思われるのが怖かったんだね……」

穏乃「そんな……! 私ら手の温め方が変わってるからって、灼さんのこと変だなんて思わないのに!」

憧「そんなの、灼さんちの温め方を聞いてからじゃないとわかんないわよ。あの場の流れで言い出せないくらいの温め方なのよ? きっと、すごく変わったやり方をするんだと思うわ。灼さんにとっては、カミングアウトに相当な覚悟のいるやり方なのよ……」


宥「変わった手の温め方……たしかに……おもちでもお尻でもないんだもの……あまり聞かないやり方なのかも……」

穏乃「おもちでも、お尻でもない……となると……」

玄「う~ん……腋か太腿かな?」

憧「太腿はないと思うわ。さっき少し太腿の話もしたし」

玄「腋は?」

憧「腋も違うと思う。だってそれなら、隠すような温め方じゃないでしょ? 別に普通じゃん」

宥「そうだね……おもちやお尻ほど主流じゃないけど、ざらにいるもんね、太腿と腋は」

穏乃「他にも温かい部位となると……首筋……?」

憧「あんまり聞かないけど、それもいないわけじゃないわ。わざわざ隠すようなやり方じゃない。常識の範疇よ」

穏乃「だったら、いったいどの部位を使うんだろう……」

玄「どの部位かはわからないけど……」

憧「?」


玄「私、灼ちゃんの手、また温めてあげたいな……今度は灼ちゃんちのやり方で……」


宥「玄ちゃん……」

穏乃「玄さん……」


憧「……そうね。それがいいかも。私たちと灼さんで微妙に距離が開いてる状態って、よくないもの」

宥「そうだよね、チームメイトなんだから」

穏乃「変わった習慣を私たちが受け入れてみせれば、灼さんも今よりもっと腹を割った付き合い方してくれるかも!」

憧「そういうことね。これからずっと一緒なのに、このままなんて寂しすぎるわ」

宥「灼ちゃんちのやり方が私たちにとっても普通になれば、距離は縮まるよね」


玄「うん……! それじゃ、私さっそく灼ちゃんに電話して訊いてみる! 灼ちゃんちのやり方」


憧「ストップ玄」


玄「へ? なんで?」

憧「駄目よ。直接訊いてやるのは」

穏乃「なんでだよ、それが一番手っ取り早いだろ?」

宥「私も憧ちゃんに賛成かな。直接訊くのは駄目だと思う」

玄「お姉ちゃん……どうして……?」

憧「いい? 今回のことって、灼さんが少数派で、私たちが多数派なわけ。直接訊いてやり方教えてもらってさ、『じゃあそれでやってあげるね』なんて言ったって、それは多数派から少数派への、上から目線の同情の押し付けになっちゃうでしょ。灼さんに失礼ってもんよ」

玄「ああ……」

穏乃「そっか……気づかなかった……私たち、自分が普通だからって、灼さんに対してやって『あげる』だなんて……いったい何様だったんだろう……」


憧「でしょ? だから、灼さんちのやり方を私たちで推測して、自然にやるのがベストだと思う。『灼さんちってこうするんだよね、このやり方もあるよね、普通だよね』って態度で、ごくごく自然に……たとえそれがどんな変わったやり方でもね……」

玄「なるほど……」

宥「たしかに憧ちゃんの言うとおり、それが一番いい。でも、どうやって灼ちゃんちのやり方を推測するの? 今のところはっきりしてるのは、おもちとお尻じゃないってことと、太腿と腋でもなさそうってことだけ……」

玄「膝裏で挟んでもらうとかかな?」

穏乃「でもそれだと、腋とか首筋と同じ理由で違うんじゃないですか? 膝裏も主流ではないけど、常識の範疇ですよ」

宥「う~ん……あと思いつくのは、お腹、背中……? 足裏とか……?」

憧「膝裏、お腹、背中、足裏……どれも普通よね……灼さんが言い出せないほどのやり方とはどうしても思えない……」

穏乃「そうなんだよな~……体のどの部位でも、別に普通なんだよな~……」

宥「言い出せなくて帰っちゃうほど変なやり方って、ちょっと思いつかないわ……」

憧「玄、何か思い当たることない?」

玄「そう言われても……」


憧「よく思い出して。さっき手が冷えて辛そうだった灼さんを見てたんでしょ? そのときの灼さんの仕草から、なにかわかるかもしれない」


玄「う~ん…………えっと、灼ちゃん、両手を擦り合わせて、はぁーって息を吐きかけてた……」

憧「…………」


憧「擦り合わせて…………息を吐きかけて……――――!」


宥「憧ちゃん? 何かわかったの?」

憧「わかった……かも、いや、でも、そんなまさか……!?」

穏乃「な、なんだよ、もったいぶらずに言えよ……」


憧「……灼さんちの手の温めかた……言い出せないほど変わったやり方……でも、体のどの部位を使っていても別に普通、言い出せないことなんてない……」


憧「そう。体表なら、どこでも普通。変なことなんてない……それなら」


憧「体の内部ならどうかしら……」


穏乃「……は?」

玄「な、内部って……」

宥「――――」



玄「憧ちゃん!? なにを言ってるの……!? 内部……内部だなんて!」

憧「灼さん、手に息を吐きかけてたんでしょ? 自分で」

玄「うん、そうだけど……」

憧「息を吹きかけるのは、体内の熱を排出して手の表面を温める行動……つまり、鷺森家では冷えた手を温める際、体内の熱を使う……!」

穏乃「たっ体内の――」

宥「――熱!?」


憧「そう……鷺森家の変わった手の温め方、それはずばり――」


穏乃「ず、ずばり……!?」

玄「ごくり……」

宥「……っ!」


憧「粘膜よ。体の粘膜に、直接触れて暖を取る……! それがおそらく、灼さんちのジャスティス!」


穏乃「~~~~ッッ!?」

宥「……なんてこと」


玄「そんな……! 信じられない……!」

憧「玄……」

玄「そっ、そんな変態さんみたいなやり方に、あの小さくて可愛い灼ちゃんが親しんできたなんて! 私の灼ちゃんが親しんできたなんて!」

憧「それは言いっこなしよ、玄。灼さんからしたら、私たちのほうが変態さんに見えてたのかもしれないじゃない。あと、灼さんはみんなの灼さんよ」

玄「……!」

憧「認めましょう。だって他に考えられない。体表のどこを使って手を温めようが別に普通。なのに灼さんは言い出せなかった。そして手を温めるのに、息を吐きかけていた……これは、灼さんが手が冷たいときに頼るのが体内の熱であるという証拠よ。つまり灼さんが手を温めるとき触れるのは粘膜……これが真実なのよ」

玄「……!!」

穏乃「…………」

宥「玄ちゃん、落ち着いて。たしかに灼ちゃんちの手の温め方は変だけど、だからって灼ちゃんが変態だっていうのはおかしいわ。みんなの家にそれぞれ違う文化があるんだもの。私たちの家はおもち、憧ちゃん穏乃ちゃんの家はお尻……そして灼ちゃんの家は粘膜……みんな違うけどみんな普通……私たち麻雀部の中に、変態さんなんて一人もいないんだよ……」

玄「お姉ちゃん……」

穏乃「宥さん……」

憧「宥姉ぇの言うとおりね……私たちの中に変態なんていない……その通りだわ」


宥「うん。それで憧ちゃん、粘膜だってことはわかったけど、その……どこを使うのかな……? 候補は六つあるよね」

憧「ああ、それに関しては簡単に絞り込めるわ」

玄「どこなの……? 灼ちゃん、どこに突っ込むの……?」

憧「灼さんちの家業がなんなのか考えればすぐにわかるわ」

穏乃「灼さんちの家業って、鷺森レーン……ボーリング場だね」


憧「うん。ヒントになるのはボーリングの球……」


穏乃「……ボーリングの球?」

玄「球……『丸く』て……つるっとしてて……」

宥「『指を入れる』、『穴』があって……」


穏・玄・宥「……――――ッッ!!」


穏乃「……ッ! そうか! じゃあ灼さんが手を温めるとき使うのは――!」


玄「そうか……お尻ではあったんだ……! お尻で近かったんだ……!」


宥「なるほど……お尻をボーリングの球に見立てて……!?」


憧「そう。灼さんの家では手を温める際、『お尻を掴んで穴に指を突っ込む』のよ……これで間違いないわ……!!」


  * *


  * *


 翌日。放課後。

 教室を出て部室へ向かう。

 気まずくはあったが、今日から部活に顔を出すことにした。

 今日は手袋もしっかりと着けている。

 これなら、手を温めてあげるなんて話にはならないだろう。

 昨日家に帰ったあと色々と考えた。

 みんなの変態的な習慣を、受け入れるべきか否か。

 考えに考え、悩みに悩んで結局出した結論は、『私はお尻派だった』ということにしておこう……というものだった。

 お尻派ってなんだ、フェティシズムの話か、という感じだが、四人にとってはおもちかお尻で手を温めるのが当たり前である以上、私ひとりがそれを変だと喚いても何の意味もない。

 みんなを変態だと糾弾したところで、昨日の私と同じ想いをさせてしまうだけだ。

 私が幼い頃、お婆ちゃんに手をさすって温めてもらったように、みんなはお母さんやお姉さんに、みんなのやり方で手を温めてもらってきたのだ。

 おもちやお尻で、手を温めてもらってきたのだ……。

 ……。

 …………。

 うん。

 とにかく、みんなの手の温め方を否定するということは、みんなの家族との思い出を否定することにもなってしまう。


 それぞれ各家庭の文化には親しみと愛着を持っているはずだ。

 それを変態呼ばわりなんて、私にはとても出来ない。

 なので、私は自分の家のやり方を胸に秘めたまま、こんなの絶対おかしいよ、という想いを隠したまま、麻雀部にいるときに限り、お尻派として生きていこうと決めたのだった。

 みんなにとっての当たり前が、私にとっても当たり前になれば、それはとても素敵なことだ。

 素敵。超素敵。素敵です。

 みんなともっと仲良くなれること請け合い。

 そうなれば、私たちのチームとしての結束はより強まるだろう。

 そうして私たちは、おもち派とお尻派で構成された五人で、全国の頂を目指すのだ。

 自分を殺すストレスと引き換えに、私はみんなとの強い絆を手に入れる。

灼「……うん。それでいい」 



 最後に確認だ。

 あえてゆっくりと廊下を歩きながら、胸中で呟く。

 私はお尻派……私はお尻派……私はお尻派……と、自分に言い聞かせる。

 私は手が冷えたとき、お尻で手を温めて貰う文化に親しんできた人間……。

 冷えた手で家族のお尻を鷲づかみにするのが当たり前の人間……。

 だから昨日は玄のおもちに驚いた。

 ただそれだけのこと。

 ちょっとカルチャーショックを受けただけ。

 私たち阿知賀女子麻雀部に、不和など一切生じていない……。

 そういうこと……。

 そういうことだ。 

灼「……よし」

 部室に到着。



 憧はまだ来ていないだろうが、おそらく他の三人は、もう来ている。

 今日はなんやかんやと他のクラスメイトと話していたせいで、玄とはあまり話していない。

 先ほどそそくさと、私を置いて教室を出て行く玄を見かけていた。

 玄のほうも気まずいのだろう。まるで私を避けるようなその行動には胸が痛む。

 しかし、そんなことで傷つくのも今日が最後。

 今日から私はお尻派なのだから、みんなと同じなのだから、妙な疎外感を覚えて独り感傷に浸ることも、もうない。

 扉を開ける。

灼「おつかれ……」


玄「灼ちゃん。お疲れ様」

 
灼「あれ、玄だけ……? みんなは?」

玄「うん。みんな、すぐ来るよ……」

灼「……?」


 予想に反して、部室にいたのは玄ひとり。

 昨日と同じ窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。



 昨日降り積もった雪が、一夜明けての晴天に照らされている。

 照明は点けられていないが、雪の照り返しで室内は充分に明るい。

 逆光で、玄の表情が見えない。

 声の調子からは、いつもの天真爛漫さが聞き取れず、言いようの無い息苦しさを感じる。


玄「……」

灼「玄?」


 扉の前に立ち尽くす私に、近づく玄。

 ようやく見えるようになった玄の顔は、どこか緊張しているように見えた。

 その手には、小さな袋が握られている。

 中が透けて見えないタイプの、薬局の紙袋だった。

玄「……」

灼「……」

 無言ですれ違う。

 玄が手に持っている物が物なので、トイレにでも行くのかと思ったのだが、違った。

 かちりと、背後で鍵の閉まる音。

 振り返ると、玄が袋を後ろ手に、扉の前に立っていた。


灼「……」

玄「……」


 何のつもりだろうか……。

 これではまるで、玄に閉じ込められたような……。

 扉の前に立つ玄が、私には『もう逃げられないよ』とでも言っているように見えた。


灼「どうして……鍵を掛けたの」

玄「……だって」


 なぜか赤くなる玄。


玄「私、そういうやり方もあるって知ってたよ? 普通だって、知ってた……でも私の家はおもちが普通だから、やったことなくて……恥ずかしいから」

灼「……? 昨日の話? それだったら……」


 私がお尻派だという誤報は、すでに玄の耳にも入っているのだろう。

 その上で、『やったことなくて恥ずかしい』……ということは。


灼「……さっそく、ってわけか」

玄「灼ちゃん……?」

灼「いや、なんでもない」

玄「?」

灼「……」


 さっそく、来た。

 そういうことだ。

 私がお尻派としての第一歩を踏み出す、そのときが……。


 きっと玄のほうも、私のやり方に合わせようと考えているのだろう。

 玄は昨日、憧から私がお尻派だと聞いて、今度は私の家のやり方を実践して、それを仲直りの証にしようと考えた……。

 そうに違いない。

 私がお尻派だという情報は、実際には盛大な誤報なのだが、もうそれはいい。

 玄と仲直りが出来て、みんなとの距離を縮めらるなら、なんだって構わない。

 お尻派上等。私はお尻で手を温める変態で構わない。

 覚悟はとうに決めてきた。

 今日この日から、私の常識は変わる。


玄「あのね、私、昨日のお詫びに、今度は灼ちゃんちのやり方で、灼ちゃんの手を温めたいなって……」

灼「……うん」

 ほら来た。


玄「それでもしよかったら、今いいかな……? 恥ずかしいから、みんなが来る前にヤっちゃいたいんだけど」

おもちで温めるときは羞恥心などまったくない様子だったのに、お尻で温めるとなるとこうなるのか……。

 ほんと、よくわからない。

 もうなんでもいいんだけどね……。

灼「うん、それじゃあ、お願いしようかな……手袋しててもさ、やっぱり手、冷たくて……私、玄の言うとおり冷え性みたいなんだ……」

玄「えへへ……ほらね、やっぱりそうなんだ」

灼「うん……ふふ」

玄「えへへ……」

 笑い合う。

 そう、これでいい。

 どんなに変な習慣でも、受け入れると決めてしまえばわだかまりなど消えていく。

 昨日、おもちで手を温める玄をおかしいと思ったあのときと比べると、今は随分穏やかな気分だった。

 私は玄に向かって、一歩踏み出した。


 そのまま、玄に抱きつく。


 どうせ変態の仲間入りをするのなら、自分の思うがままにヤろう。

 昨日憧の話を聞いたとき、正面から抱きつくのってちょっといいなって思ったのだ。


灼「玄――」

玄「わ、灼ちゃん……!」


 玄の胸に顔をうずめ、胴に手を回す。

 回した手を、そのまま――

 
 お尻に――


玄「ま、待って……! 灼ちゃん!」

灼「なに?」

 
 ―-触れようとしたのだが、玄は慌てた様子で私の肩を押し、体を引き離した。

  
灼「やっぱり嫌? 恥ずかしい?」

玄「ううん! そそそそんなわけないよ! 灼ちゃんちのやり方って凄く普通だし! ありふれてるし! 全然平気だよ! でも……」

灼「でも? なに」

玄「うん、あの……ちゃ、ちゃんとね、綺麗にしてきたんだけどね……」

灼「?」

 綺麗に……? 何を言っている……?

 私にお尻を触らせるのに、わざわざシャワーを浴びてきたと、そういう意味だろうか……。



玄「一応、これ使ったほうがいいかなって……」

灼「これ……? どれ?」

玄「これ」


 そう言うと、玄は先ほどから手に持っていた紙袋を私に差し出した。

 受け取って中身を取り出す。


灼「――――」


 薬局の紙袋。

 その中身を見て、私は言葉を失った。 

 
灼「ええ~……」

 袋の中から出てきたのは、小さな箱だった。

 パッケージには、こうある。


 『極うす』


 と。


 袋の中身……それはゴム。

 コンドームだった。




玄「憧ちゃんがね、衛生面を考えたら、絶対使ったほうがいいって」

灼「……え?」

 衛生面……?

 ……うん、たしかに、私たち高校生の場合、椅子に接している時間が多い臀部は放課後の今の時間帯、清潔とは言えないのかもしれないけれど……。

 それで、なぜコンドーム……?

 まさか、五本の指にひとつずつ着けて、それでお尻を触る……?

 いや、それはない。それでは温める上で効率が悪い。

 では、どうやってコンドームを使う……?

 わからない。これはいったい……。

灼「……」

玄「灼ちゃん……?」

 玄を無視して、必死で頭を回転させる。

 お尻で手を温める……コンドームを使ったほうがいい……。


灼「……!」

玄「灼ちゃん……」


 そうか……。

 わかった、わかったよ、玄……!

 私は『お尻で手を温める』という行為について、少し思い違いをしていたらしい。


 昨日の憧と穏乃の話を聞く限り、単にお尻を鷲づかみにすればいいとばかり思っていたけれど、どうやらそれでは認識が足りなかったようだ。

 
 単に臀部に触れて温める……というだけでなく……。


 憧や穏乃の言う『お尻派』とは……。


 『穴』


 穴も使用する人種のことだったのだ……。


 お尻で手を温める上で、他にコンドームの使い道なんて思いつかない。

 おそらく鷲づかみにして、その上でゴムを装着した指をインさせるのだろう……。


灼「はは……」

玄「灼ちゃん?」


 思わず笑いが漏れる。



 そうか、そうだったんだ……。

 そういうことだったのか……。

 うん、うん……わかった。OK。

 いいよ、やる。それやる、私。

 まさかそこまでやるとは思っていなかったけれど、うん、いいよ。

 もう決めてきたし、みんなの仲間になるって。

 みんなの当たり前を、私の当たり前にするって……。

 これが当たり前なんだもの、仕方ないよね。

 二人きりの部室で、玄の穴にゴムを装着した指を突っ込むとか、私にとってはもう完全にプレイだけど、いいよ、やる。

 玄、綺麗にしてきたって言ってるし、もしかしたら、コンドームだけでなくアレも薬局で購入したのかもしれない。

 玄みたいな子が私のために、薬局で恥ずかしい買い物をして、入念に準備してきてくれたのだと思うと、その気持ちは無碍には出来ない。


 これはもうやるしかない。

 開くのだ。

 この手で。

 新しい世界への扉を。


 この、指で。


灼「……」


 ……どの指だろう。

 まぁ、中指だよね、多分。それか人差し指。


玄「あの、灼ちゃん? もしこれ使うのが嫌なら、ちょ、直接でもいいよ? 別にそれでも普通だしね」

灼「……いや、使うよ。せっかく用意してもらったんだし、おもち派の玄には、直接は刺激が強いだろうからね」

玄「そ、そうだね……」

 さっきから玄は、やたらと普通普通と連呼している。

 それほどまでに、お尻派が穴まで使うことは当たり前のことなのだろう。

 今のところ、私にとってこの行為は変態的なものとしか思えないが、早くみんなの感覚に馴染まなくては。


玄「そ、それじゃ、どうぞ、灼ちゃん……」

灼「うん……」


 そして玄は後ろを向いた。

 ゆっくりとした動作で、スカートを捲り上げていく。

 その様子をどこか他人事のように眺めながら、私はコンドームの箱を開けた。

 一つ取り出す。袋を開ける。

 初めて触れるそれを、私は使い慣れている振りをしてくるくると広げた。

 
玄「きて、灼ちゃん……」

灼「うん……」


 玄が私にお尻を突き出す。

 手で広げて、私の手を、指を待っている。

 こんなことをすれば、当然全部見えてしまう。

 露になる玄の、玄と玄。  

 綺麗だ……と素直に思う。

 これが不潔な変態行為だという意識が、僅かに薄れていく。

 抵抗なく手が玄の尻に伸びる。


 次の瞬間、部室に玄の嬌声が響いた。


  * * *



  * * *


玄「灼ちゃ~ん!」

宥「おはよう、灼ちゃん」

穏乃「おはようございます」

憧「あらあら~」

 
灼「玄……みんな。おはよう」


玄「灼ちゃん灼ちゃん! おはよう~!」

灼「うわ、ちょ、苦しい。いきなり抱きつかないで」

玄「ええ~なんでぇ?」

灼「恥ずかしいでしょ、こんなところで……」

玄「私は恥ずかしくないよ?」

灼「私は恥ずかしいの」

玄「そっか~。私は灼ちゃんとくっつきたくて仕方ないんだけどな~。まぁいいか。それより灼ちゃん、手ぇ冷たくない?」

灼「え。平気だよ。冷たくない」



玄「そう? どれどれ……あ! 冷たいじゃん! 冷え冷えだよ灼ちゃん!」

灼「そんなこと……」

玄「これは大変! すぐに温めないと! お尻で温めないと!」

灼「ちょ、玄……!?」

玄「ほら急いで灼ちゃん! 時間余裕あるからHRの前にやったげるよ! 部室でいいよね! あそこならゆっくりできるもんね!」 

灼「玄、待って! 手ぇ引っ張らないで……!」

玄「急げ急げ~! 早く温めないと!」

灼「玄ってば!」

玄「それじゃあみんな、私たち先に行くね!」


憧「はいはい。わかったわよ」

宥「玄ちゃんゆっくりね、転ぶとあぶないから」

穏乃「また放課後~」


玄「じゃあね~」

灼「また……」




宥「うふふ……行っちゃったね」

穏乃「ほんと、よかったですね。あの二人が仲直りできて」

憧「そうね。灼さん、私たちと話すときも前より柔らかくなった感じだし」

宥「憧ちゃんが灼ちゃんの家の温め方を言い当ててくれたおかげだね」

憧「やめてよ宥姉ぇ、照れるじゃない」

穏乃「はは。……でもさ、灼さんちのやり方って、最初は凄く変わってるって思ったけど、玄さんは随分馴染んだみたいだね」

宥「そうみたい。玄ちゃん、灼ちゃんの家のやり方、かなり気に入ったみたいで、最近家でも灼ちゃんの話ばっかりするようになって……」

憧「そうね。部室でも玄、灼さんの後ろから肩に手を回して、ずっと抱きついてるし……」

穏乃「二人が仲良くなればとは思ったけど、まさかここまで仲良くなるとはな~」

憧「うん、私もここまでとは予想してなかったわ。まさか、あんなにベタ甘な感じになるなんて……」

穏乃「だよな~」

宥「ね~」



憧「……」


穏乃「どした? 憧、黙り込んじゃって」

憧「いや、粘膜で手を温めるのって、そんなにいいのかなって思って……」

宥「いいみたいだよ? 玄ちゃん、もうあれ無しの人生なんて考えられないとまで言ってたよ。灼ちゃんのことが大好きな感じになるって」

穏乃「へえ、そりゃまた、結構なことですね」

宥「うん、よかったわ。二人が前にもまして仲良くなって」


憧「へぇ……大好きな感じに……ね」


穏乃「……? 憧?」

宥「?」

憧「ねぇ、しず……」

穏乃「なに?」


憧「私、ちょっと手が冷えてきちゃったんだけど……ちょっとあっためさせてくんない……? あんたの……」

穏乃「……?」


憧「粘膜で……あっためさせてくんない……?」


   カン!

少し休憩して宮守投下
宮守は短いです


豊音「こっちが変」


 
白望「豊音、あったかい?」

豊音「うん! これすごいよー! シロのお肉でぽっかぽかだよー!」


豊音「こんな手の温め方初めて! ちょー気持ちいいよー!」

白望「気に入った……?」

豊音「うん! びっくりだよー! 麓の人は冷えた手をおもちで温めるのが普通だなんて! 街にはまだまだ知らないことがたくさんだよー」

白望「まぁ……これからひとつひとつ勉強だね……」

豊音「……! 勉強……! そうだね、おかげで私、ひとつ賢くなったよー……! 麓ではおもちで手を温めるのが当たり前! 一個勉強!」

白望「よかったね……」


豊音「うん……うん! よかったよー……私、村から出てきて、シロみたいな親切な人と知り合えてー……感謝感謝だよー……」

白望「豊音……」


豊音「シロがいなかったら私、新しいお友達の手を温めてあげるとき、手でさすって大恥かくところだったよー……」

白望「……大丈夫、村と違うところは、全部私たちが教えてあげる。それに……」


白望「冷えた手は、私がおもちで温めてあげる……」


豊音「シロ……!」


白望「あ……」

豊音「?」




白望「私も手が冷たくなってきたなー……」

豊音「! はいはい! それじゃあ私のおもちであっためてあげる!」

白望「おや、いいの……?」

豊音「もちろん! お返しだよ~。待っててね、今脱ぐからー」

白望「全部は脱がなくていいんだよ……上着だけ脱いで、ボタンを外して……」

豊音「わかったー……はい、準備できた! シロどうぞー」

白望「それじゃ、失礼して……」


白望「おお……」


豊音「シロ、私のおもち、あったかい?」

白望「うん……あったかい。やわこい」

豊音「よかった~」

白望「ほああ……」

豊音「えへへ……シロ気持ちよさそうでよかったよー。ねぇ、シロところでさー、気になったんだけどー……」

白望「ん……なに」

豊音「私やシロはおもちが大きいからいいけどー、おもちが小さい子もいるよねー? そういう子はどうやって手を温めるのー?」

白望「あー……そこ気づいちゃったかー、豊音……」

豊音「んふふ、気づいたよー? もう数分前の私じゃないんだからー」

白望「さすが。さすが豊音。先生の秘蔵っこなだけある……そう、そうだね、重大な問題だもんね……」

豊音「だよねー? それでどうするのー? 胡桃やエイスリンさんはどうやって手をあっためるのー?」


白望「……胡桃やエイスリンはね、お尻だよ……」

豊音「……!」

白望「おもちじゃなければ、お尻……これ麓の常識……」

豊音「な、なんだってー」

白望「おもちの小さい子はね、大体その子のお母さんやお姉さんも小さい。そういう家系なんだね……だから、おもちの小さい家の子は、子供の頃からお尻で手を温めてもらって育つ」

豊音「なるほど~」

白望「そして、おもちに恵まれた子は、それを小さい子たちにも分け与えるの。そして小さいこたちは、おもちで温めるのが常識で育った子たちに、お尻の素晴らしさを教える……それが麓の慣わし……」

豊音「おお……! ちょっとした異文化交流ってわけだね……!?」

白望「そう。おもち派とお尻派の異文化交流だね……」

豊音「なんてこったー。私そんなの全然知らなかったー……」

白望「……気にすることない。村には同年代の子はいなかったんでしょ? ならしょうがないよ。こういうのって基本的に、近い年代の子同士でヤることだしね……」

豊音「そっかー……」

白望「……豊音はこれから、私のおもちにどんどん手を突っ込むといいよ……そして胡桃やエイスリンのお尻をがんがん直で鷲づかみにするといい……」

豊音「シロー……そうだねー……私にはもう、同い年の友達いっぱいいるんだもんね……」

白望「そういうこと……」


豊音「えへへ……」

白望「ふふ……」



豊音「あ」

白望「ん? どうしたの……?」


豊音「塞はー? 塞はどっちー? おもちー? お尻ー?」

白望「ああ……塞はね……」


白望「お団子……」

豊音「!?」


豊音「お団子って……あの頭のー……?」

白望「そう」

豊音「お団子でどうやって温めるのー……?」

白望「ああ、違うんだ……えっとね、塞は、お団子を触ってあげると体温が上昇するんだ……お団子であっためてもらうんじゃなくて、お団子を触って塞をあっためてあげるの……」

豊音「ええー、塞、お団子を触るとあったまるのー!? なにそれすごいよー!」

白望「いっかいやってみ? お団子撫でると塞、真っ赤になるから……」

豊音「真っ赤に……それ、照れてるんじゃなくて……?」

白望「……どうだろう。でも、お団子を撫でくり回すと、ちょっとやめてよって言ったあと、はー熱い熱いって言うよ……?」

豊音「ああー……それ、照れてるねー、頭撫でられてー……」


白望「……言われてみれば、そうかもしれない……小学生の頃からずっと、『あ、塞寒そうだな』って思ったら頭を撫でてきたけど……」

豊音「そんなに昔からー……」

白望「うん……ここへきてまさかの新事実……塞が照れてただけだなんて……さすが豊音。そこに気づくなんて。先生の秘蔵っこなだけある……」

豊音「そこは普通気づくよー」

白望「胡桃も言ってくれればよかったのに……胡桃なら気づいてただろうに……」

豊音「きっと胡桃はさー、いちゃついてるだけだと思ってたんだよー、シロと塞がー」

白望「いちゃつくって……私はただ、塞をあっためてあげようと……あ、そいういえば、エイスリンにさ……」

豊音「エイスリンさんに……?」

白望「エイスリンは外人さんじゃない……? だから私たちとは手の温め方も違うんじゃないかと思って、とりあえず頭を撫でたことがある……あのときエイスリン、ボードで顔を半分隠して、でれっでれだった……あれは照れてたな、確実に……」

豊音「でしょー? 塞もそうなんだよー」

白望「そっか、てっきり塞は、お団子を撫でると体温が上昇する特異体質だとばかり……そうだったのか……」

豊音「まぁ、あったかくはなってそうだけどー」


白望「じゃあ、これからも撫でていい感じかな……?」

豊音「いい感じだけどー……それじゃ、私も撫でて欲しいなー……なんて」

白望「? お安い御用……しゃがんで、豊音」

豊音「今撫でてくれるのー?」

白望「善は急げ……」

豊音「急展開だよー。それじゃ、シロの手をおもちから抜いてっと……はいお願い。ナデナデシテー」


白望「よーしよし良い子だね~、よーしよしよし」

豊音「ヘッヘッヘッ! ワンワン! って!」


豊音「なんか違うよー!」

白望「? なにが……?」

豊音「思ってたのと違うよー! なんでこんなわしわし撫でるのー!? もっと優しいやつ想像してたのにー!」

白望「いやぁ……塞のお団子は崩れるといけないから、もっと優しくやるんだけどね……豊音が相手だと愛犬家スタイルが適切に思えて……」

豊音「失礼だよー! もおお、髪の毛ぐちゃぐちゃだよぉぉ」

白望「ごめんごめん……直したげるから、もっかいしゃがんで……」

豊音「今度はちゃんとやってねー……?」

白望「うん、わかってる。ちゃんとやる……この……」



白望「犬用ブラシで……ちゃんと毛づくろいしてあげる……」

豊音「なんでそんなの持ってるのー!?」


白望「……ご不満?」

豊音「不満だよー! なんで学校にそんなの持ってきてるのー!」

白望「たまたま……」

豊音「どんなたまたまなのー! もぉー」

白望「じゃあ、手でやるから……しゃがんで……」

豊音「最初からそれでいいのにー……はい、お願い」


白望「……」

豊音「……シロー? なんでお顔触るのー……?」

白望「……きれい」

豊音「へ?」

白望「豊音、肌きれい……すべすべ……」

豊音「え、あ、ありがとう……えっと、シロ……? 髪直してくれるんじゃ……? 頭撫でてくれるんじゃ……?」

白望「……」

豊音「し、シロー? 顔が近いよー、なんでそんなに近づくのー……?」

白望「いや、きれいな豊音を、近くで見たくて……」

豊音「そ、それにしたって近すぎるよー……なんか恥ずかしいよー……」

白望「うん……それじゃ、髪直すね……」

豊音「こっ、このままー? この距離でー?」

白望「いけない……? 塞やエイスリンにやったときはこんな感じだったんだけど……」

豊音「こりゃ塞やエイスリンさんも照れるはずだよー……まぁいいや。じゃあお願ーい」

白望「うん……」




白望「きれい、ほんときれい……」

豊音「……」

白望「髪の毛つやさら……お肌すべすべ……」

豊音「……」

白望「瞳もきれい……いかす……」

豊音「……」

白望「それになんか……」

豊音「……」


白望「豊音、良い匂いがする……」

豊音「……っ! もっ、もういいよシロー!」


白望「え、これからがいいとこなのに……」

豊音「こんなの恥ずかしくて耐えられないよー……はー、もう、体あっついよー……」

白望「豊音も撫でるとあったまるんだね……めもめも」

豊音「メモらなくていいよー。だからこれだよー、恥ずかしくて顔とか首の辺りとか熱くなっちゃうやつだよー」


白望「……? 熱くなっちゃうやつって言われても……私にはなんのことだか……」

豊音「?? シロだって、恥ずかしくて顔とか赤くなったりすることあるでしょ?」

白望「? いやぁ……? 覚えが……ない……と、思うんだけど……」

豊音「シロ、もしかして今までの人生で赤面したことがない……?」

白望「それはさすがにあるけど……少なくとも塞や今の豊音みたく、熱いとまで感じたことはない……はず」

豊音「し、信じられない……そっか、自分じゃわからないから、相手が恥ずかしくて熱くなってるって気づかなかったんだね……」

白望「恥ずかしいと熱くなるメカニズム?」

豊音「メカニズムだよー」

白望「そっかー……塞、うなじにキスされて恥ずかしかったのか……」

豊音「そうそう恥ずかしかったんだよー、恥ずかしくて熱くなってたんだよー……ってちょっと待って」

白望「なに?」

豊音「う、うううううなじにキス!? なにやってるのシロー!」


白望「……? なにって……スキンシップだけど……よくやるよ、塞に」

豊音「やりすぎだよー! 度を越してるよー!」

白望「……? ああ、豊音、これはあれだよ、言いづらいんだけど……」

豊音「?」

白望「麓ではね、うなじの綺麗な子には、挨拶代わりにキスするのが普通……」

豊音「!?」

白望「だから豊音にも、髪を撫でがてらキスしようとしてたんだけど……」

豊音「……! そうだったのー……!? これからがいいとこってそういうことだったのー……!?」

白望「そういうこと……」

豊音「なんてこったー……た、たしかに……塞のうなじは綺麗だけど……」

白望「あと、私が胡桃に充電してあげるのもね……」

豊音「ま、まさかあれも……!?」

白望「そう……麓の常識……小さい子は体力がないからね……充電してあげるのが普通……」

豊音「あれたとえじゃなかったんだ……ほんとに充電してたんだ……」

白望「うん。胡桃的に、私は体格がちょうどいいらしいんだ……それでいつも、私が胡桃に充電してる……」


豊音「で、でもどうやって……? 充電っていったって、いったい何をどうやって……?」

白望「胡桃は一見、私の膝の間に座ってるだけに見えるかもしれないけれど、実はあれ、コネクトしてる」

豊音「コネクト……!?」

白望「そうコネクト」

豊音「コネクトって……ど、どこが……!? どうやって!」

白望「それは乙女の秘密……交わしたや・くそく忘れ、ないよー、め・を閉じ、たしかめるー……って感じ」

豊音「わけがわからないよー……!」

白望「ごめんね。こればかりは、充電する者とされる者の秘密だから、いくら豊音でも詳しくは話せない……」

豊音「そうなんだ……」

白望「ただ……」

豊音「ただー?」

白望「私と豊音が充電する関係になれば……豊音にもコネクトのなんたるかがわかると思う……」

豊音「!」


白望「私と胡桃の身長差は三十六センチ……そして私と豊音の身長差は三十一センチ……体格的に丁度いいと思うんだよね……」

豊音「ほ、ほんとだー」

白望「ね? だから、私を充電してみない……?」

豊音「するする! シロに充電するー!」

白望「それじゃ、豊音、足開いて」

豊音「はーい。どうぞー」

白望「それじゃ、いくよ……よっこらせ」


豊音「こっ、これはー……!」

白望「どう……? これがつまり、コネクトするってこと……」


豊音「たしかにこれ……押し寄せー・た闇、振りはーらってー、すーすむよー……って感じだよー……!」

白望「でしょ……?」

豊音「シロに色々持ってかれてる感じだよー……! でも全然嫌じゃない……むしろあったっかくて気持ちがいいよー……!」

白望「私も豊音を感じるよ……豊音のあれやこれが流れ込んでくる……」

豊音「私のあれやこれがシロに流れ込んでいくよー……」


白望「いいもんでしょ、ちょっとだるいけど……」

豊音「いいもんだねー……充電って。胡桃とシロがよくやっているわけがわかったよー……」

白望「ふふ。これからは豊音が私の充電器だね……」

豊音「うん、今日から私、シロ専用の充電器だよー……」


豊音「はー……」

白望「?」


豊音「なんか私、ちょっとへこんできたよー」

白望「へこむ……? なんで?」   


豊音「だって、私この歳になって、同い年のみんなが当たり前に知ってること、全然知らないんだもん……」



白望「それは……仕方のないことだよ……だって豊音は……」

豊音「うん。わかってる。でもー……」

白望「言ったでしょ……? 豊音の知らないことは、なんだって教えてあげるって」

豊音「シロー……」

白望「……うん。よし、わかった」

豊音「?」


白望「それなら特別に、とっておきの麓の文化を教えてあげる……」


豊音「とっておきー……?」

白望「うん、とっておき……ちょっと特殊な手の温め方なんだけどね……これは、私も話に聞いただけで、まだやったことがない。私もまだ知らないことなんだ……」

豊音「シロもまだ知らないことー……?」

白望「そう……発祥は奈良のとある女子高らしい。熊倉先生が社会人時代の教え子から聞いたやり方らしいんだけど……なんでも、ある仲の良い友達同士の間で、互いを想い合い、誤解しあって奇跡的に生まれた、まったく新しい手の温め方なんだそうだよ……私もこれは初めてなんだけど、豊音、一緒にヤってみない……?」

豊音「……! う、うん! やる、一緒にやる!」

白望「うん、ヤろう」


豊音「それで、私どうすればいいの? なんでも言ってよー」

白望「うん……それじゃあ、豊音……まずは……」


白望「スカートを脱いで――」


豊音「」


白望「タイツも下着も脱いで――」


豊音「」


白望「お尻をこっちにむけて……」


豊音「し、シロー……それってー……」


白望「大丈夫、手を温めるだけだから……」


豊音「……………………………わかったー」


白望「優しくしてあげる……」

豊音「…………うん」



白望「それじゃ、いくよ――」

豊音「シロ……っ! アッーーーー」


  カン!

以上で終了です
ありがとうございました

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