雪歩「ちく、たく」 (32)

レス間そこそこ空くと思いますがご了承ください

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白。


“白”のなかに、私は居た。

手を伸ばし、触れてみる。


さく、と音を立てて“白”が削れた。

ふらり、立ち上がって、周囲を見渡す。


胸元で金属の触れ合う音。


懐中時計が鎖に繋がれて、首に掛かっている。

手に持ち、盤を見つめる。


先程まで動いていなかった針が、かちこちと秒を刻み始めた。


途端、心に強い意志を得たかのように、顔が前を向く。


一歩、踏み出す。

歩く。一歩。



アイドル事務所に入った。


弱虫で、臆病な自分を変えられたら。



歩く。一歩。


ちく、たく。


時計の針が進む。

歩く。一歩。



彼と出会う。


男性が苦手だと言った私に、彼は優しく微笑んだ。


…やっぱり、どういう風に何を話していいか分からなくて、緊張する。



歩く。一歩。


ちく、たく。


時計の針が進む。


“白”を削る足が、2つから4つに増えた。


隣で一緒に歩く彼は、私の歩調に合わせてくれていて。

ごはんー

歩く。一歩。



彼が机に突っ伏している。


…見かね、お茶を淹れて彼に出した。


とても喜んでくれて、嬉しい。



歩く。一歩。


ちく、たく。


時計の針が進む。

歩く。一歩。



デパートの屋上でミニライブ。


なかなかお客さんを集められなくて、ステージの途中で泣きそうになる。


けれど、遠くから彼が見てくれているのを発見して…。


最後までステージから逃げずに、歌いぬく。



歩く。一歩。


ちく、たく。


時計の針が進む。

歩く。一歩。



……レッスンをサボってしまった。


彼からの着信もメールも、最初の一回以外は無視している。悪い子。



暫くの小休止。


ちく。たく。


それでも、時計の針は進む。重くゆっくり。

歩く。一歩。



始めて、事務所への近道を使ってみる。


存在は知っていたけれど、犬がいるかどうかの確認が出来ていなくて使っていなかった。


そして…案の定、大きな犬が。声も出せず固まっていると、後方から私を呼ぶ彼の声…と、悲鳴。


どうやら、彼も犬が苦手らしい。2人で、ぎこちなく脱出。



歩く。一歩。


ちく、たく。


時計の針が進む。

歩く。一歩。



今日は、ダンスレッスン。彼が付いてきている。


動作が間に合わず、悔しくて穴を掘ろうとした私を、彼が宥める。


今は失敗すればいい、悔しい思いをすればいい。
だけど、それをきちんと受け止めて、ほらもう一回。


涙を拭い、手を足を動かす。



歩く。一歩。


ちく、たく。


時計の針が進む。

歩く。一歩。



新曲を貰った。『First Stage』。


片想いをしている、内気な女の子の歌。


私に重なるところもあって、笑みが零れる。



歩く。一歩。


ちく、たく。


時計の針が進む。

歩く。一歩。



彼と収録スタジオに向かっているところで、ファンに遭遇。


興奮した様子で声を掛けられ、身体が固まる。


彼が対応している時間が、無限のように長く思われた。



歩く。一歩。


ちく。たく。


時計の針がゆっくり進む。

歩く。一歩。



彼とカフェで打ち合わせ。


珈琲は飲めないのだと言って、ココアを注文している。


そういえば、珈琲を飲んでいる姿を一度も見たことがない。


お茶請けの話で過ぎてゆく時を想いつつ、日本茶を淹れることが出来て良かったと思う。



歩く。一歩。


ちくたく。


時計の針が跳ぶように進む。

歩く。一歩。



私の初めてのライブステージ。


袖から、観客席を覗き込む。


大丈夫。もう怖くない。



歩く。一歩。


ちく、たく。


時計の針が進む。

歩く。一歩。



わあああ、と歓声が私を包む。


閉じていた目を開けて、そして。


大丈夫。


光の波が、私を後押ししてくれる。



大丈夫。一歩、踏み出す。


ちくたく。


時計の針が鼓動のように弾む。


隣で、共に歩いている彼に笑いかける。


けれどそこには、元から誰も居なかったかのように、何もなくて。


必死に“白”のなかで目を凝らす。



見つからない。


足が、止まる。


どうしたらいいか分からなくて、座りこんでしまう。


“白”が、空へ舞った。


ずっと、どこまでも続いていた“白”は、いつの間にか暗闇に変わってしまっていて。


ぽろぽろと涙が“白”に落ちる。


暗闇のなか、俯きながら彼の言葉を思い出す。


失敗したっていい。
時を戻せるわけじゃないけど、でも、終わりではないのだから。

ほら、笑って。


涙を零しながら、けれど確かに笑う。


彼に褒められた笑顔。


ぽたり、新たな涙粒が“白”に吸われていった。


瞬間、涙の粒は光の筋へと変わり…、暗闇の先を示す。


かちこちと聞き慣れた針の音。


時計を目の高さに上げて盤を見遣り、思わず目を見開く。


ずっと、動いていた。


私が歩みを止めていた間も、この時計は、ずっと。


立って、少し、歩いてみる。


ちょっとだけ、振り向く。


ずっとずっと続いている、足跡。


“白”の上に残っている、私と彼が歩いてきた足取り。



一歩。歩く。


ちく、たく。


心なしか重かった針が、軽快に進む。


もう一度、振り返る。


手をついて転んだところも。


焦って、方向も定めぬまま、がむしゃらに進んでいたところも。


座って、休んでいたところも。


先を確かめながら、ゆっくりと歩いていたところも。


全部全部、ちゃんと“白”に刻まれていて。


大丈夫。
踏み出せた。


大丈夫。
歩いてゆける。

歩く。一歩。


そして、また、出会う。


また、二人で。


まだ、一歩ずつ。


ちく、たく。


時計の針が進む。

お粗末様でした

クリスマスプレゼントにチクタク雪歩ソロください

雪歩、誕生日おめでとう

それでは

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