男「なんかもう疲れたな……」(23)


―朝―

男(……ああ、起きた)

男(起きてしまった)

男(学校だ。平日だ)

男(起きてしまった……)

男(……)

男(……めんどくさい)

男(行きたくないなあ……)

男(あっ、もう10分過ぎてる)

男(……早く起きなきゃ)

男(……起きなきゃ)


トタトタトタ、カチャ


姉「……」

男「あっ……」


姉「おはよう」

男「……うん」

姉「ご飯、できてるから」

男「……」

姉「……」


パタン


男「……ノックくらいしろよ」

男(毎朝大変だな、姉ちゃんも)

男(俺みたいな出涸らしの世話しなくちゃいけないなんて)

男(……くそっ)

男(誰にでも優しい自分気取ってるんだろ、どうせ)

男(……だいっ嫌いだ。姉ちゃんなんて)


―教室―

男(始業までまだ時間あるな)

男(……暇だ)

リア充「おはよ」

男(……)

リア充「男、おはよ」

男「……えっ、あ、おはよ、う」

リア充「おう」

男「……」

男(ビックリした……)

男(あいつ、昨日は声かけてこなかったくせに……)

男(……どもった。最悪だ)

男(最悪だ……)


―数学―

女「男くん、男くん」

男「……え?」

女「ごめん、教科書見せて」

男(……最悪だ)

女「机くっつけるよー」

男(反対側、って窓際か)

女「悪いね。ついでにわかんないとこあったら教えてね」

男「ん、……うん」

女「あっ、さっそくわかんないぞ」

男(……うるさいな)

男(でも、黙ってても気まずいだけだし)

男(ちょっとありがたいかも)


―化学―

メガネ「男くんはこの目盛り見てて」

男(ああ……)

メガネ「リア充くんはこれかき混ぜて」

男(いるいる。こういう時にリーダーシップ発揮するやつ)

男(だいたい体育の授業の時は大人しいんだよな)

男(そのギャップが不思議だわ)

男(……ああ)

男(俺が言えたことじゃないか……)

メガネ「男くん溢れてるよ!」

男「……わわっ!?」


―昼休み―

女「それでさ、みんなでカラオケ行ってえ」

女友「へえ、いいなー!」

女「でしょ? ほんと楽しかったあ」


男(……女って、あんまり勉強できないんだな)

男(数学も、わからないとこだらけだった)

男(きっと俺より、頭悪いんだろうな)

男(……なのに)

男(なんであんなに、楽しそうなんだろう)


メガネ「次の時間、体育かあ」

オタク「めんどくさいね」

メガネ「ほんとにね」



男(メガネは体育が苦手なんだよな)

男(いつもミスばっかりしてる。運動なら、俺の方ができるんだろうな)

男(……ああ、そうだ)

男(俺、パスもらえないんだ)

男(メガネと違って、パスもらえないんだった)

男(……最悪だ)


―家―

ガチャッ

男「……」

姉「おかえり」

男「あっ、……うん」

姉「……」

男「……」

姉「うがい手洗い。おやつ、あるから」

男「……うん」

姉「……」

男(……いちいち)

男(おかえりって言うために玄関まで来る)

男(そういうところが、……ムカつくんだよ)


………

……



姉「……」

男(これ、マカロン、って言うんだっけ)

男(……姉ちゃんが作ったのかな)

男(……おいしいな)

姉「どう?」

男「ん、……うん」

姉「ちょっと、甘すぎたかな」

男「いや……、うん」

姉「……そう」

男(……おいしいよ)

男(俺じゃあ、こうはならないだろうってくらいには)


姉「勉強は、だいじょうぶ?」

男「うん」

姉「大学はもう決めてるの?」

男「まあ、……うん」

姉「もしかして、私と同じところ?」

男「違うよ」

姉「……そう」

男(……)

男(そんなわけないだろ)

男(俺が、俺なんかが)

男(……くそっ)

男「……」

姉「マカロン、おいしいね」

男「……うん」


男(いつからだったっけ)

男(最初は、姉ちゃんのことを誉められると俺まで嬉しかった)

男(『美人だな』『頭良いな』『礼儀正しいな』)

男(いつからだったっけ)

男(『それに比べてお前は』なんて言われるようになったのは)

男(なあ、姉ちゃん)

男(なんで俺と姉ちゃんは、比べられなきゃいけないのかな)

男(……最悪だよな)


男(先ずは諦めたんだ)

男(諦めたら、もう受け入れるしかなくて)

男(受け入れても、吐き出す場所がないから)

男(不満だけが溜まっていった)

男(姉ちゃんはずっと俺の自慢だったのに)

男(もはや、自慢する相手もいなくなっていた)


―朝―

姉「……朝ご飯は、こんな感じかな」

姉「男の大好きな、フレンチトースト」

姉「……ふふ」



トタトタトタ、カチャ

姉「……」

男「……」

姉「おはよう」

男「……うん」

姉「朝ご飯、できてるから」

男「……うん」

姉「……」


パタン


―学校―

姉「おはよう」

姉友「おはよっ」

姉「ねえ、聞いてくれる? 私の弟なんだけど」

姉友「なにぃ、また弟の話?」

姉「また、って言うほどしてるかな」

姉友「してるよお。いつも貶してばっかりじゃん」

姉「だってあの子、ほんとうに何もできないから」

姉友「それにしたってさあ」

姉「私がいないと、何にもできないんだよ」


姉友「はいはい。立派なお姉ちゃんですこと」

姉「ふふ、ありがと」

姉友「誉めてないっての。弟さんもさあ」

姉「なあに?」

姉友「いい加減あんたのこと、煩わしく思ってるんじゃないの?」

姉「そう、かもね」

姉友「あんたがいるから、何もさせてもらえないんだもん」

姉「あの子はそんなこと、思ってないよ」

姉友「そうなの?」

姉「うん、きっとね」


―家―

ガチャッ

姉「ただいま。……誰もいない、か」

姉「今日も男のために、お菓子でも作るかな」

姉「……ふふ」

姉「ほんとうにあの子は、私がいないとダメなんだから」

姉「帰ってきたら、勉強を見てあげよう」

姉「同じ大学にはいってもらわないと」

姉「県外なんて、論外だよ」

姉「一人暮らしなんて、できないもの。あの子には」


姉「いつからだったかな」

姉「みんな、私たちを比較したよね」

姉「そしていつも、私ばかりを誉めてくれる」

姉「ねえ、男」

姉「なぜ私とあなたが比べられなければいけないか、知ってる?」

姉「……私が優れていることを、実感したいからなんだ」

姉「これからもずっと一緒だよ、男」


―学校―

男「……」

リア充「……」

男(……きた)

リア充「あっ。男、おはよ」

男「ん、……おはよう」

リア充「おう」


男(……よし、流暢だった)

男(流暢に挨拶を返せた)

男(……俺だって、挨拶くらいはできるんだ)


男(挨拶……、してもらえたな。今日も)

男(……)

男(別に、……嬉しくなんか)

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