ミカサ「死者は誰?」(285)
綾辻行人氏の著作「Another」のパロ
都合により設定捏造しまくり
―――マリアって知ってる? 三年三組のマリア。それにまつわる話。
―――知らない。
―――誰だ?
―――今から二十六年前、ローゼ中にそんな名前の生徒がいたんだって。
―――そいつがどうかしたのか?
―――呪いだよ、呪い!
―――なにそれ? ちょっと怖いけど、気になるかも……
―――マリアは眉目秀麗、成績優秀にスポーツ万能だった。
―――いけすかねえ奴だな。
―――みんなに愛されていたから性格もよかったんだと思うよ。
―――ますます気に入らねえ。
―――それが、呪いとどう関係あるの?
―――うーん、でもこれ、言っちゃっていいのかな?
―――どういうこと?
―――なんか、遊び半分で口にしたらダメって噂を聞いたことがあるんだよね。
―――はあ? ここまで言っといてなんだよ!
―――分かった、じゃあ最後まで話すね。
―――ある日、そのマリアが事故で亡くなったの。
―――えっ……。
―――クラスのみんなはとても悲しんだ。
―――そりゃそうだよね。人気者だったみたいだし。
―――信じられない!って泣き出す子までいた。
―――そんな中、誰かがこう言ったの。
―――「マリアは死んでなんかいない。今もほら、ここにいるじゃないか」ってね。
―――はあ?
―――マリアが使っていた机を指差して、「ほら、マリアはそこにいる」って。
―――なにそれ……。
―――次々と賛同する人が現れて、しまいには先生まで……。
―――人気者の突然の死を、誰もが認めたくなかった。
―――そして、それはその後もずっと行われ続けたの。
―――ずっと……って、まさか……
―――クラスの全員がその後も「マリアは生きている」というふりをし続けることにしたんだって。
―――この教室では、今でもマリアが生き続けてる。
―――だから、みんなで一緒に卒業しよう。……こんな感じだったのかな。
―――いい話っぽく聞こえるけど、なんか不気味……。
―――マリアの机はそのままで、時々話しかけてみたり……。
―――うへえ、マジかよ。
―――もちろん全部「ふり」なんだけどね。
―――卒業式の日には、校長の計らいでマリアのための席が用意されたりもして。
―――ふうん、やっぱりいい話……なのかな?
―――で? 呪いって何なんだよ?
―――そう、ここまではある種の美談なんだけど、この話には恐ろしいオチがついてるの。
―――どんな?
―――卒業式の後、みんなで教室で写真を撮ったんだって。
―――後日、現像された写真を見てみんなは驚いた。
―――その集合写真の隅っこに、実際にはいるはずのないマリアが映ってたの。
―――青白い、死人みたいな顔色で、みんなと一緒に笑ってたんだって……。
四月
エレン「……」スースー
ハンジ「起きろっ! 駆逐少年!」ガララッ
エレン「うわっ!? ハンジさん!?」ビクッ
ハンジ「『突撃! 隣の巨人さん』かぁ。いい趣味してるね」ニカッ
エレン「看護師さんが覗き見ですか」ハァ
ハンジ「体の具合はどう? 肺がパンクしてぶっ倒れるなんて若いのに大変だねぇ」
エレン「生まれつきだし、もう慣れっこっていうか……」
ハンジ「そっか。お父さんは海外だっけ? 寂しくない?」
エレン「でも叔母さんがいるから……あ、病院に連絡してくれたのって」
ハンジ「そうだよ。君のことすごく心配してた」
ハンジ「仕事が忙しくて、なかなか見舞いに来られないみたいだけど」
エレン「あとでお礼言っとかなきゃな……」
ハンジ「それにしても、新学期早々災難だったね」
ハンジ「この分だと、転入は五月からになりそうだな」
エレン「親父のやつ、いつも勝手なんだよ」ハァ
エレン「俺が帰ってくるまで母さんの故郷でのんびり暮らすのもいいだろう」
エレン「田舎は空気がきれいだから養生にはちょうどいいし、社会勉強がなんとかって言ってたけど」
ハンジ「まあ、いいんじゃない? 君ってなんとなく死に急ぎそうだし」
エレン「死に急ぎ……?」
ハンジ「君の通うローゼ中にはうちの弟がいるんだよ。ゴリラみたいなやつだけど、仲よくしてやってね」
エレン(どんな奴なんだ)
ハンジ「あっ、そうそう! お客さんが来てたんだ」
エレン「今さら!?」
ハンジ「ごめんね! 待たせちゃって」
マルコ「失礼します」ガラッ
クリスタ「失礼します」
エレン(二人とも俺と同じくらいの年で、学生服だ。ってことは……)
マルコ「エレン・イェーガー君。だよね?」
エレン「ああ」コクッ
マルコ「僕たちは、ローゼ中学の三年三組の学級委員長なんだ」
マルコ「僕はマルコ・ボット。それから……」
クリスタ「初めまして。私はクリスタ・レンズ。よろしくね」
エレン「よろしく」
エレン(真面目そうな二人だ。でも、何か……)
マルコ「本当は先週から来るはずだったけど、急な病気だと聞いてクラス代表で来たんだ」
クリスタ「これ、みんなから」スッ
エレン「あ、どうも……」
エレン(チューリップの花束だ。花言葉は何だっけ?)
マルコ「病気はもう大丈夫なのかな?」
エレン「ああ。来月には学校に来れるって看護師さんが言ってた」
クリスタ「そう、それは良かった……」チラッ
マルコ「……」コクッ
エレン(……? なんだ?)
マルコ「エレン君は、トロスト区の出身だよね?」
エレン「エレンでいいよ。ちょっと家の事情で、こっちに」
クリスタ「シガンシナ区に住むのは初めて?」
エレン「そうだけど……何でそんな」
クリスタ「いや……、その、ひょっとして昔こっちに住んでたのかなって」
エレン「来たことはあるけど、住んだことはないな」
マルコ「長期滞在したことは?」
エレン「母さんの実家がこっちだから、あんま覚えてないけど小さいころならあるかも――」
エレン「って、なんでそんなこと聞くんだ?」
クリスタ「う、ううん、なんでもないの」アセアセ
マルコ「来月からよろしくね、エレン」スッ
エレン(握手? 今どき律儀なやつだな)
エレン「ああ、よろしく」スッ
マルコ「……」
エレン(昨日の二人、なんか様子が変だったな)
ハンジ「エレン君! 歩けるようになったみたいだね」
エレン「おかげさまで」
ハンジ「でも、しばらくは安静にしてるんだよ」
エレン「分かってますよ」
エレン(ハンジさんともすっかり親しくなっちゃったな)
エレン(腹減ったし病室に戻るか。病院食まずいんだよな……)
チーン
エレン(おっ、エレベーターが来た)
エレン「すいません! 乗ります……えっ」
ミカサ「……」
エレン(昨日の二人と同じ制服……ローゼ中の生徒か)
エレン(眼帯してるし、目が悪いのか?)
エレン「あのー、ローゼ中の生徒、だよな?」
ミカサ「……」コクッ
チーン
エレン「あれ……? ここって地下二階じゃ」
エレン(間違えて下りに乗っちゃったのか)
ミカサ「……」スタスタ
エレン「地下に何の用事が……?」
ミカサ「届け物がある」
エレン「届け物? その人形が」
ミカサ「待ってるから。可哀想な私の半身が、そこで」
エレン「半身……? あっ、ちょっと待ってくれ!」
ミカサ「何?」
エレン「名前、教えてくれよ。俺はエレン・イェーガーだ」
ミカサ「ミカサ・アッカーマン。……よろしく」
エレン(……)
エレン(地下二階って、何があったっけ?)
エレン(病室や検査室はないよな)
エレン(あるのは倉庫と、機械室と……)
エレン(……霊安室?)
エレン(まさか……な)
ミカサ「……」スタスタ
五月
エレン(今日から学校か。全然眠れなかった……)
祖母「早いね、エレンちゃん」
エレン「ちゃん付けやめてくれよ。……あ、親父から電話だ」
祖母「グリシャさんもいろいろ大変なんだね」
祖母「カルラが亡くなってから、再婚もせずに……」
エレン「……」
エレン「もしもし、親父」
グリシャ「おう、エレンか。調子はどうだ?」
エレン「あー、すげえ元気いっぱいだよ」
グリシャ「そいつはよかった。お義父さんとお義母さんによろしくな」
エレン(眠いな……そろそろ着替えねーと)
エレン(昨日は夜遅くまで叔母さんと話してたし……)
エレン「叔母さんもローゼ中だったんですか?」
叔母「そうね。今から十五年前……って、歳がばれちゃうね」
エレン「じゃあ、母さんも」
叔母「姉さんとは十一歳離れてるから、二十六年前だね」
エレン(母さん……)
エレン(俺を産んですぐに亡くなった人)
叔母「エレン君、ローゼ中の心構えを四つ教えてあげる」
エレン「心構え?」
叔母「その一。屋上に出ていてカラスの鳴き声を聞いたら、中に戻るときは左足から入ること」
エレン(右足から出ると怪我をするとか?)
叔母「その二。三年生になったら、裏門の外の坂道で転んではいけない」
エレン(転んだら受験に失敗するとか?)
叔母「その三。クラスの決め事は、絶対に守ること」
エレン「えっ……、なんか、急に現実的ですね」
叔母「田舎の学校では、個よりも集団のほうが重視されるから」
叔母「もしもルールを守らなかったら……恐ろしいことが起こるかも」
エレン「……」ゾッ
エレン(恐ろしいことって、いったい何が……)
祖母「エレンちゃん、ご飯だよ」
エレン「叔母さんはもう出たんですか」
祖母「ああ、あの子も忙しそうだったね」
祖父「おはよう。エレンは今日も病院か?」
エレン「おはよう」
祖母「もう退院して今日から学校だよ」
祖父「そうか、元気はいいことだな。あの娘らもなあ、あんなことにならなければ……」
祖母「あんた、しっかりしてくれよ。ごめんね、エレンちゃん」
エレン「……いえ」
エレン(俺は、写真でしか母さんの顔を知らない)
エレン(母さんは、どんな人だったんだろう)
祖母「早いとこご飯食べて準備するんだよ。何事も最初が肝心だからね」
エレン「ありがとう」
エルヴィン「エレン・イェーガー君だね。体のほうはもう大丈夫なのかい」
エレン「はい」
エルヴィン「私は三組の担任、エルヴィン・スミスだ。こちらは副担任のペトラ先生」
ペトラ「よろしく、イェーガー君」
エレン「あっ、はい……」
エルヴィン「それでは、教室のほうに」
エレン「トロスト区から来ました、エレン・イェーガーです。よろしくお願いします」
エレン「父親の仕事の都合で、しばらく祖父母のところに住むことになりました」
一同「……」ジッ
エレン(みんなの視線が痛い……)
エレン(あとなんて言えばいいんだ? 好きなマンガとか? お見舞いの花ありがとうとか……)
エルヴィン「三年三組の新しい仲間として、今日からイェーガー君とも仲良くやっていくように」
エルヴィン「……みんなが無事に卒業できることを願っています」
エレン(大げさだなあ)
エレン(マルコがいる。クリスタはどこだ?)キョロキョロ
エルヴィン「では、イェーガー君はあそこの席に」
エレン「はい」スタスタ
エレン(廊下側の、後ろから三番目の席か)キョロキョロ
エレン(あっ、あの時の……)
ミカサ「……」
エレン(同じクラスだったのか)
エレン(窓際の一番後ろの席。さっきは逆光になって見えなかったんだな)
エレン(ミカサ……ミカサ・アッカーマン)
エルヴィン「~であるからして……」
一同「……」
エレン(みんな静かだな。でも集中してるって感じじゃない)
エレン(何かを気にしてる……そんな感じがする。俺が転校してきたからか?)
エレン(ミカサは……?)
ミカサ「……」ボー
エレン(日差しが強くて顔がよく見えない。まるで……)
エレン(いや、そんなわけないよな……)
キーンコーンカーンコーン
エレン(やっと昼飯だ)
ジャン「よう、転校生。一緒に飯食おうぜ」
エレン「ああ、えーっと……」
ジャン「ジャン・キルシュタインだ。よろしくな」
マルコ「あとで校内を案内してあげよう」
エレン「二人は仲良いのか?」
ジャン「まあ、腐れ縁みたいなもんだよな」
マルコ「そうだね」
ジャン「昔はよくつるんでたんだけどよ、こいつすっかり優等生ぶりやがって」
マルコ「僕は別にそんなつもりは……」
エレン(優等生のマルコと、不良っぽいジャンか)
マルコ「僕たちがさっき出てきた教室は、C号館にあるんだ」スタスタ
マルコ「この中庭を挟んで、同じ規模の校舎がもう一つある。それがB号館」
マルコ「各棟は渡り廊下で、職員室があるA号館につながってる」
マルコ「その向こうに隣接してるのがT棟で、美術室なんかの特別教室が集まってる」
エレン「へえ……」ボー
エレン(ミカサはどこに行ったんだ? 昼飯食ってるとき、気づいたらいなくなってた)
ジャン「……なぁ、エレン」
エレン「えっ? あっ悪い、ボーっとしてて……」
ジャン「お前、霊とか祟りとか信じるか?」
エレン「はあ?」キョトン
マルコ「いわゆる超常現象一般について」
マルコ「科学で解明できないような不思議な現象が、実際にあるのかどうか」
エレン(なんでそんなこと聞くんだ?)
エレン「いや、そういうのはあんまり……学校の七不思議とかそういうやつだろ?」
ジャン「昔、ウサギとモルモットが大量に消えたらしいぜ」
エレン「ああ、それは叔母さんから聞いたよ」
ジャン「叔母さん……ああ、羨ましいな」
ジャン「若くてキレーな姉ちゃんと一つ屋根の下かよ。うちなんかババアがうるさくて――」
マルコ「ジャン、エレンのお母さんは」
ジャン「あっ、悪い……」
エレン「いや、いいんだ」
ジャン「あー、その、向こうのハス池を見てみろよ」
エレン「あれがどうかしたのか?」
ジャン「あの池から、ハスの葉っぱに紛れて時々血まみれの人間の手首が――」
マルコ「あれはハスじゃなくてスイレンだよ、ジャン」
ジャン「えっ、そうなのか!?」ガーン
エレン「ははっ。まあ、七不思議なんてこんなもんだよな」
マルコ「七不思議はともかくとして、エレン」
マルコ「超常現象にもいろいろあるけど、君はやっぱり全否定する?」
エレン「霊とか祟りとかはよく分かんねえけど――」
エレン「目の前にそいつが現れて、確かに幽霊だって証拠があるなら信じるかもな」
マルコ「証拠、ね……」
ジャン「証拠か……」
エレン(なんなんだ……? こいつら、一体何が言いたいんだ)
スタスタ……
エレン「あれは? ほかにも校舎があるのか?」
マルコ「0号館だよ。みんなそう呼んでる」
エレン「0号館?」
マルコ「古い校舎だからね。十年位前までは、三年生の校舎はあっちにあったんだ」
マルコ「それがその……生徒数が減ったりして、あっちは使われなくなった」
エレン「ふーん、ずいぶん古びてるんだな」
ジャン「いかにもって感じだよな。絶対何か出るぜ」
エレン「取り壊しはされないのか?」
マルコ「ああ、普通の教室としては使われていないけど――」
ジャン「一階には第二図書室と美術室があるんだよな。二階は確か立ち入り禁止だ」
エレン「第二図書室?」
マルコ「めったに人は来ないけどね。みんなA号館の第一図書室に行くし」
ジャン「なんか不気味だよな。図書館の主みたいな人がいてめっちゃ怖いらしい」
エレン「へえ……」
エレン「確か、この学校って美術部があるんだよな?」
ジャン「お前美術に興味あんのかよ。似合わねー」ケラケラ
エレン「うるせえな、別にいいだろ」
マルコ「ああ、今はね」
エレン「今は?」
ジャン「去年まで活動停止状態だったのが、今年の四月から復活したんだよ」
ジャン「ちなみに顧問はうるわしのペトラ先生だ。エレン、入部すんのか?」ニヤニヤ
エレン「バカ、そんなんじゃねえよ」
エレン「ジャンこそ、ペトラ先生のこと好きなのか?」ニヤッ
ジャン「はあ!? ちげえよ、俺が好きなのは――」
マルコ「ジャン!」
ジャン「あ……でもよマルコ、そろそろ――」
エレン(……?)
ジャン「あのなエレン、実はお前に――」
エレン「あっ!!」
エレン(中庭のベンチに座ってる――あれは、ミカサだ!)ダッ
マルコ「どうしたんだ!?」
ジャン「おい、待てエレン!」
エレン「……よう、ミカサ。こないだ会ったよな?」
ミカサ「……」
ミカサ「……どうして?」
エレン「えっ?」
ミカサ「大丈夫……? これ」
エレン(どういうことだ?)
ミカサ「――気を付けて。もう、始まってるかもしれない」スッ
エレン「あっ、おい! 待てって――」
キーンコーンカーンコーン
ジャン「何やってんだよ! エレン」
ジャン「次は体育だから、急がないと間に合わねえぞ」
マルコ「……」
エレン「あ、ああ……」
ワーワー
エレン(……つっても、見学だから急ぐ必要もないんだよな)
エレン(男子の見学者は俺だけか。女子のほうも一人)
エレン(遠くてよく見えないけどたぶんミカサだろうな……あれ? 近づいてくる……)
クリスタ「エレン、体育はしばらく見学?」スタスタ
エレン(クリスタだったのか。ミカサは眼帯してるのに体育を?)
エレン「退院してまだ一週間だしな。クリスタは?」
クリスタ「ちょっと転んで足を挫いちゃって」
エレン「まさか、裏門の外の坂道で?」
クリスタ「ううん、大丈夫。そのジンクス、もう知ってるんだ?」
エレン「ああ。……ちょっと聞いていいか?」
クリスタ「どうしたの?」
エレン「こういう体育の授業って、普通二クラス合同でやるもんじゃないのか?」
クリスタ「ああ……三組は別なの。一組は二組、四組は五組と合同だけど」
エレン(なんで三組が? 普通は五組があぶれるはずじゃ)
クリスタ「昼休み、マルコとジャンと一緒にいたよね。二人からその、何か聞いた?」
エレン「ざっと校内を案内してもらって怪談話を聞かされた」
クリスタ「それだけ?」
エレン「あとは0号館の話とか……そんなところだな」
クリスタ「そうなんだ……」
クリスタ「ちゃんとしないと……アニが……」ボソッ
エレン(アニ……? 確か今日休んでるやつだよな)
エレン「……なあクリスタ、ミカサは?」
クリスタ「えっ……?」
エレン「ミカサ・アッカーマン。左目に眼帯してるだろ? あいつも見学――」
クリスタ「え? え……?」
ゴォォ……
エレン(なんだ? この音……雷か?)キョロキョロ
エレン「あ……」
エレン(屋上に……ミカサ!!)
エレン「……」ガチャ
ミカサ「……」
エレン「なあ……ミカサ、こんな所にいても良いのか?」
ミカサ「そういうあなたは?」
エレン「え? あー、立ち入り禁止ってなってたけど、大丈夫だろたぶん」
ミカサ「……そう」
エレン「絵、描いてたのか」
ミカサ「……」コソコソ
エレン「こないだ病院で会ったの覚えてるか?」
ミカサ「そんなこと、あったかも」
エレン「地下に何の用事があったんだ?」
エレン「届け物って、あの人形のことか?」
ミカサ「……そういう質問攻め、好きじゃない」
エレン「あぁ悪い。無理に聞き出すつもりは――」
ミカサ「……あの日は、悲しいことがあったから」
エレン(私の半身がどうのこうのって……このことか?)
ミカサ「エレン。あなたは、無事に退院できてよかった」
ミカサ「このクラスは、死に近いところにあるから――」
エレン「死に近い? どういうことだよ?」
ミカサ「……エレンはまだ何も知らない」
エレン「何のことだ? 教えてくれよ」
ミカサ「そのうちに分かる。……そしてしばらく、私に近づかないほうがいい」
エレン「はあ……?」キョトン
ミカサ「気を付けて……」スタスタ
カァ……カァ……
エレン(屋上でカラスの鳴き声が聞こえたら――)
エレン(ミカサが出て行ったのは、右足からだった)
ザーザー
エレン(やべえ、傘持って来てねえ)
プルルルル
エレン「もしもし?」
祖母「今すぐ迎えに行くから、正面玄関で待ってるんだよ」
エレン「いや大丈夫だって、これくらい――」
エレン「あっ、切れた……ったく、過保護なんだよな」
エレン(母さんの分も……ってことなんだろうか)
ジャン「おっ、エレン携帯持ってんのか?」
ジャン「中学で持ってるやつってまだ少ないんだよな。番号教えろよ」
エレン「ああ、あのさ」
ジャン「ん?」
エレン「あそこの席に、ミカサっているだろ?」
ジャン「んん?」
エレン「変わったやつだよな。いったい――」
ジャン「大丈夫か? エレン。……しっかりしろよ」ポンッ
エレン「は……?」
エレン(何だったんだ? さっきのジャンの態度、明らかにおかしかった……)
ペトラ「イェーガー君。新しい学校はどうでした?」
エレン「あっ、まあ……何とかやっていけそうです」
ペトラ「それは良かった。……雨が降っているけど、傘はあるのかしら?」
エレン「おばあちゃん――いや、祖母が迎えに来てくれるから大丈夫です」
ペトラ「そう。気を付けてね」ニコッ
エレン(なんか緊張するな……)
ブロロロロ……
エレン(来たみたいだ)
エレン(あれ……ミカサ?)
ミカサ「……」スタスタ
エレン(傘も差さずに歩いてるのか?)
祖母「おーい、早く!」
エレン「ああ、今行く……」ダッ
エレン「……」キョロキョロ
エレン「……いない」
エレン(ミカサ……いったい何者なんだ?)
つづく
ペトラ「アルレルト君。これは何ですか?」
アルミン「『レモンの叫び』です!」キリッ
エレン(なんじゃこりゃ……ムンクの叫びのパロディか?)
ペトラ「うーん……今は美術の授業中だから、こういう作品は美術部の活動のときにお願いね」
アルミン「すみません、先生」シュン
ペトラ「謝らなくていいから、これはこれで仕上げてしまいなさい」ニコッ
スタスタ……
エレン「お前、美術部なのか?」
アルミン「うん。……エレンはペトラ先生のことどう思う?」
エレン「どうって聞かれても困るな」
アルミン「そっか……そうだよね」ボー
エレン(えっ? ひょっとして惚れてんのか? 十何歳も年上だぞ?)
エレン(女みたいなやつだと思ってたけどけっこう大胆だな)
キーンコーンカーンコーン
アルミン「『ムンクの叫び』を見てると、なんとなく不安な気持ちになるよね」スタスタ
アルミン「僕はそれが好きなんだ」
エレン「不安になるのが好きなのか?」
アルミン「……見ないふりをしてもしょうがないからね。エレンもそう思わない?」
エレン「俺は……」
ジャン「よう、二人で何の話してんだよ」
アルミン「不安について」
ジャン「はぁ?」
エレン「ジャンは不安ってあるか?」
ジャン「ああ、そりゃもちろん―――」
ジャン「よりによって『呪われた三組』になっちまったからな」
シーン……
エレン「え?」
アルミン「……」ウツムキ
ジャン「なあエレン、昨日から話そうと思ってたんだが――」
アルミン「ジャン、それはもうまずいんじゃないかな」
エレン「もう……?」
ジャン「そんなこと言われてもな……」
エレン(何の話だ?)
エレン(そう言えば、このあたりに第二図書室が――)
エレン(……いた!!)
ミカサ「……」
ジャン「どうした? エレン」
エレン「悪い、先行っててくれ。……ミカサ」ガラッ
ミカサ「……」
ジャン「おい、エレン……お前、やっぱそれ……」
アルミン「エレン? 何をそんな――」
バタン
エレン(すげえ量の本だ)スタスタ
エレン「ミカサ。授業サボって絵描いてたのか?」
ミカサ「……なぜ? 二人は止めたはず」
エレン「みたいだな」
エレン(ミカサに対するクラスの連中の態度は明らかに変だ)
エレン「この絵は……人形? モデルがいるのか? それとも想像?」
エレン(あ、質問攻め嫌いって言ってたなそういや)
ミカサ「両方」
エレン「ふーん……なあ、その眼帯どうしたんだ?」
ミカサ「これは……」
キーンコーンカーンコーン
リヴァイ「おい、そこのガキ」ヌッ
エレン「うわっ!?」ビクッ
エレン(いつの間に……!? 図書館の主ってこの人か? 確かにめっちゃ怖い)
リヴァイ「授業が始まる。さっさと出ていけ」
ミカサ「私はここで絵の続きを描いてるから」
エレン(ミカサには何も言わないのか……?)
リヴァイ「授業がないとき、いつでも来い」
エレン「……分かりました」
エレン(結局、その後ミカサは教室に姿を現さなかった)
エレン(次の日も休んでたし、体調が悪いのか?)
エレン(屋上のジンクスを守らなかったから……なんてな)
ハンジ「いよっ、駆逐少年!」ドンッ
エレン「うわっ!? ハンジさん」
ハンジ「今日は経過を診てもらいにきたんだよね? どうだった?」
エレン「あー、この分だと二週間後には体育にも参加できるって言われました」
ハンジ「そりゃよかった」
エレン「……ハンジさん、ちょっと訊きたいことがあるんですけど」
ハンジ「なになに? スリーサイズ以外だったら答えてやるよ」
エレン「先週の月曜日、ここで亡くなった人っていますか?」
ハンジ「先週の月曜……エレン君まだ入院してたよね、何でそんなこと?」
エレン「いや、ちょっと気になることがあって」
エレン(ミカサに初めて会った日)
エレン(地下二階……霊安室に用があったとしたら?)
ハンジ「いろいろと事情があるみたいだね」
ハンジ「少なくとも、私が担当してた患者さんにはいなかったけど……」
ハンジ「何かわかったら連絡してあげようか?」
エレン「お願いします」
ハンジ「その代わり、いつか理由を教えてもらうからね? 駆逐少年」ニカッ
エレン(休みだし、その辺をぶらぶらするか)
エレン(ん? 何だここ?)
どうぞお立ち寄りください。――工房M
エレン(骨董品か何かの店か? まあいいや、どうせ暇だし……)ガチャ
エレン「うわっ!?」
エレン(一面に人形……きれいだけど、なんか不気味だ)
老婆「いらっしゃい。中学生かい?」
エレン「ローゼ中です。転校してきたばっかりなんですけど」
老婆「ゆっくり見ていきな。ほかにお客さんもいないし」
エレン(とりあえず地下に行ってみるか)スタスタ
エレン「――っ!? 何だこれ……!?」
エレン(棺桶……の中に、ミカサ……?)
ミカサ「エレン、何をしてるの?」
エレン「ミカサ!?」ガバッ
エレン「……あ」
ミカサ「人形が喋ったと思った?」
エレン「……これ、人形だったのか」
ミカサ「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかった」
ミカサ「エレンは、どうしてここに?」
エレン「たまたまぶらついてたんだよ。ミカサは?」
ミカサ「たまに降りてくる。……嫌いじゃないから」
エレン(答えになってないぞ)
ミカサ「この人形は私に似てる。けど――」スッ
エレン「あ、眼帯はしてないんだな」
ミカサ「私の左目、見たい?」
エレン「え?」
シュルッ
エレン「お前、それ……」
エレン「義眼……か?」
エレン(棺桶の中の人形と同じ――)
ミカサ「私の左目は、人形の目」
ミカサ「見えなくていいものが見えたりするから、普段は隠してる」
エレン(なんだよ……ミカサまでオカルトの話か?)
ミカサ「……上に行こう。人形は虚ろだから」
ミカサ「ここにいると、いろんなものが吸い取られる」
エレン(さっきの老婆がいない)キョロキョロ
ミカサ「とりあえず、ここに座ろう」
エレン「ああ。――ここにはよく来るのか?」
ミカサ「ええ」
エレン「なあ、前病院で会ったとき人形みたいなの持ってたよな? 届け物ってあれか?」
ミカサ「そう」
エレン「霊安室に用があったのか?」
ミカサ「……」
エレン(あ……もう聞かないほうがいいか?)
ミカサ「エレンは、まだ何も知らないの?」
エレン「ああ、こっちに来てから引っ掛かることがいっぱいあるんだよ」
ミカサ「じゃあ、昔話から……二十六年前の、三年三組の話」
エレン「集合写真に、死んだはずのマリアが映ってた……」
エレン(よくあるオカルト話だよな。でも二十六年前って――)
エレン(母さんは中学三年だったはずだ。まさか――)
ミカサ「この話には、まだ続きがある」
ミカサ「今のは前置きみたいなもので――」
プルルルル
エレン「あ、悪い。……もしもし?」
祖母「エレンちゃん? どこ行ってるんだい?」
エレン「もう帰るから大丈夫だよ」
エレン「ミカサ、話の続きって――」
老婆「そろそろ閉店の時間だよ」
エレン(いつの間に戻って来てたのか)
ミカサ「……また、あとで」スタスタ
エレン「あっ? おい!」
エレン(地下に降りていくのか? なんでまた……)
エレン(結局、重要なことは何も分からずじまいか)
エレン(何だ? 何か引っかかるんだよな……)
プルルルル
ハンジ「もしもし? おしゃべり好きの先輩捕まえていろいろ聞いてみたよ」
エレン「ハンジさん! 仕事速いですね」
ハンジ「先週の月曜、中学生の女の子が亡くなったんだって」
エレン「……」
ハンジ「別の病院で大きな手術を受けた後、こっちに移ってきたらしい」
ハンジ「順調に回復してたんだけど、急に容体が悪化して……」
ハンジ「一人娘だったみたいで、親御さんもすごく取り乱してて……確か名前は」
エレン(違和感の正体は……これだ)
老婆『ゆっくり見ていきな。ほかにお客さんもいないし』
エレン(なのに、なんでミカサは……まさか)ガクブル
ハンジ「もしもし? エレン君聞いてる?」
エレン「……ありがとうございました。もう大丈夫です」
アルミン「おはよう、エレン。どうしたの? 顔色悪いよ?」
エレン「いや、何でもないんだ」
ジャン「ようエレン。テスト勉強してるか?」
エレン「えっ? 今日ってテストなのか?」
ジャン「あー、駄目だなこりゃ」
アルミン「テストは来週からだよ」
マルコ「テスト週間が終わったらすぐ進路指導だ」
ジャン「優等生様は余裕だよな」
エレン(テストか……この学校にも普通に行事はあるんだよな。あたりまえだけど)
エレン「あっ、そういや修学旅行はどこ行くんだ?」
ジャン「はっ? 去年の秋に行ったぞ」
エレン「え、そうなのか? 普通三年に行くもんだろ」
ジャン「あ、それは……」
アルミン「……」
マルコ「この学校では二年に行くって決まってるんだよ」
アルミン「昔は三年に行ってたみたいだけど」
エレン「何で変わったんだ?」
ジャン「……知らねえよ」
マルコ「受験が気になり始める前にって配慮があったのかもね」
エレン(何だ? こいつらのぎこちない態度)
エレン「……なぁ、二十六年前の三年三組の話って知ってるか?」
一同「!?」ビクッ
ジャン「おい、エレン……お前その手の話は信じないって」
アルミン「どこで? 誰から聞いたの?」
エレン(ミカサの名前を出すのはまずいな)
エレン「いや、うわさで聞いたんだよ」
マルコ「……どこまで聞いたんだい」
エレン「三組のマリアって生徒が死んで、そいつが写真に映ってたってとこまでだ」
マルコ「最初の年だけ……か」
アニ「何の話?」
アルミン「あっ、アニ」
マルコ「例の始まりの年のことをエレンが聞いたらしい」
アニ「……ちょっと来て」
ヒソヒソ……
エレン「なんだ、あいつら」
ジャン「あー、まあ色々あんだよ」
アニ「今は……とりあえず様子を見て……」ヒソヒソ
エレン(……?)
アルミン「今日の授業は何を描こうかなあ」スタスタ
エレン「変なもん描いてると先生に嫌われるぞ。――あ」
アルミン「エレン?」
エレン(ミカサ……また屋上に)
エレン「ちょっと先行っててくれ」ダッ
アルミン「エレン!! 待って……」
ジャン「どうした? アルミン」
アルミン「ジャン! エレンが……」
エレン(さすがに全力ダッシュはしんどいな)ハァハァ
プルルルル
エレン(誰だ? 急いでんのに……)
エレン「もしもし」
ジャン「エレン! 大丈夫か? お前アニに蹴られるぞ」
エレン「大丈夫って? どういうことだよ? なんでアニが」
ジャン「なあエレン、悪いことは言わねーからよく聞け」
ザザザザ……
エレン(なんだ? 雑音がひでえ)
ジャン「いないものの相手をするのはよせ。ヤバいんだよ、それ」
エレン「は……?」
エレン(こいつは何を言ってるんだ?)
ジャン「それとなエレン……ザザ……例の二十六年前の話の続き、気になるか?」
エレン「ああ、もちろん」
ジャン「それ、来月になったら教えてやるよ……ザザ……だから、とにかく今月いっぱいは……ザザザ」
ザザザザザ……プツン
エレン「あっ!? おい、ジャン!」
エレン「なんなんだよ……」
エレン「ミカサ、いるか?」ガチャ
エレン「……あれ? どこにもいねえ」
エレン(気のせいだった、のか?)
エレン(翌日、ミカサは普通に教室に現れた)
エレン(聞きたいことは山ほどあったけど、なんとなく避けられている感じがした)
エレン(ジャンともあれ以来口をきいていない)
エレン(……正直ミカサは幽霊なんじゃないかと半分信じかけてた)
エレン(でも、あいつは「いないもの」って言った。つまりミカサのことを認識してる)
エレン(……「いないもの」って何なんだ? もしかしていじめられてるとか?)
プルルルル
ハンジ「もしもし? エレン君? その後何か進展あった?」
エレン「ハンジさん、亡くなった女子中学生の名前って――」
ハンジ「サシャ・ブラウスだよ。もしかして聞いてなかった? あの時様子変だったし」
エレン(やっぱり、ミカサじゃなかったのか……とんだ勘違いだ)
エレン(じゃあ、そのサシャって子がミカサの半身……?)
ハンジ「エレン君、もうすぐテストだよね? うちのライナーも大変そうだよ」
エレン「えっ!? ハンジさんの弟って……(ぜんっぜん似てねえ)」
エレン「そういえば、ハンジさんもローゼ中だったんですか?」
ハンジ「いや、私は違うよ。ちょうど校区の境界あたりに家があるから」
エレン「そうですか……」
エレン(じゃあ、ハンジさんは何も知らないんだな)
エレン(クラスの連中は何も教えてくれないし、自分で調べるしかないか)
キーンコーンカーンコーン
エルヴィン「では、始めてください」
一同「……」カリカリ
エレン(うわ、全然分かんねえ……)
~三十分後~
ミカサ「……」スタスタ
エレン(もう終わったのか?)
エレン(今なら……話しかけるチャンスだ)ガタッ
エルヴィン「イェーガー君? 時間いっぱいまで見直しをしたほうが」
エレン「大丈夫です、自信あるんで。……出ちゃっていいですよね?」
エルヴィン「……分かりました。臨時のホームルームがあるので帰らずに待っているように」
ザワザワ……ヒソヒソ……
エレン(ミカサと同じことをしたのに、なんで俺だけ?)
エレン「よう、ミカサ。早いんだな」
ミカサ「……エレン」
エレン「サシャ・ブラウスだっけ? あの日亡くなったの」
ミカサ「……私のいとこ。昔はもっと一緒だったけど」
エレン(いとこ……それが半身?)
エレン「なあ、二十六年前の話の続き教えてくれよ」
ミカサ「……」
エレン(だめか……)
エレン「クラスの連中は、なんでお前を――」
ダダダダッ
エレン(? なんだ?)
ペトラ「エルヴィン先生! さっき連絡が――」ガラッ
エルヴィン「!!」
エレン「どうしたんだ? あんなに慌てて」
ミカサ「まさか……」
クリスタ「……!!」ダッ
エレン「クリスタ!?」
クリスタ「――!? あなたたち、なんで――」
クルッ
エレン「あっ、おい……」
エレン(俺たちを見て、走る方向を変えた?)
ミカサ「……」
エレン「あの、先生。クリスタに何が」
ペトラ「イェーガー君!? ……さっき、ご家族が事故に遭ったって――」
クリスタ「きゃあああ!!」
ドサッ
エレン「!!? クリスタ!!」ダッ
クリスタ「」グッタリ
エレン「そ、そんな……」
ペトラ「大変……! すぐに救急車を」ダッ
エレン「うっ……」ヨロヨロ
エレン「ミカサ……? どこに行ったんだ……」
エレン(母親と叔母が事故に遭ったという知らせを聞いて、クリスタは飛び出していったらしい)
エレン(叔母は一命を取り留めたものの、母親は死亡したそうだ)
エレン(そして、クリスタも……)
<五月の死者>
クリスタ・レンズ
クリスタの母親
―――聞いた? 三年三組で人が死んだんだって。
―――大騒ぎだったよな。
―――女子のクラス委員長だったんでしょ?
―――同じ日に、その人の母親も亡くなったんだって。
―――これってやっぱり呪いのせいなのかな?
―――今年は「その年」だったってことか。
―――やだなぁ。来年三組になっちゃったらどうしよう。
―――今から心配してもしょうがねえだろ。
―――まあ、毎年あるわけじゃないから。去年はなかったみたいだし。
―――でも一昨年はあったんでしょ?
―――呪いは気まぐれなんだよ。
―――始まっちゃったら最後、クラスで悪いことが起こるんだよね。
―――ああ。
―――誰かが、死ぬんだよね。
―――ああ、毎月一人かそれ以上、クラスの関係者が――。
―――生徒だけじゃなくて?
―――親兄弟は危ないってさ。それより遠い親戚は大丈夫みたい。
―――へえ、よく知ってんだな。
―――三組のコニー先輩が教えてくれたんだよ。あの人あんまり信じてないみたいだし。
―――でも、実際人が死んでんだろ。
―――よく分からないけど、関わらないに越したことはないよね。
―――そうだね、もうやめよう、こんな話……
六月
ハンジ「エレン君、こっちこっち」
エレン「ハンジさん、夜勤明けですよね……?」
ハンジ「いいのいいの。ファミレスなんて久しぶりだな。何食べよっか」
エレン「……例の事故のことなんですけど」
ハンジ「弟から聞いたよ。エレン君のクラス、なんだか訳ありみたいだね」
ハンジ「あいつ、好きな女の子が死んじゃってすっかり落ち込んでてさ」
エレン(そうだったのか……)
ハンジ「どうも、あれはただの事故じゃないって疑ってるみたいなんだよね」
エレン「事故じゃない? でもあれは……」
ジャン『お前、霊とか祟りとか信じるか?』
エレン(もちろん信じてない。でもあの時――)
エレン(クリスタは、最初は東階段のほうへ向かっていた)
エレン(それが、俺たちの姿を見て方向転換した)
エレン(もしあのまま東階段のほうへ向かってたら、あの事故は起こらなかったんじゃないか?)
エレン(何でクリスタは、俺とミカサを見た途端あんな――)
エレン「……クラスにミカサって子がいるんですけど」
ハンジ「ふんふん」
エレン「先日病院で亡くなったサシャ・ブラウスのいとこだったみたいで」
ハンジ「なるほど……それで調べてたんだね? そのミカサちゃんがどうかしたの?」
エレン「……「いないもの」にされてるみたいなんです」
ハンジ「いないもの……?」
エレン「いじめられてるというより、みんな怖がってるというか」
エレン「俺以外の人間と話してるとこ見たことないし」
ミカサ『私の姿が見えるのはエレンだけ。―――だったらどうする?』
エレン「……」ゾッ
ハンジ「そっか。でも先月の事故と結びつけるものは何もないわけだね?」
エレン(ただの偶然……なのか?)
ハンジ「まあ、また弟に聞いてみるよ。何かわかったら連絡するね」
エレン「お願いします」
エレン(俺が探りを入れてるってばれなければ――)
エレン(ハンジさんにだったら、何か話してくれるかもしれない)
ハンジ「お互い事故には気を付けよう、エレン君」
どうぞお入りください。――工房M
エレン(また来ちゃったな)ガチャ
老婆「いらっしゃい。中学生かい?」
老婆「ゆっくり見ていきな。ほかにお客さんもいないし」
エレン(前と同じだ)
エレン「……」スタスタ
エレン(ミカサの人形。やっぱ悪趣味だよな……)
ミカサ「エレン?」
エレン「うわっ!? いたのかよ」
ミカサ「最近、学校に来てないみたいだけど」
エレン「……あの事故でまた肺がパンクするんじゃと心配されて、しばらく行かしてもらえなかったんだよ」
エレン「クラスの様子はどうだ?」
ミカサ「……みんな、怯えてる」
エレン「怯えてる……?」
ミカサ「始まった、って」
エレン「始まった? 何が?」
ミカサ「――今までずっと、心の底では半信半疑だったのかもしれない」
ミカサ「あんなことがあって、五月になってエレンが学校に来て」
ミカサ「あの頃はああ言ったけど、まだ完全に信じてたわけじゃなくて――」
ミカサ「――でも、やっぱりある。今年はある。確実に」
エレン「……?」
ミカサ「エレンはまだ知らないまま? ……それなら、ずっと知らないほうがいいかもしれない」
エレン「待てよ。ここまで言っといて――」
ミカサ「明日、学校に行くの?」
エレン「ああ」
ミカサ「じゃあ、私は行かないほうがいいか……」
エレン「何言ってんだ?」
ミカサ「気を付けて。ここで私と会ったことも、人に話さないほうがいい」スタスタ
エレン「……」
祖母「お帰りエレンちゃん、明日から学校だね」
エレン「おばあちゃん、母さんが中三のころ何組だったか覚えてる?」
祖母「さあ……どうだったかねえ? 確かエレンちゃんと同じ三組だった気が……」
エレン(三年三組……!)
エレン「卒業アルバムとかある?」
エレン(死んだマリアが写ってる写真が見られるかもしれない)
祖母「グリシャさんのところにあるんじゃないかねえ」
エレン「そうか……」
エレン(親父に電話するか? いや……)
エレン「叔母さんは? 中三のころ何組だったか覚えてる?」
叔母「うーん、もう十五年も前のことだからね……」
エレン(十五年前……)
エレン(何だ、この嫌な感じ……?)
アルミン「おはようエレン。調子はもういいの?」
エレン「ああ、大丈夫。うちは過保護なんだよ」
アニ「……」チラッ
ライナー「……」チラッ
エレン(……なんだ?)
ベルトルト「……」チラッ
ミーナ「……」チラッ
エレン(みんな、俺のことを……警戒、してるような)
ユミル「……」ギロッ
エレン(うっ!? すげえ睨まれた)
コニー「なんだよずる休みかよ、エレン」
マルコ「休んでる間のノートのコピー、あとで渡すよ」
エレン(誰も、クリスタの事故のことを口にしない)
エレン(こっちから訊いてみるか……)
エレン「なあ、マルコ。あの事故、ショックだったよな」
マルコ「!!」
エレン「クリスタと二人で俺の見舞いに来てくれたのに、あんなことになっちまって……」
マルコ「……そうだね。新しい委員長、早く決めないと」ソソクサ
エレン「あ……なんだよ、そっけないな」
キーンコーンカーンコーン
エレン(ジャンの奴、どこ行ったんだ?)キョロキョロ
エレン(俺と目を合わせようともしねえ)
エレン(昼休みになった途端消えちまった。ミカサじゃあるまいし)
エレン(探してみるか)スタスタ
エレン(中庭にもいねえな)キョロキョロ
エレン(電話かけてみるか。出てくれるか……?)
エレン「なあ、ジャン」
ジャン「お、おう」
エレン「今どこにいるんだ?」
ジャン「うげっ」
エレン「うげっじゃねえよ」
ジャン「あー、中庭だよ」
エレン「俺も中庭なんだけど」
ジャン「……」
エレン「すぐ来いよ」
ジャン「おいエレン」
エレン「待ってるからな」
ジャン「分かったよ……」ハァ
エレン「先週から何回か電話したけど、出なかったな」
ジャン「……悪かったよ」
ジャン「かかってくるタイミングがどれも良くなかったんだ」
ジャン「お前さ、また具合悪かったんだろ? こっちからかけ直すのもな」アセアセ
エレン(嘘がへたくそだ。正直な奴だな)
エレン「約束」ギロッ
ジャン「あ」
エレン「六月になったら教えてくれるって約束したよな?」
ジャン「うげっ」
エレン「だからうげっじゃねえって」
エレン「二十六年前、人気者のマリアが死んだ。それが始まりの年だって? その続きは?」
ジャン「まあ、待てよエレン」
ジャン「確かに約束はした。来月になったら教えてやるってな」
ジャン「だから今月いっぱいはおとなしくしてろって、あのときはそう言いたかったわけだが――」
ジャン「状況が変わったんだ」
エレン「状況が?」
ジャン「あの時と今とじゃ、状況が変わっちまった。だから――」
エレン「約束は無しにするって言いたいのか?」
ジャン「――ああ」
エレン(何だってそんな……)
エレン(これ以上は聞いても教えてくれそうにない。だったら――)
エレン「『いないものの相手をするのはよせ』って忠告してくれたよな?」
ジャン「!」
エレン「あれってどういう――」
プルルルル
エレン(何でこんな時に……ハンジさん?)
ジャン「……」ホッ
エレン「もしもし?」
ハンジ「もしもし、エレン君? 昨日弟に聞いてみたんだけど――」
ハンジ「ミカサちゃんって子、本当にいるの?」
エレン「……は?」
エレン「ミカサは、いますよ。確かにいる」
ハンジ「今は? 近くにいる?」
エレン「いや、今日は休んでるみたいで」
ハンジ「いないんだね?」
エレン「どういうことですか?」
ハンジ「あいつ言ってたんだよ。そんな生徒、うちのクラスにはいないってね」
エレン「嘘ですよ。ミカサはいます」
ハンジ「でも真剣な様子だったし、嘘をつく必要なんて――」
ザザッ
エレン(また雑音が――)
ハンジ「あれ? 何これ」
エレン「ハンジさん?」
ハンジ「屋上からエレベーターに乗ったんだけど――」
エレン「ああ、それで電波が」
ザザッ
ハンジ「でも、これって……うわっ!?」
ガガガガガ
エレン「ハンジさん!? 聞こえますか!?」
ドッシャアアン
エレン「なんだ!? この音――」
ゴトリ
エレン(今の音は、携帯電話を床に落としたような――)
エレン「ハンジさん! ハンジさん!」
ハンジ「……」
ツーツーツー
つづく
エレン(ハンジさんの死を知ったのは、その日の夜のことだった)
エレン(俺と電話してる最中に、エレベーターで何かがあったのは間違いない)
祖母「ハンジさんって、あの若い看護師さんかい?」
叔母「弟くんも大変ね……」
祖母「弟がいるのかい」
エレン「俺と同じクラスなんだ」
祖母「まあ……こないだもクラスの子が事故で亡くなったんだろう? いやだねぇ」
エレン(ハンジさん……)
ハンジ『お互い事故には気を付けよう、エレン君』
エレン(あのハンジさんが、死んだ)
エレン(全然実感がわかない……信じられねえよ)
祖父「人が死ぬと葬式だなあ」
祖父「葬式は、もう堪忍してほしいなあ」
エレン(葬式……? 何だ、この……)ズキン
ザワザワ……
エレン(ライナーは来ていない)
エルヴィン「えー、ブラウンくんは先日、お姉さんに突然のご不幸が――」
ガララッ
エレン「!!」
ミカサ「……」スタスタ
エレン(ミカサ……このタイミングで!?)
エレン(誰も、ミカサのことを気にかけてない)キョロキョロ
エレン(まるで、そこにいないかのように――)
キーンコーンカーンコーン
エレン「なあ、ミカサ! ちょっといいか?」
ミカサ「……どうしたの、エレン」
エレン「ライナーんちの件は知ってるか?」
ミカサ「どういうこと?」
エレン「亡くなったんだ。お姉さんが、きのう」
ミカサ「!!」オドロキ
ミカサ「……そう。病気で? それとも」
エレン「事故、らしい」
ミカサ「……」
エレン「……」キョロキョロ
エレン(コニー、ベルトルト、アニ、ミーナ、ユミル)
エレン(それから、ジャン)
エレン(あいつとは昨日の昼休み以来口をきいてないけど――)
エレン(ひょっとして、今あいつらに見えてるのは俺一人だけなのか?)
エレン(いじめられて無視されてるとかじゃなくて)
エレン(本当に俺にしか見えない……? だったとしたら)
ジャン『いないものの相手をするのはよせ。ヤバいんだよ、それ』
エレン(俺、ヤバいのか……!?)
キーンコーンカーンコーン
エレン(ミカサはまたどっかに消えた)
エレン(……こいつの机だけ何でこんなに古いんだ?)
エレン(何か書いてある)
死者は、誰?
エレン(なんだこれ……?)
アルミン「エレン! 次は美術だよー!」
エレン「ああ、今行く」
アルミン「ペトラ先生、大丈夫かな……」
エレン「代理の先生、やる気なさすぎだろ。手のデッサンって」
アルミン「ひょっとして命にかかわる状態だったりしないよね!? エレンは何か聞いてない?」
エレン「まさか。大丈夫だろ」
アルミン「そうだよね……」
エレン「心配なのか?」
アルミン「そりゃ、こないだクリスタが死んじゃって、こんどはライナーのお姉さんが……」
エレン「関係あるのか? クリスタん家とライナーん家、それから先生の身に何かあったとしたらそこには――」
アルミン「あ……ううん、何でもないんだ」フルフル
エレン(こいつもか……)ハァ
エレン「なあ、美術部って今何人いるんだ?」
アルミン「五人だけど……エレンも入る?」
エレン「まさか。誘うんだったら俺じゃなくてミカサにしろよ」
アルミン「……」
エレン「あいつ結構絵上手いし……」
アルミン「……」
エレン(……だめか)ガタッ
アルミン「どこ行くの、エレン」
エレン「第二図書室」
エレン(ミカサに会えるかもしれない)
エレン(……誰もいない)キョロキョロ
リヴァイ「授業はどうした?」ヌッ
エレン「うわっ!?」ビクッ
エレン「えーっと、今日は先生が休みで自習なんです」
エレン「俺はこないだ転校してきたエレン・イェーガーっていいます」
リヴァイ「エレンか。何の用だ?」
エレン「昔の卒業アルバムってありますか?」
リヴァイ「いつのだ?」
エレン「二十六年前の――」
リヴァイ「二十六年前……?」
エレン「母がその年の卒業生なんです。俺を産んですぐ亡くなったので写真もあんまり残ってなくて」
リヴァイ「そうか。よりによって……」ガサゴソ
エレン(この人は何か知ってるのか?)
リヴァイ「これだ。見終わったら棚に戻しとけ」スッ
エレン「ありがとうございます」
エレン(集合写真は……これか)パラパラ
エレン「母さん……」
エレン(マリアの名前はない……当然だよな。これを作った時にはもう死んでたんだ)
リヴァイ「見つかったか?」
エレン「はい。母さんも、やっぱり三組だったんだ……」
リヴァイ「三組……?」ハッ
リヴァイ「母親の名前は?」
エレン「カルラ、ですけど」
リヴァイ「カルラか……」
エレン「知ってるんですか!?」
エレン(というかこの写真……あれ?)
マルコ「エレン! 職員室まですぐ来るようにって先生が――」ガラッ
ハンネス「エレン・イェーガー君。いくつか質問に答えてくれるか?」
エレン「……はい」
エレン(取調べなんて初めてだ。緊張するな……)
キーンコーンカーンコーン
エルヴィン「次のLHRには遅れても構わないよ。では私はこれで」ガラッ
ハンネス「そう緊張しなくていいから、フランクにいこう」ニカッ
エレン「はあ……(聞かれるとしたらおそらく……)」
ハンネス「私立病院に勤めていたハンジさんのことは知ってるかい?」
エレン「はい(やっぱりな)」
ハンネス「昨日の昼過ぎ、彼女と電話で話を?」
エレン「しました」
ハンネス「彼女が亡くなったことは?」
エレン「知ってます。でも、詳しいことはあんまり」
ハンネス「エレベーターの事故だったんだ」
エレン(やっぱり、昨日の音は……)
ハンネス「病棟のエレベーターが落下して、床に叩きつけられたところに天井の鉄板が」
エレン「……」
エレン「その事故に不審な点があったんですか?」
エレン(だから調べまわってるのか?)
ハンネス「いや、事故は事故なんだが――」
ハンネス「エレベーターの事故となると、原因究明やら管理会社の責任追及やらいろいろあってな」
ハンネス「彼女と最後に話したのは君だ。何か気づいた点があったら話してほしい」
エレン「昨日は……」カクカクシカジカ
ハンネス「なるほどな。君はそのことを誰かに伝えようとは?」
エレン「かけなおしてもつながらなかったので、病院にかけてみたんですけどずっと話し中で」
エレン「弟のライナーにも話してみたんですけど」
ライナー『お前……まさか話したのか!?』
ライナー『いや、いいんだ、お前のせいじゃない……すぐ行く』
エレン「こんな感じでした」
ハンネス「なるほど、弟さんとの証言とも一致するな」フムフム
ハンネス「確認しよう。彼女は屋上にいたんだな」
ハンネス「そこからエレベーターに乗ってまもなく……か。なるほど」
エレン「事故の原因は何だったんですか?」
ハンネス「ワイヤーが切れて落下、というのは間違いないんだが――」
ハンネス「安全装置があるからそんなことは起こりえないはずなんだがな……」
ハンネス「あのエレベーターは普段あまり使われておらず、老朽化が進んでいたらしい」
ハンネス「そもかく、運が悪かったとしか言いようがないな」
エレン(運が悪かった……)
エレン(ハンジさんが、俺に電話するために屋上へ行かなかったら?)
エレン(クリスタが、俺たちを見て進行方向を変えなかったら?)
エレン(いや、考えたってしょうがないよな……)
エレン(LHRに顔出ししねーとまずいよな)ガラッ
エレン「あれ?」
シーン……
エレン(誰もいねえ。黒板に何か書いてる)
アニ・レオンハート
エレン(アニ……新しい女子の委員長に決まったのか?)
クリスタ『ちゃんとしないと……アニが……』ボソッ
ジャン『エレン! 大丈夫か? お前アニに蹴られるぞ』
エレン(なんか嫌な予感がするな)
エルヴィン「イェーガー君。今日はもう帰っていいですよ」
エレン「みんなはどこに?」
エルヴィン「今日はもう帰っていいですよ」
エレン「……」
エルヴィン「クラスの決めごとには、必ず従うように」
エレン「アルミン。昨日のLHRのときみんなどこ行ってたんだ?」
アルミン「えっと……場所をT棟に移して、まあ色々と」
エレン「色々と?」
アルミン「うん……」
エレン「女子のクラス委員長アニに決まったんだよな? 投票とかしたのか」
アルミン「アニが立候補したんだよ。もともと対策係でもあるから」
エレン「対策係?」
アルミン「あっ……まあ、クラスで揉め事が起こった時に対策を考える係で」
アルミン「マルコはそっちとも兼任だったりするんだけど」
エレン「ふーん……」
エレン「ペトラ先生は今日も休んでるみたいだな」
アルミン「うん……あとサムエルも。元々体調良くないみたいだけど」
エレン「俺が転校してきた日も休んでたな」
エレン(それから、ミカサも姿を見せてない)
エレン(みんな様子が変だ。俺に対してぎこちないというか)スタスタ
エレン「あれ? あいつは」
アルミン「……」ウロウロ
エレン「おい! 俺んちの前で何してんだ、アルミン」
アルミン「えっ!? いやちょっと心配で」
エレン「心配ね……じゃあ寄ってくか?」
アルミン「うん、少しだけ」
アルミン「エレン……ローゼ中に転校してきてから、疑問に思ってることがあるよね?」
エレン「分かってんなら教えてくれよ」
アルミン「いや、それは……」ウツムキ
エレン「どいつもこいつも、寄ってたかって何を隠してるんだよ」ハァ
アルミン「ごめん。僕の口からはやっぱり言えない。ただ――」
エレン「ただ?」
アルミン「もし、これから先いやなことがあっても、我慢してほしいんだ」
エレン「は……?」
アルミン「昨日、エレンが警察の人に話を聞かれてるときに、決めたんだ」
エレン「何を?」
アルミン「エレンのいないところで話をしようって、それで――」
エレン「場所を変えたのか」
アルミン「うん。だからその、みんなのためだと思って――」
エレン「クラスの絶対守らなきゃいけない決まり事ってやつか」
アルミン「……」コクッ
エレン「そうか。じゃあ、俺から一つ頼みたいことがあるんだけど、いいか?」
アルミン「うん。何でも聞いてよ」
エレン「クラス名簿のコピーがほしいんだ」
アルミン「エレンは貰ってないの? 別に僕に頼まなくても――」
エレン「こっちにも色々あるんだよ」
プルルルル
アルミン「あっ、ごめんね」
エレン「なんだ、アルミンも携帯持ってんのか」
アルミン「うん……もしもし」
アルミン「えっ!?」アオザメ
エレン「どうしたんだ?」
アルミン「……マルコからだった」
アルミン「サムエルが死んだって。自宅で心臓の発作を起こして――」
エレン(サムエルはもともと心臓が弱く、学校も休みがちだった)
エレン(最近はだいぶ回復してたのが、ここ二、三日で急に容体が悪化したらしい)
エレン(ハンジさんに次ぐ、二人目の六月の死者……)
エレン「ペトラ先生、おはようございます」
ペトラ「……」
エレン「早いんですね。まだ予鈴も――」
ペトラ「……」スタスタ
エレン「あれ……?」
エレン(なんだ? まるで俺が見えてないみたいに)
エレン(そもそも、何で俺たちはすれ違ったんだ? 朝のHRはこれからじゃ」
エレン(廊下にも三組の連中はいない)キョロキョロ
エレン(今日はミカサは来てるのか?)ガラッ
エレン「―――!?」
エレン(全員着席してる……!?)
キーンコーンカーンコーン
エレン(これ、予鈴だよな? なんでみんな――)
マルコ「それじゃあ、そういうことで。あとは……もういいよね」
アニ「……」
エレン(委員長二人……何か会議でもしてたのか?)
エレン(ペトラ先生はさっきまでこれに参加してたんだ)
エレン「なあトーマス、今朝何かあったのか?」ツンツン
トーマス「……」
エレン「なんだよ……」
エレン(やっぱりミカサは来てない)キョロキョロ
エルヴィン「二か月という短い期間ではありますが、共に学んだサムエル君の冥福を祈りましょう」
エルヴィン「悲しい出来事が続きますが、諦めずにみんなで力を合わせれば切り抜けられるはずです」
エレン(諦めずに……? 切り抜ける……?)
エルヴィン「ペトラ先生も難しい立場でありながら了承してくださいました」
エルヴィン「みなさん、くれぐれもクラスの決めごとは守るように」
一同「……」コクッ
エレン「なあアルミン。こないだの話――」
アルミン「……」ソソクサ
エレン「あっ、おい!」
エレン(ジャンに電話してみるか)
電源が入っていないか、電波の届かない場所に……
エレン(何なんだよもう! こうなったら直接……)
ジャン「なあコニー、またゲーム貸してくれよ」
コニー「お前なー前に貸したやつ返してからにしろっつの」
ジャン「はは、悪ぃ」
エレン「おいジャン!」ガシッ
ジャン「おわっ!?」ビクッ
ユミル「うるせーぞ、ジャン」
アニ「何騒いでるんだい? ――ひとりで」
エレン「は……?」
コニー「いや、俺はいるぞ?」
エレン(クラスの誰も俺に話しかけなくなった)
エレン(俺が話しかけても無視されるか、その場を離れるか)
エレン(授業中に指名されることもない)
エレン(これじゃあまるで――)
エレン(……ミカサ)
エレン(クラスの連中は、俺とミカサとの接触を何度か止めようとした)
エレン(授業をサボっても、何日も欠席しても何も言われない)
エレン(教師も生徒も、ミカサの存在を無視している)
ミカサちゃんって子、本当にいるの?
エレン(いる。ミカサはいる。何度も会って話もした)
エレン(でも三組の人間にとっては「いないもの」になっている)
エレン(なんで……?)
キーンコーンカーンコーン
エレン「アルミン」
アルミン「ごめんね」ボソッ
エレン(みんなのため……か)
エレン「ん? なんだこれ」ガサゴソ
ごめん。事情はミカサから聞いて。
エレン(アルミンが書いたのか? クラス名簿のコピーも)
エレン(名簿にはミカサの名前が載ってる。やっぱり、いるんだな)
エレン(あれ? この住所……)
どうぞお立ち寄りください。――工房M
エレン「三回目か」ガチャ
老婆「いらっしゃい。ミカサは地下にいるよ」
エレン(ここがミカサの家だったんだな)
エレン(ほかにお客さんもいないってのはそういうことだったのか)スタスタ
ミカサ「来ると思ってた」
ミカサ「いないものになった気分はどう?」
エレン「あんまいい気持ちはしないな」
エレン「一階にいるのはおばあさん?」
ミカサ「お母さんの伯母さんに当たる人。だから大伯母さん」
エレン「この人形を作ってるのは?」
ミカサ「……お母さん」
ミカサ「お父さんはずっと海外にいて……家族といってもあまりつながりは無い」
エレン「……」
ミカサ「三階に部屋があるから、そこで話をしよう」
ミカサ「エレンから質問してくれたほうが、話しやすいと思う」
エレン「質問攻めは嫌いじゃなかったのか?」
ミカサ「嫌い。だけど、今日は特別」
エレン「じゃあ、まず――お前は、いるんだよな?」
ミカサ「いる。幽霊だと思った?」
エレン「思ったり思わなかったりだな。クラスの連中の態度はあれだし」
ミカサ「私がいないのは、ローゼ中学の三年三組のみんなにとってだけ」
エレン「でも俺にとってはそうじゃなかった」
ミカサ「そう。それが失敗して、あなたも私と同類になった」
エレン「いつから始まったんだ、それ」
ミカサ「五月の初めから。新学期が始まって今年は「ない年」だと思われたんだけど――」
ミカサ「どうやらそうじゃないみたいだと分かって」ジッ
エレン「?」
ミカサ「色々、変に感じたと思う」
エレン「ああ、俺がミカサに関わろうとするたびにアルミンもジャンも様子がおかしくなるし」
ミカサ「エレンが転校する前に、ちゃんと事情を知らせておかなかったのは失敗だった」
ミカサ「本来なら、エレンもみんなと一緒に私を「いないもの」にしなければならなかったのに」
ミカサ「みんな、心の底では疑っていたのだと思う」
エレン「何でミカサが選ばれたんだ?」
ミカサ「くじ引き」
エレン「くじ引きなんかでこんな……」
ミカサ「三組にかかわる先生にも申し送りがされているから」
ミカサ「私の名前を呼ばなくていいように点呼はとらない。席順に当てられることもない」
エレン「体育が三組だけあぶれてるのは……」
ミカサ「なるべく、関わり合いになる生徒の数を増やさないため」
エレン「クラスの決め事は絶対に守るように、か」
エレン「ミカサと同じことが、俺に対しても行われるようになった」
エレン「仕組みは分かったけど、じゃあ理由は? いじめってわけでもないよな」
エレン(悪意というより、むしろ……)
エレン(怯えてる、ような感じだ)
ミカサ「みんな、必死だから」
ミカサ「五月にクリスタとその母親が亡くなって、六月にも二人――」
ミカサ「もう半信半疑ではいられなくなった」
ミカサ「もう、始まってしまったのは確実だから」
エレン「だから、なんでそんなことするんだよ?」
エレン(鳥肌が引かねえ。冷房のせいじゃないよな)ゾワゾワ
ミカサ「二十六年前のマリアの話は覚えてる?」
エレン「やっぱそれか」
ミカサ「死んだマリアが生きているふりをし続けて、卒業式の集合写真にはいるはずのないマリアが写っていた」
エレン「そこまでは聞いたぞ」
ミカサ「それ以来、三組は死に近づいてしまった」
エレン「死に……? そういえば前にも似たようなこと言ってたな」
ミカサ『このクラスは、死に近いところにあるから――』
ミカサ「最初にそれが起こったのは、二十五年前だった」
ミカサ「以来ずっと……毎年というわけではないけれど、二年に一度くらいの割合で同じことが起こるようになった」
エレン「それって何だ?」
ミカサ「それが始まってしまうと、三年三組では一か月に一人以上の死者が出る」
ミカサ「生徒自身の場合もあれば、その家族だったり」
ミカサ「事故、病気、自殺に関わりなく……呪いと言われたこともある」
エレン「呪われた三年三組、か」
エレン「それっていうのは――」
ミカサ「クラスの人数が一人、増える」
ミカサ「誰かは分からない、<もう一人>が」
エレン「一人、増える……?」
ミカサ「最初に起こった二十五年前、新学期が始まってすぐ机と椅子が一つずつ足りないことが分かった」
ミカサ「ちゃんと人数分用意してあったはずなのに」
エレン「生徒が一人増えたってことか?」
ミカサ「そう……でもそれは誰にもわからない。自分から言い出す人もいない」
エレン「でも名簿とか見たらわかるだろ」
ミカサ「それも駄目。すべて辻褄の合うように――」
ミカサ「いや、辻褄の合わないことが分からないように改ざんされている」
エレン「誰かが細工してるのか」
ミカサ「改ざんはただの比喩。みんなの記憶まで調整されてしまうから」
エレン「はああ?」
ミカサ「ありえないって思うかもしれないけど、本当のことだから」
ミカサ「これは誰かの作為ではなく、そういう「現象」なんだとある人が教えてくれた」
エレン「現象……」
祖父『人が死ぬと葬式だなあ』
祖父『葬式は、もう堪忍してほしいなあ』
エレン「……」ズキッ
ミカサ「初めはみんな、何かの手違いだろうってあまり気にしなかったけれど――」
ミカサ「さっき言ったように、毎月クラスの関係者が何人か死にはじめた」
ミカサ「その年は確か、生徒が六人、その家族が十人」
エレン「十六人も死んだのかよ」
ミカサ「その次の年も同じことが起こった。さすがにみんな気づいたみたい」
ミカサ「これは「呪い」だって――」
エレン「マリアの呪いか? でも別に嫌なことをされたわけじゃないんだろ」
ミカサ「だからこれは呪いとは違う……ってある人は言ってた」
エレン「ある人……? ちょっと待ってくれ」
エレン「何で、誰かが増えると人が死ぬんだ?」
ミカサ「一人増える誰かというのは――」
ミカサ「<死者>だから」
エレン「<死者>……? マリアのことか?」
ミカサ「違う。もっとほかの死者」
エレン(ミカサの机の落書き……)
死者は、誰?
ミカサ「きっかけは、二十六年前の行いだった」
ミカサ「死んだマリアが生きているふりをし続けることによって、<死者>を呼び戻してしまった」
ミカサ「つまり、三年三組が<死者>を受け入れる器になってしまったということ」
ミカサ「クラスに<死者>が混じったから死に近づいてしまったのか――」
ミカサ「死に近づいてしまったから<死者>が現れるのか」
ミカサ「いずれにせよ、<死者>は人形と同じ」
ミカサ「虚ろだから、近づきすぎると吸い込まれてしまう」
エレン「だから毎月死人が出るのか」
ミカサ「死に近づいた分、いつもよりも死にやすくなる……」
ミカサ「同じ事故でも打ち所が悪かったり、普段は起こらないような事故に巻き込まれたり……」
エレン「ああ……」
エレン(とてもじゃないけど信じられないな)
ジャン『お前、霊とか祟りとか信じるか?』
マルコ『科学で解明できないような不思議な現象が、実際にあるのかどうか』
エレン(あいつらは探りを入れてたのか)
エレン(その後、俺はミカサに話しかけてしまった――)
エレン「なあ、その<死者>って幽霊とかゾンビみたいなやつ?」
ミカサ「心も肉体もあって、生きている人間と変わらない。だから本人も<死者>であると気づかない」
エレン「じゃあ誰が<死者>なのかは分からないのか?」
ミカサ「卒業式が終わると、もう一人が消えてしまうから記憶も元通りになる」
エレン「その<死者>ってどんな人間なんだ?」
ミカサ「それまでにこの「現象」で死んだ人。三組の生徒本人だったり、その家族だったり」
エレン「そいつはもう死んでるのに誰も気づかないのかよ?」
ミカサ「そういうことになる」コクッ
ミカサ「……ここまで話したけれど、あまり確かな話ではないかもしれない」
エレン「なんでだよ」
ミカサ「それが起こった年の後は、もちろん多くの人が亡くなったことは記録として残るけれど」
ミカサ「それそのもの――もう一人がクラスに紛れ込んでいたことについては、どんどん記憶が薄れていく」
エレン「伝説みたいなもんか。ミカサや三組の連中はいつそれを知ったんだ?」
ミカサ「三組のクラス編成が決まった後、卒業生から聞かされた」
ミカサ「みんなの反応は様々だった。すぐに信じる人もいれば、半信半疑の人も」
ミカサ「でも、始まってしまったからには……」
エレン「……止める方法はないのか」
ミカサ「お祓いや、教室を変えたりしても効果はなかった」
ミカサ「呪いは教室ではなく、三年三組というクラスにかかっている」
ミカサ「……でも十年ほど前に、ある対処法が見つかった」
エレン「まさか――」
ミカサ「増えた一人の代わりに、誰か一人を「いないもの」にしてしまう」
ミカサ「クラスを本来あるべき人数に戻すこと――それでその年の「災厄」は防げるという、おまじない」
―――今年は「ない年」だったんだって。良かったあ。
―――始業式の日、机も椅子もちゃんと足りてたし、誰も増えてなかった。
―――去年もなかったんだろ? 二年続けてないってあるのか?
―――あってもいいじゃん。
―――でも本当なのかな? それが起こったら毎月クラスの関係者が死ぬって……
―――そりゃ先輩たちがあんな真面目に話してるんだから、根も葉もない噂じゃねえだろ。
―――それにほら、一昨年は確かに三年生の人が何人か死んだよね。家族も。
―――家族まで巻き込まれるってのがなあ。
―――危ないのは親兄弟、血の繋がってる二親等以内なんだって。
―――叔父さん叔母さん、いとこまで離れると安全なのか。
―――あと、この町に住んでなかったらオッケー、ってのも聞いたことある。
―――じゃあ、いざとなったら脱出だな。
―――ま、今年は「ない年」なんだから良いってことで。
―――もし「ある年」だったら、誰が「いないもの」になってたんだろう?
―――対策係の人たちが候補を決めるんだよな?
―――ミカサ、かなあ。
―――ああ、やっぱり?
―――えっ?
―――あいつ、何考えてるか分かんねえもんな。
―――ちょっと苦手かも。
―――なんだよ、お前ら……
―――ほかの人と距離置いてるみたいなとこあるし。
―――いつも眼帯してるよね。確か義眼なんだって。
―――あ……でもあいつ、髪きれいだよな……
―――お人形さんみたいだよね。
―――死に近いっていうか……
―――ふざけんなよ!
―――まあまあ、今年はなかったんだから、もうこのへんで……
―――転校生が来るって、聞いたか?
―――ああ、確か来週からだって……
―――こんな中途半端な時期に……
―――ヤバくねえ?
―――今年も「ある」ってこと?
―――転校生が来ることで、机と椅子が一つ足らなくなるからね。
―――ちょい待てよ。転校生が来るだけだろ? 四月から増えてたわけじゃないし……
―――だから、これまでとは違うパターンかもしれないって。
―――なんでわざわざ三組に……
―――学校の都合だろ。今の校長なんか実情を分かってないみたいだし。
―――でな、その転校生って実は……
―――マルコとクリスタが、お見舞いに行ってきたって。
―――イェーガー君の? どうだった?
―――家の事情でこっちに来ることになったんだけど、シガンシナ区に住むのはこれが初めてだって。
―――じゃあ……少なくともあいつは違うのか?
―――ああ。念のためにマルコが握手もしたらしい。
―――<死者>は手が冷たいとかそんなやつだっけ?
―――ほんとかなあ。
―――じゃあ、彼じゃない誰かが<死者>ってこと?
―――どうしよう……。
―――やっぱり、「対策」するしか……
―――転校生のエレン・イェーガー君は来月から学校に出てくるそうです。
―――今年は彼の転入も相まって、一か月ずれて始まろうとしているのではないか……。
―――異例の事態ですが、対策は万全にしなければなりません。
―――おととしは「対策」に大きな不備があったようで、三組の生徒と家族の方々が七名も亡くなってしまいました。
―――よろしいですか、みなさん。
―――先ほど決まった通り、五月から私たちはアッカーマンさんがこのクラスには存在しないように振る舞わなければなりません。
―――なんで……
―――あの、先生。
―――なんですか、レンズさん。
―――ほかのクラスの先生方も、このことは……?
―――可能な限り協力はしてくださいますが、相談は控えてください。
―――家族にも他言は無用です。さもないと、さらなる災厄を招くと言われていますからね。
―――アッカーマンさん、あなたからしてみれば大変理不尽な話になりますが……
―――なあ、ミカサ……
―――大丈夫です。
―――でも……
―――私が決めたことだから。
―――本人がそう言ってるんだし。
―――くそっ……
―――すみませんが、協力してください。
―――みんなで力を合わせて、無事に卒業できるよう頑張りましょう。
―――ヤバいんじゃないのか、エレンのあれ。
―――ああ……完全にアウトだな。
―――先生が事前に話しとく予定だったんじゃ?
―――先生は先生で、生徒同士のほうが……って考えたのかも。
―――よりによってアニが休みだしなあ……あいつがいたら、もっとてきぱきと対処したのに。
―――そうかもしれないね。
―――お前も対策係だろ? しっかりしろよ、優等生。
―――でも、まさかエレンがこんなに早く……
―――がっつり話しちまったぞ、「いないもの」と。
―――早く言っときゃよかったな。お前がクリスタと見舞いに行ったときにでも……
―――でも、あの時はそんな話ができる状況じゃなかった。
―――それに、そんな話をしたら「いないもの」の存在を認めてるってことにならない?
―――そりゃまあ、確かに……
―――今からでも、何とかならないかなあ。
―――俺がやってみようか? これ以上接触しないようにって、それとなく釘を刺してみる。
―――何か考えがあるの?
―――それは今から考える。
―――当てにできないなあ。
―――とにかく、あいつが「決めごと」を破っちまったこの状態で、五月中にだれも死ななきゃいいんだよな。
―――今年はやっぱり「ない年」でしたって。めでたしめでたし。
―――それならいいんだけどね。
―――大丈夫じゃないかな? って気もするんだけど。
―――とにかく、エレンの奴にはおとなしくしてもらわないとな。
―――何事もなく今月が終わりますように……だね。
―――全くだな。
エレン(やっと、クラスメイトの不自然な態度の理由が分かった)
ジャン『おい、待てエレン!』
「いないもの」に話しかけると、おまじないの効力が薄れちまう。
ミカサ『……どうして?』
「いないもの」の私に話しかけていいの?
ミカサ『――気を付けて。もう、始まってるかもしれない』
「災厄」が。
クリスタ『昼休み、マルコとジャンと一緒にいたよね。二人からその、何か聞いた?』
「いないもの」のこととか。
アルミン『ジャン、それはもうまずいんじゃないかな』
エレンはすでに、ミカサと接触を持っているのに。
ジャン『それ、来月になったら教えてやるよ……ザザ……だから、とにかく今月いっぱいは……ザザザ』
今月何も起こらなかったら、あいつをいないものにする必要もなくなる。
ジャン『状況が変わったんだ』
今年はやっぱり「ある年」だった。エレンには何も話せない。
エレン「あいつらは、病院で俺とミカサが会ってることを知らなかった」
エレン「だから、こんなに早く俺がミカサに話しかけるなんて思わなかったんだな」
ミカサ「……みんなはまだ半信半疑だったから」
エレン「机の落書き、見たぞ」
ミカサ「……」
エレン「死者は、誰? って。あれ書いたのお前だろ」
ミカサ「私は自分が<死者>ではないと分かってる。では誰が<死者>なんだろう、って」
エレン「<死者>は自分でもそうだと分からないって言わなかったか?」
ミカサ「それは……」
人形作家「この子がお友達を連れてくるなんて珍しいわね」ガチャ
エレン「あ、どうも。おじゃましてます」
ミカサ「……エレン。そろそろ帰らないと。私が送る」
人形作家「そう。……また来てね」
エレン「……母さんとはいっつもあんな感じなのか? なんかそっけないっていうか」スタスタ
ミカサ「私とあの人は、昔からずっとそう。エレンは?」
エレン「俺の母さんは、俺を産んですぐ死んだ」
ミカサ「えっ」オドロキ
エレン「親父が仕事の都合で海外に行くから、しばらく母さんの故郷で暮らすことになったんだ」
ミカサ「そう……。私とお母さんは、仕方がないの」
ミカサ「私はあの人の人形のようなものだから」
エレン「何言ってんだよ。お前は人形なんかじゃないし、親子なんだろ」
ミカサ「生身だけど、本物ではない」
ミカサ「あの人は、私のことを心配していない。今にしたって――」
エレン「今?」
ミカサ「知り合ったばかりの男子を見送りに出て。もう夜なのに」
エレン「あ!? 俺は別に――」アタフタ
ミカサ「大丈夫。分かってる」ニコッ
エレン(あ、初めて笑った……かも)
エレン「なあミカサ。お前はそれでいいのか?」
ミカサ「?」
エレン「クラスのために「いないもの」にされてることだよ」
ミカサ「別に。くじで決まったことだし」
ミカサ「反対してくれる人もいたけど、私は別にかまわない」
ミカサ「……仲間も増えたことだし」
エレン「あー。それな……」ユウウツ
ミカサ「理由は大体わかる?」
エレン「俺がミカサと関わっちまったから、まとめて<いないもの>に――ってとこか」
ミカサ「そう。アニが委員長になったことも影響してるかも」
エレン「でも、おまじないなんかのためにここまでするか?」
ミカサ「自分と、その家族を守るためだから」
エレン「……」
エレン(みんなのため……か)
エレン「じゃあな。帰り気をつけろよ」
ミカサ「エレンも、気を付けて」
ミカサ「……明日から、よろしく」ギュッ
エレン「よろしくな、ミカサ」ギュッ
エレン(ミカサの手は、冷たかった)
エレン(でも、不思議と体が熱くなった)
エレン「もしもし、親父? 聞きたいことがあるんだけど」
グリシャ「恋でもしたか」
エレン「切るぞ」
グリシャ「すまん。何だ?」
エレン「母さんから、中学時代の話とか聞いたことある?」
グリシャ「ないな」
エレン「即答かよ……」
グリシャ「そっちに行ってもう二か月めか。どうだ? 一年半ぶりのシガンシナ区は」
エレン「一年半ぶり? 中学に入ってからここに来たことはないけど」
グリシャ「うん? そんなはずは……」
ザザザ……
グリシャ「それは、記憶違い……ザザザ……」
プツン
エレン「あ」
エレン(またか。前にもこんなことがあったような――)
エレン(現象……死者……いないもの……)ゴロゴロ
エレン(考えてもわからないことだらけだ)
エレン(でも現にもう四人も死んでるんだよな)
エレン(今年は「ある年」だった……)
エレン(クラスに一人紛れ込んでる)
死者は、誰?
エレン(俺とミカサの「いないもの」生活はそれからも続いた)
エレン(クラスの連中の態度とは裏腹に、事件は何も起こらず)
エレン(俺は授業をサボることが増えた)
エレン(俺たちが何をしても、みんな何も言わない)
エレン(たとえば俺がジャンを殴ったとしても)
エレン(ミカサが歌って踊りだしても)
エレン(二人で銀行強盗の計画を話し合ってても)
エレン(俺とミカサがハンナとフランツばりにイチャイチャしてても)
エレン(何も言われることはないんだろう)
エレン(って何考えてんだ俺は)
エレン「ミカサは美術部に入ってたのか?」ムシャムシャ
ミカサ「一年の時に。アルミンとはそのころからの知り合い」モグモグ
エレン「一年? 今は?」
ミカサ「二年の時に美術部がなくなったから。今年に再開して四月までは顔を出してたけど――」
エレン「五月以降は「いないもの」だから行けなくなったのか」
ミカサ「……」コクッ
エレン「一年の時も顧問はペトラ先生だったのか?」
ミカサ「ペトラ先生も、だった」
ミカサ「もう一人の顧問の先生がメインだったけど、二年に上がるときに転勤で」
エレン「活動休止状態だったのを、ペトラ先生が一人で顧問を引き受けたのか」ナルホド
エレン「前に絵描いてたよな? あれもう出来たのか?」
ミカサ「一応。……いつか見せてあげる」
エレン「いつか、か……」
エレン(どれくらい先になるんだろうな)
ミカサ「美術部の部室を覗きに行こう」
エレン「いいぜ(結構自由なやつだな)」
ガチャ
後輩「あっ! ミカサ先輩! 久しぶりですね」
エレン(そうか、何も知らないんだな)
後輩「そっちの方は? 彼氏ですか!?」ワクテカ
エレン「なっ」
ミカサ「……そうじゃない」カァァ
後輩「うへへ。先輩の絵は奥に置いてありますよ~」
ミカサ「……行こう」スタスタ
エレン「うわ、アルミンは相変わらずだな」
ミカサ「ムンクの叫びが好きみたい」
ガチャ
後輩「あ、アルミン先輩!」
エレミカ「!!」
後輩「ちょうど今ミカサ先輩が――」
アルミン「えっ!? あー、ちょっとごめん。今から来てくれる? 急な用事が――」
後輩「えー? なんですか?」スタスタ
バタン
ミカサ「危なかった」ホッ
エレン「ごめんな、アルミン」
ミカサ「……」スッ
エレン「これが……ミカサの絵?」
エレン(母親の顔……だよな?)
エレン(右半分は笑ってて、左半分は泣いてる)
ミカサ「アルミンのおかげで、捨てられずに済んだのかもしれない」
エレン「持って帰るのか? これ」
ミカサ「――いい」スッ
エレン「次は美術だから、俺たちはいないほうがいいな。どうする?」
ミカサ「図書館に行こう。もちろん第二の」
ペトラ「……」スタスタ
エレン「あ」
ミカサ「……」
ペトラ「……」
エレン(気まずいな……)
スタスタ……
ミカサ「エレン、早く行こう」
エレン(リヴァイ先生はいないのか)キョロキョロ
エレン(二十六年前の卒業アルバムは……あった)
エレン「やっぱり、この人……」
ミカサ「どうしたの?」
エレン「ああ、母さんの年の卒業アルバムだよ」
ミカサ「お母さん、どの人……?」
エレン「これだよ」スッ
ミカサ「カルラさん、か」
ミカサ「何が原因で亡くなったの」
エレン「こっちで俺を産んで、産後の調子が悪かったところに風邪をこじらせたらしい」
ミカサ「そう……」
エレン「ところで、この人に気づいたか?」スッ
ミカサ「……リヴァイ先生?」
エレン「あの人もこのクラスにいたんだ」
エレン(年いくつなんだ?)
エレン「前にお前の家でいろいろ聞いた時に出てきた「あの人」ってのは――」
ミカサ「そう、リヴァイ先生のこと」
リヴァイ「今日は二人か」ガチャ
エレン「二人に増えちゃいました」テヘ
ミカサ「効果はあると思いますか?」
リヴァイ「前例がないから何とも言えんな」
リヴァイ「エレンはもう全て知ってるのか」
エレン「はい。……あの、先生は二十六年前に」
リヴァイ「ああ。ここの生徒だった」
エレン「先生は俺たちのこと無視しなくていいんですか?」
リヴァイ「三組の関係者じゃないからな」
リヴァイ「この機会だ、すべて話しておこう」
リヴァイ「二十六年前の件については、誰にも悪意はなかった」
リヴァイ「良かれと思ってとった行動だった。それが――」
エレン「<災厄>を呼んでしまった」
リヴァイ「ああ。卒業写真のマリアのことがどうも気になってな」
リヴァイ「後輩から翌年の<災厄>について聞きだした」
リヴァイ「そのころはまだ他言無用なんて決まりはなかったからな」
リヴァイ「俺は司書としてこの学校に戻ってきた。外側から<現象>を記録するために」
リヴァイ「教師にならなかったのは、逃げかもしれねえな」
エレン「逃げ……?」
リヴァイ「三組の担任になれば<災厄>に巻き込まれる恐れがあるからだ」
エレン「先生が死ぬ場合もあるんですか」
リヴァイ「担任や副担任の場合はそうだ。三年三組という集団の成員だからな」
エレン(アルミンがペトラ先生を心配してたのはそういうわけだったのか)
エレン「二十六年前のマリアは、事故か何かで?」
リヴァイ「火事だ。両親と一つ下の弟も死に、弟は翌年に<死者>としてよみがえった」
エレン「そうだったんですか……マリアが写ってた写真は?」
リヴァイ「生徒たちが勝手に撮ったものだからアルバムには載っていない」
リヴァイ「俺と、お前の母親も一緒に写っていたはずだ」
エレン「母さんも……その写真は、まだ」
リヴァイ「捨てた。……確かにマリアが写っていた」
エレン「……」
リヴァイ「俺は後輩や教師たちから聞いた<死者>の名前を毎年記録している」
リヴァイ「終わった直後は覚えているが、しばらくすると<死者>がいたことをすっかり忘れてしまうらしい」
リヴァイ「<死者>がこれまでの<災厄>で命を落とした人物の中からランダムに選ばれることは分かった」
リヴァイ「対策のほうは色々試されたがすべて無駄だった。唯一有効だったのは」
ミカサ「いないもの」
リヴァイ「ああ。……それも今年は失敗したみたいだが」
エレン「……」
リヴァイ「これが今までの記録だ」スッ
エレン(クリスタ、その母、ハンジさん、サムエル……死んだ人に×印がつけられてる)
リヴァイ「一昨年の名簿を見てみろ」
エレン「……」パラパラ
エレン(×印は全部で四つ。家族を合わせると七人か)
リヴァイ「青いインクで記した名前があるはずだ」
イルゼ・ラングナー
エレン「これが……この年の<死者>」
リヴァイ「ああ。そいつが一年間誰にも気づかれることなくクラスに紛れ込んでいた」
エレン「死んだ人が七人ってことは、月に一人以上死んだわけじゃないんですね」
リヴァイ「対策が講じられたからな。途中まで誰も死ななかったが――」
リヴァイ「いないものの役を割り振られた生徒が、耐え切れずにその役割を放棄した」
エレン「……」
ミカサ「その結果<災厄>が始まってしまった」
リヴァイ「そういうことになるな」
リヴァイ「彼女はそもそもさらに三年前――五年前の<災厄>で命を落としている」
リヴァイ「だから一昨年の名簿には記載されず、五年前の名簿に名前が載っているはずだが」
エレン(確かにその通りだ)
リヴァイ「一昨年の四月から去年の三月まではそうではなかった」
エレン「改ざんされてるってことですか」
リヴァイ「ああ。<現象>が起こっている間は何をしても無駄だということだ」
リヴァイ「かかわった人間の記憶も、名簿の記録もすべてが修正されている」
リヴァイ「記憶にまで作為が入り込む余地はない。そういう<現象>だと納得するほかはない」
リヴァイ「……実際は名簿には何も起こっておらず、そう思い込まされているだけかもしれないがな」
エレン「……」ゾッ
リヴァイ「要するに、有用な対策は今のところ「いないもの」の他にはない」
リヴァイ「それで<災厄>を防げた年もあれば、一昨年のように失敗した年もある」
ミカサ「一昨年って、ペトラ先生が担任だったんですね」
エレン「えっ……本当だ」ズイッ
リヴァイ「大変な思いをしたはずだ。今年もまた三組の副担任になるとはな」
エレン「……あの、<災厄>が及ぶ範囲についてなんですけど」
リヴァイ「クラスの成員と、その二等親以内の親族だ」
リヴァイ「親兄弟、祖父母までだな。血縁も必要だ」
ミカサ「血のつながり……」
エレン「おじやおば、いとこは含まれないんですね」
リヴァイ「物理的な範囲の問題もあるな。シガンシナ区から離れるほど効力が薄れる」
エレン「いざとなれば逃げだせばいいのか……」ウーム
エレン「あの、昔修学旅行で何かあったことは……?」
リヴァイ「十年ほど前にな。行先は「圏外」だったからさほど心配はされていなかったが」
リヴァイ「生徒が分譲したバスが空港へ向かう途中で事故が起こった」
エレン「それ以降、修学旅行は二年のうちに済ませることになった……」
キーンコーンカーンコーン
リヴァイ「もうこんな時間か。喋りすぎたな」フゥ
エレン「最後に一つだけいいですか?」
リヴァイ「なんだ」
エレン「いないもの対策の効果は、今までどうだったんですか?」
リヴァイ「ああ、例のバス事故の翌年は成功だった」
リヴァイ「それ以降現在まで、今年度を除けば五回の「ある年」があった」
リヴァイ「一昨年を含め三回が失敗、残りの二回は成功だった」
エレン「失敗っていうのは、やっぱり一昨年みたいに役割を放棄して……?」
リヴァイ「いや……「いないもの」扱いするのは校内だけとか、色々な取り決めがあるらしいが」
リヴァイ「何が正しいのかはよく分かっていない。実情はそんなもんだ」
エレミカ「……」
リヴァイ「俺はこの<現象>は呪いではないと思っている」
リヴァイ「死んだマリアの怨念だとか、<死者>の力によって人が死ぬわけじゃねえ」
リヴァイ「誰の悪意も存在しない。ただそこにあるだけの<現象>だ」
エレン「これから……いないものが二人に増えて、<災厄>は止まると思いますか?」
リヴァイ「何ともいえないってさっき言っただろうが」
リヴァイ「……ただ、いったん始まった<災厄>が途中で止まった例はほとんどない」
エレン「ほとんど、ですか。じゃあ……」
ジリリリリ
リヴァイ「もしもし。……ああ、分かった」ガチャ
リヴァイ「今日は時間切れだ。俺はしばらく野暮用でここを離れる」
エレン「あ……もう一回記録を見せてください」パラパラ
リヴァイ「何か気になることでもあるのか」
エレン「十五年前、叔母さんが三年生だったんです。……やっぱり三組だった」
リヴァイ「十五年前は「ある年」だな」
ミカサ「エレンの母親は、その年にこの地で亡くなった」
リヴァイ「……そういうことだな」
エレン「母さん……」
エレン(母さんも、<災厄>のせいで……)
<六月の死者>
ライナーの姉、ハンジ
サムエル
つづく
応援ありがとうございます
七月
エレン「叔母さんから気になる話を聞いたんだよ」
ミカサ「<災厄>に関すること?」
エレン「ああ。前に聞いたときははぐらかされたけど――」
エレン「今はこういう状況になっちまったからな」
エレン「……叔母さんが三年三組だった十五年前の<災厄>は――」
エレン「途中で止まったような気がする、って言ってた」
ミカサ「<災厄>が、止まった?」
エレン「昨日リヴァイ先生も言ってたろ。途中で止まることはほとんどないって」
エレン「ほとんどってことは、止まったこともあったんだよ」
ミカサ「理由は分からないの?」
エレン「あの年の夏休みに何かがあったみたいなこと言ってたけど、詳しくは覚えてないみたいだ」
ミカサ「そう……」
エレン(期末試験の日、クラスはどんよりとした空気に包まれていた)
エレン(前回のテストの時に起こったクリスタの事故のことを嫌でも思い出してしまうからだ)
エレン(ミカサも俺もそのことを思い出して、テスト中に出ていくことはしなかった)
エレン(いないものを二人にする対策を成功させるため――)
エレン(クラスメイトは徹底して俺たちを無視したし、俺たちのほうからも関わろうとはしなかった)
エレン(テストは無事に終了した。夏休みまであと一週間)
エレン(このまま何も起こらなければ――)
エレン(俺とミカサ、二人だけの世界が卒業式までずっと続けば――)
エレン(誰も死なない、平和な日常が戻ってくるはず――)
エレン(みんながそう思っていた)
エレン(そして、そんな期待はあっけなく打ち砕かれた)
エルヴィン「……リヴァイ」
リヴァイ「なんだ? ここに来るとは珍しいな」
エルヴィン「あとのことは、頼んだ」
リヴァイ「―――は?」
エルヴィン「みなさん、おはようございます」
エルヴィン「来年の三月に、みんなで笑って卒業できるよう、これまで頑張ってきたつもりでした」
エルヴィン「五月から悲しい出来事が起こり始めましたが、それでも――」
エレン(先生……?)
エルヴィン「いったん始まってしまった以上、どうあがいても無駄なのか」
エルヴィン「それとも、何か止めるすべがあるのか」
エルヴィン「私には分からない。もう、分からないんだ」
エルヴィン「これからのことは君たちの問題だ」
エルヴィン「みんなで力を合わせて、苦難を乗り越えていくんだ」
エルヴィン「君たちならそれが出来ると信じている」
エルヴィン「私は、もう―――」ガサゴソ
エレン(あれは……包丁!? まさか――)
グサッ
一同「―――!!」
ブシャアアアア
マルコ「……え」
マルコ「これ……」ビチャビチャ
ドサッ
シーン……
一同「あああああああああああ!!!!!!!!!!!」
マルコ「……」ガクブル
コニー「なんだよこれ!! なんなんだよおおおお!!」アタフタ
ミーナ「嫌だ……嫌だ!! こんなの――」
アニ「……っ」ギリッ
ベルトルト「アニ! これはもう……」オロオロ
ライナー「駄目だった、のか……」アタマカカエ
ユミル「あいつらっ……!!」
ハンナ「うわあああああああん!!」
フランツ「大丈夫……大丈夫だよ……大丈夫……」ブツブツ
ダズ「おえええええええ」ビチャビチャ
ジャン「おい!! みんな落ち着け!! いいから落ち着け!! つーか俺が落ち着け!!!」
アルミン(駄目だ……考えることを放棄している……僕も……)ブルブル
ミカサ「……」ボウゼン
エレン(うそだろ……こんな……)
リヴァイ「おい! ガキ共!!」ガラッ
エレン「リヴァイ先生!?」
リヴァイ「クソ、手遅れか……」
リヴァイ「全員外へ出ろ。先生は警察に連絡を」
ペトラ「はい……」ガクブル
リヴァイ「怪我をしたやつはいるか? 具合が悪くなったら保健室に行け」
リヴァイ「おい、エレン。お前は――」
エレン「大丈夫、です。なんとか」
ミカサ「だめだった」
ミカサ「いないものを二人にしても……何の効果もなかった」
エレン「……」
―――お前らのせいだ!!!
エレン「!?」ビクッ
ミカサ「どうしたの?」
エレン「――いや、なんでもない」
リヴァイ「母親の介護疲れだったそうだ」
リヴァイ「警察が自宅に行ったところ、母親はすでに息絶えていた。明らかに他殺だ」
エレミカ「……」
リヴァイ「介護の話は初耳だ。誰にも、何も言わなかったらしい」
リヴァイ「今朝の発言が気にかかって様子を見に行ったらこのざまだ」
リヴァイ「巻き添えを食らった生徒がいなかったのが不幸中の幸いだったが……」
リヴァイ「……お前らはこれを、単に常軌を逸した行動だと思うか?」
エレン「いいえ。……エルヴィン先生と、その母親が<七月の死者>になってしまったわけですね」
ミカサ「いないものを二人に増やす対策は、全くの無駄だった」
リヴァイ「残念だが、その通りだな……」
エレン(今でもまだ目に焼き付いている)
エレン(先生の首から噴き出す鮮血)
エレン(真っ赤に染まる教室)
エレン(泣き喚く生徒たち)
エレン(<災厄>は止まらない。まだまだ、人が死ぬんだ)
……レン、エレン。
エレン「うっ……?」ズキズキ
クリスタ「あなたのせいよ、エレン」ヌッ
エレン「うわっ!?」ビクッ
エルヴィン「君のせいだ」フラフラ
エレン「やめ、やめろ……」アトズサリ
ハンジ「そうだね、君のせいだね……」ズルズル
エレン「うわあああ!!」
アニ「あんたのせいで」
アルミン「君のせいだよ」
ジャン「てめぇのせいだぞ、エレン……!!」
マルコ「君が悪いんだ」
エレン「やめろっ……!! 俺は――」
エレン(……俺のせい?)
エレン(俺が転校してきたから――)
エレン(俺がミカサに話しかけたから――)
エレン(俺がクラスの決めごとを守らなかったから――)
エレン(だからみんな―――)
エレン「……っ!!」ガバッ
エレン「また夢か……何度目だ?」
エレン「……」ハァハァ
エレン(今度、肺がパンクしたら――)
エレン(もう二度と元には戻らないかもしれない)
ジャン「まあ、そう落ち込むなよ」
ジャン「お前にはどうしようもなかったことなんだし」
ジャン「お前が悩んだって何がどうなるわけでもないだろ?」
エレン「……」
エレン(例の一件以降、クラスメイト達は普通に話しかけてくるようになった)
エレン(もう「おまじない」に意味なんかないってことが分かったから)
エレン「……お前だって俺を無視しただろ」ギロッ
ジャン「うっ……悪かったよ」
ジャン「お前には何の説明も出来なかったし――」
ジャン「でも、事情はもう全部知ってるんだろ?」
エレン「ああ。リヴァイ先生に色々聞いたよ」
ジャン「あの怖い先生と喋ったのかよ、すげーな。呪いより怖いかもしれねぇ」アハハ
エレン「……」
エレン(事件が起こった教室は即刻立ち入り禁止になり)
エレン(三組の教室はB号館に移された)
エレン(ミカサが使ってた古い机はそのままC号館に残されたらしい)
エレン(ペトラ先生が担任代行を務めるようになったクラスは――)
エレン(事件から数日たった今でも半数近くが欠席している)
ジャン「まあ、しょうがねーよな」
ジャン「あんな凄まじいもん見ちまって正気を保っていられるわけがねえ」
ジャン「俺だって教室がそのままだったら休んでるよ」
エレン「マルコもずっと来てないな」
ジャン「最前列で思いっきり浴びちまったからな……相当ショックだろ」
エレン「他にもずっと来てない奴いるし、もう来ねえのかな」
ミカサ「すでにシガンシナ区から離れた人もいるかも」
ジャン「うおっ!? ミ、ミカサ//」アタフタ
エレン(ほかの奴に普通に扱われるミカサって新鮮だな)
エレン「離れれば離れるほど安全なんだよな」
ミカサ「だから夏休みに脱出する人が多いけど――家族にどう説明するかが難しい」
ジャン「……」
ジャン「やっぱ、ミカサって変わってるよな」
ミカサ「どうして?」
ジャン「いや、当事者のわりに他人事みたいっつうか……」
ジャン「ひょっとして<もう一人>だったりして?」ニヤッ
ミカサ「私は、違う」
ミカサ「――と思うけれど、自分でも気づかないというし、よく分からない」
エレン(あれ? 前は確か自分はそうじゃないって分かってるみたいなこと言ってた気が――)
ミカサ「それに、もしかしたらジャンがそうかもしれない」
ジャン「俺が? まさか。冗談だろ?」
ミカサ「本当に『まさか?』」
ジャン「俺はちゃんと生きてるし、死んだ覚えなんかねえよ」
エレン「だから本人の記憶は当てにならないって言ってるだろ」ハァ
ジャン「うるせえな……でも、俺は違うぞ」
エレン「わかったよ」ハハッ
ミカサ「……」
ジャン「あいつは冷たく見えるけど結構優しいんだよ」
エレン「ミカサのことか」
ジャン「ああ。「いないもの」を決める時だって――」
マルコ『では、「いないもの」を決めたいと思います』
ザワザワ……
誰だろう? やっぱミカサが……
ジャン『あーっ、その……公平にくじ引きで決めようぜ』
マルコ(ジャン……)
マルコ『分かった、そうしよう』
アニ『……いいの?』
マルコ『一方的に決めるのはやっぱり不公平だと思うし……』
アニ『……分かった』
ジャン『……』ホッ
ミカサ『……』
ザワザワ……
うそっ!? 何これ……
嫌だ! 「いないもの」なんて絶対嫌だ!!
ジャン『おい! 決まったことなんだからしょうがねえだろ!?』ガタッ
ミカサ『……私が代わろう』スッ
ジャン『なっ……』
ミカサ!! ありがとう……ごめんね……
よかったあ……「いないもの」にならずに済んで……
ジャン『お前ら……!』
マルコ『ミカサ、本当にそれでいいの?』
ミカサ『構わない』
アニ『……決まりだね』
ジャン『ミカサ……』
ジャン「あいつは「いないもの」にされそうになった女子を庇ったんだよ」
エレン(……本当にそうなのか?)
エレン(ミカサの態度は、自己犠牲というより――)
ミカサ『私はあの人の人形のようなものだから』
エレン(自分の命なんかどうでもいいって思ってるみたいだ――)
ジャン「つーかお前さ、二人で「いないもの」やってた時何してたんだよ?」
エレン「図書館行ったり美術部行ったり、あとはまあ適当にさぼったりだな」
ジャン「……うらやましい」ボソッ
エレン「何だって?」
ジャン「なんでもねえよ! ……帰る」
エレン「何だよあいつ」
エレン(まあ、根はいいやつなんだろうな)
エレン(……でも、あいつが<死者>じゃないという証拠はどこにもない。さっきは笑い話にしたけど――)
エレン(いったい誰が<死者>なんだ……?)
エレン(昨日は悪夢にうなされることもなかった)スタスタ
エレン(ジャンの慰めのおかげということにしておこう)
ハンネス「エレン・イェーガー君だったな」スタスタ
エレン「あっ、刑事さん」
ハンネス「この間の事件は、ショックだったろう」
エレン「はい……また調べてるんですか?」
ハンネス「エルヴィン先生は大変真面目で穏やかな方だと聞いていたんだが」
ハンネス「それが突然あんなことに――」
エレン「……」
ハンネス「それに先日のクリスタ・レンズさんとその母親の事故」
ハンネス「ライナー・ブラウンくんの姉、ハンジさんの事故」
ハンネス「病気だがサムエルという生徒も命を落としている」
ハンネス「短期間にこれだけクラスの関係者が亡くなるというのはどうもおかしい」
エレン「そう、ですね」
ハンネス「そのうち、奇妙なうわさに突き当たった。『三年三組の呪い』という」
ハンネス「君は何か知っているか?」
エレン「いや、俺は何も」
ハンネス「……そうか。仮にそれが本当だとしても、我々にはどうすることも出来ないかもしれない」
ハンネス「だが、何かできることがあるならば……」
エレン「刑事さん、この件にはあまり関わらないほうがいいですよ」
ハンネス「同じことを司書の先生にも言われたな」ハハッ
ハンネス「……役立たずの警察かもしれんが、名刺を渡しとく」スッ
ハンネス「何かあったら連絡してくれ」
エレン「わかりました」
ハンネス「俺にも幼い娘がいる。いつかこの中学に通う日が来ると思うと――」
エレン「大丈夫ですよ」
エレン「その頃には……呪いなんて消えてなくなっちゃってますよ、きっと」
ハンネス「そうだといいんだがな……」
リヴァイ「いないものごっこが終わって気は楽になったか?」
エレン「まあまあですね……そういえば先生、野暮用って何だったんですか?」
リヴァイ「あ? 野暮用は野暮用だ」
ミカサ「……先生は家族を「圏外」に住まわせていて、たまに会いに行く」コソコソ
エレン「なるほどな……もしも何かあった時のために、ってことか」コソコソ
リヴァイ「今日は何の用だ」
エレン「十五年前――叔母さんが三組だったときの<災厄>のことです」
エレン「その年の<災厄>が途中で止まり、夏休みに何かがあったってとこまで聞いたんですけど――」
リヴァイ「……合宿だな」
エレミカ「合宿……」
リヴァイ「記録はここにある」スッ
エレン「九月以降は誰も死んでない……八月で止まったってことですか」
ミカサ「二人の生徒が八月九日に、事故で死んでいる」
エレン「合宿のときに……か」
リヴァイ「その年には、<死者>の名前が記されていない」
リヴァイ「誰が<死者>なのか、確認することができなかったからだ」
リヴァイ「おそらく合宿中に何かが起こって、卒業を待たず<死者>が消えてしまった」
リヴァイ「そして、それに関する人々の記憶も消えた」
エレン「何が起こったのかは分からないんですか」
リヴァイ「<災厄>が止まったことに気づいて関係者を当たってみた時には、すでに記憶がなくなった後だったからな」
ミカサ「合宿、というのは?」
リヴァイ「学校が所有している山奥の合宿所で行われた。近くに教会があるんだが――」
リヴァイ「……要するに神頼みというわけだ。担任教師の発案だったらしいが」
エレン「神頼みで<災厄>が止まった……?」
リヴァイ「それとは別の「何か」があった可能性も否定できないが……」
ミカサ「その合宿所は、今もまだ?」
リヴァイ「ある。……今年もやるかもしれんな。何人参加するのか分からんが」
ペトラ「……皆さんにお知らせがあります」
ペトラ「来月の八日から十日、二泊三日のクラス合宿を実施します」
ペトラ「場所は――」
エレン(やっぱり、今年もやるのか)
エレン(例の年以降、合宿は何度も行われたけど――)
エレン(途中で止まったことは一度もなかったらしい)
エレン(神頼み以外の「何か」があるのか――)
エレン(クラスには二十人……もいないか)キョロキョロ
トーマス「先生! 何だって急にそんな――」
ペトラ「これは大切な行事だと思ってください」
ペトラ「強制はしませんが、都合のつく人はなるべく参加するように」
エレン(先生も緊張してるんだろうか)
ザワザワ……
エレン(こうして、俺たちは夏休みを迎えた)
エレン(中学最後の――いや、もしかしたら「人生最後の」になるかもしれない、夏休みを)
―――合宿の申込書、来た?
―――来た来た。
―――どうする? 行く?
―――行くわけないじゃん。
―――先生は「大切な行事」って言ってたよ。
―――目的には「クラスの親睦を深める」とか書いてあったけど……
―――意味わかんない。なんで「ある年」の夏休みにこんなことするんだか。
―――シガンシナ区を出て行ったやつもいるんだろ?
―――合宿所に行く途中、事故でもあったら……。
―――家に引きこもってるのが一番安全だよね。
―――そうかなあ。
―――外には危険がいっぱいだしな。
―――でもさ、なんで俺たちがこんな目に遭わなくちゃならないんだよ?
―――ほんと、せっかくの夏休みが台無し。
―――だいたい、あの転校生がミカサに話しかけたりしなけりゃ……
―――対策係の連中も問題だと思うぜ。
―――エレンが学校に来る前にちゃんと事情を話しておくとか……
―――今さらそんな文句言ってもしょうがないでしょ。
―――私たちも半信半疑だったとこあるし……
―――だよね。まさか、こんなに人が死ぬなんて……
―――例の合宿、申込書来てるよな。
―――うん。
―――お前、行くか?
―――僕は……
―――行かねえのかよ? お前対策係だろ、しっかりしろよ委員長。
―――でも……
―――ビビってんのかよ? 合宿で何か起こるかも、とか?
―――そういうわけじゃあ……
―――意味があるらしいぜ。
―――えっ?
―――エレンから聞いたんだよ。この合宿には……
―――八月八日から十日って、十五年前の合宿と同じ日程なんですよね。
―――ええ。
―――教会でのお祈りもするんですか。
―――そのつもりだけれど。
―――二日目の、九日に?
―――十五年前もその日だったみたいだから。
―――でも、十五年前にはその日に事故が……
―――知ってるわ。リヴァイ先生にファイル見せてもらったから。
―――やってみるからには、できるだけ条件を整えたほうがいいでしょ。
―――じゃあどうして終業式の日、みんなにそう説明しなかったんですか?
―――それは……自信が持てなかったから。
―――本当にこれで<災厄>が止まるのか……まだよく分からなくて。
―――でも、何もしないでいるよりはましだと思うから……
―――やっぱり行ったほうがいいかもしれないよ、合宿。
―――まだ言ってんのか、そんなこと。
―――何でもね、それでみんなが助かるかもしれないんだって。
―――助かる?
―――教会でお祈りして、実際に助かったクラスがあったらしいよ。
―――へぇ。
―――みんな行くのかな?
―――アニは行くって言ってた。委員長だし、対策係でもあるから。
―――じゃあベルトルトとミーナも行くだろうね。
―――ペトラ先生も行くからアルミンもかな?
―――それと、エレンはやっぱり……。
―――ミカサもだな。
―――どうしようかな……。
―――これから、どうなるんだろう……?
<死者>は、誰?
エレン「うっ……」ズキズキ
<死者>は、誰?
アルミン。ジャン。マルコ。
友達、と言っていいのか?
コニー、トーマス、ハンナ、フランツ。
それなりに親しい連中。
アニ、ミーナ、ベルトルト、ライナー、ユミル。
恨まれてる、かもしれない。
ダズ、ナック、ミリウス、トム……ほかにもたくさんいる、クラスメイト達。
そして、ミカサ。
一体誰が、<死者>なんだ?
一同「……」フラフラ
エレン「やめろ……」
エレン(みんなが<死者>に見えてくる……)
エレン「……」フラフラ
エレン(……俺?)
エレン(まさか……)
エレン(<死者>は、俺?)
エレン(<死者>には、自覚がない)
エレン(じゃあ、俺って可能性も……)
エレン(今年の四月、教室の机と椅子の数は足りていた)
エレン(俺が転校してきたせいで、足りなくなった)
エレン(もしかして、俺はすでに死んでいて)
エレン(そうだと気づかないよう、記憶が修正されている――?)ゾッ
エレン(いや、待て)
エレン(<死者>は、これまでの<災厄>で死んだ人たちの中からランダムに選ばれる)
エレン(<災厄>が及ぶ範囲は、クラスの成員もしくは二親等以内の親族)
エレン(シガンシナ区を離れている場合は、対象外となる)
エレン(俺はどうだ?)
エレン(母さんが中三の時、俺はまだこの世に存在しない)
エレン(叔母さんが中三だったとき、俺が生まれて母さんが死んだ)
エレン(叔母さんと母さんは姉妹だから二親等以内だけど)
エレン(俺と叔母さんとの関係は三親等だ)
エレン(<災厄>の及ぶ範囲外になる)
エレン(母さんが死んでから、俺はずっとトロスト区で暮らしてきた)
エレン(そしてこの四月、中学生になって初めてシガンシナ区に――)ズキン
エレン(だから)
エレン(俺が<死者>なんてことはありえない、はずだ)
つづく
グリシャ「エレン、もう夏休みだな。元気にやってるか?」
エレン「まあまあだな」
グリシャ「そうか……明後日が何の日か知ってるか?」
エレン「……覚えてたのか」
グリシャ「当たり前だ」
エレン(七月二十七日……母さんの命日)
グリシャ「墓参りに戻らないのか?」
エレン「やめとくよ。ここは母さんが生まれて、死んだところだし」
エレン「わざわざトロスト区の墓に戻らなくても、ってな」
エレン(それに、ミカサを残して自分だけ「圏外」に逃れるのは抵抗がある)
グリシャ「そうか」
エレン「……親父、訊きたいことがあるんだけど」
グリシャ「何だ」
エレン「母さんが卒業式の日、クラスの皆と撮った写真について知らないか?」
グリシャ「卒業アルバムなら家に――」
エレン「そうじゃなくて……心霊写真のほう」
グリシャ「ああ……カルラからそんな話を聞いたことがあったな」
グリシャ「あんなものが身近にあるのは嫌だから、実家に置いてきたそうだが」
エレン「そうか……」
エレン(あとで探してみるか)
グリシャ「……何か気になることでもあるのか? 学校で何かあったとか」
エレン「何でもねえよ。……ありがとう」
グリシャ「お前のお母さんは本当に魅力的な人だった」
グリシャ「私のあいつに対する気持ちは今も――」
エレン「わかったわかった」
グリシャ「おじいさんとおばあさんによろしくな」
ジャン「もしもし、エレン? 今から出てこれるか?」
エレン「今から……?」
ジャン「なんだよ、ミカサとデートか?」
エレン「ちげえよ! 分かった、行けばいいんだろ。どこだよ?」
エレン「へえ、アルミンちって喫茶店なのか」
ジャン「おせえぞエレン!」
エレン「お前私服だせえな」
ジャン「うるせえよ」
ウェイトレス「いらっしゃいませ。エレン君ね? アルミンから聞いてるわ」
エレン「あ、どうも」
ウェイトレス「ご注文は?」
エレン「アイスコーヒーで」
ウェイトレス「ごゆっくりどうぞ」スタスタ
ジャン「アルミンの姉ちゃん美人だよな」
エレン「ああ」
アルミン「……もしかしたら、巻き込まれる可能性もあるけど……」
アルミン「どうしても、話さずにいられなかったんだ」
エレン「<災厄>のことか」
アルミン「……」コクッ
ジャン「彼女もローゼ中だったらしい。三年三組じゃなかったけどな」
ジャン「でも三組の噂は知ってたみたいでアルミンの話もちゃんと聞いてくれた」
アルミン「実際に何人も人が死んでるし……僕やクラスメイトのこと、すごく心配してくれた」
エレン(お前の年上好きのルーツはそこにあったのか)ナルホド
ジャン「でな、こっからが本題だ」ズイッ
ジャン「アルミンの姉ちゃんを通して、ある新情報が飛び込んできたんだよ」
ウェイトレス「オルオ・ボザドって方なんだけど」
ウェイトレス「週に何回か来てくれるお客様なんだけど、十五年前にローゼ中の三年三組だったって分かったのはつい最近のことで――」
エレン(叔母さんと同期か)
ウェイトレス「アルミンから事情は聞いてたから、思い切って尋ねてみたの。そしたら――」
オルオ『あの年の「呪い」が、あれでガフッ』
オルオ『俺は……悪くなかった』
オルオ『みんなを助けたんだ』
オルオ『伝えなければ……残したんだ……あれを、教室にガチッ』
ウェイトレス「だいぶ酔ってたみたいだし、舌をよく噛むから何言ってるかわかりづらくて」
エレン「どういう意味なんですか……?」
ウェイトレス「さっきのが一週間ほど前のことでね。それからも何度か話を振ってみたんだけど」
ウェイトレス「全く覚えていないって言うのよ」
ウェイトレス「例の<災厄>については覚えているみたいなんだけど……」
ウェイトレス「誰が<死者>だったのか、なぜ<災厄>が止まったのかについては、もう全然」
エレン(酔っててたまたま口に出たって感じなのか?)
ジャン「気になるだろ、この話」
エレン「ああ」
ジャン「気になるよな?」
アルミン「うん」
ジャン「合宿で神頼みもいいけど、それまでビクビクしてるのもあれだしな」
エレン「ってことは――」
ジャン「探しに行こうぜ、教室に。「あれ」を」ドヤッ
アルミン「誰が……?」
ジャン「俺らに決まってんだろ。そもそもアルミンが知らせてきたんだろうが」
アルミン「はぁ……」
ジャン「マルコも誘いたいけどあいつは真面目だからな」
エレン「俺らはいいのかよ」
ジャン「それと、ミカサも……」チラッ
エレン「……誘ってみるか」
エレン「なあ、前から気になってたんだけどな、その棺桶の人形ってお前がモデルなんだよな?」
ミカサ「半分だけ。……半分もないかもしれない」
エレン「どういうことだ?」
ミカサ「この子は……十三年前にお母さんが産んだ子」
エレン「え? お前妹がいるのか」
ミカサ「産まれて、すぐに死んだ子」
エレン「ああ……」
ミカサ「これは、私を見せかけのモデルにしてはいるけれど――」
ミカサ「お母さんが、生まれなかったその子を想いながら作った人形」
ミカサ「だから私は半分、もしくはそれ以下」
エレン「……」
ミカサ「それより、何があったの?」
エレン「ああ、実はな――」カクカクシカジカ
ミカサ「そう。――探すって、どこを?」
エレン「旧校舎。0号館にある、昔の三年三組の教室だよ」
エレン「いないもの用の机もそこから運んできてるんだよな」
ミカサ「ええ。……あの校舎の二階は立ち入り禁止だけれど」
エレン「夏休みだし、人のいない時を狙ってこっそり忍び込もうって話だよ」
ミカサ「リヴァイ先生にも知らせたほうがいいと思う」
エレン「俺もそう思ったんだけど、ジャンの奴これは俺たちだけでやるんだって冒険モード入っちまってさ」ハハッ
エレン「で……ミカサもそれ、来るか?」
ミカサ「……私は、いい」
ミカサ「大勢で行くと見つかりやすくなるし、明日から出かけなくてはならない」
エレン「どこへ行くんだ?」
ミカサ「お父さんが帰ってくるから、別荘に。一週間ほどで戻るし、合宿にも参加する」
エレン(あんま楽しくなさそうだな……)
ミカサ「何か見つかったら、知らせてほしい」
エレン「分かった」
エレン「……」
ミカサ「何か考え事?」
エレン「あー、実は昨日、自分が<死者>なんじゃないかって疑ってみてさ」
エレン「まあ一応決着はついたけど……」
ミカサ「安心して」
ミカサ「エレンは<死者>じゃない。絶対に」
エレン「何で、そう言い切れるんだ?」
ミカサ「それは……」
ミカサ「信じてるから。エレンのことを」
エレン「ミカサ……」
エレン「分かった。俺もミカサを信じるよ」
ジャン「夜の校舎ってなんか不気味だよな」ワクワク
アルミン「なんでわざわざ夜に……」オソルオソル
ジャン「昼間だと見つかりやすいし、朝ってのもなんか違うんだよな」
エレン「マジで廃屋みたいだな」
ジャン「この教室だ。マルコが「いないもの」用の机を取りに行ったんだよ」
エレン「探してみるか」
ガサゴソ
ジャン「あったかー?」
アルミン「見つからないよ」
エレン「そんな簡単に見つかる場所にはないはずだよな」
エレン「でも残しとくって言ったからには見つけられる場所に……」ハッ
ジャン「どうした、エレン?」
エレン「掃除用具入れのロッカーだ」
アルミン「そこはさっき探したよ」
エレン「ちょっと待っててくれ……あった!」
アルミン「えっ!? さっき見たときはなかったよ」
エレン「天井に貼り付けてあったんだよ。……剥がすぞ」ベリベリ
エレン「なんだこれ? ガムテでぐるぐる巻きにされてる」
ジャン「ガムテに何か書いてるぞ?」
将来、このクラスで理不尽な災いに苦しめられるであろう後輩たちに……
ジャン「厨二かよ」
エレン「……決まりだな。開けるぞ」ベリベリ
三人「……」ゴクリ
エレン「カセットテープ……?」
ジャン「まあ十五年前だしな。うちにラジカセあるからさっそく聴こうぜ」
アルミン「待って。リードテープが切れてる。これじゃ再生できない」
アルミン「さっきガムテを剥がした時くっついて切れちゃったんだ」
エレン「このままじゃ再生できないってことか!?」ガーン
ジャン「お前もうちょい丁寧にはがせよ」
エレン「しょうがねえだろ、緊張してたし……」
ジャン「隠したやつもケースに入れるとかしとけよな。あーもう、どうすりゃいいんだよ」ガリガリ
アルミン「修理したら聴けると思うよ」
エレン「アルミン、できるのか?」
アルミン「やれるだけやってみる」
ジャン「さすがアルミン! お前はやればできる子だと思ってたぜ!」バシバシ
ジャン「どうせならマルコと、ミカサも戻って来てから一緒に――」
アルミン「今度は自分で誘いなよ、ジャン」
ジャン「うるせえよ!」
エレン「ははっ、なんか……青春って感じだよな」
ジャン「はあ? なにクサいこと言ってんだよ」
エレン「こういうの初めてなんだよ。地元にも友達はいるけど、なんか距離を感じるつーか」
エレン「俺は、お前らに出会えてよかったと思う」
アルミン「エレン……」
ジャン「やめろよ、恥ずいだろ……」
ピーポーピーポー
三人「!?」
アルミン「事故……かな」
ジャン「俺たちも気をつけなきゃいけねーんだよな……」
エレン「絶対生き残る。生き残って、みんなで卒業するんだ」
エレン(俺は翌日になってその情報を知らされた)
エレン(アニの父親の死)
エレン(夫婦は別居中で、アニは母親の元で暮らしていた)
エレン(父親が一人暮らすアパートに居眠り運転のトラックが突っ込んだ)
エレン(家にいても<災厄>は容赦なく襲いかかってくる)
七月の<死者>
エルヴィン・スミス
エルヴィンの母親
アニの父親
―――俺の名は、オルオ・ボザド。
―――ローゼ中学三年三組ガフッ
―――録音が終わったら、このテープは教室のどこかに隠すつもりでいる。
―――今これを聴いているものたちが俺の後輩である可能性は……
―――そして理不尽な<災厄>に悩まされている可能性はどれくらいだろうか?
―――まあ、いいだろう。
―――今俺がこれを録音しているのには、二つの理由がある。
―――ひとつは俺自身の「罪の告白」だゴフッ
―――誰かに俺がやったことを聞いてほしい、そう思ったのかもな……
―――もうひとつは、後輩への俺からの忠告……いやアドバイスだ。
―――<災厄>を終わらせるにはどうすればいいか?
―――それを今から話すから、よく聞くんだな……
―――俺たちは山奥へと「合宿」に行った。
―――教会で祈ったが、だめだった。
―――神頼みで解決するほど甘いもんじゃなかったのさ。
―――そのうち雨が降り出して、雷が落ちた。
―――用意周到に傘を持ってきたやつが、雷に打たれて死んだ。バカな奴だ……
―――恐怖のあまり逃げ出したやつが、足を滑らせ崖に転落して死んだ。
―――お祈りには何の効果もなかったことが分かった。
―――で、大事なのはこれからだ。
―――みんながやっとの思いで下山した直後、それは起こった。
―――「それ」というのは、つまり俺ガフッ
八月
ババア「ジャン! 友達来るならちゃんと連絡しな!」ガラッ
ジャン「ババアッ! ノックしろよッ!!」カチッ
エレン「聞かれてない……よな?」ヒソヒソ
アルミン「うん……たぶん」ヒソヒソ
ジャン「くそっ、いいところで……」イライラ
ババア「ごめんね、ありあわせのものしかなくて」
エレン「うわ、すげーうまそう」
アルミン「いただきます」
ジャン「お前らなあ……」
マルコ「おじゃましてます」
ババア「マルコ君、久しぶりだねえ。昔はよくこのバカに引っ付いて――」
ジャン「ああもう! 早く出てけ!」
ババア「はいはい、分かったよ」ガラッ
ジャン「とんだ邪魔が入ったぜ。……でも懐かしいよな、マルコ。昔はよく」
マルコ「さあ……覚えてないよ、そんな昔のこと」
エレン「早く続き聴こうぜ」カチッ
―――合宿所に戻って助けを呼んで……その中でちょっとしたトラブルがあった。
―――あの時は俺も気が動転していて、何のきっかけで「そう」なったのかは覚えていない。
―――確か、合宿所の外の森の中でガリッ
―――俺は■■■と喧嘩になった。そして気づいたら……
―――■■■は動かなくなっていた。
―――間違いなく、死んでた。俺が、俺が殺しゴフッ
―――いつ死体が見つかるか、気が気じゃなかった。が……
―――いっこうにその気配はなかった。
―――気になって身に行ってみたらそこには……
―――死体がなかった。消えてたんだぜ? ……本当だ。本当ガチッ
―――俺はクラスの連中にそれとなく尋ねた。■■■はどうしたのかと。
―――すると、みんな口をそろえてこう言うんだ。
―――■■■って、誰だ?
―――ほかの連中からしてみれば、始めからそんな生徒はいなかった……そういうことになっているらしい。
―――あの時は気が変になりそうだったが……
―――しばらくたってようやく思い当ったのさ。
―――あいつが……■■■が今年の<もう一人>に違いないガフッ
―――これは、俺の罪の告白だ。
―――同時に、お前ら後輩へのアドバイスでもある。
―――俺は確かに■■■を殺した。だが、それは結果的にクラスを救ったことになった。
―――もともと存在しないはずの<死者>が死に還ることによって、すべてが元通りになる……
―――その証拠に、もう誰も■■■のことを覚えていない。
―――俺は奴の死に深く関わったから今でも思い出せるが、それの時間の問題ガリッ
―――<災厄>をどうやったら止められるか、これで分かったな?
―――<死者>を<死>に還せ。俺がやったのと同じように<もう一人>を殺すんだ。
―――それが<災厄>を終わらせる唯一の方法ゴフッ
一同「……」
アルミン「……これで終わりみたいだ」カチッ
エレン「すげえ内容だったな」フゥ
ジャン「ミカサがいなくてよかった……」
エレン「この年の<死者>の名前はよく聞き取れなかったな」
マルコ「修正が効いてるんだろうね」
アルミン「<死者>を死に還す……」
エレン「本当に、それしかないのか……? <災厄>を止める方法は」
マルコ「でも、実際にこの年はそれ以降人が死んでないんだろう」
ジャン「自分と……家族の命もかかってるからな……」
ジャン「何とかしねえとな……」
エレン「……」
エレン(そして、合宿の日を迎えた)
エレン(ここが合宿所……)
アルミン「写真、撮ろうよ。中学最後の夏休みなんだから……ね?」
ペトラ「私が撮ってあげましょうか」
ジャン「先生はアルミンの隣に並んだらいいんじゃないすか」ニヤニヤ
アルミン「ちょ、ジャン……!」
コニー「じゃ俺が撮ろっか?」
ジャン「サンキューな。……おいエレン、ミカサと近づきすぎじゃねえのか」
エレン「近づかねえと全員入らねえだろ!?」
マルコ「はいはい、喧嘩しない」
コニー「撮るぞー。ハイ、チーズ!」カシャ
エレン(この平和は、見せかけのものだ)
エレン(誰もが、そう自覚していたに違いない……)
コニー「なんか平和だよなあ」ボケー
エレン(参加者は20人くらい……クラスの半数近くか)
ライナー「思ってたより多いな」
アニ「家にいても無事なわけじゃないって分かったからね」
ライナー「ああ、すまん……」
ベルトルト「アニ……」
アニ「……別に」
エレン(アニの父親の死により、家が必ずしも安全じゃないことが分かってしまった)
エレン(それで参加者がこんなに増えたんだな)
エレン(みんな、何かにすがりたいんだ)
ジャン「エレン、例のテープ持ってきたか?」
エレン「ああ」
ジャン「ほらよ、ラジカセだ。ミカサに聞かせるために持ってきたんだからな」スッ
エレン「分かってるよ」
ジャン「くそっ、何でエレンと……」ギリッ
エレン(テープが直って、ミカサに電話したけどずっと圏外だった)
エレン(あとで聞いたんだが、その時はまだ別荘にいたらしい)
ジャン「ミカサ襲ったりしたらぶっ飛ばすぞ」スタスタ
エレン「分かってるって」
アルミン「僕もいるんだけど……一応エレンと相部屋だし」
アルミン「ミカサにテープのことは話したんだよね?」
エレン「ああ。おととい会って話したら、実際に聴いてみたいって」
アルミン「エレンと、ね」ニヤッ
エレン「な、なんだよ」アセアセ
エレン(テープの内容はあまりに衝撃的だった)
エレン(もしこのことがクラス中に知れ渡って、誰かが証拠もなく<もう一人>だと決めつけられてしまったら……?)
エレン(恐ろしくなった俺たちは、しばらく誰にも話さないでいることにした)
アルミン「……エレン」
エレン「どうした?」
アルミン「この合宿にも来てると思う? <もう一人>が」
エレン「分かんねえな……」
アルミン「僕、もうずっと気になっちゃって……ジャンもマルコも、気にしないほうがおかしいよね」
エレン「誰が<もう一人>なのか……」
アルミン「エレン……もしそれが分かったらどうする?」
エレン「どうするって……」
アルミン「殺す?」
エレン「お前の口からそんな物騒な……」
アルミン「殺せる?」
エレン「……分かんねえ。分かんねえよ……」
アルミン「夕食美味しいね」モグモグ
リヴァイ「俺の手作りだ」
エレン「先生来てたんですか!?」ブーッ
リヴァイ「汚ぇな……もしものときは、俺が対処する」
エレン「先生……!」
ペトラ「天候が怪しくなってきたわ。明日はお祈りに行くのに……」
リヴァイ「雨天の場合は中止になるのか」
ペトラ「そう……ですね。山道は危険ですし……」
エレン「……」
ミカサ「テープの件を先生に言ったほうがいい」ヒソヒソ
エレン「ああ。でも―――」チラッ
ジャン「――やめとけ」ヒソヒソ
エレン「でも意見を聞いとくべきだろ。先生は<現象>をずっと観察してきた人だし」ヒソヒソ
ジャン「そりゃそうだけどよ……」
ジャン「……ところでな、エレン」
ジャン「俺、今日の合宿に<もう一人>はいるのか……いるとしたら誰なのかってずっと考えてたんだけどよ」
エレン「目星がついたとか?」
ジャン「……まさか」
ジャン「誰が<もう一人>なのか見分ける方法はないって話だが……」
ジャン「それでも何か、ちょっとしたサインみたいなのがあるんじゃねえのか? お前はどう思う?」
エレン「何とも言えねえな。方法がまだ分かってないだけかもしれないし」
ジャン「だろ?」
エレン「……でも、もしそれが分かったらどうするつもりだ?」
ジャン「それは……そうだよな……」
アニ「……ちょっとよろしいですか、先生」ガタッ
ペトラ「……ええ、どうぞ」
アニ「この際だから、ミカサ。あんたに言っておきたいことがある」
ミカサ「……」
アニ「そして、エレンにも」
エレン「……」
エレン(まさか……)
アニ「……これまでに起こった<災厄>には、ミカサに責任の一端があるはず」
エレン「そんな……!」
アニ「あんたもだよ、エレン」
アニ「ミカサが「いないもの」の役割を全うできていれば、誰も死なずに済んだ」
ユミル「……」
ライナー「……」
アニ「そうできなかったのは、あんたがミカサに話しかけたせい」
ジャン「ちょ、ちょっと待てよ! それは不可抗力っつーか……」
アニ「確かに、エレンへの連絡がうまくいってなかったこともある」
アニ「転校した日に風邪で休んでしまった私にも責任がある」
アニ「……それでも、ミカサのほうから接触を拒んでいればこんな惨事は起こらなかった」
アニ「そうは思わない?」
ジャン「……だったらどうしろって言うんだよ」
アニ「……」
アニ「謝罪を」
ザワザワッ
アニ「一言もまだ、私たちはミカサから謝罪の言葉を聞いていない」
アニ「いないものでなくなった途端、まるで何事もなかったかのように――」
一同「……」ジッ
エレン「うっ……」ズキズキ
エレン(みんなの視線が……痛い)
エレン(怒り……憎しみ……恨み……そして苛立ち)
ミカサ「……」
エレン(ミカサ……なんでお前はそんなに平然としていられるんだ?)
ユミル「……クリスタが死んだときのこと」
ユミル「私は様子を見てたんだ。窓際の席だったから……」
ユミル「慌てて飛び出していったクリスタは、最初東階段のほうへ向かった」
ユミル「でもそこにはエレンとミカサがいたから、西階段へと方向転換した」
エレン(ああ……それは確かに……)ズキズキ
ユミル「いないもののミカサとエレンが一緒にいるのを見て、クリスタは怖くなったんだ」
ユミル「そのせいで「おまじない」の効力が切れて母親が……」
ユミル「それでとっさにお前らのいる方向を避けたんだ」
ユミル「もしお前らがあそこに立っていなかったら――」
アニ「あんな事故は起こらなかったかもしれない、ってことだね」
ユミル「とにかく、私は絶対に許さないからな」ギロッ
エレン「ぐっ……」
ライナー「やめろ! 今更そんなこと言っても――」
アニ「あんたのお姉さんの事故だってそうだよ」
ライナー「……」
アニ「エレンはハンジさんと知り合いで、いろいろ相談していた」
アニ「<災厄>のことについても話したんじゃないのかい?」
エレン「俺は――」
アニ「あんたが何も相談しなければ、彼女は普段使われていないエレベーターに乗ることもなく――」
ベルトルト「や、やめなよアニ!」
エレン「……」
エレン(全部……俺のせい……?)
エレン(俺が、ハンジさんを巻き込んだ……)
ミカサ「不毛……」
ドヨドヨッ
ミカサ「そんな話をしても何の解決にもならない」
アニ「解決の話をしているわけじゃない」
ミーナ「そうよ! 私たちはミカサに自分の非を認めて謝罪してほしいだけ――」
ミカサ「して、意味がある?」
一同「……」
ミカサ「死んだ人は帰ってくるの?」
ミカサ「……帰ってくるなら、いくらでもする」
ジャン「おい、ミカサ……!」
エレン「やめろ……」ズキズキ
ミカサ「ごめんなさい」
ミカサ「私のせいで――」
エレン「違う!」
アルミン「やめてよ!」
ジャン「意味ねえよ! こんなの……」
ジャン「それより、今は<もう一人>が誰なのか――」
エレン「ジャン……今、それ……を、言うのは……」ズルズル
ジャン「エレン!?」
アルミン「エレン!! 大丈夫!?」
リヴァイ「早く医務室に運べ!」
エレン「ミカサ……お前は……何も」ハァハァ
ミカサ「……エレン」
エレン「……」パチ
エレン「ここは……」
ミカサ「医務室。もう、大丈夫だから」
エレン「そうか、俺また……」
ミカサ「ライナーがここまで運んでくれた」
エレン「ライナーが!? あいつ、何で……」
ミカサ「ジャンもアルミンもすごく心配していた」
エレン「迷惑かけてばっかだな、俺は……」ハァ
ミカサ「今からエレンの部屋でテープを聴こうと思う」
ミカサ「エレンは、もう少し休んで……」
エレン「いや、俺も行く」ヨロッ
ミカサ「エレン……」
エレン「もう逃げたくないんだよ」
エレン(一昨日、ミカサと会ったとき――)
エレン『二十六年前の心霊写真が見つかったんだ』
ミカサ『そう。……今から家に行ってもいい?』
エレン『えっ』
祖母『まあ、こんな可愛いガールフレンド連れてきて――』
エレン『やめろって』
ミカサ『……』ウツムキ
祖母『それじゃあ、あとは若者同士で』スタスタ
エレン『ったく……。これが、例の写真だ』スッ
ミカサ『……』ジッ
エレン(母さんとリヴァイ先生が写ってる。この人年とらないな……)
ミカサ『エレンは、誰がマリアだかわかる?』
エレン『ああ、たぶん右端のやつじゃないのか?』
エレン(笑ってるけどなんか寂しそうで、浮かんでるようにも見える)
エレン『なんか見るからに変な感じだし』
ミカサ『変に見える? どんなふうに?』
エレン『どんなふうって言われてもな。そこだけ微妙に歪んでる感じ』
ミカサ『色は?』
エレン『色?』
ミカサ『おかしな色に見えたりしない?』
エレン『いや、別にふつーだけど』
ミカサ『そう……。ありがとう』スッ
エレン(あれ? いつの間に眼帯外したのか)
エレン『そういや、ミカサ。前に描いてた絵は? 人形のやつ』
ミカサ『それは、まだ』
エレン『そっか』
ミカサ『エレンは絵に興味があるの?』
エレン『似合わないって言いたいのかよ?』ムッ
ミカサ『……正直』コクッ
エレン『叔母さんがさ、職業柄描いた絵をよく見せてくれるんだよ』
エレン『母さんがいないぶん、よく世話焼いてもらってる』
エレン『おじいちゃんもおばあちゃんもいるし、正直うっとうしいって思うこともあるけど』
ミカサ『……エレンは、家族に愛されてる』
エレン『どうした? ミカサ』
ミカサ『少し羨ましい、と思って』
エレン『……』
エレン『なあ、ミカサ』
ミカサ『何?』
エレン『お前さ、前に自分は人形だみたいなこと言ってたよな』
ミカサ『……』
エレン『ああいうこと、もう言うなよ』
エレン『お前の家の事情はよく分かんねえし、俺が口出すことじゃないかもしれないけど』
エレン『お前はちゃんと生きてるし、人形なんかじゃない。……少なくとも俺にとっては』
エレン『だから、もう自分を粗末にするのやめろっつーか……くじ引きの時だって』
ミカサ『ジャンが喋ったの』
エレン『……とにかく、俺はお前に生きててほしいんだよ』
ミカサ『……エレン』
エレン「……」カチャ
アルミン「エレン! もう大丈夫なの?」
エレン「ああ、なんとかな」
アルミン「そう……気を付けてね。僕はちょっと用事が……」スタスタ
バタン
エレン(気を利かせたつもりかよ)
ミカサ「では、聴こう」カチッ
アニ(……)タチギキ
アニ(エレンとミカサ……二人で何を)
―――俺の名は、オルオ・ボザド……
アニ(テープを聴いてる……?)
―――<死者>を<死>に還せ。俺がやったのと同じように<もう一人>を殺すんだ。
―――それが<災厄>を終わらせる唯一の方法ゴフッ
エレン「……これで終わりだ」カチッ
ミカサ「<死者>を死に還す……」フゥ
ミカサ「エレンは、これを聴いてどう思った?」
エレン「どうって……何も実感わかねえよ」
ミカサ「そう……」ボー
エレン(ミカサ……様子が変だ)
アニ「……!!」
アニ(<死者>を死に還す……!!)ダッ
エレン「あー、あのなあミカサ」
ミカサ「何?」
エレン「このテープとは全然関係ない……いとこのサシャのことなんだけどな」
ミカサ「ああ……」
エレン「前に書いてた人形の絵のモデルがそうなのか? モデルと想像半々みたいなこと言ってたけど」
ミカサ「ええ……」
エレン「……何で死んだんだ?」
ミカサ「それは……」
エレン(心ここにあらずって感じだ)
エレン(さっきのテープの内容がよほどショックだったのか……?)
エレン(今は何も聞けそうにないな)
ジャン「おいエレン! お前勝手に医務室抜け出して――あ」ガラッ
ジャン「ミカサ……」
ジャン「けっ、元気そうじゃねえか。心配して損したぜ」ニヤ
エレン「ジャン。お前――」
ジャン「はいはい、お邪魔しました~」バタン
エレン(……あいつ)
エレン(冗談めかしてるけど、目が全く笑ってなかった)
エレン「はは、バカだよなーあいつ……」
ミカサ「……サシャと私はいとこ同士だった」
エレン「えっ」
ミカサ「でも、もともとはそうじゃなかった」
エレン「どういうことだ? (ありがとう、ジャン)」
ミカサ「私のお母さんと、サシャのお母さんは双子の姉妹だった」
ミカサ「二人とも嫁いで、ブラウス家のほうに先に子供が産まれた」
エレン「それがサシャか」
ミカサ「……生まれたのは、双子だった」
エレン「え……」
エレン(それじゃあ、まさか――)
ミカサ「アッカーマン家のほうも子供はできたけど、ちゃんと産まれることができなかった」
エレン「前に言ってたな」
ミカサ「彼女はとても悲しんだ。もう子供を産めない体になってしまったから」
エレン「……」
ミカサ「一方でブラウス家のほうは、双子を育てるのが経済的に厳しくなってきていた」
ミカサ「需要と供給のバランスがぴったり合ったということ」
エレン「そんな言い方……」
ミカサ「なぜ私が選ばれたのかは分からない。あまり、考えないようにしている」
ミカサ「しばらくの間は養女だということを知らずに育てられたけど……」
ミカサ「大伯母さんがうっかり口を滑らせて、私の知るところとなった」
ミカサ「あの時のお母さんの慌てようと言ったらなかった」
エレン「……」
ミカサ「あの人にとって私は、生まれてこられなかった子供の代わりのようなもの」
ミカサ「もちろん、今まで育ててくれたしたくさん可愛がってもらった」
ミカサ「四歳の時に目の病気で左目を失ったとき、特別な義眼を作ってくれたのも感謝してる」
ミカサ「でも、やっぱり代用品は代用品だから。本物にはなれない」
エレン「それを知って、ミカサはどう思ったんだ?」
ミカサ「会いたい、と思った。本当のお父さんとお母さんに」
ミカサ「でも、そのころブラウス家は引っ越してしまって、簡単には会えなくなった」
ミカサ「私がそのことをお母さんに伝えると、ひどく怒られた」
エレン「本当の両親に合わせたくないって?」
ミカサ「たぶん、不安になるんだと思う」
ミカサ「いつもは放任主義だけど、それだけは絶対に許さなかった」
ミカサ「そんな中でも、サシャとはたまにこっそり会っていた」
ミカサ「あの子は私と双子だけどあまり似ていなくて、性格も全然違った」
ミカサ「いつも明るくて、大食いで、社交的で、元気で……大食いだった」
エレン(大食い二回言った……)
ミカサ「私の半身がそこにあるような感覚が、ずっとしていた」
エレン(それであの時……)
ミカサ『待ってるから。可哀想な私の半身が、そこで』
ミカサ「そんなとき……サシャが病気になった。去年の春ごろの話」
ミカサ「腎臓のとても重い病気で……母親の腎臓を移植するために遠くの大きな病院に入院した」
ミカサ「本当は私の腎臓をあげたかったけど、十五歳以下はドナーになれないから」
ミカサ「年明けの手術は成功して、ここの市民病院に移ってきた」
ミカサ「お母さんに内緒で何度か見舞いにも行った。そこで――」
ミカサ「サシャが退院したら、気に入ったぬいぐるみをひとつプレゼントするって約束をした」
エレン「それが、あのとき霊安室に持って行った……」
ミカサ「……約束だったから」
ミカサ「まさか、あんなに突然死ぬなんて思わなかった」
ミカサ「経過も良好で、もうすぐ退院できるはずだったのに……」
エレン(……そうか)ハッ
ハンジ『一人娘だったみたいで、親御さんもすごく取り乱してて……』
エレン(ハンジさんは知らなかったんだ)
エレン「いとこじゃなくて元々は姉妹だった。ってことは――」
ミカサ「――そう。私とサシャとは、二親等以内の血縁になる」
エレン「だから、あの時あんな――」
ミカサ『――気を付けて。もう、始まってるかもしれない』
エレン「始まってたんだな? もう。四月の時点で」
エレン「何ではっきりそう言わなかったんだ?」
ミカサ「私は……信じたくなかった」
ミカサ「そんな呪いなんかのためにサシャが死んでしまったなんて」
ミカサ「だから、エレンに聞かれてもいとことしか答えなかった」
エレン「……」
ミカサ『――今までずっと、心の底では半信半疑だったのかもしれない』
ミカサ『あんなことがあって、五月になってエレンが学校に来て』
エレン(『あんなこと』っていうのが、サシャの死か)
エレン「じゃあ……」
ミカサ「<災厄>は、四月の時点ですでに始まっていた」
ミカサ「教室の机と椅子は足りていたにもかかわらず――」
ミカサ「すでにこのクラスには<もう一人>がまぎれこんでいた」
エレン「だから、なのか?」
エレン「俺は絶対に<死者>じゃないって、そう断言できた理由は」
ミカサ「それもある……けど、一番の理由は別のところにある」
ミカサ「それは――」スッ
ミカサ「この「人形の目」が、違うって教えてくれるから」
エレン(いつもは眼帯で隠されてる――左目)
エレン「どういうことだよ?」
ミカサ「前にも言ったと思う。見えなくていいものが見えるって」
エレン「それは――」
ミカサ「死の色」
ミカサ「最初はどういうことだかよく分からなかった」
ミカサ「空っぽになった左目には、当然視力は無いはずなのに」
ミカサ「最初に「それ」が見えたのは、お父さんの親戚の葬式で」
ミカサ「棺に入れられた死者の顔を見たとき……うまく言えないけど、とても変な感じがした」
ミカサ「左目で何かを感じたのは初めてだったから、とても驚いた」
ミカサ「左目を隠してみると普通と変わらないけれど、両目で見ると何かがかすむような――」
エレン「それってどんな色なんだ」
ミカサ「――言葉ではとても言い表せない。赤、青、黄……知っている色の名前にはどれも当てはまらない」
ミカサ「この世に存在しない、してはいけないような色」
エレン「……」ゾッ
エレン「誰かに話したのか?」
ミカサ「誰も取り合ってくれなかったけど。病院でも異常はないと言われた」
ミカサ「その時は単なる気のせいだと思うことにした。でも、それ以降も何度かあって」
ミカサ「やっと気づいた。その色を感じるとき、そこには「死」があるって」
ミカサ「交通事故の現場に出くわしたことが一度会った。潰れた車の――」
エレン「やめろよ」
ミカサ「……悪かった。写真でも色を感じることがある」
エレン「それであの時聞いてきたのか」
ミカサ『おかしな色に見えたりしない?』
ミカサ「……そう。あの時もはっきり見えた」
ミカサ「瀕死の重傷や、重病で死の床についている人にも感じることがある」
ミカサ「すでに死んでいる人と比べて少し薄いけれど」
ミカサ「予知、というものではないのだと思う。その人の持つ「死の成分」を感じ取る力」
ミカサ「だから、病院はあまり好きではない……」
エレン「なんで、そんな力がミカサに……?」
ミカサ「私にもよく分からない。可能性を挙げるとすれば――」
ミカサ「人形の、虚ろさのせい」
ミカサ『いずれにせよ、<死者>は人形と同じ』
ミカサ『虚ろだから、近づきすぎると吸い込まれてしまう』
ミカサ「人形と同じ虚ろな目を持った私だから、「死」に通ずる色が見えるのかもしれない」
エレン(……正直、どこまで信じて良いのか分からない)
エレン(でも……)
エレン「それで、俺もお前も<死者>じゃないってことか」
ミカサ「こうして眼帯を外していても、エレンに死の色は感じられない」
エレン「……その話が全部正しいとすると」
エレン「お前は、もう分かってるのか?」
<死者>は、誰?
エレン「その人形の目で見て、もうとっくにクラスの誰が<死者>なのか……」
ミカサ「……」
ミカサ「学校では、ずっと眼帯を外さないようにしていた」
ミカサ「三年になって「呪い」の実態を知り、新学期になってからも」
ミカサ「サシャが死んで、エレンが転校してきて、クリスタが死んで」
ミカサ「いよいよ<災厄>が始まるのだと分かってからもずっと――」
エレン「机にあんな落書きしてたのにか?」
<死者>は、誰?
エレン「外せば誰が<死者>なのか分かるかもしれなかったのに――」
ミカサ「分かったところでどうなるものでもないと思っていたから」
エレン「そうか。でも、今は――」
エレン(<災厄>を止める方法)
エレン(それを知ってしまった今となっては――)
エレン「なあ、教えてくれよ」
ミカサ「……」
エレン「お前には分かってるのか? 見えるのか?」
エレン「この合宿に、そいつは来てるのか?」
ミカサ「……」フイッ
エレン「ミカサ!」
ミカサ「……」コクッ
ミカサ「来てる。<もう一人>は、合宿に来てる」
エレン「やっぱりか……」
エレン「なあ、誰なんだ?」
ミカサ「……」
ドバン!!
エレミカ「!?」
エレン「どうしたんだよ……!?」
エレン「ジャン!!」
ジャン「……」ハァハァ
エレン「何があったんだよ!?」
ジャン「うっ……悪い……」
ジャン「……二人に質問がある」
エレン「はあ!? 聞きたいのはこっちのほう――」
ジャン「いいから聞け!!」
エレン「!?」ビクッ
ミカサ「……エレン」
エレン「なんだよ……!?」
ジャン「お前ら……マルコ・ボットって、知ってるか?」
エレン「はあ……?」
ミカサ「……?」
エレン「何だよいきなり……?」
ジャン「だから聞いてんだよ、マルコのこと。知ってるか? どんな奴だ?」
エレン(まさか……)
エレン「三組の委員長で、お前とは腐れ縁なんだろ?」
ジャン「ううっ……」
ジャン「ミカサは、知ってるか? マルコのこと」
ミカサ「知らないはずがない」
ジャン「そうか、そうだよな。はは……」ヘナヘナ
エレン「おいジャン! どうしたんだよ!? 何があったんだ!?」
ジャン「……」フルフル
ジャン「やべえよ」
エレン「やばいって何が」
ジャン「間違った……のか、俺」ガクブル
エレン「何を」
ジャン「俺……てっきりあいつが<もう一人>なんだと思い込んで……ついさっき」
エレン「まさか……」
ジャン「やっちまったんだよ」ガタガタ
エレン「お前……」
ミカサ「……」
ジャン「俺、マルコを殺しちまった……」
エレミカ「……!!」
ジャン「どうしよう……?」
つづく
エレン「マルコを……殺した……?」
ミカサ「……」
エレン「嘘だろ?」
ジャン「こんな嘘ついてどうすんだよ……」
ジャン「……こないだから俺、あいつにちょいちょい探りを入れてたんだ」
ジャン「ガキの頃の話なんかして、あいつがちゃんと覚えてるかどうかをさ」
ジャン「そしたらあいつ、変だったんだよ」
ジャン「昔よく遊んでた秘密基地のこととか、花火大会に行ったことなんかも『覚えてない』って――」
ジャン「それがサインなのかどうかいまいち自信はなかったんだが」
ジャン「ずっと考えてたらだんだん怪しく思えてきて……」
ジャン「もしかしたら本当のマルコはすでに死んじまってて」
ジャン「今のあいつこそが春からクラスに紛れ込んだ<もう一人>なんじゃねえかって――」
エレン「それで、お前は」
エレン(ジャンは勘違いをしている)
エレン(<もう一人>すなわち<死者>はそういう存在じゃない)
エレン(「本物」か「偽物」かでいうなら、「それ」はあくまでも「本物」なんだ)
エレン(死んだ人間が、自分でもそうと気づかないままクラスによみがえる)
エレン(幼いころの記憶なんて、何の手がかりにもならないのに――)
エレン(だいたい……子供時代の記憶があやふやになることなんか、誰にだってあるじゃないかよ)
ジャン「それで今夜……さっき、俺はあいつを誘い出したんだ」
ジャン「あいつとは同室だったんだが、隣の奴に聞かれちゃまずいと思って)
ジャン「二階の角に娯楽室があったからそこで問い詰めたんだ」
ジャン「お前ほんとはマルコじゃないんだろ? クラスに紛れ込んだ<もう一人>なんだろ? って」
ジャン「そしたらあいつ、すげえオロオロして、パニクって……しまいには怒り出した」
ジャン「怪しい……やっぱりこいつなんだ、って思ったんだよ」
ジャン「それでテープが言ってた通り、<死者>を殺せばみんなが助かるんだ……と思って」
エレン「それで、殺したのか」
ジャン「……ああ」
ジャン「初めは何つうか、押し問答の末の掴み合いみたいな感じだったんだ」
ジャン「はっきり殺そうと思って殴りかかったのか――自分でもよく分かんねえ」
ジャン「いつの間にベランダに出て……気が付いたらあいつ、そこから……」
エレン「転落した?」
ジャン「……ああ」
エレン「突き落としたのか?」
ジャン「……かもしれない」
エレン「それで、死んだのか」
ジャン「下の地面に倒れて……動かなくなってた。頭から血も出てた」
エレン「ああ……」
ジャン「そこで俺、急に怖くなったんだ。震えが止まらなくてよ――」ガクブル
ジャン「それで、まずお前らに知らせようと思って……」
エレン「さっきの質問は……」
ジャン「テープで言ってたろ? <もう一人>が死んじまったら、その直後からそいつはいなかったことになるって」
エレン「確認のつもりだったのか」
ジャン「ああ……でもお前らはマルコを覚えてると言った」
エレミカ「……」
ジャン「俺、やっぱり間違ったのか? なあエレン、どうなんだよ……?」スガリツキ
エレン(……可能性は二つある)
エレン(一つは、ジャンが恐れている通り<もう一人>はマルコではなかったという可能性)
エレン(そして、もう一つは――)
ミカサ「確かめたの?」
ジャン「え……?」
ミカサ「マルコが死んだことを確かめた?」
ジャン「いや、それは……」
ミカサ「死んでないのかも」
ジャン「!?」
ミカサ「二階から落ちても必ず死ぬとは限らない」
ミカサ「気を失っているだけで、まだ息があるかもしれない」
ジャン「あっ……」
ジャン「……」フラフラ
ジャン「ここからじゃ見えないな。あのあたりなんだが――」
エレン(とりあえず救急車に――)
ジャン「!? おいエレン、俺を警察に売る気か!?」
エレン「バカ、ちげえよ!」
エレン(警察……?)
エレン(そうだ、ハンネスさんなら何か相談に乗ってくれるかも――)ポチポチ
ツーツーツー
エレン(……だめだ、つながらない)
エレン(山奥で電波が悪いのか? 天候も荒れてきてるし)
エレン「ジャン、とにかく確かめに行こうぜ」
ジャン「あ、ああ……」
エレン「しっかりしろよ! らしくねえな……自殺なんかすんなよ」
ジャン「分かってる……」
エレン「とにかく急ごうぜ。――あ」クルッ
エレン「ミカサ、マルコは「違う」んだよな?」コソッ
ミカサ「……」コクッ
エレン「行くぞ、ジャン」
ザーザー
エレン「くそっ、ぬかるみがひでえな……」
ジャン「……こっちだ、エレン」
エレン「いた……!! マルコ!」
マルコ「……」
ジャン「マルコ……マルコ!! しっかりしろよ!!」ユサユサ
エレン「……」
ジャン「頼む……お願いだ! 目を開けてくれ……!!」
マルコ「……」
マルコ「……うっ」パチ
ジャン「マルコ……!!」
マルコ「ジャン……? 僕は……」
ジャン「良かった……!! マルコ、俺……」グスグス
エレン「生きてたんだな……」ホッ
エレン「とにかく、早く医務室に――」
エレン「え?」
エレン「何だ……あれ?」
ジャン「どうしたんだエレン? ……な」
ジャン「嘘だろ……?」
エレン「合宿所が……燃えてる」
時は少し遡り――
ドヨドヨッ
一同「エレンがぶっ倒れたぞ!!」
リヴァイ「早く医務室に運べ!」
ミカサ「私が付き添う」
ライナー「エレン! しっかりしろ!」
バタバタ……
アルミン「エレン……大丈夫かな」
トーマス「うっ……ゲホゲホッ」
ミーナ「トーマス!? どうしたの!?」
リヴァイ「おい、こっちもか……!?」
コニー「大丈夫か!? 苦しいのか!?」サスサス
トーマス「……」ハァハァ
リヴァイ「喘息持ちか」
ペトラ「え、ええ……」オロオロ
リヴァイ「薬は持っていないのか?」
マルコ「空っぽ、みたいです」ガサゴソ
リヴァイ「とりあえず救急車だな……チッ、圏外か」
ミーナ「このままじゃ……」
リヴァイ「俺が麓の病院まで担ぐ」
ペトラ「そんな!! いつ降り出すか――」
リヴァイ「大丈夫だ。必ず助ける」
リヴァイ「容体が落ち着いたら戻ってくる。それまで生徒を頼む」
ペトラ「……分かりました」
リヴァイ「これはただの持病だ、何も特殊な事件じゃねえから安心しろ」
一同「……」
アルミン(……嘘だ)
アルミン(きっと、<災厄>の手はここまで――)
アルミン「先生、あの――」
リヴァイ「エレンには言うな、具合が悪化するかもしれん。――行ってくる」
アルミン「あっ……」
アルミン(テープの件、結局言えないままだった……)
ペトラ「……」
アルミン「先生、大丈夫ですか?」
ペトラ「私の心配はいいから……」
ペトラ「明日、お祈りすれば何とかなるはず……」
アルミン「……」
ジャン「何とか……なんのかよ……?」
アニ「また……犠牲者が……」
エレンとミカサがテープを聴いた後――
アニ『……!!』
アニ(<死者>を死に還す……!!)ダッ
アニ「ミーナ、ちょっといい?」
ミーナ「どうしたの?」
アニ「<災厄>を止める方法が分かった」
ミーナ「えっ……!!」
アニ「実は……」カクカクシカジカ
ミーナ「<死者>を殺す……? それでみんなが助かるの……?」
アニ「信憑性はよく分からない。けど――」
ミーナ「誰が<死者>なのか突き止めなくちゃ……!!」ダッ
アニ「ミーナ!? 待って!」ダッ
ミーナ「ねえ、あんたたち実は<死者>だったりしないよね」
ナック「はあ? 何言ってんだよ」
ミーナ「誰が<死者>なの!? 正直に言って!」
ミリウス「分かったところでどうしようも――」
ミーナ「あるの。<死者>を死者に戻せばいい」
ナック「そ、それって殺すってことか!?」
ミーナ「そう。でもそれでみんなが助かるなら――」
ミリウス「一体誰が<死者>なんだ!? 俺は違うぞ!」
ナック「俺だって違う!」
ダズ「お、俺もだよ!」
ミーナ「だからそれをみんなで考えようって――」
アニ「……誰が一番怪しいのか」
一同「……」
ユミル「……ミカサだ」
ユミル「クリスタが死んだのは、あいつの――」ギリッ
アニ「ユミル……! いつの間に……」
ユミル「話は全部聞かせてもらった。今からでも――」
アニ「待って。ミカサは今エレンと一緒にいる」
ユミル「あいつも同罪みたいなもんだろうが……!!」ワナワナ
ミーナ「ミカサか……確かにみんなが死んでっても平然としてるし」
ナック「いないものの役割を素直に受け入れたのもな……」
ミリウス「自分には関係ないって感じがするよな……」
ダズ「ほ、本当にこれで俺たち助かるのか!?」
アニ「分からない……けど何もしないよりはいい」
コニー「なんだ? 何の話してんだ?」ヒョイッ
アニ「……別に」
ライナー「アニ、お前疲れてるんじゃないのか? 親父さんのこともあるし」
ベルトルト「そうだよ、少し休んだほうが……」
アニ「あんたらには関係ない」
ベルトルト「……」
アニ「とにかく、今日はもう解散だよ」スタスタ
アニ(<災厄>を止めなければ……)
アニ(私がやるんだ)
エレン「行くぞ、ジャン」ガチャ
バタン
ダダダダッ
アニ(エレンと、ジャンもいたんだね……。突入しなくて正解だった)
アニ(今、ミカサは一人になった)
アニ(……)
アニ(私は間違っていない)ガチャ
ミカサ「……アニ?」
アニ「悪いけど、死んでもらうよ」ダッ
ミカサ「!!」
ミカサ(蹴りが来る!!)
ミカサ「くっ……!」カワシ
アニ「……かわしたか」
アニ「……ミカサ、何で攻撃してこないんだい」
ミカサ「アニ、やめて。こんなことしても意味ない」
アニ「私にとっては、意味があるんだよ……!」ダッ
アニ(私は負けない。お父さんに鍛えられたから――)
アニ(お父さん……)
バキッ
ミカサ「くっ……!」ドサッ
アニ「……」ウマノリ
アニ「……抵抗しないのかい」ギリギリ
ミカサ「……っ」
アニ「あんたは、何故いつもそうやって――」
アニ「生きてるのも死んでるのも変わらないことみたいに……!」
ミカサ「……」
エレン『お前さ、前に自分は人形だみたいなこと言ってたよな』
ミカサ「……!!」ハッ
エレン『ああいうこと、もう言うなよ』
エレン『お前はちゃんと生きてるし、人形なんかじゃない。……少なくとも俺にとっては』
エレン『だから、もう自分を粗末にするのやめろっつーか……』
エレン『……とにかく、俺はお前に生きててほしいんだよ』
ミカサ(エレン……!!)ガバッ
アニ「!?」
ミカサ「ふっ!!」ズツキ
アニ「痛っ……!」ヨロケ
ミカサ「ゲホ、ゲホッ……」フラフラ
アニ「ミカサ……!」
ミカサ「私は……生きている」
アニ「あんたは死に一番近い。<死者>はあんただよ、ミカサ」
ミカサ「違う!!」
アニ「!?」ビクッ
ミカサ「私は……<死者>なんかじゃない。ちゃんと生きている」
ミカサ「生きててほしいと言ってくれた人がいた」
ミカサ「私は、その人のために生きる」
アニ「ミカサ……」
アニ(こんなに感情をあらわにするなんて――)
アニ「……でも、私にもやらなければならないことがある」スック
パチパチ……
ミカアニ「!?」
ミカサ「この臭い……」
アニ「火事……!?」
メラメラ……
ミカサ「火の手がすぐそこまで――」ダッ
アニ「逃げる気!?」
ミカサ「あなたも早く逃げて!」
アニ「!?」
ミカサ「あなたも生きているから。死んだら悲しむ人がいる」
アニ「きれいごとを……」
ガララッ
アニ「!!」
アニ(天井の梁が――)
アニ(天罰か……)メヲトジ
ドシャアアア
アニ「うっ……」
アニ「……? 生きてる……?」ノロノロ
アニ「誰かが……梁の下敷きに」
ベルトルト「……」
アニ「ベルトルト!? あんた……何で」
ベルトルト「アニ……良かった、無事で……」
アニ「何で……私を、庇って」
ベルトルト「早く逃げて……」
ベルトルト「君には、生きててほしいんだ……」
アニ「……!!」
アニ「馬鹿っ、あんたも――」
ライナー「アニ!! ここにいたのか」
アニ「ライナー! 手伝って、ベルトルトを――」
ベルトルト「僕はいい、から……早く……」
ライナー「……行くぞ、アニ」グッ
アニ「離して……離せッ!!」
ライナー「俺たちだけでも……生き延びるんだ!!」
アニ「ベルトルト……」クルッ
ベルトルト「アニ……」
ベルトルト(どうか、生き抜いてくれ……)
ベルトルト(……最後まで、言えなかったな……)
ベルトルト(僕は、ずっと君のことが――)
ベルトルト「好き……だった……」ガクッ
メラメラ……
ミカサ「……」ハァハァ
ミカサ(みんなはどこに……)
アルミン「ミカサ!!」
ミカサ「アルミン……火傷を負ってる!!」
アルミン「大丈夫だよ、命に関わるほどじゃない」
ミカサ「何があったの?」
アルミン「……僕たちはキッチンにいたんだ」
ミカサ「たち……?」
アルミン「二人を部屋に置いてキッチンに行ったら、ハンナとフランツがいた」
アルミン「将来結婚した時のために料理の練習をするって……」
アルミン「夕食の余った食材を使って色々作ってたんだ」
アルミン「しばらくして、変な臭いがすると思ったら――ガス漏れしてて」
アルミン「彼らは急いで止めて……換気扇のスイッチを入れた。止める間もなかった」
ミカサ「ガス漏れした中でスイッチを入れると、火花によって引火することがある……」
アルミン「うん……爆発して、火はどんどん広がって……どうしようもなくて、逃げてきたんだ」
アルミン「二人は……まだ、助かったかもしれないのに……」ウッ
ミカサ「今は、それより生き残ることを考えるべき。もうすぐ出口に――」
ユミル「ミカサァァァァァァッ!!!」ダッ
アルミン「ユミル!?」
ユミル「お前はクリスタの仇だ!!」
ミカサ「やめて! 今は争ってる場合じゃない」
コニー「何やってんだ! そばかす!」ガシッ
ユミル「バカ! 離しやがれ!」
コニー「バカはお前だ!! こんな時に何やってんだよ!?」
コニー「おい!! ミカサとアルミンもさっさと行け!!」
ミカアル「でも……」
コニー「いいから早くしろ!! このバカも後で連れてく!」
ミカサ「……分かった。アルミン、行こう」
アルミン「うん……!」
ユミル「待ちやがれ! ミカサ、許さねえからな……!!」
ダズ「うわあああもうおしまいだああああ」
ナック「俺たちここで死ぬのか……」
ミリウス「待てよ! これも<災厄>なんだろ? だったら――」
ミーナ「みんな! 手分けしてミカサを探そう!」
<もう一人>が死ねばこの火事だって……!!
ダズ「やってられるかよおおおお!! 俺は逃げるぞ!!」
アルミン「ようやく外に出られた……!」
アルミン「幸い雨の勢いも増してきてるし、この分だと山火事にまではならないはずだ……」
アルミン「あれ? ミカサ……? いったいどこへ……」キョロキョロ
メラメラ……
ジャン「なあ……やべえんじゃねえの、あれ……」
マルコ「一体何が……」
エレン(みんな……!!)
エレン「……」ポチポチ
エレン「頼む、つながってくれ……!!」
プルルルル……
ミカサ「……もしもし」
エレン「ミカサ……!! 無事なんだな!? みんなは」
ミカサ「アルミンは無事。雨が強まってきたからこれ以上燃え広がることはないと思う」
エレン「今、どのへんだ?」
ミカサ「物置小屋の近くにいる。でも、エレンは来ないほうがいい」
エレン「え……?」
ミカサ「きっと後悔するから」
エレン「何言ってんだよ!?」
ミカサ「私が、止めなければ」
エレン「止める……? 何言って」ハッ
<災厄>を止める方法――
エレン「……「いる」のか? そこに」
ミカサ「……」
エレン「誰が……?」
ザザザ……
ミカサ「エレ……プツッ」
エレン「切れた……」
ジャン「おいエレン! ミカサは無事なんだな!?」
エレン「ああ……ジャン、マルコを頼んだぞ」ザッ
ジャン「お前、どこ行くつもりだ!?」
エレン「……決着をつけに行くんだよ」
つづく
ペース落ちたのは適当に改変してるからです
出火原因とか適当すぎる
エレン「ミカサ……ミカサ!!」ダッ
エレン(時刻は夜の十二時を回った)
エレン(八月九日……十五年前の<もう一人>が死んだ日)
エレン「……着いた、物置小屋」
エレン(火は燃え移ってないみたいだ……)
エレン「ミカサ!! どこだ!?」スタスタ
エレン「……いた」
ミカサ「……エレン」
エレン「……ミカサ」
エレン(すっかり灰まみれだけど怪我はしてないみたいだ)
ミカサ「……」
エレン「そこに……いるのか?」
エレン「あっ……」
エレン(誰かが角材の下敷きに……)
ミカサ「爆発の衝撃で角材が倒れたのかも」
ミカサ「……動けないみたい」
エレン「早く助けねーと……」ダッ
ミカサ「……」フルフル
エレン「……ミカサ? お前、何持ってんだ」
エレン(ツルハシ……小屋から取ってきたのか)
ミカサ「助けちゃ、駄目」
エレン「……まさか」
ミカサ「その人が<もう一人>なの。だから――」
エレン「……本当なのか」
ミカサ「色が……死の色が見えるから」
エレン「それは……今分かったのか?」
ミカサ「……前から」
ミカサ「分かっていたけれど、言えなかった」
エレン「……」
ミカサ「でも……あのテープを聴いて、思った」
ミカサ「今夜だって、こんなひどいことに……」
ミカサ「止めなきゃ。止めないと、みんな……」ギュッ
エレン「待ってくれ! いったい誰が――」ダッ
エレン「……あ」
エレン「そんな……」
エレン「……嘘だろ?」クルッ
ミカサ「……」
エレン「なぁミカサ」
ミカサ「……」フルフル
エレン「……本当に」
エレン「本当にこの」
―――どうだ? 一年半ぶりのシガンシナ区は。
―――人が死ぬと葬式だなあ。
―――葬式は、もう堪忍してほしいなあ。
―――あの娘「ら」もなあ、あんなことにならなければ……
エレン(そうだったんだ)
―――担任や副担任の場合はそうだ。三年三組という集団の成員だからな。
エレン「ペトラ先生――叔母さんが、<もう一人>なのか……?」
ペトラ『学校ではあくまでも「先生」だからね』
ペトラ『公私の区別はきちんとつけること。間違っても叔母さんなんて呼ばないように』
エレン(ローゼ中の心構え、その四つ目)
エルヴィン『ペトラ先生も難しい立場でありながら了承してくださいました』
エレン(家では普通にしゃべるのに、学校では無視しなければならない)
エレン『おい! 俺んちの前で何してんだ、アルミン』
アルミン『えっ!? いやちょっと心配で』
エレン(あいつは先生のことが心配だったんだ)
エレン『クラス名簿のコピーがほしいんだ』
アルミン『エレンは貰ってないの? 別に僕に頼まなくても――』
エレン『こっちにも色々あるんだよ』
エレン(もちろん叔母さんに頼めばすぐに見せてくれたはずだ)
エレン(でも俺はそうしなかった。微妙な、距離感ってやつ)
エレン『叔母さんがさ、職業柄描いた絵をよく見せてくれるんだよ』
エレン(出身中学の、美術教師)
ペトラ「うっ……」
エレン「……」ハッ
ペトラ「エレン君……?」
ミカサ「エレン、よく聞いて」
ミカサ「この学校で副担任がいるのは、三年三組だけ」
ミカサ「みんな、当たり前のように受け止めているけれど……」
ミカサ「おそらくペトラ先生は、一昨年三組の担任を務めた年に亡くなった」
ミカサ「いないものが役割を放棄して、<災厄>が始まってしまったときに」
ミカサ「美術部が今年の春まで活動停止状態だったのも、顧問の先生が亡くなってしまったから」
エレン「それで……<もう一人>としてよみがえった先生によって復活したのか」
エレン(でも、みんなの記憶は改変されている)
エレン(俺も<現象>の内側にいる限りは、記憶をもとに戻すことはできない)
エレン(でも、事実から推測することはできる)
エレン(俺がシガンシナ区に来たのは、中学に入ってからはこれが初めて――じゃないとしたら?)
エレン(一昨年の秋に叔母さんが亡くなって、その葬式に参列してたら……)
―――どうだ? 一年半ぶりのシガンシナ区は。
エレン(遠い海外にいる親父には記憶の修正が及んでなくて――)
―――あの娘「ら」もなあ、あんなことにならなければ……
エレン(ぼけ始めてるおじいちゃんは……酔って十五年前のことを口走ったオルオさんみたいに)
ミカサ「今年の<災厄>が実は四月から始まっていたにもかかわらず……」
ミカサ「始業式の時点で机が足りていたのにも、これで説明がつくはず」
ミカサ「足りなくなっていたのは……職員室の机だから」
エレン「ああ……」
ペトラ「何を言ってるの……? あなたたち」
ペトラ「エレン君、私はそんな――」
エレン(叔母さん。母さんの代わりに、俺を――)
エレン「……ミカサ、そこをどいてくれ」
エレン「そのツルハシを俺に渡すんだ」
ミカサ「エレン! でも、このままだと――」
エレン「……分かってる」
エレン「俺が、やるから」
ミカサ「……」
エレン「……渡してくれ」
ミカサ「……分かった」
エレン(鉄製で、ずっしりと重い。”頭”の”くちばし”に当たる両端は尖ってて――)
エレン(……人に致命傷を与えるには十分だ)ゾッ
ペトラ「エレン君……? ちょっと、何を――」
エレン「<死者>を死に還す――」
エレン「それが<災厄>を止める方法なんだ」
エレン「十五年前のペトラ叔母さんの同級生、オルオさんが教えてくれた。だから――」
ペトラ「そんな……馬鹿な真似はやめて!」
エレン「ごめんなさい……」グッ
エレン(――いいのか?)
エレン(これで、本当に?)
エレン(ペトラ叔母さんが今年の<死者>であるという根拠は一つしかない)
エレン(ミカサの持つ「死の色」が見えるというう人形の目による判定。それだけだ)
エレン(もしそれがミカサの妄想に過ぎないとしたら?)
エレン(俺は大切な人を自らの手で殺してしまうことになる)
エレン(母さんは、生まれてすぐ死んで……ずっと、重ねて見てたのかもしれない)
エレン(そんな人を、殺してしまって、本当にいいのか?)
エレン(俺は――)
ミカサ「エレン」
エレン「ミカサ……?」
ミカサ「信じて」
エレン(俺は――)
エレン(――信じる)
エレン(ミカサを信じよう)
エレン(本当は「信じたい」のかもしれない)
エレン(それでも――いい)
エレン(それで、いい)
ペトラ「やめて!!!」
エレン「――さよなら」
ドスッ
エレン(母さん)
ハンネス「もう大丈夫なのか?」
エレン「ええ、なんとか」
エレン(あの後、俺はまた肺を壊して病院に運ばれたらしい)
エレン(これまでにないほどの痛みと苦しみは、多分病気のせいだけじゃないと思うけど)
エレン(駆け付けた祖母や、海外の親父とも電話で相談して、いっそのこと完全に治してしまおうということになった)
エレン(手術は成功し、一週間後にはもう退院できるらしい)
ハンネス「そうか……しかし災難だったな」
ハンネス「豪雨のおかげで鎮火したものの、合宿所はほぼ全焼だ」
ハンネス「焼け跡からは多くの生徒の遺体が見つかった」
八月の<死者>
ベルトルト・フーバー
ミーナ・カロライナ
ナック・ティアス
ミリウス・ゼルムスキー
フランツ・ケフカ
ハンナ・ディアマント
エレン「……」
エレン「……生徒だけ、ですか? 見つかった遺体は」
ハンネス「そうだが……? どうかしたのか」
エレン「いえ……」
ハンネス「またいろいろ事情を聴くかもしれんが、お大事にな」ガラッ
エレン(……)
エレン(喘息の発作で病院に運ばれたらしいトーマスは事なきを得た)
エレン(なんで薬の予備を準備しておかなかったのか本人は不思議でならないと言ってるらしい)
エレン(ジャンのとんでもない勘違いのせいでひどい目に遭ったマルコも無事だった)
エレン(あいつらは今後どうなるんだろう? ……俺が心配しなくても大丈夫な気もする)
ミカサ「エレン、入っていい?」コンコン
エレン「ああ、いいぞ」
アルミン「エレン! 元気そうだね」ガチャ
アルミン「無事に回復してよかった。<災厄>のことだからずっと心配で――」
エレン「ああ……それなんだけどな」
エレン「多分あの火事で<もう一人>も死んだんじゃないかと思うんだよ」
アルミン「ミカサもそう言ってるけど……そうなのかな?」
アルミン「あの死んだ六人の中に<死者>が――って違うか」
アルミン「テープによると<もう一人>が死んだ途端に記憶が消えるんだもんね」
エレン「だから、それが誰だったのかもう思い出せない<もう一人>があの夜まではいたんだよ」
エレン(その死に深く関わったミカサと俺以外は、誰も)
エレン(アルミンもジャンもリヴァイ先生も、もう誰も覚えてないんだ)
エレン(この四月から三年三組の副担任として、ペトラ・ラルという美術教師がこの世に存在していたことを)
エレン(エルヴィン先生亡き後の担任代行となった彼女が十五年前の記憶を掘り起こし)
エレン(合宿を発案して、引率の教師としてあの夜あの場にいたことも)
エレン(俺がそれを知らされたのは、手術の前の晩のことだった)
エレン(無理して病室を抜け出しミカサに電話した)
ミカサ「ペトラ先生のことを、もう誰も覚えていない」
エレン「……そうなのか」
ミカサ「先生は一昨年の秋、川で溺れて亡くなったらしい」
エレン「それは……」
ミカサ「事故なのか、自殺なのかは分からない」
エレン「……」
エレン(対策がうまくいかなかった責任を感じて……?)
ミカサ「私はまだ思い出せないけれど、実際にはそうだったらしい」
ミカサ「一昨年の<災厄>で死んだ関係者は、七人ではなく八人になる」
ミカサ「――そして、そうであったようにみんなの記憶が戻っている」
ミカサ「記録も全部。クラス名簿を見ていたら、副担任の記載が消えていた」
エレン「じゃあ、やっぱりそうだったんだな」
ミカサ「ええ。担任代行はリヴァイ先生が務めていることになっていた。合宿の発案と引率も全部」
エレン「美術部は?」
ミカサ「ペトラ先生が亡くなって、共同で顧問をしていた先生が次の年転勤したのは事実」
ミカサ「新しく赴任してきた先生は顧問をやりたがらず、活動休止になった」
ミカサ「それが今は、その先生がこの春から顧問を引き受けたということになっている」
エレン「そうか……」
祖母『エレンちゃん! 本当に大変だったねえ』
祖母『こんな時にペトラが生きていたら……』
祖母『あの子はエレンちゃんを自分の子供みたいに思っていたから』
祖母『グリシャさんがひどい父親だったら私が育てるって』
祖母『幼いころ、たまにしか会ったことなかったのにねえ……』
エレン(……少なくとも)
エレン(この四か月と少しの間、ペトラ叔母さんは生身の<死者>としてこの街にいた)
エレン(<災厄>がなければ、一緒に暮らしたりすることもなかったんだよな……不思議な気分だ)
祖母『退院したらペトラのお墓参りに行かないかい』
祖母『エレンちゃんが一緒だったら、きっとあの子も喜ぶから』
エレン(……)
エレン(アルミン、ジャン、マルコ、そしてリヴァイ先生にはいつか「真相」を話したい)
エレン(リヴァイ先生はともかく、ほかの奴は言われても意味が分からないと思うけどな)
エレン「学校の奴らはどうしてる?」
アルミン「ああ……」
ジャン「マルコ! ごめんな、俺……」
マルコ「いいって、もう。そろそろ退院できるし」
ジャン「ああ……でも俺、お前を疑っちまって――」
マルコ「……僕のほうこそごめん」
ジャン「え……?」
マルコ「優等生ぶってるって前に言われたけど、本当にその通りかもしれない」
マルコ「昔、お前といろいろヤンチャしてたの忘れようとして」
マルコ「……でも、僕はジャンの友達だから。それだけは変わらないよ」
ジャン「マルコォォォォォォ!!」ダキッ
マルコ「やめろって、痛い痛い! あー、ジャンに突き落とされた時の傷が……」
ジャン「お前そんな腹黒いやつだったか!? やっぱ入れ替わってるだろ!?」ガーン
ライナー「アニ、退院したらちゃんと学校に来いよ」
アニ「……分かってる」
ライナー「……ベルトルトのことなんだがな」
アニ「……分かってる」
ライナー「……」
アニ「ちょっと一人にしてくれない?」
ライナー「……分かった」ガチャ
アニ「……あの馬鹿」
アニ「遅いんだよ……!」グスッ
ライナー(……アニ)
ライナー(俺たちは、いろいろ失った)
ライナー(でも、これからは……生きてればきっと――)
ユミル「……何で私なんか生かしたんだよ」
コニー「はあ? せっかく助けてやったのになんだよ」
コニー「つーかお前が暴れるせいで俺も怪我しまくったんだぞ!」プンスカ
ユミル「……私なんかほっといて逃げりゃよかったろーが」
コニー「それじゃミカサもエレンもお前も死ぬかもしれねーじゃねーか」
コニー「お前みたいなやつでも死なれるとなんか嫌なんだよ」
ユミル「私が死んだって誰も構わないさ。クリスタはもういない」
コニー「うるせーな。生きてるやつがそんなこと言うなよ」
コニー「死んだやつに対して失礼だろ、そんなの」
ユミル「……お前」
コニー「なんだよ」
ユミル「バカのくせにいいこと言うんだな……」
コニー「バカバカ言うな! そばかす!」
アルミン「みんな、色々あったけど……」
アルミン「来年の三月……みんなで卒業できるかな?」
エレン「できるさ」
エレン(<災厄>は、もう終わったんだから)
アルミン「そうか……そうだよね」
アルミン「じゃ、僕はこの辺で」ニコッ
エレン「あっ、おい……」
アルミン「あとはお二人で」バタン
エレン「あいつ、また……」ハァ
ミカサ「……」
エレン「なあミカサ、お前はいつからわかってたんだ?」
ミカサ「――忘れた」
エレン「何で言ってくれなかったんだよ」
ミカサ「言ってもどうしようもないから。……テープの話を聞くまでは」
ミカサ「それに……エレンにはどうしても言えなかった」
エレン(<もう一人>を死に還せば<災厄>は止まる)
エレン(自分には<もう一人>が誰か分かっている。だったら――)
エレン(ミカサは、一人ですべてを終わらせるつもりだったのか)
ミカサ「……そうだ。この写真」スッ
エレン「あ、合宿所の前で撮ったやつか」
エレン(俺、ミカサ、ジャン、マルコ、アルミン、そして……)
ミカサ「ペトラ先生が写ってる。ほかの皆には見えていなかったけど」
エレン「色は?」
ミカサ「……」スルスル
ミカサ「……見える。「死の色」が、はっきりと」
エレン「そうか……」
エレン「俺たちもこれから、だんだん忘れていくんだろうな」
ミカサ「……忘れたくない?」
ミカサ「ずっと、覚えていたい?」
エレン「――どうだろうな」
エレン(忘れたほうがいい気もする……それで痛みが消えるなら。――でも)
エレン(何日後、何か月後、何年後か分からないけど)
エレン(いつか俺の中から<もう一人>に関するすべての記憶が消え去ったとして)
エレン(そのとき、俺はこの写真の空白に対してどう感じるんだろう)
エレン「なぁ、ミカサ」
ミカサ「なに?」
エレン「今度、美術館でも行こうぜ。俺の地元の……案内してやるよ」
エレン(たくさんの犠牲者が出た)
エレン(恐ろしい三年三組の<災厄>は、これで終わった)
エレン(これから先、俺たちがどうなっていくのか)
エレン(そして、俺とミカサは――)
エレン(それは、まだ分からない)
エレン(いつか、あの絵を見せてほしい)
エレン(それがいつかは分からないけど)
エレン(その頃には、何もかもよくなってるんじゃないか)
エレン(根拠はないけど、何となくそう思えた)
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