千早「スーパーナチュラル」(157)
765プロ事務所
春香「おはようございまーす………あれ?誰もいない?」
イエイエソンナ…
春香(あ、会議室のほうから声…千早ちゃんかな?)
ガチャ…
千早「はい…はい…いえ、お礼はいりません。こっちにも目的があったので。はい…では……また、何かあれば」
春香「?…千早ちゃん、電話?」
千早「あら、春香…おはよう。ちょっと仕事の話」
春香「あ、うん…おはよ」
千早「ふぁっ…ふぅ」
春香「ぷっ…おっきなあくびだね」
千早「もう、笑わないでよ…ちょっと寝不足なの」
春香「千早ちゃんが?珍しいね?」
千早「少し仮眠をとるわ…」
春香「膝枕してあげよっか」
千早「いらない」
春香「…そんなぁ」
―――――
p「は、春香!」バタン!
春香「きゃっ!?」
p「なんなんだよこれ!?」
春香「ご、ゴシップ記事ですか?」
p「いいから、読んでみろ!」
春香「えっとなになに…天海春香…?ホテルで彼氏とお泊りデートって…なんですかこれ!?」
p「こっちが聞きたいよ…お前一体なにを…!なにをしたかわかってんのか!?」
春香「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!私にもなにがなんだか…」
千早「」ムクッ
p「写真まであるんだ!」
春香「そ、そっくりさんかも…」
p「俺が見間違えると思ってるのか!?」
春香「でも、本当に…」
千早「落ち着いてください、プロデューサー。お気持ちはわかりますから」
p「なんでお前はそんなに冷静なんだよ!」
千早「この時間帯は私、春香と一緒でした」
春香「……あっ!」
千早「もう…忘れたの?」
春香「…あはは…そういえば…そうだったね」
p「………じゃあ、この写真は…加工?」
千早「ぷふっ…プロデューサー…」
p「千早…そんな目で俺を見るな…いや、見ないでくれ…」
千早「でも記者会見くらいは開きましょう。正式に否定したほうがいいです」
p「あ…あぁ…わかったよ」
千早「よしよし」
p「くっ…」
千早「………」
―――――
千早「ただいま帰りました」
春香「ただいまー…質問攻めだったよ…」
千早「そうね。でもみんなあんまり信じてなかったわ。人徳のなせる業ね」
春香「そ、そうかな………でもこれ…プロデューサーが慌てるのもわかるなぁ…」
千早「………」
春香「ほんとによくできてるよ…千早ちゃんはどう思う?」
千早「そうね…ドッペルゲンガーかもね」
春香「怖いよ!」
千早「ふふっ、会わないように気をつけなさい?じゃあ、私…今日はこれで」
小鳥「あら?レッスンの予定じゃなかったかしら?」
千早「急用ができましたから。キャンセルを入れておいてください」
小鳥「そう…でも貴音ちゃん楽しみにしてたわよ?」
千早「………あー…どうしよう」
春香(千早ちゃんがレッスン休もうとするなんて珍しい…)
千早「………うんっ、やっぱり今日は休みます。すみません…四条さんには後日謝ります」
小鳥「わかったわ」
千早「では…また明日」
小鳥「えぇ…」
バタン
春香「珍しいですね。千早ちゃんがレッスン行かないなんて」
小鳥「そうね…貴音ちゃん大丈夫かしら?」
春香「最近仲いいですよねー…あの二人」
小鳥「………そうね」
春香「あ、小鳥さんいまやらしいこと考えた」
小鳥「ぴよっ!?」
『ニュース速報です…昨夜、また一家が行方不明になっていたことが…』
小鳥「それにしても…最近は物騒ね…また一家が丸ごと行方不明になる事件か…」
春香「…今ので5件目ですよね」
小鳥「怖い世の中ね。春香ちゃんも気を付けてね」
春香「はい…」
――――
ガタンゴトン…
春香「ふー…今日もつかれた…」
プシュー
春香「ん、着いたか…」
千早「………春香」
春香「って、えぇ!?」
千早「詳しい話は後よ。ついてきて」
―――――
春香宅前
春香「ここ…私の家だけど…?」
千早「この車の中に」
春香「あ、うん」
―――――
車内
千早「これ、春香の家の入り口に仕掛けておいたカメラの映像…一時間ほど前のね」
春香「えっ…監視カメラ?」
千早「いいから見てみて」
―――――
『ただいまー!』
春香母『あら、お帰りなさい春香。今日はいつもより早いのね』
春香『うんっ!』
―――――
春香「………えっ?えーっと…私?えっ?一時間前?」
千早「落ち着いて聞いてね、春香。いま、あなたの家には春香が帰ってきてるの」
春香「???」
千早「少なくともご両親はそう思ってるわ…そして…はやく何とかしないとご両親もあなたも死ぬわ」
春香「ち、千早ちゃん?何の話を…」
千早「これは怪物の仕業よ」
春香「か、怪物って…」
千早「信じられないかしら?…じゃあ、これ」
春香「双眼鏡?」
千早「あなたの部屋をのぞいてみて」
春香「……!ほ、ほんとに…私!?」
千早「怪物かどうかはともかく…状況はわかったかしら?」
春香「う、うん…ね、ねぇ…どんな怪物なの?」
千早「初めはドッペルゲンガーかと疑っていたわ…でも」
ピッ
春香「?この映像が…どうかしたの?」
千早「ここ…ほら、目が白く光ってる」
春香「光の当たり具合とか…?」
千早「………この照明の位置でこんな反射の仕方はしないわよ」
春香「えっと…」
千早「怪物や幽霊はふとした拍子にカメラなどに霊魂を映すことがあるわ」
千早「この怪物の場合はビデオカメラなんかに映った時に一瞬白く光る『目』がサインなの」
千早「突然変異した人間の生霊…シェイプシフターと呼ばれているわ」
春香「シェイプシフター?」
千早「生まれつき他人になり代われる体質の人間がひたすらに虐げられて…その怨念で生霊となった…と、言われてる」
春香「他人に…なり代る?どうやって?」
千早「………知らないほうがいいわね」
春香「………千早ちゃんって一体…」
千早「春香、ここでシフターの動きを見ててくれないかしら?」
春香「えっ…えぇっ…!?」
千早「近くにマンホールは?」
春香「えっと…そこの曲がり角に…」
千早「一時間して戻らなかったら逃げなさい…で、ここに連絡を。助けてくれるわ」
春香「………う、うん」
千早「よしっと」ガチャキン
春香「じゅ、銃!?本物!?」
千早「シフターの弱点は心臓よ。そこに銀の弾丸を当てるか銀のナイフを刺すの…逆にそれ以外では殺せないのだけれど」
春香「そ、そうなんだ」
千早「じゃ」
ガチャ…バタン
春香「千早ちゃんって…一体何者?」
―――――
下水道
千早「………やっぱりここを巣にしてたのね」
ネチャ…
千早(ゲル状の組織…血液と髪が混じってるわね…脱皮後のシフターの痕跡で間違いなさそう…)
千早「…この脱皮の数…予想通り…集団行動してるわね」
千早「………マズい、わね」
千早「はやく何とかしないと…」
ガンッ
千早「っ…!?」
バタ…
千早(しまった…!もう…うし…ろに…)
「………」
千早「………」
「気絶したか…」
千早(今!)
千早「………」スッ
「な!?」
ザクッ
「!?くっ…」
千早「…ダメじゃない、獲物を狩るときは油断しないことよ」
「く…そ…!」
ドサッ
千早「ふぅっ…危なかった…ナイフも持ってて正解ね…ここは危険だわ…」
ズキッ
千早「つっ…しかもこの様だし…早く戻ろう…」
千早「………あら?車の鍵が…」
―――――
春香「千早ちゃん…まだかな…」
千早 コンコン
春香「あっ!千早ちゃん!」
ガチャ…バタン
千早「急いでここから離れましょう。奴らは最低3匹以上いるわ」
春香「で、でもこっちには銃もあるし…」
千早「ダメよ。身体能力もあっちが上。一人じゃどうしようもないわ。後日対策を練って戻らないと…」
春香「えっ、でもお父さんやお母さんが…」
千早「大丈夫。すぐには殺されないはずよ…経験上そうだったわ」
春香「千早ちゃんがそういうなら…」
千早「じゃあ…出るわね」
春香「あれ?てか千早ちゃんまだ16じゃ…」
千早「運転に必要なのは免許よりテクニックよ」
ブーン
―――――
ブーン…
千早「………!?ええっ!?わ、私の車!?」
千早「やられた…!やられたぁ…!」orz
―――――
キキッ…
春香「………ここは?」
千早「………」スチャ…
春香「えっと…千早ちゃん?銃を突き付けていったい何を…」
千早「私は千早…だけど千早じゃないわ」
春香「………!!ま、まさか…」
千早シフター「そうよ?化け物よ、ば・け・も・の」
春香「………っ!!」
千早シフター「ふふっ…信じられないかしら?それともこいつの頭がおかしくなったとか疑ってる?」
ガッ
春香「うっ………はな…して…!」
春香(息が…くるし…)
千早シフター「ほら…見せてあげるわ…」
ズリュ…ニチャ…
春香「な………うっ………」
春香(ひ、皮膚がめくれて…)
グチャ…
春香「おっ……おえっ………」
春香シフター「ほらね?化け物でしょ!?醜いでしょ!?だから………私はお前を殺して…お前になる!」
春香「な…なんで…?」
春香シフター「わからないの?うらやましいからよ…!」
春香「………!」
春香シフター「あなたたちはかわいくて、綺麗で!友達も、親もなんでも持ってて…!それなのに!私たちは親に捨てられて、迫害されて…!挙句殺される!アンタの友達のお仲間にね!なにが違うっていうのよ!」
『私たちは人を殺さないわ』
春香シフター「っ!?」
パンッ パリンッ
千早「………くっ…車の窓が…」
春香シフター「なん…で…」
千早「降りなさい」
ズルッ…ドサッ
春香シフター「なんでここが…っ………はっ……はっ……」
千早「………教える必要はないわ」
春香「ま、待って!千早ちゃん!」
千早「春香はそっち向いてて」
スチャ
千早「…さ、顔をつぶすわよ。言い残したことは?」
春香シフター「くたばれ…アバズレが…!」
千早「そ」
ダァンッ
グシャッ
―――――
千早「………春香。ごめんなさい…やっぱりあなたを一人にすべきじゃなかったわね」
春香「………んで」
千早「えっ…?」
春香「なんで、なんで殺したの!?」
千早「………」
春香「あの子たち、すっごくすっごくかわいそうな子たちだった!それなのに…うっ…うぅ…」
千早「………かわいそうなら、他人を傷つけても構わないの?」
春香「………それ、は…」
千早「…ここ最近起きた合わせて5件の一家連続行方不明事件…犯人はシェイプシフターよ…しかも、全員殺してる」
春香「!!」
千早「殺した後、しばらく家族に成り代わって暮していたのね…だから発覚が遅れたの。…そして最初の4件は4人家族ばかり狙われて、今は3人家族が狙われてる」
春香「どうして途中で…」
千早「私が昨日一匹を仕留めたからよ」
春香「じゃあ、今朝の電話って…」
千早「ええ、昨日助けた家族からよ…それでやり口が分かったの。奴らは初めに家族の一員に成りすまして一人ずつ殺しながら成り代わっていくのよ」
春香「………」
千早「………一匹仕留めて逃げられたのだけれど…春香のゴシップ記事が手掛かりになったわ」
春香「………だ、だからって…」
千早「だからって…と思うのは当然よ。それがあなただもの」
千早「それに…確かにこのやり方は恨みつらみというよりは…どちらかと言えば、普通に暮らしたいという願望に近いような気がするわ…でもね…」
千早「私は、許さない」
春香「あ………」
千早「さ、行きましょう…あっちも片をつけないと」
ポパピプペ
千早「………もしもし、春香?」
―――――
春香母「春香ー!お風呂に入りなさいよー?」
春香『うん!わかったー!』
ピンポーン
春香母「あら、お客さん?」
春香「たぶん千早ちゃんだよ!さっき泊まりにに来るって連絡あったから…」
春香母「あら、そうなの?」
春香「出てくるねー!」
ガチャッ
春香「さぁ、上がって千早ちゃん」
ザクッ
春香シフター「………?なっ………」
千早「春香…いきなり抱きついてこないでよ」
春香「う、うん…ゴメンね!うれしくて…」
春香シフター「くそ…」
千早「でも、ごめんなさい…せっかく近くまで来たのだけれど、今日はこの後急に仕事が入っちゃって…でも、春香の顔を見て安心した。もう行くわね」
千早(さ、入って)
春香「う、うん…」
―――――
郊外
春香シフター「はっ………はっ………くそ………」
千早「春香になったのが運のつきだったわね。そのおかげでさっさと発見できたわけだけれど」
春香シフター「なんで…!この姿になれば…友達も…恋人だって…」
千早「あのゴシップ誌もあなたね…境遇には同情するわ…でも…あなたたちなら他人を殺さなくてもうまくやっていけると思うのだけれど」
春香シフター「……………何が分かる!」
千早「ま、実はよく分かるのよ………私だってあなたたち化け物が憎いからね?」
千早「弟を殺したアンタたちはね」
グシャ…
―――――
春香「………」
アオイートリー
春香「……あ、千早ちゃんから…」
ピッ
千早『ごめんなさいね、春香…巻き込んでしまって…』
春香「う、うん…別に…大丈夫だよ…」
千早『………じゃ、もう切るわね…無事か確認したかっただけだから…』
春香「うん…さよなら…」
ツー…ツー…ツー…
春香「はぁ…」
春香(千早ちゃんが…あんなことしてるなんて…でも…今日は…助けられた…んだよね?)
ボスン…
春香「疲れたなぁ…もう寝よ…」
ポタ…
春香(…雨漏り?)
ポタタ…
春香「んっ……………?えっ………あぁっ………!?」
春香「お母、さん?」
春香(なんでお母さんが天井に貼り付けに…なんでお母さんのお腹から血が…)
春香「あっ…あああっ…いやああああああああああああああああああ!!!」
―――――
千早「………心配になって家まできてしまった………」
千早「私…嫌われちゃったかしら…そうよね…どん引きよね…当然じゃない…私だって自分にどん引きよ…はぁ…なんで巻き込んじゃったかなぁ…」
千早「……?なんか明るい…?」
春香の家「ゴォォォ…」
千早「!!燃えてる!?春香!」
―――――
春香「お母さん!お母さん!!」
千早「あっ…春香!!早く外に!!」
春香「離して!!お母さんが…お母さんが!!!」
千早(この匂い…ガス漏れ!?マズイ!!)
千早「春香、ゴメン!」
ドスッ
春香「うっ…」ガクッ
千早「くっ…間に合って!」
ドゴン!!
―――――
春香「うっ…ううっ…お母さん…お母さん…」
千早「春香………」
春香「なんで…なんでお母さんが…」
千早「こんな時にいうのもなんなのだけれど…春香のお母さんを殺したのは…怪物よ」
春香「またなの!?じゃあ、千早ちゃんのせいだよ!千早ちゃんがあの子たち殺すから!」
千早「………おそらく、優…私の弟を殺した怪物と同じものよ」
春香「…えっ?」
千早「………ゆ、優も…天井に貼り付けになって…死んだの」
千早「私の家族は…そいつを追ってきた…正確には私の父親が、なんだけど…」
千早「母はそんな父が頭がおかしくなったと決めつけて出て行ってしまったわ」
春香「そう…なんだ…」
千早「そして今、私は父親を探しているの…数日前に怪物を追って行方不明になった…ね」
春香「………」
千早「最後の伝言メッセージには…行方不明事件を追ってるって…」
春香「それで今回の事件を…?」
千早「えぇ…でも、本当にごめんなさい。今思えば明らかに軽率だったわ」
春香「………わたしこそ、ごめんなさい…千早ちゃんのせい、なんかじゃないのに…」
千早「春香…」
春香「…あのね、千早ちゃん…私、知りたいよ…なんでお母さんが死ななきゃいけなかったのか…だ、だから…」
春香「だから…手伝わせて、千早ちゃんのやってること」
デッデデレレデーレーン
―――――
「dsやんねーの?」
「せっかくのキャンプにdsかい?遠慮しとくよ…僕はあっちのテントで本でも読んでる」
「んだよつまんねーな…んじゃお前とやるか」
「おうす…って待って…その前にトイレ」
「はー…またかお前…」
「悪い悪い…」
―――――
ジョロロ…
「ふう…」
ザッ…
「?なんだ?」
ザッ…
「おい…いたずらか?ったく…今戻るっての」
ザッ…
ザッ…
「やめろよマジ…こえーって」
ガシッ
「はっ…!?…う…うわ」
ザシュ
―――――
「…僕たちは今日も元気だから…予定通り5日後には戻るよ。じゃあね………送信っと…さて…そろそろ寝…」
あああああああああああああああああああああああああ!
「!?…あいつらの声?お、おい!どうかしたのか?」
ザッ…
「!?」
ザッ…
ザッ…
(動物か!?マズイ…電気を消さないと…)カチッ
ザッ…
ザッ…
(テントの周りをまわってる…)
………
「いなくなった…か?」
ザシュ…
「あ…うわああああああああああああああああああああああ!!!」
―――――
千早「………春香、もう朝よ」
春香「う…うぅん…」
千早「もう…でもしょうがないか…」
春香「お母さん…」
千早「………」
―――――
三週間前
春香「だから…手伝わせて、千早ちゃんのやってること」
千早「…!」
春香「お願い」
千早「いいけど…春香、仕事は…」
春香「そっちのけ…ってわけにはいかないけどね」
千早「…私はオフの日や…仕事の後の夜中を使って『狩り』を行っているわ…でも、慣れないうちは本当に心の休まる機会がないわよ…それに、あなたのお父様に心配をかけるわけには…」
春香「そんなの、千早ちゃんが心配することじゃないよ」
千早「………でも…いいえ、言っても無駄ね…」
春香「それで、なにか手がかりはあったの?」
千早「…父がこの近くで拠点にしていた場所があったわ…そこでこれを見つけた」
春香「手帳?うわ…ぶ厚いね」
千早「これには古今東西いろんな怪物のデータが載ってるわ…まぁ、一部間違いがあるけど」
春香「シェイプシフターのことも?」
千早「えぇ…そして、ページに挟まったこれを見つけた」
春香「………メモ?」
千早「ええ…一見すると何のことだかちょっとわかりづらいかもしれないけれど、これはおそらく座標ね」
春香「座標?」
千早「調べてみたのだけど…どうやらここにあるのは…山、みたいね」
春香「そこに…千早ちゃんのお父さんが?」
千早「わからないわ…けど何かがあるのは間違いない…手がかりがない今は行ってみるしかないわ…ちょうど今度一週間のオフもあるし…」
春香「危険…なの?」
千早「わからない…でも危険は承知よ。春香は」
春香「私も行くよ」
千早「………でも」
春香「危険ならなおさら、千早ちゃんをほっとけないよ!」
千早「………春香」
春香「連れて行って!」
千早「………わかったわ」
―――――
春香「んぅ…はっ………ちはやちゃん?」
千早「おはよう春香…もうすぐ目的地よ」
春香「………体痛い」
千早「最初はそんなものよ」
春香「………千早ちゃん、運転うまいんだね…ってか大丈夫なの?千早ちゃん…免許は…」
千早「ほら、免許証」
春香「わっ…えっ?どうやったの?」
千早「偽造よ…でもまだ使ったことないわ」
春香「ぎ、偽造…そ、そうなんだ…」
千早「………葬儀、大丈夫…だった?」
春香「………大丈夫じゃなかったかな…お父さんも大泣きして…大変だった」
千早「………」
春香「ごめんね…こっちの予定にわざわざ合わせて出発遅れちゃって…」
千早「いいわ、そんなことは…あ…ほら、あそこね」
―――――
森林管理局
春香「ここで何をするの?」
千早「この山について調べるの…何かがいて、それを父が追っていたのかも」
春香「なるほど…」
千早「あ、すいません、ちょっとよろしいですか?」
「…はい?」
千早「私たち、大学のレポートの調べものをしてるんです…よければ資料を見せてもらっても?」
「あぁ、構わないが…何の資料?」
春香「えっと…し、森林のリサイクルについて…」
千早(…森林のリサイクル?)
「………アンタら、資料集めに来たんじゃないな?」
千早「………」
春香(あわわわわわ…)
「こないだの女の子の友達だろ?言っておいてくれよ、お兄さんは心配ないって…まだ期限も来てないのに、下山してこないからって捜索はできないよ」
春香「あ、いえ…」
千早「はい…そうなんです。彼女、すっごく心配してて」
「家族思いはいいことなんだけどね…下山予定まであと3日もあるんだ」
千早「そうですね…そのお兄さんが手続きした証明書類とかあれば…渡してくれませんか?こっちからも彼女を説得しますから」
「あ、本当?助かるよ…」
―――――
千早「なんだか匂うわね…」
春香「そうなの?」
千早「まだ勘だけどね…とりあえずこの人のお宅へ向かいましょうか」
春香「それにしても千早ちゃん…演技うまいね」
千早「ふふっ…あなたがアレなのよ」
春香「アレって何!?」
千早「森林のリサイクルって…ぷっ…い、意味が分からないわ…」
春香「ちょっと…馬鹿にしないでよ…」
千早「ごめんなさい…ぷふっ…」
―――――
千早「ここね」
ピンポーン
『…はい?』
千早「私は森林管理局の如月という者です。行方不明になった方の妹さんですか?」
妹『そうですけど…そっちの方は?』
春香「あ、私は天海です!」
千早「お兄さんのことでいくつか伺いたいことが…」
妹『こんなことやってる暇があったら兄を探してくれませんか』
千早「こちらにも手順があるもので…もしご協力いただけないなら捜査は遅れることになりますが」
妹『………』
春香「………いっつもこんな感じなの?」ヒソ…
千早「ええ、大抵は」
妹「…入って」
千早「ありがとうございます」
春香「し、失礼します…」
妹「…あれ、アンタ達の車?」
千早「ええ」
妹「いい車ね」
千早「でしょう?」フフン
春香(いやいやいや…今のは明らかに疑われてたよね?私から見ても山向きの車じゃないもん)
―――――
千早「では、質問をさせていただきます…なぜ捜索を依頼したんですか?」
妹「………なんでって、帰ってこないからよ」
千早「しかしこの書類にもある通り、下山予定日は三日後となっています」
妹「…ビデオメッセージ」
千早「はい?」
妹「ビデオメッセージよ…兄は毎日送ってくれていたわ…それが二日前からぱったり途切れたの」
千早「………そんなに珍しいことでしょうか?友達と一緒に遊んでテンションが上がってつい忘れてただけかも」
「そんなことあり得ないよ!」
千早「…あら、あなたは?」
妹「弟よ…私たちは三人で暮らしているの」
千早「ご両親は…」
弟「ずっと昔に死んだ…それから三人で支えあってきたんだ。他はどうだか知らないけど、兄さんに限ってつい、なんて…あり得ない」
千早「………なるほど」
春香「わ、わかりました、こちらでも捜索をしておきます」
妹「なら、明日会うかもね?」
千早「…と…言いますと?」
妹「明日、私も捜索に出るわ…いつまでも待っていられないからね」
千早「…そう、ですか…見つかるといいですね」
妹「ええ」
千早「では、私達はこれで…っと…その前に、ビデオメッセージのデータをいただけますか?何か手がかりがあるかもしれないので」
妹「わかったわ」
―――――
図書館
千早「まずいことになったわね…急がないと…」
春香「と、いうか…よく森林管理局の者です、で通ったね…」
千早「それっぽい資料と肩書があって堂々としてれば大抵イケるわ」
春香「ダメだったら?」
千早「逃げる」
春香「ははは…で…えっと…ここでなにを?」
千早「過去に同じ場所で似たような事件が無いか調べてちょうだい」
春香「う、うん」
千早「私は映像の分析を」
春香「わかったよ」
―――――
一時間後
春香「千早ちゃん、失踪事件の新聞記事を見つけたよ」
千早「こっちも手がかりを…見て」
春香「………」
斉藤『…五日後には戻るよ』
千早「ここでスローにすると…」
春香「な、なんか…横切って行ったね…」
千早「ええ。とんでもないスピード…それに…シルエットからして獣の類の仕業ではないようだわ…怪物の仕業で確定ね…春香のほうは?」
春香「えっと…23年前と、46年前の事件。どっちもあの山で起きた事件だね…何人かのキャンプ客が行方不明になってる」
千早「周期的な犯行…ね…でもこれだけ長いのは…うーん」
春香「千早ちゃんが分からないんじゃ私にもわからないな…」
千早「まぁいいわ…で、他に何か手がかりは?」
春香「46年前の事件のほう…一人だけ生きて戻ってる…当時三歳の男の子」
千早「さすが春香ね。さっそく話を聞きに行きましょう」
―――――
「アンタらは?」
千早「記者の如月と言います…46年前の事件についてお話を伺いに来ました」
「はっ…誰も信じやしないよ…」
千早「信じます」
「………」
千早「私は信じますから」
「………俺の家族は…あの日、山小屋で寝てたんだ」
千早「山小屋…ですか」
「俺は暖炉の前で寝てたんだが、ふと夜中に目が覚めた…鍵の開く音でな」
春香「………」
「そしたら…長い爪を持った…怪物が入ってきて…俺の家族をさらっていった…!見ろ…!」
春香「!!大きい…傷跡…」
「こんな傷を負わせたのに、あの野郎、俺は連れて行かなかった!家族と一緒に殺してくれたほうが楽だったのに!」
千早「…ありがとうございました…」
―――――
車内
春香「ほんとに…何か、いるんだね…動物じゃないなにか…」
千早「正体が今一つ見えてこないけれど…『鍵を開けた』…そう言っていたわね」
春香「う、うん」
千早「つまり『実体がある怪物』…それなら、殺せるってこと…ここまでわかれば十分よ。明日、山に入るわ」
春香「…私も行く…!」
千早「………危険だわ」
春香「千早ちゃんが一人で行くほうが危険だよ…!」
千早「………」
春香「………」
千早「はぁ…わかった…いいわ、目の届かないとこで無茶されるよりは、ね」
春香「うん!」
千早「じゃ、銃の扱い方を教えておくわ」
カチャ
千早「狙って」
春香「うんうん」
千早「撃つ」
カチッ
春香「………」
千早「………」
春香「えっ…終り?」
千早「えっ…ええ」
春香「………寝よ」
千早「なんか、ごめんなさい…」
―――――
春香「結構深い森だね…」
千早「と、いうか春香…スカートで山登る気なの?」
春香「あっ…」
千早「こんなこともあろうかと…じゃーん!」
春香(うわ…ださっ)
千早「春香のパンツ、用意しておきました!」
春香「……まぁ…スカートでは登れないし…し…仕方ない…」
―――――
千早「おはようございます」
妹「………あら、来たのね」
千早「ええ。あなたたちが心配ですもの」
「心配だ?…そんな恰好で山を登ろうってのか?」
千早「あなたは…地元の猟師さん?」
猟師「あぁ。危ないからついてくんだよ。この辺はクマも出るしな…今はめったに出ないはずなんだが」
千早「なるほど…この山には詳しい?」
猟師「あぁ」
千早「心強いわね。さ、春香。行きましょ」
春香「う、うん…」
弟「姉さん…あの人、変なズボンはいてない?」
妹「しーっ」
―――――
千早「………これは」
春香「テント…だよね。ズタズタ…だけど」
ドサッ
妹「間違いない…!兄さんのテントだわ…!」
ドサッ
弟「さ、探さないと…!」
ドサッ
千早「結構厚手なのに難なく切り裂かれているわね…」
猟師「こりゃあ…クマの仕業か?…だとしたら相当なサイズだな…」
『たすけてくれ!』
全員「「「「「!!!」」」」」
猟師「あっちからだ!」
春香「行こう!千早ちゃん!」
千早「待って!」
タタタタタタ…
千早「荷物置いたまま離れるのは…」
タタタタ…
千早「みんな行っちゃった…」
ガサッ
千早「!!」チャキッ
グルルルルルル…
千早「………ヤバい、わね」
―――――
春香「結局何もありませんでしたね…」
猟師「あんだけはっきり新しい爪痕も残ってたし…あっちにいると思ったんだがな…」
春香「なんかはっきり過ぎて不自然だったような…」
猟師「ってか、もう一人の髪の長い姉ちゃんが見当たらないな…」
春香「あれっ…さっきまでいたんだけどな…」
妹「…!!ね、ねぇ…さっきの場所って…ここ…よね?」
弟「あれ!?荷物がなくなってるよ!?」
猟師「なんだと……つーか…おい…これ、血の跡じゃねえのか…?…しかも新しいぞ…」
春香「ま…まさか…ち、千早ちゃん!千早ちゃーん!」
猟師「大声を出すな…まだ近くにクマがいるかもしれないんだぞ…」
春香「だって…!」
猟師「心配しなくても助けを呼べば…」
妹「…無理よ…衛星電話はバッグの中だし…ここじゃ携帯は圏外だもの…いったん下山しないと…」
猟師「は…!?クソッ…誰が俺らの荷物を持って行ったんだよ…!」
春香「ま、まさか…さっきの声って…」
ガサッ…
弟「…!?」
ガサッ…
弟「ねぇ…そこの茂み、何かいない…?」
グルルルルル…
猟師「!!いた、クマだ!」
パァンッ…パァンッ…
ギャウッ…!
猟師「仕留めた!」
春香「ま、待って!」
ゴキッ
猟師「………」バタッ
弟「ひっ…く、首の骨が折れて…」
ガサガサガサ…
弟「なんか…でてき…!?」
春香「なに…こいつ…?」
妹「……お…鬼…?」
グルルルルルル…
春香「あ………あ………」
「………げて………みんな逃げて!」
春香「!千早ちゃん!?」
千早「ぐっ…はやく…私なら、大丈夫だから…!」
春香「………絶対助けに行くから!みんな、逃げて!!」
タタタタタタ…
千早「………っ」ガクッ
グルルルルル…
ガシッ…ズル…ズル…ズル…
―――――
春香「はっ…はっ…はっ…な、なんなの…アレ…?」
妹「………こっちが聞きたい………わ」
弟「ヒューッ…ヒューッ…」
春香「ち、千早ちゃんを助けに戻らないと…」
妹「兄さんも…アレに…やられたのかな…?」
春香「………」
妹「だとしたら…今頃…」
弟「………」
春香「やめよう…推測ばっかりでも始まらないよ…みんなは戻って…私は千早ちゃんとお兄さんを…」
妹「一緒に行くわ」
春香「戻ったほうがいいよ…死ぬかもしれないんだよ?」
妹「それはあなただって一緒よ!」
春香「………」
妹「………」
春香「………わかった、よ…でも無理しないで暗くなる前に引き返そう…」
妹「ええ」
―――――
春香「なにか…なにか手がかりは…」
弟「!!ねえ、これ…」
春香「カロリー…メイト…?……!これ、千早ちゃんのだよ!パンくずより気が利くかも!」
弟「???」
妹「???」
春香「と、とにかくこれを追って行こう…!」
―――――
春香「ここって…炭鉱?的な?」
妹「そういえば…ずっと前に封鎖した炭鉱がある…って、聞いたことがある」
弟「ここに兄さんが…?」
春香「なんかヤバそうな雰囲気…だね…カロメもここで途切れてるし…」
春香(と…いうか…カロメ何個持ってたんだろ…)
春香「奥に…進んでみよっか…」チャキッ…
妹「それ…本物?」
春香「う、うん…一応…」
妹「使ったことは?」
春香「ない…」ガクガクブルブル…
妹「………」
―――――
春香「あ、足元気を付けてね…」ガタガタガタ…
弟「頼りないね…銃の構え方もあれだし…ズボンも変…」ヒソ…
妹「しーっ」
春香「きゃっ!?」
バリバリバリ!
春香(床が抜けた!?)
ドスン…!
春香「いったた…」
「………春香?」
春香「あっ…千早ちゃん!」
千早「静かに…なんで来たのよ…」
春香「ご、ごめん…でも心配で…」
千早「ま、来てしまったものはしょうがないわ…私を吊るしてるこの鎖をほどくの手伝って」
春香「えっと…どうすれば…」
千早「私の体を少し持ち上げて」
春香「ん…しょ…」
カチャカチャ…
千早「ふっ…っと…よし、解けたわ」スタッ
春香「えっと…状況の説明を…」
ドスッ…ドスッ…
妹「いたた…」
弟「つつ…天海さん、大丈夫?」
千早「この二人まで連れて…いや…山にいれば危険性は大して変わらないわね…」
千早「じゃ、状況説明の前に彼を助けましょうか」
「………」
妹「兄さん!?」
千早「心配しなくても少し弱ってるだけで生きてるわ」
―――――
兄「あ、ありがとう…助かったよ…」
春香「あ、カロリーメイトどうぞ…」
兄「うん、いただくよ…」
千早「あ、私の」ガサゴソ…
春香「これを追ってここまで来たんだけど…どんだけ持ってたの?」
千早「カロリーメイトは万能食品よ?」ガサゴソ…
妹「…何を探してるの?さっきからそこらの荷物を漁って…」
千早「…登山家の荷物ならきっと…あ、あったわ。照明弾…二丁で弾は一発ずつね…相当古いけど…なんとかなりそう」
春香「照明弾?」
千早「じゃ、状況説明……この手帳を見て…いまこの炭鉱に住んでるのは『人食い鬼』ね」
春香「鬼…?」
千早「アメリカ大陸原産の怪物よ…向こうではウェンディゴとかウィンディゴと呼ばれてるわ
なんでここに出たかはわからないけど、生息地以外の特徴は完全に当てはまる」
千早「特徴は名前通り、人を食べるの。人肉には不老不死の力があると信じた部族のなれの果てね」
春香「じゃあ…もとは人間?」
千早「そうよ…もはや人間を食べることしか考えられなくなった…ね
こいつは23年に一度、寿命を延ばすために人間を食べに目覚めて、以後23年は眠るの」
春香「だから23年周期の事件…」
千早「そう…ここらの荷物は全部被害者のよ…
こいつは恐ろしく身体能力が高い上に燃やすこと以外では殺せないわ…
燃やすのも至難の業だけれどね…」
春香「あ、だから照明弾…」
千早「ええ。さらには知能が高く、人語を話せるの…キャンプで聞こえた声はこいつの仕業ね」
弟「荷物を持って行ったのも?」
千早「ええ」
春香「あ、じゃあ…あの声を追った先のあからさまな爪痕って…」
千早「なるほど…荷物から引き離して荷物を持ち去った後に改めてさらう気だったのね…
荷物と一緒にエサが手に入ったからあの場は引いたのか…残っててよかったわ」
妹「……そう言えば、猟師さんは殺されてしまったのに、なんであなたとは兄さんは生きていたの?」
千早「…肉は新鮮なほうがいいでしょ?」
春香「………」ゾクッ
千早「猟師さんが殺されてしまったのは…銃で攻撃したせいね…私は抵抗しなければすぐには殺されないことを知っていたからよかったけれど…」
春香「………」
千早「怖い?」
春香「う、ううん…」
千早「…春香、それでいいの…取りあえずあいつには今の私たちでは勝ち目がないわ…これを持って」
春香「照明弾…」
千早「先頭は任せるから、後ろは任せて…いざとなったらそれで追い払いましょう…逃げるわよ、みんな」
―――――
春香「千早ちゃん、後ろ…大丈夫?」
千早「………ついてきてるわね」
春香「…ほ、ほんと?」
妹「確かなの?」
兄「はっ……はっ……」
弟「ど、どうするの!?」
千早「私が囮になるわ…先に逃げて」
ダッ
春香「あっ…」
千早「任せたわよ、春香!」
『ほらほらー!鬼さんこっちらー!肉付きのいい千早ちゃんはこっちだゾー♡』
春香「千早ちゃん…!」グスッ…
春香「みんな、はやく…逃げよう!!」
―――――
グルルルルル…
春香「って…完全にこっちについてきてるし!?」
兄「はぁっ…はぁっ…!」
春香「………ま、まずいよね…」
弟「や、やっぱりあの人じゃ肉付きが今一つだったんじゃ…!」
妹「!う、後ろ!」
ガァッ!
春香「くっ…!」チャキッ
春香(ねらって…う、撃つ!)
ボシュッ!
ギャウッ!?
春香「!外した!?」
春香(でも怯んだ!)
春香「今のうちに!」
タタタタ…
春香「って…!い、行き止まり!?」
弟「あぁっ…も、もうダメ…あの人の肉付きが悪いから…!」
グルル…
春香「はっ…はっ…はっ…き、来た…!」
妹「………ここまで、ね…」
兄「…助けに来てくれてありがとう、みんな…」
グルル…ガァッ!!
春香「っ!」
「肉付きが悪くて…悪かったわね!」
ボシュッ…
―――――
兄「………本当に、ありがとうございました…」
妹「感謝してもしきれないわ…」
弟「」
春香(弟さん、下山後に千早ちゃんにぶん殴られて気絶しちゃったけど…しょうがないか)
千早「じゃあ、私たちはこれで…もうわかってると思いますけど、合法じゃないので…救急車が来る前に逃げます」
妹「ええ…最後に…本当にありがとうね」
千早「ええ…どういたしまして」
―――――
車内
バタン
千早「さて、帰りましょうか…」
春香「千早ちゃん…」
千早「ん?」
春香「わ、私は千早ちゃんスタイル、とってもいいと思うよ!」
千早「………」
春香(………じ、地雷!?)
千早「ふふっ…ありがとう、春香」
春香(ほっ…)
春香「…結局千早ちゃんのお父さんの手がかりらしきものは無かったね」
千早「ええ…そうね。でも、きっと怪物たちを追えば何かは見えてくるはずよ」
春香「今は…焦っても仕方ない…よね」
千早「そうよ…それに、この空振りにだって全く価値がないわけじゃないわ」
春香「……私たちみたいな思いをする人が…少なくなるから?」
千早「ええ」
春香「………ねぇ、千早ちゃん…頑張ろうね…弟さんや…私のお母さんのためにも」
千早「ふふっ…私たちの旅の始まりね」
デッデデレレデーレーン
―――――
千早「…あら春香、おはよう」
春香「あ、うん…おはよー…」
千早「久々の事務所ね…今日はレッスンだけだけど」
春香「そうだねー…はー…」
千早「…あら、疲れたのかしら?」
春香「うん、ちょっと…」
千早「…いきなりウェンディゴみたいな化け物の中の化け物を相手にしたんだもの。無理もないわ。明日オフだから、ゆっくり休みましょうか」
春香「あ、じゃあ今日は千早ちゃんの家に泊まろうかな…オフとはいえ勉強しておきたいことあるし」
千早「いい考えね…でも悪いけれど今日は無理なの」
春香「…うん、ありがと…ってこの流れで断られた!?」
千早「今日はちょっと用事が…」
「千早」
春香「あ、貴音さん。おはようございます」
千早「………」
貴音「おはようございます、春香。…千早、今日はこの間のレッスンの埋め合わせですからね…」
千早「…わかってますよ」
貴音「楽しみにしていますよ…では、わたくしはこれで」
春香「………ほー………なるほどー………そういうこと?」
千早「………別に、できるうちに埋め合わせしとかないと後々面倒だからって…それだけよ」
春香「ま、なんでもいいけど」
千早「なんか釈然としないけど…私もう行くわね………春香にはこれを渡しておくわ」
春香「…手帳?あ、千早ちゃんのお父さんのか」
千早「そう…見て覚えられるところはそれで覚えて…怪しげな呪文なんかは覚えなくてもいいわ」
春香「うん、わかった。ありがと…あ、雪歩だ」
千早「ほんとだ。萩原さーん!」
雪歩「わ…!びっくりした…千早ちゃん?」
千早「おはようございます」
雪歩「うん、おはよう」
千早「こないだのデュエット、とても楽しかったです。『inferno』…またいつか一緒に歌いましょう」
雪歩「うん、私も楽しかったよ!」
千早「そういってもらえると幸いです…」
雪歩「あ、いまね…お茶を淹れてたんだけど…千早ちゃんも飲む?」
千早「ぜひ飲みたいんですけど…これからレッスンで…」
雪歩「そっかぁ…残念だな…また今度、お話ししようね」
千早「はい!では私はこれで…」
春香「なんだか千早ちゃん、雪歩になついてるなあ…ってそうだ、私ももう行かなきゃ!」
雪歩「春香ちゃんも、頑張ってね!」
雪歩「…これから…あの二人には頑張ってもらわないといけないんだよ…ね…」
『…ああ』
―――――
千早「あら、今日のレッスンは水瀬さんも一緒なのね」
伊織「そうよ?表現力のレッスンならお任せの伊織ちゃんが来たんだから、参考にしなさいよね」
千早「そうね。楽しませてもらうわ」
伊織「そういえば、こないだのオフ、春香とどっか出かけたんだって?」
千早「…あら、よく知ってるのね」
伊織「なんもない山の中行ったんですって?」
千早「たまにはキャンプも悪くないわよ」
伊織「クマとかでなかったの?」
千早「そうね……とびっきり凶暴なのが一匹出たかしら」
伊織「ほんとに!?」
千早「冗談よ」
伊織「………この伊織ちゃんをからかうだなんて、いい度胸してるわね…胸無いくせに」
千早「それはひどいわ」
伊織「ま、ただで済むなんて思わないことね」
伊織「悪戯は私の十八番…どうやってビックリさせてあげようかしら…にひひっ…」
―――――
カタカタカタカタ…
「………プロデューサーさん、どうやら尻尾を出しましたね」
p「………ようやくですか」
「ええ。十中八九、正体は…」
p「………調査は千早と春香に任せましょう」
「できる限りの情報は与えるんですよね?」
p「いえ…『こいつら』とはこれから先どんどん戦う機会が増えていくでしょうから…」
「………練習のつもりですか?これは遊びじゃないんですよ?」
p「危ないと判断したら話します。そちらも…できればお願いします」
「…わかりました」
―――――
p「春香と千早、ちょっと」
千早「………いま帰り支度をしていたんですが」
春香「なんですか?」
p「ここじゃちょっとな。会議室で」
―――――
千早「くだらない要件なら…」
p「重要な要件だ」
千早「………」
春香「重要、なんですか?」
p「ん、その前に春香には言っとかなきゃな。俺も千早の同業者なんだ」
千早「あ、そうね…言ってなかったわ」
p「やっぱりか…」
春香「え…ええええええええええええええ!?そうなんですか!?」
p「聞きたいことはあるだろうが今は説明優先で頼む」
春香「は、はぁ…」
p「それでだな、今回は以前助けた人からの頼みで…ある事件を調査したんだ」
千早「どんな事件を?」
p「…飛行機の墜落事故だ」
千早「ああ、今ニュースで話題の…でも…それは、本当に事故なのでは?」
p「いや、その知り合いが航空会社勤務でな…詳細なデータをもらってきた」
千早「なるほど。その中に…おかしなものが?」
p「これだ」
春香「ボイスレコーダー…?」
p「そうだ。墜落時の機長の報告さ。これを春香に聞いてもらいたい」
千早「…私ではなく?」
p「お前なら一回聞けば分かるだろうからな…訓練と思って…な」
千早「はぁ…遊びじゃないんですから…」
p「わかってる…が、春香も一人で調査できるくらいの腕をつけないと、この先きついだろ」
千早「…よく平気で春香を死地に追い込めますね」
p「………お前がいれば大丈夫だって信じてるからな」
千早「なんでもいいですけれど」
p「冷たいな…ま、いい…再生するぞ」
『メー…ーザザッ…こち……便………ラブル発生…故障と思われ…ガガガッ…ビー…』
千早「ふむ…」
p「聞き取れたのか…やっぱり千早の耳はスゴイな」
春香「えっと…間違ってたらすみません…最後のノイズのところ…早口言葉?みたいなのが聞こえたような…」
p「春香もすごいな…一発正解だよ」
p「スロー再生するぞ」
『…み、ん、な、し、ぬ』
春香「っ!」
千早「悪霊、ですか」
p「うーん…それは俺の見解とは少し違う…けど…ま、客室が減圧してることから、ただの機材の故障とは思えない。何か超常が絡んでるのは間違いない」
千早「…み、ん、な、し、ぬ…でも確か…生存者はいたんですよね、あの事故」
p「ああ、そうだ」
千早「乗員リストを。生存者の中から聴き込みの対象を絞り込みたいです」
p「春香にな」
春香「うえ!?…え、えっと…この人たちがその後どうしてるか、とか…ないんですか?」
p「調べてある」
春香「え、えっと…最初に聞くならこの人、かな」
p「いい判断だ…その調子で明日中に済ませてほしい…事態は緊急だ。ここ数十年、似たような事故が『世界中で』相次いでいる」
千早「………世界中で…?」
p「それじゃ…明日の夜7時にここに」
―――――
千早「あの鬼畜め…」
春香「あはは…でも本当に緊急っぽいし」
千早「そうね…もし相手が飛行機を落としているんだとしたら…人間を大量に虐殺する手段に長け…」
春香「?どうかした?」
千早「…なるほどね、なんとなく相手の予想がついたわ」
春香「ほ、ほんと!?」
千早「確信は持てないけれど…なんにせよ明日ね。今日の夜だけでもぐっすり休んで」
春香「うん、そうするよ」
千早「じゃ、また明日ね」
春香「バイバイ…」
―――――
千早「ただいまー…」
貴音「お帰りなさい、千早。さっそくですが、合鍵を使わせてもらいましたよ」
千早「…いい匂い」
貴音「ええ。夕食も準備しておきましたから…一緒に食べましょう」
―――――
千早「……四条さん、このあいだはレッスンをすっぽかしてしまって…ごめんなさいね」
貴音「いいのです。こうして埋め合わせもしていただきましたし…何か、千早にはやるべきこともあるのだと…理解していますから」
千早「ありがとうございます…」
貴音「詳しい事情は…いつか話してくださいね」
千早「時が来たら、必ず」
貴音「ええ…では…でぃーぶいでぃー、見ましょうか」
千早「あ、その前に…忘れないうちに調べておきたいことがあるの…ちょっとだけ待ってもらえますか?」
貴音「かまいませんよ」
―――――
千早「『飛行機事故』…っと」
貴音「いまにゅーすで話題になっていますね」
千早「ええ…でも私が知りたいのは数十年間、世界で起こった飛行機事故の記録…
と言っても、ネットじゃそんなに大した情報は拾えないとは思うんですけど…」
貴音「過去の飛行機事故と今回の飛行機事故が関連している、と考えているのですか?」
千早「そこまでは、ちょっと…」
貴音「そういえば…今回の飛行機事故はきっかり離陸40分で起きたらしいですね…面妖なこともあるものです…」
千早「!!40…なるほど…!やっぱり…!」
―――――
春香「ただいま…」
春香父「春香…お帰り、ご飯の用意できてるよ…って言ってもほとんど惣菜だけどな…」
春香「ううん、ありがとう」
―――――
春香「…休め、って言われたけど、そうも言ってられないよね…」
ペラ…ペラ…ペラ…
春香(お母さんの仇をとるためにも…)
春香「………これは…悪魔?そんなのも実在するの…?」
春香「やっぱ角とか尻尾とかあるのかな…」
『悪魔
もとは悪霊。
人間に憑依して恐るべき力を発揮する。殺すことはほぼ不可能。
過去に殺すための武器を作った者もいたが、
その武器は存在自体があやふやであり、現存の可能性は極めて低い。
そのため、確実に殺す手段は生前の骨を燃やすことのみとなるが、
悪魔の素性を調べるのは困難であり、現実的な手段とは言えない。
鉄や塩の線を跨ぐことはできず、聖水が弱点。
また、痕跡として硫黄を残す。これは非常に珍しい現象であり、硫黄は悪魔の痕跡と見て間違いない』
春香「人間に…憑依…か…怖いな…」
春香「あはは…それにしても…千早ちゃんに関わってなかったら…これ、中学生の痛いメモ書き程度にしか考えなかったんだろうなぁ…」
春香「……………悪魔がいる、ってことは天使も…いるのかな?」
―――――
千早「ふわぁ…眠い…」
春香「昨夜はお楽しみ?」
千早「女同士でどうやって楽しむのよ、バカ」
春香「な!?いきなりひどっ!?千早ちゃんのまな板!」
千早「それやめなさい」
春香「だいたいお楽しみ、って言ったのに…ヒワイなこと考えたの千早ちゃんじゃん!」
千早「あら?ヒワイなことなんて考えた覚えないわ。そろそろ目的地よバカエロ春香」
春香「うぐ…」
千早「なるほど、行けばわかる、ってこういうこと」
『○△×精神病院』
春香「あ、うん…事故直後にこういうとこ入るくらいだし、何かショッキングなもの見てる可能性高いかなって」
千早「いい判断だわ。私が駆け出しのころはそこまでものを考えられなかったもの」
―――――
千早「…飛行機事故で亡くなった方の遺族の依頼で来た、私立探偵の如月です」
春香「天海です。…事故についていくつかお聞きしたいことが」
「…やめとけよ。事故のストレスでおかしくなってるやつの戯言聞こうってか?」
春香「………精神鑑定の結果に異常は見当たらないようですが」
「はっ…じゃあ…あんなもん信じろってか?…まともじゃねえよ…」
千早「…何を見ました?もうこっちは妄想でも何でも構わないですから、気軽に話してみてください」
「ふん…物好きもいたもんだな。
ま、見たって言ったって、俺が見たのは前列の男が非常扉をこじ開けるとこだけどな…
人間の力じゃ開けらんないってことくらい常識なのにな」
千早「……その男に何か特徴は」
「んー…普通の男だったぜ?インテリっぽいっていうか…ま、妄想だろうが」
千早「…目は?」
「………目、目か…そうだな、あいつ目が真っ黒だったよ。白目のとこまで」
春香「…!」
千早「ありがとうございます…有意義なお話、ありがとうございました」
―――――
春香「私も、何となくわかってきたよ…」
千早「…休めって言ったのに手帳読み込んだわね?」
春香「あ…えへへ…でも千早ちゃんだって貴音さんとイチャイチャしてたんでしょ?」
千早「してないわよ…彼女とはライブや映画撮影で縁があったから少し仲良くなっただけ。しつこいわ」
春香「えー…泊めたのに『少し』?」
千早「からかうのはやめなさい」
春香「それにプロデューサーさんとも。前からの知り合い?」
千早「…あんまりこの話はしたくなかったのだけれど…親代わりだったのよ。年齢的には年の離れた兄妹に近かったけどね」
春香「ほー…って…なんで?」
千早「彼の家は…同業者…ま、俗に『ハンター』って言われてる家系ね…
そんなこんなで最初の頃お世話になって交流があったの。
彼の家が私の通ってた学校の近くだったこともあって、
母が家を出て行ってからは私はそこに預けられることが増えたわ」
春香「そうなんだ…ねねね、貴音さんとプロデューサーさんどっちが本命?」
千早「バカ言わないの…この後、飛行機が保管してある倉庫に乗り込むわよ」
春香「どうやって?」
千早「それっぽいカッコして製造元から調査に来たとか言えば大丈夫でしょ」
春香「その辺適当だよね」
―――――
春香「うっわー…黒スーツって…コレ…コスプレ…?」
千早「着てみると思ってたのの5割増しでひどいわ」
春香「なんか勘違いした中学生みたいな恰好…」
千早「ま、でもそれっぽくは見えるんじゃないかしら?演技力の見せどころよ、多分」
春香「多分なの?」
―――――
千早「こういうものです」
警備「………はい、わかりました。通ってください」
千早「ちょっと怪しんでたわね」
春香「そりゃね…プロデューサーさんがここの会社の人に根回ししててくれなきゃダメだったんじゃ」
千早「…まぁ、これじゃあね」
春香「なんにせよ、早く済ませよう」
千早「ふふっ…コレの出番ね」
春香「…なにそれ?ウォークマン壊れたの?」
千早「……くっ……emf探知機よ。電磁場を読み取るの。一概に正確とは言いづらいけどね」
春香「へー…壊れたウォークマンみたいなのにね」
千早「そこ引っ張らないで。頑張って改造したんだから」
春香「……改造って…千早ちゃんが?」
千早「ええ」
春香「………ああ、『だから』か」
千早「………調査始めるわよ」
―――――
ギュゥゥゥゥゥン
ギュゥゥゥゥゥン
千早「…非常扉に反応アリ、ね」
春香「…粉がついてるよ」
千早「これ…やっぱり…」カリカリ…
春香「ちょっととって行こう」
千早「………」フキフキ
春香「……今私のスーツで粉拭わなかった?」
千早「気のせいよ、さ、早く」
春香「………」
―――――
千早「よし、あとはプロデューサーと合流するだけね」
春香「ねぇ、今回の相手って…」
千早「………予想が正しければ、一級に厄介な相手だわ…私もまだ会ったことはないし」
春香「………おっきな黒目に…外見は普通の人間…粉を残す現象…悪魔…?」
千早「そうよ…おそらく、だけれど。あの粉末の正体が硫黄なら…硫黄を残す現象は珍しいのよ」
春香「あれが硫黄ならほぼ決まり…」
千早「事務所に急ぎましょうか」
春香「うん…!」
―――――
千早「戻りました」
p「早いな。だが…残念な知らせだ。生き残りの一人が墜落事故で死んだ」
千早「やっぱり離陸40分で…ですか?」
p「そこまで掴んだか」
春香「40分?」
千早「聖書の数字で、ノアの方舟が沈むまでの日数を表す数字よ…
今回の飛行機事故は離陸後きっかり40分で起きている…
この事例は、プロデューサーが言った通り世界中で確認されているわ」
p「…それで、何か手がかりはあった?」
春香「これ…」
p「…硫黄だな」
千早「わかるんですか?」
p「まぁな…信用できないか?」
千早「いえ、同意見です。今回の事件はほぼ悪魔の仕業と見て間違いないです」
p「俺もそう結論を出したよ。」
千早「ところで…被害者は機長ですよね?」
p「ん、そうだ」
春香「なんで機長さんが…」
p「おそらくリハビリのつもりで飛行機に乗ったんだろうな…
友人と一緒に個人で持ってる小型機で離陸したらしい…
悪魔は不安を持つ人間にとり付く…機長は格好の的だった、ってわけだ
そのままとり付かれて自爆…ってことだろう…かわいそうに…」
千早「…急がないとまずそうですね。確か…資料によれば生き残りのcaさんも今日職場復帰ですよね」
p「あぁ…幸い最寄りの空港だ。飛ばせば今からでも間に合うだろう」
春香「い、急ごう!千早ちゃん!」
千早「でも、今の私たちには装備がありません!このままでは…」
p「作っておいた」ポイ
春香「ペットボトル?」
千早「………聖水、ですか」
p「あるのと無いのじゃ全然違うだろ。持ってけ」
千早「経験ないからわかりませんけどね。…さ、急ぎましょう、春香」
春香「あ、うん!」
p「春香は守れよ!」
千早「わかってます…!」
―――――
春香「…聖水って悪魔を退治できるほどの物…なの?」
千早「手帳には弱点と書いてあったけど…はっきり言って気休め、らしいわ」
春香「えっ…」
千早「一時的な苦痛と弱体化を引き起こすだけ…弱体化していても人間とは比べるまでも無い力を発揮するらしい…」
春香「じゃ、じゃあ…どうするの…」
千早「手帳を」
春香「あ、うん」
千早「このページの呪文よ」
春香「え…えっと…」
千早「『ローマの儀式』…悪魔を憑依した人間から追い出す呪文と、地獄へ送り返す呪文のセットよ」
春香「…これ、私には読めないや…」
千早「一応読み方を教えるわ。覚えられるだけ覚えて…私は暗記しているけれど、おそらくは春香に読んでもらわなきゃない…なにせ、一緒の飛行機に乗ることになるんだろうし…ね。私が時間稼ぎをするから、あなたが読む、という感じ」
春香「や、やっぱり乗らなきゃいけない…んだ」
千早「そうね…空港で探そうにも人で溢れかえっているのだから、ある程度絞るためにも乗る必要はあるわ」
春香「わ、わかったよ…で…この呪文、具体的には何が起きるの…?」
千早「さっき説明したとおりだけれど…聞いた話では一段階の後、悪魔は一時的に力を増すらしいわ」
春香「ま、増すの!?」
千早「憑依の手間が省けるから…ね」
春香「なるほど…」
千早「もちろんそのまま待てば力を発揮できなくなるけれど…また誰かにとり付かれたら意味がないし、今回の場合待っていたら飛行機が落ちて私たちが死ぬわ…」
春香「………」
千早「だから、二段階で悪魔を地獄へ送り返すの……永遠に、と言われてるけど、どうかしらね…現に地上に悪魔がいる以上、時間をかければこっちにこれるみたいだけれど」
春香「今気にするのはそこじゃないもんね…」
千早「ええ。そういうこと」
―――――
千早「チケットは私が買うわ!」
春香「うん!」
―――――
『attention please』
千早「なんとか乗れたわね………この人が例の生き残りのcaの人かしら…」
春香「うーん…結構いっぱいいるし…って、そうだ!…悪魔ってどうやって見分ければいいんだろ!?」
千早「神の名前には反応するらしいわよ」
春香「神…って言えば…キリスト?」
千早「いいえ、発音はクリストのほうが近いかしら?」
春香「クリスト?」
千早「クリスト」
春香「おっけー、探しに行こう!」
千早「ええ、私は先にcaを当たってみるから…乗客の中から探してみて…これで」
春香「壊れたウォークマ…emf探知機だっけ」
千早「くっ…」
―――――
千早「あの、ちょっといいですか?」
ca「?はい」
千早「その…恥ずかしいんですが…飛行機に乗るのが初めてで緊張してしまって…」
ca「恥ずかしくなんてありませんよ…こないだあんな事故があったばかりですし、なおのこと…当然です。
あんなことが起きたばかりで全く怖くない、なんて言うほうがどうかしてますよ」
千早(ビンゴのようね)
千早「あなたも…怖い、ですか?」
ca「はい」
千早「…!」
ca「でも、負けたくないです。なんか、悔しくて…何がってわけじゃないんですけどね」
千早「…ありがとうございます。気が楽になりました…最後に」
ca「はい…?」
千早「クリスト」
ca「…?」
千早「クリスト」
ca「………」
千早「………では、ありがとうございました」
ca「え、ええ…」
―――――
春香「………」
春香(は、はずかしい!こんなぼろぼろのウォークマンで音楽聞いてるフリなんて…!た、耐えられない!)
春香「しかも反応ないし…」
ガシッ
春香「…!!」
千早「…どうかした?」
春香「びっくりさせないでよ…」
千早「そろそろ30分になるわ…急がないと」
春香「わかってはいるんだけどね…でも、客席に反応は無かったよ…caさんは?」
千早「彼女は驚くほど冷静で強かったわ。スピード復帰もうなずける」
春香「うーん…もしかして乗ってないんじゃ」
千早「………春香、emfの反応……」
春香「え」
ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
ギュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
春香「うわっ…」
「………」
春香(…副操縦士の人…?)
千早「…クリスト」
パチ…
千早「…!」ゾッ
春香「…!」ゾクッ
春香「真っ黒い、目…!」
副操縦士「………」ニコッ
バタン
千早「マズイ、わね…」
春香「ど、どうしよう!?コックピットじゃ入りようが…!」
千早「考えがあるわ」
―――――
ジャッ
ca「えっ!?」
千早「ちょっといいですか?」
ca「はい…あの…なぜカーテンを閉め…」
千早「時間が無いので単刀直入に言います。この飛行機は落ちます」
ca「なっ…!?」
春香「信じてください!」
ca「と言われましても…」
千早「あなたは墜落した飛行機に乗っていましたよね?」
ca「ど、どうしてそれを…!?」
千早「その時あなたは何か違和感を感じていたはずです…それに、数時間前機長殿が亡くなったわ」
ca「えっ…ど、どうして…」
千早「墜落事故で、です」
ca「!!」
千早「おかしいでしょう?この短期間に…あなたは何かおかしなものを見なかったんですか?」
ca「………実は…お客様の一人に…目が…白目のところまで真っ黒な人が…」
春香「!!」
ca「でも、この飛行機と何の関係が…」
千早「説明してる時間が無いので…今回飛行機を落とそうとしているのは副操縦士です」
ca「…彼が?」
千早「ここまで呼び出してください…少し話をするだけですから」
ca「………」
千早「時間が無いので…決めるならすぐお願いします」
ca「…呼んでくるわ」
―――――
千早「少し強引だったけれど…うまくいきそうね」
春香「えと、私は何をすれば…」
千早「呪文を読んで…私が食い止めるわ。わからないとこは聞いてちょうだい」
春香「う、うん…」
千早「さて…」パキパキ
ca「こちらに調子のおかしい機材が…」
副操縦士「どれ…どこの調子がおかし」
千早「はっ!」
バキィッ!
副操縦士「!?」ドサッ
ca「え!?」
千早「カーテンを閉めて外で見張ってて!」
ca「え、あの…でも…話すだけって…!」
千早「いいから!」
ca「は、はい!」
副操縦士「……」ムクッ
千早「っ!」
バシャッ!
ジュウウウ…
副操縦士「がっ…!あああああああああああああああああ!!」
春香(す、すごい効き目…千早ちゃんのパンチでも全くダメージを受けてなかったのに…)
千早「春香!早く!」
春香「あ、うん!えと…ティメンタス!」
副操縦士「ぐうう……がぁっ!!」
ブンッ
千早「…っ!速い…!」
チッ
千早(かすった…!?…危なかった…!!…飛行中の飛行機の非常扉を開ける腕力…弱ってるとはいえ、そんなもの喰らったら…!)
ブンッ…!ブンッ…!
千早「くっ…!」
春香(…っ!千早ちゃん…頑張って!)
副操縦士「………」ニタァ
千早「しまった!春香!」
ガシッ
春香「へ?」
千早「くっ!」
副操縦士「…今も焼かれているぞ?」
春香「!!」
副操縦士「お前の母親はなぁ…地獄の業火の中で苦しみ続けてるんだよ!!」
春香「え…な…」
千早「この…!」
バキッ!
副操縦士「効かな…!」
バシャッ
副操縦士「ぐあああああああああああああああああああああああああ!」
千早「春香!続きを!」
春香「あ、うん!!」
副操縦士「ぐぅ…あっ…ああっ!」
千早「はぁっ…はぁっ…」
千早(くっ…こっちは一発喰らったら終り…!それに引き替え向こうは不死身…!不利ってものじゃない…!)
副操縦士「や…ってくれたな!!」
ブンッ!
千早「………なっ!」
千早(この攻撃…躱せない!)
バキッ…メリッ…ゴキッ…!
千早「………っ!」
千早(防いだ…だけど…両腕が…折れ…!?)
春香「!!千早ちゃ」
千早「い、いいから…続きを!
春香「でも…まだ結構残って…!」
千早「いいから!さぁ…かかってきなさい、クソ悪魔…!」
副操縦士「…強がるな…!その腕じゃもう戦え無いだろ…!?今すぐ殺してやる…!」
ガシッ
千早「うっ…ぐっ…」
副操縦士「お前…?どこかで………っ!!」
春香「お、終わったよ!」
副操縦士「な!?あ、あああああああああああああああああああああああああああ!!」
ブワッ
春香「口から…黒い…煙…?」
千早「『あれ』が…悪魔の本体よ…助かったわ春香、よくあの場面でフェイント入れられたわね…」
春香「えっ?」
千早「『まだ結構残ってる』って言って…そのあとすぐ読み終わったじゃない。あれ、作戦でしょ?」
春香「あー…あはは…後半の呪文とごっちゃになっててさ…半分終わったと思ってたら読み終わってたんだよね」
千早「………春香らしい」
春香「えへへ…って、おちおちしてられないよ!!続きを読まないと…!」
千早「お願い…私はもう腕がカマキリみたいになってて…正直辛いわ」
春香「うわわっ!?大丈夫なの!?」
千早「帰りたいわ…血も止まらないし、眠くなってきた…」
春香「えぇ!?まずいよそれ!よ、読むね…!えっと…!」
ガクン
春香「わわっ!?」
千早「始まったわ…わからないとこあったら言ってちょうだい…」
春香「う、うん!」
『乗客のみなさん!と、トラブルが発生しました!席についてシートベルトをしっかり締めてください!』
ザワザワ…
「…なんか高度落ちてないか…!!こ、これ…やばいんじゃ…!」
「こ、この飛行機も落ちるのか!?」
ザワザワ…
春香「あわわ…えと、ぐろれあ?わわわ…ち、千早ちゃん!ゴメンほんとに最後だけ…!」
千早「最後って…?」
春香「えと、ぐなんちゃら…ぱなんちゃら…?」
千早「…なによそれ…グローリア…パトリ、よ…」
春香「あ、うん!」
春香「グローリア、パトリ!!」
カッ!!
―――――
千早「…って…送り返すのには…成功したようだけれど」
春香「これ、落ちてない…?」
千早「うん、落ちてる」
ズドォン!
―――――
「………ま、まにあったぁ…力を貸してくれてありがとうございます…」
『かまわん…彼女らにはまだ死んでもらうわけにはいかないからな…』
「…なんか、引っかかる言い方…ですね?」
『私は戻る…また何かあったらよろしく頼むよ』
「…はい…」
―――――
一か月後
千早(…退院してから久しぶりに事務所に来たわね…)
千早「おはようござ…」
p「この馬鹿!春香にたんこぶ作りやがって!」
ゴチン!
千早「いっ…たい!それどころじゃなかったんですよ!私なんて関節二つ目できたんですからね!!」
p「はぁ?一か月で治るのなんて重症のうちに入らないだろ」
千早「ほんとにあなたという人は…!」
―――――
p「しかし、奇跡だな…不時着に成功するとは」
千早「正直ダメかと思いましたよ…爆発音が聞こえたかと思えば…なんか綺麗な声が聞こえてきて…お迎えが来たのかと」
p「…ま、よく春香を守ってくれたよ」
千早「私の心配は無しですか」
p「だってなぁ…今更じゃないか?」
千早「………まぁ、なんでも、いいですけれど…」
春香(なんだろ、この蚊帳の外感…)
春香(………でも、今回の一件で…私は…追うべきものが分かった気がする)
春香(あの悪魔の一言…あいつは私の母親の死を知っていた…)
春香(悪魔を追えば…真相は、きっと分かる…!)
ズキッ…
春香「っ…!?」
春香(頭痛!?)
『飲め…ミルクなんかよりよっぽどいい』パタ…パタタ…
『探すのに手こずったよ…まさか器が魂ごと殺されるなんて思いもしなかったからな』
『……10年後にまた会おう。お前は鍵を開けるだけでいいのさ…開けなくても関係ないが…ね』
春香「………!?い…ま、のは…?」
春香「私の…記憶…?」
ダリラーン…ダリラーン…デッデデレレデーレーン
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エンディング脳内再生余裕でした
頑張ってください!