穂乃果「泣いたカラスがもう笑った」 (17)

公園のベンチでひと休憩。
ふぅ、て息をついて
ぐびっ、て500ミリのペットボトルに口をつけて、一気にスポーツドリンクを飲み込む。

穂乃果「ぷはぁー。このために生きてるなぁー」

ベンチの淵に頭を乗っけて空をあおいだ。
そのままぼーっと空なんか眺めてたら、雲が青色の下をスーッと泳いでた。

穂乃果「あー、雲流れてる......すごい、はやいなぁー」

そういえば、雲が流れて見えてるの、地球が動いてるからそう見えてるってことりちゃんとお互いに思ってたことあったなぁ。

海未ちゃんが教えてくれたんだっけ。

穂乃果「地球が動いてるから雲が流れてるように見えてるんじゃなくて、空の上を雲が流れてるんですよ、穂乃果、ことり!」

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そこまで海未ちゃんのマネして1人で言ってみたら、
なんだかたまらなくなってひとりで笑っちゃった。

穂乃果「ふふっ。私とことりちゃんも言われる前に気づけよって、話だよね。地球が雲の流れる速さと同じ速度で動いてたら1日が24時間じゃなくなちゃうよね」クスクス

そうやって、ひとりで笑って、笑いが引いたあとも
しばらく空を見上げてた。

そうしていたら、公園の、遊具の方からちっちゃい子たちがはしゃぐ元気な声が聞こえてきて、そっちに目をやった。

小学生2.3年生ぐらいかな。
どうやら3人で追いかけっこ、してるみたい。

1人の女の子が地面を思いっきり蹴り上げて、キャッキャしながら駆け回ってる。

「うわぁああああー」

とか叫んで楽しそうに走ってる。

穂乃果「元気だなぁ」アハハ

もう1人の女の子は後ろをチラチラ見ながら、でもさっきの駆け回ってる女の子の方も気にして

「ころばないようにね!」

なんて声をかけてあげてる。

穂乃果「優しい子だねぇ」ウンウン

その女の子が気にかけてる後ろの方を見てみると、鬼役なのかな。
女の子が一生懸命腕を振って走って2人を追いかけてる。
なんだか、転ばないかヒヤヒヤしちゃうな。

「待ってよぉー」

って、キミ、鬼なんじゃないの!?


3人はそうやって、私の前をぐるぐるぐるぐる、まるで子犬がじゃれあってるように追いかけあってた。


穂乃果「......」


穂乃果「なんだか」

穂乃果「......なんだか小さい時の私と海未ちゃんとことりちゃんみたいだな」




小さい時は、3人で時間が許す限り走り回ってた。


学校から家までの帰り道。
穂乃果の家から海未ちゃんの家。
海未ちゃんの家からことりちゃんの家。
公園。河原。横断歩道を渡るとき。

夕陽が傾いて、海未ちゃんの青色の髪も、
ことりちゃんの茶色の髪も、
ほのかの髪も、
みんなみんな同じオレンジ色に染まって。

それからお母さんが「もう帰る時間よー」って呼びに来て、
みんなで一緒に家に帰って、バイバイする時までずーっとずーっと一緒に同じ色に染まってた。

右手を空に伸ばしてグーパーグーパーしてみる。
スッと伸びて、あの頃よりも全然長い。

あの頃よりも高い場所まで掴めそうな気がしてくる。

穂乃果「......」

あの頃、オレンジ色に染まってた海未ちゃんの身体は、
あの頃よりも強くて大きくなって、私とことりちゃんをいつも支えてくれる。

あの頃、オレンジ色に染まってことりちゃんの小さな小さな手は、
今は私の、海未ちゃんの、みんなのための衣装を作りあげてくれる。

私の、あの頃、オレンジ色に染まっていたこの身体はいったい、
みんなに、2人になにをしてあげられてるんだろう。


そんな風に考えてたら、ふと誰かの泣き声が聞こえてきてハッとして、
私はその泣き声のする方へ目をやった。


鬼役の子が転んじゃったのかなって思ったけど、違ってた。

さっき、一番元気に頑張って走っていた子が地面に座り込んで泣いていた。

「だいじょうぶ? だいじょうぶ?」

って、何回も心配そうに鬼役の子を気にして走っていた子が、
その子のそばに座り込んで頭を撫でてあげてる。

「うぇ、いたいよぉお......いたいよぉ......ぐすっ、うわぁああああん」

元気な子は泣くのも元気......なのかな。
ほのか、そうだったっけ......?

絆創膏なら私も持ってるよね、と思って、荷物をゴソゴソしようとしたら

「あ、ちがででる! あたし、ばんそーこーもってる!」

そう言って、一番こころもとなさげに2人を追いかけてた鬼役の子が、
肩にかけた小さくてかわいいポーチから、キャラクターがプリントされてる絆創膏を取り出した。

「ほら、これでもういたくないよー!」

って言って、泣いている子の膝小僧に
ペタってそれを貼ってあげてた。

「......まだいたい」

「えー、で、でもばんそーこーはったらいたいのとんでっちゃうって、ま、ママが......ぐすっ......お、おしえてくれた......もん......」

そう言って、今度はその子が泣き出しそうになっちゃってて。

そしたら、それを見た怪我した子が
、きっとまだ傷は痛いはずなのに、
その子の前でスクッと立ち上がって、

「あー! いたくない!! ばんそーこーはってくれたからもういたいのとんでっちゃったー!!」

と言ってキャハハと、笑い出した。

「ほ、......ぐすっ、......ほんとー?」

「うん! ほんと!! だから、ほら、なかないでー!! いっしょにあそびのつづきしよーよー!!」

そう言って、その子は走り出した。

絆創膏には血が滲んでて、きっとようやく血が止まり始めたぐらいだろう。

でも、その子は走り出した。

さっきの追いかけっこで走り回ってた時よりも元気に走り回った。

「ほら、なかないで、つづきしよ。
こんどはわたしがおにするから」


「......うん」

そう言って、泣いていた子は顔をゴシゴシとして、泣き止んで走り出した。

その子を追いかけて、でも、決して追いつかない速さで女の子は走り出す。

それは膝をすりむいた女の子も同じみたい。


追いつかないような速さで。
でも、絶対に追いつかないっていう速さなんじゃなくて、
きっと、誰が鬼役とかわからなくなるくらいに、みんなで同じ速さで、走り回る。

私は、その女の子たちに言いたくなった。
駆け寄って、伝えたくなった。

ただ一言。

わかるよ

って。


また公園には何もなかったみたいに3人の女の子の声が響いてた。

取り出した絆創膏を元の場所に戻して、また空を見上げた。

さっきより、雲が流れてる。


穂乃果「......そうなんだよね。ずっと続けていたい時って、同じ速さで走っちゃうんだよね」


目を閉じると、太陽の赤がまぶたに眩しい。



穂乃果「その気持ち」



穂乃果「わかるよ」



ザッザッザッて地面を踏むいつもの音が2つして、私の方向へ近づいてくる。

小さい時から変わらない。
でもきっと、歩幅は変わってるから変わらないはずはないのに、
変わってると思わないのはきっと、

その変化をともに過ごしていたからだ。

「何がわかるんですか」

目を開くまでもなく、誰かなんて分かりきってるから。

私は、ふふっ、と笑みを漏らしちゃう。

「なにか面白いことでもあったのかな、穂乃果ちゃん」

穂乃果「遅いぞー! 2人ともー!! 練習するって約束してたじゃんかー!! ほのか、1時間もひとりで練習してたんだからねぇー!!」


海未「えっ、約束してた練習時間って」

ことり「15時からじゃなかったっけっ?」

穂乃果「......あれ? そうだっけ」

海未ちゃんがゴソゴソとケータイを取り出し、メールの画面を私に向けた。

海未「14時でしたけど、用事があるから15時に変更してってメール送ったじゃないですか」

穂乃果「あ、......ホントだ。......15時って書いてある......」

ことり「ほのかちゃ〜んッ」

穂乃果「あはは、ごめんごめん! 14時って頭の中にインプットされてたみたい」

海未「全く。穂乃果は。でも、個人練習を1時間もしたならダンスも上手くなっていることでしょうから、手加減しないでいいってことでいいんですよね」クスッ

穂乃果「うわぁーん、うみちゃんがイジワルするよぉーー!!ことりちゃーーん!! 私みんなが来るまでちゃんと練習してたのにぃぃーー!」ォォオオォォ

ことり「よしよし。穂乃果ちゃんは練習頑張ってえらいよ。うんうん。うみちゃんも、イジワルしないのっ」メッ


海未「むっ。ことりに言われたら......仕方ないですね。 ......コホン。ほ、穂乃果」

穂乃果「うぇっ?」グスン

海未「そ、その。......練習、お疲れさまです」ナデナデ


穂乃果「うわぁあああああああ、う、う、海未ちゃんが私の頭を撫でてくれるとか!?!?」

海未「な、な、なんです!? 私だって人の頭くらい撫でますよっ!?もうっ!!」

そう言って、海未ちゃんはプイと、
さっきまで女の子たちが駆け回っていた方を向いてしまった。

気づいたら、あの子たちはもういなくて。

ただ、耳に3人が、楽しそうに駆け回る声がずっと響いてた。

海未ちゃんの背中で、長く伸びた毛先が風で流れてる。
海未ちゃんの左手がモジモジと何かを掴めそうでなかなか掴めてない。

ことりちゃんの肩をトントンとしてこそこそ話。


穂乃果「海未ちゃんの左手みてみて」

ことり「ん? ......あ。 またあのクセでてるね」クスクス

穂乃果「うん。海未ちゃんが素直になれない時のクセ」クスクス

ことりちゃんと2人で笑ってること、海未ちゃんはまだ気づかない。

そんな海未ちゃんの背中に
トンっとタッチして
私は走り出した。

穂乃果「ことりちゃん、走って!! 海未ちゃんが鬼ねー!!」

ことり「えっ!?えっ、えっー!!」

って戸惑いを隠しきれないで言いながらも私とは違う方向に走り出すことりちゃん。

流石、私たち、伊達に一緒に走り回ってなんかいない。

身体が覚えてる。

風が切られて、ビュンビュンと音がする。

いつの間にこんなに私は速く走れるようになったんだろ。

でも、それはきっと海未ちゃんも、ことりちゃんも同じはずだ。


走りながら振り向くと

海未ちゃんが

「穂乃果ー! ことりー! 」

と名前を呼んで、
やっぱり子どもの頃と同じように走り出しているのが見えた。

同じ、気持ち。

だから、私も、海未ちゃんとことりちゃんと同じ速度で地面を蹴る。

土が蹴り上げられて、宙に舞う。

その方向を見ると、空が青色からオレンジ色に変わり始めてた。

おわり。

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