京子「この交差点の向こうに君がいるとしたら」 (62)

最近、結衣の様子がおかしい。
どこか上の空っていうか、なんていうか。


京子「なあ結衣」

結衣「何だ?京子」

京子「今日はごらく部行くだろ?」

結衣「……ああ、行くよ」


微妙な間があって、結衣はそう答えた。
そういえば、ごらく部に皆集まるのは久しぶりだ。ここ何日か活動が流れていたから。
昨日はあかりが用事あるとかで、私も先生に呼ばれてたからナシにしたんだった。
一昨日は結衣とちなつちゃんがどうとか言ってたし。
久しぶりにごらく部がある。そう思うと、少しはしゃいだような気分になった。
ちょっと単純で子供っぽいかもしれないけどね。

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放課後、結衣と二人でごらく部の部室に来た。
扉を開けると、あかりとちなつちゃんの姿はまだなかった。


京子「よし!」


とりあえず座布団を2つに折って、それを枕がわりに畳の上に寝そべった。
かすかな畳の匂いが気持ちいい。なんか、ごらく部の匂いって感じ。


結衣「いきなり寝るんか」

京子「いやー、今日あったかいからさ」

結衣「宿題でてるんだからやれよ」

京子「だいじょーぶ、私にはいつも宿題を見せてくれる結衣という唯一無二の存在が」

結衣「見せんぞ」

京子「そっかー、じゃあ仕方ないね……」

結衣「いや、だから寝るのかよ」

京子「だって今日あったかいからさ」

結衣「それはさっき聞いた。もうすぐちなつちゃんたち来るぞ」

京子「うーん」

京子「結衣?」

結衣「ん?」


何か最近ちょっとおかしくない?
って聞き方はさすがに変か。おかしいのはお前だろ、って言われておしまいだろうな。
最近変わったことあった?とか?無難でつまんないか。
お前、本物の結衣か?っていうのはどうだろう?


結衣「なに?」

京子「その、結衣……」

そのとき、扉が開く音が聞こえた。
話をやめて、寝そべりながら顔だけ動かしてそっちを見る。


あかり「京子ちゃん、結衣ちゃん、もう来てたんだ」

京子「なんだ、あかりか。ちなつちゃんは?」

あかり「おトイレ寄ってるだけだから、もうすぐ来ると思うよぉ」

結衣「そうなんだ」


んー、やっぱり結衣の様子がいつもと違う気がする。
どこが違うかって言われても説明できないくらいの差だけど、でもやっぱり違う。

あかり「京子ちゃんと結衣ちゃんは何してたの?」

京子「寝てた」

結衣「京子だけな」

京子「今日は授業中あんま寝れなかったからさー」

あかり「あはは、授業中は駄目だよぉ」


ガラッと音を立てて、勢いよく部室の扉が開く。
皆の視線がそこに集まった。

ちなつ「お、おはようございます」


お、珍しくちなつちゃんがボケてきた。
ここは先輩らしくノッてあげないと!


京子「おお、おっはよーちなちゅ!」

あかり「ちなつちゃん、もう午後だよ?」

ちなつ「うん」

あかり「今日はなにする?」


あ、あれ?それだけ?
まあ、別にいいんだけど。
そういえば今日は話題BOXとか、そういうのを用意してきてなかったな。

京子「んー、そうだなー」


カバンの中を引っ掻き回しながら今日の活動内容を考えている間、
視界の端で結衣の表情が変わったのが見えた。


結衣「あのさ、皆に話しておかないといけないことがあるんだ」


急に結衣がそう切り出す。
ドキリとして、一瞬何も言えなくなった。
何で私が動揺してるんだ?結衣が何を言い出すのかも分からないのに。
私はいつでもハイパーミラクル京子ちゃんだろ?
ほら、いつもみたいに―

京子「なになに?私が美少女だってことについて?」

結衣「んなわけないだろ」

京子「何だと!?私以上の美少女がいるっていうのか!?」

ちなつ「もう京子先輩、ちょっと黙っててください」

結衣「その、私とちなつちゃん、さ」

結衣「付き合い始めたんだ」

京子「……うぇっ!?」


想像もしていなかったことを言われ、頭が真っ白になる。

ちなつ「おととい、私が告白して、結衣先輩がOKくれたんですぅ!」

結衣「あれ、あかりは驚かないの?」

あかり「えへへ、あかり、実はもうちなつちゃんから聞いてたんだぁ」

ちなつ「言ってませんでしたっけ?」

結衣「いや、聞いてないと思うけど……」

ちなつ「あれ?そうでしたか?」


しばらくは、3人の会話を聞いているだけしかできなかった。
結衣の顔をちらっと見る。不意に目があった。

京子「はぁー、ちょっと前までおしめしてた結衣ちゃんも、もうお年頃なのねえ」

結衣「何だそれ」

京子「綾乃たちにも言いふらしに行こーぜ」

結衣「なっ、別にそこまでしなくてもいいだろ」

京子「おっ、照れてる照れてる」

結衣「やめろ」ビシッ

ちなつ「京子先輩はあいかわらずだね」

あかり「そうだね」

あかり「あのね、あかり、櫻子ちゃんにツイスターゲーム借りたんだ」

結衣「ツイスターゲーム?」

京子「へー、さくっちゃん、いいもの持ってんじゃん」

ちなつ「あかりちゃん、荷物多いと思ってたらそれだったのね」

あかり「うん、みんなでやろうよ」

結衣「そうだな」


あかりがツイスターゲームを取り出したのを見て、なんだかほっとした。
私も調子が戻ってきたような、そんな気がする。

京子「ふふん、このツイスター無敗の女歳納京子に勝てるかな?」

あかり「へぇー、京子ちゃん、そんなに強いんだぁ」

結衣「京子、やったことあんの?」

京子「ないよ?」

あかり「ないのっ!?」


そのあとは、ひたすらツイスターゲームに熱中した。
ただただ楽しく遊んでいれば、いつも通りの私でいられたから。
でも、もしかしたら、結衣も思っただろうか。
私の様子が何か変だ、って。

生まれてこの方、何回結衣と一緒の帰り道を歩いただろう。
千回か1万回か、そんなの見当もつかないけれど、初めて気づいたことがある。
昨日までは今まで1回も、結衣と何を喋っていいか分からなかったことなんてなかった。
そう、今日が初めて。


京子「結衣ん家寄ってっていい?」

結衣「ダメって言っても来るんだろ?」

京子「だってまだラムレーズンが残ってるからねー」

結衣「夕飯は?」

京子「んー、夕飯はいいや」


確か、いつもこんな感じだったはず。
普段は全く意識していない結衣との会話を思い出そうとすればするほど、何故か心が締め付けられる思いがした。
いつもより沈黙の多い帰り道が終わり、結衣が部屋の鍵をあける。
そういえば、結衣の冷蔵庫にまだラムレーズンのストックが……
冷蔵庫を開けると、それは確かに私を待っていた。

京子「おおー!ラムレーズン!」


アイスのフタを開ける瞬間は、頭のなかがラムレーズンでいっぱいになっていた。
こんなことで明るい気持ちになってしまう自分がちょっと恥ずかしい。


結衣「……」

京子「結衣は食べないの?」

結衣「私はいいや。夕飯食べられなくなるし」

結衣「京子はよく食うよな」

京子「ラムレーズンは別腹だからね」

結衣「だったら夕飯の後に食えよ」

結衣「……なあ、京子」

京子「ん?」

結衣「私さ……どうすればいいのかな」


どうすれば?
結衣をちらりと見る。真剣な表情になったのが分かり、すぐに目を逸らした。

京子「……何が?」


分かってるクセに、そう聞き返すしかなかった。
結衣とちなつちゃんのこと。私の様子が変になった原因。
二人が付き合い始めた。
何で私がそれを無理やり忘れようとしているのか分からないけど、とにかく、
その問題に向き合いたくないと深層心理が言っていることだけは確かだった。


結衣「いや、ちなつちゃんとのこと」

京子「好きにすればいーじゃん」

結衣「だからさ、どういうのが恋人らしいのかとか、そういう……」

京子「んー……」

ちょっと具体的な質問が出てきたから、少し考えてみる。
結衣が真剣なのに、答えてやらないわけにはいかないよな。何故かそんな風に自分に言い訳しながら。
マンガやアニメのなかのステレオタイプな恋人のイメージが頭に浮かんでくる。


京子「じゃあ、デートにでも誘ってみれば?明日休みだし」


そう言って、少し後悔した。
さっきまでマンガの主人公とヒロインだったイメージが、結衣とちなつちゃんで再生される。
それが何で、こんなにも嫌なんだろう。
ただ結衣の相談を聞いているだけなのに。
私はただ当たり前のアドバイスをすればいいだけなのに。


結衣「デートか……」

京子「まあ映画行ったり、買い物したり、その辺が定番っしょ」


残りのラムレーズンを一口でほおばった。

結衣「ああ、そうだな」

京子「でしょー?京子ちゃんの完璧なアドバイスに恐れ入ったか!」

結衣「ありがとう、京子。誘ってみるよ」

京子「よしっ、完食!それじゃ私、そろそろ行くわ」

結衣「あれ、もう?」

京子「夕飯食べに帰んなきゃいけないからねー」


結衣に背を向けて、そう言った。
ラムレーズンの苦い香りが、まだ口の中に残っているまま、結衣の部屋を後にする。
ドアの外で、訳もなく一瞬立ち止った。
私、何か結衣に言いたいことでもあったっけ……?
ふうー、とひとつ、大きなため息をついた。
さあ、私は夕飯食べに帰らなくちゃいけないんだ。

ピンポーン。
あかりの家のチャイムを鳴らす。
結衣とちなつちゃんのデートの当日、私はいてもたってもいられなくなって、
何も考えず家を出て、足の向くままあかりの家を訪ねた。
そりゃそうだ。結衣もちなつちゃんもいないとなると、あかりん家くらいしか行くあてはない。
あとは綾乃ん家に突撃訪問とか?千歳ん家に行って千鶴と遊んだり?それはそれでちょっと面白そうだけど。
でも、きっと私はあかりに会いたかったんだと思う。
ごらく部の一員の、あかりに。

あかり「あ、京子ちゃん、いらっしゃい」

京子「あかりヒマ?」

あかり「うん」

京子「お菓子買ってきたぜー。いもチとかクッキーとか」

あかり「わぁい、京子ちゃんありがとう!」

あかり「あかりね、京子ちゃんが来てくれそうな気がしてたんだぁ」

京子「え、マジ?」

あかり「うん、何となくだけど」


何だか見透かされてるような気がして、一瞬ドキッとする。
それとも、あかりも結衣とちなつちゃんのデートのこと、知っているのか?
あかりの部屋に入り、おもむろにいもチップスの袋を開けた。

あかり「あ、あかり飲み物とってくるね」

京子「おう」


いもチップスをぱりぱり食べながら、あかりの部屋を見渡す。
部屋に入るのは久しぶりだけれど、小学生の頃とさほど変わっていないな。
クッキーの箱を開けていると、コルクボードに写真が貼ってあるのが目に留まった。
変わったところがあるとすればここくらいか。
ごらく部4人の写真がたくさん飾られている。1人で写っている写真も、4人の集合写真も。
前は私と結衣、それからあかりの写真ばかりだったけれど、今ではそこにちなつちゃんも加わって……
結衣とちなつちゃんのツーショットの写真を見つめる。
何だろう、この感じは?
昨日から時折感じる、嫌な気分。
別にどうってことない写真だ、と言い聞かせて、隣の私と結衣のツーショットとか、4人の写真とか、
そういうのを見ようとしても、やっぱりさっきの写真に注目してしまう。
コルクボードの前で、私は立ち尽くしていた。

あかり「おまたせ、京子ちゃん」

あかり「……京子ちゃん?」

京子「あ、飲み物来た?喉乾いてたん……」

あかり「写真、見てたの?」

京子「……まーね」


そう言い捨てて、あかりの持っているお盆からコップを1つひったくる。


あかり「京子ちゃん、やっぱり気になる?」

京子「何が?」

あかり「デートのこと」

いきなりそう切り出されて、言葉に詰まった。一瞬の沈黙が流れる。
あかりはいつもみたくニコニコしてたけれど、空気はなんだか重かった。


京子「あ、あかりも知ってたの?結衣とちなつちゃんのデート」

あかり「ちなつちゃんに聞いたんだぁ、すっごく喜んでたよ」

京子「ふーん」

あかり「ちなつちゃん、結衣ちゃんが誘ってくれたって言ってたから」

あかり「あかり、もしかしたら京子ちゃんが結衣ちゃんにアドバイスしたのかな、って思ったんだぁ」

京子「え!?」


まるで見てきたような言い方に、もしかして昨日透明になったあかりが結衣の部屋にいたんじゃないかなんて、
ありえないことを考えてしまう。まあ、あかりならありえなくないか。
何でそう思ったんだ、とは何となく聞きづらくて、そのまま話を続ける。

京子「まあ、この京子ちゃんが結衣に完璧なアドバイスをしてあげたまでよ」

京子「せっかくなんだから上手くいってほしいじゃん?」

あかり「あかりもそう思うけど……」

京子「けど?」


あかりの表情が、私が家に押しかけてから初めて曇った。
初めて見るような、憂いのある表情。


あかり「あかりね、上手くいかないかもしれないって思うんだ」

京子「なっ……!」


かもしれない、とは言っていたけれど、あかりの言い方は確信を帯びていたように聞こえた。
どういうこと?
私は頭が真っ白になった。

京子「……あかり?」

あかり「京子ちゃんは、結衣ちゃんとちなつちゃんが付き合って、うまくいって」

あかり「それでいいと思う?」

京子「あかり!」


反射的に怒鳴ってしまった。
あかりに悪いと思いながらも、それでも感情の昂ぶりは止まらない。


京子「私やあかりが寂しいからって、別れた方がいいみたいな言い方すんのか!?」

あかり「京子ちゃん」

京子「あの二人の仲を引き裂くようなマネするっていうのか!?」

京子「私はそんな嫌な奴に見える!?あかりはそんな嫌な奴なの!?」

あかり「京子ちゃん!」

珍しく大声を出したあかりを見て、はっと我に返った。


京子「……ごめん」

あかり「そうじゃなくって……」

あかり「きっと誰も幸せになれないって、あかり、思うんだ」

京子「何で?現にちなつちゃんなんか……」

あかり「だって、ちなつちゃん、結衣ちゃんのこと見てなかったから」

京子「え、いつも見てたじゃん」

あかり「ちなつちゃんは、んーと、王子様、っていうのかなぁ?理想の恋人像、みたいなの」

あかり「そういうのを、結衣ちゃんを通して見てたんだと思うんだぁ」

あかり「だって、ちなつちゃんが結衣ちゃんのこと話すときって、お姫様抱っこしてほしいとか、馬で迎えに来てほしいとか」

あかり「京子ちゃんから見て、結衣ちゃんってそんなことするかなぁ?」

私が見てきた結衣。
きっと、私が今まで一番結衣のことを見てきた。それは間違いないと思う。
私の知ってる色んな結衣が頭に浮かんでくる。
何となく、どの結衣もちなつちゃんと付き合っているのは不自然に思えた。


京子「まあ、しない……ていうか、そんな奴いないだろ」

あかり「でね、結衣ちゃんも、多分、今のちなつちゃんのこと見れてないんじゃないかな」


そう言われて、昨日の結衣を思い出した。
そわそわした態度。
ごらく部で付き合い始めたことをカミングアウトするときの、芝居がかった言い方。
どんなのが恋人らしいのか、なんて悩み。
なんだか作り物じみてるというか、結衣らしくないというか。

あかり「今の結衣ちゃん、ちょっと前までのちなつちゃんに、何となく似てると思うんだぁ」


そこまで言われれば、さすがに私の混乱した頭でも、あかりの言いたいことが分かった。
あかりが、結衣とちなつちゃんを上手くいかないって思ってる理由は。


京子「恋に恋してる、って感じなんかな」

あかり「あかりもそう思う」


そう言って、あかりはにこりと笑った。
あかりはそこまで見ていたんだ。結衣のことも、ちなつちゃんのこともカンペキに理解してるみたいだ。
それに、多分私のことも。今日あかりの家に来ることも読まれてたわけだし。
そこまで考えて、背筋が少しゾッとした。
なんであかりはわざわざ私に「上手くいかないかもしれない」なんて言ったのだろう?
そもそも、あかりはちなつちゃんのことを応援していたはずだ。
確かちなつちゃんの方から告白したのだから、あかりとちなつちゃんの仲の良さを考えたら、
あかりは事前にそのことを知ってたり、あるいは背中を押すくらいのことはしていてもおかしくないんじゃないか?
上手くいかないと知りながら表向きは二人をサポートし、裏ではこうやって―

京子「あかり、お前……」

あかり「?」

京子「あの二人、早く別れさせようとしてるんじゃないのか……?」


いや、まさかな。
あかりに限ってそんな悪だくみみたいなことするわけがない。
第一そんなことをしたところであかりに何の得があるっていうんだ。
自分の馬鹿馬鹿しい考えにあきれて、あかりの顔をみる。
あかりは、ちょっと困ったように笑い返した。


あかり「あかりも、本当は上手くいってほしいと思ってるよ」

あかり「でも、もしそうじゃなくってもね」

あかり「それでも何もないよりいいんじゃないかな、って」

京子「は……?」

あかり「ちなつちゃんが、結衣ちゃんじゃなくて『王子様』を見てるのも」

あかり「結衣ちゃんがちなつちゃんじゃなくて『恋人』を見てるのも」

あかり「ずっとそのまま、ってわけにはいかないでしょ?」

京子「……じゃあ、ごらく部は?」

あかり「えっ?」

京子「こないだのごらく部、どう考えても変だったじゃん!」

京子「結衣とちなつちゃんが付き合って、そんでもし別れたとして

京子「それで元のごらく部に戻れるわけないだろ!?」

あかり「そうかもしれないけど、でも……」

京子「ちなつちゃんが結衣に憧れてて、結衣も私もあかりも普通にしてて」

京子「そんな前までのごらく部の何が悪いっていうんだよ!」

京子「成長は無いかもしんないけどさ、それでも一旦壊したらもう戻れないかもしれないじゃん」

京子「あかりは楽しくなかったのかよ!」

頭の中が真っ白なまま、言葉だけが口から出ていているような感じだった。
言った内容を、後になって理解する。
あかりだって、ごらく部が楽しくないわけがない。それは私と同じだ。
そんなことは分かってるけれど。


あかり「ごめんね、京子ちゃん」

京子「なんで謝るんだよ……」

あかり「ごらく部は変わっちゃうかもしれないけど、変わったごらく部もきっと楽しいから」

あかり「あかりが絶対楽しいごらく部にするから」

あかり「だから……」


あかりは目に涙を溜めていた。
分かり切っていたことだ。
あかりは優しくて、皆のためを思って行動した。
それが、私の考えていたこととたまたま違っただけ。

あかり「京子ちゃん」

京子「……なに?」

あかり「京子ちゃんは、今、どうしたい?」

京子「へ?」

あかり「やっぱり……結衣ちゃんといたい?」


私には、黙ることしかできなかった。
薄々感じていたけれど、あかりに指摘されると否定のしようもなかった。
そういうこと、なんだよな。


京子「あかりは……」

京子「あかりはどうしたい?」

あかり「あかり?あかりは……」

あかりは。
そう考えてみると、あかりの立場は私とも全然違う。
ちなつちゃんと親友であることは別に変わらない。それにちなつちゃんはきっとあかりに感謝していることだろう。
結衣との関係もたいして変わるとは思えない。一番気まずくない立ち位置ともいえる。
私とは当然部外者同士だ。むしろ、こうして二人になる時間は一時的にせよ増えるかもしれない。


京子「……あかりには関係ないか」

あかり「えっ?」

京子「結局あかりは誰とも仲良いんだもんな」

京子「……こんなことがあっても」

あかり「そう、かな」

京子「なあ、あかり」

京子「ひとつだけ、答えて」

あかり「うん」

京子「あかりにとっての一番は誰なんだ?」

あかり「……それは」


強い口調で聞きすぎたかもしれない、とは思ったが、聞かないわけにはいかなかった。
あかりが自分のためだけに事を為しているなんてことはありえない。
絶対にありえない。あかりのことを知っているからそう確信できる。
それでも、悪い考えが止まらなかった。
あかりが誰かを好きで、そのために結衣とちなつちゃんを利用してる、とか、そんな妄想が頭を離れない。
もしかしたら、無意識にあかりを悪者にして安心したかっただけなのかもしれない。


あかり「……あかりはみんなが大好きだよぉ」


その言葉を聞いて、少しほっとした。

日曜日も月曜日も、何となくスッキリしない気分が続いていた。
月曜の放課後にごらく部に向かうのも、なんか気が進まない。
それでも行かなくちゃ。そう思い、結衣を探して教室を見まわした。
綾乃と千歳と喋る姿に気づき、3人のもとに歩いていく。


結衣「二人とも今日も生徒会?」

綾乃「ええ」

京子「綾乃もごらく部遊びにくればいいのに」

綾乃「わ、私はそんなことしてられないわよ」

綾乃「生徒会副会長なんだからっ!」

千歳「まあたまには遊びに行きたいとは思うんやけどな」

千歳「最近ちょっと忙しいねん」

京子「なんだー」

結衣「まあ、仕事が落ち着いたらしたら遊びにきてよ」

京子「そうそう!いーでしょ?綾乃―」

綾乃「そ、そういうことなら仕方ないわね……」

京子「じゃあ明日な!」

綾乃「急すぎるわよ!」


……とはいえ、今のごらく部には来ない方がいいのかもな。
元通りのごらく部になったら、綾乃も千歳もひまっちゃんもさくっちゃんも呼んで、皆でまた遊べたら。

ごらく部の部室に着いて、扉を開ける。
あかりもちなつちゃんもまだ来ていなかった。


結衣「一番乗りだったみたいだな」


その言い方は、寂しさとほっとした感情がないまぜになっているような気がした。


京子「……ちなつちゃん?」

結衣「えっ?」


結衣が少しムッとしたのに気づかないフリをして、適当にカバンを置いて座布団の上に腰を下ろした。
向かいに結衣も座る。私は手近なところにあった漫画を手に取り、ぱらぱらとめくった。

扉が開く音に、漫画を置いて顔を上げる。
ちなつちゃんとあかりが入ってきた。
どこかぎこちない雰囲気のちなつちゃんに、何故かいらついてしまう。


ちなつ「お茶淹れますね」


荷物を置いてそう言ったちなつちゃんは、なんだかこの場から逃げ出したいように見えた。


京子「私マンゴースムージーなー」

ちなつ「ありませんよそんなの」


そう言ってスタスタと台所に向かったちなつちゃんは、皆の目にはいつも通りに映っていたのだろうか。
それとも、何となく変な感じがするのは、あかりに昨日あんなことを吹き込まれたから?

京子「ラムレーズン食いてー」

結衣「京子はそればっかだな」

京子「プリンでもいいよ」

結衣「生徒会に貰いに行こうとか言うなよ」

あかり「そういえば最近、杉浦先輩も池田先輩も、そんなにごらく部に遊びに来てくれないよね」

結衣「そうだね、生徒会、忙しいみたいだから」

京子「おっぱいちゃんとちっぱいちゃんも見かけないしなー」

結衣「古谷さんと大室さんはクラスではどんな感じ?」

あかり「相変わらず元気だよぉ」

ちなつちゃんが部屋に戻ってきた。
手には、あまり見かけない湯呑をお盆に乗せている。


ちなつ「お茶が入りましたー」

あかり「わぁい、ちなつちゃんありがとう」

結衣「あれ、今日はいつもの湯呑じゃないんだね」

ちなつ「えっと、気分転換ですよ、気分転換」


気分転換?
やっぱりちなつちゃんから、妙な違和感を感じた。


京子「綾乃とか千歳とかが来たときにしか、それ使わないもんな」

京子「今日もツイスターゲームやる?」


違和感を誤魔化すように、話題を変えた。

あかりの方を見ると、困ったような表情をしていた。
そういえば、あかりはあかりで、変な立場にいるんだもんな。


あかり「ごめんね京子ちゃん、もう櫻子ちゃんに返しちゃったんだぁ」

京子「てことは今は生徒会にあるのか」

あかり「そうだと思うけど」

京子「よしっ、乗り込むか!」

結衣「おい」

結衣「ていうか宿題出てただろ?」

ちなつ「そういえば、私たちも宿題結構あるよね」

あかり「早めにやっちゃおうか」

ちなつ「うん」

京子「しょーがないなあ、今日はとりあえず皆で宿題やるか」

ちなつ「珍しいですね、京子先輩がそんなこと言うの」

京子「そう?」


ギクリとしたのを、何とか表情に出さずにやり過ごす。
確かに、私がおとなしく宿題をやるなんて珍しいかもしれない。
ていうか、自力で宿題やるのが珍しいか?
それはこの際いいとして、心の奥底に、この雰囲気が耐えられなかったという心理があったことは確かだった。
あかりはいいとしても、結衣とちなつちゃんと、それから私。
「当事者」の3人がそろうと、何を話していいのか急に分からなくなる。
間が持たなくて、目の前の湯呑の中身を飲み干した。

あかり「ねえ結衣ちゃん、ここ教えて?」

結衣「ああ、ここは現在進行形になってるから……」

京子「ちなつちゃーん、お茶おかわりくれー」

ちなつ「それくらい自分でやってくださいよ」

あかり「あっ、じゃあ、あかり持ってくるね」

京子「おお、さすがあかり」

あかり「えへへ、あかりもお茶もう1杯飲みかったんだぁ」

あかり「みんなの分、持ってくるね」


あかりが部室を出て、台所に向かった。
私は落書きで埋まったノートをめくって、少しでも宿題をやっている風を演じようとする。

京子「……」

ちなつ「……」

結衣「……」


何故だか、ちなつちゃんに目が留まった。
そういえば、さっきから結衣とほとんど話してないどころか、結衣の方を見ようともしていない。
それは前までのちなつちゃんだったらありえないことだ。
ちなつちゃんの方を見ていると、不意に目があった。ちなつちゃんが目を逸らす。
確かに、今の私は睨んでいるみたいだったかもしれない。これじゃあ、ごらく部の関係性はこじれるばっかりだ。
いかん、いかん。何とかしないと。

あかり「お待たせ~」

京子「おおサンキュー」

あかり「はい、ちなつちゃん」

ちなつ「うん、ありがと」

あかり「結衣ちゃん」

結衣「ああ、ありがと、あかり」

あかり「熱いから気を付けてね」

結衣「大丈夫だよ、これくらい」


あかりが戻ってきて、皆にお茶を配っていく。
さっきまでの緊張が嘘みたいに和らいだ。あかりが天使に見える。
あかりがいないと、今のごらく部は成り立たないのかもな。そんなことを思った。

ちなつ「あ、私ちょっとトイレ」


そう言って、ちなつちゃんが席を立った。
扉が閉まる。あかりは美味しそうにお茶をすすっていて、結衣は数学の宿題を快調にこなしていた。
しばらくは沈黙が続いた。部室がしんと静まりかえる。


京子「ねえ」


無意識に、言葉が口から出ていた。

結衣「ん?」

京子「私は……」

あかり「京子ちゃんは、京子ちゃんのしたいことをすればいいと思うんだ」

結衣「あかり……?」


話す前に、あかりに先制パンチを入れられた。
私のしたいこと。
昨日のあかりの言っていたことを思い出す。
「上手くいかないかもしれないって思うんだ」
それはそのまま私の望みのようで、そのこともあかりにすべて見透かされているみたいだ。
私のしたいこと。それは何なんだろう?

京子「私もトイレ」


そう言って立ち上がる。
まずは、ちなつちゃんの気持ちを確認したい。そして、私自身の気持ちも。
あかりと結衣の顔を交互に見る。二人とも何も言わない。
二人に背を向けて、ひとつ深呼吸した。よし、行こう。
ちなつちゃんがトイレに行ってからそこそこ時間は経っているはず。
今なら、ちなつちゃんがちょうど帰ってくるタイミングで、二人だけで話せるかもしれない。

ごらく部の部室……というか本当は茶室なんだけど、そこを出ると、ちなつちゃんの姿が遠くに見えた。
部室からの道をまっすぐ歩いていく。ちなつちゃんもこちらをちらりと見たのが分かった。
そのまま歩いて、ちなつちゃんが目の前に来て初めて気づいたみたいな三文芝居のリアクションをとる。


ちなつ「京子先輩もトイレですか?」

京子「……」

ちなつ「?」

京子「ねえ、ちなつちゃん」

ちなつ「なんでしょう」

本当は、言いたくない。大切なごらく部のメンバーで、大切な友達のちなつちゃんにこんなことは。
でも、私は言わなくちゃいけない。意を決して、口を開く。


京子「何で、結衣と喋らないの?」

ちなつ「何でって……京子先輩も、今日は全然結衣先輩と喋ってないじゃないですか」

ちなつ「いつもの京子先輩と違いすぎます」


言いよどんだちなつちゃんを見て、あかりの言っていたことは正しいんじゃないかと感じた。
ただ、それよりも私自身のことを言われて体がこわばる思いがした。やっぱり不自然なのか。
……じゃあ、自然な私って何だろう?自然なごらく部って?
私がいて、結衣がいて、あかりとちなつちゃんがいて……

そうだ。
ようやく気が付いた。
私が“いつものごらく部”にこだわっていた理由。
それは、結衣に一番近い存在が私だったからだ。
幼馴染だし、学年もクラスも同じだし。ごらく部でだって結衣の隣にはだいたい私がいた。
いつものごらく部が続く限り、結衣に一番近いのは私だ、って思ってたんだ。
結局、単に私が結衣を好きだっていう、ただそれだけのこと。


京子「……ちなつちゃん」

京子「ちなつちゃんはさ、結衣のことが好き?」

ちなつ「……当たり前です」

ちなつ「京子先輩は……京子先輩は、恋、したことあるんですか?」


恋?
してるよ。
もしかしたら、今、初めて気づいたのかもしれないけれど。

思うに、私は臆病だったんだ。
ただ自分のためだけに「いつものごらく部」なんていう都合のいい空間をイメージして、
それが永遠に続くだなんてバカげたことを妄想していた。
例えばあかりはそんなことはとっくに気づいていて、私たちの関係が変わってもごらく部はごらく部だと信じているわけで、
自分がここまで何も分かってないと気づかされると言いようもなくイライラしてしまう。
ちなつちゃんだって、結衣だって、関係が変わることをためらったりはしていないわけだし、
それで上手くいかなくても、あかりの言うように二人とも成長したということになるのだから。
私だけが、取り残されている。
それが悔しくて、つい嫌味な質問を返したくなってしまう。

京子「……ちなつちゃんは?」

ちなつ「……どういうことですか」


はぐらかされたけれど、ちなつちゃんにもきっと私の言いたかったことは伝わっているはず。
ちなつちゃんは、本当に結衣に恋をしているの?
きっとあかりの言う通り、ちなつちゃんは結衣のことを見ていない。
そして、ちなつちゃん自身も、そのことに気づき始めているように思えた。


京子「私は私の好きなようにするから」

ちなつ「いつもの京子先輩じゃないですか」

京子「だから、ちなつちゃんも自分の望み通りに行動してほしい」

ちなつ「……私だっていつもそうしてます」

京子「じゃあ私、トイレ行くから」

ちなつ「はい、先戻ってますね」

トイレに向かう道は、達成感と自己嫌悪に挟まれた変な気分だった。
これから私はちなつちゃんも結衣も傷つけることになるだろう。
それでもいい。自分勝手なヤツでも、悪いヤツでも構わない。
私は、自分の好きなようにするから。
好きな人に好きと言うから。
誰も自分に正直になれていない今のごらく部が一番嫌だから、せめて私は自分に正直にいよう。
そうちなつちゃんに宣言したのは、私なりの最低限のけじめだったのかもしれない。

結衣「なあ、京子」


ごらく部からの帰り道、結衣と二人になった。


京子「んー?」

結衣「……いや」

京子「何だよ、言えよ」

結衣「さっきの」

京子「さっきの?」

結衣「さっき、京子があかりに言われてたこと」

結衣「あれ、どういう意味?」


どういう意味、じゃねーよ。
こっちはお前のことでいろいろ悩んでんだ。


京子「さあ?」

結衣「さあ、じゃなくて、」

京子「何でそんなこと気にするんだよ」

結衣「何でって……」

京子「結衣はちなつちゃんのことだけ気にしてたらいいだろ」

結衣「京子!」

結衣「京子は何があったって私の大切な幼馴染なんだよ!」

結衣「大切な友達なんだよ!」

結衣「だけど……だけど、分かんないんだよ」

結衣「京子のことも、私自身のことも……」

京子「結衣……」

結衣「ちなつちゃんのことも、あかりのことも、最近全然分からなくなって」

結衣「……私、どうすればいい?」

涙目になる結衣を私は真っ直ぐに見据えた。
大切な人に、大切なことを全部伝えると決めたんだ。悪態なんてついてる場合じゃない。
その決意が変わらないうちに……


京子「私は、結衣も結衣のしたいようにしてほしいし、ちなつちゃんにもそう言った」

京子「あかりが言ったのはそのまんまの意味だよ」

結衣「なんでわざわざそんなことを?」

京子「あかりは、私たちが皆、自分に素直になってないって気づいてたんじゃないかな」

京子「だから、私は私のしたいようにすることにした」

京子「自分勝手に生きることにした」

京子「私は結衣に言いたいことがあるんだ」

結衣「それが京子のしたいことか?」

京子「うん」

結衣「……」

京子「私は、結衣が好き」

京子「いつからかなんて分かんないけど、多分ずっと前から」

くるりと踵を返して、結衣に背を向ける。
結衣の表情を見るのが怖かったから。結衣に表情を見られるのが怖かったから。
どうやら臆病者なのはまだ治っていないらしい。


京子「結衣も、自分勝手に生きろよ」


そう言って、元来た道を歩き出す。結衣の方は振り返れなかった。
そのまま学校に戻るわけにもいかないから、一番近くの角で曲がる。
ふと、目に涙が溜まっていることに気づいた。


京子「別にこの道の先に行くあてもないんだけどな」


独り言を言ってみても、目を何度拭っても、それは理由もなしにとめどなく溢れてきた。

次の日は、私にしては珍しく、朝早くに家を出た。
ごらく部の皆と待ち合わせしていないときはいつもギリギリに登校している、というだけだけれど。
今日のごらく部はどうしようか。
それともナシにしたほうがいいのだろうか。
迷ってはいるけれど、昨日までとは違って、その迷いもなんだか清々しい。
言いたいことを言って良かった。好きな人に好きだと言って良かった。
だから、あの二人にも、そうしてほしい。
結衣とちなつちゃんの顔が交互に頭に浮かぶ。

信号が点滅してるのに気づいて立ち止る。
それが赤に変わる瞬間、交差点の先にちなつちゃんの後ろ姿が見えた。


「ちなつちゃん!」


左右から走ってくる車の音に掻き消されたその声が、もしもちなつちゃんに届いていたなら、
私は堂々と恋をしているんだと宣言しよう。
結衣に好きだと言ったことを、そのまま伝えよう。
もう、嘘を付いたりごまかしたりはしない。ちなつちゃんに対しても、自分に対しても。
そして、ちなつちゃんも、本当の自分の気持ちに向き合ってほしい。
もし誰かに何かを伝えないといけないなら、その決意を後押ししてあげたいから。
……たまには、先輩らしいところも見せたいしな。

このSSまとめへのコメント

1 :  0F   2015年01月17日 (土) 21:45:45   ID: QHpBpqxs

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