男「初詣ばんざあい」(12)
年が明けて、数日。
気がついたら夜だった。
暇だ。
折り合いが悪い実家には帰りたくない。
とはいえ親しい友人はみんな帰省。
仕方がないのでずっとこたつで酒を飲み、テレビを見てネットをしての寝正月。
下宿の学生らしいといえば、そうだろうか。
しかし、このままではひきこもりになりそうだ。
そろそろ外に出てみようか。
どうせなら正月らしい……そうだ。
初詣に行こう。
シャワーを軽く浴びる。
酒で熱くなった頭に心地よい。
ここの冬は冷えるから、ずいぶん厚着をしないと。
ヒートテックにホッカイロ、セーターにダウン手袋を装備してようやく外へ。
知らぬ間に雪がすこし積もって、溶けていた。
覆い忘れた耳が痛い。
初詣。
年末からひきこもっていたせいか、人に会うのがすこし怖い。
どこか、人の居なさそうな……
そうだ。
ふっと、思い出したのは随分前に散歩していて見つけた裏山の社。
すっかり忘れていたが、あれならちょうど良いだろう。
あすこへ行こう。
裏山の中の林道から更に階段を登った先の神社。
下宿からはさして歩かない。
あまり手入れもされていないようだったし、元旦も過ぎて数日。
ましてこんな夜更けなら誰もいないはず。
昼も夜もない生活を送っているため元気溌剌。
懐中電灯も持っているし、まあいいだろう。
ちょうどいい。
しかし寒い、酒を持って行こう。
山への田んぼ道を歩く。
ちびりちびりやりながら歩く。
片手にぶら下げた瓶からラッパ飲みだ。
途中、中年のおっさんとすれ違う。
夜中ということもあって警戒してしまう。
畔をふらふらと、危なっかしい。
焦点の定まらぬ目でゆらゆらしているのを、心もち大きく避ける。
三ヶ日も明けたというのに、まだ酒をかっくらっているらしい。
ま、僕が言えた話じゃないか。
もう一口ぐびり。
吐く息が熱い。
それにしても、こんな時間になんの用なのだろう?
それも、僕が言えた話じゃなかった。しまった。
山裾の道にそって少し歩くと、木々の間に林道が伸びている。
懐中電灯を取り出すものの、明かりはともらない。
電池切れか、故障か。やれやれ。
林道にも電灯は点々としているが、あまりにも心細い。
引き返そうかとも思ったが、ここまできたのだ。
ええい、ままよ。
俺には酒瓶がついているのだ。
一歩踏み出す。
アスファルトから、小石へと感触が変わる。
もう一歩踏み出すと、急にあたりが暗くなった気がした。
森はしいんとして、自分の呼吸くらいしか聞こえない。
ふう、と一息。白く曇る。
よし、と心を決めて、前にちらちら見える電灯へ。
一つ、二つと電柱を数えて、もう四つ。
暗闇にも目が慣れてきた。
そろそろ、ついてもいい頃なのだけど。
どこか、別な世界なんかに迷い込んだんじゃないか。
そんなことをふと考えてしまう。心細いとやくたいもない想像をするものだ。
かといって、一度わいた不安はなかなか消えない。
もう一口、あ、なくなった。困った。
妄想があたまのなかでグルグルし始める。
ああ、どうしよう。帰ろうか。
酒臭い息で悩む。
後ろを見てもぽつぽつとさっき通った電灯が光るばかり。
いいや、もうそろそろ着くはずだ。
視線を前にもどし先を見ると、ぼうっと白いものが見えた。
ゾクリとする。
オバケなんてないさそんなのって嘘さ。呪文をとなえる。
跳ねる心臓をおさえて、更によくよく目を凝らすと旗のようだ。
その後ろには小さな鳥居もみえる。
すこし上に目をやると、黄色い明かりも漏れている。
ああ、よかった。無事についたようだ。
ほうと、胸をなでおろして早足で残りの距離を詰める。
前は立っていなかった旗は、先になにか木の枝と例の白い紙がくくられている。
この神社も手入れする人がいたらしい。
正月なのだから不思議ではないか。
ひょっとしたら、巫女さんもいるのだろうか。
居てほしいような、人に会いたくないような。
古びた急勾配の石段をのぼると、石灯籠に火が灯っていた。
さっき見えた明かりはあれか。
全部登り切ると息がきれた。
ええい、運動不足だ。
もう一つ鳥居をくぐると、さして広くない境内にこじんまりとしたお社。
照明はわずかに蛍光灯が一本。寒々しい。
その狭い境内を更に圧迫するかのように、簡易なテントが設置されていた。
テントと言っても運動会に使うようなアレだ。
社務所、というにはすこし雑だが、ビニールと暖簾を垂らして一応の防寒はしてあるらしい。
ということは、人がいるということだ。
暖簾の下をちらりと覗くと、おなじみの衣装に垂れた黒い髪、白くはだけた喉元、細い首。
やはり巫女さんがいるようだ。しかも、美人の予感がする。
おみくじでもやっているのか。
これはテンションが上がる。
さっき人に会いたくないといったが美人さんなら話は別だ。巫女さんだ。
が、まずはお参りをするのが自然だろう。下心はできるだけ隠すべきだ。
石畳の左端を等間隔に刻んで拝殿へ。
財布を漁ると小銭がひいふう……
ええい、全部放り込んでおけ。
中身を全部賽銭箱にぶちまけると、なかなか景気のいい音がした。
大した金額ではないが、気分がいい。
ボロボロの綱を振って今にも落ちてきそうな鐘をならし、二礼二拍手。
さて、なにをお祈りしたものか。
ええと、そうだなあ。
世界平和? いやいや、単位が取れますように? 就職?
む、彼女だな。
神様神様彼女がほしいです。あと酒と金も。
おねがいしますおねがいします。
手をモミモミ自分勝手なお祈りをする。
お祈りなんてどうせ自分勝手なものだ。
煩悩上等。
神様もいちいち大変だろうに、よくこんな窓口をつくったものだ。
ところでここの神様はなんて名前なんだろうか?
まあいいや、南無々々々々……これはちがうか。
最後に一礼して、後ろへ下がる。
ふう、初詣なんて初めてした。
さあて、お次はお待ちかね。
社務所?へ何の気なく足を運ぶ。
別に興味はないんだけど、せっかくあるし、ちょっと覗いてみようかなー、といった感じ。
巧みな近づき方だ。嘘だ。
期待に胸をふくらませ、暖簾を押しのけると、天使がいた。
うわ、なにこれ。やば。
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