元勇者「本物の勇者が現れてから一年経った」(392)


巨竜は 咆哮を あげた!   ▼


勇者「皆いったん退くぞ! おい、聞いてるのか!?」

勇者(くそっ、雷雨で声が――)


巨竜の こうげき!!  ▼


勇者「うわああああぁぁ!!  うぅ……」

勇者「!?  武道家!? おい、大丈夫か! おい!!」

勇者「僧侶、武道家を頼む! 手当てを急げ!!」

勇者「魔法使いも俺の近くに! ルーラの詠唱を――」


巨竜の こうげき!!  ▼


勇者「ぐああああッ!!」


勇者(くそっ、どうすれば!)

勇者(このままじゃ全員……――)



チカッ


勇者(くっ、また落雷が――)


??の こうげき!!


勇者「えっ?」


巨竜に 大ダメージを あたえた! 

巨竜は のけぞり たおれた!  ▼


??「そこの人たち、無事ですか!」

勇者「あ、あんたは――」

??「あとはボクたちに任せて下さい!!」


――


――――――――――――――――


【某アジト】

 

団員A「オラ新入り、とっとと起きろ!」

剣士「……ん……」

団員B「例のデカブツ、こんな朝っぱらから出やがったらしい」

団員C「メシ食うヒマあるかなあ」

剣士「ふああ。……よし」

団員A「よしじゃねえ! さっさと団長ンとこ集まるぞ!」

剣士「あだっ」


――


団長「おう、お前ら集まったな」

団員s「「へい!」」

団長「さっそくだが出陣だ。メシは歩きながら食え。オラ、行くぞ!」

団員s「「へいッ!」」


【村落郊外】

ザッザッザッ  ザッザッザッ  ザッザッザッ

団長「村長にゃ話はつけてある。デカブツを片付けりゃ、久々の酒盛りだ!」

団員A「ひゃっほう!!」

団員B「こんな薄いハムと、水みてえな酒じゃないッスよね?」

団長「おうよ! ヤツら俺らに頼るしかねえから、報酬はたっぷり絞りとれるって訳よ!」

団長C「さっすが団長、商売上手~!」

団長「へっへっ。当然よぉ」

剣士「……あのう」

団長「ん? なんだお前、新入りか」

団長「昨日入ったばっかだからって、手ぇ抜くんじゃねえぞ。死ぬ気で戦え」

団長「もし勝手に逃げ出そうもんなら、必ず探し出して――」

剣士「あのう、俺の分のメシは?」

団長「ん? ちゃんと人数分配ったぞ? おう、お前ら!」

団員A「知らねえよ~」   団員B「ちゃんと取っとけよ、マヌケ野郎」


剣士「……」 グ~

剣士(はあ……。やっぱり面倒くさいな、組織で働くなんてのは)

団長「見えてきたぞ、東の砦だ!」

団員A「何か思ったより小さいっすね」

団長「話によりゃ、デカブツはあの砦をぶっ壊して姿を消したらしい」

団員B「何か思ったよりキレイに残ってますね」

剣士「……なんでまた、砦なんて襲うんだ?」

団長「なんでも、人が造ったもんだけを狙って暴れ回ってるらしい」

団長「じわじわと村に近付いてきてっから、こんままじゃ危ねえとか」

団員C「じゃ、村に来たとき依頼を受けてたら、もっとボロ儲けできたかもっすね~」

団長「おお~? お前もなかなか頭が回るじゃねえか~」

団員C「いやあ、団長には敵いませんて~」

剣士「……」

剣士(ま。人助けって意味じゃ、元勇者におあつらえ向きか)  グ~

剣士(ああ……それにしても腹減ったなぁ)

【砦付近】

団長「……んん~? 妙だな。別に変わった様子にゃ見えんなぁ」

団員A「村のヤツら、ホラ吹きやがったんじゃないっスか?」

団長「だとしても、ちゃあんと金は頂くぜ。こちとら慈善でやってんじゃねえんだ」

団員B「じゃ、もしかして俺ら、剣も抜かずにボロ儲けスか?」

団長「かもな。へへっ、久々のデカいヤマだってのに、腕がなまっちまうぜ」

団員C「そんなら俺、あの砦ン中、ひとっ走り様子を見てきまさァ!」

団長「おおう、気ぃ付けろよ」

剣士「……ん?」

   ガラ…


剣士「おい、止まれ!!」

団員C「へっ?」

ガラガラガラガラガラガラガラガラ
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

団員C「うわわわわ、なんだあッ!?」


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


団長「野郎、砦の中に潜んでやがったか!!」

剣士「違う! あれは――」


ゴーレムが  あらわれた!!  ▼


剣士「もともと砦が魔物だったんだ!」


ゴーレム『オオオォォォォォ』 ガラガラガラ…


団員A「ひっ、ひいっ!!」

団長「うろたえるんじゃねえ! ここは落ち着いて……」


ゴーレムの こうげき!!
あたりいちめんに じなりが おきた!!  ▼


団員B「うわああああああっ!!」

団長「た、退却だあぁーっ!!」


ギルド団員たちは にげだした! ▼


剣士「あらら。腕がなまるんじゃなかったのかよ」

ゴーレムの  こうげき!! ▼

剣士「おっと」

剣士は ひらりと みをかわした! ▼

剣士(それにしても馬鹿でかいゴーレムだな。このサイズのは初めてだ)

剣士(建造物ばっか狙うってことは、明らかに天然モノじゃないよな)

剣士(魔王軍の差し金か? ……ま、俺にはもう関係ないか)


ゴーレム『オオォォォォ!!』


剣士「さーて」


剣士は はがねのつるぎを ぬきはなった! ▼


剣士「来い」


ゴーレム『オオオオオオオ』

ゴーレムの こうげき!

剣士は ひらりと みをかわした! ▼

ゴーレム『オオオオォ!!』

 ズズーンン……

剣士(威力だけはある。まともにくらったら一撃だ)

剣士(だが俺の知る限り、ゴーレムがフェイントを仕掛けてくることはあり得ない)

剣士(その上で、攻撃は全部直線的でノロノロ。1対1じゃ当たる方が難しいぜ)

剣士(その代わり、やたらタフで硬い。長期戦に持ち込まれれば、いくらでも事故は起こり得る)

剣士(急所を知らなければな)

剣士は のびきったゴーレムの腕に 飛び乗った!  ▼

剣士は 一気に ゴーレムの肩まで かけあがった! ▼

剣士(魔力で動いている物質系の魔物には、必ず動力を生み出している部分がある)

剣士(その露出部を――捉える!)

剣士は ゴーレムの 目元に 剣をつきさした! ▼


ゴーレム『オオオオオオオオオオオオオ』

ズズーン    ズズーン   

剣士「うおっと。まだまだ!」

剣士は ゴーレムの目元に はやぶさぎりを はなった!
剣士の こうげき!
剣士の こうげき! ▼

ゴーレム『グググオオオオオオオオオオ』

剣士「とどめ!!」

剣士の こうげき!  かいしんの いちげき!! ▼

ゴーレム『オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ』

ゴーレムに 大ダメージを 与えた!! ▼

ゴーレム『オオオオオオオオ……オオオオオ……』

ゴーレム『オオオ……  オ……   』 ズズズズズーン


ゴーレムを  たおした! ▼


剣士「どうだ。朝飯前だぜ」  ヒュンヒュン  キンッ

とりあえずここまで
まったりローペースで更新していきます


――

【村】

村長「そんな! ここにきて報酬の吊り上げとは!」

団長「ありゃアンタらが思ってるより相当やべえバケモンだ」

団長「本気で片付けるとなりゃ、こっちにも相当の覚悟がいる」

村長「し、しかし魔物については予め詳しく話しておりましたし……」

団長「素人のヨタ話を聞くのと、実際に目で見るのとを一緒にしちゃいけねえ」

団長「嫌なら嫌でいいんだぜ? 他を当たるんだな」

団長「だがこの時期、こんなヘンピな村を訪れるギルドがどれだけあるかねえ……」

村長「うう……」

村長「……村が滅びては元も子もありません。分かりました、割増いたししましょう」

団長「おう。それなら報酬は倍額で、うち半分を前金として頂こうか」

村長「な、なんと!? そんな法外な!!」

団長「こっちもタマ張ってんだ。死んだら終わりっつーな、お互い様だろ?」

村長「しかしあのお金は、村の皆がどれだけ苦心してかき集めたものか――」


団長は 剣を ぬきはなった! ▼


団長「グダグダ渋ってんじゃねえ! 前金を出すのか、出さないのか!?」

村長「ひいっ」

団長「少なくとも、用意してた分はあんだろ! それを出しゃいいんだよ!」

村長「そ、そんな横暴な。これでは盗賊と変わらない!」

団長「仕事はやるって言ってんだろ! さっさと金を出せ!」

村長「ひいっ!」

村長は 小袋を つきだした

いきおいあまって 中の ゴールドが ちらばった! ▼

団長「おーおー、ちゃんとぎっしり詰まってんじゃねえか」 チャリリリン

村長「うう……」

団長「安心しろ、今度こそあのデカブツを片付けてやるからな」


剣士「何から何まで適当だな」  バタン

村長・団長「!?」


団長「いま交渉中だ、後にしやがれ!」

剣士「ゴーレムは倒した。もう何も交渉しなくていい」

団長「はあ!?」

村長「ほ、本当ですか!?」

剣士「ああ」

 ズンッ

団長「な、なんだこの、小樽みてえな岩は」

剣士「あのゴーレムの核(コア)だよ。デカいだろ」

団長「こあ? なんだよそりゃ!」

剣士「ありゃ、知らないのか。そこまでだったとは」

村長「あ、あのう、これは一体……」

剣士「ゴーレムの動力を直接発していた部分だ。普通の岩とは少し違うだろ」

剣士「物質系の魔物を討ち取った証は、こいつを首級代わりにするんだ」

村長「おおっ! では――」

団長「待て待て待てって!!」 ダンッ


団長「いきなり横からしゃしゃり出て、勝手に話を進めやがって!」

剣士「大した仕事じゃなかったから、報酬は半分でいい」

村長「えっ?」

団長「おい!!」

剣士「このテーブルに散らばってる分から頂くぜ」

団長「てめえいい加減に――」

剣士「ほい」ジャララ

団長「!?」

剣士「俺の取り分は2割でいい、一宿一飯の礼だ。あ、パンの方はなかったか」

団長「きっさまあああああぁぁ!!」

村長「ひ、ひーっ!」

団長は 剣を ふりあげた!!

剣士は 団長の手首を とめた
剣士は 団長のうでを ねじった
剣士は 団長を テーブルに 組み伏せた ▼

団長「あ、あが!?」


剣士「団長。昨日の今日で悪いが、俺はこのギルドを抜けるぜ」

団長「いででででで!」 ギリギリギリ

剣士「どうも俺の肌にしっくりこない。最初は適任だと思ってたんだけどな」

団長「いででででで! は、放せ! 折れる! 放せええ!!」 

村長「あわわわわ……」

剣士「約束しろ。これで交渉は終わりだと。じゃなきゃ折る」

団長「いでででででで! さ、さっさと放せえええええ!!」

剣士「折るぜ。歯ぁ食いしばれ」

団長「わわわわわ分かった分かった! それでいい! いいから放せええ!!」

剣士「なんだ、やっぱり聞こえてるんじゃねーか」 パッ

団長「ううっ……ハァ……ハァ……」

団長「きっさまァ……」ギロッ

剣士「ん?」

団長「……くっ……   覚えてろよ!!」

団長は にげだした!  ▼

剣士「ふう」

剣士「という訳で、この話は終わりな」

村長「あ、ありがとうございます。何とお礼を申し上げてよいのやら……」

剣士「仕事だから、礼なんていらない。お互い、支払ったものの対価を受けただけだ」

村長「は、はい。本当にありがとうございます」ペコペコ

剣士「……」

剣士「なあ。俺が(止めにかかる団員全員ぶっ飛ばして)この部屋に入ってきたとき」

剣士「『何から何まで適当だな』って言ったのを覚えてるか?」

村長「え? ええ……」

剣士「あれはアンタに向けても言ったんだぜ」

村長「え!?」

剣士「村人で苦心して貯めた金だって? 本当なら、なんであんな奴らに渡そうとした」

村長「そ、それは……」

剣士「この村を守る切り札なんだろ? 軽々しく手放していいものじゃない」

剣士「もし失敗したらこの村はどうなる。武装に充てた方がまだマシだ」


村長「わ……わしらは……あなたみたいに強くありません」

村長「生き延びるには、あのような連中でも雇い入れ、村を守ってもらうほか無いのです」

剣士「守ってるもらうほか無い? 本当にか?」

村長「そ、そうですとも」

剣士「いいか、イメージしてみろ。この村に、凶悪な魔獣が現れるとする」

剣士「アンタらの金で雇った連中が全員やられる。もしくは逃げる」

剣士「その魔獣が村を荒らしまわり、逃げるアンタをも追う」

剣士「ついに組み敷かれ、アンタは目先の地面に映った、鋭い爪の影を見る」

剣士「その瞬間――アンタは悔いなく、殺されることができるか?」

村長「そ、それは……そのときは……」

剣士「ま、パニック状態でそんな理性は残ってないかもな」

剣士「ただ、もしこの話を他の誰かが聞いたら、どう思われると思う?」

剣士「『なけなしの金で、あんな奴らを雇ったりするから……』だろ、普通は」

剣士「それを聞いたら、アンタ悔しいって思うだろう」

村長「……うーん……」


村長「つまりあなたはこの村を……自衛できるように軍事化しろ、というのですか?」

剣士「俺が一番言いたいのはそれじゃない」

剣士「『覚悟を決めろ』って言いたいんだ」

剣士「アンタさっき、団長のペテンと気迫に圧されるままに金を払っていた」

剣士「村を守る立場のくせに、なんてことはどうでもいい」

剣士「アンタ自身に、覚悟が見えなかった。だから適当だと言ったんだ」

村長「……」

剣士「命がかかっているのなら、全力で覚悟を決めろ」

剣士「俺から言わせてもらえば、誰かをアテにして、その勝利を信じるヒマがあれば」

剣士「いざとなったときに備え、ナイフでも振っていた方がいい」

剣士「いまこの世界は、魔王軍の危機に晒されている。いつ死ぬかも分からない」

剣士「でも最期の瞬間まで、勇者がお前のそばに来て、助けてくれるとは限らないんだ」

剣士「そんなもの、いないも同然だ」

剣士「はっきり言っておくぜ」

剣士「勇者なんてのは、いない」

ここまで


村長「はあ……」

剣士「すまん。勝手に突っ走って話が逸れてしまったな」

剣士「ま! ひっくるめて言えば、後悔のない選択を心がけるべきってこと」

剣士「説教は終わり。俺はいくぜ。じゃあな」

村長「あっ……待って下さい!」

剣士「ん?」

村長「も、もしよろしければ……しばしこの村に留まっては頂けませんか?」

村長「あの巨大な魔物がいつまた現れるかもしれませんし……」

村長「先のならず者たちが、この村を襲ってくるとも限りません」

村長「どうか半月ほどでいい、この村を守ってくれませんか?」

村長「ほれ、この通り、お金は余っておりますゆえ――」

剣士「俺は断る。他を当たりな」

村長「えっ? な、なぜですか?」

剣士「非情な物言いだが、弱いものを全部守ろうとするとキリがないんだ」

剣士「あんまり頼ってくれるなよ。守る方だってつらいんだぜ」  バタン


【村の酒場】

  カラン カラン

剣士「やあ。軽食はとれるかい」

マスター「おう、そこのメニューから選んでくれ。……ん?」

マスター「アンタ、例のギルドの団員じゃないのか?」

剣士「ああ、さっき抜けてきた」 ペラ

マスター「抜けてきたって? ゴーレムはどうしたんだ?」

剣士「もう片付けた。あばれうしどりのソテーと、それに合う酒を」

マスター「片付けた!? アンタ傷ひとつ付いてないじゃないか」

剣士「逃げたと疑われてもしょうがないが、本当なんだとしか言えないな」

剣士「それより腹ペコなんだ。口は結構だが手も動かしてくれよ」

マスター「あ、ああ……」 カシャン カシャン…

 

  客A「あいつ今朝ゴーレムが出たってのに、こんな所で何を」ヒソヒソ

  客B「逃げ帰ってヤケ酒たぁ、なんてふてぇ野郎だ」ヒソヒソ


剣士「――んん! 美味い! 空きっ腹は最高の調味料だな」

マスター「……」ギロ

剣士「あ、ああ、もちろん料理の腕があればこそだ。酒も美味いし――」

マスター「そうじゃねえ。アンタ、ちゃんと戦ってくれるんだろうな」

剣士「はぁ、勘弁してくれ。村長の家にコアを置いてきたから、後で見てこいよ」

マスター「コア? ゴーレムのコアか?」

剣士「そうそう、さすが情報通。もうあんたが傭兵ギルド立ち上げたらいいんじゃないかな」

マスター「そのコアが本物だという確証はねえ」

剣士「2,3日待ってみろよ。もうアレは襲ってこねえからさ」

マスター「なるほど、そんだけあれば十分ここから逃げおおせるな」

剣士「やれやれ。まぁ、本気で信じて欲しいようなことでもないけど」 グビッ

マスター「安心しろよ。俺たちだって、若造のアンタ一人に期待はしてないぜ」

剣士「おっいいね。その調子で、俺のことなんかずっと期待しないでいてくれよ」

マスター「はあ? 何言ってんだお前」

剣士「ふー。ごちそう様ついでにマスター、聞きたいことがあるんだが――」


マスター「勇者の動向?」

剣士「あいつら今、どこまで進んでるんだ?」

マスター「さあ、知らないね」

剣士「わずかな情報でもいいんだが」 チャリン

マスター「……知ってることだけでいいんなら」

剣士「どうぞ」

マスター「例のニセ勇者が利権を剥奪された後、新たに王に勅命を受け」

マスター「魔王を打倒すべく、大陸や海の向こうを転々としている」

マスター「まあ、誰でも知ってる古い情報だが、残念ながらこれで終わりだ」

剣士「えっ?」

マスター「無理ないだろう。こんな辺境にある、何の変哲もない村に勇者が来たことはない」

マスター「俺らだって、最近増えつつある魔物の数が、もし減ったとして」

マスター「それが勇者のおかげだと分かったとき、初めてありがたみを感じる程度だ」

マスター「そんなもんだ勇者なんて。ふふん、損したな。金は返さねえぞ」

剣士「いや、聞く価値のある話だったよ。――さて、それじゃごちそうさん」カラン カラン


【村の通り】

剣士「……」 ザッ  ザッ  ザッ


  村人A「おい、アレが例の……」ヒソヒソ

  村人B「ああ。戦わずに逃げて、村長から金を奪ったって奴だ」ヒソヒソ

  村人C「ちくしょう。俺らが必死に集めた金を……」ヒソヒソ


剣士「」チラッ


  村人A「!」ビクッ

  村人B「……チッ。行こうぜ」

  村人C「臆病者の詐欺師め、地獄に落ちろ」


剣士「はは」

剣士「『臆病者の詐欺師』? よく分かってるじゃないか」

子供「――ねえ、お兄ちゃん」グイッ

剣士「ん?」


子供「お兄ちゃんは、まものをたおしたの?」

剣士「ああ、倒した。良かったな、今日からぐっすり眠れるぜ」

子供「でも父ちゃんたちは、お兄ちゃんはウソつきだって言ってた」

剣士「そうか。それでお前は、父ちゃんの言うことを信じるかい?」

子供「……うん」

剣士「じゃ、俺はウソつきでいいや。真相とは関係ないからな」

子供「でも、父ちゃんだって、ときどきウソ言う」

剣士「ウソを言わない人間なんていないよ。世の中みんなウソつきさ」

子供「でも、でも、お兄ちゃんが、自分でウソっていうなら」

子供「それもウソなんだから、じゃあ、お兄ちゃんはやっぱりまものを倒したの」

剣士「へえ、面白いこと考えるな。じゃあ、やっぱり倒したのかもな」

子供「えっと、じゃあ、ありがとう」

剣士「おう! こっちもありがとな」

子供「? うん!!」

剣士「ただな。ひとつだけ言っておく」


剣士「『ありがとう』って言った後なんだ。大事なのはさ」

子供「えっ?」

剣士「『ありがとう』だけが上手になっちゃダメだ」

剣士「自分もたくさん言われるようにならなきゃな」

子供「そうなの?」

剣士「ああ、お前も大きくなったら分かるさ」

子供「ふうん」

剣士「いや、やっぱり分かんないかもな」

子供「へんなの!」

剣士「ははは。じゃあ俺は行くぜ。元気にしてなよ」

子供「ばいばい!」

 

剣士(さて、この村ともお別れか)

剣士(おそらく近いうちに、あの不良ギルドの逆恨みに遭うだろう)

剣士(でも俺は手を出さない。巨大ゴーレムとどっちがマシだ? 自分達で何とかするんだ――)


【フィールド】

 

剣士「さて」 パラ…

剣士(このまま道なりに進めば、今日中には町に着くか)

剣士「……」ザッザッザッ

剣士(町には魔法使いがいる)

剣士(もう一度仲間に……まあ、ならないだろうな)

剣士(あいつは裕福な貴族の出身だからな)

剣士(あいつが乗り気になっても、身内が絶対に許さないだろう)

剣士(その前に、会いに来るのが『俺』って時点でもう無理だもんな)

剣士(ニセ勇者騒動で、無意味な煽りを受けてなきゃいいけど)

剣士(……やっぱり、会いに行くのはまずいかなあ)

剣士「……」ザッザッザッ

剣士(顔だけでも)

剣士(顔だけでも見に行こう)  ザッザッザッ

ここまで

――――――――――――――――――――――――――

女の子「じいや。わたしもアメがほしいの」

執事「いけません。旦那様より、次の稽古で結果を出すまでお預けとの仰せです」

女の子「姉さまたちだけずるい。わたしもほしい」

執事「お嬢様はなまけすぎです。どうして一生懸命にやらないのですか」

女の子「だって、つまらないもの。おさいほうがじょうずになったって、役に立たないわ」

執事「お嬢様、お聞き分け下さい」

女の子「じいやも、わたしのこといじめるのね」

女の子「じいやなんかきらい。みんなみんな大きらいだわ!」

執事「お嬢様」

女の子「じいやなんか…………グスン……ヒック……」

執事「お嬢様、どうぞ。アメですぞ。こんなにたくさん」

女の子「えっ……?」

執事「ご安心下さい。お嬢様がつらいときは、この爺やめがついておりますぞ」

――――――――――――――――――――――――――――――


【屋敷・三女の部屋】

 

三女「……」

  コン  コン

   執事「お嬢様、執事でございます」

三女「入って」

   執事「失礼します」

  カチャ       パタン

執事「お嬢様。また窓の外を眺めていらっしゃるのですか」

三女「そうよ。今日は雲を追っているの」

執事「昨日は鳥。その前は雷雨でしたな」

三女「そうだったかしら」

執事「お嬢様」

三女「何」

執事「旦那様と奥様がお呼びです。応接間までお越しを」


【屋敷・応接間】

 

公爵「――このたび西の魔道士家には、とても返しきれぬ借りができた」

公爵「我が家の歴史に、遠縁とはいえ英名を刻ませて頂くことにより」

公爵「我が家の歴史で、最大の汚点を払拭してくれたのだからな」

三女「……」

夫人「あなた、言いすぎよ。この子は騙されていただけなのよ」

公爵「事実は覆せぬ。これだけの噂は、3世またいでも消しきれん」

公爵「たとえお前が教会に身を投じ、半年以上の懺悔を捧げてもな」

三女「……」

夫人「あなた、もういいでしょう。最後には、こうして無事に収まったのですから」

公爵「収めたのは我々だ。まったく最後まで世話のかかる」

夫人「あなた!  ごめんなさいね。せっかく大事な日に」

夫人「いいわ、お話はまた明後日にしましょう。その時には笑顔も見せてくれるでしょう」

三女「……はい」

【屋敷・三女の部屋】

 パタン   

執事「お帰りなさいませ。お部屋の掃除は済んでおります」

三女「そう」    スタ   スタ   スタ    ギシ…

三女「……」

執事「もしよろしければ、窓べり用のイスをご用意いたしましょうか」

三女「いらないわ。    ……ねえ、じいや」

執事「何でございましょう」

三女「最近ね。昔読んだ、おとぎ話を読み返したの」

三女「お姫様が窓際で、身分の違う男の人を想うの」

三女「そうしたら、窓の下に生えたツタを伝って、正にその人が会いにくるの」

三女「でも私、思うの。もしそれが意中の人じゃなかったら? 賊以外の何者でもないわ」

執事「……」

三女「もしそうだったら。まるで違う物語になっていたのかも、しれないわね」

――――


――

【裕福な町】

剣士(ようやく着いたぜ)

 ガヤガヤガヤ   ワイワイ  ガヤガヤ

剣士(やけに騒がしいな。また勇者教か? にしては様子が違う)スタスタ

町民A「 」ガチャ

剣士(ん。あの家は――)

剣士「ちょっと、そこのオバさん」

町民A「なんだい? アレ、あんたどっかで会ったかい?」

剣士「今日は一体、何があるんですかい? 祭りか何かの準備にみえるけど」

町民A「ああ、確かに今日は準備だよ。明日の結婚式のね」

剣士「へえ、誰の?」

町民A「この町一番のお金持ち、公爵様のご息女よ!」

剣士「   へえ」

剣士「そっか。そうなのか」


町民A「驚いたでしょ。ほら、あのお嬢さん」ヒソヒソ

町民A「例のさ、ニセ勇者に付いてってしまったもんだから」

町民A「もうどこにもお嫁にいけないって話だったじゃない?」

剣士「……」

町民A「それがびっくり、お嫁に来て欲しいっていう物好きな家があって」

町民A「それだけでもびっくりなのに、お相手の男性、どこの人か知ってる?」

町民A「なんとあの、西の魔道士家よ! 驚いたでしょ!?」

剣士「聞いたことはあるな」

町民A「えっ、あんた知らないの? ほら、本物の勇者様ご一行の――」

    町民B「ちょっと~、お料理の仕込み、手伝いなさいよ~」

町民A「あら! ハーーイ!! いけないいけない、この話はまた今度ね」

剣士「待ってくれ。ほら、薬草と15G。いつか勝手に盗ったの、返すよ」

町民A「えっ? えっ?? ちょっと……」

   剣士「それじゃ」 スタスタ スタスタ…

町民A「……あ! あああっ! 思い出した! あっ、ちょっ……皆に話してこよ!!」


【裕福な町・酒場】


  ガチャ


マスター「いらっしゃい」 ンフッ

剣士「やあ。こんな日だが、飲めるかい?」

マスター「ええ。でも、明日だけは臨時休業よん」

マスター「それで、ご注文は?」ムフッ

剣士「安めの酒を。それに、話好きの常連客も」 チャリンチャリン

マスター「よくってよぅ。 オヤジさーん! 剣士さんがおよびよー!」

剣士(……顔がすでにオカマだもんな……)

マスター「あら、私? オカマスターよ」

剣士「いやアンタはもういい」

オヤジ「おう、俺に話があるってのは兄ちゃんかい」

剣士「ああ」

オヤジ「よーし、おごれーい!」


オヤジ「  」グビ 

   グビ   グビ  グビッ  ド ン ッ

オヤジ「ぷぁーっ!  んで? 何を聞きたいんだ?」

剣士「えーと、そうだな」

剣士「あの屋敷と勇者ってさ。どういう関係があるんだ?」

オヤジ「なんだ、やっぱあんた旅人か。この町で知らねえのはガキと猫ぐらいだ」

オヤジ「まぁ大声で話せるもんでもねえから、よそ者が知らねえのも無理ねえか」

剣士「やっぱり、例の公爵ってのが圧力かけてるのかい?」

オヤジ「まあな。なにぶん長く続いた家柄に、一番汚い泥を塗られたんだからな」

剣士「泥の名前は、ニセ勇者のお供」

オヤジ「そうそう。あんたどこまで知ってるんだ?」

剣士「知ってることを好きに話してみてくれ。おさらいも兼ねるさ」

オヤジ「分かった。だがその前に――」

剣士「ほい」 コトン

オヤジ「おっ、分かってるな。アンタよく見てるぜ」 グビッグビッ


オヤジ「……まずあの家柄の起源だが、詳しいことは俺も知らん」

オヤジ「ただ、最初から金持ちだったみたいだな。貴族の中でもよ」

剣士(恵まれた家柄なんだよな)

オヤジ「話は飛んで、今の公爵の代になって、3人の娘が生まれた」

オヤジ「最初に生まれた長女は、母方に似て美しい金髪の持ち主!」

オヤジ「そりゃもうベッピンさんで、一通りの嗜みもしっかり備えていた」

オヤジ「王族から直々にお声がかかって、あっという間に娶られていったな」

剣士「へええ」 コトン

オヤジ「次に生まれた次女の髪は、父方と同じ深い茶色!」 グビッ

オヤジ「姉ほどではないがやはり美人で、こちらは音楽の才があった」

オヤジ「ほんの数年前に、教会の関係者に嫁いだ。幸せそうな夫婦だったぜ」

剣士(なるほどね。王族、教会とで仲良くなってからの――)

オヤジ「そして3人目だ。知っての通り、明日の式の主役だが」

オヤジ「ああ、まず髪の色がな――」

剣士「オレンジ。朱に近い橙色だ。まるでメラみたいなな」


オヤジ「俺ぁあれも器量が良いし、よくできた娘と思うんだが」

オヤジ「どうも家人は、あの髪が『品の無いケバケバしい色』って嫌っててな」

オヤジ「しかも貴族のたしなみなんて、これっぽっちも覚えなかったもんだから」

オヤジ「他の姉たちに比べて、結構ゾンザイな扱いをされてたらしいぜ」

剣士「へえ。そりゃ」

剣士「初耳だな」   …コトン

オヤジ「ただし、その末妹には飛び抜けた才能があった。それは」 グビッ

オヤジ「呪文だ。小さいうちから、片っ端から呪文を習得していったのさ」

オヤジ「信じられるか? ただの金持ち貴族の血筋だぜ」

オヤジ「あまりに覚えがいいから、一度別の家の子なんじゃないかって疑われて」

オヤジ「間違いなくその家の子ってのが証明されたとき、おったまげたね」

オヤジ「その嬢ちゃんは、魔道の血も、師もなしに、全部自力で覚えたってことだ」

剣士「……」

オヤジ「そうしてその実力と成長を見込まれ、勇者様ご一行に選出されたって訳だ」

オヤジ「あ、『ニセ勇者』様のな。……へい兄ちゃん、グラスは空だぜ?」


オヤジ「んで、例の『ニセ勇者』騒動だ」グビッ

オヤジ「最初みんなが勇者と思い込んでた奴は、ニセもんだった!」

オヤジ「ボロボロになって逃げ帰ったのさ。ドラゴンにやられちまってよ!」ヘヘッ

剣士「ああ」

オヤジ「だがその日のうちに、本物の勇者様が現れた。華々しい登場だ」

オヤジ「なんせ勇者は、ニセ勇者が敵わなかったドラゴンを倒してしまったんだからな」

オヤジ「それに言い伝え通り、呪文も扱えたし、聖剣も持っていた」

オヤジ「ニセ勇者の方は、剣しか能がなかったからな。もちろん普通の剣だ!」

剣士「 ああ」

オヤジ「世間は騒いだ。本物の勇者様のご光臨だ! 俺たちは騙されていたんだ!」

オヤジ「かくして激しい批判を受けたニセ勇者パーティーは、解散となった」

剣士「……」  コトン

オヤジ「うち一人が、先の天才魔法使い――あの公爵の三女だ」 グビグビグビッ

オヤジ「ニセ勇者出征の際に、町中で寄付を募って盛大に送り出した手前」

オヤジ「屋敷に対する非難はえらいもんだったぜ」 グビッ ゴトンッ


オヤジ「嬢ちゃんが帰ってきて待っていたものは、公爵の激しいお怒りと失望だ」

オヤジ「あわや勘当という事態だったが、夫人と執事が必死に庇って事なきを得た」

オヤジ「その後彼女は、教会に足しげく通い、懺悔の日々を過ごすことになった」

オヤジ「公爵は本人の意志だと主張していたが、どうみても体裁のために強いていたんだよなぁ」

剣士「……」

オヤジ「公爵は他の姉たち同様、三女をどっかに嫁がせたかったようだが――」

オヤジ「ニセ勇者についていったって経歴は、そんだけで面目が大暴落だ」

オヤジ「案の定、貰ってくれる貴族ぁいなかった。大体が王族とつるんでっからなぁ」

オヤジ「下手に嫁にもらおうもんなら、王族の心証も悪くなりかねんからな」

オヤジ「ニセ勇者が発覚する前なら、どこもこぞって手を挙げたもんなのに、現金だよなぁ」

剣士「……。おっと」 コトン 

オヤジ「ところが!」 グビッ

オヤジ「ところが一発逆転ベギラゴン!」 グビグビグビグビグビグビ

オヤジ「そんな三女を嫁に欲しいって家があった!!」 ドンッ


オヤジ「それが西の魔道士家だ!」

剣士「それは、どんな家だ?」

オヤジ「さほど金持ちじゃねえが、魔道学校の主席・次席をかっさらった名門だ」

オヤジ「世間じゃそんなことより、真・勇者パーティーの一人を輩出したので有名だな」

オヤジ「ほら、あの僧侶ちゃん。勇者にホの字の女の子。あれが魔道士家んとこの娘だよ」

剣士「へえ。そうだったのか。それで、結婚相手は?」

オヤジ「その兄貴だ! 兄は、他の貴族との縁結びを全部断り――」

オヤジ「この公爵家の三女に求婚したんだ。なんでだと思う?」

剣士「さあな」

オヤジ「見合いの時に、見抜いたそうなんだ。ただもんじゃねえ魔道の才能によ」

オヤジ「強い魔力同士が結ばれれば、より強い種が生まれる――お決まりの迷信よ」

オヤジ「三女は顔も良かったしな。当家からしてみりゃ、願ったりの残りモンだったろう」

オヤジ「一方、公爵家にしてもありがたい話だった」

オヤジ「西の魔道士家は勇者絡みの件で、この界隈じゃ一番人気だったからな」

オヤジ「双方ともにオイシイ話だったわけよ。……ヘイ兄ちゃん、グラス!」

ここまで。セリフばっかですまぬ


オヤジ「――とまあ、そんなもんかねえ? 他に何かあるかい?」グビグビ

剣士「そうだな」

剣士「そのお嬢さんは、今回の結婚についてどう思ってるんだ?」

オヤジ「さあなぁ。でも、そんなに悪いとも思ってないんじゃねぇのか」グビッ

オヤジ「とりあえずは家のメンツは守れたし、将来も安泰ってな流れだしよ」トン

オヤジ「ああ、あとこれは又聞きだが、お相手の魔道士家のムコさん」

オヤジ「さっき言った魔導学校の主席の賢者なんだが、結構ヤサ男で、性格も穏やかとか」

剣士「へえ。そうなのか」

オヤジ「なんもかんも至れり尽くせりだ。落としどころとしちゃ、万々歳じゃねえの?」

オヤジ「少なくとも、『ニセ勇者』パーティーの中じゃ一番ラッキーだろうなあ」

オヤジ「僧侶なんて最終的に教会を追い出されたしな。他の二人はよく知らんが」

剣士「 へえ。そっちも後で詳しく聞かせてくれ」 コトン

オヤジ「後で?」 グビグビグビグビグビ

剣士「先に、そうだな」

剣士「俺は今からそのお嬢さんと話がしたいんだが、どうすればいい?」


――


<夜>


【屋敷・三女の部屋】


  コン  コン


   メイド「お嬢様。メイドでございます」

三女「そう。用件は?」

   メイド「明日の式の日程のご確認を。広間までお越し下さい」

三女「そう」

   メイド「それでは、失礼しま――」

三女「待って」

   メイド「えっ?」

三女「入って」

   メイド「えっ? は、はい。失礼します……」


  ガチャ        パタン

 

三女「……」

メイド「あ、あの……」

三女「執事は?」

メイド「えっ、ええ。先ほどすれ違いまして、急用ができたとのことです」

メイド「このたびのお声かけも、執事より代理を受けたものです」

三女「急用って?」

メイド「えっ? も、申し訳ございません。そこまでは――」

三女「そう」

メイド「……」

三女「……」

メイド「あ、あの……」

三女「あなた」

メイド「は、はひっ!?」


三女「この屋敷に来て、2年と4ヶ月だったかしら」

メイド「えっ!? は、はい、その通りでございます。よくご存知で」

三女「生まれた年は聞いてなかったわね」

メイド「えっ、あ、あの、勇暦2年でございます」

三女「そう。なら私と同い年ね」

メイド「は、はい。恐縮です」

三女「……」

メイド「…………あ、あのぅ……」

三女「」    ギッ 

メイド「!」

三女「」   スタ  スタ  スタ  ゴソゴソ

メイド「??」

三女「」   スタ  スタ  スタ

メイド「えっ? あの?」

三女「これ。あなたにあげるわ」 スッ


メイド「こ……この指輪は……!」

三女「私が以前これを付けていたとき、あなたがちらちら見てたのを覚えてる」

メイド「も、申し訳ございません! け、決してそのような下心は……」

三女「いいのよ。どうせ私にとっては価値のないもの」

三女「傷を癒したり、魔力を補ったりできない、ただの装飾品よ」

三女「生きるのに必要のないものなんて、それに価値を見出す人だけが持てばいいの」

三女「ほんの気まぐれよ。あなたにあげるわ」

メイド「あ、ありがとうございます。しかし、受け取れません」

メイド「我々当家専属の使用人は、お身内の方々より物品を賜ることは、固く禁じられております」

三女「平気。姉様たちも常々、贔屓の下男にやっていたもの」

三女「誰かに咎められたら、私が無理矢理押し付けたことにすればいいわ」

三女「受け取って。これきりだから。受け取って」

メイド「あの……えっと……」

三女「ほら」 ギュッ

メイド「……あ……ありがとうございます……」ボソ


三女「私の用は済んだわ。下がってもよくてよ」 スタ  スタ   ギシッ

メイド「えっ? あ、あのう」

三女「広間へは、取り込んでいるから小1時間ほど遅れると伝えなさい」

メイド「……はい。かしこまりました。……。……」

三女「聞きたいことがあるならいいわ。一つだけ答えてあげる」

メイド「えっ!? あ、あの……はい。それでは不躾ながら」

メイド「お嬢様はその、どうしていつも窓の外を眺めていらっしゃるのですか?」

三女「そう。  そうね」

三女「夢を見てるのよ。回想も、空想も、この先のことも、全部ひっくるめてね」

三女「……!  話は終わりよ。もう出ていって」

メイド「えっ? は、はい、失礼しますっ……」 ガチャ

三女「あなたの」

メイド「!」

三女「カーテシー(お辞儀)、私好きよ」

三女「一度くらい、メイドになってみてもいいと思う程度にはね。おやすみなさい」


――

【屋敷・塀】


   スタッ


剣士(月が綺麗だ。困ったことに)

剣士(苦しい言い訳しか思いついてないが)

剣士(まぁやれるだけやってみよう。多分大丈夫だろう)


  ット   ット   ットン


剣士「……」チラ

   門番「ふああ……」

剣士(大丈夫だな。他に忍び込むものがあっても、別に人食いモンスターじゃない)

剣士(仮想敵はせいぜいコソ泥、言葉の伝わる人間だ。そりゃ緊張感もなくなる)

剣士(あれじゃ本物の魔物が襲ってきても、絶対に使い物にならないな)

剣士(まったく、よくあんな体で仕事が成り立つもんだ。――よし、今か) ットン


剣士(しっかし音を消すためとはいえ、鳴らない財布は悲しいぜ)トンッ

剣士(あのオヤジの飲み代で、ほとんど使い切ってしまったからな――)タタタ

 

   オヤジ『嬢ちゃんと今すぐ話がしたいィ? そりゃ無理だ、諦めな』

   オヤジ『式の前夜だぜ? 親族でも無理だろうに、兄ちゃんみたいなのは尚更だ』

   オヤジ『それでもってんなら、へへ、忍び込むしかねえわなぁ』

   オヤジ『なんでも嬢ちゃん、屋敷にいるときは四六時中、窓に張り付いてるらしいぜ』

   オヤジ『見回りの数? ああ、この間コソ泥が捕まったばかりでな』

   オヤジ『ただ今、絶賛警戒強化中だ。毎晩7、8人はうろついてるぜ』

   オヤジ『残念だったなぁ兄ちゃん、バカなこともできなくてよ』

   オヤジ『まぁ明日みんなで、ドレス姿の嬢ちゃんに会おうや』

 

剣士(明日じゃ遅いんだ)タタタ ット  ットン   タタタ 

剣士(今なんだ。あいつが本音を語ってくれそうなタイミングは)

剣士(勇者一行の一員でも、既婚の貴族でもない、今のあいつに――)


見回りA「ふい~ヒマだな。とっとと部屋に戻りたいぜ」

見回りB「ああ。いくら何でも、結婚式の前に悪さしようなんてクズは居ねぇよ」

見回りA「まぁ夜道を散歩するだけで金が入るんだ。気楽にいこうや」


  剣士(あらま。本当に金の無駄遣いだな) トンッ  タ タタッ


見回りC「……ん?」

見回りD「どうした?」


  剣士(ん。そうでもないか?) ピタッ


見回りC「さっき執事がいなかったか?」

見回りD「執事? 執事がなんだって外をうろつくんだよ」

見回りC「だな。どうでもいいや」  スタ スタ スタ


  剣士(……)


  剣士(他で見かけたのも含めて、これで8人全員……のはずだが……)


【屋敷塀内・窓下付近】

 ット

剣士(お……この角度だとよく見えないが)

剣士(いま窓に映ってる影――ひょっとしてあれが魔法使いか?)

剣士(……3階か。あの壁も何とか登れそうだ)

剣士(まぁツタでも生えてりゃ、もっとやりやすかったけどな)

 

剣士(ん) ピクッ

剣士「…………」

剣士(……うん。さすがは金持ちというべきか)

剣士(すごいのを雇ってるな。居場所が分からない)

剣士(見つかってるか? いや、どちらかというと探られてる感じだな)

剣士(参ったな。こんな一介の町屋敷に居るようなレベルじゃないんだが)

剣士(うかつに窓の下に行けば、一発で補足されるだろう)

剣士(しかしあまり時間もかけられない。さて、どうしたもんか……)


  ジリジリ     ジリ…

剣士(……この一帯はマークされてるな。動く気配がない)

剣士(仕方ない、気付かないフリして出ていくか)

剣士(こいつは多分、大声で増援を呼ぶタイプじゃないだろう)

剣士(下手に騒げば、取り逃がしてしまう恐れがあるからな)

剣士(だからゆっくり後ろに忍び寄り、攻撃してくるはずだ)

剣士(そこを返り討ちで気絶させてしまえばいい)

剣士(気付いてないと思い込ませてしまえば、いかな手練でも虚は突けるはずだ)

剣士(そうと決まれば)

 ザッ

剣士「……」 スタ  スタ  スタ  スタ

剣士「……」

剣士「…………」

剣士(しまった。様子見か。なるほど、そりゃそうだ)

剣士(壁を登ってるときの方が圧倒的に隙だらけだもんな。こりゃまずいぞ……)


ザッ

剣士「!」

××「……」  スタ スタ スタ スタ

剣士(来た。しかし想定外だ、普通に歩いてくる)

剣士(これも困ったな。気付かないってのも無理があるし……)

××「そこの御仁、よろしいですかな」

剣士「……。……あ」

剣士「あのう、すんません、ちょっと俺、飲みすぎて道に迷っちゃって」

剣士「気付いたらこんなトコに……よければ、出口まで案内……」

××「……」

剣士「して頂けると……というのはやっぱり無理がある……?」

××「……はい。……しかし」

××「人違いやもしれませんが、よもやあなたは、勇者様ではございませんか?」

剣士「  ああ。『元』がつくけどな」

執事「やはり。長らくお待ちしておりました。わたくし、執事と申します」

ここまで。今年中に終わらせるつもりだったのにムチャクチャ長くなりそう……


剣士「――何か訳ありのようだが、先にこれを聞かせてくれ」

剣士「執事さんは最終的に、俺をどうしたいんだ?」

執事「お嬢様とお会いして頂きたく存じます。語らいはご自由に結構です」

剣士「その後は?」

執事「その後は……この町の怒りを買って頂くことを許されれば、幸いでございます」

剣士「ふうん。捕まえるとか絶交じゃなくて、『町の怒りを買って頂く』ね」

剣士「なるほど。それが本当なら、俺と争う気はなさそうだな」

執事「機敏なお察し、恐縮でございます」

剣士「しかし、すると魔法使いはすっかりその気ってことか?」

執事「私の口からは申せません。すべてはお嬢様の思し召し次第でございます」

剣士「分かった。他に見逃してくれる条件は?」

執事「そうですな。5分ほど、私めの戯れ言に付き合って頂きましょうか」

剣士「余裕は」

執事「ここは巡回の経路から外れております。お嬢様もまだ一時はあそこに」

剣士「分かった、聞こう。そうまでして伝えたいことを」


執事「――お嬢様は、幼少より聡明なお方でした」

執事「貴族の家に生まれながら、魔王によって世界が恐慌に覆われていると知った時」

執事「自らが何をすべきかを、いち早く悟っていらっしゃったのです」

執事「お嬢様は貴族のたしなみを身に付ける時間のほとんどを、呪文習得に費やしました」

執事「才はとどまるところを知らず、様々な高等呪文をさして難なく習得され」

執事「ついには、王の募った魔王討伐に名乗りを上げるまでになりました」

剣士「始めからそのつもりだったのか? 自分の身や、家を守るためでなく?」

執事「魔王討伐そのものは、お嬢様が自負をかけ、『自分にできること』と判断されたものでございます」

執事「勇者一行に選出された際、当家の者は皆、我が事のように大喜びでした」

執事「町中で宴が催され、お嬢様は激励とともに送り出されました」

執事「そうして――勇者様が交代されてから一年後、この屋敷に戻ってこられた際」

剣士「そこからは知っている。怒れる公爵相手に、執事さんと夫人があいつを庇ったんだろ」

剣士「その後教会に通わされ、毎日無意味な懺悔をさせられていた」

執事「それは誤りでございます。お嬢様は考えあって、教会に通ってらっしゃいました」

剣士「えっ?」


執事「このことを知る者は屋敷において――この町において、私めただ一人ですが」

執事「お嬢様が持参されていた聖書の幾頁は、僧侶指南の導書に差し替えられていました」

剣士「!」

執事「お嬢様は懺悔の祈りを装いながら、新たな力を身につけていらっしゃったのです」

執事「すなわち、ホイミをはじめとする数多の回復・補助呪文を」

剣士「お、覚えたっていうのか? 独学で?」

執事「はい。もはやお嬢様は、熟練の魔法使いにも、僧侶にも相当されます」

剣士「……つまりあいつは、あんた以外の誰にも知られずして」

剣士「一人で『賢者』になったってことか?  はは。信じられない話だな」

剣士「もし本当なら……本当なんだろうな。俺の知る限り、この世で最年少の賢者だ」

執事「……賢者への道は、並ならぬ修練を要すると聞きます。お嬢様はそれを乗り越えられた」

執事「何故か。ついに打ち明けられることはございませんでしたが」

執事「私めは僭越ながらこう存じます。『機に備えていた』と」

執事「その『機』とは身を守るとき、家を、町を、国を守るとき、そして」

執事「今でございます」


剣士「……」

執事「お時間が迫ってきたようです。私めからは、ここまで」

執事「これから屋敷に戻り――お嬢様の部屋の前にて耳を塞ぎ、見張りとなります」

執事「夜明けまでには、話をお済まし下さい」

剣士「……分かった。分かったが、『夜明けまでに』はさすがに余計なお世話だ」

執事「はて、どのようなご解釈を?」

剣士「何でもない」

執事「――勇者様」

執事「お嬢様を何卒。よろしくお願いいたします」 スス…

剣士「執事さん。最後に、俺からも一つだけ」

執事「伺いましょう」

剣士「あなたは一体、何者だ。『執事』以外で答えて欲しい」

執事「――私めは」

執事「その昔、貴方様の母君と、武芸の縁があった者とだけ」

執事「では、お急ぎ下さい」 トンッ   ス…


 ググッ   グンッ

剣士「ほっ」   トンッ 

グッ    グッ    ストンッ

剣士(一旦、窓の屋根に登って……)   ググッ  グッ  

剣士(這いつくばって、上から覗くように窓面へと) カサカサ

剣士(ん)


三女「……」

剣士(……)

三女「…………」

剣士(目が合ってるなら開けてくれ) コン コン

三女「………………」

 ガチャン       キイイィ

剣士「よっと」 スルン

  キイイィ      
          パタン…


【屋敷・三女の部屋】

剣士「髪、伸ばしたんだな」

三女「そうよ」

剣士「久しぶり」

三女「何しに来たの、賊」

剣士「賊? 賊なら何で入れた」

三女「こっちの話よ、賊」

剣士「そっちの話か、花嫁さん」

三女「何。何しに来たの」

剣士「一年前の誼で、結婚式の祝福に来た。おめでとう」

三女「そう。感謝するわ。じゃあもう帰って」

剣士「帰っていいのか」

三女「結構よ。いま窓を――」

剣士「もう一度」

剣士「もう一度いっしょに、旅に行かないか」

短いけどここまで


三女「旅ですって。正気なの」

剣士「ああ」

三女「今更どういうつもり。あの時、自分からパーティー解散を切り出しておいて」

剣士「解散したのは俺だが、結成したのは俺じゃない」

剣士「だから今度は、一から俺がパーティーを作るのさ」

三女「分からないのね。無責任だと言ってるの」

剣士「そうだ、今の俺には『勇者』という責任は無い。晴れて無責任の剣士だ」

三女「その無責任の賊が、何しに旅に出るというの」

三女「まさか『魔王を倒す』だなんて世迷言が控えてるんじゃないでしょうね」

剣士「それも面白そうだが、魔王は魔王担当に任せるよ」

剣士「俺が作るパーティーの旅には、これといった目的はない」

剣士「主軸は『自分探し』。あとは未踏の地を訪ねたり、未知の事柄を知り得たり」

剣士「困っている人を助けたり、困った人を助けなかったり、好き勝手に持論で説教したり」

剣士「仲間と一緒に戦ったり、美味いもん食ったり、冗談をぶつけあったり。そんな旅だ」


三女「……」

三女「それで終わりなの」

剣士「ああ」

三女「本気でそんな行楽に、明日初婚を控えた女性を誘おうとしているの」

剣士「一番最初は、もっと気楽に誘うつもりだった」

剣士「お前が乗り気だったらラッキーで、ダメなら後腐れなく引っ込むつもりでいた」

剣士「でも町に入って、お前の結婚について知ったときからは」

剣士「一年前の馴染みとして、祝いと別れだけ告げて、そのまま去るつもりだった」

三女「……」

剣士「そっちの方が良かったか?」

三女「今は?」

剣士「今は……その後、お前に関する話をもっと詳しく聞いて、自分なりに考察して」

剣士「最後に執事さんの話を聞いてからは――気楽に誘う気分になった」

三女「何よ。最初と変わってないじゃない」

剣士「お前の本音を聞かせてくれ。全てはそれ次第だ」


三女「何よ。勝手にあなたのペースで話を進めないで」

三女「式の前夜に急にふらりとやってきて、旅に行こう、本音を言えだなんて」

三女「淑女に対する扱いが全然なってないわ」

剣士「お前、自分で賊呼ばわりする相手に何言ってるんだよ」

三女「あなたこそ、私がいまどんな立場か本当に分かっているの」

剣士「俺の立場も考えてくれよ。この状況じゃ、あまり悠長に長居できない」

剣士「返事は簡単だろ。たった一言だ」

剣士「『行く』か、『行かない』か」

三女「い」

三女「い加減にして。すぐに答えられる訳ないでしょう」

剣士「迷うってことは、行くってことでいいんだな」

剣士「明日はもう結婚式。ノーなら即答なはずだ」

三女「勝手に決め付けないで」

剣士「決め付けないと、お前いつまで経っても口に出さないだろ」

剣士「夜明けまでグズグズしてると色々とまずいんだ。腹くくろうぜ」


三女「――あなた」

三女「しばらく会わないうちに、変わったのね」

剣士「違う。これが俺なんだ。ちょいと語らせてもらうが」

剣士「勇者扱いされていた時は、なんというか、自分じゃなかったんだ」

剣士「勇者にされた日から、一気に世界中で有名になって」

剣士「会ったこともない人たちからちやほやされて、応援されて、称えられて」

剣士「魔王を倒すという名の下に、負いきれない責任を勝手に負わされて」

剣士「いつしか皆が理想化する勇者像を演じるようになって――」

剣士「なんというか、自分が『勇者』に乗っ取られていくようだった」

剣士「だから今、さっぱりしてるんだ。一時期は確かに落ち込んでたけど」

剣士「これが紛れもない俺なんだ。どうだ分かったか」

三女「分かりたくもないわ。私だって」

三女「屋敷に戻って、何も不自由のない生活を送るようになって」

三女「一日経つごとに、私を支えてきた芯が腐っていくように思えて」

三女「一年前の旅が、だんだん夢みたいに薄らいできて――」


三女「……」

剣士「……執事から聞いた。お前、賢者になったんだってな」

三女「じいやとそんなことを話していたのね」

剣士「お前が呪文を覚えてきたのは、過去を繋ぎとめるためでもあったんだな」

三女「分かった風に言わないで。もちろん公爵家のためよ」

三女「賢者にもなったら、見合いの目通りにも箔がつくでしょ」

三女「これでも、迷惑をかける形になった責任は取ってるつもりなの」

剣士「素直じゃないな。ついでに負けず嫌いのままだ」

剣士「根っこの部分は変わってないようで安心したぜ」

三女「揶揄として受け取っておくわ。あなたは前よりも随分口が減らなくなったのね」

剣士「だからこれが本当の俺――   !  しっ!」


   使用人『………………』

   執事『………………』


剣士「思ったより余裕はなさそうだな」


三女「執事? さっきは下にいたのに、相変わらず神出鬼没ね」

剣士「あの人はタダもんじゃないからな」

三女「当然よ。私の執事なのよ」

剣士「まぁそれに関しても詳しく聞きたいが、今は出発が先だ」

三女「今から出るつもりなの」

剣士「ああ。わくわくしてきただろ」

三女「たまには子供っぽいことも言うのね」

剣士「俺はニセ勇者になる以前から、現役の冒険者だ」

三女「そう」 スタ  スタ      カチャ  ギィィ…

三女は ふくろを てにいれた!
三女は けんじゃのつえを そうびした!
三女は てんしのローブを そうびした!  ▼

剣士「なんだ。クローゼットに旅の支度分、そろえてあったのか」

三女「護身用に忍ばせてあるだけよ」 ゴソゴソ

剣士(結局、最初から断る気なかった訳ね)

三女「何よニヤついて。不愉快ね。とても不愉快だわ」


  コン        コン

三女/勇者「!!」

   執事『お嬢様、申し訳ございません』

   執事『旦那様がお呼びとのことです。お急ぎ下さい』

勇者「あちゃー、夜明けまでってのは本当に冗談だったのか」ボソ

三女「何の話」ボソ

勇者「それより、急がないとまずいんじゃないか」

三女「ノックの間隔が長かったわ。わずかでも時間を稼ぐって合図ね」

勇者「なるほど。じゃあその配慮に応えるぞ」

  ガチャ       キイイィ
  
剣士「さ、行こうぜ」 スッ

三女「 本当に、なってないわね」

三女「レディに手を差し出すときは、手のひらを上に向けるのよ」  …ギュ



 賢者が 仲間になった!   ▼


【屋敷・屋根】

剣士「窓は開けっ放しでいいな」

賢者「何故」

剣士「その方が賊が攫ったようにみえるだろ」

賢者「そう。それもそうね」

剣士「で。さっそく悪いんだけど、ルーラを頼む」

賢者「何ですって」

剣士「ルーラを頼む」

賢者「あなたね。攫った相手に移動呪文を頼むなんて、どういう了見なの」

剣士「無意味なリスクを負うこともないだろ。それともあれか」

剣士「お姫様だっこかなんかで、逃避劇のマネ事でも期待してたのか」

賢者「次にその手の冗談を口走ったら、メラゾーマを見舞うわ」

剣士「悪かったよ。……悪かったって! 杖を下ろせ!」

賢者「どこに行けばいいの。早くして」

剣士「お、王都だ。次は僧侶に会いに行く。頼んだぜ」


賢者「王都ね。待って。イメージするから」

賢者「……」 

剣士「……」

賢者「……」 チラ…

剣士「……」

剣士(前と違って、見送ってくれる者は一人もいない)

剣士(仕方ないとはいえ、辛い出立になってしまったな)

剣士(旅に区切りがついたら、必ずこいつをここに帰してやらなきゃな)

賢者「……いいわ。ルーラの準備は」

剣士「もういいのか」

賢者「ええ。行きましょう」


 賢者は 杖をふりあげた!

 賢者は ルーラをとなえた!  ▼


賢者「新しい旅路へ――」


――

【屋敷】

執事「だ、旦那様! 大変でございます!」

公爵「どうした。お前が取り乱すとは珍しい」

夫人「あの子はどうしたの?」

執事「お嬢様が、お嬢様が賊に攫われました!!」

公爵「な……何だと!?」

夫人「何ですって!? き、きっと何かの間違いよ」

執事「部屋の窓が開け放たれておりました! 壁を登った痕跡もあります!」

執事「厩舎からは馬も盗まれております! おそらく、この日を狙われていたのでしょう」

公爵「すぐに探し出せ! 絶対に連れ戻すんだ!」

執事「すでに手配しております。私めも捜索の許可を」

公爵「もちろんだ、行け!」

執事「はっ」

夫人「ああ神様……あの子が無事でありますように……」


――――――――――――

執事「――残念ながら少なくとも、もう町にはいらっしゃらないようです」

執事「ただ町の者の情報によると、昨日、あのニセ勇者がこの町を訪ねていたとか」

公爵「ニセ勇者だと!?」

執事「お嬢様と同時に姿を消していることから、実行犯の疑いが濃厚」

執事「町民からは彼を非難する声も多く、捜索に協力的です」

公爵「今でもあの若造の顔は覚えている! あの低俗な野盗めが!!」

執事「申し訳ございません。私めがついておきながら何たる失態……」

公爵「詫びを入れる前にもう一度探し出せ!」

執事「はっ」 スッ

執事(勇者様――私めも身を切る思いですが、あなたにははっきり汚名を被って頂く)

執事(犯人像を明確にすることで、お嬢様の家出がより迷彩される。元より覚悟は出来ていたはずです)

執事(その上で恥を忍んで改めて申し上げたい。お嬢様のことを、何卒お願い致します)

執事(お嬢様――爺めができることはここまでです)

執事(どうか御心に深く刻み込まれるような、悔いなき良き旅路を――)

ここまで。  クリスマスか…

>>115で、全く意識してなかったのに凄いキリ番タイム取ってしまった!
そんなことより、今さらながら皆さんレスつけてくれてありがとう。励みになってます

ごめんなさいコンマと勘違いしてました見なかったことに

<夜>


【王都・入口】


  スタッ    スタッ


剣士「なんか久しぶりだな。ルーラの感覚」

賢者「そう」

剣士「一発で成功したのは流石だな。あ、さては度々屋敷から抜け出してたな」

賢者「そこまで転婆になる余裕は無かったわ。あなたと一緒にしないで頂戴」

剣士「俺だって好きで根無し草やってた訳じゃないさ。どこ行ったって大抵は嫌われ者だ」

賢者「ここだと特にそうかしら」

剣士「かもな。さすがに素顔でうろつくのは騒がれるから――」

剣士は バンダナを そうびした! 
剣士は あかのえりまきを そうびした! ▼

剣士「簡単に変装」

賢者「ただでさえ賊なのに、余計不審になったわね」


賢者「それで。これからどうするの」 スタスタ

剣士「もうこんな時間だ、まずは宿屋で一泊しよう」 スタスタ

賢者「外泊なんて久しぶりね」

剣士「大丈夫なのか、オジョーサマ」

賢者「こう見えて覚悟は決めてきたの。何だったら野宿でも結構よ」

剣士「強がるのはいいが、無理なことは無理ってちゃんと言えよ」

賢者「あなたに気遣われると、感謝どころか逆に心配になってくるわね」

剣士「お前、前にも増してツンツンするようになったな」

剣士「おまけに高飛車っぷりと能面っぷりにも磨きがかかってるしさ」

賢者「あなたこそ、多分に毒気が混じったわね。前の方が紳士的ではあったわ」

剣士「垢抜けたって言えよ。何度も言うが、これが素の俺なんだ」

賢者「なら私だってこれが素よ」

剣士「ああ、分かってるよ」

賢者「あなたのその、何でも見透かしたような言い方は気に食わないわね」

剣士「遠慮する必要が無くなっただけさ」


【王都・宿屋】

主人「旅人の宿にようこそ。こんな夜更けまでお疲れ様でした」

剣士「…………」

賢者「……?」

主人「お一人様ひと晩100ゴールドですが、お泊りになりますか?」

賢者「え。ええ。泊まるわ」

主人「ただ今混んでおりまして、お二人様でご一緒のお部屋でよろしいですか?」

賢者「えっ。出来たら別々の個室がいいのだけれど」

主人「申し訳ございませんが……」

賢者「ならやめるわ」

  剣士「おいっ」ボソッ

賢者「世の中には、死んでも嫌なことがいくらでもあるの」

  剣士「さっき『覚悟はしてきた』って言ったばっかりじゃねえか!」ボソッ

賢者「ええ、だから野宿でもいいと言ってるでしょう」

主人「ええっと、あのう……」


――

【王都>宿屋・2F相部屋】

賢者「いい?」

賢者「ここから先に入ったら、本気であなたを屠るから」

剣士「どれだけ占領してんだよ。俺動けねえよ」

賢者「そうね。いっそ朝まで動かないでいて」

剣士「結婚前夜だったご令嬢をいきなり襲うほど下衆じゃねえよ、俺は」

賢者「口に出して不安を煽らないでくれる。耳にするだけでおぞましいわ」

剣士「大体、二人で寝るんなら野宿でも同じことだろうが」

賢者「分からないの。ベッド付きの個室に閉じ込められるのって状況が嫌なの」

賢者「外なら、いざとなったら周囲を火の海にしてルーラで逃げられるでしょう」

剣士「ルーラ使うなら火の海にする必要ないだろ!」

剣士「まったく、前途多難だぜ……」  ギシッ   スタスタ

 賢者は ベギラマを となえ

剣士「ちょっとちょっと待て! 風呂に行くだけだって!!」


【宿屋・1F】

――

剣士(ふう。風呂の気持ちよさは、勇者だった頃と変わらねぇな)

剣士(……ん? 話し声)

剣士(主人一家の控え部屋か)

 

主人「……ああ、ニセ勇者だ。どこかで聞いたような声と思ったんだ」ヒソヒソ

奥さん「まさか。わざわざ王都に戻ってくる理由がないじゃない」ヒソヒソ

主人「俺は1年前、勇者が泊まりに来たってんで舞い上がってたからよく覚えてる」

主人「あの顔を隠した男は、おそらく本物のニセ勇者だ。なあ、どうだろう」

主人「引っ捕らえて教会に突き出したら、恩賞が貰えそうじゃないか」

奥さん「およしよ。仮にもお客さんなんだし、それにあれはきっと、あのお嬢さんの従者よ」

奥さん「きっとお嬢さんを守るために、顔中にひどい傷を負ったんだわ」

主人「いや、そのお嬢さんてのも、前のニセ勇者パーティーで見た顔なんだが……」

主人「でも髪型や雰囲気が違う気がするし……あんな装備じゃなかったし……う~ん……」


剣士(ふーん。思ったよりこの町に居続けるのは危険みたいだな) スッ  スススッ

剣士(教会に突き出して恩賞、ね。『勇者教』の過激派絡みだろうな)

剣士(勇者を神格化するあまり、勇者に関するものを少しでも否定・侮辱したりすると)

剣士(すぐさま厳罰を下しがる狂った集団。騙りなんてもっての他だろう)

剣士(こういう可能性があるから、あまり主人の前で声を聞かせたくなかったんだが)

剣士(まさか賢者があそこまで嫌がるとはな) 

剣士(っと。入る前にノックだったか)

コン コン

   賢者「誰」

剣士(だから声は出したくないんだって)

剣士(どうしようか。執事さんのマネで伝わるか?)


   コン      コン


   賢者「……」
   
   賢者「入って」


【宿屋・2F相部屋】

パタン

賢者「何かあったの」

剣士「その前に自分のベッドまで行ってもいいか」

賢者「どうぞ。何かあったの」

剣士「さっき下で、主人たちの話を盗み聞きしたんだ」

剣士「ニセ勇者を教会に突き出せば儲かるかも、だってさ。声色で勘付かれた」

賢者「そう」

賢者「逃げた方がいいのかしら」

剣士「大丈夫、まだ完全にそうだとバレちゃいない様子だった」 ドサッ

剣士「逃げるのは襲ってきたからでも間に合うさ。今日はゆっくり寝よう」

賢者「そう」

剣士「あっ、お前はもっと大丈夫だから、安心して風呂に入れるぞ」

賢者「屋敷で済ませたわ。それにあなたの残り湯の浴場なんて死んでも嫌ね」

剣士「そうかよ。この旅であと何回『死んでも嫌なこと』が数えられるんだろうな」


賢者「明日はどうするの」

剣士「明日は、すまないがお前が主体で立ち回ってくれ」

剣士「教会に立ち寄って、僧侶の行き先を聞いてくるだけでいい」

剣士「それが済んだら、なるべく早くこの王都からオサラバだ」

賢者「僧侶の行き先ってどういうこと」

剣士「裕福な町の酒場で聞いたんだ。あいつは教会を追放されたらしい」

賢者「そうなの」

剣士「『勇者教』が台頭してから、俺たちへの風当たりも相当強くなったからな」

剣士「本物の勇者を『神』と称える以上は、ニセ勇者一行の一人なんて置いておけないだろう」

剣士「まぁ命が助かってるだけでも儲けもんだと思って、旅の途中で拾ってやろう」

賢者「勇者教ね。私の町でも流行ってるけど、さっぱり理解できないわ」

賢者「要は言い伝えに沿った魔王討伐隊員を、勝手に現人神にしてるだけでしょう」

剣士「まぁ俺たちが勇者やってた頃より、魔物も活発になってるらしいからな」

剣士「弱い人ってのは、どこかに救いを求めて、それに責任を押し付けたがるんだろう」

賢者「身を守る力が弱いだけならまだしも、心まで弱かったらいよいよ救いがないわね」


剣士「――さて、そろそろ俺は寝るぞ」

賢者「寝れば」

剣士「お前もちゃんと寝ろよ」

賢者「髪の手入れが必要ない人は気楽でいいわね」

剣士「伸ばすのも手間ヒマかかって大変だな」

賢者「切ってしまえばいいとは言わないのね」

剣士「せっかく伸ばしたんなら、切るのは勿体ないだろ」

賢者「そうよ」

剣士「ついでに『似合ってる』とか『綺麗』とか言ってやろうか」

賢者「なら私も、あなたのことを『格好いい』とか『素敵』とか言ってあげるわ」

剣士「あっそ。じゃ、ちゃんと寝ろよ。おやすみ」 バサッ

賢者「………………」

賢者「 おやす」

   剣士「Zzz――」

賢者「  何よ。もう」

ここまで


<翌朝>

 

  ゴソ ゴソ  ゴソ

剣士(はがねのつるぎ1本)

剣士(ブロンズナイフ2本)

剣士(ひのきのぼう1本)

剣士(防具はバンダナ、あかのえりまき、たびびとのふく)

剣士(これで全部か、元勇者の武装は。モノだけ見ると落ちぶれたもんだ)

剣士(ただ、装備ありきで戦士って訳じゃない。こいつらはあくまで道具)

剣士(可能性を引き出すのは俺たち戦士。いつだって最初は戦士ありきだ)

 

賢者「……ん……」

剣士「おっ。おはようさん」

賢者「……。   !?  」

剣士「分かりやすい反応だな。じいやは居ないぞ」


【王都>宿屋・受付】

主人「おはようございます」

賢者「もう行ってもいいのかしら」

主人「はい結構です。あとはこちらで手続きしておきますので」

主人「ただ、その……もしよろしければ……」

主人「そちらのお客様の、お顔を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」

剣士「……」

主人「最近、物騒な事件も起こっておりますので、念のために……」

賢者「物騒な事件が起こっていると、なぜ顔を晒さなければならないの」

主人「え、えぇ、例えば、指名手配されている罪人を泊めたとなれば、当宿屋の風評などにも影響が……」

賢者「そう。保身のために、支払いを済ませた客を疑うというのね。結構なことね」

剣士「いい。晒そう」

剣士は バンダナと えりまきを とりはらった! ▼

キズだらけの みにくい顔が むきだしになった! ▼

主人「ひぇっ!? も、申し訳ございませんでした!!」


【城下町・大通り】

  スタスタ   スタスタ

剣士「――簡単な落書きだ。塗料は木屑や葉っぱ、それに本物の血も少し」

賢者「呆れたわ。暇さ加減はもちろん、よくそんな不潔な顔で平然としていられるわね」

剣士「洗えばすぐ落ちるし、こうやって隠してるなら素顔でも同じだ」

賢者「かつての扱いを思うと不遇なものね。素顔で出歩くこともままならないなんて」

剣士「言っとくが後ろめたくてこうしてるんじゃないぞ。ここ以外じゃ堂々としてるさ」

剣士「ただ、王都で俺が無遠慮なのはまずい。なんたって勇者教の中枢だ」

剣士「下手に騒ぎを起こしたら、最悪、連れのお前も屋敷に帰れるか分からないぞ」

賢者「脅してるつもり? その時はあなたを差し出して、赤の他人を装えばいいだけよ」

剣士「お前なら本当にやりかねないな……」

剣士「おっと、ここで曲がれ。そっちに行くと城だ。教会はあっち」

賢者「あら。お城に用は無かったかしら」

剣士「あるわけないし、入れるわけないだろ。素直に間違いを認めろ」

剣士(……まぁ一年前は、王都に寄ったらまず王様に謁見してたからな……)


【城下町・広場】

剣士「見ろ。広場に勇者がいるぞ」

賢者「真ん中にある黄金の像のことを言ってるのかしら」

剣士「ああ。あんな高いところで金キラキンになって剣を掲げてる」

剣士「大した財力だな。勇者教も相当でかくなったもんだ」

賢者「あの景気の良さそうな方は、残念ながらあなたではないようね」

剣士「残念ながら俺ではないな。あれは正真正銘の現勇者様だ」

賢者「凛々しいわね。きっと世を救う勇者というのは、あんな顔つきの殿方であるべきなのね」

剣士「俺には女にも見えるけどな」

賢者「あの抜き放った剣先は、どこに向けられているのかしら」

剣士「この世界のド真ん中にある、険しい山岳地帯に囲まれた邪悪なる城郭だろうな」

賢者「そういえば魔王の城の方角ね」

剣士「結局俺たちは行きそびれたけどな」

賢者「誰かさんが勝手にパーティーを解散したおかげでね」

剣士(……打倒魔王のシンボル、か……)


【王都・大聖堂前】

剣士「――うおっ。ここまで大きくなってたか」

賢者「国教だもの。王族との癒着も強くなってるわ」

剣士「とはいっても、たった一年足らずでこんな規模になるか?」


  神父「――迷える子羊たちよ。勇者様へ祈りを捧げなさい」

  神父「魔を討ち、世に安寧をもたらすその御身に、我らの加護を届けるのです」

  神父「怯えることは何もありません。勇者様はあまねく人々を残らず救って下さいます」

  神父「救世がなされる歴史に生まれたことを、誇りなさい――」


剣士「……聖堂の前なのに、あちこちで人が集まって説教を受けてるな」

賢者「一体何を考えているのかしら。ここにいる人たち全員」

剣士「俺も入るのか」

賢者「筆頭よ」

剣士「何を考えてるかって? こんだけ数がいれば、軽く中隊ぐらい作れそうってことさ」

賢者「ほらみなさい、やっぱり何を考えてるのか理解できないわ」


【大聖堂・入り口】

剣士「……さて。しばらくだんまりになるぜ。後は頼んだ」

賢者「楽なものね」

 

僧兵「どなたでしょうか」

賢者「旅の道士。先日こちらに訪れたばかりよ」

僧兵「当聖堂に何のご用でしょう」

賢者「ここの礼拝堂にて祈りを捧げるよう、知人に勧められたわ」

僧兵「なるほど、記念礼拝ですね。どうぞお通り下さい」

賢者「ありがとう」

僧兵「そちらの方は? お顔を伏せられているようですが」

剣士「……」

賢者「この者は私の……護衛よ。ただの護衛。何か問題かしら」

僧兵「失礼ながら、ここから先は前科者かどうか確認するため、お顔を晒して頂きます」

僧兵「教会に異端分子が紛れるのを防ぐため、規定は厳守です。ご協力下さい」


賢者「……」

剣士(……やむを得ないな。俺は抜けよう。さっきの広場近辺で待ってる)

賢者(勝手ね)

剣士(一人じゃ不安か?)

賢者(一人の方がいいくらいよ)

剣士(その意気だ。じゃあな) スタスタスタ…

 

賢者「失礼したわ。私一人で入るわね」

僧兵「お連れの方は?」

賢者「顔の傷を治してから出直すことになったわ。気にしないで頂戴」

僧兵「はあ」

賢者「礼拝堂はどちら。あまり時間もないのだけれど」

僧兵「し、失礼しました。まず聖堂に入ってすぐの通路を、真っ直ぐ行って――」

賢者「……」 チラ

賢者( すぐいなくなるのね。本当、勝手)


【大聖堂内】

賢者(……さて。僧侶の行方ね)

賢者(誰に聞けば、すぐに分かりそうかしら)

賢者(そこそこ偉そうな人なら、誰でも良さそうだけれど――)

 

  「あら。こんなところまで足を運ぶなんて」

賢者「!」

  「いよいよ懺悔も佳境ってことかしら?」

賢者「お姉様」

次女「近々婚礼があると聞いていたけど、その様子じゃ破談したみたいね」

次女「まぁ妥当な顛末でしょうね。ニセ勇者の側女なんて、不名誉の塊だもの」

  作曲家「ハニー、ここにいたのか。おや、その子は誰だい?」

次女「あっダーリン! 紹介するわ、我が公爵家未曾有の汚点、妹の三女よ!」

賢者「お姉様」

賢者「ちょうど良かったわ。聞きたいことがあるの」

ここまで。これからぽつぽつ更新していきます

トリ合ってるかな
もうちょっと待ってて下さい

2ヶ月ぶりに投下
>>154


次女「まあまあ。あなたが私に頼み事なんて、よっぽど追い詰められてるのかしら」

次女「何を聞きたいのか、当てて見せましょうか? どうせ行く場所に困って、わざわざここを訪ねたんでしょ」

次女「そうねえ、本命は『私たちの楽団に入りたい』といったところかしら?」

作曲家「彼女は、なにか音楽はできるのかい?」

次女「さっぱりよ! 見たことないもの!!」

作曲家「う~んそれはナンセンス。我が楽団は入団希望者で溢れてる、余裕はないねぇ」

次女「らしいわよ! ふふっ、残念だったわね!」


賢者「僧侶はどこに行ったの」


次女「え? 何、なんですって?」

賢者「この教会から追放された、僧侶はどこに行ったの」

作曲家「? 僧侶……?」

次女「……」

次女「あんた――昔から気に入らないのよ」

次女「僧侶は、どこに行ったの、ですって?」


次女「いつもいつもいつも私のことなんて眼中にないような態度を取って!!」

次女「稽古だってろくにやらなかったくせに、いつも平然とすました顔して!!」

作曲家「お……おい、ハニー……」

次女「呪文なんて訳の分からないものにのめりこんだくせに、皆にチヤホヤされて!!」

次女「魔王退治に出るあんたを笑顔で町から送りだすとき、頭がどうにかなりそうだったわ!!」

次女「今でこそ言うけど、とっとと魔王に殺されてしまえばいいと呪ったものよ!!」

作曲家「ハニー、落ち着いて……」

次女「ハァ……ハァ……」

賢者「……」

次女「ハァ……ハァ……  ふ   ふふふ」

次女「でもね」

次女「許してあげる」

次女「そんなみじめな末路を迎えたんですもの。やっぱりあなた、何もかも間違っていたのよ」

次女「そして私は正しかった。それが証明されたから、あなたのすべてを許してあげるわ」

次女「跪いて懇願なさい? 姉妹のよしみで、楽団の雑用としてこき使ってあげる」


作曲家「ハニー、そんな勝手に……」

賢者「……」

スッ

     ペコリ

次女「何? それ。メイドの真似事じゃなくて、跪きなさいと言ったのよ」

賢者「そちらの殿方」

作曲家「!? ぼ、ぼくかい?」

賢者「こちらの教会に以前いらしていた、ニセ勇者一行の一人」

賢者「僧侶の行方をご存知ないでしょうか?」

作曲家「さ、さあ……北の方へ逃げたとしか……」

賢者「十分です。ありがとうございます」ペコリ

作曲家「い、いや……」

 

次女「あんた」

次女「許さない。絶対に……許さないわ」フルフル


次女「  」スー

次女「みんな来――」


賢者は メラを となえた! 

メラは 次女の めのまえを とおりすぎた!! ▼


次女「来ゃふっ!?」ズテン

作曲家「ハニー!? 大丈夫か!?」

賢者「――例えばの話よ。お姉様」

賢者「お姉さまの美しい歌声と、私の『呪詛(ザキ)』……『勝負したら』どちらが勝つかしら」

次女「!? あ……あんた……」

賢者「何の勝負かは決めてないけれど、多分、どんな勝負だったとしても、お姉様の息の根は止まるわ」

賢者「そうなると、勝ち負け以前の問題になってくるでしょう。だから、争い事は成立しないの」

賢者「相手が今のお姉様一人である以上、争いなんて成立し得ないの」

賢者「少しは言いたいこと、伝わったかしら」

賢者「じゃあ、さようなら」 スタ   スタ   スタ


――

信者A「――僧侶? ああ、あの大罪人なら、追放された日にここから消えてそれっきりさ」

信者B「――知るものか。奴が一時ここにいたと考えるだけでも身の毛がよだつ」

信者C「――存じません。僧侶などという方はここにはいません」

信者D「――ああ、あんたもあいつを探してるのか? やっぱり直々に極刑を下さないとな」

信者E「――知らないが、それよりあんた、どこかで見たような……」

――

賢者(……)

賢者(こんなところかしら。そろそろ怪しまれてきたし、切り上げ時ね)

賢者(できれば司祭級の立場の人に会って、詳しい話を聞いてみたかったのだけれど)

賢者(……奥の間は、外来の信者は立入禁止みたい。それに堅守な備えに、武装を隠した僧兵達)

賢者(分かりやすい伏魔殿ね。水面下でどんな悪巧みがのさばってるのかしら)


  信者「 」ヒソヒソ
  信者「 」ヒソヒソ

賢者(……長居は禁物ね) スタスタスタ…


――

【城下町・広場】

 

剣士「悪い、遅くなった」

賢者「本当に。遅かったわね」

剣士「悪いが、急いでここを出よう。怒るのは後にしてくれ」

賢者「何」

剣士「ルーラを使うのは目立つから、ほら、行くぞ」 ギュッ  ザッザッザッ

賢者「あ。ちょ っと」 ザザッ ザザッ

剣士「走らなくていい。人ごみにうまく紛れこむ」

賢者「何があったの。もしかしてばれたの」

剣士「いや。下手うって勘付かれた」

賢者「何をやらかしたの」

剣士「隙間だ。急ぐぞ」

賢者「ちょっと」


――

【フィールド・王都周辺】

剣士「つまりだな」

剣士「俺なりの清算をしてたんだ」

賢者「具体的にかつ簡潔に説明して」

剣士「いやぁ。勇者やってた頃にだな」

剣士「あっちこっちの民家から、タンスや壺や宝箱を漁ってたじゃないか」

賢者「ええ」

剣士「その清算」

賢者「返していたの」

剣士「ああ」

賢者「私が大聖堂で情報収集してる間に、一軒一軒回ってアイテム置いていったというの」

剣士「そうだ。郵便受けやらドアの前やらにな」

賢者「それで結局勘付かれちゃったというの。そんな馬鹿げたことのために、私の手首がつかまれたの」

剣士「そこを根にもつのか」


剣士「まぁ、何とか全軒回れたから良かったけどな」

賢者「全軒ですって」

剣士「物覚えには自信がある。確かに城下町の民家は全軒だ」

剣士「さすがに城は無理だったが、あっこは元々金持ちだからどうってことないだろ」

剣士「たかが964ゴールドと、毒消し草、ちからの種とすばやさの種だ」

賢者「一年前の話よ。適当にしか聞こえないわ」

剣士「すごいもんだろう」

賢者「誰も証明できない。お城の人でも無理でしょうね」

剣士「賢者のかしこさってのは、記憶力とは無縁なのか?」

賢者「私は盗んでないもの。賊はあなた一人よ」

剣士「否定はしないさ。あの頃は勇者って権力を盾になんでもやってたからな」

賢者「なんでもやってるという言い方なら、今も変わらないけど」

剣士「ああ。権力がないぶん、かえってやりたい放題だ」

賢者「どこまででたらめなの」

剣士「とりあえずは、仲間が集まるまでだな。――で、僧侶はどうだった?」

ぶつ切りで申し訳ない
とりあえずここまで

支援ありがとう。少し投下します


賢者「僧侶は追放されて、北の方へ逃げたらしいわ」

剣士「ふんふん、北のどこだ?」

賢者「さ。どこかしら」

剣士「えっ、終わり?」

賢者「そうよ」

剣士「終わり……」

賢者「何」

剣士「いや。ちなみに、何人くらいに尋ねた?」

賢者「10人程度かしら」

剣士「10人も? それだけ聞いてそれだけの情報てことはつまり」

賢者「相当嫌われていたわ。誰しも興味ないか、忘れたがってるみたい」

剣士「なるほど。言われてみりゃそりゃそうか」

賢者「そういえば何人か、探し出して極刑にしたいなんて仰る信者様もいらしたわ」

剣士「カルト教団も甚だしいな。人が人を襲ってどうするんだよ」

剣士「子供でも分かるのにな? 勇者が何を目的に戦っているのかなんて」


賢者「僧侶は、例の件で一気に異端者に格下げ」

賢者「そのまま追放処分になって、その日のうちに雲隠れしたそうよ」

剣士「だろうな。そのまま町に留まっていたら危険だったはずだ」

剣士「問題は、どこに逃げたのか……」

賢者「僧侶の出身は聞いてないの」

剣士「さあな。あの教会が出身だと言い張っていたからな」

賢者「教会の孤児ってことかしら」

剣士「その可能性もあるし、別に郷里がある可能性もある」

賢者「いずれにしろ、当ては分からないということね」

剣士「それどころか、生きてるかどうかさえ、な」

賢者「埒が明かないわね。結局どうするの」

剣士「そうだな」

剣士「消息が分からないんじゃ仕方がない。後回しにするか」

賢者「後回しって」

剣士「先に武道家に会いに行こう」


剣士「という訳で、ルーラを頼む。行き先は――」

賢者「一撃の山。だったかしら」

剣士「そうだ、よく覚えていたな。確か現地の言葉で『ゲキザン』だったかな」

賢者「きっかけに乗じて、知ってることをとりあえずひけらかす人っているわよね」

剣士「はいはいそうだな。で、ルーラで行けそうか?」

賢者「待って」スッ

剣士「頼む」

賢者「静かに」

剣士「……」

賢者「そうね」

賢者「行けるわ」

剣士「やっぱり瞑想のイメージって大切なんだな」

賢者「別に。さっきの間は特に意味はないわ」

賢者「ただ一旦、あなたを黙らせたかっただけ」

剣士「そういう嫌がらせじみたことはやめろよ!」


賢者「ただ、あの山に行く前に断っておくけど」

剣士「武道家のことか」

賢者「ええ」

剣士「大丈夫だ。ちゃんと考えてるさ」

剣士「最後にあんな状態で別れたからな。加入を無理強いはしない」

賢者「ならいいけど」

剣士「それに、ニセ勇者騒動の煽りを食らった一人だ」

剣士「俺たちがその気でも、あっちの方から拒絶するかもしれない」

賢者「それでもいくの」

剣士「ああ」

剣士「俺は前のメンバーで旅をしたいからな。出来るなら」

剣士「頼むよ。ルーラ」

賢者「そう。 いいわ」

 
賢者は ルーラを となえた! ▼


【一撃の山】

  トンッ   タッ

賢者「着いたわ」

剣士「ふもとだな」

賢者「そうね」

剣士「できれば、山頂の道場に直接飛んでいって欲しかったんだが」

賢者「そうね」

賢者「運任せになるけど、バシルーラという呪文があるの」

剣士「分かった。悪かった。歩いていこう。行くぞ」 ザッ ザッ ザッ

賢者「無能扱いされた気がして不愉快ね」ザッ  ザッ

剣士「誰もそんなこと言ってないだろう」

賢者「誰かが言った言ってないなんてどうでもいいの。私が不愉快なの」

剣士「!  ……不愉快なのはお前だけじゃないみたいだぞ」

賢者「そう。ご勝手に」

剣士「違う、魔物だ!!」


ごうけつぐまが あらわれた!

ガルーダが あらわれた!  ▼


ごうけつぐま『グオオォォン!!』

ガルーダ『ゲェー! ゲェー!』


賢者「挟まれてるわね」

剣士「前門のクマ、後門の怪鳥か」

賢者「どうするの」

剣士「後ろのガルーダを任せるが、大丈夫か? 久々の戦いなんだろう」

賢者「何なら前も任せてもらっても結構よ」

剣士「頼もしいな。だがそれには及ばない」


ごうけつぐま『グオオオオオッ!!』


剣士「すぐ終わる」

剣士は ブロンズナイフを ぬきはなった! ▼


ごうけつぐま『グアアアアッ!!』

ごうけつぐまの こうげき! 

剣士は ひらりと みをかわした! ▼

剣士「ふっ」

剣士は からだを バネのようにしならせた!

剣士は しっぷうづきを はなった! 

ブロンズナイフは  ごうけつぐまの 急所を つらぬいた! ▼


ごうけつぐま『グオオッ……!  オ……オオン……』


ズ ズ ー ン


剣士「……うまく山に還れよ」 ヒュヒュッ  スッ


ごうけつぐまを たおした! ▼


剣士「さて、うちの姫さんはどうかな」


ガルーダ『ゲエエ! ゲエエ!』 バッサ バッサ

賢者(不思議ね)

賢者(こうして戦いの際に立つと、屋敷にこもっていた頃の方が夢みたい)

賢者(敵。この緊張感。杖の感触。敵。湧き出る魔力。呪文のイメージ。敵)

ガルーダ『ゲエエーッ!!』ビュウウウウゥゥ

 ガルーダは きゅうこうかした! ▼

賢者(一年ぶりだなんて冗談、まるで前の旅と今日とを繋ぎ合わせたよう)

 ガルーダの こうげき! ▼

賢者「あとは役者が務まっていれば、完全に勘が戻っていたわね」

 賢者は メラゾーマを となえた!

 ガルーダに 分厚いひばしらが ちょくげきした!▼


ガルーダ『グエエエエエェェェェッ!!』 バササッ バササササ バサ…


賢者「おやすみなさい」

 ガルーダを たおした! ▼


剣士「終わったな。ケガも無いか」

賢者「した方がちょうど良かったくらいよ」

剣士「何よりだ。俺たち、ちょっと強くなりすぎたな」 ザッ ザッ ザッ

賢者「実感はないわね」 ザッ ザッ ザッ

剣士「初めてここに来たときは、死闘の連続だったもんだ」

賢者「記憶にないわね」

剣士「お前も、まだメラミを覚えたばかりだった」

賢者「下らないことは覚えているのね」

剣士「あの時はそりゃあ、楽しそうに乱発してたからな」

賢者「記憶にないわね」

剣士「今も楽しそうだけどな」

賢者「記憶にないわね」

剣士「照れるなって」

賢者「誰も照れてなん」

剣士「シッ!   魔物だ。さっきより多いぞ、気をつけろ――!」 ダッ

いったんここまで

まだどうなるか分かりませんが、回想自体はちょくちょく挟んでいこうと思ってます
投下します  >>199


――――――――――


 剣士たちは  まもののむれを  たおした! ▼


剣士「……ふう。これで10戦目を超えた訳だが、さすがに疲れてきたか?」

賢者「疲れるとしたら、あなたの執拗な気遣いね」

剣士「いやしかし、とても1年ぶりとは思えないぞ。全戦無傷じゃないか」

賢者「それが、私が疲れてると思う根拠なの」

剣士「無理してるなら言えってこと。高等呪文を連発してるのは分かってるぞ」

賢者「あなた」

賢者「『賢者』の号を持つ意味が、いまひとつ分かってないようね」

剣士「そりゃ、からきしだからな。あんだけ豪勢に使いまくっても平気なもんなのか?」

剣士「以前はメラゾーマだけに魔力使っても、50発ぐらいが限度だったろ?」

賢者「今の私なら、余裕で100は数えられるわ」

剣士「なっ」

賢者「精神修養を欠かしたことはないの。甘くみないで」


剣士「お前が平気なのは分かった。それで、戦いの勘は取り戻せたか?」

賢者「大体ね」

剣士「それなら、トヘロスを頼む」

賢者「なんですって」

剣士「トヘロス。一定時間、自分より格下の魔物が出てこなくなる呪文」

賢者「あなたより知ってるわ。私が言いたいのは、今さらその呪文を使う意味よ」

賢者「まさか私の戦いの勘を取り戻すためだけに、無駄な戦闘を繰り返させたというの」

剣士「ああ。だが、もう確かめた。大丈夫だ。トヘロスだ」

賢者「不愉快ね。要は使い物になるかどうか、上から見定められたんだわ」

剣士「仕方ないだろ。一応命がかかってるんだ」

剣士「でも杞憂だったな。1年前と同じ、いや呪文を見るに当時よりキレがあるくらいだ」

賢者「もし私が使い物にならなかったら、どうするつもりだったの」

剣士「そんときゃ……まあ、俺が結成するパーティーの一人だからな」

剣士「守るさ。俺が」ザッ  ザッ  ザッ

賢者「 不愉快ね、それは。不愉快極まりないわ」 ザッ ザッ


――――

ザッ  ザッ ザザッ  ザッ ザッ

ザッ


【一撃の山・道場・門】


剣士「着いた」

賢者「見れば分かるわ」

剣士「トヘロス使えばすぐだったな。基本的に一本道だもんな」

剣士「一応、山頂近くまで歩いてきた訳だが、足は疲れてないか?」

賢者「平気」

剣士「体力まで鍛えているのか」

賢者「平気なものは平気としか言えないわ」

剣士「やせ我慢だけはするなよ」

  見張り「おい、お前ら何者だ!?」

剣士「ん?」


  見張り「そこの二人、この道場に何の用だ?」

剣士「ああ、用があって来たんだ。早いトコこのでかい門を開けてくれよ」

  見張り「怪しいなりだな。入門希望者か?」

剣士「じゃなかったらどうする?」

  見張り「そうだな。お前なら賊と見立て、こらしめてやる」

賢者「名答ね」

剣士「愚答だ」

剣士「じゃあ、入門希望者でいいや。とにかく中に通してくれ」

  見張り「ならば、入門に足るかどうか、実力を確かめる」

剣士「んん? 待てよ、この道場は、来る者は拒まない信条じゃなかったのか?」

剣士「武者修行がてらだろうが、孤児だろうが、どんな厄介者も受け入れたはずだろう?」

  見張り「そんな考えはもう古い。より強い者をより強く育むのが、今の流派の考え方だ」

剣士「流派? 流派が……変わった?」

  見張り「おい、そっちの女! お前はどうするんだ?」

賢者「無作法ね。メラミで十分かしら」   剣士「えっやめろよ」


  見張り「女、顔を上げろ。お前は何者だ?」

賢者「 」ツーン

剣士「ああ、こいつは賢者様だよ。ただの俺の連れだ」

  見張り「賢者? ああ、道士様か」

  見張り「我が道場ではケガ人も多い。是非客人として迎えたいが」

剣士「だってさ」

賢者「何。聞いてなかったわ」

剣士「だってさ!」

  見張り「道士様なら、無条件で中に入れてもいいと言っている!」

剣士「こっちの方が賊だったらどうするんだよ」

  見張り「無論、お帰り願う。無傷で済むかどうかは別にしてな」

剣士「だってよ」

賢者「イオナズン10発程度で済むかしら」

剣士「聞こえてんじゃねーか」

  見張り「おい、結局どうするんだ!?」


剣士「分かった分かった。さっさと『実力を確かめる』とやらを済ませてくれ」

剣士「こっちもそんなに暇じゃないんだ」

賢者「嘘。稀代の暇人のくせに」

剣士「そうだっけ」

  見張り「よし、行け! 門下生A、B、C!」

剣士「ん?」

「チョワーッ!」 バッ
「イヤーッ!」  ビュンッ
「ハーッ!」   ザザザッ

門下生A・B・C があらわれた! ▼

  見張り「その3人の中から、一人を指名しろ」
 
  見張り「そいつから1本取れたら、入門を認めてやる」
 
  見張り「それぞれが拳、蹴、柔術の使い手だ。自分が得意だと思う相手を選ぶんだな」

剣士「……」

剣士「賢者、変わってみるか?」

賢者「嫌。戯れ事はあなたが付き合って」


門下生A「さっさと選べ。俺なら文字通りすぐに門前払いにしてやる」

門下生B「お前はまだ門下ではないから、持ってる武器を使っても構わんぞ」

門下生C「道士様、あなたが望むなら、この輩を付き人扱いで中に通せますが」

剣士「待て。分かった。決めた」

剣士「まず、あんたら3人まとめて相手するのは前提として……」 ザッ ザッ

門下生A「何ィ?」

門下生B「おい、逃げるのか?」

門下生C「……ん? 剣を抜いて何をするつもりだ?」

  剣士「よっ」 ヒュヒュッ   スパパッ

剣士は 近くの木のえだを 切りとった!  ▼

剣士「賢者」ザッ ザッ

賢者「何」

剣士「こいつの両端を、メラで軽くあぶってくれ」

門下生「??」

  見張り「??」


剣士「――うん、上等だ」

剣士は ひのきのぼうを そうびした! ▼

剣士「見ての通り、俺は剣士だ。武道も多少かじってるが、得意ではない」

剣士「だからこうしよう。俺はこの『剣』を使わせてもらう代わりに」

剣士「もしこの『剣』が折られたら、即座に負けを認めて帰ろう」

剣士「もちろんあんたら3人同時に相手して、だ。これでどうだ?」

門下生「「「……」」」

  見張り「……はぁ」

  見張り「おい、門下生A。この調子に乗ったお上りさんを帰らせてやれ」

門下生A「押忍」 ザッ

剣士「おっ、一人か? お前、でかくていい身体してるな」

門下生A「俺たちはふざけて修行に励んでるんじゃねえ」

門下生A「魔王軍に対抗すべく、命を賭して身体を鍛えている」

剣士「ああ。いい事だ。本当にな」

賢者「 」フアァ…


門下生A「だからお前みたいな半端な男を見ると――」

門下生Aは せいけんづきを はなった! ▼

門下生A「無性に腹が立ってくる!」 ブオォッ

剣士「半端か」

剣士は ひらりと みをかわした! ▼

剣士「そうかもな」

門下生A「ぜええぇい!!」

門下生Aは せいけんづきを はなった! ▼

剣士は 上体を そらした ▼

門下生Aの ばくれつけんを はなった!! ▼

剣士は ひらりと みをかわした!
剣士は ひらりと みをかわした!
剣士は ひらりと みをかわした!
剣士は ひらりと みをかわした! ▼

門下生A「な……ニィ?」

剣士「おいおい、仮にも入門希望者に出す技じゃないだろ、それ」


剣士「ほら。俺の『剣』はここだぞ」フワフワ

門下生A「うおおおっ!」

門下生Aは しっぷうづきを はなった! ▼

剣士は 胸もとを そらした ▼

剣士「ほりゃ」

剣士は 門下生Aの わきばらを かるく突いた ▼

門下生Aは バランスを くずし たおれこんだ! ▼

門下生A「がはぁ!」 ドシャッ

  見張り「ど、どうなっている……?」

門下生B「あ、あいつタダモンじゃないぞ!」

門下生C「そりゃそうだ……思い出した」

門下生C「どこかで見たことがあると思ったらあいつ、ニセ勇者だ! 1年前の!」

剣士「おっ、憶えてる奴がいたか」

賢者「いつ聞いても不名誉な称号ね」

剣士「否定も拒絶もしないさ」


  見張り「お前たち、全員でかかれ! そやつは我らが流派の敵だ!」

  見張り「『痛恨流』にかかれば、紛い物の勇者など大したことはない!」

剣士「『痛恨流』……?」

門下生B「確かに、あの出来損ないと通じていたなら、我々の敵だな」

門下生C「ニセ勇者か……道場での噂通りの軟弱者か、確かめてやろう」

門下生A「こいつ、ぶっ潰してやる!!」

剣士(武道家は『会心流』だったはず……)

門下生A・B・Cは 同時に とびかかった!

門下生Aは せいけんづきを はなった!
門下生Bは あしばらいを はなった!
門下生Cは ともえなげを しかけた! ▼

剣士(この1年で何があったんだ?)

剣士は ひらりと みをかわし ひのきのぼうを くりだした!
剣士は ひらりと とびあがり ひのきのぼうを くりだした!
剣士は ひらりと 身体をひねり ひのきのぼうを くりだした! ▼

門下生「ぐわあああ!」「ぎょえーっ!」「ぬわーっ!!」ザザザーッ

剣士「ま、いいか。よーしどんどん来い!」 ヒュホッ!


――――

門下生A「ハァ……ハァ……」
門下生B「ぜぇ……ぜぇ……」
門下生C「ひゅー……ひゅー……」

  見張り「そ……そんな……」

剣士「もう全員立てないみたいだな」

剣士「なら俺の勝ちだ。1本取ったらいいんだろ? もう100本は取ったぞ」

  見張り「くっ……」

剣士「早く開けてくれ。開けないなら勝手に入るぞ」

  見張り「馬鹿な……ニセ勇者は魔王討伐に敗走した小物ではなかったのか」

剣士「ニセ勇者ってのは、騙ってた訳じゃない。勘違いしてたんだ」 トンッ トンッ

剣士は 一気に見張り台まで とびあがった! ▼

見張り「!? は、速――」

剣士は きゅうしょづきを はなった!

見張りは きをうしなった!  ▼

剣士「偽物だから弱いとでも思ったか? 高いところから見下ろしてんなよ」 コンッ


賢者「終わったの」

  剣士「ああ。待ってくれ、すぐ内側から開ける」

賢者「必要ないわ」

賢者は アバカムを となえた! 

とびらは 低い音を たてはじめた! ▼

  剣士「おっ、そんな呪文もあったか」

ズズズズズズズズズズズズズ

ズゥーンン……

賢者「茶番を無視して始めからこうしても良かったのだけれど」 スタスタ

剣士「ややこしくなりそうだからやめてくれ」 ヒュー  スタッ

賢者「なんですぐ終わらせなかったの。自分の力を誇示したいの」

剣士「あいつらがどの程度の実力かを知ろうと思ってさ。あと肩慣らし」

賢者「何か収穫はあったの」

剣士「即席ひのきのぼう」

賢者「暇人ね」


【一撃の山・道場・境内】

剣士「懐かしいな、この雰囲気」スタスタ

賢者「私も嫌いじゃないわ」スタスタ

剣士「……道場内から気合いが響くな。あの中に武道家もいるんだろうか」

賢者「あの子、新しい流派とやらに改めたのかしら」

剣士「さあな。まずは中に入って――」

剣士「!」

トタタタタタタ…

賢者「! ねえ。あそこで雑巾がけしてる子って」

剣士「おい、武道家!」

武道家「!!」ピタッ

武道家「あ! 勇者さん! 魔法使いさん!」

武道家「お、お久しぶりです!! どうしてまた、こちらに?」

剣士「武道家。お前。1年経ったのに」

剣士「片目片腕のままなのか」

ここまで

投下します
作中の固有名詞は、基本的に原作準拠の方針ですが
「武闘家」に関しては、筆者の小さいこだわりで「武道家」表記にしてます


武道家「はい! 大丈夫です、自分はもう慣れました!」

剣士「慣れたって……簡単な義肢も用意してもらえなかったのか?」

剣士「目だって、すぐに教会に通い続ければ……」

賢者「ちょっと。その眼帯、取ってもらえる?」

武道家「え? ええっと……は、はい」

武道家は 眼帯を はずした ▼

武道家の 左のひとみは 白くにごっている…… ▼

賢者「……」

剣士「こいつは、回復呪文もマスターしたらしいんだ」

武道家「えっ!? そ、そうなんですか! すごいです!」

賢者「じっとしてて」

武道家「は、はい、すみません」

賢者「……」

剣士「……どうなんだ?」

賢者「ちょっと黙ってて」   剣士「へい」


賢者「……難しいわね」

賢者「視力を失った状態が、完全に定着してしまっているわ」

賢者「無闇に回復呪文を集中させたら、かえって悪化するかもしれない」

剣士「なんとかならないのか」

賢者「分からない。なるかもしれないけれど、恐らく分の悪い賭けになるわ」

剣士「そうか……」

剣士「武道家、改めてすまない。俺があの時、至らなかったばかりに――」

武道家「いえいえそんな、とんでもないです! いいんです!」

武道家「自分はこうしてまた、この道場に戻れただけで満足なんです!」

剣士「でもお前。かつては『武姫』と謳われた会心流筆頭だぞ」

剣士「なんだって小間使いみたいなことさせられてるんだ」

武道家「そ、それは……」

 ダンダンダン ダ ン !   門下生「おい!」

武道家「!」

門下生「いつまでダラダラ廊下やってるんだ! こっちも手伝え!」


武道家「は、はい! 申し訳ありません、ただ今!!」スッ

賢者「ちょっと」

門下生「ん? なんだ客人か?」

賢者「この子、左腕が無いのよ」

賢者「なんでこんな無茶なことをさせるの」

門下生「はあ?」

剣士「よせ」

武道家「あ、あの、魔法使いさん」

賢者「あなただったらどうなの。片腕がなくなっても、廊下がけなんてできるの」

武道家「いいんですッ!!」

賢者「!」

武道家「あ、あの、自分のことは本当に、大丈夫ですから」

武道家「あの、申し訳ありません! いとまの分は、必ず埋め合わせますので!」ペコッ

門下生「……ちっ。さっさと来いよ」 ダン ダン ダン…

武道家「そ、そういう訳なので、お二人とも、また!」 トタタタタタ…


剣士「……」

賢者「ねえ。さっきはなんで止めたの」

剣士「ん? 俺か?」

賢者「『よせ』って言ったわ。あの子はあのままでいいということなの」

剣士「俺だって気持ちは同じだ。だが、あそこは出しゃばるべきじゃない」

剣士「俺たちは事情を知らないが、武道家はすでにあの立場が長いようだ」

剣士「面倒事を起こせば、不利になるのは当人だろう。まずは様子見だ」

賢者「悠長ね。あなたはあの子をみて何とも思わないの」

剣士「もちろん、一刻も早く引き取るつもりさ」

剣士「だがその前に、会って話をすべき人物がいる」

賢者「誰」

剣士「そこの木陰のご老人だ」

賢者「!」

  老師「……ほほっ。流石は勇者殿と呼ばせてもらってもよろしいかな」

剣士「ええ。お久しぶりです、師範」スッ


老師「『勇者』が変わったと聞き気がかりじゃったが、達者であったか」

賢者「ご無沙汰です師範様。ごきげんよう」 スッ

老師「ほほっ、よいよい。今のわしは、ただの厄介者の隠居じじいじゃ」

老師「わしを師範と呼ぶものは、この道場にはもう一人もおらんよ」

剣士「そのようで。流派改新の件、先刻耳にしたばかりです」

老師「ふむ……左様か」

賢者「師範様。以前我々と旅を共にした、あの武道家についてですが」

老師「うむ、分かっておる。おぬしらは、あの子を引き取りに来たんじゃろう」

剣士「それは可能で?」

老師「……その前に」

老師「おぬしらは、あの子の生い立ちをどこまで知っておる?」

剣士「……孤児だとしか。細かいことは」

賢者「ただあの子は、義理の兄がいると言ってたわね」

老師「……もう夕暮れ時じゃ」

老師「積もる話は、わしの庵で語ろう――」


【一撃の山・老師の庵】


パチパチパチパチ…


賢者「前から思ってたけど、不思議な暖炉。部屋の中央で火を焚くのね」

剣士「確かイロリって言うんだ。このカギに鍋を吊るして、汁物を煮込んだりできる」

  老師「大したもてなしも出来んで済まんな」スタスタ

剣士「おお、鍋だ!」

老師「どっこいしょっと」 ガコン  ジュウゥゥゥ…

賢者「師範様、お炊事でしたら手伝いましたのに」

老師「構わんよ、さほど凝ったもんでもない」

老師「とはいえ、多少は客人向けに贅沢はしとるがの。ふぉっふぉっ」

剣士「かたじけない」

賢者「お気遣い、痛み入ります」

老師「ほほ。おぬしらからは、根っこから謙虚さが伝わってくる」

老師「まるであの子と語らっとる気分じゃ」


賢者「あの子……武道家のことですか?」

老師「うむ。何から話そうかの」

剣士「では、先刻おっしゃっていた生い立ちから」

老師「ああ、そうじゃの」

老師「まぁ、別に珍しい話じゃありゃせんよ」

老師「ある時期から魔物が活発になって以降、日々の生活に苦しむ村が出始めての」

老師「主に遠くの村から、ここまで連れて来られる子が増えてきたんじゃ」

老師「それである時、二人の子供が届けられた。6つの女子と8つの坊主じゃ」

賢者「その女の子が、武道家なのですね」

老師「うむ。二人に血縁は無かったが、同郷出身ということもあり、まるで兄妹のように仲が良かった」

剣士「その義理の兄は、今?」

老師「そこの道場で、『痛恨流』の師範代をやっておる」

剣士「! 新流派の師範代……」

賢者「それなら、なんであの子が雑用なんかさせられているの」

老師「ふむ……順を追って話そう」


老師「連れて来られた二人に、並外れたような武術の才は無かった」

老師「ただ女子の方は、当時わしが師範を務めていた流派、『会心流』の理解が早かった」

老師「積極進取を信条に道場内を奔走し、一刻千金とばかりに時を修行に費やした」

老師「素直でひたむきなこともあいまって、その技量は天井知らずに上達した」

老師「ひいては、王都の勅命であった魔王討伐召集に推薦できるほどにな」

剣士「……『ゲキザンの武姫』」

老師「その二つ名は、元々その義理の兄がつけたものじゃ」

賢者「どうしてそんな」

剣士「多分、開き直ったんだろう。もう追いつけないと知って」

賢者「えっ」

剣士「兄の方は、妹の上達についていけなかった。違いますか?」

老師「……そも、『会心流』は他と優劣を競う流派ではない」

老師「兄はそれを理解できず、目先で膨らんでいく妹の影に焦る一方じゃった」

老師「しかし後に、流派に関わる一大事が起きた。同時に、それは兄の転機でもあった」

剣士「……『ニセ勇者発覚』、か」

ここまで

かなり遅れて申し訳ない
>>240~ から続き投下


老師「そう――魔王討伐に赴いたおぬしらは、とある戦いで敗れた」

老師「代わって現れた者が、のちに正式な勇者と定められた」

老師「よってぬしらは国をたばかった贋物とされ、余儀なく旅を断ち、各地へ散った」

剣士「……」

老師「じゃがのう。話を聞くに、ぬしらは何ひとつ誤ってはいない」

老師「非力な人々に代わり、世の危難に立ち向かい、命を賭して戦った」

老師「どこにそしり咎めを受ける謂れがある。かけられるべきは、感謝と労いではないのか」

剣士「……師範は」

剣士「俺たちが命を賭けて戦ったなんてこと、信じますかぃ?」

剣士「旅をするふりをしながら、あちこちで勇者を騙って盗みをはたらいた、なんて話もありますがね」

賢者「それはある意味間違っていないけれど」

老師「ぬしらを信じる由縁……それはのう。ここに帰ってきたあの子の眼じゃ」

剣士「武道家の?」

老師「うむ。隻眼にこそなれど、そのまなこは純真を保ち、なお前を向いていた」

老師「未だ、嘘をつくことも知らぬ眼のままじゃった」


老師「旅からこの地へ帰ったとき、あの子は創痍の体で何度も訴えておったよ」

老師「勇者たちは戦ったと。自分がこのような身になったのは、ひとえに自分が未熟だったためと」

剣士「……」

賢者「……」

老師「じゃが当時の多くの弟子たちは、腕と眼を失った『武姫』の姿を見て、迷った」

老師「自分達が最強と信じて疑わなかった拳士が、深い傷を負って戻ってきたのだ」

老師「このまま『会心流』の場にいて、果たして将来大成なれるのか、と」

賢者「俗ね。何が起きたかも知らないくせに」

剣士「しかしお言葉ですが、仮にも御師の弟子達です。そう簡単に疑心を抱くとも思えませんが」

老師「ふむ……」

老師「それはの……」

老師「……ここから先は、我ながら情けない話になるが」

老師「あの子が傷つきここに帰ってから半月も経たないうち――とある男もまた、帰ってきたのじゃ」

剣士「とある男」

老師「うむ。わしの一番弟子――義理の一人息子じゃ」


剣士「師範の……義理の息子」

老師「その男は、幼少より常に『最強』を志しておった」

老師「成長するにつれ、しばしばわしのやり方に異を唱え、衝突するようになった」

老師「わしとあの男はついに和解できず、ある日を以てわしが破門とした」

老師「そのまま道場を去って10年になるが――」

賢者「このタイミングで帰ってきたという訳ですね」

剣士「なるほど。ということは、流派改宗を立ち上げたのは」

老師「いかにも。その愚息じゃ」

賢者「『会心流』の武道家がボロボロになった頃合いを計るなんて、浅ましい性分ね」

剣士「しかし……『会心流』も長く続いた流派だ。門下生全員を納得させる手段となると……」

老師「ふっ、察しよし。言うたじゃろう、情けない話になると」

老師「この山で拳を極めた者同士が、門下総出で立ち会う中、全霊を懸けて仕合う『一撃仕合』」

賢者「いちげきじあい……?」

剣士「……」

老師「わしは道場を懸けてあの男と闘うことになり、その『一撃仕合』に――敗れた」


――――――――――――――――

――

 師範は 道場の端に 吹き飛ばされた! ▼

師範「が……がふっ……」

武道家「師父!!」

タタタタタ

武道家「! 師父、血の色が……まさか病が……」

 

拳士「『会心』の門下たちよ、しかと目に焼き付けておけ! これが現実だ!!」

拳士「勝たば強し、敗らば弱し、まことの強さは常に二者択一」

拳士「約束通り、この道場は俺が預かる。そしてこれをもって」

拳士「新流派の立ち上げを宣言する!!」


 門下生『『『!?』』』


拳士「はっきり言ってやろう。今のままではお前たちに真の強さは得られん!!」


拳士「お前たちのやってる会心流は、自己満足の流派だ!!」

拳士「真の強さとは、幾多の『勝利』の先にある!」

拳士「己が殻にこもった末に手に入れた、証なき力など、児戯に等しい!」

拳士「打ち負かしてこそ、踏みつけてこそ、敵を喰らい糧にしてこそ、高みは目指せるのだ!」

拳士「強さには、正誤も善悪も貴賎もない! そんなもの知ったことではない!!」

拳士「全ては修行の果てに得た、『勝利』で築いた山の大きさだ!」

拳士「そして――最も高い山を積み上げた者が」

拳士「『最強』の座を得られるのだ」

 門下生『『『……………………』』』

 義兄「……」ゴク

拳士「俺は『最強』を目指している。心底からだ。誰よりも強くなるために闘っている」

拳士「新流派立ち上げは……俺なりのけじめだ。だがやる以上は、本腰は入れよう」

拳士「ついてくる者は、我が元に座せ。その瞬間から入門を認めてやる」

拳士「来ない者は、一生あの爺の元で戯れているがいい。俺の流派には無用だ」

拳士「ただ、あの爺はたったいま俺が下した。その現実を改めた上で決めることだな」


武道家「師父! 大丈夫ですか! 師父!!」

師範「フゥ……フゥ……」ボタボタ

武道家「口から血が……は、早く薬草を……」

武道家「だ、誰か、師父を庵へ! 義兄上!!」バッ

  
 拳士「ほう。いの一番に馳せるとは見所があるな」
  
 義兄「はっ。私は師範の弁に感銘いたしました」

 義兄「是非ともわたくしめも、師範と共に『最強』を志したく存じまする」

 拳士「ふっ、師範か。良かろう、見込み次第では、お前を師範代にすることも考えてやる」

 義兄「はっ、ありがたきお言葉!!」


武道家「あ……義兄……上……?」


門下生『『『…………』』』 ゾロゾロ  ゾロ ゾロ


武道家「!? み、皆……なぜ……」

武道家「師父が……師父の血が止まらないというのに……」


師範「うっ……ぐぶっ……武道家よ……」

武道家「師父!」

師範「行け……お前も行くのだ」

武道家「師父!? どうして……」

師範「わしなら大事ない。いいから行け」

武道家「し……しかし……血が……」

師範「大事ないと言っておる。真にわしを慮るならば行け」

師範「会心流は、必ずしも流派という型に収められるものではない」

師範「流派を乗り変えたとて、会心流を捨てたことにはならぬ。――行け」

武道家「……」

武道家「……押忍……」 スッ…

 
 スタスタスタスタ     
             スッ

拳士「お前が最後の一人か。誰かと思えば、ニセ勇者についていった負け犬か」

拳士「どの道来るのが遅かった者は、まず性根から改めねばならん。覚悟しておけ――」


――――――――――――――――

――

賢者「……そんなことが……」

剣士「それであいつは、新流派では下っ端扱いされているのか」

老師「……新しく立ち上げられた『痛恨流』とは、勝つための流派」

老師「いかに痛みを与え、急所を狙い、心から折り……勝ちを得るか」

老師「力に振り回されやすく、視野の狭い体系からなる、危険な流派だ」

賢者「下らないわね。それこそ児戯だわ」

剣士「……考え方は戦いにおける理の一つではあるが、それが全てでは話にならないな」

賢者「そんな野卑な流派に、あの子がついていく訳ない。すぐに引き取りましょう」

老師「それが実は難しいのじゃ」

賢者「えっ?」

老師「道場のしきたりでな。破門と免許皆伝の際には、山を降りる前に」

老師「必ず『一撃仕合』をもって、実力を示さねばならん」

老師「そしてわしの知る限り――あの子は新流派において、一度も本組み手で勝ったことがない」

ここまで。これからちょくちょく更新していきます

まだスレがあって驚きました。エタってごめんなさい。保守してくれてありがとう
乗っ取りの方には申し訳ありませんが、少しずつ勘を取り戻して後日再開しようと思います

>>258
投下します

剣士「一度も勝ったことがない? あの武道家が?」

賢者「待って。あの子に組み手をさせてるというの」

賢者「片腕だけでどうやって荒事ができるの」

賢者「片目の視界でどうやって対等な組み手ができるの」

老師「落ち着かれよ」

剣士「大丈夫だ、俺が最後に見た武道家は強かった。あの連中相手ならハンデにもならない」

剣士「……はずだが、本組み手で勝ったことがないというのは解せないな」

剣士「武道家は純真で実直だ。前と変わらない性格なら、稽古に手を抜くようなことは絶対しない」

老師「そう。あまりに純粋無垢にして、謹厳実直。ゆえに」

老師「長年染み付いた会心流の心・技・体を、痛恨流のそれへと新たに修めることができずにおる」

賢者「どういうこと。それが組み手と関係あるの」

剣士「大ありさ。今日聞きかじっただけでも、会心流と痛恨流はまるで考え方が違う」

剣士「純粋であればあるほど、流派を身に宿すことの影響は、戦いにもろに出るってもんだ」

老師「そうじゃ。あの子は痛恨流の門下である以上、痛恨流の信念を宿さねばならぬと思いつつも」

老師「その心は会心流を捨てきれずにおる。これではまともな組み手もできぬ。いたわしいことじゃ……」

剣士「そうか……それでいつも組み手で勝てないという訳か。あの武道家ならあり得る」

賢者「勝てないってつまりどういうこと」

賢者「つまりあの子は、組み手と称してただ無闇に暴力を振るわれてるだけなの」

剣士「門下生は意気揚々だろうな」

剣士「なんせ手負いとはいえあの『武姫』に勝つんだから、自信もつく」

賢者「酷い。そんなのすぐにやめさせるべきだわ」

老師「……『痛恨流』には、門下の中で独自に細かな階級が定められた」

老師「組み手で昇格できないあの子は、未だに入門生と同じ扱いを受けておる」

剣士「雑用、下働きか。別に疲労が溜まって、まともに稽古もできやしない」

剣士「いやそれどころか、恐らくまともな睡眠すらも……」

老師「うむ……あの子がまともに休んでる姿はついぞ見たことがない」

賢者「そんな」

老師「じゃがな」

老師「あの子はどんな目に遭おうとも、いかなる稽古にもついていった」

老師「新流派になったのち、こんなことがあった」


老師「この道場を越えてまっすぐ突き進むとな。半里ほどさらに山頂へと続く石段がある」

剣士「ああ、確かにやたら長い階段があったような。その先には?」

老師「このゲキザンの神を祭る、小さな社があるんじゃが」

老師「神聖な領域ゆえ魔物も近づかなくてな。昔から修行の場として皆が使っておった」

老師「ある時、我が愚息……痛恨流の師範が、門下生を石段の前に集めてこんなことを言い出した――」


――――――――――――――――――――――――――――――


師範「ここに、お前らが水を汲んだ桶がたくさん並べてある」

師範「このうち、一人四つの桶の水を、一滴も零さず社まで運ぶのだ」

師範「無論、一度も地に着けること無くだ。出来ないものは、三日間の断食を命ずる」

ザワザワ   ザワザワ

門下生「お、押忍、師範!」ビッ

師範「なんだ」

門下生「桶は取っ手をつかんで右手で一つ、左手で一つ……一度に運べるのは二つまでかと!」

師範「ほう、そう思うか。ではこうしよう」


師範「この石段を、二度の往来で四つの桶を運びきったものはそれでよしとする」

師範「ただし、一度で運びきったものは即座に昇格とし、帯の色を変えてやろう」

門下生「!? そ、即座に帯を……」

師範「二度より回数をかけた者は、降格のち罰を与える。以上だ」


ザワザワ   ザワザワ


門下生A「昇格たって、一度に四つ全部を運ぶのは無理だ」

門下生B「ここは二往復で済ますべきだな。それでも相当大変だが」

門下生C「いや待て……四つってこういう意味じゃないか。両ひじにかけて、ほら」

門下生A「おお、なるほど。一つずつ両ひじにかけて、あとは両手で持てばいけるな!」

門下生C「あとはこれを持ち上げ……ぬおおおっ!? お、重すぎる!!」

門下生B「ぐぬぬ……持ち上がるには上がるが……こんな状態で石段は登れぬ……」

門下生A「一滴も零さず、途中で降ろさずにだぞ! 無理だ無理だ、二つずつ運ぼう」

 

武道家「……」


――

  ハァ   ハァ   ヒィ   ヒィ

門下生A「ふう、やっと二つ運んだ。あれ、お前は?」

門下生B「いやあ、途中ですっ転んじまって。また一からやり直しさ」

門下生C「ようお前ら、まだやってるのか」

門下生A「あれ!? お前もう終わったのか??」

門下生C「おうよ。一発で四つ運んで終わりさ」

門下生B「馬鹿な、できるわけないだろう」

門下生C「師範の言葉を思い出してみろよ、『一滴も零さず』としか言ってねえ。つまり……」

門下生C「最初に中の水を半分以上飲んじまえばいいんだよ。頭を使えば、文字通り軽々楽勝よ」

門下生A「あーっ、その手があったか!」

門下生B「いや、それは無しだろ。痛恨流はとんちや謎かけを問う流派じゃねえ」

門下生C「阿呆め、最強を志すなら頭も使わないと勝てんぞ?」

門下生B「なんだと」

門下生A「ん? おい見ろ、お前なんかよりもっとアホがいるぞ!」


武道家「うーん……」

 

門下生B「ああ、例の雑用女か。桶の前で首傾げて何やってんだありゃ」

門下生A「ほら、師範が最後に三往復以上は罰を与えるって言っただろ」

門下生A「だからどうにかして二往復で済ませようって考えてるんだよ」

門下生C「片腕残ってんなら、ひじと手で運べばいいじゃねえか……あっ」

門下生A「そう! それすら気づかないからアホなんだよ!!」

門下生B「ぶはは、なんだそりゃ。やっぱり、頭を使ったほうがマシだな。よっこいせ」

門下生A「あ! お前なに下に置いてんだよ!」

門下生B「どうせ今周りには俺らしかいねえよ。あー水がうまい」

門下生C「お前さっきは痛恨流がどうたらとか偉そうなこと言ったクセに」

門下生B「いやあ、なんかあのアホ面見てると気が抜けちまってさ」

門下生A「はははは、確かにアホ面だ。かつての武姫様の見る影もないなありゃ」

 

武道家「うーん……」

いったんここまで

少しずつ書き溜めてます。もちょっと待って下さい

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月14日 (水) 00:53:19   ID: ySS_Iw3c

面白い、続きはよ

2 :  SS好きの072さん   2015年01月25日 (日) 16:19:51   ID: acu3cbtw

面白い、続きはよ1とは違うからなそんな待たんぞ

3 :  SS好きの774さん   2015年04月03日 (金) 03:44:58   ID: p5E9nneB

面白い、続きはよ

4 :  SS好きの774さん   2015年06月09日 (火) 22:54:58   ID: d_55BYEi

つ・・・続きを・・・

5 :  SS好きの774さん   2016年06月29日 (水) 12:05:05   ID: yIsZvfP9

つづきー!

6 :  SS好きの774さん   2016年07月01日 (金) 00:35:02   ID: UQQgtczx

待ってました‼定期更新なるとええなー

7 :  SS好きの774さん   2016年07月10日 (日) 23:45:00   ID: ctowc6za

待ってますがんばれー

8 :  SS好きの774さん   2016年08月02日 (火) 20:16:54   ID: xrHzYV0h

チラッ

9 :  SS好きの774さん   2016年11月24日 (木) 20:10:15   ID: G2ODzEVl

だからエタ作品に完結タグつけんなって

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