京太郎「私は、瑞原はやりです☆」 (234)
・京太郎スレです
・安価はありません
・完成していませんので、少しづつ投下したいと思います
では、始めていきます
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1420878646
憧れの人が、アイドルであると知ったとき、私はあとでその意味を辞書で調べたことがある
家に置いてあった分厚い英和辞典を取り出して、慣れない手つきでページをめくったものだ
そこには、こう記してあった
【idol】
1 a.偶像、聖像
b.偶像神、邪神
2 偶像視[崇拝]される人[もの] 、崇拝物、アイドル
語源 ギリシャ語の「形、幻影」の意
余計に分からなくなった。だから、今度は国語辞典を引っ張り出した
【アイドル】
1 偶像
2 崇拝される人や物
3 あこがれの的
「あこがれの的」、これだっ!みんなを笑顔にできる、素敵なお仕事だ!!
その時の私は、それはもう素直にそう思ったものだった
『人を喜ばせようとするってことは、はやりちゃんにもアイドルの素質があるのかも』
そう、みんなを喜ばせることのできる、みんなを元気にさせてあげることのできる、そんな仕事。それがアイドル
『アイドル』の意味を知ったとき、私はただただ強く単純に「アイドルっていいな」。そう思った
だけど、それと同時に、私にはある考えが頭をよぎったのを覚えている
アイドルっていうのは、喜ばす人がいて、相手がいて初めて成立するお仕事だ
じゃあ、誰からも必要とされなくなったアイドルは、一体どうすればいいんだろうか?、と
なんでこのことを、あの人に聞かなかったんだろう
チャンスなら何度もあったはずなのに
あの人なら…私が憧れた彼女なら、この答えを知っていたはずなのに、もう聞くことはできないのに
私は大人になった。こんな子供みたいな質問は、もう誰にもできない
だから、その答えを、私はまだ知らないままでいる
──8月中旬 インターハイ会場
久「それじゃ、須賀くん。頼んだわよ~」
京太郎「へいへい、了解ですよ」
和「私も行きますよ」
京太郎「いいよ、このくらい大丈夫だ」
和「そうですか…?」
優希「そうそう、のどちゃん。人には人の仕事がある、ってどこかの偉い人も言ってたじぇ」
京太郎「なに言ってんだか」
咲「あっ、そうだ京ちゃん。ついでに、ガリガリ君ナポリタン味買ってきてくれない?お姉ちゃんが、おいしいって」
京太郎「うっ……分かった、残すなよ」
咲「?」
まこ「悪いがよろしく頼んだぞ。あと、余ったお金で好きなもの買ってきてええからな」
京太郎「うぅ…やっぱり和と染谷先輩だけは天使ですよ。んじゃ、ちゃっちゃと行ってきます!」
インターハイがついに終わった。時間的にはそれから少し経ってからのこと
部長から買い出しを仰せつかったいつもの場面だ
みんな疲れているようだし、それ自体には不満はない。喜んでその任を受けようじゃないか
だが、まるで女性のパシリにさせられているかのようなその格好は、男として少し情けないような気もする
俺にも麻雀の実力があって、この全国大会に出場出来ていれば、この状況も多少変わったものになっていたのだろうか?
いや、こんなものこそ、情けない男の妄想だ。だが、それでも俺の妄想はとどまることを知らない
例えば、俺がこのインターハイで大活躍して、プロになるというのはどうだろう
麻雀プロを志す青少年、いやあらゆる人からの惜しみない拍手と称賛を独り占めにする俺
きっとそれは、例えようもないほど幸せで満ち足りた感覚に違いない
もちろん、奥さんはおもちの豊かな美しい女性がベストだ
家事もできて、料理がうまくて、俺と一緒にLOVEを育むことのできる素敵な人物だと尚良い
そんな人と一緒に人生を過ごすことができたなら、幸せ以外はあり得ないはずだ
子供は3人、一軒家で庭は綺麗な緑の芝かつスプリンクラー付き、休日には家族みんなでピクニック、キャッチボールもしようじゃないか
ああ…虚しくなってきた
京太郎「さっさと、買い出し済ませるか…」
まあでも、アラサーのよくする様な、白馬の王子様の妄想よりかは幾分マシではなかろうか
さあ、くだらない妄想終わり!さっさと買い物済ませて、みんなのところに戻ろう
大会が終わったからだろうか、人はまばらだ
今なら、人ごみがすごくて昨日まで使えなかった最短ルートを通って、外のコンビニへ向かうことだってできる
ついでに、少し駆け足になったって、誰も注意しないだろ。ラッキーなことに、警備員さんの姿も見当たらない
『急がば回れ』、『廊下は走らない』。こんなことは、この際無視してしまおう。『臨機応変』だって重要だ
さあ、あの角を曲がって──
ドンッ!
???「きゃあ!!」
京太郎「いてっ…!」
目の前が、一瞬真っ暗になった
視界が一転した。世界が回った、いや俺が回ったのか、あるいはその両方か
ラノベの主人公みたいだな、今の…ともかく、誰かにぶつかってしまったみたいだ
京太郎「あたた…すみません、大丈夫ですか?」
???「あはは……大丈夫、大丈夫」
京太郎「ごめんなさい、前見てなかったもんで……ケガとかないですか?」
???「うん、とりあえず大丈夫みたい」
京太郎「そうですか…よかった」
手を貸して、身体を起こすのを手伝う
なんだか妙に重く感じるな……この人が重いのか?いや俺が非力なだけだな。最近運動してないし
相手の姿をよく見てみる
下はローファーでスラックスを履いている。上は半袖のシャツで、髪は金髪、身長は182cmといったところか
健康だけが売りの男子高校生、といった風で、他には特徴らしい特徴はない
顔は可もなく不可もなく。締まりのないマヌケ面。おそらくは、彼女もいない寂しい高校生活をダラダラと過ごしているはずだ
たぶん、中学生時代はハンドボールをやっていて、今現在は清澄高校麻雀部で雑用に勤しむ日々を送っているのだろう
麻雀の実力はカスみたいなもので、県予選でも大した成績は残せなったようだ
そして、家にはカピバラを飼っていて────あれ?
京太郎「あーと……」
???「えーと……」
京太郎「一ついいですか?」
???「ごめん、私からもいいかな?」
京太郎「俺だっ!?」
???「私だっ!?」
目の前には俺がいた
俺は俺なんだけど、目の前いる人物もどうやら俺のようだった。日本語おかしいな
俺があんたであんたが俺で?えーと……こういう場合のもっとも単純な答えは、と
京太郎「とうっ!!」ビシッ
???「なにその変なポーズ…?」
京太郎「…いや、鏡に映った映像を見ているのかと思いまして、その確認を」
???「私達、会話してるよね」
京太郎「うーん…じゃあ幽体離脱で」
???「君、自分の体も見えてるよね?」
京太郎「そうなんすよねぇ…」
???「あはは…」
京太郎「ふーむ、俺が2人いるということは……分かりましたよ!確か、ドラえもんの秘密道具にこんなのがあったような」
???「フエルミラー!」
京太郎「いえすっ!!」
???「……」
京太郎「そんなわけないっすよねー」
うむ、取り敢えず落ち着いて考えてみよう。まずは、さっきぶつかった相手を見る
うん、間違いなく俺だ。他人から見た俺ってこんな感じなのか…
なんだろう、録音した自分の音声を聞いたときに感じる、あのものすごい違和感に通じるものがある
だけど、相手の口調から、今の俺?は女性のようだった。なんて、気持ち悪い光景なんだ
???「ん?」
その首をかしげる姿、相手には悪いけど気味悪いからやめてもらいたい
いや、まて。まだ自分のことをキチンと観察していないじゃないか
えーと……あれ、スカート?そういえば、目線もかなり低いな。150cmくらいか、ヘッドフォン…?
胸のあたりの重量が異常だ。おかしい
あれっ…………股間のあたりに、妙な、感覚が、する、というか──しないっ!?
京太郎「ないっ!?」
???「なにが?」
京太郎「俺の股間の、大事な大事なデザートイーグルですよ!!」
???「でりんじゃー?」
京太郎「『で』しか合ってないっ!っていうか、分かって言ったでしょう!?」
???「あはは」
近くにあった、窓ガラスを見る。おぼろげに光が反射してくれて、自分の姿が目に入った
京太郎「な、な、なっ……!」
こ、この年甲斐のない、きっつい衣装……低身長ながらの圧倒的存在感のおもち
その他もろもろの絶妙な28歳加減……間違いない、これは!!
京太郎「瑞原、プロ……なのか?」
はやり「あはは……どうやら、そうみたいだね」
身体が、入れ替わった…?なんて馬鹿な…
京太郎「じゃ、じゃあ……あなたが──俺の体に入っているのが、瑞原プロなんですか…?」
はやり「そうみたいだね、実感はないけど」
まさか、こんな事が……入れ替わったのもびっくりだけど、その相手が、まさかあの瑞原プロなんて
運がいいのか悪いのか、いやどう考えても悪いだろ
京太郎「こんな、3世代くらい前の少女漫画に出てきそうな設定……読者がついてきませんよ!」
はやり「えっ、はやりが子供のころは結構あったんだけど?」
京太郎「そんな設定、化石っすよ化石」
はやり「か、化石……がーん」
京太郎「あと、その『はやり』呼び、止めてもらえませんか?正直、ちょっと…」
京太郎「せめて、『私』でお願いできますか?」
はやり「そ、そうだよね。今男の子なんだもんね」
まあ、28にものなって『はやり』ってのが、そもそもキツいっすけどね
京太郎「でも、案外落ち着いていられるもんですね。なんだか不思議です」
はやり「現実感がなさ過ぎて、どう反応していいか分からないのが本音かな」
京太郎「ですね」
はやり「いや、でも……案外こういうのも」ボソ
京太郎「はい?」
はやり「んー、なんでもない」
京太郎「はぁ…」
はやり「うーん、状況が分かったのはいいんだけど…どうしよっか?」
京太郎「ど、どうしましょう…かね?」
ちーん、沈黙
はやり「もう一回、ぶつかってみる?」
京太郎「俺はともかく、瑞原プロの身体でそういうことをするってのは、ちょっと気が引けます」
はやり「そう?」
京太郎「できるかどうかも分かりませんし」
はやり「うーん…」
京太郎「あっ!」
はやり「どうしたの?」
京太郎「俺、買い物頼まれてるんだった…」
はやり「そうなの?じゃあ、私行ってくるよ」
京太郎「いや俺が!……といきたいところですけど、無理っすね」
仕方なく外のコンビニで買い物を済ませて、清澄のみんながいるところに向かった
その途中簡単な打ち合わせをする
京太郎「いいですか。とにかくその女性口調はNGですからね」
はやり「分かってる。任せて」
京太郎「あと、用が済んだら、適当に言い訳してここに戻ってきてくださいね?」
はやり「りょーかい」
京太郎「ともかく、『はい』と『イエス』と『ラジャー』と『イエスマム』だけで済ますんです」
はやり「君、かわいそうな青春送ってるんだね…」
京太郎「ほっといてください」
はやり「あ、そういえば大事なこと聞き忘れてたよ。君、名前なんて言うの?」
京太郎「ああ、俺ですか」
京太郎「俺は、須賀京太郎です」
京太郎「清澄高校麻雀部所属の高校一年生です」
はやり「須賀京太郎くん、ね。大丈夫、お姉さんに任せて。現役アイドルの演技力をとくとご覧あれ、ってね☆」
そう言って、部長たちにいるところに向かう瑞原プロ
うーん、やっぱり気持ち悪い
久「あら須賀くん、あなたにしては少し遅かったわね」
はやり「いやぁー、途中美しい女性に出くわしてしまいましてね」
まこ「なに言っとるんじゃ…」
はやり「はい、じゃあ頼まれたものです」
久「いつもありがとね」
はやり「いいんすよ、これが俺の仕事ですから」
ちょっと従順過ぎる気もするが、結構うまいな。さすがベテランの感もある現役アイドル
久「じゃあ、買うもの買ったし、そろそろ戻りましょう。さすがに疲れちゃったわ」
和「そうですね」
咲「そういえば、明日の帰りの出発何時でしたっけ?」
まこ「たしか、長野行の新幹線は──」
はやり「はやっ!?」
咲「はや…?」
はやり「あぁー、清澄って長野だったもんね……」ボソボソ
まこ「どうした、そんなに驚いて」
優希「ホームシックか、かわいい奴め。うりうり」
はやり「い、いや、なんでもないぞ……気のせい気のせい…はぁー」
久「そ、そう…?」
はやり「すみません、部長。ちょっと用事思いだしましたので、先に行ってていいっすよ」
久「あら、そう?」
はやり「んじゃ、失礼します」
再びこっちに戻ってくる瑞原プロ
なんだかプンプンしている。我ながら、ものすごく気持ち悪い
はやり「長野なんて聞いてないよ!」
京太郎「すみません。言い忘れてました…」
はやり「まあ、それはもういいや……ほんと、どうしよっか…入れ替わり生活でもする?」
京太郎「さっきの見た限り、瑞原プロの演技は問題ないようでしたから、学生生活はできるんでしょうけど…」
はやり「けど?」
京太郎「俺、麻雀へったクソなんで、瑞原プロの代わりは絶対無理っす」
はやり「…そっかー」
京太郎「誰かに相談します?」
はやり「私たち入れ替わりました、って?お医者さん行き、確定だね」
京太郎「ですよね…瑞原プロって所属は大宮でしたっけ?ということは、住まいは埼玉に?」
はやり「うん」
京太郎「うーん…」
こういう場合って、どうするのが最善なんだろう?
すぐに元に戻れればいいけど、現実的にはこの状況が長引いたときの場合も考えなきゃいけない
入れ替わり生活はさっき言った通り無理だ。イベント参加程度ならまだ可能かもしれないけど、代わりに大会に出場するのはな…
ということは、瑞原プロの大会参加は当分無理かもしれない
俺の方はどうだろう。流石に学校には行かなきゃいけないだろう。夏休みもすぐに終わるし
休学するってのも一つの手か……でもなぁ、親になんて説明すりゃあいいんだよ
それに二人がそれぞれ別の地域に暮らすってのも、情報交換とかの面から不安があるし……あー、分からねぇ
はやり「……」
京太郎「はぁ……」
はやり「よしっ、分かったよ。ここは、牌のお姉さんに任せなさい!」
京太郎「?」
はやり「はやりと長野で暮らそっか☆」
京太郎「えーと」
京太郎「……はやっ!?」
──8月中旬 長野
京太郎「ほんとに、こんなの大丈夫なんすかね…」
はやり「だじょーぶ、大丈夫!牌のお姉さんを信じなさい!」
京太郎「うーん」
咲たちと同じ新幹線に乗り、再び長野まで戻ってきた俺たち
瑞原プロが清澄のみんなと別れてから再び合流し、今自宅に向かっているところだ
ちなみに俺は目立つのを避けて、深めの帽子をかぶり服装もかなり地味なものを着用している
まあ、一応有名人だしね
京太郎「でも、やっぱり不安ですよ。ボロ出した時のこと考えると…」
はやり「失敗した時のことばかり考えるのは二流のすることなのだよ、須賀京太郎くん」
京太郎「なんか楽しんでません?」
はやり「べっつにー」
瑞原プロの考えはこうだ
まず、俺(というより瑞原プロ)は学校にいかなくてはならない。なので、瑞原プロは長野に住む必要がある
次に俺の方だが、もちろん彼女の代わりに大会に参加することはできないので、埼玉で暮らしていてもあまり意味がない
さらに、二人別々の場所に暮らすというのも、何かあった時に不便だ
ならば、二人とも同じ長野で暮らせばいいじゃん!、とのことらしい
ちなみに瑞原プロは俺の家に住んで、俺は近くに部屋を借りるつもりだ……本当にそれでいいのか?
あああと、瑞原プロはしばらく大会の参加を控える旨を、すでにチームの方に伝えている
あの後すぐに、どこかに連絡を入れて、その段取りを済ませたようだ。とうより、俺も少し手伝った
偶然とはいえ、彼女の麻雀プロとしてのキャリアの一部を無駄にさせてしまうことに心が痛んだ
京太郎「でも、わざわざ俺の代わりに学校に行かなくたっていいと思うんですけど…?」
はやり「休学とか?最悪留年になって、あの咲ちゃんだっけ?、彼女たちの後輩になりたいっていうのなら構わないけどね」
京太郎「うっ…」
半ば脅迫の様にすら聞こえる。いや、そもそも俺に選択肢などほとんどないのだ
京太郎「到着しました」
はやり「ははぁー、ここが須賀くんのお家ってわけだね。いいところみたい」
京太郎「そうすか?」
はやり「これから私が住む場所だからね。ふふっ、楽しみ」
京太郎「俺は全然楽しみじゃねえっす」
はやり「えー、男の子の憧れの一人暮らしが、もうこんな歳でできるんだよ。嬉しくないの?」
京太郎「そりゃあ、そういうのは確かにありますけど、心配の方が勝ります」
はやり「……須賀くん」
京太郎「?」
はやり「こんな歳になって、今まであり得なかった、他の誰かの、全く別の可能性を試すことができる」
はやり「これって素晴らしいことじゃない?」
京太郎「……」
はやり「さ、私はもう行くよ。新しい住まいが確保できるまで、ホテルで頑張ってね!」
そう言って走り去ろうとすると、はたと止まり、こちらを振り向いた
はやり「はやりの身体でエッチな事、しちゃダメだよ☆」
今度こそ瑞原プロは"俺の"家に帰って行った
京太郎「…ほんとにしてやろうか、コノヤロー」ボソ
あっ、俺の宝物の隠し場所をいじらないように注意するのを忘れた
他にも言うべきことがたくさんあったけど、それはまた後日にしよう
あり得ないはずのことが突然起こり過ぎて、さすがに疲れた、休もう
しかし、俺のベッドは駅前のわびしいホテル……ああ、俺の生活どうなっちゃうの
──9月上旬 長野
9月、夏休みも終わり2学期の始まり
あれから、瑞原プロへの演技指導や、俺の新居の確保、親に隠れてひそかに行った私物の移動などもろもろを済ませた
俺は今、須賀家とは少し離れたところに部屋を借りて住んでいる
家事は慣れた。タコス以外の料理もある程度覚えた。洗濯も掃除もスムーズだ
一人暮らしって時間が有り余って、暇で、自由で──なんてのは幻想だったらしい。案外やることがある
とは言っても、学校に行くわけじゃないないから、家事を済ませてしまえば自然と時間はできるもの
勉強?一応俺の部屋から教科書など一式は持ってきてはいるが…
京太郎「やる気でねぇー」
せっかくこんなおいしいシチュエーションなんだから、もっと他にやるべきことがあるはずだ
エロ漫画なんかなら、同級生に出会って4秒で合体、みたいなことになるんだろうが、そんなのは断固拒否する
京太郎「あっ、片づけ」
瑞原プロのところから、服などの必需品を送ってもらっていたのを忘れていた
二組の下着をローテーションさせる生活も今日で終わりだ!
京太郎「ぐへぇー、さぁ~て、はやりんは普段どんな下着を着用しているのかチェックちまちょうね~」
我ながらキモイ。他人と話す機会がほとんどないから、頭がおかしくなっているようだ
段ボールを漁ると、出るわ出るわ大量の下着。白、水色、黄緑、薄いピンク、etc、etc…
京太郎「……」
俺に見られる思って、恐らくは男受けの良さそうな、綺麗目なものを一生懸命選んだに違いない
くぅー、アラサー女性の健気な努力……泣けるぜ
いや、しかし。これだけ大量の、しかも(年齢は多少高くても)容姿の整ったおもちの大きい女性の下着を前にしても…
京太郎「なんともない、な」
これが、慣れというものか
始めの頃は、この生活環境を整えるために四苦八苦していたから、「そういうもの」を楽しむ余裕が無かった
しかし、今ではブラの付け方だって一人前だし、裸でシャワーを浴びる姿を鏡に映しても特になにも感じない
瑞原プロの名誉のために詳しくは説明しないが、シモの管理だって万全だ。男、須賀京太郎、抜かりはない
だがしかし、俺の青春から清らかなる夢がまた一つ、散っていったのかもしれない。女体への飽くなき幻想が
京太郎「国破れてサンガリア。夢破れて山河在り。ふっ…大した山だよ、これは」
何気なくその二つの山を揉んでみる。ただの脂肪だ。かつては夢が詰まっていたものだがな…
さてさらに、届いた段ボールを整理していると、油性ペンでドデカく書かれた文字が目に飛び込んできた
京太郎「『暇つぶし』、ね…」
もしかしたら、こんな俺の為に、瑞原プロが時間を潰す道具を用意してくれたのかもしれない
中を開けてみると
京太郎「ブルーレイ。アニメか」
銀河英雄伝説、アリスSOS、飛べ!イサミ、セーラームーン、カレイドスター、少女革命ウテナ、etc、etc…
京太郎「わ、わっかんねー…全てがわかんねー」
ま、まいいや…とりあえず
京太郎「せっかくだから、俺はこの『カードキャプターさくら』を選ぶぜ!」
♪会いた~いな、会えな~いな、切な~いな、この気持ち────
─瑞原はやり
はやり「鞄の中身よしっ!身だしなみよしっ!笑顔もよしっ!」
母「あんた、朝から元気ねぇ…」
はやり「ほら、母さんも。笑顔、笑顔!」
母「こ、こうかしら」
はやり「チョベリグだね」
父「チョベリグ…よく知ってるな、京太郎」
はやり「さっ、行ってきまーす!」
バタン
照りつける太陽、澄み切った青空、心地よい風、木漏れ日の並木道
世界のすべてが、私の新たな門出を、新たな学生生活を祝ってくれているよう
咲「あっ!おはよう、京ちゃん」
京太郎「おう、おはよう。咲」
この子はたしか宮永咲ちゃんだったね。夏のインターハイでも大活躍だったから印象に残ってる
いずれ、私たちと同じ舞台でやることになるかもしれないほどの逸材だ
咲「んー…京ちゃん。なんだか──」
え、まさか早速バレた!?
咲「少し太った?」
あー、入れ替わってから体重あんまり気にしなくなったもんね…
京太郎「最近の不摂生が祟ったかなぁ…あはは」
咲ちゃんと適当に話をしながら登校
京太郎くんから、基本的なことは既に大体聞いている。演技には抜かりはない。世間話なんてお茶の子さいさいだ
友人との朝の登校。これぞ青春といった光景。ああ、なんだか懐かしい気分になってくる
あの頃の私も、この一瞬の輝きをずっと持ち続けていたような気がする
何気ない登校風景なのに、そんな気がしてくる。私も歳を取ったのかもしれない
はやり「校門だ…」
咲「なに?感慨深く浸っちゃって」
はやり「いや、別に」
私の新しい学生生活がここで始まるんだ。緊張しないはずがない
校門をくぐって、下駄箱で上履きに履き替える
教室に向かう。ドアを開ける。皆に「おはよう」の挨拶をする
隣の席の人と昨日見たドラマの話をする。担任の先生が来てホームルームが始まる
この何でもない、ただの作業が妙に懐かしい。ああ、私、今、高校生なんだ。私、今、アイドルじゃないんだ
咲「京ちゃん、どうしたの?」
そう、私は『瑞原はやり』じゃない。『須賀京太郎』なんだ
はやり「大丈夫、俺は須賀京太郎だ」
咲「?」
自分に言い聞かせるように、そう言った
今日は二学期の始めで授業はない。体育館での集会が終わってしまえば、後は部活動だけ
部活動。京太郎くんは麻雀部所属。だから、私も麻雀部
私も高校生の頃は同じだった。性別は違くても、これは一緒
咲「んじゃ、そろそろ行こっか?」
はやり「そうだな」
咲ちゃんと連れ立って部室に向かう
咲「こんにちはー」
はやり「ちはー」
まこ「おう、来たな」
優希「咲ちゃん、久しぶりだじぇ」
咲「一昨日会ったばっかりだよ」
優希「あれ、そうだっけ?」
はやり「ははは」
和「……」
咲「和…ちゃん?」
和「!!……あ、ああ…咲さん。来ていたんですか」
咲「さっき、思いっきり挨拶してたじゃん。大丈夫」
和「ええ、もちろん大丈夫ですよ」
咲「そう…?」
はやり「……」
滞りなく部活動が進んでいく
仲間と集まって何か一つのことに没頭する。あの頃みたいだ
はやり「みんな…」ボソ
まこ「ん、どうしたボーっとして?」
はやり「い、いえ。なんでもないっす」
優希「どーせ、夜遅くまでエッチなサイトでも覗いて夜更かししていたに違いないじぇ」
はやり「ば、バッカ。そんなんじゃねーよ。そんなこと言ってると、もうタコス作ってやんねーぞ」
優希「スミマセンデシタ」
はやり「よろしい」
咲「まったく優希ちゃんは……ねえ、和ちゃん」
和「え、ええ…そうですね」
はやり「……」
まこ「おう、もうこんな時間か。今日は二学期の始めじゃし、そろそろ終わりにするかのう」
ガチャ
久「はろー……って少し遅かったみたいね。1回くらい打ってこうと思ってたんだけど」
はやり「残念、もう帰るところですよ」
久「まっ、一緒に帰れるだけでもよしとしようかしら」
和「…すみません、私は先に失礼させていただきます」
ガチャ
久「あら、あらあら?」
咲「和ちゃん、どうしたんだろう?」
優希「今日はずっと上の空だったじょ」
まこ「そうじゃな」
久「ふー……和も、夏のインターハイで一皮むけたと思っていたんだけどね」
この子は、とても勘のいい子みたい
はやり「どういう意味ですか?」
久「『それ』を知ってしまうとね、人は何度でも『それ』を求めてしまう生き物なのよ。特に彼女は強いから」
久「私はそこまでは行けないだろうから、本当はよく分からないんだけど、ね」
はやり「…そうですね」
咲「?」
久「ふっ、一皮むけた、なんて。須賀くんにはちょっと刺激的な言葉選びだったかしら?」
はやり「ほほほほほ包茎ちゃうわ!」
咲「ほーけい?」
優希「ホッケの亜種か?」
まこ「……////」
はやり「……」
はやり「すみません、ちょっと用事が出来たんで、先に帰らしてもらいます。ではっ!!」
久「うーん、青春ねぇ…いってらっしゃい」
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久「須賀くんはくすぶっていると思っていたんだけど。案外やるわね」
まこ「わしとしては大歓迎じゃがな」
咲「HO KEY?」
優希「箒?」
まこ「ええかげんにせんか」
咲「それにしても、京ちゃんの今日の打ち方、少し変じゃありませんでした?」
まこ「そうか?」
優希「京太郎くらい京太郎らしかったじぇ」
咲「そうなんだけど……なんていうか」
久「?」
咲「誰か別の人が、京ちゃんの打ち方を完璧にトレースしているような…」
咲「『京ちゃん』らしすぎる、っていうか。あまりにも完全に、枠の外にはみ出ないように自制しているような…そんな感じ」
優希「ま、まさか誰かに入れ替わったとか!」
まこ「エイリアンの仕業じゃな」
久「私は超能力を推すわ」
優希「クローン説で」
咲「きっと痛い衣装を着たアラフォーの人とぶつかった拍子に、心が入れ替わっちゃったんだよ」
久「ははっ、それだけはないわね!」
優希「咲ちゃん、本の読み過ぎだじぇ」
まこ「さっ、バカやってないで帰るとするかのう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
少し時間を使いすぎた。廊下は走ってはダメって言うけど、この時だけは許してほしい
ただ、やっぱり男の子の体。ちょっとくらい走っても全然疲れないや
いたっ!
はやり「和っ!!」
和「須賀くん、ですか。どうかしました?」
はやり「え~っと…その」
どうしよう。若い頃の勢いそのまま、みたいに飛び出しちゃったけど、なに言うか考えてなかった
和「?」
いや…いいんだ。私は須賀京太郎。今は男子高校生。少しくらいの失敗と暴走は許されるんだ
そんなことしたって誰も気にしないんだ。だって私は、アイドルなんかじゃないんだから
はやり「俺は、須賀京太郎だ」
和「は、はぁ…」
はやり「和。お前の気持ちは何となく分かるよ」
和「何を言っているんですか?」
はやり「夏のインターハイで、お前がどんな目標を掲げていたのか、俺にはよく分からない」
和「……」
はやり「でも、お前は見事にそれを達成したはずだ。達成感、満足感、高揚感、祝福と称賛……全部手に入れたはず」
和「なにを馬鹿なことを」
はやり「でも、それは長くは続かない。『成功者は、麻薬中毒者がヘロインを求めるように勝利を求める』」
和「…マシュー・サイドですか」
はやり「『勝利の効果は、麻薬に似てあまりにも短く、選手は表彰台を去るやいなや憂鬱になり、生きる目的を失う』」
和「……」
はやり「今の和の状態は、飢えに近い。胃袋だったら食べ物を与えてやればそれで済む。だが、こいつはそうはいかない。だろ?」
和「そんなことありません」
素直じゃないね
京太郎「俺は知ってるぞ、その穴の埋め方を」
和「…!!」
京太郎「お前には麻雀の才能がある。実力もある。努力もする。容姿も、スタイルも悪くない」
まっ、私ほどじゃないけどねっ!……ねっ!?
和「セクハラですか」
はやり「俺ならお前に、さらにもう一段階上の世界を見せてあげることができる」
和「……」
はやり「和、アイドルになってみないか?」
和「……」
和「……」
和「……」
和「……」
和「……はぁ!?」
ああ、私。なんでこんなこと言っちゃったんだろう
_______
____
__
結局その後、和ちゃんには「なに言ってんだ、こいつは…」みたいな顔されて、帰られてしまった
『アイドルになってみないか?』
なんであの時あんなこと言ったのか、自分でもよく分からない
気の迷い、若さゆえの過ち…まあ、なんでもいいけど
でも、今になって冷静に考えてみると、それは案外悪くない案じゃないかと思えてくる
和ちゃんは麻雀もできるし、顔だって可愛いし、胸だってバインバインのダンバインだし、アイドルの素地はあると思う
そうだよ、私なら和ちゃんのプロデューサーさんになれる!
和ちゃんをアイドルマスターに導いてあげることができる!
清澄初のスクールアイドル!アイドル活動略してアイカツ!Wake Up, Gir──いや、これはいいや
おお、なんだか学生生活らしくなってきたよ。これぞ青春の一ページだよ!
よーしっ、あの夕日に向かって走るよっ、私っ!!
はやり「とりゃあああぁーー!!!」
「あれ、須賀さん家の子よね…」
「見なかったことにしておきましょう」ニコッ
「そうね」
そのまま走りながら、須賀くんの所に向かう
その日の用事が済んだら、須賀くんと情報交換する約束になっているから
はやり「須賀くーん、ただい──」
京太郎「次回もはやりと一緒にレリーズ!!」キャピ
はやり「……」
はやり「ゴハァ!!」ビチャ
京太郎「瑞原プローーー!!!」
はやり「黒歴史はね……決して、よみがえらせてはね…ダメなんだよ」
京太郎「瑞原プロ、あなたもかつて……こんなキツいお姿、お見せしてしまって申し訳ないです」
はやり「いいんだよ、須賀くん。かなりダメージ大きかったけど大丈夫……あと私はそんなにキツくないよ、ねっ」
京太郎「ソッスネ」
はやり「さて、出鼻くじかれたけど、今日はどうだったかな?」
京太郎「家事して、アニメ見て。それだけですね」
はやり「暇な主婦みたい…」ボソ
京太郎「聞こえてますよ」
京太郎「それで、瑞原プロの方はどうでしたか?」
はやり「うん、私の方はね──」
『アイドルになってみないか?』
はやり「無難にやり過ごしたよ。みんなも私のこと、変に思ったりはしてなかったと思う」
京太郎「流石瑞原プロ、演技なんか俺より俺らしいっすからね」
こんなことは言わなくてもいいよね。落ち着いたらまた話そう
この後も、色々と学校での出来事を話したりして、情報の共有をした
こうして、私の学校生活の一日目が終了した
──9月中旬 長野
─須賀京太郎
京太郎「暇だ」
そう、暇だ
瑞原プロが送ってくれたアニメなども全部見終わってしまったし、今日の家事はほとんど済ませた
暇で暇で仕方ないのだ
ああ、学校って学業だけじゃなくて、暇つぶしの側面もあったんだな。また一つ勉強になった
だけど、迂闊に外をウロウロして、正体がバレるのだけは避けなくてはならない。これは瑞原プロのためでもある
変装と言う手もあるにはあるが、未だに俺の行動範囲は近所のスーパーまでくらいなもの。正直、俺の変装スキルは高くないと思う
はっきり言って、誰にもにバレないという自信はない
でも、そろそろもう少し移動の幅を広げても良い頃合いなのかもしれない
このままだと、この4畳半×2の神話体系の中で脳が干からびて死んでしまう。退屈死
ウサギは寂しさのあまり死んでしまうという俗説があるが、人間は退屈さのあまり死んでしまうのだ
つまり、今の俺に必要なのは脳ミソへの直接的な刺激
京太郎「刺激……刺激ねぇ」
確かに、この二つのおもちは刺激的に違いないのだが、残念ながらもう慣れてしまった
長時間椅子に座っていると腰が痛くなってくるから、時々立ってストレッチしなきゃいけないこの体にはもう慣れた
俺は瑞原はやり。年齢は28。体重は49kg(仮)。身長は151cm。ハートビーツ大宮所属のアイドル雀士。出身は島根
和了スピードと守備がすごくて、キツい格好してて、小鍛冶プロとか戒能プロとかとも知り合いで、頭も良いらしくって、それで、それで……?
あれ…?意外とよく知らねえな
瑞原プロから通り一遍の情報は聞いていたけど、彼女自身のことは全然分からない
プロになったいきさつとか、アイドルになった理由とか、何が好きで何が嫌いかとか、いつもどんなことを考えているのか、とか
俺は、瑞原はやりなんだ。だから、俺は俺のことをもっと知らなくちゃいけない
京太郎「調べてみるか」
早速、ネットでその名前を検索にかけてみる
京太郎「うわ…」
出るわ出るわ、あることないこと、憶測をまるで事実のように語るブロガー、誹謗中傷、下衆なゴシップ記事
その他数えきれないほどの、もはや悪意を通り越した無関心。童心のような残酷な遊び心。心の不感症
もちろん、ファンの声もたくさんある。だけど、悪意ってのは善意よりもよっぽど目立つ
そしてそれは、本人が意図した以上の効果をあげて、簡単に人の心を傷つける
勝手な事言ってくれちゃって、まあ
京太郎「有名人も大変なんだな…」
嫌気がさしたので、仕方なくwikipediaにあたってみる
簡単なプロフィール、略歴、アイドル活動について、麻雀のプレースタイルとその分析
俺が知りたいのは、そんな水の上に浮いた油みたいな、上っ面の情報じゃないんだ
もっとこう、彼女に……いや、今の俺に肉薄できるような、本質的な
京太郎「あぁー、ダメだ」
どうやら、俺の欲しい情報はネットでは拾えそうもない
それでも30分くらい粘っていると、興味を引くサイトに行き当たった
京太郎「『アイドル雀士、瑞原はやり選手を遠くから見守る会』、…公式ファンクラブか」
やっぱり、アイドル雀士ともなると、こういうのがあるんだな
さらに詳しく覗いていく。会合…ファン同士の集りなんてのもあるのか。ふむふむ、場所はと…
京太郎「長野、ね」
ふーむ……一週間後。場所もそんなに遠くないし、一日の間に行って帰ってこられる距離だ
暇は有り余っている。お金は有り余ってない
行動範囲を広げるいい機会だし、瑞原はやりという人物について知るための絶好の機会でもある
京太郎「いっちょ、行ってみっか」
よーしっ、そうと決まればさっそく会員登録だ!えーと、名前はと
京太郎「……」
京太郎「『内木一大』、と」
ごめん、副会長!ごめん!!他の名前が思い浮かばなかったんです!少し変えたから許してっ!!
よしっ、準備万端!あとは、時が来るのを待つだけだぜ!
うおぉ、なんだか久しぶりに生きてる感じする。やっぱり自分から何かしないとな
京太郎「あっ!」
そうだ、大事な事を忘れていた。画像検索
京太郎「どれどれ…」
うわぁ…自分の姿が、しかもきっつい格好でネット上にアップされているのを見ると、なんかこう、クるな
京太郎「水着姿まで……うわぁ、別の意味でたまらんなぁ。うわぁ…」
こういうのを見て、三大欲求の一つを鎮めている方々がいることを想像すると……複雑な気分だ
だって、俺の身体だぜ?
京太郎「や、やめよう…」
これ以上見ていると、俺のガラスのハートが壊れかねない
そうして、ブラウザを閉じようとしたとき、ある女性の画像が妙に目に付いた。少し古めの画像
京太郎「ん、この人の、この髪飾り…?」
瑞原プロと比べると、意志の強そうな鋭い目をした女性。綺麗な人だ
そして、瑞原プロがいつも着けている。いや、今この机の上に置いてある、この髪飾りと
京太郎「同じ…?」
いや、まさかな……そんな偶然あるわけない、か
さっ、くだらない妄想やめやめ!やること決まったし、夕飯の用意をしなくちゃな
来週が楽しみだ!
──9月下旬 長野
─須賀京太郎
あれから一週間後。ついに来たぜよ、長野駅
帽子は深めのキャスケット。さらにサングラス、マスク。極めつけはサラシ!
まあ、あの爆乳が完全に隠れているかと言えば、そうでもないが、上着をかなり厚くしたのでうまく誤魔化せていると思う
着ぶくれして暑いけど…そこはなんとか我慢しようじゃないか
この季節もあり、若干変質者のような格好になってしまったが、正体がバレるよりはマシだろう
髪型は悩みに悩みぬいたあげく、シンプルにサイドのお団子に落ち着いた。女性の髪をあまり弄くるのは、俺のモラルに反する
身長はシークレットで底上げ、全体の色合いは地味地味アンド地味。そしてもちろん、すっぴん(28)!
イケる!!
京太郎「くっくっく……!」
「ママー、あの人ー」
「こら、近づいたらダメよ」
京太郎「……」
言動も気をつけなきゃね
地図を見ながら移動する。お目当ての会場のホテルはと
京太郎「これか…………えっ、マジで!このホテル!?」
で、でかい…つーか、今更だけど、ここ結構有名な高級ホテルだったよな?
俺なんかが入っちゃっても大丈夫?警備員さんにつまみ出されない?ポリスメンのお世話にならない!?
いやいやいやいや、男は度胸!なんでもやってみるもんだ!いざっ
怪しまれないように、なるべく堂々と中に入っていく。ドアマン、受付嬢の視線が気になったが加齢に、いや華麗にスルー
上の階のホールを貸切にしているとの話だったので、エレベーターで早速向かう
つーか、アイドルの会合に高級ホテルの大広間を使うのって普通なのか?この界隈のことはよく分からないけど
そして、到着
受付発見、人が集まっているし間違いないだろう
正直、想像していたより人数は少ない。それになんだか、年配の方が多いような、というより若者の姿が全く見当たらない
なんだろう、もっと若いエネルギー溢れる近付き難い空間を予想していたので、少々肩透かしを喰らった気分だ
まあいいや、受付を済ませよう
受付の人を見る。頭皮の砂漠化が進みつつあるが、どうして中々、社会の荒波に揉まれつくした堅牢な雰囲気がある
社会的なヒエラルキーでは上位に位置するであろう、教育者といったところだ
俺の想像が正しければ、おそらく長野県の清澄高校の集会で、よく偉そうな口上を垂れ流している───
京太郎「……」
京太郎「校長っっ!!!?」
校長「うむ、いかにも私は絶好調だが」
京太郎「そっちの好調じゃないっ!」
校長「まあ、いい。会員番号19937──メルセンヌ素数か」
知らねーよ
校長「なるほど、最近入会した若い子がいると聞いていたが、君だったか。ええ……名前は、内木一大くん、か……?」
あっ、やべっ
校長「内木、内木……」ブツブツ
やべっ…やべっ…帽子の外から髪の毛出てるし、やべっ…こんなことなら、名前も考慮して男装してくんだった
京太郎「」ダラダラ
校長「副会長」ボソ
京太郎「っ!!」ビクッ
校長「……ふっ、若いな。マスク、サングラス、それに偽名までして」
あ、あれっ…なんかいい具合に勘違いしてくれてる?
校長「しかし、女装まですることはなかったのでは?」
京太郎「え、え~と、そのー……趣味です!」
校長「こりゃたまげた…いや、若い人の趣味に首を突っ込むのは老人の悪い癖か。しかし、君の気持ちも分かるよ」
校長「私も若いころはそうだった。他人の目が気になるあまり、今の君の様にしてこの会合に参加したものだったよ」
知らんがな
校長「さあ、入りたまえ。そして、はやりんを遠くから一緒に応援しようじゃないか」
京太郎「は、はぁ…」
た、助かったのか…?つーか、『はやりん』とかさすがに気持ち悪いです
危機一髪。どうやら校長は、俺のことを本物の副会長だと思ってくれたみたいだ
変装に力を注いでおいてよかったぜ。あと、なるべく声のトーン落としておいたのが幸いだったな。マスク効果もあったかもしれない
中に入ると、テーブルとイスが用意されている。各自座るようになっているのだろう
会員番号と一致する席に着いて、周りの様子をそれとなく伺った
やはり40~60歳くらいの人が目立つ、というより俺を除けば99%そんな感じだ
仕立ての良いスーツや、一組ウン十万もしそうな革靴を履いた(社会的にはアレの)ナイスミドルの紳士達も混じっている
試しに右隣の人をマジマジと観察してみる。腕時計は
京太郎「パパパパテック・フィリップゥゥ!?」
「?」
俺のGショックが霞む…歩くとき腕をぶつけないように気をつけよ…
時間だ。そろそろ始まりそうな雰囲気になってきた
校長「おや、君が隣か。奇遇だね」
よりによって、あんたかよ
校長「君、今回が始めてだろう?」
京太郎「はぁ」
校長「ならば私が、解説してあげよう。先輩ハヤリストとしてね」
ハヤリスト…?えーと、リアリストとかファンダメンタリストとかの仲間か?
『お集まりいただきありがとうございます。では早速、第59回『瑞原はやり選手を遠くから見守る会』の会合を──』
京太郎「59回目って、結構な数ですね」
校長「年に3回から4回の頻度で開催しているからね、こんなもんだろう」
年に3、4回ということは、このファンクラブは一体いつから?59÷3はと…………俺は考えるのを止めた
校長「さて、ここで質問。59、この数字の意味が分かるかな?」
唐突だな
京太郎「えーと、素数…ですか?」
校長「その通りだ。素数とは孤独な数字だ。1と自分自身以外では割り切ることのできない自然数。そして、素数と素数は決して隣り合うことはない」
校長「もちろん、2と3を除けばだがね。素数とは、決して仲間と一緒になることのできない、孤独な数なのだ」
校長「そして、それゆえに素数とは本当に根本的で"素"な数なんだよ。そういう意味では人間にも似ている」
京太郎「はぁ」
校長「その中にあって、特別な素数の組が存在する。双子素数だ」
京太郎「双子素数、ですか…?」
校長「双子素数とはその差が2となる素数の組をいう。例えば3と5、11と13などだね。つまり最も数の近い素数の組だ」
京太郎「はい」
校長「ちなみに、59と61も双子素数だ」
京太郎「なるほど」
校長「素数と言う孤独な数字にも、双子が存在する。人間で言えば瓜二つの兄弟といったところか」
校長「だが、その双子であってさえも、所詮それは別の数字に過ぎない」
校長「どんなに他人に成りきろうとしても、どんなに同じように振る舞おうとも、結局その人はその人にしかなれないのだ」
京太郎「まあ」
校長「つまりだね」
京太郎「……」ゴクリ
校長「我らがはやりんはオンリーワンということだよ」
真面目に聞いて損したよ
『我がファンクラブの会員数は前年の同じ月に比べて、マイナス3.4%と7か月連続の──』
まるで企業業績の報告のような…
京太郎「会員の数って減っていっているんですね」
校長「そうだね。最盛期には10万以上あったものだが……」
校長「今では脱会した人の数字を繰り上げて、今の君の会員番号付近に落ち着くというわけだね」
京太郎「なるほど」
校長「盛者必衰とはいえ、あの頃を知っている者からすると悲しいものがあるよ」
『それと比較して、咏派の伸び率は依然として順調、特に戒能派はその数をデビュー以来指数関数的に増やし続けており──』
咏派とか戒能派とかなんだよ。女子麻雀界のファンクラブにおける派閥か
京太郎「そういうのもあるんですね…」
校長「そうだね。彼らの勢いは凄まじいものがあるよ。噂によると、うちを脱会して向こうに改宗した者も多いと聞く」
改宗って、宗教かよ
校長「ハヤリストの風上におけない不届き者たちだ。しかし、これが現実なのだ」
校長「これは、あらゆる競争分野で言えることだが、下からの突き上げは年々キツくなる一方なのだよ」
校長「我々も、その権力と財力と政界へのコネを駆使して、はやりんのPR活動は行ってはいるのだが」
京太郎「そ、そうなんすか…」
『我がファンクラブの年齢別の構成を割合にして表すと、この図32-4のようになっており、40代から60代に著しく偏って──』
京太郎「偏り過ぎじゃありません、これ?」
校長「そう思うよ。そして、これこそが我々の組織の問題なのだ」
京太郎「どういう意味ですか?」
校長「若い人がね、全然入ってこんのだよ。君みたいなのは特別だ。いつの間にかここは、ただの年寄りの集りになってしまった」
校長「ライブをしても、ハコが空くのが当たり前に」
校長「握手会をしても、以前のような長蛇の列はもう見られない」
校長「少し前にあった麻雀の大会でも、成績が芳しくなかった。はやりんも、今はなぜか活動を自粛しているようだ」
校長「もしかしたら、そろそろ──」
京太郎「……」
校長「いや、私がこんなのではいけないな。それに君みたいな者もまだきっと全国にいるんだ。大丈夫に決まってる」
『本ファンクラブの創始者で、会長と副会長を務める、kapiさんとmegumiさんからお便りを──』
京太郎「なんでそんな人達が、この会に参加してないんでしょう?」
校長「私もお会いしたことがないから詳しくは知らないがね、あくまで『遠くから』はやりんを見守るのがここの趣旨だからだそうだ」
校長「ライブにも行かない、握手会にも参加しない。ただひたすら、はやりんを遠くから応援してきたのが、彼らなのだ」
京太郎「へえ、硬派なんですね」
校長「聞くところによると、会長と副会長は、はやりんが小学生の頃ある麻雀大会で優勝したのも見て、その魅力に憑りつかれたという」
校長「それからすぐに、この会の前身を結成し、二人三脚ではやりんをデビュー前から密かに応援していたそうだ」
京太郎「へ、へえ…」
犯罪者一歩手前だな
校長「ちなみに、妻子持ちだそうだ」
うわぁ…家族の方お気の毒に
校長「御二方とも今は長野に住んでいるとのことだから、もしかしたら今回こそお会いできるかもと思っていたのだが…」
うわぁ…この校長といい長野終わってんな
校長「megumiさんは少しでもはやりんの近くにいたいと、『早く東京に行きたい…』、と以前テレビ電話でぼやいていたものだよ」
京太郎「ま、まあ、家族の意向もあるでしょうしね…」
そんなんで、転校させられたりしたらたまったもんじゃねーよ
その後もつつがなく会は進行していき、食事の段になった。そういうのもあるのね
お酒も出た。ただ、いくら成人した女性の身体とは言え、校長の手前、飲むのは無理だった
ちょっとくらい、飲んでみたかったものだけど
お酒も入り、皆さん和気あいあいと談笑している。ただしその内容は、混じりっ気なし100%アイドル雀士のそれだ
お、恐ろしい光景…まっいいや、気を取り直そう。現実は、ほどほどに直視するのが良いときもある
京太郎「あー、そういえば、ちょっと聞いておきたいことがあったんですけど」
校長「なにかね?」
京太郎「この、髪飾りなんですけど?」
校長「これは、はやりんのものか…よく同じものを」
京太郎「え、え~と、これは…………女装趣味の一環で手作りを」
校長「う、うむ、なるほど……これが何か?」
京太郎「はやりんの画像検索しているとき、たまたま見つけたんですけど、これと同じ髪飾りをしている女性の画像がありまして」
校長「んー……そうか」
京太郎「?」
校長「私も詳しくは知らないがね、その女性は春日井真深という人だそうだ」
校長「かつてのアイドルだ。テレビでよく見たものだよ。凛々しくて、はつらつとしていて、はやりんとは少しタイプの違う人だったな」
京太郎「そうなんですか」
校長「もちろん、なぜはやりんが彼女と同じ髪飾りをしているのか、ファンの間では噂話が飛んだものだった」
校長「ただの偶然だとか、はやりんが彼女をリスペクトしてのものだとか、あの髪飾り自体は形の似た全くの別物だとか、ね」
校長「私みたいなロマンチストは、はやりんが彼女からそれを受け取ったとみているのだが…どうだろう?」
京太郎「……」
校長「要は、よく分からないということだ。こういうミステリアスな部分も、はやりんの魅力だと思わないかね?」
京太郎「な、なんとも…」
そして、宴もたけなわ、酒の力も借りて気分も雰囲気も最高潮に達したとき
「では、そろそろ、皆でいつもの写真撮影といきますか!」
「ほっほっほ、そうですな」
校長「ほら、君もこっちに来たまえ」
京太郎「お、俺もっすか!?」
校長「あたり前田のクラッカーだよ」
や、やだなー…でも、まっ、仕方ないか
整列しての写真撮影。学校での集合写真を思いだすな
「では、皆さん行きますよー。一足す一はー?」
「「はやっ!」」
何の脈絡もねえ!
パシャリ
_______
____
__
京太郎「ふー、疲れたな…」
なんか、凝った変装したり、思いがけない知り合いがいたり、とにかく色々あって予想以上に疲れたよ
今じゃ、須賀家より居心地の悪いあのアパートの一室が懐かしく感じる。早く帰って休みたい
何気なしに、空を見る
京太郎「満月、か」
日本では、暦を読むことを「月を読む」と書いてツクヨミと言ったそうな──と、文学少女・咲から聞いたことがある
ツクヨミってのはあれだ、よくゲームとか漫画に登場する強そうな神様。日本神話の神様らしいけど、俺はよく知らない
その、漫画とかゲームでお馴染みの神様が、実はもとの神話ではほとんど語られていないと知ったのも、例の文学少女の入れ知恵だ
つまり、よく分からない神様なんだな
みんなに広く知られているものに限って、案外よく知られていなかったりするものだし、その多くは語られていないということか
それが良いことなのか、あるいは悪いことなのか、今の俺にはよく分からないけれども
例の髪飾りを、満月にかざしてみる。月の光が、髪飾りの輪郭をなぞっている。どちらが本物の月なのか
京太郎「春日井真深さんだったかぁ…綺麗なお人よ」
俺はまだ、瑞原はやりという人が分からないし、完璧に分かるなんてことはないんだろうけど、今日でほんの少しだけ何か掴めたような気がする
今まで考えなしに、キツイとか、痛い格好してるとか、「はやっ」、とか言って茶化してたけど、それはもうやめよう
そんなことしたって、彼女の輪郭がぼやけるだけだ。本物がどっちなのか分からなくなるだけだ
俺は、いや俺だからこそ、彼女をアイドルでもプロ雀士でもない、一人の『瑞原はやり』として見なくちゃいけない
でないと、俺のことも分からなくなるから。そう、俺は瑞原はやりなのだから
京太郎「私は、瑞原はやりだ」
俺は、例の髪飾りをつけながらそう言った
──9月下旬 長野
─瑞原はやり
先生「では、先週は2次元のイジング模型を扱ったから、今日は3次元に拡張して考えてみよう。簡単におさらい──」
はやり「うーん」
咲「どうしたの、京ちゃん?」
はやり「どうしても崩せない山があったとして、咲ならどうする?」
咲「う~ん……『リン・シャン・カイ・ホーー!!』、ってポーズキメながら叫べば、花が咲いてみんな笑顔になるよ」
はやり「お前の頭の中がリンシャンカイホ―、だよ」
咲「…うん、私も正直そう思う」
ここで言う山とは、もちろん比喩に過ぎない。そしてその山は、和ちゃんに他ならない
あれ以来、何度となくアプローチをかけてはいるけれど、素っ気なく振られるのがせいぜい。無視だって何度もあった
こんのぉー、若いからって調子に乗ってぇー、と2回くらいは思ったものだ
そんなこんなで、さてどうしようかと、頭をひねっているいるところ
咲「京ちゃんがどんな山を想像してるのか知らないよ。けどそういう時は、自分の強みと、相手の弱みを一緒に考えてみるのが一番だよ」
咲「自分の強みでもって、相手の弱みに正面からぶつかることができれば、大抵その山は崩れるものだから」
強みと弱みを一緒に、か
先生「ハミルトニアンはここに書いたとおりだから、後は各自解いてみてくれ。時間は──」
私の強み。麻雀なら、日本上位の実力。歌とかダンスには自信あり。頭の良さは悪くないと思ってる
対して、和ちゃんはどうだろう?
麻雀については、言うまでもなく中々の実力者。容姿は抜群で、胸もスタイルもいい感じ。学校の成績も良いみたい
じゃあ弱みは?
性格がけっこう硬そうだなぁ、と何度か感じたことがある。融通も利かなそう。義理は堅そうだけど
はやり「……」
勝負を吹っかけてみようかな。できればみんなの前での口約束もあった方がいい
なんの勝負にしようかな。はっきり言って、学校のお勉強程度なら負ける気はしない
はやり「テストか」ボソ
いや、テストまでにはまだ期間があるし、そこまで時間はかけられないし、待ってだっていられない
それに、須賀くんの成績を不自然なほど爆上げしてしまうのは、ちょっとどうかと思う
周りに迷惑のかからない、もっと即効性のあるものを
はやり「麻雀だ」ボソ
ふふっ、決まりだね。待っててね、和ちゃん。トッププロの実力を、しかと見せてあげるよ
ああ、放課後が楽しみ。こんな悪巧みみたいなことするの、いつ以来だろうか?ワクワクするな
はやり「くっくっく…」
咲「ちょ、ちょっと京ちゃん」
はやり「ん?」
先生「前でて解いてみようか、須賀くん」ニコリ
はやり「……」
はやり「2次元の場合と同じようにして、シュルツらが用いたように第二量子化の手法をまず活用してみると意外な知見が得られます」
はやり「まず、この行列を──」
咲「はわわ~」
先生「ふみゅ~」
授業は終わった、お昼ご飯はモリモリ食べた、掃除も終わったし、帰りのホームルームだって終わった
後は放課後、部活動だっ!
はやり「よっしゃあ、行くぜぇ、咲ィィ!!」
咲「なに、そのノリ気持ち悪い」
はやり「…行くか」
咲「うん」
部室に向かいながら、和ちゃんとの会話や闘牌についてシミュレーションする
はやり「……」
うんうん、悪くないよこの感じ。久しぶりに頭がフル回転している、この程よく熱のこもってくる感覚
咲「大丈夫?」
はやり「脳汁がプッシャーってなってる」
咲「やっぱり気持ち悪いね」
はやり「言ってろ」
咲ちゃんにも、手伝ってもらうからね
はやり「こんにちはー」
咲「こんにちはー」
優希「おーす」
まこ「おう」
和「こんにちは、咲さん」チラ
咲「うん」
はやり「……」
和ちゃん、私は無視ですかそうですか。まっ、今はこれでいいよ
むしろ都合がいいかな、この方が
咲「和ちゃん、京ちゃんと喧嘩でもしてるの?」
和「いいえ、喧嘩なんてしていませんよ。ただ最近ちょっとストーキング紛いのことをされているといますか…」チラ
はやり「わーお」
咲「京ちゃん…」ジロ
優希「ついに犯罪者までに成り下がったか…」
まこ「ええと、110番110番、と」
はやり「冗談でも止めてください、傷つきます」
和「嘘ですよ。軽めのジョークです…ねえ、須賀くん?」ニコリ
はやり「はぁ…」
これは、須賀くんの誇りと尊厳のためにも、頑張らないといけない感じみたいだね
いつものように部活動が進んでいく。要は打って、喋って、それだけ。けど、例のことに備えて頭の中はフル回転
時間がどんどん進んでいく。そして、そろそろ終わりが見えてきた頃、頃合いだ
はやり「なぁなぁ、頼むよ和さん。俺の話を聞いておくれよ」
和「…またですか。あなたも懲りない人ですね」
はやり「しつこさは、時として武器になることもある」キリッ
和「意味が分かりませんよ。自分の行いを正当化しないでください」
はやり「あーあー、せっかく才能あるんだから、試すくらいはいいだろ?」
和「私には向いていませんし、何よりそんなことしたくありません。第一、あなたも私も素人です」
はやり「みんな最初は素人さ。それにまだ、時々ボーっとしてたり、ため息ついてたりするだろ?」
和「疲れているだけです」
はやり「なあ、和。みんなが笑顔になって喜んでくれたら、それはとても素敵なことだろう?」
和「それは、まあ、そうなんでしょうけど…ですけど、それは私の仕事ではありませんし」
はやり「歌ったり、踊ったり、ときどき手品とかもしてみたり」
はやり「自分がみんなを喜ばすことができたと実感できたとき、それはもう体全体が満たされて、心が豊かになって」
はやり「すごいんだよ、あれは。他の何かに例えようのないくらい」
はやり「みんなを笑顔にできるってことは、それだけで尊いことなんだよ」
和「なぜ、あなたにそんなことが分かるんです?」
はやり「分かるよ。だって…………私は」
和「?」
私は、、、、、、私は、須賀京太郎
だから、瑞原はやりじゃないし、アイドルでもない。ただの男子高校生
『なぜ、あなたにそんなことがわかるんです?』
なら、私は一体──
はやり「……」
和「大丈夫、ですか?」
久「いいじゃない、和。須賀くんの頼み、きいてあげれば。何の話か知らないけど」
和「他人事だと思って…って、来ていたんですね」
久「だって、他人事だもーん」
和「……」イラッ
久「でも、本当にそうなのかしら?嫌だと感じたら、あなたはもっと強く拒絶するタイプと思っていたんだけどね」
和「…誤解ですね」
久「実はまんざらでもなくて、『須賀くんなら、私の固く凍った心を溶かしてくれるかも、キュン///』、なーんて思ってるんじゃないかしら」
まこ「乙女じゃな」
和「そんなオカルトありえません。あと、その声真似やめてください。不快です」
久「あーらら、怒られちゃった」
和「もう」
久「それにね、須賀くんは麻雀はヘッタクソだけど、相手が嫌なことをそんなにするとは思えないのよねー」
和「……」
咲「褒めているのか、けなしてるのか…」
久「まっ、いいわ。そんなに嫌なら、なんか条件出して断わっちゃいなさいよ。それが分かりやすいわ」
和「条件?」
久「ズバリ勝負ね」
まこ「『これに懲りたら、もう私に近づかないでよね、変態っ!』、ってことじゃな」
久「今の可愛かったわよ、まこ。今度からは、ツンデレキャラとしてもやっていけるわね」
まこ「阿呆め」
優希「うまうま」モグモグ
…いつの間にか、思い通りの展開になってる。本当は自分でここまで持っていくつもりだったのに
でも、ちょうどいいや
はやり「いいぜ、それで。勝負しよう、和。それでこの話はもう無しだ」
和「…分かりました。では、何で?」
咲「自作小説」
優希「タコス作り」
久「ガールハント」
まこ「二人で決めたらええ」
はやり「部長以外、まともじゃない」
まあでも、次に和ちゃんが何を言うか、想像はついてる
和ちゃんは、私がどれだけ本気かを試すつもりだ。そしてこの場所、空間。なら、そこから導き出される答えは一つに決まってる
それは
和「麻雀にしましょう」
ほらね、分かりやすい子。打ち方もそうだけど、その機械的なまでの均質さは彼女の弱点でもある
だから、私がわざわざ誘導するまでもなく自動的にこうなる
はやり「いいぜ」
「「えっ!?」」
優希「ほんとにいいのか京太郎?間違いなく負け戦になるじぇ!お前が死んだら、誰が私のタコスを作るんだじょ!」
久「蟻がクジラに戦いを挑むようなものよ!」
まこ「もうちょい何か、いい案があると思うんじゃが…えーと、ほら…うーんと、ほら、腕相撲とか?」
咲「次回っ、京太郎死す!」
はやり「おいおい、君たち酷くない…いいんだよ、これで」
和「あなたがどれだけ本気なのか、私に見せてください。まあ、それができればの話ですけどね」
なるほどね、須賀くんを、いや私を見くびっているってわけだ。自分は勝つに違いないと
だけどね、真剣勝負の場ではね、それは命取りになるんだよ
あなたの戦い方は知っている。100回やって、その中で如何にして相手より多く勝つか、これに尽きるから
でもね、和ちゃん。たった一回の真剣勝負において、その考え方がどれだけ危ういことなのか、身をもって教えてあげるよ
はやり「ごめんね、和ちゃん」ポツリ
和「?」
残念だけど、あなたは負ける。だってそこは、私の独擅場なのだから
はやり「さあ、席に着いてくれ。和、咲、それと部長もお願いします」
まこ「おんしらはともかく、わしらは本気で打ってもええんか?」
はやり「ええ、そうしてください」
だって、そっちの方が計算しやすいから。むしろこれはね、都合のいい人選なの、まこちゃん
はやり「さあ、行きますよ」
ねえ、和ちゃん。私が教育してあげるよ
_______
____
__
優希「勝った…のか?」
久「ど、どうやら…そうみたいね。ちょっと信じられない展開だわ…」
優希「相変わらずの素人麻雀で、のどちゃんに競り勝つとは…」
久「運が良かったとしかいいようがないわね」
咲ちゃんが1位、まこちゃんが2位、私が3位、そして──
和「な、な、なっ……」
はやり「4位、和」
須賀くんの打ち方をできるだけ模倣しつつ、咲ちゃんとまこちゃんを利用しながらのギリギリ3位
我ながら、計算されつくしたほぼ完璧な闘牌
ねえ、和ちゃん。弱いなら弱いなりの戦い方っていうのがあるんだよ。強いだけのあなたには、ちょっと分からないかもしれないけどね
咲「……」
まこ「なんか、変な感じのする対局じゃったな、咲」
咲「…ええ」
ちょっと不自然が過ぎたかな。咲ちゃんは麻雀に関してだけは、異様に勘が鋭いから何かを察知したみたい
まっ、それでも私の正体が分かるなんてことはあり得ないけどね
久「で、どうしよっか?」
まこ「時間も時間じゃし、いつもなら帰る場面なんじゃが…」
優希「のどちゃん放心しちゃってるじぇ」
和「」
はやり「いいですよ。俺が見ときますんで、正気に戻ったら一緒に帰りますから」
まこ「そ、そうか?」
久「そうね、じゃあ後のことは、若い二人にお任せして」
まこ「お見合いか」
優希「ご趣味は?」
咲「読書を少々、麻雀はたしなむ程度に//」
優希「なんと控えめで素敵な女性!結婚しよう!!」
咲「まっ///」
はやり「…とっとと、帰れ」
和ちゃんと私以外は、それからすぐに部室から姿を消した
今この部室には、私と和ちゃんだけ。しかも、和ちゃんは放心状態
このくらいの年齢の男の子は、女の子と二人っきりになるとすぐ襲っちゃうものだって、物の本に書いてあったような
そして、そこから始まるラブストーリーもあるって、須賀くんの持ってたちょっとエッチな本に書いてあったような
そういえば、東京ラブストーリーの中で、女の子の方からセック──生殖行為を要求する場面があった。今で言う肉食系ってやつ?
もしかしたら、ここで和ちゃんを襲わないのは、それはそれで典型的男子高校生としては不自然なことなのかも、どうなの?
はやり「えいっ」
試しにほっぺを突っついてみる
はやり「わっ、わわっ!?すごい弾力…!」
…今度は花瓶の水をちょっと腕に垂らしてみる
はやり「す、すごい…!弾く、弾いてるよ、これ!?」
はやり「……」
はやり「あー…」
なんだか虚しくなってきた。やめよう、こんなことしても何にもならないよね
ごめんね和ちゃん、あなたの身体でちょっと遊んじゃった
和「────はっ!」
あっ、正気に戻った
はやり「あー…と」
和「どうやら…私は負けたみたいですね」
はやり「そうだな」
和「…どうしてなんでしょうか?」
はやり「勝負は時の運。今回ばかりは、運がたまたま俺を味方にしてくれただけさ」
和「そうでしょうか?。私には…いえ、やめましょう。では、約束通りあなたの──」
はやり「本当に嫌だったら、断ってくれていいんだぞ。俺は、そういうことはしたくない」
なんて自分勝手でわがままな台詞。身体だけじゃなく、心まで高校生に戻ってしまったかのような…ごめんね、須賀くん
和「……」
和「私は、あなたの言う通り、夏のインターハイからずっと、どこか変な感じがしていたんです」
和「最初はそれが何なのか、よく分かりませんでした。だから、どうすればいいのか分からなくて、一人で悶々としていたんです」
和「そんな時、須賀くんがいきなり変なことを言いだして、それを聞いた瞬間頭がカーッとなってしまって」
はやり「変なこと、とは失礼な」
和「それからしばらくは、あなたの言った言葉の意味はよく分かりませんでした。というより、実感の方だけが伴わなかったといいますか」
和「けれど、何度も何度も頭の中で反芻していくうちに、やっぱりその通りなんかじゃないかって、最近思えるようになりました」
和「ねえ、須賀くん。私は、一体どうしたらいいんでしょうか。あなたはその答えを知っているのでしょう?」
はやり「よく大人は、『子供には無限の可能性がある』とか言うけど、そんなのは嘘っぱちだ」
はやり「そんなものは、何にも成れなかった大人が、過去の自分に対しての幻想を、その子供に押し付けているに過ぎない」
はやり「大抵の人間は、何にも成れないし、何かを成すこともできない、所謂『普通』の大人になっていく」
はやり「別にそれが悪いってんじゃない、ただそれが現実ってだけだ」
和「はい」
はやり「だけど和、お前には才能がある。お前には、この社会の中で、特別な何かに成れる可能性を持っている」
はやり「その可能性が、いずれどのようにして結実するのか私には分からない。けど、俺はそれを見てみたいとも思ってる」
和「……」
はやり「お前に足りないのは『他人』だ」
はやり「他の人間をもっと知って、心から憎んで愛し、そして喜ばすことができるようになれば、別の世界が見えてくる」
はやり「その先に、お前の欲しい答えがあるはずだ」
はやり「だから、もう一度だけ聞くぞ。これが多分最後のチャンスだ」
そう、私とあなたの
和「はい」
はやり「和、アイドルになってみないか?」
和「はいっ!」
その笑顔は、かつて私が持っていたものをすべて満たしているかのような、そんな笑顔だった
──10月上旬 長野
─須賀京太郎
京太郎「ふぅー…やっぱりプリキュアは初代に限るな」
10月に入った。あれから、もう1ヶ月以上経つ。時間が進むのって早い
またしても特にやることがなく、暇をしていたある休日。俺の生活に、変化が突然訪れた
バンッ!!
はやり「須賀くんっ!!」
京太郎「ああ、瑞原プロ。こんにちは。どうしたんですか、そんなに慌てて」
京太郎「うちのドア、スパイダーマンのピーターの部屋のドア並に建てつけ悪いんで、大事に扱ってくださいよ」
はやり「あのね、話しがあるんだけど、その……ごめん、先に謝っておくよ。ごめん!」
京太郎「えーと…」
うーん、俺何か謝られるようなことしたっけ?いや、していないはずだ。昨日会った時だって普通に接していてくれていたのだから
じゃあ、過去のことでないなら、今現在のことだろうか?
今俺が見ているのは────ああっ、なるほど!つまりこういうことか
はやり『ごめん(私、実は初代よりハトプリ派なの)、(だから、この認識の違いがあなたを傷つけてしまう可能性があるから)先に謝っておくよ』
うむ、これなら珍しく主語の抜けた瑞原プロの言葉にも、意味が通ってくる
いや、でも待てよ…瑞原プロはもしかすると、そもそもブリキュアをあまり好きではないのかもしれない
瑞原プロの少女時代を考えると、彼女の変身ヒロインもののイメージはセーラームーンとかクリィーミーマミィ止まっているのかもしれない
なーる。以上の考察から導かれる、俺の次の発言の正解は
京太郎「じゃあ、間をとって二人でキューティーハニー見ましょうよ」
はやり「アニメの話じゃないよ!」
京太郎「ならなんです?」
はやり「ほんとのことだよ!」
さて、アホな事はこれくらいで切り上げて、話を先に進めようじゃないか
テーブルにお茶を用意して、興奮した瑞原プロを落ち着かせ、会話の準備を整えた
京太郎「で、どういったご用件でしょうか?」
はやり「なぜ急にビジネスライクに……あー、でも、それとも関係あるのか」
京太郎「?」
はやり「実はね、須賀くんにやってほしい仕事があるの」
京太郎「…そんなにかしこまった様子だと、『瑞原プロ』としての仕事ってことみたいですね」
京太郎「でも、それなら、俺は麻雀弱いから無理ということで、既にチームには大会の参加は不可だと伝えているはずだったでしょう?」
はやり「そうじゃないの、麻雀の方じゃなくて……アイドルとしての活動をしてもらいたいの」
京太郎「……アイドルゥ!?」
はやり「昨日、ここから出た後のことなんだけど、マネージャさんからメールで連絡があってね」
京太郎「ふむふむ」
はやり「そろそろ活動を再開してもらわなくちゃ困るって、泣きつかれちゃって…」
京太郎「いやいやいや、そんなの断っちゃってくださいよ」
はやり「須賀くん…」
京太郎「むりっすよ!俺、ちょっと前まで普通の男子高校生だったんすよ!?いくら瑞原プロからの頼みとはいえ」
はやり「須賀くん、アイドル活動ってその人だけのものじゃないの。私が稼がないと、マネージャーとか事務所とかにも影響が出てくるの」
はやり「新作を全く書かない作家に就いている編集者がもしいれば、その人はいずれクビになっちゃうってわけ」
京太郎「いや、でもですね…」
はやり「勝手な頼みってのは分かってる。だけどお願い。難しいことをしろとは言わない」
はやり「私もマネージャーさんに掛け合って、できるだけ負担の少なそうな仕事を選んでもらうから」
はやり「だから、お願い…」ウルウル
うっ、ガタイのいい身長182cmの男子高校生の上目づかい…別の意味で破壊力満点だぜ、うげぇ…
京太郎「……」
でも、瑞原プロの頼みか…そういえば、初めてのことかもしれないな、こんなこと
こんな状況に陥ったのは、もちろん偶然のことだけど。今の生活があるのは、もちろん瑞原プロの援助のおかげなのだ
この部屋に住めるのだって、彼女がお金を支払ってくれたから。こんなニートみたいな生活を送れるのは、他でもない彼女のおかけなのだ
こうやって事実を列挙していくと、俺、ヒモみたいだな…
京太郎「……分かりました」
はやり「そ、それってオッケーってこと…?」
京太郎「か弱い女性を悲しませるのは、俺の信条に反します。その頼み、引き受けますよ」
はやり「あ、ありがとうっ…!」ダキッ
京太郎「ちょっ!痛いっす、痛いっす」
はやり「あっ、ご、ごめん。ちょっと、力強かったみたい」
京太郎「い、いや、大丈夫です…はは、なんとか」
こんなでかい奴に抱きつかれると、身動きすらとれないもんなんだな。体格差があると、これほど違うものなのか
やっぱり、瑞原プロはか弱い女性だ。世間でどう思われようとも、俺だけはそれを知っている
これは、趣味の悪い優越感だろうか?
はやり「これで気兼ねなく、和ちゃんのアイ──じゃなかった、学園生活を謳歌できるってもんだよ!」
京太郎「アイ…?」
はやり「あ、アイはアイでも、虚数単位のiだから!?アッアー、明日の数学の時間楽しみダナー」
京太郎「そ、そうすか……学校生活を満喫しているようでなによりです」
はやり「まあね」
京太郎「そんなに楽しいもんですか?」
はやり「うんっ!!」
ただひたすらに、楽しいことだけを追い求めているような、純粋さそのままの子供のような満面の笑み
彼女のこんな笑顔、初めて見たかもしれない
そんな顔をされてしまうと、ほんの少しだけ、嫉妬してしまいたくなる
その後、色々と細かい打ち合わせを済ませて、瑞原プロは帰っていった
京太郎「俺が、アイドルねえ…」
1ヶ月ちょっと前の俺に、「未来の君は、アイドル活動をしているんだよ」、と言ったって、誰も信じないだろうな
アイドルというものが何なのか、よく分からないままの突然のアイドル活動
そんなことをしていいものか、俺にその資格はあるのか、そもそもこんなことうまくいくのか…
残念ながら、俺の些細な不安なんか、現実世界にとってはどうでもいいらしかった
とにかく、俺のアイドル活動は、この小さな部屋から幕を開けてしまったようだ
──10月上旬 東京
─須賀京太郎
京太郎「ふぉー、緊張してきたー…」
マネ「緊張するなんて珍しいわね、大丈夫?」
京太郎「プロデューサーさん…」
マネ「誰がプロデューサーさんだ、誰が」
この人は、俺の──というより瑞原プロのマネージャーさんだ
なかなかのバインバインで、キリッとしたスーツ姿が美しい女性
以前なら、間違いなく近くに寄っただけで、下半身の京ちゃんが熱膨張を引き起こしてしまうであろう魅力的な人だ
…まっ、現在はなんともないけど。ま、まさか心の方まで女体化が進行しつつあるなんてことはないよね?
マネ「あんた、十分休んだんだから、今日はビシバシ働いてもらうわよ」
京太郎「はーい」
今日は、俺のアイドル活動第一弾としての、言わば試運転の日になる
所謂、握手会というやつだ。これなら、特段特別なスキルは求められないので、最初にやるにはもってこいの仕事だ
瑞原プロが、このように手配してくれたのだ。正直、かなり助かる
マネ「それにしても、あんたその…大丈夫なの?」
京太郎「はい?」
マネ「はい?、じゃないわよ。その手よ、手。酷い腱鞘炎で、しばらく大会には参加できないっていうから、心配してたのよ」
京太郎「はい?」
マネ「まっ、あんたももう若くないんだし、仕事柄そこらへん酷使するから、そうなっても仕方ないのかもねえ…」
け、腱鞘炎て…まあ、確かに悪くない言い訳かもしれないけど、腱鞘炎て…
マネ「今日は握手するだけだし、重い物持ったりもしないから大丈夫だと思うけど、痛くなったら早く言うのよ?」
京太郎「うん、分かってる。ありがとうね」
なんだか、良い人を騙したような気分になってくる。罪悪感。いや、その分さらに頑張ってやるのが男というものか
京太郎「んじゃ、行ってくるよ」
マネ「んー…ちょっと待ちなさい。表情がちょっと硬いわね」
そういや、瑞原プロも笑顔が一番大事って言ってたな
京太郎「こう?」
マネ「いや、もうちょい口角をさ、イーってな感じで、うん、うん…よしっ、オッケー!さっ、行ってらっしゃい」
この身体になってから長いこと経つけど、口調はともかく他人の表情一つまねるのすら、結構苦労するもんなんだな
その点、一発で俺になりきってしまう瑞原プロは、やっぱりすごいと素直に思う
京太郎「よしっ、今度こそ行ってきます!」
_______
_____
__
京太郎「うぉー…腰がぁ、腰がぁ…」
マネ「なに言ってんのよ。今日は比較的少ない方だったじゃない」
ま、マジで!?中途半端な格好で立ちっぱなしだったから、腰バッキバキなんすけど!?
たかが握手会と思って侮っていた。どうやら俺の認識は、モロッコヨーグルのように甘かったようだ
瑞原プロの客層?と言っていいの分からないが、お客さんたちはファンクラブと同様年配の方が中心だった
その、心のこもった優しい笑顔で、「頑張ってね」と言われる様は、帰省してきた孫を迎えるお爺さんのそれと同じものだった
だからかもしれないが、暴れたり、叫んだり、喧嘩したり、何か変なものを手に付けていたりと
ネットで見られるような、悪い評判の皆さまは、幸運なことにいらっしゃらなかった
そういうのも覚悟していた分、何事もなく無事に終わってくれたことは幸いだった
また、ファンクラブの会合の時に見かけた、熱心なファンの人達も幾人か見かけた
あの時は、ただただ気持ち悪いというか、お近づきになりたくないような、そんな気分で彼らを見ていた
しかし、こうやって、いざ自分が応援される立場になると、やはり彼らのような存在はとてもありがたいものだった
俺の見識は狭かった。純粋な気持ちでもって、誰かを応援できるということは、素晴らしいことだったんだ
そして、思いのほか、いやかなり楽しかった。最初はぎこちなさを指摘されてりもしたけど、慣れてくるとなんというか…
多幸感、っていうの?そんな感情の分類はどうでもいいんだけど、とにもかくにも今まで味わったことのない不思議な感覚だった
今まで誰かから、特別必要とされてきたことのなかった人生だからだろうか
自分の振る舞いや言葉や表情のひとつで、他の人がほんのちょっとでも嬉しく思ってくれる
自分が笑顔なら、相手も笑顔になってくれる。それで相手が喜んでくれたのなら、こっちだって喜びたくなってくる
こんな、なんでもない些細なことが、如何にも大事なことだったんだ
俺は、アイドルを、瑞原はやりをまだまだ捉えることができていなかった。やっぱり彼女はすごい人だったんだ
また、ほんの少し、彼女に近づけたような気がする
マネ「なぁーに黄昏てんのよ、花も恥じらう10代の乙女じゃあるまいし」
京太郎「…アイドルってすごいんだなぁ、って思って」
マネ「自画自賛とは恐れ入るわね」
京太郎「そんなんじゃないよ。はやり、もっと頑張る。もっと、みんなを元気にしてあげるんだ」
俺は、瑞原はやりなんだから
マネ「…へえ、ちょっと前までは、何かと落ち込んでいたくせに」
え
マネ「まあ、ファンの方が減っているのは事実だけど、それでメゲてちゃアイドル失格ってもんよ」
マネ「なにせあんたは、瑞原はやりなんだから」
京太郎「……」
マネ「さ、やる気を取り戻してもらったところで、次の仕事の話に移りましょう。来週の木曜なんだけど──」
──10月中旬 愛媛
─須賀京太郎
俺のアイドル活動が始まって、2週間程経過した
今なら、たくさんのお客さんを目の前にしても、そうそう変なミスをすることは無くなった
あの握手会から、いくつかの仕事をこなした。イベントに招かれてのちょっとしたトークとか、麻雀雑誌によるインタビューとか
つまり、いずれにしても無難な仕事だ。そして、大切な仕事
さて、今日はというと、ここ愛媛県にて、子供向けの麻雀教室が開催される。そこに参加する予定だ
協会による麻雀振興の一環らしく、他にも何人かのプロが参加するらしい。楽しみなような、少し恐ろしいような
しかし、この2週間で、アイドル『瑞原はやり』を演じるのは慣れてきた。ま、それでも、いきなりライブをやれとか言われても困るけども
でも、マネージャーさんの話によれば、プロ同士で打つことはないって言ってたから大丈夫だろう
基本的には、子供相手に麻雀の基本的なルールを教える、というだけというものらしい
いくら俺だって、そのくらいのルールくらいは覚えてるし、それを世のチビッ子諸君に教えるのはやぶさかでない
つまり、今の俺はやる気に満ち溢れている。ナウでヤングでイケイケでピチピチな状態なのだ……ちょっと古いか
そして、控室。いざ、ゆかん!
京太郎「こんにちはー」
さて、誰がいるのやら
健夜「あっ、久しぶりー」
うおっ、本物の小鍛冶プロ。テレビで見るよりちっちぇーなー、いや俺も今は小さいんだけど
京太郎「久しぶりー」
あと一人いる。スーツ姿の若い女性
良子「どうも。今日はよろしくお願いします」
戒能プロだ。礼儀正しく、会釈までしてくれた
胸は申し分ないくらい大きいし、容姿も整っている。さらに、ちょっとミステリアスな雰囲気を纏いながらのスーツ姿
おもちを如何なく強調するその格好は、まさにベリーグッドでエクセレント!しかもしかも、ビューティフル!
瑞原プロの話によると、個人的にも仲が良いとのこと。ならば、俺だって仲良くさしてもらっても差し支えなかろう
京太郎「久しぶり、良子ちゃん。元気にしてた?」
良子「ええ、変わりなく」
京太郎「よかった!」
健夜「ねえ、聞いたよ。しばらく大会参加しないんだって。どこか悪いの?」
京太郎「ええと、その……実は、腱鞘炎になっちゃって」
健夜「ああ…なるほど」
良子「Oh…」
健夜「聞いた話だけど…あくまで聞いた話なんだけど。マッサージしたり、氷で冷やしたりするのが大事なんだって」
健夜「だけど、ただ適当にマッサージすればいいって話でもなくて、きちんとお医者さんにやり方を聞いた方がいいんだって」
健夜「あと、やっぱり一番なのは腕をなるべく使わないことに限るよね。まあ、これは聞いた話なんだけど」
京太郎「そ、そう。ありがとうね」
なぜ、同じことを三回も言う
良子「おや、そろそろ時間みたいですね。行きましょうか」
京太郎「そうだね」
健夜「よーし、子供たちに麻雀の厳しさをたっぷりと教えてあげるよ」
京太郎「厳しさより楽しさを教えてあげようよ…」
良子「小鍛冶さんが本気になったら、子供たちにトラウマを植え付けてしまいますからね」
京太郎「ある意味、一生の思い出になるよ。まったく嬉しくない思い出だけど」
健夜「ゆ、夢ばっかり語るのは悪い大人のすることなんだよ!私は、良き大人の見本として──」
良子「小鍛冶さん…」
京太郎「教えるのは下手そうだもんね…」
健夜「うぅ~…そんなことないもん」
良子「ふむ…では、あなたの方はどうなのです?」
あなた?俺のこと?
京太郎「大丈夫だよ良子ちゃん。はやりはこう見えても、人に教えるのは得意なんだから」
良子「そうなのですか」
強い奴が、必ずしも指導者に向いているとは限らないさ
会場に向かうと、100人とはいかないまでも、それに匹敵する数の小学校低学年くらい子供たちが待ち構えていた
みんな、目をキラキラさせている。憧れのプロに会えると、ずっと期待していたのだろう。純粋さの塊だ
健夜「若いっていいなー…」ボソ
京太郎「若いっていいよね…」ボソ
良子「ここはオフレコでお願いします」
最初は全体で、麻雀の基本的なルールの説明を行った
真剣に耳を傾ける子もいれば、落ち着きのない様子でキョロキョロしながら集中しきれない子もいた
俺たちの解説を聞きながら、うまく理解できなかった他の子に、丁寧に説明してあげてる優しい子もいた
ちょっと騒いで小鍛冶プロの雀圧?に圧倒される子、服装や髪の毛をやたらと気にする子
積極的に質問してくる子、モジモジしている子、ボーっとしている子、理解の速そうな子、いろんな子供たち
一つ一つ見れば、それは些細な可能性だけど、全体を俯瞰したとき、それがまるで無限のものに思えてしまうのは錯覚だろうか
瑞原はやりは、アイドルでプロ雀士だ。しかし、彼女がまだ幼いとき、そこには色んな可能性があったはず
彼女は、頭が良かっただろうし、容姿だって優れていただろうし、人当たりだって良かっただろうし、麻雀の才能があっただろうし
つまり彼女は、特別に優秀な人間だった。おそらく、何にだって成れただろう
エリート官僚、弁護士に検察官、研究者、世界を股にかけたバリバリのビジネスマン
女優、ニュースキャスター、政治家、世間に偉そうに講釈垂れるコメンテーター
俺みたいな凡人が想像できるものなら、何にだって
誰の目から見ても、目移りしそうなその選択肢の中から、なぜ彼女は敢えてキワモノと言ってもいいアイドル雀士の道を選んだか
アイドルとして活動し始めた今の俺でも、未だにその気持ちはよく分からない
でも、きっと彼女の人生の中には、決して外には出ることのない大切な何かがあって、それが彼女をここまで導いたんだ
髪飾りが、一気にズシリと重くなったような気がした
健夜「なにボーっとして。ちゃんと自分の仕事はしなきゃ」
京太郎「う、うん…ごめん」
良子「……」
京太郎「じゃあ、ルールは説明したから後はみんなで打ってみようね!」
ルールの説明が終わったら、後は実際に打ってみる。人数分の雀卓も用意されており、準備は万端
「はーい、せんせー分かんないですけどー」
良子「ウェイトウェイト、ちょっと待ってね」
京太郎「いいよー、はやりが行くから」
良子「そうですか?では、お願いします」
「えー、かいのーせんせーがいいー」
「うんうん」
京太郎「え、えっ!?ちょ、ちょっと待って、なんで?」
「だって…みずはらせんせーってなんか…キツいんだもん」
グサリ
「うちのおかーさんテレビ見ながら言ってたもん、この人見ててイタイタしーわよねー、って」
グサリグサリ
京太郎「……」プルプル
良子「こ、子供の言うことですから」
20歳の若手に気を使われる、ベテラン28歳の図
こんのガキどもがっ、人が気にしてることをヅケヅケと!
尻の穴から手ぇ突っ込んで、直腸に直接カイエンペッパー塗り込んでやろうかぁ、あぁ!!
健夜「んもう~、仕方ないなあ~。ここは、オ・ト・ナのお姉さんに任せなさい。間をとって、私は教えてあげるから」
「……こかじせんせー、こわいから、やっ」
健夜「……」
京太郎「ぷっ」
良子「ちょっと、流石に悪いですよ…ぷっ」
健夜「……ねえ、君たち席に着こうか」
「「ひっ」」
健夜「大人の女性を怒らせるとどうなってしまうのか、身をもって教えてあげるよ」ニコリ
京太郎「やめなさい」
良子「さっ君たち、今のうちにエスケープです」
_______
_____
__
健夜「うぇー……ひっく…たく、さいひんの若いもんは…年上をうやまうとゆー、ことを……ヴぇぇ、はぎそ…」
京太郎「一人で飲み過ぎるからだよ。おー、よしよし」
良子「そろそろ、タクシーが来ると思いますので」
良子「っと、来ましたね」
タクシーの運ちゃんに、乗客を見せるとものすごく嫌な顔をされたが、そこはスルーして小鍛冶プロをなんとか押し込む
良子「はい、駅の方まで送っていただければ後は一人でなんとかすると思いますので」
良子「えっ、襲われる心配ですか?ノーウェイノーウェイ、そんなことは万に一つもありませんので──では、お願いします」
京太郎「何気に酷いよ良子ちゃん…」
京太郎「さて、じゃあついでにはやりも一緒に乗せてもらって──」
良子「もう、行ってしまいましたよ」
タクシー「アデュー」
京太郎「ちょ、ちょっと良子ちゃん、そこは停めておいてもらってよ!?」
良子「ああ、すみません。うっかり忘れてしまいました」
京太郎「まっ、別にいいけどね。また呼べばいいだけだし」
良子「……なら、タクシーが来るまで少し時間がありますね」
京太郎「そーだねー」
麻雀教室が終わってからの打ち上げ
まさか自分がトッププロの二人と食事を共にすることになるとは、誰が予想できたか
料理はおいしかったし、雲の上の存在だと思っていた二人の話を聞くことができて貴重な経験になったと思う
お酒は…まあ、その、ね。お付き合い程度はね。でも、お酒が料理とこんなに合うものだったとは…ちょっぴり大人の階段をのぼった気分だ
だけど、何事も程々がよい。酒は飲んでも飲まれるな。俺は今日、人生で最も大事な教訓の一つを学べぶことができた
ある一人の女性の犠牲によって…
京太郎「ふー、今日は疲れたー」
良子「ええ、そうですね。しかし、たまにはこういうのも悪くないと思いますよ」
京太郎「良子ちゃんはまだまだ若いから、そういうことが言えるんだよ」
京太郎「今日だって、さんざんイジられたし」
良子「あれは、彼らなりのコミュニケーションの一種なのだと思いますよ」
京太郎「そーかなー」
良子「ところで」
京太郎「ん?」
良子「あなた、一体誰ですか?」
アナタ、イッタイダレデスカ…?
京太郎「え、えっ…!?」
良子「フー・アー・ユー?」
京太郎「なんで、二回も!?」
な、なっ…!?何が起こってるんだ?俺が瑞原プロでないとバレた?
そんな馬鹿な!?
良子「……」
京太郎「な、なに言ってるのかな、良子ちゃん?はやりは、はやりだよ…?」
良子「……」
何かを確信している目
いくら仲が良いからって、無理だろそんなこと!?
マネージャーさんにだって、小鍛冶プロにだって正体はバレなかったっていうのに
こ、こうなったら、密かに練習していたアレをやるしかない!
ついに、俺の最終兵器を持ち出すときたようだ!
これをやれば、いくら戒能プロと言えども、その疑惑を吹き飛ばさざるえなくなる!!
腹をくくれ、須賀京太郎!今が人生の大一番なんだぞ!!
よしっ!!
京太郎「わ…」
良子「わ?」
京太郎「私は、瑞原はやりです☆」
良子「……」
良子「……」
良子「87点」
どうやら、ダメみたいだ
その後、タクシーに乗せられ30分ほど行ったところで降ろされた。もちろん会話などなく無言
乗車中、頭の中でいろんな事を考えていた
病院送りにされるのか、はたまた研究所に連れられて人体実験の被験者にされてしまうのか
あるいは見世物小屋に売り飛ばされて金儲けの道具にされてしまうのか……ふぇ~、怖いよー。助けてスカリーちゃん
良子「モルダー、あなた疲れてるのよ」
京太郎「読まれた!?」
良子「口に出ていましたよ」
京太郎「……」
緊張で、少しおかしくなっているみたいだ
良子「ここです」
京太郎「ここは…?」
見たところ、普通の建物だが
良子「マイホームです」
なるほど
良子「どうぞ、上がってください」
京太郎「し、失礼します」
女性の、それもこんな美人の御宅にお邪魔できるなんて、以前の俺なら卒倒ものなんだが…
正直今は、あまり嬉しくはない
良子「コーヒーにしますか、紅茶にしますか?それとも」
京太郎「それとも?」
良子「ポンジュースでも」
申し訳程度の愛媛県アピール
京太郎「…ポンジュースでお願いします」
良子「ラジャー」
のどを潤すものものも用意され、いよいよ対話のスタート
良子「さて、先ほどの続きといきましょうか。あなたは、誰なんですか?」
ここは慎重にいくべきか、なんとか誤魔化すべきか…いや、正直に話そう
たぶん、この人にはそういうのは通用しない
京太郎「私は……いや、俺は須賀京太郎といいます」
良子「須賀さん、ですか。男性の方で?」
京太郎「はい、長野の清澄高校の一年生です。なので、その堅苦しい敬語はもういらないですよ」
良子「なるほど。そうみたいだね」
夏のインターハイの会場で俺たちに何があったのか
それから、どのようにしてこんな状況になってしまったのか。手短に説明した
良子「そんなことが。はやりさんも私に相談してくれたらよかったのに」
京太郎「あの、俺からも質問いいですか?」
良子「いいよ」
京太郎「なんで、俺が瑞原プロでないと分かったんでしょうか?」
良子「…それは、秘密にしておこうかな。能力を簡単に他人に晒すのは危険なことだからね」
京太郎「は、はぁ」
良子「女の勘、ってことにしておいてくれるかな」
能力…?この人も、咲とかと一緒で向こう側の人間みたいだ。戒能プロ、ますますその存在はミステリーになる
良子「事情は分かったよ。それで、元に戻る方法だけど」
京太郎「!?、そんなのあるんですか!?」
良子「そりゃあるよ。私ひとりでは無理かもしれないけど、春たちと協力すればまず間違いなく大丈夫だと思う」
春…?たしか、インターハイで竹井先輩と打っていた人の中にそんな名前があったような。永水か
永水といえば、あのおもちの大きい人が揃った、巫女装束姿のイカした学校か。だとすると、この人もそれ関連ということになる
ほあー、巫女さんってすごいダナー
良子「善は急げとも言うし、早めに済ましてしまった方がいいね」
京太郎「ま、まあ、そうなんですけど」
それはそうだ。そんなのは当たり前だ。元に戻れた方が、良いに決まってる
でも、なんだか胸のあたりに、心なしか引っかかるようなものが。これは一体…
良子「じゃあ、はやりさんとも連絡をとらないとね」
良子「…ああ、なるほど。頑なに電話に出ようとしなかったのはこのためか」
そう言って、瑞原プロ宛てにメールを打ち始める戒能プロ
なんだ、この変な感じは
理性的に考えれば、そりゃもちろん元に戻れた方がいい。俺だって、あの身体が懐かしくてたまらないさ
だけど、俺の身体を支配しているであろう心や精神といったものは、猛烈な勢いで焦り、焦燥といった反応を引き出してきている
これは、今すぐ戒能プロの行動を止めろという、肉体からの強烈なメッセージだ
でも、なんで…!?
『そんなに楽しいもんですか?』
『うんっ!!』
京太郎「…瑞原プロに連絡するのは、ちょっと待ってもらえませんか」
良子「なぜ?」
京太郎「それは」
それは、彼女が心の底から楽しそうな顔をしていたから
俺が、今この状況で、その笑顔を守ってあげられる、唯一の人間だと思うから
俺は
京太郎「……」
良子「…まあ、これは当人たちの問題かな」
良子「ごめんね、私も少々急ぎ過ぎてしまったみたい」
京太郎「いえ、そんな。すみません、勝手なこと言ってしまって」
良子「何かしらの理由があるんだよね。なら、構わないよ」
京太郎「それと、瑞原プロには、このことを言わないでおいてもらえませんか」
良子「私が君の正体に気付いた、ということだね。分かったよ、約束する」
京太郎「ありがとうございます」
戒能「うーん…君は、須賀くんは、良い子みたいだね」
京太郎「そんなことないですよ。ただの生意気な男子高校生です」
良子「そういう謙虚なところも、なかなかナイスだよ」
良子「そうだ、連絡先を教えておこう。この件で困ったことがあったら、すぐに連絡してくれていいから」
京太郎「あ、ありがとうございます!」
俺のアドレス帳に、新たに戒能プロが加わった。瑞原プロに続いて有名人が二人目。変なの
京太郎「ああ、帰らないといけませんね。では、そろそろ──」
良子「あー…今現在のタイムは?」
京太郎「……夜の11時、ですね」
良子「今から駅に向かっても、もう遅いと思う。だから、今日は泊まっていくといいよ」
京太郎「ええー!?いやいや、さすがに俺みたいな男が、戒能プロと同じ屋根の下で夜を過ごすというのは」
良子「須賀くんは、今は"はやりさん"なんだよね?それとも、その身体で私に何かするつもりなのかな、ん?」
うっ、その挑発するような不敵な笑み。俺には、まだちょっとばかし早そうだ。参りました
京太郎「滅相もございません」
良子「なら、大丈夫だね」
______
____
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戒能プロが、この部屋、リビングだけど、に布団を用意してくれた
俺はソファーでも構わなかったけど、身体は瑞原プロのものだから、その厚意に甘えることにした
ホテルとかでもそうだけど、まったく初めての部屋だと、なかなか寝付けないんだよなあ、俺
横になりながら、外の風景を窓から覗いてみる。ああ、夜が更けていく
ミステリアスな美人。それに対するは、身体は女だけど心は男の男女。これじゃ、ラブコメにもならないよ
テーブルの上を見ると、まだそこには先ほどのコップが残っていた
その底には微かにポンジュースが残っていて、今にも解けだしそうな氷と混じり合おうとしていた
果たして、どこまで混じり合ったら、ポンジュースはポンジュースでなくなるのか……うーん、深い
ガチャ
良子「おや、眠れないみたいだね」
京太郎「なかなか、落ち着けなくて。小心者なんですよ」
良子「とか、言いながら。はやりさんの演技は堂に入ってたけど」
京太郎「堂々としてさえいれば、案外不審に思われないもんですよ。戒能プロは別ですけどね」
良子「それは褒めてくれているのかな?」
京太郎「どうでしょう……あっ、コップ残したままですけど、そのままでいいんでしょうか?」
良子「面倒だから、また明日にするよ」
京太郎「……あのポンジュースと氷、どこまで混じったら、ポンジュースがポンジュースでなくなると思いますか?」
良子「氷が全部解けて混じったら、もはやそれは、ただの色のついた水だよ」
京太郎「…貴重なご意見ありがとうございます」
良子「須賀くんは、変なことを聞くんだね」
京太郎「この状況の方が、ずっとおかしいですけどね」
良子「ふふっ、違いない」
京太郎「では、おやすみなさい」
良子「うん。グッナイ、須賀くん」
ガチャ
戒能プロが出ていくと、静けさだけがこの部屋に残った。冷蔵庫の音だけがこだましている
また、机の上を見た
どうやらまだ、氷は解けだしたばかりのようだった
──10月下旬 長野
─須賀京太郎
アイドルとしての活動も一段落し、久々の休日。だけど世間は平日。世にいう勝ち組というやつだ
慣れないアイドル活動の反動か、昨日の内から今日はひたすらダラダラして過ごすと決めていたのはいいけれど
身体の方は、休まないことに慣れてしまったようで、どうしたもんか…
京太郎「…たまには、駅まで行ってみっか」
そうだな、それも悪くない。一人ってのがちょっと味気ないかもしれないけど、それは仕方がないと諦めよう
今日は、人前に顔を晒すわけでもないから、化粧は適当でいいな
洗顔して、化粧水で水分補給して、クリームで保湿して、念のための日焼け止め
ああ、ファンデとかしなくていいのが、すっごく楽。後は、リップだけいいや
服装は…うーん、仕事中は例の格好でスカートだったから、今日はパンツルックでにしよう
あとは白のシャツに薄手のセーター、少し寒くなってきたから、上から羽織るものも
元が良いから、そんなに気合い入れなくても、映えてしまうのがアイドルというもの
鏡に映った自分を見る。化粧のよし、服装よし、変装だってほぼ万全!
京太郎「イー」
うん、笑顔も悪くない、上出来だ
京太郎「おお…鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しい人は誰?」
鏡「……」
鏡「……」
鏡(京太郎)「お前だよ」
京太郎「キャー、だと思ったー!」
京太郎「よーしっ、いってきまーす!」
電車を乗り継いで、来たぞ久し振りの松本駅
東京と比べりゃあれだけど、やっぱりここまで来るとそこそこ栄えてるな
京太郎「どこ行くか」
咲とだったら、図書館とか本屋さんだとか、簡単に行き先が決まってしまうんだろうけど、今日は一人だし
京太郎「うーん」
いいや、困った時のデパートで。なんか見つかるだろ
早速、中に入ってみる
1階はお菓子売り場がメイン。あっ、あのケーキおいしそう…いやでも、仕事柄体重が気になるしなぁ
ここは、心を鬼にしてやめよう。なんたって、私はアイドルなんだからっ!
2階は貴金属やアクセサリーの類。さすがに、あんま興味は湧かないな
でもこれ可愛いかも。きっと瑞原プロにも似合うぞ。つまりつまり、俺にだって似合うはずだぞ!
「気になるものございました?よろしければ、御試着してみてはいかがでしょう?」
京太郎「け、結構です」
俺は男だ
しかし、女性の姿になれば、デパートって見るところ結構いっぱいあるもんなのな
男だったときは、せいぜい上の階にある本屋さんとかタワレコとか、あるいはトイレくらいしか利用したことがなかったけど
新しい発見もあって、なかなか楽しいな、これ
そして、3階、4階、5階と上がっていき、手芸用品店の前を通りがかったとき
京太郎「ん?」
ん、えーと、俺がいる。俺がいるということは、須賀京太郎がいるということで、須賀京太郎は今は瑞原はやりだから、あれは瑞原はやりで
つまり、瑞原プロだ
京太郎「こんなとこで、一体何やってんだ?今日平日だろう…」
いくら、瑞原プロといえど、俺の身体で好き勝手やられちゃ困る。ここは毅然とした態度で注意をせねば
くくっ、ついでに驚かしてやろう。ゆーっくり近づいて、と
京太郎「すーがーくんっ!」
はやり「!!?、ぎょえー!!」
ぎょえー、て…
京太郎「こんにちは、俺ですよ俺」
はやり「こんな堂々とオレオレ詐欺をする奴は……って、須賀くんかぁ。なんだびっくりさせないでよ、まったく」
京太郎「ははは、すみません。ついつい」
京太郎「それで、今日はなんでこんなところに?平日で学校があるでしょう?」
はやり「ああ、それ?だったら今日は文化祭の準備の日だから、こうやって買い物に来てるってわけ」
はやり「前にも話したじゃん。ああ…もしかして、私がサボってるとでも思ったのかなあ。んー、どうなのどうなの?」
あー、そんなこと言っていたような聞いたような
京太郎「べ、別に忘れてただけですって。でも、こんなとこで何買っていたんですか?」
はやり「ああ、それは和ちゃんのいしょ──」
京太郎「いしょ…?」
はやり「和ちゃんと一緒に来たんだけど、途中ではぐれちゃってね、って言おうとしてたの!」
京太郎「おおう…怒らなくたっていいじゃないですか」
はやり「ご、ごめん」
京太郎「それはいいんですけど、ちょっと目立っちゃいましたね…」
周りを見ると、ヒソヒソ話でなにやら勝手に噂されてしまっていた
「痴話喧嘩かしら?」
「恋人にしては歳が離れすぎてるような。姉弟じゃないかしらね」
歳は関係ないだろう。歳は
京太郎「ちょっと離れましょうか」
はやり「そ、そうだね」
京太郎「それにしても、もう文化祭ですか。早いもんですね」
はやり「そうだね。今から、楽しみで楽しみでたまらないよ、ぐっふっふ」
京太郎「そ、そうすか」
気味の悪い笑いだな
はやり「須賀くんは、どうしてここに?」
京太郎「今日は仕事もないんで、暇なんでブラブラしに」
はやり「仕事の方はうまくいってるみたいだね。感心感心。須賀くんにも、アイドルの才能があるのかもね」
「にも」、ってなんだ?
京太郎「んなわけないっすよ。毎日毎日ストレスの連続で大変なもんですよ。この前なんか戒能プロに──」
はやり「良子ちゃんがどうかしたの?」
京太郎「戒能プロの美貌に目を奪われて、仕事どころじゃなかった、って話ですよ!」
はやり「怒らなくたっていいじゃない…」
京太郎「す、すみません」
はやり「じゃあ、須賀くんもいよいよ『プロ』になったってわけだ」
京太郎「いやぁー、まだまだそんなの──」
はやり「誰かから求められて、その報酬としてお金を貰ったんだから、それはもうプロの証だよ」
京太郎「そんなもんすか」
はやり「そんなもんだよ。ねっ、須賀プロ!」
京太郎「瑞原プロと須賀プロじゃ、誰のことを言っているのか分からなくなっちゃいますね」
はやり「そうだね。うーん……じゃあ、こうしようよ」
京太郎「?」
はやり「須賀くんも、もうプロで私と対等なんだから、私のことちゃんと名前で呼んでよ」
京太郎「えーと、瑞原さん…?」
はやり「もー、よそよそしいなあ。愛情を込めて"は・や・り"、って呼んでくれていいのに」
京太郎「はやりさんでお願いします」
はやり「素直が一番だね。じゃあ、私も、真心を込めて"京ちゃん"って──」
京太郎「京太郎くんでお願いします」
はやり「つれないねえ」
でも、有名人相手に下の名前で呼び合うのって、よく考えなくてもすごいことだよな
週刊誌にスッパ抜かれでもしたら、嫌な話題を世間様に提供してしまいそうだ
はやり「そうだ!せっかくだし、二人でどこか行く?」
京太郎「えと、瑞…はやりさんの方は、もう買い物の方は終わったんですか?」
はやり「ああ、それなら大丈夫。足りなくなった生地を、少し買いに来ただけだから」
京太郎「そうなんですか」
俺たちのクラスの出し物って、わざわざ衣装作るようなものだったか?
京太郎「それなら、どっか行きましょうか」
というわけで、急きょ二人で行動することになった俺たち
でも、これって傍から見たら、完璧にデートだよな…本当に週刊誌とかの記者とかいないよな?
はやり「これじゃ、まるでデートみたいだね」
京太郎「ああ、今俺も同じようなこと考えてたんですよ。もしかしたら、どっかに記者でも紛れ込んでるんじゃないかって」
はやり「あはは、それはないよ。京太郎くんの変装もバッチしだしね。お化粧もうまくなったし」
京太郎「やめてくださいよ。なんだかそれ、地味にヘコみます…」
はやり「それに比べて、男の子はほんっと楽だよね!」
はやり「最初の頃、お風呂上りの化粧水の後、美容液塗ってたらさ、須賀くんのお母さんにこの世の終わりのような顔されちゃったよ」
京太郎「マイガッ!」
はやり「なるほど、男の子はこんなことしないんだな、と気付いたよ。あれは、意外な発見だったね」
京太郎「化粧水すら、ほとんどしませんもん、俺。母さんもさぞ驚いたことでしょうよ」
はやり「京太郎くんにも、お母さんのお顔見せてあげたかったよ」
京太郎「あ、でも俺にだって、毎日結構新しい発見がありますよ」
京太郎「化粧とかもそうですけど、さっきなんか、生まれて初めてマジマジとアクセサリーとか物色しちゃいましたもん」
京太郎「まあ、未だに貴金属との価値は分からんですけど、意外と綺麗なものなんだな、くらいには思いましたね」
はやり「ふふっ、私達、より完璧に近づいてるってことだね」
京太郎「そうですかねえ…無駄知識が増えてるような気がしてならないんですが」
京太郎「そういや、さっき和と来たって言ってましたけど、連絡とかしなくて大丈夫なんですか?」
はやり「あ、ああ……そ、それなら大丈夫。和ちゃんもバカじゃないんだし、もう用事済ませて学校に戻ってるよきっと」
京太郎「それならいいですけど」
はやり「んっ…!あー、もしかして京太郎くん、和ちゃんのこと気になって気になって、しょうがないんでしょ?」
いたずらっ子のような顔だ
京太郎「ち、違いますよ。俺は、別に和のことなんか」
はやり「んもー、別に嘘つかなくたっていいんだから。和ちゃん、可愛いもんねー」
京太郎「そりゃ…そのことを否定する人間なんていませんよ。でも、ほんとにそんなんじゃありませんから。ただ」
はやり「ただ?」
京太郎「一時期、憧れていたことは、その…ありましたけど//」
はやり「…へえー、ふーん」
京太郎「な、なんすか」
そのニヤニヤした顔、腹立つなあ
はやり「京太郎くんって、そんな顔もするんだ。まるで、恋に恋する乙女みたいだったよ」
京太郎「それこそ、本当に勘弁してくださいよ。俺は、正真正銘の男です」
はやり「私の顔で言われても、説得力皆無だけどねー」
そんな会話しながら、ブラブラしていた俺たち。しかし、行くあては特になく
京太郎「どっか行きたいとこありますか?」
はやり「こういう場面は、男の子がグイグイと引っ張っていくところだと思うんだけど」
京太郎「私、今は女の子だから」
はやり「あっ、ずるいんだー」
京太郎「女の子はワガママなんですよ」
そんな話をしながら、デパートから出ると、はやりさんが何かを指差した
はやり「ねえ、あれって何?」
京太郎「ああ、あれは、『しんとうさん』ですね。四柱神社ですよ」
はやり「よはしら、じんじゃ?」
京太郎「結構いいところですよ、行ってみましょうか」
はやり「うん、そうだね」
少し歩くとすぐに到着した。こんなとこ来るの、いつ以来だろう
はやり「いいところだね」
京太郎「そうっすね。今まで騒がしい場所ばっかで仕事してたんで、余計にそう思います」
京太郎「神社の御祭神が載ってますね」
京太郎「アメノミナカヌシノカミ、タカミムスビノカミ、カミムスビノカミ、アマテラスノオオミカミ」
下が回らなくなりそうなほどの、長い名前の神様たち
京太郎「何の神様なんでしょう?」
はやり「……」
急に考え込むはやりさん。なんだろう?
はやり「天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)、高御産巣日神(タカミムスビノカミ)、神産巣日神(カミムスビノカミ)、は造化三神」
はやり「天照大御神(アマテラスノオオミカミ)はツクヨミとスサノオと合わせて、三貴子とも呼ばれる」
京太郎「は、はぁ…」
はやり「古事記によると、世界が開けたとき、高天原(たかまのはら)という天上界に現れた最初の神様たちが、その造化三神」
はやり「造化三神、あるいはそこに2柱の神様を加えた『別天津神(ことあまつかみ)』は、もっとも尊い神様なの」
京太郎「なるほど、最初の神様なんだから、偉くて当たり前ですね」
はやり「そして、言うまでもなくアマテラスは、伊勢の神宮にも祀られている、高天原を統治する太陽の神で最高神」
京太郎「まあ、それくらいならなんとか」
はやり「つまり、この四柱神社は日本神話における、最上級の神様たちを祀った神社、ってことになるんだと思う」
京太郎「随分と良いとこどりした神社ですね。ぼくのつくったさいきょうのぱーてぃ、みたいな」
はやり「そうだね」
京太郎「それにしても、はやりさんって神話とかにも詳しいんですね」
はやり「ふふっ、私こう見えても島根県の出身なんだよ」
京太郎「それとこれとに、一体何の関係が?」
はやり「造化三神が現れた後、有名なイザナキとイザナミが生まれて、芦原中国(あしはらのなかつくに)、つまり日本列島が作られるわけ」
はやり「そして、その後、神話の世界に登場する、スサノオやオオナムヂが大活躍する舞台が今の島根県、出雲国」
はやり「つまり私はね、神話の世界で生まれて育ってきたんだ。詳しくならないはずがないよ」
京太郎「なるほどなるほど」
はやり「京太郎くんだって、近くに諏訪大社があるじゃない。あそこのことくらいなら知ってるでしょ?」
京太郎「タケミナカタとかミシャグジ、でしたっけ?」
はやり「そう。ちなみに、タケミナカタはタケミカヅチにボコボコにされた神様なんだよ」
京太郎「そんなの、聞きたくなかった!」
はやりさんと一緒に境内を見て回っていると、日が落ちてきた。風も出てきて少し寒くなってくる
京太郎「そろそろ帰ります?いつまでも学校に帰らないと、さすがに不振に思われるでしょう?あるいは、サボってるとか」
はやり「そうだね。私の評判は京太郎君の評判だもんね」
京太郎「…ま、でも、あんまりそういうの気にしないでいいっすよ」
はやり「どういう意味?」
京太郎「好き勝手振る舞ってもらって構わない、ってことです」
はやり「なんで?」
京太郎「なんでって、そりゃ…」
できれば無粋なことはしたくないから
京太郎「はやりさんくらいのすごい人が好き勝手やったら、俺の評判もうなぎ上りですからね」
はやり「……いやー、もう好き勝手やっちゃってるっていうかなんていうか」ボソボソ
京太郎「なんです?」
はやり「ははは…なんでもない、なんでもない」
京太郎「?」
はやり「え、えーと、ほらっ、境内にも明かりがつき始めたね。綺麗ー」
なんだか、話を逸らされた気もするけど、まっいいか
京太郎「そうですね。こういう場所だからか、余計雰囲気出ますよ」
恋人同士、とかだったらなおさら良いに違いない。それは高望みというものか
京太郎「そうだ、はやりさんって日本の神話にも詳しんですよね」
京太郎「だったら、好きな神様は何ですか?」
はやり「好きな神様……うーん、特にいないかなあ」
京太郎「なーんだ。ちなみにですね、俺はスサノオが好きですよ」
はやり「…なんで」
京太郎「咲から聞いた話なんでけどね、スサノオって最初は問題児だったていうじゃないですか」
はやり「そうだね」
京太郎「それなのに更生して、ヤマタノオロチを倒したり、他の神様を助けたりと、ヒーローに生まれ変わる」
京太郎「男の子だったら、やっぱりこういうのは憧れますよ」
はやり「…ふーん」
微かに目を細める仕草
京太郎「ん?、どうかしました?」
はやり「いや、なんでもないよ」
そんな風には見えないけど
はやり「あっ、そうそう。私、好きな神様はいないけどね」
京太郎「?」
はやり「嫌いな神様だったらいるよ」
相手を突き放しているような、試しているような、そんな声
俺と話す時のはやりさんは、いつもならもっと、はやりさんらしい声を出す。だけど、この声だけは違った
これは、かつて俺が気分を害したときによく聞いた声。そう、これは俺の声だ
余りにもそのまま過ぎて、思わずギョッとした
京太郎「へ、へえ…なんです?」
はやり「建速須佐之男命」
京太郎「えっ」
はやり「スサノオだよ」
______
____
__
はやり「ばいばーい、京太郎くん!またねー!」
京太郎「ええ、また明日です…はやりさん」
向こうも手を振りながら、挨拶をしてくれたので、こっちも手を振ってそれに答えた
あの、はやりさんの不機嫌な状態は、あの後すぐに治まった。というか、一瞬で霧散したというか
あれは、一体何だったんだろう?
いくら、はやりさんがスサノオ嫌いの乙女だったとしても、あの反応は少し変だった
たぶん、俺にも分からないような、彼女の内面の深くデリケートな部分を、意図せず触れてしまったんだ
途中まで、結構いい雰囲気だったのに、悪いことしちゃったな。俺ってほんとアホ…
京太郎「…入るか」
あまり深刻に考えたって、しょうもない。今日のことは忘れよう
家の中に入ろうとカバンから鍵を取り出して、ドアに差し込む
すると、後ろから
戒能「グッドイーブニン、須賀くん」
京太郎「か、戒能プロ!?、こんなところで何やって…」
戒能「君と、それにはやりさんの様子を見に、ちょっとね」
京太郎「そ、それはわざわざどうも」
戒能「勝手なこと言って悪いんだけど、寒いから早く中に入れてもらえると嬉しいかな」
京太郎「ああ、すみません。すぐに鍵開けますから」
戒能「…しかし、須賀くん。もうお互い下の名前呼び合っているとは──実は年上キラーなのかな?」
京太郎「違いますっ!」
京太郎「先に連絡してもらえれば、もうちょっとマシなおもてなしができましたのに」
戒能「より自然な状態を観察したくてね。授業参観では、実際の子供の様子なんて分からないよ」
京太郎「はあ。それで、何か分かりました?」
戒能「いや、何も。ただ、仲睦まじくて、軽くジェラシーを感じたくらい」
京太郎「めちゃめちゃ、個人的なだけの意見じゃないすか…」
戒能「なんだ、須賀くん。もっと、洞察溢れた超自然的な答えでも望んていたのかな?」
京太郎「そこまででは…」
戒能「私は、普通の人間だよ。そういうのは、恐山のイタコにでも聞くといい」
俺にとっちゃ、あなたも十分イタコです
戒能「さて、もう話すことなくなっちゃった」
京太郎「ほんとに様子を見に来ただけなんですね…」
戒能「そうだ、確か君は清澄だったね。インターハイに来ていたってことは、麻雀は打てるのかな?」
京太郎「打てるもなにも、俺部員ですから最低限のことならできますよ」
戒能「えっ、須賀くんが?これはソーリー…マネージャーか何かと…」
京太郎「アハハ…別にいいっすよ。俺なんて、石ころ帽子を被った人間よりも存在感が薄いって評判の人間ですからね…」
戒能「Oh…」
京太郎「いいんだ、いいんだ…どーせ、俺なんか県予選敗退の、面汚し…清澄が誇る、面目丸潰し男なんだ…」
戒能「ほ、ほら、だったらネトマしよう、ネトマ!私が、少し教えてあげるから、ねっ?」
京太郎「…うぅ、同情が心に沁みる」
_______
____
__
京太郎「ハハ…3位が一回で他が4位…ハハ…ヤッタゼ」
戒能「うーん」
京太郎「どうでした?」
戒能「酷いもんだね」
京太郎「あんまりだ」
戒能「しかし…」
京太郎「?」
戒能「例えば…ここなんだけど、なぜこの牌を切ろうと思ったの?」
京太郎「えーと、そこは正直恥ずかしい話なんですが──勘です」
戒能「…なるほど」
京太郎「ダメでした?」
戒能「うんそうだね、ダメダメだね」
京太郎「うわーん」
戒能「けど、終わった今になって考えてみると、まるで……いや、偶然?…しかし」ボソボソ
京太郎「はい?」
戒能「君は、変な打ち方をするんだね」
京太郎「キュアリアス?」
戒能「イエス、キュアリアス」
京太郎「みんなにもよく言われますよ。あんまりにも弱いんで、せめてもの情けって、やつですね」
戒能「ふふっ…確かに高校生ではそうかもね。分からないだろうね、これは」
京太郎「?」
戒能「ねえ、須賀くん。今すぐそんな、勘に頼った変な打ち方は忘れるんだ」
京太郎「え、えと」
戒能「私が教えてあげるよ。麻雀の打ち方を」
京太郎「えっ」
戒能「須賀くん、私の弟子になってみない?」
京太郎「はい!?」
戒能「これからは、ぜひ"師匠"と呼んでくれていい。なんだったら、"マスター"でも」
京太郎「はい!?」
戒能「私も、今から君のことを"京太郎"と呼ぶことにしよう。もしくは、"パダワン"かな」
京太郎「はい!?」
戒能「私達の関係も、これでまた一歩完璧に近づいたね」
京太郎「いつから見てたんですかっ!?」
かいのーさんこんな男っぽい喋り方だっけ?
>>159
戒能プロの敬語での喋り方は、原作の方でもそこそこサンプルがありますけど
年下に対する喋りが、11巻の愛宕洋榎に対する台詞の一つだけだったので、正直全く自信がありません
違和感を与えてしまって申し訳ありません
──11月上旬 長野 文化祭前日
─瑞原はやり
はやり「竹井先輩、どうでした?」
久「んー…やっぱりダメだったわ。たった一人の個人のために、体育館の使用許可は与えられない、って」
はやり「…そうですか」
久「ごめんね。まあ、ほぼ決まってたものを取り消すってのはどうかと思うけど、校長の言い分も分からなくはないわ」
はやり「文化祭はみんなのもの、ってことですね」
久「うちの校長頑固だから、たぶん考えは変えないと思うわ」
はやり「なるほど…いや、無理言ってすみませんでした。受験だってあるのに」
久「いいのよ、気にしないで須賀くん。それにまだあなた、諦めてないでしょ」
はやり「あはは、バレましたか」
久「あなたが何をやろうとしてるのか知らないけど、部活のあと和と一緒にやってることと関係があるのは確かね」
はやり「何のことだか」
久「まっ、楽しみにしてるわ須賀くん。じゃね」
はやり「はい、お疲れ様です」
はやり「うーん、どうしよっか…このままじゃ、プロデューサー失格だよ」
京太郎くんに相談してみようかな
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
─2週間前
はやり「今日のレッスンもよく頑張ったな」
和「いや、私なんてまだまだ。プロデューサーさんに比べたら…」
はやり「俺のようになるには、長い訓練と経験が必要だ」
和「訓練と、経験…?」
はやり「練習だけではダメだ。頭の中で描いた理想を、現実で表現することができて初めて、人を感動させることができる」
和「プロデューサーさん…」
プロデューサーさんってすごい…、みたいな顔してるけど、当たり前のことだからね、これ
チョロ過ぎるよ、和ちゃん
はやり「んんっ…さて、そこでだ」
和「?」
はやり「来たる2週間後、文化祭が待ち構えているのは知っているな」
和「は、はい」
はやり「そこでだ!!、そこで和には、単独ライブを行ってもらう!」
和「…………ええっ!?」
はやり「場所はもうすでに確保した。体育館の演目のトリだ。おいしいだろう?」
和「む、むむむむ無理ですよ!?、歌だってダンスだって、まだまだなのに、いきなりそんな!?」
はやり「無理だから、できないからやらないでは、いつまで経ってもできないままだ」
和「そ、それはその通りですけど」
はやり「舞い込んだチャンスをモノにする…これもアイドルに必要な資質だ」
和「で、でも」
はやり「そう、そしてそれは麻雀であっても同じこと」
和「!!」
はやり「また一つ強くなるチャンスだ、和。やってみないか?」
和「はい!!」
やっぱりチョロい
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
確かに、あの時点ではきちんと場所を確保できていた
しかし、あれからすぐのこと
体育館のスケジュール表が出来上がったとのことで、実行委員に渡された用紙を見てみると
なんと、私の指定した時間帯には、まったく別の部活動のためにに割り振られていたのだ
校長先生に直訴しに行ったんだけど…
校長『ダメだ。文化祭中の体育館のスケジュールは、厳正なルールの元に決められている』
校長『残念ながら、優先順位と言うものが存在するのだよ。うちでは、部活優先と決まっている』
校長『なに?、実行委員との口約束など、この場合無効だ』
校長『それに、君はなにか裏で手を回していたようじゃないか。ネックは時間帯かな?』
校長『まあ、なんでもいいが。しかし、学生生活には公正さというのが必要なのだよ』
校長『さあ、帰りたまえ』
とかなんとか
まあ……内木くんをマホちゃんの体操服姿の写真で買収してさ、便宜図ってもらったのは確かだし悪かったけどさ…
しかし、困ったなあ。これじゃあ、和ちゃんの初ライブが台無しになっちゃうよ
久ちゃんには、学生議会にあたってもらったけどダメだった
校長は、結局折れることはなかった
もう、こうなったらゲリラライブをするしか…
いやいやいやいや、和ちゃんみたいな正統派アイドルにそういうイメージはそぐわない
やはり、なんとかして校長を説き伏せるしかない
京太郎くん、もし可能なら、私に知恵を貸して
─須賀京太郎
ピンポーン
京太郎「はいはい、なんですか勧誘ですかお断りですよ」
はやり「やっ」
京太郎「ああ、はやりさんですか。どうかしました、こんな時間に?」
はやり「京太郎くんに、ちょっと相談があるの。お願い、聞いてくれる?」
京太郎「そりゃあ…他でもない、はやりさんの頼みなら」
はやり「ありがとうっ」ダキッ
京太郎「はいはい、分かりましたからどいてくださいね」
飲み物を用意する
京太郎「さて、どんなお願いなんでしょうか?」
はやりさんレベルの人間が、他の人に何かを頼むということは、かなりの難題だぞこれは
はやり「えーと、その…」
珍しく言いにくそうにモジモジしている
はやり「あー…明日、文化祭があるよね」
京太郎「そうですね」
はやり「それで、私、体育館の使用許可を取ろうとしたんだけど──」
事情を要領よく、簡潔に俺に説明してくれるはやりさん
しかし、何のために体育館を使うのか、そこだけはスルスルとかわされてしまった
京太郎「はい、何となく分かりましたけど」
はやり「お願い、私に力を貸して…」
京太郎「……」
いつになく謙虚な態度のはやりさん
そりゃ、俺だってはやりさんの力になりたいんだけど、校長ねえ…
あの人頑固って有名だから、たぶん妥協なんかしてくれないと思うぞ
はやり「ちっ、なにか弱みに付け込むことができさえすれば…」
怖いこと言ってるよ、この人…
校長の弱みなんて、俺──
校長『我らがはやりんはオンリーワンということだよ』
京太郎「あ」
はやり「あ?」
京太郎「んー…」
いやでもいいの、これ?、確かに、これをネタにすれば、校長を説得できる可能性は高い
しかしもし、はやりさんが校長の正体を知ったなら、たぶん彼女は自分のファンに対して厳しく出られなくなる
そうしたら、校長との交渉も自ら辞退するかもしれない。なぜなら、はやりさんはアイドルなのだから
はやり「どうしたの?」
逆に校長の立場になって考えてみよう
もし、俺が校長だったら、自分の関知しないところで、はやりさんにファンであることを知られたくないと思うだろう
特に、校長は社会的地位もある、分別も理性もある大人なのだ。趣味はアレだけど…
そして、校長は瑞原はやりの熱狂的なファンであり、俺のファンなのだ
瑞原はやりだったら、ファンを大切にしなくてはならない
はやり「京太郎くん?」
でも、はやりさんだって、俺にとっては大事な人であって
京太郎「ぬおー…!」
はやり「どうしたの!?」
悩ましい。板挟みとはこのこと
そうだ、瑞原はやりだったら、こういう時どういう風に考える?
二人とも傷つかない、スペシャルな方法を見つけ出すはず。それは
『では、皆さん行きますよー。一足す一はー?』
『『はやっ!』』
集合写真!
京太郎「……」
はやり「ど、どうしたの?急に立ち上がったりして…」
引き出しの中を探す。あった、この写真をうまく使えさえすれば
はやりさんには見えないように、厚手の封筒にそれを入れる
京太郎「はやりさん、これを」
はやり「これは?」
京太郎「これを校長に見せれば、俺の見立てではまず間違いなく大丈夫です」
はやり「えぇ…?」
京太郎「ですけど、お願いです。この中身は決して覗いていけません、決して」
はやり「で、でも、中身がなんなのか分からないと、どういう風に交渉すればいいのか分からないよ?」
京太郎「大丈夫です。はやりさんのアドリブ力なら、問題ありません」
はやり「そ、そう?」
京太郎「あと、もう一つ、これは瑞原はやりからのお願いです」
はやり「う…うん」
京太郎「校長のこと、嫌いにならないでほしいの」
はやり「う、うん…京太郎くんがそこまで言うなら」
京太郎「ありがとうございます」
はやり「あー…でも、あの人どっかで見たことあるような気がするんだよね、気のせいかな?」
京太郎「…きっと、気のせいですよ」
──11月上旬 長野 文化祭当日
─須賀京太郎
文化祭当日。爽やかな秋晴れ。絶好の文化祭日和
まだ、朝早くなので、人はそんなにいないようだ
ちなみに本日は男装ではなく、あくまで女性のいでたちである。マスクとサングラスはしているけど
今日はいつもより入念に変装を済ませ、久し振りに清澄高校に来た
もちろん、文化祭を見に来たからだ
はやりさんに呼ばれたから、というのもあるけど、みんなの様子を見に来たというのも理由の一つ
ああ、今から楽しみだ
はやり「あっ、京太郎くーん!」
はやりさんだ、俺のこと待っていてくれたのか。思いっきり、手を振ってくれている
京太郎「お出迎え、ありがとうございます」
はやり「いいのいいの、私が案内してあげるんだから!」
京太郎「俺の高校ですよ?」
はやり「私の高校だよ」
京太郎「はっ、言いますね」
はやり「そうだ、案内する前にちょっと付き合ってもらいたいんだけど、いいかな?」
京太郎「なんですか?」
はやり「今から、校長室行くから一緒に来てほしいかなー、なんて」
京太郎「ええー…まだ済ませてなかったんですか?、一人で行ってきてくださいよ」
はやり「お願い、一人じゃ不安なの…」
うーん…
京太郎「まあ、いいですけど。途中までついていくだけですからね」
はやり「ありがとうっ!」ダキッ
京太郎「はいはい、勘違いされる前にどいてくださいね」
本当に久々の校舎、スリッパに履き替えて中に入ると、あの学校独特の活気に満ちた雰囲気が漂ってくる
特に今日は文化祭、今まで違う校内の様子は。俺をノスタルジックな気分にさせるのには十分過ぎた
京太郎「かるくジェラシーですね」
はやり「なに、良子ちゃんみたいなこと言って」
京太郎「本音ですよ…っと、着きましたか」
京太郎「じゃあ、封筒の中身は見ないこと、校長が何か変なこと言っても無用な詮索をしないこと」
京太郎「これだけは、気を付くださいね」
はやり「うんうん、分かってるって。んじゃ」
京太郎「あと、これ、後で校長に渡すつもりだったんですけど、ついでにあげておいてください。きっと喜びますから」
はやり「アフターケアってやつだね。さすが京太郎くん。行ってくるよ!」
京太郎「大丈夫かなぁ…」
俺は不審者よろしく、はやりさんがわざと少し開けてくれたドアの隙間から、中の様子を伺うことにする
はやり「失礼します」
校長「ん、おや…また君か、何の用だね?」
はやり「ふっふっふっ…要件の方は変わりありませんよ。体育館の使用許可をいただきに、ね」
俺そんなキャラじゃねえし
校長「懲りんな、君も。できんもんは、できんのだ」
はやり「ほう……これを見ても、まだそんな台詞を言えますかねえ…くっくっく」
校長「なにぃ?、なんだね、この封筒は?」
はやり「見れば分かりますよ」
校長「どうせ、大したものでは…………って、ほ、ほあっ!?、こ、この写真は!?」
はやり「写真…?」
校長「どこで、一体これを…!?」
私です
はやり「ある筋の者から、ちょいとね」
校長「ま、まさか内木くんか…いや、彼はそんなことをするようには……」ボソボソ
はやり「?」
校長「ならば、アイドル原理主義組織の──過激派の仕業!……無理やり改宗を迫るという、あのっ!」
はやり「え、えーと…」チラッ
こっちを見られても困る。俺だって分からない
はやり「な、なんのことか分かりませんが、俺はそんなんじゃありませんよ。ただ、あなたと交渉しに来ただけです」
校長「くっ、白々しい!、私は、テロリストとは交渉せんぞ!」
テロリスト、ってなんだよ
はやり「ほう…ならその写真、ご家族の方にお見せしてしまってもよろしんですね?」
校長「な、なっ…」
はやり「教頭先生から聞きましたよ、ご家族とは大変仲がよろしいようで」
校長「……」
なるほど、流石はやりさん。既に外堀は埋めていたか。この勝負、勝ったな
はやり「家族写真も見せてもらいましてねえ…娘さんが今度、大学に進学するため東京に行ってしまわれるとか」
校長「お、おのれぇ…」
はやり「その、可愛らしい娘さんに、この写真を見せたら、どういう反応をしてくれるでしょうねえ…」
校長「娘は、娘は関係ないだろうっ!」
はやり『パパって、そんな人だったんだ……私、もうお家には帰らないで東京でカレシー↑と幸せに暮らすことにするね』
はやり『子供の名前は、金星(まあず)にするから。し・く・よ・ろ☆』
はやり「なあんて、ね…ククク」
校長「うっ…く、うぅ………」
校長がちょっと可哀想になってきた
校長「……な、何が望みだ?」
はやり「今日の体育館の使用許可を、時間は最後でお願いします」
校長「今更変更はきかんからな…仕方ない、時間を延長してそこに入れることにしよう」
はやり「ありがとうございます」
校長「くっ…私など校長失格だ」
はやり「あなたはあなたの仕事をし、俺は俺の仕事をしただけですよ。たまたま、それが相容れなかったいうだけで」
はやり「ああ、そうそう、その写真は好きにしてもらって構いません。安心してください、複製したものはもう手元にありませんので」
校長「信用なるものかっ…」
はやり「ああ、それと、これは京太──じゃなくて、せめてものプレゼントです。今回のお礼ということで受け取っておいてください」
校長「な、情けなどむよ……こ、これは…!?」
はやり「?」
校長「出版社の都合で、ついに市場に出ることなかった言われる、あのっ…!」
はやり「え、えーと…」
校長「べ、別に嬉しくなんてないんだからねっ!!」
はやり「ま、まあ…喜んで頂けたようでなによりです」
はやり「では、失礼します」
バタン
京太郎「さすがです。うまくいきましたね」
はやり「だね。京太郎くんのおかげだよ」
京太郎「うーん、ちょっと卑怯な手だったような気もしなくはないですけど、結果オーライですかね」
はやり「そうかもね。でもこれで、和ちゃんのライ──」
京太郎「ライ…?」
はやり「ライチュウも安心して育てることができるよ」
京太郎「ポ、ポケモン…?」
はやりさん達もポケモンやるのか…俺もやろうかな
京太郎「そういや、はやりさんは午前が自由時間なんでしたっけ?」
はやり「そそ、私と一緒に回れるのが待ち遠しかったんだね。もー、仕方ない子だなあ、京太郎くんは!」
京太郎「別にそういうわけでは…」
嬉しそうだな、はやりさん
?「プロデューサーさーん!」
プロデューサー…?、学校ではまず耳にすることのない言葉が、俺たちに方に向けらたような気がした
ああ、今文化祭期間だから、劇かなにかの練習だろう
普通に考えて、誰かにそんな呼び方をさせる変態は、この学校にはいないはずだから
そんな奴がもし知り合いにいたら、絶対他人の振りをする
はやり「おう、和か」
和「はい!」
京太郎「……」
京太郎「……」
京太郎「……」
京太郎「って、あんたかああああぁ!!?」
和「!!」ビクッ
京太郎「ちょっおおっと!、どういうことですか、これはっ!?」
はやり「え、えーと…これには伊勢湾くらいのふかーい事情があってだな…?」
京太郎「伊勢湾の深さなんか知ったこっちゃないですよ!」
どどどどど、どういうことだ…?
俺と和の関係は、あくまでも部活仲間とういうだけで、それ以上ではなかったはず
いや、そいつが俺の勘違いで、実はそれ以上の関係にあったとしても、いつの間に俺が和にプロデューサーと呼ばれるように…?
ま、まあでもね、俺だって和みたいな美少女に、そんな呼び方されるのはやぶさかでないのだけど
でも、だからといって、いくらなんでもそりゃあねえよ!
はやり「ちょ、ちょっと…京太郎くん」ヒソヒソ
京太郎「あっ」
やべっ、思わず大声出しちまったし、口調もいつものはやりさんに対するそれそのままだったし
和「?」
ああああ、和がキョトンとしてるぅ。なんか絶対疑われてるぅ!ピンチ、俺っ!
和「えーと…プロデューサーさん、この方は?」
はやり「え、え~と……」
和「?」
はやり「あっ!、の、和のファン第一号さっ!!」
和「そうなのですか?」
はやり「そうそう!、インターハイで活躍しているの見て、それで!」チラッ
こちらを見てくるはやりさん、話を合わせろということか
二人の間に何があったのかよく分からないけど、そいつは後ではやりさんに聞こう
京太郎「うん、そうなの。あの時の原村さん、スゴカッタナー」
和「はあ、ありがとうございます」
はやり「『はあ、ありがとうございます』、じゃなあああい!!」
和「!!」ビクッ
はやり「ファンに対して、そいつじゃダメだ!、もっと笑顔で、真心を込めて」
和「うっ、難しいんですね」
はやり「次からは、気を付けるんだぞ?」
和「はい、プロデューサーさん!」
なんだこれ…
和「ところで、あなたはプロデューサーさんとはどういったご関係なのですか?」
京太郎「はうっ!?」
突っ込むなー、和の奴…
はやり「え、え~とな、この人はな…」
和「はい」
はやり「わた…じゃなくて、実はな、俺のな」
和「はい」
はやり「俺の彼女なんだっ!!」
和「……」
そうきたかー
和「そうだったのですか」
和の奴クールだな
和「紹介してくれていたら、よかったのに」
はやり「いやぁー、なんだか恥ずかしくて」
和「もうっ、プロデューサーさんはシャイなんですから」
はやり・和「あははは」
なんだこれ…
和「じゃあ、私もクラスの方がありますので、これで失礼します」
はやり「おう、頑張ってな。あと……午後の体育館のこと、大丈夫だな?」
和「…はい!」
はやり「そうか、じゃあまたな」
京太郎「……」
はやり「……」
京太郎「行きましたね」
はやり「行ったね」
京太郎「それでは、説明を求めましょうか」
はやり「たはは、やっぱりそうくるよねー……」
_______
____
__
京太郎「へぇ、和がアイドルねえ……慧眼ですね!」
はやり「でしょー」
京太郎「目の付けどころがシャープ過ぎて、エッジ効きまくって俺の高校生活に切れ込み入っちゃってますよ!」
はやり「ご、ごめん……許してくれる?」
京太郎「はぁ…別に構いませんよ。まあ黙っていたのは、ちょっとどうかと思いますが」
はやり「ごめん…」
京太郎「その反応、まるで高校生みたいですよ」
はやり「え、そ、そうかな?…えへへ」
褒めてはいない
しかし、とすれば、はやりさんがあんなにも熱心に体育館の使用許可を求めた理由は…
おそらくは和の……いや、これは黙っておこうか。楽しみは後に残しておこう
これについて、はやりさんが述べなかったということは、つまりはそういうことなのだ
はやり「じゃあ、そろそろ見て回ろっか」
京太郎「そうですね」
まだ、文化祭が始まって間もないから、そんなに一般の客はいない
ただ、生徒たちに緊張感というか、少しのぼせてフワフワとした感覚があって、それは伝わってきた
本来なら、俺もその中にいたのだと思うと、なんだかモヤモヤとした気分になってくる
はやり「ねえねえ、京太郎くん。どこ行きたい?」
いつになく、はやりさんが楽しそうだ。これが、男子高校生の純粋さなのか?
なぜ、そこまで学生生活を楽しむことができるのだろうか?
はやりさんらしくない、無鉄砲な楽観主義にも思えてしまう。自分はそうではなかったか?
俺だって、男友達と猥談にふけったり、咲や優希をイジったりイジられたり、部活でみんなにコテンパンにされたり
それなりに、学生生活を謳歌してきたし、そうだど思ってる
しかし、はやりさんの表情とか、さっきの和のこととか、そういうのを見た後だと、今までの俺の人生がひどく希薄に思えてくる
俺の人生って、薄めすぎて味のなくなったカルピスの原液くらい、意味のないものだったのだろうか?
いや、それこそ逆かもしれない。なぜなら、俺だって瑞原はやりというものを満喫しつつあるから
これは、役割の分担なんだ。適材適所。合う合わないの違い
はやりさんが須賀京太郎を楽しんで、俺が瑞原はやりを楽しめたのなら、それはそれで好いことのはず
京太郎「なんで、そんなに楽しめるんですか?」
少し、突っ込んでみる
はやり「私が、須賀京太郎だから」
自分で自分の顔を直接見ることができないように、その表情からは、なにも読み取ることができなかった
しかし、それが嘘であることだけは何となく分かった
先週は更新できずに申し訳ありませんでした
今週はできると思います
朝飯は食べてこなかったので、まずは外の模擬店を覗いてみることにした
不格好な看板とか、接客そっちのけで駄弁っている男女の群れとか、文化祭らしい光景が一面に広がっていた
二人でつらつらと歩いていると、よく知った声が聞こえてきた
優希「タコスはいらんかねー、おいしいタコスはいらんかねー」
お前か
はやり「おっす」
優希「おお、京太郎か。私が味見して、皆に作らせたこの究極のタコスをぜひ食すといいじぇ!」
自分で作ったわけじゃないのかよ
優希「ところで、隣にいらっしゃるその方は一体誰だじょ、京太郎?」
はやり「ああ、この人はな」
優希「うん」
はやり「俺の恋人だよ」
今度はサラリと言ってのけた
"彼女"から、さらにレベルアップしているのは気のせいだろうか?
優希「……っ」
京太郎「?」
優希「きょ…京太郎にそんな人がいたんなて……うぅ、グスッ…そんな…」
この反応…!?ま、まさか、優希は俺のことを──
優希「あの日、夜の海岸線で交わした将来の約束はどこに行ったんだじぇ!?、私というものが、ありながら!」
はやり「……」
京太郎「……」
はやり「いや、そんな約束をした覚えはない」
俺もそんな約束をした覚えはない。というか、長野県は海に接していないし、優希とは海に行ってない
優希「乙女心を弄ばれたじぇ。タコスをおごってくれたら許してやらんこともない」
はやり「タコス2つでお願いします」
「まいどありー」
優希「無視されたじょ…」
しゃあない
はやり「はい、どうぞ」
京太郎「ありがとう、京太郎くん」
優希「お姉さん、ずるいじょ……私を前にして、タコスをむさぼるとは」
はやり「お前は働け」
京太郎「……」
京太郎「少しだけ…ほんの少しだけ、調理場借りてもいいかな?、ほんとはダメなんだろうけど」
優希「ほえっ!……いや、しっかり消毒さえしてくれれば、あとはどうとでも言い訳が…」
はやり「いや、ダメだろ」
京太郎「なら、貸してもらうね」
うん、生地はもうあるし、具材も調味料も揃ってる。大丈夫そうだ
うん、うん、うん──こんな感じかな。意外と身体は覚えてるもんだ
京太郎「はい、食べてみて」
優希「えっ、それ、私に…?」
京太郎「他にいるのなら、その人にあげちゃおうかな?」
優希「意地悪が過ぎるじぇ、お姉さん!、ぜひ私めに」
京太郎「じゃあ、はい。どうぞ、優希ちゃん」
優希「えっ、名前なんて…?」
京太郎「あなたのことなら、よく知ってるよ。だから、これもきっと気に入ると思う」
優希「ありがとう、お姉さん!、で、では早速……はむ」
京太郎「どう?」
優希「う、うまい…しかしこの味、インターハイまでの京太郎の……」
京太郎「そう」
優希「はっ、分かったじょ!、お姉さんは京太郎の師匠に違いないじぇ!」
京太郎「まっ、そんなとこ」
優希「やはりそうだったのか。お姉さん、この犬にもう一度指導のほどをお願いするじぇ」
優希「最近、味が変わって…まったく、たるんどる」
はやり「うるせー」
京太郎「そうだね、そうしとくよ」
京太郎「だから、しばらくの間は京太郎くんのことよろしく頼むね」
優希「そんなの、お安いご用だじぇ!」
模擬店で小腹を満たした後は、校舎の中を見ることにした
そして、何ヶ所か回った後
はやり「さっきの、結構いい所あるじゃん」
京太郎「さっきの?、優希のですか?、そんな大層なもんでもないっすよ。腹減ってると、あいつ力がでないから」
はやり「でも、優希ちゃんがあなたのタコスを欲しがっていたのを、ちゃんと分かったじゃない」
京太郎「まずは胃袋を制圧するのが、男女関係の攻略におけるセオリーですからね」
はやり「ふふっ、私ね、京太郎くんのそういうところ好きだよ」
京太郎「は、はぁ…?///」
成りが俺じゃなかったら、今のはヤバかったかもしれない。ちょっと、キュンときかけてしまった
はやり「周りをキチンと見ていられるのって、できそうでいて、なかなか皆できないものだから」
京太郎「ただの世話好きか、でなきゃ物好きなだけですよ」
京太郎「それに、はやりさんの方がよっぽど周りが見えてるじゃないですか?」
京太郎「俺に簡単に化けるのもそうですけど、和の悩みとかすぐに見抜いて。そういうの憧れます」
はやり「…そんなことないよ」
京太郎「?」
はやり「だって、私は、ただみんなの望んだ──」
久「やっほー、須賀くん。元気してるー?」
はやり「!!、ああ…竹井先輩ですか」
京太郎「どうも」
久「あらー、初めましてこんにちは。もしかして、須賀くんのコレかしら」
ニヤニヤしながら小指を立てる竹井先輩…なに、その仕草?
京太郎「え、えと…」
はやり「いえいえ、違います。ただの、将来を誓い合った仲ですよ」
久「ああ、そうなの──ってなことをみんなにも言ってるのね?」
久「須賀くんが誰かとお付き合いしているなんて、残念ながら、だぁーれも信じないわよ」
はやり「ははは、バレてしまいましたか」
和はちょっと信じてたっぽいけどな
はやり「先輩は、何してるんですか?」
久「学生議会ので、ちょっと駆り出されちゃってね。簡単なお手伝いよ」
はやり「引退したってのに、大変ですねえ」
久「何もしないってのもあれだし、こうやって働くのも悪くはないわ」
はやり「よっ、はったらき者ー」
久「そういえば、聞いたわよ。使用許可が下りたって。やるわね、須賀くん。どんな裏技を使ったのやら」
はやり「ぐふふ、内緒です」
久「まっ、いいわ。では、お姉さんも楽しんでいってくださいね」
京太郎「ええ、ありがとう」
久「んじゃね」
忙しそうに、だけど元気に廊下を駆け回っていく竹井先輩
俺は、その姿見えなくなるまで、静かに見守ることにした
京太郎「いやー、竹井先輩も元気そうでなによりでしたね」
はやり「なんだか、京太郎くんの目、彼女のお母さんみたい」
京太郎「次、どこ行きます?、もう目ぼしい所は回ってしまったような気がしますけど」
はやり「んーと……あっ、そうだ!、大事なところに行くの忘れたよ」
京太郎「大事なところ?」
はやり「部室」
そう言ってから、旧校舎に方に向かう俺たち
部室って、もちろん麻雀部の部室を指していたのだろうけど、うちの部活って文化祭の出し物あったのか?
でも、なにやってんだろう?、麻雀教室とか?、あるいは、部長の家を見習って雀荘とか?
とにかく、部室の方に向かう。しかし、何かを催しているような雰囲気は感じられないし、人が見当たらない
京太郎「えーと、何かやっているようには見えないんですけど…」
はやり「あれー、おかしいな。もう、やってるはずなんだけど」
しかし、看板だけは立て掛けてあってそこには、こう記してあった
『夏のインターハイで大活躍した、宮永選手とぜひ打ってみよう!!』
その横には、咲の写真もあって、吹き出しも付いており、次のような文句が書いてあった
『~麻雀って楽しいよね 一緒に楽しもうよ!!~』
ちなみに、『麻雀って楽しいよね──』の部分は赤というより真紅の塗料が使われていて、少しにじんだり垂れたりしていた
京太郎「こわっ…」
そして、肝心の咲の写真なんだけど、なぜか背景は真っ黒で、目のハイライトが消えていた
京太郎「こわっ…」
なるほど、ともかく咲と麻雀で対戦するってな企画なわけだ
でも、それなら、もっとお客さんいてもおかしくなさそうなんだけど
京太郎「もうちょっと、この看板何とかならなかったんすか…」
はやり「こうした方が、お客さんも発奮できるかなーって、まこちゃんが」
発奮どころか、戦意喪失もんだよ、これ
まこ「おー、京太郎か」
はやり「はい、部長」
京太郎「どうも」
まこ「おお、これはご丁寧にどうも。いやー…まさか、おんしがこんなぺっぴんさんを連れてくるとは」
はやり「んもー、そんなぁ。世界一美しくて可愛くて綺麗だなんて、照れまちゃいますねえ」
自分で言ってて哀しくならないのか
まこ「いや、京太郎に言ったわけじゃないんじゃが」
京太郎「ははは…」
まこ「して、京太郎とはどういったご関係で?」
はやり「俺の婚約者ですよ」
まこ「なるほど、近所のお姉さん、と」
はやり「ノリが悪いなあ、部長」
まこ「京太郎に限って、婚約者はおろか、彼女すら考えられんわい」
はやり「ひっでー…まっ、そんなことはどうでもいいんですけど、人いませんね」
まこ「ああ、そうなんじゃよ。初めの頃は、あの『宮永咲』と打てるとあって大盛況じゃったんじゃが…」
はやり「何かあったんですか?」
まこ「あれは3組目のお客さんを相手にしているときじゃった」
咲『カン、カン、もいっこカン!』
咲『清一…対々、三暗刻、三槓子、赤1、嶺上開花……ふふっ、32000です』
咲『あっ、そうだ決め台詞決め台詞、っと』
咲『麻雀って楽しいよね。一緒に楽しもうよ!!』ニタァ
まこ「最初の対局では、気を使ってか、例のプラマイゼロで打っておったんじゃ…」
まこ「しかし、3組目のお客さんのガラが悪くてのう。殺意……じゃなかった、闘争心に火がついたんじゃろう」
まこ「接待プレイかと思いきや、相手も気付かぬうちに、まるで薄皮を一枚一枚剥いでいくかのように点をむしり取り」
まこ「そして、いよいよ瀕死の状態になったら、明らかにやり過ぎオーバーキルの役満…」
まこ「追い打ちをかけるように、トドメの決め台詞からの、あのニタァとした不気味な笑顔…」
京太郎「Oh…」
まこ「泣き叫ぶ小学生、それをなだめる母親、脱兎のごとく逃げる観客……悲惨じゃったよ」
はやり「Oh…」
まこ「まあ、最後のあの笑顔は、ただぎこちなくなってしまっただけ、と咲は言っておったがのう」
まあ、咲はそういうの苦手だしな
京太郎「でも、なんでそんな決め台詞を…?」
まこ「久の奴が、みんな喜ぶだろうからって…見事なまでの逆効果じゃったが」
まこ「まあ、おかげで暇になって楽と言えばその通りなんじゃが、金が…」
お金とってたんかい
まこ「ちょろまかして、部費に充てようかと思っておったんじゃが…世の中うまくいかんもんじゃな」
たくまし過ぎるぜ、部長!
まこ「そうじゃ、ついでに打ってくとええ。もちろん無料じゃ」
はやり「そうっすね」
京太郎「じゃあ、私も」
提督「若葉を呼ぼう」
提督「さて、なにをしようか?」
>>146
部室の中に入る。咲が椅子に座りながら本を読んでいた
はやり「よう、文学少女」
咲「あっ、京ちゃん来てくれたんだ」
はやり「大活躍したようで」
咲「ち、違うよ!?、あの役満だってただの偶然だし、最後のあれだってうまく笑えなかっただけで…!」
はやり「知ってるよ。しかし、暇そうだな」
咲「うーん、そうだね。でも、私としてはこっちの方がよかったかも。クラスの方もサボれるし、人多いの苦手だし」
はやり「あー、クラスのみんなに言ってやろー」
咲「ちょ、ちょっとやめてよ、京ちゃん」
はやり「うそうそ、冗談だよ、咲」
咲「もうっ、京ちゃんは!」
京太郎「……」
録画した動画の映像でも見ている気分だ
ごめんなさい誤爆しました
>>215 いえいえ、構いませんよ
咲「あーと、京ちゃんこの人は」ヒソヒソ
はやり「ああ、この人はな…」
京太郎「……」
はやり「俺たち、結婚したんだ」
咲「いくらなんでも、それが嘘であることくらいは分かる」
はやり「近所のお姉さんだよ」
咲「へえ、そうなんだ。ならどうですか、一局打っていきませんか?」
京太郎「うん、いいよ。ただ、一言言っておくとね。私はあなたが想像するより、はるかに──」
咲「……」ゴクリ
京太郎「弱いよ」
咲「そ、そうなんですか」
京太郎「だから手加減してね」
咲「は、はい」
_______
____
__
はやり「ぬわー、負けたー」
京太郎「ギリギリ飛ばずに済んだよ…」
まこ「まっ、こんなもんかのう」
咲「……この打ち方、京ちゃん…?いや、微妙に守備の仕方が……でも」ボソボソ
京太郎「何か気になることでもあった?」
咲「い、いえ、なんでもありません」
京太郎「そう?」
相変らず、麻雀に関しては勘のいい奴
しかし、まったく勝てる気がしないわな
戒能さんからは、兎にも角にも守備を何とかしないといけない言われていて、それしか習っていない
まだ、片手で数えるくらいしか教えてもらってないし、ほとんどネット空間での指導だけど
でも、咲や部長相手に飛ばなかっただけ、多少進歩したのかもしれないな
もし本当にそうなら、ほんの少し嬉しく思う。戒能さんに感謝しなくては
咲「京ちゃん、この後は?」
はやり「午後は、クラスの方の出し物を手伝わなくちゃならないから、そろそろ行きなきゃだな」
咲「そうなんだ。じゃあ、体育館のやつ楽しみにしてるよ」
はやり「そうしてくれ。きっとビックリするぜ」
咲「うん。じゃあね」
はやり「ああ、またな」
京太郎「じゃあまたね、咲ちゃん、まこちゃん」
簡単に挨拶を済ませて、部室から出た
もうそろそろ、お昼の時間のはずだ
京太郎「さて、ここでしばらくお別れですね」
はやり「うん、そうみたい。じゃあまた後でね、また体育館で会おうね」
京太郎「はい」
そう言って、さっさと俺のクラスの方に、はやりさんは小走りで向かっていってしまった
つまり、ポツンと、変装した28歳のアイドル雀士だけがそこに残る羽目になったのだった
京太郎「本当に高校生なんだな」
腕時計の針を眺めてみる。うーん、時間が余ってる。何かないかな
京太郎「……」
京太郎「探し物はなんですか、見つけにくい物ですか♪」
京太郎「鞄の中も、机の中も、探したけれど見つからないのに♪」
俺の美声を響かせながら、何かないかと探すようにして、目線を前の方に向けた
京太郎「んっ……あれは?」
見知った顔が見えた、つーかあれは
京太郎「父さん…?、と誰だ、あとの2人は?」
それは、中年男性3人が、喫茶店をやっている教室に、いざ入ろうとしているちょっと嬉しくない光景だった
ちょいと気になる風景だけど、残念ながらおっさん連中の会話を盗み聞きする趣味は、俺にはない
この場面は無視が得策だな。他を見て回ろう。きっと何かあるだろ
探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で、ってね
突然で申し訳ありません
最近忙しくて、更新していくのが難しい状況です
ですので、一旦このスレはHTML化させていただきたいと思います
完成しましたら、新しくスレを立てて一気に投下する形になると思います
今までこのスレを見ていただいてくれた方、ありがとうございました
では、また
話自体は頭の中でほとんど出来上がっているので、また暇ができればそう時間はかからないと思います
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません