少女「マッチはいりませんか、マッチはいりませんか……」
老紳士「君……マッチを売っているのか?」
少女「そうですが……ご入用ですか? 全く売れないから沢山余っていますよ」
老紳士「……いや、少し話をしていかないか」
少女「私と……ですか?」
老紳士「ああ、君とだ。それより雪が降ってきた。その格好じゃ寒いだろう」
少女「は……? はい……」
老紳士「少し待っていてほしい」
老紳士「そら、君のコートだ。サイズは少し大きかったかな」
少女「私のために買ってくださったのですか? いけません……こんな高価なもの受け取れませんよ!」
老紳士「いいんだ、いいんだ。話に付き合ってもらう事へのお礼だとでも思ってくれたらいい」
少女「……それで、話というのは?」
老紳士「下らないことかもしれないがね……君はなんでこんなところでマッチを売っているのだね?……そんな篭にいっぱいのマッチを持って」
少女「………」
少女「……私の家はマッチを製造する仕事をしていました。でも、父も、母も、兄も、病気で皆死んでしまって私一人になってしまいました。残された家と小さな工場も取り上げられ、私は残っていたマッチの在庫と共に放り出された。……ありふれた話でしょう?」
老紳士「……最近は不況だからね、戦争に次ぐ戦争で孤児……君のような子は増えるばかりだ……」
少女「……」
老紳士「辛い話をさせてしまってごめんね、お詫びだ、マッチを一箱買おう」
少女「どうぞ」
老紳士「いくらだい」
少女「お代は…… その前に、私からも少しお聞きしてもいいですか?」
老紳士「なんだい?」
少女「あなたはなぜ私に声をかけたのですか…? マッチが欲しかったわけじゃないんでしょう」
老紳士「……そうだね、少し話をしよう。そうだ、少し寒くなってきたから君から買ったこのマッチで暖をとりながら……」シュッ ポッ
老紳士「……やっぱりマッチは明るいな、そして簡単に火がつく」
少女「………」
老紳士「君はマッチになんで火がつくのか知っているかね」
少女「頭薬……軸についた頭の部分に燐が含まれているからです」
老紳士「よく知っているね、家がマッチ工場だっただけあって」
少女「死んだ兄が教えてくれました……兄は沢山本を読んだりして物知りで……よく私に色々なことを教えてくれた」
老紳士「………その燐を発明したのは、私なんだ」
少女「えっ……?」
老紳士「正しくは発見と言った方がいいかな……でも、私は今は後悔している……」
少女「なぜ……?」
老紳士「……燐に強い毒性があることは私も知っていた。でも、マッチに燐が応用されたとき……その製造に関わる人が健康を害する事までは考えが及ばなかったんだ……」
少女「………」
老紳士「君の家族を殺したのは、燐だった……そして、それを見つけてしまった私だったんだ……」
少女「……マッチ、消えてしまいましたね、また、新しいのを着けましょう」シュッ ポッ
老紳士「…………」
少女「……小さな火だけど、暖かい」
老紳士「…………」
老紳士「君は私を恨むかね………?」
少女「…………恨みませんよ」
老紳士「……なぜ……なぜ」
老紳士「私は……君の家族を……間接的にも奪ったのに……」
少女「………だって、あなた、泣いているもの」
老紳士「………え……?」
少女「恨もうにも……恨めないじゃないですか。あなたは、暖かい人です」
少女「私が家族を喪ったとき、まだ親族は沢山いました。それでも、誰一人として私を助けてくれる人はなく、ただ家と工場を取り上げていった」
少女「あなたは、そんな私をマッチを売っているというだけで気に留め、コートを買い与え、話をしてマッチを買ってくれた」
少女「あなたが私の家族を奪った人だとしても、たとえその行為が償いのためだったとしても、私は……あなたを憎む事がどうしてもできませんよ。あなたは、優しすぎる」
老紳士「……………」
老紳士「ありっ……がとう……本当にっ……」ボロボロ
少女「……マッチ、もうあと二本だけだ…」
老紳士「君……これから行く宛はあるのかね…?」
少女「いえ……手持ちのお金ではどこにも泊まれませんし、野宿をしても凍え死んでしまいますね、この雪では」
老紳士「なら、私と旅に出ないか?」
少女「旅……ですか?」
老紳士「ああ、私の研究所は隣国にあるんだ。暫くはこの街で暮らしていたが、もう出ないといけなさそうだからね」
少女「なぜです?」
老紳士「もうすぐ、この国は戦争を始める」
少女「戦争……」
老紳士「その前に、敵国が国境に一番近いこの街に攻めてくるんだ」
少女「え……? 兄さんが昔いってたけど、この街は山脈で国境が隔てられていて、そう簡単に攻められることは無いんじゃないんですか…?」
老紳士「山の方を見ていればわかるさ……ほら!もう来なすった……」
少女「あれは……黒い大きな鳥? たくさん空を飛んでくる」
老紳士「あれは飛行機といって、人を乗せて空を飛ぶことができる機械なんだ」
少女「じゃあ、あれで山を越えて攻めてくるってことですか…?」
老紳士「その通り……そしてそれだけじゃない……」
少女「?」
老紳士「ともかくも急ごう。街を出るんだ」
[老紳士の家]
少女「これは……馬車?」
老紳士「いや、これは自動車といって、燃料を燃やして人を乗せて走ることができる物なんだが…エンジンの着火装置が壊れているみたいで火がつかん」カチッカチッ
少女「じゃあこれ、使えますか?」
老紳士「これは……」
少女「私のマッチですよ」
老紳士「ありがとう!やってみよう……よし!点火した!」バロロロロッ
老紳士「さあ早く乗り込むんだ!出発する!」
…………
老紳士「もう十分離れたかな」ブロロロロ
少女「街があんなに小さく見えます」
少女「そして、あの黒い鳥…飛行機がたくさん街に飛んできてる」
老紳士「そろそろ…はじまる…」
少女「………何がです?」
少女「飛行機が沢山何かを落として……街が、燃えてる!?」
老紳士「…………焼夷弾だ」
少女「焼夷弾………?」
老紳士「飛行機からばら蒔いて、落ちたところを発火させる………」
老紳士「主成分は………燐だ………」
少女「…………」
老紳士「…………」
少女「…………」
少女「………寒くなってきました。最後の一本、つけますね」
老紳士「…………ああ」
少女「…………」シュッ ポッ
少女「……………この光は、沢山の人を殺したのに」
少女「なんで……なんで、こんなに暖かいんだろう………」
おわり
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