「真のグルメ」 (23)
遅く起きた朝。
時計を見ると既に10時を回っている。
母さんはとっくに朝食を下げ、父さんは仕事に出ていた。
冬休みに入り、仕事も休みの今日。
とりあえず寝間着から着替え、日課のランニングをこなそう。
みっちり二時間走ったらちょうどお昼時になるし、そのまま外で昼食を摂るのもいい。
うん、そうしよう。
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思い立ったが吉日、すぐに運動着に身を包み、母さんに昼食はいらない旨を伝えて家を飛び出した。
雲ひとつ無い快晴。
風も弱くスッキリとした天気の中、家を出て河川敷まで走る。
そのまま土手を走って走って走り続けた。
ともすれば耳の痛くなるような寒さの中、こうやって走るのがボクは好きだった。
真「ふぅ」
きっちり二時間走っていい汗をかき、河川敷から家までの道のりを、ジョギングで流す。
クールダウンは大事だ。
突然止まったり、歩いたりすると最悪の場合倒れてしまう。
だから、走る速度を緩めながら徐々に歩くようにしていくのが良いと、父さんから教わった。
たっぷりの運動の後はお腹が空くもので、今ボクは、家に帰りがてらお昼ごはんを食べられる所を探している。
家の近所だから食べられる物は限られるけど、今の気分では何がいいだろうか。
ジョギングから歩きへと変わり、のんびりと街中を歩く。
道行く人は皆忙しなく、師走とはこういうことなのかと思いふけった所で、鼻腔を刺激する匂いに気づいた。
スパイシーで、心惹かれる香り。
カレーだ!
通りに面したお店から漂うこの香りに、そして運動後の、ともすれば今日何も食べていない身体には抗うことは出来ず、匂いに誘われるまま気づくと扉を開いていた。
店員「イラッシャイマセ」
店に入って出迎えてくれたのは、日本人ではなくアジア系の外国の人。
内装も、所々に仏様の絵や、像が飾られていたりと、異国情緒を感じさせる。
二人がけのテーブル席に通されると、すぐに水を運んできてくれた。
片言の日本語ながら、丁寧な接客をしてくれている。
一所懸命な感じが伝わってきて、とても好印象だ。
真「さて、何を食べようかな」
備え付けのメニューを見ると、どうやらランチセットメニューがあるようだった。
カレーと言えばインドというイメージだが、この店はネパールカレーのお店みたいで、たまたま選んだ店ではあるが思いがけない出会いは嬉しくなる。
ランチセットメニューはAからDまであり、Aは順に値段が上がっていっているようだ。
上の等級になればその分セットの内容も増えるので当然だろう。
ランチ以外のメニューにも目を通してみたが、単品だとそれなりに値は嵩むし、なにより初めて来た店で冒険する勇気はない。
なのでここはセットを頼むのが無難だと思い、Bセットを頼むことにした。
真「すみません」
食べるものを決めて、手を上げて店員さんを呼ぶと、すぐに来てくれた。
店員「ハイ、ナニニシマスカ」
真「このBセットを一つ。辛さは中辛で」
メニューには0~10段階で辛さが選べるようになっていて、更にその上にも30とか50とか、最大で100までの辛さが設定されていた。
100辛とかもう想像つかないな……。
店員「アリガトウゴザイマス、Bセットヒトツ。ライストナンハドッチシマスカ?」
真「ナンでお願いします」
注文を受けた店員さんはすぐさま厨房へオーダーを通している。
こういうところに来たら、やっぱりナンで食べたくなる。
ちなみにAセットはシンプルにカレーとナンかライスとサラダのセット。
Bセットはそれにラッシーが付く。
真「このパパダってなんだろう……?」
B以上のセット全てに付く謎のメニュー、パパダ。
凄くインドとか、そっち方面の雰囲気を感じる名前だが、名前からどういったものか全く想像がつかず、メニューに写真も載っていない。
注文する時に聞いてみればよかったな。
料理が来るまでに持て余してしまったので、なんとなく店内を見渡してみる。
昼時ということもあり、お世辞にも広いとはいえない店の中は客で埋まりつつあった。
ボクが来た時はピーク直前だったのだろうか。
席に着いてからもひっきりなしに客がやってきている。
人気のお店なのだろう。
料理が来るのを待っていると、店員さんが陶製のカップを持ってきた。
店員「サービスノスープデス」
薄く濁りのある半透明のスープが運ばれてきた、テーブルに置かれたカップから湯気が立ち上っている。
礼を述べてからカップを持ち上げて、ふーふーと息を吹きかけ冷ましてから口を付ける。
真「あっつい!」
息を吹きかけて冷ましたくらいじゃ全然きかないくらい熱い。
しかし、味は旨い。
生姜が入っていて、寒い日には身体が温まってぴったりだ。
暫くスープを楽しんでいると、サラダが運ばれてきた。
箸は無いのでフォークでサラダをつつく。
黄色いドレッシングのようなものがかかっており、カレーの味がするのかとおもいきやそうでもなく、何だか不思議なドレッシングだった。
サラダをつつき続けていると、お盆に載せられてカレーとナンとラッシーが運ばれてきた。
ナンがでかい。
お盆から前も後ろもはみ出している。
メニューによるとカレーはポークカレーのようだ。
両手を合わせ、スプーンを親指と人差し指の間に挟んでから
「いただきます」
そう宣言してからまずはスプーンでカレーをひとすくい。
ナンにつけずに一口。
真「あ~……んっ……ん~! あんまり辛くない!」
以前行ったインドカレーのお店では中辛でも結構辛かった覚えがあるが、これはそこまででもなく、マイルドな辛さだった。
お待ちかねのナンはまだ熱を持っていて、柔らかくちぎりやすい。
二口分くらいのサイズにちぎって、カレーの中へ。
白いナンが、朱色の衣装を纏って口の中へ入ってきた。
真「はぐっ……んむっ……んっ!?」
美味しい。
カレーとの相性がいいのもさることながら、単純にナンだけで美味しいのだ。
真「もっちもちだ……あぐっ……んぐっ……ほいひい……!」
残った一口分はカレーに付けずに食べてみた。
真「んむっ……んぐっ……んっく……ぷぁ……」
何も付けずに食べるナンがこんなに美味しいとは思わなかった。
軽く衝撃を受けていると、ナンに隠れて小皿の上に謎の物体があることに気づく。
薄焼きせんべいのような色をした、半円状の物。
真「なんだろう、これ……?」
思い当たるフシとしては、パパダと呼ばれる物だが。
とりあえず手に取ってみる。
特に匂いはなく、少し力を入れるとすぐに割れてしまった。
見た目以上に脆いようだ。
とりあえず割れた欠片をひとつ、恐る恐る口の中へ。
真「あ~むっ……」
カリカリとした食感だった。
まるでお菓子みたいに。
しかし、ものすごく味が濃く、そのままでは感じなかったのに、噛むことによって香ばしさが口内で爆発的に広がった。
初めは食べるのが少し怖かったけど……。悪くない、決して悪くないぞ。
濃い味同士だからカレーとは合わないけど、サラダを乗せて食べたら意外なくらいに良く合った。
真「はぐっ……んぐんぐ……はぁ」
小さなパパダはあっという間に無くなり、それに合わせてサラダも無くなった。
真「こんなに美味しいとは思わなかった……」
ここで一度ラッシーに口を付ける。
シンプルなヨーグルト味のラッシーは、口の中のカレーやパパダの味を全部洗い流してくれた。
もしもカレーを辛くしていたら、辛さも一緒に洗い流してくれるんだろう。
さて、ここで箸を、もといスプーンをカレーに戻す。
ポークカレーなので、ルーの中にゴロゴロとした豚肉が入っている。
よく見ると、細長い野菜のような物の姿も。
気になってすくって食べてみる。
真「はむっ……あむっ……むはっ……これ、生姜だ!」
食前のスープ、そしてカレーにも生姜が入っている。しかし、生姜特有の辛味がするわけではなく、味付けのアクセントとしての生姜味にとどまっていた。
これならば生姜が苦手な人でも食べやすいのではないだろうか。
真「は~むっ……ん~、お肉もやらかい……まぐっ……んっく……」
一口大の豚肉はよく煮込んであるのかとても柔らかく、噛むとほろほろと崩れ、しかし味わいがぎゅっと閉じ込められている。
スプーンで肉をすくってナンに乗せ、かぶりつく。
ナンの柔らかさと旨さ、そこに肉とカレーの旨さがそれぞれ喧嘩せずに交じり合っていた。
真「あむっ……はむっ……んっく……ぷはっ」
カレーを食べ、合間にラッシーを飲んで口の中をスッキリさせる事で、最初の一口目のような新鮮さを保てる。
そんな風に食べていたらあっという間にカレーもナンも最後の一口を残すだけとなっていた。
真「は~むっ……んぐんぐ……んっく……はぁ~。ごちそうさまでした!」
全く手付かずだった水を最後に飲み干し、口元をティッシュで拭って一息つくと、来た時よりも店内に人が溢れている事に気づいた。
混雑時に長居しても迷惑になるのですぐに出ることにしよう。
伝票を掴んでレジまで行き、会計を済ませる。
店員「961円デス」
真「えっと、あ、じゃあちょうどで」
店員「アリガトゴザマス」
真「ごちそうさまでした! 美味しかったです」
扉を開けると、朝と違って冷たい風が吹くようになっていた。
ランニングとカレーとで、沢山の汗をかいた身体に風が心地よい。
すっかり温まった身体を冷やし過ぎない内に家に帰って、あっついシャワーを浴びよう。
おわり
終わりです。
ナンカレーって美味しいですよね。
少しでもお腹を空かせられたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。
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