不二咲「……愛って別に、恋愛だけじゃないと思うよ」 (16)


・とある場所で『口移しの愛』というお題をもらったので書きます。

・不二咲千尋と十神白夜の特殊な関係の話。
・ホモじゃない。

 

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「あのねぇ……これは僕の、個人的な意見、なんだけどぉ」


「なんだ?」

それは静かで、穏やかな声だった。



【口移しの愛】



図書室の時は刻々と確実に過ぎていく。広くて人の少ないここで、ぽそぽそと時折、言葉を紡ぐのだ。


「何を読んでるの?」

「哲学書だ。……が、くだらん内容だな」

「ふふ」


言葉とは裏腹に、楽しそうだと感じる。眉間に皺をよせてはいるが、それは彼の癖だろう。

出会った当初は彼のことを、恐ろしく感じていた。誰に対しても己を貫き、無駄なことは切り捨てる。その凛とした生き様が、怖かった。
だけど今は違う。
 


「お前は、……あぁ、」


背表紙を見せただけで理解したようだ。目が細まり、口角が微妙に下がる。
分かってしまったことが、気に入らないらしい。なんて微笑ましいのだろう。


「うん、腐川さんの本だよ」

「……」

「凄いんだぁ。物語に引き込まれるっていうのかなぁ?」

「……………」


無視を決め込んでいる。こういうところは、可愛いらしい。少し前なら、また怯えていただろう。

いつの間にか、この時間が日常と化している。

ただ広い部屋で本を読むだけの、時折何の意味もない言葉を交わすだけの、この刻々と過ぎるだけの時間が。
 


十神くんのことが怖かったのは、僕が世界に甘やかされていたからだ。


十神くんは、僕が弱いからといって優しくしない。
僕が弱いからといって特別扱いをしない。
僕が弱いからといって、その凛とした生き様を変えたりしない。

体が弱いからと優遇され。華奢だからと優遇され。気が弱いからと優遇され。一生懸命だからと優遇され。


そうやって、甘やかされることに慣れてしまった僕は、『強くなりたい』なんて言葉に出すことすら、優しくされることが目的だったのかもしれない。


『くだらん。俺を巻き込むな』


そうやって一刀両断する十神くんが怖かったのは、僕が弱さを利用する、ズルくて最低な人間だったからだ。

十神くんの言葉に涙が出てしまうのは、僕の甘えを脅かす十神くんから、みんなに守ってもらうためだ。



僕は――――――。
 


「何を考えている?」

「あ、ううん」

「フン、どうせまた、くだらないことだろ」

「……」


そんな十神くんと、こんな穏やかな時間を過ごせるようになったきっかけは何だっただろうか。
この時間を何よりも心地よく感じると同時に、その頃の薄暗い自分が罪悪感に苛まれている。時折、その感覚に支配されるのだ。


「お前の考えることの大半は、俺にとってはくだらないことだ」

「うん。多分、そうだよね」

「……」


十神くんは、曰く『くだらないこと』は切り捨てる。だけど、冷たいだけの人じゃない。
僕がちゃんと言葉を紡げば、その分だけ返してくれる人だ。話に耳を傾けて、認められる人だ。


十神くんは、僕に強さを認めることを教えてくれた。怯えなくても、守ってもらわなくても、世界で生きていけることを教えてくれた。
この穏やかで、特別で、特殊な時間を教えてくれた。
 


――――――
――――
――


即死。だったのだけど、その一瞬は長かった。
走馬灯として、駆け巡る日々が、僕達の過去を映している。


僕はまた、同じ過ちを犯したのだ。
弱さを利用して、そんなズルさをまた弱さで隠して。

強さを認めなければ、弱いままだと、十神くんに教わったのに、そんな大事なことを忘れていたなんて。


いつか十神くんも、あの時間を思い出すのだろうか。悲しむのだろうか。

それが嫌だった。僕の死に、十神くんが囚われてしまうことを、なんとなく想像できてしまうことが嫌で仕方がなかった。
十神くんなら先に進む。けれど、そこにずっと僕の亡霊が佇んでいるような気がした。


それならいっそ、思い出さないでいてほしい。


ごめんね。

ごめんね、ごめんね大和田くん。



ごめんね、十神くん。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


――
――――
――――――


特別な時間だった……気がする。
静かに本を読み、時折言葉を交わす。
あいつの理路整然とした純白な考えは、嫌いじゃなかった。だから時々、何のこともないような議論を交わしていた。



「またそれか」

「うん、腐川さんの本」


にっこりと嫌味のない笑みだ。ここ最近、こいつは腐川の本を読み漁っているようで、なんとなく気に入らない。


「……それの何が楽しい」

「腐川さんの本、僕はすごく好きだよぉ。読んでみたら?」

「くだらん」
 



「読んだことないのに、評価なんてできないよね?」


痛いところを突く。確かにその通りだった。しかし、どうにも興味が持てない。
腐川のいう『純愛』という概念に、煙たさしか感じられなかった。


「腐川さんの本には、愛が詰まってるって思うんだぁ」

「馬鹿馬鹿しいな。色恋話の何が楽しい」


「あのねぇ……これは僕の、個人的な意見、なんだけどぉ」

「なんだ?」


不二咲は穏やかに笑っていた。


「……愛って別に、恋愛だけじゃないと思うよ」


はぁ、と息を吐いて会話を終わらせる。しかし不二咲は依然として笑みを絶やさない。
そこに、嫌悪感を抱くことは終ぞとしてなかった。
 











不二咲達が眠る、この墓地は、あの空間とよく似て、穏やかだ。ここでは何もせずとも、刻々と時が過ぎていく。


『十神くんといるとね、落ち着くんだぁ』


その言葉に、誰にも分からないくらいの微笑を返したような気がする。
心の中で、同じだと、思ったような気がする。
あの時間が、掛け替えのないもので、特別で、特殊だったような気がする。



『……愛って別に、恋愛だけじゃないと思うよ』


だとしたら、これは何だ。この気持ちに『愛』以外の名前をつけてくれ。



「お前にこんなこと、教わらなければよかったな」


あの頃のように、ぽそぽそと言葉を紡いでも、返す者はいなかった。
世界中のどこを探しても、あの図書室はどこにもない。あの時間は二度とやってこない。

不二咲千尋は、もう永遠に現れないのだと、ただ思い知るだけなのだ。



「悪かった」

伝わることなどあり得ないと、知っていながらも、






END
 

【痛々しい後書き的な】

大和田くんと不二咲くんは、似ていないようでとても似ているのだと思います。弱さを認められない彼と、強さを認められない彼は、お互いに羨望し合いました。よく似ています。
大和田くんと十神くんは常に相容れないようで、正反対でした。ということは、不二咲くんと十神くんも正反対ということなのだと思います。そして、彼らはお互いに大人であり、認め合うこともできる人間なので、高め合うこともきっとできるのだと。

友情でもなく、恋愛感情でもないけれど、特別で強い感情というものを『愛』以外の言葉で表現することは、難しいようです。敬愛だとか、親愛だとか。

苗木くんは全てを引きずる人です。十神くんはきっと、切り捨てる人だと感じます。しかし、彼の失われた二年間が特別なものであると仮定したとき、その唯一無二の時間は彼に大事なものを多く与えたはずです。それを切り捨てることが、貪欲な彼にできるとは思えないのです。
どうあろうとも、十神くんは前に進むのだと思われます。けれど、磔にした不二咲くんに囚われ、心を痛め続ける彼がどこかに存在しているような気がしてならないのです。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年03月26日 (土) 18:24:48   ID: MMCNS5dz

(泣)

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