しえな「ボクの居場所」 (138)
悪魔のリドル 第4話付近のSSです。若干時間軸がズレてるところがあります。
兎しえですので完全妄想です。キャラ崩壊はご容赦ください。
地の文です。
中盤にエロ描写がありますのでご注意ください。
>>2から始めますのでよろしくお願いします。
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一人でいるのが楽だった。
誰かに気を遣う必要もないし、なにより誰かに自分を見られる事が無かったから。
視線を感じたりひそひそと話している声を聞くだけで、自分の話をしているんじゃないかと思ってしまうのが苦痛だった。
黒組ではそんな事は気にならなかったが、暗殺者と仲良くするのも何か気が引けた。
空いている教室を見つけて、昼休みの度に勝手に使っているが今のところは咎められるような事はない。
今日もそうして一人で過ごしていたら、唐突に扉が開かれた。
兎角「剣持?」
驚いてそちらを見てみれば、そこにはターゲットの守護者が立っていた。
思わず立ち上がり、しえなは兎角に警戒の視線を向けた。
しえな「な、なんでここに……」
兎角「別に。空き部屋みたいだったから入ってみただけだ」
もしかしたら兎角も暇を持て余して一人になる場所を探していたのかもしれないと思うと体の力が抜けた。
しえな「そうか……」
元々座っていた椅子に戻ると、兎角はその隣に座った。
なんのつもりか分からないので警戒は解かない。
が、兎角を相手に警戒をしたところでなんとかなるわけでもない事も分かっている。
兎角「いつもここにいるのか?」
しえな「うん……」
覗き込んでくる兎角の目は綺麗に澄んでいて、目付きの悪さに似合わない。
一ノ瀬晴を護るなどと言い出す前は、常に機嫌悪そうにしていたのに、今は少し寛容になってきている気がする。
教室での座席は前後だったが、あまり兎角を近くで見た事はなかったから、案外肌が白くて、しなやかな身体付きをしている事に気付いて数秒見惚れた。
兎角「……邪魔なら出て行く」
いつもの仏頂面で、声色も普段通りだったが少しばかり気遣いが窺えた。
しえなが黙り込んだ事を、兎角を疎ましく思っているからだと勘違いしたようだ。
しえな「そんなことはないけど」
しえながそう答えると、兎角がそっと息を吐くのが聞こえた。
話し相手を欲しがるようなタイプではなさそうに見えたから、その反応が意外だった。
しえな「一ノ瀬はいいのか?」
始めから気にはなっていた。
武智乙哉の件以来、兎角を見かける時には必ずと言っていいほど隣に晴がいた。
兎角「あいつは図書室で勉強してる。怪談もしてたけど」
昼休み中の図書室ならば、周りには無関係な生徒がいるから黒組は手が出せない。
それにしたって守護対象者を放置して本校舎まで戻ってくるなんて、よほど暇を持て余していたんだろう。
しえな「走りだな。教室でもそんな話してたから」
兎角「口を挟んでいたら黙っていろと怒られてしまった」
なぜ怒られたのか分からないといった顔をしている。
しえな「追い出されたわけか。怪談の矛盾にいちいち突っ込むなんて野暮だな」
あんなものは子供騙しで、怪談に限らず噂話や都市伝説のようなものは話自体を楽しむものだ。
しかし兎角にはそんなものに縁がなかったのだろう。
兎角「そうなのか?」
意外と素直な返答に少し驚く。
怪談に突っ込むくらいだから捻くれているものだと思っていた。
しえな「そうだよ」
なんだか楽しくなってきて、しえなが笑って返すと、驚いたように兎角が目を丸くした。
無愛想だとばかり思っていたが、目に感情が出やすいのかもしれない。
兎角「剣持もそういう話が好きなのか?」
しえな「怪談に限らず物語は好きだよ。東は?」
兎角「教養程度だ」
兎角が暗殺者の家系のエリートだという話は知っている。
きっと今まで必要なこと以外は省いて生きてきたのだろう。
趣味なんて持ち合わせてもいないだろうから、話を広げるなんて出来そうもない。
しえな「そっか」
しえなが返した後はしばらく沈黙が続いた。
気まずいと思ってチラリと視線だけを兎角に向けると、彼女は何かを気にすることもなく、ただ自然にそこに座っていた。
一人でいる時の独りと、人の中にいる時の疎外感のある独りとでは、孤独感が大きく違う。
兎角はきっとどこにいても何も気にしないんだろうなと、そんな事をふと思った。
人目ばかり気にして、塞ぎ込んでしまう自分とは根本的に違う気がする。
兎角「そろそろ図書室に一ノ瀬を迎えに行かないと」
ため息を漏らして立ち上がると、兎角はしえなを見ずにそのまま背を向けた。
普通は相手を見て、軽く挨拶はするものだが黒組にそんな人間関係は必要ない。
しえな「お付きの人みたいになってるな」
執事とかSPとか、そういったものを思い浮かべて少し皮肉を込めて笑ってみる。
兎角「お前達が狙ってるからな」
兎角はこちらに振り返ると、口の端をわずかに上げて笑ったが、その目は鋭い。
眼光に気圧されて背中にビリビリとした緊張感が走った。
やはり東兎角は只者ではないと思う。
兎角が出て行って、扉が閉まるとしえなは大きくため息をついた。
しえな「ボクはな何をしてるんだ……」
兎角といる間は、不思議と息苦しさや圧迫感はなくて、居心地は悪くなかった。
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今日も兎角が顔を覗かせた。
しえながいる事は分かっているはずなのに、わざわざ来るという事は何か目的があるのかもしれない。
そう思って兎角から視線を外さずに警戒するが、昨日と同じ場所に座るだけだった。
しえな「今日も一ノ瀬は勉強?」
兎角「ああ」
自分からやってきたくせに素っ気ない返事。
警戒心なんて全く感じられないことがかえって不愉快だった。
していないわけではないのかもしれないが、大いに余裕が見える。
ここに来たのも、しえなを大した敵ではないと判断しているのだろうから。
しえな「お前は勉強しなくていいの?」
来週行われるテストに向けて、黒組のメンバーも何人か通っているとは聞いている。
今は一人部屋になってしまったしえなには、静かな環境は事欠かないのであえて図書室に行く必要はない。
兎角「ある程度点が取れればいい」
さらりと答える兎角に感心する。
しえな「自信があっていいな」
よほど勉強しなくてはそれなりの点数が取れるかなんて分からない。
若干憂鬱な気分になって思わずため息をつくと、兎角が顔を覗き込んできた。
兎角「勉強は苦手か?」
しえな「得意ではない。平凡なタイプだよ、ボクは」
兎角「普通でいいじゃないか」
しえな「嫌味か」
しえなは自分が突出したもののない人間だと自覚はしていた。
兎角には得意な事や、彼女にしか出来ない事もたくさんありそうで卑屈な気分になってくる。
兎角「そんなつもりはない」
そうだろうなと思う。
嫌味なんて言うほどしえなに興味はないのだろう。
でももしかしたら、普通じゃない人間は普通の生活に何か思うところがあるのかもしれない。
学校に通って、友達を作って、恋愛をして。
そう考えながら、しえなは苦い思い出を呼び出してしまった事に気が付いて嘆息した。
しえな「普通ってなんだろうな。普通にしてるのにイジメられたりさ」
何も悪い事なんてしていないのに、例え何か理由があったとしても、それは理不尽に開始される。
兎角「お前達が一ノ瀬にしている事も同じじゃないのか」
強い口調ではなかったが、視線はまっすぐで、責められているような気持ちになった。
しえな「イジメと暗殺は違うだろ」
兎角「イジメでも人は死んでるんだろ」
しえな「そうだけど……」
兎角「一ノ瀬はお前に迷惑をかけたか?」
しえな「一ノ瀬が暗殺される理由はないかもしれないが、ボクが暗殺する理由はある」
兎角「理不尽なのは同じだろ」
しえな「……」
言葉を返す事が出来なかった。
人を殺そうとしている事が、何を理由にしても間違っているのは分かっている。
しかし自分がイジメをしているなんて認めたくはない。
兎角「……私が言える筋合いではないんだけどな」
しえなの焦りを感じ取ったのか、兎角は視線を緩めて引き下がった。
なんだか負けたような気分になって、しえなは奥歯をぐっと噛みしめる。
しえな「なんだよ。気を遣っているのか」
兎角「別に」
兎角が何を考えているのか分からなかった。
責めるわけでも、呆れている訳でもなさそうで、かといって興味が無いわけでもない。
少なくともなだめられているのは分かった。
悔しくなって強く視線を返すが、それに反応はない。
しえな「ボクだってお前と同じ暗殺者だ」
はっきりとそう伝える。
兎角はしえなを一瞥し、一瞬暗殺者の目をした後にふっと顔を背けた。
兎角「分かってる。そろそろ行くよ」
時計を見れば昨日兎角が去って行ったのと同じ時間になっていた。
時間を気にして適当に切り上げられたのかと思うと腹立たしかったが、それが自分の現状だと思い知る。
去って行く兎角に声もかけられずに、ただ背中を見送る事しか出来なかった。
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つい先日までは人がいたはずの窓際のベッドに目を向ける。
絡み方がしつこいところはあっても、人懐っこくて正直なタイプだったから別に嫌いだとは思っていなかった。
シリアルキラーだと知った時は驚いたが、性的快楽を求める相手が誰でもいいわけではないだろうし、もう少し一緒に過ごすのも悪くなかったかもしれない。
ただし、風呂には絶対に一緒に入りたくはなかった。
そんな風に考えながら、この黒組に一体何を求める気だろうかと苦笑する。
時間を見ながらそろそろ大浴場に行こうと思い、部屋の扉を開けるとちょうど人が通りかかったところだった。
晴「あっ……!」
晴の姿が見えて、扉がぶつかりかけた事に気が付く。
しえな「ごめ……!」
謝ろうかと顔を出すと、晴としえなの間に兎角が入り込み、ナイフを取り出すのが見えた。
しえな「うわわっ!待て!事故だ!」
攻撃的な兎角を前に、しえなは慌てて扉を盾にして身を隠した。
顔だけ覗かせて兎角と目を合わせると、彼女の険しい目付きは気が抜けたように緩くなった。
兎角「なんだ、剣持か」
しえな「なんだとはなんだ。ここは5号室なんだからボク以外誰がいるんだよ」
兎角がナイフをしまうのを確認して部屋の外へ出る。
兎角「部屋番号なんていちいち見ていない」
庇うように晴に添えられた手を見ながら、しえなは兎角がどれだけ晴を大事にしているかを知る。
晴「ごめんね、しえなちゃん」
しえな「いや、ボクが一ノ瀬を驚かせてしまったんだし」
片手をひらひらと振って軽く詫びると、晴が小さく「ほら、兎角さんも謝って」と兎角を小突いた。
兎角「こいつもお前の命を狙ってる暗殺者だぞ。いつ攻撃してくるかなんて分からないだろ」
しえな「予告票も無しに不意打ちなんかしないよ!」
ルールがある以上はそれに従うつもりでいる。
なによりルールを破ってしまったら報酬が得られなくなってしまうのだから。
晴「もー……兎角さん、なんでいつも喧嘩腰になっちゃうの?」
通常であれば兎角の気性が荒いように見えてしまうが、晴の立場を考えてみるとそちらの方がおかしいと分かる。
どうしてターゲットがそんな心配をしているのか不思議でしょうがない。
晴に怒られた兎角は拗ねたように眉根を寄せていた。
そんな顔を見るのは初めてだったから、驚くと同時に軽く笑ってしまった。
兎角「なんだ」
しえな「いや。お前、そんな顔するんだなって」
兎角「そんな顔って……」
自分では気付いていないのかもしれない。
初めて会った頃の、誰にでも噛みつくような態度はどこへいったのだろうか。
しえな「じゃあ、ボクはお風呂に行ってくるから。おやすみ」
そう言って軽く手を振ると、晴も愛想よく手を振り返してくれた。
兎角は相変わらず無愛想なままだったが、晴と一緒にいる時の一面が見られたのは収穫だった。
何に対しても動揺なんてしなさそうなのに、やはり晴に関する事なら感情的になってしまうようだ。
武智乙哉の時も、天井から降りてきた兎角は切羽詰まった様子で詰め寄ってきた。
もし晴を暗殺する手段を決めるなら、弱みを見つける必要がある。
どう考えても正面きって相手をするのは無理だ。
しえな「そういえば……」
少し歩いて、ふと後ろを振り返る。
兎角と晴の姿はもう見えなかった。
しえな「なんであいつ、ボクだって分かった瞬間にナイフを下ろしたんだろう……」
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ありがとうございます。
兎しえなんてどこに需要があるんだと思いながら作ったので、読んでもらえてうれしいです。
晴「兎角さん、しえなちゃんと仲良いんですか?」
兎角が扉を閉めると、先に部屋に入った晴がこちらへと振り向いた。
兎角「そんなわけないだろ」
双方暗殺者を相手にして何を言い出すのかと思ったが、晴は暗殺者だと分かった上でこの部屋に犬飼伊介を呼んでいた。
武智乙哉に対しても、出来る事なら仲良くなりたいと言っていたのだから、今更どうしようもないのかもしれない。
晴「しえなちゃんが部屋から出てきた時、なんだ剣持か、って言ったでしょ」
兎角は晴の目の前を通り過ぎ、自分のベッドへ腰掛けた。
兎角「だからどうした」
分かりやすくめんどくさげにため息をついてみる。
晴はそれを気にするような態度もなく続けた。
晴「しえなちゃんとよく顔を合わせるって事だよね」
そう指摘する晴の顔は嬉しそうだった。
兎角「……」
確かに考えてみれば、しえなの顔を見た瞬間に力が抜けたのは、昼休みのイメージが重なったからかもしれない。
晴「それに、しえなちゃんの声だけで警戒解いたじゃない。手に予告票や武器を持ってたかもしれないよ?」
兎角「……不注意だった。すまない」
そう言われて初めて気が付いた。
本来なら晴を下がらせて、安全が確保されるまでは警戒を解くべきではなかった。
申し訳なさに俯くと、晴が兎角の隣に座った。
晴「そういうことじゃなくって。友達じゃないの?」
兎角「違う。時々話をするんだ。見慣れた顔になったから油断してたのかもな」
昼休みの事を考えながら、感情を隠す気のないしえなの挙動を思い出す。
驚いた時には驚いた顔をするし、警戒する時には警戒した視線を向けてくる。
晴のように素直に声を上げる事はないが、分かりやすいところは似ているかもしれない。
晴「どんな話してるの?」
兎角「雑談だ。特に理由はない」
晴「理由もないのにしえなちゃんと話すんですか?兎角さんが?」
兎角「普通、雑談に理由なんかないだろ」
晴「そうですけど……」
兎角には晴の言いたい事が分からない。
晴は不思議そうな顔で考え込む仕草を見せると、続けて兎角を見てにこりと笑った。
兎角「なんだよ」
晴「いえ。明日も勉強頑張らなきゃね」
ぐっと拳を握り、気合を入れるようなポーズを取った後、晴は洗面所に入っていった。
また明日も図書室に行くのかと思うのと同時に、自分の行き先もすでに決まっていた。
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電話がかかってきた。
互助会の友達。
久しぶりだったのに話の内容は任務の進捗だけだった。
興味本位で色々と聞かれたが、黒組もまだ始まったばかりで大した話はできない。
話を続けるのも億劫になってきた頃、兎角がやってくるいつもの時間になった。
予想通り扉は開かれ、無愛想な美人が入ってくる。
兎角「……」
しえなが電話中だと気が付くと、扉を閉めてその場に佇んでいた。
どうするべきかと迷っているのかもしれない。
しえな「あ、ごめん。そろそろ……うん。じゃあね」
適当なところで電話を切ると、しえなは兎角に目を向けた。
兎角「別に切り上げる必要はなかったのに」
通話をしている時は居心地悪そうにしていた兎角が、安心したように目を細めて歩いてくる。
姿勢良く席に座る姿だけで、鍛えられた体の様子が窺えた。
こんな相手と戦わなければならないんだから嫌になる。
しえな「いいんだ。少し、催促されただけだから」
兎角「一ノ瀬の事か?」
しえな「うん……」
兎角「互助会なんだってな」
兎角がそんな事まで知っているとは思っていなくて、どきりと胸の奥がざわついた。
考えてみれば、暗殺のエリートならそのくらいの情報を持っていてもおかしくはない。
しえな「……あぁ」
兎角「命令されてきたのか」
しえな「自分の意志だよ」
しっかりとこちらを見据えてくる兎角の目は、冷たく澄んでいた。
しえなも視線を返すが、彼女の眼光に比べて自分の目は濁っている気がしてならなかった。
兎角「私が言えたことではないのは分かっているが、人に暗殺をさせるようなものがまともな互助会だと思ってるのか」
咎めるような、諭すような、それでいて淡々とした口調。
決して強い感情ではなかったが、今までに兎角からは聞いたことのない、訴えかけるような声が印象的だった。
しえな「そんなの関係ない。ボクがみんなのためにそうしたいって思ったんだ」
あそこには辛い時に支えてくれた人がいる。
互助会のためならなんでもやると決めてここへ来た。
兎角「お前の友達は、自分の為に剣持が人を殺すことを受け入れているのか」
少し声のトーンが下がる。
真剣な眼差しに気圧される感覚があったが、なんとかそれには耐えられた。
しえな「どういう意味だよ」
無意識に拳に力が入るのを感じた。
わずかに眉根を寄せて苛立ったような表情を見せる兎角。
兎角「そいつらの神経を疑うと言っているんだ」
かっと頭に血が上るのが自分でも分かった。
次の瞬間には机を強く叩いて立ち上がっていた。
しえな「そんなの東だって一緒だろ!一ノ瀬の為にお前はボクらを殺すんだから!」
兎角「殺す必要はない。私の目的は一ノ瀬を護ることだ」
怒鳴るしえなとは対照的に、兎角は静かな声ではっきりと告げた。
その声には強い意志が込められていて、後ろ暗い気持ちのあるしえなには分が悪い事は分かっていた。
しえな「それでも殺す可能性はあるんだ。それを一ノ瀬は平気で受け入れているんだろ。なにが違うんだよ」
兎角「平気なわけじゃない。自分が生きるための手段だ。それに一ノ瀬がどう思っていようと私には関係ない」
しえな「ボクだってそうだ。ボクはボクの居場所を守りたいだけだ」
それは紛れも無い、自分自身の意志だった。
兎角は数秒黙り込むと、しえなへの視線を緩めた。
兎角「本当にそいつらは剣持の居場所なのか」
しえな「そうだよ。一人で苦しんでいたボクを助けてくれたんだ」
手に持つ携帯電話を眺めながら、メールの内容や、会話を思い出す。
傷の舐め合いのようなものかもしれないが、今の自分にとってはそのくらいの事しか支えにはならない。
兎角「……そうか。それを否定しているわけじゃない。でも手段があまりに救われないだろう」
暗殺者が吐くセリフだろうかと、何か言い返してやるつもりで顔を上げるが、しえなはそこで押し黙った。
目を伏せる兎角から優しい空気を感じた。
兎角が自分を心配している事に気付いて、しえなは戸惑い、言葉をなくした。
しえな「……放っておいてくれ。ボクの決めたことだ」
突き放すような言葉しか出てこなくなって、しえなは兎角から目を逸らす。
椅子に座ると、俯いたまま顔を上げる事が出来なくなっていた。
兎角「時間だ。もう行くよ」
気まずくなったのか、もう嫌になってしまったのか、兎角は部屋を出て行った。
しえな「なんだって言うんだよ……!」
扉が閉まり、兎角の気配が消え去るとしえなは自分の襟元をぐっと掴んだ。
ひどく胸が痛む。
時計はまだ、いつもよりずっと早い時間を指していた。
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しえな「もう来ないかと思ってた」
同じ時間、同じ場所、向かい合う距離。
またこの状況になるなんて思っていなかった。
兎角「どうして?」
しえな「呆れたかと思って」
あんな風に言い合ったのに、何事もなかったみたいに入ってくる兎角が何を考えているのか全く分からなかった。
ぎゃぁぁあああ!!
犬が!犬が布団の上でおしっこを……!!
今日は始めたばっかりですが、しばらく空けます。
また戻ります。
兎角「私はお前が怒ってると思ってたけどな」
しえな「じゃあなんで来たんだよ」
怒っている相手になぜ会いに来るのかと、ますます疑問が膨らむ。
兎角はいつもと同じようにしえなの隣に座っている。
兎角「日課だからじゃないか」
そう言う兎角の顔は至って真面目で、冷めた目元はやはりいつもと変わらない。
まるで無意識のうちにここへ来たような言い方だった。
しえな「なにそれ。お前、そんな冗談言うんだな」
どう反応していいか分からずに、素のまま返すと兎角が困ったように頬を掻いた。
兎角「別に冗談で言ったわけじゃないけど……。邪魔なら戻る」
兎角は立ち上がり、しえなに背を向けた。
しえな「お、おい。待てって……」
慌てて兎角の後を追って声をかけると、兎角が驚いたように振り返った。
兎角「剣持……?」
しえなは兎角のそばに寄り、目を伏せた。
少し手を伸ばせば十分に彼女の手に触れられる距離。
しえな「怒ってないよ。少し意地になってた。ボクだって、互助会がまともだなんて思ってないし、ボク自身を正当化する気もない。一ノ瀬を理不尽に暗殺しようとしているのも分かってる」
昨日は指摘されたのが気に入らなくて、自分の中で整理も出来ずに当たり散らしただけだった。
それでも目的は果たさなくてはならない。
みんなのために出来ることがあるなら喜んでやるつもりだった。
しかし、その捌け口である一ノ瀬晴にはなんの落ち度もない。
拳を強く握りしめると、手の平に爪が食い込むのを感じた。
兎角「……あまり思い詰めるな」
兎角の声は低く、優しかった。
目の奥が熱くなるが、ここで甘えるわけにはいかない。
人に優しくされる事に慣れていないだけだと言い聞かせて、頭に残る兎角の声を塗り潰す。
しえな「事実だよ。ボクは一ノ瀬を殺す事を選んだ。自分のことばかりで、一ノ瀬の事なんて考えてはいない」
兎角「暗殺者が相手の事情なんて考えるものか」
しえな「でもイジメが嫌いだなんて、矛盾してる」
もうどうしていいか分からなくて、頭を掻きむしりたくなるのをぐっとこらえた。
自身を両腕で抱いて歯を食いしばる。
しかし自分にはそれしか道がない事も分かっていた。
覚悟は決めなくてはならない。
兎角「もう考えなくていい」
正面から兎角が近づいてくる気配を感じ、顔を上げる間もなく、次の瞬間には抱きしめられていた。
驚きに体が硬直する。
殺されるんじゃないかとほんの一瞬考えたが、兎角の腕はしえなを優しく包んでいた。
数秒ほどで拘束は弱まり、密着した体が離れる。
ふと顔を上げると、兎角の顔が目の前にあった。
兎角から近付いてくるのを感じて目を閉じそうになる。
力が抜けてずり落ちた指先が、机に触れてこんっと小さな音を立てた。
兎角「あ……、すまないっ」
はっと我に返った兎角が大袈裟なくらいに身を引いた。
戸惑ったように口元を手で押さえ、視点が定まっていない。
明らかに動揺している。
しえな「お前……ボクが好きなのか?」
率直に尋ねてみる。
回りくどく確認したって、時間と神経の無駄遣いだ。
兎角「は……?」
しえな「今キスをしようとしたんじゃないのか」
兎角は口元に置いた手を離し、しえなから体をずらして少し考え込んだ。
自分の行動の話なのに、何をそんなに迷っているのだろうかと思いながら、しえなは兎角の答えを待った。
兎角「……分からない。衝動的に動いてしまったから」
頼りない返答に溜息が漏れる。
しえなは兎角に身を寄せて、首筋に軽く噛み付いた。
兎角「け、剣持——!?」
しえな「抵抗するなよ。ボクの方が力弱いんだから」
耳元で息を多めに含ませて囁くと、兎角の体がぴくんと震えた。
続けて鎖骨のラインを指でなぞる。
兎角「なにを……っ」
しえな「いいから大人しくしてろ」
ネクタイを解き、シャツのボタンを外しながら体に口付けていく。
その度に兎角の体は反応し、行き場のない手はしえなのブレザーの裾を掴んでいた。
兎角「ぅっ……あ……」
兎角がもし本当にしえなを好きなのだとしたら、一ノ瀬晴の暗殺にこんなに有利な事はない。
暗殺に対する葛藤は今でも心を締め付けているが、それでも目的は果たさなければならない。
しかし今は兎角の感度の良さに、触れる事の楽しみを感じていた。
しえな「やっぱり、体付きがしっかりしてるんだな」
腰の辺りを撫で、背中に手を回す。
緩んだ部分がなくて、筋肉の付き方にも無駄がない。
素早さ重視の、細身でしなやかな体。
代わりに女性としての色気はあまりないようだが。
それでも引き締まったその体をなぞるだけで十分楽しむ事は出来た。
兎角が「やっ……めろ……っ」
体に触れるごとに兎角の声が跳ねる。
しえな「気持ち悪い?」
顔を上げて尋ねると、兎角は顔を赤くした。
兎角「そういうわけじゃ……っ」
当たり前だが、こんな兎角は初めてで、こちらを見る素直な目は驚くほどに綺麗だった。
しえな「じゃあ我慢して」
強引に行為を進め、しえなは兎角の胸に触れた。
下着を外し、現れた敏感な部分に口付けて舌で押し込む。
兎角「んっ……はっ……ぁ」
刺激に耐えられないのか、兎角は耳元に頭を寄せ、しえなの肩に顔を埋めた。
息遣いや、わずかに漏れる声が脳に響く。
しえな「東……」
耐える息遣いの中に混じった、女の子らしい声に興奮している事を自覚する。
こんばんは。
どうも、犬の散歩野郎です。
少しお久しぶりです。
いつもありがとうございます。
今回はちょっと長くなってしまいましたが、またお付き合い頂けますと幸いです。
しえなは兎角の下半身に手を伸ばした。
兎角「な、……どこ触っ……!」
下着の隙間から指を差し込み、大事な部分にあてる。
兎角「ぁっ……」
兎角の手がしえなの腕を掴む。
緊張のせいかまだ濡れてはいなかったが、穴の周りを撫でると中から体液が少しだけ溢れてくるのが分かった。
しえな「指入れるよ」
そう宣言して、指先を小さな穴に差し込んだ。
締め付けてくる肉壁の温かい弾力が気持ちよかった。
しかししえなの感覚とは逆に、兎角の体はこわばっている。
兎角「っ……!!」
しえな「痛いのか?」
加減がよく分からない。
いくらも入っていないはずなのに。
兎角の手に力が入り、痛いくらいに腕を握られている。
それでもきっと彼女が感じている痛みの方がずっと大きい。
しえな「力抜いて。余計痛くなるぞ」
兎角の様子に合わせて指の動きを止めているが、落ち着く気配はない。
暗殺者の訓練の方がよっぽど辛そうなのにと思いながら、兎角の女性の部分がとても愛しく感じた。
しえな「ほら、もう抜くから」
兎角「ぅっ……く……」
指を引き抜くと兎角の体が崩れ落ちそうになり、しえなはそれを支えた。
しえな「大丈夫か?」
上気した兎角の頬が首元に触れる。
余裕ぶった警戒心なんて、今はどこにもない。
触れた肌に気を取られそうになりながらもなんとか冷静に兎角を抱きとめ、このまま自分への気持ちを利用する方法を考えてみる。
兎角「あぁ……」
頼りない様子で自分の足で体を支えると、兎角はしえなの体から離れた。
二人の間に空気が入り込み、その温度はとても冷たく感じられた。
兎角は怒るわけでもなく、恥ずかしがるわけでもなく、乱れた服を整えている。
しかし、目を合わせないのはやはり照れているんだろうと思う。
しえな「少し抱きしめていい?」
これは鎖だ。
離れていく温もりと一緒に、兎角の想いが解けていかないように。
非力なしえなが目的を達成するためには、作戦とシナリオが必要だった。
兎角の気持ちを利用してでも任務は遂行しなくてはならない。
兎角「構わないけど……」
そう兎角が答えた時、しえなの中で胸が高鳴るのを自分でもしっかりと感じていた。
いつも平気で目を合わせて来るくせに今はしえなから少しだけ視線をずらしている。
平静を保とうとする不器用な仕草が可愛らしくて、しえなの心には罪悪感が湧き上がっていた。
しえな「時間は?」
兎角「もう少し、ある……」
もう一度感じた兎角の体温に、心が溢れそうになるのをしえなは必死で抑え込んでいた。
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遅い時間に、扉をノックする音が聞こえた。
点呼はもう終わったし、何か通達でもあるのだろうかと、しえなは扉に向かった。
しえな「はい……って、何してるんだ?」
扉を開いた先には兎角の姿があった。
兎角「入っていいか?」
しえな「あぁ……」
兎角を招き入れた後、廊下に目を向けるが、そこには他に誰もいなかった。
しえな「一ノ瀬は?」
兎角「部屋にいる」
しえな「一人にして大丈夫なの?」
扉を閉め、部屋に奥に進む兎角を追う。
興味ありげに部屋を軽く見回すと、兎角は立ち止まってしえなに体を向けた。
兎角「なにかあれば連絡するように伝えてある」
しえな「それにしたってなぁ……」
今の時間帯は人の多い場所なんてない。
昼休みのように黒組ルールを利用するのは難しいだろう。
しえな「……どうした?」
兎角がベッドや洗面所の方をじっと見ているのが気になった。
それにつられてしえなも同じ場所へと目を向けると、兎角が唐突に動いた。
咄嗟に反応する事が出来ず、両手首を掴まれ、壁に背中を押し付けられる。
しえな「ぃたっ……!!」
兎角「大人しくしてろ」
大人しくも何も、抵抗ならもうとっくに始まっていたが、腕なんてビクともしないし、威圧感があり過ぎて足も動かなかった。
隙が全くない。
下手に抵抗して痛い思いはしたくなかった。
しえな「ぅひゃっ……!?」
いきなり首筋に鼻先を押し付けられて、驚きとくすぐったさにしゃくり上げるような声を上げてしまった。
兎角「……変な声を出すな。こっちが驚く」
しえな「うるさいっ。不意打ちなんだからしょうがないだろ!」
兎角「じゃあもう驚かないな」
兎角はしえなの首と肩に口付けた。
しえな「お、おいっ、な……ぁっ!」
首に兎角の舌が這うのを感じる。
ぬるい感触に体が反応してしまう。
しえな「いきなり何をするんだ!」
抗議をするが返事はない。
しかし手首を押さえ付ける力が緩んだので、しえなはほっと息を吐いた。
しえな「どうし……」
声を掛けようとしたその時、兎角がしえなの体を抱えてベッドの方へ歩き出した。
しえな「えぇえええ!?」
兎角「暴れるな。落ちるぞ」
しえな「女が人一人抱えるなんてどんな力してるんだよ!?」
兎角「ちゃんと鍛えてるからだ」
それは昼に触れた時に気付いていた。
きっと彼女には力があるし、動きも素早くて、武器の扱いにも慣れている。
生活の一つ一つが一般的なものとは全く違うのだろう。
感心している間に、しえなはベッドに寝かされ、兎角が上から覆いかぶさってきた。
しえな「へ……?」
兎角はしえなの服に手をかけ、ボタンを外した。
しえな「ま、待って!お前これレイプだろ!?」
兎角「昼にあんなことしたお前が言うのか……」
ため息まじりに応える兎角の顔は今までに見た事がないくらい呆れていた。
忘れていたわけではないが、返す言葉がなくて口ごもると、兎角は引き続きしえなの服を脱がせにかかった。
兎角「嫌がってくれた方が興奮するからいいけど」
しえな「へ、変態!」
兎角「冗談だ」
兎角はしえなの鎖骨に軽く歯を立てた後、優しく舌でなぞった。
口付けられた場所に兎角の熱い吐息を感じる。
しえな「ぅ……、ふぁ……」
ぞくぞくと背筋が震える。
兎角「キスしていい?」
こんな事までしておいて、今更そんな事を聞いてくるのかと思う。
兎角なりの気遣いなのかもしれない。
しえな「……ダメだ」
兎角「どうして?」
しえな「お前は敵だから……」
兎角「どう関係があるんだ?」
理由を言いたくなくて、少しだけ黙ると兎角が心配そうな顔で覗き込んできた。
無愛想だと思っていたのに、野良猫でも懐いてしまえば可愛いところが見られるものだ。
しえな「……好きになっちゃうだろ……」
絞り出した声は少しかすれていた。
胸が苦しくて、息が詰まりそうになる。
兎角はしえなの様子を見ながら目を丸くしていた。
兎角「私はお前が好きだけど、お前もそうなんじゃないのか」
しえな「さらっと自意識過剰な告白をするんだな……」
これだけ苦しい思いをしている自分が馬鹿みたいだった。
兎角「剣持は好きじゃない相手にあんな事をするのか?」
しえな「暗殺者は殺したいから殺すわけじゃないだろ」
兎角「……確かにそうだな」
こんな馬鹿みたいな屁理屈に納得するなんて思っていなかった。
兎角「じゃあ好きになればいい」
しえな「すごいなお前」
納得したんじゃなくて、始めから聞く気がなかったらしい。
少しも引き下がる気配のない兎角の強引さが羨ましく思えた。
それでも顔を近付けてくる動作は緩慢で、逃げる隙は与えてくれている。
しえなはその隙には気付かない振りをした。
唇が重なって、数秒静止した後兎角から離れていった。
兎角「……好きになりそうか?」
そう聞いてくる兎角の顔は赤くて、不安そうに瞳を揺らしている。
自信があるんだかないんだか分からない子だ。
しえな「いや、まだ……」
兎角「じゃあもう一回……」
兎角がそう言うのを分かって嘘をついた。
もう一度。
出来るならばもっとたくさん。
何度でもキスをしたい。
犬の散歩に行ってきます。
近頃寒いですね。
目出し帽最強です。
本当はもう心臓の鼓動が体を突き破ってきそうなくらい兎角を好きになっていた。
それは今のキスからではなくて、もっと前から。
しえな「ん……ふ……」
兎角の舌がしえなの口内に進入してくる。
それに応えて舌を差し出すと、唇で舌を吸われた。
ちゅ、という音が聞こえて恥ずかしくなる。
何度か舌を絡ませていると、胸の先と下腹部が疼いてくるのを感じた。
そのタイミングを見計らったみたいに、兎角の手がしえなの体をなぞった。
しえな「んっ……」
腰に指先が触れると、勝手に体が震えた。
しえな「東の手、冷たいよ……」
兎角の手を取り、指を握るとその冷たさが伝わってきた。
さっきまでは触られても冷たいなんて思わなかったのに。
しえな「まさか、緊張してる?」
兎角「……」
意外だった。
いつも平気そうな顔をしたから。
しえな「全部余裕なんだと思ってた」
昼休みだって、あんな事をしたのに大きく動揺はしなかった。
今の告白にしても、こちらの都合なんて構いもしない。
そんな風に思っていたから、今の兎角に少し意地悪をしたくなった。
兎角「剣持?」
しえなは掴んだ兎角の指にそっと口付けた。
ぴくんとその指先が震えて、動揺を感じる。
指を甘噛みして軽く舌を這わせると、兎角が息を呑んで顔を赤くした。
その後こくりと喉を鳴らしたところで、ぐいっと腕を引っ張り、兎角の首に両腕を回して深く口付けた。
首の角度を変えて熱情のままに何度も唇を吸い、舌を絡ませる。
その勢いにのって、兎角はしえなの服をずらし、しえなもそれを脱ぎ捨てた。
兎角の膝がしえなの両脚に入り込み、根元にある中心に触れる。
ぬるりとした感触が伝わり、しえなは恥ずかしさに顔を紅潮させた。
兎角は唇を離し、興奮に顔を上気させてしえなをじっと見下ろしていた。
まるで続きをせがむように。
しえな「いいよ……」
もう羞恥心はなかった。
抱かれたくて、気持ちよくなりたくて兎角を求めている。
兎角を敵だなんて思っていたのが嘘のように、彼女を愛してしまっていた。
兎角はゆっくりとしえなの中心に手を伸ばし、少し迷いながら局部を探り当てた。
しえな「……っ!」
手加減の足りない指は、しえなに痛みを与えた。
兎角が無遠慮なわけではない事は分かっている。
兎角「痛いか……?」
強張った体を感知して、兎角が優しく声をかけてくるが、しえなは首を振った。
兎角「私に気を遣うな。痛いなら少し緩めるから」
しえな「い、いいんだ……。このくらいの方が、東の事をちゃんと感じられるから……」
しえなは兎角の背中に手を回して、体を引き寄せた。
兎角の体温が痛みを和らげてくれる気がした。
兎角「剣持……」
心配そうな声。
今なら兎角の優しさを素直に感じる事ができる。
しえな「ボクは東が好きだから、いいんだ……」
兎角の体を離し、彼女の顔を見てはっきりと伝える。
そういえば告白をしたのは今が初めてだった。
ほんの1、2秒ほど兎角はぽかんとした顔を見せて、その後に頬を真っ赤に染めた。
それを隠すように片手で口元を覆い、しえなから顔を逸らす。
兎角の反応が素直すぎて、しえなは今更恥ずかしくなってきた。
しえな「ば、バカ!なに照れてるんだ!」
兎角「照れるに決まってるだろ!」
しえな「お前、ボクに好かれてると思ってたんだろ!?」
あんなに自信を持っていた兎角の目が、今は動揺に揺れている。
兎角「そうだけど、面と向かって言われたら……。なんて言うんだろうな、こういうの……」
顔を赤くしたまま、すっきりとしない表情で兎角は眉をひそめた。
自分の気持ちがよく分からないといった顔だ。
しえな「……嬉しいんじゃないのか?」
兎角「そうなのか?」
しえな「両想いだろ、ボク達」
兎角「両想い……」
しえなの言葉をゆっくりと飲み下すように呟くと、少し遅れて頬を緩めた。
兎角「……そうだな。嬉しい」
珍しく見せた兎角の笑顔に、しえなは見惚れていた。
時々兎角を見ながら美人だなと思う事はあったが、穏やかに笑う姿がこんなにも可愛いとは思わなかった。
しえな「お前、可愛い顔もするんだな」
兎角「からかうんじゃない」
しえな「か、からかってなんか……ぁっ!」
今まで大人しかった兎角の指がゆるゆると動き始めた。
しえな「ば……っ、いきなり、動かすな……っ」
兎角「変な事を言うからだ」
唇の端を上げて意地悪く笑う今の兎角に、可愛らしさなんてものは感じられなかった。
しえな「んんっ、はっ…ぁうっ」
浅いところにゆっくりと出入りする指先が、しえなの体を緩く刺激した。
気が付いたら痛みなんてほとんど感じられなくて、甘い感覚が下腹部にたまっていく。
温もりが欲しくて兎角に手を伸ばすと、彼女はそれに応えて指を絡めた。
そして指を入れたまま体を優しく抱きしめる。
兎角「痛くないか?」
しえな「だい、じょうぶ……っ、はぁ……っ、あぁっ……!」
兎角の指が動くたびに、しえなの体が反応する。
苦しさではなく、それが快感だという事は兎角にも分かったようだ。
兎角「悪い……、我慢できそうにない……」
彼女の熱い吐息は興奮で乱れ、貪るようにしえなに口付けた。
しえな「は……ふっ……!ぅ……んっ!」
兎角「ぁっ……は……、んくっ……」
激しく舌が絡み合い、漏れる息も声もどちらのものかなんて分からなくなっていった。
唇を離すのも惜しいほどに深く結びついた頃に、しえなの中で兎角が過激に動き出した。
しえな「んンっ!?んぐっ……!!ん……ぅう、っく!!」
声が出せなくて、息も苦しくて、もどかしくて兎角の背中を掻き抱いた。
こんなにも兎角が愛しくて、おかしくなりそうだった。
自分の中心から濡れた音が聞こえる。
兎角と混ざり合う音。
段々と頭の中が白いもやが懸かったようにぼーっと痺れて行くのが分かった。
自分の声も聞こえなくて、最後に体が大きく跳ねた事だけは理解できた。
しえな「……――――っ!!」
兎角の手がしえなの頬に触れ、温かさを感じると同時にしえなの意識が沈んだ。
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次に目が覚めたのは深夜だった。
真っ暗で、何も見えない。
服は着ているし、眼鏡は外されていて、ベッドに目立った乱れはない。
何もなかったみたいに静かな室内だったが、下腹部には兎角の感覚がまだ残っている気がした。
唇の温もりと、優しい声を思い出して、心が溢れそうになると同時に激しい寂しさも感じた。
ずっと一人ならそんな気持ちにはならなかったのに、人の温もりを知った直後に孤独を感じるのは、心が砕かれる想いだった。
しえな「……はぁ」
ため息をついて身を起こすと、隣のベッドに黒い影が座っていた。
しえな「うわわわわ!!!お前何やってるんだ!?」
輪郭ははっきり見えないが、その影が兎角だという事くらいは分かる。
兎角「そ、そんなに驚かなくても……」
しえなの声に驚いたのか、兎角の声は若干上ずっていた。
しえなはサイドテーブルに置かれたスタンドのライトを点けると兎角に詰め寄った。
しえな「驚くよ!なんでここにいるんだよ!一ノ瀬は!?」
兎角「ちゃんと連絡は入れてる。大丈夫だ」
声を落ち着かせて、しえなの肩をそっと押し戻す。
兎角の体温を感じて、少し前に感じた愛しさを思い出した。
しえな「一度戻ったのか?」
なんとか平静を装って、自分のベッドに座り、サイドテーブルに置かれた眼鏡をかけた。
兎角「いや。ずっとここにいる」
しえな「は!?お前一ノ瀬の守護者だろ!?」
せっかくの平静もあっという間に崩れてしまって、少しも気持ちが休まらない。
そんなしえなの気持ちは全く伝わらないかのように兎角はぽかんとした顔で、しえなを見つめていた。
しえな「なんだよ」
不機嫌な顔で兎角を睨むが、兎角の表情は変わる事はない。
兎角「お前は、一ノ瀬の心配ばかりしているな」
気になっていたのはそんな事か。
昼休みにも、ここに入ってきた時も、いつもしえなが晴の名前を口にするからだろう。
しえな「別に一ノ瀬の心配をしているわけじゃない」
兎角「じゃあなんだ?」
しえな「東の心配をしてるんだ」
しえながそう答えると、兎角の表情は晴れるどころかますます怪訝になっていった。
兎角「……どこが?」
しえな「ボクを構うせいで一ノ瀬に何かあったら、結果として困るのは東だろ」
昼休みならまだしも、今の時間帯に兎角が1号室にいない事が黒組の誰かに知られたら、間違いなく晴を狙うだろう。
少しでも異変があればきっと兎角に連絡が入るようにはなっているのだろうが、それでも隙を見せる事自体が問題だ。
兎角「まぁ、その通りだな」
しえな「少なくとも、様子を見に戻るくらいはしたっていいんじゃないか」
しえなの理屈には納得しているようだったが、それはしえなに言われたからではなさそうだった。
元々分かってやっている、そういう顔だ。
しえな「なんで戻らなかったんだ?」
兎角「剣持の言う事はもっともだ。でも一ノ瀬は今までずっと一人で生きてきたんだし、私がいてもいなくてもきっとあいつは生きていく。あいつは私を縛り付ける気なんてない」
しえな「でもお前はあいつを護るんだろ」
兎角「そうだ。だが、一ノ瀬は100%私を頼っているわけじゃないという話だ」
少し晴の事を誤解していた気がする。
言われてみれば、晴は一人でここに来て、暗殺者と同じ部屋で寝泊まりするつもりで黒組に参加している。
護られるつもりなんて少しもなかったはずだ。
兎角「それに、お前が目を覚ました時に一人だったら、寂しくなかったか?」
驚きに目が見開いていくのを自分でも感じた。
しえな「は……!?そ、そんなわけ……!」
何か言い訳をして誤魔化そうと考えるが、何も言葉が出てこない。
兎角「勘違いなら、別にいいんだが……」
しえなの微妙な反応に兎角が折れる。
気落ちした空気が伝わってきて、しえなはいたたまれない気持ちになった。
しえな「あー……それは……」
何とかして言葉を絞り出そうとするが、顔が熱くなっていくだけで、不快感が増していく。
それはきっと、兎角の思い通りになっている自分に対しての苛立ちだ。
しえな「……あぁもう!そうだよ!寂しいよ!もしそうだったら寂しかったと思うよ!!」
結局出てきたのは気の利いた言葉ではなくて、爆発した感情だった。
兎角「な、なんで怒るんだ」
しえな「うるさい!嬉しいんだよ!東のそういう優しいところが好きなんだよ!!」
兎角「あ、いや、そうか……すまない……」
どさくさに紛れて愛情表現をしてしまったが、気圧された兎角がそれに気付いたかどうかは分からない。
しえな「なんで謝ってるんだ」
兎角「よく分からんが、怒ってるから……」
しえな「ただの照れ隠しだ……。本当に怒ってるわけじゃない」
兎角「そうか。良かった」
そう言って笑う兎角の表情は本当にほっとしたような優しい顔で、それだけで愛されている事が伝わってきた。
そしてこちらから伝えた言葉もしっかりと伝わっていたようだ。
しえな「もう大丈夫だ。1号室に戻ってやれ」
兎角「本当に大丈夫なのか?」
まだしえなが寂しがっていると思っているのだろう。
真水みたいに澄んだ目がしえなをじっと見据える。
きっと兎角に嘘を吐いたら、それは通じてしまうのだろう。
馬鹿みたいに素直な事は分かっている。
確かにさっきまでは寂しいと感じていたが、今はそんな事は少しも考えていなかった。
しえな「朝には会えるんだろ」
時計をちらりと見やる。
あと数時間後には朝を迎える。
一緒に登校するかどうかは分からない。
でも教室では必ず会える。
授業を受けて、昼休みにも会えるかもしれない。
実際には一緒に過ごせるかどうかは分からないが、それでも会える機会はたくさんある。
学校が楽しみになるなんていつぶりだろう。
しえなが明日を思い描いて笑みを漏らすと、兎角も同じように目を細めた。
兎角「そうだな」
兎角はベッドから立ち上がると、しえなの目前で腰を屈めた。
何をしようとしているのかすぐに理解して、しえなは目を閉じる。
温かい唇が重なって、兎角の気持ちが伝わってきた。
初めてした時のような熱さとは違う優しい感覚。
幸せを形にしたものがここにはあった。
しえな「おやすみ」
兎角「おやすみ」
一度触れた温もりが離れていく。
しかしそれをいちいち憂いていては身がもたない。
兎角「ああそうだ」
部屋を出て行こうとする兎角が、扉の前で一度振り返り、冷たい声を放った。
暗くてほとんど彼女の姿は見えなかったが、今の兎角には甘さは感じられなかった。
兎角「お前、一ノ瀬を殺す気があるのか?」
しえな「当たり前だ。ボクはボクの目的を果たす」
即答した。
兎角からはこちらが見えている事が分かっているから、彼女から目を逸らさずに、彼女に負けないくらいのまっすぐな視線を返す。
兎角「わかった」
兎角にも動揺は感じられなかったが、実際のところはどう思っているかは分からない。
扉が開いて、兎角が出て行く気配を見送った後、しえなは少しだけ笑みをこぼしてベッドに入った。
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兎角「はぁっ!?昨夜と言ってる事が違うじゃないか!」
昼休みの屋上に兎角の甲高い声が響き渡る。
彼女のこんな素っ頓狂な声は初めて聞いた。
晴「しえなちゃんも晴達の味方だー」
本当に嬉しそうな顔をしてしえなの腕にしがみつく晴。
その姿を見た兎角の眉がピクリと動いたが、どちらに嫉妬しているのかはしえなには分かりかねた。
しえな「お、おい。一ノ瀬、あまりくっつくな」
明るいし、可愛いし、いい匂いがする。
兎角が入れ込んでしまう理由が分からなくもない。
しえなが二人に伝えたのは、晴を殺さないという決意だった。
兎角「あれから考えを変えたのか?」
しえな「いや。お前との……えっと、話の途中で……」
正確には行為の途中だったが、晴の手前でそんな事を言えるはずもなく少し濁す言い方になった。
兎角「別れ際には迷いなく応えてたじゃないか」
しえな「迷ってなかったからな。暗殺を放棄する方に、だけど。あそこで本当の事言ったらまた話が長くなるだろ」
晴「兎角さん、すっごく辛そうだったのにね」
兎角「う、うるさい!余計なことを言うな!」
覗き込んでくる晴から思い切り顔を逸らし、兎角は怒ったように眉間に皺を寄せた。
やはり気にしていたのか。
平気そうな雰囲気はただのやせ我慢だったのかと思うと、内心微笑ましい。
晴「耳まで真っ赤だよ」
本当は怒っていない事を分かって、晴はわざと兎角を煽った。
隠しようのない恥ずかしさを誤魔化すように、兎角は頭を雑に掻いて仏頂面を作る。
しえな「からかうと面白いな」
素直な反応が兎角らしいと思う。
ほんの数日前までは、いつも不機嫌で愛想のない朴念仁だと思っていたのに。
兎角「この話はもういい……」
疲れたように大きくため息をついて、兎角は顔を上げた。
兎角「じゃあ剣持も守護者か」
その話になるのは予想していた。
それについてはあまり迷う事もなく、すぐに答えは出ていた。
しえな「いや。ボクは退場する」
晴と兎角の目が同時に見開く。
二人が口を開く前にしえなは続けた。
しえな「正直ボクは戦力にはならないし、他に片付けたい事がある」
兎角「互助会か?」
兎角は立ち上がり、しえなの側に寄った。
分かりやすく心配した顔でまっすぐ見つめてくる。
もうこの目にも慣れた気がする。
しえな「うん。東にはこれからのボクの居場所になってもらう」
兎角「いいのか?制裁なんてないだろうな」
しえな「たぶん。元々ボクが自分で決めてここへ来たんだから、これからの事もボクが勝手に決める」
兎角「すごいなお前」
きっと昨日同じセリフをしえなが言った事なんて、兎角は覚えていないだろうと思う。
しえな「強引なところはお前を見習う事にしたよ」
兎角の持っている強い意志と曲がりようのない信念は、自分にはない憧れだった。
兎角「いつ、出て行くんだ?」
そう聞いてくる兎角の声は少し低くて、怒っているみたいだった。
相談もなく決めた事は悪いとは思っていたが、本来は敵同士で、それぞれの事情があるのだから兎角はそんな事で怒ったりはしないだろう。
だからきっと怒っているのではなくて、緊張と不安を抱いているだけだ。
しえな「近いうち……」
気弱な声が出る。
名残惜しいのは兎角だけじゃない。
兎角「そうか……まだ少しくらい時間はあるんだな?」
しえな「うん……」
兎角「その後も連絡していいか?」
しえな「うん」
兎角「なら、いい」
兎角の目元が緩むのを確認すると、しえなの頬も緩んだ。
視界の端にごそごそと身じろぎする晴の姿が映る。
晴「あのー……晴、邪魔じゃありませんか……?」
兎角「そんなわけあるか」
しえな「気にするな」
それぞれ真顔で答えるが晴の表情は戸惑いを残したままだった。
晴「居心地があんまり良くないんですけど……」
兎角は一人離れた場所にいる晴に歩み寄り、そっと頭を撫でた。
そんな兎角を見て、不愉快な気持ちになるかと思いきや、そうでもなかった。
昨夜のように笑うのは、今のところはきっと自分の前でだけだろうから。
でも一応釘は刺しておこうと思う。
しえな「浮気、するなよ」
兎角の肩を拳でトンっと叩くと、彼女は自信満々に笑った。
兎角「ありえない。お前こそ」
しえな「そんな相手がいないよ」
兎角「……」
晴「……」
しえな「黙るなよ!!どうせボクには友達すらもいないよ!」
真顔で黙る二人に、思わずツッコミを入れるように手を振ってみせる。
兎角にとっての晴のような信頼出来る相手であったり、今心を揺さぶられているみたいに感情的になれる相手がいないという意味だったのに。
兎角「すまない。てっきり自虐ネタというものかと……」
しえな「そんな言葉どこで覚えたんだ」
兎角がお笑いやバラエティー番組を見るなんて想像もできない。
そもそもネタだと思うなら笑えばいいのにと思ったがそれはそれで腹が立つだろう。
晴「晴はもう友達だよ」
そう言って笑う晴の目はとても綺麗で、兎角の澄んだ目とは違う輝きがあった。
自分の弱さが反射してくるようで心苦しい想いもあったが、それはこれから拭い去っていこうと思う。
しえな「ああもう分かった分かった」
晴の言葉が嬉しくて素直になれない自分の心の狭さに嫌気が差す。
そんなしえなの態度に気を悪くする様子もなく、晴はしえなに微笑みを送っていた。
それは同情ではなくて好意だとは分かっている。
しえな「……ありがとう」
小さな声だったけれど、晴はちゃんと聞いていて、満面の笑顔を返してくれた。
その様子を眺めていた兎角の目は穏やかで、暗殺者が何をしているんだと思うと顔がほころんだ。
こんな風に笑うのは随分久しぶりだった。
晴「そろそろお昼休みが終わるね」
晴の声を合図に、兎角としえなが携帯電話を取り出して時間を確認する。
晴が校舎の入り口に足を向けると、それについて兎角が歩き出した。
少し間をおいてしえなが兎角の後ろを歩く。
兎角「剣持」
いきなり立ち止まって振り向いてくる兎角にぶつかりかけて、しえなは慌てて足を止めた。
しえな「っと……急に止ま——!」
身を引いて距離を取るつもりが、顔を上げた瞬間には兎角に唇を奪われていた。
声も出せず、目を閉じる時間もなくて、驚きにただ目を見開く。
唇が重なっていたのはほんのわずかな時間で、兎角は何も言わず、何事もなかったかのように、また晴について歩みを進めた。
晴は今の出来事に気付いていない。
しえなは高ぶる鼓動を抑えようとして心臓の辺りを一度だけ、とんっと叩いた。
そして、平静を装ってまた歩き出す。
前を見れば兎角の頭があって、そのさらさらとした髪の毛を見ていて気付いた。
耳が真っ赤だ。
しえな「っ、このバカ!!余計な事するからだろ!!」
必死で冷静になろうとするのがバカバカしくなって、しえなは兎角の背中に思い切り拳を叩き込んだ。
兎角「げほっ……おま、手、加減……っ!」
しえな「知るか!自業自得だ!!」
立ち止まって背中をさする兎角を置き去りに、しえなは晴の手を引いて歩幅を広げる。
始めは戸惑っていた晴だが、二人を交互に見つめた後にっこりと笑ってしえなに引かれるまま歩き続けた。
——自分の居場所は、自分で作ろう。
終わり
終わりました。
長いしくどいしで色々と反省をしております。
ここまでお付き合い頂いて本当にありがとうございました。
BD最終巻が発売されましたね。終わってしまった事が寂しくてしょうがないです。
もうしばらくSSで発散していきたいので楽しんでもらえるものを作れたらいいなと思います。
またその時にはどうかよろしくお願い致します。
このSSまとめへのコメント
きたーーーーーー
犬さん!
まってました!
犬の散歩さん大好き