伊織「ロス:タイム:ライフ」 (46)
・「ロス:タイム:ライフ」×アイマスss
・地の文、ところどころにあります
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私は自分が世界一の監督だとは思わない。
しかし、私以上の監督がいるとも思わない。
ーーーチェルシーFC監督 ジョゼ・モウリーニョ
三浦宅
亜美「竜宮小町結成三ヶ月おめでと→!!」
あずさ「かんぱーい!」カチン
伊織「……………………」
律子「あずささん、今日は飲み過ぎないでくださいよ?」
そう……もう三ヶ月も経ったのね……。
あずさ「あらあら、律子さん。無礼講ですよ、無礼講!」
律子「はあ、春香の真似ですか? この前だってフラフラのあずささんを家に届けるのにどんだけ苦労したか……」ブツブツ
まだダメね……全然届かない……。
亜美「おやおやー? どったの、いおりん?」ヒョコッ
伊織「……キャッ!?」ビクッ
亜美「もっと盛り上がんなきゃ! 人生で一度しかない竜宮小町の結成三ヶ月記念日ですぞー!」
伊織「え……そ、そうね。ちょっとぼーっとしちゃって……」
あずさ「伊織ちゃんは今日も単独のお仕事だったものね。お疲れ様」
伊織「あ、ありがとう……あずさ」
伊織「…………よーし、盛り上がって行くわよ!!」ゴクゴク
亜美「おおっ! これが伝説の『オレンジジュースイッキ』!!」
あずさ「あらあら〜。じゃあ私もイッキしちゃおうかしら〜」
律子「あずささんのイッキは後が怖いのでやめて下さい」
伊織「…………っぷは〜〜〜〜!!」
亜美「よっ、日本イチィ→!」
律子「あんまりはしゃぎ過ぎると近所迷惑だから……ってあずささん!?」
あずさ「んぐっ……んぐっ…………ぷは〜〜〜〜! うふふ」
律子「あああ……日本酒イッキはやめて下さいって……」
********
伊織「はい、亜美。着いたわよ」
亜美「んー、今日は楽しかったね! また三ヶ月記念パーティーやろ!」
伊織「あんたねえ……三ヶ月記念日は一生に一度じゃなかったの?」
亜美「そうだっけ? ま、送ってくれてありがと!」
伊織「どういたしまして。今日はゆっくり休むのよ」
亜美「いおりんもね! それじゃ、まったね→!」
伊織「おやすみ、亜美」
伊織「……出して」
新堂「はい」
律子「わざわざすみません、新堂さん……私まで送ってもらっちゃって」
新堂「いえいえ。日頃お嬢様がお世話におりますから」
律子「いえ、そんな……」
伊織「別にそんな畏まらなくてもいいのよ、律子」
律子「そ、そう?」
伊織「ええ……」
伊織「………………」
伊織「あずさは明日、大丈夫かしら」
律子「あずささん、あれだけ飲んでたけど二日酔いはしない体質みたいなのよ。良いんだか悪いんだか……」
伊織「まったく……毎日仕事あるのよ、昔と違って」
律子「そうねー……昔とは随分変わったものだわ。たった三ヶ月なのにね」
伊織「……………………うん」
律子「? 伊織?」
伊織「なによ」
律子「いや、なんでも……今日はだいぶ疲れてるみたいね?」
伊織「ええ、まあ……ね」
律子「しっかりしてよ、リーダー。竜宮小町はまだまだこれからなんだから」
伊織「そうね…………」
律子「『フェアリー』にも負けてられないし」
伊織「!」ドキッ
律子「ん? どうかした、伊織?」
伊織「なんでもないわ。……ほら、着いたわよ」
律子「あ……早いものね。わざわざありがとうございました」ペコリ
新堂「お気になさらず」
律子「お疲れ、伊織。明日からもよろしくね」
伊織「ええ。律子もお疲れ様」
律子「それじゃ、おやすみなさい」
伊織「おやすみ」
********
自室
伊織「はあ…………………………」
今日で三ヶ月……ね。
竜宮小町結成から……それと、フェアリーの結成からもちょうど三ヶ月ちょっと……。
私も……少しは成長出来たのかしら。
もし、三ヶ月前の私が今と同じ実力を持ってたらアイツは……。
………………くだらないわ。こんなことで悩んでも"ムダ"なのに……。
今日はもう寝ましょ。
明日になれば忘れるわ、きっと。
人生の無駄を清算する、生涯最後の一時。
………………それが、ロス:タイム:ライフ。
翌日
伊織「おっはようございまーす!」
小鳥「あら、伊織ちゃん。おはよう」
伊織「あれ? 小鳥だけなの?」
小鳥「そうねえ……他のアイドルの子達はまだ来てないかしら」
伊織「アイツは?」
小鳥「プロデューサーさん? 今日はフェアリーのフェスだから、朝から付きっきりだってぼやいてたわよ」
伊織「…………そ。ま、いいけど」
小鳥「最近寂しがってたわよー。伊織と全然喋れてない、って」
伊織「……ふんっ、何言ってんだか」プイッ
小鳥「……ニヤけてるわよ?」ニヤニヤ
伊織「ちょ!? ニヤけてないわよ!!」
小鳥「でも、この頃どうしたの? ちょっと前まではずっとプロデューサープロデューサー言ってたのに」
伊織「言ってないわよ、そんなこと!」
小鳥「顔が赤いわよ〜?」ニヤニヤ
伊織「もう!! なんなのよ、本当に!!」
小鳥「今日のフェス、見に行ったら? オフでしょ?」
伊織「行かないわよ、フェスなんて!」
小鳥「真ちゃんと雪歩ちゃんも共演するみたいよ〜?」
伊織「そ、そうなの…………」
伊織「………………」
伊織「ま! そ、そうね! たまには真と雪歩を見に行くのも悪くないわね!!」
小鳥「うふふ、そうね〜」ニヤニヤ
伊織「…………ニヤニヤするの、やめてくれない?」
律子「おはようございまーす」
伊織「おはよう、律子 」
小鳥「おはようございます、律子さん」
律子「あら、伊織。今日はオフじゃないの?」
伊織「家に居ると落ち着かないから。学校も今日は休みだしね」
律子「そうなの。レッスンでもする?」
小鳥「律子さん、伊織ちゃんは今日プロデューサーさんに会いにいくそうですから……」
伊織「アイツにじゃないわよ! 真と雪歩に!!」
律子「あら、そうなの? ごめんね、野暮な事言っちゃって」
伊織「違うってば、もう!!」ガタッ
律子「ちょっ、どこ行くのよ!」
伊織「コンビニ!!」バタン
小鳥「…………若いっていいわよねえ」
律子「小鳥さん、人生はまだまだこれからですよ」
小鳥「…………ありがとうございます」グスン
********
伊織「まったく、もう!!」ツカツカ
伊織「律子も小鳥も…………!!」ツカツカ
私がアイツのことを!?
バッッッッッッカじゃないの!!??
アイツのことなんて、これっぽっちも……!
それなのにあの二人ったら、もう!
……あれ、もう事務所の外?
しまったわね、左右確認をし忘れーー
キキーッ!!
伊織「!!」
車!? なんで止まんないのよ!
あーもう、こんなの避けられないじゃない!
まず間違いなく轢かれるわね……助かるといいけど……。
もし助からなかったら…………。
はあ。
こんなことになるんなら、もっと素直になっておけば良かった……。
アイツと話さなくなってからもう三ヶ月だもの。
私だって寂しいわよ、ばか。
…………………………。
……ああああああ! 何考えてんのよ、私はあああ!!!
ていうか車! 何モタモタしてんのよ!
轢くなら轢く! 轢かないなら轢かない! はっきりしなさいよね!!
伊織「ちょっとアンターーってあれ? ……止まってる?」
ピーッ!
伊織「!?」ビクッ
主審「」サッ!
審判団「」サッ!
実況『さあ、開始の合図が鳴り響きました! 今回ロスタイムに挑むのは今人気沸騰中のアイドルグループ、竜宮小町のリーダー水瀬伊織!!』
解説『これからの活躍が見れない事を考えるとなんとも惜しいですねえ』
伊織「えっ……? な、なによ、あんたたち!」
ぜ、全身黄色の不審者……?
なによそれ、聞いたこともないわよ!
実況『あー、水瀬選手! 状況が掴めていない! 』
解説『初めての状況ですからね、困惑してます』
主審「」ピッ!
伊織「なによ……見ろって言うの?」
全身黄色マンが変な板?を両手で持ってる男を旗で指してる。
伊織「? 5時間36分?」
実況『水瀬伊織のロスタイムは5時間36分! 微妙な時間になりましたね』
解説『えー、今届いた情報によるとこれは悩みに費やした時間だそうです』
実況『悩み……。思春期ですからね、そういうことでしょうか』
解説『そういうことでしょう』
主審「」ピッ!
伊織「はあ? もも上げなんてしてどうしたのよ」
主審「」ピッピッ!
伊織「……腕時計? 時間?」
主審「」コクコク
伊織「5時間36分……ロスタイム……」
ロスタイム……ってあれよね?
サッカーの……最後に追加される時間。
…………最後に?
伊織「まさか…………」
実況『おっと、水瀬選手! 現在の状況に気付いたか!?』
解説『彼女は頭の回転の早さも魅力ですから』
伊織「私…………死んじゃったの?」
主審「」コクコク
伊織「ドッキリ……とかじゃないのね?」
主審「」コクコク
実況『職業病ですねえ』
解説『普段から双海姉妹に鍛えられてるんでしょう』
伊織「で、残り時間が5時間ちょっと……ってわけ、か」
主審「」コクコク
伊織「冗ッッッ談じゃないわよ!」ダッ
主審『水瀬伊織、走る! 走ります!』
解説『必死な顔も可愛いですね。流石いおりん』
主審『向かう先は……おっと事務所に戻った!!』
あと5時間…………!?
嘘でしょ……?
私、だって、まだ、これからで…………!
実況『階段に差し掛かっても勢いは衰えません!』
解説『現役最後の試合ですからね。気合いが違います』
ガチャ!
小鳥「あら、伊織ちゃん。早かっーー」
伊織「小鳥! フェスって何時から!? どこで!?」
小鳥「ふぇえ!? え、えーと……」
伊織「早く!」
律子「ど、どうしたのよ、伊織……」
伊織「どうしたもこうしたもないわよ! 時間が無いの!」
律子「時間が……? どういうこと?」
小鳥「えーと……横浜の〇×公園で、午後3時からだけど……」
伊織「横浜! 3時!」
横浜は車でもぶっ飛ばせば30分で着く!
えーとえーと、3時……ってことは4時間後くらいね?
伊織「そう…………」ヘナヘナ
なんだ……全然間に合うじゃない。
焦って損したわ……。
律子「どうしたのよ伊織。なんか変よ?」
伊織「どうしたのじゃないわよ。私ーー」
その時、視界の端っこに小さなバッテンが浮かんだ。
見ると全身黄色マン(審判?)が腕で×を作りながら首を振ってる。
なによ、死んだって言っちゃダメなわけ?
まったく……。
伊織「……いえ、なんでもないわ」
律子「? そう……」
伊織「ちょっとソファ借りるわね」ボフッ
実況『水瀬選手、ソファに腰を下ろした!』
解説『突然のことですからね、彼女も整理を付けたいんでしょう』
そっか…………私、これから死ぬんだ。
ううん、もう死んじゃったんだっけ……。
はあ……今更フェスなんて行って何になるのよ。
それもよりにもよって「フェアリー」の……。
『よし。じゃ、新ユニット『フェアリー』のメンバーを発表するぞ』
忘れもしない、あれは三ヶ月ちょっと前。
『一人目は……響。お前のダンス力には期待してるぞ』
私は特別なんだって。
私は誰よりもすごいんだって。
『二人目は貴音。……そ、お前だよ。貴音の伸びやかなボーカルが欲しいんだ』
そんな自信が、他でもないアイツに折られた日 。
『三人目。これで最後だ。……美希。一緒に頑張っていこう』
頭をバットかなにかで殴られたようだった。
……それから一週間か二週間かして。
律子に誘われて竜宮小町を結成したわけだけど、ちっとも嬉しくなかった。
なんであの時アイツは私を選ばなかった?
そんなの決まってる。
『実力が足りないから』。
伊織「はあ…………」
これから見返してやろうって時に何ヘマしてんのよ、私は…………。
実況『うずくまったー! 水瀬選手、うずくまってしまった!』
解説『誰しもがすんなり受け入れられるわけではないですからね、当然といえば当然です』
律子「伊織? 隣、失礼するわよ」
伊織「へっ?……あ、うん……」
律子「はいこれ。ココアだけど、我慢して」
伊織「ありがと……」
律子「昨日からおかしいわよ。何か悩み事?」
伊織「………………まあ、そんなとこ」
律子「水臭いじゃない。相談乗るわよ」
伊織「……ねえ、律子?」
律子「ん?」
伊織「私は……ちゃんと、アイドル出来てる?」
律子「あー…………」
伊織「…………………………」
律子「自信、無くしちゃったの?」
伊織「………………ええ」
実況『素直ですねえ』
解説『これはこれで大変可愛らしい。流石いおりん』
律子「誰かに何か言われた?」
伊織「……そんなんじゃ、ないけど」
律子「うーん…………そうねえ…………」
気まずい沈黙。
なによ、何か言いなさいよ……。
律子「これから証明していけばいいんじゃない?」
伊織「へ?」
律子「私は伊織のことをアイドルらしくないなんて思ったことないわよ。そんなこと言う人がいるなんて信じられないわ」
伊織「別に、誰かに言われたわけじゃ、」
律子「いいって。……分かるわよ。貴方のプロデューサーだもの」
……お見通しか。
変なとこで鋭いんだから、もう。
律子「いーい? 貴方は『スーパーアイドル伊織ちゃん』なの! そんなこと言う人が間違ってるのよ」
伊織「律子…………」
律子「そんなこと言われて悔しくないの? 見返してやろうじゃないの!」
律子「私も全力でサポートするから。ね?」
伊織「そう……よね……」
律子の話を聞いてたら、なんだか心臓がドカドカうるさくなってきた。
これがやよいのよく言う「めらめらー!」って奴なのかしら?
そうよね……。
私の魅力が分からない人なんてよっっっっぽどの悪趣味かスズメくらいだわ!
でも残り時間は少ない……どうしたら……。
……あ。
伊織「フェス…………」ハッ
律子「伊織?」
伊織「律子。今日、竜宮小町の皆のスケジュールは?」
律子「え? あ、ああ……あずささんは午前中はグラビアだけど、午後はフリー。亜美はこれから4時までラジオの収録ね」
伊織「はぁ!? 4時ぃ!? なんでそんな長いのよ!」
律子「特番なのよねー。 なんでも今年最後の放送らしくて」
伊織「キャンセル! そんなのキャンセルよ!」
律子「で、出来るわけないでしょう!? そんな急に……」
伊織「出来る出来ないなんて聞いてないわ! この伊織ちゃんが頼んでるのよ!」
律子「あ、あんたねえ……さっきまで落ち込んでると思ったら……」ヒクヒク
律子「そもそもキャンセルさせてどうするのよ! 何があるの!?」
伊織「フェスよ!!」
律子「はあ!?」
伊織「フェアリーだかレリゴーだかのフェスに殴り込みよ!! 律子、そういう訳だからよろしく!!」ガチャ!
律子「は、はあ!? 伊織!」
律子「…………行っちゃったし」
律子「……でも殴り込みね。なかなか面白いかもしれないわね……サプライズでとか…………」ブツブツ
********
伊織「着いたっ! ラジオスタジオ!」
実況『……おや? 審判団の姿が見えないぞー』
解説『見事としか言えない足捌きでしたからねえ。置いていかれてもしょうがないでしょう』
ラジオの収録は多分4階のBスタジオ!
ああもう、早くエレベーター来なさいよ!
ピンポーン
伊織「!」
実況『おっと水瀬選手、エレベーターに乗った! そしてここで審判団が到着!』
解説『ですがエレベーターが降りてこないことには彼女に近付けませんからねえ 。階段を使うしかないでしょう』
実況『副審が階段の利用を拒否しています!』
解説『全力疾走の後で階段は辛いですから。仕方ないです』
実況『あーーっと! 主審が副審を引きずっていくー!』
解説『主審も嫌でしょうに。審判としてのプライドでしょうね』
********
Bスタジオ
伊織「ここね……!」
オンエア中?
気にするもんですか!
伊織「邪魔するわよ!」ガチャ
やよい「はわっ!? い、いいい伊織ちゃん!?」
亜美「ちょ、ちょっといおりん! 今これ流れてるんだよ!?」
伊織「ハプニングよ! ナマには付き物でしょ!」グイッ
あっちでスタッフと打ち合わせとかすることを考えたら、こんなところでモタモタしてらんない!
実況『水瀬選手、強引に双海亜美の腕を掴んだー!』
伊織「行くわよ、亜美!」グイグイ
亜美「い、いおりん!?」
春香「ちょっと伊織!? 無茶言わないでよ、オンエア中だよ!?」
春香「ていうかキャラ崩れてるから!!」
伊織「今更キャラなんて気にしてられるもんですか! こっちはこれで最後なのよ!!」
こんな時に何よそのツッコミ!!
あんたはどこまで芸人なの、春香!
やよい「い、伊織ちゃん! おイタはダメですよぅ!」
伊織「るっさい!」グイグイ
亜美「いいいおりん、いた、痛いって!!」
伊織「ごめんなさい! でも急がなきゃいけないのよ!!」
春香「あっ、ちょっと、伊織! コラー!! 今度何か埋め合わせしてもらうからねーーーー!!!」
伊織「ええ、今度ね! なんでもしてあげるわよーー!!」
今度があるかしら。
あればいいのだけれど。
実況『これはラフプレイですねえ』
解説『恥じらいなんて時には邪魔なだけです』
実況『っと、あっという間に局の外に出てタクシーを呼んだ!』
伊織「横浜! 〇×公園! お金ならいくらでも出すから飛ばしなさい!!」
亜美「ちょ、ちょっと、ねえ、いおりん?」
伊織「後で説明するわ。律子に電話するからちょっと待って」プルルル
伊織「あっ、律子?」
律子『こら、伊織! ラジオ聞いたわよ! 今どこにいるのよ!』
伊織「亜美と一緒にタクシー。横浜行きよ」
律子『〜〜〜〜! まったくあんたは……!!』
そりゃ怒るわよね。
ごめんなさい、最後まで自分勝手で。
伊織「…………ラジオのことはごめんなさい。反省してるわ」
律子『…………はあ。ま、確かに生放送にはハプニングが付き物だから……』
律子『それより本気なのね? フェス乱入の件』
伊織「ええ。ワガママ言ってごめんなさい。でも、これしかーー」
律子『……まったく。あずささんならもう事務所にいるから今から向かうわよ』
伊織「あ、じゃあ新堂に送らせるわ。せめての罪滅ぼし」
律子『ええ。もうこれっきりにしてよね、まったくもう』クスクス
伊織「? なんで笑ってるの?」
律子『あんたみたいなのをプロデュースしてると飽きが来ないなって思っただけよ』
伊織「……そ」
律子『照れなくていいわよー?』
伊織「……照れてないわよ、バカ」ピッ
実況『赤らめた頬から放たれる決めゼリフ! 伝家の宝刀が今抜かれたー!!』
解説『まさしく必殺技ですね。実にたまりません』
亜美「あの、いおりん……フェス乱入って……?」
伊織「今日横浜でフェアリーのフェスがあるのよ。そこに乱入するの」
亜美「えええ!? それってまこちんとかゆきぴょんも参加する奴だよね!? ステージ足りなくならない!?」
伊織「あ…………」
しまった。
真と雪歩もパフォーマンスするとなると確かに公園の広さ的にステージが足りなくなるかも……。
どれくらいの規模かは分からないけど…………。
はあ…………最後という最後で爪が甘いのね…………。
こういうとこをアイツは見抜いていたのかしら…………。
伊織「大丈夫、なんとかするわ」
亜美「なんとかって! ノーシュガーなの!?」
伊織「それを言うならノープラン、ね。そうよ」
亜美「はあーー困りますなあ、水瀬さん。こちとらラジオをすっぽかして来てるんですぜ?」
ぎくっ。
それを言われると胸が痛い……。
伊織「…………悪かったと思ってるわよ」
亜美「こっちも遊びじゃないんですぜ、お嬢さん」
伊織「………………ごめんなさい」
実況『ところで審判団の皆さんは?』
解説『もう追いかけることを放棄して横浜行きの電車に乗ってますね。そっちの方が早いからって』
そうだ。
どうせあと数時間で終わりなんだし、これだけは聞いておこう。
伊織「ねえ、亜美」
亜美「ん? なーに、いおりん?」
伊織「私が……私が竜宮小町のリーダーで、どうだった?」
亜美「どうって?」
伊織「その……ちゃんと出来てた?」
亜美「んー…………」
伊織「……………………」
亜美「……えいっ」ダキッ
伊織「きゃっ! あ、亜美?」
亜美「にしし♪ いおりん、あったかいね!」
伊織「ちょ、なによそれぇ!」
こっちは真剣に……!
亜美「……大丈夫だよ、いおりん」ナデナデ
伊織「!」
亜美「竜宮小町のリーダーはいおりんしか考えられないって。ちゃんとリーダー出来てるよ」
伊織「あ、亜美ぃ……!」ウルッ
亜美「泣いてもいいよ。今は亜美にしか聞こえないから……」
伊織「う、…………うぅぅ」グズッ
亜美「よしよし。頑張ったね、いおりん」ナデナデ
実況『美しい絆ですね』
解説『チームメイトからの信頼はとても
厚かったようです』
亜美…………ありがとう。
でもね…………今は私しか考えられなくても……。
もうすぐしたら、私は………………。
横浜
〇×公園
そんなこんなで目的地にやっと着いた。
時間は……うん、まだフェス開始まで2時間はある。余裕ね。
伊織「ありがとう。これで足りるわよね?」バサッ
亜美「わわっ! 束で払うの!?」
伊織「みっともない物も聞かせちゃったしね。お騒がせ料金よ」
あんなに泣いたのいつぶりかしら。
涙、跡出来てないといいんだけど。
実況『流石は水瀬家……』
解説『日本でも有数の大富豪ですからね。余りに余ってるんでしょう』
亜美「りっちゃん達はまだ着いてないみたいだね」キョロキョロ
伊織「そうね。私は真達と話してくるから、亜美はウォーミングアップしてて」
亜美「レジャ→!」
それを言うなら「ラジャー!」ね。
まったく……こんなんでこの先やっていけるのかしら、竜宮小町。
真達は以外とすぐに見つかった。
フェス会場横の小さなテントの中で何か
話してる。
真「伊織!」
伊織「こんにちは、真。それから雪歩も」
雪歩「こんにちは、伊織ちゃん。どうしたの? こんなところまで」
真「あっ! もしかしてボク達のフェスを見に来てくれたの!?」
うーん。
半分正解で半分ハズレかしら。
伊織「フェスのステージってあれ?」
指差す。
そこには二組み分のステージと音響設備。
雪歩「うん、そうだよ」
伊織「そう……アレだけしかないのよね?」
真「? 当たり前じゃないか」
そうよね……。
こうなったら、また…………。
伊織「ねえ……二人とも……」
真「はー! 緊張するね、雪歩!」
雪歩「なんて言ってもあのフェアリーが相手だもんね……勝てるかなあ」
真「負けて元々だもん、全力でぶつかれたらそれでいいんだよ」グッ
雪歩「真ちゃぁん……!」
伊織「……………………」
ダメ、よね。
私と違って、この二人には未来があるんだもの。
この二人にステージを降りろなんて言えない。
真「? 伊織?」
伊織「……二人とも、ステージ、頑張りなさいよ!! 絶対に勝つのよ!!」
雪歩「伊織ちゃん! ……うん、私達、頑張るから!」
真「へへん! 伊織もボク達の姿、目に焼き付けてよね!」
伊織「ええ……頑張んなさいよ……」
そうして私はその場を後にした。
フェス開始まであと2時間を切ってる。
今からステージの増設なんて間に合うはず無い。
亜美になんて言おう。あずさになんて言おう。律子になんて言おう。
ダメなリーダーでごめん?
今までありがとう?
これからはあんた達だけで頑張れ?
どれもなんだかピンと来ない。
実況『おっと、水瀬選手立ち止まってしまった!』
解説『八方塞がりですからね。どうしようもないのかもしれません』
主審「」ピッ!
伊織「なによ、うるさいわね……」
主審「」ピッピッ!
伊織「うるさいって言ってるでしょ!」
主審「」ピッ!
伊織「うるさーーーい!!! どうしろって言うのよ! もうどうにもならないのよ!!!」
律子「何がどうにもならないって?」
伊織「え……………………」クルッ
振り向いた先に居たのは律子とあずさ。
二人とも無事に間に合ったのね。
でも……もう……。
律子「すごいわね。高級車って本当に揺れないの。趣味で車に手を出すっていうのも解らなくないかも」
あずさ「伊織ちゃん? どうしようもないってどういうこと?」
伊織「フェスが……ステージが、無くて…………」
う…………申し訳無さすぎる。
最後という最後までダメね、私は……。そりゃアイツも選ばない訳だわ……。
律子「なんだ、そんなこと? 焦ったわよ、怪我でもしたのかって」
伊織「! そんなことって!」
あずさ「ふふ、伊織ちゃん。伊織ちゃんが亜美ちゃんを連れ去ってる間に私達が何もしなかったと思う?」
伊織「………………え?」
律子「ステージが無いなんて当たり前じゃない、乱入なんだから。無ければ粗悪でも作るのよ、自分達でね」ニヤッ
新堂「あの…………これはどこに置けば……」
律子「あーそれはB-1です。さっき渡した配置図の」
新堂「承知致しました」
って、え? 新堂?
ううん、それだけじゃない……良く見れば千早もいるし、真美もいるし、小鳥もいる!?
皆で荷物を運んで……もしかしてあれって!
伊織「スピーカー……?」
律子「そうよ。ゲリラはゲリラらしく、設備じゃなくて魂で勝負しなきゃね!」グッ
あずさ「かっこいいですねえ、律子さん!」
真美「とりゃ→! 2ついっぺんに運んじゃうぞー!」
千早「真美! 音響機器は繊細なんだからもっと大切に扱わないと!」
真美……千早…………!
亜美「おっ、竜宮小町揃い踏みですな→!」
律子「亜美! アップは済んだ?」
亜美「おう! 亜美、参上!」ビシッ
律子「そ。ならあんたもステージ作るの手伝いなさい。はいこれ配置図」ヒラヒラ
亜美「え”」
あずさ「あらあら。私達にも配置図が配られる前にウォーミングアップしてこなくちゃ〜」
あずさ「ね? 伊織ちゃん」
伊織「へ!? え、ええ! そうね!」
私達のステージを、皆が作ってくれている。
私の最後のワガママに、最後ってことも知らずに、これだけの人が集まって、叶えようとしてくれている。
そっか。
さっきは見つからなかった、三人への言葉が見つかった気がした。
伊織「……律子。ありがとう」
律子「言ったでしょ? 全力でサポートする、って!」ウインクッ
伊織「うん! ……さ、走るわよ! あずさ!」
それは……………………。
ううん。今は言わない。
最後のステージが終わったら、紙にでも書こう。
ありったけを、ありったけのまま。
********
響「流石に緊張するなー! フェアリーでは初めてのフェスだもんね!」
貴音「いつも通りやれば大丈夫ですよ、響。大切なのは平常心です」
P「おっ、貴音。良いこと言うな。その通り、お前らなら大丈夫さ!」
美希「……あふう。ミキは全然平常心だから大丈夫なの」
響「み、美希はもう少し緊張感持った方がいいんじゃないか?」
P「さ、そろそろ始まりだ! お前達のパフォーマンスでお客さんを魅了してこい!」
「「「はい!!」」」
タタッ
P「ふう……後は袖から見るだけか。…………ん? なんだアレ?」
『はぁーい♪ 聞こえてるわね、みんなーーーー!!!!』
P「! この声…………まさか、伊織!?」
『今日、私達は来る予定無かったんだけど…………』
『兄ちゃん姉ちゃーん! 乱入だよ、らーんーにゅーうーーー!!』
『あら亜美ちゃん。春香ちゃんの真似は私がしたかったのに~』
P「竜宮小町…………律子め、やってくれるな」ハハ
P「…………」
P「伊織………………か」
P「お前の才能は怖いくらいだよ、伊織」
P「だからこそ、お前をフェアリーには入れなかった」
P「俺じゃ伊織をダメにしてしまう。それだけは避けたかった」
P「…………でもやっぱりお前に敵うアイドルなんかいないよ。伊織」
********
伊織「音質はしょぼいけどー! 私達の魂を受け取りなさいよねーー!!」
今の私をどこかでアイツも見てるんだろう。
なんて思ってるかな。
伊織「一曲目は……ふふ、まさに今ピッタリの状況だわ! 行くわよ、二人とも!!」
ううん、大切なのは今のアイツの感想じゃない。
私が欲しいのは、このフェスが終わってからのアイツの感想よ!
「「「 SMOKY THRILL! 」」」
********
結果的に言えばフェスは大成功だった。
正式な形での勝負では無かったから、どっちが勝ったとかは分からなかったけど、少なくとも見かけ上では竜宮小町の方がお客さんを集めていた……と思う。
後は、思い残しのないように、アイツにぶつかるだけ……ね。
残り時間は40分くらい。
新堂に飛ばしてもらえばきっと間に合うわ。
P「おう、待ったか?」
後ろから声がする。
私が振り向くと、アイツは頭を掻きながら立っていた。
伊織「少しね。気にするほどじゃないわ」
P「そこで『待ってない』って言わないのは伊織らしいな」ハハ
P「で、話って?」
伊織「…………ずっと聞きたい事があったの」
P「うん。なんだ?」
伊織「私を……私をフェアリーに選ばなかったのはなんで?」
聞いたわ。
聞いてしまった。
P「あー……んー……それはだなー……」ポリポリ
伊織「待って!」
我ながら自分の臆病さには笑ってしまう。
伊織「やっぱりいいわ、言わなくて」
P「そ、そうか? いや、別に言ってもいいんだが……」
伊織「いいってば」
伊織「じゃあ、別の質問……いいかしら?」
P「なんだなんだ。そんなに聞きたい事があるのか」ハハ
ええ。たくさんあるわよ。
好きな映画、好きな食べ物、そういえば誕生日も知らないし、出身だって知らない。
でも、多くは聞けなさそうだし、最後にひとつだけ。
伊織「今の私は…………『スーパーアイドル伊織ちゃん』は…………アンタの中で何番目のアイドルかしら?」
P「なんだよ、そんなことか」ハハ
そんなこと。……はあ、これだから鈍感は。
P「一番だよ。……俺にとって、伊織はいつでも一番さ」
…………これだから鈍感って奴は。
女の子に一番だなんて気安く言えるんだから。
伊織「…………本当に、困ったもんだわ…………」グスッ
P「お、おい? 伊織? ど、どうした、どっか痛いのか?」アタフタ
伊織「うるさい! こっち来てちょっとしゃがみなさい!」
P「は、はい!!」ビクッ
でも一番だって言ってくれた事は嬉しかったから……その、ちょっとだけよ?
だから、ちゃんとお礼と…………。
お別れ、しなくちゃ。
ちゅっ。
伊織「……とっときなさい。アンタの一番のアイドルから、着払いで速達よ!」
なんて恥ずかしさ故に意味の分からないことを言いながら、私は新堂の待つ車に乗ったのであった。
********
あと2分。
さーて、もう終わりね。
主審「」ピッ!
伊織「あ。そういえばあんた達、何処にいたの? 途中から全く見なかったけど」
主審「」フルフル
実況『そういえば彼らはどこにいたんでしょうねえ……リプレイを見てみましょう』
解説『あーーっと、これは』
実況『主審、電車に乗って……おっ!? 既に電車は神奈川県を出ている!?』
解説『完璧に寝過ごしてますね』
実況『なお、この後電車に揺られ審判団は東北地方一歩手前まで行ってしまったようです』
解説『むしろよく帰って来られましたね』
伊織「はーあ。もう終わりか……」
新堂に手紙は渡したし、もう残された事は何も無い。
となると、今まで時間に追われていた筈なのに、残りの2分がやたらと長く感じる。
伊織「ねえ、あんた。知ってる? 私、こう見えてもアイドルなのよ?」
主審「」コクッ
伊織「ふふっ。私は一番になれたかしら……」
主審「」ジッ
伊織「……ねえ。歌っても?」
主審「」コクッ
伊織「ありがとう。それじゃ遠慮なく」
何も言わずに さよならするよ
君と出会えて すごく嬉しかったな……
辛くなるから すべて還すよ
笑ったことも キスしたことも……
いつまでも 忘れないでいるよ
ずっとずっと 空で見守っているよ……
ピッ ピッ ピーッ……
********
後日
新堂「あの……お二人へ、と伊織お嬢様から手紙を預かっておりました」
律子「伊織が…………!?」
P「は、早く見せてください!」
新堂「はい……律子様にはこちら、プロデューサー様にはこちらと」スッ
律子「! これ……!」
P「律子! なんて書いてあったんだ!?」
律子「あのバカ……! 勝手にいなくなったと思えばこんな、こんな……!」
『律子、あずさ、亜美へ
私達は ずっと…………でしょう?
水瀬 伊織』
P「伊織…………」
律子「今思えば……あの日の伊織はなんかおかしかったんです、なんか……」
P「分かってたのかも……しれないな。自分のこの先が」
律子「こんなの……こんなのって……」
新堂「プロデューサー様にはなんと……?」
P「ん……」ペラッ
『バカプロデューサーへ
私は自分が世界一のアイドルだとは思わないわ。
だけど不思議ね、私以上のアイドルがいるとも思わない。
さようなら。元気でね。
水瀬 伊織』
P「はは…………伊織は最後まで『水瀬伊織』だった、って書いてあります」
終わりです。
ちなみに「ロス:タイム:ライフ」のSSはこれが初めてなので、今までのどの人とも違います
期待はずれだったら申し訳無い
エンディングにはORANGE RANGEの「君station」をどうぞ
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