伊織「私は宝石」 (62)

一人の、女の子

桃色のワンピースを纏い、

栗色のロングヘアをなびかせる

胸元には大事そうに抱えたウサギのぬいぐるみ

少しくたびれて、継ぎはぎが目立つ

ボロボロという訳ではないが、大切にされていることがわかる

歩き方一つにもにじみ出る気品は気高く

何処かの国のお姫様、高貴な家柄のお嬢様

そんな印象を周囲に与える

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しかし、そんな印象を粉々に粉砕するのが

  ちょっと!何時になったら着くのよ!

隣を歩く男に対する、高飛車で高慢な暴言の数々だった

  これ以上私を疲れさせないでよね!

彼女の名前は水瀬伊織

765プロダクションに所属するアイドルの一人である

隣を歩くのはそのプロデューサー

今は765プロの身内で開いた、花見の会場へ向かっているところ

仕事終わりなので、機嫌はかなり良い方と言える


  この伊織ちゃんを呼ぶ位なんだから、ちゃんとしたホテルのシェフを雇ってるんでしょうね

改めて言うが、今向かっているのは花見の会場である

そして彼女も、冗談で言っている訳ではない

ただ、庶民の文化に疎いだけなのだ

  ……着いたぞ、あそこだ

プロデューサーは遠くに見える集団を指す


地面に敷かれたブルーシートと、お弁当に重箱

豪華絢爛な立食パーティーを想像していた伊織は

プロデューサーの足を、低めのヒールで思い切り踏みつけた

―――――――――――――――

夜にまた上げていきます

22時からあげてきます


―――――――――――――――

青いシートの上にぺたりと座る

頭上には満開の桜

淡い桃の向こう側には、足元より更に澄んだ青

斑模様の白い雲、穏やかに照る太陽

吹き抜ける風はまだ少し寒さを運ぶ

  おー伊織!たいみそーちー


  あら、響じゃない。早かったのね

私に気が付いた響、くるんと体をこちらに向け、にかっと眩しく笑う

太陽みたいだ、そう思った

こちらの太陽は、真夏の様に燦々と照る

耳元と指には貴金属が光るが、全く威圧感を感じさせない

紙コップを片手におにぎりを口いっぱい頬張り、もごもごと話す


  それと、日本語で話してもらえる?何語か知らないけど

  沖縄は外国じゃないぞ!「お疲れ様」って言ったんだ!

  そうね、疲れたわ、じゃあオレンジジュースもらえるかしら

納得のいかない顔でペットボトルに手を伸ばす響

頬を膨らませているようにも見えるが、頬袋の中身はきっとおにぎりだろう

  ありがとう、響、貴方ちょっと落ち着いて食べたら?


注いでもらったオレンジジュースで喉を潤し、一息つく

プロデューサーはもう既に、小鳥とあずさに絡まれている

呆れた、まだ夕方にもなっていないというのに

  今日はこないだのオーディションの仕事?

お茶を飲みほした響が聞く

ええ、そうよ、そう言って返す


  あの時の伊織には、驚いたぞ

オーディションでのことを言っているのだろう

  竜宮での伊織もすごかったけど、ソロだとあんなに変わるんだなー

  それにあの曲、伊織にぴったりだったぞ

ふふん、鼻を鳴らす

  当たり前じゃない



  だって私は、宝石なんだから


にひひっ

響の頭の上には、疑問符が浮かんでいた

― ― ― ― ― ― ― ―

― ― ― ― ― ― ― ―

  それなら、伊織ちゃんは宝石だよ

やよいは言った

事務所に居るのは美希とやよい、そして、私

給湯室で三人、おしゃべりタイム

もっとも、美希は既に熟睡しているが


美希が始めたのは例え話

  美希さんが星

  雪歩さんが雪

  春香さんが花

  それなら伊織ちゃんは宝石かなーって

それぞれのイメージ
アイドルとしての、女の子としてのイメージ
もちろん全ては美希の、勝手な


やよいは理由を話す

  私、前に伊織ちゃんのステージ、目の前で見たんだ

めずらしい、真面目な口調のやよい

横に座るやよいに目をやる


ぞくりとした



やよいは真っ直ぐな目で

見たことないくらい真剣な目で、自分の両手を見つめていた


その両手を、蛍光灯にかざして言う

  すごかった…

  キラキラーってキレイに輝いて

  みんなをとりこにするんです

  私も、そんな風になりたいなーって

  そう思ったんだ

最後に照れ臭そうに、笑った


  そうね、ありがとやよい

そうだ、彼女もアイドル

紛れも無く野心を持った、アイドルなのだ

  私が…宝石ねぇ…

その言葉には少し、聞き覚えがあった


でも内容は、意味することは少し、違っていた

さらに言えばあの時は、身も心も荒んでいる時

空は灰色、空気は重く、排気ガスの匂いが肺一杯に広がっていた

―――――――――――――――

―――――――――――――――

  伊織は宝石よ

ワイパーの音だけが空しく響く車の中

律子が言った

後ろに座った私たちのことは見ない

ただ真っ直ぐと前を見据える


  だから…大丈夫

何が大丈夫なのか

フェスでたった一人に大敗して

竜宮小町のIA大賞も、夢と消えたのに


  どういう、事よ

だめだ、しゃべると

声が震える

悔しさと、悲しみと、自分への苛立ち

負けた、あんなに自信があったのに

その自信ごと、押さえつけられた

  あんなに…こてんぱん、に…やられて

  大丈夫な訳…ないじゃない!

あずさも亜美も、何も言わない

ただ黙って、俯く


ぽろりと堪え切れなくなった涙が落ちた

続けざまに、嗚咽が重なる

  そうね、今回は負けだったわ

  でも、だからこそ学べるものがあると私は思ってる

  特に伊織、あなたはね

私…?


どういうことよ

そう言いたいが、嗚咽を抑えるので精一杯だった

律子は続ける


  伊織、あなたの武器は何?


  容姿、歌唱力、ダンス

  私から見ても、あなたのそれは全て、十分武器として成り立つ

  でもあなたの一番の武器は、それじゃない

  あなたの一番の強みは


  プライドよ


プライドなんて持っていたところで

  駄目だったじゃない…

  そのプライドごと、へし折られて、負けたんじゃない!

感情が抑えられず、怒声になる

律子に焦りの色は見えない

その様子にも苛立つ

  ええ、そうね

  今回はね

今回…?



  伊織、あなた今までに何回オーディションに落ちてる?


そんなの…

  数えてないわよね?それほど沢山、落ちてる

  でもその度にあなたは言っていたわ

  「あの審査員は見る目がない」って


  あなたの武器はそれよ、自分への圧倒的な自信

  失敗を苦にしない、何回でも挑戦できる

  自信があるから演技も、歌もダンスも堂々とできる

  アイドルにとって最強の武器


  でもね、それだけじゃ駄目なの


  どういう…事よ

最強の武器なら、それでいいじゃないか  



  成長、出来ないのよ


  あなたは失敗を忘れるという訳ではないんでしょうけど

  多くの人はね、失敗の記憶をずっと引きずるの

  それで、成長する

  こうすればよかった、これはしなければよかった

  そうやって人は、強くなっていくの


  確かに、失敗を恐れないことも

  失敗を忘れていくことも重要

  でもそれだけじゃいつか、行き詰まる

  失敗してきた人に、理由もわからぬまま追い越される

  だから、駄目だったのよ、自信だけでは


気が付くと、皆の顔が律子に向かっていた

  私も思ってたのよ、一度どこかで、伊織のプライドをへし折ってやらないと…って

  骨折と同じ

  一度折れたプライドは、叩き直せばより強くなる

  …こんな大きな舞台でへし折られるのは、計算外だったけど

律子の声のトーンが、優しさを含んだものに変わる


  大丈夫よ、伊織

  あなたは宝石、煌びやかで、綺麗な

  私たちにとって、大事な大事な、宝石

  心の内には絶対に折れない硬い意志を持ってる

  表面をいくら削られようが、汚されようが

  それを折ることなんか、誰にもできない

  正に、石のような意志をね


くくっ

隣で亜美が震える

  りっちゃん…それは流石に寒いっしょー…

その言葉に律子が勢いよく振り返る

顔が真っ赤だ

  あ…あなたたちがそうやって暗いままだったからでしょ!

見る見るうちに目に涙が溜まり、こぼれる

  わたしだってねぇ!すっごい…すっごい、悔しいんだからね!

ぼろんぼろんと転がる大粒の涙

隣のあずさがハンカチを渡す


そっか

皆同じ気持ちだったんだ

泣いたことでストレスが発散出来たのか、穏やかな気持ち

後続車のクラクション

涙を拭いた律子がギアを入れた

  いい?帰ってすぐに今日の反省会するわよ!

返事をする三人の声は明るい

前方には晴れ間が見えていた

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  でこちゃんはやっぱり宝石なの

目を覚ました美希と二人

給湯室で座って話す

やよいは仕事に出かけた

熱いカップを両手に包み、美希は言う


  あんたも、律子と同じ?

首を横に振る

  確かに固くて壊れそうにないの

  でこちゃんの外見も、中身も

  でもね、本当は違う


美希は続ける

  大きな力を掛けると、ね

  最初はずーっと耐えてるの

  なんでもないような顔して、全然平気な振りして


  でも、だんだんボロが出てくる

  ひびが入って、欠けて、軋んで

  最後は、ばーん

手の平を広げて見せる

  ばらばらに、砕けちゃう



  堅そうに見えて、実は脆い

  そんな宝石なの


なるほどね

紅茶を啜る

  だから私は宝石、ね

美希は頷き、カップを含んだ

長い睫毛に白い湯気


  でも


一つだけ、聞きたい

  あんたは言わないのね

  「綺麗な」宝石、って

あは、軽く馬鹿にしたように、美希は笑う

  そんなの当たり前なの

立ち上がり、ポーズを決めて、言う

  キラキラーってするのは、ミキの役目だもん

この言葉には私も

苦笑するしかなかった


どやどやとみんなの帰ってくる音

もうそんな時間か

そんな事を思いながら、近づく騒々しさに耳を傾ける

うるさい、でも嬉しい

騒がしい、でも優しい


  みんな、おかえり

柄にもない言葉に、思わず顔が顔が熱くなった

皆も少し、驚いた顔

でもすぐに、戻る

  ただいま、伊織!

いつもの765プロの、優しい笑顔に



  あ、あとミキミキも

  むー!おまけみたいに言わないでほしいの!

うん、いつもと同じ

私はきっとこの空間が



好きだ


― ― ― ― ― ― ― ―

― ― ― ― ― ― ― ―

ああーっ!!

誰かの叫び声

亜美か真美だろうか

声のする方を見る

  ん?…あー!ジュピターの!

そこではあまとう…もとい天ヶ瀬冬馬が、双海姉妹に絡まれていた


冬馬と目が合う

  何でここにいるんだ?…ってこっちに来たぞ!

ずかずかと歩き、私の前に仁王立つ

邪魔ね、景色が見えないじゃない

  何?今日の演技の嫌味でも言いに来たの?


今日の撮影現場には、こいつもいた

とは言っても私は主役、彼は数分しか出ない役だけど

  今日のあんたの演技、見たぜ

  あら、そう

  すげえな、素直にそう思った

  へぇ、そう……え?は?


  だ、だからぁ!お前の演技がすごかったって言ってんだよ!

  そ、そう…へ、へぇ…

  お前…水瀬伊織って言ったな、

  …ええ

  …少し、見直した…名前くらい覚えといてやる


  何で上からなのよ

  う、うるせぇ!いいか?今度会ったときは覚えてろよ!

またずかずかと歩いていく冬馬

その先では残りの二人が手を振っている

彼も変わった、という事だろうか


そう、彼も、私も


私も変わった

自分の強さを疑わないだけじゃない

自分の弱さも認め、それすらも力に変える

成長し続ける



今日も磨こう、自分自身を

今日も信じよう

自分の輝きを


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私は宝石

綺麗で、固くて、高い

強い力を受けたら砕ける

だけど、私はただ砕けるだけの石じゃない

砕ける瞬間、自信を持って最高に綺麗に弾けてやる

砕けた後も、欠片になっても輝いてやる

相手の体に、心に自らを突き刺してやる

忘れられないよう、いつかまた会ったとき


覚悟してなさいってね


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伊織「私は宝石」

おわり

見てくれた人、ありがとうございました

今回の話の時間軸的にはこんな感じ
律子→やよい→美希→→→響、あまとう
分かり辛いかな…?

他のもよろしければ
番号は時間軸です


1 自分は今、プロデューサーに「恋」をしている
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3303355

2 響「さみしいぞ、プロデューサー、」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3784565

4 雪歩「私、真ちゃんのことが好き」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4011483

5 貴音「響は太陽の如く」
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4496465

3 伊織「私は宝石」


響話以外の短編
http://www.pixiv.net/series.php?id=464471

pixivにまとめたのでよろしければ
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4755877

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