澪「週末とかげ」 (23)


 切れちゃった。


 あっけなく、ぷつんと切れた。


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 耳元で鳴ってる途切れ途切れの電子音、
 それを耳から遠ざけてケータイの電源を切った、
 私の方もそうした、

 そしたら、青空が見えた。

 意識してなかった両眼に景色が流れ込んできた、

 午後五時半の部活帰りの暗くて途切れのない空の青、

 それが急にクリアに見えだした。

 初めて見たようだった。
 たしかに、ひとりで見たのは初めてだった。


 一人で来るような場所じゃなかった。

 帰り道、
 中学の頃からずっとそうだった通学路、
 この辺で一番大きな橋を少しはずれて降りたとこ、
 遊歩道すこし下って川面まで数メートルの土手、

 向こう岸で中学生くらいの男の子が寝そべっている、こちら側には誰もいない。


 もう誰もいない。


 後ろの地面に散らばってた桜の花びらはもう茶色くなってる。

 葉桜から切り捨てられて、
 昨日の土砂降りに踏まれて地べたに塗りつけられて、
 命をうしなうだけの花びらがそこらじゅうに散らばっている。

 濡れた草のにおいがする。
 葉の一本がそよ風に抜き取られる。
 こんなに地面に近づいたのはいつぶりだろう。
 遮るものひとつない空の青さに押し付けられて、つぶされてしまいそうだった。
 皮膚の内側と外側から、私はぺしゃんこになってしまう。


 対岸でジャージ姿の男の子がスマホ片手に笑ってる。
 ラインか何かでもやってるのかな。

 薄汚れた赤茶色のボールを枕にして草むらに寝転がったまま、うれしそう。
 年格好はちょうど聡ぐらいだろうか、
 そう思い出してしまった途端さっき切れた電話のことが頭を過ぎる。ああ。


 彼はスマホを鞄にしまうと仰向けに寝直した。
 ぼんやり口を開けたまま、
 宵の明星が薄く見える方へ顔を向けている。

 表情の薄い横顔、
 それは確かに夜がにじみ出るところを見てた。


 川幅の向こう岸が遠く見えた。

 やがて濃く染まってゆく空から
 点々ときらめく団地の窓明かりを背景に
 小さく見えた少年の寝姿までが、一枚の絵として映った。


 いっそカメラに写してしまいたくなって、ケータイしかなくて諦めた。

 あの小さな画面が写し取れることなんて、これっぽっちも。


 だから私はその光景をなにかにたとえようとした。

 いまここで私に起きていることを美しそうな言葉で切り取ろうとした。

 ずっとやってきたように、
 なんなら新しい歌詞のこやしに。


 そうすることで、
 私のなかのいろいろが切り離せる、
 きれいな部分だけ残してあとは忘れてしまえる、今までだってそうだった。

 比喩ってそういうものだ。

 マシュマロやハチミツに託してしまえば、
 身体の重さや手の汗なんて忘れてしまえる。

 それはこう、
 とかげがしっぽを切り捨てるようなものだ。
 具体的なものなんてぜんぶ邪魔だった、
 ふわふわした世界に心だけでも溶かしてしまいたかった。


 でも、そんなとき、言葉はやってこない。

 名前を付けられないまま膨れ上がった怪物が、私の内側から食い破っていく。

 おなかを抱えるようにしてうずくまる。
 本当に痛み出したみたいだ。


 川の上流のその果て、遠くの山に陽が沈む。

 夜の青を強いオレンジに染めて、
 死にかけの線香花火みたいにまわりを染めて、結局夜に飲まれてしまう。

 時が止まることはない。
 いつだって、あの山は太陽を飲み込んでしまう。

 上空を二羽のカラスが重なるように横切って、太陽に飲まれて消える。

 橋の上から、ママに手を引かれる子どものはしゃぐ声が聞こえた。

 声しか聞こえなかった。
 逆光で影になった二人は私の視界の外にいってしまったから。


 ほっとけないやつだ、とあいつはいった。


 むかし、
 私がまだ一人で出かけられなかったころ、
 私の手を引いて、後ろの遊歩道を歩いてたような頃にも聞いた。


 長い髪がきれいだ、といった。


 私もいわれたことがある。


 ひとりになりたがるくせに、一人になるのをいやがる、
 めんどくさいやつだ、

 ってうれしそうだった。

 それは初めて聞いた。


 保護されたメールを見せて、梓に送った私の写真を指さして笑った。

 ファインダーから視線をそらす梓は
 にやける頬を押しつぶすみたいで、小さい頃の私みたいだ、

 と勝手に決めつけた。

 あいつが顔を近づけて楽しそうにしているのを感じて、
 恥ずかしいときわざと大声で笑うとこなんか、
 昔とぜんぜん変わんないな、

 って確認したりした。


 先週の日曜日、二人が恋人になった。


 太陽が沈んだら夜が来る、しばらくして朝が来る、その繰り返し。

 AメロBメロサビ。
 1番が来たら2番。
 いつだって歌い継がれるのはベタなラブソングの方だ。ああ。


 いつか見た大ヒット映画のラストシーン、
 幸せそうに歩く二人が光のなかへと消えてゆく。

 そしてエンドロール。
 スタッフの名前が並ぶ。
 並び終わるまでにみんな席を立ってしまう。

 消えゆく二人を最後までこの手で映していたカメラマンの名前なんて、
 誰も覚えちゃいない。
 正しい愛に結ばれた二人には、
 カメラマンの姿さえ見えやしない。


 あいつは正しい答えを選んだ。

 けなげでまっすぐな、いとしい後輩をまっすぐに愛することを選んだ。

 使い古した鎖なんて断ち切って、新たな世界へとスタートした。

 私は祝福しなけりゃいけない。

 親友として喜ばなければならない。

 ああ。

 あいつはいつだって正しい。

 変わらないものなんかない、本当にそうだった。

 手をつないだり、抱きついたり、そんなこといつまでだって続くと思っていた。

 今だって思ってる。

 ちぎれそうな身体を丸めるようにして、まだずっとそうしている。


 明日からまた学校だ。
 いつもより早く起きて行かなきゃいけない。
 でないと、もう二度と学校に行けなくなってしまうから。
 早起きしなきゃ。
 顔も見せないうちに。



 立ちあがった弾みで涙がふきこぼれた。


 日曜日なんて、大嫌いだ。



おわり。

もとねた→ チャットモンチー「ウィークエンドのまぼろし」

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